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バイク乗りの彼女と旅に出た

1 :名無し三号さん :2013/07/14(日) 21:27

ぽんぽんコンビ書きます。エセ福岡弁でごめんなさい。
えりぽんがバイク免許とれる年齢になったんでつい。

他の9期や10期も出て来ます。
えー…ファンタジー、なのかな…。
ゆったりとお付き合いください。
2 :第一輪 :2013/07/14(日) 21:30
そよ風の吹く草原。
黄緑色の草。
ポン ポン
白い花。
ポン ポン
走る。走る。
走る。

道は長く、どこまでも続く。
細く折れ曲がり、交差して、入り組んで、くっついて、離れて。
広がり、途切れて、生まれて。
道は自然に育ち、自然に消える。

 人は、想いを持って生きる放浪者。
 そして彼女達は旅に出る。

想いを連れて、旅に出る。


 『バイク乗りの彼女と旅に出た』
3 :第一輪 :2013/07/14(日) 21:31
長い間日に曝されてきた木製のベンチはボロボロに毛羽立ち
剥き出しの太ももにチクチク痛かったが、今は疲労感がそれに勝っている。

 「どう?直りそう?」
 「……んーもう一昨日からこんな調子やけんね。
 このままだと直る前に次の町に着いてしまうかも」
 「…前の町の人がここからまだ数十キロはあるって言ってたよ。
 しかもバイクで走った予測距離が、ね」
 
ため息混じりに呟いた彼女は薄手の夏服を着ていたが、暑さを抑えるように
長髪を後ろでくくって束ねたソレを肩に乗せている。
うなじには微かに汗が滲んでいた。

 「えりぽんしか修理ができる人がいないんだけどなあ。
 壊れたオートバイを押してもいいけど、百キロ歩くまでに干からびそう」
 「…しょうがないやろ、道具だってそんなにないっちゃもん。
 なんとか走れるようにするんが精一杯っちゃん」

凝りに凝った肩をスパナで軽く叩き、暑さを拭うように額を拭う。
「えりぽん」と呼ばれた彼女も同じく薄着ではあるが、その首にはタオルが巻かれている。
実際、えりぽんの行える修理には限度があった。
本来一人用のであるこのバイクに無理やりタンデムシートを取り付けて
長距離移動用の食料や衣服や燃料などを積載しているのだ。

修理器材なんてものは工具であればスパナとレンチと折り畳みナイフ。
交換用部品に関してはいくつかのボルトやナット、オイル、点火プラグだけ。
4 :第一輪 :2013/07/14(日) 21:33
 「とりあえず、今日はここで野宿するしかないか、丁度休憩所みたいやし」 
 「良いと?みずきあんまり野宿好きやないのに」
 「こんな炎天下の中で体力を消耗させるよりは、木陰でちゃんと体力を
 養って、明朝ぐらいに出発したほうが利口かもってだけ」
 「…じゃ、さっさと準備するけん、日が傾いてきとる」

「みずき」と呼ばれた彼女と辺りを見渡したところ、ここは周囲の農家の人が
一休みするための休憩所だった。
広大な、それも見渡す限り道路と草原以外何も見えないような場所で、休憩所
というのは何よりも貴重だ。ベンチで寝ることはできるし、トイレもある。
中にはこの場所のようにまだ水が使える場所もあるのだ。

一度、アスファルトの上で野宿をしてみれば解る。
虫は来るし背中は痛いし朝は暑いしで、もう二度と感じたくはない就寝環境。
それに比べればここはオアシスだ。

腕時計に目をやると、既に六時を回っていた。
夏が近いとはいえ、空が赤紫に染まりつつあり、二人はそれぞれに動き始める。

みずきが食事担当。えりぽんが身の回りの整備担当だ。

バイクの後輪の両脇に増設された荷台から寝具の入った大きな包みを取り出す。
二つ並んだベンチは木製ながらもしっかりとしていた。
横になっても何とか脚が伸ばせるほど大きく、背もたれや肘かけなど、余計なものは無い。
しかも日射しを受けないように植木が置いてある、環境的には完璧だった。
5 :第一輪 :2013/07/14(日) 21:35
時期が時期なだけに、だが夜には一気に気温が下がることを考慮して
三枚のかけ毛布を用意し、一枚を敷布団に、一枚を小さく丸めて枕とし、設置する。
続いて屋根に洗濯紐で大型のブルーシートを広げていく。
雨が降らないとは限らないからだ。
風には弱いものの、重りの一つをバイクにくくりつけておけばいい。

最後に蚊取り豚を取り出し、その腹部に緑の渦巻きを付ければ完璧だ。

 みずきはえりぽんにこれが何なのかを問われたとき、酷く不貞腐れていた。
 それに気付いたとき、えりぽんは素直に謝った。
 軽率だったことをただ、謝った。
 みずきは笑っていたが、えりぽんはそれからからかう事をしなくなった。

そんなみずきがキャンプ用の小型ガスコンロと小さなフライパンで
温めていたのは、コンビーフが油の代わりにマヨネーズで炒められていた。
塩コショウが振られ、缶詰のアスパラと一緒に密閉容器に入っていた食パンへ挟まれると
再び弱火でパンの表面だけ焼かれていく。
調理用ですらないナイフ一本で、あっという間にサンドウィッチが完成した。
ちゃんとマスタードもかかっていたが、その量は彼女なりの配慮が含んで加減されている。

 「あれ、えりぽん早かったんだね、だいぶ手慣れてきたんじゃない?」
 「そうやろか、でも屋根にシートを広げたときはあんまり怖くなくなったかもしれん」
 「たのもしいよ。はい、出来上がり」

えりぽんは渡されたサンドウィッチにアスパラが入っている事に眉をひそめたが
コンビーフや香ばしい匂いでなんとか紛らわせられた姿に、なんとかいける、と思った。
二人同時にサンドウィッチへとかぶりつくと、交える視線には笑顔がまじる。
6 :第一輪 :2013/07/14(日) 21:35
ジューシーなコンビーフとマスタードが効いてるのか、苦手なアスパラの
味はほとんど気にもとめなかった。
敢えて難点をいうなら、その量があまりにも少ないという部分だろう。

名残惜しみつつ最後の一口を終えると、えりぽんは手をたたいてパン屑を払う。
そして両手を小さく合わせた。

 「ごちそうさまでした」
 「はい、ごちそうさまでした…ところでえりぽん、ここで重大発表です」
 「なに?」
 「今のサンドウィッチの中身さ、あれで最後だったりするんだけど」
 「!?」

無言の衝撃。みずきが冷淡かつ苦笑した視線を向けてくる。
そういえば、前に食料を補給してからもうずいぶん経つ。
みずきが遠慮深く見せてきたのは、アスパラの缶詰だけ。

 まさに無言の脅迫。
 みずきには単なる報告でも、えりぽんにはそうにしか思えなかった。
 
極楽気分が一転、絶望の崖っぷちへ。
野菜が食べられるみずきが恨めしいが、本気でオートバイを修理しなければ。

 えりぽんにとって「肉」の文字が無い生活はまさに地獄に等しかった。
7 :第一輪 :2013/07/14(日) 21:36
 *

パチリ。
ペンライトに蛍光スティックを繋いだランプを点ける。
いつの間にか、周囲は重量があるかのような漆黒の闇が覆い始めていた。

 「とりあえず、今日はさっさと寝て、明日早く出発するけん」
 「あ、ちょっと待って、ノートに書いておかなきゃ」

えりぽんが簡易ベットに横たわろうとすると、毛布を被っていたみずきが
顔を覗かせて、取り出したノートを開いた。
日記、というよりは、みずきの「お絵描き帳」のようなものだ。
実際、内容にある文字数よりも絵のサイズの方が遥かに大きい。

 「ねえ、あの給水塔の水ってどうだったの?」
 「飲めるかもしれんけど、一度沸かさないけんね」
 「そっか」

みずきは相槌だけを打つと、ノートに鉛筆を走らせた。
色鉛筆で描かせてやりたいものの、どの町でも手に入れられなかった。
ペンライトの白い光は手元を照らすに十分で、紫の夜天に広がる星と
対照的な人工の光が二人を照らしている。
満点の星と反比例するように闇に包まれた地上には、ペンライトと
蚊取り線香の小さな光しか残らない。
8 :第一輪 :2013/07/14(日) 21:37
みずきは書き終えると、ノートを元の場所に戻してそのまま灯りを消す。
えりぽんには途中で「おやすみ」を交わしていたが、即席ベッドに
横たわると、みずきは彼女の方へ視線を向けた。

 「えりぽん、寝た?」
 「……」
 「…明日もよろしくね」

万華鏡のような天球。
地平線まで続く広大な緑の平原。
そしてそれを貫く灰色の道路。
その片隅で、まるで小石のように並んで眠る二人。

 今日は終わり。明日を迎える。
9 :名無し三号さん :2013/07/14(日) 21:39
>>1-8
こんな感じです。
なんかこの二人でってたくさん作品あるんで、需要あるのかな…。
ではまた次回まで。
10 :名無飼育さん :2013/07/14(日) 22:19
こんな感じがどんな感じに進んでいくか楽しみです
11 :名無飼育さん :2013/07/14(日) 23:23
ぽんぽんコンビ大好きなんで楽しみにしてます(o^∀^o)
12 :名無し三号さん :2013/07/16(火) 10:17
続き行きます。
13 :第二輪 :2013/07/16(火) 10:19
翌朝。
みずきが身体を起こすと、隣のベッドは空になっていた。
少し離れたところで、えりぽんがスパナ片手にオートバイと格闘している。
その背中に「おはよう」と挨拶すると、彼女は振りかえった。

 「早いね」
 「起きるまで待ってるんもアレやしね。とりあえずこれで
 動かんかったら次の町までは歩きになってしまうけん」
 「…大丈夫だよ、今までだって頑張ってきたんだから、この子もさ」

みずきがオートバイに触れて言う。
オイルとカーボンで真黒に汚れた軍手を外すと、えりぽんは
お手製の焚き火で沸かされたヤカンの具合を確かめる。
昨日入手できた給水塔の水を消毒しているのだ。

ガスコンロを使ってしまうのは勿体ないため、昨日の内に休憩所の周りから
かき集めた木の枝や枯れ草をレンガの上に一塊にして、ライターで着火したもの。

 「って言っても、まだまだ現役なのに前の持ち主のせいで
 かなりくたびれとおからね。本格的に新しいものに取り換えんと
 どんどん年老いてしまうっちゃよ。
 新品のオイルがあれば、部品を洗浄することもできるっちゃん。
 磨くのにドロドロの廃油やと可哀想やけんね」
 「やっぱり詳しいね、えりぽんは」

えりぽんはオートバイの知識をそれなりに持ち合せているから
操作と修理をすることが可能だが、破損しているかもしれない部品までも
修復するということは出来ない。
あとはオートバイの性能にかかっている。
ハンドルを握り、えりぽんがスターターに脚をかけた。
14 :第二輪 :2013/07/16(火) 10:20
 「結局のところ、神頼みやね」

祈りを込めて、思いっきり蹴りつける。
どひゅるるるる。
気の抜けた音。何度も蹴りつける。
どひゅるるるる。
どひゅるるるる……ガコン。
最後の気の抜けた音のあとに、何かが落ちたような音が重なった。

それを聞き届けたあと、二人は同時にため息を吐いた。

 *

二リットルのペットボトルに煮沸消毒された水を詰めると
野宿に役立ちそうな薪は細かくして専用のバッグに。
野宿グッズは元の包みに収納し、動くことを放棄したオートバイに取り付ける。
僅かに動いただけでも、二人の肌は汗ばんでいた。
今は夏。
朝の九時を過ぎれば太陽にも気合が入り、二人の上に容赦なく降り注ぐ。
まるで暖房の熱風を受けているようで、設定気温を下げるように願いたいが
相手は一億五千万キロの彼方だ。

 「あーあ、新しい部品が落ちてたり、どこかでオイルが吹き上がってないかな」
 「オイルが吹き上がるとか嫌過ぎる。臭いし」
 「言葉にするだけならいいじゃん」
15 :第二輪 :2013/07/16(火) 10:20
ヘルメットを抱えたみずきの願いに悪態をつくえりぽん。
黒い合成革のサドルは、もう触れ続けるのが難しいほど暑くなっていたため
軍手を付けて押し進めていた。
バイクのことは確かに心配だ、心配だが、心配の種はもう一つある。
えりぽんの腹の虫が唐突に声を上げた。

 「…カンパン食べる?」
 「ああ、昨日のサンドウィッチがどこにあるか分からんとよ…」
 「これだけとは言ってないじゃない、ほら」
 「へ?」

カンパンの後に取り出された小瓶が一つ。
パッケージには苺の絵が描かれていた。
えりぽんの目が見開かれる。

 「こ、これは 苺 ジ ャ ム !」
 「ホントはパンにのせようと思ってたんだけどね。
 これでちょっとはマシになったでしょ?えりぽん」
 「さすがみずきったい!」

ベンチの上で一食分の缶が開けられ、二人は出発前の朝食を摂る。
僅かながらもカロリーの補給に成功し、二人の足取りは昨日よりも
心なしか軽くなっているような気がした。
16 :第二輪 :2013/07/16(火) 10:21
 「…あつい」
 「あついね…」

上下に太陽があるかのように太陽光と照り返しに焼かれて既に半日。
二人は光を遮る帽子を被っていたが、熱が籠り過ぎて額に汗が滲む。
何度目かの休憩をはさんでも、殺意が見え隠れする強烈な日差しの下で
楽しい気分も嫌な気分も蒸発してしまった。
あとには、オートバイを押し続ける機能を持ったロボットのような虚ろな形相が二つ。
二人を囲む風景は、半日前から変化はない。
長居道路とその左右を挟む草原。
違いがあるとすれば、日射しの角度ぐらいだろう。

オートバイが杖代わりになっている為、これを放り出せばもう歩くことは出来ない。
バイクに積んであるペットボトルはたったの五本。
人は最低でも一日一リットルの水を飲まなければ生きていけない。
次の補給までどれだけ解らないこの旅ではむやみに水を消費することは自殺行為だ。

脱水症状にならない程度には摂取しているが、汗で全て流されてしまう。
いっそうの事、この水を浴びたくなる衝動にも駆られたが、理性を無理やり引っ張りだす。

 もし、現在のこの国が平常通りに運行していれば、携帯電話で救助を
 呼ぶことができるのだろうが、今の携帯電話という機器の便利性を説くなら
 一部の付属機能ぐらいだろう。それよりもまず電池切れのために意味を成さない。

そんな事を考えているうちに、ついに二人は坂の頂上へと到達した。
緩やかな上り坂が終わり、「ふあ−っ」っとみずきが大きく息を吐く。
そして思わず振り返ってみると、緩やかな坂は延々と続き、地平線まで伸びて空と繋がっている。
出発した休憩所は、既に地平線の向こうだった。

 「ねええりぽん、そろそろ休憩しない?…えりぽん?」
17 :第二輪 :2013/07/16(火) 10:22
みずきの呟きに、えりぽんは応えなかった。
不審に思って向き直ると、えりぽんは鞄から双眼鏡を取り出して覗きこんでいる。

 「何か見えるの?」
 「…ちょっと見みるったい。あそこ、なんか違うっちゃろ?」

突然ピントのずれた視界に目が驚くも、すぐに正しい像を結ぶ。
先ほどとは正反対の緩やかで長い下り坂の先。
ちょうど地平線の辺りを眺めてみると、その付近だけ周囲と違う。
それは森というよりも、開拓されたような一画。すぐに分かった。

 「あれって家じゃないっ?ほら、あそこが畑になってて、野菜が実ってる!」
 「荒れてないところを見ると人がおるってことやんね?」
 「行こうえりぽん!」
 「当然!」

みずきが双眼鏡を鞄に放り込むと、思いっきりバイクの後ろを押し始める。
えりぽんの腕にも力が入る、気合いが先ほどよりも燃えていた。
18 :第二輪 :2013/07/16(火) 10:23
例の民家に辿り着いた頃には、影がすっかり長くなり、カラスの鳴き声が聞こえていた。
えりぽんはバイクのスタンドを立て、建物を見上げる。
孤独な家屋と畑を見回し、収穫間近な野菜が見えた。
野菜が苦手なえりぽんでも、その姿はとても懐かしさを感じるものだった。

 「おいしそうだね」
 「みずきは食べれるからそう思えるとよ」
 「でも実際おいしいもん。野菜ジュースくらいは飲めるようになろうよ」
 「うるさいー」

太陽に照らされて深紅に輝くトマト。怪しい農薬の使用を疑ってしまうほど巨大なキュウリ。
隣のみずきはその姿を感動した目線で見つめている。
ここまで丹念に育てているのであれば、住人は一人、いや二人は居るだろう。

野菜の群れを進んでいくと、そこは道路沿いに広がる畑のほぼ中心に位置する
井戸のような形の水汲み場であった。
人工的に作られた小さな丘のような場所に寄り添うようにあり、石垣で補強された
山肌から突き出たパイプから、驚くほど透明な水が流れ出ている。
その下にあるコンクリート製の水桶を満たし、溢れさせていた。

 「これ、飲んでもいいとかな?」
 「お水くらいなら、いいよね?」

二人は顔を見合わせると、乾ききった喉をゴクリと鳴らす。
水桶に浮いていたプラスティックの洗面器で水を掬う。
軽度の日射病と熱中症と空腹と疲労の身体に口内へ冷水が吸い込まれていく。
19 :第二輪 :2013/07/16(火) 10:23
それを境に歯止めの効かなくなった二人は全身にぶっかけ合う。
それぞれ器を掴み、水を掬って何度も何度もぶっかけ合った。
自分達が服を着ているのも忘れて、思う存分水遊びを楽しんだ。



 「…あのー、どちら様ですか?」

ばだばだと足元を水たまりで溢れさせながら、声の主を振り返る。
そして二人揃って仰天した。
20 :名無し三号さん :2013/07/16(火) 10:26
以上です。
次回はあの子が出るんだろうね。
そして早速読者さんが来てくれてありがとうございますっ。
マイペース更新ですが、よろしくお願いしますっ。
21 :名無し三号さん :2013/07/16(火) 10:27
>>13-19 つけ忘れましたorz
22 :名無飼育さん :2013/07/17(水) 07:10
どの子が出るんだろうね
楽しみです
23 :名無し飼育さん :2013/07/17(水) 20:33
なんだか面白そうなのが始まってる!
この舞台になってる世界観が気になります
24 :名無し三号さん :2013/07/19(金) 19:52
続きです。
25 :第三輪 :2013/07/19(金) 19:54
きっと怒られると思ったが、目の前に居たのは笑顔の少女だった。
穏和そうな笑顔はますます強くなっていき、農作業をしていたのであろう
籠を持ちながらお辞儀をする。首には手ぬぐい。
二人もそれにならって頭を下げた。

 「もしかしてお客様、かな。あ、タオル貸すんで、こっちへどうぞ」
 「ご、ごめんなさい。こんなにお水ぶちまけちゃって…」
 「良いよ良いよ、むしろこの方が涼しくなって助かるから」

二人は石のベンチへと腰かけ、少女はどこかに行ってしまった。
ベンチは余裕で五人は座れるであろう長さがあり、上には屋根が
設けられていて日射しが遮られている。
水場も近く、アスファルトの上よりは温度が低い。

先ほどの少女が戻ってくると、腕の中には二人分のタオルがあった。
どうぞ、と差し出されて、みずきとえりぽんは顔の水分を拭う。
干されていたのを持ってきたのか、太陽の温かい感触が顔を包んでくれる。

 「えーと、かのんちゃん、で、いいのかな?」
 「うん、もう名字は忘れちゃったから。ええと。
 あ、そうだ今ちょうどいいかもしれない。食べる?」

かのんと簡単に紹介した彼女が勧めたのは、別の湧き水でほどよく
冷やされ、夏の太陽に照らされてこれでもかというほど輝く、トマトだった。
みずきはイエスと答えたが、えりぽんの顔が引きつったのは言うまでもない。

 「ここ、一人で居るわけじゃないでしょ?」
 「うん。ここには光井さんと一緒に暮らしてるんだけど、今いないんだ。
 だから留守番してるの」
26 :第三輪 :2013/07/19(金) 19:57
光井さんというのは女性で、この里山で野菜を作っては、物珍しさに
立ち寄ってくれる人達へと提供したり、バイクで運送している人だそうだ。
かのんはここから離れた町の出身で、度々会っている内に懐いてしまい
この場所で一緒に暮らすことになったらしい。

 光井さんが共に住もうと思った理由を、二人は聞かなかった。

 「お世話になってたんだね」
 「うん、でも、光井さんは喜んでくれたんだよ。あたしがここに来たのを知ったら
 よく来たねって言ってくれたの」
 「きっと、光井さんもかのんちゃんのことがとても気に入ってくれてたんじゃないかな」

みずきの言葉にかのんは照れくさそうに笑った。
 
 「ねえ、みずきちゃん達は旅行してるの?」
 「ん?うんまあ、えりぽんのバイクでいろいろ回ってるの」
 「へえ、じゃあ泊まっててよ、今日もまだ光井さん帰ってこないだろうから
 せっかくもいだトウモロコシもたくさんあるし、一緒にどうかなって」
 
そう言って籠から取り出される綺麗な黄色のトウモロコシ。
えりぽんへと視線を向けると、彼女は口を尖らせながらも頷く。
この機会を逃せば、確実に今日も野宿決定だ。

 「かのんちゃんが良いなら、お邪魔しようかな」
 「分かった、じゃあ部屋を綺麗にしとくから、荷物があるなら持ってきて」

かのんが小走りに建物の方へと駆けて行った。
その時にみずきがえりぽんに語りかける。
27 :第三輪 :2013/07/19(金) 19:58
 「ねえ、当分お世話にならない?」
 「当分って、いつまでと?」
 「かのんちゃんが言ってた光井さんが戻って来るまで、かな。
 急いで走る予定もないしね。
 あと、えりぽんの野菜嫌いを克服させるチャンスだよ」
 「…別に食べれんわけじゃないっちゃけど。温野菜なら食べれるけん」

みずきの笑顔にえりぽんは口を尖らせる。
そんな二人はバイクへと自分達の荷物を必要な分だけ取りに行くと
かのんがトウモロコシを洗って、これから焼こうという時だった。

地平線へと降りてゆく夕日が、風景に染み渡るような赤い光を
投げかける中、僅かな風邪にトウモロコシの畑がさわさわと音を奏でる。

 「甘ーい!」
 「この焦げ具合がたまらんとー!」

バーベキュー用の網の上に食べる分だけを置き、醤油ダレを縫ったものと
素のままのと二種類を用意する。
美味しそう、という言葉が素直に出てくるほどとても良い匂い。
事実、美味しかった。
トウモロコシは収穫してすぐが一番美味しいと言われているため
最終的に三人で軽く5本は平らげた。
えりぽんですら食べられたのだから、その美味が容易に想像できる。

 「なんで焼いただけで食べ物って美味しくなるんだろ」
 「もぎたてで焼き立てで、でも美味しくないって方が詐欺じゃない?」
 「そりゃそうだ」
28 :第三輪 :2013/07/19(金) 19:58
時間が夕暮れというのもあり、昼間二人を苦しめていた暑さも
随分と和らぎ、穏やかな風が吊るされた風鈴を揺らして、涼やかな音を立てている。
どこからか漂ってくる蚊取り線香の匂いは、夏の香りだと誰かが言っていた。
えりぽんとみずきは縁側で涼しみ、かのんはお風呂に入っている。

久し振りのお風呂は身に染みた。
女の子がお風呂に入れない、これは厳しい。特に匂い。髪の痛み。汗。
何日も溜めこまれたそれを洗い流され、清められたという事実に涙が出た。
二人の身体からは清潔な石鹸の香りが微かに漂う。

手間をかけて整えられた庭には、季節を終えた紫陽花。
その後ろに並ぶ夏の花々。大輪の向日葵。
ビニールハウスが広がり、並べられたプランターに、緑の植物がずらりと並んでいる。
座布団を枕代わりに寝転んでいたえりぽんがふと呟く。

 「あれって苺かいな?」
 「どうだろ、あとでかのんちゃんに聞いてみよっか」
 「…あの子、なんであんなに笑えるんかな」
 「え?」
 「だって一人で野菜の世話しとおっちゃろ?こんなに大きい規模の。
 普通あんなに笑えんとよ、一人で大変やのに」 

少し低いトーンで呟くえりぽん。
団扇を仰ぐみずきは、かのんの姿を観察していたが、確かに笑っていた。
ニコニコ。ニコニコ。
まるで慣れ過ぎた様に、そうしなければいけないような笑顔。
それは誰に対するものなのか。
だがみずき達に浮かべるそれは嘘のようにも思えない。
29 :第三輪 :2013/07/19(金) 20:02
 「そんなに野菜に囲まれて幸せーな感じでもないやろし。疲れんのかいな…。
 それに光井さんって人、もしかしたら」
 「えりぽん、それ、かのんちゃんの前で言っちゃダメだよ。
 それに、あの子がまだ"覚えてる"ってことは、まだ大丈夫ってことでしょ?
 もうやめよう。この話、軽々しく出す話題じゃないよ」
 
みずきが先ほどよりも険しく、少しだけ眉をひそめる表情に
えりぽんは「わかっとおよ」と横目を逸らした。
誰かがどういった理由でそのようになっているのかを二人が
知ったことで、それを否定することも、肯定することもできない。

 何故なら、そう在るべきだという物事は一つもないのだから。
30 :第三輪 :2013/07/19(金) 20:07
>>25-29
短いですが以上です。うーん『農場編』って事で。
正解はこの子でした。
本人がめっちゃフィーチャーしてるのに
あんまり見た事がない先輩だと思。
31 :第三輪 :2013/07/19(金) 20:14
なんか誤字が目立っててすみません…。
32 :名無し三号さん :2013/07/19(金) 20:17
>>1-8 第一輪
>>13-19 第二輪
33 :名無飼育さん :2013/07/21(日) 05:52
どんな世界なんでしょう。気になります。
旅するぽんぽんイイですね。
34 :名無し三号さん :2013/07/22(月) 23:22
続きです。
35 :第四輪 :2013/07/22(月) 23:26
無言になってしまった彼女に、みずきが声を上げる。

 「えーりぽん」
 「んー?」
 「膝貸してあげるからおいで」
 「え?ちょっ…」

呆けたような声でえりぽんが聞き返す。
だがそれに答えずにみずきは彼女の方へ移動し、座布団を奪って
強引にえりぽんの頭を膝に乗せた。その手捌きにきょとんとするえりぽん。
心地よい重さに、自然と手が彼女の前髪に触れる。

 「…普通こういうのってさ、男子が喜ぶヤツっちゃない?」
 「いいじゃん。なんなら頭撫でてあげるし」
 「それはみずきがしたいだけやん」

小言を叩いた後、二人の間に、少し長い沈黙が流れた。
いつもの、今日の食事と明日の燃料を心配して飛び回るような日々で
ほとんど有り得なかった穏やかな時間。
そもそも過去の日常でさえ、こうした事は数えるほどしかない。

昔、小学生ぐらいの時に甘えるようにして膝枕を
してもらった事を思い出した。とても懐かしい。温かい。
それが誰にしてもらったかは、霞がかかった様に思い出せないのに。

 「落ち着いた?」
 「……」
 「えりぽん?」
36 :第四輪 :2013/07/22(月) 23:28
返事ではなく、寝息を立てている事に気付いて、みずきはえりぽんの
頭を撫でるのを止めて、空へと視線を仰いだ。
実は、えりぽんがお風呂に入っていた時、かのんの畑仕事や
家事などの雑用を手伝って、少しの時間働いていた。
それが一泊食事つきの対価になるとは思っていない。

金銭で支払おうにも、物流がほぼ途絶えているこの土地で、それが
対価として役に立つとは思えない。
しかし、かといって金銭に代わる物なども持ち合わせていない。

 「ま、なんとかなるよね。うん」

みずきは体力には自信があった。
あと何日停泊できるか分からないが、こんな所に一人でいるかのんを
おいて次の場所へ行くということも出来ない。
収穫ぐらい手伝ってやることは出来るのだから、協力しよう。
もしかしたら、という考えが頭を過る、が、その時に背後で声が上がった。

 「上がったよー…あれ?えりちゃん寝ちゃってる?」
 「あ、かのんちゃん。うん、もうこのまま寝かしちゃおうかと思って」
 「じゃあ移動させようか」

みずきはえりぽんを半ば引きずるようにして、かのんに空き部屋へと案内される。
客人用の布団を引っ張り出し、就寝準備をして彼女を寝転ばせた。
相変わらず爆睡中のえりぽんの髪を整えてやりながら、言葉を置く。
37 :第四輪 :2013/07/22(月) 23:29
 「ずっとバイクの修理と葛藤しながらだったからね、疲れが溜まってたんだよ」
 「故障したの?」
 「うん。ちょっと前からね、部品が足りないみたいで」
 「…部品が足りないだけなら、当てはあると思うよ」
 「え?」
 「運送はバイクでやってたからね。多分農機が入ってる物置に
 いろいろ部品があるかもしれないから、明日見せてあげるよ」

みずきはそれを聞いて、かのんの両手を引っ掴む。
それに驚きながらも、みずきの言葉に対して笑顔を浮かばせた。

 「なんでも手伝うよ!なんでも言ってね!」

言葉が微妙な畳語になるほど、みずきはとても嬉しかった。
ニコニコ。かのんは笑っていた。

約束を交わしたかのんとみずきもまた布団を並べて、早めの就寝にはいる。
明日もまた長い。野菜の手入れや家事という仕事が待っている。
毎日、毎日。
まだ帰ってこない家の主を待ちながら。

夜。
日はすっかり落ち、草原の真ん中にぽつんと立つ民家も、周囲の全てと同様
夜のとばりに包まれていた。
もちろん電気は通っていないので、灯りは年代モノの行灯が一つ。
それでも闇に慣れた目には十分で、オレンジの温かな光がこぢんまりとした
室内を照らしている。
光源は自家製の蝋燭らしい。
柔らかく揺らめくが力強い光量。魅入ってしまう逸品だ。
38 :第四輪 :2013/07/22(月) 23:30
こんな場所であるから、二人が良く知る都会の不夜城とは異なり
車の排気音や人々の喧騒は一切無い、代わりに夏の虫たちの生命を賭けた
混声合唱は酷く大きな音に聞こえて、慣れない人は眠るのも辛いだろう。

みずきはといえば、別にこの程度の音は珍しくもない。
伊達にこの数ヶ月間、放浪の旅をしているわけではない。
それは隣で寝ているえりぽんもそうだが、苦手な環境は、と問われれば
やはり野宿での防犯対策だろうか。

いくら人通りの少ないこの地域でも、動物に襲われることもあるのだから
それなりに施設があるような場所を確保するようには心がけている。
今回のような奇跡的な出会いがこれからもあればいいのだが。

 「あ、そうだ」

ふと思い出して、持ち込んだ荷物の中からノートを取り出す。
えりぽんには「お絵かき帳」と称されてはいるが、文章もそれなりに書いている。

 「そのノートは何?」

突然問われ、みずきが顔を横に向けた。
隣部屋で寝ていたと思っていたかのんが襖越しに覗いている。

 「これはね、記録、かな」
 「記録?日記つけてるんだ?」
 「うん、とりあえず覚えてることだけでも書いておこうと思って」
39 :第四輪 :2013/07/22(月) 23:30
パラパラとめくる。これまでの数ヶ月の記録が文字として、絵として。
蝋燭の光に照らされるそれらは、過去の記憶だ。
実際に起こっていたことだ、実際に出会ってきた軌跡だ。
例え忘れていても、ここに書かれていることは全て思い出なのだ。

 この世界で、"忘れる"ということがどんな意味をもつかは知っている。
 だからこそ自分の手で、忘却を保存する。
 生きていた、この記録達は確かに、生きていたのだから。

みずきは一撫ですると、鉛筆を走らせていく。

 「…ねえ、みずきちゃん」
 「んー?」
 「みずきちゃん達は旅をしてるけど、どんな人達と会ってきたの?」
 「……そうだなあ。大人から子供まで、女の子から男の子まで。
 みんな、それぞれ違う生活をしてたよ」

顔が霞んだように白い、笑顔だったか、怒っていたか、悲しんでいたか。
瞼を閉じると、それは一瞬にして消えていった。

 「ふうん。じゃああたしみたいなのも居るのかな」

鉛筆を握る指がピクリと反応する。
それは、その言葉は、どういった方向性のものなのか。
かのんに視線を向ける、彼女は、ニコニコと笑っていた。
笑っている。笑顔。それは、誰に対する笑顔なのか。

それは、それは。
誰を迎えるための笑顔?
40 :第四輪 :2013/07/22(月) 23:32
みずきは気づかれないように唇をきゅっと噤んだ。
そして、みずきは聞いてしまう。

 「かのんちゃんは、どうして光井さんについて行かなかったの?」
 「どうしてって、留守番するように頼まれたからだよ?」
 「かのんちゃんは、それで良いって思ったの?」
 「だって、ここが無くなったら困ることだってたくさんあるし。
 あ、それにね。みずきちゃんみたいなお客さんも時々来るんだよ」

かのんは自分が出会ってきた人達の思い出を語り始める。
自分と同い年の子供達や、その両親らしき大人。旅をするお姉さん。お兄さん。
ここの野菜の出来栄えを口を揃えて褒めてくれたおじいさんとおばあさん。
客人用としての布団を備えているのも、訪問者への宿泊も兼ねていた事からだ。

 「だから、ここを無人にするのはちょっと無理っていうか。
 それにそろそろ配送の日になるから、なんとか頑張らないと」

みずきはその言葉を聞いて、力が抜けたように口が半開きになった。
呆れた、という訳ではない。
ただ、止めていた息を吸おうとして、口が無意識に酸素を求めただけ。
そして、何かを言おうとしたように微かに動き、止める。

 「じゃあ、私も手伝うよ、収穫作業っ。一泊の恩を返さなきゃ」
 「それは助かるけど、なんか巻き込んだみたいでごめんね」
 「そんな風に思わないで、えりぽんにも手伝わせるから、三人なら
 早く片付けられるでしょ?」
 「うんっ、ありがとう。みずきちゃん」
41 :第四輪 :2013/07/22(月) 23:33
ニコニコ。笑顔。普通なら心が温まる笑顔。
みずきも笑えるように努めたが、ちゃんと笑えていただろうか。
えりぽんの背中越しで二人は話し合っている。

 ああ、またか。えりぽんは彼女の真意を心の中で想った。
42 :名無し三号さん :2013/07/22(月) 23:39
>>35-41
以上です。

感想ありがとうございます。
皆さん世界観がとても気になっているみたいで。
テーマとしては「忘却の希望」とだけ。
43 :名無飼育さん :2013/07/24(水) 01:56
続きが気になって仕方ありませんが、
ゆったりお待ちしています。
44 :名無し飼育さん :2013/07/26(金) 00:18
世界観が少しずつ分かっていくような、でもまだまだ全容が見えませんね
これからが楽しみです
45 :名無し三号さん :2013/07/27(土) 20:19
続きです。
46 :第五輪 :2013/07/27(土) 20:21
二日目。
えりぽんはかのんにつられて、農機が収納されている倉庫へやってきた。
錆ついたガレージの扉を引き上げると、夏の熱風が沸き上がる。
一応の換気はしてあったが、やはりこの時期には暑さが籠るのは当然。
手袋を付けての作業でなければ、火傷してしまいそうだった。

 「よくここで修理してたの見た事があるんだけど、あたしはそこまで詳しくないから」

そう言って部品が入っていると思わしきダンボールが1、2、3…。
合わせると4箱にも至るそれらを、えりぽんは一つずつ確認しなければいけない。
所有者の居なくなってしまい、軽度に錆びてしまったそれら。
オイルでそれらを丁寧に磨くのも仕事に含まれる。

 「ありがと、お世話になるっちゃ」
 「良いよ。何かあったら畑の居るから呼んでね」
 「…かのんちゃんっ」
 「ん?」
 「…みずき、ちょっとおっとりしとお所があるけん。
 野菜とか落とすかもしれんけど、頼むけんね」
 「じゃあ売り物にならなくなったら、責任をもって食べてもらうよ、えりちゃんに」

ギョッとしたえりぽんに「連帯責任連帯責任」と笑ってタオルを首に巻くかのん。
炎天下の中、帽子を被り直して外へと走っていった。
既に収穫をこなしているみずきへ手伝いに行ったのだろうが、えりぽんは
小さく呟く、外に響かない程度にただそっと。

 「まだ"色"はあるったい。まだ軽いんやね」
47 :第五輪 :2013/07/27(土) 20:22
ダンボールの中を漁りながら、えりぽんは思い出していた。
本当は思い出したくはない。自分達がこの旅を選んだ理由など。
今となっては、過去というものを遡っても意味はない。

 ―― 身体を小さく丸めた彼女を見つけた日、あれは"終わりの日"だった。
 自分達が終わってしまうことを悟った瞬間だった。
 自分よりも背の高い彼女が、とても希薄に見えた。
 撫でようとした髪の"色"が黒から灰色へと変わっていた。

  ――思い出せないんだ 思い出せないの 自分の名前も
  ――お母さんも お父さんも お兄ちゃんも 友達も
  ――君の名前も 

 彼女の言葉を遮るように、その腕を掴んで立ち上がらせた。
 驚いた表情から大粒の涙が流れている。ただ一言だけ。

  ――何度だって呼んでやるけん!みずき!えりが呼ぶから!
  ――みずき 旅に出よう!えりと一緒に 旅に!

