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昆虫とサイダーと

1 :名無飼育さん :2011/09/22(木) 00:05
基本的に9期絡み。
スレタイ通り、りほかの多めになると思います。
情熱大陸な二人が好きなので、そういうお話ばかりになりそうです。
2 :名無飼育さん :2011/09/22(木) 00:09
リボンにまつわるエトセトラ
3 :リボンにまつわるエトセトラ :2011/09/22(木) 00:12
「なんで勝手に渡しちゃったの?」
「だって私が道重さんに渡す約束したもん。別にいいじゃん、渡したって」

里保と香音の声がいつもと違っていた。
お互いに冷ややかな、怒りを帯びている声で、相手に投げかけている。
その普通じゃない様子に、楽屋にいるメンバーはチラリとそちらの様子を伺いつつ、
普段通りを装い二人を見守っていた。
だが、一人だけ顔の緩みを抑えきれないメンバーがいるが、そのことはまぁ
置いておこう。

「里保ちゃん忘れてたじゃん。んで、私が見つけたじゃん。それなのに
 奪って渡しに行くとか最悪じゃんか!」
「じゃけぇ私が約束したんだもん!渡したらいかんの?!」

声を荒げた二人に、メンバー達の視線が注がれる。
ある者は心配し、ある者は懐かしむような目で見守り、ある者は一度だけ見て
そんなことよりと、隣に居る先輩に必死に話しかけたり。
そして、里保がめずらしく方言を出したことに悶える変態が二人。
4 :リボンにまつわるエトセトラ :2011/09/22(木) 00:14
そんなふうに見られていることなど知る由もない渦中の二人はお互いを睨みつける。

「…もういい。里保ちゃんなんて知らない」

いつもニコニコしている香音が表情を消して、言い捨て、楽屋を出て行った。
残された里保は一瞬だけ悲しそうな顔をした。
だが、負けず嫌いな彼女はすぐに口をへの字にさせ、噤む。

楽屋の中が異様な空気に包まれた。

衣梨奈の話し声だけが楽屋に響いている。
話しかけられている里沙は衣梨奈のことなど見ても聞いてもいなく、困ったように
リーダーの愛を見遣った。
愛はそんな里沙を安心させるようにへらりと笑って「ま、大丈夫やろ」と返事をするが、
その言葉とは裏腹に楽屋のドアを見つめている。
大丈夫とは思うが、やはり心配なんだろう。
5 :リボンにまつわるエトセトラ :2011/09/22(木) 00:15
れいなはグラサン越しに里保を見ていた。
こういうこと昔はよくあったなぁ、と思いつつ隣の同期に視線を移す。
れいなはすぐに後悔した、今視線を移すべきではなかった、と。
だが、無視するわけにもいかず、苦言を呈することにした。

「さゆ、なんその顔。マジ気持ち悪い」
「へ?」
「顔。ニヤニヤ笑ってて気持ち悪いとよ」
「あ、出ちゃってた?」

この変態っぷりさえなければとても信頼できる同期なのに、と頭の中で嘆くが
まぁ同期なので許すことにしよう。
れいなの中でそんな許しが出たことなど知らないさゆみは、まだニヤニヤしていた。

さゆみの取り合い?そのことで喧嘩?
あぁんもう最高!さゆみのことで喧嘩はやめて!なんてね!
などと、頭の中では顔のニヤニヤ以上に気持ち悪いことを考えている。
さゆみはどうしてもこのニヤけてしまうシチュエーションを共有したくて、
唯一分かり合える聖の元へ向かった。
6 :リボンにまつわるエトセトラ :2011/09/22(木) 00:16
聖はポーっと里保を見つめていた。
方言ってかわいいなぁ、と思っていると、ふいに声を掛けられる。

「フクちゃん」
「あ、道重さん」

ニヤついている先輩を見て、自分の顔も緩み始めるのを感じる。
この人は仲間なのだ。
二人は他のメンバーには見られないように背を向け、コソコソと話し出す。

「里保ちゃん、方言出ましたね」
「あれ、反則だよね。りほりほめっちゃかわいかった」
「しかもあんな大声で怒る二人は初めて見ましたよ」
「もうやばい。しかもさゆみのことで二人が言い合いしたんだよ?すごくない?あぁーん!
 さゆみリボン忘れてよかった。ぐふふ」
「ふふふ。やばいですね。道重さんちょっと気持ち悪いです」

意外に毒舌な聖。
まぁ今絶頂に達しているさゆみにそんな後輩の言葉など屁でもないことをわかって
言ったのだだろう。
むしろ煽られように思えたさゆみは、顔のニヤニヤを抑えなかった。
7 :リボンにまつわるエトセトラ :2011/09/22(木) 00:18
当の本人、里保は机だけを見ていた。
だが、頭の中は香音で埋め尽くされている。さゆみのリボンのことなど、もう忘れていた。

あんな香音は初めてだった。
正直、怒っていることに怒ってしまったのだ。
冷静に考えると、自分が悪いと思う。立場が逆だったら、香音に文句を言ってるだろう。
なのに自分は反論して、彼女をまた怒らせて。
いや、でも今更謝ってどうする?向こうが先に怒ってきたのに。

ぐるぐると自問自答を続ける。

「鞘師」

横から声が聞こえてきて、ハッと隣を見ると、リーダーが優しく笑っていた。

「このままでいいの?」
「…よくはないと思います」
「じゃあ素直に思ってることぶつければいいと思う。私はむかついたとき、そうしてきたよ。
 ね、ガキさん」

急に話を振られた里沙は少し驚くが、すぐに愛と同じような優しい表情になった。
8 :リボンにまつわるエトセトラ :2011/09/22(木) 00:19
「愛ちゃんは短気でねぇ。なんかよくわかんないけど怒ってたこともあってさ。
 そのたびに言い合いしたねぇ」
「よくわかんないとは聞き捨てならんな。ちゃんとした理由が当時には」
「はいはい。今はそういうことじゃないでしょ」

里沙が長くなりそうな愛の話に口を割る。
むぅと唇を尖らせる愛。
そんな愛に困ったように眉をハの字にさせて笑う里沙。

二人のやり取りに、里保は思わず笑みがこぼれる。
まだ13年しか生きていない幼い里保でも、愛と里沙の絆はとても強いことがわかる。
昔は今の自分達のように喧嘩をしていたんだな、と思うといつもより二人が身近に感じた。

「でも愛ちゃんが言ってた通り、思ってることぐらい言ったっていいんだよ。
 それに、鞘師があんな怒るまで感情出せる相手なんて、滅多にいないんじゃない?」
「…そう、ですね…。あんまりいませんね」
「うん、じゃあ、もっとぶつけちゃいな」
9 :リボンにまつわるエトセトラ :2011/09/22(木) 00:21
里沙はニッと笑い、愛は里保の肩をポンと叩く。

謝る、謝らないではなく、思ってることを言えばいいのだ。
こんなに簡単なことはない。

自分よりも10年以上年齢を重ねた二人が出した助言は、里保の中ですんなりと受け止めることが
できるものだった。

里保はよく立ち上がり、二人に向かって「ありがとうございます」と頭を下げる。

そして、さっきの香音と同じように楽屋を飛び出した。
10 :リボンにまつわるエトセトラ :2011/09/22(木) 00:25
楽屋を飛び出した里保の目の前に、香音が立っていて、予想してなかった状況に
身体が動かなくなる。
香音も急に出てきた里保に驚いているようで、口をあんぐりとあけていた。
が、すぐに閉じられる。

お互い見つめたまま、訪れる沈黙。
なんて声をかけたらいいんだろうか。
二人に第一声も助言してもらうんだった、と少しだけ後悔した。

「あ、えっと…」

里保は沈黙を破りたくて、声を出したものの、言葉は続かず。
また沈黙が訪れるかと思いきや、それをさせなかったのは香音だった。

「里保ちゃん、ごめん」
「え?」
「なんか私、超自分勝手だった。ごめんなさい」

自然に、なんのためらいもなく、自身の悪かったところを謝罪し、頭を下げた香音。
その行動に、里保はたじろいだ。
11 :リボンにまつわるエトセトラ :2011/09/22(木) 00:32
なんでこんな素直に謝れるんだろう。
自分は謝ることに躊躇し、先輩に助言されるまで席を立とうとしなかったのに。
自分だって悪いのもわかっていたのに、動けずにいたのに。
素直になれない自分が情けない、と心底思う。
同時に、素直で思い切りのいい、この同期をうらやましくも思う。

