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ラストソングをあげるよ

1 :名無飼育さん :2016/06/05(日) 00:56


第一話:まーちゃん、人助け部を作る

231 :名無し飼育さん :2016/09/11(日) 22:23
りょ、
待ってまーす ノシ
232 :名無飼育さん :2016/09/15(木) 00:05
作者さんのペースでどうぞ〜
233 :名無飼育さん :2016/09/15(木) 20:43
気長に待ってます
焦らなくてもいいですよー
234 :名無飼育さん :2016/10/27(木) 23:29


『第十三話:それは恋か』

235 :第十三話:それは恋か :2016/10/27(木) 23:30
 図書室は試験前になると生徒でいっぱいになる。
 無論、お喋りする人間はおらず、静かな図書室に紙を捲る音とシャープペンシルの走る音が鳴り合っている。
 小田はこの空間が好きなだけで、特に勉強はせずに漫然と教科書に目を通している。
 余裕があるわけではないけれど、焦っているわけでもない。
 適当に手に取った本にはたくさんの言葉が散りばめられている。
 散りばめられていると表したのは、大体の文字が頭に入ってこないからだ。
 ふと顔を上げると向かいの席に見覚えのある顔。

「工藤さん」

 小声で話し掛けると、工藤は間抜けな表情を浮かべながら顔を上げた。

「びっくりした」
「すみません」

 苦笑いすれば、工藤の手元の教科書が数学であったので小田はより苦笑いした。苦手な科目は避けるタイプだ。
 工藤の横に開かれたままの勉強道具が一式。恐らくは佐藤ものであろうと小田は気が付いた。

「大変ですね」
「いやいや、小田ちゃんもでしょ」
「そうでした」
236 :第十三話:それは恋か :2016/10/27(木) 23:30
 あまり会話をしていては注意を受けるのと、特に図書室に用事があるわけではないので、小田は立ち上がり、その場を離れようとした。

「あっ」

 工藤が声をあげたので、小田は立ち上がるのをやめて首を傾げた。不安げに揺れる工藤の丸い瞳が可愛らしい。短い髪の毛は彼女の明るさの象徴だ。
 言い辛そうに口をもごもごと動かしている工藤に、「どうかしました?」と促した。

「小田ちゃんって、まーちゃんと同じ電車だよね」
「はい、そうですけど」

 最近は工藤も同じ電車ではないかと小田は不審に思った。仲睦まじく登下校している姿を、時折見掛ける。

「その……まーちゃんって誰かから声掛けられたりしてる?」

 その質問の意図が分からなくて、小田は面食らった。工藤の瞳はまっすぐ小田の事を見ている。深めの茶色に光が反射して眩しい。
 声を掛けると言えば、自分が声を掛けることはある。そう考えてから、この回答は違うのだろうと一思案した。
 そうしてからようやく工藤の心配事が見えた気がして、小田は楽しくなった。

「見たことありますよ。佐藤さんが他校の人に声掛けられてるの」
237 :第十三話:それは恋か :2016/10/27(木) 23:30
 登校中の電車で、小田が乗り込んだ車両で見掛けた光景はそう昔のものではない。ヘッドホンをした佐藤に他校の生徒が話し掛けていた。鬱陶しそうにヘッドホンを取った佐藤は一言だけ「うるさい」と言って、またヘッドホンを付けた。
 小田は佐藤の事をかっこいい人だと思いながら、車内では声を掛けずに、降りてから声を掛けた。
 工藤が心配するようなことは何も無かったのだけれど、それは聞かれていないので答えない。

「そっか……」

 工藤は悲し気に笑った。欲しいものを欲しいと言えば終わるような気もするのに、随分と気弱なのだなと小田は不思議に思った。
 佐藤が工藤の隣に戻って来た。
 小田の顔を見て大声をあげそうになったので、その前に小田が口元に人差し指をあてた。

「しーっ」
「何してんの」

 随分ぶしつけな質問に苦笑いする。きっと佐藤は小田が勉強していないことを何となく理解して、質問してきた。
 小田は「勉強ですよ」と、答えて席を立った。
238 :第十三話:それは恋か :2016/10/27(木) 23:30
 さてこの本はどこから取ってきた本だったか。小田が背表紙を見て、本棚の番号を見た。無数の本棚に割り振られたアルファベットと番号にめんどくささを覚えつつ戻しにいく。
 それにしても。小田の頭の中には工藤の顔が思い出された。不安そうな表情が忘れ難い。
 図書室を出れば廊下に生ぬるい空気が溢れていてむせ返りそうになる。
 試験前であるので部活は無く、全体的に校舎の雰囲気は静かで物足りない。
 口から歌が出そうになって堪える。こういう場で一人で歌うのは恥ずかしい。
 用が無いなら帰るしかないので下駄箱へと向かう。
 靴を取り出して履く、この動作をする残りの回数はどんどん減っていく。そう思って少しだけ寂しくなって帰路についた。
239 :第十三話:それは恋か :2016/10/27(木) 23:30

