■掲示板に戻る■ 全部 1- 101- 201- 301- 401- 501- 最新50

JUNK!

1 :esk :2008/04/13(日) 23:38

・どうでもいい小ネタ集
・組み合わせは節操なく雑多
・キッズは出ません
 
450 :オト <2> :2009/08/04(火) 22:29


繰り返される短いメロディに、獣はへなへなと力尽き。


ばしゅう


煙となって消え去った。

女性はしばらく煙の消えたあたりを眺めていたが、思い立ったように立ち上がると
障子戸から顔を出してあたりを伺う。
しかしそれでも何も見つけられなかったらしく、小さくうなずきながら座敷へと戻った。

「ウサギさん……死んじゃったの?」
「ああ。そうやな」
「そっか……」
「あんたが気にせんでええことや」
「……うん」
「あの子の分も元気に暮らすんやで」

くしゃりと髪を撫でた女性を、少女がはっと見上げる。

「もう行っちゃうの?」
「ああ。うちあんたのばばさま苦手やねん。だからばばさまにはうちがちゃんと仕事したって
 あんたから言うといてな」
 
451 :オト <2> :2009/08/04(火) 22:31



離れを出ると、女性はしばらく村の端で様子を伺っていたが、意を決したように
月明かりの山道を進み始めた。
そのまましばらく進むと。

かさ

後方の下草が立てた微かな物音に、女性は足を止めた。
風の音ではない。
体ごと振り返り、音の出所あたりをじっと見つめる。

「……出てき」

誘うように声をかけると、下草の合間から真っ白なウサギがぴょっこりと顔を出した。
真っ赤な目で女性を見上げ、ぴるぴると長い耳を振るわせる。

「人型を取れるんはあんたの方か」

女性の声に応えるように、ウサギがくんくんと鼻を鳴らし、後ろ足で立ち上がると――。
 
452 :オト <2> :2009/08/04(火) 22:34

しゅるり


こざっぱりとした着物をまとった少女がそこに現れた。
ふっくらとした頬に、10の子供とさほど変わりない背丈だが、もっと年かさだろう。
あどけない笑顔を見せるが、しかしそれはあきらかに子供のそれとは違うものであった。
ぺろりと舌を出すような仕草さえ、見た目と中身の違いをかえって際立たせる。

「なーんだ。ばれてたのか」
「離れにあった足跡はあんたのもんやな」
「うん」

襲ってきたバケよりも強力なモノの気配が離れの近くにいたことは気づいていた。
そのあとも襲ってはこなかったから、自分が離れれば襲ってくるかもしれないと
思ったのだが、なぜか気配は自分の方についてきた。
それなら……と女性は村を離れることを選んだのだ。
人型をなすバケは力が強い。
あの場で捕らえようとすると村人を巻き込んだかもしれない。
それに……あの少女に人型を退治する場面を見せたくはなかった。

「うちが退治したんはあんたの兄弟かなんかか?」
「うん。妹。ばかだよねー。あんな真正面から突っ込むなんてさー」
 
453 :オト <2> :2009/08/04(火) 22:35

「敵討ちか。でも悪いけど、あんたも――」
「そんなの興味ないよ。あの子にももう興味ないな」
「は?」

さっと手を組んだ女性に、少女はにこりと笑いかける。

「あなたにする」
「……なにが」


「あなたが、欲しい」


満面の笑顔は、子供のように純粋なようで、全く違う。
底に秘めた妖異が前面にににじみ出ている。しかし――。

「怖い殺し文句やね。――ま、うちにつくんやったらええわ。一緒においで」
「一緒に?」
「あんたは一筋縄ではいかんようやからな。
 どうあってもうちの命取りたいって言うんやったら、今すぐあんたを退治するけど、
 そうとちゃうやろ? そやったら一緒に来たらええ」

命が欲しいだけならこんなところまでついてくる必要はない。
隙ならいくらでもつくって見せたのだ。
なのにここまで黙ってついてきたとなると――こいつには見込みがある。
 
454 :オト <2> :2009/08/04(火) 22:36

本来バケとは魅入った相手の生命を屠ることだけを存在意義としているが、
完全な人型をとるバケには、たまに相手の生命以外の部分に興味を示す者がいる。
それを使い魔として共に行動するオトは少なくなかった。