 彼女は頷かなかったが、ただその目は、強く、強く自分を見つめていた。

ため息を吐く。思い出したあとはすぐこれだ。
自信があるように見せないと、自分もいつでも泣きだせる一歩手前の状態。
そんな風になってしまっては、彼女も不安がるのを知っている。

タオルで汗を拭うように、目尻の涙を止める。
一人になった時にはすぐにこれだ。泣き虫は、いろんな意味で損をする。

 何時まで。何時までも。心は思う。ただ、想うだけで良いのに。
48 :第五輪 :2013/07/27(土) 20:23
みずきは鼻歌まじりに、野菜の選別をしていた。
今自分達は重度の食料難に陥っているのだ。
だが、この炎天下で生野菜を持ち歩くわけにはいかず、食料としてこの野菜達を
分けてもらうことはできない、そんなことを思いながら手の中のキュウリにため息。

とりあえずかのんには悪いが、可能な限り自分達の腹に詰めるしかない。
そしてえりぽんも精神的に厳しいかもしれないが、水分の意味も込めて
野菜を食べれるように頑張ってもらおう。
キャベツが埋まっている土を掘っていたシャベルをグッと握りしめた。

 「あのお、どちら様ですか?」

後ろから声を掛けられた。畑の中で、みずきは振り向く。
逆光だった所為もあり、みずきは眩しさを腕で遮る。声に聞き覚えは無い。
芯が通ったようなその声は、かのんやえりぽんでもない。
どちら様、というのはこの場合、みずきが言う側のような気がするが。

 「あなたこそ、どちら様ですか?」
 「ありゃ、質問を質問で返されちゃった…あの、かのんちゃん居ますよね?」

かのんという単語が聞こえ、逆光の中で見知らぬ少女の姿が視界に入る。
小さいが、顔の部分一つずつがハッキリしていて、大人のように帯びている。
だが、身長は小さい。
麦わら帽子を被る彼女はそれを手で取ると、黒髪がなびいた。

 「あゆみちゃん…?」
 「かのんちゃん!」
49 :第五輪 :2013/07/27(土) 20:27
今度は逆方向。身体を半分ほど捩って振り向くと、かのんが立っている。
それはどこか驚きの表情で、それはどこか嬉しそうな表情で。
微かに困惑した色を見せる。「あゆみ」と呼ばれた少女は気付かない。

 「良かった、もうここに居ないかと思ってた。別の人が住んでたから」
 「あはは違う違う、みずきちゃんは旅行者だよ」
 「旅行者?…あ、あー」

何かを悟った様に、あゆみはみずきへお辞儀した。どうやら謝罪という事らしい。
みずきも何とも云い難い笑顔になったが、これはいい機会だと思った。
一人で住んでいたかのんへの訪問者、あゆみ。
色白の彼女は、みずきを見て口元だけで微笑んだ。
50 :第五輪 :2013/07/27(土) 20:29
 「1、2、3、4、5。よし、あとはこれとこれが1つずつあったらいけるったい」

えりぽんは一人で黙々と使える部品を探しながら、オイルで磨いていた。
プラグの規格も合っているため、もしかしたら同じオートバイがあったのかもしれない。
これでまた、旅に出れる。

 旅に。
 ……
 ただ、少しだけ気になっていることがある、みずきだ。
 一泊の恩があるとは言え、みずきはかのんへの思いがとても強い。
 自分の過去があるから、すぐに切り捨てるような事はしたくないのだろう。

誰かの過去を思って、誰かの未来に泣いて、誰かの姿を愛する。
それがみずきだ、自分のことも不安で仕方が無いはずなのに。
否、だからこそだろう。これまでもそうだった。
そして、自分もまた。

安息を得るために留まるつもりは、えりぽんには無い。
みずきは、えりぽんが「そうする」と言えばそうするだろうか。
「嫌だ」と言えば、「嫌だ」と言うだろうか。

正直なところ、みずきと自分の関係はあまり深くはない。
学校での先輩と後輩。帰り道が同じで、家が少しばかり近所というだけ。
えりぽんが福岡から東京へ引っ越してきたとき、最初に出逢った
同性が、みずきであり、最初に話を交わしたのもみずきだった。

それだけ。
それだけの関係だ。
51 :第五輪 :2013/07/27(土) 20:29
ただ、えりぽんは、彼女が行く先に一緒に行くだろう。
彼女が自分の行く先へ一緒に行くだろうか。そうだったら嬉しい。

 「それだけで、人っていうんは生きていけるもんなんやね」

普通の生活では知りえなかった事を、こうした状況になってようやく知る。
ああ、人間というのは何処までも鈍感なのだろう。
そしてえりぽん自身も、未だ自身の心には鈍感である。

 「…今はこの部品で修理できるか確認するんが先ったい」

我に返ったようにそう呟くと、えりぽんは一箱にまとめたダンボールを担ぐ。
オートバイがある場所へと向かうと、そこに見知らぬトラックがあった。
ナンバープレートは磨り減ってしまってほとんど分からない。
そしてえりぽんは、誰かがこちらに近付いてくる気配を感じる。

かのんか、みずきか。
壁伝いに見守っていると、現れたのは白髪交じりの中年男だった。
サングラスをかけ、無精ひげを生やしている。
腕には籠を持っていて、その中には大量に収穫された野菜の数々。
一瞬、光井さんというのが頭に過ったが、確か女性だ。
それに運送はバイクでやっていたという。
見知らぬ男に、えりぽんが咄嗟に思ったのは。

 「や、野菜泥棒…っ?」

かのんの話では、この民家には僅かながらも物珍しげな旅行客が来ると言う。
もしかしたら自分達と同じく食糧難になってしまってこんな愚行を。
52 :第五輪 :2013/07/27(土) 20:30
中年男はどんどんトラックへと積んでいき、疲れた様に肩を自分で叩いている。
かのん達を呼ぶべきか。それとも。
えりぽんは近くに立て掛けてあった鍬に手を伸ばす。
爪先の三本は錆びてしまい、土で汚れてはいるが、殺傷力は劣っていない。

 「おじさん、その野菜どうすると?」

えりぽんの声に振り向く中年男は、乗せようとした籠をひっくり返した。
鍬を自分に向け、見知らぬ少女が立っているのだから驚くしかない。

 「お、お嬢ちゃんは一体?」
 「質問に答えるったい!これはかのんちゃんが一生懸命育てた野菜っちゃ!
 無断で持っていくなんてえりが絶対に許さん!」

それは彼女なりの正義感からだった。
かのんが丹精込めて作った野菜達を、ただ自分の欲を満たしたいが為の
人間に無残に持って行かれてしまうのは、嫌だった。

えりぽんは知っている。この世界にはあまりにも無慈悲な事が多い事を。

 「その野菜達を置いてとっとと出ていくったい!」
 「い、いや待て、お嬢ちゃん。話を」
 「見苦しいとよ!」

 「えりぽん!」
 「おじさん!」
53 :第五輪 :2013/07/27(土) 20:32
対峙する二人の背後から投げかけられた二人の名前。
それにえりぽんは咄嗟に振り返った。
そこには見知らぬ顔の少女と、中年男に、ではなく、えりぽんを睨むみずき。
えりぽんはその意図が分からずに、だが鍬を中年男に向けたまま。

 「た、大変とよみずき!野菜泥棒ったい!」
 「えりぽん、それ下ろしてっ」
 「な、なんで!?だってこのおっさんが勝手に」
 「この人はここの管理人さんだよ!」
 「……え?」

えりぽんはその言葉に一瞬だけ反応に遅れた。
みずきに鍬を取られ、代わりに素手のチョップを喰らわされる。
呆気にとられたえりぽんの前を、麦わら帽子を被った少女が通り過ぎていく。

 「ど、どういう事と?管理人って?」
 「だからここの管理人さん。あのね、えりぽん実は…」
 「そうか、お嬢ちゃん達は旅行者なのか、それは無理もない」

籠に全てを収めた管理人と少女が、口を開こうとしたみずきの背後で向かい合う。
麦わら帽子を取り、中からは大人びた顔が現れたが、そこにはどこか真剣さが伺える。
管理人はタオルで汗を拭うと、一呼吸置いて、ある事を口にした。

 「私はここから1時間ほど離れたところに住んでいてね。
 依頼を受けて販売や運送をしてる、ここは共同農園で、時々ここに来るんだよ。
 前までは光井さんに任せていたんだが…」
54 :第五輪 :2013/07/27(土) 20:34
管理人が口ごもる。
その時、背後から近づいてくる足音に、4人の目線は注がれた。
かのんが、立っていた。

 「ごめんね、二人共。なかなか言い出せなかったんだ」

ニコニコ。ニコニコ。笑顔が少しだけ、悲しそうに見える。それでも笑う。
なんて不自然な笑顔だ。

 「事故に遭ったの。足を患っていたのに、無理してバイクに乗ってて。
 その日は雨だったんだ。視界も悪かったんだろうね。
 見ての通り、ここには病院もないから、手の施しようもなかったんだ」

かのんが無機質に言葉を発している。
みずきがえりぽんの腕にグッとしがみつく。
なんて有り触れた話だ。小説でも漫画でも聞いたことのある悲劇のお話だ。

 だが、あの中には必ず現実の内容が含まれる。
 現実とリンクさせる傾向にある。
 物語とはそういうものだ。どんなに突拍子な設定を埋め込んだ所で
 現実の常識や法則の範囲を越えない。越えたとしても、その心情は人間の其れだ。

そしてこれは、小説でも漫画でもなく、紛れもない現実。
告げたかのんの笑顔に、えりぽんは怒りを覚えた。
だがそれは、自分も同じだった。
55 :第五輪 :2013/07/27(土) 20:35
ヘラヘラ。ヘラヘラ。ああ、そんな顔をしないでほしい。
何も言えなくなってしまうじゃないか。自分が、彼女と同じだと思い知らされる。
笑っていれば。
笑っていれば。

過去を偽ることができる。
56 :第五輪 :2013/07/27(土) 20:46
>>46-55
以上です。
はい急展開入りました。
あゆみんがシレッと出て来て「かのんちゃん」と呼ばせてやりました。
現実でもそう呼び合えばいいのに。
57 :名無し三号さん :2013/07/27(土) 20:48
>>1-8 第一輪
>>13-19 第二輪
>>25-29 第三輪
>>35-41 第四輪
58 :名無し三号さん :2013/08/10(土) 01:39
続きです。
59 :第六輪 :2013/08/10(土) 01:42
 『フクちゃんが学校を休んでもう三日になるよ』
 『やっぱり…みずきちゃんも発症したのかな?』
 『先生が髪の色がどうとかって話してた』
 『ちょ、それって…全然気付かなかった…』
 『…ねえ、様子見に行かない?』
 『でも感染する可能性があるって』
 『あんなのデマでしょ、学校に来てた子と仲が良かった子達
 なんてまだ発症もしてないんだよ?』
 『でもまだ進行してないだけってことは?』
 『………』
 『みずきもそうだけど、もうこの学校もダメかもね。
 学生の四割が居ない中で、勉強する意味なんてあるの?』
 『でも万が一消えないってこともあるかもだし、将来のことを
 考えたら少しでも単位もらっとかないとヤバくない?』
 『あんたよくそんな冷静に出来るよね、自分が発症してないからって。
 みずきや皆よりも将来の方が大事って訳だ』
 『別にそんなこと…!』
 『やめなよ、みんな不安なのは一緒なんだから!
 みんな、この生活が無くなるのが怖いんだよ…っ』
 『………』
 『なんかもう、どうしたらいいのって感じだよね…。
 いっそうのこと、学校も、何もかも投げ出して知らない所に行きたい。
 そっちの方がまだ救いがあるような気がするんだよね。
 見えない未来を待つよりもそっちの方がずっと、ずっと…』

 ――――
 ――
 ―
60 :第六輪 :2013/08/10(土) 01:43
夜になって、管理人が料理を振る舞ってくれた。
彼の下で飼育されている牛の牛乳や生クリーム、そして収穫された
ジャガイモ、人参、タマネギなどを加えた簡単なクリームシチュー。
昨日、焼きトウモロコシをしたレンガ積みと木材を利用して、外で調理は行われた。
えりぽんが野菜が食べれないことを告げると、食べやすいように十分煮込んでくれた。
彼はずっとサングラスかけていた、湯気で白くなることも厭わずにずっとだ。

管理人は麦わら帽子の少女、「あゆみ」を今日は泊まるようにと話す。
承諾したのは、みずきだった。
かのんは笑顔のままだった。
えりぽんはただ、黙々と食べていた。みずきが相槌を促すまでただ、食べていた。

 「ねえ、あゆみちゃん、ちょっとお話しよっか」
 「え?あ、はい…」

管理人が帰ったあと、かのんやえりぽんの姿は消えていた。
誰でも一人になりたい時はある。
二人共、どこかに行くことはないだろう。そういう二人だ。特にえりぽんは。
あゆみは昨日、えりぽんが居た縁側で一休みしていた。
自分の前に蝋燭立をおいて、拝借した薄手の毛布に一緒に包まる。
あゆみは少し驚きながらも、取り払うことはしなかった。
夏とはいえ、今日の夜は少し肌寒い。

お話しよう、と言ったものの、何から話そうか。
ふと思ってしまってからは、どうにか話題を上げようとするものの
こういう時に限って話が舞い込んでこないのはよくある話だ。
変なオチをつけていると、あゆみが口を開く。
61 :第六輪 :2013/08/10(土) 01:51
 「あの、さっき聞きそびれてた質問してもいいですか?」
 「ん?」
 「みずきさん達がどこから来たのか、とか」
 「…ああ、うん、そうだね。そういえばえりぽんのせいで中断したんだっけ」

みずきさん、とあゆみは言う。それも敬語だ。同世代なんだからと言うのだが
彼女の性格なのだろう、名字を覚えていたなら、それで呼ばれていたと思う。
風鈴の音が微かに鳴り響く。

 「私達は『首都』から来たんだよ」
 「『首都』…って、あんなところからバイクで『北』までっ?」
 「うん、三ヶ月くらいかかったかな」

あゆみが驚き、みずきは苦笑いを浮かべた。
みずきが言う首都とは、今ではもう名を失ってしまったあの大都市の事だ。
人口の八割を失い、機能を失ってしまったあの街の事だ。
 
 「家族が"消えて"から、自分が発症してるの知って、学校も行きたくなくて。
 どうでもいいやって、何かしたいって思わなくなっちゃったんだ。
 そんなときにえりぽんが誘ってくれたの。旅に出ようって」

みずきは自分の長い髪を手でいじりながら思い出していた。
暗い部屋の中で独りだった自分の前に現れた存在。
それは希薄な自分よりもとても、大きく見えた。
彼女は手を掴んだ。自分の手を、しっかりと。

 「これでも発症してからもうずいぶん経つんだけどね。
 どうやら進行スピードが遅いみたいなんだよ、私の場合」
 「…みずきさんは、その、どこまで…」
 「……"色"が薄くなってる、かな」
62 :第六輪 :2013/08/10(土) 01:53
あゆみは息を呑む。
みずきはしきりに髪を手で撫でている。
茶髪に染めた髪は、微かに白髪のようなものが混ざっていた。
それはストレスからなのか、発症の影響なのか。

 「『色無し』…」

あゆみの呟きに、みずきは聞き逃さなかった。
彼女は厚みのある口に両手を置いて、言葉を飲み込もうとする。
それは発症したものに対する畏怖と憐憫の呼び名だ。
自分の運命を受け入れられない、弱い人間たちの呪詛だ。

 「ご、ごめんなさい。…私の町ではそう呼ぶ人達が多かったんです。
 ちゃんとした名前がないから、でも、私はこの呼び方は嫌いで。
 だってなんか、生きてる人に向けるような言葉じゃないから…」

あゆみは身体を丸めて、最後には泣きそうに震えた声に変わる。
彼女もまた、そうして蔑まれた経験があるのだろう。
みずきは彼女に「気にしないで」とあやす様に髪を撫でた。
とても綺麗な黒髪に、まだ軽症なのだと思う。

 ―― 世界を緩慢に蝕むこの現象には、正式な名前がついていない。

長ったらしい学名やらなんやらを付けたがる医学界も、小難しい公式を
作りたがる科学界も、この現象に名前を付けなかった。
センスに欠けた呼び名をつけるのが大好きなマスコミも、この奇怪な
現象に対して、大した呼び名を作ることが出来なかった。
63 :第六輪 :2013/08/10(土) 01:54
そんな中で、ある心の無い人間が付けた呼び名が、その現象に
対する恐怖と、発症した者に対する格差を作るように世間に浸透させてしまう。

いかなる原理によってこんなことが起こるのか。
それは誰にも解明できていない。
世界中の権威ある学者達が全身全霊を注いで究明を行っているが
納得のゆく解答はいまだ出ておらず、なぜ物体と生物、人間とで症状が
異なっているのか、それすらも解っていない。

発症状況としては、まず『名無し』と呼ばれる症状。
名字を思い出せなくなり、徐々に名前まで思い出せなくなる。
それは相手に対しても同等に起こるとされている。

次に『顔無し』と呼ばれる症状。
文字通り、人の記憶から顔が消えてしまう。
消えてしまった人間はおろか、出会ってきた人間の顔だけを覚えておらず
写真を見てもそれが本人だという認識が芽生えない。
ここが一度目のデッドラインだと言われている。

次に『色無し』と呼ばれる症状。
髪の色や目の色素。肌の色に至るまでの"色"というものが消える。
一気にではない、まるで積み砂が崩れるように少しずつ、色を落とす。

最終段階になると、『影無し』と呼ばれる症状になる。
影が消えると、その数時間後には存在が消えてしまう。
これが二度目のデッドライン。
存在を光が通過するようになり、あとにはもう何も残らない。
影法師になることもなく、肉体がただ、消えるのだ。
それを消滅と呼ぶか、消去と呼ぶか。
64 :第六輪 :2013/08/10(土) 01:54
そして「そんな人が居た」という、周囲の人間の記憶のみの存在になる。
名が思い出せず、顔も思い出せない曖昧な人物の記憶に。

だが、全ては一定という訳でもない。
進行のスピードは人によってはバラバラで、ある日突然発症し
その日のうちに消え失せてしまう人もいれば、症状の途中で進行が
停滞し、そのままいつまでも消えない人も居る。
一般的には非常にゆっくり進むのが常だった。

みずきは『首都』で『色無し』になって半年以上が経過している。

発症する人、しない人に共通点は皆無で、まさに無差別に発症される。
政府による調査も進展せず、原因究明どころか発症人数すら把握できない内に
この国はゆっくりと機能を低下させていった。

この現象が広まり、早一年と少し。
政府は機能停止、ライフラインの全てが極めて不安定になっている。
部分的に残っている市民がボランティア同然で働き、何とか生活圏を
維持している状態の中、あゆみやかのんも、その一人に含まれるのだろう。

 「…おじさんも、みずきさんと同じなんです」
 「うん、なんとなくそうなのかなって。ずっとサングラスかけてたから」
 「私を引き取ってくれたときには、おじさんの奥さんが居て、光井さんはその
 お手伝いをしてたんです、でもその奥さんが消えて」
 「その後に光井さんが継いで、かのんちゃんに出会ったんだね」
 「覚悟はしてるんです。いつでもおじさんが消えてしまっても、自分達で
 なんとかできるようにって、でも、時々、泣きそうになるっていうか」
65 :第六輪 :2013/08/10(土) 01:55
あゆみが、弱音を吐いた。それは当たり前の不安だ。
自分達が世話になってきた人々が居なくなってしまうという現実。
頑張れる、頑張りたい、頑張れるはずだ。
それでも、悲しさは、寂しさへ向き合うには、背負うにはあまりにも辛い。
みずきは身体を寄せて、あゆみを腕で包んだ。

 「当たり前だよ。誰だって別れは辛いから、自分を責めないで。
 大丈夫、根拠はないけど、大丈夫。私も、みずきも不安になるから」
 「…ごめんなさい。そうですよね、みずきさんだって…」

言葉を止めて見上げる彼女の瞳は潤みを帯びている。
色白の肌は冷たく、人間味のある温かさを感じた。
みずきは記憶を思い返す。穴だらけの記憶を。

 家族の名前や顔が思い出せない。友達の名前や顔が思い出せない。
 消えてしまった大事な人達が、分からない。

 けれど、みずきは彼女の傍に居る。えりぽんの隣に、居る。
 
初期段階の『名無し』では発症しても名前のみを覚えていることもあり
そのせいで自覚が薄い。
『顔無し』になってようやく自分が現象に取り込まれている事に気付くのが常だ。

だがみずきのように「えりぽん」という人物を認識したまま『色無し』へと
発症しているのは異例だとも言える。
この現象がなぜ起こったのかも分からない以上、その理由は皆無だが。
66 :第六輪 :2013/08/10(土) 01:55
だが思い出の中に彼女だけでも鮮明に覚えているというのは、僅かな救いだった。
彼女にはその心を伝えたことはない。
けれどいつか、言おう。いつか。

 「私達にできることがあれば何でも言ってよ。
 もうさ、ここまでになったら、友達っていうか、仲間だよね」

運命を共にした仲間。「人類皆家族」と誰かが謳っていたこともある。
あゆみは驚いたようにみずきを見ている。が、その口が微かに動く。

 「…あの、な、なら、もし嫌じゃなかったらここにずっと…!」
 「みずき!」

バサッと、目の前の紫陽花の群れから呼びかけられた。
その聞き慣れた声に、みずきは少しだけ驚いた顔を見せる。

 「えりぽん!今までどこに…」
 「みずき!明日発つっちゃよ!」
 「え!?」

えりぽんは真剣な眼差しで、そう告げた。
あゆみは眉をひそませ、二人を見合わせて厚みのある唇をきゅっと噤んだ。
67 :名無し三号さん :2013/08/10(土) 02:00
>>59-66
以上です。
PCの不具合でネットが繋がらない状態でした。
今はなんとか復旧しているので、また頑張らせてください。

あゆみずきの身長差に思わず萌えた日々…。
68 :名無し飼育さん :2013/08/10(土) 12:55
更新キター!ようやく世界観が見えてきてよりワクワクです
これからも作者さんのペースで頑張ってください
ぽんぽんもいいけどあゆみずきの同い年コンビも好きだ!
69 :名無飼育さん :2013/08/10(土) 21:13
ほうほう、こんな感じかー!
ますます続きが気になるとこです
70 :名無飼育さん :2013/08/13(火) 11:42
面白いです。ぽんぽんいいですね〜
71 :名無し三号さん :2013/08/23(金) 23:08
続きです。
なんだかんだで1週間も…スミマセンスミマセン。
72 :名無し三号さん :2013/08/23(金) 23:09
 『えりぽん、妹から聞いたんだけど、弟君、消えたんだって?』
 『ああ、うん。昨日消えた』
 『学校、辞めるの?』
 『学費も払えんけんね。家もどうなるか分からんし』
 『なんか、冷静だね。最後の家族も居なくなっちゃったのに』
 『騒いだって弟は帰ってこんからね。パパやママも。
 それとも助けてくれると?えりのこと』
 『……ごめん』
 『じゃあ元気でね。皆にもよろしく』
 
 ――――

 『…っ、』
 『なんでみずきも泣いとお』
 『だってえりぽんが泣いてるんだもん、泣くに決まってるよ』
 『そんなこと言ったって、どうしたらいいとよ』
 『別にどうもしなくていいんだよ。今は思いっきり泣けばいいじゃん。
 それにえりぽんが泣いてるのって意外とレアじゃない?』
 『…バカやねえみずきは』

 ――――
 ――
 ―
73 :第七輪 :2013/08/23(金) 23:11
えりぽんは大事な人に言われた言葉がある。
もう顔も覚えていないが、最後の気持ちとして言葉は残っている。
その言葉がなければ、今の二人は居なかっただろう。
あの全てを失ってしまった『首都』の中で、最後の時を待つ身だっただろう。

えりぽんは食後すぐに畑道を進み、あの屋根付きベンチへと向かった。
水の流れる音、カエルが鳴く声。虫の喧騒。
綺麗な星の瞬き。闇夜には今日も空白の円環が漂う。
先客は安息の地で蝋燭立てと共にただ、見上げていた。

 「かのんちゃん。そっちに行っても良いと?」

かのんの後ろ姿を見つけていたえりぽんに、彼女は気付いていた。
だがここに居るということは言っていなかったが、あゆみに聞いたのかもしれない。
彼女はかのんが辛くなったらここに居ることを知っている数少ない友達だからだ。

えりぽんは返答を聞く間もなく、ベンチへ腰を下ろした。
夜の涼しげな風が頬を撫でる。

 「…何かえり達に聞きたいことがあるんじゃなか?」

えりぽんはかのんの横顔を見る。だが彼女はこちらを向かずに見上げたままだ。
少しだけ視線を俯かせたとき、かのんが、口を開いた。

 「みずきちゃんってさ、どこまで進行してるの?」
 「…気付いとったと?」
 「なんとなく。なんかいろいろと覚悟してるっていう感じだったから」

かのんは笑っていない。これが本来の彼女の表情とでも言いたげに。
それを合図に、えりぽんは答えた。
74 :第七輪 :2013/08/23(金) 23:12
 「…みずきは『色無し』ったい。
 髪の毛がもう真っ白に近い。白髪でもあそこまでならんとよ」

本人の前では決して言わない単語を、かのんの前ではあっさりと告げるえりぽん。
まるでかのんの反応を伺っているような口ぶりだった。

 「いつか全身が真っ白になれば、『影無し』になって、みずきは消える。
 もう今の状態になってから半年経っとるからね、いつ進行が早まるかは
 分からんところまで来とる」
 「で、みずきちゃんを巻き込んでこんなところまで来たってことか」
 「っ、みずきは自分の意志でここまで来たと!その言い方、まるでえりが
 みずきを無理やり連れてきた風に聞こえるっちゃん」
 「じゃあなんで、えりちゃんは旅をしてるの?」

えりぽんの表情を横目に、かのんが厳しい言葉を投げかける。
だがえりぽんも怯まない。怯んではいけない。

 「…ただの、思い付きったい。あそこには居たくなかったと。
 それにえりは、何もしないまま終わるのは嫌やったったい。
 だからみずきを連れ出した」
 「けどさ、それってわがままだよね?
 みずきちゃんに余計な期待をもたせてるわけだよね?」
 「何が言いたいと?」
 「自分の身勝手さでみずきちゃんを付き合せてる。
 それって、みずきちゃんには辛い選択だったって分かってる?
 たくさん思い出作らせて、後悔や未練が残るって思わなかった?」
75 :第七輪 :2013/08/23(金) 23:12
えりぽんの眼光が鋭くなる。
かのんは逸らさない。彼女の言い分は誰かに言わせれば、正しいからだ。
だが、認めることは断じて、出来ない。

 「自分勝手やとは思う。
 でも、みずきの気持ちをかのんちゃんが決めつける権利もない!
 かのんちゃんの言ってることは八つ当たりに聞こえると!
 光井さんのことだって、ホントはえり達に話す気はなかったやろ?」
 「あったよ。でも、それをみずきちゃんの前で言っても良かったの?」
 「っ!!」

えりぽんは今まで以上に激しく動揺した。
かのんの口ぶりでは、まるで最初からみずきの症状が重いことに
気付いていたような言動ばかりだ。
かのんは小さく笑って、言葉を続ける。
それは嘲笑めいたもののように、皮肉めいたもののように見える。

 「光井さんは『顔無し』になった日に、事故を起こした。
 でも、光井さんは消えたわけじゃない、あれは事故だった。
 だから、"光井さん"なんだよ。消えた人じゃないから。
 この意味が分かるよね?」 
 「…症状で消えなかった人間の記憶は、消えない」

それがこの世界にどういった影響を及ぼしたかは知っている。
自殺者の急増。事故率の増加。殺人事件の昂騰。
意味のある喪失を。
メディア、マスコミもこぞってその話題を報道した。
「人間はつくづくロマンチストの塊だ」と発言した評論家が通り魔に
襲われた事件が新聞の端に小さく載っていたこともある。
76 :第七輪 :2013/08/23(金) 23:13
 「ホッとした。あの時、あたし、確かにホッとしたんだ。
 でも、これって異常なこと?思い出の中が穴だらけになって
 何にも縋れずに前に向ける人が居るなら教えてほしい。
 えりちゃんはいいよね、まだ、本当に大切なものを失ってない」
 「かのんちゃん!」
 「あたしだってホントは一緒に行きたかった!!」

かのんがえりぽんの声に覆いかぶさるように叫んだ。
悲鳴のようにも聞こえたその迫力と威圧に、えりぽんは押し黙る。
そしてまた、彼女はいつものように単調な声色で話し始める。

 「でもあの日、あたしは付いていかないで家に居たの。
 風邪ひいて寝込んでたんだ。おじさんが寂しそうな顔で来たとき
 もう手遅れだった。どこかで雨宿りして、ゆっくり帰ってきてたら
 あんなことにはならなかった」

無機質に喋り終えたかのんは一呼吸おいて、えりぽんの顔を見る。
どんな表情を浮かべればいいのか迷ってるように、困惑していた。
泣けばいいのか、怒りを露わにすればいいのか。
それに対するかのんの答えは、笑顔だった。

 「あーあ、なんでえりちゃんにこんな事言ってんだろ。
 あゆみちゃんにだって言ったことないのに」
 「……知ってる人に自分の弱音なんて、吐けんやろ」
 「ああ、そういう風にも考えれるか。まあ言ったところでほら
 あとは自分の問題だし、あんまり意味がないっていうかさ」
 「昔、大切な人に言われた言葉があるったい」
 「え?」
77 :第七輪 :2013/08/23(金) 23:13
 「その人は消えたとよ。発症して、3時間ぐらいやった。
 最後になにをしよって考えたとき、えりと話がしたいって言ってくれたと」
 「…」
 「世間話でもなんでもいいから、とにかく人と話をしてたいって。
 楽しい時間があっという間に過ぎるみたいに、話疲れたら挨拶を
 交わして、また明日って言える、そんな他愛のない時間がほしいって」

愚痴も、この現象による疑問も投げなかった大切な人。
顔も覚えていない、名前も覚えていない、そんな大切な人は、ただ話す。
そんな大切が人が最後に言ったのは、えりぽんへの応援だった。

 「その人はしっかり言ってくれたと。
 『自由にやればいいんだよ』って。『どんなにことにも限りのある
 時間だから、その中で自由にやればいい』って」

人は忘れがちだ。大切なことも、日常なことも忘れてしまう。
それでも紡げば、それは思い出になる。
曖昧で誰かすら忘れても「こういう事があった」という記憶は残る。
それだけでも意味があるんだと、大切な人は言ってくれたのだ。

 「かのんちゃんがここにおるのも、思い出があるからっちゃろ?
 ならかのんちゃんも、一生懸命やったらいいったい。
 反省することは多いけど、後悔だけはせんって、えりは決めとお」
 「…なんか、怒られてるんだか慰めてるんだか分かんないや」
 「こ、これでも真剣に…!」
 「うん、必死なのは分かった。だからまあ、いつまでも留まる気はないんでしょ?」
 「……うん」
78 :第七輪 :2013/08/23(金) 23:14
 「みずきちゃんはついて行くんだろうね、きっと、えりちゃんへは家族くらいの
 気持ちがあるんだと思うよ。あたしがここに居るのと同じくらい」
 「家族…か」
 「ま。自分が思うように大事にしてあげなよ。私もそれなりに頑張って、生きるから」

かのんの言葉に、えりぽんは悟った。彼女は分かっているのだ。
もう決めているのだ、自分がどうなるべきかを。
大切な人が居なくなったあと、その背を追うことをせず、留まると決めた日から。

 「んで、いつ出るの?」
 「…明日には出るけん。その挨拶もしたかったとよ」
 「そっか、うん、まあありがとね、えりちゃん。ちょっとスッキリしたよ」
 「えりの方こそ、ありがとう」

二人は握手を交わした。明日になれば、もう交わることのない温かさを伝えるように。
固く、固く握り交わす気持ちがゆっくりと離れる。

 「じゃ、そろそろ戻るとよ。かのんちゃん」
 「うん、あ、あのさ、えりちゃん」
 「ん?」
 「…いや、やっぱりいいや」
 「何とよ、気になってしまうけん」
 「いいってば、ほら、戻ろう」