**

 飯窪が部屋で勉強をしていると、生田がやって来た。いつも突然に来ることは無いのにどうしたのだろうかと思いつつ部屋に招き入れた。
 先日のちょっとしたぎくしゃくはあったけれど、少し経てばもう元の幼馴染だ。

「新刊どこ?」
「試験前ですよ」

 愛想の無いいつもの表情に飯窪は安心した。新刊が読みたくて来ただけだと。
 軽口を叩くと、生田は意に介さないと言わんばかりに笑った。

「そうやね」
「受験生でしょ」

 生田が一瞬だけ影のある表情を見せた。それを見逃せるほどの鈍感さが無いことを呪った。
 その理由を聞く勇気は無いので、立ち上がって机の上にあった新刊を手渡した。
 受け取った生田は小さく「ありがとう」と言って、ベッドの脇に座った。
 いつもならベッドの上で読みだすのに、そんなところまで気になってしまってもう勉強には手が付かない気がした。
240 :第十三話:それは恋か :2016/10/27(木) 23:30

「これ」

 生田が漫画を読みながら呟く。返事はせずに振り向けば生田と目が合う。

「新刊やなくない?」
「え?」

 確かに生田が持っているのは別の巻で、飯窪は机の上にあったもう一冊を手渡そうと、立ち上がった。座っている生田に漫画を差し出せば、また目が合う。

「そういえば、人助け部ってまだあると?」
「ありますよ」

 漫画をなかなか受け取らない生田を不審に思いつつ返事をする。

「楽しい?」
「最近は何にもしてないですけどね」
「ふーん」
「生田さんはどうですか? もう終わりですよね生徒会」

 自分のことも聞き返して欲しいのかと飯窪は気を利かせた。
 生田はようやく漫画を受け取って。パラパラと中身を捲った。その所作には心がこもっていない。
241 :第十三話:それは恋か :2016/10/27(木) 23:31
「相変わらず。まあ、一学期で終わりやけん」
「寂しいですね」
「別に?」

 強がってそう言った生田がようやく一ページ目を開く。
 いつもならベッドの上が生田で、ベッドの脇にもたれかかるのは飯窪の位置だ。
 だからこうするのは自然ですよと言いたげに飯窪は生田の右隣に座った。
 ほんの少しだけ生田が強張った。飯窪は何の考えも無しに横に座ったものだから、することが無い。

「勉強せんでいいと?」
「そのお言葉はそのままお返しします」
「短期集中型やけん」
「受験生なのに」

 そう言いながら胸が締まるのを感じた。
 生田はどこに進学するのか明確に言ってきたことがない。言いあぐねているということは、きっと遠くに進学をするのだろう。

「禁句、それ」
242 :第十三話:それは恋か :2016/10/27(木) 23:31
 生田は笑いながらそう言って右を向いた。

「すみません」

 そしてそのまま生田が不思議そうに飯窪の髪に手を伸ばした。

「こんな長かったっけ?」
「えぇっ、今更」

 髪に指を通されて、落とされる。その仕草に胸が痛んだ。

「切らんの?」
「切らないですよ」
「まあ、長いの好きやけんいいっちゃけど」

 わざとなのか何なのかこうやって不意に距離を詰められる。
 ひどい人だわ。
 いつからかこの人の隣にいる誰かのせいで、自分の視線まで熱を帯びている気がした。
243 :第十三話:それは恋か :2016/10/27(木) 23:31
 自分が望むものが、生田の隣なのか、生田そのものなのか。それすら分からない。

