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なちよしごま

1 :セイナ :2010/08/15(日) 22:18

ここでは初めて書かせていただきます。

”Mr.Moonlight”のPVの世界で、吉澤さん視点です。

♂化に一応なっています(コラ

基本なちよし、+ごとーさん、その他大勢…(をい
69 :セイナ :2010/08/15(日) 22:59


「……おい。ここは、」

「知ってる。…キミの部屋だと言いたいんだろ?」

当たり前だ。

どいうわけか、自分の部屋の扉を開けると、この家の人間じゃねーやつが僕の部屋でふんぞり返っていた。

「……何やってんだよ、おまえ」

「…キミが僕の情報を欲しがってると思って、こうしてわざわざ来てあげたのに、そんな口利いていいの?」

……またお見通しですか。

でも久しぶりなせいか、そんな態度もムカつくよりは、あ〜こんなやつだったな、なんてどこか楽しんでいた。

「…高橋達の言う通り、少しは成長して帰ってきたみたいじゃないか」

「……まぁな。色々あったせいで、もう多少のことじゃ、驚きもしねーよ」

「あっそ。…それは良かったね」

どこが良いのかわかんねーけど…それにしたって、こいつからしてみればまだ僕なんてノミの心臓だろうからな…。

「で?安倍君は…?」

「キミも知っての通り、安倍君は矢口の要求を受けたよ。それも破格の要求にサインをしてね」

……やっぱりかよっ!

アイツのあのニヤニヤ薄気味悪い笑顔はそのせいか…。

「…なんでそこまで…」

「仕方がない…。あの矢口のやり方はハッキリ言って下衆だ。あそこで断っても、自分は損せず安倍君の上げ足は取れる」

「……美貴ちゃんか?」

「…まぁ。それが全てと言うわけじゃないけど…。きっとこれで安倍君が美貴さんを買い取らなかったとしても、他の人間に美貴さんを買わせ自分が利益を得る方法を取るだろう」

「……はぁ?意味わかんねー」

「…まぁ、まともに生きてる人間にはあんなやり方意味が分からなくて当然だよ」

……まぁ…わかりたくもねーけどな。

そう言って、後藤は簡単に説明してくれた。

「…そうなった場合、今度は他の親族をそそのかし、美貴さんと安倍君の血の繋がりを利用して、今度は分家が本家を乗っ取ろうとするんじゃないか、って僕はそう思ってる」

「……なんでそこまで安倍君の家に…」

どっちにしろ……

「狙ったら…ハイエナの如くかぶり付く、だよ」

それがアイツのやり方なのかよ…。

それほどに安倍家の財産が欲しくて…。

「もしかしたら、矢口はそれを見越して、これまで美貴さんをあの屋敷に置いておいたのかもしれない…」

「……随分、気の長いやつだな」

後藤もそれには笑って頷いた。

「でもここまで来たら、あっちの気も短くなったみたいでね…」

そう言って、後藤も困ったように両手を上げた。

それは安倍君の結婚話のことだった。


70 :セイナ :2010/08/15(日) 22:59


「……ひとみ様?」

「……なんだよ」

リビングでボーっとしてると、不意に新垣に声を掛けられた。

「い、いえ……」

……なんだよ。

新垣が僕が帰ってきてからずっと様子のおかしいことに気付いた。

「言いたいことあるなら、言えって。…おまえおかしいぞ」

いつもなら放っておいたって、言いたい放題言ってくるくせに…。

どこか余所余所しい態度が気になってしょうがない。

「いや……だって。ひとみ様が…別人のように見えて…」

「…はぁ?」

なんだそれ。

そう思って新垣を見ると、不思議そうに僕を見ていた。

「…前のひとみ様だったら…こんな風に家でジッとしていることなんて、出来なかったですよ?」

その言葉がどれだけ僕を突き動かしたか。

…その威力は計り知れない。

「見ない間に…随分と臆病者になられたんですね、ひとみ様」

そう言って新垣は、僕の背中を叩いた。

「ひとみ様はひとみ様でいいじゃないですか。…誰に何を言われようが、いくらガツガツして嫌われたって、そんなの気にせず好きな人の為に突っ走る!それがひとみ様の良い所じゃないですか!」

「……新垣…そうだよな…」

「…それぐらいで居てもらわないと、私の仕事まで無くなります」

「なっ……なんだよそれ…」

やっぱり僕はいつまで経っても、新垣には頭が上がらない。

なに、みんなに成長した、とか言われて浮かれ調子になってんだ!!

そんな自分を叱責した。


71 :セイナ :2010/08/15(日) 23:00


「はぁっ……はぁっ…………」

そして僕は安倍君の家まで来ていた。

「…………何かご用ですかぁ?」

亀井が僕に門越し……じゃなく、

……門を開けてくれた。

「……入って……いいのか?」

恐る恐る尋ねると亀井はめんどくさそうに、

「……入るんですかー?入らないんですかぁー?」

「は、……入る、入る!!!」

僕は気が変わらないうち、とすぐに足を踏み入れた。

「……どーゆー風の吹きまわしだ?」

後で何か請求されるんじゃないかと、内心ドキドキしていた。

……だって、あの亀井が、こうして普通に執事らしいことをしてるというだけで奇跡だ。

「なんかしつれぇーなこと思ってるみたいですけどねぇ。私だって、別に貴方達に意地悪したくていっつも入れなかったわけじゃないんですからね!?」

「あー…わ、悪かったよ…」

きっと、顔に出てんだな。

余計なことは考えないように頭を切り替えた。

「安倍君…居るのか?」

「えぇ。…なつみ様は式の段取りにお忙しいそうでー、こ〜んなに可愛い亀井のことも構ってる暇、無いそうですからぁー!」

……相当イライラしてるな…亀井。

もしかしてそれが理由の気まぐれで入れてくれたのか?

屋敷に入ると、さっきふとそんな事を思ったのが、あながち外れてないことに僕も、……そして安倍君も驚いていた。

……だって、

「なっ!?」

僕と亀井が屋敷に入ると、ちょうどリビングに居た安倍君がビックリして声を上げた。

「な……何でキミが…。か、亀井!!」

亀井はそんな安倍君の言葉を知らんぷりして僕の後ろに隠れた。

「おっ……おい…」

「どぉーせ亀井が何してよーが、なつみ様には関係無いことでしょーからぁー!」

「な、……何を言ってるんだ、亀井!!」

安倍君がそう言って立ち上がると、テーブル一杯に広げられていた書類がバラバラと絨毯の上に落ちた。

「あっ……」

「あーあー。なつみ様はお忙しいですねぇ〜お可哀想に…」

「……かめいぃ…」

や、ヤバいぞ……あ、安倍君の目が据わってきた…。

っていうか亀井、いい加減僕の後ろに隠れるのはやめてくれ…。

「亀井。言いたいことがあるなら、隠れてないで直接言ったらどうだ?」

リビングから出てきて、安倍君が僕の後ろに隠れた亀井に話しかける。

…っていうか、僕の存在ってなんなんだ…。

「……ふんっ。どーせ、なつみ様はそんなこと言って〜、吉澤さんの前だからじゃないですかぁ?」

『なっ!?』

急に話に僕の名前が出てうろたえた。

名前を出された安倍君も安倍君で慌てていた。

「ほらやっぱり〜。…亀井は知ってるんですからね…なつみ様が…」

「わぁー!!!」

いきなり大声を上げた安倍君は、さっきまでの怖い顔はどこへやら…。

慌てて僕の後ろの亀井に笑顔で近付き口を手で塞いだ。

「……か、亀井。わかった。…ちゃんと亀井とお茶するから…お願いだから、それ以上はやめてくれ」

「うへへへ〜。じゃあ、今すぐ亀井のおいし〜いお茶菓子と緑茶をお持ちしますね?」

「……お茶って…」

それだけで亀井のやつあんなにイライラしてたのかよ…。

嬉しそうにキッチンに向かった亀井に手を振って、その姿が見えなくなると安倍君はようやく僕を見た。

「……やぁ、いらっしゃい。帰ってたんだね」

「…あぁ…一時帰宅だけどね」

72 :セイナ :2010/08/15(日) 23:01



亀井がお茶の用意をしてる間に、僕は美貴ちゃんの様子を安倍君に話した。

「……そう、あゆみさんには迷惑掛けてない?」

「掛けるどころか…会わせてももらえないでいるよ」

「……そうか」

フッと安倍君が息をもらす。

…亀井のやつが必死になって安倍君を休ませようとするのもわかるな…。

どれだけ今、安倍君が必死になってるのか。

顔色を見ればすぐにわかった。

「……だいぶ煮詰まってるみたいだね」

テーブルの上に散乱するのは安倍家の財産に関わる書類のようだった。

「あぁ……。聞いたとは思うけど、式が近くてね。…それまでに一応、この家の財産に関しては出来得る限り全て把握しておくように、と言われているんだ」

「ぜ、全部って……」

そりゃ無理にも程がある。

一人だけの財産ってわけじゃないんだぞ…。

「……出来なきゃ、矢口が自分でやるとか言いだしてね…そんなことされたら、それこそ何をされるか…」

…すげーな…矢口の横暴ぶりも。

「まだ僕が間に入っていられるだけでも良いと思わないと…」

…そうだよな…。

じゃなかったら、グチャグチャに引っかき回されたって、文句も言えねーよ…。

「……安倍君…あんまり無理するなよ…?」

手を伸ばして、安倍君の手に触れる。

「っ……よ…吉澤…」

ただねぎらうつもりだけだったけど、安倍君にそんな顔されたら、ついこの間のことが頭によぎった。

「……そー言えば、あの時の借りはどーやって返したらいいかな?安倍君」

安倍君がピクッとその言葉に反応する。

「な……なんのことだ…?」

「何のことって……また僕をはぐらかすつもり…?」

安倍君の手を触りながら、するすると手首から袖の裾の中に手を伸ばす。

それだけで徐々に安倍君の顔が赤く染まる。

「ねぇ……安倍君…なにか答えてよ…」

「よ、吉澤っ…!わ、悪ふざけはっ…」

離せともう片方の手が僕の手に伸びる。

その隙に僕は身を乗り出していた。

「んっ……!?」

「……次は逃がさないからね、安倍君」

そう言って、僕はまたソファーに座った。

そう、これは宣戦布告だ。

せっかく捕まえたと思ったのに……こんな逃げ方されて、黙ってられるかよ。

「なっ……そ、それは…!」

73 :セイナ :2010/08/15(日) 23:01

「お待たせしましたぁ〜♪」

安倍君が僕に反論しようとして、バンと扉が開く。

良いタイミングで亀井がお茶を持ってきた。

「…って、あれ?…何か…様子がおかしいですねぇ…!?」

そう言って、鋭い視線で僕を睨み付ける亀井。

…さすが安倍君の番犬だな…

「な…何もおかしいことはないぞ」

それでも警戒心を解きそうも無い亀井は、

「……なつみ様ぁ、こっち向いてください」

お茶と菓子をテーブルの上に置くと、安倍君の隣に座った。

俯いたままの安倍君の顔を無理矢理上げている。

……安倍君も災難だな…

亀井が怖いやつだとは知ってはいたけど、ここまでとはな…。

「か、亀井っ…?」

「ぅ〜…なつみ様が亀井の方を向いてくれないからですぅっ!」

「わ、わかった、わかったから…」

なだめながら安倍君は亀井の用意したお茶とお茶菓子を、おいしい、おいしいと食べている。

「うへへへぇ。そーですよねぇー?亀井の作ったお菓子とお茶が一番ですよねぇー?」

「う、うん…そ、そうだね…」

亀井は笑顔だが…安倍君の顔が引きつってるように見えるのは僕の気のせいなんだろうか…。

「こーなったらもぉ、亀井と結婚しちゃえっ!って思いますよねぇー?」

「え?えっと…ど、どうかなぁ…」

「なつみ様ぁ!?そこは、はい、ですよ、はいー」

さり気無い…というか、もう直球勝負だな…亀井も。

「ほら、なつみ様?はい、あ〜ん…」

「か……亀井……勘弁してよ…」

「だーめーでーすぅー…はい、なつみ様」

そうは言いながら、亀井に付き合う安倍君。

亀井のあの嬉しそうな顔見たら、何も言えないな…。

安倍君はさっきからチラチラ恥ずかしそうに僕を見てる。

「か、亀井。よ…吉澤も居るんだから…」

「もぉ、なつみ様!?亀井より、あの人の方が気になるってどぉ〜ゆーことですかぁ〜!?」

そう言って抱き付く亀井。

「ち、違う、違うっ」

「聞きませーん!」

……亀井のやつ…いつもこうなのかよ…。

なんて羨ましい…。

「か、亀井……いい加減に…」

「…そ、そうだぞ!!」

さすがにそれ以上は……!!

僕だってそこまでベタベタしたことなんて数えるぐらいしかないんだぞ…!!

「あなたをここまで連れて来たのは誰だと思ってるんですか!?」

「なぁっ!?」

く…くそぉ……

…そうは思っても、亀井のおかげであることは確かだ…。

そうじゃなきゃ、こんな風に話すことさえ出来なかったんだからな…。

僕はそれ以上は何も言えず、帰るまでずっと見せつけるように安倍君とイチャつく亀井を見ているしかなかった。


74 :セイナ :2010/08/15(日) 23:02


「なーにやってるんですか、ひとみ様!」

「そうやぁー。ひとみ様ったら、亀ちゃんになつみ様取られおってなー」

「…情けないったらありゃしないですよ…」

「ほんまやぁ」

……何なんだ、これは。

あんだけ人のことたき付けやがって……

何かと思えば、こーゆーことかっ…!!!

