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昆虫とサイダーと

1 :名無飼育さん :2011/09/22(木) 00:05
基本的に9期絡み。
スレタイ通り、りほかの多めになると思います。
情熱大陸な二人が好きなので、そういうお話ばかりになりそうです。
2 :名無飼育さん :2011/09/22(木) 00:09
リボンにまつわるエトセトラ
3 :リボンにまつわるエトセトラ :2011/09/22(木) 00:12
「なんで勝手に渡しちゃったの?」
「だって私が道重さんに渡す約束したもん。別にいいじゃん、渡したって」

里保と香音の声がいつもと違っていた。
お互いに冷ややかな、怒りを帯びている声で、相手に投げかけている。
その普通じゃない様子に、楽屋にいるメンバーはチラリとそちらの様子を伺いつつ、
普段通りを装い二人を見守っていた。
だが、一人だけ顔の緩みを抑えきれないメンバーがいるが、そのことはまぁ
置いておこう。

「里保ちゃん忘れてたじゃん。んで、私が見つけたじゃん。それなのに
 奪って渡しに行くとか最悪じゃんか!」
「じゃけぇ私が約束したんだもん!渡したらいかんの?!」

声を荒げた二人に、メンバー達の視線が注がれる。
ある者は心配し、ある者は懐かしむような目で見守り、ある者は一度だけ見て
そんなことよりと、隣に居る先輩に必死に話しかけたり。
そして、里保がめずらしく方言を出したことに悶える変態が二人。
4 :リボンにまつわるエトセトラ :2011/09/22(木) 00:14
そんなふうに見られていることなど知る由もない渦中の二人はお互いを睨みつける。

「…もういい。里保ちゃんなんて知らない」

いつもニコニコしている香音が表情を消して、言い捨て、楽屋を出て行った。
残された里保は一瞬だけ悲しそうな顔をした。
だが、負けず嫌いな彼女はすぐに口をへの字にさせ、噤む。

楽屋の中が異様な空気に包まれた。

衣梨奈の話し声だけが楽屋に響いている。
話しかけられている里沙は衣梨奈のことなど見ても聞いてもいなく、困ったように
リーダーの愛を見遣った。
愛はそんな里沙を安心させるようにへらりと笑って「ま、大丈夫やろ」と返事をするが、
その言葉とは裏腹に楽屋のドアを見つめている。
大丈夫とは思うが、やはり心配なんだろう。
5 :リボンにまつわるエトセトラ :2011/09/22(木) 00:15
れいなはグラサン越しに里保を見ていた。
こういうこと昔はよくあったなぁ、と思いつつ隣の同期に視線を移す。
れいなはすぐに後悔した、今視線を移すべきではなかった、と。
だが、無視するわけにもいかず、苦言を呈することにした。

「さゆ、なんその顔。マジ気持ち悪い」
「へ?」
「顔。ニヤニヤ笑ってて気持ち悪いとよ」
「あ、出ちゃってた?」

この変態っぷりさえなければとても信頼できる同期なのに、と頭の中で嘆くが
まぁ同期なので許すことにしよう。
れいなの中でそんな許しが出たことなど知らないさゆみは、まだニヤニヤしていた。

さゆみの取り合い?そのことで喧嘩?
あぁんもう最高!さゆみのことで喧嘩はやめて!なんてね!
などと、頭の中では顔のニヤニヤ以上に気持ち悪いことを考えている。
さゆみはどうしてもこのニヤけてしまうシチュエーションを共有したくて、
唯一分かり合える聖の元へ向かった。
6 :リボンにまつわるエトセトラ :2011/09/22(木) 00:16
聖はポーっと里保を見つめていた。
方言ってかわいいなぁ、と思っていると、ふいに声を掛けられる。

「フクちゃん」
「あ、道重さん」

ニヤついている先輩を見て、自分の顔も緩み始めるのを感じる。
この人は仲間なのだ。
二人は他のメンバーには見られないように背を向け、コソコソと話し出す。

「里保ちゃん、方言出ましたね」
「あれ、反則だよね。りほりほめっちゃかわいかった」
「しかもあんな大声で怒る二人は初めて見ましたよ」
「もうやばい。しかもさゆみのことで二人が言い合いしたんだよ?すごくない?あぁーん!
 さゆみリボン忘れてよかった。ぐふふ」
「ふふふ。やばいですね。道重さんちょっと気持ち悪いです」

意外に毒舌な聖。
まぁ今絶頂に達しているさゆみにそんな後輩の言葉など屁でもないことをわかって
言ったのだだろう。
むしろ煽られように思えたさゆみは、顔のニヤニヤを抑えなかった。
7 :リボンにまつわるエトセトラ :2011/09/22(木) 00:18
当の本人、里保は机だけを見ていた。
だが、頭の中は香音で埋め尽くされている。さゆみのリボンのことなど、もう忘れていた。

あんな香音は初めてだった。
正直、怒っていることに怒ってしまったのだ。
冷静に考えると、自分が悪いと思う。立場が逆だったら、香音に文句を言ってるだろう。
なのに自分は反論して、彼女をまた怒らせて。
いや、でも今更謝ってどうする?向こうが先に怒ってきたのに。

ぐるぐると自問自答を続ける。

「鞘師」

横から声が聞こえてきて、ハッと隣を見ると、リーダーが優しく笑っていた。

「このままでいいの?」
「…よくはないと思います」
「じゃあ素直に思ってることぶつければいいと思う。私はむかついたとき、そうしてきたよ。
 ね、ガキさん」

急に話を振られた里沙は少し驚くが、すぐに愛と同じような優しい表情になった。
8 :リボンにまつわるエトセトラ :2011/09/22(木) 00:19
「愛ちゃんは短気でねぇ。なんかよくわかんないけど怒ってたこともあってさ。
 そのたびに言い合いしたねぇ」
「よくわかんないとは聞き捨てならんな。ちゃんとした理由が当時には」
「はいはい。今はそういうことじゃないでしょ」

里沙が長くなりそうな愛の話に口を割る。
むぅと唇を尖らせる愛。
そんな愛に困ったように眉をハの字にさせて笑う里沙。

二人のやり取りに、里保は思わず笑みがこぼれる。
まだ13年しか生きていない幼い里保でも、愛と里沙の絆はとても強いことがわかる。
昔は今の自分達のように喧嘩をしていたんだな、と思うといつもより二人が身近に感じた。

「でも愛ちゃんが言ってた通り、思ってることぐらい言ったっていいんだよ。
 それに、鞘師があんな怒るまで感情出せる相手なんて、滅多にいないんじゃない?」
「…そう、ですね…。あんまりいませんね」
「うん、じゃあ、もっとぶつけちゃいな」
9 :リボンにまつわるエトセトラ :2011/09/22(木) 00:21
里沙はニッと笑い、愛は里保の肩をポンと叩く。

謝る、謝らないではなく、思ってることを言えばいいのだ。
こんなに簡単なことはない。

自分よりも10年以上年齢を重ねた二人が出した助言は、里保の中ですんなりと受け止めることが
できるものだった。

里保はよく立ち上がり、二人に向かって「ありがとうございます」と頭を下げる。

そして、さっきの香音と同じように楽屋を飛び出した。
10 :リボンにまつわるエトセトラ :2011/09/22(木) 00:25
楽屋を飛び出した里保の目の前に、香音が立っていて、予想してなかった状況に
身体が動かなくなる。
香音も急に出てきた里保に驚いているようで、口をあんぐりとあけていた。
が、すぐに閉じられる。

お互い見つめたまま、訪れる沈黙。
なんて声をかけたらいいんだろうか。
二人に第一声も助言してもらうんだった、と少しだけ後悔した。

「あ、えっと…」

里保は沈黙を破りたくて、声を出したものの、言葉は続かず。
また沈黙が訪れるかと思いきや、それをさせなかったのは香音だった。

「里保ちゃん、ごめん」
「え?」
「なんか私、超自分勝手だった。ごめんなさい」

自然に、なんのためらいもなく、自身の悪かったところを謝罪し、頭を下げた香音。
その行動に、里保はたじろいだ。
11 :リボンにまつわるエトセトラ :2011/09/22(木) 00:32
なんでこんな素直に謝れるんだろう。
自分は謝ることに躊躇し、先輩に助言されるまで席を立とうとしなかったのに。
自分だって悪いのもわかっていたのに、動けずにいたのに。
素直になれない自分が情けない、と心底思う。
同時に、素直で思い切りのいい、この同期をうらやましくも思う。

今からでも遅くない?
自分だって悪かっただろう?
少しでもいいから、彼女に追いつきたい。
彼女と同じ目線に居たい。

うらましいと思う気持ちが、尊敬に変わることなど容易い。
まだ13歳、思考がやわらかい今は特にそうだろう。

香音に聞こえないように深呼吸をして、決意が消えないうちに思いを、素直に。

「私も…悪かったと思う。ごめん」

里保は香音と同じように頭を下げた。
頭を下げた里保には、彼女がどんな表情をしているかわからない。
視界に見えるのは、自分の足と、床と、彼女の足だけで。

しばらくそうしていると、彼女の足が動いたのが見えて、そのあとすぐに、肩を
ポンポンと叩かれる感触がした。
12 :リボンにまつわるエトセトラ :2011/09/22(木) 00:37
「里保ちゃん、顔上げてよぉ。もういいからさぁ」

頭の上から情けない声がして、言われた通りにすると、香音は困った顔をしていた。
なんで彼女が泣きそうな顔をしているんだろう。
なぜか、自分の目も潤んでいく。

再度「ごめん」と言うと「もういいってばぁ!」香音が怒ったような声を出す。
だが、先ほどのような冷たい感じはない。

「なんかさ…うらやましかったじゃんね。里保ちゃん、道重さんに気に入られてるし。
 私、ダンスとかで普段迷惑かけまくってるから、少しでも先輩の役に立ちたくて…。
 自分のことしか考えてなかった」
「私だっておんなじだよ。香音ちゃんが見つけてくれたのに、勝手に渡しちゃって…。
 私も自分のことしか考えてなかったもん」
「……同じだね」
「うん、同じだよ」

思っていることを言えば、同じように本音が返ってくるものである。
香音の素直さに、里保は同じように素直で返した、ただそれだけ。
と言っても、二人にとっては初めての衝突。
13歳になったばかりの少女達にはそのことがどれだけ難しいか、それとも簡単かはわからない。
13 :リボンにまつわるエトセトラ :2011/09/22(木) 00:38
気持ちを伝え合う、というのはなかなか恥ずかしいもので、二人はそれを隠すように、笑った。
笑い合うタイミングも同じだったので、それがまたおかしくて、二人は声を出して笑った。

「あのさ、あのさ」
「うん?」
「仲直りしよう?」

差し出された、手。
もう仲直りしたようなものだけど、律儀に言葉にしてくることが香音らしいな、と里保は思う。
顔を見ると、彼女はふやぁと目を垂れ下げ笑っていて。
里保は、笑うとすべて黒目になってしまう彼女の笑顔が、大好きだった。

「うん」

ゆっくり手を伸ばし、彼女の手を掴んだ。
香音に笑いかけると、これまた嬉しそうな笑顔を返されて、少しだけ照れる。

「あー里保ちゃーん」
「んー?」

笑顔で手をブンブンと振り回す香音がかわいくて、里保はされるがままに手を任せた。
14 :リボンにまつわるエトセトラ :2011/09/22(木) 00:40
ふわふわとした気持ちに包まれていると、急にぐいっと手を引っ張られ、
身体が前へつんのめる。
それを計算したかのように、里保を香音が身体で受け止めた。
結果、抱き締められる形に。
香音は結構スキンシップが好きなのだが、さすがにここまでするのは珍しい。

「え、ちょ、香音ちゃん?」

里保は驚きながら、どうしたもんかと思っていると、耳元から声が聞こえてきた。

「これからも一緒にがんばろうね。先輩達に、里保ちゃんに、早く追いつきたい」
「……私の名前はいらないと思う」

自分の名前が出てきたことに対し訂正したが、正直なところ、嬉しかった。

香音も一緒なんだろう。
自分にはないものを持っている里保がうらやましく、尊敬しているのだ。
里保はそのことをさらりと言ってのけてしまう香音を。
15 :リボンにまつわるエトセトラ :2011/09/22(木) 00:43
ないものねだり。

でも、それは、成長していくうえで必要で、大切なことで。
夢を追いかけて、掴んだ後でも、まだ追いかける存在がたくさん居て、自分達は
まだスタートしたばかりだと痛感する。
一緒に成長していきたい、先輩達のように、先輩達を追い越すぐらいの存在になりたい。
それは一人では出来なくて、一緒にいる仲間が居るからこそ、がんばろうと思える。
負けたくない、でもお互いを励ましあい、敬う関係。

うん、この感覚は結構好きだ。

里保は香音の腰に手を回し、そのあたりを優しく叩いた。

「がんばろうね、一緒に、がんばっていこう」

香音は深く頷き、身体を離す。

そして、また、お互いに笑い合った。
16 :リボンにまつわるエトセトラ :2011/09/22(木) 00:44
「ちょ…押さないでよ!もう!」
「見えんもん、しょうがないやろ」
「道重さんばっかりずるーい!」
「ねーずるいよねー」
「ポンポンコンビうるさい!気付かれちゃうでしょ!」

ゴソゴソと後ろから聞こえてきた声達に気付いた二人。
二人が扉を見ると、それを合図にしたのか、ドアが開き、なだれのようにメンバー達が崩れてきた。
それはまるでコントのようで。

床にへばり付きながら気まずそうに二人を見る、さゆみ、れいな、聖、衣梨奈の4人。
その後ろに立ちながら苦笑いをしている、愛と里沙。

話を聞かれていたんだろうと呆れる前に、その光景が面白くて、里保は笑った。
香音もつられるように笑い、4人もごまかすように「へへへ」と笑う。
17 :リボンにまつわるエトセトラ :2011/09/22(木) 00:45
「鞘師、鈴木。うちらも一緒にがんばるよ。みんなで、がんばっていこうね」

そう言ったのは次期リーダーの里沙。
隣に居る現リーダー、愛は優しく頷く。
愛と里沙の頼もしさが、伝わってくる。
このグループに入れて本当に良かった、と心の底から思えた。

「はい!」

二人の返事は自然と合わさり、その声と表情は強い意志が溢れんばかりで。
昨日より、さっきより、頼もしく思える。
そんな雰囲気を感じ取った愛と里沙は嬉しそうに微笑んだ。


そんなやり取りを見たさゆみの「…私の取り合い終了?」という、とても小さな呟きを
聞き逃さなかったれいなが、彼女の頭をはたいたのは言うまでもない。
18 :リボンにまつわるエトセトラ :2011/09/22(木) 00:45
終わり
19 :名無飼育さん :2011/09/22(木) 22:12
やっぱり娘。っていいなぁ…としみじみしちゃいました
20 :名無飼育さん :2011/09/22(木) 23:05
>>19さん
レスありがとうございます嬉しいです
娘。っていいですよねぇ。最近、特に思います
21 :名無飼育さん :2011/09/22(木) 23:11
では、某所に投下したものですが、載せたいと思います。
22 :名無飼育さん :2011/09/22(木) 23:11
やくそく
23 :やくそく :2011/09/22(木) 23:16
里保は焦っていた。
どうしようもなく焦っていた。
自宅休養、という現実はひたすらじっと耐えることしか出来ない。
こうしている間も、あの7人は活動し、仕事をこなしている。
復帰したころにはダンスも歌もなにもかも、自分よりうまくなってるかもしれない。
そう思うと、焦りは募るばかりだった。

今日はハローのライブである。
里保は先輩メンバーへ応援メールを送り、同期にはそれより砕けた内容のメールを
したためていく。

「そういえば…今日は香音ちゃんのソロだったなぁ」

香音へのメールを打っている途中で思い出し、それに触れる内容に変えていった。

________________________

香音ちゃん
今日はソロだったよね?香音ちゃんのソロ、見たかったなぁ。
どんな感じだったか、またメールしてね!楽しみにしてるよ。
ライブがんばってね!
________________________
24 :やくそく :2011/09/22(木) 23:17
「送信っと…」

無事に送られたことを告げる画面になったのを見てから携帯を閉じた。

腰にはめられたコルセットがずしり、と急に重くなる。
焦りの表れなのか、寂しさの表れなのか定かではない。

「あー…見たかったなぁ…香音ちゃんのソロ」

誕生日も一緒に祝うことができなかった。
一番近くに居たはずなのに、今は一番遠くに居るような気がして
腰の重みは心までも重くしていく。

里保はどこにもぶつけられない感情をどうすることも出来ず、ベッドに横たわる。
目を腕で覆い、視覚をシャットアウトした。

ハローライブのリハの時、香音と色々な約束をしていた。
お互いのソロの時、アイコンタクトしようね、だとか、指差しもしちゃおう、だとか
あの曲の時は顔を見合わせて笑おう、だとか。

初日はそんなことをする余裕なんてなかったので、できるわけがなった。
でも次があると思っていた。
里保自身もやれると思っていた。
思っていただけで、身体は正直だった。
25 :やくそく :2011/09/22(木) 23:19
「ひとつも…できなかったな」

香音との約束を守れなかった自分が情けない。
そのことを謝れば、彼女は笑って許してくれるだろう。
他愛もない約束、しかし里保にとってはとても大切な約束だった。
だからこそ、謝れなかった。


ぼんやりと暗闇の世界に溶け込んでいると、電話を告げる着信音が鳴り響く。

誰だろう、と画面を見ると。

「え…?」

なんで?と疑問が先に浮かんだが、とりあえず通話のボタンを押した。

『あ!里保ちゃん?』
「どしたの急に」
『あーいやーアハハ!ちょっとさー…』

めずらしく歯切れが悪い香音。
隙間から聞こえてくる音はガヤガヤとしていて、楽屋にいるであろうことが想像できる。
26 :やくそく :2011/09/22(木) 23:21
「もうすぐ本番でしょ?電話いいの?」
『大丈夫、新垣さんに許可取った』

次第にガヤガヤは遠のいていく。
楽屋から出て、静かなところにでも移動しているんだろうか。
里保はあえてそのことには触れず、話を進めた。

「ならいいけど。で、なんかあったの?」
『あのさ、今日あたしソロじゃん?なんかーめずらしく緊張してんの!』
「めずらしいっていうかいつもじゃない?」
『そうだけどさぁ。あんさ、いつも、里保ちゃんが隣にいたじゃん?』

里保は香音の言葉に動揺してしまう。
事実、隣に居たのは里保だが、改まって言われるとなんだか恥ずかしい気がした。

「あぁ…うん」
『春も今回の最初も里保ちゃんが居たのに、今日いないじゃん?』
「私がいなくても聖ちゃんやえりちゃんがいるよ」
『そういうことじゃないよ。ちょっとさ、あたしに気合いれてよ』
「それも二人や先輩達が言ってくれたでしょ?」
27 :やくそく :2011/09/22(木) 23:22
言いたいのは山々だ。
だが、その場にいない自分には言えることじゃない。
そう思う里保はわざと冷たい言葉で言ってしまう。

『んー言ってくれたけどさ、なんか違うんだろうね。よっしゃ!って気合入らない』
「……」
『春ツアーも今回の初日も里保ちゃんが隣に居たからがんばれた。里保ちゃんの
 言葉はあたしに力くれんの。わかるー?』

なんだか、耳がくすぐったい。
香音はたまにこういうことを素で言ってくる。
それに里保も素で返すのだけれど、こう離れているときに、ましてや
電話で言われるとやっぱり恥ずかしいもんなんだな、と里保は思った。

「あー…香音ちゃん」
『はい』
「香音ちゃんががんばって練習したの、私は知ってる。だから大丈夫。
 ソロでもなんでも、香音ちゃんのいつもの笑顔でやれば絶対大丈夫だから」
『…ん…そうかな』
「そうだよ。私が言うんだから間違いないよ」
28 :やくそく :2011/09/22(木) 23:23
里保はぎゅうと携帯を握り締める。
近くにいるなら、手を握り締め、まっすぐ目を見て、言いたい。
だが、できない。だから変わりに携帯を握り締める。
携帯を握り締めたところでそんな思いは伝わらないが、そうせずにはいられなかった。

『……うわー自信満々!アイコンタクトの約束できないくせにぃ!』
「そ、それは!…破りたくて破ったわけじゃないもん!」
『あ、怒った。ごめんごめん。わかってるよ。次のハローでのお楽しみにしようね』
「ん…もうそろそろ新垣さんが呼びに来るんじゃない?」
『だねぇ。里保ちゃん、ありがとう。気合入った』
「がんばってね」
『うん、行ってくる。里保ちゃん、焦らなくても大丈夫だから。うちら、待ってるから。
 じゃあまたメールするね!バイバイ!』

こちらがさよならを言う前に切られた音がして、すぐに無音に変わる。

通話終了という文字が出ている画面を眺めながら、里保は香音の言葉をかみ締めた。
29 :やくそく :2011/09/22(木) 23:24
『里保ちゃんの言葉はあたしに力くれんの』

『里保ちゃん、焦らなくても大丈夫だから。うちら、待ってるから』

力をくれるのはそっちだ。
電話が来た時点で救われたのに、必要としてくれて、悩んでいたことも
話してないのに、言ってくれたその言葉。

どれだけ彼女に依存してるのか思い知らされた気がして、里保は呆れ気味に苦笑いを浮かべる。

「やっぱり香音ちゃんには敵わないなぁ」

大きな独り言を呟くと、苦笑いはいつのまにか消え、自然な笑みがこぼれ出す。

重いと感じていたコルセットが、ずいぶんと軽くなった気がした。
30 :やくそく :2011/09/22(木) 23:24
終わり
31 :名無飼育さん :2011/09/22(木) 23:27
あぁ最初に説明入れればよかったorz
今更の説明ですが、鞘師復帰前のお話です。
32 :名無し飼育さん :2011/09/22(木) 23:37
うわーいいですねりほかの。
リアルな感じがあったかい。ほっこりします。
素敵ですね。
33 :名無飼育さん :2011/09/23(金) 10:28
これの作家さんだったのね
これからもよろしくおねがいしまつ
34 :名無飼育さん :2011/09/24(土) 00:22
作者さんありがとう
りほかの好きです
感動しちゃうような熱い友情系もキュンとしちゃうような甘いのも好きなので嬉しいです
更新楽しみに待ってますね!
35 :名無飼育さん :2011/09/26(月) 20:43
>>32さん
わーお褒めのお言葉、めっちゃうれしいです。
りほかの、いいですよねー。
忘れてた熱いものを呼び起こしてくれる不思議な力があると思ってます。

>>33
某所で読んでくださった方ですね!
ありがとうございます、がんばりますw

>>34
ありがとうだなんて滅相もない!
りほかのの良さが少しでも伝わればいいな、と思って書いてます。
今のところ熱い友情しか書けませんが、よかったら読んでやってください。
36 :名無飼育さん :2011/09/26(月) 20:50
みなさま、レスありがとうございました。
とても励みになります。

では、前回の後編みたいなものを載せたいと思います。
タイトルを書くとネタバレっぽいので最後に。
37 :名無飼育さん :2011/09/26(月) 20:50
 
38 :名無飼育さん :2011/09/26(月) 20:51
ザァザァと降りしきる雨の中でも、里保の足取りは軽かった。

雨という天気は元々嫌いじゃない。
落ちてくる雫たちがキラキラと輝いて見えるから、むしろ好きだ。
そして、今日の雨は一段と輝いて見えるのだ。
まるで自分の気持ちを表しているかのようで、胸がはずんで仕方ない。

そのせいで緩んだ顔を抑えることなく、里保は歩く。

なぜそんなに浮かれているのか、というと。
約4週間の自宅休養を終え、医師が出した診断は仕事に復帰できることを表していたから。
公式に発表する前に秋ツアーの打ち合わせに出るように言われ、今、事務所へ向かっている途中なのだ。


自宅休養中、今回の診断が出るまでの里保は塞ぎこんでいた。
言うことを聞いてくれない身体。初めてのハローライブも欠席。
なにもかも自分の責任だ、自分が悪いのだ、としか思えなくて。
自分のせいでメンバーにも迷惑をかけてしまった事実。罪悪感と劣等感しか生まれなかった。
それでもメンバーは「ゆっくり休んでおいで」と言ってくれた。
特に同期達の言葉は優しいものであり、それに何度救われたことか。
39 :名無飼育さん :2011/09/26(月) 20:53
「会ってちゃんとお礼言わなきゃ」

メンバー達には復帰できる旨をメールで伝えてあったが、やはり顔を見てお礼がしたい。
早く伝えたい、という気持ちは濡れる地面を強く蹴ることが体言していた。



事務所に着き、世話になっているスタッフに挨拶とお礼をしながら打ち合わせが行われる会議室へ。
いざ扉の前へ着くと、少しばかりの緊張が里保を襲う。
4週間は意外に長い。一緒に活動してない間にメンバー達が変わっていたらどうしよう。
そんな短い間に変わることなどあまりないのだが、13歳になったばかりの少女には大きな不安だろう。

ふぅと深呼吸をして、扉を開ける。
中に居たのは、一人だけ。

だが、その一人は里保が一番安心できる存在で、一番感謝している人物だった。

香音は里保の存在に気付き、座っていた椅子から立ち上がり、里保の元へ歩いてくる。
一方、里保はそんな彼女の姿を見ただけで、ずっと我慢してこれたはずの涙が溢れそうになり、
声が出せない。
40 :名無飼育さん :2011/09/26(月) 20:55
近づく距離に比例して、里保の視界はゆるゆるとぼやけていく。
目の前まで来た香音は、ふやぁと目を垂れ下げ、うれしそうな笑顔を里保に向けた。

「里保ちゃん、おかえり」

おかえり。
頭の中に、蘇る。
香音に言われた「焦らなくていいから」と「待ってるから」。
塞ぎこんでいた自分に何度も電話やメールをくれたり、ツアー日記にも名前を出してくれた彼女。
メンバーの中で一番気を許しているからだろうか、里保は香音の言葉にとても救われていた。

「香音ちゃん…あ、ダメだ…」

やっと声が出たものの、里保は抑え切れず、顔を下げた。
涙が、涙が勝手に、出ようとしてくる。
たった一言で、耐えてきたものを壊してしまう彼女。

先にお礼を言わなきゃいけないのに、おはようの挨拶もしてないのに。

おかえり、というたった一言が里保の心を掴んでしまい、離さない。
41 :名無飼育さん :2011/09/26(月) 20:56
「んー?里保ちゃん?」

香音は里保の顔を覗き込む。
そして理解する。なぜ、顔を下げたか。
理解した上で、香音は里保の頭をやさしく撫でた。
瞬間。
溢れ出る、涙。

なんで自分はこうも影響されてしまうんだろう。
香音の何気ない行動や言葉に感情を揺さぶられてしまうんだろう。

出始めたものは、もう止められない。
静かに泣き始めた里保に、香音は苦笑いした。

「里保ちゃんは本当に泣き虫だなぁ」
「な、泣き虫じゃない…」
「うっそぉ?あたしの前じゃあよく泣いてるよ?」
「だって、だってぇ…香音ちゃんが…うっ…」
「わわわ。復帰早々泣くなんてしょうがない子だねぇ」

年上のような言い方をされて里保は少々むっとする。
抗議しようと顔を上げた瞬間、ふわり、ゆっくりと身体を包み込まれた。

これは、予想外だった。
42 :名無飼育さん :2011/09/26(月) 20:56
「でも、今日はいいよ。どうせ我慢してたんでしょ?」

耳元で言われた言葉は図星だった。

いつもおちゃらけて、変顔ばっかりしてるくせに。
なんでこういう時だけ、彼女は大人になってしまうんだろう。
なんだか、置いていかれるようで、悔しい。

悔しいが、この優しさを纏った身体を拒むほど里保は強がりでもない。

背中へ控えめに手を回し、彼女の肩に顎をのせた。
それから、一つ深呼吸。

「香音ちゃんはずるい」
「えぇ?どこが?」
「全部」
「全部っておかしくない?」
「おかしくない」

「意味わかんないよー」と香音は非難の声をあげたが、里保はそれに返答しないことにした。
43 :名無飼育さん :2011/09/26(月) 20:57
でも、その変わりに。

「香音ちゃん、ありがとう」

あぁ足りない。
こんなお礼一つじゃ、足りない。

わかってる、けど、言葉を続かせようとしても在り来たりなものしか出てこなくて。
だけど彼女の言葉が頭の中でぐるぐる回っていて。
心配かけまいと両親の前でも笑顔を作って、メンバーからの連絡にも強がって
「がんばって治すよ、迷惑かけてごめんね」なんて言い続けて。
一人で居るときも、泣きそうな気持ちを押さえつけて、必死に隠して。
どうしようもなくて、焦る気持ちなんて話さなかったのに、大丈夫だからと言ってくれて。
帰ってきたら、おかえりなんて言われて、涙が止まらなくて、彼女のTシャツも濡れてしまって。

回した手に力を込めることで、その思いの強さを伝える。

その強さを受け取った香音は、里保の頭をぽんぽんと叩いた。
44 :名無飼育さん :2011/09/26(月) 20:58
「よしよし、いい子だねぇがんばったねぇ」
「……子供扱いしないでよ。同い年なのに」
「だって泣き虫で強がりなくせに甘えたな里保ちゃんだもん。しょうがなくない?」
「……もう香音ちゃんなんて知らない」
「とか言いつつ、抱きついてるのは誰ですか?」

クスクス、と笑い声が聞こえて、里保は今度こそむっとした。
里保は身体を離す。
濡れた頬を手で拭ってから、彼女に視線を移した。

香音はふやぁと笑い、里保を見ていた。
里保をおちょくるような笑顔ではなく、最初に見たうれしそうな笑顔で。
45 :名無飼育さん :2011/09/26(月) 20:59
むっとした気持ちがスーっと消えていく。
それでもやっぱり悔しくて、なにも言えないでいると、笑顔のまま香音が口を開いた。

「里保ちゃん、おかえり」

二度目のおかえり。
変わらない笑顔。
一気に吹き飛ぶ悔しさ。
もう、どうでもいい。帰ってこれたのだ。
やっと、彼女の近くで、みんなと一緒に、歌い、踊れる場所に帰ってこれた。

「ただいま、香音ちゃん」

彼女に負けないぐらいの笑顔で、里保は言った。

窓の外では、雨がキラキラと輝いている。
46 :名無飼育さん :2011/09/26(月) 20:59
終わり
47 :名無飼育さん :2011/09/26(月) 21:34
無駄に説明を。

これは鞘師復帰発表直後に書いたものです。
本当は秋ツアーが始まる前に某スレに投下したかったのですが
予想以上に長くなってしまい、断念しました。
秋ツアーが終わる前に、供養がてらここに投下させていただきました。
無駄な説明終わり。
48 :名無飼育さん :2011/09/27(火) 09:34
朝から良いモノを読ませていただきました。ありがとう
49 :名無飼育さん :2011/09/28(水) 07:45
更新きてたー!
作者さんおつありです!!
50 :名無飼育さん :2011/10/07(金) 23:08
>>48
ありがとうございます。
うれしいです。

>>49
コメントありがとうございます!
51 :名無飼育さん :2011/10/07(金) 23:11
注意
今から載せるお話に9期は出てきません。
さっそくスレタイ無視でごめんなさい。

では、まさかのガキれな、いきます。
52 :距離 :2011/10/07(金) 23:13
楽屋に入ると、窓の外をじっと見つめながら泣いている里沙が居た。
泣いている、とわかった瞬間、れいなは「しまった」と思った。

れいなは彼女との距離感がいまだわからず、無意識に壁を張ってしまっている。
近いようで、遠い彼女に対して、どうしたらいいかわからない。
最初はただの遠慮だった。
里沙の周りには必ず誰かが居る、だから別に自分は要らないと思った。
だから離れた。
喋らない訳じゃない。メンバーとみんなでいる時は喋るし、その時には壁を感じない。
二人っきりになること自体があまりないから、いざ二人になると、どうしたらいいか
わからなくて、壁を作ってしまう。
そうしているうちに、わからなくなってしまったのだ。

口を開けて、声を掛けようとしてやめて、閉じて、また開けて、閉じて。
あぁ後輩にアドバイスなんてしなければよかった、あの時間さえなければこんな場面に
出くわさなかったのに、と後悔して、すぐにそんなことを思った自分に腹が立った。

その間も里沙の頬は濡れ続けていて、れいなの胸がぎゅうと締め付けられていく。
53 :距離 :2011/10/07(金) 23:15
なんで泣いてるんだろう。


少しでもなにか掴めないか。
れいなは彼女をじっと見つめることで探る。だが、探らなくてもなんとなく予想はついて
いた。
たぶん。きっと。この前卒業した人が関係しているんだろう。

なんともいえない感情で心が霞んでいく。
れいなはそんな気持ちを認めたくなくて、頭を左右に振った。
そんなことをしていると、彼女の顔がこちらに向いた。

「わっ!た、田中っち!」

オーバー気味なリアクションで驚いた里沙。
いつもは、彼女らしいなと思うだけなのに、今日は違う。
そのリアクションはごまかしているようで、慌てふためいているフリをしているように
見える。
その証拠に里沙が濡れた頬を隠すように手で拭ったのを、れいなは見逃さなかった。
隠されたことに、胸がチクリと痛んだ。
54 :距離 :2011/10/07(金) 23:16
「あ…えと…お疲れ様」
「いつからいたのー?もう声かけてよー」
「あータイミングわからんかったけん。ごめん」
「全然いいんだけどさ。あ、9期にアドバイスしてくれてたの?」
「まぁそんなとこかな」

れいなの言葉を聞いて「そっか」と里沙は優しく微笑む。
次に彼女の口から出たのは「ありがとう」だった。

ぴくり、とれいなの眉が動く。

「別にお礼はいらんと思うけど」
「…いやー正直、不安でね。愛ちゃん居なくなって初めての舞台でお仕事だし。田中っちが
 そうやってアドバイスとかしてくれるのすごく助かるんだ。だから、ありがとう」

愛ちゃん。
この人はいっつも愛ちゃん愛ちゃん。
同期だから?リーダーだったから?
そうやっていつもいつも彼女ばかり支えて、尽くして、甘えて、頼って。
居なくなっても、隠れて泣くぐらい、必要なのはあの人で。

そう、だから、やっぱり、自分は要らない。
55 :距離 :2011/10/07(金) 23:17
「…そうやね、初めてやもんね。でもお礼はいらんと」

口から出た声色は、自分が思った以上に冷たかった。
違う、こんなはずじゃなかった。
いつもこうだ。自分はいつもこうやって突き放してから後悔するんだ。

下唇を噛みそうになるのをグッと堪えていると、おもむろに里沙が立ち上がった。
れいなの目の前まで来た彼女は、れいなの頭にゆっくりと手をかざす。
それは触れるか触れないかの、微妙な距離だった。
その空間は二人の関係を表しているかのようで。
そう、近いようで遠い。
掴めるようで、掴めない。

「田中っち、体調悪かったりする?大丈夫?」

里沙はれいなの様子がおかしいことに気付いたが、その予想は外れていた。
だが、その心配する姿は確実にれいなを追い込んでいる。

れいなは逃げるように彼女から視線を外した。
56 :距離 :2011/10/07(金) 23:18
「れ、れいなは大丈夫やけん。それより…それよりれいなは」

ガキさんが心配なんだよ。

その言葉を言えればどんなに楽か。
前に、もっと前に、言えていれば、この距離などなかったのだろうか。
だが、それは里沙も同じで。
触れてしまえば簡単なのに、触れられない。
そうしてしまうなにかが、二人の中には存在するのだろう。

「9期が心配?」
「…違う」
「私がリーダーだと不安…とか?」

思いもしない言葉にハッとして、里沙を見る。
目に涙を溜めて、それでも笑っていて。
57 :距離 :2011/10/07(金) 23:21
れいなはだんだんと腹が立ってきた。
それが理由か。なんだそれ。なんなんだ。
なんでそんなセリフを笑いながら言えるんだ。
なんで笑ってるのに泣いてるんだ。
リーダーが誰でもついていく。それがこのグループだ。
不安とか怖いとかむかつくとか嫌いとか、そんなんで変えれるならリーダーなんて
要らないじゃないか。
なんで自分にはそういう不安を言ってくれないんだ。
こんな話の流れ言われたってちっとも嬉しくない。

そんな不満を頭の中で考えていたら、いつの間にか口が開いていた。

「不安やね。そうやって隠れて泣いて。ガキさんとはそういう気持ち、全然話したこと
 ないけん、しょうがないけどさ。愛ちゃんがいなくなって不安な気持ちはみんな一緒で、
 でもそれはガキさんがリーダーだからとかじゃなか!ぜんっぜん違う!さゆもいる、
 愛佳もいる。れいなだって…いる。それでもガキさんは不安なん?」

塞き止めていた水が溢れるかのように、れいなの口からどばどばと零れ落ちる。
思ったことをすぐ口にしてしまう性格のれいなには止めることが出来なかった。
58 :距離 :2011/10/07(金) 23:22
そんな洪水のような水に襲われた里沙は、はとが豆を食ったような顔をしていて。
里沙に対し、これほどまでに強く言ったことがあまりない。
それに加え、れいなが自分のことを考え、言ってくれていることに里沙は驚いていた。

彼女の表情と沈黙が訪れて、れいなは急に恥ずかしくなった。
顔が赤くなっていくのが自分でもわかるぐらいで、そんな情けない顔を里沙に見られたくなくて
ぷいっと顔を横に向ける。
まぁそれはあまり意味がないのだが、それでもそこから離れないことが、れいなの気持ちを
表しているだろう。

里沙にはそれがなんとなくわかる。
8年間、一緒に過ごしてきた仲間。彼女の不器用さも素直さも、知っている。
近いようで遠くても、理解していることはたくさんあるのだ。

「そうだね…みんながいるもんね。うん、私がんばるよ。田中っち、ありがとう」

聞こえてきた声は、彼女独特のかすれた音で、れいなの耳にやさしく響く。
59 :距離 :2011/10/07(金) 23:23
うん、居るよ。
自分も居るから、不安になんてならないでほしい。

