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Only you ― その笑顔のために【最終章】

1 :雪月花 :2011/12/24(土) 23:16
こんにちは、雪月花と申します。

亀井さん、田中さんが主軸の『Only you―その笑顔のために』のつづきになります。
前スレはこちらです
ttp://m-seek.net/test/read.cgi/water/1315098208/

本スレは急に最終章の途中から始まっていますので興味のある方は前スレからお読み下さい。
無駄に長いうえに駄文ですが、お付き合いいただけたら幸いです。
711 :龍神の花嫁 :2016/09/03(土) 23:58
私は最後の別れをし、そっと両腕を重ねて前へと突き出す。
駕籠舁の二人が、それぞれ私の両目と手首を紐で結わう。
三年前の姉の姿が、瞼の裏に浮かぶ。あのとき姉は、私と同じように白装束を纏い、駕籠に乗って龍が沼へと向かった。

古くから、底なし沼として龍神村の中心に存在する「龍が沼」は、龍の住処だと聞いていた。
沼の周辺にはきれいな花が咲き乱れているが、決して足を踏み入れてはいけないし、近づくことも赦されない場所だ。
そもそも沼へ行くまでの道は入り組んでいるし、常に霧が立ち込めていて、大人でも迷いやすい場所なのだ。
だから、龍の怒りを買って、食べられて、二度と戻ってこれなくなるよと大人たちは口をそろえて言った。

「美希ッ―――!!」

父と母の叫び声は、今も頭を巡っている。
それでも私は、不思議と、恐怖はなかった。

駕籠で運ばれながら、幼い頃、その龍が沼の近くに遊びに行った時のことを思い出す。
姉の誕生日が近かったのだ。
いつも私に優しくしてくれる姉に、何か贈り物がしたかった。
だから、龍が沼の近くに咲く桔梗の花を摘んでいくことにした。

沼に近づいてはいけない。その言いつけを、私は破った。
712 :龍神の花嫁 :2016/09/03(土) 23:58
大丈夫。沼に入るわけじゃない。近くまで行くだけ。すぐ戻ってくるから。
両親にも姉にも内緒で、私は花を摘みに出かけた。
そして案の定、迷子になった。
日が高く上ったころに出かけたのに、夕暮れを過ぎても、私は沼の傍で涙を拭い、帰り道を見失っていた。

鼻を啜り、袖で瞳を拭い、それでも乱暴に摘んだ桔梗はそのままに。
何度も転んで擦りむいた膝が痛かった。
涙を零して頭も痛かった。
お腹もすいた。寂しい。帰りたい。お母さん。お姉ちゃん。お父さん。

ひぐえぐと嗚咽を漏らしていると、私はいつの間にか、村の入口に立っていた。
それは一瞬の体験だった。
確かに先ほどまで龍が沼に居たのに、気付けば母の呼ぶ声がし、駆け寄ってきて私を抱きしめた。
何処に行っていたの。心配したでしょう。と、母は泣きながら私を叱った。
私は桔梗を握り締めながら、空を見上げた。

そのとき私は、確かにその姿を見た。

銀の鱗を靡かせるその姿を、瞳に焼き付けたのだ。
713 :龍神の花嫁 :2016/09/04(日) 00:00
-------

「降りろ」

龍が沼で降ろされると、駕籠は一目散に村へと戻っていった。
私は目隠しを外され、夜の沼と対峙する。昼間でも少し恐怖を感じる光景が、夜になると一層その濃さを増す。
見張りの者は二人。篝火をたいて私のすぐ後ろに立っていた。
私は静かに地面に腰を下ろし、龍神の住処を眺める。

龍が沼に来るのは、もう両手では数え切れない。
私はあの日、その銀の鱗を目にしてから、何度か此処に足を運んでいた。
龍が沼で帰り道を失くした後、銀色の姿をした“何か”に救われたことは、何度となく両親に話した。
だが、父も母もそれは気のせいだと言って取り合わなかったし、そんなことよりも、近づいてはいけない場所に行き、そして迷ったことを酷く叱責した。

私は、父の怒鳴り声を聞きながら、頭の中では、何度もあの銀の鱗を思い描いた。
精錬な煌めきと、流れるような鬣、豊かな体躯で空を駆け抜けていく姿は、紛れもなく、「龍神様」だと思った。
幼心に、私は龍神に救われたのだと感じた。
自らの領域に入り込んできたことに怒りを感じたかもしれないが、それでも私を人里に戻してくれた龍神様に、畏怖よりも敬意を覚えた。

それから私は、龍が沼に訪れた。
沼の近くには、我が村の守り神である龍神様の住処である小さな祠がある。
村人は誰も近寄らないため、お供え物はしていないし、随分埃を被り、雨風に曝され、今にも壊れてしまいそうだった。

「……あなた様の結界に入ってしまいますことを、お許しください」
714 :龍神の花嫁 :2016/09/04(日) 00:00
深く頭を下げ、祠に竹筒をふたつ、供えた。一つには清流の水を、もう一つには桔梗の花を。
祠を綺麗にし、修繕できる箇所は試み、少しずつ、元の形に戻そうとした。

領域に踏み込む禁忌を犯しているとは承知していた。だから、村人にも、両親にさえ、何も言わなかった。
それでも、私を助けてくれた龍神様に、何か報いたかった。

贄に選ばれたと知ったのは、二日前のことだ。
領主様が、付き人と共に我が家を訪れ、重々しく口を開いた。

「お前の娘を、今年の花嫁とする」

贄は毎年、十六から十八の生娘が選ばれる。この村を守り、平和と繁栄をもたらす龍神様の花嫁となるのだ。
父は酷く狼狽し、何度も何度も領主様に食らいついた。最後は頭を下げ、どうか娘を返してくださいと、泣いた。
三年前に姉を嫁がせたときも、父は狂ったように縋りついたが、それ以上に、領主様の腕をつかんで離さない。

「諄いぞ。この決定は揺るがん」

領主様からはっきりと拒絶されても、父は怯まなかった。
遂には領主様の屋敷にまで上がり込み、必死に私を贄から外そうと訴えた。
そんな父をしり目に、私は贄に選ばれた事を、素直に受け止められた。

贄に選ばれたのは、龍神様の結界に入り込みすぎた禁忌の罰かもしれないと思ったし、
それ以上に、幼き私を救ってくれた龍神様に嫁げることが、嬉しかった。

私は静かに、沼で龍神様を待つ。
龍神様、もうすぐ、お会いできますね。
715 :龍神の花嫁 :2016/09/04(日) 00:00
-------

暫く私が、沼を見つめていた。
龍神様が現れるのは、草木も眠る丑三つ時だと言われている。
今何刻ほどだろうか。
緊張しているにもかかわらず、なぜか瞼は重くなる。
私はどうやら、思った以上に呑気のようだとあくびをかみ殺す。

雲が空を覆い、月がその姿を隠したときだ。
がさりと、後方の茂みが震えた。
龍神様がいらっしゃったのだと思った。が、次の瞬間、私の口を塞ぐ手があった。人間の、手だ。
そのままぐいっと後方に引き寄せられる。突然のことに、思わず全身に力を込める。

「暴れるなっ」

聞き覚えのある声だった。それは、私が贄に選ばれたと告げてきた、領主様の付き人のそれだった。
何事かと思うが、それより先に身体が抵抗する。
様子がおかしい。
私の見張りの方は、篝火をたいていた人は、どこへ行ったの?

