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鞘師リポート(悪)

1 :調査1. :2011/09/29(木) 00:31
調査1.道重さゆみ

わたしの名前は鞘師里保。
今後この記録をもって、任務の経過報告とする。
212 :調査8. :2012/05/15(火) 23:15
    □ □ □

長く伸びた椅子の影は、もう倉庫の壁際の棚に差しかかりはじめていた。
わたしはなぜか、その椅子に座っている。

椅子と組になっていた机は、とても楽しそうに足をぶらぶらさせている鈴木のお尻の下。
鈴木の隣に、腕を組んで机に寄り掛かる新垣。

「はい……鞘師、里保です」
「もっと元気よく言いなさいよー。手もシャキっと上げてー。
そんなんじゃブラウン管の向こうの皆さんには伝わらないよ?」
「ブラウン管ってなんですか?」
「液晶の向こうの皆さんには伝わらないよ?」
「ブラウン管って液晶のことなんですか?」
「それはもういいから。はい言って」

「……ハイ! 9期メンバーの鞘師里保です! ……スパイ、やって、ます」
213 :調査8. :2012/05/15(火) 23:16
「他には? どういうことやってるとか、何のためにスパイしてるとか、そういう設定あるでしょ」
「設定ではないんですけど」
「なに? ここで設定考えてたんじゃないの?」
「考えてました」
「はい言って」
「……メンバーの調査とか、メシアを」
「めしや?」
「あ、ご飯屋さんでもすき家でもないです」
「そうなんだ」

「りほちゃんはモーニング娘。に現れる救世主を探してるって設定なんです」
「設定じゃないし」
「設定じゃないの?」
「設定です」

「そうかあ、救世主キャラねえ」
途端に新垣が目を輝かせる。
「そうだな救世主キャラと言えばねー、まず思い浮かぶのはやっぱり第3期メンバーの後藤さんだなー。
あー、でも他に――」
「あ、そのくだりは、みずきちゃんから聞きました」
「そ、そうなんだ」
214 :調査8. :2012/05/15(火) 23:16
「で、もっとスパイっぽいエピソードとかないの?」
「ありますけど、自己紹介で言えるようなものじゃないです」
「どんなことしてるのよ」

「じゃあ、スパイっぽくいつもサングラスしてみるとか」
「昔ハロプロにいましたよね、そんな人」
「よく知ってるね」
「みずきちゃんに渡されたDVDで見ました」

「ポーズとかないの? スパイのポーズ」
「ないです」
「その辺ちょっとキャラ作り弱いんじゃないの? ビームとか出してみる? 一緒に何か考えようか」
「大丈夫です。ビームは出さないです」

    □ □ □
215 :調査8. :2012/05/15(火) 23:16
新垣を追って慌てて乗り込んだ電車は、
真っ暗なトンネルの中を千葉のほうへ向かって進みはじめた。
それは新垣の実家でも、暇つぶしに買い物に行くような方向にも思えない。

これだけ乗り換えのホームが離れていると、さすがに利用客も多くはないのか、
電車の中はすし詰めと言うほどではなくて、座席は空いていないが、窮屈でもない。
乗客の隙間から時折、新垣の横顔が見える。
「新垣さんって、いつも笑ってるイメージあるよね」
「そうだね」
でも今は、どこを見るでもなく、ボーっとしている。
216 :調査8. :2012/05/15(火) 23:17
「そういえば、新垣さんにも小さい頃があったって知ってた?」
新垣の姿を視界から外さないようにする。
「そりゃそうでしょ。なにそれ」
「あの新垣さんがだよ」
「なんか失礼だな」
「デビューした頃のDVDとか、本当にお子ちゃまでさ」
「結構ちゃんと見たんだ、みずきちゃんのDVD」

「なんか、笑顔がぎこちなかったんだよね」
「へえ」
「おでこ全開で。眉毛がすごく太くってさ」
「そこはいいでしょ」
217 :調査8. :2012/05/15(火) 23:17
「でも本当、どうしたんだろうね新垣さん」
鈴木の言うように、電車に乗るまであれだけせっかちだったのが嘘のように、
今は電池が切れたみたいだ。

「そういえばりほちゃん、バッテリー大丈夫?」
「予備の充電器なら持ってきてるよ」
「新垣さんのほうは?」
「え?」
「だって、新垣さんのスマホからずっと情報送信させてるんでしょ? 結構電気使うんじゃない。
新垣さんそんなつもり無かっただろうし。もう夕方だよ」