かのんは蝋燭立てを持って、えりぽんの横を通り過ぎていく。
えりぽんはポカンとしていたが、その後ろをついて行った。
彼女が紡ごうとしていた言葉は、自身が見たことのない景色の事。

 人はどうやって消えるのかという、希薄な事実だったのだから。
79 :名無し三号さん :2013/08/23(金) 23:16
>>72-78
以上です。

特別難しい話ではないので、まったり読んでもらえたら嬉しいです。
ぽんぽんコンビにしたのはそれなりに理由があったり無かったり…w
80 :名無し飼育さん :2013/08/25(日) 09:13
更新されるたびにもっと読みたいと続きが気になってしまうw
大切な人って誰だろう
81 :名無し三号さん :2013/09/17(火) 19:53
続きです。
82 :第八輪 :2013/09/17(火) 19:55
 『みずき!見るったい!』
 『どうしたのえりぽん、そのバイク』
 『貰ったとよ。中古やけど、自転車よりは長距離もバッチリったい』
 『貰ったって、えりぽん免許は?』
 『…ま、なんとかなるけん。乗り方も教えてもらったし』
 『アバウト過ぎる…でもどこに行くつもり?』
 『そうやねえ、夏も近いし、「北」でも行く?』
 『「北」って、イメージで決めてるでしょ』
 『どこでも良いやん。それにみずきやってグチャグチャした所よりは
 広々〜とした所の方がいいっちゃろ?』
 『私だけが方向音痴だって言いたいわけ〜?』
 『外れてはないっちゃね』
 『えりぽんのバカっ』
 『ま、いっぱい寄り道したらいいとよ。時間なんてたっくさんあるけん。
 みずきが行きたいところにも連れて行ってやるったい』
 『…うん、じゃあいろんな景色を見せてよえりぽん』
 『このえりが見せれんと思っとお?任せるったい』

 『ねええりぽん』
 『ん?』
 『私って変なのかな、こんな状況なのに、楽しい気持ちなんだ』
 『…こんな状況だからこそ、楽しまんと損っちゃろ』
 『そっか、そうだね。そうなのかもしれない』
 『行こうみずきっ』
 『うんっ』

 ――――
 ――
 ―
83 :第八輪 :2013/09/17(火) 19:56
色を落とした彼女の長髪は、『都市』に居た頃から同じ長さを保っている。
白髪よりもシロく、銀色よりも透明なシロさ。
一度も切ることをしない、だがシロいままでは彼女も切ない表情を浮かばせる。
だからえりぽんは、その色を無理やり覆い隠す。
視界に見えないするだけの簡単な方法、誰でもしている作業だ。
糸を編むように、色を染める。
二人だけの空間で、彼女の背後から色を解かす。
誰かが見ていれば、何かの儀式のようにも思えるかもしれない。

 「ちょっと前のよりは暗いかもしれんけど、まあ良い感じやない?」
 「そういえばだいぶ染めてなかったっけ」
 「かのんちゃんが気づいてくれよったけん、染料もどうにかなったし
 これでしばらくは大丈夫やね」
 「…そうだね」

みずきが髪を染めるのに抵抗があるのを知っている。
髪が薄くなってしまったらどうしよう、あまり明るくしたくない。
だから髪を染めようと言った時、えりぽんは戸惑った。
だがみずきはそれを承諾した。
シロい自分の髪を見るよりも、それを覆い隠すことを決める。

それがどんな気持ちだったかは、えりぽんには分からない。
それでも分からない理由は分かる。
黒髪だった時の質よりも劣り始めているのを感じるとき、息が詰まった。
色を保つための道具もないことに頭を悩ませた。
それよりもシロい髪に触れることの方が胸を痛ませる。
揺れ動く気持ちに面倒だと思いながら、髪を切ろうとはしなかった。
84 :第八輪 :2013/09/17(火) 19:58
 「ねええりぽん、ホントに明日出るの?」

みずきの声が少しだけ低くなる。来た、とえりぽんは思う。

 「…うん」
 「どうして?」
 「みずきはいつまでここに居る気やったと?」
 「それは…」
 「このままおったらかのんちゃん達の負担になる。
 それだけじゃ理由にならん?」
 「…えりぽん、時々そういう風になるよね」 
 「え?」
 「話してくれてもいいのになって」

使用したタオルや手袋を片付けている手が止まる。
作業を始めると、みずきのため息が聞こえた。
喉元が熱くなるのを感じ、無理やり押し込む。

 「それに、心の準備くらいさせてくれてもいいじゃない。
 いきなり明日だなんて」
 「…ごめん」
 「相談しないで決めるのやめてよね」

みずきの声が低くなるが、えりぽんの眉もひそまる。
口を開こうとしたとき、みずきの方が言葉を紡ぐ。

 「私はえりぽんの負担になりたくないよ」
85 :第八輪 :2013/09/17(火) 19:58
その言葉に、えりぽんは口を噤んだ。
彼女も分かっているのだということを時々忘れてしまう自分が情けなくなった。
昔はこんなにも相手に気を遣うことは無かった。
それが自分の中でストレスになっていることも感じている。
みずきがポツリと、言葉を漏らした。

 「えりぽんだけじゃない、私は誰かの負担になりたくない。
 だからえりぽんが言ってることは正しいんだと思うから
 別に否定はしないよ。でもちょっと、寂しい」
 「…そうやね、そこはちょっと自分勝手やったと、ごめん」
 「安心するんだ」
 「安心?」
 「かのんちゃんやあゆみちゃんみたいに頑張ってる子を見ると安心する。
 あきらめないで、この先に何もなくなったって、その姿が誰にも
 認められなくても、頑張ってる。だから安心する」

 でもそこにえりぽんが居ないのは、寂しい

どんなに安心する場所でも、そこに彼女が居ないという事実。
それは本当の安息とは呼べないものだ。
みずきにとってえりぽんという少女は、単なる友達ではない。
あゆみやかのんに想う気持ちとも少し違うのも自覚していた。
だから、彼女はえりぽんの傍に居るのだ。

 「みずきはズルいっちゃね」

 えりが、みずきを置いていくことがないのを知っているクセに
86 :第八輪 :2013/09/17(火) 19:59
それでも少しでも自分から心を置くような発言をすれば、強気な
ことを言う反面、弱さを見せてくる。本当にズルい女だ。
それはみずきが見る彼女も同じであり、二人はその本心を知らない。
えりぽんが道具を片付け終えると、まるでそのタイミングを
図っていたように、あゆみが襖の中から姿を現す。

 「あの、お風呂あがりました」
 「えりぽん入りなよ。私の後じゃ悪いから」
 「…それじゃ遠慮なく」

えりぽんは道具をあゆみに返すと、脱衣所に向かって行ってしまった。
あゆみの視線に気づくようにみずきが「ありがとね」と感謝する。

 「私のわがままで大事な電気とか使っちゃって」
 「いえ、まあ、女の子なんだからしょうがないですよ。
 それにここの自家発電はそんなに"やわ"にできてませんから。
 とはいえ長時間は使えないんですけどね」
 「すごいな、あゆみちゃんは。かのんちゃんも」
 「みずきさんだってすごいじゃないですか、ここまで来るなんて
 普通じゃなかなかできないですよっ」

あゆみの言葉に、みずきは少しだけ俯き加減になった。

 「目標があったからね、えりぽんが来たそうにしてたのもあるし」
 「あの、次はどこに行くんですか?」
 「まだ決めてないんだよね。えりぽんが勝手に突っ走っただけだから。
 でもああまで言うってことはたぶん、本当に出ていくんだと思う」
 「…勝手ですね」
 「え?」
87 :第八輪 :2013/09/17(火) 20:03
 「みずきさんの事も考えずに行動するなんて、勝手です」
 「あゆみちゃんは優しいね。でも悪気があるわけじゃないんだ。
 私が動けなくなるのを知ってるから、ああやって引っ張ってくれる」
 「でも、みずきさんがもっと言えば、あの人も分かってくれますよっ。
 ここに居たいって言ったらきっと…きっと…」
 「あゆみちゃん?」
 「……みんな、ここはいい場所だって褒めてくれます。
 でもそれだけ、みんなどこかへ去っていく。私たちはここに居るのに」

 ここにしか居られないのに

みずきがきょとんとした表情になったかと思うと、途端、微笑んだ。
その笑みがどういった意味なのかが分からずに戸惑うのをよそに
みずきは「おいでおいで」と手招きをした。
動けないみずきへとあゆみは近づいていき、突然グッと力強く握られる両手。

 「ごめん、あゆみちゃん。私もそうとう自分勝手だ。
 あゆみちゃんがそんな風に思ってくれてたなんて、嬉しいな、嬉しい」
 「み、みずきさん?」
 「嬉しかったよ。あゆみちゃん達と会えたこと、嬉しかった。
 頑張れることを教えてくれた。私もまだ頑張っていいんだって思えた。
 忘れないよ、きっと、忘れない」

言い遂げるみずきの表情に、あゆみは諦めたように顔を俯かせた。
彼女はこの場所に来る人々に、何度も呼びかけている。
かのんと管理人の三人だけが生きている此処に、繋がりを増やしたくて。
だが今回もダメだった。
当然の結果のようにも思えたが。

あゆみはみずきの手を優しく離させると、不器用な笑顔を浮かべる。
88 :第八輪 :2013/09/17(火) 20:04
 「私も、忘れません。みずきさん達のこと、忘れませんから」

みずきの手を握り返す。自分とは少し大きな掌だが、とてもシロい手だ。
離したくないという気持ちが一瞬脳裏をかすめる。
だがゆっくりと力が緩まるのを感じ、あゆみは放すしかなかった。






―― バシャバシャと水が滴り落ちる。
俯く視線の中で無機質に、透明に、曖昧に散っていく。
前向きに考えようと努力する脳はまるで風邪をひいたように霞む。

明日にはここを出て、また不安定な旅が始まる。
だがそう決めたのは自分達であり、安息を手に入れるためでもない。
みずきの了承も得たと言っていいんだと思う。
そして旅へ。

 「…どうせ、えり達にはなにもないし」

財産と言えばオートバイだけ。あとは修理に使用する小道具や
必要な分の荷物、今ではもう金銭という対価は無意味なものだ。
みずきを背負って、彼女はオートバイを走り続ける、それだけの旅。

あの頃。『首都』に居た頃も何があったというのだろう。
特別なことがあった訳じゃない。
特別なことがないかと探していたあの日々に、何があったというのか。
89 :第八輪 :2013/09/17(火) 20:08
 半ば陽も落ちた頃、喧騒はかすかに赤らんでいく。
 古い歌と煤けた匂いがとても切なかった。
 イヤホンを外してすぐ定刻にバスが止まって、いつも通り一番後ろの座席に腰を下ろす。
 目を奪った街並み。焼けるような夕暮れ。
 命の果てを知った鮮やかさはすぐに怖い闇夜に盗まれた。

 何処へ向かって何処へ終わるのか。
 隣に座っていた彼女が言う、「世界が終わるみたいだよ」って。

キュッと蛇口を閉める音。えりぽんは鏡を見る。
酷い顔をした自分を睨み付けるように。

食卓をかこむ幸福。窓の深い色のカーテンはを漏れる灯を告げる。
おかえりなさい。ただいま。おかえりなさい。おかえりなさい。
当たり前だったものが壊れ、次の幸せを見つけて、此処に居る。
終わった日の、始まる明日は、此処に在った。

今はまだそれでいいじゃないか。みずきが居ればそれでいいじゃないか。
そうやろ?みずき。
90 :名無し三号さん :2013/09/17(火) 20:12
>>82-89
以上です。
もう3週間ぐらい放置でホント、スミマセンスミマセンスミマセン(涙

>>80
イメージとしては→・e・
91 :名無し三号さん :2013/09/21(土) 00:55
続きですが、だいぶ短いです。
92 :第九輪 :2013/09/21(土) 00:55
翌日の早朝。玄関の前に四人の姿が映った。
えりぽんとみずきは、朝日が地平線に留まっている間に発とうと準備を整えていた。
そしてかのんにお礼をする。

 「本当にお世話になりました」

まるで出家でもするような言い方だが、みずきは丁寧にお辞儀する。
えりぽんが修理したオートバイのエンジンは今までどおり旅の荷物を満載し
軽快なエンジン音を奏でている。
絶好調だ。申し分ない。

 「おじさんにもよろしくね。いろいろご馳走になっちゃって」
 「またいつでも来てよ。ここに居るから」
 「うん。ありがとうかのんちゃん」

あるはずのない場所を目指す。永久に辿り着かずとも。
旅を続けるという意志をすでに知っている。
それでもまた会えるようにと口にするが、みずきはただ感謝の意だけを告げる。
えりぽんへ視線を向けると、かのんは少し困ったような顔をした。

 「?えりの顔になにか付いとる?」
 「や、なんでもないよ。気を付けて行きなよ、大事な運転手なんだからさ」
 「ああ…、うん。ありがと。かのんちゃんも元気で」
 「そういえばあゆみちゃんは?」
 「さっき畑に言ってくるって、あ、来たよ」
 「…え、あれって」
93 :第九輪 :2013/09/21(土) 00:56
畑のある方から姿を現したあゆみは「ちょっと待ってーっ」と叫ぶ。
ねこ車でゴロゴロとした巨大な塊を運び、重たそうに息を切らしながら。
それはつややかな表面が緑と黒の縞模様に彩られた、大玉のスイカだった。

 「これ…持ってって。食べごろになるまで時間かかるけど、味は保障しますっ」
 「いいの!?……すごい、けど、載るかな?」

ねこ車から恐る恐る手で持とうとするが、やはりずっしりと重い。
ハンモック代わりのネットがあるので、それにくるめばいいのだろうが
バランスをどうとるかという問題が上がる。
そのとき、みずきは見てしまった、というよりは、ふと振り返ってしまった。
えりぽんが先ほどから一言も話に入ってこない事に気づいてしまったからだ。

 「…そういえばえりぽんって、スイカ食べれるの?」

何気なしに言った言葉に固まる約二名。
だがすぐに答えは返ってきた。―― 「えり、スイカ嫌いっちゃん」と。
その言葉にプツンと何かが弾けた音が聞こえたような気がする。
みずきからスイカをスッと奪い取ると、あゆみんの表情は豹変していた。
94 :第九輪 :2013/09/21(土) 00:56
 「スイカが食べられないなんて信じられない!
 この水っぽい甘さを知らないなんて!
 どこがダメなんですか!?色ですか!?味ですか!?
 野菜というよりはデザートです!ケーキと一緒です!」
 「え、ええとーなんか、種が嫌、あとカブトムシのイメージあるし」
 「種!?種なんて取ればいいじゃないですか!それとも
 種の取り方すら知らないなんてことは言わないですよね!?
 あとカブトムシって、虫すら食べないものを人間が食べれるわけないじゃないですか!
 じゃあ私が取りますよ種!もう一個持ってきますから食べて!ここで!
 なんならあーんまでしてあげますから!」
 「ちょおい!かのんちゃん!あの子止めて!」
 「じゃあまな板と包丁の準備してくるね、あ、みずきちゃんも食べてってよ
 あゆみちゃんの言うデザートって事で」
 「かのんちゃんまで、いじめやァ!」
 「あはは、やったねえりぽん」
 「良くない!」
 
昨晩のあゆみはえりぽんに思うところがあるのをみずきは知っている。
今ので少し解消できればいいのだが、しかし二人はとても優しい子達だ。
とても良い子だ。この子達が本当に幸せになれるかどうかは分からない。

ただ、今度二人が出会う人々が二人の気持ちを知ったとき、そのときは
どうか力になってあげてほしい。繋がりになってあげてほしい。
そんな切なる願いの中で、目の前を物凄い速さで何かが通っていった。
95 :第九輪 :2013/09/21(土) 00:57
 「みずき!今のうちに行くとよ!」
 「えっ?でも二人はっ?」
 「良いから!」

えりぽんはみずきに半キャップ型のヘルメットを投げ渡す。
彼女はすでにヘルメットを装着し、スタンドを外してサドルに跨っていた。
今にも発車しそうな姿に慌ててヘルメットを被り、ネットを引っ掴んでタンデムに跨る。
自分の胸にしっかりと抱えたソレに気づいているのかいないのか。
力強い単気筒の振動に、思わず顔を緩ますえりぽん。
彼女の腰に掴まり、ネットが潰れないように配慮して、みずきは旅の始まりを感じる。

 「れっつごー!」

ぐい、と思い切りスロットルを開け、オートバイが走り出す。
重すぎる荷物と乗員に蛇行しながらも、速度が増せばそれも収まる。
みずきが振り返ると、二人が大きく手を振っていた。
それに答えるように片手を伸ばすが、すぐに道の起伏によって見えなくなった。
ゆっくりと速度を上げつつ、二人を乗せたバイクは、今度こそ順調に草原の
一本道を進み始める。
時間は午前七時。季節は今日も夏であり、いつもと同じように太陽は輝いていた。



96 :第九輪 :2013/09/21(土) 01:03
―― かのんとあゆみはオートバイを見送り、そして、どちらとともなくため息をつく。
風のように去っていった二人と、留まる二人の空間には静寂のみだ。

 「行っちゃった。なんか、なんだったんだろうね」
 「あはは確かに。なんだったんでしょうねあの二人は」
 「でも、まあ楽しかったからいっか」
 「そうですね。スイカ食べましょうか、せっかくなんで」
 「そうだね……あゆみちゃん」
 「はい?」
 「えーと、これからもよろしくね。いろいろ迷惑かけるかもだけどさ」
 「、もちろんですよっ。よろしくお願いします」

二人が別れと共に新しい出会いを待ち侘びていた頃。
そう遠くない未来に、またある二人との遭遇に至るまで。
誰かが同じような太陽の日差しを見つめていた。
過去と未来の境目。
告げるのは今日の想いだけ。


 「おはようございます、姫」
 「おはよう、リオン」
97 :第九輪 :2013/09/21(土) 01:07
>>92-96
以上です。
とりあえず鈴石の出番は一旦終わりです。
次はあの天気組が出てくる予定。
98 :名無飼育さん :2013/09/21(土) 02:19
あゆみちゃんのスイカ熱w
最後の会話はアレのアノ方々?…さて楽しみが増えましたな
99 :名無し飼育さん :2013/09/21(土) 14:58
更新来てた!
新キャラ気になります
100 :名無し三号さん :2013/10/06(日) 01:45
ううむすみません、少し考えてたものと
内容が変わってきてしまって、今書き直してます。
もうしばらくお待ちを。
101 :名無飼育さん :2013/10/07(月) 00:27
ごゆっくり。
まったり待っとります
102 :名無し飼育さん :2013/10/07(月) 22:37
待ってますよー
作者さんの納得いくまでごゆるりと
103 :名無し三号さん :2013/10/30(水) 01:50
続きです。まさかスレ立ててもう3ヶ月とは…(汗
104 :名無し三号さん :2013/10/30(水) 01:53
 「ひとりの人間が死ぬたびごとに、ひとつの世界が滅んでいく」

少女は呟く。誰かに言う訳でもなく、誰かに聞いてほしい訳でもなく。
その瞳は空を見ているようで、見ていない。
その唇は線を結ぶように小さく震えた。

 「いまなにかいったー?」
 
少女の居る場所から数十センチ離れた所にまた少女。
呟いた言葉が聞こえなかったからなのか、見開いたような瞳が浮かぶ表情に
笑顔を返して「なんでもないですよ」と答える。

 「まーちゃんさん、いつまでここに居るんですか?」
 「いつまでってここはまーちゃんのおいえだよ?」
 「あれ、私のおいえはどこですか?」
 「なにいってんの?ここ、おだちゃんのおいえじゃん」
 「…ああ、そうですよね。でも、そろそろ帰ったほうが…」
 「だーかーらーここがまーのおいえだよっ」
 「あ、そうでした。あーごめんなさい」

自分をまーちゃんと呼ぶ少女は「しっかりしてよねー」と怒る。
本気で怒っているのかどうかは分からない。
一緒に過ごして2週間経つのに分からない。

まともじゃない会話を続ける。
意味がある言葉を投げかけても、意味がない言葉を投げかけても同じなのだ。
意味は変わらない。変えてくれない。
ならこうして無駄な時間を消費して、彼女と変な会話を続ければいい。
105 :第十輪 :2013/10/30(水) 01:55
2週間前に比べれば、今はとても静かで、平穏な時間なのだから。

 「おだちゃーん、ちょっと行ってくんね」
 「また、行くんですか?雨が降るかもしれないですよ?」
 「だいじょーぶだいじょーぶ…もりにははいらないしだいじょーぶー。
 早く帰ってくるし、しんぱいないない」
 「…うん」
 「いつかおだちゃんもいっしょにいこーね」
 「うん」

二人はいつもの握手を交わし、まーちゃんはシシシと笑って外へと走っていく。
少女は古ぼけた長椅子に座り、彼女の帰りを待っていた。
ここ数日、一帯の空は灰色に覆われている。
少女は小さく歌っていた。

 ――――

どんよりと暗い空を、えりぽんは見上げていた。
数日前まではカラッと晴れていた空は、後方に現れた雲に
追いつかれてすぐに曇天へと切り替わってしまう。
そのスピードたるや電撃的で、もはや青い空どころか、太陽がどこに
あるかも解らなくなっていた。
反対に、周囲を流れる風景は相変わらず草原一色。
時折、冬の降雪で潰れたらしき農家を見かけたりしたが、雨宿り
できそうな建物は一向に見えてこなかった。
106 :第十輪 :2013/10/30(水) 01:56
 「……これ、一雨来るかもよ。逃げ切れるといいんだけど」
 「大丈夫っちゃよ、えり晴れ女やし」
 「それよりもちょっとでも早く飛ばしてくれた方が安心するんだけど」

くつくつと笑い、みずきが背後を振り返る。
時を追うごとに厚さを増している雲は、今にも蓄えた水分を
ぶちまけてやろうか、と言っている様な風貌だった。
多少濡れるだけなら構わない、という考えは体を温める飲み物と
乾いたタオルが待っている家がある人間のそれだった。

二人が暖を取るにはまずは燃料、火、濡れた服を乾かす為の場所。
それらがない今の状態では最悪の場合、風邪をひくというおまけが付く。
何日か足止めを食らって、飢えの危険すらこうむるのは御免だが。

 「ねえ、このまま風邪をひいたら、どっちが看病しようか?」
 「普通は看病をする余裕がある方が看病するっちゃろうね」
 「じゃあ勝負しよう」
 「冗談、そんなことをしとる内に重症にでもなるんがオチとよ。
 ああでもそれならスイカ食べんでもよくなるとかいな」
 「パンに挟んででも食べさすよ?」
 「ぜーったいに食べん」
 
数日前にあゆみから受け取った大玉スイカは今バイクの横に網で吊るされている。
揺れないように荷物で固定してあり、叩くといい音がした。
そろそろ食べ頃なのだろうか。
えりぽんは「こうなったら盛大にスイカ割りしてやるけん」と叫んでいたが
あれほど野菜に囲まれていても彼女の好き嫌いは変わらなかったらしい。
107 :第十輪 :2013/10/30(水) 01:57
いつ食べようかと時期を見計らっていたが、彼女が言うスイカ割りを
するとなると肝心の棒がない。そもそもナイフで切ればいいんだろうが
それで納得することは無いのだろう。スイカには何の罪もないだろうに。

そんな軽口を叩き合っていると、人間二人とオートバイはしばらくの時間を
ただひたすら直進し、時折思い出したように現れる交差点を、信号無視上等で疾走。
その要因は天気に他ならない。
悪化の一途を辿ってる天気はどんどん悪くなり、雲の厚さも相当だった。

まだ昼過ぎだというのに日暮れのように薄暗く、綿埃を押し固めたような
雲の合間に、時折雷光が走っている。

 「みずき、しっかり掴まるとよ」

えりぽんがスロットルを全開にすると、マフラーから灰色の煙が吹き上がる。
修理したばかりで手荒なことはしたくないが、それでも今は一大事に匹敵する状況。
パーツもかのんからいくつか貰い受けているため、たとえもしもの場合でもどうにかなる。

背後を振り返れば、雷雲との距離が大して離れていないことはすぐに分かった。
午後四時を過ぎた頃、道路の彼方にそれは見えてくる。

 「あれって、森?しかもあんな一帯の規模で……えりぽん!」
 「うおっ!?」

みずきが腕を回していた腰を思いっきり引っ張ってきた為、えりぽんは前かがみに
なっていた体が思わずバランスを崩しかけた。
森に入る直前の未舗装道路。その先にみずきは見つけてしまった。
黄色い雨合羽を着る小柄の人影を。
108 :第十輪 :2013/10/30(水) 01:58
 「止めて止めて!今誰か居た!」
 「ちょ、ちょっと待つとよ!そんなすぐに止められん!」

キュウッとオートバイのブレーキが抗議の悲鳴を上げ、重量過多で前輪のサスを
大きく縮ませて車体が停止する。
随分飛ばしたからなのか、エンジンから湯気のように熱気が立ち上る。
みずきはヘルメットを外しながらタンデムから降りて、先ほど見た所まで駆け戻る。
人影は、居なかった。左右を見渡しても肉眼の視界には捉えられない。

 「みずきっ、おったっ?」
 「ううん、見失っちゃった。でも確かに今のは…」
 「でもこの近くに民家があるようには見えんけど」

えりぽんは見渡しながらもその森の茂みの更に奥を見つめる。
そのとき、えりぽんはまた潰れた廃屋かと思ったが、それは民家とは
言えない赤錆にまみれたトタンの壁だと分かった。
その決断は視力が並の人間よりもあると自負する彼女の独断ではあったが
まるで賭けにでるように表情を変えた。

 「みずき、あそこに行けば最低でも雨宿りくらいはできるかもしれんっ」
 「え?」
 「とにかく乗るっちゃんっ」

休む間もなも無く再びオートバイを動かして7分後、問題の建物は遠くから
見るよりもずっとしっかりした建築で、錆だらけで傷んではいるものの、壁や
天井に穴が空いている様子も無かった。
みずきがタンデムから降り、えりぽんが荷降ろし用の入り口にある屋根の下に
オートバイを停めた。
雨が降るまえに何とか濡れ鼠になることだけは回避したらしい。
109 :第十輪 :2013/10/30(水) 01:59
 「かなり年季が入っとるみたいやけど、大丈夫っぽい」

赤錆まみれになっているのを見ると、あまり頻繁に手入れされていないらしい。
倉庫を管理する会社か何かの看板があるかとも思ったが、それらが
皆無なのも考えると、現在は使われていないのだろう。
上から下までボロボロになり、今すぐにでも酸化鉄の粉末と成り果てそうな
ものだが、さきほどみずきの言葉を考える。

 「み、みずき。さっき人影があったって言うとったけどさ」
 「うん、もしかしてここに居るかも」
 「そ、それってさ、それってそういうこと?」

えりぽんは頭に過ぎってしまったものに身震いした。
彼女は怖い話が苦手だった。こんな旅をしている時に
野宿をしたり、野生の動物に遭遇したことも何度かあったが、そういった
ものよりも"怪奇"と称される現象にとても怯えを感じてしまう。

 「ほら見て、ここに足跡があるでしょ?」
 「足跡ってそんなんっ…え?」

怖いが故に知識を蓄えてしまうというのも皮肉な話だが
みずきの言葉にえりぽんは一気に現実に戻されたような気分だった。
二人のスニーカーの足跡と、少し違う色の乾いた足跡がいくらか散らばっている。

 「サイズから見ると子供…乾き具合からして二週間前に降ってた雨のヤツかも。
 やっぱりそうだ、みずきが見た人影、子供だったもん」
 「……なんだーっ!」
 「え?なに?なに怒ってんの?」
 「なんでもない!あー!」
110 :第十輪 :2013/10/30(水) 01:59
羞恥心に駆られてえりぽんは叫びだした。
みずきは「ああまた変なこと考えてたな」とその姿を無視して入り口を調べる。
裏口らしき所は何故か開かなかったため、中に入ることが出来そうな出入り口
としては、少し裏手に回った鉄製の引き戸だけだった。
とはいえ、本当に居るのかどうかはみずきも自信が無い。
居なければ居ないで、この倉庫を野営場所にするのは変わらないのだが。

えりぽんは叫んだ後の反動からか、まるで能面のように冷静を取り戻していた。
その背後に。

 「あの、ここには何もないですよ」

唐突に聞こえた声に驚いた二人は、慌てて振り返る。
何ヶ所も穴が開き、泥や錆で汚れた黄色い雨合羽を着込んだ小柄な人影。
フードを被った顔には困った表情が浮かぶ。少女だった。

 「あ、えとこんにちは?こんばんわ?あの、ごめんなさい。
 ここには食べ物も何もないので、きっと泥棒さんには退屈ですよ」
 「ど、泥棒!?違っ、えり達は雨宿りがしたかっただけで!」
 「あ、あーそうなんですか、ごめんなさい」
 「あなた、さっき会ったよね?私たちのバイクを見たでしょ?」
 「はい。ここを通る人はめずらしいので、カッコいいなーって」
 「めずらしいって、じゃあなんであんたはここにおると?」
 「んー…それは、直接みてもらった方が早いかも、です」
 「え?」

そして少女が徐に雨合羽のフードを外したとき、二人は心の底から驚いた。
111 :名無し三号さん :2013/10/30(水) 02:02
>>104-110
以上です。
お待たせしてすみません。ちょっと登場人物の
変更もあって長い時間を費やしてしまいました。
112 :名無飼育さん :2013/10/31(木) 02:23
おひさしぶりです!
登場人物…最近HOTな方々の活躍が期待できそうで、たのしみです
113 :名無し三号さん :2013/11/02(土) 01:33
続きです。
114 :第十一輪 :2013/11/02(土) 01:37
いつからお腹がすかないようになってしまったのか。
いつから排泄を必要としないようになってしまったのか。
喉が渇くということもない。
雨に濡れても風邪をひかない。
怪我をするということも無くなった。
かれこれ2週間分の睡眠が足りていない。
それが起こり始めたのは、"全身がシロくなって間もなくの事"。

 ――――

そのシロさはみずきのような脱色現象どころではない。
彼女の素肌が見ている部分は、まるで白黒写真に出てくるかのように
極端に真っ白になっていた。
いや、陰影はあるので完全に、という訳ではないが、敢えて言うなら
彼女の姿の部分だけを切り抜いて、モノクロフィルムに差し替えたように
圧倒的に色彩が欠けている。
少女は困ったように笑ってみせた。よく見れば、その両目の色素もシロい。

 「やっぱりめずらしいですよね。それにすごくカッコ悪い」
 「…確かにそこまで進行してるのは始めてっちゃけど、カッコ悪いとは思わんよ」
 「あ、ごめんなさい」
 「なんで謝るとよ。えり達のほうこそ勝手に入ろうとして悪かったと。えーと…」
 「さくらです」
 「さくらちゃんやね、おっけ。えりはあー…えりぽんで言いけんね。で、あっちはみずき」
 「え。あ、と、あの、ごめんね、勝手に入ろうとして」

みずきはえりぽんの隣に慌てて駆け寄り、謝罪を述べた。

 「えりぽんさんとみずきさん、分かりました。何もないですけどどうぞ」
115 :第十一輪 :2013/11/02(土) 01:40
さくらと名乗った少女は二人を倉庫の中に案内した。
みずきはその姿を見つめるが、固まったままの彼女の背中を叩くえりぽん。
無言だが、両目で訴える彼女にみずきは「分かってる」と小言で伝えた。

倉庫の中は、見たところ雨漏りはしそうになく、風で倒壊する危険はないようだった。
室温も低めで、それらの要素だけなら「快適」だと思う。
だが、つんと鼻を突く黴のにおいと、薄暗く陰鬱な雰囲気が漂ってしまっている。
トタン製のバラックに蛍光灯が取り付けていたが、それらは全て外されていた。

手にこびりついた赤錆をはたきながら、えりぽんが倉庫の中を見回していると
さくらが何処からかパイプ椅子を取り出してきた。
鉄の部分は錆付いていたが、座る部分のクッション材は無事らしい。
彼女はまるで定位置のように長椅子へと腰掛ける。雨合羽は着たままだ。

 「まあ、深いことは聞かんけど、ここには一人でおると?」
 「今は一人だけど、あともう一人、でもまだ帰ってこなくて…」
 「もしかしてさっきはその子を探しにいってたとか?」
 「……はい。もしかしたら迷子になったのかと思って」
 「その子も、さくらちゃんと"同じ"?」
 「いえ、私よりはまだ全然。だからよけいに心配しちゃって」

空は灰色。
おまけに人気の無いこの場所で助けを呼ぶ手段もない。
かと言って、二人にはここの土地勘が全くない。
さくらは二人の表情を見て慌てて言葉を上げた。
116 :第十一輪 :2013/11/02(土) 01:47
 「あ、でも大丈夫ですきっと。この先に町がありますから」
 「え?そうなの?」
 「はい、そんなに大きくはないんですけど、まーちゃ…あ、その子は
 まーちゃんさんと言うんですが、時々あっちに行くことがあって」
 「…さくらちゃんだけを置いて?」
 「あー私はその…こんなんですから」

さくらが困ったように笑った。
どんな理由があったとはいえ、こんな所にこんな幼い女の子一人で
放置する人間の思考に怒りがこみ上げて来る。
さくらは両手を擦る仕草をしながら、おそるおそるといった感じで問いかける。

 「お二人もその、発症してるんです、よね?」
 「そうっちゃね。えりはまだ初期やけど…」
 「私は、さくらちゃんと同じところまで進んでる。まだ初期だけどね」

みずきはそう言うと、自分の髪を束ねて、首の後ろを見せた。
まるで皮が剥がれたように肌がシロくなっている。
それをマジマジと見つめるさくらは、驚きながらもどこか冷静だった。
えりぽんが語るこれまでの経緯にも耳を傾ける。
全てを聞き終えたさくらは、二人に問いかけた。

 「すると、これからどこかに行かれるんですよね?」
 「まだ何も決めとらんとよ。でもさくらちゃんに会ったのも何かの縁やね」
 「縁、ですか」
 「とりあえず今日はここで寝泊りさせてほしいっちゃん。お礼するとよ」
 「お礼なんてそんな、私だってここに勝手に居るだけです」
 「それにそのまーちゃん?って子にも一喝せないかんと。
 さくらちゃんがをこんなに心配させて許せんヤツとよ」
 「まーちゃんを怒らないであげてください。私の、せいですから」
 「…ま、それを抜きにしても、どうかこのとーり」
117 :第十一輪 :2013/11/02(土) 01:51
えりぽんが両手を合わせる姿に、今度は微かに明るくなった笑顔を浮かべた。

 「お二人がいいなら…いくらでも」
 「ありがとう、じゃあ決まったところで、ご飯にするとよっ」
 「…はいっ」

さくらは何も言わなかった。二人も何も聞かなかった。
みずきは彼女の姿を見つめている。
ただただ、見つめている。
118 :第十一輪 :2013/11/02(土) 01:52

