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Only you ― その笑顔のために【最終章】

1 :雪月花 :2011/12/24(土) 23:16
こんにちは、雪月花と申します。

亀井さん、田中さんが主軸の『Only you―その笑顔のために』のつづきになります。
前スレはこちらです
ttp://m-seek.net/test/read.cgi/water/1315098208/

本スレは急に最終章の途中から始まっていますので興味のある方は前スレからお読み下さい。
無駄に長いうえに駄文ですが、お付き合いいただけたら幸いです。
734 :龍神の花嫁 :2016/09/04(日) 00:08
この村には、もう、龍神信仰はない。
恐らく村人も、何処かで贄の売買には気付いていたはずだ。龍神は存在せず、領主が生娘を売ることで村を存続させていると。
だが、誰も反論できなかった。
反論は血を流し、死を呼び、贄は続く。

「でも!」

堪らなくなったのか、贄の娘が口を開いた。

「龍神様は…助けてくださったじゃないですか…私を、あのとき!」

娘はそうして、この沼に花を摘みに来た日のことを語った。
幼い頃、姉の誕生祝にと桔梗を摘み、道を失くして泣いているときに助けてもらった日のことを。

龍神は目を伏せ、「精一杯でした」と首を振った。

「昔から、沼までの道は入り組んでいて、迷い人も多かった。
そのたびに村の入口へと運んでいたのですが……あなたを運んだのが、最後でした」

そして、と龍は言葉を切る。

「それからはいつも、沼の中から黙って見ていたんです」

その後に続く言葉を想像するのは容易い。

「此処で、娘たちが売られていくのを」

龍神信仰を語った、贄を差し出す秘祭。
それは、反吐が出るほどの、美しい考え方だ。
村人たちは、娘を差し出す事が、村の繁栄や平和が保たれる唯一の方法と信じているのだ。

それが彼らの「世界」だから。
735 :龍神の花嫁 :2016/09/04(日) 00:08
「……あなたはどうする?」

唇をかみしめていた贄の娘に、そう声を掛けた。

「あそこにいるカミサマを、赦すのですか?」

娘は、気絶した領主を娘は見た。
自分自身は、もう、あの領主に興味はない。
縛って村人の前の差し出し、龍神信仰と称した人身売買の真実を説いても良いが、この村にはもう、信仰はない。
きっと差し出したところで、村人はこの男を血祭りにあげないだろうし、赦すだろう。
「龍神村」の存続自体を揺るがす出来事ではあるが、誰も何も、声は上げないはずだ。

それでも、娘が望むのならば、頭蓋を砕いても構わない。
自分を犯そうとし、大切な姉を奪った領主を赦せないのなら、首を刈っても、良い。

娘は暫く領主を見た後、こちらに向き直り、かぶりを振った。
それは予想外の行動ではなかった。
何となく、この娘はそうするだろうと直感があり、それ以上は何も言わなかった。

「…村を、出ようと思います」
「宛はあるのですか?」
「いえ…でも、もう、此処にはいられません」

賢明な判断に息を吐き、あなたは?と龍神に目を向けた。
まさか自分の話が及ぶと思っていなかったのか、龍神は大きな瞳をさらに丸くする。
先ほど、射殺しそうなほどの威圧感を放っていた瞳だが、今は柔らかくて、可愛らしく輝いている。
もしかすると、普段はこのように、優しい瞳なのかもしれないと思う。

「信仰によってあなたの実体が描けるのなら、龍神を信じていた彼女の傍に居れば、その姿を保てるのではないですか?」

その言葉に、はっとしたように娘は龍神を見る。
「信仰」が龍神を形成するならば、理論上はそうなる。
736 :龍神の花嫁 :2016/09/04(日) 00:08
もちろん、確証はない。
「信仰」という曖昧で不確かなものでしか繋げない姿を、永続的に保つことは難しいかもしれない。
たとえ、娘の信仰があって実態を持てたとしても、それは一時的なものだ。
娘の寿命が来れば、いずれは、龍神も、果てる。

「動けないのです、此処から」

そんな事を考えている内に、龍神はそう答えた。
言葉の意味を砕けずにいると、彼女は古びた祠を見つめた。

「あの祠の中に、玉があります。それが、私とこの土地を結ぶ…いわば緒のようなものなのです」
「……信仰がなくなっても、縛られ続けるのですか?」

娘が震えながら口にした。
龍神は卑屈に笑い、自分の前髪を撫でる。

「それが、私たち龍族と人々との血の証ですから…誰もが忘れてしまった、最初の約束です」

信仰がなくなったにもかかわらず、龍神が此処に留まっていた理由が漸く理解できた。
離れたくても、離れられなかったのだ。
地主神として古くに祀られ、この村を守ってきた龍神は、人々から崇められていたはずだ。
その時に交わした約束が、今もなお、生きている。
たとえ、人々が忘れてしまったとしても、龍神の中には、その血が流れている。
その身体に埋め込まれた血の楔が、龍神に云う。

この村を、護れ、と―――
737 :龍神の花嫁 :2016/09/04(日) 00:09

「………約束とは、双方の同意のもと交わされるものです」

奥歯を噛みしめながら、その祠へと向かう。
贄の娘だけが掃除をし、清流の水を注ぎ、桔梗の花を添えていた龍の祠。
荒々しく手を突っ込み、注連縄を剥ぎ取り、竹筒を倒した。
あ、と後ろから娘の声が聞こえたが、気にも留めずに、祠の中を探る。
すると、祠の奥に、何かがあった。
賽銭箱にも見えたが、それにしては小さく、それでいて頑丈だ。
檜で作られた奉納の箱を、ゆっくりと引きずり出す。禍々しい空気に触れてしまい、身体が震える。

「一方が盟約を破ったのなら、それを律儀に守り続ける必要はない」

神をも畏れぬ行為、と言われても仕方がない。罰当たりと思われるかもしれない。
だが、構わない。
この土地の神は、すぐ後ろに居る。
祟りも、呪いも、甘んじて受け入れよう。

太刀栫を腰に構え、柄に手を翳す。

「さやしさん……その刀……」

何か言おうとした贄の娘を、龍神が制した気配を知る。
先ほどまで一度も抜かなかったその刀に、静かに意識を集中させる。

東の空が色を取り戻し、太陽が朝を連れてくる。
鳥が飛び、木々が囁く。
738 :龍神の花嫁 :2016/09/04(日) 00:09
ゆっくりと、刀を、抜く。
表裏の揃った独特の刃紋を目にする。