食べ物の検索くらいしかスマートフォンに興味なさそうな割に、意外と鋭いところに気がつく。
「その目、待ち受け画面のためにお料理アプリ入れてるような奴が何言ってるんだって思ってるでしょ」
「そこまでは知らなかった」
218 :調査8. :2012/05/15(火) 23:17
確かに、今の状況で新垣のスマートフォンのバッテリーを充電するのは不可能に近い。
しかしバッテリーを切れさせてしまえば、常に見失うリスクが付いて回る。
「ちょっとここで待ってて」
そう言うとわたしは乗客の中を新垣のほうへ向かい、戻ってくる。
「どうしたの?」
「盗聴器仕掛けてきた」
「えー!」
慌てて鈴木の口を押さえる。

「どうやって?」
声を潜めて詰め寄る鈴木に、盗聴器を仕掛けるために使った道具を見せる。
「そのマジックハンドは一体どこから」
219 :調査8. :2012/05/15(火) 23:18
「でも新垣さんすごく目がいいんだよ? いつも二階席のお客さんの顔までわかるって」
「わたしだって目めちゃくちゃいいよ」
「なんでそこ張り合うの」

「新垣さん今ぼーっとしてるし、近づきすぎないようにこれで遠隔操作すればバレないよ」
「すごいなマジックハンド」
「電車が揺れた時とか、乗客の注意が他に向いた瞬間に人ごみにまぎれて、さっとやるの。
スリなんかがよくやるテクニック」
「スリのことも詳しいんだ」
「今だってこの車両にもいたし、別に珍しいものじゃないよ」
「えっ」
鈴木がバッグを抱えてキョロキョロ見回す。
「悪意なんてそこら中に平気で転がってるんだよ」
「りほちゃん……」
鈴木が呆けた顔で見つめる。
「本物の泥棒みたい」
「工作員だし」
220 :調査8. :2012/05/15(火) 23:18
「でも盗聴って、犯罪でしょ?」
「犯罪だよ」
「だからなんで得意そうな顔するの」

「新垣さんが心配なんでしょ?」
この言葉で鈴木は黙る。
イヤホンを片方ずつ、二人で分けて盗聴器の音声を聞く。
こうして内部協力者に共犯者意識を少しずつ植え付け、
気がついた時には、もう引き返せないところまで自らの手が薄汚れてしまっていることを知るのだ。
「ウヒヒヒヒ」
「悪い顔してるなあ」

そしてイヤホンから聞こえてきた新垣の呟きに、会話が止まる。
『はぁ……会いたい』
221 :調査8. :2012/05/15(火) 23:18
    □ □ □

「新垣さん?」
新垣を見ると、倉庫の窓の外を見てボーっとしている。
「今のスパイビームのポーズ見てました?」
「あ、ごめんちょっとぼーっとしてた。ごめん次はちゃんと見る」
「まあ見てないほうがいいんですけど」

そしてまたボーっとする。
「新垣さん、ちょっと疲れてます?」
聞けば最近、映画の撮影もはじまったらしい。
「休みもらえないんですか」
「んー、まあ欲しいって言えば欲しいけど。なんか勿体無くて結局出かけちゃうんだよね。
そのほうが逆に元気になるっていうか」
「じゃあ悩みごととか」
「悩みごと? んんー」
222 :調査8. :2012/05/15(火) 23:19
「にいがきさ〜ん」
その時、倉庫の外で叫ぶ声が近づいてきた。生田の声だ。
「にいがきさ〜ん、にいがきさ〜ん」
新垣が倉庫のドアを開ける。
「あーうるさい!」
「にいがきさ〜ん!」
「えりぽん最近やけに新垣さんに懐いてるよね」
「どうしちゃったんだろうね」

「なに? 何か用?」
「あーなんか、田中さんが探してますよー。ちょっと話したいことがあるってー」
223 :調査8. :2012/05/15(火) 23:19
「じゃあ、自己紹介もいいけど、ちゃんと舞台の練習もしなさいよ。
今日もぐだぐだだったけど、明日大丈夫?」
新垣が生田にまとわりつかれながら倉庫を出る。

