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Only you ― その笑顔のために【最終章】

1 :雪月花 :2011/12/24(土) 23:16
こんにちは、雪月花と申します。

亀井さん、田中さんが主軸の『Only you―その笑顔のために』のつづきになります。
前スレはこちらです
ttp://m-seek.net/test/read.cgi/water/1315098208/

本スレは急に最終章の途中から始まっていますので興味のある方は前スレからお読み下さい。
無駄に長いうえに駄文ですが、お付き合いいただけたら幸いです。
749 :runway :2016/10/07(金) 23:58

もしまた、アクロバットを任せる機会が訪れたとき、飛べないなんて知られたら、今度こそ、その機会は失われると覚悟していた。
期待に応えられないどころか、裏切ることなんて考えたくない。
焦りばかりが先走り、気合いだけが空回りする。
回りたいのは自分の全身なのに、肝心の両足は、地面を蹴り上げてはくれない。

ロンダートとバク転では、技の難易度もだいぶ違う。
それは理解しているが、失敗するのではなく、そもそも飛べないのは厄介だった。
その理由を、何となく美希は理解している。


―――「武道館、野中はアクロバット禁止」


―――「春ツアー、しばらく野中は、ステージの端で座ってパフォーマンスね」


それは当たり前の結果だ。
だが、大事なときに、美希はメンバーと同じ立ち位置には居られなかった。
敬愛する鞘師里保の、モーニング娘。’15単独ツアーのラスト2日間。
大切な先輩を見送る場で、完全なパフォーマンスはできなかった。
念願のヒューストンでLIVEをしたときも、モーニング娘。’16の船出の春ツアーも、ステージで楽しそうに歌い踊るメンバーの輪に、入れなかった。
750 :runway :2016/10/07(金) 23:58
自己責任だ。分かっている。誰のせいでもない。自分の不注意が招いたことだ。
それを、もう二度と、繰り返したくない。
また怪我をしてしまうかも知れないという恐怖が、身体を鈍らせる。

せっかくの自分の可能性を閉じてしまっているという負の連鎖も、止められない。
怪我をしたくない。でもまた、得意だったアクロバットを決めたい。

相反するふたつの気持ちがせめぎ合い、結果的に、大人の目を盗み、一人での練習を禁じられているにもかかわらず、美希は勝手な「自主練」をしていた。
良くないこととは、理解しているのに。
もう一度、あと一回だけ、と、美希が部屋の端に移動したとき、扉がノックされた。
後ろめたさを抱えているとき、人はとかく臆病になる。びくっと体を震わせて振り返ると、「おつかれー」と彼女が入ってきた。

「……帰られたんじゃ、なかったんですか?」

動揺を隠しながら、言葉を選ぶ。不自然さはないはずだと深呼吸しながら。

「うん、そのつもりだったんだけど、気になってさ」

小田さくらは、自主練をしに来た訳ではないようだった。
服は普段着だし、鞄も持っている。
このまま帰るはずの彼女がどうして戻ってきたのか、不思議でならない。
まさか、見られただろうかと、不安が押し寄せる。
751 :runway :2016/10/07(金) 23:58
「……ちぇるし、勝手にアクロバット練習してたでしょ?」

果たして、その不安は的中した。
なんと切り返そうか悩んでいると、「ドアの外から見てたから」と、さくらが扉を指さす。
扉には外からでも中の様子が分かるように小さなガラスがはめ込んである。言い訳のしようもない。

「どうして、見ていたんですか?帰ったと思っていました」
「あ、アクロバットしてたの認める?ダメだよ、一人で練習は禁止じゃん」

さくらは少しだけ怒るような声をして、だけど優しい瞳のまま話しかける。
言い訳するつもりはそもそもなかったし、このままマネージャーなどに話をされては、きっとひどいお説教が待っているのだろうと覚悟していた。
だからというわけではないが、美希は素直に「ごめんなさい」と謝った。
思った以上に簡単にするりと言葉が流れた。
さくらは許すとも許さないとも言わず「気になったんだよね」と言葉を継いだ。

「ちぇるし、最近凄く不安そうな目をするからさ」

そう言われ、思わず、言葉に詰まる。

隠すのは得意な方じゃない。どちらかといえばすぐ顔に出てしまう。
プロであるならば、どんな場面でも冷静に対応しなければいけないのに。
自分の焦りや不安が、いとも簡単に伝わっていたことに、落胆する。
私はそんなに、脆かっただろうか。
752 :runway :2016/10/07(金) 23:59
「ムリして怪我しちゃうほうが、イヤだよ」

外した視線を、ぎゅっと、戻される。彼女の声が、私を包み、逸らしたはずの勇気を拒む。
優しさもなく、強さもなく、プライドもなく、きっとそこには、意地しかない。
その意地の強さが、彼女にはある。

「ちぇる」

その、平仮名の、呼び名。優しくて、甘い、お菓子。私とはまるで違う、甘い甘い飴。
私がほしくてたまらない、恋の味。

「ちゃんと、聞いて?」

今度は、頬を包まれた。
キミのほっぺには、チェルシーが入ってるみたいだね、って、誉められているのか分からない言葉をもらったことを思い出す。

小田さんは時に、私を、絆す。

視線が絡む。逸らすことは、もう、きっと、できない。
手が震えた。彼女の前に立つと、いつも、そう。
小田さんの傍にいると緊張してしまう。認められたい想いの現れに、潰されてしまいそうになる。
いつだって、小田さんの近くにいたいと、思うがあまり、焦燥感だけが、二歩も三歩も前を行く。
753 :runway :2016/10/07(金) 23:59
「ちぇる」

彼女の言葉に、包まれる。
甘い甘い飴は、喉をカラカラにさせる。
潤したかった。今すぐに。

「どんな理由があっても、ルールはルールだからね?」

責める口調もなく、さくらは言う。
そして「はい、終わり終わり!もう帰るよー」と話を終えて踵を返す。
肩より伸びた、柔らかい髪が揺れる。一瞬で近くなり、そして離れていく。
その空間が、距離が、儚い。

