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バイク乗りの彼女と旅に出た

1 :名無し三号さん :2013/07/14(日) 21:27

ぽんぽんコンビ書きます。エセ福岡弁でごめんなさい。
えりぽんがバイク免許とれる年齢になったんでつい。

他の9期や10期も出て来ます。
えー…ファンタジー、なのかな…。
ゆったりとお付き合いください。
2 :第一輪 :2013/07/14(日) 21:30
そよ風の吹く草原。
黄緑色の草。
ポン ポン
白い花。
ポン ポン
走る。走る。
走る。

道は長く、どこまでも続く。
細く折れ曲がり、交差して、入り組んで、くっついて、離れて。
広がり、途切れて、生まれて。
道は自然に育ち、自然に消える。

 人は、想いを持って生きる放浪者。
 そして彼女達は旅に出る。

想いを連れて、旅に出る。


 『バイク乗りの彼女と旅に出た』
3 :第一輪 :2013/07/14(日) 21:31
長い間日に曝されてきた木製のベンチはボロボロに毛羽立ち
剥き出しの太ももにチクチク痛かったが、今は疲労感がそれに勝っている。

 「どう?直りそう?」
 「……んーもう一昨日からこんな調子やけんね。
 このままだと直る前に次の町に着いてしまうかも」
 「…前の町の人がここからまだ数十キロはあるって言ってたよ。
 しかもバイクで走った予測距離が、ね」
 
ため息混じりに呟いた彼女は薄手の夏服を着ていたが、暑さを抑えるように
長髪を後ろでくくって束ねたソレを肩に乗せている。
うなじには微かに汗が滲んでいた。

 「えりぽんしか修理ができる人がいないんだけどなあ。
 壊れたオートバイを押してもいいけど、百キロ歩くまでに干からびそう」
 「…しょうがないやろ、道具だってそんなにないっちゃもん。
 なんとか走れるようにするんが精一杯っちゃん」

凝りに凝った肩をスパナで軽く叩き、暑さを拭うように額を拭う。
「えりぽん」と呼ばれた彼女も同じく薄着ではあるが、その首にはタオルが巻かれている。
実際、えりぽんの行える修理には限度があった。
本来一人用のであるこのバイクに無理やりタンデムシートを取り付けて
長距離移動用の食料や衣服や燃料などを積載しているのだ。

修理器材なんてものは工具であればスパナとレンチと折り畳みナイフ。
交換用部品に関してはいくつかのボルトやナット、オイル、点火プラグだけ。
4 :第一輪 :2013/07/14(日) 21:33
 「とりあえず、今日はここで野宿するしかないか、丁度休憩所みたいやし」 
 「良いと?みずきあんまり野宿好きやないのに」
 「こんな炎天下の中で体力を消耗させるよりは、木陰でちゃんと体力を
 養って、明朝ぐらいに出発したほうが利口かもってだけ」
 「…じゃ、さっさと準備するけん、日が傾いてきとる」

「みずき」と呼ばれた彼女と辺りを見渡したところ、ここは周囲の農家の人が
一休みするための休憩所だった。
広大な、それも見渡す限り道路と草原以外何も見えないような場所で、休憩所
というのは何よりも貴重だ。ベンチで寝ることはできるし、トイレもある。
中にはこの場所のようにまだ水が使える場所もあるのだ。

一度、アスファルトの上で野宿をしてみれば解る。
虫は来るし背中は痛いし朝は暑いしで、もう二度と感じたくはない就寝環境。
それに比べればここはオアシスだ。

腕時計に目をやると、既に六時を回っていた。
夏が近いとはいえ、空が赤紫に染まりつつあり、二人はそれぞれに動き始める。

みずきが食事担当。えりぽんが身の回りの整備担当だ。

バイクの後輪の両脇に増設された荷台から寝具の入った大きな包みを取り出す。
二つ並んだベンチは木製ながらもしっかりとしていた。
横になっても何とか脚が伸ばせるほど大きく、背もたれや肘かけなど、余計なものは無い。
しかも日射しを受けないように植木が置いてある、環境的には完璧だった。
5 :第一輪 :2013/07/14(日) 21:35
時期が時期なだけに、だが夜には一気に気温が下がることを考慮して
三枚のかけ毛布を用意し、一枚を敷布団に、一枚を小さく丸めて枕とし、設置する。
続いて屋根に洗濯紐で大型のブルーシートを広げていく。
雨が降らないとは限らないからだ。
風には弱いものの、重りの一つをバイクにくくりつけておけばいい。

最後に蚊取り豚を取り出し、その腹部に緑の渦巻きを付ければ完璧だ。

 みずきはえりぽんにこれが何なのかを問われたとき、酷く不貞腐れていた。
 それに気付いたとき、えりぽんは素直に謝った。
 軽率だったことをただ、謝った。
 みずきは笑っていたが、えりぽんはそれからからかう事をしなくなった。

そんなみずきがキャンプ用の小型ガスコンロと小さなフライパンで
温めていたのは、コンビーフが油の代わりにマヨネーズで炒められていた。
塩コショウが振られ、缶詰のアスパラと一緒に密閉容器に入っていた食パンへ挟まれると
再び弱火でパンの表面だけ焼かれていく。
調理用ですらないナイフ一本で、あっという間にサンドウィッチが完成した。
ちゃんとマスタードもかかっていたが、その量は彼女なりの配慮が含んで加減されている。

 「あれ、えりぽん早かったんだね、だいぶ手慣れてきたんじゃない?」
 「そうやろか、でも屋根にシートを広げたときはあんまり怖くなくなったかもしれん」
 「たのもしいよ。はい、出来上がり」

えりぽんは渡されたサンドウィッチにアスパラが入っている事に眉をひそめたが
コンビーフや香ばしい匂いでなんとか紛らわせられた姿に、なんとかいける、と思った。
二人同時にサンドウィッチへとかぶりつくと、交える視線には笑顔がまじる。
6 :第一輪 :2013/07/14(日) 21:35
ジューシーなコンビーフとマスタードが効いてるのか、苦手なアスパラの
味はほとんど気にもとめなかった。
敢えて難点をいうなら、その量があまりにも少ないという部分だろう。

名残惜しみつつ最後の一口を終えると、えりぽんは手をたたいてパン屑を払う。
そして両手を小さく合わせた。

 「ごちそうさまでした」
 「はい、ごちそうさまでした…ところでえりぽん、ここで重大発表です」
 「なに?」
 「今のサンドウィッチの中身さ、あれで最後だったりするんだけど」
 「!?」

無言の衝撃。みずきが冷淡かつ苦笑した視線を向けてくる。
そういえば、前に食料を補給してからもうずいぶん経つ。
みずきが遠慮深く見せてきたのは、アスパラの缶詰だけ。

 まさに無言の脅迫。
 みずきには単なる報告でも、えりぽんにはそうにしか思えなかった。
 
極楽気分が一転、絶望の崖っぷちへ。
野菜が食べられるみずきが恨めしいが、本気でオートバイを修理しなければ。

 えりぽんにとって「肉」の文字が無い生活はまさに地獄に等しかった。
7 :第一輪 :2013/07/14(日) 21:36
 *

パチリ。
ペンライトに蛍光スティックを繋いだランプを点ける。
いつの間にか、周囲は重量があるかのような漆黒の闇が覆い始めていた。

 「とりあえず、今日はさっさと寝て、明日早く出発するけん」
 「あ、ちょっと待って、ノートに書いておかなきゃ」

えりぽんが簡易ベットに横たわろうとすると、毛布を被っていたみずきが
顔を覗かせて、取り出したノートを開いた。
日記、というよりは、みずきの「お絵描き帳」のようなものだ。
実際、内容にある文字数よりも絵のサイズの方が遥かに大きい。

 「ねえ、あの給水塔の水ってどうだったの?」
 「飲めるかもしれんけど、一度沸かさないけんね」
 「そっか」

みずきは相槌だけを打つと、ノートに鉛筆を走らせた。
色鉛筆で描かせてやりたいものの、どの町でも手に入れられなかった。
ペンライトの白い光は手元を照らすに十分で、紫の夜天に広がる星と
対照的な人工の光が二人を照らしている。
満点の星と反比例するように闇に包まれた地上には、ペンライトと
蚊取り線香の小さな光しか残らない。
8 :第一輪 :2013/07/14(日) 21:37
みずきは書き終えると、ノートを元の場所に戻してそのまま灯りを消す。
えりぽんには途中で「おやすみ」を交わしていたが、即席ベッドに
横たわると、みずきは彼女の方へ視線を向けた。

 「えりぽん、寝た?」
 「……」
 「…明日もよろしくね」

万華鏡のような天球。
地平線まで続く広大な緑の平原。
そしてそれを貫く灰色の道路。
その片隅で、まるで小石のように並んで眠る二人。

 今日は終わり。明日を迎える。
9 :名無し三号さん :2013/07/14(日) 21:39
>>1-8
こんな感じです。
なんかこの二人でってたくさん作品あるんで、需要あるのかな…。
ではまた次回まで。
10 :名無飼育さん :2013/07/14(日) 22:19
こんな感じがどんな感じに進んでいくか楽しみです
11 :名無飼育さん :2013/07/14(日) 23:23
ぽんぽんコンビ大好きなんで楽しみにしてます(o^∀^o)
12 :名無し三号さん :2013/07/16(火) 10:17
続き行きます。
13 :第二輪 :2013/07/16(火) 10:19
翌朝。
みずきが身体を起こすと、隣のベッドは空になっていた。
少し離れたところで、えりぽんがスパナ片手にオートバイと格闘している。
その背中に「おはよう」と挨拶すると、彼女は振りかえった。

 「早いね」
 「起きるまで待ってるんもアレやしね。とりあえずこれで
 動かんかったら次の町までは歩きになってしまうけん」
 「…大丈夫だよ、今までだって頑張ってきたんだから、この子もさ」

みずきがオートバイに触れて言う。
オイルとカーボンで真黒に汚れた軍手を外すと、えりぽんは
お手製の焚き火で沸かされたヤカンの具合を確かめる。
昨日入手できた給水塔の水を消毒しているのだ。

ガスコンロを使ってしまうのは勿体ないため、昨日の内に休憩所の周りから
かき集めた木の枝や枯れ草をレンガの上に一塊にして、ライターで着火したもの。

 「って言っても、まだまだ現役なのに前の持ち主のせいで
 かなりくたびれとおからね。本格的に新しいものに取り換えんと
 どんどん年老いてしまうっちゃよ。
 新品のオイルがあれば、部品を洗浄することもできるっちゃん。
 磨くのにドロドロの廃油やと可哀想やけんね」
 「やっぱり詳しいね、えりぽんは」

えりぽんはオートバイの知識をそれなりに持ち合せているから
操作と修理をすることが可能だが、破損しているかもしれない部品までも
修復するということは出来ない。
あとはオートバイの性能にかかっている。
ハンドルを握り、えりぽんがスターターに脚をかけた。
14 :第二輪 :2013/07/16(火) 10:20
 「結局のところ、神頼みやね」

祈りを込めて、思いっきり蹴りつける。
どひゅるるるる。
気の抜けた音。何度も蹴りつける。
どひゅるるるる。
どひゅるるるる……ガコン。
最後の気の抜けた音のあとに、何かが落ちたような音が重なった。

