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ラストソングをあげるよ

1 :名無飼育さん :2016/06/05(日) 00:56


第一話:まーちゃん、人助け部を作る

2 :第一話:まーちゃん、人助け部を作る :2016/06/05(日) 00:58
 お昼休み、暇をもて余す佐藤優樹を見て、飯窪春菜は嫌な予感がした。今までの経験則からこの状況が良くないことを知っているからだ。

「まーちゃん? 次は英語だから予習しないと」

 当たり障りの無い会話でどうにかこの場と空気をやり過ごしたい飯窪とは裏腹に、佐藤はそわそわと静かに感情を高まらせているようだった。
 まずい。
 飯窪が次の手を考えるよりも早くに、佐藤の感情は爆発した。

「まさ、部活する!」
「え?」

 中学から長い間を共にしてきたとはいえ、その発言が意外すぎて飯窪は思わず聞き返してしまった。佐藤と言えばめんどくさがりの熱しやすく冷めやすいタイプの典型で、中学時代には数多くの部活動に本人いわくは入部をし、辞め続けてきた。高校に入り「まさ、部活向いてないんだよね」とようやく理解したので、佐藤は現在帰宅部である。
3 :第一話:まーちゃん、人助け部を作る :2016/06/05(日) 00:59
「いやいや、まーちゃんすぐ飽きちゃうでしょ」
「すぐそうやってはるなんはまさをバカにする!」
「いや、まーちゃんが言ったんだよ?部活向いてないって」
「そんなこと忘れた!」
「清々しいなオイ」

 いつの間にかそばにやってきた工藤が飯窪の横の席をずずずっと移動させて座った。

「部活やるって次は何部に入るのさ」

 そう言葉を続けた工藤を飯窪は恨んだ。様々な部活を荒らし回った佐藤を追うように、各部に謝罪をしに回ったのは飯窪だったからだ。工藤はそんなことは露知らず、興味本位で話を続けた。

「美術部、卓球部、テニス部、家庭科部……あと何だっけやったことあるの」
「うーん、部活をつくる!」

 嬉々とした表情でそう述べた佐藤に反して、飯窪は机に頭をぶつけたくなる感情に襲われた。
 次はついに先生に謝罪をするときがきたのね……。
 飯窪は神に祈れども、きっとそんなものは優樹大魔神の前では無意味なのだと、悟りを啓いた。

「つくるって……」

 工藤は菓子パンの袋を開けながらようやく飯窪の視線に気付いたようで、続きは飯窪に任せることにした。
4 :第一話:まーちゃん、人助け部を作る :2016/06/05(日) 01:00
「つくるって言ってもあれだよ。書類書いたり、先生に許可貰ったり大変だよ?」
「むー」

 飯窪の発言がお気に召さなかったようで、佐藤は足をばたつかせている。このままなんとか逃げ切り、予鈴が鳴って本鈴が鳴ってしまえばこっちのものだと飯窪はほくそ笑んだ。工藤はメロンパンをかじりつつ、経過を見守ることにした。

「わかった! じゃあこっそりやる。"非公認団体"!」

 誰だまーちゃんにこんな言葉を教えたのは。
 飯窪は見えぬ誰かに恨みを寄せた。

「非公認って、ばれたら怒られるよ。それに何をするの?」
「なーんの話〜?」

 ゆるい空気で近付いてきた人物に、佐藤の顔が輝いたのが見て取れた。また犠牲者が増えたなと飯窪は憐れみの気持ちを込めつつ名前を呼んだ。

「あゆみん、早かったね」

 部活動の昼練習がある石田は、予鈴と共に戻ってくるのだけれど今日は早くに終わったらしく余裕のご帰還である。

「まさ、部活つくる!」
「は?」

 勢いのあるツッコミに飯窪と工藤は苦笑いをする。これは一悶着くるか?
 練習後、頬が少しだけ赤く染まった石田は笑った。

「ちょ、え、どーいうこと?」
「だーかーら、部活つくるの! 人助け部!」

 部活の名前は三人とも初耳なので、全員が同じ顔をした。そんな部活が世の中に無いことは考えるまでも無かった。

「なんじゃそりゃ」

 メロンパンを食べ終え、ゴミを捨てに行きつつ工藤がそう言った。短い髪が明るく揺れる。上履きの踵を履き潰す彼女を、飯窪と石田はいつも『ちゃんと履きなさい』と注意する。

「前にはるなんが読んでた漫画! そんなのあったじゃん!」

 お前が元凶か! 工藤と石田からの鋭い視線に飯窪は天井を見上げた。

「ってなわけで三人とも参加ね」

 こうなってしまってはあとは運を天に任す他ないと、三人は英語の予習も今日の放課後の予定もすべてを諦めた。
5 :第一話:まーちゃん、人助け部を作る :2016/06/05(日) 01:01
「部活休んだの?」
「休まないと、すっごい恨まれそうだもん」

 ため息をつきながら、石田は工藤に返事をした。

「ま、そのうち飽きるっしょ」
「だといいけど」

 とりあえず助けを必要としてそうな人を探してこい。そんな荒っぽい指令を受け、工藤と石田はとぼとぼと校舎の中を探索していた。今頃、飯窪は佐藤に振り回されていることだろうと思うと、このペアで良かったなと安堵した。

「うちらのことを助けてほしいよね」
「だね」

 石田の嘆きに工藤は同意しつつ、階段を上る。
 この階は三年生の階なので工藤も石田もあまり来る機会は無い。三年の階の奥には生徒会室がある。そしてその生徒会室の前あたりに、ぼんやりと手すりに体重を乗せ校庭を見下ろす人影が見えた。
 工藤と石田は少しだけ期待した。そもそも助けを必要としてそうな人を本気で探していたわけではないが、ミッションがクリアされるかもしれないとなると、一定の期待は抱いてしまうようだった。

「あれって、誰だっけ」

 うーんと唸るように石田に質問する工藤に、石田は小声で答えた。

「生田さんだよ副会長の」
「ああっ」

 だから見覚えがあるのかと工藤は納得した。生徒総会等で前にいる姿を見たことがあった。

「どうする? いってみる?」

 工藤の期待混じりの声に石田は頷いた。二人とも存外にミッションにノリノリになってきているようだった
6 :第一話:まーちゃん、人助け部を作る :2016/06/05(日) 01:02
「あの……」
「なん?」

 生田は不思議そうな顔をして振り向いた。黙っていれば美人と噂される顔は、どこか疲れていて気だるげだ。これは確実に悩みを抱えた人の憂いの表情! と石田と工藤は内心でガッツポーズをした。
 工藤は出来るだけ落ち着いたトーンで、石田の後に続けた。

「いや、何だかお疲れのご様子だなと思いまして」
「ああ、そうやね。って誰? 二年?」

 生田は怪訝な顔で二人の制服の校章を見た。制服の校章は学年色になっていて、工藤たちの学年は青色だ。三年生は赤色で、更に生田の制服には生徒会の会章が付いている。

「はい。二年の工藤と石田です」

 工藤は石田の方を指さしながらアイコンタクトをした。お前が聞け、と。
 このヘタレチワワと悪口を堪えつつ石田はぎこちない笑顔で尋ねる。

「な、何かお困りのことがあればお助けしますよ」
「え? いや、大丈夫っちゃけど」
「そ、そこを何とか!」

 石田の思いもよらぬ勢いに、生田は驚いて肩が上がった。

「いや、……」
「私たち人助け部なんですっ!」

 どうにでもなれと工藤は石田に続けた。

「はあ?」
「これには深い訳がありまして、とにかく困っている人が私たちには必要なんです!」

 お願いします! と二人が土下座しそうな雰囲気になったとき、離れたところから飯窪が声をかけた。
7 :第一話:まーちゃん、人助け部を作る :2016/06/05(日) 01:02
「あ、生田さーん!」
「ああ、はるなん」

 廊下に姿を現した飯窪はどんくさそうな姿で駆け寄ってくる。
 ガバッと工藤と石田は生田の方に振り向いた。なんだ今のとっても親し気なやり取りは。はるなんが副会長と知り合いだったなんて! と二人の顔には書いてある。

「はるなんもなんちゃら部なん?」
「そうなんです。致し方無く」
「まーちゃんは?」

 工藤の言葉に、飯窪は笑った。

「それが、まーちゃんが困ってる人見かけて走り出した瞬間にさ、教室から出てきた田中先生にぶつかったの」
「「「あちゃー……」」」
「罰として田中先生の手伝いさせられてるよ、今頃」
「はるなんは?」
「私はねえ、知らん顔して隠れた」

 ひどい奴だと言わんばかりの顔で、三人は飯窪をみつめた。
 首謀者もとい、発案者が捕まってしまった以上、この困っている人探しを終了しても良い気はするが、渡りかけた橋なので生田のお困りごとが気になる工藤と石田は話を戻した。

「ところで生田さんは何がお困りなんですか?」
「うーん。まあ、」
「譜久村さんでしょー」

 はるなんの茶化すような声色に、生田は苦々しい顔をした。図星をつかれた生田は、話さざるを得ないと腹を括ったようだった。工藤は生田のときと変わらず"譜久村さん"という人物が思い出せないようだった。
8 :第一話:まーちゃん、人助け部を作る :2016/06/05(日) 01:03
「まあね。聖が怒っちゃって」
「また喧嘩したんですか?」
「今回はちょっと違うんやって」
「はあ」
「聖から去年もらったプレゼントのストラップ失くして、そのこと言いよったら別に怒ってなかったけん、別のストラップ買ったっちゃけど」
「けど?」
「それを付けだしてから凄く機嫌が悪い」
「外したらいいじゃないですか」
「外したけど、相変わらず冷たいから、また付けた」

 とんだ痴話喧嘩みたいじゃねーかと石田は呆れる。こういう話をひどく面倒に感じてしまう自分はいつまで経っても誰かに寄り添うことができないんじゃないかと苦笑いをする。
 工藤はその横で、ははーんと閃いた顔をした。

「そのストラップって、お誕生日にもらいました?」
「そうやけど」
「それが去年ってことは今年ももらうんですよね?」

 工藤がそこまで言ったところで、飯窪も閃いた。

「なるほど! 生田さんそろそろ誕生日じゃないですか。だからですよ」
「「だから……?」」

 鈍い二人は一緒の顔をして飯窪と工藤から答えをもらえるまで待っている。

「失くしたって聞いて、プレゼントに違うストラップをあげようとしたのに、生田さんが買っちゃったから」
「だから譜久村さんは拗ねたんですよ!」
9 :第一話:まーちゃん、人助け部を作る :2016/06/05(日) 01:04
 工藤少年の締めの一言に生田と石田は明らかにうんざりした顔をした。どうしてそんなことで機嫌を損ねなければならないのだと理解に苦しんでいる。そんな二人を見て、飯窪もうんざりした。

