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群青流し

1 :ふわふわ :2014/03/29(土) 08:51
森板からのお引っ越しです。
生田×鞘師コンビのお話です。
「えりぽんが実在の人物ではなく、ヤシの妄想の中の人物だったら」という
狼の生鞘スレに投下したネタを元に書きました。

オリキャラ(男)大量に出てくるので苦手な方は注意してください。
住所、車のナンバー、その他もろもろ当たり前ですが全部フィクションであります。
先にお詫びして、9期10期、さゆれなのあの頃を書いていきたいと思っています。
完結までお付き合い下さいませ。
2 :群青流し :2014/03/29(土) 08:54



「えりぽんって誰?」



里保はきょとんとした時特有の、リスの目になった。
同期のいつのも冗談だと思って、香音に取り合わず「だから、えりぽんがね…」と続けようとすると。

「だからさっきから出てくるえりぽんって誰よ。
 学校の子?」

さすがの里保もこの天丼にはむっとした。

そういう混ぜっ返しはよくない。
ラジオをやるようになってから気をつけていることに、会話のテンポというものがある。
だが、里保は辛抱強く繰り返した。

「だから、生田えりぽんがね」
「イクタエリポン?」
「もう、香音ちゃん」
 通りかかった聖が、香音と同じような顔で言った。
「いくたえりぽんて誰?」
3 :群青流し :2014/03/29(土) 08:55



 この日を境に、里保は世に言う

「ちょっとイタい人」

 になってしまった

 

 のだ。


4 :群青流し :2014/03/29(土) 08:58


鞘師里保14歳。広島そだち。
AB型、三人兄弟の長女。
そういったパーソナルデータは、厳然と他人との間に共有しているというのに。里保の世界は、歯車がひとつ、いつの間にか狂ってしまった。


「マネキン、ですか」
「マネキンです」


うなだれた里保の母は、手の中のハンカチを無意識ににぎりしめた。

「年が明けての大きいコンサートに向けて、クリスマスもお正月もないだろうから…
 早めのクリスマスプレゼント、何がいい?って言ったんです。
 そしたらあの子、マネキンが欲しいって。

 え?と思いましたけど、
 衣装の具合を見たいのかなと思って。
 十代の女の子のタイプを買いました。

 …最近、里保の様子がおかしいと、事務所から連絡があったんです。


 家に行くと、あの子、マネキンに友達みたいに話しかけていました。
 えりぽん、えりぽんってあだ名付けて。

 なんだかものすごい柄の、あの子が絶対好きじゃないような服を着せて。
 あんまり楽しそうに話しているので、怖くなって、マネキンを取り上げようとしました。
 そしたらあの子、半狂乱で私を怒鳴るんです。
 えりぽんを取るなって」

ハンカチで目元をぬぐう母親を、医者はそっと見ないふりをした。
「先生、あの子、病気なんでしょうか」
5 :群青流し :2014/03/29(土) 08:59

30代なかばの精神科医は、ゆっくりとした抑揚の声で言った。

「まず、娘さんを異常だと思ってはいけません。
 内向的な性格の子に過度のプレッシャーがかかると、そういう症状は往々にして見られます。
 里保さんはもともと友達も少なく、都会に引っ越して、大きなプレッシャーの中で仕事をすることになった。
 普通の子供たちが友達と接しているときに、里保さんはファンやスタッフなど、周りを大人に囲まれている。
 心のよりどころがなければ、やっていけなかったんでしょう。

 空想の友達は、里保さんの防衛本能の産物です」

目を真っ赤にした母親は、そっとつぶやいた。
「やっぱり、デビューなんてさせるんじゃなかった」

「お母さん。お母さんが、否定してはいけません。
 否定せずに受け入れてあげて下さい。
 友達のいなかった里保さんが自分で作り出した友達、大好きな友達が、彼女なのです。
 お母さんが否定したら、周囲の無理解に里保さんはますます絶望し、
 心が壊れてしまうかもしれない。

 お話を全部聞く限り、トゥレット症候群のような気がしますが…
 ともあれ一度、里保さんと来院して下さい。
 お嬢さんが治らないと、悲しむファンは日本中にいます。
 新曲も出ますよね? 実は私、CDを買っているんです」

「まぁ…」

温和そうな医師は、照れたように眼鏡をなおした。

「里保さんが、一刻も早く現実の世界へ戻ってこれるように、我々は守ってあげましょう。
 事務所の方にもそう伝えておきます。
 くれぐれも、彼女の箱庭を無理に壊さないようにと」

6 :群青流し :2014/03/29(土) 09:00

「…というわけなの。 
 みんなも最近気づいてたよね?
 りほりほが口走ってる、「えりぽん」ってのの事」

里保のいないミーティング。
会議室で、リーダーさゆみとマネージャーがマジトーンで立っていた。

9期10期、れいな、他のメンバーは、ただただ顔を見合わせるしかできない。

「りほりほはそのマネキンに名前をつけて、モーニング娘。のメンバーだと思ってるらしいの。
 お医者さまが言うには、無理に現実を分からせても症状が悪化しちゃうって。
 あぁ、そんなに寂しかったなんて。
 さゆみがへんだな、と思ったときに、ちゃんと相談乗ってあげればよかった」

むりだろう。
里保を偏愛する道重リーダーに、里保は必要以上に近づかないもの。
7 :群青流し :2014/03/29(土) 09:01

「でもね?
 冬ハロが二週間後に迫った今、りほりほに、今さら休養してもらうわけにはいかない。

 さゆみとは、歌割の量が違うんだもの!」

 悲しいことを自己申告して、リーダーは天井をあおいだ。


「あのー、それで、これは?」
「イクタエリナ・9期メンバー・15歳・メンバーカラー黄緑・性格KY
 ……」
工藤がホワイトボードに書き込まれた謎のプロフィールを読み上げる。


「これ、覚えるんですか?」
さゆみが、ドンとボードを叩いて「オフコース」と英語を使った。

「りほりほは、うちの大事なエースなんだからね。
 徹底的に話合わせていくわよ!」
8 :群青流し :2014/03/29(土) 09:02

「で、で、でも、ラジオやMCで鞘師さんが何かしゃべっちゃったらどうするんですか?」

初めて聞くメンバーの電波なエピソードを聞いたラジオの向こうのファンの反応を想像するだけでこわい。

道重リーダーは横のマネージャーとうなずき合い、繰り返した。

「りほりほが治るまで、MCはみんなで回してもらうことになったわ。
 ラジオは編集してもらう。
 2013年の冬ハロは、今さらりほりほなしで成り立たないの。
 特に、あなたたち二人!」

聖と香音が、びっくりした顔で見返した。

さゆみは、唇が触れるんじゃないかという距離まで近づいて、
ドライアイスのような冷たい呼気を吐いた。
「同期のあなたたちがちゃんとサポートしてね。
 設定、破綻させないでね」

先輩にすごまれた二人は、こくこくとうなずいた。

そこへ、ノックの音。
入り時間を遅らせて伝えられていた里保が、やってきたのだ。

「…?」
会議室に満ちるおかしな空気に気づいて、里保は立ち止まった。 

不満そうな工藤となにも考えていない佐藤、
石のように固まる飯窪と石田、
そっぽを向いてるれいな。
あわててホワイトボード中を消しまくるさゆみ。
そして、途方に暮れたように顔を見合わせている9期。

モーニング娘。が、
里保のパラレルワールドに巻き込まれる日々が始まった。

9 :群青流し :2014/03/29(土) 09:05


   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥

          2012年 12月17日

   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥
10 :12月17日 :2014/03/29(土) 09:06

里保は元来人見知り。
打ち解けるのが苦手。
そのくせ、長女気質で皮肉屋で、そして背負い込むタイプだった。


歌割の大半を担うエースという大きなプレッシャーをそこにかけると、
精神病という病気に化合することは、ちょっと考えればすぐ分かる。


しかし、当の本人は、自分が異常などとは夢にも思わず、元気に過ごしている。

今日も、冬ハロのリハーサルに向かうため、
木枯らしの強くなった道を駅まで歩いていた。
11 :12月17日 :2014/03/29(土) 09:07

里保の大好きな金木犀の木が、風で寒そうに震えていた。

10月になるとオレンジ色の花とともに、甘い痺れそうな香りを巻きちらす。
同じ中学に通う里保とえりぽんは、いつもこの道を通って学校に通っていた。

「えりが卒業したあとが、心配っちゃ」

 えりぽんは、ふらふらと金木犀の前で深呼吸している里保を見ながら、息をついた。

「里保、ちゃんと一人で通えるっちゃ?
 誰かに話しかけられて、きょどったりしないっちゃ?
 居眠りして、乗り過ごしまくったりしないっちゃ?」

「もー、えりぽんは、またあたしを馬鹿にして!」

一学年上なだけのくせに、えりぽんは妙に大人びた顔で、
ふくれる里保にちょっと笑った。

「ならいいっちゃけど」
 
12 :12月17日 :2014/03/29(土) 09:08

花はとっくに散り、真冬になったら葉っぱの服もはぎとられてしまうだろう。
里保は金木犀をあとにして、早足で歩いた。


えりぽんは、東京に来てから出会ったたいせつな友達。
えりぽんは、どこか孤立した里保を差別しない。
えりぽんは、まごつく里保の手を取って、ぐいぐい引っ張ってくれる。


そんなえりぽんと出会って、もう2年も経とうとしてるのか。
ハロプロのお祭り、冬ハロだって2回目だ。
娘。に入ってから、すべてがあっという間だった。
13 :12月17日 :2014/03/29(土) 09:08

「はー、なんか緊張するね」

亜佑美の言ってる緊張はリハーサルのことではない。

きのうさゆみに言われたことをふくめて、
うまく鞘師里保に接することができるかどうか緊張しているのだ。

しかし、10期の面々にはどこか悪意のない好奇心がフワフワと漂っていた。

だってそうじゃないか。
こんなことが作りごと以外に起こるなんて、信じられない。
14 :12月17日 :2014/03/29(土) 09:09

「あたし、ぜんぜん納得できない」

昨日からなぜかおもしろくなさそうな工藤が、ぼそっと呟いた。

「だって、皆して鞘師さんをだまして、それで鞘師さんが治るの?
 甘えじゃん。現実逃避じゃん」

げんじつとうひ という日本語が理解できないまーちゃんだけ、口を開けて皆を見ていた。

亜佑美も春菜も納得しているわけではないが、
そんなマジレスしても仕方のないことも分かっている。

工藤は折れるっていうことをまだまだ知らない若造だ。
そして里保だって好きで折れてるんじゃないことくらい、

高校生の2人は分かってる。
15 :12月17日 :2014/03/29(土) 09:11

   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥

16 :12月17日 :2014/03/29(土) 09:13
「おはようございまーす」
「おはよー、鞘師」

前室に、れいながいた。
そして見覚えのある大輪のお花の、花籠。

「すごいっちゃね〜」
れいなが、えりぽんと同じ博多弁で言った。

「ふつう、ステージがハネるまで、花なんて送らんよ。
 リハーサルのときから送ってくるなんて、よっぽど鞘師のファンっちゃね」
17 :12月17日 :2014/03/29(土) 09:14
いつも、里保のメンバーカラーの赤いお花を選んで、
花籠を送ってきてくれるファンだった。

名前も住所も送り状には書かないそのファンは、
今回は赤いダリアとベリーと秋アジサイを組み合わせた、
グラデーションカラーの籠を贈ってくれた。

「鞘師、れいな、もうすぐ℃さん達来るから、
 そろったら立ち位置の確認からね」
「ハーイ」
「あ、それと鞘師」
「はい」
「今日も午前中で切り上げていいからね」

里保はきょとんとした。

18 :12月17日 :2014/03/29(土) 09:15
「ほかの仕事ですか?」
それ以外に、冬ハロのリハーサルを抜ける理由など考えられない。

女性マネージャーの眉が、困ったように少しゆがんだ。

「たまには休養だよ。
 あなたずっと働きづめだったし…」
「でもこの前もそうでしたよね」
「うっさいなぁ」
ブログを更新しているのか、
足を組んで携帯をいじっていたれいなが、あっけらかんと言った。

「休みくれるって言うんだから、素直に休んどき」

19 :12月17日 :2014/03/29(土) 09:16

最近事務所の人が、
できるだけ里保に休みがあるようスケジュール調整しているように感じていた。

どうしてだろう?

まぁ、れいなの言うとおり、
休みと言われたら休むしかない。
振り付けで不安なところはぜんぶ覚えてしまったし、
あとは人とどう合わせるかだけだから。

それに今日は、母からメールがあった。

20 :12月17日 :2014/03/29(土) 09:17
   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥

21 :12月17日 :2014/03/29(土) 09:19
「あ、さやしすーん」

ワイワイと戻ってきた10期が、また変な呼び方で、里保を呼び止めた。

「はるなん達とお昼ごはん行くんです〜。
 さやしすんも一緒に行きましょうよう!」
「あ、ゴメン。
 今日お母さんが来るんだ」

里保はもう、帰り支度をすませていた。

「そんで、どっか行きたいとこあるから、
 早く帰ってこいって言われたから」
「そっか。まーちゃん、帰りにアイス食べちゃおー!
 次は一緒に行きましょうね、しゃやしさん〜」

10期4人で里保を見送っていた春菜は、
一度だけ振り返ってそちらを見た。
里保の背中に、自動ドアの影がさっと横切った。

22 :12月17日 :2014/03/29(土) 09:19
   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥

23 :12月17日 :2014/03/29(土) 09:20

「こちら、尾田沢先生よ」

眼鏡をかけ、前髪を分けた、少し小柄な青年医は、
穏やかな注意深いまなざしで、里保のことを見ていた。

ここへ連れてこられたことがよく分からない里保の視線を受けて、
あわてて母親は言った。
「ほら、あんた働きづめで、
大阪とか名古屋とかあっちこっち移動もあるでしょ。
忙しすぎるから、一度カウンセリングにいってきなさいって、
事務所の人が」
24 :12月17日 :2014/03/29(土) 09:22
いつも、坐骨神経痛の再発をふせぐための検診は受けているが、
精神科などへ来たのは初めてだった。

それも、お昼を食べていないということで、
病院のレストランで三人で昼食。
終わった後はぶらぶら病院の歩道の散歩。
その間尾田沢医師は、里保にずっと細かい質問をし続けていた。 

よく分からないで答えていると、
尾田沢は少し考え込んだり、
思い出したような笑顔であいづちを打ちながら、聞いていた。


「里保さんは、小さいころにも何か精神科にかかっていますね」
「え!
 ええ、そうなんです。
 軽い子供のてんかんみたいなものでしたけど…」
「たぶん、チック症です。
 トゥレット症候群というのは、チック症の一種なんです。
 時が経って、別の形で発症したんだと思われます」

里保の母親は、うなだれた。

「投薬で簡単に治りますよ。
 ともあれ「えりぽん」は元気ですか?
 里保さんはほんとに「えりぽん」が好きですね、
 聞いてるこっちが楽しくなってしまう」 

25 :12月17日 :2014/03/29(土) 09:22

   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥


26 :12月17日 :2014/03/29(土) 09:23
「ねえねえ、まーちゃん」
「んー?」

「今日、なんか送迎の人が来るとか、そんなこと聞いてないよね」
「まーは知らん」
「知らないよー。
 何でぇ? はるなん」

シェイクを吸い込む亜佑美に、
春菜はちょっと眉をくもらせた。
27 :12月17日 :2014/03/29(土) 09:27
「うん…さっき鞘師さんが出てくときにね、
 横の通路から誰か早足で飛び出してきたの。
 そのまま後を追うみたいに、一緒に出てったから…」

「うわっ、何それ」工藤が顔をしかめた。
「やばいんじゃないの?」
「うん。
 でもでも、お母さんが一緒にいるみたいだから、大丈夫とは思うけど…」

「まー、電話してみよーっと」
緊張が支配した10期のテーブルの上で、
優樹がミニーちゃんのカバーをつけたアイフォンを取り出した。

「あっ。鞘師さん」
『うん。どうした、まーちゃん?』
「いひひ〜、なにしてるんですかー」
『なにって、今から帰るとこだよ』
「そーですかー。じゃあ、また明日ですねえ。
 はーい、はーい」

電話を切った優樹は、うかがうように10期4人の顔を見回していった。
28 :12月17日 :2014/03/29(土) 09:28
「何もない…よね。
 まぁそうだよねー。

 そりゃそうか。もう、はるなんが変なこと言うから!」

春菜は困ったように黙り込んでいる。

「いいじゃん、なんかあったらすぐマネージャーさんに言お」
「そだねー」
「ほら、まーちゃん食べるんなら早く食べて。
 もう戻る時間だよ」
「アイサー」
29 :12月17日 :2014/03/29(土) 09:29

   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥

30 :12月17日 :2014/03/29(土) 09:30

「ちょっと、おばあちゃんち寄ろっか」

寮へ帰っているものだと思っていた里保は、びっくりして携帯から目を離した。

「いいじゃない。
 あんたデビューして、忙しすぎて一回も帰ってないでしょ。
 せっかく東京にいるのに。 

 おばあちゃん達、いっつもテレビ見て、応援してくれてるって」

「あぁ…そう」照れたときのくせで、里保は後部座席からぶっきらぼうに言った。
31 :12月17日 :2014/03/29(土) 09:31
おばあちゃんと、たまにしか会わない遠くの従兄弟が住む家は、
多摩川という大きな川の近く。

東京はビルばかりのところだと思っていたが、
この川沿いの土手の風景は、広島とあまり変わらなかった。

里保がアクターズスクールに入って、
特にAクラスに上がってからは、
めっきり来なくなってしまったが。


最後に来たのは、もう6年も前。
智也おじさんが、2006年に初めて一軍で試合に出場したときだ。

10月最初の東京ドーム戦に、里保は母親と一緒に試合を見に来た。

いやいやだったからよく覚えている。
周りの大人たちの背で試合もなにも見えず、ルールも分からない8歳の里保は、
早く帰ってジュースが飲みたいと思っていた。
32 :12月17日 :2014/03/29(土) 09:32

そのまま何日か連泊した気がする。里保は一人で眉間を寄せた。
小学校もレッスンもあったのに…。


何でだったんだろう?


しかし、そのあたりのことを思い出そうとすると、
いつもぼんやりとミルク色の膜が、頭の中にかかる。

もう少し、というところで、
記憶は里保の頭のネットをかすめて、バラバラになってしまう。


 まぁいいか…、、


けど、よく休ませてくれたよなあ。

うねうねと蛇行するゆったりした川幅の川が、世田谷の上流から伸びていた。
33 :12月17日 :2014/03/29(土) 09:35

「ねー、お母さん」
里保は、車の窓から外を眺めながら、言った。
「あれ何?」

橋の下の川面に、色とりどりの小さい舟が浮いている。
近くの小学校が流しているのだろうか。
地元らしきテレビカメラのクルーも来ていた。

「ああ、群青流しよ」
「ぐんじょーながし?」

「神様のいなくなる10月の神無月から、師走の12月の間に、
 折り紙で折った舟でその年の災いを川に流すの。
 あんたもやったことあるでしょ?すんごく小さいころ」
「覚えてない」

気のない返事をしながらも、里保は携帯のカメラを起動した。
きらきらと光る、カラフルな川面をぱちりと撮る。

行動範囲が分かるような写真はあまりブログに載せられないが、
帰ったらえりぽんに見せよう。
一人だけ留守番で飽き飽きしているだろうから、矢のように文句を言われるかも。

その様子を連想したら、里保の顔がにやにやニヤけてきた。

里保は、えりぽんに突っかかられるのが大好きだった。
34 :12月17日 :2014/03/29(土) 09:36
「お母さん、しばらくこっちにいるからね」
「えっ。そうなの?」

なんでまた、と里保は言った。
寮、という名のマンション暮らしで、今困っていることはないんだけど。

「おばあちゃんちに泊まるから。
 あんたが落ち着くまではね…、こっちにいようと思って」
「私が落ち着くまでって」

里保は、ひょいと首をかたむけた。「落ち着いてますケド?」

母は、ちょっぴり悲しそうに笑った。
35 :12月17日 :2014/03/29(土) 09:37
そして、ためらいがちに言う。
「それでね…またあの先生のとこ、行こうね」
「えぇ〜、また行くのお〜!?」

里保は顔をしかめた。

「もういいよー。
 私、病人じゃないよー!」

里保の抗議に、母は一瞬体を堅くして、
それから取り繕うような元気な声を出した。

「いいじゃない。
 玉川からあんたの家も近いし、
 東京観光のついでに片付けに行ってあげるから!

 あんたどうせ、お正月は2日からなんとかって大きいコンサートでしょ。
 おばあちゃんと行くからね、それ!」

「えー!いい いい いい いい、
 来なくていいっつーの!」
「じゃあ家族券なんて、送ってくるんじゃないっつーの!」

車は堤防のゆるやかなスロープを下って、おばあちゃんの家まで降りていった。

36 :12月17日 :2014/03/29(土) 09:38

   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥

37 :12月17日 :2014/03/29(土) 09:39

里保が下宿している事務所の寮は、綺麗なマンションの7階だ。
 
もしかしたら事務所の持ち物であるらしく、
スタッフの人や、アップフロント所属の遠距離上京組が、
何人か同じ建物に住んでいる。

かけていたかばんを肩から下ろすと、
リビングと一体になった広めのダイニング、奥に里保の寝室。

階下に響くんじゃないかというような足音を立てて、里保は扉を開けた。

「ただいま、えりぽん!」
38 :12月17日 :2014/03/29(土) 09:40
壁際のスイッチを押したが電気が点かないので、
里保は、部屋の中央に垂れ下がっている電灯のヒモを直接引っ張って電気を点けた。

えりぽんは、案の定むくれた顔で待っていた。

「ごめんってばえりぽん、そんな怒らないでよ〜」

急いで足元のものを避け、かばんをかけようとすると、
今度は押入れの戸が薄く開いているのに気がついた。
39 :12月17日 :2014/03/29(土) 09:42
「おかーさーん」

なーにー、と
リビングで、おばあちゃんが持たせてくれたおみやげを開封している母の声が聞こえてきた。

「昼間、私の部屋、入ったー?」
入ってないよー、と返事。
「だっておばあちゃんのとこで車借りて、そのままあんたを迎えに行ったものー」

神経質な里保は、部屋にかすかに違和感を感じていた。
どんなに忙しくても里保は、押入れや窓を少し開けたままになどしない。

暗い闇の隙間になにか見えたら、怖いからだ。
40 :12月17日 :2014/03/29(土) 09:43
また、里保の部屋の電気は、

本体の本体のひもを引っ張って消すと、
壁際の遠隔のスイッチを押しても電気が点かない。

いつも、寝る間にスイッチのほうを押して寝て、
朝はそのまま学校に行くから、
本体のほうで電気が消えているわけはないのだ。

こういう状態になるには、

「電気が必要な時間帯に部屋に入った誰かが」、
「本体のひもを引っ張って電気をつけ」、
「また本体のひもを引っ張って、電気を消してから出て行った」

ことでないと、
つじつまが合わない。

しばらく首をひねっていた里保だが、
えりぽんがスネて一言も口をきかなくなっているのを思い出した。
「ねーねーえりぽん、シュークリーム買ってきたよ!
 ほらー、抹茶とマロン。どっちがいい!?
 一回勝負ね。
 じゃーんけーん…」

41 :12月17日 :2014/03/29(土) 09:44

   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥


42 :12月17日 :2014/03/29(土) 09:44


  …

チャリ、チャリ、
という音で里保は目が覚めた。

表で鍵を探しているような音だ。

時計を見ると午後三時。
隣の人が今頃帰ってきたのだろうか。
しかし、音の近さから、里保の部屋の前でやっているようだった。
43 :12月17日 :2014/03/29(土) 09:45
お母さんかな?

ぼんやりと寝ぼけた頭で、里保は思った。

いや、
それはない。

よっぽどのことがない限り、
こんな時間に、世田谷から車を飛ばして帰ってくるとは思えない。

枕元の携帯を見ると、やはり何のメールも入ってない。

里保の背筋に、鋭い悪寒が走った。
ガチャリと鍵がさしこまれる音がして、
シリンダーがはっきりと回った。

里保は暗闇の中で飛び起きた。
44 :12月17日 :2014/03/29(土) 09:48
踏みしめるような静かな足音。

里保の心臓がどくどくと脈打った。


お母さんじゃない。


電気をつける気配がない。やっぱりお母さんじゃない。

どうしよう。

この部屋はどんづまりで、逃げ場は窓しかない。
そして外は七階だ。

それよりえりぽん、里保は布団をはねのけた。
えりぽんを起こさないと!


極力足音を殺してえりぽんに駆け寄ろうとしたとき、

ダンダンダン!!
ダンダンダン!!

と、乱暴に扉が叩かれた。

里保は恐怖で凍りついた。

45 :12月17日 :2014/03/29(土) 09:48

   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥


46 :12月18日 :2014/03/29(土) 09:49

          12月18日


47 :12月18日 :2014/03/29(土) 09:50

   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥


48 :12月18日 :2014/03/29(土) 09:51
里保ははじかれたように目を開けた。
うっすらと朝焼けの光が、カーテンから射し込んでくる。

「…あー…なんだ夢か」

安堵が体中に広がった。
そしておびえていた自分に無性に腹が立つ。

でも、心臓が胸を破るかのようにどくどく鳴っている。
嫌な夢を見たときはいつもそうだ。

怖かった。
やけにリアルな夢だった。

「ねええりぽん、起きてる?」
49 :12月18日 :2014/03/29(土) 09:53
怖さをまぎらわすように、里保はよじよじえりぽんに近づいた。
近寄ってから気がついた。
里保がきのう結んであげたツインテールが片方ほどけ、髪が乱れている。

「!」

ゴムがわりに結んでおいた、
9期でおそろいで買った星のバングルが引きちぎられて、
足元に転がっている。
鈍色の星が息絶えるかのように、
薄明かりの中チカチカ光っていた。

こんなことは、
お母さんは絶対しない。

もちろん里保であるわけがない。


誰かがこの部屋に入った。


里保のひざが、小刻みにふるえた。


誰かがこの部屋に入って、
9期の星を引きちぎっていった。


その場を動けない里保をあざ笑うように、
完全に顔を出した太陽が、部屋の色を暖かく塗り替えていった。
50 :12月18日 :2014/03/29(土) 09:53

   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥


51 :12月18日 :2014/03/29(土) 09:54

「えっ!?部屋に入られたんですか!?」
「バっカ、なんでさっきそれ言わないの!」

れいなの素っ頓狂な声に打たれて、
里保はまるで自分が悪いことをしたかのようにうなだれた。

里保は身にあったことをマネージャーの溝口に報告した。
ただし、「自分の周りにおかしな人がいるようだ」という表現にとどめて。
さっき全員に気をつけるように、
何かあったらすぐ報告するようにと集会が開かれたばかりだ。
52 :12月18日 :2014/03/29(土) 09:56
「だって、冬ハロであんなにバタバタしてるのに
 私のことで迷惑かけれないです。

 …それに、ただの勘違いかもしれないし」

「私、溝口さんに言ってくる」
「待って、待ってくどぅー!いいよ」
手首をつかんだ里保のほうを、工藤は大きな瞳できっと見た。

「よくないです!
 そりゃ鞘師さんはいいかもしれないけど!」
53 :12月18日 :2014/03/29(土) 09:57
「鞘師さんは、ウチらのこと目に入ってないんでしょ。
 現実でいっしょに頑張ってるウチらのことより、人形が…」
「工藤!」

工藤は自分で言って、自分で大粒の涙を浮かべている

「ハルのことは別にいいよ。
 でも、譜久村さんと鈴木さん、かわいそうだよ。心配してるのに。

 知ってるのに知らないようなフリして、
 だまして、ただ治るの待ってるなんて…
 私、嫌だ」

「工藤、あっち行こ」

れいなに肩を押されて、声が出ないほど泣き出した工藤は部屋を出て行った。
優樹がトテトテとそれについていった。

「………
 心配って? 香音ちゃん」

「…」
54 :12月18日 :2014/03/29(土) 09:58
「ねえ、もしかして工藤がなにに怒ってるか分からないのって、私だけなの?」

沈黙している室内に、里保の声だけが響き渡った。

さゆみがヒールを響かせて、里保の前に出てきた。
「りほりほ」
怖いほど真剣な顔で、里保の肩をグっ、と掴む。




「さゆみもゼーンゼン、分かんない」
55 :12月18日 :2014/03/29(土) 09:59
「多分ね、工藤は、なにか誤解してるのよ。
 思春期の朝露のような、日の出とともに消えてしまう淡い、青春の、ゴ・カ・イ。
 さゆみがよく聞いとくから、りほりほはダンスがんばって。
 娘。一丸となって冬ハロを迎えなきゃいけないでしょ。
 ね、そうでしょ?」

里保は全力でうなずきながら、リーダーと距離を取った。
あまりこの人とは関わりたくない。

56 :12月18日 :2014/03/29(土) 09:59

   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥


57 :12月18日 :2014/03/29(土) 10:00

もう、夕方五時で外は真っ暗だ。

今日はさすがに立て込んでいたから、
里保も午前中で帰されることはなかった。
夏焼さんや田中さんとのユニゾンもあったし。

バス停からの暗い道を歩いていると、里保の心にうそ寒いものが走った。

今まではアイドルの仕事をやっていて、
身の危険を感じたことはなかった。

ストーカーや変態なんかに、
事務所に入ったときによく注意するよう言い聞かせられていたものの。
しょせんニュースの向こう側の出来事でしかなかった。
58 :12月18日 :2014/03/29(土) 10:01
家が近づくにつれて、
心臓がドキドキしてきた。

もし知らない人が、家の中にいたらどうしよう?

ドアを開けたら、部屋がメチャクチャになっていたら?

ああ、やっぱりマネージャーさんに言えばよかったかも。
意地はらないで、言えばよかったかも。

ビクビクしながらエレベーターを上がり、
7階のエントランスに出たときに、
いきなり降ってきた声で里保は飛び上がりそうになった。


「里保?」


里保の心臓が、キュっと痛くなった。
59 :12月18日 :2014/03/29(土) 10:01
地上に面した煉瓦作りの手すりに、
命知らずにも腰掛けて、
照明の逆光で黒い影になった人物は、
里保の名前を呼んだ。

恐怖でエレベーターに戻ることもできない里保をよそに、
よっ、と手すりから降りた人物は、
カーキ色のチノパンを引きずりながら言った。

「あんた、里保でしょ」


里保は、びっくりしたリスの目になった。
60 :12月18日 :2014/03/29(土) 10:02
だぼだぼのパーカーを着て、
耳の下まである短い髪をひとすじ引っぱりながら、
そいつは無造作に近づいてきた。


黒い大きな目。
細い髪がまとわりつく、白い首すじ。
形のよい顎に、こちらを射抜くようなまっすぐな眼差し。


マンションの照明に照らされたその顔は、
えりぽんにそっくりだった。

いや、
現実の人々の認識に沿って言うならば、
里保が頭の中で思い描いているえりぽんと、そっくりだった。
61 :12月18日 :2014/03/29(土) 10:03
「だ、だ、だ
 だ、誰?」

一瞬えりぽんが部屋から出てきたのかと目を凝らしたが、
ぜんぜん違う。
えりぽんはこんな、人を寄せ付けない夜気のような雰囲気をまとっていたりしない。

「遠藤」

里保の蚊の泣くような問いに、相手は一言答えた。

「エンドー?」
「そう、遠藤」
62 :12月18日 :2014/03/29(土) 10:04
それだけ言われても。

高くも低くもなく、少女なのか声変わり前の少年なのか分かりづらい声で、
エンドーは言った。

「あんたのボディガードに来たから」
「ボ、ボ、ボディガード??」
「部屋、入られたって?
 へんなやつに」

ああ、
と里保の中で一気に合点がいった。
きっとれいなか誰かが、結局マネージャーに話したのだ。

それにしても、
こんな里保とそう年も違わない人物がボディガードだなんて、
まったくピンとこない。

どう見ても同年代かせいぜいひとつかふたつ年上で、
特に強そうにもみえない。
63 :12月18日 :2014/03/29(土) 10:04
「遠藤…
 …
 くんも」

「なに?」

「遠藤、くんも…
 学生にみえるんだけど」
64 :12月18日 :2014/03/29(土) 10:06
エンドーは何も言わずに笑った。
やっぱりちょっとえりぽんとは違う。
笑い方が小憎らしい。

「オマエ、ちょっと頼りないとか思ってるだろ」

初対面にしては物腰が無遠慮すぎるエンドーに、
遠まわしな肯定の意味をこめ、里保は無言に徹した。

「ま いいや。

 とりあえず朝スタジオに向かうときと、
 帰ってくるときは、迎えにくるから。
 明日の朝、マンション前集合な。
 あとこれ番号。
 なんかあったらすぐかけて」
「すぐかけて、って言ったって…」
「俺、ここに住んでるから」

そう言うと、
遠藤は非常階段で、くぐもったスニーカーの音を立てながら降りていった。

ここに住んでるのか。
里保は、遠藤が消えた階段を見下ろしながら思った。
やっぱり事務所の関係の子だ。

でも本当、いくら冬休みといったって、
あんな子に危険なボディガードを任せるなんて、いいんだろうか?

事務所の考えていることはよく分からないが、
体がだいぶ冷えてきたことに気がついて、里保は鍵を取り出した。
12月の冷気は容赦ない。
65 :12月18日 :2014/03/29(土) 10:06

   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥


66 :12月19日 :2014/03/29(土) 10:08

          12月19日


67 :12月19日 :2014/03/29(土) 10:08

   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥


68 :12月19日 :2014/03/29(土) 10:09

草が生い茂る、とても大きな川の川辺で、小さな里保は遊んでいた。


「あっ、何あれ」


一緒に遊んでいた女の子が、
ウサギみたいな俊敏さでぬかるみを渡っていく。
自分の背丈ぐらいの草をかき分けて、里保はついていった。

折り紙の舟が、岸辺にひっかかって転覆していた。
69 :12月19日 :2014/03/29(土) 10:09
「これ、ぐんじょう流しの舟っちゃ。
 これの中にね、思いでのものを入れて、かわに流すっちゃん」

何重にも折り紙を重ねた舟を指でつまみながら、
女の子は、先生が言うみたいに、もったいをつけて里保に教えた。

「わたし、何も持ってきてないよ」

里保はもじもじと手持ち無沙汰に言った。
しばらく考えたあと、女の子は、
さっき二人で集めた川岸のお花を、
一本一本里保の前に並べはじめた。

「これは、今日えりとりほちゃんが遊んだことの思いでっちゃん。
 これでお舟作るっちゃ。
 いっこずつお願いして、手をあわせて、
 そしたら川に流すって、ママが言ってたっちゃん」

里保は、青いお花を一本、壊れもののように持った。

ミルク色にけぶる風景の中で、
女の子のピンクのワンピースだけが、
色彩を持って里保のまぶたの裏に残った。
70 :12月19日 :2014/03/29(土) 10:10

「ねえねえ、えりぽんえりぽん」

今日は少し早起きをしたから、コーヒーを淹れる時間があった。
一人暮らしをしてから、里保は自分でコーヒーを淹れる技術を身に付けた。
まるで大人みたいだ。
得意満面に淹れても、「里保天才!」とか「里保最高!」とか、
えりぽんから絶賛のコメントを引き出したことはなかったが。

「こないださぁ、群青流しの写真送ったじゃん?」
「なんそれ?」
えりぽんはめざましの芸能ニュースに夢中だった。

「こないだ私が送ったやつう。
 なんか多摩川のお祭りなんだけど、
 あたしね、6年前東京来たときのこと、なんかぜんぜん思い出せなかったの。

 でも、今日いきなり夢に見たの。
 そこでいっしょに遊んだ女の子、なんと、えりちゃんて名前だったんだよ」
71 :12月19日 :2014/03/29(土) 10:11
えりぽんが芸能人の年末入籍のニュースに釘付けになっている横で、
里保は一人でデヘヘと笑った。

「もしかして、あの時の子ってえりぽんなんだったりして!」

えりぽんはやっとテレビから目を離し、せせら笑いを返した。
「えり東京に遊びに来たことなかんきに、んなわけなかろーもん」

前のめりの姿勢でニヤニヤしてくる里保はかまわれたい時のしるし。
そんなことおかまいなしだ。
えりぽんは牛乳をコーヒーにどばどば入れながら、言った。

「よお知らんけど、きっと里保は、
 えりって付く子と出会う運命にあるっちゃね」
72 :12月19日 :2014/03/29(土) 10:12
「あ、もう8時過ぎてる!」

あわてて立ち上がった拍子に、
机に置いていたキーホルダーが、金属の音を立てて滑り落ちた。

「あーあー、また鍵なくすっちゃよ里保」
「あはは、このまえ落としたばっかだもんね。
 じゃ、行ってくるから、えりぽん。
 帰ってくるまで待っててね!」
73 :12月19日 :2014/03/29(土) 10:12

   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥


74 :12月19日 :2014/03/29(土) 10:13
「遅っそい、里保!」

5分しか遅れてないのに、
エンドーは、
ポケットに手を突っ込んでその場で足踏みしたままぶち切れてきた。

別に待っててくれって頼んでません。
という言葉を、
人見知りの里保はのどの奥で押しとどめた。

「じゃ、ホラ、さっさと歩けよ」
「…えっ?
 後ろからついてくるの?」
「並んで歩いてたら、オマエ呟かれちゃうだろーが」
75 :12月19日 :2014/03/29(土) 10:13
里保の後ろを、3メートルくらい離れてついてくるエンドーのことが、
はっきり言ってストーカーより気になった。

確かにこのご時世、
ツイッターは芸能人にとって何よりの敵だが、
Bボーイのような格好をした見知らぬ少年が、つかず離れずブラブラついてくるのだ。
いつもの金木犀を過ぎて、バスと電車に乗り込み、
スタジオに着く間も、
里保は不審人物ではなくエンドーの方にずーっと神経を使っていた。

エンドーはひとつも緊張していない様子で、
大きなあくびをしたり、携帯のゲームに夢中になっていたりした。

やっぱりね。
ボディガードなんて、遊び半分なんだ。
最初からアテにはしていなかったが、
やっぱり自分でしっかりするしかない。と里保は決意を新たにした。
76 :12月19日 :2014/03/29(土) 10:15

「里保ちゃん、おはよう」
寒そうにマフラーをした聖が、スタジオの前で追いついてきた。

「もうすぐ本番だね。
 私、まだフリが完璧じゃないとこがあるから、間に合うといいけど。
 あー、不安だなぁ」
「そうだね。でも、えりぽんが出れないぶんも、私たちががんばらないと」
「え?」

「えりぽん、何でこんな時にけがしちゃうんだってくやしがってたよ。
 すっごく出たかったのにって」
「あ?
 あぁ…
 うん、そうだね」

聖はわずかに面食らった。
今里保の頭の中では、そういう設定になっているらしい。
それはそうか。
マネキンは歌ったり踊ったりできないもの。そうしないとつじつまが合わない。
77 :12月19日 :2014/03/29(土) 10:16
「ねえ…
 里保ちゃんは、逃げたくなっちゃったこと、ある?」
「ん?」
「モーニング娘。がいやになっちゃって、
 逃げ出したくなっちゃったことある?」

聖は、ずっとマネージャーの説明が引っかかっていた。

里保は、エースとしての過度のプレッシャーから、
こうなってしまったのだと。

確かに、事務所に里保は、ものすごく期待されていた。
そのことを、聖はうらやましく思っていたこともある。

でも、空想の中に友達を求めるほど、
里保は孤独だったのだろうか?
もしかしたら、自分がどうにかできたのではないだろうか?

そんな聖の小さな後悔をふりはらうかのように、
里保はしっかりと笑った。

「ううん、一回もないよ」
78 :12月19日 :2014/03/29(土) 10:17
「そっ…か」

断言されると、聖はそれ以上なにも言えなくなった。

「うん、
 そうだよね。
 へんなこと聞いちゃった」
79 :12月19日 :2014/03/29(土) 10:17
「おい、里保!」

後ろからエンドーの甲高い叫び声がした。

「帰り、ここにいるからな。
 一 っっっ
 分もおくれるなよ!
 今の気温何度か、分かってんのかお前は!?」

里保が珍しく声を張り上げて、怒鳴り返した。
「遅れたら、帰っていいです!」
80 :12月19日 :2014/03/29(土) 10:19
「り、里保ちゃん、今の誰?」
「エンドー…遠藤、くん。
 なんか同じマンションに住んでる人…私のボディガードなんだって」
「ええ!?嘘!男の子が!?
 それはマズイでしょー、アイドル的に!」
「大丈夫、事務所のヒトだから」

本当に大丈夫か知らないのだが、
里保はずんずんロビーの中に入っていった。

ボディガードなんて大層なものをつけるなら、
もう少しまともな人をつけてくれればいいのに。
どうせ冬休みに入ってヒマだったところに、
事務所の縁者からバイト代をもらって引き受けたのだろう。
一瞬でもえりぽんに似てるなんて思ったあたしがバカだった。
(いや、でも、顔は本当に似ている… 認めたくないが)
あんな乱暴なやつがえりぽんに似ているなんて、
認めていいハズがない。


えりぽんは努力家で、明るくて、かわいくて、いつも里保のことを励ましてくれる。
辛いときは、えりぽんが味方でいてくれることを思い出すと、いつも里保は、完璧な優等生のままでいられる。


81 :12月19日 :2014/03/29(土) 10:19

   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥


82 :12月19日 :2014/03/29(土) 10:20
「おはようございまーす」

モーニング娘。の楽屋に入ると、
長い足を組んださゆみと溝口を中心に、
なにやらざわついた雰囲気が流れていた。

「なにかあったんですか?」
「こんなのが投げ込まれてあったのよ」

さゆみがつまみ上げたのは、光沢のあるポストカードだった。

裏には、重い色調の西洋絵画。
表のメッセージ欄には、
「ぼくの刃で きみを守ってあげる」
とだけ書いてあった。

「朝、郵便物を仕分けする前に、もう置いてあったの。
 直接楽屋に投げ込んだんだろうね、
住所は印字してあるけど、切手も消印もないから」

誰宛てかは書いていないが、
意図をわざとぼかした薄気味悪さのようなものだけがあった。
83 :12月19日 :2014/03/29(土) 10:21
「えー、そんな簡単に、部外者が中まで来れる?
 れーなそんなんたまらんっちゃん」

「…あの、でも、
 わたし前、へんな人をスタジオの中で見ました」

春菜の言葉に、
パンツスーツの女性マネージャーはけわしい顔を上げた。

「本当なの?
 あなたたちも知ってたなら、なんで早く言わないの!」

叱責されて、10期の4人は首をすくめた。

「すいません。
 鞘師さんの後を追っかけてったみたいでした…」

みんなの視線が里保に集まった。

溝口女史はため息をついた。
84 :12月19日 :2014/03/29(土) 10:22
「ふう。
 鞘師の言ってた、おかしな人ってやつか。
 話はあとでよーく聞くから、
 とりあえず着替えてくれるかな、鞘師。
 開始時間は変えられないんだ。ごめんね」

「はい!」

里保が急いで自分のロッカーを開けようとすると、
なにか白いものがごろり、と転がり出た。

「ひゃっ」
思わず声が出た。

「さ、鞘師さん、それ」
工藤と一緒に身を乗り出した優樹がつぶやいた。
「カッターささってる」
85 :12月19日 :2014/03/29(土) 10:23

白いぬいぐるみ型の熊のブランケットが、
原型が分かるギリギリのところでめためたに切り裂かれ、
とどめとばかり、首の部分に作業用カッターが突き刺さっていた。

確かに里保の部屋にあったものだ。
ご丁寧にも、侵入犯が引きちぎっていった
9期の星のかけらが二つ、縫い付けてある。

「あたしのセシルマクビー」

里保の声が怒りに震えた。
侵入犯からのそっけないメッセージが、机の上であざ笑っている。

「ゆるせない。
 えりぽんにもらったのに!」


香音のポニーテールが小さく揺れた。

楽屋は一気に凍りついた。
86 :12月19日 :2014/03/29(土) 10:23

   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥


87 :12月19日 :2014/03/29(土) 10:24

「う〜ん、
 これはマズイことになったのだ」

「道重さん、誰のものまねですか」

通しの激しいリハーサルが終わり、
綿のTシャツにたっぷり吸わせた汗の分を補うように、
娘。メンは思い思いに水分を摂っていた。

スタッフの間では、緊急業務会議が行われたようだ。
チーフマネージャーの溝口が、
さゆみに負けないくらい眉間に深い皺を作って座っていた。
88 :12月19日 :2014/03/29(土) 10:25
「スタジオにまで入ってくるなんて…
 これはマジのヤツじゃない。

 りほりほの貞操が危ないわ。
 いよいよ、さゆみの権限を使うときが来たようね」

誰も聞き返さないので、仕方なく春菜が、
小指を立ててスポーツドリンクを飲んでいるさゆみに聞き返した。

「権限、ですか?」
「そーよ。
 第8代モーニング娘。リーダーたる、さゆみの手足となって動く
 闇の秘密結社よ。
 我が情報部員の手にかかれば、ストーカーの一匹や二匹、
 戸籍も残さずこの世から抹消してやるわ」
「は、はぁ… 
 警察じゃないんですね。
 こういうときって警察だと思うんですけど」

さゆみがティッティッティッ、と外人のように舌を鳴らして、
「アーユーキディング?」と英語を使った。
なんの映画にはまっているのだろう。

「警察がなにしてくれると思うの?
 はるなんてば、口は達者だけどまだまだ世間知らずなんだから。
 ねっ! 溝口さん。さゆみのお姉ちゃんのときもそうだったよね!」

溝口女史は険しい眉を少し上げただけだった。
89 :12月19日 :2014/03/29(土) 10:26
「さゆみが、リーダー直通ホットラインを使って今こそ召集をかける。
 その名もUSS…

 はい、
 今夜も、ウサちゃん(U)・シークレット(S)・サービス(S)!!」


「うさちゃんしーくれっとさーびす……………」


「なにが秘密結社っちゃん。
 アホか」
れいなが携帯をいじりながら罵倒した。
「会社で、なにか表ざたにできないことが起こったときに調査を依頼してる、
 民間の警備保障会社よ。
 正しくはユニバーサル(U)・セキュリティー(S)・サービス(S)ね。まぁ何でもいいけど」
90 :12月19日 :2014/03/29(土) 10:28
周囲の空気をよそに、さゆみは熱弁をふるう。

「さゆみのお姉ちゃんがね、五年前、
 夜道でストーカーに襲い掛かられたのよ。
 警察に相談したら、夜間のパトロールを強化しますので自分でも気をつけて下さい、
 だって。
 そのパトカーも二ヶ月ぐらいしたらいなくなったわ。
 ストーカーが二ヶ月で諦めてくれる保証なんてどこにもないのに。

 そのときも、会社に頼んでUSSになんとかしてもらったの。
 こういうのって、遭ってみなきゃ分かんないけど、ほんっとに怖いよね!」

「まあ、警察は、
 基本起こったことにしか動いてくれないからねえ」

溝口はため息をついて、眉間を指先でもんだ。

「芸能事務所も、自分のとこでなんとかするってのが普通だと思うよ。
 AKBさんのとこもあるでしょ、私設警備員みたいなヤツ」

「まったくさー。
 さゆみいつも思うけど、男の人って、
『いざとなったら力でかなわない』ってことが
 どれだけ怖いか分かんないんだと思うわ!」
さゆみがプンスカしながら言った。

「とにかく、本当、道重の言うとおりだよ鞘師。
 スタジオ全体を警備しようと思ったら、
 プロにでもお願いしないとどうしようもないからね。
 警備保障、って言っても、探偵みたいなこともやってくれるから、
 犯人も突き止められると思う。
 
 それまであなたは、極力一人にならないよう、注意して行動して」

「はい」
91 :12月19日 :2014/03/29(土) 10:28

「ねっねっ、りほりほ、
 いっそ犯人捕まるまでさゆみの家に来ちゃったら?」

さゆみはウキウキと言った。

「道重さんの家に………」
「だって怖いでしょ?」

 明らかに気が重そうな里保。「でも、えりぽんがいるし」

「生田? あーあー、生田ね。
 いいじゃない、生田もさゆみんとこ来ればいいのよ!
 女三人同棲とか、口にしただけでなんかこう、高まるよね。うふふ。グヘヘ」

「そんなこと言って道重さん、えりぽんを取るつもりなんでしょう」
「え?」

そこには、見たことのない目の色をした里保がいた。
呪文のように、抑揚の抜け落ちた声で里保は言う。

「私からえりぽんを取るつもりなんでしょう」

「え、いや、あの、りほりほ…」
92 :12月19日 :2014/03/29(土) 10:29
まるで一瞬が嘘だったかのように、すうっと里保はいつもの声に戻った。

「とにかく、そこまでしてもらわなくていいです。
 私は大丈夫なので、みんなに迷惑がかかるといけないので、
 スタジオの警備だけ、すみませんけどお願いします。
 じゃ、戻りますね」

里保が出ていった後、携帯に見入るフリをして下を向いていたれいなが顔を上げた。

「びっくりした〜。
 あの子、ほんとに病気やね。
 あんな鞘師、初めて見た」

べそをかきそうな顔をしたさゆみが振り向いた。

「なんか、卵を取られそうになった親鳥ってゆーか、なんてゆーか…
 ねえ」

「う〜ん…


 て、いうよりか、
 なんか……」
93 :12月19日 :2014/03/29(土) 10:30

   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥


94 :12月19日 :2014/03/29(土) 10:30

小休憩の時間。
がらんとした楽屋に香音が戻ると、
里保が、膝の上に乗せた布をなにやら熱心に縫っていた。

「里保ちゃん、だめじゃんか。
一人になっちゃだめって言われたばっかじゃん」

「あ、香音ちゃん。

 これ、溝口さんに裁縫セット借りたから、
 これだけなんとか直せないかと思って」

カッターでびりびりに切り裂かれたセシルマクビーのブランケット。
愛らしかったクマの顔が、無残に半分ずり落ちかけている。
里保は、悔しそうに、分厚いパイル地に針を刺した。
95 :12月19日 :2014/03/29(土) 10:31
「ぜったい許せない。
 こんなことするやつ、捕まったら、ぜったい一発殴ってやるんだから」

「うーん。
 
 でも、もう使えないよそれ。
 
 里保ちゃんもいやでしょ?ストーカーが触った毛布なんか」

里保は、いからせていた肩をしょんぼりと落とした。
「うん。
 でも直すだけ直してみる。
 このまま持って帰ったら、えりぽん悲しむかもしれないし」
96 :12月19日 :2014/03/29(土) 10:31
香音は、里保に向かい合わせて椅子を引いた。

「分かった。
 じゃ、私もこっち側手伝うよ。

 なんっちゃこれー!って大騒ぎしそうだもんね、えりちゃん」

里保はぱっと顔をほころばせた。
「ありがとう、香音ちゃん!」

香音は、嬉しそうな同期に笑い返した。
そして半円形のケースから針を一本取り、
自分がプレゼントした、白いブランケットだった破片を縫い合わせ始めた。

97 :12月19日 :2014/03/29(土) 10:31

   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥


98 :12月19日 :2014/03/29(土) 10:32

「え、携帯屋行くの?」
またも寒そうなオーバーリアクションで待っていたエンドーが、
大きい目を丸くした。

「仕事用のが、電源入らなくなっちゃったんだもん。
 ホントよく壊れるなぁ、スマホって…
 私も矢島さんみたいにガラケーに戻したい」

里保は必ずしも電話にマメではないが、
仕事の緊急連絡やブログの更新用に使っているお仕事携帯を、
死なせておくわけにはいかなかった。
99 :12月19日 :2014/03/29(土) 10:32
「帰ってていいよ、私、ひとりでだいじょうぶだから。
 てか、えりぽんが家に一人なんだから、
 そっち行っててほしい」

「でも、お前のストーカーなんだろ?
 お前がいるとこに来んじゃね?」

「ストーカーの考えてることなんて分かんないじゃん!
 とにかく、私はだいじょうぶだから。
 用事だから!」

「なぁーにプンプンしてんだか。
 生理なんじゃねーの」

うっさい!
と里保は心の中で叫び返した。
100 :12月19日 :2014/03/29(土) 10:34
「なぁ、何でこんな遠いショップ行くの?」

結局ついてきたエンドーが、
帰宅ラッシュの山手線の中で、小声で話しかける。

がたん、ごとんと
静かな電車の振動が、
一日疲れた人々を揺りかごのように揺らしていた。

「マンションのほうにも携帯屋あるじゃん」
「うるさいなー。
 だからついてこなくていいって言ったのに」
「お前、なんだかんだ言って根性太いよな。
 ストーカーに入られたばっかで、こんなあっちこっち出歩いて。
 ヨユーですなぁ」

里保より少し背の高いエンドーの声が、
耳の上から降ってきた。

確かに、これがばれたら溝口やさゆみに怒られるかもしれない。
でも、里保にはどうしても寄り道したいところがあった。

「渋谷行くの。
 109にセシルマクビー入ってるから」

里保も小声で、
今日楽屋であったことを話した。

「ハァ!?
 そんでなに、代わりの毛布買いに行くわけ?
 お前が破いたわけでもないのに?」
「べ、別に代わりを買いに行くわけじゃないもん!
 ただほんとに可愛くて気に入ってたんだもん。
 代わりのブランケットも持ってないし、ないと困るし…」
101 :12月19日 :2014/03/30(日) 18:01
自分でも言い訳がましいと思う声音で、里保は言い張った。
ダッフル地のコートを着崩したエンドーは、
ぶらぶらと行儀悪くつり革を揺らしながら言った。

「お前さぁ、そいつとけんかでもしてんの?」

「は?

 なに言ってんの?」


えりぽんとけんかなんかするわけがないじゃないか。
一番仲のいい友達なのだ。コイツは何を言い出すのか。

「だって、さっきっから聞いてるとさあ」

エンドーの耳にかかった髪が、電車の振動で揺れた。

「友達友達言ってるけど、
 お前、めちゃめちゃそいつに負い目感じてるみたいじゃん。
 なんで自分の身が危ないときに、友達が怒るかもーなんて心配してんだっつーの」

「べ、別に、心配してない!」

「さっきだって、自分のとこよりえりぽんとこ行けとかトンチンカンなこと言うし。
 その友達が、マジで友達なんだったら、
 まず自分の心配しろって怒るだろ。それがダチだろ?
 な〜んか、なにヘンな遠慮してんのって感じ」

里保は、ぐっと言葉につまった。
102 :12月19日 :2014/03/30(日) 18:26

里保だってそんなこと分かっている。
えりぽんは怒るどころか、
率先してストーカーに腹を立て、なんとかしようとしてくれるタイプだ。
そんなえりぽんだからこそ里保は大好きなのに、
えりぽんに向かい合うとき、里保は、なにか後ろめたい気持ちが湧き上がるのを感じていた。
ちょうど、告解室で自分をさいなむ罪人のように。

しかし、なんでコイツにそれを言い当てられなければならないのだろう。
えりぽんのことも何も、なんにも知らないくせに!
改札を降りて、里保は、ずんずんとハチ公口に向かった。
エンドーが人波にもまれて追いつけないのが見えたが、知ったことではなかった。

103 :12月19日 :2014/03/30(日) 18:27

   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥


104 :12月19日 :2014/03/30(日) 18:29

「えっ!?
 ウソっ?
 
 りほりほ!?」

スクランブル交差点で、里保は身を固くした。

しまった。
マスクぐらい、してくるんだった。
今日は先輩グループが、渋谷タワレコでイベントをやる日だ。
イベント帰りのハロヲタが、私服の里保を目ざとく見つけて、人をかきわけて来た。
105 :12月19日 :2014/03/30(日) 18:30
若い、十代後半から二十歳ぐらいの、いわゆるピンチケだ。
ピンチケとは学生などの若いファンを指す言葉だったが、
マナーや素行が悪いファンという意味も含んでいる。
その意味では、目の前の二人はまさにピンチケだった。

「ウソーっ!?
 りほりほに会えるなんて、ラッキー!
 俺この前の握手会も行ったんだよ。
 二部んとき。覚えてる!?」

里保は苦笑いで後ずさった。
この前とは、どの前だろうか?
髪をぱさぱさに痛ませた金髪の男と、
相撲部屋みたいな、大柄のボウズ頭の男。
思いもかけない遭遇に、鼻息が荒くなっている。
握手会の机を通さないファンは、獣そのものだった。
交番の死角になったガードレールに、
里保の背がどん、と当たった。
106 :12月19日 :2014/03/30(日) 18:31

思わず声が出そうになった
金髪男の腕が、腰の辺りを触っている。
息をはきかけられそうなくらい近くに顔を突き出され、
身動きが取れなかった。

いざとなったら力ではかなわない恐怖…
ぜひ全世界の男性に知ってほしいところだ。


「りほりほイベントに来たわけじゃないよねー?
 遊びに来たんだよね?