それを聞き届けたあと、二人は同時にため息を吐いた。

 *

二リットルのペットボトルに煮沸消毒された水を詰めると
野宿に役立ちそうな薪は細かくして専用のバッグに。
野宿グッズは元の包みに収納し、動くことを放棄したオートバイに取り付ける。
僅かに動いただけでも、二人の肌は汗ばんでいた。
今は夏。
朝の九時を過ぎれば太陽にも気合が入り、二人の上に容赦なく降り注ぐ。
まるで暖房の熱風を受けているようで、設定気温を下げるように願いたいが
相手は一億五千万キロの彼方だ。

 「あーあ、新しい部品が落ちてたり、どこかでオイルが吹き上がってないかな」
 「オイルが吹き上がるとか嫌過ぎる。臭いし」
 「言葉にするだけならいいじゃん」
15 :第二輪 :2013/07/16(火) 10:20
ヘルメットを抱えたみずきの願いに悪態をつくえりぽん。
黒い合成革のサドルは、もう触れ続けるのが難しいほど暑くなっていたため
軍手を付けて押し進めていた。
バイクのことは確かに心配だ、心配だが、心配の種はもう一つある。
えりぽんの腹の虫が唐突に声を上げた。

 「…カンパン食べる?」
 「ああ、昨日のサンドウィッチがどこにあるか分からんとよ…」
 「これだけとは言ってないじゃない、ほら」
 「へ?」

カンパンの後に取り出された小瓶が一つ。
パッケージには苺の絵が描かれていた。
えりぽんの目が見開かれる。

 「こ、これは 苺 ジ ャ ム !」
 「ホントはパンにのせようと思ってたんだけどね。
 これでちょっとはマシになったでしょ?えりぽん」
 「さすがみずきったい!」

ベンチの上で一食分の缶が開けられ、二人は出発前の朝食を摂る。
僅かながらもカロリーの補給に成功し、二人の足取りは昨日よりも
心なしか軽くなっているような気がした。
16 :第二輪 :2013/07/16(火) 10:21
 「…あつい」
 「あついね…」

上下に太陽があるかのように太陽光と照り返しに焼かれて既に半日。
二人は光を遮る帽子を被っていたが、熱が籠り過ぎて額に汗が滲む。
何度目かの休憩をはさんでも、殺意が見え隠れする強烈な日差しの下で
楽しい気分も嫌な気分も蒸発してしまった。
あとには、オートバイを押し続ける機能を持ったロボットのような虚ろな形相が二つ。
二人を囲む風景は、半日前から変化はない。
長居道路とその左右を挟む草原。
違いがあるとすれば、日射しの角度ぐらいだろう。

オートバイが杖代わりになっている為、これを放り出せばもう歩くことは出来ない。
バイクに積んであるペットボトルはたったの五本。
人は最低でも一日一リットルの水を飲まなければ生きていけない。
次の補給までどれだけ解らないこの旅ではむやみに水を消費することは自殺行為だ。

脱水症状にならない程度には摂取しているが、汗で全て流されてしまう。
いっそうの事、この水を浴びたくなる衝動にも駆られたが、理性を無理やり引っ張りだす。

 もし、現在のこの国が平常通りに運行していれば、携帯電話で救助を
 呼ぶことができるのだろうが、今の携帯電話という機器の便利性を説くなら
 一部の付属機能ぐらいだろう。それよりもまず電池切れのために意味を成さない。

そんな事を考えているうちに、ついに二人は坂の頂上へと到達した。
緩やかな上り坂が終わり、「ふあ−っ」っとみずきが大きく息を吐く。
そして思わず振り返ってみると、緩やかな坂は延々と続き、地平線まで伸びて空と繋がっている。
出発した休憩所は、既に地平線の向こうだった。

 「ねええりぽん、そろそろ休憩しない?…えりぽん?」
17 :第二輪 :2013/07/16(火) 10:22
みずきの呟きに、えりぽんは応えなかった。
不審に思って向き直ると、えりぽんは鞄から双眼鏡を取り出して覗きこんでいる。

 「何か見えるの?」
 「…ちょっと見みるったい。あそこ、なんか違うっちゃろ?」

突然ピントのずれた視界に目が驚くも、すぐに正しい像を結ぶ。
先ほどとは正反対の緩やかで長い下り坂の先。
ちょうど地平線の辺りを眺めてみると、その付近だけ周囲と違う。
それは森というよりも、開拓されたような一画。すぐに分かった。

 「あれって家じゃないっ?ほら、あそこが畑になってて、野菜が実ってる!」
 「荒れてないところを見ると人がおるってことやんね?」
 「行こうえりぽん!」
 「当然!」

みずきが双眼鏡を鞄に放り込むと、思いっきりバイクの後ろを押し始める。
えりぽんの腕にも力が入る、気合いが先ほどよりも燃えていた。
18 :第二輪 :2013/07/16(火) 10:23
例の民家に辿り着いた頃には、影がすっかり長くなり、カラスの鳴き声が聞こえていた。
えりぽんはバイクのスタンドを立て、建物を見上げる。
孤独な家屋と畑を見回し、収穫間近な野菜が見えた。
野菜が苦手なえりぽんでも、その姿はとても懐かしさを感じるものだった。

 「おいしそうだね」
 「みずきは食べれるからそう思えるとよ」
 「でも実際おいしいもん。野菜ジュースくらいは飲めるようになろうよ」
 「うるさいー」

太陽に照らされて深紅に輝くトマト。怪しい農薬の使用を疑ってしまうほど巨大なキュウリ。
隣のみずきはその姿を感動した目線で見つめている。
ここまで丹念に育てているのであれば、住人は一人、いや二人は居るだろう。

野菜の群れを進んでいくと、そこは道路沿いに広がる畑のほぼ中心に位置する
井戸のような形の水汲み場であった。
人工的に作られた小さな丘のような場所に寄り添うようにあり、石垣で補強された
山肌から突き出たパイプから、驚くほど透明な水が流れ出ている。
その下にあるコンクリート製の水桶を満たし、溢れさせていた。

 「これ、飲んでもいいとかな?」
 「お水くらいなら、いいよね?」

二人は顔を見合わせると、乾ききった喉をゴクリと鳴らす。
水桶に浮いていたプラスティックの洗面器で水を掬う。
軽度の日射病と熱中症と空腹と疲労の身体に口内へ冷水が吸い込まれていく。
19 :第二輪 :2013/07/16(火) 10:23
それを境に歯止めの効かなくなった二人は全身にぶっかけ合う。
それぞれ器を掴み、水を掬って何度も何度もぶっかけ合った。
自分達が服を着ているのも忘れて、思う存分水遊びを楽しんだ。



 「…あのー、どちら様ですか?」

ばだばだと足元を水たまりで溢れさせながら、声の主を振り返る。
そして二人揃って仰天した。
20 :名無し三号さん :2013/07/16(火) 10:26
以上です。
次回はあの子が出るんだろうね。
そして早速読者さんが来てくれてありがとうございますっ。
マイペース更新ですが、よろしくお願いしますっ。
21 :名無し三号さん :2013/07/16(火) 10:27
>>13-19 つけ忘れましたorz
22 :名無飼育さん :2013/07/17(水) 07:10
どの子が出るんだろうね
楽しみです
23 :名無し飼育さん :2013/07/17(水) 20:33
なんだか面白そうなのが始まってる!
この舞台になってる世界観が気になります
24 :名無し三号さん :2013/07/19(金) 19:52
続きです。
25 :第三輪 :2013/07/19(金) 19:54
きっと怒られると思ったが、目の前に居たのは笑顔の少女だった。
穏和そうな笑顔はますます強くなっていき、農作業をしていたのであろう
籠を持ちながらお辞儀をする。首には手ぬぐい。
二人もそれにならって頭を下げた。

 「もしかしてお客様、かな。あ、タオル貸すんで、こっちへどうぞ」
 「ご、ごめんなさい。こんなにお水ぶちまけちゃって…」
 「良いよ良いよ、むしろこの方が涼しくなって助かるから」

二人は石のベンチへと腰かけ、少女はどこかに行ってしまった。
ベンチは余裕で五人は座れるであろう長さがあり、上には屋根が
設けられていて日射しが遮られている。
水場も近く、アスファルトの上よりは温度が低い。

先ほどの少女が戻ってくると、腕の中には二人分のタオルがあった。
どうぞ、と差し出されて、みずきとえりぽんは顔の水分を拭う。
干されていたのを持ってきたのか、太陽の温かい感触が顔を包んでくれる。

 「えーと、かのんちゃん、で、いいのかな?」
 「うん、もう名字は忘れちゃったから。ええと。
 あ、そうだ今ちょうどいいかもしれない。食べる?」

かのんと簡単に紹介した彼女が勧めたのは、別の湧き水でほどよく
冷やされ、夏の太陽に照らされてこれでもかというほど輝く、トマトだった。
みずきはイエスと答えたが、えりぽんの顔が引きつったのは言うまでもない。

 「ここ、一人で居るわけじゃないでしょ?」
 「うん。ここには光井さんと一緒に暮らしてるんだけど、今いないんだ。
 だから留守番してるの」
26 :第三輪 :2013/07/19(金) 19:57
光井さんというのは女性で、この里山で野菜を作っては、物珍しさに
立ち寄ってくれる人達へと提供したり、バイクで運送している人だそうだ。
かのんはここから離れた町の出身で、度々会っている内に懐いてしまい
この場所で一緒に暮らすことになったらしい。

 光井さんが共に住もうと思った理由を、二人は聞かなかった。

 「お世話になってたんだね」
 「うん、でも、光井さんは喜んでくれたんだよ。あたしがここに来たのを知ったら
 よく来たねって言ってくれたの」
 「きっと、光井さんもかのんちゃんのことがとても気に入ってくれてたんじゃないかな」

みずきの言葉にかのんは照れくさそうに笑った。
 
 「ねえ、みずきちゃん達は旅行してるの?」
 「ん?うんまあ、えりぽんのバイクでいろいろ回ってるの」
 「へえ、じゃあ泊まっててよ、今日もまだ光井さん帰ってこないだろうから
 せっかくもいだトウモロコシもたくさんあるし、一緒にどうかなって」
 
そう言って籠から取り出される綺麗な黄色のトウモロコシ。
えりぽんへと視線を向けると、彼女は口を尖らせながらも頷く。
この機会を逃せば、確実に今日も野宿決定だ。

 「かのんちゃんが良いなら、お邪魔しようかな」
 「分かった、じゃあ部屋を綺麗にしとくから、荷物があるなら持ってきて」

かのんが小走りに建物の方へと駆けて行った。
その時にみずきがえりぽんに語りかける。
27 :第三輪 :2013/07/19(金) 19:58
 「ねえ、当分お世話にならない?」
 「当分って、いつまでと?」
 「かのんちゃんが言ってた光井さんが戻って来るまで、かな。
 急いで走る予定もないしね。
 あと、えりぽんの野菜嫌いを克服させるチャンスだよ」
 「…別に食べれんわけじゃないっちゃけど。温野菜なら食べれるけん」