今からでも遅くない?
自分だって悪かっただろう?
少しでもいいから、彼女に追いつきたい。
彼女と同じ目線に居たい。

うらましいと思う気持ちが、尊敬に変わることなど容易い。
まだ13歳、思考がやわらかい今は特にそうだろう。

香音に聞こえないように深呼吸をして、決意が消えないうちに思いを、素直に。

「私も…悪かったと思う。ごめん」

里保は香音と同じように頭を下げた。
頭を下げた里保には、彼女がどんな表情をしているかわからない。
視界に見えるのは、自分の足と、床と、彼女の足だけで。

しばらくそうしていると、彼女の足が動いたのが見えて、そのあとすぐに、肩を
ポンポンと叩かれる感触がした。
12 :リボンにまつわるエトセトラ :2011/09/22(木) 00:37
「里保ちゃん、顔上げてよぉ。もういいからさぁ」

頭の上から情けない声がして、言われた通りにすると、香音は困った顔をしていた。
なんで彼女が泣きそうな顔をしているんだろう。
なぜか、自分の目も潤んでいく。

再度「ごめん」と言うと「もういいってばぁ!」香音が怒ったような声を出す。
だが、先ほどのような冷たい感じはない。

「なんかさ…うらやましかったじゃんね。里保ちゃん、道重さんに気に入られてるし。
 私、ダンスとかで普段迷惑かけまくってるから、少しでも先輩の役に立ちたくて…。
 自分のことしか考えてなかった」
「私だっておんなじだよ。香音ちゃんが見つけてくれたのに、勝手に渡しちゃって…。
 私も自分のことしか考えてなかったもん」
「……同じだね」
「うん、同じだよ」

思っていることを言えば、同じように本音が返ってくるものである。
香音の素直さに、里保は同じように素直で返した、ただそれだけ。
と言っても、二人にとっては初めての衝突。
13歳になったばかりの少女達にはそのことがどれだけ難しいか、それとも簡単かはわからない。
13 :リボンにまつわるエトセトラ :2011/09/22(木) 00:38
気持ちを伝え合う、というのはなかなか恥ずかしいもので、二人はそれを隠すように、笑った。
笑い合うタイミングも同じだったので、それがまたおかしくて、二人は声を出して笑った。

「あのさ、あのさ」
「うん?」
「仲直りしよう?」

差し出された、手。
もう仲直りしたようなものだけど、律儀に言葉にしてくることが香音らしいな、と里保は思う。
顔を見ると、彼女はふやぁと目を垂れ下げ笑っていて。
里保は、笑うとすべて黒目になってしまう彼女の笑顔が、大好きだった。

「うん」

ゆっくり手を伸ばし、彼女の手を掴んだ。
香音に笑いかけると、これまた嬉しそうな笑顔を返されて、少しだけ照れる。

「あー里保ちゃーん」
「んー?」

笑顔で手をブンブンと振り回す香音がかわいくて、里保はされるがままに手を任せた。
14 :リボンにまつわるエトセトラ :2011/09/22(木) 00:40
ふわふわとした気持ちに包まれていると、急にぐいっと手を引っ張られ、
身体が前へつんのめる。
それを計算したかのように、里保を香音が身体で受け止めた。
結果、抱き締められる形に。
香音は結構スキンシップが好きなのだが、さすがにここまでするのは珍しい。

「え、ちょ、香音ちゃん?」

里保は驚きながら、どうしたもんかと思っていると、耳元から声が聞こえてきた。

「これからも一緒にがんばろうね。先輩達に、里保ちゃんに、早く追いつきたい」
「……私の名前はいらないと思う」

自分の名前が出てきたことに対し訂正したが、正直なところ、嬉しかった。

香音も一緒なんだろう。
自分にはないものを持っている里保がうらやましく、尊敬しているのだ。
里保はそのことをさらりと言ってのけてしまう香音を。
15 :リボンにまつわるエトセトラ :2011/09/22(木) 00:43
ないものねだり。

でも、それは、成長していくうえで必要で、大切なことで。
夢を追いかけて、掴んだ後でも、まだ追いかける存在がたくさん居て、自分達は
まだスタートしたばかりだと痛感する。
一緒に成長していきたい、先輩達のように、先輩達を追い越すぐらいの存在になりたい。
それは一人では出来なくて、一緒にいる仲間が居るからこそ、がんばろうと思える。
負けたくない、でもお互いを励ましあい、敬う関係。

うん、この感覚は結構好きだ。

里保は香音の腰に手を回し、そのあたりを優しく叩いた。

「がんばろうね、一緒に、がんばっていこう」

香音は深く頷き、身体を離す。

そして、また、お互いに笑い合った。
16 :リボンにまつわるエトセトラ :2011/09/22(木) 00:44
「ちょ…押さないでよ!もう!」
「見えんもん、しょうがないやろ」
「道重さんばっかりずるーい!」
「ねーずるいよねー」
「ポンポンコンビうるさい!気付かれちゃうでしょ!」

ゴソゴソと後ろから聞こえてきた声達に気付いた二人。
二人が扉を見ると、それを合図にしたのか、ドアが開き、なだれのようにメンバー達が崩れてきた。
それはまるでコントのようで。

床にへばり付きながら気まずそうに二人を見る、さゆみ、れいな、聖、衣梨奈の4人。
その後ろに立ちながら苦笑いをしている、愛と里沙。

話を聞かれていたんだろうと呆れる前に、その光景が面白くて、里保は笑った。
香音もつられるように笑い、4人もごまかすように「へへへ」と笑う。
17 :リボンにまつわるエトセトラ :2011/09/22(木) 00:45
「鞘師、鈴木。うちらも一緒にがんばるよ。みんなで、がんばっていこうね」

そう言ったのは次期リーダーの里沙。
隣に居る現リーダー、愛は優しく頷く。
愛と里沙の頼もしさが、伝わってくる。
このグループに入れて本当に良かった、と心の底から思えた。

「はい!」

二人の返事は自然と合わさり、その声と表情は強い意志が溢れんばかりで。
昨日より、さっきより、頼もしく思える。
そんな雰囲気を感じ取った愛と里沙は嬉しそうに微笑んだ。


そんなやり取りを見たさゆみの「…私の取り合い終了?」という、とても小さな呟きを
聞き逃さなかったれいなが、彼女の頭をはたいたのは言うまでもない。
18 :リボンにまつわるエトセトラ :2011/09/22(木) 00:45
終わり
19 :名無飼育さん :2011/09/22(木) 22:12
やっぱり娘。っていいなぁ…としみじみしちゃいました
20 :名無飼育さん :2011/09/22(木) 23:05
>>19さん
レスありがとうございます嬉しいです
娘。っていいですよねぇ。最近、特に思います
21 :名無飼育さん :2011/09/22(木) 23:11
では、某所に投下したものですが、載せたいと思います。
22 :名無飼育さん :2011/09/22(木) 23:11
やくそく
23 :やくそく :2011/09/22(木) 23:16
里保は焦っていた。
どうしようもなく焦っていた。
自宅休養、という現実はひたすらじっと耐えることしか出来ない。
こうしている間も、あの7人は活動し、仕事をこなしている。
復帰したころにはダンスも歌もなにもかも、自分よりうまくなってるかもしれない。
そう思うと、焦りは募るばかりだった。

今日はハローのライブである。
里保は先輩メンバーへ応援メールを送り、同期にはそれより砕けた内容のメールを
したためていく。

「そういえば…今日は香音ちゃんのソロだったなぁ」

香音へのメールを打っている途中で思い出し、それに触れる内容に変えていった。

________________________

香音ちゃん
今日はソロだったよね?香音ちゃんのソロ、見たかったなぁ。
どんな感じだったか、またメールしてね!楽しみにしてるよ。
ライブがんばってね!
________________________
24 :やくそく :2011/09/22(木) 23:17
「送信っと…」

無事に送られたことを告げる画面になったのを見てから携帯を閉じた。

腰にはめられたコルセットがずしり、と急に重くなる。
焦りの表れなのか、寂しさの表れなのか定かではない。

「あー…見たかったなぁ…香音ちゃんのソロ」

誕生日も一緒に祝うことができなかった。
一番近くに居たはずなのに、今は一番遠くに居るような気がして
腰の重みは心までも重くしていく。

里保はどこにもぶつけられない感情をどうすることも出来ず、ベッドに横たわる。
目を腕で覆い、視覚をシャットアウトした。

ハローライブのリハの時、香音と色々な約束をしていた。
お互いのソロの時、アイコンタクトしようね、だとか、指差しもしちゃおう、だとか
あの曲の時は顔を見合わせて笑おう、だとか。