「……全くねぇ?ひとみ様が成長されたっていうから、今度はどうなつみ様にアプローチするのか期待してたのに…」

「全く変わらん!それどころか亀ちゃんに持ってかれてるってどーゆーことや!?」

「……おまえらなぁ…」

っていうか、どこで見てたんだ高橋…

安倍君の家に居た時のことを事細かに新垣に話している。

「あ!でもなぁ…ひとみ様、亀ちゃんが居らん間にちゅーしとったんよぉ〜」

「えぇっ!?」

「なぁっ!?何、言ってんだ、高橋!!」

慌てて口を押さえるけど、一歩間に合わず……

「…それは興味深い話だね。僕にもっと聞かせてくれるかい…?」

僕は新垣と、何故かいつの間にか居た後藤に睨まれていた。

「ま……真希さまぁ…」

「……ご、後藤…」

い、いつ現れたんだ、おまえ…。

…っていうか、おまえらも気付かなかったのかよ…。

執事二人も不意を突かれたせいか、ビックリして固まっていた。

75 :セイナ :2010/08/15(日) 23:02


「…キミには呆れて文句も出ないよ」

「……すいません」

僕はリビングに正座していた。

ソファーに座ったままの後藤がそんな僕を見下した視線で見つめている。

「あやぁ〜…」

「もぉっ!!愛ちゃんが口を滑らすから…」

…っていうか、おまえら二人とも同罪だ!

「……で?安倍君が何をしていたかぐらいは、調べてこれたんだろ…?」

「え?あ、あぁ……。矢口に言われて今、自分ちの全財産調べてまとめてるって…」

「ふ〜ん…なるほどね」

そう言うと、さっきまでの鬼のような後藤はどこへやら。

無表情でブツブツとひとり言を言いながら、部屋を出て行く。

「お……おいっ!!後藤!?」

そう声を掛けても、後藤は何の反応もせずにそのまま出て行った。

「…な…なんだったんでしょう…」

「さぁ…」

まぁ、殴られずに済んで良かったけどな…。

「ま……真希様ぁ!?」

そして高橋が慌てて、その後を追っていった。

「……ほんっとにひとみ様は真希様にばかり迷惑を掛けて…」

そう言って、新垣は大きなため息をついた。

「僕だってなぁ…アイツに借りを返したいと思ってんだよ…」

でもそこまでの知識も先読みも出来ないからな…僕は。

「……ひとみ様…。申し訳ありません…差し出がましいことを言って…」

「……別に。僕がアイツに迷惑掛けまくってるって事実は変わんねぇーよ」

……それに安倍君のことだって。

アイツは安倍君の為に裏方で頑張ってるっていうのに…。

「ひとみ様…ホントに成長なさいましたね…」

「……はぁ?どこがだよ…僕なんて、まだまだだ…」

「そこですよ。……前だったら、私にうるせぇ!って、ただそれだけでしたよ?」

……なんか、ホント新垣が母親みたいだな…。

こっ恥ずかしい…ムズムズしてくる。

「……さっきはひとみ様をたき付けたりして、すみませんでした。…何だか寂しいんですよ。ひとみ様が大人になってしまうと…私の手から離れていくみたいで…」

そりゃ親がいうんだ、バカっ

少し涙目になってる新垣に不覚にもドキッとしてる僕が居た。

「きっといつまでもバカなことして、周りに迷惑を掛けて……そして私はひとみ様を怒ってばかりで…。きっとずっと、ひとみ様は変わらずそう居てくれると思ってました」

「……おまえなぁ…」

そんな人間が当主でいいのか…。

「……でもさっきので、私も少し気持ちを改めようと思いました。いつまでもひとみ様にベッタリじゃダメなんですよね…私も子離れしないと」

「……おまえに産んでもらった覚えは無いぞ」

「いーえ。ひとみ様が覚えていないだけです」

「そんなことがあってたまるかっ!!」

笑う新垣の目の端に涙が見えた気がして、思わず目を逸らしていた。

「…なつみ様のことがあったから、というわけじゃありませんけど。ひとみ様にだっていつ何があるかわかりません。十分に気を付けてくださいね」

「あ……あぁ」

……でも、こうしちゃいられない。

後藤があれだけ頑張ってるっていうのに…僕が何もしないわけには。

「言ってるそばから……」

「……あぁ?な、」

肩を叩かれて不意に食らったのは、いつもの気合い入れの一発なんかじゃなく、

「……ん?!」

そっと触れた唇はビックリするほど柔らかかった。

「なっ……に、にいがっ…お、おまえ…!?」

「…少しは休んでくださいね。ひとみ様」

新垣が少し照れたように部屋を出ていく。

「なっ……なんっ……」

ど、どーゆーことだ…!?

取り残された僕は、今起こったことを理解しようとするだけで精一杯だった。

ずっといつも母親みたいな立場で居た新垣が……。

な、ど……どーゆーことだよ…

「い……今のは……夢じゃないよな…」

念の為柱に頭突きしてみたけど、やっぱり現実だった。

休むどころか…僕は一睡も出来なかった。


76 :セイナ :2010/08/15(日) 23:03


『器に乗せられる僕という魚。』



…情けないことに、落ち着いていられなかった。

「お……おはよう」

「えっ?あ……お…おはようございます…」

や…やっぱりダメだ…。

ギクシャクする。

いつも以上に早く起きた朝。

起きたっていうより……眠れなかった。

でもやっぱりあれは夢なんかじゃなく、現実のようだ…。

新垣は朝食の用意をしながらリビングとキッチンを行き来する。

僕はリビングのソファーに座りながら、その新垣が気になってしょうがなかった。

「き……今日はお早いんですね」

「え?あ…あぁ…。目が覚めちまって…」

「そ……そうですか」

「お……おぉ」

新垣もいつも以上に早い僕をチラチラと窺っている。

…なんだよ。

あんなことがあったからって、意識しまくってるなんて…。

アイツのこと、そんな目で見たこと無かっただろーが。

そんな自問自答を繰り返すけど、体は正直でボーっとしているといつの間にか新垣を目で追っていた。

「な…なんですか。そんなにジッと見られると…動きづらいじゃ…」

パリンッ

言ってるそばから新垣は皿を落とした。

「す、すまんっ!」

素早く僕はそれに手を伸ばしていた。

「い…いいですからっ」

そして先に皿を拾おうとする新垣の手に僕の手は重なっていた。

「あっ…」

「えっ…?」

……な、なんだこのドラマみたいな展開は…

そんなことを思いながら、ふと見上げると新垣と目が合って、

…別に意識したつもりなかったのに、もう一度その唇に触れたくなってしまった。

77 :セイナ :2010/08/15(日) 23:04

「なっ……!?」

顎に手をやって顔を寄せると、ビックリして新垣が声を上げる。

「……いや、確認の為に。…昨日の感触が夢じゃないかって…」

そんな言い訳するあたり、僕は案外新垣のことを好きなのかもしれない…なんて思っていた。

「なっ、なっ…なにを言って…」

いつも強気なくせに、うぶな新垣の反応が僕の心をくすぐる。

「おまえが急に……あんなことするからだろ」

あんなことされたら…意識するな、って方がおかしい。

「あれに…別に……深い意味なんて」

「じゃあ……どーゆー意味だよ…」

「そ、それはっ……」

そこで新垣が黙る。

「言えねぇっていうなら…」

そう言って、また顔を近付ける。

「ちょ、ちょちょちょちょ…!!!」

「……あーしの里沙ちゃんになにしとんのやぁっ!!!」

ガスッ!!

…っていうか、もっと鈍い音がして僕は床の上に突っ伏していた。

「ぐぁっ……ててて」

「里沙ちゃんだいじょぶか!?なんもされんかったか?」

「……あ…愛ちゃん…」

ちょっとホッとしてる新垣を見たら、無性にムカついた。

「…こんの見境無しっ!!」

「うっせ!!」

…元はと言えば新垣が…

そうは思っても口に出来ず、僕はずっと不貞腐れたまま朝飯を食った。

78 :セイナ :2010/08/15(日) 23:04



「……後藤が?」

「なんや、今日はひとみ様と一緒に居るからあーしはお留守番やって」

「…珍しいですね…真希様が」

飯を食い終わった後に、高橋がそう言いだした。

「んなこと言われたって、何も聞いてないぞ?」

「高橋が先走るものだから。…これから言うつもりだったんだよ、僕は」

『うわっ!?』

……ビックリさせんなよ…。

どーゆーわけか、僕ら全員驚かせて、後藤はいつの間にか窓際のソファーで優雅にお茶なんか飲んでいた。

「い…いつの間に真希様…」

「あかん…あーしまで真希様の気配読めなくなっとる…」

そんな後藤は気にせず僕のテーブルまで近付いてきて、

「さ、行こうか、吉澤」

「……いや、あのなぁ…」

どこへ行くかぐらい言えって。

後藤はそのまま部屋を出ていく。

「……ちょ、待てって!」

慌てて僕もその後を追う。

「いってらっしゃ〜い」

「お二人とも…お気をつけて」

新垣と高橋の声を背に、僕は屋敷を出ていた。


79 :セイナ :2010/08/15(日) 23:04



「……素朴な質問なんだけど、」

そう言って、前を歩いていた後藤が僕をふり返る。

……素朴な質問?

後藤がそう言うだけで、全く素朴な感じはしない。

「…なんだよ」

「キミの本命ってどっち?」

「……はぁ?」

本命がどっちって……

「あっ…!?お…おまえ……」

まさか朝の……

すると後藤は言いにくそうに目を逸らした。

「なっ、べ、別にあれはそんなんじゃ…」

「…じゃあ、遊び?」

「あ、遊びじゃねーって!!」

「じゃあ…本気?」

「い、いや……」

そこまでは…いってない。

だってつい昨日まで、ずっとアイツのことは口うるさい執事としか思ってなかったっていうのに…。

そんなすぐ、変わるかよ。

「ふ〜ん……本気の一歩手前、ってとこか…」

「なっ……何なんだよ、おまえっ!!」

んなのいちいち聞かなくたっていいだろ…。

後藤の全てを見透かすような視線にさらされるのが嫌だった。

その視線から逃げるように僕は後藤の先を歩きだした。


80 :セイナ :2010/08/15(日) 23:05



「……安倍君の家かよ」

「あぁ」

そう言って、後藤は呼び鈴を鳴らした。

「……おい。用があるって…」

そこまで言って、遠くからアイツの声が聞こえてきた。

「まぁ〜〜た、あなたですかぁ〜〜!?」

ガシャンッ、って門越しにアイツが僕に噛みついてくる。

「……昨日はよくも…亀井ぃ〜!!」

「ふんっ。なつみ様は亀井のお嫁さんなんですぅ〜!あなたみたいな野蛮人には指一本だって触れさせませんからねぇ〜っだぁ!!」

「…何が、亀井のお嫁さん〜だっ!散々嫌がられてたの気付いてねぇーのかよっ!」

「な…なんですってぇ!?あ…あれはなつみ様の照れ隠しなんですぅ!!」

「……ふぅ。亀井、じゃあ、僕は入らせてもらうよ」

門越しに噛みつき合う僕と亀井の横を、後藤がスッと通り過ぎる。

「は!?ちょ、ちょっと待てよっ!!」

「あなたは入らないでくださいぃ〜〜!!!」

「なにすんだっ!!」

内側から亀井に邪魔されて、僕だけ入れない。

その間に後藤はどんどん屋敷の奥へ行ってしまう。

「か〜めぇ〜い〜〜!!こらぁ〜〜!!」

「もぉ、しつこぉ〜〜い!!」

しつこいのはおまえだっ!!


81 :セイナ :2010/08/15(日) 23:05



「はぁー…ぜはぁー……」

余計な所で体力を使った…。

息を切らしながら屋敷まで辿りつくと、どこからか声が聞こえた。

耳を澄ませて、その声に近付く。

「……後藤、それって…」

「あぁ…。だからキミは出来得る限り…」

そこまで近付くと誰の声かはすぐにわかった。

安倍君と後藤だ。

だけど声を掛けようとして、そのただならぬ雰囲気に足を止めていた。

…何の話してんだ…

声のトーンからして、マジメな話してるんだろうってことはわかったから。

「……でもこれ以上、時間稼ぎは…」

「何とかしてくれ……としか言えない。…すまない、僕の力不足だ」

…後藤…。

木の影から二人の様子を窺うと、アイツが安倍君に頭を下げていた。

「…何を言うんだ、後藤。キミには世話になってばかりで…」

安倍君はそんな後藤の肩に手を置いて、そう声を掛けていた。

僕も同じ気持ちだった。

後藤が顔を上げる。

「…僕はただ、キミを守りたかっただけさ」

「後藤…」

ジッと後藤は安倍君を見つめている。

それに安倍君は戸惑いながらも視線を交わした。

「…僕は安倍君が幸せで居てくれればそれでいいんだ。…だけど矢口のやり方はそうじゃない。だから僕はアイツを許さない。…ただ、それだけさ」

後藤は安倍君の髪を撫でながら、そう言った。

キザなセリフだけど、あんだけ似合ってると文句も浮かばなかった。

「後藤…僕の為にそこまで思ってくれるなんて…。この気持ち…どう伝えればいいのか…」

「それは…言葉にするまでもないよ」

スッと安倍君の顔に手が添えられて、そこからは流れるような動作だった。

「んっ…」

後藤がその顔を離すまで、時間でも止まったかのようだった。

「……ふふっ。これでまた僕も頑張れるよ」

そして後藤は安倍君に笑顔を向けた。

「ご……後藤…」

安倍君は口を押さえながら、恥ずかしそうに俯く。

なぁっ……なんなんだ…

妬けるぐらいにお似合い。

あんなの見せつけられたら…近付くことさえ出来ない。

そんな二人をこうして見てるだけしか出来ない僕は、腹が立つどころか、アイツに負けた敗北感でいっぱいだった。


82 :セイナ :2010/08/15(日) 23:06



「あれぇ〜!?あなた、なつみ様の所へ……えぇっ!?ちょ、ちょっと、」

「……んだよ」

うっとおしくて亀井に返事をすると、アイツの方から引き止めてきた。

「か……帰る……んですか…?」

「なんだよ。悪ぃかよ」

「いえ……別に……」

だったら、離せって、僕は手を振り払った。

「ちょっ……ちょっとぉ!!」

「…だから、何なんだよっ!!」

「だ、だって……だったら、そんな悲しそうな顔して帰らないでくださいよぉっ!!」

「は……はぁ?」

悲しい…?