「触らないで下さい」

 髪に触れていた手が離れる。いつも何を考えているのか捉え難い瞳がこちらを向いている。
 人一倍優しいこの人が、選ぶ答えは残酷だ。

「はるなんは、ずっとはるなんでいてほしい」

 ガラス玉のような瞳から目を逸らして笑う。
「やけん」と続けられた言葉を遮って腕を伸ばした。
 明らかに強ばった表情をしたので、声を掛ける。

「私がいつ好きだなんて言いました?」

 ぴっ、と人差し指を突き出せば、生田は淡く笑った。どうしたって声は震えるのだからと観念した。

「そうやね」
244 :第十三話:それは恋か :2016/10/27(木) 23:31

 生田は飯窪から視線を外して、漫画に戻した。その優しさがまた痛くて飯窪は立ち上がって生田に背を向けて、椅子に座った。
 うつ向けば涙が零れたけれど、声には出せない。出せば心配を掛けてしまう。
 望むものが何かも分かってはいないのに、手を伸ばしようが無い。そんな悲しみだけが、引くこともなく鈍く押しかかってきた。
 ノートが濡れてその染みが広がる。

「漫画、借りてく」

 見送りの言葉も発せずに、閉まるドアだけが生田がいなくなったことを告げた。

245 :第十三話:それは恋か :2016/10/27(木) 23:31

**

 工藤の様子がおかしい。
 動物的な感性というより、当人がとても動物寄りな佐藤は訝しげに工藤の後頭部を睨んだ。
 短い髪の毛が歩く度にふわりふわりと揺れる。
 図書室で小田と話したあと、勉強も手につかない様子だった工藤に佐藤は幾度となく話し掛けた。結果的に図書室を追い出されて今に至る。
 素直に自転車通勤をやめた工藤に嬉しい気持ちがありつつも、最近目を合わせてくれないので苛立ちが募る。

「さと〜」

 気の抜ける声が聞こえて振り向けば少し離れた位置に吉澤が立っていた。

「それ、バレないようにしろよ〜」

 ちょいちょい、と自身の右腕を上げて手首を指した吉澤に、佐藤は慌ててそれを外した。一体いつから付けていたのか覚えがない。

「はーい」
246 :第十三話:それは恋か :2016/10/27(木) 23:31
 その返事を聞いて吉澤はそれ以上は何も言わずに去っていった。
 工藤はそのやり取りを見ながら、つまらない顔をした。
 佐藤はその表情を見て、苛立ちを言葉にした。

「何でそんなに苛々してんの?」
「してないよ」
「してるね」

 詰め寄るとあからさまに目を逸らしてため息をつかれたので、佐藤は悲しくなった。
 どうして目を見てくれないのか。背が伸びて目線が変わってしまって、合わせようとしなければ、合わないのに。

「いいじゃん、帰ろ」

 前を向き直して工藤が言った。
 それに歯向かうように、工藤の左腕を取る。工藤の体に力が入ったのが分かる。

「何さ」

 振り向いた工藤は先ほどとは裏腹に悲しそうな顔をしている。
247 :第十三話:それは恋か :2016/10/27(木) 23:32

「どぅー」

 名前を呼んでもこちらを向いてはくれない。

「こらああああ! 尾形あああ!」

 突然の絶叫に二人とも勢い良く声の方を向いた。
 前方から尾形が駆けて来る。その少し後ろには野中。そして更にその後ろには藤本。

「あ、工藤さんに佐藤さーん」

 追い駆けられているというのに呑気に尾形は右手を上げて、笑顔を振り撒いて通り去って行った。野中も律儀に頭を下げる。

「待て! その写真消せえええ!」
「ええやないですか〜」

 一体何の写真を撮られたのか、藤本は二人を追い駆けて去って行った。
 廊下を走るなと怒られている佐藤からすれば、理不尽極まりない気がした。
248 :第十三話:それは恋か :2016/10/27(木) 23:32
「何だありゃ」