「大人しく、しろっ!」

私があまりにも暴れるからか、その人は鋭く右腕を私の腹部に叩き込んできた。
一瞬にして全身を貫く痛みに、息ができなくなる。
716 :龍神の花嫁 :2016/09/04(日) 00:01
ぐらりと視界が揺れたとき、篝火が目の端に映った。そして、それを持つ見張りの人の口角が上がっているのも、確かに見た。
何が起きているのか分からぬまま、私は地べたに寝そべり、そこに付き人の男がのしかかる格好となった。

「おいおい、生娘に何するんだよ」
「だってこいつ、案外上玉だぞ?」

篝火をたく一人の男が、私に跨がる男に言った。状況を把握できず、声を上げようとするが、先ほど腹部に受けた衝撃が大きく、うまく呼吸ができない。
短くなる息は音を乗せず、恐怖を振動させる。
そんな私の動揺を汲み取ったのか、私に跨がる男は胸元を掴み「売られる前に良い思いさせてやるよ」と笑った。

売られる?どういうこと?
私は、龍神様の花嫁になるんじゃ……

「生娘じゃないと高く売れないぞ?領主様が知ったら何と言うか」
「そうなったら、もう一人連れてくれば良い。龍神様は、次なる花嫁を欲しているとでも言ってな」

そうして、「ほら、腕抑えてろよ」と男は言う。素直に従った篝火の男は、私の両腕を地面に押しつける。
着物の胸元をはだけさせられた所で、漸く理解が追い付いた。

利用している。
龍神伝説を使い、私は売られる。
そしてその前に、犯される。この場で純潔を失うと悟る。
恐怖が締め付ける。呼吸を忘れる。抵抗を失う。
717 :龍神の花嫁 :2016/09/04(日) 00:01
「こいつ、三年前の花嫁の妹なんだろ?」

男が私の胸をまさぐり、首筋や鎖骨を舐め始めたとき、そんなことを言った。
光なく、ただ呆然と夜を泳ぐ雲を見ていた私は、その言葉に微かに反応する。

「姉妹そっくりだな。顔立ちも、声も。ま、胸は妹の方が立派だがな」
「お前よく覚えているな。抱いた女のことなんてイチイチ覚えていないと言わなかったか?」
「姉妹二人とも抱けるなら思い出すさ。締まり具合を比べるのも、悪くないだろ?」

瞬間、かっと火がついたような感覚を知る。
この男は、姉を、愚弄した。
優しかった姉を、大好きな姉を、私の大切な、大切な、姉を!

龍神様には感謝していた。幼い私を助けてくださった、命の恩人だから。
だけど、姉のことは大切で、大好きで、失いたくなかった。
三年前、龍神様の花嫁に姉が選ばれたとき、心の中で、どうして姉なのだろうと思った。
それは、自分が選ばれなかったことへの嫉妬も少なからず孕んでいた。
だけどそれ以上に、姉が居なくなってしまう寂しさが浮かんだ。

私がもし将来、龍神様の花嫁に選ばれたら、もう一度、姉に会えるだろうかと、考えた。
何処か、この世界じゃないかもしれないけど、遠い何処かで、あの姉の笑顔に再びと。
718 :龍神の花嫁 :2016/09/04(日) 00:02
でも、でも、でも。

姉は、龍神様の花嫁ではなかった。
この男たちに、奪われたのだ。

「………かえ…して」

恐怖を越えるその感情は、絶望だ。
絶望の色は、黒ではない。
滾るような、深紅だ。

「お姉ちゃんを!返して!!」

私は叫んだ。鈍い腹部の痛みをものともせず、全身で、心から、叫んだ。
男たちは、突然の抵抗に怯んだが、それもほんのわずかなことだった。
手首を縛られた上、両腕を一人の男に固定され、もう一人にはのし掛かられている。どれだけ身体をばたつかせても、びくともしない。
それどころか、先ほどまで人形のように硬直していた私が息を吹き返したことで、男たちはこの饗宴を楽しみ始めていた。
ニタニタと薄汚い笑みを浮かべ、もっと暴れろよ、助けを呼べよと言う。

「お前、花嫁になりたがっていたんだろう?」
「ほお、そんなに龍神が好きなのか?」
「助けてもらえばいい、大好きな龍神様とやらにな」

そうして、私の着物をはぎ取り、強引に足を開かせる。
再び恐怖が押し寄せて、気を失いそうになる。
ちらりと、相手の高ぶったそれが目の端に映る。
719 :龍神の花嫁 :2016/09/04(日) 00:02
ああ。
ああ。

もう、終わりだ。

ぐっと、そこが開かれるような感触を知り、ぎゅうと目をつぶった。

覚悟という名の絶望を受け入れた刹那。
痛みも熱も重みも遠退き、遅れて鈍い男の呻き声がした。

え?と恐る恐る目を開く。
先ほどまで私に跨がっていた男が、消えている。
いや、消えたのではない。少し先の茂みに頭を突っ込み、悶えている。
褌を晒す姿は不格好で滑稽で、同時に、何が起きたのか、把握できない。
それは私の腕を掴んでいた男も同様だったのか、私と茂みの男を交互に見た。

そのとき、一陣の風が吹いた。
つい先刻まで雲に隠れていた月が、その顔を覗かせる。

「全く」

月明かりが、世界を照らす。
そして、その人が、目の前に現れる。

「ひどいカミサマもいたもんじゃな」

静かに闇を裂くような、黒き髪と赤い瞳を持ったその人を、私は瞳に焼き付けた。
720 :龍神の花嫁 :2016/09/04(日) 00:02
-------

英雄を気取ったわけではない。
できることならばもう少し早く駆けつけたかったが、腑に落ちないことに対しての確証を得るのに手間取った。

「龍神村」と名を冠し、龍神に贄が捧げられる儀式があるのだから、当然、龍神信仰が根付いているはずだ。
だが、この村をぐるりと一周しても、その龍神を奉る立派な祠や社はない。
そればかりか、「龍」と名の付くものはなく、漸く見つけた「龍が沼」にある祠も、雨風で古びている。
この村は龍の加護を受けているとばかり信じていたが、もしかすると、その前提が違うのではと考えた。

贄として差し出された娘の家に上がり込み、強引に話を聞き出し、領主が売人となっていることを知った。
龍神の花嫁選びと称し、毎年一人、生娘を売る。
高値で売れなかったときや、買い手が気に入らなかった場合には、「龍神様はさらなる花嫁を求めておられる」と、別の娘を贄として差し出す。
あるいは、「神隠し」として、夜な夜な娘を攫うことも横行しているようだ。

