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ファーストブレイク 6th period
- 1 :みや :2010/07/24(土) 16:24
- これのつづき
ttp://m-seek.net/kako/sky/1099835648.html
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高校生がバスケする話
吉澤とか石川とか藤本がそれぞれの学校で中心ぽくいて、周りにいろいろな人もいます。
その他の学校も出てくるし、学校の枠組みを超えることもいろいろとあります。
更新は基本週一 土曜日午後(ただし0時過ぎてカレンダー的には日曜日になることもある)
全十部予定で、このスレッドは第九部開始時点、となります。
ご新規さんは、ここを単独で読んでみて、面白いと思ったら初期に遡って読めばいいと思います。
よろしくお願いします。 - 919 :第九部 :2012/01/07(土) 23:06
- 振り返ってみれば、苦しい戦いではあったが終始日本代表がリードして終局を迎えた試合であった。
序盤のリードをさらに広げて一気に押し切るということは出来ず、どこまでもどこまでも付いて来た。
しかし、一度も相手に先を行かれることはなかった。
藤本をファウルトラブルで外さざるを得ない場面でも福田がよく踏ん張ったし、最終的に藤本が退場になっても、福田が後はカバーした。
その福田をはじめ、松浦、里田、村田といった控えメンバーをコートに送り込み、スタメン組みを休ませる場面を随時作ることが出来ている。
一方の韓国はほぼ固定メンバーでの戦いであった。
そのあたりの差が、終盤、石川が連続得点でリードを拡げた場面などに出てきたのだろう。
大会初戦に延長まで戦った両チーム。
そのときには日本代表がやっと何とか追いついてけれど、韓国代表が地力で勝利したという展開であった。
翻って今日はどうであろうか。
韓国代表がやっと何とか追いかけて、ギリギリで踏ん張って付いて来たけれど、日本代表が地力で勝利した展開であった、と言えるのではなかろうか。
今大会の五試合での成長度合い。
そこが韓国と日本とで違ったのであろう。
そういった意味ではメンバーを入れ替えながら使ってきた信田コーチの考えが、最後に来て報われたと言える。
アジアの三位という結果は決してほめられるものではないが、それでも世界への切符は掴んだ。
今後9ヶ月あまりの時間を経て臨むU-20世界選手権での選手たちの活躍が今から楽しみだ。 - 920 :第九部 :2012/01/07(土) 23:06
- 「45点てとこかな」
斉藤が書いた原稿を見て、稲葉が言った。
斉藤のベースはカメラマン、稲葉のベースは記者。
経験も含めて、文字原稿を作るという面では教師と生徒くらいレベルが違う。
「韓国には勝ったってことと大会では成長したってこと、あと来年世界選手権があるんだってこと、それくらいしかわかんないじゃないこの原稿」
「枠があんまりないんだから仕方ないじゃないですか」
「伝えたいことは何? 来年楽しみっていうのなら来年の展望載せればいいし、韓国戦の展開を乗せたいならそっちをもっと詳しく載せる」
「選手たちの成長」
「だったら、具体的な誰か一人選ぶ、あるいは組み合わせというか連携というか、チームとしての成長の部分としての項目を一つ選ぶ。それを中心に組み立てる」
「簡単に言いますけど、初心者には難しいですって」
「私に出来ないような難しいことも出来るからカメラマンやってるんでしょ。同じよ。難しくても書けなきゃ記者じゃない。写真が撮れて記事も書けてなら鬼に金棒って、確かにそうだと思うから助けてあげてるんじゃない。初心者には難しいとか泣き言言わない」
「はーい・・・」 - 921 :第九部 :2012/01/07(土) 23:06
- 不満そうな顔をしながら斉藤は、ひとまず原稿を書いていたノートPCをシャットダウンした。
