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ラストソングをあげるよ

1 :名無飼育さん :2016/06/05(日) 00:56


第一話:まーちゃん、人助け部を作る

2 :第一話:まーちゃん、人助け部を作る :2016/06/05(日) 00:58
 お昼休み、暇をもて余す佐藤優樹を見て、飯窪春菜は嫌な予感がした。今までの経験則からこの状況が良くないことを知っているからだ。

「まーちゃん? 次は英語だから予習しないと」

 当たり障りの無い会話でどうにかこの場と空気をやり過ごしたい飯窪とは裏腹に、佐藤はそわそわと静かに感情を高まらせているようだった。
 まずい。
 飯窪が次の手を考えるよりも早くに、佐藤の感情は爆発した。

「まさ、部活する!」
「え?」

 中学から長い間を共にしてきたとはいえ、その発言が意外すぎて飯窪は思わず聞き返してしまった。佐藤と言えばめんどくさがりの熱しやすく冷めやすいタイプの典型で、中学時代には数多くの部活動に本人いわくは入部をし、辞め続けてきた。高校に入り「まさ、部活向いてないんだよね」とようやく理解したので、佐藤は現在帰宅部である。
3 :第一話:まーちゃん、人助け部を作る :2016/06/05(日) 00:59
「いやいや、まーちゃんすぐ飽きちゃうでしょ」
「すぐそうやってはるなんはまさをバカにする!」
「いや、まーちゃんが言ったんだよ?部活向いてないって」
「そんなこと忘れた!」
「清々しいなオイ」

 いつの間にかそばにやってきた工藤が飯窪の横の席をずずずっと移動させて座った。

「部活やるって次は何部に入るのさ」

 そう言葉を続けた工藤を飯窪は恨んだ。様々な部活を荒らし回った佐藤を追うように、各部に謝罪をしに回ったのは飯窪だったからだ。工藤はそんなことは露知らず、興味本位で話を続けた。

「美術部、卓球部、テニス部、家庭科部……あと何だっけやったことあるの」
「うーん、部活をつくる!」

 嬉々とした表情でそう述べた佐藤に反して、飯窪は机に頭をぶつけたくなる感情に襲われた。
 次はついに先生に謝罪をするときがきたのね……。
 飯窪は神に祈れども、きっとそんなものは優樹大魔神の前では無意味なのだと、悟りを啓いた。

「つくるって……」

 工藤は菓子パンの袋を開けながらようやく飯窪の視線に気付いたようで、続きは飯窪に任せることにした。
4 :第一話:まーちゃん、人助け部を作る :2016/06/05(日) 01:00
「つくるって言ってもあれだよ。書類書いたり、先生に許可貰ったり大変だよ?」
「むー」

 飯窪の発言がお気に召さなかったようで、佐藤は足をばたつかせている。このままなんとか逃げ切り、予鈴が鳴って本鈴が鳴ってしまえばこっちのものだと飯窪はほくそ笑んだ。工藤はメロンパンをかじりつつ、経過を見守ることにした。

「わかった! じゃあこっそりやる。"非公認団体"!」

 誰だまーちゃんにこんな言葉を教えたのは。
 飯窪は見えぬ誰かに恨みを寄せた。

「非公認って、ばれたら怒られるよ。それに何をするの?」
「なーんの話〜?」

 ゆるい空気で近付いてきた人物に、佐藤の顔が輝いたのが見て取れた。また犠牲者が増えたなと飯窪は憐れみの気持ちを込めつつ名前を呼んだ。

「あゆみん、早かったね」

 部活動の昼練習がある石田は、予鈴と共に戻ってくるのだけれど今日は早くに終わったらしく余裕のご帰還である。

「まさ、部活つくる!」
「は?」

 勢いのあるツッコミに飯窪と工藤は苦笑いをする。これは一悶着くるか?
 練習後、頬が少しだけ赤く染まった石田は笑った。

「ちょ、え、どーいうこと?」
「だーかーら、部活つくるの! 人助け部!」

 部活の名前は三人とも初耳なので、全員が同じ顔をした。そんな部活が世の中に無いことは考えるまでも無かった。

「なんじゃそりゃ」

 メロンパンを食べ終え、ゴミを捨てに行きつつ工藤がそう言った。短い髪が明るく揺れる。上履きの踵を履き潰す彼女を、飯窪と石田はいつも『ちゃんと履きなさい』と注意する。

「前にはるなんが読んでた漫画! そんなのあったじゃん!」

 お前が元凶か! 工藤と石田からの鋭い視線に飯窪は天井を見上げた。

「ってなわけで三人とも参加ね」

 こうなってしまってはあとは運を天に任す他ないと、三人は英語の予習も今日の放課後の予定もすべてを諦めた。
5 :第一話:まーちゃん、人助け部を作る :2016/06/05(日) 01:01
「部活休んだの?」
「休まないと、すっごい恨まれそうだもん」

 ため息をつきながら、石田は工藤に返事をした。

「ま、そのうち飽きるっしょ」
「だといいけど」

 とりあえず助けを必要としてそうな人を探してこい。そんな荒っぽい指令を受け、工藤と石田はとぼとぼと校舎の中を探索していた。今頃、飯窪は佐藤に振り回されていることだろうと思うと、このペアで良かったなと安堵した。

「うちらのことを助けてほしいよね」
「だね」

 石田の嘆きに工藤は同意しつつ、階段を上る。
 この階は三年生の階なので工藤も石田もあまり来る機会は無い。三年の階の奥には生徒会室がある。そしてその生徒会室の前あたりに、ぼんやりと手すりに体重を乗せ校庭を見下ろす人影が見えた。
 工藤と石田は少しだけ期待した。そもそも助けを必要としてそうな人を本気で探していたわけではないが、ミッションがクリアされるかもしれないとなると、一定の期待は抱いてしまうようだった。

「あれって、誰だっけ」

 うーんと唸るように石田に質問する工藤に、石田は小声で答えた。

「生田さんだよ副会長の」
「ああっ」

 だから見覚えがあるのかと工藤は納得した。生徒総会等で前にいる姿を見たことがあった。

「どうする? いってみる?」

 工藤の期待混じりの声に石田は頷いた。二人とも存外にミッションにノリノリになってきているようだった
6 :第一話:まーちゃん、人助け部を作る :2016/06/05(日) 01:02
「あの……」
「なん?」

 生田は不思議そうな顔をして振り向いた。黙っていれば美人と噂される顔は、どこか疲れていて気だるげだ。これは確実に悩みを抱えた人の憂いの表情! と石田と工藤は内心でガッツポーズをした。
 工藤は出来るだけ落ち着いたトーンで、石田の後に続けた。

「いや、何だかお疲れのご様子だなと思いまして」
「ああ、そうやね。って誰? 二年?」

 生田は怪訝な顔で二人の制服の校章を見た。制服の校章は学年色になっていて、工藤たちの学年は青色だ。三年生は赤色で、更に生田の制服には生徒会の会章が付いている。

「はい。二年の工藤と石田です」

 工藤は石田の方を指さしながらアイコンタクトをした。お前が聞け、と。
 このヘタレチワワと悪口を堪えつつ石田はぎこちない笑顔で尋ねる。

「な、何かお困りのことがあればお助けしますよ」
「え? いや、大丈夫っちゃけど」
「そ、そこを何とか!」

 石田の思いもよらぬ勢いに、生田は驚いて肩が上がった。

「いや、……」
「私たち人助け部なんですっ!」

 どうにでもなれと工藤は石田に続けた。

「はあ?」
「これには深い訳がありまして、とにかく困っている人が私たちには必要なんです!」

 お願いします! と二人が土下座しそうな雰囲気になったとき、離れたところから飯窪が声をかけた。
7 :第一話:まーちゃん、人助け部を作る :2016/06/05(日) 01:02
「あ、生田さーん!」
「ああ、はるなん」

 廊下に姿を現した飯窪はどんくさそうな姿で駆け寄ってくる。
 ガバッと工藤と石田は生田の方に振り向いた。なんだ今のとっても親し気なやり取りは。はるなんが副会長と知り合いだったなんて! と二人の顔には書いてある。

「はるなんもなんちゃら部なん?」
「そうなんです。致し方無く」
「まーちゃんは?」

 工藤の言葉に、飯窪は笑った。

「それが、まーちゃんが困ってる人見かけて走り出した瞬間にさ、教室から出てきた田中先生にぶつかったの」
「「「あちゃー……」」」
「罰として田中先生の手伝いさせられてるよ、今頃」
「はるなんは?」
「私はねえ、知らん顔して隠れた」

 ひどい奴だと言わんばかりの顔で、三人は飯窪をみつめた。
 首謀者もとい、発案者が捕まってしまった以上、この困っている人探しを終了しても良い気はするが、渡りかけた橋なので生田のお困りごとが気になる工藤と石田は話を戻した。

「ところで生田さんは何がお困りなんですか?」
「うーん。まあ、」
「譜久村さんでしょー」

 はるなんの茶化すような声色に、生田は苦々しい顔をした。図星をつかれた生田は、話さざるを得ないと腹を括ったようだった。工藤は生田のときと変わらず"譜久村さん"という人物が思い出せないようだった。
8 :第一話:まーちゃん、人助け部を作る :2016/06/05(日) 01:03
「まあね。聖が怒っちゃって」
「また喧嘩したんですか?」
「今回はちょっと違うんやって」
「はあ」
「聖から去年もらったプレゼントのストラップ失くして、そのこと言いよったら別に怒ってなかったけん、別のストラップ買ったっちゃけど」
「けど?」
「それを付けだしてから凄く機嫌が悪い」
「外したらいいじゃないですか」
「外したけど、相変わらず冷たいから、また付けた」

 とんだ痴話喧嘩みたいじゃねーかと石田は呆れる。こういう話をひどく面倒に感じてしまう自分はいつまで経っても誰かに寄り添うことができないんじゃないかと苦笑いをする。
 工藤はその横で、ははーんと閃いた顔をした。

「そのストラップって、お誕生日にもらいました?」
「そうやけど」
「それが去年ってことは今年ももらうんですよね?」

 工藤がそこまで言ったところで、飯窪も閃いた。

「なるほど! 生田さんそろそろ誕生日じゃないですか。だからですよ」
「「だから……?」」

 鈍い二人は一緒の顔をして飯窪と工藤から答えをもらえるまで待っている。

「失くしたって聞いて、プレゼントに違うストラップをあげようとしたのに、生田さんが買っちゃったから」
「だから譜久村さんは拗ねたんですよ!」
9 :第一話:まーちゃん、人助け部を作る :2016/06/05(日) 01:04
 工藤少年の締めの一言に生田と石田は明らかにうんざりした顔をした。どうしてそんなことで機嫌を損ねなければならないのだと理解に苦しんでいる。そんな二人を見て、飯窪もうんざりした。

「まったく、二人とも本当に乙女ですか?」
「そうだそうだ」

 うるさいこのヘタレチワワ。改めてもう一度悪口を心の中で堪えてから、石田は「どうもすみませんね」と小声で言った。
 きっとうちには一生わかんないですよーっだ。

「そうだったとして、生田さんはどうしたらいいと?」
「そうですねえ」

 飯窪は実に楽しそうに顎に手をあてつつ上を見上げた。工藤も倣ってか、上を見上げる。

「譜久村さんに、ストラップをおねだりしたらいいんじゃないですか?」
「もう付けてるのに?」
「また失くせばいいじゃないですか」
「えー、気に入っとるっちゃけど」
「そんなことじゃ譜久村さんの機嫌はなおりませんよ!」

 飯窪の勢いに石田は疑問を感じた。いくら何でも親しすぎないか?と。飯窪と生田の接点はどこにあるのだろうか。

「分かった。じゃあこれはるなんにあげるよ」

 生田はストラップを携帯から外して、飯窪に手渡した。あまりに派手なストラップに飯窪は一瞬怯んだが、これも人助けなのかと受け取ることにした。
10 :第一話:まーちゃん、人助け部を作る :2016/06/05(日) 01:05

「でもそれはるなんが付けたりしてたら、またややこしいことになるね」

 工藤は笑いながら言ったが、そんなことになっては洒落にならないぞと、飯窪と生田は目で会話をした。このストラップが再び陽の目を見ることはないかもしれない。

**

 その後、飯窪、石田、工藤の三人は教室に戻り、人助けしてきたことを佐藤に伝えた。
どうして自分のいないところで助けてしまったのか!と怒り出すことを三人は予想していたが、予想に反して佐藤は平然と事の顛末を聞いて、機嫌良く帰路に着いた。
 こんな日もあるもんなんだなと工藤は自転車をこぎながら鼻歌を歌う。携帯が震えたので、自転車を止めて確認すると笑った。

『明日も困ってる人探すぞー!おー!』

 案外、佐藤の今回の発案は自分の日常に良い影響をもたらすんじゃないか。そう小さな期待を抱きつつ、工藤は佐藤へ返信を軽やかに打った。

『おー!』

 きっとすぐに飽きるんだろうけどさ。
 小さな暴君に振り回される高校生活の二年目が、始まった。
11 :第一話:まーちゃん、人助け部を作る :2016/06/05(日) 01:08
12 :第一話:まーちゃん、人助け部を作る :2016/06/05(日) 01:08
13 :第一話:まーちゃん、人助け部を作る :2016/06/05(日) 01:08
14 :名無飼育さん :2016/06/07(火) 17:28
面白い。天気組最高!
15 :名無飼育さん :2016/06/08(水) 00:21
10期いいですね!4人の仲良さそうな姿が浮かんできます
16 :名無飼育さん :2016/06/11(土) 12:49

第二話:鈴木さんとまりあんLOVEりん

17 :第二話:鈴木さんとまりあんLOVEりん :2016/06/11(土) 12:49
 穏やかな朝の教室に、いつも通り早めに着いた譜久村聖はとりあえずと参考書を広げた。文系科目が好きでついついそちらばかりを優先してしまう。英語の参考書には付箋がいっぱい貼られている。
 そんな穏やかな朝を乱すように扉が勢いよく開いた。

「ちょっと聞いてよ! 親戚の子がさあ!」

 教室に乗り込んできた鈴木香音を見て、譜久村はめんどくさそうだなと思う反面、まあたまにはいいかと気分が高鳴った気がした。

「まりあがものすごーくしつこいの」
「まりあちゃん? 前言ってた?」
「そう! 土曜だろうが日曜だろうが最近毎日家に来んのよ」
「やだって言ったらいいじゃん」

 譜久村はカチカチッとシャープペンシルの芯を出しながら答える。鈴木は鞄を机に置きに行くこともせずに話を続けた。

「それがうちの親ったら『あんた別に予定無いんだから遊んだけなさい』ってまりあに超甘いの。まりあ一人っ子だし寂しいのは分かるからたまにならいいんだけど……」
「毎日はきついねえ」
「そうなのよ〜……」

 鈴木は膝から崩れ、譜久村の机に雪崩た。鈴木の下敷きになった参考書を見て譜久村は顔をしかめた。
18 :第二話:鈴木さんとまりあんLOVEりん :2016/06/11(土) 12:50

「はよ〜」

 やる気の無い声と共に教室へ入ってきた生田に、譜久村が事のあらましを話すと、生田は少し考えてからこう言った。

「こういうときこそあいつらか」

 その口調は何かを企んでいるようでもあったし、何かを期待しているようでもあった。どちらにせよ現状が変わるのならばそれで良いので、鈴木は生田に話を聞くことにした。

「あいつら?」
「そ、人助け部」

 そんな胡散臭い部活はあっただろうか。譜久村と鈴木の怪訝な表情をよそに、生田は誰かに携帯でメッセージを送った。

「放課後、来てくれるってさ」

 期待と不安が入り混じりつつ、その日の授業開始を告げるチャイムが鳴った。
19 :第二話:鈴木さんとまりあんLOVEりん :2016/06/11(土) 12:51

**

 ホームルームが終わった放課後。譜久村が教科書入った鞄を持ち上げて帰ろうとすると、生田が肩を叩いた。

「こら、忘れとるやろ」
「ああ」

 一瞬何のことかと譜久村は目を丸くしたが、すぐに思い出したようで鞄を置いた。
 もうほとんど興味は失せてしまった様子の譜久村の頭を、生田は軽く叩いた。

「まーまー、そんな顔せんで。もうすぐ来るけん」
「あいつらって結局誰なの?」
「言ったら聖が逃げるけんダメ」
「えー……」

 傍に来た鈴木と譜久村は、微妙そうな顔をする。どうも生田が胡散臭い。

「こんにちはっ!!」

 突然の大声と共に開いた扉に鈴木と譜久村は肩がはねた。
 見ると、楽しそうな佐藤と苦笑いを浮かべる飯窪と工藤がいた。譜久村は厄介なのが飛び込んできたなと平静を装いつつ呼びかけた。

「優樹ちゃん」

 中学時代に、佐藤が散々部活を荒らして回ったのは記憶に新しい。
 生徒会役員だった譜久村と生田はえらい目に合わされた。
 各部活から奴をどうにかしろと凄まれるも、その嵐が去ることを待つしかなかったからだ。その嵐が再びかと思い、いろいろと諦めた。
20 :第二話:鈴木さんとまりあんLOVEりん :2016/06/11(土) 12:51
「生田さんに呼ばれて来ました〜お邪魔します」

 飯窪が控えめに入ってくると、譜久村の席の傍に立った。譜久村が生田を見ると、生田は何故か誇らしげな顔をした。面白そうだろ?と言わんばかりの顔に、譜久村は呆れた。

「はるなん説明してあげて」
「はい。えーっとですね、つい先日から人助け部っていうのを、ちょっとした、ほんのちょっとした遊びで発足しまして」

 飯窪はなるべく波風立てぬように、かつ佐藤の機嫌を損なわないように生徒会長である譜久村に説明をした。その横で「うんうん」と頷く生田と工藤には下っ端感がある。

「部とか言っちゃってるんですけど、人を助けよう!という精神のもと私たちは集まっているだけです!」

 えらく必死だなと譜久村は飯窪をみつめた。
 佐藤は説明にはまったく興味が無い様子で傍の椅子に座って待っている。
 堂々と三年生の教室の椅子に座れる根性が相変わらずだ。
 問題を起こさないなら、別に何でも構わないので、譜久村は"人助け部"を気にしないことにした。

「なるほど、それで呼んでくれたんだ」

 鈴木は持ち前のお人よしで、飯窪のつぎはぎだらけの説明を飲み込んだ。
21 :第二話:鈴木さんとまりあんLOVEりん :2016/06/11(土) 12:52
「なんか人助けしたくてしょうがないらしいから呼んだ」

 からからと笑う生田に飯窪はちょっとだけ眉間に皺を寄せた。うまくいかなかった責任はすべて自分に来る気がしたからだ。

「じゃあ、お言葉に甘えて話そうかな」

 鈴木は親戚の牧野まりあが毎日家に押しかけてくる話をした。牧野は現在中等部の三年生で、部活はバスケットボール部に所属している。部活が終わって疲れている筈なのに毎日鈴木の家に来ては鈴木に付きまとうそうだ。ちなみにそれは三月ごろから始まったらしく、一ヶ月はその状態が続いている。

「それで、何で毎日来るの?って聞いても言わないんだよね理由」
「え? そんなん断ったら良くない?」

 静かに聞いていたと思えば、急に冷静なトーンで佐藤は工藤の方を向いて言った。その発言を聞いて、鈴木は苦笑いをした。生田がやれやれと言った表情で笑った。

「それが出来ないから困ってるんでしょーが」
「ふーん」

 工藤は佐藤に「静かにしなさい」と言わんばかりに諭した。

「それっていつからですか?」

 佐藤の発言を無かったことにする為に、飯窪は質問をした。

「ここ一ヶ月くらいかな」
「なるほど……」

 うーん。と、飯窪と工藤だけが真剣に悩む中、佐藤がぽんっと手を叩いた。
22 :第二話:鈴木さんとまりあんLOVEりん :2016/06/11(土) 12:52
 まずい。
 慌てて工藤が止めようとするも、佐藤の口の方が早かった。

「あれじゃない? 次高校に入っても、鈴木さんいないって気付いたんじゃないです?」

 その発言を受けて、その場にいた全員が少しだけ固まった。
 天然のことは天然が一番よく分かるのかもしれない。
 飯窪と工藤は目を見合わせて「おー」と感心した。

「え?いまさら?? 三個下なんだから当たり前じゃない?」

 譜久村の至極当然な指摘に、鈴木は苦笑いする他無かった。何故ならば牧野は超が付くほどの天然だし、そういえば中学に入った時も『鈴木さんがいない〜〜〜〜!』と号泣していたからだ。

「なるほどね。じゃ、本人に聞きにいこっか」

 生田がそう言って、鈴木と譜久村に目配せをした。その後で後輩の三人にも目をやると頷いたので、牧野の部活が終わるまで待つことにした。
 今頃あゆみんも部活か。
 ふと石田のことを思い出しつつ、工藤は携帯を取り出して時間を潰した。
23 :第二話:鈴木さんとまりあんLOVEりん :2016/06/11(土) 12:52

**

 良い頃合いだろうと、正門へ向かった。少ししてから、ぴょこぴょこと跳ねながら移動する不思議な人物をみつけた。それこそが鈴木の親戚の牧野真莉愛だった。
 長い髪をポニーテールにした、明らかに快活な姿を飯窪と工藤は眩しそうにみつめた。私達にもあんな頃があったのだろうかと。きっと無かった。

「あ、鈴木さーーーーーんっ!!」

 その声を聴いて、佐藤があからさまにうるさそうな顔をしたので、工藤は少し冷や汗をかいた。その点生田や譜久村は大人でというか、あまり関わりたく無いのか空気と化している。

「まりあ」

 鈴木が名前を呼ぶと嬉しそうにぴたっ!と立ち止まる。

「どうしたんですか? まりあ今からおうちに行こうと思ってたんですけど」
「……単刀直入に聞くけど、まりあが最近毎日うちにくるのは、高校に上がっても私がいないことに気が付いたからなの?」

 牧野の目が大きく見開かれて、頭頂部にあるはずの無い犬耳が下がったようだった。ぐっと堪えるように下を向いてから、涙は決壊したようだった。
24 :第二話:鈴木さんとまりあんLOVEりん :2016/06/11(土) 12:52
 完全に子供の泣き方だ……!
 飯窪は驚きを隠さずにおろおろとした。
 懸命に涙を堪えようとしているのか顔がしかめっ面になった牧野は、スカートのすそをぎゅっと握っている。
 鈴木はため息を何個か殺してから口を開いた。

「まりあが中学に入ったとき、私いなかったでしょ? それで気付きなよ〜。何で今更なの」
「だって〜」

 その場で地団駄を踏む牧野を少し離れた位置から中等部の生徒がみつめている。同じ部活の子だろうかと工藤が見ていると、その子はハッとしたように逃げた。

「わかんなかったんですもん〜!!」

 鈴木は観念したように牧野の頭を撫でた。

「親戚で家も近いんだからいつでも会えるって。私の制服は背も違うし使えないだろうけど、学年章あげるからさ。そんなに寂しがらないでよ」

 今の三年の学年章は次の新一年生の色となる。

「ほんとですか!」
「ほんとほんと。だから、毎日来るのはやめて」
「ええ〜〜〜〜〜」
「あたしゃ静かに暮らしたいんだよ……」

 老後かよ。
 生田と譜久村は声に出さずにつっこみを入れた。
25 :第二話:鈴木さんとまりあんLOVEりん :2016/06/11(土) 12:53

「名推理だったね、まーちゃん」

 そう言って工藤が佐藤の方を向けば、全然別の方向を佐藤が向いていた。いつになく真剣な目をしているので、驚くと同時に更に声を掛けた。

「どしたの」

 佐藤と同じ方を向くと、高等部の生徒が一人正門をくぐるところだった。見たことの無い生徒で、学年章を見ると一年生なのが分かる。佐藤の視線に気付く様子は無く、その生徒は帰って行った。

「あの子、知り合い?」

 一年にしてはずいぶん落ち着いた雰囲気の子だったな。
 工藤が感心するようにその後姿を見ていると、佐藤が工藤の肩をはたいた。

「いたっ。何すんのさ」
「あの子きらい」

 随分と子供染みた言い方で佐藤は言い放った。
26 :第二話:鈴木さんとまりあんLOVEりん :2016/06/11(土) 12:53
「なんで」
「なんとなく」
「ひでー。喋ったことないっしょ?」
「無いけど」
「じゃあそんなこと言わない方がいいよ」

 工藤が宥めるように佐藤を説き伏せる。

「なんか、まさから大事なもの取っていきそうなんだもん」
「なんだそりゃ」

 変なの。と、続けて笑う工藤の方を佐藤は睨んだ。

「帰ろっか」

 鈴木達が一件落着したようで、飯窪が工藤と佐藤に声を掛けた。

「ありがとね、みんな」

 鈴木と手を繋いで嬉しそうな牧野も「ありがとうございました!」と良く訳も分かっていない筈なのに大きな声でお礼を言った。
 解散の流れとなって、工藤以外は正門を出てそれぞれの帰路に着いた。工藤は一人駐輪場へと向かった。あの中では唯一の自転車通学組だからだ。
 駐輪場へ向かう途中で、さっき目があった中学生がいた。また目が合ったと思えば逃げられた。
 この学校は変な子ばっかだな。
 いつも自分の横にいる人が一番変だということは棚に上げて、工藤は駐輪場へと歩を進めた。

27 :第二話:鈴木さんとまりあんLOVEりん :2016/06/11(土) 12:53
28 :第二話:鈴木さんとまりあんLOVEりん :2016/06/11(土) 12:53
29 :第二話:鈴木さんとまりあんLOVEりん :2016/06/11(土) 12:54
30 :名無し飼育さん :2016/06/11(土) 22:25
おもしろい!
31 :名無飼育さん :2016/06/18(土) 12:29


第三話:スプ水先生現る

32 :第三話:スプ水先生現る :2016/06/18(土) 12:30
 工藤はその日いつも通り愛車に跨り下校していた。
 誕生日に買ってもらったクロスバイクはとても軽快で乗り心地が良い。
 これになってからというもの、佐藤を後ろに乗せて送ることもなくなったので快適な下校ライフを楽しんでいる。
 そんないつも通りの夕方すぎに、工藤は奇妙な光景を目にした。中等部の制服を来た二人組が高等部の生徒となにやら話をしている。
 それだけならば普通なのだけれど、どうも高等部の生徒が中等部の生徒に平謝りをしている。おかしなこともあるものだと工藤は少し速度を落としつつ、その横を過ぎた。

「いやいや、そんな風に謝られても、困りますって」

 独特のイントネーションが聞こえてきた。
 標準語じゃないっぽい。
 通り過ぎてみたものの、何か気になる。かといって戻るのは不自然すぎると思い、諦めてそのまま帰宅した。工藤の頭には黒髪ロングの少女が脳裏に焼き付いた。