美希は思わず、手を伸ばした。
その先のことは何も考えずに「小田さん」と名を呼び、引き留める。
さくらが、振り返る。大きな瞳に、情けないほどに震える自分が映る。
ああ、ちゃんと考えてから引き留めるべきだったなと今さら後悔する。
美希の手を解かれることはなく、黙って答えを、待たれていた。

言い訳は、しない。
最初から決めていた。
754 :runway :2016/10/07(金) 23:59
「………ごめんなさい」

ひとつ、息を吸い、「だから」と紡ぐ。

「だから、嫌いにならないでください」

随分と子供じみたことを言ったものだ。
だけど、それしか、できなかった。
私にはもう、そんな気持ちしか、残っていないんだ。

「小田さんと、同じ場所に、いたいんです」

さくらの背中は遠くて、その背中に追いつきたくて。それがルール違反と分かっていても、止められなかった。
その思いはきっと、うまくは、伝えられない。
彼女は困ったように笑う。「嫌いには、ならないよ」と。

「私も、ちぇると一緒に歌いたいから」

だから、怪我しちゃうのはイヤ。と今度は先ほどより強く云う。
あまりにも真っ直ぐな言葉に射抜かれ、頷く以外に為すすべはなかった。
ほっとするのと同時に、また、不安が纏わりつく。
いつになれば、ちゃんと、回れるようになるのかと。
755 :runway :2016/10/08(土) 00:00
するとさくらは「よく分からないけどさ」と前置きをし

「緊張は悪いことじゃないから」

と口にした。

「緊張してるってことは、それだけ練習してきた証拠だから」
「そう、なんですか?」
「だって練習しなかったら、緊張しなくない?何とかなると思うから練習しないわけでしょ?」

筋が通っているような、そうじゃないような、不思議な言葉だった。
それでも、緊張に雁字搦めにされた美希の身体から、さまざまな枷を外してくれるには充分すぎる言葉だった。

「あとは……そうだね、時じゃないのかもね」
「とき?」
「よく言うじゃん」

さくらはふっと、背伸びをした。
何をされるか分からぬまま、次の彼女を、待つ。と、小さな手のひらに、髪を撫でられた。
確かな温もりに、心を、解かれる。

「遠くに飛ぶためには、長い長い助走がいるんだって」

キミはまだ、助走の途中なんだよと、微笑む彼女に、射貫かれた。
756 :runway :2016/10/08(土) 00:00
もうこのまま、ずっと触れていたいと思った。
彼女に甘えて、溺れてしまいたいと願う。
子供じみたわがままを言っても、小田さんなら、赦してくれるんじゃないかって、思う。

結局口にすることはなく、彼女のくれた言葉を勇気にして、頷いた。
さくらは最後に、ちょっとだけ乱暴に髪を撫でて、離れた。急速に失われる温もりに言葉を止めて、指先を追う。
彼女の紫色の世界に、私は少しでも、参加できているのだろうかと、思う。

「じゃ、ちゃんと汗拭いて帰るんだよ。お疲れさま」

そうしてさくらは今度こそ、荷物をまとめて歩き出した。
美希は引き留めようとはせずに、それでも確かな声を上げて「お疲れさまです」と必死に返した。
背中に当たって反響し、部屋は何度か呼吸を繰り返す。

取り残されて、また空間が静寂になる。
「飛ぶための、助走」が、今なのだろうか。
いつか、こうして助走を繰り返していれば、高く遠く飛べるだろうか。
757 :runway :2016/10/08(土) 00:01
でも、その言葉には続きがある。確か、適性を見極めることが大切だと。


―――「頃合いを見極めないと、助走だけで疲れて、跳躍高度と距離が落ちる。」


苦笑して、天井を仰ぐ。
きっと私は、まだ飛べないし、回れない。

それでもいつか、大きく飛びたいと、思うんだ。
助走だけで終わるなんて、絶対に、嫌だ。
ずっと、彼女を後ろから見つめて歌うなんて、嫌だ。


彼女が出ていった扉を見つめる。
今から走れば、小田さんに追いつけるだろうか。
思い立ったが吉日のように、美希は急いで荷物をまとめて、部屋を飛び出した。
758 :雪月花 :2016/10/08(土) 00:01
以上になります。
いつかこの2人が真ん中に立つ姿を見たいなと、本当に思っています。
改めて野中美希さん、17歳おめでとうございます!

ではまた!
759 :secne-9-9 :2016/10/17(月) 15:04

「はい?、・・・ソウルメイト?・・ん?」 (好きのままでいいの?、照れながら力説?)

「そう、魂で繋がっていたいんだよ、なんかキザだけどw////」 (やべぇよ、可愛すぎです)

「・・キザだよ、ごっちんw・・照れてるし(笑)・・可愛い」

「うっさい!//、よし子とはずっと繋がっていたいんだ・・これから先、きっと色んな事がある
 あたしに恋人が出来るかもしれない・・いや多分作るw・・結婚したいし子供欲しいから・・
 何時かきっと結婚すると思う・・・・でも、あたしの心の中の女ではよしこが一番でい続ける
 ・・あたし、よし子には結婚して欲しいと思ってるんだよ?・・わかる意味?・・あのね・・
 よしこの恋人が女の人は厭なの・・・よしこを縛ってるんだ・・・言ってる意味わかるかな?
 あたし、よしこの心の中の女では一番でいたい、ずっと・・よしこの心の中にいさせて欲しい」

「・・・振るくせに我儘だな、ごっちんは」 (何年も前から心に住み続けてるんだけどな)

「だから言ってるでしょ!、あたしは我儘で独占欲が強いんです、・・・そんなごとーは嫌い?」
760 :レトロ・ゴロウ :2016/10/17(月) 15:05
ごめんなさい、間違って書き込みしてしまいました、すいません
761 :雪月花 :2017/10/28(土) 15:13
投下するのが1年ぶりという事に驚いております雪月花です