「まあたまに仕事も手伝ったってな」

そう軽く言った女性に、迷いを見せていた少女もにこりと笑うと、たった数歩の距離を
駆けて寄って来た。
にこにこと見上げる少女の髪をくしゃりと撫で、女性も優しい笑みを落とす。


「あんた、名前は?」
「……なつみ」
「なっちか。うちはみちよ。みっちゃんでええわ。――これからよろしくな」

 
455 : :2009/08/04(火) 22:37

『 オト <2> 』   終わり
 
456 :esk :2009/08/04(火) 22:47
設定説明のためのサイドストーリーが長くなりすぎましたー
時代的には日本昔話くらいのあたりかと
しかし、>>453の『つくん』が何度読んでも『つんく』にしか見えないw
457 :名無飼育さん :2009/08/05(水) 01:12
わーい続きキター
そしてみっちゃんだ!!
次回も楽しみにしてますッ><
458 :esk :2009/08/20(木) 23:56
読んでくださった方、ありがとうございます。

>>457さま
みっちゃんでしたー。
残念ながら友情出演なので今後の出番はないですがw


あいえり

>>266-275 『 sweet drug 』 のアナザーストリー的な
459 : :2009/08/20(木) 23:56

『 sweet trap 』
 
460 :sweet trap :2009/08/20(木) 23:58

「でさ……あ、フジモトミキ」
「……あん?」

唐突にそう言った絵里の視線が遠くを見つめる。
あたしはぽかんとその横顔を眺めた。
数秒前まで、絵里は味噌ラーメンのおいしい食べ方を熱心に語っていた。

「誰? ゲーノージン?」
「違うよー。一時期このあたりで伝説になってた人。愛ちゃん知らないの?」
「知らん」
「あーそっか。愛ちゃんこの辺来たのってフジモトさん来なくなってからだっけ」

確かにあたしの行動範囲がこのあたりまで広がったのはそれほど前のことではないけど、
すぐに入り浸るようになったから、結構長い間顔を見せていなかったんだろう。
伝説ってどんな風に?
話題を振ってみようと思うのに、絵里はしつこいくらいの熱心さでそちらを見つめている。

横顔を見るのにも飽きてきたし、仕方なくあたしは絵里の視線を追った。
 
461 :sweet trap :2009/08/20(木) 23:58

どの人? と聞く必要はなかった。
周りに人が群がっていてろくに見えやしないのに、その人からはなにか……絶対的な
オーラが漏れて出ていた。
声をかけていた誰かが軽くあしらわれたのだろう、すごすごと離れていく。
それを取り巻きらしき連中がゲラゲラと笑っていた。
感じわる……。

「ミキ様はねー、女王様だったんだって〜」

その様子を見ながら、絵里がうっとりとそう言った。

「は? SM?」
「本人そのつもりはないみたいだけどね」
「ふうん」
「クールだよねえ」

ふうん。
絵里のとろけるように甘い声に、答えるあたしの声はいかにも白けていた。
その気のないやつがミキ様とか言われんのかよ。
なんとなく気に入らなくて、睨むみたいな視線をそっちを向けてみた。
すると、確かにフジモトミキ本人は取り巻きと一緒に笑うようなこともしていない。
ただうんざりした顔でグラスをあおる。
 
462 :sweet trap :2009/08/20(木) 23:59

……ふうん。

「――絵里」
「ちょっと行ってくる」

前触れもなく立ち上がった絵里の腕を思わず取ってしまった。
まずい。
そう思ったけど、やってしまったことは仕方がない。
開き直りついでにじっと目を見つめてみたけど、緩い笑みを浮かべた絵里は、
あっさりとあたしの手を払った。
視線はすぐにフジモトミキの方へ。
今にも歩き出しそうな絵里の横顔にこれ以上食い下がるほどは、あたしのプライドも
低くはなかった。
 
463 :sweet trap :2009/08/20(木) 23:59

もったいぶるような足取りで絵里が人垣に近づくと、取り巻きたちが椅子を一つ
あけたように見えた。
フジモトミキほどのオーラを持っているわけではないけれど、絵里だって一晩に何度も声が
かかるような美形。
そこいらの取り巻きなんかに負けるはずはない。

ちょうどあたしに背を向けるように座ったので、絵里の表情はわからない。
声なんて、1メートルも離れたら聞こえるはずもない空間だし。
二人の会話がどうなっているのかは、大勢の取り巻きと、かろうじて見えるフジモトミキを
窺うことでしかわからなかった。