そう心の中で呟くと、微妙な距離があった手が、れいなの頭に触れた。
伝わる感触に、目を閉じてしまいそうだった。
その手を掴んで、引き寄せてしまいたかった。
だがそう思うだけで、行動に移す勇気は、れいなにはまだない。

「だからーお礼はいらんってば」
「あぁそうだった、ごめんごめん」

顔は見なくても、声と雰囲気で里沙が笑っているんだろうな、とわかる。
嘘の笑顔じゃなくて、本当の笑顔で。

少しは気が晴れただろうか。
そうだったらいいな。

さっきとは違う恥ずかしさ、というか照れに襲われたれいなは早々に別れを告げることにした。
60 :距離 :2011/10/07(金) 23:25
「じゃあ、れいな帰るね」
「あ、ごめんねぇ長々と。お疲れ様」

触れていた手が離れる。
あ、と思ったが自分が帰ると言ったのだから当然のなりゆきなのに、少し寂しかった。
れいなはその寂しさを紛らわす為に、早足で荷物を掴み、その勢いのまま楽屋のドアを開く。
ドアを開けたまま、上半身だけ振り返り、あえて里沙を見ずに、口を開いた。

「…これからみんなでガキさん支えるけん、心配せんでよか。じゃ、おつかれ!」

彼女の返事が聞こえる前に、れいなはそのまま走り出す。
61 :距離 :2011/10/07(金) 23:26
里沙が触れたことで、あの距離が変わったのかもしれない。
いや、先にれいなが素直に気持ちを伝えたからかもしれない。
はたまた、その前に愛が卒業したからかもしれない。
でも、そんなものはあくまできっかけに過ぎない。
近いようで遠い、逆に言えば、遠いようで近い。
だから、掴んでしまえば簡単なのだ。

最後に出た言葉が自分でも驚くほど素直に言えて、それがなんだか嬉しくてしょうがない。
れいなはそれを抑えきれず、走りながら「あー!!」と叫んだ。
その雄たけびは里沙の元にも聞こえていたが、そのことを知らないれいなは笑いながら
階段を駆け下りた。
62 :距離 :2011/10/07(金) 23:26
終わり
63 :名無飼育さん :2011/10/08(土) 00:37
がっガキれな!!
…大好ぶっ、いえいえ大好きな二人です
64 :名無飼育さん :2011/10/08(土) 06:26
長いこと娘。ヲタやってて良かったって思いますなぁ
65 :名無飼育さん :2011/10/26(水) 16:49
>>63
ガキれなはなんとも言えない距離感がいいですよね
私も大好物です

>>64
娘。っていいですよねぇ
66 :名無飼育さん :2011/10/26(水) 16:52
では、ずっと考えていたネタがやっと形になり始めたので投下します。

アンリアル、りほかのです。
67 :赤い狐と緑の狸 :2011/10/26(水) 16:53


赤い狐と緑の狸
68 :赤い狐と緑の狸 :2011/10/26(水) 16:55
物心ついた時には、見えていた。
当たり前のように存在する両親や、毎日食べるご飯と同じように、それも皆に見える
ものだと思っていた。

香音は最初に口にした時のことを今でも覚えている。
それは父親の前だった。
食卓テーブルの上で、ぐるぐると回り続ける小さなおじさんが居た。
そのことを父親に言うと、彼は困ったように笑ってから続けた。

「お母さんや友達には言うなよ?」
「えー?なんでー?この人おもしろいよ?」
「んー他の人には見えないから、怖がっちゃうんだよ。見たら俺に言って来い。
 これは大事な約束だぞ、香音」

ふむ、そうなのか、と単純に純粋に納得した。
香音が父親っ子だということも、大きく影響しているだろう。
そうして、何かが見えるたびに父親に報告していた。
69 :赤い狐と緑の狸 :2011/10/26(水) 16:56
そんな香音に、父親も色々教えた。
香音が見るものは大体、自然霊の一種だということ。自然霊と聞いてもピンとこなかった
香音に「妖精みたいなものだよ」と父親はわかりやすく説明し、それ以降「妖精さん」と
呼ぶようになった。
あとは、彼らは触ったらおびえてしまうからやさしく笑いかけたほうが仲良くなれるという
ことや、時にはその妖精にまつわるお話を聞かせてくれる時もあった。

だが、小学4年生になったばかりの頃、いつものように見えたものを報告していた時。

「香音は俺の血を濃く継いじまったみたいだなぁ。ごめんなぁ」

と悲しそうな声で謝られたのだ。
なんで謝る?
別に悪くないのに。
羽のついたかわいらしい女の子が飛んでいたり、葉っぱの下で雨宿りしている男の子が
見えて困ったことなど一つもないのに。
そして、『自分が視えていることで父親が悲しんでいる』ことがなによりも嫌だった。
70 :赤い狐と緑の狸 :2011/10/26(水) 16:56
それからは見えても父親に報告することもやめ、誰かと一緒に居る時に出くわしても一度
笑いかけるだけにして、観察するのをやめた。
報告をやめても父親も特に何も言ってこない。
だからこれが一番いいんだ、と香音は自分に言い聞かせた。

だが、一人でいる時は今まで通り父親の言うことを守り、やさしく笑いかけ、時には
話しかけたりもしている。
そう、香音は彼らが好きなのだ。
見るだけで自然と笑顔になってしまうぐらい。
だから、その世界を守るために、自分の世界も守るために、父親の世界さえ守りたい
彼女は言いつけを守り、報告するのをやめ、一人の時だけニコニコと笑いながら彼らを
眺めるのだ。


そんな生活にも慣れ、中学生になったある日、香音はある女の子と出会う。
71 :赤い狐と緑の狸 :2011/10/26(水) 16:57
 
72 :赤い狐と緑の狸 :2011/10/26(水) 16:57
太陽が沈みかけて、空が赤く染まりはじめる時間。
香音は中学校で出来た友達と遊び終わり、家までの道を歩いていた。

暑い夏も終わり、そろそろ冬がやってくる季節。
太陽が沈めば少々肌寒くなる。
香音は周囲に誰もいないことをいいことに、ぶるる、と身体を大きく震わせ、わざとらしく
リアクションをしてみる。
着ていた緑色のカーディガンのボタンを全部かけて風が通りにくくしたが、体感的にはあまり
変わらなかった。

まぁいっか。

パンツのポケットに手をつっこんだり、肩をあげたり、そんな誤魔化しはせずに、ほてほてと
歩き続ける。
香音は基本、楽観的だ。
座右の銘は「どうにかなるさ」。
怒ることもあまりない。いや、怒っても怒り方がわからないぐらい、そういう感情は苦手だ。
そんな香音だから人には見えないものが見えても動じないのかもしれない。
73 :赤い狐と緑の狸 :2011/10/26(水) 16:58
なぜ見えるのか、を深く考えたことはない。
見えてしまうものは仕方ないし、特に害はない。むしろ心の拠り所にしている節もある。
人間ではない彼らは話しかけても、言葉としての返事が返ってくることはないが、極稀に表情で
返してくれる時があるのだ。
自分が落ち込んる時は悲しそうな顔を、嬉しいときは笑顔を。
ちゃんとわかってくれる。自分のことを思ってくれる。
そんな優しい気持ちを持っている彼らだから、深く考える気など毛頭ない。


「今日のごっはんはなんだろなー」

ふふーんと鼻歌まじりに道を歩く。
住宅街の小さめな道は車二台がぎりぎり通れるほど。
だが、この時間帯に二台の車が同時に通ることは少なく、人も香音が見える範囲にはいない。
少しだけ気になって後ろを振り返ると、二人ほど歩いていた。

みんな家に帰って、おいしいご飯を食べるんだろうなぁ。
どうでもいい感想を頭の中で呟き、前に向き直った瞬間。
74 :赤い狐と緑の狸 :2011/10/26(水) 16:58
「あれ?」

香音は思わず声を出した。
一つだけ、先ほど見ていた光景と違っていた。
明らかに、圧倒的に、そこだけが、違う。

少し先の電柱に一人の女の子が立っているのだ。
いや、普通の光景なのだけど、さっきは居なかったはずで。
後ろを見たのは大きく見積もっても10秒ほど。
そんな短い間に、見えなかった場所からあそこに行けるわけがない。

香音は歩きながら女の子の様子を窺う。
黒いパンツに赤いパーカー。
見た目は自分と同じぐらいの背格好。
被っているフードで顔は見えないが、その隙間から覗き見える長い黒髪。
至って普通だ。だがその普通さが余計におかしい。

あんな髪の長い子この辺に住んでたっけ?
この周辺の子はみんな小学校も同じなのに、自分が知らないわけがない。
しかし、当てはまる人物が居ない。
75 :赤い狐と緑の狸 :2011/10/26(水) 17:00
最近引っ越してきた子なのかな?
香音は向こうがこちらに気づいていないことをいいことに、じっと観察する。
なんとなく気付かれてはまずい気がして、足音を殺しながら歩いた。

あと数メートルというところで、女の子がフードに手をかけた。
ゆっくりとフードを脱いでいく。黒い髪がさらりと流れる。
その髪をキレイだと思った瞬間、香音の目が大きく見開いた。
女の子が全部脱いだ時、あらわになった頭から、耳がぴょこんと現れたのだ。
耳は耳だが、それは人間の耳ではない。
犬や猫のそれだった。

えぇー!?
声を出すことも忘れた香音が驚くと、その耳がピクっと動き、女の子が背筋を伸ばした。
それから女の子はものすごい速さで、こちらに顔を向ける。
耳はさっきよりもピン!と上にむかい、左右に忙しくなく動く。
そこでやっと香音は気付いた。


この子、人間じゃない。
76 :赤い狐と緑の狸 :2011/10/26(水) 17:00
判断が遅れた理由、今まで香音が見ていた彼らは人間の手のひらサイズだったり、大きく
ても足のひざぐらいまでだった。
頭の耳以外、人間そっくりな者などいなかったのだ。

その人間ではない女の子は眉に皺をよせて、自分を睨んでいるように見える。
いや、確実に睨んでいる。
香音はあまりの驚きと、敵意むきだしの視線に笑いかけることすら忘れ、初めて怖いと思った。

そう思っている間に女の子との距離が近づいていく。

やばい。やばいかもしれない。
自分の中で警報が鳴り響いていた。
このまま何もしないほうがいい、ともう一人の自分が叫んでいる。
その叫びのまま、女の子の前を通り過ぎようとした時。

「お前、狸だな?」

香音はその問いかけに、思わず足を止めて女の子に視線を合わせてしまった。
だが、香音がそうしてしまったのも無理はない。
今まで会った彼らは喋らなかったのに、彼女は喋ったのだ。
それも向こうから、言葉を発し、自分をじっと見つめている。
77 :赤い狐と緑の狸 :2011/10/26(水) 17:01
「狸だろ、お前」
「い、いや、人間だけど…」

女の子の顔がぐにゃりと歪んだ。
でもそれは一瞬で、女の子はすぐに顔を整える。
怖くてちゃんと見ていなかったが、いや今もちょっと怖いけど、間近で見る彼女は可愛ら
しい顔をしていた。少しだけホッとした。

「…今言ったことは忘れてください」

先ほどの強い口調とは正反対の小さい声。
それがなんだか無性に面白い。

次第に薄れていく恐怖、遽かに濃くなる興味。

自然と口が開いた。

「忘れるのはいいんだけど…耳、出てるよ?ていうか、あなたは他の人にも見えてるの?」

女の子はバッと耳に手を当てて、それから怪訝そうな顔に。

「やっぱり狸だなお前!耳は見ないようになってるのに!」
「あ、耳だけなんだぁ。うーんっと、人間なんだけどね、見えちゃうの、私」
「……嘘だ。ぜったい嘘だ」
「嘘じゃないよぉ。昔から見えてたもん」
78 :赤い狐と緑の狸 :2011/10/26(水) 17:01
信じられない、そんな言葉が聞こえてきそうだった。
香音も信じられなかった。
何かが見えても、話したことはなかった。
話しかけても、向こうは言葉を喋らなかった。妖精は喋れない、そういうものだと思っていた。

だから、言葉を交わせることが嬉しくて仕方ない。
もっとこの子のことが知りたい。
そう思って気が付いたら、今まで視たものを全部説明していた。

もう恐怖などなかった。
ただ、嘘じゃない、信じてほしい。強くそう思った。
自分でも不思議なぐらいだった。

説明を聞いるうちに、女の子の表情が変わっていく。
香音の様子を窺ってはいるが、睨みつけるような目つきはなくなり、ピクピクと動いていた
耳が止まった。
彼女も香音に興味をそそられているのかもしれない。

香音の説明をすべて聞き終わった女の子は、少し頭を傾け口を開いた。
79 :赤い狐と緑の狸 :2011/10/26(水) 17:02
「…危害を加えられたことはない?」
「今のところないなぁ。私、見てるだけだし。たまーに向こうも笑いかけてくれるよ?」
「へぇ…」
「でもでも!話せたのは初めてだよ!私、すっごくうれしい!ねぇねぇ!あなたはわんこ?
 それとも猫ちゃん?」

興奮を抑えきれない香音は、彼女の右手を両手で掴む。
ビクリと身体を強張らせる女の子。
もし彼女に全身に毛があったら、ハリネズミみたくなっていたかもしれない。
だが、ニコニコと笑う香音を見て、観念したかのように上に張っていた耳がだらりと下がった。

いつの間にか形勢逆転。

「私は狐だけど…」
「きつね?…赤い狐さんかぁ。なんかおいしそうだね!」
「お、おいしそう?…人間は狐を食べるの?」
「あー違う違う!カップ麺にそういう名前のやつがあんの。赤いきつねと緑のたぬき♪って歌知らない?」
「???」
「そっかぁ知らないかぁ。じゃあ、今度持ってくるから、一緒に食べようよ!」
「一緒に…食べる…?」
80 :赤い狐と緑の狸 :2011/10/26(水) 17:02
彼女は掴まれていない手を口にあて、なにかを考えている仕草。
考えた末、赤いキツネが出した答えは。

「じゃあ緑の狸は、君だね」
「え?私がぁ?」
「だって、緑の服を着てる、それに狸だから」
「あ、本当だ。って服は合ってるけど、私は狸じゃなーい!」
「冗談だよ。ふふふ」

口を手で隠して、彼女は笑った。言葉を交わしてから初めて、笑った。
その笑顔に香音の心が揺れた。
笑ってくれた。そのことが嬉しくて、香音も笑顔になる。

笑った顔も人間そのまま。耳以外は普通の女の子。
というか人間なんじゃないか?と錯覚してしまいそうで。
しかし、そう思ったのも束の間、彼女の後ろで何かが動いた。
それは尻尾だった。
あぁやっぱり違うんだ、と思ったら少しだけ切なさを感じた。
でも仕方ないのだ。彼女は人間じゃないのだから。
81 :赤い狐と緑の狸 :2011/10/26(水) 17:03
ふわりふわりと揺れる尻尾。
その動きがなんとも可愛らしい。
あれは感情を表しているんだろうか。
犬は嬉しいとき振ると父親から聞いたことがある。
狐さんもそうなのかな?そうだったらいいな。

「あぁもうこんな時間だ。そろそろ行かなきゃ」
「えーもう行っちゃうのー?もっと話したいのにー!ねね、明日はここに来ないの?」
「……わかんない…けど、来れたら来るよ」
「本当?じゃあまた明日ね!絶対だよ?」

困ったように笑ってから、彼女は消えた。

「わー…やっぱ妖精さんだぁ。みんなすぐ消えちゃうよねぇ」

いつの間にか消えてしまうのだ、彼らは。だから、いつも淋しかった。
でも、彼女は違う。約束した。消えても、明日、会えるのだ。

香音は上機嫌に、家へと続く道を歩き出す。

「あ!名前聞くの忘れてた!んー明日聞けばいっかー」

香音の後ろで、真っ赤に染まる夕日に人影が浮かんで、消えた。
82 :赤い狐と緑の狸 :2011/10/26(水) 17:03
 
83 :名無飼育さん :2011/10/27(木) 04:25
新作きたー!!!!!!!!!
ほんわかしててカワイイ!!
続きあるんですかね?キツネさんの名前が聞きたい!w
作者さんいつもおつあり!更新頑張ってくださいね
84 :名無飼育さん :2011/10/29(土) 02:40
赤いきつねさんの村にはやっぱり赤い先輩がいるのだろうか
85 :名無飼育さん :2011/10/31(月) 02:54
続き物キタコレ
86 :名無飼育さん :2011/11/13(日) 17:37
うわー、イイ!
>>76からの展開がもうすばらすぃです
続きも楽しみにしてます
87 :赤い狐と緑の狸 :2011/11/15(火) 21:24
>>83
続きあります
長くなっちゃいましたがお付き合いください

>>84
おっと…それは…考えてませんでしたw

>>85
続き物きちゃいました…!

>>86
ありがとうございます褒めると調子に乗りますので注意してくださいw
88 :赤い狐と緑の狸 :2011/11/15(火) 21:28
皆様レスありがとうございます。
本当、励みになります。嬉しくてレスが付くたびにハァハァしてるのは内緒です。

では「赤い狐と緑の狸」更新します。
89 :山と狐と人間と :2011/11/15(火) 21:30


山と狐と人間と
90 :山と狐と人間と :2011/11/15(火) 21:31
次の日、赤い狐は約束通りあの電柱の下に佇んでいた。
その次の日も、その次も、香音が「また明日ね」と言えば「来れたら来る」と返すくせに赤い狐は
必ずあそこで待っていていくれた。

いつしか「来れたら来る」も言わなくなり、学校ある時はあの電柱の下で夕日が沈む手前まで喋り、
休みの日は香音に予定がない限り13時に電柱で待ち合わせ、香音お気に入りの山に行くのが定番に
なっていた。

当たり前のように約束し、当たり前のように会う関係。

そうして一ヶ月が経過し、一緒に過ごす時間に比例してふたりの仲もどんどん深まっていくのは当然の
なりゆきだった。
91 :山と狐と人間と :2011/11/15(火) 21:36
「ごめん待った?」
「ううん。さっき来たとこ」
「よかった。んじゃレッツラゴーゴー」

今日は日曜日。いつもと同じように待ち合わせをし、山へ向かうべくふたりは歩き出した。

わかったことがいくつかある。

赤い狐の名前は里保。
本当はながーい名前があるが、省略して里保と呼ばれているらしいので香音もそう呼ぶようにした。
彼女が言うには香音と年齢はほぼ一緒。だが、寿命は人間より長いので正確にはわからないとのことで。
なぜ人間にも見えるようにして、人間の世界にいるのか。
その理由は父親から「人間の世界でサバイバルしてこい」と訳のわからないことを言われて放り出され、
父親の許しが出るまで帰ってはいけないらしい。

香音は「サバイバル」と聞いてどこかにテントでも張っているのかと思ったが、寝泊りは神社している
らしく、食べる物や着る服はお使いの狐が持ってきてくれて、なに不自由なく過ごせているみたいだ。
ちなみにその着替えはいつも同じの赤いパーカーだが、それはまぁ置いておこう。
92 :山と狐と人間と :2011/11/15(火) 21:37
「サバイバルどころか結局、保護されているようなものだよ」と里保はつまらなさそうに言っていたが
香音はそれを聞いて安心した。
やっぱり寝る家は必要だし、なによりご飯は大切だよね。

香音が知ったのは大体これぐらいで。あまり自分から聞こうとは思わない。
正直、住む世界など、どうでもよかった。
一緒に居ると楽しい、笑ってくれると嬉しい。だから会いたいし、話したい。
その思いは会うたびに強くなる。

だがその思いが強くなると同時に、怖くもなっていった。

いつ行ってしまうんだろう。いつ会えなくなるんだろう。

共有する時間が多くなるにつれて、怖さが増していくのはわかっているのに、香音はその気持ちに
無理やり蓋をして考えないようにしていた。
93 :山と狐と人間と :2011/11/15(火) 21:40
香音のお気に入りの山に到着したふたりは慣れた足取りで山道の脇に入り込み、道とは言えない道を
進んでいく。
その道を抜けると、狭いが街を一望できる丘が現れる。
ここはふたりで探検とかこつけて山を散策していた時、偶然見つけたベストスポット。
偶然と言うか、山の妖精らしきものがふよふよと飛んでいく後を香音が追いかけただが。
二人は自分達の手柄のように喜び、それから山へ来る時は必ずここで過ごすようになった。


香音と里保はその丘に腰を下ろし、話の続きを再開する。
今日はめずらしく里保の舌がよく回る。
昨日使いの狐が来たらしく、その時の話をしたくてたまらないみたいだ。

「で、くどぅーが伝言を聞きに行った時、お父さん寝てて聞けなかったって。結局今回も伝言はなし」
「てーかさ、お父さん寝すぎじゃない?いっつも寝てたって話聞くんだけど。里保ちゃんそっくりだよね。
 里保ちゃんも今日なにしてた?って聞くと寝てたしか言わないじゃん」
「似てないし、遺伝だし、しょうがないし。でもさぁちょっとぐらいは指示してほしい。…何したらいいか
 わかんない」
94 :山と狐と人間と :2011/11/15(火) 21:41
里保はぶすっと顔を膨らませ、伸ばしていた足をバタバタとさせる。
なにも言ってこない父親にご立腹の様子だ。
彼女の足元の周りに生えている短い草が逃げるように横へ倒れる。

香音は彼女のしぐさを見ながら笑うが、そのせいで里保の顔はますます膨らんだ。

「もう香音ちゃんはすぐ笑う。そんな面白いことじゃないじゃん」
「えーだって里保ちゃんちっちゃい子みたいなんだもん。もうヤダヤダぁ!って駄々
 こねた子みたいで面白いよ」
「…狸うるさい」
「あ、また狸って言ったな!このっ!」

香音は隣に座っている里保めがけて肩で体当たり。
里保も負けじとやり返す。何度も何度も繰り返し、その間に顔が緩んでいく。
最後はギャーギャー言いながら、お互いを巻き込むような形で地面に倒れ込み、声を出して一緒に
笑った。

傍から見れば、極々普通の仲のいい子達だと思うだろう。
決定的に違う一つの点を除けばそれは間違いない。
だが、その間違いが天と地ほど違うのはお互いしか知らない。
そのことをふたりどう思ってるのか。それもふたりにしかわからない。
95 :山と狐と人間と :2011/11/15(火) 21:43
笑いきった後に訪れる沈黙。
気まずいとか、そんな気持ちにはならない。
むしろ、風に吹かれて木の葉っぱが擦れる音や、遠くの方から聞こえてくる鳥達の鳴き声が心地いい。
そう思えるのも隣に里保がいるからかもしれないな、と香音は思う。
彼女はどう思っているのかはわからないが、この穏やかな雰囲気が答えだろう。
そんな余韻に浸りながら、しばらく仰向けのまま沈黙を楽しんだ。

香音は視界に広がる青い空と太陽に意識を向ける。
冷たくなってきた空の青に灯る橙が眩しくて、暖かい。
空に両手を伸ばし、太陽を包み込むように手を合わせた。

あぁあったかいなぁ。

あの肌寒い季節から一ヶ月が経ったため、日中も寒さを感じるようになってきた。
その分たくさん着込み寒さを予防しているが、山に来るとさすがに晒されている手は冷たくなる。
あっためさせてね、太陽さん。
包み込んで見えなくなってしまった太陽に、頭の中で投げかけてみる。
96 :山と狐と人間と :2011/11/15(火) 21:45
「あー今日はいい天気だなぁ」
「それ言ったの5回目だよ」
「だっていい天気だもーん。里保ちゃんもそう思うでしょ?」
「そうだね」

里保も香音と同じように手を伸ばした。赤いパーカーから出ている両手を見遣る。
もしかして、彼女も寒いんだろうか。
そう思って、太陽を包んでいた手で彼女のそれを同じように包み込んだ。
里保の手は自分より暖かった。

「里保ちゃんの手、あったかいね」

素直に感想を述べてから、隣の彼女へ顔を向ける。
里保は眉をひそめて、溜息をついた。

「香音ちゃん本当は寒いんでしょ。早く言いなよ」

しまった。ばれた。
慌てて手を離したが、その行動が逆効果になっていることに香音は気付かない。
里保はもう一度溜息をついた。
97 :山と狐と人間と :2011/11/15(火) 21:46
「べ、別に寒くないし!」
「私は狐だから寒さに強いけど、人間はそうじゃないでしょ?もう帰ろ」
「えー!ヤダー!さっき来たばっかりじゃんか!」
「わがまま言わないの」

里保は立ち上がり、香音の手を上から引っ張る。
上にいる彼女のせいで太陽が隠れてしまった。そのせいで身体に寒さが広がる。

「ほら、帰るよ」
「ヤダー!だってまだ明るいじゃん!大丈夫だって!」
「大丈夫じゃありません。ほーらー早く立ってよぉ」

ぐいぐいと何度も上に引っ張られるのと、寒さに耐えかねた香音はのそりと立ち上がるが、納得はしていない。
口の中に空気を含めるだけ含めて、不機嫌をあらわにする。
いいじゃんか、いいじゃんか。自分がいいって言ってるのに。

「変な顔ー」

里保は香音の頬を指でつつく。
突かれたせいで圧迫された空気が口から「ぶしゅー」と出ていった。
そんなことをしても機嫌は直らないんだから、と香音はぷいっと横を向く。
98 :山と狐と人間と :2011/11/15(火) 21:48
「ねぇー香音ちゃんのほうがちっちゃい子みたいだよ?」

クスクスと里保が笑う。
先ほどとは逆になってしまった。こんなはずじゃなかったのに。
冷たい自分の手のそばを、風が通り抜ける。
ますます冷たくなりそうで、自分の機嫌も悪くなりそうになった時。

ふいに訪れる感触。

その暖かさにつられて、香音は左手に視線を移す。
案の定、里保の両手が自分のそれを包み込んでいた。
これも先ほどとは逆になってしまったがこっちの逆は、悪くない。
これだけのことで悪くないと思ってしまう自分は、なんて簡単な奴なんだろう。

その暖かさに浸っていると、彼女の手に少し力が入った気がした。

「風邪引いて会えなくなっちゃうの嫌だから、帰ろう?ね?」

隣から聞こえてきたやさしい声に、香音の心が揺れて、視界も揺れる。
99 :山と狐と人間と :2011/11/15(火) 21:50
里保は今まで一度もそういう言葉を口にしなかった。
いつも自分が誘っていたし、伝えたい思いが強くて、ちょっと照れくさい言葉もよく口にする自分。
そういう時、彼女は大抵真顔になるか、困ったように笑うことしかしなかったのに。
なのに、今、会えなくなるのが嫌だと自ら言ったのだ。
ちょっとうれしい。いや、ちょっとどころじゃなく、かなりうれしい自分がいる。

だが、その横で怖さに脅える自分もいることを嫌でも自覚してしまう。

次第に蓋が開きつつあるのに、それでも香音は無視をし、里保を見遣った。
彼女は耳を倒して、くすぐったそうに笑っている。そして、その後ろで尻尾が、ふわりふわり。

これ卑怯だよなぁと香音は思う。
どうでもよくなってしまうのだ、この姿を見ると。
どんな思いも、吹っ飛んでしまう。

香音は観念し、短く息をついて、空いていたほうの手で里保の頭を撫でた。
尻尾がまた波を打った。自分の目じりが下がるのがわかる。
100 :山と狐と人間と :2011/11/15(火) 21:51
「わかったよぉ。帰ろっか」

握られた手を繋ぎなおし、香音は歩き出した。
それに遅れまいと里保もついて行く。視線の端に見える彼女はとても可愛い。
だが彼女の言動やしぐさで、簡単に気持ちを変えられてしまったことが悔しい。
少しでも抵抗をと、香音は下がった目じりを上げて、口もへの字にさせる。

そんな抵抗をしているとは気付いていない里保は香音に追いつくなり「ふふっ」と声を漏らす。

「香音ちゃんはおりこうさんだね。言うこと聞いていい子だね」
「狐うるさーい」
「香音ちゃんは子供だなぁ」
「里保ちゃんだって子供じゃん」
「違うよ。私は子狐だよ」
「なんだよそれぇ。変わんないじゃん、ほぼ一緒じゃん!」
「イヒヒヒ!ばれたかー」

そのまま手を繋ぎながら道なき道を出て、ゆるやかな山道をふたりは歩き始めた。
101 :山と狐と人間と :2011/11/15(火) 21:53
生えている木々達から漏れ落ちてくる日差し。
視界がチラチラと眩しくなったり、暗くなったり。
いつもだったら気持ちいいな、と思うはずなのに今日はなんだが虚しい。
やっぱりまだ気分が乗らないみたいだ。
どうでもよくなるのは一瞬だ。どうでもいい話をしても、笑ってみても、すぐに色々と考えてしまう。
こういうのは、いやだなぁ…。
香音は誤魔化すようにわざとらしい溜息をついた。

「はぁあ。つまんないなぁ。冬はすぐ暗くなっちゃうし、寒くなるし」
「しょうがないよ。香音ちゃんは子供だから夜出かけれないしね」
「なにその自分は夜中出掛けてるみたいな感じ」
「うん。たまにふらつくよ。さっきの場所に行ったりもする」

さらりと言いのけた里保に驚いて顔を向ける。
別に普通でしょ?とでも言わんばかりの顔をしている里保に、更に驚く。

「うそうそうそぉ?!いいなぁー!え、え、夜のあそこはどんな感じ?他にどこ行くの?」
「…香音ちゃん興奮しすぎ。手ぇ痛い」
「あ、ごめんごめん」

いつの間にか力が入ってしまっていたことに言われてから気付いて、力を緩める。
102 :山と狐と人間と :2011/11/15(火) 21:54
「で?で?」
「あーあの場所は夜もキレイだよ。家の明かりが所々付いててね。他はビルの屋上とか、どっかのタワーの
 てっぺんとか色々。寝れない時はヒマだからね、暇つぶしに」
「うわー見たい!って、タワーのてててっぺん?!え、ちょっと待って!どうやってそんな上まで行くの?」
「あぁそれは……」

ニヤリと不敵な笑みを浮かべる里保。
え?まさか不法侵入?犯罪?
ゴクリ。香音の喉が鳴った。

「そ、それは?」
「………内緒」
「えぇえええ!!そこでシークレット?!秘密主義?!狐組織の野望?!」
「最後の野望は意味わかんないんだけど」
「英語はわかるのかよ!ってそんなのどうでもいいよ。てか、なんでそんな夜遊びしてんの?里保ちゃん
 不良狐なの?」
「不良じゃないってば。さっきも言ったけど、寝れない時にヒマだから出掛けてるだけだよ。ただの暇つぶし」

寝れない時。その言葉だけが香音の頭の真ん中で止まる。

寝れない時って不安だったり寂しかったりする時だよね?
103 :山と狐と人間と :2011/11/15(火) 21:55
聞けばいいのに、その疑問は口に出せなかった。
慣れない人間ばかりの所で一人生活しているのだ、彼女は。
言いたいのを我慢して、不安に押し潰されそうになっても一人の夜を過ごさなくてはならない。
そんな彼女に軽々しく「寂しいの?」などという質問はしたくない。

ふいに溢してしまった気持ちの端には触れず、普段通り振舞うことにした。

「…でも内緒なんてケチだ!ケチんぼ!」
「んー別に言ってもいいけどね」
「えー?言っちゃうのぉ?」
「どっちなの。もうめんどくさいから教えない」
「あーん、冗談じゃん冗談だって!」

ふん、と前を向いてしまった彼女。
その姿を横目に色々な侵入方法を考えるが、思いつかない。
彼女にとって、人に見つからないようにするのは簡単なことだろう。
でも鍵が掛かっている場所に入り込む方法がわからない。
彼女は壁を通り抜けることもできるのか?とも思ったがさすがにそれはできないはず。
104 :山と狐と人間と :2011/11/15(火) 21:56
うーん、と唸りながら考えていると、一つの考えが頭に浮かび上がった。

「あっー!」

香音の大声に驚いた里保は身体を強張らせ、怪訝そうな顔で香音を見つめる。
へらりと笑いかけると、嫌な予感でもしたんだろう、里保の顔は一気に歪んだ。

「ねぇねぇ。それって私も一緒に出来たりする?」

ダメだと思えば思うほど、やりたくなるものである。
そういう時の子供は異常に悪知恵が働くものでもある。
どうやら里保の予感は的中したようだ。

「…出来ると思うけど、香音ちゃんはダメだよ。大体、家族の人が許してくれないでしょ」
「内緒で行くんだよ。夜中に抜け出すの」
「そんなのダメだってば」
「一回だけ!一回でいいから!ね、お願い!」
「ダメです」
「ねぇー頼むよぉ。お願いだよぉ」
「ダメったらダメ」

頑なに拒否し、少しの考慮もしない里保。
だが、どうしても諦められない香音は立ち止まり、無理やり彼女を止らせる。
繋いだ手が一本の線になり、さすがの里保も香音のほうへ身体を向けるが、口はへの字に閉ざされていた。
105 :山と狐と人間と :2011/11/15(火) 21:58
「あの場所の夜景を里保ちゃんと一緒に見たいんだよ。ねぇお願い、里保ちゃん」

彼女が見てる景色なら自分も見たい、一緒に見たい。
ここにいる限り、寂しい思いなんてさせない。
いつかいなくなってしまう怖さが、その思いを強くさせていることに香音は薄々気付きながら里保を説得した。

あまりにも真剣な顔で、声で訴えられた里保はしばらく黙っていたが、深い深い溜息をついたあと口を開く。

「…一回だけだよ」
「いいの?」
「あと人を連れてやったことないから成功するかわかんないからね。ダメだったらその場で終わり」
「いいよ!それでもいい!やった!うわーい!里保ちゃん最高ー!」

繋いだ手を引っ張ると同時に自分から彼女に抱きついた。
そんな嬉しさ全開の香音を困ったように笑いながら里保は受け止める。

その場でいつにしようか、何時にしようか、どこで待ち合わせをするか、を話し合うふたり。

山道の出口はすぐそこなのに、ふたりは決まるまで歩き出そうとはしない。

ここを出てしまえば、すぐにふたりの時間が終わってしまうことをわかっているから。
106 :山と狐と人間と :2011/11/15(火) 21:58
 
107 :名無飼育さん :2011/11/16(水) 11:09
待ってましたよぉ><
様子が目に浮かんでニヤニヤしたり
切なくてきゅーんとなったりと大変ですわい
108 :名無飼育さん :2011/11/22(火) 23:50
>>107
お待たせしましたー
一応最後まで書けたので、とんとん更新できると思います
よかったら最後までお付き合いくださいな
109 :名無飼育さん :2011/11/22(火) 23:50
では、更新します
110 :山から見た景色と二人で一つの :2011/11/22(火) 23:52

山から見た景色と二人で一つの
111 :山から見た景色と二人で一つの :2011/11/22(火) 23:54
作戦決行当日。
ふたりで話し合った結果、学校もなく、なおかつ次の日も休みである土曜日にした。
昼間は会わないことにして、ただひたすらに夜を待つだけ。
香音は前日の夜からソワソワしてしまい、なかなか寝付けなかったが当日の朝は
とても目覚めが良く、体調もすこぶる良好だった。

だが、朝からずっと落ち着きのない香音にさすがの母親も夕食時に「今日はどうしたの?」
と心配してきたが父親の「いつものことだろう」という一言でその場は収まり、事なきを得た。

「あーあともうちょっとだ」

バッグに詰めた荷物を確認しながら時計を見る。23時を過ぎたところだ。
里保から「家族が寝静まる12時頃に部屋に居なさい」と言われただけで、そこからどう移動するのか、
香音も知らない。
どうするんだろうとワクワクしていると、部屋のドアががちゃりと開いて、父親が顔を出してきた。
112 :山から見た景色と二人で一つの :2011/11/22(火) 23:55
「おい、そろそろ寝ろよー」
「もう寝るよ。あ、お父さんついでに電気消して」
「自分で消せよーったく」

悪態をつきながらも電気を消してくれた父親に「ありがとう」とお礼を言う。
香音はベッドに潜り込み、これから寝ますよというフリをした。

「じゃあおやすみ」
「おやすみなさーい」

ドアが閉まり、豆電球の明るさが部屋に広がる。

「嘘ついてごめんね、お父さん」

閉まったドアを見ながら小さく呟いた。

電球の明るさを頼りにベッドから抜け出して、服を着替える。
トレーナーにダウンジャケット、あとはマフラーと手袋。これで完璧だ。
でも、さすがに部屋の中だとちょっと暑かった。
113 :山から見た景色と二人で一つの :2011/11/22(火) 23:56
ベランダに出れる窓の前に移動し、少しだけカーテンを開ける。
開けた部分にだけ月の灯りが差し込む。香音はそれに釘付けになった。

月って結構明るいんだなぁ。
手をかざして光の帯を掴んでみるが、まぁ掴めるわけがなく、握った手の上に光が当たるだけ。
何度やってもそれは同じで。
なんだか似ている、と思った。自分達ふたりの関係みたいだ、と。

見えてるのに、遠すぎて、掴めることは出来ない。

もう蓋は開いている。
開いていけるけど、まだ里保は居る。
それだけの小さな希望に、すがるように立っていることを、香音はまだ認めようとしない。
114 :山から見た景色と二人で一つの :2011/11/22(火) 23:57
コンコン。

ぼんやりと考えていたところに聞こえてきた音。
びっくりしながらきょろきょろと周りを見渡していると、もう一度その音が聞こえてきた。
どうやら窓から聞こえてくるみたいだ。

静かにカーテンを開けてみると、しゃがみこんだ里保がベランダに居た。
思わず声を出して名前を呼びそうになるが、グッと堪えて窓をこれでもかというぐらいゆっくり開ける。
それでも漏れる窓独特のカラカラ音にビビる香音。外の冷たい空気に頬を撫でられ、心も身体も少しだけひやりとした。

「準備オッケー?」

里保がニマリと笑う。
あれだけ渋っていた彼女が楽しそうに笑っている。
それを見ただけで、先ほどのひやりはどこへやら。

香音は同じように笑みを返し、側に置いておいたリュックを背負ってベランダへ出た。
開けた時と同じようにゆっくり窓を閉め、隠しておいた靴を履きながら、里保を見やる。
115 :山から見た景色と二人で一つの :2011/11/22(火) 23:58
里保はいつも通り赤いパーカーだ。だが、あらわになっている首が寒そうで。
香音はおもむろに自分が巻いていたマフラーをはずし、彼女の首に巻いた。
その最中、里保の眉間に皺が出来たが、香音は気にしない。
彼女は基本的に自分がすることを止めたりはしないのだ。
まぁやりおわったあとに小言は言うけど。本気で嫌がってはない、はず。

「ちょ香音ちゃんなにしてんの。いいよこんなの」
「寒そうなんだもん。私はダウン着てるし、チャックも全部閉めてるから、大丈夫」
「……返せって言われても返さないからね」
「いいですよー」

少しの間の後に、とても小さな声の「ありがとう」が耳に届いて香音は目じりを下げた。
ほら、やっぱりね。嫌がったりしないでしょ?