 工藤の気の抜けた声に、佐藤もつられて笑う。

「顔やば」

 藤本の形相を思い出して二人して笑う。毒気を抜かれて歩き始めた。
 工藤の左側に並ぶ。工藤は佐藤の方を少しだけ見て言った。

「まーちゃんが可愛くなったってあゆみんが言ってた」
「は? 何それ」

 予想外の言葉に眉間に皺を寄せる。知らないところで自分の事を話されるのは苦手だ。

「怒んないでよ」

 工藤が苦笑いをする。その表情から考えは読み取れないけれど、言いたいことがそれではない気がして、佐藤は踏み込んだ。

「可愛いって何?」
「え? そこ?」

 工藤の質問に答えない。今欲しいのは工藤からの回答だ。何を考えているのか教えて欲しい。
249 :第十三話:それは恋か :2016/10/27(木) 23:32

「……それは分かんないけどさ、でも、」

 そこから先は声が小さくて曖昧にしか聞こえなかった。胸の音が大きくて聞こえなかったのかもしれない。
 一回、二回と跳ねた心臓が痛い。

『綺麗になったよね』

 ふざけて言うときとは違う声のトーンに、緊張する。かすれ気味の声が工藤の緊張も表す。二人して緊張して何をやっているのか分からなくなって、佐藤は笑った。

「どぅー、きもい」

 明らかな照れ隠しはさすがに通用しなくて、工藤は優しく笑った。腕を組んだり手を繋いだり、今まで当たり前にしていたことも恥ずかしくて、勢い良く腕を組んだ。

「きもいって言わないでよ」
「いいの」
「何だそりゃ」

 工藤の笑い声が心地良く耳に響く。
250 :第十三話:それは恋か :2016/10/27(木) 23:32

**

「で、どしたの?」

 石田は思わず呟いた。狭い部屋に客人がくると余計に狭く感じる。
 うんざりした顔の石田に、飯窪は「まあまあ」と笑った。
 泊めてくれと急に言われただけでも驚いたけれど、飯窪の顔が明らかに泣き腫らした顔で、石田は怯んだ。

「いや、まあ、無理には聞かないけど……」
「さっすがあゆみん、大人」

 茶化すように言われても腹は立たない。飯窪は亀のパペットに向かって話し掛けている。その姿が痛々しくて怒る気にもなれない。

「あー、念のため言っとくけど、それ、うちじゃないからね?」
「いいじゃんか、ねー」

 亀に同意を求める飯窪に、どうしたものかと石田は机を挟んで腕を組んだ。

「好きってなんだろね」
「ぶっ」

 思わず吹き出す。飯窪からそんな乙女ワードが飛び出してくるとは予想外で、目を見張る。

「君のご主人には関係無い話かな?」

 亀を持ちながら飯窪は首を傾げる。
251 :第十三話:それは恋か :2016/10/27(木) 23:32

「うっさいわ」
「うちも分かんないや」

 軽口を返せば、少しの間の後で飯窪は俯いて言った。
 涙を流した飯窪に、石田はティッシュを箱で差し出すくらいしか、気が回らなかった。
 自分にはどこか縁遠い話のようで、分からない。そうやって涙を流したら何か変わるのだろうか。
 飯窪には何も聞けずに、静かに夜が明けていった。


252 :第十三話:それは恋か :2016/10/27(木) 23:33



253 :第十三話:それは恋か :2016/10/27(木) 23:33



254 :第十三話:それは恋か :2016/10/27(木) 23:33



255 :名無飼育さん :2016/10/28(金) 00:43
おかえりなさい!
何かがいろいろ動き出していく雰囲気にわくわくしながらも惹き込まれました
256 :名無飼育さん :2016/10/28(金) 01:06
待ってました!!!
サブリーダーズとまーどぅー熱い!!!
恋とかわかんないあゆみんがどうなるかも気になりますね
257 :名無飼育さん :2016/11/05(土) 21:18
一気に読みました。
雰囲気が好きです。
これからも楽しみにしています。
258 :名無飼育さん :2017/01/03(火) 21:54


『第十四話:花火 その1』

259 :第十四話:花火 その1 :2017/01/03(火) 21:55
 試験も終わり夏休みに入った。ゆっくり出来る夏休みは程遠く、大会に向けて練習ばかり。
 羽賀は完全に夏バテしていた。
 部活終わりに、勢い良く肩を叩いて来た牧野に「なに?」ときつめの声を返す。

「お祭り行こ!」

 元気が有り余った様子の牧野は人間ではないと羽賀は怯えた。その表情を見て牧野は首を傾げる。
 学校から数駅離れた大きな神社の夏祭り。この日は部活も短めに終わる。
 確かに毎年行っているけれど、そんなに気合を入れて行くものではない。

「どうかしたの?」
「ううん、いいよ」

 羽賀は了承した。いつもこうやってなし崩し的に牧野のペースに巻き込まれる。

「工藤さんと一緒だよ!」
「へっ?!」
260 :第十四話:花火 その1 :2017/01/03(火) 21:56
 予想外すぎる発表に声が裏返る。部活仲間が振り返ってきた視線が痛い。
 牧野は褒めてと言わんばかりに満面の笑みを浮かべている。

「鈴木さんが頼んでくれたの!」

 その表情に思わず抱き着いた。「えへへー」と気持ち悪い声を漏らす牧野なんて羽賀の中ではどうでもよく、ただひたすらに心の中でガッツポーズをした。
 工藤さんと夏祭り!