今回は某所に書いていた長編の、エピローグのようなものです
設定ありきですが、本編を知らなくても読める…はずw
762 :光射す場所へ :2017/10/28(土) 15:15
マンションの前に車を停め、キーを回した。
「閑静な住宅街」という言葉がよく似合う。
まだ街は眠りに就いていて、人通りはない。大きなあくびをしながら、胸ポケットに入れていたスマートフォンを取り出す。
電話帳を呼び出し、その人にかける。
2コールほどして、相手が出た。

「お早うございます。下に着きました」

向こうから聞こえる声は弾んでいた。朝早いというのに、ちっともそんな様子は見せない。
ラジオから音楽に切り替える。
1曲目に流れてきたのは、今年デビュー20周年を迎えたアイドルグループの新曲だ。
「新しい夜明け」という、朝の目覚めに相応しいアップテンポな曲。
ボリュームを少し下げ、ハンドルを指で叩きながら、彼女を待つ。
763 :光射す場所へ :2017/10/28(土) 15:15
サビが始まろうかというときに、エントランスが開いた。
車を視界に入れると、小走りにやってくる。走らなくて良いですよ、と思ったが伝える術はない。
そうこうしている間に、彼女は助手席のドアを開けた。

「お早うございます、道重さん」

彼女が乗り込んでくると同時に、そう言った。
いつもと同じ、何も変わらない、朝の挨拶だ。この業界に居ると、朝でなくても「お早うございます」と言うのだが。

「お早う、りほりほ」

彼女もまた、いつものように返してくれる。
平凡な挨拶が、何よりのシアワセだ。

「眠れましたか?」
「んー、最近暑くなってきて寝苦しいよ。今もすっごい眠い」
「眠っていて良いですよ。少し、今日は遠出しますから」

彼女―――道重さゆみがシートベルトを締めた後、エンジンを回した。
眠りから覚めた車体が、ゆっくりと呼吸を始める。
ウィンカーを上げ、バックミラーを何度か確認する。人通りがない道を、走り出す。
朝の月が、後ろからゆっくりと追いかけてきた。

「今日何処だっけ?」
「鎌倉ですよ。写真集の撮影です」
「鎌倉って何県?」
764 :光射す場所へ :2017/10/28(土) 15:16
カーオーディオが4曲目を奏で始める頃、不意に後続の車が気になった。
この時間帯、街中を走る車は少ないからこそ、自分の後にずっとついてくる軽自動車が目に付く。
助手席のさゆみはオーディオの音量を調整している。後ろの車には気づいていないようだった。

鞘師里保は時計を見た。
此処から鎌倉まで2時間ほどを想定している。集合時間まではかなり余裕がある。
もちろん、渋滞や不測の事態を見越しての時間設定だ。寄り道している暇など、ない。
しかし、一度気になったことを放っておけない性格だという自覚もある。

仕方ないと、少し速度を落とした。
ナビに指を伸ばし、「縮小」を押す。広域な地図を把握する。
頭の中に地図を叩き込み、すぐに縮尺を戻し、慎重にブレーキを踏む。
数十メートル先の交差点を睨む。
信号が青から黄色へと変わろうとする。
左右を確認する。信号を待つ歩行者は居ない。左からトラックが来るのが見える。トラックは赤信号で止まる。

まだ交差点に進入できる距離だったが、煽られていない里保は、ブレーキを踏む。
自分の進もうとする信号が、また色を変えようとする。黄色から赤へと変わるのだ。
後ろの軽自動車は、沈黙する。
お前、今の信号、進めただろう?と煽ってこなかった。
なぜ煽らなかったのか、その理由が里保の考えるそれと一致していたとすれば、厄介だと思う。

里保の進む側の信号が赤に変わることは、即ち、対向車線が青になることを意味する。
左のトラックが動き出そうとする。ウィンカーは出していない。相手は直進するはずだ。
765 :光射す場所へ :2017/10/28(土) 15:16
目の前の信号が赤に変わる。赤は停まれ。教習所で習った。
トラックが唸りを上げる。走り出す。

瞬間、里保はアクセルを踏んだ。
ウィンカーを右に出し、ハンドルを切る。
さゆみの身体が前のめりになる。
クラクションが響く。
強引に交差点でUターンし、反対車線を走り出す。
後続にいた軽自動車は、呆気に取られる。
咄嗟にアクセルを踏み込むが、それをトラックが赦さない。
「馬鹿野郎」と叫ばれたのは、自分だったのか、軽自動車だったのか。分かりもしないまま、すぐに左折し、路地に入る。
喧騒とクラクションを背に受けながら、バックミラーを見る。

軽自動車は、交差点に立ち往生する。
もう、追ってはこれない。

「道、間違えちゃいました」

一つの安心感を手にし、そう嘯くと、さゆみは深くため息を吐いた。
何か言われるだろうと覚悟した。
先ほどの軽自動車はストーカーなのかとか、その確信があったのかとか、それにしても危ないとか。
沢山の非難を受けるだろうと思っていたが、彼女は

「キミは、おっちょこちょいだね」

そう困ったように笑っただけだった。

里保は思わず下唇を噛みたくなる。

「すみません」と道化のように笑い、スピードを落とす。

いつだってこの人は、私を護るんだと、里保は知っていた。
766 :光射す場所へ :2017/10/28(土) 15:17
-------

何かがあった後では手遅れです。
そう進言してずいぶん経つが、手立てを打つ様子を、一行に事務所は見せなかった。

「道重さゆみ」といえば、里保の勤める会社の看板モデルだ。
雑誌やテレビなどで幅広く活躍し、ブログを更新すればPV数うなぎ登り。
演技だけはNGと言い切っているが、それでも彼女は十分な仕事をこなしている。
そんなトップモデルの彼女に「熱狂的なファン」がいることは、事務所も認識していた。

だが、「熱狂的なファン」は今のところ何かアクションを起こすことはない。
さゆみの部屋に盗聴器がないか、監視カメラがないかと定期的にチェックしているが、仕掛けられた様子はないし、脅迫文が送られることもない。
ただ彼らは、「遠くから見ている」だけなのだ。