「まったく、二人とも本当に乙女ですか?」
「そうだそうだ」

 うるさいこのヘタレチワワ。改めてもう一度悪口を心の中で堪えてから、石田は「どうもすみませんね」と小声で言った。
 きっとうちには一生わかんないですよーっだ。

「そうだったとして、生田さんはどうしたらいいと?」
「そうですねえ」

 飯窪は実に楽しそうに顎に手をあてつつ上を見上げた。工藤も倣ってか、上を見上げる。

「譜久村さんに、ストラップをおねだりしたらいいんじゃないですか?」
「もう付けてるのに?」
「また失くせばいいじゃないですか」
「えー、気に入っとるっちゃけど」
「そんなことじゃ譜久村さんの機嫌はなおりませんよ!」

 飯窪の勢いに石田は疑問を感じた。いくら何でも親しすぎないか?と。飯窪と生田の接点はどこにあるのだろうか。

「分かった。じゃあこれはるなんにあげるよ」

 生田はストラップを携帯から外して、飯窪に手渡した。あまりに派手なストラップに飯窪は一瞬怯んだが、これも人助けなのかと受け取ることにした。
10 :第一話:まーちゃん、人助け部を作る :2016/06/05(日) 01:05

「でもそれはるなんが付けたりしてたら、またややこしいことになるね」

 工藤は笑いながら言ったが、そんなことになっては洒落にならないぞと、飯窪と生田は目で会話をした。このストラップが再び陽の目を見ることはないかもしれない。

**

 その後、飯窪、石田、工藤の三人は教室に戻り、人助けしてきたことを佐藤に伝えた。
どうして自分のいないところで助けてしまったのか!と怒り出すことを三人は予想していたが、予想に反して佐藤は平然と事の顛末を聞いて、機嫌良く帰路に着いた。
 こんな日もあるもんなんだなと工藤は自転車をこぎながら鼻歌を歌う。携帯が震えたので、自転車を止めて確認すると笑った。

『明日も困ってる人探すぞー!おー!』

 案外、佐藤の今回の発案は自分の日常に良い影響をもたらすんじゃないか。そう小さな期待を抱きつつ、工藤は佐藤へ返信を軽やかに打った。

『おー!』

 きっとすぐに飽きるんだろうけどさ。
 小さな暴君に振り回される高校生活の二年目が、始まった。
11 :第一話:まーちゃん、人助け部を作る :2016/06/05(日) 01:08
12 :第一話:まーちゃん、人助け部を作る :2016/06/05(日) 01:08
13 :第一話:まーちゃん、人助け部を作る :2016/06/05(日) 01:08
14 :名無飼育さん :2016/06/07(火) 17:28
面白い。天気組最高!
15 :名無飼育さん :2016/06/08(水) 00:21
10期いいですね!4人の仲良さそうな姿が浮かんできます
16 :名無飼育さん :2016/06/11(土) 12:49

第二話:鈴木さんとまりあんLOVEりん

17 :第二話:鈴木さんとまりあんLOVEりん :2016/06/11(土) 12:49
 穏やかな朝の教室に、いつも通り早めに着いた譜久村聖はとりあえずと参考書を広げた。文系科目が好きでついついそちらばかりを優先してしまう。英語の参考書には付箋がいっぱい貼られている。
 そんな穏やかな朝を乱すように扉が勢いよく開いた。

「ちょっと聞いてよ! 親戚の子がさあ!」

 教室に乗り込んできた鈴木香音を見て、譜久村はめんどくさそうだなと思う反面、まあたまにはいいかと気分が高鳴った気がした。

「まりあがものすごーくしつこいの」
「まりあちゃん? 前言ってた?」
「そう! 土曜だろうが日曜だろうが最近毎日家に来んのよ」
「やだって言ったらいいじゃん」

 譜久村はカチカチッとシャープペンシルの芯を出しながら答える。鈴木は鞄を机に置きに行くこともせずに話を続けた。

「それがうちの親ったら『あんた別に予定無いんだから遊んだけなさい』ってまりあに超甘いの。まりあ一人っ子だし寂しいのは分かるからたまにならいいんだけど……」
「毎日はきついねえ」
「そうなのよ〜……」

 鈴木は膝から崩れ、譜久村の机に雪崩た。鈴木の下敷きになった参考書を見て譜久村は顔をしかめた。
18 :第二話:鈴木さんとまりあんLOVEりん :2016/06/11(土) 12:50

「はよ〜」

 やる気の無い声と共に教室へ入ってきた生田に、譜久村が事のあらましを話すと、生田は少し考えてからこう言った。

「こういうときこそあいつらか」

 その口調は何かを企んでいるようでもあったし、何かを期待しているようでもあった。どちらにせよ現状が変わるのならばそれで良いので、鈴木は生田に話を聞くことにした。

「あいつら?」
「そ、人助け部」

 そんな胡散臭い部活はあっただろうか。譜久村と鈴木の怪訝な表情をよそに、生田は誰かに携帯でメッセージを送った。

「放課後、来てくれるってさ」

 期待と不安が入り混じりつつ、その日の授業開始を告げるチャイムが鳴った。
19 :第二話:鈴木さんとまりあんLOVEりん :2016/06/11(土) 12:51

**

 ホームルームが終わった放課後。譜久村が教科書入った鞄を持ち上げて帰ろうとすると、生田が肩を叩いた。

「こら、忘れとるやろ」
「ああ」

 一瞬何のことかと譜久村は目を丸くしたが、すぐに思い出したようで鞄を置いた。
 もうほとんど興味は失せてしまった様子の譜久村の頭を、生田は軽く叩いた。

「まーまー、そんな顔せんで。もうすぐ来るけん」
「あいつらって結局誰なの?」
「言ったら聖が逃げるけんダメ」
「えー……」

 傍に来た鈴木と譜久村は、微妙そうな顔をする。どうも生田が胡散臭い。

「こんにちはっ!!」

 突然の大声と共に開いた扉に鈴木と譜久村は肩がはねた。
 見ると、楽しそうな佐藤と苦笑いを浮かべる飯窪と工藤がいた。譜久村は厄介なのが飛び込んできたなと平静を装いつつ呼びかけた。

「優樹ちゃん」

 中学時代に、佐藤が散々部活を荒らして回ったのは記憶に新しい。
 生徒会役員だった譜久村と生田はえらい目に合わされた。
 各部活から奴をどうにかしろと凄まれるも、その嵐が去ることを待つしかなかったからだ。その嵐が再びかと思い、いろいろと諦めた。
20 :第二話:鈴木さんとまりあんLOVEりん :2016/06/11(土) 12:51
「生田さんに呼ばれて来ました〜お邪魔します」

 飯窪が控えめに入ってくると、譜久村の席の傍に立った。譜久村が生田を見ると、生田は何故か誇らしげな顔をした。面白そうだろ?と言わんばかりの顔に、譜久村は呆れた。

「はるなん説明してあげて」
「はい。えーっとですね、つい先日から人助け部っていうのを、ちょっとした、ほんのちょっとした遊びで発足しまして」

 飯窪はなるべく波風立てぬように、かつ佐藤の機嫌を損なわないように生徒会長である譜久村に説明をした。その横で「うんうん」と頷く生田と工藤には下っ端感がある。

「部とか言っちゃってるんですけど、人を助けよう!という精神のもと私たちは集まっているだけです!」

 えらく必死だなと譜久村は飯窪をみつめた。
 佐藤は説明にはまったく興味が無い様子で傍の椅子に座って待っている。
 堂々と三年生の教室の椅子に座れる根性が相変わらずだ。
 問題を起こさないなら、別に何でも構わないので、譜久村は"人助け部"を気にしないことにした。

「なるほど、それで呼んでくれたんだ」

 鈴木は持ち前のお人よしで、飯窪のつぎはぎだらけの説明を飲み込んだ。
21 :第二話:鈴木さんとまりあんLOVEりん :2016/06/11(土) 12:52
「なんか人助けしたくてしょうがないらしいから呼んだ」

 からからと笑う生田に飯窪はちょっとだけ眉間に皺を寄せた。うまくいかなかった責任はすべて自分に来る気がしたからだ。

「じゃあ、お言葉に甘えて話そうかな」

 鈴木は親戚の牧野まりあが毎日家に押しかけてくる話をした。牧野は現在中等部の三年生で、部活はバスケットボール部に所属している。部活が終わって疲れている筈なのに毎日鈴木の家に来ては鈴木に付きまとうそうだ。ちなみにそれは三月ごろから始まったらしく、一ヶ月はその状態が続いている。

「それで、何で毎日来るの?って聞いても言わないんだよね理由」
「え? そんなん断ったら良くない?」

 静かに聞いていたと思えば、急に冷静なトーンで佐藤は工藤の方を向いて言った。その発言を聞いて、鈴木は苦笑いをした。生田がやれやれと言った表情で笑った。

「それが出来ないから困ってるんでしょーが」
「ふーん」

 工藤は佐藤に「静かにしなさい」と言わんばかりに諭した。

「それっていつからですか?」

 佐藤の発言を無かったことにする為に、飯窪は質問をした。

「ここ一ヶ月くらいかな」
「なるほど……」

 うーん。と、飯窪と工藤だけが真剣に悩む中、佐藤がぽんっと手を叩いた。
22 :第二話:鈴木さんとまりあんLOVEりん :2016/06/11(土) 12:52
 まずい。
 慌てて工藤が止めようとするも、佐藤の口の方が早かった。

「あれじゃない? 次高校に入っても、鈴木さんいないって気付いたんじゃないです?」

 その発言を受けて、その場にいた全員が少しだけ固まった。
 天然のことは天然が一番よく分かるのかもしれない。
 飯窪と工藤は目を見合わせて「おー」と感心した。

「え?いまさら?? 三個下なんだから当たり前じゃない?」

 譜久村の至極当然な指摘に、鈴木は苦笑いする他無かった。何故ならば牧野は超が付くほどの天然だし、そういえば中学に入った時も『鈴木さんがいない〜〜〜〜!』と号泣していたからだ。

「なるほどね。じゃ、本人に聞きにいこっか」

 生田がそう言って、鈴木と譜久村に目配せをした。その後で後輩の三人にも目をやると頷いたので、牧野の部活が終わるまで待つことにした。
 今頃あゆみんも部活か。
 ふと石田のことを思い出しつつ、工藤は携帯を取り出して時間を潰した。
23 :第二話:鈴木さんとまりあんLOVEりん :2016/06/11(土) 12:52

**

 良い頃合いだろうと、正門へ向かった。少ししてから、ぴょこぴょこと跳ねながら移動する不思議な人物をみつけた。それこそが鈴木の親戚の牧野真莉愛だった。
 長い髪をポニーテールにした、明らかに快活な姿を飯窪と工藤は眩しそうにみつめた。私達にもあんな頃があったのだろうかと。きっと無かった。

「あ、鈴木さーーーーーんっ!!」

 その声を聴いて、佐藤があからさまにうるさそうな顔をしたので、工藤は少し冷や汗をかいた。その点生田や譜久村は大人でというか、あまり関わりたく無いのか空気と化している。