何が「龍神村」だ。
おかげで娘の身体を傷物にしてしまうところだった。

「汚い手で、その子に触るな」

腕を押さえる男にそう言うと、相手は漸く事態を理解したのか、慌てて腰の刀を抜いた。
随分と遅い動作だ。待ってやる義理はない。
すぐさま相手の右側に回り込む。
右の拳を鼻に叩き込み、相手が一瞬呼吸を失った隙に胸倉を掴む。懐に入り、ぐぁんと背負う。
721 :龍神の花嫁 :2016/09/04(日) 00:03
「ぐはっ!」

遠心力そのままに、男を投げ、地面に叩きつけた。
受け身に失敗した男は白目を剥く。暫く使い物にはならないだろう。

「あ、あのっ……」

先ほどまで地面に押さえつけられていた娘が声を上げた。
白装束がはだけ、せっかくの綺麗な姿が台無しだ。そっと胸元を直してやり、手首の拘束を外す。

「ありがとう…ございました…」

震えながら言葉を紡ぐ娘の髪を撫でる。
齢十六の娘は、まだ少女と呼んでもおかしくないほどの幼さを携えている。
花嫁となるには、早すぎる。

「早く逃げた方がいい。すぐ人が来る」
「え?」
「領主はあなたを売ろうとした。ということは、買う者がいる。この龍が沼が売買の場所だとすれば」

すぐに買い手がやってくる。

そう言いかけたとき、橙に染まった篝火の列が見えた。
早速、お出ましかと肩を竦めた。
722 :龍神の花嫁 :2016/09/04(日) 00:03
「……そこにいるのは、誰だ?何をしている?」

篝火の先頭に立つ男の声には答えず、咄嗟に娘を背中で隠す。

「あなたこそ何をしていらっしゃるんです?龍神を騙り、生娘を食い物にしていた、領主サマ」

闇に照らされる火の下で、昼間見た領主の顔が歪む。
夜が再び月を覆おうとする。先ほどの男が持っていた松明を左手に、対峙する。

相手は十人弱、か。
全く。
ああ、全く。

厄介なことになった。


-------

「領主様!騙していたのですか!龍神様の花嫁になれと……この村の繁栄のために」

私を助けてくれたその人の背中をきゅっと掴みながら、叫んだ。
犯されそうになった恐怖や姉を奪われた怒りではない感情に支配される。
723 :龍神の花嫁 :2016/09/04(日) 00:03
「この村の繁栄のためだよ。謀ってなど、いない」
「繁栄するのはあなただけですよ、領主」

その人は、私に脇差しを渡しながらそう言った。
微かに、領主様の眉が上がるのが見える。どういうことか、理解が及ばない。

「永続的な人身売買。生娘を売る代わりに、あなたには富がもたされているのでしょう?」
「じゃが、私が富を得れば村は潤い、買い手はこの村に戦を仕掛けない」

段々と、言葉の意図を理解する。
そして、沸々とした怒りが沸き上がってくる。

「私は龍神村を守っているのだよ。感謝こそされ、非難される謂われはない」

途端に、はらわたが煮えくり返った。
龍神様を利用しておきながら、反省もせずに言い訳をし、自らの行いを正当化するこの男に。

思わず脇差しを抜きかけるが、すぐにその人が私の手首を握り「抜いてはいけない」と言う。

「鞘を抜く、その覚悟が、あなたにはありますか?」

それはきっと小さな声のはずだった。
だけど私にはひどくはっきりと聞こえる。
724 :龍神の花嫁 :2016/09/04(日) 00:04
「覚悟がなければ抜いてはいけない。刀は時に、己を殺しますよ」

まるで身体中に共鳴するような深い響きに、震える。
その人は領主に、声を向ける。

「私はこの村のことなど興味はない。が、あなたを赦すことは信条に反する」

だから。
と声が聞こえた気がした。
その人は腰の刀に右手を添えた瞬間、その姿を消した。

目にも映らぬ速さ、という言葉を聞いたことがある。だが、実際に目にしたのは、今日が初めてだ。
ひとつに結わった黒髪を靡かせたその人は、次から次に相手を斬っていった。
いや、正確には斬っていない。
その人は鞘を纏ったままの「栫」で相手の腹部や頸椎を打撃し、気絶させていく。
その身のこなしが、あの日見た、銀の鱗を纏って豊かな体躯で空を泳いだ龍神様に重なる。

まさか。
まさかこの人が、我が村の守り神の―――

「鞘師、か」

領主の手先と思しき黒衣の数が半分ほどに減ったとき、その声が聞こえた。
「さやし」とは、いったい何のことだ?

「黒き鞘、龍の鱗の鍔、朱色の柄巻の太刀栫…そして何より、貴様の紅い瞳―――」
725 :龍神の花嫁 :2016/09/04(日) 00:04
その人はふっと顔を上げる。

「先の戦で途絶えたと聞く、鞘師の生き残りか」

領主の問いに、その人は答えなかった。
ただ、刀の柄を持つ手が、少し震えているようにも、見えた。


-------

刀を作るには、さまざまな行程を重ね、多くの技術者の知恵が必要となる。
鍛冶師、白銀師、研磨師、そして、その中に刀を守る鞘を拵える、「鞘師」という職人が居る。

二百年前、西の地で起きた戦は、多くの職人の命を奪った。
戦自体ではなく、その後に起きた「裁定」の地で、だ。
戦を引き起こす原因となる武器の製造に関わる者を処罰する、何とも極端な裁定があり、刀を守るはずの鞘師もまた、裁かれた。

武器の製造に関わった者、という定義はあまりにも曖昧で、火薬や銃器はその対象には入らなかった。
狩りに使用される武器は対象外とか、遠距離で人を明確に狙うわけではないとか、たくさんの言い訳が並べられて。

結局は刀を駆逐したかっただけなのだと思う。
古臭い伝統に縛られた、時代遅れの武器そのものを。
外来製のものを次々と受け入れる体制への批判を恐れて。

「いずれ滅びるお前たちが、我が村に何の用だ?」

いつの間にか、領主は銃を構えていた。
外来製の六連式のそれは、この距離で避けられないものではない。
あまり見たくはなかった、我が師たちを追い込んだ武具に、舌打ちしたくなる。
726 :龍神の花嫁 :2016/09/04(日) 00:05
「用などない。此処には旅の途中で通りかかっただけだ」
「通りすがりの旅人が人助けか?」
「信条に反する、と言ったはず。龍神だの、あなたの企みだの、この村の存続だのはどうでもいい」
「信条を無視して通り過ぎろ、と言っても無駄のようだな」

最初から、そのつもりだ。
相手が引き金の指に力を込めたのも束の間、真っ直ぐに領主へ向かう。
刹那、相手は怯み、銃身が歪む。
引き金が引かれる。避けるまでもなく、弾は逸れる。

黒衣の従者が飛び出してくる。刀を振り翳す男たちに、嫌気がさす。
貴様等の手に持つそれを鍛えたのは誰だ?
駆逐したのは誰だ?
我が師を殺したのは、誰だ?