「龍神、あなたはもう充分、この土地を護った」

だから。
これからは、あなたが護りたいものを、護ってほしい。

刀を振り上げ、一気に、振り下ろした。


木箱の中にあった玉が綺麗に割れるのを見届け、鞘に納めた。
ふぅと息を吐き、龍神を向く。
龍神は何度か、自分の手を開いたり閉じたりを繰り返していた。

「……何か、変化はありましたか?」

色よい返事を期待していたのだが、龍神は首を傾げた。
予想外の反応に、思わず笑ってしまいそうになる。
が、そのようなものかもしれないとすぐに思考を切り替えた。

信仰が時とともに薄れるならば、血の約束も、果たしてどこまで有効だったのかは定かではない。
もしかすると、彼女が縛られていると信じていただけで、実際には、もう約束の緒は、斬れていたのかもしれない。
739 :龍神の花嫁 :2016/09/04(日) 00:09
「ありがとうございます…何と、御礼を言えば…!」

贄の娘がそう頭を下げた。
本当に彼女は、龍神の心配ばかりするのだなと思う。
同時に、まさに今回の贄は、龍のために捧げられたようにも感じた。

ああ、彼女は。
龍神をこの土地から解放するための、花嫁だ―――

「鞘師さん」

龍神もまた三つ指を吐き、「ありがとうございまし」と頭を下げた。
冗談じゃない。神にさせる行為ではないと「頭を上げて…」と肩を抱く。

「あなたのおかげで、私は自由になれたのです」
「私は何も…」

龍神の柔らかい声を聴きながら、やはりこの人は、神だと感じた。

「……もうあなたも、何処へでも行けます」

ずっとこの土地を護ってきた地主神は、今、漸く解放された。

「あなたは、どちらへ?」
740 :龍神の花嫁 :2016/09/04(日) 00:10
龍神と娘を何とか立たせると、先ほど自分が問うたそれを返された。
どう答えるか逡巡したが、結局、「探しているんです」と言う。
隠しても、仕方のないことだ。

「自分と同じ、鞘師を」

私たちはいずれ、滅びゆく種族だ。
先の大戦でその半数以上が姿を消した。

でも、だからこそ、見つけたい。
自分以外に、鞘を護る宿命を持った人を。

見つけたところで、どうにかなるわけではないし、決して鞘師を再興しようとも思わない。
それでも旅をするのは、自らに流れる血がそうさせるのだろうか。

「お伴しても、良いですか?」

そう口にしたのは、娘だったか、龍神だったか。あるいはほぼ同時だったのかもしれない。
私はなぜか、肯定も否定もせずに、そしてさほど考えもせずに、歩き始めた。
まるでこうなることを、何となく予想していたかのように。
後ろから、娘と龍神がついてくる。
741 :龍神の花嫁 :2016/09/04(日) 00:11
「……ところで、あなたの名前は?」

東へと歩きながら、昇る朝日に目を細める。
問われた娘は、「美希、です」と返した。その響きはとても可愛らしく、思わず何度か口にしたくなる。
そういえば龍神にも名はあるのだろうかと思いながら振り返る。
龍神は私の想いを感じ取ったのか、問われる前に、そっとその名を口にした。
春に咲く、美しい花の名前と同じそれは、あまりにも意外過ぎて、言葉を失う。

「変、ですか?」
「いえ……ただ」

その、お二人とも、可愛らしくて。

そう言うと、二人はくすくすと笑う。
私は動揺を隠すように、少し歩幅を大きくした。

朝陽に照らされ、三つの影が、伸びる。
742 :雪月花 :2016/09/04(日) 00:12
以上になります
予想以上に長くなりましたが一度書いてみたかったなんちゃってファンタジー(?)です
お気に召しますと幸いです

ではまた!
743 :名無飼育さん :2016/09/10(土) 20:35
可愛い人、かっこいい人、少し不思議な人のその後の旅も気になりますw
素敵なファンタジーをありがとうございました
744 :雪月花 :2016/10/07(金) 23:55
モーニング娘。’16秋ツアー、集大成だなぁと感じる雪月花です
最終日の武道館は、どんなVISIONが見えるのか、楽しみです

>>743 名無飼育さんサマ
ありがとうございます。
1年くらい前から書きたいなぁと思っていた話ですのでお気に召されたようで何よりです
ファンタジーは得意ではないのですが…w いつか続けば良いなぁと。


今回は誕生日という事で。
滑り込みです。
745 :runway :2016/10/07(金) 23:56
ダンスレッスンのあと、明日のミーティングを行った。
集合時間と場所を確認し、「寝坊しないように」と念押しされる。
明日も朝早い。メンバーたちは早々に着替えて帰っていく。
野中美希もそれに倣おうとしたが、いったん洗面所で顔を洗った後、再びレッスン場へと戻った。

「まだ残るの?」

マネージャーにそう問われ、静かに頷いた。
普段から練習熱心な美希の態度に、マネージャーは「ほどほどにしなさいよ」とあっさり部屋を出ていった。

美希は首のタオルを投げ捨て、部屋の真ん中に立つ。
誰もいない部屋には、スニーカーの音さえもよく響く。
鏡の中の自分を見つめる。睨みつける、というほうが正しいかもしれない。
746 :runway :2016/10/07(金) 23:56
美希は何かを決心し、踵を返した。
部屋のドアをそっと開け、廊下に誰もいないことを確認する。
鍵をかけようかとも思ったが、万が一、見つかったときに言い訳しにくいなと、やめた。
確信犯的な行動に見えるのは、避けたかった。妙な悪知恵を働かせるのは、あまり良くないのだが。

念入りに屈伸をし、手足をぶらつかせる。
レッスン場のひんやりとした、空気が、美希を包み込む。

部屋の端へと移動し、すっと息を吸う。
たっ、と地面を蹴り上げ、助走。
床の目に沿うように走り、そのポイントで力を込める。
両腕をしっかり伸ばす。
ぐるり、と回転する。
一瞬、全身が自由になる。
手のひらで、しっかりと地面を叩く。
蹴り上げた両脚が天井に正対し、ぴんと伸びる。
そのまま両脚で再び着地する。
747 :runway :2016/10/07(金) 23:57
自分でも納得のいく、ロンダートだった。
間髪入れず、体勢そのままに、下半身に力を込める。ひざが曲がっている。このまま思いっ切り伸ばせば、回れる。
勢いがついている。スピードはある。距離もある。大丈夫。回れる。
回れる。回れる。回れる!