「最近ちょっとあんたたち、たるんでるよー?」
鈴木が反射的に自分のお腹を見る。
「今日が早めに解散になった意味考えて、ちゃんと家で練習してくるよーに。じゃ、おつかれー」
224 :調査8. :2012/05/15(火) 23:20
「新垣さん、なんか疲れてたね」
去って行く背中を見送りながら鈴木が言った。
「男だな」
「ええ!?」
新垣は聞かれていないと思っただろうが、高度に訓練されたわたしの耳は、
去り際に溜息と共に漏れた小さな呟きを聞き逃さなかった。
新垣は「会いたい」と確かに言ってた。

「聞き間違いじゃないの? 新垣さんがそんなわけないでしょ」
「これだから中学生のお子ちゃまは」
お子ちゃまを鼻で笑う。
「二十歳も過ぎた昭和生まれの熟れた女が、毎日を男なしで我慢できると思ってるの?」
「昭和生まれ関係あるの?」

終わりなき仕事漬けの日常にふと疲れを感じたアイドルが求める癒しとスリル、それが男。
「これまでの歴代メンバーも、多くがそうして卒業していったんだよ」
「なんかモーニング娘。に詳しくなったよね、りほちゃん」
225 :調査8. :2012/05/15(火) 23:21
さっきまでの自己紹介とはうって変わって、にわかにわたしの気持ちは高揚していた。
生田がいたせいで、新垣にスパイのことを口止めする機会こそ逸してしまったが、
これは願ってもないチャンスだ。

新垣のスキャンダルの証拠を掴めば、こちらの正体がばらされそうになった時の取引材料に使える。
場合によっては、『メシア』について有用な情報を引き出すこともできるかもしれない。
「イヒヒヒヒ」
「りほちゃん、何か悪いこと考えてる?」
「うん」

「あたしは新垣さんを信じるよ」
「信じるって何さ」
「なんでもだよ」
「じゃあ、この後ちょっと付き合って」
「えー。倉庫じゃないなら、いいけど」
そうしてわたしたちは新垣の後を追って、電車に乗った。

    □ □ □
226 :調査8. :2012/05/15(火) 23:21
「そのうち舞台とかでさ、一緒になった役者さんたちと定期的に飲み会行ったりするんだよ。
バラエティ番組で男の人と抱き合うこともあるかもしれないし。今のうちに耐性つけておかないと」
「何の話よ」
鈴木が不服そうに口を尖らせる。

「家族の人と会いたいのかもしれないでしょ」
「新垣さん実家だし、わざわざ会いたいって変でしょ」
「じゃあ高橋さんとかさあ」
「いつも仕事で会ってるのに? この前も食事行ったって言ってたし、
そこまでいつも会いたいと思わないでしょ」
「そりゃあ、プライベートもいつもメンバー同士でベタベタしてたら気持ち悪いけどさ」
「……そうかな?」
「え?」
「そんなに気持ち悪いかな?」
「あたしなんか変なこと言った?」
227 :調査8. :2012/05/15(火) 23:22
動力音が加速を知らせると、間もなく電車は坂を上りはじめ、
しばらくして、前の車両から順に車内が白い光に包まれていく。
地上へ出たのだ。

くぐもっていた音が外に開放され、窓の外の景色が、ゆったりと流れはじめる。
そのまま電車はぐんぐんと登って、地上からも離れていく。
あれだけ潜ったのに、なんだか損をした気分だ。

ベニヤ板みたいに真っ平らな土地に、高層マンションが街路樹のように等間隔で並んでいて、
足元には、きっちり定規で線を引いたような、川というか、貯水池というか、
運河って言っただろうか、こういうの。

新しい土地なのか、何もないところにいきなり変わった形の建物がぽんと置いてあったりする。
「あー、そういえばスカイツリー見に行きたいなー」
「どこからでも見えるじゃん、あれ」
「近くで見たいんだよ」
「田舎者」

方角的には、北東にあるスカイツリーから少しずつ離れるように南東へ向かっている。
遠目には高速道路、その先には大きな橋。
西の空はもう色が変わりはじめていた。
228 :調査8. :2012/05/15(火) 23:23
「海だ!」
電車が大きな川を渡る橋にさしかかると、視界が開けて、海が見えた。
「海くらい愛知にもハワイにもあったでしょ」
「そうだけどさー、やっぱり海が見えると、わあってならない?」
「わたしも嫌いじゃあないけど」
東京の海は、潮の香りがしない。