 じゃあさ、俺たちとさ、どっかごはん行かない?
 大丈夫だよ。
 ツイッターとかに書かないしー」

相撲部屋のほうも、反対側から圧迫してくる。
「あー、すげーいい匂い」
里保がパニックになりかけた時、
107 :12月19日 :2014/03/30(日) 18:32

「ちょっとおっさん、ウチの鞘師に触んないでくれる?」


相撲部屋の分厚い体躯の裏から、聞き覚えのある声が聞こえてきた。

「あ?
 なんだおまえ」

今まさに肉をあさろうとしていた獣が獲物を取られまいとするように、
里保を背の影に隠しながら相撲部屋がふりむいた。

2人にくらべて、
だぼだぼの服を着たエンドーは、身長も体格も華奢だった。
事務所の関係者どころか、エンドー自身がピンチケにしか見えない。
金髪と相撲部屋は、横から出てきたガキを追い払う役と、
里保を人気のないところに連れ去る役を決めたらしい。
里保が相撲部屋の肩ごしに振り返ると、
金髪が凶暴な顔でエンドーに迫っていくのが見えた。

「エンドー!」
108 :12月19日 :2014/03/30(日) 18:33
グっ、だか、ンフっ、だか 変な声を残して、
金髪の体が、アスファルトの上にストンと崩れ落ちた。

エンドーがあまりにリラックスして立っているので、
相撲部屋は一瞬現状の把握が遅れた。

「こ…んのっ、野郎!」

里保は見た。
エンドーの冷たい目の周りに漂う、ピリピリ刺さるような空気を。
ぶかぶかのジーンズに包まれたしなやかな筋肉が、
弓弦のように引き絞られた。
稲妻に似た速度のハイキックをカウンターで食らい、
体格がふたまわりも違う相手の目の前に無様に倒れこむのを、
薄氷みたいな笑みを張り付かせたエンドーが見下ろしていた。

109 :12月19日 :2014/03/30(日) 18:33

   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥


110 :12月19日 :2014/03/30(日) 18:34

「んじゃあ、また明日な」

エンドーは里保を部屋の前まで送ると、
相変わらず非常階段で降りていった。

「うー寒ぶっ」

里保は鍵を取り出して、部屋の扉を開けた。
不思議と、中に人がいるかもなんて以前の恐怖は消えていた。
「えりぽん、ただいま」

「里保、遅かったっちゃね」
111 :12月19日 :2014/03/30(日) 18:35
「ごめんごめん。
 携帯直しに行ってたんだ」

セシルマクビーの熊は、ピンチケ騒ぎで買えなかった。

「えりぽん、今日は大丈夫だった?
 へんな人入って来なかった?」
「なんそれ。
 ぜーんぜん大丈夫っちゃよ」
「ごめんね、いつも一人にして」

「里保は、いつもえりに謝ってばかりっちゃ」

えりぽんは、くるくる動く黒目がちの瞳で、さっぱりと笑った。

「へんなの」


「うん、そうだよね。へんだよね」

里保はなんだか泣きたい気持ちになった。
群青流しの舟に乗せたお花みたいな青い色が心に染みて、痛かった。
112 :12月19日 :2014/03/30(日) 18:37
「ねえ、えりぽん。
 ずっとあたしと、いっしょにいてくれる?」

「いいよ。
 里保とずっとずっといっしょにいるっちゃ」

「やったぁ」


里保の目の端に、意味もなく涙がにじんだ。

息が苦しい。
里保の心の見えないところには、いつも影みたいにまつわりついて、
呼吸を苦しくさせるものが眠っている。

えりぽんといっしょにいるときだけは、それが和らいだ。
まるで、友達を利用しているみたい。
だから、私は後ろめたいんだろうか。
自分の気持ちを楽にするためにえりぽんといることが、恥ずかしいんだろうか。
113 :12月19日 :2014/03/30(日) 18:38
だしぬけにチャイムが鳴った。
里保は飛び上がり、猜疑心丸出しの声で、モニターに向かった。

「はい?」

「すいませーん、お届けものでーす。
 昼間にもうかがったんですが、
 不在連絡票入ってると思うんですけどー」

玄関の郵便受けに手を突っ込むと、確かにヤマト運輸の手書きメモが入っている。
すぐにロックを解除しようとして、
エンドーの言葉を思い出し、里保は急ブレーキをかけた。


『いーか、
 無用心に戸ぉ開けんじゃねーぞ。
 配達よそおって押し入られるケースなんか、
 無知なお前が知らねーだけでいくらでもあんだかんな。
 朝のニュースで訃報的なもんを読み上げられたくなかったら、死ぬ気で気ぃつけろ。
 分かったか!』


想像上のエンドーの言葉に、里保は爆発しそうになった。
「あの、誰からの荷物になってますか?」
ケンケンした声で里保は聞いた。

「えーっと、アップフロントエージェンシー、からの転送になってますね」
114 :12月19日 :2014/03/30(日) 18:39

「うわぁ…」
玄関から、ぞくぞくと運び込まれてくる鮮やかな花に、里保は息をついた。


「少し早いクリスマスの贈り物です。
 今年は握手会やリハーサルで忙しいだろうから。
 りほりほに幸せが訪れますように」


事務所から転送されてきたクリスマスカラーの花かごで、
里保の家のリビングはあっという間に埋め尽くされた。
心が浮き立つ、生きた植物の香りと、赤いポインセチア。
いつものお花の人は、天才的なカンで里保のアップダウンを読み取ったのか、
大盤振る舞いなクリスマスプレゼントを贈ってきてくれた。
115 :12月19日 :2014/03/30(日) 18:41

「これ、どこに置きますか?」
エンドーに勝手に無実の罪を着せられた運送の人も、豪華な質量に困惑しているようだ。


さっきまで沈みかけていた里保の心が、グイっと引き戻された。


こうやって応援してくれる人がいる。
ファンは里保にとって恐怖にもなるが、やっぱり心の起爆剤だった。

「ねー、えりぽん。
 私、ストーカーなんかに負けないから。
 最高のステージにして、この人に、やっぱり9期最高って思ってもらわなきゃ!」
「うんうん。そうっちゃね」

「クリスマス、握手会だけど、ちゃんとお祝いしようね」
「うん。
 聖も香音ちゃんも、あとさくらちゃんも呼んで、カラオケパーティするっちゃ」
「あ、う、うん。
 そのあとお家で、二人でお祝いしようね!」
「じゃあまたグラタン作ったげるっちゃ」
「わーい!」

二人はニヒヒと笑い合った。

クリスマスイブまで、あと4日。
りほの部屋はポインセチアの色を投下して、他の部屋よりも、ほんのり明るく輝いていた。


116 :12月19日 :2014/03/30(日) 18:43

   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥


117 :12月20日 :2014/03/30(日) 18:43

          12月20日


118 :12月20日 :2014/03/30(日) 18:44

   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥


119 :12月20日 :2014/03/30(日) 18:45

春菜は、まだ人の少ないリハーサルスタジオの入り口をくぐった。
今日もきっと一番乗りだ。
いつもコンサートが近づくと、不安で胃がキリキリ痛む。
朝も自然と目覚めが早くなった。
いつも注意しているまーちゃんにさえ、
こと歌とダンスに関しては、二段階も三段階も遅れを取っている。

「おはようございまーす」
大部屋の楽屋には、誰もいなかった。
そして、机には、どこかで見覚えのあるポストカードが置いてあった。

「きゃー、きゃー、きゃー、きゃー、

 溝口さーん!
 溝口さーん!!」


120 :12月20日 :2014/03/30(日) 18:47

「きみは昔からかわいかったし、
 やっぱり今もかわいいね。
 でもまだ少し、子供すぎるかな?

 きみが早く孵化してうつくしい蝶になるのを、
 ぼくは待っています。

 きみの味方はぼくだけ
 ぜったい忘れないで」



それが今回の文面だった。



「きんめええええええええええええええええ!」
工藤と亜佑美の大合唱が響き渡った。
「やってくれたわね、ストーカー野郎…」
さゆみが腕組みしながら舌打ちした。
121 :12月20日 :2014/03/30(日) 18:47
「しかし、それも今日までよ。
 ノコノコお縄にかかりに来るがいい!
 
 先生方、おなしゃす!」

さゆみの後ろから、見知らぬスーツ姿の大人二人が現れた。
大きめのアタッシェケースを手に提げている。

「あそこと、あそこと、廊下のあそこに、監視カメラ仕掛けるからね。
 誰もいない時に、へんなことしちゃだめだゾ☆
 入り口と駐車場にも仕掛けるけど、
 他のグループにもちゃんと連絡いってるから。
 あーそれからりほりほ、
 鍵、まだ変えてないんだよね?」

確かに、以前部屋に押し入られてからまだ変えてない。

「ぶよーじんさん! 今日の帰りに、この人たちと一緒に取り替えに行くから。
 そのう… えりぽんをいじるつもりじゃないから、
 さゆみを敵視しないでね。マジへこむから…」

「分かりました。ありがとうございます」

里保のほうに少し笑いかけてみせると、
USSの社員たちは次のカメラを仕掛けにいった。
122 :12月20日 :2014/03/30(日) 18:48
「今度はなにするつもりなんでしょうね…」

春菜が机の上のポストカードを見て、こわごわと言った。
もうそれは、透明なビニール袋に入れられている。
犯人を警察に突き出すときに、補強証拠にするためだ。
前回と同じ、塗りこめたような色調の古い絵で、
金髪の少女が二人、画面中央に描かれている。
犯人はこの絵が好きなのだろうか?


123 :12月20日 :2014/03/30(日) 18:48

   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥


124 :12月20日 :2014/03/30(日) 18:50
「きゃ〜〜、はるな〜ん!」
「彩ちゃん!」

スマイレージリーダーの和田彩花が、無邪気に飛びついてきた。
「お昼ご飯、いっしょに食べよ〜! 彩んとこの楽屋来る?」
「あ、うちんとこ来ていいよ! まーちゃんがうるさいかもしれないけど」
「ハロコンっていいよね、こうやって毎日一緒になれるから!
 あーあ、ずっと続けばいいのになぁ〜」
彩花がガッチリと腕を組みながら、怖いことを言ってくる。
こんな大イベントがずっと続いたら、
春菜の神経も体力もすり減って、消えてなくなりそうだった。


「あれ、これ、ベラスケスだね」

お弁当を抱えた彩花が、ビニール袋に入ったポストカードを見つけた。

「彩ちゃん、それ知ってるの?」
「うん。ベラスケスの『王女二人』だよ。
 スペインハプスブルク朝の、末期の絵だよ」
「へえ、スペインの絵なの」

彩花はハロプロ随一の、美術マニアだった。
春菜とよく絵画の話をするが、彩花の造詣は仏像から西洋画まで、
貪欲に幅広かった。
125 :12月20日 :2014/03/30(日) 18:51
「『ラス・メニーナス』ってすんごく有名な絵描いてる人。はるなん知らない?」
「んー、知らないなぁ」
「ベラスケスって、1600年代のスペインの宮廷画家なんだ。
 これが姉のマリー・テレーズで、
 これが『ラス・メニーナス』にも出てくるマルガリータ。
 ハプスブルク家は、青い血とか言って、血統にものすごくこだわってたから、
 どんどん血が濃くなって、障害児や早死にする子供ばっか生まれるようになって。
 スペインのハプスブルク朝は、この子たちの代で断絶しちゃうんだよ」

「へぇ〜。
 彩ちゃん、ほんとになんでも詳しいね」
「なんか、血塗られた歴史って高まるでしょ?
 この二人の弟で、王位を継いだ最後の王カルロス二世も、
 虚弱で、知恵遅れで、あごが閉じられなくてずっとよだれを流してたんだって。
 ウフフ」
「ウ、ウフフ」
126 :12月20日 :2014/03/30(日) 18:52
「でね、ここに黒い服着た人いるじゃない」

鮭を口に運びながら示した彩花の指先には、
目立たない位置に写り込んだ髭面の男がいた。

「これ、最初は修道士なんじゃないかって言われてたんだけど、
 ベラスケスは連作で『死神』っていう絵も描いてるの。
 死神が黒いマントをひるがえして、頭蓋骨をふたつ持ってる絵。
 それはマリー王女とマルガリータ王女で、
 この絵は死神がいままさに王女たちを狙ってるところなんじゃないかって。
 実際、この二人もすごく早く死んじゃうから、
 二人の王女の死を王朝の終焉に見立てたんじゃないか、って、そういう絵だよ」

絵の中の姉妹は、ローティーンそこそこだろうか。
スペイン絵画独特の暗い色調の中で、
大きくふくらんだ白いドレスと、まぶしい金髪だけが輝いている。
127 :12月20日 :2014/03/30(日) 18:53
「なんか、そう言われると怖いね」

でもゾクゾクする。
絵に秘められた解釈は、作者の心理状態を紐解くのに似ている。
現代アートしか興味のなかった春菜は、彩花の影響でもあるのか、
古い絵に興味を持つようになっていた。


そんな春菜を、彩花がくりくりした上目遣いで見上げた。
「はるなん、こういうの好き?
 じゃあ、冬ハロ終わったら、お休み合わせて上野の西洋美術館行こうよ!
 いつにする? いつがいいかな、ウフフ」
「彩ちゃん、余裕だなあ〜。私、リハでいっぱいいっぱいだよ〜」
「ところで、なんでこれビニール袋に入ってるの?」
「あ、出しちゃダメ!」
128 :12月20日 :2014/03/30(日) 18:54
伸ばした手をはっしと掴まれて、彩花がきょとんとした。
触ったら、ポストカードの悪意に彩花が感染してしまうかもしれない。
「あらあら、ちょっと、
 なにやってるの、あなたたち〜」
手に手を取っている二人の前を、カンに触る含み笑いをしたさゆみが通り過ぎた。

「忘れたの?
 監視カメラが仕掛けてあるから、悪戯したらダ・メ。
 そうねえ、でも、
 あのへんだったらカメラの真下で死角になってるから、
 だいじょうぶかもよ。ふふふっ」

ちょっと小声になったカンに触るアドバイスの仕方をして、
ニヤニヤと口元を覆い隠したさゆみは去っていった。


「前から思ってたけどさ、
 道重さんって、気持ち悪いよね」
「…うん。そうだね」

彩花の無邪気な断言に、春菜はそっと同意した。



129 :12月20日 :2014/03/30(日) 18:54

   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥


130 :12月20日 :2014/03/30(日) 18:55

春菜の心配はすぐに当たった。


「ぶえっ、えほ、え、なにこれ、えほっ、けほけほっ」

急に咳き込みだした亜佑美を不審そうに工藤が見る。

「ちょっとあゆみん、何やってんの」
亜佑美は手に持っていたタオルを放っぽり出して、
苦しそうに体を折り曲げけほけほやっている。
異変に気がついたさゆみが、
亜佑美の周りにただよう粒をばっ、ばっと払いのけた。

「うわあ、ちょっと待って、なにこれ」

亜佑美の顔から胸の辺りは、
べったりと気味の悪い色に変色していた。
131 :12月20日 :2014/03/30(日) 18:55
USSの社員がコロコロでTシャツを拭った跡を見て、全員がはっとした。
鮮やかな黄色。
亜佑美を汚したのは、不自然なほどなんだかぎらぎらした、黄色だった。

「なんだろうこれ、きなこ?」
のんきなことを言っている十代の少女たちを引き離して、USSが言った。

「石田さん、あまり吸い込まないで。
 毒性かもしれないから。
 皮膚についたぶんも、すぐに洗い落として」

毒性のところで亜佑美は飛び上がり、
蛇口に向かって猛ダッシュした。
さゆみは亜佑美が放り投げたタオルを拾い上げ、裏返した。
「ここについてたんだ…」
132 :12月20日 :2014/03/30(日) 18:56
謎の粉をたっぷり含んだタオルは、
内側の繊維がキラキラと輝いている。
騒然とした楽屋で、じっと考えていた春菜がつぶやいた。

「あの、これ、麟粉じゃないでしょうか」
「麟粉?」

春菜が、爆発物のように机の隅に置かれているポストカードを指さした。

「孵化ってなんのことだろうって思ってたんです。
 もし鞘師さんのアレが犯人だったとしたら、
 なんか虫に引っかけてるのかなって思って」

難しい顔で、USSの社員が鼻をひくひくさせた。特に刺激臭はない。
「まあ、調べてみないとなんとも言えませんが…」

里保は、真っ白い顔で足元に落ちたタオルを見下ろした。
さっき亜佑美に自分のタオルを貸したのは里保だった。

133 :12月20日 :2014/03/30(日) 18:57
「麟粉っていうのはある種の香りを持っていて、
 オスがメスに自分がオスであることを認識させるんです。
 また、交尾をうながす作用も持っています。
 ええっと、若い娘さんたちの前でこんなことを言うのもなんですが、
 なにか性的な意味合いがあるのではないかと…」


部屋はドン引きの空気に包まれた。
帰ってきた亜佑美に、「それ麟粉だって」と工藤が告げると、
虫が嫌いな亜佑美は大絶叫を発してTシャツを脱ぎ捨てに行った。

「問題は、犯人がまだどこかに隠れてるかもしれないことですね。
 昨日も入られたんでしょう?」
「隠れてるって、このスタジオのどこかにですか?」
溝口が、詰問するような口調で問いただした。

「我々はさっき、元から出入り口に仕掛けられている防犯カメラもチェックしました。
 見える範囲では犯人は映っていなかった。
 たまにあるんです、ストーキング先に水と食料を持ち込んだりして、
 何日も潜んでいるケースが。
 何回も侵入するより、そっちのほうが安全ですからね」

「えええぇぇぇえ、ヤダーーー!!」

メンバー達はお互い腕をかき抱いて、辺りを見回し始めた。
134 :12月20日 :2014/03/30(日) 18:58
「今日から我々も警備に扮して、スタジオの中を捜索します。
 それとは別に、鞘師さんには、個人的なガードをつけたほうがいいかもしれませんね」

「そうそう、そーよ!」

「あ、それはもう…」
里保は何と言っていいのか、言葉に迷った。
「もういるっていうか、なんというか……」



135 :12月20日 :2014/03/30(日) 18:58

   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥


136 :12月20日 :2014/03/30(日) 18:58
急に呼び出されたエンドーは明らかに不機嫌だった。
ネットカフェで進撃の巨人を読んでいたというエンドーに
いきなり電話をかけたさゆみは、
満面の悪意を込めて舐め上げるように見つめた。


「ボディガードって、あんた?
 なんかすっごいヒョロそ〜」
「なんだとこのババア」


「落ち着いて!道重さん」
「文鎮はダメです」
137 :12月20日 :2014/03/30(日) 18:59
「りほりほと同じマンションに住んでるってどーゆーことよっ!
 むっきー!」

「おい里保、なんだよこいつ」
エンドーからウンザリした視線を投げられるも、
卓上文鎮を振り上げて聖と春菜に取り押さえられているさゆみに
里保からは何も言えなかった。

138 :12月20日 :2014/03/30(日) 19:00
「とにかく、ボディガードなんて名乗るぐらいだったら、
 きちんとしなさいよ!
 へんなやつがこの建物に野放しになってるかもしれないんだからねっ!
 きちんとりほりほ守ってよね!」

エンドーに目で問いかけられて、里保はあったことを説明した。
エンドーは、まだ床に残る黄色い粉粒をスニーカーの裏で引きずり、
確かめた。
麟粉なんか、どこで手に入れるのだろう。
数百匹の蝶から剥ぎ取った命の粉。
体温の調節も雨をはじくこともできず、
ばさばさと床に落ちる蝶たちの、
累々たる死骸の先に見えない犯人がいる。


エンドーは、ポケットに手を突っ込んで、
さゆみに鼻先を突きつけるように言った。

「言われなくても分かってるっつーの!

 外で待ってるより、ぜんぜん寒くないしな」


139 :12月20日 :2014/03/30(日) 19:00

   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥


140 :12月20日 :2014/03/30(日) 19:02

「さっき…ごめんね亜佑美ちゃん」
申し訳なさそうに戸口に立つ里保に、亜佑美は首を振った。
「鞘師さんのせいじゃないじゃないですか。
 鞘師さんが謝ることないですよ!」

しかし、亜佑美の髪はまだ少し湿っている。力任せに水道で流したに違いない。
犯人が里保に仕掛けた嫌がらせをかぶってしまうなんて、嫌に決まっていた。

「まったく、こんなことするヤツなんて、地獄落ちればいいんですよ!」

工藤が、さりげなく水のペットボトルを取って、廊下に出て行った。


「工藤、こないだから、なんか怒ってるね」

亜佑美と春菜が、慌てて顔を見合わせた。

「いやいや、アイツ、割と浮き沈み激しいから! ねっはるなん!」
「そうですよ、鞘師さん関係ないです!
 私といっしょで、リハで落ち込んでるのかも。
 私と工藤、いつも真っ先にばてばてだから。アハハハ!」

里保は、工藤が出て行ったダークグリーンの廊下を目で追った。
USSの人と、ついでにエンドーが見回っているから大丈夫だとは思うが、
工藤の華奢な体はもう見えなくなっていた。

141 :12月20日 :2014/03/30(日) 19:02

   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥


142 :12月20日 :2014/03/30(日) 19:03

「ねーねー、また怒ってんの工藤」
優樹が、工藤の隣で体育すわりをしながら聞いてくる。

ステージでは、香音や須藤や真野が、
「情熱行き 未来船」の振り付けを合わせていた。
増幅された音響が尾を引くスタジオの隅で、工藤はぼそっと呟いた。
「怒ってないよ」

工藤は、ついこの間交わした、
里保が覚えているかも分からないような会話を思い出していた。

143 :12月20日 :2014/03/30(日) 19:04

「工藤、今日のダンス、めちゃくちゃ荒れてたよ」


誰もいなくなった練習室。
鏡ごしに里保が近づいてきて、丸くなっている工藤の隣に座った。

「また、まーちゃんとケンカでもした?
 私で聞けたら話聞くよ」

「学校で…」

透明な膜が張ったように真っ赤に潤んだ目で、工藤が言った。

「学校で、クラスのヤツに、
 お前の歌見たことないぞって言われた。
 いつテレビ出てんの、だって。
 モー娘。とかだっせえって、
 廊下で聞こえるように言ってくるヤツも」

「…」

「ハルより頑張ってないやつらが、
 ハルのやってることを笑うんだ」

だん、と里保が勢いをつけて立ち上がった。
ステレオのスイッチを入れると、
昼間工藤が間違えまくったワクテカのイントロが流れ始める。
里保に急かされて、慌てて工藤は里保の立ち位置の後ろに並んだ。
144 :12月20日 :2014/03/30(日) 19:05

「そいつ、今度のコンサート連れてきて!」

「えっ?」


里保の長い髪が、鋭く空を切る。
音に乗ることに精一杯だった工藤は聞き返した。

「工藤、私たち、紅白出るからね!
 絶対出るからね!」

「こっ、
 こーはく??」


「そしたら誰も、そんなこと言わなくなるからね!」
145 :12月20日 :2014/03/30(日) 19:05
曲の余韻が消えて、工藤がぽかんと聞いた。
「私たち、紅白出れるの?」
「そうだよ。来年か、再来年か、分かんないけど、
 工藤がどれだけ頑張ってるかも分かんないやつなんか、
 私が黙らせてやる。
 いーい? 絶対に生で見に来いって、言っといて!」

里保の瞳は熱を帯びて、工藤に迫ってきた。

「仲間をバカにするやつは、絶対ゆるさない」

146 :12月20日 :2014/03/30(日) 19:06


「ねーまーちゃん、鞘師さんの病気治ると思う?

 鞘師さん、ハルたちのことなんかもうどうでもいいのかな?」

「あっ、たなさたんだ。
 たなさた〜ん!」

優樹が大きく伸び上がって手を振った。
聞いてねえ。苦笑してステージのセンターに上がるれいなの横には、里保がいた。
「愛の園」だ。この歌好きだな。
あゆみんもナマイキにも決まっている。道重さん、いつもどおりだな
鞘師さん。
ちくしょう。やっぱカッコいいな。

「え、病気がなーにー?」
優樹がまたひょこりと座った。
「だからぁ、治るかって聞いてんの」
「まーに分かるわけないじゃーん。
 バカだなーくどぅーは」
147 :12月20日 :2014/03/30(日) 19:07
℃uteの中島さんと岡井さんが、スタジオに入ってきた。
「お、どぅーまーじゃん」とかなんとか言いながら、
雑然とした袖に座る。


「なんか今日鞘師ちゃん、よく間違えるねぇ」
ダンスには定評のある中島さんが首をひねった。
早すぎて工藤や優樹には分からなかったが、
「なっきぃ、うちらにも朝言われたじゃん、ほら」「あー、そかそか」
「ストーカーなんか近くにいたら、そりゃ踊れないよね」
確かに里保の表情はすぐれなかった。
ついに、曲に一旦ストップがかかった。
148 :12月20日 :2014/03/30(日) 19:08
「すいません!」
声を張り上げて、里保は唇をぎゅっと引き結び、最初の配置に戻った。
表面上普通をよそおうことに全神経を使っている感じだ。
まぁ、そうだろう。
工藤だって名指しであんなことをされたら、
まいってしまうかもしれない。

「かわいそう、しゃやしさん」

まーが小さく言った。

「もししゃやしさんの病気が治んなくても、
 まーは一緒にいてあげるよ。
 しゃやしさんばっかり頑張らなくていいんだよーって、
 ナデナデしてあげるんだ。
 だってしゃやしさんは、まーの仲間だもん」

「…」


まーちゃんはマヌケのくせに、時々ズバリいい事を言う。


「そうだよね。
 紅白に連れてってもらうのを待ってるなんて。
 なんだそれ。

 そんなの、仲間じゃない」
「?」
149 :12月20日 :2014/03/30(日) 19:08
「あーあ、ウチらがなんとかしてあげれたらいいんだけどねー」
「ウソでしょ。
 もし出くわあしたら、なっきぃなんかひねりつぶされるっつの」
「そうかな!?」
先輩たちはぺちゃくちゃとしゃべっている。
遺憾ながら工藤も同じだろう。腕ずもうは亜佑美に勝てるか微妙だ。
鈴木さんには100%負ける。
むすりと考え込んだ工藤に、優樹は、「あのさ、そういえばさ」と言った。

「工藤に、まーの秘密兵器あげる」



150 :12月20日 :2014/03/30(日) 19:09

   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥


151 :12月20日 :2014/03/30(日) 19:10

優樹は、巾着の中から細長い笛みたいなものを取り出した。
「なにこれ?」
「これ、お母さんが危なくなったら使いなさいって。
 黒いほう、くどぅーにあげる」

それは、スティック型のボルトスタンガンだった。
スイッチを入れると、ジジジジジジッ!
と青い火花が飛び散った。

「おおおおおおおおおお!」
工藤と優樹は歓声を上げた。

工藤は、悪魔の実を手に入れたみたいに筒型のスタンガンを見た。
「かっっけー」
「まーはピンクの方ね。うぉーっ」
優樹もジリジリとやっては、興奮の声を上げた。

「これってさ、結構強力なんじゃね?」
工藤の頬は、スタンガンの熱が乗りうつったかのように紅潮した。
「しらないけど、お母さんが、
 万が一のときはこれ使いなさいって。
 これ使ったら、ミルコでも倒せるって」
152 :12月20日 :2014/03/30(日) 19:10
「これならさ、もしかして、
 キモストーカー男ぐらい、やっつけれんじゃね?」
「そうかもー。
 まーと工藤、正義の味方かもー!」
工藤は、黒い電圧の固まりを腰にさしこみ、
ストラップを、刀の鞘紐のごとくピっと引っ張った。
「俺は神に祈らねぇ…
 信じるのは己と仲間だけだ」
ロロノア・ゾロのロマンも分からない佐藤優樹が、
異物を見るような目でこちらを見つめてきた。

「まーちゃん、うちら次のリハまでまだあったよね」
「あったあった」
「ちょっとパトロールしようぜ!」
「おう!」
ダカダカ駆けていく二人の足音が、人のいない廊下に響いた。



153 :12月20日 :2014/03/30(日) 19:11

   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥


154 :12月20日 :2014/03/30(日) 19:11

里保は浮かない顔のままステージを降りた。
麟粉のついていないタオルで顔を包み込むように歩いていると、
聞き覚えのある人物の笑い声が聞こえてきた。

「あーっ、エンドー!」

音響の機材に乗っかって、
なんとエンドーがコーヒー片手に中島さんと岡井さんと談笑しているのが見えた。

「ちょちょちょ、ちょっと!
 なに中島さんと岡井さんとしゃべってんのよ、あんたっ!!
 
 あたしだって普通にしゃべるのに大分かかったのに…」

「あ、里保だ」
エンドーはジョージアをぐびりと飲んだ。「お前怒られてやんのー」
「あはは、鞘師ちゃん、遠藤くん超おっかしーねー」
「あたしたちにできることあったら、何でも言ってね!
 なんもないかもしれないけど…」
「あっ、愛理来た。
 それじゃあね、またね!」
中島さんと岡井さんは、℃の曲のリハーサルのために去っていった。
155 :12月20日 :2014/03/30(日) 19:12
「ったく、ほんとなれなれしいよねあんたってっ!
 最初に会ったときから思ってたけどっ」
「なぁ、お前さあ、
 広島にいた時もストーカーとかあった?」
里保はきょとんとした。
「アクターズスクールの頃ってこと?」
「そうそれそれ。
 アムロと同じスクールの時」

「ないよ。あるわけないよ。
 全然そんな感じじゃなかったもん、あの頃の発表会なんか」
「ここ1,2年ぐらいの話で、
 『昔から』なんて言うかな?」

いきなり何のことかと思ったら、
例のポストカードのメッセージを言っているらしい。
156 :12月20日 :2014/03/30(日) 19:13
「お前がデビューしたのって、二年前だろ?」

里保は、思い出すのもおぞましいポストカードの文面を思い出した。



「きみは昔からかわいかったし、
 やっぱり今もかわいいね。
 でもまだ少し、子供すぎるかな?

 きみが早く孵化してうつくしい蝶になるのを、
 ぼくは待っています」



「…」
頭痛をこらえるような顔で記憶を探る。
「…ないよ。やっぱりない。
 アクターズスクールは多分ない」
「あーっそう」
空になったらしき缶を持って、エンドーは立ち上がった。
157 :12月20日 :2014/03/30(日) 19:15
「ところでさ、お前、
 踊ってるときさ、ただ一人、眉間にシワ寄ってたぞ。
 もうちょっと笑ったほうがいいんじゃないの?」
「えっ。
 そうだった?」
「そう。
 笑わないと、よけい、」

ぶ、という唇のかたちを作りかけたエンドーに、
「おーい、遠藤くん、
 麟粉の分析結果出たけど、見る?」
と、USSの社員が声をかけた。
「見る見るー」
ひょいひょいと歩いていくエンドーの背に、
里保が投げたタオルは当たらず、
力つきたトンボのようにひょろひょろと地に落ちた。


158 :12月20日 :2014/03/30(日) 19:15

   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥


159 :12月20日 :2014/03/30(日) 19:16





……りちゃん、そっち行ったらあぶないよ。
おかあさんが、そっち行ったらいけないって言ってたよ。
えりちゃん、そっち行ったらあぶないよ…。




160 :12月20日 :2014/03/30(日) 19:17

   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥


161 :12月20日 :2014/03/30(日) 19:18

「これね、本社のガスクロマトグラフっていう、
 スンゲー高い機械にかけたんだけど。
 この麟粉の元は、コリアス・エラーテ・ポリオグラピス、
 つまりモンキチョウだね。
 割とどこにでもいるやつだけど、
 こんなに麟粉集めるとなると一筋縄じゃいかないな」

「ていうかさ、そんなの扱ってるショップとかあんの?
 ネットで買ったにしても、かなり珍しい取引だと思うけど、
 オークションとかで調べらんねーのかな」

「うーん、やってみないと分かんないけど、
 足がつく売買の仕方はしてないんじゃないか?多分…
 …」
162 :12月20日 :2014/03/30(日) 19:19

USSのふたりの社員とエンドー、それに厳しい顔をした溝口が、
ぼそぼそ話をしているのが聞こえてくる。


聖と香音は、ぼんやりとしながら、
その会話にはっきりと聞き耳を立てていた。

「嫌だねえ」
「うん、嫌だね」


「ひとかたまりになって行動した方がいいよね、こういうときは」
「うん。くどぅーとまーちゃん、どこ行っちゃったんだろ?
 後で言っとかないと…」
「里保ちゃん、大丈夫かなぁ」

聖が、机で組んだ自分の手の平を見つめながら言った。
「里保ちゃん、私たちには弱音吐かないと思うんだ。多分…」

「うん。
 そうだね」
香音も同意した。
163 :12月20日 :2014/03/30(日) 19:20
「あーあ。
 9期に、本当に「えりぽん」がいたらよかったかもしれないね。
 空気読めなくて、賑やかで、ガンガン突っ込んでくるって。
 うふふ、道重さんも、なかなかなキャラ設定考えたよね。
 9期にはいないタイプだよねー」
「ホントにいたら、私怒っちゃうかも」
「あはは。香音ちゃんはそうかもー」


「…私たち、無事にハロコン迎えられるのかな」

窓の外の空は、景気の悪い薄曇りだった。

「聖ちゃんまで心配することないよ。
 きっとあの人たちが、犯人見つけてくれるよー」
「うん、そうだね」



164 :12月20日 :2014/03/30(日) 19:21

   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥


165 :12月20日 :2014/03/30(日) 19:22


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___________________________


  鞘師りほりほの住所が割れた件

___________________________


1:闘将(たたかえ)!拉麺男(らーめんまん):2012/12/20(木)10:08:48.72 0
 
  東京都中野区白鷺2丁目637−1
  グラシアル鷺宮701号
  鞘師里保


166 :12月20日 :2014/03/30(日) 19:24

2:名無し手配中。。。:2012/12/20(木) 10:11:18.12 0
  捏造スレ立てんな死ね

3:名無し手配中。。。:2012/12/20(木) 11:29:52.32 0
  あーあやっちゃった

4:名無し手配中。。。:2012/12/20(木) 11:34:54.94 0
  通報しますた

5 :名無し手配中。。。:2012/12/20(木) 12:17:53.91 0
  IP開示クル━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!

6 :名無し手配中。。。:2012/12/20(木) 12:21:33.00 0
  いくらここがアングラ掲示板だからってやっていいことと悪いことがある
  個人的な恨みがある奴でも住んでるのか?住所晒しはタイーホ

7 :名無し手配中。。。:2012/12/20(木) 12:23:07.77 0
  マジならこんなとこに立てずに狼に立てて来いよカスwwwwwwwwwwwwwww

8 :名無し手配中。。。:2012/12/20(木) 12:32:08.12 0
  このコテ知ってる
  現場でタチ悪くて有名なやつだよ
  しばらく見かけなかったのに娘。復帰したんか
  最悪だ

9:名無し手配中。。。:2012/12/20(木) 12:41:02.32 0
  アホ発見www

10 :名無し手配中。。。:2012/12/20(木) 12:45:42.21 0
  俺も知ってる
  何年か前池袋のイベントで乱闘事件起こしてただろ
  精神病院入院したって聞いたけど
167 :12月20日 :2014/03/30(日) 19:26
11 :名無し手配中。。。:2012/12/20(木) 12:57:46.15 0
  精神病院はさすがにどうか分からんけど
  このらーめんまんっての
  3年前くらい大宮で係員に絡んでつまみ出されてたよ
  出禁になったと思ってた

12 :名無し手配中。。。:2012/12/20(木) 12:58:49.97 0
  えっこれマジで!?
  23日の握手会の後行ってみよ!





  ってなるかバァーーーーーーカwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww


13 :名無し手配中。。。:2012/12/20(木) 13:14:40.33 0
  誰このキチ固定
168 :12月20日 :2014/03/30(日) 19:27

14 :闘将(たたかえ)!拉麺男(らーめんまん):2012/12/20(木) 13:19:08.22 0


  よく聞けお前ら
  鞘師里保は俺と付き合ってる
  りほりほの処女は俺が奪った
  彼女は俺にベタ惚れだ。現状は俺がりほりほを精神的に支えている
  お前らもどこか勘付いてたと思うが、
  りほりほに関するうわさにちらつく影は全部俺のことだ

  こうして住所もアドレスも、番号も、すべて俺は知ってる
  言っとくけどお前らが行っても無駄だぞ
  俺が見張ってるからな
  16歳になってからすぐ籍を入れる約束をしてるが、
  俺は無駄な夢を見させるのはかわいそうだと言ったんだが
  里保はまだアイドルを続けたいという
  俺は彼女の意思を尊重したい

  必死なお前らが哀れで本当に愉快だwwww
  まぁこのことはあと2年は表沙汰にならないが、
  里保がアイドルでいる間は
  りほりほの視界に入っただのレスくれただの
  せいぜい喜んでろよ
  もう一度言うぞ
  蚊帳の外なんだよ、お前らはwwwwwwwww



169 :12月20日 :2014/03/30(日) 19:28

15 :名無し手配中。。。:2012/12/21(金) 13:21:38.13 0



  マジキチ



















170 :12月20日 :2014/03/30(日) 19:31


   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥

     ここまでが森板での書き込みです。
     次から続きになります。
     100レス規制?に引っかかって中途半端なところで途切れたらお許し下さい。。

   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥



171 :12月20日 :2014/03/30(日) 19:32

「くんかくんかくんか。
 くんくんくん……」

「道重さん。
 早く入ってください」


玄関先で、里保の家の匂いを胸いっぱい吸い込んでいるさゆみに、
里保は乾いた声をかけた。

「昼間はどうも」

USSの、
若いほうの社員さんと年配のほうの社員さんだ。
確か山本さんと葛西さんと言った。

二人は、玄関とエレベーターから通じる廊下、
非常階段とマンションのエントランスにも監視カメラを仕掛けたと報告した。
なぜか首すじをマフラーでぐるぐる巻きにして、
小刻みにスニーカーの底でステップを踏んでいるエンドーも見物に来ていた。
寒いなら来なきゃいいのに。
172 :12月20日 :2014/03/30(日) 19:34
「今から鍵を替えますね。
 ドアチェーン、これもペンチなどで簡単に切れないやつに替えますから。
 里保さんが中にいるときは絶対チェーンを外さないで下さい」

「あとねー、
 盗聴器チェックしまーす。
 女の子の部屋に男性を上げるわけにいかないから、
 さゆみがチェックしまーす!
 あぁん、なんか、石鹸の匂いするう〜。
 ちょっと、なんであんたまでついてくんのよっ」

背後のエンドーを威嚇しておいて、さゆみは靴を脱いで玄関から上がった。
173 :12月20日 :2014/03/30(日) 19:35
リビングは、リボンをつけたポインセチアの瑞々しい生気で満ちている。
さゆみは、白いテレビのリモコンのようなものを取り出すと、
壁や天井に沿ってゆっくりと回し始めた。
ポーン、ポーン、と潜水艦のような音が、規則正しくリビングに響いた。

ひとつひとつのポインセチアの籠の裏や、エアコンの中までゆっくりと回し、
ジャングルのようになったリビングのサイドボードの裏側に体を突っ込ませる。

「パンツ見えそうだなあいつ」
「しっ!
 道重さん、真面目にやってるんだよ」
「ちょっと!あんた誰のパンツ見ようとしてんのよ!!」
「見ようとしてねーよ」
「これだから男を夢の園に上げるのはいやだったのよ!
 りほりほ! さゆみの貞操を守るために、ソイツ向こうへ連れていって」

貞操が危ないとは思わなかったが、体をくの字にしたまま叫ぶさゆみにポインセチアの鉢をなぎ倒されてはたまらないので、里保はエンドーを引っ張ってリビングから出ていった。

174 :12月20日 :2014/03/30(日) 19:37

「ぃよっし。
 あとはあの部屋だね。
 りほりほ。いいかな?」

里保はうなずいて、扉を開けた。
さゆみは、初めて里保の寝室に踏み込んだ。
まず真っ先に目を引いたのは―――― 可愛いフリルの衣装を着せられた、マネキン。


「生田。
 久しぶりだね」

さゆみはそっと、白い陶器の肌に向かって話しかけた。
175 :12月20日 :2014/03/30(日) 19:38
目はただのうっすらした窪みで、
髪は人工毛のさらさらしたウィッグだ。
里保は一生懸命、ヘアメイクしているらしい。
肩に届かないぐらいのボブが、丁寧なハーフアップ・ツインにまとめられていた。

「早くよくなるんだよ。
 りほりほ、すっごく心配してる。みんな待ってるからね」

里保は、神妙な顔つきで、精一杯その光景を見守っている。
毎晩どんな話をしてるんだろうか。
ストーカーという現実の脅威が立ちはだかって、
怖いだろうに。心細いだろうに。
なぜ里保の平安は、この部屋の中にしかないのだろうか?


里保が持っていた携帯が、短く鳴った。
メール画面を開いた後硬直しているのを見て、
さゆみはマネキンから離れ、長い髪を揺らして里保を覗き込んだ。

「……これ…」
176 :12月20日 :2014/03/30(日) 19:40
それ以上の言葉が喉に詰まった里保の携帯には、
登録していない生のアドレス表示で、


「外を見て。」

とだけ書いてあった。


二人とも足に根が生えたように動けなくなった。
さゆみが、カーテンの閉まっているほうにぎこちなく顎を動かす。
と、大音量で、音楽がガラスを突き抜け、
里保が心臓を貫かれたかのように飛び上がった。
リビングのエンドーの脇をすりぬけ、素早くベランダに出ると、
「one two three」が常識外れの大音響で流れる地上を見下ろした。
黒い濃淡がわずかに識別できるだけの闇の中で、誰かが赤いサイを振っている。
黒の中の赤は、いつもと違い、まるで血みたいなグロテスクさだった。
エンドーが里保をおしのけ、がしゃりと身を乗り出した。

「…っナメやがって!」
177 :12月20日 :2014/03/30(日) 19:41
猟犬のように玄関から飛び出していく音がする。
里保はサイの主と闇の中で目があった気がした。
にぃ、と黒く張り付いた能面が微笑んだ錯覚。
ガラスをふるわすかのような騒音が消え、サイも消え、
さゆみが里保の体をリビングに引き戻した。
がらがら、と、音に驚いた階下の住人が窓を開ける、冬場にはありえない音がした。
氷みたいに冷たくなった里保の頬は、小刻みにふるえていた。

「里保さんは、外に出ないほうがよかったかもしれませんね」
USSの葛西が、深い皺を眉間に刻み、重々しく言った。
「これで何か悪戯をしたら相手が反応してくれることを、
 相手が学習してしまった」


178 :12月20日 :2014/03/30(日) 19:43
ほぼ五段とばしで階段を駆け下りるというより飛び降りてきたエンドーは、
肌を刺すような冷気の中、素早く辺りを見回した。
ガラスの粒のような星が地上におよぼす影響力は薄く、辺りは真っ暗だった。

ぼるるん、と車のエンジンがかかるこもった音がする。

エンドーは必死で音の方角の見当をつけた。ライトの点灯がまったくない。
完全に見えない位置から発車した車が、遠ざかる音がする。
舌打ちして、適当に方向を定め、ダッシュで走り出した。
明るい橙色に輝く国道まで出て、エンドーは、路面を蹴る足を止めた。
つらなった車と信号が形作る縦横の光の列が、追跡の無益さを排煙ごと飲み込んでいった。



179 :12月20日 :2014/03/30(日) 19:43

   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥


180 :12月21日 :2014/03/30(日) 19:46

          12月21日


181 :12月21日 :2014/03/30(日) 19:47

   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥


182 :12月21日 :2014/03/30(日) 19:47
「はい。
 えりが舟に乗せてあげるから、りほちゃんおねがいごとして」
「おねがいごと?」

川岸にしゃがみこんだえりちゃんは、
自分もお花を一本取って、舟に入れた。
「しょうらい、アイドルになれますよ〜に!」

「じゃあ、わたしは、ダンスが上手くなれますよーに!」
えりちゃんが里保からお花を受け取って、乗せた。
「うんどうで、一番になれますよ〜に!」
「つぎの発表会で、りほがえらばれますよーに」
「おとうさんとおかあさんとえりと弟が、
 びょーきやケガをしませんよ〜に!」
「あ、わたしも!」
183 :12月21日 :2014/03/30(日) 19:48

最後に残った一本を、えりちゃんは指をさす。

「りほちゃん、おねがいしていいよ。
 えりお姉ちゃんだから」

青いお花の長い茎を持った里保は、
子供心に、えりちゃんが自分と同じくどこか遠いところから来ていて、
もう一回遊べるかどうか分からないことを分かっていた。

「じゃあ、えりちゃんと、

 もう一回、
 あそべますよーに」


えりちゃんはきょとんとして、
すぐに神妙な顔つきに戻り、
「じゃあ、かなうように二人でのせよう」と言った。


里保は冬の弱々しい朝焼けの中で、薄く目を開けた。
そうだ。 あれはツユクサだ。


184 :12月21日 :2014/03/30(日) 19:49

   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥


185 :12月21日 :2014/03/30(日) 19:50
次の朝、アーバンオレンジのパーカーのフードをかぶったエンドーが、ドアの前まで迎えに来た。
もはや電車、バスの移動も危ないと判断された里保は、
今日から真珠色のレクサスでの車通勤となった。

助手席で腕を組む葛西と、運転する山本も、心なしか顔が険しい。
後部座席の里保の携帯が、ぶるりと震えた。
昨日と同じアドレス。
頭で躊躇した一瞬のうちに、指がメールを開いてしまった。

固まった里保を見て、エンドーが隣からひょいと覗き込んだ。
「『今日は車で移動なんだね』…?
 おい、あいつ、どっか近くにいたぞ」
186 :12月21日 :2014/03/30(日) 19:51
急ブレーキをかけそうになった山本を鋭く睨んでから、葛西が言った。

「ついて来てるかもしれないな。山本、不審車がいないか、周りよく見とけよ」
「はっ、はい」
レクサスは、リハーサルスタジオの地下駐車場に入った。

エレベーターから降りるのを待ち受けていたように、溝口が走ってきた。
「鞘師、何もなかった?
 昨日はあれから大丈夫だった?」
「はい」

里保のメール画面を、エンドーが突き出した。
フレームレスの眼鏡ごしにそれを見た溝口は、眉間に刻まれたしわを深くして言った。
「これ、犯人?」
「そう。昨日と同じヤツ。
 どうする。拒否っとく?」
「そうね、いっそアドレス変えましょう」
「いや、待って下さい」
「なぜ?」
187 :12月21日 :2014/03/30(日) 19:52
葛西は答えた。

「我々はやつの姿も名前も分からない。
 居場所の見当すらつかない。
 これは向こうに一方的なアドバンテージがあるように見えます。

 しかし、このメールの時間帯、奴は我々がマンションを出たときに、
 確実に半径数十メートル以内にいたことを、自ら明かしている。
 つまり、自分の情報を渡しているんです。
 自分で自分の居場所を絞り込み、こっちに教えているんです。

 このままメールを送らせておいた方がいい。
 奴らにとってストーカー対象は恋の相手ですから、
 ストーカー犯はおしなべて、女みたいに感情的です。
 いずれ必ず、これ以上のぼろを出します」
188 :12月21日 :2014/03/30(日) 19:53
「そうですねぇ。それにあいつら妙にプライド高いから、
 拒否られてると知ったら逆上して何するか分かんないですしね」

のんきに同調した山本が、溝口に射るような視線を向けられて慌てて背をただす。
どうもこいつは、一言多いようだった。

「分かりました、葛西さん。あなたたちのやり方にお任せします。
 でも、女みたいに感情的は余計だわ」

里保の肩を押して、溝口は、かつかつと廊下の奥に足音を響かせていった。
まいったな、と言わんばかりに顎をなぞった葛西は、
口の端をにやにやさせている山本を睨み、
「仕事開始だ。見回り中もそうやってヘラヘラしてたら、承知しないぞ、山本」
「はっ、はい」



189 :12月21日 :2014/03/30(日) 19:53

   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥


190 :12月21日 :2014/03/30(日) 19:54

89 :名無し手配中。。。 : 2012/12/21(金) 02:03:48.20 0
おい
まだこのスレあんのかよ
早く>>1捕まれよ
お前ら手ぬるいぞ

90 :名無し手配中。。。 : 2012/12/21(金) 02:05:13.03 0
しかし本名知ってる奴もいるのによくこんなマジ逮捕もんのスレ立てれるもんだな

91 :名無し手配中。。。 : 2012/12/21(金) 02:09:35.10 0
本名?

92 :名無し手配中。。。 : 2012/12/21(金) 02:13:52.80 0
こいつ本名割れてんの?

93 :名無し手配中。。。 2012/12/21(金) 02:14:08.93 P
>>91-92
前狼でリモホ晒したことある
こいつ基本アホだし悪い意味で有名ヲタだったから
中野で殴られたヲタが訴えるとか言って今まで書き込んだ情報から特定してたww
フェイスブックとかも割れてたよ。探せばまだ余裕で魚拓残ってる
191 :12月21日 :2014/03/30(日) 19:57
94 :名無し手配中。。。 2012/12 21(金) 02:19:11.09 0
キモヲタstkのくせにフェイスブックやってんのかよw
生意気なヤツだな

95 :名無し手配中。。。 2012/12/21(金) 02:30:13.37 0
けっこういいとこ勤めてた気がする
まぁ辞めたらしいけどwwwwww

96 :闘将(たたかえ)!拉麺男(らーめんまん):2012/12/21(金) 02:41:09.32 0
さっき彼女に会ってきた
夢のような時間だった
明日もリハーサルだし遅くなるのはどうかと思ったが、
彼女も俺が来るのを待っていたようで、すぐ顔を出してくれた
心が通じ合うというのは素晴らしい
俺は今、これ以上ないほどに満たされている

そうだ
マネージャーに、ブログにコメント欄を作るように伝えてくれと
言うのを忘れないようにしないと
そうしたらそっちにも書けるし、俺をメンバーに紹介する手間も省けるから
なぜ光井や道重のにはあって里保のブログにはないのか
糞事務所だな

頭の中でエンドレスでワクテカが流れて、止まらない




96 :名無し手配中。。。 2012/12/21(金) 02:42:50.12 0
出たああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああ
あああああキチガイ

97 :名無し手配中。。。 2012/12/21(金) 02:43:39.09 0
お前マジでどうかしてんじゃねw

98 :名無し手配中。。。 2012/12/21(金) 02:47:12.55 0
画像うp
うpあるまで信じない

99 :名無し手配中。。。 2012/12/21(金) 02:49:50.55 0
ちょっと魚拓拾ってきまつね
192 :12月21日 :2014/03/30(日) 19:58
100 :名無し手配中。。。 2012/12/21(金) 02:50:21.01 0
このキチガイはもしかして明日の握手会来るつもりなのか?

101 :名無し手配中。。。 2012/12/21(金) 02:52:16.18 0
明日は田中工藤佐藤だから来ないでしょ
23の祝日のやつは来るかもね
つか来んなよマジで らーめんまん

102 : 闘将(たたかえ)!拉麺男(らーめんまん) 2012/12/21(金) 02:52:51.48 0
明日はまた夜までリハーサル
次の日は一日握手会
本当に休みがないな
浅ましく金を払って里保と握手をしに来る奴らのせいで
逢える時間も限られるな

でもそれを里保が選んだのなら仕方がない
俺は我慢する
誰にでも出来る仕事じゃないのは俺も分かっている

他の誰が引き裂こうとしても
俺と里保は離れないし
どんなに時間が経っても里保は俺を忘れない


忘れられるわけがないんだ

ずっと昔から決まっているんだ




193 :12月21日 :2014/03/30(日) 19:58

   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥


194 :12月21日 :2014/03/30(日) 19:59

「まーちゃん、そっちどうだった?」
「異常なしであります!お弁当の匂いがしたであります」
工藤と優樹の秘密パトロールは、溝口や先輩の目を盗んで続いていた。

左右に廊下を分かれ、半開きの扉を何気なくチェックし、息をひそめてかけぬける。
他人から見れば完全にごっこ遊びの範疇だったが、
工藤の脳内では完全に正義の主人公の自分が出来上がっていた。
まーちゃんはちょっと頼りない三枚目の相方だ。
朝ごはんを食べていない相方が、食べ物の匂いをかいで情けなさそうな声を出した。

「あと5分くらいで戻らなかったら怒られるよ。
 まーの次の曲始まるもん」
「うん、じゃ、あと一箇所回ったらダッシュで戻ろう。
 駐車場…はどう考えてもへんだよね、ハル達いたら…」
195 :12月21日 :2014/03/30(日) 20:01
エレベーターの地下一階ボタンを押そうかどうか迷っていると、
休憩所のほうを覗き込んだまーちゃんが、「あ、遠藤だ」と言った。
缶コーヒーを取り出し口から拾っていたエンドーは聞きとがめて、
「遠藤じゃねえだろ、遠藤サンだろこのガキ」と言ってきた。

「だって道重さんが、遠藤って言ってたもーん」
トテトテと近づいていくまーちゃんを見て、おいおいと工藤は思った。

今日もだぼだぼの厚手のパーカーに、深いインディゴの擦り切れたデニムだ。
子供のくせにボディガードなんて名乗り、ハル達「げーのーじん」に臆する様子も見せない(同世代の男子は、工藤の容姿を見てまず一呼吸を要すると言うのに…)へんな奴だ。

「お前何年目?俺人生15年目」
おまけに口も悪い。なんだかちょっと近親憎悪を感じた。
196 :12月21日 :2014/03/30(日) 20:02
「お前ら練習中じゃないの?
 こんなとこで何してんの?ストーカーに遭うぞ」
「まー達、ストーカーのパトロール中!ぶんぶーん」
「わっ、バカ!」

「パトロール?」
エンドーが、中性的な大きな目をいぶかしげに細めた。


197 :12月21日 :2014/03/30(日) 20:03

「バっカじゃねえの?
 こんなん持っても意味ねえよ。やめとけ」

「バカって何だよ!」
エンドーはまーから取り上げたスタンガンをオンにし、青い火花を無感動に眺めた。

「あんたは関係ないじゃん。ハルたちのことに口出さないでくれる」
「いや、俺は別にいいけどさ、
 あの溝口って人にバレたらめちゃくちゃ怒られんじゃね。
 超怖そうじゃんあの人」

溝口の名前を聞いて、優樹のテンションがみるみる下がった。
198 :12月21日 :2014/03/30(日) 20:04
「いーの! これはハル達が決めたことなの。
 言っとくけど、告げ口とかしたら、許さないからな!」
「しねーよ」

工藤に腕を引っ張られて、スタンガンを手にした優樹が「じゃあね、遠藤」と弱々しく言った。
すれ違いざま、エンドーの後ろポケットから突き出た携帯カバーから、工藤が買っても買っても当たらなかった色違いのフランキーが揺れているのが見えた。

くそ。ワンピースのストラップか。
いや、いくらワンピース好きでも、へんな奴はへんな奴だ。
トレーニングウェアのまま手をつないで駆け抜ける二人の足音が、騒々しく廊下に響いた。



199 :12月21日 :2014/03/30(日) 20:06


     |||9|^_ゝ^) <キリがいいので続くっちゃ


200 :12月21日 :2014/03/31(月) 06:53

   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥


201 :12月21日 :2014/03/31(月) 06:54
「………だいじょーぶだよ、ちゃんとやってるって。

 てか、お母さん来なくても、ちゃんと一人でやってたんだからね。
 インフルエンザなんだから、しっかり治さなきゃだめだよ」

電話の向こうでは、東京に来るなりインフルエンザを拾ってしまった里保の母が、
不測の事態を嘆いている。

「…………え?うん。知ってるよ。
 溝口さんが送ってってくれるって。
 もー、うるさいな。ちゃんと行くって。
 今日はみんな午前中上がりになったの。
 ほかの仕事も入ってるし、夜から握手会のメンバーもいるし。
 明日は丸一日、現地リハだから。

 それよりさー、なんか、おかしいと思うんだけど。
 なんで病院行くのがあたし一人なの?
 他の子達は、そんなこと言われてないって言ってたよ?