里保はマネージャーとして、そしてさゆみの隣に居る者として、彼女を護ることが仕事だった。
彼らが何かをすることはないと分かっていても、「何かが起きてから」では遅い。

里保自身、事務所には感謝している。
一度、里保は置手紙だけを残して広島に戻り、事務所を退社したことがあった。
その後、再びさゆみのマネージャーに就けてほしいと頭を下げたとき、事務所は首を縦に振った。
それは温情というよりも、人手不足という現実的な理由だったのだと思うが、裏切った信頼を回復するチャンスを与えてくれることに、感謝した。

結局この事務所は、人情があるのだろう、良くも悪くも。
767 :光射す場所へ :2017/10/28(土) 15:17
「さゆ!はよ着替えて、晴れてるけん!」

カメラマンの田中れいなの声はよく響く。
珈琲を買って戻ってきた里保は、次のシーンのための着替えが始まるのを察した。
確かに今日はよく晴れている。昨日の予報では、夕方から雨と聞いていた。撮れるカットは早めに終えておきたいのだろう。
手帳をめくる。詳しい撮影の詳細は書かれていない。
とりあえず、水着の撮影は明日だということは、把握している。

「お疲れ様です、着替えの部屋は向こうです」

さゆみに珈琲を渡しながら、試着室へと案内する。
撮影スタッフが慌ただしく準備に入る。
どれも見知った顔だが、遠巻きに一般人や近隣住民が見える。
撮影は、彼らの邪魔にならないように配慮しつつ、お互いに協力しながら成り立っている。
入らないでくださいとガードしつつも、無下に振り払うことはできない。

本来であれば「撮影ですから」と徹底してガードすべきなのだとは思う。
ただ、無暗に波風を立てるべきではない。
今の時代、あることないことがSNSで風のように広がる。
敵を増やしたくない。という事務所の薄っぺらい本音を、精一杯の作り笑顔で隠しながら、里保は前髪を掻き毟った。
弊社事務所は、無難だ。良くも、悪くも。
768 :光射す場所へ :2017/10/28(土) 15:18
里保は手帳をめくる。
3ヶ月まで先の予定が入った手帳は、彼女の多忙さを伝える。
ふと、明日の日付を目にする。仕事に追われている彼女は、「明日」のことを、覚えているのだろうか。
明日になれば、否応なしに思い出すのだろうけど。

手帳を閉じるのと、からんころんと下駄を鳴らして、彼女がやって来るのはほぼ同時だった。
薄い桃色をベースに、朝顔をあしらった浴衣は、儚く、そして美しかった。
髪はうなじを見せるように纏め上げ、漆黒の簪を差し、手には小さな籠を持っている。
一瞬、その場にいたスタッフからため息が漏れた。

モデル事務所やカメラ事務所に所属し、何人もの芸能人を「仕事仲間」、あるいは「クライアント」として間近で見ていると、目が肥えていく。
可愛いとか美人とかいう感覚は鈍っていくが、そんな私たちの感性を、彼女は今もなお刺激する。
撮影再開の合図もかかっていないのに、れいなはシャッターを切り始めてしまう。

「あ、撮らないでよぉ」

さゆみがおどけると、れいなはその手を引き、すぐに指示を出した。
スタッフ達も我に返り、慌ただしく動き出す。
里保もまた、頭を振り、意識を切り替える。緩みそうになる口元を抑え、深く息を吐いた。
どうしたって、彼女は、美しい。
769 :光射す場所へ :2017/10/28(土) 15:18
 
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「運転大変だよね」
「慣れてますよ。それに、仕事ですから」

早朝から続いた鎌倉での撮影は、夕暮れを抑えたところで、無事に終了した。
たぶん、予想より多めのカットを撮れたと思う。
結局天気は崩れず、予定になかったシーンも撮影できた。
明日もまた撮影だ。今度は都内のスタジオと、そしてプールだ。
水着のカットに需要があることはわかっていても、里保は素直に、納得できない。

「あとどれくらい?」
「予定では30分ですが…混んでますからね。もしかすると1時間くらいになるかも」

渋滞中の運転ほど、苦痛なものはない。カーオーディオを音楽からラジオに切り替え、眠気を覚ます。
さゆみは、里保に悪いと思ってか、気を遣いながら話をしてくれる。
何度か、ムリしないで寝て良いんですよと促すが、助手席で寝ることを躊躇ってか、さゆみは話を止めない。
それでも、単調な景色が続き、亀の足のように進まない車内の空気に呑まれ、とうとう舟を漕ぎ始めた。
里保はほんの少しだけ、ラジオの音量を下げ、前を見据える。
大きく口を開けてあくびをする。マネージャーの前方不注意による自動車事故、なんて洒落にならない。
770 :光射す場所へ :2017/10/28(土) 15:19
慎重に車を転がしながら、時折背後に目をやる。朝に見かけた軽自動車の姿はなかった。
冷やかし、勘違い、諦め。
考えられることは色々とあるが、今、彼女を脅かす存在がいないことに安堵する。
いざとなれば、彼女のために身を呈す覚悟はできている。
彼女を傷つける存在は赦さない。
かつては、自分が「傷つける側」の存在であった。依頼人の仕事を遂行する、調査人、いわゆる探偵として。

育ての親が探偵業を営み、里保はそれを継いだ。継ぐ必要はないと言われていたが、なりたいものがなかった。
義理の父親の役に立ちたいという気持ちもあったのだと思う。
そこで知り合ったのが、さゆみだ。調査の「対象人」としてさゆみに近づき、騙していた。
さゆみのマネージャーとして勤めたのも、近づくための口実の一つであった。

