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アヴァンセ

1 :エシクスト :2014/03/11(火) 13:09
Juice=Juice。
ともかりん。
とか。
2 :-1- :2014/03/11(火) 13:11

昔から願ったものは叶わなかった。

小さい頃、欲しかった外国製の熊のぬいぐるみは、別の流行りのお人形になったり、
行きたいとせがんだディズニーランドは大人の事情というやつで、近所の寂れた遊園地になったり。

とにかく私には、なにかが足りなかった。

それは運というものなのかもしれないし、ちょっとしたタイミングなのかもしれない。
でも、そういうものって、自分ではどうしようもないもので、次があるさ、と唇を噛みしめて
また願いを紡いできた。

3 :-1- :2014/03/11(火) 13:11
そんな矢先に、新しいグループ結成。
レッスンを終えてみんなで呼び出されて、カメラが回っていたから何かの撮影だとは思っていたけれど、
まさかこんな展開が待ってるなんて思ってなかったっけ。

しかもさほど話したこともない人たちとの組み合わせ。
唯一ずっと一緒だった2人のうち一人は、去っていくというオマケつき。
気持ちがついていけなくて当然なのに、過ぎていく日々は待ってなんてくれない。

与えられるものを全部を受け入れるしかなくって。

だったら、この状況も全部受け止めていかなきゃ。
そうやって頭を切り替えれば早かった気がする。

私がしっかりしなきゃって。
キャリアが長い分、ちゃんとしてないと、きっとこのグループはダメになる。
そんな危機意識さえ感じて。
せっかく掴んだチャンス、ふいになんてしたくない。

それは普段の集まりでも、ダンスレッスンでも変わらない。
みんながバラバラにならないように必死だった。
リーダーなんてまだいなかったから。
3つ以上も年上のメンバーに、どうやって話しかけていいかもわからなかったけど。

4 :-1- :2014/03/11(火) 13:12
「由加ちゃん、そこ、ちょっと振り遅れてる」
「えっと…、ごめん、教えてもらってもいい?」
「もちろん」
「あ、待って、みんなで合わせよ?」

紗友希が声をかけてくれてみんなが集まる。
その時…―――ふと、視線が一瞬奪われた。
ずっと一人、無言で鏡と向かい合っていた人に。

まるで私の視線にも気づいていないみたいで、表情は真剣そのもの。
長い髪は後ろで束ねられてて、すっきり見える顔の輪郭が、長い手足が、
柔らかそうな身体の輪郭が、私と違って成熟するのに近づいた女性のそれ。
それだけじゃない。
その唇から紡がれる声が、どれだけ甘く、でも力強く響くかも私は知ってる。

そのぜんぶが私にはないもので。
だから、ついいつも追いかけてしまうんだ。
無意識でも、意識していても。

「朋ー! 一緒に合わせよ〜!」
「あ、はい」

紗友希の声に、ぱっとこちらを向いたその人、朋――金澤朋子、は
一瞬だけ私たちと視線を交わらせて、こちらに小走りで駆けてきた。

5 :-1- :2014/03/11(火) 13:13
正直な話、私はこの時はあんまり朋のことをよく思ってなかった。

研修生になってさして時間も経たずに選抜されて。
それ以前の経歴も、目に眩しいものだったし。
まるで、明と暗。
どれだけ努力しても届かない私と、天性の才能でクリアしていく朋。
これで意識しないなんで誰ができる?

でも卑屈になんてなりたくなくて。
ここからスタートなんだから、一緒にやっていくメンバーなんだから、と振り切る毎日。
多分、透ける気持ちは態度にも出てるかもしれない。
他のメンバーより交わす言葉が、一番朋が少ないだろうから。

6 :-1- :2014/03/11(火) 13:13
「わーたしーが ゆーまえー なーら」

どうしても遅れてしまう由加ちゃんに、みんなで合わせていく。
その間も、極力朋を見ない。
でも吸い寄せられるように、鏡越しに映って見えてしまうその姿は、基本もまだまだだし、
何回も同じ場所を間違えちゃったりしてるけど、あたりが柔らかくて視線を持っていかれる。

あぁ…、あんな風にすればカッコいいかもしれない。
強引に身体を動かすんじゃなくって、もっと、朋みたいに。
そこまで考えて、頭を振ったっけ。

「朋は大丈夫?」
「あ、大丈夫です」

紗友希ちゃんの声かけに、短く答える声も拾ってしまう自分が嫌だ。
控えめな声と敬語。
年下の先輩って一番扱いにくいだろうに、朋はこうして礼儀をわきまえていて。
だから、余計自分の心が醜く思えて、浮き彫りにされてくるんだ。

7 :-1- :2014/03/11(火) 13:14
なんでもっと素直に話しかけたりできないんだろうって。

きっと人より潔癖なところがあるんだ。
異質な何かを拒む気持ちが強かったり。
ちょっとしたきっかけさえあれば、きっとうまく行けるだろうに、それができない。
他の研修生の子たちのようには、朋が相手だというだけで振る舞えない。

「わーたしーが ゆーまえーなーら しーていーいのにーっ!!あーできたーっ!」

それでも頼りにされて、できないことができるようになっていく姿を見るのは嬉しい。
自分が教えているなら尚更。
私を必要としてくれているんだってわかるから。

ほら、由加ちゃんがマスターして笑顔が零れると、私まで嬉しくなる。

うわーっと手を叩いてちらりと鏡を見て、ふと止まる。

朋が由加ちゃんに向けた笑顔が、本当に嬉しそうで無邪気なものだったから。
あんな笑顔、見たことない。
少なくとも私の前では。
でも。
ふっと私と交わった視線に、また控えめな笑顔に戻って。

8 :-1- :2014/03/11(火) 13:14
あの笑顔は、由加ちゃんにだけ向けられるものなんだって…気づいてしまったんだ。
それは多分…同じ境遇で選抜された意識と、年上メンバーだからっていう共通点が
させるものなのかもしれない。
でも、確かに私は…踏み込めない『何か』を感じてしまったんだ。

自分から遠ざかっていながら、なんて勝手なんだろうって思うけれど、
その突き崩せないものに、苛立ちを感じてしまっていた。

一声かければいいだけだったのに。

「朋、一緒にしよう」って。

9 :-1- :2014/03/11(火) 13:15


*****

10 :-1- :2014/03/11(火) 13:15
それでも転機は突然訪れる。
なんの前触れもなく。
構えていた自分がバカみたいに、あっけなく。

「う〜〜…」

メジャーデビューが決まった夏。
たまりにたまった夏休みの宿題と格闘する毎日。
それは、ちょっとした仕事の合間である、今でも。

エコ政策のために、28℃で設定された事務所の会議室で、一人うなりながら
テーブルに広げたプリントとにらめっこ。
まさに、ちんぷんかんぷんな数式の羅列を目の前にかれこれ20分もこうしてる。

根っからの文系なんだ。
古文・漢文なんか調べるのは得意だし、作文だってすでに終わらせた。
でも、どうにも、この数学というものが苦手でしょうがない。
そもそも数学のテストで褒められる点数を取ったのはいつまでだったか。
それほどまでに絶望的なのだ。

11 :-1- :2014/03/11(火) 13:15
「紗友希ぃー、数学教えてー」

離れたソファーで横になってiPhoneを弄っていた紗友希に声をかける。
途端にしかめっつらが飛んできて。

「はぁ? さゆきにわかるわけないじゃん」

そんな自信満々に答えなくても。
仮にも高校生なのに。

「あ、でも」

思い出したみたいに、身体を反転させた紗友希は、
あの人懐っこい表情で、ちょいちょいっと私の対角線上にいる背中を指さした。

「朋、数学得意だって」
「朋が?」
「うん、テストとかほぼ満点取るぐらい」
「うそ、ほんとに?」

意外だよねぇーなんてケラケラ笑いながら、また身体を反転させてiPhoneに
目を移す紗友希は、それ以上のことは言わなかった。
要するに、教えてほしいなら自分から行け、ということだ。

12 :-1- :2014/03/11(火) 13:16
おずおずと改めて、その背中を見る。
音楽でも聞いて集中しているのか、耳元から下がるイヤホンのコードが時々揺れてる。