 忙しいのはみんな同じなのに、
 なんであたしだけカウンセリングしなきゃいけないの?…」
202 :12月21日 :2014/03/31(月) 07:07
母の言葉は激しい咳になって返ってきた。

「あー、もう、いいよ、ちゃんと休んでて。
 えりぽんにうつっちゃうといけないから、家も来ないでねっ。

 あ、ねえ、あといっこだけ。
 …小さいころさ、おばあちゃん家でよく遊んだ公園って、何ていう公園だっけ。
 あの大っきい川のそばの…」

里保は電話の先に耳をすました。

「多摩川緑地公園…

 ううん、なんでもないよ。ホント、しっかり早く治してよね。
 じゃあねっ」

里保は電話を切って、ため息をついた。
正直言うと、少しほっとしていた。
これで何も知らないお母さんが家に来て、ストーカーに鉢合わせしてしまうという、
ぞっとするような事態は避けられる。
203 :12月21日 :2014/03/31(月) 07:08
自分がいっぱいいっぱいだったこともあったが、
まだストーカーのことは、お母さんに打ち明けられていなかった。

普通は親に相談するのかもしれない。しかし里保には、幸か不幸か事務所という親代わりの庇護者がいた。
自分を性的な目で見ている大人が自分をつけ狙っている、ということを母親に言うには、かなりの勇気がいった。
悲しませたくなかった。


それに、
そんなことを知ったら、
お母さんはきっと、芸能界をやめろって言う。

もともと里保が上京することに、あまりいい顔をしていなかった。

お母さんが知らないうちに、USSの人たちが犯人を捕まえてくれないかな。
あと、期待してないけど、一応エンドーも。

クリップボードを抱えた溝口が通りかかった。
里保は、電話をしまい、小さな口元をきゅっと結んでそちらの方を見た。



204 :12月21日 :2014/03/31(月) 07:09

   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥


205 :12月21日 :2014/03/31(月) 07:10

「やばい、道重。
 鞘師が疑い出してる」

後ろ手でドアを閉めた溝口に、さゆみは長い睫毛を上げた。

鏡の前でふざけ合っていた春菜と亜佑美もなんとなく手を止めた。

「カウンセリングっていう名目なのに、
 なぜ自分は行って他の子は行かないのかって…
 今日、病院の日なのよね。
 明日は会場の現地リハで、あさっての祝日は全員握手会で結構きつきつだから、
 行けるうちにって思ったんだけど」
206 :12月21日 :2014/03/31(月) 07:12
「んん〜、そっかー。まあ、そりゃそうかもねー。
 カウンセリングって言ってるのに、りほりほしか行かなかったら、そりゃ怪しむよね」

さゆみは爪の甘皮をむきながら、眉毛を八の字にしている。
先ほどシャワーで汗を流したばかりの肌は、薄いピンクに輝いていた。

「道重、いっしょに行ってあげたら?」
「病院どこだっけ?」
「玉川総合病院」
さゆみは一瞬手を止めて、
「ダメだ。私午後からインタビューだ。来月号のトップエールの」

溝口は、深い息をついた。

「そうだった。
 じゃ、飯窪は?」
「え。え、私ですか?」

クリップボードに顎を乗せた溝口が、懇願するように見てくる。
「うん、お願い!
 てか、あんたはホントに、一度何かしら受けたほうがいいでしょ。
 佐藤のことで不眠症にもなったんでしょ?ちょっといてくれるだけでいいから。
 私が車出すからさぁ」


207 :12月21日 :2014/03/31(月) 07:12

   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥


208 :12月21日 :2014/03/31(月) 07:14

「あ、えりぽんからメールだ」
「えっ?」

後部座席の春菜と亜佑美が固まった。運転席の溝口も、瞬時に耳をダンボにしたのが分かる。
里保は仕事場ではあまり取り出さないプライベート携帯を手で包み込み、にまにま笑っている。

「飯窪ちゃんと亜佑美ちゃんと3人で病院行くって言ったらね、こんな写真送ってきたよ!
 もー、バッカだなーえりぽん」
里保が突き出した携帯の画面には、なにも書いていない、真っ白なメールの新規作成画面が映っていた。


絶句する春菜と亜佑美、運転席の溝口の押し殺したような重い溜め息が、桃色片思いのポップチューンに乗って、むなしく車内を通りすぎていった。



209 :12月21日 :2014/03/31(月) 07:14

   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥


210 :12月21日 :2014/03/31(月) 07:15
「ストーカー、ですか」
「ストーカーです」

里保の面談はもう済んでいる。
生け贄として連れてこられた春菜と亜佑美が、初対面の精神科医と溝口にはさまれて、所在なげに座っている。
里保はカフェテラスで待っているようだが(山本が付いている)、本人がいた時よりもいない今のほうが、溝口の口調は熱っぽく深刻だった。

「考えられる限りの手段は取っているつもりですが、先生、
 鞘師の病気がより悪化するなんてことは…?」
「良くは、ないですね」
そうして尾田沢は椅子をギッと鳴らし、つぶやいた。

「うーん、良くない」
211 :12月21日 :2014/03/31(月) 07:19
「先ほどの里保さんは、ずいぶんと緊張状態が慢性化しているようでした。
 このままでは最悪、症状が進んでしまうかもしれない」
「そんな…」

溝口の両手が、せわしなく組み替えられた。

「ストーカーというのは、一種の病気ですよね。
 先生は何度も、これに近い患者を診てきているはずですよね。
 これから相手が何をするつもりなのか、どんな凶悪なことを考えているのか…先生はどうお考えですか。何かヒントでもいただけませんか?」

尾田沢は、天使の輪の出来ている直毛の髪の毛を、がりがりと引っかいた。

「犯罪心理学は、僕の専門外なので…
 無責任なことは言えないです。
 ただまぁ、個人的な雑談としてなら。
 そいつはいわゆる、「無資格型ストーカー」ですね」
「無資格?」

「ストーカーには、大別して四つのタイプがあります。
 拒絶型、憎悪型、親密希求型、無資格型です。

 拒絶は主に、元夫婦や元恋人に別れを言い出されて発症するもの、憎悪は自分を怒らせた相手に対して執拗に嫌がらせするもの。
 親密希求は、自意識や精神が未発達な者の求愛行動。このケースはそれほど危険なことにはなりません。

 そして無資格は、相手と何のつながりもないのに強い恋愛感情を感じ、対象と一緒になりたい、特別な関係になりたい、
 相手に否定的な対応をされても全く気づきません。なにがあっても動じません。
 「相手も自分を好きに決まっているが、
  なにか理由があって言葉にすることができないのだ」と信じています。
 これは芸能人につくストーカーに多々見受けられます」

「うわー…」
亜佑美と春菜も、いつの間にか熱心に聞き入っていた。
二人にとってもまんざら人事ではない。
212 :12月21日 :2014/03/31(月) 07:22
「背景には、なにか精神的な疾患があることが多いですね。
 ストーカーのおよそ三分の一は、このタイプです。

 実際に危害を加えられる危険度が高いのは、圧倒的に拒絶型でしょう。
 憎悪型は、対象に対して脅迫行動などに出るものの、実際に暴力行動などに出ることは、あまりありません。嫌がらせも、匿名などですることが多いです。
 肝心の無資格型ですが、基本的に、対象に恋愛感情を抱いているので、意外と本人に危険が迫ることはあまりないです」

「そ、そうですか」

「ただ、何かのきっかけで凶悪性が発露すると、非常に危険です。
 レベッカ・シェイファーやジョディ・フォスターについたストーカーを見れば分かりますが、可愛さ余って憎さ百倍で相手に殺意を持ってしまうこと、ジョディ・フォスターの場合は相手に自らの力をアピールしようとして、レーガン大統領暗殺未遂を起こしましたね。
 ひとつ聞きたいのですが、犯人はポストカードのメッセージの中に、何か脅迫めいた文章を入れたりしていましたか」

溝口は難しい顔で首をひねり、春菜を見た。
実際にカードを見つけた春菜も、自信なさそうにうなずいた。
「たぶん、なかったと思います。何を言いたいのかサッパリな、曖昧な文章だけで」

「無資格型が豹変するのは、「脅迫行為」を起こしてからなんです。

 通常、暴行の前にはお前をこうしてやる、
 それが嫌ならこうしろとかいう「脅迫の要求」が先行するんですが。
 無資格型から脅迫があった場合、それは脅しではなく、ほぼ100%実行されます。
 憎悪型の嫌がらせとは、わけが違います。

 対象と恋愛関係にあると思っているので、
 対象自身からその妄想を壊されそうになった場合、死に物狂いで攻撃するんです。
 また、対象が自分の愛を分かってくれないのは、
 周りにいる人物が嫉妬して、妨害しているのだという妄想もします。
 この場合、犯人の攻撃が周りの第三者に向けられる可能性も高くなります。

 無資格型から脅迫と取れるようなメッセージがあった場合、それはかなり精度の高い危険信号です。
 皆さんも、絶対に気をつけて下さい」

そう言って、亜佑美たちをぐるりと見回した。

「溝口さん…」
「だいじょうぶ。あんた達は、なにがあっても守るから」
そう言って溝口は、血の気の失せた白い拳をまたぎゅっと握った。
213 :12月21日 :2014/03/31(月) 07:26
「スタジオに押し入られたそうですが…警察への通報は?」
「一応、話は通してあります。
 実際に何をしてくれるというわけでもありませんが、起訴する時や万が一何か起こってしまった場合、通報の事実が必要ですから」

「犯人は、なぜメールを送ってきたんでしょうか?」
「えっ?」

尾田沢は、ボールペンを片手で回しながら呟いた。

「二度もわざわざ同じポストカードを選んで送ってきたなら、何かよほど伝えたい主題がその絵に眠っていると思ったんです。
 しかし今になって連絡をメールに切り替えた。これは何かのサインなのかな」
「な、何かとは?」
「分かりません。警備が強化されたのを見て近づくのを諦めたのか、何かもっと即時連絡が必要な行動を計画しているのか…」

溝口は思わず窓の外をふり仰いだ。山本はしっかり里保についていてくれるだろうか。

「ところでですね、里保さんの仕事のほうはどんな感じでしょう」
「え?ええ、幸いにもあの子のモチベーションは高くて、
 『怪我をして出られないえりぽん』のためにも頑張ると、やる気を出しています」
「少し仕事を削ったりできませんか。
 ちょっと、今の環境はあまりにも病気に良くない」

溝口は、困った顔で黙り込んだ。
「それは…
 年末年始に向けて予定が詰まっていますし、
 今あの子に抜けられるわけには……」
214 :12月21日 :2014/03/31(月) 07:28
「連日リハーサルや撮影で、今度の天皇誕生日も、個別握手会でしょう?」
「ええまあ…

 って、先生、お詳しいですね?」

溝口の怪訝な視線を受けて、医師の頬が赤くなった。

「いや、あの、こういうことになる前から、CDを買っていたというか何というか…
 23日の券も、封入されていたので持ってはいるんです。
 こういう形で、仕事の関わりを持つとは思ってなかったので、行くのやめようと思っているんですが」

「なんでですかー、来て下さいよ!」
「そうですよー。へんな遠慮しないで下さい!」
 春菜と亜佑美のヤジに、溝口も強く頷いた。

「出来れば仕事中のあの子の様子を、先生に見ていただけた方がありがたいですわ。
 ご都合がついたら、是非とも足を運んで下さい。
 もし握手券がなくても、ご招待しますから!」



215 :12月21日 :2014/03/31(月) 07:29

   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥


216 :12月21日 :2014/03/31(月) 07:34

腹が減った。
弓削厚則は、乏しくなった冷蔵庫と預金通帳の残高を思い出し、胃をキリキリさせた。
生ハムを巻いたバゲットが食べたい。スーパーじゃなくて、青山の気取ったパン屋のフランスパンで。
でも、フリージャーナリストとは名ばかりの、その日しのぎのフリーターには、遠い夢だった。


仕事がない。毎月紙面で二本、電子版で一本、きっちりと弓削の講座に原稿料を運んできてくれた連載の仕事は、いっぺんに消滅した。
紙面のほうは雑誌の廃刊(歴史ある紙の媒体が次々と終わりを迎えている)、電子版のほうは読者のクレームで。
あとは書き捨て同然のコラムの口でも探して食いつなぐしかない。
ライターの世界でまともな収入を確保するのは容易ではない。


とりあえずパソコンに向かう。
辛口でインパクトがあって、できれば何ヶ月かまとまって原稿料を取れそうなヤツ。
クレームなんてクソ食らえ。
題材、題材。題材がない。
過去の文書データをマウスで転がしていると、いまわしいタイトルが飛び込んできた。
自分が安定と収入を手放した元凶。
多摩川沿線女子高生殺人事件。

今さらこんなもので世間の興味を引けるわけがない。
6年も前の事件だ。
ニュースは消費され、人々の記憶は上書きされ、新しい刺激が奪い合いをされている。
降ってこい、俺の生命線。


バゲットではなく、その価格に見合わない恐るべき長さのヤマザキナイススティック…貧乏人の友…をかじりながら、弓削は原稿料の原石を探すべくネットの世界に没頭した。



217 :12月21日 :2014/03/31(月) 07:34

   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥


218 :12月21日 :2014/03/31(月) 07:35

エンドーは、USSの葛西と一緒にマンションの周りを車で流していた。
レクサスは山本が里保の病院に乗っていったため、
信号待ちで3台は見かけるようなグレーの国産ワゴンを運転しながら、葛西が言った。

「エンジンの音で、車種なんて分かんないよなぁ」
高く晴れた空を見回しながら、後部座席のエンドーは言った。
「全然分からん」
昨夜とり逃がしたストーカーの車のことだ。時速40キロを保ちながら、次の角を曲がった葛西は「そうだよな」と言った。

「君は幾つだ」
「15」
車内をしばらく沈黙が支配した。葛西が先ほどと同じ角で緩やかに曲がるのを見て、
「なぁ、さっきからぐるぐる何してんの?」とエンドーは言った。

「盗聴器の電波というのは弱いんだ。
 受信する側は近くに住んでいるか、余程そばまで聞きにこなければならない。
 まぁ里保さんの部屋の中にはなかったが、
 住まいの近くをうろうろしている可能性も非常に高いのでね。
 犯人は里保さんの行動を、やけによく把握しているようだし」
219 :12月21日 :2014/03/31(月) 07:38
また会話が途切れた。
松の木やブロック塀を睨みつけていたエンドーに、葛西は、「煙草吸っていいか」と聞いた。
曖昧に返事をしたエンドーに、セブンスターの希釈のない煙が襲いかかった。
不機嫌に窓を開ける同乗者に、葛西は笑った。

「君は、あの事務所のタレントなのか?」
「ううん。ぜーんぜん」
「そうか。男前だし、タレントなのかと思ったが」

父親以上の年齢の葛西が、ぜんぜん心のこもらないことを言った。
きっと彼の世代の男前とは、眉が異常に太くて目力はんぱない、時代劇みたいな俳優のことなのだろう。
エンドーでもさすがに石原裕次郎は知っている。恐らく、最近のジャニーズやらなんやらと同じで、自分はチャラいヒョロいと思われているのだ。
ごま塩のような白髪交じりの葛西の後ろ頭を見ながら、エンドーは、何をしゃべっていいのか分からなかった。


「君も、モーニング娘。のメンバーの子たちも、
 仕事をしているからだろうかな。ちゃんと、話が通じることにびっくりする。
 私はUSSに来る前、警察の生活安全課というところで、君たちぐらいの年の悪ガキを山ほど相手にしていた。
 本当に同じ日本語をしゃべっているのかというぐらい、全く会話が成立しなかった」

「へえ。
 おっさんケーサツだったの?」

「警察OBは、割と再就職先が豊富でね。
 USSの役員に先輩がいて、その人に声をかけてもらった」
220 :12月21日 :2014/03/31(月) 07:41
生活安全課というと市役所のような響きの名前だが、
相手にする者は暴力団に片足を突っ込んだ十代二十代のチンピラやグレーゾーンの風俗店など、地域に密着した厄介ものの比率が多かった。
自覚はないのかもしれないが葛西の威圧的な目の光は、そこから来ているのかもしれない。
なんとなく、今なら体罰で問題になりそうな体育教師の眼光だ。

元刑事のUSS社員は、携帯をポケットから出そうともせずに外を睨みつけているエンドーに、

「君は別に降りてもいいぞ。
 まだ長くなる。せっかくの冬休みだ、遊びに行きたいんじゃないのか」

十代にとって、音楽もなく、ゲームもできず、ネットにも繋げない空間がいかに苦行か、葛西は知っていた。
エンドーはプライドを傷つけられたような顔で、憤慨した。

「あのな!俺だって仕事なの。
 仕事中にケータイいじるとか、ガキのやる事なの。分かった!?
 ガキ扱いすんなよな!」

皺が刻まれた目をほんの少し細くして葛西は笑うと、またバックミラー越しの風景やフロントガラスに厳しい目を向ける作業に戻った。



221 :12月21日 :2014/03/31(月) 07:41

   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥


222 :12月21日 :2014/03/31(月) 07:43

「あーもー、また外れた」

工藤は、ペットボトルに付いていた袋をくしゃっと握りつぶした。これでウソップが三個目だ。
はるなんに、袋の上から触って確かめればいいよと教えてもらったが、今回のは形がよく似ていてどれだか分からない。
レジで食玩のお金を払っていたまーちゃんが、ぴょんぴょん飛ぶような歩調でこっちに来た。

スタジオ近くのローソンは、建物を裏手に回って、信号を渡ったすぐ先にある。
夜から握手会の二人は、お菓子と飲み物の補給を完了して、午後の雑踏の中、信号待ちをしていた。

「くどぅー、いっつもウーロン茶飲んでるよねえ」
「好きで飲んでんじゃないよ。フランキーが出ないんだもん」

まーちゃんは自分の食玩についてたラムネをぽりぽりやっている。
223 :12月21日 :2014/03/31(月) 07:44
「あっ!明日のお菓子も買っとけばよかったかな!?
 明日って、朝からみんなでバス乗ってくんだよね!?
 やったー、楽しみ〜!遠足みたいー!」
「ふふん。ガキだな。まーちゃんは」

「ねえねえ、あれかな、バスって!?」

まーちゃんが指さしたのは、路肩に沿って止まっているバンだ。

確かに普通の車よりは大きいが、あれはどちらかというと、今コンビニでおにぎりを大量買いしていった工事のおじさんとかが乗る車だ。
くすんだ窓から、人が乗るべき場所が荷物でごちゃごちゃ埋まっているのが見えた。

「そんなわけないじゃん。もっと大きいよ」
「でもあの車、ずっといるよね」
信号が変わって、周りの大人たちが歩き出す。工藤は優樹を見た。
224 :12月21日 :2014/03/31(月) 07:46
「ずっとって?」
「朝からずっと。まーがスタジオ来る前もいたし、練習中も、窓から見えたもん」

工藤は少し、皮膚の表面がざわざわするのに気が付いた。

「へんな事ゆわないでよ。
 まーちゃんのそういうの、アテにならないもんなー。勘違いじゃない?」
「だって、ホラ、見てよ。
 ミラーのところに、てるてるストラップかかってるよ。
 まーとくどぅーが同じペンで描いたやつ。あれそうでしょ?違う?」

まーちゃんがムキになって主張する。
工藤はこわばった顔で目をこらした。
225 :12月21日 :2014/03/31(月) 07:47

去年の初夏、通販のグッズ用に、キーホルダーにしては大きなてるてる坊主のストラップに皆で絵を描いた。
バンのルームミラーに、確かになにか、釣鐘型のものがぶら下がっている。
しかし、てるてる坊主かどうか見分けはつかない。工藤の視力ではそこまで確認できなかった。


工藤たちが練習しているスタジオの周りに、ハロプログッズを付けた車がずっと止まっている。


偶然だろうか?


道を渡るサラリーマン達の影にかくれるように信号を渡っていると、バンに誰かが乗り込んで、発進するのが見えた。
工藤は思わず、走って追いかけた。
埃を巻き込んで走るバンの尻にかかった、1515のナンバープレートが、工藤の目の裏に鮮やかに焼きついた。




226 :12月21日 :2014/03/31(月) 07:48

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227 :12月21日 :2014/03/31(月) 20:24


夏と冬は、死が近くなる季節だ。
先ほどコンビニで買ったおにぎりの包みを剥きながら、ススムは思った。


地軸の傾きと公転が太陽の熱量を操り、人を殺す。真夏に熱した車の中で数時間も放置すれば、人は死ぬ。凍りつくような寒さの中で帰り道を失えば、人は死ぬ。何かの間違いで簡単に人が死ぬ。春と秋にはこんなことは、考えも及ばない。
うっすらと、死の影が、人々の背中に忍び寄っているような気がする。

だからと言って何かする気など、ススムにはない。
あくまで仮定の話だ。
人なんか殺して、捕まったら、コンサートにいけなくなる。
鞘師里保のいる、モーニング娘。のコンサートに。
228 :12月21日 :2014/03/31(月) 20:25

明日は、湾岸に新設される野外会場で、ハロコンの現地リハだ。

ひろびろとした海に向かってススムの里保の歌声が響き渡ると思うと、ゾクゾクした。
有明臨海副都心・10号埋立地に建設中の野外音楽堂を日本で最初に使うのは、モーニング娘。だ。

もっとも、会場の音響テストなどを兼ねたプレオープン扱いだった。
本オープンのときにはもっと有名なアーティストが使って会場に箔を付けるに違いないが、それでもマスコミには大きく取り上げられる。
里保が全国から注目される絶好のチャンスだ。
やる事なす事すべて的外れのあのくそ事務所にしては、グッジョブと言わざるを得ない晴れ舞台だった。
229 :12月21日 :2014/03/31(月) 20:26
建物がまだ工事中であることは、ススムにとって幸いだった。
いまだ作業の終わらない建築現場と内装事業は違う業者が請け負っていることも調べずみだ。
つまり、顔の分からない作業員が一人ぐらいいても、誰も気に留めないということだ。

くすんだ色のバンのエンジンをかけ、車を発進させる。
中央分離帯に植えられた椿が、無彩色の冬の景色の中で、鮮やかに浮き上がっていた。
ぼってりと肉厚に照り返るモスグリーンの葉の中に、深い紅が差す、官能的な椿の花。
電気屋に向かう道の車中で、ススムは、下腹部がむずむずするのを感じた。
もうリハーサルは終わっただろうか。

ススムは買い忘れのないように頭の中で復唱しながら、明日のための道具を揃えに走った。



230 :12月21日 :2014/03/31(月) 20:26

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231 :12月21日 :2014/03/31(月) 20:27

「おい山本、こっちこっち」

弓削は、薄暗いカウンターの奥に座り、コートを畳んで入ってくる山本を待った。
『芸能人』のお迎えを済ませてきた山本の姿を。

二人は県立高校の同級生だ。
山本はスポーツ推薦で地元の私立大学に進み、弓削は早稲田の国際教養学部に合格し上京した。
しかし、会えない距離でもなかったので、何かと東京に顔を出したがる山本を連れて朝まで下らない遊びをしたり、合コンの相手を紹介しあったり、海外に貧乏旅行したりしていた。

久しぶりに連絡を取った際、山本の今の仕事を聞いて、弓削から飲みに誘った。
飲み歩いている場合ではない経済状況を押して。
232 :12月21日 :2014/03/31(月) 20:28

「で、お前、誰のガードに付いてんの。芸能人って?」
「やだよ。お前、記事にするもん」

山本は早くも顔を赤くし、グラスの前でゆらゆら揺れている。
こいつは酒を飲ますと、何でもしゃべる。しかも翌朝覚えていない。
酒を飲まない弓削にはどういうメカニズムか不思議なのだが、
とにかくネタに困っていた以前、酔っ払った山本から得た情報でイニシャル記事を書いた。
結果バレて、山本はUSSから大目玉を食らった。

それでもこうして新宿までノコノコ出てくるのは、
本当に山本の立場が危うくなるような記事は書かないと思っているのだろう。
お互いの元カノの名前まで正確に思い出せる仲だ。


しかし、山本は知らない。
弓削が過去最高に食い詰めていることを。


すまん、山本。
俺が有名になって個人事務所を開いたら、マネージャーとして雇ってやるから。


233 :12月21日 :2014/03/31(月) 20:30

「モーニング娘。?」

弓削はガッカリした声を出した。

芸能人と言っても、誰も知らないと言っていいグループだ。
そりゃ弓削だって10年前は全員の名前を言えたが、正直言ってまだ活動しているのという感じだった。
加護ちゃんが好きだったなぁ。変なオヤジと撮られちまってたけど。

とにかく、現在のモーニング娘。のネームバリューに需要があると思えない。
市場は昔ながらの固定ファンで完全に固まっている。
今さら何があったって世間を大きく騒がすことはないだろう。
あぁ。こりゃダメだ。一からネタの探し直しだ。

絶望的な気分でジャンジャーエールをすする弓削の耳に、
ろれつの怪しい山本の言葉が飛び込んできた。

「んで、楽屋に入り込んでさ、
 絵ハガキなんか置いてって…」
「何だって?」
「いや、だから絵ハガキ」

弓削の剣幕に気づかない山本が、指で四角を作ってみせる。

「なんかよく分かんない、外国の」
「お前の説明じゃ分からない。
 現物持ってないのか?資料でも?」
「ん〜、カバンにあるよ」


234 :12月21日 :2014/03/31(月) 20:31

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235 :12月21日 :2014/03/31(月) 20:32

弓削は家に帰って、再びフォルダを呼び出した。
6年前に発生した、多摩川沿線連続変質者事件。
早稲田を中退し、雑誌社に入社した弓削の受け持った、初めての事件だった。

東急多摩川線の沿線で、小学校から高校まで、さまざまな年齢の女子生徒が、奇妙な猥褻行為の餌食になった。被害者は五人。
そして、最後の被害者、17歳の女子高生だった亀山絵美里は、殺された。

犯人は必ず被害者に絵ハガキのメッセージを出す。
彫刻であったり、ルネサンス最盛期の色彩豊かな絵画であったり。
スマホで撮影したベラスケスの絵画をじっと見る。
あの変態ヤローの趣味にそぐわないこともない。
奴は西洋の美術を好み、日本画や抽象画は選ばない。

6年前に姿を消したあの変態が、また出てきた。
高揚がモニターの前の弓削の目を、狼のようにらんらんと輝かせた。
今度は逃がさない。


絶対に俺の手で、犯人を暴いてやる。




236 :12月21日 :2014/03/31(月) 20:33

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237 :12月21日 :2014/03/31(月) 20:34

「里保―。始まっちゃうよ!」
「待って待って、まだ体拭いてるからー!」

お風呂からあがった里保は、慌ててバスタオルで身体をぬぐった。
二人で見る、と決めているドラマが始まってしまう。
口が開いたまま転がっているかばんを蹴りつけながら、ソファの隣に滑り込んだ。

「いーなぁ、里保は。
 明日みんなとお台場行くんちゃろ」

テレビに映った青い東京湾を見ながら、えりぽんが言う。
「えりも野外の会場で歌いたい」
「うん。
 あたしだって、練習中にえりぽんがいないから、調子狂っちゃうよ。
 早く治してよ」
「聖と香音ちゃんも、えりがおらんで寂しがっとるっちゃろ」
「え、それは知らないけど」

里保は唇を尖らせた。昔から好きな相手に対しては、独占欲が強くなってしまう。

「寂しいってか、みんな心配してたよ。
 やっぱ、9期はずっと四人だったもん。
 四人じゃないと変な感じだ」
238 :12月21日 :2014/03/31(月) 20:35
変と言えば、道重と溝口も変だった。
今日だってやたらと病院行かせようとするし。私ばっかり!
きっとお母さんが、大丈夫だって言ってるのに大げさにお願いしたんだ。

ヤだなぁ。
ただでさえ探偵会社の人とか呼んだり、一人だけ車の送り迎えされてるのに。
これ以上浮いちゃったらヤだなぁ。


早くえりぽんのケガ、治らないかなぁ。


屋外で人の歩く音がした。
ぎくりと、里保は携帯を握り締めた。エンドーの番号。
しかし、同じ階のほろ酔い気分のOLが、高らかにパンプスの足音を響かせているだけだった。
はぁ、とため息をつく。早く終わらないかな、こんな日々。
えりぽんとあの金木犀の下を歩ける期間も、そう残っていないのに。




239 :12月21日 :2014/03/31(月) 20:36


その日、夢を見た。
9期に四人、入りたての夢だ。
みんな覚悟と緊張でガチガチになっていた。里保は何でもない顔をしていたつもりだが、だだ漏れだったに違いない(当時の映像を見ていると、自分でも痛々しくなってくる)。
その中に一人、どうしても苦手な子がいた。

色白で綺麗なのに、しゃべると大違い。
めちゃくちゃな癖に仕切り魔で、押し付けがましくて、語気が荒い。

「いーい?絶対寝坊したらいかんけんね。
 誰か一人寝坊したら、9期みんなが怒られるけんね!」
「そんな大きい声で言わなくても聞こえるよ」

ぼそっと言った里保を、相手が睨んでくる。里保も睨み返す。
鞘師里保と生田衣梨奈は、水と油だった。
240 :12月21日 :2014/03/31(月) 20:38

自分は一人でもいい、自分は一人でもやっていけると気負っていた。
そのうちに無理が来始め、坐骨神経痛の持病を負い、少しずつ里保の自信の城が壊れ始めたときに、えりぽんは叫んだ。


「里保!」


華が咲くような笑顔。
声がうるさい。福岡弁て、何であんなにキツいんだろう。
でも好きだ。


なんとなく、自分とえりぽんが溶け合った時に、モーニング娘。は最強のグループになれるのではないか。
そんな気がしていた。

今では、かけがえのない、気のおけない、友達だ。
えりぽんがいなくなったら自分はどうなってしまうのか。
そんなことを想像するのが怖くなってしまうくらい。




241 :12月21日 :2014/03/31(月) 20:39

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242 :12月22日 :2014/03/31(月) 20:39

          12月22日


243 :12月22日 :2014/03/31(月) 20:40

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244 :12月22日 :2014/03/31(月) 20:40

青くキラキラした東京湾と、白い摩天楼。
有明野外音楽堂―― 通称うみねこスタジアムに向かって、バスは、357号線と平行に伸びる高速湾岸線を走っていた。

高層ビルと殺風景な平らの区画が並ぶ、どこかちぐはぐな風景に、ゆりかもめのレールがジェットコースターよろしく重なっている。
「くどぅー、スカイツリー!スカイツリー!
 あ、観覧車!」
大はしゃぎのまーちゃんに、工藤はめんどくさそうに返事をしない。

有明の「10号埋立地 2区画」は臨海副都心の開発に取り残されたような島で、渡るにはたった一つの橋を使うしかない。
この間まで通行時間制限があったような、小さな橋だ。
245 :12月22日 :2014/03/31(月) 20:41
観覧車のあるパレットタウンやお台場の賑わいがうそのよう。
なのにさゆみはウキウキしていた。

「うふふ、さゆみ達のハロコンが、有明の処女地蹂躙…  
 まあ、6期10年目のコンサートだし、
 このぐらいやってもらわないとね。
 ね、溝口さ〜ん!」


「なに?
 あ、お前ポッキー欲しいんだろ。
 やんないからな」

里保の視線に気づいて、エンドーが手元の箱をさっと隠した。
コイツは、女子100%のバスに乗っていて何も思わないんだろうか?
葛西さんや山本さんは、スタッフの乗るバスに乗っていたのに。

バスは首都高湾岸線を降り、人通りの少ない有明の港湾地区へ向けて走っていった。


246 :12月22日 :2014/03/31(月) 20:42

   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥


247 :12月22日 :2014/03/31(月) 20:42

排気ガスの充満したアスファルトへ、工藤は降り立った。
と同時に、ある物に目が吸い付いて、離れなくなった。

遠くから、何かを打ち付ける音や電気ドリルの音が響いている。
後ろの春菜が「どぅー、早く出てよ」とバスのステップから文句を言ってきた。
ま、ま、ま、まーちゃん。まーちゃん。
呼び止めようとした優樹は、れいなとおしゃべりに夢中だ。信じられないものを見るように、振り返り、振り返り、そこを離れた。
1515のナンバーを着けた見覚えのあるバンが、大きな土木作業用トラックの陰に止まっていた。




248 :12月22日 :2014/03/31(月) 20:43

   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥


249 :12月22日 :2014/03/31(月) 20:44

来た。
現場用シートの中で、ススムは声を漏らしそうになった。
Tシャツ姿で舞台に上がってくるハロメンたち。℃もいる。Berrys工房も、スマイレージもいる。
一番最後に、娘。メンバーが笑いながら出てきた。道重の後から、里保が、物珍しげな視線を会場に投げかけている。

あぁ!

ススムの胸が歓喜でギュウっと絞られた。一足先に会場に着いていたススムは、今日何時に集合だったかも、バスに乗って何時到着の予定だったかも知っている。


里保が教えてくれているからだ。


ススムは、シートの中の三脚に固定したカメラを動かした。
具合は完璧だ。二階から見はるかした景色を、すべて録ることができる。
掲示板のやつらにも、見せてやりたい―――ススムの頬に、優越の微笑みが浮かんだ。
250 :12月22日 :2014/03/31(月) 20:45
『はい、じゃあ場当たりしてから、オープニング行きます』
拡声器で増幅されたスタッフの指示で、少女たちはそれぞれ散らばった。
まるで自分ひとりに見せるためだけに、華やかに笑い、踊っているようだ。
満足感に浸っていたススムだが、ふと、予備のメモリーカードをバンの中に置いてきてしまったことを思い出した。
本体付属のSDカードだけでは、二時間ぐらいしかもたない。
レンズの向こうの里保から目をそらせないまま、作業員の格好をしたススムは舌打ちした。



251 :12月22日 :2014/03/31(月) 20:46

   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥


252 :12月22日 :2014/03/31(月) 20:46
「まーちゃん、まーちゃん」
「なんだよー、くどぅ」

いつもは自分が無駄話しているのを怒ってくるのに、執拗にそでを引っ張る工藤に、優樹はしかめっ面した。

「あの車いた」
「は?」
「あのイチゴイチゴの車、いた」

もうすでにバンの存在を忘れているまーちゃんに、大音響の中説明するのは骨が折れた。しかし、今抜けられるわけがない。体を寄せている二人にダンスの先生が怖い顔をしているのに気づいて、ばっと離れた。
里保のストーカーがこの会場に来ている。
工藤の心臓が、ダンスのせいだけでなくどくんどくんと鳴り出した。
どうしよう。どうしたらいい?

253 :12月22日 :2014/03/31(月) 20:47

昼休憩。

「あれ、工藤、佐藤、お弁当食べないの?」

顔を引きつらせて、財布入れに使っている小さな巾着だけを持った工藤は「ちょ、ちょっとジュース買ってきます」と優樹と出て行ってしまった。
さゆみは不思議な顔で、ミネラルウォーターを注いだ。


254 :12月22日 :2014/03/31(月) 20:48

工事用車両の群れに隠れるようにして、二人はそろりそろりと様子をうかがった。

誰も乗っていない。スタジオで見かけたバンのミラーには、見間違いようもなく、てるてるストラップがぶら下がっていた。

「くどぅー、どうすんの?」
どうするって言われても、工藤にも分からない。爆発物のように近寄ってみると、乱雑な車内と、上がったままになっているドアロックが、スモークガラスの向こうに見てとれた。

手をかけると、ドアはごろごろと開いてしまった。

「やめようよ、くどぅー!」 優樹が悲鳴のような声を出した。
「うっさい! 大っきい声出すな!」
255 :12月22日 :2014/03/31(月) 20:49
心臓が乱暴に脈打って痛い。シートが半分倒された後部座席に、工藤は体をねじこませた。
写真屋さんの袋だ。
現像から上がってきたばかりのそれには、里保の隠し撮り写真が、山ほど入っていた。
ハロショで売っているようなやつではなく、商標なしの、生の隠し撮り写真。
マンションの玄関から出てくるところ。USSの車に遠藤と乗り込むところ。
間違いない。
絶対にこいつがストーカーだ。
どくんどくんと体中が脈になってしまったような鼓動の中で、工藤は思った。


溝口を呼んでこようか。
でも、それまでに逃げられたらどうしよう。
今にもここに戻ってくるかもしれないのに?
256 :12月22日 :2014/03/31(月) 20:50
「まーちゃん、ハルの巾着貸して」

優樹から巾着を引ったくり、財布やスタンガンをがちゃがちゃと押しやって、以前使っていた古い携帯を取り出した。
もう電話の機能は死んでいて、画像ファイルと、中に入っているゲームのためだけに持っている。
電話の電源を入れると、シートの間に深く押し込んだ。
そのまま車の外に飛び出た。ひざが小刻みに震えていた。

「くどぅー、戻ってきちゃうよう」
泣きそうなまーちゃんに、同じく内心泣きそうな工藤はうなずき返し、その場をダッシュで駆け出した。

へたりこみかけながらロビーに戻ると、
「工藤!佐藤!何やってるの。どこまでジュース買いに行ってるの!」
鬼モードの溝口に、ぐいっと手を引っ張られた。
なんだか中があわただしい。
ベリキューの先輩も、娘。たちも、ひとかたまりになって座らされていた。

257 :12月22日 :2014/03/31(月) 20:52

「あんなやつ、ウチの会社にいないっすよ」
内装作業員は言った。未作業区域の防塵シートがかけてある中から、見知らぬ作業員が出てきた。おかしいと思って声をかけようとすると、猛スピードで逃げていったらしい。

「二階にハンディカメラが仕掛けてあった。リハーサルの様子を撮影していたらしい。
 今山本と遠藤くんが周辺を探しているが、皆さんはここから動かないで下さい」

葛西の隣で、眉間にしわを作った溝口が、この世に這い出た羅刹のような顔をしている。工藤と優樹からなにか言う気が霜のように溶けていった。
いま声を出したら、ストーカーより先に工藤たちが八つ裂きにされそうだ。

幸いなことに、若い作業員は不審人物の外見を詳細に覚えていた。

「年は30代で、身長170後半ぐらいかな。
 目がくぼんだ暗い顔してましたね。
 ぜんぜんさまになってない作業着なんて着ちゃってさ」
「似顔絵とか、描けますか?」
「おー、俺、けっこう上手いっすよ」

機嫌よく鉛筆を走らす男の手元を、収穫なしで戻ってきた猟犬のエンドーが覗き込んだ。

「もうすぐ警察が来ますから、お手数ですが警察の前でもう一度お話をお願いします。
 不法侵入の現行犯ですからね」
「やったな、目撃者出ましたね。よかったですね、溝口さん」
山本の言葉には答えずに、溝口は「またリハーサルが押す…」と青い顔色で言った。

258 :12月22日 :2014/03/31(月) 20:53

「あの…すみません道重さん」

里保が暗い顔で言った。

「せっかくの現地リハだったのに。他のグループの人たちにまで迷惑かけちゃって…」
「もー。何言ってんの。りほりほは悪くないでしょ!

 みんなりほりほの味方なんだよ。今葛西さんたちと警察の人が似顔絵作ってるから、すぐ捕まるよー。
 そんな顔してちゃさゆみがイ・ヤ! ほらほら、暗い顔してたらカモメさんに笑われるよ〜」


259 :12月22日 :2014/03/31(月) 20:54

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260 :12月22日 :2014/03/31(月) 20:55

「あっれー?
 ダメだな…」

「何やってんのどぅー?」

GPSの画面には、「位置情報が補足できません」の表示がされていた。
何回起動し直しても同じだ。
先ほどバンに仕込んできた携帯は、ウンともスンとも反応しなかった。

「やっぱダメだな…
 あー、何でだよ、もう〜!」
「あぁ、だから電話置いてきたの?何してんのかと思った。ハハハ」

のんきに笑うまーちゃんに、工藤は苛立って携帯を閉じた。

「せっかくあんな思いして置いてきたのに…
 設定間違ったのかな? なんでだろ…」
「まーに聞いても分かんないよ。バカだな、くどぅー」
「まーに聞いてないよ!バカっ!」

あんなふうに暗い、精気のない里保の顔はもう見たくないと思ったのに。
予定の半分も消化できなかったリハを再開する声が、スタッフから告げられる。冬ハロの行く末まで、ストーカーのせいでさんざんだ。



261 :12月22日 :2014/03/31(月) 20:55

   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥


262 :12月22日 :2014/03/31(月) 20:57

ススムはバンを急発進させ、怒りを歯の奥で噛み潰していた。

くそっ。くそっ。
カメラを置いてきてしまった。

メモリーカードを取りに車に戻ろうとしたとき、怪しんだ作業員が声をかけてきた。
そのまま逃げ出すしかなかった。
あの底辺DQN作業員め。
おかげで、自分だけの秘蔵映像がおじゃんだ。これだから底辺は嫌なんだ。
横から車線を割り込んできた軽自動車に、叩きつけるようにクラクションを鳴らし、呪いの言葉を吐き捨てる。

冷静になれ。
こんなところで事故っているわけにはいかない。
ススムは努めて深く、大きく、息を吐き出した。
先ほどの光景を思い出した。センターで踊る里保。ふわりと柔らかく、時に激しく舞う長い黒髪。
長い髪。

ススムの口元に、安穏の笑みが戻った。
里保の黒髪は、この世の誰より美しい。
彼が今までに狩った女達の誰より、芳醇でかぐわしい香りがするだろう。
あの髪の中に顔を埋めて、思う存分貪ってみたい。
彼が毎夜紡いでいる淫らな物語よりもどれほど強い興奮が、そこにあるだろうか。
263 :12月22日 :2014/03/31(月) 20:58
里保からはいまだに何のレスポンスもない。
掲示板の奴らどもがうpがなければ信じないと言っていたが、画像くらいいくらでもアップできる。
しかし、ススムは里保からの明確なメッセージが欲しかった。彼が特別な存在だと信じられるような、特別な里保からのレスが。
あんな奴らのレベルに引き落とされて貶められるのがススムには我慢ならなかった。何も知らないウジ虫どもめが。

明日の握手会に会いに行こう。
ススムがいきなり行ったら里保は、びっくりしてくれるかもしれない。
二人が特別な絆で結ばれたカップルだとも知らずに、キモヲタどもは里保の前にぞろぞろと列を作るだろう。

それを思うと、快い優越感とともに、焦げるような苛立ちが、ススムの胸を横切った。


264 :12月22日 :2014/03/31(月) 20:59

   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥


265 :12月22日 :2014/03/31(月) 20:59

ススムの家は厳しかった。
父親は元自衛官で、給食のパンを食べられずに持ち帰ってきたら、真冬に裸足で外に出された。

風邪のときも38度以上の熱が出ないかぎり、絶対に休ませてもらえなかった。
だから、ススムには不登校やニートなどの存在の意味が分からない。

小中高と、まるで示し合わせたかのように、ススムと同じクラスになったやつらは必ず彼のことをいじめた。

いじめのことを打ち明けたらお前が毅然としていないからだ、絶対に卒業はしろの一点張りで、休むことも許してもらなかった。
進退きわまったススムは、やけくそのつもりで、空手の道場に入門した。
本当に本当に苦肉の策だったのだが、ある日ススムは勝ってしまった。
毎日ススムにプロレス技をかけたり、教室の窓から締め出したり、
金を取り上げたり、女子高生が通りかかる道で下半身を露出させたりしていたいじめっ子は、ススムの初歩の型のパンチであっけなくやられてしまった。
しかし、その後が地獄だった。

角材を持ったいじめっ子の仲間によって、肋骨を折られ病院に運ばれた。メンツを潰されたDQNの報復は容赦なかった。
いじめっ子は学校をやめたが、退院後、彼はいっそう冷ややかなクラスの目に取り囲まれることになった。
266 :12月22日 :2014/03/31(月) 21:00
その後、大学に合格した後も、ススムはトレーニングをやめなかった。
体を鍛えていないと、不安だからだ。

一貫して女や友人とまともな人間関係も築くことはなく、
ススムは人生のどの場面においても、周りから浮いていた。
その摩擦は彼を消耗させ、希望や期待の光を奪い、劣等感の溝を深くしていった。

彼にとってモーニング。娘は光だった。
華やかに輝いているアイドルを見ていると、死に体の生活に立ち向かう気力が沸き上がってきた。
彼女たちと一体になったとき、ススムも高揚をあじわえる。
学生時代、恋愛や友人をとりこぼしてきたアイドルヲタクたちにとって、それは思い出を取り戻す代替作業だ。
ススムたちは今、こぼれ落ちた青春の落ち葉拾いをやっているのだ。
267 :12月22日 :2014/03/31(月) 21:02

いっぽう、ススムの精神状態は微妙に正常の範囲内から逸れていった。

覚えているきっかけは、あの電車で、無遠慮な女が目の前で髪をかき上げたことだ。
鼻腔に広がる甘い香り。
今まで一度も触れたことのない生き物の香り。

ススムはその時、憧れと憎しみがはっきりと心の中で凝固するのを感じた。

アイドルと違って手の届く距離にいるのに、彼を忌避する女ども。

頭が痺れ、髪の中に鼻を突っ込んで、思い切り嗅ぎ上げたい衝動を必死に抑えつけた。
ウィッグを購入して、女物のシャンプーで洗ってみたがだめだった。
汗や脂の混じった、生きた香りがしない。
だから彼は欲望を解消するため、警察に捕まるようなことに手を染めた。


そしてそれは未だに見つかっていない。


268 :12月22日 :2014/03/31(月) 21:03

里保にもそろそろ気づいてもらわなければ。
里保の特別な存在に成りえるのは、自分だけなのだと。
アングラ掲示板、ダイバーちゃんねるのやつらも、見るだけでイラつくような罵詈雑言を送り続けている。
自分は里保と同じ、大衆から線を引いた「向こう側」の人間なのだ。
一度でいい、じっくりと話をすれば、里保にも気づいてもらえるはずだ。


そのためにはあの警備会社のやつらを引き離し、里保に一人になってもらわなければ。


お前らは以前の俺と同じ、虫ケラなんだよ。
ダイバーちゃんねるのログを眺めながら、ススムは一人、唇を歪めた。



269 :12月22日 :2014/03/31(月) 21:03

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270 :12月22日 :2014/03/31(月) 21:04

「おー。まぁまぁ、なんとか分かるじゃん」

似顔絵のコピーを手に、エンドーは、ふむふむと頷いた。

「年齢は30代、身長170後半。中肉。この似顔絵があれば、かなり類別することができるだろう。
 明日の握手会にも来るかもしれないしな」
「いやー、まあ、来るでしょ。
 そんで俺達は、入り口でコイツを見張ってればいいわけ?」

「俺が入り口から駐車場までの外を見回ろう。
 山本は係員に扮して会場内の列を、遠藤くんは、できれば里保さんの近くで見ていてもらいたいが、アイドルの握手会というのがどんな感じか分からないからな、どうにも」
「似てるやつがいたら、片っぱしから引っ張っていいんだよね?」
「まあ、騒ぎが起きないように。裏に連れて行って、溝口さんやスタッフの人たちに確認してもらおう。
 そこで犯人が捕まれば、めでたく解決だ」
葛西が分厚い手の平を、ぱんっと打った。
271 :12月22日 :2014/03/31(月) 21:05
「しかし、分かんないなあ。アイツどうやってスケジュール把握してるんですかね?
 うみねこスタジアムでも見たでしょ、先回りでガッツリカメラ持ち込んじゃってさぁ。
 俺たちの車について来てるだけじゃ、絶対分かんないですよ。何だってあんな詳しく知ってんだろ?

 …あわわ、まさか…」
山本が、おののくように右手を口に持ってきた。

「事務所の中に共犯が…」
「えっ!?」

エンドーはつられて葛西を見たが、葛西は口を開くのも面倒だというふうに返事をしなかった。
山本はウケなかったジョークを反省するようにすぐ表情を元にもどした。
そりゃそうか。事務所の誰が得をするというのだ。
272 :12月22日 :2014/03/31(月) 21:07
「しかし、とっとと捕まるといいですよねえ。葛西さん、久しぶりに息子さんと会うんでしょ」

また余計なことを、と葛西が山本を睨んだ。
アイヴォリーのパーカーのフードをかぶって冷気をしのいでいたエンドーは、葛西と山本に視線を交差させた。

「いや、息子とはしばらく会っていなくてね… この前、警察を辞めたと言ったが、きっかけは息子が捕まったことなんだ。
 強盗傷害でね。それで辞表を出した」

「え、それでセキニン取ったってこと?親が息子の?」
273 :12月22日 :2014/03/31(月) 21:08
葛西は、淋しそうに笑った。

「いや。私は何も知らなかったんだよ。息子が悪い仲間とつるんでいることも、ろくに家に帰らない間に、やつが何を思っていたのかも。

 刑事っていうのは、まともに家族と向き合う時間も取れない職業だ。
 一日出がけに、チラリと顔を見れたならいい方だという職業。
 何か事件が起これば土日も祝日もない。小さいころからずっとそんな感じだった。
 私がショックだったのは、息子のことを何も知らないことだったんだ。

 息子は矯正施設を出て、妻の実家で暮らしている。今まで会話らしい会話もロクに成立しなかった。
 でもまだ遅くないかもしれない。そう思って警察を辞めたんだ。
 今まで話せなかったぶんをたくさん話せば、時間を取り戻せるかもしれない。まだ「家族」になれるかもしれない。そう思ってね」

「んーだよ、じゃあさ、こんなチンタラやってる場合じゃないじゃん」

エンドーがパーカーのフードを降ろした。
「ぜってー明日捕まえよーぜ。つうか山本さんとかさ、ドジんなよ、マジ」
「えー!? ていうかさ、君も溝口さんも葛西さんも、何で俺って信用ないの?まだ出会ってほぼ数日だよね?自然に上からだよね?ねえ……」



274 :12月22日 :2014/03/31(月) 21:08

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275 :12月22日 :2014/03/31(月) 21:09

「お帰りー。里保」
里保の顔色をすぐ察して、えりぽんはお菓子を食べる手を止めた。
「…なんかあったと?」

「うん…
 ちょっと…


 …しんどいなぁ……」


里保の隣に腰掛けたえりぽんの肩口に、里保は顔をあずけた。

涙が流れる。えりぽんはいつものように、他人の前では決して涙を見せない里保の隣で、黙っていてくれた。
276 :12月22日 :2014/03/31(月) 21:10
「私のせいでリハーサル押してる。
 私のせいで迷惑かけてる。
 ベリーズさんとか℃さんにまで、迷惑かけてる」


里保は嗚咽まじりに吐き出した。えりぽんは、じんわり体温の伝わってくる温かい手を、里保が泣き止むまでずっと背中に当ててくれた。
えりぽんはいつも、アドバイスめいたことも、慰めの言葉も、なにも言わない。
でもその沈黙が、空気に溶けた優しさを直接肌に伝えてくれる。

277 :12月22日 :2014/03/31(月) 21:11


里保の嗚咽が止んでしばらくしてから、ぐう、お腹の鳴る音が響いた。

「…ぷっ」
「ふっふふ」

えりぽんが笑いながらどん、と肩を当てた。里保は泣いた後の重たい目で、思いきり笑った。
「まったくもー。里保は、えりがいなくなったらどうするつもりっちゃ?」
そう言って、牛乳をレンジでチンしてくれた。

「ねぇえりぽん、グラタン食べたいなぁー」
「えぇ〜?」
「お願−い。ちゃんと手伝うからあー」

278 :12月22日 :2014/03/31(月) 21:12

「そういえばさ、私、ずっと昔に東京来たって言ったじゃん。
 あの時遊んだ川の公園って、「多摩川緑地公園」て言うんだって。
 最近なんか、やたら昔のこと夢に見るからさ、懐かしくなっちゃった。
 ハロコン終わったら行ってみようかな」

里保がソファにどっかり座って、ホワイトソースのボールをかきまぜながら言った。

「ねえねえ、えりぽんも一緒に行こうよ。
 自転車で、お菓子持ってさー。
 あ、でもあったかくならなかったら無理だな。春休みにしようか」

台所で背を向けたえりぽんから、返事がなかった。

「ねえねええりぽん。

 春休みさ…」
「里保は…」

えりぽんが静かな目で、こっちを振り返った。

「里保は、えりがいなくなったら、どうするつもりっちゃ?」

何言ってんの、えりぽん。
えりぽんは、背筋がむずむずするような綺麗な真顔だった。

「えりがモーニング娘。を辞めて、いなくなってしまっても、里保は大丈夫っちゃ?」

279 :12月22日 :2014/03/31(月) 21:13
「え…

 なんで。なんで? ケガ? ケガ治んないから?練習、遅れてるから?
 何でそんなこと言うの?

 そんなの、みんな待ってるに決まってるじゃん。
 道重さんも、メンバーのみんなも、ファンの人だって、ずっと待ってるよ。

 わたし、東京に出てきて、えりぽんに会えて、モーニング娘。になれて。
 生きてて一番、今が夢みたいって思ってるのに…

 えりぽんがいなきゃ、嫌だ!」

早口でまくしたてる里保の目に、また涙が盛り返してきた。
「ずっと一緒にいてくれるって、言ったじゃん!」
里保は叫んだ。


「でもね、夢はいつか 覚めるんだよ」

280 :12月22日 :2014/03/31(月) 21:14
えりぽんの白い指先が伸びてきたかと思うと、黒い柔らかな髪がふわりとなびいて、目の前に覆いかぶさってきた。
二人はソファに倒れ込んだ。

「えりは、里保が傷つくところを見たくないっちゃ」

里保はどぎまぎと、いい匂いのする首筋ごしのポインセチアに視線をさまよわせていた。
えりぽんが何を言っているのか、よく分からなかった。

「本当のことを知ったら里保は、きっと死ぬほど傷つくっちゃ。
 何も見なくていい。
 何も聞かなくていいっちゃ。
 えりと一緒に暗闇にいよう。
 何も聞こえない、あったかい暗いとこに、二人でずっといよう」 
281 :12月22日 :2014/03/31(月) 21:15
柔らかくて少し冷たい手が、里保の長い髪をかきわけ、耳をふさいだ。
薄くきれいな血の色が透けた唇が、頬に触れるか触れないかのところで、空気を揺らしている。
里保は、耳の上の手に手をかさね、上気した頬をそっと押しつけた。

「いいよ。
 えりぽんが言うなら、信じる。
 えりぽんが私の害になるようなこと、するはずないもの。

 二人でずっといよ。
 ずっと一緒にいよ」


それに、万が一自分になにかあったとしても。
えりぽんといっしょに終わるのならば、

それ以上の最後のかたちはないような気がした。




282 :12月22日 :2014/03/31(月) 21:15

   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥


283 :12月22日 :2014/03/31(月) 21:16

その夜、里保自身もいつ寝入ったか分からない暗い眠りの底で、怖い夢を見た。
あの川原で、えりちゃんはおらず、黒ずくめの知らない人が立っている。
小さな里保は、凍りついて動けなかった。
黒い前髪のあいだから覗く赤い眼が、こっちを見下ろしている。
えりちゃんは、どこに行ったんだろう?
えりちゃん、早くここから逃げないと。


お母さんの言うことを聞いておけばよかった。
そのお化けみたいな人が、まっすぐ手を伸ばし、川面を指さした。
白い。生きてる人の手じゃないみたい。
全身黒ずくめのその人は、まるで、まるで、

お化けというより、まるでえりちゃんと里保をさらいに来た、死神みたいだ。




284 :12月22日 :2014/03/31(月) 21:17

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285 :12月23日 :2014/03/31(月) 21:17

          12月23日


286 :12月23日 :2014/03/31(月) 21:17

   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥


287 :12月23日 :2014/03/31(月) 21:18

その日、神様が温度設定を間違えたとしか思えないような気温の中、
時間になっても出てこない里保を不振に思い、山本は携帯をコールした。
車の外に出ると、高らかに笛を吹いた北風がコートの地をつらぬき、腕の産毛を逆立てた。
溝口から連絡してもらって管理人に鍵を開けさせると、
ぐったりして動かない里保が空調の効いた部屋に横たわっていた。


「ハア?意識不明!?」
葛西と先に会場入りしていたエンドーは、素っ頓狂な声を出した。
「んなバカな。どーせあいつ、寝坊しただけだろ?」
「まさか、ストーカーに…」
最悪の可能性を考えて溝口は顔をこわばらせたが、山本の話だと、部屋にも里保自身にも異常はなかったようだ。
288 :12月23日 :2014/03/31(月) 21:18
車で病院に運ばれた里保は意識を取り戻したが、事務所の絶対命令で、今日は精密検査を受けることになった。
慢性状態の緊張と心労が体に影響したのかもしれない。

スタッフが、「鞘師里保 体調不良のため握手会欠席」の立て札を用意している。
オークションで里保の券を高値で落札したヲタたちは、大いに騒ぐだろう。
しかし、里保の体には換えられなかった。


289 :12月23日 :2014/03/31(月) 21:19

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290 :12月23日 :2014/03/31(月) 21:20
ベルサール渋谷ガーデンの植え込みの陰に、弓削は原付を止めた。
この寒さをものともせず、ある者は数人で固まって、ある者は携帯をいじりながら、入場待ちをしている。

ガラスの向こうに、いかつい顔の男を見つけた。

「アレ、確か…山本のとこの上司だな」

上司は、とても社会人とは思えないような年齢の少年と話をしている。
弓削はそっと、関係者通用口をうかがった。
これはまだ使えるだろうか。
革手袋を突き抜けた寒風で麻痺した手で、苦労して名刺を引っ張り出した。
「週間真実 弓削 厚則」と、6年前の肩書きが印刷されていた。
二秒もじっとしていられない風をよけるように、弓削は、駐輪場から大またで飛び跳ねて行った。

291 :12月23日 :2014/03/31(月) 21:20

   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥


292 :12月23日 :2014/03/31(月) 21:22

「あっつ!」
まーちゃんがビックリした顔で、ドライヤーを落とした。
「あーホラ、濡れた手で触っちゃ駄目だよ、まーちゃん」

春菜が呆然としている優樹のそばから、慌ててコンセントを離した。
びしょびしょの手でプラグを抜こうとしたため、感電してしまったらしい。


「まーちゃん!まーちゃん!」

いきなり飛び込んできた工藤が、肘を抑えている優樹をむりやりさらっていった。
優樹の体を壁に押しつけるようにして、携帯の画面を呼び出す。
「これ見て。これ」
293 :12月23日 :2014/03/31(月) 21:23
GPSの画面に、オレンジの光がともっていた。
優樹がぼんやりと工藤を見返すと、「なんで分かんないんだよ」と苛立ったように工藤が言った。

「イチゴイチゴだよ! 今日起動してみたら、ちゃんと映るようになってたんだ。
 これ見て!今、ここのすっごい近くだよ」
「うええー!!近くにいるのおー!?」
工藤がヒソヒソ声でささやいた。
「そだよ。これがウチらが今いるところでしょ。このオレンジのとこは、駐車場だよ。しんせん…ちょう渋谷松岡ビル第二サン…パーキング?…」
色と直線で表現された渋谷の地図から目を離し、優樹が工藤を上目遣いに見上げた。

「……どうすんの?

 溝口さんにゆうの…?」

工藤は、ウッと言葉につまった。

294 :12月23日 :2014/03/31(月) 21:24
さっきのスタッフたちの様子を思い出す。
溝口は昨日に引き続いて鬼みたいな顔をしていた。
里保の病院にはサブマネージャーの牧野が代わりに向かっているようだが、このことを、何と切り出せばいいのか。
そもそも、工藤たちの言うことを信用してもらえるのだろうか?

工藤が恐怖と使命感をはかりにかけてうなっていると、
「お前らコソコソ何やってんの。
 まさかまーたパトロールとかやってんじゃないだろうな」
手ごろなエンドーがのんきに歩いてきた。


295 :12月23日 :2014/03/31(月) 21:24

   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥


296 :12月23日 :2014/03/31(月) 21:27

「イチゴイチゴ?」
エンドーは見るからに信用してない顔で眉根を寄せた。


「なんでお前らに分かったわけ?」
「だーから、言ったじゃん! あたしが、中に入って見たの。写真があったんだよ!
 あんたも写ってたよ。マンションから出る所」
「んだよそれ。もっと早く言えよ!」
「しーっ。人来ちゃうよ!」

三人は工藤の携帯を中心に、コソコソ身を寄せ合っていた。

「何で昨日言わなかったんだよ!」
「仕方ないでしょ、うるさいなー」
工藤がきまり悪そうに口をにごす。
「で、ひらがなは。上んとこの地名は?」
「ひらがな?地名?」
「ナンバープレートの地名!品川とか横浜とか…」
「そんなの覚えてないよ」
「つっかえねー!!」
「しーっ。遠藤、しーっ!」
297 :12月23日 :2014/03/31(月) 21:28
エンドーは、今度は優樹に怪訝そうに聞いた。「何で俺が静かにしなきゃいけないの?」

「溝口さんにばれたら、うちら超怒られるんだよ! だから、遠藤、見てきてよ。
 すぐそこだもん。えーっとね、確か…」
「工藤!佐藤!」

遠くから響いてきた溝口の声に、優樹が首をすくめた。

「ミーティング。早く集まりなさい!」
「えーと、えーと、神泉町渋谷松坂第二パーキング!
 ちょっと行ってきて、遠藤。
 イチゴイチゴ。白いバン!

 あと、これ他の人たちには内緒だから。約束だかんね!」

一方的にまくしたて、慌てて走っていく工藤たちに、エンドーはがりがりと髪をかいた。
何て勝手なやつだ。


298 :12月23日 :2014/03/31(月) 21:28

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299 :12月23日 :2014/04/02(水) 18:59

「ねえ、君たち、モーニング娘。の人だよね?」
春菜と亜佑美は固まった。
トンチンカンな質問を投げかけてきたのは、バックパックを提げ、薄い無精ひげを生やした長髪の男だ。

この時間にここ、ベルサール渋谷の楽屋裏を歩いているのがモーニング娘。でなくて、何だというのだ。
「あぁ、待って待って、逃げないで、怪しい者じゃないから!
 フリージャーナリストの、弓削厚則っていいます。
 ちょっと話、聞かせてくれないかな?」
「じゃーなりすと…?」
「怪しいよ、はるなん。絶対取材の人じゃないよ。
 大体おかしいじゃん、こんなとこいるなんて」
「すみませんけど、お話とかは、マネージャーさんに相談しないと勝手にしちゃいけないことになってるので…」

弓削が一歩を踏み出すと、二人は、尾を踏まれた兎のように一目散に逃げていこうとした。

「待って!
 鞘師さんのストーカーを追っているんだ。
 あいつは6年前、人を殺した凶悪犯なんだ!」

二人の足が、ぴたりと止まった。
300 :12月23日 :2014/04/02(水) 19:00
「君たちは知らないと思うけど、6年前、東急多摩川線エリアの学校を狙って、連続して猥褻事件があった。
 被害者は16歳、17歳、9歳、13歳、
 そして、最後の被害者は17歳。首を絞められて森の中に捨てられた。それきり、事件はぱたりと止んだ」

弓削から慎重に距離を取り、二人は息を呑んだ。

「犯人は、狙った獲物に必ずポストカードを送りつける。
 何年か潜伏して、今また世間に這い出て来たんだ。
 このままじゃ、鞘師さんの身が必ず危険になる」
「さ、殺人犯… 
 警察に言わなきゃ。そうだ、警察が動いてくれないって溝口さんが言ってましたけど、これならさすがに動いてくれますよね!?」
「事件はなかったことになってるんだ」
「え?」
301 :12月23日 :2014/04/02(水) 19:01
弓削はゆっくりと、襟に手を回しながら言った。

「最後の被害者は、自殺ってことになってるんだよ。
警察が現場検証でそう結論を出した。
 だから大した報道もされなかった。四件続いた猥褻被害が自然におさまった、どこにでもよくある、ニュースにするまでもない風景さ。
 だが、僕は事件を追ってた。あれは絶対に自殺じゃない。
 殺された亀山絵美里の事件はこの世から消えた。僕は、それをどうしても日の元に晒してやりたいんだ!」

「わ、分かりましたけど…」
春菜は眉を八の字にした。
「私たちにどうしろと」

「思い当たる話を全部聞かせてほしい。あいつは、君たちが思ってるよりずっと危険なやつなんだ」

亜佑美と春菜に取っては、目の前の自称ジャーナリストだって十分危険な相手だ。
黄色いウインドブレーカーの会場スタッフが通路を横切り、弓削の注意がそれた瞬間に、二人は呼吸を合わせてダッシュした。

「あ、ねえ! 怪しい者じゃないって!本当だって!」
「すいません!
 信用できません!
 事務所を通してくださーい!!」
ばたばたと走っていく足音。弓削はため息をついて、襟元にスイッチを仕込んだICレコーダーを切った。
成果ゼロか。


302 :12月23日 :2014/04/02(水) 19:02

   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥


303 :12月23日 :2014/04/02(水) 19:12


245 :名無し手配中。。。 2012/12/23(日) 10:22:13.27 0
38 :名無し募集中。。。 2007/10/8(月) 19:12:48.06 0
 迷惑ヲタ異常犯罪者 荻島進
 IPアドレス 200.152.03.0
 ホスト名 i200-152-03-a001.ap.plala.or.jp
 IPアドレス割当国 日本 ( jp )
 市外局番 該当なし
 接続回線 光
 都道府県 東京都

 mixiプロフより
 萩島 進
 年齢 29
 趣味 格闘技 
 推しメン歴 かおりん→梨華ちゃん→愛ちゃん→小春
 
関東近郊でチケットやり取りorグッズ取り置きできる人メッセ下さい
DD、推しかぶりNG
ハロ以外のアイドルのヲタマイミクNG!!