ただの、対象人。
調査を円滑に遂行するだけの駒。
それだけのはずだったのに。
どうしようもなく、心を揺さぶられ、求め、本物の自分で接したかった。

騙している自分が赦せなくて、本当の意味で、彼女と同じ世界に立ちたかった。
同じ目線で、同じ色を見て、同じ風景で感動したかった。
771 :光射す場所へ :2017/10/28(土) 15:19
依頼を正式に断ったあと、すんなりまたさゆみの傍に居られたわけではない。
自分がこれまでしてきた罪を告白することは、並大抵の心境ではできなかった。
嘘に嘘を重ねてきた日々を否定するように、嘘のない真実の言葉を並べても、それが受け入れられるとは限らない。
拒絶されたらどうしようと、恐怖があった。
さゆみが赦したとしても、調査の対象人だった田中れいなと亀井絵里への謝罪もある。

精算は、簡単なものではなかった。
里保は何度も人を傷つけた。
もう傷つけないと誓ったのに、大切な人を泣かせ、困らせ、怒らせ、哀しませた。


―――「私も、好きだよ、りほりほ」


それでも彼女は、彼女たちは、里保を受け止めた。
まるで、赦さないという選択肢などなかったかのように、優しく抱きしめて、すべてを包み込んだ。
それがこの人の、途方もない愛情だったのだ。

20分ほど、亀のような足で進んだところで、漸く流れがスムーズになってきた。
ウィンカーを出し、車線を変更した。ゆっくりとアクセルを踏み、加速する。
背後から、ひょいひょいと月が追いかけてくる。朝も追いかけられたなと苦笑しながら、ハンドルを切る。
772 :光射す場所へ :2017/10/28(土) 15:19
ふと、空港で交わした、ガラス越しのキスが甦る。
思えば、さゆみとは口付けを交わしたことがない。
手を繋ぐのが精いっぱいで、その先へ進むことが怖かった。
「精算してから」と繰り返し、口づけという、愛情を最も確かめる行為から逃げてきた。
キスをしてしまえば、何かが終わるような気がしていたからかもしれない。
「愛情」という目に見えないものが、「行為」という形になってしまうことを恐れていたのだろうか。

それでも今、里保の中には「キスがしたい」という感情が浮かんでいた。
彼女の潤った唇に触れたい。貪りたい。その歯列を割って入って、中を蹂躙したいという欲望が、生まれた。
ひどく、俗っぽいことは自覚していた。

たぶん、飢えているんだ。
彼女を護ると誓いながらも、里保はナイトになることはできない。
生みの親からの愛情を受けられなかったからこそ、此処に在る愛情を、放したくない。焦りにも似た感情に支配される。

傷つけたくないから、焦るな焦るなと言い聞かせる。
きっと、そういうタイミングは必ず訪れる。
だからまだ、「今」はまだ。そう思って、里保はアクセルを踏み込んだ。
773 :光射す場所へ :2017/10/28(土) 15:20
-------

あと数分走ればさゆみのマンションというところで、ゆっくりブレーキを踏んだ。
普段はマンションの下で明日の連絡事項を伝えるが、あまり彼女の自宅前に長々と居座るわけにはいかない。
とりあえず此処で共有だけして、その後送り届けようと、里保はエンジンを切った。

「あと少しで着きますよ、道重さん」

高速を降りてからは、普段は使わない道を通り、遠回りをした。
さゆみが撮影中にレンタカーを手配し、行きとは違う車を転がす。「念には念」だ。
たぶん、彼女がモデルという職業を辞めない限り、今朝のようなことは何度も起きるのだろう。
彼女は、そんな世界を受け入れると決めていた。だから里保も、その世界を共に生きようと決めていた。

「んっ…ごめん、また寝てたね」
「朝早かったから仕方ありませんよ。明日ですけど、7時に迎えに来ますから」
「あー……スタジオで撮影だっけ?」

今日メッチャ頑張ったからもう良くない?とおどける彼女の視線から逃れ、手帳を読み上げる。
大した情報は、もう載っていない。

「では、早めに寝てくださいね」
「むぅー…はいはい」

さゆみが大きなあくびをしたところで、里保は「あの」と切り出した。
随分と不自然なタイミングになってしまったが、もう誤魔化しても仕方がない。
774 :光射す場所へ :2017/10/28(土) 15:21
さゆみはきょとんとしたまま、こちらを見る。大きな瞳が、こぼれ落ちそうだった。

「1日早いですけど……お誕生日、おめでとうございます」

リボンをかけた小さな縦長の箱を渡すと、彼女は「忘れてた…」と口にした。

「私、明日誕生日だっけ?」

その反応に、目を伏せる。
誕生日すら忘れてしまうほどの仕事を入れているのは、自分自身だ。
それが、彼女の望みだとしても、本当に良いのだろうかと問うことがある。
望まれることを、望むがままに叶えることが「正」であるとは限らない。
そこで「否」を突きつけることが、時には良いことだって分かっている。
分かっているけれど、自分にはできないんだ。

優しさはときに、残酷だ。
残酷なほどに優しいからこそ、私は彼女の期待に応えようとする。
壮絶な矛盾を抱えながら、私は微笑む。

「28歳、おめでとうございます」

里保の言葉に、そっかぁと深くため息をつき、彼女は笑った。
本当に、驚いた振りでもなければ、冗談でもなく、彼女は失念していたようだ。
自分の、年に一度の祝祭の日を。すっかりと、頭の中から落としていたらしい。
仕事一筋の彼女らしいと言えばそうだが。
もう少し、自分のことを大切にしてほしいとも、思う。
775 :光射す場所へ :2017/10/28(土) 15:21
その願いを、叶えるのが、仕事ではないのか。
「彼女の願い」は、イコール、「私の願い」ではない。

そうだ。
彼女を大切にしてほしいという私の願いを、叶えるのは、私自身だ。

「開けて、良い?」

彼女の問いに、頷く。解かれたリボンの先には、小さなネックレスが収まっていた。
「きれい…」と呟いた彼女に、ホッとした。良かった、気に入ってもらえるか自信がなかった。
買い物が苦手な私が、簡単に懐に入ってこようとする店員と何度も話し合いながら選んだネックレスだ。