さっきまでとは違い、あまりにやにやしない取り巻き。
もしかして上手い方向に話が進んでいるんだろうか。
でも、フジモトミキはあいかわらずうんざりとしていて――。
 
464 :sweet trap :2009/08/21(金) 00:00

絵里から見えないのをいいことにひたすらその様子を見つめていたら、意外にも早く
絵里は席を立った。
取り巻きたちにも何か声をかけているようだった。
そのせいか、絵里が離れても取り巻き立ちはあまり笑わなかった。


行きよりももっともったいぶるような足取りでこっちに戻ってきた絵里は、あたしに声を
かけるよりも先に、置いたままにしてあったグラスを手に取った。

「ふられたん」
「違いますぅ。諦めたの」
「一緒や」
「違うってば。……アイツがいたの。アヤ」
「アヤ……って、あの子?」

首を伸ばしてみると、さっきまで気づかなかったが確かに見覚えのある顔が
フジモトミキの隣にいた。

「うわー、狙われちゃってんだ」
「うん。もうべったり」
 
465 :sweet trap :2009/08/21(金) 00:01

絵里が嫌そうに顔をしかめる。
いつもとりあえずニコニコしているこの子がこれほど嫌悪を示すことは珍しい。
よっぽどウマが合わないんだろう。
アヤは、ここ何回かで見かけるようになった子だけれど、ずば抜けたルックスから
すでにひそかに注目を集めている。
あたしも別の友達を通して少し挨拶を交わしたことがあるけど、何を考えているのか
わかりにくい笑顔が苦手だと思った記憶はある。
狙った獲物は逃がさない。
誰かが彼女のことをそんな風に言ってて、確かに、とあたしはうなずいたんだった。


「まあ、お話できたからいいや。ホントは一回くらいしてみたかったんだけどね」
「ふうん。……じゃあ行こか」

見慣れないしかめっ面を見慣れた緩い笑みに戻してそんなことを言いながら、
絵里はぷっくりした唇に指先を滑らせる。

その口元に、指先に、目じりに。

あたしは急に激しい渇きを覚えて、絵里の手から強引にグラスを奪った。
そのまま半分くらい残っていたカクテルを一気に飲み干す。
立ち上がって手を差し出すと、絵里の笑みが色を変えた。
 
466 :sweet trap :2009/08/21(金) 00:02


「愛ちゃん、カワイイ」


わざとらしいまでに甘い声に、かあっと頭に血が上るのがわかった。
ごまかすみたいに強く絵里を引っ張って、あたしの隣に立たせた。

ふと視線を感じて顔を向けると、なぜかフジモトミキがこっちを見ていた。
絵里は触れるほど近くからあたしをじっと見ている。
でも多分、フジモトミキの視線に気づいている。

フジモトミキは目をそらさない。
興味なさそうな目なのに。
どうしてそんなに絵里を見る?

両側からの視線にあたしはイライラして。


とりあえず絵里にキスをすることにした。




その唇が笑みの形を作っていて、あたしは舌打ちしたい気分になった。

 
467 : :2009/08/21(金) 00:04

『 sweet trap 』   終わり
 
468 :esk :2009/08/21(金) 00:09
高橋さんが言葉少ななのは、気を抜くとただの関西弁になってしますからです。
語りも標準語ですしねー。中途半端中途半端ww
469 :名無飼育さん :2009/08/27(木) 00:39
こんな亀さんもっと見たいワァ
470 :esk :2009/09/05(土) 02:05
読んでくださった方、ありがとうございます。

>>469さま
ジュンジュン発見!(でいいんですか? 違う?w)
いいですよね〜、黒亀。


シリーズ3話目。
時事ネタを取り入れたのに出遅れました。

>>389-409 <1>
>>439-455 <2>
471 : :2009/09/05(土) 02:06

『 オト <3> 』
 
472 :オト <3> :2009/09/05(土) 02:07

「おっはよーございまーす」

YN企画と書かれた薄い扉をどかんと元気よく開く吉澤。
あれから始発に乗って家に帰り、十分に爆睡を取ったので気力体力とも100%満タンだ。
しかし上機嫌な吉澤の声に、部屋の中にいた妙齢の女性は眉間をつまむようにしてうつむく。