鞘師の心得など知らない。先祖が滅びたのは、刀を守ることばかりを考え、自らの身を守る術を知らなかったからだ。
裁定が行われたとき、自分はまだ齢十もなかった。
幼いから免れることができたが、鞘師達も、銃器製造者達のように、言い逃れをすればいくらでもあったはずだ。
それをしなかったのは自らの落ち度であり、失態だ。
鞘師が追われたことも、師を殺されたのも、悔しいが、受け入れてはいる。

だから、これは逆恨みではない。

自分自身のために、今、栫を振るうのだ。
727 :龍神の花嫁 :2016/09/04(日) 00:05
そのときだ。
後方で、闇をつんざく悲鳴がする。
振り返ると、彼女のこめかみに、それが押しつけられていた。
あまり見たくはなかった、我が師たちを追い込んだ武具の一つである外来製の銃に、舌打ちしたくなる。

「栫を離せ、鞘師の生き残り」

贄の少女は、押し付けられたら鉄の塊に震え、今にも泣きそうな瞳を見せる。
自分の身に次々と降りかかる災厄と、そして把握しきれないほどの現実への怯えは、痛いほど伝わる。

「撃つぞ?」

少女を盾にしているのは、彼女に跨がり、穢そうとしたそいつだ。
右側頭部に一撃を与えたはずだが、踏み込みが浅かったのか、思ったより早く回復したようだ。
一度は寝ようとした相手に銃を向けるなど、こいつらにとって、「女」とはその程度なのだろうな。

今、この場で栫を離さねば、彼女は撃たれるだろう。
そうなれば、守るもののなくなった自分は、より自由に動くことができる。
だが、己の性格上、そこまで割り切る冷淡さは持ち合わせていない。
こういう「優しさ」とかいうものは、きっと刀を振るう者としては致命的なのだろう。
だから己は、「鞘師」なのだと、自覚した。

背中に、領主の向けるそれの気配も察する。
迷う余裕もないなと、ゆっくりと刀を地面に置き、両の手を挙げた。
武器を離したことで、男たちの間の空気が変わった。
728 :龍神の花嫁 :2016/09/04(日) 00:05
「そのまま、動くな。俺たちが行くまで、動くな」

黒衣の従者たちが、じりじりと、領主の元へと集まる。
まるで死体に群がる蠅だ。下衆どもめ。
彼女は恐怖の瞳のまま、男の盾となる。
その目から、決して、逃げない。逃げては、いけない。

「さやし、さんっ……」

泣きそうな声に、答えられない。
だが、精一杯に、応える。
どうか、伝わって。

待ってて。必ず、助けるから―――


男たちが一塊になった瞬間、微かに空気が緩んだ。張りつめていた緊張の糸が途切れた音を聞く。
仲間が居れば安心とでも思ったか、莫迦め。
此処からの距離は約十尺ほど。さほど遠いものではない。
即座に地面の栫を握り締め、右足を蹴り上げる。

「貴様ッ!」

虚を突かれた男たちの動揺を振り払うように、舞う。
けたたましい銃声を避ける。一度身を屈め、即座に突き上げる。一人の顎を砕いた後、すぐに翻し、別の男の左側頭部を叩く。
頭蓋が割れたような音がする。不殺の誓いなど立てちゃいないが、あまり好みの音ではないなと思う。
729 :龍神の花嫁 :2016/09/04(日) 00:06
夜風が吹き抜ける。銃弾が頬を掠める。
迷わない。恐れない。
右足を強く踏み込み、脳天に栫を叩き込む。

「かまわん!娘を撃て!」

領主が叫ぶ。盾にしていた男が怯みながらも力を込める。
間に合ってくれと身体を捻る。

刹那。
動植物の呼吸が途絶えた。
先ほどまで啼いていた風が止み、星の輝きが失せる。
生きていた世界がひとつ震え、そして死んだように静まる。
今までにない感覚に足が竦む。
何かが来ると直感し、振り返る。

「沼が……」

男たちもその感覚を知ったのか、銃を持つ手が震えていた。
その場に居る者たちの視線は、龍が沼に集まる。
底なし沼の中心に、波紋が広がっていく。同時に、微かに泡が立ち始めた。
世界が息をするのを忘れたのに、沼だけが、呼吸を始めた。

ぞくりと背中が震え、まさかと思う。
そしてその直感は、幸か不幸か、的中する。
730 :龍神の花嫁 :2016/09/04(日) 00:06
沼の中央に立った泡が、一瞬、引く。
直後、泥水の柱が、そこにそびえた。

「うそ……じゃろ?」

思わず、笑ってしまった。
信じていなかった。そんな伝説、あるわけないと。
単に領主が利用していただけだと。

「龍神様!」

泥水に汚れながらも、その姿ははっきりとわかった。
沼から顔を出したそれは、全身を覆う銀の鱗、すべてを切り裂くような鋭い牙と爪、豊かな白い髭をたくわえていた。
静かに、こちらを睨みつけるその瞳に嘆息を漏らす。

この村には本当に、龍神がいるようだ―――


「莫迦な!」

領主はそう叫びながら腰を抜かした。
従者たちも、初めて目にする得体の知れない化け物に、どのように対処してよいのかわからなくなっている。
これではもう、売買どころではない。

龍は大きく口を開ける。
口先から奥まで、びっしりと白き牙で覆われたそこから、地を震わせる、声を上げた。
世界の隅々まで響くような咆哮に、いよいよ従者たちは逃げ出した。
盾にされていた娘は突き放され、慌てて身体を抱きとめる。
731 :龍神の花嫁 :2016/09/04(日) 00:06
「ま、待て、お前たち!」

腰が抜けた領主が一人、そこに取り残される。
銀の龍と、似非龍神が、対峙する格好となった。
領主はじりじりと後退する。龍は天高く見下ろし、再び口を開いた。
小さな獲物を食わんと、領主に向かって頭を寄せる。

「龍神様!!」

大口で、その小物を呑み込まんとしたとき、腕の中の贄の娘が叫んだ。
龍はぴたりとその動作を止め、ゆっくりと口を閉じた。
あの龍、言葉が通じるのかと眉を顰める。
龍は今にも人を射殺しそうな瞳で、こちらを睨みつけていた。
数々の殺意を持ってきた武士を相手にしてきたが、今この肌で感じるものは、その比ではない。
眼力だけでこの威圧感は、初めてだった。

「あなたを穢してしまって申し訳ございません…」

娘はそんな恐れさえも抱いていないのか、龍に対して、優しく話しかける。
いや、畏れるが故に、請うのか。
此処にある、自らの想いを。

「ですが、どうかその人を、殺さないで……あなたの血を、誇りを、穢さないでください」

どうか、どうかお願いしますと娘が頭を下げるのと、領主が醜く泡を吹き、気を失ったのはほぼ同時だった。
龍は、地に伏した領主を一瞥したが、それ以上、危害を加えようとはしなかった。
怒りに満ちた瞳から光が失せ、まるで虫けらを見るように冷めた色に変わる。
自らの誇りを侮辱した、汚らわしいものに対する怒りや憎しみを抱く方が、愚かだと気づいたのかもしれない。
732 :龍神の花嫁 :2016/09/04(日) 00:07
こちらを静かに見つめた後、その身体をゆっくりと沼へ沈めようとする。