彼女はそっと首にかける。
小さなハートを象ったネックレスは、首元でささやかに主張し、彼女の美しさに花を添えてくれる。

「ありがと…大事にするね」

彼女の笑顔に、心が、揺れた。
なぜか、そのとき、想った。
ずっと自分を護ってくれたこの人に、何かを返したいと。
今ここで誓いを立てなければ、きっとこの先、後悔してしまう気がした。
その直感の理由は、分からないけれど。
776 :光射す場所へ :2017/10/28(土) 15:22
「もうひとつ、あるんです、プレゼント」
「なになに?」

さゆみがシートベルト超しに、里保へと身体を寄せてきた。思わず身を引いてしまうが、もう、逃げない。
決めたんだ。あの日。
自分を赦してくれたさゆみの傍で、生きていこうと、決めたんだ。

「この中にあります」

里保は両の手を組んで見せた。さゆみは目を丸くする。

「目をつぶって、私が良いですと言ったら、開けてくれますか?」

今度は子どものように目を輝かせ、頷いた。その姿は、実際の年齢よりも幼く見える。
さゆみは素直に目をつぶった。
里保はひとつ、大きく深呼吸をし、シートベルトを外し、助手席へ身体を乗り出す。

覚悟、決意、誓い。
あの夜からずっと、護られてきた、想い。

「道重さん……」

もう、逃げない。
自分からも、彼女からも。この、どうしようもないほどの熱情からも。
全てが丸く収まって、ハッピーエンドになるとは限らないこの世界からも。
777 :光射す場所へ :2017/10/28(土) 15:22
矛盾だらけで、たくさんの寂しさを背負って、時間は過ぎる。
誰もがシアワセになれるなんて、哀しい嘘。

それでも、その世界で生きていくと約束した。
2人で、生きていきたいって、思ったから。

だから里保は、逃げずに、立ち向かう。

まだ目をつぶったままの彼女の頬に、手をかける。
それは、両の手を開けたことを意味する。

プレゼントは、その手の中に。

さゆみは一瞬、口を開きかけた。
それを制したのは、里保の、柔らかな、唇。

「―――」

触れるだけの、キスだった。
同じ想いを抱えていて、精算するまで交わすことのなかった、最後のピース。
もうそこには、遮るものはない。
壁も、ガラスも、空気さえも、なかった。
778 :光射す場所へ :2017/10/28(土) 15:23
長い長い時を超え、さゆみと里保は、漸く、ひとつになった。

「………」

キスは、長くは続かなかった。
ふたりとも、キスの経験はあるのに、それからどうして良いのか分からなくて。
舌を差し込むことも、啄むこともなく、ただ触れるだけで、終わった。
子どものような口づけの後、暫し、呼吸だけが、車内に残った。

その沈黙を破ったのは、「ずるいなぁ…」という、さゆみの言葉。

「そんなプレゼント、ズルいよ……」
「そうですか?」
「そうだよ…」

一生忘れられないよ、こんなの。

そんな声が、ふわりと、浮かぶ。

「……遅くなって、ごめんなさい」

清算すると決めたあの日から、バーで赦しを請うたあの日から。
そして、彼女への気持ちに色を付けたあの日から。
ずっとずっと、遠回りして、やっと見つけた、大切な、大事な、里保だけの、花。
779 :光射す場所へ :2017/10/28(土) 15:23
さゆみは深く、息を吐いた。
すん、と鼻を啜る音がした。
それがそのまま、ずっと此処に在って沈殿していた、蟠りにも似た愛情だと、気付いた。

「また、くれる?」
「……」
「誕生日、だけじゃなくて、ずっと、私に」

私に、キスを、くれる―――?

積み重ねてきた歴史の隙間に見える、微かな綻び。
噛み合わない歯車。すれ違う時間。重ならない視線。
順風満帆でなくて、出逢い方も間違っていたけれど。

そんなたくさんの時間や、記憶があったとしても。

そこからの一歩を、里保は、踏み出す。

「いつだって、あげますよ」

間違った過去を繰り返して、それを思い出と呼んで、アルバムにしまう。
その先で、紡いでいくのは、歩いていくのは、何も見えない、“未来”だ。
白紙のそこに、刻んでいこう。
確証も、保証も、自信だって、ないんだけれど。
780 :光射す場所へ :2017/10/28(土) 15:24
それでも。それでも。

「道重さん」

あなたが私を、“私”にしてくれたから。

「生まれてきてくれて、ありがとうございます」

盟約の前に、プライドはいらない。
里保は再び、さゆみに口づけた。
2度目もまた、触れるだけだった。キスのやり方を知っていても、何の意味も為さないのだと思い知る。
此処に在るのは、ただひとつの、熱だけ。
好きという、子どものような、想いだけ。

「……ありがとう」

さゆみは、微笑んだ。
そして里保を抱きしめた。
ぎゅうっと強い腕の力の中で、里保はくしゃりと笑った。
781 :光射す場所へ :2017/10/28(土) 15:24
「好きよ、りほりほ…」
「みっしげさん…大好きです」

少しずつ、生きていこう。
真っ白な世界に、五線譜を弾いて、音符を乗せて。
2人で、歌いながら、笑いながら、時に泣いて、そしてシアワセを繋いで、生きていこう。

月明かりが、夜を照らす。
きっと明日も、太陽が世界を包む。

ああ、だから。

光射す場所で、生きていこう。
782 :雪月花 :2017/10/28(土) 15:26
以上になります
無駄に長いし、道重さん誕生日からずいぶん時間も空いちゃいましたが…w
気が向いたら、某所の長編も読んでいただけると嬉しいです

ではまた!
783 :名無飼育さん :2017/12/09(土) 20:49
このお話の作者さんでいらっしゃましたか・・・。
とても温かな番外編をありがとうございます。
784 :雪月花 :2018/11/11(日) 20:36
工藤さん、尾形さん、そして飯窪さんの卒業を想う雪月花です。
トリプルエーの3人が描くそれぞれの未来に幸あれと祈るばかりです。