「よし、じゃあ出発するよ」
「オッケー」
「私が着地した時、香音ちゃんも地面に足をつけて私と同じ動きしてね。でも足をつける時は静かにね」
「は、はい?」
「私の真似をすればいいんだよ。慣れればなんとなくわかってくるから」
116 :山から見た景色と二人で一つの :2011/11/22(火) 23:59
里保はリュックと背中の間に手を通し、香音のわき腹当たりをグッと自分のほうへ寄せる。
今度はお腹の方から腰を同じように掴んだ。

あまりの力の入れようと、身体の近さに香音の胸が騒ぐ。

「りりり里保ちゃん?」

慌てて名前を呼んでみるが、里保は見向きもしない。

彼女は膝を曲げて、身体を沈ませた。
掴まれているおかげで真似をする前に、自然と自分の身体も沈む。

「行くよ」

え?え?どうすんの?

声を出す前に、里保の黒髪がふわっと揺れた。
117 :山から見た景色と二人で一つの :2011/11/23(水) 00:01
「途中で落ちたらごめん」

そう聞こえた瞬間、びゅうううという音とものすごい風圧がやってきて、香音は思わず目を閉じた。
髪の毛がすべて後ろになびいているのがわかるぐらいの、強風。
顔がピリピリとして、そこだけがかじかんでるような感覚だが、不思議と寒さはなかった。

少しすると、次第にその勢いが弱まりはじめた。
薄目を開けて、今どんな状況なのかを確かめる。
だが、そこにはありえない光景が広がっていて、香音の度肝を抜いた。

見えるのは月と、黒い闇に点々と輝く星たち。
飛行機にも乗ったことない香音にはこれが地上から何メートル離れているのか想像もつかない。
あまりにもありえなくて、薄目にしていたはずの目が、これでもかと言うぐらい大きく開いていた。
同じぐらいに口も開けて。

「あえぇええ!!空飛んでるー?!」
「今飛びきって、これから下降するよ」
「か、下降?!おお降ろしてー!死ぬー!」
「だから今降りてる最中だって。あと、死なないから。ゆっくり降りてあげるから私にしがみついててね」
118 :山から見た景色と二人で一つの :2011/11/23(水) 00:02
なにがなんだかわからない。
でも、とりあえず言われた通り彼女にしがみつく。
すると、里保は香音の顔を覗き込むように笑いかけてから、お腹に回した手を離した。

再び、びゅううという風の音と共に下からの圧がかかり始める。
里保が離した手を広げると、赤いパーカーの厚い生地が風でバタバタ!と波を打った。
それを間近で見た香音が一瞬、この子は狐じゃなく、ムササビなんじゃないか?と思ったのは内緒だ。

「やっぱりちょっとアレだなぁ。大丈夫かな…」

里保の呟きに、アレってなんだよ!とツッコミたくて仕方ないが、今はそれどころじゃない。
迫り来る地面というか家の屋根たち。
香音は恐怖のあまり、しがみついている腕に更に力を込めて、彼女との隙間を完全に埋めた。

「…香音ちゃん怖い?でも大丈夫だから。そのまま掴まっててね」

里保はそう言うと、上半身を前に出すようなしぐさをした。
あ、漫画とかで人が飛ぶときってこんな感じだったような気がする。
怖いくせにそんなことを思い出した自分に笑いそうになった。
119 :山から見た景色と二人で一つの :2011/11/23(水) 00:03
そんなことを考えていると、バタバタとうるさかったパーカーの音が途切れ途切れになり、
下からの圧も減り始めた。
むしろ、下からの風をうまく利用して、その風に乗っているような感覚。
みるみるうちにスピードが落ちていった。
香音はやっと、空を飛んでいるんだ、と自覚した。

「わ、わ、すごい。里保ちゃんすごい。飛べるとかマジすごい」
「すごいのは最初からです。えーっと、あの赤い屋根に着地してまた飛ぶからね」
「フゥ言うねぇ!なんでも出来ちゃうんだねぇ、里保ちゃんって。そのうち雪降らせられるよ
 とか言いそう。ゆーきやコンコンあられやコンコン、みたいな」
「あー雪は無理。雨なら降らせられるかな、色々条件があるけどねって、ちゃんと聞いてた?」
「えー?あ、狐だから狐の嫁入り的な感じ?いや、さすがにそれは嘘だ!里保ちゃんの真面目な
 顔して言う冗談はもう見切った!もう冗談はヨシコちゃん!」
「ヨシコって誰。そんなことより着地するから。ちゃんと真似してください」

会話を打ち切った里保は前に出していた上半身を戻し、今度は足だけを前に出した。
120 :山から見た景色と二人で一つの :2011/11/23(水) 00:03
あぁこれはやったことがあるような気がする。あれだ、ブランコからジャンプした時の感じ。
足をちょっと前に出して着地するんだ、きっと。

香音の予想は大当たりで、ゆっくりと下降し、赤い屋根を目標に里保は両足を伸ばす。
それに習い、香音も足を出して着地しようとするが、里保は降りる勢いを利用し、そのまま屈伸してジャンプ。
香音は屋根に触れただけで終わってしまい、一息つく間もなく空中へ。
だが、2回目のジャンプは最初より勢いが弱く、香音にも少々の余裕が生まれた。

「なんか、さっきよりゆっくりだね」
「あー最初は勢いが肝心なんだ。あとはこんぐらいのスピードでも大丈夫」
「へぇーすごいねぇ」
「自分だけだったらもっと早いけどね。あ、早くしようか?」
「いやいやいやいいから!このスピードで十分だから!」
「クヒヒヒ冗談だよ」

そんな会話をしながら、ジャンプを繰り返す。
121 :山から見た景色と二人で一つの :2011/11/23(水) 00:04
スピードにも、空を飛ぶことにも慣れた香音は、上から見下ろす街並みの新鮮さを実感する。
足の下には、ぽつりぽつりと付いている家の明かりや、外灯に、流れいく車のライト。
あの家の人はまだ起きてるのかな。あの車は今からどこへ行くのかな。

ぼけーっと眺めていると、隣からの声が聞こえてきた。

「ちょっとタワー行くのはキツイかも。山に直行でいいかな?」
「え?大丈夫?山に行けるだけで十分だから無理しないでいいよ?」
「思ってた以上に力使うみたい。ごめん」

里保の表情は普段とあまり変わらない。でも声が緊張しているというか、いつもより固かった。

香音はどこへ向かって移動してたのかも知らなかった。
たぶん、どこかのタワーかビルに連れて行ってくれるはずだったのだろう。
自分がいいなとうらやましがったから。
うらやましがって、嫌がってた彼女をその気にさせたのは自分なのに。
自分は浮かれて、ただしがみついていただけ。

すべて里保任せだった自分に腹が立ち、申し訳ない気持ちが膨らんでいく。
122 :山から見た景色と二人で一つの :2011/11/23(水) 00:05
「里保ちゃん…あの、その…」
「ごめん、ちょっと集中するね。あとで聞く」

先ほど以上に強張った声。
香音は出しかけた言葉を飲み込んだ。

下降し、またジャンプ。

視界に広がる景色が勝手に、変わる。一つだけ変わらないのは隣にいる彼女だけ。

首の隙間から入り込む空気が、急に冷たく感じた。
123 :山から見た景色と二人で一つの :2011/11/23(水) 00:05
「はぁー着いた」

山へ着くなり、里保は仰向けになって倒れ込んだ。
香音もその隣りに腰を下ろすが、予想以上に疲れている彼女が心配で仕方ない。

「里保ちゃん…大丈夫?」
「んー香音ちゃんが重いから疲れた。ダイエットしたほうがいいんじゃない?」
「…ごめん…明日からやる…」

やっぱり自分のせいで疲れてしまったんだ。
香音が頭を垂れ下げ謝ると、里保はがばっと起き上がり、香音の顔を覗き込こんだ。
だが香音は、彼女の顔を見ることさえも申し訳なく思えてしまって、視線を向けることが出来ない。

「冗談だって。いつもみたいにふざけただけだよ?どうしたの?」
「私のせいで疲れさせちゃったなって思って…無理やり誘ったしさ…申し訳ないというか…」
「結果的にいいよって言ったのは私だよ。香音ちゃんのせいじゃない」
「でも…」
「でもとかだってとかいいよ。ねぇ香音ちゃん、それより見てよ。ここからの景色をさ」

里保は下がった香音の頭を両手で掴み、強引に上げさせる。

香音は目の前に広がる光景に息を飲んだ。
124 :山から見た景色と二人で一つの :2011/11/23(水) 00:06
「あ…すごい…」
「ね、キレイだよね。街が輝いてる」
「うん」

飛んでいる時もキレイだと思った。
でも、少し離れた場所から見るだけで全く違う街並みに香音は驚いた。
住宅があまり見えないおかげで、明かりだけが浮いているように見えるのだ。
そして、空の星たちも相まって、星空が一面に広がっているような。そんな、景色。

魅入る香音に里保は見入る。
いつもふやぁと笑う香音が表情をなくすと、整った顔が際立つのを彼女は知っていた。

優しく光る月が、噛み合わない視線の先を照らし続ける。
125 :山から見た景色と二人で一つの :2011/11/23(水) 00:07
「あ!」

急に香音が声を上げて、里保に顔を向けた。
里保が慌てて香音から視線を外したことに、香音は気付かない。
やはり、視線は噛み合うことはなかった。

「ねね、里保ちゃん。初めて会った時のこと覚えてる?」
「大体は」
「そん時さ、約束したの覚えてる?」
「次の日も来てねって約束?」
「違う違う。もういっこあったじゃん」

「もういっこ?」と里保は頭を傾けた。

そう、もう一つの約束。
この夜遊びをすると決まった日の夜、そのことを思い出した香音は里保に内緒で用意し、
今日リュックに詰めてきたのだ。

「ふっふっふっふ。忘れたのかね?ふっふっふっふ」
「なんかめんどくさくなってきたんだけど」
「ノリが悪いなぁ里保ちゃんは…」

背負っていたリュックを自分の横に置き、ある物を取り出す。
126 :山から見た景色と二人で一つの :2011/11/23(水) 00:07
「それはね、これだよ!じゃーん」
「なにこれ?」
「赤いきつねと緑のたぬき♪」

あの時と同じようにその部分を歌うと、里保の目が大きく開いて、嬉しそうに口角が上がった。

「あ、あ、あー!これがそのアレ?へぇ!」
「イエース。赤いやつしか持って来てないけど、一緒に食べない?」
「食べる!」
「よーし、そうこなくっちゃ」

ベリベリとビニールをはがし、蓋を半分開ける。
粉末スープを入れて、お湯を注ぎ蓋を閉める。手馴れた手つきだ。
その間、里保はめずらしそうにじっと見つめ続けていて。それがなんだかおかしくて、思わず顔が緩む。

「出来た?」
「まだ。5分待つんだよ」
「へぇ!」

目を輝かせて、カップ麺から視線を外さない里保。
おもしろいなぁ。持ってきてよかった、と心の底から思えた。
127 :山から見た景色と二人で一つの :2011/11/23(水) 00:08
「…なんか懐かしいよね。これを最初に約束した時から少ししか経ってないのに」
「ふふ、そうだね。私が香音ちゃんを狸と間違えたんだよなぁ」
「そうそう、緑の狸だね、とか言われたし。緑の服着てただけなのに」
「あはは言った言った。なんで狸と間違えたのかは今でもわかんないけど、香音ちゃんは緑のイメージだから、
 緑の狸はぴったりだよ」

意外な言葉だった。親や友達にはオレンジが似合う、と言われる。
明るい性格とよく笑っているから、らしい。自分の好きな色でもあるので香音自身も気に入っていた。
なので里保に緑のイメージと言われてもピンとこない自分がいる。

「えぇなんでぇ?そんなに緑の服とか着てないと思うんだけど」

そう言うと里保はふわりと笑い、後ろの山を見ながらこう続けた。
128 :山から見た景色と二人で一つの :2011/11/23(水) 00:09
「ほら、この山とかさ、最初ここに来た時は木の葉っぱも、この丘の芝生も緑だったじゃん?
 その一面緑な場所に香音ちゃんと一緒に来たから、かな。まぁ最初の緑の服も関係してると思うけど」
「あー…なるほど…」
「あとね、私は赤のイメージでしょ?香音ちゃんに赤いきつねさんって最初呼ばれてたし」
「うん、里保ちゃんのイメージは赤だね。赤い服と赤い夕日のイメージがある」
「だと思った。今は暗くてわかんないけど、これぐらいの時期って葉っぱが赤と緑に混じってるじゃん?
 それが私達みたいだなぁって思ってて…」

照れくさそうにはにかむ彼女。
そんな風に考えていたのか、と香音は驚いた。
だが、彼女の言った例えは香音の心の中にすとんと納まる。

赤と緑が混じる山は二人の色。うん、なんかすごく素敵だ。
129 :山から見た景色と二人で一つの :2011/11/23(水) 00:11
「じゃあここは名実共にうちらの山だ!」
「もうすぐ全部赤になるけどね」
「はっ!そうだった!じゃあこうしよう、この季節の山や森は全部うちらの色に染まるのだ!それは二人のものだ!」
「さっきより欲張りになってるんだけど」

二人してくふふ、と笑い、寒いはずなのに二人の周りにだけ穏やかな空気が流れる。
後ろでカサカサと木の葉が擦れる音がした。山も笑っているのか、それとも勝手に二人のものにされてしまった
ことに怒っているのか、定かではない。

「あ、そろそろいいかなぁ」

存在を忘れかけていたカップ麺を思い出し、蓋を開けてみる。
持ってきた箸でまぜて、中身を確認。もう食べれそうだ。

「里保ちゃん先食べてみる?」
「…どうやって食べればいいかわかんないから先食べてみて」
「あ、そっか。じゃお先に」
130 :山から見た景色と二人で一つの :2011/11/23(水) 00:12
中に箸を入れ、麺を掴みあげて「ふーふー」と息を吹きかける。
その息と熱い麺から湯気が立ち上がる。
ずるずるっと麺をすすり食べると、里保が「ほう…」と声を漏らした。
そのリアクションに噴出しそうになったが寸で止める。もぐもぐ。うまい。

「おいしいよ。食べてみ」
「う、うん」

恐る恐ると言った感じで、カップ麺を受け取った里保は香音と同じように息を吹きかけ、麺をあむあむと
口の中へ入れていく。
さすがに初めてのものをずるずるっとは食べないか。
ごくんと喉を鳴らした里保は驚いたように香音を見た。

「おいしい!」
「でしょ?」
「おいしい!」
「二回も言っちゃうぐらいおいしいよね」

里保はそのまま何度もあむあむと食べ続ける。
まぁちょっとぐらいは多めに食べられてもいいかな。
出たゴミをビニール袋に入れたり、山のほうを見てみたりして、少し時間を潰すが里保は一向に
食べるのをやめない。
131 :山から見た景色と二人で一つの :2011/11/23(水) 00:13
また麺を口に含んだ里保を見て、さすがの香音も痺れを切らした。

「ちょっと里保ちゃん!私にもちょうだいよ!」

そう文句を言うと、里保は香音の方を見て、膨らんだ頬のまま笑う。
してやったりな、そんな顔。ちくしょう、わざとかよ。

「今度は私の番!」

麺を奪い取り、中を見るともう半分以上なくなってしまっていた。
しかも、油揚げはかけらしか残っていない。
いつの間に食べたんだ、この狐は。

「食べすぎ!」
「だって、おいしいんだもん。香音ちゃん早く食べてよー。私も食べたいんだから」

あまりにも身勝手すぎる彼女に呆れて、でもそれがなんだか嬉しくて。
この砕けた関係がたまらなく好きだと思う。
学校の友達とは違う、特別な存在。

結局、香音が食べれたのは四分の一程度で、あとのすべては里保の胃袋の中に納まった。
もちろんスープ一滴も残さず。
まぁ気に入ってくれたならいいか、と思うことにした。
132 :山から見た景色と二人で一つの :2011/11/23(水) 00:14
お腹が満たされ、身体も温まった二人はボーっとしながら夜の街を眺めている。

里保、赤いきつねの空カップ、一面の星空、夜景。

不思議だ、と思う。自分がここに居ることも、彼女がここに居ることも、この夜空も、なにもかも。

香音はもう一度ゆっくりと順に見てから、再び里保を見遣る。
気付いたら、自然と口が開いていた。

「ねぇ里保ちゃん」
「ん?」

彼女はこちらを見ない。
別に見なくてもいいけど。

「あの日、里保ちゃんに出会えてよかった」
「…なにいきなり」

さすがの里保も香音に視線を向けた。
そんな彼女に笑いかける。
133 :山から見た景色と二人で一つの :2011/11/23(水) 00:15
「ただ言いたかっただけ」

自分でもどうしてそんな言葉を言ったのかわからない。でも口にしたくてしょうがなかった。
出会えた時に約束したカップ麺のせいかもしれない。いや絶対そのせいだ。
勝手にその原因にされたカップ麺はさぞやお怒りだろう。
袋に入れられた空カップが風に揺られてガサっと音を立てた。

里保は何も言わずただ香音を見ていた。
彼女があまりにもじっと見てくるので、なんだか恥ずかしくなってしまう。
香音にとってはいつものことだ。勢いで言うくせに言った後、照れがやってくるのだ。

それを隠すために、立ち上がってゴミの入った袋をリュックに詰める。
そうしてる間にも次々に消えていく街の明かりが目に入った。
さすがにもう帰らなくては。長い時間、夜遊びするのも気が引ける。

「そろそろ帰ろっか。あ、歩いてく?」
「…いいよ、飛んでく」
「でも、大丈夫?」
「ここから香音ちゃん家までなら近いし大丈夫だよ」

里保の言葉に甘えて、また彼女に掴まりながら帰ることにした。
134 :山から見た景色と二人で一つの :2011/11/23(水) 00:16
帰る最中はなぜかお互いに話しかけることもせず、ただただ黙ってジャンプを繰り返すだけで。
それなのに、山から家までの距離はずいぶんと短く感じた。

「今日は本当にありがとう。里保ちゃん気を付けて帰ってね」
「うん」
「じゃあまた明日ね、おやすみ」

部屋の中に入り、窓を閉めながら手を振ると。
俯き気味だった顔を上げた里保の口が開いた。

「香音ちゃん」
「うん?」
「…あ、いや、マフラーありがとう。じゃあおやすみ」

里保はマフラーを香音に押し付け、そのまま窓を閉めた。
なにを言いたかったのだろうか。
再度窓を開けて問えばいいのだが、悩んでるうちに彼女は飛び去ってしまった。

まぁ今度聞けばいいか。
リュックとマフラーをその場に落とし、手袋を外してダウンジャケットを脱ぐ。
布団に入ると、疲れと眠気が香音を襲う。すぐに意識が遠くなっていった。

意識がなくなる前に、ふと里保の顔が浮かんだ。

だが、何かを考える前に香音は眠りについた。
135 :山から見た景色と二人で一つの :2011/11/23(水) 00:16
 
136 :名無飼育さん :2011/11/26(土) 18:04
いちいちかわいい絵が浮かぶけど何か寂しい…
この先どうなっちゃうの?
137 :名無飼育さん :2011/11/29(火) 22:01
>>136
嬉しいお言葉ありがとうございます
この先は…何か書くとネタバレになりそうなので控えますねw
138 :名無飼育さん :2011/11/29(火) 22:02
では、更新します
139 :赤い狐と雨のぬくもり :2011/11/29(火) 22:05


赤い狐と雨のぬくもり
140 :赤い狐と雨のぬくもり :2011/11/29(火) 22:07
次の日もその次も、二人は今まで通り時間を共有していた。
あの夜、里保がなにか言いたげだったことをすっかり忘れていたのだが
里保がしばしばボーっとして話を聞いてないことが増えて、香音は急にそのことを思い出す。

なにか関係してるのでは?と気になってしょうがなくて、でもなかなか聞けなくて。
ずるずると先延ばしにしていたら、あの夜から二週間ほどが経ってしまっていた。

そんなもどかしい気持ちの中で過ごしていたある日、里保が「今度の土曜日はやることがあるから
16時に山に集合しよう」とめずらしく提案してきて、胸がざわついた。

蓋はもう開けきっている。
もう無視はできない。
覚悟を決めなければならない。

そう思っても、彼女になにかを聞くことは出来なかった。
141 :赤い狐と雨のぬくもり :2011/11/29(火) 22:08
香音は一人で山道を歩く。
ここ数日でずいぶんと寒くなった空気を感じながら、脇道へ入る。
すっかり赤くなった葉っぱたち。それでもまだ一部分だけ緑が見えて、なぜかほっとした。

丘に出ると、里保が立っているのが見えた。
耳がピクリと動き、振り返る。
心なしか彼女の表情が固く見えるのは気のせいだろうか。

里保が軽く手を上げたので、自分も同じように返す。
里保の前まで行くと、彼女は「ふぅ」と息を吐き出した。

カサカサ。
葉っぱが擦れる音が耳に響く。
太陽が沈み始めている。
彼女の耳は弱弱しく垂れ下がっている。

たぶん、嫌な予感は的中する。
142 :赤い狐と雨のぬくもり :2011/11/29(火) 22:09
「香音ちゃん。あのね…」
「ん?」

何度も息を飲み、口が開いたり、閉じたり。なにかを言いよどんでいることなど丸わかりで。
冗談やツッコミはしれっと言うくせに、こういう時だけ真面目すぎるんだよ、早く言えばいいのに。
などと思うくせに、このままなにも言わずに、いつも通りに終わってほしい、と願っている自分もいる。

里保が深く息を吐くと、垂れ下がっていた耳がピンと上に張った。

彼女の顔が、変わった。

「明日からはもう会えない」

きっぱりと、簡潔すぎる言葉にぐらりと視界が揺れる。

あぁやっぱり。
予感はしていた。
でも、信じられない。信じたくない。

香音はキリキリと痛む胸を手で押さえる。そんなことをしたって、痛みは抑えられない。
かすかな望みをかけて、へらりと笑ってみせるが、それを見た里保は苦しそうに顔を歪ませた。

嫌だ。そんな顔しないで。早いよ。まだ一緒に居たいのに。なんで。待って。
143 :赤い狐と雨のぬくもり :2011/11/29(火) 22:11
「も、もう里保ちゃん嫌な冗談はやめてよぉ。いっつも変な冗談ばっかり言ってー」
「…冗談なんかじゃないよ…」
「……」
「ちょっと前にもう帰って来いって言われた。だからもう…」

会えない。

苦しそうに出した声。

わかってる。
彼女だって辛いことぐらい、わかってる。
だが、いきなり明日から会えない、と言われても納得できるわけがなかった。

「…そんなの…そんなの聞いてない!ちょっと前に言われたなら、なんでもっと早く言わなかったんだよ!」

声を荒げた香音に里保の顔は益々歪む。

自分だって聞かなかったのに。

いつかこうなることなんて、最初からわかっていたのに。
144 :赤い狐と雨のぬくもり :2011/11/29(火) 22:14
「ごめん…」
「……帰ってもまた遊びに来れるんだよね?そうでしょ?」
「来れると思う。でも、それがいつになるかはわからない。数年か数十年か、正確にいつ来れるかは
 約束できない」
「いつかわかんないって…なんで?ねぇ!いやだよそんなの!」

我がままだ。
自分のことばかり考えて、里保を引き止めてる。

覚悟を決めていたはずだった。いつ、言われてもいいと。
いや、違う。
覚悟を決めていたつもりでいた。
フリをした。
思い込んだ。
本当は嫌で嫌で仕方なかった。

人間ではない彼女を、自分と同じただの同い年の女の子で、人間ではないことなど些細なことだ、と
思うことで逃げていた。
深く考えず、自分が楽観的なことを、都合のいいように解釈していただけなのだ。
145 :赤い狐と雨のぬくもり :2011/11/29(火) 22:15
だが、膨れ上がった感情を抑えることが出来ない。
抑えれるほど、香音は成熟していない。

「わかんないなんて、もう会えないのと同じじゃんか!勝手に出てきて勝手にいなくなるのかよ!なんだよそれ!」
「香音ちゃん聞いて」
「いやだよ、もう聞きたくない!もう帰りなよ!早く帰ればいいじゃん!」
「香音ちゃん!」

里保が力強く香音の手を掴む。

彼女の目は、まっすぐ香音を捉えている。
だが、そのまっすぐさが辛くて、香音は視線を外してしまう。

「私は会いに来るから」
「……いつかわかんないじゃん…」
「わかんないけど!でも、絶対に会いに来るから。それまで待ってて」
「…待ってる間に今までのこと、忘れるかもしれないじゃん…」
「忘れない!忘れるわけがない!」

今度は里保が声を荒げた。

悲痛な叫びにも聞こえたその声は、香音の心に響き、こだまする。
146 :赤い狐と雨のぬくもり :2011/11/29(火) 22:17
視線を合わせると、彼女は唇を噛んでいた。
だが、それを見せたのは一瞬で、彼女は短く息を吐いて続ける。

「私はね、山を、森を、見るたび香音ちゃんを思い出すよ。香音ちゃんは赤い木の葉や
 この夕日を見れば私を思い出せるでしょ?香音ちゃんはそれでも…忘れちゃうの?」

いつの間にか赤く染まった夕日が、目に入る。
空を包むように、赤色が広がっている。
そして、里保の赤いパーカーが、出会った時と同じように、夕日に照らされいた。

そう、忘れるわけが、ない。

今でさえ、夕日じゃなくても、木の葉じゃなくても、赤いものを見るたびに里保を思い出すのだ。

こんなにも彼女で埋っているのに。

忘れたくても忘れられるわけがないのに。
147 :赤い狐と雨のぬくもり :2011/11/29(火) 22:19
里保の言葉でやっと冷静さを取り戻し始めた香音の目に映るのは、泣きそうな彼女の顔。

あぁ違うんだよ。そうじゃない。こんな顔は見たくないのに。

感情に流されて言ってしまったことを後悔した。
だが、言ってしまったものはもう変えられない。

だから、せめて、今からは、正直に伝えるしかない。

「ううん。忘れない。…里保ちゃんが会いに来なくても、一生覚えてると思う」
「私は会いに来るよ。お互いに忘れずにいれば、どこにいても、いつか会える。絶対会いに来るから」
「…絶対だよ?約束だよ?」
「うん」

里保は優しく笑ってから、香音をゆっくりと引き寄せ抱き締めた。

いつかの手のぬくもりと同じように、彼女の身体は暖かかった。
148 :赤い狐と雨のぬくもり :2011/11/29(火) 22:21
「私も香音ちゃんに出会えてよかった。香音ちゃんが居たから寂しくなかった。帰りたくないとも思った。
 それぐらい香音ちゃんの存在が大きかったよ。あの夜ね、そう言いたかったのに、恥ずかしくて言えなかったんだ」

香音の中にあった点と点が繋がる。
あの時言いたかったのは、それだったのか、と。

そして、里保も同じ気持ちだったことがわかって、胸がぎゅうと締め付けられる。
けどその締め付けは心地よくて、くすぐったくて。なんだか顔も少し熱い。
でも、自分以上に彼女の顔は真っ赤だろう。

返事をする代わりに、彼女の腰に手を回して、力を込める。

ふたりはしばらくの間、一言も発さず、お互いの存在を噛み締めるかのように、そのまま動かなかった。
149 :赤い狐と雨のぬくもり :2011/11/29(火) 22:23
時を動かしたのは、里保だった。

「じゃあ…もう行くね」

里保は身体を離すと、困ったように笑った。
よく見たその表情も、当分見れなくなる。
自分の目に涙がたまっていくのがわかった。

「ねぇそんな顔、香音ちゃんには似合わないから笑ってくれない?」

言われてから自分の顔が固くなっていることに気付く。
そういえば、別れを告げられてから一度も笑ってない。

香音は出そうな涙を手で拭い、笑ってみせた。

うまく笑えてるかわからない。でも彼女が望むなら、笑おう。
いびつでも、ひきつってても、君が喜んでくれるのなら、最後まで。
150 :赤い狐と雨のぬくもり :2011/11/29(火) 22:24
「へへ…やっぱり私は笑ったほうがいいよね」
「うん。香音ちゃんの笑った顔大好きなんだ私。…狸にそっくりで」
「だよねー私もそう思う…ってまた狸かよ!もうやだーこの狐ー!」

里保はいたずらっ子みたく笑いながら「冗談だよ」と続ける。
今まで通りのやりとりに、香音も自然な笑顔が出来る。

「でも香音ちゃんは笑っててよ。その顔が好きなのは本当だから。ね?」
「ん、わかったよぉ」

里保は穏やかな表情で微笑んだ。
でも彼女の目も潤んでいるのがわかってしまって。

香音はもう一度、手で拭う。
それを合図に、里保が口を開いた。
151 :赤い狐と雨のぬくもり :2011/11/29(火) 22:27
「…じゃあ本当に行くね」
「うん…」

泣くな、笑え。
自身に言い聞かせて、笑顔を作る。
里保は香音の気持ちを読み取ったのだろうか、こくりと頷いた。

「香音ちゃん、またね」
「里保ちゃ」

またね、という前に彼女は消えてしまった。

風は吹いていないのに、後ろの山の木の葉が音を出し、赤い葉っぱが舞い散る。
散った葉の中には緑ものも混じっていた。

それを見た瞬間、香音の目からボロボロと涙が溢れ出す。

初めて会った時も、彼女は今みたいに消え去ってしまった。

「あーもう…ちゃんと最後まで聞いてよ…。里保ちゃんのバーカ!」

山に向かって大声で叫んでやった。

もうこの場から去ってしまった里保には、聞こえていないだろう。

でも、次に会った時は、絶対、直接文句を言ってやる。
だから…。
だから会いに来てよ。
152 :赤い狐と雨のぬくもり :2011/11/29(火) 22:29
香音はすぐに山を降りた。
里保との思い出が多すぎる山にいるのは、辛かった。

家に着く寸前、雨が降り始め、香音は玄関まで走る。

沈む寸前の夕日。
それに反射する雨の雫。
にわか雨など、何度も見たことはある。珍しいものではない。
だが、今までのそれとは違う、不思議な感覚。

香音は玄関の屋根の下に立ち、その不思議な雨を眺める。
と、ふいに里保の気配がした。
急いで道路に出て、辺りを見回してみるが、案の定、彼女が居るわけはなく。

それでも里保の空気を感じてならない。

なぜだろう。


『あー雪は無理。雨なら降らせられるかな』


頭に浮かんだのは、いつかの彼女が言っていた言葉だった。
153 :赤い狐と雨のぬくもり :2011/11/29(火) 22:30
まさか。本当に?

でも、この暖かい空気は間違いなく。

パラパラと降る雨。
去る前に見えた、潤んだ瞳。

あぁ。もしかして、泣いてくれているの?

香音は、空を見上げる。
香音の濡れる頬を、雨が隠す。

本当、なんでも出来ちゃうんだね。
でもさ、泣いてるなら泣きやんでほしいな。
うん、私も泣かないよ。
だから、最後に言わせてよ、聞こえてるかわかんないけどさ。
まぁ聞こえてなくても言うけどね。


香音は口を開いた。

彼女が大好きだと言った笑顔を浮かべて。

いつか会える、その願いと思いを乗せて。

「里保ちゃん、またね」

雨が止み、夕日が沈んだ。
154 :赤い狐と雨のぬくもり :2011/11/29(火) 22:30
 
155 :赤い狐と雨のぬくもり :2011/11/29(火) 22:31
 
156 :赤い狐と雨のぬくもり :2011/11/29(火) 22:31
 
157 :赤い狐と緑の狸 :2011/11/29(火) 22:34
開け放した窓から、風が吹き込む。

揺れるカーテン越しに見える赤い夕日。

あぁだから夢を見たのか、と香音は寝ぼけ眼で風を受ける。

里保の「忘れずにいれば、どこにいても、いつか会える」という言葉を信じて、今の大学へ入ることを
決めた香音は地元から離れた。
ベランダへ出る窓から山と夕日が見えるから、がこの部屋にした理由だ。

この部屋で一人暮らしを始めて早2年。
つまり、あの忘れられない思い出から、もう7年が経ってしまった。
だが、あの赤い狐はまだ会いに来ない。

数十年かもしれない、と言っていたし仕方ないよね。
そう思ってもやっぱり寂しかった。
158 :赤い狐と緑の狸 :2011/11/29(火) 22:36
それに加え、見えていた妖精は次第に見えなくなり、ここ最近は全く姿を見てない。
自分の力がなくなってしまったのだろうな、と思う。
そのことも香音の不安を掻き立てて仕方がない。

耳以外は普通の人でも見える里保だが、変わってしまった自分を見つけ出すことが出来るのだろうか。
こんな見知らぬ土地にまで、あの子は会いに来てくれるのだろうか。
わからない。
わからないけど、信じるしかない。

香音には忘れずに待つことしか、出来ないのだ。


夕日で赤く染まった白色のカーテンを眺める。
夢を見たせいで、感傷に浸ってしまっているみたいだ。

香音はぼやける目を手で押さえた。
また会えるのだから、泣いてはいけない。
あの日にそう決めたじゃないか。
159 :赤い狐と緑の狸 :2011/11/29(火) 22:36
「うん、泣かないよ。絶対…」

はぁと溜息をつくと、ひらひらと揺れていたカーテンが大きく波を打った。

網戸から外の景色が見える。

「…え?」

また波を打つカーテン。

ベランダに見えたのは赤い夕日に照らされている人のようなシルエット。
だが、網戸と逆光のせいで、よく見えない。

再度カーテンが舞い上がる。

ピクピクと動いている耳が見えた。

「うそ…」

這いつくばってカーテンを掻き分け、そのままの体勢で急いで網戸を開ける。

背が伸びて、顔つきは少しだけ変わっているけれど、黒いパンツと赤いパーカーは変わってなくて。
あの頃と同じように、ふわりと尻尾を揺らして、立っていて。
160 :赤い狐と緑の狸 :2011/11/29(火) 22:37
鮮明に蘇る。

『狸だろ、お前』

記憶。

『風邪引いて会えなくなっちゃうの嫌だから、帰ろう?ね?』

思い出。

『これぐらいの時期って葉っぱが赤と緑に混じってるじゃん?
 それが私達みたいだなぁって思ってて…』

感情。

『お互いに忘れずにいれば、どこにいても、いつか会える。絶対会いに来るから』

そして、約束。


彼女が、目の前に、居る。
161 :赤い狐と緑の狸 :2011/11/29(火) 22:38
里保の後ろに、緑と赤が混ざり合う山が見える。
その隣の夕日が、ふたりを照らす。

お互いの視線が、噛み合う。

里保が照れくさそうに笑った。

「香音ちゃん、会いに来たよ」

香音はもつれそうな足を、必死に支えながら立ち上がり、彼女に抱きついた。

「…遅いよ、里保ちゃんのバーカ」

7年間抑えていた涙が、香音の頬を濡らした。
162 :赤い狐と緑の狸 :2011/11/29(火) 22:38
 
163 :赤い狐と緑の狸 :2011/11/29(火) 22:38
終わり
164 :名無飼育さん :2011/11/30(水) 08:53
。・゜・(ノД`)・゜・。
いいもの読ませていただきますた…
165 :名無飼育さん :2011/11/30(水) 10:47
あぁ完結しちゃった><
数年後も物語のように二人が一緒に居たらいいなぁ

更新お疲れ様でした
166 :名無飼育さん :2011/11/30(水) 15:30
読み終わったらパソコンが壊れた?
ディスプレイが滲んじゃって文字が読み取れないよーーー
167 :名無飼育さん :2011/11/30(水) 20:49
( ;∀;)イイハナシダナー

素敵なりほかのをありがとうございました。
168 :名無飼育さん :2011/12/04(日) 20:07
>>164
ありがとうございます。
そう言って頂けると書いたかいがあります!嬉しいです。

>>165
私もそれを切に願っております。
彼女達には、長く一緒に活動してほしいですよね。

>>166
おおう…壊れちゃいましたか…!
ありがとうございます。嬉しいお言葉に私が昇天してしまいそうです。

>>167
ありがとうございます。
今の年代だからこその純粋さを持っている二人だからこそ、このお話が書けました。
素敵なのはりほかの本人達です!りほかのばんざーい!
169 :名無飼育さん :2011/12/04(日) 20:13
皆様、あたたかいレスありがとうございました。
このお話を書いてよかったな、と心の底から思いました。
そしてリホデリに香音がゲストに出た、ということで私自身、色々と高ぶっております。
妄想が続く限り、書いていきますので、よろしくお願いします。
170 :名無飼育さん :2011/12/04(日) 20:16
では短編を書いたので投下します。

アンリアル
りほかのまさはる
171 :三角四角 :2011/12/04(日) 20:16


三角四角
172 :三角四角 :2011/12/04(日) 20:17
「じゅさ…じゅうし、じゅご、じゅっ!がっ!あーくそ!」

ハスキーな声が公園に響いた。
遥は足に引っかかってしまったオレンジ色のゴム縄を睨みつける。
ちくしょう。いつもこのあたりで失敗してしまう。なんでだバカヤロウ。

「…はやぶさ20回の壁は厚い…」

遥の近くには、緑色のゴム縄が無造作に置かれている。
持ち主である人物は、いつの間にかどこかへ行ってしまったらしい。

公園を見回すと、持ち主は砂場で膝を丸め、せっせと砂遊びをしていた。
遥は軽く溜息を付きながら、名前を呼ぶ。

「まぁちゃん」
「なぁに?」
「なにって、縄跳びの練習するんじゃなかったの?もうすぐ大会だから練習するって言ったの
 まぁちゃんなのに」
「ちょっとお休みしてるだけだもん」