「まりあ」

 鈴木が名前を呼ぶと嬉しそうにぴたっ!と立ち止まる。

「どうしたんですか? まりあ今からおうちに行こうと思ってたんですけど」
「……単刀直入に聞くけど、まりあが最近毎日うちにくるのは、高校に上がっても私がいないことに気が付いたからなの?」

 牧野の目が大きく見開かれて、頭頂部にあるはずの無い犬耳が下がったようだった。ぐっと堪えるように下を向いてから、涙は決壊したようだった。
24 :第二話:鈴木さんとまりあんLOVEりん :2016/06/11(土) 12:52
 完全に子供の泣き方だ……!
 飯窪は驚きを隠さずにおろおろとした。
 懸命に涙を堪えようとしているのか顔がしかめっ面になった牧野は、スカートのすそをぎゅっと握っている。
 鈴木はため息を何個か殺してから口を開いた。

「まりあが中学に入ったとき、私いなかったでしょ? それで気付きなよ〜。何で今更なの」
「だって〜」

 その場で地団駄を踏む牧野を少し離れた位置から中等部の生徒がみつめている。同じ部活の子だろうかと工藤が見ていると、その子はハッとしたように逃げた。

「わかんなかったんですもん〜!!」

 鈴木は観念したように牧野の頭を撫でた。

「親戚で家も近いんだからいつでも会えるって。私の制服は背も違うし使えないだろうけど、学年章あげるからさ。そんなに寂しがらないでよ」

 今の三年の学年章は次の新一年生の色となる。

「ほんとですか!」
「ほんとほんと。だから、毎日来るのはやめて」
「ええ〜〜〜〜〜」
「あたしゃ静かに暮らしたいんだよ……」

 老後かよ。
 生田と譜久村は声に出さずにつっこみを入れた。
25 :第二話:鈴木さんとまりあんLOVEりん :2016/06/11(土) 12:53

「名推理だったね、まーちゃん」

 そう言って工藤が佐藤の方を向けば、全然別の方向を佐藤が向いていた。いつになく真剣な目をしているので、驚くと同時に更に声を掛けた。

「どしたの」

 佐藤と同じ方を向くと、高等部の生徒が一人正門をくぐるところだった。見たことの無い生徒で、学年章を見ると一年生なのが分かる。佐藤の視線に気付く様子は無く、その生徒は帰って行った。

「あの子、知り合い?」

 一年にしてはずいぶん落ち着いた雰囲気の子だったな。
 工藤が感心するようにその後姿を見ていると、佐藤が工藤の肩をはたいた。

「いたっ。何すんのさ」
「あの子きらい」

 随分と子供染みた言い方で佐藤は言い放った。
26 :第二話:鈴木さんとまりあんLOVEりん :2016/06/11(土) 12:53
「なんで」
「なんとなく」
「ひでー。喋ったことないっしょ?」
「無いけど」
「じゃあそんなこと言わない方がいいよ」

 工藤が宥めるように佐藤を説き伏せる。

「なんか、まさから大事なもの取っていきそうなんだもん」
「なんだそりゃ」

 変なの。と、続けて笑う工藤の方を佐藤は睨んだ。

「帰ろっか」

 鈴木達が一件落着したようで、飯窪が工藤と佐藤に声を掛けた。

「ありがとね、みんな」

 鈴木と手を繋いで嬉しそうな牧野も「ありがとうございました!」と良く訳も分かっていない筈なのに大きな声でお礼を言った。
 解散の流れとなって、工藤以外は正門を出てそれぞれの帰路に着いた。工藤は一人駐輪場へと向かった。あの中では唯一の自転車通学組だからだ。
 駐輪場へ向かう途中で、さっき目があった中学生がいた。また目が合ったと思えば逃げられた。
 この学校は変な子ばっかだな。
 いつも自分の横にいる人が一番変だということは棚に上げて、工藤は駐輪場へと歩を進めた。

27 :第二話:鈴木さんとまりあんLOVEりん :2016/06/11(土) 12:53
28 :第二話:鈴木さんとまりあんLOVEりん :2016/06/11(土) 12:53
29 :第二話:鈴木さんとまりあんLOVEりん :2016/06/11(土) 12:54
30 :名無し飼育さん :2016/06/11(土) 22:25
おもしろい!
31 :名無飼育さん :2016/06/18(土) 12:29


第三話:スプ水先生現る

32 :第三話:スプ水先生現る :2016/06/18(土) 12:30
 工藤はその日いつも通り愛車に跨り下校していた。
 誕生日に買ってもらったクロスバイクはとても軽快で乗り心地が良い。
 これになってからというもの、佐藤を後ろに乗せて送ることもなくなったので快適な下校ライフを楽しんでいる。
 そんないつも通りの夕方すぎに、工藤は奇妙な光景を目にした。中等部の制服を来た二人組が高等部の生徒となにやら話をしている。
 それだけならば普通なのだけれど、どうも高等部の生徒が中等部の生徒に平謝りをしている。おかしなこともあるものだと工藤は少し速度を落としつつ、その横を過ぎた。

「いやいや、そんな風に謝られても、困りますって」

 独特のイントネーションが聞こえてきた。
 標準語じゃないっぽい。
 通り過ぎてみたものの、何か気になる。かといって戻るのは不自然すぎると思い、諦めてそのまま帰宅した。工藤の頭には黒髪ロングの少女が脳裏に焼き付いた。

33 :第三話:スプ水先生現る :2016/06/18(土) 12:31
**

「何か昨日不思議な光景を見たんだよね」
「なに?」
「うちの高等部の生徒がさ、中等部の子に平謝りしてた」
「へえ?」

 驚くほど興味が無さそうな石田は携帯をみつめながら、何やらイライラしているご様子だ。工藤はこんな日もあるよね〜という大人な表情で、そんな石田に言葉を続けた。

「中等部の子はなかなか可愛い子達だったな〜」

 椅子にだらしなくもたれながら、教室の天井を眺める。あれは一体何だったのだろうか。あの中等部の生徒の余裕は一体何だったんだろうか。色白の子は堂々としていたけれど、もう一人の子はおろおろしていたし。よく分かんないな。
 工藤は椅子をぎしぎしと前後に揺らしながらぼんやりしていた。
 石田は変わらずに携帯を睨んでいる。何がそんなに気に食わないんだ?と工藤は不思議がった。

「なに? なんかあったの?」

 質問してからしまったなと工藤は顔をしかめた。明らかに寝不足な顔をこちらに向けてきた石田は工藤の顔を見てから薄く笑った。

「別に」

 これ以上聞かないでくれと言わんばかりの物言いに、工藤は「そっか」と返す他なかった。
34 :第三話:スプ水先生現る :2016/06/18(土) 12:31
 まあ元々悩みやすいタイプだし、その内自分で解決してくるだろう。
 石田の顔を見ながら工藤はそう考えることで決着を付けた。この話題は飯窪の辺りにでも聞いてもらって、そもそもその中等部の生徒が誰なのか、ある程度顔の広い飯窪に調べてもらうことにしよう。工藤は飯窪が登校してくるのを待った。
 そう願ったのがいけなかったのか、飯窪は休みだった。

『風邪ひいちゃった』

 その連絡を見て、工藤は肩を落とした。こうなれば自分だけで調べようかと思ったが、そこまですることでは無いかと忘れることにした。
 担任の新垣が教室に入ってきて、石田は自席に戻って行った。春日差しが温かく教室に差し込む。

「えー、今日のLHRは合唱コンクールの役割を決めてもらうんで、よろしく」

 げ。
 クラス全員の顔にそう書かれた気がした。石田は相変わらずイライラしたままなので変わり無いが、佐藤も工藤も他の全員がめんどくさそうな顔をしている。

「伴奏は、さと「やです!」
「おーい。去年好評だっただろ」

 新垣の言葉を続けさせまいと佐藤が叫んだ。

「やなものは、やなんです!」
「わかったわかった。まあ、LHRにまた考えよう」

 観念したように新垣は佐藤を宥めた。その後は簡潔に事務事項を伝えて、朝のSHRは終わった。
35 :第三話:スプ水先生現る :2016/06/18(土) 12:32
 まーちゃん去年、散々悔しがってたもんなあ。
 工藤が去年の事を思い出す。練習のしすぎて手首を痛めていた佐藤は、少しだけミスをした。はたから見ればそれでも十分に上手かったけれど、佐藤にはそれが許せなかった。
 真面目なんだか、わがままなんだか。
 チャイムと共に一時間目の先生がやってくる。工藤の頭からは石田のイライラも、昨日の中等部の生徒も消えていた。
36 :第三話:スプ水先生現る :2016/06/18(土) 12:32
**

 その頃、中等部の教室では尾形春水が嬉しそうに携帯を眺めている。もちろん授業中に見てはいけないのだが、そんなことはおかまいなしで上手にカモフラージュしつつ見ている。
 石田さんと言えばダンス部のエースや。そんな人が告白されてるシーンを撮れたなんて超ラッキーやわ。
 尾形は笑いが堪えられないようで、何度もその写真を眺めている。
 この学校に来てほんま良かったわ。中高一貫の女子校なんてネタの宝庫や。
 尾形の背中から黒いオーラが出ていたようで、野中美希は心配な表情でそれを見つめた。
 また春水ちゃん良からぬことを考えてそう……。
 この後の展開にため息が隠せない野中だった。

『次の記事はこれで決まりやね』

 尾形からきたメッセージに頭を抱える野中。

『石田さんに許可貰いに行くの?』
『もう送った』
「え」
「どうした、野中」
「っ、なんでもありません!」

 思わず口から出てしまった驚きに、野中は顔を赤くした。必死に取り繕って先生に何でもないとアピールするも、頭の中は混乱している。
37 :第三話:スプ水先生現る :2016/06/18(土) 12:33
『驚きすぎやで。もうメッセージ送っといた。次の記事にさせて下さいって』

 同じクラスの友達が言っていた。「あの先輩ちょー怖いんだよね」という言葉を思い出して野中は更に頭を抱えた。石田という人物は怖いというのが、野中の中に染みついていた。
 かく言う尾形は、校内新聞に載せる記事が出来たという事実だけで大喜びの様子だった。

『何で連絡先知ってたの?』
『そんなんうちにかかったらお茶の子さいさいやで』

 友人選びを間違えたかもしれない。
 毎日肝を冷やされる側に、たまにはなってほしいと思いつつ、野中は流暢な英語で先生の質問に答えた。

「It is hard to help you.」
「はい、正解」

『ってことで、放課後会いに行こ、石田さんに』

 勘弁してよと言う代わりに、着席したそばから野中は眠りについた。
38 :第三話:スプ水先生現る :2016/06/18(土) 12:33
**

 昼休みに佐藤は一人で音楽準室に訪れていた。新垣から鍵を借りて来たのは良いものの、気乗りはしない。中学に上がってピアノを習うのを辞めてから、佐藤の生活からピアノは消えた。それでも伴奏を頼まれればやっていたのだけれど、自分の理想と同じ位置までピアノの腕が上がらないことに苛立ちを隠せない。
 もう一回習うという選択肢がないわけではないけれど、それが出来ないのはピアノコンクールで負けたことを思い出してしまうからだ。