>>783 名無飼育さんサマ
ありがとうございます。
需要なんて気にせず書いてました…w
個人的には好きな作品ですので、今後も需要を気にせず書きます

今回は尾形さんの卒紺見てたら書きたくなったものです
久々とはいえ低クオリティです
785 :私たちの空 :2018/11/11(日) 20:40

 
「なかなか都合が合わない」のではなく、「合わせるつもりがない」のだと、誰かから言われた気がする。
誰かとは、実在する人物ではなく、世間とか、インターネットの海の中に居る見えない相手とか、いわゆる不確定な空気だった。

初めて出逢ってから4年経ち、プライベートで遊びに行く約束を立てながら実現できていないのは、
そうした世間の云う「合わせるつもりがない」からなのかもしれないと、思わないでもなかった。

正確に言えば、プライオリティが低かったのだろう。
ほとんど毎日のように顔を合わせ、同じ時間を過ごしてきた仲間だから、この日を逃しても次があるという考えを持っていた。
それよりも、学校の友達とか、地元の友人とか、なかなか会えない人との時間を大切にしたいという気持ちがあったのだと思う。

失ってから大切さに気付く、とは少し違うのだが、結局私たちも、「その日」が来てから、焦ったりするものだった。

786 :私たちの空 :2018/11/11(日) 20:41

-------

焼肉、夢の国、カフェ巡り、お泊り…やりたいことばかりだ。
尾形春水の卒業が発表となり、その想いはどんどん募っていく。
が、想いとは裏腹に、時間は刻一刻と過ぎ去る。卒業式の日は迫る。光陰矢の如しとはうまいことを言う。


―――「一生逢えないわけじゃないし!」


―――「12期はずっと、12期だから」


その言葉に、嘘はない。
世界にたった4人しかいない、12期の絆。
きっと春水が卒業しても、あるいは12期からまた卒業者が出たとしても、すぐに逢えるだろう。

それが、4人同時にならないのが、12期だ。
こういう部分は、9期、つまり譜久村聖、生田衣梨奈、鞘師里保、鈴木香音とよく似ている。
お寝坊で有名な里保が集合時間に遅刻するとか、衣梨奈が面倒くさがって行かないとか、香音がすっぽかしてしまうとか、
最後の砦の聖が約束を忘れてしまうとか、12期とは違うベクトルだけど、マネージャーが手配しないと実現しないのは、同じだ。

似ようとしたわけじゃないんだけどなぁ…
787 :私たちの空 :2018/11/11(日) 20:43
 
―――「朝を見に行こうよ」


私たちは違うと言わんばかりに、実に子どもっぽく、対抗してみた。
気まぐれにも思える言葉を池に放り投げて、波紋を広げる。

私たちの会話は、気まぐれだ。
一緒に居る時間が長いから、性格も、生活リズムも、何となくわかる。
返事がない時は、お風呂か、寝ているか。突拍子もない話題が出たときは、雑誌かテレビの受け売り。
全く会話がない日もある。
とてもスムーズにやり取りが発生する時もある。
真面目な議論をする時も。

でも、8割くらいは、やっぱり、気まぐれな猫のような、たわいない、会話だと思う。
この前テレビで見たお店に行こうとか、今日のLIVEの出来はどうだったとか、今度のお休みの予定どうする?とか、今夜のご飯が美味しかったとか、
課題が終わってないから助けてとか、早くやりなよとか、前後脈絡はあまり意識せずに、参加者の想いがぽんぽんと溢れていく。
それに対するリアクションも、気まぐれだ。

バラバラでも、団子でもない。
ただただ、「世界で唯一の同期」というグループは、静かに、動く。
788 :私たちの空 :2018/11/11(日) 20:48
今回、私が投げた言葉には、動きが止まった。
「既読」の数が増えていくが、「3」になって暫く、波紋が収まり、世界が呼吸をやめる。


―――「朝?」


また動き始めたのは、それから10分後のことだった。
私たちは長時間、呼吸を止めることはできないようだ。


―――「うん。夜は仕事で終わりがバラバラだから。朝が良いよ」


朝を見に行く。朝が良いよ。夜はダメ。朝が良い。
なんといっても、私たち、モーニング娘。だから。

789 :私たちの空 :2018/11/11(日) 20:49

―――「あ、明日大阪や」


朝だけに。モーニング娘。だけに。と反芻していたら、私の期待はあっけなく打ち砕かれた。
大阪?え、撮影?と返すと、「イベント。7時の新幹線」と返ってきた。

再び、世界が呼吸できなくなる。
結局、こうなってしまうのだなと肩を竦め、「分かった。また今度ね」と一方的に終えた。

私は、かなり、いや、結構、自己中だ。


-------

もし話に食いついたとして、少し渋ったとしたら、口説き文句はある程度考えていた。
迎えに行く、カフェのモーニングを奢る、朝活になるよ、ブログのネタじゃん。
しかし、「朝7時の新幹線」というワードに勝つものを見つけられなかった。
790 :私たちの空 :2018/11/11(日) 20:50
分かっている。春水が悪いわけじゃない。
結論から言えば、真莉愛も名古屋でラジオ収録があったし、朱音も新曲PRで福島に行く。
東京に残るのは、自分だけだった。
もう少し入念にリサーチしとくんだったなぁと後悔しながらスマートフォンを見た。時間は17時を過ぎている。
美希は次の撮影で使う資料に目を向けた。

「下手くそかぁ…」

今さら、自己嫌悪に襲われる。
「朝を見に行く」とは、ずいぶん詩的な表現だと思った。
だけど、気付いてくれるのではないかという期待もあった。

期待するだけ、裏切られたときのショックが大きい。
寧ろ、相手は何も悪くないのに、勝手に落ち込んで勝手に怒りの矛先を向けてしまう。
そうであるなら、最初から過度な期待はすべきではない。

アメリカから日本に帰国して、学んだことの一つでもある。
やっぱり、日本の空気は、難しい。
いや、私が悪いんだ。今回は。うんうん。
791 :私たちの空 :2018/11/11(日) 20:51
半ば強引に納得させようとしていた、その時、だ。
また、世界が動き始めた。
メッセージを見て、思わず、息を呑んだ。