お休みって、さっき始めたばかりだろ。

遥は呆れ顔で、もう一度溜息をついたが、優樹にそれは聞こえていない。
まぁもし聞こえていても、なにも思わないだろう。
173 :三角四角 :2011/12/04(日) 20:17
優樹は、どが付くほどの天然だ。
遥とはまだ2年ほどの付き合いだが、それは十二分に理解しているので、遥は気を取り直して、
彼女の隣に立った。

優樹の手元には大きな砂の山。
パンパン、と手で押し固めている最中らしい。

「なにやってんの」
「お山作ってる」
「山作ってどうすんの」
「トンネル作って、お山が息出来るようにしてあげるんだよ」
「はぁ?」

全く意味がわからない。
彼女の言動は、たまに理解の範疇を超える。
そういう時、遥は必ずキツイ口調になってしまうのだが、優樹がそれに臆することはない。
仲がいいからなのか、慣れているだけなのか、はてさてどっちなのか。

まぁいいや。縄跳びしよう。
20回以上出来ないと、一位になれない。練習あるのみだ。

うし、と気合いを入れた遥の耳に、優樹の声が聞こえた。
174 :三角四角 :2011/12/04(日) 20:19
「鈴木さんだ!」

優樹が嬉しそうな顔を向けている先へ視線を移すと、言葉通り顔見知りの女の子が
公園の前を歩いていた。

遥と幼馴染の鈴木香音だ。
近所で歳の近い子は香音ぐらいで、小さい頃から二人で遊んでいた。
そこに優樹が加わったのは二年前。
二人でこの公園で遊んでいた時、優樹は入り口からずっと自分達を見ていた。
そんな彼女に、香音はすぐに声をかけた。

それから三人で遊ぶようになったが、香音が中学へ上がると、一緒に遊ぶことも、会うことも
見かけることも、無くなってしまったのだ。
175 :三角四角 :2011/12/04(日) 20:20
小学生と中学生はこんなにも違うのか、と遥は驚いたが、まぁ仕方ないよな、とも思ったので
特に気にしなかった。
だが、優樹の落胆っぷりはひどく、いつも「鈴木さん来ないね」やら
「鈴木さん中学校が忙しいのかな」などと言っていて。

遥はそれがちょっとだけ、気に入らない。

優樹が香音のことをどれだけ慕っているかは、遥が一番よく知っている。
もちろん、遥も香音のことは好きだし、友達だと思ってる。
だけど、なんか、面白くない。

でもそれだけ。ただそれだけ。
この関係を壊すほど気に入らないわけじゃないので、それを口に出すことは、しない。
176 :三角四角 :2011/12/04(日) 20:21
香音がこちらに気付き、遥達に手を振りはじめる。
遥と優樹も同じように手を振り返す。

「ズッキー!やっほー!」
「すずきさーん!」

香音はニコニコと笑みを返してから、隣に顔を向けた。
ん?と思いよく見ると、香音の隣に、彼女と同じ制服を着た女の子が居ることに気付く。
初めて見る顔だった。中学の友達だろうか。

香音達はそのまま公園に入ってきたので、遥達も砂場から出た。
中学の制服に身を包んだ香音は、以前より大人に見える。
制服ってすごいな、と遥は思った。

「くどぅー、まぁちゃん、久しぶりー」
「おひさー。ズッキ、今帰りなの?」
「うん。来週からテストだから帰りが早いんだ、今日は」

香音は鞄をぽんぽんと叩いてから、隣の女の子に「ねぇー」と顔を向ける。
女の子は軽く微笑みながら、コクリと頷いた。
177 :三角四角 :2011/12/04(日) 20:23
「うえぇテストかー。中学生は大変だ」
「二人も来年から中学生じゃんー。覚悟しとけよー中学生は大変だぞぉ?」
「なにその親父みたいな発言。中学生になって精神的に老けたの?」
「おぉ相変わらずツッコミが厳しい!まぁちゃん、くどぅーにいじめられてない?大丈夫?」

急に話を振られた優樹は、ハッと驚いていた。
そんな彼女に、香音は優しく笑いかける。
優樹は、にへらぁと顔を緩ませた。

うわ、この嬉しそうな顔、久々に見た。
178 :三角四角 :2011/12/04(日) 20:23
「くどぅーは…たぶん、やさしいです。大丈夫です」
「あはは!たぶん、かぁ。じゃあ、やさしくなくなったら言ってね。くどぅーを叱るからさ。
 お尻ペンペンしてやるからね!ペンペーンっとやっちゃうよ!」
「ふふふ。はい、わかりましたぁ」
「ちょっと、勝手に変な約束しないでよ。この歳になってお尻ペンペーンは勘弁なんだけど。
 てか、遥やさしいし」
「じゃあ、くどぅーもまぁちゃんにいじめられたら言いなさい。まぁちゃんのお尻ペンペンするから」
「えぇーまぁちゃんお尻ペンペンやだぁ。痛いのきらーい」
「いや、お尻ペンペンを嫌がる前に、いじめませんって否定しなよ。いじめる気マンマンなのか、お前は」

いつも通りにつっこんでいると、女の子が「ぶっ」と噴出した。
頭を伏せ、肩を震わせはじめた女の子。
それを見た香音が大声で笑う。

二人が笑っていることが不思議で、遥と優樹は顔を見合わせ、首を傾げる。
179 :三角四角 :2011/12/04(日) 20:27
「里保ちゃん、この二人面白いでしょー?」
「いや、二人は香音ちゃんが言ってた通り可愛くて面白いんだけど、フフフ。それ以上に香音ちゃんが
 お姉さんぶってるのがなんか…イヒヒヒ面白くて…クフフフ」
「えぇ私?そんなお姉さんぶってなくない?普通じゃん」
「ぶってるよ、なんか新鮮。おもしろい」

彼女達はきゃあきゃあと、言い合い始め、二人だけの世界に入ってしまった。

二人のやり取りを見ながら、遥は不思議な感覚に襲われる。

こんな香音を見るのは初めてだ。
自分達以外の人間と接している彼女は何度か見たことはあるが、今までのそれとは違うような気がする。
仲がいいんだろう、でもなんか、それ以上の仲の良さというか。
なんなんだろう、これは。

会話に入ることは出来るわけがなく、二人をぼんやりと眺めるしかなく。
だが、そこに割って入ったのは意外な人物だった。
180 :三角四角 :2011/12/04(日) 20:28
「す!す、鈴木さん!」

急に優樹が声を出して、遥は驚く。
あの優樹が、声を張って、香音を呼び、二人の会話を止めたのだ。
そんなことをするような子じゃないのに。

二人は会話を止め、優樹へ視線を向けた。
遥はじっと優樹だけを見つめる。

「あのね…あの…まぁちゃんね、縄跳び大会で、あやとびやるんですっ」
「お、大会かぁ!どう?一番取れそう?」
「わかんない…けど、がんばります!」
「うんうん。がんばれ!私は大縄を振る担当だから、教えられないけど、応援してるからね!」

優樹が嬉しそうに頷く。
181 :三角四角 :2011/12/04(日) 20:28
「大縄を振る担当って、なんか香音ちゃんにぴったりだね」
「…それはどういう意味かね?里保君」

一瞬にして、二人の世界になる。

優樹の表情が、なくなる。

遥は溜息を付きたくなった。

「ズッキ、来週からテストなんでしょ?勉強するんじゃないの?」
「あ、そうだったそうだった。そろそろ行こっか?」
「うん。あの、縄跳びの練習中にお邪魔してごめんね?」

なぜか女の子に謝られ、遥は「いえいえ、とんでもないっす」と適当に返す。
チラリと優樹を見ると、笑っていた。
彼女が困った時や逃げたい時に、笑って誤魔化すのを、遥は知っている。
182 :三角四角 :2011/12/04(日) 20:28
香音達は「またね」と言って、公園から出て行った。
その後姿を見つめる、遥と優樹。

同じ制服を着て、肩を並べて歩く、二つの背中。

たった数ヶ月で、香音との差が広がった気がする。
少し前まで、同じ目線で見ていたはずなのに。

なにが違う?
自分と彼女は何が違う?
単純だ。
一年、一年違うだけなのだ。
生まれた歳が、たった一年違うだけなのに。

「…練習しよっか」

切り替えるために声をかけてみるものの、優樹は視線を外さない。
角で曲がってしまった彼女達はもう居ないのに、見えないのに。
183 :三角四角 :2011/12/04(日) 20:29
「ほら、練習しよーよ」
「……」

固まってしまった優樹を横目に、ゴム縄の取っ手を握り、遥は飛び始める。

かなり重症だな、と思った。
自分でも感じてしまった、圧倒的な差、疎外感。
優樹も感じているんだろう。いや、自分以上に感じているに違いない。
誰よりも、香音を慕っている彼女なのだから。

タン、タン、タン。
縄と地面が擦れる音だけが、公園を包む。

はやぶさでもなく、二重飛びでもなく、ただの前飛び。
それが練習になるはずない。
でも、はやぶさを練習する気になんてなれなくて。

時間を消化するためだけに、飛び続けていると、優樹が遥の方へ近づいてきた。
やっと気持ちが落ち着いたかな、と思い、遥はホッとする。

ギリギリ縄に当たらない距離まで近づいた優樹が、ゆっくりと口を開いた。
184 :三角四角 :2011/12/04(日) 20:30
「帰る」
「は?」
「まぁちゃん帰る」

優樹はとてもキレイな回れ右をして、遥に背中を向けた。
そのまま歩き出してしまった彼女に唖然とし、飛ぶことを忘れた足に、ゴム縄が引っかかる。

「ちょ、まぁちゃん!」

呼んでも、優樹は止らない。
追いかけようと、足を踏み出すが、縄が絡み体勢が崩れる。

「うおっ?!」

おっさん臭いリアクションと声を出しながら、なんとか堪え、走り出す。

が、途中で緑色のゴム縄の存在を思い出し、Uターン。

「くっそ…自分で持って帰れよ!」

乱暴に縄を引っつかんで、彼女の背中を追う。
185 :三角四角 :2011/12/04(日) 20:30
「まぁちゃん忘れ物!まぁちゃん!」

優樹の背中を見ながら、遥はモヤモヤとした気持ちに包まれる。

なんか、納得できない。

なんで自分が彼女を追わなきゃいけないんだ。
振り回されてるみたいで、気に食わない。
そうだ、香音に優樹がいじめてくる、とでも言ってやろうか。
お尻ペンペンされてしまえばいいのに。
そうすれば、落ち込んでしまった彼女が、元気を出してくれるだろうか。
今日、感じてしまった差も、消えてくれるだろうか。

「…あー…もうなんで遥がそこまでしなきゃいけないんだよ!」

遥の雄たけびが、再び公園に響いた。

だが、優樹は歩みを止めない。

遥は、また溜息を付きたくなった。

やっぱり、ちょっと気に入らない。
186 :三角四角 :2011/12/04(日) 20:30
終わり
187 :名無飼育さん :2011/12/04(日) 21:19
やっぱり素晴らしい
188 :名無飼育さん :2011/12/06(火) 03:58
なんだかイイですねこの子達
189 :名無飼育さん :2011/12/13(火) 20:09
>>187
いやいやそんなお言葉もったいないっす…。

>>188
この4人いいですよねぇ。
続きは今のところないですが、数年後に書けたら書きたい設定です。はい。
190 :名無飼育さん :2011/12/13(火) 20:15
りほかのデリが神回すぎてつらいです。
前からそうでしたが、香音ちゃん好き好き!な里保さんがたまりません。
次はそんな里保さんのお話です。

久々にリアルでりほかの。
191 :彼女と一緒にお眠りがしたい! :2011/12/13(火) 20:21


彼女と一緒にお眠りがしたい!

 
192 :彼女と一緒にお眠りがしたい! :2011/12/13(火) 20:22
ホテルで振りVを確認していたらいつの間にか寝てました。
起きてシャワー浴びて、髪の毛拭きながらテレビを見ていたら
心霊体験を話してる番組がやってました。
思わず聞き入ってしまい、怖くなりました。
怖すぎて、どうしようもなくて、急いで部屋を出ました。

「で、私の部屋に来ちゃった、と」
「はい…」
「…はぁ」

香音はドアを手で押さえながら、呆れ顔で里保を見ている。
こういう反応をされるのは予想通りだった。だけど、ここへ来てしまった。

あからさまな不快感を出す彼女に、その理由がわかっていても、里保は焦る。

「だ、だって聖ちゃんは道重さんの部屋でスマイレージのDVD見るって言ってたし
 えりぽんは朝早かったからもう寝てると思ったし…」
「くどぅーんとこでもいいじゃん」
「…それはちょっと…プ、プライドが…」
「里保ちゃんって、そーゆとこ強がるよね」

言葉自体は普通だったが、言い方が少々きつくて、里保の心はきゅうと萎む。
自然と頭が下がり、視線も気分も落ちてしまい、寂しさだけが広がっていく。
193 :彼女と一緒にお眠りがしたい! :2011/12/13(火) 20:23
やっぱりダメか…。諦めかけたその時、里保の耳に届く声。

「まぁいいや。とりあえず、その濡れた髪の毛を乾かしなよ。風邪引いたら大変だから」

その言葉にハッとして、香音を見ると「はやく」と声を出さずに口を動かした。

ゆっくり中へ入ると、何も言わずスタスタとベッドへ向かう彼女。
その後姿に思わず顔が緩みそうになるが、なんとか堪え、ドライヤーのあるシャワールームへ入る。

一人で寝たい派の彼女。
一緒に寝ようと誘うたび、香音はいつも嫌そうな顔を里保に向ける。
だが、そんな顔をするわりには、必ず一緒に寝てくれるのだ、彼女は。

まぁ本当は里保が勝手に香音のベットに潜り込み、香音はそれを無理に追い出しはしない、
というだけであるが。
しかし、そのことを他の同期二人に話したところ、二人は口を揃えて『自分とは一緒に寝てくれない』
と言っていて、里保はそのことが無性に嬉しかった。

なんていうか、彼女と一緒に寝れるのは自分だけ、みたいな。
優越感とでも言うのだろうか、これは。
194 :彼女と一緒にお眠りがしたい! :2011/12/13(火) 20:28
「ウヒヒヒ」

ドライヤーの音で聞こえないのをいいことに、里保は一人ほくそ笑む。

正直、今日彼女の部屋に来たのも、狙っていたというか、他の二人に頼る気なんてさらさらない。
ましてや後輩のところなど、考えてもなかったわけで。
工藤の名前を出されたときは、一瞬焦ったけど、なんとか切り返せた自分に、乾杯。

部屋に入り込めたし、あとは簡単だ…。ウヒヒヒ。イヒヒヒ。

すっかり乾いた髪の毛を、そのへんに転がっていたブラシで梳かし、鏡を見てニヤついた顔を引き締める。

「よし」と気合いを入れてシャワールームを出ると、香音はベッドに潜り込みながら、振りVを確認していた。
確認というか、ただ流してるだけのようだ。
真面目な彼女のことだ、もう十二分に確認したんだろうな、と予想できる。

里保に気付いた彼女はチラリとこちらを見たが、すぐに視線を戻し、そのまま口を動かした。
195 :彼女と一緒にお眠りがしたい! :2011/12/13(火) 20:31
「せっかくこの前ラジオで褒めたのに」
「へ?」
「この前褒めたじゃん。里保ちゃんが一人で寝れるようになった、いいじゃん、って」

確かに、この前のラジオで彼女にそう褒められた。
この言い方から考えると、褒めて間もないのに来たことが、気にくわないっぽい。

「あはは…怖さには勝てませんでした」
「本当、案外そうだよね、里保ちゃんって。寂しがり屋で怖がり。しかもそれを出すのは
 私の前ぐらいでしょ。たまには衣梨ちゃんや聖ちゃんにも出せばいいのに」

香音の言う通りである。

いや、同期二人には多少出しているはずだけど、先ほども言ったように、里保が一緒に寝たい
と思うのは香音だけなのだ。

それに、聖と寝たこともあるが、あの子は妙にくっ付いてきて逆に寝づらく、衣梨奈はずーっと喋りっぱなしで
こちらの眠気が覚めたときには彼女が寝てしまい、残される寂しさが果てしなく、ちょっとムカついてしまう。
196 :彼女と一緒にお眠りがしたい! :2011/12/13(火) 20:32
でも香音は、香音だけは、程よい距離感で、喋りかければ返してくれるし、先に寝てしまうこともない。
そして、なによりも、彼女の持つ空気が好きで、ものすごく落ち着いてしまう自分がいる。

そう、だから。

「香音ちゃんがいいんだもん」

考えているうちに、声が出ていた。
香音がゆっくりと里保の方へ顔を向ける。

しまった。

一気に顔が熱くなる。

里保は普段、こんなストレートに思ったことを口にしない。
なにかと理由をつけて、核心の部分はうやむやにし、遠まわしに香音への執着を伝えるのだ。

その核心は周りの人間には駄々漏れなのだが、里保本人は大丈夫だと思っている。
その姿がなんともいじらしくて、同期の二人が『自分とは一緒に寝てくれない』と言ったことも
里保は知らない。
197 :彼女と一緒にお眠りがしたい! :2011/12/13(火) 20:34
香音はそのまま、無表情で口を開く。

「ふーん?そうなんだ?」
「…あ、い、いや、その…」

言い淀む里保に、香音はニヤリと笑う。

「ったく、しょうがないなぁ…」
「ち、ちが、さっきのは」
「ほら、早くおいでよ」

香音はかけ布団をめくり、ぽんぽんとベットを叩いた。

なんということでしょう。
あの香音からの、お誘いである。
今まで一度もなかった行動に、里保の理性は弾け飛びそうになった。

こ、これは…?!
かかか香音ちゃんがさささ誘ってる…!!

バクバクと鳴り響く心臓。

いや、こんな時こそ冷静に、冷静にだ、里保。

自分自身に言い聞かせながら、なんともないように取り繕い、携帯と自分の部屋の鍵を
机に置いて、彼女の隣に潜り込んだ。
198 :彼女と一緒にお眠りがしたい! :2011/12/13(火) 20:37
「電気消すね」

香音はテレビと部屋の明かりを消して、再びベットの中へ。
いざ、向こうから誘われると恥ずかしいもので、里保は香音に背中を向ける。

「じゃあおやすみー」
「おやすみ…」

と言ったものの、やっぱり背中を向けているのはつまらない。
もぞもぞと身体を回転させてみると、香音の背中があった。
これはいつも通りだった。
一緒に寝るとき、彼女は自分に背中を向ける。
いつもなら少し寂しいと思うのに、今日はなぜか安心できた。

香音が隣にいる、ということを感じながら、目を閉じる。

しん、と静まり返った部屋に、自分のする息と、彼女のそれがかすかに聞こえる。
それに浸っていると、忙しかった心臓も、落ち着きを取り戻していた。

しばらくじっとしていると、次第に眠気が襲ってくる。
それに身をまかせ、意識が遠のこうとした時、隣がゴソゴソと動いた。

「里保ちゃん寝た?」

香音がものすごく小さな声が耳に届いた。
だが、眠気で返事が出来ない。
199 :彼女と一緒にお眠りがしたい! :2011/12/13(火) 20:38
あぁ心配して寝たかどうか確認してくれてるなんて、なんてやさしい人なんだ。
などと思いながら、里保はまた優越感に浸る。

聖ちゃん、えりぽん、いいだろう?
なんかごめんね?私、愛されてるわ。ウヒヒヒ。

またゴソゴソと布団が擦れる音。
さすがに気になって、薄目を開けてみる。

それは、里保の度肝を抜いた。
あまりにもあり得ない光景に、すぐに目を閉じる。
落ち着いたはずの心臓が、また鳴り響く。

見えたのは、香音の顔だった。
暗い中の一瞬だったので表情はわからなかったが、間違いない。

目を閉じていても、感じる空気。

それが、徐々に近づいてきている。


え、ちょっと…待って…これってまさか…!
わわわ私まだ心の準備が…か、香音ちゃん…!


そう、心の中で叫んだ時。
200 :彼女と一緒にお眠りがしたい! :2011/12/13(火) 20:40
「よし、寝たな」

彼女の空気が自分から離れていった。

へ?

また薄目を開けて様子を窺ってみると、彼女はすでにベットから抜け出しいて。

あ、あれれ?

「鍵は…あ、あったあった」

彼女の呟きのあとに、かちゃりと音を立てたのは鍵だろう。
そう、机の上に置いた、里保の部屋の鍵だ。

そのあとはドアを開ける音がして、パタンと控えめな閉まる音が部屋に響いた。

残された里保。
本当に静まり返ってしまった部屋で、里保は唖然、呆然。

こんなのないよ…。
こんなのおかしいよ…。

「そりゃないよ香音ちゃん…」

香音が置いていったくまさんのぬいぐるみを抱き締めながら、里保は枕を濡らした。
201 :彼女と一緒にお眠りがしたい! :2011/12/13(火) 20:40
終わり
202 :名無飼育さん :2011/12/13(火) 22:58
鞘師さんには悪いが
 
ク ソ ワ ロ タ w
203 :名無飼育さん :2011/12/15(木) 16:09
まさかのオチにワロタww
でもそんな二人が大好きです
204 :名無飼育さん :2011/12/28(水) 02:54
りほりほが只のむっつり助平のようですねw
続編を所望します><
205 :名無飼育さん :2012/01/02(月) 00:05
>>202
その反応を待ってました!ありがとうございますでへへ

>>203
笑っていただけたようでうれしいですw
私もこんな二人が大好きです

>>204
変な里保さんは書いてて楽しいのでまた書くと思います
いつになるかわかりませんが適当に待っててくださいなー
206 :名無飼育さん :2012/01/02(月) 00:07
皆様、明けましておめでとうございます。
今年もりほかのやら色々書いていきたいと思ってますので、よろしくお願いします。
207 :9 :2012/01/02(月) 00:07


9
 
208 : 9  :2012/01/02(月) 00:08
正月ライブ初日。
朝早くからリハーサルのため、8時に起きる予定が7時には目が覚めてしまった自分に
里保は驚いた。
いつもだったら起きれなくて、母親に起こしてもらうぐらい朝は苦手なのに。
こういうこともあるんだな、と思いながら仕度を済ませ、早々に家を出発した。

里保はタクシーに乗り込み、窓から流れる景色をぼんやりと眺める。

今日は一月二日だ。
早く起きてしまったのも、それを意識しているからだろう。

大きいスーツケースを引きずって上京し、初めてステージの上にあがったあの日。
あれからもう一年が経ったのだ。

スポットライトに憧れて、あのステージの上に立つ人達に恋をして、心を奪われた自分。
オーディションも、加入してからも、ついていくのがやっとで、余裕などない毎日を
ただがむしゃらに過ごしてきた。
それは今もだけれど、一年前より少しは余裕が出てきた気がする。
いや、やっぱり気がするだけかもしれない。
209 : 9  :2012/01/02(月) 00:09
「わっ」

下り道に差し掛かった時の振動で、一瞬身体が浮いて沈み、思わず声が出る。
運転手が「すみません」とミラー越しに謝ってきたので「いいえ」と笑顔を付けて返しておいた。

ひやりふわりとした不思議なその感覚は、少しだけあの時の感覚に似ているかもしれないな、と
思ったあと、里保はまた、頭の中で考え始める。

一年。

この一年間で自分は変われただろうか。
自分が憧れたように、自分はちゃんとやれているのだろうか。
そして、同期の三人はどう思っているのだろうか

聞いたら、一人は「んー大変だっけど、少しずつ変わってきてるかなぁ」とフワフワしながら言いそうだ。
もう一人は「めっちゃ成長したと思う!でもまだまだやけん…」なんてKYネガティブキャラになるかも。
最後の一人は「やっと慣れてきたけど、10期に負けないように頑張らなきゃ」と笑顔でまとめつつ
ものすごい闘争心を燃やしながら言いそうだ。

いや、その前に今日で一年ってことを彼女達は覚えているだろうか。
覚えてなかったら、ちょっとショックかもしれない。
210 : 9  :2012/01/02(月) 00:10
会場に着き、控え室へ行くと、部屋の中はからっぽだった。
先輩メンバー達はあのへんに座るだろうからここでいいか、と大きい机に荷物を乗せ、椅子に座る。

掛けてある時計を見ると、集合時間まで40分以上あった。
通りで誰も来てないわけだ。
さすがに早すぎたか、とちょっとだけ後悔した。

「一番って結構寂しいな…」

だだっぴろい部屋の中を見回してみる。
ここにメンバー全員が集まると狭いのに、一人だとものすごく広い。
無音の部屋の外で、スタッフ達が忙しく歩き回っている音をぼんやり聞いていると、がちゃりとドアが開いた。

「あ、里保ちゃんおはよう」
「おはよー聖ちゃん早いね」
「里保ちゃんこそ」

聖はふわりと笑いながら、里保の隣へ腰を下ろす。
聖がマフラーをはずし、コートを脱ぎ始めたのを見て、自分が上着を着たままだったことに気付いた
里保はのそのそと彼女に続いた。
上着をたたみ終えた里保が、口を開く。
211 : 9  :2012/01/02(月) 00:10
「なんか早く起きちゃってさ」
「里保ちゃんも?聖もそうだよ」
「え、それってもしかして」

言葉を続かせようとした時、バタン!と勢いよく開かれたドアに、それはかき消された。

「おはよう」

ドアを開いた勢いに比べ、挨拶はいつも通りのトーンで衣梨奈が入ってきた。
そんな彼女に吹きだす二人。

「え、なんで笑うと?衣梨奈、変な格好しとる?」
「いやいや、めっちゃ音立ててドア開けたのに挨拶普通なんだもん。笑っちゃったよ」
「さすがだよねー。おはよう、えりぽん早いね」
「二人も早いっちゃね。なんか今日早く起きちゃったとよ」

衣梨奈はそう言いながら聖の隣に荷物を置いた。
衣梨奈の言葉に、里保と聖は顔を見合わせる。

「ね、それってもしかして」
「おはよう諸君!」
「うわあっ!」

後ろからいきなり大きな声が聞こえたと同時に、肩をガシッと掴まれ、里保は声を上げた。
そして、里保の肩からにょきっと頭が現れる。
バクバクと鳴る胸を手で押さえながら、溜息をついた。
見なくてもわかる。こんなことをするのは、彼女しかいない。
212 : 9  :2012/01/02(月) 00:12
「香音ちゃんいつの間に?!」
「び、びっくりしたー」

衣梨奈に気を取られている間に、入ってきたのだろうか。
わからないが、驚かされた里保は、じと目で香音を見やる。
香音はそんな目を気にすることなく、ニコニコと笑った。

「びっくりした?びっくりした?」
「…したよ。もうやめてよね、心臓に悪いじゃん」
「あははーまだ若いんだから大丈夫だって」

香音は里保の頭をポンポンと叩き、里保の隣へ腰を下ろす。

左から香音、里保、聖、衣梨奈。
偶然にも9期メンバーである4人が早々と揃うことになった。

やっぱりこれって、もしかして…。

仕切りなおして、思っていたことを口にしようと息を吸い込んだ時、聖の声がふわりと聞こえてきた。

「ねぇ、みんな早く来ちゃったのってさ」
「衣梨奈も思った!」
「あ、やっぱり?だって今日はさー」

4人以外はいないのに、彼女達は内緒話をするかのように、身を寄り添いあう。
213 : 9  :2012/01/02(月) 00:13
あぁ。
みんなそうなのか。
覚えてるだろうか、なんて心配をした自分がバカだった。
あの日からすべてが始まったのだ。
そんな日付を、忘れるわけがない。

「一月二日だもんね」

里保がそう言うと、3人はうんうんと頷いた。

「やっぱりみんなそうだったんだぁ。来る途中、覚えてるの聖だけかと思ってた」
「衣梨奈、昨日はなかなか寝付けなかったとよ」
「私は寝れたけど、朝すっごい早く目が覚めた」
「え、それ奇跡じゃない?里保ちゃんが早く起きるなんて、今日雪降るかも」

ニコニコではなく、にたにたと笑う香音。

最近の彼女は、寝すぎなことをちょくちょくいじってくる。
オフはそうだけど、仕事のある日はちゃんと起きてるのに。
たとえ相手が香音でも、そんな決め付けは、ちょっとムカつく。
214 : 9  :2012/01/02(月) 00:13
「…私だってそういう時あるもん」
「あーあ、拗ねちゃった」
「里保だって早く起きる時ぐらいあるもんねー?しかも記念日だし起きちゃうよねー?」
「うん、あるもん。香音ちゃんひどい」
「えー私、悪者?あー…里保ちゃんなんかごめんね?」
「やだ。なんかごめんとかやだ。そういうの嫌い」
「えぇー!ごめんってばぁ。ごめんね?私が悪かったよ、ごめん」

香音は里保の顔を覗きこみながら、必死に謝り続ける。
それを見ながら笑う、聖と衣梨奈。
正直もう許してもいいのだけれど、面白いのでわざらしく唇を尖らせてみたり。

他愛もないこのやり取りがとても楽しい、と思う。
一年前の今日とは比べ物にならないぐらい、砕けた関係。
もし自分一人だったら、もし二人だったら、もし三人だったら。
誰か一人でも欠けていたら、こんな会話はできなったかもしれない。

この4人だからこそ、今があるのだろう。
215 : 9  :2012/01/02(月) 00:15
そんなことを考えていると、自然と顔がほころんでしまった。
よし、それに免じて今日のところはこのくらいにしてあげよう。
意味のわからない上から目線だが、香音を許すことにした里保は抑えるように
彼女の肩に手を置いた。

「もういいよ香音ちゃん。わかってくれればいいのです」
「だー。やっと許しが出た。謝り疲れた」

香音は机にひれ伏し、里保はそれを見て笑った。

「よかったねー」
「もっと焦らしたほうがよかったんじゃなかと?」
「あ、もっと溜めたほうがよかった?」
「なんだよ焦らすとか溜めるとか。やめてよもう」
「まぁまぁそのへんにしとこうよ。めんどくさくなりそうだし、引っ張ってもつまんないよ、きっと」

聖がたしなめつつ、しれっと毒を吐いて場をまとめる。

今日はまだまだ軽いほうだが、柔らかい外見と声とは裏腹に、時折チクッと針で
刺すような言葉を発する彼女。
そんなものには慣れている他の3人は、特に気にすることはない。
だが、一番の年長者で良きお姉さん的存在である聖が制すると、3人はすんなりと聞き入れるのだ。
216 : 9  :2012/01/02(月) 00:17
「でもでも、一年経ったとよ?すごくない?」
「あっという間だったね」
「10期も入っちゃったし」
「…ていうかさ、少しは変われたのかな、私達って」

里保の言葉に、香音は苦笑いしながら「どうなんだろうね」と続けた。
里保も聖も衣梨奈も「うーん」と唸りながら、答えを探している。

「頑張ってるつもりでも、先輩やファンの人達から認めてもらわないと意味ないもんね」
「そうやね。自分以外の人がどう思ってるのかはわからないけどぉ、昨日ね、寝る前に色々考えて
 思ったことがあるっちゃ。衣梨奈、それだけは確かだと思うけん発表していい?」
「なに?変なこと言ったら新垣さんに言いつけるから」
「わぁお。里保ちゃんこわーい。衣梨ちゃんがんばれー」
「変なことじゃないけん別にいいし!」
「気になるから早く言ってよ、えりぽん」
217 : 9  :2012/01/02(月) 00:18
衣梨奈は「しょうがないなぁ」と笑い、3人の顔を順番に見てから口を開いた。

「この4人でモーニングに入れて良かったって思ったんよ。じゃなかったら今の衣梨奈は居ないし
 がんばれんかったかもしれんなぁって。なんかそれだけは自信持って言える」

嬉しそうに微笑む衣梨奈。
最初はぎこちなかった笑顔、でも今は違う。
自然で、素直ないい笑顔だ。

衣梨奈の思いがけない言葉に、3人は目を丸くした。

「えりぽんがいいこと言った」
「雪降るよ。雪降る」
「あ!里保ちゃん私が言うと怒るくせに、なんで自分で言ってるんだよー」
「え?なんのことかな?」
「もう〜せっかく衣梨奈がいいこと言ったのに台無しやん!聖〜助けて〜」
「これはしょうがないんじゃない?聖も雪降ると思う」
「なん!聖まで!ひどいっちゃ!」

ぎゃあぎゃあとじゃれあっていると、ドアが開き先輩達が中へ入ってきた。
4人は会話を止め、背筋を伸ばし「おはようございます」とそれぞれ口にしていく。

それからは続々とメンバー達が現れ、瞬く間にリハーサルが始まった。
218 : 9  :2012/01/02(月) 00:18
 
219 : 9  :2012/01/02(月) 00:21
そして、本番直前。

ハロプロメンバー全員での円陣を終え、舞台の袖でスタンバイしていると、自然と4人が集まり
小さな円が作られていた。

「みんな、朝の続きだけど」
「衣梨奈の名言の続き?もう一回言おうか?」
「調子に乗りそうだから言わなくていいよ」
「えー言いたかったのにー」
「でも、衣梨ちゃんの言う通りだと思う」
「えりぽんが言ったっていうのは信じられないけど、私もこの4人でよかったって思ってる」
「里保は素直になりなよ。衣梨奈のこと好きなくせにぃ」
「は?いつ好きとか嫌いな話になったっけ?」

噛み付く里保に対し、衣梨奈はへらへら笑ってから真面目な顔をして「…いつだっけ?」と
KYというか天然ボケを炸裂させた。
そんな彼女に少々イラっとした里保が更に噛み付こうとすると、それを感じ取った香音が里保の名を
あまーく呼び、落ち着かせる。
一方、ぽかんとしている衣梨奈には聖が付き「その話はまたあとでね」とやさしく押さえつける。
220 : 9  :2012/01/02(月) 00:22
「とにかくさ、これからも頑張らろうよ、この4人で突っ走ってこう」

香音が言った言葉に3人は頷き、香音自身も嬉しそうに首を動かした。

タクシーの中で予想していたのとは全く違っていたことを、里保は思い出す。

細かい部分は違うだろうけど、根本的には同じ気持ちだった。
それがとても嬉しい。
彼女はそれを口には出さない、だが顔には出てしまっている。

里保が静かな笑みを浮かべていると、スタッフが慌しくなっていた。
そして、地響きのような音が耳に入り込んでくる。

「本番三分前でーす!」

一人のスタッフが歩きながら叫んだ。

四人は顔を合わせる。
マイクを持っているため、大きな声は出せない。
221 : 9  :2012/01/02(月) 00:23
誰かが、空いているほうの手を前に出した。
すぐさま意図を読み、手が次々と伸びて、4人の手が重なり合う。
こうしてやることはただ一つ。

聖が囁くような声で先陣を切った。

「9期で」
「ごー!」

9期による、9期だけの掛け声。
声は小さくても、はちきれんばかりの笑顔でやり終えた彼女達は、静かにハイタッチをし
せまりくる本番のために、まだライトが付いていない真っ暗なステージへ身体を向けた。

前に居る、聖と衣梨奈。
隣に居る、香音。

その存在を確かめながら、里保は思う。
222 : 9  :2012/01/02(月) 00:24
成長したかなんて、わからない。
出来てなくても出来ていても、また一年、がむしゃらにやるだけなのだ。
そうすれば、いつか、4人で胸を張って「成長した」と言える日がくるはずだから。

突き抜けるような、大きい歓声が聞こえる。
そう、これはあの日と一緒。

憧れたステージ。
込み上げてくる、緊張と興奮。

あぁやっぱりあんなタクシーの揺れなんて全然似ていない。
この感覚が、あの時の気持ちを、何度でも思い出させてくれる。

マイクを持つ手が、震えだす。

里目を閉じ、歓声を吸い込んだ。

瞼をあける。

見えるのは照らされたステージ。

あの日見た光の中へ、4人は走り出す。
223 : 9  :2012/01/02(月) 00:24
終わり
224 : 9  :2012/01/02(月) 00:25
9期加入1年おめでとう
225 :名無飼育さん :2012/01/02(月) 00:34
すみません>>222

里目を閉じ、歓声を吸い込んだ。

の里は脳内消去してください…。
いつもどこかしら誤字脱字してますが早めに気付いたので訂正しときます…。
226 :名無飼育さん :2012/01/08(日) 21:10
9期最高!!
227 :名無飼育さん :2012/01/09(月) 20:16
>>226
9期にノックアウト!
228 :名無飼育さん :2012/01/09(月) 20:17
リアルでりほかの
いつもよりちょっとCP色濃いかもしれませんのでご注意を
229 :ちぐはぐ :2012/01/09(月) 20:18


ちぐはぐ
 
230 :ちぐはぐ :2012/01/09(月) 20:19
寒空の下を歩く。
マフラーをしていても、隙間から冷たい風が入り込んでくる。

寒い。

肩を上げて、頭を少し下げてみた。

さっきより寒くはないけど、首が疲れてしまう。
何歩か歩いて、その体勢はやめることにした。

入り込んでくる風を気にしないように、深く息を吐く。

「ふぅー」

白い煙が口からまっすぐ伸びて、消えていく。

そういえば。

この前、里保ちゃんが同じようなことをしていたっけ。
息を吐いて、白い煙が消えていくをじっと見て、また吐いて、またじっと見て。

真面目な顔をして繰り返すもんだから、思わず笑ってしまったけれど
今なら、あの時の彼女の気持ちがわかる気がする。
231 :ちぐはぐ :2012/01/09(月) 20:20
って、そろそろ戻らないとマネージャーさんが困っちゃうかな。
変な空き時間ができたもんだから、ふらりと散歩に出たものの、長い間控え室に
いなかったりすると、心配されてしまうのだ。

「帰るかー」

回れ右をして、来た道を戻っていると、前からあの子が歩いてきた。
私を見つけた彼女は、面白くなさそうな顔を浮かべ、その場に立ち止まる。

「マネージャーさんが心配してるよ」
「あちゃー。ちょっと遅かったかぁ。ごめん、今帰ろうとしてたんだよ」

苦笑いをして、言い訳をしてみても、里保ちゃんの顔は変わらない。
それでも、私が追いつくまで立ち止まっている彼女。

こういう時、ちぐはぐだよなぁ。
AB型だからかな。

彼女の隣にたどり着き、一緒に歩き始めると、また彼女の口が開く。

「ふらっといなくなるのはいいけど、マネージャーさんぐらいには言っときなよ」
「うん、今度からそうする。ごめん」

やっぱり心配していたらしい。
申し訳ない気持ちになりながらも、一つの疑問が生まれた。
232 :ちぐはぐ :2012/01/09(月) 20:21
この子はなんで私の居る場所がわかったんだろうか。
前にもこういうことがあった気がしないでもない。

「ねぇ里保ちゃん」
「ん?」

里保ちゃんは「ふぅー」と白い煙を出した。
消えていく煙に目が止り、口も止ってしまう。

すべてが消えるまで見届けると、里保ちゃんがこちらを向いた。
面白くなさそうな顔ではなくなったけど、無表情だ。

「なに?」
「あ、なんで場所わかったのかなぁって思って」
「あぁー人が居なさそうな方に行けば、香音ちゃんは居るんだよ」

確かに私は、人がいなさそうな場所を選んで散歩をする。
同期だからバレバレなのだろうか。

なるほど、と関心していると「知らなかったの?」と里保ちゃんは笑った。
うん、楽しそうに顔を崩す彼女はかわいいと思う。

こういう時は、ちぐはぐじゃないんだよなぁ。

里保ちゃんは基本的に感情が顔に出やすく、態度にも出る。
それは間違いないのだけれど、あのちぐはぐが私の中でいつも引っかかる。
233 :ちぐはぐ :2012/01/09(月) 20:22
面白くないなら捜さなければいいのに。
言われて捜しにきて見つけたのなら、先に帰ってしまえばいいのに。

「あのさ、今度こういう時があったら、捜しにこなくてもいいよ?」

里保ちゃんは、ちらりとこちらを見て、すぐに前を向いてしまった。
それから、尖る唇。

あれ?
もしかして、拗ねた?