「佐藤さんと飯窪さんも一緒だって」

 その一言で少しだけ肩を落としたけれど、致し方が無い。

「石田さんは?」
「何か用事があるんじゃない?」

 詳しく事情を知らない様子で牧野は曖昧に返事をした。
 牧野と待ち合わせの時間を決めて、急いで家へと帰った。
261 :第十四話:花火 その1 :2017/01/03(火) 21:57
**

 浴衣を着ようと飯窪に誘われて断ったのに深い理由は無い。ただ今月のお小遣いが残り少なかったので惜しんだ、それくらいの事だった。
 飯窪が佐藤を連れて浴衣を買いに行ったのは聞いていたので、緊張しながら待ち合わせ場所に立っている。
 佐藤は飯窪の家で浴衣を着せてもらうらしいので、別行動だ。
 駅の改札を出たところで、一人ぼんやりと待っている。たくさんの人が期待に胸を膨らませて、楽し気に神社へと向かって行く。

「どぅー!」

 どこにいても聞こえそうな明るい声に工藤は笑った。いつもそうやって名前を呼んでくれるものだから、困ったものだ。
 駆け寄って来る佐藤の後ろで、飯窪が「こけないでねー」と小さく声を掛けた。

「見てみて!」 

 言われなくても見てるのにと更に笑った。水色の生地に大きな濃い桃色の朝顔が花開いている。
 大人っぽい浴衣よりも、こちらの方がまーちゃんらしいと工藤は顔が綻んだ。

「いいね!」
「私も私も」
262 :第十四話:花火 その1 :2017/01/03(火) 21:57
 飯窪がドヤ顔で浴衣の袖を持って、 履き慣れない下駄に足を取られつつも、くるりと優雅に回ってみせた。

「バナナ……?」
「誰がバナナよ」

 黄色くて細長い姿を茶化すと、キレの良いツッコミが返ってきた。実際のところは長い髪を一つにまとめて、とても綺麗だ。
 佐藤もケラケラと笑う。

「行きますかっ」

 勢い良くそう言って、歩き出す。いつも通り歩こうとして、二人が浴衣なことを思い出す。
 少しだけ狭めた歩幅に、佐藤が嬉しそうに笑った気がして工藤は少しだけ照れた。
 暑さが厳しくて、歩く度に汗をかいている気がする。

「羽賀ちゃんたち、あとから来るんだよね?」
「うん、花火だけ一緒に見ませんかって来てた」
「おっけ〜」

 飯窪が二人の後ろで携帯を見ながら工藤に答えた。
 工藤は一瞬、隣にいる佐藤を気にしたけれど特に不快な表情はしていなかったので安心した。

「あゆみん残念だね」
「来ないの?」
263 :第十四話:花火 その1 :2017/01/03(火) 21:57
 驚いて振り向くと、飯窪は苦笑いをした。

「まだ練習してるらしくって、電話しても出ないんだよね」

 飯窪の表情から、また石田が根を詰めているのだろうと工藤は察した。
 察した上で心配になりつつ、「そっか」と小さく返した。
 一方で、佐藤は振り向いて無邪気な顔を見せた。

「部活バカ」
「言い過ぎ」

 愛のある暴言に笑えば、佐藤はより一層笑った。

「何かあったのかもね」
「だーいじょうぶだって」

 飯窪が少し寂しそうな顔をしてそう言った後に、佐藤は続けた。
 その言葉がいつかの石田と被って、工藤は目を細めた。あの言葉の真意は未だに分からない。
 何を根拠にと声を上げそうになったところで、飯窪が笑った。
264 :第十四話:花火 その1 :2017/01/03(火) 21:58
「だね」

 そうやって二人に置いて行かれた気がして、工藤は前を向くことにした。自分には二人の大丈夫も、自分の大丈夫も分からない。

「あゆみ、バカだけど」

 ひどい言い草だなと思いながら、近付くお祭りの音にだけ心を寄せた。
 佐藤の下駄の音が響いて来た。


**

 カラコロと音が鳴っているのを、譜久村は遠くで聞いている気分だった。夏祭りに行こうと生田から誘われて、驚いた。毎年当たり前のように一緒に行く行事に、改めて誘われると恥ずかしさがあった。