初日はそんなことをする余裕なんてなかったので、できるわけがなった。
でも次があると思っていた。
里保自身もやれると思っていた。
思っていただけで、身体は正直だった。
25 :やくそく :2011/09/22(木) 23:19
「ひとつも…できなかったな」

香音との約束を守れなかった自分が情けない。
そのことを謝れば、彼女は笑って許してくれるだろう。
他愛もない約束、しかし里保にとってはとても大切な約束だった。
だからこそ、謝れなかった。


ぼんやりと暗闇の世界に溶け込んでいると、電話を告げる着信音が鳴り響く。

誰だろう、と画面を見ると。

「え…?」

なんで?と疑問が先に浮かんだが、とりあえず通話のボタンを押した。

『あ!里保ちゃん?』
「どしたの急に」
『あーいやーアハハ!ちょっとさー…』

めずらしく歯切れが悪い香音。
隙間から聞こえてくる音はガヤガヤとしていて、楽屋にいるであろうことが想像できる。
26 :やくそく :2011/09/22(木) 23:21
「もうすぐ本番でしょ?電話いいの?」
『大丈夫、新垣さんに許可取った』

次第にガヤガヤは遠のいていく。
楽屋から出て、静かなところにでも移動しているんだろうか。
里保はあえてそのことには触れず、話を進めた。

「ならいいけど。で、なんかあったの?」
『あのさ、今日あたしソロじゃん?なんかーめずらしく緊張してんの!』
「めずらしいっていうかいつもじゃない?」
『そうだけどさぁ。あんさ、いつも、里保ちゃんが隣にいたじゃん?』

里保は香音の言葉に動揺してしまう。
事実、隣に居たのは里保だが、改まって言われるとなんだか恥ずかしい気がした。

「あぁ…うん」
『春も今回の最初も里保ちゃんが居たのに、今日いないじゃん?』
「私がいなくても聖ちゃんやえりちゃんがいるよ」
『そういうことじゃないよ。ちょっとさ、あたしに気合いれてよ』
「それも二人や先輩達が言ってくれたでしょ?」
27 :やくそく :2011/09/22(木) 23:22
言いたいのは山々だ。
だが、その場にいない自分には言えることじゃない。
そう思う里保はわざと冷たい言葉で言ってしまう。

『んー言ってくれたけどさ、なんか違うんだろうね。よっしゃ!って気合入らない』
「……」
『春ツアーも今回の初日も里保ちゃんが隣に居たからがんばれた。里保ちゃんの
 言葉はあたしに力くれんの。わかるー?』

なんだか、耳がくすぐったい。
香音はたまにこういうことを素で言ってくる。
それに里保も素で返すのだけれど、こう離れているときに、ましてや
電話で言われるとやっぱり恥ずかしいもんなんだな、と里保は思った。

「あー…香音ちゃん」
『はい』
「香音ちゃんががんばって練習したの、私は知ってる。だから大丈夫。
 ソロでもなんでも、香音ちゃんのいつもの笑顔でやれば絶対大丈夫だから」
『…ん…そうかな』
「そうだよ。私が言うんだから間違いないよ」
28 :やくそく :2011/09/22(木) 23:23
里保はぎゅうと携帯を握り締める。
近くにいるなら、手を握り締め、まっすぐ目を見て、言いたい。
だが、できない。だから変わりに携帯を握り締める。
携帯を握り締めたところでそんな思いは伝わらないが、そうせずにはいられなかった。

『……うわー自信満々!アイコンタクトの約束できないくせにぃ!』
「そ、それは!…破りたくて破ったわけじゃないもん!」
『あ、怒った。ごめんごめん。わかってるよ。次のハローでのお楽しみにしようね』
「ん…もうそろそろ新垣さんが呼びに来るんじゃない?」
『だねぇ。里保ちゃん、ありがとう。気合入った』
「がんばってね」
『うん、行ってくる。里保ちゃん、焦らなくても大丈夫だから。うちら、待ってるから。
 じゃあまたメールするね!バイバイ!』

こちらがさよならを言う前に切られた音がして、すぐに無音に変わる。

通話終了という文字が出ている画面を眺めながら、里保は香音の言葉をかみ締めた。
29 :やくそく :2011/09/22(木) 23:24
『里保ちゃんの言葉はあたしに力くれんの』

『里保ちゃん、焦らなくても大丈夫だから。うちら、待ってるから』

力をくれるのはそっちだ。
電話が来た時点で救われたのに、必要としてくれて、悩んでいたことも
話してないのに、言ってくれたその言葉。

どれだけ彼女に依存してるのか思い知らされた気がして、里保は呆れ気味に苦笑いを浮かべる。

「やっぱり香音ちゃんには敵わないなぁ」

大きな独り言を呟くと、苦笑いはいつのまにか消え、自然な笑みがこぼれ出す。

重いと感じていたコルセットが、ずいぶんと軽くなった気がした。
30 :やくそく :2011/09/22(木) 23:24
終わり
31 :名無飼育さん :2011/09/22(木) 23:27
あぁ最初に説明入れればよかったorz
今更の説明ですが、鞘師復帰前のお話です。
32 :名無し飼育さん :2011/09/22(木) 23:37
うわーいいですねりほかの。
リアルな感じがあったかい。ほっこりします。
素敵ですね。
33 :名無飼育さん :2011/09/23(金) 10:28
これの作家さんだったのね
これからもよろしくおねがいしまつ
34 :名無飼育さん :2011/09/24(土) 00:22
作者さんありがとう
りほかの好きです
感動しちゃうような熱い友情系もキュンとしちゃうような甘いのも好きなので嬉しいです
更新楽しみに待ってますね!
35 :名無飼育さん :2011/09/26(月) 20:43
>>32さん
わーお褒めのお言葉、めっちゃうれしいです。
りほかの、いいですよねー。
忘れてた熱いものを呼び起こしてくれる不思議な力があると思ってます。

>>33
某所で読んでくださった方ですね!
ありがとうございます、がんばりますw

>>34
ありがとうだなんて滅相もない!
りほかのの良さが少しでも伝わればいいな、と思って書いてます。
今のところ熱い友情しか書けませんが、よかったら読んでやってください。
36 :名無飼育さん :2011/09/26(月) 20:50
みなさま、レスありがとうございました。
とても励みになります。

では、前回の後編みたいなものを載せたいと思います。
タイトルを書くとネタバレっぽいので最後に。
37 :名無飼育さん :2011/09/26(月) 20:50
 
38 :名無飼育さん :2011/09/26(月) 20:51
ザァザァと降りしきる雨の中でも、里保の足取りは軽かった。

雨という天気は元々嫌いじゃない。
落ちてくる雫たちがキラキラと輝いて見えるから、むしろ好きだ。
そして、今日の雨は一段と輝いて見えるのだ。
まるで自分の気持ちを表しているかのようで、胸がはずんで仕方ない。

そのせいで緩んだ顔を抑えることなく、里保は歩く。

なぜそんなに浮かれているのか、というと。
約4週間の自宅休養を終え、医師が出した診断は仕事に復帰できることを表していたから。
公式に発表する前に秋ツアーの打ち合わせに出るように言われ、今、事務所へ向かっている途中なのだ。


自宅休養中、今回の診断が出るまでの里保は塞ぎこんでいた。
言うことを聞いてくれない身体。初めてのハローライブも欠席。
なにもかも自分の責任だ、自分が悪いのだ、としか思えなくて。
自分のせいでメンバーにも迷惑をかけてしまった事実。罪悪感と劣等感しか生まれなかった。
それでもメンバーは「ゆっくり休んでおいで」と言ってくれた。
特に同期達の言葉は優しいものであり、それに何度救われたことか。
39 :名無飼育さん :2011/09/26(月) 20:53
「会ってちゃんとお礼言わなきゃ」

メンバー達には復帰できる旨をメールで伝えてあったが、やはり顔を見てお礼がしたい。
早く伝えたい、という気持ちは濡れる地面を強く蹴ることが体言していた。



事務所に着き、世話になっているスタッフに挨拶とお礼をしながら打ち合わせが行われる会議室へ。
いざ扉の前へ着くと、少しばかりの緊張が里保を襲う。
4週間は意外に長い。一緒に活動してない間にメンバー達が変わっていたらどうしよう。
そんな短い間に変わることなどあまりないのだが、13歳になったばかりの少女には大きな不安だろう。