33 :第三話:スプ水先生現る :2016/06/18(土) 12:31
**

「何か昨日不思議な光景を見たんだよね」
「なに?」
「うちの高等部の生徒がさ、中等部の子に平謝りしてた」
「へえ?」

 驚くほど興味が無さそうな石田は携帯をみつめながら、何やらイライラしているご様子だ。工藤はこんな日もあるよね〜という大人な表情で、そんな石田に言葉を続けた。

「中等部の子はなかなか可愛い子達だったな〜」

 椅子にだらしなくもたれながら、教室の天井を眺める。あれは一体何だったのだろうか。あの中等部の生徒の余裕は一体何だったんだろうか。色白の子は堂々としていたけれど、もう一人の子はおろおろしていたし。よく分かんないな。
 工藤は椅子をぎしぎしと前後に揺らしながらぼんやりしていた。
 石田は変わらずに携帯を睨んでいる。何がそんなに気に食わないんだ?と工藤は不思議がった。

「なに? なんかあったの?」

 質問してからしまったなと工藤は顔をしかめた。明らかに寝不足な顔をこちらに向けてきた石田は工藤の顔を見てから薄く笑った。

「別に」

 これ以上聞かないでくれと言わんばかりの物言いに、工藤は「そっか」と返す他なかった。
34 :第三話:スプ水先生現る :2016/06/18(土) 12:31
 まあ元々悩みやすいタイプだし、その内自分で解決してくるだろう。
 石田の顔を見ながら工藤はそう考えることで決着を付けた。この話題は飯窪の辺りにでも聞いてもらって、そもそもその中等部の生徒が誰なのか、ある程度顔の広い飯窪に調べてもらうことにしよう。工藤は飯窪が登校してくるのを待った。
 そう願ったのがいけなかったのか、飯窪は休みだった。

『風邪ひいちゃった』

 その連絡を見て、工藤は肩を落とした。こうなれば自分だけで調べようかと思ったが、そこまですることでは無いかと忘れることにした。
 担任の新垣が教室に入ってきて、石田は自席に戻って行った。春日差しが温かく教室に差し込む。

「えー、今日のLHRは合唱コンクールの役割を決めてもらうんで、よろしく」

 げ。
 クラス全員の顔にそう書かれた気がした。石田は相変わらずイライラしたままなので変わり無いが、佐藤も工藤も他の全員がめんどくさそうな顔をしている。

「伴奏は、さと「やです!」
「おーい。去年好評だっただろ」

 新垣の言葉を続けさせまいと佐藤が叫んだ。

「やなものは、やなんです!」
「わかったわかった。まあ、LHRにまた考えよう」

 観念したように新垣は佐藤を宥めた。その後は簡潔に事務事項を伝えて、朝のSHRは終わった。
35 :第三話:スプ水先生現る :2016/06/18(土) 12:32
 まーちゃん去年、散々悔しがってたもんなあ。
 工藤が去年の事を思い出す。練習のしすぎて手首を痛めていた佐藤は、少しだけミスをした。はたから見ればそれでも十分に上手かったけれど、佐藤にはそれが許せなかった。
 真面目なんだか、わがままなんだか。
 チャイムと共に一時間目の先生がやってくる。工藤の頭からは石田のイライラも、昨日の中等部の生徒も消えていた。
36 :第三話:スプ水先生現る :2016/06/18(土) 12:32
**

 その頃、中等部の教室では尾形春水が嬉しそうに携帯を眺めている。もちろん授業中に見てはいけないのだが、そんなことはおかまいなしで上手にカモフラージュしつつ見ている。
 石田さんと言えばダンス部のエースや。そんな人が告白されてるシーンを撮れたなんて超ラッキーやわ。
 尾形は笑いが堪えられないようで、何度もその写真を眺めている。
 この学校に来てほんま良かったわ。中高一貫の女子校なんてネタの宝庫や。
 尾形の背中から黒いオーラが出ていたようで、野中美希は心配な表情でそれを見つめた。
 また春水ちゃん良からぬことを考えてそう……。
 この後の展開にため息が隠せない野中だった。

『次の記事はこれで決まりやね』

 尾形からきたメッセージに頭を抱える野中。

『石田さんに許可貰いに行くの?』
『もう送った』
「え」
「どうした、野中」
「っ、なんでもありません!」

 思わず口から出てしまった驚きに、野中は顔を赤くした。必死に取り繕って先生に何でもないとアピールするも、頭の中は混乱している。
37 :第三話:スプ水先生現る :2016/06/18(土) 12:33
『驚きすぎやで。もうメッセージ送っといた。次の記事にさせて下さいって』

 同じクラスの友達が言っていた。「あの先輩ちょー怖いんだよね」という言葉を思い出して野中は更に頭を抱えた。石田という人物は怖いというのが、野中の中に染みついていた。
 かく言う尾形は、校内新聞に載せる記事が出来たという事実だけで大喜びの様子だった。

『何で連絡先知ってたの?』
『そんなんうちにかかったらお茶の子さいさいやで』

 友人選びを間違えたかもしれない。
 毎日肝を冷やされる側に、たまにはなってほしいと思いつつ、野中は流暢な英語で先生の質問に答えた。

「It is hard to help you.」
「はい、正解」

『ってことで、放課後会いに行こ、石田さんに』

 勘弁してよと言う代わりに、着席したそばから野中は眠りについた。
38 :第三話:スプ水先生現る :2016/06/18(土) 12:33
**

 昼休みに佐藤は一人で音楽準室に訪れていた。新垣から鍵を借りて来たのは良いものの、気乗りはしない。中学に上がってピアノを習うのを辞めてから、佐藤の生活からピアノは消えた。それでも伴奏を頼まれればやっていたのだけれど、自分の理想と同じ位置までピアノの腕が上がらないことに苛立ちを隠せない。
 もう一回習うという選択肢がないわけではないけれど、それが出来ないのはピアノコンクールで負けたことを思い出してしまうからだ。

「あー、もうっ」

 ピアノを開いて音を鳴らそうにもイライラして落ち着かない。
 そんなときに準備室のドアが開いた。驚いてそちらを見ると、一年生が数名、頭を下げた。

「失礼します。楽譜を取らせて下さい」

 その姿に佐藤は見覚えがあった。やけに落ち着いた声色と立ち姿。この前見掛けた子だと理解した。そして工藤に何と伝えたかも思い出した。
 佐藤はこの小田さくらという少女に二回目の「きらい」という感情を抱いた。

「どうぞ……」
39 :第三話:スプ水先生現る :2016/06/18(土) 12:33
 小さく返したものの、小田から返事は無かった。それどころか、最初から佐藤の返事を期待していなかったのか既に準備室の中に入ってきていた。他の数名はぺこぺこと頭を下げながら、後に続いて入ってきた。

「合唱の?」
「そうなんです。私たち合唱部なので、曲選びを任されまして」

 質問を投げ掛けると、あっさりと返ってきたので佐藤は拍子抜けした。案外普通の子なのかなと小さな興味が生まれた。ただそうは言ってもどこか苦手な人種のような気がして、どちらかと言えば先輩の佐藤の方が怯えているようだった。

「合唱部なんてあったっけ」
「ありますよ」

 そう言って小田は佐藤に笑いかけた。初めて目が合ったことで、佐藤の中には不思議な感情が生まれた。
 何だろ。とっても優しい子に見える。けど、なんか違う。
 動物的な感性なのか、自分でもよく分からなかったので、佐藤は考えることをやめた。

「そっか、頑張ってね」

 当たり障りの無い返事をして、佐藤は会話を終わらせた。小田達も探し物が終わるとすぐに帰って行った。
 一呼吸置いてから、ピアノを弾き始めるとさっきまでの苛立ちが無かったかのようにスムーズに指が動いた。軽くなった心とは裏腹に、鳴る音はどこか悲し気ではあったけれど。
40 :第三話:スプ水先生現る :2016/06/18(土) 12:34
**

 野中はお腹が痛かった。高等部の校舎に行くのは、新聞部の部室があるので慣れてはいるが、教室へ向かうことには動揺を隠せない。今までだって先輩方の記事を書くときに、許可を貰いに行くことはあったが、最近の尾形の記事の傾向が良くない。

「最近さ」
「ん?」
「何でもない……」

 尾形のうきうきした顔を見ると、何も言えなくなる自分が、野中は嫌だった。いつもこうやって後ろを付いて回って振り回されるのだから世話がないと自分に呆れる。それでも付いて回るのは、尾形の言葉のせいだった。

『野中ちゃんはおもろい』

 そう言われたことが初めてで嬉しかった。尾形からすれば何でも無い言葉でも、野中にとっては宝物だった。
 思い出にふけっていると、目当ての教室に着いてしまった。呼吸を整える前に尾形が戸を開けたので、野中は慌てて後に続いて入った。
 石田は自分の席に座って腕を組んでいる。明らかに機嫌の悪そうな姿に、尾形は笑いを堪えた。人間のこういう表情が面白いと言わんばかりに、心が躍っていた。

「あ」

 入ってきた二人を見て工藤が声を上げた。
 尾形は工藤を見た。そして、かしゃかしゃっと尾形の脳内で計算がされてから、尾形は目いっぱいの笑顔を工藤に向けた。印象を良くしておくことが大切だと判断されたようだ。

「失礼します」

 頭を下げた尾形と野中に、工藤もつられて頭を下げた。
41 :第三話:スプ水先生現る :2016/06/18(土) 12:34
 この子だったんだ。
 工藤は尾形と野中に見覚えがあった。昨日見掛けた高等部の生徒に謝られていた二人組。それがこの二人だった。
 昼休みの時間に、ついに不機嫌の理由を明かした石田に対して、工藤は爆笑を返した。当の本人はより一層苛立ちを増した様子で「うるっさい!」と一喝した。
 この学校じゃ同性に告白されるなんてよくあることだけど、あゆみんがっていうのがツボだわ。
 工藤は思い出し笑いを堪えながら、三人のやり取りを見守ることにした。
 石田の表情にすっかり怯えた野中は直立不動だ。

「こんにちは石田さん。メッセージ見て頂けました?」
「見た」
「記事にしてもいいですか?」
「ダメに決まってんじゃん」

 淡々と二人の会話が進む。工藤は笑いを堪えているし、野中は委縮して冷や汗ばかりかいている。

「石田さん人気あるんですよ。だから記事にさせてもらえたらなーって」
「ダメなもんはダメ」
「そうですか……」

 そう言った尾形は、一見落ち込んでいるように見えたが、工藤はそうではない気がした。この不気味な感じは何だろうと思ったときにふと思い出した。尾形に平謝りしていた高等部の生徒の姿を。
 断ったら、多分良くない。

「あー、あゆみん。いいんじゃない?載せさせてあげたら」
「はあ?!」

 石田の勢いのあるつっこみに工藤は、まあまあ、と宥めるように手を伸ばした。
42 :第三話:スプ水先生現る :2016/06/18(土) 12:34
「いや、ほら、メッセージにも書いてたじゃん? 名前は伏せるって」
「でも分かる人には分かるじゃん! ダンス部二年の小さい人なんてうちくらいだよ!?」
「まあまあ……」

 視線で一生懸命、「何か嫌な予感がするんだって」と送るものの、石田は一向に気付かない。
 尾形は小さく息を吐いてから、落ち込んだ様子を崩さずに言った。

「分かりました。じゃあ、違う記事にします」

 野中と工藤は嫌な予感がした。工藤は尾形が次の言葉を紡ぐ前に石田の方に寄り、肩を引き寄せて内緒話をする体勢に持って行った。肩を組んで小声で話し掛ける。

「なに」
「あゆみん、この子なんだよ」
「は?」
「この前、高等部の子たちが平謝りしてた、中等部の子」
「……」
「だから何か嫌な予感がするんだって。ここは載せさせとこうよ」
「でも……」
「いーじゃん、告白されたことくらい!」
「よ・く・な・い!」

 石田の顔が真っ赤になっているので、工藤も記事にすることは本意ではない。

「ちなみに違う記事ってどんなの……?」

 工藤は尾形の方を向いて、小さく尋ねた。
43 :第三話:スプ水先生現る :2016/06/18(土) 12:35
「そんな大した記事やないですよ。この前告白されてたやつやなくて、先月されてた方にします」
「あんまり変わんないじゃん!!」

 石田の絶叫に対して、工藤は驚いた。

「先月も告白されたの?!」
「うるっさい!」

 真っ赤っかな石田に対して、尾形はトーンを変えずに言い放った。

「それも駄目なら違う記事にします」

 工藤と石田は完全に怯んだ。この子はきっとまだ数々のネタを持った上で、満を持して記事にしようとしている。これが駄目ならアレ、アレも駄目ならコレ。それだけの数を握られているとなると、恐ろしく感じたし、きりがない。
 きっとあの生徒もこんな風に追い詰められて、謝ったのだろう。そこであの台詞を言い放った尾形には、逆らわない方が良い気がした。

「あゆみん」
「……分かったよ、記事にしていいよ」
「わー、ありがとうございます。じゃ!」
44 :第三話:スプ水先生現る :2016/06/18(土) 12:35
 颯爽と教室から去っていった尾形と、深々と頭を下げて行った野中に、忌々しい視線を向ける石田の肩を、工藤はそっと叩いた。

「どんまい。ってか、モテモテだね」
「うっさい」

 石田は、とんでもない奴に目を付けられたと自分を憐れんだ。
 大体モテたって何も嬉しくない。好きとか嫌いとか、訳分かんない。結局あの感情もあの感情も、そういうものでは無かったんだから。
 石田は少しだけ昔を思い返してから、気を取り直して立ち上がった。工藤もこの行事に付き合う為に残っていただけなので、鞄を持ち上げた。

「こういうときこそ人助け部が助けてくれるもんじゃないの?」
「部長がお休みですからねえ」

 工藤は音楽準備室に駆けていった佐藤を思い出した。お昼休みも弾きに行っていたのに、放課後にも行くなんてよっぽど気分が乗ってきたのだろうと感じた。そんな佐藤をそっとしておく為に、この件については声を掛けなかった。きっと言ったところで、興味が他に向いている佐藤の耳に入りすらしないだろうと工藤は笑った。

「ま! 気を取り直して部活頑張んなよ! いってらっしゃい」
「……そだね、いってくるわ」

 石田は部活を行う体育館へと足を進めた。
 何年もそこで躍っている。何年も背を追いかけている。向上心以外の心は、どこかへ置き去りにされてしまった。そんな気がした。
45 :第三話:スプ水先生現る :2016/06/18(土) 12:35
46 :第三話:スプ水先生現る :2016/06/18(土) 12:36
47 :名無飼育さん :2016/06/18(土) 12:37
>>14
>>15
>>30

レスありがとうございます。
引き続き頑張ります!
48 :名無飼育さん :2016/06/19(日) 22:11
スプ水先生の活躍に期待がふくらみます!
49 :名無飼育さん :2016/06/23(木) 22:26
面白いです、天気組もし同級生なら本当にこうゆう感じですね、かわいいです
嵐ようなまーちゃん続き何が起こしてって楽しみます(海外の人です、おかしいな日本語すみません><
50 :名無飼育さん :2016/06/25(土) 12:56

第四話:それぞれの思い

51 :第四話:それぞれの思い :2016/06/25(土) 12:57
 飯窪はいかがなものかと周りを眺めた。
 私が風邪をひいて二、三日休んでいる間に世界の情勢は変わってしまったらしい。
 飯窪はまだ少し気だるい頭で考えた。
 佐藤と工藤の間の空気が悪いのは、恐らくよくある痴話げんかだろう。しょっちゅうけんかしては仲直りをして、よく飽きないと思う。
 あゆみんは何だろう。
 機嫌が悪いというわけではなさそうで、どちらかと言えば無表情だ。それがいつになく深い気がして、心がざわつく。
 何も一緒の時期にこんな風にならなくてよくない?
 とりあえず工藤と佐藤から何とかしようと、飯窪は工藤のそばに寄った。それを佐藤が視界の端で捉えてきたが、何も声は掛けてこない。

「どうかしたの?」

 いつも通りの声色で尋ねると、工藤は「それがさ、わけわかんないんだって」と、待ってましたと言わんばかりに話し始めた。
 どちらの味方をするわけにもいかないので、飯窪はなるべく落ち着いて続きを促した。

「わけわかんないって?」
「昨日まーちゃんがピアノの練習しに準備室に行ってたから、見に行ったのね。したらそこに小田ちゃんっていう子がいて、その子とちょっと話してたら急にまーちゃんがキレてさ」

 小田ちゃんという突然の登場人物に飯窪は面食らいつつ、まだ見ぬ小田ちゃんに思いを馳せた。
 名前を聞くのは初めてで、ちゃん付けということは年下だろう。
 佐藤は結局、合唱コンクールの伴奏を引き受けることにしたので、連日、音楽準備室へと練習に出向いている。
 まーのやきもちかあ。
 飯窪は微笑ましいと言わんばかりの表情をしてから、工藤と、離れた位置にいる佐藤に向けて呟いた。
52 :第四話:それぞれの思い :2016/06/25(土) 12:57

「やきもち?」
「そんなんじゃないっ!」
「おおっ」

 遠くから佐藤の声が教室に響く。何名かの生徒がこちらを向いたが、また佐藤かといった表情で興味無さげにそれぞれの輪に意識を戻していった。
 そんな絶叫が響く中でも石田はぼんやりと外を眺めたり携帯を眺めたりと一人の世界から帰ってこない。
 こっちはこっちで重症なのね。
 飯窪は近付いてきた佐藤の前に手を出して制した。

「落ち着いて」
「何が違うのさ、そんないちいちやきもちやかないでよ。ハル誰とも喋れないじゃん」
「前言ったじゃん!」
「何を」
「もう言わない!」
「なんなんだよー!」

 これは最近だと一番の盛り上がりなけんかかもしれないな。
 朝の授業前に終わらせるには少々難がありそうなので、飯窪はとりあえず二人を静めてから、席に着いた。
 ふと携帯を開いて気付いた一通のメッセージ。昨日から来ていたのだろうか、覚えは無くて、あまり開く気にもなれずそのままポケットにしまった。
 放っておけばその内に仲直りをするだろう。飯窪は鈍い頭でそう結論付けた。まだ体が本調子では無いので、あまり考え事をしたくなかった。
 担任の新垣が来たと同時に携帯が震えた。早く見ろと言わんばかりに鳴ったものだから、飯窪は仕方なくそれを開いた。

『かぜ、もう大丈夫?』
53 :第四話:それぞれの思い :2016/06/25(土) 12:58

 今送られてきたばかりの生田のメッセージに飯窪は安心した。気性が激しく見えて穏やかな生田を飯窪は好いている。
 幼馴染であることはまだ周囲には言っていないが、隠しているつもりもない。
 聞かれれば答えるのだけれど、誰も聞いては来ないから、それはそれでいいと思っている。

『大丈夫です。今日は来てますよ』

 返事を送るとすぐに『そっか、無理せんようにね』と返ってきた。
 生田の前に来ていたメッセージもついでに開いたが、実にくだらない迷惑メッセージだった。

**

 昼休み。
 音楽準備室への足取りはいつも軽い。今日はどんな音が鳴るだろうかと心が弾む。課題の曲だって練習はしているけれど、それ以上の何かが欲しい。
 佐藤は足早に階段を駆け上がり、準備室の戸を開いた。
 中には誰もおらず、佐藤はまっすぐピアノに向かって行く。
 合唱コンクールまで残り少なくなってきたのが惜しい。終わってしまえばこの時間と空間は無くなってしまう。

「こんにちは」

 ピアノの白鍵と黒鍵が見えたと同時に戸が開いた。小田が佐藤の方を見て笑う。
 工藤が小田と話すことには異常に苛立ちを感じるが、自分は例外だと佐藤は勝手な解釈をした。
 だって何かを連れていってしまいそうだから。
 心の中で工藤に少しだけ謝りながら佐藤は小田を手招いた。

「課題曲からやりますか?」
「うん」

 佐藤の弾くピアノに合わせて小田が歌う。合唱コンクール以外の曲も二人で合わせる。お昼休みはそんな時間になっていた。
54 :第四話:それぞれの思い :2016/06/25(土) 12:58

**

 その頃教室では、机を挟んで向かい合わせに座った飯窪と工藤が話していた。

「さて、ゆっくり聞こうかな」
「いや、朝話した通りなんだって」
「その小田ちゃん? と話してたら急にまーが怒ったの?」
「そう、何の前触れも無かったよ」
「まーが言ってた、"前言ったじゃん!"は?」
「それがさっぱり……」
「てかそれ、小田ちゃんもかわいそうだね。急に話してたら怒られて」
「いや小田ちゃんにはぜんっぜん怒ってないの。ハルだけ」
「な、なるほど……」

 飯窪はとても憐れみを含んだ表情で工藤をみつめた。佐藤の嫉妬を一心に受けた工藤がかわいそうでならない。
 佐藤が私たちの誰かと他の誰かが仲良くする姿に、嫉妬をするのは実によくあることで、その度に私たちは笑って流してきた。
 まあこんなに怒るってことは、

「まーちゃん、その小田ちゃんも大好きなんだろうね」

 今までは、佐藤の仲が良い人が第三者と仲良くしていて拗ねていたが、今回はきっと"両方とも大好き"なのだろうと飯窪はふんだ。
 工藤はその言葉に驚きはしなかったが、複雑な顔をした。

「それはそれでこっちが妬けるって? やめてよ、どぅーまで」

 その表情を見て飯窪は先手を打った。嫉妬が得意なのは佐藤だけにしてほしいからだ。工藤まで嫉妬しいになってしまっては困る。

「そんなこと思ってないし」
「顔に出てるよ、か・お・に」

 しつこく指摘すると、工藤は一瞬だけ、"むっ"と険しい顔をしてから、息を抜いて笑った。

55 :第四話:それぞれの思い :2016/06/25(土) 12:59

「だね。やめとく」
「うん、やめて。まーちゃんだけで手一杯だから」
「でもさー、あの子。小田ちゃんのこと初めて見たとき何て言ってたと思う?」
「なんて?」
「話しても無いのにさ、"きらい"っつってたんだよ。ひどくない?」
「まーちゃんらしい」
「それが今じゃ仲良しですよ。工藤さん嫉妬ですよ」
「まあまあ、その内戻ってくるって」

 工藤の肩を二回ほど軽く叩くと、二人で笑った。
 いつもこうやって振り回されるのに、佐藤から離れられない呪いでも掛けられているのかもしれない。それはきっと説明し難い絆だろう。
 佐藤の気まぐれだった人助け部もいつの間にやら、合唱コンクールの波ですっかり活動をしていない。放課後には合唱の練習があるし、仕方の無いことだけれど。
 合唱コンクールも近付いてきて、そろそろお昼休みもクラスで練習をする筈だから佐藤も戻ってくるだろう。
 飯窪はこの二人に関してはさほど心配していなかった。

「あゆみんは何かあったの?」
「あ、はるなん見てないのか。校内新聞」
「校内新聞?」

 それがどうかしたのかと飯窪は不思議そうな顔をした。その顔を見て工藤は、教室の後ろの棚に乱雑に置かれた校内新聞を持ってきた。
 一面を広げて見せると、飯窪の大きな目が更に見開かれた。
 魚みたい。
 工藤はそんな失礼な感想を抱きつつ、休んでいる間に起きたことを話した
56 :第四話:それぞれの思い :2016/06/25(土) 12:59
 話しつつ、工藤は分からないことがあった。校内新聞が発行された日の石田の様子は恥ずかしがっているというより、魂が抜けていた。
 そして今日も魂が抜けたような顔をしていた。それは自分が校内新聞に載った恥ずかしさというには違う気がした。

「確かにあゆみんはこれはダメージくらってそうだけど、何か違う気がするね」

 飯窪も工藤と同様の感想を抱いたようで、きっとこの考えは正解だろうと工藤は口を開いた。

「やっぱり? ハルもそう思うんだよね。多分何か別にあるよね」
「うん」

 二人して顔を見合わせて、またあんなことにならないだろうかと心配を隠せなかった。
 工藤たちが一年生の頃、ダンス部の先輩であった、鞘師里保が留学をすると石田から聞かされた。
 そのときの石田を思い出して、二人とも苦い顔をした。
 二年になってますます部活にのめり込んだ石田を、二人は応援もしているし、心配もしていた。

**

 音が聞こえにくい。リズムが取れない。体が重い。
 三重苦じゃないかと石田は苦笑いすら浮かべるのが億劫だった。
 昼休みの練習はただでさえ限られた時間なのであっという間に時間が過ぎる。こうやって無駄な時間を過ごしている自分があまりにも憐れに思えた。
 部長の声も耳に入らなくて、ただただ汗が落ちる。

「どしたの」

 同学年に声を掛けられても、「別に」と返すので精一杯だ。
57 :第四話:それぞれの思い :2016/06/25(土) 12:59
 校内新聞に記事を載せると言われた日の部活、追い打ちのように部長から言われたことが耳に残っている。

『焦ったって、どれだけがむしゃらにやったって鞘師にはなれないからね』

 その一言で自分の努力がすべて崩れた気がしてしまった。
 確かにその日の練習では鞘師さんの顔がちらついていた。あのときの憧れを強く思い出したから。
 そんなつもりでやっていた訳ではないと言い聞かせてきた。

 昼休みの練習が終わるまでの時間がひどく長く感じられた。
 終わりの声と同時に素早く体育館を抜け出す。教室までの足取りも重く、汗はいつの間にかひいていた。

「あゆみ」

 不意に呼ばれた石田が振り向くと、佐藤がいた。
 頭がぼんやりとしている石田には、どうして佐藤がここにいるのかすらわからなかった。
 おまけに見たことの無い顔が横に立っている。学年章を見るに一年生だ。

「まーちゃん」

 名前を呼び返す以外の言葉が出てこない。そんな内に一年生は「失礼しますね」と言って頭を下げてどこかへ行ってしまった。
 不思議な雰囲気の子。
 小田に対する石田の感想はその程度だった。
58 :第四話:それぞれの思い :2016/06/25(土) 13:00

「あゆみ、なんか変」
「そうかな」

 佐藤の顔をあまり見ないで石田は答えた。願わくば早く教室に戻って着替えてしまいたい。

「ふーん」

 佐藤は腑に落ちない表情で石田と並んで教室へと向かう。

「そろそろ練習出てよあゆみも」
「何の?」
「合唱に決まってんじゃん」
「ああ」

 石田は、部活があるからという理由で初めの内は合唱の練習に参加していなかったことを思い出した。
 部活に参加したくない気分だしちょうどいいなと石田は複雑な気持ちで笑った。

「参加するよ」
「そうそう! あゆみお団子の歌聞いたらびっくりするよ。すっごいうまいの」

 お団子って誰だよ。
 石田は少し考えてから、さっきの一年生かと納得した。

「そうなんだ」
「天才って感じ」

 佐藤の発言に石田は心がすっと切られた気がした。どうしてだかは分からないけれど、受け入れ難いことを言われた気がした。
 また石田の頭に鞘師の影がちらついた。
59 :第四話:それぞれの思い :2016/06/25(土) 13:00