 結局、夜になってもまーちゃんは帰ってこなかった。
119 :名無し三号さん :2013/11/02(土) 01:54
>>114-118
以上です。
今回は特に短いものになりました(汗
どこでさくまーっぽい感じのを出して行こうとは思ってます。
120 :名無し三号さん :2013/11/07(木) 02:42
続きです。
121 :第十二輪 :2013/11/07(木) 02:47
 「"おださくら"?」
 「そ、おだちゃんのなまえ、だからまさはおだちゃんっていうの」
 「まーちゃんさんはなんで私の名前を?」
 「だってオトモダチだからー」
 「私、まーちゃんさんとオトモダチだったんですか?」
 「そうともいえるしーそうとしかいえないかなー」
 「でも私、まーちゃんさんの顔も覚えてないです」
 「まーちゃんはおぼえてるからしんぱいないない。
 ほかのオトナはおだちゃんの悪口ばっか言ってるけど
 めしくぼと一緒におだちゃんのことなんとかしたげるね」
 「めしくぼ?」
 「あ、この言い方はナイショナイショ、シシシッ。
 ほら、これかぶらなきゃ風邪ひくよ、おだちゃん」
 「はい。キャンプごっこみたいです」
 「シシシッ、キャンプごっこーっ」

 ――――

倉庫の真ん中に、廃材を集めて作った焚き火を囲んで、三人は食事を摂った。
さくらは食べ物を保存していなかったため、二人が持っていたカンパンの
缶詰を三つ、それぞれの手元に置かれることになる。
それらは全て無人の店舗に侵入し、放棄された物資の類を頂戴したものだが
そうでもしなければ、二人のような根無し草がこの世で生きていくのは難しいのだ。

まだ出会って数時間だが、さくらとの距離は徐々に縮まっていた。
彼女が予想以上に人懐っこかったのだ。
元々お喋りが好きなのかよく喋る上に、スキンシップが耐えない。
もっと人間嫌いになってるのかとも思っていたが、二人は拍子抜けしたほどだ。
122 :第十二輪 :2013/11/07(木) 02:48
えりぽんは、世の中の人間全ての本性は善人であるなどと考えるほど
楽観的ではなかったが、世界中の人間と知り合うことができない以上
出会えた人とは良好な関係を築きたいと思っている。
その心構えにみずきも賛同していた。
これから数日は一緒に過ごす相手なら、できることなら仲良くしたいと思う。

その後、えりぽんはバイクの点検を始め、その間にみずきは倉庫の方に荷物を移していた。
それが終わると三人は床につく。
いつもは長椅子で横になっていたらしく、隣同士で眠れるようにえりぽんが持っていた
寝具とビニールシートを使って、簡易ベットを作った。
長距離の運転で疲労が限界だったのもあり、えりぽんからはすぐに寝息が聞こえ始め
みずきは毛布に潜り込んで日記を書き始める。
ペンライトに蛍光スティックを繋いだランプが淡く視界を照らす。
その隣で眠るさくらの後姿に、みずきは小さく声をかけた。

 「さくらちゃん、まだ寝てないでしょ?」
 「えへへ、バレちゃいました」

あっさりと彼女はこちらに顔を向けると、にんまりとした笑顔を浮かべる。
「どうして分かったんですか?」という野暮なことは言わない。
つい先ほど、みずきは自分を『色無し』と紹介したばかりだ。

 症状が重い軽いは問題じゃない、発症すれば誰もが同じになってしまう。
 それだけのことを、さくらは全て悟っている。
123 :第十二輪 :2013/11/07(木) 02:51
 「それ、日記ですか?」
 「うん、って言ってもほとんど絵ばっかり描いてて、えりぽんには絵描きノートとか
 バカにされてるんだけど」
 「そんなことないです、すごく可愛くて、上手だと思います」
 「そ、そうかな?」

自分より年下の子ではあるが、褒められるのは悪い気がしない。
ジッと日記を見つめるさくらにみずきは照れくささを感じたのだが、次第に
それが別の意図だと気づいて、鉛筆を彼女に差し出す。

 「良かったら描いてもいいよ」
 「いいんですか?」
 「うん」

こういうやりとりは初めてではない。日記を読み返せば、これまで出会ってきた
人々にお願いして描いてもらった絵が散りばめられている。
もう思い出せない名前や顔の変わりに、この日記に託されてきた思い出を残してきた。
世界に蔓延する「アレ」による現象がこれらの物質にまで影響しない事が救いだろう。

本来は綺麗な黒髪であっただろうシロい頭髪。
まるで饅頭のように柔らかく、まだ疾患すら出来ていないシロい肌。
角膜の奥、薄茶色の水晶体はシロく透明に、濁りすらそこには無い。

この世界ではこの現象を『色無し』と認識している。
その中でも末期の姿であり、最期には『影無し』となって"消える"。
124 :第十二輪 :2013/11/07(木) 02:52
消える。さくらは、彼女は次の夏が訪れる前に"消える"のだ。
ここまでの状態になってしまった人間を見るのはみずきも初めてだった為
これがどこまで保っていられるものなのかは分からない。

そこまで考えて、みずきはさくらが描いていた絵に首を傾げた。
黒いつばが大きな帽子を被った猫のようなキツネのような、大きい口をした着物姿のソレ。
さくらは満足そうに「できた」と言って笑顔を浮かべる。

 「これ何?」
 「白井ヴィンセントくんです」
 「びんせんと?」
 「テレビのキャラクター人形なんですけど、自由すぎてめちゃくちゃ面白いんですよ。
 人間じゃなくてもびるすーつらしいです。だから正座がすごく苦手なんです」
 「そ、そうなんだ」

 さくらの趣味は一言で表すならとても、渋い。

彼女はみずきにも描いてほしいとせがまれて一つだけ絵を手がけた。
白井ヴィンセントの隣にカニを描いてみせる。
以前『首都』で暮らしていたときに飼っていた「カニラ18号」だ。
祖父が動物好きなのもあって、幼少時代から甲穀類に触れて育った。

同学年の女の子は共感してくれることは少なかったが、それでも
誰かが犬と戯れるのと同じように、みずきはカニラを愛しく思っていた。
りんごが好物で、それを少しずつ食べていくのを眺める。
その静かな空間を楽しんでいたあの日々がどことなく他人事のように感じた。
125 :第十二輪 :2013/11/07(木) 02:54
その反面、みずきは爬虫類が大の苦手だ。
野宿では遭遇が日常茶飯事のため、できるだけ草林を離れたところを選びつつ
旅先で手に入れた殺虫剤を常備していたりする。
同じ生き物なのに、どうしてだか好き嫌いがある。
それはまるで、人と人の関係と同じように思えて可笑しかった。

 「知ってますか?カニって遠い昔は昆虫の仲間だったんですよ」
 「えっ?そうなの?」
 「ほら、この目とか口の辺りとか虫っぽくないですか?」
 「う、うーんそう言われると…で、でもカニは虫じゃないよ。カニはカニっ」
 「みずきさんって虫嫌いなんですね」
 「さくらちゃんは平気なの?」
 「私は猫がすきです。昔、猫を5匹飼ってたことがあって」
 「わあ、五匹も居たら気持ちいいだろうね」
 「はい、とても気持ちよかったです、いつも猫猫してました」

さくらは思い出しているのか、今まで見てきたものより幸せな笑顔を浮かべている。
『顔無し』を発症しても、その対象は『人間』のみで、何故か『動物』には影響がない。
だからこそみずきも「カニラ18号」を鮮明に思い出すことが出来る。

 「みずきさん、くっついてもいいですか?」
 「え?うん、良いけど」

さくらはみずきの体にペタリと、まるで猫が丸まる様に寄り添ってきた。
彼女が子猫ならさしずめ自分は親猫か、とどことなく思っていると、さくらが徐に呟く。
126 :第十二輪 :2013/11/07(木) 02:55
 「みずきさんって牛みたいですね」
 「う、牛?」
 「農家では牛のご飯を食べられないようにネズミ退治の猫を飼ってるところが多いらしいです。
 だから体温の高い牛が寝てるところに一緒に猫がこうやって寝てる事があるんだそうです」
 「そ、そうなんだ」

まさかイメージ像が牛だったとは。
これまでの彼女の言葉は自分とは違う世界を見ている気さえしてくる。
その感覚が自分の頭の悪さから来ているのかは分からない。

ただそれは褒めているのか貶されているとみずきが唸っている間も
さくらはただただ丸まって寄り添っている。
彼女は少しだけ体勢を変えると、ぼんやりとした光のペンライトを見つめた。

 「みずきさんとえりぽんさんはどんな関係なんですか?」
 「えりぽんと私?」
 「ここまで二人で旅をしてきたんですよね?姉妹、って訳でもなさそうだなって」
 「ああ、うーん、えりぽんとは同じ高校だったっていうか、先輩と後輩の仲っていうか」
 「みずきセンパイですね」
 「今更だけど、えりぽんに言われたら違和感ありまくってるだろうね。
 ああ見えて学校ではちょっとだけ有名だったっていうか、転校生だったのもあるんだろうけど」
 
みずきは思い返す。あの頃のえりぽんを。
今のような茶髪のショートカットではなく、黒髪のロングだったえりぽんを。
初対面から博多弁でいきなりタメ口で「みずき」と呼んだえりぽんを。
学校の体操部でハンドスプリングと片手側転を何度も得意げに披露するえりぽんを。
127 :第十二輪 :2013/11/07(木) 02:56
何故自分は『色無し』なのに、彼女の顔や名前をこんなに鮮明に覚えてるのか。
周りに佇む学生の顔も名前も既に分からない今。
何故彼女だけをこんなにも。

みんなどこで何をしているのだろうか。
心配か、と訊かれれば、心配だ。
電話も繋がらず、インターネットも不通になってしまったこの世の中で
数百キロの距離は天竺のごとく遠いものだ。
オートバイという交通手段がなければ行き倒れてしまう可能性も充分にある。

みずきは、元居た『首都』に帰る気はない。
えりぽんの本当の気持ちは知りようがないが、みずきは旅を続けたかった。
何か目的がある旅ではない。
苦労してどこへ行こうというのか、と訊かれる事も多いが、意義を求めてはいなかった。

 だからきっと、みずきはえりぽんと一緒に居るために、旅を続けているのだろう。

 「えりぽんさんは、みずきさんを大事にしてくれてますか?」

不意に呟いたさくらの言葉に、みずきは一瞬、息を詰めらせた。
隣で寝息を立てている本人を傍に、みずきは言葉を、考えを巡らせる。
みずきは手を自分の顔に添えて、腕で顎を支えた。

 「うーん…どうなんだろう、ね」
 「というと?」
 「私もえりぽんも、そんなに性格も合わないからね。
 ケンカしたことだってあるし、でもえりぽんが引っ張ってくれるから、流されてるのかも」
128 :第十二輪 :2013/11/07(木) 02:59
 「みずきさんは楽しそうです」
 「そうかな?」
 「そうですよ」
 「さくらちゃんとまーちゃんって子は、どんな関係だったの?」
 「んー、まーちゃんさんはいろんな事を教えてくれます。きっと天才なんです」
 「トモダチなんだね」
 「そうだと良いです…あの、お願いが、あるんです」
 「ん?」
 「明日、まーちゃんさんを探してきてもらえないでしょうか?
 みずきさん達ならあっちの町に行ってもきっと大丈夫です。
 もしもあっちに残るっていうことならちゃんとお別れがしたいから…」
 「…分かった、絶対、見つけてくるからね」

みずきが小指を差し出すと、さくらはにんまりとした笑顔を浮かべた。
さくらの小指が絡まり、「ゆびきり」をする。
シロい肌には確かな温もりを感じた。

それは人間という生きている彼女にある唯一の存在証明に思えた。
129 :名無し三号さん :2013/11/07(木) 03:02
>>121-128
以上です。はるなん誕生日おめでとう!
130 :名無し三号さん :2013/11/19(火) 23:38
続きです。
131 :名無し三号さん :2013/11/19(火) 23:38
それは師弟。それは友情。それは信頼。それは恋心。
それは同志。それは視線。それは接触。それは愛情。
それは不仲。それは孤独。それは慟哭。それは失望。
それは依存。それは傾斜。それは不安定。
それは空白。それは倦怠。それは惰性。それは虚無。

 『なんでこんなヒドイ事をするの?』
 『なんでこんな事が出来ないの?』
 『キモイ』『怖い』
 『どっか行ってよ』『死ねばいいのに』
 『消えちゃえばいいのに』

少女は理解できなかった。でも理解できないことを諦めたくなくて。 
人と関わろうとして。他人を何度も傷つけてきた。
努力は報われない。最高の作り笑いは壊されて、潰された。
好きでいたかったのに。好きでいてほしかったのに。

ようやく自分が嫌われている事に気づいたのは、それから間もなくの事。
世界から拒否されたのだと、少女は深く傷を抉った。
そんなことなど、とっくの昔に理解していた筈なのに。

 少女は家族と共に町を離れた。
 『転校』した先でも同じような事をするかもしれない。
 だが将来を考えると、学校は出てほしかった。

その気持ちを、彼女は解っていた。努力するのを諦めなかった。
その奥底で、暗い憎悪の悲鳴を上げていた自分を殺しながら。

 ――――
132 :第十三輪 :2013/11/19(火) 23:40
久しぶりに見た夢は、最悪だった。
もう忘れてしまってもいい筈の事柄を、今でも引き摺っている。
気分の悪さに耐えかねて、彼女はベットから出ると外に駆け出す。
明け方は異様な蒸し暑さを感じた。

走った先に流れる小川を見つけ、彼女はそれを覗き込む。
月はもう隠れてしまい、朝の日差しが少しずつ辺りを照らし始める。
水面に映る自分の表情もまた最悪で、可愛くない。

 「大丈夫ですか?」

不意に投げかけられた言葉に振り向くと、さくらが心配そうにこちらを見ている。
えりぽんは自分の顔を見られるのを躊躇い、水に向き直った。

 「ごめん、起こしてしまったと」
 「いえ、ちょっと寝付けなかったんで」
 「あー…えりってなんでこうメンタルが弱いっちゃろか」
 「えりぽんさん、悩んでるんですか?」
 「悩みぐらい誰にでもあるっちゃろ」
 「そうですね。ごめんなさい」
 「…ごめん、ちょっと、嫌な夢を見てしまったと」

水辺の草原に座るえりぽんの隣に、さくらは腰を下ろす。
そして唐突に、えりぽんの腰に腕を回して抱きついた。
えりぽんは驚きを表に出さずに「どうしたと?」と聞き返す。
133 :第十三輪 :2013/11/19(火) 23:40
 「まーちゃんさんがよく抱きついてくれます。こうやって、ギューって。
 えりぽんさんは良い人です、良い人だから、悲しい顔をするんです」
 「えりは良い人じゃなかよ、いつだって自分のためにしか動かんし」
 「こんな私にカッコ悪くないって言ってくれて嬉しかったです。
 えりぽんさんが泣いてもそれは、カッコ悪くなんてないんですよ」
 「えりは泣いとらんよ」

 泣いてる姿はいくらでも見せてきた。ただあの夢の後に泣くということは。
 それはまるで、自分が後悔しているような気がして。
 えりぽんはさくらの頭に手を置いて、自分の方に抱き寄せる。

 「えりさ、昔は嫌われ者やったと」
 「え?」
 「なんか、えりがやる事なす事、全部裏目に出てしまうから。
 転校する前の学校で、物理的ないじめはされとらんかったけど、怖いとか
 キモイとか、まあ、精神的苦痛は毎日あったっちゃね」
 「なにか、悪い事をやってたんですか?」
 「うーん、分からん。理由を聞いても怖いからとかキモイとかしか言ってくれん。
 で、ある時に思い切って『首都』へ引越して、その学校では上手く出来とったとよ」

高校進学を機会に、誰も知らない世界へ歩き出す。
それはとても、心地が良かった。気持ちが逆方向へ駆け抜ける感覚。
自分を知らなくてもいい、自分を解ってくれなくてもいい。
「変化」を求めていった。

 「時々ムカツいたりするけど、トモダチもできて、時々面倒になるけど
 勉強に集中できるようになったし、なんか、嬉しかった」
134 :第十三輪 :2013/11/19(火) 23:40
黒を基調としていた服を脱ぎ捨て、ヒョウ柄や虹色を好むようになった。
好きなゴルフで成績が良ければ笑顔が浮かんだ。
平穏な日常の中で、自分がとても伸び伸びとした生活を送っている。

それを幸せだと知った時に、"アレ"が、起こった。

 「神様っていうんは、そうとうえりを嫌っとるらしいけん。
 ま、別に信じとらんけどさ、むしろ感謝せないかんとも思うし。
 …今思うとえりってけっこーヒドいヤツかもしれんね」
 「私、えりぽんさんが好きですよ」
 「なに急に、話聞いとらんかったと?」
 「聞いてましたよ。だからいろいろ話してくれてとても嬉しかったです」
 「さくらちゃんって、変やね。でも、良い子やと思う」
 「だって私もそうだから」

そう言われてしまうと何も言えなくなってしまう。
徐にさくらの手を握ると、彼女は相変わらず笑顔を見せてきた。
全てを受け入れてしまったようなそれから目を逸らす。

えりぽんは空を見上げる、もうすぐ夜明けだ。
思考が安定しない今、無性に体を動かしたくなる。
がむしゃらに走ってみようか、いや、無駄のない時間に費やすのも気が引ける。
目の前にある小川の水をすくい、えりぽんはさくらにこう提案した。
 
 「さくらちゃん、ちょっと手伝ってほしいことがあるんやけど」

 ――――
135 :第十三輪 :2013/11/19(火) 23:41
 『ねえ■■■、あの転校生と知り合いなの?』
 『え?転校生って、えりぽんのこと?』
 『アダ名でもう呼び合ってるんだ、近所なんだって?』
 『ああ、うん。それがどうかした?』
 『やー、あの子良い子だよね。素直だし、口答えしないし』
 『そうかなー?私けっこー突っ込まれるんだけど』
 『そうなの?部活の先輩とかにも人気なんだけどなー。
 ■■とか■■とか、イジりがいがある子で楽しいって言ってるし』
 『ふーん』
 『でも同じ学年の子にはとっつき難いところがあるらしくてさ。
 ちょっと一人で先走ってついていけないって言うし。
 ■■■から見てどう思う?』
 『どう思うって、んー不器用なところはあるんじゃないかな。
 でも一生懸命なだけだから、それなりにフォローしてあげてよ』
 『まあそうなんだけど、あの子のテンションのぶっ飛び方って
 なんかの反動とかじゃないのかなって思うんだけどね』
 『そうかな?』
 『…なーんであたしが気づいててあんたが分かんないのよ。
 仲良いんじゃないの?』
 『えーうーん、仲は良いと思うけど』
 『あの一件から■■■が元気になって良かったねって皆言ってるのに、しっかりしろよー』
 『べ、別に関係ないからねっ。……全然違うよ、えりぽんと■■さんは…』

 ――――
 ――
 ―
136 :第十三輪 :2013/11/19(火) 23:41
みずきが起きた頃には既に陽が上に昇りきっていた。
昨日の雷雲が嘘のように空は晴れきっている。
とはいえ憂鬱な雨を見る必要もなく、これ以上の湿度が上がらなくて良かったとも思う。

蒸し暑さに額から汗が滲み、薄着でも肌に熱がこもりっ放しになっている。
喉が、渇いていた。
そして外に出たところで、みずきは首を傾げてしまう。
少し離れたところに、昨日はなかったコンクリートブロックに載せられたドラム缶が一つ。
バチバチと火の粉を散らして燃え盛る焚き火が、中に入っているお湯を煮ていた。
まるでドラム風呂のようだったが、これでは釜茹での刑になってしまう。

その上、そのドラム缶には蓋がしてあり、蓋の中央から伸びたパイプが
一段低い場所に二つ目のドラム缶の蓋に繋がっている。
そしてその側面から再びパイプが伸び、今度は一回り小さい三つ目のドラム缶へ。

文明世界の人間から見れば一体何の宗教儀式かと見まごう光景だが
今の日本では別に珍しい光景ではない。――― 水の浄化装置だ。
一つ目と二つ目のドラム缶の中には小川の水を。
一つ目の水を沸騰させて、その蒸気をパイプに通し、二つ目のドラム缶に送る。
水の入ったドラム缶に張り巡らせたパイプの中を通るうちに蒸気は冷却。
三つ目の小さな缶に達する頃には水に戻っていることになる。

一度蒸発させた水蒸気を用いるため、不純物が入らず雑菌も居ない清浄な
水を得ることができる、というわけだ。
旅先でお世話になった夫婦がこの構造を教えてくれたのを思い出す。

日本は水が豊かだが、手で掬って飲めるほど清浄な水はそうあるものではない。
ここまで荒廃してしまえば、水道機能が保たれているところは少ないので
このような浄化装置は何度も見てきた。
137 :第十三輪 :2013/11/19(火) 23:41
しかし特別大きいドラム缶ではなかったが、内容量を考えるとバケツが一つ五リットル
としても何十回も中に水を注ぐことになる。
これを作った二人が付近に居るかと見渡していると、背中に何かがぶつかった。
お腹の周りに腕を回し、顔を背中に押し付ける誰かへ振り向く。

 「おはようございます、みずきさん」
 「おはようさくらちゃん。えりぽんは?」
 「あそこですよ」

みずきの手をとって、さくらは小川の方へと案内する。
ビニールシートの敷かれたソコで寛ぐ後姿を見つけて、みずきは「えりぽん」と呼んだ。
眠気眼で彼女は振り向くと、低いトーンで挨拶した。

 「ああ、みずきおはよ」
 「おはよ。って言ってももうお昼近くだけど。あれ、えりぽんが作ったんでしょ?」
 「うん、ちょっと体動かしたくなって、さくらちゃんにも手伝ってもらったと」

かのんの所で手に入れた水は昨日の段階で全て無くなってしまっている。
えりぽんが三人分のコップからピンク色をみずきに手渡す。
ドラム缶で浄化した水が入っており、喉に流すと、蒸していた体が一気に冷える。

 「ん、おいしい」
 「そりゃえり達がいっしょーけんめい頑張って作った水やけんね」
 「ごめん、思いっきり爆睡してた」
 「別にいいとよ。さくらちゃんが早く起きてくれとったし」
 「うう…」
 「でも楽しかったです、それに美味しそうなお土産ももらえて」
138 :第十三輪 :2013/11/19(火) 23:41
お土産?みずきの視線にえりぽんは小川の方を指差す。
小川の一角には石の囲いが作られており、そこにはペットボトルと共に
スイカが網から開放されて水に浸されていた。
とても綺麗な縞模様のそれを、ふとみずきは思う。

 「えりぽんも食べるの?」
 「ううん」
 「え」
 「食べれん言うたやん」
 「一緒に食べたいよね、さくらちゃん」
 「えりぽんさんはスイカが食べれないんですか?」
 「種がダメなんだって」
 「種、じゃあ私が取りますから一緒に食べましょう」
 「えりぽん、こんな小さな子にまで言われてどうする気?」

みずきが嫌な笑みを浮かべて言う。それはまさに挑発だ。
えりぽんはその挑発の意図に気づいていたが、さくらのあまりにも
純粋なソレに何処となく、得体の知れない後味の悪さを感じる。

確かにさくらは自分達よりも歳の差はある。
そんな彼女にスイカの種を取ってもらって食べるという事は。
せっかく種を取ってくれたスイカを断るという事は。
それは、あまりにも、何か、自分が自分を許せない気がする。

 「…一個だけ」
 「二個」
 「一個半」
 「二個頑張りましょえりぽんさん」
 「ぐう…あーもう分かった、食べればええっちゃろっ」
139 :第十三輪 :2013/11/19(火) 23:42
結局、折れた。
しかも減らすのではなく増やすのかよ、と思う。
スイカは茹でることも焼くこともできない。
「野菜」という生の味を堪能するかと思うと肩が震えたが、これまでの旅で
空気を壊さないようにするには少しでも受け入れるという事を見に付けた気がする。
みずきは思わず笑みが溢れた。

 「なん、みずき」
 「なんにもない。なんかえりぽんが嬉しそうだから」
 「それってえりがいじわるされて喜んどるってこと?みずきじゃあるまいし」
 「なによそれー酷くない?」

小さな事から始まってしまった言い合いの中でも、さくらは笑った。
白い歯を見せながら、三人の時間は過ぎていく。
過ぎていった時間の先に、何があるのかも考えないまま。
140 :名無し募集中。。。 :2013/11/19(火) 23:44
>>131-139
以上です。
最近えりぽんが野菜を食べてるという日記を
見て泣きそうになりました(感涙
141 :名無し三号さん :2013/11/20(水) 14:19
住人を露呈させてどうする自分…。
142 :名無飼育さん :2013/11/21(木) 02:20
どんまいですw
旅のほのぼのした描写が素敵すぎて合間の過去の描写が少し怖くなる
漫画に影響されて食べてるというのがまたなんともえりぽんらしいですね
143 :名無し三号さん :2013/12/21(土) 23:44
スレを立ててからもう4ヶ月になるんだなとしみじみ。
寒いときに暑い季節を書くのって意外と難しい。

続きです。
144 :第十四輪 :2013/12/21(土) 23:45
 「おだちゃーん、ヤッホータイ!」
 「おはようございます。どうしたんですかその子」
 「シシシ。ひまそうにしてたからいっしょにのってきちゃった。
 でもいいウマだよこのコ、やさしーんだよね」
 「まーちゃんさん、乗馬ができるんですね。いいなあ」
 「おだちゃんものればいいんだよ。ほら」
 「えっ、で、でも私が乗ったら重たいだろうし…」
 「しんぱいないない。ほらこうやってくびのところさわってやって」
 「こ、こうですか?」
 「うしろにはいちゃだめだよ、けられちゃうから。
 にんじんもってきたからこれあげていいよ」
 「わあ、まーちゃんさん、私こんなに近くで見たの初めてです」
 「シシシ。かわいいよね。そこらへんプラプラしようよ」
 「…う、うんっ」

 「まーちゃんさん、そろそろ帰らないと暗くなっちゃいます」
 「もうそんなジカンか。おだちゃん楽しかった?」
 「すっごく楽しかった。おウマさんも元気でね」
 「またつれてくるからさ、ほれにんじん。あ、よろこんでる」

彼女と共に出会った馬の瞳はとても綺麗で、とても懐いてくれた。
鼻を鳴らしたり、前肢で地面を前掻きしたときはお腹がすいた
合図だと彼女は教えてくれた。
あの馬は、今も元気だろうか。
ちゃんと仲間と一緒に生き続けているだろうか。

――――
145 :第十四輪 :2013/12/21(土) 23:52
 「本当に一緒には行かないの?」
 「はい。スイカがどこかに行かないように見張ってます」
 「分かった。すぐに帰ってくるから頼むね」

荷物を倉庫に置いて、軽量化されたオートバイに跨る二人。
そしてそれを見送るさくらの姿。
結局さくらは、一緒に同行するのを承諾しなかった。
ここから真っ直ぐに向かえば自ずと目的地に辿り着くからと。
彼女が言うにはオートバイで走っても20分は掛かるという。

えりぽんはスロットルを開けて、バイクは煙を吹いて走り出す。
さくらが小さく手が振るのに答えて、みずきはえりぽんの背中に体を寄せた。
腕を彼女の腰に回して、ふと空に視線を泳がせる。
特に意味は無かった、ヘルメット越しだが、みずきは「あ」と息を漏らした。

 「えりぽん、飛行機が飛んでるよ」
 「え、どこどこ?」
 「ちょっと、よそ見しないで」
 「みずきがふったっちゃろうが、で、どこ?」
 「右の方で飛行機雲ひっぱってる」
 「ホントだ、久しぶりに見たかも。海外だったらいいのにな」
 「えりぽんが乗ってるわけじゃないのに、変なの」
 「そうやけど、なんかいいやん。遠くまでってのが」
 「遠く、か」
 「どこまでもどこまでも行きたいやん。道に迷わんようなところ限定で」
 「確かに」
146 :第十四輪 :2013/12/21(土) 23:54
二人は適当なことをだらだらと喋った。
えりぽんの発言をみずきは笑ってバカみたい、と何度も繰り返す。
そんな彼女の声を聞くと、えりぽんは笑顔を浮かぶ。

なんでもない、こういう時間。背中にぬくもりを感じる。

線路が頭に浮かぶ。
いつもいつも、えりぽんは線路を見つめていた。
線路はどこかへと続いていて、知らない町が、未来が、その先にあると知って。
けれど彼女はそんな未来を捨ててもいいと思っていた。
自分にとって大切な人が"消えた"あの日から。

 「今度は、どこに行きたい?海でも見に行く?」
 「海かあ、秋までには一度くらい行ってもいいかもね」
 「『南』の海よりも綺麗とかいな?」
 「どうだろ、でも魚介が美味しいから、きっと綺麗なんだよ」
 
魚を食べたのはつい1ヶ月前にある町の老人に振舞ってもらって以来だろうか。
小川に泳ぐ小ぶりのものだったが、慣れた手つきで捌いたお刺身や
焼き魚はとても絶品だった。

 「そういえば覚えてる?カレーパーティしたの」
 「あーやったね。あれは感動したっちゃね、本物やったもん」

えりぽんが本物と呼ぶのは、レトルトではない、という事だ。
ニンジンと肉は缶詰ではあったが、芋と米は本物、ルーはスパイス
から調合した秘蔵のものを使った本格カレーだった。
147 :第十四輪 :2013/12/21(土) 23:55
パーティーの主催者は学校の教師で、自治組織のリーダーでもあった。
疎開してきた子供達を喜ばすために行われていたところを偶然
居合わせてしまったのがきっかけだったが、とても嬉しかったのを覚えている。

5人の子供達は空腹を我慢して料理を手伝った。
日も落ち、急いでやらなければ電源が勿体ないという理由もあった。
保存してあった米を研ぎ、芋の皮を剥き、ニンジンやコンビーフの缶詰を開け
火を二つ起こし、炊飯用の釜とカレー鍋を載せる。
作業分担は自然に行われ、一人一人ができることを一生懸命やった。
具の少ないカレーライスであったが、量は十分。
5人と二人、そして教師は貪るようにカレーに取り掛かり、鍋も釜も
空にする勢いで食べていく。

あの頃は梅雨の時期で、高温多湿の場所ではカレーを長時間保存することはできない。
明日、納豆のように糸を引くカレーを目にするのは御免だったので
教師はえりぽんやみずきにもおかわりを要求させた。
我慢した分、8人の笑顔は絶えなかった。

 「良い子達だったよね皆、でもあんまり話せなかったことも
 あったから、それだけがちょっと寂しい。
 不思議だよね、こんな事になってから出会うこともあるんだって思った。
 最後にお礼言われて、別に私たち何もやってないのにありがとうって言われて。
 こんな私でもさ、力になれたんだなって思ったの」
 
密かに教師から告げられたのは、3日前に1人の少女が"消えた"という事。
148 :第十四輪 :2013/12/21(土) 23:57
5人の子供達とはとても仲が良かったらしい。

今の世の中において、人口が多い、というのはそれだけで
大きな意義を持つ。
一人の人間が自分を養うだけの食料を得続けるのは難しいが
百人の人間が百十人分の食料を得るのは、それより楽になる。

みんなで力を合わせる、ということは、凄いことなのだ。
人が多いところには恵みがある。
そしてその恵みは、立ち寄る二人にとっても恩恵をもたらすものだった。

思い出に浸っていると、さくらの姿が、チラつく。

 "あんたはさ、他の人よりも不器用なだけなんだよ。
 でも頑張るってことがどんなに大変なのかを知ってる。
 一人がどんなに寂しいのかを知ってる。
 だからどんなに結果になっても、助けてあげられるよ、生田なら"

大切な人の言葉に、えりぽんはただ真っ直ぐを見つめた。
さくらの為に何か出来はしないかと考える。
それはみずきに想った自分が、この人生を決めたあの時のように。

 「みずきはさ、もーちょっと自信もった方がいいとよ。
 えりたちがやることなすことに文句なんて絶対に言わせんし
 胸張って、やりたいことをすればええやん」

正体不明の現象が蔓延する世界は、それでも呑気なものだった。
放っておいても時間は過ぎていくし、どんなに暑い夏だろうが冬になってしまう。
そういうのは二人の意志にはなんの関係もないし、喚こうが抵抗しようが
あるいは急かそうが、時間やら季節やらは勝手にやってきて、去っていく。
149 :第十四輪 :2013/12/21(土) 23:59
そんなちっぽけな二人ができる事と言えば、精一杯生きるだけ。
それだってかなり難しい命題だが。

 「えりぽんのテンションを見習うには難しいだろうけどね」
 「逆にみずきは落ち着きすぎやし。男の兄弟がおったんやから
 もーちょっとハッチャけるもんやないと?」
 「私と弟はインドアだったしね。あんまり外に出なかったし。
 高校生になってからだよ、カラオケとか行ったの」
 「うわ、お嬢様やん」
 「でも楽しみ方っていろいろでしょ?えりぽんはよくどっか行ってたよね。
 まるで庭みたいに歩くから、ずっと前からこっちに住んでたみたい」
 「情報だけは人一倍あるけんね。下調べは基本っちゃよ」
 「そういえば、転校してきた理由ってなんだったの?」
 「……いつかは話すかもしれんね」

一瞬の間。
えりぽんの横顔を静かに覗く、ヘルメット越しでは表情は全く見えないが
触れてはいけなかったか、と思い直した。

 それにみずきにも、彼女には言えていない事がある。

数分経った頃に、二人を乗せたオートバイはトンネルに入った。
それは木々で囲む、自然のトンネルだった。
日差しがあまり入らず、隙間から光のカーテンが地面を照らす。
肌から滲んでいた汗が少しだけ引いたような気がした。
その道の先を抜けると、一気に日差しの浴びて、みずきは眩しさのあまり目を閉じる。


ブレーキを、握った。
150 :第十四輪 :2013/12/22(日) 00:02
突然の減速にみずきが小さな悲鳴を上げ、オートバイの姿勢が大きく乱れる。
その時、別のブレーキ音を聞いたような気がした。
えりぽんは慌ててバランスを取り戻し、車体を停止させた。
荒々しく雑草たちが揺れる音が何処からか聞こえたが、すぐに止んだ。

 「ちょっと、どうしたのっ?」
 「分からん、いきなり横からバイクが走ってきてぶつかりかけたとっ」
 「バイクって…」

ヘルメットを外して辺りを見渡す。
すると、二人が乗るバイクのある所から数メートル先の雑草が
一直線に踏み倒されたような痕を見つけた。
その先で何かが蠢いている、まるで人影が起き上がった様に。

 「ごめんなさーい!だいじょーぶですかー!?」

振り向いたヘルメットからは女の声。
それもなんという高音だろうか、数メートル離れた二人にもその声は届いている。
女は両手でヘルメットを外すと、長い黒髪から大きく見開いたような目と
形が良く、存在感のある鼻をした顔立ちが見える。
ヘルメットをハンドルの上に置き、彼女は慌てたようにこちらへ駆け寄ってきた。