「吉澤……。えらい重役出勤やないか」
「えー。今日うち帰ったの6時ですよ〜。これくらいいいじゃないですかあ」

能天気な吉澤の声に、中澤は深々とため息をついた。


時刻は午後三時を回ろうとしていた。
 
473 :オト <3> :2009/09/05(土) 02:10

YN企画

オフィス街の隅っこ、古い雑居ビルに事務所を構える怪しげな会社。
たまにえらそうなスーツ姿が出入りする以外、昼間は実に静かなもの。
いったい何をしてるのか、周囲の事務所も首を傾げるばかりである。

正規従業員は二名。所長の中澤裕子とヒラの吉澤ひとみ。
吉澤の相棒ワシミミズク君(戸籍上の名を藤本美貴という)は非常勤扱い。
あと見習いアルバイトが一名所属している。
ちなみに『YN』とは『ユウコ ナカザワ』であり、『ヨシザワ ナカザワ』ではない。
それだけは断じて譲れない、とは中澤の弁。賢明である。

さてこの会社が何で生計を立てているかというと、周囲の予想をすべて裏切って。
――妖怪退治、だったりする。
 
474 :オト <3> :2009/09/05(土) 02:11

自然法則にしたがって生まれたはずのもの。
それらは非常に低い確率ではあるが、生来とは違ったものに『バケ』ることがある。
人間に魅入り、その生命を屠ることを存在意義にしているという、人間にとっては
ちょっとばかり困った存在。
古い昔からそれらを狩ることを生業としてきた人々、『オト』。
現代では彼らは国家単位で組織されることになっている。


『YN企画』は事務所こそ小さいが、その出先機関の関東総元締めを勤めており、
所長である中澤は今は現場には出ずに、政府からの仕事依頼をそれぞれに割り振ったり、
事務所ごとのオトや使い魔であるバケの管理に専念していた。
書類上では中澤の直属の配下は吉澤のみだが、そのおかげで関東のオトや使い魔は
みな中澤に頭が上がらない。
 
475 :オト <3> :2009/09/05(土) 02:12

「ほい。これ、今週の仕事な」
「……多くないですか?」
「夏は忙しいもんやから」

ばさりと手渡された書類に、吉澤が顔をしかめる。
ぱらぱらとめくりながら、その目は書類を見ているようで見ていない。

「なんで夏なんですかー」
「なんでって知らんけど。暑すぎて色々おかしなるんちゃうか」
「暑いっても、この部屋は寒いくらいですけどね」

空調の効きすぎた部屋で、吉澤は大げさに身震いをしてみせる。

「ええねん、これくらいで」
「だめですよー。カンキョーに悪いですって。チキュウオンダンカだ。エコエコ。
 こんなのは窓開けたらいいんですよ。……ほら、風入るし」
「あー、コラ。勝手に窓開けんとって。うるさいねん」
 
476 :オト <3> :2009/09/05(土) 02:12

確かに。
吉澤ががらりと窓を開けたとたん、耳をふさがれたような大音量が部屋に流れ込んできた。
夏の音。蝉だ。

「はよ閉め。藤本起きるやん」
「は? 美貴?」
「奥で寝てるから」

中澤の言葉に従ってしぶしぶと窓を閉め、吉澤が奥の部屋を開くと、ソファにかけられた
タオルケットの塊の下でだらしなく伸びている美脚。
蝉の音がうるさかったのか、吉澤の声で起きていたのか、もぞもぞと動いている。

「人型で寝るなよ、邪魔だな」
「……うっさいぼけ」

寝起きでも口の悪さは健在らしい。
タオルケットを剥ぎ取った吉澤を据わった目で見上げる。

「中澤さん、どうなんですか、このだらけっぷり」
「……美貴は夜行性だからいいんだよ」
「矢口さんは朝でも夜でもちゃんと働いてたじゃんか」
「あの人のスタミナと一緒にしないでほしいんですけどー」

「あ、そうそう。さっき矢口からメールあって――」
 
477 :オト <3> :2009/09/05(土) 02:12

「ちわーっすっ。裕子ー、生きてるかーっ」


「こっち来るってさ」

(( …… ))

唐突な、きゃははは、という甲高い笑い声に、だらだらと垂れ流されていた言い合いは
ぴたりと止まり、藤本と吉澤は無言で顔を見合わせた。
いつでも明るく楽しい先輩。でも空気も読めるし、気遣いもできる。
よく差し入れを持ってきてくれるし(ちなみに先日ビールを持ってきたのもこの人)、
訪問自体には大歓迎なのだが、朝っぱらからこのテンションについていくには、
藤本と吉澤の基本テンションは低めだった。