締め切りがすぐあるようなものではない。
否、誰か買ってくれる人が決まっているような原稿ではない。
ただの練習だ。
こういう媒体でこういうイメージ、という条件を設定して、それへの原稿という前提で稲葉先生に見てもらうために書いたものだった。
「にしても、CHNは強かったわね」
「珠理奈が手も足も出ずに封じられちゃうんですからね」
決勝、CHNの完勝だった。
103-45
日本戦よりも遥かな大差。
TWNのエース珠理奈にCHNは麻友友を当てて徹底マークした。
それによりTWNの攻撃力は半減。
松玲奈一人ではいかんともしがたく序盤から大差が付くゲームになった。
TWNとしてはこの二枚看板以外の周りのメンバーの底上げが必要だろう。
ただ、それでも、CHNと一緒くたにされがちな分一般への押し出しは弱いが、地力はもう韓流よりも高いのだというところは直接対決を制したあたりで見せている。 - 922 :第九部 :2012/01/07(土) 23:07
- 一方のCHNはこの大差のゲームを、ほぼ、敦子優子の二枚看板抜きで戦った。
高南、麻友友、由麒麟、小陽、麻里子様。
この五人で十分だった。
自力ではなくて運だけで試合に使ってもらったようなメンバーは、多少の経験を得てもそれを生かすことが出来ていないが、運に頼らずに一歩づつ這い上がってきたメンバーたちは、スタメン組みと同等とは行かないが、アクセントとして投入できるレベルにまで、峯南や指子などといったところが育ってきている。
そこに優子敦子の二枚看板が四十分フルで戦ったらどうなるのか、今の力で言えばアジアでは無敵だろう。
強いて言えば、日本代表の完成形としっかり戦った場合どうなのか、という議論はあるが、それはもう、机上の空論でしかありえない。
この、アジアで無敵の力を持って世界へ出て行った場合どうなるのか、というのがこの先の楽しみだろう。 - 923 :第九部 :2012/01/07(土) 23:07
- 「今にして思えば、あのCHN相手に、よく一桁点差のゲームを出来たわね」
「はっきり力の差ありましたよね」
「完成形とぽっと出の差かな。ぽっと出っていうのはあれだけど、ぶっつけ本番というか。熟成度がなかった」
「CHNは完成形ですか」
「うん。もちろん、一人一人がもっと経験積めば伸びて行くんだろうけど、チームのつながりとしては完成形って感じだったかな。日本代表は三決まで来ても、まだ、個々の力の足し算って感じだった。藤本さんと石川さん、良い感じにはなってきてたけどね」
「じゃあ、完成形になれば」
「うん。個々の力はそんなに変わらないような気がするんだよね。典型的なのは松浦さんで友朕には勝てるっていうあたりとか。一人一人の力を取り出しちゃえば負けてない。友朕と周りが合うと大変だけど、ソロとソロなら松浦さんで十分勝ってる。その上、敦子と優子、エース級で見るなら、石川さんが負けてるかって言うと負けてない。でも、CHNはその二人を生かせてた。じゃんけんで負けたりしない限り、その二人が中心で、二人のうちの一人を選ぶなら、特別な一回とかを除くと敦子を選ぶことになってる。そういう風に出来上がってる。日本代表はそうじゃなかった」 - 924 :第九部 :2012/01/07(土) 23:07
- 翻って日本代表。
チームとしての完成度がCHNと比べるとどうしても落ちる、というのが稲葉の見立てだった。
本来一緒のチームではない藤本と石川が組まなくてはいけなかったり、周りとの合わせ方が分かっていない松浦を使わなくてはいけなかったり、難しい状況が多く見られた。
一人一人の力は負けていない。
それは稲葉たち記者の見立てでもあるし、メンバーたちの感想でもあった。
高南が自分より上か? という問いに、藤本はそんなことはないと即答するであろうし、試合に出ていなかった福田でさえもそうは感じていないだろう。
全盛期と全盛期でぶつかったらどうなるのか?