「普段高いビルばっかりに囲まれてるしさあ、
たまにこうやって海が見えると、癒されるんだよねえ」
鈴木が半分にやけながら、ふっと息を吐く。
「あたしも都会に染まりすぎてしまったのかしら」
「へえ」
「ちょっと、そこはツッコんでよ」
229 :調査8. :2012/05/15(火) 23:23
橋の終わりに大きな観覧車が見えてきて、都会の女こと鈴木がまたはしゃいでいるうちに、
また次の橋が見えてくる。
地図の上では、この川を渡ればもう千葉県だ。
「どこへ行くんだろう」
「え、まだわかってなかったの?」
鈴木が本気でびっくりした顔をしている。
「なに?」
問い返すと、鈴木の背後の窓の外に、外国の宮殿みたいな建物が流れてくる。
その奥に見えたお城には、さすがにわたしも見覚えがあった。

慌てて手元の携帯端末の地図を確認する。
「Dズニーランドって、東京じゃなかったの!?」
「出ましたお約束」
230 :調査8. :2012/05/15(火) 23:24
駅の改札を出た頃には、電車のやって来た方向に真っ赤な太陽が落ちようとしていた。
「Sンデレラ城だー」
正面のお城の姿を見て、鈴木が楽しそうに顔をほころばせる。
「りほちゃんは、見てて懐かしい気持ちにはならない?」
「ならないね」
「じゃあ生まれ変わりキャラは無理だね」
「うん」

夏休みの余韻をまだ残しているのか、
平日だというのに、改札口前の広場は子供から大人から男女から賑わっていて、
この人たちは普段は何をしている人たちなのだろうなんてことを思う。

人の流れに乗って、異国風の広い歩道を歩く。
楽しそうな音楽がどこからともなく聞こえ、甘くいい匂いがそこはかとなく漂っている。
明らかに他の駅とは違う空気がある。
先を行く新垣の後ろ姿は、スキップみたいに小躍りしていた。
「一人でも、あんなに飛び跳ねるんだね」

電車から見えた宮殿の、クリーム色の壁と青い屋根をふち取ったイルミネーションが、点灯しはじめていた。
「もう夜になるのに、よっぽど来たかったんだろうね」
「男に会いに?」
「まだ言うのか」
231 :調査8. :2012/05/15(火) 23:24
「サイダー売ってなかったよ」
鈴木が戻ってきた頃には、日は完全に落ちていた。
でも街灯や、見えるものがみんなイルミネーションで光っていて、そんなには暗くない。

「それ、似合ってるよ」
わたしの頭の上に乗っているネズミの耳を見て鈴木が笑った。
近くで飲み物を買ってくると言って、ついでにお土産屋さんを覗いた鈴木が、お揃いで買ってきたのだ。
「どれくらい?」
「なにが?」
「どれくらい似合ってる?」
「まあ鼻メガネよりは、かなり」

「チュロスは?」
「調べたんだ」
「ネズミの形したチュロス」
「それあんまり美味しそうに聞こえないね」
「チュロス食べたい」
「中に入らないと買えないよ」
無言で口をとがらせる。
「面倒くさいなあ」
232 :調査8. :2012/05/15(火) 23:24
ぷくっとふくれているわたしとは対照的に、
鈴木はこのメインエントランス前のベンチに来てからずっと、溢れんばかりの笑顔でいた。
「いいじゃん、男の人と待ち合わせじゃなかったんだから。そこ喜ぶところでしょ?」
『うーわわわわ、あっはー』
イヤホンからは、新垣が一人ではしゃぐ声がひたすら聞こえてくる。

『Mッキー! うんそう、今日は一人なのー。会いたかったあ!』
「一人だって」
鈴木が嬉しそうに追い討ちをかける。
「もうわかったよ」
新垣は駅からあのまま、誰とも待ち合わせずに、一人でDズニーランドの中へ入っていったのだ。
233 :調査8. :2012/05/15(火) 23:25
「一人でDズニー行くなんて、楽しいもんなの」
「そういう人もいるみたいよ。特に女の人とか。
年間パスポートだったらいつでも自由に出入りできるし、濃いファンの人や、
地元の奥様とか、ベビーカー押しながら近所の公園感覚で遊びに来る人も結構いるんだって」
「ふうん」
「新垣さんはパスポート持ってないって言ってたから、夜だけのチケットで入ったのかな」
鈴木を見る。
「何でそんなに詳しいの?」
「だって、あたし何回か来たことあるもん」
「誰と?」
「誰と? そりゃ家族とか、友達とか」
「ふうん」
「なに?」
「べつに」