「いやーあのさ、捜してきてって言われたりして、来てくれたんでしょ?
 それがすごく申し訳なくてですね…」

一応理由を述べてみるものの、里保ちゃんの顔はかわらない。

「もうすぐ帰ってきますよーとか適当に言っといてくれたら嬉しいなぁなんて」
「…別に言われて捜しにきたわけじゃないし。このへんかなぁって歩いてみたら居ただけだし」
「あ、言われたわけじゃないんだ?」
234 :ちぐはぐ :2012/01/09(月) 20:23
しまった!そんな言葉が聞こえてきそうな顔を一瞬だけ見せた彼女。
歩いてみたら、とか言って誤魔化してるけど、自ら進んで捜しに来てくれたんだろう。

本当、ちぐはぐだなぁ。

そんな彼女が面白くてかわいくて、笑ってしまう。
笑うと怒るってわかってるのに、どうしてもからかいたくなってしまうのはなんでだろう?

「そっかそっか。言われたわけじゃないのかぁ」
「…だから、歩いてみたら居ただけじゃ」
「まぁそういうことにしときましょうかね」

私がニヤニヤしながら言うと、里保ちゃんは深い深い溜息をついた。
話してる時よりも、濃い白い煙。

里保ちゃんはこの前と同じように、真面目な顔をして見つめている。

それが消えてから視線を落とし、今度は小さな溜息をついて、口を開いた。
235 :ちぐはぐ :2012/01/09(月) 20:25
「香音ちゃんは、この白い息みたい」
「え?なんで?」
「近くにいる時は見えるのに、いつの間にか消えちゃうんだよ。すぐ離れてく。
 でも息を吐けばすぐ現れるし、捜せばすぐ見つけられる。なんか、よくわからん」

最後は少し訛っていた。

でも、そんなことよりも、独り言のように呟く横顔が妙に大人びていて、私は目を奪われた。

そして胸がざわつく。
彼女をこんな表情にさせたのは、間違いなく私である、ということに。

あぁどうしよう。
え?なにを?

なんだかよくわからなくなってきて黙っていると、里保ちゃんが不安そうな顔を向けてきた。

えーっと、なんだっけ。
彼女が言った言葉を思い出すが、私には少々理解できない。

だって、いきなり消えたつもりはないし、離れたつもりもないんだもん。

「私は人間だから、息みたいに消えたりしないよ?」
「それはそうじゃけど…」
「しかもさ、里保ちゃんは私を見つけられるんでしょ?ならいいじゃん」
「いや、そういう意味じゃなくて…」
236 :ちぐはぐ :2012/01/09(月) 20:25
そうじゃないなら、どういう意味なんだ?
なんでこの子はこんなに不安がる?

私にはそれが、わからない。
いつだって、こうやって、隣にいるのに。

「うーん。里保ちゃんは難しいなぁ」
「香音ちゃんは一番簡単そうで、一番難しい人だと思う」
「えーどこも難しくないじゃん」

里保ちゃんがまた溜息をついた。
けど、今度は白い煙を見ない。

変わりに、じっとこちらを見つめてきて。

なんだがドキドキする。

あれ?なんでだろう。

見ているうちに、里保ちゃんが泣いてしまいそうな気がして、思わず彼女の手を握った。

そんな気がしただけかもしれないのに。勘違いかもしれないのに。
握らずにはいられなかった。
237 :ちぐはぐ :2012/01/09(月) 20:27
里保ちゃんは、握られた手に視線を移して、またこっちを見てきた。

「やっぱり何考えてるかわからん」

そう言い捨て、彼女はぷいっと前を向いてしまった。

いや、こっちだってわかんないよ。

手を離そうと力を弱める。
でも、里保ちゃんの手が、それをさせてくれなかった。

私の手をきゅっと握ぎっているくせに、面白くなさそうな顔をして、また唇を尖らせている。

ちぐはぐ。

息を吐いてみる。
白い煙がたった。
238 :ちぐはぐ :2012/01/09(月) 20:27
消えていくのを見ながら、まぁいいか、と思った。
行動と表情が正反対の彼女をからかうのは、結構楽しい。

だから、里保ちゃんが喜びそうな言葉を選らんで、伝えよう。

ふらっと、居なくなる私を、何度でも捜させるために。
私のそばから離れさせないために。

握られている力の半分ぐらいを、彼女の手に返して、視界の端に写るように顔を出し、
笑いかけてから、言葉を投げた。

「じゃあ、また居なくなったら探しに来てよ。私を見つけられるのは、里保ちゃんだけ
 だと思うから」

里保ちゃんからの返事はない。
でも、唇は元に戻っている。

わかりやすいなぁ。
あー面白い。

もっとからかいたくなってしまった私は、性格が悪いのかもしれない。
239 :ちぐはぐ :2012/01/09(月) 20:27
終わり
240 :名無飼育さん :2012/01/10(火) 07:35
( *´Д`)
241 :名無飼育さん :2012/01/15(日) 19:15
広島生まれですが 「じゃけぇ私が約束したんだもん!渡したらいかんの?!」

でもおkですが 「じゃけぇウチが約束したろーが!こんなぁ(貴方に)に言わずに渡したらいけんの!?」って言うと浜手言葉が強調されてよかったです

でもクオリティ高いので>>1はすごいです 愛を感じましたね
242 :名無飼育さん :2012/01/24(火) 21:58
>>240
(*´∀`)

>>241
おお…そうでしたか…すみません…。
広島弁は適当なので脳内変換してくださいなー。
あとメール欄にsageを入れていただけると助かります。
243 :名無飼育さん :2012/01/24(火) 22:03
さて、最近鈴石がお熱いようで…。
それをネタにした変な里保さんを書いてみました。
>>191 のお話みたいな変な里保さんです。
苦手じゃない方は暇つぶし程度にお楽しみください。
244 :I WISH :2012/01/24(火) 22:05


I WISH
 
245 :I WISH :2012/01/24(火) 22:07
私はiPhoneの画面を見て愕然とした。

ライブも無事に千秋楽をむかえ、帰りのタクシーの中、メンバーのライブ日記が更新されたので
軽い気持ちで開いたのに、ライブ終わりの興奮が一気に冷めた。

冷めたあとにやってきた感情は。

「っんじゃこりゃあ!」

とにかくわけがわからず、勢いで画面に向かって叫んだ。
叫んだあとに、タクシーの中だったことを思い出す。
運転席を見やると、タクシーのおじちゃんが目を丸くしてこっちを見ていた。

「ど…どうかされました?」
「いえ、気にしないでください。すみません」

作り笑顔など作る余裕はない。
つっけんどんに返すと、おじちゃんはいぶかしげな顔をしたが、慣れているのだろう、すぐに前を向いた。

舌打ちしたくなるような画面をもう一度見る。
246 :I WISH :2012/01/24(火) 22:08
『あゆみちゃんは優しくて気が合うし、出会えてよかったと思いました。笑』

笑ってなんじゃ。笑って。
こっちは萎えじゃボケぇ。
出会えてよかったなんてこちとら一度も言われたことないけぇ、手が震えてしょうがないんじゃけど。
しかも、なんなんだこの画像は。
いつの間に撮った。目を光らせてるはずだったのに。
石田のやろう、香音ちゃんを誘惑しやがって…。私の…。

「よくも私の香音ちゃんを…!」
「…あのー着きましたよ…」
「あ、はい。いくらですか」

なぜか挙動不審なおじちゃんにお金を渡し、ささっとタクシーを出る。
家に着いても、震えは止らない。
お母さんとお父さんへただいまの挨拶もそこそこに、自分の部屋に向かった。
247 :I WISH :2012/01/24(火) 22:09
ベッドに寝転がりながら、またあの画面を凝視する。

部屋に入るまで、私の感情はずっと石田に対する怒りだった。

だが、三度目に見る画面は、違った。

私とは出会ってよくなったのかな。
私は優しくないと思うし、気分屋だし、寝起き最悪だし。
正直香音ちゃんと気が合うかって言ったら微妙だと思うし。

「そりゃあにゅみちゃんのほうがいいよね…」

噛んでしまった。

「…今のはバカにしたわけじゃないよ。噛んだだけだからね、あにゅみちゃん…あにゅみちゃん…」

ブハ。
抑えられなくて、吹き出した。
いや、空気を勢いよく吹き出しただけです。決して笑ったわけじゃありません、はい。

「ウヒヒヒ!ウヒヒ…ヒヒヒヒ……」

なんだが、むなしくなってきた。
248 :I WISH :2012/01/24(火) 22:09
香音ちゃんや聖ちゃん、えりぽんに出会って私は変われた、明るくなった。
でも、一番影響を受けたのは香音ちゃんで。
今まであんな子と話すことがなかった私は衝撃を受けたのだ。
人見知りせず、誰とでも話せて、明るい彼女に何度も憧れ、気が付いたらなくてはならない存在になっていた。
でも彼女は違う。社交的で友達が多い。ハローでもその力を発揮している。

そう、私は、その大勢の中の一人にすぎない。

そんな香音ちゃんが『出会えてよかった。笑』と言ってるあゆみちゃん。あにゅみちゃん。

これは祝福すべきなのだろうか。なんの祝福なのかわからないけど。

「はぁ。つら…」

iPhoneを置き、目を瞑る。

大人にならなくちゃいけない。
嫉妬丸出しなんて、かっこ悪いだろう、里保。
また香音ちゃんがラジオに来た時に愚痴るぐらいにしなくては。
249 :I WISH :2012/01/24(火) 22:10
【ぶるるるる】

頭の横に置いたiPhoneが震えだす。
誰だよ、こんな時に。
うっとしいが、一応相手を確認するために手を伸ばす。

「今はそんな気分じゃな…!!」

名前を見た瞬間に、通話のボタンを押した。

「香音ちゃん!」
『おーめずらしく元気いいね。もう寝てるかと思った』
「そう?普通じゃない?ちゃんと起きてたし」

身体を起こし、体勢を整える。
空いているほうの手が、なんだか落ち着かない。

「どうしたの?さっきまで一緒だったのに」
『さっき聞くの忘れててさ。里保ちゃん今度の休みいつだっけ?』

これは、この流れは…!
ますます落ち着かなくなった手で、ベッドをつつく。
250 :I WISH :2012/01/24(火) 22:12
「や、休み?えっとー確か木曜だったかなぁ」
『あ、よかった。じゃあ学校帰りに上野行こうよ、ケバブケバブ!』
「…本当?いいの?」

あぁ顔のにやけが止らない。つついてたベッドを、ぼすぼす叩く。

やっぱり一緒に苦楽を共にした存在に、入ったばかりのぴよっこは勝てないのだよ。
同期ってすばらしい。ほら香音とぉお、出会ったりケバブしてみたり〜。
なんつってね!っつってね!ウヒヒヒ!

『いいに決まってるじゃん。前ラジオで約束したし』
『行く行く!フフフ。やったぁ!』
『あ、あと亜佑美ちゃんもオフだから一緒に行くって』
「」
『んじゃ、また時間とかメールするね。今日はお疲れ様!おやすみー』

ぴろりん、と通話を終えた音が耳に響く。
だらりと腕を下げると、iPhoneが転がっていった。

なんなの?
なんであの子まで呼ぶの?
二人で食べに行こうね!って、二人で!って言ったじゃん…。

私は大きく息を吸い込んだ。

「香音ちゃんのバカァア!!」

でも、木曜は上野に行こうと思います。
251 :I WISH :2012/01/24(火) 22:12
終わり
252 :名無飼育さん :2012/01/25(水) 02:49
( *´Д`)
ここの里保ちゃん好きです。

それにしても、最近のすずかの周りは楽しくて仕様がないですなw
253 :名無飼育さん :2012/01/26(木) 20:02
かわいいなーw
こういう話の方が鞘師のイメージ通りかもしれない。
254 :名無飼育さん :2012/01/29(日) 01:19
この報われないりほりほシリーズが面白くて大好きです
255 :名無飼育さん :2012/02/09(木) 21:03
このスレのりほかのが強烈に好きです
256 :名無飼育さん :2012/02/10(金) 23:46
これは面白い小説スレですね
257 :名無飼育さん :2012/02/14(火) 18:00
>>252
(*´∀`)
嬉しいお言葉、ありがとうございます。
いやー本当、香音さん周りは面白くて仕方ありませんねw

>>253
私の中での里保さんはこれに近いですねー。
しかも、すごく書きやすい。勝手に暴走してくれるからでしょうけどw

>>254
大好きだなんて、ありがとうございます!うれしいっす。
変な里保さんはまた書くと思うので、読んでやってください。

>>255
熱烈ですか!いやー嬉しいです照れます。うへへ。

>>256
ありがとうございます。面白いと思い続けてくれるように、もっと精進します。
258 :名無飼育さん :2012/02/14(火) 18:07
上のお話を書き終えてから書いたお話を投下したいと思います。
正直、投下するかどうか悩みました。
この二人でこんな妄想をしてもよいのだろうか、もう少し成長してから投下したほうがいいんじゃないかと。
ですが、今の二人だから書けたのであって、時期を遅らせたら意味がなくなってしまう。
と思い投下することにしました。
今までで一番CP色が強いです。ご注意ください。
259 :サイコロひとつ、決まらない。 :2012/02/14(火) 18:09


サイコロひとつ、決まらない。
 
260 :サイコロひとつ、決まらない。 :2012/02/14(火) 18:09
隣にはいつも彼女が居た。
落ち込んだ時も嬉しい時も辛い時も楽しい時も。
当たり前すぎるぐらい自然で、不変で、このままずっとそうなんだろうと思っていた。

だが、現実はそうじゃなかった。


イベントのため、新幹線で移動するメンバー達。
席はスタッフが適当に割り振ることになっているので、直前までわからない。
マネージャーが先輩メンバーから先に切符を渡していく。
里保の隣は、10期メンバーの遙だった。

遙はミュージカルでも競演したおかげで、そこまで気を使わずに喋れる相手の一人だ。
遙とのなにげない会話をそれなりに楽しんでいると、通路を挟んだ隣の席から
大きな笑い声が耳に届いた。

「あはは!亜佑美ちゃんそれ本当?」
「本当、本当。私もびっくりした」
「ははは!うけるー!」
「なになに、なに話してんの?」

その会話に釣られた遙が亜佑美と香音の会話に入っていった。
里保はそれを見ているだけ。
席が遠いのもある、でも、それだけではない。
261 :サイコロひとつ、決まらない。 :2012/02/14(火) 18:10
「あの話だよ、ほら、この前の名古屋んときのさ」
「あぁあれかぁ。あれは本当にびっくりした」
「くどぅーも見てたんだ?私も見たかったなぁそれ」

里保はわいわいと盛り上がる彼女達を見るのをやめ、窓のほうに顔を向けた。

最近、香音と亜佑美の仲が特に良い。
仲が良くなるのはいいことだと思う。
これからは9期と10期が力を合わせて、先輩達についていかなければならない。
そのためにも、自分達の仲を深めるのは必然であり、課題でもある。

だが。

里保は複雑だった。

香音と亜佑美が一緒に居るのを見ると、どうしてもモヤモヤしてしまう自分がいる。
遙や優樹、春菜と一緒に居る彼女を見てもなにも思わない。
でも亜佑美と一緒に居る彼女は、何かが違う。
自分にも見せない顔をしているように見えてしまう。
それが見たくない里保は、目をそらしてしまうのだった。
262 :サイコロひとつ、決まらない。 :2012/02/14(火) 18:11
現地に着き、イベントのリハーサル。
皆で舞台に上がり、スタッフからの指示を待つメンバー達。
だが、準備が遅れているらしく、なかなかリハーサルが開始されない。
メンバー達はそれぞれ近くにいる子達と話し始める。
里保の隣には先輩である愛佳、反対には同期の衣梨奈。
それぞれその隣にいるれいなと春菜と話をしている。
衣梨奈達の会話に入ろうと身体を向けると、視界の端にまたあの二人が居た。

一瞬で、里保の中に焦燥感が走る。

それでも全く気にしてません、そんな雰囲気を醸し出し、同期に話しかけるのをやめて、
イベントの手順が書かれているプリントに目を落とした。
プリントに書かれている内容など頭に入ってきやしない。
それでも眺めることだけに集中していると、ふいに名前を呼ばれた。

「ねー里保ちゃーん」

あの子の声だった。
思わず顔を上げた。でも、まだ不安な気持ちが残っている。
263 :サイコロひとつ、決まらない。 :2012/02/14(火) 18:12
「ん?」
「聞いてよー。さっき亜佑美ちゃんがさー」

亜佑美ちゃん。
なんなんだろう。
なんでなんだろう。

香音が楽しそうに喋っている。
先ほどと同じで、内容など頭に入ってきやしない。
沸々と込み上がる、不安、焦り、怯え、苛立ち。

「とか言うんだよ?マジおもしろくない?」
「…ふーん」
「しまいにはさ、まぁちゃんが亜佑美ちゃんにつっこんでさぁ」
「へぇ」

とにかく反応しなければ、と思っても、口から出るのは冷たい返事ばかりで。
香音を見ていたはずなのに、いつの間にかまたプリントに目を向けている自分がいた。
264 :サイコロひとつ、決まらない。 :2012/02/14(火) 18:12
こういうことは今までにも何度もあった。
寝起きで機嫌が悪い時や、ただたんに気分であしらってしまう時。
何度やっても、香音の反応は変わらなかった。
話し終わると、ふらりと別の子のところへ行き、自分との会話なんてなかったかのように
楽しそうに喋りだす。
でも少し経つと、彼女は自分の隣に戻ってくるのだ。必ず。
だから、自分がそういう態度を取っても、大丈夫だと思っていた。

「鞘師ー!ちょっといいか?」
「はい」

スタッフに呼ばれ、香音が話すのをやめた。
これ幸いと、里保は呼ばれた方へ歩き出す。

スタッフから「この時はこうしてくれ」との指示をプリントに書き起こしていく。
呼ばれて良かった、と思うのに、香音のことが頭に浮かんでしまう。

めんどくさい、と思った。
そんな自分が。楽しそうに話す香音が。なにもかもが。

それでも仕事に支障をきたしてはいけない。
スタッフの言葉を聞き逃さないよう、集中した。
265 :サイコロひとつ、決まらない。 :2012/02/14(火) 18:12
「じゃあよろしくな」
「はい、わかりました」

スタッフは次にリーダーである里沙の名前を呼んだ。
里保は元の位置に戻る。

そこに、香音の姿はなかった。

彼女は里保の方など見向きもせず、また亜佑美達と楽しそうに喋っていた。

その二人だけが浮かんで見える。
くっきりと、はっきりと。

素直になれない自分に腹が立ち、笑顔で話している二人を見て喪失感を覚え、また目をそらした。

それ以降、香音は里保の元へ来なかった。

必ずと思っていた当たり前の不変は、変化していた。
もう大丈夫じゃないらしい。

ギリギリと痛む胸。
イベントを終えても、それは治まらなかった。
266 :サイコロひとつ、決まらない。 :2012/02/14(火) 18:13
 
267 :サイコロひとつ、決まらない。 :2012/02/14(火) 18:13
あれから数日が経った。

あの時以来、里保は香音に対し、冷たい態度を取り続けていた。

普通にしたいのに、出来ない。
なんで出来ないのかも、わからない。
焦る気持ちを、苛立つ気持ちを、すべて香音にぶつけてしまっていた。

それでも香音の態度は変わらない。
それが余計に里保を追い詰めていた。
だが香音が里保の元へ来る回数は確実に減っていた。
それが里保の余裕を無くさせていた。

転がしたサイコロが転がり続けているみたいだった。
いつになっても止ってくれず、いつの間にか消えてしまい、また現れ、サイコロを振る。
何度現れても、何度転がしても。決まることないターン。
そう、だから、進むことが出来ない。
268 :サイコロひとつ、決まらない。 :2012/02/14(火) 18:14
今日は写真撮影の合間に、それに使うコメント書きや、雑誌のアンケートなどを答えるため
9期10期メンバーが控え室に集まっていた。
だが、今控え室にいるのは里保と香音、亜佑美と優樹だけだ。

先輩達はそれぞれの仕事もあるので隣の控え室にいるのだが、衣梨奈と聖は早々とそちらの
方へ行ってしまい、春菜と遙は撮影のため出て行ったので、里保達4人が机を囲むことになった。

里保は自分も聖達と一緒に行こう、と思ったが、香音が亜佑美の隣には行かず
里保の前に座ったことが、里保をその場に留まらせた。

机の上には色とりどりのペン。
これだけあると、いつもどの色を使うか迷ってしまう。
里保は悩んだ末、青色に手を伸ばすと、隣に居た亜佑美の手とぶつかってしまった。

「あっすみません」
「青、使う?」

手を引っ込めてしまった亜佑美に変わり、青色のペンを取り彼女に差し出す。
269 :サイコロひとつ、決まらない。 :2012/02/14(火) 18:15
「いいんですか?」
「どうぞー」

亜佑美は「ありがとうございます」と嬉しそうな顔を里保に向け、ペンを受け取った。
里保もそれに笑みを返し、適当にオレンジ色のペンを手に取る。

サラサラとペンを走らせる。
隣にいる亜佑美は少し考えつつ、丁寧に書いているが、その合間に隣にいる優樹に漢字を教えたり
天然な優樹につっこんだりと、忙しそうである。

香音と居るときは目をそらしてしまうが、亜佑美本人が嫌いなわけじゃない。
優樹のお母さんみたいに振る舞う彼女は、見ていて楽しく、とても好ましいのだ。

その二人の会話に里保も入り、優樹に声をかけてみたり、亜佑美と一緒に笑ったりして、その場を楽しむが
先ほどから全く喋らない同期が気になり視線を向けた。

香音は一人、黙々と手を動かしている。
長方形の長さに里保達三人が座り、幅の方に一人で座っている彼女。
香音は一番最後に席に着いた。
亜佑美の隣や優樹の隣に行くものだと思っていたが、香音が選んだ席はそこだった。
270 :サイコロひとつ、決まらない。 :2012/02/14(火) 18:15
喋るなから今しかない。
しかし、そう思っても、言葉が出てこない。
この数日間の自分の態度が、気軽にかける言葉を失わせていた。

情けない自分に呆れて黙って香音を見ていると、ふいに彼女が顔を上げた。
目が合った。
里保の心臓が一度大きく跳ねた。
それは気まずさからの動悸だった。

「里保ちゃん、どこまで書けた?」

香音は戸惑う里保など気にもしない様子で淡々と言葉を投げた。

やはり彼女はなにも変わらない。いつもと一緒。
自分もこういう性格になりたかった、と切に思いながら、目をそらさず、じっと見つめてくる瞳に
吸い込まれそうになる。

今、香音の視界の中には、自分だけが写っているような気がした。なぜか漠然とそう思った。
隣には亜佑美がいる。
なのに、全く顔を動かさない香音。自然と里保の口が開いた。
271 :サイコロひとつ、決まらない。 :2012/02/14(火) 18:17
「うんと…10枚ぐらいかな。香音ちゃんは?」

思っていた以上に穏やかな声がでてきて、里保は驚く。
香音は里保の言葉を聞くと、やや俯き机に視線を落とした。
書き終えた紙を手でなぞる。

「んー半分は終わったね」
「はやっ」
「まぁちゃん、まだ3枚しか書けてないですよ」
「あーばらしちゃダメだよぉーもう!」
「あはは。早く終わったら漢字教えたり、一緒に考えてあげるから待っててね」

香音は優しい笑顔を優樹に向ける。
優樹もにへらぁと顔を緩ませ、嬉しそうな声で「はいっ」と返事をした。

里保も顔を緩ませた。
二人のやり取りが微笑ましいと思って、などではなく、香音に対し普通に話せたことが
うれしかったからだ。

4人でちらりちらりと会話をしながら書き続けていると、かすれた声が控え室に響いた。
272 :サイコロひとつ、決まらない。 :2012/02/14(火) 18:18
「次はあゆみんとまぁちゃんだってー!衣装部屋行ってー!」

遙はそれだけ言い、消えてしまった。
たぶん衣装を脱ぐためだろう。
遙の言葉を聞いた亜佑美は律儀にもペンを元の位置に戻し、立ち上がる。

「よし、まぁちゃん行くよ」
「うん。ちょっと待ってー」
「それあとでも出来るから。早く!」

二人の会話を聞きながら、香音と二人っきりになってしまったら会話に困ってしまうかも
しれない、と里保は考えた。
なにか、話題を、話すきっかけに出来るものを、とポケットに手を伸ばすが、目当てのものは
入っておらず。
ということは、バックの中だ。
里保は部屋の隅に置いてあるそれを取りに行こうと、椅子から立ち上がった。

「わっ!」

急に誰かの声が聞こえた。
と思った瞬間、横からものすごい力で押され、身体が傾く。
すぐさま、ギギッという椅子の音が聞こえ、鈍い衝撃が里保を襲った。
273 :サイコロひとつ、決まらない。 :2012/02/14(火) 18:18
「ったぁ…」

結構な勢いで床に叩きつけられたようで、咄嗟に受身を取ったんだろう右肩から背中あたりがズキズキと痛む。
そして、なによりも、重い。

思わずつぶってしまった目を開けると、誰かの頭があった。
耳の形がはっきりわかるぐらいに、ものすごく、近くに。

誰だ。誰だ。

あまりにも近すぎるせいで、痛さよりも恥ずかしさがこみ上げ、それだけが頭の中でぐるぐるとまわる。
なにも言えないでいると、誰かの頭が動いた。

「いたたた…」

亜佑美だった。
当たり前だ、隣に居たのは亜佑美なのだから。
簡単すぎる答えもわからないぐらい、里保は動揺していた。
そして、頭を起こした亜佑美と、ばっちり目が合った。
274 :サイコロひとつ、決まらない。 :2012/02/14(火) 18:19
里保に覆いかぶさるように倒れた亜佑美。
顔に息がかかってしまうぐらいの距離。
亜佑美はフリーズしたように、里保の目をじっと見つめていた。

こういう時はなんて言えばいいんだろうか…。

「二人とも大丈夫?」

耳に届いたのはあの子の声だった。
それをきっかけに亜佑美も思い出したように「ご、ごめんなさい!」と言いながら立ち上がった。
上に誰もいなくなり、ホッとすると、香音が手を差し伸べてきたので、素直にその手を掴む。
里保が立ち上がると、亜佑美と優樹が泣きそうな顔でこちらを見ていた。

「まぁちゃんが急にこっちに転んできて…ごめんなさい」
「さやしさんごめんなさい…」
「大丈夫大丈夫。それより撮影遅らせちゃまずいからさ、早く行ってきて」
「はい…本当にすみませんでした…。まぁちゃん、行こう」
「ごめんなさい…」

亜佑美は優樹の手を引っ張り、控え室のドアを開けた。
出て行く前に、もう一度申し訳なさそうに頭を下げられたので、心配させぬよう手をヒラヒラ揺らせて見送る。
バタン、とドアが閉められると、控え室がしんと静かになった。
275 :サイコロひとつ、決まらない。 :2012/02/14(火) 18:19
「里保ちゃん」

顔を向けると、二人みたいに泣きそうな顔じゃないが、いつもと違う顔付きをしている香音が居た。
しかも、先ほどから手は繋がれたままである。
いつもの彼女だったら、すぐ離すはずなのに。

「大丈夫?身体痛くない?」
「うん、たぶん大丈夫。肩がちょっと痛いぐらいかな」
「肩?本当に大丈夫?」
「これぐらい大丈夫だって」

香音は「今日は湿布貼って寝てね」と念を押した。
それに苦笑いを浮かべながら頷く。

会話は終わったのに、香音は里保から視線を外さない。
なにかを訴えている瞳に見えるのは、都合のいい解釈だろうか。
もちろん繋いだ手もそのまま。
こんな行動は、香音らしくない。でも。

里保の周りをコロコロとサイコロが転がっている。
それが消えてしまう前に、里保は彼女の名前を口にした。

「香音ちゃん?」

里保は身体を彼女の方に向けて、頭も少し傾けた。
香音は唇を噛んだ。だが、それを見れたのは一瞬だった。
次の瞬間には、彼女の頭が消えてしまった。
276 :サイコロひとつ、決まらない。 :2012/02/14(火) 18:20
ゆっくりと、ふわりと、身体を打った自分を気遣うようにやさしく抱き締められ
里保の身体がびくりと揺れた。

「なんかさぁ…」
「ど、どうしたの?」
「なんか…」
「ん?」

はぁと深い溜息が里保の耳にかかった。
その部分がチリチリと熱くなり、そこから伝わるように胸が痛くなった。
でも嫌な感じはしない。むしろ。

むしろ嬉しいと感じている自分がいる。

手を差し伸べてくれたから?それもあるだろう。
心配してくれたから?それもあるだろう。
抱き締められてるから?それもあるだろう。
でもそれだけじゃない。


耳にかかった溜息が、こびりついて離れない。
 
277 :サイコロひとつ、決まらない。 :2012/02/14(火) 18:20
「なんかね、嫌だった」

香音がポツリと呟いた。

「嫌?」
「うん。里保ちゃんの上に亜佑美ちゃんが倒れたのが嫌だった」
「…あれは亜佑美ちゃんのせいじゃないし、私は大丈夫だよ?骨とか折ってたらアレだけど」
「そーじゃなくて、顔めっちゃ近かったし、なんか見つめ合ってたし…それがすごい嫌だった」

言い終わると香音は里保の首元に顔を埋めた。
彼女の甘えるような行動に、トクトクと心臓が早くなる。

あぁ。なんだろうこれは。
どうしよう。どうしよう。どうしよう。
どうすればいい?ねぇ。どうすれば。

せり上げてくる感情に耐え切れず、里保は答えを求めるように、彼女の背中に手を回した。
すると、香音は里保の首元を頬で二回ほど撫でた。
得も言われぬ感触に、里保は息がもれそうになる。
その変わりに、瞼を閉じた。
278 :サイコロひとつ、決まらない。 :2012/02/14(火) 18:21
「あとさー最近…里保ちゃんおかしかったしさ。今日やっと普通に喋れたと思って安心したのに、
 亜佑美ちゃんとは照れて見つめあうとか、ちょっとムカついた」

里保は瞼を開ける。

香音は気にしていた。
気にしていたのに、傷ついていたかもしれないのに、いつも通りに振る舞い、何度も話しかけて
くれていたのだ。

罪悪感が里保の心を体中を支配する。
どうしてあんな態度を取り続けてしまったんだろう。
普通に接することが出来ない、なんだろう、などと思い込み、彼女の優しさを否定し続けて
しまったんだろう。
香音は何度も何度も、自分にきっかけを与えてくれていたのに…。

嬉しいと感じていた胸の痛みは、突き刺すような悲しい痛みになっていた。
279 :サイコロひとつ、決まらない。 :2012/02/14(火) 18:21
「黙ってないでなんか言ってよぉ」

黙り込んでしまった里保を香音が促す。
香音は首元に埋めた顔を離し、顎で肩を突きながら「なんか言えってばー」とちゃかした。
冗談っぽい口調だったが、今の里保にはそれに乗れることなど出来るわけがなく。
むしろ、わざとおちゃらけて自分を気遣っているような気がして、更に胸が痛んだ。

「…ごめん…あの態度はごめん」
「今日は素直な里保ちゃんだ」
「あの態度は本当にダメだと思うから…ごめんね?ごめん。ごめんなさい」
「ん、わかった。うん」
「ご」

言葉の途中で里保を抱き締めている香音の腕に力が入った。
「もういいから」そう言われている気がして、里保は残っていた二文字を飲み込む。

言ってしまえばこんな溢れるように出てくるのに。
サイコロが止らないなら、自分で止めてしまえばいいのに。
追い詰められなきゃ出来ない自分はなんて幼稚なんだろう。
280 :サイコロひとつ、決まらない。 :2012/02/14(火) 18:22
「…それよりさぁ。なんで照れたの」
「え?」
「だから亜佑美ちゃんと見つめ合ってた時、照れてたじゃん。なんで?」

香音はまた顎で肩をつついた。
あの態度よりも、そっちのほうが気になっていたのだろうか、幾分早口になっている。
話題をそらすために、そこを攻めているのだろうか。
自分を気遣っての言葉なのか、本当にそれが気になっているのか、里保には判断できない。
とりあえず思ったままのことを言うことにした。

「あれは照れたっていうより、恥ずかしかっただけだけど…」
「うっそだぁ?ちょっとドキっとしたんじゃないのぉ?超近かったしーその前に亜佑美ちゃんと
 楽しそうに話してたしー」

バカにしたような言い方に、ムッとしてしまう。
確かにあの時は恥ずかしくて、じっと見つめ合ってしまったけれど。
でも、ドキっとなどしていない。断じて、決して、絶対に、していない。
しかも最後の言葉、彼女にだけは言われたくない。
281 :サイコロひとつ、決まらない。 :2012/02/14(火) 18:22
「香音ちゃんだって亜佑美ちゃんといっつも二人で楽しそうに話しとるじゃん」
「私はいいけど、里保ちゃんはダメ」

即答だった。早口だった。

「なにそれ」
「いや、いいけど、今日みたいな感じはダメ。絶対ダメ。やるなら私がおらんところにして。
 …やっぱりそれもダメだ、いかん」

彼女の主張が二転三転して、でも結局ダメで。
その流れに唖然としてしまった。
あんな態度を取っていた自分は人のことをとやかく言えないが、彼女は今、ものすごい勝手な
ことを言っている。
しかも、それをあの香音が言っている。
そう思ったら、笑ってしまった。

「…笑わんでよ」
「笑うでしょ、これは」
「あーもういいよっ」

笑われてることに腹を立てたのか、香音は里保の肩に手を置き、身体を離そうとした。
里保はそれを拒んだ。
逃がしはしない。背中に回した腕に力を込めた。
最初は嫌がった香音だったが、里保が離さないとわかると、抵抗するのをやめた。
282 :サイコロひとつ、決まらない。 :2012/02/14(火) 18:23
かわいいと思った。
他の人と楽しそうに話していたことを気にしていた彼女が。
照れたように見えたことが気に入らなかった彼女が。
自分はいいけど、こっちはダメだと言った彼女が。
一度はいいと言ったのに、結局ダメだとごねた彼女が。
笑っただけで離れようとした彼女が。
だから離したくなった。

「香音ちゃんがたまにこうやって構ってくれるならやんないよ」

香音の耳元で、呟いた。
それは端から聞けば甘ったるい言い方だった。
里保がそれを意識して言ったわけがない。
ちょっとだけからかうように言っただけだったが、結果甘さを纏い、香音を動揺させるには
十分だった。
283 :サイコロひとつ、決まらない。 :2012/02/14(火) 18:24
「か、構うって、これは勢いでやったから…。もう出来ない、と思う…」
「じゃあ亜佑美ちゃんとベタベタする。これぐらいの近さで」
「…それはダメ」
「じゃあ構ってよ」

香音ちゃん。

里保は香音の首元に顔を埋めた。
彼女にされたのと同じように、撫でてみた。
びくりと香音の身体が揺れた。心臓が跳ねる。跳ねる。跳ねる。

名前を呼んだのも、香音と同じことをしたのも、考える前にやっていた。
やばい、と思った。なにがやばいのかもわからないけどそう思った。
だが止ることもできず、壊れてしまったブレーキを握り締めながら、もう一度顔を動かした。

「ちょちょ、ちょ、す、ストーップ!」

香音のブレーキは壊れていなかった。
無理やり里保を剥がした彼女は顔を伏せ、その前で両手を伸ばした。
一方、里保は放心状態。
なにしてたんだろう?
昼寝から目覚めた時みたいに、まだ夢の中にいるんじゃないかと錯覚してしまいそうだった。
284 :サイコロひとつ、決まらない。 :2012/02/14(火) 18:24
「待った、たんま、ちょっと、マジ、なんで」

香音は一語言うたびに、手を揺らし、一歩ずつ後ずさり。
これは現実だなぁ、と思いながら彼女の行動をぼけっと見つめた。
ほどなくして香音の足が止ったので、なんとなく一歩踏み出す。