どうしよう?
由加ちゃんにきいてもいいんだけど、あいにく今スタッフさんにうえむーと呼ばれていていない。
いつまでも先延ばしにもしたくないし…うん、行くか。

カタンと、椅子から立ち上がって集めたプリントと筆記用具を胸に抱いて歩み寄る。
そして声をかけようとして気づく。
いつもと雰囲気の違う朋に。

「朋?」
「…あ、はい? なんです?」

気配に気づいた朋は、イヤホンを外して私を見上げてくる。
やっぱり。
そりゃあ雰囲気違うわけだ。

「朋って、メガネだったっけ?そんな視力悪いの?」

いつもの大人びたクールな目元が息を潜め、どこか真面目な佇まい。
そのレンズ越しの目が、「あぁ…」という声と一緒に細められて、照れくさそうに口元が緩む。

13 :-1- :2014/03/11(火) 13:16
「実はそうなのですよ」

そう言って親指と人差し指で「ちょっと」を表現してみせる。
今日少し寝坊してしまいまして、レコーディングだけなのでメガネで来てしまいました。
そんな言葉と一緒に。

「問題ありそうなら、コンタクトにしますよ」
「あっ、ううん、なんかすごい新鮮だったから」

そうですか?と小首を傾げながらメガネをかけ直す朋。
うん、なんだかちょっと雰囲気変わる。
一枚ガラスが間に入っただけなのに、ちょっと距離感がとれる感じで緊張が解けた感じがしたし。
それ以上に、私の知らない朋の一面が見れた気がして、なんだかむず痒い気持ちになった。

「私も近視なんだぁ」
「コンタクトなんですよね?」
「うん。でも、朋の方が悪そうだね…」
「どうかな。あ、それで、なにか用があったんじゃないんですか?」
「あっ、そう」

手の中にあるプリント一式を突き出すようにして、軽く頭を下げる。

14 :-1- :2014/03/11(火) 13:16
「あのね、数学の宿題、教えてほしいの。朋、数学得意だって聞いたから」
「宿題ですか」
「うん、あっ、迷惑なら全然かまわないよっ」
「いえいえ、暇していたところですから」

すっと、自分の隣の椅子を引いて「どうぞ」と促される。
それから少しだけ自分の椅子との距離を取る。
それを確認して、私は「お邪魔します」と隣に腰掛けた。

「見せてもらえます?」
「うん」

手の中のプリントやら筆記用具を、朋の前に広げる。
軽く頭をポリポリかいた朋は、一気に集中するようにプリントを手に取って問題に目を通す。
その真剣な目が、メガネの淵から垣間見えて…目を奪われてしまった。

15 :-1- :2014/03/11(火) 13:17
「因数分解ですね」
「うん」

キリっとした眉だから、逆に目の印象は甘く映って大人っぽい。
不機嫌そうにちょっとツンと上がった唇は、私より厚くって柔らかそう。
ふんわりゆるく巻かれた髪とか、その全部が私と対照的。
きっとこういう人が、自然と人の視線を集めていくんだろうな…。

「シャーペン借りますね」
「あ、うん」

視線はプリントに向けたまま、話しかけられてドキリとする。

なに考えてんだろう。
これじゃあ、ファンの人と同じ目線だ。
しかも、いい印象ばっかり持ってるわけじゃないとか。
性質が悪すぎ。

はぁ…こんな風に私が思ってるって、朋は知らないんだろうな…。

16 :-1- :2014/03/11(火) 13:17
「宮本さん」
「っ、な、なに?」
「ぜんぜん関係ないんですけど、前髪切りました?」
「えっ? あ、うん、なんで?」

ぱっと顔を上げれば、朋もプリントから私に視線を移して、やおら手を伸ばしてきた。
えっ、と突然のことに肩をすくめて軽く身を引くけど、そのまま指先が顔に伸びて。

「少し、ついてる」

鼻先を、細い中指が撫でて、離れた。
その一瞬に柔らかい笑みを浮かべて。
ぱらりと小さな髪が足元に落ちていくのに気づかないぐらい、その笑みに釘づけになった。
こんな風にも…笑うんだって。

でも、はっとすれば…胸に広がるもやもや。
宮本、さん?
もう…。

17 :-1- :2014/03/11(火) 13:17
「朋」
「はい?」
「宮本さんはやめて。ほんとは敬語もやだ」

そこ。
いつまでたっても抜けない敬語と、苗字呼び。

わかるよ?キャリアとか考えたら、そう子供じゃない朋の性格からして
自然と出ちゃうものなんだって。
でも、それってなんだか、いつまでたっても距離が縮まらない気がして。
仲良く、なれない気がして、気に食わない。

私たち、同じグループのメンバーなんだよ?
ずっとずっと、一緒にやっていくんだよ?
由加ちゃんみたいに、話してきてよ。
そんな気持ちさえ浮かんでくる。自分の事を棚に上げて。

むっと唇を尖らせるみたいにして、ゆるぅく朋を睨んでみたら、朋は意外そうに片眉をあげて。
ううん、レンズの奥の目もパチパチ何度かさせて。
それから、ふっと息を吐き出すように小さく吹き出し、くすくす笑い出したんだ。
なんでよぉ。

18 :-1- :2014/03/11(火) 13:18
「なによーなんで笑ってるの?」
「いえいえ、可愛いなぁと思いまして」
「あっ、ちょっと今バカにしたでしょ?」
「違いますって」
「むー、ほらまた敬語」
「仕方ないじゃないですか」
「もー」

自然と声のトーンが上がって、向こうにいる紗友希が、iPhoneからちらりと一瞬顔をあげて
仲良いねー、とさして興味ない声をかけてきた。
その声に、一度顔を見合わせて、それからお互いに肩を震わせて笑いあう。
まだどこか、朋は遠慮したみたいだったけど、やっと一緒に。

そのことが嬉しかった。
あぁ、こうして近くで見ると、朋って笑うと顔をくしゃっとさせてあどけなくなるんだね。
いつも大人っぽくて、クールでつまらなそうな顔をしてるから、全然わからなかった。
ううん…、そんな顔にしか私はさせてなかったんだ。

こうやって、構えずに話しかければ朋はいつだって応えてくれるんだ。
邪険になんかせずに。
壁は薄くまだあると思う。
でも、私からちゃんと向き合えば、きっと朋は。

19 :-1- :2014/03/11(火) 13:18
「さ、おしゃべりはここまでで、宿題片付けちゃいましょう」
「はーい、お願いします」

ねぇ、朋。
今までの自分を今ちょっと反省してる。
もっと早く、こうやって話しかけていれば…距離、縮まっていたのかな。
うえむーみたいにはできないけど、素直に甘えてみたら、もうちょっと違う位置にいたのかな?
今からでも…大丈夫?
全然知らないあなたのこと、知っていきたい。
私の事も知っていってほしい。

「どこらへんまでならわかります?」
「えっと…ぜんぶわかんない」

だから全部教えて。
その甘い声で、鋭くも柔らかな瞳で。
そんなに優秀な頭じゃないから、何度も何度も反復しなきゃダメだけど。
もっともっと、朋の色んな顔が見たいから。

ふむ、と、どうやって教えようか顎に手を当てて考えてる朋の横顔を見ながら
そんなことを考えていたけど、それは内緒にしておこう。
まだまだ、色づいてきた気持ちに…名前はつけられなかったから。

20 :エシクスト :2014/03/11(火) 13:19
本日ここまで。
21 :-2- :2014/03/12(水) 05:37
一人っ子っていうのは、いつだって親の愛情を一身に受けていて。
心配もいっぱい、応援もいっぱいで。
でも…だからこそ、手に入らないものも…いっぱいだったと思う。

昔から、聞き分けはいい方だった。
ううん、聞き分けっていうか…どこまで踏み込んでいいのか、
どこで我慢した方がいいのか、そういうのが自然とわかる方だった。

だから…本当に欲しいものができた時に、「欲しい」というタイミングがつかめなくなって。
タイミングだけじゃない、それを口にした時の反応が怖くなって。
ただ笑顔で時間が過ぎていくのを見つめるのが上手くなった。

そんな自分が嫌だと思うけれど…、ずっとそうやってきた今となっては、
どうやってその自分の殻を打ち破っていいのかもわからない。

それでよしと思っていた。
思っていたのに。
22 :-2- :2014/03/12(水) 05:38
「とーもーっ!!」
「あぁっ、もう、やめなさいってば」
「なんでなんで!」
「あー…うるさーい…」

ぼんやりと床に座って柔軟を入念にしながら、視線は声を追いかける。
その先には、脚をケガしたとは思えないほど元気に朋の腕にまとわりついてるうえむー。
ダンスレッスンで疲れた身体を休めようと腰を下ろした朋に、文字通り襲い掛かっって。
ちょっと倒れこめば最後。じゃれたまま、身体の上に跨って構ってアピール。

すごいよなぁっていつも思う。
同い年とは思えない。
あの無邪気さ、というか天真爛漫さは末っ子気質からくるものなのか、
それとも生まれ持ってのものなのか…とにかく、そのパワーには私でさえ圧倒される。

ただ、うえむーの矛先は、決まって由加ちゃんか朋で。
2人とも存分に甘やかしてくれたりするからなんだろうけど、なんとなく胸がもやっとした。
別に私も同じようにしてほしいってわけじゃないけれど、なんというか…。

23 :-2- :2014/03/12(水) 05:38
「いいかげんに降りなさいってば」
「やだ!朋冷たいっ、もっと構って!」
「十分構ってるでしょが…。…あっ、危なっ!」
「わぁっ!」