「あー、もうっ」

 ピアノを開いて音を鳴らそうにもイライラして落ち着かない。
 そんなときに準備室のドアが開いた。驚いてそちらを見ると、一年生が数名、頭を下げた。

「失礼します。楽譜を取らせて下さい」

 その姿に佐藤は見覚えがあった。やけに落ち着いた声色と立ち姿。この前見掛けた子だと理解した。そして工藤に何と伝えたかも思い出した。
 佐藤はこの小田さくらという少女に二回目の「きらい」という感情を抱いた。

「どうぞ……」
39 :第三話:スプ水先生現る :2016/06/18(土) 12:33
 小さく返したものの、小田から返事は無かった。それどころか、最初から佐藤の返事を期待していなかったのか既に準備室の中に入ってきていた。他の数名はぺこぺこと頭を下げながら、後に続いて入ってきた。

「合唱の?」
「そうなんです。私たち合唱部なので、曲選びを任されまして」

 質問を投げ掛けると、あっさりと返ってきたので佐藤は拍子抜けした。案外普通の子なのかなと小さな興味が生まれた。ただそうは言ってもどこか苦手な人種のような気がして、どちらかと言えば先輩の佐藤の方が怯えているようだった。

「合唱部なんてあったっけ」
「ありますよ」

 そう言って小田は佐藤に笑いかけた。初めて目が合ったことで、佐藤の中には不思議な感情が生まれた。
 何だろ。とっても優しい子に見える。けど、なんか違う。
 動物的な感性なのか、自分でもよく分からなかったので、佐藤は考えることをやめた。

「そっか、頑張ってね」

 当たり障りの無い返事をして、佐藤は会話を終わらせた。小田達も探し物が終わるとすぐに帰って行った。
 一呼吸置いてから、ピアノを弾き始めるとさっきまでの苛立ちが無かったかのようにスムーズに指が動いた。軽くなった心とは裏腹に、鳴る音はどこか悲し気ではあったけれど。
40 :第三話:スプ水先生現る :2016/06/18(土) 12:34
**

 野中はお腹が痛かった。高等部の校舎に行くのは、新聞部の部室があるので慣れてはいるが、教室へ向かうことには動揺を隠せない。今までだって先輩方の記事を書くときに、許可を貰いに行くことはあったが、最近の尾形の記事の傾向が良くない。

「最近さ」
「ん?」
「何でもない……」

 尾形のうきうきした顔を見ると、何も言えなくなる自分が、野中は嫌だった。いつもこうやって後ろを付いて回って振り回されるのだから世話がないと自分に呆れる。それでも付いて回るのは、尾形の言葉のせいだった。

『野中ちゃんはおもろい』

 そう言われたことが初めてで嬉しかった。尾形からすれば何でも無い言葉でも、野中にとっては宝物だった。
 思い出にふけっていると、目当ての教室に着いてしまった。呼吸を整える前に尾形が戸を開けたので、野中は慌てて後に続いて入った。
 石田は自分の席に座って腕を組んでいる。明らかに機嫌の悪そうな姿に、尾形は笑いを堪えた。人間のこういう表情が面白いと言わんばかりに、心が躍っていた。

「あ」

 入ってきた二人を見て工藤が声を上げた。
 尾形は工藤を見た。そして、かしゃかしゃっと尾形の脳内で計算がされてから、尾形は目いっぱいの笑顔を工藤に向けた。印象を良くしておくことが大切だと判断されたようだ。

「失礼します」

 頭を下げた尾形と野中に、工藤もつられて頭を下げた。
41 :第三話:スプ水先生現る :2016/06/18(土) 12:34
 この子だったんだ。
 工藤は尾形と野中に見覚えがあった。昨日見掛けた高等部の生徒に謝られていた二人組。それがこの二人だった。
 昼休みの時間に、ついに不機嫌の理由を明かした石田に対して、工藤は爆笑を返した。当の本人はより一層苛立ちを増した様子で「うるっさい!」と一喝した。
 この学校じゃ同性に告白されるなんてよくあることだけど、あゆみんがっていうのがツボだわ。
 工藤は思い出し笑いを堪えながら、三人のやり取りを見守ることにした。
 石田の表情にすっかり怯えた野中は直立不動だ。

「こんにちは石田さん。メッセージ見て頂けました?」
「見た」
「記事にしてもいいですか?」
「ダメに決まってんじゃん」

 淡々と二人の会話が進む。工藤は笑いを堪えているし、野中は委縮して冷や汗ばかりかいている。

「石田さん人気あるんですよ。だから記事にさせてもらえたらなーって」
「ダメなもんはダメ」
「そうですか……」

 そう言った尾形は、一見落ち込んでいるように見えたが、工藤はそうではない気がした。この不気味な感じは何だろうと思ったときにふと思い出した。尾形に平謝りしていた高等部の生徒の姿を。
 断ったら、多分良くない。

「あー、あゆみん。いいんじゃない?載せさせてあげたら」
「はあ?!」

 石田の勢いのあるつっこみに工藤は、まあまあ、と宥めるように手を伸ばした。
42 :第三話:スプ水先生現る :2016/06/18(土) 12:34
「いや、ほら、メッセージにも書いてたじゃん? 名前は伏せるって」
「でも分かる人には分かるじゃん! ダンス部二年の小さい人なんてうちくらいだよ!?」
「まあまあ……」

 視線で一生懸命、「何か嫌な予感がするんだって」と送るものの、石田は一向に気付かない。
 尾形は小さく息を吐いてから、落ち込んだ様子を崩さずに言った。

「分かりました。じゃあ、違う記事にします」

 野中と工藤は嫌な予感がした。工藤は尾形が次の言葉を紡ぐ前に石田の方に寄り、肩を引き寄せて内緒話をする体勢に持って行った。肩を組んで小声で話し掛ける。

「なに」
「あゆみん、この子なんだよ」
「は?」
「この前、高等部の子たちが平謝りしてた、中等部の子」
「……」
「だから何か嫌な予感がするんだって。ここは載せさせとこうよ」
「でも……」
「いーじゃん、告白されたことくらい!」
「よ・く・な・い!」

 石田の顔が真っ赤になっているので、工藤も記事にすることは本意ではない。

「ちなみに違う記事ってどんなの……?」

 工藤は尾形の方を向いて、小さく尋ねた。
43 :第三話:スプ水先生現る :2016/06/18(土) 12:35
「そんな大した記事やないですよ。この前告白されてたやつやなくて、先月されてた方にします」
「あんまり変わんないじゃん!!」

 石田の絶叫に対して、工藤は驚いた。

「先月も告白されたの?!」
「うるっさい!」

 真っ赤っかな石田に対して、尾形はトーンを変えずに言い放った。

「それも駄目なら違う記事にします」

 工藤と石田は完全に怯んだ。この子はきっとまだ数々のネタを持った上で、満を持して記事にしようとしている。これが駄目ならアレ、アレも駄目ならコレ。それだけの数を握られているとなると、恐ろしく感じたし、きりがない。
 きっとあの生徒もこんな風に追い詰められて、謝ったのだろう。そこであの台詞を言い放った尾形には、逆らわない方が良い気がした。

「あゆみん」
「……分かったよ、記事にしていいよ」
「わー、ありがとうございます。じゃ!」
44 :第三話:スプ水先生現る :2016/06/18(土) 12:35
 颯爽と教室から去っていった尾形と、深々と頭を下げて行った野中に、忌々しい視線を向ける石田の肩を、工藤はそっと叩いた。

「どんまい。ってか、モテモテだね」
「うっさい」

 石田は、とんでもない奴に目を付けられたと自分を憐れんだ。
 大体モテたって何も嬉しくない。好きとか嫌いとか、訳分かんない。結局あの感情もあの感情も、そういうものでは無かったんだから。
 石田は少しだけ昔を思い返してから、気を取り直して立ち上がった。工藤もこの行事に付き合う為に残っていただけなので、鞄を持ち上げた。

「こういうときこそ人助け部が助けてくれるもんじゃないの?」
「部長がお休みですからねえ」

 工藤は音楽準備室に駆けていった佐藤を思い出した。お昼休みも弾きに行っていたのに、放課後にも行くなんてよっぽど気分が乗ってきたのだろうと感じた。そんな佐藤をそっとしておく為に、この件については声を掛けなかった。きっと言ったところで、興味が他に向いている佐藤の耳に入りすらしないだろうと工藤は笑った。

「ま! 気を取り直して部活頑張んなよ! いってらっしゃい」
「……そだね、いってくるわ」

 石田は部活を行う体育館へと足を進めた。
 何年もそこで躍っている。何年も背を追いかけている。向上心以外の心は、どこかへ置き去りにされてしまった。そんな気がした。
45 :第三話:スプ水先生現る :2016/06/18(土) 12:35
46 :第三話:スプ水先生現る :2016/06/18(土) 12:36
47 :名無飼育さん :2016/06/18(土) 12:37
>>14
>>15
>>30

レスありがとうございます。
引き続き頑張ります!
48 :名無飼育さん :2016/06/19(日) 22:11
スプ水先生の活躍に期待がふくらみます!
49 :名無飼育さん :2016/06/23(木) 22:26
面白いです、天気組もし同級生なら本当にこうゆう感じですね、かわいいです
嵐ようなまーちゃん続き何が起こしてって楽しみます(海外の人です、おかしいな日本語すみません><
50 :名無飼育さん :2016/06/25(土) 12:56

第四話:それぞれの思い

51 :第四話:それぞれの思い :2016/06/25(土) 12:57
 飯窪はいかがなものかと周りを眺めた。
 私が風邪をひいて二、三日休んでいる間に世界の情勢は変わってしまったらしい。
 飯窪はまだ少し気だるい頭で考えた。
 佐藤と工藤の間の空気が悪いのは、恐らくよくある痴話げんかだろう。しょっちゅうけんかしては仲直りをして、よく飽きないと思う。
 あゆみんは何だろう。
 機嫌が悪いというわけではなさそうで、どちらかと言えば無表情だ。それがいつになく深い気がして、心がざわつく。
 何も一緒の時期にこんな風にならなくてよくない?
 とりあえず工藤と佐藤から何とかしようと、飯窪は工藤のそばに寄った。それを佐藤が視界の端で捉えてきたが、何も声は掛けてこない。

「どうかしたの?」

 いつも通りの声色で尋ねると、工藤は「それがさ、わけわかんないんだって」と、待ってましたと言わんばかりに話し始めた。
 どちらの味方をするわけにもいかないので、飯窪はなるべく落ち着いて続きを促した。

