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恋のお相手、見つけます K&Nリサーチ

1 :あみど :2013/01/06(日) 22:26
劇団ゲキハロ 第12回公演 パターンB
チコとリコに愛と敬意をこめて。

ゲキハロを知らない見ていない方でも問題なく読めます。
熊井ちゃんが中心です。
2 : :2013/01/06(日) 22:29

恋のお相手、見つけます K&Nリサーチ
3 : :2013/01/06(日) 22:29


第一話
「恋を知らない名探偵」

4 : :2013/01/06(日) 22:31

からんころん。
ドアベルが鳴り、雨音と一緒に湿気が店内に入り込む。
顔だけでのぞき込むと目に入るのは、よく磨かれて黒光りした床と、明るすぎず暗すぎない照明。

たたんだビニール傘を持ち込むのもなんなので、外の傘立てに置き、店に足を踏み入れる。
また、からんとベルが鳴った。ぐるりと視線を巡らせるが、誰もいない。
濡れてしまった鞄を気にしながら、鈴木愛理は思いきって声を出した。

「あのお」

返事がない。
むう、と顎に手をあてて考える。
触れた手はすっかり冷えてしまっていた。

「あーはいはい、いらっしゃいませぇー」

前髪を撫でながら奥から出てきたのは、愛理とほとんど変わらない年格好の少女だった。
そこそこ席数のある喫茶店なのに、店員が一人で間に合うのだろうか、と愛理は思う。

「どこでも、お好きな席にどうぞ」
「あの。依頼が、あってきたんですけど……」
「おろろろろ? 熊井ちゃーん! お客さん!」

奥に向かって叫んだ後、じゃあこちらへ、とカウンター席に案内される。
「依頼の方にはサービス」というから、本日のおすすめ紅茶をオーダーした。

私服でいいのか、と思っていた店員がエプロンをつけてどうにかそれらしくなり、
紅茶の香りが漂ってきた頃、とんとんと軽快な足音が聞こえてきた。
カウンターの奥に階段でもあるのだろうか。
5 : :2013/01/06(日) 22:32
……普通。
この場面で、チェック柄の鹿撃ち帽を頭を載せたヤツが現れたら、冗談じゃない、と怒るところだ。
しかし、美形というのは得だな、と思った。

「いらっしゃい、お嬢さん」

見かけによらず、かわいい声だった。彼女が『熊井ちゃん』だろうか。
突然の非日常に声も出せず、口をもごもごさせるさせていると、
やっぱり滑った、と恥ずかしそうに帽子を取って、『熊井ちゃん』が愛理の隣の椅子を引いた。

「なっきぃ、うちも紅茶お願い」
「はいはい」
6 : :2013/01/06(日) 22:32
「……帽子、取っちゃうんですか」
「うう、これはあの、キャラ作りっていうか、やれって言われてるだけで……」
「熊井ちゃんは余計なこと言わない!」
「うう……」

『名探偵』のくせに、やけに弱そうだ。
そんな愛理の思いを感じ取ったのか、急に背筋をしゃっきりと伸ばして『名探偵』は口を開いた。

「本日はどうも、お足元の悪い中よくいらっしゃいました。私、熊井友理奈といいます」
「どーも、助手の中島早貴でーす」

助手から紅茶がサーブされ、どうぞ、と手で示されたので口をつける。

「……おいしい」
「でしょ? さすがなっきぃ」
「ホメてもなんもでないよー」

のほほんと紅茶をいただく昼下がり。
だが、お茶をいただくためだけに愛理はここまで来たわけではなかった。
もちろん友理奈もそれを了解していて、一度、喉を潤してから口を開く。
7 : :2013/01/06(日) 22:32
「ときに依頼人、ここは喫茶店でもあり、探偵事務所でもあります」
「はい」
「ご依頼とのことで……。あの、私がいわゆる探偵なのですが、信じていますか?」
「え? ああ、お噂はかねがね……」
「握手してもらえます?」