 「ごめんなさいごめんなさい!まさか人が通ってくるなんて
 おもわなくて、あの私もあまりここは通ってなかったから油断してて!」
 「ちょっと、落ち着くっちゃ。こっちも状況的には同じやったけん。
 怪我はしてないと?」
 「はう、私は全然、バイクも転倒してないので荷物も無事だと思います」
 「そっか。こんな所でもしものことがあったら大変やったと」
 「うう、ホントにごめんなさい」
151 :第十四輪 :2013/12/22(日) 00:12
ようやく落ち着いたのか、女はオートバイクを雑草の中から救出すると
後ろに設置された荷箱の中身を確認していく。
ファイルに挟んだ用紙を見ている姿にみずきはふと、女に尋ねた。

 「もしかしてバイク便かなにかやってるんですか?」
 「あ、はい。よくお分かりで。
 明日までに届けるものがあって、ここにはその近道
 として走ってたところだったんです。でもダメですね、ちゃんと
 知ってる道を走らないと…。あ、申し遅れました。
 私ははるなと言います、気軽にはるなんと呼んで頂ければ嬉しいです」
 「はるなん、か。私はみずき、で、あっちがえりぽん」
 「みずきさんとえりぽんさん。あぁ、なんか良いですね」
 「え?」
 「ああいえ、なんでもないです。アハハ」

細身の体型を見ると体力はなさげだが、努力家なんだろう、と思った。
荷箱に入っているものも大半が手紙や小包といったものばかりだ。

 「あ、じゃあこの先に町があるって聞いたっちゃけど、そこ?」

やりとりに加わるようにえりぽんは自分達が来た方向の逆を指差した。
はるなんは首を傾げる。
152 :第十四輪 :2013/12/22(日) 00:13
 「え?町、ですか?」
 「私たち、この先にある町に用があって、もしかして知ってる?」
 「町、ですか。二人はその、どちらから来られたんです?」
 「えっと、このずっと向こうの国道から入ってきたんだけど…」
 「あーなるほど……じゃあ旅行者なんですね。
 確かに昔はこの先に30人くらいが住んでいた町があって
 何度か立ち寄ったこともあります。ただその…」

急に女はばつが悪そうによそよそしくなった。
それも彼女の発言に、二人も少しだけ怪訝な顔になる。
「昔」という過去形を使ったからだ。


 「そこは4ヶ月前に、町人が"集団喪失"してるんです」
153 :名無し三号さん :2013/12/22(日) 00:16
>>142
過去編を挟み込んでいくと長編になってしまって
自分では対処できなくなるので回想シーンだけでなんとか。
二人の終わりが見えてきたら短編を書いてもいいかな、と思ってます。
154 :名無し三号さん :2013/12/22(日) 00:18
>>144-153
『第十四輪』
155 :名無飼育さん :2013/12/22(日) 17:32
新たな人物登場ですね
そして新たに謎の現象が・・・
続きも短編も期待してます!
156 :名無し三号さん :2014/05/06(火) 01:33
半年も放置してたら誰も見てないかな…?
ヒッソリと更新。

※簡単あらすじ

ここは原因不明の現象によって「人が消える」という事象が蔓延する世界。

えりぽんとみずきが出会ったさくらという女の子から
とある町に行って、まーちゃんという女の子に会ってきて
ほしいと頼まれるが、その途中ではるなんというバイク便と出会い
ある衝撃的事実を告げられるのであった。
157 :第十五輪 :2014/05/06(火) 01:35

 「ねえおだちゃん、そろそろここから出て行かない?」
 「え?出て行くって」
 「めしくぼがさ、うみべのまちにすもうっていってる。
 のこってるひとたちもいっしょにだけど。
 まさもそっちのほうがたのしいとおもうな。ここにいるのもあきてきたし。
 こんどめしくぼとそのマチみにいくから、おだちゃんもいこうよ。
 うみでぱーっとあそぼう!」
 「海…でも私、水着とかもってない」
 「そんなのあっちでもらえるよ、うみがあるんだから。
 あーもしかして泳げないのかおだはー?」
 「泳げます。クロールならまーちゃんさんに負けない自信ありますよ」
 「むう、まさだっておよげるよ!おだよりもうまいかもね!」
 「じゃああっちに行ったら…勝負、しましょっか」
 「ズルはなしだからね」
 「当然です。ふふ、楽しみだな」

まーちゃんは怒っていた。本当に怒っていたかは分からない。
笑って怒っていたから、笑っていたから、分からない。
 
彼女がさくらの前に現れたのは、14回。
それから、さくらは数えるのをやめた。
彼女が居なくなってしまってから、日付を覚えるのをやめてしまった。

 「息を重ねましょう 時を重ねましょう このまま変わらぬ二人でいましょう
 明日幸せが 不意に訪れて 全てが変わってしまうのさえ
 ちょっと怖い気がします」
158 :第十五輪 :2014/05/06(火) 01:37
昨日が終わっても、今日は変わらずに始まっていく。
さくらにとっては2週間の日々も今日も変わらない。
目移りしない、同じような光景だ。
記憶も記録も、2週間分。
それだけで充分だ。ヒトリの記憶や記録は、必要ない。

 「気がつけばそばに あなたが居た いつまでも
 枯れない愛で 抱きしめて TALE ME PLEASE」

えりぽんとみずきという旅行者が現れて、感情が少し動揺した。
忘れかけていた感覚が蘇るように。
自分が話して、触れて、感じていたものを思い出すように。
誰かの記憶から、記録から消えていくはずの自分を。

泣けてくる。
久しぶりの人肌、温かさ、優しさ。静かに、泣けてくる。
同時に、寂しさが、不安が、募る。
帰ってきたらどんな顔をするだろう。
どんな言葉を告げてくれるのだろう。

長いすに座って俯いてみると、差し込む日差しが影を作る。
顔も、輪郭も、姿形も曖昧で、真っ黒でなんと呼べばいいか分からない影。
真っシロな自分とは正反対の自分。

 「長い長い日曜日 あなたをずっと待ってるだけ
 好きよ好きよ大好きよ 伝えられない日曜日」
159 :第十五輪 :2014/05/06(火) 01:37
さくらは歌うことが好きだ。
歌声を褒められるのはとても好きだ。
最後に願うのは、ほんの些細な、有り触れた少女の希望だけ。

 ――――
160 :第十五輪 :2014/05/06(火) 01:38
草原ばかりの風景が途切れ、雑木林や畑などの人の手が入った
ものが多くに目についていたが、それ以外にも人家らしきもの
もかなりの数で発見していた。
ハンドルを構えているえりぽんの腰に回された腕の力が、強まる。
その度にえりぽんは頻繁にその腕を撫でた。
撫でてやると少しだけ力が緩んでいくのが分かる。
周りに意識を奪われないように、ただオートバイを走らせていく。

そしてきっと町の中心地であろう場所に着いた時、えりぽんは息を呑んだ。

廃墟。廃墟の群れ。
元は、ある程度の規模を持ったキチンとした集落だったのだろう。
大きな畑といくつかの民家があり、この島ならではの広い敷地に
軽トラックが停められている。
だが、人の気配がない。
この村には住人が一人も居ない。
殆どの建物の原型は残っているが、天井に大穴が空いていたり
庭にある物干し竿には、ボロ雑巾のようになったシーツが吊るされたままだ。

ドアが開いたままの軽トラック。
道の真ん中にポツンと置かれたランドセル。
畑の真ん中で立ち往生しているトラクター。
至る所に住人の痕跡が残っているにも関わらず、そこには誰も居なかった。
ただ、虫の音と風の音だけが空間を満たしている。
暑さからなのか、えりぽんの頬には汗が伝う。
どくり、と心臓が鼓動を打つ。
あまりにも重く、そして、この感覚には覚えがあった。
161 :第十五輪 :2014/05/06(火) 01:39
『首都』

二人が捨ててきた、名前を失ったあの大都市。
人口の八割を失い、機能を失ったあの街に、この村は酷く似ている。
学校へ行く途中で、ふと覗くコンビニの中。
信号機が停止し、通る車もなくなった大交差点の歩道橋。
夕暮れの校舎から見える、灯りの消えた摩天楼。

人が居るために造られた場所に人が居ない。
強烈な違和感が、えりぽんの鼓動を速めていた。

 「えりぽん」

ぎゅっと、腕を掴まれる。
思わず振り向くと、みずきがえりぽんの背に張りつき、小刻みに震えている。
何かに耐えるように口元に手を置いて、それでもハッキリした口調で。

 「えりぽん、ここは……嫌、嫌だよ」
 「うん、帰ろうみずき。さくらちゃんが待っとる」
 「ごめん、私が言ったのに、ごめん」
 「らしくないやん。みずきが悪いわけやないっちゃろ。
 あんまり謝ると置いていくけんね」
 「ごめんね。ごめんね」
 「みずき!」

 「ごめんなさい」
162 :第十五輪 :2014/05/06(火) 01:41
えりぽんは一点から目を逸らさないみずきの腕を引っ張って元の道を戻る。
何かとてつもなく恐ろしい物を見るように見つめていたのは
道に転がっていた小さな赤いランドセル。

誰にも触れられることのないそれへ一切振り向くことはない。
はるなんが告げた事実を聞いていた為、現状はなんとなく分かっていたのだ。

 「――集団喪失って、どれくらい?」
 「20人が同時に"消えた"らしいです」
 「は?20人って、そんなことあるわけないやろ」
 「その、私も実際は見てないんです、でも確かにそれぐらいの
 人数が行方不明になってて、残ってた人達から聞いただけなんです」

"集団喪失"は現象が起こってから最初の1ヶ月に頻繁に発症したが
最近では段階に個人差が出てくるようにもなり、滅多にならなくなった。
4ヶ月と言えば二人がまだ『北』に北上する前だが、メディアも機能停止
しており、地方の情報を得ることは皆無だ。
『北』でそのような事があっても、話が広まることは無かったのだろう。

 「残っていた人達は別の町へと移住しました。
 特にここは一番"アレ"が酷かった場所から来てた方ばかりで
 人もそうですが、場所に対してもとても気遣っていたんです」
 「それはいつの話?」
 「その出来事があってからすぐです。私が様子を見に来たときには
 すでに家の中はもぬけの殻で、知り合いにも挨拶すらできませんでした…」
163 :第十五輪 :2014/05/06(火) 01:45
はるなんは悲しそうに地面に俯きながら答える。
現象を発症した人間と最後に言葉を交わすのは難しい。
"消える"時期が曖昧だからなのもあるが、自分が発症したことを
他人に告げずに姿を消す者が大半だからだ。
集団喪失した町の生き残りですら、周りに言いふらす訳にもいかない。

この世界で蔓延している現象は、人間の不信感を募らせ
道徳心を根こそぎ奪っていく。少しでも自分を救いたいがために。

 「はるなんは今、どこに住んでるの?」 
 「私はここから数十キロ離れた先の村に。
 とは言え、人口も10人程度で、ホソボソとやってるんですが。
 実は私『首都』からこっちに来た疎開してきたんです。友達と一緒に」
 「『首都』!?私達もだよっ」
 「あ、えっ、そうなんですかっ?」

あの混乱の中で『北』がまだ被害の薄かったのもあり、こちらへ
移り住む人々が多かったのだという。
「生きるため」に馴染んだ街を捨てて、新しい日常を手に入れる。
それが残された子供達にできる最後の希望だった。

 「あ、すみません。そろそろ行かないと」

少し談笑をしていると、はるなんは荷物の配達中を思い出して声を上げた。

 「お二人はどうするんですか?何でしたらここから東に
 ある私の村に立ち寄っていきますか?」
 「あ、うん。いや、えり達はもう宿を決めてあるけん、大丈夫とよ」
 「そうなんですか、あ、じゃあ良ければこれをどうぞ」
164 :第十五輪 :2014/05/06(火) 01:51
そう言って、はるなんはスーパーの袋のようなものを二人に寄越した。
中にはカップラーメンが幾つか入っていて、割り箸まで入っている。

 「配達のときに貰ったんですが、さっきのお詫びにと」
 「えぇっいいよそんなの、えりぽんだってぶつかりかけたんだから」
 「でもこのままだと私の気が治まらないので。
 健康的にはちょっと悪いかもしれませんが、腹が減っては戦はできぬと言いますし」
 「じゃ、ありがたく受け取っとく」
 「ちょっとえりぽん」
 「こっちも食料に余裕はないからね。貰った方が利口やろ?」
 「それはそうだけど…」
 「ではっ」
 「あ、ごめんもう一つ!」
 「はい?」
 「はるなんが居る村に、まーちゃんって子は居ない?」
 「…どうしてまーちゃんの事を?」

はるなんは心底驚いたようで、大きな両目がいっそう広がる。

 「知ってるの?私たちその子に会いにあの町を目指してたの。いま会えないかな?」
 「まーちゃんは…ここには居ないんです。
 もしかしたらもう『北』には居ないかもしれなくて」
 「そんなに遠くの方に行ってしまったの?」
 
はるなんは前に見せたばつの悪そうな表情を浮かべた。
二人は嫌な予感が過ぎる。
165 :第十五輪 :2014/05/06(火) 02:07
 「言いにくいこと、なんだね」
 「いえ、大丈夫です。言ってしまった方がいいのかもしれません。
 実は、あの子は大人に無理やり連れていかれたんです。
 あの町で一人しかいない"免疫"の持ち主だったから」

その言葉に、えりぽんは息を呑んだ。
彼女の異変に気づかず、みずきはまーちゃんという人物を問う。

 「それって、じゃあまーちゃんって子は覚えてたの?」
 「話を聞いてるとそうでした。名前や場所とか、顔も全て
 覚えていたんです、あの子は周りにそれを言いふらしてたから
 大人たちに目を付けられて、まーちゃんを別の街に連れて行ったんです」
 「その子、今はどうしてるとか…」
 「分かりません…でもあの子のことだからきっと大丈夫だと思います。
 あんなに元気で、すごく手を焼いたんですから」

免疫保持者。
一度は発症したものの、症状が全く進行しない者の呼称。
つまりは突然変異。
最初の出現が確認できたのは当時中学生の少年で、彼は自分の
名前や"消えた"家族の顔を覚えているというのだ。
ネット上では都市伝説だと噂され、だが人類にとっては希望の光だった。

それを嗅ぎ付けたマスコミが少年の身元を調べている内に、政府
から彼の保護を引き受けることが発表された。だが、全員が気づいていた。

 誰かは言う。少年は政府に拉致され、実験台にされていると。
 ネット掲示板では免疫保持者が何故存在するかという意見が積み上げられ
 メディアでは評論家や自称専門家と名乗る者達が討論に明け暮れる。
166 :第十五輪 :2014/05/06(火) 02:18
もちろん、世界に蔓延しているこの現象に免疫を持った者が存在すると
いう話を聞けば、食い止めようとする者が出現するのは必然かもしれない。
自分達の命すら懸かっているともなれば多少の犠牲は、という訳だ。
最初は人権を訴える者も居たが、それも少なくなっていった。

どんな実験が行われていたは分からないが、メディアでは全国の行方不明者
が日に日に増えているという報告が後を絶たなかった。

とは言え、その免疫保持者を解明する努力につとめる内にも現象を発症して
"消えていく"人々が減る訳もなく、どんどん衰退していく中で、政府の
それらの行いも終わりを告げていたと思っていたが。

 「だから会いに行くのは難しい…って事ね」
 「あの子はすごく嫌がったんです。当然ですよね。
 だから私もなんとか説得しようとしたんですが、あぁ、もっと早く許可をもらえたら…っ」
 「許可?」
 「ここから西にずっと行くと、海辺に大きな町があるんです。
 まーちゃんはそこに移り住むように手配していて、とても楽しみにしてたのに」

はるなんは残念そうに頭を垂れ、両手で顔を覆う。
嘘を言っているようにも思えなかったが、どちらにしてもこれで
当初の目的が果たされることは無くなってしまった。
さくらに何と言えばいいのだろう。

 「ありがとうはるなん。ごめんね、配達があるのに長話しちゃって」
 「いえ…あの、どうしてまーちゃんのことを?」
 「あ、えーと、そ、そう。人伝にまーちゃんのことを聞いたの。
 "免疫"を持ってるってどんな子なんだろうって思って」
 「あ、あぁそうなんですか。やっぱり広まっちゃうものなんですね…」
167 :第十五輪 :2014/05/06(火) 02:19
かなり無理に話を繋げてしまい違和感を拭えないが、はるなんは追求しなかった。
彼女にさくらの存在を告げることもなかった。
いつもなら口出しするえりぽんが黙っている。

 「…私達、せっかくだからその町に向かってみるよ。
 あ、はるなんの話が信じられないわけじゃないんだ。ただ、見ておきたいの」

みずきの眼差しは悲しそうに、だがどこか意志のある色を見せた。
行ったところでどうにもなりはしない。
それでも、自分達が立ち寄っていたかもしれない町を、見ておきたかった。

 「そうですか…分かりました。
 ここからあと10分もすれば着くと思います。どうかお二人ともお元気で」
 「うん、はるなんも頑張ってね」

そうして三人はそれぞれの道へと向かって別れた。
あまりにも重い空気が包みそうになったのを、えりぽんは必死で
振りほどく様にバイクのエンジンを乱暴にふかし、再び走り始める。
腰に回る腕に触れてみると、みずきが逆の掌でグッと掴んできた。

 「ごめん、さっきフォローせんくて」
 「分かってたんなら別にいいよ」
 「ホントに行くと?」
 「うん。大丈夫だからお願い、連れてって」
 「…しょーがないっちゃね」

息を吸い込んで、吐き出すように承諾した。
冷たい手だ。真夏の中で汗かきな彼女の手が、酷く冷たい。
空を見上げると、先ほどより薄くなってしまった飛行機雲が見える。

 何のしがらみも無く一本の線を引くそれに「ばーか」と悪態を吐いた。
168 :名無し三号さん :2014/05/06(火) 02:22
>>157-167
『第十五輪』以上です。

この話を考えたのも少しだけステーシーズの影響を
受けていたりします。
ステーシーズの次はヴァンパイアらしいですね。
見に行きたかった(涙
169 :名無し三号さん :2014/05/10(土) 15:21
続きです。
170 :第十六輪 :2014/05/10(土) 15:22
母親から学んだことはたくさんある。
さくらの母親はある"講習会"に度々出かけては、自分がするべき
何かを得るには、という事を話してくれた。
さくらにとって母親からは期待されていた部分もあったのかもしれない。
妹と3人で何度も話し合ったことがある。

母親は「人の存在の力」の偉大さを語っていた。
人間としてごく普通に選択しただけのものが、他の誰かに及ぼす
影響力がどれほど大きいなものなのか。

新しい人生に向き合うために歩き出すための勇気は必要だ。
母親はそう言ってさくらを励ましてくれていた事もある。
その胸が震えるような喜びは、幼い子供が抱くほんの小さな幸せ。

だけど気が付かなかった。
喜びは抱けば抱くほど、濃厚な恐怖に変わっていく事に。
"講習会"に向かうようになったのは、父親が居なくなってから間もなくの事。

あの日も母親は"講習会"から帰ってきた。
別に特別なことがあった訳じゃない。
平凡な日常の、普通の日。

さくらは初めて、"消える"という事を知った。
目の前で笑顔を浮かべた母親が"消えた"。
居なくなった。
その何とも言えないあっけなさに涙を流すことも、胸を痛めることも無かった。
告げられることの無い終焉の先にあるもの。

空っぽになってしまった日常で、ただ生きることしか残されていなかった。

 ――――
171 :第十六輪 :2014/05/10(土) 15:22
出発しておよそ数時間後、もう少しで夕暮れになるかという頃。
みずきとえりぽんは帰ってきた、さくらの元へ。
倉庫の中は相変わらず風通しがいいが、湿度はなかなか下がらない。
それでもさくらは待っていた。

さくらは「おかえりなさい」と言い、えりぽんは「ただいま」と返す。
浮かない顔はそのままで、えりぽんが「お腹減ったっちゃろ?」と袋を差し出された。
「好きなのを取っていいけんね」と言い、持参しているガスコンロのスイッチを捻る。

プロパンの青い炎がヤカンの底を舐め始める。
倉庫は三人で居るには広いものだったが、長椅子を軸に荷物を置いているため
自然とそこに集まってしまう。
しんみりした空気が周囲を包む、みずきが長椅子の影で三角座りで俯いている。
さくらはえりぽんの傍に座り、無言で腰に腕を回して抱きつく。

 「何も聞かんのやね」
 「どちらかが声をかけてくれたらと思って」
 「…さくらちゃん、あの町はもう無かったとよ」

えりぽんは包み隠さず真実を伝えた。
4ヶ月前に町が"集団喪失"し、その騒ぎに紛れてまーちゃんは連れ去られた事。
言葉にすれば数分も掛からない真実は、あまりにも重い。
その間、さくらはずっと顔色を変えなかった。
動揺しない、ただただ、真実を受け止める体勢を崩さない。
そして彼女が聞き終えたときの第一声は。

 「じゃあもう、まーちゃんさんとは会えませんね」
172 :第十六輪 :2014/05/10(土) 15:28
淡々と、言葉をまとめた。
呟くでもなく、悲しそうでもなく、苦しそうでもない。
呆気ないほど普通の発音と声量と声質に、えりぽんは思わずさくらを見た。
ジットリとした視線が、少しだけ俯く。

 「私、なんとなく気づいてました。まーちゃんさんが来てくれなくなって
 ずっとここに居て、なんとなく気づいてたんです。私は置いてかれたんだって」
 
『色無し』になってしまった自分を町は受け入れてくれるはずもない。
彼女はそうしてこの4ヶ月を生き続けてきた。
何が楽しいでもなく、悲しいでもなく、苦しいでもない。
そんな何もない世界にただ一人で生きる。
死ぬよりも辛い。惨い生き方を選んでしまった。

 「それでもやっぱり、ここから出る気になれなくて。
 出ていったって私が居られるのってここしかないから。
 だからもういいやって思っちゃって、えりぽんさん達には迷惑かけちゃって」
 「なんでそういうこと言うと?さくらちゃんは何も悪くないっちゃん。
 なんでそういうさ、諦めちゃったら楽ーみたいに言ってしまうと?
 ホントに楽になると?何も変わらんのに?」
 「…でも結局、結果は変んないんですよ」
 「だからそういうんやなくてさー…」

えりぽんが考えるように表情を歪めていることにさくらは理解が出来なかった。
良い方向にならない事など誰もが分かりきっている事なのだ。
先にあるのは一つの事実だけしかない。
だが彼女は、それを否定してみせようと考えている。
173 :第十六輪 :2014/05/10(土) 15:30
 「えり達だって別に何か目標があってこんなことしとる訳やない。
 だからこれもきっと無駄なことなんかもしれん。そんなえり達をどう思う?
 バカやって思うと?」
 「それは…」
 「本心で言うてくれたらいいとよ。そんなことで傷つかんから」

視線を、動かさない。
えりぽんは視線を右往左往させるさくらから目を離さない。

 「……思えない、かも」
 「だからさ、そんなに簡単に人間って諦められるもんやないしさ。
 さくらちゃんだってホントはもっと何かしたいはずっちゃもん。
 だからそんな風に言われたらなんか、悲しくなるとよ」

えりぽんがさくらの手を握る。
本当に悲しそうに俯く横顔に、さくらは胸につっかかる感覚に陥った。
真反対の二人。
えりぽんは悲しいという、さくらが後ろ向きになっていることを悲しんでいる。

 「えり達ができることはもうないかもしれん。
 けど、さくらちゃんをこのままにすることも出来ん、だから、最後まで付き合う」
 「それってつまり、私が"消える"まで、って事ですよね」
 「うん。まあ、そのまーちゃんって子の代わりにはならんかもしれんけど」
 「じゃあ、歌もきいてくれますか?」
 「さくらちゃん歌うまいと?」
 「はいっ、声マネだって出来るんですよ。まーちゃんさんには
 あんまり褒めてもらえたなかったんですけど、ちゃんと練習したんです」
174 :第十六輪 :2014/05/10(土) 15:31
さくらが饒舌になり始めた頃、目の前のコンロに載せられたヤカンが
大きな音を立てて沸き始めた。
まさに「見ているヤカンは沸かない」という諺どおり。
関係ない話をしていればすぐ沸くものなのだ。

 「じゃあ、あとで聞かせてよ。まずは腹ごしらえしよう」
 「はい!」
 「おーいみずき、そんな所におらんとこっちに来るとよ」
 「えりぽん、私いい。食欲ない」
 「もうお湯入れたんやけど。はいスガキヤ」
 「えりぽんが食べればいいじゃん」
 「えりだって自分のがあるもん、二つも食べれんとよ」
 「えりぽんさん」
 「ん?」
 「…いただきます」

カップ麺のパッケージを破り捨て、それからの三人は
しばらくの間なんの会話も交わさなかった。
ずっとえりぽんの一人喋りは続いていたが、食べ終わる頃には
満腹感に浸ることでそれも止んでいた。
その後に冷やして絶妙に熟したスイカを自ら目隠しを装着したえりぽんが
さくらがあっちだこっちだと撹乱するのを全く無視し、一撃の下にブチ割った。

まるでゴルフスイングのような動作の後に振り下ろした事で、割れ方が
少し雑にはなっていたが、極上の味であったことは言うまでもない。
175 :第十六輪 :2014/05/10(土) 15:32
 「えりぽんさん、ほら、あーん」
 「自分で食べれるってば、さくらちゃんが自分で食べなよ」
 「あーん」
 「だから良いってーみずきヘルプッ」
 「あーおいしいなースイカの赤いのおいしいなーあまいなー」
 「みずきーっ」

三人が文句なしに満腹になる量を平らげた頃には、とっぷりと
夜は更けて、倉庫の周囲で蛙の声が耳に涼しかった。
空には雲一つなく、満天の星空と輝く月が大地を明るく照らしている。
この様子では明日は晴れるだろう。
ただ、それでも湿度が下がり始めるにはもうしばらく時間がかかる。
特にえりぽんとみずきは炎天下でバイクをずっと走り続けてきた。

みずきの額には滲むような汗で髪が張り付いている。

 「というわけでー風呂に入るとよ!」
 「いつの間に作ったのそんなの」
 「別に浴槽があったら水を張って火を入れとくだけやからね。
 ちなみに場所はあっち」
 「え、まさか…」

倉庫の外に吊るされたビニールシート。
それが囲う中に入ると、みずきの予想は的中する。

 紛う方なき、ドラム風呂だった。
176 :第十六輪 :2014/05/10(土) 15:36
トタンの仕切りに申し訳程度に囲われ、頭上に懐中電灯の照明を
備えるハイテク設備。贅沢にもシャンプーとリンスまで置いてある。
屋根もなく、満天の星空を鑑賞しながら入浴できる。見晴らし抜群だ。

 「……う、うーん」

みずきは複雑な表情ではあるが、興味はあるらしい。
しかしこんなワイルドな湯を造るとは思わなかった
らしく、何か作法があるならばと彼女に聞いてみる。

 「ねえ、これってどうやって入るの?」
 「どうもこうも、普通に入るとよ。熱くないように木の椅子を
 沈めてあるから、沸かして入るだけ。
 シャワーが無いのはこういう使用やから我慢してほしいっちゃけど」
 「温くなったらどうするの?」
 「そりゃ薪をくべるしかないけど…」
 「でも私が自分でやるわけにもいかないじゃない。…やっぱりえりぽんやってよ」
 「えぇー」
 「第一造った人が入るときにどうしようと思ってたのよ」
 「……う、うーん」

赤錆びれのドラム缶は、ただでさえ背が高く、その上火を炊くために
コンクリブロックの上に置かれているため、中から手を伸ばしても
到底地面には届かない。
177 :第十六輪 :2014/05/10(土) 15:37
 「ほーら、そんな事だろうと思った」
 「それ以上いうとみずきには入れてあげんしっ」
 「あ、ふてくされた」
 「うっさいっ、でもえりが入るときはみずきがくべるとっ」
 「はいはい」

このように大切な物事であってもそれなりに言い争いにはなる訳だ。
二人としてはもう慣れてしまったものだが。
さくらは微かに笑ってそれを眺めていた。

 「さくらちゃんも入る?」
 「んー私着替えを持ってないのです」
 「貸すよ…って言いたいけど、こっちも余裕がないけんね。ごめん」
 「じゃ、私はあっちで待ってますから」

さくらのシロい体には汚れや傷、匂いというものは一切感じられない。
やんわりと断る彼女に、自然とした流れを装って会話を止めた。
無意味だということを言葉で遮るように。
178 :第十六輪 :2014/05/10(土) 15:41
>>170-177
『第十六輪』以上です。

女の子はお風呂に入らなければ生きていけないらしい(真顔)
179 :名無飼育さん :2014/05/15(木) 03:17
ちょっと懐かしいス○○ヤネタとかで少しほっこり
さくらちゃんに対してえりぽん力を発揮するえりぽんがとてもえりぽんだと思いました
180 :名無し三号さん :2014/05/17(土) 01:34
内容が暗いのでネタを盛り込みたいけど
最近はツーショットばかりで内情を知らせてくれない(涙

続きです。
181 :第十七輪 :2014/05/17(土) 01:42
思えば、みずきはあまり裸というものを誰かに見せた事がない。
それは親の方針からかは分からないが、彼女はプールに遊びに
行った事はあるが、温泉という類のものに入ったことがないからだ。
幼少時代はあまり抵抗がなかったものの、自分が周りから見ると
とても発育が良いということを気付かされてからは自分の肌を
見せることに多少の羞恥心を抱くようになった。

水着を着たままとタオル一枚とでは訳が違う。
それは同性に対してもそうなのかもしれない。
えりぽんが居るというだけで緊張するのだから、きっと他の
女性に聞いてもそう言うに決まっている。

 「絶対見ないでよ?」
 「なん?別に女同士なんやからいいっちゃろ?」
 「ことわざにあるでしょ、親しい仲にも礼儀ありって」
 「うわ、みずきがことわざ知っとるとかどういうこと?」
 「とにかく見ないでっ、絶対っ、慣れてないんだからっ」
 「それならさくらちゃんに手伝ってもらった方がええやん」
 「や、その、ちょっと話し相手になってよ。一人で入るのもアレだし」
 「なにー改まっちゃってさ」
 「うん…」
 「…分かった分かった。付き合うよ」
182 :第十七輪 :2014/05/17(土) 01:44
えりぽんと会話を続けながらみずきは服を脱ぎ始めた。
土が剥き出しの地面には、乾いた真新しいすのこが置かれ
靴を揃えてそこへ乗る。
真夏とはいえ、ここは北の果ての島。
夜は涼しく、剥き出しの肌に風がこたえた。
とうとう一糸纏わぬ姿になり、みずきは自分の体を見つめる。
さくらのシロい肌もそうだが、自身の肌もまるで皮が剥けた様に
シロくなりつつある。
背中は腰から上は完全にシロくなっており、右腕が左腕よりも進行が早い。
腹部から胸にかけてはまだ肌の色を保っているが、これも時間の問題だろう。
真夏になれば素肌も見せてしまう為、隠すのは容易ではない。

とはいえみずき自身ももう隠そうという意志はない。
最初の頃は憐れむような視線も向けられたが、そういった人間に
すら今では出会うことはなくなってしまった。
時間が自分をそうした日常に溶け込んでしまうようになったのだろう。

今の人類が毛嫌いするこの現象に、誰かの心が癒される。
なんとも皮肉で、なんとも穏やかで、落ち着くのか。

 「みずきー?」
 「あ、うん今入る、入るよ」

えりぽんの声にみずきは何処かに浮いてしまった意識を戻す。
大きめのハンドタオルを友とし、いざ未知の湯船に挑むことになった。
コンクリブロックの階段を爪先立ちで上り、そっと湯に足をつける。
183 :第十七輪 :2014/05/17(土) 01:46
 「あ、意外と熱くない」
 「そりゃえりが何回も湯加減チェックしたもん」

親切なことに、ドラム缶の中にはすのこと木製の小さな椅子が
沈められてあったので、体勢的にも無理なく入ることが出来た。
足が伸ばせないのは残念だが、贅沢は言えない。

 「いいよこっち向いても」
 「ん、湯加減は?」
 「うんいいよ、でももうちょっと熱くてもいいかな」
 「じゃあちょっと待ってな」

えりぽんは近くにあったパイプ椅子に腰を下ろして、手の届く所に
置いておいた薪を掴み、ドラム缶のカマに放り込んでいく。
近くに行くと顔に熱が当たるので少し離れたところから軽く団扇で
扇いでやると、火は金色に光って勢いを増した。

 「ふう……」
 「なん、変な声出して。どう?初めてのドラム缶風呂は」
 「いや…想像以上に快適なんだね。こんな深いお風呂に
 入ったのは生まれて初めてだけど、よく温まるよ」
 「ふーん、えりも作るの初めてやけん。ま、成功ってことか」
 「ある意味おでんみたいな気分に近い、かも」
 「あはは、なんそれー」

完全に緩みきった顔をしてみずきは言う。
えりぽんは機嫌が良いのか、思わず笑った。
184 :第十七輪 :2014/05/17(土) 01:47
 「ねえ、あの時の飛行機ってさ、明日はどこに飛ぶのかな」

火の番を始めていくらか経った時、唐突ともいえるみずきの台詞に
えりぽんは火を扇ぐ手を止めた。

 「いきなり何よ」
 「いや、大したことじゃないんだけど、なんか気になっちゃって」

ぱしゃ、と水音がして、みずきが体勢を動かしたのが分かる。

 「だってほら、飛行機ってさ、人がたくさん乗るじゃない。
 外歩いてるときに飛行機雲が見えたり、旅行に行くときに乗り込んでみたり。
 まだそんな日常があるのかなって思ってさ」
 「つまりまだたくさんの人達がおる街があるかもしれんって事?」
 「はるなんが言ってたでしょ、大きな町があるって」
 「ああ、そういえばそうやったね」

えりぽんが新しい薪を火へ放り込む。

 「貿易なんかやってたりして。もしかしたら、やっと色鉛筆が入るかも」
 「なん、まだ欲しいと?」
 「読み返すときに楽しくないんだもの」
 「無くなったらどうすると?」
 「その時はまた探す。それまでは大事に使うもん。あ、それよりえりぽん」
 「なに?」
 「髪洗うの手伝ってよ。お湯が泡だらけになるのはえりぽんも嫌でしょ?」
 「・・・はいはい。しょうがないっちゃねーみずきはー」
 「何その子供をあやすみたいに、むかつく」
185 :第十七輪 :2014/05/17(土) 01:49
みずきの湯浴みが終わり、彼女が服を着用する合間に呟いた。