「動いちゃダメ!」

驚くほど強い口調で言われ、里保は足を止める。
おかしいな、先にしてきたのはそっちなのに。

「あー…なんか、ごめん」
「ちが、謝ってほしいわけじゃなくて、あの、え?あーもう!」
「だ、大丈夫?」
「うん!大丈夫!でもちょっと待って!」

待てと言われたら待つしかなく。
ずっと同じ体勢の香音を見続ける。
香音があまりにも動揺してるおかげで、里保は冷静になっていた。
その頭でなんで彼女がこうなっているのか考える。
285 :サイコロひとつ、決まらない。 :2012/02/14(火) 18:25

首元。顔を埋める。撫でる。揺れる。跳ねる。

思い出し、顔が熱くなった。

「なんで二人して突っ立ってんの?」

ふいに声をかけられ、背筋が凍る。
声のしたほうを振り返ると、遙が眉間にしわを寄せながら部屋に入ってきていた。

「ズッキ、その変なポーズはなに」

どうやらこの前の出来事は見ていないようだ。
よかった…と心の底から思った。

「…ちょっと、ほら、二人で撮影前の準備運動してたんだよ。んで香音ちゃんが精神統一してた」

里保は適当な嘘を並べて、香音のほうを向いた。
いつの間にか顔を上げていた香音と目が合うと、彼女は止まってしまった。
だめだこりゃ。わざとらしく「ねー?」と助け船を出す。
香音はハッとして、口を開いた。

「あ、あ、そう、そうなんだよ!精神統一って大事!これ基本!」
「…ふーん」

遙は二人を見やるが、興味をそそられなかったのだろう、すぐさま机に向かった。
二人は同時に息を吐き出し、胸をなでおろした。
のもつかの間、遙が「てかお二人さん」と声をかけてきて、緊張が走る。
286 :サイコロひとつ、決まらない。 :2012/02/14(火) 18:27
「まぁちゃん達の撮影、まだ時間かかりそうだったから、書いたほうがいいんじゃない?」

ただのアドアイスだった。

「あ、そうなの?ちょっと早かったかー」

無駄に冷や汗をかいてしまったことに呆れながら、里保は適当に話を合わせる。

「香音ちゃん、まだだってさ。続き書こうよ」
「う、うん」

里保は伸ばされたままの香音の手を取り、机に向う。
手を取った瞬間、香音の身体が揺れたのがわかった。
そうなることは予想していた。意識していた。


だから、わざと手を取った。


倒れた拍子に動いてしまった椅子を空いてる手で直しながら、彼女の手を離した。
香音は大人しく自分が居た椅子に座った。
里保も腰を下ろし、ペンを取る。
蓋をはずし、書くふりをして、彼女のほうに顔を向けた。
ぼーっとしていた香音は、見られていることに気付くと、慌ててペンを取り視線を落とす。
カツン!ペンが音を立てた。
蓋をつけたまま書こうとしたらしい。香音はあわわ、としながら蓋をはずした。
287 :サイコロひとつ、決まらない。 :2012/02/14(火) 18:27
里保の顔が緩む。

サイコロが現れた。
里保はそれを握り締める。

転がり続けるのか、消えるのか、止るのか。
あぁもういいや、そんなことはもうどうでもいい。

サイコロひとつで、決まりはしない。

「ねぇ、香音ちゃん」

握り締めていたサイコロを思い切り遠くへ投げてやった。

さて、これからどうしようか。


進みはじめたら止れない。

 
288 :サイコロひとつ、決まらない。 :2012/02/14(火) 18:28
終わり
289 :名無飼育さん :2012/02/14(火) 23:28
二人のちょっとした会話がリアルですね。
尾張の語尾が自然で入り込みやすかったです。
面白かった。今後も楽しみにしてます。
290 :名無飼育さん :2012/02/15(水) 00:27
好きなバンドのある曲を思い出したのですが思い違いかな…?
実ったばかりのあんずをかじった様な甘酸っぱさでした
291 :名無飼育さん :2012/03/08(木) 19:41
>>289
ありがとうございます。
なるべく自然な会話、を心がけたので嬉しいです。
今後もよろしくお願いします。

>>290
おぉ。それが元3ピースで女性ならば正解です。
私も大好きでBGMとしてよく聴くのですが、書いてる時にこの曲が流れてきて
「あぁこんな感じだな」と思ったので文章に表れてしまいました。
>>290さんとは美味しいお酒が飲めそうです。
292 :名無飼育さん :2012/03/08(木) 19:45
今、自分の中できてる先輩後輩コンビ。
あいかのん、いきます。
でもちょっと違うかも。
293 :中間管理職 :2012/03/08(木) 19:48
910期でにぎやかな楽屋。
ぎゃーぎゃーと騒ぐ子供達、それを見ながら携帯で写真を撮ったり、笑ってる先輩達。
私も笑っている中の一人だけど、子供達がやりすぎないにように、時折注意しなくては
ならないので、なかなか気を抜けない。

中間管理職。
正直言って、大変な役職だ。

騒ぎまくる子達を眺めながら、ふと思う。

あの子らがおったら、協力してくれたかな。
それとも一緒にはしゃいでたかな。と。

たぶん後者だろう。

一人は率先して子供達と一緒にはしゃぎ、もう一人は無駄にお姉さんぶって甘やかして、
溺愛する姿が安易に想像できる。

なんて思って、誰も自分を見ていないことをいいことに、苦笑いを浮かべた。
294 :中間管理職 :2012/03/08(木) 19:50
持っていた携帯に視線を移し、画像フォルダを開く。
何度もスクロールして画面の中でタイムスリップ。

あの二人が写っている画像のサムネイル。
二人が一緒に写ってるものは少なく、先輩の誰かとの画像だったり、自分とのツーショットだったり。
それがまた自分達らしくて、なんとも言えない気持ちになる。

まだ1年と少ししか経っていないのに。
なんでやろ。

画面を消そうとした時、人の気配がして、思わず携帯を見られないように伏せた。
隣を見ると、ニコニコと笑っている後輩が座っていた。

「どうしたん」
「光井さんと喋ろうと思って」
「あ、そう」

鈴木は携帯の画面なんて見ていないってわかっているのに、冷たく返してしまった。
私の声色を感じ取ったのだろう、彼女の表情が一気に変わる。
295 :中間管理職 :2012/03/08(木) 19:52
「あ…ひとりにしてって感じでした?すみません…空気読めなくて…」

鈴木は笑顔を消して、立ち上がろうとした。

いや、違うねん。そうじゃないねん。

私は鈴木の腕を掴み、しゅんとしてしまった彼女を引き止めた。
なんか、あの二人を知らない人には見てほしくなっただけで。
それを見ている自分を見てほしくなっただけで。

「別に嫌だとか言うてないやろー」
「…本当にいいんですか?」
「いいから。はよ座り」

鈴木の顔は一気に崩れ、ふにゃふにゃヘラヘラ笑顔になる。
嬉しそうに椅子に座り直した彼女は、ずっと私を見ながらニコニコしてる。

1年と少し前には居なかった子。
画面の中には居たあの子達。

ごめんな。さっきはちょっと感傷に浸っててん。

口には出せない謝罪を舌の上だけで転がして、誤魔化すために彼女の頭を
わしゃわしゃと撫でる。
296 :中間管理職 :2012/03/08(木) 19:53
先ほどより目を垂れ下げ、溶けそうな顔で受け入れる後輩。
ははは。かわいいやん。
素直にそう思った。

いつものポニーテールだったら悲惨なことになっていただろうが、今はセット前。
一度も染めたことのない艶のある髪の毛をこれでもかと撫でていると、さすがに非難の声が上がった。

「み、光井さん!ぐしゃぐしゃになっちゃう!」
「ええやろ別に。まだセットしてないんやから」

鈴木はあわあわと両手を挙げるが、相手が先輩だから無理に手を止めることも出来ず。
なすがままの彼女が面白くて、私は笑った。

いつの間にか手を挙げることもやめてしまった鈴木に気付き、乱れた髪の毛を整えてやると
鈴木の顔はぶすくっていた。

「光井さんひどい」
「ごめんごめん。面白くてつい」
「光井さんだから大丈夫ですけど、これが衣梨ちゃんだったらキレてますよ」
「生田にはキレるんや?愛佳、先輩でよかったわー」
297 :中間管理職 :2012/03/08(木) 19:54
周りでは話し声や笑い声、時には叫び声まで聞こえるけど、今は注意する気になれない。
あとでいいや。
今はこの子との時間を楽しみたかった。

「そういえば、さっき携帯見ながら嬉しそうにしてましたけど、なんかいいことあったんですか?」
「へ?」
「あれ?なんかうれしそうに笑ってた気がしたんですけど…違いました?」

鈴木の言葉に驚いた。

私は笑ってたんか。

握ったままだった携帯の画面を見る。

更に驚いた。

いくつもの画像が表示されていたはずなのに、握っている間にボタンを押してしまったんだろう。
一つの画像が画面いっぱいに表示されていた。

三人で撮った画像なんて数枚しかないのに。
なんでこういう時、こうやって出てくるかな。

「…ううん、違わない」

顔が緩む。
298 :中間管理職 :2012/03/08(木) 19:55

なぁ、見て。
この子、かわいいやろ?
愛佳のこと慕ってくれてんねん。びっくりやろ。
二人も気に入ると思う、この子だけじゃなく、8人全員のこと好きになると思うねん。
だってかわいい後輩なんやで、二人にとっても、ね。

鈴木を見ると、彼女も笑っていた。

「懐かしい画像見て笑っててん。見たい?」
「え、見たいです!」

身を乗り出し何度も頷く鈴木がかわいくて、また頭を撫でたくなったけどやめた。
変わりに携帯を見えるようにして、口を開いた。

だが、楽屋の扉がものすごい大きな音をたてて閉まったせいで、私の声はかき消されてしまった。
その扉の外からはぎゃーぎゃー騒ぐ佐藤の声。

スルーしよかな…。

また大きな音を出して開いた扉。
走りこんでくる佐藤。

画面の中の二人が目に入る。
299 :中間管理職 :2012/03/08(木) 19:56

イインデスカ?
光井サンらしくナイネ。

そんな声が聞こえてきそうだった。

うん、あかんな。

私は目を閉じ、深呼吸をした。
隣を通り過ぎようとしていた佐藤に向かって、私は口を開く。

「おい、佐藤。扉は静かに閉めぇや」

佐藤は動きを止め、背筋をピーンと伸ばす。

「すみません。あ、大丈夫です」
「ここで大丈夫です、はおかしいやろ」
「あ、間違えました。がんばりますっ」

ずれまくった返事。
溜息が出た。でも、がんばるならまぁいいかぁ…。

「とにかく、扉は壊れるかもしれんから気ぃ付けや」
「はいっ」

佐藤は元気よく返事をすると「くどぅー!」と言いながら走り去って行った。
300 :中間管理職 :2012/03/08(木) 19:57
わかったんだか、わかってないんだか…。
心配で佐藤の姿を目で追うと、工藤がこちらをチラチラ見ながら、佐藤になにか言っていた。

工藤、ありがとう。ちゃんと言っといてや。

工藤の行動に安心し、話を戻そうと鈴木を見ると、なぜか彼女も背筋を伸ばして、佐藤よりも
真面目な顔をしていて。

「なんでやねん」

思わずつっこんだ。

中間管理職。
気が抜けなくて色々と大変だ。
けど、この場所を守っていくために自分は鬼になろうと思う。
私が大好きなこの場所を、二人も大好きだったこの場所を、いつかこの子達が守っていくんだから。

さっきはかき消されてしまった言葉を、もう一度。

「鈴木、見て。ほら、ジュンジュンとリンリン」

だから、がんばるわ。

私は画面の中に居る二人に笑いかけた。
301 :中間管理職 :2012/03/08(木) 19:57
おわり
302 :名無飼育さん :2012/03/09(金) 00:59
あかん、目汁が…
303 :名無飼育さん :2012/03/09(金) 02:17
いつものりほかのもすごく良いですけれどこれも
( ;∀;)イイハナシダナー
304 :名無飼育さん :2012/03/11(日) 22:10
>>302
つティッシュ
その反応、うれしいです。ありがとうございます。

>>303
ありがとうございます。
あいかのんのつもりがこうなりました。まぁよくあることですねw
305 :名無飼育さん :2012/03/11(日) 22:14
上の続きみたいなもの。
巷ではすれ違いが囁かれてますがそんなの関係ない。
私はこの二人が好きでたまりません。こういう時こそ妄想です。

りほかのいきます。
306 :弱点 :2012/03/11(日) 22:15


弱点
 
307 :弱点 :2012/03/11(日) 22:16
にぎやかな楽屋。

光井さんに叱られたのに、それでもまだ騒ぎ続ける優樹ちゃんを筆頭に
みんなが騒ぎまくっている。
まぁ私もえりぽんと一緒にはしゃいでいるのだけれど。

そんな騒ぎの中を、いち早く抜けた同期が光井さんと携帯を見ながら楽しそうに喋っているのに
気が付いた。

彼女は最近、騒ぎの中からいなくなってることが多い。
入った当初は一人でもぎゃははと笑っていたのに。
いや、急に一人でお弁当を食べ始めるときもあったっけ。

「さやしさーん!」
「ぐえ」

いきなり背中に抱きつかれ、おっさんみたいな声が出てしまった。
どこぞの妖怪みたいにのしかかってきた物体、というか人。
普通だったら少し加減するものだけど、この子にはそういう考えがないらしい。
全体重をかけられ、私はあまりの重さに膝をついた。
308 :弱点 :2012/03/11(日) 22:18

「ちょっと優樹ちゃん重いよぉ」
「あー衣梨奈も衣梨奈も!」
「…えりぽん、乗ったらあとで殴る」
「えー!なんで衣梨奈だけ殴ると?!」
「あぁもうダメ」

膝だけでは支えられず、私は床と仲良しに。
へたり込んだ私に、優樹ちゃんはキャッキャと楽しそうな笑い声を上げた。

「おりゃー!」
「キャー」
「うげ」

かすれた声と共に、更に重力が加わり、またおっさん声。
だけどくどぅーは手加減してるらしく、優樹ちゃんのような重さはなかった。
ただたんに彼女が軽いだけかもしれないけれど。

「里保!くどぅーが乗った!くどぅーあとで殴られるとよ!」
「…くどぅーは許す。えりぽんだったら許さない」
「えぇなんで?!」
「フフフフウフフフ」
「まぁちゃん、笑い方キモイ」
「…ちょ、マジ重いんですけど…」
309 :弱点 :2012/03/11(日) 22:19
真面目な声で文句を言うと、くどぅーがどいてくれたのか、ふっと軽くなった。
けど、優樹ちゃんはどいてくれず背中にくっついたままである。

「優樹ちゃんどいてー」
「えーやだー」

この子は…。
本物の天然で悪気がない。小悪魔ってこういう子のことを言うんじゃないだろうか。
いいえ、大悪魔かも。違うか。

「どいてってばー」
「フフフフいやでーす」
「ほらまぁちゃん、終わりだよ、ヤッシー潰れちゃう」
「んもう、しょうがないなぁ」

渋々、と言った感じだが、優樹ちゃんはどいてくれた。
私の言葉にはいやだと言ったのに、くどぅーの言葉にはあっさり従う優樹ちゃん。
彼女はいつもこうで、くどぅーの言うことは従順で、素直だ。
この違いはなんなんですか、と新垣さんに聞いてみたい。
まぁダンスレッスンの時とかはちゃんと聞いてくれるからいいけど。
310 :弱点 :2012/03/11(日) 22:19
ふぅと息をついて、身体を起こし、床に座ったままみんなとお喋りを楽しむ。
たまーにちょっかいをかけてくる優樹ちゃんを軽くあしらっていると、光井さんが楽屋から
出て行くのが見えた。

あれ。

気になって立ち上がる。

あの子の姿を探すと、机に伏せていた。

「里保どうしたと?」
「ん、ちょっと」

寝てるのかな。

少し悩んでから、自分が来る時に羽織っていたコートを持ち、彼女の元へ向かった。

コートを肩にかけて、さっきまで光井さんが座っていた椅子に腰をおろす。

たぶん、光井さんと話しながら寝てしまったんだろう。
彼女は顔をこちらに向けて、スヤスヤと寝ていた。
顔は髪の毛で少し隠れてしまっている。
311 :弱点 :2012/03/11(日) 22:20

髪、伸びたなぁ。
入った時はもっと短かったのに。
一番元気でうるさかったのに。私が一番大人しかったのに。
自分もだけど、変わっちゃったね、香音ちゃん。

自然と手が伸びた。
変わってしまった彼女がどこかへ行ってしまいそうな気がしたからだった。

香音ちゃんの頬に触れる直前、覗き見える瞼がぴくりと動いた。
急いで手を引っ込めて、静かに机にのせる。

どうしよう、逃げてしまおうか。

怖くて手を伸ばしたのに、なんで自分は逃げようと思うんだろう。

「ん…」

悩んでる間にゆっくりと瞼を上げた彼女と目が合う。

やっぱり逃げればよかった。
気まずくて目をそらす。別に悪いことなんてしてないのに。
312 :弱点 :2012/03/11(日) 22:21
「…これ、里保ちゃん?」

眠たそうな声で聞かれて、香音ちゃんを見ると体勢はそのままで肩にかけたコートに触れていた。

「あ、うん」
「ありがとぉ」

ふにゃあっと笑った彼女は、また目を閉じてしまった。

あ。

チクリと胸が痛んだ。
なんとなく寂しかった。

もうえりぽん達のところに戻ろう。

そう思って立ち上がろうとした時、香音ちゃんの手が机に置かれ、もぞもぞと動きだした。

なんだろう?

なにかを探しすように、動く手。
携帯でも探してる?
いや、ここに来たとき机の上には何もなかったはず。
それなのに、ぱすぱすと上下に動き、移動する手。
313 :弱点 :2012/03/11(日) 22:25
どうしたの?と聞こうとした瞬間、伸びてきた手が私の小指に触れた。
そのままずらすように動いた手は、私のそれを包み込む。

香音ちゃんの顔を見る。
彼女は目を閉じたまま、口だけを開いた。

「もうちょっとだけここにいてよ」

もうどうして。
こういうことを簡単に言うかな。

私はダメなのだ。
この同期の言うことに、やたら弱い。
そんなこと言われたら、どこにも行けなくなってしまう。従ってしまう。

あぁ。
私も優樹ちゃんと変わらない。

返事をする変わりに、捕まえられた手をゆっくりと裏返す。

行こうと思えば行けたのに、彼女のたった一言で留まることを選んだ自分に呆れた。

でも、繋いだ手をきゅっと握り返され、目を閉じたまま満足そうに微笑む彼女を
見ていたら、まぁ悪くはないかな、と思ってしまった私は優樹ちゃん以上かもしれない。
314 :弱点 :2012/03/11(日) 22:25
おわり
315 :名無飼育さん :2012/03/12(月) 17:12
>中間管理職
「それゆけみんなの!!」が出てくるかと思ってドキドキしましたw

>弱点
なんかえりぽんが切ないw
316 :名無飼育さん :2012/04/27(金) 16:37
>>315
りほかのが主なのでえりぽん許してw
317 :名無飼育さん :2012/04/27(金) 16:44
気が付けば4月の終わりですね。
久々に更新します。
>>171の続きみたいな世界。時間設定もリアルより進んでおります。
あとまさはるって前は書いたけど、その時飯窪さんもはるが付くことを考えてませんでした…。
ごめんねはるなん。最近はまさどぅと呼んでますが、みなさんどうなんですかね。
ってことで投下はじめます。
318 :バイト、接客、年下 :2012/04/27(金) 16:49


バイト、接客、年下
 
319 :バイト、接客、年下 :2012/04/27(金) 16:49
一番最初にすることは。
なにより先に水をはった鍋を火にかける。中火。
その間に着替え、ダスターやタオルの用意をし、テーブルを拭いていく。数は多くない。
拭き終えたら、カウンターにあるメニューを一つだけ置き、とりあえずの準備は完了。
床清掃は一時間後に来る仲間がやるのでささっと厨房へ戻る。
鍋の様子を見ると、周りに気泡が出てきていた。そろそろだ。
沸騰させないために火を最弱にする。そこへカンナで削ったこだわりの鰹節を、と言いたいところだが、
この店はそんな高級志向のお店ではない。ただの居酒屋だ。
愛佳はいつも通り出汁パックを3袋手に取り、鍋の中へ入れた。

「さて、あとは…」

オーナーが書いたメモを見ながら、下ごしらえするべきものを頭に浮かべる。

「ししとうのへた取り、玉ねぎ、豆腐、ほうれん草とー…あ、今日は牛丼かぁ」

日替わりのつまみが書いてある下に【牛丼】と書かれていた。テンションが上がる。
オーナーが作るものはなんでもおいしいけど、牛丼は人気メニューで愛佳もお気に入りのメニューだ。
320 :バイト、接客、年下 :2012/04/27(金) 16:50
「賄いが楽しみやな」

ニシシとひとりで笑い、冷蔵庫からししとう、玉ねぎ、豆腐、ほうれん草を取り出すと、店の扉が音をたてた。
カウンター越しの調理場なので、材料を持ったままお客を確認する。
常連の女子中学生だった。
私の姿を確認した彼女はニコニコと笑う。

「こんちはー!今日は光井さんだ。やったー」
「おう、鈴木、いらっしゃい。煽ててもおまけしてやらんで」
「そんなつもりないからいいですよーっだ。あぁ今日は何にしようかな?」

彼女はカウンターに座り、一つだけ置いておいたメニューと睨めっこしはじめた。

なぜ、居酒屋に中学生が来るのか。
それは、この店が子供限定でおでんを売っているからである。
なんでも先代のオーナーがやりはじめたらしく、それを今のオーナーが引継ぎ、近所に住む
子供達の歴史的ホットスポットになっているのだ。
まぁ来るのは本当にごく一部の子供達で、しかも中学生になってからも通ってくれるのはその中の一握りだけれど。
321 :バイト、接客、年下 :2012/04/27(金) 16:52
眉間に皺を寄せてメニューを見ている彼女は、その一握りの一人である。
しかも彼女は今年で中学三年生。その歳になっても通ってくれるのはめずらしいらしく。
「高校生になっても通ってくれたら嬉しいね」なんて優しく笑いながらオーナーは言っていた。

「いっつも悩んでるやん。入る前に決めぇやぁ」

愛佳は爪楊枝でししとうのへたの根を刺しながら、うーんと唸り続けている鈴木に文句を言ってみた。

愛佳がこの時間帯を任せられるようになって2年。彼女とはその2年でずいぶんと打ち解けた。
軽口ぐらいどうってことはない。むしろコミュニケーションの一環だ。

彼女は顔を上げ、口をぽかんと開けた。
愛佳は彼女の顔を見ながら、3本刺し終えたへたの根を山折りにする。
ぺきっと音を立てる。へたが取れる。
しかし、口を開けたまま動かない鈴木。
322 :バイト、接客、年下 :2012/04/27(金) 16:54
「なんやねん、その顔は」
「いや、びっくりしすぎちゃって。開いた口が塞がらない」
「入る前に決めぇやって言っただけやん。普通のアドバイスやで」

愛佳は先ほどと同じように根を刺していく。

「光井さん…本気ですか?入った時のインスピレーションが大事なんですよ?」
「入ってから大分時間経ってると思うんですけどー?」
「だってだって!メニュー見るとどれも食べたくなるんですもん!」
「さいでっか。まぁたじゃがいもと玉子とはんぺいで迷ってんねやろ?」
「ば、ばれてる…うー。おー。あー…じゃあ今日はじゃがいもで!」
「はいよー」

愛佳は慣れた手つきでおでん鍋からジャガイモの刺さった串を取り出し、皿に盛る。

「はい、じゃがいもね」
「ありがとうございます」

受け取った彼女は丁寧に手を合わせ「いただきます」。
串に刺さったじゃがいもを口に運ぶ。
はふっはふっと熱さにやられながら、だけれど、それはもう幸せそうにもぐもぐする女の子。
323 :バイト、接客、年下 :2012/04/27(金) 16:55
そして、最初の一口を飲み込むと必ず。

「あーおいしー…」

と呟くのだ。
愛佳は彼女のこの行動にいつも顔が緩む。
ちょっとしたことだけど、作ってる側からすると嬉しかったりするもので。

おいしそうに食べる彼女を見ながら、ぺきっ、ぺきっ。
すべてのへたを取り終え、今度は玉ねぎの皮を剥きながら鈴木に話しかけた。

「テストどうやった?」
「んむぐっ。ごほっごほっ」

わかりやすすぎる反応に愛佳はケタケタと笑う。

「あちゃーダメだったかぁ」
「んむ。…そこまでダメじゃなかったけど、やっぱりダメでした」
「どっちやねん。あ、あの子は?あの子頭良さそうやん」
「あー里保ちゃんですか?あの子は頭いいですね。理科なんて私の倍の点数だったかなぁ」
「…それ鈴木の点数がやばいだけなんちゃうの…」
「んーんんんーんんん」
「飲み込んでから喋りなさい」

包丁とまな板を取り出し、玉ねぎをざく切りにしていく。
うお、今日の玉ねぎは強烈だ。
324 :バイト、接客、年下 :2012/04/27(金) 16:56
「んぐ。失礼しました。そーとも言いますねって言いました」
「あかんやん…。あの子に教えてもらえばよかったのに。あー玉ねぎがしみる」
「一番やばそうだった数学は教えてもらいましたよ。でもそこまで迷惑かけらんないし。
 あーじゃがいもうまーい」
「まぁなぁ。でも…うおー目がぁあああ」
「大丈夫ですか?ってなんか私の目までしみてきたんですけど」

幼くても立派なお客様である。愛佳は素早く玉ねぎを切り、ボールに入れ、冷蔵庫の中へ閉じ込めた。
気を取り直して豆腐と向き合い、女子中学生との会話もやり直す。

「あーごめんな。で、なんやったっけ?」
「いいえ全然。えっと、教えてもらえばよかったのに、じゃがいもうまーいからの
 まぁなぁ。でも…うおー目がぁあ、で終わりました」
「じゃがいもうまーいと目がぁあはいらへんわ。でもありがとう。そうそう、まぁなぁ。でも…」

続けようとした言葉を頭に浮かべる。
でも…これは言わないほうがいいのかもしれないな、と愛佳は思った。
多感な時期だ。第三者の自分がなんとなくで感じ取った空気など、本人に伝えてはいけない気がした。
325 :バイト、接客、年下 :2012/04/27(金) 16:57
「…数学は大丈夫やったんや?」
「あ、はい。里保ちゃんのおかげで」
「そか、よかったなぁ」

返事がない。いつもだったらふざけて「そうですよねー!ははは!」とかなんとか言いそうなのに。
チラリと視線を上げると、複雑そうな顔をしている鈴木がいた。
ふむ。彼女自身もなにか思うことがあるのだろう。

その子は彼女が中学に上がってから連れてくるようになった女の子で。
近所ではないためたまにしか来ないが、愛佳の中でかなり印象に残ってる子だ。
まぁ鈴木という常連さんのお友達ってこともあるが。

「私、里保ちゃんにはあんまり迷惑かけたくないんですよね。すごい自分の世界がある子だし」
「そうなんや」
「はい。たまに私なんかと一緒に居て楽しいのかなぁとか思っちゃうし」

やっぱり彼女は気付いていない。
326 :バイト、接客、年下 :2012/04/27(金) 16:58
「楽しくなかったら一緒におれんやろ。大丈夫やって」
「そうなのかなぁ。うーん」

食べ終えた串を左右に振り、唇を尖らせる彼女。
そうそう。そうやって悩んで考えて成長するんやで、人間は。
自分も対して大人になっていないけど、中学生に対してぐらいは許されるだろう。

「鈴木があの子と一緒に居て楽しいなら、それでええんちゃう?」
「…そうなんですけど…。でも私なんか……あーダメだ!らしくないのでやめます」
「そか。まぁ悩んでどうしようもなくなったらおいで。話ぐらいは聞いたるから」
「私、光井さんのそういう所が好きなんです。これ、煽てじゃないですからね。
 じゃあ、ご馳走様でした!」

鈴木は愛佳がどう反応したらいいのかわからず止っている間にお代の70円をカウンターに置いて素早く出て行った。
閉められた扉を見ながら呆然とする愛佳。

まさか女子中学生に告白されるとは。いや、そういう告白じゃないけれど、あぁもさらりと言われると
困ってしまう。

けど、嫌じゃない。
327 :バイト、接客、年下 :2012/04/27(金) 16:58
彼女はなぜか自分に懐いてくれてる。それも嫌じゃない。
年下が苦手だった自分が変われたのも、このバイトをやり始めたからで。
まぁここに来る子達以外はまだまだ苦手だったりするけど。
でも、ここに来る子達は。特に常連のあの子達は。

綻ぶ顔を抑えながら、ふと思う。

「あいつ、あの子にもあーいうこと平気で言ってんのかな…」

年上の自分に言うぐらいだ、言ってるに違いない。
切り終えた豆腐に視線を戻し、崩さぬようバッドに並べながら、二人が一緒におでんを食べていた姿を思い出した。

嬉しそうに幸せそうに玉子を頬張る鈴木。それを見て嬉しそうに笑う隣の子。
鈴木が頭を動かすと、すぐさま見るのをやめて、じゃがいもを口に入れた隣の子。
自分と鈴木が話していると、興味なさげに一点を見つめモグモグと食べ続けていた隣の子。
その後に鈴木が話しかけると、少々冷たい態度を取っていた隣の子。

…こりゃ鈴木もあの子も、それぞれ大変そうだ。

「悩み多き年頃よのうー」

おばさんくさいセリフを吐いてみた。笑えた。
328 :バイト、接客、年下 :2012/04/27(金) 16:59
しかし、次の瞬間、店の扉が音を立てた。
その音に愛佳はびくりと身体を揺らす。
その拍子に持っていた豆腐が手から滑り落ち、ぐしゅり。無残な姿に変わってしまった。
あぁ…お、お豆腐が…。

「こんちわっす」

独特のハスキーボイスが耳に届いた。
声だけで誰かわかる。この子も幼い常連さんだ。

「工藤のせいで豆腐が崩れたやんかー」
「えっ!?私のせいですか?」
「うん。弁償や」
「え、う、あの…70円しか持ってないんですけど…いくらでしょうか…」
「真面目か!嘘嘘。冗談やで。いらっしゃい」
「ちょ、あぁあ焦ったぁ!もう!やめてくださいよ!」

愛佳の気まぐれないじわるで肝を冷やした工藤はさすがに声を荒げた。
こうやってムキになるはこの年代ならではだろうか。
めんどくさいけど、ちょっとかわいいな、とか思っちゃう自分。
…完全におばさんやんけ。笑えない。
329 :バイト、接客、年下 :2012/04/27(金) 17:00
「ごめんごめん。お姉さん!が悪かった。許してな」
「もう…。いいですけど、びっくりしましたよ。あとなんでお姉さんを強調したんですか?」
「え?別に強調なんてしてへんで?気のせいやろ気のせい。ハハハ!」

工藤は不思議そうに首を傾げながらも、鈴木と同じ席に座り、メニューを手に取った。

「さっきまで鈴木おったで。入れ違いやなー」
「あ、ズッキ来てたんすね。もっと早くこればよかったなぁ」
「そういや佐藤は?今日は一緒じゃないんや?」
「………」
「…また佐藤と喧嘩したんかぁ?」

崩れた豆腐を適当な皿に乗せて、バットと共に冷蔵庫へ入れる。
それを見計らって工藤が「玉子ください」と言ったが、その声は不機嫌だった。
330 :バイト、接客、年下 :2012/04/27(金) 17:00
「あんたらよう喧嘩すんなぁ」
「好きで喧嘩してるわけじゃないです。もうあんな奴知らない」

愛佳は苦笑いした。味の染み込んだ玉子をカウンターに置く。
工藤は乱暴に被りつくも、熱すぎたようで「あぎ」と声を出しながら頭を振った。
それはまるで猫のようで。愛佳はケタケタと笑う。

熱々の玉子と格闘してる工藤を横目で見ながら、最初に入れておいた出汁パックを取り出す。
そして、ほうれん草に手をかけた。

さぁて、今度はこの子の話をじっくり聞こう。

この子達の話を聞くのは、嫌いじゃない。
331 :バイト、接客、年下 :2012/04/27(金) 17:00
終わり
332 :名無飼育さん :2012/04/28(土) 01:46
みんな仲良しで、とてもイイですね( *´Д`)

そして、お待ちしてました。
333 :名無飼育さん :2012/05/08(火) 20:05
今回も面白かったです。
334 :名無飼育さん :2012/05/09(水) 06:51
あの件の後で読んだら泣けてきた。・゚・(ノД`)・゚・。
335 :名無飼育さん :2012/07/21(土) 00:25
>>332
お待たせしました。
そして、色々ありましたね。

>>333
ありがとうございます。嬉しいです。

>>334
本当、色々ですね娘。ってものは。
336 :名無飼育さん :2012/07/21(土) 00:27


hope
  
337 :hope :2012/07/21(土) 00:29
レッスン室に飛びかう声。
それを聞きながら、里保はストレッチをしていた。

ストレッチは入念に。

去年、腰を痛めた以来、常に心がけていること。
里保は前屈している身体を起こした。
それから、ごろり。仰向けになり、下半身を右にひねる。

きゃあきゃあと笑う声が聞こえる。
佐藤優樹は今日も元気だ。一緒にハスキーな声も。

今度は逆。

10期メンバーの年長組みの声が耳に届いた。
二人の声にじゃれつく優樹。
いつも通りだ。

適度なノイズが眠りを誘う。目を閉じたらすぐに寝れそうだと思った。
338 :hope :2012/07/21(土) 00:31
いやいや、寝ている場合じゃない。
すばやく起き上がり、両足の平を合わせる。
その足を両手で押さえ、ゆっくりと息を吐き、それを同時に膝を床に近づけていく。

里保はなにげなく顔をあげた。そして、止まる視線。

そこには、10期メンバーに背中を向け、立っているだけの香音が居た。

里保からは横顔が見えるだけ。
彼女は微動だにせず立っている。
そんな姿に息を吐くのも膝の動きも止め、見入ってしまう。

何を見ているのだろうか。何を考えてるのだろうか。

最近、彼女が何を考えているのか、わからない。

いや、本当は。
本当は、そうじゃない。
わかってる。なんとなくだけど、なんとなくわかってしまう。
そうなってしまう気持ちが、里保にはわかる。
でも。
339 :hope :2012/07/21(土) 00:32
押さえていた手の力を緩める。

どうしたらいいのか、なんてどれだけ考えても見つからなかった。
でも、このまま何もしないのはもっとよくないことなのはわかりきっていた。

足から手を離し、床に置こうとした瞬間、香音の背中に亜佑美が手を伸ばしていた。
ぽんっと軽く香音に触れる手。止まる自分の手。
振り返る彼女。静かに笑った彼女は亜佑美の手を取り、話し始めた。

里保の手は元の場所に戻る。

「あーあ」

急に耳元から声が聞こえてきて、思わず身体が震えた。
ため息が出そうなのを抑える。
その声の主に驚かされたことがちょっと気に食わない。

「…なに。あーあって」
「なにってそのまんま。あーあ」
「だからなに」
「あーあ。先越されちゃったやん」

その言葉はさっきのことよりも気に食わなかった。
340 :hope :2012/07/21(土) 00:32
「意味わかんない」
「わかっとうくせに」

衣梨奈は里保の後ろに腰を下ろす。
ちらりと衣梨奈を見やる。予想に反して彼女の顔は真剣だった。

「行けばよかったのに」
「別にそんなつもりなかったし」
「素直じゃなかねぇ里保は」
「……うるさいなぁ。ほっといてよ。えりぽんだって行ってないじゃん」
「衣梨奈は衣梨奈でちゃんとやっとうけんね。適材適所ってやつ」
「意味わかんない」
「またそうやって誤魔化す」
「誤魔化してなんかない」

衣梨奈は呆れを顔に浮かべた。
それを見たくなくて視線を上げる。
その先には、いつの間にか加わった聖と香音、亜佑美は談笑している姿があった。
341 :hope :2012/07/21(土) 00:34

だって。

「…別にうちが行かなくてもあの二人がいるから」

また視線を隣に移すと、衣梨奈は大きなため息をついた。

「里保はわかってない」

さっきからなんなんだ。
あぁわかってないよ。
知ってるよ、言われなくたって知ってる。

同期の言葉にピリピリとしてしまう自分を抑えつけ、なんとか口を開いた。
342 :hope :2012/07/21(土) 00:34
「…なにを?」
「そうやって冷静気取ってさぁ。わかんないならずっとそうしてなよ。
 遠くからばっか見て、気付かないまま過ごせばいいと」

冷静を気取る?
気が付かないまま過ごせばいい?
なにがわかる?
気取ってなんかない。気付かないはずがない。
あぁなった時の気持ちなんて知らないくせに。
知らないくせに…知らないくせに…!

「…うちだって…うちだって好きで遠くから見てるわけじゃない!」

今度は衣梨奈が身体を震わせた。
静まり返るレッスン室。
思いのほか大声になってしまったことに気付いたが、もう遅い。

「ご、ごめん、えりぽん…」
「……うえーん!聖〜里保が怒ったぁ〜」

衣梨奈はわざとらしく声を上げながら立ち上がり、聖達の元へ。
聖はぽかんとしつつも、衣梨奈の頭を撫でた。
343 :hope :2012/07/21(土) 00:37
「喧嘩でもしたの?」
「してない、里保が怒っただけ」
「ダメだよ喧嘩しちゃ」
「してないって。ね、里保?」

大声で怒鳴ってしまったのは悪いと思う、でも炊きつけたのは向こうなのに。
だが聖に無駄に心配をかけるのは悪いので「うん、ごめん気にしないで」と返した。
聖は納得していなかったが、衣梨奈が話しだしたので里保から視線を外した。

それから彼女達は楽しそうにわいわいと喋り出した。
一緒にいる香音も笑っていた。

『衣梨奈は衣梨奈でちゃんとやっとうけんね』

そんな姿を見て、この言葉の意味がなんとなくわかった気がした。

それに比べて自分は?