「わけわかんないって?」
「昨日まーちゃんがピアノの練習しに準備室に行ってたから、見に行ったのね。したらそこに小田ちゃんっていう子がいて、その子とちょっと話してたら急にまーちゃんがキレてさ」

 小田ちゃんという突然の登場人物に飯窪は面食らいつつ、まだ見ぬ小田ちゃんに思いを馳せた。
 名前を聞くのは初めてで、ちゃん付けということは年下だろう。
 佐藤は結局、合唱コンクールの伴奏を引き受けることにしたので、連日、音楽準備室へと練習に出向いている。
 まーのやきもちかあ。
 飯窪は微笑ましいと言わんばかりの表情をしてから、工藤と、離れた位置にいる佐藤に向けて呟いた。
52 :第四話:それぞれの思い :2016/06/25(土) 12:57

「やきもち?」
「そんなんじゃないっ!」
「おおっ」

 遠くから佐藤の声が教室に響く。何名かの生徒がこちらを向いたが、また佐藤かといった表情で興味無さげにそれぞれの輪に意識を戻していった。
 そんな絶叫が響く中でも石田はぼんやりと外を眺めたり携帯を眺めたりと一人の世界から帰ってこない。
 こっちはこっちで重症なのね。
 飯窪は近付いてきた佐藤の前に手を出して制した。

「落ち着いて」
「何が違うのさ、そんないちいちやきもちやかないでよ。ハル誰とも喋れないじゃん」
「前言ったじゃん!」
「何を」
「もう言わない!」
「なんなんだよー!」

 これは最近だと一番の盛り上がりなけんかかもしれないな。
 朝の授業前に終わらせるには少々難がありそうなので、飯窪はとりあえず二人を静めてから、席に着いた。
 ふと携帯を開いて気付いた一通のメッセージ。昨日から来ていたのだろうか、覚えは無くて、あまり開く気にもなれずそのままポケットにしまった。
 放っておけばその内に仲直りをするだろう。飯窪は鈍い頭でそう結論付けた。まだ体が本調子では無いので、あまり考え事をしたくなかった。
 担任の新垣が来たと同時に携帯が震えた。早く見ろと言わんばかりに鳴ったものだから、飯窪は仕方なくそれを開いた。

『かぜ、もう大丈夫?』
53 :第四話:それぞれの思い :2016/06/25(土) 12:58

 今送られてきたばかりの生田のメッセージに飯窪は安心した。気性が激しく見えて穏やかな生田を飯窪は好いている。
 幼馴染であることはまだ周囲には言っていないが、隠しているつもりもない。
 聞かれれば答えるのだけれど、誰も聞いては来ないから、それはそれでいいと思っている。

『大丈夫です。今日は来てますよ』

 返事を送るとすぐに『そっか、無理せんようにね』と返ってきた。
 生田の前に来ていたメッセージもついでに開いたが、実にくだらない迷惑メッセージだった。

**

 昼休み。
 音楽準備室への足取りはいつも軽い。今日はどんな音が鳴るだろうかと心が弾む。課題の曲だって練習はしているけれど、それ以上の何かが欲しい。
 佐藤は足早に階段を駆け上がり、準備室の戸を開いた。
 中には誰もおらず、佐藤はまっすぐピアノに向かって行く。
 合唱コンクールまで残り少なくなってきたのが惜しい。終わってしまえばこの時間と空間は無くなってしまう。

「こんにちは」

 ピアノの白鍵と黒鍵が見えたと同時に戸が開いた。小田が佐藤の方を見て笑う。
 工藤が小田と話すことには異常に苛立ちを感じるが、自分は例外だと佐藤は勝手な解釈をした。
 だって何かを連れていってしまいそうだから。
 心の中で工藤に少しだけ謝りながら佐藤は小田を手招いた。

「課題曲からやりますか?」
「うん」

 佐藤の弾くピアノに合わせて小田が歌う。合唱コンクール以外の曲も二人で合わせる。お昼休みはそんな時間になっていた。
54 :第四話:それぞれの思い :2016/06/25(土) 12:58

**

 その頃教室では、机を挟んで向かい合わせに座った飯窪と工藤が話していた。

「さて、ゆっくり聞こうかな」
「いや、朝話した通りなんだって」
「その小田ちゃん? と話してたら急にまーが怒ったの?」
「そう、何の前触れも無かったよ」
「まーが言ってた、"前言ったじゃん!"は?」
「それがさっぱり……」
「てかそれ、小田ちゃんもかわいそうだね。急に話してたら怒られて」
「いや小田ちゃんにはぜんっぜん怒ってないの。ハルだけ」
「な、なるほど……」

 飯窪はとても憐れみを含んだ表情で工藤をみつめた。佐藤の嫉妬を一心に受けた工藤がかわいそうでならない。
 佐藤が私たちの誰かと他の誰かが仲良くする姿に、嫉妬をするのは実によくあることで、その度に私たちは笑って流してきた。
 まあこんなに怒るってことは、

「まーちゃん、その小田ちゃんも大好きなんだろうね」

 今までは、佐藤の仲が良い人が第三者と仲良くしていて拗ねていたが、今回はきっと"両方とも大好き"なのだろうと飯窪はふんだ。
 工藤はその言葉に驚きはしなかったが、複雑な顔をした。

「それはそれでこっちが妬けるって? やめてよ、どぅーまで」

 その表情を見て飯窪は先手を打った。嫉妬が得意なのは佐藤だけにしてほしいからだ。工藤まで嫉妬しいになってしまっては困る。

「そんなこと思ってないし」
「顔に出てるよ、か・お・に」

 しつこく指摘すると、工藤は一瞬だけ、"むっ"と険しい顔をしてから、息を抜いて笑った。

55 :第四話:それぞれの思い :2016/06/25(土) 12:59

「だね。やめとく」
「うん、やめて。まーちゃんだけで手一杯だから」
「でもさー、あの子。小田ちゃんのこと初めて見たとき何て言ってたと思う?」
「なんて?」
「話しても無いのにさ、"きらい"っつってたんだよ。ひどくない?」
「まーちゃんらしい」
「それが今じゃ仲良しですよ。工藤さん嫉妬ですよ」
「まあまあ、その内戻ってくるって」

 工藤の肩を二回ほど軽く叩くと、二人で笑った。
 いつもこうやって振り回されるのに、佐藤から離れられない呪いでも掛けられているのかもしれない。それはきっと説明し難い絆だろう。
 佐藤の気まぐれだった人助け部もいつの間にやら、合唱コンクールの波ですっかり活動をしていない。放課後には合唱の練習があるし、仕方の無いことだけれど。
 合唱コンクールも近付いてきて、そろそろお昼休みもクラスで練習をする筈だから佐藤も戻ってくるだろう。
 飯窪はこの二人に関してはさほど心配していなかった。

「あゆみんは何かあったの?」
「あ、はるなん見てないのか。校内新聞」
「校内新聞?」

 それがどうかしたのかと飯窪は不思議そうな顔をした。その顔を見て工藤は、教室の後ろの棚に乱雑に置かれた校内新聞を持ってきた。
 一面を広げて見せると、飯窪の大きな目が更に見開かれた。
 魚みたい。
 工藤はそんな失礼な感想を抱きつつ、休んでいる間に起きたことを話した
56 :第四話:それぞれの思い :2016/06/25(土) 12:59
 話しつつ、工藤は分からないことがあった。校内新聞が発行された日の石田の様子は恥ずかしがっているというより、魂が抜けていた。
 そして今日も魂が抜けたような顔をしていた。それは自分が校内新聞に載った恥ずかしさというには違う気がした。

「確かにあゆみんはこれはダメージくらってそうだけど、何か違う気がするね」

 飯窪も工藤と同様の感想を抱いたようで、きっとこの考えは正解だろうと工藤は口を開いた。

「やっぱり? ハルもそう思うんだよね。多分何か別にあるよね」
「うん」

 二人して顔を見合わせて、またあんなことにならないだろうかと心配を隠せなかった。
 工藤たちが一年生の頃、ダンス部の先輩であった、鞘師里保が留学をすると石田から聞かされた。
 そのときの石田を思い出して、二人とも苦い顔をした。
 二年になってますます部活にのめり込んだ石田を、二人は応援もしているし、心配もしていた。

**

 音が聞こえにくい。リズムが取れない。体が重い。
 三重苦じゃないかと石田は苦笑いすら浮かべるのが億劫だった。
 昼休みの練習はただでさえ限られた時間なのであっという間に時間が過ぎる。こうやって無駄な時間を過ごしている自分があまりにも憐れに思えた。
 部長の声も耳に入らなくて、ただただ汗が落ちる。

「どしたの」

 同学年に声を掛けられても、「別に」と返すので精一杯だ。
57 :第四話:それぞれの思い :2016/06/25(土) 12:59
 校内新聞に記事を載せると言われた日の部活、追い打ちのように部長から言われたことが耳に残っている。

『焦ったって、どれだけがむしゃらにやったって鞘師にはなれないからね』

 その一言で自分の努力がすべて崩れた気がしてしまった。
 確かにその日の練習では鞘師さんの顔がちらついていた。あのときの憧れを強く思い出したから。
 そんなつもりでやっていた訳ではないと言い聞かせてきた。

 昼休みの練習が終わるまでの時間がひどく長く感じられた。
 終わりの声と同時に素早く体育館を抜け出す。教室までの足取りも重く、汗はいつの間にかひいていた。

「あゆみ」

 不意に呼ばれた石田が振り向くと、佐藤がいた。
 頭がぼんやりとしている石田には、どうして佐藤がここにいるのかすらわからなかった。
 おまけに見たことの無い顔が横に立っている。学年章を見るに一年生だ。

「まーちゃん」

 名前を呼び返す以外の言葉が出てこない。そんな内に一年生は「失礼しますね」と言って頭を下げてどこかへ行ってしまった。
 不思議な雰囲気の子。
 小田に対する石田の感想はその程度だった。
58 :第四話:それぞれの思い :2016/06/25(土) 13:00

「あゆみ、なんか変」
「そうかな」

 佐藤の顔をあまり見ないで石田は答えた。願わくば早く教室に戻って着替えてしまいたい。

「ふーん」

 佐藤は腑に落ちない表情で石田と並んで教室へと向かう。

「そろそろ練習出てよあゆみも」
「何の?」
「合唱に決まってんじゃん」
「ああ」

 石田は、部活があるからという理由で初めの内は合唱の練習に参加していなかったことを思い出した。
 部活に参加したくない気分だしちょうどいいなと石田は複雑な気持ちで笑った。

「参加するよ」
「そうそう! あゆみお団子の歌聞いたらびっくりするよ。すっごいうまいの」

 お団子って誰だよ。
 石田は少し考えてから、さっきの一年生かと納得した。

「そうなんだ」
「天才って感じ」

 佐藤の発言に石田は心がすっと切られた気がした。どうしてだかは分からないけれど、受け入れ難いことを言われた気がした。
 また石田の頭に鞘師の影がちらついた。
59 :第四話:それぞれの思い :2016/06/25(土) 13:00