どっちかっていったら、ムカついてんだけど。

「亀井はもぉ…あなた達のことで悲しんでる人達の顔、見たくないんですぅっ!!」

べ…別に僕のせいじゃないだろ……

「あなた達のせいじゃないですかっ!!…それはなつみ様も含めです!」

「か…亀井……」

「あなた達み〜んなのことで、どれだけの人が悩んで…苦しんで……。私、みんなのそんな顔見たくありません」

「…んなこと言われたって…」

何で僕に言うんだ…。

僕にどうしろって言うんだよ……。

「……なんでいっつもバカなことばっかりしてるのに、今日に限って、そんななんですかぁっ。さっきまで亀井とバカ騒ぎしてたじゃないですかぁっ!!笑っててくださいよぉっ!あなたが笑ってないと…なつみ様が笑わないんですっ!!」

「亀井……おまえ…」

「な、何を騒いでるんだっ!!」

僕と亀井がそんな言い争いをしてるうちに、安倍君が屋敷の方から駆け寄ってきた。

「っ……よ、吉澤…キミも来ていたのか…」

「あ……あぁ」

「…またいつものケンカか?亀井…」

安倍君が亀井の肩に触れる。

いつもなら、安倍君にすぐ抱きつくくせに、

「……ほっといてください!!」

「えっ?……亀井…?」

……ったく、言ってる本人が一番悲しい顔してんじゃねーかよ…。

「…おい、亀井。さっき僕に言った言葉、おまえに返すからな」

「っ……!!」

ハッと顔を上げる亀井。

「な、何のことだ…?吉澤も亀井もさっきから何を…」

「そこのやつがさー、安倍君が笑顔じゃないと嫌だ、って駄々こねてんだよ」

「なぁっ!?な、なななな何、言ってるんですかぁっ!!」

「……亀井…?」

「ち、ちちちち違いますぅっ!!違うんです、この人、嘘ばっかり言ってます!」

……何照れてんだよ。

普段、いつもそれ以上のことしてんじゃねーか、おまえ…。

「何が嘘だよ。…さっきの、安倍君に直接言えよ」

「ちょっ……ばかぁっ!!」

慌てて僕の口を塞ごうと亀井の両手が張り手のように襲ってくる。

「うわぁっ、ちょっ、待て!!」

「うるさぁ〜〜い!!!」

「……何やってるんだ、キミ達は…」

取っ組み合いになる僕と亀井を、安倍君は少し離れた所から見ていた。

「ほらぁ〜〜!!!あなたのせいでなつみ様に呆れられたじゃないですかぁ!!」

「どー見たって、おまえのせいだろーが!!」

「……まったく、しょうがないな…」

安倍君はまだまだ控えめだったけど、笑って見てくれていた。
 
そして亀井は、そんな安倍君をチラチラ見ながら、

「うへへへぇ…」

「…おまえなぁ…」

いつも以上に不気味な笑みを浮かべていた。


83 :セイナ :2010/08/15(日) 23:06


「……遅いと思ったら、亀井と口喧嘩だって?」

「なっ…べ、別に…」

それだけじゃねーよ。

リビングでふんぞり返る後藤を見たら、一気に気が抜けた。

誰のせいだと、思ってんだ…

「……見てたなら、止めれば良かったじゃないか」

小声でそんなことを言ってくる辺り、僕が不貞腐れてる理由が後藤にはわかってるんだろう。

「……出来たら、やってた」

「ふ〜ん……キミも成長したら随分と臆病風を吹かせるようになったんだね」

「な……なにぃ!?」

こ、こいつ…!!

睨み返すと、後藤は鼻で笑って僕を睨んだ。

「亀井、みんなの分のお茶をお願い出来る?」

「はぁ〜い」

機嫌の直ったらしい亀井が用意しに行き、安倍君がリビングに入ってくる。

「……なっ!?こ、今度はキミ達かっ!?」

入ってくるなり僕達二人の様子を見て、安倍君が慌てて間に入ってきた。

「……安倍君は黙っててくれ」

「よ…吉澤!」

「キミにやましいことがあるからそんなことも言えないんだろ?」

「なっ……んなわけっ…!!」

「…や、やめないかっ!!」

腕が上がった僕を慌てて押し込める安倍君。

「…吉澤!…今日のキミはおかしい…」

「っ……な、…なんだよ」

どっちがおかしいんだよ…

なんでそんな平然とした顔してられんだよ…!

「おかしいのは…そっちだろ」

「えっ…?」

安倍君の手がビクッと僕から離れる。

「……ほっとけばいいよ、安倍君」

後藤がその手を引いて、

「こいつは他人のことになると随分と良く目に付くようだから」

「は、…ぁ!?」

「ちょっ…後藤も!!」

「いいんだ。ほら、安倍君は座って…?」

安倍君は渋々僕らの反対側のソファーに座った。

そして後藤は隣で睨む僕なんか完璧無視で話し始めた。

それはこれまでの情報交換みたいなものだけど、よほどさっき二人でコソコソ話してたことの方が重要なんじゃねーかって思えてくる。

…きっと僕なんか蚊帳の外なんだろーしな!

「……キミ、ちゃんと話聞く気ある?もう時間は無いんだからね」

「はぁ?あるよ、ちゃんと聞いてるって」

すっとぼけて返事した。

ホントは聞いてるどころか、全部聞き流してるくせに。

「……じゃあ、後は吉澤の活躍に期待しようか、安倍君」

「……は……?」

な、なんだよ、それ。

僕の活躍って……

「そうだね。…悪いけど、吉澤。…任せたよ」

「え?あ…あぁ、任せとけって」

……そこまで真剣な目で見られたら、今更、何が?なんて聞けなかった。


84 :セイナ :2010/08/15(日) 23:06



「……で?何で僕達ここに居るんだ…?」

「…呆れた。…やっぱり僕の話聞いて無かったんだね」

その通りだ、としか言いようがない。

「……だったらそん時に言えよ」

「よくそんなことが言えるね…感心するよ」

僕達はまだ安倍君の家に居た。

だけど違うのは、客としてじゃないってことだ。

リビングから出た僕と後藤は別室に居た。

「…ほんっとに大丈夫なんですかぁ〜?」

おまけにさっきから亀井がちょっかい出してくる。

「……何でおまえまで居んだよ」

「あぁあ〜!?!そぉ〜んなこと言っていいんですかぁ!?」

「……口喧嘩するなら外へ出てくれる?二人とも」

「ぅっ……す、すみません…」

「……ったく、おまえのせいで…」

また文句を言おうと口を開けた亀井も、後藤が怖いのかすぐに両手で自分の口を塞いだ。

そして僕達がここに居る理由もすぐにわかった。

呼び鈴が鳴り、亀井が屋敷の外に出ていく。

そして数分後……

戻ってきた時には、一緒に矢口の姿があった。

「……美貴ちゃんも居るのか」

「あの人が柴田さんね…なるほど。キミの言う通り、美人だ」

そう言う後藤の目が怪しく光った気がした。

「ちょっ…おまえ手出すなよ…」

ガシッと肩を強く握ると、後藤は僕をふり返って、

「……キミってホント、気の多いやつだね…」

「……べ…別にそんなつもりじゃ…」

さすがに僕もそれ以上は反論出来なかった。


85 :セイナ :2010/08/15(日) 23:07


今日は式の段取りについての話合いのようだった。

あれだけ表に出なかった柴田さんも美貴ちゃんも出てくるんだ…最終的な打ち合わせぐらいまでいっているのかもしれない。

さっきから何とか話を違う方に持っていこうと、美貴ちゃんが色々と違う話を振っているみたいだけど…。

「……美貴。ちょっと黙っててくれ」

「うっ!」

「ま…まぁまぁ。ほら、美貴。今日は久々だろう?少し屋敷の中を散歩してくるといいよ」

「あ……安倍さん…」

おっ、安倍君ナイス!!

これなら美貴ちゃんと話せそうだな…。

安倍君がそう言うと、美貴ちゃんは渋々…っていうか、だいぶ不貞腐れた表情でリビングから出てくる。

「……くそっ、あのバカ兄貴…」

だいぶ離れた所でそう呟く美貴ちゃん。

その様子を見た後藤が一瞬、固まる。

「……み…美貴さんは…」

「あぁ。すげぇーだろ?あの本性みたら、夢も理想も無くな…げっ」

「誰が、夢も理想も無い、ってぇ!?」

『っ!』

「うへへへぇ。面白そうなので、お連れしましたぁ〜」

…ワザとだな…亀井ぃ〜〜。

うまくしてやられた僕は、美貴ちゃんの怒りの矛先に変えられていた。

さっきから痛い視線とトゲのある言葉に胃がシクシクしそうだ。

「…それにしても、何してんの?」

イイ男が二人も揃って〜なんて、心にも無いことを言って美貴ちゃんは僕ら二人を不思議そうに見ていた。

「……美貴ちゃんと同じだよ。…なんとか妨害出来ないかと思ってさ」

「吉澤。…キミ、全然人の話、聞いてないじゃないか」

「……はぁ?な、何でだよ…」

妨害する為に動いてんじゃないのかよ…。

「また吉澤さんの先走り?」

「ほら、美貴さんにまで言われてるじゃないか。…今日の目的は、柴田さんの誘拐さ」

「なっ!?ゆ、ゆうかっ…」

「シー!!!…ばかっ!声でかいよ」

な、なんで、そんな冷静でいれんだよ…。

美貴ちゃんの手に口を塞がれ、その状況に何の驚きも無いことに僕が驚いていた。

「…なんか、面白いことしてるみたいね…。美貴、協力するから、何でも言って?」

「お、面白いって…」

「ありがとう、美貴さん。キミが頭の回転の早い人で良かったよ」

「まぁ…吉澤さんと一緒にされても困るけど。…ねぇ〜?吉澤さん?」

うっせ。

んな話を僕に振るなっつーの。

顔を逸らすと、可哀想と言わんばかりに肩を叩かれた。

ちなみに地味に僕と同じく驚いていたやつが一人、何も無かったかのように振舞っているが。

「…亀井、おまえも驚いてたろ」

「なっ、なわけないじゃないですかぁ!…亀井はそんなのお見通しでしたからー?」

…ホントかよ。

「じゃあ……頃合いを見計らって、柴田さんを連れ出してほしい」

後藤の言葉に美貴ちゃんは頷くと、

「くくくっ…あのバカ兄貴…散々影で言った美貴への暴言の数々…後悔させてやる」

そんな恐ろしい言葉を残し、活き活きとした表情で部屋を出ていった。

「……恐ろしい…」

あんな人間を野放しにするなんて…。

案外矢口の方が平和的な活動してんじゃねーか…?

「そんなこと言ってる場合じゃないよ。…キミが柴田さんをちゃんとエスコートして来るんだ。わかってるね?」

「えぇっ!?ぼ…僕が誘拐してくんのかよ…」

「誘拐だなんて言葉が悪いな…。キミお得意の、女性を家へ誘うテクニックをご披露願おうと思ってね」

平然とよくそんなこと言えるなぁ…。

その言葉の方が余程誤解を招く。

「……まぁ、その辺はおまえより僕の方が勝ってるかもしれねぇーな」

負けずにしれっと言うと、後藤は僕に向かって手を差し出した。

「だったら、頼んだよ?…いつまで経っても気の多い吉澤」

「ほぉ〜んと、そうですよねぇ〜?」

「……余計なひと言、付けんなっ!」

僕はその手を払って、準備する為に裏口から屋敷の外へ出た。


86 :セイナ :2010/08/15(日) 23:07


小一時間ってとこだろうか。

あんまり退屈なんで亀井でもからかいに行こうとした時だった。

屋敷の外に気配を感じて、思わず身構える。

「……美貴様。私…」

「少しはあゆみさんも休みなよ。…だってさぁ、あれからずっと部屋にこもって…」

「…仕方ありません。それは安倍さんだって同じですから…」

「……あゆみさん…」

美貴ちゃんと…そして約束通り、あゆみさんを連れて出てきたようだ。

僕は話を折らないように、二人に近付いた。

「あゆみさん、安倍さんと結婚すること…どー思ってんの…?」

「……えっ?」

「美貴は正直…羨ましいと思ってる。…理由はどうであれ、ね」

美貴ちゃんの言葉にあゆみさんは黙ってしまう。

「私は…そう考えられる美貴様が羨ましいです。…私には……そこまでの自信が持てません。今日、安倍さんを見たら、余計そう思いました。…なんで私なんだろう、って…」

「そりゃー…あんな話、急に持ってこられたら、そう思うのは当たり前だって」

「えっ!?」

声を掛けた瞬間、ビックリしてあゆみさんがふり返る。

「ちょっ…び、ビックリするじゃん。急に話しかけてこないでよ、吉澤さん」

「わ……わりぃ、わりぃ」

…そんなこと言って、気付いてたくせに…

ホント美貴ちゃん、そーゆーとこ演技が上手いよな。

「えっ?な…なんであなたが…」

「あゆみさんに話があってさ」

「……え…?」

あゆみさんは僕を不思議そうに見ている。

そりゃーそうだろう。

安倍君の屋敷に、急に僕が現れたら…って、待て!

「えぇ〜い、まどろっこしい!!!」

「ぅっ!?」

「お、おいっ!!」

ドサッとあゆみさんが倒れる。

僕はすぐに手を伸ばして、そのまま地面に落ちることだけは止められた。

「ちょっ、み、美貴ちゃん、何やってんだよ!?」

あゆみさんが美貴ちゃんに完璧背中を向けた途端、背後を狙ったその一撃。

それは数秒で決まっていた。

「なーに、感動の再会ぶってんの!?さっさとほら!あゆみさん連れて帰ってよ!」

……おいおいおい。

でも僕にそれに逆らうことは出来ず、言われるままあゆみさんを抱き上げていた。

…何が、家へ招待するテクニックだよ…。

口が裂けても、この展開は後藤には話せないと思った。


87 :セイナ :2010/08/15(日) 23:08


あれからすぐに僕はあゆみさんを抱えたまま安倍君の屋敷を出ると、待ち構えていたかのように車を用意していた高橋に拾われた。

「……確かに、美人な方ですねぇ?」

そう言って、新垣はソファーに寝かせたあゆみさんの顔を覗いた。

「ぅっ…な、何なんだよ、その目は…」

「いーえ。…別に」

…そう言って、新垣は蔑んだ視線を僕に向けてキッチンへ消えていく。

何なんだよ……言いたいことがあるなら言えよ!