みずきの笑顔にえりぽんは口を尖らせる。
そんな二人はバイクへと自分達の荷物を必要な分だけ取りに行くと
かのんがトウモロコシを洗って、これから焼こうという時だった。

地平線へと降りてゆく夕日が、風景に染み渡るような赤い光を
投げかける中、僅かな風邪にトウモロコシの畑がさわさわと音を奏でる。

 「甘ーい!」
 「この焦げ具合がたまらんとー!」

バーベキュー用の網の上に食べる分だけを置き、醤油ダレを縫ったものと
素のままのと二種類を用意する。
美味しそう、という言葉が素直に出てくるほどとても良い匂い。
事実、美味しかった。
トウモロコシは収穫してすぐが一番美味しいと言われているため
最終的に三人で軽く5本は平らげた。
えりぽんですら食べられたのだから、その美味が容易に想像できる。

 「なんで焼いただけで食べ物って美味しくなるんだろ」
 「もぎたてで焼き立てで、でも美味しくないって方が詐欺じゃない?」
 「そりゃそうだ」
28 :第三輪 :2013/07/19(金) 19:58
時間が夕暮れというのもあり、昼間二人を苦しめていた暑さも
随分と和らぎ、穏やかな風が吊るされた風鈴を揺らして、涼やかな音を立てている。
どこからか漂ってくる蚊取り線香の匂いは、夏の香りだと誰かが言っていた。
えりぽんとみずきは縁側で涼しみ、かのんはお風呂に入っている。

久し振りのお風呂は身に染みた。
女の子がお風呂に入れない、これは厳しい。特に匂い。髪の痛み。汗。
何日も溜めこまれたそれを洗い流され、清められたという事実に涙が出た。
二人の身体からは清潔な石鹸の香りが微かに漂う。

手間をかけて整えられた庭には、季節を終えた紫陽花。
その後ろに並ぶ夏の花々。大輪の向日葵。
ビニールハウスが広がり、並べられたプランターに、緑の植物がずらりと並んでいる。
座布団を枕代わりに寝転んでいたえりぽんがふと呟く。

 「あれって苺かいな?」
 「どうだろ、あとでかのんちゃんに聞いてみよっか」
 「…あの子、なんであんなに笑えるんかな」
 「え?」
 「だって一人で野菜の世話しとおっちゃろ?こんなに大きい規模の。
 普通あんなに笑えんとよ、一人で大変やのに」 

少し低いトーンで呟くえりぽん。
団扇を仰ぐみずきは、かのんの姿を観察していたが、確かに笑っていた。
ニコニコ。ニコニコ。
まるで慣れ過ぎた様に、そうしなければいけないような笑顔。
それは誰に対するものなのか。
だがみずき達に浮かべるそれは嘘のようにも思えない。
29 :第三輪 :2013/07/19(金) 20:02
 「そんなに野菜に囲まれて幸せーな感じでもないやろし。疲れんのかいな…。
 それに光井さんって人、もしかしたら」
 「えりぽん、それ、かのんちゃんの前で言っちゃダメだよ。
 それに、あの子がまだ"覚えてる"ってことは、まだ大丈夫ってことでしょ?
 もうやめよう。この話、軽々しく出す話題じゃないよ」
 
みずきが先ほどよりも険しく、少しだけ眉をひそめる表情に
えりぽんは「わかっとおよ」と横目を逸らした。
誰かがどういった理由でそのようになっているのかを二人が
知ったことで、それを否定することも、肯定することもできない。

 何故なら、そう在るべきだという物事は一つもないのだから。
30 :第三輪 :2013/07/19(金) 20:07
>>25-29
短いですが以上です。うーん『農場編』って事で。
正解はこの子でした。
本人がめっちゃフィーチャーしてるのに
あんまり見た事がない先輩だと思。
31 :第三輪 :2013/07/19(金) 20:14
なんか誤字が目立っててすみません…。
32 :名無し三号さん :2013/07/19(金) 20:17
>>1-8 第一輪
>>13-19 第二輪
33 :名無飼育さん :2013/07/21(日) 05:52
どんな世界なんでしょう。気になります。
旅するぽんぽんイイですね。
34 :名無し三号さん :2013/07/22(月) 23:22
続きです。
35 :第四輪 :2013/07/22(月) 23:26
無言になってしまった彼女に、みずきが声を上げる。

 「えーりぽん」
 「んー?」
 「膝貸してあげるからおいで」
 「え?ちょっ…」

呆けたような声でえりぽんが聞き返す。
だがそれに答えずにみずきは彼女の方へ移動し、座布団を奪って
強引にえりぽんの頭を膝に乗せた。その手捌きにきょとんとするえりぽん。
心地よい重さに、自然と手が彼女の前髪に触れる。

 「…普通こういうのってさ、男子が喜ぶヤツっちゃない?」
 「いいじゃん。なんなら頭撫でてあげるし」
 「それはみずきがしたいだけやん」

小言を叩いた後、二人の間に、少し長い沈黙が流れた。
いつもの、今日の食事と明日の燃料を心配して飛び回るような日々で
ほとんど有り得なかった穏やかな時間。
そもそも過去の日常でさえ、こうした事は数えるほどしかない。

昔、小学生ぐらいの時に甘えるようにして膝枕を
してもらった事を思い出した。とても懐かしい。温かい。
それが誰にしてもらったかは、霞がかかった様に思い出せないのに。

 「落ち着いた?」
 「……」
 「えりぽん?」
36 :第四輪 :2013/07/22(月) 23:28
返事ではなく、寝息を立てている事に気付いて、みずきはえりぽんの
頭を撫でるのを止めて、空へと視線を仰いだ。
実は、えりぽんがお風呂に入っていた時、かのんの畑仕事や
家事などの雑用を手伝って、少しの時間働いていた。
それが一泊食事つきの対価になるとは思っていない。

金銭で支払おうにも、物流がほぼ途絶えているこの土地で、それが
対価として役に立つとは思えない。
しかし、かといって金銭に代わる物なども持ち合わせていない。

 「ま、なんとかなるよね。うん」

みずきは体力には自信があった。
あと何日停泊できるか分からないが、こんな所に一人でいるかのんを
おいて次の場所へ行くということも出来ない。
収穫ぐらい手伝ってやることは出来るのだから、協力しよう。
もしかしたら、という考えが頭を過る、が、その時に背後で声が上がった。

 「上がったよー…あれ?えりちゃん寝ちゃってる?」
 「あ、かのんちゃん。うん、もうこのまま寝かしちゃおうかと思って」
 「じゃあ移動させようか」

みずきはえりぽんを半ば引きずるようにして、かのんに空き部屋へと案内される。
客人用の布団を引っ張り出し、就寝準備をして彼女を寝転ばせた。
相変わらず爆睡中のえりぽんの髪を整えてやりながら、言葉を置く。
37 :第四輪 :2013/07/22(月) 23:29
 「ずっとバイクの修理と葛藤しながらだったからね、疲れが溜まってたんだよ」
 「故障したの?」
 「うん。ちょっと前からね、部品が足りないみたいで」
 「…部品が足りないだけなら、当てはあると思うよ」
 「え?」
 「運送はバイクでやってたからね。多分農機が入ってる物置に
 いろいろ部品があるかもしれないから、明日見せてあげるよ」

みずきはそれを聞いて、かのんの両手を引っ掴む。
それに驚きながらも、みずきの言葉に対して笑顔を浮かばせた。

 「なんでも手伝うよ!なんでも言ってね!」

言葉が微妙な畳語になるほど、みずきはとても嬉しかった。
ニコニコ。かのんは笑っていた。

約束を交わしたかのんとみずきもまた布団を並べて、早めの就寝にはいる。
明日もまた長い。野菜の手入れや家事という仕事が待っている。
毎日、毎日。
まだ帰ってこない家の主を待ちながら。

夜。
日はすっかり落ち、草原の真ん中にぽつんと立つ民家も、周囲の全てと同様
夜のとばりに包まれていた。
もちろん電気は通っていないので、灯りは年代モノの行灯が一つ。
それでも闇に慣れた目には十分で、オレンジの温かな光がこぢんまりとした
室内を照らしている。
光源は自家製の蝋燭らしい。
柔らかく揺らめくが力強い光量。魅入ってしまう逸品だ。
38 :第四輪 :2013/07/22(月) 23:30
こんな場所であるから、二人が良く知る都会の不夜城とは異なり
車の排気音や人々の喧騒は一切無い、代わりに夏の虫たちの生命を賭けた
混声合唱は酷く大きな音に聞こえて、慣れない人は眠るのも辛いだろう。

みずきはといえば、別にこの程度の音は珍しくもない。
伊達にこの数ヶ月間、放浪の旅をしているわけではない。
それは隣で寝ているえりぽんもそうだが、苦手な環境は、と問われれば
やはり野宿での防犯対策だろうか。

いくら人通りの少ないこの地域でも、動物に襲われることもあるのだから
それなりに施設があるような場所を確保するようには心がけている。
今回のような奇跡的な出会いがこれからもあればいいのだが。

 「あ、そうだ」

ふと思い出して、持ち込んだ荷物の中からノートを取り出す。
えりぽんには「お絵かき帳」と称されてはいるが、文章もそれなりに書いている。

 「そのノートは何?」

突然問われ、みずきが顔を横に向けた。
隣部屋で寝ていたと思っていたかのんが襖越しに覗いている。

 「これはね、記録、かな」
 「記録?日記つけてるんだ?」
 「うん、とりあえず覚えてることだけでも書いておこうと思って」
39 :第四輪 :2013/07/22(月) 23:30
パラパラとめくる。これまでの数ヶ月の記録が文字として、絵として。
蝋燭の光に照らされるそれらは、過去の記憶だ。
実際に起こっていたことだ、実際に出会ってきた軌跡だ。
例え忘れていても、ここに書かれていることは全て思い出なのだ。

 この世界で、"忘れる"ということがどんな意味をもつかは知っている。
 だからこそ自分の手で、忘却を保存する。
 生きていた、この記録達は確かに、生きていたのだから。

みずきは一撫ですると、鉛筆を走らせていく。

 「…ねえ、みずきちゃん」
 「んー?」
 「みずきちゃん達は旅をしてるけど、どんな人達と会ってきたの?」
 「……そうだなあ。大人から子供まで、女の子から男の子まで。
 みんな、それぞれ違う生活をしてたよ」

顔が霞んだように白い、笑顔だったか、怒っていたか、悲しんでいたか。
瞼を閉じると、それは一瞬にして消えていった。

 「ふうん。じゃああたしみたいなのも居るのかな」

鉛筆を握る指がピクリと反応する。
それは、その言葉は、どういった方向性のものなのか。
かのんに視線を向ける、彼女は、ニコニコと笑っていた。
笑っている。笑顔。それは、誰に対する笑顔なのか。

それは、それは。
誰を迎えるための笑顔?
40 :第四輪 :2013/07/22(月) 23:32
みずきは気づかれないように唇をきゅっと噤んだ。
そして、みずきは聞いてしまう。

 「かのんちゃんは、どうして光井さんについて行かなかったの?」
 「どうしてって、留守番するように頼まれたからだよ?」
 「かのんちゃんは、それで良いって思ったの?」
 「だって、ここが無くなったら困ることだってたくさんあるし。
 あ、それにね。みずきちゃんみたいなお客さんも時々来るんだよ」