にこり、と笑顔とともに差し出された手をおずおずと握り返すと、
ふむ、と友理奈はうなずいた。
一つ推理して見せましょう、と友理奈が小さく言って、顎に手を当てる。

「手が冷たい……のは単に冷え性なのかもしれませんが、
 ここに来るのに時間がかかりましたね。しかしその制服、
 ここからそう遠くはない学校のものだ」
「はい、そうです」

この辺りでは、わりと名の知れている私立の女子高の制服を着ていたから、
通っている学校の所在地を推察されても不思議ではなかった。

「私も、抹茶が好きなんですよ」

そして友理奈が口にした店名は、愛理がここに来る前に寄り道してきたところだった。

「なぜ、それを……」
「ほら、少しですけれど、リボンに抹茶の粉が。これは本物の抹茶です。
 そして昼まで学校だったとして、それから寄り道をしてここに来るまでの時間を考えました。
 時間的に寄り道が可能で、本物の抹茶を扱っている店は限られる。それだけのことですよ」

もっとも、ご自宅で嗜まれたのならどうしようかと思いましたが、と友理奈は肩をすくめた。
その芝居がかかった仕草にくすりと笑いを漏らし、肯定の意味でうなずく。
また一口、紅茶をふくんでから友理奈は愛理に向き直り、口を開いた。

「それでは、依頼人。お話を聞きましょうか」
「……はい」
8 : :2013/01/06(日) 22:33

9 : :2013/01/06(日) 22:33
□ □




「熊井ちゃーん、あの依頼、マジで受けんの?」
「受けるよ」

はい、と渡されたサングラスを渋々かけながらも中島早貴には納得がいかない。
依頼を受けると了承することを決めたのは熊井友理奈ではなく、いわゆる『黒幕』なのだが、
早貴は知るよしもなく、友理奈に詰め寄る。

「なんか、あんまよくないと思うんだけど」
「じゃあなっきぃならさっきの依頼、なんて言って断るの」
「自力で出会えた方がロマンチックじゃん! だね」

鈴木愛理の依頼は、人捜しだった。
電車通学をする高校三年生であるところの彼女が、ある日、駅のホームで具合が悪くなった。
立っているのもつらく、しゃがみこんだところを親切にも介抱してくれた女性がいたのだが
名前を聞く間もなく立ち去ってしまった。
その女性にどうしてもお礼がしたいので、探してほしいとかなんとか。

早貴としては、同じ駅の同じホームを、同じ時間帯に利用していたのだから、
会うチャンスなどこれから先にもいくらでもあるだろうと思うし、
それならその時に声をかけてお礼でもなんでもすればいいじゃないか、と思う。

「いーじゃん、せっかく仕事なんだから。依頼人もいいとこの子なんだから
 お金に困ってるわけでもないし、気楽に請求できるし」
「まさか法外な調査料を……」
「通常料金しか取らないよ。それにしても、法外とかよく知ってるね」

うるせえインテリ、とスマートフォンでなにやら調べものをしている大学生兼『名探偵』の
友理奈を見上げて、早貴は舌を出した。
10 : :2013/01/06(日) 22:33

11 : :2013/01/06(日) 22:33
□ □




調査と検討、と称した数日間を経て、現場百遍、ではないが、まずは問題の駅のホームへ向かうことにした。
外では濡れたアスファルトが黒く光り、水たまりが雨粒を跳ね返している。
熊井ちゃん晴れ女なはずなのに、なんでまた雨なわけ、と早貴がぶちぶちとつぶやく。

日が暮れる前に「OPEN」の札を裏返して店を閉めた。
早貴は透明のビニール傘、友理奈は鹿撃ち帽と揃いのチェックの傘をさす。
もっとも、今は帽子はかぶっていなかった。
さすがに、目立ちすぎるので登場シーンだけに使えば良い、と言われているからだ。