そうは思っても、本当に言われるのは怖い気がして、そんなこと口には出せない。

「なぁ…ひとみ様」

「あぁ?んだよ…」

そんな様子を見ていた高橋が神妙な顔して話しかけてくる。

「アンタ、何したんよ。…あの里沙ちゃんにヤキモチ焼かせるってぇ〜!!」

半ば半ギレな高橋に僕は命を狙われようとしていた。

「…ちょ、ちょっと、落ち着け!!」

「これが落ち着いてられるかぁ〜!!」

っていうか、おまえ、執事っていう立場忘れてんだろっ!!

さっきから僕は、そんな痛いぐらいに空気にずっと身をさらされていた。

…早くアイツ戻って来ないかな…

正直、これからどうしていいのか、わからずにいた。

まだあゆみさんは目を覚ましていない。

余程美貴ちゃんの一撃が凄かったのかと心配になったけど、新垣が診てくれたおかげで心配無いってことはわかった。

だけど目を覚まして、何て説明していいのか迷っていた。


88 :セイナ :2010/08/15(日) 23:08


「……ぅ…」

数時間、実際にはもっと長く感じていた。

ようやくあゆみさんが気が付く。

「あ、あゆみさんっ!!…大丈夫か?」

声を掛けると、あゆみさんはゆっくり目を開けて、僕を見た。

「よ……吉澤さん…」

「あ…あぁ、僕だ。…心配しなくていいよ。もう少しゆっくり眠っていて構わないから…」

目が覚めてくれただけでも、良かった…。

このまま目を覚まさないんじゃないかと思って、ヒヤヒヤしていたところだ。

「そ…そんなわけには……」

そう言って、身を起こそうとするあゆみさんの肩を、僕は押さえていた。

「……吉澤さん…?」

その手を見て、あゆみさんが少し困ったように僕を見る。

「……ごめん。詳しくは言えないけど…キミを帰すわけにはいかないんだ」

「……えっ…?」

異変に気付いたあゆみさんは、辺りの状況を見てハッと顔を上げる。

「ここ……」

「僕の家だよ」

それにあゆみさんは驚く所か、納得したように息をついた。


89 :セイナ :2010/08/15(日) 23:09



「……随分とあの方にお優しいんですね。ひとみ様」

少し冷たい空気を吸いに、廊下に出た時だった。

新垣がそう声を掛けてきた。

「…はぁ?…い、いきなり…何言ってんだよ」

さっきからやけに突っかかってくんなぁ〜…新垣のやつ。

そう思って見てると、不意に悲しそうな顔して逸らされた。

「お、おいっ…」

思わず僕は引き止めていた。

「……私にも優しくするつもりですか?」

「なっ……に、新垣…別にそんなつもりじゃ…」

「だったら、早く手を離してください」

「……す……すまん」

僕は手を離すしかなかった。

あんだけ新垣の心を揺さぶっておいて…今はあゆみさんのことしか考えてないんだからな…僕は。

とことん一つのことしか頭に浮かばないやつだ…。

…これじゃあ後藤に気が多いって言われたって、仕方がない。

僕は安倍君が好きなんだ。

…そう思ってた自分自身にも、僕は自信を持てなくなっていた。


90 :セイナ :2010/08/16(月) 22:32


『散々遠回りした挙げ句に。』







「……それで、私に何を聞きたいんですか?」

「話が早くて助かるよ。あゆみさん」

……何が、助かるよ、あゆみさん、だ…。

やっと顔を出した後藤。

僕の家に入ってくるなり、そう言ってあゆみさんの手を握った。

「…おい、後藤。それより、矢口のやつは…!?」

そう言って、さり気無く僕はその手を退かす。

後藤が一瞬冷ややかな目を向けたけど、そんなの無視した。

「…落ち着け。矢口はあゆみさんが連れ去られた…というよりは、逃げたという解釈で見ている」

「なっ、に、逃げたって…」

そう言っても、あゆみさんは驚きもしない。

完全に浮いてるのは僕一人だけだ。

「……あゆみさんの悪いようにはしないつもりだ。…でも、」

「はい……。もうこうなった時点できっと…」

そこで言葉を濁らす。

どうやら二人はわかってるようだけど、僕には依然としてわかってない。

「……どーゆーことですか、真希様ぁ!!」

「あ、あかんて、里沙ちゃん!!」

何故か後藤に詰め寄る新垣。

それを高橋が必死に押さえている。

後藤もここまで新垣が声を上げると思っていなかったのか、さすがに驚いていた。

「……何で、そんな捨て駒にさせるようなことっ…平気で!!」

「い、いいんですっ!!…きっと…このまま話が進んでも、私にはきっと…無理でしたから…」

「で、でもっ!!…これであなたはあの家には…」

「……はい。戻れないでしょうけど…それはずっと、あの家に仕えている間、ずっと思っていたことですから…」

「そっ、…そんな」

…そこでやっと理解する。

この誘拐がどういうことを引き起こしたのか、って。

「……後藤!」

「っ!!!」

思わず振りおろした拳は後藤の左頬に入った。

「真希様!!!な、…何するんやっ!!」

慌てて高橋が間に入ってくる。

「……っつ…。だから僕は言ったじゃないか…ちゃんと人の話は聞けって!!」

「っ!?」

「……キミはあの時、自分の事情で僕や安倍君の話を聞き入れなかった。それを僕のせいにするのか?……意味もわからないまま、キミは僕に手を貸していたということか!?」

「……っ……」

僕は何も言えなかった。

後藤の言う通り、聞いて無かったのは僕。

その意味も理解せずに、それに加担したのも僕だ。

今更その怒りを後藤にぶつけたって、もう遅い。

「っ……くそっ!!!」

良い気になって、カッコ付けて、ホントバカだな僕は…。

「ひとみ様!」

新垣が僕の腕を引いた。

「…逃げる気?吉澤」

背後には挑発的な後藤の声。

…その通りだった。

逃げようとして何が悪いんだって、それぐらいに思ってた。

「……それだけのことを言ったんだ。…最後まで、今度はちゃんと話を聞けっ!」

「ぐっ…!」

そう言って後藤は立ちあがると、僕を無理矢理あゆみさんの前に座らせた。

91 :セイナ :2010/08/16(月) 22:33

「……あゆみさん…ほんっとごめん…」

謝るぐらいしか出来なかった。

…必死に謝るしか。

「吉澤さん…」

「……まったく。僕にも詫びの一つぐらい入れてほしいものだね…」

口端に滲む血を拭いながら、後藤はそう言った。

「なっ……なんだと…!?」

例え自分が話を聞いてなかったせいだとしても…。

それだけはどーあったって嫌だ。

そう思っていると、新垣が急に僕の肩を掴んだ。

「ひとみ様!……真希様に謝る必要なんてありません!そんなの…自業自得です!」

「お、おい…新垣っ!!」

吐き捨てるように新垣は後藤に向かってそう言った。

「……言うようになったじゃないか、新垣」

でも後藤はそんな新垣にムカつくどころか感心してるようだ。

「…ひとみ様が何もわからないからって、そんなことさせて…!」

「……まったくもって、その通りだったよ」

「……え…?」

「吉澤が成長したと思って…僕が少し気を抜いたせいだ」

「な……!?」

「……頼って悪かったよ。吉澤」

そう言って、後藤が僕の肩を叩く。

……それも女の子を相手するみたいな態度で。

「…そうだね。今度は保護者の新垣が居る時に話をしよう。…それでいいかい?」

それがどれだけ屈辱的か…。

血の気が引くって、こうなのかって。

急に不安感が全身を襲って、ドクドクと体が震えた。

「…里沙ちゃんもおかしいやろ!?…こんな、真希様だけが悪いなんて、そんなん!考えたらすぐわかるわっ!」

「あ…愛ちゃん…」

「…アンタに何があったかわからんけど、そんな風に取り乱すのアンタらしくない!真希様がどんな気持ちでやってんのか、アンタにだってわかるやろ!?」

「っ!……ご、ごめんなさい…。ま、真希様…すみませんでした…」

「高橋!…そこまでにしてよ。こんなことで言い争いしたって、時間の無駄だ」

「…真希様…」

「……別に。新垣は悪くないよ。…僕が買いかぶりすぎただけだから」

ホントに情けねぇ……

何やってんだ…僕は……。

「……すまない」

「ふんっ…そうやって目の前のことにばかりに気を取られているから、キミはこうやって周りを巻き込むんだ」

言われて当然だ…。

自然と出たその言葉は謝るっていうよりも…本当に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

92 :セイナ :2010/08/16(月) 22:34

「あの…そんなに吉澤さんのこと、責めないであげてください」

「……あゆみさん…」

あゆみさんの方が今、色々と助けが欲しい時だっていうのに、こっちが心配されて…ホント僕ってやつは…。

「……ごめん。あゆみさんの為に何とかしなきゃいけない時なのに…こんなみっともない所ばっかでさ…」

「……何言ってるんですか。吉澤さんがお屋敷に来てくれてから、私と美貴様、ホントによく話すようになったんです」

「……えっ?」

だって、いつも話してたんじゃ…

「……いいえ。それまでは使用人と真里様の妹というだけの間柄で…。私が急に真里様の妹、ということになってからは……いうなれば私は敵みたいなものでしたから」

まぁ…美貴ちゃんのあの性格だとそうかもしれないな…。

「あなたが来て…美貴様も毎日楽しそうで。……私にもおっかなびっくりじゃなく、普通に話しかけてくれるようになったんです」

……そうか…。

それで、美貴ちゃんもあゆみさんのこと僕に色々聞いたりしてたんだな…。

「…本当の血の繋がりはなくても…私にとっても美貴様は妹なんです」

「…あゆみさん……」

「……うぅっ…」

「り…里沙ちゃん…な、泣いたらあかんよ、ってー…」

「そ、…そー言ってる愛ちゃんがぁー…」

……おいおい。

部屋の隅の方で新垣と高橋がお互い涙を堪えていた。

「だから私も、美貴様が苦しい思いをするぐらいなら…私が我慢すればって、そう思っていました」

「……だけど、矢口はそんな甘い考え、してなかったってことだね?」

後藤の言葉にあゆみさんは頷いた。

「結婚を期に、真里様が安倍家を乗っ取ろうとしていたのは知っていました。きっと資産を狙ってのことだろう、って…だけど、真里様は……」

「……まだ策があるのか…」

「今度は美貴様を使って、…更に広げようとしています」

「な、なんだって!?」

「安倍君だけじゃ飽き足らず……美貴さんまで使って…か。まさか…とは思っていたけど……」

「…次に狙われてるのは…後藤さん、あなたですよ?」

「……はぁ…?後藤が…?」

まさか、自分が?って。

そう言って後藤は笑った。だけど、

「……まぁ…そうだろうね。僕の家を狙うなんて、さすがだよ」

「それだけじゃなく、……真里様はお仕事のパートナーとしても、真希様を手に入れたい、と…」

「ふ〜ん…」

僕にはその返事が、満更でもない、って聞こえた気がして。

「お、おいっ!!…まさか……」

「……何?別にそれが良い条件だったとしたら…断る理由も無いからね」

い、良い条件って……何だよ、おまえも金ってことかよ…!!

「……きっと、真里様もあなたならそう言うだろう、とそうおっしゃってました」

「あ…あゆみさん…!?」

「へー……なるほどね」

な、なるほどって…!!

「どうやら矢口の方が、キミよりも気が合いそうだ」

「なっ!?お…おまえ…それ本気で言ってんのかよっ…!!」

「……当たり前だろ?キミみたいなやつのお守り、もう十分だ」

「っ……後藤…」

そこまで言わせたのは僕のせいだろう…。

……だけど、ホントにそんな風に思わないでほしかった…。

「……あゆみさん、良い話が聞けて良かったよ」

良い話って…なんなんだよ…!