そこに貼りつけられた、たった1枚の画像が、美希の心を震わせた。

写真の撮影技術と、加工技術では12期の中で抜きんでている彼女が撮った、1枚の写真。
彼女がイベントでいるであろう大阪の空が広がっていた。


―――「12期の空 in 大阪!」


それは、美希の見たかった、空だった。

日の出の直前と日没直後。そのわずか数十分の時間帯、空は鮮やかな色を付ける。
太陽がないのに、輝きを見せる、ほんの刹那。
シーブルー、パープル、ライトピンク、ライトオレンジ。
そんな4色を、空は映す。
792 :私たちの空 :2018/11/11(日) 20:52

―――マジックアワー


それは、まるで魔法のような一瞬の出来事。
朝と夜が始まる瞬間にしか見られない、本当に奇蹟の時間。
空が映したのは、12期の、私たちの、色だった。

直後、もう1枚の写真がやって来た。
福島に居るはずの朱音が、「お待たせ!」というメッセージとともに。

「なんで…」

さらに世界が動く。
名古屋の真莉愛が、連射したのか、同じような空を5,6枚貼りつけてきた。


―――「滾る想い胸に 全てぶつけろ 魅せろこの場所で」


何のメッセージ?と思ったが、恐らく彼女が応援している野球チームの応援歌だろう。
彼女らしい。相変わらずだ。
793 :私たちの空 :2018/11/11(日) 20:52
え。ていうか。
ていうか、これは、何?


―――「東京はー?」


大阪から、彼女のメッセージが走ってきた。
弾かれるように美希は立ち上がり、窓を全開にした。

きっと、少しだけ、泣いていたんだと思う。
勝手に期待して、勝手に裏切られて、勝手に優しくされて、勝手に一人で凹んで浮かれる、自分自身が恥ずかしい。
言い出しっぺのくせに、最後まで鈍いんだ、私は。

昨日、どんなやり取りがあったのかは、分からない。
だけど、急に言い出した私のことを考えて、3人がメッセージを交わしたのだと思う。
また面倒くさいのが始まったと苦笑したかもしれない。訳が分からないと呆れたかもしれない。
それでも3人は、それぞれの場所で、空を見上げた。
苦笑しながらも、呆れながらも、この空を見て、そして私に返してくれた。
794 :私たちの空 :2018/11/11(日) 20:53
みんなは、私が思う以上に優しい。
私はきっと、そんな3人にずっと甘えているんだ。
自分の空回りをずっと見守ってくれている3人だから、私は遠慮なく、暴走ができるんだ。

どこまでも我儘で、子どもな、私。
彼女が卒業してしまったら、一番年上になるのに。しっかりしなきゃいけないのに。


―――「そんな焦らんでも、ええんちゃう?」


ふと、彼女の言葉がよぎる。
いつも1人で空回りして、先に走ろうとして転んで、時には骨を折ってしまう私に。
彼女はマイペースに微笑み、そして私より先に、自分の夢を見つけていた。

春水ちゃんは、ずるい。
ずるくて、優しくて、だからいつでも、好きだなぁと思ってしまう。


美希は思い切り腕を伸ばす。
空がもう、色を失いかけている。
まだ、まだ終わらないでと祈りながら、必死にシャッターを切った。
795 :私たちの空 :2018/11/11(日) 20:54
2014年。
何色にも染まるように、と真っ白なワンピースを纏った。
2015年。
新世代を背負い、確かな色を付けたGRADATIONから、すべては始まった。

あの日から、あの瞬間から、ただただ真っ直ぐに走ってきた。
それぞれの色を出せるように、広い空で輝けるように、がむしゃらに、精一杯に。


―――「IN TOKYO」


写真を送ると同時に、スマートフォンの画面に、大粒の涙が零れた。
大阪から、福島から、名古屋から、そして東京から。
離れ離れの場所から、それでも4人は、空を見た。みんなで一緒に、12期の空を、見たんだ。

「もう…夜じゃん…」

鼻を啜り、慌ててティッシュで涙を拭いた。
もうすぐ撮影だというのに、こんな顔で出るなんてプロ失格だ。
796 :私たちの空 :2018/11/11(日) 20:55

―――「野中氏の言うように、モーニングが良かったんやけどなぁ」


―――「でも見れたね!」


―――「夜を見たってカッコ良くない?」


ありがとう、なのか、ごめんね、なのか。
なんて返事を打てば良いのかもわからず、美希は黙って、世界で唯一の同期の世界を眺めた。
そのうちに、空はいつもの色を取り戻し、魔法の空は、終わりを告げた。
天気は西から変わっていく。
きっと、大阪はとっくに暗くなっていて、福島ももうじき、夜になるだろう。

「野中さん、そろそろお願いできますか」

部屋がノックされ、美希は立ち上がる。
はいとだけ返事をし、ティッシュで鼻を啜る。相変わらず、泣き顔はぶちゃいくだ。
ふぅーと息を吐き、急いで、今から撮影の旨を入れようとすると、大阪の彼女から、メッセージが届いた。
797 :私たちの空 :2018/11/11(日) 20:56

―――「また、見れるやろ。いつでも。何処でも」


そのとき、みんなは、どんな表情をしたのだろう。
笑っていたのだろうか。
声を震わせていたのだろうか。

全国各地に散った同期の表情は、分からない。

それでも美希には、分かっただ。
12期にしか分からない、此処にしか咲かないものを、確かに、理解した。


―――「今度は、アメリカで見ようよ」


だから、わざと、自分勝手で子どもじみた言葉を投げた。
直後に、いくつかのメッセージと、スタンプが飛んできたのが見えたが、美希は振り返らずに部屋を後にした。
大阪の彼女が、いつものように目を細めて、くしゃっと笑う姿が、浮かんだ。
798 :雪月花 :2018/11/11(日) 20:57
以上になります
飼育が閉鎖されるようですが、これまでお世話になりました。
閉鎖の時まで、暇つぶしにお付き合いくださいませ。

ではまた!

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