かのんは自分が出会ってきた人達の思い出を語り始める。
自分と同い年の子供達や、その両親らしき大人。旅をするお姉さん。お兄さん。
ここの野菜の出来栄えを口を揃えて褒めてくれたおじいさんとおばあさん。
客人用としての布団を備えているのも、訪問者への宿泊も兼ねていた事からだ。

 「だから、ここを無人にするのはちょっと無理っていうか。
 それにそろそろ配送の日になるから、なんとか頑張らないと」

みずきはその言葉を聞いて、力が抜けたように口が半開きになった。
呆れた、という訳ではない。
ただ、止めていた息を吸おうとして、口が無意識に酸素を求めただけ。
そして、何かを言おうとしたように微かに動き、止める。

 「じゃあ、私も手伝うよ、収穫作業っ。一泊の恩を返さなきゃ」
 「それは助かるけど、なんか巻き込んだみたいでごめんね」
 「そんな風に思わないで、えりぽんにも手伝わせるから、三人なら
 早く片付けられるでしょ?」
 「うんっ、ありがとう。みずきちゃん」
41 :第四輪 :2013/07/22(月) 23:33
ニコニコ。笑顔。普通なら心が温まる笑顔。
みずきも笑えるように努めたが、ちゃんと笑えていただろうか。
えりぽんの背中越しで二人は話し合っている。

 ああ、またか。えりぽんは彼女の真意を心の中で想った。
42 :名無し三号さん :2013/07/22(月) 23:39
>>35-41
以上です。

感想ありがとうございます。
皆さん世界観がとても気になっているみたいで。
テーマとしては「忘却の希望」とだけ。
43 :名無飼育さん :2013/07/24(水) 01:56
続きが気になって仕方ありませんが、
ゆったりお待ちしています。
44 :名無し飼育さん :2013/07/26(金) 00:18
世界観が少しずつ分かっていくような、でもまだまだ全容が見えませんね
これからが楽しみです
45 :名無し三号さん :2013/07/27(土) 20:19
続きです。
46 :第五輪 :2013/07/27(土) 20:21
二日目。
えりぽんはかのんにつられて、農機が収納されている倉庫へやってきた。
錆ついたガレージの扉を引き上げると、夏の熱風が沸き上がる。
一応の換気はしてあったが、やはりこの時期には暑さが籠るのは当然。
手袋を付けての作業でなければ、火傷してしまいそうだった。

 「よくここで修理してたの見た事があるんだけど、あたしはそこまで詳しくないから」

そう言って部品が入っていると思わしきダンボールが1、2、3…。
合わせると4箱にも至るそれらを、えりぽんは一つずつ確認しなければいけない。
所有者の居なくなってしまい、軽度に錆びてしまったそれら。
オイルでそれらを丁寧に磨くのも仕事に含まれる。

 「ありがと、お世話になるっちゃ」
 「良いよ。何かあったら畑の居るから呼んでね」
 「…かのんちゃんっ」
 「ん?」
 「…みずき、ちょっとおっとりしとお所があるけん。
 野菜とか落とすかもしれんけど、頼むけんね」
 「じゃあ売り物にならなくなったら、責任をもって食べてもらうよ、えりちゃんに」

ギョッとしたえりぽんに「連帯責任連帯責任」と笑ってタオルを首に巻くかのん。
炎天下の中、帽子を被り直して外へと走っていった。
既に収穫をこなしているみずきへ手伝いに行ったのだろうが、えりぽんは
小さく呟く、外に響かない程度にただそっと。

 「まだ"色"はあるったい。まだ軽いんやね」
47 :第五輪 :2013/07/27(土) 20:22
ダンボールの中を漁りながら、えりぽんは思い出していた。
本当は思い出したくはない。自分達がこの旅を選んだ理由など。
今となっては、過去というものを遡っても意味はない。

 ―― 身体を小さく丸めた彼女を見つけた日、あれは"終わりの日"だった。
 自分達が終わってしまうことを悟った瞬間だった。
 自分よりも背の高い彼女が、とても希薄に見えた。
 撫でようとした髪の"色"が黒から灰色へと変わっていた。

  ――思い出せないんだ 思い出せないの 自分の名前も
  ――お母さんも お父さんも お兄ちゃんも 友達も
  ――君の名前も 

 彼女の言葉を遮るように、その腕を掴んで立ち上がらせた。
 驚いた表情から大粒の涙が流れている。ただ一言だけ。

  ――何度だって呼んでやるけん!みずき!えりが呼ぶから!
  ――みずき 旅に出よう!えりと一緒に 旅に!

 彼女は頷かなかったが、ただその目は、強く、強く自分を見つめていた。

ため息を吐く。思い出したあとはすぐこれだ。
自信があるように見せないと、自分もいつでも泣きだせる一歩手前の状態。
そんな風になってしまっては、彼女も不安がるのを知っている。

タオルで汗を拭うように、目尻の涙を止める。
一人になった時にはすぐにこれだ。泣き虫は、いろんな意味で損をする。

 何時まで。何時までも。心は思う。ただ、想うだけで良いのに。
48 :第五輪 :2013/07/27(土) 20:23
みずきは鼻歌まじりに、野菜の選別をしていた。
今自分達は重度の食料難に陥っているのだ。
だが、この炎天下で生野菜を持ち歩くわけにはいかず、食料としてこの野菜達を
分けてもらうことはできない、そんなことを思いながら手の中のキュウリにため息。

とりあえずかのんには悪いが、可能な限り自分達の腹に詰めるしかない。
そしてえりぽんも精神的に厳しいかもしれないが、水分の意味も込めて
野菜を食べれるように頑張ってもらおう。
キャベツが埋まっている土を掘っていたシャベルをグッと握りしめた。

 「あのお、どちら様ですか?」

後ろから声を掛けられた。畑の中で、みずきは振り向く。
逆光だった所為もあり、みずきは眩しさを腕で遮る。声に聞き覚えは無い。
芯が通ったようなその声は、かのんやえりぽんでもない。
どちら様、というのはこの場合、みずきが言う側のような気がするが。

 「あなたこそ、どちら様ですか?」
 「ありゃ、質問を質問で返されちゃった…あの、かのんちゃん居ますよね?」

かのんという単語が聞こえ、逆光の中で見知らぬ少女の姿が視界に入る。
小さいが、顔の部分一つずつがハッキリしていて、大人のように帯びている。
だが、身長は小さい。
麦わら帽子を被る彼女はそれを手で取ると、黒髪がなびいた。

 「あゆみちゃん…?」
 「かのんちゃん!」
49 :第五輪 :2013/07/27(土) 20:27
今度は逆方向。身体を半分ほど捩って振り向くと、かのんが立っている。
それはどこか驚きの表情で、それはどこか嬉しそうな表情で。
微かに困惑した色を見せる。「あゆみ」と呼ばれた少女は気付かない。

 「良かった、もうここに居ないかと思ってた。別の人が住んでたから」
 「あはは違う違う、みずきちゃんは旅行者だよ」
 「旅行者?…あ、あー」

何かを悟った様に、あゆみはみずきへお辞儀した。どうやら謝罪という事らしい。
みずきも何とも云い難い笑顔になったが、これはいい機会だと思った。
一人で住んでいたかのんへの訪問者、あゆみ。
色白の彼女は、みずきを見て口元だけで微笑んだ。
50 :第五輪 :2013/07/27(土) 20:29
 「1、2、3、4、5。よし、あとはこれとこれが1つずつあったらいけるったい」

えりぽんは一人で黙々と使える部品を探しながら、オイルで磨いていた。
プラグの規格も合っているため、もしかしたら同じオートバイがあったのかもしれない。
これでまた、旅に出れる。

 旅に。
 ……
 ただ、少しだけ気になっていることがある、みずきだ。
 一泊の恩があるとは言え、みずきはかのんへの思いがとても強い。
 自分の過去があるから、すぐに切り捨てるような事はしたくないのだろう。

誰かの過去を思って、誰かの未来に泣いて、誰かの姿を愛する。
それがみずきだ、自分のことも不安で仕方が無いはずなのに。
否、だからこそだろう。これまでもそうだった。
そして、自分もまた。

安息を得るために留まるつもりは、えりぽんには無い。
みずきは、えりぽんが「そうする」と言えばそうするだろうか。
「嫌だ」と言えば、「嫌だ」と言うだろうか。

正直なところ、みずきと自分の関係はあまり深くはない。
学校での先輩と後輩。帰り道が同じで、家が少しばかり近所というだけ。
えりぽんが福岡から東京へ引っ越してきたとき、最初に出逢った
同性が、みずきであり、最初に話を交わしたのもみずきだった。

それだけ。
それだけの関係だ。
51 :第五輪 :2013/07/27(土) 20:29
ただ、えりぽんは、彼女が行く先に一緒に行くだろう。
彼女が自分の行く先へ一緒に行くだろうか。そうだったら嬉しい。

 「それだけで、人っていうんは生きていけるもんなんやね」

普通の生活では知りえなかった事を、こうした状況になってようやく知る。
ああ、人間というのは何処までも鈍感なのだろう。
そしてえりぽん自身も、未だ自身の心には鈍感である。

 「…今はこの部品で修理できるか確認するんが先ったい」

我に返ったようにそう呟くと、えりぽんは一箱にまとめたダンボールを担ぐ。
オートバイがある場所へと向かうと、そこに見知らぬトラックがあった。
ナンバープレートは磨り減ってしまってほとんど分からない。
そしてえりぽんは、誰かがこちらに近付いてくる気配を感じる。

かのんか、みずきか。
壁伝いに見守っていると、現れたのは白髪交じりの中年男だった。
サングラスをかけ、無精ひげを生やしている。
腕には籠を持っていて、その中には大量に収穫された野菜の数々。
一瞬、光井さんというのが頭に過ったが、確か女性だ。
それに運送はバイクでやっていたという。
見知らぬ男に、えりぽんが咄嗟に思ったのは。

 「や、野菜泥棒…っ?」

かのんの話では、この民家には僅かながらも物珍しげな旅行客が来ると言う。
もしかしたら自分達と同じく食糧難になってしまってこんな愚行を。
52 :第五輪 :2013/07/27(土) 20:30
中年男はどんどんトラックへと積んでいき、疲れた様に肩を自分で叩いている。
かのん達を呼ぶべきか。それとも。
えりぽんは近くに立て掛けてあった鍬に手を伸ばす。
爪先の三本は錆びてしまい、土で汚れてはいるが、殺傷力は劣っていない。

 「おじさん、その野菜どうすると?」

えりぽんの声に振り向く中年男は、乗せようとした籠をひっくり返した。
鍬を自分に向け、見知らぬ少女が立っているのだから驚くしかない。

 「お、お嬢ちゃんは一体?」
 「質問に答えるったい!これはかのんちゃんが一生懸命育てた野菜っちゃ!
 無断で持っていくなんてえりが絶対に許さん!」

それは彼女なりの正義感からだった。
かのんが丹精込めて作った野菜達を、ただ自分の欲を満たしたいが為の
人間に無残に持って行かれてしまうのは、嫌だった。

えりぽんは知っている。この世界にはあまりにも無慈悲な事が多い事を。

 「その野菜達を置いてとっとと出ていくったい!」
 「い、いや待て、お嬢ちゃん。話を」
 「見苦しいとよ!」

 「えりぽん!」
 「おじさん!」
53 :第五輪 :2013/07/27(土) 20:32
対峙する二人の背後から投げかけられた二人の名前。
それにえりぽんは咄嗟に振り返った。
そこには見知らぬ顔の少女と、中年男に、ではなく、えりぽんを睨むみずき。
えりぽんはその意図が分からずに、だが鍬を中年男に向けたまま。