「そんなに言うなら聞いてみたいわ」

 投げ捨てるように言った言葉に佐藤が「じゃあ明日の昼休み一緒にいこ!」と勢い良く返して来たので、石田は驚いた。
 そういうつもりで言った訳では、と弁明する時間も与えられずに教室に入った。
 入った傍から飯窪と工藤が心配そうな表情で石田を見た。その顔を見て、石田は更に自分が追い詰められた気がした。

**

 羽賀朱音は考えていた。
 中学一年生のときに初めて見掛けた工藤がびっくりするほどかっこよく、羽賀は半ば一目惚れのような感情を抱いた。
 それから工藤が結構な人気者であることを知り、少し引っ込み思案な羽賀は打ちひしがれた。
 工藤が高校にあがってしまってからは、校舎も離れ、滅多に目にする機会が無い。
 そんな中、先日の放課後にたまたま見掛けた。同じ部活の牧野に用があったようで、羨ましかった。
 目が合うと同時に逃げてしまった自分を情けなく思い、羽賀は反省していた。

「どうしたの?羽賀ちゃん」
「まりあちゃん」

 羽賀はひらめいた。
 そうだ、まりあちゃんは工藤さんの連絡先を知っているかも。

「まりあちゃんってさ、工藤さんの連絡先知ってる?」
「クドウさん?」

 牧野の頭の中では漢字にすら変換されなかったようで、羽賀は肩を落とした。
 それもそうだ、あのときも別に工藤と牧野が直接会話をしていた様子は無かったのだから。
60 :第四話:それぞれの思い :2016/06/25(土) 13:00
 牧野は肩を落とした羽賀を心配そうにみつめながら、何かひらめいた様子だった。

「あの芸能人の?!」
「……」

 もう何も言うまいと羽賀はそっと会話を終了させようとした。

「違うの……? あ、そうだ!」

 また何か閃いた様子の牧野に、羽賀は期待を抱かなかった。

「なんかね、人助け部っていうのがあるんだって!」
「人助け部?」

 聞き覚えの無い部活に、羽賀は訝しんだ。
 ただ、牧野が嘘をつける人種ではないと分かっているので、大人しく続きを聞くことにした。

「鈴木さんが言ってたの! 羽賀ちゃんがそのクドウさんっていう人を探したいなら手伝ってもらおうよ」

 鈴木さんと言うのは、牧野が良く話題に出す親戚の人のことだろう。
 羽賀はあまり気乗りはしなかったが、たまには牧野に頼ってみることにした。

「そうしよっかな」

 羽賀のその発言に、牧野は嬉しそうに頷いた。
 そして携帯を取り出して誰かにメッセージを送っている。きっとそれは鈴木さんという人だろう。
 期待は薄いけれど、牧野が一緒に行動してくれるというのは少しだけ心強い。羽賀はそう感じながら流れに身を任せることにした。
 そのやり取りを教室の離れたところから聞いていた尾形は、薄く笑った。

 そのクドウさんこそが、人助け部やねんけどな。

 尾形の笑いを見て、野中はまた不安な気持ちになった。
61 :第四話:それぞれの思い :2016/06/25(土) 13:01

つづく。

62 :名無飼育さん :2016/06/25(土) 13:06
>>48
レスありがとうございます。

>>49
海外の方なんですね。レスありがとうございます。
63 :名無飼育さん :2016/06/25(土) 13:10
天気組を中心にそれぞれのメンバーの話も書いていくつもりです。
引き続きよろしくお願いします。
64 :名無し飼育さん :2016/06/25(土) 21:25
面白い!!
なんか飄々とした文章が好きです。
毎回続きが気になり続きが待ち遠しいです
スプ先生と巻き込まれ野中っちw
65 :名無飼育さん :2016/06/28(火) 20:42
10期の仲良しっぷりも読んでいて微笑ましいのですが
12期の描写も面白いです!
66 :名無飼育さん :2016/07/02(土) 22:03


第五話:可愛い野中には旅をさせよ


67 :第五話:可愛い野中には旅をさせよ :2016/07/02(土) 22:04
 気付いたときには時すでに遅く、プリントは手から落ちていた。
 小田は特に何の感情も抱かずにそれらを拾おうとした、そんなときに大声で話し掛けられて肩が上がった。

「お団子っ!」

 小田は驚いて声の方を向いた。最近知り合った二年の佐藤優樹のことを、不思議で素直な人間だと認識している。
 移動教室なのか教科書と筆箱を持っているその姿を見て、どうしたものかと考える。

「佐藤さん。どうしたんですか?」
「昼休み来るよね?」
「え、はい」

 音楽準備室で練習をしようと約束をしている。なのに、何を今更と小田は変に思った。
 二回目に会った人に対して急に『歌ってみて』と言ってのける人なのだから、変なのも今更かと小田は納得した。
 小田と佐藤が初めて会話をした次の日、楽譜を返しに行った小田の歌声を聞いた佐藤は驚いた。
 そして何よりもピアノが弾きやすかったので、佐藤は小田を気に入ったそれから、練習とかこつけて歌とピアノを楽しんでいる。
 ま、面白いからいいけど。
 小田は薄く笑った。

「あゆみがさ! 元気無いから、何か元気になれる歌、歌ってあげて!」

 佐藤は早口でそう言うと「じゃ!」と教室から出て行った。
 小田は今度こそ「は?」と小さく口に出した。
 プリントは足元に落ちたままで、佐藤の出て行った戸をみつめる。
 小田は、何とも言えない顔をした。
68 :第五話:可愛い野中には旅をさせよ :2016/07/02(土) 22:04
 あーあ。
 プリントを拾ってから、机の上に適当に置いた。椅子に座っても少し心がざわつく。
 引っ張り回されてるなあ。
 小田は佐藤という人物に出会ったことを、喜ぶべきか悲しむべきか悩んだ。

**

 昼休み、いつも通り尾形とお弁当を食べようと野中は声を掛けた。

「春水ちゃんお弁当は?」
「野中っちょ。そんなん食べてる場合ちゃうで」
「えっ」

 その理由を尋ねようと思ったが、聞いたところで納得も理解もし難い気がした。
 座った状態で見上げた尾形はどう見ても悪い顔をしている。野中は諦めてお弁当を鞄にしまった。

「今朝話してるのを聞いてんけどな、羽賀ちゃんがお昼休みに工藤さんに接触するらしい」

 接触って……、なんかの犯人じゃないんだから。
 野中は何とも言えない顔で続きを促した。

「で、これはさっき手に入れた情報なんやけど。石田さんと一年の小田さんが、音楽準備室で逢引きするらしい」

 そんな情報をどこから手に入れられるのか、野中は一生知りたくないなと頭を抱えたくなった。
 今日のお弁当には大好きなカツが入っているというのに、午後の授業の合間に食べなくてはならないことが辛い。
 いや待つのよ、美希。辛いのはそこじゃないわ。
69 :第五話:可愛い野中には旅をさせよ :2016/07/02(土) 22:04
 野中は必死にまともな感覚を取り戻そうとするが、それは叶わない気がした。
 でも小田さんと石田さんなんて、何かあったかな。
 野中は不思議に思った。
 新聞部の常識として、石田はダンス部のエースで、小田は合唱部でやたらうまい一年生だということは知っている。
 そして小田は一年生ながらにパートリーダーを任されていて、上級生にちょっぴり睨まれていることも知っている。
 ただ、それだけだ。二人の接点なんて聞いたことがない。

「それがどうかしたの?」
「まあまあ。野中っちょ、うちらは今まで工藤さんに直接の接触ができひんかった。工藤さんは中等部の時からイケメンで話題性のある人やけど、佐藤さんっていう壁が高かった」
「そうだね。佐藤さんはうちらのこと威嚇してくるもんね」

 佐藤は何の動物的勘なのか、新聞部の二人を異常に嫌がっている。

「それがな今回は佐藤さんが工藤さんのそばにおらんねん」
「そうなの?」
「ずばりその逢引きの現場に佐藤さんはおるねん。それに今、工藤さんとけんか中らしい」
「へ〜」

 この友人だけは裏切れないなと野中は日頃から思っている。裏切る気ははなから無いが、それでも忘れないように時折思い出すようにしてる。
70 :第五話:可愛い野中には旅をさせよ :2016/07/02(土) 22:05
「つまりは?」
「工藤さんのネタを集めるチャンス」
「その通り」

 尾形は野中に対して褒めるように親指を立てた。野中は褒められても少しも嬉しくないなと苦笑いした。
 尾形は野中の両肩に手を置いた。

「じゃ、そっちは任せたで」
「へっ?!」

 思いもよらぬ爆弾にさすがに野中は声を上げた。
 日頃から無茶なことを言ってくるのは分かっていたが、さすがに一人で行ってこいと言われたのは初めてのことで、野中は首を横に振った。

「むりむりむり」
「なんでーさ、教室には工藤さんと、おったとしても飯窪さん。余裕やん。むしろ羽賀ちゃんの付き添いですくらいに堂々と行ったらええねん」
「いやいやいや、もし佐藤さんがいたらどうしたらいいの」
「佐藤さんは音楽準備室におんねんて、それは絶対」

 まっすぐとみつめてくる尾形の視線に、野中は降参せざるをえなかった。その真面目さを他に活かしてはくれないものかと神に嘆いた。
 諦めて教室を出て、尾形は音楽準備室に、野中は工藤たちの教室へと向かう。
 尾形は本当にこういう記事が好きだなあと野中はしみじみと考える。
 女子校のこんないっときの、恋とも言えないちょっとしたやけどみたいなものを記事にして何が楽しいのだろうかと不思議でならない。
71 :第五話:可愛い野中には旅をさせよ :2016/07/02(土) 22:05

 理由を聞いたことは無いけれど、尾形が本当に楽しそうにしているのでそれはそれでいいかとも思ってしまう。
 甘いのかなあ。
 野中は晴れた空を窓から眺めつつ教室へゆっくりと進んだ。

『やっと工藤さんのネタがゲットできそうなのに。私がそっちへ行こうか?』
『ええねん。こっちはこっちで熱い組み合わせやねんで』
『そうなの?』
『そ』

 尾形が別れ間際に言った言葉が気になった。
 石田さんと小田さんはやっぱり何かあるのかなあ。
 そうこうしているうちに教室にたどり着いてしまって、野中は若干吐きそうになった。

**

 譜久村はとてもめんどくさかった。比較的生徒会が暇な時期の穏やかな昼休みが奪われてしまったことが不満であるし、ましてや自分はこのイベントに興味が湧かなかった。
 鈴木から、牧野が工藤に会いたがっていると言われた今朝。『ふーん』と適当な返事をしたが、付いてきてほしいと頼まれた。
 生田に頼めばいいじゃないかと提案をしようかと思ったが、少々癪に障ることがあった。工藤がいるところには飯窪もいるだろう。そういえば生田と飯窪は仲が良さげだった。

『いいよ』

 いろいろと堪えた末に出した結論だったが、やはり譜久村はこの状況がとてもめんどくさかった
72 :第五話:可愛い野中には旅をさせよ :2016/07/02(土) 22:06

「鈴木さんっ!」
「まりあ」

 二年生の教室の前にいると、牧野が駆け寄ってくる。さながら大きめの犬のようで確かに可愛らしい。
 その後ろには控えめな少女が立っている。あれが今朝聞いた羽賀朱音だろうと譜久村は様子を窺った。とても緊張している様子で顔が赤い。

「こんにちは」

 譜久村が羽賀に声を掛けると、羽賀はゆっくりと頭を下げた。

「こんにちは」

 緊張しているように見えて意外と冷静なのだなと譜久村は少しだけ羽賀に興味が湧いた。ただ、それも束の間のことですぐに意識がそれていく。
 おやつに持ってきていたキャラクターチョコが食べたくなる。
 そんな風に意識が散漫としている中、工藤たちの教室に足を踏み入れた。
 見慣れない顔が教室に入って来たので何名かの生徒は怪訝な顔をしたが、気にせず辺りを見回す。
 いない。

「いなくない?」
「だね」

 工藤の姿はなく、飯窪の姿もない。教室の中に隠れている訳もないし、これはどこかへ行っているのだろう。

「工藤さんどこ行ったか知らない?」

 鈴木がクラスの人間に尋ねる。羽賀は後ろで申し訳なさそうな顔をしている。牧野は何を考えているのかいまいちつかめない表情で待っている。
73 :第五話:可愛い野中には旅をさせよ :2016/07/02(土) 22:06

「えーっと」
「あ、あれじゃない? 音楽準備室」
「そっか。音楽準備室だと思います」

 二人仲良くお喋りしていた生徒は、鈴木ににこやかに工藤たちの居場所を伝えてくれた。
 それと同時に廊下からガタッという音がした気がするが、あまり気にしないでおく。
 音楽準備室……?

「ありがとう」

 鈴木は二人に礼を言うと、譜久村の方を向いた。

「行きますか」
「え〜」
「せっかくだし」

 そう言った鈴木の視線が牧野と羽賀に移されてから、譜久村に戻ってくる。
 譜久村は鈴木の言わんとしていることは理解できているので、致し方なく「行きますか」と小さく同意した。
 

**

 そんなやり取りを聞いていた野中は素早く尾形にメッセージを送った。
 返信はきっと来ない。音楽準備室で聞き耳やら何やらに集中しているときに、携帯は開かないだろう。
 となると。
 野中は音楽準備室へ早足で急いだ。
 こういうときに走ってはいけないことは漫画から学んでいる。走ると何かにぶつかったり、良くないことが起きる。
 ただ、そんな考え空しく、階段を上り右へ曲がったとき、野中はぶつかった。
74 :第五話:可愛い野中には旅をさせよ :2016/07/02(土) 22:06

「いたっ」
「たっ……す、すみません!」

 ぶつかった人物は生田だった。
 野中はぶつかった驚きで生田をよく認識できなかった。その為すぐに先を急いだが、生田が声を掛けた。

「新聞部の」
「はいっ」

 部活の名前を出されると反応してしまうもので、野中は生田に振り向いた。そしてぶつかった人物が生田であることを認識した。
 悲しきかな尾形に仕込まれた知識から、生田の顔を見て先ほどの譜久村を思い返した。

「そんな慌てよって、また良からん記事でも書いとーと?」
「ぎくぅ……」

 野中は小さくうろたえた。
 ただ、ここで立ち止まるわけにはいかないという謎の義務感から野中は持ち直した。

「いえ、そんなことありませんよっ! 私たち新聞部は生徒のために、Fabulousな記事の作成に励んでいます」

 そう言い残して野中は去ろうとしたのに事態はもっと悪くなってしまった。後ろから譜久村たちが追いついたのだ。
 早歩きではなく、野中は走るべきだったのかもしれない。
75 :第五話:可愛い野中には旅をさせよ :2016/07/02(土) 22:07

「あ、聖ー。どこ行くと?」
「音楽準備室〜」
「え? 何すると?」

 とりあえず先を急ぎたい野中は、会話に紛れて逃げ出そうとするも、無邪気という攻撃をあてられる。

「あ、のなかちゃん!」
「Oh...」
「何してるの?」
「えっと……」

 野中は確信した。この流れは確実に、

「まーまー、何か面白くなってきたし。とりあえずみんな行こうよ、音楽準備室に」

 全員集合だ。
76 :第五話:可愛い野中には旅をさせよ :2016/07/02(土) 22:07

つづく

77 :名無飼育さん :2016/07/02(土) 22:08
>>64
レスありがとうございます。
書き方は試行錯誤中なのでそう言って頂けると嬉しいです。
78 :名無飼育さん :2016/07/02(土) 22:09
>>65
レスありがとうございます。
どの期も個性的ですから、楽しんで頂けて何よりです。
79 :名無し飼育さん :2016/07/03(日) 21:33
更新おつありです
野中ちゃんドンマイww
続きが気になりまー
80 :名無し飼育さん :2016/07/04(月) 00:57
>>「私たち新聞部は生徒のために、Fabulousな記事の作成に励んでいます」

Fabulousって辞書引いたけど、いろんな意味があってよくわかんないよ。野中ちゃん!ww
81 :名無飼育さん :2016/07/04(月) 23:09
野中氏の巻き込まれっぷりがすごいw
全員集合でどんな事件が起こるのか・・・
82 :名無飼育さん :2016/07/10(日) 12:03

第六話:小田イズム

83 :第六話:小田イズム :2016/07/10(日) 12:04
 鈴木は笑った。
 音楽準備室に入ると、小田が歌っていた。その傍らでは佐藤がピアノを弾きながら工藤に何やら怒っていて、石田は不機嫌に歌を聴いて、飯窪は完全に疲れ切っていた。
 譜久村と生田は呆れ気味に面々を眺めている。
 こんなにもバラバラなことがあるんだ。

「あ!ふくぬらさーん!」
「その呼び方やめてよ優樹ちゃん」

 変な名前で呼ばれてしまい、譜久村は軽く眉間にしわを寄せた。
 ピアノが止まったので、小田も扉の方へ振り返った。鈴木、譜久村、生田、牧野、羽賀の顔を見て首を傾げるでもなくただ、流れに任せようという顔をした。

「ごめんね邪魔して。工藤さんに用があって」

 鈴木がそう告げると、工藤が返事をした。

「はーい、何でしょう。あっ」

 工藤は羽賀の方を見て、見覚えのある顔に声をあげた。見覚えと言っても、あの時の変な子だという覚えなので、喜べたものではない。

「羽賀ちゃんがね、工藤さんと仲良くなりたいんだって」

 その発言を聞いた飯窪と工藤の顔が引きつったことを、生田は見逃さなかった。そして何かを察してから、「えり戻るわ」と小さく譜久村に言って去ろうとした。
 だがそんな一言を飯窪も聞き逃さなかった。

「生田さんは何の用でいらっしゃったんですか!」
「えり関係ないけん」
「またまた〜」
84 :第六話:小田イズム :2016/07/10(日) 12:04
 立ち去ろうとした生田の腕を、飯窪は素早く掴んだ。それを見た譜久村の眉間のしわが濃くなるのを見て、工藤も加勢する。

「生田さん!譜久村さんと仲直り出来たんですね!ストラッ」

 周囲の空気がスッと冷えたのを感じて、生田は大きな声を出した。

「分かったから!いるから!」

 ストラップを失くしたフリをしたことがバレては、また譜久村の機嫌を損ねてしまう。生田は致し方無くこの場に留まり、何かしら後輩たちをに助力をする羽目になった。
 鈴木の発言を受けて、不機嫌になるかと思われた佐藤は、予想外に静かなままで、工藤は不気味さを覚えた。

「あのー、どうかした?」

 急に慌て出した工藤と飯窪を不審に思った鈴木が声を掛ける。羽賀も不思議そうにしている。牧野は相変わらずどこに意識が向いていたのかがわからないが、急に声をあげた。

「すごく上手ですね!!!」
「今更っ!?」
「おおっ」

 鈴木の慣れたツッコミに感心した工藤もつられて声を出した。
 牧野は小田に駆け寄り、今更ながらに話し掛ける。

「すごいです! あんな上手な歌初めて聞きました!!」
85 :第六話:小田イズム :2016/07/10(日) 12:04
「あ、ありがとう」

 さすがに日頃から落ち着いていると言われる小田も、牧野の勢いには引き気味にお礼を述べた。そんな姿を相変わらず面白くなさそうに見ている石田は苦笑いした。

「ピアノも! 綺麗です!」

 牧野は次の瞬間に佐藤の方を向いてこれまた凄い勢いで褒め称えた。

「全然だよ」

 佐藤は少しだけ拗ねるように言い放った。そんなことは気にも止めずに牧野は続ける。

「何かこうピアノの音と、歌が、遊んでるみたいな! そんな感じでした!」

 よくも恥ずかしげもなく眩しい感想を言えたものだと羽賀はこのクラスメイトに感心しつつも、引いた。
 どうやらこの流れで進んでも、工藤との仲を深めるタイミングは来る気配は無いので、羽賀は教室に戻りたいなと考えていた。
 鈴木は牧野のそばに寄って、まあ落ち着けと言わんばかりに肩を叩いた。
 小田はふと思い付いた。どうしてこの人たちがこんなにもぎこち無いやり取りをしているのかが疑問だった。だからそれを解消したくなってしまった。

「歌いません? みんなで」

 全員が小田の方を驚いた顔をして見た。その顔が牧野以外すべて引きつっていたので、小田は楽しくなって笑ってしまった。
86 :第六話:小田イズム :2016/07/10(日) 12:04
**

 音楽準備室の外では尾形と野中が、窓から見えぬ用に屈んで息を潜めていた。
 さあ入るぞというタイミングで、野中は強く腕を引かれた。どうやったのか後ろから現れた尾形は、なかなかの悪だくみ顔でこう言った。

「よーやったで、野中ちゃん」

 それは褒められているのか、何なのか分からずに野中はため息をついた。

「びっくりしたー。どうやって後ろにまわったの?」
「企業秘密」
「何の企業……」
「細かいことはええねん。よーやったで野中ちゃん。色々揃った」
「色々って?」
「うちも正直よー分からんけど、なんか揃った感あるやん」
「確かに」

 それは野中も先ほど思ったことなので、同意した。

「工藤さんは仲直りするためにこっちに来たの?」
「そうみたいやね。来たときはびっくりしたわ」

 そう言いつつも不測の事態に興奮を隠しきれていない尾形に、野中は相変わらずだなと笑った。

「来た瞬間から言い合いが始まったけど、ピアノ弾くのやめへんから、小田さんは歌いっぱなしやったよ」

 楽しそうに笑う尾形とは対照的に、野中は小田を憐れんだ。

「お団子に会いに来たんでしょー!とか、お団子はあゆみの為に歌ってるんだからね!とか、佐藤さんが一方的やったけどね」
「だろうね」
87 :第六話:小田イズム :2016/07/10(日) 12:05
 野中は更にさらに小田を憐れんだが、そんな心中を察してか尾形はこう続けた。

「小田さんは基本的に歌ってるときは自分の世界らしいから、楽しそうやったよ」

 どこからそんな情報を仕入れてくるのかと相変わらず思ったが、もう考えることもバカバカしいのでやめることにした。
 そして尾形が、石田と小田は熱い組み合わせだと言っていたことを思い出した。

「そういえば、石田さんと小田さんは?」
「収穫なし。でも、今日のきっかけはおっきいはずやで」
「へー」
「何か面白なってきた」

 話しながらも音楽準備室にも耳を凝らしていた尾形が、より耳を大きくして聴いている。
 面白くなってきたと言われて、野中は少しだけ音楽準備室の扉に近付いた。
 それがいけなかった。
 体勢を少し崩した拍子に、手を扉についてしまった。当然、扉は音を立てた。
 やばい、と野中が表情で尾形に訴える。尾形もさすがに若干引きつった顔を見せた。
 扉が開いて、二人はのけ反った。

「あ! 野中ちゃん!」

 またもや野中は無邪気という攻撃をくらった。
88 :第六話:小田イズム :2016/07/10(日) 12:05
 あれよあれよという間に、牧野に引きずられ音楽準備室に入れられた二人は、苦笑いした。佐藤の視線が痛い。次いで石田の視線も痛い。

「佐藤さん、校歌弾けます?」
「弾けない」
「弾けますよね」

 不機嫌な佐藤にまったく怯まない小田のことを、飯窪は尊敬した。
 小田の発言に面を食らっていた三年生たちは笑った。

「え、歌うの?」

 鈴木は笑いながら小田に尋ねる。

「はい。何だかみなさん険悪なので」

 どんな理由だよと全員が思ったが、恐らく誰もこの決定を覆せない気がしたので、黙った。
 尾形と野中は佐藤から視線を外し続けている。

「お昼休みも終わっちゃいますし、早く歌いましょ」

 小田に駄目押しをされた佐藤は、せめてもの抵抗で突然に弾き始めた。
 それに対して余裕の表情で歌い始めた小田と、戸惑いつつも声を出し始めた面々。
 歌っていると不思議なもので、小田の歌唱につられてみんな声が大きくなっていく。
89 :第六話:小田イズム :2016/07/10(日) 12:06
 やっぱり変な人やな。
 尾形は小田の方を見つつそう思った。
 歌いつつ、もうすぐ合唱コンクールだなと思い出す。各学年ごとに分かれて行う為、この先輩たちの姿を見ることは無い。
 授業中なので抜け出してネタ集めをするわけにもいかない。尾形は肩を下げた。
 校歌を歌い終えると、みんな何に対して不機嫌だったのかを忘れたようで、三々五々に帰って行く。

「歌っていいですよね」

 不意に小田に声を掛けられた石田が小田の方を向く。本当に幸せそうにそう言うものだから、共感した。
 しかしその表情が誰かに似ているようで、苦々しさが少し残る。

「いやー、あたし上手くないし」
「上手い下手じゃないですよ」

 小田は変わらず落ち着いたトーンで石田に話し続ける。
 佐藤や飯窪は教室に戻ろうとしているので、石田もそれに続きたいが、引き止められているような形になっている。

「歌いたいか、歌いたくないかです」

 そんな風に悩みとかそういった感情を、何もかも捨てて言える日は自分に来るのだろうか。
 石田はまた心が切られた気がした。

「かっこいいね」

 当たり障りなく笑って返せば、もう返事は受け入れずに教室へと足を進めた。
 誰もがそんな風に考えられるわけじゃないんだよ。
 石田は小田のことを初めて知った今日。小田が苦手になった。
 小田は教室に戻っていく石田の背を見ながら、切なげに微笑んだ。
90 :第六話:小田イズム :2016/07/10(日) 12:06
**

「あーあ、結局工藤さんとお話し出来なかったなー」

 残念そうに羽賀は大き目の声で言う。同級生だけになった途端に子供っぽくなる羽賀を、野中は可愛らしく思った。
 尾形もいまいち収穫が無かったのでひどく気の抜けた顔をしている。牧野だけが小田と歌えて楽しかったのか、明るく弾んでいる。

「また鈴木さんにお願いして、今度は遊んでもらおうよ!」

 意気揚々という言葉がこんなにも似合う表情は他に無いくらいに、牧野は笑顔で羽賀に告げた。
 羽賀は一瞬、そんなことは無理だろうと思ったが、牧野の明るさにあてられて、笑った。

「そうだね!」

 無邪気にはしゃぐ二人と、見守る野中と、意識の無い尾形。ちぐはぐな四人は教室に帰った。
91 :第六話:小田イズム :2016/07/10(日) 12:06
**

「まーちゃん、まだ怒ってる?」
「怒ってない」

 工藤の質問に、佐藤はぶっきらぼうに答えた。明らかにまだ何かに怒っている口調であったので、工藤は続けた。

「怒ってんじゃん。そんなにハルが小田ちゃんと喋ってたのが嫌だったの?」
「怒ってないってば! しつっこい!」

 佐藤が逆切れに近い形で叫んだので、飯窪が間に入る。

「まあまあ。もう怒ってないって言ってるしいいじゃん」
「そういうことにしますか」

 何故か上から目線の工藤はそう言って苦笑いした。
 佐藤は歩きながら下を向いたり上を向いたり時々振り返ったりと忙しい。
 佐藤の頭の中では、準備室から出る間際に小田が石田に声を掛けていた姿が思い返されていた。
 何か、イワカン。
 佐藤は自分の髪をガシガシとこすった。「ぼさぼさになるよ」という飯窪の優しい声は届かず、空しく響く。
 確かにもう工藤への怒りは無くなっていた。それとは別の苛立ちが佐藤にやって来ていた。その正体は掴めず、佐藤は諦めた。