が、様子がおかしい。
棲み処に戻ろうとする龍が、苦々しく顔を歪める。
まるで毒でも飲んだかのような反応に、まさか毒矢でも受けたのかと周囲を見回す。
辺りには誰もいない。一体何が起きたのか。
龍の異変に、娘が腕の中で「龍神様!」と暴れる。

直後、龍の鱗の隙間から、淡い光が漏れ始めた。
銀の鱗が剥がれ落ちたかと思うと、光は沼を包み、そして放たれた。
同時に鋭い風が吹き、思わず腕で顔を覆う。
世界が呼吸を取り戻す。
色をつけた空間に目を凝らすと、龍神が消えている。
何が起きたのか把握する前に、贄の娘が走り出す。

「龍神、様……?」

慌てて追いかけると、沼の縁に、白い着物を纏った少女が倒れていた。
先ほどまでは存在しなかった姿に、まさかと思う。

「この人が……龍神?」

贄の娘はその問いには答えず、少女を腕に抱いた。
少女は短く息を吐き、虚ろな目のまま、それでも微笑んだ。

全く。
今日はどうしてこうも厄介なことばかり起こるのだろうと思いながら、茂みに置いてきた皮袋を取りに行った。
733 :龍神の花嫁 :2016/09/04(日) 00:07

-------

「龍神信仰が途絶えたのは、百年ほど前だったのですか」
「ええ……でも、仕方ないことです。人は、見えないものを信じようとはしませんから」

皮袋の水を飲ませ、常備している薬草を口に含ませると、その人はゆっくりと話し出した。
龍として生きていた相手に「その人」と言うのは筋違いかもしれない。
が、確かに目の前にいるのは、人であり、少女だった。いや、女性というほうが正しい。
柔らかそうな黒い髪で隠れた先には、夜の闇を吸い込んでしまいそうなほどに深い瞳がある。
肌は透き通るほどに白く、太陽が昇れば、きっとその光を跳ね返してしまうのだろう。
筋の通った鼻、小さな薄桃の唇、どこを切り取っても、一国の姫のようだった。

この人が、先ほどまで領主を食わんと暴れていた龍とは、俄かには信じがたかった。

「今日実体を保てたのは幸運でした。あの姿で沼の外に出たのは、何年振りかでしたから」
「実体とは、龍の姿のことですね」
「ええ、七十年ほど前から“力”が弱まってしまったのですね」

そう語る龍神を、贄の娘がじっと見つめる。
どう声を掛けて良いのか分からぬまま、ただ静かに話を聞く姿から、彼女がこの村の唯一の信仰者なのだと納得させた。

「信仰が、あなたの存在に直結していた、と」
「人々が私を信じなければ、私は消えるだけです。少なくとも、あの姿でいることは、難しいでしょう」
734 :龍神の花嫁 :2016/09/04(日) 00:08
この村には、もう、龍神信仰はない。
恐らく村人も、何処かで贄の売買には気付いていたはずだ。龍神は存在せず、領主が生娘を売ることで村を存続させていると。
だが、誰も反論できなかった。
反論は血を流し、死を呼び、贄は続く。

「でも!」

堪らなくなったのか、贄の娘が口を開いた。

「龍神様は…助けてくださったじゃないですか…私を、あのとき!」

娘はそうして、この沼に花を摘みに来た日のことを語った。
幼い頃、姉の誕生祝にと桔梗を摘み、道を失くして泣いているときに助けてもらった日のことを。

龍神は目を伏せ、「精一杯でした」と首を振った。

「昔から、沼までの道は入り組んでいて、迷い人も多かった。
そのたびに村の入口へと運んでいたのですが……あなたを運んだのが、最後でした」

そして、と龍は言葉を切る。

「それからはいつも、沼の中から黙って見ていたんです」

その後に続く言葉を想像するのは容易い。

「此処で、娘たちが売られていくのを」

龍神信仰を語った、贄を差し出す秘祭。
それは、反吐が出るほどの、美しい考え方だ。
村人たちは、娘を差し出す事が、村の繁栄や平和が保たれる唯一の方法と信じているのだ。

それが彼らの「世界」だから。
735 :龍神の花嫁 :2016/09/04(日) 00:08
「……あなたはどうする?」

唇をかみしめていた贄の娘に、そう声を掛けた。

「あそこにいるカミサマを、赦すのですか?」

娘は、気絶した領主を娘は見た。
自分自身は、もう、あの領主に興味はない。
縛って村人の前の差し出し、龍神信仰と称した人身売買の真実を説いても良いが、この村にはもう、信仰はない。
きっと差し出したところで、村人はこの男を血祭りにあげないだろうし、赦すだろう。
「龍神村」の存続自体を揺るがす出来事ではあるが、誰も何も、声は上げないはずだ。

それでも、娘が望むのならば、頭蓋を砕いても構わない。
自分を犯そうとし、大切な姉を奪った領主を赦せないのなら、首を刈っても、良い。

娘は暫く領主を見た後、こちらに向き直り、かぶりを振った。
それは予想外の行動ではなかった。
何となく、この娘はそうするだろうと直感があり、それ以上は何も言わなかった。

「…村を、出ようと思います」
「宛はあるのですか?」
「いえ…でも、もう、此処にはいられません」

賢明な判断に息を吐き、あなたは?と龍神に目を向けた。
まさか自分の話が及ぶと思っていなかったのか、龍神は大きな瞳をさらに丸くする。
先ほど、射殺しそうなほどの威圧感を放っていた瞳だが、今は柔らかくて、可愛らしく輝いている。
もしかすると、普段はこのように、優しい瞳なのかもしれないと思う。

「信仰によってあなたの実体が描けるのなら、龍神を信じていた彼女の傍に居れば、その姿を保てるのではないですか?」

その言葉に、はっとしたように娘は龍神を見る。
「信仰」が龍神を形成するならば、理論上はそうなる。
736 :龍神の花嫁 :2016/09/04(日) 00:08
もちろん、確証はない。
「信仰」という曖昧で不確かなものでしか繋げない姿を、永続的に保つことは難しいかもしれない。
たとえ、娘の信仰があって実態を持てたとしても、それは一時的なものだ。
娘の寿命が来れば、いずれは、龍神も、果てる。

「動けないのです、此処から」

そんな事を考えている内に、龍神はそう答えた。
言葉の意味を砕けずにいると、彼女は古びた祠を見つめた。

「あの祠の中に、玉があります。それが、私とこの土地を結ぶ…いわば緒のようなものなのです」
「……信仰がなくなっても、縛られ続けるのですか?」

娘が震えながら口にした。
龍神は卑屈に笑い、自分の前髪を撫でる。

「それが、私たち龍族と人々との血の証ですから…誰もが忘れてしまった、最初の約束です」

信仰がなくなったにもかかわらず、龍神が此処に留まっていた理由が漸く理解できた。
離れたくても、離れられなかったのだ。
地主神として古くに祀られ、この村を守ってきた龍神は、人々から崇められていたはずだ。
その時に交わした約束が、今もなお、生きている。
たとえ、人々が忘れてしまったとしても、龍神の中には、その血が流れている。
その身体に埋め込まれた血の楔が、龍神に云う。