 「た、大変とよみずき!野菜泥棒ったい!」
 「えりぽん、それ下ろしてっ」
 「な、なんで!?だってこのおっさんが勝手に」
 「この人はここの管理人さんだよ!」
 「……え?」

えりぽんはその言葉に一瞬だけ反応に遅れた。
みずきに鍬を取られ、代わりに素手のチョップを喰らわされる。
呆気にとられたえりぽんの前を、麦わら帽子を被った少女が通り過ぎていく。

 「ど、どういう事と?管理人って?」
 「だからここの管理人さん。あのね、えりぽん実は…」
 「そうか、お嬢ちゃん達は旅行者なのか、それは無理もない」

籠に全てを収めた管理人と少女が、口を開こうとしたみずきの背後で向かい合う。
麦わら帽子を取り、中からは大人びた顔が現れたが、そこにはどこか真剣さが伺える。
管理人はタオルで汗を拭うと、一呼吸置いて、ある事を口にした。

 「私はここから1時間ほど離れたところに住んでいてね。
 依頼を受けて販売や運送をしてる、ここは共同農園で、時々ここに来るんだよ。
 前までは光井さんに任せていたんだが…」
54 :第五輪 :2013/07/27(土) 20:34
管理人が口ごもる。
その時、背後から近づいてくる足音に、4人の目線は注がれた。
かのんが、立っていた。

 「ごめんね、二人共。なかなか言い出せなかったんだ」

ニコニコ。ニコニコ。笑顔が少しだけ、悲しそうに見える。それでも笑う。
なんて不自然な笑顔だ。

 「事故に遭ったの。足を患っていたのに、無理してバイクに乗ってて。
 その日は雨だったんだ。視界も悪かったんだろうね。
 見ての通り、ここには病院もないから、手の施しようもなかったんだ」

かのんが無機質に言葉を発している。
みずきがえりぽんの腕にグッとしがみつく。
なんて有り触れた話だ。小説でも漫画でも聞いたことのある悲劇のお話だ。

 だが、あの中には必ず現実の内容が含まれる。
 現実とリンクさせる傾向にある。
 物語とはそういうものだ。どんなに突拍子な設定を埋め込んだ所で
 現実の常識や法則の範囲を越えない。越えたとしても、その心情は人間の其れだ。

そしてこれは、小説でも漫画でもなく、紛れもない現実。
告げたかのんの笑顔に、えりぽんは怒りを覚えた。
だがそれは、自分も同じだった。
55 :第五輪 :2013/07/27(土) 20:35
ヘラヘラ。ヘラヘラ。ああ、そんな顔をしないでほしい。
何も言えなくなってしまうじゃないか。自分が、彼女と同じだと思い知らされる。
笑っていれば。
笑っていれば。

過去を偽ることができる。
56 :第五輪 :2013/07/27(土) 20:46
>>46-55
以上です。
はい急展開入りました。
あゆみんがシレッと出て来て「かのんちゃん」と呼ばせてやりました。
現実でもそう呼び合えばいいのに。
57 :名無し三号さん :2013/07/27(土) 20:48
>>1-8 第一輪
>>13-19 第二輪
>>25-29 第三輪
>>35-41 第四輪
58 :名無し三号さん :2013/08/10(土) 01:39
続きです。
59 :第六輪 :2013/08/10(土) 01:42
 『フクちゃんが学校を休んでもう三日になるよ』
 『やっぱり…みずきちゃんも発症したのかな?』
 『先生が髪の色がどうとかって話してた』
 『ちょ、それって…全然気付かなかった…』
 『…ねえ、様子見に行かない?』
 『でも感染する可能性があるって』
 『あんなのデマでしょ、学校に来てた子と仲が良かった子達
 なんてまだ発症もしてないんだよ?』
 『でもまだ進行してないだけってことは?』
 『………』
 『みずきもそうだけど、もうこの学校もダメかもね。
 学生の四割が居ない中で、勉強する意味なんてあるの?』
 『でも万が一消えないってこともあるかもだし、将来のことを
 考えたら少しでも単位もらっとかないとヤバくない?』
 『あんたよくそんな冷静に出来るよね、自分が発症してないからって。
 みずきや皆よりも将来の方が大事って訳だ』
 『別にそんなこと…!』
 『やめなよ、みんな不安なのは一緒なんだから!
 みんな、この生活が無くなるのが怖いんだよ…っ』
 『………』
 『なんかもう、どうしたらいいのって感じだよね…。
 いっそうのこと、学校も、何もかも投げ出して知らない所に行きたい。
 そっちの方がまだ救いがあるような気がするんだよね。
 見えない未来を待つよりもそっちの方がずっと、ずっと…』

 ――――
 ――
 ―
60 :第六輪 :2013/08/10(土) 01:43
夜になって、管理人が料理を振る舞ってくれた。
彼の下で飼育されている牛の牛乳や生クリーム、そして収穫された
ジャガイモ、人参、タマネギなどを加えた簡単なクリームシチュー。
昨日、焼きトウモロコシをしたレンガ積みと木材を利用して、外で調理は行われた。
えりぽんが野菜が食べれないことを告げると、食べやすいように十分煮込んでくれた。
彼はずっとサングラスかけていた、湯気で白くなることも厭わずにずっとだ。

管理人は麦わら帽子の少女、「あゆみ」を今日は泊まるようにと話す。
承諾したのは、みずきだった。
かのんは笑顔のままだった。
えりぽんはただ、黙々と食べていた。みずきが相槌を促すまでただ、食べていた。

 「ねえ、あゆみちゃん、ちょっとお話しよっか」
 「え?あ、はい…」

管理人が帰ったあと、かのんやえりぽんの姿は消えていた。
誰でも一人になりたい時はある。
二人共、どこかに行くことはないだろう。そういう二人だ。特にえりぽんは。
あゆみは昨日、えりぽんが居た縁側で一休みしていた。
自分の前に蝋燭立をおいて、拝借した薄手の毛布に一緒に包まる。
あゆみは少し驚きながらも、取り払うことはしなかった。
夏とはいえ、今日の夜は少し肌寒い。

お話しよう、と言ったものの、何から話そうか。
ふと思ってしまってからは、どうにか話題を上げようとするものの
こういう時に限って話が舞い込んでこないのはよくある話だ。
変なオチをつけていると、あゆみが口を開く。
61 :第六輪 :2013/08/10(土) 01:51
 「あの、さっき聞きそびれてた質問してもいいですか?」
 「ん?」
 「みずきさん達がどこから来たのか、とか」
 「…ああ、うん、そうだね。そういえばえりぽんのせいで中断したんだっけ」

みずきさん、とあゆみは言う。それも敬語だ。同世代なんだからと言うのだが
彼女の性格なのだろう、名字を覚えていたなら、それで呼ばれていたと思う。
風鈴の音が微かに鳴り響く。

 「私達は『首都』から来たんだよ」
 「『首都』…って、あんなところからバイクで『北』までっ?」
 「うん、三ヶ月くらいかかったかな」

あゆみが驚き、みずきは苦笑いを浮かべた。
みずきが言う首都とは、今ではもう名を失ってしまったあの大都市の事だ。
人口の八割を失い、機能を失ってしまったあの街の事だ。
 
 「家族が"消えて"から、自分が発症してるの知って、学校も行きたくなくて。
 どうでもいいやって、何かしたいって思わなくなっちゃったんだ。
 そんなときにえりぽんが誘ってくれたの。旅に出ようって」

みずきは自分の長い髪を手でいじりながら思い出していた。
暗い部屋の中で独りだった自分の前に現れた存在。
それは希薄な自分よりもとても、大きく見えた。
彼女は手を掴んだ。自分の手を、しっかりと。

 「これでも発症してからもうずいぶん経つんだけどね。
 どうやら進行スピードが遅いみたいなんだよ、私の場合」
 「…みずきさんは、その、どこまで…」
 「……"色"が薄くなってる、かな」
62 :第六輪 :2013/08/10(土) 01:53
あゆみは息を呑む。
みずきはしきりに髪を手で撫でている。
茶髪に染めた髪は、微かに白髪のようなものが混ざっていた。
それはストレスからなのか、発症の影響なのか。

 「『色無し』…」

あゆみの呟きに、みずきは聞き逃さなかった。
彼女は厚みのある口に両手を置いて、言葉を飲み込もうとする。
それは発症したものに対する畏怖と憐憫の呼び名だ。
自分の運命を受け入れられない、弱い人間たちの呪詛だ。

 「ご、ごめんなさい。…私の町ではそう呼ぶ人達が多かったんです。
 ちゃんとした名前がないから、でも、私はこの呼び方は嫌いで。
 だってなんか、生きてる人に向けるような言葉じゃないから…」

あゆみは身体を丸めて、最後には泣きそうに震えた声に変わる。
彼女もまた、そうして蔑まれた経験があるのだろう。
みずきは彼女に「気にしないで」とあやす様に髪を撫でた。
とても綺麗な黒髪に、まだ軽症なのだと思う。

 ―― 世界を緩慢に蝕むこの現象には、正式な名前がついていない。

長ったらしい学名やらなんやらを付けたがる医学界も、小難しい公式を
作りたがる科学界も、この現象に名前を付けなかった。
センスに欠けた呼び名をつけるのが大好きなマスコミも、この奇怪な
現象に対して、大した呼び名を作ることが出来なかった。
63 :第六輪 :2013/08/10(土) 01:54
そんな中で、ある心の無い人間が付けた呼び名が、その現象に
対する恐怖と、発症した者に対する格差を作るように世間に浸透させてしまう。

いかなる原理によってこんなことが起こるのか。
それは誰にも解明できていない。
世界中の権威ある学者達が全身全霊を注いで究明を行っているが
納得のゆく解答はいまだ出ておらず、なぜ物体と生物、人間とで症状が
異なっているのか、それすらも解っていない。

発症状況としては、まず『名無し』と呼ばれる症状。
名字を思い出せなくなり、徐々に名前まで思い出せなくなる。
それは相手に対しても同等に起こるとされている。

次に『顔無し』と呼ばれる症状。
文字通り、人の記憶から顔が消えてしまう。
消えてしまった人間はおろか、出会ってきた人間の顔だけを覚えておらず
写真を見てもそれが本人だという認識が芽生えない。
ここが一度目のデッドラインだと言われている。