「よぉ来たな、矢口」

そんな来訪者に、中澤は目じりを下げる。

矢口真里。
中澤が現役バリバリで働いていた頃、その使い魔を勤め共に修羅場をくぐって来た同志だ。
中澤が前線を離れたと同時に完全引退。
退職金を元手に、今はこの近くで小さな小さなカフェを開いている。
 
478 :オト <3> :2009/09/05(土) 02:13

「なに。よっすぃ、傷だらけじゃん」
「あ! 忘れてた! 中澤さん、ヒーリングヒーリング!」
「あほ。そんなんすぐ治るやろ」

長く伸びた吉澤の手足をしげしげと眺めながら、矢口が顔をしかめるが、
その言葉に嬉々として乗っかった吉澤は中澤に軽くあしらわれた。
オトは人間よりも治癒能力が高く、一部にはさらにその枠を超えて他人の傷を癒す能力を
持つ者もいる。

「えー治らないですってー」
「じゃあ圭坊に電話しょうか」
「……いいです。治ります」

中澤の旧知である保田圭は、消魔能力は高くないがヒーリング能力に長けているので、
消魔としての仕事を引退した今でも、ヒーリングだけに狩り出されたりしている。
一方、中澤もヒーリング能力を持っているが、能力の特性なのか本人の性格なのか、
そのときの気分や対象相手によって能力の発現が大きく違ってくるので、保田のように
恒常的な活動としては期待できない。
 
479 :オト <3> :2009/09/05(土) 02:14

「……おーい、矢口ぃ。あたしのこと忘れてない?」
「あ、ごめん!!」

吉澤がしょぼんと小さくなるのを待っていたかのタイミングで、薄く開いた扉の辺りから
小さな声が聞こえてきた。
わざとらしく扉に半身を隠したにやにや顔に、とっさに振り返った吉澤の大きな目が
さらに大きく見開かれる。

「よ。元気?」
「い、いちーさんっ!?」
「おいおい、もう市井じゃないっての。いい加減に覚えなさーい?」

今度は堂々と事務所に入ってきた女性を前に、吉澤は頭を抱える。
その隣で藤本はきょとんとしていた。見たことのない顔だ。
中澤は、と後方を見遣るとこちらも驚き顔ながらも口元を緩めていて。
……ということは見知った人物ということか。
それらの反応を見ながら、矢口はしてやったりとばかりににやにやと笑っていた。

「なっんや、紗耶香。えらい久しぶりやな。元気してたん」
「ばっちりよ〜。裕ちゃんも――」
「何しに来たんすか」
 
480 :オト <3> :2009/09/05(土) 02:16

優しげな目で問う中澤に答えようとした言葉を吉澤がさえぎった。
棘のある声に、藤本は、おや、とその横顔を伺う。

「おいおい、かわいい後輩ちゃんががんばってるか心配して来てやったんだろー」
「心配なんかされなくてもあたしはあたしでちゃんとやってますから、余計な口出し
 しないでください」
「口出しじゃなくて心配だっつーの」

肩をぽんぽんと叩かれたのに、吉澤はぷいと顔を背ける。
そむけた顔をそのまま藤本に向けた。

「美貴っ、行くよ」
「は?」
「コレの調査っ」

先ほど中澤に手渡された資料をぱんぱんと叩くが、藤本は顔をしかめるばかり。

「こんな昼間っから? 何言ってんの? 今から行ったって意味ないじゃん」
「う、ううう……勝手にしろっ」

バケが活性化するのは大抵日が暮れてからだ。
今行ったところで出来ることはほとんどない。
理路整然と反論された吉澤は、捨て台詞を残して部屋を飛び出した。
 
481 :オト <3> :2009/09/05(土) 02:17

「何あれ」
「みーきちゃん」
「……は?」

あきれた顔で吉澤を見送っていたた藤本は、後方から聞こえてきた来訪者の猫撫で声に
思いっきり眉間にしわを寄せる。

「ふーん」

その全身をにやにやと眺める来訪者。
無遠慮な視線に藤本の眉間のしわが深くなる。

「矢口さん、この人感じ悪いですよ」
「ちょ、そう言うなよ」

「ははは。悪い悪い。二人は初顔合わせやもんな。紹介したるわ。
 紗耶香。見てのとおり、こいつが吉澤の使い魔やってる藤本美貴。
 藤本、こっちは吉澤紗耶香。アンタの先輩やで」
「吉澤? さっき誰か『市井さん』って言いませんでした?」
「昔は市井。今は吉澤」
 