ストレッチをしているように見せて、ただ考えるだけ。
衣梨奈に怒鳴ったくせに、彼女の言葉の通りだった。
344 :hope :2012/07/21(土) 00:37
 
345 :hope :2012/07/21(土) 00:39
レッスンが終わり、各自で居残り練習。
こうでもしないと頭に入らない何曲もの振り付け。
それは里保も同じで。

曖昧な部分を黙々と練習していると、鏡越しに見える香音の姿が目に入った。
彼女も里保と同じように黙々と練習している。
が、なぜか動きを止めた。
ぼんやりと、鏡に映る自分を見ているように見える。

里保も動きを止めた。
しかし香音は気付かない。そこだけしか見えてないみたいだった。

振り返ろうとした瞬間、メンバー達が彼女に話しかけた。

なんでこうなんだろう。
タイミングなんてわからない。
好きで後ろ姿を見ているわけじゃないのに。
なんで。

その姿達を見つめる。
346 :hope :2012/07/21(土) 00:40

あ…。

違う。

彼女の顔が、違う。

なんでみんなは気付かない?
今はそういう時じゃない。違う。

違う!

里保は足早に彼女達に近づき、香音の手を取った。
メンバー達は不思議そうな顔で里保を見る。それは香音も一緒で。
だがそんな中に一人だけ真剣な顔をしている子がいた。衣梨奈だった。
目が合ったが、里保はすぐさま香音に顔を向けた。

「ごめん香音ちゃん、ちょっと話がある」
「え…?」
「いいから来て」

香音の手を無理やり引っ張り、歩き出す。

「ちょ…り、里保ちゃん?」

里保は香音の控えめな抗議を無視し、そのままレッスン室を出た。
347 :hope :2012/07/21(土) 00:43
人気のない場所で足を止める。
が、その後どうするかを考えていなかったことに気付く。

「……」

振り返ることも出来ず、黙り込んだ里保の手を香音が静かに引いた。

「里保ちゃん?どうしたの…?」

心配する声。
その声に吸い寄せられるように、後ろに振り向く里保。

「なんかあった?大丈夫?」

彼女の顔はなぜか泣きそうだった。

なんで彼女がそんな顔をするのか、わからない。

「香音ちゃん」

繋いだままだった手に力を込めた。
348 :hope :2012/07/21(土) 00:44

「無理、しなくていいから」

香音の目が一瞬だけ大きくなった気がした。

「ダメだ、と思ったらうちの近くに来たらいいんだよ」

自分はそうだった。
近くにいけば、君は笑ってくれた。それに救われた。

「香音ちゃんが来れないなら、うちがこうやって連れ出すから」

君はふざけて笑わそうとしてくれた。
自分にそれは出来ないから、その変わりに手を引っ張ろう。

「だから、香音ちゃんは無理しなくていい」

とても簡単なことだった。
自分がどうしたらいいのか、なんて。
彼女にしてもらったことを返せばいいだけだった。
349 :hope :2012/07/21(土) 00:44

「……」

香音は何も言わない。
沈黙が、里保を焦らせる。
もしかして、ものすごい勝手なことを言ってしまったんじゃないだろうか、と
心配になり、繋いでいた手を離した。
離してみたら、余計に不安になってしまった。後悔した。

「あ…あの…ごめん、嫌ならことわ」

言い切る前に、離してしまった手を香音が掴む。
里保の肩に彼女の顔が埋まった。
埋める瞬間「ごめん」と小さな声が聞こえた。
それから香音は咳を切ったように泣きはじめた。
350 :hope :2012/07/21(土) 00:45
弱い自分を見せてごめんとか、泣いてごめんとか、気を使わせてごめんとか
色んな意味の「ごめん」なのだろう。
そんな言葉はいらないのに。
でも、そう言ってしまう気持ちも、なんとなくわかってしまう。


適材適所。


適しているのかはわからないけど、彼女の気持ちの近くにいるのは自分でありたいと思った。

彼女が泣き止むまで、黙っていよう。
自分だったらそうしてほしい。逆の立場だったら彼女もそうするだろう。

自分の思いを乗せて、彼女の背中に手を回した。
351 :hope :2012/07/21(土) 00:45
終わり
352 :名無飼育さん :2012/07/22(日) 01:09
更新お待ちしておりました。
香音さんは弱い面をあまり他人に見せなさそうなので
こういう風に鞘師さんにちょっと見せてたらいいなあ、と思いました。
353 :名無飼育さん :2012/07/22(日) 02:04
いま読めて良かった
にしても生田かっこよくてズルい
354 :名無飼育さん :2012/07/23(月) 21:30
お待ちしてました。今回も面白かったです。
改めて口にすると、本当に良い言葉ですね。
355 :名無飼育さん :2012/08/11(土) 20:36
>>352
顔には出すのに言葉には出さない
そんな不器用な香音さんを支えるのはやはり里保さんであってほしい、と願うりほかのヲタです

>>353
生田さんの誕生日付近にあったラジオで香音さんが本人のいない所で褒めていたことが
適材適所のきっかけだったりします

>>354
ありがとうございます
言ってくれるだけで救われたりしますよね
356 :名無飼育さん :2012/08/11(土) 20:40
>>318の続きです
357 :吐ける相手 :2012/08/11(土) 20:58


吐ける相手
 
358 :吐ける相手 :2012/08/11(土) 20:59
里保は足を止めた。
女の子が前から歩いてくる。
それはよく知っている子だった。

その子はあの子と幼馴染の女の子で、知らず知らずのうちに話せるようになった里保だったが
友達と言っていいのかどうかはまだわからない。

女の子は石ころを軽く蹴りながら歩いている。
そのせいで里保には気付いていない。

どうしようか、と考える。

なにも言わず通り過ぎるのは気が引ける。
プラス、先ほどのこともあり声をかけることにした。

「くどぅ」

顔を上げた遥は里保を捉える。
遥に向けてひらひらと手を揺らした。

「あ、ヤッシーじゃん」

彼女は軽く微笑み、先ほどまで蹴っていた石ころのことなど忘れてしまったかのように
里保に向かい歩いてきた。
ぽつんと残された石ころ。
里保はそれが少しかわいそうだと思ってしまった。
359 :吐ける相手 :2012/08/11(土) 21:00

「ズッキんとこ行ってたの?」

着くなり遥から出てきた言葉に思わず苦笑いした。
呼び方が違うだけであの子と同じ質問だ。
同じ質問なのは別にいいのだけれど、先ほどと同様その質問にどう答えていいのか
わからないのが苦かった。

「んーそうだと言えばそうだけどちょっと違うかな」
「?」

不思議そうな顔。それも同じだった。

「それよりさ、さっき優樹ちゃんに会ったよ」

瞬く間に遥の顔が険しくなる。
素直だな、と思った。

「…それ、ハルには関係なくない?」
「くどぅだって香音ちゃんの名前出したじゃん。それと一緒だよ?」

里保のもっともな返事に遥は言葉を失う。
だが、すぐに里保から目を反らし、口を開いた。

「まーちゃんとかどうでもいいよ」
「ほんとうに?」
「だっていつものことだもん。あいつ、勝手すぎんだよ」

ぶすっとした顔で言う遥を見て、里保は羨ましいと思った。
360 :吐ける相手 :2012/08/11(土) 21:01
何事にも素直に感情を出す遥。
それに対し、優樹も素直に感情を出す。
だから、こうやってぶつかることもある。
そんな関係が羨ましい、と。

それに比べて自分達はいつも気持ちを隠す。
特に彼女は本音の本音を言わない。
ふざけたりして、隠して、誤魔化してくる。
それが分かるから自分も隠す、誤魔化す。
だから、ぶつかることもない。
そんな関係って一体なんなんだろう?

「くどぅのそういうところ、すきだよ」
「は、はい?いきなりなに言ってんの?」

本当、なにを言ってるんだろう。

「くどぅみたいな子だったらもっと違ってたのかな」
「ハル、みたいな子?……なんかあったの?」

顔を覗き込んで心配してくれる遥。
大きな垂れ目が更に垂れ下がっている。
361 :吐ける相手 :2012/08/11(土) 21:02
「なんかもうよくわかんないや」
「…大丈夫?」

全く似ていないのに、その垂れ下がった目が彼女に見えた。
それに里保は吸い寄せられる。

そのまま遥の肩に額を乗せた。

乗せる瞬間、重症だと自分でも思った。それでも止められなかった。

「えっちょ、ヤ、ヤッシー?」

華奢な肩が戸惑っている。
違いすぎるその肩に切なくなった。申し訳なくなった。

なんでこんなにも彼女じゃないとダメなんだろう。
なんで自分はこうなってしまったのだろう。
362 :吐ける相手 :2012/08/11(土) 21:03

里保は音を立てないように息を吐く。

甘えてはいけない。
特に遥は、ダメだ。

里保はさっと顔を上げ、へらりと笑ってみせた。
遥に気を使わせないために精一杯の強がり。

「ごめんね急に」
「あ、いや、全然…」

遥は少し考えるような顔をして、里保を見つめる。
なにか言いたそうな、そんな顔。
彼女が言葉を出す前に、里保は口を開いた。

「優樹ちゃんの話、もう一回だけでいいから聞いてあげたらどうかな?」
「……」
「二人は言いたい事言い合えるんだから。一方的だったり、お互いに言えないわけ
 じゃないんだからもったいないよ。伝えることは大事だし、聞くことも大事だよ」
「でも…」

それがどれだけ難しいことなのかわかってない。
したくても出来ない自分が、ここにいる。
363 :吐ける相手 :2012/08/11(土) 21:04
「…言うべきじゃないから黙ってたけど、優樹ちゃん泣きそうな顔してたよ」
「えっ?」
「バイバイしたあと振り返ってみたら、自分の家じゃない方向へフラフラ歩いてたな…
 もうそろそろ暗くなる時間だし、大丈夫かなぁ…」
「っんのバカ…てかそういうのはもっと早く言ってよ!」
「いや、だって泣きそうだったとか言うの優樹ちゃんに悪いと思って」
「ま、まぁ確かに…とにかくハル行かなきゃ」
「うん。行っといで」

遥は「ごめん。じゃあ…」と里保の横を勢いよく走りぬけた。

「ヤッシー」

呼ばれて顔だけ後ろに向けてみると、遥はゆっくり後ろ歩きをしながら口を開いた。

「ハルのじゃなくてズッキの肩に乗せてみれば?」
「え?」
「言葉に出すことだけが伝えるじゃないってハルは今思った」

今思った、なんて言わなくていいのに。
こういう素直さは少しだけあの子に似てる。
だから、やっぱり遥はダメなのだと思った。
364 :吐ける相手 :2012/08/11(土) 21:05

「一回でもいいから試してみてもいいんじゃない?ダメだったら慰めてあげるよ。
 ハルと…まーちゃんで」

最後だけ声が小さかった。
優樹の名前を出したことに照れたのだろう。
それが妙にかわいく思えて、笑った。

「二人が慰めてくれるなら考えとく」

クスクスと笑いながら言うと遥も安心したように笑った。

「じゃあ、また!」
「うん、ありがとう。またね」

里保が手を振ると遥はすぐに走り出した。
それを見届けてから、里保は前を向いて歩き出す。
365 :吐ける相手 :2012/08/11(土) 21:05
遥が提案してくれたことを行動に移すのは正直難しい。
ちゃんと話そうと思って彼女の家を訪ねに来たのに、怖気づいてやめてしまった自分に
出来る気がしない。
でも遥に会い話せたおかげで、少し楽になれた。
今度会った時、ちゃんとお礼を言おう。

ふと視線を下げると、あの石ころがあった。

思わず足を止めた。
里保はなんとも言えない気持ちになる。
かといってなにをするわけでもなく、見つめるだけ。

里保は再び歩き出す。
その姿を見られていることに気付かないまま。
366 :吐ける相手 :2012/08/11(土) 21:05
終わり
367 :名無し飼育さん :2012/09/05(水) 01:07
やっと追い付いたー!
作者さんご苦労さまです!面白いです!
りほかの大好きなんで嬉しいです。
無理なさらずに執筆頑張ってくださいね!
続き楽しみにしてます!
368 :名無し飼育さん :2012/11/28(水) 13:01
りほかの(*´`)
369 :名無し飼育さん :2012/12/08(土) 05:51
りほかの大好きだぜ
370 :さくらは見た :2012/12/27(木) 02:51


さくらは見た
 
371 :さくらは見た :2012/12/27(木) 02:52
リハが終わり、一息つける唯一の時間。
あ、私は最初と最後に出るぐらいなので全然大丈夫なんですけどね。

ちょっとお手洗いに行って、ゆっくーり歩きながら楽屋に帰ろうと思います。
割りと暇なんで、私。

そんな感じでプラプラ歩き、角を曲がると人がいた。
廊下にはたくさんのドリンクが置いてある。
なにかを飲み終えたその人はコップをゴミ箱へ入れていた。

あの服と髪型は鞘師さんかな。

声を掛けようか迷っていると、鞘師さんが動いた。
楽屋があるほうへ歩き出したと思ったら、止まった。

そして次の瞬間、私は吹きそうになった。
372 :さくらは見た :2012/12/27(木) 02:53
思わず角に隠れる。
頭だけ出して様子を伺っていると、鞘師さんは両手でバンザ〜イと伸ばし
手と手を重ね、歩き出した。

なんだあれは。
歩き方がおかしい。
なんて言えばいいんだろう。とにかく不思議な歩き方だ。
そのまま楽屋に行くのかな、と思っているとこっちに振り返ってきた。
私は出していた頭を急いで引っ込める。

やばい。今更出ていけない。

とにかく鞘師さんが居なくなるまで待とうと身を潜めていると、かすかに声が聞こえてきた。
373 :さくらは見た :2012/12/27(木) 02:54
「…イエ。サ…イエ。サライエ」

サライエ、そう聞こえる。
なにを言ってるんだあの先輩は。
呪文?またアニメかなにかのモノマネ?

よくわかんないけど、ブツブツと聞こえてくるサライエがツボに嵌りそうです、誰か助けてください。
そう願った時。

「里保!」

生田さんの声だ。
生田さんは「なにやっとうと?」と続ける。

どうしても気になったので様子を伺ってみると、鞘師さんは生田さんの居る方に身体を向けていた。
でも、あの体勢は変わっていない。
374 :さくらは見た :2012/12/27(木) 02:56

生田さん。突っ込んでください。おかしいでしょ、その体勢。
あと呪文も唱えてました。サライエ。サライエ。

「はよこんと差し入れのケーキなくなるとよ」

えっ。

生田さんはコクリと頷いた鞘師さんを見て、消えてしまった。

要件だけ言って終わりなんですか?おかしくないですか?おかしいですよね?
その体勢、ギャグですよね?
意味がわからないんですけど。

「サライエ。サライエ」

そして、何事もなかったかのように再開された。
375 :さくらは見た :2012/12/27(木) 02:57

「ブッ」

今の流れと無駄にキレイすぎる歩き方に吹いてしまった。

今度こそやばい。気付かれる…!

慌てて頭を引っ込めたが、サライエが聞こえなくなった。

足音がこっちに近付いてきてる気がする…。
これは非常にまずい気がします。
どうしよう、どうしよう、どうしよう…。
これは大人しく出ていくべきか、それとも平然を装って驚くふりをすればいいのか…。
どうする、私。小田さくら。

「里保ちゃん」

頭を抱えていると、耳に届いた声。
この声は。この呼び方は。
376 :さくらは見た :2012/12/27(木) 02:57

「里保ちゃんなにやってんの?」

鈴木さんだ。
鞘師さんの返事は聞こえてこない。
鈴木さんも生田さんみたいに行ってしまうのだろうか…。
あぁ神様仏様鈴木様。
今、この場に出ていくのは私には無理です。鞘師さんを連れてってくださいお願いします。

そう願っていると、少しの沈黙の後、また鈴木さんの声が聞こえてきた。

「……ほらほら、里保ちゃーん。こっちおいで〜。こっちだよ〜」

あらまぁ。
なんと甘い言い方なんでしょう。
まるで子猫を呼ぶときのような響きですね。私、猫飼ってませんけど。
377 :さくらは見た :2012/12/27(木) 02:58
そろそろと、角から覗いてみる。

鞘師さんはあの変な体勢のままだけど、鈴木さんの方へ身体を向けていた。
でも鞘師さんは歩き出さない。

どうするんだろう。
どう連れていくんだろう。
じっと観察していると、鈴木さんは困ったような笑顔を浮かべて、両手を開いた。

「おいで、里保ちゃん」

甘い言い方じゃなかった。
けど、優しさに溢れた言い方だった。

鞘師さんが歩き出す。
あの変な歩き方で。
でも、鈴木さんの目の前で止まると、手を下ろし、広げてあった鈴木さんの両手の中に入っていった。

「いい子だねぇ。はい、戻るよー」

鈴木さんは鞘師さんをあやすように抱きしめ、手を引っ張り消えていった。
378 :さくらは見た :2012/12/27(木) 02:59

「……」

よくわかんないけど、不思議な光景だった。
生田さんが鈴木さんを呼んだのだろうか。鞘師さんのために。
それにしても、鈴木さんの鞘師さんの扱い方。
すごいっていうか、なんていうか。

なんか、なんか。

「…同期っていいなぁ……」

思わず言ってしまった。

あんな姿を見るとやっぱりちょっと羨ましいっていうか。
床に視線を落とす。
寂しくはないけど、ね。うん、寂しくはない、よね…?

ため息が出そうになった瞬間。
379 :さくらは見た :2012/12/27(木) 03:00
「さくらちゃん」

え?

顔を上げる。
鈴木さんが居た。

「さくらちゃんも早くおいでよ」

この言い方って、まさか。

「もしかして…気付いてたんですか?」
「まぁ顔出してたら見えるよね」

はははと鈴木さんは笑った。
すごく嫌な所を見られてしまった。ていうか覗き見なんて性格悪いし…。
とにかく謝らないと。

「すみません…見ちゃって…」

頭を下げてから鈴木さんを見ると、さっきと同じように困ったような笑顔を浮かべていた。
380 :さくらは見た :2012/12/27(木) 03:01
「あーそんなのはいいからいいから。里保ちゃんが変なことしてたから出づらくなっちゃったとか
 そんな感じでしょ?」
「いや、あの…はい…」
「アハハそりゃそうなるわ」

「とにかくさ」鈴木さんはそう続けて、手を前に出した。

「戻ろっか?」

優しい言い方だった。
さっきの優しい言い方には遠く及ばないけれど、私には十分すぎるほど優しく聞こえた。

あぁこれかぁ。

あの変な歩き方はよくわからないけど、鞘師さんの気持ちはなんとなくわかった気がする。
381 :さくらは見た :2012/12/27(木) 03:01

「はいっ」

控えめに鈴木さんの手を取ると、鈴木さんは気恥ずかしそうに笑った。
私も同じように笑った。

同期がいるのは羨ましいけど、先輩とこうできるのも一人だからだと思う。
だからやっぱり寂しくはない、よね。

「なんか鞘師さんがサライエって呪文唱えてたんですけど」
「あーあれね、デュークだよ。私もよく知らないけどね」
「知らないんですか。でもデュークなんですね」
「うん、知らないけどそう言ってた」

二人で笑いながら楽屋に戻ると、鞘師さんは真顔でケーキをモグモグしていて。
それでまた笑った。
382 :さくらは見た :2012/12/27(木) 03:02


鞘師さんってギャグですよね。
 
383 :さくらは見た :2012/12/27(木) 03:02
おわり
384 :名無飼育さん :2012/12/27(木) 03:06
>>367
ありがとうございます( *´∀`)
りほかの最高!
書いててよかったりほかの小説!
385 :さくらは見た :2012/12/27(木) 03:07
>>368
りほかの(*´A`*)

>>369
おぉ同志よ
386 :名無飼育さん :2012/12/27(木) 03:11
ということで久々になってしまいましたが、年内に更新できてよかったです。
りほかのが好きなのは相変わらずです。ええ。
これからも気ままに思いついたら更新していくと思いますので
気長によろしくおねがいします。

では皆様、良いお年を。

来年も良いりほかのがありますように。
387 :名無飼育さん :2012/12/27(木) 05:34
リアルネタキター!
お見事な補完すぎて…ごちそうさまです( *´Д`)

良いお年を^ ^
388 :名無し飼育さん :2013/01/06(日) 09:51
まだキャラが掴めないおださくを使ってくるとは!
考えてみればりほかのおださくは同い年なんですね。
香音ちゃんの包容力がハンパなくて忘れそうになりますが。
389 :名無飼育さん :2013/02/27(水) 17:25
作者さんおつかれさまです!
いつも楽しく読ませてもらってます!
個人的には吐ける相手の続編楽しみです。
また更新待ってます。
ぼちぼち頑張ってくださいね!
390 :名無飼育さん :2014/08/30(土) 11:30
作者さん待っとるでー(゚▽゚)/
391 :名無飼育さん :2014/09/05(金) 10:14
>>388
小田さんもすっかり馴染みましたね
香音さんとも仲良さそうでなにより
同い年トリオも好きです

>>389
吐ける相手の続編…
流れは大体考えてあるのですが、予想以上に長くなりそうでして…
気長に待っていただけると助かります…ごめんなさい…
でも、楽しみと言ってもらえて、うれしかったですありがとうございます

>>390
待ってる、と言われるとこんなにうれしいものなのですね
ありがとうございます
392 :名無飼育さん :2014/09/05(金) 10:30
皆様、お久しぶりです。

気が付けば最後の更新から1年以上経ってしまいました…。
潜ってる間に繭期をこじらせ、お笑い担当3人組の話を書いてみたりしていましたが
やっぱりりほかのだよね、ということで久々に更新します。
393 :気まぐれさんといじっぱりさん :2014/09/05(金) 10:35


気まぐれさんといじっぱりさん
394 :気まぐれさんといじっぱりさん :2014/09/05(金) 10:40

「里保ちゃん里保ちゃん」

里保は少し下から聞こえてくる声を無視し、構わず携帯を操作する。

「里保ちゃーん。りっほっちゃーん」

再度呼ぶ声。里保は携帯を持っている親指だけを動かした。

そんな里保に痺れを切らした声の主は、里保と携帯の間を遮るかのように手を伸ばした。
その手はぴょこぴょこを動いている。
彼女はどうしてもかまってほしいらしい。


今日は午前中に里保と香音の二人だけでの仕事の打ち合わせだった。
午後からは全員でのダンスレッスンが入っていて、どこかへお昼ごはんを食べに行ってもよかったが、
微妙に時間がなくなりそうだったので、二人はコンビニで済ませることにし、そのままレッスンを行う事務所へ向かった。

二人で集合場所でもある控室で買ってきたご飯を食べ、時間までゆっくりのんびりしようと里保はソファに腰掛けた。
里保が携帯をぼんやりと眺めていると、香音が隣に座り、なにを言うわけでもなく、里保の太ももを枕にして、ソファに寝転んだ。

まぁこっちは今までに何度も借りてるし、今はそんなに眠くもないからいいか、と里保も何も言わずにそのままにしておくと
香音が里保の名前を呼び始めたのだった。
395 :気まぐれさんといじっぱりさん :2014/09/05(金) 10:41
「里保ちゃんってばぁー」

ゆっくりしたいんだけどなぁ。
だが、この調子だとずっと呼び続けられるだろう。それはいくらなんでも面倒くさい。
里保は仕方なくちらりと視線を下に向けた。

香音の顔半分が携帯の下から見えた。
目が合うと香音はふにゃぁと笑った。何度も無視したのにもかかわらず、香音の機嫌は良さそうだ。

「里保ちゃん、はい、お手」
「うち、犬じゃないんだけど」
「そんなん知ってる。いいから手ぇかしてー」

またか、と里保は思う。最近、手をかせと何度か言われたからだ。

「携帯いじってるからダメ」
「今は左手は使ってないじゃーん?」
「今から使うからダっあっもうー」

香音は里保の返事は聞かず、左手を掴まえた。
聞かないなら、最初から名前なんて呼ばずに手を取ればいいのに。
いちいち確認してくるのはなんでろう。

香音はその手を顔の前に持ってくると、手を見てニコニコと笑った。

「とったどー!」
「…左も今から使うからダメって言ってるんですけど?」

もう一度言ってみるが、香音はその手を離そうとしない。
里保もダメだと言っているが、香音の手を振りほどきはしない。
396 :気まぐれさんといじっぱりさん :2014/09/05(金) 10:44

香音は里保の左手を片手で支えながら、もう片方の手で親指の爪を触り始めた。

「あーやっぱり里保ちゃんだなー」

このセリフも何度か言われたことがある。
香音は里保の爪が好きらしい。なんでも、ちょっと筋があるのがいいのだとか。
爪の良し悪しはよくわからないが、好きだと言われれば気分は悪くない。

「里保ちゃんの爪が一番すき」
「はいはいどうも」

里保は適当にあしらいながら、携帯に視線を戻す。
戻したものの、画面の中までは見てない。

両腕を上に伸ばすことに疲れたのか、香音は里保の手を自分のお腹に誘導し、左手だけをその場に残した。
里保は視界の端で見えた彼女のその行動に少し安堵する。

香音に爪を触られるのは嫌いではない。
勝手に手を取られても。その手を好きなようにもて遊ばれても。
香音のしたいようにさせていたのは、嫌いじゃないから。
最初に何度もダメだ、と言ったのは、嫌いではないということが知られるのが嫌だったからだった。
そこまでして知られたくないのは、好きなのかもしれないが、そこはなんとなく認めたくない。

里保は気付かれないように、携帯を持っていた手を肘掛けに置き、目を閉じてその感覚に身を委ねた。
397 :気まぐれさんといじっぱりさん :2014/09/05(金) 10:45

「ねぇ里保ちゃん里保ちゃん」

また名前を呼ばれた。里保が目を開け、視線を下に向ける。
香音は一時だけふにゃぁと笑い、すぐに視線を外した。

「里保ちゃんの髪の毛、キレイだよねぇ。いいなぁ」

今度は髪の毛ですか。
香音の顔から笑みが消えると、彼女の右手が伸びてきた。

サラサラと何度も髪の毛を優しく撫でられる。それと同時にお腹の上で重ねられた手で爪も撫でられている。
携帯を握っていた手が次第に、確実に、緩んでいった。
持っているのが面倒くさくなって、里保は自分とソファの間にわざと落とした。

香音は里保の髪の毛を見ている。
里保は香音の目を見ている。

ふいに、撫でていた髪から流れるように彼女の手の甲が里保の頬へと伝っていった。
香音は頬を触る時、手の甲で触ってくることが多いのを、里保は知っている。
そのままゆっくりと顎まで滑らせ、静かに手を下ろしながら、香音の視線は里保の目を捕えた。
その瞬間、里保の心臓が、一度大きく跳ねたが、里保はそれを表情に出そうとはしない。

「スッピンさやすん」
「その呼び方、久々に聞いた」
「そうだっけ?」
「そうだよ」
「んー…んなこたぁ忘れましたー!」

香音は持っていた里保の左手をぺいっと投げた。
どうやら手にも髪の毛にも触るのに飽きたらしい。
なんなんだ。この気分屋め。お前はネコか。
398 :気まぐれさんといじっぱりさん :2014/09/05(金) 10:45

ネコ。猫?

ふと、香音が飼っている猫の話を思い出した。
名前を呼んでも反応しない時もあるし、逆に呼んでないのに膝の上て来てゴロゴロと喉を鳴らしたりして
甘えてくるかなりの気分屋だけど、それがまた可愛い、と彼女が言っていたことを。

あれ?それって。
なんか、似てない?

「あー里保ちゃーん」

香音はまた呼ぶなり、里保のお腹に顔を埋めて、腰に両手を回した。

「ちょっ、ちょっとなに?香音ちゃん今日はどうしたの」

香音がここまでくっついてくることは珍しく、里保もさすがに動揺を隠せない。

「んー甘えたいお年頃みたいな?」

香音は少し顔を上げて言った。

「年頃じゃなくて、日、じゃない?」
「そうとも言う」

あぁでも、前にもこんなことが何度かあった気がする。
昔はこうやって腰にくっついてきて、なにやら一人でうんうんと唸り、少しすると、パッと起き上がり、
何事もなかったかのようにまたお喋りを始める香音に呆気を取られたっけ。
昔からネコっぽかったんだな、と思ったら笑えた。

「香音ちゃんネコっぽい」
「おっ?びぃちゃん?」
「前言ってたじゃん。そのびぃちゃんは急に膝の上にきて甘えてきたりするって。
 今日の香音ちゃんそっくり」
「えぇー?確かに私は気まぐれだけどそこまでじゃあ…いや、今日の感じは似てたかも…
 そうか、びぃちゃんはいつもこんな気持ちなのかもしれないのか…勉強になります…」
「そこ勉強してどうすんの」

里保がクスクスと笑うと、香音も笑い声を上げた。
399 :気まぐれさんといじっぱりさん :2014/09/05(金) 10:46

回された手が里保の腰を撫ではじめる。

「ちょっとぉ、くすぐったいって」

昔は呆気に取らてたが、今はかまってかまってとじゃれついてくる彼女が可愛いと思う。

「ネコっぽいんでコトバワカリマセーン」
「わかってんじゃん」
「あーなんか寝れそう。寝てもいい?」
「ダメ」

里保はその言葉とは裏腹に、香音の頭を優しく撫でた。
里保が本当にダメな時は、行動も共についてくることを香音は知っている。

香音がゴソゴソと動き始める。腰に手を回したままでは寝れないと判断したみたいだった。
香音は仰向けになり体勢を整え終わると、里保の左手を掴み、また自分のお腹の上に置いた。

香音が目を閉じる。
それを見て、里保も目を閉じる。

包み込むように重ねらた手。
香音の指が、里保の親指の爪を撫でた。
縦に、横に、色んな角度で、時には爪ではなく指先だったり、付け根だったり、手の平だったり。
ゆっくりと、点々と移動しながら手全体を撫でられるのは心地よくて。
400 :気まぐれさんといじっぱりさん :2014/09/05(金) 10:47

やっぱり彼女に触られるのは好きなのかもしれないな、と思う。

でもそれを、完全に認めようとはしない。
そこまで認めてしまったら、これからこの気まぐれな行動に左右されてしまうことになる。

そんなのは。

嫌だ。悔しい。

だから、認めない。

里保はこれ以上考えないように、わざと香音の手の感触に意識を集中させた。

そう、今は、向こうが勝手に触っているのだ。
甘えてきたのは香音の方で、自分じゃない。

そう思ったら、若干の優越感が広がり、心地よさと混ざり合っていった。
それから眠気がやってくるまで、それほど時間は掛からなかった。

その時、香音は瞼を上げ、口元を緩ませていた。
今日まではそうなのかな?と思う程度だったが、確信に変わる。
里保は爪を触ると、手を撫でると、大人しくなるのを知った香音は満足そうに目を閉じた。


里保がこの抵抗が無駄だったことを知るのは、この日から少し経ってからだった。
401 :気まぐれさんといじっぱりさん :2014/09/05(金) 10:47
おわり
402 :名無飼育さん :2014/09/24(水) 18:55
更新きてたー!!!嬉しすぎるー!!
作者さんがここ忘れてなくてよかった!(笑)
もう更新ないかと思って不安になってました・・・(笑)
今回のは甘い感じでなんだか癒されました。
ちなみに以前、吐ける相手の続編楽しみと書いた者です。
構想はもうあるんですね。楽しみだ!
もちろん気長に待ってますので、また更新楽しみにしてます!
403 :名無飼育さん :2014/09/28(日) 08:04
>>402
更新に気付いていただき、忘れられてなくて私も嬉しいですw
レス、ありがとうございます
自分もちゃんと書きたいなとは思っていますのでどうか気長にお待ちください…
にしても、最近りほかの燃料が多くてうれしいですねDマガとかDマガとか
404 :名無飼育さん :2014/09/28(日) 08:16
今から投下するお話は一年以上前に書いたものなので
設定的におかしな部分がありますが、スルーしていただけると助かります。

この二人の絡みが表に出るのは年に1,2回あるかどうかぐらいで
しかもそれは手を振ってくれたとか、インタビューで名前を出したりだとかそれぐらいで
絡みというほどのものではないのですが、その細やかな交流がものすごい好きなんです。

安倍さんと鈴木さんのお話、いきます。
405 :飴をあげましょう :2014/09/28(日) 08:17


飴をあげましょう
406 :飴をあげましょう :2014/09/28(日) 08:18

事務所に来るのは久々だった。
雑誌のインタビューと打ち合わせ。

問題なく順調に仕事をこなし、打ち合わせも無事終了。
マネージャーと今後のスケジュールなどの細かい話をしていると、ふいに彼女が呟いた。

「そういえば今日、モーニングのリハやってるみたいですよ」
「へぇー」

スケジュール帳に重要そうな事を書き込みながら適当に相槌を打つ。
正直、特に興味を引かれる話題ではない。

「さっき席外した時にちょうど鈴木ちゃんを見かけて」

私は顔を上げた。

「あ、あの鈴木ですよ?安倍さんが前に話してた」
「あぁ〜」

鈴木、ねぇ…。

最後に遭遇したのはいつだっただろうか。
覚えていないぐらい前だが、少し前に出た曲のMVは見た。
その時の鈴木は。

「…どうだった?」
「いや、見かけたのは一瞬だったし、たぶんトイレにでも行った帰りじゃないですかね」

トイレ帰りとかそんな情報はいらないんだけど、という言葉を飲み込む。
そんな私を見て、マネージャーはなぜか笑った。
407 :飴をあげましょう :2014/09/28(日) 08:22

「なんで笑うのさー?」
「いやぁ、やっぱり安倍さんがどうだった?なんて聞くの珍しいなぁと思って」

話を出されたから聞いただけなのになぁ。
鈴木の話をするとファンからは意外だと言われるし、ちょっと聞いただけでスタッフにも珍しいと言われる。
そんなにもおかしなことなのだろうか。

「つんくさんも来てるみたいですけど、挨拶しに行きます?この前の舞台の時にお花も頂きましたし」
「あーそうだったねぇ。メールはしといたけど、んー居るならお花のお礼しなきゃだよねぇ」
「あと鈴木も気になるし?」
「いやいやいや。鈴木は関係ないっしょ。私はそこまでしないよ」

からかわれてる感じがして強めに否定をしたものの、なにかが自分の中で引っかかる。
偶然見かければ手を振ったりぐらいはしているが、見に行くってほどではない。
そこまですることじゃないし、するべきではない。そう思っている。


話しているうちに、やはりお礼は言ったほうがいいだろう、ということになり、帰るついでに挨拶しに行くことに。
そして、気がつけばレッスン室の前。

閉まっている扉から音が漏れている。
中の様子を伺ってみる。一番最初に目についたのは、やはり鈴木だった。
不思議だ。探してもないのに。

踊っている鈴木を眺めていると、音が止んだ。全員集合し、つんくさんの話を真剣に聞いている。
ちょこんと体育座りをしている鈴木。
口をぽかんと開けているイメージだったが、今は口をしっかりと閉じていた。
こうやって見てみると、結構綺麗な顔してるんだな、と思った。
408 :飴をあげましょう :2014/09/28(日) 08:25

ほどなくして「ありがとうございました」という声が聞こえてきて、現メンバー達はそれぞれ談笑し始めた。

あ、終わっちゃったのね。
もうちょっと見たかったかも、と思っていると若そうなスタッフが出てきて、私の顔を見てギョッとした。
なんで安倍なつみがここにいるんだ、そんな声が聞こえてきそうだった。

「お疲れ様です」

顔に出てるぞ、失礼な。という気持ちは抑え、笑顔を作りながら挨拶をする。

「お、お疲れ様です!」

怯えるような返事をされ、思わず苦笑いを浮かべた。
そのスタッフは扉を開けっ放しにして去っていったので、そのままマネージャーが中へ入り、
つんくさんの元へ向かっていった。

見えやすくなった室内に視線を移す。メンバー達は私に気付いてないようだ。
鈴木はその場でフリの確認をしている。黙々と身体に叩き込む、そんな感じ。
たまに近くに居る子達に何かを言って、また確認。

ふーん…。

つんくさんがこちらに向かってくるのが見えたので、鈴木から視線を外した。

「おー安倍が来るなんて珍しいなぁ。どないしたん?」

手を上げながらこちらにやってくるつんくさんに頭を下げる。

「すみません忙しいのに。この前もらったお花のお礼を言いたくて。ありがとうございました」
「ん、喜んでもらえたようでよかったわ。なんや…でもやっぱおかしいよなぁ」
「なにがですか?」
「あっ!もしかして鈴木見にきたんか?あの安倍がメール送ってくるほど気にしてたもんなぁ」

どいつもこいつも。確かにメールを送ったのは事実だけども。
私が鈴木をちょっと気にしただけでなんでこんな風に思われるんだろうか。
409 :飴をあげましょう :2014/09/28(日) 08:28

「いやいや、つんくさんにお礼を言いに来たんですよぉ」
「またまた〜。よし、鈴木呼ぶから珍しいツーショット写真撮らせてや。
 これうpしたらファンが食いつくで〜」
「えっ?ちょっ」
「おーい!鈴木ー!」

私の声はかき消され、呼ばれた鈴木はきょとんとした顔で自分を指さした。

「鈴木、ちょっとおいで」

つんくさんはニヤニヤしながら鈴木を手招き。
状況を把握した彼女はこちらに向かって走ってくる。
途中で私に気付いたらしく、走りながらも頭を下げてきたが、漫画だったら鈴木の頭の上にはハテナが3つぐらい
描いてあるんだろうな、というような表情で私とつんくさんの前に辿り着いた。

「安倍と鈴木の写真撮るから」
「へ?」
「あれ?俺、携帯どこやったっけな。マネージャー!俺の携帯は〜?」

言い出しっぺのつんくさんは私達二人を置き去りにして、携帯探しの旅へ出てしまった。

二人だけで残され、どうしたもんかと思いながら鈴木を見ると、彼女も私の方に顔を向けていた。

「おはようございます」
「おはよう」
「…あのー写真って私と安倍さんとで撮るってことですか?」
「んーみたいよ」
「なんでですか?」

思わず吹いた。
なんでですか?なんて普通は先輩に聞かないだろう。
普通は言われるがまま撮られて終わりだ。こういうところが堂々としていておもしろい。
でも、平然そうな顔して緊張しているのだろうとも思う。
顔に出にくいタイプ、たぶん、この子はそういう子。
410 :飴をあげましょう :2014/09/28(日) 08:29
「なんでだろうねぇ?」

私が笑いながらそう言うと、鈴木は口をぽかーんと開けて首をかしげた。
その顔を見て、私がまた笑う。

ふと気が付くと、いつの間にか後ろで騒いでいたはずの子達の声が聞こえなくなっていた。
奥の方に視線を向ける。皆がこっちを見ていた。他の子達も私の存在に気付いたらしい。
現リーダーである道重もこちらを見て観察しているようだ。
やほ、道重。すぐ返すから安心しててよ。
そういう意味も込めて、道重に軽く手を振り、鈴木に視線を戻す。

「ねぇ…鈴木はさ、歌うの好き?」
「へ?」
「歌うことは、好き?」

一つの、質問。

無性に聞きたくなった。ただそれだけだ。

「あっはい。大好きです。歌うことが一番好きです」

そう言った鈴木の目は力強かった。
もっと歌いたい、そう叫んでるような目だった。

胸がじんわりと暖かくなるこの気持ちは。

「うん、いいね。その気持ち、忘れないでね」
「はい」
「鈴木」
「はい」

次に続く言葉がすんなりと頭に浮かぶ。
あぁ、と思った。
411 :飴をあげましょう :2014/09/28(日) 08:31

私はこの言葉を彼女に言いたかったのかもしれない。

「がんばんなね?」

どうしても言いたかった。
この子に。この鈴木香音って子に。こんなにも言いたくなるのは、なんでだろうね。

私がそう言うと、鈴木は止まった。でもお互いに視線は外さない。
鈴木が一度だけ深呼吸をしたのがわかった。
それから、先程以上の強い眼差しを向けられ、私の中に微かな緊張が走る。

「はい。がんばります。絶対がんばります」

空気がピリピリと痛む。こういう仕事をしていると、わかるものだ。
気持ちが溢れ出てる。
やっぱりこの子は私の内に触れてくるものがある。

彼女の意思を受け取るように、私は頷いた。

「あとはねぇ、笑顔だなぁ。それも忘れちゃダメよ、リハでもね」

私はこの空気を入れ替えるために、声色を変える。
なるべく柔らかく、優しく。それから、鈴木のほっぺたをつんつくつん。

一瞬、目を大きく見開いた鈴木だったが、みるみるうちに目尻が下がり、彼女はうへうへと笑った。
たぶん困ってる。でもその笑い方が私にはツボで、もう一度鈴木のほっぺたをつついた。

「うん、それそれ」
「はいぃ」

うへうへだったのが、ぐへぐへになっていく鈴木がおもしろくて、私はケタケタと笑った。
いいね鈴木、やっぱりおもしろい。
412 :飴をあげましょう :2014/09/28(日) 08:32

「よーし、そんな鈴木には特別にあめちゃんだな」
「え、あ、へ?あめちゃん?」
「あめちゃんあげる。手、出して」

私は上着のポケットから飴を取り出し、鈴木の手のひらに置いた。
それから、迷いもなく、そのまま手を伸ばす。
唐突に伸びてきた手に鈴木はピクっと身体を揺らしたが、私はその手を止めることはしなかった。
鈴木の頭に手の平を置く。10代の髪はこんなにも柔らかいのかと少し驚いた。

「それ、喉にいいやつだから」

髪を軽く撫でてやると、鈴木はふにゃあと目尻を下げ、笑った。
それは先程のような困っているような笑顔ではなく、嬉しそうな笑顔で。
私もなんだか嬉しくなった。

うん、それだよ。
モーニングは歌うのが大好きってことと、アイドルは笑顔が大切なんだよ、鈴木。

「道重によろしく言っといてね。じゃあね」

これ以上の深入りは禁物だ。少しだけ冷たく言って突き放す。
背中を向けて歩き出した時、後ろから「あ、あの!安倍さん!」と鈴木の呼ぶ声が聞こえてきたので
振り返らずにひらひらと手を振り、レッスン室をあとにした。
この去り方、ちょっとかっこいよくない?なんてね。

事務所を出て、タクシーに乗り込む。
私は窓の外をぼんやりと眺めながら、鈴木にあげたものと同じ飴を口の中に放り込んだ。
はちみつレモンの味が口いっぱいに広がる。

前から言いたかったんだと思う。
この飴みたいに甘くはないけど、大勢いる大人の中で一人ぐらい彼女を特別扱いしたっていいだろう。

少しだけ甘やかして、それが自信に繋がれば。
もがいてる時の、ほんの少しの糧になれば。

要するに。

私のお気に入りなんだからがんばってよね、鈴木。
413 :飴をあげましょう :2014/09/28(日) 08:32
 
414 :飴をあげましょう :2014/09/28(日) 08:36

----最近うれしかったこととかありますか?