『Dナルドぉ! 会いたかったよお!』
「あれ、中に人が入ってるでしょ」
「そういうんじゃないの」
234 :調査8. :2012/05/15(火) 23:25
暗くて顔はもうよく見えないから、近くを通った人しかわからないけど、
オレンジのトラや、アヒルや、青いコアラみたいなものや、
いろんな被り物の仮装行列が目の前を通り過ぎて、駐車場に歩いていく。
「何でみんな笑ってるんだろ」

「前に新垣さんが言ってた。
ここから出てくる人たちは、入る前よりちょっとだけ、優しくなってるんだって」
「なんらかの洗脳施設か」
「働いてる人たちも、お客さんも、ここの雰囲気が大好きで、
だからみんな自然とその雰囲気を大事にするようになって、人にも優しくなるんじゃないかって」
「ここよりすごいジェットコースターなんて他にもっとあるじゃろ」
「だからそういうんじゃないんだって。パレードとか、ショーとか、ただの通路とか柵とか、
そういうのぜーんっぶが、夢と魔法の王国なんだって」
「重症だな」
「ひねくれ者だな」

「ただの同調現象でしょ」
「魔法の国だからだよ」
「魔法なんてあるわけないじゃん」
235 :調査8. :2012/05/15(火) 23:26
「りほちゃん。入らないならもうそろそろ帰ろ。明日も稽古あるんだから、家で練習しないとさ」
サイダーの代わりのジュースは、もう飲み干していた。
「駅のほうに行ったら、チュロスもあるかもしれないよ」

その時だった。
頭上が突然明るくなり、大量の光の粒が真っ黒の空に広がった。
少し遅れて、体全身に響く大きな音。
「花火だ」
帰り途中だった人々も、立ち止まって夜空を見上げる。
「うわあ」
口を開けたままの鈴木の横で、一緒にそれを見上げた。
236 :調査8. :2012/05/15(火) 23:26
「……あれ?」
「どうしたの?」
鈴木がわたしの様子に気づいた。
わたしは拾ったDズニーランドの冊子を開いて園内の地図を確認しながら、
耳に手を被せてイヤホンの音に集中していた。
『わあー! おおぅー!』
イヤホンからは新垣の声。

「やっぱり」
携帯端末に表示された新垣のスマートフォンの位置と、イヤホンから聞こえる花火の音が矛盾している。
わたしたちが聞いている花火の音と、新垣が聞いている花火の音に時差があるのは問題ない。
けれど光と盗聴器に入る音の時差で考えれば、新垣はかなり花火に近い場所で見ているはずなのに、
地図上のスマートフォンの位置は、
花火が上がっているお城の後方の辺りから、どんどん遠ざかって行っているのだ。
237 :調査8. :2012/05/15(火) 23:27
――盗聴がばれた?
でも聞こえてくる声の主は変わらず新垣に聞こえる。
急に移動しているようにも、乗り物に乗っている気配もない。

ならばスマートフォンだけどこかに置き忘れたか、落としたか。
しかしずっと携帯端末で監視していて、それが動きを完全に止めた様子はほとんどなかった。
落としたのならば、しばらくはその場に留まっているはず。
あるいはすぐに誰かに拾われたか、園内の従業員が預かっているのか。

「新垣さんに電話かけてみて」
鈴木に電話をかけさせる。
「出ないよ?」
情報が送信され続けているのだからバッテリーは残っている。
もし誰かが拾ったのなら、持ち主の可能性も考えて、とりあえず出るのではないか。とすれば。
「盗まれた」
238 :調査8. :2012/05/15(火) 23:27
花火に見とれている客の隙をついて盗む。
電車の中でわたしがしたのと同じ、スリの常套手段だ。

花火が終わり、しばらくして、新垣もスマートフォンが無いことに気がついた。
『無い……無い!』
聞いていられないほど焦りが、声から伝わってきた。
『どうしよう……』