「やーめっぴ」

 佐藤は急に教室へ向かって走り出した。

「えっ!ちょ」
「まーちゃん!?」

 置いてけぼりをくらった二人も後に続いて駆けて来る。何かにぶつかるまで走ればいいと佐藤は笑った。
 上履きは走りづらく、廊下の硬さが直に伝わってくる。曲がり角では滑りそうになって、予鈴が聞こえた。

「こら!さとー!!」

 案の定、田中先生に見つかってこっぴどく怒られた。
92 :第六話:小田イズム :2016/07/10(日) 12:06
**

「で、結局何しに行ったと?」

 生田は気を取り直して二人に質問をした。流れで付いて行ったものの、結局不思議な小田ちゃんとやらに乗せられて校歌を歌って終わった昼休みが、今更ながら不思議でならなかった。

「羽賀ちゃんが工藤さんと仲良くなりたかったんだって」
「それだけ?」
「それだけ」

 完全に拍子抜けという表情で生田は鈴木を見た。

「で、何で聖も?」

 省エネガールの譜久村がそんな楽しそうでもない行事に付いて行った理由が謎だった。
 譜久村は生田の方をちらりと覗き見てから、 教室に置かれたままのキャラクターチョコを思って、譜久村は呟いた。

「チョコ食べたい」
「は?」

 飯窪と生田が自分の知らないところで仲良くしているのは、嫌だ。
 そんな独占欲がちょっといき過ぎた結果は特に良いこともなく、面倒だっただけなので譜久村は考えを改めようと思った。
 素直に言えば良いのかもしれないけれど、それはまだ自分には無理なので秘めておくことにする。

「えりぽん買ってきてよ」

 本当は既に持っているのだけれど、こうやって生田から欲しくなる。好きとはそういうものかもしれないなんて、譜久村は無邪気に笑った。
93 :第六話:小田イズム :2016/07/10(日) 12:07

つづく。

94 :第六話:小田イズム :2016/07/10(日) 12:08
>>79-81

レスありがとうございます。
野中氏の人気に嫉妬です。
95 :名無飼育さん :2016/07/10(日) 12:09
特に大事件が起こるわけでもなく終わりましたが、
全員が遭遇する回でした。引き続きお付き合い下さいませ。
96 :名無し飼育さん :2016/07/10(日) 23:00
毎週更新嬉しいです
これからどう展開していくのか楽しみです
97 :名無飼育さん :2016/07/11(月) 01:12
だーさくの小田の感情が気になる
98 :名無飼育さん :2016/07/18(月) 20:53

第七話:仏の顔もなんとやら

99 :第七話:仏の顔もなんとやら :2016/07/18(月) 20:53
 合唱コンクールの当日に、工藤は寝坊をした。急いで自転車をこいでいると散歩をしている親子連れを見掛けた。 手をつながれた先の小さなちいさな少女は懸命に母親について行こうと歩いている。
 可愛いなあ。
 工藤はそのちょっとしたよそ見で、心が落ち着いた気がした。ああやって誰かに手を引かれて歩くのは安心感があるものだ。
 そう考えてから、いっつも天真爛漫な女の子に引きずり回されている自分を思い出して、考えを改めた。
 一緒に歩くっていうのはいいもんだね。
 一人で納得しながら自転車の速度をあげた。

「おはよ」
「おそよう」

 一時間目の途中で教室に入ったとき、飯窪の目は明らかに笑っていた。そして休み時間に声を掛けると、案の定の返事をされた。

「遅刻って久々じゃない?」
「昨日テレビ見すぎたわ」
「なるほど〜」

 飯窪は次の授業の準備をしながら笑っている。合唱コンクールは午後の時間に開催される。
 工藤は佐藤の席の方へ進んだ。
100 :第七話:仏の顔もなんとやら :2016/07/18(月) 20:54
「おはよ」
「なに遅刻してんの」
「返す言葉もございません」

 笑いながら言ってくる佐藤に、工藤は頭を下げた。随分と機嫌が良さそうなので今年は調子が良いのかなと工藤も喜んだ。
 そんな佐藤の手に何かが付いていることに気が付いた。控えめながら可愛らしいブレスレット。
 それは間違いなく校則違反な訳だけれど、今はそこではない。

「可愛いねそれ」

 本心からの言葉であったので、伝えてみると佐藤もより嬉しそうに笑った。

「お守り」

 お守りかあ。
 誰かから貰ったのか、自分で買ったのか、工藤は尋ねる気は無く、ただただ嬉しそうな佐藤に幸せな気持ちになった。

「似合ってるよ」

 目を細めて笑う佐藤と見つめ合って笑っていると、石田が顔をにやにやさせながら近付いてきた。

「なにー、何か良いことあった?」
「いや、別に。まーちゃんのブレスレット可愛いなって」
「ブレスレット?」

 石田が首を傾げると、佐藤は「ん」と石田の眼前に腕を差し出した。細い銀色の線に小さなチャームが一つだけ付いている。
101 :第七話:仏の顔もなんとやら :2016/07/18(月) 20:54
 それを見て石田は「おー」と歓声を上げてから、眉を寄せた。

「バレたら取られるよ」

 真面目な石田は出来るだけ佐藤の機嫌を損ねないように優しく言った。

「さすがに合唱コンのときは外すよ」

 佐藤もそれを分かってか、控えめに返事をした。

**

 牧野はのんびりとホールへ続く渡り廊下を歩いていた。中等部は午前中に合唱コンクールが行われるので向かっている途中だ。
 こういった行事は大好きで張り切るものの、周囲からは少しうるさいと顔をしかめられることが多い。
 特に羽賀はよく顔をしかめてくる。その度に「ごめんね」と謝ることを繰り返している。
 そんな羽賀は隣にはおらず、牧野は一人で歩いていた。
 教室にお気に入りのペンを忘れたので、取りに戻っていた。当然、クラスメイトはもう先にホールに着いているころだろう。

「まりあちゃん」

 向かいから野中が近付いてきた。

「野中ちゃん。どうしたの?」
「楽譜忘れちゃって」

 野中はクラスの伴奏を行うのだけれど、肝心の楽譜を忘れたらしい。
 それが一番大切なんじゃない?と思いつつ、牧野は笑った。
102 :第七話:仏の顔もなんとやら :2016/07/18(月) 20:54
「じゃあ一緒に行こ!」
「えっ、いいよいいよ」
「いいのいいの」

 牧野は特に深い意味も無く付いていくことにした。
 いつもは尾形と一緒にいる野中なので、あまりこうやって二人ということがないので、何だかわくわくした。

「野中ちゃんはどのくらいピアノ習ってるの?」
「もう習ってないよ、七年くらい習ってたんだけど」
「そうなんだ。どうしてやめたの?」
「えーっと……」

 牧野が矢継ぎ早に質問をしてきたので、野中は少しだけ戸惑うように笑った。
 そしてから答えにくそうに上を見ながら言った。

「特に理由は無いかな。最後のコンクールでなんか納得しちゃって」
「そうなんだあ」
「そこで凄いかっこ良く弾く人がいたの」
「かっこ良く?」
「なんかこう、型にとらわれない!みたいな」
「へ〜〜」
103 :第七話:仏の顔もなんとやら :2016/07/18(月) 20:54
 牧野はいまいち理解出来なかったが、野中がとても懐かし気にそのことを話すので、つられて胸が温かくなった。

「まりあちゃんはバスケット一筋だもんね」
「うん!」

 元気良く答えた牧野を見ると、野中は演奏前の緊張がほぐれた気がした。
 教室について自席に行く。机の上の楽譜を取ったときに、紙が落ちた。
 なにこれ。
 野中は訝しげにその紙を拾った。小さな正方形の紙を裏返すとメッセージが書かれている。

『頑張れ野中っちょ!』

 尾形からのメッセージに野中は笑った。優しいのか冷たいのか未だに掴めない友人ではあるが、好かれているのは間違いないと思っている。
 牧野も紙を覗いて笑った。
 いつの間にか挟まれていたメッセージを持って、野中と牧野はホールへ急いだ。
 ホールにもうすぐ着くというときに、牧野は首を傾げた。入口の付近に人だかりができている。

「どうかしたの?」

 牧野が尋ねると、クラスメイトが振り返り答えた。

「なんか鍵が開かないんだって」
「えっ」

 牧野はその場でぴょんぴょんと跳ねてみるも、見えずにいた。
104 :第七話:仏の顔もなんとやら :2016/07/18(月) 20:54
 野中はおろおろと戸惑っている。
 そんなとき、人ごみから尾形が現れた。

「春水ちゃん」

 安心した様子で尾形の名前を野中が呼んだ。

「遅かったやん」
「そうかな」

 少しだけぎこちない尾形は、さっきのメッセージの存在を気にしているのだろう。

「鍵が開かないって」
「らしいで。まあ古い建物やしたまに開きにくいことがあったんやって。今、藤本先生が超頑張って開けようとしてる。壊しそうな勢いやったけど」

 愉快に笑う尾形を見てから、野中は藤本なら本当に壊しかねないと微妙な顔をした。
 牧野はどうやら鍵を開けようと奮闘する藤本を見に行ったらしく、そばからいなくなっていた。
 切り出すなら今かな。
 野中は尾形の方を見た。
 ばっちり目が合って、思いっきり逸らされる。こういうときの尾形は恥ずかしがりだ。きっと自分よりも。
 そう思って野中はちょっとした優越感に浸った。 
105 :第七話:仏の顔もなんとやら :2016/07/18(月) 20:55
「頑張るね」
「……当たり前やん、頑張ってもらわな困るわ」

 少しだけ顔を赤くした尾形を見て、より一層幸せな気持ちになった野中は以前コンクールで聴いた曲を、鼻歌をうたった。
 その頃に、入口の方から「っしゃー!」という藤本の雄叫びが聞こえたので、鍵が開いたのだなと笑った。
 尾形の腕を取ろうとしたけれど、それはやめた。スキンシップがあまり好きな子ではないし、ちょっとここでそういうことをするのは子供っぽすぎるかなと躊躇ったからだ。

「はよ行くで」

 そんな野中のちょっとした葛藤を無視して、尾形は野中の手を取ってホールの中へ歩き出した。
 こうやっていつも手を引かれてきた。さっきまでの優越感はどこかへ行ってしまったけれど、それでも野中はより一層笑った。

**

 合唱コンクールは何事もなく終了した。午後からは高等部が行うので、中等部の生徒たちは教室へ戻っていく。
 羽賀は嘆いた。
 高等部と一緒が良かったなあ。
 そうは言ってもホールに全校生徒は収まりきらないだろうし、仕方がないと諦める。
106 :第七話:仏の顔もなんとやら :2016/07/18(月) 20:55
 教室へ戻る道すがら、お昼休みに差し掛かるタイミングなので高等部の校舎から歌声が聞こえてきた。
 この中に工藤さんの歌声が!
 などという乙女チックな発想ができない自分が恨めしい。

「羽賀ちゃん、お昼練習しようよ!」

 教室に今から戻ったらそもそもロスタイムがあるのにどうして急いでご飯を食べてバスケットの練習をしようなんていう発想になるのか意味が分からない。
 羽賀は脳内で早くにまくしたてた。

「えー、やだー」
「えー!」

 バスケットは好きだが、牧野ほどではない。

「歌ったら体動かしたくならない?!」
「ならない」

 牧野はめげずに羽賀に熱く語りかける。最近特に牧野の部活熱が強いのは、きっともうすぐ引退する時期だからだろう。
 とは言え、うちは中高一貫なのでそのまま高校でもバスケは続く。
107 :第七話:仏の顔もなんとやら :2016/07/18(月) 20:55
「シュート練習だけだから!」

 昼休みなんだから当たり前だ、と言いたい気持ちを堪えつつ、羽賀は折れた。

「分かったよ、ちょっとだけね」

 今にも飛び跳ねそうな勢いで牧野は喜び、結局飛び跳ねながら教室へ戻った。
 羽賀は体育館に行く途中で工藤さんに会えないかな? と邪念を抱きつつ付き合うことにした。
 羽賀と牧野がお昼ご飯を食べているそばでは、尾形と野中が何やら真剣な顔でお弁当も食べずに打ち合わせを始めた。
 新聞部って大変なんだ。
 意外に思いつつお弁当を頬張っていると、牧野が立ち上がった。

「えっ!はやっ!」

 牧野は既にお弁当を食べ終わり着替えを始めた。
 本気じゃん。
 その姿を見て羽賀は苦笑いした。せいぜいスカートをはき変えるくらいだろうと思っていたのが甘かった。
 羽賀も急いでお弁当をかきこみ、着替えた。
 せっかくのお昼休みが……。
 そんな嘆きには気付かずに、牧野は嬉しそうな表情を浮かべている。

「部活?」

 野中が二人の様子を見て尋ねる。

「昼練っ!」

 答えるより先に牧野が教室を出たものだから、羽賀が野中に勢い良く返事をして後を追った。
108 :第七話:仏の顔もなんとやら :2016/07/18(月) 20:56
 廊下を走ると部活の先輩にこっぴどく怒られるので、早歩きで進んだ。
 体育館に着くと、先客がいるようだった。

「ダンス部は大変だね毎日」

 羽賀がしみじみそういうと、牧野は「いいなー」と返した。
 まさか昼練が毎日あることが"いいな"となるとは思わず、羽賀は牧野の顔をガン見した。
 バッシュをはいて、ボールを触れば少しだけ気分が高まった。結局のところ、バスケは好きなのだ。

「五ヶ所入ったら交替ね」
「スリー?」
「もちろん!」
「えー、入んないかも」
「大丈夫! 羽賀ちゃんなら!」

 羽賀の弱気な発言に何故か牧野は自信満々に返した。
 そういうところは嫌いではないけれど得意でもない。
 羽賀は0度から打ち始めた。一発目で入ったので、幸先が良いなと思って続ける。
 続けていると、外したボールを牧野が取り損ねた。転がったボールが体育館の入口近くまで行ってしまう。
 ボールを掴んだ牧野が、不思議そうに羽賀の顔を見た。

「どうかした?」
「あんまり入んないね」
「ひ、ひどい!」
109 :第七話:仏の顔もなんとやら :2016/07/18(月) 20:56
 羽賀がそう言うと牧野は慌てて「あっ、違うの! そうじゃなくて!」と何のフォローにもならない返事をした。
 意気消沈の羽賀は牧野と交替した。
 謝って気にする素振りをした割には、牧野にはなんの動揺も無かったらしく、淡々とボールがネットに吸い込まれていく。
 羽賀は単純に羨ましい気持ちを抱きつつ、ボールを取っては返した。
 あっという間に昼休みの終わりが近付き、また羽賀と牧野は慌てて教室へと戻る。
 戻る道すがら、高等部の生徒がホールへ移動していくのに遭遇した。
 ラッキー。
 羽賀は声には出さずにその一行をみつめた。学年章の色からして二年生だった。

「あ、工藤さん!」

 牧野がバカでかい声で団体の中の離れた工藤を呼んだ。羽賀は思わず牧野の口を塞ごうとしたが、時は既に遅い。

「牧野ちゃん」

 工藤も牧野のことを覚えていたようで手を振ってくる。
 羽賀は工藤の横にいる佐藤を見た。先日見たときより、雰囲気が落ち着いている気がした。そしてそのそばには飯窪と石田もいる。
 四人とも牧野の方を見て笑っている。そして石田は羽賀の方を見てにやっと笑った。その表情に羽賀はぎくっと不必要におびえた。
110 :第七話:仏の顔もなんとやら :2016/07/18(月) 20:56
 特にやましいことをしているわけではないが、下心がばれた気分だった。

「モテモテだね〜」

 石田は茶化すように言ってから、工藤をつついた。

「なんだそりゃ」

 工藤もまんざらではない様子で返す。
 この前の感じからしてここで佐藤が怒るのではないかと羽賀は佐藤を見た。けれど怒る気配は無く、むしろ笑っている。
 今日は機嫌が良いんだなと羽賀は安心した。この前の音楽準備室は気が気で無かったからだ。

「頑張ってくださーい!」

 大きな声を出して、腕を振り声援を送る牧野に便乗して羽賀も腕を振った。
 羽賀の脳裏には仲良く歩く小さな石田と背の高い工藤が、少女漫画のカップルのように焼き付いた。

「分かるで羽賀ちゃん」
「うわっ!!」
111 :第七話:仏の顔もなんとやら :2016/07/18(月) 20:56
 突然現れた尾形が、腕を組み"うんうん"と頷いている。
 あまりの驚きに羽賀は目を見開いた。牧野は特に驚きもせずに「尾形ちゃん」と嬉しそうに声をあげた。

「あの組み合わせも、熱い」
「う、うん」

 尾形の謎の勢いに押されつつ返事をした。

「いつの間に来たの」
「企業秘密」

 何だそりゃ。

**

 合唱コンクールが終わって、工藤は佐藤に声を掛けた。

「めっちゃ良かった!」
「まさもそう思った!」

 佐藤の演奏は完璧だった。工藤は歌っているときに一度だけ気になって佐藤の方を向いたが、すぐに反省した。
 何の心配も要らないくらいに佐藤は集中して弾けていた。

「やっぱ凄いねまーちゃん」

 石田も嬉しそうに佐藤に声を掛ける。
 佐藤は石田の顔を見て、一瞬考えてから思い出したように目を開いた。
112 :第七話:仏の顔もなんとやら :2016/07/18(月) 20:57
「お団子のおかげだっ」
「おだ、お団子? あ、ああ」

 石田はまたもやお団子って誰だよとなってから、以前会った小田さくらだと理解した。
 それをどうして自分の顔を見て思い出したのかは謎だった。

「小田ちゃんね」

 工藤がそう呼んでいたので、石田もそれにならって名前を呼んだ。
 それを聞いた佐藤は嬉しそうに石田の腕を取った。

「お団子にお礼言いに行かなきゃ!」
「え゛っ」

 石田は思わず汚い声を出した。
 ちょっと待って私苦手なんだよね。
 内心冷や汗をかく。視線で工藤に助けを求めると、工藤は苦笑いしてこう言った。

「あ、あゆみんは別にいいんじゃない?」
「なんかね、あゆみの顔見たらお団子思い出したのっ! だからあゆみも!」
「は、はあああああ?」

 何とも言えない叫びをあげて、石田は佐藤に引きずられるように校舎に消えて行った。
 工藤は小さく「あちゃー……」と言って、遅れてやって来た飯窪は「なになに?」と呑気な声をあげた。

「何がまーちゃんを動かすんだろうね」
「なんのこと?」

 工藤は今朝の少女を思い出した。隣に並んで歩くには、何が必要なのだろうか。
113 :第七話:仏の顔もなんとやら :2016/07/18(月) 20:57
**

 石田はずんずんと進んで行く佐藤に嫌な予感がした。今にも走り出しそうである。
 次の瞬間案の定佐藤は走り出したので、勘弁してくれよとため息をついた。引っ張られる腕が痛い。

「こらー!」

 そして更なる案の定が続いて、田中に佐藤は捕まった。ただ辛うじて小田の教室には着いた。田中は小田の教室から出てきたのだ。

「あゆみよろしくっ」

 何をよろしくされたのかまったく理解が出来ない。
 石田はほとほと呆れた顔をして、佐藤が田中に説教されているのをちらりと見てから、教室の中を見た。
 いませんように。
 そんなひどいことを思いつつ教室を見渡すと、小田はいなかった。
 安堵した石田は佐藤に声を掛けようと振り向いたとき、心臓が跳ねた。

「誰かお探しですか?」

 小田が後ろに立っていた。

「あっ、いや。あ、あなたをお探しでした」
114 :第七話:仏の顔もなんとやら :2016/07/18(月) 20:57
 思わず変な日本語になってしまった石田に、小田は笑った。いつも一定の温度で笑うような感じで、それも石田は少し苦手に思った。
 佐藤はまだ田中に捕まっている。石田は出来るだけ感情を殺してから言った。

「合唱コンでピアノ完璧だったのは小田ちゃんのおかげだからお礼言いたいって言われて、付いてきた」
「へえ」
「それだけ」

 なるべく早口でそう告げると、小田は田中に怒られている佐藤の方を窺った。

「お礼、ですか」
「そう。ありがとね」

 小田は驚いた様子で、石田の方に振り返った。その表情に石田も驚いてしまって焦る。

「何で石田さんが言うんですか」

 小田は本当におかしそうに笑った。
115 :第七話:仏の顔もなんとやら :2016/07/18(月) 20:58
 石田は言われてから「確かに……」と小さく言って笑った。
 随分と律儀にお礼を言った自分がおかしかったし、小田の表情が今まで見たものと違って安心したからだ。

「罰として合唱部の練習手伝いなさい」

 不意に聞こえた田中の声に、石田も小田も勢い良く二人の方を向いた。

「伴奏してくれよった子が休みやけん。佐藤、お前に任せた」
「やです!」
「人助け部っちゃろ?」

 田中はにやりと笑いながら佐藤を指さした。

「誰がですか?」

 心底不思議そうな声を出した佐藤に、石田はずっこけた。

「うちらのことだよっ!」
「え、石田さんもなんですか?」

 大きな声でつっこむと、小田から質問が返ってきて石田は前につんのめりそうになる。
 テンポを崩されるこの感じはやりづらいぞと芸人のようなことを思った。
116 :第七話:仏の顔もなんとやら :2016/07/18(月) 20:58
「そ、そうだよ」
「そうだったんですね」

 小田は佐藤から人助け部のことを聞いていたのか、楽しそうに笑っている。
 一体どんな話をしたんだか。
 石田はため息を堪えつつ言った。

「まーちゃんが言い出したんだよ、人助け部」
「そんな昔のこと忘れた!」

 清々しく言い放った佐藤に石田は呆れを通り越して諦めた。

「いいや、もう……」

 そう言って先に自分の教室に戻ろうとしたときに、田中に腕を掴まれた。

「えっ?」
「どこいくと石田。お前もやけん」
「えっ」
「佐藤と一緒に走っとったやろ?」
「……えーっ! 部活あるんですけどっ!」
「愛ちゃんには、れいなから言っとくけん」

 ダンス部の顧問の高橋と田中はすこぶる仲が良い。

「諦めなって、あゆみ」

 佐藤の言葉に石田は盛大に肩を落とした。そんな姿を見て小田は苦笑いを浮かべた。
 こうして晴れて石田と佐藤の二人は罰として、田中が顧問を務める合唱部の手伝いをすることとなった。
117 :第七話:仏の顔もなんとやら :2016/07/18(月) 20:59


つづく。

118 :名無飼育さん :2016/07/18(月) 21:01
>>96
レスありがとうございます。
これから展開していけるように頑張ります・・・!