『何時にする?』

 鈴木の言葉を聞かなければ危うく勘違いをするところだった。
 そうだ、毎年三人じゃないか。
 跳ねた心をしずめてから、努めて気だるげに言う。

『六時くらい?』
『じゃ、それで』
265 :第十四話:花火 その1 :2017/01/03(火) 21:58
 その返事をしたのは生田だったか、鈴木だったか譜久村は思い出せずに今日に至った。すぎる月日は確実に別れを近付けてくる。
 生徒会の任期が終わり、受験勉強が本格化し、あれよあれよという間に卒業式がやってくる。
 待つだけなどつまらない。
 そう理解はしていても行動はしない。待っている未来が透けて見えるようだから。

「お待たせ」

 いつもと変わらずに、難し気に笑う姿に安心する。こうやって待ち合わせるのもあと何回のことか。
 駅の柱から背を浮かせる。

「気合入ってない? 今年」
「そう?」

 そう言われて自分の浴衣を見た薄桃色の浴衣、髪の毛はたしかに巻いたりなんかして気合と言われるとそうだ。

「えりぽんこそ」
「えりはいっつも気合ばっちし」

 誇らしげに黄緑の浴衣に花飾りを揺らして見せた生田に、譜久村は「そうだね」と冷たく返した。
 あとは鈴木を待つのみになった。
266 :第十四話:花火 その1 :2017/01/03(火) 21:59
「お祭りも今年で最後っちゃね」
「んー、そうだね大学生になったら難しいかもね」

 譜久村はこの辺りの大学に進学するつもりなので、来ようと思えば来られるが、都合が合うかという意味でそう伝えた。

「えりさ、」

 生田が曖昧に笑いながらも、深刻な声で話し掛けてきたものだから、譜久村は先を聞くのが嫌だった。

「―――に、行く」

 それはこの辺りの地名ではなくて、とても離れている。その事実は譜久村の胸を深くえぐったと同時に、気持ちを真っ白くさせた。
 その白さは、ようやくこの感情を終わらせてくれる何かのような気もした。
 寂しい悲しい、それ以上に膨らむ感情は分からず、麻痺している気がした。

「そっか」
「美容系の学校行きたくて」
「好きだもんね」
「そ」
267 :第十四話:花火 その1 :2017/01/03(火) 21:59
 嬉しそうに笑う生田。

「香音ちゃんには?」
「言った」
「そっか」

 上手に笑えているだろうか。
 譜久村は自分の表情が不安だった。いつだってさよならは寂しいもので、鞘師の時も堪え切れずに生田に泣きついたのは記憶に新しい。

「えりぽん意外と寂しがりだからな〜、泣かないでよ」
「……頑張る」

 軽口を言ったつもりが、予想外にも真面目に返事をされて驚く。

「聖がおらんでも、頑張る」

 寂し気に目を細めてそう言った姿に、白くされた気持ちが曲がった気がした。
 喉元まで出掛かった言葉を引き込めて、「頑張って」と返した。

「お待たせ〜」

 呑気な鈴木が駆け寄って来る。これでこの話は終了して、いつもの日常に戻った。
268 :第十四話:花火 その1 :2017/01/03(火) 22:00
***

 話が違う、と羽賀は心で叫んだ。
 祭りに行けばすぐ、工藤たちと合流だと思い込んでいた羽賀にとって、"花火だけ"というのは拍子抜けにも程があった。
 何よりそれまでの間、牧野のお守を一人でしなければならない。
 金魚すくい、りんご飴、射的、わなげ、くじ引き、わたあめ……、手当たり次第とはまさにこのこと。
 牧野の浪費っぷりに呆れながら、着いて回る羽賀は何度目かのため息をついた。

「楽しいね! 羽賀ちゃん」
「そうだね」

 見ている分には、とっても。と心の中で付け加える。
 張り切って浴衣でも着てくるのかと思いきや、意外にも牧野はTシャツに短パンというラフな格好でやってきた。
 自分も似たようなものなので、文句を言うわけではないが、牧野に親近感を覚えた自分が気恥ずかしかった。

「はい」

 いつの間に買ったのか、フライドポテトを眼前に差し出されて驚きつつも、遠慮なくもらって口に入れる。
 屋台が所せましと並び、人も溢れているので歩きながら食べることになる。
 普段であれば行儀が悪いと敬遠するが、今日ばかりは仕方が無い。
269 :第十四話:花火 その1 :2017/01/03(火) 22:00
「ありがとう」