「そんなに言うなら聞いてみたいわ」

 投げ捨てるように言った言葉に佐藤が「じゃあ明日の昼休み一緒にいこ!」と勢い良く返して来たので、石田は驚いた。
 そういうつもりで言った訳では、と弁明する時間も与えられずに教室に入った。
 入った傍から飯窪と工藤が心配そうな表情で石田を見た。その顔を見て、石田は更に自分が追い詰められた気がした。

**

 羽賀朱音は考えていた。
 中学一年生のときに初めて見掛けた工藤がびっくりするほどかっこよく、羽賀は半ば一目惚れのような感情を抱いた。
 それから工藤が結構な人気者であることを知り、少し引っ込み思案な羽賀は打ちひしがれた。
 工藤が高校にあがってしまってからは、校舎も離れ、滅多に目にする機会が無い。
 そんな中、先日の放課後にたまたま見掛けた。同じ部活の牧野に用があったようで、羨ましかった。
 目が合うと同時に逃げてしまった自分を情けなく思い、羽賀は反省していた。

「どうしたの?羽賀ちゃん」
「まりあちゃん」

 羽賀はひらめいた。
 そうだ、まりあちゃんは工藤さんの連絡先を知っているかも。

「まりあちゃんってさ、工藤さんの連絡先知ってる?」
「クドウさん?」

 牧野の頭の中では漢字にすら変換されなかったようで、羽賀は肩を落とした。
 それもそうだ、あのときも別に工藤と牧野が直接会話をしていた様子は無かったのだから。
60 :第四話:それぞれの思い :2016/06/25(土) 13:00
 牧野は肩を落とした羽賀を心配そうにみつめながら、何かひらめいた様子だった。

「あの芸能人の?!」
「……」

 もう何も言うまいと羽賀はそっと会話を終了させようとした。

「違うの……? あ、そうだ!」

 また何か閃いた様子の牧野に、羽賀は期待を抱かなかった。

「なんかね、人助け部っていうのがあるんだって!」
「人助け部?」

 聞き覚えの無い部活に、羽賀は訝しんだ。
 ただ、牧野が嘘をつける人種ではないと分かっているので、大人しく続きを聞くことにした。

「鈴木さんが言ってたの! 羽賀ちゃんがそのクドウさんっていう人を探したいなら手伝ってもらおうよ」

 鈴木さんと言うのは、牧野が良く話題に出す親戚の人のことだろう。
 羽賀はあまり気乗りはしなかったが、たまには牧野に頼ってみることにした。

「そうしよっかな」

 羽賀のその発言に、牧野は嬉しそうに頷いた。
 そして携帯を取り出して誰かにメッセージを送っている。きっとそれは鈴木さんという人だろう。
 期待は薄いけれど、牧野が一緒に行動してくれるというのは少しだけ心強い。羽賀はそう感じながら流れに身を任せることにした。
 そのやり取りを教室の離れたところから聞いていた尾形は、薄く笑った。

 そのクドウさんこそが、人助け部やねんけどな。

 尾形の笑いを見て、野中はまた不安な気持ちになった。
61 :第四話:それぞれの思い :2016/06/25(土) 13:01

つづく。

62 :名無飼育さん :2016/06/25(土) 13:06
>>48
レスありがとうございます。

>>49
海外の方なんですね。レスありがとうございます。
63 :名無飼育さん :2016/06/25(土) 13:10
天気組を中心にそれぞれのメンバーの話も書いていくつもりです。
引き続きよろしくお願いします。
64 :名無し飼育さん :2016/06/25(土) 21:25
面白い!!
なんか飄々とした文章が好きです。
毎回続きが気になり続きが待ち遠しいです
スプ先生と巻き込まれ野中っちw
65 :名無飼育さん :2016/06/28(火) 20:42
10期の仲良しっぷりも読んでいて微笑ましいのですが
12期の描写も面白いです!
66 :名無飼育さん :2016/07/02(土) 22:03


第五話:可愛い野中には旅をさせよ


67 :第五話:可愛い野中には旅をさせよ :2016/07/02(土) 22:04
 気付いたときには時すでに遅く、プリントは手から落ちていた。
 小田は特に何の感情も抱かずにそれらを拾おうとした、そんなときに大声で話し掛けられて肩が上がった。

「お団子っ!」

 小田は驚いて声の方を向いた。最近知り合った二年の佐藤優樹のことを、不思議で素直な人間だと認識している。
 移動教室なのか教科書と筆箱を持っているその姿を見て、どうしたものかと考える。

「佐藤さん。どうしたんですか?」
「昼休み来るよね?」
「え、はい」

 音楽準備室で練習をしようと約束をしている。なのに、何を今更と小田は変に思った。
 二回目に会った人に対して急に『歌ってみて』と言ってのける人なのだから、変なのも今更かと小田は納得した。
 小田と佐藤が初めて会話をした次の日、楽譜を返しに行った小田の歌声を聞いた佐藤は驚いた。
 そして何よりもピアノが弾きやすかったので、佐藤は小田を気に入ったそれから、練習とかこつけて歌とピアノを楽しんでいる。
 ま、面白いからいいけど。
 小田は薄く笑った。

「あゆみがさ! 元気無いから、何か元気になれる歌、歌ってあげて!」

 佐藤は早口でそう言うと「じゃ!」と教室から出て行った。
 小田は今度こそ「は?」と小さく口に出した。
 プリントは足元に落ちたままで、佐藤の出て行った戸をみつめる。
 小田は、何とも言えない顔をした。
68 :第五話:可愛い野中には旅をさせよ :2016/07/02(土) 22:04
 あーあ。
 プリントを拾ってから、机の上に適当に置いた。椅子に座っても少し心がざわつく。
 引っ張り回されてるなあ。
 小田は佐藤という人物に出会ったことを、喜ぶべきか悲しむべきか悩んだ。

**

 昼休み、いつも通り尾形とお弁当を食べようと野中は声を掛けた。

「春水ちゃんお弁当は?」
「野中っちょ。そんなん食べてる場合ちゃうで」
「えっ」

 その理由を尋ねようと思ったが、聞いたところで納得も理解もし難い気がした。
 座った状態で見上げた尾形はどう見ても悪い顔をしている。野中は諦めてお弁当を鞄にしまった。

「今朝話してるのを聞いてんけどな、羽賀ちゃんがお昼休みに工藤さんに接触するらしい」

 接触って……、なんかの犯人じゃないんだから。
 野中は何とも言えない顔で続きを促した。

「で、これはさっき手に入れた情報なんやけど。石田さんと一年の小田さんが、音楽準備室で逢引きするらしい」

 そんな情報をどこから手に入れられるのか、野中は一生知りたくないなと頭を抱えたくなった。
 今日のお弁当には大好きなカツが入っているというのに、午後の授業の合間に食べなくてはならないことが辛い。
 いや待つのよ、美希。辛いのはそこじゃないわ。
69 :第五話:可愛い野中には旅をさせよ :2016/07/02(土) 22:04
 野中は必死にまともな感覚を取り戻そうとするが、それは叶わない気がした。
 でも小田さんと石田さんなんて、何かあったかな。
 野中は不思議に思った。
 新聞部の常識として、石田はダンス部のエースで、小田は合唱部でやたらうまい一年生だということは知っている。
 そして小田は一年生ながらにパートリーダーを任されていて、上級生にちょっぴり睨まれていることも知っている。
 ただ、それだけだ。二人の接点なんて聞いたことがない。

「それがどうかしたの?」
「まあまあ。野中っちょ、うちらは今まで工藤さんに直接の接触ができひんかった。工藤さんは中等部の時からイケメンで話題性のある人やけど、佐藤さんっていう壁が高かった」
「そうだね。佐藤さんはうちらのこと威嚇してくるもんね」

 佐藤は何の動物的勘なのか、新聞部の二人を異常に嫌がっている。

「それがな今回は佐藤さんが工藤さんのそばにおらんねん」
「そうなの?」
「ずばりその逢引きの現場に佐藤さんはおるねん。それに今、工藤さんとけんか中らしい」
「へ〜」

 この友人だけは裏切れないなと野中は日頃から思っている。裏切る気ははなから無いが、それでも忘れないように時折思い出すようにしてる。
70 :第五話:可愛い野中には旅をさせよ :2016/07/02(土) 22:05
「つまりは?」
「工藤さんのネタを集めるチャンス」
「その通り」

 尾形は野中に対して褒めるように親指を立てた。野中は褒められても少しも嬉しくないなと苦笑いした。
 尾形は野中の両肩に手を置いた。

「じゃ、そっちは任せたで」
「へっ?!」

 思いもよらぬ爆弾にさすがに野中は声を上げた。
 日頃から無茶なことを言ってくるのは分かっていたが、さすがに一人で行ってこいと言われたのは初めてのことで、野中は首を横に振った。

「むりむりむり」
「なんでーさ、教室には工藤さんと、おったとしても飯窪さん。余裕やん。むしろ羽賀ちゃんの付き添いですくらいに堂々と行ったらええねん」
「いやいやいや、もし佐藤さんがいたらどうしたらいいの」
「佐藤さんは音楽準備室におんねんて、それは絶対」

 まっすぐとみつめてくる尾形の視線に、野中は降参せざるをえなかった。その真面目さを他に活かしてはくれないものかと神に嘆いた。
 諦めて教室を出て、尾形は音楽準備室に、野中は工藤たちの教室へと向かう。
 尾形は本当にこういう記事が好きだなあと野中はしみじみと考える。
 女子校のこんないっときの、恋とも言えないちょっとしたやけどみたいなものを記事にして何が楽しいのだろうかと不思議でならない。
71 :第五話:可愛い野中には旅をさせよ :2016/07/02(土) 22:05

 理由を聞いたことは無いけれど、尾形が本当に楽しそうにしているのでそれはそれでいいかとも思ってしまう。
 甘いのかなあ。
 野中は晴れた空を窓から眺めつつ教室へゆっくりと進んだ。

『やっと工藤さんのネタがゲットできそうなのに。私がそっちへ行こうか?』
『ええねん。こっちはこっちで熱い組み合わせやねんで』
『そうなの?』
『そ』

 尾形が別れ間際に言った言葉が気になった。
 石田さんと小田さんはやっぱり何かあるのかなあ。
 そうこうしているうちに教室にたどり着いてしまって、野中は若干吐きそうになった。

**

 譜久村はとてもめんどくさかった。比較的生徒会が暇な時期の穏やかな昼休みが奪われてしまったことが不満であるし、ましてや自分はこのイベントに興味が湧かなかった。
 鈴木から、牧野が工藤に会いたがっていると言われた今朝。『ふーん』と適当な返事をしたが、付いてきてほしいと頼まれた。
 生田に頼めばいいじゃないかと提案をしようかと思ったが、少々癪に障ることがあった。工藤がいるところには飯窪もいるだろう。そういえば生田と飯窪は仲が良さげだった。