>>97
レスありがとうございます。
だーさくの絶好調っぷりが書けるよう、引き続き頑張ります
119 :名無飼育さん :2016/07/18(月) 21:04


120 :名無飼育さん :2016/07/18(月) 22:16
だーさくもだーまーもまりあかねもはーちぇるもみんないいなぁ
清々しいほどすっかり忘れてるまーちゃんに笑いましたw
121 :名無し飼育さん :2016/07/23(土) 00:03
羽賀ちゃんと牧野ちゃんのコンビのやりとりが面白かったです
何気にOGさんたちが先生で登場してて もっさんに笑ってしまいました
122 :名無飼育さん :2016/07/30(土) 13:53


第八話:あまのじゃく

123 :第八話:あまのじゃく :2016/07/30(土) 13:54
 放課後になると合唱部の一年生二人が、石田と佐藤を迎えに来た。
 さすがに佐藤も田中からの呼び出しをすっぽかすことは無いのだけれど、万全を期したのだろう。
 その光景を見て、飯窪と工藤は笑っている。
 事情を聞いたときにも工藤は『廊下を走った罰って小学生じゃん!』と笑っていた。
 そしてそうやって笑う工藤の足を、佐藤は思いっきり踏みつけた。

「お団子は?」

 佐藤は部員の二人に尋ねた。事の発端に出くわしていたのに来ないなんてと若干へそを曲げているようである。
 石田は正直言ってどちらでも良かった。あまり関わり合いになりたくないし、手伝いだって穏便に済めば何でもいいと消極的だった。

「お団子……?」

 合唱部の二人が心の底から不思議そうな顔をして見合わせているので、石田はため息を一つ堪えてから補足した。

「小田さんのこと、です」
「あっ、さくらちゃんなら先に行きました」
124 :第八話:あまのじゃく :2016/07/30(土) 13:54
 そう言うと佐藤があからさまに拗ねたので、一年生二人は怯えながら後に続けた。

「えっと、さくらちゃん、パートリーダーなので……その……」

 その姿を見て石田は「そういうのなら仕方ないじゃん。行くよ、まーちゃん」と佐藤の肩を押した。
 一年生なのにそういう役割なんだ、凄いな。
 石田はまたちょっとだけ心に汗をかいた。ひりつくように痛んだ訳ではないけれど、苦い顔をしてしまう。
 佐藤は「パートリーダーってなに??」と石田に尋ねる。
 石田は考えないようにしながら佐藤に言った。

「要は、"エライ"ってことよ」
「なるほど」
「ってか、自分で歩いてよ」
「あゆみが勝手に押したんじゃん」
「確かに」

 しばらく歩いていると第二音楽室に着いた。中からは歌声が聞こえてきて、もう始まっているようだった。
 扉を開けて連れられて入ると、発声練習が止んだ。中にいる部員は少なく石田は不思議に思った。

「ご苦労様。二人ともパート練習行ってきていいよ」

 田中が聞き覚えの無いくらい優しい声でそう言ったので、佐藤も石田も驚いた。
 そんな驚いた表情を見て何かを察したのか田中はすぐに二人に睨みをきかした。
 二人を連れて来た一年生は頭を下げて違う場所へと向かって行った。
125 :第八話:あまのじゃく :2016/07/30(土) 13:55
「今日はこの佐藤に伴奏やってもらうから、よろしく」

 田中の声に部員から「よろしくお願いします」と返事あった。佐藤も部員にぺこりと頭を下げた。
 その部員たちの中に小田の姿は無く、違う場所で練習をしているようである。
 石田は、佐藤の役割は理解できたが、自分が何を手伝うのか分からずに田中に質問した。

「あのー、私は何をするんでしょうか?」
「石田は何もせんでいいよ」
「えっ」

 言葉の意図が分からずに、田中を見るしかない石田に佐藤は叫んだ。

「ずるい! あゆみ!」
「いやいやっ!」
「石田は散らばって練習してる部員を見学」
「見学……ですか」
「そっ。いってこーい!」

 軽快に田中に追い出された石田は、音楽室を振り返るも扉を閉められてしまった。

「ど、どこに行けばいいんですかー!」
126 :第八話:あまのじゃく :2016/07/30(土) 13:56
 石田の質問にすぐに答えは無く、音楽室からは『今日どこだっけ?』と田中が部員に尋ねる声がした。
 把握してないんかい。
 手伝うことが無いならば部活に出たい。石田はより一層消極的になった。

「視聴覚室と体育館の横ー!」

 体育館の横と言われて、石田は思い出した。
 そう言えばたまに合唱部がいたなあ。
 石田は見に行く振りをして部活をしようかと思ったが、やめた。ダンス部の顧問の高橋には、田中から話がいっているはず。

「分かりました〜」

 気の無い返事をして歩き出す。

**

 まだ夏には早いのに日差しが暑い。一応屋根のあるところで歌ってはいるけれど汗が出てくる。
 小田は少し苛ついていた。気温にではなく自分自身に。

「ではもう一度今のところをやりましょう」

 当然外にはピアノが無いので、ポータブルの機械から音を流す。外で練習をすることは稀で、いつもやっているわけでない。
127 :第八話:あまのじゃく :2016/07/30(土) 13:56
 小田はパートリーダーを任されているので、ある程度自由に練習場所を決められる。
 音を流そうとしたときに、石田の姿が見えた。

『今日は部活の見学に来られる方がいますが。皆さん、気にせずいつも通り練習して下さい』

 えらくかしこまった言い方で田中は事前に部員に説明をしていた。
 部員はみんな不思議そうな顔をしていたが、田中はまったく特別感を持たさずに言ったので誰も質問はしなかった。
 小田は少しだけ緊張しつつ、そわそわした。
 石田のことは佐藤に紹介される前から知っていた。
 初めて見たのは中等部の時のダンス部の発表だった。人一番キラキラとした笑顔で踊っている姿が印象的だった。
 体育館横の練習の時には見掛けたりしていた。

 石田はこちらの視線に気付いたのか、頭を軽く下げた。

「お邪魔します」
「はい、どうぞ」

 静かに合唱部のそばに立った石田は、躍っている時の激しさとは打って変わってより小柄で普通の女の子に見えた。
 再生ボタンを押せば曲が始まる。部員の顔を見ればいつもと変わりない。
 いつもと違うのは自分だ。苛立ちはちょっとした焦燥感で、それは昨日聞こえた話に関係がある。
128 :第八話:あまのじゃく :2016/07/30(土) 13:57
『焦ってるんやよ、あの子。息抜きさせんと』

 先日、第二音楽室の鍵を返そうと職員室に行ったとき、たまたま聞こえた高橋の声に小田は固まった。
 誰の事なのか聞こえてくる前に、早々に職員室を後にした。それでもきっとあれは石田のことだっただろう。
 歌い始めると、石田の真面目に聴いている表情が目に入った。小田は笑った。
 律儀な人なんだ。
 ダンスからもそれは見て取れた。真摯に何事にも取り組む。例え意味を全く見い出せない見学であったとしても。

『息抜きねえ』

 職員室から出るときに、呑気に言い放っていたのは田中だった。
 はめられたんですよ、石田さん。
 小田はいつの間にか自分の苛立ちが薄くなって、声が伸びているのを感じた。
 歌を聞いてほしいと思った。そしてあのキラキラした笑顔を取り戻してほしい。
 石田から視線を外して、大きく歌う。
129 :第八話:あまのじゃく :2016/07/30(土) 13:57
**

「まーちゃんは立派に人助け部やってるかな」

 工藤は呑気にジュースを飲みながら言った。向かいの飯窪は漫画を読みつつ返事をする。

「やってないだろうね」
「やっぱり?」

 工藤は椅子に浅く座り、だらりと頭を後ろに倒した。お店でまたそんな恰好をして、と飯窪は言いたいのを堪えて話を続ける。

「きっともう飽きてるよ」

 合唱部の手伝いも、人助け部もという意味で飯窪は工藤に言った。
 工藤はちらりと飯窪を見てから笑った。

「結構わくわくしたんだけどなー」

 少しだけ残念そうに言った工藤に、飯窪も笑った。

「多分そんなこと言ったら余計にやめちゃうよ。あまのじゃくだし」
「あー。まーちゃんほんとあまのじゃくだもんね」
130 :第八話:あまのじゃく :2016/07/30(土) 13:58
 飯窪も工藤も色々と思い出す節があるのか、二人して笑っている。すっかり氷の溶けたジュースの色が薄まり、それは淡く揺れている。
 工藤が「あまのじゃくと言えば」と続けると飯窪も察したのか「あゆみん?」苦笑いした。

「あゆみんも大概だよね」
「大概だね。素直じゃないときは、ほんっと」

 飯窪がジュースを手に取る。水滴が漫画に落ちそうになって慌ててふき取る。
 工藤は椅子に座り直してから不思議そうに言った。

「あまのじゃくな人ってよくわかんないよね」
「ね。うちらはこんなにもピュアなのに」
「はるなんはピュアっていうか発想がおばあ…」
「それ以上言ったらかけるよ」

 ぐっ、とコップを持って飯窪は工藤を威嚇した。工藤は「冗談だって」と軽く流した。

「にしても暇だね」

 工藤は何事も無かったかのように続けた。放課後にこうやってカフェでちんたらと時間を過ごすのもたまには良いが、最近は続いている。
131 :第八話:あまのじゃく :2016/07/30(土) 13:58
 目新しい話題があるわけでも、やりたいことがあるわけでも無い。

「あ、そろそろ帰るね」

 飯窪はそう言って荷物をまとめ始めた。工藤は残念そうにその様子を眺める。

「何か用事?」
「用事ってほどでもないけどね」

 飯窪の含みのある言い方に工藤は首を傾げる。何だか怪しい。
 工藤はジュースを飲み干してから尋ねた。

「なになに、デート?」
「違うよ、幼馴染が遊びに来るだけ」
「へ〜」

 それにしては随分と嬉しそうだと工藤は訝しんだ。飯窪はそんな目に苦笑いしてから、観念した。
 別に隠してるわけでもないし。
 そう少しだけ誰かに言い訳をしてから。

「あー、幼馴染って生田さんなんだよね」
132 :第八話:あまのじゃく :2016/07/30(土) 13:58

 そう言うと工藤は一度「ふーん」と言ってから「え゛っ」と目を見開いた。
 そして間髪を入れずに「だからかー」と色々と納得した様子だった。

「何よ、だからかーって」
「いやね、最初っから仲良いなーって思ってたわけですよ。幼馴染だったんだ。もっと早く教えてよー」
「別にあえて言うものでもないかなって」
「まーちゃんとあゆみんにも言おっと」

 飯窪は「ご自由に」と苦笑いして言ってから店を出た。出てから不思議な感覚に襲われた。
 どうしてか秘密を明かした気持ちになった。特に隠していたつもりでもないのに、気持ちがざわざわとする。
 そんなときに生田からメッセージが届いた。

『生徒会長引きそうだから、行くのやめとく。ごめんね』

 そのメッセージを見てほっと気持ちが落ち着いたのを感じた。これはこれで変ではないかと自分に疑問を抱くが、忘れることにした。
 すべて薄く淡く曖昧にしておいた方が良い気がした。そうでなければむせ返ってしまう。
 飯窪は工藤のいる店に戻ることもなく、家路に着いた。
133 :第八話:あまのじゃく :2016/07/30(土) 13:59
**

 最初は体育館の方ばかりが気になった。しばらくすると歌声が耳に入ってきた。
 石田は立ちすくんで歌を聴いていた。楽しそうに歌う小田を見ていると、色々と置き去りにしてきたものが蘇る。

『歌いたいか、歌いたくないかです』

 生意気な一年生だと石田は笑った。今ならその言葉の意味が分かる気がする。
 変な子。
 石田は観念して歌を聴くことにした。
 躍りたいか、躍りたくないか。余計なことは考えて楽しめていなかった自分が、少し情けなかった。
 けれどやっと前が向けた気がして少し心は軽くなった。
 しばらく聴いていると、一通り終わったのか歌が止んだ。

「戻ろっか」

 誰かがそう言ったので、第二音楽室に戻るのだろう。石田は後を付いて行こうと待っていた。
 一番最後に歩いている小田が石田の方を見て声を掛ける。

「どうでした?」

 その質問に石田は面食らった。どうでしたと言われると難しい。
134 :第八話:あまのじゃく :2016/07/30(土) 14:00
 上手かったのは事実だから伝えたいけれど、頭の片隅に感謝の気持ちが浮かんできてしまって、それを伝えるのは変だと無意識のうちに眉間に皺が寄った。
 そんな表情を見て小田は不思議そうに首を傾げる。

「別に、何も」

 頭の中がぐるぐると回転したけれど、そんな言葉しか出てこなかった。
 石田はばつの悪い思いをしながら、小田の返事を待った。さすがにこの返事はひどいだろうか。

「そうですか」

 小田は少しだけ寂しそうに笑った。
 その表情を見て、また頭の中がぐるぐると回転する。言葉を浮かんでいるのに声に出せない。
 石田は返事をせずに歩いた。小田もその後は何も言わずに音楽室へと向かった。
 小田の横顔を窺うと心なしか寂しそうで、石田はますます動揺した。
 第二音楽室に入るとさっき来たときよりも随分と人が多い。

「じゃ、全体で合わせよっか」

 田中の声に小田を含めた部員たちが並んでいく。
 石田は佐藤の方を見た。うんざりした表情でピアノに向かっている。
 まーちゃん、同じことするの嫌いだもんなあ。
 石田はその顔を見てほっとした。身内がいる安心感。
135 :第八話:あまのじゃく :2016/07/30(土) 14:00
「おだんごぉ〜」

 佐藤が嘆くように小田を呼んだ。

「もう少しですよ、佐藤さん」

 笑顔で返した小田は石田の方を見た。
 何でこっちを見るんだ。
 石田はヒヤッとした。

「石田さんも、もう少しですから」

 小田はさっきの返答で、石田が見学をめんどくさがっていると思ったらしく、申し訳なさそうにそう言った。
 言われた方の石田まで申し訳ない気持ちなった。
 少しすると佐藤のピアノが始まり、歌声が聞こえ始めた。
 石田は小田の声ばかりが耳に入ってくる気がして、自分の耳がどうかしてしまったのかと理解できなかった。
 すると小田と目が合って、すぐに逸らされた。
136 :第八話:あまのじゃく :2016/07/30(土) 14:00
 逸らされた後の方が、より声が耳に入って来る。まっすぐに伸びる声は誰かを元気付けるようにも、慰めるようにも、聞こえて色々だ。
 石田は早く踊りたくなった。それは見学を始める前の消極的な気持ちではなくて、自分もこんな風に自由に表現がしたくなった。
 小田ちゃんのおかげ、か。
 少しだけ悔しかったり、嬉しかったりさっきから自分の感情が忙しない。
 それをすべて伝えることは出来ないけれど、石田は腹を括った。

 合唱部の練習が終わると、石田は小田に声を掛けた。

「ありがとう」
「え、あ、はい」

 急にお礼を言われて戸惑う小田に、石田はとても満足げに笑った。

「何となく、お礼。あと、かっこよかったよ」

 ぶっきらぼうにそう言えば、小田は嬉しそうに笑った。
 石田はそれにつられて笑いつつも、気恥ずかしくて変な表情になってしまう。

「あゆみ照れてる〜」
「うっさい」

 佐藤を小突きながら持ち上げた鞄は軽く、石田は明日からが楽しみになった。
137 :第八話:あまのじゃく :2016/07/30(土) 14:01



138 :第八話:あまのじゃく :2016/07/30(土) 14:01


つづく。



139 :名無飼育さん :2016/07/30(土) 14:03
>>120
レスありがとうございます。
まーちゃんはみんなを巻き込んで全てを忘れる子です。

>>121
レスありがとうございます。
羽賀ちゃんと牧野ちゃんのコンビは可愛くて書いていて楽しいです。
140 :名無飼育さん :2016/07/30(土) 22:42
あゆみん、可愛いです。
それぞれの心の動きや感情がとても、心地よいです。
141 :名無し飼育さん :2016/07/31(日) 09:36
はるなんのある告白、合唱部見学でのそれぞれみんなの動向
新聞部が忙しくなりそうでなにより
がんばれ野中w
142 :名無飼育さん :2016/07/31(日) 12:39
だーさくの本人達の関係性がよく出てて凄く好きです。
143 :名無飼育さん :2016/07/31(日) 23:03


第九話:きっかけ

144 :名無飼育さん :2016/07/31(日) 23:03
 尾形は登校して教室に入るなり、呑気に羽賀とお喋りしている野中の両肩を掴んだ。そして前後に揺らす。

「昨日動きがあったで!」
「うう、動き?」

 動きがあるのは今揺らされている自分のことだ。野中は朝から気分が悪くなりつつ懸命に返事をする。
 尾形は嬉しそうでありつつも悔しそうである。

「何でうちらは昨日その現場に行かれへんかったんや!」
「それは生徒会に捕まって、入学者募集のパンフレット作りの打ち合わせとか、色々してたから」
「そんなことは聞いてへん!」
「えええ……」

 野中は尾形がハイになっているので、邪魔くさいなと視線を羽賀に向けた。
 羽賀は何も見聞きしていないといわんばかりにそっぽを向いている。
 冷たい子だ……!
 自分には味方がいないのか、と教室を軽く見渡す。牧野がこちらを見て不思議そうにしている。
 野中は牧野に助けを求めると更に事が悪化する気がしたので、今度はこちらから視線を逸らした。
145 :名無飼育さん :2016/07/31(日) 23:04

「落ち着いてよ春水ちゃん。何があったの?」
「佐藤さんと石田さんが合唱部の練習を手伝ったらしい」
「それで?」
「それだけ」
「それだけ?」
「うん」

 野中はそんなことで朝っぱらから肩を掴まれている自分の不幸を嘆いた。
 そして勇気を振り絞って尾形に告げる。

「そんなことより、昨日言ってたパンフレットの草案。今週中だよ?」

 今日は水曜日なので、猶予は三日間である。尾形はあからさまに嫌そうな顔をしてから、

「頑張ってな、野中っちょ。今までありがとう」
「ええーー!!」

 ひどくなげやりな発言をした。
146 :名無飼育さん :2016/07/31(日) 23:04
**

 放課後の帰り道、鈴木は退屈だった。生田と譜久村は忙しそうに生徒会室に詰めている。
 受験生なのに大変だなあ。
 かと言って自分も、家に帰って勉強をするという発想があるわけでもないので、受験生らしさは無い。
 牧野はあれから家にはあまり来なくなった。それはそれで退屈だというのは勝手な話だろうし、言うことは出来ない。
 駅近くの大きめの本屋で暇つぶしの漫画でも買おうと入店する。コミックコーナーへ行くと見覚えのある姿があった。

「あ」

 向こうも気付いたらしく、声をあげてから会釈をしてきた。鈴木もそれにならって会釈をした。
 飯窪の話は最近生田からちょくちょく聞くようになっていた。

「はるなん」

 その呼び方がうつってしまう程度にちょくちょくである。
 飯窪は少しだけ驚いた顔をしたが、特に気にせずに会話を始めた。
147 :名無飼育さん :2016/07/31(日) 23:04
「漫画ですか? 鈴木さん」
「そうなの、何か出てないかなーって」

 飯窪の手にはたくさん漫画が持たれている。鈴木は何故か感心してしまった。

「凄いね、そんなに買うの?」
「新刊が立て続けに出たので」

 少し照れながら飯窪は説明をした。「ふーん」と言いつつ、鈴木は飯窪の漫画を覗き込む。
 少女漫画、少年漫画、ジャンルはバラバラで鈴木は興味が湧いた。

「家にもいっぱい漫画あるの?」
「そうですね……たまに漫画喫茶みたいに読みに来る人もいますよ」

 飯窪は少しだけ苦笑いしつつ返答した。

「おおー……、私も行っていい?」
148 :名無飼育さん :2016/07/31(日) 23:04
 鈴木はそんなに漫画がいっぱいあるなら、暇を潰せると実に短絡的に考えた。
 数回しか話したことの無い飯窪ではあるが、良識人のようなので遊んでみたい。
 鈴木はなるべく大人しく返事を待った。

「もちろんです。いつでもいらしてください」
「じゃあ、今から」
「さすがにそれは……」
「冗談じょうだん。ねえ、連絡先教えて」

 携帯を取り出すと、飯窪も「いいですよ」と言いながら同じ動きをする。
 鈴木は、飯窪と連絡先を交換しながらあることを思い出した。
 牧野がついこの間無邪気な笑顔でお願いをしてきたのだ。

『羽賀ちゃんを工藤さんと遊ばせてあげたいんです!』

 連絡先も知らないのに無理だと断った自分は今、そのお願いを叶える術をゲットしてしまった。
 ま、いいか。
 鈴木は考えないことにした。
149 :名無飼育さん :2016/07/31(日) 23:05
**

 佐藤が上機嫌に鼻歌を歌っている。工藤は居残りで勉強するのがそんなに楽しいのだろうかと疑問だった。
 小テストの結果が悪かったので居残りで課題を出された。飯窪はあっさりと裏切って帰って行った。

「全然わかんない」

 佐藤は悲しそうに呟いた。

「だね」

 やっぱりわかっていなかったのだと工藤は少しほっとした。小難しい物理の問題なんてさっぱりわからない。
 飯窪頼りの二人にはまだしばらく時間がかかりそうである。

「あゆみんが居残り回避するなんて思わなかったよ」

 工藤は同じくらいの成績であるはずの、石田を羨んだ。

「部長に怒られるって言ってた」
「居残りしたら?」
150 :名無飼育さん :2016/07/31(日) 23:05
「うん」
「なるほどね」

 工藤はシャープペンシルを何回か回してから頭をかいた。
 ペン回しの練習に励んでいた昔が懐かしい。あの頃には物理なんて勉強しなくて良かったのに。
 工藤はふと黒板横に貼られた掲示物を見た。そして嬉しそうに言った。

「もうすぐ体育祭じゃん」

 聞こえていないのか佐藤は課題のプリントから視線を外さない。
 集中しているときに何を言っても無駄なのを知っているので、工藤は体育祭のことを一人で考えた。
 体育祭が嬉しいというよりも、授業が無くなることが嬉しい。

「まー、玉入れ」
「あ、聞こえてた?」
「どぅーは?」
「んー、リレーかなー。って、まーちゃん毎年玉入れじゃん」
「いーの」

 佐藤はイヒヒと歯を見せて笑った。
151 :名無飼育さん :2016/07/31(日) 23:05
「いいけどさ。他のやってみたいとかないの?」
「あれしたい」
「なに?」

 工藤は期待しつつ佐藤の返事を待った。が、若干嫌な予感がした。

「パーンッてやつ」
「競技じゃないじゃん」

 工藤は呆れながら言った。それは体育委員の仕事だ。工藤と佐藤は一番労力の少なそうな美化委員である。

「どぅーの顔変」

 ナハハと佐藤が笑う。
 佐藤が体育祭に何の興味も持っていないことを工藤は分かっているが、やる気を出せば大抵のことが出来る佐藤に少し期待してしまう。
 ま、いっつもこの期待は裏切られるんだけど。
 ふと工藤は思い出した。あまのじゃく=佐藤優樹という式を。
152 :名無飼育さん :2016/07/31(日) 23:06
「ま、体育祭頑張ったって良いことないもんね。成績が上がるわけでもないしさ」

 シャープペンシルをくるくると回す。佐藤の笑いが止まった。

「特に障害物とかめっちゃ大変だし」

 佐藤が首を傾げる。
 まさか障害物の意味が分かっていないわけではあるまいと、工藤は続ける。

「毎年だーれも立候補しないし。まーちゃんも障害物だけはやめなね」
「ふーん」

 少しだけ佐藤がそわそわしている気がして、本当に可愛らしい動物だと工藤は笑いを堪えた。
 ここで笑ってはすべてが水の泡になる。

「ハルも絶対やりたくない」
「やる」

 工藤は内心でガッツポーズをした。
 それからすぐ後に自分の失敗に気が付くことになる。
153 :名無飼育さん :2016/07/31(日) 23:07
「どぅーも障害物ね」

 工藤は固まった。そしてから叫んだ。

「やだよ!」
「やるの!」

 佐藤だけをうまく誘導したつもりが、自分まで巻き込まれてしまった。策士策に溺れるとはまさにこのこと。
 工藤はこうなっては佐藤が言うことを聞くとも思えないので、半分諦めた。

「やりたいならまーちゃんだけやったらいいじゃん」
「どぅーとするの!」

 思いの外、まっすぐにみつめられて言われてしまったものだから、工藤は怯んだ。
 高校二年生になって随分と大人びてきたが、中身が子供なのでこうやって時々ギャップに驚いてしまう。

「わ、わかったよ」

 いつもの如く、白旗をあげるのはいつも工藤だ。
 佐藤は満足気に笑っている。
 どうせ種目決めのときには忘れてる。
 工藤はそう考えて自分を落ち着かせた。

「人助け部しゅつどー!」
「そっちかー!!」

 工藤は色々な意味で完全に敗北した。
154 :名無飼育さん :2016/07/31(日) 23:07

**

「小田さんっ!」

 後ろから声を掛けられたので、小田はゆっくりと振り向いた。
 部活が終わって帰ろうとした正門付近で、声を掛けてきたのは牧野だった。
 人懐っこいわんちゃんみたい。
 小田はぼんやりとその姿を大型犬と重ねて笑った。

「こんにちは、えっと」
「まりあです!」

 よもや下の名前を名乗られるとは思わなかったので、小田は苦笑いした。

「部活終わり?」

 額に汗をかいた姿が健康的で、小田は清々しい気持ちになった。

「はい!」
「そっか、お疲れさま。じゃあね」

 小田は当たり障りなく帰ろうとした。引き止められる理由も無いだろうと思ったので安心していたが、少々甘いようだった。
155 :名無飼育さん :2016/07/31(日) 23:07
「一緒に帰りませんか? 羽賀ちゃんが今日は部活お休みで」

 寂しそうに牧野は上目遣いで小田を見た。他の部活の友人がいるだろうと小田は思ったが、そうそう無下に断る理由も無い。
 何よりも牧野の表情が犬にしか見えなくて、小田は困った。

「いいよ。帰ろっか。こっち?」

 小田は自分の最寄り駅の方を指差した。

「はい!」

 牧野もその方向だったらしく、嬉しそうに頷いた。そもそも方向が違ったらどうするつもりだったのだろう。
 牧野と歩いているときに小田は退屈しなかった。次から次へと牧野は自分の身の回りの話をしてくれた。
 羽賀ちゃんという子が工藤さんと仲良くなりたい話に、鈴木さんが最近優しいという話、尾形ちゃんがいっつも何かを企んでいるという話。
 小田はこの子は周りの人が本当に大好きなのだなと嬉しくなった。

「小田さんは最近何か良いことありましたか?」

 不意に投げられた質問に、小田はこの間の石田の表情が浮かんだ。照れているのか怒っているのかよく分からない表情。
156 :名無飼育さん :2016/07/31(日) 23:07
 これは良いことに入るものなのかと笑ったが、きっと思い浮かんだということはそういうことだろう。

「んー、別に無いかな」

 でも認めるのは少し恥ずかしくて、曖昧にしてしまう。
 牧野は「えー、何だか嬉しそうですよ!」と妙に核心を突く返事をしてきた。
 小田は牧野の顔をじっと見てから言った。

「まだね、懐いてくれてないんだ」
「ネコとかですか?」

 石田の顔に猫耳を生やしてみる。似合うのと、小柄な石田がより可愛く思えて小田は濃く笑った。

「そうかも」

 まだまだ距離が離れていることは分かっている。仲良くなれる要素があるわけでも無い。
 それでも訳も無く惹かれてしまう。

「ばあちゃんが昔言ってました。猫はあんまり構わない方が良いんですって」
「そうなんだ」

 真剣に牧野がアドバイスをくれたものだから、小田は純粋に相槌を打った。
157 :名無飼育さん :2016/07/31(日) 23:08

「そしたら気になって懐いてくるらしいです」
「へー」

 まあでも、石田さんは本当の猫じゃないしなあ。
 小田は少しばかり石田に猫耳を生やして想像したことを反省した。先輩なのにさすがにそれはいけない気がしたからだ。

「でも可愛いと構っちゃいますよね」
「確かに」

 牧野の言葉に小田は少しだけ悲しくなった。
 よく考えてみれば、構う構わないも何も、接点が無い。学年も違えば部活も違う。仕方の無いことだと小田は気を取り直した。

「じゃ、私こっちの方だから」

 駅に着いて、牧野とは反対の方向を指差して告げた。

「はい! ありがとうございました」
「バイバイ」
158 :名無飼育さん :2016/07/31(日) 23:08
 深々と頭を下げた牧野に小田は笑った。そして電車に乗り込んだ。

「あ」

 小田は思わず声に出して驚いてしまった。
 乗り込んだ車両には佐藤がいた。小田に気付く気配は無く、椅子に座って携帯を弄っている。
 耳にはイヤホンがはめられているので、小田の声も届いてはいないようだった。
 思えば、佐藤に巻き込まれたのが色々と始まりだと小田は懐かしむ。

「佐藤さん」

 小田が肩を叩けばめんどくさそうに顔を上げた。
 それも束の間で小田の顔を確認するなり目を三日月形にして佐藤は笑った。

「お団子」

 これからもきっと巻き込まれるのかな。
 小田はそう感じながら佐藤の横に座った。

159 :名無飼育さん :2016/07/31(日) 23:08


つづく。

160 :名無飼育さん :2016/07/31(日) 23:09
先週が抜けたので二回目の更新です。
161 :名無飼育さん :2016/07/31(日) 23:12
>>140
レスありがとうございます。
あゆみんはとっても感受性が豊かで可愛らしいです。

>>141
レスありがとうございます。
新聞部は尾形ちゃんがまともに働かないので、野中ちゃんが大変です。

>>142
レスありがとうございます。
だーさくの関係性はこれからも絶好調に書いていきます。
162 :名無飼育さん :2016/08/01(月) 23:57
構いたくなっていいんだよ、小田ぁw
みんな、可愛いですね!
163 :名無し飼育さん :2016/08/06(土) 10:33
いろいろ繋がって巻き込まれて毎回続きが気になって夜しか眠れないです
164 :名無飼育さん :2016/08/07(日) 14:30


第十話:ドーナツと穴

165 :第十話:ドーナツと穴 :2016/08/07(日) 14:30
 ドーナツの香りがしてきた。
 譜久村は調理室のそばを歩きながら心を踊らせた。中では生田が家庭科部と一緒にドーナツを作っている。
 自分のためにドーナツを作ってくれている。
 その事実は譜久村を喜ばせるには十分だった。
 作ってもらっている間に生徒会の書類に目を通す。その約束を守った譜久村は調理室の戸に手を掛けた。