あっ。
バランスを崩して肩から落ちそうになるうえむー。
それを、朋が咄嗟に身体を起こして抱き込むように助ける。
一瞬の出来事。
でも、それが瞼に焼き付いた。

あまりにも、朋が必死にうえむーの身体を抱きしめて守っていたから。
自分の身体を床にうちつけてしまっているのに、そんなの気にしていないみたいに
腕の中のうえむーにケガがないか確認して…、ほぉっと大きく安堵の息をこぼして。

そして。

「ふざけるのも大概にしなさい」
「あいたっ」

ゆっくり身体を離すと、ぺしっとうえむーの頭をはたいて立ち上がったんだ。
ふらふらと、そのままペットボトルを手に取って喉を潤してる。

24 :-2- :2014/03/12(水) 05:39
その一連の出来事が…、なんだか面白くなくって。
自分でもわかるぐらい不機嫌に、背を向けて立つ朋を見つめてしまった。

わかってるよ?
うえむー、ケガしてるしレッスンにも加われないから気にかけてあげてるって。
でもさ、私とすっごく対応違くない?
私だって、うえむーと同い年だよ?
もっと、こう、気にしてくれてもいいじゃない。

「朋のいじわる…」
「えっ?朋と何かあった?」
「えっ!? あっ、由加ちゃん、ううんっ、なんにもっ」

はっと顔をあげたら、すぐ近くて由加ちゃんが不思議そうな顔をしていて驚く。
聞かれた?今の。
大丈夫、だよね。
一瞬だったから。

25 :-2- :2014/03/12(水) 05:39
「どうかしたの?」

すぐに表情を作って、身体を寄せる。
そしたら、額からこぼれた汗を一度指先でぬぐってから、へへっと笑って上目づかいで
私を見つめてきたんだ。
ちょっとハの字に下がった眉が、可愛い。

「あのね、ちょっと、振りの確認してもらいたくて」
「あ、うんっ、ぜんぜんいいよ? どこ?」
「えっと…」

どうしても、ダンスとなると経験と実力がものを言う。
研修生として、リズム感やバランスを培ってきた私や紗友希と違って、
新しい曲に入った時、由加ちゃんはまだまだ遅れてしまう。
一生懸命になればなるほど、焦ってパニクって動けなくなるほどの緊張しぃだし、
私でフォローできることはなんだってしてあげたい。
そう思わせるだけの人徳を由加ちゃんは持っていた。

26 :-2- :2014/03/12(水) 05:39
「ここで、指先を伸ばして…」
「こう?」
「うんうん、それで顔を前に」
「あっ、そっか! ありがと、佳林ちゃん」
「ううん」

ぱぁっと花が開くみたいに柔らかく笑う由加ちゃんは、可愛い。
おっとりしたお姉さんみたいで。
でも、その笑顔の奥に芯の強い部分があること、私は知ってる。
一番年上だから、もっとしっかりしなきゃって気を張ってるのも。

でも、悟らせないように、一生懸命。
ううん、一人だけ…由加ちゃんが寄りかかってる人がいる、ね。

27 :-2- :2014/03/12(水) 05:40
ちらりと視線を戻して、とらえる。
そう、朋だ。

私も朋より年上だったら、もっと素直に距離を縮めることができたのかな?
頼ってよ、とかさらっと言えたかもしれない。
逆に、朋も構えなかったかもしれない…。
年下の先輩にどうしていいか…なんて、それこそ悩むことなんてなかっただろうし。

「2人、面白いよね」
「えっ?」

どきりとした。
突然の由加ちゃんの声に。
ぱっと振り向けば、小動物みたいな人懐っこい笑顔で、ちょんちょんっと人差し指を立て
私の視線の先にいた、朋とうえむーを差してきた。

「朋、妹多いし、慣れてるし」
「そ、うだね」

そういえば、朋には3人妹がいるんだったっけ。
兄妹がいるってどんな感じなんだろう?
私にはわからない。

28 :-2- :2014/03/12(水) 05:40
でも、そうか…立場がなければ、きっと私も妹さんのように接してくれたのかも。
…それでよしと思えばいいのに、何故だろう、もどかしい気持ちがこみ上げてくる。
妹、という位置に。
でも、思ったところで苦笑してしまった。
妹のように接してもらえるところにもいないのに、何考えてんだろって。

「呼んでみよっか?」
「えっ? なんでっ」
「いいからいいから」

いたずらっぽい笑みを浮かべる由加ちゃんに戸惑う。
どうして、突然…っ。
わたわたすれば、可愛いなぁ、佳林ちゃん、なんて小さく言って。

「うえむー、朋ー」
「なにー、ゆかー」
「ちょっとー」

まだ懲りずに朋の腕を取ってブラブラさせていたうえむーが、
由加ちゃんの声にウサギが耳を立てて反応するみたいにこっちに振り向いた。
追いかけてくるのは、ちょっと不機嫌そうな顔をした朋。
由加ちゃんと、私をそれぞれ見て…薄く口を開く。
けど、そこから言葉が紡がれる前に、うえむーに腕をひっぱられるように進みだして
「あぁ…もぉ…」という嘆息の声が漏れた。

29 :-2- :2014/03/12(水) 05:41
近くに来れば、嫌でも意識してしまって構えてしまう。
そんな私に気づいたかそうじゃないのか、由加ちゃんは軽くぽんと腕のあたりを叩いて。

「うえむー、脚のケガは大丈夫?」

さりげなく会話を振ってくれたんだ。
こういうところが気遣い屋さんの由加ちゃんだからできるところなんだろうな。
私じゃ、うまく話せない。
その由加ちゃんに、うえむーはパっと目を輝かせて。

「ゆか、やさしーっ! 朋も見習えー」
「えぇっ? 最初に言ったじゃん」
「心がこもってないのー」
「いやいやいや、なんでそういうこと言うかな」

やっぱりゆかが一番やー、なんて言いながら朋の腕を離して、優しいお姉さんに
飛びかかるうえむーは、本当に末っ子気質だなぁって思う。
でも、許される雰囲気があるから…悔しい。
何をしても、可愛く映るもん。
私も…何も考えずに飛びついていけたらどれだけいいだろう?
思ったところで、それは叶わない。
ましてや、相手が遠慮してるって分かってるし。

30 :-2- :2014/03/12(水) 05:41
「…どうかしました?」
「え? あ。ううん、なんでもないよ」
「そう?」

じっと見つめてしまったせいか、ちょっと眉を寄せて顔を覗き込んできた朋にたじろぐ。
どこか強い色を持った朋の瞳は、心の奥まで見透かされそうで。
まだ、そうやって踏み込まれるのは困っちゃうんだ。
知りたいと、距離をつめたいと思っているくせに。
…自分のわがまま加減に溜息がでちゃう。

「あのね、佳林ちゃんに振付け教えてもらってたの」

ひょいっと、うえむーを腰に巻き付けたまま由加ちゃんが朋の方に笑顔で囁く。
多分、囁いてるって意識はないんだろうと思う。
もともと密やかな声色だからそう聞こえるだけで、本人にはきっと普通の声なのかも。
そんな由加ちゃんに、髪を揺らして視線を向けた朋が「あぁ、なるほど」と軽く何度も頷いた。

31 :-2- :2014/03/12(水) 05:41
「朋は大丈夫?」
「うちは高木さんにきいてるから」
「そうなんだ?」

遠慮のない返事。
敬語じゃない慣れた会話。
わかってたけど、やっぱり改めて目の前で年上二人の会話を聞くと、ちょっと寂しくなる。
寂しい…というか、なんていうか…居心地が悪くなる。

「佳林ちゃんはさ、すごく的確だし丁寧だし、ためになるよ?休憩中しか聞けないしさ」

気を遣ってくれてるのかな?
こういうところが由加ちゃんの尊敬するところかもしれない。
何でもないみたいに、さりげなく人と人を繋げようって背を優しく押してくる感じが。
嫌味じゃなくって、本当に柔らかいあたりで包んでくれて。

32 :-2- :2014/03/12(水) 05:42
その直後だった。
ふっと視線をまっすぐ私に向けた朋が、なんのためらいもなく手を伸ばしてきて。
えっ、と首をすくめれば「ちょっとすみません」と言いながら、さらに伸びてくる…指先。
寄り目になりながらそれを目で追えば、水を含んで重くなった前髪を撫でるようにかきわけられた。

あ…、とそこで気づく。
遠く、向こう側の鏡に映った自分の髪はぐしゃぐしゃで。
もともと、くせっ毛だからこういう時、わかめみたいに踊っていて。
直す余裕もないぐらい夢中になってたんだと。

かぁっと火照ってくる頬に俯けば、頭の上でくすりと小さく笑みがこぼれる音。
それから…あの、甘く静かな声が耳に流れ込んできたんだ。

「休憩も立派な仕事ですよね。確認も大事だけど休めるときには、休まなきゃ…ね」

今、顔をあげたら、朋はどんな顔をしてる?
見てみたい。
でも、今、私の顔は見られたくない。
自分でもわかるぐらい…心臓の鼓動が胸を打って、身体中の血液が一気に顔に集中しているから。
こんなの、私じゃない。
すくなくとも、朋の中にいる、宮本佳林じゃないはずだから。

33 :-2- :2014/03/12(水) 05:42
と。

「あっ!なぁーにーっ!?仲間外れにしないでよぉーっ!」

救いの声は、意外と近くで響いた。
紗友希だ。
みんな固まってるのに気づいたみたいで、わーっと声を上げて突進してくる。
そのまま、「危ないって」と苦笑する朋に、がばっと背中から覆いかぶさって笑ってる。

「かなとも、飲み込み早いよねぇー」
「えぇ? そんなことないですよ。覚えるのに必死ですもん」
「でも紗友希より身体動いてる」
「いやいや、高木さんが教えてくれてるからなんとかなってるんですよ、ありがとうございます」
「いいやつだなぁーかなともぉー」
「重いですってば」

いつのまに、こんなに仲良くなってたんだろう?
やっぱり…高校生っていう共通点があるからなのかな?