「……あなたはやっぱり…それを選ぶんですね」

「キミがここに来たのも…。どうやら全てが…矢口の手の内のようだ」

「……ですね。私も今…そう思いました」

「……どーゆー意味だよ…」

何もわかんねぇ…

わかりたくねぇーよ…

「……吉澤。キミにあゆみさんのことは預ける」

「は……はぁ?」

そう言って、さっさと後藤が部屋を出ていく。

「ちょっ…ま、待てよ!!!」

「ひとみ様!!……真希様のことはほっといてくれるか」

引き止めようとした僕は高橋に止められた。

「っ…」

「…里沙ちゃんのことも任せたで」

僕にしか聞こえないような声で高橋はそう言うと、すぐにその後に続いて出て行った。

「あ、愛ちゃん…!?」

い…一体…何なんだよ……

あゆみさんをふり返っても、僕とは視線を合わせてはくれなかった。

93 :セイナ :2010/08/16(月) 22:34


アイツがこの屋敷を出て行って、数時間……

出来る反省は全部した。

あの時言ってた意味はこういうことだったのか、っていくつも気付かされる。

今頃気付いたって、遅いって言われるかもしれないけど…それでも何もしないよりはマシだ。

一人でバカなことやって……正直、浮かれてた。

成長したとか、何とか言われたって、結局根本が変わってなければ同じだ…。

だから僕はアイツにも…みんなにも見放されるんだ…。

臆病者になり下がった僕に、今何が出来るのか…。

「……あゆみさん」

「……吉澤さん…」

ずっと僕と話そうとしてくれなかったけど、新垣と暫く話して落ち着いてきたのか、返事をしてくれた。

「私……真里様に操られているみたいで…」

「何を言ってるんですか!…しっかりしてください」

新垣の声にあゆみさんは頷いた。

…そうだよな…。

不安なのはあゆみさんの方だ。

僕ばっかり塞ぎこんでちゃダメだよな……。

こんな時の新垣は本当に頼りになると思った。

「…さっきの話だけどさ、別にあゆみさんは気にする必要無いよ」

「……でも、私……」

きっとあゆみさんは自分のせいで後藤が敵に回ろうとしてる、なんて思ってんのかもしれないけど…。

「いや。…アイツはそんなやつじゃねぇーって。…多分、アイツのことだ。矢口の上を行く作戦を思いついたんだろう」

「…ひとみ様…」

新垣もきっとそう思っているんだろう。

高橋も…そんなアイツに付いてる。

「……吉澤さん。…あなた達の絆はきっと強いんですね。…私はこんなにもうろたえてしまうのに…」

「まぁ…アイツとは腐れ縁みたいなもんだからな」

「よく言いますよ…ひとみ様ったら、子供の頃から真希様には迷惑を掛けっぱなしで…」

「……新垣」

おまえ、いい加減にしろよ。

わざとらしく咳をすると、新垣は渋々口を閉じた。

「とにかく!…アイツのことは気にしなくていいから。……それより今は、あゆみさんのことだよ」

「っ……はい…」

「…ひとみ様?この手は何ですか…?」

「いてててて!!」

あゆみさんの手を握ろうとした僕は、新垣に汚いモノでも触るみたいに、つままれていた。

94 :セイナ :2010/08/16(月) 22:35


「……か、帰るって……あの屋敷に?」

あゆみさんはそれに頷いた。

「な、何を言ってるんですか!!」

新垣もあゆみさんを止めた。

「多分、…私は伝える為に逃がされたんだと思います。だからこのまま戻っても、きっと真里様は…」

「…伝える為とか…逃がされたとか…そんなの関係ねぇーよ。あゆみさんは、あゆみさんだ」

「……吉澤さん…」

…でも、あゆみさんがあの屋敷に戻りたいって気持ちはわかる。

「……美貴ちゃんのことも心配なんだろ…?」

「っ……それもありますけど、」

きっと色んな面で、あの屋敷にまだやることがあゆみさんにはあるんだろう。

…今の僕みたいに。

「……僕も行くよ」

「えっ!?ひ、ひとみ様!?」

「……でも、」

あゆみさんを見てたら、僕にだって何か出来ることがあるんじゃないかって気がした。

それにアイツが僕にあゆみさんのことを預けるってことは、何かあるって、そんな気がしてならないからだ。

矢口と同等…いや、それ以上にアイツの頭も回るからな…。

「……失礼するよ。…呼びかけても返事が無かったものだから」

そう言って入ってきたのは、安倍君だった。

「あ、安倍君…」

僕達の声にも応えず、安倍君は入ってくるなりあゆみさんを見つけて近付いてくる。

「……安倍さん…」

「あゆみさん。…すまない」

そう言って、声を掛けると安倍君はあゆみさんの肩に手を置いた。

「……いいんです。それより、私…」

「あゆみさんは気にせず、屋敷に戻ってほしい。…矢口にもちゃんとその話はしてある」

「……美貴ちゃんは?」

「美貴?…美貴は僕の家で預かることになった」

「……は?ちょっ、それ、どーゆーことだよ、安倍君…!?」

いや、それは美貴ちゃんにとっては良い事なのかもしれないけど…。

「…安倍さん?安倍さんが美貴様を守ろうとしても…」

「わかってる!…いや、わかりたくないから、こうしてる…」

「……安倍さん…」

悔しそうに唇を噛む、安倍君。

…正直、今の状況なんて僕にはわからないけど…。

「……僕は絶対、美貴をこんなくだらない事に巻き込むわけには…」

安倍君の力のこもった拳に、あゆみさんが自分の手を重ねた。

「……っ…ご、ごめん…。あゆみさんのこと…巻き込んでるのに、こんな言い方…」

「いいんです…。私は…安倍さんの力にずっとなりたかったんです」

「……えっ……?」

安倍君には寝耳に水だろうな…。

あゆみさんには嫌われてると思ってたんだから。

「こうして安倍さんの力になれて…それだけで嬉しいんです」

「……あゆみさん…」

正直、ここに居る僕らのことなんて忘れてるだろう。

そんな文句でも出そうなくらい、二人は良い雰囲気だった。

……案外、良いカップルなのかもなぁ…。

そんな事を思いながら、それ以上に、自分のやることが見えてる二人が羨ましかった。

……こんな状況になってるっていうのに……

僕は自分のやるべきことを見つけられずにいた。


95 :セイナ :2010/08/16(月) 22:36



あゆみさんと一通り話してから、僕は安倍君に呼ばれた。

「…キミがあゆみさんを送っていってくれるなら安心だ」

久々に来た僕の部屋を軽く物色しながら、安倍君はそう言った。

「いや……そんなこと」

そう言うと、安倍君は僕の様子がおかしいのに気付いてふり返る。

「……どうしたんだ?…キミらしくもない」

安倍君は僕の顔に触れて、マジマジと見上げていた。

「……いつもなら、こんな雰囲気になったらすぐに僕になにかしらしてくるのに」

「……あのなぁ…」

こっちはそんな年中真っ盛りじゃねーんだよ。

そう言ったら、安倍君に大げさにビックリされた。

「……ちぇっ…なんだよ」

後藤と居たって、僕と居たって…

キミはやっぱり結婚してしまうくせに……。

「……吉澤…?」

「……そんな風に言うからには…覚悟出来てるってこと…?」

「えっ…?」

それ以上は、何も言わせない。

そんな強引なキスを何度も繰り返す。

「んっ…、んん!!」

押し返したって、そんなの無駄だって。

構わず僕は安倍君のシャツの下に手を入れた。

「っ!?」

殴られようが、蹴られようが、構わない。

相変わらずすべすべな肌に手を滑らせ、なぞっていく。

「……う、ぁっ…」

ビクッと安倍君の体が震えて、一気に力が抜けた。

僕はその体をすぐに支えて、抱き寄せる。

「っ……よしざっ……」

安倍君の真っ赤になった顔、見上げる目には涙が滲んでいた。

「……っ、な……」

なんだよ…。

安倍君から挑発してきたくせに…!!

自分から誘っといて……何でそんな悲しい顔するんだよ…。

こんなことしたって、何かを忘れることなんて出来ない…。

それどころか…時間が経てば経つほど、どんどん目の前は塞がっていく。

こんな時間でさえ…惜しむほどに。

「……ったく、いい加減、警戒してくれよ」

安倍君の服を直しながら、僕は言った。

襲ってるのは僕なのに、そんな自分が言うのはなんだけど…。

「…安倍君は僕のこと全然わかってない」

どれだけ常日頃から我慢してると思ってんだよ…。

こんなことされたら、そんなの襲うって!

「……キミがそんな顔するからだ」

安倍君は安倍君で、まだ懲りずにそんなことを言ってくる。

「……元からこんな顔なんだ」

「違う!…キミはもっとバカで良いのに…なんで利口になろうとするんだ…」

「……安倍君…」

その言葉にハッとした。

……そうか、僕……

ずっと後藤に抱いていた劣等感が…今の自分を作り出していたことに気付かされた。

あいつにずっと勝ちたくて…

何でもアイツが上で、僕が下で、

ずっと僕はそんな気持ちをずっと抱えていた。

安倍君のことがあって、それはもっと増していた。

アイツみたいに賢くなれれば…

アイツみたいにカッコ良くなりたいって、いつも僕はそう思っていたんだ。

そうすれば僕はアイツに勝って、安倍君を手に入れることが出来るって……。

「……僕はモノじゃない。…僕はそんなことで吉澤、キミを好きにはならない…」

「…安倍君…」

軽く触れるようなキス。

それは安倍君からだった。

96 :セイナ :2010/08/16(月) 22:36

いつもこんなキスをしているのか、って…されてる女の子達が羨ましくなった。

…なんだ、僕……嫉妬してんのか…。

そこで気付いて可笑しくなる。

「……何、笑ってるんだ…?」

「いや……僕もわりと女の子みたいだなってね」

「……はぁ…?」

「今、キスされたら…安倍君にキスされた他の女の子達の顔が浮かんでさ…」

「なっ……!」

「…なんか、僕…他の女の子達に嫉妬してるみたいだ……」

何を言ってるんだ、って顔して見つめてくる安倍君に、僕なりのキスを交わす。

「っ……ばかっ」

「へへっ…だって、バカだからさ」

もうこれ以上はないってぐらいに、僕の気持ちを込めてキスをした。

今まで何度もしたけど、今のが一番ドキドキしてる。

こんな女の子みたいな気持ち…バカにしてた。

だってこんなキスぐらいで、こんなにうろたえてドキドキして…。

触れ合うだけでこんなに緊張するなんて…そんなのめんどくさいだけだと思ってた。

それならすぐ自分のモノにしたいし、早く気持ちも全部伝えてスッキリしたい。

…そう思ってたのに。

キミを好きになるまでは。

「……キミが好きだよ…安倍君」

この気持ちに嘘は無いから、だからこんなにも心が震えるんだろう。

「……吉澤…僕もだ」

「好き……」

強く抱きしめる。

そうじゃないと、この気持ちが伝わるのか、って不安で。

口を出る度、もっともっとキミを好きになる。

「安倍君……愛してる」

気の迷いだと思ってた。

…それがここまで成長して、僕を苦しめる。

愛してる、なんて言葉だけじゃ足りなくて…。

もっとキミを欲しがって、僕をもっと枯渇させる。

早く楽になってしまいたい、って気持ちと、もっとこの苦しみが続け、と思ってる気持ちがいがみ合って。

苦しめば苦しむほど、僕にはキミしか見えなくなって……。

…僕の全て、全部キミ色に染まりたい、なんて、

それこそ安倍君に想いを寄せる女の子みたいな感情が僕の心を占める。

そうなれたら楽なのに…。

こんなだから…僕は大事なことをいつも誰かから教わるんだ。

……これじゃあ、僕が安倍君を助けることは出来ない。

「…絶対迎えに行くから、安倍君のこと」

「……あぁ。…待ってる」

指を絡ませ、最後だ、と決めてキスを交わした。

…これ以上は、このごたごたが片付くまで無しだ。

……そう自らを戒めて。


97 :セイナ :2010/08/16(月) 22:37

『機転回転悪辣非道』




屋敷を出て行く安倍君を見送ると、僕はすぐに支度を始めた。

「ひとみ様…?ホントに行く気ですか…?」

「あったり前だろ!?…ぜってぇ…アイツのしっぽ掴んで振り回してやる…」

「……危ないですから、掴むぐらいにしておいた方がいいと思います」

『……は…?』

その冗談が僕をリラックスさせる為と、誰が思うんだ…。

あゆみさんは反応の無い僕達を見て苦笑していた。


98 :セイナ :2010/08/16(月) 22:37


そして僕達は矢口の屋敷に戻ってきていた。

一週間ぶりの第二の我が家ってとこか。

……まぁ…三畳一間だけどな。

あゆみさんは屋敷に着くなり、矢口の所へ顔を挨拶しに行った。

僕も付いていきたかったけど、正体がバレるといけない、と言われ留守番。

……と、言われたって体が勝手に動いちまうのが僕の性分だ。

そーっと僕は矢口の部屋に近付いていた。

「……あぁ、その話なら聞いたよ」

扉に近付いた途端、聞こえてきたのは矢口の声。

「おまえがいってくれたおかげじゃないか…なのに、なんでそんな顔するんだ…?」

「……全てお見通しだったんですね…」

「……さぁね。…話は終わり?もう出てってくれない?僕、やることがまだたくさんあるんだ…楽しませてくれることが……たっくさん、ね」

「っ……」

……やべっ!

僕が慌てて、いつもの縁の下に隠れると、その真上を足音が通り過ぎる。

あゆみさんにしてはだいぶ荒い足音。

その音が消えてから、…ホッと胸を撫で下ろし、僕は外へ出た。

……それにしてもアイツ……。

柴田さんの憶測は外れてはいなかった。

それが悔しい……っつーか、してやられたって感じだな。

それに何も知らずに踊らされていた自分達が…情けない。

さっきの会話を聞いてる限り……

矢口の計画は着々と…それも僕らにとっちゃ、悪い方向に進んでる。

……何か、ねぇーのか…。

アイツをぎゃふんと言わせられる、何か。

そんなはやる気持ちを押さえながら、僕は渋々部屋の前を後にした。


99 :セイナ :2010/08/16(月) 22:38



「……どうだった?あゆみさん」

「……いえ」

そう言って、首を横に振った。

美貴ちゃんが居ない今、この屋敷のことで一番詳しいのはあゆみさんだ。

…頼るのは悪いと思ってても、つい頼ってしまう。

多分、あゆみさんにだって話したくないことの一つや二つ…

「…いえ、」

それは一度目のそれとは違い、何かを決意したような声だった。

「……どうかした?あゆみさん」

「……はい。真里様はなつみ様との婚約……破棄しても、いいと」

「…………はぁ!?」

あゆみさんは信じられない…というより、言いたくない、という感じだった。

「……嘘だろ?」

あんだけこだわってたのは矢口の方じゃないか。

なのに今更、結婚はやめてもいい、だなんて……。

「……でも、その代わり、そうなった場合……美貴様が」

「……美貴ちゃんが…?」

嫌な予感……

だって、安倍君がダメなら、次は美貴ちゃんって……

「……真希様と」

……絶句。

っていうか、そりゃ後藤から吹っ掛けた話じゃねーかって思うぐらいだ。

そうだとしたら、矢口のやつはそれを承諾したってことだ…。

「……アイツの目的は一体なんなんだ」

安倍君じゃなくてもいい、なんて…。

後藤のやつ…

一体、…何を交換条件に出したんだよ…。

「…でも、結局は同じことじゃ…それが遅いか、早いか、の差だけで…」

まぁ…それを言われりゃそうかもしれない。

だけどなぁ……

アイツが安倍君の家を…?