「聖」

 高めの声が耳に通る。

「出来た?」

 待ちきれずにそう言うと、生田は笑った。
 明るい髪色は少しだけ先生に怒られている。生徒会であるから仕方が無い。だけど周りからは評判が良い。
 それはあまり気に食わないけれど、譜久村もその色が気に入っている。

「ん、もうちょい」

 甘い香りが鼻から広がる。
166 :第十話:ドーナツと穴 :2016/08/07(日) 14:30
「美味しそう」

 既にバットに置かれたいくつかのドーナツに惹かれる。さすがに調理部の子の視線があるのでつまみ食いは出来ない。
 ぼんやりと眺めていると、グラウンドから運動部の掛け声が聞こえてくる。
 慣れた様子でドーナツにシナモンを掛けたり、パウダーを振ったりと生田の動きはよどみない。

「はい」

 手渡された紙に包まれたドーナツ。
 譜久村の非常に嬉しそうな表情を見て、生田は笑いながら言った。

「どんだけ。終わった? 仕事」
「終わったよ、もうくたくただよ。食べていい?」
「もちろん」

 辺りにあった椅子に腰掛けて、ドーナツを頬張る。生田はその姿を見つつ、ペットボトルの紅茶に口を付けた。
 生田は食べないのだろうか。譜久村は視線で訴えてみた。

「えりは持って帰るけん」
「ふーん」
167 :第十話:ドーナツと穴 :2016/08/07(日) 14:30
 生田は袋を掲げて見せた。中にはいくつかドーナツが入っている。
 持って帰るという事は、もう帰宅するということだろう。
 譜久村はまだ少し仕事が残っているので顔をしかめた。
 譜久村が何を言わんとしているのか分かっている顔で、生田は曖昧に笑っている。

「じゃあね」

 食べ終わった譜久村にそう声を掛け、生田が席を立った。
 鞄を持つ腕を掴めば、それまでだけれど以前に学んだことがある。余計な事は、しない方が良い。

「うん、じゃあね」

 あっさりと引き下がれば、生田は少し驚いた顔をした。それは失礼ではないかと思いつつ、譜久村は手を振った。
 あのドーナツを一緒に食べる人は、きっと家族だろう。
 譜久村はそう考えながら、ドーナツの包み紙を捨てた。

168 :第十話:ドーナツと穴 :2016/08/07(日) 14:31
**

「おーい、石田」

 体育教師の吉澤に声を掛けられて振り向いた。
 石田は重ための書類を持っているので、億劫そうな顔をした。

「そんな顔すんなって。これも頼んだ」

 書類の上に鍵が置かれた。職員室に書類を届けるついで、ということだろう。

「どこの鍵ですか?」
「視聴覚室。田中に渡せばいいから」

 田中の名前を聞いて、石田の気持ちが少しだけ跳ねた。
 驚きというか焦りというか、そこまでには至らない弱い衝撃。

「わかりました」

 言ってから歩き出すと、窓の外が夕暮れになっていることに気が付いた。
 体育祭前の実行委員の集まりはこれで二度目。いよいよ本番も近いので回数も増えるだろう。
169 :第十話:ドーナツと穴 :2016/08/07(日) 14:31
 職員室の前にたどり着くと、校内新聞に目がいった。

『体育祭のスローガン 各組出揃う!』

 まともな記事も書けるんだ。尾形の顔を思い出しながら失礼なことを考える。
 石田は職員室の戸を開けた。

「失礼します」

 声を掛けて田中の姿を探すと、すんなりとみつかった。
 しかし、書類を置いているうちに別の生徒が話し掛けてしまった。会話が終わるのを待つ他なく、鍵をぷらぷらと揺らす。
 冷房が入るにはまだ少し早いので、教室同様に扇風機がまわっている職員室。
 後ろの戸が開いたので避けると、入って来た見知った顔に声を掛けた。

「久しぶり」
「あ、石田さん」
170 :第十話:ドーナツと穴 :2016/08/07(日) 14:31
 尾形は胡散臭い表情で満面の笑みを浮かべた。明らかに何か別のことを考えながらこちらを向いている。
 石田は暇なので話をすることにした。

「新聞部って、体育祭前は忙しいの?」
「えっ、いや、そんなこともないですよ。体育祭は終わったあとで適当に書くだけなんで」

 本当に適当そうに言うものだから、そんなことでいいのかと笑ってしまう。

「それよりも、パンフレットの方が大変なんですよ」
「パンフレット?」
「入学者募集の冊子ですね。あれ、今学期中に仕上げるんです」
「あ、あれって新聞部が作ってるんだ」

 石田は昔に見たパンフレットを思い出す。可愛らしいデザインで華があった。
 もうあれも何年も前のこと。

「一部ですけどね」
「へえ、大変だね」
171 :第十話:ドーナツと穴 :2016/08/07(日) 14:31
 石田が当たり障りなく言った気遣いの言葉に、尾形は被せるように言った。

「部活紹介、今年は生徒のインタビューも載せようと思うんです」
「やだからね、うち」

 尾形がそう言った真意を、石田は早々と理解した。

「ええー、そんなあ。後輩を助けると思ってお願いしますよー」

 随分とやる気の無いお願いのトーンに、石田は苦笑いした。こいつはまた何か自分のネタを持っているのではないかと邪推する。
 まあもう今更何かを書かれたところで、失うものは無い。石田は開き直っていた。
 そんな石田の考えを分かっているのか、尾形もしつこくは言って来ない。

「まあ、恥ずかしいですよね。この記事のとこはまだ検討中なんで、また考えます」
「そうして」
「石田さんは厳しいなあー」

 尾形は全然気にしていない様子で、ひょうひょうとそう言った。
 尾形の本心がどこにあるのか読み取れず、石田は不思議だった。
172 :第十話:ドーナツと穴 :2016/08/07(日) 14:31
 どことなく冷めているのは、気のせいだろうか。会話を終わらせて離れて尾形の背を見ながら考える。
 きっと考えたところで付き合いが浅すぎて何も分からないだろう。石田はそこまで考えてから、少しだけ寂しい気持ちになった。
 いつの間にか田中のそばから生徒がいなくなっていたので、田中に声を掛ける。

「吉澤先生から鍵預かってきました」

 差し出せば不思議そうな顔をする田中に、石田も真似して返す。

「どうしました?」
「それどこの鍵?」
「視聴覚室ですけど」

 渡されることを予想していなかったようなその質問に、返す言葉に疑問が混ざる。
 田中は「……あー、」という実に微妙な返事をしてきた。よろしくない意味のようだ。

「ありがと」

 そしてから石田の鍵を何食わぬ顔で受け取った。
173 :第十話:ドーナツと穴 :2016/08/07(日) 14:31
 自分だけ理解が出来ていないのが癪で、質問をする。

「どうかしましたか?」
「いや、さっき間違って鍵渡しただけ」
「あー……」

 石田は田中の手に持たれた鍵を見て、そりゃそうだわなと苦笑いした。
 色のついたプレートがぶら下がった鍵。本当は教室の名前が書いてあるはずなのだけれど、いくつかの教室の名前は剥がれてしまっている。

「その内取りに戻って来るっちゃろ」

 田中のなげやりな発言に、石田は「そうですね」と返すしかなくその場を離れた。

**

 羽賀は首を傾げた。
 バスケ部のみんなで試合の映像を見るために借りてきた視聴覚室の鍵。それが何度差し込もうとしても入らない。
 周りの部員の視線が痛く、羽賀は少し恥ずかしくなってきた。
174 :第十話:ドーナツと穴 :2016/08/07(日) 14:32
「開かないの? かしてみて」

 牧野がスッと手を伸ばしてきた。羽賀は恥ずかしさもあってか、その場をあっさりと牧野に譲った。
 その次の瞬間には、バキッという大きめの金属音がした。羽賀は冷静に、折ったなと牧野の顔を見た。
 牧野は特に焦った様子も無く、「あれ?」と凄く不思議そうに言っただけだった。
 牧野の手に握られた鍵は、肝心の部分が綺麗に鍵穴にはまった状態で折れていた。これはどう見ても出せそうに無いので羽賀は苦笑いした。

「折れちゃった」
「だね」

 二人して目を合わせて笑えば、その直後にやるせない気持ちが襲ってきた。
 ここにいても仕方が無いので、職員室に報告をしに行く。
 とぼとぼと歩いていると、前から石田の姿が見えた。
 手に持っている折れた鍵を見て、石田は小さく「あ」と言った。

「こんにちは」

 牧野が嬉しそうに挨拶をすると、石田はばつが悪そうに笑った。

「それ、もしかして視聴覚室開けたらそうなった?」
「え、はい」

 羽賀がそう答えると、石田はますます苦笑いした。
175 :第十話:ドーナツと穴 :2016/08/07(日) 14:32

「田中先生が間違って鍵渡したんだって」
「ええー!」
「だからだったんだ……」

 驚いた牧野と冷静に折れた鍵をみつめる羽賀。二人の姿を見つつ、どうすることも出来ない石田。

「間違って渡された訳だし怒られないと思うよ」
「ですよね」

 羽賀の落ち着いた声に石田は、優しく笑った。

「じゃあね」

 離れていく石田の背を少し見て、羽賀は大人らしさに憧れた。
 中学生から見た高校生はとても遠い存在で、それは時が経てば追いつくと言われても理解が出来ない。
 牧野の方を向いて、未だに驚いているその顔に声を掛けた。
176 :第十話:ドーナツと穴 :2016/08/07(日) 14:32
「行こっ、まりあちゃん」
「鍵が違ったって、そんなことあるんだね!」
「そうだね」

 見た目は大人びているのに発言は子どもそのものな牧野が、羽賀は少しだけ憎らしい。
 そう思う一方で、放っておけない気もする。

「羽賀ちゃんどうしたの?」

 こうやって本当に心配そうに声を掛けてくれたり、元気が出るように笑いかけてくれたり。
 憎めないし、好きではあるけれど認めるには少しばかり自分自身もまだ子どもだ。

「……折ったのは、まりあちゃんだよね」
「えー! ひどいよ!」

 きっと牧野はまともに説明が出来ないので、説明するのは自分だろう。
 羽賀はそうして少しだけ鬱憤を晴らしてから、先に歩きだした。

「待ってよー羽賀ちゃーん」 

 振り回されるより、振り回す方が好きなんだよね。
 笑いながら折れた鍵をくるりと一回転させた。
177 :第十話:ドーナツと穴 :2016/08/07(日) 14:32

**

 教室に戻ると工藤と佐藤がつまらなさそうに待っていた。
 またしても居残り課題を出されていた二人に『委員会終わるまで待っててよ』と珍しく声を掛けた。

「長かったね」
「ほんと。これじゃ部活終わりの時間と変わんないわ」
「あゆみお疲れ〜」

 佐藤は髪の毛をいじりながら石田の顔を見た。石田はその顔を見て首を傾げた。

「何かおでこに付いてる」
「へっ?」
「あ、ほんとだ。プリントの上に寝たからじゃね?」
「さいあくっ!」

 佐藤が慌てて鞄から鏡を取り出して額を確認している。
 石田は自席に戻って鞄を持ち上げた。丁寧に使っているつもりでも、二年目のそれはずいぶんと痛んできている。
178 :第十話:ドーナツと穴 :2016/08/07(日) 14:32
「まーちゃんがドーナツ食べたいんだって」
「ドーナツ?」
「そ。何か匂いしたんだって」

 ハルは分かんなかったけど。そう続けた工藤に、石田は嫌そうな顔をした。
 部活の決まりで下校時の寄り道は禁止されている。工藤はそれを理解した上で妥協案を提案した。

「うちら買ってくるから、はるなん家で食べようよ」
「あー、それなら」

 丁度新しい漫画も読みたかったことだしいいか。石田は了承した。

「今日家で留守番してるって言ってたし、いるっしょ」

 工藤は佐藤に付き合わされているという体を崩さすに、適当に言った。
 佐藤の面倒をみる工藤という構図は中学のときから変わっていない。
 石田は微笑ましい気持ちになりながら、「もう取れたよ」と必死な佐藤に言った。

「じゃ、行きますか」
179 :第十話:ドーナツと穴 :2016/08/07(日) 14:33
 工藤の声で三人とも教室を後にした。
 学校から出るときにふと、羽賀と牧野はどうなっただろうかと気になった。
 田中は言い方はきついが、理不尽なことを言うわけではない。きっと怒られてはいないだろう。

「聞いてよあゆみん」
「なに?」

 工藤の方を見ると、訴えるような視線とぶつかった。

「まーちゃんがさー、障害物出るって言い出したんだよね」
「え゛っ、何でまた」

 そんなしんどいものに。石田は心の中でそう続けた。
 佐藤の方を窺うも、当の本人は興味無さそうに鼻歌をうたっている。

「誰も出ないんだったら、人助け部の出番だって」
「……この前、その設定を思いっきり忘れてた子が、よく言ったもんだわ」
180 :第十話:ドーナツと穴 :2016/08/07(日) 14:33
 石田は呆れながら佐藤の方を向いて言った。
 佐藤は石田の視線に気付いたらしく「いーじゃん!」とむきになって言った。
 あの競技って確か一クラス二人だったような。
 そこまで思い出してから、工藤の顔を見て同情した。

「ガンバッテネ」
「感情込めてよ」

 ロボットのように励ましたものの、代わるつもりは無い。麻袋でジャンプしたり、粉に顔を突っ込んだりとむちゃくちゃな競技は勘弁願いたい。
 そうこうしている間に、ドーナツ屋に着いた。

「チョコのやつ」

 石田の何とも適当な注文に工藤は笑った。
 そして工藤と佐藤が何やら言い合いをしながら店に入って行く様子を眺める。
 学校の最寄り駅のそばに、飯窪の家はある。
 羨ましい気はするけれど、生徒にたくさん会ってしまうからそれはそれで嫌な気もする。
181 :第十話:ドーナツと穴 :2016/08/07(日) 14:33
「お待たせ」
「おまた〜」

 ほどなくして二人が出てきた。
 工藤の自転車にはカゴは付いていないので、ドーナツはハンドルのところに提げられた。
 飯窪の家に向かう途中で、工藤が思い出した様子で目を見開いた。

「聞いてきいてっ」
「なに?」
「なんだよ〜」
「はるなんと生田さんって幼馴染なんだって!」

 石田は工藤の顔を二度見した。佐藤は「ふーん」と小さく言った。
 工藤は石田のリアクションに関しては嬉しかったが、佐藤のには不満だった。

「ふーんて」
「だって仲良さそーじゃん」
「まあ、確かに」
「何か良いね、幼馴染って。いないから羨ましい」
「だよねっ」
182 :第十話:ドーナツと穴 :2016/08/07(日) 14:33
 石田の発言に工藤は嬉しそうに同調した。幼馴染と言うフレーズは憧れの対象なのだろうか。
 そのやり取りに佐藤はつまらなさそうな顔をする。

「まさと小学校から一緒じゃん」

 拗ねた物言いに、石田は笑う。

「まーちゃん拗ねてる〜」

 以前言われたように茶化せば、佐藤はイーッ!と苦虫を噛み潰したように顔をしかめた。

「小学校からと幼馴染って違うじゃん?」
「どぅーのバカ」

 その発言に工藤は、ナハハと軽やかに笑って返す。
 
「あ、着いたんじゃない?」
「ここだっけ?」
「ここどこ?」
「はるなん家だよ。二人とも覚えてなさすぎでしょ」
183 :第十話:ドーナツと穴 :2016/08/07(日) 14:34
 工藤が呆れるようにそう言って、慣れた様子でマンションのエントランスに向かう。
 番号を押して呼出ボタンを押せば、しばらくしてから声が聞こえた。

『はーい』
「はるなん? ドーナツ買ってきた」
『え? え? くどぅー?』
「うん」

 明らかに慌てるような口調に、三人とも笑った。来ることを伝えていなかったので当たり前だろう。
 ただ夜遅くまで一人だと言っていたので、迷惑にもなるまいと思っていた。

『あー、どうぞ』

 色々と諦めた様子で飯窪は苦笑いしているようだった。エントランスの扉が開いて三人が入る。
 工藤と石田はにこやかに談笑しているが、佐藤だけが何かを察した様子で微妙な顔をしている。
 飯窪の家に着いて、インターホンを鳴らす。扉が開いて飯窪が顔を出した。

「いらっしゃい」
「お邪魔しまーす」
184 :第十話:ドーナツと穴 :2016/08/07(日) 14:34
 工藤と石田が行儀良く声を揃えて言ってから、玄関の靴を見て首をひねった。
 自分たちと同じような革靴が既に二足ある。

「やっほ」

 奥から出てきた人物に、工藤と石田はびっくりして固まった。

「そんな驚かんでも良くない?」
「すみません。いらっしゃるって知らなくて」

 石田が頭をかきながらそう言えば、工藤が横で頷いている。佐藤は、スンと一回鼻を吸った。
 その匂いにまた顔をしかめる。佐藤は秘密の匂いに敏感だ。それは動物的な何か。

「気にせんでいいよ。もう帰るし」

 そう言って生田は鞄を持ち上げて見せた。
 三人は玄関からいったん出て、道をあけた。そしてからあっさりと帰って行った生田の背を見送った。
 部屋に入って鞄を適当に置くと、工藤が口を開いた。

「噂をすれば、だね」
185 :第十話:ドーナツと穴 :2016/08/07(日) 14:34
「だね」

 工藤と石田は面白いものを見たと言わんばかりに笑った。

「まさのどれ?」

 佐藤は早々にドーナツの箱を開けて、自分の分を探している。見つけて手に取れば、さっき嗅いだものとは別の甘い匂いに佐藤は顔を綻ばせた。

「はるなんいっつもこれだったよね」

 工藤が飯窪に話し掛けると、飯窪は曖昧に笑った。

「さっき生田さんとお菓子食べちゃったから」
「あ、じゃあ箱に入れたまま置いとくね」
「ありがとう」

 石田の気遣いに飯窪はお礼を言ってからお茶を入れに行った。
 ドーナツを頬張る佐藤を見て、石田も自分の分を手に取った。チョコレートが半分かかったそれは、とても甘い匂いを発している。
186 :第十話:ドーナツと穴 :2016/08/07(日) 14:34
 飯窪がお茶を入れて戻って来た頃には、佐藤は既に食べ終わっていた。

「しかし何でまた突然来たの?」
「課題してたら、まーちゃんが急に『ドーナツの匂いがする!』って言い出して。食べたくなって買って来た」
「うちが寄り道禁止だから、店には入らなかったってわけさ」

 幸せな気持ちでそう言えば、飯窪は「なるほどね」と笑った。
 佐藤はふと棚の上に置かれたストラップに目が行った。部屋には似つかわしくないその派手なストラップ。

「ドーナツ作ってたの、生田さんでしょ」

 興味無さそうに佐藤がそう言うと、飯窪は驚いた。

「何で分かったの。こわっ」
「だって生田さん、シナモンの匂いしたから。まーたちのドーナツのじゃなかった」
「まーちゃん、わんちゃんみたいだね」

 飯窪が感心してそう言った。佐藤は「馬がいいな」と小さく言った。
 そこは問題なのかと思いながらドーナツの最後のひとかけらを口に入れた。
187 :第十話:ドーナツと穴 :2016/08/07(日) 14:34
 家に来るほどの仲の良い幼馴染。羨ましいような、自分には面倒なような。
 石田は一人で、うーんと悩みながらコップに手を掛けた。

「あちっ」
「あ、ごめんホット」
「まじか」

 このコップの形状でホットなんて。見た目だけでは分からないものだ。
 石田は気を取り直してゆっくりと紅茶を飲んだ。



 つづく。


188 :第十話:ドーナツと穴 :2016/08/07(日) 14:35




189 :第十話:ドーナツと穴 :2016/08/07(日) 14:35




190 :名無飼育さん :2016/08/07(日) 14:39
>>162
レスありがとうございます。
小田ぁ!の可愛さと色気をの秘訣が気になる今日この頃です。

>>163
レスありがとうございます。
繋がって巻き込まれて、私も夜しか眠れません。
191 :名無し飼育さん :2016/08/08(月) 22:45
更新ありがとうございます
ドーナッツ食べたくなっちゃった(ノ∀`)
まーちゃんの嗅覚?素晴らしい
192 :名無飼育さん :2016/08/14(日) 21:07


第十一話:どぅーでもいいこと




193 :第十一話:どぅーでもいいこと :2016/08/14(日) 21:08
 工藤は苦笑いした。土台頑張ったとて佐藤の力では勝てっこない。
 佐藤が懸命に回そうとしているのは大きな蛇口だ。
 校内にあるプールはずいぶんと昔に使用されなくなった。それを工藤達が掃除しているのには少しの事情がある。
 それはさて置き、今はこの蛇口をひねらなければ何も進まない。

「まだ回らないの?」

 不思議そうな顔をして譜久村が二人を見た。

「譜久村さんも手伝って下さいよー」
「え、やだよ。聖は見張り役」

 制服のままの譜久村は、ベンチに腰掛けている。
 一方の佐藤と工藤は体操服姿で汗が滲む。
 プールサイドは石田と飯窪が汗をかきながら二人で掃除をしている。

「これ、無理っぽいです」
194 :第十一話:どぅーでもいいこと :2016/08/14(日) 21:08
 工藤が諦めの表情でそう言うと、譜久村は考えるように空を見上げた。
 佐藤はむきになっている。

「修理業者に電話してくる」

 譜久村が致し方ないと重い腰を上げてプールを後にした。
 不機嫌そうな彼女の思うところは分からない。
 工藤は譜久村の後姿を眺めてから、佐藤の肩を叩くと、何故か嬉しそうに大きな声で言った。

「ぜんっぜん回んない!」
「だね」

 何がそんなに嬉しいのだろうと不思議に思う。小学生の頃からおかしな子で、人とは違うところで喜んだりする。
 慣れてはいるけれど、その喜びがいまいち共有できないのがもどかしい。
 工藤はそばに置いてあったデッキブラシを手に取り、佐藤に渡した。そして自分の分も手に取った。

「こっち側からもやるね」
「よろしく」
195 :第十一話:どぅーでもいいこと :2016/08/14(日) 21:09
 プールを挟んで反対側の石田に声を掛ける。飯窪は返事もしたくないほどに疲れているようだ。
 七月になろうというこの頃の日差しは四人を容赦なく照り付けている。

「別にプールの授業再開させるわけじゃないのに、何でまた」
「この辺の小学校とかに夏休みの間プールを貸すんだってさ」
「へえ」

 石田の説明でプール掃除の意味が分かったものの、それとやる気が直結するわけではない。
 こびりついた汚れが薄暗くて嫌になる。業者を呼べば済む話な気もする。それが工藤のやる気を更に減退させた。

「これ苔かな?」

 佐藤の呑気な声が羨ましい。顔をみつめると、怪訝そうな顔をされた。
 佐藤の表情は刻一刻と変わる。それこそ三秒前に右へ行きたいと言われた直後に後ろに進まれる。くらいの唐突さだ。

「楽しい?」
「ぜんっぜん!!」

 大声で返事をされて。少しうんざりしてしまった。そんな自分に驚いたのは何を隠そう自分だ。
 いつもなら笑って会話を続けられる筈なのに次の言葉が出てこない。気を取り直してデッキブラシに力を入れた。
 おん、と空気が体にのしかかってきたように感じた。

「どぅー!」

 次の瞬間には工藤は倒れた。
196 :第十一話:どぅーでもいいこと :2016/08/14(日) 21:10
**

 保健室に運ばれた工藤に対して、佐藤は頭を冷やしたり汗を拭いたりと忙しそうにしている。
 工藤は意識を取り戻して、佐藤に苦笑いを見せている。
 元々そんなに体が強い方ではない工藤。貧血気味でもあるし、暑い中の作業がこたえたのだろう。
 石田は保健室を後にして自分の飲み物を買いに行くことにした。
 廊下に出ると譜久村が先生に頭を下げていた。指導を受けている様子で、譜久村の顔は浮かない。
 自販機はその二人が立っている廊下からでないと遠回りだ。観念して少しの間待つ。
 立ち去る先生の背を呆然と見つめる譜久村に声を掛けた。

「どうかしたんですか?」
「ん? 監督不行届きだって。ごめんね、倒れさせちゃって」
「え゛っ。譜久村さんのせいじゃないですよ」
「ううん。くどぅーにも謝らないとね」

 疲れた様子で笑った譜久村の顔がそれ以上言うなと告げてきた。石田は黙って保健室に入る譜久村を見送った。
197 :第十一話:どぅーでもいいこと :2016/08/14(日) 21:10
 工藤はきっと最初から体調が良くなかった。
 何だか逆に悪いことをしてしまったような気がしていたたまれない。そのまま気晴らしに自販機へ進む。
 少し悩んでから飲み物を四つ買った。既にたくさんのスポーツ飲料を飲んだ工藤の分は除いて、四つ。

「持ちましょうか?」

 不意に声が聞こえて心臓が跳ねた。振り向けば鞄を持った小田が心配そうに見ていた。
 いつの間に近付いて来たのかなんて気にする暇も与えられない視線に、石田は観念した。

「ありがと」

 考えるよりも早くにお礼を言った。
 嬉しそうに「いえ」と笑う小田の顔を見て不思議に思う。何がそんなに嬉しいのかと。

「どこに行くんですか?」
「保健室」
「保健室?」
「くどぅーが倒れちゃって。軽い熱中症で」
「えっ!」
198 :第十一話:どぅーでもいいこと :2016/08/14(日) 21:10
 目を見開いた小田に、重ねて「もう大丈夫だけどね」と優しく告げた。

「良かったあ」

 優しい顔をして安堵する小田に、石田も安心した。そしてからさっきのいたたまれなさが随分と薄まっているのを感じた。

「小田ちゃん部活?」
「あ、いえ、今日はちょっと」

 言いにくそうに誤魔化そうとする小田は、大人びた顔で笑う。石田はそれがつまらなくてへそを曲げた。
 人の秘密が気になるのはその相手が小田だからなのか、生意気な後輩だからなのか、知る由も無い。

「ふーん」

 低めの声で返事をした石田を見て小田は笑った。その笑いの真意が分からなくて石田はますますむくれる。

「恥ずかしいんですけど、インタビュー受けてました」

 照れながら小田は石田の方を向いていった。ほんのりと赤い顔がおろされた前髪で少し隠れてしまっている。
199 :第十一話:どぅーでもいいこと :2016/08/14(日) 21:11
「インタビュー?」
「はい。何でも入学者募集のパンフレットに載せるとかで」

 聞き覚えのある話に、あー、と大きく声を出した。
 小田はその返事に、石田もインタビューを受けたのかと期待するような視線を向けた。

「うちは断ったよ」

 あっさりと言い放った言葉に小田は残念そうに肩を落とした。

「いや、だって恥ずかしいじゃん。パンフレットになるんだよ?」
「確かに。でも断りづらくて」

 はっきりと物を言いそうな小田なのに、そんな風に困ることが意外だった。嫌なら嫌と言いそうな気がしていた。

「そんな意外そうな顔します?」

 石田のそんな表情を読み取って小田は心外だと抗議した。
 思わず石田は笑ってしまってその後の謝罪は謝罪と取れないような、笑い声交じりのものになってしまった。
200 :第十一話:どぅーでもいいこと :2016/08/14(日) 21:11
「どうする? 小田ちゃんだけかもよ。インタビュー受けたの」
「どうしよう。そんな気がしてきた。どうしましょう石田さん!」
「ど、どうしましょうって」