482 :オト <3> :2009/09/05(土) 02:17

にやにやする紗耶香に、藤本は、ああ、とうなずいていかにも嫌そうな顔をする。

「タネウマ」

完全な人型をとるバケを見分けることは、オトにとってあまりたやすい作業ではない。
しかしバケ同士であれば見分けるまでもなくすぐにわかるので(現代のオトが
ほぼ必ず使い魔を持つ理由はここにもある)、藤本は紗耶香が事務所に
入ってきたときに一目で彼女がバケであることはわかっていた。

そのバケ、消魔対象から正規の使い魔になるときに戸籍を与えられる。
もちろん見る人が見ればバケであることはすぐに判別できるようにはなっているが、
通常通りに機能しているため、名前を変える――結婚することも可能である。
しかしバケの結婚は、人同士のそれとはまた違うことも意味しており。
そして、たいていのバケは人間と子を生すことに否定的だった。

「種じゃないんですけどー。タマゴタマゴ」

ご多分に漏れず嫌そうな顔をする藤本に、紗耶香は大して気にしていない風に
おどけてみせる。
 
483 :オト <3> :2009/09/05(土) 02:18

「ありえなくないですか、人間の子供生むとか」
「いやー。そう言うけどさ、やっちゃえば出来ちゃうもんだし。
 美貴ちゃんだってさあ、もしひとみが男だったらそうなってるかもしんないんだよ?」
「よっちゃんと? ありえねー」

はっ、と吐き捨てるように言った藤本に、紗耶香の表情が温度を下げる。

「……あー、そういやアンタ、ひとみについたわけじゃないんだっけ?」
「あんな頼りないのにつくヤツなんかいないですよ」
「ふーん。ま、頼りないからさ、頼りになるあんたが見ててやってよ」

――やなこった
言いかけた言葉は珍しく藤本の口から出ることはなかった。
にやにやしたままなのに、人を服従させる目。

「じゃ、あたしはもう行くわ」
「――え。え、もう?」

藤本が言葉を呑んだというありえない状況に、ぽかんと口を開けていた矢口の頭を、
紗耶香がくしゃりと撫でた。
 
484 :オト <3> :2009/09/05(土) 02:18

「子供本家に預けて来たからさ。早く帰んないと」
「ああ、ジュニア。どうなん能力は」
「うーん、やっぱり無理みたい」
「そうか。難しいな。昔は生まれさえすれば力持ってたのになあ」
「やっぱあれじゃない? カンキョーハカイ。つーかこの部屋冷房効きすぎ。
 カンキョーフカだよ。ヒートアイランドだ」

「……そういうとこ、ホンマ吉澤ににてんなあ」
「ワタクシも吉澤ですからー。あ、矢口はゆっくりしていきなよ。
 あたしはもう帰るだけだから」
「あー……そう?」

一瞬迷いを見せた矢口だが、紗耶香の目を見ると何かを感じて素直にその言葉に従った。

「あ、紗耶香。コレ。今日の仕事の追加資料。持って行ったって」

しかし、すぐにも出て行こうとする紗耶香を、中澤が呼び止める。
せっかくかっこつけたのに。と浮かべた苦笑いのまま中澤の差し出した書類を受け取ると、
紗耶香は冷えた事務所から蒸し暑い屋外へと急ぎ足気味に出て行った。
 
485 :オト <3> :2009/09/05(土) 02:18

「何なんですか、あの人っ」

紗耶香の細い背中が完全に扉の向こうに消えるのを待ちきれないように、
藤本が中澤に噛み付く。

「ま、ま。紗耶香もあれでよっすぃのことはかわいいと思ってるんだよー」
「そんなの知りませんしっ」

その腕を押さえて焦ったようになだめる矢口を、藤本がキッと睨みつける。
中澤も苦笑いを浮かべながら肩をすくめてみせた。

「まあなあ。昔は吉澤君……旦那の方な、あいつとラブラブでかわいらしかってんけど、
 すっかり吉澤家に染まってもたな」
「よっちゃんち、ですか?」
「ああ。吉澤家は古くからあるオトの家柄で、バケの血もこまめに入れて血統を
 守ってんねん」
「そんな家あるんですか」