ぜってぇ、ありえねぇ。

それ所か自分の所で止めようとするはずだ。

美貴ちゃんにも手を出すはずもない。

……そんなこと言ったら、僕が殺されるけど。

矢口だってアイツの性格をわかってない、はずがない。

あんな危険な奴を自分の手元に置こうだなんて…それこそ気が触れてる。

「…………何かあるな」

まぁ、その何か、がわかればこんな苦労はしないんだけど…。

「……破棄ってそれ、もう決まったこと?」

「い、いえ……それはなつみ様に返答してもらう、って…」

……安倍君、意地でも結婚する気だろうな。

美貴ちゃんのことがあるから尚更だ。

……矢口のやつは逆にそれを利用してくるか…。

今となっちゃ、安倍家との婚儀なんてどっちでもいい、なんて言ってくるだろうからな…。

今度は反対に、安倍君の方が結婚させてくれ、と言わなきゃならないはずだ。

…そしたら安倍君はアイツの言う事を聞くしかない。

それしか美貴ちゃんと繋ぐ糸はないんだから…。

…でも結局は、安倍君は美貴ちゃんを後藤の所へ出さなければならないだろう。

……後藤のやつ、安倍君にボコボコにされるぞ……。

「……どうかされました?吉澤さん」

「……えっ!?あ…いや、なんでもないよ」

考え込んでた僕は相当難しい顔してたようだ。

ハッと我に返ってあゆみさんを見ると、僕を心配していた。

「……疲れてるみたいですね…私も少し休ませてもらいます」

「あ、あぁ。…ごめん、引きとめちゃって」

「いえ…いいんです。では…」

そしてあゆみさんは自分の部屋に戻って行った。


100 :セイナ :2010/08/16(月) 22:38



「……で?おまえ、そこで何してんだよ」

あゆみさんが部屋を後にしてしばらく経った後―

もう夕日も暮れて、外は夜とまではいかないまでも、暗闇だ。

その暗闇に紛れるように現れたのは……

「……それは僕のセリフだよ。吉澤。またここに戻るなんて…よほどその変装が気に入ったみたいだね」

「うっせぇな……暇だったんだから、しょーがねぇーだろ」

「ふんっ……少しは気の抜けた頭がスッキリしてきたみたいじゃないか」

……一言余計なんだよ。

くっそ。こいつ…また何でも見透かしたような喋りしやがって…。

「……あゆみさんは?」

「あ、あぁ……さっき部屋に戻った」

「そう……」

そう呟いて、後藤は僕を見る。

「……どこまで聞いた?」

「…結婚、しなくていいって話」

「……他には?」

「そうだな……もし、そうなった場合、今度は美貴ちゃんがおまえと結婚するかも、ってことだな」

「……ふ〜ん」

なんか興味なしって感じだな。

…やっぱりこいつ、そんなことには全く興味持ってねぇな…。

「……キミは僕が結婚すると、そう思ってるの?」

「ははっ……。当たり前だろ?安倍君の為なら犯罪だろーが手ぇ出すやつが…」

「…まぁ、それしか手段が無ければ、そうするね」

……本当に恐ろしいやつだな…。

それもホントに成し遂げようとするから何も言えねぇーよ。

「……でも、まぁ、それを安倍君が許すとは思えないけど…」

ましてや自分の妹の美貴ちゃんを差し出せ、なんて言われたら……。

あぁ〜…考えるだけでも恐ろしい……

「同感だ。…安倍君に嫌われるのは心許無い。…だけど今は、そうでもしないと相手が尻尾を出さないからね」

顎に手を当てて、ジッと考えている後藤。

「…キミ、わかる?これは今、あの人の頭の中には無かった予想だにしなかった出来事なんだよ」

「…あの人……?矢口のことか…?」

……いや、矢口のやつだったら、後藤が、あの人、呼ばわりするはずは…。

「あの人の中ではここで終わって、後は矢口が好き勝手放題暴れてくれれば…、」

「……はぁ…?」

どーゆーことだよ…。

その言い方じゃ、まるで……

「……後藤…おまえ」

「…少しはキミも頭が回るようになってきたみたいだね」

……全てはずっと、

その為だったのか…?

信じたくは無い、

……信じれるかよっ!

……だけど、物語る事実は、それを指していた。

矢口さえも、すでに駒だったなんて…。

「まぁ……僕を敵に回したのが、一番の誤算だね」

「……確かに…」

誰を敵に回すのが怖いって…こいつ以外いねぇよ。


101 :セイナ :2010/08/16(月) 22:39



後藤は矢口に会いに行くと言い、僕の部屋を後にした。

……矢口も自分が泳がされているのを知っていながら…わざとそうされてるフリを続けたのか…。

後藤の話じゃ、矢口がまともじゃないのは演技って言ってたけど…。

そうそう信じられねぇーな、あの性格…。

まぁ、そんなことは良いとしても……。

あいつの話をまとめると、だ。

僕のしてることは………

「……ぁー!!」

頭を抱えて、柱に向かって頭突きした。

……痛ぇ……やっぱり現実なのかよ。

そう思ったら、現実なんてやっぱ良いものじゃねぇーな、って思った。

これが解決を迎えた後……僕はどんな顔して会えばいい。

…そもそも、また会えるのか…

僕は不安な夜を過ごす羽目になった。


102 :セイナ :2010/08/16(月) 22:39



……次の日の朝、

「……あ、おはようございます、吉澤さん」

「お。あゆみさん。おはよっ」

…変わらない挨拶。

通り過ぎ様にチラッと横目で窺うと、あゆみさんの目にはクマが出来ていた。

……寝てねぇんだろうな…。

「……真里様のところへ?」

「……え、えぇ…」

「そっかぁ…。気を付けてな」

「あ……ありがとうございます」

僕はあゆみさんを見送り、朝の仕事をする為に庭に向かった。

「…………」

黙々と枝切り……

なんて、してるわけがない。

そこまで僕だってバカ正直に生きてるわけじゃない。

僕はすぐにあゆみさんの部屋に足を踏み入れていた。

扉を開けるだけで、そこはあゆみさんの匂いでいっぱい…。

正直、それだけで頭がクラクラしそうだけど、……今はそんな暇無い。

「……くそっ……どこだ?」

大事な物が隠してありそうな机を調べ、棚を調べ、あまり荒さないように手を動かす。

…アイツの話がホントなら……

ギシギシッ

そんな足音が近付いてくる。

それも一人じゃない……

ヤベッ……

僕はすぐ奥の部屋へ続く扉を開き、身をひそめた。

ギッ

そしてすぐに扉の開く音。

少しだけ開き、中の様子を窺う。

…そこに居たのは、あゆみさん。

そして後藤だった。

「……やっぱり反対?」

「あ……当たり前です!」

「……でも、こうでもしないと僕は安倍君を救えない…」

「そ…それは、あなたの勝手な想いです。そうすることが一番だと思い、それを押しつけているに過ぎません!!…なつみ様は…そんな風には思っていません」

「……まぁ…そうかもしれないね。だけど僕は、安倍君が好きなんだ」

たとえ……キミと一緒にグルになって、この家を乗っ取ろうとしていたとしても。

『っ!?』

…………

思わず声に出しそうになって、慌てて口を押さえた。

……それはもしかしたら……なんて、思ってはいても、絶対に認めたくなかった。

それを否定する証拠を、0.01パーセントでもあれば、僕はそれを最後まで信じようと思っていた。

…だけど、それを上回ろうとする真実は、今までの僕の周りの情景を180度変えてしまう。

「……真希様」

「知らないとでも…?…僕は全てを把握しないと気が済まない性質なんでね」

…それが例え、好きな人を苦しませてしまうことになっても。

「……なつみ様のことを好きなら、尚更…!!」

「……それとこれとは別だよ。…僕はいくら安倍君に嫌われたって、自分の気に食わないことなら容赦しない」

「っ……!」

「早く手を引くんだね。…矢口は…キミのことを本当に心配している」

……えっ?

一番驚いていたのは他でもない、あゆみさん。

…そりゃそうだろ…僕はアイツからそんなもん、微塵も感じなかったぞ…

「……嘘ですっ!!」

「…キミの生い立ちを考えれば…矢口を恨むのは当たり前かもしれない。…だけど、あの人はキミのこと、本当は家族と思いたかったみたいだ」

「……うそ…です」

後藤の話は、昨日矢口に聞いたもののようだった。

矢口のバカ親父が他で作った子供。

愛人の子。

あゆみさんは否応なくそのレッテルを着せられて…。

でも矢口はこの家の当主として、それが許せず……

親父の足取りを調べては、その罪も無い子達に知らない所で金銭面的な援助をしていたそうだ。

……あんなチビのくせに。

「……でもキミ、ホントは矢口の血筋なんて引いてないんじゃない?」

『っ!?』

お……おい……

っていうか、さっきからビックリすることばっかりで頭が追いつかない。

「……あくまで、これは僕の予想だけど。キミは……」

そして後藤が口にした事実は……

また僕の情景をさらに捻じ曲げた。

103 :セイナ :2010/08/16(月) 22:40


「矢口……じゃなく、安倍君の父親の隠し子」

「…………」


呆然と立ち尽くす。

こーゆーのって…なんて言ったらいいんだろうな。

胸の真ん中、ぽっかり空いたようだった。

……あゆみさんが、安倍君と手を組んで…この家乗っ取ろうとしてた。

それだけでも、僕にとっちゃハンマーで殴られたような衝撃だった。

……なのに、それだけじゃなく、

あゆみさんが……。

「キミは……安倍君の父親に頼まれたんだろう?」

それも…それを仕組んだのは、安倍君の親父…?

ますます衝撃は増していく。

「……よく、そこまで」

「言ったでしょ?…僕は全てを把握しないと気が済まない性質だ、って」

あゆみさんの声が観念したように、トーンが下がる。

ハッキリとクリアに聞こえる声で、あゆみさんは言った。

「……これは、復讐です。…義父から美貴様の母親を奪った…矢口への」

「……なるほどね。……で?これからどうするつもりなの?」

やっと理由はわかった、と少しスッキリしたような後藤の表情が見て取れる。

もっと何か言われる、と思っていたのか、そんな後藤の様子にあゆみさんは呆気に取られていた。

「……どうして?」

「それは……」

バレてない……そう思ってたはずの僕と後藤の目が合う。

「―いぃっ!?」

「えっ!?だ、誰?」

「……いつまで隠れてるつもり?…良い趣味してるよね…キミ」

…気付いてたのかよ、だったら最初から言えっ!!

僕は渋々扉を開けて出ていった。

「……よ、吉澤さん!?」

「……ご、ごめん…勝手に入ったりして…」

「ふっ。キミのことだから、昨日の僕の話を鵜呑みにして、反対の証拠を探そうとここへやってくる、…そう思っていたからね」

「……へーへー。そうかい」

何でもお見通しなんだな、大先生様はよー。

「い……今の、」

「あぁ。…聞いてた。……信じたくは…無かったけど」

僕がそう言うと、あゆみさんは凄く悲しそうな顔をした。

「……相変わらずのタラシだね、キミも」

呆れ顔でそう呟く後藤に、僕は舌打ちをした。

「…あゆみさん。今のキミに何をしたいのか聞きたい」

「……私………?」

「いくら義父の命令とは言え……この家に何年も仕えたキミが、今、どうしたいのか」

「どうしたいって…言われても」

「あゆみさんにとって…居心地の良い場所ってどこなんだ…?」

あゆみさんが俯く。

どうなんだろうな…こーゆーの。

生まれた家と育った家は違う、そんな感じなのか…。

それともやっぱり、自分の居場所があるから、この家でどんな辛いことがあっても頑張れたのか…。

…ボンボン育ちの僕には到底わからない。

…逆にわかる、なんて言ったらそれこそ失礼だ。

「わ……私は……」

あゆみさんの声は、さっきの凛とした突っぱねた声じゃなく、

…どこか、縋るような声だった。

「……こんな時に言うのもなんだけど、矢口はキミのことだいぶ前に気付いていたよ」

「……えっ!?」

「気付いてて……ずっと置いといたのか…?」

……あの、矢口が?

どーしても、あのクソ生意気な態度しか思い出せない僕には到底理解不能。

「キミは気付いていないかもしれないけど……矢口はずっとキミのことを待ってる」

「な、何を……」

「キミが早く……そのしがらみから抜け出してくれるのを」

あの、矢口が……?

あゆみさんを……?

…でもよくよく考えれば…同じような境遇の中に出会った二人なんだ。

あり得ない…話じゃない。

「キミはもう気にする必要は無いよ。自分の気持ちに正直に生きるべきだ。…後は、僕と…そこのバカ正直に任せておけばいいよ」

「だ、誰がバカ正直だっ!!」

「……それは…吉澤さんしかいませんよね」

「ちょっ……あ、あゆみさんまでっ!」

後藤が変なこと吹き込むから…あゆみさんにまで笑われた僕は、後で絶対仕返ししてやると心に誓った。


104 :セイナ :2010/08/16(月) 22:40



「……お兄ちゃん?…どうかした?」

「え?あ…ううん。なんでもないよ…美貴」

そう言って、頭を撫でると美貴は嬉しそうに笑った。

その笑顔が羨ましい…。

…僕はもう、素直に笑えそうもないからだ。

……一刻、一刻、

僕を縛り付ける鎖は、もう、すぐ、そこまで。

足音もさせず、忍び伸びてくる。

……何もかも、計算違いだ、こんなこと…。

あの二人に会ったことも、……吉澤に惹かれてしまったことも。

最初はただ近付く手段だと思っていたのに…

いつの間にか、あの二人を特別に思ってしまっていた。

「……バカだな」

こんな感情、持たなければ……

僕はずっと、ずっと、父のロボットで居られたのに…。

「ねぇ…お兄ちゃん……」

「美貴。…安倍さん、って呼んでも良…」

「やだ。……美貴はお兄ちゃんって呼びたい…」

僕にしがみつく手が震える。

……そうだろう。

ここにアイツが居る限り……僕と……そして美貴に平穏は無い。

こうして美貴を手に入れることが目的とばかり思っていたのに……。

自分の子まで騙すなんて、どんな神経をしてるんだ。

……絶対、美貴だけは守ってみせる。

「……ごめん、美貴。…こんな所に閉じ込めてしまって」

「な、なんで、お兄ちゃんが謝るの!?…美貴は…お兄ちゃんと一緒ならいい。それに……」

ぽつっと美貴が呟く。

「…きっと…吉澤さん達が来てくれるよ」

そして美貴は僕の手をギュッと握った。

「……だから、お兄ちゃんも…負けないで」

「……う……うん。……ふふっ」

「な、何笑って……」

だって笑うしかないじゃないか。

…騙そうとしたのに……

その相手に救いを求めるなんて。



105 :セイナ :2010/08/16(月) 22:41



「……こっちです!!」

その声に、安倍君の家に忍び込もうとしていた僕と後藤は足を止めた。

玄関の門に回る前に、そこに亀井が居た。

いつもの動きとは思えない、素早い動きで裏門を開けてくれる。

「……お二人とも、何してたんですかぁ!?なつみ様を見殺しにする気じゃないでしょうねぇ!?」

「な、わけあるかっ!!こっちだって、大変だったっつーの!」

「……吉澤の大変、なんて大したことじゃないけどね」

「そぉ〜ですよねぇ〜?」

う、うるせぇーな!!