 詰め寄って来た小田に、思わず尻込みをした。大きな瞳でじっと見られて自分までどうしようかと悩んだ瞬間に、負けが決まった気がした。
 小田の目がつい先ほどとは打って変わって愉快そうに細められた。

「石田さんも受けましょうよ」
「は?」
「インタビューですよ。小田だけとか嫌ですもん」
「やだよ」
「今度パフェご馳走します」

 不意打ちのエサに驚く。何でこうぐいぐいと人の懐に入ってこようとするのかが理解し難い。石田はやりづらさを感じた。
 それでも不思議と嫌な気はしない。

「やだってば」
「えー」
「ほら、もう着いた。ありがとね」
「はーい」

 何も無かったかのように平然と小田は石田にジュースを託して、帰って行く。
201 :第十一話:どぅーでもいいこと :2016/08/14(日) 21:12
 その背中はまったく寂しそうではなくて石田はそれには腹が立った。
 苛立ちがどこから来るものなのかは分からないけれど、食えない小田に向けたものであることは分かった。

「小田ちゃん!」
「何です?」

 本当に不思議そうな顔をして小田が振り返った。
 喉元まで言葉が出てきているものの、口からは発せなくて別の言葉が出る。

「気を付けて」

 まだ日が暮れるには早いけれど、当たり障りの無い言葉を送る。当たり障りの無いと思っているのは自分だけだったとしても。

「はい」

 嬉しそうな顔をして返事をした小田に石田はしてやられた気がした。
 本当にインタビューを受けたのが小田だけだったとして、そしたら自分はどう行動するだろうかと心に問い掛けた。
 負けはさっき決まっている。
 保健室のドアを開けてジュースを渡す。

「えっ、あゆみんの奢り!?」
「うっさい」

 いつもの飯窪の軽口を一蹴した。
202 :第十一話:どぅーでもいいこと :2016/08/14(日) 21:12
**

 しばらくすると体調も戻って来たので着替えて帰ることにした。
 さすがに自転車に乗るのは危ないので今日は電車に乗るために、駅へと向かう。
 工藤は歩きづらそうに隣の佐藤を窺った。学校を出る前からそばを歩いて離れてくれない。

「ちょっと歩きづらいんだけど」
「いいの」
「いいのって……」

 良いか悪いかを決めるのは自分ではないのかと苦笑いする。歩く度にぶつかる佐藤から香水の匂いがする。
 寄り添うように歩く理由が分からないと言えない程に、親密な関係であるので工藤は無下にも出来ずに困るばかりだった。
 断ることも、受け入れることもし難いのはどちらに転んでも大変そうだからだ。
 この関係性が続くことを願っている。願わくばその線はまっすぐであって欲しい。

「もう倒れないってば」
「そんなの分かんないじゃん!」

 ナハハと軽く笑って言えば、佐藤が少しは安心してくれる予想だった。
 しかし結果はそれとは裏腹で、いつになく真剣な表情で佐藤は怒っていた。
203 :第十一話:どぅーでもいいこと :2016/08/14(日) 21:13
 思わずその顔を見て固まった。前を歩いていた飯窪と石田も立ち止まって振り向く。歩道のすぐ横では、車が勢い良く走り去っていく。

「お、怒んないでよ」
「心臓止まるかと思ったんだから!」
「そんな大げさな」

 道端で大声を出す佐藤を宥めようとするも、その勢いは止まない。

「大げさじゃない! 決めたから」
「え、何を?」
「自転車禁止!」
「え?」

 その発言に飯窪と石田が笑った。佐藤のことが可愛いと言わんばかりの笑い声に、工藤はこっちの身にもなってほしいと嘆いた。

「もう倒れたんだよ? これから自転車なんて乗ったら死んじゃうじゃん!」
「いや、でもですね、佐藤さん」
「でもじゃない! 決めたの!」
204 :第十一話:どぅーでもいいこと :2016/08/14(日) 21:13
 だからそれを決めるのは自分ではないのかと工藤は心の中で叫んだ。

「まーが迎えに行くから」
「そうだよくどぅー。真夏に自転車なんて乗ったら死んじゃうよ」
「そうそう。だからまーの言うとおりにしたら?」

 石田と飯窪は佐藤の味方をするらしく、工藤に畳みかけるように言葉を掛けた。

「それとも、まーと一緒に行くのやなの?」

 その怒りと寂しさが混ざった表情に、工藤は距離を感じた。それは自分が取ろうと思っている距離なのかもしれない。
 離れた位置にいる佐藤に続く道は見えているけれど、そこを辿って行き着いてしまった後は世界が変わってしまう。
 また佐藤の香水が頭に響く。

「そんなことないよ」

 そう伝えても、佐藤は不服な様子だ。無理もない。自分でも本心なのかが分からない。

「はいはい。とりあえず明日は電車で行きなね」
205 :第十一話:どぅーでもいいこと :2016/08/14(日) 21:13
 飯窪がその場を収めようと二人の肩を叩いた。そしてから駅へと歩みを進めた。
 佐藤は先ほどより少しだけ距離をあけて工藤と歩いている。その少しあいた距離に工藤は気付かされてしまう。
 昔だったらそんな距離の取り方はしなかったはずだ。佐藤は不器用で子供っぽくて、嫉妬しいで、やかましくて、可愛くて。
 工藤の心は波立つ。自分だけが理解しているものだと思っていた。いつの間にか佐藤も気付いていた。
 二人の関係性は言葉に表せない特別なものだ。言い換えればそれは、曖昧だ。




206 :第十一話:どぅーでもいいこと :2016/08/14(日) 21:14


つづく。



207 :第十一話:どぅーでもいいこと :2016/08/14(日) 21:14



208 :名無飼育さん :2016/08/14(日) 21:15
>>191
レスありがとうございます。
書いたあと、ドーナツ買いに行きました。
209 :名無飼育さん :2016/08/17(水) 01:17
まーどぅーもだーさくも良いですね
サブリーダーズも熱い!
210 :名無飼育さん :2016/08/18(木) 19:53
もやしっ子どぅーと心配するまーちゃん
それを見守るお姉さんなはるなんとあゆみん
やっぱり10期いいなぁとこのお話読んでると何度も思います
211 :名無飼育さん :2016/08/28(日) 20:56


第十二話:隣の誰かが


212 :名無飼育さん :2016/08/28(日) 20:57
 母に連れられ休日の高校へと向かう。父母会がある間、小さな子供の面倒を見ておいてほしいと言われた。
 教室に入ると見知った顔がいて驚いて声を掛ける。

「小田ちゃん」

 あまり良くは知らないけれど、佐藤の話を聞く分にはとても良い子だと認識している。
 いつもその話になると拗ねているのか照れているのか分からない石田がいるのも知っている。

「飯窪さん」

 飯窪は小田にならって教室の床に座った。子供はさほどおらず、三人の小さな子達が一緒に遊んでいる。
 この様子なら自分はいらなかったような気がしながらも、今更どうしようもないので諦める。

「小田ちゃんのとこも?」
「はい、母が役員です」

 そう言って小田はちらりと父母たちの輪を見た。
 どの人が母親なのかまではさすがに分からないが、特にそれでも構うことは無い。きっとその内挨拶をするのだから。
213 :名無飼育さん :2016/08/28(日) 20:57
「……」

 話題が無いかと探して小田の方を見ても、小田は何も気にしていない様子で子供達に時々声を掛けている。

「もうすぐ試験だね」
「ですね」
「小田ちゃん勉強は得意?」
「それが……ぜんぜんです」

 困った様子で笑った小田の表情が意外で飯窪は驚いた。
 何でもそつなくこなしそうなイメージを勝手に抱いていた。

「そうなの? えーっと、何か出来そうだよ?」
「えー。そんなこと無いです。ほんと、ぜんぜんで」
「そうなんだ」
「勉強してても、こう。違うことに意識がいっちゃって」

 照れながら笑う姿に飯窪も思わずつられて笑った。意外とうっかりなところがあるのかもしれない。

「予備校行ったりするの?」
「いえ……」
214 :名無飼育さん :2016/08/28(日) 20:58
 小田は飯窪の方は向かずに声をためてから、ゆっくり言った。

「行く予定はないですね」

 その表情は何かを堪えているように見えた。けれどそんな内情に踏み入るほどの仲でも無い。

「そうなんだ。私はそろそろ行けって言われてて。やだなーって」
「あっと言う間ですもんね」
「そうそう」

 笑いあっていると教室の扉が開いた。入って来た二人に目を向けると、とん、と心臓を叩かれた気がした。

「あ」

 いつも通りの真顔で、生田は短く声をあげた。飯窪の方を先に見てから、小田を見るその表情に差は無い。
 生田の母は父母達の輪へと入っていく。その間、呆然としている生田に飯窪は声を掛けた。

「こんにちは」
「えりいらんよね、これ」
「いえいえ、そんなことないですよ」
215 :名無飼育さん :2016/08/28(日) 20:58
 すぐそうやって拗ねるような物言いをするのは昔からなので飯窪は慣れていた。
 いつからかこうやって敬語で話すようになって距離を保とうとしてきた自分が、少し切ない。

「いや、だって二人もいよーやん」
「もう来ちゃったんだからしょうがないでしょ」

 少し無理をして言った言葉に、息が詰まった。敬語を外したって付けたってきっと何も変わらない。
 いつもこの人が自分に接してくる距離は一定だ。その事実に蓋をしたい。

「こんにちは」

 小田がマイペースに生田に声を掛ける。生田は不機嫌とも取られかねない声で、「どうも」と頭を下げた。
 小田はそんな生田をみて柔らかく笑った。それが気に食わなくて生田は小田の対面に、飯窪の横に座った。
 嗅いだことの無い香水に飯窪は胸がざわついた。こうやって知らないことがあると動揺してしまう。

「あーあ、えり、受験生やのに」
「まあまあ」
216 :名無飼育さん :2016/08/28(日) 20:59
 さりげなく生田の傍からずれると、生田がちらりと窺った。それでも生田は何も言わない。全部を分かっているみたいに放っておく。
 暑さから一つ括りにしたポニーテールが揺れる。

「仲、良いんですね」

 小田が優しい声で言うものだから、否定も出来ずに飯窪は笑った。

「幼馴染だからね」

 すんなりと飯窪から出てきたその言葉に小田は目を丸くした。生田の表情は変わらない。
 感情が薄いのかと思われがちだが、本当は違う。

「そうなんですね。どおりで」
「どおりで?」

 小田の語尾が気になった生田が小田に尋ねる。小田はそんな生田の怪訝な顔に物怖じもせずに言った。

「いえ、仲が良いなって」

 ニコニコと音が出そうなほどに笑う小田に、生田は毒気を抜かれた気がした。
 こうして誰かの前で幼馴染を出すことなんて最近ではほとんど無かった。
217 :名無飼育さん :2016/08/28(日) 21:02
「そういえば、香音ちゃんが家行きたいって言いよったよ」
「あー」
「えりたちも誘われた」
「来ます?」

 えりたちに含まれているであろう譜久村に、飯窪は汗をかいたけれどそれを悟られる訳にもいかずに虚勢を張る。
 生田は飯窪の顔を見た。少しの間みつめてから、息を抜いて笑った。

「考えとくって言った」
「来ないやつだ」
「さあね」

 生田が積み木を壊そうとしている少年に手を伸ばした。動く度に香る匂いがどんどんと自分の五感を研ぎ澄ましていく気がした。
 先ほどからずっと嬉しそうな小田に、飯窪は「どうかした?」と声を掛ける。

「いいなあって」

 飯窪はその言葉に困惑した。小田にはこの関係性がどう映っているのだろうか。
 自らも分からないその関係性は、周りから見れば何なのだろうか。
218 :名無飼育さん :2016/08/28(日) 21:02
 また生田が飯窪の方を見る。いつも深い色をしたその目が、見れなくなっていったのはいつからだったか。
 生田はすぐに視線を外して、少年に積み木を手渡す。それを壊すのは自分かもしれない。

「あの漫画新刊出ましたよ」

 生田の方を見てそう言うものの、彼女からの視線は返ってこない。

「来てほしいと?」

 半笑いのその表情に飯窪は微かに苛立った。素直にそう言ったところでどうにもならないよと言われている気がした。

「いじわるですね」

 絶妙なところで小田から茶々が入る。小田はそのまま二人からの返事を待たずに傍に来た少女にぬいぐるみを渡した。

「えりは行かん」

 その声が耳に残る。

「気まずいっちゃろ。はるなん」

 それは本当に心配するように言われた。
 ただきっと二人とも、きまずさの正体には気付かない振りをしている。
219 :名無飼育さん :2016/08/28(日) 21:03
**

「背、伸びたね」

 羽賀が不意にそう言ったので、牧野は一瞬理解出来なかったが、すぐに笑った。

「そうなの!」

 嬉しそうな表情の牧野をよそに、羽賀は悔しかった。自分も身長が伸びているのに、誰にも気が付いてもらえないからだ。
 それもこれも牧野の伸び方が早いからだと嫉妬する。
 休日の体育館。夏の大会に向けた練習は激しく、少しの休憩時間がおしい。
 羽賀はタオルで顔を拭った。

「羽賀ちゃんも伸びたね、とっても」

 驚いてタオルを持ったまま固まった。ゆっくりと牧野の顔を見れば、さっきまでの嫉妬は飛んで行った。

「そんなに伸びてないよ」

 精一杯言った強がりに隠されたありがとうが、いつか素直に言えた日が来たら。
 羽賀は牧野を放って練習の輪に戻って行った。
220 :名無飼育さん :2016/08/28(日) 21:03
**

 結局自転車は後日、父が車で取りに行ってくれた。
 母が言った「まーちゃんに心配掛けたらだめよ」という優しい言葉は、自分の子供を気に掛ける母親のように聞こえた。
 それからというもの電車で通学しているので、必然的に佐藤とずっと行動を共にしている。
 ただ、やっとできた久しぶりの一人の時間を工藤は持て余していた。
 一人になったらなったで、暇なのだ。佐藤を誘おうにも、この週末は家族で出掛けると言ってた。

「ということで」
「何がということで、よ」

 暑い中、ショッピングモールに石田を呼び出した。

「いいじゃん。暇でしょあゆみん」
「なっ。まあ、暇だけどさ」

 部活も無い石田を呼び出してのんびりと遊ぶことにした。
 休日のショッピングモールには親子連れもカップルも、同じ高校の生徒も多いだろう。この辺りはさほど栄えていないから。
221 :名無飼育さん :2016/08/28(日) 21:04
「シャンプー買いたい」

 石田の一声で、二人とも美容品を売っている店へと向かう。
 髪の毛を下ろした石田のワンピースが揺れる。花柄のそれは幼さを際立たせている。本人に言うととても怒られる。

「シャンプーって家族と兼用じゃないの」

 無頓着に家に置いてあるものをとりあえず使う工藤は、不思議そうに言った。

「えー、やだよ」

 パッケージを睨みながら石田はどれにしようか悩んでいる様子だった。
 屈むと余計に小さい。

「ふーん」
「まーちゃんが良いのあるって言ってたけど、名前覚えて無かったんだよねあの子」
「あー」

 いつものことだと工藤は苦笑いした。佐藤から出て来る情報はいつも不明瞭で分からない。
 石田は諦めた様子で商品を手に取った。それを見て工藤は言った。

「まーちゃん結構こだわるよね」
「ね、興味無さそうに見えて」
222 :名無飼育さん :2016/08/28(日) 21:04
 石田は笑った。工藤は思い返していた。佐藤から良い匂いがすると言われた昔が、ふと懐かしくなった。
 その頃はシャンプーの匂いじゃない? と言っても絶対違う! と聞き入れてもらえなかった。
 今でも言いたい。あれはきっとシャンプーの匂いだ。そうであってほしい。

「まーちゃんもすっかり大人になってきたってことだね」

 よし。と短く言って石田はレジへと向かった。工藤は少しの間動かなかった。
 きっと全員が知らずのうちに大人になっている。
 現に今自分がはいているサンダルは、昔なら絶対にはかなかったであろう上品な柄で、ヒールに高さもある。
 背負ったリュックが急に重たく感じた。佐藤とお揃いで買ったリュックに詰め込めるだけ詰め込んで、持って行ってしまえればいい。

「あゆみんは大きさ的には……」
「うるさい」

 石田に追いついて軽口を言えば怒られた。

「知ってた? まーちゃん人気あるんだよ」
「人気?」
223 :名無飼育さん :2016/08/28(日) 21:05
 心に波が立つ。その言葉の続きは聞かない方が良い気がした。

「電車通学してるでしょ。それで他の学校の人とかに可愛いって言われてるんだって」

 波に飲み込まれたのは白くて丸い何かだった。落ちて行ったきり、戻りはしないだろう。

「へー」
「急に綺麗になったもんねえ」

 石田は感心するように頷いている。さながら近所のおばさまのようで、板についている。
 いつもならその噂話に乗るべきところなのだろうけれど、今は乗れない。
 石田が会計を済ませた商品を受け取る。可愛らしい紙袋が目に付く。

「そうだね。確かに」
「本人は分かってなさそうだけどね」

 いひひ、と石田は笑った。楽しそうな顔に少しだけつられて、俯いて笑う。本人が気付いていないのならば、尚のこと性質が悪い。

「どうする?」

 石田の声にハッとして顔を上げた。その表情を見て石田は怪訝な顔をする。

「どうもしないけど」
224 :名無飼育さん :2016/08/28(日) 21:06
 取り繕った返事は声を絞り出すようにしか出なかった。
 その返事を聞いて石田はさらに眉間に皺を寄せた。

「いやいや。え? 次どうする?って」
「あ」

 自分の勘違いに気付いて工藤は気まずくなった。てっきり、佐藤のことをどうするのか訊かれたのかと動揺をしてしまった。
 石田はそれに気付いたのか急にいやらしい顔をした。

「ははーん。さてはまーちゃんのことが気になっているな、おぬし」
「違うって」
「あんなりべったりだった子が、的な」
「違うってば」

 自分でも予想外に必死になって否定していることに驚いた。そして石田に言われる度に苛立ちが募る。
 工藤のそんな顔を見て、石田はじっと工藤の目を見て言った。

「だーいじょうぶだって」

 それにどんな意味が含まれているのか、工藤は理解しかねた。しかしそれを尋ねる勇気は無かった。

「次、雑貨屋ね」

 誘われた側であるのに買い物に乗り気な石田の楽し気な声を聞きながら、工藤はしばらく電車通学をしようと自分の意志で思った。
225 :名無飼育さん :2016/08/28(日) 21:06



226 :第十二話:隣の誰かが :2016/08/28(日) 21:07


つづく。



227 :名無飼育さん :2016/08/28(日) 21:09
名前欄にタイトルを入れるのを忘れました。

>>209
レスありがとうございます。
サブリーダーズ、熱い組み合わせです。

>>210
レスありがとうございます。
いつまでも10期を見ていたいですね。
228 :名無し飼育さん :2016/08/29(月) 23:00
更新キター
気になるCP盛りだくさんで続きが気になりまくりです
229 :名無飼育さん :2016/09/01(木) 00:33
更新おつかれさまです
ほんとあっちこっちで気になる組み合わせが・・・w
どう進展していくか楽しみです
230 :名無飼育さん :2016/09/11(日) 22:04
今週も更新できず、すみません。
今しばらくお待ちを。
231 :名無し飼育さん :2016/09/11(日) 22:23
りょ、
待ってまーす ノシ
232 :名無飼育さん :2016/09/15(木) 00:05
作者さんのペースでどうぞ〜
233 :名無飼育さん :2016/09/15(木) 20:43
気長に待ってます
焦らなくてもいいですよー
234 :名無飼育さん :2016/10/27(木) 23:29


『第十三話:それは恋か』

235 :第十三話:それは恋か :2016/10/27(木) 23:30
 図書室は試験前になると生徒でいっぱいになる。
 無論、お喋りする人間はおらず、静かな図書室に紙を捲る音とシャープペンシルの走る音が鳴り合っている。
 小田はこの空間が好きなだけで、特に勉強はせずに漫然と教科書に目を通している。
 余裕があるわけではないけれど、焦っているわけでもない。
 適当に手に取った本にはたくさんの言葉が散りばめられている。
 散りばめられていると表したのは、大体の文字が頭に入ってこないからだ。
 ふと顔を上げると向かいの席に見覚えのある顔。

「工藤さん」

 小声で話し掛けると、工藤は間抜けな表情を浮かべながら顔を上げた。

「びっくりした」
「すみません」

 苦笑いすれば、工藤の手元の教科書が数学であったので小田はより苦笑いした。苦手な科目は避けるタイプだ。
 工藤の横に開かれたままの勉強道具が一式。恐らくは佐藤ものであろうと小田は気が付いた。

「大変ですね」
「いやいや、小田ちゃんもでしょ」
「そうでした」
236 :第十三話:それは恋か :2016/10/27(木) 23:30
 あまり会話をしていては注意を受けるのと、特に図書室に用事があるわけではないので、小田は立ち上がり、その場を離れようとした。

「あっ」

 工藤が声をあげたので、小田は立ち上がるのをやめて首を傾げた。不安げに揺れる工藤の丸い瞳が可愛らしい。短い髪の毛は彼女の明るさの象徴だ。
 言い辛そうに口をもごもごと動かしている工藤に、「どうかしました?」と促した。

「小田ちゃんって、まーちゃんと同じ電車だよね」
「はい、そうですけど」

 最近は工藤も同じ電車ではないかと小田は不審に思った。仲睦まじく登下校している姿を、時折見掛ける。

「その……まーちゃんって誰かから声掛けられたりしてる?」

 その質問の意図が分からなくて、小田は面食らった。工藤の瞳はまっすぐ小田の事を見ている。深めの茶色に光が反射して眩しい。
 声を掛けると言えば、自分が声を掛けることはある。そう考えてから、この回答は違うのだろうと一思案した。
 そうしてからようやく工藤の心配事が見えた気がして、小田は楽しくなった。

「見たことありますよ。佐藤さんが他校の人に声掛けられてるの」
237 :第十三話:それは恋か :2016/10/27(木) 23:30
 登校中の電車で、小田が乗り込んだ車両で見掛けた光景はそう昔のものではない。ヘッドホンをした佐藤に他校の生徒が話し掛けていた。鬱陶しそうにヘッドホンを取った佐藤は一言だけ「うるさい」と言って、またヘッドホンを付けた。
 小田は佐藤の事をかっこいい人だと思いながら、車内では声を掛けずに、降りてから声を掛けた。
 工藤が心配するようなことは何も無かったのだけれど、それは聞かれていないので答えない。

「そっか……」

 工藤は悲し気に笑った。欲しいものを欲しいと言えば終わるような気もするのに、随分と気弱なのだなと小田は不思議に思った。
 佐藤が工藤の隣に戻って来た。
 小田の顔を見て大声をあげそうになったので、その前に小田が口元に人差し指をあてた。

「しーっ」
「何してんの」

 随分ぶしつけな質問に苦笑いする。きっと佐藤は小田が勉強していないことを何となく理解して、質問してきた。
 小田は「勉強ですよ」と、答えて席を立った。
238 :第十三話:それは恋か :2016/10/27(木) 23:30
 さてこの本はどこから取ってきた本だったか。小田が背表紙を見て、本棚の番号を見た。無数の本棚に割り振られたアルファベットと番号にめんどくささを覚えつつ戻しにいく。
 それにしても。小田の頭の中には工藤の顔が思い出された。不安そうな表情が忘れ難い。
 図書室を出れば廊下に生ぬるい空気が溢れていてむせ返りそうになる。
 試験前であるので部活は無く、全体的に校舎の雰囲気は静かで物足りない。
 口から歌が出そうになって堪える。こういう場で一人で歌うのは恥ずかしい。
 用が無いなら帰るしかないので下駄箱へと向かう。
 靴を取り出して履く、この動作をする残りの回数はどんどん減っていく。そう思って少しだけ寂しくなって帰路についた。
239 :第十三話:それは恋か :2016/10/27(木) 23:30

**

 飯窪が部屋で勉強をしていると、生田がやって来た。いつも突然に来ることは無いのにどうしたのだろうかと思いつつ部屋に招き入れた。
 先日のちょっとしたぎくしゃくはあったけれど、少し経てばもう元の幼馴染だ。

「新刊どこ?」
「試験前ですよ」

 愛想の無いいつもの表情に飯窪は安心した。新刊が読みたくて来ただけだと。
 軽口を叩くと、生田は意に介さないと言わんばかりに笑った。

「そうやね」
「受験生でしょ」

 生田が一瞬だけ影のある表情を見せた。それを見逃せるほどの鈍感さが無いことを呪った。
 その理由を聞く勇気は無いので、立ち上がって机の上にあった新刊を手渡した。
 受け取った生田は小さく「ありがとう」と言って、ベッドの脇に座った。
 いつもならベッドの上で読みだすのに、そんなところまで気になってしまってもう勉強には手が付かない気がした。
240 :第十三話:それは恋か :2016/10/27(木) 23:30

「これ」

 生田が漫画を読みながら呟く。返事はせずに振り向けば生田と目が合う。

「新刊やなくない?」
「え?」

 確かに生田が持っているのは別の巻で、飯窪は机の上にあったもう一冊を手渡そうと、立ち上がった。座っている生田に漫画を差し出せば、また目が合う。

「そういえば、人助け部ってまだあると?」
「ありますよ」

 漫画をなかなか受け取らない生田を不審に思いつつ返事をする。

「楽しい?」
「最近は何にもしてないですけどね」
「ふーん」
「生田さんはどうですか? もう終わりですよね生徒会」

 自分のことも聞き返して欲しいのかと飯窪は気を利かせた。
 生田はようやく漫画を受け取って。パラパラと中身を捲った。その所作には心がこもっていない。
241 :第十三話:それは恋か :2016/10/27(木) 23:31
「相変わらず。まあ、一学期で終わりやけん」
「寂しいですね」
「別に?」

 強がってそう言った生田がようやく一ページ目を開く。
 いつもならベッドの上が生田で、ベッドの脇にもたれかかるのは飯窪の位置だ。
 だからこうするのは自然ですよと言いたげに飯窪は生田の右隣に座った。
 ほんの少しだけ生田が強張った。飯窪は何の考えも無しに横に座ったものだから、することが無い。