それから新垣は園内の遺失物センターへおもむき、
紛失届けなど一通りの手続きをして、わたしたちのいるメインエントランスの前に姿を現した。
その間、それまで浮かれた声ばかり聞こえていたイヤホンからは、力ない言葉ばかりが漏れ聞こえていた。
239 :調査8. :2012/05/15(火) 23:28
姿を隠しながら、新垣の様子をうかがう。
ゲートを出て、とぼとぼと近くの花壇に腰をおろした新垣は、
また電池が切れたように、何をするでもなく、ボーっとしている。

なぜか新垣は、契約会社に連絡してスマートフォンの使用を停止することはしなかった。
やり方を知らないはずはない。そのままにしておくのは芸能人としてリスクが高すぎることだ。
「どうして」

ボーっと見つめる新垣の視線の先は、自分が出てきたメインエントランス。
ゲートの向こうの電飾で縁取られた洋風の建物が、照明の光できんいろに輝いていて、
その周りは、多くの笑顔の人々で賑わっている。

ここから出てくる人たちは、入る前よりちょっとだけ、優しくなってる。
鈴木の言葉を、ふと思い出した。

「行こう」
「待った」
勇んで新垣のところへ行こうとする鈴木の肩を、とっさに掴んだ。
「出てきた」
携帯端末に表示された新垣のスマートフォンが、同じエントランスに近づいていた。
240 :調査8. :2012/05/15(火) 23:28
それはごく普通に見える、人の良さそうな大人のカップルだった。
その姿で直感する。プロだ。相手は偶然でも、遊びでもない。
たまたま他の用事があって持ち歩いていただけで、これからどこかに届ける、なんてことは期待できない。
「あの人たち?」
「鈴木、ちょっと待って」
しかし鈴木は構わず彼らのところへ向かう。

そして何の駆け引きもなく、進路の前に立ちはだかった。
「ちょっといいですか?」
「え? なに?」
カップルが自然に、ごく自然に止まる。
けれどそこで、鈴木も止まった。先のことは何も考えていなかったらしい。

「何か?」
男が静かに、しかし揺るぎない内圧を持って鈴木に迫る。
「あの、にい……、え、えっとだから」
241 :調査8. :2012/05/15(火) 23:29
しかしそのやり取りを離れたところで眺めていて、確信した。
鈴木に止められてから、男の左手がさりげなく、上着のポケットの上を押さえるように移動している。
間違いない。そこに持っている。

「何? ……あれ? 君どこかで見たような……?」
男が鈴木に顔を近づけた瞬間、鈴木と男の間に割って入った。
「すいません。知り合いと勘違いしてました!」
「りほちゃん?」
「この子、田舎者なんで、すいません!」
頭を下げる。
「え? ちょっと、この人たちと違うの?」
「いいから。行くよ」
242 :調査8. :2012/05/15(火) 23:29
「ねえちょっと、あの人たちなんでしょ?」
戸惑う鈴木の肘を掴んで、ぐいぐいと引っ張っていく。
「何も考えてないなら突っ込まないでよ。えりぽんじゃないんだから」
「それは言いすぎだよ」
「どっちが?」

「でも、取り返さないと」
「いいから、はい」
彼らと大分離れたことを確認して、手の中のスマートフォンを鈴木に見せる。
「あれ? ……それ、新垣さんの」
「いい隙作ってくれたよ。他にも何個か余計に取れちゃったけど」
そしてスマートフォンを取り戻すのに使った道具も見せる。
「すごいなマジックハンド」
243 :調査8. :2012/05/15(火) 23:29
「新垣さんに渡しに行こう」
「だめ」
勇んで戻ろうとする鈴木をまた止める。
「なんで?」
わたしの手の上の、スマートフォンを見つめる。
「これは今、わたしの悪意で、ここにあるだけだから」

「……どゆこと?」
鈴木が首を傾げる。
244 :調査8. :2012/05/15(火) 23:31
「ここで待ってて」
そう告げて駅のほうへ向かい、しばらくして鈴木のところに戻る。
「駅に置いてきた」
「どうして! なんでそんなことするの?」
困惑する鈴木には答えずに続ける。
「これから新垣さんのスマートフォンに、わたしが言うとおりに電話をかけて」
「え?」

これはきっと、賭けなのだろう。
わたしは自分の手を見る。
スマートフォンは、駅のホームに置いてきた。
東京方面からやって来る電車ではなく、ここから、東京へ帰っていく側のホーム。
普通の乗客なら、少し気になっても、わざわざ見たりしないような場所に。