藤本のあきれた声に、中澤と矢口も困ったように顔を見合わせる。
 
486 :オト <3> :2009/09/05(土) 02:19

「まあ世の中には色々あるてことや。しかも古い家やから色々ややこしくてな。
 最近はなかなか思うように力もったヤツも生まれへんし、偏屈になってるみたいやわ」
「へえ。じゃあ力持ってるよっちゃんは優遇されてるんですか」

そう言いながら藤本は違和感を覚えた。
吉澤の口から家の話を一度も聞いたことがない。
それにさっきの態度も。

「それがまた嫌な感じでな。あいつは分家筋に突然生まれた能力持ちやから、
 それほど悪くもないのに落ちこぼれ扱い。ま、嫉妬やな」
「しょーもな……」
「まあほら。紗耶香とか旦那とかましな奴もいるからさ。そう嫌わないでやれって」
「別に好きになる必要もないですけどね」

あからさまに嫌悪の表情を浮かべる藤本に矢口が声をかけるが、吐き捨てるような言葉に
一蹴されてしまう。
矢口は困ったように眉を下げた。
彼女にとって紗耶香は現役時代をともに過ごした戦友。同期のようなもの。
何とかして肩を持ってやりたいのだが、藤本にはなかなか通用しないらしい。
 
487 :オト <3> :2009/09/05(土) 02:20

「いや、これからはそうもいかん。おかげで吉澤も自由にやってきたけど、紗耶香が
 来たってことは本家があんたらに介入する気なんかもしれんし」
「はあ?」
「へ?」

藤本と同じように、矢口も目を丸くする。
久しぶりに顔を見に行きたいから連れて行ってくれと言われただけだったから、
まさかそんな裏があったとは思ってもみなかった。

「そんときに頼れるんが誰か、よーく考えて行動するんやで」

子供を諭すような中澤の言葉に、藤本は口元に手を置いて思考をめぐらせる。


やっかいな吉澤家。
吉澤家に嫌われているひとみ。
ひとみを気に入っている紗耶香。


「……美貴、そういうのすっげーヤなんですけど」
「あんたのそういうとこ、嫌いやないけどな。こればっかりは吉澤のことも考えたって」

はっきりと言う藤本に、中澤は苦笑いを浮かべる。
 
488 :オト <3> :2009/09/05(土) 02:21

そんななんだかんだがあるから、今の管理職についたとき、吉澤を人に預けることなく
自分の直下に置いたままにしたのだ。
意外に繊細なところのある部下。なんとしても守ってやりたいと思っている。
しかし中澤が顔を覗き込んだ藤本は、むうっと唇を尖らせていた。

「なんや。そんな嫌なん」
「違いますけどぉ……中澤さん、よっちゃんのことばっかり……」

もごもごと言う藤本に、中澤はきょとんとして見せたが、すぐに、あっはっは
と豪快に笑い出した。

「かわいいやっちゃなあ。ちゃんと藤本のことも考えてるて」

同じように豪快に笑う矢口と二人がかりで、ぐしゃぐしゃと乱暴に髪を撫で回される。
バランスを崩しながら藤本も尖らせていた唇を緩め、照れたように笑った。

「あ、そうだ。よっちゃんが美貴と中澤さんに焼肉おごってくれるって言ってましたよ!」
「へえ。そら気前のええこっちゃな」
「あーー! あたしも行くぅ!!」


肉食の矢口がそんな言葉を聞き逃すわけもなく、こうして吉澤のおごり焼肉一行は
4名様と相成った。
 
489 : :2009/09/05(土) 02:21

『 オト <3> 』   終わり
 
490 :esk :2009/09/05(土) 02:24
吉澤家はただの裏設定だったのですが、復帰の件が使えそうなので膨らませてみました。
って本編進める気あるのか、自分……。
491 :名無飼育さん :2009/09/07(月) 01:19
わぁいどんどん膨らんでるっ><
492 :esk :2009/11/03(火) 15:32
読んでくださった方、ありがとうございます。