だが、美希はその体勢のまま、動けなくなった。
ロンダートを完成させただけで、次の技に移行できない。
はぁと息を吐き、呪縛から解けたように前髪に触れる。
大丈夫、まだ1回やっただけだ。時間はある。
そう言い聞かせながらもう一度、先ほどの場所へと戻った。

静寂にひびが入った部屋は、少し熱をおびえていた。恐れぬようにもう一度、助走をつける。
だん、と強く蹴り上げた。先ほどよりも早く、回転。両手が床をとらえる。

同じようにロンダートをしっかりと決める。良い体勢で着地できた。
今度こそ、と思う。
もたもたせずに、意識を上に向ける。
飛べる。いける。回れる。回れる!回れる!回れる!

だが、美希は結局、回れなかった。
曲げた体を伸ばそうとした途端に、負のイメージがよぎってしまう。
恐怖にも似たそれは、己の身体に纏わりつき、力を奪い、勇気をもぎ取り、代わりにこれでもかと「無力」を押しつけてくる。
748 :runway :2016/10/07(金) 23:57
何が間違っているのか、分からない。
幼い頃から何度も練習し、何度も成功させてきた技―――バク転。
ロンダートからの流れるようなバク転を決めるのが得意だった。コンサート中にも何度か披露したことがある。
それが今、全くできなくなっていた。


去年の12月に手を、そして1月に脚をそれぞれ怪我をした。
それはアクロバットの練習をしていたからではない。単純に階段から落ちただけという、自分の不注意が招いたことだ。
だけどそれを機に、美希はアクロバットを披露することが減った。
というよりも、失われたという方が正しい。

やっと、やっと自分らしさを見つけて、活躍できる機会だった。自分の居場所を、此処に居ていいんだという証を、手に入れたのに。
それを自分の失敗でいとも簡単に失ってしまった。
それだけなら、まだ良い。自分のミスが招いたことだ。
だが問題は、あの日から、全く回れないことだ。

ロンダートは決められる。
それでもバク転が決まらない。
失敗のイメージがついてまわり、雁字搦めにして、美希の動きを鈍らせる。
何が原因なのか分からないまま、美希は再度、地面を蹴り上げる。
749 :runway :2016/10/07(金) 23:58

もしまた、アクロバットを任せる機会が訪れたとき、飛べないなんて知られたら、今度こそ、その機会は失われると覚悟していた。
期待に応えられないどころか、裏切ることなんて考えたくない。
焦りばかりが先走り、気合いだけが空回りする。
回りたいのは自分の全身なのに、肝心の両足は、地面を蹴り上げてはくれない。

ロンダートとバク転では、技の難易度もだいぶ違う。
それは理解しているが、失敗するのではなく、そもそも飛べないのは厄介だった。
その理由を、何となく美希は理解している。


―――「武道館、野中はアクロバット禁止」


―――「春ツアー、しばらく野中は、ステージの端で座ってパフォーマンスね」


それは当たり前の結果だ。
だが、大事なときに、美希はメンバーと同じ立ち位置には居られなかった。
敬愛する鞘師里保の、モーニング娘。’15単独ツアーのラスト2日間。
大切な先輩を見送る場で、完全なパフォーマンスはできなかった。
念願のヒューストンでLIVEをしたときも、モーニング娘。’16の船出の春ツアーも、ステージで楽しそうに歌い踊るメンバーの輪に、入れなかった。
750 :runway :2016/10/07(金) 23:58
自己責任だ。分かっている。誰のせいでもない。自分の不注意が招いたことだ。
それを、もう二度と、繰り返したくない。
また怪我をしてしまうかも知れないという恐怖が、身体を鈍らせる。

せっかくの自分の可能性を閉じてしまっているという負の連鎖も、止められない。
怪我をしたくない。でもまた、得意だったアクロバットを決めたい。

相反するふたつの気持ちがせめぎ合い、結果的に、大人の目を盗み、一人での練習を禁じられているにもかかわらず、美希は勝手な「自主練」をしていた。
良くないこととは、理解しているのに。
もう一度、あと一回だけ、と、美希が部屋の端に移動したとき、扉がノックされた。
後ろめたさを抱えているとき、人はとかく臆病になる。びくっと体を震わせて振り返ると、「おつかれー」と彼女が入ってきた。

「……帰られたんじゃ、なかったんですか?」

動揺を隠しながら、言葉を選ぶ。不自然さはないはずだと深呼吸しながら。

「うん、そのつもりだったんだけど、気になってさ」

小田さくらは、自主練をしに来た訳ではないようだった。
服は普段着だし、鞄も持っている。
このまま帰るはずの彼女がどうして戻ってきたのか、不思議でならない。
まさか、見られただろうかと、不安が押し寄せる。
751 :runway :2016/10/07(金) 23:58
「……ちぇるし、勝手にアクロバット練習してたでしょ?」

果たして、その不安は的中した。
なんと切り返そうか悩んでいると、「ドアの外から見てたから」と、さくらが扉を指さす。
扉には外からでも中の様子が分かるように小さなガラスがはめ込んである。言い訳のしようもない。

「どうして、見ていたんですか?帰ったと思っていました」
「あ、アクロバットしてたの認める?ダメだよ、一人で練習は禁止じゃん」

さくらは少しだけ怒るような声をして、だけど優しい瞳のまま話しかける。
言い訳するつもりはそもそもなかったし、このままマネージャーなどに話をされては、きっとひどいお説教が待っているのだろうと覚悟していた。
だからというわけではないが、美希は素直に「ごめんなさい」と謝った。
思った以上に簡単にするりと言葉が流れた。
さくらは許すとも許さないとも言わず「気になったんだよね」と言葉を継いだ。