だとしたら、私はどこで朋と共通点を探せばいいんだろう?

34 :-2- :2014/03/12(水) 05:42
子供っぽい私。大人っぽい朋。
話ベタな私。頭の回転が早い朋。
勉強嫌いな私。勉強好きな朋。
なにかが足りない私…。なんでも、持ってる…朋。

……やめよう。
卑屈になんかなりたくない。
きっと、辛かった想いも全部私のためにあるものだから。

それに…悔しいけど、そんな朋の事が――― 。

「宮本さん? どうかしました?」
「…ううん。それより朋」
「はい?」
「―――『宮本さん』は、やめて」

嫌いで、好きだから。

困ったみたいに眉を上げて、由加ちゃんに振り向く朋は、
「そうだよ?」と告げるような由加ちゃんの視線に、ふむ、と一度苦笑いして、

「善処します」

と、子供っぽく笑ってくれて…また、私の中で一つ、嫌いで好きな朋が増えた気がした。

35 :エシクスト :2014/03/12(水) 05:43
本日ここまで。
36 :名無飼育さん :2014/03/12(水) 17:15
ともかりん好きなのでのめりこんでしまいました。
続きも楽しみにしてます。
37 :名無飼育さん :2014/03/13(木) 02:22
ともかりんってなんでこんなにキュンキュンするんでしょう。
すごく好きな文体です。続き楽しみにしています!
38 :-3- :2014/03/13(木) 05:52
いつの時代だって、新人アイドルというのは忙しい。
しかも『アイドル戦国時代』なんていわれているなら尚のこと。

昔のように、選んでくれるのを待っていればいいわけじゃなくって
私達から逢いに行かなきゃ、知ってもらえない。
だから例にたがわず、私達5人もあちこちを回ってPR活動を展開していく。

いつも私とうえむーは、その年齢から年長2人のどちらかと行動を共にしていた。
最近では、ひところ昔よりお互いの距離は縮まってきているし、
そんなに緊張することもなくなったと思ってる。
うえむーなんて、由加ちゃんにここぞとばかりに甘えて、困らせてたりもするし。
私も…勉強を見てもらえる分には、仲良くなったと思ってる。

そして、今日は。

「宮本がCDを渡して、金澤が握手で」
「わかりました」
「途中休憩挟むけど、体調が悪くなったら言って」
「はい」

――― 朋との活動。

39 :-3- :2014/03/13(木) 05:53
マネージャーさんから、これから向かう場所と説明を受けて、
早速移動の車に乗り込めば、二人で並んで座る。

「今日はよろしくお願いします」
「あっ、うん、私も。朋とは初めてだね」
「だね」

ぺこりと頭を傾けて笑いかけてくる朋に、私もならう。
こういう時、さりげなく言葉をくれるのはありがたい。
うまく話しのきっかけがつかめなくて困る方だから。

「移動までまだ時間かかるから、自由にしてて」
「あ、はい」

前の方から聞こえた声に、二人で頷く。

40 :-3- :2014/03/13(木) 05:53
それからしばらく、他愛のない話をふたりでしていたんだけど、
車が高速に上がる頃には、お互い口数も減って。
なんとはなしに、私は携帯を、朋は音楽をイヤホンから聴き始めていたんだ。

こういう時、静寂と車の振動って心地よくって。
朋ともう少し話したいな、って思っていたのに…気づけば私は、連日の疲れもあって
うつらうつらと…瞼を落としていたんだ。

完全に意識を手放す時、ふっと、朋に名前を呼ばれた気がするけど…。
そのまま返事を返すことはできなかったっけ。

41 :-3- :2014/03/13(木) 05:53


*****


42 :-3- :2014/03/13(木) 05:54
目が覚めた時、最初に気づいたのは…朋の匂い。
ふんわりとした柔らかな、朋の独特の匂い。

ゆるりと瞼を開いて、その正体に気づく。
くるりと私の身体に、ずり落ちないようにかけられた朋の上着だった。

そういえばちょっと肌寒い。
空調がきいてないんだろうか?
反射的に、上を見上げてしまった。

それから、最近ずっと着ているお気に入りらしい朋の上着は、
やっぱりというか、私には似合わないなぁなんて
まだ回らない頭でぼんやり考えながら、隣に視線を移す。

反対側の手すりに肘をついて、頭を支えているけれど、
車の振動に合わせてカクカク揺れている。
寝ている…?

43 :-3- :2014/03/13(木) 05:54
「朋…?」

呼んでも返事はない。
寝起きでかすれた声のせいかと思って、もう一度呼んでみたけれど結果は同じだった。
ただ、髪の隙間から見える顔はひどく疲れたような表情で、規則正しい寝息を立てている。

いつもはキリっしている眉も、今はその息を潜めて、
あどけなさの残る素顔をさらけ出しているようにみえた。

44 :-3- :2014/03/13(木) 05:54
18歳。
はたしてその歳が、大人か子供か。
問われれば、きっと私は「大人」だとこたえると思う。
実際法律の枠に閉じ込められた子供の中に、朋は当てはまらないし、
3歳という年齢差からくるものかもしれないけれど、朋はまさに自分の思う「大人」だったから。

決して、感情で動いたりしない。
理知的で、自制心をしっかり持ち、周りをよく見て客観的に自分を見つめて行動している。
後先考えないメンバーが多い中で、それはやっぱり特異に映って、
年上二人には敵わないと実感させられるんだ。
競うモノでも、争うモノでもないのだけれど、わずかばかりの焦りがいつも付きまとう。
私もしっかりしなくては、と。

45 :-3- :2014/03/13(木) 05:55
ただ、その度に朋は言う。
「宮本さんは、いまのままでいいんですよ」と。
頭を、ぽんぽんと撫でるようにして。
その意味を、子ども扱いしてるんだ、なんていつも思っているけれど。
時々…ふと思うんだ。

今のままでいい、という朋。
それは…大人になれず、背伸びしてからまわっていればいい、というからかいなのか。
それとも…もっと何か…、私じゃ理解できない何かを言葉を濁して伝えているのか。
いつも、朋がそうやって私に言ってくる時、その瞳は深く揺れているから。

言っていい事、言わない方がいい事。
そういうことの区別がわかっている朋は、いい大人で、ズルい大人だと思った。
46 :-3- :2014/03/13(木) 05:55
「あ…」

ふと目をやれば、眠る前にしていた時と同じイヤホンが耳で揺れている。
どんな曲を聞いているんだろう?
多分、朋のことだ、今回の新曲を熱心に聞いているんだろうけど。

好奇心に突き動かされるように、そっと手を伸ばす。
とん、と一度車が大きく揺れて、指先がその髪に触れてどきりとするけれど、そのまま静かに。

そろりと片方を外して、自分の耳につけてみて…止まる。
音は、何もなかった。
聞いている間にバッテリーが切れたのか、はたまた、最初から聞いてなどなかったのかはわからない。
でも、朋は無音の世界で一人車に揺られていたんだ。

47 :-3- :2014/03/13(木) 05:55
起こしてくれれば良かったのに。
すっと耳元に戻して溜息をつく。
私では、時間つぶしにもならないのか、と。

自分でもわかっている。
一生懸命話そうとすればするほど、くだらなくて寒く、
とりとめのないことばかりに付き合わせてしまっていることに。
それでも、聞いてほしいんだ。
そして、聞かせてほしいと思う。
些細な事でも、きっと朋を知る大切なものだと思うから。

ふぅ、と。
短く溜息をついて、むくれながら朋を見る。
うえむーだったら、もっと気にかけてくれた?
もっと、フランクに接してくれた?
返事は来ない。
当たり前だけど。
だよね、と、自分のカバンに手を伸ばして……気づく。

48 :-3- :2014/03/13(木) 05:56
外ポケットに、落ちないように深く差し込まれていたスマートフォン。
確か、眠る前、私は端末を弄っていた。
時間つぶしにはゲームなんてやるのがいいと思って。
でも、そうだ、途中で眠ってしまった。
だとしたら…、手の中にあるはずのものがどうしてここに?