大事なのはイメージだ、と『黒幕』は友理奈に教えてくれた。
早貴にかけさせた薄い色のサングラスも、気分を盛り上げるには役立ってくれるだろう。

「ねえー、熊井ちゃん」

駅までの道のりは約10分。
しとしとと降り続ける雨は弱く、会話を遮るほどではない。
友理奈は「ん?」と早貴を促す。

「あの子さあ、その、探し人にホの字っぽくない?」

なにも知らないように見えて不思議な語彙がある相棒を見て、
友理奈は首を横に振る。

「いや、ないでしょ」
「うっそー! あるって絶対ありありだって!」

信じられない、とでも言いたげに早貴は主張する。
ロマンチックなものが好きだとは知っていたが、なにからなにまで
色恋に結びつけるのは早計では、と友理奈は感じていた。
12 : :2013/01/06(日) 22:34
「なっきぃ、先入観は良くないよ」
「いや、関係ないっしょ。人探すだけだし。すっごい美人らしいじゃん?
 あのかわいい子がそう言ってたってことは相当だよ。見ればわかるレベルだよきっと」
「まあねえ」

探してくれと依頼された人物の特徴。
二十歳前後、女性。黒く長い、ストレートヘア。身長は高い。
依頼人より高いはず、というから、ヒール等を考慮しても165から170cm近くと推測。
それから、美少女。

二十歳前後が少女かは微妙なところだが、若い女性で黒髪なだけでも対象は限られてくるだろう。
しかし、駅の利用者となると人数が多いから、どこまで絞りきれるかは疑問だった。

「ま、うちの名探偵より美人なんてそうそういない……って熊井ちゃん、聞いてる?」
「え? あーうんうん」
「聞いてねえし」

はあ、と早貴が聞こえよがしにため息をついて、傘をぐるりと回した。
機嫌を損ねた様子の早貴が気になりつつも、髪で隠すように
片耳につけたヘッドセットから聞こえる指示に友理奈は耳を傾ける。

今回の仕事は楽に終わりそうだ、と思っていた。
13 : :2013/01/06(日) 22:34
入場券を購入し、構内に入る。
平日の夕方、それなりに混み合ったホームでスマートフォンを取り出す。
顔を上げてみれば、足早に家路を急ぐ人もあれば、友理奈と同様に
携帯電話をいじっている人もあった。

どこかに帰るわけでもなく繋がりを求めているわけでもなく、
壁際に立って、メールでもしているように見せかけ、
友理奈と早貴が立ち上げているのは撮影用のアプリだった。

自然な角度で構えて、シャッターボタンを押す。
二十歳前後で黒髪の背の高い女性が対象だった。
若い女性の写真を撮る、撮る。

もちろん、依頼人に確認を取るための写真だった。
見とがめられれば面倒だ。あくまでも自然に無理なく、が今回のモットーである。

懸命にシャッターを切り続ける早貴を横目に見ながら、
友理奈は自然な仕草でヘッドセットのボリュームを上げた。

片耳から聞こえる雑談は、返事がないのに飽きたようだ。
真面目な指示が下され、左腕を上げて、腕時計を確認する。
そろそろ、到着予定時刻だった。
14 : :2013/01/06(日) 22:34
きょろきょろしないように、あくまでも自然に。
スマートフォンを構えたまま、南口からこちらのホームに続く階段に注意を払う。

「なっきぃ」

小声で呼びかけ、注意を引く。
うまくいきますように、と願った。

「なに」
「それっぽい人、来た」

たたんだ傘を片手に、階段を上ってくる一人の女性。
ヘッドセットから聞こえたとおりの人物に、友理奈は確信を得る。

怪しさ五割増しのサングラスを外し、対象者を確認してから早貴は歩き出す。
他人のふりで友理奈はスマートフォンをそちらに向けて構えた。
一枚、二枚。全身と、顔を確認できる写真を撮影する。