 部活のときとは違い、髪を下ろした牧野はとても大人びている。

「どういたしまして」

 最近になって気が付いたことがある。実は牧野という人間がとても常識人であるということだ。
 羽賀は複雑そうな顔をして口を開いた。

「ずるい」
「えっ?」

 自分でもどうしてその言葉が出たのか、不思議だった。それでも、不意にずるいと感じてしまった。
 いつもと違う髪型で、いつもと同じトーンで接してくる牧野に心がぐらついた気がした。
 これがギャップなのかと納得しつつ、牧野が持ったフライドポテトを豪快に何本か奪って食べる。

「あ、ポテトもっと食べたかったの? いいよ」

 ずいっ、と目の前に差し出された黄色い食べ物。赤い包装紙に包まれたなじみのある屋台フード。
 そういうことじゃないけれど、そうじゃないと言ったところで彼女は信じてはくれない。
 羽賀はもう二、三本食べてから、「髪おろしてるの、いいね」と素直に褒めてみた。
 
270 :第十四話:花火 その1 :2017/01/03(火) 22:00
「ありがとう」

 牧野はいつだって純粋で、無垢だ。穿った考え方をしてしまう自分とは、一線を画している。

「そのヘアピンも可愛いよ」
「えっ」

 右のこめかみ辺りを押さえた。家でしか着けていない子供っぽいヘアピン。外すのを忘れていた。
 思わず外そうとすれば、牧野は残念そうに「外しちゃうの?」と首を傾げた。

「だって、これちっちゃい頃から持ってるやつで……」
「夜だし目立たないよ」

 牧野が諭すようにそう言った。その笑顔を見て、羽賀は考えることをやめた。

「だね」

 そう言って牧野に手を伸ばした。ヘアピンに付いた花が揺れた気がした。
 牧野は驚いたようでその手を見て固まっている。

「かき氷食べよ」
「……うんっ!」

 手を繋いで人混みへ飛び込む。たまには勇気を出して自分から楽しい場所へ飛び込もう。
 小さかったあの頃のように。
271 :第十四話:花火 その1 :2017/01/03(火) 22:01
**

 部活の終わり間際に掛けられた言葉が、頭で繰り返される。

『文化祭、鞘師が見に来るって』

 部員の皆はその一言に喜びの声をあげた。その波に乗り切れないのはどうしてだろうか。

『で、文化祭の発表で三年は引退だし、鞘師にも発表に参加してもらいたいんだけど。皆はいいかな?』

 聞けば文化祭の少し前から日本にいるらしい。全員がそれに了承したときに、先輩は嬉しそうな顔をしていた。
 気持ちの整理なんてつける必要は無い。そう思い、石田はただ張り付いた笑顔を浮かべるだけだった。
 その後の部活は気もそぞろで覚えていない。
 部活終わりの時間でも暑く、夏本番も近い。電車に乗り込むと湿気がひどく、肌にまとわりつく。イヤホンをして音楽を聴く気にもならずに、立ったまま窓の外を眺めた。
 どことなくくたびれた自分にうんざりしてしまう。いつも鞘師の背ばかり見ていた。キラキラと光る姿を追えば、自分もそうなれると思っていた。
 そこに自分は存在したのか。ネガティブな気持ちがそう尋ねてくる。確かにいたはずだ。
 じゃあ、今は?
 そう考えて、イヤホンから音楽を鳴らした。音を大きく、小さく、どうやっても音が聞こえない。
 居残りをして練習していたら、いつもなら祭りに行っている時間だった。飯窪たちからメッセージが届いているはずだが、開く気にはなれない。
272 :第十四話:花火 その1 :2017/01/03(火) 22:01
 電車が、祭りの最寄り駅に近付く。
 どの道、制服では行けない。禁止されている。そう誰かに言い訳して、その駅を過ぎた。
 その時、丁度ホームに見えた姿。浴衣を着て、楽し気に誰かと談笑している。思わず、視線が釘付けになる。
 小田ちゃん。
 そう名前を心で呼んだとき、どうしようもなく物足りなくなった。あの時の歌を思い出した。
 合唱部に見学に行ったあの時の、迷いの無い歌声を。
 逸る気持ちを抑えて電車を乗り換える。真面目な性格が邪魔して、制服のままでは祭りへは行けない。家に一度帰ってからでは、もう小田は帰ってしまっているだろうか。
 きっといるはず。
 花火の時間まではまだ一時間以上ある。
 会って、声を掛けて何をする気か分からないながらに、石田は漠然と感じていた。道を示してほしい訳ではない、この道に掛かった"もや"を晴らしてほしい。
 