答えなんてすぐに、結びついた。
朋、だ。
こうして、上着をかけてくれたことを考えても、手から落ちそうになったのを
ここにしまってくれたんだなんて容易に浮かぶ。

49 :-3- :2014/03/13(木) 05:56
その時、どんな顔をしていたんだろう?
やれやれ、なんて笑っていた?
戸惑いながら、しまってくれた?
想像するだけで、少しだけ胸が温かくなる。
私のためにしてくれたんだって、自惚れじゃなくって確かな事実に。

「ありがと、朋」

小さく呟いて、私のコートをそっと身体にかける。
一度小さく身じろぎした朋だけど、かすかに口元が緩むだけで
また眠りに吸い込まれていったようだった。
その様子が、不謹慎にも可愛く映って…、くすりと笑うと、私ももう一度瞼を閉じたっけ。
鼻先まで、朋の上着を引き寄せながら。

50 :エシクスト :2014/03/13(木) 05:59
本日ここまで。

>>36 名無飼育さん
ありがとうございます。ともかりんの微妙な関係、自分も好きです。

>>37 名無飼育さん
ありがとうございます。ともかりん見ていて楽しいですよね、自分もです。
51 :-4- :2014/03/14(金) 05:21
苦手意識を持たれているっていう自覚はあった。
きっと、同じクラスにいたら絶対話さない友達、そんな感じで。
でも私たちはクラスメートでもなければ、友達でもない。
言ってみれば…同志・戦友だ。
その関係を強制されたとしても、目指す所はおんなじのプロ集団。

だったら、個人のそんな気持ちをなんとかするのもプロ。
その点、私は長くこの世界にいたからか、切り替えは早い方だったと思う。
思うところはたくさんあっても、きっとそれは表に出してないはず。

そして……朋も。

時々わざと距離を置きたがる節はあったけど、
それでも仲良くやっていると思う。…思いたい。
こうして、一緒に行動すれば、それは…そんな気持ちは顕著に表れるんだ。

52 :-4- :2014/03/14(金) 05:21
「佳林ちゃん」
「うん?」
「次のサービスエリアで一度休憩するみたいなんで、一度外にでません?」
「あ、うん、そうだね」
「ずっとだと息が詰まるでしょう?」
「んー、かも」

答えて、ちょっとマズったかなって思った。
息が詰まる。
その意味を掴みかねて、なんとなく答えてしまったから。

うちといて、息が詰まるでしょう。そういう意味だったのか。
それとも…本当に、ずっと車の中だから疲れるでしょうという意味なのか。

なんとなく後ろ暗い気持ちになって、朋をチラリと見たけれど、
朋こそなんにも思っていなかったみたいで、私の視線に「なに?」と
不思議そうな顔をしてみせたんだ。

なんでもないよ、と取り繕うけど、絶対おかしく映った。
だって、いつもはクールな眼差しが、何かを察したように細められ、
口元も緩められたから。

53 :-4- :2014/03/14(金) 05:22
「つまんないこと考えてません?」
「わっ」

こつん、と、軽くノックするように頭に落とされた拳に首をすくめる。
そっと当たった部分を手で押さえて、むぅっと膨れて見せれば
こともなげに涼しい目で一瞥される。

「わかりやすいね、佳林ちゃん」
「そんなことないもん…」
「ま、いいけど。せっかく一緒の仕事だし仲良くしましょうよ」
「………うん」

にっこり笑われれば、なんにも言い返せない。

54 :-4- :2014/03/14(金) 05:22
なんだかんだいって、朋は私やうえむー、きっと紗友希も含めて
年下の扱いが上手いんだと思う。
存分に甘えてくるうえむーには、適度なアメとムチを。
わいわいやってくる紗友希には、昔からの友達みたいに気兼ねなく。
そして、色々複雑に考えすぎる私には、飄々と。

由加ちゃんとは、立場もあるし、わーっと騒いでいるところは見たことないけど
多分、私達とは違った落ち着いた話とかしてる気がする。

こうしてみれば、なんて不思議な人なんだろうって思う。
だから…それが一つの魅力にもなるのかもしれない、とも。

ねぇ、そういう朋の一面を、もっと知りたいって思うのはおかしい?
私といるときは、やっぱりちょっと距離がある気がするから
気おくれしてしまうんだけど。

教えて…欲しいな。
もっと、朋のこと。
55 :-4- :2014/03/14(金) 05:22


*****


56 :-4- :2014/03/14(金) 05:23
「うぅーっ、寒いぃ」
「だねー。早く戻ろう」
「うんっ」

サービスエリアで、簡単な飲み物を買って駐車場を2人身体を寄せてあるく。
びゅうっと風が吹けば寒さに身が縮こまる。
喉の保湿のためにマスクをしているから、きっとはたからみたらヘンテコな2人かも。
でも、とにかく今は早く車に。
寒さで凍えそうだ。

と。
その時。

私は下を向いていたから、気づかなかった。
前方から、観光バスから降りてきた男子高校生の何人かが、わっとこっちに向かっているのが。
それに加えて…、私達と同じように、窮屈な空間からの解放感で気が緩んでいることにも。
旅の途中っていうのは、誰だって気持ちが高揚するもので。
その高校生たちも、そうだったんだ。

お互いを小突きあったり、ちょっとふざけてオーバーリアクションで笑いあったり。
その動きは、最初は小さくても、進むにつれてどんどん道幅をとって。

57 :-4- :2014/03/14(金) 05:23
「お前、ふざけんなよー」
「なんだよお前もっ」

そんな声を耳にして顔を上げた時には、遅かった。
ふざけあって、大きくよろめいた高校生の身体が目の前に迫っていて。

ぶつか…!

「危ない…!」
「っ!」

一瞬だった。
がちんと固まってしまった私の身体を、隣から凄い力で誰かが引き寄せて。
でも、突然だったのか、その人も身体を半回転させるようにして…。
すぐそばを、高校生の腕が通り過ぎて行ったんだ。
あのまま進んでいたら、きっとその腕に弾かれて転んでいたかもしれない。

緊張のせいで心臓がバクバク大きな音を立てる。
でも、それよりも…私の目は、すぐ近くにいるマスク姿の人に奪われた。

58 :-4- :2014/03/14(金) 05:23
「とも…」

鋭い視線。
寄せられた眉。
風にあおられて、軽く舞う前髪。
腰から引き寄せられたせいで密着しているから、そんな小さな表情もぜんぶ見えた。

「朋、も、もう、大丈夫、あの、ありがと」

呼びかけてみたけれど、視線は前を向いたままだ。
そう、去って行こうとしている高校生の背中に向けられたまま。

腰に回された手は、逆らうことを許さないぐらい強くって。
まるで私の声が聞こえていないみたいだった。
思わぬそんな、きょっと感情的な朋の一面に、目を丸くしてしまう。

59 :-4- :2014/03/14(金) 05:24
こんな朋、知らない。
いつもは、ほら危ないよ、なんてからかうみたいに、にぃっと歯を見せて笑って。
ぶつかりでもしたら、ほら、ね、なんて鼻を鳴らすみたいに呆れてみせるのに。
今は不機嫌なのを隠そうともせず、マスクの下で聞き取れない苛立ちをこぼしてる。

朋…?
胸に広がる不安に、そっと肩口を掴んでいた手に力をこめた。
ふっと、近くを車が通り過ぎて、髪がさぁっと流れる。
その隙間から私の視線にやっと気づいた朋は、ハっとした後、バツが悪そうに目を細めて。
それから、やんわりと腰から手を離して少し距離を置いたんだ。

こういう時、どう声をかけたらいいんだろう?
色んな頭の中の引き出しを探るけれど、答えは出てこない。

でも、朋は…やっぱり、大人だった。

60 :-4- :2014/03/14(金) 05:24
「まだまだ頑張らないといけないですね」
「えっ?」

飄々とした声。
まるで、さっきのピリピリした空気なんてウソみたいに。
ほら、今もチラリと見える朋の目が笑ってる。

「あの男の子たち、全くの無反応でしたよ?」
「だから?」

謝らせるぐらいの強さを持て、とかそんなこと言われるのかなって思った。
朋ならしかねない雰囲気だったし。
でも、わかりません?と可笑しそうに小首を傾げる朋は、かわいらしい女の子で、
不本意にも見とれてしまった。
そして、続けられた言葉に、がん、と頭を殴られるような感覚に陥る。

61 :-4- :2014/03/14(金) 05:24

「知名度ゼロってことですよ、うちら」
「あ」

そこで思い至る事実。
きっと、あの男の子たちからしたら、ただのヘンテコな女の子2人。
よもや、テレビカメラの前で、歌って踊ってるアイドルなんて思いもしなかっただろう。
そういうことなんだ。
だから、頑張らなきゃなんだ。
あぁぁ…と、大げさにうな垂れて、ずーんと沈む気持ちを表せば、くっくっと笑いながら
背中をぽんぽん叩いてくる朋。

「がんばらなきゃだ」
「うん…」

朋は、こんなときでもプロだった。

62 :-4- :2014/03/14(金) 05:25
それでも…やっぱりさっきの顔が頭から離れない。
あれは…プロの顔なんかじゃなかった。
もっと言ってしまえば…、敵意さえむき出しの感情だったと思う。

ねぇ、朋。
もしかして、私の事を守ってくれたの?