「ちぇるし、最近凄く不安そうな目をするからさ」

そう言われ、思わず、言葉に詰まる。

隠すのは得意な方じゃない。どちらかといえばすぐ顔に出てしまう。
プロであるならば、どんな場面でも冷静に対応しなければいけないのに。
自分の焦りや不安が、いとも簡単に伝わっていたことに、落胆する。
私はそんなに、脆かっただろうか。
752 :runway :2016/10/07(金) 23:59
「ムリして怪我しちゃうほうが、イヤだよ」

外した視線を、ぎゅっと、戻される。彼女の声が、私を包み、逸らしたはずの勇気を拒む。
優しさもなく、強さもなく、プライドもなく、きっとそこには、意地しかない。
その意地の強さが、彼女にはある。

「ちぇる」

その、平仮名の、呼び名。優しくて、甘い、お菓子。私とはまるで違う、甘い甘い飴。
私がほしくてたまらない、恋の味。

「ちゃんと、聞いて?」

今度は、頬を包まれた。
キミのほっぺには、チェルシーが入ってるみたいだね、って、誉められているのか分からない言葉をもらったことを思い出す。

小田さんは時に、私を、絆す。

視線が絡む。逸らすことは、もう、きっと、できない。
手が震えた。彼女の前に立つと、いつも、そう。
小田さんの傍にいると緊張してしまう。認められたい想いの現れに、潰されてしまいそうになる。
いつだって、小田さんの近くにいたいと、思うがあまり、焦燥感だけが、二歩も三歩も前を行く。
753 :runway :2016/10/07(金) 23:59
「ちぇる」

彼女の言葉に、包まれる。
甘い甘い飴は、喉をカラカラにさせる。
潤したかった。今すぐに。

「どんな理由があっても、ルールはルールだからね?」

責める口調もなく、さくらは言う。
そして「はい、終わり終わり!もう帰るよー」と話を終えて踵を返す。
肩より伸びた、柔らかい髪が揺れる。一瞬で近くなり、そして離れていく。
その空間が、距離が、儚い。

美希は思わず、手を伸ばした。
その先のことは何も考えずに「小田さん」と名を呼び、引き留める。
さくらが、振り返る。大きな瞳に、情けないほどに震える自分が映る。
ああ、ちゃんと考えてから引き留めるべきだったなと今さら後悔する。
美希の手を解かれることはなく、黙って答えを、待たれていた。

言い訳は、しない。
最初から決めていた。
754 :runway :2016/10/07(金) 23:59
「………ごめんなさい」

ひとつ、息を吸い、「だから」と紡ぐ。

「だから、嫌いにならないでください」

随分と子供じみたことを言ったものだ。
だけど、それしか、できなかった。
私にはもう、そんな気持ちしか、残っていないんだ。

「小田さんと、同じ場所に、いたいんです」

さくらの背中は遠くて、その背中に追いつきたくて。それがルール違反と分かっていても、止められなかった。
その思いはきっと、うまくは、伝えられない。
彼女は困ったように笑う。「嫌いには、ならないよ」と。

「私も、ちぇると一緒に歌いたいから」

だから、怪我しちゃうのはイヤ。と今度は先ほどより強く云う。
あまりにも真っ直ぐな言葉に射抜かれ、頷く以外に為すすべはなかった。
ほっとするのと同時に、また、不安が纏わりつく。
いつになれば、ちゃんと、回れるようになるのかと。
755 :runway :2016/10/08(土) 00:00
するとさくらは「よく分からないけどさ」と前置きをし

「緊張は悪いことじゃないから」

と口にした。

「緊張してるってことは、それだけ練習してきた証拠だから」
「そう、なんですか?」
「だって練習しなかったら、緊張しなくない?何とかなると思うから練習しないわけでしょ?」

筋が通っているような、そうじゃないような、不思議な言葉だった。
それでも、緊張に雁字搦めにされた美希の身体から、さまざまな枷を外してくれるには充分すぎる言葉だった。

「あとは……そうだね、時じゃないのかもね」
「とき?」
「よく言うじゃん」

さくらはふっと、背伸びをした。
何をされるか分からぬまま、次の彼女を、待つ。と、小さな手のひらに、髪を撫でられた。
確かな温もりに、心を、解かれる。

「遠くに飛ぶためには、長い長い助走がいるんだって」

キミはまだ、助走の途中なんだよと、微笑む彼女に、射貫かれた。
756 :runway :2016/10/08(土) 00:00
もうこのまま、ずっと触れていたいと思った。
彼女に甘えて、溺れてしまいたいと願う。
子供じみたわがままを言っても、小田さんなら、赦してくれるんじゃないかって、思う。

結局口にすることはなく、彼女のくれた言葉を勇気にして、頷いた。
さくらは最後に、ちょっとだけ乱暴に髪を撫でて、離れた。急速に失われる温もりに言葉を止めて、指先を追う。
彼女の紫色の世界に、私は少しでも、参加できているのだろうかと、思う。

「じゃ、ちゃんと汗拭いて帰るんだよ。お疲れさま」

そうしてさくらは今度こそ、荷物をまとめて歩き出した。
美希は引き留めようとはせずに、それでも確かな声を上げて「お疲れさまです」と必死に返した。
背中に当たって反響し、部屋は何度か呼吸を繰り返す。

取り残されて、また空間が静寂になる。
「飛ぶための、助走」が、今なのだろうか。
いつか、こうして助走を繰り返していれば、高く遠く飛べるだろうか。
757 :runway :2016/10/08(土) 00:01
でも、その言葉には続きがある。確か、適性を見極めることが大切だと。


―――「頃合いを見極めないと、助走だけで疲れて、跳躍高度と距離が落ちる。」


苦笑して、天井を仰ぐ。
きっと私は、まだ飛べないし、回れない。

それでもいつか、大きく飛びたいと、思うんだ。
助走だけで終わるなんて、絶対に、嫌だ。
ずっと、彼女を後ろから見つめて歌うなんて、嫌だ。


彼女が出ていった扉を見つめる。
今から走れば、小田さんに追いつけるだろうか。
思い立ったが吉日のように、美希は急いで荷物をまとめて、部屋を飛び出した。
758 :雪月花 :2016/10/08(土) 00:01
以上になります。
いつかこの2人が真ん中に立つ姿を見たいなと、本当に思っています。
改めて野中美希さん、17歳おめでとうございます!

ではまた!
759 :secne-9-9 :2016/10/17(月) 15:04

「はい?、・・・ソウルメイト?・・ん?」 (好きのままでいいの?、照れながら力説?)