酒のつまみにはいいネタかもしれないが、現実にそれを見ることはとても難しい。 - 925 :第九部 :2012/01/07(土) 23:07
- 「チームとしての完成度ってのもあるけど、一人一人もまだ伸び代たくさんある子達だしね」
「U-19っていう世代ですけど、18歳の高三世代が多かったですね」
「石川さんですら完成形じゃないしね。高三ってことで言えば、後藤さん吉澤さんなんてまだまだ素材の力だけでここまで来ちゃえてるから、そこにしっかり味付けしたらどこまで伸びるんだかって感じで」
「後藤さん、初戦の韓国戦と、三決の韓国戦、全然違いましたね」
「初戦はひどすぎたけどね、そもそも。国際試合処女丸出しって感じで」
「二試合目見た時、この子はこの大会はもうダメかなって思ったのに、最終的には立て直しましたね」
「うん。一つたくましくなったんじゃないかな。吉澤さんなんかも、このレベルで通用するとは正直まったく思ってなかったんだけど、違和感無く戦ってたもんなあ。あの子は物怖じしないっていうか、そういうところでぶつかっていけるのがいいね。一年生、二年生のころは小さな試合でも結構びびりに見えたのに。あの場面であれだけしっかり出来るんだから見直したわよ」
「この大会で成長したってことなんですかね」
「この大会でっていうよりも、もう、日々の暮らしの中で毎日成長してるってことなんじゃない。インターハイなんかで、石川さんとやりあって、勝ったとは言えないけど手も足も出なかったってことはなくてそれなりに出来たこととか。選抜呼ばれたこととか、メンバーに残れたこととか、一つ一つが無意識のうちに自信につながってるんじゃないかな」 - 926 :第九部 :2012/01/07(土) 23:08
- 稲葉は遠い目で目の前の斉藤ではなくて少し昔の光景を思い浮かべていた。
まだまだ初心者、福田のチームと誰もが見る中のキャプテンですらない一選手としてコートに立っていた二年生の頃。
あの時点で、福田だけを見ていた自分の目は節穴だったんだろう、と思い返す。
「藤本さんも、石川さんと合わない合わないって感じだったのに、最後にはしっかりあわせてましたね」
「あの子もこの年代の顔だよね。もう少し身長があれば言うことなかったんだけど。石黒先生に鍛えられてメンタル面でも前と比べれば大分強くなったし、先が楽しみな感じ」
「大会の最初は高橋さんがスタメンだったんですけどね」
「やっぱり総合力では藤本さんのがはっきり上だったね。高橋さんは富岡でいま二番やってるってのも影響あったかもしれないけど。高校のチーム事情はともかくとして先々進めばあの身長だと一番やらないと生きていけないから、藤本さんをどこかで乗り越えないといけないんだけど、どうだろう。逆に、高校で二番やってることで点を自分で取る意識が出てきてそれはいいんだけど。あとは、子供っぽさが抜ければねえ」
「インターハイ見てると、成長したなあって感じだったんですけどね」
「結局、まだ、責任背負ってないってことなのかな。大変なところは先輩たちが背負ってて、自分はその期の中のエースなだけで。だから、自分が一番上に立ったときに一気にそういうところは成長するかもしれないな」
今大会、高橋はほとんどいいところがなかった。
代表チームの中の選手、という意味では評価を下げてしまっているが、稲葉はまだ先々は期待していた。 - 927 :第九部 :2012/01/07(土) 23:08
- 「その高橋さんの背負ってない大変なところってのを背負ってるのが柴田さんだったりするんですかね」
「あの子はしっかりしてるよねえ。縁の下の力持ち、でも時々縁の上にも出て散らかったところを片して、また縁の下に戻って支えますみたいな。ああいう子が一人チームにいると助かるのよね。ゲームプラン的にもチーム運営的にも」
「石川さんがいなければ、ていうか他のチームならどこでもすぐエースって感じですしね」