 フェイスブックの魚拓↓
 ttp://i.imgur.com/Jikl3kG.jpg

 ご尊顔の魚拓↓
 ttp://imgur.com/NUqv03s.jpg

304 :12月23日 :2014/04/02(水) 19:13

246 :名無し手配中。。。 2012/12/23(日) 10:23:40.08 0
ワロタwwwwwwwwww
思いっきり顔割れてるwwwwwwwwwwwwww

247 :名無し手配中。。。 2012/12/23(日) 10:24:10.45 0
荻島進www

248 :名無し手配中。。。 2012/12/23(日) 10:26:53.21 0
母ちゃん泣いてるぞ進

249 :名無し手配中。。。 2012/12/23(日) 10:29:06.13 0
ご尊顔の魚拓↓
ttp://imgur.com/NUqv03s.jpg

上祐に似てる

250 :名無し手配中。。。 2012/12/23(日) 10:33:28.43 0
この祭りのとき狼いたな
懐かしいわ

251 :名無し手配中。。。 2012/12/23(日) 10:38:50.02 T
おい慰謝料払ったのかよ萩島進
真性キチガイブサキモヲタオヤジがよ

252 :名無し手配中。。。 2012/12/23(日) 10:45:12:07 0
 50 :名無し募集中。。。 2007/10/8(月) 20:03:30.16 0
 このスレは捏造につき無意味。
 嫉妬して捏造したところですべて拉麺男さんのエネルギーになるぞ。
 そんな当然の真理も分からない低脳ども本当哀れ。

↑当時自分のIPばれたくなくて必死な萩島さん
 ゴキブリwwwwww


253 :名無し手配中。。。 2012/12/23(日) 10:56:01:13 0
生ゴミすなぁ(´・ω・`)

254 :名無し手配中。。。 2012/12/23(日) 11:12:20:45 0
極貧ブサキモメンはどうあがいてもアイドルにキモイ言われるだけなのにな
見てんだろ拉麺男?出てこいよwwww

255 :名無し手配中。。。 2012/12/23(日) 11:53:35:05 0

ダ イ バ ー 終 身 名 誉 犯 罪 者  萩 島 進




305 :12月23日 :2014/04/02(水) 19:14

すえた腐敗物が発酵しているような、腹を焦がすイライラ。


暗いところで、ススムは携帯の画面を眺めた。
俺を罵る、肉をでっぷりたくわえた不潔なキモヲタ。どうせこいつらは、ススムを目の前にしたら何も言えないに決まっているのだ。
俺は、十何年も運動したことのないようなやつらとは、違う。

いっぺんにさまざまなイライラが襲ってくる。
会社の女。上司。
当然の権利であるはずの有給を申請したら、「君ねえ、今の状態と照らし合わせて申し出るくらいできないの?」と言われた。
今の職場は8割女の職場だから、女と会話のできないススムの浮きようと言ったらない。
腫れ物扱いだった。

出会い系の女たち。
インターネットで男を漁らなければならないような最底辺どものくせに、
ススムが話しかけると戸惑ったような顔をしたり、視線をさまよわせたりする。
髪もパサパサだ。

貴重な時間を割いてブスに会ってやっているのに、
自分が緊張の汗をかき、必死に気を使い、媚びて、気まずい時間の費用を捻出している。
まともに女と関係を築けない後ろめたさばかりが表面化され、
女の眼差しが軽蔑に変わっていく。
惨めで、殺意が湧いた。
306 :12月23日 :2014/04/02(水) 19:15

ダイバーちゃんねるの奴ら。
こいつらはいけない。
里保にはススムという運命の男が現れたのだから、
こいつらに引導を渡してやることはむしろススムの慈悲なのに、
なんだかんだと人格を汚すようなことを言ってくる。
無駄に煽り能力だけ高い奴ら。
こいつらを敗北感にうちのめさせ、自分への評価を訂正させるには、
ススムと里保が「愛し合っている」写真をアップするぐらいしないといけないのかもしれない。


里保を瑞々しい髪の上で蹂躙している自分が思い浮かび、強烈な恍惚が下半身を駆け上がってきた。
目の前でばたばたと走っていく音が聞こえる。
もうすぐ握手会だろう。
焦るのはいけない。すべて、予定どおりに。
腹の奥にまだ煮えたぎるマグマを自覚しながら、ススムは正確に時間を測っていた。



307 :12月23日 :2014/04/02(水) 19:15

   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥


308 :12月23日 :2014/04/02(水) 19:17

握手を終えたヲタの後ろから現れた人物に、工藤の笑顔は硬直した。
「何やってんの?」

不機嫌な顔をしたエンドーが、言った。
「神泉町渋谷松坂第二パーキング ってどこだよ」
「は?」
「だから、「神泉町渋谷松坂第二パーキング」なんか、ナビで検索しても出ねーんだよ!
 どこだよ!」
スタッフに頼んで列に入れてもらったらしい。工藤は眉をひそめて、言った。

「なかった?」

「ねーよ!
 渋谷中探させるつもりか!」

シンセンチョウシブヤ…シンセンチョウマツザカ…とぶつぶつ言っている工藤をよそに、エンドーに剥がしスタッフの手がかかった。焦れているファン達の前で特別扱いはできない。
「ごめんエンドー、思い出しとくからもっかい並んできて!」
「てめー!」
ぽいっと剥がされて、床を蹴りながら最後尾に並びなおすエンドーに誰かが話しかけてきた。

「握手は初めて?」
さっきも後ろに並んでいた工藤ヲタだった。どうやらループというやつらしい。
309 :12月23日 :2014/04/02(水) 19:18
「なんだか工藤、君のとき困ってたね。
 アイドルにも答えやすい質問ってのがあるから、覚えといたほうがいいよ。
 たとえば君のストラップ、これレアものだろ?」

ヲタはエンドーのポケットからぶら下がっているフランキーを指して言った。

「デュフフ、ぼくも工藤が好きだって聞いてから、ワンピース読み始めたんだ。
 このシリーズはファミマ限定で、特に色違いは生産数が少なくて当てるのに苦労する。
 こういうのから話の糸口をつかむといいよ。
 ぼくなんか、この間、レアのチョッパーがかぶっちゃった。グフフ」
「ウソマジで!?
 チョッパーだけ出ないんだけど。どの店で買った?」
駐車場を放り出して夢中になり始めたエンドーの後ろに、どんどんとまた列が伸び始めた。


310 :12月23日 :2014/04/02(水) 19:19

   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥


311 :12月23日 :2014/04/02(水) 19:21

「先生!」

通用口から出てきた溝口が、尾田沢の顔を見つけて、こっちに走ってきた。
いつもの人のよさそうな顔に、なぜか絆創膏を貼っている。
「来て下さったんですね。ありがとうございます」
「いえいえ。今日は里保さんは…?」
溝口の表情にさっと暗い影が落ちた。
「病院…です。私は現場を離れられないものですから…」

ベルサール渋谷から徒歩一分のカフェ。
合間を縫っての食事休憩だという溝口に付き合って、尾田沢は籐の椅子に腰掛けた。

「ここのクラブハウスサンドが美味しいんです」
「あ、じゃあそれで」

溝口の携帯が鳴った。立ち上がる元気がないのか尾田沢から少し体をそらし、籐椅子にもたれかかったまま電話に出る。

「牧野? 鞘師の様子は………………うん……うん…………何言ってるの。そんなのだめに決まってるじゃない」
溝口の眉間に皺が戻ってきた。「ちょっと鞘師に代わりなさい」
312 :12月23日 :2014/04/02(水) 19:22
「鞘師? あなた自分がどういう状態か分かってるの。朝からぶっ倒れたんだよ。
 今日一日はおとなしくしてなきゃ。病院でもそう言われたでしょ?………」

受話器の向こうで里保がなにやら懇願していた。

険しい顔でこめかみを揉んでいた溝口は、コーヒーが運ばれてきた時点で根負けした。
「分かったよ。ちょっとだけね。
 あと、あなたは今日、握手会を休んでるんだから。ファンの人に姿を見られないように。気をつけてね。いいね」

深いため息をついて、尾田沢のほうを見ると、困ったもんだと肩をすくめた。
「最近迷惑かけどおしだから、せめてメンバーに謝りたいって。
 病院から家に帰らせるつもりだったのに、サブマネージャーと一緒にこちらに来るそうです。
…本当に気にしいなんだから。そんなんだから、病気になるんです」

手を付けないままのコーヒーの前に、サンドイッチが運ばれてきた。
313 :12月23日 :2014/04/02(水) 19:22
「先生。私、鞘師を休ませたいと思っています。
 事務所がどう言っても、あの子自身がどう言っても、ハロコンが終わったら休ませてあげたい。
 あの子は強いけどひねくれ者だから、誰かに頼れないんです。
 だから「えりぽん」を生み出して、辛さを自分で補完するしかなかったんです。
 本当は仕事が重荷なのかもしれない。エースでなんていたくないのかもしれない…」

尾田沢は、ゆっくりと頷きながら聞いていた。
尾田沢としては、溝口の体調も心配だった。
髪を後ろでしばってピンと張った顔が、この前より青白さを増している。
メンバーには鬼のように恐れられている溝口だが、こうやって見ると頼りなげな細身の女性だった。
314 :12月23日 :2014/04/02(水) 19:23
「ところで先生。どうされたんですか、顔」
「ああ…その、患者さんに引っかかれましてね」尾田沢は苦笑した。
「暴れたところを取り押さえようとして」
「ああ…」

なんとなく事情を察した溝口が、同情の視線を向けてきた。

「大変なお仕事ですよね。先生は…」
サンドイッチを義務的に手に取り、チーフマネは言った。
「仕事がいやになったことが…
 辞めたくなったことは、ないんですか?」
「ありますよ」

尾田沢も、サンドイッチにかぶりついた。パセリと粒マスタードのソースが鶏肉に絡みついて、確かに美味しかった。
315 :12月23日 :2014/04/02(水) 19:25
「今よりずっと経験も浅かった頃、とても難しい患者さんに当たったことがあります。
 僕がなんとかしてあげたかった、でも無理だった。
 無力感に襲われて、何のために医者をやっているんだろうって、こんなことなら辞めてしまおうって、毎日塞ぎ込んでいました。

 でもね、ある日偶然、本当に偶然、溺れている子どもを助けたんです。
 ご両親にもすごく感謝されました。濡れた小さな体の感触が今も手に残っている。
 そして僕は、人を助けることってなんて素晴らしいんだろうと、医者を目指した初心を思い出させてもらいました。
 あの子に感謝しないといけないのはこちらです。
 おかげで今も、医者を続けられています。
 
 里保さんにも、そんな転換がきっと来る。あなたにもね」


鼻と頬骨の高い溝口の整った顔に、ほんのりと血の気が戻ってきた。
動作に迷うようにコーヒーカップを持ってから、「いけない、もう行かないと」と腕時計を見た。

「先生、いつも話を聞いていただいてありがとうございます。
 鞘師のことは…歩み寄れるように、頑張ってみます。
 また病院で…それと」
コートを抱えた溝口は、初めて少しだけ笑った。
「私もその子に感謝しています。おかげで鞘師が、先生に診察してもらっている」


316 :12月23日 :2014/04/02(水) 19:28

   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥


317 :12月23日 :2014/04/05(土) 13:28

葛西は、人でごった返す会場の中を、皺の奥の目で睨みつけていた。


場内は、男が八割。犯人の体格と年齢に合致するのは、そこから更に三割といったところだった。
山本はもうこちらに向かっているが、里保が欠席ということで犯人は来ないかもしれない。できれば里保の携帯を見たかった。
山本が里保を担ぎ出すときに携帯も持ってきていてくれればいいが、
あいつにそこまでの機転は期待できなかった。

犯人のメッセージが携帯に入っているかもしれない。
できれば、今ぜひそれを見たかった。
ここにいるのか。 それとも、帰ったのだろうか?
万が一車のあとに着いて病院に向かっているとしたら、注意させねばならない。

犯人は今、どこにいるのだろう?


318 :12月23日 :2014/04/05(土) 13:29

いっぽう、エンドーは、工藤の列を三ループ目に突入していた。

「くっそ、あいつ、もうダメだろ。ぜってー思い出さねえだろ、名前」
握手そっちのけでイライラと跳ねているエンドーを不思議そうに見て、同じく三ループ目のヲタは言った。
「何の名前?」
「ねえ、神泉町渋谷松坂第二パーキングって知ってる?」
「シブヤマツザカ?」

ヲタはしばし首をひねり、
「渋谷松岡ビルのことかな?」
「そこに駐車場ってある!?」
「確かあったよ。立駐のやつ」
エンドーは躍り上がって、ヲタとハイタッチした。
「サンキュー!
 工藤と仲良くなっ!」
「お、おい待てよ。握手はー!?フランキーの話は、いいのー!?」
親切なヲタに手を振りながら、エンドーは列を抜け出した。


319 :12月23日 :2014/04/05(土) 13:30

「葛西さーん! 俺ちょっと抜けてきていい?
 怪しい車見っけたんだ。たぶん、ストーカーのやつだと思う」
「車ぁ?
 どうやって見つけたんだ?」

葛西の疑問ももっともだ。仕方がないから、さっきの工藤の言い分をまるまる流用することにした。
「えーっと、うみねこスタジアムの駐車場で見かけてさ。窓から見たら、盗撮した写真とかどばーっと乗ってて。うん、あれ絶対そうだと思うよ。うん」
「なぜその時に言わなかった!?」

やれやれ、全部さっきの自分の質問だ。

「いや、ちょっとタイミングなくてさ!
 すぐ戻ってくるから、葛西さん、似顔絵男の見張り頼むよ。山本さんもいないんだしさっ!」
返事を待たず、エンドーはダッシュで駆け出した。



320 :12月23日 :2014/04/05(土) 13:31

「お、チビっ子探偵がどっか行くな」
ロビーで寒そうに手をこすり合わせていた弓削が、腰を浮かせた。
「密着、密着っと」



321 :12月23日 :2014/04/05(土) 13:32

   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥


322 :12月23日 :2014/04/05(土) 13:33
レクサスの後部座席から身を乗り出していた里保は、
ベルサール渋谷ガーデンの建物のほうから、煙が上がっているのに気がついた。

「あれ…?」

助手席に座っていたサブマネージャーの牧野が、太い眉の下の目をほそめる。
右折信号で曲がると、野次馬が同じ方向に駆け出していた。
ガラス張りの建物から、どんどん人が吐き出されているのが見えた。

「おいおい、ウソだろ?」
牧野が慌てて信号待ちの車の外に出る。
握手会の会場からはっきりと煙が出ていた。
牧野が携帯を鳴らしながら走り出し始めた。
レクサスを路肩に止めて、「里保ちゃんは中にいて」と言い残し、山本も外に出た。
323 :12月23日 :2014/04/05(土) 13:34
「え?火事? え?」
心臓がどくんどくん言い始めた。
自分もかけたいが、そもそも携帯を家に置いてきてしまった。
みんな、握手会真っ最中のはずだ。
ロックを外しかけて少し迷い、牧野のかばんをあさった。あった。未使用の風邪マスク。髪をコートの襟元に押し込み、少しでも顔を隠して、里保は車の外に出た。

写真を撮ったり、携帯をタップしたり(どうせ呟いているのだろう)している野次馬の群れを縫って入り口に行くと、係員が「近づかないで下さーい!」と大声で吠えていた。
中から破裂音が響き渡り、遠巻きの群集がざわめいた。里保は裏口に駆け出した。
324 :12月23日 :2014/04/05(土) 13:35
「え!?うそ」
ドアが開かない。
非常口が開かないなんてことあるのだろうか。
ドアノブをがちゃがちゃやったり、押したり引いたりしてみたが、やはりびくともしない。
メンバーは。溝口たちは?

さっきの破裂音と煙が蘇ってきて、里保のみぞおちがちりちりと焦げた。

「他にどっか出口。出口は!?」

髪を振り乱して、里保は叫んだ。
地下駐車場からのエレベーター――――
火元の方向に走り出していく少女の背中を見て、係員が大声で制止したが、里保は止まらなかった。



325 :12月23日 :2014/04/05(土) 13:35

   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥


326 :12月23日 :2014/04/05(土) 13:36
「だめです。開きません!」

スタッフが、必死の形相で振り向いた。

「誰だ、非常口に鍵をかけたやつは!?」
「鍵だ!伊東、鍵持って来い!」
建物の中には警報アナウンスが響いている。スタッフルームから一番近い非常口に誘導されたモーニング娘。と事務所スタッフたちは、扉の前で立ち往生していた。

「正面入り口から外に出ましょう。火の周りを見てきます」
葛西が引き返していった。
不安な表情でかばんを抱きしめている年下の後輩たちを、さゆみとれいながなだめている。
袋小路になった狭い通路は、煙が回ってきたらひとたまりもない。

鍵束をじゃらじゃら言わせて戻ってきた係員が、鍵をつっこもうとして、「あれ?あれ?」と、覗き込んだ。
「鍵穴が…接着剤で固められてます!」
その言葉は、今この状況が人為的に作り出されたものであることを、全員に悟らせた。
327 :12月23日 :2014/04/05(土) 13:37
「戻りましょう」
溝口が言ったとき、すぐそばで、大きな破裂音がこだました。
聖が悲鳴を上げて、亜佑美に寄りかかった。

「皆さん、こっちです!」

どこからか、係員が踊りこんで来た。
「こっちなら安全です。さあ、皆さんこっちへ!さあ、早く」
誘導に従って、娘。たちがばたばた駆けていく。最後尾にいた溝口に、係員が声をかけた。
「あ、鞘師、鞘師里保さんは?」
「鞘師?」
328 :12月23日 :2014/04/05(土) 13:37

溝口は立ち止まってじっと見た。
係員は奇妙な目の光をして、こっちを見返している。
三十代。中肉。170センチ台後半――― 黒々とツヤ消しされたような鈍い色の目は、溝口を通してなにか別のものを見ているような気がした。


「鞘師は、いませんが」
「いない?………」
係員の手は、細かく震えていた。
溝口を呼ぶ、甲高いれいなの声が聞こえる。
通気ダクトから忍び寄った煙が、辺りの空気を乳白色に染め始めていた。
係員はきびすを返し、反対方向に走り出した。
「どうかしましたか?」
葛西が走りよってきた。何か言いたげに固まっている溝口を見下ろして、「とにかく、避難しましょう」と葛西は溝口の肩を押した。



329 :12月23日 :2014/04/05(土) 13:38

   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥


330 :12月23日 :2014/04/05(土) 13:39
地下駐車場からエレベーターで一階に上がった里保は、飛び込んできた白煙に思わず目をつぶった。
ホールの奥が煙で霞んでいる。一階が火元なのかもしれない、悲鳴と怒号が飛び交ってパニックに陥っていた。
押さないで。一列になって。どけ、何やってんだ。前の人を押さないで下さい。

みんな自分のことに精一杯で、里保のことになんて気づかない。
ホールからスタッフルームのほうに行くのは無理そうだった。
非常口を塞がれて、みんなちゃんと避難できているのだろうか。
里保は焦れて「うぅ〜」とうなった。
お願いえりぽん、みんなを守って。

そうだ。二階から回り込めば、行けるかもしれない。

今上がってきたエレベーターに戻って、上昇ボタンを押した。
閉じかけた扉に、突然ぬっと腕が差し込まれた。里保はひっと息を呑んだ。
331 :12月23日 :2014/04/05(土) 13:39

「何やってんだ、おまえ」

「エンドー!」


「早く行くぞ、みんなもう外にいる。ったく一人でどこ行く気なんだよ」
「び、び、びっくりさせないでよ〜、バカ!」
「バカはどっちだ、危ないんだぞ、バカ!」

ケンケン言いながら外に出ると、消防車のうなり声が聞こえた。
交通整理のパトカーも到着している。
ベルサール渋谷の周辺は、にわかにサイレンの喧騒に包まれた。



332 :12月23日 :2014/04/05(土) 13:40

   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥


333 :12月23日 :2014/04/05(土) 13:42

ススムは、走った。走って、走って、駐車場の脇路地に戻ってきた。


こんなはずじゃなかった。この肝心な日に、里保が欠席するなんて思ってもみなかった。今まで握手会を休んだことのなかった里保が、よりによってこの日に…
ベルサール渋谷からは、サイレンの音が聞こえている。係員のウインドブレーカーを着たまま、ススムは息を整えた。

「ちょっと、いいですか」
後ろから、声が聞こえた。


長いコートを着た壮年の男が、刺さるような視線でこっちを見ている。

「あなた、あそこの建物から出て来ましたよね。ちょっとこっちを向いてもらえますか」

334 :12月23日 :2014/04/05(土) 13:43
有無を言わさぬ口調。全身の筋肉がこわばったススムは、ぎこちなく振り返った。
三十代。中肉。170センチ台後半―――
男の眼が、ススムに恐怖を呼び起こした。
父親と同じ眼だ。ススムを疑い、一部の不正も許さない眼…

脂汗をかきながら、ススムはポケットの中の手を握り締めた。怖いと息が弾むというのは本当だ。無造作に見えて全く隙のない足取りで、男が近づいてきた。

警察官かもしれない。警察なら、柔道か剣道の段位を持っているはずだ。男がススムの肩をつかみ、向き直らせようとした。

「…!」

ポケットから抜き出したナイフが、男の右腕に深々と突き刺さった。
右腕で胴への攻撃を守った葛西が、ススムの襟を取ろうとして、バランスを崩した。ススムはもう一度、わき腹にナイフを突き出した。
葛西の巨躯が冷たい路面に崩れ落ちた。
335 :12月23日 :2014/04/05(土) 13:44

「…何だよ。見るなよ」

地獄の鬼のように血走った目で、葛西が下から睨みつけている。
心臓が不整脈を起こしたように、不安定に波打っていた。
ナイフからこぼれ落ちる血で固まってしまったかのように、指が離れなかった。
お前が、いけないんだ。お前が弱いからいけないんだ。

そうやってあんたは僕の全てを否定する。
でも、僕だって、人の何倍も苦労しなけりゃ普通に生きていけないような人間になんか生まれてきたくなかった。
あんたのせいだ。あんたが抑圧したせいで、僕はこんな人間になってしまった。
336 :12月23日 :2014/04/05(土) 13:44

「見るなよ。見るな!見るな!見るな!!」


ススムは刑事に馬乗りになり、滅多刺しにした。
ぶるぶる震える指でナイフを引き抜くと、真っ赤な鮮血が顔を濡らした。
顔を裂かれ人相が判別不可能になった男から、ススムは飛びのいた。
万が一、里保が言うことを聞いてくれなかった場合に使うつもりだったナイフ。
荒い息をつきながら、裏路地を飛び出し、ススムは渋谷松岡ビルに駆け込んだ。


椿の花と同じぐらい深い紅の色が葛西から流れ出し、凍てついた路面に花びらを広げていった。





337 :12月23日 :2014/04/05(土) 13:45

   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥


338 :12月23日 :2014/04/05(土) 13:45


集中治療室の廊下で、エンドーは顔を上げた。
ばたばたと誰かが走ってくる。
小柄な40代くらいの女性と、硬い表情をした少年だった。
椅子に座っているエンドーと山本のほうを見向きもせずに、集中治療室に飛び込む。
しばらくして、女性の嗚咽が聞こえてきた。

「……たまんないなぁ」
前髪をかき上げた山本が、青白い顔でぼやいた。
339 :12月23日 :2014/04/05(土) 13:46

里保のストーカーは殺人未遂犯に昇格し、現在警察が、溝口はじめ事務所スタッフの事情聴取に当たっていた。

葛西の傷は内臓まで達しており、発見が遅れたこともあってかなりの血が流れ出してしまっていた。
正直、望みは薄いようだ。


エンドーは白くなるほど握り締めた両手を、もう一度組み替えた。
さっきの少年は、自分より三つか四つ上だろうか。あれが息子だろう。
唇を引き結んだ表情の中に、さまざまな感情が燃えていた。
いくら鈍い葛西だって、あの顔を見れば分かるはずだ。会話なんか成立しなくたって、顔さえ見ればいいのだ。葛西がもう二度と開かないかもしれない瞼を上げて、顔を見れば。


「遠藤。山本さん」
低く抑えたさゆみの声が聞こえた。
そのあとに、ぱらぱらと娘。たちの足音が続く。
大体のところは聞いているのだろう。さゆみの表情は鎮痛だった。
340 :12月23日 :2014/04/05(土) 13:47

「事情聴取が終わったので、連れてきてもらったんです。
 りほりほには、絶対外出禁止令が出てますけど… その、葛西さん…」

いつものぶかぶかジーンズの上で指を組んだエンドーは、返事をしなかった。
リノリウムに反射した灯りで薄緑に照らされた顔の中で、ピリピリと光る眼が、高温になりすぎた炎のように透明に輝いていた。


怒っている。
いつか里保が渋谷で絡まれたときと比較にならないぐらい、
皮膚が総毛立つ冷たい熱を放って、エンドーが怒っている。


341 :12月23日 :2014/04/05(土) 13:48
「どうも、とんだことになったな」
「あ、は? 弓削?何でお前がこんなとこに…」

山本が目をしばたかせて、立ち上がった。

「こんな時に何しに来たんだよ、お前がいるとホント色々ろくなことにならないんだから、帰れって」
「ご挨拶だな。救急に通報入れたのは俺なのに」

娘。たちがぽかんとしている中、春菜と亜佑美は現れた弓削に目を見張っていた。
あの不審者はUSSの知り合いだったのか。
342 :12月23日 :2014/04/05(土) 13:48
「彼が刺された後、白いタウンエースが駐車場から逃げ去った。ナンバーは練馬400、さ15−15。
 ナンバーから名前が割れればあいつはもう御用だ。下手に逃げ回らなければ、だけど」
「工藤」
「えっ、あ、はい」
エンドーの低い声に、工藤がびくっとする。
「GPSは」

「GPS?」
さゆみやれいな、諸先輩と同期たちが、工藤を振り返った。
工藤はごくりと唾を飲んで、携帯を取り出した。



343 :12月23日 :2014/04/05(土) 13:49

   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥


344 :12月23日 :2014/04/05(土) 13:50
「だめだぁぁああ、また映らない」
待合室で、砂糖ぬきのコーヒーを前にしたれいなが、呆れたように言った。
「まったくあんた、ストーカーの車にGPS仕掛けるなんて、
 いっちょまえな事するっちゃね」
「もうそれさあ、壊れてるんじゃないの?」
ジュースを吸い上げている優樹の隣で、工藤は、期待に応えようと四苦八苦していた。


「でも、携帯のGPSって、電波がまったくない所では映りませんよね」
春菜が言った。

「そうなの?」
「うん。前にね、彩ちゃんが、GPSで私の居所を検索しようとしたらしくって。
 はるなんがどこにもいない、地方にでも行ってるの、ラジオ収録って嘘だったのって、電話がかかってきたことがあって」
「うわぁ………… 」
「それで調べたんですけど、
 携帯のGPSって、普通のと違って衛星通信とデータ通信のふたつを利用して居場所を送ってるから、
 基地局からの電波が届くとこじゃないと、使えないんですよね。

 だから映らないってことは、電池が切れたか、
 犯人がまったく電波のないとこにいるか…」

「うみねこスタジアムも、ビッグサイトのある10号地第一区画と違って、携帯の基地局が立つようなとこじゃないからな。それで電波が入らなかったんじゃないのか」
「そっかぁ。ハルのケータイ壊れてるわけじゃなかったんだ!」
345 :12月23日 :2014/04/05(土) 13:51
「ってことは今、あいつ電波の届かないところにいるって事ですよね」
亜佑美が落ち着いたアルト・ボイスをひそませて、言った。
「まぁね。電池が切れたのでない限りは。工藤、電池どれくらい残ってた?」
工藤が困り顔でうなり始めて、先輩たちはがっくりと肩を落とした。

「あと一つ。あいつがどーやって、お前らの行動を把握してたかってことだ」

ベルサール渋谷に火をつけたのは、やはりストーカーだったらしい。
最も、警報器に近い3箇所ほどで、遠隔式の出火装置が延焼を起こしただけで、盛大に上がった煙はほとんど発煙筒のものだったようだ。
素人がインターネットを見て作ったような、稚拙なしろものだったということだ。
346 :12月23日 :2014/04/05(土) 13:51
「そこまでやったのは多分、里保を連れ去るためなんだ。でもあいつはあの日、里保が会場に来てないことを知らなかった。

 リハの会場にまでガッツリカメラ持ち込むようなやつがだぜ?
 何であれだけ詳しく里保のことを把握してたあいつが、あの日に限ってそれを知らなかったんだ? なぜ…」

「会場のアナウンス、聞き逃したんでしょう? あの人、ずっと裏に隠れてたんじゃないかな。裏から出てきたもの」聖が思い出したのか、ぶるりと震えた。
「どこかに隠れて、出火のタイミングを見計らってたとか?」
347 :12月23日 :2014/04/05(土) 13:52
「いや、それ以前にさ。
 里保が一人になるチャンスなら、病院からの帰り狙ったほうがずっとよかったはずじゃん。あいつ一人でウロウロしてたんだぜ。里保が会場に来ないこと自体、知らなかったんだ、やつは」
「んー、やっぱ事務所の人間共犯説は、消えたねえ」
「そんなこと思ってたんですか!?」
「いや、藁をもつかむってやつでさ。ハハハ」

ナチュラルに会議に参加している弓削が、重々しく言った。

「盗聴説も、共犯説も消えた、か。
 あいつはどうやって、君たちを監視していたんだろう」
348 :12月23日 :2014/04/05(土) 13:53

「もうさー、電波で読み取ってるとしか思えないよね。れいな達のこと、変な電波で受信してんの」

腕を組んでいたエンドーが、突如さゆみに向き直った。
「溝口さんに電話して」
「え?え?」
訳も分からずに溝口の番号を呼び出したさゆみが、エンドーに受話器を向ける。
『はい。道重?』
「溝口さん?」
いつもと違う声が返ってきて電話の向こうの溝口が戸惑っている。
エンドーは耳の上の髪を一束いじりながら、自販機の光を睨みつけて、言った。

「里保に今まで送ったメール、全部見せて」



349 :12月23日 :2014/04/05(土) 13:53

   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥


350 :12月23日 :2014/04/05(土) 13:54

「もしもーし。
 あのさ、今マンションの下着いたんだけどさ。
 お前の携帯貸してほしいんだけど。

 仕事用とプライベート用と、両方ずつ…」

『エンドー?』

里保の声が、震えている。

「なんだ。どうした?」
『えりぽんが…えりぽんが…』
里保は声を振り絞った。『えりぽんの顔に、傷、つけられた…… ストーカーの人かも…』
351 :12月23日 :2014/04/05(土) 13:54
エンドーは非常階段を、大股で駆け上がった。

「えりぽんって、一緒に住んでるお前の友達? また部屋ん中入られたのか!?」
『分かんない… どうしよう、エンドー…』

7階で勢い余ってスニーカーの底を滑らせ、エンドーはドンドンとドアを叩いた。
涙で頬を濡らした里保が、扉を開けた。
何の異常もないような、里保の部屋。リビングを横切り、寝室のドアを開ける。
そしてエンドーは、初めて「えりぽん」と対面した。


352 :12月23日 :2014/04/05(土) 13:56


「………」

「ほら、見て、ここ。傷がついてるでしょ? いつつけられたんだろう。私が注意してなかったからいけなかったんだ」
里保が指さす先には、ほんのわずかな、髪留めの金具でもつきかねないひっかき傷があった。
「ひどい。やるなら私にやればいいのに。ごめんねえりぽん。ごめん…」

「マネキンだよ」

里保は涙に濡れた顔を上げた。
353 :12月23日 :2014/04/05(土) 13:57

エンドーは曇りのない、大きな目で言った。
「マネキンだよ」

里保は、言っている意味が分からないというように、エンドーとえりぽんを交互に見た。
そして、弱々しく、「えりぽんだよ」と言った。

エンドーは残酷なほど真っ直ぐな目で、もう一度言った。

「違うよ。
 マネキンだよ」

354 :12月23日 :2014/04/05(土) 13:58

エンドーの冴え冴えとした目の色が、視界に飛び込んでくる。
それと同時に、目の前のえりぽんが、どんどん色を失っていった。


里保。


里保。



えりぽんの声が頭の奥で響いた。
そして、透き通るような白い肌は無機物の硬質になり、髪は人工のウィッグになって、里保がどう目を凝らしても、マネキンはもう二度と、えりぽんに戻ることはなかった。

里保はゆっくりと、静かに、膝を折った。

355 :12月23日 :2014/04/05(土) 13:59

冬の星のような明確さで里保の「えりぽん」を殺したエンドーは、
理不尽にも、さっきまで存在していたえりぽんと全く同じ顔で、座り込む里保に言った。

「明日、あいつ、捕まるよ」

そして、携帯を充電器のコードから抜き、
里保に目線の高さを合わせて、よく通る声で言った。
「だから、お前も負けんな」

356 :12月23日 :2014/04/05(土) 14:00
エンドーが動かない里保を玄関先まで連れていき、鍵をかけさせた。
非常階段を下りる音が遠くから響いている。
ぼんやりと里保は、新型のチェーンを見つめていた。
音が消えたように静かな部屋の中は、
久しぶりに、自分以外の誰もいない部屋だった。

えりぽんが消えた部屋。
357 :12月23日 :2014/04/05(土) 14:01
それから、家の電話が何回か、鳴ったようだった。
留守番電話に溝口の声が入っていた。
明日なにかあるから、今日は世田谷のおばあちゃんの家に泊まるか、事務所の人間と一緒にいろと。

誰とも会いたくない。誰にも、自分の姿を見せたくなかった。
腫れた目から無意識に涙が出て、鈍いかゆみを伴っていた。
誰もいない部屋は怖くて、身体の芯が痺れて、とにかく疲れてしまった。
もったりと沈殿した砂糖のような粘っこい眠気に意識を奪われてしまいたかった。
眠って、眠って、里保の輪郭が溶けて、この世からなくなってしまえばよかった。






358 :12月23日 :2014/04/05(土) 14:01

   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥


359 :12月24日 :2014/04/05(土) 14:03

          12月24日


360 :12月24日 :2014/04/05(土) 14:03

   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥


361 :12月24日 :2014/04/05(土) 14:03

空は、嫌味のように晴れていた。
12月24日。グラシアル鷺宮の建物から出てきた小柄な少女は、帽子を目深にかぶり、エンドーに付き添われて車に乗った。
うみねこスタジアムのある埋立地に繋がる陸路唯一の橋、有明埠頭橋に向けて。

『対象、現れていません。通行車両の中に対象の車なし』
運転席に座った刑事が無線からの連絡に頷いている。
有明埠頭橋が通行可能になる早朝四時から、監視カメラによる極秘検問が行われていたが、イチゴイチゴのバンは通りかからなかった。
でも、エンドーには確信があった。
ブログ慣れしているさゆみとれいなが何度も何度も推敲してつくった、とっておきの文章。モーニング。娘のハニートラップ。
必ずやつは引っかかる。
362 :12月24日 :2014/04/05(土) 14:04
この間まで一般車両立ち入り禁止だった有明埠頭橋は、通行する車自体が少ない。
今は圧倒的に工事関係者の車ばかりだった。
うみねこスタジアムの前身であるフェリー埠頭公園には、
野球やバーベキューの客がはるばる徒歩で橋を渡ってきたが、
それでも最寄りの国際展示場駅から数十分はかかる。不便で閑散とした立地だった。

エンドーの携帯が鳴った。山本からだった。
『こっちは配置に着いたよー。いつでもオッケーだ。
 どこにも逃げられない』
「こっちは向かってる、特に異常なし。
 まあ、昨夜からマンションの周り、哨戒のパトカーがうろうろしてんだもん。
 近づいてくるほどバカじゃないだろうな」
363 :12月24日 :2014/04/05(土) 14:05
『しっかしさあ、いいのかね?

 クライアントの娘さんたちを巻き込むことなくない?
 僕らだけでできるでしょ、これ』

「しょうがねーだろ、あっちがやりたいって言うんだから。
 それよりさ、一応聞いとくけど、あんた大丈夫なんだろうな?
 あいつに不覚取ったりとか」

電話の向こうで、山本が不敵に笑った。
『これでも一応、フェンシングの学生チャンピオン。
 棒持ってたら、俺に適うやつはいないよ』

「そんならいいんだけど。

 多分、十中八九、俺たちんとこに来ると思う。
 そっちも油断しないで見張ってて」
364 :12月24日 :2014/04/05(土) 14:06
また電話が鳴った。今度は工藤だ。

『遠藤? GPS映らないよ。朝からずっと。
 やっぱり電池切れちゃったのかも』
「まだやってたのかよ。
 も、いいよお前のGPS。そりゃ念のために番号交換したけどさ」

むくれる工藤の後ろで、優樹が何かわーわー言っている声がする。
娘。たちは危険がないように、今日はそれぞれ一人でいないはずだった。それでいい。今日ですべて終わる。
365 :12月24日 :2014/04/05(土) 14:07
『ねえ、遠藤』
悔しそうに工藤が言った。
『絶対鞘師さん助けてね。ハルの代わりに、絶対鞘師さん助けてね』
「イチゴイチゴを見つけた時点で、お前十分役に立ってるよ。あとは、俺の役目だ」
『あ、そう。
 じゃ、帰ってきたらフランキーちょうだいね』
「え何で?」
『代わりにハルのダブったのあげるから。じゃあね。
 絶対勝てよ、遠藤』
電話は切れた。



366 :12月24日 :2014/04/05(土) 14:08

   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥


367 :12月24日 :2014/04/05(土) 14:08

息が真っ白にくもる冬の朝、弓削は考えうる限りの防寒装備を施して、原付に飛び乗った。

「ひゃっほう!
 今日は特ダネ、特ダネだ! 生ハムだ!
 ボジョレーじゃない、熟成ワインで祝杯だ!」

そうとも、デスクと揉めて雑誌社をやめ、苦節6年。ついに決着がつく。
誰にも渡さない、事件解決の生の現場を、この目で逐一見られるのだ!
拷問のような冬のバイクもなんのその。霜でも雹でも、何でも降れ!
雹とは程遠い今日の気候が、海岸線への道路を光らせた。
コバルトブルーから陽光を反射してマリンブルーに変化する東京湾の向こうに、白い有明埠頭橋が見えてきた。


368 :12月24日 :2014/04/05(土) 14:08

   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥


369 :12月24日 :2014/04/05(土) 14:09
うみねこスタジアムの駐車場。
撮影スタッフが、機材を降ろしている。
溝口が、車から降りてきた少女に寄り添い、今日はよろしくお願いしますと頭を下げている。

見出しは「次世代アイドルエース――― モーニング娘。鞘師里保 2013年・スタジアムライブでの幕開け」といったところか。
冷たい海風が吹き抜ける中、責任者らしき男が走ってきて言った。
「すみません、工事の車どけてもらうので、もうちょっと待ってもらえますか」
370 :12月24日 :2014/04/05(土) 14:10
今日は里保の単独インタビューの日だ。
それも、日経エンターテイメント、アイドル特集号の表紙を撮影することになっている。
急遽決まったこの美味しい仕事に、マネージャーも浮かれているようだった。

ススムの心も、このクリスマスイブに、これ以上ないほど浮き立っていた。

里保から初めてメールの返信が来た。
メールには、「いつも想っていてくれるあなたに、イブの日に会いたい」と書かれていた。
控えめなハートの絵文字が、ススムの心を撃ちぬいた。
女の子から絵文字をもらったのは初めてだった。
いや、女性から仕事以外のメールをもらったこと自体が、人生初だった。

精一杯おしゃれをして来るから明日、少しだけ時間を作ってもらえないだろうか。
仕事は夜までかからない。
あなたのメールには、いつも勇気づけられていた。いつか、あなたからメールが来るのを心待ちにしていた。

あなたは、今お仕事をしていく上での、私の勇気です。


371 :12月24日 :2014/04/05(土) 14:11
マネージャーは編集者の男と行ってしまい、吹きさらしの駐車場で、里保が一人になった。メールを打つ指ももどかしく、ススムは、「ここにいるよ」と目の前の里保に送信した。
帽子とマスクをかぶった里保が、顔を上げた。
ススムは、ひそんでいた茂みから這い出し、喜悦にふるえる足をひょろひょろと踏み出した。

「なるほど、そこにいたな」

突然、背後から声が聞こえた。
ストリートスタイルの少年と、遠く輪を描いた警官の群れが、周りを囲んでいた。
372 :12月24日 :2014/04/05(土) 14:12
「引っかかったな、バカちん!」
里保が帽子とマスクをむしり取ると、なんとそこには田中れいながいた。

里保のものではない真っ茶っ茶の髪をなびかせ、れいなは勝ち誇って言った。
「こんなとこまでノコノコスケベ心で出てきやがって。観念するがいいっちゃ!」
ヒールで仁王立ちするれいなの前からきびすを返し、ススムは逃げ出した。
輪を詰めようとした警官が、バイクの音に驚いて後ずさる。
真っ黒い小型のバイクが、茂みから飛び出してきた。
「バイクで来てたのか、あのやろー!」
373 :12月24日 :2014/04/05(土) 14:13
駐車場の監視カメラに撮られたのを警戒したのだろう、イチゴイチゴのバンではなく、250ccのバイクでストーカーが逃げていく。
れいなが手近にあった原付に飛び乗り、挿しっぱなしだった鍵を思い切り回した。
「あっ」
ハンディカメラを回す弓削が声を漏らしたが、れいなは構わず、エンドーに向かって声を張り上げる。

「乗るっちゃ、遠藤!」



374 :12月24日 :2014/04/05(土) 14:13

なにかの冗談のような光景だった。
SW−1に乗ったモーニング娘。の田中れいなと少年が、バイクの男を追い回している。

2ケツをしている後続車のほうがどう考えてもスピードが出るわけがないのに、気迫の違いか、ススムはどんどん追い込まれていった。
黒いダウンコートの裾を翻して、ラメ入りのタイツもあらわに、れいなは急角度でカーブを曲がった。
車体が不安定に傾き、後ろのエンドーがスニーカーで地面を蹴って、バランスを取った。
375 :12月24日 :2014/04/05(土) 14:14
れいなが来る必要なんてぜんぜんなかった。
里保の替え玉なんて、ウィッグをかぶったエンドーでもよかったのだ。
でも、れいなは自分が行くと強く主張した。
後輩のトラブルに一番関心のなさそうだったれいなが、マスカラの下の目を憤りに輝かせて、言ったのだ。
「こんなヒキョーなやつ、絶対許しとけん。れーながやっつけたるけん!」
376 :12月24日 :2014/04/05(土) 14:15
制限速度30キロの港湾道路が、殺風景な埠頭区域にさしかかった。
トラックやコンテナや重機が、潮風の吹きさらすコンクリートの上に停まっている。逃げながらススムは、信じられないものを見た。有明埠頭橋の上に、赤い回転灯が見える。陸路への唯一の道である有明埠頭橋を、警察が封鎖したのだ。これではいくら逃げ回っても、袋の鼠だった。後ろからは、髪を風に乱したれいなが迫ってきている。道はどんどん狭くなっていき、「立ち入り禁止」の看板とともに、ついに行き止まりにぶち当たった。
ススムはバイクを捨てて逃げた。


ストーカーが倉庫のほうに消えていくのを認めたエンドーは、原付から飛び降りた。
ガウッ、と半円を描いて停まったれいなは、駆けていくエンドーの背中に向かって、思いきり叫んだ。
「行け―――っ、遠藤!!
 ぶっ殺せ――――――――――!!!」

「おおおおおおおぉぉぉっ!!」




377 :12月24日 :2014/04/06(日) 12:14

   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥


378 :12月24日 :2014/04/06(日) 12:15

あぁ、目が覚めてしまった。
ぼんやりした朝の空気の中で、里保は思った。
なにか夢を見た気がするが、絶望感の冷たいなごりがあるだけで、覚えていなかった。ろくな夢ではなかったのだろう。
里保と長い時間を過ごしてきてくれたマネキンが、そこにあった。

里保は、ベッドに腰掛けてマネキンを見た。
えりぽんとの登校も、レッスンも、生活も、ぜんぶ里保が独りよがりに作り出した代物だった。
変わり者だと自覚している自分の心の穴を埋めるために、自分で作り出した代物だった。

379 :12月24日 :2014/04/06(日) 12:15
多分、本当は分かっていたのかもしれない。
周りの仲間が自分に合わせていることも、うすうす気づいていた。
恥ずかしさと孤独感が腹の底からこみ上げてきた。
どんな顔して会えばいいんだろう。
そして今度何かあったとき、自分は誰の肩で泣けばいいのだろう。
その恐ろしさで、里保はベッドから動けなくなってしまった。

電話が鳴った。
昨夜から、家電が鳴りっぱなしだったことを思い出した。
重い足をなんとか上げて電話にたどり着くと、溝口が心底安心した様子で出た。
『今日は一日外出しないで。今USSと警察の人が、犯人逮捕に動いてくれてるから。
 あなたの家に向かうことはないみたいだから、今日一日、絶対に危ないことはしないでちょうだい』

そうか。溝口が自分を精神科なんかに連れていったのは、このことが原因なのだ。

380 :12月24日 :2014/04/06(日) 12:16
何ではっきり言ってくれなかったんだと、腹が立った。
私のこと、頭が狂った子だって、どうしようって、ずっと困っていたんだ。
悔し涙なのか、悲しい涙なのか最早分からなかった。
腫れた瞼の上を涙が通って気持ち悪い。いっそ水分が全部枯れてくれたらいいのに。

お母さんのことを思い浮かべると、悲しかった。メンバーのことを思い出すと惨めだった。
私を哀れんでいただろうか。
吐き気が喉に上がってきた。
トイレに行ったけど、空嗚咽以外何も出なかった。
怖いな。
一人だな。



381 :12月24日 :2014/04/06(日) 12:17

「夢というのは、無意識のあらわれです」
空っぽの頭の中に、尾田沢の声が蘇ってきた。
「普段忘れているような昔の記憶や心に残ったひっかかり、そういうものが夢という形をとって突如表層意識に浮かぶことがある。

 里保さんが見た、夜中に人が入ってくる夢も、部屋の中に無意識に異常を感じ取っていた、本能からの警告かもしれない。
 本能の直感力は、バカにできないものなのです」

382 :12月24日 :2014/04/06(日) 12:18

ベッドに腰掛けて、勝手に涙が流れるに任せ、里保はマネキンを見つめていた。
そして、頭では、何かから逃げるように考え続けていた。
夢の中に出てくるえりちゃん。
私が「えりぽん」を生み出してしまったことに、夢の中のえりちゃん、は何か関係があるのだろうか。
里保は子供時代の記憶の一部が抜け落ちている。
しかし、思い出したようにぷかりぷかりと意識の表側に浮かぶ夢の断片は、いつも同じだった。
可愛い女の子。乳白色の霧の中に浮かぶ、群青流しの舟。

「えりぽん」っていったい誰なんだ。
考えるんだ。考えるんだ。
えりぽんは実在しないんだ。
私が自分勝手に作り出した、幻想なんだ。

むくりと起き上がり、もそもそコートを着込む。
多摩川に行かなきゃ。
溝口は、里保の家の周辺にはストーカーは来ないと言っていた。もし来たって、いいや。戦ってやる。
だって、今の私には、失うものはなにもない。

383 :12月24日 :2014/04/06(日) 12:19
もう一度マネキンを見た。
考えないと、動かないと、何かしてないと、正面からこの悲しみと向き合えば、きっと自分は壊れてしまう。


あれは嘘なんだ。
考えるんだ。
きのう、エンドーだって「負けるな」と言った。


胸に染みて痛い「えりぽん」の思い出も、優しい残り香も、
ぜんぶ吹けば飛ぶような嘘で、にせものなんだ。





384 :12月24日 :2014/04/06(日) 12:20

   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥


385 :12月24日 :2014/04/06(日) 12:20

自分を追ってきているのが少年一人と分かって、ススムは足を緩めた。
潮風で錆びついた「都立10号埠頭港湾施設」の看板がかかった倉庫街。荒い息をつきながら振り返ると、カラフルなコンテナをすり抜けて、幅の余ったジーンズを海風になびかせた少年が立っていた。

「終わりだ。お前に逃げ道はない。陸にも海にも」
少年は、刃物のような笑みをたたえて言った。
「10号埋立地2区画から出る方法はたった二つ。
 有明埠頭橋と、フェリーターミナル。
 フェリーのほうには、山本って人が網を張ってる。
 ま、お前は絶対うみねこスタジアムのほうに来ると思ってたけど」

気に食わないしゃべり方をするガキだ。こういう調子に乗ったガキが、中学校のころから大嫌いだった。あの頃はうつむいて目をそらすしかなかったが、今は違う。ススムには力がある。孤独に磨き上げた力と技が。

386 :12月24日 :2014/04/06(日) 12:21
「お前は知らないだろうけど、きのう、ちょっとテストさせてもらったんだ。
 里保の仕事用携帯には、「うみねこスタジアムで撮影」。
 プライベート携帯には、「東京フェリーターミナルで撮影」。
 内容の違うメールを2通、チーフマネージャーの携帯から里保に送った。日経エンタの表紙なんて大ウソだけど。残念だったな。

 ところでさ、お前は、何でここ来れたの?
 お前んとこに届いたメールには、どこどこで撮影、なんてどこにも書いてなかったろ?
 仕事が終わったらあなたに会いたい、なんつって。そんなのだけだよな」

ガキは変声期前らしい中性的な声で、続けた。

「お前、里保のケータイを何らかの方法で盗み見してんだろ」
「!」

387 :12月24日 :2014/04/06(日) 12:22
「しかも仕事用ケータイに限って。
 ケータイに届いたスケジュールの連絡を元に、お前は動いてる。

 最初は、お前がどっちのケータイを盗み見してんのか分からなかった。
 もしお前がケータイ以外の方法で里保の行動を逐一見てんなら、握手会の日、あんな大掛かりなことしなくても病院からの帰りをつければずっと簡単だったはずだろ。
 なのに、里保のいない会場で出火装置を作動させ、非常口を固めた。
 たぶんお前、仕掛けにかかりっきりで、あの日の朝はマンション前で張ってる余裕がなかったんだな。

 つまり、お前はあの日、里保が病院へ行ったことを知らない。前々から決まってるスケジュールしか知らなかった。
 お前は、携帯で見た情報しか知らないんだ」

388 :12月24日 :2014/04/06(日) 12:23

エンドーは無邪気そのものの笑顔で笑った。

「里保のケータイを盗み見てるのでなければ、昨夜急遽決まったウソ仕事の現場になんて出てこれない。
 もしもお前が、万一両方を傍受してたときは、連絡ミスで通せるかヒヤヒヤしてたんだけどさ。
 溝口さんが連絡に使うのって、圧倒的にこっちだし、アイツ友達少ないし。やっぱうみねこスタジアムで間違いなかったよな。
 あー、計算どおり、まんまとこっちで待っててくれてよかったよ。
 だってさぁ…」

ススムは足を踏み出した。少年も呼応して、半歩踏み出した。
「お前がここに来てくれなかったら…」
ススムは間合いを詰めた。このガキをなんとかして、逃げ道を探さなければ。
足元の海から吹いてきた風で、エンドーの前髪がめくれ上がり、


「お前のこと、殺せないじゃん」


氷の眼があらわになった。

389 :12月24日 :2014/04/06(日) 12:25

ススムの背にぞくりと悪寒が走った。これほど間合いを詰めてしまったことを一瞬で後悔した。
レベルの違う相手と試合で対峙した時の寒気。
拳を耳の横に引き戻す。
体重が1.5倍以上ある相手のガードを片足でやすやすと跳ねのけると、エンドーは、電撃を打ち込むようにススムの肋骨を粉砕した。
ススムは空中で肺の中の空気を吐き出した。


スローモーションのように、少年と目が合う。
次に何をしようとしているか察知して、ススムの目は哀願一色になった。やめて、お願いだから。
エンドーは絶対零度の目でそれに応えた。
だめだね。


鋼鉄を打ちつけたかのような重い蹴りが、先ほどと寸分違わぬ位置に炸裂し、ススムはまた自分の肋骨が砕ける音を聞いた。




390 :12月24日 :2014/04/06(日) 12:26

口の端で泡を吹きながら、なぜ意識を失ってくれないのかと自分自身を憎悪する。
ずくん、ずくんと血のリズムに合わせた大激痛の中で、スニーカーの先が見えた。

「お前、俺に勝てると思ってんの?
 本気で俺に勝てると思ってんの?
 なあ?」

頭上から笑い声と、蹴りが降ってくる。やめてくれ。やめてくれ。訴えたくても、声も出せず指先すら動かせないススムは、腹をかばうこともできず悶絶した。
忌まわしい学生時代の記憶が蘇る。肋骨も、あの時と同じだ。冗談じゃない。この衝撃は、角材どころの騒ぎじゃない……

エンドーがススムの鼻先に、ぐいっと靴底を押し当てた。

「知ってる?
 鼻血って、仰向けで出ると窒息して死んじゃうときがあるんだって。
 あそこの砂利、口ん中つめて、お前の鼻踏み潰したら…」

スニーカーの靴底が、顔にめり込んだ。少年は悪魔のように笑っていた。
「息できなくて死ぬかな? はははははっ」

ススムは無言で絶叫した。

391 :12月24日 :2014/04/06(日) 12:27
ジーパンの尻が一瞬熱くなり、すぐ冷たくなった。失禁したらしい。
こちらを見下ろす少年の目は、怒りに燃えていた。心底軽蔑している目だ。今まで何度も自分に向けられた目だ。血泡が上ってくるかすれた喉で、涙を流したススムは、途切れ途切れにささやいた。

「一緒にいたかった。
 少しでも特別になりたかった。それだけなんだ。
 お前なんかには分からない。ファンってのは、そういうものなんだ」
「あ?
 昨日ちょっとしゃべったけど、あいつら、お前なんかより全然いい奴っぽかったぞ。
 一緒にしてやんなよ、バアカ」

無慈悲に断定して、エンドーは、足元に転がるススムに低い声で言った。

「葛西のおっさんに、土下座しに行け。
 でないと、その鼻、文字通り粉にしてやる。

 あ、あと里保にもな」

392 :12月24日 :2014/04/06(日) 12:28
エンドーは携帯を耳に当てた。そして、「電波ないんだった」と舌打ちし、コンテナの向こうに電波を探しに行った。

一人残されたススムは、痛みと絶望感の虜になりながら、必死で体を動かそうとしていた。
早くしないとあの化け物が帰ってくる。でも絶対に無理だ。この傷で、出口が封鎖された状態で、外になんて出れるわけがない。涙と涎を垂らしながら、ススムは思った。
冬は死の季節だ。
逃げなければ。
どうにかして、早く逃げなければ――――

地面に落ちた羽虫のように蠢くススムの目に、白い影が飛び込んできた。




393 :12月24日 :2014/04/06(日) 12:28

   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥


394 :12月24日 :2014/04/06(日) 12:30

「できたー」
透明なワイヤーをはさみでプチンと切って、香音はブレスレットを掲げた。
「香音ちゃん、上手いねぇ」
紅茶の湯気を頬に当てた聖が感心する。

「里保ちゃんが赤でしょ。私が緑。聖ちゃんがピンク。
 『えりぽん』が… 『えりぽん』が、いちおう黄緑」
「わあ、作ってあげたんだ」

クリスマス・イブの午後が近づくにつれて、灰色の雲が湧き出してきた。
厳戒態勢を言い渡された9期の二人は、聖の部屋で、アクセサリーキットを組み立てていた。
里保がばらばらにされた星のブレスレットの代わりだ。熱血や団結といった雰囲気は9期にはないが、おそろいのブレスレットはお互いの意思確認、絆のあらわれのつもりだった。

395 :12月24日 :2014/04/06(日) 12:31
「ねえ、なんか曇ってきてない?」
「曇ってきてるね。雪かな? ホワイトクリスマス?」
「雨じゃないかな。東京は雪降るの、すっごく遅いから」

窓の向こうにため息をついた香音に、聖が言った。
「大丈夫だよ。
 犯人、捕まるって。
 少し遅れてもいいから、クリスマスパーティ、しよ。
 そんで、9期の証、クリスマスプレゼント、渡そう」

香音は、透明なガラスのブレスレットを、薄暗くなってきた空にかざした。
「うん。そうしよう」




396 :12月24日 :2014/04/06(日) 12:31

   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥


397 :12月24日 :2014/04/06(日) 12:32

冬の多摩川の土手は、彩りを失って寒々しかった。
マフラーごしに息を吐き、里保は、こんなところだったっけと目をこらした。もっと植物が茂って、青々とした場所だった気がする。連日の木枯らしですっかり葉を落とした並木の横に、椿だけが存在を自己主張していた。
冬の公園とはそんなものだ。遮るものがないだけ、ひたすら寒さが染みるだけである。

土を踏み固めただけの土手の下には、想像するのもいやな水温の多摩川が流れている。
誰もいない野球場と、枯れ柳の下にちょこちょこ寄せ集まったホームレスの家が、眼下に続いていた。

春に来たら楽しかったのに。
広島の、桜並木が有名な土手で、里保はつくしやタンポポを集めるのが好きだった。
植物が好きだ。枯らしてしまうけど。


398 :12月24日 :2014/04/06(日) 12:33
えりちゃんと、どこでどうやって一緒に遊ぶことになったのか、覚えていない。
ただ、周りに壁みたいに草が茂っていて、お母さんから姿を隠せてしまうことがワクワクした。
どんどん草深いところに入っていき、お花を摘んだり、石を集めたりした。
そのうちに、転覆した群青流しの舟を見つけた。
その後……


里保は土手を降りた。
東京とは思えないほど原始的な、草ぼうぼうの川原。
なにか黄色いものが引っかかっている。近寄ってみて、里保は少し笑った。
あの時と同じように、折り紙の舟が転覆している。
舟を拾い上げて、里保は、かすかに目をほそめた。

399 :12月24日 :2014/04/06(日) 12:33

あのあと…
あのあと何か、怖いものを見た気がする。
記憶の白いもやの中から、里保は懸命にそれを引っ張り出そうとした。
思い出さないほうがいいことかもしれない。
きっと、記憶にもやをかけているのは里保自身の無意識で、心に致命的な傷を負う記憶を隔離しているのかもしれない。
『本当のことを知ったら…』