「そう、魂で繋がっていたいんだよ、なんかキザだけどw////」 (やべぇよ、可愛すぎです)

「・・キザだよ、ごっちんw・・照れてるし(笑)・・可愛い」

「うっさい!//、よし子とはずっと繋がっていたいんだ・・これから先、きっと色んな事がある
 あたしに恋人が出来るかもしれない・・いや多分作るw・・結婚したいし子供欲しいから・・
 何時かきっと結婚すると思う・・・・でも、あたしの心の中の女ではよしこが一番でい続ける
 ・・あたし、よし子には結婚して欲しいと思ってるんだよ?・・わかる意味?・・あのね・・
 よしこの恋人が女の人は厭なの・・・よしこを縛ってるんだ・・・言ってる意味わかるかな?
 あたし、よしこの心の中の女では一番でいたい、ずっと・・よしこの心の中にいさせて欲しい」

「・・・振るくせに我儘だな、ごっちんは」 (何年も前から心に住み続けてるんだけどな)

「だから言ってるでしょ!、あたしは我儘で独占欲が強いんです、・・・そんなごとーは嫌い?」
760 :レトロ・ゴロウ :2016/10/17(月) 15:05
ごめんなさい、間違って書き込みしてしまいました、すいません
761 :雪月花 :2017/10/28(土) 15:13
投下するのが1年ぶりという事に驚いております雪月花です

今回は某所に書いていた長編の、エピローグのようなものです
設定ありきですが、本編を知らなくても読める…はずw
762 :光射す場所へ :2017/10/28(土) 15:15
マンションの前に車を停め、キーを回した。
「閑静な住宅街」という言葉がよく似合う。
まだ街は眠りに就いていて、人通りはない。大きなあくびをしながら、胸ポケットに入れていたスマートフォンを取り出す。
電話帳を呼び出し、その人にかける。
2コールほどして、相手が出た。

「お早うございます。下に着きました」

向こうから聞こえる声は弾んでいた。朝早いというのに、ちっともそんな様子は見せない。
ラジオから音楽に切り替える。
1曲目に流れてきたのは、今年デビュー20周年を迎えたアイドルグループの新曲だ。
「新しい夜明け」という、朝の目覚めに相応しいアップテンポな曲。
ボリュームを少し下げ、ハンドルを指で叩きながら、彼女を待つ。
763 :光射す場所へ :2017/10/28(土) 15:15
サビが始まろうかというときに、エントランスが開いた。
車を視界に入れると、小走りにやってくる。走らなくて良いですよ、と思ったが伝える術はない。
そうこうしている間に、彼女は助手席のドアを開けた。

「お早うございます、道重さん」

彼女が乗り込んでくると同時に、そう言った。
いつもと同じ、何も変わらない、朝の挨拶だ。この業界に居ると、朝でなくても「お早うございます」と言うのだが。

「お早う、りほりほ」

彼女もまた、いつものように返してくれる。
平凡な挨拶が、何よりのシアワセだ。

「眠れましたか?」
「んー、最近暑くなってきて寝苦しいよ。今もすっごい眠い」
「眠っていて良いですよ。少し、今日は遠出しますから」

彼女―――道重さゆみがシートベルトを締めた後、エンジンを回した。
眠りから覚めた車体が、ゆっくりと呼吸を始める。
ウィンカーを上げ、バックミラーを何度か確認する。人通りがない道を、走り出す。
朝の月が、後ろからゆっくりと追いかけてきた。

「今日何処だっけ?」
「鎌倉ですよ。写真集の撮影です」
「鎌倉って何県?」
764 :光射す場所へ :2017/10/28(土) 15:16
カーオーディオが4曲目を奏で始める頃、不意に後続の車が気になった。
この時間帯、街中を走る車は少ないからこそ、自分の後にずっとついてくる軽自動車が目に付く。
助手席のさゆみはオーディオの音量を調整している。後ろの車には気づいていないようだった。

鞘師里保は時計を見た。
此処から鎌倉まで2時間ほどを想定している。集合時間まではかなり余裕がある。
もちろん、渋滞や不測の事態を見越しての時間設定だ。寄り道している暇など、ない。
しかし、一度気になったことを放っておけない性格だという自覚もある。

仕方ないと、少し速度を落とした。
ナビに指を伸ばし、「縮小」を押す。広域な地図を把握する。
頭の中に地図を叩き込み、すぐに縮尺を戻し、慎重にブレーキを踏む。
数十メートル先の交差点を睨む。
信号が青から黄色へと変わろうとする。
左右を確認する。信号を待つ歩行者は居ない。左からトラックが来るのが見える。トラックは赤信号で止まる。

まだ交差点に進入できる距離だったが、煽られていない里保は、ブレーキを踏む。
自分の進もうとする信号が、また色を変えようとする。黄色から赤へと変わるのだ。
後ろの軽自動車は、沈黙する。
お前、今の信号、進めただろう?と煽ってこなかった。
なぜ煽らなかったのか、その理由が里保の考えるそれと一致していたとすれば、厄介だと思う。

里保の進む側の信号が赤に変わることは、即ち、対向車線が青になることを意味する。
左のトラックが動き出そうとする。ウィンカーは出していない。相手は直進するはずだ。
765 :光射す場所へ :2017/10/28(土) 15:16
目の前の信号が赤に変わる。赤は停まれ。教習所で習った。
トラックが唸りを上げる。走り出す。

瞬間、里保はアクセルを踏んだ。
ウィンカーを右に出し、ハンドルを切る。
さゆみの身体が前のめりになる。
クラクションが響く。
強引に交差点でUターンし、反対車線を走り出す。
後続にいた軽自動車は、呆気に取られる。
咄嗟にアクセルを踏み込むが、それをトラックが赦さない。
「馬鹿野郎」と叫ばれたのは、自分だったのか、軽自動車だったのか。分かりもしないまま、すぐに左折し、路地に入る。
喧騒とクラクションを背に受けながら、バックミラーを見る。

軽自動車は、交差点に立ち往生する。
もう、追ってはこれない。

「道、間違えちゃいました」

一つの安心感を手にし、そう嘯くと、さゆみは深くため息を吐いた。
何か言われるだろうと覚悟した。
先ほどの軽自動車はストーカーなのかとか、その確信があったのかとか、それにしても危ないとか。
沢山の非難を受けるだろうと思っていたが、彼女は