ふぅと深呼吸をして、扉を開ける。
中に居たのは、一人だけ。

だが、その一人は里保が一番安心できる存在で、一番感謝している人物だった。

香音は里保の存在に気付き、座っていた椅子から立ち上がり、里保の元へ歩いてくる。
一方、里保はそんな彼女の姿を見ただけで、ずっと我慢してこれたはずの涙が溢れそうになり、
声が出せない。
40 :名無飼育さん :2011/09/26(月) 20:55
近づく距離に比例して、里保の視界はゆるゆるとぼやけていく。
目の前まで来た香音は、ふやぁと目を垂れ下げ、うれしそうな笑顔を里保に向けた。

「里保ちゃん、おかえり」

おかえり。
頭の中に、蘇る。
香音に言われた「焦らなくていいから」と「待ってるから」。
塞ぎこんでいた自分に何度も電話やメールをくれたり、ツアー日記にも名前を出してくれた彼女。
メンバーの中で一番気を許しているからだろうか、里保は香音の言葉にとても救われていた。

「香音ちゃん…あ、ダメだ…」

やっと声が出たものの、里保は抑え切れず、顔を下げた。
涙が、涙が勝手に、出ようとしてくる。
たった一言で、耐えてきたものを壊してしまう彼女。

先にお礼を言わなきゃいけないのに、おはようの挨拶もしてないのに。

おかえり、というたった一言が里保の心を掴んでしまい、離さない。
41 :名無飼育さん :2011/09/26(月) 20:56
「んー?里保ちゃん?」

香音は里保の顔を覗き込む。
そして理解する。なぜ、顔を下げたか。
理解した上で、香音は里保の頭をやさしく撫でた。
瞬間。
溢れ出る、涙。

なんで自分はこうも影響されてしまうんだろう。
香音の何気ない行動や言葉に感情を揺さぶられてしまうんだろう。

出始めたものは、もう止められない。
静かに泣き始めた里保に、香音は苦笑いした。

「里保ちゃんは本当に泣き虫だなぁ」
「な、泣き虫じゃない…」
「うっそぉ?あたしの前じゃあよく泣いてるよ?」
「だって、だってぇ…香音ちゃんが…うっ…」
「わわわ。復帰早々泣くなんてしょうがない子だねぇ」

年上のような言い方をされて里保は少々むっとする。
抗議しようと顔を上げた瞬間、ふわり、ゆっくりと身体を包み込まれた。

これは、予想外だった。
42 :名無飼育さん :2011/09/26(月) 20:56
「でも、今日はいいよ。どうせ我慢してたんでしょ?」

耳元で言われた言葉は図星だった。

いつもおちゃらけて、変顔ばっかりしてるくせに。
なんでこういう時だけ、彼女は大人になってしまうんだろう。
なんだか、置いていかれるようで、悔しい。

悔しいが、この優しさを纏った身体を拒むほど里保は強がりでもない。

背中へ控えめに手を回し、彼女の肩に顎をのせた。
それから、一つ深呼吸。

「香音ちゃんはずるい」
「えぇ?どこが?」
「全部」
「全部っておかしくない?」
「おかしくない」

「意味わかんないよー」と香音は非難の声をあげたが、里保はそれに返答しないことにした。
43 :名無飼育さん :2011/09/26(月) 20:57
でも、その変わりに。

「香音ちゃん、ありがとう」

あぁ足りない。
こんなお礼一つじゃ、足りない。

わかってる、けど、言葉を続かせようとしても在り来たりなものしか出てこなくて。
だけど彼女の言葉が頭の中でぐるぐる回っていて。
心配かけまいと両親の前でも笑顔を作って、メンバーからの連絡にも強がって
「がんばって治すよ、迷惑かけてごめんね」なんて言い続けて。
一人で居るときも、泣きそうな気持ちを押さえつけて、必死に隠して。
どうしようもなくて、焦る気持ちなんて話さなかったのに、大丈夫だからと言ってくれて。
帰ってきたら、おかえりなんて言われて、涙が止まらなくて、彼女のTシャツも濡れてしまって。

回した手に力を込めることで、その思いの強さを伝える。

その強さを受け取った香音は、里保の頭をぽんぽんと叩いた。
44 :名無飼育さん :2011/09/26(月) 20:58
「よしよし、いい子だねぇがんばったねぇ」
「……子供扱いしないでよ。同い年なのに」
「だって泣き虫で強がりなくせに甘えたな里保ちゃんだもん。しょうがなくない?」
「……もう香音ちゃんなんて知らない」
「とか言いつつ、抱きついてるのは誰ですか?」

クスクス、と笑い声が聞こえて、里保は今度こそむっとした。
里保は身体を離す。
濡れた頬を手で拭ってから、彼女に視線を移した。

香音はふやぁと笑い、里保を見ていた。
里保をおちょくるような笑顔ではなく、最初に見たうれしそうな笑顔で。
45 :名無飼育さん :2011/09/26(月) 20:59
むっとした気持ちがスーっと消えていく。
それでもやっぱり悔しくて、なにも言えないでいると、笑顔のまま香音が口を開いた。

「里保ちゃん、おかえり」

二度目のおかえり。
変わらない笑顔。
一気に吹き飛ぶ悔しさ。
もう、どうでもいい。帰ってこれたのだ。
やっと、彼女の近くで、みんなと一緒に、歌い、踊れる場所に帰ってこれた。

「ただいま、香音ちゃん」

彼女に負けないぐらいの笑顔で、里保は言った。

窓の外では、雨がキラキラと輝いている。
46 :名無飼育さん :2011/09/26(月) 20:59
終わり
47 :名無飼育さん :2011/09/26(月) 21:34
無駄に説明を。

これは鞘師復帰発表直後に書いたものです。
本当は秋ツアーが始まる前に某スレに投下したかったのですが
予想以上に長くなってしまい、断念しました。
秋ツアーが終わる前に、供養がてらここに投下させていただきました。
無駄な説明終わり。
48 :名無飼育さん :2011/09/27(火) 09:34
朝から良いモノを読ませていただきました。ありがとう
49 :名無飼育さん :2011/09/28(水) 07:45
更新きてたー!
作者さんおつありです!!
50 :名無飼育さん :2011/10/07(金) 23:08
>>48
ありがとうございます。
うれしいです。

>>49
コメントありがとうございます!
51 :名無飼育さん :2011/10/07(金) 23:11
注意
今から載せるお話に9期は出てきません。
さっそくスレタイ無視でごめんなさい。

では、まさかのガキれな、いきます。
52 :距離 :2011/10/07(金) 23:13
楽屋に入ると、窓の外をじっと見つめながら泣いている里沙が居た。
泣いている、とわかった瞬間、れいなは「しまった」と思った。

れいなは彼女との距離感がいまだわからず、無意識に壁を張ってしまっている。
近いようで、遠い彼女に対して、どうしたらいいかわからない。
最初はただの遠慮だった。
里沙の周りには必ず誰かが居る、だから別に自分は要らないと思った。
だから離れた。
喋らない訳じゃない。メンバーとみんなでいる時は喋るし、その時には壁を感じない。
二人っきりになること自体があまりないから、いざ二人になると、どうしたらいいか
わからなくて、壁を作ってしまう。
そうしているうちに、わからなくなってしまったのだ。

口を開けて、声を掛けようとしてやめて、閉じて、また開けて、閉じて。
あぁ後輩にアドバイスなんてしなければよかった、あの時間さえなければこんな場面に
出くわさなかったのに、と後悔して、すぐにそんなことを思った自分に腹が立った。

その間も里沙の頬は濡れ続けていて、れいなの胸がぎゅうと締め付けられていく。
53 :距離 :2011/10/07(金) 23:15
なんで泣いてるんだろう。


少しでもなにか掴めないか。
れいなは彼女をじっと見つめることで探る。だが、探らなくてもなんとなく予想はついて
いた。
たぶん。きっと。この前卒業した人が関係しているんだろう。

なんともいえない感情で心が霞んでいく。
れいなはそんな気持ちを認めたくなくて、頭を左右に振った。
そんなことをしていると、彼女の顔がこちらに向いた。

「わっ!た、田中っち!」

オーバー気味なリアクションで驚いた里沙。
いつもは、彼女らしいなと思うだけなのに、今日は違う。
そのリアクションはごまかしているようで、慌てふためいているフリをしているように
見える。
その証拠に里沙が濡れた頬を隠すように手で拭ったのを、れいなは見逃さなかった。
隠されたことに、胸がチクリと痛んだ。
54 :距離 :2011/10/07(金) 23:16
「あ…えと…お疲れ様」
「いつからいたのー?もう声かけてよー」
「あータイミングわからんかったけん。ごめん」
「全然いいんだけどさ。あ、9期にアドバイスしてくれてたの?」
「まぁそんなとこかな」