鈴木が電話をかければ、新垣のスマートフォンは鳴り続ける。
残りわずかなバッテリーが尽きるまで。
バッテリーが尽きればもう、場所はわたしにしかわからない。

「でも、もしここに、本当にそんなものがあるなら」
きんいろの、エントランスを見た。その奥には、ライトアップされたお城がある。
245 :調査8. :2012/05/15(火) 23:31
新垣は、自分があまり素性を明かすべきではない身であることも忘れて、
何度も、何度もていねいにお辞儀をしていた。
自分のスマートフォンを、わざわざ歩いて届けてくれた若いカップルに。

「意味ないよねこんなの。ほとんど運任せだし。
もし変な人に拾われてたら、わたしたちの連絡先だって入ってたんだよ」
「じゃあなんで、あんなことしたのよ」
鈴木の問いには答えなかった。問いへの答えが、わたしの中にもなかった。
ただ、この手であれを渡すのは、いけないような気だけがしていた。

「声かけていく?」
手を見ていたわたしの顔を、鈴木が覗き込む。
「いいよ。この後、まだ誰かと会うのかもしれないし」
「それはもういいんだ?」
「新垣さんが一人じゃなくたって、別にいいし」
246 :調査8. :2012/05/15(火) 23:32
新垣は嬉しそうに何度も、自分のスマートフォンを見返していた。
「入った頃の新垣さんって、ダンスも下手なんだよね」
「かなり見てるよね、みずきちゃんのDVD」
「入った時は歌もダンスも、未経験だったみたいでさ」
いつも先を行く先輩と、先を行く同期がいて。だからいつも、誰かの背中ばかり見ていた。

「でもきっと、なにか信じられるものが自分の中にあったから、ここまでやってきたんだ」
測れる能力において、突出したものは何も無かった。
でも今は、多くのことにおいて現モー娘。でトップレベルの力を持ったユーティリティプレイヤー。
それが彼女が、何者であるかを示しているように思える。

「あたしは、ちょっとわかるなあ」
「なにが?」
「新垣さんの気持ち」
「どうして?」
鈴木の顔を見ると、鈴木がわたしをじっと見ている。
「何?」
「言わない」
「どうして!?」
「どうしてもだよ」
247 :調査8. :2012/05/15(火) 23:32
ゲートを出てくる人たちと、同じ速度で歩きはじめた。
エントランスから駅へ向かう人々の歩調は、
東京の駅の中ですれ違った人々とは対照的に、緩やかで、穏やかで、
その場を離れていくのを惜しむようにゆったりと、時間が流れていた。
中には、ベビーカーを押す主婦も混じっている。
「充電かあ」
「なに?」
「ううん」

「疲れた」
「ここまで来るの長かったもんね」
「うん。長かった」
わたしたちとそう変わらない、小さな背中を追いかけて。
248 :調査8. :2012/05/15(火) 23:32
「わたしたちは今日、ここには来なかった。いいね」
一応、鈴木に念を押す。
「うん。約束」
「本当に?」
「またそういう目で〜。まだスパイ設定のこと疑ってるの?」
「設定じゃないし」
「あたしがりほちゃんとの約束破るわけないじゃん」
「え? そ、そう」
予想していなかった鈴木の言葉に、急に耳が熱くなってくる。

「あれ、りほちゃん熱でもある? 今日ちょっと涼しかったかな?」
無造作に手をおでこに当てようとする。
「ちょ、ちょちょちょ、やめてよ」
慌てて鈴木から二メートルくらい離れる。
「……変なの」
249 :調査8. :2012/05/15(火) 23:33
駅に近づくと、改札口がまた人で溢れかえっている。
これだけの人が一斉に帰路へつくのだから、仕方は無いけれど。
「ぐうう」
行きの狂乱を思い出す。

すると、鈴木がすっとわたしの手を握って。わたしの手を握って。
清流の魚とまではいかないけど、池の鯉くらいにはすいすいと、雑踏の中を進んでいく。
「人ごみ、もう慣れてたんだ」
「気がつかなかった?」
得意そうな鈴木の顔。
「都会の女は成長するんだよ」
「まさか男が」
「ちがうから」
250 :調査8. :2012/05/15(火) 23:33
次の日。
舞台の通し稽古を悪い意味で早く切り上げさせたわたしたち9期は、
新垣と田中の二人に呼び集められた。