「さっさと行くぞ!!」

「もぉー!そっちじゃなくて、こっちです!」

「うっ……」

「……ふふっ。ここは亀井が先輩なんだから、頭を下げるべきだよ」

「そのとぉーりです」

「……へーへー」

そして僕達は亀井に案内されるまま、屋敷の裏側に回った。


106 :セイナ :2010/08/16(月) 22:41



「……で、今の状況は?」

「なつみ様と美貴様がお屋形様に部屋に監禁されていて…」

「なぁっ!?」

監禁って……

「……やっぱり、安倍君は父親に操られていただけだったのか…」

「……はい。それって…あの、あゆみ様もそうなんですよね…?」

おそるおそる聞いてくる亀井。

そりゃー…そうか。

完璧敵だと思って噛みついてたもんな…。

後藤が頷くと、亀井は顔を伏せた。

「私……あの人にヒドイこと……」

「おーい。お前が気に病んでどーすんだよ。…気に病むんだったら、今、この状況をだな…」

「わかってます!」

ふんっと鼻息荒く、亀井はいつものように僕に噛みついてきた。

「……まぁまぁ。…それより、安倍君の父親は?」

「…どうやら、美貴様に奥様の面影を重ねているようで…。お屋形様が美貴様に何するかわからないと、今は、なつみ様がその間に入って、その…」

「……んだよ。その為にこんな大ごとにしやがって」

「お屋形様は…奥様のことがとても好きだったようで……居なくなられてから、人が変わったようだ、となつみ様も仰ってました」

「……んなの、美貴ちゃんや…それに安倍君にだって関係無いだろ!?」

亀井に詰め寄る僕の肩を後藤が引く。

「…吉澤。キミだってそうだろう?恋や愛…それは、それほどまでに人を変えてしまう。怖ろしいものだってこと…」

あーあー…

言いたいことはわかる、わかるけどなぁ……

「……かゆい」

「なぁっ!?あなた、今の素敵な言葉に何も感じないんですかぁ!?」

「……ふっ。これだから本能で生きてるやつは……」

「あ。てめぇっ!!」

ふざけて、後藤の肩を掴むと、真剣な顔で見られた。

思わず躊躇していると、

「……ここで二人を逃がした所で、根本的な解決はしない」

「あ…あぁ」

「でもまずは…お二人にお話を聞かないと…ってことですよね?」

「さすが亀井。どこかのお調子者と違って話がわかるね」

「うへへへぇ」

「だれが、お調子者だっ!!」

「……あなたしかいないじゃないですかー?」

そして僕は悔し紛れに、亀井の首を絞めた。


107 :セイナ :2010/08/16(月) 22:42



「……なつみ様っ!!」

亀井が先に鍵を入手しておいてくれたおかげで、すんなり二人の居る部屋に入ることが出来た。

「……亀井…」

「っ!?よ、吉澤さんに……後藤さんまで…」

僕達が入ると、安倍君も美貴ちゃんも驚いた顔をしていた。

「よっ!美貴ちゃん久しぶりだな」

「……安倍君も」

「ど、どうしておまえ達…いや、それより、今ここに居るのは父のことか?」

後藤はそれに頷くと、辺りの様子を窺った。

「……僕達がどうしてここまで来たか、わかるよね?」

「あゆみさんは……?」

「あゆみさんなら大丈夫だよ。心配無い」

そう言うと、安倍君はホッと胸を撫で下ろした。

「……父なら書斎だ。…もう僕の言う事にも耳を貸さない。挙げ句の果てに、美貴だけ居ればいい…なんて言い出す始末だ」

「…お兄ちゃんっ…」

「……美貴、キミを一人にするわけないだろう?」

「うんっ!」

…相変わらずベタベタだなぁ…美貴ちゃん。

亀井なんか、平静装ってるけど、顔に青筋立ってるぞ…。

「……矢口はもう手を出す気は無いそうだ。…元から、矢口はそれが目的じゃない」

「…あぁ…あゆみさんが関わらないなら、もう平気だろう」

「じゃあ……」

っていうか、ちょっと頭がキレちゃってるやつをどうしようっていうんだ。

「父に目を覚ましてほしい……でも、どうすれば……」

「殴るか!」

『はぁ!?』

一斉ブーイング。

…だけど、美貴ちゃんだけは違った。

「……それ良い!行こう、吉澤さん!!」

「ちょっ……み、美貴!?」

僕の腕を引っ張って、美貴ちゃんは部屋を出た。

廊下をずんずん歩きながら、きっと…目指すのは親父が居る書斎。

「……なんだよ、随分大人しいお嬢様してるかと思ったら」

安倍君の前に居る時の美貴ちゃんは思いっきり猫かぶってるからな…。

「ふんっ。こっちだって、色々あんの!ほら、あんまり期待を裏切っても悪いじゃない?」

そう悪びれも無く言う美貴ちゃんがとても頼もしく思えた。

「……入るよ!」

鍵のかかっていない部屋。

その奥に安倍君の父親は居た。

…その生気の抜けた顔……見てるだけでゾッとしてくる。

『み……美貴っ!!』

美貴ちゃんの顔を見た途端、瞳に光が灯る。

そして慌てて美貴ちゃんに寄ってきた。

『わ…私の…!!』

「このアホ親父!!!」

バシンッ

そんなリアルな音に、僕の方が目を瞑った。

「いつまでもイジイジイジイジくだらないっつーの!!!」

『……ひぃっ!!』

……おいおい。

親父の方が怖がってんじゃねーか…?

「いい加減、母さんのことは忘れなさいよっ!!っていうか、迷惑。ぶっちゃけ迷惑なんですけど!」

……そんな言い方されたら親父だって……

「わ……笑ってる……」

見間違いかと思った。

……だけど、確かに笑っている…。

108 :セイナ :2010/08/16(月) 22:43

「おい、よしざっ……」

そして慌てて追いかけてきた、後藤達も中の様子を見て唖然としていた。

「これは……何?」

「さぁ……僕に言われても。見たまま、としか言えないな」

「……美貴様……カッコイイです…」

おいおい。

目をキラキラさせて、亀井は美貴ちゃんがお説教してる姿を見ていた。

『…そうだ…もっと、もっと、私を怒ってくれ!!』

「ち……父上!?」

安倍君はそんな父親の姿を知らなかったのか、激しく動揺している。

「うっさい!キモイんだよ、このハゲ!!」

『…も、もっとぉ!!』

「こ、これは……」

そう言って、安倍君を見る後藤。

安倍君はすぐに顔を逸らした。

いやぁ……これは…なんとも。

どこかで、こーゆー変態プレイがあるっていうのは知ってはいたけど…

実際見るのは初めてだな…。

「うちの母さんもねぇ…アンタみたいなハゲ、嫌いだって言ってたんだから!!」

『…あぁっ!!』

そりゃー……な。

そうだろうな…うん。


『………………』


無言で僕達は二人と、それをキラキラして目で見守る亀井を残して、その場を後にした。

亀井のやつ、まだ見てるけど…面白いのか…?