れいなの言葉を聞いて「そっか」と里沙は優しく微笑む。
次に彼女の口から出たのは「ありがとう」だった。

ぴくり、とれいなの眉が動く。

「別にお礼はいらんと思うけど」
「…いやー正直、不安でね。愛ちゃん居なくなって初めての舞台でお仕事だし。田中っちが
 そうやってアドバイスとかしてくれるのすごく助かるんだ。だから、ありがとう」

愛ちゃん。
この人はいっつも愛ちゃん愛ちゃん。
同期だから?リーダーだったから?
そうやっていつもいつも彼女ばかり支えて、尽くして、甘えて、頼って。
居なくなっても、隠れて泣くぐらい、必要なのはあの人で。

そう、だから、やっぱり、自分は要らない。
55 :距離 :2011/10/07(金) 23:17
「…そうやね、初めてやもんね。でもお礼はいらんと」

口から出た声色は、自分が思った以上に冷たかった。
違う、こんなはずじゃなかった。
いつもこうだ。自分はいつもこうやって突き放してから後悔するんだ。

下唇を噛みそうになるのをグッと堪えていると、おもむろに里沙が立ち上がった。
れいなの目の前まで来た彼女は、れいなの頭にゆっくりと手をかざす。
それは触れるか触れないかの、微妙な距離だった。
その空間は二人の関係を表しているかのようで。
そう、近いようで遠い。
掴めるようで、掴めない。

「田中っち、体調悪かったりする?大丈夫?」

里沙はれいなの様子がおかしいことに気付いたが、その予想は外れていた。
だが、その心配する姿は確実にれいなを追い込んでいる。

れいなは逃げるように彼女から視線を外した。
56 :距離 :2011/10/07(金) 23:18
「れ、れいなは大丈夫やけん。それより…それよりれいなは」

ガキさんが心配なんだよ。

その言葉を言えればどんなに楽か。
前に、もっと前に、言えていれば、この距離などなかったのだろうか。
だが、それは里沙も同じで。
触れてしまえば簡単なのに、触れられない。
そうしてしまうなにかが、二人の中には存在するのだろう。

「9期が心配?」
「…違う」
「私がリーダーだと不安…とか?」

思いもしない言葉にハッとして、里沙を見る。
目に涙を溜めて、それでも笑っていて。
57 :距離 :2011/10/07(金) 23:21
れいなはだんだんと腹が立ってきた。
それが理由か。なんだそれ。なんなんだ。
なんでそんなセリフを笑いながら言えるんだ。
なんで笑ってるのに泣いてるんだ。
リーダーが誰でもついていく。それがこのグループだ。
不安とか怖いとかむかつくとか嫌いとか、そんなんで変えれるならリーダーなんて
要らないじゃないか。
なんで自分にはそういう不安を言ってくれないんだ。
こんな話の流れ言われたってちっとも嬉しくない。

そんな不満を頭の中で考えていたら、いつの間にか口が開いていた。

「不安やね。そうやって隠れて泣いて。ガキさんとはそういう気持ち、全然話したこと
 ないけん、しょうがないけどさ。愛ちゃんがいなくなって不安な気持ちはみんな一緒で、
 でもそれはガキさんがリーダーだからとかじゃなか!ぜんっぜん違う!さゆもいる、
 愛佳もいる。れいなだって…いる。それでもガキさんは不安なん?」

塞き止めていた水が溢れるかのように、れいなの口からどばどばと零れ落ちる。
思ったことをすぐ口にしてしまう性格のれいなには止めることが出来なかった。
58 :距離 :2011/10/07(金) 23:22
そんな洪水のような水に襲われた里沙は、はとが豆を食ったような顔をしていて。
里沙に対し、これほどまでに強く言ったことがあまりない。
それに加え、れいなが自分のことを考え、言ってくれていることに里沙は驚いていた。

彼女の表情と沈黙が訪れて、れいなは急に恥ずかしくなった。
顔が赤くなっていくのが自分でもわかるぐらいで、そんな情けない顔を里沙に見られたくなくて
ぷいっと顔を横に向ける。
まぁそれはあまり意味がないのだが、それでもそこから離れないことが、れいなの気持ちを
表しているだろう。

里沙にはそれがなんとなくわかる。
8年間、一緒に過ごしてきた仲間。彼女の不器用さも素直さも、知っている。
近いようで遠くても、理解していることはたくさんあるのだ。

「そうだね…みんながいるもんね。うん、私がんばるよ。田中っち、ありがとう」

聞こえてきた声は、彼女独特のかすれた音で、れいなの耳にやさしく響く。
59 :距離 :2011/10/07(金) 23:23
うん、居るよ。
自分も居るから、不安になんてならないでほしい。

そう心の中で呟くと、微妙な距離があった手が、れいなの頭に触れた。
伝わる感触に、目を閉じてしまいそうだった。
その手を掴んで、引き寄せてしまいたかった。
だがそう思うだけで、行動に移す勇気は、れいなにはまだない。

「だからーお礼はいらんってば」
「あぁそうだった、ごめんごめん」

顔は見なくても、声と雰囲気で里沙が笑っているんだろうな、とわかる。
嘘の笑顔じゃなくて、本当の笑顔で。

少しは気が晴れただろうか。
そうだったらいいな。

さっきとは違う恥ずかしさ、というか照れに襲われたれいなは早々に別れを告げることにした。
60 :距離 :2011/10/07(金) 23:25
「じゃあ、れいな帰るね」
「あ、ごめんねぇ長々と。お疲れ様」

触れていた手が離れる。
あ、と思ったが自分が帰ると言ったのだから当然のなりゆきなのに、少し寂しかった。
れいなはその寂しさを紛らわす為に、早足で荷物を掴み、その勢いのまま楽屋のドアを開く。
ドアを開けたまま、上半身だけ振り返り、あえて里沙を見ずに、口を開いた。

「…これからみんなでガキさん支えるけん、心配せんでよか。じゃ、おつかれ!」

彼女の返事が聞こえる前に、れいなはそのまま走り出す。
61 :距離 :2011/10/07(金) 23:26
里沙が触れたことで、あの距離が変わったのかもしれない。
いや、先にれいなが素直に気持ちを伝えたからかもしれない。
はたまた、その前に愛が卒業したからかもしれない。
でも、そんなものはあくまできっかけに過ぎない。
近いようで遠い、逆に言えば、遠いようで近い。
だから、掴んでしまえば簡単なのだ。

最後に出た言葉が自分でも驚くほど素直に言えて、それがなんだか嬉しくてしょうがない。
れいなはそれを抑えきれず、走りながら「あー!!」と叫んだ。
その雄たけびは里沙の元にも聞こえていたが、そのことを知らないれいなは笑いながら
階段を駆け下りた。
62 :距離 :2011/10/07(金) 23:26
終わり
63 :名無飼育さん :2011/10/08(土) 00:37
がっガキれな!!
…大好ぶっ、いえいえ大好きな二人です
64 :名無飼育さん :2011/10/08(土) 06:26
長いこと娘。ヲタやってて良かったって思いますなぁ
65 :名無飼育さん :2011/10/26(水) 16:49
>>63
ガキれなはなんとも言えない距離感がいいですよね
私も大好物です

>>64
娘。っていいですよねぇ
66 :名無飼育さん :2011/10/26(水) 16:52
では、ずっと考えていたネタがやっと形になり始めたので投下します。

アンリアル、りほかのです。
67 :赤い狐と緑の狸 :2011/10/26(水) 16:53


赤い狐と緑の狸
68 :赤い狐と緑の狸 :2011/10/26(水) 16:55
物心ついた時には、見えていた。
当たり前のように存在する両親や、毎日食べるご飯と同じように、それも皆に見える
ものだと思っていた。

香音は最初に口にした時のことを今でも覚えている。
それは父親の前だった。
食卓テーブルの上で、ぐるぐると回り続ける小さなおじさんが居た。
そのことを父親に言うと、彼は困ったように笑ってから続けた。

「お母さんや友達には言うなよ?」
「えー?なんでー?この人おもしろいよ?」
「んー他の人には見えないから、怖がっちゃうんだよ。見たら俺に言って来い。
 これは大事な約束だぞ、香音」