>>491さま
膨らんでいます。……予定よりもはるかにw


何も出さずにageるのも気が引けるので、倉庫から拾ってきたあやみき。
いつ書いた話だろう。
もしかしたら一番初めのスレを立てるよりも前かもしれません。
 
493 : :2009/11/03(火) 15:33

『 幸せな眠気 』
 
494 :幸せな眠気 :2009/11/03(火) 15:33



……ん

「……ん」

……『ん』?
んってなんだよ。
一文字じゃ意味わかんないって。

「……ちゃん、亜弥ちゃーん」

あ、アタシの名前だったのか。

「亜弥ちゃんってばぁ」

んで、この甘え声。

「……ぅ」

と、このキスは。
 
495 :幸せな眠気 :2009/11/03(火) 15:34

「……たん?」

朝っぱらからずいぶんと濃厚なキスをかまされて、ようやく開放された唇から出た名前は
ざらざらとかすれていた。

「疑問系なんかひどーい」

そんな事言われても。
寝起きで顔も見ないで声とキスだけで判別したんだからえらいと思ってよ。

「ねー起きてよお」
「んー……今何時?」

起きろと言われてすぐに起きれるほどには体に睡眠が足りていないみたいだ。
目はうまく開かなし、手足も思うように動かない。

「7時」

「ハアっ?」

なんだとコラ。
無意識に凄みを利かせて開かない目を見開くと、数センチの距離で美しいお顔がにゅうと緩む。
 
496 :幸せな眠気 :2009/11/03(火) 15:34

「おはよ」
「……はよ、ちゃうやろ」
「だって今日オフだから遊びに行くよって言ったでしょ?」
「ゆっ」

てたっけ?
って言ったらまたすねるし、朝から駄々をこねるコイツの相手をするのは勘弁して欲しい。
すんでで止めたアタシ、えらいぞ。

「やからって……なんもこんな時間にこんでも……」

頭は回りだしたものの、口は回らない。
昨日アタシラジオの仕事で朝方帰ってきたって知ってるよね?

「ひっどい! ここんとこあんまり会えなかったからすごーく楽しみにしてたのに!」
「あ〜も、わぁかったってぇ。遊ばんゆーてへんやんけぇ」

枕元にしゃがみこんで犬みたいにアタシの顔を覗き込んでくる子の髪をなでてやると、
とんがっていた唇がにへーっとゆがんだ。

……かわいいヤツめ。
 
497 :幸せな眠気 :2009/11/03(火) 15:35

「でもぉ、アタシもうちょっと寝たいんやんかあ……やから、待ってて?」
「えーーー。どれくらい?」
「んと……」

昼まで寝てようと思ってたんだけどな。
しかも夕方から仕事だし。

「一時間くらい?」

短かっ。

「んと……じゃあ」

もぞもぞとベッドの奥に体をずらして半分スペースを空けてやる。
お布団もめくってやって。

「入りぃな」

にまあって、アンタ笑いすぎだし。
上着とGパンを床に脱ぎ捨てて、いそいそとアタシ隣に滑り込む。
ぎゅうっと抱きしめられて、えへへってエンドレスに伝わってくる満足そうな甘い声。


その甘い振動を感じながら、アタシは幸せな眠気に沈んだ。

 
498 : :2009/11/03(火) 15:35

『 幸せな眠気 』   終わり
 
499 :esk :2009/11/03(火) 15:54
 松浦さんを関西弁にしてみたかったらしいです。
(どうでもいいことですが、原案書いたのは数年前ですが、手直ししたのは今です)


さて、一年半ほど前に立てさせていただいたこのスレですが、
どうやら容量を使い切ってしまうようです。
立てたときは使い切るほどこの世界にいないだろうと思っていたのですが、
甘い考えでしたw

ということで、色々見極めてからとも思っていたのですが、
もう新スレを立てさせていただくことにました。

幻板『JUNK!2』
ttp://m-seek.net/test/read.cgi/mirage/1257226208/
幻です。幻に立てました(祈)


このスレに足を運んでくださった方、更にはレスを下さった方、ありがとうございました。
そしてスペースをお貸しいただいている管理人様、本当にありがとうございます。

続き物もあるので読みづらくて申し訳ないですが、
あちらでもまたお付き合いいただけるのなら、最上の喜びです。

新着レスの表示


掲示板に戻る 全部 次100 最新50

現在のスレッドサイズ:250265 byte

名前:

read.cgi ver5.27 + 0.02 (04/08/03)