「でも、ああいう子はエースでない方が生きるのかもしれないなとも思う。エースになっちゃうといまいち光りきれずに、玄人ごのみのするチームって感じになって、全体として上位まででてこれなくなっちゃうような気がする」
「じゃあ、今のままがいいってことですか?」
「うん。石川さんみたいな子と一緒にいるのがいいんじゃないかな」
柴田は結局今大会、五試合すべてスタメンだった。
色々と組み替えたように見えるメンバーだったが、実際には石川、飯田と並んで三人はスタメン固定だった。
あれこれ悩んだ信田コーチも、それでも手をつけないくらいに柴田への信頼感はあったのだ。
CHN戦ではファイブファウルで退場になっているが、試合展開を考えれば致し方ないといえるもの。
難しい役割を要所要所でしっかりこなしていた。 - 928 :第九部 :2012/01/07(土) 23:09
- 「その辺と比べると、ちょっと里田さんが今ひとつだったんですかね」
「そうね。なんでだろう。力はあるのにね。藤本さんと並んで滝川の二枚看板でもあるし。もしかしたら、あの子はちょっと外に武者修行にでも出た方がいいのかな」
「武者修行?」
「うん。日本代表って言ったって、藤本さんはいるし、周りの同世代は割と仲いいでしょあの子。そういう知った世界を飛び出して、今までとは違う人たちの中でプレイすると、急に頭角を現したりするかもね」
「是永さんみたいにアメリカ行ったりとか?」
「アメリカじゃなくてもどこでもいいんだけど。アウェーな感じの中に一人で入ってやっていくの」
今大会、里田もあまり目だったところがなかった。
平家、後藤とのポジション争い、という風であったが、最初は平家に、後半は後藤に目立つところを持っていかれている。
ただ、それでも、大事なCHN戦のスタメンは里田だった。
里田への周りの期待は強いのだ。 - 929 :第九部 :2012/01/07(土) 23:09
- 「終わったばっかりでなんだけど、先が楽しみよね、ホント」
「先ですか」
「うん。すぐ次、選抜あるじゃない。高校生たちには。無敗の石川さんたち富岡がいて。富岡にしか負けたことがない滝川がいて。そこにいろいろな子達が挑んで行く。吉澤さんが伸びてきて、福田さんも一皮向けて、松浦さんが大人になったら、全部なぎ倒して行くかもしれないし、後藤さんもスーパーエースとして一人で点取り捲って勝ち上がって行くかもしれない。是永さんなんかが、あんまりこういうこと言っちゃあれだけど、もし日本戻ってきて出てくれたらね、ますます面白い。今日負けたソニンちゃんも日本で借りを返そうとするだろうし。見所一杯って感じ」
「そうですね。なんか、もう、今から楽しみです」
代表戦は終わったばかりであるが、高校生、特に三年生にとっては、高校生活最後の大会も近づいている。
チームに戻って、代表組みと残留組で、もう一度作り直さないといけない。
トップ選手ほど試合数が増える。
これはどんな競技でも宿命なのかもしれない。
三位、という結果で終わったこの大会も、終わればそれまでだ。
翌日には帰国することになる。
長々と余韻に浸っていることはない。
ただ、最低限の結果は残した最終日の夜は、多少、開放感のあるなかですごしていた。 - 930 :第九部 :2012/01/15(日) 00:25
- 酒が飲める年齢ものもはいないので、いっぱい引っ掛けてドンちゃん騒ぎ、とはならないが、それなりの軽食を集めて、確保している会議室にメンバーは集まって打ち上げ式もどきのことをしていた。
本人はいつもとかわらないように振舞って見せているつもりでも、周りから見ると違う、という人間はいる。
福田だ。
分かりやすくテンションが高い、というような振舞い方は当然しない。
それでも、尖ったオーラをまとっていないことは、空気が読める人間には分かる。
「あれで結果出しちゃうんだから、さすがだと思うよ」
ちょっと斜に構えつつ松浦が褒めた。
自分だったらどうか、と考えたりもしたらしい。
はっきりと控えであることを告げられて、大会通じて一人だけ出番がなく、それなのに準備をすることだけは強いられる。