273 :第十四話:花火 その1 :2017/01/03(火) 22:02

**

 前を歩く、工藤の苦々しい顔を見てから、飯窪も苦い顔をした。佐藤の浴衣姿は確かに可愛い。ポニーテールになんてしちゃって快活な美少女といったところだ。
 だからといってこんな展開は予想していなかった。ナンパにあうし、周囲からの視線が熱い。
 
「どぅー?」

 そんな苦々しい顔を見てか、佐藤が工藤に声を掛けた。工藤は立ち止まって、正常な意識を取り戻そうと首を素早く横に振ってから振り向いた。

「ん?」
「ごめんね」

 その謝罪がどこから降って来たのかと空を見上げるも、何も無い。当然だ、その謝罪は目の前の佐藤から来たのだから。工藤は目を見開いてからバツが悪そうに頭を掻いた。

「いや、え? 何で謝んのさ」
「だって」
「そんなまーちゃんが声掛けられたりしたって、別に何にも、思わないよ」
274 :第十四話:花火 その1 :2017/01/03(火) 22:02
 佐藤の言葉を遮ってまでして出て来た言葉は、とてもくだらない強がりだった。後半は投げやりに小さな声になった。工藤は途中から、自分を殴りたくなった。
 佐藤が怒るだろうと工藤は構えた。しかし、予想外にも佐藤は怒らなかった。代わりに涙が目にたまった気がした。

「まさ、わたあめ食べたい」

 ふいっ、と佐藤は顔を背けて、わたあめ屋の方を指差し歩き出した。飯窪は工藤の方を一瞬窺ったが、『今のはくどぅーが悪い』と言わんばかりの顔をして佐藤に付いて行った。
 ため息を押し殺して佐藤の背を追おうとしたが、工藤は立ち止まってしまった。

「工藤さん」

 その声に振り向くと、藤色の浴衣を着た小田が立っていた。いつものように音を柔らかく、笑っている。

「小田ちゃん」

 小田の横には見慣れない女子が二人立っていて、工藤は続けて会釈をした。

「どうかしたんですか?」
「まーちゃん怒らせちゃって、自分でもよく分かんないなって」
「ああ、」
275 :第十四話:花火 その1 :2017/01/03(火) 22:02
 小田は心なしか、工藤を憐れむような視線を向けた。一つに結ばれた小田の髪が揺れる。

「大丈夫ですよ」

 いつか誰かに言われた言葉が頭を過る。またそうやって自分の気が付いていない部分を刺されて怯えてしまう。
 現に大丈夫ではないからこうして怒らせてしまったのだ。

「何がさ」

 つい言葉がきつくなってしまい、小田の様子を気にするも、意に介していないようで笑っていた。

「喧嘩するほど何とやら、ですよ」

 あまりにも穏やかな小田の顔に工藤は呆気にとられた。そしてからそんなことは今まで幾度となく言われてきたと、うんざりした。そんな心の中を読み取った小田は、少し意地悪な言葉を思いついた。

「もう喧嘩も出来なくなっちゃいましたか?」
「えっ」
「冗談ですよ。仲直り出来ると良いですね」
276 :第十四話:花火 その1 :2017/01/03(火) 22:03

 最後まで穏やかに笑いながら、小田は友人たちと去って行った。
 工藤の頭は鈍く痛んだ。考えたくはない言葉を掛けられて、辛くなる自分は何に怯えているのか。
 考えたくないと思っている時点で、知っていた。思いを、考えをぶつけることをいつからか避けていた自分に。
 無意識に足が動いた、本当にわたあめ屋に二人が向かったのかは分からなくとも、動くしかなかった。
 まーちゃん。
 頭の中が佐藤で溢れているのが自分でも分かって、工藤は笑った。

277 :第十四話:花火 その1 :2017/01/03(火) 22:03


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278 :第十四話:花火 その1 :2017/01/03(火) 22:03
つづく
279 :名無飼育さん :2017/01/03(火) 22:06


明けましておめでとうございます。
今年も、たくさん幸せが訪れますように……。

280 :名無飼育さん :2017/01/05(木) 13:26
あけましておめでとうございます。
今年も素敵なお話の更新ありがとうございます。
かわいい子たちがどうなっていくのかますます楽しみです!

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