そして。
女性の目の前で、ふらりと早貴がうずくまった。
15 : :2013/01/06(日) 22:35

16 : :2013/01/06(日) 22:35









用意した茶菓子にあわせて、ほうじ茶を淹れる。
また抹茶か、と言われるのを恐れて、いちご大福とみたらし団子。
一人でいるには広い店内は、夜が更ける前ではあるが、いっそう薄暗い。
しとしとと、雨音だけが響いている。

音楽でもかけようか、と友理奈が声に出したところで、からん、とドアベルが鳴った。
足取りも軽く早貴が店内に舞い込んできて、その様子に友理奈もぐっと親指を立てる。

「名前とメアド、ゲットしましたー!」
「さすがなっきぃ、女優だね」
「いやーあんぐらいちょろいもんよ!」

後日きちんと礼がしたいから、と対象の名前と連絡先を手に入れる。
鈴木愛理ができなかったことを、早貴はやってのけた。

もちろん、早貴がふらついたのは演技だ。
だからこそ冷静に連絡先を聞き出す余裕もあった。

対象者が声をかけてくれるか、連絡先を引き出せるかは運任せの要素が大きかったから、
友理奈は他人のふりをして素知らぬ顔で駅から戻る途中、何度も振り返りたくなった。

二人は、ほうじ茶をすすりながら依頼人の鈴木愛理にメールを送る。
調査が進んだので明日また来てください、というだけの内容だが、
友理奈はほっと息をついた。

もう、調査の必要はほとんどない。
後は対象をお礼に呼び出して、その帰りにでも鈴木愛理にばったり出会わせればいい。

同じようなシチュエーションが続いたことには少々引っかかりを覚えられるかもしれないが、
若い女性の立ちくらみなどよくあることだから許容してもらおう。
17 : :2013/01/06(日) 22:35
「それにしても、張り込み一発! 声かけ一発!
 すごくね? まるでまるで、熊井ちゃん対象が来るのわかってたみたいじゃん」

一瞬どきりとして、しかしそれを表には出さないように気をつける。
友理奈は笑顔で応える。

「そんなわけないじゃん。というか、まだ依頼人が探してる人かもわかんないし」
「そーだけどさっ! 
 たぶんあれ正解だって、こないだ体調悪そうな女子高生に声かけたって言ってたし。
 いやー明日の答え合わせ楽しみだなー」

いちご大福は好評のようだった。 
早貴が、かぷりと大福にかぶりつき、にまにまと笑む。

「それにしても、なんだかんだロマンチックだよね、熊井ちゃんも」
「なにが?」

わけがわからず、首を傾げる。
早貴は口の周りに白い粉をつけたままで言った。

「だって、ロマンチック優先じゃん? 
 鈴木愛理嬢が偶然また会えたかのように出会わせてあげるんでしょ、対象者」
「……ああ、だって、探偵を雇って探したとか、言いづらいだろうし」
「そこー?」

納得いかないように早貴が頬を膨らませる。
友理奈もみたらし団子の串を手にしながら、天井を見上げた。
18 : :2013/01/06(日) 22:36
「ロマンチックだってよ」

ひとりごとのようで、それは『黒幕』に対しての一言。
がん、と湯飲みを音が立つほど強くテーブルに置いて、早貴が言う。

「そーだよそこまでロマンチックを解しておいて、乙女心わからなさすぎなの、なんなの!」
「ええ? そんなこと言われても……」

色気より食い気、とまでは言わないが、今は目の前のお団子に集中させてほしい。
早貴が食べているのは、餅と餡にくるまれた甘酸っぱいいちご。
友理奈にはそのおいしさがわからない。
恋の味が想像もできないのはそのせいかな、と友理奈は思う。