この村を、護れ、と―――
737 :龍神の花嫁 :2016/09/04(日) 00:09

「………約束とは、双方の同意のもと交わされるものです」

奥歯を噛みしめながら、その祠へと向かう。
贄の娘だけが掃除をし、清流の水を注ぎ、桔梗の花を添えていた龍の祠。
荒々しく手を突っ込み、注連縄を剥ぎ取り、竹筒を倒した。
あ、と後ろから娘の声が聞こえたが、気にも留めずに、祠の中を探る。
すると、祠の奥に、何かがあった。
賽銭箱にも見えたが、それにしては小さく、それでいて頑丈だ。
檜で作られた奉納の箱を、ゆっくりと引きずり出す。禍々しい空気に触れてしまい、身体が震える。

「一方が盟約を破ったのなら、それを律儀に守り続ける必要はない」

神をも畏れぬ行為、と言われても仕方がない。罰当たりと思われるかもしれない。
だが、構わない。
この土地の神は、すぐ後ろに居る。
祟りも、呪いも、甘んじて受け入れよう。

太刀栫を腰に構え、柄に手を翳す。

「さやしさん……その刀……」

何か言おうとした贄の娘を、龍神が制した気配を知る。
先ほどまで一度も抜かなかったその刀に、静かに意識を集中させる。

東の空が色を取り戻し、太陽が朝を連れてくる。
鳥が飛び、木々が囁く。
738 :龍神の花嫁 :2016/09/04(日) 00:09
ゆっくりと、刀を、抜く。
表裏の揃った独特の刃紋を目にする。

「龍神、あなたはもう充分、この土地を護った」

だから。
これからは、あなたが護りたいものを、護ってほしい。

刀を振り上げ、一気に、振り下ろした。


木箱の中にあった玉が綺麗に割れるのを見届け、鞘に納めた。
ふぅと息を吐き、龍神を向く。
龍神は何度か、自分の手を開いたり閉じたりを繰り返していた。

「……何か、変化はありましたか?」

色よい返事を期待していたのだが、龍神は首を傾げた。
予想外の反応に、思わず笑ってしまいそうになる。
が、そのようなものかもしれないとすぐに思考を切り替えた。

信仰が時とともに薄れるならば、血の約束も、果たしてどこまで有効だったのかは定かではない。
もしかすると、彼女が縛られていると信じていただけで、実際には、もう約束の緒は、斬れていたのかもしれない。
739 :龍神の花嫁 :2016/09/04(日) 00:09
「ありがとうございます…何と、御礼を言えば…!」

贄の娘がそう頭を下げた。
本当に彼女は、龍神の心配ばかりするのだなと思う。
同時に、まさに今回の贄は、龍のために捧げられたようにも感じた。

ああ、彼女は。
龍神をこの土地から解放するための、花嫁だ―――

「鞘師さん」

龍神もまた三つ指を吐き、「ありがとうございまし」と頭を下げた。
冗談じゃない。神にさせる行為ではないと「頭を上げて…」と肩を抱く。

「あなたのおかげで、私は自由になれたのです」
「私は何も…」

龍神の柔らかい声を聴きながら、やはりこの人は、神だと感じた。

「……もうあなたも、何処へでも行けます」

ずっとこの土地を護ってきた地主神は、今、漸く解放された。

「あなたは、どちらへ?」
740 :龍神の花嫁 :2016/09/04(日) 00:10
龍神と娘を何とか立たせると、先ほど自分が問うたそれを返された。
どう答えるか逡巡したが、結局、「探しているんです」と言う。
隠しても、仕方のないことだ。

「自分と同じ、鞘師を」

私たちはいずれ、滅びゆく種族だ。
先の大戦でその半数以上が姿を消した。

でも、だからこそ、見つけたい。
自分以外に、鞘を護る宿命を持った人を。

見つけたところで、どうにかなるわけではないし、決して鞘師を再興しようとも思わない。
それでも旅をするのは、自らに流れる血がそうさせるのだろうか。

「お伴しても、良いですか?」

そう口にしたのは、娘だったか、龍神だったか。あるいはほぼ同時だったのかもしれない。
私はなぜか、肯定も否定もせずに、そしてさほど考えもせずに、歩き始めた。
まるでこうなることを、何となく予想していたかのように。
後ろから、娘と龍神がついてくる。
741 :龍神の花嫁 :2016/09/04(日) 00:11
「……ところで、あなたの名前は?」

東へと歩きながら、昇る朝日に目を細める。
問われた娘は、「美希、です」と返した。その響きはとても可愛らしく、思わず何度か口にしたくなる。
そういえば龍神にも名はあるのだろうかと思いながら振り返る。
龍神は私の想いを感じ取ったのか、問われる前に、そっとその名を口にした。
春に咲く、美しい花の名前と同じそれは、あまりにも意外過ぎて、言葉を失う。

「変、ですか?」
「いえ……ただ」

その、お二人とも、可愛らしくて。

そう言うと、二人はくすくすと笑う。
私は動揺を隠すように、少し歩幅を大きくした。

朝陽に照らされ、三つの影が、伸びる。
742 :雪月花 :2016/09/04(日) 00:12
以上になります
予想以上に長くなりましたが一度書いてみたかったなんちゃってファンタジー(?)です
お気に召しますと幸いです

ではまた!
743 :名無飼育さん :2016/09/10(土) 20:35
可愛い人、かっこいい人、少し不思議な人のその後の旅も気になりますw
素敵なファンタジーをありがとうございました
744 :雪月花 :2016/10/07(金) 23:55
モーニング娘。’16秋ツアー、集大成だなぁと感じる雪月花です
最終日の武道館は、どんなVISIONが見えるのか、楽しみです

>>743 名無飼育さんサマ
ありがとうございます。
1年くらい前から書きたいなぁと思っていた話ですのでお気に召されたようで何よりです
ファンタジーは得意ではないのですが…w いつか続けば良いなぁと。


今回は誕生日という事で。
滑り込みです。
745 :runway :2016/10/07(金) 23:56
ダンスレッスンのあと、明日のミーティングを行った。
集合時間と場所を確認し、「寝坊しないように」と念押しされる。
明日も朝早い。メンバーたちは早々に着替えて帰っていく。
野中美希もそれに倣おうとしたが、いったん洗面所で顔を洗った後、再びレッスン場へと戻った。

「まだ残るの?」

マネージャーにそう問われ、静かに頷いた。
普段から練習熱心な美希の態度に、マネージャーは「ほどほどにしなさいよ」とあっさり部屋を出ていった。

美希は首のタオルを投げ捨て、部屋の真ん中に立つ。
誰もいない部屋には、スニーカーの音さえもよく響く。
鏡の中の自分を見つめる。睨みつける、というほうが正しいかもしれない。
746 :runway :2016/10/07(金) 23:56
美希は何かを決心し、踵を返した。
部屋のドアをそっと開け、廊下に誰もいないことを確認する。
鍵をかけようかとも思ったが、万が一、見つかったときに言い訳しにくいなと、やめた。
確信犯的な行動に見えるのは、避けたかった。妙な悪知恵を働かせるのは、あまり良くないのだが。

念入りに屈伸をし、手足をぶらつかせる。
レッスン場のひんやりとした、空気が、美希を包み込む。

部屋の端へと移動し、すっと息を吸う。
たっ、と地面を蹴り上げ、助走。
床の目に沿うように走り、そのポイントで力を込める。
両腕をしっかり伸ばす。
ぐるり、と回転する。
一瞬、全身が自由になる。
手のひらで、しっかりと地面を叩く。
蹴り上げた両脚が天井に正対し、ぴんと伸びる。
そのまま両脚で再び着地する。
747 :runway :2016/10/07(金) 23:57
自分でも納得のいく、ロンダートだった。
間髪入れず、体勢そのままに、下半身に力を込める。ひざが曲がっている。このまま思いっ切り伸ばせば、回れる。
勢いがついている。スピードはある。距離もある。大丈夫。回れる。
回れる。回れる。回れる!