黒く不思議に揺れる瞳を見つめてみるけれど、まっすぐ前だけを見据える朋から
答えが返ってくることはなくって。
そっと俯いて私は溜息をこぼすしかなかったっけ。

63 :エシクスト :2014/03/14(金) 05:25
本日ここまで。
64 :-5- :2014/03/15(土) 05:17
なんだ、こんなにも簡単なことだったんだ。
そんな風に思ったのは、咄嗟の行動から。
本当に、些細なきっかけ。
でも、私には、簡単で難しかった、大きなきっかけ。

65 :-5- :2014/03/15(土) 05:18


*****


66 :-5- :2014/03/15(土) 05:18
SATOUMI・SATOYAMAのイベントが始まって。
私達5人は揃って楽屋に顔を合わせ…るはずだった。

「あれ? 朋は?」

紗友希が、なんとはなしに緑のトレーナーに着替えながら尋ねてきた。
同じように頭からトレーナーを被っていた私は、乱れる髪を耳にかけながら首を振る。

「ねーうえむー、朋知らない?」
「しらなーい。あ、でも由加がマネージャーさんに呼ばれてた」

いや、由加じゃなくって、朋だよ、と呆れたように笑う紗友希に、
うえむーはもう一度、わかんなーい、と気のない返事で答えて近くのソファーに寝転んだ。
猫みたいだよね、と思う。
くりっとした目とか、甘えたなクセにご主人様がいないとそっけなかったり。
もちろん、そのご主人様は、由加ちゃん。
最近べったりだよね。

67 :-5- :2014/03/15(土) 05:19
きゅっとトレーナーをパンツの中に入れて、鏡の前に座る。
まだ時間はあるけど、確か物品販売に参加する予定だったはず。
確認したくて由加ちゃん、と呼ぼうとして、あ、いないんだったと気づき、
今日のステージで歌う曲の確認をする。
ちょっと5人の立ち位置を見たかったんだけど、仕方ない。
それに私には、鞘師さんの代わりに和田さんとの曲を任されていたんだった。
挨拶にでもいった方がいいだろうか、そう悩んでいたその時だった。

こんこん、と軽くノックされる扉。
と同時もガチャリと開いて、がたがたと人がもみくちゃになるように入ってくる。
一人は…マネージャーさんで、あれ、一人は由加ちゃん。
そして、最後の一人は、その由加ちゃんに肩を貸してもらって、おぼつかない足取りの朋だ。
よく見れば、朋は松葉杖をついてる?

68 :-5- :2014/03/15(土) 05:19
「朋、どうしたの!? えっ? 骨折とかした?」
「静かに、騒がない」

ばっと、手際よくトレーナーをパンツに押し込んで駆け寄ったのは紗友希。
ちらりと私に視線を向けたのを見ると、きっと過去の出来事を思い出してる。
そう、デビューだって時に骨折をして迷惑をかけてしまった私の事を。
でも、その視線にむっとするよりも先に、私も明らかに困惑した頭で朋に歩み寄った。
その後ろから、この上なく心配そうな顔をしたうえむーを背中に乗せて。

「金澤、ちょっと捻挫で安静が必要だから、今日のステージは椅子に座っての参加ね」

捻挫…!?
本当に?
その、骨折とかじゃない?

口元を指先で覆うようにして、朋の顔をうかがう。
嫌な具合に心臓が鳴って…頭がかぁっと熱くなりながら。
そんな私に気づいた朋は、や、本当に捻挫、と情けなく笑って、ごめんね、と唇だけで謝ってきた。

右足首全体にまで、ぐるっと包帯が巻かれて履いているのはクロックス。
今日はみんな白いシューズで統一されてるから、そのちょっとした違いが際立ってて痛々しい。

69 :-5- :2014/03/15(土) 05:19
「立ち位置とか、もう時間ないし、金澤の所だけ空けて歌ってね」
「あ…はい」

マネージャーさんの事務的な言葉に、ちょっとだけ腹が立つ。
私の時には感じなかったけれど、今日に限って。そんな簡単に言わないでって。
朋の場所が空くって、それだけでも不安になったりするのに。

あるものがない。
それって、その立場になってみないとわからないものかもしれない。
でも、そのことを「仕方ない」とかそういう感情でくくられるのがたまらなく嫌だった。
それが…第三者からの言葉っていうのが輪をかけて。

「じゃあ、あと宮崎、よろしく」
「あ、はい」

本当に忙しいんだろう。
マネージャーさんは腕時計を確認して、足早に部屋を出て行ってしまった。
残された私達は、ちょっとどうしていいのかわからない動揺した空気に包まれる。

70 :-5- :2014/03/15(土) 05:20
「とりあえず、朋、座ろう」
「うん、ごめん」

由加ちゃんの肩を借りながら、近くの椅子に腰を下ろそうとする朋。
まだ松葉杖が上手く使えてないから、本当に足元が危うい。
気づいた時には、背中に乗っけてたうえむーから抜け出して
さりげなく私は朋の腰に手をあてて支えていた。

「ありがと」
「ううん」

すぐ近くで謝られて首を振る。
いつもの勝気な眼差しが、少し自信なさげに見えて…きっと一番参っているのは
朋の方なんだって…それだけでわかった気がする。
そんな風に見えないように、笑ってくれてるけど…至近距離で見てる私にはわかるんだよ。

私だって…辛かったもん。
遅れていく感覚。
迷惑をかけてしまう感覚。
そういう気持ちに、泣きそうになったぐらいだから。

71 :-5- :2014/03/15(土) 05:20
「えっと、とりあえずそういうことなんで、ステージでの歌は朋は離れた椅子で歌のみ。
私達はいつも通りに、ね」
「りょーかい」
「ご迷惑おかけします」
「いやいや、しゃーない、こういうのはね」

うえむーと紗友希が、なんてことないよ、と明るく振る舞う。
それに倣うように、うんうんと頷けば、由加ちゃんは、にっこり笑って朋の肩を叩いた。
顔を上げて由加ちゃんに笑いかける朋も、少し元気が戻ったみたい。

「じゃあ、これから物品販売に行くけど、迷子にならないようにね。特にうえむー」
「うわっ、ひどーい」

むぅっとするうえむーに、一気に和む。

まだイベントは始まったばかりだし、気は抜けない。
でも、こうして5人でいる時に安心感を抱けるようになったのも…この頃からかもしれない。
朋には皮肉な事かもしれないけど、メンバーのケガをきっかけに仲良くなっていっている節が、
昔から私達にはあるような気がしてならなかったっけ。
72 :-5- :2014/03/15(土) 05:20


*****


73 :-5- :2014/03/15(土) 05:21
ステージでの歌が終わって、楽屋へと戻ってくる。
大きな声援と、歓声に嬉しい気持ちがするけれど…私の中ではそれ以上に心配が上回ってて。
嫌でも目に入る、朋の松葉杖でひょこひょこ歩く姿。
マネージャーさんが支えるから、私達はただ下がることだけを優先しろって言われたけれど、
本当だったら手を差し伸べたくてしょうがなかった。

それに…物品販売の時に、たくさんの人が声をかけてくれて。
「朋を支えてあげてね」とか「元気づけてあげてね」とか、言われた言葉少はなくない。

それだけで実感する。
朋の重要性、立ち位置、それから…人気。
でも、不思議と卑屈になんてならなかった。
それ以上に…、言い知れない温かいものが胸にこみ上げてきて。

みんなも朋を心配してくれてる。
私もそうなんだよ。
朋が心配。
そんな風にみえないかもしれないけど、とっても心配なの。
もちろん顔には出さないけど、そういう気持ちでいっぱいだった。

74 :-5- :2014/03/15(土) 05:21
「お疲れ様。次まで時間あるしゆっくりしてね」

マネージャーさんの言葉にうなずく私達は、自然と朋の周りに椅子を固める。
それを見て、部屋を出て行こうとしたマネージャーさんは笑っていたっけ。
部屋、もっと広々と使っていいんだよ、なんて。
でも、私達は、はーいと返事をしながらも、離れることはしなかった。

「朋、痛い?」
「んー、痛みは、ほとんどないんだよね」
「でも、すっごい包帯じゃん」
「なんかね、大げさにされちゃって」

くすくす笑いながらうえむーと紗友希に答える朋は、ちょっと疲れているように見えた。
色んな人から心配されて、気を遣われて、笑顔で答えて…。
きっと私達より体力とか使ってるんだ。