次に『色無し』と呼ばれる症状。
髪の色や目の色素。肌の色に至るまでの"色"というものが消える。
一気にではない、まるで積み砂が崩れるように少しずつ、色を落とす。

最終段階になると、『影無し』と呼ばれる症状になる。
影が消えると、その数時間後には存在が消えてしまう。
これが二度目のデッドライン。
存在を光が通過するようになり、あとにはもう何も残らない。
影法師になることもなく、肉体がただ、消えるのだ。
それを消滅と呼ぶか、消去と呼ぶか。
64 :第六輪 :2013/08/10(土) 01:54
そして「そんな人が居た」という、周囲の人間の記憶のみの存在になる。
名が思い出せず、顔も思い出せない曖昧な人物の記憶に。

だが、全ては一定という訳でもない。
進行のスピードは人によってはバラバラで、ある日突然発症し
その日のうちに消え失せてしまう人もいれば、症状の途中で進行が
停滞し、そのままいつまでも消えない人も居る。
一般的には非常にゆっくり進むのが常だった。

みずきは『首都』で『色無し』になって半年以上が経過している。

発症する人、しない人に共通点は皆無で、まさに無差別に発症される。
政府による調査も進展せず、原因究明どころか発症人数すら把握できない内に
この国はゆっくりと機能を低下させていった。

この現象が広まり、早一年と少し。
政府は機能停止、ライフラインの全てが極めて不安定になっている。
部分的に残っている市民がボランティア同然で働き、何とか生活圏を
維持している状態の中、あゆみやかのんも、その一人に含まれるのだろう。

 「…おじさんも、みずきさんと同じなんです」
 「うん、なんとなくそうなのかなって。ずっとサングラスかけてたから」
 「私を引き取ってくれたときには、おじさんの奥さんが居て、光井さんはその
 お手伝いをしてたんです、でもその奥さんが消えて」
 「その後に光井さんが継いで、かのんちゃんに出会ったんだね」
 「覚悟はしてるんです。いつでもおじさんが消えてしまっても、自分達で
 なんとかできるようにって、でも、時々、泣きそうになるっていうか」
65 :第六輪 :2013/08/10(土) 01:55
あゆみが、弱音を吐いた。それは当たり前の不安だ。
自分達が世話になってきた人々が居なくなってしまうという現実。
頑張れる、頑張りたい、頑張れるはずだ。
それでも、悲しさは、寂しさへ向き合うには、背負うにはあまりにも辛い。
みずきは身体を寄せて、あゆみを腕で包んだ。

 「当たり前だよ。誰だって別れは辛いから、自分を責めないで。
 大丈夫、根拠はないけど、大丈夫。私も、みずきも不安になるから」
 「…ごめんなさい。そうですよね、みずきさんだって…」

言葉を止めて見上げる彼女の瞳は潤みを帯びている。
色白の肌は冷たく、人間味のある温かさを感じた。
みずきは記憶を思い返す。穴だらけの記憶を。

 家族の名前や顔が思い出せない。友達の名前や顔が思い出せない。
 消えてしまった大事な人達が、分からない。

 けれど、みずきは彼女の傍に居る。えりぽんの隣に、居る。
 
初期段階の『名無し』では発症しても名前のみを覚えていることもあり
そのせいで自覚が薄い。
『顔無し』になってようやく自分が現象に取り込まれている事に気付くのが常だ。

だがみずきのように「えりぽん」という人物を認識したまま『色無し』へと
発症しているのは異例だとも言える。
この現象がなぜ起こったのかも分からない以上、その理由は皆無だが。
66 :第六輪 :2013/08/10(土) 01:55
だが思い出の中に彼女だけでも鮮明に覚えているというのは、僅かな救いだった。
彼女にはその心を伝えたことはない。
けれどいつか、言おう。いつか。

 「私達にできることがあれば何でも言ってよ。
 もうさ、ここまでになったら、友達っていうか、仲間だよね」

運命を共にした仲間。「人類皆家族」と誰かが謳っていたこともある。
あゆみは驚いたようにみずきを見ている。が、その口が微かに動く。

 「…あの、な、なら、もし嫌じゃなかったらここにずっと…!」
 「みずき!」

バサッと、目の前の紫陽花の群れから呼びかけられた。
その聞き慣れた声に、みずきは少しだけ驚いた顔を見せる。

 「えりぽん!今までどこに…」
 「みずき!明日発つっちゃよ!」
 「え!?」

えりぽんは真剣な眼差しで、そう告げた。
あゆみは眉をひそませ、二人を見合わせて厚みのある唇をきゅっと噤んだ。
67 :名無し三号さん :2013/08/10(土) 02:00
>>59-66
以上です。
PCの不具合でネットが繋がらない状態でした。
今はなんとか復旧しているので、また頑張らせてください。

あゆみずきの身長差に思わず萌えた日々…。
68 :名無し飼育さん :2013/08/10(土) 12:55
更新キター!ようやく世界観が見えてきてよりワクワクです
これからも作者さんのペースで頑張ってください
ぽんぽんもいいけどあゆみずきの同い年コンビも好きだ!
69 :名無飼育さん :2013/08/10(土) 21:13
ほうほう、こんな感じかー!
ますます続きが気になるとこです
70 :名無飼育さん :2013/08/13(火) 11:42
面白いです。ぽんぽんいいですね〜
71 :名無し三号さん :2013/08/23(金) 23:08
続きです。
なんだかんだで1週間も…スミマセンスミマセン。
72 :名無し三号さん :2013/08/23(金) 23:09
 『えりぽん、妹から聞いたんだけど、弟君、消えたんだって?』
 『ああ、うん。昨日消えた』
 『学校、辞めるの?』
 『学費も払えんけんね。家もどうなるか分からんし』
 『なんか、冷静だね。最後の家族も居なくなっちゃったのに』
 『騒いだって弟は帰ってこんからね。パパやママも。
 それとも助けてくれると?えりのこと』
 『……ごめん』
 『じゃあ元気でね。皆にもよろしく』
 
 ――――

 『…っ、』
 『なんでみずきも泣いとお』
 『だってえりぽんが泣いてるんだもん、泣くに決まってるよ』
 『そんなこと言ったって、どうしたらいいとよ』
 『別にどうもしなくていいんだよ。今は思いっきり泣けばいいじゃん。
 それにえりぽんが泣いてるのって意外とレアじゃない?』
 『…バカやねえみずきは』

 ――――
 ――
 ―
73 :第七輪 :2013/08/23(金) 23:11
えりぽんは大事な人に言われた言葉がある。
もう顔も覚えていないが、最後の気持ちとして言葉は残っている。
その言葉がなければ、今の二人は居なかっただろう。
あの全てを失ってしまった『首都』の中で、最後の時を待つ身だっただろう。

えりぽんは食後すぐに畑道を進み、あの屋根付きベンチへと向かった。
水の流れる音、カエルが鳴く声。虫の喧騒。
綺麗な星の瞬き。闇夜には今日も空白の円環が漂う。
先客は安息の地で蝋燭立てと共にただ、見上げていた。

 「かのんちゃん。そっちに行っても良いと?」

かのんの後ろ姿を見つけていたえりぽんに、彼女は気付いていた。
だがここに居るということは言っていなかったが、あゆみに聞いたのかもしれない。
彼女はかのんが辛くなったらここに居ることを知っている数少ない友達だからだ。

えりぽんは返答を聞く間もなく、ベンチへ腰を下ろした。
夜の涼しげな風が頬を撫でる。

 「…何かえり達に聞きたいことがあるんじゃなか?」

えりぽんはかのんの横顔を見る。だが彼女はこちらを向かずに見上げたままだ。
少しだけ視線を俯かせたとき、かのんが、口を開いた。

 「みずきちゃんってさ、どこまで進行してるの?」
 「…気付いとったと?」
 「なんとなく。なんかいろいろと覚悟してるっていう感じだったから」

かのんは笑っていない。これが本来の彼女の表情とでも言いたげに。
それを合図に、えりぽんは答えた。
74 :第七輪 :2013/08/23(金) 23:12
 「…みずきは『色無し』ったい。
 髪の毛がもう真っ白に近い。白髪でもあそこまでならんとよ」

本人の前では決して言わない単語を、かのんの前ではあっさりと告げるえりぽん。
まるでかのんの反応を伺っているような口ぶりだった。

 「いつか全身が真っ白になれば、『影無し』になって、みずきは消える。
 もう今の状態になってから半年経っとるからね、いつ進行が早まるかは
 分からんところまで来とる」
 「で、みずきちゃんを巻き込んでこんなところまで来たってことか」
 「っ、みずきは自分の意志でここまで来たと!その言い方、まるでえりが
 みずきを無理やり連れてきた風に聞こえるっちゃん」
 「じゃあなんで、えりちゃんは旅をしてるの?」

えりぽんの表情を横目に、かのんが厳しい言葉を投げかける。
だがえりぽんも怯まない。怯んではいけない。

 「…ただの、思い付きったい。あそこには居たくなかったと。
 それにえりは、何もしないまま終わるのは嫌やったったい。
 だからみずきを連れ出した」
 「けどさ、それってわがままだよね?
 みずきちゃんに余計な期待をもたせてるわけだよね?」
 「何が言いたいと?」
 「自分の身勝手さでみずきちゃんを付き合せてる。
 それって、みずきちゃんには辛い選択だったって分かってる?
 たくさん思い出作らせて、後悔や未練が残るって思わなかった?」
75 :第七輪 :2013/08/23(金) 23:12
えりぽんの眼光が鋭くなる。
かのんは逸らさない。彼女の言い分は誰かに言わせれば、正しいからだ。
だが、認めることは断じて、出来ない。

 「自分勝手やとは思う。
 でも、みずきの気持ちをかのんちゃんが決めつける権利もない!
 かのんちゃんの言ってることは八つ当たりに聞こえると!
 光井さんのことだって、ホントはえり達に話す気はなかったやろ?」
 「あったよ。でも、それをみずきちゃんの前で言っても良かったの?」
 「っ!!」

えりぽんは今まで以上に激しく動揺した。
かのんの口ぶりでは、まるで最初からみずきの症状が重いことに
気付いていたような言動ばかりだ。
かのんは小さく笑って、言葉を続ける。
それは嘲笑めいたもののように、皮肉めいたもののように見える。

 「光井さんは『顔無し』になった日に、事故を起こした。
 でも、光井さんは消えたわけじゃない、あれは事故だった。
 だから、"光井さん"なんだよ。消えた人じゃないから。
 この意味が分かるよね?」 
 「…症状で消えなかった人間の記憶は、消えない」

それがこの世界にどういった影響を及ぼしたかは知っている。
自殺者の急増。事故率の増加。殺人事件の昂騰。
意味のある喪失を。
メディア、マスコミもこぞってその話題を報道した。
「人間はつくづくロマンチストの塊だ」と発言した評論家が通り魔に
襲われた事件が新聞の端に小さく載っていたこともある。
76 :第七輪 :2013/08/23(金) 23:13
 「ホッとした。あの時、あたし、確かにホッとしたんだ。
 でも、これって異常なこと?思い出の中が穴だらけになって
 何にも縋れずに前に向ける人が居るなら教えてほしい。
 えりちゃんはいいよね、まだ、本当に大切なものを失ってない」
 「かのんちゃん!」
 「あたしだってホントは一緒に行きたかった!!」

かのんがえりぽんの声に覆いかぶさるように叫んだ。
悲鳴のようにも聞こえたその迫力と威圧に、えりぽんは押し黙る。
そしてまた、彼女はいつものように単調な声色で話し始める。