熊井友理奈は、まだ、恋を知らない。






19 : :2013/01/06(日) 22:36

20 : :2013/01/06(日) 22:36
第一話 おわり
21 : :2013/01/06(日) 22:42

22 : :2013/01/06(日) 22:42
花屋で見つくろってもらった小さな花束と、ケーキ屋の白い箱。
手がふさがって不便なことこの上なかったが、空いている小指で
熊井友理奈はエレベーターのボタンを押す。
年に一度か二度しかこんな機会はないのだから、サービスしても罰はあたらないだろう、と思った。
23 : :2013/01/06(日) 22:43


第二話
「白いシーツと黒幕」

24 : :2013/01/06(日) 22:43
最近の病院は白一色ということはなくて、床は薄いグリーンだったりピンクだったり、
柔らかさを意識した色調になっている。
それでもシーツの白さだけは清潔さの象徴なのか、変わらない。

年始に合わせて入院してくる患者が多いようで、昼間の病棟はばたばたと慌ただしい。
花を持った方の手で、目当ての個室をノックする。
数秒、待ったが返事がなく、「入るよ?」と声をかけてから戸を動かした。

白いシーツには人が抜け出した跡。
行くから、と連絡はしていたから、長く席を外すとは思えなかった。
友理奈はケーキの箱をサイドテーブルに置き、花束をどうするか思案する。

知らない仲ではないし、構わないだろうか。
空いた花瓶を手にして水を入れ、花を生けた。

二脚あるパイプ椅子のひとつを広げ、腰を下ろす。
片耳にかけていたヘッドセットを外した。
これが、ここで必要になることはない。

外は真冬の気温だが、院内は空調のおかげか暖かで、退屈も相まって眠気を誘う。
背もたれに背中を預けて、友理奈は目を閉じる。
25 : :2013/01/06(日) 22:43




うとうとし始めたところで、高い声に名前を呼ばれた。
頭を起こして振り返ると、からからと点滴のスタンドを引きながら嗣永桃子が微笑んでいる。

「……もも、調子悪いの?」
「ううん。ちょっと教育実習がんばりすぎちゃったって言ったら、
 疲れがとれるようにって、してくれただけ」

ただのブドウ糖とビタミンだよ、と点滴のパックを指さした。
ならいいけど、と上げかけた腰を下ろし、瞼をこする。
ふあ、とあくびを一つしている間に桃子もベッドに腰掛けて、ぶらぶらと足を揺らした。

「花も持ってきてくれたんだ」
「ああ、うん」
「やっぱ、もらうと嬉しいんだよね、花って」

迷惑がられてしまうかも、と思っていたから、
にこにこと喜ぶ桃子を見て友理奈はほっと安堵する。

「良かった、喜んでもらえて」

目を細めて、窓際の花瓶を眺める桃子を見ていた。
シーツにも負けないくらい白い肌が、普段はどうということもないのに
病院で見ると痛々しく感じられてしまうのはなぜだろう、と思う。
26 : :2013/01/06(日) 22:44
「くまいちょー、そんな顔しないの」
「……どんな顔してた?」
「ももが、今にも死んじゃうんじゃないかって心配してるような顔」
「別に、そんな」

そんな顔してないよ、と手のひらで自分の頬をなでる。
くすくすと桃子は笑って、言った。

「毎回毎回、くまいちょーはナイーブなんだから。ただの検査入院だよ」
「うん……」

頷きながらも、友理奈は釈然としない気持ちでいた。
死ぬほどのことではないと判っていても、数日間、病院で過ごさねば
ならないという義務は、友理奈だったら苦痛に思える。

「ケーキ、食べていい?」

桃子が白い箱を開けて、のぞき込みながら言う。
見舞いに来たのに気を遣われてどうする、と友理奈は苦笑した。
27 : :2013/01/06(日) 22:44
「お見舞いに来てくれるの、家族とくまいちょーと泥棒さんくらいだよ」
「入院するって人に言わないからじゃん。って、泥棒さん?」
「舞美のこと」