里保の「心」が作り出した えりぽん は、言った。

『本当のことを知ったら、里保は死ぬほど傷つくっちゃ』


400 :12月24日 :2014/04/06(日) 12:34

里保は気温のせいでなく、ぶるりと震えた。
怖い。
でもこれを避けて通ったら、きっと私は生きてけない。

逃げたらダメだ。
自分に言い聞かせるように、繰り返す。
逃げたらダメだ。でもそれ以上頑張っても、どこをどう歩き回ってみても、里保は一切何も思い出せなかった。





401 :12月24日 :2014/04/06(日) 12:35

   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥


402 :12月24日 :2014/04/06(日) 12:36

「アイツが消えたって、どーゆーこと!?」

フェリーターミナルから駆けつけた山本とさゆみが、警官と一緒に埠頭を捜索しているエンドーに詰め寄った。
「あんた、致命傷与えたんでしょ?」

フェリーターミナルでの里保役だったさゆみが、長い髪を揺らして抗議する。
エンドーが電波を探し当て、似たようなコンテナの群れの中で迷って戻ってきたのはせいぜい十分と少し。
路面には、血のりを引きずった跡しか残っていなかった。
あの傷で大して遠くに行けるわけがない。まして10号埋立地から出るなど、できるわけがなかった。

「ちくしょう。足折っときゃよかった」

物騒なことを口にするエンドーに、伸縮警棒を腰に差した山本が、険しい顔で辺りを見回した。やっぱりフェリーターミナルの封鎖を解かなきゃよかった。

403 :12月24日 :2014/04/06(日) 12:36
「遠藤くん? あいつは名前名乗ってた?怪我の程度は?」
ぜえはあ言いながら走って追いついてきたへんな男が、地面の血にカメラを回しながら言った。

「弓削、お前な、こんな時にいい加減にしろよ」
「だって探さなきゃいけないだろ。車の持ち主の名前は割れたけど同一人物か分からない。盗難車かもしれないじゃないか。
 ちなみに1515の持ち主は萩島進、34歳、会社員。免許証取り上げとくべきだったな」

100メートルほど向こうで、どこからか関係者を引っ張ってきた警官が、海面を指差しながら何やらやいやい言っている。
アンカーロープを結んでおくリングを見て、エンドーは嫌な予感がした。
そういえば、何やら船が停まっていたような気がする。しかし、フェリーターミナル以外から出航する船など、この島にはないはずだが。

404 :12月24日 :2014/04/06(日) 12:37

「うみねこスタジアムの資材を運搬する高速船が、ここに停まっていたんです」
倉庫の責任者は、言った。
「対岸の青海の工場と流通センター、それに、第一区画の鉄鋼埠頭のほうに回ったはずです」

エンドー、山本、さゆみと弓削は、波頭にかすむ対岸の埋立地を見た。
青海の13号埋立地は、ここの4倍の広さはあった。ちょっと頑張ればお台場に出るし、ゆりかもめも、首都高も通っている。
つまり無限の逃げ道がある。慌てて無線に飛びつく警官を尻目に、エンドー達はゆっくりと顔を見合わせた。





405 :12月24日 :2014/04/06(日) 12:38

   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥


406 :12月24日 :2014/04/06(日) 12:39

「あっ!映った。映ってる、いつの間に!」

テレビから目を離さないまーを無理矢理引っ張って、工藤は携帯を突き出した。
「ほら、オレンジになってる!」
「ふう〜〜ん…にょ〜ん」

優樹はタケノコのポーズでソファにごろごろ転がった。
せっかくのクリスマスイブ、外に一歩も出れないというのが退屈で仕方ない。
テレビの中だけでイルミネーションを見ても、気が晴れなかった。

「ねえねえ、遠藤たちに電話したほうがいいかな!?」
「もう、それ壊れてんだよー。だって、犯人つかまったんだよ。つかまったのに、まー達外に出ちゃいけない……にょ〜ん…」
「あぁ、そっか…」

犯人はバイクでうみねこスタジアムに来ていた。ということは、この場所は乗り捨てた車のものだ。
407 :12月24日 :2014/04/06(日) 12:40

工藤はやけにそわそわしながら、溶けたバターのようになっている優樹に声をかけた。

「ねえ、ハル携帯取りに行きたいんだけど。ついてきてくんない、まーちゃん」
「え?」
「だからさあ、これ…」

前のケータイには、娘。に加入してすぐの時に撮った写真がいっぱい記録されていた。まだSDカードに移していないのだ。

「工藤、写真撮ろ」
「いいっスよ〜」
なんつって新垣さんと撮った写真も、実は大事にしていたなんて、誰にも知られたくない。
408 :12月24日 :2014/04/06(日) 12:41
「ん゛〜……」
優樹は渋い顔をした。ストーカーの車になんて改めて近づきたくないし、第一今度はロックがかかっているかもしれないではないか。

「いいじゃん、鍵かかってたら諦めるよ。第一これ、パレットタウンの近くだよ。観覧車乗れるよ、観覧車」
観覧車と聞いて、優樹の表情が一変した。「行こう行こう!」


二人ともコートを着込んで武装した後、スパイのようにきょろきょろしてから玄関を飛び出した。
誰も見張っている者などいないと思いつつ、工藤と優樹の最後のクリスマス・ミッション、スタートだ。




409 :12月24日 :2014/04/06(日) 12:41

   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥


410 :12月24日 :2014/04/06(日) 12:42

聖夜で浮かれたお客を満杯に乗せ、ゆりかもめは青海駅に着いた。
オレンジの場所は、青海駅とテレコムセンターのちょうど中間ぐらいだ。お客の大半がお台場方面へ向かって流れていく中、工藤と優樹は正反対の人気の少ないほうへ向かっていった。

朝とはうって変わって、空は薄暗かった。
五時前にはいつも真っ暗だが、今日はさらに日の入りが早まったみたいだ。
お台場やパレットタウンをちょっとそれると、こんなにも物寂しい場所があるのだと、工藤たちは初めて知った。夜の東京湾は威圧感満載で、黒い水面の向こうにそびえるガントリークレーンが、鎌首をもたげた恐竜みたいだ。遠くに見える臨海副都心の賑わいが、逆に足元の暗さを際立たせていた。

411 :12月24日 :2014/04/06(日) 12:43

「ね〜、くどぅ〜、かんけいしゃいがいたちいりきんしって書いてあるよ〜」
「仕方ないじゃん、こっちなんだもん」

我知らずしっかりと手をつなぎ、二人は声をひそませた。
まったく、なんてとこに車を止めてくれたんだ。あのストーカー野郎。顔は見たことないけども。
明らかになにか入ってはいけない敷地なのであろう黄色い柵を乗り越え、重機とコンテナの裏手に回りこむ。

「さささ、寒いし、こわいよ、くどぅー」
「っかしーなー、このへんのはず、なんだけ…」

暗いひさしの向こうで、なにかが動いた。

412 :12月24日 :2014/04/06(日) 12:44

「…ひ、ひひひひ、工藤だ。それに、まーちゃんだ」

いびつな姿勢で誰かが立っていた。

「…き、来てくれると、思ったんだ。これ、僕の車に、置いていったろう?
 待ってれば、来てくれると、思ってたんだ……
 ああ、本当に工藤とまーちゃんだ、すごいなあ、ひひひ…」

鉄骨にもたれかかるようにして、血まみれのススムがいた。

413 :12月24日 :2014/04/06(日) 12:45
声を出すたび、苦しそうに顔をゆがめる。しかし、同時に、奇妙な喜色に溢れていた。
工藤と優樹は、無人の工場で叫び声を上げた。
ストーカーだ。ストーカーが工藤の携帯を持ってる。
ストーカーは腹をかばいながら、暗闇の中でも分かる狂気をまとってこっちに踏み出した。

叫びながら逃げ出しかけた工藤の足元がつんのめり、こけてしまった。ホラー映画の間抜けなヒロインかよ!
でもあれは、別にこっちをイラつかせるために転んでいるのではない。
足が震えるから転ぶのだ。工藤の余計な人生経験がまた増えた。
尻もちをついたまま、後ろ手で、必死でかばんを探った。震えている工藤の手にスタンガンの青い火が燃えるのを見て、ストーカーは笑った。

「い、痛っ!
 痛い、痛い…!」
414 :12月24日 :2014/04/06(日) 12:46

工藤が悲鳴を上げた。ストーカーがひねり上げた右手から、スタンガンが落ちた。
こんなん持っても意味ねえよ。やめとけ。エンドーの声が蘇ってきた。

「工藤…!」

優樹が、泣きながら工藤の腕を引っ張った。

ストーカーは、笑いながら追いかけてきた。顔じゅうに脂汗をかきながら、ぎこちない歩き方で、荒い息を吐きながら追いかけてきた。





415 :12月24日 :2014/04/06(日) 12:46

逃げた方向がまずかった。
元来たほうとは逆の、どんどん奥まった暗いほうへ、入り込んでしまっていた。
瞳孔の開いた人間というのを、工藤は初めて見た。どんな話も通じない、何を言っても、劣情を煽ってしまうだけだ。牙をむき出した大人は、握手会とはぜんぜん違っていた。
がん、がんと音が響く足場で、やっとのことで通話履歴ボタンを探り当てた。

『もしもーし』
工藤は涙声で叫んだ。
「ストーカー……

 ストーカーが…!」

電話の向こうに、一瞬で緊迫が伝染した。『なんだと。今どこだ。どこ走ってるんだ』

416 :12月24日 :2014/04/06(日) 12:47

「知らないよ!青海駅の近くだよ!

 遠藤!早く来て!遠藤!!」

電話が切れた。エンドーは髪で風を切り、辺りを見回した。ここから青海駅は、少なくとも車で15分かかる。
「溝口さん!」
エンドーの焦った声が、10号埠頭に響いた。




417 :12月24日 :2014/04/09(水) 20:31

   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥


418 :12月24日 :2014/04/09(水) 20:33


雨が降ってきた。
高い高い天窓から漏れ落ちてきた雨が、ぽつりぽつりと床を汚した。
怪我をしているのか、時折よろよろと体をくの字に折り曲げ、呻くストーカーの声がホラー感を増した。
捕まったらきっと、ものすごく酷いことが待っている。
工藤の尊厳も、アイドルとしての未来もこれまでだ。
何より自分のせいで優樹まで巻き込んでしまった。涙でべしゃべしゃになりながら、繋いだ手をぎゅうっと握った。
「まーちゃん、ごめんね、ごめんね」
涙できらきらと顔を濡らし、しかし優樹は、しっかりと光が宿った目でこっちを見返した。

正面にぞっとする光景が広がっていた。
行き止まり。

水質調査用なのか、縦五メートル横三メートルほどの貯水槽の中に、外から引き入れた海水が溜まっている。
後ろから不規則な足音が迫っていた。金網を握り締め、足の先をかけるのがやっとのコンクリートを渡って、二人は壁際に背をついた。完全に追い詰められた。
419 :12月24日 :2014/04/09(水) 20:34

「綺麗だなぁ…」
ススムは、大量に分泌される脳内麻薬物質のせいで鬼気迫る顔になりながら、呟いた。
お情けのような水の照り返しで、きらきら艶々と輝く美しい髪…

いつか、刈った女の髪があまりに綺麗でそのまま貪り食ってみたことがあった。
喉に刺さって大変なことになっただけだったが、工藤と佐藤の髪ならば、喉が血だらけになっても惜しくはない。

ススムは直接、貯水槽に足を突っ込んだ。膝下までの海水がみるみるズボンに染み込んでゆく。
ばしゃり。ばしゃり。工藤は冷たい諦念で、固く目を閉じた。
優樹は、目を開いていた。ゾンビのような人影を見据え、右手をかばんに突っ込んだ。
「?」

ジジッ…。

青く灯るスタンガンを見て、ススムは愛しげに微笑んだ。中学生の少女が、格闘技をやっていた男に対して何かするのは不可能だ。
優樹はスタンガンを持つ手を下に向け、そして、
落とした。

真水の倍の伝導率を持つ海水がスタンガンの電圧を拡散し、ススムは魚のように跳ねた。
バチン、とゴムが弾けるような音が響き、それっきり何の音もしなくなった。

貯水槽の金網の外では、雲からこぼれ落ちた冷雨が、地面の染みをじわじわと広げていた。






420 :12月24日 :2014/04/09(水) 20:35

   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥


421 :12月24日 :2014/04/09(水) 20:36


「ただいまー」

いつものくせで、言いながら入る。
ブーツを玄関にぼとりと落としながら、里保は、無人の家に上がった。
留守番電話は光っていないようだ。溝口さんにばれなくてよかった。まぁ、ばれることはないだろうけど… 溝口さんは今ごろ、エンドー達と埠頭にいるはずだ… 暖房のスイッチを入れようとして、里保は、呼吸がうまくできなくなった。

最初、なにが原因か分からなかった。いつものリビング、ポインセチアが囲む雑多なリビングの床に、何かが落ちている。

積み上げてあった郵便物が雪崩を起こしたのかと思った。
だが、どこかで見覚えのある重い色調。
光あふれる中庭で遊ぶ王女の絵。
楽屋に何度も投げ込まれた、あのポストカードが、拡大鏡を使ったように急に目に飛び込んできた。

422 :12月24日 :2014/04/09(水) 20:37

「覚えてる?
 きみの味方はぼくだけだって

 きみは今すぐ、モーニング娘。を辞めなきゃならない

 災いは過去からやってくる
 きみはモーニング娘。を離れ、過去を切り離さなきゃいけない

 きみが捨ててしまわない限り、亡霊は君の足を掴み、溺れさせてしまうよ」


金髪の幼い姉妹。
その後ろの影に同化する、黒い死神。
耳の中で、渦を巻く水の音が聞こえる。
ごうごうとうねり高まって、里保の中で何かが、ピシリと音を立ててはまった。




423 :12月24日 :2014/04/09(水) 20:37

   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥


424 :12月24日 :2014/04/09(水) 20:38

青海の13号埠頭には、イルミネーション目当ての渋滞を押しのけて、パトカーが集結していた。
溝口は、保護された二人を抱きしめて号泣した。ビンタを覚悟していた工藤と優樹は、溝口が泣いているのを見て泣き、警察官たちのざわめきと伝達の声と三人の泣き声がしばらくハーモニーを奏でた。

「まったく、これだから素人の指図に任せるのはいやなんだ」
湾岸警察署から派遣された刑事は、皮肉たっぷりの顔でエンドーと山本を見た。

「何かあったら、俺が査問会行きだ。
 あんたたちは多少事情が分かっているようだし、急だったからうちの交機を出したんだぞ。まあ幸い、始末書2〜3枚書くだけで済みそうだけど。お れ が な」
なんて言っていいのか分からずに、エンドーは一応「どうも」とだけ言った。

425 :12月24日 :2014/04/09(水) 20:40

「何てこった。現役アイドルが巻き込まれた事件としては、過去最大じゃないのか?
 あー、何で青海なんかでやるんだよ! 俺がいるとこでやってくれ、バカ!」

弓削は一人で興奮している。
「バカはお前だ、バカ」
山本は苦々しく言った。
「分かってんだろうな? 相手はアイドル事務所だぞ?
 また記事にでもしようもんなら、俺の首がどうなるか分かってるんだろうな?」
しかし弓削は聞いていなかった。
「ついに犯人お縄!
 6年前の事件の闇も、ついに暴かれる! 警察がひた隠しにした、事件の真実…」

426 :12月24日 :2014/04/09(水) 20:40

「あ、おい。
 あとな、葛西さん、意識が戻ったぞ」
「ホント!?」

湾岸警察署の皮肉っぽい刑事は、にかっと笑った。

「あの人には本庁のときにお世話になった。見舞いの時一緒にならないよう祈るんだな。
 お前らの穴だらけの武勇伝、たっぷり話してやるよ」

最悪のクリスマスだった。でも終わってみれば、サヨナラ満塁ホームランのような夜だった。
通り雨のあとで、キンキンに冷えてきた空気を吸い込みながら、エンドーは思った。
里保に電話してやらないと。

427 :12月24日 :2014/04/09(水) 20:41

寒さで鼻の頭を赤くしながら番号をコールすると、エンドーのカーゴパンツのポケットの中でブルブルと振動が聞こえた。
携帯を預かっているんだった。
ちらりと後ろを振り返る。
警官の壁の中で、工藤と優樹の両親に連絡を取っている溝口の頭が見えた。

「溝口さん、俺、先に帰って里保に電話返してくるから」

何かの聴取はエンドーにもあるだろうが、未成年だから優先順位は低いはずだった。
後始末にかかりきりの溝口と、氷点下に近いさなか棒立ちになっている山本とさゆみを残して、エンドーはゆりかもめの駅に向かった。
大人は大変だ。




428 :12月24日 :2014/04/09(水) 20:41

   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥


429 :12月24日 :2014/04/09(水) 20:42


里保が電話に出ない。


ゆりかもめから中央線に乗り換え、白い息を吐きながらコールしても、家電は無反応だった。

クリスマス効果で浮かれた車内を飛び降り、改札に切符を食わせながら小走りにかけ直す。
イブの空は、星も雪もないスモーキーブラック。エンドーの耳に何十回目かの空コールが響いた。
里保が電話に出ない。

430 :12月24日 :2014/04/09(水) 20:43

携帯を耳に当てながら、マンションの非常階段を駆け登る。
本当は寒いから嫌なのだが、こっちのが早いからしょうがない。
7階に着いて、ノックとピンポンを繰り返した。
「おい。里保!?」
嫌な予感がする。
鍵はちゃんとかかっている。
まさかあいつ、昨日のショックで死んじゃったんじゃないだろうな?


エンドーは、最終手段を使うことにした。
忍法、合鍵の術。
新しい鍵に取り替えるときに、葛西が一つくれたのだ。
なにかあったとき、一番早く助けにこれるのは、エンドーだったから。
鍵を開けると、チェーンのかかってないドアが容易に全開になる。あのバカ。チェーンもかけろって言ってるのに。

「里保!」
後ろ向きで座り込んでいる里保が見えた。

「お前な、いるんなら出ろよな!

 あーもう、走って損した!そんで何で暖房つけないの? 寒っむ。つけるよ、暖房」

431 :12月24日 :2014/04/09(水) 20:44

「エンドー」
勝手にエアコンをつけ、床暖房のスイッチを探しているエンドーに、蚊の泣くような声が聞こえた。

「私分かっちゃった。思い出しちゃった」
「えー何?」
「忘れてるはずだ。私、最低の卑怯者だ。
 思い出したくなかったんだ。ずっと逃げてたんだ、忘れようとして」
「何が。なぁ、床のスイッチどこ?」

里保が、涙に濡れた顔を上げた。
「だって、えりちゃんを殺したのは、私なんだもの」










432 :12月24日 :2014/04/09(水) 20:45








里保はうつろな目で、独り言のように言った。
「えりちゃん、一緒に遊んでたときに川に落ちたんだ。
 その時私、何もしなかった。体が動かなくて、流されていくのをただ黙って見てた。
 なんにもしなかったんだ。
 すぐ助けを呼べば、えりちゃん助かったかもしれないのに。

 そのあとお母さんが来て、消防の人とか救急車も来てた。わたし、ひきつけを起こして何日か、東京の病院に入院してた。
 私じゃないんだ、ここにいなくちゃいけないのはえりちゃんなんだよって、病院でずっと思ってた。でもえりちゃんは入院もできずに死んじゃった。死んじゃったんだ、私のせいで。

 エンドー、前に、私が負い目感じてるって言ったよね。
 そのとおりだよ。都合よく忘れたくせに、きっとずっと心に罪悪感があって、マネキンにえりぽんなんて名前付けて。友達づらして、償いをしてる気になってたんだ。

 最低だ。
 最低だ。
 気持ち悪い。
 死んじゃいたい」

433 :12月24日 :2014/04/09(水) 20:46

エンドーは、何も言わずに隣に座った。
きっちり1メートル。
1メートル間隔を開けて、沈黙に押しつぶされそうな里保の部屋で、一緒に座っていた。
まるで、そうすることで里保の心を半分支えているように。


底なしの淵へ沈んでしまいそうな里保のところに、エンドーの無言の気持ちが、空気をたどって伝わってきた。
なにか音楽があればよかった。でも何を選んでも、きっとこの場にそぐわない。
なにか音楽があれば、救われる気がした。
でも里保に残されたものは、底の見えない暗い暗い闇だった。


もうすぐ神様が生まれた日になる。
時計の針が12時を差し、途方にくれた部屋の中にクリスマスの訪れを伝えた。
ともすれば6年前の水底の中に、足をすくわれそうだった。
里保を世界に繋ぎとめていたものはただ一つ、隣のエンドーの静かな息遣いだけだった。







434 :12月24日 :2014/04/09(水) 20:47

   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥


435 :12月24日 :2014/04/11(金) 12:33


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【朗報】逮捕キタ―――――(゚∀゚)――――――!!!!【さよならーめんまんwwwwwww】
1 :名無し手配中。。。 2012/12/25(火) 14:09:21:03 0


警備会社勤務の男性(46)を刃物で斬りつけ重傷を負わせたとして、
警視庁は24日月曜日、会社員萩島 進容疑者(34)を殺人未遂の疑いで逮捕した。
萩島容疑者は有名アイドルグループのメンバーに以前からつきまとっており、
同日ベルサール渋谷ガーデンで起きた出元不明の不審火も同容疑者の犯行ではないかと見て、調べを進めている。


萩島容疑者はメンバーの自宅近辺で騒音を立てるなどし、携帯電話に執拗にメールを送りつけていた。
ベルサール渋谷ガーデンで行われたイベントには刃物を持ち込み、「言うことを聞かせて連れ去る予定だった」と話している。

2000年成立のストーカー規制法は、現在報告されている被害の状況にそぐわないことが多く、
電話、ファックスに加え電子メールを相手に繰り返し送りつける行為も「つきまとい」に加え、
保護対象をさらに広げる法案の改正が来年にも国会審議にかけられる。
ttp://dailynews.yahoo.co.jp/fc/local/nagasaki_stalking_murder/editnote/namasaya/




懲役と闘将(たたかえ)!拉麺男(らーめんまん)wwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww











436 :12月24日 :2014/04/11(金) 12:34

   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥


437 :12月25日 :2014/04/11(金) 12:34

          12月25日


438 :12月25日 :2014/04/11(金) 12:34

   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥


439 :12月25日 :2014/04/11(金) 12:35


朝になっていた。
里保は薄暗いリビングで目を覚ました。
床暖房がついている。体の上には、寝室から引っ張ってきた毛布や布団が手当たり次第に重なっていた。
エンドーは、ダンゴ虫のように体を丸くして、里保と香音がつなぎ合わせたブランケットと、渋谷で新しく買ったブランケットの二枚だけで寝ていた。
人一倍寒がりのくせに。

ぼんやりした頭で、エンドーの毒気の抜けた寝顔を見ていた。外国人みたいに高く、小さい鼻。うっすら白んできたカーテンの向こうの光を透過して、柔らかく光る髪が、丸い頬にかかっている。



えりぽん。



440 :12月25日 :2014/04/11(金) 12:37


えりぽん。


えりぽん。私言いたいこと、
まだ言ってないこと、あった。

えりぽん、いつか私ね、
えりぽんと二人でセンターを張るのが夢だったんだよ。

自分は歌が下手だって悔しがってたけど、私はいつかその時が来るって信じていた。
口にはしなかったけど、漠然とそのゴールを思い描いて、頑張ってきたんだ。



それも、裏を返してみれば、鏡の中の自分に対する罪悪感の言い訳、
里保のひとりよがり。
えりちゃんはアイドルになりたいと言っていた。
えりちゃんとモーニング娘。になれたら、どんなに素敵だったろうか。
自分にはそんなことを望む資格は、この先永遠にない。


机には、まだベラスケスのカードが無造作に放ってある。
里保の中でひとつの後ろ向きな決心が、むくむくと形をとっていった。





441 :12月25日 :2014/04/11(金) 12:37

   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥


442 :12月25日 :2014/04/11(金) 12:38

携帯サイトの週間天気を見て、山本はつぶやいた。
「うわ、修正しやがった」
急に張り出してきたシベリア高気圧のせいで気温が下がったことを受け、
確か昨日まではギリギリ10℃あった予想最高気温が、ことごとく1ケタに訂正されていた。
6℃、7℃、8℃、8℃、7℃。
まったく、何をモチベーションにして生きていけばいいのか。
いくつになったって寒いものは寒いのだ。
気象予報士の掌返しに悪態をつき、総合病院の玄関を出て、革靴のかかとを鳴らしながら急いで車に戻った。


443 :12月25日 :2014/04/11(金) 12:39

「取り調べ、病室でやってるんですって?」

「ええ。アイツ、携帯電話の販売代理店に勤めてるんですけど、
 里保ちゃんが渋谷のショップに携帯の修理に来たときたまたま居合わせたんです。
 修理するふりをして、受信したメールを自分のアドレスにも送るよう勝手に設定した。
 肩書きはいちおう主任だけど、若い女の子ばっかりの入れ替わりの激しい職場で、浮いてたそうです。

 あと、スタジオの中になど入ったことはない、里保ちゃんの部屋にも入ったことはないって、言い張ってるそうですね」

「何それ、白々しい。今さらそんな言い訳通用すると思ってるのかしら」
「ですねぇ。感電のショックで一本飛んだんじゃないですか?」

山本が溝口に向けて、ネジの抜けるジェスチャーをしてみせた。

444 :12月25日 :2014/04/11(金) 12:41

「余罪もあるみたいですよ。
 ロングヘアの女の子を夜道で待ち受けて、バッサリ髪の毛を切る通り魔行為を過去に繰り返していたと白状しました。
 そんなやつの言うこと、誰が信じるかってもんですよ」
溝口は息を吐き出した。
「そうなの。本当によかったわ、捕まって」


「やー、これでもうやっと解決。
 弊社もお役御免ですね。
 こんなこと言うのは不届きかもしれないけど、ものすごく大変だったけど、ちょっと面白かったなぁ。ははは」

本当に不届きだ。笑っている立場ではない溝口はため息をついたが、

「葛西さんのお見舞い、落ち着いたころにでも、私も行っていいかしら?
 年始におしかけたらご迷惑かしら」
「いいんじゃないですか?
 病室でアットホーム・新年でしょどうせ。雨降って地ぃ固まる。僕も行こうかな、どうせ彼女と別れたし」

445 :12月25日 :2014/04/11(金) 12:42

「ワクテカ」の着信メロディが鳴った。溝口が携帯を取り出して耳に当てた。

「あら、鞘師?
 おはよう。
 話があるって… うん。うん。分かった。事務所で聞くわ。
 気をつけて来るのよ。皆も、あんたの顔、早く見たがってたから」
「迎えにいきましょうか?」

電話を切った溝口に山本が問いかけた。ここ数日の憔悴の影を残しながらも、久しぶりのさっぱりした笑顔で、溝口は言った。
「もう、必要ないでしょ」





446 :12月25日 :2014/04/11(金) 12:42

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447 :12月25日 :2014/04/11(金) 12:43


後ろ3メートル離れて、エンドーがついてくる。


駅までの道を、二人はよそよそしく、他人のような顔をして歩いた。人通りは少なく、時折バスや軽自動車が走ってきて住宅街に消えていった。
エンドーがUSSをまねてティッシュでつまみあげ、
ビニール袋の中に入れたポストカードは、かばんの中に入っていた。

「ふりだしだな」
ぼそりと後ろから声が聞こえた。
昨日の晴れ晴れとした達成感はどこかへ飛んでいってしまった。その代わりに、得体の知れない気味悪さが残った。
冷たく乾いた冬の空気とはうらはらに、犯人の置いていったメッセージは陰鬱で多量の湿り気を含んでいた。

448 :12月25日 :2014/04/11(金) 12:44

「お前、もうあそこにいないほうがいいよ」
語気を強めて、エンドーが言った。

「鍵変えても意味なかった。
 どうやってか知らないけど、また入られたんだ。
 とっ捕まえるまで、誰かと住んでたほうがいい」

「もう、いいよ。
 大丈夫だよ」

「なにが大丈夫なんだよ。お前、テキトーに言うなよ。
 自分のことだぞ」

大声。
エンドーが怒ってる。
どうせここにはツイッターで呟く者もいない。
まっすぐ前を向いた里保の頭上で、裸になった金木犀の枝が揺れている。

449 :12月25日 :2014/04/11(金) 12:45

怖いはずだった。焦らなければいけないはずだった。
だけどもう、怖がるのも焦るのも疲れてしまった。


万全の解決策を導き出したあとは、心が奇妙に静かだった。
一度ねじれて壊れたものをくっつけ直したように、いびつな穏やかさがあった。
今の自分には、何か病名がつくんだろうか―――


「もういいんだ。
 簡単に解決する方法があるよ、エンドー。
 そうすればもうこんなこと起こらない。

 この人、私にモーニング娘。やめさせようとして、こんなことやってるんでしょ。
 私がやめれば満足するんだよ。
 だったら、そうするよ」

振り向いた里保の視線に、エンドーは一瞬足を止めた。


「私、モーニング娘。、やめるよ」







450 :12月25日 :2014/04/11(金) 12:46

   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥


451 :12月25日 :2014/04/11(金) 12:46

「映ってない。映ってないよ?」
山本が難しい顔で、マウスを転がしている。

「エントランスも。エレベーター前も。
 非常階段出口も、里保ちゃん家の玄関まで。どこにも映ってない。

 一体どうやって侵入したんだ?」

マンションに仕掛けた監視カメラの記録映像。
里保が出かけて帰ってくるまでの間、
犯人がポストカードを置いたと思われる当該時間には、不審者の姿は一切映っていなかった。

斜め上からの角度で、里保が扉を開け、また帰ってくるだけの映像が映っている玄関カメラには特にうそ寒いものがあった。

「遠藤くん…これ、ひょっとしてマジでお化けのしわざなんじゃないの?」
山本が小学生のようなことを真剣な声音で言い出すのも、無理からぬことだった。

452 :12月25日 :2014/04/11(金) 12:47

玄関以外の窓やテラスも、どこも割れたりしていなかった。
となるともう、7階まで壁をよじ上って、鍵もガラスも壊さぬように窓をすり抜け、密室にカードを置いて去るというスパイダーマンでも不可能なミッションを要求される。
まさに無理ゲー。

エンドーは、ノートパソコンを広げる山本の横で、パイプ椅子に足をかけて座っていた。
パーテーションの向こうから、絶句する溝口の気配とボソボソとした里保の声が聞こえてくる。




453 :12月25日 :2014/04/11(金) 12:47

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454 :12月25日 :2014/04/11(金) 12:48

ロビーに腰掛けて、二人で車を待っていた。
午後からは二人そろって警察署。
ただ、エンドーはススム事件の聴取のため湾岸警察署へ、
里保は以前に被害届を出した麻布警察署へ行く予定だった。
ススムと、ポストカードの犯人が別人だと判明した今、里保の安全の保証はかき消えてしまっていた。


「……言ってることは、分かった」
押し黙った沈黙のあと、溝口は顔を上げた。
「私はあなたの望むように、できるだけしてあげたい。
 今まですごく頑張って、すごく沢山のものを私たちにくれたもの。
 ただ、一朝一夕に答えを出さずにもう一度考えてほしい。本当に本心から、それはあなたが望んでることなのかな?

 もし犯人怖さに出した結論なら、周りには、山本さんも、遠藤君もいる。
 あんな事件があった後だもの。警察だって、今度はきっと動いてくれる。
 何より、あなたにはメンバーがいるんだよ、鞘師。
 後から後悔だけはしてほしくないんだよ。
 そうじゃないんだったら、私は、最大限あなたのためになるように、会社に働きかける覚悟はできてる」

455 :12月25日 :2014/04/11(金) 12:50


「………間違ってるかな」

エンドーは目だけで里保のほうを見た。

「わたし、間違ってるかな、エンドー」


「分かんないよ。俺、モーむすじゃないもん」

エンドーは、前髪の束をひとすじ、引っ張りながら言った。  
「でも、お前が決めたことなんだったら、
 仕方ないと思うよ」


山本の車がエントランスに横づけになり、エンドーは行ってしまった。
階段を慌てて降りてくる音がし、ロビーに、泣きそうな顔のさゆみが現れた。

「あぁ、よかった、いた!
 りほりほ、りほりほウソだよね。
 辞めるなんてウソだよね。
 ヤダヤダ! 辞めたらヤダ!」

7センチヒールでよたよたと走ってきたさゆみが、はぁはぁと息をつく。
「もしかして私のせい?
 私がハロコンがどうとか余計なプレッシャーかけたから?
 さゆみ、リーダーになって肩の力入って、りほりほの気持ち全然考えてなかった。
 ハロコンなんてどうでもいい!
 辞めないで、りほりほ!」


456 :12月25日 :2014/04/11(金) 12:51

「道重さん、すいませんでした」
さゆみが八の字眉で首をかしげる。
「『えりぽん』のこと」

両眼に緊張の波が走った。
ずっとこんな顔をさせていたのだろう。ずっと、夢想の沼に入ってしまった後輩の扱いで気を揉ませ続けていたのだ。

「『えりぽん』なんていなかった。
 9期はフクちゃん、香音ちゃん、私の三人なんですよね。
 …いろいろ迷惑かけて、すいませんでした」

「りほりほ!
 今日は、モーニング娘。全員で、緊急ミーティングだからね!

 いつまでも待ってるからね、りほりほ!」

ガラスの向こうに溝口の車が見えた。
悲痛なさゆみの声が追いすがってきたが、里保は振り返らずに自動ドアをくぐった。




457 :12月25日 :2014/04/11(金) 12:51

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458 :12月25日 :2014/04/11(金) 12:52


「ポストカードの男と、萩島は、別人だった」
数日剃っていない弓削の不精ひげが、モニターからの光で淡く輝いている。

「萩島が鞘師里保のアドレスと住所を手に入れたのが12月19日夕方。
 最初に楽屋にポストカードが置かれたのがそれより前の19日朝――― 自室に侵入の痕跡があったのが、さらに前、か」

パソコンのモニターには、卒業アルバムやスナップ写真から抜き出した少女たちの顔が五つ。
9歳から17歳までの少女、最後の亀山絵美里の時間は、6年前で止まっている。

横には、犯人から贈られたポストカードのサムネイル。

里保の顔と、ベラスケスのカードを、その列に並べてみる。
鞘師里保が六人目の犠牲者になるのだろうか。
いや、今回はそうはさせない。


弓削の、睡眠不足でぎらぎらと光る目が、モニターの向こうをぐっと睨み付けた。
彼女たちに会いに行かなければ。




459 :12月25日 :2014/04/11(金) 12:53

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460 :12月25日 :2014/04/11(金) 12:54


「は?密室にカードを置く方法?」

東京湾岸署の刑事は、ギョロ目をさらに丸くした。
葛西の知り合いだという刑事は、菊川といった。
パイプ椅子に座るエンドーに訝しげな視線を投げてよこす。


「そんなもん、いくらでもあるだろ。
 薄くて軽い紙切れ一枚だろ。いきなり象が現れたわけじゃねえんだろ」
「でもさー、鍵かかった家ん中だぜ。
 部屋どころか、マンションに一歩も入らず置いてったんだぜ。
 いくらでもってどういう風だよ」
「家ん中はあれとして、
 スタジオは多くの人の出入りがあるんだろ。
 見咎められずにカードを置く方法なんていくらでもあるだろ。
 人に頼むとか」


461 :12月25日 :2014/04/11(金) 12:55

あからさまにガッカリしたエンドーに、
菊川は、言いつくろうようにボールペンを振り回した。

「たとえばだ、たとえば!
 死体遺棄と同じだよ、見つけたからってその直近の時間に行われたわけじゃねえんだ。
 知り合いなら家に上がったときにコッソリ置いてくとか、かばんにしのばされてたとか、いろいろあるだろ」
「最近誰も上がってないよ。
 合鍵持ってるのは俺と、葛西さんと、溝口さんだけど、全部ないだろこの線。
 てか、知り合いがあんなことしねーよ」

USSが鍵を変えてからは、里保の母親さえ合鍵を持っていないはずだった。

「つーか、何の話だよ!
 調書取り終わったんだから帰っていいんだけど。ご協力ありがとうございました!」
「冷てーなおっさん、捜査してよ」

菊川は、アルミの机に顎を乗せているエンドーを苦々しく見下ろした。

「俺の担当は萩島までなんだよ!
 つうかそれも、通報が入った渋谷署を差しおいてこっちが主導権取ることになったから、白い目で見られてんだかんな。
 渋谷署か麻布署か知らないけど、お前ら、もともと相談してたとこあったんだろ?」

462 :12月25日 :2014/04/11(金) 12:56

「今里保が行ってる。
 でもさ、楽屋入られてもなんにもしなかったようなヤツらだぜ。おっさんも捜査してよ」
「無茶言うなよ。
 そのイタズラの犯人が萩島と同一だってんなら話は別だが、
 これ以上所轄の領分侵して俺は踏み込めないよ」
「ケーサツマジお役所。
 マジ公務員」

未成年にあからさまに嘆息されて、菊川は鼻白んだ。

「そりゃ、俺だってできるもんならやってやりたいよ。縄張り問題がなくて今ヒマだったらな。
 ストーカーやレイプ犯は、当たった担当の運次第のとこがあるから、
 セカンドレイプっつって、警察で無神経な取り調べ受けて、更にトラウマ作っちまう被害者もいる。

 桶川の事件以降ストーカー犯罪の認知は増えて、来年2013年には、ストーカー法の改正と強化が決まっているが、現行こっちゃ既存の法で動くしかないんだ。
 渋谷署か麻布署の担当が有能かつ情に厚いことを祈れ」

「え、そんなテキトーでいいのかよケーサツ」
「ケーサツも人間なんだよ。
 調書の内容も、担当の文章力しだいでニュアンスが違ってくるから、自分でちゃんと見た方がいいぞ」
「危っぶね、ちょっとそれ見せてよ」
「俺のことは疑わなくていいんだよ!」




463 :12月25日 :2014/04/11(金) 12:57

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464 :12月25日 :2014/04/11(金) 12:58


「聖ちゃん、聞いた?
 里保ちゃんがね、娘。辞めるって」

「え?

 何で?」


聖はガタリと立ち上がった。


「何で何で?
 何で何で何で!?」

「何で」を繰り返す聖に、息を切らしている香音が、小さな声で言う。

「なんか、
 『えりぽん』のこと気づいちゃったみたい、里保ちゃん」
「…」


465 :12月25日 :2014/04/11(金) 12:59

「それでストーカーからの手紙も、新しいのが来たって。
 逮捕された人とは別人だったんだ、あの気味悪いポストカード。
 ストーカーは里保ちゃんに辞めるよう言ってきてて、
 里保ちゃんも、そのとおりにするって…」

「だめだよ!

 絶対だめだよ、そんなの!」

香音が切迫した顔でうなずいた。
「私もだめだと思う。
 でも、里保ちゃん、私たちの言うこと、聞いてくれるかな」

「行こうよ、香音ちゃん。
 9期でちゃんと話すんだ。私たち9期で!」

466 :12月25日 :2014/04/11(金) 13:00

心臓がどくどく言ってる。
里保がおかしくなり始めてから、いつも漠然とした不安はあった。
でもそれが、こんな唐突な幕切れを連れてくるとは思わなかった。
里保に遠慮して、周りの大人に遠慮して、
どうにかしようとして来なかった自分に腹が立った。


えりぽん、えりぽんがいたら、こんなときは真っ先に飛び出していくんでしょう?


聖は、ぼんやりとした頭の中のイメージに語りかける。

私にはっぱをかけてよ。
里保ちゃんを怒鳴ってよ。それで、めちゃくちゃに泣いてから、ちゃっかり自分の我を通しちゃってよ。


道重が作り上げた仮想のキャラクターに向かって、聖は真剣に祈った。

どうかえりぽん、力を貸して。私たちをばらばらにしないで下さい。

里保ちゃんと私たちに、怖さに屈しない、強い心を下さい。





467 :12月25日 :2014/04/11(金) 13:00

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468 :12月25日 :2014/04/13(日) 11:17


「もしもし?
 いいんですか葛西さん、電話でしゃべってて」
湾岸署の窓から寒々とした東京湾を見下ろしながら、取調室の廊下で、山本が電話を手にしている。


「はいそうです。
 カード。
 今溝口さんが警察に行ってるけど、カード、俺んとこに忘れて行っちゃった。
 でも、警察動いてくれると思います?
 里保ちゃんに実害がない限り動いてくれないんじゃないかな。実害加えてたやつは逮捕されちゃったし、俺たちが来たときと状況いっしょですよ。

 え、ガスクロかけるんですか?
 何で?」

469 :12月25日 :2014/04/13(日) 11:20

山本は思わず電話から耳を離した。

「あーはいはい、
 どんな細かいことが自衛に繋がるか分からないですね。うちで調べられることは、全部調べといたほうがいいですね。
 でも、指紋もなんにもついてなかったですよ。意味ないと思うけどなぁ」

また葛西が電話にまくし立てる声。加害者が分かっていない以上、カードは犯人に繋がる唯一の証拠だ。すぐ戻って付着物の採取、ガスクロマトグラフ、コピーも取っとけ。無駄なことなんて、捜査にはひとつもないんだぞ。

「もぉー、うるさいなぁ分かりましたってば。
 葛西さん昔のくせ全然治ってないですよ。
 翔太くんと話、するんでしょ。お願いだから仕事のこととか俺への説教、入院してるときぐらい忘れて下さいよ。

 ったく、全然元気じゃん。
 心配なんかするんじゃなかった。溝口さんにもそう言っとこっと」




470 :12月25日 :2014/04/13(日) 11:20

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471 :12月25日 :2014/04/13(日) 11:21


憤懣やるかたない様子の溝口といっしょに、里保はエレベーターを降りてきた。
「心配しないでね鞘師、きっとどうにかするから」


生え際も人情も薄そうな刑事だった。
時間をかけて、「やはりまだ様子見以上のことはできない」と言った。
ポストカードの文面からは脅迫予告のようなものが見てとれず、ブランケットやタオルの犯人と同一の確証がない。
いい例が萩島進である――― 防犯カメラにも何も映っていない以上、不法侵入の証拠が取れるかも怪しい。

「民事不介入の姿勢を改めると言っても、限度がありまして。
 加害者を特定していただけさえれば、こちらもすぐに動けますよ。
 犯人側の身内から戒告の要求という形で訴えを出してもらえれば、警察としては即座に処置が取れるんです。
 それまでは…」


「何かあった時にすぐご連絡下さいって、
 何かあってからじゃ遅いのよ。何で分からないのかしら、まったく…」

溝口は勘違いしていると、ぼんやり思った。
だって里保はやめるのだから。
やめさえすれば犯人も満足するし、思いわずらうことなく、すべての厄介ごとが消えるのだから。





472 :12月25日 :2014/04/13(日) 11:22

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473 :12月25日 :2014/04/13(日) 11:23


「溝口さん!」


歩道の向こうから聖と香音が走ってきた。
はぁはぁ息を弾ませる二人に、溝口が目を丸くする。
「あんたたち…電車でここまで来たの?」
「里保ちゃんと…里保ちゃんと…
 話、させて下さい」
「どうしたのよ?事務所で待ってればよかったのに…」
「里保ちゃんと三人で、話、したいんです、溝口さん」

白い息を吐きながら見上げてくる二人の目の強さを見て、溝口は、車を回すから待っていろと言った。



474 :12月25日 :2014/04/13(日) 11:23


車内をきまずい沈黙が支配する中、運転席の溝口がどこかへ電話をかけ始めた。
「……そうですか、どうも。ではこれから向かいますので」

歩道は冬休みの学生や親子連れであふれている。
青い電飾をまきつけられた街路樹が、不恰好な果樹のようだった。

「あの、溝口さん、どこ行くんですか」
「スタジオ。
 あんた達が二年前、初めて使ったとこだよ。
 事務所じゃ落ち着いて話できないでしょ」


確かに、見覚えがある気がする。
鏡張りの広い空間の隅に、譜面台とピアノがぽつんと置かれている。

「じゃ、帰るときはちゃんと電話すんのよ。
 勝手に電車で帰らないように。危ないから。
 二時までは好きに使ってかまわないから、思う存分やってなさい」
「ありがとうございます。こんなところ…」
「いいのいいの。どうせ二時から℃が使うから。
 じゃあね」



475 :12月25日 :2014/04/13(日) 11:25


「懐かしいねえ」

香音が感慨深い声を出した。


あの頃は高橋さんも新垣さんも、光井さんもいた。
隅っこでビクビクしていた二年前の自分たちが見えるようだ。

「練習曲でここにいるぜぇ!やったよね」
ここにいるぜぇ、と聞いて、聖が顔色を変えた。
「そういえば、ハロコンの振り付け変わったんだっけ。
 聖まだ覚えてないよ。
 現地リハでやるつもりだったから…」
また沈黙が支配した。
気まずい空気を変えるように、香音が「私デモ持ってるよ。ちょっとやる?」と言った。

香音がプレーヤーを床に置く。
イントロが流れる。
足を少し開いて構えながら、里保は自分が一音ごとに戦闘体勢に入っていくのを自覚した。

476 :12月25日 :2014/04/13(日) 11:27

もう条件反射だ。
長年、ダンスだけをやってきた。
ダンスだけは誰にも負けないと思ってきた。
ダンスは大切に磨き上げた里保の武器で、それを後ろめたく思う日が来るなんて思ってもみなかった。



「じゃあ、わたしは、ダンスが上手くなれますよーに!」
「うんどうで、一番になれますよ〜に!」



曲が終わり、里保はガクリと首を折った。長い髪が空中に流れた。
息を弾ませた聖が、ひざに手をついている里保を見下ろして言った。
「ねえ、そんなに上手いのに、何で辞めるなんて言うの?」

477 :12月25日 :2014/04/13(日) 11:28

「そりゃ、私なんか頼りないかもしれないよ。
 でも、私は里保ちゃんになんか言ってほしいんだよ。
 勝手に決めちゃわないでよ。ほんとに、やめるの?」

「…やめるよ」
里保はざんばらに乱れた髪の間から、呟いた。


「じゃあ、その才能私にちょうだいよ。
 ジャケット写真の場所も、事務所にトリートメントしてもらえる権利だって、里保ちゃんの持ってるキラキラしたもの、全部私にちょうだいよ!
 いらないでしょ!? もうやめるんだもん。
 里保ちゃんの才能、私にちょうだいよ!」

言うだけ言って、聖のほうが大声で泣き出してしまった。
その背に手を当てて、香音が言った。

「9期はさ、一人一人マイペースで、かみ合わないねって言われてきたよ。
 でも、私にはみんなと同期なことって、すごく大事なことだ。
 出発点で、居場所で、モーニング娘。でいる上でのプライドなんだ。
 大事なときに何もしてあげられないなんて、そんなの仲間じゃない。そんな同期いらないよ。
 里保ちゃん、私たちのこともっと、頼ってよ」


「……じゃん」
「え?」

「しかた ないじゃん…
 だってわたし、人殺しなんだもん。


 卑怯ものなんだもん……!!」



478 :12月25日 :2014/04/13(日) 11:30

喉の奥が決壊するように、後から後から泣き声が出た。
考えないようにしていた。
考えると、泣いてしまうから。
わざと頭を麻痺させていた。
えりちゃんを見殺しにしたことを、えりぽんが自分の贖罪の寄りしろに過ぎなかったことを、
大切にしていた思い出がつくりごとに過ぎなかったことを受け止めてしまうと、
ちっぽけな自分の心は、耐えられなくて砕け散ってしまうから。
正視せずに封じ込めた。


でもそれが、聖と香音を傷つけていた。
自分のことをジっと待っていてくれた人を傷つけた。
里保が無意識の罪悪感を昇華すべく、閉じた部屋で代償行為にいそしんでいる間も、
二人は里保のことを考えていてくれた。


479 :12月25日 :2014/04/13(日) 11:31

「ほーら、どこ向いてんの」と、えりぽんの声が聞こえた。
えりぽんが、黄緑のTシャツを着て、板張りの床に立っていた。
「顔を上げて、聖と香音ちゃんのことを見るんだよ」

そして、里保のことをどん、と押した。たたらを踏んで二人の前に出た里保の手首に、香音がなにか巻いた。

赤いビーズとガラスがつらなる、綺麗なブレスレットだった。


「潰れるときは、9期いっしょだよ」


目を真っ赤にした聖が、ぐずぐずの鼻声で言った。

それから三人で、たくさん泣いた。
里保は、ものすごく久しぶりに、えりぽん以外の人の前で泣いた。













480 :12月25日 :2014/04/13(日) 11:32

   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥


481 :12月25日 :2014/04/13(日) 11:33


契約駐車場に車を止めて、溝口は戻ってきた。
あの3人、上手くやってくれるといいけど。
午後から山崎会長のところに向かうつもりだったが、話し合いのゆくえ如何では報告する内容も異なりそうだ。

もしも無事に終わったら、当初の予定どおり、食事に連れていってやりたかった。
あの子たちは忘れているかもしれないが、今日はクリスマスだ。
浮かれる暇もないなんて、いくらアイドルでもひどすぎる。


エレベーターのボタンを押すついでに、社内便の袋を抱える。
その奥に、何かがはさまっていた。
裏返すと、今朝見たばかりの絵……忌まわしく景気の悪いあの絵が……溝口をあざ笑うかのように飛び込んできた。


「かわいそう
 かわいそうに ぼくの天使

 あの野郎のことも、本当にかわいそうだった
 きみに不幸を運ぶものこそは
 きみが夢を見てる 10人のモーニング娘。

 ぼくは きみを不幸から守らなきゃならない
 きみがモーニング娘。を辞めないかぎり
 不幸の元を一人ずつ消していこう

 まずは リーダー からだよ」


482 :12月25日 :2014/04/13(日) 11:34


「無資格型が豹変するのは…」

脳裏に、尾田沢の声がよみがえってくる。

「無資格型が豹変するのは、「脅迫行為」を起こしてからなんです。
 通常、暴行の前にはお前をこうしてやる、
 それが嫌ならこうしろとかいう「脅迫の要求」が先行するんですが。
 無資格型から脅迫があった場合、それは脅しではなく、ほぼ100%実行されます」




サブマネージャーの牧野から、
さゆみが駅の階段から落ちたと連絡があったのは、
それからすぐ後だった。












483 :12月25日 :2014/04/13(日) 11:35

   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥


484 :12月25日 :2014/04/13(日) 11:36


「やっだぁー、みんな、そんな死にそうな顔しちゃって」

右足を白いギプスで吊り上げたさゆみが笑った。


「ハロコンは無理になっちゃったけど、
 さゆみいなくても、全然どうにかなるしね!
 あ〜ぁ良かった、歌割少なくて!
 
 ホラホラ、
 みんなが寂しいのは分かってるから、そんな顔しないんだよ〜」

サブマネージャーの牧野が、控えめに後輩たちをうながした。
病室の出口にちらりと背広が見える。警察。


485 :12月25日 :2014/04/13(日) 11:36

「あ、りほりほちょっと待って」

みんなと一緒に出て行こうとした里保を、さゆみが呼び止めた。
さゆみが牧野を威嚇して、引き戸を閉めさせる。
清潔な白に包まれたさゆみは、いつもよりもっと儚げで、消えてしまいそうだった。


「あのね、動揺するからみんなにはまだ言わないでほしいんだけど」
さゆみの目は、さざ波のように揺れていた。
「足、腱、切れてるって。
 もうステージには立てないかもしれないんだって。
 
 りほりほ、みんなのことお願い。
 モーニング娘。のこと、お願いね」


486 :12月25日 :2014/04/13(日) 11:37

ナースステーションの方からエンドーが走ってくるのが見えた。
鋭い目を疑問符にして、里保を見ている。


腹の底がぐらぐら煮えたぎっている。
こんな怒りは初めてだった。
里保の小さな体の中に危機感と化合した怒りが、
自分でなく、自分の周りの人たちを手にかけられる怒りがわき上がっていた。

「エンドー、私、犯人を捕まえたいよ」

里保が燃える目で言った。
いきなりがばりと頭を下げられ、エンドーがびっくりした顔で見下ろした。

「お願い!
 絶対に犯人捕まえたい。
 もう逃げないから。
 自分のことからも、モーニング娘。からも、逃げないから。
 だからエンドー、力、貸してください」

エンドーの不思議そうな顔が、笑みに変わっていった。
里保が頭を上げると、エンドーが高々と片手をさし上げていた。
ふたつの真剣な眼差しが交差する。


山本が追いついてくる中、病室の廊下に、バチンというハイタッチの音が響いた。






487 :12月25日 :2014/04/13(日) 11:38

   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥


488 :12月25日 :2014/04/13(日) 11:39


単独でラジオの収録に向かっていたさゆみは、
りんかい線東京テレポート駅の階段の頂上から、誰かに突き落とされたという。
救急車が来て騒然となり、ヤフートピックスにはさゆみの名前が一瞬で踊った
警察は事件性を認め、事務所に届いた脅迫状を押収して、東京湾岸署と警視庁の合同捜査本部が設置された。

そして、アップフロント本社ビルでは、
当初の溝口の予想と違った内容の会議が緊急で行われた。
午後の予定はとりやめになり、春菜と亜佑美は帰り支度をしていた。


「やあ」
クリームベージュのSW−1を路肩に止めて、
弓削が事務所前のガードレールに腰を下ろしていた。

「道重さん、突き落とされたってね。

 事務所の人と話がしたいんだけど、今、いいかな?」


489 :12月25日 :2014/04/13(日) 11:40

春菜が暗い声で言った。
「事務所の人たちは会議中だと思います。
 来月のハロコン、中止になるかもしれなくて」
「はろこん?」
「毎年夏と冬にやってる、私たち全員の、大事なコンサートです。

 せっかく今年はうみねこスタジアムでやる予定だったのに。
 あなたみたいな世間の人に、ハローのことを知ってもらえる大事なチャンスだったのに」

「そういうわけで今、話なんかできませんよ。弓削さんも警察呼ばれるのがオチですよ」
亜佑美も言った。

「そうか…じゃ、君たちは?」
「え?」
「心配しないで。何だったら、山本も呼ぼう。
 …僕は、犯人をこのままにしておくつもりはない。
 とり逃がすなんて二度とごめんだ」

「…分かりました。
 鞘師さんのこと、ひどい記事を書かないと約束してくれるなら何でも話します」

マフラーの中で、弓削の顔がほころんだ。
「ありがとう。
 君たちに、僕の知っていること全部を話すよ。
 それで判断してほしい」




490 :12月25日 :2014/04/13(日) 11:40

   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥


491 :12月25日 :2014/04/13(日) 11:41


「まず、状況を整理してみよう」

個室カフェの中には工藤と優樹とさゆみを除いた娘。全員、エンドー、弓削、そしてそわそわと落ち着かない様子の山本がいた。
娘。たちはさゆみの動揺がぬぐえない顔で、聖はパンパンに泣きはらした目をしていた。


「犯人は、昔から鞘師さんを知ってる。
 でも、地元でそれらしき人物に会った経験はない。
 とすると、東京に来たとき。6年前、東京に来た8歳のときに、会っている可能性が高いわけだ」

「6年!

 そんなしつこい変態いるもんかね〜!?」

「いるよ。
 男の執念は、君たちが思っているよりずっと強いんだ。10年ファンと接して来たって言っても、君は男じゃないから分からないだろう、田中さん」
れいなが不服そうな顔をする。


492 :12月25日 :2014/04/13(日) 11:42

「それで、今になって、テレビか雑誌で見たかで再び近づいてきた。
 ところで、飯窪さんと石田さんには話したとおり、6年前多摩川近辺で、ポストカードを送りつけた犯人が女の子に暴行を働く事件が連続して発生した。
 期間は2006年8月下旬から10月までのおよそ二ヶ月半。
 鞘師さんが東京に来たのは?」

「10月6日です」
里保がこわばった声で答えた。
「夜は野球を見て、そのまま泊まりました。
 次の日から一週間、病院に入院していました」
「ふむ、時期が一致するな。
 これでますますどこかで会っている可能性が高まったわけだ。
 滞在している間に、誰か知らない人に会ったとか、変わったことは?」

里保は苦しそうな顔をした。
「あまり…覚えてなくて」
聖と香音が、机の下で里保の手をぎゅっと握った。


493 :12月25日 :2014/04/13(日) 11:43

「8月に襲われた最初の被害者、小谷美和から始まって、最後の亀山絵美里が遺体で発見されたのが10月初旬。
 他の被害者は性的暴行未遂で済んでいるが、亀山は、窒息死で多摩川沿いの雑木林に遺棄されていた」
「そいつ…殺人犯ってことですか!?」

ざわざわと娘たちは顔を見合わせた。エンドーは片方の靴底をテーブルのへりにかけ、クリーム色の壁を睨んでいた。

「警察は自殺と発表し、世間的にもそういうことになっている。
 しかし、自殺で説明できないことを強引にねじ伏せた、お粗末な発表だった。
 見たほうが早いかもしれない。
 見るかい?」

弓削が言っているのは、死体の写真のことだった。


494 :12月25日 :2014/04/13(日) 11:44

娘たちは、ゴクリと息を呑んだ。
「見ます」
きっぱりと言ったのは春菜だった。続いて「見る…」「見ます」とぽつぽつと声が上がった。
弓削は手の中のプリントアウトを裏返した。


気をつけをした髪の長い少女。


まっすぐな髪が羽のように広がり、真上にのけぞるような体勢だった。
白い首に赤黒い縄の痕がつき、そばかすのような溢血点が散っていた。
そばにはかばんの中身が散らばり、オレンジ色のカードが近くに落ちていた。

「お前…これどうやって撮ったんだ」
「警察が封鎖線を張る前に、中に入って撮った。足跡をつけたから、取り調べで時間取られて大変だった」


495 :12月25日 :2014/04/13(日) 11:46

落ち葉の絨毯の中に華奢な体を横たえた少女を指して、弓削は言った。
「僕が最初に死体を見たときに思ったのは、「絵に似せている」と、そういうことだった。
 亀山に贈られたカードがこれだ。
 イギリス印象派の画家、ワッツの「これを女とよぶ」」


あごを思い切り反らして、まるで顔が無いように見える女が、
白い霧の花と幻の樹木に埋もれている、

霧と樹木と女の体には境い目がなく、老人の顔がおぼろげに浮かんだオレンジの木に女は囚われ、ゆっくりと溶かされている。
そんなように見えた。
弓削は絵を写真の横に並べた。

496 :12月25日 :2014/04/13(日) 11:47

「警察は『自殺でしかありえない状況』としてこの事件を自殺で断定したが、
 僕に言わせりゃ、自殺でこんな姿勢になるわけがない。
 そばには踏み台と、ロープの結び付けられた木の枝が落ちていたが、
 ぶら下がっていた重みで枝が折れたならこんなふうに顎がのけぞる姿勢になるだろうか?
 仰臥の状態で上から圧迫を受けたり…早い話、首吊りじゃなくて、馬乗りになって首を絞められた。または、死後の体勢に手を加えた者がいた、そう考えた方が自然じゃないのか?