『いいよ』

 いろいろと堪えた末に出した結論だったが、やはり譜久村はこの状況がとてもめんどくさかった
72 :第五話:可愛い野中には旅をさせよ :2016/07/02(土) 22:06

「鈴木さんっ!」
「まりあ」

 二年生の教室の前にいると、牧野が駆け寄ってくる。さながら大きめの犬のようで確かに可愛らしい。
 その後ろには控えめな少女が立っている。あれが今朝聞いた羽賀朱音だろうと譜久村は様子を窺った。とても緊張している様子で顔が赤い。

「こんにちは」

 譜久村が羽賀に声を掛けると、羽賀はゆっくりと頭を下げた。

「こんにちは」

 緊張しているように見えて意外と冷静なのだなと譜久村は少しだけ羽賀に興味が湧いた。ただ、それも束の間のことですぐに意識がそれていく。
 おやつに持ってきていたキャラクターチョコが食べたくなる。
 そんな風に意識が散漫としている中、工藤たちの教室に足を踏み入れた。
 見慣れない顔が教室に入って来たので何名かの生徒は怪訝な顔をしたが、気にせず辺りを見回す。
 いない。

「いなくない?」
「だね」

 工藤の姿はなく、飯窪の姿もない。教室の中に隠れている訳もないし、これはどこかへ行っているのだろう。

「工藤さんどこ行ったか知らない?」

 鈴木がクラスの人間に尋ねる。羽賀は後ろで申し訳なさそうな顔をしている。牧野は何を考えているのかいまいちつかめない表情で待っている。
73 :第五話:可愛い野中には旅をさせよ :2016/07/02(土) 22:06

「えーっと」
「あ、あれじゃない? 音楽準備室」
「そっか。音楽準備室だと思います」

 二人仲良くお喋りしていた生徒は、鈴木ににこやかに工藤たちの居場所を伝えてくれた。
 それと同時に廊下からガタッという音がした気がするが、あまり気にしないでおく。
 音楽準備室……?

「ありがとう」

 鈴木は二人に礼を言うと、譜久村の方を向いた。

「行きますか」
「え〜」
「せっかくだし」

 そう言った鈴木の視線が牧野と羽賀に移されてから、譜久村に戻ってくる。
 譜久村は鈴木の言わんとしていることは理解できているので、致し方なく「行きますか」と小さく同意した。
 

**

 そんなやり取りを聞いていた野中は素早く尾形にメッセージを送った。
 返信はきっと来ない。音楽準備室で聞き耳やら何やらに集中しているときに、携帯は開かないだろう。
 となると。
 野中は音楽準備室へ早足で急いだ。
 こういうときに走ってはいけないことは漫画から学んでいる。走ると何かにぶつかったり、良くないことが起きる。
 ただ、そんな考え空しく、階段を上り右へ曲がったとき、野中はぶつかった。
74 :第五話:可愛い野中には旅をさせよ :2016/07/02(土) 22:06

「いたっ」
「たっ……す、すみません!」

 ぶつかった人物は生田だった。
 野中はぶつかった驚きで生田をよく認識できなかった。その為すぐに先を急いだが、生田が声を掛けた。

「新聞部の」
「はいっ」

 部活の名前を出されると反応してしまうもので、野中は生田に振り向いた。そしてぶつかった人物が生田であることを認識した。
 悲しきかな尾形に仕込まれた知識から、生田の顔を見て先ほどの譜久村を思い返した。

「そんな慌てよって、また良からん記事でも書いとーと?」
「ぎくぅ……」

 野中は小さくうろたえた。
 ただ、ここで立ち止まるわけにはいかないという謎の義務感から野中は持ち直した。

「いえ、そんなことありませんよっ! 私たち新聞部は生徒のために、Fabulousな記事の作成に励んでいます」

 そう言い残して野中は去ろうとしたのに事態はもっと悪くなってしまった。後ろから譜久村たちが追いついたのだ。
 早歩きではなく、野中は走るべきだったのかもしれない。
75 :第五話:可愛い野中には旅をさせよ :2016/07/02(土) 22:07

「あ、聖ー。どこ行くと?」
「音楽準備室〜」
「え? 何すると?」

 とりあえず先を急ぎたい野中は、会話に紛れて逃げ出そうとするも、無邪気という攻撃をあてられる。

「あ、のなかちゃん!」
「Oh...」
「何してるの?」
「えっと……」

 野中は確信した。この流れは確実に、

「まーまー、何か面白くなってきたし。とりあえずみんな行こうよ、音楽準備室に」

 全員集合だ。
76 :第五話:可愛い野中には旅をさせよ :2016/07/02(土) 22:07

つづく

77 :名無飼育さん :2016/07/02(土) 22:08
>>64
レスありがとうございます。
書き方は試行錯誤中なのでそう言って頂けると嬉しいです。
78 :名無飼育さん :2016/07/02(土) 22:09
>>65
レスありがとうございます。
どの期も個性的ですから、楽しんで頂けて何よりです。
79 :名無し飼育さん :2016/07/03(日) 21:33
更新おつありです
野中ちゃんドンマイww
続きが気になりまー
80 :名無し飼育さん :2016/07/04(月) 00:57
>>「私たち新聞部は生徒のために、Fabulousな記事の作成に励んでいます」

Fabulousって辞書引いたけど、いろんな意味があってよくわかんないよ。野中ちゃん!ww
81 :名無飼育さん :2016/07/04(月) 23:09
野中氏の巻き込まれっぷりがすごいw
全員集合でどんな事件が起こるのか・・・
82 :名無飼育さん :2016/07/10(日) 12:03

第六話:小田イズム

83 :第六話:小田イズム :2016/07/10(日) 12:04
 鈴木は笑った。
 音楽準備室に入ると、小田が歌っていた。その傍らでは佐藤がピアノを弾きながら工藤に何やら怒っていて、石田は不機嫌に歌を聴いて、飯窪は完全に疲れ切っていた。
 譜久村と生田は呆れ気味に面々を眺めている。
 こんなにもバラバラなことがあるんだ。

「あ!ふくぬらさーん!」
「その呼び方やめてよ優樹ちゃん」

 変な名前で呼ばれてしまい、譜久村は軽く眉間にしわを寄せた。
 ピアノが止まったので、小田も扉の方へ振り返った。鈴木、譜久村、生田、牧野、羽賀の顔を見て首を傾げるでもなくただ、流れに任せようという顔をした。

「ごめんね邪魔して。工藤さんに用があって」

 鈴木がそう告げると、工藤が返事をした。

「はーい、何でしょう。あっ」

 工藤は羽賀の方を見て、見覚えのある顔に声をあげた。見覚えと言っても、あの時の変な子だという覚えなので、喜べたものではない。

「羽賀ちゃんがね、工藤さんと仲良くなりたいんだって」

 その発言を聞いた飯窪と工藤の顔が引きつったことを、生田は見逃さなかった。そして何かを察してから、「えり戻るわ」と小さく譜久村に言って去ろうとした。
 だがそんな一言を飯窪も聞き逃さなかった。

「生田さんは何の用でいらっしゃったんですか!」
「えり関係ないけん」
「またまた〜」
84 :第六話:小田イズム :2016/07/10(日) 12:04
 立ち去ろうとした生田の腕を、飯窪は素早く掴んだ。それを見た譜久村の眉間のしわが濃くなるのを見て、工藤も加勢する。

「生田さん!譜久村さんと仲直り出来たんですね!ストラッ」

 周囲の空気がスッと冷えたのを感じて、生田は大きな声を出した。

「分かったから!いるから!」

 ストラップを失くしたフリをしたことがバレては、また譜久村の機嫌を損ねてしまう。生田は致し方無くこの場に留まり、何かしら後輩たちをに助力をする羽目になった。
 鈴木の発言を受けて、不機嫌になるかと思われた佐藤は、予想外に静かなままで、工藤は不気味さを覚えた。

「あのー、どうかした?」

 急に慌て出した工藤と飯窪を不審に思った鈴木が声を掛ける。羽賀も不思議そうにしている。牧野は相変わらずどこに意識が向いていたのかがわからないが、急に声をあげた。

「すごく上手ですね!!!」
「今更っ!?」
「おおっ」

 鈴木の慣れたツッコミに感心した工藤もつられて声を出した。
 牧野は小田に駆け寄り、今更ながらに話し掛ける。

「すごいです! あんな上手な歌初めて聞きました!!」
85 :第六話:小田イズム :2016/07/10(日) 12:04
「あ、ありがとう」

 さすがに日頃から落ち着いていると言われる小田も、牧野の勢いには引き気味にお礼を述べた。そんな姿を相変わらず面白くなさそうに見ている石田は苦笑いした。

「ピアノも! 綺麗です!」

 牧野は次の瞬間に佐藤の方を向いてこれまた凄い勢いで褒め称えた。

「全然だよ」

 佐藤は少しだけ拗ねるように言い放った。そんなことは気にも止めずに牧野は続ける。

「何かこうピアノの音と、歌が、遊んでるみたいな! そんな感じでした!」

 よくも恥ずかしげもなく眩しい感想を言えたものだと羽賀はこのクラスメイトに感心しつつも、引いた。
 どうやらこの流れで進んでも、工藤との仲を深めるタイミングは来る気配は無いので、羽賀は教室に戻りたいなと考えていた。
 鈴木は牧野のそばに寄って、まあ落ち着けと言わんばかりに肩を叩いた。
 小田はふと思い付いた。どうしてこの人たちがこんなにもぎこち無いやり取りをしているのかが疑問だった。だからそれを解消したくなってしまった。

「歌いません? みんなで」

 全員が小田の方を驚いた顔をして見た。その顔が牧野以外すべて引きつっていたので、小田は楽しくなって笑ってしまった。
86 :第六話:小田イズム :2016/07/10(日) 12:04
**

 音楽準備室の外では尾形と野中が、窓から見えぬ用に屈んで息を潜めていた。
 さあ入るぞというタイミングで、野中は強く腕を引かれた。どうやったのか後ろから現れた尾形は、なかなかの悪だくみ顔でこう言った。

「よーやったで、野中ちゃん」

 それは褒められているのか、何なのか分からずに野中はため息をついた。

「びっくりしたー。どうやって後ろにまわったの?」
「企業秘密」
「何の企業……」
「細かいことはええねん。よーやったで野中ちゃん。色々揃った」
「色々って?」
「うちも正直よー分からんけど、なんか揃った感あるやん」
「確かに」

 それは野中も先ほど思ったことなので、同意した。

「工藤さんは仲直りするためにこっちに来たの?」
「そうみたいやね。来たときはびっくりしたわ」

 そう言いつつも不測の事態に興奮を隠しきれていない尾形に、野中は相変わらずだなと笑った。

「来た瞬間から言い合いが始まったけど、ピアノ弾くのやめへんから、小田さんは歌いっぱなしやったよ」

 楽しそうに笑う尾形とは対照的に、野中は小田を憐れんだ。

「お団子に会いに来たんでしょー!とか、お団子はあゆみの為に歌ってるんだからね!とか、佐藤さんが一方的やったけどね」
「だろうね」
87 :第六話:小田イズム :2016/07/10(日) 12:05
 野中は更にさらに小田を憐れんだが、そんな心中を察してか尾形はこう続けた。