ふむ、そうなのか、と単純に純粋に納得した。
香音が父親っ子だということも、大きく影響しているだろう。
そうして、何かが見えるたびに父親に報告していた。
69 :赤い狐と緑の狸 :2011/10/26(水) 16:56
そんな香音に、父親も色々教えた。
香音が見るものは大体、自然霊の一種だということ。自然霊と聞いてもピンとこなかった
香音に「妖精みたいなものだよ」と父親はわかりやすく説明し、それ以降「妖精さん」と
呼ぶようになった。
あとは、彼らは触ったらおびえてしまうからやさしく笑いかけたほうが仲良くなれるという
ことや、時にはその妖精にまつわるお話を聞かせてくれる時もあった。

だが、小学4年生になったばかりの頃、いつものように見えたものを報告していた時。

「香音は俺の血を濃く継いじまったみたいだなぁ。ごめんなぁ」

と悲しそうな声で謝られたのだ。
なんで謝る?
別に悪くないのに。
羽のついたかわいらしい女の子が飛んでいたり、葉っぱの下で雨宿りしている男の子が
見えて困ったことなど一つもないのに。
そして、『自分が視えていることで父親が悲しんでいる』ことがなによりも嫌だった。
70 :赤い狐と緑の狸 :2011/10/26(水) 16:56
それからは見えても父親に報告することもやめ、誰かと一緒に居る時に出くわしても一度
笑いかけるだけにして、観察するのをやめた。
報告をやめても父親も特に何も言ってこない。
だからこれが一番いいんだ、と香音は自分に言い聞かせた。

だが、一人でいる時は今まで通り父親の言うことを守り、やさしく笑いかけ、時には
話しかけたりもしている。
そう、香音は彼らが好きなのだ。
見るだけで自然と笑顔になってしまうぐらい。
だから、その世界を守るために、自分の世界も守るために、父親の世界さえ守りたい
彼女は言いつけを守り、報告するのをやめ、一人の時だけニコニコと笑いながら彼らを
眺めるのだ。


そんな生活にも慣れ、中学生になったある日、香音はある女の子と出会う。
71 :赤い狐と緑の狸 :2011/10/26(水) 16:57
 
72 :赤い狐と緑の狸 :2011/10/26(水) 16:57
太陽が沈みかけて、空が赤く染まりはじめる時間。
香音は中学校で出来た友達と遊び終わり、家までの道を歩いていた。

暑い夏も終わり、そろそろ冬がやってくる季節。
太陽が沈めば少々肌寒くなる。
香音は周囲に誰もいないことをいいことに、ぶるる、と身体を大きく震わせ、わざとらしく
リアクションをしてみる。
着ていた緑色のカーディガンのボタンを全部かけて風が通りにくくしたが、体感的にはあまり
変わらなかった。

まぁいっか。

パンツのポケットに手をつっこんだり、肩をあげたり、そんな誤魔化しはせずに、ほてほてと
歩き続ける。
香音は基本、楽観的だ。
座右の銘は「どうにかなるさ」。
怒ることもあまりない。いや、怒っても怒り方がわからないぐらい、そういう感情は苦手だ。
そんな香音だから人には見えないものが見えても動じないのかもしれない。
73 :赤い狐と緑の狸 :2011/10/26(水) 16:58
なぜ見えるのか、を深く考えたことはない。
見えてしまうものは仕方ないし、特に害はない。むしろ心の拠り所にしている節もある。
人間ではない彼らは話しかけても、言葉としての返事が返ってくることはないが、極稀に表情で
返してくれる時があるのだ。
自分が落ち込んる時は悲しそうな顔を、嬉しいときは笑顔を。
ちゃんとわかってくれる。自分のことを思ってくれる。
そんな優しい気持ちを持っている彼らだから、深く考える気など毛頭ない。


「今日のごっはんはなんだろなー」

ふふーんと鼻歌まじりに道を歩く。
住宅街の小さめな道は車二台がぎりぎり通れるほど。
だが、この時間帯に二台の車が同時に通ることは少なく、人も香音が見える範囲にはいない。
少しだけ気になって後ろを振り返ると、二人ほど歩いていた。

みんな家に帰って、おいしいご飯を食べるんだろうなぁ。
どうでもいい感想を頭の中で呟き、前に向き直った瞬間。
74 :赤い狐と緑の狸 :2011/10/26(水) 16:58
「あれ?」

香音は思わず声を出した。
一つだけ、先ほど見ていた光景と違っていた。
明らかに、圧倒的に、そこだけが、違う。

少し先の電柱に一人の女の子が立っているのだ。
いや、普通の光景なのだけど、さっきは居なかったはずで。
後ろを見たのは大きく見積もっても10秒ほど。
そんな短い間に、見えなかった場所からあそこに行けるわけがない。

香音は歩きながら女の子の様子を窺う。
黒いパンツに赤いパーカー。
見た目は自分と同じぐらいの背格好。
被っているフードで顔は見えないが、その隙間から覗き見える長い黒髪。
至って普通だ。だがその普通さが余計におかしい。

あんな髪の長い子この辺に住んでたっけ?
この周辺の子はみんな小学校も同じなのに、自分が知らないわけがない。
しかし、当てはまる人物が居ない。
75 :赤い狐と緑の狸 :2011/10/26(水) 17:00
最近引っ越してきた子なのかな?
香音は向こうがこちらに気づいていないことをいいことに、じっと観察する。
なんとなく気付かれてはまずい気がして、足音を殺しながら歩いた。

あと数メートルというところで、女の子がフードに手をかけた。
ゆっくりとフードを脱いでいく。黒い髪がさらりと流れる。
その髪をキレイだと思った瞬間、香音の目が大きく見開いた。
女の子が全部脱いだ時、あらわになった頭から、耳がぴょこんと現れたのだ。
耳は耳だが、それは人間の耳ではない。
犬や猫のそれだった。

えぇー!?
声を出すことも忘れた香音が驚くと、その耳がピクっと動き、女の子が背筋を伸ばした。
それから女の子はものすごい速さで、こちらに顔を向ける。
耳はさっきよりもピン!と上にむかい、左右に忙しくなく動く。
そこでやっと香音は気付いた。


この子、人間じゃない。
76 :赤い狐と緑の狸 :2011/10/26(水) 17:00
判断が遅れた理由、今まで香音が見ていた彼らは人間の手のひらサイズだったり、大きく
ても足のひざぐらいまでだった。
頭の耳以外、人間そっくりな者などいなかったのだ。

その人間ではない女の子は眉に皺をよせて、自分を睨んでいるように見える。
いや、確実に睨んでいる。
香音はあまりの驚きと、敵意むきだしの視線に笑いかけることすら忘れ、初めて怖いと思った。

そう思っている間に女の子との距離が近づいていく。

やばい。やばいかもしれない。
自分の中で警報が鳴り響いていた。
このまま何もしないほうがいい、ともう一人の自分が叫んでいる。
その叫びのまま、女の子の前を通り過ぎようとした時。

「お前、狸だな?」

香音はその問いかけに、思わず足を止めて女の子に視線を合わせてしまった。
だが、香音がそうしてしまったのも無理はない。
今まで会った彼らは喋らなかったのに、彼女は喋ったのだ。
それも向こうから、言葉を発し、自分をじっと見つめている。
77 :赤い狐と緑の狸 :2011/10/26(水) 17:01
「狸だろ、お前」
「い、いや、人間だけど…」

女の子の顔がぐにゃりと歪んだ。
でもそれは一瞬で、女の子はすぐに顔を整える。
怖くてちゃんと見ていなかったが、いや今もちょっと怖いけど、間近で見る彼女は可愛ら
しい顔をしていた。少しだけホッとした。

「…今言ったことは忘れてください」

先ほどの強い口調とは正反対の小さい声。
それがなんだか無性に面白い。

次第に薄れていく恐怖、遽かに濃くなる興味。

自然と口が開いた。

「忘れるのはいいんだけど…耳、出てるよ?ていうか、あなたは他の人にも見えてるの?」

女の子はバッと耳に手を当てて、それから怪訝そうな顔に。

「やっぱり狸だなお前!耳は見ないようになってるのに!」
「あ、耳だけなんだぁ。うーんっと、人間なんだけどね、見えちゃうの、私」
「……嘘だ。ぜったい嘘だ」
「嘘じゃないよぉ。昔から見えてたもん」
78 :赤い狐と緑の狸 :2011/10/26(水) 17:01
信じられない、そんな言葉が聞こえてきそうだった。
香音も信じられなかった。
何かが見えても、話したことはなかった。
話しかけても、向こうは言葉を喋らなかった。妖精は喋れない、そういうものだと思っていた。