 なのに、遺体の半径数十メートルには被害者の足跡以外なにもなかった。
 この雑木林は小径に分け入った暗がりで、湿った落ち葉と腐葉土が一面に敷き詰められてた。幼児が歩いても足跡がつくに決まってる。
 人を絞め殺すために踏ん張ったりしようものなら、なおさら」


制服を着た亀山絵美里の死体の上には、枝から剥がれた落ち葉が、はらはらと降り積もっていた。
なんだかそれも、絵との類似性を感じさせた。

「似てるな、里保ん時と」
エンドーがぽつりと言った。足のない犯人。



497 :12月25日 :2014/04/13(日) 11:48

「亀山の遺体が発見されたのが10月9日。
 鞘師さんが6日に来て、その後入院していたのなら、犯人がどこかで目に止めていた可能性がある」
「私、多摩川で遊びました。…友達と」
「多摩川で!?
 ということは…犯人に会ってる!?」

里保は困ったように、ギュウっと目をつぶった。
「ごめんなさい。…ほんとに覚えてないんです」

前のめりになった拍子にひっくり返しかけたホットコーヒーのカップを元に戻し、
弓削はガッカリした声で言った。
「いや、8歳じゃ仕方ない。
 仕方ないが…なんとか思い出せないかな?」
「無理ですよ」
聖が控えめに抗議し、香音がウンウンと頷いた。


498 :12月25日 :2014/04/13(日) 11:49

「ちなみに、こいつに見覚えのある人は」
マロンクラッシュラテのグランデカップで重しをつけたプリントアウトには、顎が四角く、目に険のある男。

「当時の最有力容疑者とされた、山田 浩二。
 実家に確認を取ってみたところ、現在ふらりと家を出て消息を絶っている。

 なぁ、山本、鞘師さんのポストカードって、お前んとこで調べたんだよな?」

「ああ、三通目の、溺れちゃうよってやつまでは。
 四通目はさっさと警察が持ってったよ。
 てかお前、この状況俺にとってかなりマズイことだって分かってる?
 契約違反で訴えられてもおかしくないんだよ?」

「指紋はついてなかったのか?」
山本がぶつぶつ言いながらファイルを取り出した。


指紋の他にガスクロマトグラフの検出結果、カードやプリントのインクの製造元、
フォントの種類までこまごまと情報が書かれていたが、目立った手がかりはないようだった。

「そうか…
 こいつ婦女暴行で以前に二回挙げられてるから、指紋が取れれば一発で照合できるんだけどな」


499 :12月25日 :2014/04/13(日) 11:50


「…」
里保はプリントアウトの男を覗き込んだ。


まったく覚えがない。
もともと人の顔を覚えるのが苦手だが、
6年前の霧ごしに写真を見つめても、何の感情も浮かんでこなかった。


「亀山は両親を亡くしてから身よりがなく、中学を出てからは親権者の管理の元で一人暮らしをしていた。
 あまり人と関わらないほうで、友達も少なかったらしい。死ぬ直前に、ストーカーに悩まされていた節があるが、どうもよく分からないんだ。
 僕はもういっぺんそこから調査してみたいと思ってる。
 皆さん、もし周りでこの男を見かけるようなことがあったら、すぐに連絡を下さい」



500 :12月25日 :2014/04/13(日) 11:51

ココアオレを吸い上げていたエンドーが、紙きれを取った。
「俺、これ持ってさゆみの病院行ってくる。
 犯人の顔見てるかもしれないし、あいつ」

「私も行く!」
立ち上がった里保に、「いーいーいーいー」と、まるで犬を追い払うようにエンドーは言った。
「お前が来ると、お前のことまで気にしてなきゃいけないじゃん。やめてくれる」
「何でよ。自分の身は自分で守るわよ!」
「ばーか、お前なんかピーチなの。非戦闘員なんだよ。マリオじゃねんだよ。
 工藤と佐藤みたいなこと言ってんじゃないよ。甲羅でコースアウトしてろっつうの」

工藤と優樹は今、親元に帰っている。本人たちのショックというより、東京に出してこんなことになるとは思っていなかった保護者のショックが大きいようだ。

「今はお前らみんなが狙われてんだから、余計なことすんなよな」



501 :12月25日 :2014/04/13(日) 11:52


エンドーがすげなく去ってから、テーブルに沈黙が下りた。


「ね、ねえ、やっぱ私、一回辞めるってコメント出した方がいいんじゃないかな」
里保がシュンとして言った。
「そしたらとりあえず、みんなのこと狙うのはやめるでしょ」
「ばか。
 あんた芸能人やろ。
 芸能人が一回言ったこと、そんな簡単に撤回できると思ったら大間違いっちゃよ。
 ファンを混乱させてどうすんのよ」
芸能人を10年やってきたれいなが一喝した。

「何のためにうさちゃんシークレットサービスがおんのよ。
 れーな達の身は警察とコイツが責任持って守ってくれるっちゃん。
 ね、山本!」
「ハハハ…」

こいつ大丈夫かという何本かの視線が、山本に突き刺さった。
「あぁ、こんなときに、葛西さんがいてくれたらな」
聖がナチュラルに毒を吐いた。



502 :12月25日 :2014/04/13(日) 11:53


「あのこれ、見ていいですか?」
春菜は、山本が机に放り出したクリアファイルを手にとった。

「あ〜全然いいよ。
 やっとかないと葛西さんが色々うるさいから取っただけのデータだし」

そう言いつつ、さっさと警察に持っていかれたという四通目のカードにも、できるだけのことはしていたようだ。
はっきりと両面が分かる写真や、簡易的なデータが入っていた。


503 :12月25日 :2014/04/13(日) 11:54

「会議まだ終わらんっちゃろか。
 スケジュール大幅に変わるんやろな…さゆみ、何かドッキリみたいな仕事やるって言ってたけど、れーなに回ってくるんかな…
 嫌だなぁ…」
れいながシュガーレスのコーヒーと携帯を交互に持ち替えながら嘆いている。
絶対に口に出さないがさゆみのことを気にしているのは明白だった。


「…」
あまりに真剣にファイルに見入っているので、
ちょっかいを出したくなった亜佑美が、わざとらしく春菜のコーヒーカップの中身を、音を立ててすすり上げた。

それでも春菜は、憑かれたように資料を見つめ続けていた。





504 :12月25日 :2014/04/13(日) 11:55

   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥


505 :12月25日 :2014/04/13(日) 11:56

「どこか行かれるんですか?弓削さん」

階段を下りると、待ってましたとばかりに寒風が襲ってきた。
レザージャケットの襟を立てながら、弓削は答えた。

「ああ。亀山絵美里の保護者のところに向かおうと思ってる」
「私も行ってもいいですか?」
「はっ?」
横の亜佑美が飛び上がる。

「いいけど…遠藤くんが言ってたみたいに、君たちは今危ないよ。
 みんなと一緒に事務所に戻ったほうがいいんじゃない?」
「ちょっと、自分で確かめたいことがあるんです。
 ついていってもいいですか? あ、一人じゃ危ないだろうからあゆみんも連れていきます」
「おいマジか」
「分かった。
 役に立つか不安だけど、僕が山本の代わりを勤めよう」

帽子とマスクで簡素な変装を施し、三人は、JRから東急多摩川線に乗り込んだ。




506 :12月25日 :2014/04/13(日) 11:57

   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥


507 :12月25日 :2014/04/13(日) 11:57


氷のような温度の窓ガラスを透過した日差しの中で、シートに座ったお年寄りがうつうつと昼寝をしている。
多摩川線に乗ったのは初めてだった。
広い川岸の向こうは、神奈川県川崎。
のんびりした住宅街を縫う電車が、タタンタタンとリズムを刻んでいた。


弓削は、解約しようかどうしようか迷っているタブレットを取り出し、春菜たちにフォルダの画像を見せた。
被害者のバストアップ写真と、届いたポストカード。
美術品の写真は、春菜たちが記憶を探るまでもなく、完全に知らない作品ばかりだった。


508 :12月25日 :2014/04/13(日) 11:58


「一件目は小谷美和、16歳。多摩川西高校一年生。
 二件目は嶋花凛17歳、同高校二年生。
 三件目、黒田怜愛、9歳。区立下丸子小学校三年生。
 四件目の添田結菜、13歳。田園調布中学校一年生。
 そして五件目の亀山絵美里、17歳。多摩川西高校二年生。

 全員、多摩川の東側沿岸、つまりこの東急多摩川線沿いの学校に通っている。
 節操がないというか、途中で子どもの方が扱いやすいことに気づいたのか、被害者の年齢がぐっと下がっている。でもまた元に戻っているね」


「この人だけ、何で彫刻の写真なんですか?」
亜佑美が小谷美和のカードを指した。
「もしかして、そこに重要な秘密が隠されてたりしてっ!」

「これは『サモトラケのニケー』だね。
 僕もこのくらいしか知らなかったな。ルーブルに飾ってあるやつ。
 彫刻であるとか、年代や作風がどうこうと言うより、
 これは主題別に犯人が割り振っているものだと思った」
「主題?」
「そう。犯人が被害者の人生に込めた、主題」



509 :12月25日 :2014/04/20(日) 20:16

小谷美和のカードは、ギリシア・サモトラケのニケー像。
頭部の見つかっていない、世界一美しい女神の像だ。
小谷は他の被害者に比べて、顔が凡庸だった。
しかし、手足が長く、均整の取れた素晴らしい身体をしていた。

体操部からの帰り、
小谷は覆面の人物に葦の茂みに連れ込まれ、服を剥かれて下衆な写真を撮られた。


「二件目の嶋花凛のところには、プラティーリャの『フアナ・ラ・ロカ(狂女フアナ)』」


生きていると信じて夫の遺骨を離さない、狂った女の肖像。
嶋花凛は、近所でも評判の美少女だった。
しかし、交際相手の同級生が、とんでもない女たらしだった。
犯人は、別れるように脅迫めいた警告を添えてカードを出してきたが、
嶋がそれを無視すると、ボーイフレンドの飼っていた小型犬を惨殺し、彼女の家に放り込んだ。
それでも交際を止めないと見るや、夜道で彼女を襲い、私物を奪って逃走した。

510 :12月25日 :2014/04/20(日) 20:17

三件目の黒田は、9歳だった。
自転車に乗って友達の家に行く途中、併走してきた原付の人物に思い切り押され、土手から転がり落ちた。
下着を脱がされ、下腹部をまさぐった後に犯人は逃走。
一生に一度しか失わないはずのものを、黒田はこの土手で強制的に失った。

黒田のところに届いたカードは、ベラスケス『薔薇色の衣装のマルガリータ』。
ラヴェルの曲のモデルになった、美しく儚いマルガリータ。


四人目の添田は異色だ。
中学一年生にしてかなり派手な交際関係を持っていた。
自分達で援交クラブのようなものを組織し、リーダーをやっていた。

犯人は、添田が学校の友達と繋がっているSNSを徹底的に荒らし、
出会いチャットでやり取りしていた40代の援交相手のことを大手掲示板で暴露した。
添田の顔出し下着画像まで添付されたそれはネットのすみずみまで拡散し、回収不能。
家族は引っ越しを余儀なくされた。

511 :12月25日 :2014/04/20(日) 20:18


「添田のカードはパスキンの『サロメ』。
 13歳という穢れを知らずにいなくてはいけない時期に、
 男の単純な理想を蹴散らすような行動が許せない…
 まぁ憶測だけど、結構当たってるんじゃないかな。
 サロメは、ヘロデ王をたらしこみ洗礼者ヨハネの首を銀皿に乗せさせた、邪悪な処女と言われている。

 犯人は犯人なりに、でたらめにカードを選んで送ってるわけじゃないんだなと取材当事思ってた」

「亀山さんのは?」

弓削は陽光の中でかぶりを振った。
「あれだけよく分からない」


512 :12月25日 :2014/04/20(日) 20:19

「…あの、犯人に何か酷いことをされてたりしたんでしょうか。
 尊厳を汚されていたりとか…」
「性的暴行があったかってこと?
 いや、ないよ」
「はるなん、さっきからどしたの。
 なんか変だよ」

こわばった肩筋の向こうから、亜佑美が声をかけてきた。

「…うん。ちょっと気になることが」
「んだー。こんなとこまで来てさぁ、怒られても知らないよー」
脱力した亜佑美が、ムートンブーツの足先をだらりと伸ばした。




513 :12月25日 :2014/04/20(日) 20:20

   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥


514 :12月25日 :2014/04/20(日) 20:20


「あんた一人?りほりほは?」
病室に入ってきたエンドーを見て、さゆみが顔を上げた。


もともと色が白いので、白いシーツと包帯に包まれていると、なんだか消えてしまいそうに見える。
エンドーはパイプ椅子に腰掛けた。
付き添いの牧野はどこかに行っているようだった。

「ねえ、りほりほ、さゆみのこと何か言ってた?
 さゆみのウソのこと」
「ウソって…
 あー。あのマネキン。

 別に何も。
 逆に迷惑かけたって落ち込んでたぜ」



515 :12月25日 :2014/04/20(日) 20:21


「あんたは、図々しくていいよね」
ため息をつくさゆみに、エンドーは眉をしかめた。

「図々しいから、絡まったりほりほの心も、簡単にほどけちゃうんだろうね。
 私じゃ、りほりほの目を覚ますことはできなかった。
 傷つけたり傷ついたりすることに臆病で、壁を作っちゃう私じゃ」

エンドーは、まっすぐさゆみを見た。
「犯人、見たんだろさゆみ。
 教えてよ」



516 :12月25日 :2014/04/20(日) 20:22

「あれを見たって言うのか」
さゆみは難しい顔でうなった。


「駅の階段とこで、牧野さんを待ってたの。
 急いでたから先に降りようとしたら、肘で思いっきり押されて転がり落ちた。
 その時は大パニックで、踊り場に倒れて上を見上げたら、みんながこっちを見てたから、あの中に犯人がいたとしても誰だか分からなかった。

 ただ、あれは男の肘ね。さゆみ分かる。女の子の肘はあんなゴツくないもん。
 さっき警察の人にもしゃべったけど、これ以上のこと何にもないわよ」

「こいついなかった?」

エンドーが広げたPPC用紙を、まるで汚物を見つめるような目つきで見つめながら、さゆみは首をひねった。


517 :12月25日 :2014/04/20(日) 20:23

「いたかもしれないけど…さゆみの記憶に残ったかどうか…」
「もお〜、じゃ他に何かないの。気がついたこととか何かさあ」
「気づいたこと…気づいたこと…」
さゆみは眉を八の字にしながらうなった。


「ん〜と、なんか…
 甘い香りがしたわね」

「甘い香り?
 香水ってこと?」
「違う違う、そっちじゃなくて、美味しそうなにおい?
 スイーツみたいな。あの時何か、フワっと」
「お前それ、駅の食い物屋の匂いだろ…」
「違うわよ!
 ばかにすんじゃないわよ!」

きーきーわめくさゆみを見ながら、エンドーはため息をついた。
「もういい。何も期待しない」
「何よ。役に立たなくて悪かったわねっ」
「ホントだよ。ホント役に立たない」
そして、宙に吊り上げられたさゆみの右足を見た。
「ごめんな、守ってやれなくて」



518 :12月25日 :2014/04/20(日) 20:24


「…何よ。


 あんたなんか全然関係ないじゃない。
 さゆみにも関係ないし、モーニング娘。にも関係ないわよ。
 りほりほにだって馴れ馴れしいし、本当気に食わないと思ってるんだから。

 明日あんたが消えたところで、さゆみの世界に全然、毛のひとすじほども影響ないんですからね。
 あんたみたいなクソガキに、なぐさめられる筋合いなんか、全然ないんだから。… …


 …う、
 うう、


 ううぅ〜」



さゆみの目から大粒の涙がぽろぽろとこぼれ落ちた。
二度とステージに立てなくなったさゆみの足のギプスを、エンドーは、ぽんぽんとゆっくり叩いた。






519 :12月25日 :2014/04/20(日) 20:27



「失礼します、道重さん」
牧野が大きな体を折り曲げて、病室に誰かを引き入れた。
ベッドの上のさゆみに目礼して入ってくる男たち。


「あれ。
 おっさん、ケーサツのあのおっさんじゃん。
 おっさんだよね?」
おっさんは、迷惑そうなギョロ目をエンドーに走らせた。
「この事件の担当になりました、東京湾岸署の菊川です。
 こちらは、警視庁の佐渡警部補。

 このたびの件で鞘師里保さんの自宅に家宅捜索が入ることになりました。
 それで、道重さんにも関係者指紋を取らせていただきたいのですが」

「え、何でさゆみの指紋取んの?」
「容疑者と区別するためにだよ。
 お前もだぞ、お前も家に上がったんだろボーズ」
菊川が朱肉と紙を取り出して手際よく準備するのを、警視庁の佐渡とやらは横で見ていた。


520 :12月25日 :2014/04/20(日) 20:28

「ねえねえ、駅の防犯カメラから何か出た?」
「…」
「犯人映ってたの? 目撃者とかいるの、ねえ」
「現在調査中です」

丁寧口調の菊川の目はありありと「黙ってろ」と言っていた。

「何だよ、せっかく手がかり教えてやろうと思ったのに」
「そりゃどうも。暇になったら話聞いてやるから、大人しくしてろよボーズ」
刑事たちは挨拶もそこそこに出て行った。


521 :12月25日 :2014/04/20(日) 20:29


「何よ、手がかりって」
「あー、あいつ里保、昔犯人と会ってるかもしれないんだよ」


弓削による非公式ミーティングの内容を聞いて、さゆみは息をもらした。
その目は憂いに揺れている。

「そう…
 怖いね。
 りほりほは、知らずに殺人犯と会ってたかもしれないんだね」
「まーな。お前も気をつけろよ」
「ふんだ、余計なお世話よ。
 ここなら一日中誰かしらついててくれるから大丈夫よ」
牧野が、両腕に抱えたペットボトルをごろんごろん落としながら戻ってきた。
ついてるのがこいつで大丈夫かと思いながら、エンドーは病室を出た。




522 :12月25日 :2014/04/20(日) 20:30

   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥


523 :12月25日 :2014/04/20(日) 20:30


道すがら、電話が鳴った。里保だ。
『どうしようエンドー、警察くるって』
「あぁ、そうらしいな」
『えりぽ…
 …マネキン、どうしよう。

 …エンドー、預かってよ』

「なんでだよ!」
『だってかわいそうじゃん。
 知らない人にべたべた触られたくないよ』

しょげた声。エンドーは慰めるように言った。

「しょうがないよ。
 俺の部屋に持ってってもいいけど、なんか持ち出したらたぶん、怒られるぜ。
 壊したりしないだろうから、覚悟決めて行ってこいって」


524 :12月25日 :2014/04/20(日) 20:31


里保は憂鬱そうにうなった。

『それで、
 これからつんくさんと会社の専務とお母さんのとこ行くんだ。
 いくらなんでも隠しておけないからって…

 私、ストーカーのことも話してないんだよ。ストーカーって携帯の人のほうね…
 マジで殺されるかもしれないよ。

 …あ』
「何?」
『お母さんなら覚えてるかも、6年前のこと。
 …何で気づかなかったんだろ。私が覚えてなくても、お母さんは私がなんか言ってたとか、どこ行ったとか覚えてるかもしれない』
「あ、そーかも。てか、それしかないじゃん!」
『よし、ちょっと行ってくる』
「おう、行ってこい!」




525 :12月25日 :2014/04/20(日) 20:32

   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥


526 :12月25日 :2014/04/20(日) 20:32



プリキュアの歌を歌っていた子どもが突然、自分たちの間の造語らしきものを叫んで駆け出し、もう一人の女の子がばたばたと追いかけていった。
昼下がりの土手は平和そのもの。
犬の散歩をしている老人や、バス停へのショートカットに土手を使っているらしい若者をぽつぽつ見かけるぐらいで、人けは少なかった。


「冬休みだからね。明けたら、自転車通学の中学生や高校生であふれ返るよ」
川から来る冷たい風にちょっと顔をしかめて、弓削は言った。
「僕は亀山絵美里が死ぬ直前、インタビューをしたんだ」
「えっ」

ICレコーダーの中にまだ肉声がある。
被害にあった高校生は、みんな多摩川西高の生徒だ。
下校途中に誰かれ構わずマイクを向けていた中に、亀山絵美里がいた。

「殺されたあとで思い出した。
 顔立ちは整っているが、えらく暗い子だった。
 被害者と面識はないし、知ってることもないと言ってた。

 俺があの時もっと注意してれば、もっと何かに気づいていれば亀山が死ぬのを防げたのかもしれないと、そう思っても後の祭りだ。
 結局警察が捜査を打ち切った後も取材を続行して、デスクとけんかした。
 そのうちにデスクが懇意にしてる警察の偉いさんから電話で苦情が入って、あえなくクビ。

 もともと衝動的に入った会社だったから、どうにかなると思ってたけど、案外どうにかならないもんだね。大学も中退しちゃったし」
「そうだったんですか…」



527 :12月25日 :2014/04/20(日) 20:33


亀山絵美里は15歳のときに両親を亡くしている。
親権責任者となっていたのは、近くに住んでいる叔母だった。
それでも彼女は一人暮らしを希望し、身内も友達もいない、閉じた生活を送っていた。


小ぢんまりした家のチャイムを押すと、だいぶ間があって女の声が聞こえた。
『はい』
「週間真実の弓削と申します。6年前の絵美里さんの事件で、お聞きしたいことがあってうかがいました」
さらりとウソをつく弓削がしばらく玄関先で押し問答した結果、しぶしぶと相手はドアを開けた。


528 :12月25日 :2014/04/20(日) 20:34


「何ですか、今さら」
「絵美里さんの死に関わっていると思われる人物が、別件で浮上しました。
 犯人の確保につながるかもしれません」
「犯人もなにも、あの子は自殺だったでしょう?」
「本当にそうお思いですか?」
「警察が調べたんならそうなんでしょ。
 私に聞かれても、一緒に住んでいなかったのでほとんど分かりません」

ずいぶんと冷たい言い方だ。
絵美里を引き受けたことを後悔しているような。

「遺品の中に携帯電話がありませんでしたが、その後警察から返還されましたか?」
「受け取ってません。
 見つからなかったんじゃないでしょうか」
「あの。絵美里さんにはストーカーがいたようなんですけど」
どう見ても記者には見えない美少女が身を乗り出してきて、絵美里の叔母は眉をひそめた。


529 :12月25日 :2014/04/20(日) 20:35


「何か知りませんか。
 いくつぐらいだとか、こういう仕事をしているようだとか…」
「さあ。
 あれ以来うちのほうには変わったこともないし、
 私に聞くより学校の先生に聞かれたら?」
「あの、さっきからあんまりじゃないですか。
 絵美里さんがかわいそうだと思わないんでしょうか?」
「事件のことは言うなって言われてるのよ!」
「誰にです」
弓削の冷静な視線に射られて、叔母ははっとなった。


「いえ、あの… 本当に何もお話できることはありませんから」
「…そうですか。
 では、この人物を周囲で見かけたら、ここに連絡下さい」
目の前でドアが閉まり、チェーンのかかる音がした。






530 :12月25日 :2014/04/20(日) 20:36



「飯窪さん、ひょっとして君は、何かに気づいてる?」
発券機から取った切符を差し出しながら、弓削は言った。


春菜は憂鬱な顔をしていた。
カフェで山本の資料を見てからずっとだ。
ぺこりと切符を受け取りながら、言った。
「ごめんなさい。もうちょっと経ってからでないと、無責任なことは言えません。
 でも、必ずお話します。約束します」
「そっか。
 分かった。
 無駄足踏ませて悪かったね」




531 :12月25日 :2014/04/20(日) 20:36


日が傾いて、人が増えてきた列車に揺られながら春菜は思った。


弓削は里保の「あれ」を知らない。
でも自分は知っている。
春菜の違和感が確かなら、



犯人は、春菜たちに非常に近しい身内の中の誰かだ。








532 :12月25日 :2014/04/20(日) 20:38

   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥


533 :12月25日 :2014/05/08(木) 20:00


「飯窪!石田!
 どこ行ってたの、まったくもう」
ロビーから、溝口が駆け寄ってきた。
「溝口さん、会議終わったんですね」

溝口は、弓削の顔を見て不審な顔をし、肩書きを聞いてますます警戒色濃厚になった。

「あなたたち、何やってるの。
 まさか自分で事件を解決しようとか思ってるんじゃないでしょうね。
 冗談じゃないわ、あなたも、うちのタレントに近づかないで下さい。
 やっと警察が動いたんだから。危ないことは彼らに任せてればいいの!」

「警察か。
 警察は、6年前の事件とこの件を結びつけて考えることはしませんよ。
 一度自殺で処理したものは並大抵のことではくつがえりません」

無精ひげの散った弓削の頬に薄い笑いが浮かんでいた。
「あなたと同じで、どこの誰かも分からない自称フリージャーナリストの言葉を信じ、事件を掘り返す警官なんていません。

 再捜査なんてことになれば、誰かが責任を取らなきゃならなくなる。
 あの事件の後、昇進した関係者もいるでしょう。
 全力で知らないフリするに決まってますよ」

溝口の反論が口の中で消えていった。
なんだろう、この不審者の妙な説得力は。


534 :12月25日 :2014/05/08(木) 20:01


「遺族に口どめをしているのも、どうせ彼らでしょう。
 警察は、道重さんの件で犯人の目星を付けるところから始めている。
 そんなことをしてる間にモーニング娘。には次の犠牲者が出る。
 あなたが防ぎたいのはそれでしょ?マネージャーさん」

「…溝口さん、ハロコンはどうなったんですか?」
春菜が小さな声で聞く。
溝口は苦々しく言った。
「犯人が捕まるまで、無期延期」
「そんな!」
「工藤と佐藤はセミリタイア、道重はケガ。
 メンバーにこのまま活動をさせることに、他のグループの親御さんからも懸念が出てるわ。
 ここで強行なんてしたら、会社の企業倫理自体が問われかねない」
「犯人が捕まればいいってことですよね」
春菜の目に、静かな火が点っていた。

「あと一週間のうちに犯人が捕まれば、ハロコンできるんですよね?」
「飯窪、あなた…」


「犯人がどういう主題を込めて鞘師さんにあの絵を送っているのか、電車の中でずっと考えていました。
 
 あの絵はスペイン・ハプスブルク王朝終焉の絵です。
 もしかしたら犯人は、モーニング娘。を終わらせたいのかもしれない。

 歌もダンスもできない私が、グループのために何かできるのなら、
 それはできる人を助けることだと思います。

 溝口さん、私は犯人を捕まえたいです」


535 :12月25日 :2014/05/08(木) 20:03


溝口にはまだ言えないが、もし犯人が事務所関係者の中にいるなら…
外部に情報を伝える者がいなければ、情報が停滞してしまう。


「危ないまねはしません、溝口さん」
春菜の追撃に、溝口は力なく肩を落とした。
「もう、バカ。当たり前でしょバカ」
半ばヤケクソの容認。
顔を輝かす春菜に、溝口は釘を刺した。

「とにかく、会議でUSSの警備の増強も決まったから、
 何をするにも警護から離れないで。
 あと、あの人に関係ないことをしゃべっちゃだめよ」

睨まれた弓削はどこ吹く風だ。
もう辺りはすっかり暗くなっている。
春菜と亜佑美をUSSの車に押し込み、半ば強制的に帰路につかせてから、溝口は我知らずため息をついた。


「まったく、あの子たちったら…
 人の気も知らないで。私よりも、よっぽど強いじゃないの」  





536 :12月25日 :2014/05/08(木) 20:04

   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥


537 :12月25日 :2014/05/08(木) 20:04


春菜は、車の中で亜佑美に自分の考えを話した。

思ったとおり、亜佑美は素っ頓狂な声を出した。

「だから、あんなこと言ってたの?
 単なる間違いじゃないの、それって。
 犯人だって間違うことあるでしょたぶん」

「そうかもしれない。
 だけど、ほんとだったら取り返しのつかないことになる。

 それでさ、弓削さんには言えないじゃん?
 弓削さん、鞘師さんのあの病気のこと知らないんだよ。
 私が勝手に言っていいことじゃないし、とりあえず、もっとはっきりした確証がないと言えないよ」

「だからって、私たちだけでどうにかできるわけないじゃん!」


運転席の山本は鼻歌を歌っている。
春菜と亜佑美は、顔を見合わせた。
事務所の中にも外にも自由に動け、信頼できて、頼りになる人…

「山本さん!」
「ひょっ、何?」
「今日遠藤くんは?」
「遠藤くんなら帰ったよ。どしたの、二人とも?」
「遠藤くんのとこ、行ってください!」



538 :12月25日 :2014/05/08(木) 20:05

   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥


539 :12月25日 :2014/05/08(木) 20:06


「ほらぁー。だから言ったじゃん!
 事務所の中に犯人がいるかもしれないって、僕言ったよね遠藤くん!?」

山本は興奮している。

エンドーは夕食がわりの山盛りコンビニフードを前に、腕を組んで黙っている。

「思い返せば、事務所の人ならいくらでもカードなんて置けるんです。
 あの時は埠頭の犯人とごっちゃになってたから分からなかったですけど、
 なにかすごいことをして侵入しなくたって、怪しまれずにカードなんて置けるんです」
「里保の部屋は?」
「え」
エンドーはからあげくんレッドの封を切った。
「里保の部屋にカードを置くのは無理だろ、スタジオや事務所の中には置けても」


12月24日。
10号埋立地で、ススムの逮捕劇が繰り広げられた日だ。
この日、里保が部屋を抜け出したすきに部屋に入って、カードを置いて去ることができた人物…



540 :12月25日 :2014/05/08(木) 20:07


「まぁ現地にいた俺と山本さんと溝口さんは除外だな。葛西さんも病院にいたし」
「当たり前です。その人たちは最初から疑ってません」
「そうか、事務所の人って断定するのは危険かもね。
 スタジオ側の関係者だって、例えば君たちの家族であったって、里保ちゃんの病気を知ってて部屋に入れるのであれば、誰でもできたことになっちゃう」

「鞘師さんの病気のこと、誰かに言った…?」
亜佑美がぶんぶん首をふる。
春菜だって言ってない。というか、リハでそんな暇がなかった。
この場で情報を漏らしたのは、山本だけだ。
おかしな視線が集まってくるのに気づいて、山本は姿勢を正した。


「百歩譲って、事務所じゃなくて、事情を知ってる外部の人物だとしても…
 合鍵を持ってるのはあの時点で俺と、葛西さんと、溝口さんのみ。
 俺は誰にも貸してない。
 葛西さんも貸しそうにないだろう。
 てことは溝口さんだ。
 あの期間、溝口さんの合鍵がどうだったか調べる。

 合鍵を持ち出して、監視カメラに映らずに里保の部屋に行けた人物…
 それが犯人。うん、まとまったな」


541 :12月25日 :2014/05/08(木) 20:08


春菜が、無糖アイスティーのペットボトルを両手で包み込みながら言った。
「ねえ、弓削さんに、このこと話してもいいと思う?
 説明するには、鞘師さんのあれのこと言わないと」
「うーん。いいんじゃない?」
エンドーのテキトーな言葉が、逆に不安になる。

「あの、俺が言うのもアレだけど、
 あいつはまぁ、タチの悪いやつじゃないから大丈夫だよ。
 里保ちゃんが傷つくようなことはしないよ、たぶん」
ばつが悪そうに山本が言う。


「ま、とにかく、明日から調べてみる。
 お前らも帰れよ。
 なんかあったら教えるから」
「うん。ありがと、遠藤くん。
 私たちも、事務所の中のことちょっと調べてみるね」




542 :12月25日 :2014/05/08(木) 20:09

   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥


543 :12月25日 :2014/05/08(木) 20:09


モーニング娘。セカンド・サブマネージャーの小関美穂は、両手に抱えたバインダーを棚に押し込み、ふうと腰を伸ばした。

事件が始まってからピリピリしているのは分かるが、それにしても皆、もう少し片付けてもいいのではあるまいか。
クリアファイルの見本や付箋をつけた書類が積み重なってできた地層をぱっぱと仕分けると、やっとスチールの机の地が見えてきた。

よし。もうこれでよし。
明日さゆみの病院に持っていく物も揃えなければならないし、帰ろう。


オフィスを出ようとして、受付カウンター横のダンボールの上に、ファイルが放置してあるのが目に入った。

なぜこれがこんなところに。
打ち合わせに使って戻し忘れたのだろうか。
もう、出したものはちゃんと戻してくれないかな。


半開きになっていたファイルキャビネットにため息をついて、ばん、と閉める。
小関のパンプスが奏でるカツン、カツンという音が消えたあと、辺りは無音になった。





544 :12月25日 :2014/05/08(木) 20:10


   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥


545 :12月25日 :2014/05/08(木) 20:11



「ほんとに、こんなとんでもない事黙ってるなんて。
 びっくりし過ぎて、お母さん死んじゃうかと思ったわ。バカ。バカ子」
母はまだ、ふすまの向こうから恨みがましく言ってくる。


どてらを着た母が説明を飲み込み、怒りに変わって沈静化するまで、正座をした里保は土下座する勢いで乗り切った。
つんくさんと事務所の専務も一緒に土下座してくれた。
あの部屋に帰るのは当然禁止。
明日の現場検証を終えたら、里保は当分の間、おばあちゃんの家から通うことになる。

「本当は今すぐ広島に連れて帰りたいぐらいなんだから…」
「まぁまぁ。
 おかげで病気治ったよ。
 ありがとね」
「まぁまぁじゃないわよ!
 バカ!」


母と寝るのは久しぶりだった。
インフルエンザの危険を加味して、ふすまを隔ててはいるが、母の心配がありありと伝わってきた。
ありがとうお母さん。




546 :12月25日 :2014/05/08(木) 20:12


「それでさ、6年前の話なんだけどさ」
不服そうな母に、なだめる声色で里保は言った。
「わたし何かへんなこと言ってなかった?
 知らない人に会ったとか。何かおかしなことあったとか。
 …女の子と、遊んだこととか」

「知らないわよー。
 あんたが勝手に迷子になって、お母さん、ずいぶん探したんだから。
 見つけたら見つけたで、あんた、座り込んじゃって返事しないし。まるで死んじゃったみたいに。

 それから引きつけ起こして、息ができなくなって、救急車呼んで病院行ったのよ。
 尾田沢先生の言ってたチック症とかってのはあの時からよ。
 あの後ときどき、緊張したらシャックリ出たり、うまく息できなくなったりしたでしょ」
その時の気持ちが蘇ったのか、母の声がまた潤みはじめた。


里保は勇気をふり絞って言った。

「ねえ、一緒に遊んでた女の子のことは。
 どこの子だったとか、知らない?」


547 :12月25日 :2014/05/08(木) 20:13

「知らないわよ。あんた誰かと遊んでたの?
 あの時は大変だったし、病院ではずっと里保につきっきりだったから、お母さん何も知らないわよ。
 そういえば、病院行く途中で、消防の車とすれ違ったわね」

消防…

「帰ってきたらけろっとして、
 お稽古休んじゃったから早く行きたい、練習が遅れるなんてぶつぶつ言い出して。
 ほーんとこっちの気も知らずに勝手な娘だと思ったわ。お稽古のある週末までずーっと文句言ってるんだもの」

「え、ちょっと待って一週間入院したんでしょ。
 7日から入院したら帰ってきたら週末じゃん。土曜日だったじゃん7日」
「何言ってんの。入院したのは9日よ。
 智也おじさんの試合見て、連休はおばあちゃんの家でそのまま遊んだじゃないの。連休の最後の月曜日よ、あんたが迷子になったの」


え。
え。
話が違う。

里保の頭がまたグラグラしてきた。


「小さい頃だからあんたもごっちゃになってるのよ。
 うそだと思ったらおばあちゃんにも聞いてみな」



548 :12月25日 :2014/05/08(木) 20:14


なんだか怖くなってきた。
里保は布団のはしをぎゅうっと握った。
自分にかろうじて残り、信じていた記憶は偽だったのだろうか。
記者の人に無責任なことを言ってしまった。里保の記憶は全然あてになんてならなかった。


えりちゃん。
本当はえりちゃんもにせもので、
実際になんていなくて、私が勝手に作った人物で…

私が勝手に悩んで…
私は病気で…


えりぽんのように、どこかにいなくなっちゃって…



ブルルルル。
バイブにしていた携帯が震えた。
里保の心臓は死ぬほど飛び上がった。涙目のまま携帯を探す。
エンドーだった。
こっちの気も知らずに能天気な声でどうのこうの言ってきた。飯窪がどうの。



549 :12月25日 :2014/05/08(木) 20:15


エンドーの声はえりぽんの声だ。
少し低いけど、えりぽんの声だ。
瞳に溜まっていた涙が、一つ珠になって流れていった。
「ねえエンドー、ちょっと、「里保」って言ってくんない」
電話の向こうでエンドーがどん引きした。
『え、何それ』
「お願い、一回でいいから」
『やだよ気持ち悪い…』
「お願いだってば!」
さんざん気持ち悪がった結果、エンドーはやっと言ってくれた。
「違う、そんな雑にじゃなくて、もっと高い声で言って!」
『里保』


里保。


里保。




その声は、鐘みたいに里保に響いた。
目を閉じた先でえりぽんが、黄緑の服を着て笑っていた。
珠になった涙が、あとからあとから溢れてきた。
えりぽんを追い出そうとした私に、まだ笑ってくれる。
他のどんな正常よりも、里保にとってそれは、温かい音だった。


「エンドー、私病院行くよ」
『は?』
「おかげで勇気出た。
 ありがと」
『お前やっぱ頭が…』
里保は、はっきりと言った。
「私は病人だから、病院行って、きっちり記憶を取り戻すんだ」





550 :12月25日 :2014/05/08(木) 20:16

   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥


551 :12月25日 :2014/05/08(木) 20:18



ダイバーちゃんねる ■掲示板に戻る■ 全部 1- 最新50
______________________________



806:名無し手配中。。。:2012/12/24(月) 23:28:40.65 0
  近いうち爆発系の事件報道されるかも

807:名無し手配中。。。:2012/12/24(月) 23:40:23.48 0
  >>806kwsk

808:名無し手配中。。。:2012/12/24(月) 23:41:10.87 P
  >>806
  くわしく

809:806:2012/12/24(月) 23:47:32.99 0
  俺の顧客で時々変わった注文するやつがいるんだけどさ
  今度粉粒火薬頼んできやがった
  テラ犯罪行為の予感

810:名無し手配中。。。:2012/12/24(月) 23:55:14.37 0
  発破屋じゃねえの?

811:806:2012/12/25(火) 00:01:35.56 0
  発破屋なのかな?
  そいつの前の注文「鱗粉」だよ鱗粉
  そんなん取り扱ってるとこ知らないからマレーシアまで発注かけちゃったよ
  そいつが何か起こしたら業者()の俺も罪になるの?(´・ω・`)

810:名無し手配中。。。:2012/12/25(火) 00:06:20.08 0
  りんぷんwwwwww

811:名無し手配中。。。:2012/12/25(火) 00:08:41.52 0
鱗粉って高いの?

812:806:2012/12/25(火) 00:14:01.33 0
>>811
俺のマージン入れたら高いね



552 :12月25日 :2014/05/08(木) 20:20


813:名無し手配中。。。:2012/12/25(火) 00:17:30.12 0
 そっかーちょっとお願いしたいものがあったんだけど
 先月から無職になったから無理だね
 金ないお…

814:名無し手配中。。。:2012/12/25(火) 00:24:40.18 P
 「仕事募集」スレ行ってみろよ
 余計なことしゃべらなかったら稼げる仕事あるぞ
 俺もこの前ありついたけどマジこんなんで金もらっていいの?って感じだったwww

813:名無し手配中。。。:2012/12/25(火) 00:31:47.37 0
 ていうかお前ら
 今滅多なこと書かん方がいいぞ
 ドル板のクソバカ萩島のせいで今絶対警察ダイバー監視してるぞ

813:806:2012/12/25(火) 00:39:52.03 0
 あ そか

 でも俺は大丈夫だよ(´・ω・`)
 合法だし(´・ω・`)

813:名無し手配中。。。:2012/12/25(火) 00:46:19.22 0
  >合法だし(震え声)

814:名無し手配中。。。:2012/12/25(火) 00:52:46.16 0
 サヨナラ806

 とりあえずこれからしばらくニュース楽しみにしとく





553 :12月25日 :2014/05/08(木) 20:22

   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥


554 :12月26日 :2014/05/08(木) 20:23

          12月26日


555 :12月26日 :2014/05/08(木) 20:23

   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥


556 :12月26日 :2014/05/08(木) 20:26


「あら、遠藤君、おはよう」

家宅捜索というものは、えらい朝早くから始まるらしかった。
まだ空気が冷え冷えとし、窓ガラスが曇るような刻限に様子見のつもりでいやいややってきたエンドーは、
非常階段の先の里保の部屋がドア全開になり、複数の人間が動き回っているところを見た。


エレベーターがせわしなく動いて、作業着みたいなものを着た警察官が部屋に入り、また戻っていく。
奥まった角部屋の里保の玄関に、機材ががちゃがちゃと積んであった。

好奇心丸出しで覗いていた他の住人が、エンドーと目が合うと、ばたんとドアを閉めた。
奥から菊川のダミ声が聞こえる。暖房の効いた部屋の中に入りたいという切ない思いを抑えながら、エンドーは聞いた。

「溝口さんさ、里保の部屋の鍵って、誰かに貸したことある?」
溝口はびっくりした顔をした。今日は時間がなかったのか、化粧が薄い。
「そうね、誰かが使うこともあるわ。
 鞘師のっていうか、このマンションに入居しているタレントの鍵はキーホルダーにひとまとめにして、事務所に置いてあるから」
「24日の日って、誰が持ってた?」

「…私、は持ってなかったわね。事務所に置いてあったわ」
「誰が持ち出したか分かる?」

エンドーの質問の直球ぐあいに、溝口は苦笑いした。

「スタッフを疑ってるのかしら?遠藤君」
「分かんない。ただそーゆー事ができたっていう、可能性の話」
ドラマで覚えた言い回しを、エンドーは使った。


557 :12月26日 :2014/05/08(木) 20:28


「まあ…確かに…誰かが鞘師の部屋に入ったってなると、そう考えるしかないわね。
 監視カメラには何も映ってなかったけれど、入るには物理的に鍵を使うしかないものね」

納得しきれない顔をしながらも、溝口は呟いた。

「外部の人が鍵を使って、また元に戻すっていうのも、かなり苦しいけれどできなくはないかもしれないし…
 当日事務所にいたスタッフに聞いてみるしかないけど…」

さすがの溝口も、日夜一緒にいるスタッフの中の誰かが犯人とは思いたくないようだった。


「まぁたお前か。お望みどおり捜査してやってんるのにあちこち顔出しやがって、ヒマなのか。宿題やったのか、こら」
「うるせーな、余計なお世話だよ」

暖かいところから声をかけてくる菊川に、エンドーは八つ当たり気味の声を返した。
生気の抜けた表情の里保がひょっこり顔を出した。
マネキンが粉をはたかれたり、衣装を脱がされたり、いいようにされているのを見てダメージを受けているのだろう。



558 :12月26日 :2014/05/08(木) 20:29


「まったく、
 萩島が掲示板に書き込んだ住所が本当だったことが分かって、周辺に押しかけてくるオタクを任同で引っ張るだけでも手間なのに。
 もちろんそんな中に犯人がいるわけないけどな。
 しばらく落ち着きそうにねえなこりゃ」
溝口が里保の倍の手際で入れたコーヒーを飲みながら、菊川はポキリと首を鳴らした。

ドアの向こうで、里保が青い顔でマネキンの埃を払ったり、服を調えたりしている。
分かっちゃいるけど、強迫なんたら症候群。


「あとな、お前が考えることぐらい、警察はとっくに考えてんの。
 24日の合鍵の在り処と、管理人のマスターキー。このことを徹底的に詰めようと思ってる。
 で、お前は誰にも貸してないんだな?」
「貸してない。キーホルダーにくっつけて埠頭行ったね」
「あっそ、分かった。
 んじゃ後の捜査は警察に任せて探偵ごっこはやめるこった。
 ごちそうさまでした」
菊川がカチャンとカップを置いた。



559 :12月26日 :2014/05/08(木) 20:30


玄関を出ようとすると、「溝口さん、このポインセチア持って帰ってもいいですか?」と、里保がリビングで群生している赤い花を指差した。
「いいけど…それ全部持っていくの?」
里保は困ったように大きな鉢を一つ抱えた。
「だってかわいそうだ。いつものファンの人にもらったんです」

ここ数日、満足に水もあげていない。
迷ったあげく、セダンに乗せられる限界の、6つの鉢を選んで車に乗せた。
おばあちゃんは里保よりよっぽど上手く花を世話してくれるだろう。
赤い花が生み出す酸素の中で、静かに佇んでいるマネキンを振り返りながら、里保はマンションを後にした。




560 :12月26日 :2014/05/08(木) 20:31

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561 :12月26日 :2014/05/08(木) 20:31


「んー、ないなぁ」
春菜はマウスをくすぐる手を止めた。
2006年10月に、多摩川で女の子が溺れたニュースは電子版に載っていない。

国会図書館に行って、地方紙を閲覧するしかないだろうか。
そう思っている間に、LINEが来た。
弓削からだ。「連絡の取れた被害者に会いに行ってきます。事務所のほうで何か動きがあったらよろしく」

家の中にいるより春菜も行きたかったが、ここで無茶をしては工藤と佐藤になってしまう。
パソコンの脇に置いた日本茶を、春菜は両手をそろえてすすった。



562 :12月26日 :2014/05/08(木) 20:32

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563 :12月26日 :2014/05/08(木) 20:33


6年前13歳だった添田結菜は、高校卒業と同時に東京に戻ってきていた。

千葉のほうに家族ごと引っ越したが、今は部屋を借りて、一人暮らししているらしい。
事件の影は消え去り、派手だが屈託のない様子だった。気になることと言えば未成年なのに声が酒焼けしていることぐらいだ。


「6年前ねー。
 あん時はホントやられたって感じだよねー。
 あたしも引っ越しした時は欝で、マジ死のうかなんて思ってたけど、今はめちゃハッピー。こっちにカレシもいるし」
「あのカードを送った人物に、心あたりはあった?」
「あるわけないっしょ。あったらマジ追い込んでるっつの。
 あの頃mixiって流行ってたじゃん。
 そこであたしとやり取りしてた全員に、あたしの悪口メチャクチャ送ったの。
 マジ死ねって感じだよね、エロ画像まで添付してさー」

40代と金の介在する付き合いをしていたという事実は、負い目ではないようだ。
カードは郵送ではなく直接ポストに投函されており、くしゃくしゃに丸めて捨ててしまうところだったという。


564 :12月26日 :2014/05/08(木) 20:34


「ああいうのって登録してるだけで男からバンバン連絡来るんだよ。
 もう下心丸出しで、30とか40とかのオヤジが、自慢げに自撮り送って来たり、一回も会ったことないブサメンが付き合おうとか言ってきたり。
 どうせそーゆーのかと思ったんだよね。ネットストーカー的な」
「最近は何か変わったことはない?」
「最近?
 最近はなんにもないな。
 
 あ、でも、あたし居酒屋で働いてて、帰り遅いんだけど。見たことないハイエースがアイドリングして止まってたな。何回か」
「ハイエース。何色?」
「黒。なんかあったら嫌だなと思ったけど、なんもなかった」

その後、ハイエースはださいだのBbに乗りたいが都内は駐車場が高いだの、実にならない雑談を聞いて、弓削は腰を上げた。
6年間見てきたサムネイルの中の少女が、渦を巻く金髪のギャルになっているのは、感慨深かった。



565 :12月26日 :2014/05/08(木) 20:35

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566 :12月26日 :2014/05/08(木) 20:35


返事をくれたもう一名は、嶋花凛だった。
やられたことを考えれば、連絡を取れるのは添田だけかと思ったが、嶋はまだあの家に住んでいて、しっとりとしたOLになっていた。

「混乱してしまって、怖かったことしか覚えていません。
 盗られたバッグに入っていたのは、化粧品と、部活の着替えくらいかな。ピアスとかも入っていたかもしれません」
「カードを送ってきた人物に心当たりは?」
「ありません。というか、学校の子だと思っていました」

嶋の彼氏の浮気相手は、もっぱら学校内だったようだ。
高校を卒業してから憑きものが落ちたように、何であんな男と付き合っていたんだろうと思ったという。



567 :12月26日 :2014/05/08(木) 20:36


「他の被害者…
 小谷さんと、亀山さんとは同じ高校だったよね。
 事件のことを話し合ったりした?」
「カメヤマ…?」
弓削は、亀山のところにもポストカードが届いていたことを説明した。
自殺でいなくなったはずの同級生への質問に、嶋は首をかしげた。

「小谷さんとは学年が違うし、亀山さんはほとんど口聞いたことなかったですもん。
 いっつも一人でいるし、文化祭の準備とかもすぐ帰っちゃうし。何か他校にすっごい仲いい子がいて、その子とよくマックにいるのを見たとかなんとか、友達が」
「その子の連絡先を知りたい!誰か知らないかな?」
「さあ。
 ごめんなさい…」

もうすぐプチ同窓会があるので、そこで全員に聞いておいてくれるということだった。


嶋も事件を忘れて、平和に生活しているようだった。
私生活を誰も知らず、携帯も行方不明で、すべてを胸の内に秘めて死んでしまった亀山絵美里が仲良くしていた相手。
それこそが事件の鍵である気がした。弓削は焦れて、ベージュのヘルメットをカンカンとハンドルに打ち付けた。




568 :12月26日 :2014/05/08(木) 20:37

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569 :12月26日 :2014/05/08(木) 20:37


アイポッドから、トム・ウェイツの絞り出すようなブルースが流れ出してきた。

冬に聞くものではない。薄曇りの空。藁のような枯れ草と枯れ木の風景。取っかかりのない事件。迫りくる家賃の引き落とし―――


弓削は、愛車のシートの上でため息をついた。


亀山絵美里の叔母は留守だったので、多摩川西高校に行く前に、トイレに寄ったところだ。
ミニストップの看板の上を、渡り鳥が飛んでいる。

鳥はいいなぁ。俺だったら、シベリアになんて渡らずに日本でぬくぬくと暮らすけど。
この事件が終わったら、俺もどこかへ渡ってみようか。
インドやタイの山奥で、自然科学ライターになるなんてのもいい…

ヘルメットをかぶり、イヤホンを耳に押し込んだ。
トム・ウェイツのしわがれた声を飛ばし、一曲だけ落としたモーニング娘。の曲を聴いてみる。

10年ぶりに聞いたモーニング娘。の歌は、何だかずいぶん昔と違っていた。
どれが鞘師だ。どれが飯窪さんなんだ?