まぁ、いいけど…。

「いやぁ〜…人ってわかんないもんだな」

安倍君は質問に答えづらいのか、話に入らず僕達の後ろを歩いてる。

「あぁ……ホントにね」

うんざりしたように後藤が呟く。

「ホントに、恋や愛で人って恐ろしく変わるもんだよなぁ〜?なぁ?後藤?」

わざとらしく肩を組んで、面白可笑しく話してやったら、後藤の顔色がすぐに変わった。

「……ねぇ、キミ、ケンカ売ってるの?いや、売ってるよね。すぐ買うけど!?」

「はぁ〜?今まで散々偉そうなこと言ったその口、今日こそ二度と喋れねぇーよーにしてやるよ!!」

「望むところだ!!」

「ちょっ、ふ、二人ともやめないかっ!!」

間に入る安倍君は僕と後藤に揉みくちゃにされている。

「や、やめないかっ!!」

「……こうなったのも、安倍君のせいだよ!」

「…は……はぁ〜!?ご、後藤…ちょっと、落ち着いて…」

「…だな。もとはといえば、安倍君が悪い」

「ちょっ…よ、吉澤まで……」

いつの間にか、矛先を変えられ安倍君が後ずさる。

「そ、それは……わ、悪かったとは思ってる…だけど、」

「それ以上は言わせないからね」

後藤が安倍君の手を掴む。

「…言い訳する前に…なぁ?」

僕はもう片方の手を掴んだ。

両手を僕達二人に掴まれた安倍君。

「あぁ、今日は全部喋ってもらうよ?それまで…帰さないから」

僕と後藤の顔を交互に見る安倍君。

「…後藤を怒らせると怖いぜ〜?」

僕がニヤッと笑うと、安倍君は観念したように僕達の手に引っ張られていった。



109 :セイナ :2010/08/16(月) 22:43


『そして僕たちは……』







そして僕たちは……

それぞれの日常に戻った。


「……まさか、そんなことになっていたなんて」

「ほんまやなぁ〜…っていうか、それあーしも見たかったなぁ」

「ちょっ、あ、愛ちゃん!?」

「そーゆー里沙ちゃんやて、興味あるやろ?」

ボッと真っ赤になる新垣をからかって楽しむ悪趣味な高橋にはあの気持ちがわかるんだろうな…。

僕には到底わからん。


あの親父……って言っても、安倍君の父親のことだけど。

あの親父のおかげで…どれだけ僕らがかき回されたか。

あの後、美貴ちゃんに調教され…安倍君の親父は改心したらしく、この件に関しては一切手を引くと約束し、迷惑掛けた人間全員に謝罪して回ってるらしい…。

人が変わった。

それはこんなにも周りに影響を与えるものなのか。

美貴ちゃんのあれはどうやら母子の遺伝らしいけど……。

安倍君の父親と美貴ちゃんの母親の関係も昔からあぁだったとか。

…知らなかった真実を知り、安倍君でさえその日寝込んだらしい。

別れた理由も、美貴ちゃんの母親が飽き飽きして捨てたとか……と、なると矢口の父親が家に帰ってこない理由は……

まぁ、そこまでいくと考えるのもバカらしい。

きっと心に癒すことの出来ない傷を負ったに違いない……。

あんな顔してあそこまでいたぶられたらな……

僕の脳裏に、高橋が見たいと言っていた映像がチラついて、思わずため息が出た。


110 :セイナ :2010/08/16(月) 22:43


まぁ……色々あったけど、

こうして元の日常に戻れたことにホッとしていた。

そしてあの二人とまたバカなこと出来ることに、僕は感謝していた。

この事が無ければ……きっと僕達の関係は壊れていただろう。


すでにギクシャクしていた僕と後藤。

安倍君を取り合うことでだいぶ亀裂が入ってたからな…。

でもアイツのおかげでだいぶ影で助けられていたことに気付いた。

……結構、僕のことも心配してくれてるんだ、ってことも。

またアイツに口うるさく言われるのかと思うと素直には喜べないが…

まだ腐れ縁は続くようだ。


そして……愛する人、安倍君。

想いも何もかも伝えて、伝えまくって…いき過ぎな所も多々あった。

…最初に僕達に近付いたのも計画のうちだったのかもしれない。

だけど、そのおかげで僕達はこうして出会うことが出来た。

全てが計算のうちだったとしても……この想いや気持ちだけは計算で動かすことは出来ない。

嫌いになるどころか……僕は前以上にキミを好きになっていたんだから。


111 :セイナ :2010/08/16(月) 22:44


しなくていいケンカも散々したけど……

まぁ、良い事っていったら…

安倍君のことか。

「……何、ニヤニヤしてるんですか、ひとみ様!」

「ひ、ひひゃっ、ひゃめひょ!!」

「……なんや里沙ちゃんはまだひとみ様のこと追っかけとんのか?」

「ち、違うからっ!!そ、…そんなんじゃないわよ…」

……そして僕のモテ期…

っていうか、常にモテ期だけどな。

「だ、誰がこんな人……」

「…とか言って、僕にゾッコンじゃないか、新垣ぃ〜」

「ばっ!!!ばっかじゃないの!?」

「がはぁっ!!……て、てめ……殴ってぐな…」

腹を押さえてた僕の頭に誰かの手が乗る。

「……自業自得やろが」

里沙ちゃんに手ぇー出したらコロス…

「…………ふんっ」

……そんな声が聞こえたのは…うん。

キッパリ、サッパリ、スッパリ忘れよう。

「なぁ、里沙ちゅわ〜ん」

「う、うるさいなぁっ」

きっと空耳だったんだな、うん。

「さ……さて……出掛けるか…」

そして誰も居なくなったリビングを後にし、

ひとり言を呟きながら、僕は屋敷を出ていた。


112 :セイナ :2010/08/16(月) 22:44



「……お?後藤じゃないか」

「…奇遇だね」

……何が奇遇だ。

屋敷を出るとすぐに、門の所に背をもたれる後藤の姿があった。

待ってたなら、待ってた、って言えばいいじゃねーか…。

「……安倍君のところ?」

「まぁ、な。…っていうか、おまえもだろ?」

「まぁね」

お互い思う所は同じなのか、その理由を探る必要も無い。

……あんな目に遭ったって

…やっぱり僕達は安倍君が好きらしい。

それはどうあっても、変わりそうになかった。


113 :セイナ :2010/08/16(月) 22:45



「……まぁーた、あなた達ですかぁ〜?」

安倍君の屋敷に着くと、相変わらずの亀井が出迎えてくれる。

「おまえこそ相変わらずの美貴ちゃん病か?」

「なっ!!びょ…病気って言うのやめてくれませんかぁ!?…もぉー…美貴様は神なんですよ、神…」

そう、うっとりとしながら亀井が語り始めた所で、その脇を通り過ぎるように僕と後藤は屋敷の中に入っていった。

「……あれは病気というより……宗教染みてるね」

「まさかあの美貴ちゃんを神呼ばわりとはな……どうかし…!?」

そしてその殺気に僕は口を閉じた。

隣の後藤もその警戒心を顔に出している。

「……それはどうもどうもー。イケメン二人がまた”美貴のお兄ちゃん”に何か用かなぁ〜?」

ガチッと肩を掴まれた。それだけで体が固まる。

…それは後藤も同じだった。

身長なら僕達の方があるけど、どういうわけか美貴ちゃんのオーラには身も縮むようだ。

「い、いやぁ〜…美貴さん、ご機嫌麗しく……」

「ははっ……い、イケメン二人なんて…僕達はそんな大層なものじゃ…」

「答えなよ。…”美貴のお兄ちゃん”に何か用?」

そこにだけ触れないようにしていたのは全てお見通しなようだ。

掴まれた場所にだんだんと力が入って、肩に食い込んでくる。

甘酸っぱいトキメキとは違った、心臓が壊れそうなぐらいの胸の高鳴り…。

「……ん?美貴ー?そこで何して……」

「あ。お兄ちゃ〜ん♪」

パッと一瞬で表情を変えた、それで僕たちは解放される。

安倍君が気付いてくれたおかげで僕達は助かったようだ…。

……でも安堵の息をつくのもつかの間、

「……ちっ。ここまでか…」

そんな舌打ちと共に聞こえた声に僕達二人は心底震えた。

……もう勘弁してください。

それは"美貴のお兄ちゃん"である安倍君の前では一切表に出ない恐ろしい素顔…。

っていうか、あれだけ猫かぶれるんだから凄いを通り越して、称賛に値する。

あの後藤でさえ美貴ちゃんの素を知って、自分は敵わないだろうと、言わしめた相手だ。

「お兄ちゃ〜ん?吉澤さんと後藤さんが”また”来てるよ?」

”また”って……

その直球なトゲのある言い方に思わず、文句も出なかった。

「……えっ…?」

安倍君が外に出てきて、僕達を見つける。

「……よ、よぉ。安倍君」

「体の具合、良くなったみたいだね」

「あ…あぁ。ありがとう。ここで立ち話もなんだし、早く上がって?」

さっさと安倍君にくっついていった美貴ちゃんを見送って、

僕達はホッとして、玄関へ向かった。

…一言一言喋るにも、美貴ちゃんの威圧感でのどがカラッカラだ。

「あ、美貴……ちょっと亀井を呼んでくれる?せっかくみんな揃ったんだ」

「……うん。わかった」

そしてギロッと僕らを一睨みして、美貴ちゃんは亀井を探しに部屋を出た。

……た…助かった……。

「…そ…それにしても元気そうだね、美貴さん」

元気すぎるぐらいだ。

「そーいや、最初会った時はいつも病人みたいな顔してたけど……」

「あぁ……僕もビックリだよ。どうやら……その、」

そして安倍君は言いにくそうに言葉を続けた。

「……はぁ?あの親父のおかげ?」

「吉澤!…少しは言葉を慎め」

「いや……いいんだ。本当のことだからね」

どうやら美貴ちゃんはあの親父にストレス発散出来ているせいか、今までの発作も無くなったそうだ。

114 :セイナ :2010/08/16(月) 22:45

「……そうか。なるほどな…」

矢口の家じゃ、年中猫かぶってたから……。

それが今じゃ、あれだけ自分を出してりゃストレスも溜まらないだろーな。

親父もむしろ当たってくれって感じだろうし……。

……それにしても、安倍君があの親父に似なくて良かった。

「だからね、美貴はこっちで預かることになった。…向こう、矢口も今はもう気にしていないそうだ」

「……あゆみさんは?」

「……うん。あっちに住むって」

「そうか……」

あゆみさんも…安倍君の妹になるんだよな…それなのに、

「大丈夫さ。…あー見えて、矢口。あの人、あゆみさんにだいぶお熱だったようだからね」

『えぇっ!?』

……信じらんねぇ……

未だに信じられねぇ。

あのチビ……

「…キミや安倍君が思う以上に…あの二人はお互いを思いやっていた、ってことだよ」

「後藤……」

……かゆい。

っていうか、何でそんな偉そうなんだ。

いちいちいちいちキザなセリフをよくもまぁ…

「まぁ…鈍感で、他人の気持ちのわからない二人には、言っても無駄だと思うけどね」

『何ぃ!?』

僕と安倍君、同時に抗議していた。

「……よ、吉澤と一緒にするなっ!!」

「そりゃ、どーゆー意味だよっ!!」

「当たり前じゃないかっ!僕のどこが鈍感で他人の気持ちのわからない最低なやつなんだっ!」

……言ってて、ピンとこねぇのかな…。

きっと、そーゆーとこなんだろうな…。

「全部当たってるよ。なぁ?後藤」

そして無言で後藤が頷く。

「なっ……なぁっ!?」

そして顔を真っ赤に安倍君は両手でテーブルの上に勢いよく叩いた。

「どーゆー意味だっ!!」

『…………』

呆れて何も言えないとはこのことだな…。

後藤と顔を見合わせ、僕達は揃ってため息をついた。


115 :セイナ :2010/08/16(月) 22:46



案外、終わってみると、こんなものか、って。

…あんだけ悩んでたのはなんだったんだろうな…。

ホント、短い間に一生分の頭使った気がする。

僕が今まで生きてきて、こんだけ悩んだことも、考えたことも無かっただろう。

…そして、こんなに一人の人を好きになることも。

「……吉澤」

ふり返ると、そこにキミが居る。

それだけでいいって、そう思える。

「……安倍君。…遅いって」

手を伸ばして、安倍君の腕を取った。

「わっ……よ…吉澤…?」

引き寄せれば、男のくせに…って思うくらい華奢な体がすんなり腕の中。

「……美貴ちゃん…来ないよね?」

一応確認。

安倍君は困り顔で頷いた。

後藤も先に帰って……僕だけここへ戻ってきていた。

もちろん、安倍君と二人っきりで会う為に。


116 :セイナ :2010/08/16(月) 22:46


「……ねぇ…僕が運命の人なんだろ?」

「え?…まだ、君…」

それ以上は口で塞いだ。

あれが冗談だろうが、何だろうが、

…僕があの一言でキミを意識し出したのは事実。

「んっ……よ、吉澤っ!」

肩を押し返されて、唇が外れる。

「…なんだよ。まだ、そんなこと言って…って思ってる?」

「別に…だって覚えてないくせに…あんな昔のこと。それでも知りたいのか?」

……聞く覚悟はある?なんて付け足された。

「……あるよ。…なんかそーゆーの気になるっていうか…だって、最初に言ったのは安倍君だろ?」

安倍君だけ知ってて、僕が覚えてないなんて…。

実際、一番気になってる所だ。

安倍君は言うのをそれでも焦らしながら、やっと言う気になったのか僕を見た。

「…君があまりに可愛らしかったから…僕が君に一目ぼれしたんだよ」

……笑っちゃうだろ?

そう言って、安倍君は僕をニタニタした顔で見ていた。

「は……はぁっ!?」

思わず自分の腕で自分の体を覆う。

「いや……待て。だってあん時って…」

「……君が物心つく前の事。…ホントに君は可愛くてね………」

そしてそのニタニタした顔で僕に近付いてくる。

……どーゆーわけか、僕の方が身の危険を感じていた。

「吉澤……」

僕の名前を呼んで、僕の肩に手を掛ける。

「……僕、好みだ」

ゾクッと悪寒のようなものが背中を走る。

耳元でそう言われ、そして一枚の写真を見せられた。

「……なぁっ!?」

そこに写ってるのは、どー見たって、女の子……

に、見える僕。

そーいや、子供の頃は楽な格好してるとよく女の子に間違われてたな…。

今じゃスーツが多いからそんなことも無くなったけど…。

小さい頃はよく僕の母親が面白がって女の服着せてたって言ってたな…なんて思い出す。

「この子が僕の初恋だった。…吉澤…このまま育ってくれれば…いや、今からでも遅くは…」

「な……ななななな、何言ってんだっ!?」

バシッとその写真を叩き落とす。

お、…恐ろしいことを…。

むしろ、逆だ、逆。

「……君が僕に言ったんだ。…あなたが運命の人ですか?…ってね」

「は……はぁ!?」

そ、そんなこと言われたって……

こっちは覚えてねぇーよ、そんなこと……

「き、…きっと、なんかあれだろ?ナンパの練習でもしてたんじゃねーの?」

覚えてないって言っても、僕だ。

そんなことしか思いつかない。

「僕は君に一目ぼれした。…だから答えたんだ、君に。…そうだよ、って。…大人になったら迎えに行くから待ってて、ってね」

……っていうか、安倍君も安倍君だよな。

んなガキ相手に…って言っても、僕だけど。

「……だから、君が男だって知った時の僕の落ち込みようと言ったら…」

「まぁ……だろうな」

僕が逆だったとしてもそうだったろうな。

117 :セイナ :2010/08/16(月) 22:47

「…君を見つけても、どこか信じられなくてね…。だけど、そんなことを知って、声を掛けるのもどうかと思って、しばらく君のことを見ていたんだ。……だけど、やっぱり無理だった」

「……は?無理って?」

「君が色んな女の子に声をかけては、仲良くしてる姿を見ていたら…」

そう言うと、安倍君は一番最初に出会った時のように、

近寄ってくると、僕に耳打ちした。

「妬いてしまったんだ」

っ…

なんだよ。ドキドキして、うまく喋れないのは僕の方。

「…だったら、君の近くに居た方が気持ちが落ち着くと思ってね。…あと、君に少しでも意地悪したかった…」

「……えっ?」

ジッと見つめられる。

その中には怒りみたいなもんも混ざっていた。

「……どうしてくれるんだ?僕の初恋…」

安倍君の手の平が僕の心臓の上に重なる。

上目遣いのその目は僕を捉えて、離さない。

冗談も何も思いつかずに、

「あ……あぁ」

ごくっとツバを飲みこんだ。

な、なんだよ、いつだって僕がこーゆーことはリードしてきただろっ!?

いつの間にか、安倍君が僕の主導権を握ってる。

…どーせ、昔のことって言ったって、安倍君があまりにも可愛くて僕が声掛けてた、ってオチだろうと思ってた。

…なのに、真逆の展開だったことに、さっきまでどっしり構えてた僕の気持ちもなんもかんもグチャグチャだ。

今はこうして安倍君の問いに答えるだけで、四苦八苦してるなんて。

こんなんじゃ後藤に大笑いされてるよ…。

「ご……ごめん」

それしか言えなかった。

……悔しいことに。

「……ぷっ、くくっ」

「………………はぁ?」

な、……何笑って……

そう安倍君に問い詰めようとして、

「……ふふっ…吉澤…君ってやつはどこまで単純バカなんだ?」

ホントに大笑いしたアイツが出てきた。

「……はぁ!?」

ご、後藤は帰ったはずじゃ……

なっ、ま、まさか…この二人…!!

「ま、また僕のことハメやがったな!?」

あの初めて僕達が出会った、あの時の悪夢が蘇る。

「じゃ、じゃあ、さっきの……」

「いや、それはホントだよ」

しれっと安倍君はそう言って、いつものようにスカした顔で僕を見る。

「……君がこんな風になるとは思わなかったけどね」

「うっ……」

安倍君の視線が痛い…。

118 :セイナ :2010/08/16(月) 22:47

「……この時、僕が安倍君に出会ってれば良かったよ」

後藤が地面に落ちた僕の写真を手にしていた。

「……かもね」

なんて、安倍君が答える。

「今からじゃ遅い?」

「どうかな…」

な、なんだよ、その会話っ!!

ど、どうかなって…、どうにもなるわけないだろうっ!?

「お、おいっ!!」

慌てて、安倍君と後藤の間に割って入る。

「……吉澤、君、邪魔なんだけど」

「う…うるせぇな!!」

「……後藤の言う通りだよ?吉澤」

「なっ!?…い、嫌だ、どかない、どかないからなっ!!」

「全く強情だね。いや…頑固だ」

「それでいて、嫉妬心も強いようだし……、独占的で強引」

な、なんだ、なんだ……?

それ僕のこと言ってんのか…!?

「ねぇ、安倍君。ホントにこいつでいいの?」

「……う〜ん…少し考えることにするよ」

は……?

「……ふ、ふざけんなっ!!」

挟んで勝手に会話してんじゃねーよ!!

「……さて、それじゃあ、今度からは正式にデートに誘ってもいい?安倍君」

「な、だ、ダメに決まってんだろ!?」

「君に聞いてないよ、吉澤」

冷めた言葉が僕の横を通り抜けて、安倍君の元へ…

「…その時には、ちゃんと美貴さんにも許可を貰うつもりだけど」

「ふふっ…美貴ってば、どうしてか僕にベッタリで困るよ」

…それ本気で言ってんのか?

って、思ったけど、そんなことは後でいい。

「ちょっ、ま、待てよ!!話は終わってねぇーだろうが!!」

「……言ったじゃないか。少し考えるって…」

「うっ……」

なんだよ、それ。

僕のこと嫌いになったとでも言うのか?

「……全くバカだよね。…君がいつまでもそんなだからだよ」

「そんな、ってどんなだよっ!!」


『はぁ…』

二人から呆れたため息が聞こえてきて、僕だけ置いてかれる。

な、なんだよ……

何なんだよっ!!


そして風に乗って聞こえてきたのは、二人の笑い声だった。


「ま、待てよ!!」






『 Mr.moonlight 』


おしまい?



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