その時点で自分なら腐ってただろうな、と松浦は思った。
その上で、最終戦の後半、スタメンガードがファウル四つで回ってきた出番。
簡単な局面ではない中でしっかりと役割を果たした。
さらに、最終局面、スタメンが退場になったところで投入されて、試合をまとめている。 - 931 :第九部 :2012/01/15(日) 00:25
- 全部、自分が出来なかったことだ。
一番近くにいる人間なだけに、悔しさもある。
「先に謝っちゃった方が勝ちだと思うよ。どっちの方がどれだけ悪いか、というのを横に置いて」
福田が松浦に言った。
昨晩の高橋とのつかみ合いの件だ。
悪いことしたんだから謝れ、ではなくて、こういう言い方をされると松浦も謝れる。
松浦の性格にあわせて福田が言葉を選んだ。
吉澤では出来ないことだ。
「引っ叩いてごめんなさい。謝ります」
福田がついて行こうか、と言ったが、それはいい、と松浦は一人で高橋のところに行き謝り、相手が言葉を返す前に戻ってきた。
高橋は不意打ちくらってあうあう言ってるだけで何も言えなかった。
見ていた周りの判定は完全に松浦の勝ちである。
しかし実体は、福田の勝ちなのだった。
まあ、本当の決着はコートの上でだな、と吉澤あたりは思ったが、松浦は、コートの上ではさらさら負けてる気がないのでそういう発想はしていない。
お互いがそう思っていても、二人のポジションはぶつかる。
冬、チームとして対戦することがあれば、また、直接マッチアップでぶつかることは必死だろう。 - 932 :第九部 :2012/01/15(日) 00:25
- 「高橋の方がはっきり悪いのに、謝るくらいなんで先に出来ないのよまったく・・・」
「柴田の教育が悪いからだろ」
「・・・、そうかもしれないですけどー・・・」
離れた位置からその光景を見ていた柴田としては非常に不満だった。
先輩として、高橋の不手際が、子供っぽさが我慢ならない。
コートの上ではあややよりも大人に振舞ってちゃんと周りと合わせられるのに、なんでコート離れるとこうなんだろう、と平家相手に愚痴る。
「性格、って言っちゃうとそれまでだけど。性格なんだろうね。負けず嫌いは悪くないと思うよ。こういう勝負の世界にいる限りにおいては。ただ、もう少し視野の広さが必要だと思う。世界は自分を中心に回ってるわけじゃないっていうのを理解できるくらいに。あいつ、うちに来てすぐスタメンだったろ。そういうの含めて、あんまり壁にぶつかったことがないんじゃないかな。中学のチームじゃ完全にスターだったろうし。その上であの顔だもん。みんなちやほやして、おだて上げて。初めてなんじゃない? こういう壁みたいなものにぶつかったの。あややが、ってことじゃなくて、試合でうまく行かなくてポジション取られる、っていうのが。あと、あんまり時間ないけど、柴田が壁になってやんなよしばらく。石川じゃ口出しても説得力ないし。プレイヤーとしても柴田なら相手できるだろ。壁になるっていうレベルで」
「梨華ちゃんに対する平家さんみたいな感じですか?」
「んー、まあ、そうね。そんな感じかな」
高橋相手に先輩面していい気になっている石川の鼻をへし折ったのが平家だった。
同じ学校にそのまままだいる柴田にとってはリアルな記憶だが、すでに卒業している平家からすれば遠き日の思い出だ。 - 933 :第九部 :2012/01/15(日) 00:26
- 「田中とか道重なんかもそういう意味じゃ手が掛かるタイプだよな」
「あの二人はどっちかって言うと道重のがまだ大人ですね。田中は素直というかいつわりなくあのままですけど、道重は計算してあれやってますから。計算してる分大人な感じです」
「ああいうのが下にいる中で来年はやってかなきゃいけないんだから、高橋も嫌でも成長するだろ多分。出来れば側にサポートできる人間もいるといいんだけど」
「小川あたりなんですかねえ、性格的には」
「誰だっけ?」
「・・・、名前くらいちゃんと覚えましょうよ。一緒に試合も出てたじゃないですか」
「まあ、難しいこと言うな」
小川琴美だっけ?