あの子はハート泥棒だから、と桃子が小皿とフォークを用意しながら言う。
例の二十歳前後黒髪美少女のことか、と合点がいき、疑問に思っていたことを
桃子にぶつける。

「それさあ、なっきぃも言ってたんだけど」
「うん?」
「ほんとに依頼人は、その、舞美さんを好きになっちゃったの?」
「うーん」

いただきまあす、とケーキを前に手を合わせて、桃子はフォークを差し入れた。
すぐに返事は得られそうにないから、友理奈もケーキに手をつける。

「まー、そんなこと本人に聞かなきゃわかんないよ。なっきぃはなんて?」
「ホの字じゃないかって」
「ふうん。でも、くまいちょーはそうは思わないわけだ」
「っていうか、好きになるとかがよくわかんない」

きょとんと桃子が友理奈を見つめる。
急に見つめられて、恥ずかしくなって目をそらした。
28 : :2013/01/06(日) 22:44
「……子どもっぽいよね、大学生にもなってこんなこと言って」
「ううん、そんなことない」

くまいちょーにはそのままでいてほしい、と言われると、複雑だ。
もうすぐ二十歳になるから大人の女性にならなくては、と友理奈は思っている。

白いシーツの上の『黒幕』は見かけこそ幼いが、友理奈が知る限り、
同年代の中ではずば抜けて大人びていたから、余計に。
話を逸らそうと、別の話題を振る。

「お父さんが、もも、うちに就職しないかって、また言ってたけど」
「そうだねえ。就職なかったらお世話になろうかなあ」

友理奈と早貴がアルバイトとして勤めている「K&Nリサーチ」は、
友理奈の父が運営する弁護士事務所の分室のようなものだった。
そこのブレイン(桃子は黒幕という呼称を好んでいるが)を父が欲しがるのも無理はない。

先日の依頼は偶然、探している人物が桃子の知り合いだったこともあり、
見舞いの帰りを待ち伏せ、速やかに調査終了となったが、
普段から桃子の指示のおかげでうまくいくことは多かった。
仕事中、友理奈の片耳は桃子の声を聞くためにある。
29 : :2013/01/06(日) 22:44
「まあ、小学校の先生も向いてると思うけど」
「でしょー? あ、でも黒板の上の方、手が届かないんだよね」
「下の方に書くときは、かがまないでいいから楽じゃん」
「そうだけどぉ」

はい、とお茶の入った紙コップを渡される。
それに口をつけるが、次の桃子の言葉に吹き出しそうになった。

「じゃ、話戻すけど。ももが退院したらデートしようよ」
30 : :2013/01/06(日) 22:45
「へっ? いや、うちともも付き合ってないじゃん」
「付き合ってなくてもデートはできるよ」

そうなの? とむせつつ、首を傾げると、桃子は頷く。
もう一つ紙コップを出して、ペットボトルからお茶を注ぎながら、
「ま、普通に遊ぼうってこと」と呆れたように言った。

「てか、どこに話戻ったの?」
「好きとかよくわからない、のところ」
「デートしたらわかるようになるの?」
「それはくまいちょー次第、かな」

悪戯をたくらんでいるような顔で、桃子は笑う。
幼い頃から、そして今はヘッドセットで、桃子とは長い時間を繋がっているけれど、
その思考はなかなか読めない。

どこにデートに行くか、腕組みをして悩み始めた桃子を眺めながら、
先日の依頼人は泥棒さんとうまくいったのかな、と友理奈は思った。





31 : :2013/01/06(日) 22:45

32 : :2013/01/06(日) 22:45
第二話 おわり
33 :名無飼育さん :2013/01/07(月) 01:18
かわいい!
34 :名無飼育さん :2013/01/09(水) 18:50
あみどさんの新作・・・!読めて嬉しいです。
ゲキハロはちゃんと見ていないのですが、大丈夫のようなので・・・
次回更新が楽しみです。
35 : :2013/01/16(水) 20:35