----結構前のことなんですけど…いいですか?

----構いませんよ、ぜひ。

----数年前なんですけど、ある先輩から飴をもらったんです。その時、少しだけ話せたんですけど、
   その先輩が言ってくれた言葉がすごく嬉しかったんです。

----ほぉ。アドバイスしてくれた、と。

----はい。ほんと少ない会話だったんですけど、もう嬉しくて嬉しくて。
   がんばらなきゃって思いました。飴も最初はもったいなくて食べれなかったんですけど、ちょっと溶け始めちゃったので
   食べちゃいましたが、包んであった紙をずっと大事にとってあって。

----それは宝物ですね。でも、どうして今言おうと?

----私、何度もその飴を見て言葉を思い出して、すごく救われて。悩んでた時期でもあったし。
   だから自分に自信が持てるまで誰にも言いたくなくて。
   それで、最近、声をかけてくれたその先輩に恥じない私に少しはなれたかなってやっと思えるようになったんです。
   だから今、なんですけど。
   あの時、ちゃんとお礼を言えなかったので、今度改めてお礼を言いに行こうと思ってます。

----なるほど。それはお礼に行かなきゃですね。

----はい。あとその時、一緒に写真を撮る予定だったんですが、撮る前に帰ってしまわれたので撮れなかったんです。
   その時、呼び止めたんですけど、サッとかっこよく去っていってしまって…。
   なので、今度は勇気を振り絞って、写真もお願いしようと思います。
415 :飴をあげましょう :2014/09/28(日) 08:37
おわり
416 :名無飼育さん :2014/11/04(火) 20:46
いつかなっちと香音ちゃん2人の共演が観てみたいなと思いました。
更新ありがとうございます
いつもここの香音ちゃん楽しませてもらっています。
417 :名無飼育さん :2014/11/04(火) 20:47
いつかなっちと香音ちゃん2人の共演が観てみたいなと思いました。
更新ありがとうございます
いつもここの香音ちゃん楽しませてもらっています。
418 :名無飼育さん :2015/02/01(日) 23:18
>>416
観てみたいですよね
かれこれ二年ぐらい待ってるんですけど…いつかみれるといいなぁ
ありがとうございます嬉しいです
419 :名無飼育さん :2015/02/01(日) 23:20
りほかのいきます
420 :イチとゼロ :2015/02/01(日) 23:23


イチとゼロ
 
421 :名無飼育さん :2015/02/01(日) 23:24

始まりは、ただの偶然だった。

ライブのため、地方での宿泊。
たまたま、彼女と同室で。
怖い夢を見て、目が覚めた。
それからものすごい寒気がしてきて、身体を動かそうとしたら、金縛りにあっていて。
なんとか動けるようになっても、怖さはずっとどこにもいってくれなかった。

だから、隣のベッドに潜り込んだ。

それだけの事だった。
422 :イチとゼロ :2015/02/01(日) 23:25

部屋には一つの明かりも付いていなかった。
だが、目が開いたまま金縛りにあっていたおかげか、暗闇に目が慣れていて、
隣の白い塊はなんとなく見えた。

早く。怖い。

里保は布団の中にいたにも関わらず冷え切っている身体を無理やり起こし、
手探りでベッドと布団の分け目を探す。

起こしては悪いと思った。
なるべく静かに布団を持ち上げ、足を滑り込ませていく。
それでも、布団と衣服が擦れる音と、重みでベッドが沈んでいく音は思いのほか大きく、
起こしてしまうんではないかと思ったが、それよりも怖さが勝っていて、止めることはできなかった。

ベッドの主は里保が入った方向とは逆を向いていた。
その背中に触れないように、身体を寄せる。
そうまでしても、冷え切った身体が悪い夢と金縛りが恐怖を呼んでいた。

身を縮こませて、その時かすかに触れた服を、指先だけで掴んだ。
423 :イチとゼロ :2015/02/01(日) 23:28

「…ん…り、ほちゃん?」

起こしてしまった。
起きてくれた。

確認するように、香音の腕が動いて、肘あたりが里保に肩に当たると、それは止まった。

「もぉ…自分のベッドでねなよぉ…」

一人で寝るのを好む香音からはそう言われるだろうと思っていた。
わかっていたけど…。

里保は掴んでいた彼女の服を握りしめた。

今日だけは。

「……嫌な夢見て…金縛りにあって怖くて…」

ここに居させて。
424 :イチとゼロ :2015/02/01(日) 23:29

一時の沈黙の後、香音の身体がゴソゴソと動き始める。
握っていた手を離し、彼女の身体がこちらに向いたかと思うと、そのままやんわりと抱きしめられた。
いや、抱きしめる、と言うには、それは浅すぎる。
身体と身体には十分に隙間がある。しかし、香音の手は里保の二の腕あたりに置かれていて。
普段の二人の身長差とは逆に、里保の目には香音の首元が見えていた。

「もうだいじょうぶ」

頭の上から聞こえてくる小さな声。
とん、とん、とん、と腕に刻まれる他の感触。
彼女に触れられている場所から、温かい水が流れてくるように浸透していくような、そんな感覚。

だいじょうぶ。だいじょうぶだよ。

何度か、彼女は囁くように、そう言った。
穏やかな声だった。もしかしたら、眠たいだけなのかもしれない。
申し訳ないな、と思うものの、リズムを刻まれるたびに、温かな水に満たされていく身体となにかを
感じていたくて、里保は何も言わなかった。

「…まだこわい?」

どれくらいの時間が経ったのだろうか。五分か十分か。それ以上か。
そんなことをぼんやりと思っていた時、声と共に、香音の手が止まった。

もう怖くはなかった。冷え切っていた身体も心も、たいぶ良くなっている。

けれど、里保は知ってしまった。
425 :イチとゼロ :2015/02/01(日) 23:30

里保は彼女の腰に手を伸ばす。再び服を指先だけで掴んだ。
同時に、彼女の首元に顔を埋めて、空いていた隙間の一部をなくした。
動いたせいで香音の手がずれていき、その手は自然と背中へ回された。

やりすぎたかなとか本当はもう大丈夫なのにとか申し訳ないなとか一人で寝たいだろうなとか
色んな言葉が頭に浮かんでくる。
言おうか、言わまいか、躊躇していると、背中に回されていた手がそのまま里保の背中を撫ではじめた。

その行動は、里保にとって十分すぎるほどのキッカケだった。

残されていた理性が瞬く間に溶けていく。
身体が、意識が、温かい水にゆっくりと落ちていく。

柔軟剤のいい香りが鼻をかすめる。
隙間のない部分は柔らかく、彼女の体温が伝わってくる。

今までも、じゃれつくことはあった。他のメンバーともたまに一緒に寝た事だってある。
でも、それらとは全く違うこの感覚。


あぁ。もっと。もっと欲しい。


離されないために指先だけで掴んでいた手を広げ、彼女の腰を引き寄せて、埋めた顔も押し付けた。
沈んでいくだけでは足りなくて、子供のように求めて。

身勝手な甘えをぶつけてもなお、香音の手は背中を撫で続けていた。

それはあまりにも。

無防備に差し出された彼女の温かさに溺れていくのは、あまりにも心地よかった。
426 :イチとゼロ :2015/02/01(日) 23:32

偶然だった。
同室も、夢も、金縛りも、寒気も。
駆け引きなどなかった。
こわいかと聞かれた時、隙間をなくしたのも、ただ離れたくなかっただけで。
求めるだけだったら、知ることはなかった。
あんなものを知ってしまったら、欲しくなる。

イチはゼロに戻せない。

里保は同室になるたびに、温かい水に、香音に、溺れにいくようになった。

そして、思うようになる。


彼女も溺れてしまえばいいのに、と。
 
427 :イチとゼロ :2015/02/01(日) 23:32
 
428 :イチとゼロ :2015/02/01(日) 23:33

始まりは、ただの流れだった。

ライブのため、地方での宿泊。
同室は彼女だった。

シャワーを浴びて、出てくると先に済ませていた彼女はすでに寝ていて。
髪の毛を乾かした後、部屋の電気を消して、すぐに横になった。

次に目が開いた時、背中に違和感があって。

声をかけてから、背中からかすかに伝わってくる振動に気付いた。

『……嫌な夢見て…金縛りにあって怖くて…』

泣きそうな声だった。
さすがに放ってはおけなかった。

だから、受け入れた。

それだけの事だった。
429 :イチとゼロ :2015/02/01(日) 23:34

里保の腕に手を置いてみると、異様に冷たかった。
いや、そこだけではない。外にいたのかと思ってしまうぐらい、彼女の方から冷気を感じる。
咄嗟に驚きが口から出そうになったが、震えが先程よりも鮮明に伝わってきて、香音はそれを飲み込んだ。

「もうだいじょうぶ」

そう言いながら、小さい頃に母親がよくやってくれたように、腕をなるべくやさしく叩いた。
これぐらいなら、しても大丈夫だろう。そう思った。

しばらく続けていると、震えは消えていってくれた。
身体も徐々に温かくなっていく。
ホッと胸を撫で下ろしたが、それでも少し心配で。

「…まだこわい?」

聞いてみたが、里保はなにも言わなかった。

だが、なにかが脇腹に触れ、それが里保の手だとわかると同時に、遠慮がちに服を掴まれた。
そして、彼女の頭は香音の胸元に沈んでいった。

その行動に安堵した。
抱き寄せるもなく、里保から近付いてきた事への安堵だった。
香音は迷うこともなく、彼女の背中を撫でる。

押しよせてくる。

ゆっくりと、なにかが、押しよせてくる。
430 :イチとゼロ :2015/02/01(日) 23:35

彼女は更に顔を埋めて、甘えるようにくっついてきた。
その時、急に腰を引き寄せられ、心臓が大きく跳ね上がった。

それは唐突だった。

突如入り込んできたものに香音は動揺した。
だめだ、と頭のどこかで誰かが言っている。終わりにするのは簡単だ。一言でもいい。突き放せばいい。
そうすれば、彼女はすぐに去っていくだろう。

あぁ。でもそれは。

腕の中からじわりじわりと伝わってくる体温が。服越しからでもわかる他人の感触が。引き寄せられる身体が。
訴えてくる。

それに。
まだ怖がっている里保を傷付けるようなことは、したくはない。

……そうだ。それだ。

香音は背中を撫で続けた。
今日だけは、仕方のないことなんだ、と思いながら、必要以上に優しく長く、撫で続けた。
431 :イチとゼロ :2015/02/01(日) 23:36

だが、それはその日だけでは終わらなかった。

次に同室になった時も、里保は香音の布団の中へ潜り込んできた。
香音はなにも言えなかった。
前回と違って、入ってくる時に起きていたのにもかかわらず、言葉が出てこなかった。
無言でいることで、彼女の侵入を許可してしまった。

でも、背中を向けた。向き合うことはしないように。
そうすることで、押しよせてくるモノを必死に抑え込んだ。

だが、それも回数を重ねるうちに、次第に崩れていった。

里保の手は香音の脇腹に置かれていた。
その手に触れたのは何度目だっただろうか。

里保の腕は香音の身体を包むように回されるようになった。
頭の位置が最初の時とは逆になったことに気付いたのは何度目だっただろうか。

その差に気付いて、里保が寝ている間に体勢を変え、彼女の胸元ギリギリにまで顔を近付けた。

彼女が起きてしまう前にまた背中を向けるのは、今日でもう何度目だろうか。

日に日に穴は大きくなっていく。
してはいけないとわかっていても、抑えが効かない。

香音は里保に向けた背中を少し丸めて、小さいため息をついた。
432 :イチとゼロ :2015/02/01(日) 23:37

「もういいの?」

その声にビクリ、と身体が揺れた。
寝ていると思っていた里保は起きていた。
その短い問いの意味は、紛れもなく香音の行動に対してのものだとわかる。

「もういいの?」

黙っている香音に、里保はもう一度言った。
里保の問いは、香音を追い詰めていく。

彼女は隣に来た時、一度も話しかけてこなかったのに。
なんで。どうして。そんな言葉が頭を駆け巡った。

「…寝ぼけてた。ごめん」

どうしても誤魔化したくて、口から出たでまかせ。
このまま通り過ぎっていってほしいと思っているくせに、里保の腕の感覚が、背中から伝わってくる彼女の
体温が、やたらと香音を刺激する。

「今までも、全部?うちが気付いてないと思った?」

その言葉に、視界が揺れた。
里保は気付いていた。核心に触れようとしている。

抑えていたもの。押しよせてくるもの。
両手で穴を塞ごうとしても、指の隙間からポタポタと滴り落ちる。
433 :イチとゼロ :2015/02/01(日) 23:38

やめて。止めて。お願いだから言わないで。

「…香音ちゃんさ、本当は甘えたいんじゃないの?」

いとも簡単に、あっさりと、彼女は言った。
その言葉に、これでもかと心が揺らされ、香音は愕然とする。思い知る。

「甘えなよ。甘えたいなら」
「そっ!…そんなことしたら、もう我慢できなくなる…」

普通に言ってのける里保に腹が立って、咄嗟に言い返すも、次第に声が小さくなっていった。
そうなってしまったら、自分はどうなってしまうのだろう。

「我慢なんてしなくていいよ」
「だから…一回そうなったらもう耐えらんなくなっちゃうかもしんないじゃん…」

それが、怖い。
怖くてたまらない。独りでも大丈夫だったものが、そうじゃなくなってしまう。
そんなのは、きっと、耐えられない。

「うちに、なら我慢も耐えるのも、しなくていいんだよ。…だから」

甘えたいなら、おいでよ。

耳元で囁かれた。
434 :イチとゼロ :2015/02/01(日) 23:39

穴から、どんどん溢れてくる。
押しよせてくるモノに飲み込まれて、塞いでいた両手など、なんの意味も持たなくなった。

身体が、動いてしまう。また、崩れた。
今日はあの日から何度目の侵入なんだろうか。もう、覚えていない。

向き合ったものの、臆病な身体はそこで止まってしまう。
腰に置かれたままの彼女の手は動くことはない。
なんで今、引き寄せてくれないんだろう。
どうして、あの日みたいに…。

「もう知らないからね…」
「うん。いいよ」

頭の上から降り注ぐ声がやたらと優しくて、それでも彼女の手は動かなくて、嫌になった。
抑えきれず、里保の脇腹に手を置く。
そのまま胸元に顔を埋めようしたが、またも抵抗する気持ちが寸での所で留めた。

「里保ちゃんの…里保ちゃんのせいだからね」

彼女にすべての責任を擦り付けて、最後の逃げ場を作った。
それでも彼女は。

「うん。うちのせいだよ」

そう言った。

その言葉は、諦めるほど魅力的で、拒めないほどに誘っていて。
435 :イチとゼロ :2015/02/01(日) 23:41

香音は彼女の背中に手を伸ばして、服を握りしめた。
里保はそれに応じるように、香音を抱き寄せる。

身体を押し上げるように引き寄せられ、その瞬間、身体も心も浮遊しているような感覚に陥った。
頭の中がびりびりと痺れる。身体がじりじりと熱い。

ずっと怖かった。
一度外してしまったら抑えられなくなりそうな気がして。なにかを失いそうな気がして。無かったことには出来ない気がして。

それでも。

こうしてほしかった。
もう一度、彼女に引き寄せられたかった。
本当は、あの日からこの感覚を待ち焦がれていた。

甘えたかった。
もう一度、彼女の背中に手を伸ばしたかった。
本当は、隙間のないぐらい、彼女の感触に飲み込まれたかった。
436 :イチとゼロ :2015/02/01(日) 23:42


求められて、求める事は。
求めて、求められる事は。


すべてを忘れるぐらい満たされる事を、香音は知ってしまう。

香音はせり上げてくる感情をぶつけるように、里保の胸元に顔を押し付ける。
里保はそれを受け止めるように、香音の頭を鼻先で撫でる。


イチはゼロに戻せない。


二人は暗闇の中で、青い蕾のまま溺れていく。
437 :イチとゼロ :2015/02/01(日) 23:42
おわり
438 :名無飼育さん :2015/02/27(金) 21:26
更新ありがとうこざいます
ここのりほかのが大好きです
439 :名無飼育さん :2015/05/20(水) 23:01
>>438
ありがとうございます
レスがついてるだけで嬉しいのですが好きと言っていただき、
作者とっても嬉しいです
440 :名無飼育さん :2015/05/20(水) 23:06
某ラジオや某回答を聞いてカッとなって書いた
短めですが、りほかのです
441 :そういう日 :2015/05/20(水) 23:07


そういう日
 
442 :そういう日 :2015/05/20(水) 23:09

ある晴れた昼下がり。
お昼に食べた物が少し消化され、お腹も気分もいい感じに落ち着いている。
そして、今は春と夏の間な季節。窓をあけて、半袖で過ごせるこの気持ちよさ。
なかなかに心地よい。あぁ苦しゅうない苦しゅうない。

香音はそんな良い気分に浸りながらソファに座ってダラダラしていた。
ぼんやりと、お昼を共にした里保を見やる。
彼女は座卓に置かれているコップを両手で持ちながら、同じくぼんやりとしていた。

香音はなんとなくテレビのリモコンを手に取り、電源入れた。
ポチポチとチャンネルを変えて、面白そうだと思った番組でそれを止める。
またぼんやりとテレビを見ていると、視界の端に居た里保が立ち上がり、とととと、と近寄ってきて
ソファに腰を下ろした。
ちらりと彼女の顔を見てみる。こっちを見てニコニコと笑っていた。
機嫌良さそうだなぁ、と思いながら、テレビに視線を戻す。

「ねぇねぇ香音ちゃん香音ちゃん」
「んー?」
「テレビ見るの?」
「うん」
「そっかぁ」

そのままテレビを見続けていると、無造作に置いていた腕に感触。
上腕を軽くつままれて、離される。つままれて、離される。その繰り返し。
443 :そういう日 :2015/05/20(水) 23:10

そんな里保の行動に、あーこれは、と思う。
とは思っても、なにかを言うつもりはない。今はダラダラしてるのが心地よいからである。
どうせ、こっちから言わなくても、たぶん、また。

「ねぇ香音ちゃん香音ちゃん香音ちゃん」

ほらね。やっぱり、きた。普段とは違う甘い呼び声。
どうやら、今日はそういう日、らしい。

「テレビ見てるの?」
「うん。見てる」

つままれて、離される。
テレビは思ったよりもおもしろくない。

「筋肉ほぐそっか?」
「今は別にいいかな」
「えーほぐさなくていいのぉ?」

先程よりも速く、つままれて、離される。
どうやらうずうずしているらしい。

「もっと素直に言えばいいと思うよ?」
「二の腕触らせて?」
「めちゃ素直かよ」

その早さと素直さに笑いそうになったけど、あえて堪えてみる。
テレビから彼女に視線を移す。目が合うと、里保が再び口を開いた。

「…だめ?いや?」

最近は触っていいかなんて、聞かずして触ってきていたのに。
というか、今もほとんど触っているのに。少し上にずらすだけだろうに。
今日は人が変わったかのように甘えたな彼女だから、こんな風に聞いてくるのだろうか。
444 :そういう日 :2015/05/20(水) 23:12

聞いてくるのだから、ちょっといじわるしてやろう。

「じゃあ鞘師のすべらない話して」
「…すべらない話?」
「おもしろかったらいいよ」
「…わかった、ちょっと待って…」

香音は腕を見つめ考え始める里保をニヤニヤしながら眺める。
顔を上げた彼女の顔はいつになく真剣だ。
そんなに触りたいものなのだろうか、と彼女の二の腕への執着を疑問に思う。

「えっと…あの、私、ミントを栽培していたらそこになにやら綿らしきものが
 突如出てくるという摩訶不思議な現象を体験したことが」
「はい、それ知ってますー。その綿らしきものはカビでーす。はいダメー」
「そ、そんな!鉄板ネタなのに!これがダメなら私はどうしたらいいんだ…」

香音の想像以上のリアクションで落胆し、また悩み始める里保。
あーやばい。今日の彼女はなかなかおもしろい。

「鞘師のすべらない話はカビしかないのに…他にあったっけ…なんか…すべらない話…」

ブツブツ呟きながらも、つまんで離すスピードは今まで以上にどんどん速くなっていて、
そんな里保に香音はついに耐えきれず吹き出した。

まぁ今日は気分もいいし、おもしろかったし、もういいかな。
悩み続けている彼女に救いの言葉をあげましょう。
445 :そういう日 :2015/05/20(水) 23:13

「里保ちゃん、いいよ。ほぐして」
「ほんと?いいの?すべらない話しなくても?」
「しなくても、いいよぉ?」

わかりやすすぎるぐらいパァっと表情を明るくさせ、香音の腕にひっつく里保。
二の腕を触りはじめると同時に、彼女の表情はみるみるうちに緩んでいった。

うん、これはテレビよりよっぽどおもしろいと思う。

「ねぇねぇ香音ちゃん香音ちゃん」

腕にひっつき、香音を見上げて、ニコニコ。
そんな彼女にこちらも自然と笑顔を返す。

「ほぐれてる?どう?」
「いい感じー」
「ほんと?あっテレビは?いいの?ごめんね、邪魔しちゃったよね…?」

申し訳なさそうな声で聞いてくる里保に、香音は笑いかけながら彼女の頭を撫でた。
それを返事と受け取った里保は嬉しそうな笑い声を漏らす。

テレビの音がほどよいBGMになっている。
お腹も、気分も、半袖も、ほぐれ具合も、甘えてくる彼女も、いい感じだ。

香音は視界に入ってきた里保の右手を手に取り、そのまま頭を彼女の身体に乗せて、ゆっくりと目を閉じた。

「んふふふ。香音ちゃんの、うちの手に当たっちゃってるね」

ふいに聞こえてきた里保の変態発言に、握っていた手を思いっきり叩いてやった香音だった。
446 :そういう日 :2015/05/20(水) 23:13
おわり
447 :名無し飼育さん :2015/05/29(金) 01:42

りほかのーっ!!!!
かわいいいぃぃ!!!
なんだか光景が目に浮かぶようですw
素敵なりほかのありがとうございます
448 :名無飼育さん :2015/10/08(木) 09:52
>>447
嬉しいお言葉にニヤニヤします
反応を頂けると妄想する力にもなってくれるので嬉しいかぎりです
感想レスありがとうございます
449 :赤緑群青 :2015/10/08(木) 09:53


赤緑群青
 
450 :赤緑群青 :2015/10/08(木) 10:07

耳元でなにかが鳴っていた。
はっきりしない意識の中でも、なにか、は大体見当がついている。
だが、それを手に取るのはまだしたくなくて、しばらく無視をしてみたが、なかなか鳴りまないことが
次第に腹立たしくなってきた。
いい加減に止まれ、と頭の中で念じると同時に音は止まったが、いつものアラームとは
違う音だということに里保は今更気が付いた。

……目覚まし、じゃない…着信…着信?!え、やばい仕事!

がばりと起き上がり、携帯を確認する。時刻は10時過ぎ。
まずい。今日の集合時間は何時だった?場所は?
頭がまだ起きていないせいか、思い出せない。
里保は携帯にメモしておいたスケジュールを急いで開こうとしたが、あることに気付き指を止めた。

画面には【着信:香音ちゃん6件】の文字。

マネージャーからではなく、同期からの着信に疑問を覚える。
なぜだ?と思った時、今度は家のチャイムが聞こえてきた。
一度ではなく何度も訪問を告げる音が鳴り響いている。

…嫌な予感がする。

チャイムが止む。その変わりに、再び香音からの着信が始まった。
451 :赤緑群青 :2015/10/08(木) 10:09

里保はだるそうに玄関へ向かう。起き上がった勢いはどこへやら。
あまり意味はないだろうが、一応玄関ののぞき穴から訪問者を確認する。
やはり着信の主である香音の姿がそこにあった。

玄関を開ける。
半分ほど扉をあけた所で、香音が顔を出した。

「里保ちゃん、おはよう。海、行こう」

挨拶の後の言葉に少し眩暈がした。

「………」
「って、無言でドアを閉めようとしなーい」
「あぁ、ごめん。つい」

たぶん、すごい不機嫌な顔をしているんだろうな、と里保は自分で思う。
切り替えるために、ふーと深呼吸をしてから、先程より広く扉を開けて
なるべく落ち着いた風を装い対応することにした。

「えっと、約束したっけ?」
「したよ。昨日の夜メールしたじゃん。既読にはなってないけど」
「それ、約束って言わないと思う」
「電話もしたよ。里保ちゃん、うん、うん、って言ってた。めっちゃ眠たそうな声だったけど」
「それ、ほとんど寝てたと思う」

覚えていない。メールは読んでいないのだから、当然だ。
でも、言われてみれば電話には出たような気がしないでもない。
内容はやはり覚えていないが。
452 :赤緑群青 :2015/10/08(木) 10:11

「まぁ、とりあえず中入れてくんない?人目も気になるし」
「あー…ん」

追い返す前に先手を取られ、渋々ながら家の中へ通すことに。
先週たまたまだが掃除をしておいて良かったと心の隅で思った里保だった。

里保は来客にお茶を出す、なんてことは考えもせず、どう断ろうかとそればかり考えながら、
自身のベッドに腰を下ろした。
香音はそんなことなど全く気にしない様子で、ベッドの脇にある小さなテーブルの前に座る。

「里保ちゃん、朝ごはん食べてないでしょ?」

座るなりそう聞いてきた彼女に里保は面食らう。
ご飯のことなど全く意識してなかったし、今この場に彼女がいる状況がよくわからない。
いや、約束したかららしいけど。それでもやっぱりおかしかった。

「そりゃさっき起きたから食べてないけど」
「だと思ってね」

香音が鞄の中からをなにかを取り出しテーブルに置いた。
ハンカチに包まれている物体。まさか。これは。

「お弁当作ってきた」

さすがにこれは里保の予想範囲を超えていた。
453 :赤緑群青 :2015/10/08(木) 10:12

いきなりの訪問、海へ行こうとの誘い、そしてお弁当。
他のメンバーや学校の友人らにはこういうことをするのかもしれないが、自分達の関係的に今日のすべてが
あり得ないわけで。細かく言えば昨日のメールや電話からおかしいわけで。

一体なにを考えているのだろうか。
わざと眉間にしわを寄せて香音の顔を見やったが、彼女は少しも表情を変えずに口を開いた。

「お弁当、食べる?」
「……」
「中身はおにぎりと軽いおかずで、家に明太子あったから明太子おにぎりにしたよ」

明太子。里保はごくり、と喉が鳴りそうになるのを抑える。
こんなわけのわからない状況だが明太子おにぎりは食べたいな、と素直に思った。

「…ちなみにお弁当を食べたらどうなりますか?」
「お弁当を食べると海へ行くはセットです」
「できれば単品で注文したいんですけど」
「あ、おかずはねぇ、アスパラベーコン巻き、卵焼き、プチトマトに人参のマリネです」

完璧なラインナップに里保は今度こそ喉を鳴らすのを抑えられなかった。
が、欲に負けてしまうのが嫌でなかなか返事が出来ない。
454 :赤緑群青 :2015/10/08(木) 10:13

「……」
「じゃあ、食べないなら帰るね」

沈黙を破ったのは香音だった。彼女はお弁当に手を伸ばす。
たぶんなにも言わなければ、香音はこのまま本当に帰るのだろう。
そういう人だということは長年の付き合いでわかっている。
確かに、そんなお弁当で心を動かされてたまるかと思う気持ちはある。
だけど、彼女がここまであり得ないことをしてきた理由を知りたいと思う気持ちもあった。

「ま、まった!」

お弁当が鞄にしまわれてしまう寸前の所で声を出した。
香音が手を止めて、里保に視線を合わす。

「食べるの?食べないの?行くの?行かないの?どっち?」
「…食べ物で釣るなんて、卑怯じゃない?」

もう答えは出てしまったけど、それでも文句は言いたくて。
里保の抵抗に、香音はへらりと笑ってみせた。

「これは卑怯なんじゃなくて、作戦だよ」

見事な作戦に「参りました」と言うしかなかった里保だった。
455 :赤緑群青 :2015/10/08(木) 10:15

お弁当を美味しく頂いてしまった里保は香音の言う通りに身支度をして電車に乗り、
近くの海までやってきた。

もうすぐ冬になろうとしている海には人の気配はなく静かなもので。
運がいいのか風はあまりないが、やはり少々寒いと感じる。
砂浜を少し歩くと、香音がおもむろに腰を下ろしたので里保もその隣に座った。

二人は黙って海を眺めている。
というか、電車に降りてから会話はない。それまでも二、三話しただけである。
会話がない事は別にどうでもよかった。隣に居る彼女にとってもそれは同じだろう。
それよりも、なぜここまでして自分を連れ出したのか、が気になっていた。

「海だなー」

ふいに聞こえてきた香音の声は、どことなく嬉しそうで、それにつられて里保も「海だね」と返事をした。
視界の端で香音の顔がこちらに向いたのに気付き、目線を合わせてみると、
やはり彼女はどことなく嬉しそうな表情をしていた。

「香音ちゃん」

海の匂いがする。

「ん?」
「なんかあったの?なんで海にうちを連れてきたの?」

香音以外の誰かだったら、聞かないであろう質問だった。
不思議と香音との間にはそういう遠慮らしきものがない。
だから、ただ気になっていたから聞いてみた、だけのこと。
456 :赤緑群青 :2015/10/08(木) 10:16

「別になんもないよ。なんもないけど、よくわかんなくなっちゃってさぁ」

なんだろうなぁ。彼女は海を見ながら呟いた。

「里保ちゃんと私ってさ、お互いにご飯誘っても気分が乗らないと普通に断るじゃん?
 そういうかみ合わないことが多かったりもするけど、細かい事を気にしなくていい存在っていうか、
 難しいこと考えずに自分が自分で居られる存在っていうか…んーなんて言ったらいいかわかんないけど
やっぱりこういう時は里保ちゃんなんだよね。昔も今も」

香音はまっすぐ海を見ている。どこからともなく、波の音が聞こえる。

「そういう里保ちゃんと海を見たかった。それだけだよ」

彼女の返事は独白のようだった。
雰囲気も訪問した時から変わらないフラットなままで。
里保は漠然とわけがわからなくなってしまう時を思い出す。

なにかに戸惑っているのに、それがなにかわからない。
なにかに引っかかっているのに、それがなにかわからない。

そういう時に行き着く先は、香音だった。

あぁ。
だから自分だったのか。

香音の答えは里保の中にすんなりと入ってきた。
457 :赤緑群青 :2015/10/08(木) 10:17

「そっか」

里保は短い言葉を口にした。それ以外は要らないと思った。
たぶん彼女は、答えというものを求めていないだろうから。
案の定、彼女はなにも言わなかった。

ふいに風の色が青く変わった気がした。青い風が身体の中を吹き抜けていく。
少し寒いけど、気持ちいいな、と里保は思った。

「本当はさぁ、私の地元の海まで行きたかったけど、遠くて里保ちゃんが
絶対嫌がると思ったからやめた」
「さすがに愛知は遠いなぁ」
「広島よりかは近いよ」
「そこで広島出しちゃう?」
「うん、出しちゃう」

勘弁してよ、と言おうと思ったが、太陽の光がきらきらしている海を見ていたら
なんだかどうでもよくなって、やめた。
ざざん、と音を立てる波が、二人の沈黙を埋めていく。

「明日からまたがんばろうね」
「うん」
「でも、あんまりがんばりすぎんなよぉ、さやしぃ」
「そっちもだよぉ、すずきぃ」

二人はお互いに肩を小突き合って、笑った。
458 :赤緑群青 :2015/10/08(木) 10:18

うん。なんか。

やっぱり、里保ちゃんと来てよかったなぁ。
自分が思ったことと同じようなことを彼女が呟いたもんだから、くすぐったい感じがして、
口元が緩んだ。

「ついてきてくれて、ありがとね」
「半分以上強制的だったけどね」
「お弁当作戦大成功」

かっかっかと笑う香音は楽しそうで。そのままにしておこうと思ったが、
思い直して先程よりも強く彼女の肩に体当たりをしておいた。

いやぁ、まぁ、でも。

体当たりを受けても楽しそうに笑う香音を横目に、里保は満足そうな表情を浮かべる。

「そろそろ帰ろっか」
「そうだね」

里保の返事を合図に香音が立ち上がった。
里保はそれを合図にゆっくりと立ち上がる。
里保が立ち上がった頃には香音はすでに歩き出していた。

お互いに歩幅を合わせることはしない。する必要など、ない。
だって。そんなことをしなくても。
459 :赤緑群青 :2015/10/08(木) 10:18

里保は三歩先を歩いている香音を呼んだ。

「ねぇ香音ちゃん」
「んー?」

香音は背中を向けたまま返事をする。

変わり続ける中でも、変わらないもの。昔の自分達。今の自分達。

変わっても、変わらなくても、見失いそうになっても、君が居てくれたら、きっと。

「今度は地元の海、連れてってよ」

香音は立ち止まり、振り返った。波の音が聞こえる。

「喜んで」

香音がふやぁと目じりを下げて笑う。
その表情の中に昔のままの彼女が見えて、それが嬉しくて、里保は目を細めた。

460 :赤緑群青 :2015/10/08(木) 10:19
おわり
461 :名無飼育さん :2015/10/13(火) 00:22
更新ありがとうございます
楽しませてもらってますよ
462 :名無飼育さん :2015/11/14(土) 12:56
更新きてたー!
463 :名無飼育さん :2016/06/23(木) 22:33
りほかのいないの今、赤緑群青を読む本当に涙が出る

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