「小田さんは基本的に歌ってるときは自分の世界らしいから、楽しそうやったよ」

 どこからそんな情報を仕入れてくるのかと相変わらず思ったが、もう考えることもバカバカしいのでやめることにした。
 そして尾形が、石田と小田は熱い組み合わせだと言っていたことを思い出した。

「そういえば、石田さんと小田さんは?」
「収穫なし。でも、今日のきっかけはおっきいはずやで」
「へー」
「何か面白なってきた」

 話しながらも音楽準備室にも耳を凝らしていた尾形が、より耳を大きくして聴いている。
 面白くなってきたと言われて、野中は少しだけ音楽準備室の扉に近付いた。
 それがいけなかった。
 体勢を少し崩した拍子に、手を扉についてしまった。当然、扉は音を立てた。
 やばい、と野中が表情で尾形に訴える。尾形もさすがに若干引きつった顔を見せた。
 扉が開いて、二人はのけ反った。

「あ! 野中ちゃん!」

 またもや野中は無邪気という攻撃をくらった。
88 :第六話:小田イズム :2016/07/10(日) 12:05
 あれよあれよという間に、牧野に引きずられ音楽準備室に入れられた二人は、苦笑いした。佐藤の視線が痛い。次いで石田の視線も痛い。

「佐藤さん、校歌弾けます?」
「弾けない」
「弾けますよね」

 不機嫌な佐藤にまったく怯まない小田のことを、飯窪は尊敬した。
 小田の発言に面を食らっていた三年生たちは笑った。

「え、歌うの?」

 鈴木は笑いながら小田に尋ねる。

「はい。何だかみなさん険悪なので」

 どんな理由だよと全員が思ったが、恐らく誰もこの決定を覆せない気がしたので、黙った。
 尾形と野中は佐藤から視線を外し続けている。

「お昼休みも終わっちゃいますし、早く歌いましょ」

 小田に駄目押しをされた佐藤は、せめてもの抵抗で突然に弾き始めた。
 それに対して余裕の表情で歌い始めた小田と、戸惑いつつも声を出し始めた面々。
 歌っていると不思議なもので、小田の歌唱につられてみんな声が大きくなっていく。
89 :第六話:小田イズム :2016/07/10(日) 12:06
 やっぱり変な人やな。
 尾形は小田の方を見つつそう思った。
 歌いつつ、もうすぐ合唱コンクールだなと思い出す。各学年ごとに分かれて行う為、この先輩たちの姿を見ることは無い。
 授業中なので抜け出してネタ集めをするわけにもいかない。尾形は肩を下げた。
 校歌を歌い終えると、みんな何に対して不機嫌だったのかを忘れたようで、三々五々に帰って行く。

「歌っていいですよね」

 不意に小田に声を掛けられた石田が小田の方を向く。本当に幸せそうにそう言うものだから、共感した。
 しかしその表情が誰かに似ているようで、苦々しさが少し残る。

「いやー、あたし上手くないし」
「上手い下手じゃないですよ」

 小田は変わらず落ち着いたトーンで石田に話し続ける。
 佐藤や飯窪は教室に戻ろうとしているので、石田もそれに続きたいが、引き止められているような形になっている。

「歌いたいか、歌いたくないかです」

 そんな風に悩みとかそういった感情を、何もかも捨てて言える日は自分に来るのだろうか。
 石田はまた心が切られた気がした。

「かっこいいね」

 当たり障りなく笑って返せば、もう返事は受け入れずに教室へと足を進めた。
 誰もがそんな風に考えられるわけじゃないんだよ。
 石田は小田のことを初めて知った今日。小田が苦手になった。
 小田は教室に戻っていく石田の背を見ながら、切なげに微笑んだ。
90 :第六話:小田イズム :2016/07/10(日) 12:06
**

「あーあ、結局工藤さんとお話し出来なかったなー」

 残念そうに羽賀は大き目の声で言う。同級生だけになった途端に子供っぽくなる羽賀を、野中は可愛らしく思った。
 尾形もいまいち収穫が無かったのでひどく気の抜けた顔をしている。牧野だけが小田と歌えて楽しかったのか、明るく弾んでいる。

「また鈴木さんにお願いして、今度は遊んでもらおうよ!」

 意気揚々という言葉がこんなにも似合う表情は他に無いくらいに、牧野は笑顔で羽賀に告げた。
 羽賀は一瞬、そんなことは無理だろうと思ったが、牧野の明るさにあてられて、笑った。

「そうだね!」

 無邪気にはしゃぐ二人と、見守る野中と、意識の無い尾形。ちぐはぐな四人は教室に帰った。
91 :第六話:小田イズム :2016/07/10(日) 12:06
**

「まーちゃん、まだ怒ってる?」
「怒ってない」

 工藤の質問に、佐藤はぶっきらぼうに答えた。明らかにまだ何かに怒っている口調であったので、工藤は続けた。

「怒ってんじゃん。そんなにハルが小田ちゃんと喋ってたのが嫌だったの?」
「怒ってないってば! しつっこい!」

 佐藤が逆切れに近い形で叫んだので、飯窪が間に入る。

「まあまあ。もう怒ってないって言ってるしいいじゃん」
「そういうことにしますか」

 何故か上から目線の工藤はそう言って苦笑いした。
 佐藤は歩きながら下を向いたり上を向いたり時々振り返ったりと忙しい。
 佐藤の頭の中では、準備室から出る間際に小田が石田に声を掛けていた姿が思い返されていた。
 何か、イワカン。
 佐藤は自分の髪をガシガシとこすった。「ぼさぼさになるよ」という飯窪の優しい声は届かず、空しく響く。
 確かにもう工藤への怒りは無くなっていた。それとは別の苛立ちが佐藤にやって来ていた。その正体は掴めず、佐藤は諦めた。

「やーめっぴ」

 佐藤は急に教室へ向かって走り出した。

「えっ!ちょ」
「まーちゃん!?」

 置いてけぼりをくらった二人も後に続いて駆けて来る。何かにぶつかるまで走ればいいと佐藤は笑った。
 上履きは走りづらく、廊下の硬さが直に伝わってくる。曲がり角では滑りそうになって、予鈴が聞こえた。

「こら!さとー!!」

 案の定、田中先生に見つかってこっぴどく怒られた。
92 :第六話:小田イズム :2016/07/10(日) 12:06
**

「で、結局何しに行ったと?」

 生田は気を取り直して二人に質問をした。流れで付いて行ったものの、結局不思議な小田ちゃんとやらに乗せられて校歌を歌って終わった昼休みが、今更ながら不思議でならなかった。

「羽賀ちゃんが工藤さんと仲良くなりたかったんだって」
「それだけ?」
「それだけ」

 完全に拍子抜けという表情で生田は鈴木を見た。

「で、何で聖も?」

 省エネガールの譜久村がそんな楽しそうでもない行事に付いて行った理由が謎だった。
 譜久村は生田の方をちらりと覗き見てから、 教室に置かれたままのキャラクターチョコを思って、譜久村は呟いた。

「チョコ食べたい」
「は?」

 飯窪と生田が自分の知らないところで仲良くしているのは、嫌だ。
 そんな独占欲がちょっといき過ぎた結果は特に良いこともなく、面倒だっただけなので譜久村は考えを改めようと思った。
 素直に言えば良いのかもしれないけれど、それはまだ自分には無理なので秘めておくことにする。

「えりぽん買ってきてよ」

 本当は既に持っているのだけれど、こうやって生田から欲しくなる。好きとはそういうものかもしれないなんて、譜久村は無邪気に笑った。
93 :第六話:小田イズム :2016/07/10(日) 12:07

つづく。

94 :第六話:小田イズム :2016/07/10(日) 12:08
>>79-81

レスありがとうございます。
野中氏の人気に嫉妬です。
95 :名無飼育さん :2016/07/10(日) 12:09
特に大事件が起こるわけでもなく終わりましたが、
全員が遭遇する回でした。引き続きお付き合い下さいませ。
96 :名無し飼育さん :2016/07/10(日) 23:00
毎週更新嬉しいです
これからどう展開していくのか楽しみです
97 :名無飼育さん :2016/07/11(月) 01:12
だーさくの小田の感情が気になる
98 :名無飼育さん :2016/07/18(月) 20:53

第七話:仏の顔もなんとやら

99 :第七話:仏の顔もなんとやら :2016/07/18(月) 20:53
 合唱コンクールの当日に、工藤は寝坊をした。急いで自転車をこいでいると散歩をしている親子連れを見掛けた。 手をつながれた先の小さなちいさな少女は懸命に母親について行こうと歩いている。
 可愛いなあ。
 工藤はそのちょっとしたよそ見で、心が落ち着いた気がした。ああやって誰かに手を引かれて歩くのは安心感があるものだ。
 そう考えてから、いっつも天真爛漫な女の子に引きずり回されている自分を思い出して、考えを改めた。
 一緒に歩くっていうのはいいもんだね。
 一人で納得しながら自転車の速度をあげた。

「おはよ」
「おそよう」

 一時間目の途中で教室に入ったとき、飯窪の目は明らかに笑っていた。そして休み時間に声を掛けると、案の定の返事をされた。

「遅刻って久々じゃない?」
「昨日テレビ見すぎたわ」
「なるほど〜」

 飯窪は次の授業の準備をしながら笑っている。合唱コンクールは午後の時間に開催される。
 工藤は佐藤の席の方へ進んだ。
100 :第七話:仏の顔もなんとやら :2016/07/18(月) 20:54
「おはよ」
「なに遅刻してんの」
「返す言葉もございません」

 笑いながら言ってくる佐藤に、工藤は頭を下げた。随分と機嫌が良さそうなので今年は調子が良いのかなと工藤も喜んだ。
 そんな佐藤の手に何かが付いていることに気が付いた。控えめながら可愛らしいブレスレット。
 それは間違いなく校則違反な訳だけれど、今はそこではない。

「可愛いねそれ」

 本心からの言葉であったので、伝えてみると佐藤もより嬉しそうに笑った。

「お守り」

 お守りかあ。
 誰かから貰ったのか、自分で買ったのか、工藤は尋ねる気は無く、ただただ嬉しそうな佐藤に幸せな気持ちになった。

「似合ってるよ」

 目を細めて笑う佐藤と見つめ合って笑っていると、石田が顔をにやにやさせながら近付いてきた。

「なにー、何か良いことあった?」
「いや、別に。まーちゃんのブレスレット可愛いなって」
「ブレスレット?」

 石田が首を傾げると、佐藤は「ん」と石田の眼前に腕を差し出した。細い銀色の線に小さなチャームが一つだけ付いている。

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