 「ねえ、えりぽん、町に行こうよ。さくらちゃんも一緒に。
 ここに居る必要性はない訳でしょ、大丈夫だよ、あの子ぐらいならなんとかなるよ」
 「それはえりも考えたけど、あのバイクには三人は乗れんとよ。
 炎天下の中で一日かけて行くのはちょっと危険すぎん?」
 「…あ、はるなんの居る村に寄ればいいんだよ。あの道に行けば
 途中にあるって言ってたじゃないっ」
 「さくらちゃんを受け入れてくれるかは分からんけどね」
 「…」
 「そんな睨まんといてよ。はるなんが自分のところで預かるなら
 あんな風に別のところに、なんて言わんやろ普通。それにあそこは
 あの村が近くにあったところだし」

一瞬廃墟の姿が浮かび、えりぽんは瞼を伏せた。
みずきも悟ったように俯いてしまう。
人に頼れることはあまりにも少ない。
だから二人が会う人々はあまりにも恵まれ過ぎていて、逆に怖いぐらいだ。

いつかそのツケが回ってくるのかもしれないと思うと。

 「とりあえず明日さくらちゃんに話してみよ。
 えりらだけで決めることやないし」
 「…うん」
 「はい、てことで今度はえりが入るからみずき番よろしく。
 ほら早くタオルで拭いてしまうと」
 「あっ、ちょっとえりぽんっ」
186 :第十七輪 :2014/05/17(土) 01:49
ばさ、と突然みずきの視界が遮られる。
頭に被せられたバスタオルでえりぽんが髪を拭いたのだ。
何とか脱出したが、その無理やりな行為で髪の水気は見事に取れ
髪からはほんわりと湯気が上がっていた。

倉庫に戻ると、さくらが目を閉じてソファに体を倒していた。
小さく寝息を立てている彼女に二人は顔を向き合うと、静かに
寝具の準備を始める。
さくらの体に薄手のブランケットをかける。
彼女は本当に眠っているようだった。
シロい肌をした彼女の傍にあるランプを消そうとして、えりぽんは気付く。

体の影が、無い。
声を上げかけて、えりぽんはグッと堪えた。
気付かないフリをした。近くに居たみずきに気付かれないために。
だから。
彼女が薄っすらと目を開けて見つめている事も気付けなかった。
187 :名無し三号さん :2014/05/17(土) 01:53
>>181-186
『第十七輪』以上です。短めに、清潔さは大事なのでえぇ。
そろそろこの出逢いも終わりが見えてきました。
188 :名無飼育さん :2014/05/19(月) 02:11
最初の一文で変にドキっとして
続きを読みすすめてドキドキしっぱなしでごめんなさい
最後んとこで某曲の「そう 時は進んでゆくーんだーかーらー」がパッとBGMになった
189 :名無し三号さん :2014/05/22(木) 01:32
重大事実。
もしかしたら容量がこのスレだけではもたないかもしれません。
いつか別スレを立てる事があるかもしれませんがご了承下さい。


※いつも感想を書いてくださりありがとうございます。
作者はレス返しが下手なので、でもとても励みになってます。
暗いお話ですがこれからもお付き合いくださると幸いです。
190 :名無し三号さん :2014/05/22(木) 01:33
続きです。
191 :第十八輪 :2014/05/22(木) 01:34
ふと、目が覚めた。
そんな表現が正しいのだろう、目覚めた理由が思いつかなかった。
今までは何かの音や、みずきの寝言で目が覚めていたので
やけに奇妙な感覚だ。
何が要因でもなく、眠気の残滓を残すでもなく、唐突に目が覚めた。
むくりと身を起こし、体に掛けていたブランケットを引き剥がす。
目覚まし時計から蓄光塗料でぼんやり光るクロノグラフの針が
二時ごろを示している。

さすがにこの時間では、まだ日も出ていない。
そのまま再び眠ることは出来そうになったので、えりぽんは
とりあえず体を起こした。
早く寝たためか、久しぶりに満腹に食べたためかは解らないが
若い四肢には疲れの片鱗も残っていない。

一方、傍らで眠るみずきの様子は、えりぽんと異なっている。
簡易ベッドにうつ伏せになり、枕元に置いたお絵かき帳に
ペンを走らせた姿勢のまま、ぐぅぐぅ寝息を立てている。
子供のような寝方に苦笑し、脱げたブランケットを掛けてやる。
ついでに日記、というよりはお絵かき帳を覗き込むと
なかなかに面白いものが書いてあった。
彼女は最初に絵を描いてから文章を書く。
眠気が途中で襲ってきたからなのか、一つの文に同じ
単語が出てきたり、何の脈絡もなく切れていたり。
とうとう文章が意味不明になって行の形が大きく乱れ
ページ外にまで謎の曲線が描かれていた。
書いている最中に眠気に敗北し、轟沈した証拠である。
192 :第十八輪 :2014/05/22(木) 01:35
ペットボトルから水を注ぎ、少しだけ飲んだ。
壁のトタン板を介して聞こえる音は、外の天気を知らせてくれる。
さわさわと草がなびき、風の鳴る音。雨音は聞こえない。

昨日の天気から考えて、今日もおそらく晴れだろうということは
解っていても、こうも見事に的中すると、祈りが届いたのかと
誤解したくもなる。
寝る前に吊るしたてるてる坊主に感謝せねば。

ふと思い立ち、ソファの上に視線を向ける。
さくらは微動だにせず、その心境も窺い知れない。
それでも彼女は其処に居て、みずきも傍に居る。
その事実だけで満足したのか、えりぽんは再び眠りについた。

夢は見なかったように思う。
193 :第十八輪 :2014/05/22(木) 01:38
 『■■■ちゃんどうしよう!■■と■が消えちゃった…!
 私見たの!消えるところ!真っ白になったかと思ったら消えたの!
 フワッと体が消えちゃったの!無くなっちゃったのぉ!』
 『と、とにかく私の家に行こう。こんな所に居たら危ないよっ』
 『うぇ…やだ…やだぁ…消えるのやだぁ!』
 『消えないよ!■■ちゃんは消えないよ!私だって消えない!』
 『じゃあなんであの二人が消えたの!?』
 『それは…わ、分かんないけど…』
 『■■だって■■■だってどうなるか分かんないんだよ!
 ■■■ちゃんだってもしかしたら消えちゃうかもしれない!』
 『消えないよっ、私だって怖いけど、でもほら、ここに居る!
 ■■ちゃんもほら、私と話してる!こうして手を握ってる!
 これは本物だよ!本物なんだから!』
 『ぐ…うぅぇ……え?あれ…?』
 『■■ちゃん?…え?えなに…これ…シロ、い…』
 『うわ、ああ、ああああ…!』
 『■■ちゃん!』
 『ああ、助けて!たす』
 『え?あれ?なんで…さっきまで覚えてたのに名前…あれ…?
 どうしよう、どうしよう、とにかく電話…家に…』

 『お母さん!お母さんどこ!?なんで、なんで思い出せないの!?
 ねえ!皆!やだ!置いていかないで!誰か!――』

 ――――
 ――
 ―
194 :第十八輪 :2014/05/22(木) 01:39
みずきの声に起こされたえりぽんは、彼女からさくらの
姿が無いことを知らされた。
ソファの上には丁寧に畳まれたブランケットが一つ。
倉庫の窓から見える外からは眩しいぐらいの日差しが
差し込んできていて、クロノグラフの針が七時を指す。

早めに眠っていた二人にとっては遅すぎる朝。
それでも、何かが色褪せて見えた。
えりぽんはそのままの姿で外に出て確認する。
小川の方に居ないかと見てはみたが、姿は無い。

 「みずき探そう。きっとそう遠くには行ってない」
 「う、うん。分かった。ねええりぽん、居るよねあの子。まだ…」
 「消えとらんよ、あんな状態でもおってくれたもん。絶対居る」

例え現象によって『影無し』になったとしても、一定時間という
限定されたものではなく、数時間後にというのはあくまでも目安。
えりぽんが直接聞いたことや直接見たことを想定した上の数時間後。

だからもしかしたら、あんな状態になっても維持し続けてきた
さくらはまだ"居て"、自分達が探せる時間が残っているのかもしれない。
この現象はあまりにも気まぐれだ。
神様の気まぐれだと言っても過言ではない。
だからその気まぐれに賭けてみるしかない。
このままお別れは、あまりにも救いがない。

 えりぽんは右へ。みずきは左へ。
195 :第十八輪 :2014/05/22(木) 01:40
えりぽんは走る。ひたすらに走る。道ではない草むらを必死に。
決して低くはない草むらであり、えりぽんの腰まで届くほどに成長した
草を薙ぎ払い、草の合間から見えるどこかへと疾走する。
鋭い草が剥き出しの頬や草を切り裂く。
だがそんなことに構っていられない。

 歌が聞こえた。

一定時間という条件はないが、時間がないのは現実だ。
背の高い草むらが切れ、えりぽんは唐突に背の低い草が広がる場所に出た。
 
小さな広場ほどのその場所に、さくらは座り込んでいた。
何故そこに居るかとは聞かなかった。
影は、ない。
シロい肌は陽に当たらずともまるで光が込められているかのようで。
彼女はえりぽんに気付いているのかも分からない。
えりぽんは息を整えて、さくらに近寄った。

 「…さくらちゃん、おはよう」

何か言おうとして、えりぽんはそう口にした。
彼女は振り向くと驚くこともなく笑顔で「おはようございます」と返した。
淡々としたものだが、彼女の傍に寄ることは出来た。
さくらがいつもの通りに身体を預けてくる。
二人の姿に一つの影。
196 :第十八輪 :2014/05/22(木) 01:41
 えりぽんさん 今日は晴れでしょうか?
 そうやね 良い天気になるよ
 また蒸し暑くなりますかね?
 もう汗かきまくっとると
 あ、ほんとだ またお風呂入らなきゃですね
 その前にご飯食べんと お腹へってしょうがないっちゃ


他愛の無い話をする。
本当に何でもない今日の一日が始まるような会話を交わす。
シロい彼女はえりぽんに寄り添う。
とても懐かしい気分だ。あの時のように自分は過ごしている。
他愛のない話をして、それから、その時間を待っている。
正直に言えば、えりぽんにとってそれは苦痛でしかなかった。

だから彼女は言う。
197 :第十八輪 :2014/05/22(木) 01:41
 「さくらちゃん、えりは、これが運命だとか絶対思わんよ。
 どんなに悲しくたって苦しくたって、自分を責めたり
 自暴自棄になる前に、もっといろんなことが出来るはずやから。
 押し殺す必要もないし、どうしようもないかもしれんけどさ
 でも生きてるとどうしても思ってしまうことってあるっちゃん。
 こんな風になってからは誰にだってあることやから。
 この世界は平気で気まぐれに人を消してしまうとよ。
 こんなにうまくいかんことって、多分他のことでもあるやろうし
 頑張ったってうまくいかんかったりもする。
 だからえりはこうしてあげることしか出来んとよ」
 
 「えりぽんさん、私は誰かに消えてと言われて消えるんじゃないです。
 しょうがないかもしれないけど、消えることは怖いし、もう歌うことが
 出来なくのはとても悲しいけど、でももう、いいんです。
 これ以上に理由を付けちゃえばそれこそ本当に、悲しくなるから。
 だから今がきっと心のベストなんです。一人で消えるわけじゃないから
 それがちゃんと繋がりを作れたんだと思うと、ちょっと嬉しい」
 
 「…なんか、自分が言ってることが全く逆なのは分かっとると。
 だからこんな風になっても結局、えりはどうにもなれない」
 
 「えりぽんさんが変わっちゃったら、みずきさんが寂しいです。
 だから私が思うのは一つだけ、少しでもいいから、思い出してください。
 あの日記帳の中でもいいから私を、今の私を思い出してください。
 言葉が話せて、温もりがあって、名前や顔が思い出せなくても
 こんな人間が居たんだというのをどうか…ダメですね、ああダメだ。
 私ずっと願ってました。何も望まない人にって。だってどんどん寂しくなってくるから」
198 :第十八輪 :2014/05/22(木) 01:44
歌を歌う。
世界に響くように大きく、最期の声を。
別の世界であったなら、自分はきっと歌手を目指していただろう。

 「さくらちゃん、ありがとう。短い間やったけど、楽しかった」
 「楽しかったです。大好きですよえりぽんさん。本当に大好きで」

さくらの声が途中から聞こえなくなった。
刹那、背後からみずきが横切り、さくらを命一杯抱きしめる。
抱きしめた途端、彼女は消えてしまった。あっさりと姿を消した。
匂いもなく、温もりすら感じない。
身に着けていた衣服すら残っていなかった。
それがこの世界の現象。
それがこの世界の、気まぐれ。

息を荒くしてみずきは座り込み、何も言わない背中は小さく泣いている。
さくらに触れられなかった両手で自分を抱きしめた。
今二人の目の前に起こったことが何を意味するのか、二人には
解り過ぎるほどに解っていた。
さくらは『居なくなった』。
えりぽんはみずきの背中を見つめたまま、何もしなかった。
ただ一言。


 「みずき…戻ろう」

 そこには何もないから
199 :第十八輪 :2014/05/22(木) 01:45
慰めることはいくらだって出来る。
だがそうした所で現実は変わらず、みずきの心も煤けるだけ。
手を握って、彼女を引っ張っていくことしかしてやれない。
彼女の手はとても冷たかったが、強く、強く、握っていた。

突き抜けるような青空や、無遠慮に照らしつける太陽は
ほんの数十分前と何一つ変わりが無い。
でも。それでも何かが色褪せて見える。
倉庫の中に置かれていた椅子にみずきは座る。

 「……あの子は、どこに行ったのかな」

ぽつりと呟いたみずきに、えりぽんは首を振った。

 「それは、えりも分からん」
 「……そうだね。世界中の誰に訊いても解らないよ。
 消えた人がどこに行くのか、なんて、さ」

ただ消え失せ、何もかもが消滅したのだとは言わなかった。
それは二人が恐怖していることでもあり、全世界が恐怖した事だから。
天国や地獄が本当に存在するとは思っていなかった。
だが、それでも消えた人間が、本当にただ消えてしまうとは思いたくない。

 「じゃ、えりたちもそろそろ行こう」
 「行く?」
 「旅。えりたちの旅はまだまだ続くんやろ?」
 「……そうだね、確かに、まだ途中だ」
200 :第十八輪 :2014/05/22(木) 01:46
えりぽんは少しだけ演技のまじった笑顔を向けた。
服を正したみずきは、倉庫にあった自分達の私物を回収し、荷造りを始める。
二日間の中で荷物は随分と散らかしてしまっていたので
用意には少し時間がかかったが、それでも慣れたもので
二十分ほどで元通りオートバイに積み込むことが出来た。
そしてどちらからともなく、軽く倉庫の掃除をした。
全ての用意を終えた二人が、倉庫の片隅に止めておいたバイクの
前で落ち合った頃には、時計の針が午前9時を差していた。

 「みずき、水もちゃんと積んだと?…みずき?」
 「みてよえりぽん、これ」

そう言ってみずきはあの『お絵かき帳』を差し出す。
するとあの少女が書いていた絵のところに小さく文章が書いてあった。
いつの間に書いていたのかは解らないが、その言葉はまるで
最期のときを知っていたかのような内容が綴られていた。

 「…なんかさ、私達が本当のことを言わなかったらあの子は」
 「消える時期が偶然重なっただけとよみずき。
 それは悲観しすぎっていつも言っとるやん」
 「そうなんだけどさ、なんか…ううん、なんでもない」
 「…仮にそうやとしたら、みずきは消えんやろ。
 まだ途中、全然ゴールが見えん、なら大丈夫。みずきは大丈夫」

矢継早に言葉を続けるえりぽんはバイクの点検を終えると
いつものヘルメットをみずきの頭に被せてやる。
所々が傷ついてしまった濃いピンク色のヘルメットでみずきの表情は見えない。
201 :第十八輪 :2014/05/22(木) 01:46
 「…そうだよね。えりぽんが居たら大丈夫だもんね」
 「そういう事。どこだって連れてってやるって言うたやろ?」
 「うん。行こう、えりぽん。旅に、出よう」

みずきはお絵かき帳を鞄に納めると立ち上がる。
ぱしぱしと背中を叩かれ、えりぽんは緑色のヘルメットを被ってバイクに跨った。
キーを捻ると、いつもどおりの軽快な爆音が響く。
みずきが腰に捕まるのを確認し、スロットルを開けると、ゆったりとした
Gを生みながら、オートバイが滑るように走り出した。

思えばここで過ごしたのは僅か二日間と満たない短い時間だった。
後ろ髪を引かれる、というのはこういう気分を指すのだろう。
もう倉庫に留まることに意味は無いと解っていても、何かを、何か
大切なものを置き忘れている気がして、気持ちが後ろを向いてしまう。

ぎゅう、と背中に顔を押し付けられ、えりぽんがハンドルを握り締める。
バックミラーに映る倉庫は、道の起伏に隠れ、ほんの数分で見えなくなった。

薄れてしまった記憶の中で、歌声だけが鮮明に聞こえている。
202 :第十八輪 :2014/05/22(木) 01:47

 ――――
203 :第十八輪 :2014/05/22(木) 01:48
 「あなた方は、どちらへいらっしゃるんですか」
 「どこまでも行くんです」
 「それはいいわね。この汽車はじっさい、どこまででも行くわ」
 「…ふふ」
 「どうしたのリオン」
 「いや汽車って、本当にどこまでも行くんですよ。
 あたし、よく電車の線路を見てたんです。あの先に行きたいって。
 線路を見てるといつもそう思うんです」
 「リオン、どこか他のところに行きたいの?」
 「……いつかは。でも、今はいいです」
 「今は?どうして?」
 「この場所が好きだから、と言えばいいですか?姫」
 「もうリオンたら」

日差しは柔らかく、風は穏やかで、まるで春のような日だった。
何もかもが暖かくて、何も考えず悩まず、ただ幸福に浸っていた。
世界はたくさんの幸に満ちている。探す必要なんてない。
何故ならここにあるからだ。ほしいものは全部揃っていた。

名前を失ったあの日、少女はそう思っていた。
彼女もきっとそう思っているのだろう。そう思っていた。
だが誰かの秘密は誰かにとっても同じとは限らない。

いつかは。
それを思っていた彼女は、少女がどうなるかを受け入れている。
昔、彼女は少女が嫌いだった。
憎みきれずに何処かへ行くことを望んだ過去が顔を覗かせている。
誰のため、彼女のため、それとも。
204 :第十八輪 :2014/05/22(木) 01:48
 ――――

 二人は、その白い岩の上を、一生懸命汽車に遅れないように走りました。
 そしてほんとうに、風のように走れたのです。
 息も切れず膝もあつくなりませんでした。
 こんなにしてかけるなら、もう世界じゅうだってかけれると思いました。

 ――――
205 :第十八輪 :2014/05/22(木) 01:58
>>191-204
『第十八輪』以上です。
いや思ったより長くなりました。
某舞台の役名が出てきてますが、設定を少し拝借しているだけなので
あまり繋がりはありません…多分。
206 :名無し三号さん :2014/05/22(木) 01:58
名前を直し忘れましたハズカシ。
207 :名無飼育さん :2014/05/24(土) 01:13
うぉ、実際描写されると、なかなかくるものが…。
最後の展開がまさかで期待せざるを得ない
208 :名無飼育さん :2014/05/26(月) 01:59
「あの少女」…うぅ…
209 :名無飼育さん :2015/02/03(火) 13:57
ロードムービー見てるみたいな感覚で世界観に引き込まれた・・・
続き読みたいです!
210 :名無し三号さん :2015/04/06(月) 22:36
始めてから1年目が経ってしまいました。
気長に待ってもらえているかどうかは分かりませんが
ヒソーリと更新していきます。
211 :第十九輪 :2015/04/06(月) 22:42
好き嫌いの問題ではなくなってしまった。
好きでは測れないぐらいの愛らしさがあったし。
嫌いでは測れないぐらいの憎さがあったし。

だからきっと、好きでも嫌いでもどっちでも良かったのだ。
ただ独りになるのがとても辛くて寂しくて。
最後が分かっているならどっちでも良かった。

頼って頼られて守って守られて喜んで怒って悲しんで楽しんでいれば。
それで受け止められる気がしただけ。
いろんな事を。
世界がこんな風に自分達のイノチを気まぐれにツクリカエテシマッタコトヲ。

そうして二人は繋がって、二人はそのままで在り続けている。
少しだけ、ほんの少しだけ、その繋がりに依存しそうになる気持ちを抑えて。
212 :第十九輪 :2015/04/06(月) 22:43
 「最悪だあ…」

助手席の背もたれに身体を預けたみずきが、全天を覆う薄汚れた
綿のような雲を、フロントガラス越しに見上げた。

 「こんな所で雨女発揮しなくてもいいのに」
 「夏は台風ぐらい来るもんやん、えりの責任じゃないし。
 むしろ今まで降らんかったのが奇跡やったやろ」
 「ま、こうして雨宿りできたからいいけど」

苦笑し、みずきがドアを開けてべっとりと濡れたタオルを搾る。
車外に延々降り続ける雨は止む様子もなく、えりぽん達が脱いだ服も
一向に乾く様子が無かった。

さくらの倉庫を出て数日。
二人は本来の予定通り、はるなんの言っていた『海辺の町』を目指して
無人の道路を走り続けていた。
途中、道を間違えたせいで遠回りとなり、多少は手間取ったものの
本来の予定から一日遅れた程度で済んだ。
が、その日の夕暮れ。折しも降り始めた雨の直撃を受ける。
213 :第十九輪 :2015/04/06(月) 22:44
あっという間に豪雨と呼べるほどに強まった雨に、えりぽんらは
成す術もなく濡れ鼠になった。
無論、彼女達だってバカではない。
ちゃんと雨具を携帯しているし、簡易テント代わりに出来る
ブルーシートも積んであった。
ここまで三ヶ月の道のり、雨に降られず旅はできはしないのだ。
しかしながら、それらの道具も今回ばかりは役に立たない。
ビニール傘を差してオートバイを走らせるわけにもいかず、コンビニで
売っているようなチャチなレインコートで防げるような雨でもない。
おまけに簡易テントを建てるにしても、強風で不可能だった。

仕方なくレインコートを被り、八百万の神に祈りながらバイクをぶっ飛ばして
雨宿りできる場所を探すしか道は残っていなかった。
二人の祈りが通じたのか、はたまた意地悪な悪魔が仏心を起こしたのか。
ともかく走り続けて数時間。
二人の髪の先からパンツの裏までまんべんなく雨水が染み渡り、身体が
すっかり冷え切った頃、みずきが、道路脇に放置されたワゴン車を発見した。

後部座席を倒して平らに出来るようになっているワゴン車だったので
ビニールシートを敷くと、ともかく二人は着替えることにした。
自動車に泊まるのは初めてではないので、このあたりは手馴れたものだ。
幸い、気密は保たれていたようで、雨漏りやカビの気配はなかった。

 「みずき服貸すと。水分とらんと乾くの遅くなってしまう」
214 :第十九輪 :2015/04/06(月) 22:45
全身に纏わりつく服を片っ端から脱ぎ、軽くドアを開けてできる限り搾る。
放っておくとカビてしまうからだ。
全ての衣服を脱ぎ捨て、下着だけを交換し、毛布に包まった頃には
二人はすっかりくたびれていた。

 「みずき、今何時か分かる?」
 「えーと、もう十時回ってる。晩ご飯の時間はとっくに過ぎてるよえりぽん」
 「あー、道理でお腹がすくっちゃんね」

えりぽんがお腹をさする。みずきも同意見だった。

 「お茶淹れよ。何かお菓子あったかいな」
 「保存用のビスケットならあるよ」
 「…ま、何も食べんよりはマシか」

えりぽんが荷物を開けて携帯コンロと小さなヤカンを取り出す。
酸欠になると困るので、少しだけドアを開けておく。
雨が多少入るが、長時間でなければ問題ないだろう。
トランクから見つけてきた木の板を敷いて、中央の座席で湯を沸かす。
ただでさえ口数の少なかった空間に雨音が入り、とうとう二人は言葉を
交わさなくなった。雨粒が降り頻る音だけが空間を支配している。

お湯が沸くと、えりぽんがすぐさま火を消し、ドアを閉じて温かい空気が
逃げるのを防ぐ。二人のマグカップに湯が注がれ、ティーバッグが沈められる。
再び静寂が生まれた室内で、みずきが小さくくしゃみを漏らした。
215 :第十九輪 :2015/04/06(月) 22:47
 「寒いと?」
 「ううん、大丈夫。えりぽんの方が私より濡れてるんじゃないの」
 「伊達に鍛えとらんけんね。滅多に風邪もひかんとよ」

座席の間から、みずきのマグカップが差し出された。

 「あ、でもみずきもけっこー運動しとるよね。
 腕立てとか腹筋とか暇あればバリしよおやん」
 「そんなにやってる?」
 「うん、急にやってるもん。まさかの無意識?」
 「うーん、そうなのかな。あ、それを言ったらあの二人も凄かったよ」

みずきがマグを受け取り、なみなみと満ちるブラウンの液体に視線を落とす。
安物のくせに薫り高い紅茶からは生き物のように湯気が上がり、みずきの
鼻をくすぐった。こりゃ濃すぎる。
家で作ってくれた生姜紅茶が頭を過ぎった。
とはいえ、えりぽんが気を利かせて淹れてくれたのだ。
ありがたくいただくとしよう。

 「二人?」
 「あゆみちゃんとかのんちゃん。
 あゆみちゃんは筋肉のバランスが凄く綺麗なの。
 基本の筋肉をしてるっていうか、えりぽんみたいじゃないっていうか」
 「おい。仕事しろっ」
 「し、してたよっ、しゃがんだ時に見えただけだもんっ。
 でね、かのんちゃんは足のふとももの前の筋肉が凄いの。あとふくらはぎっ」
 「みずきがどんどんキモくなりよる」
 「話振っといてそういう事言うかな」
216 :第十九輪 :2015/04/06(月) 22:47
えりぽんから受け取ったガチガチに固まった角砂糖がマグに落ちた。
スプーンで混ぜられたそれに口をつけると、やや苦いながらも香ばしい香が
喉を伝って胃を温めてくれた。

 「はー……あったかい」
 「淹れたてやもん」
 「……苦い」
 「えりの好みで作ったからね」
 「そこは私の好みで作ってよ」

長期保存ビスケットと紅茶だけの簡素な夕食を終えて、荷物の整理や
食料の点検などを行うと、二人は早々に眠りについた。
217 :第十九輪 :2015/04/06(月) 22:49



 「ねえ知ってる?誰かを嫌いになる方法。簡単だよ。
 その人を注意深くじっと観察して、"わざわざ"嫌いになる部分を探すの。
 ひとつひとつその人を、針のような目でつついて、刃のような視線で
 切り刻んで分解していくの。
 だから人は数日、数時間、数分、数秒、直前まで好きだった人を
 いともたやすく嫌いになることが出来るんだよ」
 「私は…そんな人間になりたくないです」
 「でも辛いんだよね?■■■ちゃんは凄く辛いんでしょ?ほら。
 ついさっきまで一緒に笑ってたのに、もう冷たい目をしてるもの」
 「違います!」
 「怒らないでよ。それってつまりキミが知らないだけなんだよ。
 気付かずに知ってないからそんなに辛く感じちゃうの。私は
 だからこそ辛くない、この違い、これだけの違い」
 「やめてください。■■さんはどうしてそんな…」
 「別に嫌味を言ってるわけじゃないよ。
 でもそういう方法もあるってだけの話だもの。簡単でしょ?」
 「■■さん、私にどうしろと言うんですか?」
 「どうもしないよ。ああでも一つだけ分かってる事がある。
 私は――キミと一緒に消えるつもりはないから」

 ――――
 ――
 ―
218 :第十九輪 :2015/04/06(月) 22:50
結局のところ、二人が目覚めたのは、時計の針が午前七時を
回った頃で、窓の外はいまだ雨を降らしている。
少し雨足が弱まっているように感じたものの、日の差さない
厚い雲は相変わらずだった。
もぞもぞと身体を捻り、狭い助手席で身体を伸ばす。
やはり疲れていたのだろう。
思ったよりも長々と眠ってしまった。
あちこちの間接が固まっており、釣り上げられた魚のように
身を捩るたびにパキペキと音を鳴らす。
そんなえりぽんの奇行に気付いたのか、それとも単に目覚めただけか。
後部座席の毛布饅頭こと、みずきもごそごそ動き始める。

饅頭の中からみずきの頭部が顔を出し、窓の外を確認し、再び
枕の上に落ちる。失望のため息が吐き出され、むくりと起き上がった。

 「…おはよう」
 「はいおはよう」

寝起きの悪いみずきの割にはすんなり目覚めたらしい。
たっぷり眠ったのが効いたのだろう。
可愛くない寝起きの顔は相変わらずだが、本人も自覚しているから
あえて突っ込まないでいる。幾度もしているから慣れたとも言える。
えりぽんも半日バイクを走らせ続けた疲労もほぼ身体から抜けていた。

しかし睡眠欲求が解消されたとなれば、次の欲求が台頭するのは自明の理。
えりぽんの腹の虫が、くるる、と抗議の声を上げた。
219 :第十九輪 :2015/04/06(月) 22:51
 「あーやっぱりお腹すいとるっちゃね。みずきも何か食べん?」
 「……ううん、いい」

この答えに、えりぽんは少し驚いた。
みずきは大食いではないが小食という訳でもない。
それに昨日はビスケットのみしか食べていない。

 「具合でも悪いと?」
 「あのさ、私そんなに食いしん坊じゃないよ」
 「て言ってもなんか疲れた顔しとぉし、ちょっと熱測ろう」
 「まだ大丈夫だって…」
 「ほら早く測って」

よくよく見れば、明らかに普段の顔色ではない。
肌が少し蒼くなっている。
えりぽんは毛布を着込んだまま運転席と助手席の隙間をすり抜け
みずきの傍らにしゃがみ込む。
右手には荷物から引っ張り出した水銀体温計がある。

 「具合悪いっちゃろ?熱だけでも測り」
 「……うん」

さすがに観念したのか、大人しく体温計を受け取った。
もぞもぞと動いて脇に挟む。
毛布と下着ぐらいしか着ていないから、シャツだけでもと用意する。
衣服はかさばるからとあまり替えがないのだ。
それと携帯している薬箱を開けて風邪薬などの残量を確認。
220 :第十九輪 :2015/04/06(月) 22:52
 「やっぱり昨日の雨かいな。えりは平気やったけど」
 「そのさ、言って無かったんだけど…アレなんだよね」
 「は?アレ?」
 
みずきがお腹をさすって小声で呟く。
えりぽんはきょとんとした表情をする。

 「まじで?何日目?」
 「昨日出発する時…」
 「え、ちゃんとしとるとっ?替えとるっ?」
 「するに決まってんでしょっ」
 「まあ数の心配はないとして。どっちにしても雨が上がるまでは動けんね。
 痛み止めいる?」
 「実は飲んだんだけど、切れたかな…」

みずきが腹部を守るように身体を丸める。
女子が二人の旅ともなるとこういう事態には何度も起こってしまう。
月に一回の厄介なイベントだ。
だからこそ手慣れているが、なっている者にとっては気が気じゃない。
効能に頭痛、生理痛と書いてある箱を取り出し、一錠手に取った。

 「みずき、水入れたよ」

水と一緒に渡すと、みずきがけだるそうに起き上がり、それを受け取る。
今回はキツイのだろうか、いつもよりも表情が俯き加減になっていた。
221 :第十九輪 :2015/04/06(月) 22:54
 「かのんちゃんの所でもらえば良かったね。すっかり忘れとった」
 「忘れた頃にこういうのってやってくるもんだからね。はー…やだなぁ。
 この一週間がホントに嫌い。身体動かせないし」
 「まあしょーがないよ。とりあえず絶対安静」
 「うぅ…」

ぐい、と水で錠剤を流し込み、みずきがコップを手渡してきた。
いつもの彼女なら水は必ず飲み干すのに、残している。
多分胃の調子も影響を受けているのだろう。
返された水を自分で飲み干し、コップの水気を払う。

 「何か食べた方がいいんやろうけど…あ、これがあった」

取り敢えずビタミン系のゼリー飲料が一つだけあったので、それを渡す。
熱は三十七度五分。それなりに高い。
額に手を置くと熱を持っている気がする。
毛布を剥ぎ取ってシャツを着せて、もう一度毛布で包む。

 「…なんか、前と逆だね。私がえりぽんを世話してたのに」
 「犬か」
 「でもしんどそうにしてるえりぽんは大人しくて良い子だったよ」
 「犬かってのっ」
 「犬ならもうちょっと可愛いかったらいいのに」
 「じゅーぶん可愛いやろっ」
 「そうかもね」
222 :第十九輪 :2015/04/06(月) 22:55
力なくみずきは笑った。
えりぽんは先月、彼女と同じ状態に陥った。
その時は腹痛に悩まされてバイクを運転することもままならず
仕方が無いので今と同じような状態で収まるのを待った。
その時はそれで事を終わらせることが出来た。
みずきの熱もその所為のものなら大事にはならないだろう。
薬もあるのだから腹痛も抑えれる。
町に行けばその辺りの物資も調達しなければ。

いろいろ考えていると、ほんのり赤く染まった顔のみずきが
さっきのゼリーのキャップを取って食事を始めた。
雨音が窓を叩く。
降り止む気配はなかった。
223 :名無し三号さん :2015/04/06(月) 22:57
>>211-222
『第十九輪』以上です。
見て頂けてありがとうございます。
224 :名無飼育さん :2015/04/08(水) 00:51
う、おおおおお……!
更新だ!嬉しい!