モーニング娘。の歌声とSW−1のうなり声の中で、弓削はバイクを発進させた。




570 :12月26日 :2014/05/08(木) 20:38

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571 :12月26日 :2014/05/08(木) 20:39


亀山絵美里のクラス担任は、まだ多摩川西高校に残っていた。

「家庭が複雑な子でしたからねえ…
 親しい友達の話なんかも、聞いたことがなかったですね。
 部活の顧問の先生はどうかな? 確か弓道部だったな。
 あと30分したら授業終わるから、聞いてみたら?」
「能見先生、4時間目も体育ですよ」
遠くから別の教師の声が飛んでくる。
「あ、そうか。
 じゃあ昼休みまで待ってもらって…」
心の中でまたトム・ウェイツが流れ出してきた。弓削はこっそりため息をついた。


「最近学校の周りで、変わったことはなかったですか?
 不審者が出たとか、生徒から何か報告や相談があったとか」
ダメ元のつもりで聞いた質問に、小豆色のカーディガンを着た中年の女教師が、「ほら、車」と言った。
「車?」
「あぁ。でも何もなかったろ」
「車がどうしたんですか?」

「学校の前に、スモークを張った車がずっと止まってたことがあって。
 教員が近づくと、ふいっと逃げちゃうんだけど、何回か同じ車を見かけたから、今何かとニュースになるでしょ。生徒に何かある前に、次見たら通報しようと思ってナンバー控えといたんだけど、もう見なくなっちゃったね」

「…ナンバー、教えていただけますか」
「うーんとね、どこやったかな。あれアルファードだったよね、吉井先生」
「違いますよ。ハイエースですよ、あれ。うちが前乗ってたのと同じ」

ハイエース。
先ほどまで冷え切っていた弓削の血管に、熱い血が流れ込んできた。



572 :12月26日 :2014/05/08(木) 20:40


山田浩二の実家は埼玉だ。
6年前、現場周辺で職務質問を受けた時は、埼京線から乗り換えてわざわざこの辺りまで来ていた。
ハイエースが山田のものだとすると、家に戻っていない以上、どこかの駐車場に停めている可能性がある。
それも都内の打ち止めなしの馬鹿高い駐車場ではなく、この辺りか、郊外の一泊いくらのようなところに。

都心を省いた駐車場を検索すると、地図に無数の矢印がついた。
こういう仕事こそ警察にやらせたいところだ。
一軒目の駐車場に電話をすると、さっそく不信感丸出しの声で、そういうことは口外できないと電話を切られた。
まぁいいさ。
アイポッドをパソコンの横に置いて、音量を絞る。
アイドルの甘ったるい歌声が、自分を励ましてくれているような気がした。


何回か聞いてみると、悪くない曲じゃないか。




573 :12月26日 :2014/05/08(木) 20:40

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574 :12月26日 :2014/05/08(木) 20:41


ヤマダコウジって誰だったっけ。


弓削の話を聞いている途中で、春菜ははっと思い当たった。
そうだった。
まだ弓削さんに、事務所の人が犯人かもなんて話してないんだった。

やっと収穫に行き当たった弓削に、そんな非情な事実を言い出せそうにない。
里保にも確認を取っていなかった。
「ええっと、何番でしたっけ、そのナンバープレートって」
『ハイエースの黒、足立400、も34−46』
「わ、わ、分かりました。
 私も探しておきますね…」
消え入りそうな声で通話を切ってから、春菜は思った。
どうせだから本当に探しに行こうかな。

会社の契約駐車場は広くないけど、いつも誰かしらの車が止まっている。
車通勤していない人だって、契約駐車場を使うときのために、ナンバーを登録しているはずだった。
総務の人に聞けば分かるかもしれない。

亜佑美に電話をかけながら、春菜はコートを着込んだ。
何でそんなことを聞くかの言い訳は、歩きながら考えよう。




575 :12月26日 :2014/05/08(木) 20:42

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576 :12月26日 :2014/05/08(木) 20:42


「あの日は私がずっと事務所待機してたよ。
 溝口さんから連絡が入ったらすぐりほりほの家に行けるよう、ここにいた。
 鍵を持ち出した人はいなかったよ」

小関というマネージャーに話を聞いていた。なかなか可愛い。
ヲタの間の愛称はミホティ。


「警察の人も同じこと聞いてった。
 君も捜査してるの?
 大変だねぇ、若いのに」
「小関さん、ずっとここにいたの?
 席離れなかった?」
「基本ずっといたけど、会社の近くで営業車がバッテリー上がって、それでちょっと席離れた。
 でもせいぜい30分だよ。
 それでりほりほの家行って、帰ってきて、鍵を戻すなんて無理だよ」
「えー、ホントに?」
「お気の毒だけどホントだよ。
 …牧野さん、エンジンかけてない時に暖房つけるのやめて下さいよ。そんなんだからバッテリー上がるんですよ」
通りがかりに営業車の鍵をさらっていった男の背中に、小関がトゲのある声を投げる。

「納得できないなら時間計って、シミュレーションしてみな。絶対無理だから。

 それ以前に、うちのセコムのカメラにも何も映ってなかったから、うちの鍵じゃないんじゃないかな?多分」
それじゃますます犯人は事務所の中のヤツだな、とエンドーは思った。




577 :12月26日 :2014/05/08(木) 20:43

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578 :12月26日 :2014/05/08(木) 20:43


「合鍵作るなら30分でできるね。
 ほら、麻布駅の中に合鍵屋さんあるから。
 あそこに行って、鍵作って戻るなら30分でいけるんじゃないかな?」
山本が人をどんどん吐き出している麻布駅を振り返って言う。


「それ以前に、事務所の人なら合鍵なんて作るチャンスいくらでもあるんだけど。
 でも、問題は里保ちゃんの鍵が、僕らが作って数日だったことなんだよね。
 その間に鍵を持ち出した人に限定したらかなり絞れるんじゃない?」

「山本さんたちが鍵を変える直前にも、あいつ鍵落として換えてるんだよ、マヌケにも」


あーあー、また鍵なくすっちゃよ、里保…


「えーと里保に聞かなきゃ分かんないけど、そのあとUSSが鍵を換えるまで、確か一週間ぐらいだったはずだ。

 その一週間の間に押し入って、犯人はマネキンの星のブレスレットをちぎっていった。
 山本さんたちが鍵を換えてからもう一度侵入して、今度はカードを置いていった。

 こんだけ頻繁に出入りしてるんだから、やっぱ鍵に簡単に近づけるやつの仕業だよな、多分」



579 :12月26日 :2014/05/08(木) 20:44


USSが里保の部屋の鍵を新調したのは12月20日。
部屋に侵入されたのが24日。
その間の鍵の所在と、それ以前の保管方法をまた手当たり次第に聞かなければならない。
ミリタリーのジャケットのフードに頭を埋めたエンドーは、うんざりした声を出した。

「やまもっさん、こんなとこ居ていいの?
 今日はあいつらのガードないの」
「夕方から日本テレビでドッキリ番組の打ち合わせだって。
 田中さんと里保ちゃんが出演だから、送ってって帰るくらいかなぁ。
 久しぶりのゴールデンだって、溝口さん嬉しそうだったよ。
 なんとか犯人捕まって、うみねこスタジアムもできるといいよね」

ここ一週間の間にすっかり情がうつった山本が、しみじみと言う。


そう言えばあいつ、なんか変なこと言ってたけど大丈夫なんだろうか。頭のほう。
まぁ大丈夫だろ。
この世の中、頭も体もテンプレみたいに普通なヤツなんて、ただの一人もいないんだし。




580 :12月26日 :2014/05/08(木) 20:45

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581 :12月26日 :2014/05/08(木) 20:46



今日も早々と看板を下ろした真冬の太陽のおかげで、真っ暗になった高速道路を、里保と二人で車に揺られていた。


打ち合わせ中始終不機嫌なれいなのおかげで、ディレクターの顔が引きつっていた。
しょうがないじゃないか、全然気分が乗らんけん。
さゆみの代わりじゃなかったら、絶対こんな仕事やりたくなかった。

もともとこれは事務所が6期の二人に持ってきた仕事で、
その時点でれいながゼッタイ嫌だと突っぱねたせいで、さゆみが一人でやることになっていた。
今それがれいなに戻ってきた形になる。

こんなことなら、さゆみと二人でと持ちかけられた時に素直にオーケーしておけばよかった。
そしたら心の準備もできていたのに。
驚かされるのも嫌いだし、驚いてる自分を見て他人が笑うのなんかもっと嫌だ。



582 :12月26日 :2014/05/08(木) 20:47


「鞘師、なんか聞いた?れーなが何やられるか」

れいなの不機嫌さに里保がビビって口がきけなくなっている。
里保は仕掛け人側だ。いわゆる「ドッキリ大成功!」の役だ。
マネージャーもディレクターも、れいなが何を言ってもどんな仕掛けをするか教えてくれなかった。
バカにすんじゃねーぞ。
10年もやってるのよ。ちゃんとリアクションするっつーの。


ゴールデンのテレビに出たのは、さゆみの黄金伝説以来だろうか。
一日が終わったという寂寥感を強めるばっかりの、寒々しい夜景を見ながら思う。
もうすぐれーな卒業するけん。
最後くらい一緒に出とけばよかったね。
ワガママ言わんとあん時、さゆみと一緒に出るって言えばよかった。
嘘でも不機嫌な顔を隠して、あの子を喜ばしてあげればよかった。
うみねこスタジアムのハロコンも中止になるかもしれないと聞いて、れいなの胸に浮かんだのは、怒りではなく戸惑いだった。

これで終わりになんのかな。
れーなの6期10年間は、こういう感じで終わりになるんっちゃろか。

里保と一緒にれいなにビビっている山本は、無言で二人の帰り道へと車を走らせている。
静かに流れる外国の歌。
帰宅ラッシュの首都高速は、テールランプの大渋滞だ。






583 :12月26日 :2014/05/08(木) 20:47

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584 :12月27日 :2014/05/08(木) 20:48

          12月27日


585 :12月27日 :2014/05/08(木) 20:48

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586 :12月27日 :2014/05/08(木) 20:49


長い長い廊下を歩いていた。
うみねこスタジアムの廊下だ。
延々と続くクリーム色の長いトンネル。早くしないと開演に間に合わない。

「里保」

声が聞こえた。
場面がぶつ切りに飛んだ。いつの間にか自分は控え室にいて、聖と香音がのんきに携帯をいじっていた。
「えりぽんは?」
「そこにいるじゃん」
指差した先には、里保の部屋のマネキンが佇んでいた。
あぁ、よかった。
心からほっとして、里保は腰を下ろした。



587 :12月27日 :2014/05/08(木) 20:50


「ポッキー欲しいの?やんないからな」
ちょっと目を離したすきに、マネキンはエンドーに変わっていた。
里保が怒って詰め寄ると、エンドーはポッキーではなくエクレアの箱を黙って押しつけてきた。
カスタードクリームとホイップクリーム。
やばい。3つも食べてしまった。
またネットでお腹ポニョって言われる。
そう思っているときに、里保は目を覚ました。


変な夢を見てしまった。
今日は玉川総合病院に行く日だ。
少し緊張しているのかな。
心の中で気合を入れて、里保は体を起こした。




588 :12月27日 :2014/05/08(木) 20:51

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589 :12月27日 :2014/05/08(木) 20:51


「準備に一日待ってもらって、すみません」
相変わらずキューティクルの眩しい尾田沢が、穏やかに出迎えた。
「最初に言ったとおり、これは僕のオリジナルの手法なんですけど。
 心配でしたら、付き添いの方はあちらで待ってもらってけっこうですよ。音は立てないで下さい」
「でも、本当は誰もいないほうがいいんでしょう?」
「ええ。里保さんが心から信頼する人物以外は」
溝口は不安げに身じろいで、「やっぱり出るわ」とUSS警備保障の見知らぬ男と一緒に出ていった。

「さて、記憶を取り戻しましょう。里保さん」
里保は、緩やかな傾斜のついたリクライニングチェアに寝転んだ。
抑えた照明が、部屋を控えめに照らし出している。
「目を閉じて下さい。
 ゆっくり深呼吸して下さい。
 今は冬ですが、あなたの時間はこれからどんどん戻っていきます。
 秋に戻っていきます…」



590 :12月27日 :2014/05/08(木) 20:52


尾田沢は、アロマランプに火を付けた。
里保の目の裏に、淡い光がともる。
金木犀の香りが流れ出した。
里保の大好きな金木犀…
通学路の途中にある金木犀が、落とした葉を取り戻し、青々と繁らせてゆく。


「りーほ。
 里保、遅刻するっちゃよ」


「さて、夏です。
 季節は夏に戻っていきます。
 あなたは四季をさかのぼっていきます」

ライトが少し強くなった。
まだ名残惜しく金木犀の香りを吸い込んでいる里保の鼻腔を、白桃の匂いが満たした。
夏の日差しと、甘い果実。
お盆におばあちゃんの家の仏壇に供えられていた桃の香り。
続いて、濃い森林の匂い。水分を多く含んだ、夏の匂い。
山の中のキャンプ。
里保の夏の記憶が蘇ってくる。

人間の五感の中で、記憶と一番強烈に結びついているのは、嗅覚だ。
人は嗅覚によって鮮烈に記憶を呼び戻す。
光と嗅覚を絶妙に操作することで、退行効果を高めるのは、尾田沢独自のヒプノ・セラピーのやり方だった。

「初夏から春へ。春です。
 あたたかい空気。花の芽吹く匂いがします。
 あなたの時間は戻って、頭の中の深いところへ入っていきます…」




591 :12月27日 :2014/05/08(木) 20:53


桜が流れる。
白く煙る桜が、周囲のすべてを不透明に染めてしまう。
雪のような花びらの向こうに、えりぽんがいた。
里保は、息せき切って走った。


はぁはぁと、息を弾ませて対峙する。桜の花びらは、落ちるのではなく、はらはらと宙に吸い込まれていた。えりぽんは舞い上がる薄桃の雨の中で笑っている。里保の声が、勝手に涙声になった。


「えりぽん。
 えりぽん、怒ってる?」

「えぇ?何で?」

えりぽんは小首をかしげて笑った。


「えりぽんは、えりちゃんなんじゃないの?
 私が心の中でつくったえりちゃんなんじゃないの?」



592 :12月27日 :2014/05/08(木) 20:54


えりぽんは、何も言わず、里保の手を思い切り引っ張った。
「い、痛い。
 痛いよ、えりぽん!」
二人の周囲でさまざまな花が巻き戻っていく。
白木蓮の房が、こぼれるような八重桜が、たくさんのツツジが、レース片のような花びらを閉じ、しゅるしゅると蕾みに還っていく。
雪が頬にあたる。稲穂の匂い。雨上がりの空を映す水たまり。えりぽんが、数年前出会ったときのあどけない顔に戻って、水たまりの空をぶっ壊した。跳ね上がった水に喜び、きゃははと笑う。
解け残りの雪で髪を濡らしながら、里保も笑った。


「えりぽん、会いたかったんだよ、えりぽん」
「そーか、そんなにえりに会いたかったか、里保は」
「うん。ずっと会いたかったよ。
 わたし、自分が辛いから、えりぽんのこと忘れちゃおうとしたんだ。
 私は病気で、えりぽんはただの妄想だったんだって。
 ごめんね。ごめんね」
「里保、ほら、空が見えるよ」


昔、家族で行った長野のひまわり畑が、くっきりと青い空に向かってそびえている。
えりぽんは歓声をあげて、どこまでも続くひまわり畑に飛び込んだ。
里保も慌てて飛び込んだ。
だいぶ目線の位置が低くなった二人がひまわりの迷路を抜けると、唐突に景色がひらけた。





593 :12月27日 :2014/05/08(木) 20:55



「あなたがいるのは6年前です。
 8歳のあなたはお母さんとはぐれ、迷子になってしまった。
 さあ、お母さんを探しましょう」



木炭で描かれたように色彩の薄い風景。
閑散とした、音が消えたような公園に、里保はいた。


ブランコの板、すべり台、チーズのような半球ドーム。
灰色の膜が一枚かかったように、奇妙に煙っていた。それは近くの工場が吐き出す煤煙のせいかもしれないし、里保の頭の中のノイズのせいかもしれなかった。
なのに、芙蓉は美しく咲いている。

灰色の世界の中、芙蓉の紅色だけが浮かぶ広場をそっと抜け出し、里保は歩き始めた。




594 :12月27日 :2014/05/08(木) 20:56


「今いるのは、多摩川緑地公園です。
 お母さんに待っているよう言われたのに、あなたは勝手にそこを抜け出し、遊びに行ってしまった。
 何が見えるでしょうか」

尾田沢は、アンジェリカとゼラニウムを混ぜた精油をランプに垂らした。
川辺の青くさい匂いが蒸れ立つ。
葦が繁る河川敷………    そこにえりちゃんがいた。


「えりちゃん!」


「りほちゃん、こっちだよー」
「待って!えりちゃん」

ワンピースをひるがえしてえりちゃんが走っていく。
里保がうわごとのように名前を呟いた。
尾田沢は、ランプを切り替えて、青く部屋を照らした。
里保の目の裏が、一面の群青に染まった。
川辺に咲くツユクサの綺麗な、二人で摘んだ花の色。
里保の世界が色を取り戻していった。
えりちゃんを追いかけて、里保は必死に走った。




595 :12月27日 :2014/05/08(木) 20:57



川べりに伸びる公園はとても広くて、狭い車道の向こうはジャングルのように森が繁るところがある。
ちゃんと一旦止まって車を確認し、えりちゃんは小鹿のように道を渡った。
ちょこまかと里保も続いた。
むせる緑の匂い。


「りほちゃん、あれ見て」
えりちゃんが茂みに身を隠して、真剣に言った。
子どもの里保たちが見ても、なぜあそこに?と思うようなところから、人が出てきた。全身黒っぽい服を着ている。

「あのひと、きっと悪いひとで、あそこに基地があるっちゃん」
里保もまねして茂みに体をひそめた。ワクワクした。
「悪の使いっちゃん。へんしんしてやっつけないと」
「じゃありほ、ピンポンブラックね!」
「えり、ピンポンレッド。ぴんぽーーーーん・ブラスト!!」
「ソウルフリーズ・点火!!めたもるふぉーじ!」
「りほちゃん、あくにんがこっちくるよ。逃げないと!」
「わー、わー、逃げよう!」
クスクス笑いながらその場を離れた。




596 :12月27日 :2014/05/08(木) 20:58


近くで流れる水の音。
草と石がきらきらと光って、太陽が高くなってきた。


「あっ、何あれ」
えりちゃんが、群青流しの舟を見つけた。
小さい里保は、どくんどくんと心臓が鳴るのを感じていた。
この先に見たくないものがあるからだ。今の自分はそれを知っているからだ。


夢の中のように映像がぶつ切りになり、さっきいたと思ったえりちゃんがもう岸辺にたどり着いている。
鼻先にただようアロマの匂いも、不安定な心臓の鼓動を抑えることはできなかった。


『見ないと…』
里保はぎょっとした。子どもの自分が隣で、じっと川を見ている。
『見ないと、だめだよ』
里保はいつの間にか、14歳の里保に戻っていた。
子どもの自分がえりちゃんの方に向かって跳ねていく。
あぁ、そして、そして…



597 :12月27日 :2014/05/08(木) 20:59


半透明の里保の体を、黒い誰かが通り抜けた。

ぞっとして、心臓が跳ね上がった。俯瞰の映像が大きく乱れた。


「…れの中に、思いでのものを入れて…」


大きな人影。
二人はまだ気づかない。


「…これでお舟作るっちゃ…
 …川に、流すって…ママが言ってたっちゃん…」


えりちゃんが折り紙の舟をしゃんと折り直して、二人で摘んだツユクサを乗せた。
そして、川に乗り出して、流そうとしたとき、大きな人影がえりちゃんに体当たりした。

里保はいつの間にか子どもの自分の視点に戻っていた。
大きく口を開けて見上げると、陰になって暗い顔の中に、前髪の間から里保を見下ろす赤い目が見えた。
里保は声にならない叫び声をあげた。
尾田沢は、ランプを止め、里保の顔を覗き込んだ。



598 :12月27日 :2014/05/08(木) 21:00


なぜ忘れていることができたんだろう。
不快なリズムで、心臓がどくどく言っている。
あの時の誰かの、血走った目。えりちゃんが川に突き落とされて、私は体がすくんで一歩も動けずにいた。
すぐに助けを呼べばよかったのに――― 里保が6年間もこれを忘れていたのは、恐怖のためだったのだ。


「大丈夫ですか、里保さん」
「だいじょうぶ、じゃないです…

 えりちゃんは殺されたんです…川に落ちたんじゃないです。
 殺されたんだ!」
膝の上で握り締めたこぶしに、涙がぽたぽたと落ちた。


許さない。
里保のえりちゃんを…えりぽんを…殺した、あの雑木林から出てきた人物も、そして浮薄にも6年もそれを忘れていた自分も、絶対に許さない。
涙を拭いながら、怒りの荒い息をつきながら、里保は考えた。
カードを送ってきたのは、あのときえりちゃんを突き落とした人物だ。
そしてそんなことをしたのは…恐らくだが…二人が、見てはいけないものを見てしまったせいなのだろう。





599 :12月27日 :2014/05/08(木) 21:01

   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥


600 :12月27日 :2014/05/08(木) 21:01



『10月9日…
 亀山絵美里が死んだ日じゃないか!』
「はい。ウソついてすいませんでした。
 7日じゃなくて9日です、私が多摩川に行ったの」


「作戦会議室集合」のメールを受け取ったモーニング娘。たちは、れいなを除いた全員が個室カフェに集まった。
弓削もなにかパソコンの前を離れづらい作業があるようで、スカイプで話している。
スタッフたちの駐車場を覗いても何も得るものがなかった春菜が、里保になにかうかがいたそうにしている。

『何時ごろだった?』
「まだお昼になっていなかった頃です。
 9時か10時だと思います」
『亀山絵美里の死亡推定時刻は、早朝4時から5時。
 緑地公園の管理人によって死体が発見されたのが午前10時。
 犯人は、死体が発見される前に一度戻って何かをしていたということか…?』



601 :12月27日 :2014/05/08(木) 21:02


「何かって、なんだろう」
「最後のお別れを言いに言ったとか?」
「ほんとに死んでるのか、確かめに来たんじゃないかな?」
「おお、ありそうありそう」

十代の少女が数人集まれば、殺人事件も放課後のファーストフードの与太話テイストになる。
熱々のポテトを大事に大事に食べていた(満腹、ダメ、絶対)聖が、言った。
「カードを置きにきたんじゃないかな?」
「え?」
「だって、死体のそばに落ちてたんでしょ、カード。犯人から来た気味悪いポストカード持ち歩くなんて、私が亀山さんだったらそんなことできないよ。
 亀山さんが持ってたんじゃないと思う。
 犯人が後からこう、フワっと置いたんじゃ?」
『カードの準備をしてなかったってことか。
 てことは、犯人にとっても予想外の、突発的な行動だったことになるな』

「にしてもわざわざ置きにくるとか、何なんだ、その自分ルールは…」
「置きに来たせいで、里保ちゃんに見られちゃったのにね」

巻き込まれてしまったえりちゃんは、何年かの時間を経て、事件の波紋を現在に呼び起こした。
それをちゃんと証明してあげるのが、里保の仕事だ。一人だけ、ちゃんと無事に生きてる里保の償いだ。
しかし、犯人はなぜ里保に手をかけなかったのだろう。
葦の壁に遮られた川辺で、やろうと思えば簡単だったはずなのに…


「君は昔から可愛かったけど―――」


歪んだ愛情表現というやつなのだろうか。
今里保がやられているようなことを、亀山絵美里もやられたのだろうか。
事務所のサポートがなかったらと思うと、ゾっとする。芸能人でない亀山は大丈夫だったのだろうか。


602 :12月27日 :2014/05/08(木) 21:04


スカイプの向こうで、何か遠い声でしゃべっていた弓削が、舌打ちして画面に戻ってきた。
駐車場がまたも一件、空振りらしい。
こういう人海戦術は警察に任せれば一晩で済むのに、警察に相手にされない案件だというのが分かっているのがキツかった。

『まいった。
 亀山絵美里の親友を調べるところまで手が回らない。
 何か手がかりだけでもあればいいんだが…』

「あの、亀山さんて、ブログやってなかったんですか」
香音が言った。


「ブログ?」
「友達もいなくて、家族もいなくて、辛い毎日で、
 そんな中で自分を吐き出せるとこがないと、私だったら息がつまっちゃうなって思ったんです。
 だから、やってないわけないと思うんです」

と言っても、このネットの海の中で、どうやって見つければいい?




603 :12月27日 :2014/05/08(木) 21:06


『亀山絵美里の携帯は見つかっていない。
 おそらく犯人が持ち去ったんだろうと思われるが、それがない限りアカウントも分からないし、携帯用サイトを含めたどこのブログサービスを使っていたかも分からない』
「mixiは?」
「mixi?」

香音は言った。

「mixiが流行り始めたのって、5、6年前ですよね。
 だったらやってる可能性あるんじゃないでしょうか。
 今で言うフェイスブックみたいに、地域や学校のコミュニティがあるから、かなり絞れますよ。

 プロフ欄に本名書いてない子もいますけど、
 友達たどれば友達が名前書いちゃってることも多いし、写真は出てるし。
 だいたい一発で分かることが多いです。
 地域コミュに入ってなくても、何かスポーツやったり特別な趣味があったり、
 大きな大会なんかに出てたりすればmixi以外のサイトで調べられます」


mixiか。
確か添田結菜も、当時mixiをやってたと言っていた。
亀山は弓道部だと弓削が言うと、香音はニヤリと笑った。


「弓道か。
 そんな珍しいスポーツをやってたんじゃないですか。
 
 じゃあちょっとやってみます。待って下さい」


「香音ちゃん、カッコいい!」
聖が両手を組んで叫んだ。
香音も娘。加入前からの、ズッポリとしたネット世代だ。
SNSにハマった経験のない弓削には頼もしかった。




604 :12月27日 :2014/05/08(木) 21:07


「えっと、それで鞘師さん、相談があるんですけど…」
「ついでだからここで夕ごはん食べちゃいましょう。
 この前来たときからこの超巨大ロコモコプレート気になってたんだ」
「絶対太るよー。やめときなよあゆみん」
「弓削さんに…」
「だから、みんなで分ければ大丈夫じゃないですか」
「やだね、私グリーンカレーがいい」
「じゃっ、私とはるなんと譜久村さんと鞘師さんで分けましょうよ!」
「亜佑美ちゃん、私牛のひき肉食べれないから!」
「あの 鞘師さん…」




605 :12月27日 :2014/05/08(木) 21:07

   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥


606 :12月28日 :2014/05/08(木) 21:08

          12月28日


607 :12月28日 :2014/05/08(木) 21:08

   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥


608 :12月28日 :2014/05/08(木) 21:09


「れいな、ちゃんとやってるかなぁ。
 キレてるだろうなぁ。
 絶対キレてるだろうなぁ」


花とDVDのパッケージに埋もれたさゆみが、窓に向かってため息をついた。
「さやしりほ」「美少女教育U」「U−15の季節」「桃色☆ファンタズム 夢の幼女お遊戯会」「ウサギ狩り」…

「あれは全盛期のさゆみでもキツいもんなぁ。
 アイドルと芸人のガイドラインの限りなく芸人側だわ……
 牧野さん。
 ねえ牧野さーん」
「何ですか?」
近所のツタヤのジュニアアイドルコーナーの棚を何べんも往復させられ、すっかり常連になってしまった牧野が返事をする。



609 :12月28日 :2014/05/08(木) 21:10


「さゆみ、アマゾンでスク水純情列伝〜市民プールのきらめきっていうビジュアルムック頼んだんだけど、なんでまだ来てないわけ?
 自宅で受け取るのが恥ずかしいから事務所留めにしたんだけど、ねえ何で?」
「さあ…」
「着日過ぎてるのよ!
 どっかに紛れちゃってるんじゃないの?
 今すぐ探して!さーがーしーてーよー」
さゆみが無事なほうの足をばたばたさせて、牧野は苦い顔をした。
「足に響きますから、道重さん」

「じゃあ探して探して!
 今すぐ探して!
 さゆみのことかわいそうじゃないの? 今見たいすぐ見たい、見なきゃ牧野さんがこの前仕事サボって地下アイドルのイベント行ってたことばらしてやる!!」
「うっ」

さゆみは、お見舞いのテッポウユリのつやつやした花弁を撫でながら、言った。

「地下アイドルは大事で自分とこのタレントは大事じゃないんだ〜。 
 さゆみ、もうキズ物になっちゃったもんね。事務所に捨てられたら、自分で生きていくしかないよね。暴露本っていくらぐらいになるんだろう」
「いってきます」

でかい図体をしているが、社会経験はさゆみの方がまだまだ上だ。
牧野が出て行ってから、USS警備保障の見知らぬ男が入ってきた。
ヘッドホンをつけてDVDを再生しながら、さゆみは窓の外に、本当に心配そうな視線を向けた。





610 :12月28日 :2014/05/08(木) 21:11

   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥


611 :12月28日 :2014/05/08(木) 21:12


「おはようございます、山本さん」
「おっはよー、飯窪さん」

車の中のあゆみんが偉そうに片手を挙げた。
VIP送迎。でも事務所に行っても仕事なんてない。
今日は本当は「2013年冬ハロー舞台裏!」というVTR収録の予定だったのだが、冬ハロとともに永遠に未定扱い。
事務所にいるのが安全なわけではない。家で一人でいたくないだけだ。


「今日、鞘師さんは?」
「なんとかって山に、ドッキリ撮影。会社の別のやつが行ってる」
「あ、もう行っちゃったんだ。わたし鞘師さんに聞きたいことあったんだけどなぁ」
「カースタントでしょ、カースタント。レーシングカー使うんでしょ!
 それ聞いて遠藤くんも一緒に行っちゃったよ。いいなぁ、僕も見たかったな、テレビの撮影」
「なんかすいません」
「いやいや!そういう意味じゃないんだ。
 合鍵の件も、昨日丸一日調べてたけど進展しないし、飽きちゃったんじゃないかな遠藤くん」


犯人から脅迫状が届き、さゆみが階段から落ちてから3日が経つ。

なんとなく嫌な予感がしていた。
これで終わってくれるわけがない。
里保から何のアンサーもないことに、犯人が納得しているとは思えなかった。

溝口はどこかに飛び回っているようで、事務所にいなかった。
社員たちも冬ハロの中止とともに生まれた空白をもて余しているように見えた。
仕事がないって不安になる。



612 :12月28日 :2014/05/08(木) 21:12


「警察のほうでは、何か分かったのかなぁ」
「何か分かったとしても別にこっちに教えてくれないからね、警察」
「何で被害者にも教えてくれないんですか?不思議だなぁ」
「不確定情報や誤情報でぬか喜びさせたくないんじゃないかな。
 あとそれで非難されるのも嫌なんだろーね。僕らと違ってお客さま商売じゃないから。
 こっちは全部の資料コピーして渡したっつうのに」
「あ、コピーあるんだったら私にもくれませんか、山本さん」
「はるなん、見て何か分かるの?」
「ううん、ヒマだから。ボンヤリ字づらでも追ってれば、何か思いつくかなと思って」
亜佑美が難解なことを考えるのを放棄した目で、だろうなーと言った。



613 :12月28日 :2014/05/08(木) 21:13


「あー!はるなんだ。
 はるな〜ん!」
場違いな華やいだ声がした。
柔らかな色のダッフルコートを腕にかけながら、喜色満面で彩花がこちらに駆け寄ってきた。


「彩ちゃん!
 久しぶりじゃん!」
「何してるの〜。事件の相談?」
「そういうわけじゃないんだけど。彩ちゃんは仕事?」
「彩はヤボ用が終わったとこだよ。
 こないだスマでもミーティングしたよ、あの絵はがきの犯人なかなか小賢しいことやってるみたいだよね」
春菜のひざに乗る勢いでソファに座り、巻きかけていたマフラーをちょこちょこほどく。
マイペースな不思議の国のお姫様。

「うん。でも次は私たちの番かもしれないんだけどね」
「え?」
「犯人は鞘師さんにプレッシャーをかけたがってるみたいだから、今は鞘師さんは逆に安全で、私たちの誰かをターゲットにするんじゃないかな」
「何よそれ。
 はるなんが狙われるなんて、とんでもないじゃない。
 ちょっと山P、ぼさっとしてないで、それ貸して!」
「え、山Pって俺?」

山本から資料をひったくった彩花は、舐めるように見回し始めた。
さっきまでおっとりと開いていた大きい目が細まり、別人のように冷徹な輝きを放つのを春菜たちはぽかんと眺めた。
やがて、
「なーんだ。
 彩分かっちゃった、カードのトリック。ウフフ」
書類をトントンと揃え、首をかしげて笑った。




614 :12月28日 :2014/05/08(木) 21:14


椅子を蹴る勢いで、3人は立ち上がった。

「えっ!
 分かっちゃったってどーゆーこと!?」
「んー、でも、人の出入りがなかったってのがおかしいんだよね、そうなると」
「和田さん、分かるようにお願いします!ゼンゼン分かんないです」


彩花は細い指先で、ガスクロマトグラフ分析表の一部をまっすぐ差した。
「化学式(C4H6O2)n」
「う、え? これがどうかした?」
山本が顔を近づける。春菜と亜佑美に至っては何がなんだか分からない。

「ポリ酢酸ビニル。別名ポリビニルアルコール。
 そんなに珍しくない樹脂の成分で、結構色々なとこで検出されるじゃない。紙もそうだし、ガムからも、洗剤からも、化粧品からだって」
「そう。
 それに低温剥離用の、粘着シートからだって」
彩花は冷静に切り返した。




615 :12月28日 :2014/05/08(木) 21:15


「ポリ酢酸ビニルは、熱可塑性樹脂。

 つまり、一定の温度の熱で剥離する性質を持つ。
 工業用のアクリル系粘着シートやエマルジョン系水性接着剤に多く含まれるんだけど、
 低温剥離用のものなら40℃から50℃以下で軟化が始まるから、
 お部屋の中で日常的に熱を持つ場所の近くに置いておけば、なにもしなくても日にちが経てば勝手に剥がれ落ちるよ。

 たとえば…エアコンのそばとか」

「あ!」


「こんなの見た瞬間に気づかないとおかしいんだけどな」
チラリと山本を見る。
「いや…だって…ハガキの構成物だと思ってたんだよこの成分。
 前にも出たことあったからてっきり…違うの!?」
「証拠品を燃やすと思えないから、これガスクロマトグラフで表面の微細付着物を燃やして取ったデータでしょ。
 ただの上質紙でこんな数値出ることはおかしいよ。山Pが言ってるのは、たぶん美術館とかで売ってる表面加工したカードのことでしょ。
 高級感を出すためにマットコートしてる商品が多いから、ああいうの。マットのラミネートPPに含まれる樹脂だよ、それは。

 おまけに、ほらぁ、最初に分析した一枚目と二枚目には出てないじゃん。
 しっかりしなよね、ほんとにもー!」

女子高生に叱責されて、山本は膝から崩れ落ちた。



616 :12月28日 :2014/05/08(木) 21:17


「じゃあ…じゃあ…犯人は鞘師さんの部屋の中に入ってないってこと!?」

「んー、それは違うな。
 どっちみち一回は入る必要があるよ、カードを貼り付けなきゃいけないもの。
 ただそれがイブ当日じゃなかったってだけ。

 少なくとも10日…ん〜一週間かな…カードを見つけて一週間以内に人の出入りがなかったか、ヤッシーに聞いてみたほうがいいよ。
 何か細かいことだったらついつい忘れたり、見落としてるかもしれないし」


「ね、ねえ、彩ちゃん…
 …何でそんなこと知ってるの?」
「ほら、彩、本いっぱい読むから。ウフフ」
絶対にそんなことではないと思ったが、春菜は心から言った。
「ありがとう、彩ちゃん」
「いいよぉ〜。はるなん、嬉しい? ウフフっ!
 西洋美術館いつ行こっか!」


ごろごろと身体をすり寄せてくる彩花はともかく、これで、密室の部屋の謎は解決した。
しかし、24日から遡って一週間の間に部屋に入った人物…
USSが防犯カメラを仕掛ける以前も、もちろん含まれてくる。
里保に聞けば絞り込めるだろうか。しかし、里保は自分の知らない間に部屋に入られ、星のブレスレットを引きちぎられていた。


やはり、鍵を手に入れられる人物の線を、一つ一つ当たるしかないのだろうか?



617 :12月28日 :2014/05/08(木) 21:18


西洋美術館の日にちの設定を詰めようとしてくる彩花をよそに、春菜の携帯が鳴った。
弓削が、切迫した声で、例のハイエースに行き当たったと告げた。

『立川の青空駐車場に今置いてある。連泊超過で警察に通報しようかどうしようか迷っていたそうだ』
「立川!? 立川まで探したのお前…」
『多摩川に沿って北上したらそうなった。
 俺はこれからそこに行く。飯窪さんはどうする?』
「行きます!」
「ちょっとちょっと、行くのー!?飯窪さん」
「山本さん、お願いします!」
「あ、じゃあ彩も行こっかな」
危ないと思ったが、春菜は頷いた。
「うんお願い、来て、彩ちゃん!
 あゆみん、何他人事の顔してるのよ、ほらかばん持って。弓削さん、これから皆で行きますから、待ってて下さいね。
 私なんだか嫌な予感がするんです。一人で行っちゃだめですからね!」





618 :12月28日 :2014/05/08(木) 21:18

   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥


619 :12月28日 :2014/05/10(土) 20:20


トンビだか隼だか知らないが、頭上で大きな羽を持つ鳥が、悠々と滑空している。
『…るま出ます。3、2、1…スタート』
れいなの車が発車したことを、音の悪い無線が告げた。
里保とエンドーがここまで来る途中に、蛇行しまくった車酔い確実のカーブや木が鬱蒼と繁る勾配のキツい山道を見るにつけ、到着したころのれいなの機嫌がどうなっているかは一目瞭然だった。

「モーニング娘。、峠を攻める」。
ふもとに鎮座していたのはただのスタントカーではなく、提供のロゴで埋め尽くされたゴリゴリのレーシングカーだった。
春から始まる新番組「ハロー!SATOYAMAライフ」にちょびっと遅刻してしまった田中れいなが、急いでロケ地に向かうために用意されたのは全日本ラリーのチャンピオンカー。
果たしてれいなは収録に間に合うのか!?

日本テレビでディレクターに嬉々として説明された時からツッコミどころ満載だったのだが芸暦2年の里保はおとなしく大人たちに従うしかない。
ロケ地がここになったのは、放送系列の違うテレビ局となんとか新番組の宣伝をしたい事務所が折り合った結果だ。
うまいこと陽気に「テッテレー」ができるか里保は分からなかった。


620 :12月28日 :2014/05/10(土) 20:21


なんとか車が見えないかと柵から身を乗り出していたエンドーが、諦めてこっちに戻ってきた。
里保はしらけた声で言った。
「10分経てば見れるじゃん」
「走ってるとこが見たいのー、俺は!」
撮影用のかわいい衣装に身を包んだ里保の隣にエンドーは腰を下ろした。

「オマエ記憶戻ったの?」
「まあね」
「ふーん」
柔らかい鈴を転がすようななにかの鳥の声。

「わたし、えりちゃんの仇を絶対に取るんだ。
 きっと『えりぽん』は、私の中の警鐘の音だったんだ。
 このままにしておいちゃいけない、このままだったら全部水に流されてしまう。
 焦りとか怖さとか懐かしさが、中から私を急き立てて、
 そこにこんな友達いたらいいなって気持ちが合わさって、理想の親友の姿になったんだ。
 それがきっとえりぽんの正体なんだ」

聞いているのかいないのか分からない顔で、エンドーはトンビを見ていた。

「本当は、今だって会いたい。
 自分で作り出した友達だなんて思えない。
 寂しくて、声聞きたくてたまらない。

 でも事件が終わるまではだめだ。
 事件が終わってから思いきりへこんで、落ち込めばいいんだ。
 そうでしょ?」

「俺に聞かれてもな。
 まぁ分かるよ、お前友達いないしな」
「あのさぁ!何勘違いしてるか知らないけど、普通に友達いるよ私!
 あんた私の何を知ってんのよ。学校にだって地元にだってちゃんといるから!」


621 :12月28日 :2014/05/10(土) 20:22

微笑ましく見守っていたミホティの携帯が鳴った。
笑顔が消え、頬に緊張が走った。

「遠藤くん。りほりほ。五通目が来た。
 やばい、今度は田中さんだ。
 ちょっとすいません、カメラ止めて下さい。一旦収録止めて下さい」

犯人からの五回目のメッセージは、
ただ一言、「次は れいなだよ」。

れいなのスタントカーは、今高速で山道を走り続けている。
里保とエンドーは顔を見合わせ、木のフェンスに駆け寄った。


622 :12月28日 :2014/05/10(土) 20:23

   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥


623 :12月28日 :2014/05/10(土) 20:23


中央高速を降りた車は、八王子方面に向けて急ハンドルを切った。
5人も乗っているのですし詰めだ。

「わ〜すごーい。彩こんなとこまで来たの初めて。
 でもコレ東京なの?山梨じゃないの?」
彩花の無邪気な差別発言。
都心から高速で30分走ると、高い建物が見当たらないどころか田んぼもチラホラ見えてくる。
駅から近いのか遠いのか分からない絶妙な距離にある青空駐車場に、USSのセダンは滑り込んだ。


「電話下さったのあんた方?
 ほら、あそこに置いてあるよ。連絡先の番号もつながらないからどうしようかと思っておったんだ」
奥に黒いハイエースがひっそりと止まっていた。

かつて電車が路線変更する前は連泊客が多かったというこの駐車場は、
前払いで受付に鍵を預け、帰りに受け取るという今どき珍しいような方式を取っていた。
管理人が車の位置を入れ替えるためらしいが、人を信用していないとできないのんびりした発想だ。
都心の客は嫌がるだろう。
きっと今までトラブルなしに、平和に続いてきた駐車場に違いない。
今日始めてのトラブルが起きるかもしれない。

「好都合じゃん。中見ちゃおうよ」
「いや、まだ犯人のと決まったわけじゃないから…」
「そんな事言ってるから出世しないんだよ山Pは。
 こんなとこまで来といて収穫なしじゃやってらんないよ、はるなんとほうとう食べて帰るしかないじゃん、ね、お爺さん」
白髪の管理人が、彩花に話しかけられてにこにこしている。
弓削はカメラで舐め回すように車を撮りながら、車内を観察した。
漆黒のフルスモーク。物は少ないようだ。
警察に通報して中を開けるべきか、それとも…


624 :12月28日 :2014/05/10(土) 20:25

ほうとうの案も悪くないと自分で思ったのか、彩花がこの辺りに美味いほうとうの店はないかと言い出し、東京都民の老人を困惑させている。
亜佑美の携帯が鳴った。
春菜の携帯も鳴っていたようだ。バイブにしていて気づかなかった。

「カ、カ、カ、カード来たって。
 犯人からカード来たって。
 どうしよう、今度は田中さんだ…
 田中さんが狙われてるよ!」
「えぇ!?」

弓削が管理人のところまで大股で戻ってきた。
「話が変わった。
 今すぐ通報して下さい。
 そして、車の鍵を今すぐ開けて下さい!」
「ん、ん?」
「人命がかかってるかもしれないんです。
 早く!」

春菜と亜佑美と彩花に離れているよう腕を振り、弓削と山本はハイエースに近寄った。
扉を開けると、新車独特の香りが漂った。
誰も隠れてはいない。後部シートの下に折り畳んでねじ込んだパソコンと、大量の空の紙袋があった。

「…弓削さん…大丈夫ですか?」
「すいません、電源借りられますか」
山本がノートパソコンを持って降りてきた。弓削が紙袋を続々と引っ張り出した。
純ココア、粉ミルク、コーンスターチ。
「何これ。お菓子づくりでもするつもりだったのかな?」
亜佑美がくんくんと袋の匂いを嗅ぐ。


625 :12月28日 :2014/05/10(土) 20:27

厚手の書類袋から紙を引っ張り出した弓削が、怪訝な顔をした。
「企画書のコピー…?」


モーニング娘。、峠を攻める。


「今日田中さんが向かってるドッキリです…
 何でこんなものがここに…」

書類の余白に、びっしりと何か書いてあった。
設計図と分量。何度も書き直した計算式。
裏面まで及ぶ神経質な書き込みを見るうちに、弓削には犯人の考えていることが分かった。
「飯窪さん、マネージャーにすぐ連絡を入れて、田中さんの車を止めさせるんだ。
 犯人はおそらく、粉塵爆発を考えている。
 この純ココアや粉ミルクを使って山道のルートで爆発を起こすつもりだ」
「ふ、粉塵爆発?」
「ここに図解が入ってる。
 半円形の縦3メートル、奥行き80メートルの空間。
 多分その山道にはトンネルか何かあるんだろう。違うか?」

「粉塵爆発?」
泣きそうな顔でダイアルしている春菜の横から、彩花がひょっこり顔を出した。
「素人が粉塵爆発を狙って起こすのなんか無理だよ。
 車が侵入できるトンネル内なんてそんな気密性のない場所、絶対失敗する。専門家が実験装置でやっても失敗するんだよ」
「ほ、ほんと?彩ちゃん」
「いや、もっと直接的なものがあった」
弓削が座席の下から引っ張り出した袋には、「粉粒火薬」の文字。
「あ、じゃあいけるかも」
「ぎゃああああ!!」

純ココアや粉ミルクは、小麦粉やエポキシ樹脂などの可燃性粉塵に比べて誘爆率が非常に高い。
トンネル内という限定された空間の中、粉を巻き上げて空気に触れさせる仕掛けと着火源さえ確保すれば粉塵爆発は起こるのだ。

「た、田中さんの車、もう発車してます」
春菜が完全なる涙声で言った。
「鞘師さん…鞘師さんは…!」
亜佑美が里保の番号をコールする手に、全力を込めた。



626 :12月28日 :2014/05/10(土) 20:28

   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥


627 :12月28日 :2014/05/10(土) 20:29


「エンドー」
電話を持って凍り付いている里保の通話を、エンドーはもどかしげにスピーカーにした。

『遠藤君、聞こえるか?
 君たちは山頂にいるのか?
 そこに来るまでにトンネルがなかったか。どうだ?』
弓削が亜佑美の電話からしゃべっている。
「あったよ、短いヤツだけど。
 トンネルがなに?」
『犯人がそこに爆発装置を仕掛けた。
 田中さんの車を今すぐ止めてくれ。スタッフは何をやってる?』

爆発装置って何だ。
あの戦隊ものの後ろで爆発してるようなヤツのことか?
山道の途中でバルーンを落としたり、ピンク色の煙を炊いたり、木の枝からぬいぐるみを吊り下げたりするために潜んでいるスタッフから、「今、車が通過してしまった」と報告が上がっていた。
れいなの車は時速100キロ超で山道を走っている。
ディレクターが大きなレフ板を担いで坂を駆け下りていったが、これだけこんもりと繁った緑の中で、光の合図など届くかどうか。

木製フェンスの先を振り返ったと同時に、里保も見た。
「あっちだね、エンドー」
同じことを考えていたらしい。

かすかに目を合わすと、二人は同時に木の柵の外へ身を躍らせた。



628 :12月28日 :2014/05/10(土) 20:31

加速が、見えない力で不安定な足元を押してくる。
傾斜を走り、あるいは滑り降り、運動神経だけを頼りに障害物だらけの斜面を下った。
スタッフがいる最後のポイントから、トンネルまでには結構距離があるはずだ。
だからまだだいじょうぶだ。
祈るように思った。

顎の付け根の辺りが恐怖で細かく震える。
それを押さえつけて、エンドーを追い抜いて、走った。
自分が野生動物になった気がした。樹冠で閉ざされた暗い急な森に、二人の走る音だけが響いた。
ふと、里保は自分に寄り添って走る影を感じた。
里保、こっちだよ。そっちじゃないよ。

「えりぽん!」


早く。
早く。


急にアスファルトの足場に投げ出され、里保は数歩たたらを踏んだ。
苔蒸したトンネルの脇だ。かすかなブレーキ音と、車が空気を吐く音が聞こえる。
間に合った!!


629 :12月28日 :2014/05/10(土) 20:32

一瞬遅れてエンドーがアスファルトに着地する。
車を止めに行くか。装置を壊すか。
迷った里保の手を、誰かが引っ張った。
トンネルの入り口には、白いケーブルのようなものが端から端に渡してあった。
その先は二股になって、電源と、トンネル内に長く長く引き込まれた線に分かれている。


ケーブルに手をかけた里保に、エンドーは引きつった声を出した。
「だ、大丈夫なの!? 線切ったら爆発しねえ!?」
こういう時こそテキトーに大丈夫大丈夫って言ってくれればいいのに、
まったく気が利かないヤツ!
ケーブルの先で瘤のようになっている電源を靴の裏で踏み、ぐるぐる巻きに固定されたコネクト部分を思い切り引っ張る。
遠くからは、恐竜が吠えるような走行音。

「エンドー、早く一緒に引っ張ってよ!」
「マジで大丈夫!?」
「分かんない。
 分かんないけど大丈夫だよ!」

だってここには、えりぽんがいるから!


630 :12月28日 :2014/05/10(土) 20:33

踏ん張っていた二人の手の中から、コネクトがすっぽ抜けた。
レーシングカーがぎょっとして里保とエンドーから車線をずらすのと、
タイヤがケーブルを踏んづけるのと、里保たちがよろめいて尻もちをついたのとは同時だった。

「ほ、ほ、ほらね。大丈夫だったでしょ!」
トンネルの遥か向こうでブレーキの音がする。
れいなが何かわめきながら音の反響するトンネルを走ってきた。
繋ぎっぱなしの電話の向こうで、誰かが何か叫び続けていた。





631 :12月28日 :2014/05/10(土) 20:34

   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥


632 :12月28日 :2014/05/10(土) 20:35


「良かった〜、良かったよ〜、田中さ〜ん」
れいなとそんなに年の変わらないミホティがれいなを抱きしめて泣きべそをかいている。
続々と山頂に集まってきたパトカー。
頂が寒そうな頭を山風に晒した菊川もいつもの格好でやってきた。

「これがその装置ってヤツか」
「はい。一定の重量の物がこの上を通り過ぎると電圧が切り替わり、スパークプラグが着火して爆発するようになっていました。
 この山道は普段は閉鎖されて、一般車の登頂は新道を使うことになっています。
 犯人は番組リハーサルが終わった頃合いを見計らってこれを仕掛け、数日保つ電源で置いていったようです」
「何でわざわざ使われていない旧道を使ったんですか?」
菊川がディレクターを振り仰ぐと、いい迷惑だと言っているような顔のディレクターは答えた。
「決まってます、そのほうがロケーションがいいからですよ。
 新道では山裾から見た車の画が撮りにくい。ちゃんと許可得てますよ、問題ありますか?」
「いや、別に問題はないよ。
 で、ボウズ、お前らが無謀にも電源を引き抜いたわけだな。
 まぁお手柄お手柄と言っておこう。新人アイドルがフリフリ衣装でもののけ姫みたいに山を駆け降りるのはどうかと思うが」

里保の衣装には葉っぱや小枝がくっつき、ほつれている。
多少直して山頂の「テッテレー」の部分だけ撮影すればいけるな、よかったよかったとディレクターがパトカーに帰ってほしそうにしている。

実況検分の手配を整えながら、菊川は言った。
「五通目な、郵送で来た」
「郵送で?」
「ああ。今までそんなことなかったろ。どうしてだと思う?」
「さー…」


633 :12月28日 :2014/05/11(日) 20:13

「こっちにも、ちょっと話を聞きたい人物が浮上した。
 ディレクターさんがいらいらしながら待ってるから、日が暮れないうちに実況検分を終わらせてやるとするか。
 レーシングカー見たいなら今のうちに存分に見とけ。あのドライバー、GP2シリーズを連覇した伝説のドライバーだよな。俺も後でサインもらっとこうかな」

「鞘師。遠藤」
れいながズカズカやってきた。
車酔いのせいか、少し青い顔をしている。

「あとゴールするとこ撮って、うまいこと繋ぎ合わせて終わりっちゃん。こんな思いしたんだから絶対オンエアしてもらわんと、れーな絶対気が済まん。
 ケーサツが終わるまで車で寝とるけん、再開したらちゃんとやるんよ」
まくし立てて、プンプンと身を翻して行ってしまった。
「あの、田中さん、酔い止め飲んで下さいね」
「分かっとうわ!

 ありがとね!」


「何アイツ。あれ言いに来たわけ?」
「そーゆー人なんだよ、田中さんは」

取り残された里保とエンドーの目の前で、車のドアががらがらばん、と叩きつけるように閉まった。



634 :12月28日 :2014/05/11(日) 20:14

   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥


635 :12月28日 :2014/05/11(日) 20:15


取調室に入ってきた20代後半の男は、やけに勝利感にあふれた顔でパイプ椅子に腰掛けた。

「何だい、ニヤニヤして」
「いや、やっとあなた方にご足労さまと言わせ、調書に残る形で僕の話を聞かせる立場に立ったなと思いまして」
「警察がずいぶん情報提供者をないがしろにしてると言いたげな物言いだな」
「どうでしょう?
 もし僕が駐車場を探し当てる前にこのことを話したら、まともに考えてくれていましたか?
 取るに足らないイチャモンとして片付けられていたんじゃないですか?」

そして弓削はハイエースを発見した経緯と、6年前の事件のことを話し出した。
菊川は決して感心なんかせず、終始情報提供者のほうを疑っているような顔でボールペンを弄びながら聞いていた。
刑事というのはかわいくない生物だ。

「その事件なら知ってるよ。
 6年前は警視庁にいたから管轄ってわけじゃなかったが、家が近かったからな。
 うちのガキも3年生だった。登下校が怖いって女房が騒いでたもんだ」
「警視庁にいらしたんですか。
 …柴山健史さん、ってご存知ですか?」
「柴山?
 本庁の芝山警視のことか?」
「やっぱ昇進してやがったか。
 なんでもない、こっちのことです。
 その昔、うちの上司が警視庁の方を相手に高級キャバクラの接待費を切りまくったのに、そのパイプを僕が台無しにしたせいで随分怒られた。いい思い出です」
菊川の弓削を見る目が、いっそう胡散臭くなった。


636 :12月28日 :2014/05/11(日) 20:16

「それでこの線は当たってみてくれるんですかね?
 今回の犯人と、6年前亀山絵美里を殺した犯人が同一だって線は」

「お前の話を聞いて、判断の一材料に加えるとしか言えねえな。
 まして警察が一度自殺で処理した件だ。
 お前には関係ないことだろうが今回の事件は警視庁様とうちの署の合同捜査で、かなり繊細に扱わないと捜査方針に挙げることもはばかられるんだ。
 お前だってそう思ったから今まで出し渋ってたんだろが」
「そんなこと言ってると、うちのチビっ子探偵たちが事件を解決しちゃいますよ」
「チビ探偵って、あの遠藤ってガキのことか?」

弓削は笑って立ち上がった。
「いや、他にも、モーニング娘。って歌を歌うほかに事件も解決するんですよ。
 知ってました?」



637 :12月28日 :2014/05/11(日) 20:16

   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥


638 :12月29日 :2014/05/11(日) 20:17

          12月29日


639 :12月29日 :2014/05/11(日) 20:17

   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥


640 :12月29日 :2014/05/11(日) 20:18


空は晴れているのに、はっきりしない水色の冬の日、
いつもどおり車に寿司づめになった里保たちは多摩川の駐車場に着いた。
弓削はSW−1で先に来ていた。

緑地公園に数ヵ所ある駐車場のうち、児童遊具入り口そば。

「弓削さん、お話するのが遅れてすみませんでした」
春菜が深々と頭を下げた。
「いや、いいよ。結果的に車に行き当たったわけだし、全く無駄なことしてたわけじゃなかったからね。
 それに、企画書のコピーまであったんじゃ、確かに事務所の人間である確率が高いしな」

里保は道すがら、自分の口から弓削に病気のことを話した。
弓削は真剣な顔で聞いていた。
ここから亀山絵美里の遺体が見つかった雑木林はすぐだ。

「あっ! 多分ここです。この角度から…」
里保はあの時と同じように茂みにしゃがみこんでみた。
「あそこから、黒ずくめの人が出てきました。
 何であんなとこからって、思ってました」

遊歩道から大きく外れた雑木林は、用のない人間が間違っても紛れ込むことのない場所だ。
6年前、弓削はカメラを構えてこの辺りをうろうろしていた。
そこへ公園管理人の悲鳴を聞いた。あれが午前10時。
明け方に死んだ亀山絵美里のところへ犯人がもう一度詣で、目撃者の子供を殺し、逃げ去った直後だ。
雑木林に敷いてある腐葉土は、黒く冷たく、日の差さない森の中をいっそう暗く見せていた。


641 :12月29日 :2014/05/11(日) 20:22

「うわ、こりゃホントに沈むわ。足跡つけずに歩くのは無理だな」
「だろう。
 あの辺りが、遺体のあった場所だ」

亜佑美と春菜が互いの体を押し出すようにした。
里保はゴクリと唾を飲んだ。
お化けが怖い。でも見ないわけにはいかない。

「ここに踏み台。
 枝はこの辺りに張り出していた。
 警察の鑑捜査では、折れた枝の断面はゆっくりと時間をかけて重みで折れた跡だそうだ。
 力任せに折った跡じゃない。

 だから、亀山絵美里のあの不自然な体勢は、馬乗りになって首を絞められた跡ではなく別の場所で殺されたか気を失わされたかして、改めてロープで吊るされた。
 その後犯人がカードの絵そっくりに遺体を整えたと見ていいだろう」

あの気持ち悪い絵。
「これを女とよぶ」。
死体を絵そっくりに整えるほど、犯人はあの絵に執着があったんだろうか?

「だが、ご存知のとおり、入り口からここまでは亀山絵美里の足跡しかない。
 犯人が彼女と同じ靴を履いて歩いたというなら話は分かるが、亀山の足のサイズは23だ。それは考えにくい。
 また、サイズの他に足跡の深さの問題がある。
 4、50キロの人間を抱えて歩き回った23センチの足跡はひとつもない」

「犯人が女だったら、23でも不思議はないじゃん」

エンドーがスニーカーにまとわりつく枯葉を片足で払いながら言った。


642 :12月29日 :2014/05/12(月) 21:35

「ここまで一緒に歩いてきて、ここで殺したんだったら問題ないじゃん。
 さゆみも男だと思うってだけで、突き落とした犯人は見てないだろ。
 男だって決めてかからない方がいいと思うんだけど」

里保がバカにしようとして口を開いたら、
「そう。やっぱり君はいい所を突くな、遠藤君くん」と、弓削に先に感心されてしまった。

「だが、犯人が女だとした場合別の問題があるんだ。
 現場に争った形跡はない。つまり犯人は、意識のない亀山を持ち上げて木に吊るしたわけだが、女の力でそれはできない。
 
 できるとしたら、こういう…」

弓削の指が、木の枝を支点とした三角形を描いた。

「いっぽうにあらかじめ寝かせた被害者の首にロープを結び、もういっぽうを車か何かに結んでロープで引っ張り上げる。
 これぐらいだったら女でも可能だろうが、乗り物が侵入した形跡は一切ないし、枝にも摩擦痕はない。

 自殺だと判断した警察の事情もまぁおおむね分かる。
 これが殺人だとしたら、「被害者自身の協力がないと絶対に不可能」な、難しい状況だ。
 でも、僕は知っているし鞘師さんも知っている。これが自殺ではないことを」

里保は静かな怒りを込めてうなずいた。

「そろそろ車やパソコンの分析ができたかもしれない。
 あの食えないおっさんが教えてくれるとも思えないけど、一応湾岸署に顔出してみるよ」
「あ、私も行きます。
 えりちゃんのこと、警察の人に教えないと…あ、こんな昔のことはいいですか?いいんならいいですけど別に…」
「いや、君が一緒にいるなら菊川さんもまともに取り合ってくれるだろ。ありがたい」


女子三人は並んで歩き、弓削と山本はエンドーには分からない同い年同士の会話をしていた。
ふと川面を見ると、一面の波頭が穏やかな冬の光を反射して、プラチナの鱗を持つ魚のように光っていた。
綺麗でも汚くもない多摩川。
きらきら霞んだ、どこかで見たことのある風景。


時折吹いてくる刺々しい風をマフラーで避けながら、エンドーは川を見ていた。



643 :12月29日 :2014/05/12(月) 21:36

   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥


644 :12月29日 :2014/05/12(月) 21:37


「パソコンのデータ?
 なーんも残っちゃねえよ。
 車に放置していく時に全部初期化してやがった。

 道重さゆみが嗅いだ甘い匂いってのは、犯人が揃えたミルクやらココアの匂いだな。
 同時進行で計画中だったんだろう。
 お嬢さんとこの家宅捜索でもなんにも出ないし、ゴム手袋でもして生活してんのか?奴は?おぉ?」

こっちに聞かれても困る。
爪をシャカシャカとやすりでこすりながら愚痴った菊川が粉をふっと飛ばし、先にいたエンドーが嫌な顔をした。

「んーだよ、じゃ、郵便局は?」
「そうだ。犯人がカードを出したのってどこからなんですか?」
「んー?世田谷郵便局よ。
 消印は12月26日。
 あいつ立川なんかに車止めてたくせに、戻って来てたのよ。
 今中央高速やら主要な一般道沿いの監視カメラを当たってる」

「世田谷って、今鞘師さんがいるところ…」
「ぎゃー!!」
10期二人がこそこそと悲鳴を上げている。
里保こそ内心ぎゃー、だ。
しかし、弱音を吐いてたまるもんか。

「話聞きたいヤツってのは誰?昨日言ってただろ」
「あれ、俺そんなこと言ったかな」
「ボケ老人かよ。事務所の中の誰かなの?
 ごまかすな、ジジイ」
「まあいずれ分かるだろ、そんなケンケンせずに敬老の気持ちを持てよ。
 お前らがどう判断しようが勝手だけど、俺は事務所の人間が犯人だなんて言った覚えはないからな。なんかあっても警察に苦情持ってくんなよ。
 そっちの、うさちゃんサービスだっけか?警察は犯人の特定、民間は対象の保護。すばらしい。これぞ分業ってやつだ、犯人が捕まるまでよろしく仕事してくれって言っといて」



645 :12月29日 :2014/05/12(月) 21:38

   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥


646 :12月29日 :2014/05/12(月) 21:38


「山本さん、ここで降ります」
「ええ?お家までまだちょっとあるでしょ?危ないよ」
「ちょっと歩きたいんです」

レクサスを降りた里保に、不承不承という感じでエンドーがついてきた。

「犯人まだ世田谷うろついてるんでしょー?
 大丈夫―?遠藤くーん」
「大丈夫。春菜たち送ってってあげて、俺、電車で帰るよ。
 ノコノコ出てきてくれたらむしろそっちのが早いんだけど」
それもそうかと苦笑して、山本は車を出した。

川面に、ぽつぽつと原色の小舟が浮かんでいる。
今年も、群青流しも、もうすぐ終わりだ。



647 :12月29日 :2014/05/12(月) 21:39

「ねえ。
 犯人、誰だと思う?」
髪をさらさらと風にさらわている里保に、エンドーは答えた。
「さあ」
また、さあ。

「でもさ、春菜の言ってることがほんとなら、思った以上に、お前の近くにいるやつだと思う。
 お前が心から信じて、ぜんぜん疑ってもなくて、こいつが犯人だって知ったら人間不信になるようなやつ。
 そんなやつだから知らず知らずターゲットから外れてるし、浮かんでもこないんだ」
「そうだね。きっとそうだね。
 エンドーに分からないなら、私にも分からないや」

蛇行する多摩川の向こうに、市街地と枯れ草ばかりになったパター場が見える。
桜の季節がうそのような人の少なさ。有名な桜坂は、ここからそう離れていない場所だった。

「もしさ、ハロコンが予定どおり出来るようになったら、
 エンドー、見に来なよ」

これを自分から言ったら負けだと思っていたことを、里保は言った。
少し偉そうだったかと思って慌てて言い直す。
「見に来てよ」


エンドーは、ぱっと輝くように嬉しそうな顔をした。
あまりにも嬉しそうだったので、里保が意外に思って戸惑ったほどだ。

「うん。見に行く」
くしゃくしゃとなったその笑顔は、やっぱり「えりぽん」にそっくりだった。



648 :12月29日 :2014/05/12(月) 21:40

電話が鳴った。
「あ、香音ちゃんだ」
『里保ちゃん。今パソコン見れる?
 怪しいアカウント見つけた。たぶん、亀山さんのだと思う』
「え!?
 ほんと!?」
『画面見ながら話したいんだけど、今そと?』
「エンドー、香音ちゃんが、亀山さんのmixi見つけたって!」
「マジで!?」

『公開記事ざっと見たけど、犯人について書いてるようなことは見当たらなかったよ。
 でも、いいんだ。
 学校外にいるっていう亀山さんの友達が見つかればこっちのものだ。
 だってストーカーのこと、聞いてないわけないんだもの』

亀山絵美里のmixiが見つかったとすれば、その友達と繋がっている確率もかなり高い。
まぁ、そっちは生きているだろうから…ツイッターやフェイスブックに移行している確率も高いだろうが、
退会しないで放ったらかしにしている可能性も同じぐらい高い。

「ちょっと待ってて、家すぐそこだからもうすぐ戻る!
 エンドーもうち来る!?」
「えっ、お前のばあちゃんち?
 やだよ。携帯で見るからアカウント教えろよ」
『よし!!
 あと一息!
 行くぞ9期。ほら遠藤も一緒に、頑張って行きまーっ…』

「しょい!!」

電話口のこちらと向こうに、笑い声が起こった。
本当に解決できるかもしれない。
解決するんだ、私たちの手で。

笑っているエンドーに片手を差し出そうとして、里保はやめた。
まだ早い。
あと一発のハイタッチは、事件が解決したときまで取っておくんだ。



649 :12月29日 :2014/05/12(月) 21:41

   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥


650 :12月29日 :2014/05/12(月) 21:43


『遠藤くん、里保ちゃん無事着いた?』

山本からだ。
通勤族が休みに入って空いている電車の中で、エンドーはこそこそと電話に出た。

「うん。無事だよ。不審者出ず」
『そう。そんなら良かった。
 里保ちゃん、もう完全にエンドー君のこと信頼しちゃってるね。
 エンドー君がいたら何があっても大丈夫って感じで、前のおどおどビクビクした感じが消えた感じ』
「まぁな、それはほんとのことだからな。アイツもよく分かってきたじゃん、ふふん」
『ねえ、遠藤くんは里保ちゃんのこと好きなの?』
一瞬で軽蔑した空気が伝わったのか、電話の向こうの山本が慌てた。
『いやだってさ、いくらバイトだからって、普通ここまでやらないでしょ。
 しかも遠藤くんみたいな年齢の子が。僕らとは訳が違うじゃん』

規則正しく流れていく景色を見ながら、エンドーはぼそりと答えた。
「約束したからな」

『え?何?』
「なんでもない。山本さん、そんなことばっか言ってるとオッさんと思われるよ。
 電車ん中だからもう切るね。帰り、俺も送ってってね、寒いから」

電話を切ると、向かいのおばさんが睨んできた。
飛行機みたいに電磁波で落ちるわけでもないのに。エンドーは片耳にイヤホンを突っ込んで、音楽を聴き始めた。


651 :12月29日 :2014/05/12(月) 21:43

弓削におすすめされた、トムなんとかって外人の歌。
しわがれた冬の日に妙に似合う、死んだ女の子へのレクイエム。
死んだ女の子への…


ワルツィング・マチールダ。
ワルツィング・マチールダ・ユール。
お前も俺と一緒にワルツィング・マチルダに行こうぜ。

俺のことを刺してくれって頼んだら、お前は俺のシャツを引き裂いたね。
血とウイスキーが染み込んだ着古しのシャツ。
街の掃除夫たちよ、おやすみ。
夜警、火の番人、
そしてマチルダにも、 おやすみ。