 「でもあの日、あたしは付いていかないで家に居たの。
 風邪ひいて寝込んでたんだ。おじさんが寂しそうな顔で来たとき
 もう手遅れだった。どこかで雨宿りして、ゆっくり帰ってきてたら
 あんなことにはならなかった」

無機質に喋り終えたかのんは一呼吸おいて、えりぽんの顔を見る。
どんな表情を浮かべればいいのか迷ってるように、困惑していた。
泣けばいいのか、怒りを露わにすればいいのか。
それに対するかのんの答えは、笑顔だった。

 「あーあ、なんでえりちゃんにこんな事言ってんだろ。
 あゆみちゃんにだって言ったことないのに」
 「……知ってる人に自分の弱音なんて、吐けんやろ」
 「ああ、そういう風にも考えれるか。まあ言ったところでほら
 あとは自分の問題だし、あんまり意味がないっていうかさ」
 「昔、大切な人に言われた言葉があるったい」
 「え?」
77 :第七輪 :2013/08/23(金) 23:13
 「その人は消えたとよ。発症して、3時間ぐらいやった。
 最後になにをしよって考えたとき、えりと話がしたいって言ってくれたと」
 「…」
 「世間話でもなんでもいいから、とにかく人と話をしてたいって。
 楽しい時間があっという間に過ぎるみたいに、話疲れたら挨拶を
 交わして、また明日って言える、そんな他愛のない時間がほしいって」

愚痴も、この現象による疑問も投げなかった大切な人。
顔も覚えていない、名前も覚えていない、そんな大切な人は、ただ話す。
そんな大切が人が最後に言ったのは、えりぽんへの応援だった。

 「その人はしっかり言ってくれたと。
 『自由にやればいいんだよ』って。『どんなにことにも限りのある
 時間だから、その中で自由にやればいい』って」

人は忘れがちだ。大切なことも、日常なことも忘れてしまう。
それでも紡げば、それは思い出になる。
曖昧で誰かすら忘れても「こういう事があった」という記憶は残る。
それだけでも意味があるんだと、大切な人は言ってくれたのだ。

 「かのんちゃんがここにおるのも、思い出があるからっちゃろ?
 ならかのんちゃんも、一生懸命やったらいいったい。
 反省することは多いけど、後悔だけはせんって、えりは決めとお」
 「…なんか、怒られてるんだか慰めてるんだか分かんないや」
 「こ、これでも真剣に…!」
 「うん、必死なのは分かった。だからまあ、いつまでも留まる気はないんでしょ?」
 「……うん」
78 :第七輪 :2013/08/23(金) 23:14
 「みずきちゃんはついて行くんだろうね、きっと、えりちゃんへは家族くらいの
 気持ちがあるんだと思うよ。あたしがここに居るのと同じくらい」
 「家族…か」
 「ま。自分が思うように大事にしてあげなよ。私もそれなりに頑張って、生きるから」

かのんの言葉に、えりぽんは悟った。彼女は分かっているのだ。
もう決めているのだ、自分がどうなるべきかを。
大切な人が居なくなったあと、その背を追うことをせず、留まると決めた日から。

 「んで、いつ出るの?」
 「…明日には出るけん。その挨拶もしたかったとよ」
 「そっか、うん、まあありがとね、えりちゃん。ちょっとスッキリしたよ」
 「えりの方こそ、ありがとう」

二人は握手を交わした。明日になれば、もう交わることのない温かさを伝えるように。
固く、固く握り交わす気持ちがゆっくりと離れる。

 「じゃ、そろそろ戻るとよ。かのんちゃん」
 「うん、あ、あのさ、えりちゃん」
 「ん?」
 「…いや、やっぱりいいや」
 「何とよ、気になってしまうけん」
 「いいってば、ほら、戻ろう」

かのんは蝋燭立てを持って、えりぽんの横を通り過ぎていく。
えりぽんはポカンとしていたが、その後ろをついて行った。
彼女が紡ごうとしていた言葉は、自身が見たことのない景色の事。

 人はどうやって消えるのかという、希薄な事実だったのだから。
79 :名無し三号さん :2013/08/23(金) 23:16
>>72-78
以上です。

特別難しい話ではないので、まったり読んでもらえたら嬉しいです。
ぽんぽんコンビにしたのはそれなりに理由があったり無かったり…w
80 :名無し飼育さん :2013/08/25(日) 09:13
更新されるたびにもっと読みたいと続きが気になってしまうw
大切な人って誰だろう
81 :名無し三号さん :2013/09/17(火) 19:53
続きです。
82 :第八輪 :2013/09/17(火) 19:55
 『みずき!見るったい!』
 『どうしたのえりぽん、そのバイク』
 『貰ったとよ。中古やけど、自転車よりは長距離もバッチリったい』
 『貰ったって、えりぽん免許は?』
 『…ま、なんとかなるけん。乗り方も教えてもらったし』
 『アバウト過ぎる…でもどこに行くつもり?』
 『そうやねえ、夏も近いし、「北」でも行く?』
 『「北」って、イメージで決めてるでしょ』
 『どこでも良いやん。それにみずきやってグチャグチャした所よりは
 広々〜とした所の方がいいっちゃろ?』
 『私だけが方向音痴だって言いたいわけ〜?』
 『外れてはないっちゃね』
 『えりぽんのバカっ』
 『ま、いっぱい寄り道したらいいとよ。時間なんてたっくさんあるけん。
 みずきが行きたいところにも連れて行ってやるったい』
 『…うん、じゃあいろんな景色を見せてよえりぽん』
 『このえりが見せれんと思っとお?任せるったい』

 『ねええりぽん』
 『ん?』
 『私って変なのかな、こんな状況なのに、楽しい気持ちなんだ』
 『…こんな状況だからこそ、楽しまんと損っちゃろ』
 『そっか、そうだね。そうなのかもしれない』
 『行こうみずきっ』
 『うんっ』

 ――――
 ――
 ―
83 :第八輪 :2013/09/17(火) 19:56
色を落とした彼女の長髪は、『都市』に居た頃から同じ長さを保っている。
白髪よりもシロく、銀色よりも透明なシロさ。
一度も切ることをしない、だがシロいままでは彼女も切ない表情を浮かばせる。
だからえりぽんは、その色を無理やり覆い隠す。
視界に見えないするだけの簡単な方法、誰でもしている作業だ。
糸を編むように、色を染める。
二人だけの空間で、彼女の背後から色を解かす。
誰かが見ていれば、何かの儀式のようにも思えるかもしれない。

 「ちょっと前のよりは暗いかもしれんけど、まあ良い感じやない?」
 「そういえばだいぶ染めてなかったっけ」
 「かのんちゃんが気づいてくれよったけん、染料もどうにかなったし
 これでしばらくは大丈夫やね」
 「…そうだね」

みずきが髪を染めるのに抵抗があるのを知っている。
髪が薄くなってしまったらどうしよう、あまり明るくしたくない。
だから髪を染めようと言った時、えりぽんは戸惑った。
だがみずきはそれを承諾した。
シロい自分の髪を見るよりも、それを覆い隠すことを決める。

それがどんな気持ちだったかは、えりぽんには分からない。
それでも分からない理由は分かる。
黒髪だった時の質よりも劣り始めているのを感じるとき、息が詰まった。
色を保つための道具もないことに頭を悩ませた。
それよりもシロい髪に触れることの方が胸を痛ませる。
揺れ動く気持ちに面倒だと思いながら、髪を切ろうとはしなかった。
84 :第八輪 :2013/09/17(火) 19:58
 「ねええりぽん、ホントに明日出るの?」

みずきの声が少しだけ低くなる。来た、とえりぽんは思う。

 「…うん」
 「どうして?」
 「みずきはいつまでここに居る気やったと?」
 「それは…」
 「このままおったらかのんちゃん達の負担になる。
 それだけじゃ理由にならん?」
 「…えりぽん、時々そういう風になるよね」 
 「え?」
 「話してくれてもいいのになって」

使用したタオルや手袋を片付けている手が止まる。
作業を始めると、みずきのため息が聞こえた。
喉元が熱くなるのを感じ、無理やり押し込む。

 「それに、心の準備くらいさせてくれてもいいじゃない。
 いきなり明日だなんて」
 「…ごめん」
 「相談しないで決めるのやめてよね」

みずきの声が低くなるが、えりぽんの眉もひそまる。
口を開こうとしたとき、みずきの方が言葉を紡ぐ。

 「私はえりぽんの負担になりたくないよ」
85 :第八輪 :2013/09/17(火) 19:58
その言葉に、えりぽんは口を噤んだ。
彼女も分かっているのだということを時々忘れてしまう自分が情けなくなった。
昔はこんなにも相手に気を遣うことは無かった。
それが自分の中でストレスになっていることも感じている。
みずきがポツリと、言葉を漏らした。

 「えりぽんだけじゃない、私は誰かの負担になりたくない。
 だからえりぽんが言ってることは正しいんだと思うから
 別に否定はしないよ。でもちょっと、寂しい」
 「…そうやね、そこはちょっと自分勝手やったと、ごめん」
 「安心するんだ」
 「安心?」
 「かのんちゃんやあゆみちゃんみたいに頑張ってる子を見ると安心する。
 あきらめないで、この先に何もなくなったって、その姿が誰にも
 認められなくても、頑張ってる。だから安心する」

 でもそこにえりぽんが居ないのは、寂しい

どんなに安心する場所でも、そこに彼女が居ないという事実。
それは本当の安息とは呼べないものだ。
みずきにとってえりぽんという少女は、単なる友達ではない。
あゆみやかのんに想う気持ちとも少し違うのも自覚していた。
だから、彼女はえりぽんの傍に居るのだ。

 「みずきはズルいっちゃね」

 えりが、みずきを置いていくことがないのを知っているクセに
86 :第八輪 :2013/09/17(火) 19:59
それでも少しでも自分から心を置くような発言をすれば、強気な
ことを言う反面、弱さを見せてくる。本当にズルい女だ。
それはみずきが見る彼女も同じであり、二人はその本心を知らない。
えりぽんが道具を片付け終えると、まるでそのタイミングを
図っていたように、あゆみが襖の中から姿を現す。

 「あの、お風呂あがりました」
 「えりぽん入りなよ。私の後じゃ悪いから」
 「…それじゃ遠慮なく」

えりぽんは道具をあゆみに返すと、脱衣所に向かって行ってしまった。
あゆみの視線に気づくようにみずきが「ありがとね」と感謝する。

 「私のわがままで大事な電気とか使っちゃって」
 「いえ、まあ、女の子なんだからしょうがないですよ。
 それにここの自家発電はそんなに"やわ"にできてませんから。
 とはいえ長時間は使えないんですけどね」
 「すごいな、あゆみちゃんは。かのんちゃんも」
 「みずきさんだってすごいじゃないですか、ここまで来るなんて
 普通じゃなかなかできないですよっ」