だが、美希はその体勢のまま、動けなくなった。
ロンダートを完成させただけで、次の技に移行できない。
はぁと息を吐き、呪縛から解けたように前髪に触れる。
大丈夫、まだ1回やっただけだ。時間はある。
そう言い聞かせながらもう一度、先ほどの場所へと戻った。

静寂にひびが入った部屋は、少し熱をおびえていた。恐れぬようにもう一度、助走をつける。
だん、と強く蹴り上げた。先ほどよりも早く、回転。両手が床をとらえる。

同じようにロンダートをしっかりと決める。良い体勢で着地できた。
今度こそ、と思う。
もたもたせずに、意識を上に向ける。
飛べる。いける。回れる。回れる!回れる!回れる!

だが、美希は結局、回れなかった。
曲げた体を伸ばそうとした途端に、負のイメージがよぎってしまう。
恐怖にも似たそれは、己の身体に纏わりつき、力を奪い、勇気をもぎ取り、代わりにこれでもかと「無力」を押しつけてくる。
748 :runway :2016/10/07(金) 23:57
何が間違っているのか、分からない。
幼い頃から何度も練習し、何度も成功させてきた技―――バク転。
ロンダートからの流れるようなバク転を決めるのが得意だった。コンサート中にも何度か披露したことがある。
それが今、全くできなくなっていた。


去年の12月に手を、そして1月に脚をそれぞれ怪我をした。
それはアクロバットの練習をしていたからではない。単純に階段から落ちただけという、自分の不注意が招いたことだ。
だけどそれを機に、美希はアクロバットを披露することが減った。
というよりも、失われたという方が正しい。

やっと、やっと自分らしさを見つけて、活躍できる機会だった。自分の居場所を、此処に居ていいんだという証を、手に入れたのに。
それを自分の失敗でいとも簡単に失ってしまった。
それだけなら、まだ良い。自分のミスが招いたことだ。
だが問題は、あの日から、全く回れないことだ。

ロンダートは決められる。
それでもバク転が決まらない。
失敗のイメージがついてまわり、雁字搦めにして、美希の動きを鈍らせる。
何が原因なのか分からないまま、美希は再度、地面を蹴り上げる。
749 :runway :2016/10/07(金) 23:58

もしまた、アクロバットを任せる機会が訪れたとき、飛べないなんて知られたら、今度こそ、その機会は失われると覚悟していた。
期待に応えられないどころか、裏切ることなんて考えたくない。
焦りばかりが先走り、気合いだけが空回りする。
回りたいのは自分の全身なのに、肝心の両足は、地面を蹴り上げてはくれない。

ロンダートとバク転では、技の難易度もだいぶ違う。
それは理解しているが、失敗するのではなく、そもそも飛べないのは厄介だった。
その理由を、何となく美希は理解している。


―――「武道館、野中はアクロバット禁止」


―――「春ツアー、しばらく野中は、ステージの端で座ってパフォーマンスね」


それは当たり前の結果だ。
だが、大事なときに、美希はメンバーと同じ立ち位置には居られなかった。
敬愛する鞘師里保の、モーニング娘。’15単独ツアーのラスト2日間。
大切な先輩を見送る場で、完全なパフォーマンスはできなかった。
念願のヒューストンでLIVEをしたときも、モーニング娘。’16の船出の春ツアーも、ステージで楽しそうに歌い踊るメンバーの輪に、入れなかった。
750 :runway :2016/10/07(金) 23:58
自己責任だ。分かっている。誰のせいでもない。自分の不注意が招いたことだ。
それを、もう二度と、繰り返したくない。
また怪我をしてしまうかも知れないという恐怖が、身体を鈍らせる。

せっかくの自分の可能性を閉じてしまっているという負の連鎖も、止められない。
怪我をしたくない。でもまた、得意だったアクロバットを決めたい。

相反するふたつの気持ちがせめぎ合い、結果的に、大人の目を盗み、一人での練習を禁じられているにもかかわらず、美希は勝手な「自主練」をしていた。
良くないこととは、理解しているのに。
もう一度、あと一回だけ、と、美希が部屋の端に移動したとき、扉がノックされた。
後ろめたさを抱えているとき、人はとかく臆病になる。びくっと体を震わせて振り返ると、「おつかれー」と彼女が入ってきた。

「……帰られたんじゃ、なかったんですか?」

動揺を隠しながら、言葉を選ぶ。不自然さはないはずだと深呼吸しながら。

「うん、そのつもりだったんだけど、気になってさ」

小田さくらは、自主練をしに来た訳ではないようだった。
服は普段着だし、鞄も持っている。
このまま帰るはずの彼女がどうして戻ってきたのか、不思議でならない。
まさか、見られただろうかと、不安が押し寄せる。
751 :runway :2016/10/07(金) 23:58
「……ちぇるし、勝手にアクロバット練習してたでしょ?」

果たして、その不安は的中した。
なんと切り返そうか悩んでいると、「ドアの外から見てたから」と、さくらが扉を指さす。
扉には外からでも中の様子が分かるように小さなガラスがはめ込んである。言い訳のしようもない。

「どうして、見ていたんですか?帰ったと思っていました」
「あ、アクロバットしてたの認める?ダメだよ、一人で練習は禁止じゃん」

さくらは少しだけ怒るような声をして、だけど優しい瞳のまま話しかける。
言い訳するつもりはそもそもなかったし、このままマネージャーなどに話をされては、きっとひどいお説教が待っているのだろうと覚悟していた。
だからというわけではないが、美希は素直に「ごめんなさい」と謝った。
思った以上に簡単にするりと言葉が流れた。
さくらは許すとも許さないとも言わず「気になったんだよね」と言葉を継いだ。

「ちぇるし、最近凄く不安そうな目をするからさ」

そう言われ、思わず、言葉に詰まる。

隠すのは得意な方じゃない。どちらかといえばすぐ顔に出てしまう。
プロであるならば、どんな場面でも冷静に対応しなければいけないのに。
自分の焦りや不安が、いとも簡単に伝わっていたことに、落胆する。
私はそんなに、脆かっただろうか。
752 :runway :2016/10/07(金) 23:59
「ムリして怪我しちゃうほうが、イヤだよ」

外した視線を、ぎゅっと、戻される。彼女の声が、私を包み、逸らしたはずの勇気を拒む。
優しさもなく、強さもなく、プライドもなく、きっとそこには、意地しかない。
その意地の強さが、彼女にはある。