なんか違うような気がするけど。
と、自信のない平家は笑ってごまかした。 - 934 :第九部 :2012/01/15(日) 00:26
- 大会が終わってほっと一息、という空気を一番発していたのは後藤だった。
喜びを爆発させるでも無く、三位と言う結果を悔やむでも無く。
ほっとした、という空気をまとっている。
騒ぐでもなく、淡々と。
明日は帰国、ということではしゃぐ亀井の話を、にこにこ微笑みながら聞いてやっている。
長い一週間だった、と後藤は感じていた。
自分のせいで負けた、という想いのある初戦。
同じ相手との最終戦。
自分の力で勝ってチャラにした、とはちょっと言い難い。
勝ったのはみんなの力であって、自分の力はその中のごく一部だ。
でも、勝てて良かった。
「後藤さんて、こういう時でも落ち着いてるんですね」
「キミがそれを言うかい」
松浦を捨てて福田が後藤のところにやってきた。
松浦は学校に帰ってもいつでもとなりにいる。
今日しないといけないことはしたから、もう、あとは、松浦から離れて、今日じゃないと話せない人と話そうと思った。 - 935 :第九部 :2012/01/15(日) 00:27
- 「第一印象、もっと軽い人かと思ってました」
「後藤、そんなに太ってないよ」
「そういうこと言ってるんじゃありません」
「福ちゃんは第一印象そのままだね」
「よく言われます」
まじめな子なんだろうな、というのが後藤から見た福田の第一印象だった。
「福ちゃんのおかげで助かったよ」
「なにがですか?」
「キミがいたから後藤はがんばれた。たぶん、そういうことだと思う。昨日は負けちゃったけど今日は勝てた。後藤の力で勝ったってわけじゃないけど、初日みたいな足の引っ張り方はしないで済んだ。ずっと毎日同じ部屋に居た福ちゃんのためにがんばろうと思ってがんばれた。だから、後藤は、キミに感謝している」
「それって、私が感謝するべきなんじゃないですか?」
「そんなことないよ。後藤は福ちゃんのおかげで頑張れた。キミだけじゃないけどね。えりりんとか、みんなのおかげだけど。でも、ずっと同じ部屋にいて、うじうじ悩んでる後藤の話しも聞いてくれたキミには感謝したい」
「後藤さんみたいな人は初めてでした。私の中ではバスケは自分のためにやるものでしたから。もちろんチームが勝つために全体考えてバランスはとるんですけど、最初から人のことを考えてっていう発想はまったくなかったですから。でも、そういう人がいてもいいんだなって思いました」
「なに、後藤って、キミの中では居ちゃいけない人だったの?」
「そういう意味じゃないんですけど、ただ、とにかく、後藤さんみたいな人も素敵だなって思いました」
後藤にとっても福田のような人間は初めてだった。
そこまでひたむきにバスケに取り組むような人間は後藤の周りにはいない。
矢口はバスケ大好きで勝つために必死だが、キャラクター的には福田とは対極である。 - 936 :第九部 :2012/01/15(日) 00:27
- 「後藤もね、キミみたいな人と次々と出会えるなら、もうちょっとバスケやってても良いかなって思ったよ」
「辞めようと思ってたんですか?」
「高校でたらもういいかなってね。信田さんには怒られたけど、でも、卒業したらどうするとか、そんなのよくわかんないし。でも、福ちゃんとか、あややとか、ミキティとか、そういう子達と出会っていけるなら、もうちょっと続けてみたいなって思った」
「どこまでいっても、日本一を目指すとか世界一を目指すとかそういう発想にはならないんですね」
「いいんでしょ、そういう人がいても」
「はい」
日本一も世界一も、後藤にとっては友達と仲良くおしゃべりすることと比べれば、大した価値はないものに見えた。
でも、やぐっつぁんがそうなりたいなら、そのとなりで頑張ってあげてもいいとは思っていたし、今もそう思う。 - 937 :第九部 :2012/01/15(日) 00:28
- 「よっすぃーの場合元々うちにいたし」
「市井先輩とかも行ったんですよね」
「そっか。いちーちゃん、福ちゃんの先輩なんだよね。なんでこうも違うかな」
「私も修学旅行で後藤さんのところに行っていいですか?」