36 : :2013/01/16(水) 20:36

第三話「吹雪の山荘、あるいは隠れ家的喫茶店」
37 : :2013/01/16(水) 20:36


「偶然にも懸賞でスキーのペアチケットを当てたあたしたちは、スキー場に来ていた」


38 : :2013/01/16(水) 20:36





「いかにも事件に巻き込まれそうなナレーションやめて」

某国民的少年探偵アニメのオープニングを真似ていると、友理奈がうんざりとした声で言う。
懸賞の当選は事実、そしてペアチケットも手の中にあるのだが現在スキー場にいるわけではなく、
「誰と行くの?」と一言でも尋ねてくれない友理奈に、早貴は切り出しかねていた。

しゅんしゅんと加湿器から蒸気が噴き出され、それでも間に合わないのかやや乾燥した室内で、
書類をめくる手を止めて早貴は友理奈を見る。

「おやっ、もしや熊井ちゃん、薬を飲まされて大きくなった?」
「ふざけてないで、早く終わらせようよ」

当選チケットの有効期限は今月いっぱい。
しかしここしばらくずっと、山のように図書館から借りてきた本を積み、
ノートパソコンと紙のノートとにらめっこ続けている友理奈を誘えずにいた。

試験勉強しなきゃいけないのに、と言いつつ、アルバイトとしての書類整理をする休日の昼下がり。
フリーターには試験期間はないから気楽ではあるものの、友理奈が苦しんでいるのを見るのは心が痛む。

「できることがあったらなんでも言って!」と言えば、
「早く書類仕事を終わらせたいね」と微笑まれ、早貴も苦手な事務処理に励んでいるが、
能率が上がっているかと言われると疑問が残った。
39 : :2013/01/16(水) 20:37
ラジオから流れるニュースが降雪を告げ、それがなくとも窓の外に目をやるだけで白いものが
わさわさと舞っているのはわかり、何度目かわからない交通情報をお伝えします、の声。

隠れ家的、という表現を通り越して、隠れ家と言ってもおかしくない喫茶店で
白い雪をスキーで滑る代わりに、白い紙に判を押したりまとめたりを続けているが、
すっかり集中力は欠けてしまっていた。

「大学、大変だねえ」

休憩しようよ、と言い出せずに早貴が雑談を切り出すと、ちらりと友理奈が目を上げる。
一段落ついたのか、紙をまとめて揃えながら、口を開く。

「んー、でも、好きで行ってるし」
「勉強好きなの?」
「……そんなに」

休憩しよっか、と友理奈が腰を上げた。
お茶を用意しようとカウンターの中に入った背中を見ながら、
テーブルの下でこっそりとガッツポーズをすると、同時にドアベルが鳴る。
40 : :2013/01/16(水) 20:37
「やー、くまいちょー雪宿りさせて〜」

コートの肩をぬらし、冷たい風とともに飄々と入ってきたのは早貴の知らない人物だった。
その後ろにはもう一人、知った顔。

「くまいちょー?」
 
聞き慣れない呼び名に、いらっしゃいませの挨拶も忘れて早貴が顔をしかめると、
慌てたように友理奈がカウンターから出てくる。

「こんな寒いのになにやってるの、もも!」
「がっこー。試験前だから図書館行ってた」

もも、と呼ばれた小さい方はどうやら友理奈の知り合いのようで、
差し出されたタオルを受け取り前髪を押さえている。
一緒に入ってきた連れが早貴に気づいて、驚いたように声を出した。

「あら、あのときの」
「あああああ、おかげさまで! 元気です!」

にこりと笑う姿は天女のよう。もしくはリアル美少女とでも言おうか。
矢島舞美と三度目の邂逅を果たした早貴は、とっさの作り笑いを返した。

舞美には見えない位置で、さからさまに友理奈がうろたえ、口をぱくぱくさせている。
ボロを出さないように、とでも言いたいのだろうか。

「あれ、お二人、お知り合い? おとももち?」
「うん、ちょっとね」

さらりと流して、「二人こそ、友達?」と舞美がでこぼこコンビに首を傾げる。
41 : :2013/01/16(水) 20:37
「うふふ、くまいちょーとももはね、友達以上」