だから、言葉を交わせることが嬉しくて仕方ない。
もっとこの子のことが知りたい。
そう思って気が付いたら、今まで視たものを全部説明していた。

もう恐怖などなかった。
ただ、嘘じゃない、信じてほしい。強くそう思った。
自分でも不思議なぐらいだった。

説明を聞いるうちに、女の子の表情が変わっていく。
香音の様子を窺ってはいるが、睨みつけるような目つきはなくなり、ピクピクと動いていた
耳が止まった。
彼女も香音に興味をそそられているのかもしれない。

香音の説明をすべて聞き終わった女の子は、少し頭を傾け口を開いた。
79 :赤い狐と緑の狸 :2011/10/26(水) 17:02
「…危害を加えられたことはない?」
「今のところないなぁ。私、見てるだけだし。たまーに向こうも笑いかけてくれるよ?」
「へぇ…」
「でもでも!話せたのは初めてだよ!私、すっごくうれしい!ねぇねぇ!あなたはわんこ?
 それとも猫ちゃん?」

興奮を抑えきれない香音は、彼女の右手を両手で掴む。
ビクリと身体を強張らせる女の子。
もし彼女に全身に毛があったら、ハリネズミみたくなっていたかもしれない。
だが、ニコニコと笑う香音を見て、観念したかのように上に張っていた耳がだらりと下がった。

いつの間にか形勢逆転。

「私は狐だけど…」
「きつね?…赤い狐さんかぁ。なんかおいしそうだね!」
「お、おいしそう?…人間は狐を食べるの?」
「あー違う違う!カップ麺にそういう名前のやつがあんの。赤いきつねと緑のたぬき♪って歌知らない?」
「???」
「そっかぁ知らないかぁ。じゃあ、今度持ってくるから、一緒に食べようよ!」
「一緒に…食べる…?」
80 :赤い狐と緑の狸 :2011/10/26(水) 17:02
彼女は掴まれていない手を口にあて、なにかを考えている仕草。
考えた末、赤いキツネが出した答えは。

「じゃあ緑の狸は、君だね」
「え?私がぁ?」
「だって、緑の服を着てる、それに狸だから」
「あ、本当だ。って服は合ってるけど、私は狸じゃなーい!」
「冗談だよ。ふふふ」

口を手で隠して、彼女は笑った。言葉を交わしてから初めて、笑った。
その笑顔に香音の心が揺れた。
笑ってくれた。そのことが嬉しくて、香音も笑顔になる。

笑った顔も人間そのまま。耳以外は普通の女の子。
というか人間なんじゃないか?と錯覚してしまいそうで。
しかし、そう思ったのも束の間、彼女の後ろで何かが動いた。
それは尻尾だった。
あぁやっぱり違うんだ、と思ったら少しだけ切なさを感じた。
でも仕方ないのだ。彼女は人間じゃないのだから。
81 :赤い狐と緑の狸 :2011/10/26(水) 17:03
ふわりふわりと揺れる尻尾。
その動きがなんとも可愛らしい。
あれは感情を表しているんだろうか。
犬は嬉しいとき振ると父親から聞いたことがある。
狐さんもそうなのかな?そうだったらいいな。

「あぁもうこんな時間だ。そろそろ行かなきゃ」
「えーもう行っちゃうのー?もっと話したいのにー!ねね、明日はここに来ないの?」
「……わかんない…けど、来れたら来るよ」
「本当?じゃあまた明日ね!絶対だよ?」

困ったように笑ってから、彼女は消えた。

「わー…やっぱ妖精さんだぁ。みんなすぐ消えちゃうよねぇ」

いつの間にか消えてしまうのだ、彼らは。だから、いつも淋しかった。
でも、彼女は違う。約束した。消えても、明日、会えるのだ。

香音は上機嫌に、家へと続く道を歩き出す。

「あ!名前聞くの忘れてた!んー明日聞けばいっかー」

香音の後ろで、真っ赤に染まる夕日に人影が浮かんで、消えた。
82 :赤い狐と緑の狸 :2011/10/26(水) 17:03
 
83 :名無飼育さん :2011/10/27(木) 04:25
新作きたー!!!!!!!!!
ほんわかしててカワイイ!!
続きあるんですかね?キツネさんの名前が聞きたい!w
作者さんいつもおつあり!更新頑張ってくださいね
84 :名無飼育さん :2011/10/29(土) 02:40
赤いきつねさんの村にはやっぱり赤い先輩がいるのだろうか
85 :名無飼育さん :2011/10/31(月) 02:54
続き物キタコレ
86 :名無飼育さん :2011/11/13(日) 17:37
うわー、イイ!
>>76からの展開がもうすばらすぃです
続きも楽しみにしてます
87 :赤い狐と緑の狸 :2011/11/15(火) 21:24
>>83
続きあります
長くなっちゃいましたがお付き合いください

>>84
おっと…それは…考えてませんでしたw

>>85
続き物きちゃいました…!

>>86
ありがとうございます褒めると調子に乗りますので注意してくださいw
88 :赤い狐と緑の狸 :2011/11/15(火) 21:28
皆様レスありがとうございます。
本当、励みになります。嬉しくてレスが付くたびにハァハァしてるのは内緒です。

では「赤い狐と緑の狸」更新します。
89 :山と狐と人間と :2011/11/15(火) 21:30


山と狐と人間と
90 :山と狐と人間と :2011/11/15(火) 21:31
次の日、赤い狐は約束通りあの電柱の下に佇んでいた。
その次の日も、その次も、香音が「また明日ね」と言えば「来れたら来る」と返すくせに赤い狐は
必ずあそこで待っていていくれた。

いつしか「来れたら来る」も言わなくなり、学校ある時はあの電柱の下で夕日が沈む手前まで喋り、
休みの日は香音に予定がない限り13時に電柱で待ち合わせ、香音お気に入りの山に行くのが定番に
なっていた。

当たり前のように約束し、当たり前のように会う関係。

そうして一ヶ月が経過し、一緒に過ごす時間に比例してふたりの仲もどんどん深まっていくのは当然の
なりゆきだった。
91 :山と狐と人間と :2011/11/15(火) 21:36
「ごめん待った?」
「ううん。さっき来たとこ」
「よかった。んじゃレッツラゴーゴー」

今日は日曜日。いつもと同じように待ち合わせをし、山へ向かうべくふたりは歩き出した。

わかったことがいくつかある。

赤い狐の名前は里保。
本当はながーい名前があるが、省略して里保と呼ばれているらしいので香音もそう呼ぶようにした。
彼女が言うには香音と年齢はほぼ一緒。だが、寿命は人間より長いので正確にはわからないとのことで。
なぜ人間にも見えるようにして、人間の世界にいるのか。
その理由は父親から「人間の世界でサバイバルしてこい」と訳のわからないことを言われて放り出され、
父親の許しが出るまで帰ってはいけないらしい。

香音は「サバイバル」と聞いてどこかにテントでも張っているのかと思ったが、寝泊りは神社している
らしく、食べる物や着る服はお使いの狐が持ってきてくれて、なに不自由なく過ごせているみたいだ。
ちなみにその着替えはいつも同じの赤いパーカーだが、それはまぁ置いておこう。
92 :山と狐と人間と :2011/11/15(火) 21:37
「サバイバルどころか結局、保護されているようなものだよ」と里保はつまらなさそうに言っていたが
香音はそれを聞いて安心した。
やっぱり寝る家は必要だし、なによりご飯は大切だよね。

香音が知ったのは大体これぐらいで。あまり自分から聞こうとは思わない。
正直、住む世界など、どうでもよかった。
一緒に居ると楽しい、笑ってくれると嬉しい。だから会いたいし、話したい。
その思いは会うたびに強くなる。

だがその思いが強くなると同時に、怖くもなっていった。

いつ行ってしまうんだろう。いつ会えなくなるんだろう。

共有する時間が多くなるにつれて、怖さが増していくのはわかっているのに、香音はその気持ちに
無理やり蓋をして考えないようにしていた。
93 :山と狐と人間と :2011/11/15(火) 21:40
香音のお気に入りの山に到着したふたりは慣れた足取りで山道の脇に入り込み、道とは言えない道を
進んでいく。
その道を抜けると、狭いが街を一望できる丘が現れる。
ここはふたりで探検とかこつけて山を散策していた時、偶然見つけたベストスポット。
偶然と言うか、山の妖精らしきものがふよふよと飛んでいく後を香音が追いかけただが。
二人は自分達の手柄のように喜び、それから山へ来る時は必ずここで過ごすようになった。