「キミは、おっちょこちょいだね」

そう困ったように笑っただけだった。

里保は思わず下唇を噛みたくなる。

「すみません」と道化のように笑い、スピードを落とす。

いつだってこの人は、私を護るんだと、里保は知っていた。
766 :光射す場所へ :2017/10/28(土) 15:17
-------

何かがあった後では手遅れです。
そう進言してずいぶん経つが、手立てを打つ様子を、一行に事務所は見せなかった。

「道重さゆみ」といえば、里保の勤める会社の看板モデルだ。
雑誌やテレビなどで幅広く活躍し、ブログを更新すればPV数うなぎ登り。
演技だけはNGと言い切っているが、それでも彼女は十分な仕事をこなしている。
そんなトップモデルの彼女に「熱狂的なファン」がいることは、事務所も認識していた。

だが、「熱狂的なファン」は今のところ何かアクションを起こすことはない。
さゆみの部屋に盗聴器がないか、監視カメラがないかと定期的にチェックしているが、仕掛けられた様子はないし、脅迫文が送られることもない。
ただ彼らは、「遠くから見ている」だけなのだ。

里保はマネージャーとして、そしてさゆみの隣に居る者として、彼女を護ることが仕事だった。
彼らが何かをすることはないと分かっていても、「何かが起きてから」では遅い。

里保自身、事務所には感謝している。
一度、里保は置手紙だけを残して広島に戻り、事務所を退社したことがあった。
その後、再びさゆみのマネージャーに就けてほしいと頭を下げたとき、事務所は首を縦に振った。
それは温情というよりも、人手不足という現実的な理由だったのだと思うが、裏切った信頼を回復するチャンスを与えてくれることに、感謝した。

結局この事務所は、人情があるのだろう、良くも悪くも。
767 :光射す場所へ :2017/10/28(土) 15:17
「さゆ!はよ着替えて、晴れてるけん!」

カメラマンの田中れいなの声はよく響く。
珈琲を買って戻ってきた里保は、次のシーンのための着替えが始まるのを察した。
確かに今日はよく晴れている。昨日の予報では、夕方から雨と聞いていた。撮れるカットは早めに終えておきたいのだろう。
手帳をめくる。詳しい撮影の詳細は書かれていない。
とりあえず、水着の撮影は明日だということは、把握している。

「お疲れ様です、着替えの部屋は向こうです」

さゆみに珈琲を渡しながら、試着室へと案内する。
撮影スタッフが慌ただしく準備に入る。
どれも見知った顔だが、遠巻きに一般人や近隣住民が見える。
撮影は、彼らの邪魔にならないように配慮しつつ、お互いに協力しながら成り立っている。
入らないでくださいとガードしつつも、無下に振り払うことはできない。

本来であれば「撮影ですから」と徹底してガードすべきなのだとは思う。
ただ、無暗に波風を立てるべきではない。
今の時代、あることないことがSNSで風のように広がる。
敵を増やしたくない。という事務所の薄っぺらい本音を、精一杯の作り笑顔で隠しながら、里保は前髪を掻き毟った。
弊社事務所は、無難だ。良くも、悪くも。
768 :光射す場所へ :2017/10/28(土) 15:18
里保は手帳をめくる。
3ヶ月まで先の予定が入った手帳は、彼女の多忙さを伝える。
ふと、明日の日付を目にする。仕事に追われている彼女は、「明日」のことを、覚えているのだろうか。
明日になれば、否応なしに思い出すのだろうけど。

手帳を閉じるのと、からんころんと下駄を鳴らして、彼女がやって来るのはほぼ同時だった。
薄い桃色をベースに、朝顔をあしらった浴衣は、儚く、そして美しかった。
髪はうなじを見せるように纏め上げ、漆黒の簪を差し、手には小さな籠を持っている。
一瞬、その場にいたスタッフからため息が漏れた。

モデル事務所やカメラ事務所に所属し、何人もの芸能人を「仕事仲間」、あるいは「クライアント」として間近で見ていると、目が肥えていく。
可愛いとか美人とかいう感覚は鈍っていくが、そんな私たちの感性を、彼女は今もなお刺激する。
撮影再開の合図もかかっていないのに、れいなはシャッターを切り始めてしまう。

「あ、撮らないでよぉ」

さゆみがおどけると、れいなはその手を引き、すぐに指示を出した。
スタッフ達も我に返り、慌ただしく動き出す。
里保もまた、頭を振り、意識を切り替える。緩みそうになる口元を抑え、深く息を吐いた。
どうしたって、彼女は、美しい。
769 :光射す場所へ :2017/10/28(土) 15:18
 
------

「運転大変だよね」
「慣れてますよ。それに、仕事ですから」

早朝から続いた鎌倉での撮影は、夕暮れを抑えたところで、無事に終了した。
たぶん、予想より多めのカットを撮れたと思う。
結局天気は崩れず、予定になかったシーンも撮影できた。
明日もまた撮影だ。今度は都内のスタジオと、そしてプールだ。
水着のカットに需要があることはわかっていても、里保は素直に、納得できない。

「あとどれくらい?」
「予定では30分ですが…混んでますからね。もしかすると1時間くらいになるかも」

渋滞中の運転ほど、苦痛なものはない。カーオーディオを音楽からラジオに切り替え、眠気を覚ます。
さゆみは、里保に悪いと思ってか、気を遣いながら話をしてくれる。
何度か、ムリしないで寝て良いんですよと促すが、助手席で寝ることを躊躇ってか、さゆみは話を止めない。
それでも、単調な景色が続き、亀の足のように進まない車内の空気に呑まれ、とうとう舟を漕ぎ始めた。
里保はほんの少しだけ、ラジオの音量を下げ、前を見据える。
大きく口を開けてあくびをする。マネージャーの前方不注意による自動車事故、なんて洒落にならない。
770 :光射す場所へ :2017/10/28(土) 15:19
慎重に車を転がしながら、時折背後に目をやる。朝に見かけた軽自動車の姿はなかった。
冷やかし、勘違い、諦め。
考えられることは色々とあるが、今、彼女を脅かす存在がいないことに安堵する。
いざとなれば、彼女のために身を呈す覚悟はできている。
彼女を傷つける存在は赦さない。
かつては、自分が「傷つける側」の存在であった。依頼人の仕事を遂行する、調査人、いわゆる探偵として。