「あんたたちたるんどぉっ!」
鈴木と譜久村が反射的に自分のお腹を見る。

「鈴木! 昨日家帰ってからちゃんと練習したの?」
「それは、あの、昨日は、りほちゃんが……」
何か言いそうになる鈴木を睨む。
「……家で一人でお菓子作ってました」
「またお菓子か! 食いしん坊キャラか!」

「こら寝るな譜久村!」
「寝てないです!」
「生田! 生写真チラ見しながらニヤニヤするな!」

田中の機嫌はすこぶる悪いようだ。
「道重さんも光井さんもいない中で、田中さんも不安なんですね」
「不安なのはあんたたちだよっ!」
251 :調査8. :2012/05/15(火) 23:34
荒ぶる田中の怒りが一通り過ぎ去ったところで、
離れた場所でニコニコと楽しそうにそれを見ていた新垣に近寄る。
「笑顔戻りましたね。新垣さん」
「どこから目線よ?」
「あの、昨日のスパイキャラのことですけど、まだ誰にも言わないでおいてもらえますか」
「あー、そうだねえ。発想は面白いけど、まだあれは設定詰めないとねえ」

「でもヤッシーはほんと真面目だよねー。キャラ作りのためにネタ帳まで作って」
「ネタ帳ではないです」
「あれネタ帳じゃないの?」
「いえネタ帳です」
252 :調査8. :2012/05/15(火) 23:34
「そういえば結局、新垣さんは何を悩んでたんですか?」
「なやみぃ?」
新垣が、すっきり整えられた眉毛を歪ませる。
「あたしの悩みが一つや二つのわけないでしょーが!」
「なんで私のほう見るんですか!?」
生田が叫ぶ。

そしてわたしにも詰め寄る。
「で、鞘師は? あんたは昨日どうしてたの。ちゃんと練習してきた?」
「あ、昨日は」
少し考えて、答えた。
「悪いことばかりしてました」
253 :調査8. :2012/05/15(火) 23:35
新垣里沙調査結果。

・キャラは大事。
・充電が必要な体。
・魔法の力で動くようだ。
・悩みごとは一つや二つではないらしい。

つづく。
254 :名無飼育さん :2012/05/16(水) 00:38
待っててよかった!待ったかいもありました
つづきも待ちます
255 :名無飼育さん :2012/05/16(水) 09:49
すごくよかった
なんだろうなんか泣きそうになった
作者さんありがとう
256 :名無飼育さん :2012/05/16(水) 15:43
TィガーとかSティッチとかきて楽しかった
257 :名無飼育さん :2012/05/16(水) 17:57
この作品ほのぼのしてて、大好きです。
次の更新楽しみにしてます。
258 :名無飼育さん :2012/05/17(木) 00:29
この作品に出てくる先輩はなんだか儚い…
ボーッとしたりぺこぺこしたり歩いてるガキさん想像したら、なんだか泣きそうになった。
作者さんすごい…
259 :名無飼育さん :2012/05/18(金) 00:55
無性に歩道歩きたい
260 :名無飼育さん :2012/05/18(金) 23:40
会話の掛け合いがとても面白い。明らかなボケとツッコミではなく性格と話の流れから生まれる自然なやりとりによって実際に本人たちが喋っている風景が思い浮かんで思わずニヤリとしてしまう。かなりツボ。毎回声を出して笑ってしまう。
構成が毎度よく考えられていて、読了後に伏線やキーワードを意識して読み返す楽しみもある。
現実のモーニング娘。とリアルタイムでリンクしているところも「ならでは」で良いが、書き手からすると続き物であるので展開を考えづらく、頭を悩ませそうだと思った。

この話が好きなのは内容はもちろんのこと読み終わったときにあたたかい気持ちになれるからだ。笑いっぱなしの回もほんのり心に沁みる回も。今回もワルな鞘師の心情描写にじーんときた。

一番印象深かったのは鞘師の用いた尋問道具のチョイスが最高なこと。

更新お疲れ様です。いつも楽しませてくれてありがとうございます。
261 :名無飼育さん :2013/04/18(木) 05:01
作者さん・・・
『つづく』んやろ・・・待っとるで・・・

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