「勉強せんでいいと?」
「そのお言葉はそのままお返しします」
「短期集中型やけん」
「受験生なのに」

 そう言いながら胸が締まるのを感じた。
 生田はどこに進学するのか明確に言ってきたことがない。言いあぐねているということは、きっと遠くに進学をするのだろう。

「禁句、それ」
242 :第十三話:それは恋か :2016/10/27(木) 23:31
 生田は笑いながらそう言って右を向いた。

「すみません」

 そしてそのまま生田が不思議そうに飯窪の髪に手を伸ばした。

「こんな長かったっけ?」
「えぇっ、今更」

 髪に指を通されて、落とされる。その仕草に胸が痛んだ。

「切らんの?」
「切らないですよ」
「まあ、長いの好きやけんいいっちゃけど」

 わざとなのか何なのかこうやって不意に距離を詰められる。
 ひどい人だわ。
 いつからかこの人の隣にいる誰かのせいで、自分の視線まで熱を帯びている気がした。
243 :第十三話:それは恋か :2016/10/27(木) 23:31
 自分が望むものが、生田の隣なのか、生田そのものなのか。それすら分からない。

「触らないで下さい」

 髪に触れていた手が離れる。いつも何を考えているのか捉え難い瞳がこちらを向いている。
 人一倍優しいこの人が、選ぶ答えは残酷だ。

「はるなんは、ずっとはるなんでいてほしい」

 ガラス玉のような瞳から目を逸らして笑う。
「やけん」と続けられた言葉を遮って腕を伸ばした。
 明らかに強ばった表情をしたので、声を掛ける。

「私がいつ好きだなんて言いました?」

 ぴっ、と人差し指を突き出せば、生田は淡く笑った。どうしたって声は震えるのだからと観念した。

「そうやね」
244 :第十三話:それは恋か :2016/10/27(木) 23:31

 生田は飯窪から視線を外して、漫画に戻した。その優しさがまた痛くて飯窪は立ち上がって生田に背を向けて、椅子に座った。
 うつ向けば涙が零れたけれど、声には出せない。出せば心配を掛けてしまう。
 望むものが何かも分かってはいないのに、手を伸ばしようが無い。そんな悲しみだけが、引くこともなく鈍く押しかかってきた。
 ノートが濡れてその染みが広がる。

「漫画、借りてく」

 見送りの言葉も発せずに、閉まるドアだけが生田がいなくなったことを告げた。

245 :第十三話:それは恋か :2016/10/27(木) 23:31

**

 工藤の様子がおかしい。
 動物的な感性というより、当人がとても動物寄りな佐藤は訝しげに工藤の後頭部を睨んだ。
 短い髪の毛が歩く度にふわりふわりと揺れる。
 図書室で小田と話したあと、勉強も手につかない様子だった工藤に佐藤は幾度となく話し掛けた。結果的に図書室を追い出されて今に至る。
 素直に自転車通勤をやめた工藤に嬉しい気持ちがありつつも、最近目を合わせてくれないので苛立ちが募る。

「さと〜」

 気の抜ける声が聞こえて振り向けば少し離れた位置に吉澤が立っていた。

「それ、バレないようにしろよ〜」

 ちょいちょい、と自身の右腕を上げて手首を指した吉澤に、佐藤は慌ててそれを外した。一体いつから付けていたのか覚えがない。

「はーい」
246 :第十三話:それは恋か :2016/10/27(木) 23:31
 その返事を聞いて吉澤はそれ以上は何も言わずに去っていった。
 工藤はそのやり取りを見ながら、つまらない顔をした。
 佐藤はその表情を見て、苛立ちを言葉にした。

「何でそんなに苛々してんの?」
「してないよ」
「してるね」

 詰め寄るとあからさまに目を逸らしてため息をつかれたので、佐藤は悲しくなった。
 どうして目を見てくれないのか。背が伸びて目線が変わってしまって、合わせようとしなければ、合わないのに。

「いいじゃん、帰ろ」

 前を向き直して工藤が言った。
 それに歯向かうように、工藤の左腕を取る。工藤の体に力が入ったのが分かる。

「何さ」

 振り向いた工藤は先ほどとは裏腹に悲しそうな顔をしている。
247 :第十三話:それは恋か :2016/10/27(木) 23:32

「どぅー」

 名前を呼んでもこちらを向いてはくれない。

「こらああああ! 尾形あああ!」

 突然の絶叫に二人とも勢い良く声の方を向いた。
 前方から尾形が駆けて来る。その少し後ろには野中。そして更にその後ろには藤本。

「あ、工藤さんに佐藤さーん」

 追い駆けられているというのに呑気に尾形は右手を上げて、笑顔を振り撒いて通り去って行った。野中も律儀に頭を下げる。

「待て! その写真消せえええ!」
「ええやないですか〜」

 一体何の写真を撮られたのか、藤本は二人を追い駆けて去って行った。
 廊下を走るなと怒られている佐藤からすれば、理不尽極まりない気がした。
248 :第十三話:それは恋か :2016/10/27(木) 23:32
「何だありゃ」

 工藤の気の抜けた声に、佐藤もつられて笑う。

「顔やば」

 藤本の形相を思い出して二人して笑う。毒気を抜かれて歩き始めた。
 工藤の左側に並ぶ。工藤は佐藤の方を少しだけ見て言った。

「まーちゃんが可愛くなったってあゆみんが言ってた」
「は? 何それ」

 予想外の言葉に眉間に皺を寄せる。知らないところで自分の事を話されるのは苦手だ。

「怒んないでよ」

 工藤が苦笑いをする。その表情から考えは読み取れないけれど、言いたいことがそれではない気がして、佐藤は踏み込んだ。

「可愛いって何?」
「え? そこ?」

 工藤の質問に答えない。今欲しいのは工藤からの回答だ。何を考えているのか教えて欲しい。
249 :第十三話:それは恋か :2016/10/27(木) 23:32

「……それは分かんないけどさ、でも、」

 そこから先は声が小さくて曖昧にしか聞こえなかった。胸の音が大きくて聞こえなかったのかもしれない。
 一回、二回と跳ねた心臓が痛い。

『綺麗になったよね』

 ふざけて言うときとは違う声のトーンに、緊張する。かすれ気味の声が工藤の緊張も表す。二人して緊張して何をやっているのか分からなくなって、佐藤は笑った。

「どぅー、きもい」

 明らかな照れ隠しはさすがに通用しなくて、工藤は優しく笑った。腕を組んだり手を繋いだり、今まで当たり前にしていたことも恥ずかしくて、勢い良く腕を組んだ。

「きもいって言わないでよ」
「いいの」
「何だそりゃ」

 工藤の笑い声が心地良く耳に響く。
250 :第十三話:それは恋か :2016/10/27(木) 23:32

**

「で、どしたの?」

 石田は思わず呟いた。狭い部屋に客人がくると余計に狭く感じる。
 うんざりした顔の石田に、飯窪は「まあまあ」と笑った。
 泊めてくれと急に言われただけでも驚いたけれど、飯窪の顔が明らかに泣き腫らした顔で、石田は怯んだ。

「いや、まあ、無理には聞かないけど……」
「さっすがあゆみん、大人」

 茶化すように言われても腹は立たない。飯窪は亀のパペットに向かって話し掛けている。その姿が痛々しくて怒る気にもなれない。

「あー、念のため言っとくけど、それ、うちじゃないからね?」
「いいじゃんか、ねー」

 亀に同意を求める飯窪に、どうしたものかと石田は机を挟んで腕を組んだ。

「好きってなんだろね」
「ぶっ」

 思わず吹き出す。飯窪からそんな乙女ワードが飛び出してくるとは予想外で、目を見張る。

「君のご主人には関係無い話かな?」

 亀を持ちながら飯窪は首を傾げる。
251 :第十三話:それは恋か :2016/10/27(木) 23:32

「うっさいわ」
「うちも分かんないや」

 軽口を返せば、少しの間の後で飯窪は俯いて言った。
 涙を流した飯窪に、石田はティッシュを箱で差し出すくらいしか、気が回らなかった。
 自分にはどこか縁遠い話のようで、分からない。そうやって涙を流したら何か変わるのだろうか。
 飯窪には何も聞けずに、静かに夜が明けていった。


252 :第十三話:それは恋か :2016/10/27(木) 23:33



253 :第十三話:それは恋か :2016/10/27(木) 23:33



254 :第十三話:それは恋か :2016/10/27(木) 23:33



255 :名無飼育さん :2016/10/28(金) 00:43
おかえりなさい!
何かがいろいろ動き出していく雰囲気にわくわくしながらも惹き込まれました
256 :名無飼育さん :2016/10/28(金) 01:06
待ってました!!!
サブリーダーズとまーどぅー熱い!!!
恋とかわかんないあゆみんがどうなるかも気になりますね
257 :名無飼育さん :2016/11/05(土) 21:18
一気に読みました。
雰囲気が好きです。
これからも楽しみにしています。
258 :名無飼育さん :2017/01/03(火) 21:54


『第十四話:花火 その1』

259 :第十四話:花火 その1 :2017/01/03(火) 21:55
 試験も終わり夏休みに入った。ゆっくり出来る夏休みは程遠く、大会に向けて練習ばかり。
 羽賀は完全に夏バテしていた。
 部活終わりに、勢い良く肩を叩いて来た牧野に「なに?」ときつめの声を返す。

「お祭り行こ!」

 元気が有り余った様子の牧野は人間ではないと羽賀は怯えた。その表情を見て牧野は首を傾げる。
 学校から数駅離れた大きな神社の夏祭り。この日は部活も短めに終わる。
 確かに毎年行っているけれど、そんなに気合を入れて行くものではない。

「どうかしたの?」
「ううん、いいよ」

 羽賀は了承した。いつもこうやってなし崩し的に牧野のペースに巻き込まれる。

「工藤さんと一緒だよ!」
「へっ?!」
260 :第十四話:花火 その1 :2017/01/03(火) 21:56
 予想外すぎる発表に声が裏返る。部活仲間が振り返ってきた視線が痛い。
 牧野は褒めてと言わんばかりに満面の笑みを浮かべている。

「鈴木さんが頼んでくれたの!」

 その表情に思わず抱き着いた。「えへへー」と気持ち悪い声を漏らす牧野なんて羽賀の中ではどうでもよく、ただひたすらに心の中でガッツポーズをした。
 工藤さんと夏祭り!

「佐藤さんと飯窪さんも一緒だって」

 その一言で少しだけ肩を落としたけれど、致し方が無い。

「石田さんは?」
「何か用事があるんじゃない?」

 詳しく事情を知らない様子で牧野は曖昧に返事をした。
 牧野と待ち合わせの時間を決めて、急いで家へと帰った。
261 :第十四話:花火 その1 :2017/01/03(火) 21:57
**

 浴衣を着ようと飯窪に誘われて断ったのに深い理由は無い。ただ今月のお小遣いが残り少なかったので惜しんだ、それくらいの事だった。
 飯窪が佐藤を連れて浴衣を買いに行ったのは聞いていたので、緊張しながら待ち合わせ場所に立っている。
 佐藤は飯窪の家で浴衣を着せてもらうらしいので、別行動だ。
 駅の改札を出たところで、一人ぼんやりと待っている。たくさんの人が期待に胸を膨らませて、楽し気に神社へと向かって行く。

「どぅー!」

 どこにいても聞こえそうな明るい声に工藤は笑った。いつもそうやって名前を呼んでくれるものだから、困ったものだ。
 駆け寄って来る佐藤の後ろで、飯窪が「こけないでねー」と小さく声を掛けた。

「見てみて!」 

 言われなくても見てるのにと更に笑った。水色の生地に大きな濃い桃色の朝顔が花開いている。
 大人っぽい浴衣よりも、こちらの方がまーちゃんらしいと工藤は顔が綻んだ。

「いいね!」
「私も私も」
262 :第十四話:花火 その1 :2017/01/03(火) 21:57
 飯窪がドヤ顔で浴衣の袖を持って、 履き慣れない下駄に足を取られつつも、くるりと優雅に回ってみせた。

「バナナ……?」
「誰がバナナよ」

 黄色くて細長い姿を茶化すと、キレの良いツッコミが返ってきた。実際のところは長い髪を一つにまとめて、とても綺麗だ。
 佐藤もケラケラと笑う。

「行きますかっ」

 勢い良くそう言って、歩き出す。いつも通り歩こうとして、二人が浴衣なことを思い出す。
 少しだけ狭めた歩幅に、佐藤が嬉しそうに笑った気がして工藤は少しだけ照れた。
 暑さが厳しくて、歩く度に汗をかいている気がする。

「羽賀ちゃんたち、あとから来るんだよね?」
「うん、花火だけ一緒に見ませんかって来てた」
「おっけ〜」

 飯窪が二人の後ろで携帯を見ながら工藤に答えた。
 工藤は一瞬、隣にいる佐藤を気にしたけれど特に不快な表情はしていなかったので安心した。

「あゆみん残念だね」
「来ないの?」
263 :第十四話:花火 その1 :2017/01/03(火) 21:57
 驚いて振り向くと、飯窪は苦笑いをした。

「まだ練習してるらしくって、電話しても出ないんだよね」

 飯窪の表情から、また石田が根を詰めているのだろうと工藤は察した。
 察した上で心配になりつつ、「そっか」と小さく返した。
 一方で、佐藤は振り向いて無邪気な顔を見せた。

「部活バカ」
「言い過ぎ」

 愛のある暴言に笑えば、佐藤はより一層笑った。

「何かあったのかもね」
「だーいじょうぶだって」

 飯窪が少し寂しそうな顔をしてそう言った後に、佐藤は続けた。
 その言葉がいつかの石田と被って、工藤は目を細めた。あの言葉の真意は未だに分からない。
 何を根拠にと声を上げそうになったところで、飯窪が笑った。
264 :第十四話:花火 その1 :2017/01/03(火) 21:58
「だね」

 そうやって二人に置いて行かれた気がして、工藤は前を向くことにした。自分には二人の大丈夫も、自分の大丈夫も分からない。

「あゆみ、バカだけど」

 ひどい言い草だなと思いながら、近付くお祭りの音にだけ心を寄せた。
 佐藤の下駄の音が響いて来た。


**

 カラコロと音が鳴っているのを、譜久村は遠くで聞いている気分だった。夏祭りに行こうと生田から誘われて、驚いた。毎年当たり前のように一緒に行く行事に、改めて誘われると恥ずかしさがあった。

『何時にする?』

 鈴木の言葉を聞かなければ危うく勘違いをするところだった。
 そうだ、毎年三人じゃないか。
 跳ねた心をしずめてから、努めて気だるげに言う。

『六時くらい?』
『じゃ、それで』
265 :第十四話:花火 その1 :2017/01/03(火) 21:58
 その返事をしたのは生田だったか、鈴木だったか譜久村は思い出せずに今日に至った。すぎる月日は確実に別れを近付けてくる。
 生徒会の任期が終わり、受験勉強が本格化し、あれよあれよという間に卒業式がやってくる。
 待つだけなどつまらない。
 そう理解はしていても行動はしない。待っている未来が透けて見えるようだから。

「お待たせ」

 いつもと変わらずに、難し気に笑う姿に安心する。こうやって待ち合わせるのもあと何回のことか。
 駅の柱から背を浮かせる。

「気合入ってない? 今年」
「そう?」

 そう言われて自分の浴衣を見た薄桃色の浴衣、髪の毛はたしかに巻いたりなんかして気合と言われるとそうだ。

「えりぽんこそ」
「えりはいっつも気合ばっちし」

 誇らしげに黄緑の浴衣に花飾りを揺らして見せた生田に、譜久村は「そうだね」と冷たく返した。
 あとは鈴木を待つのみになった。
266 :第十四話:花火 その1 :2017/01/03(火) 21:59
「お祭りも今年で最後っちゃね」
「んー、そうだね大学生になったら難しいかもね」

 譜久村はこの辺りの大学に進学するつもりなので、来ようと思えば来られるが、都合が合うかという意味でそう伝えた。

「えりさ、」

 生田が曖昧に笑いながらも、深刻な声で話し掛けてきたものだから、譜久村は先を聞くのが嫌だった。

「―――に、行く」

 それはこの辺りの地名ではなくて、とても離れている。その事実は譜久村の胸を深くえぐったと同時に、気持ちを真っ白くさせた。
 その白さは、ようやくこの感情を終わらせてくれる何かのような気もした。
 寂しい悲しい、それ以上に膨らむ感情は分からず、麻痺している気がした。

「そっか」
「美容系の学校行きたくて」
「好きだもんね」
「そ」
267 :第十四話:花火 その1 :2017/01/03(火) 21:59
 嬉しそうに笑う生田。

「香音ちゃんには?」
「言った」
「そっか」

 上手に笑えているだろうか。
 譜久村は自分の表情が不安だった。いつだってさよならは寂しいもので、鞘師の時も堪え切れずに生田に泣きついたのは記憶に新しい。

「えりぽん意外と寂しがりだからな〜、泣かないでよ」
「……頑張る」

 軽口を言ったつもりが、予想外にも真面目に返事をされて驚く。

「聖がおらんでも、頑張る」

 寂し気に目を細めてそう言った姿に、白くされた気持ちが曲がった気がした。
 喉元まで出掛かった言葉を引き込めて、「頑張って」と返した。

「お待たせ〜」

 呑気な鈴木が駆け寄って来る。これでこの話は終了して、いつもの日常に戻った。
268 :第十四話:花火 その1 :2017/01/03(火) 22:00
***

 話が違う、と羽賀は心で叫んだ。
 祭りに行けばすぐ、工藤たちと合流だと思い込んでいた羽賀にとって、"花火だけ"というのは拍子抜けにも程があった。
 何よりそれまでの間、牧野のお守を一人でしなければならない。
 金魚すくい、りんご飴、射的、わなげ、くじ引き、わたあめ……、手当たり次第とはまさにこのこと。
 牧野の浪費っぷりに呆れながら、着いて回る羽賀は何度目かのため息をついた。

「楽しいね! 羽賀ちゃん」
「そうだね」

 見ている分には、とっても。と心の中で付け加える。
 張り切って浴衣でも着てくるのかと思いきや、意外にも牧野はTシャツに短パンというラフな格好でやってきた。
 自分も似たようなものなので、文句を言うわけではないが、牧野に親近感を覚えた自分が気恥ずかしかった。

「はい」

 いつの間に買ったのか、フライドポテトを眼前に差し出されて驚きつつも、遠慮なくもらって口に入れる。
 屋台が所せましと並び、人も溢れているので歩きながら食べることになる。
 普段であれば行儀が悪いと敬遠するが、今日ばかりは仕方が無い。
269 :第十四話:花火 その1 :2017/01/03(火) 22:00
「ありがとう」

 部活のときとは違い、髪を下ろした牧野はとても大人びている。

「どういたしまして」

 最近になって気が付いたことがある。実は牧野という人間がとても常識人であるということだ。
 羽賀は複雑そうな顔をして口を開いた。

「ずるい」
「えっ?」

 自分でもどうしてその言葉が出たのか、不思議だった。それでも、不意にずるいと感じてしまった。
 いつもと違う髪型で、いつもと同じトーンで接してくる牧野に心がぐらついた気がした。
 これがギャップなのかと納得しつつ、牧野が持ったフライドポテトを豪快に何本か奪って食べる。

「あ、ポテトもっと食べたかったの? いいよ」

 ずいっ、と目の前に差し出された黄色い食べ物。赤い包装紙に包まれたなじみのある屋台フード。
 そういうことじゃないけれど、そうじゃないと言ったところで彼女は信じてはくれない。
 羽賀はもう二、三本食べてから、「髪おろしてるの、いいね」と素直に褒めてみた。
 
270 :第十四話:花火 その1 :2017/01/03(火) 22:00
「ありがとう」

 牧野はいつだって純粋で、無垢だ。穿った考え方をしてしまう自分とは、一線を画している。

「そのヘアピンも可愛いよ」
「えっ」

 右のこめかみ辺りを押さえた。家でしか着けていない子供っぽいヘアピン。外すのを忘れていた。
 思わず外そうとすれば、牧野は残念そうに「外しちゃうの?」と首を傾げた。

「だって、これちっちゃい頃から持ってるやつで……」
「夜だし目立たないよ」

 牧野が諭すようにそう言った。その笑顔を見て、羽賀は考えることをやめた。

「だね」

 そう言って牧野に手を伸ばした。ヘアピンに付いた花が揺れた気がした。
 牧野は驚いたようでその手を見て固まっている。

「かき氷食べよ」
「……うんっ!」

 手を繋いで人混みへ飛び込む。たまには勇気を出して自分から楽しい場所へ飛び込もう。
 小さかったあの頃のように。
271 :第十四話:花火 その1 :2017/01/03(火) 22:01
**

 部活の終わり間際に掛けられた言葉が、頭で繰り返される。

『文化祭、鞘師が見に来るって』

 部員の皆はその一言に喜びの声をあげた。その波に乗り切れないのはどうしてだろうか。

『で、文化祭の発表で三年は引退だし、鞘師にも発表に参加してもらいたいんだけど。皆はいいかな?』

 聞けば文化祭の少し前から日本にいるらしい。全員がそれに了承したときに、先輩は嬉しそうな顔をしていた。
 気持ちの整理なんてつける必要は無い。そう思い、石田はただ張り付いた笑顔を浮かべるだけだった。
 その後の部活は気もそぞろで覚えていない。
 部活終わりの時間でも暑く、夏本番も近い。電車に乗り込むと湿気がひどく、肌にまとわりつく。イヤホンをして音楽を聴く気にもならずに、立ったまま窓の外を眺めた。
 どことなくくたびれた自分にうんざりしてしまう。いつも鞘師の背ばかり見ていた。キラキラと光る姿を追えば、自分もそうなれると思っていた。
 そこに自分は存在したのか。ネガティブな気持ちがそう尋ねてくる。確かにいたはずだ。
 じゃあ、今は?
 そう考えて、イヤホンから音楽を鳴らした。音を大きく、小さく、どうやっても音が聞こえない。
 居残りをして練習していたら、いつもなら祭りに行っている時間だった。飯窪たちからメッセージが届いているはずだが、開く気にはなれない。
272 :第十四話:花火 その1 :2017/01/03(火) 22:01
 電車が、祭りの最寄り駅に近付く。
 どの道、制服では行けない。禁止されている。そう誰かに言い訳して、その駅を過ぎた。
 その時、丁度ホームに見えた姿。浴衣を着て、楽し気に誰かと談笑している。思わず、視線が釘付けになる。
 小田ちゃん。
 そう名前を心で呼んだとき、どうしようもなく物足りなくなった。あの時の歌を思い出した。
 合唱部に見学に行ったあの時の、迷いの無い歌声を。
 逸る気持ちを抑えて電車を乗り換える。真面目な性格が邪魔して、制服のままでは祭りへは行けない。家に一度帰ってからでは、もう小田は帰ってしまっているだろうか。
 きっといるはず。
 花火の時間まではまだ一時間以上ある。
 会って、声を掛けて何をする気か分からないながらに、石田は漠然と感じていた。道を示してほしい訳ではない、この道に掛かった"もや"を晴らしてほしい。
 
273 :第十四話:花火 その1 :2017/01/03(火) 22:02

**

 前を歩く、工藤の苦々しい顔を見てから、飯窪も苦い顔をした。佐藤の浴衣姿は確かに可愛い。ポニーテールになんてしちゃって快活な美少女といったところだ。
 だからといってこんな展開は予想していなかった。ナンパにあうし、周囲からの視線が熱い。
 
「どぅー?」

 そんな苦々しい顔を見てか、佐藤が工藤に声を掛けた。工藤は立ち止まって、正常な意識を取り戻そうと首を素早く横に振ってから振り向いた。

「ん?」
「ごめんね」

 その謝罪がどこから降って来たのかと空を見上げるも、何も無い。当然だ、その謝罪は目の前の佐藤から来たのだから。工藤は目を見開いてからバツが悪そうに頭を掻いた。

「いや、え? 何で謝んのさ」
「だって」
「そんなまーちゃんが声掛けられたりしたって、別に何にも、思わないよ」
274 :第十四話:花火 その1 :2017/01/03(火) 22:02
 佐藤の言葉を遮ってまでして出て来た言葉は、とてもくだらない強がりだった。後半は投げやりに小さな声になった。工藤は途中から、自分を殴りたくなった。
 佐藤が怒るだろうと工藤は構えた。しかし、予想外にも佐藤は怒らなかった。代わりに涙が目にたまった気がした。

「まさ、わたあめ食べたい」

 ふいっ、と佐藤は顔を背けて、わたあめ屋の方を指差し歩き出した。飯窪は工藤の方を一瞬窺ったが、『今のはくどぅーが悪い』と言わんばかりの顔をして佐藤に付いて行った。
 ため息を押し殺して佐藤の背を追おうとしたが、工藤は立ち止まってしまった。

「工藤さん」

 その声に振り向くと、藤色の浴衣を着た小田が立っていた。いつものように音を柔らかく、笑っている。

「小田ちゃん」

 小田の横には見慣れない女子が二人立っていて、工藤は続けて会釈をした。

「どうかしたんですか?」
「まーちゃん怒らせちゃって、自分でもよく分かんないなって」
「ああ、」
275 :第十四話:花火 その1 :2017/01/03(火) 22:02
 小田は心なしか、工藤を憐れむような視線を向けた。一つに結ばれた小田の髪が揺れる。

「大丈夫ですよ」

 いつか誰かに言われた言葉が頭を過る。またそうやって自分の気が付いていない部分を刺されて怯えてしまう。
 現に大丈夫ではないからこうして怒らせてしまったのだ。

「何がさ」

 つい言葉がきつくなってしまい、小田の様子を気にするも、意に介していないようで笑っていた。

「喧嘩するほど何とやら、ですよ」

 あまりにも穏やかな小田の顔に工藤は呆気にとられた。そしてからそんなことは今まで幾度となく言われてきたと、うんざりした。そんな心の中を読み取った小田は、少し意地悪な言葉を思いついた。

「もう喧嘩も出来なくなっちゃいましたか?」
「えっ」
「冗談ですよ。仲直り出来ると良いですね」
276 :第十四話:花火 その1 :2017/01/03(火) 22:03

 最後まで穏やかに笑いながら、小田は友人たちと去って行った。
 工藤の頭は鈍く痛んだ。考えたくはない言葉を掛けられて、辛くなる自分は何に怯えているのか。
 考えたくないと思っている時点で、知っていた。思いを、考えをぶつけることをいつからか避けていた自分に。
 無意識に足が動いた、本当にわたあめ屋に二人が向かったのかは分からなくとも、動くしかなかった。
 まーちゃん。
 頭の中が佐藤で溢れているのが自分でも分かって、工藤は笑った。

277 :第十四話:花火 その1 :2017/01/03(火) 22:03


その2へ

278 :第十四話:花火 その1 :2017/01/03(火) 22:03
つづく
279 :名無飼育さん :2017/01/03(火) 22:06


明けましておめでとうございます。
今年も、たくさん幸せが訪れますように……。

280 :名無飼育さん :2017/01/05(木) 13:26
あけましておめでとうございます。
今年も素敵なお話の更新ありがとうございます。
かわいい子たちがどうなっていくのかますます楽しみです!

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