75 :-5- :2014/03/15(土) 05:22
「ね、私飲み物買いに行くけど、みんなどうする?」

ぱん、と小さく手を合わせた由加ちゃんに、みんな視線を向ける。

きっと、私達は…少しずつ、結束力が高まってる。
そう思えた。
だって…、その声に、紗友希が「あ、一緒に行く」と言って、
うえむーも「行く行く」と由加ちゃんに飛びつき、そして…私も、うん、と頷く。
最後に「じゃあ、うちも」と言いかけた朋に、

「「「「朋は留守番」」」」

と見事に4人の声が揃ったから。

わかってたんだ、みんなも。
朋が疲れてるって。
ただでさえ慣れない場所に、慣れない姿。
それに加えて、色んな人に声をかけられたら笑顔で返すしかない私達。
疲れない方がおかしい。

だから…少しでも休んで欲しかったんだ。
誰にも気兼ねなく、ゆっくりと。

76 :-5- :2014/03/15(土) 05:22
「いやいやいや、みんな行くのに、うちだけって…」
「朋、もうちょっと自分の置かれてる状況を考えた方がいいよ」
「そうだよ、悪化しても困る」

えー…、と渋る朋に、いつもは甘えっ子のうえむーが、ぽんぽんっと朋の頭を叩いた。
その姿が、なんだか妙に面白くって、隣に立っていた由加ちゃんに寄り添って笑ってしまったっけ。
ねーおかしいね、なんて由加ちゃんが一緒になって笑えば、眉を寄せてわざとらしく唸ってみせる朋。

「わかりました。じゃあ、金澤は待ってます」
「何か飲み物のリクエストは?」
「じゃーリンゴで」
「おっ、りょーかい」

おどけて額に手を当てる紗友希に朋も、お願い、と敬礼するように手を当てて返す。
扉を閉める瞬間まで、朋は笑顔で私達を見送ってくれていたっけ。

77 :-5- :2014/03/15(土) 05:22


*****


78 :-5- :2014/03/15(土) 05:23
…しまった。
やってしまった。
気づいたのは、自販機の前に立ってからだった。

「お財布、忘れた」
「えっ?」

緑トレーナーに、上着を羽織っていたんだけど、そのポケットに入れていたと思っていた財布は
実はカバンにしまい直したのを忘れていたというミス。
こんなギリギリになって気づくとか、自分のうっかり加減に溜息が出ちゃう。

「あかりの貸そうか?」
「あ、ううんっ、いい。取ってくる」

そう遠い場所の楽屋じゃないし。
みんなにごめんね、と声をかけて今来た道を走って戻る。
あぁ、もう、せっかく朋にゆっくりしてもらいたかったのに。

79 :-5- :2014/03/15(土) 05:23
心の中でごめんなさいごめんなさい、と目を閉じて謝って、ドアノブに手をかける。

と。
その時。
カターン!と大きな音が中から聞こえた。
えっ、と思って固まる。
待ってっ、もしかして、中で朋が倒れてる!?

「朋!」

思いっきり扉を開けて中に駆け込む。
その視線の先に、――― 倒れていた。

松葉杖が。

80 :-5- :2014/03/15(土) 05:23
「えっと…はー…い?」

それから、背中から聞こえる、ちょっと困ったみたいなアルト声。

・・・・・・・・・・え?

恐る恐る振り返れば、ちょうど扉が開いて死角になる部分で、
唖然とした表情で立ち尽くす朋と視線がぶつかった。

えっと、これって。
いわゆる私の、早とちり?
うわぁ…、なんか、恥ずかしい…。

「佳林ちゃん…飲み物買いに行ったんじゃなかったっけ?」
「うっ…あの、お財布忘れちゃって」
「なるほど」

そこで、口の端を上げて、にんまり笑ってくる朋。
嫌な予感。

81 :-5- :2014/03/15(土) 05:24
「もしかして、今心配してくれました?」
「えっ、あ、いや…それは…」
「うちが倒れてるとか、思っちゃったり」
「…うぅ…。うん…」

恥ずかしさに俯いてしまう。
全部やっぱり見抜かれてた。
そのまま、とんとん、と、片足けんけんで私の前に来た朋は、ふむと頷いて。

「じゃあ、戻ってきたついでに、松葉杖取ってもらっていい?」
「え?」
「あ、だめ?」
「う、ううん、だめじゃない」

わたわたとしゃがんで、転がっている松葉杖を拾う。
それから朋に差し出せば、ありがと、となんの含みもない笑顔で受け取ってくれた。

ちょっとだけ…拍子抜け。
きっと朋のことだから、何か一言二言、からかい口調で言われると思っていたから。

82 :-5- :2014/03/15(土) 05:24
「なんかさ、佳林ちゃんの事言えないね」
「え?」

かつん、かつん、と慣れない歩き方で椅子に座る朋が背を向けたまま小さく呟いた。
ふふっ、と自嘲気味に笑いながら。
ううん、気味じゃない。
本当にちょっと自分に呆れてるんだ。

その姿に、少しだけびっくりした。
いつも弱音なんて吐かない朋が、そんな風に言うなんてって。
でも、わかる。
その気持ち。
だから。

「そうだね。人の事言えないよ」
「お、手厳しい」

いつも通りに、普段通りに話しかける。
それがきっと一番ありがたいんだ。
ほら、いつもの朋の調子に戻ってきた。
にやりと、目を細めて笑って見せる、私のよく知る朋に。

83 :-5- :2014/03/15(土) 05:25
「ていうかさ、なんであんなところに立ってたの?座ってなきゃだめじゃん」
「あー、いや、上着を取ろうかと」
「本当に転んでたらどうしたの?」
「いやいやいや、それは心配しすぎでしょ」
「もうっ!」

ぽんぽん言葉が返ってきてむくれる。
だめだ。やっぱり朋には口で勝てない。役者が違いすぎる。
はぁ、と大きく溜息をついて、自分のカバンから財布を取り出すついでに、
朋の荷物の上に置いてあった上着を手に取る。
この間、私にかけてくれてたあの上着を。
ふわりと匂いが鼻をくすぐって、一瞬あの時の記憶が甦ってきて戸惑ったっけ。

「はい」

ぐっと右手を突き出して、朋に上着を差し出す。
意外そうに目をぱちぱちさせた朋は、それでも笑顔で片脚で踏ん張るようにして立ち上がり。

84 :-5- :2014/03/15(土) 05:25
「ありがと…っ、て、あ…!」
「わぷっ」

ぐらり、と一度身体をよろめかせた。
慌てて身体を支えるように抱きとめようとして、ぐっと朋の肩口に鼻先を押し付けてしまう。
反動で、私の背中に朋の腕が回ったのがわかった。
ちょうど…すっぽり私の身体を抱きしめるみたいに。
ううん、これじゃあ、お互いに抱き合ってるようにしか…。

上着が足元に落ちたのには気づかなかった。
それ以上に、朋の身体の柔らかさを捕まえて、がちんと思考が止まってしまったから。

少しばかり身長が高い朋の髪が頬をくすぐる。
それから、柔らかな感触とあたたかな温もりに眩暈を覚えた。
とどめに、甘い匂い。
朋特有の、香水なんかじゃない甘い素肌の匂い。
でも踏ん張る。
私が倒れたら、朋も一緒に巻き込んでしまうから。
それだけは回避したい。
もう、心臓は早鐘のように鳴って、身体中の血液は沸騰してるかのように熱い。
早く時間よ過ぎて、と思う反面、もう少しこのままでと思う自分がいて、頭は軽くパニックだ。

85 :-5- :2014/03/15(土) 05:26
「ごめん、大丈夫?」
「…うん…」

ぐっと左脚を踏ん張って、私の肩に両手を置いて離れる朋は顔を歪めてる。
もしかしたら、右脚を痛めたかもしれない。
でも、気を遣ってあげられる余裕が、今は、ない。

「顔、真っ赤だね、そんなにうち重かった?」
「そっ、んなことない、けど。うん、大丈夫」

そう?と首を傾げて顔を覗き込んでくる朋にうろたえる。
至近距離で見る朋の目は、不思議な引力でも放っているかのように吸い込まれそうで。
わっと目を逸らせれば、きょとんと一度瞬きをして、何かに気づいたように朋はくつくつと笑いだした。

「かわいー佳林ちゃん」
「かっ、らかわないで。ほら、座る!」
「はいはい」

ちょっと強引に椅子に座らせて、床に落とした上着を拾い、ついっと目の前に差し出す。
何にも言わずに、むっと眉を寄せて。
朋の事だ、何かを私が言うだけで今の状況を楽しみながらからかってくることは明らかだったから。