育ての親が探偵業を営み、里保はそれを継いだ。継ぐ必要はないと言われていたが、なりたいものがなかった。
義理の父親の役に立ちたいという気持ちもあったのだと思う。
そこで知り合ったのが、さゆみだ。調査の「対象人」としてさゆみに近づき、騙していた。
さゆみのマネージャーとして勤めたのも、近づくための口実の一つであった。

ただの、対象人。
調査を円滑に遂行するだけの駒。
それだけのはずだったのに。
どうしようもなく、心を揺さぶられ、求め、本物の自分で接したかった。

騙している自分が赦せなくて、本当の意味で、彼女と同じ世界に立ちたかった。
同じ目線で、同じ色を見て、同じ風景で感動したかった。
771 :光射す場所へ :2017/10/28(土) 15:19
依頼を正式に断ったあと、すんなりまたさゆみの傍に居られたわけではない。
自分がこれまでしてきた罪を告白することは、並大抵の心境ではできなかった。
嘘に嘘を重ねてきた日々を否定するように、嘘のない真実の言葉を並べても、それが受け入れられるとは限らない。
拒絶されたらどうしようと、恐怖があった。
さゆみが赦したとしても、調査の対象人だった田中れいなと亀井絵里への謝罪もある。

精算は、簡単なものではなかった。
里保は何度も人を傷つけた。
もう傷つけないと誓ったのに、大切な人を泣かせ、困らせ、怒らせ、哀しませた。


―――「私も、好きだよ、りほりほ」


それでも彼女は、彼女たちは、里保を受け止めた。
まるで、赦さないという選択肢などなかったかのように、優しく抱きしめて、すべてを包み込んだ。
それがこの人の、途方もない愛情だったのだ。

20分ほど、亀のような足で進んだところで、漸く流れがスムーズになってきた。
ウィンカーを出し、車線を変更した。ゆっくりとアクセルを踏み、加速する。
背後から、ひょいひょいと月が追いかけてくる。朝も追いかけられたなと苦笑しながら、ハンドルを切る。
772 :光射す場所へ :2017/10/28(土) 15:19
ふと、空港で交わした、ガラス越しのキスが甦る。
思えば、さゆみとは口付けを交わしたことがない。
手を繋ぐのが精いっぱいで、その先へ進むことが怖かった。
「精算してから」と繰り返し、口づけという、愛情を最も確かめる行為から逃げてきた。
キスをしてしまえば、何かが終わるような気がしていたからかもしれない。
「愛情」という目に見えないものが、「行為」という形になってしまうことを恐れていたのだろうか。

それでも今、里保の中には「キスがしたい」という感情が浮かんでいた。
彼女の潤った唇に触れたい。貪りたい。その歯列を割って入って、中を蹂躙したいという欲望が、生まれた。
ひどく、俗っぽいことは自覚していた。

たぶん、飢えているんだ。
彼女を護ると誓いながらも、里保はナイトになることはできない。
生みの親からの愛情を受けられなかったからこそ、此処に在る愛情を、放したくない。焦りにも似た感情に支配される。

傷つけたくないから、焦るな焦るなと言い聞かせる。
きっと、そういうタイミングは必ず訪れる。
だからまだ、「今」はまだ。そう思って、里保はアクセルを踏み込んだ。
773 :光射す場所へ :2017/10/28(土) 15:20
-------

あと数分走ればさゆみのマンションというところで、ゆっくりブレーキを踏んだ。
普段はマンションの下で明日の連絡事項を伝えるが、あまり彼女の自宅前に長々と居座るわけにはいかない。
とりあえず此処で共有だけして、その後送り届けようと、里保はエンジンを切った。

「あと少しで着きますよ、道重さん」

高速を降りてからは、普段は使わない道を通り、遠回りをした。
さゆみが撮影中にレンタカーを手配し、行きとは違う車を転がす。「念には念」だ。
たぶん、彼女がモデルという職業を辞めない限り、今朝のようなことは何度も起きるのだろう。
彼女は、そんな世界を受け入れると決めていた。だから里保も、その世界を共に生きようと決めていた。

「んっ…ごめん、また寝てたね」
「朝早かったから仕方ありませんよ。明日ですけど、7時に迎えに来ますから」
「あー……スタジオで撮影だっけ?」

今日メッチャ頑張ったからもう良くない?とおどける彼女の視線から逃れ、手帳を読み上げる。
大した情報は、もう載っていない。

「では、早めに寝てくださいね」
「むぅー…はいはい」

さゆみが大きなあくびをしたところで、里保は「あの」と切り出した。
随分と不自然なタイミングになってしまったが、もう誤魔化しても仕方がない。
774 :光射す場所へ :2017/10/28(土) 15:21
さゆみはきょとんとしたまま、こちらを見る。大きな瞳が、こぼれ落ちそうだった。

「1日早いですけど……お誕生日、おめでとうございます」

リボンをかけた小さな縦長の箱を渡すと、彼女は「忘れてた…」と口にした。

「私、明日誕生日だっけ?」

その反応に、目を伏せる。
誕生日すら忘れてしまうほどの仕事を入れているのは、自分自身だ。
それが、彼女の望みだとしても、本当に良いのだろうかと問うことがある。
望まれることを、望むがままに叶えることが「正」であるとは限らない。
そこで「否」を突きつけることが、時には良いことだって分かっている。
分かっているけれど、自分にはできないんだ。

優しさはときに、残酷だ。
残酷なほどに優しいからこそ、私は彼女の期待に応えようとする。
壮絶な矛盾を抱えながら、私は微笑む。

「28歳、おめでとうございます」

里保の言葉に、そっかぁと深くため息をつき、彼女は笑った。
本当に、驚いた振りでもなければ、冗談でもなく、彼女は失念していたようだ。
自分の、年に一度の祝祭の日を。すっかりと、頭の中から落としていたらしい。
仕事一筋の彼女らしいと言えばそうだが。
もう少し、自分のことを大切にしてほしいとも、思う。
775 :光射す場所へ :2017/10/28(土) 15:21
その願いを、叶えるのが、仕事ではないのか。
「彼女の願い」は、イコール、「私の願い」ではない。