あゆみの言葉に、みずきは少しだけ俯き加減になった。

 「目標があったからね、えりぽんが来たそうにしてたのもあるし」
 「あの、次はどこに行くんですか?」
 「まだ決めてないんだよね。えりぽんが勝手に突っ走っただけだから。
 でもああまで言うってことはたぶん、本当に出ていくんだと思う」
 「…勝手ですね」
 「え?」
87 :第八輪 :2013/09/17(火) 20:03
 「みずきさんの事も考えずに行動するなんて、勝手です」
 「あゆみちゃんは優しいね。でも悪気があるわけじゃないんだ。
 私が動けなくなるのを知ってるから、ああやって引っ張ってくれる」
 「でも、みずきさんがもっと言えば、あの人も分かってくれますよっ。
 ここに居たいって言ったらきっと…きっと…」
 「あゆみちゃん?」
 「……みんな、ここはいい場所だって褒めてくれます。
 でもそれだけ、みんなどこかへ去っていく。私たちはここに居るのに」

 ここにしか居られないのに

みずきがきょとんとした表情になったかと思うと、途端、微笑んだ。
その笑みがどういった意味なのかが分からずに戸惑うのをよそに
みずきは「おいでおいで」と手招きをした。
動けないみずきへとあゆみは近づいていき、突然グッと力強く握られる両手。

 「ごめん、あゆみちゃん。私もそうとう自分勝手だ。
 あゆみちゃんがそんな風に思ってくれてたなんて、嬉しいな、嬉しい」
 「み、みずきさん?」
 「嬉しかったよ。あゆみちゃん達と会えたこと、嬉しかった。
 頑張れることを教えてくれた。私もまだ頑張っていいんだって思えた。
 忘れないよ、きっと、忘れない」

言い遂げるみずきの表情に、あゆみは諦めたように顔を俯かせた。
彼女はこの場所に来る人々に、何度も呼びかけている。
かのんと管理人の三人だけが生きている此処に、繋がりを増やしたくて。
だが今回もダメだった。
当然の結果のようにも思えたが。

あゆみはみずきの手を優しく離させると、不器用な笑顔を浮かべる。
88 :第八輪 :2013/09/17(火) 20:04
 「私も、忘れません。みずきさん達のこと、忘れませんから」

みずきの手を握り返す。自分とは少し大きな掌だが、とてもシロい手だ。
離したくないという気持ちが一瞬脳裏をかすめる。
だがゆっくりと力が緩まるのを感じ、あゆみは放すしかなかった。






―― バシャバシャと水が滴り落ちる。
俯く視線の中で無機質に、透明に、曖昧に散っていく。
前向きに考えようと努力する脳はまるで風邪をひいたように霞む。

明日にはここを出て、また不安定な旅が始まる。
だがそう決めたのは自分達であり、安息を手に入れるためでもない。
みずきの了承も得たと言っていいんだと思う。
そして旅へ。

 「…どうせ、えり達にはなにもないし」

財産と言えばオートバイだけ。あとは修理に使用する小道具や
必要な分の荷物、今ではもう金銭という対価は無意味なものだ。
みずきを背負って、彼女はオートバイを走り続ける、それだけの旅。

あの頃。『首都』に居た頃も何があったというのだろう。
特別なことがあった訳じゃない。
特別なことがないかと探していたあの日々に、何があったというのか。
89 :第八輪 :2013/09/17(火) 20:08
 半ば陽も落ちた頃、喧騒はかすかに赤らんでいく。
 古い歌と煤けた匂いがとても切なかった。
 イヤホンを外してすぐ定刻にバスが止まって、いつも通り一番後ろの座席に腰を下ろす。
 目を奪った街並み。焼けるような夕暮れ。
 命の果てを知った鮮やかさはすぐに怖い闇夜に盗まれた。

 何処へ向かって何処へ終わるのか。
 隣に座っていた彼女が言う、「世界が終わるみたいだよ」って。

キュッと蛇口を閉める音。えりぽんは鏡を見る。
酷い顔をした自分を睨み付けるように。

食卓をかこむ幸福。窓の深い色のカーテンはを漏れる灯を告げる。
おかえりなさい。ただいま。おかえりなさい。おかえりなさい。
当たり前だったものが壊れ、次の幸せを見つけて、此処に居る。
終わった日の、始まる明日は、此処に在った。

今はまだそれでいいじゃないか。みずきが居ればそれでいいじゃないか。
そうやろ?みずき。
90 :名無し三号さん :2013/09/17(火) 20:12
>>82-89
以上です。
もう3週間ぐらい放置でホント、スミマセンスミマセンスミマセン(涙

>>80
イメージとしては→・e・
91 :名無し三号さん :2013/09/21(土) 00:55
続きですが、だいぶ短いです。
92 :第九輪 :2013/09/21(土) 00:55
翌日の早朝。玄関の前に四人の姿が映った。
えりぽんとみずきは、朝日が地平線に留まっている間に発とうと準備を整えていた。
そしてかのんにお礼をする。

 「本当にお世話になりました」

まるで出家でもするような言い方だが、みずきは丁寧にお辞儀する。
えりぽんが修理したオートバイのエンジンは今までどおり旅の荷物を満載し
軽快なエンジン音を奏でている。
絶好調だ。申し分ない。

 「おじさんにもよろしくね。いろいろご馳走になっちゃって」
 「またいつでも来てよ。ここに居るから」
 「うん。ありがとうかのんちゃん」

あるはずのない場所を目指す。永久に辿り着かずとも。
旅を続けるという意志をすでに知っている。
それでもまた会えるようにと口にするが、みずきはただ感謝の意だけを告げる。
えりぽんへ視線を向けると、かのんは少し困ったような顔をした。

 「?えりの顔になにか付いとる?」
 「や、なんでもないよ。気を付けて行きなよ、大事な運転手なんだからさ」
 「ああ…、うん。ありがと。かのんちゃんも元気で」
 「そういえばあゆみちゃんは?」
 「さっき畑に言ってくるって、あ、来たよ」
 「…え、あれって」
93 :第九輪 :2013/09/21(土) 00:56
畑のある方から姿を現したあゆみは「ちょっと待ってーっ」と叫ぶ。
ねこ車でゴロゴロとした巨大な塊を運び、重たそうに息を切らしながら。
それはつややかな表面が緑と黒の縞模様に彩られた、大玉のスイカだった。

 「これ…持ってって。食べごろになるまで時間かかるけど、味は保障しますっ」
 「いいの!?……すごい、けど、載るかな?」

ねこ車から恐る恐る手で持とうとするが、やはりずっしりと重い。
ハンモック代わりのネットがあるので、それにくるめばいいのだろうが
バランスをどうとるかという問題が上がる。
そのとき、みずきは見てしまった、というよりは、ふと振り返ってしまった。
えりぽんが先ほどから一言も話に入ってこない事に気づいてしまったからだ。

 「…そういえばえりぽんって、スイカ食べれるの?」

何気なしに言った言葉に固まる約二名。
だがすぐに答えは返ってきた。―― 「えり、スイカ嫌いっちゃん」と。
その言葉にプツンと何かが弾けた音が聞こえたような気がする。
みずきからスイカをスッと奪い取ると、あゆみんの表情は豹変していた。
94 :第九輪 :2013/09/21(土) 00:56
 「スイカが食べられないなんて信じられない!
 この水っぽい甘さを知らないなんて!
 どこがダメなんですか!?色ですか!?味ですか!?
 野菜というよりはデザートです!ケーキと一緒です!」
 「え、ええとーなんか、種が嫌、あとカブトムシのイメージあるし」
 「種!?種なんて取ればいいじゃないですか!それとも
 種の取り方すら知らないなんてことは言わないですよね!?
 あとカブトムシって、虫すら食べないものを人間が食べれるわけないじゃないですか!
 じゃあ私が取りますよ種!もう一個持ってきますから食べて!ここで!
 なんならあーんまでしてあげますから!」
 「ちょおい!かのんちゃん!あの子止めて!」
 「じゃあまな板と包丁の準備してくるね、あ、みずきちゃんも食べてってよ
 あゆみちゃんの言うデザートって事で」
 「かのんちゃんまで、いじめやァ!」
 「あはは、やったねえりぽん」
 「良くない!」
 
昨晩のあゆみはえりぽんに思うところがあるのをみずきは知っている。
今ので少し解消できればいいのだが、しかし二人はとても優しい子達だ。
とても良い子だ。この子達が本当に幸せになれるかどうかは分からない。

ただ、今度二人が出会う人々が二人の気持ちを知ったとき、そのときは
どうか力になってあげてほしい。繋がりになってあげてほしい。
そんな切なる願いの中で、目の前を物凄い速さで何かが通っていった。
95 :第九輪 :2013/09/21(土) 00:57
 「みずき!今のうちに行くとよ!」
 「えっ?でも二人はっ?」
 「良いから!」

えりぽんはみずきに半キャップ型のヘルメットを投げ渡す。
彼女はすでにヘルメットを装着し、スタンドを外してサドルに跨っていた。
今にも発車しそうな姿に慌ててヘルメットを被り、ネットを引っ掴んでタンデムに跨る。
自分の胸にしっかりと抱えたソレに気づいているのかいないのか。
力強い単気筒の振動に、思わず顔を緩ますえりぽん。
彼女の腰に掴まり、ネットが潰れないように配慮して、みずきは旅の始まりを感じる。

 「れっつごー!」

ぐい、と思い切りスロットルを開け、オートバイが走り出す。
重すぎる荷物と乗員に蛇行しながらも、速度が増せばそれも収まる。
みずきが振り返ると、二人が大きく手を振っていた。
それに答えるように片手を伸ばすが、すぐに道の起伏によって見えなくなった。
ゆっくりと速度を上げつつ、二人を乗せたバイクは、今度こそ順調に草原の
一本道を進み始める。
時間は午前七時。季節は今日も夏であり、いつもと同じように太陽は輝いていた。



96 :第九輪 :2013/09/21(土) 01:03
―― かのんとあゆみはオートバイを見送り、そして、どちらとともなくため息をつく。
風のように去っていった二人と、留まる二人の空間には静寂のみだ。

 「行っちゃった。なんか、なんだったんだろうね」
 「あはは確かに。なんだったんでしょうねあの二人は」
 「でも、まあ楽しかったからいっか」
 「そうですね。スイカ食べましょうか、せっかくなんで」
 「そうだね……あゆみちゃん」
 「はい?」
 「えーと、これからもよろしくね。いろいろ迷惑かけるかもだけどさ」
 「、もちろんですよっ。よろしくお願いします」

二人が別れと共に新しい出会いを待ち侘びていた頃。
そう遠くない未来に、またある二人との遭遇に至るまで。
誰かが同じような太陽の日差しを見つめていた。
過去と未来の境目。
告げるのは今日の想いだけ。


 「おはようございます、姫」
 「おはよう、リオン」
97 :第九輪 :2013/09/21(土) 01:07
>>92-96
以上です。
とりあえず鈴石の出番は一旦終わりです。
次はあの天気組が出てくる予定。
98 :名無飼育さん :2013/09/21(土) 02:19
あゆみちゃんのスイカ熱w
最後の会話はアレのアノ方々?…さて楽しみが増えましたな
99 :名無し飼育さん :2013/09/21(土) 14:58
更新来てた!
新キャラ気になります
100 :名無し三号さん :2013/10/06(日) 01:45
ううむすみません、少し考えてたものと
内容が変わってきてしまって、今書き直してます。
もうしばらくお待ちを。

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