86 :-5- :2014/03/15(土) 05:26
「ありがと」
「じゃ」

ちょっと悔しくって、短くそれだけ言うと扉に向かう。

「あぁ、佳林ちゃん」
「なに?」

その背を引き止めるように、素早く上着を羽織った朋は。

「気持ち、楽になりました。佳林ちゃんがいて良かった」

なんの他意もない笑顔で告げてきた。
それに、一瞬ポカンとしてしまう。
毒気を抜かれるとでもいうのか…なんというか…。
だからかな、気づけば知らぬ間に口は動いていた。
考えるよりも先に。

87 :-5- :2014/03/15(土) 05:26
「朋」
「はい?」
「朋は大事な人なんだから、もっと気をつけて」

うん?
待って、今なんて言った私。
大事な、人?
えっ? いや、違う、そうじゃなくって。
大事な、そう!あのっ大事なメンバーだからってことで。

「ふははっ、うん、ありがと、素直に嬉しい」

わたわたしてしまう私を尻目に、朋は心底可笑しそうな笑みを零しながら
そう答えて「飲み物買っておいでよ」と促してきたんだ。

違う、そうじゃないっ。
朋の思ってるようなそういう意味じゃないっ。
そう言いたいのに…なぜか言葉は出ずに、火照る頬に困りながら
私は部屋を逃げるように出るしかなかったっけ。

後から考えて、朋に感じていた距離がすこし無くなったって思ったのは、
この時からかもしれない。
それだけ…、ケガが一つの転機になっていたんだ。
私達だけじゃない。

いつだって、私達のグループは。

88 :エシクスト :2014/03/15(土) 05:27
本日ここまで。
89 :名無飼育さん :2014/03/15(土) 15:57
更新お疲れ様です。
ともかりんのこれからの関係がどうなっていくか・・・
すごく気になります。
次回も楽しみにしてます。
90 :名無飼育さん :2014/03/16(日) 00:50
更新が毎日の楽しみです。徐々に近づいていく距離感にドキドキしています。
91 :-6- :2014/03/16(日) 05:27
深い…深い闇の中にいた。
右も左も、上も下もわからない。
ただ、その中に、私はぼんやり立ち尽くしていて。
誰か、と声をあげたはずなのに、混沌と広がった闇に、その音は飲み込まれて消えた。

見えない視界は、どんどん不安を連れてくる。
ううん、ちょっとした孤独もつれてきて…、嫌な具合に胸が鳴る。

どこかに誰かがいるかもしれない。
そう思って、一歩踏み出した時…足元がもぼうっと光り輝いた。

わっ、と。
軽く後ろに下がれば…。

目の前に広がる見覚えのある場所。

ここは…。
そうだ、いつもダンスレッスンをしている練習場だ。
どうして…?

92 :-6- :2014/03/16(日) 05:28
おろおろと立ちすくんで、周りを見渡した時…誰かが突然目の前に現れた。
知ってる。
この人。
そうだ、研修生の時から大好きだった…。

「タケちゃん?」
「かりん」

一気に安堵の溜息が漏れる。
良かった、一人じゃない。

「どうしたの?こんなところで一人で」
「一人…? あぁ、そうなんだ」
「タケちゃん?」

違和感。
それを瞬時に感じ取って、タケちゃんに歩み寄る。
けれど。

93 :-6- :2014/03/16(日) 05:28
「ごめん、かりん」
「え?」
「もう行かなきゃ」
「行く? 行くってどこに?」
「さよならなんだよ。もう一緒にいられない」
「ま、待ってっ!なんでっ!?」

手を伸ばすけど、もう遅い。
駆け出していくタケちゃんの背中は、振り返ることなく一瞬光り輝いた空間に溶けて消えた。

なん、で…?
どこに行っちゃったの…?

「かりん?」
「え? あっ、フクちゃんっ!」

茫然とする私に、今度は優しい声。
いつの間にいたのか、すぐそばで心配そうにしている。

「あのねっ!今、タケちゃんがいて、でも、走っていっちゃって!」

もう必死で腕を取って訴えた。
ずっと一緒にいてくれた人だから、ぜんぶを伝えたくて。
でも…。うんうんと聞いてくれているフクちゃんの顔は、どんどんと寂しげになって。

94 :-6- :2014/03/16(日) 05:28
「かりん…」
「なに…?」
「ごめん、私ももう行かなきゃ」
「ど、どうしてっ?」

もうすがっていた。
タケちゃんがいなくなって、フクちゃんまでどこかに行ってしまって…
帰ってこないっていう、どこか確信めいたものがあったから。
今、手を離したら、きっともう…戻ってこない気がしたんだ。

「い、行かないでっ!」
「ごめん。でも、もう決まったことなんだ?」
「何が…?」

聞いちゃいけないって。
頭のどこかでサイレンが鳴ってた。
その答えを聞いたら…ぐっと心の奥の奥、
だれも触れることを許さない場所に閉じ込めた想いが、決壊するって。
そんなふうに何かが告げていて。

でも、私は聞いてしまった。
私も…わかっていた答えを。

95 :-6- :2014/03/16(日) 05:29
「デビュー、決まったの。私」

あぁ…。
足元から崩れ落ちるって、こういうこと。
ずうん、と。
身体中が泥に捕まって、身動きがとれなくったみたいな感覚。

「ごめんね、かりん」

するりと、私の腕を抜け出して…タケちゃんのように光の先に消えていくフクちゃん。
それを確かめて…うなだれた。

なんで…こんな記憶が今になってよみがえってくるの?

両手で顔を覆うけど、過ぎゆく人は止まらない。

「デビュー決まったの」
「宮本さん、私、モーニング娘。に…」
「ごめん、私、研修生やめるんだ」
「かりんならきっといつかデビューできるよ」
「親がさ、やめなさいって」

96 :-6- :2014/03/16(日) 05:30
嫌だ…っ。
嫌だ嫌だっ。
この記憶達は嫌だ!

大好きで、憧れていた、大切にしていた人たちを次々と連れて行ってしまう。
私を…一人にしてしまう…!

どうして?
どうしてこうなるの?

みんな…みんな、私が仲良くなれば…去って行く。
誰かは前を走り、誰かは…背を向ける。

あと何回、この出会いと別れを繰り返せばいいの?
いつになったら…私は、光の中に走っていける?

みんな…待って。
置いてかないで…。

誰か…おねがい…


――― 助けて…!

97 :-6- :2014/03/16(日) 05:30


*****


98 :-6- :2014/03/16(日) 05:31
「…りんちゃん…。起きて、佳林ちゃん…!」
「…っ!!」

誰かの声と、強く身体を揺さぶられる感覚でハっと覚醒する。
でも、その視界の先も、真っ暗で…動揺を隠せない。
思わず大きく頭を振って目を背けて…、そこで、やっと気づく。

自由に動く手足。
瞬きをしても変わらない静かな世界に。

今のは…夢…、だったの?

嫌にリアルな感覚だったけど、そうだ…あんな空間実際にあるわけない…。

それからやっと今の自分の状況を確認する。

そうだ…今はハロープロジェクトのコンサートで各地をまわっていて…。
ライブ後、今日はホテルに泊まることになって…。
メンバーとじゃんけんして部屋を決めて…確か私は2人部屋に…。
…! そうっ、2人部屋に朋と…!

ばっと起き上がれば、すぐそばで膝をついている朋と視線が交わる。
こんな真っ暗闇でもわかる、真剣な目をしている朋と。

99 :-6- :2014/03/16(日) 05:31
そっと、私の表情を確かめて、朋はベッドサイドの電気に手を伸ばして明かりをつけた。
途端に、胸の中に燻っていた黒い影が振り払われていく。

「大丈夫? うなされてた」
「うん…」

膝を抱えてうなだれる。
久しぶりに見た、苦い過去の夢に。

もう、大丈夫だと思っていたのに…。
過去は沈めて、進んできたんだって…前に歩き出したんだって思っていたのに。

「お水、飲む?」
「あ…うん、ありがと…」

差し出されたミネラルウオーターのペットボトルを、フタを開けて飲み干す。
カラカラに乾いた喉に、ちょっとむせれば、とんとんと優しく朋は背を叩いてくれた。
そのまま、知らぬ間に額にびっしり浮いた汗をさりげなく拭ってくれる指先は
心地良くて…目を細めてしまったっけ。

視力が弱いせいで、朋を見つめるけれどぼんやり映っている。
メガネでもかければいいんだろうけど、あいにくそんな気力もない。

100 :-6- :2014/03/16(日) 05:31
「怖い夢でも、見ちゃったとか?」

夜の静寂を気にしてか、囁くように聞いてくる朋。
その声色に、優しい色がにじんで見えて…うっと喉の奥が詰まる。

心配してくれてる。
他でもない、私を。
でも…。

でも、その優しさが、怖い。

「大丈夫、なんでもない…」
「そう?」

こくん、と。
精一杯のつよがりで頷く。
でも。

朋はわかっていた。
全然私が大丈夫じゃないことにも。
…助けてほしいと、心の奥で悲鳴を上げていたことも。


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