そうだ。
彼女を大切にしてほしいという私の願いを、叶えるのは、私自身だ。

「開けて、良い?」

彼女の問いに、頷く。解かれたリボンの先には、小さなネックレスが収まっていた。
「きれい…」と呟いた彼女に、ホッとした。良かった、気に入ってもらえるか自信がなかった。
買い物が苦手な私が、簡単に懐に入ってこようとする店員と何度も話し合いながら選んだネックレスだ。

彼女はそっと首にかける。
小さなハートを象ったネックレスは、首元でささやかに主張し、彼女の美しさに花を添えてくれる。

「ありがと…大事にするね」

彼女の笑顔に、心が、揺れた。
なぜか、そのとき、想った。
ずっと自分を護ってくれたこの人に、何かを返したいと。
今ここで誓いを立てなければ、きっとこの先、後悔してしまう気がした。
その直感の理由は、分からないけれど。
776 :光射す場所へ :2017/10/28(土) 15:22
「もうひとつ、あるんです、プレゼント」
「なになに?」

さゆみがシートベルト超しに、里保へと身体を寄せてきた。思わず身を引いてしまうが、もう、逃げない。
決めたんだ。あの日。
自分を赦してくれたさゆみの傍で、生きていこうと、決めたんだ。

「この中にあります」

里保は両の手を組んで見せた。さゆみは目を丸くする。

「目をつぶって、私が良いですと言ったら、開けてくれますか?」

今度は子どものように目を輝かせ、頷いた。その姿は、実際の年齢よりも幼く見える。
さゆみは素直に目をつぶった。
里保はひとつ、大きく深呼吸をし、シートベルトを外し、助手席へ身体を乗り出す。

覚悟、決意、誓い。
あの夜からずっと、護られてきた、想い。

「道重さん……」

もう、逃げない。
自分からも、彼女からも。この、どうしようもないほどの熱情からも。
全てが丸く収まって、ハッピーエンドになるとは限らないこの世界からも。
777 :光射す場所へ :2017/10/28(土) 15:22
矛盾だらけで、たくさんの寂しさを背負って、時間は過ぎる。
誰もがシアワセになれるなんて、哀しい嘘。

それでも、その世界で生きていくと約束した。
2人で、生きていきたいって、思ったから。

だから里保は、逃げずに、立ち向かう。

まだ目をつぶったままの彼女の頬に、手をかける。
それは、両の手を開けたことを意味する。

プレゼントは、その手の中に。

さゆみは一瞬、口を開きかけた。
それを制したのは、里保の、柔らかな、唇。

「―――」

触れるだけの、キスだった。
同じ想いを抱えていて、精算するまで交わすことのなかった、最後のピース。
もうそこには、遮るものはない。
壁も、ガラスも、空気さえも、なかった。
778 :光射す場所へ :2017/10/28(土) 15:23
長い長い時を超え、さゆみと里保は、漸く、ひとつになった。

「………」

キスは、長くは続かなかった。
ふたりとも、キスの経験はあるのに、それからどうして良いのか分からなくて。
舌を差し込むことも、啄むこともなく、ただ触れるだけで、終わった。
子どものような口づけの後、暫し、呼吸だけが、車内に残った。

その沈黙を破ったのは、「ずるいなぁ…」という、さゆみの言葉。

「そんなプレゼント、ズルいよ……」
「そうですか?」
「そうだよ…」

一生忘れられないよ、こんなの。

そんな声が、ふわりと、浮かぶ。

「……遅くなって、ごめんなさい」

清算すると決めたあの日から、バーで赦しを請うたあの日から。
そして、彼女への気持ちに色を付けたあの日から。
ずっとずっと、遠回りして、やっと見つけた、大切な、大事な、里保だけの、花。
779 :光射す場所へ :2017/10/28(土) 15:23
さゆみは深く、息を吐いた。
すん、と鼻を啜る音がした。
それがそのまま、ずっと此処に在って沈殿していた、蟠りにも似た愛情だと、気付いた。

「また、くれる?」
「……」
「誕生日、だけじゃなくて、ずっと、私に」

私に、キスを、くれる―――?

積み重ねてきた歴史の隙間に見える、微かな綻び。
噛み合わない歯車。すれ違う時間。重ならない視線。
順風満帆でなくて、出逢い方も間違っていたけれど。

そんなたくさんの時間や、記憶があったとしても。

そこからの一歩を、里保は、踏み出す。

「いつだって、あげますよ」

間違った過去を繰り返して、それを思い出と呼んで、アルバムにしまう。
その先で、紡いでいくのは、歩いていくのは、何も見えない、“未来”だ。
白紙のそこに、刻んでいこう。
確証も、保証も、自信だって、ないんだけれど。
780 :光射す場所へ :2017/10/28(土) 15:24
それでも。それでも。

「道重さん」

あなたが私を、“私”にしてくれたから。

「生まれてきてくれて、ありがとうございます」

盟約の前に、プライドはいらない。
里保は再び、さゆみに口づけた。
2度目もまた、触れるだけだった。キスのやり方を知っていても、何の意味も為さないのだと思い知る。
此処に在るのは、ただひとつの、熱だけ。
好きという、子どものような、想いだけ。

「……ありがとう」

さゆみは、微笑んだ。
そして里保を抱きしめた。
ぎゅうっと強い腕の力の中で、里保はくしゃりと笑った。
781 :光射す場所へ :2017/10/28(土) 15:24
「好きよ、りほりほ…」
「みっしげさん…大好きです」

少しずつ、生きていこう。
真っ白な世界に、五線譜を弾いて、音符を乗せて。
2人で、歌いながら、笑いながら、時に泣いて、そしてシアワセを繋いで、生きていこう。

月明かりが、夜を照らす。
きっと明日も、太陽が世界を包む。

ああ、だから。

光射す場所で、生きていこう。
782 :雪月花 :2017/10/28(土) 15:26
以上になります
無駄に長いし、道重さん誕生日からずいぶん時間も空いちゃいましたが…w
気が向いたら、某所の長編も読んでいただけると嬉しいです

ではまた!
783 :名無飼育さん :2017/12/09(土) 20:49
このお話の作者さんでいらっしゃましたか・・・。
とても温かな番外編をありがとうございます。

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