香音と里保はその丘に腰を下ろし、話の続きを再開する。
今日はめずらしく里保の舌がよく回る。
昨日使いの狐が来たらしく、その時の話をしたくてたまらないみたいだ。

「で、くどぅーが伝言を聞きに行った時、お父さん寝てて聞けなかったって。結局今回も伝言はなし」
「てーかさ、お父さん寝すぎじゃない?いっつも寝てたって話聞くんだけど。里保ちゃんそっくりだよね。
 里保ちゃんも今日なにしてた?って聞くと寝てたしか言わないじゃん」
「似てないし、遺伝だし、しょうがないし。でもさぁちょっとぐらいは指示してほしい。…何したらいいか
 わかんない」
94 :山と狐と人間と :2011/11/15(火) 21:41
里保はぶすっと顔を膨らませ、伸ばしていた足をバタバタとさせる。
なにも言ってこない父親にご立腹の様子だ。
彼女の足元の周りに生えている短い草が逃げるように横へ倒れる。

香音は彼女のしぐさを見ながら笑うが、そのせいで里保の顔はますます膨らんだ。

「もう香音ちゃんはすぐ笑う。そんな面白いことじゃないじゃん」
「えーだって里保ちゃんちっちゃい子みたいなんだもん。もうヤダヤダぁ!って駄々
 こねた子みたいで面白いよ」
「…狸うるさい」
「あ、また狸って言ったな!このっ!」

香音は隣に座っている里保めがけて肩で体当たり。
里保も負けじとやり返す。何度も何度も繰り返し、その間に顔が緩んでいく。
最後はギャーギャー言いながら、お互いを巻き込むような形で地面に倒れ込み、声を出して一緒に
笑った。

傍から見れば、極々普通の仲のいい子達だと思うだろう。
決定的に違う一つの点を除けばそれは間違いない。
だが、その間違いが天と地ほど違うのはお互いしか知らない。
そのことをふたりどう思ってるのか。それもふたりにしかわからない。
95 :山と狐と人間と :2011/11/15(火) 21:43
笑いきった後に訪れる沈黙。
気まずいとか、そんな気持ちにはならない。
むしろ、風に吹かれて木の葉っぱが擦れる音や、遠くの方から聞こえてくる鳥達の鳴き声が心地いい。
そう思えるのも隣に里保がいるからかもしれないな、と香音は思う。
彼女はどう思っているのかはわからないが、この穏やかな雰囲気が答えだろう。
そんな余韻に浸りながら、しばらく仰向けのまま沈黙を楽しんだ。

香音は視界に広がる青い空と太陽に意識を向ける。
冷たくなってきた空の青に灯る橙が眩しくて、暖かい。
空に両手を伸ばし、太陽を包み込むように手を合わせた。

あぁあったかいなぁ。

あの肌寒い季節から一ヶ月が経ったため、日中も寒さを感じるようになってきた。
その分たくさん着込み寒さを予防しているが、山に来るとさすがに晒されている手は冷たくなる。
あっためさせてね、太陽さん。
包み込んで見えなくなってしまった太陽に、頭の中で投げかけてみる。
96 :山と狐と人間と :2011/11/15(火) 21:45
「あー今日はいい天気だなぁ」
「それ言ったの5回目だよ」
「だっていい天気だもーん。里保ちゃんもそう思うでしょ?」
「そうだね」

里保も香音と同じように手を伸ばした。赤いパーカーから出ている両手を見遣る。
もしかして、彼女も寒いんだろうか。
そう思って、太陽を包んでいた手で彼女のそれを同じように包み込んだ。
里保の手は自分より暖かった。

「里保ちゃんの手、あったかいね」

素直に感想を述べてから、隣の彼女へ顔を向ける。
里保は眉をひそめて、溜息をついた。

「香音ちゃん本当は寒いんでしょ。早く言いなよ」

しまった。ばれた。
慌てて手を離したが、その行動が逆効果になっていることに香音は気付かない。
里保はもう一度溜息をついた。
97 :山と狐と人間と :2011/11/15(火) 21:46
「べ、別に寒くないし!」
「私は狐だから寒さに強いけど、人間はそうじゃないでしょ?もう帰ろ」
「えー!ヤダー!さっき来たばっかりじゃんか!」
「わがまま言わないの」

里保は立ち上がり、香音の手を上から引っ張る。
上にいる彼女のせいで太陽が隠れてしまった。そのせいで身体に寒さが広がる。

「ほら、帰るよ」
「ヤダー!だってまだ明るいじゃん!大丈夫だって!」
「大丈夫じゃありません。ほーらー早く立ってよぉ」

ぐいぐいと何度も上に引っ張られるのと、寒さに耐えかねた香音はのそりと立ち上がるが、納得はしていない。
口の中に空気を含めるだけ含めて、不機嫌をあらわにする。
いいじゃんか、いいじゃんか。自分がいいって言ってるのに。

「変な顔ー」

里保は香音の頬を指でつつく。
突かれたせいで圧迫された空気が口から「ぶしゅー」と出ていった。
そんなことをしても機嫌は直らないんだから、と香音はぷいっと横を向く。
98 :山と狐と人間と :2011/11/15(火) 21:48
「ねぇー香音ちゃんのほうがちっちゃい子みたいだよ?」

クスクスと里保が笑う。
先ほどとは逆になってしまった。こんなはずじゃなかったのに。
冷たい自分の手のそばを、風が通り抜ける。
ますます冷たくなりそうで、自分の機嫌も悪くなりそうになった時。

ふいに訪れる感触。

その暖かさにつられて、香音は左手に視線を移す。
案の定、里保の両手が自分のそれを包み込んでいた。
これも先ほどとは逆になってしまったがこっちの逆は、悪くない。
これだけのことで悪くないと思ってしまう自分は、なんて簡単な奴なんだろう。

その暖かさに浸っていると、彼女の手に少し力が入った気がした。

「風邪引いて会えなくなっちゃうの嫌だから、帰ろう?ね?」

隣から聞こえてきたやさしい声に、香音の心が揺れて、視界も揺れる。
99 :山と狐と人間と :2011/11/15(火) 21:50
里保は今まで一度もそういう言葉を口にしなかった。
いつも自分が誘っていたし、伝えたい思いが強くて、ちょっと照れくさい言葉もよく口にする自分。
そういう時、彼女は大抵真顔になるか、困ったように笑うことしかしなかったのに。
なのに、今、会えなくなるのが嫌だと自ら言ったのだ。
ちょっとうれしい。いや、ちょっとどころじゃなく、かなりうれしい自分がいる。

だが、その横で怖さに脅える自分もいることを嫌でも自覚してしまう。

次第に蓋が開きつつあるのに、それでも香音は無視をし、里保を見遣った。
彼女は耳を倒して、くすぐったそうに笑っている。そして、その後ろで尻尾が、ふわりふわり。

これ卑怯だよなぁと香音は思う。
どうでもよくなってしまうのだ、この姿を見ると。
どんな思いも、吹っ飛んでしまう。

香音は観念し、短く息をついて、空いていたほうの手で里保の頭を撫でた。
尻尾がまた波を打った。自分の目じりが下がるのがわかる。
100 :山と狐と人間と :2011/11/15(火) 21:51
「わかったよぉ。帰ろっか」

握られた手を繋ぎなおし、香音は歩き出した。
それに遅れまいと里保もついて行く。視線の端に見える彼女はとても可愛い。
だが彼女の言動やしぐさで、簡単に気持ちを変えられてしまったことが悔しい。
少しでも抵抗をと、香音は下がった目じりを上げて、口もへの字にさせる。

そんな抵抗をしているとは気付いていない里保は香音に追いつくなり「ふふっ」と声を漏らす。

「香音ちゃんはおりこうさんだね。言うこと聞いていい子だね」
「狐うるさーい」
「香音ちゃんは子供だなぁ」
「里保ちゃんだって子供じゃん」
「違うよ。私は子狐だよ」
「なんだよそれぇ。変わんないじゃん、ほぼ一緒じゃん!」
「イヒヒヒ!ばれたかー」

そのまま手を繋ぎながら道なき道を出て、ゆるやかな山道をふたりは歩き始めた。

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