頑張ってください!
225 :名無し三号さん :2015/04/10(金) 18:51
続きです。
226 :名無し三号さん :2015/04/10(金) 19:01

 「どうしたらいいっちゃろ…全然熱が引かん…」

時刻は午後二時。
雨の勢いも相変わらずで、みずきの容態は急速に悪化していた。
当初は頻繁に起き上がりって汚れた布の交換をしていたが
正午を過ぎた頃にはついに動けなくなり、浅い睡眠と覚醒を
繰り返すようになっていた。
残り少なかった解熱剤は切れてしまい、熱は三十八度を超えている。
その頃になって、これが月のものだけから来る症状ではない事に気づいた。

おそらく風邪か何かを併発している。
体調があまりよくないのにあれだけの雨に当たったのだ。
肺炎の可能性だって無い訳じゃない。

 肺炎でなかったとして、それ以外の何らかの病気だった場合
 一体どうやって対処すればいいのだろう。

今手元にある薬は、頭痛薬と風邪薬、傷薬ぐらいだ。
風邪を上回る病には対処法は皆無。
せいぜい雨水で濡らした布を額に置いてやるぐらいしか出来ない。
このままでは危ないというのは確実なのに。
今まで旅をしてきた月日が長い癖にこのような事態を想定していなかったのは
迂闊としか言いようがなかった。
今思えば、半ば幸運と強運を交互に駆使しての旅路で、今まで
こうならなかったのが不思議なほどである。

過去の過ちを悔いていられるほど、状況はえりぽんに優しくない。
いまや彼女の目前には、これまでの義務教育で突破してきた
あらゆる試験問題よりも難解な二択問題がそびえ立っていた。
227 :第二十輪 :2015/04/10(金) 19:02
 このままここに居座り、みずきの免疫機能に全てを賭けるか。
 もしくは自分一人で港町に急ぎ、医者を連れて帰るか。

どちらの選択肢もえりぽんの表情は曇ってしまう。
みずきの免疫に期待するといっても、免疫だけでどうにかなる
病気かどうかは不明な上、そもそも免疫が低下しているから
こんな状態にあるのではないか。
もし今医者に見せなければ危険な病気ならどうする。

そして一人で医者を迎えに行ったとして、往診を快諾してくれる可能性は?
医者が居なかったら?一人残したみずきを誰が看病する?
燃料は保つのか?
どちらの道にも一か八かの大博打がてんこ盛り。
それもえりぽんの努力が役に立つかどうかも怪しい大きな賭けだ。
リスクの負うのは当然みずきである。
 
 「みずき、水飲めると?いらんと?みずき、なんか反応してっ」

数分前からみずきの意識が戻らない。
何もできないまま、ただみずきの額の濡れタオルを交換するだけの
時間が過ぎていく。
窓の外を睨みつけながら過ごすうちに、えりぽんの頭にとんでもない
案が一つだけ浮かんだ。

 みずきを担いで、海辺の町行きを強行する。
228 :第二十輪 :2015/04/10(金) 19:03
人口の多い町なら、医者の一人や二人は居るはずだ。
もし受信を拒否されたら、脅迫してでも診させる。
これなら燃料は片道分で充分、えりぽんだけ向かう場合の半分の
時間で医者に見せることが出来る。
走行しながらとはいえ、少なくとも時々停車して彼女の容態を
確認するぐらいの看病なら可能だ。

しかしこれは他の二案を遥に上回る博打である。
三十八度以上の熱を出した病人を担いで雨の中オートバイで
二人乗りなど、どこからどう解釈しても阿呆の所業だ。
発案者であり実行者であるえりぽん自身、自分は錯乱してるのでは
ないかと疑いたくなる。

 かのんの顔がふと浮かんだ。

だが。だが現実に彼女は苦しんでいた。
真っ赤に染まった頬が少しやつれたようにも思える。
助けを求める声すら嗄れたように唇が震えて、息を吐くのも辛そうだ。
時間は待ってくれない。

 「…っはーもう、考えるだけ無駄ってことか…」

えりぽんは素早い手際で荷物をまとめ始める。
おそらく普段どおりの配置ではみずきを運ぶことはできない。
脱力した人間というのはこれまた厄介な代物で、水の詰まった
マネキンよりもタチが悪い。
たとええりぽんの身体に縛りつけたとしても、下手にタンデムシートに
座らせてしまったら、ぶら下がった足を後輪が巻き込んでしまうかもしれない。
229 :第二十輪 :2015/04/10(金) 19:05
方法は一つ。
えりぽんが抱き合う形で縛りつけ、腕で抱えて走ること。
不幸中の幸い、といえるかどうかは微妙だが、あのオートバイは
業務用を主眼に設計されたものなため、片手での運転も可能な
構造になっている。
片手運転で長距離を走破できるのか、という問題もあったが、えりぽんの
根性だけで何とかなるような要因を考慮に入れるつもりは元から無い。

予備の服を着せて薄手のも毛布で包んだ上からレインコートを被せる。
意識のないみずきを狭い車内で着替えさせながら、えりぽんは
改めて確認するように彼女の肌を見た。

 時間は、待ってくれない。

『色無し』の症状でシロくなっていく肌は、既に、胸元にまで到達している。
そこを中心にしてシロさは二分に下や上へと侵食するように染まっていく。
あと何ヶ月。
きっと来年を越す前に、彼女の全身はシロくなってしまうだろう。

そこからはもう分からない。えりぽんも、みずきにすら分からない。
いつ『影無し』になるか、分からない。
半年前に『色無し』になったのだから、かなりもった方だろう。
色素を失ってしまった彼女の笑顔は想像に難しくない。

 あの少女の顔がチラついたが、霞みかかったように見えない。
 笑顔を浮かべているはずなのに思い出せない。
 幻を見ていたとしか言いようのない記憶の破片はあまりにも脆い。
230 :第二十輪 :2015/04/10(金) 19:06
汗に濡れる顔を両手で触れてみると、熱をもった肌は温かかった。
ジッと見つめるえりぽんの視線を彼女が捉えることはない。
意識が無いのだ。
辛そうに、苦しそうに微かに開いた口から息が漏れている。
雨が降っている。
ザー。ザー。ザー。
雨が、降っている。窓に跳ねてパタパタと叩く。
ザー。ザー。ザー。
鬱陶しいほどの雨が、自分の奥底をノックするみたいに叩いてくる。

少しずつ手を下に滑り落としてみずきの首元に到達しかけて、止めた。
一呼吸して、えりぽんは右手で自分の左手を掴んで、強引にその場から離した。

 「…独りが寂しいからなんて、そんなの、言い訳っちゃろ」

小声で呟く。
"意味のある喪失を"。
今そうした所で、自分には後悔しか残らない。
何度もそう言い分けしてきてこの半年間頑張ってきた。
まだ希望はあるのだ。

この現象が、かみさまが"気まぐれ"に彼女を消さない可能性。
事例が無いわけじゃない。
負けた心は何度も見てきた。信じてきた人達が裏切られてきた姿も。
それでも自分は、自分だけは彼女を信じる。

そうしてこの半年間を生きてきた。
231 :第二十輪 :2015/04/10(金) 19:07
 「こんな弱虫、みずきは好かんな」

自分に言い聞かせるように言って両手で自身の頬を叩き、準備を再開する。

荷物は置いて行こうかとも考えたが、止めた。
もし医者が居なかったら、足りない物資で旅を続けることになる。
医者に対価を要求されたら、物々交換用の物資が必要だろう。
足取りへのダメージは痛いが、それは仕方ない。
みずきの根性に期待するしかない。

ハンモック用のネットと洗濯用ロープで彼女の身体を自分へと
縛りつけ、たとええりぽんが立ち上がっても離れないようにする。
自分もレインコートを被り、予備の服を纏う。
あとは、雨の中に放置し続けているオートバイが正常に機能するかどうか。

燃料は満タン。
しかし、ビニールを被せているとはいえ、雨曝しだった。
まともに動くかどうかは分からない。
だが今のえりぽんは、バイクの弱音を許容できる心境ではない。
飛び乗るようにサドルに跨り、みずきに転落の危険がないかを確認する。

荷物は全てタンデムシートに縛りつけ、前後のバランスを取る。
えりぽんは、雨粒がレインコートを叩く音を聞きながら、ゴーグル付きの
黄緑色のヘルメットを装着した。

 「世界一のバイク乗りをなめたらいかんとよ!」

えりぽんは思い切りスターターを蹴りつけた。
オートバイは高らかに響いた空冷四ストローク単気筒の爆音は
いかなる咆哮よりも力強く聞こえた。
232 :第二十輪 :2015/04/10(金) 19:17
雨の下、どこまでも続くような一本道を、一台のオートバイが疾走していた。
速度計は振り切れ、それ単体では単なる雨粒に過ぎない雨滴が
散弾のようにえりぽんの顔を叩く。
しかし、スロットルを開き続ける右手には、減速の意志など微塵も無い。
そんなえりぽんの腕に抱かれ、みずきはボンヤリと考え事をしていた。

甲斐甲斐しく世話をしてくれたらしいえりぽんには悪いが
実を言うとお昼過ぎから記憶が曖昧だったりする。
多分熱のせいだろう。地震でもないのに世界が揺れていた。
間近で響くバイクの爆音はエコーを持って聞こえ、耳鳴りのように
なってしまっている。
レインコートに包まれたえりぽんの身体がひんやりと気持ちが良いので
もしかしたら彼女に抱きついているのだろうか。

朝から僅かにあった眩暈はその度合いを増し、もはや今どんな姿勢
でいるかすらも良く解らない。
頭がぐわんぐわん揺れている気がする。
胃は今にも叛乱を起こさんばかりに不満を撒き散らし、吐き気と腹痛の
連鎖反応でみずきの腹部は、まさに煉獄の様相を成していた。
まるでお腹の中にウニや毬栗のようなトゲトゲの物体でも入っているようだ。

不思議なことに、こんな風に具合が悪くなると頭の中はやけに冷静に
なるもので、えりぽんの腕の中でバイクに揺られながらも
頭の隅に傍観している自分が居た。
視覚や聴覚は元より、嗅覚や触覚まで素敵な按配にぶっ飛んでいるので
状況は良く解らない。
熱で頭がハッピーになっているだけなのかもしれないが。
233 :第二十輪 :2015/04/10(金) 19:17
それにしても、えりぽんの体温はとても低い。

いくら大雨とはいえ、いまだ真夏だ。
なのに彼女の身体はこんなにひんやりとしている。
ああ、そうか。自分が熱いのだ。いわゆる「そーたいてき」にというヤツだ。
それにしても、自分はこんなに酷い方だっただろうか。

全くもって不甲斐ない。
確かに何日か前から始まりそうな気がしていたが、こうもあっさりと
ダウンしてしまうと、全く女は不便だなと思う。

 こんな時に眠ると、決まってあまり良くない夢を見る。

だがまあ、こんな風にえりぽんに気を遣ってもらえるなら、たまには
熱を出すのもいいのかもしれない、何しろ、合法的かつ自然に
こうして寄り添えることが出来るのだから。

 嫌な夢は見たくない。
 数日前から寝つけを悪くさせる夢を見すぎたせいか、嫌気が差す。
 そこにはえりぽんは居ない。
 別の誰かと話をする自分が、泣き崩れんばかりの辛さを受けている。

私は――キミと一緒に消えるつもりはないから

その言葉を最期に、誰かは消えるのだ。
自分を置いて消えるのだ。
あれは誰だっただろう。
234 :第二十輪 :2015/04/10(金) 19:18
 「これ絶対ヤバイ。どんどん熱が上がっとぉ」

みずきの額に手を当て、えりぽんは唸った。
自力では立てそうにないみずきを抱えたまま、えりぽんがバイクを
停めて片足をつく。小刻みに震えているので、使い捨てカイロを使わせて
いたが、その程度で治るようなら苦労はしない。
青ざめた顔はどこへやら。
リンゴのように真っ赤な顔で荒い息をしている。

二時間が過ぎて雨足が弱まったのは不幸中の幸いといえるが
それでも晴れ間がのぞく様子は皆無。
最後の冷却湿布を額に貼り付けたが、効果があったかどうか。
打てる手は全て打った。
あとはみずきの体力を信じての強行軍で、何とか例の町に
辿り着くしか道はなかった。
みずきを抱き上げるようにして抱え直し、痺れて動かない左手に
活を入れ、しっかりと支える。

身長差も体格差もあるみずきを抱えることはかなり体力を使う。
どんなに筋力があるにしてもバイクを長時間操作するのは厳しい。
自分の体力が尽きるのが先か、町に辿り着くのが先か。

すっかりのぼせたオートバイのエンジンは、休む暇もなく爆音を張り上げた。
235 :名無し三号さん :2015/04/10(金) 19:19
>>226-234『第二十輪』
以上です。
ありがとうございました。
236 :名無飼育さん :2015/04/14(火) 23:18
久しぶりに来たら更新が・・・!
続きを待ってました。
237 :名無し三号さん :2015/04/15(水) 02:17

続きです。
238 :第二十一輪 :2015/04/15(水) 02:18
『海辺の町』
それが見えてきたのは、夕方六時を過ぎた頃。
話のとおり港町のようで、霞がかった町の遥か向こうに紺色の
海が広がっていた。港に近づいたのだ。

まだまだ数キロはあるだろうから、ここからでは良く解らない。
えりぽんがゴーグルを上げて双眼鏡を覗くが、現在の天気でこの程度の
倍率では、話にならなかった。
平和な町なら問題はない。
でも、平等でないこの世界では、平和な町というのはそんなに多くはない。
略奪と暴動の波状攻撃で無人化した町だってあった。

が、何より恐ろしいのが、町を守るためなら何でもやり、侵入者は
誰であろうと排除する、という鎖国主義の町。
そしてここがそうでないという保証はどこにもないのだ。
ふと、心の中に生まれた不安の結晶を頭から振り払う。
今更逃げることはできない。
はるなんの言っていた、人が集まっている、という話を全力で
信じる以外に道はなかった。
みずきの頬に触れると、酷く熱い。
湿布の効果もないようで、医者に見せるか、最悪でも薬を調達しないと。
再びバイクを走らせれば、数分で町に入るはず。

だが、町に入った直後にえりぽんを待ち構えていたのは
予想を超えた障害……いや、文字通りの障害物だった。

 「マジか…」
239 :第二十一輪 :2015/04/15(水) 02:20
思わず声が漏れる。それもその筈だった。
ようやく建物が増えて町の中に入ったかと思うと、その道路のド真ん中に
中型のマイクロバスが横転していたのだ。それも二台仲良く。
どう見ても自然な状況ではない。
二台のマイクロバスは、片側二車線の道路をがっちり塞いでおり
歩道や二台の間に出来た隙間には、ワンボックスタイプの車が鼻先を
捻じ込んで完全に封印している。

おそらくは野盗などを警戒したものだろう。
この程度の高さのバリケードならば、多少の足場があれば乗り越えられる。
だが野盗のような無法者は自分たちが絶対的優位でなければ攻勢に出ない。
自警団の存在すら想定できる町に徒歩で侵入する勇気などないだろう。
と、そういった考えを思いついた人間が居るという事だ。

そうなるとこのオートバイもこれ以上進めない。
歩きしかない。
自分の二本の足とみずきを背負って、この忌々しいバリケードを越えるしかない。
みずきを自分に縛り付けていたロープを解き、背中に担ぎ直す。

 「ホント、最近の食生活に助けられるとは思わんかったと」

全体重を掛けられるものの、背負って歩けない事はない。
筋肉痛必須なほど片腕を駆使してマイクロバスをよじ登る。
一番高いところへ登ったお陰で、周囲に仕掛けられている罠の配置がよく分かる。
建物の裏に回ろうとすれば、虎バサミと落とし穴の地雷原。
そして万一バリケードが突破された時の防衛策として、バリケードの後ろに
乗用車数台を呑み込めるような特大の落とし穴が掘ってあった。
バリケードを登って喜々として飛び降りれば、人間でもここに嵌る。
骨折で済めば幸運だが、実にえげつない。
240 :第二十一輪 :2015/04/15(水) 02:21
 「でもなんとか着いた、はー…」

小さく、長く息を吐く。
町の中心と思われる方向へ向かってしばらく歩を進めると
次第に車の数が少なくなってきた。
「思われる」というのは、標識や看板などの目印から土地の名前が
消えているからで、あくまで道の太さや町並みの雰囲気から
考えた中心に過ぎない。
路駐、もとい放棄された車は、信号を一つ渡った頃にはほぼなかった。
邪魔だから移動させたのか何かに使ったのか。
だが一つの確信としては、この町には明らかに人の手が入っている。
それもかなり組織だって行われた作業だ。
各種商店棚を覗いてみると、商品のほぼ全てが持ち去られてはいるが
荒らされたという形跡はない。
これは誰かが計画的に運び去ったと考えた方が良いのだろう。

 「はあ、はあ」

いまだ人影は見えないが、人を背負って歩くというのは想像以上に消耗する。
両足には普段の倍近い負荷がかかる。
雨の仲、長い間バイクを走らせてきただけあって、冷えた腰の痛みも
だんだん強くなってきていた。
おまけに体温が下がっている事で、両手両足は肘と膝の先の感覚がない。
足の裏の傷も痺れたような鈍い痛みだけになっていた。
二度と立ち上がれないだろう。
くじけそうになる意志と身体に活を入れ、足取りを速めたその時。
ふと視界が開け、大きな学校が見えてきた。
241 :第二十一輪 :2015/04/15(水) 02:21
それは、高等学校だった。
その独特の建築物を見るのは何ヶ月ぶりだろう。
さすが土地が余っている学校だけあって、校庭は広い。
見たところ建物の外には誰もいなかったが、校舎のいくつかの部屋に
灯りが点っているのを見つけた。
もしかしたら、疎開してきた人が住んでいるのかもしれない。
普通、避難所といえば学校だ。電灯の光に少し安堵する。

 「ひ、と…?」

人が居た。校舎に隣接する体育館の入口に女性の姿があった。
えりぽんは目を細め、女性が味方かどうか慎重に視察する。
歳は二十代後半。体育館の壁に傘を立てかけ、庇の下に座っていた。

武器の類を持っているようには見えないし、少なくとも外見だけはまともに見える。
えりぽんは女性に医者のいる場所を聞いてみようと思った。
が、一瞬迷う。
本当にこのままノコノコ入って行って大丈夫なんだろうか。
みずきをどこかに隠して、自分だけ交渉に行った方がいいんじゃないか。
思わず浮かんだネガティブな考えを、思い切り首を振って叩き出す。
そんな事は今更考えるだけ無駄。
熱のあるみずきを抱えて追っ手をあしらいつつバリケードまで戻れる訳が無い。
今度こそ、えりぽんは自分の悪運とみずきの強運に頼るしかなかった。

ますます具合の悪そうなみずきを背負い直し、開放された門を通る。
校庭の向こうにある体育館に向かって、一直線に校庭を横切る。

 「あの、すみませんっ。すみません!」
242 :第二十一輪 :2015/04/15(水) 02:22
声を張り上げると、すぐに女性が目を向けてきた。
近くで見るとかなり華奢で、身長はえりぽんより数センチ高い。
みずきと同じぐらいだろうか。
女性はこちらを見て目を丸くしたまま、動こうとしない。
十数秒の自失の後、ようやく二人の置かれた事態に気がついたのか
女性が傘をさして小走りに近づいてきた。

 「どうしたの?」
 「えっと、この子、みずきって言うんですけど具合が悪くて。
 ここらに医者は居ませんか?」
 「…へえ、医者に見せるんだ。保険証は持ってるの?」
 「は?」
 「医療保険とかじゃなくて、キミが治療の対価を払えるだけのものを
 持ってるかって事の証明がないとねって事」
 
ビキッ、と頬の筋肉が痙攣しかけた。

 「まさか対価を用意しろ、って事?」
 「このご時世でタダで医者にかかれるっていうのは稀だと思うけど?」

抑揚のない女の声が、ことさらえりぽんの癇に障った。
女はみずきの上に傘をさす。
なんの戸惑いもなく濡れた髪を除けて、額に手を添える。

 「顔色が悪いね。早く暖めないと大変な事になるの」
243 :第二十一輪 :2015/04/15(水) 02:23
嫌な笑みに見えた。対価を払えとその視線が訴えている。
えりぽんは噛み締める唇を開く。

 「…作動快調のオートバイ一台と男一人が四日生き延びられるだけの水。
 一週間は食いつなげるだけの食料。
 二人分の生活雑貨一式、好きに持っていき」
 「へえ、豪勢だけど、それはキミ達の足とご飯でしょ?
 それなしでこれからどうする気?」
 「みずきが元気になったら考える、それだけとよ」

えりぽんが女を睨みつける。
飄々と喋る女は、亀裂のような笑みを漏らす。

 「じゃあそれよりもさらに高い対価を要求されたら?」
 「条件を呑んで、こいつを治療させたら即刻踏み倒す」
 「あら、この町の人間全員をまとめて敵に回すつもり?」

女が苦笑する。だがその小さな笑い声をえりぽんは視線で一蹴した。

 「必要な事なら、えりはやるとよ」
 「……へえ」

女が笑みを浮かべる。先ほどまでのような嘲笑まじりの苦笑ではない。
興味を示す小さな笑みだ。
244 :第二十一輪 :2015/04/15(水) 02:23
 「正義の味方よりダークヒーローに憧れるんも悪くないけん」
 「その子の為に?」
 「自分の為やし」
 「……なるほど、解った」

女の顔が、笑みで埋まった。
笑顔の形は変わっていないのに、何故かその笑からは皮肉も
悪意も感じない、柔らかい月がえりぽんの前に浮かぶ。

 「じゃ、とりあえず校舎に運ぼうか」
 「は?……それより早く医者に見せる方が先……」
 「保健室の先生ってものも医者みたいなものなの、案内するよ」

きっぱりと言い放った女の言葉を、えりぽんは唖然と聞いていた。

 「じゃあ対価云々っていうんは!?」
 「訊いてみただけだけど?女の子を担いでこんな雨の中から
 現れた女の子なんて興味沸くでしょ、ほら歩いた歩いた」

えりぽんは一瞬の自失の後、女に背中を押されて歩き出した。
245 :第二十一輪 :2015/04/15(水) 02:24
数分後、実に手際の良い女の処置で、みずきは保健室の
ベットに寝かされていた。
解熱注射が効いたのか、先ほどよりはずっと顔色が良くなっている。

 「…助かりました。ありがとうございます」

軽く頭を下げるえりぽんに、女が笑う。

 「今更そんなに畏まられると気持ち悪いよ」

女は白衣を羽織り、その姿はさながら保険の先生だ。
女は椅子に腰を下ろして軽く息を吐く。

 「みずきの具合は?」
 「そうね。多分生理が来て、体力が落ちた所に風邪が併発した。
 症状からして、ただの風邪ね。まあキミの処置が適切だったから
 大人しく眠っていれば治るよ。大丈夫」
 「……て言ったって、えりがやったのはおでこ冷やしたり
 厚着させただけやもん、雨の中運んできたし、逆に悪化とか…」
 「それがいいのよ。風邪と思ったら思ったで解熱剤とか下痢止めとか
 頭痛薬とか、薬漬けにしちゃう人も居るからね。
 でもこのまま放置してたら肺炎になってたかもしれない。
 連れてきたのは正解だよ。よく頑張ったね」

女の気遣いが少し照れくさく感じたが、女は立ち上がる。
246 :第二十一輪 :2015/04/15(水) 02:24
 「じゃ、私は氷の予備を取ってくるから、額のタオルを適当に交換してあげて」
 「…あ、はい。お世話になります」
 「だから畏まらないでいいから。あ、そういえば名前聞いてないや」
 「あ、えっと、えりです、みずきからはえりぽんって呼ばれてて」
 「ん?ああ、なるほど。じゃあ私のことは道重さんとでも呼んで」
 「道重、さん」

笑顔を浮かべ、道重と名乗った女は保健室をあとにする。
無人の廊下を数歩進んで、保健室から漏れる光を振り返った。

 「病人を試すなんて、ね。私も意地が悪くなったかもしれないな」

囁くような独白は誰にも届かず、寂しげな薄暗い廊下に吸い込まれ、消えた。
247 :第二十一輪 :2015/04/15(水) 02:26

ぎゅう、とハンドタオルを固く絞り、みずきの額に載せてやる。
少量ながら氷が浮かべられたタライなので、やはり雨水とは大違いだ。
みずきの顔色もかなり良くなり、すうすうと規則的な寝息を立てている。
ようやく一息吐いたように周囲を見回し、みずきの寝ているベットに
腰を下ろした。
ここは、間違いなく保健室だ。
今もまだ保健室として機能し、使用されているのだろう。
室内には薬棚と机があり、カーテン付きの簡易ベッドが三つ並んでいる。
残りの二つのベッドには、片方にはダンボールが山と積まれ
もう片方にはカーテンが掛けてあった。
もしかすると、他にも病人がいるのかもしれない。
正面入り口から校内に入り、この保健室に案内された訳だが
通った廊下にはあまり埃が積もっていなかった。

この棚にしたって、薬が減っている様子はあっても、手入れを欠かしてはいない。
この学校の生徒がどれだけ残っているかは知らないが
まともに運営できる人数だとは思えない。
となると、疎開者を受け入れいるというのが妥当な考えだろう。
実のところ、えりぽんはまだ道重を信用していない。

おそらく養護教諭だというのは本当なのかもしれない。
処置は的確だし、設備の使用にも迷いはなかった。
しかし、誰かに通じていないとも限らない。
氷を取りに行ったと見せかけて、武器を持った強面連中を連れてくるかもしれない。
248 :第二十一輪 :2015/04/15(水) 02:26
何より初対面の相手とあの問答。
通常の神経の医者がすることではないだろう。
病人を背負っていることは明白だというのに。
えりぽんは、とにかく警戒を怠らないことにした。
少なくとも、初めの十分は。

 「…あら?」

クーラーボックスに氷を持ってきた道重は、保健室に戻ってきて目を丸くする。
自分が離れている間、みずきの看病を任せたはずのえりぽんが
椅子に座ったままベッドに頭を預け、寝息を立てていた。

クーラーボックスを床に置き、えりぽんの肩を軽くゆすってみる。
少し強めにゆすってみたが、起きる気配はない。
このままでは彼女も風邪を引いてしまう、が、疲れているのは当然だ。
起こすのも忍びない。
ダンボールは大量にあるが、それよりも良い物が目の前にある。

 「…よっ、と」

道重はえりぽんの体を持ち上げ、そのままみずきのベッドの上に乗せた。
二人仲良くベッドに詰め込み、上から布団をかけ直した後で、ふと気づく。
そういえば、着ていた服がことごとく濡れていたので
それを脱がしたみずきは現在下着姿である。

まあ同性同士なら問題ないでしょ、と微笑んでいた。
249 :名無し三号さん :2015/04/15(水) 02:29
>>238-248『第二十一輪』以上です。

とりあえず結末までは書いてあるので、あとは修正
しながら投下していきたいと思います。
お付き合いくだされば幸いです。
250 :名無飼育さん :2015/04/18(土) 14:39
更新ありがとうございます!
最後までのんびり、ついていきます^^
251 :名無し三号さん :2015/04/20(月) 02:52
続きです。む、むっつりじゃないんだからねっ。
252 :第二十二輪 :2015/04/20(月) 02:54
ぱっ、と唐突に目が覚めた。
たっぷり寝たせいか、眠りの余韻はほとんど残らない目覚めだ。
夢も見なかったので、時間が経過したという実感が浅い。
おまけに寝る直前は意識が曖昧だったため、さらに現状把握ができない。
目の前に広がっているのは、とてつもなく久しぶりに拝む蛍光灯の光。
そして見知らぬ白い天井。
眠りすぎてみずきの脳が腐敗していない限り、初めて見る天井
であることは間違いない。

 「ここ、どこ?」

と、えりぽんに問おうとしたが、彼女の姿がない。
いつもどおり、今日も傍らにえりぽんが居ると考えたのだが
生憎と隣のベッドにはダンボールの山があるのみだ。
小さくため息を吐いて、みずきが寝返りをうつ。

そして、えりぽんと顔が合った。

眼前いっぱいに広がるえりぽんの寝顔に、思わず何秒も見入ってしまう。
まつげは長く、普段から少し抜けた顔してるがこうして寝顔を
正面から見ると子供のように唇が綺麗だ。
美容の秘訣を聞きたいが、彼女に聞くというのは何か面倒になりそうで。
………ん?
253 :第二十二輪 :2015/04/20(月) 02:55
一瞬我を忘れて和みかけた。
夢の世界へまっしぐらだった理性を呼び戻し、状況を冷静に分析する。
ここは、どうやらどこぞの建物の中。
多分えりぽんが連れてきてくれたのであろう。
場所はおそらく例の『海辺の町』だ。
そしてみずきは意識のないままここに寝かせてもらった。それは解る。

だが、何故えりぽんが添い寝しているのだ。
頭の中で言葉にすると、思わず顔が熱くなった。
いや、何故同性相手に恥ずかしさを感じなければならない。
その大きな原因としては、自分が上下の下着のみを装着した
極限まであられもない姿で寝ていたからである。
いくら相手がえりぽんだとは言え、だ。

今現在みずきに課せられた最大の選択肢は二つ。
この状況を是として添い寝を続行するか、否として無理やり起こすか。
迷いに迷って再び熱を出しかけたその時、えりぽんがもぞりと動く。

 「ぅん……あれ……みずき?」
 「あの、おは、よ?」
 「おはよ。良かった、顔色良さそうやね。でもまだ顔が赤いとよ」
 「そう、かな」
 「また薬飲まんといけんね。……あれ、なんでえり一緒に寝とると?」
 「ちょ、毛布引っ張らないでっ」
 「んー」
254 :第二十二輪 :2015/04/20(月) 02:55
えりぽんがベッドから降りる。
彼女はばっちりと服を着込んでいたため、ますます外に出たくなくなり
口元まで毛布を被り、再び枕に頭を預けた。
その時、保健室の扉が開いた。

 「あ、起きてたんだ。おはよう」
 「おはようございます」

道重は洗面台にタライを置き、微笑んだ。
みずきは顔を上げ、道重の姿を確認する。
とても綺麗な人だった。

 「あの、ここはどこですか?」
 「名前のない町の、名前のない高校にある保健室だよ。
 その子、えりぽんだっけ、みずきちゃんを背負って延々と走ってきたんだ」
 「道重さん、あんまりペラペラ喋んないでください」
 「へえそうなんだ、へえ」
 「なんその顔。大変やったとよホントに」
 「うん、ごめんね。迷惑かけた」
 「別に、元気になってくれたけん、それでチャラにしとく」
 「さてと、じゃあ対価を払ってもらおうかな」

まるで思い出したかのように道重が呟くと、二人は「はい?」と声を漏らす。
255 :第二十二輪 :2015/04/20(月) 02:56
 「言ったでしょ、対価の話。朝ごはんを食べたらキミが眠れるように
 ダンボールを片付けるの手伝ってよ、それが宿泊費」
 「はあ、まあ、いいですけど」
 「決まり。あ、みずきちゃんは寝てなさい。こっちの方が筋力ありそうだし」
 「あの、その前に着替えがほしいんですけど…」
 「ああっ、大丈夫っ、好きなパジャマ選んでね」

ばさ、と女物のパジャマがベッドに置かれる。
カーテンが閉められ、道重がえりぽんへと顔を向けた。

 「覗いちゃダメだからね」
 「何でえりに言うんですか」
 「いや、そういう顔してる気がしたから」
 「そんな趣味ないですよ!?」
 「冗談だよ、マジにならないの。でもまあさっきまであの子と
 寝転んでたんだから、今更だと思うけどね」
 「…どういう事ですか?」
 「あの子の服、今乾かしてる所だから。気付かなかった?」

道重の言葉に、えりぽんの表情が明らかに固まった。

遅めの朝食を摂った後、えりぽんと道重は作業に入った。
とはいえ、ダンボールの量を考えると脚立が必要なほど積み上がっている。
どうやってこんな風に仕上げたのかは分からないが、中身のことまで
構ってはいられない。ぶすり。
256 :第二十二輪 :2015/04/20(月) 02:57
 「ぶすり?」

と、えりぽんの運ぶダンボールの表面を破り、キラリと光る針が突き出す。

 「ちょ、ちょっと!?道重さん!?針が出てきとるっちゃけど!?」
 「ああ、注射針ね。イリョウハイキブツってヤツ」
 「いやいやいや、そんな物をこんな風に放置せんで!えりの腕に
 ブッ刺さってたらどうするつもりと!?」
 「大丈夫大丈夫、消毒液なら山ほどあるから」
 「そういう問題じゃないやろ…」
 「それにしてもキミの突っ込みは懐かしさを感じるなあ。
 もしかしたら知り合いと同じ所に住んでたのかな」
 「もう話題が変わっとる…」

保健室の床にはもはやスペースなどは殆どない。
整理しないとどうにもならない状況になっていた。
仕方なしに廊下に運び出して積み上げているのだが、その様子たるや
まるで強制捜査でも入ったかのような有様だった。

窓からは昨夜の大雨が嘘のような快晴が広がっている。
埃を徹底的に洗い流され、澄み切った空は鮮やかな青。
雲など一片たりとも浮いておらず、実に爽快だ。
自分たちが埃まみれな事を除けば。
257 :第二十二輪 :2015/04/20(月) 02:58
 「あ、そういえばバリケードの所にあったキミのバイク、回収しといたから」
 「えっ?ホントですか?」
 「あのまま野ざらしにしといたら錆びるし、奪われるかもしれないしね。
 今知り合いに頼んで見てもらってるから」
 「ありがとうございま」
 「ただし、その分の負債は体で返して貰うからねー」

えりぽんには、口元の亀裂のような笑が耳まで裂けているように見えた。
むろん、道重の尻から悪魔の尻尾が伸びているイメージで。
 
 「あ、そうだ。ちょっと被服準備室に行って布団持ってこなきゃ。
 キミ、ちょっと取りに行ってもらえる?はい鍵。
 私はこのダンボールを解体して外に出してくるから」
 「ああ、分かりました」
 「いってらっしゃーい」
 「ったくー」 

えりぽんは被服準備室へ、道重は外へ。
みずきは一人、保健室で待機する事となった。

 「くあー……あふ」

欠伸とは哺乳類のほとんどが行う生理的現象である。
基本的に淑女ではないみずきにそれを止められるはずもなかった。
つまり、みずきは退屈であった。
258 :第二十二輪 :2015/04/20(月) 02:59
風邪を引いて学校を休んだ経験のある者なら理解できるだろう。
風邪のような体調不良は、治る寸前ほど退屈になる。
体力は取り戻しつつあるのに、医者が外出を許さない。
そしてその医者まで近くに居ないとなれば、必然的に反抗心が発芽し
脱走を試みたくなるというのが人情というもの。
ベッドの脇に揃えてあるスニーカーを履き、いざ脱走。
別に町から出るような真似をする気はない。
ただ少し外の空気を吸ってくるだけで―― 。

 「へえ、みずきちゃん達は"外"から来たんだ」

だから、誰もいないはずの部屋から、自分以外の声が聞こえた時は
自分の口から心臓が射出されるのが見えたような気がした。
まさか幻聴が聞こえるほど自分は弱っているのだろうか。
保健室の中に人が隠れられるような場所は……一つ。
目の前の、窓に面した三番目のベッド。
みずきは恐る恐る顔を上げた。

 「あ、ごめんなさい。私、今の今までずっと眠ってたから」

そう言って微笑んだのは、みずきよりも年下の少女、もとい女の子だった。
その女の子は、カーテンの掛けられていた三つ目のベッドで眠っていたらしい。
昨夜からずっと眠っていたため、みずきのことはおろか
えりぽん来訪の話も今初めて聞いたのだという。
ベッドに腰掛けて互いを見合わせながら会話を交わす二人。
259 :第二十二輪 :2015/04/20(月) 02:59
 「騒がしくしちゃってごめんなさい」
 「いいの、賑やかで楽しそうだったから」

彼女は、フェイと名乗った女の子は、末期だった。
肩まで伸びた髪の色もそう。
肌の色まで真っ白となり、白人以上に白い肌をしている。
血色が悪くなるのではなく、色そのものが薄くなるので不健康な
様子ではないが、まるで妖精か何かのように白い肌だ。