652 :12月29日 :2014/05/12(月) 21:44

   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥


653 :12月29日 :2014/05/12(月) 21:45


亀山絵美里の日記は、少なかった。
2006年2月の開始直後こそはしゃいで更新をし、全体公開記事も多かったものの、
ほどなく月に2、3回ペースになり、友人限定記事ばかりになって、
尻切れトンボのように終わっている。

「よく見つけたね、香音ちゃん」
『んーとね、弓削さんに亀山さんの携帯番号聞いたでしょ。
 mixiって探す人の携帯番号がアドレスの中にあったら、勝手に友達かも?のところに候補として出るんだよ。
 里保ちゃんも最初に登録したでしょ、携帯番号』
「したけど…えっ!? 勝手に電話帳読み取られてるの!?」
『そうだよ。
 SNSには結構よくあるよ。それで年齢と学校と出身地を近くしたアカウントを新しく作れば、亀山さんが友達かも?で表示される確率が跳ね上がるんだよ。
 あとは臭そうなところをプチプチ当たっていったわけ』 
「ほえー…怖いね…」
『怖いけど、電話番号が直接表示されるわけじゃないし。まぁしょうがないね。
 そのおかげでこれも見つけたわけだし。亀山さん、プロフィールにも本名書いてないマイミクもほとんどいないで、そっちの線で見つけるのは無理だったかもね』



654 :12月29日 :2014/05/12(月) 21:46

秘密のアカウントだったらしい。
名前も顔写真もない。
香音が亀山絵美里の日記だと確信したきっかけは、
3月22日の部分。

「今日、部活の大会で入賞しました!
 団体戦でも6月の関東大会に出られることになったょ。
 超プレッシャーだったけどやっと終わった。ねむーい」

2006年3月22日に関東大会の地区予選を行っているのは弓道だけだ。
多摩川西からの他の入賞者、5位の新見、8位の古田は、友達繋がりであっさりアカウントが割れている。

つまり、この名前のないアカウントこそ、亀山絵美里本人のものだった。


『で、このコメント付けてる、うさぷにって人見てよ。
 全部の日記にコメント付けてるよ。コミュもほとんどかぶってる』
「本当だ。
 学校も別っぽいね。
 『私の学校は始業式もうちょい先だから…』だって。
 高校の始業式って学校ごとに違うの?」
『うーん、通信とかなら違うかな?』
「この人だね、亀山さんの親友」

里保は『うさぷに』のページに飛んだ。
思ったとおり、最終更新日はもうずっと前だ。
しかし、退会はしていない。
メッセージを送れば読んでくれるかもしれない。


655 :12月29日 :2014/05/12(月) 21:47

『本アド使ってれば、mixiから通知が行くから気づいてくれるよ。
 どうする、里保ちゃんが送る?それとも私が送ろっか?』
「うん。
 私が送るよ」

それから里保は、長いメッセージを書いた。
心を込めて書いたつもりだ。
自分の名前、今やっていること。6年前に、亀山絵美里さんを殺した犯人が今また自分に接触を図ってきていること。
先輩が将来に大きく関わるようなケガを負わされたこと。
グループが大勝負をかけていた年明けのコンサートが中止になったこと。
このままでは、他の仲間たちにも危害が及ぶかもしれないこと。

子どもの頃、幼い友達が川に突き落とされて殺されたこと。

このメールに気づいたら、いつでも構わない。
返事を下さい。

里保は祈るように送信ボタンを押した。
同じように友達を殺されたうさぷにの心に、どうか届きますように。
数時間経って、里保のパソコンに新着通知が届いた。


「鞘師里保さん

 連絡ありがとうございます。
 更新ずっとしていなかったのに、mixiからメッセージが届いてびっくりしました。
 おっしゃる通り、絵美里は私の親友でした。
 今でも死んだことを受け止めきれていません。
 ずっと私の心の奥深くに突き刺さっています。

 私は、絵美里がストーカーに何をされたか知っています。
 どんな人か、何をしている人かも大体分かっているので、お話できると思います。
 ただ、警察の人とかおおぜいに囲まれて根掘り葉掘り質問されるのは正直言ってつらいです。
 個人的に、鞘師さんだけに会ってお話するということでもいいでしょうか?」


656 :12月29日 :2014/05/12(月) 21:48

「だいじょうぶです。
 お気持ちすごく分かります。
 私も色々あってどん底まで落ち込んで、でも周りのおかげで立ち直れました。
 今は戦う時だと思っています。

 友達を一人だけ連れて行ってもいいでしょうか。
 私より頭が良くて、頼りになる子です。
 うさぷにさんのお話を聞いて、きっとどうすればいいか私よりよく分かると思います。
 絵美里さんの仇を、討ってくれると思います」


エンドー本人には絶対に言わないが、里保はそう書いて送信ボタンを押した。
オーケーだと返事が来た。
明日12月30日午前10時、多摩川そばのファミレスで。
里保は携帯に手を伸ばし、リダイヤルのボタンを押した。



657 :12月29日 :2014/05/12(月) 21:48

   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥


658 :12月29日 :2014/05/12(月) 21:49


「えっ。
 牧野さん、逮捕されたの!?」

外がすっかり暗くなった頃、
アップフロント事務所内は、ざわついていた。

「逮捕っていうか…任意同行ってことです。
 
 きのう五通目を事務所に持ってきたのは、牧野さんなんです」

サブマネージャーの牧野が、警察に連れて行かれた。

れいなの予告状に押されていた消印は12月26日。3日も前だ。
誤って配送ミスになっていた郵便物の束から見つけたと牧野は言うが、
警察が郵便局の防犯カメラを調べたところ、
25日深夜に体格の良い人物がカードを投函するところが映っていた。
走り去った車のナンバーは、足立400、も34−46。
ハイエース。
弓削の執念は警察によって裏づけがなされた。

「あと、道重さんが階段から落ちた日、そばにいたのは牧野さんです。
 クリスマスイブ、営業車が故障したと言って事務所に電話したのも、
 小関さんがバッテリーを替えている間、牧野さんが姿を消していた時間があるとも言っていました。

 ちなみに、溝口さんは、鍵が替わってから牧野さんに預けたことは一度もないそうです」

「…」
「…えっ、決まりじゃん」

みんなの沈黙を、亜佑美が代弁した。


659 :12月29日 :2014/05/12(月) 21:50

正直、牧野がそんなことをしている姿は想像できなかった。
しかし事務所に来る前からそこそこのアイドル好きだったそうで、仕事とは関係なさそうなアイドルの知識を披露していたのを、みんな聞いたことがある。

「牧野さん、入社何年目だっけ」
「よく知らないけど、溝口さんが他の事務所から移ってきてから五年くらいでしょ。
 それより長いってことないでしょ、多分」
「そーか、溝口さん、田中さんや道重さんの半分なんだ!
 全然そんな感じしないね」

関係ないことでざわざわ盛り上がっている娘。達を尻目に、携帯でmixiを見ていたエンドーが言った。

「でもさ、牧野さんが犯人だとしたらさ、
 一回本当に郵便で出すっていう小芝居何?
 最初からどっかに紛れ込ませればいいじゃん。事務所のポストに入ってた4通目みたいに」
「うーん、分かんない。
 なんか事情があったんじゃない?
 郵便で出すと何かいい事がある事情が」
「何かいい事って何」
「さあ」
爽やかにあきらめる亜佑美の向こうで、春菜が言った。


660 :12月29日 :2014/05/12(月) 21:51

「普通に考えて、事務所に近づけなかったからでしょうか。
 警察とUSSが警戒を強めたから、危険を避けて郵送にした…?」
「郵便局なんか通したら、よけいに足がつくだけじゃん。
 初めてだぞ、カメラがあいつの姿をとらえたの。
 絶滅寸前の野生動物かっつーの」
「でも、これでほら、ハロコンの望みが出てきたから。みんな」
ミホティが、少々無理やりの笑顔で言った。

「初日はさ、無理かもしれないけど、
 日程遅らすぐらいでなんとか…
 溝口さんも調整のためにずーっと駆け回ってるんだよ。
 工藤たちも、明日一旦こっちに帰って来るって。
 本人たちはずっと帰りたいって言ってたんだけど、親御さんの説得が難しくて。

 牧野さんのことはショックだけど、これでぜんぶ、元に戻るかもしれない。
 はるなんも、あゆみんも、あまり心配しなくて大丈夫。一緒に経過を待とっ」



661 :12月29日 :2014/05/12(月) 21:52


ガラスの向こうの真っ暗な夜を見ながら、春菜は考えた。
本当にこれで正しいんだろうか。
何か忘れているような気がする。
あの期間、里保は何か言ってなかったか。USSが鍵を取り替えたあの一週間の間、リハーサルに顔を出した里保は何かを…

「少なくとも10日…ん〜一週間かな…
 一週間以内に人の出入りがなかったか、ヤッシーに聞いてみたほうがいいよ」

彩花の言葉が蘇る。

「何か細かいことだったらついつい忘れたり、見落としてるかもしれないし」

思い出せ。
里保はあの頃、何か言ってなかったか。


「お待たせ〜」
山本が能天気にウインドウを下げる。
亜佑美が冷気の中を小走りに駆けていった。
本当に、もう安心してしまっていいんだろうか?
私たちが、より大きな闇に足をすくい取られる可能性はないんだろうか?

のん気にハッピーサマーウェディングを合唱している山本と亜佑美に腹が立った。
そんな自分を、いけないいけないと戒める。
疲れているのかもしれない。
勝手に気負って空回りしているのかも。でも、心の中に湧いてくるこの正体不明の不安は、消し去りようがなかった。



662 :12月29日 :2014/05/12(月) 21:53

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663 :12月29日 :2014/05/12(月) 21:53


一日の仕事を終えた尾田沢は、味気ないスチールデスクの上で腕を伸ばした。
ツイッターをチェックする。アップフロントの公式アカウントは、事件から呟きがぐんと減っている。
引き出しの中に寝かせた、額に納まった里保の写真を見た。

今自分のやっていることを知ったら、里保は軽蔑するだろう。

あの小さな身体を震わせて、嫌悪を示すだろう。

世の中のどこにだって溢れている、少しいびつな好意。
アイドルはそれを一身に集める運命にある。
里保が心の病気になり、よりにもよって自分を、訪ねてくる時が来るとは思わなかった。
里保は遠からず本当に全てを知り、今までとは違うこわばった視線で、彼の顔を見つめることだろう。


しかしそれは、仕方がないことなのだ。


里保と同じく、尾田沢の人生もあの川辺で決定づき… それを今さら覆すことなど、人である以上、誰もできるはずがないのだから。




664 :12月29日 :2014/05/12(月) 21:54

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665 :12月29日 :2014/05/12(月) 21:54




春菜は闇の中で飛び起きた。
もう明け方に差しかかっている気配がする。
うつらうつら浅い夢を見たのかもしれない。
とにかくそれは、唐突に啓示として頭の中に飛び込んできた。

間違いない。
確かに里保は言っていた。
まだよく働かない頭で、間違いないと繰り返す。


間違いない。

あの一週間の間に、里保の部屋に入った人物が、もう一人だけいる。





666 :12月29日 :2014/05/12(月) 21:55

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667 :12月30日 :2014/05/12(月) 21:55

          12月30日


668 :12月30日 :2014/05/12(月) 21:55

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669 :12月30日 :2014/05/12(月) 21:56


「それ、ほんと!?あゆみん」
亜佑美は眠そうな目をしながら頭をぽりぽり掻いた。
「ほんとかどうかと言われても…
 ほんとかどうか自信がないとしか…」
「…でもそうだ。
 そうだとしたら、辻褄が合う。
 辻褄が合っちゃう…!」

ごみ箱から拾い上げた伝票を握り締めて、春菜は呟いた。

「行こ、あゆみん!」
「え、どこ行くの?」
「本人に直接確かめるんだよ!」
「えー、やめようよ!
 第一まだ病院開いてないっしょ。
 私の言葉をそんな丸呑みしちゃだめだよ」
「モーニングおごってあげるから!
 早く!」

朝方にたたき起こしてまだ目が開いてない亜佑美の腕を引っ張りながら、春菜は心臓がどくどくと高鳴っていくのを感じた。

もしあの人が本当に犯人だったら。
…あの人、ものすごく怖い人だ。

金木犀の枯れ枝の下を通り抜けながら、二人は走った。
バス停の列、行きかう車、周りにはこんなに人がいるのに、淵の底にすぽんと落ち込んでしまったような、暗い冷たさ。


あれ?私はもしかして、とんでもないものの蓋を開けようとしているのだろうか。



670 :12月30日 :2014/05/12(月) 21:57

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671 :12月30日 :2014/05/12(月) 21:57


「おはよ」
「……おはよ… うぅ…寒っむい」
「もうちょっとしたら、少しはあったかくなるよ」
「何時からだったっけ。10時?」
「うん、10時。
 そういえばさっきうちに、飯窪ちゃんと亜佑美ちゃん来たよ」
「はっ?
 何で?」
「なんか知らないけど鍵借りたいって。
 マンションで確かめたいことがあるって…大丈夫なのかな?あの二人?
 私も行こうかって言ったら、鞘師さんはうさぷにさんのとこ行ってくれって言ってたけど…
 10時まで、まだちょっとあるね」
「いいよ、先に着いて待っとこう」
「うん。エンドー」
「なに?」
「これ、あげる」

里保はガラスで作った黄緑のブレスレットを差し出した。

「香音ちゃんからもらったの。
 仲間の証だよ。
 ほんとはえりぽんの腕にかけてあげようと思ってたけど、いい。
 あんたにあげる」

エンドーは、ブレスレットをしげしげと眺め回した。

「カッコいい?」
手首にはめて、変身ヒーローみたいに顔の横に突き出す。
「ううん、赤のほうがカッコいい」
今日は里保も香音のブレスレットをしていた。
勝負装備だ。
きっと絆の力が、モーニング。娘にとって最善の結果をたぐり寄せる。
ぜったいに。


672 :12月30日 :2014/05/12(月) 21:58

「よし。寒いし早く行こうぜ。
 こんなとこに固まってたら死んじゃうよ」
「あ、待ってよ。あんた道分かんないでしょ」
追いかけようとした時、塀の外の防犯ミラーに反射した光が、一瞬強く視界をかすめてエンドーの姿をかき消した。

「…
 …エンドー?」

「何やってんだ、行こうぜ」
「…あ、うん」
寒さで猫背になったエンドーがいつもみたいにこっちを向いていた。
里保はひとつ頭を振って、エンドーを追いかけた。



673 :12月30日 :2014/05/12(月) 21:59

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674 :12月30日 :2014/05/12(月) 21:59


工藤は久しぶりに事務所ビルの前に立った。
五日ぶり。埼玉の実家からあまり離れていないのに、親に絶対謹慎を言い渡されてから、もうずっと時間が経ったような気がした。
時々怖い夢は見るが……暗い水とよたよた歩きの怪物の夢……もう平気だ。
まーちゃんも今日、飛行機で帰ってくると言っていた。

「ハルちゃん!久しぶりだね」
ミホティが走ってきた。
ピリピリしている両親を丁寧に中へ通す。
「チーフマネージャーは今出ておりまして。
 ちょっと連絡が取れないんですが、すぐ戻ってくると思うので、今後の説明をさせていただきます。
 遥ちゃんが元気そうでよかった。入ってお待ち下さい」

「ねえ、鞘師さんは?」
「今日は来ないと思うけど」
「ふーん… はるなん達は?」
「いないねえ」
薄情なやつらだ。待っててくれたりなんかしても全然いいのに。

「あ、そういえばハルちゃん、エンドー君がね」
「エンドーが?」
「うん。明日ハルちゃん達戻ってくるって言ったら、これ渡しといてって」

フランキーのストラップに紙が結び付けられている。
ガムの包み紙らしいそれをほどくと、中にただ一言「やる」。
工藤は欲しくて欲しくて仕方なかったはずのフランキーをぶら下げ、ぼんやりとかざした。
「なんだ、あいつ。
 直接渡してくれればいいのに」


それが、工藤がエンドーから受け取った最後の言葉になった。




675 :12月30日 :2014/05/12(月) 22:00

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676 :12月30日 :2014/05/12(月) 22:00


尾田沢は、まだ患者を受け入れる前の診察室で、いつもの通り穏やかな顔をしていた。


「鞘師さんには、いつも楽屋に花を贈ってきてくれる、熱心なファンがいました。
 鞘師さんのメンバーカラーをモチーフにした、赤い花束です。
 この間のクリスマス、その人からプレゼントだと言って、大量のポインセチアが届きました。
 事務所に確認しました。事務所は、そんなものを転送なんかしてないそうです」

尾田沢の表情は変わらない。ゆったりと、いつもの覗き込むような目で春菜を見ていた。

「あなたは、鞘師さんの保険証を見て住所を手に入れたんですよね。
 だから今まで事務所に送っていた花を、自宅に送ったんですよね?
 自宅に送っただけじゃない。もしかしたら配達員を装って、部屋の中に入り、エアコンのフィルターにポストカードを貼り付けたかもしれない」

「どうして僕だと?」

春菜は引き伸ばした送り状を出した。
「「ら」の文字を、ずいぶん変わった書き方をしてますよね。
 点を水平にしてるせいで、「ち」か「ら」か迷います。
 あゆみんが、同じ字を書いていた人を思い出したんです。
 尾田沢先生、あなたです」

里保のフォロー用員で病院に連れてこられたとき、亜佑美は机の上のカルテを見ていたのだ。

「あのとき、気まずかったじゃん?
 どーしようかなと思って。
 なんとなく見てたら、この人変な字書くなーと思って…
 それで覚えてたんだけど…」


677 :12月30日 :2014/05/12(月) 22:02

「今朝、鞘師さんの部屋のごみ箱から拾った配送伝票も、同じくせ字で書いてありました。
 あんなに大きな鉢を運ぶなら、軍手か何かしてたんですか?
 それなら指紋も残りませんね」

尾田沢が、くせ字の件を恥じるように童顔の中の澄んだ目をくるりと回した。

清潔な診察室。
つい先日、里保はここで失った記憶を取り戻したばかりだ。
精神科医とは患者にとって、心身ともにのよりどころであるはずだ。
なのにどうして。

「鞘師さんが事件の前に鍵を落として、
 USSの人が付け替えるまでの一週間。
 部屋に入った人は鞘師さん。遠藤くん。道重さん…
 溝口さん、葛西さんと山本さん。
 それに、この宅配便の人だけです。

 例えばこういうことが出来たんじゃないでしょうか。
 時間指定配送にして宅配便の車を待ち構え、受け取り主をいつわって、業者控えの方にだけサインをして渡す。
 外も暗かったでしょうし、宅配便の人ってそんなところまで見ませんよね。
 これで鞘師さん宛ての無記名の送り状控えが手に入ります。

 そして、今度はあなたが宅配便の人に変装して、鞘師さんの部屋を訪ねる。
 送り状控えの下に新しい伝票を適当に重ねておけばバレません。
 花は大量ですから、部屋の中まで入らないといけません。
 鞘師さんの目を盗んで、エアコンの中に、カードを貼り付ける隙もあったでしょう」

春菜は、ため息をついた。


678 :12月30日 :2014/05/12(月) 22:03

「わたし、ずっと不思議だったんです。
 どうして犯人が、『生田さん』の存在を知っているのか。
 三通目、「君が夢を見てる10人のモーニング娘。」、
 これって『生田さん』のことですよね?

 たとえ女の子の部屋でマネキンを目にすることがあったとしても、誰がそれを「10人目のメンバー」だなんて思うんですか?」
 
言うまでもなく、モーニング娘。は道重田中、9期の3人、10期の4人で、9人だ。
里保をずっと見ている者なら、そんなことを間違えるわけがない。

「第三者が、鞘師さんの病気を知ってるわけないんです。
 だってつい最近まで、当の鞘師さんにも分からないように皆で隠してたんですから。
 
 ただの書き間違いかな、とも思いました。
 でもこの言い方は…「君が夢を見てるモーニング娘。」、この言い方は…
 病気のことを知ってる人じゃないと、出てこないと思います。

 誰だろう、事務所の中の人だろうかって、ずいぶん疑心暗鬼になりました。
 でもよく考えると、私たち以外にも、ぜんぶ事情を知っている人物がいたんです。
 尾田沢先生、あなたが」


679 :12月30日 :2014/05/12(月) 22:03

尾田沢は、ふうと息を吐くように笑った。
「それで僕がやったっていう証拠になるのかな?
 君の言ってることは、理論の展開に過ぎない。裏づけがない。
 大体、殴り書きをすれば誰でもこんな字になるだろう。「アップフロントエージェンシーか『ら』転送」……
 ちょっと根拠が薄弱すぎるんじゃないかな?」

春菜はもう一枚の紙を取り出した。

「これは、発注を受けたお花屋さんにあったメモです。
 19日以前にそういう注文があった都内のお花屋さんを、みんなで総出で探しました。
 詳細なアレンジメントの指定が書かれてます。ちなみに「ら」は全部、「ち」。
 これだけの文章量があったら筆跡鑑定、できますね。

 それ以前に、この紙から、先生の指紋が出てくるかもしれませんよね?
 そしたら、先生、どうしますか?」


尾田沢は部屋の中に視線を走らせた。
壁際には弓削と山本が、じっと黙ったままこちらを睨んでいる。
尾田沢は、きいと椅子を回転させ、こちらに向き直った。



680 :12月30日 :2014/05/12(月) 22:04

   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥


681 :12月30日 :2014/05/12(月) 22:05


待ち合わせ場所のファミレスは、橋の下の国道沿いにある。
里保とエンドーは土手を下りて、公園の中のジョギングコースを歩いた。
たまに頭上を車が通り過ぎていく音がするが、常緑樹の葉にさえぎられて見えない。

「ちゃんとうさぷにが入ってきたら分かるんだろーな?なんか目印とか」
「うーんと、亀山さんが6年前17歳ってことは…23歳の人でしょ。
 あとは、そう、白い服着てくるって」
「は!?それだけ!?お前なあ!」
エンドーから握りこぶしを作る。
エンドーから体をかばうように、里保は言った。
「私とエンドーの特徴も伝えてあるから、分かるって!
 分かんなかったらメッセージ送ればいいじゃん!」

エンドーはすぐ握りこぶしをしまって、歩いていく。
里保はその後をトテトテとついていく。
どこかで味わったような既視感だった。幻の金木犀の匂い。

もしかしたら。
私は、エンドーが来たから、「えりぽん」に頼りきりにならなくてもよくなったのかもしれないなぁ。


682 :12月30日 :2014/05/12(月) 22:06

ぼんやりと背中を見る。
揺れる毛の先まで、えりぽんと同じ。
最初の頃はそれがすごく嫌だった。
でもいつの間にか、エンドーが、頭の中で作ったはずの人物と同じ顔をしたエンドーが、
里保の部屋の分厚い壁を壊し、頼んでもないのに里保を引きずり出した。
そして、勝手に私の手を引っ張って、ここまで連れてきた。

あのクリスマスの夜、エンドーがえりぽんと同じに、黙って自分のそばにいてくれたから。
だから里保は壊れずにすんだ。

エンドーがいなければ、わたしはここまで来れなかった。


「何だよ、気持ち悪い」
「何よ! なんにも言ってないじゃん」
「なんか気持ち悪さを感じたから」
「なによ。
 あんたのほうが気持ち悪いですから!」

やいやいと言い合いをしている二人の背中に、
いきなり―――
鋭い、聞き覚えのある声が響き渡った。


「鞘師さん、その人から離れて!!」



683 :12月30日 :2014/05/12(月) 22:07



里保は振り返った。
今の声は春菜じゃなかったか?

確認を求めようとすると、里保の周りの空気が揺れた。
信じられないものを見るように…里保の目が見開いていく。

エンドーの体がぐらりと傾いて、
里保を素通りし、地面に倒れ伏した。






684 :12月30日 :2014/05/12(月) 22:08

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685 :12月30日 :2014/05/12(月) 22:09


「ええ?
 遠藤くんて、事務所の関係者じゃないんですか?」

久しぶりに乗る溝口の車の中で、聖と香音は目を丸くしていた。
ハンドルを握る溝口は、高い鼻に眼鏡を引っかけた横顔を半分向けながら言う。
「私は知らないわよ。USSの見習いの子じゃないの?
 やけに若いなとは思ってたけど」

二人は、顔を見合わせた。


「じゃあ、遠藤くんって、誰…?」



686 :12月30日 :2014/05/12(月) 22:09

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687 :12月30日 :2014/05/12(月) 22:10


「み、道重さん、
 腱が切れてたんじゃないんですか?」

「腱?
 腱なんか切れてないわよ。
 腱が切れてたら、あなたたちをここまで追いかけて来られないじゃない」


病院の白い病衣をまとったさゆみが、そこにいた。


もともと色が白いのに、裾から伸びたしなやかなふくらはぎが、病的に青ざめている。
エンドーを抱えた里保を見下ろす目も淀み、黒く濁り、まるで幽鬼のようだった。

「知ってる?
 神経毒。
 2ミリグラムも投与すれば、余裕で死んじゃうの。

 ダイバーちゃんねるってほんと便利。
 架空のナンバーから、余計なことを言わないバイトから…
 お金さえ出せば何だって手に入る。
 アマゾンよりよっぽど便利だよね」

春菜たちが追いついてきた。なぜか尾田沢もいる。
尋常でない様子のさゆみに悲しげに言った。
「さゆみさん、なぜあの時治療に来なくなってしまったんだい?」

さゆみは焦点の合わない黒い瞳で、尾田沢を見上げた。
どろりと粘性のある黒い炎。


688 :12月30日 :2014/05/12(月) 22:11

「ある日テレビをつけて驚いた。
 君がいた。病院では見せなかった笑顔で、明るく笑ってた。
 君のことが心配で見ているうちに、僕も娘。ファンになった。

 里保さん、事務所にずっと花を贈っていたのは僕だ。
 君が診療に来て、君の現住所を知った。
 我慢できなくて、事務所からの転送と偽って君の家にポインセチアを届けた。
 僕は君の信頼を裏切った。ほんとうにすまない。これは立派な違法行為だ。

 しかし僕は、部屋に入ってはいない。
 カードを貼り付けたのは…道重さゆみさん。あなただ」

遠くからサイレンが聞こえてきた。
土手をばらばらと警察官たちが駆け下りてくる。
菊川は、倒れているエンドーを見て険しい眼差しをさゆみに向けた。

「道重さん。
 あんたぁインターネットで人を雇って、自前の車でカードを投函させましたね。
 あんまり警察を舐めちゃいけませんよ。
 牧野氏を連行したのは、25日当日のあんたの様子を聞くためです。

 壮大な自演だった。
 でもあんまりね、頭の中で考えた計画ってのは、それが入り組んでれば入り組んでるほど、上手くいかないものですよ」

弓削が信じられない眼差しで目の前の青白い女を見た。
こいつか。こいつが殺したのか?
警察官が一歩踏み出そうとすると、さゆみが注射器を自分の首に当てた。


689 :12月30日 :2014/05/12(月) 22:11

「あんたの行動は全て、存在しない架空の犯人を演出するものだ。
 遺留品やらなにやら、すべて発見されるのを前提でセッティングされていたとしか思えない。
 防犯カメラにバッチリ映り込んでるハイエースのナンバー。
 ご丁寧に車の中に揃えられた証拠一式。
 パソコンのデータを破棄する時に一番確実なのは、ハードディスクをぶっ壊しちまうことだ。
 ハンマーでめためたに叩いて物理的に壊しちまえばいい。
 そうすれば復元の方法はない。
 データなんかいくら初期化しても修復されてしまう。この周到な犯人がそれを知らなかったとは思えない。

 案の定、復元したデータにはトンネル爆破の詳細な方法が記録されてた。
 あんたはこれを警察に発見してほしかったんだよな。
 田中れいなが爆発に巻き込まれる前に、安全に」
「ど、どういう事ですか?」

「ダイバーちゃんねるで雇った男には、顔は隠すよう指示するが、ナンバーには特に注意を払わせなかった。
 防犯カメラをたどってあの車を探し出すはずの警察に、田中れいなの事故を止めさせるためだ。

 逆に考えてみよう。
 牧野氏が郵便物のチェックを怠らず、あの葉書が日時どおりに配達されていたとしたらどうなる?
 警察はもちろん、投函日時と郵便局のチェックを始める。
 そこには犯人がカードを投函する映像と、車のナンバーが映っている。
 ナンバーで捜索をかけるよな。
 するとあの立川の駐車場に行き当たる。
 犯人の計画は露呈し、トンネルの爆破装置は収録日以前に撤去される。

 田中れいながロケをする遅くとも前日までに、このことが分かっているはずなんだ。
 ところが郵便物の配達が遅れ、あんたのとこにはいつまで経ってもこのことが耳に入って来ない。
 どこかで情報が停滞している。このままではロケ当日、田中れいなは計画どおりに爆破に巻き込まれてしまう…

 あんたは焦った。
 そうして牧野氏にイチャモンを付け、行方不明になっている郵便物を探しに行かせた。
 市民プールのきらめきだっけ?
 あんたのアマゾンの履歴をチェックさせてもらったよ。そんな注文はなかった。
 結果的に、どこの馬の骨かも分からんフリージャーナリストがまぐれで車を探し当て、
 ギリギリで現場に伝わり、ガキどもの無鉄砲な行動で田中れいなは間一髪、事なきを得る。
 だがこれは偶然だ。
 一歩間違えば田中れいなは本当に大ケガを負っていたはずだ。
 あんたはそうしたくなかった。
 あんたはただ、鞘師里保がモーニング娘。の活動を思いとどまり、地元に帰ってさえくれれば望みどおりなんだから」

「道重さん、何で。
 何でこんなこと」
「だって、放っといたらりほりほが思い出しちゃうもの。
 りほりほが、私のこと嫌いになっちゃうもの」


690 :12月30日 :2014/05/12(月) 22:12

「あなたが妙なことを言い出し始めたとき、
 すぐに、記憶を取り戻しかけてるんだって分かった。
 せっかく全部忘れて再会したのに、
 思い出されてしまう前に、何とかしなきゃって思った。
 だから、久しぶりにカードを書いたの」

悔し涙が出た。
エンドーの顔が、どんどん白くなっていく。ぎゅっと腕に力を込めながら、言った。
「止めてくれたのに…
 私が辞めるって言ったとき、道重さん、止めてくれたじゃないですか!」

さゆみは注射器をぴたりと首に当てたまま、ぞっとするような平坦な声で言った。

「私が止めなくても、どうせ他のメンバーから止められるでしょ。
 あなた、それで気が変わってしまうかもしれないじゃない。
 でも、私が大ケガしたら?
 他のメンバーに害が及ぶことを恐れて、素直に言うことを聞いてくれるでしょう?
 でもあなたは私のことを心配しすぎて、逆に犯人を捕まえようなんて思ってしまった」
さゆみは狂気の中に愛おしげな、そして切なげな微笑みを浮かべた。

「いくらなんでも、れいなで終わってくれると思ってた。
 でも、私のmixiまで突き止められた時、ああ、覚悟を決めなきゃって思った。
 あなたはどんどん思い出して、どんどん核心に迫っていってしまう。
 あなたに嫌われるのだけは、どうしても我慢できなかった。
 6年前からずっと好きだから」

「亀山絵美里を殺したのは、お前なんだな!」


691 :12月30日 :2014/05/12(月) 22:14

「殺した…?
 殺した…
 そう、私が殺したの。
 ショックで頭が真っ白になった…
 一度家に帰って、絵美里のために選んだカードを置いて、写真を撮ったわ。
 そして、絵美里がいっぱい詰まった携帯電話を持って帰った」

「絵美里さんは、あんたのことで、精神的に相当参っていたようだな」
「絵美里と私は双子なの。
 血は繋がってないけど双子。だから、服も靴もおそろいだし、私にお仕事がない時はいつも一緒にいてって頼んだわ。
 でも、絵美里はだんだん暗い顔をするようになって…
 私のお願いすることを、嫌だって言うようになって…
 私に言うの、女の子同士でこんなことをするのは変だって」
 
「だから殺したのか。
 自分の気持ちを拒まれたから!?」

さゆみは夢見るように黒い瞳を潤ませた。
絵美里の母校。二人で行ったファーストフード。
ハイエースに乗って巡った思い出の地が、胸をしめつけた。
あの頃は幸せだった。
隣の絵美里がどんな気持ちでいるかも知らないで。


692 :12月30日 :2014/05/12(月) 22:15

「欲求不満になって、イライラして、
 私のやってることを知った絵美里は、とてもショックを受けたみたいだった。
 あんなに明るかったのに、初めて会ったときの表情に戻ってた。
 私がこんなになったのは、自分のせいだって。

 初めて会った時、絵美里はあそこで首を吊ろうとしてた。
 両親を事故で亡くして、一人ぼっちなんだって。
 神様はなぜ自分も一緒に殺してくれなかったのかって。
 わたし、必死で止めた。
 その時にはもう絵美里のことが好きだったから。
 大事な人を亡くして誰のために生きていいか分からないなら、私のために生きてって」

その時さゆみは、モーニング娘。、3年目。
繊細な感情の起伏の中をギリギリ綱渡りしているような毎日の中で、絵美里に出会った。

「この子は、私と同じだと思った。
 目の奥に暗い孤独の闇があった。
 東京に来て、初めてできた友達だった。
 女の子が、好きなの。なんでだか分からないの。
 だから死にそうな気分で川を歩いてるときにあの子たちを見つけた時も、まるで天使みたいだと思ったの!」


693 :12月30日 :2014/05/12(月) 22:16


6年前の10月9日朝、さゆみは、絵美里からのメールを受信していたことに気づいた。
感謝と別れの言葉。
嫌な予感が走り、すぐに初めて出会った多摩川の雑木林に走った。
絵美里はそこで木にぶら下がっていた。さゆみと同じ靴を履いて、さゆみの好きな色の目をもう開かないまま。

「これを女と呼ぶ。
 さゆみにとってすべての「女」は絵美里だった。
 絵美里にラブレターを書くのならこれでって、大事に取っていたカードだった。

 カードを取りに家に戻って、多摩川に行ったとき、死体がなくなってたらいいのにって思った。
 私の勘違いで全部夢だったらって。
 でも、あった。
 縄を切って、木から下ろして…私、もう本当に放心状態で、気持ちが悪くて、歩けなくて。
 絵美里が死んだことを受け入れられなかった。
 このまま私も死んじゃおうかと思った。

 そしたら川原で、あの子たちが遊んでるところを見つけたの」

「何だって。自殺…?」

「奇跡だった。
 本当に、ベラスケスの絵そのままのように見えた。自然に涙が出て、止まらなかった。
 光の中で遊ぶ二人の王女。
 そしてさゆみはそれを影から見ている死神。

 死神は、光の中の二人の王女に憧れているの。
 でも眩しくて近づけないの。
 親友を殺してしまった自分とはまるで別の生き物みたいだから…」


694 :12月30日 :2014/05/12(月) 22:18

さゆみは、長い睫毛を伏せた。
声がふるえた。

「落とすつもりなんてなかった。
 一緒に遊びたかったの。ただそれだけだったの。

 足がつまずいて、転んで、気づいたら女の子が川に落ちて、あっという間に流されていったの」

何だって。

「ドンケツで落ちただって…?」
「ふ、ふざけないで下さい!」
里保の声が怒りで震えた。
「なんなんですかそれ。
 …一緒に遊ぼうとしたって!?それでえりちゃんが死んだなんて、ふざけないで下さい!!」
「うん。そうだよね。
 本当バカみたい。
 絵美里に続いて、あの天使の片割れまで殺してしまった私は、もう許されない。
 さゆみは6年前のあの頃から、真っ黒のまま。
 真っ黒な醜い死神のまま」

白い病衣を儚げになびかせながら、さゆみは独白した。
さゆみは、危機的状況に陥った者のパニック回避として、一緒に遊ぼうとしたのだろう。
目の前の現実を受け止められなくて、あえていつもの日常に逃げ込み、精神の安定をはかろうとする行為。
人を殺した後にゲームに没頭していた少年の事件が、異常行為として話題になった。
はた目には異常に映る行為も、ぼろぼろと崩れ落ちてしまいそうな心の均衡を必死で保とうとするあがきの行為の結果であるのだ。

さゆみは、天使に救いを求めた。
そして天使の残りの片割れが、里保だった。



695 :12月30日 :2014/05/12(月) 22:19

里保は、エンドーの頭を地面にそっと置いた。そしてさゆみの前に立ちはだかる。

「道重さん」
長い髪をはらはら風に遊ばせたさゆみは、美しい幽霊のようだった。

「警察に行きましょう、道重さん!」
しっとりと大きな黒目が涙で濡れている。
さゆみは、誰にともなくつぶやいた。
「さゆみが好きになった女の子は、みんな死んじゃう。
 絵美里も、あの女の子も。
 だから、きっと、りほりほも死んじゃうんだわ」
「注射器を離して。観念して下さい、道重さん!!」
「りほりほ、かわいそう」

本気の声音でそう言いながら、
さゆみは、ものすごい力で里保の体を引き寄せた。

首に冷たい注射針があたる気配がする。

「道重!」
「やめて!道重さん」
はるなんの悲鳴がする。
里保の体の中で、怒りが暴れまわっていた。
白い腕を跳ね返したかったが、注射針は無情な正確さで首の皮1ミリのところに沈んでいる。
エンドーがこれに刺された。
よくも、エンドーを!!


「この世界から、自由にしてあげるね。りほりほ」


696 :12月30日 :2014/05/12(月) 22:20


いきなり、さゆみの頭がぶっ飛んだ。
目にも留まらぬ速さで組み付き、注射器を叩き落す。
もがくように抵抗するさゆみの耳元で、エンドーの低い囁き声が聞こえた。


「あんたは、自分がえりを殺したと思ってるみたいやけど、
 えりはあんたに殺されたわけじゃないけんね。
 あの時川に落ちて、溺れる前に、あそこの先生に助けてもらったっちゃ」

「えっ?…」

「え?
 え?」

何が起こっているか分からずに、さゆみと同様、里保は呆然と声の主を見た。

致死量の毒を直接射ち込まれたエンドーは………エンドー‥?………さゆみを微動だにさせない力で押さえつけ、口調も変わっている。
今何と言ったのだろう。
えり?


697 :12月30日 :2014/05/12(月) 22:21

「あなた…誰なの。
 …これ……女の子…?」

驚愕したさゆみから力が抜ける。背中に伝わってくる感触でなにか感じ取ったらしい。
いつもだぼだぼの服を着ていた下には…しなやかな鞭のような、それでいて柔らかい曲線が隠されていた。

「ちょっと待って!
 …エンドー? え、えり…?
 えり……ちゃん?」
エンドーは、えりちゃんは、ニカっと笑って、言った。
「里保ちゃん!」


「君はあの時の女の子か。
 驚いたな…!」
尾田沢が息をひとつ吐く。
尾田沢が自分の人生に迷っていたあの日、
いっこうに進まない道重さゆみの治療に疲れ、多摩川のせせらぎを聞きに来ていた日。
医者としての才能に絶望し、自分の手でそれを閉ざしてしまおうかと考えていたとき、
川上から女の子が流されてきた。

無我夢中で助けたときの、あの充実感。
あの日、尾田沢は再び医者として生きていくことを決めた。
あの時の女の子が成長して、こんなところに現れるとは。


698 :12月30日 :2014/05/12(月) 22:21

「いきてる…
 いきてるの?

 あなた、いきてるの?」

「うん。生きてる。

 「私が好きになった子は、みんな死んじゃう」?
 ざーんねん。えりはあんたに殺されるようなタマじゃないっちゃ。
 あんたが自分を死神に見立てて悲劇ぶるのは勝手だけど、人のことまで決め付けないほうがいいっちゃ。
 厨二病は治した方がいいっちゃよ」

ぐにゃりと、さゆみの体が弛緩した。
黒い髪の隙間から、くすんくすんと泣き声が起こる。
ごめんなさい、ごめんなさい、と小さな声で繰り返すさゆみを抱きとめたまま、エンドーは…生田衣梨奈は…その謝罪を、黙って聞いていた。



699 :12月30日 :2014/05/12(月) 22:24

「…嘘だ。
 お前が殺したんだろう!?
 お前が殺したんだ!
 お前が亀山絵美里を!」

「亀山は、自殺なんだよ、弓削」

菊川が、声を荒げる弓削にゆっくりと言った。

「事件から数ヶ月後、遺品の整理をしていた親権者がメモを見つけた。
 疲れてしまった、私が両親のところへ行くのを、お父さんとお母さんは怒るだろうかとそういう内容だ。
 伏せていたのはまぁアレだ、自分のとこのタレントが直接関係ないと分かったら、極力噂が伝わるのを避けたいだろうからな。
 特に当時、彼女は売り出し中だったことだし」

なんということだ。
亀山絵美里の叔母に口止めをしていたのは、警察ではなく、アップフロントだったのだ。

「弓削、お前の熱意は新米刑事のそれそっくりだよ。
 自分がああしてたら、こうしてたら被害者は助かったんじゃないか、違う結果だったんじゃないかって、いつまでもクヨクヨ自分を責める。
 でもな、刑事の仕事は起こっちまったことを片付けることだ。
 俺たちにそう簡単に他人の運命に干渉する力なんてない。
 それを無力と考えるのはお前、傲慢ってもんだぜ。

 亀山絵美里が死を選んだのも誰に強要されたのでもない、自分で選んだことだ。
 だからお前が6年も、彼女を助けられなかったことをクヨクヨ悩んでる必要なんてないんだよ」


700 :12月30日 :2014/05/12(月) 22:24


淡々と、菊川の声が多摩川の風に乗って飛んだ。
弓削の体から、がっくりと力が抜けた。


道重さゆみに警察官が群がるのを見ながら、放心したように弓削は呟いた。

「刑事の仕事は起こったことを片付けることっておっしゃいましたよね。
 じゃあ、これから起こってしまうことからは、誰が守ってくれるんでしょうか?」

里保に手を借りて立ち上がる、少年だと思っていた少女を見ながら、菊川は言った。
「今回の場合はあれだろ、ほら、あいつ。
 全く最近の若いのは男だか女だか分かんねえ格好しやがってよう。
 葛西さんは見分けがつくのかもしれないが、俺には…男にしろ女にしろ、なんとも骨のあるやつだ。まったく、だまされた。大したもんだよ、あいつ」




701 :12月30日 :2014/05/12(月) 22:25

   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥


702 :12月31日 :2014/05/12(月) 22:25

          12月31日


703 :12月31日 :2014/05/12(月) 22:26

   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥


704 :12月31日 :2014/05/12(月) 22:27


朝が来た。
里保はベッドから飛び起きた。

どたどたと服を着替え、顔を洗う。
おかしくないようにちゃんとしていかなきゃ。
アイロンを使って念入りに髪を伸ばす。


昨日は嵐のように過ぎていった。
道重さゆみ逮捕―――
今、事務所が最大限の情報の揉み消しを図っているはずだ。
さゆみがやったことをまとめると自分で階段から落ちたこと、脅迫状による威力業務妨害、里保とエンドー…えりちゃん…への傷害。
でも、最後に関しては訴えないことで二人の意見が一致した。
尾田沢のもとで再び治療を受けることになったさゆみの今後に、少しでも光が射すよう、二人で決めたのだ。
希望はあるはずだ。
だって道重さんは、最後まで自分以外のメンバーを傷つけることを恐れていた。


705 :12月31日 :2014/05/12(月) 22:28

家宅捜索に踏み込んだ警察が、
まるで絵画のように額縁に飾られた亀山絵美里の遺体写真を発見したらしい。
美しく可哀相な死んだ女の子。
弔いのために、いつまでも自分の目に焼き付けるために、さゆみが現実世界に描いた「これを女とよぶ」。

現役リーダーの脱退と逮捕に、ファン達は衝撃を受けるだろう。
なるべく穏便に、モーニング娘。の活動に支障をきたさないような事後処理が的確に行われることに期待するしかない。
溝口ならやってくれるだろう。

里保にもいろいろと衝撃だった。
悲しいことと、嬉しいことと。
なぜ黙ってたのか、えりちゃん、生田衣梨奈ちゃんに腹が立った。
でもそれは嬉しい腹立ちだ。
思いもかけないご褒美をいきなりもらったような気分だった。
結局あれから病院にも行かずに帰ってしまったが、えりちゃん、大丈夫なのだろうか。
まるでデートに行く前のようにそわそわと、里保はブーツを玄関にそろえた。
これから聞けばいいや。
えりちゃんが川原で待っている。


706 :12月31日 :2014/05/12(月) 22:29


今日もだぼだぼのファッションで、そのひとは、寒そうに首をすくめていた。
里保の姿を認めると、こっちを向いてニヤっとする。
エンドー。
胸がどきどきして、だいぶ手前で立ち止まってしまった。

話ってなんだろう。
里保のほうこそいっぱい話したいことがあった。
本当のことを隠してたことにも文句を言いたいし、それからお礼と、それから…
この二週間足らずの間に起こった全てのことに対して、思いが膨らんでいた。
えりちゃん、今までどうしてたの?
どこにいたの?
私をずっと守ってくれてたの?

「昨日ね、ひとつだけ嘘をついてたことがあったっちゃ。
 それを言おうと思って」
「嘘?」

今なら分かる。田中さんと同じ、九州の訛りだな。
えりちゃんは、九州の子だったんだな。

「嘘ってなあに?」
えりちゃんがぷっと吹き出した。
「なに、なによ」
「だって里保…いきなりそんな緊張してるから…やばい、つぼった」
「もう! だって黙ってるからじゃん!
 私、エンドーだと思っていっぱいひどい事とか言ったのに…6年ぶりなのに、そりゃあ緊張するよ」

どきんどきんと、心臓が鳴り止まない。
わたし、エンドーが好きだったんだな。
えりちゃんは涙をふいて、そして草ぼうぼうの川原を見た。
「あ、群青流しだ」


707 :12月31日 :2014/05/12(月) 22:30

厚手の折り紙で作った舟が、また岸辺に転覆している。
元気なやつは、そのままゆらゆらと川を流れていった。
えりちゃんは、あの時と同じように舟をつまみ上げた。
冷たい水が跳ね返ったらしく後ずさり、そして笑った。

「ねえ、えりちゃん、もっとあったかいところ行かない?
 こんなに寒いのに川にいることないじゃん」
「うん。でももう、見られないから」
「え?」
えりちゃんは、笑って里保の手を取った。
そして、いきなり自分の胸におしつけた。

「えっ!?
 え!?」

えりちゃんは静かに里保の顔を見つめている。
そして、今度は手を首筋に押し付けた。
火照った頭が冷静になるにつれて、里保は気づいた。


脈が…… 脈がない。


えりちゃんの心臓も、血管も、脈打ってなどいなかった。


708 :12月31日 :2014/05/12(月) 22:31

「さゆみのせいで死んだわけじゃないって、言ったちゃろ」

えりちゃんは、言った。

「えりが死んだのは2年後、
 小児白血病っていう病気だっちゃ。
 進行が早くて、パパもママもえりも、なんだか分からないうちに白血球がどんどん増えて、止める手段がなかった。
 血液の癌なんだって。怖いっちゃろ」

「…うそ。

 うそ、だって……
 今…こんなに…えりちゃん動いてるのに……」


「だから、ウソついた。
 生きてるってウソついた。
 さゆみがえりのこと、すっごい気にして、闇に呑み込まれそうになってたから」

「ウソ。
 ウソだ!!」

里保は、呆然と叫んだ。


709 :12月31日 :2014/05/12(月) 22:32

「ウソじゃないんだ。
 えりはすっごい楽しかったんだよ。
 生きてる間中。
 仕方ないことなんだよ。

 でも、いつの間にかこの川原に戻ってきてた。
 里保と遊んだこの川原に。
 そんで里保がすっごいピンチだった。
 助けなきゃって思った。
 里保が勝手に男と勘違いしたから、えりはあの日からエンドーになって、一緒にいることに決めた」


月の下で見たエンドーの、あの貫くような瞳。

里保は頭が混乱していた。
そうだったっけか。
私が先に間違えた。
でも、あまりにもえりちゃんの目が眩しくて、強かったから…

エンドーはいつもスニーカーで非常階段を登ってきた。
寒そうに顔をしかめて、憎まれ口。
でも、いつも里保のことを助けてくれていた。


非常階段の下に、エンドーの部屋なんてなかった。

私のために、毎日、誰もいない冷たい階段の間から形をとって現れていたのだ。

里保がマンションからいなくなっても、ずっと。



710 :12月31日 :2014/05/12(月) 22:33

「きっとね、きっと、里保と約束したから。
 里保とまた一緒に遊ぶって、群青流しで言ったから、
 えりは戻ってくることができたんだ。
 里保が呼んでくれたから、えりはここに来れたっちゃよ。
 えりは、里保の望む全てっちゃん。
 だからきっと、里保の中にいた「えりぽん」ていうのは、えりのことなんだっちゃ」


涙が出た。
小さい子みたいな、声が出た。
目の前にいる「えりぽん」が幻で、もうすぐいなくなってしまうことに、里保の全身が悲鳴を上げていた。


「嫌だ。
 嫌だよ。
 行かないで。
 えりぽん」

えりぽんは、だだをこねる小さい子に困ったように笑い、そして言った。

「アイドルになりたかった。
 歌って踊って、テレビに出て、もっといろんなスポーツもやってみたかった。

 でも、里保と、モーニング娘。のみんなと一緒にいれて、楽しかった。
 記憶ってどこへ行くのか分からないけど、きっと忘れない。
 暴れて、推理して、みんなといれた時間がずっと楽しかった。
 えりも、モーニング娘。の一員になった気分だった」


「嫌だ。
 えりぽん。
 嫌だよう」


711 :12月31日 :2014/05/12(月) 22:34

泣きじゃくっている里保に近寄って、「えりぽん」は、手を広げて見せた。
今の時期に咲くはずのない青い花がそこにあった。

「知ってる?ツユクサの花言葉って、「懐かしい人」って言うんだって
 あの時と同じように、一緒にお願いしよう」


頭が持ち上がらないぐらい泣いている里保の手を引っ張って、岸辺に連れていく。
「ほら、今度は里保がぜんぶお願いしていいから。 
 ほらえり、お姉さんだからさ」

ウソだ。

もう先がないえりぽんには…お願いごとなど無意味だからだ。

束にまとめた茎を握ろうとしない里保に、えりぽんは悲しそうな顔をした。
感覚を失ったような手で茎を握り、里保は、自分の耳にも不明瞭な細い声で、一本渡した。


「ダンスが…ダンスが、上手くなれますように」

えりぽんがそれを受け取る。

「モーニング娘。が…紅白に出られますように…」
また一本。
もう時間がないのに―――声がふるえて言葉にならない。
涙で顔が見られなかった。
お願いごとなんてどうでもよかった。

腹が立って、乱暴に涙をこすった。
お願いごとなんてない。
里保のただ一つのお願いは、えりちゃんが。えりぽんがこの世からいなくなってしまわないことなのに。


712 :12月31日 :2014/05/12(月) 22:35


最後の一本になった。


震える声を出す里保の横髪を、えりぽんがかき分ける。
のどの奥から溢れてくる嗚咽を殺して、里保はお願いごとを搾り出した。



「えりぽんと……
 えりちゃんと……
 エンドーと……



 また………
 また………



 あえますように………」




713 :12月31日 :2014/05/12(月) 22:36


二人の額が、前髪ごしにそっと触れあった。
いきなり、唐突に、なにごともなかったように、えりぽんが消えた。
青い花が、ばさりと半円を描いて里保の周りに散らばった。
黄緑色のブレスレットも。



里保は、膝を折り、群青色の花の中にゆっくり崩れ落ちていった。























714 :12月31日 :2014/05/12(月) 22:36












……














715 :12月31日 :2014/05/12(月) 22:38















……

















716 :群青流し :2014/05/12(月) 22:39


2013年1月末、ハロー!プロジェクト冬 ビバ!ブラボーは一ヶ月予定を繰り下げて開催された。
道重さゆみが捕まって以降、ハロー!プロジェクト狼板と裏のダイバー専用板は荒れに荒れたが、次第に静まっていった。
その間、モーニング娘。エース鞘師里保の顔からは一貫して笑顔がなく、道重事件との関係についてファンの間で憶測が飛び回った。

フリージャーナリスト弓削は、ススム事件に限って最大限の協力をする約束を事務所から取り付け、単独スクープをものにした。
それ以降起こったことには知らぬ存ぜぬを通す条件付きで、だったが。
じゅうぶん過ぎるほど急場をしのいだ彼は、一念発起して外国に渡るそうだ。

モーニング娘。は、リーダーの抜けた穴をサブリーダー二人体制でどうにか保たせている。
もうすぐ卒業するれいなに不安なところは見せられない。
12期が入ってきたら、正式にどちらか一方に決まり、グループの血は連綿と続いていくだろう。

エンドーのことは、みんな忘れてしまったみたいに誰も口にしなかった。
まるで初めからいなかったかのように。
欠落したピースを誰も不思議に思わないまま、事件のことは、みんなの記憶からだんだんと薄れ、忘れられていった。
覚えているのはたった一人。



717 :群青流し :2014/05/12(月) 22:39


里保は…



涙の乾いた里保は、
あれからちょっとだけ
大人になった。










718 :群青流し :2014/05/12(月) 22:40















719 :群青流し :2014/05/12(月) 22:40



   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥      ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥



ε=ε=ε=\ノリ*´-´リ/・・・A A エ ピ ロ ー グ・・・ε=ε=ε=\|||9|‘_ゝ‘) /



   ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥      ‥‥‥‥‥・・‥‥‥‥‥




720 :群青流し :2014/05/12(月) 22:41

「よーし、12期を紹介するぞー。
 れいなと同じ福岡から来た、生田だ!」


|||9|^_ゝ^)<こんにちはー! 12期で入りました、世界一のアイドルを目指している生田衣梨奈でーす!!


|||9|‘_ゝ‘)<みずきって呼んでいい?
ノノ刀e _l‘)<い、いいよ
|||9|‘_ゝ‘) <かのんって呼んでいい?
从*´◇`)<だめなんだろうね
|||9|‘_ゝ‘) <ちっ。じゃあ香音ちゃんて呼ぶね。
あ、ねえねえ
ノリ*´-´リ<…えっ
|||9|‘_ゝ‘) <りほって呼んでいい?
ノリ*´-´リ<い、いいよ…
|||9|^_ゝ^) <仲良くしようね、 里保!

ノリ*´-´リ<…

ノリ* - リ<…


11期で入った小田さくらが、怪訝な顔をした。
「鞘師さん、泣いてる…?」

川; ゚_〉゚)<ぎゃー! ほんとだ! 鞘師さん泣いてるなうー!
|||9|;゚ _ゝ゚)<ななななな何で!? えりなんもしてないよ!!あわわわわわ



>ぎゃーぎゃー…
>ワーワー…




その年、モーニング娘。は紅白に出場を果たしたが、それはまた別の話。







< 群青流し 完 >




721 :ふわふわ :2014/05/12(月) 22:48


以上、群青流しでした。

こんな長い話を読んで下さった皆さま、ほんとにありがとうございました。
最後の最後で、なぜかえりぽんが文字化けするというww |||9|;゚ _ゝ゚)←なんじゃこれ
今までに何度も管理人様にお手間をかけたように
レスを削除していただいて訂正しようかと思いましたが、
私的な都合でしばらく家にネット環境がなくなるので
これで締めることにいたします。

森板から読んで下さった方
最初にスレ立て代行して下さった方
飼育のスレで色々教えてくれた方
そしてクソみたいなケアレスミスで何度も何度も削除の手間をおかけした管理人様。

本当に本当にありがとうございました。


722 :ふわふわ :2014/05/12(月) 22:57

森板にスレが立ったのが1年5ヶ月前。(!!)

当時2012年年末。
小田ちゃんは加入したばかりでまだキャラがよく分からず
(だから出ていません)
れいなはまだ現役バリバリで、
生鞘は2012年春夏の第一次生鞘黄金期を引きずっていました。

だから後から続きを書いている時に
「あれ? 生鞘ってこんなんだったっけ…」
と自分で首をひねることしばしばwww

モーニング娘。自体の世間への露出もだいぶ変わりました。
しゃべくりに出てMステ出てぷっすま出てヘイヘイ出て、
2014年始には本当にドッキリの特番に出るし…オリンピックだし…
あげくの果てにauのCMは2014年5月現在も流れています。
2013年からは本当に夢のようでした。

「とりあえず改行しときゃいいんだろ?」というSSへの勘違い、
途中から襲ってくる明らかに板を間違えたという絶望感(容量ェ…)
夏のPCの熱暴走などを乗りこえ、
デコボコながらやっと完結させることができました。

よかったら、
ヒマでヒマで仕方がない時にでももう一回、
オチを知ってから読み返していただくと新たな発見的なものがあると思うので
ぜひに一度チャレンジしてみて下さい。

「地理が何だかよく分かんねーよ」という方は、ススムのご尊顔のurlを開いてみて下さい。

ではでは
本当に楽しく悩ましい日々を過ごすことができました。
乱筆乱文乱構成、たいへん失礼いたしました。
生鞘よ。
これからも、最強であれ。


ふわふわ

723 :蛇足 :2014/05/12(月) 23:03


   <<名前・人物の由来>>


エンドー→「鞘師りほりほが隣の席の男子としゃべっている」という、
     2012年当時に立っていたスレが元ネタ。
     ヤシが隣の席の男子に「ラジオ聞いてるよ」と言われたとか何とか発言し、
     マジヲタに阿鼻叫喚?を呼んでいた。
     スレは覗いてなかったがやたら伸びてパート化していた覚えが。
     隣の席の男子にはいつの間にか狼住人によって名前が付けられ、
     それが「遠藤剣一」。

弓削→「鞘」と対になる漢字ってなんだろうと考えだして、弓なんじゃねと思って付けた。
   遠藤剣一も「何で剣の字こんな字なんだろう」と思っていたが、
   今思えば同じ理由なのかもしれない。
   数年してこんなところで謎が解けてしまった。。

溝口、葛西、山本、牧野、萩島等→思いつき。

尾田沢→ベリの元マネ、ヲタ沢から。

山田浩二→スマの元マネ「恫喝」山田。

小関美穂→マネティ。

菊川→「アップフロントきくかわ」。

亀山絵美里…字をまるごと借りたとおりあの人。
      亀井さんの現役時代を知らないので、
      本編と同じく自分の中でフワフワした存在になっている。

名探偵あやちょ…このキャラで「和田彩花の猟奇☆美術館」というお話を考えていたが、
        群青流しでいっぱいいっぱいのうちに時期を逃した感ありありでした。
       「乙女の絵画案内」で美術アイドルの座を確立しているあやちょ、カッコイイ。


724 :名無飼育さん :2015/05/25(月) 14:25
素晴らしい作品でした。生鞘最高!

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