ねー? と同意を求めるように呼びかけ、友理奈に絡みつくように
腕を組もうとするのに、慌てて割って入る。

「ちょっと待ったあ! どーも、中島早貴です」
「嗣永桃子でぇす。はじめまして、なっきぃ」

はじめまして、なのにいきなりあだなで呼ぶとはいい度胸だ、と
早貴が心の中で暗い炎を燃やしていると、桃子がにこりとして口を開いた。

「くまいちょーからよく話、聞いてるよ」
「あっそういうこと! どうもなっきぃです!」

桃子さんの話は全然まったく伺ってませんが、と喉まで出かかったのを押しとどめる。
少なからず勝ち誇った気分でいると、お好きなお席へどうぞ、と友理奈が仕事モードに
入ったので、早貴も倣ってカウンターに入った。

「雪で電車が止まっちゃってさあ」
「えっ、マジで」

さっきから延々と交通情報を聴いていたはずなのに、友理奈が素っ頓狂な声を上げる。
いつ動くかわかんないらしいよ、と舞美が付け加えたのを聞いて、早貴もううむと唸った。

「つまりここは、陸の孤島、吹雪の喫茶店なわけだね」

猛吹雪により交通と通信の絶たれた建物と名探偵といえば、
事件よ起きてくださいと言っているようなものだ、と思う。
42 : :2013/01/16(水) 20:37
犯人はこの中に……と考えたところで、連絡手段は絶たれていないし
まだなにも事件は起きていないことに思い当たり、早貴はお茶の準備を進めた。

お客のどちらも知り合いだから今日はサービスだ、というか、この店でお金を取って
お茶を出したことは数えるほどしかない。もはや、隠れされた喫茶店である。

ちらちらと様子を伺いながら、紅茶とクッキーを出す。
早貴もこの仕事をするまではそうだったのだが、
ティーバッグで、もしくは缶やペットボトルでしか紅茶を飲んだことがない人間が日本にはとても多い。

おいしい紅茶を淹れることで賞賛を得られるのは悪い気はせず、
このアルバイトの良いところの第二位であると早貴は順位をつけている。

「ずっと動かなかったら困るなあ」

友理奈が宙を見つめてぼやく。
ライフラインが切断されて二人で身体を寄せ合ってあたたまるところまで妄想していた
早貴だったが、突然現れた二人のせいで計画はだいなしだ。

友理奈とは友達以上である、との自己申告をした桃子を横目に早貴も紅茶に口をつける。
そして考えた。事件は起きている。

熊井ちゃんを狙う泥棒猫が現れたのだ。







43 : :2013/01/16(水) 20:38

第三話 おわり
44 :あみど :2013/01/16(水) 20:38
このスレはおちゃらけと気まぐれで進行します。
こんな更新で本当に……本当に……
許してにゃん(ハート)。
45 :あみど :2013/01/16(水) 20:38
レスありがとうございます。

>>33
ありがとう!おともだち。

>>34
キャッツアイB盗まれる側にもドラマがある、に出てくる熊井ちゃん(リコ)となっきぃ(チコ)を
参考にしていますが、基本的に知らなくても問題ないように進行しますー
楽しんでいただければ幸いです。
46 :名無飼育さん :2013/01/17(木) 23:43
楽しく拝見しております。
>>42の1行目で噴きましたw
47 :名無飼育さん :2013/01/17(木) 23:51
>>41でしたw
許してにゃん
48 :名無飼育さん :2013/06/26(水) 00:53
面白いです!
49 :名無飼育さん :2015/03/21(土) 19:15
(・∀・)イイ!! 

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