「ちぇる」

その、平仮名の、呼び名。優しくて、甘い、お菓子。私とはまるで違う、甘い甘い飴。
私がほしくてたまらない、恋の味。

「ちゃんと、聞いて?」

今度は、頬を包まれた。
キミのほっぺには、チェルシーが入ってるみたいだね、って、誉められているのか分からない言葉をもらったことを思い出す。

小田さんは時に、私を、絆す。

視線が絡む。逸らすことは、もう、きっと、できない。
手が震えた。彼女の前に立つと、いつも、そう。
小田さんの傍にいると緊張してしまう。認められたい想いの現れに、潰されてしまいそうになる。
いつだって、小田さんの近くにいたいと、思うがあまり、焦燥感だけが、二歩も三歩も前を行く。
753 :runway :2016/10/07(金) 23:59
「ちぇる」

彼女の言葉に、包まれる。
甘い甘い飴は、喉をカラカラにさせる。
潤したかった。今すぐに。

「どんな理由があっても、ルールはルールだからね?」

責める口調もなく、さくらは言う。
そして「はい、終わり終わり!もう帰るよー」と話を終えて踵を返す。
肩より伸びた、柔らかい髪が揺れる。一瞬で近くなり、そして離れていく。
その空間が、距離が、儚い。

美希は思わず、手を伸ばした。
その先のことは何も考えずに「小田さん」と名を呼び、引き留める。
さくらが、振り返る。大きな瞳に、情けないほどに震える自分が映る。
ああ、ちゃんと考えてから引き留めるべきだったなと今さら後悔する。
美希の手を解かれることはなく、黙って答えを、待たれていた。

言い訳は、しない。
最初から決めていた。
754 :runway :2016/10/07(金) 23:59
「………ごめんなさい」

ひとつ、息を吸い、「だから」と紡ぐ。

「だから、嫌いにならないでください」

随分と子供じみたことを言ったものだ。
だけど、それしか、できなかった。
私にはもう、そんな気持ちしか、残っていないんだ。

「小田さんと、同じ場所に、いたいんです」

さくらの背中は遠くて、その背中に追いつきたくて。それがルール違反と分かっていても、止められなかった。
その思いはきっと、うまくは、伝えられない。
彼女は困ったように笑う。「嫌いには、ならないよ」と。

「私も、ちぇると一緒に歌いたいから」

だから、怪我しちゃうのはイヤ。と今度は先ほどより強く云う。
あまりにも真っ直ぐな言葉に射抜かれ、頷く以外に為すすべはなかった。
ほっとするのと同時に、また、不安が纏わりつく。
いつになれば、ちゃんと、回れるようになるのかと。
755 :runway :2016/10/08(土) 00:00
するとさくらは「よく分からないけどさ」と前置きをし

「緊張は悪いことじゃないから」

と口にした。

「緊張してるってことは、それだけ練習してきた証拠だから」
「そう、なんですか?」
「だって練習しなかったら、緊張しなくない?何とかなると思うから練習しないわけでしょ?」

筋が通っているような、そうじゃないような、不思議な言葉だった。
それでも、緊張に雁字搦めにされた美希の身体から、さまざまな枷を外してくれるには充分すぎる言葉だった。

「あとは……そうだね、時じゃないのかもね」
「とき?」
「よく言うじゃん」

さくらはふっと、背伸びをした。
何をされるか分からぬまま、次の彼女を、待つ。と、小さな手のひらに、髪を撫でられた。
確かな温もりに、心を、解かれる。

「遠くに飛ぶためには、長い長い助走がいるんだって」

キミはまだ、助走の途中なんだよと、微笑む彼女に、射貫かれた。
756 :runway :2016/10/08(土) 00:00
もうこのまま、ずっと触れていたいと思った。
彼女に甘えて、溺れてしまいたいと願う。
子供じみたわがままを言っても、小田さんなら、赦してくれるんじゃないかって、思う。

結局口にすることはなく、彼女のくれた言葉を勇気にして、頷いた。
さくらは最後に、ちょっとだけ乱暴に髪を撫でて、離れた。急速に失われる温もりに言葉を止めて、指先を追う。
彼女の紫色の世界に、私は少しでも、参加できているのだろうかと、思う。

「じゃ、ちゃんと汗拭いて帰るんだよ。お疲れさま」

そうしてさくらは今度こそ、荷物をまとめて歩き出した。
美希は引き留めようとはせずに、それでも確かな声を上げて「お疲れさまです」と必死に返した。
背中に当たって反響し、部屋は何度か呼吸を繰り返す。

取り残されて、また空間が静寂になる。
「飛ぶための、助走」が、今なのだろうか。
いつか、こうして助走を繰り返していれば、高く遠く飛べるだろうか。
757 :runway :2016/10/08(土) 00:01
でも、その言葉には続きがある。確か、適性を見極めることが大切だと。


―――「頃合いを見極めないと、助走だけで疲れて、跳躍高度と距離が落ちる。」


苦笑して、天井を仰ぐ。
きっと私は、まだ飛べないし、回れない。

それでもいつか、大きく飛びたいと、思うんだ。
助走だけで終わるなんて、絶対に、嫌だ。
ずっと、彼女を後ろから見つめて歌うなんて、嫌だ。


彼女が出ていった扉を見つめる。
今から走れば、小田さんに追いつけるだろうか。
思い立ったが吉日のように、美希は急いで荷物をまとめて、部屋を飛び出した。
758 :雪月花 :2016/10/08(土) 00:01
以上になります。
いつかこの2人が真ん中に立つ姿を見たいなと、本当に思っています。
改めて野中美希さん、17歳おめでとうございます!

ではまた!
759 :secne-9-9 :2016/10/17(月) 15:04

「はい?、・・・ソウルメイト?・・ん?」 (好きのままでいいの?、照れながら力説?)

「そう、魂で繋がっていたいんだよ、なんかキザだけどw////」 (やべぇよ、可愛すぎです)

「・・キザだよ、ごっちんw・・照れてるし(笑)・・可愛い」

「うっさい!//、よし子とはずっと繋がっていたいんだ・・これから先、きっと色んな事がある
 あたしに恋人が出来るかもしれない・・いや多分作るw・・結婚したいし子供欲しいから・・
 何時かきっと結婚すると思う・・・・でも、あたしの心の中の女ではよしこが一番でい続ける
 ・・あたし、よし子には結婚して欲しいと思ってるんだよ?・・わかる意味?・・あのね・・
 よしこの恋人が女の人は厭なの・・・よしこを縛ってるんだ・・・言ってる意味わかるかな?
 あたし、よしこの心の中の女では一番でいたい、ずっと・・よしこの心の中にいさせて欲しい」

「・・・振るくせに我儘だな、ごっちんは」 (何年も前から心に住み続けてるんだけどな)

「だから言ってるでしょ!、あたしは我儘で独占欲が強いんです、・・・そんなごとーは嫌い?」
760 :レトロ・ゴロウ :2016/10/17(月) 15:05
ごめんなさい、間違って書き込みしてしまいました、すいません

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