 「フェイっていうのは偽名なの。名前を思い出せないから
 友達が付けてくれたの、だから私は生まれも育ちも日本よ」

本来が日本人である以上、瞳の色も黒か濃い茶色をしているべきだが
彼女の瞳は白に近いアッシュ。
間違いなく、『色無し』後期症状だ。
まだ淡いものの色彩が残り、モノクロ化や『影無し』とまではいかないが
その段階まであと僅かだろう。
進行には個人差があるし、今まで進んできた速度でこれからも
進むとは限らないが、少なくとも、そう遠くはない。

 「皆からは"姫"なんて呼ばれてるんだけど、恥ずかしいんだ。
 私の家がこの町ではちょっと有名だったから」

だが、性格面に関しては薄幸美人という言葉は似合わず、明るい。
260 :第二十二輪 :2015/04/20(月) 03:00
 「1ヶ月ぐらい前から酷い眠気に襲われるようになって
 気がついたら道端に倒れてることもしょっちゅう。
 昨日も倒れたらしくて、案の定ここに運び込まれたらしいわ。
 多分もう少ししたらあの子が来てくれると思うんだけど
 ああ、でも道重さんにちゃんと許可を取らなきゃいけないよね。
 みずきちゃんは?」
 「私は風邪だから、あ、離れてた方がいいよ、治りかけの時が
 一番人に移りやすいって言うし」
 「……へえ、じゃあ移してもらおうかな」
 「え?」
 「冗談冗談、なんでもないの。でもそんな事言われると
 そっちに行きたくなっちゃうものよね」

フェイはベッドから裸足で降りると、みずきのベッドへと駆け寄ってきた。
みずきが「ダメだって」と女の子を制するが、あっという間にベッドに
腰を下ろしてしまった。

 「へへ、みずきちゃんって柔らかいね。まるでお母さんみたい」
 「お、お母さん…」
 「あ、これ全然嫌味じゃないよ。ただ、うん、安心するから」

パジャマ越しに二の腕に触れて肩に頭を置くフェイに、みずきはされるがまま。
こうして触れてくれるのは悪い気がしない。
むしろ嬉しいとさえ思える。
だがフェイが突然、服の袖を捲くりあげた。
261 :第二十二輪 :2015/04/20(月) 03:00
 「ちょっ!?」

袖から見える腕が白く現れ、それを見たフェイが小さく微笑む。

 「みずきちゃん、『色無し』なんだね」 
 「……うん」
 「じゃあもうすぐなんだ」
 「フェイ、ちゃん」
 「ごめんね。でも、そっか、そうなんだ」

フェイが腕を自分の頬に摺り寄せた。
まるで愛しそうに、先ほどよりも安心したその表情に、みずきは戸惑う。

 「みずきちゃん、外に出よっか。そうするんでしょ?
 道重さんはまだ帰ってこないよ、その間に、ね」

フェイが引っ張り上げると、みずきはされるがままに立ち上がる。
窓から夏の暑さを感じさせる風が全身を駆け抜けていった。
262 :第二十二輪 :2015/04/20(月) 03:01

 ――――

何がしあわせかわからないです。
本当にどんなに辛いことでも、
それが正しい道を進む中の出来事なら
峠の上りも下りもみんな
本当の幸せに近づく一足づつですから

 ――――
263 :名無し三号さん :2015/04/20(月) 03:03
>>252-262『第二十二輪』以上です。

文中の説明通りですが、
某舞台のキャラクターの人格設定に基づいてありますので
リアルな二人と少し格差はありますのでご了承ください。

いつもお付き合いありがとうございます。
264 :名無し三号さん :2015/04/23(木) 17:51
続きです。
265 :第二十三輪 :2015/04/23(木) 17:55
昇降口にはずぶ濡れになった荷物の類が広げられ
オートバイもろとも日干しにされていた。
半日もの間、全力で走り続け、丸一日雨曝しになっていたバイクは
その銀色の塗装を埃と水汚れで曇っている。
修理点検は出来ないが、洗車ぐらいはできるだろう。

ゴムホースを蛇口に取り付け、バケツと雑巾を用意する。
カーワックスを見つけたのでこれで綺麗に仕上がるだろう。
数十分後、あっという間に見違えたバイクを見て「よし」と息を吐いた。

 「おお、バリ復活しとるったい」

心臓が射出されそうになった。
車体にはワックスがかけられ、エンジンの各部も油汚れが落ちている。
タイヤまで磨かれていて、まさに生まれ変わったようだ。

 「ありがとう、ええと、ここの子?」
 「その、荷物を広げとけって言われて、でもバイクが凄い汚れてたから
 せっかくだからと思って。ご、ごめんなさい、勝手に触っちゃって」
 「何言っとるとよ。自分でやろうと思ってたけん、助かった。
 そこの教室から見えとったしね」

被服室を指をさし、笑顔を浮かべるえりぽん。
その表情を見て安心した。
266 :第二十三輪 :2015/04/23(木) 17:56
 「あ、名前言ってなかったね。えりは、あーえりぽんって呼ばれとるとよ」
 「あたしは、リオンって言います」
 「外国の子?」
 「いえ、日本人です」
 「ふうん、偽名とかいな」
 「ちょっと理由があって、あ、友達にもフェイって子が居るんですけど」
 「フェイ?なんで二人で偽名なんか……ああ、理由があるっちゃんね」
 「はは」

リオンと名乗る少女はタオルで顔を吹いた。



 「ようお姫様。今日のツレはリオンじゃねえのかい?」
 「ええ、おじさんも仕事頑張ってね」
 「あいよ。しかしべっぴんさんだなあんた。なんで白衣なんだ?」
 「昨日来たお医者様だもの」
 「ええっ?そうなのかい?そりゃこの町は高齢者が多いからありがたいが
 道重さんからそんな話は聞いておらんぞ?」
 「昨日来たばかりだもの、だから今町を案内するところなの。行きましょ」
 「へえぇそうなのか。じゃあ先生、お姫様の付き添い頑張ってくださいな」
 「あ、はい。お任せください」
267 :第二十三輪 :2015/04/23(木) 17:57
道行く人達との会話。
『多くの人が集まっている』という情報は確からしい。
どうやら住宅街や娯楽施設などは基本的に放棄されているようで
住人のほとんどは学校や大型の公共施設に住んでいる。
その方が消えた人数などの把握が楽で、町の機能が維持しやすいのだそうだ。

フェイは車椅子に乗らなくてはいけないらしいが、本人がそれを拒んでいる為に
みずきと腕をからませて日傘をさして一緒に歩いている。
先天性色素欠乏症。
皮膚の中のメラニンが極端に少ないため、紫外線の害を受けやすいと聞いた。
だが『色無し』による色彩低下は、別にメラニン量が減っている訳ではない。
単にメラニンが無色になるだけなので、紫外線に対する防御力は
純白に近くなってしまった彼女の肌でも並みの人間と大した違いはない。
ただ女性としての嗜みだ。

みずきがパジャマ越しから着込んでいる白衣は、保健室に立て掛けてあったもの。
フェイが「先生」として接するというのなら、みずきはなりきるまでである。

商店街の殆どの店も経営する余裕がないようで、閉められている。
八百屋や魚屋などはそこを中継する必要もないので、同様に閉鎖されるか
設備だけが使われている状態にあるらしい。
文房具屋や本屋などは、店の戸を解放して、必要な奴は好きに持っていけ
と言わんばかりだ。
268 :第二十三輪 :2015/04/23(木) 18:01
 「意外と分かんないものでしょ?良かった、みずきちゃんが道重さんと同じ身長で」
 「中身はパジャマだけどね」
 「肌身から上っていうのは過激すぎるもの。それともみずきちゃんって…」
 「変な含みを入れなくて良いから。ないないそんな趣味ないって」
 「ふふ、ははは」

二人はここまで、長い長い一本道の下り坂を下ってやってきた。
ここは町の市場のようなもので、丘での生産物と海での漁獲物を交換
もしくは分配するような所らしい。
港の倉庫を改築して作った魚市場は、少々時間がずれていることもあって
さほどの人は居ないようだが、みずきとしては数ヶ月ぶりにこれほどの人を見た。

 「みずきちゃん、海まで行ってみない?」
 「海?」
 「ここは港町だもの、海岸線まで行ける様になってるんだ」
 「泳げたりできるの?」
 「うーん、夏もあんまり温度が上がらないし、潮の流れも速いから無理かな。
 でもみずきちゃんがやりたいっていうなら、案内するよ?」
 「聞いてみただけ、聞いてみただけだからっ」
 「みずきちゃん慌て過ぎ。真に受けやすいなあ」

フェイの案内のままに結局二人は紺色の海に辿り着いた。
あまり大きくはない漁港に数隻の漁船が浮いており、その隅には灯台。
潮風が鼻をくすぐり、すっかり伸びた髪を揺らす。

目の前に広がるのは、見渡す限りの海だ。
269 :第二十三輪 :2015/04/23(木) 18:02
 「…広いなあ」
 「そりゃ海だもの、大きいに決まってる」
 「ううん、この島全体が、ね。私は首都生まれの首都育ちだから」
 「みずきちゃんって都会の子なんだっ」
 「そう、何ヶ月もかかっちゃったけど、ついに最北端上陸したんだなって」
 「あの、ちょっとヤンキーみたいな喋りの女の子と一緒に?」
 「あははヤンキーって、えりぽんの事?そう、あの子が連れてきてくれたんだ」
 「どうやって?」
 「譲り受けたバイクで、えりぽんが運転してだよ」

みずきがくつくつと笑う。

 「バイクに荷物を詰め込むのね?」
 「うん。寝るための毛布と、食料。そして大切な水。それに生活雑貨と服も。
 だから普通のオートバイとは違って、配達用のらしいんだ。詳しくは分からないけど
 凄く頑丈だし、重い荷物にもよく耐えてくれる、私達の両足だよ」
 「乗ってみたいなあ、そのバイクに」
 「えりぽんに頼めば乗せてくれるかもね。運転は上手いから」
 「……みずきちゃん、そのえりぽんって子を信用してるのね」
 「あはは、まあそうかも。私は一人で行動するの苦手だから」
 「そうなんだ。でもなんでみずきちゃんだったんだろうね」
 「え?」
 「えりぽんは何でみずきちゃんを連れて行こうと思ったのかなって。
 理由が無かったら、こんな所まで走って来れないんじゃないかな。
 嫌いな人だったら連れて来ないんじゃないかな、ふと思っちゃったの」
270 :第二十三輪 :2015/04/23(木) 18:06
好きな人、嫌いな人。
その比較されるものがこのシンプルな世界になっても尚、生きている。
身を守るために、身を守ってあげるために。

 「…そうだね、ホントに、なんで私だったのかな」
 
みずきの言葉に、フェイは少し目を細める。

 「ごめんなさい。別に嫌味で言ったわけじゃないの。
 少し聞いてみたかっただけなのよ。
 そうね、強いて言うなら興味があったの、二人の事。
 私はこの町から出たことも、それを許されることもなかったから」
 「外のことが気になるのね」
 「ええ、とても。だから聞かせてほしいな、いろんな事」
 「いいよ、じゃあ進みながら話してあげる」

フェイは嬉しそうにみずきの腕を掴んで寄り添う。
下ってきた坂を見上げるとその先に、小さくポツンと学校が見えた。
271 :第二十三輪 :2015/04/23(木) 18:06
リオンは素直な子だ。
綺麗になったバイクに荷造りをすると言ったら、彼女は快く手伝ってくれた。
手順や配置を誤ればそもそも積載することが難しい。
だが医薬品の類、燃料や食料、水に至るまでを補給できるのはありがたい。
特に燃料に至っては、予備のタンクに半分しか残っていなかった。
ただガソリンを精製する能力がこの町にはない為、リオンが漁業組合の
爺様達に頼み込んでくれたのだ。
リオンは素直で、優しい子である。

 「水力発電?」
 「ここから山の方に上がると、上流にダムがあるんです。
 病院や主要ライフライン以外は昼間しか送電されないようになってるので
 夜の九時を回ると完全に送電が止まってしまいます」
 「でもそんな事したら病院の機械とかも止まってしまうし、大丈夫と?」
 「ここの人はけっこう頑丈な人が多いんで、本当の緊急時しか稼働させません。
 でも発電所には町の人たちが派遣されて維持してます。
 素人ばかりだが、一人だけ所員がいたので、その人を筆頭になんとか管理
 できるようにはなってます。ギリギリですけどね」
 「……やっぱりどこも大変っちゃね」
 「えりぽんさん達が見てきた町もこんなもんですか?」
 「うーん、でも本格的な町を見たのはここが初めてやね。
 ここから南の方に小さな村があったり、自分たちで個人営業してたり。
 一生懸命生きとる人達がおるっちゃ」
 「へえ、やっぱりまだ人が居るんですね」
 「リオンは疎開でこっちに来たと?」
 「あ、ええまあ、そんな所です」
272 :第二十三輪 :2015/04/23(木) 18:11
リオンの何処となく曖昧な答えに、えりぽんは引っかかる。
偽名を使うという理由も気になるが、この世界で言えない理由を持つ者は多い。
たとえ親しい相手であっても、正しい事を言える人間は少ない。
「すぐには使わない荷物」を小さくまとめ、「すぐに使う荷物」や
「寝る時に使う荷物」などとまとめ、ファスナーを閉めようとした。

 「あ、そういえば最近ほとんど書いてなかったと」

えりぽんが見つけたのは、みずきのお絵描きノート兼日記帳だった。
みずきが風邪を引いていた為にここ数日の出来事は書いていない。
それでも数ヶ月分の重みを持った日記の白紙は残りわずかとなっていた。

当時を思い出すと、思わず笑みが漏れる。
その頃はまだ自転車で移動していたと考えると初々しいものを感じた。
彼女の日記帳である為に、えりぽんが代筆したことは一度もない。

 「それは?」
 「ああ、えりの連れの日記帳。
 …そういえばここ、学校ってことは美術室もあるんやろ?」
 「ありますけど、今じゃ倉庫代わりになってますよ」
 「でも用具はそのままやんね。あのさ、ちょっとお願いしたい事があるっちゃけど」
 「おーいそこの二人ー」

二人が声に振り返ると、道重が少し慌てたように駆け寄ってきた。
273 :第二十三輪 :2015/04/23(木) 18:11
 「大変、患者二人が脱走しちゃったみたいなの」
 「はあっ?みずきが?」
 「まさかフェイのヤツが?」
 「多分あの子が引っ張ってったみたいね、多分海沿いに行ってるはずだけど…。
 ……あ、帰ってきたっ」

道重の視線と指の先には、脱走者二名がこちらに歩いてくる姿があった。
みずきが女の子を背負い、白衣姿という不思議な姿をしている。
リオンが「フェイっ」と声をあげて駆け寄っていく。

澄み渡る空の下、人の出会いは極端に早く、そして始まりは唐突だった。
274 :第二十三輪 :2015/04/23(木) 18:11
 ――――

さあ、切符をしっかり持っておいで。
お前はもう夢の鉄道の中でなしに
本当の世界の火やはげしい波の中を
大股にまっすぐあるいて行かなければいけない。
天の川のなかでたった一つの
ほんとうのその切符を、決しておまえはなくしてはいけない

 ――――
275 :名無し三号さん :2015/04/23(木) 18:13
>>265-274『第二十三輪』以上です。

少し短いですがここまで。
276 :名無飼育さん :2015/04/26(日) 02:47
この人たちが登場するとは…!
続きが読めて嬉しいです、期待してます
…作者さん、むっつりですね完全に
277 :名無し三号さん :2015/05/02(土) 00:29
続きです。
278 :第二十四輪 :2015/05/02(土) 00:30
人が眠る時は、二時間の周期で浅い眠りと深い眠りを繰り返すという。
それに関係があるか解らないが、目覚めたのもちょうど四時間が経った頃だった。
目を開けなければ、真っ暗なままの天井。
蝋燭もなかったので、正真正銘真っ暗である。
何故こんな時間に目覚めてしまったのか、疑問は多々あった。
そもそも先日から大して寝ていないし、実際今も眠いのだ。
だがしかし、何故か意識は覚醒していた。

むくりと身体を起こしてみる。
隣のベッドでは、みずきが眠っていた。
あれだけ眠っていたくせに、それでもこんな勢いで眠れるのはむしろ才能だろう。
枕元にあったペットボトルの中身を僅かに飲み、そのままベッドに戻ろうとする。
気が付いた。
みずきが背負ってきたこの街の「姫」であるフェイが眠っているベッド。
その隣にはリオンが眠っているのだが、そのカーテンが開けられている。
リオンの姿は見当たらない。

 「…おらん」

首を傾げつつ、主の居ないベッドに手を置く。
トイレに行くために少し起きたのだと考えるには、そのベッドは冷たすぎた。
脱走、という単語が頭に浮かぶが、それも妙な話だ。
今日、正確にいえば昨日だが、脱走したのはフェイの方なのだ。
それにこんな時間に何処へ行くというのだろう。

 「あれ、なんで…」
279 :第二十四輪 :2015/05/02(土) 00:31
さらにえりぽんの目が、ベッド脇に置かれたテーブルに止まる。
美術室から拝借した色鉛筆のケースはそのままだが
みずきが書き上げて置いておいたはずの日記帳が、ない。
妙な蟠りに、えりぽんは顎に手を置いて唸る。
このままベッドに潜り込んで寝むれる気がしない。
こうなれば。

えりぽんはパジャマの上に上着を羽織り、靴を履いて保健室を後にした。

小皿に載せた蝋燭を供とし、えりぽんが校舎から出る。
夜はさすがに涼しいので、思わずくしゃみを一つ。
さてどこから探したものか、と悩む。
が、その悩みは僅か数秒で解決することとなる。


校庭の真ん中に、謎の光源を発見したのだ。
それも、えりぽんと同じ蝋燭の灯りを。
そのオレンジの光の傍らに、体育座りしている影が見えた。
リオンだ、何故かそんな確信が持てた。

近づくと、蝋燭の灯りに気がついたのか、リオンが振り返った。

 「あ、えりぽんさん…」
 「風邪引くとよ、こんな夜中に」
 「…夜中というよりは、もう早朝に近いですけどね」
280 :第二十四輪 :2015/05/02(土) 00:33
リオンが笑った。
だがその笑は爽やかなものではなく、まるで自嘲めいた響きを混じらせる。
妙に引っ掛かりを感じる。

 「何しとると?こんな所で、こんな時間に」

えりぽんがリオンの隣に腰を下ろす。
グラウンドの土がひんやりと冷たい。

 「…特に、何かをしてた訳じゃないんです。ただ、あの保健室に居ると
 時々どうしようもなく気が滅入ることがあって」
 「まあ、見るからに退屈そうではあるっちゃね、リオンも、あの姫様も」
 「昔はフェイと一緒にこうやって空を眺めたりしてたんですけど
 みずきさんよりチビなんで、フェイにもしもの事があったら背負えないから」
 「ああ、なるほど。思えばヒョロっちいよね」
 「正論だけに堪えます」
 「あ、いや、ごめん」

リオンが夜空を見上げた。
雲も見当たらない夜空には、満天の星と大きな月。
それらの明かりで、リオンの顔が僅かに照らされる。

 「……フェイの病気も生まれつきとかじゃないんですよ。
 『色無し』を発症してから急になったもので、でもだからといって
 その所為でってことでもないらしいです、学者様が言ってました」
 「学者?まさかまだこの町には学者がおると?」
 「つい一ヶ月前に、"消えて"しまいました。」
 「そう、なんやね」
281 :第二十四輪 :2015/05/02(土) 00:34
ふと、えりぽんはリオンの手元にある日記帳に気が付いた。

 「あ……ごめんなさいっ。悪いかとも思ったんですけど、読みました。
 とても面白かったです。えりぽんさんとみずきさんの日々が目に浮かんで。
 自分も日記でも書こうかなって…」

不意に、リオンの顔を飾っていた笑みが剥がれ落ちる。
ぎゅっと日記帳を抱きしめ、足元に視線を落とす。

 「でも、駄目ですねきっと。あたしが日記を書いたとしても
 きっとその中身はフェイのことばかりになっちゃうんだ。
 お二人みたいにいろいろな景色を見ることは叶わない。
 でも、勘違いしないでくださいね。悲観してるんじゃないんですよ。
 だって考えてもみてください。
 この名も無き病は、全世界に広がってるんです。
 老若男女の隔てりもなく、国家主義主張立場の変わりなく、消えていくんです。
 死と同じぐらい平等に」

その言葉は、リオンには不釣り合いなほど大きく、軋んで聞こえた。

 「……ある時、思ったんです。あたしは本当に『運良く消えずに済んでる』のか、と」

一瞬理解が追いつかず、えりぽんが怪訝そうな顔をする。

 「どういう、意味?」
 「あたしは、消えなかったんじゃなく『置いて行かれた』のではないか。って」

えりぽんは、思わず息を呑んだ。
282 :第二十四輪 :2015/05/02(土) 00:35
 「フェイはこの夏を越えられるかどうか分かりません。
 でもあの病気になってから、その時間はもっと短くなってしまった。
 話せる時間も、笑う時間も、限りなく少なくなってます。
 昨日だってあたし、時間をつぶしたくてバイクの点検やってました。
 どんな話をすれば良いのか分かんないんです。
 フェイにどんな風に笑いかければいいのか分かんないんです。
 だって、あたしは、あたしは……!」

そこで言葉を切り、少し興奮したのか息を吸い、リオンは喉を鳴らした。

 「すみません。思わず叫んでしまって。
 えりぽんさんなら何となく分かってくれる気がしたんです。
 みずきさんと一緒に居るえりぽんさんなら」

二人の間を、重い静寂が漂っていた。
涼しいはずの夜風はねっとりと湿気をはらむようで、口を開くにも
噤むにも、どちらにせよ強力な意志を必要とした。
どれだけの時が過ぎたかは解らない。
だが先に口を開いたのは、えりぽんの方だった。


 「…………リオン。バイクに乗らん?」
 「はい?」

唐突に繰り出された、静寂をブチ壊す気の抜けたようなえりぽんの声に
リオンが思わず変な声を出してしまう。
283 :第二十四輪 :2015/05/02(土) 00:35
 「ほら、今日綺麗にしてもらったと。だからお礼」
 「お礼って、いやそんな別に対したことしてないですし…」

あまりにも突然な話題転換に、リオンが戸惑う。
今の今まで滅茶苦茶深刻な話をしていたはずなのに。

 「え?今ですか?」
 「そ、今やったら誰もおらんし」

文字どおり目を丸くするリオンに、えりぽんが意地悪な笑みを向ける。
手にはキーホルダー付きの鍵があり、指でブラブラと見せつけた。
284 :第二十四輪 :2015/05/02(土) 00:36
ばるるるる、とエンジン音が夜の街に響く。
人工の音がカサリともしない中でのオートバイの排気音は特別大きく聞こえた。
校内の脇に停めてあったバイクは、昼間の水滴もすっかり乾き
月明かりで新車同様に光っている。

 「あたし、バイクのエンジン音なんて久しぶりに聞いたんです」
 「そうなん?でも確かにこの町には車なんてほとんど見んかった」
 「荷物の移動はリヤカー、人の移動は自転車が主なんです。
 移動電源はバッテリーを使ってるので、燃料を使う乗り物は漁船だけです。
 それも、何とか電気で動かせないかといろいろ話し合ってる最中ですけどね」
 「へえ、じゃ、まあ乗ってみ」

ぽん、とサドルを叩いてえりぽんが言った。
銀色のバイクは洗車された事で増設した荷台を全て取り外していたので
毛布で作ったタンデムシート以外の装備は一切無い。
スタンドはえりぽんが外していたが、リオンはソワソワしていた。

 「あ、言っとくけど、えりはみずき以外は乗せない事にしとるから」
 「はっ?それってつまり、あたしが運転しろと?」
 「そうやろね。普通は前に乗る人が運転するわけやし」
 「じゃああたしがハンドルとかブレーキとか操作しろと!?」
 「それが運転って事やろ」

えりぽんの返答に本気だというのがようやく伝わったらしい。
285 :第二十四輪 :2015/05/02(土) 00:39
 「無理、ですよ。あたし自転車ぐらいしか乗れないのに…!」
 「えりも最初はそんなもんやったけど?」
 「そ、それにあたしまだ十四ですよ!?
 免許だって、そう!免許がないと運転できないですから!」
 「そんなん今の世間一般で意味があるとでも?」

暗にリオンの希望を拒否するがごとく、えりぽんがタンデムに跨る。

 「はい、どうぞ」

えりぽんが伸ばした手を、リオンが取る。
その手は小刻みに震えていたが、抵抗も弱く、えりぽんが軽く引いただけで
引き寄せられるように車体に寄り添い、跨った。

 「上着貸したげる、風邪引いてでもしたらアレやけんね」

ばふ、と自分が着ていた上着を被せてやると、もそもそと腕を通す。
日記帳は、前の籠に入れておいた。
しかしハンドルやクラッチなどの装置類を前にした瞬間、動きが止まった。

 「あの、あたしやっぱり…」
 「操作方法が分からんなら、えりが足やるから、ハンドルとスロットル頼むね」

えりが足を伸ばし、ペダル類に足を置く。
手の震えが止まらないリオンの手を掴み、強引にハンドルに置かせた。

 「出発進行ー!」
286 :第二十四輪 :2015/05/02(土) 00:40
ぐい、といきなりアクセルを開ける。
リオンが息を呑む暇もなく、オートバイが急加速した。

 「きゃああああ!?」

ハスキーボイスが急激に乙女に変貌する。

 「ほらほら、えりは手を離すけん、ノーヘルだから事故ったら二人共死ぬよ」
 「ええっ!?ちょ…」

無責任にもハンドル操作を放棄したえりぽんに代わり、リオンがハンドルを握る。
数年ぶりに乗るであろう二輪車の操作だからか、車体がフラフラと蛇行する。

 「む、無理、無理だってッ!」
 「大丈夫大丈夫、ほら、ちゃんと進んどるやん」

二人を乗せた暴走バイクは、あっという間に校門を抜け、民家の塀に
激突しそうになりながらも左へ曲がる。

 「し、死ぬ!死ぬう!」
 「倒れない限り死なないって」
 「倒れそうだから言ってんだよ!」

実を言うとスロットルを握っているのはリオンなのだから
むしろハンドルから手を離してしまえば停まる。
だが、今のえりぽんは意地悪なので、そんな事を教えるつもりは毛頭無い。
287 :第二十四輪 :2015/05/02(土) 00:41
 「ところで、そこを曲がると何があると思う?」
 「え?」

えりぽんの問いに、リオンが半ば無意識にハンドルを右に切る。
二人を乗せたバイクは滑らかにカーブを描き、長い長い下り坂に突っ込んだ。
港まで真っ直ぐと続くその道には、何の障害物もない。

 「わあああああぁぁぁぁ!」

車体が強烈に加速すると同時に、リオンの悲鳴が「恐怖の悲鳴」から
「生命の危機に対する悲鳴」にランクアップする。
顔に当たる風は痛いほどで、それも混乱を助長するのに一役買っている。

 「速度計振り切っとるっ、これでコケたら絶対死ぬっちゃね」
 「停め、停めろぉぉぉッ!」
 「あ、ハンドルのブレーキは使わん方がええよ。それ前輪のブレーキやし。
 後輪のブレーキはペダルにあるけん、このスピードで前輪だけ
 ブレーキかけたらどうなるか、乗った事無くても解るやろ?」
 「鬼!悪魔!」
 「はいはい、えりも付き合ってあげるからさ」
 「道連れ!?」

バイクは物凄いスピードで長い下り坂を疾走する。
上限が時速六十キロメートルまでしかないメーターでは解らないが
実際にはそう大したスピードは出ていない。
だが生まれて初めて乗ったオートバイで、尚且つ停め方を知らないのなら
その恐怖は並大抵ではないだろう。
リオンの頭の中はパニックで塗りつぶされ、まともな思考も叶うまい。
288 :第二十四輪 :2015/05/02(土) 00:42
 「ハンドル切るっ、突っ込んだら海だよっ」

えりぽんの言葉に、リオンの顔が限界まで蒼くなる。
目の前には丁字路。
このまま直進すればその先は海だ。
夏とはいえ、この島の夜の海に突然飛び込んでもすればどうなるか。
死にはしないだろう。
死にはしないが、それでも万が一の場合があった時。

 フェイの横顔が脳裏をかすめる。

瞬間、手が勝手にハンドルを切っていた。
えりぽんが手伝うように大きく身体を傾け、プラスチック製のカウルを
アスファルトに擦りつける。
神の慈悲か悪魔の加護か、銀色のバイクはカーブを潜り抜け
滑らかに姿勢を回復した。
大きく傾いていた視界が水平に戻り、海岸線の真っ直ぐな道路を
速度を落としながら走行する。
そこで緊張が途切れたのか、リオンがハンドルから手を離す。

 「おっとっと」

引き継ぐようにえりぽんがハンドルを握り、スロットルを緩めて
ゆっくりと減速すると、俯いたリオンが肩を震わせていた。
さすがに少し心配になり、えりぽんが肩越しに様子を見る。
289 :第二十四輪 :2015/05/02(土) 00:47
 「大丈夫?」
 「…これで大丈夫だと思ってるんですか?」
 「話せるレベルなら死んではないっちゃろ」

リオンはジトッとえりぽんを見ていたが、再びハンドルに手を伸ばす。
そっとハンドルの操作を譲り、えりぽんがゆっくりと口を開く。
先ほどまでの軽い口調ではなく、とても静かな言葉で紡いでいく。

 「……あのさ」
 「え?」
 「……あのさ、多分、勿体ないと思うんよ」
 「何……」
 「人生が。今この瞬間から、あの子がいつか消えてしまうまでの人生が」

リオンが、息を呑む。

 「えりだって別に一人で首都からここまで来たわけやないけん。
 みずきと一緒に助け合ってきたから、今ここにおるわけよ。
 それに歩いてきたわけでもないし。
 この時速六十キロで走るバイクの足があったからっちゃよ」

こん、とえりぽんがカウルを蹴る。

 「それでも、えりらとバイクだけじゃやっていけん。
 いろんな人達に助けてもらって、いろんな人達に迷惑かけてきたとよ。
 それこそテンコ盛りに」
290 :第二十四輪 :2015/05/02(土) 00:48
そして、ぽすん、とリオンの頭を軽く叩いた。

 「ほら、あんたやって乗れてる。
 なんの知識もないけど、下手やけど乗れてる。
 最近あったと?全力で振り絞ったこと」

リオンが、息を呑む。

 「だからさ、勿体ないと思う。全部まとめて諦めるにはまだちょっと早い。
 少なくとも、まだ余力も時間も残ってる分には」

それに、とえりぽんが続ける。

 「この街の人達も良い人ばっかりやもん。道重さんも、漁船の人達も。
 だから頼っちゃえばいいとよ。感謝なんて後からでも出来るんやし」
 「……ちょっと、バチ当たりな言い方じゃないですかね?」
 「えりとしての最大のお礼って、その気持ちを素直に受けることやから。
 次のことっていうんは考えとってもやってくるもんやし。
 "また今度"なんて、けっこー蔑ろな言葉やと思わん?」
 「あたしがフェイにしてあげられることって、何でしょう」
 「さあ、えりはあの子やないから分かんないよ」
 「ですよね」

リオンの表情が少しだけ軽くなった。苦笑する。
それでもまだ晴れやかにとはいかないらしい。
291 :第二十四輪 :2015/05/02(土) 00:50
 「さて、そろそろ帰って二度寝しよ、って言ってももう朝やね。
 今度はえりが運転するけん、後ろ乗り」
 「……えりぽんさん」
 「はい?」
 「その、もしもの話ですけど、その頼る人達が消えたら、どうするんです?
 他に頼れる人を見つけなきゃいけないとして、それでもあたしは
 ちゃんとやっていけるんでしょうか、本当に大丈夫なんでしょうか?」

リオンの不安な言葉が連なる。
不安な世の中だ。不安定な世界だ。
不安になることは新しい不安に重なって、抱えきれずに崩れる。

 「リオン、最初から諦めたとったら何も出来んよ。
 それに少しでもやり始めたら、案外続けられるものだしね。
 それとも…何か引っかかると?」
 「えりぽんさん、この世界の命はあまりにも短いと思いませんか。
 肌の異常や影を失ってからの時間が、とても短い。
 けど、もしも、もしも、その時間が他の人よりも長く感じられるなら。
 自分が朽ち果てるまで生き続けなければいけないとしたら」

えりぽんの表情がピクリと痙攣した。
リオンの口がわなわなと震える。

 「えりぽんさん、信じてくれますか?あたし、覚えてるんです。
 いろんな事、過去とか記憶とか、覚えてるんです。
 親の顔とか、友達の顔とか、匂いとか、温かさとか。
 全部、全部、ぜんぶぜんぶ覚えてる!だからきっと」
292 :第二十四輪 :2015/05/02(土) 00:51


 あたしは 消えないんです
 そう生まれてきてしまったから

リオンの言葉に、えりぽんはただ一言呟いた。







 「それなら、えりと一緒っちゃね」


淡々とした言葉だった。
何の躍動もない、何の動揺もない。
目を見開いたのは、リオンの方だった。
涙を流したのもリオンだけだった。
えりぽんはただそんな彼女と向かい合っている。
293 :第二十四輪 :2015/05/02(土) 00:51
 ――――

向こう岸の暗いどてにも火が七つ八つうごいていました。
そのまん中をもう烏瓜のあかりもない川が
わずかに音をたてて灰いろにしずかに流れていたのでした。
河原のいちばん下流の方へ洲のようになって出たところに
人の集まりがくっきりまっ黒に立っていました。

 ――――
294 :名無し三号さん :2015/05/02(土) 00:54
>>278-293
以上です。突然ですが次の投下が最後だと思います。
最初の予定では別視点での番外編を書こうと
思っていたのですが、その理由は次の更新にてお話します。

お付き合いありがとうございました。
295 :名無し飼育さん :2015/05/03(日) 10:14
更新ありがとうございます。
いつもいつもドキドキしながら読んでます

次でラスト!
もっともっとこの世界に浸っていたかったです…
次回更新楽しみにしています。
296 :名無飼育さん :2015/05/03(日) 19:24
えりぽんが、らしくてすごくいい。
297 :名無飼育さん :2015/05/05(火) 02:50
えぇーーーーーーーーーーーーー…唐突だな…
楽しみにしとります
298 :名無し三号さん :2015/05/13(水) 03:16
【お知らせ】

当作品を拝読頂きありがとうございます。
次の投下が最後としていたんですが、その文章を保存していた
外付けHDが故障してしまいました。
なので投下が予定よりも遅くなってしまいますが
データが復旧次第投下する運びとしますので、今しばらくお待ちください。
299 :名無飼育さん :2015/11/30(月) 02:55
まだこないかな
300 :名無飼育さん :2016/07/27(水) 14:12
待っとる

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