「え? 修学旅行で? うーん、わざわざそんなことしなくてもふつーに東京で遊べばいいじゃん」
「あんまり興味ないんです、観光地とか」
「じゃあ、あっちの方が面白いんじゃない?」
後藤が指差した。
指した先には石川がいる。
「あっちって・・・」
「ちょっと遠いけどね。でも、まっつーと高橋愛ちゃんをもう一回ぶつけて見るとか面白そうじゃん」
「それ、収拾するの大変なんですけど・・・」
「大丈夫大丈夫。なんとかなるって」
「そもそも、松が行くっていうとは思えないですけど」
「あはは、そっか。あの子は東京を満喫するタイプだよね。まあ、いいよ。向こう行きづらかったらこっち来ても。歓迎するよ」
去年は、そもそも松江が選抜に出ることもなかったので特に問題なかった。
今年は、多分出るんじゃないかなお互いに、という立場だ。
大会一ヶ月前にそんなご対面して、大丈夫な位置に組み合わせがなるかどうか、そこから疑問であるが、そういうことはまだ二人は考えていなかった。
- 938 :第九部 :2012/01/15(日) 00:28
- 藤本は子分相手に演説していた。
光井である。
高三から見て中三は完全に子供だ。
言いたい放題言える。
ポジション被るけれどしばらく利害はぶつからないというのもまた藤本が好き放題いえる状態を作っていた。
そこに里田が菓子皿もって入ってきた。
「美貴ってどこ行っても女王さまなんだなってホント今回思ったよ」
「なんだよそれ。どこ行ってもって。ここでも滝川でも素直な可愛い美貴ちゃんでしょ」
「・・・・・どう思う? みっちー」
「ノーコメントでお願いします」
ちょっと不機嫌な顔をして藤本は菓子に手を伸ばす。
「でも、正直ちょっと今回は美貴との力の差、感じたわ」
「高橋愛と?」
「じゃなくて。美貴と私」
「まいと? 全然ポジションも被ってないじゃん」
「そうじゃなくて。最初スタメン外されたりしてたけど、美貴は結局中国にも韓国にも通用してたでしょ。ファウルアウトはしたけどさ。でも、私は、あんまり通用してなかったな」
「そうかな? 小陽とか相手に全然問題なかったじゃん。まいが一方的にやられてたら、CHN戦の第一ピリオドのあのリードはないよ。他が力の差あったとしても。まいに関係なく点は取れただろうけど、まいのとこだけで点取られることになるから」
「うん。序盤はね。そういうところもあったけど。でも、なんか、肝心なところで頑張れないっていうの? そういうの感じた。ここっていう場面で力が出せるか出せないか。その違いって大きいなって。梨華ちゃんとの差はそこが大きいって思った。是永美記なんかともね。で、美貴はそういうところで力が出せてるなって」
里田はインターハイで大会序盤からソニンとぶつかり、準決勝決勝では是永美記、石川梨華という超高校級の選手たちと次々とマッチアップするはめになった。
そのときの敗北感のようなものをこの選抜の合宿および代表戦でも払拭することが出来なかった。 - 939 :第九部 :2012/01/15(日) 00:28
- 「なんか思っちゃったんだよね。エネルギーの量が違うなって」
「エネルギーの量?」
「負けたくないって奴? 美貴って完全にそういう感じだし。梨華ちゃんもそう。あややと高橋愛のケンカもそういうところから起きたものでしょ。そういうエネルギーの量が私には足りないんじゃないかと思った」
「ごっちんとかそっち系でしょ。でもあれだけできるじゃん。まいもいっしょだって」
「あの子は天才。私はただの人だよ。スタイルは美貴よりいいと思うけどね」
「なんでそういうこと言うかな」
「あーあ、このスタイル生かして、金持ちのプロ野球選手でも捕まえて、幸せ夫人にでも納まりたいよ」
「いまどき野球選手って・・・。サッカーならまだ分かるけど。どっちかっていうとお笑いのがお似合いだと思うよ」
「稼げない面白くないお笑い芸人とか・・・」
「まい。でもさ、そんな先のこと考えてる場合じゃないのよ。学校帰ったら、石川梨華殲滅計画を立てないといけないんだから。三度目の正直じゃなくて何度目か知らないけどさ。最後くらい勝って終わらせるからね。まいが頑張らなきゃ始まらないんだから」
「麻美とかガキさんとかみうなとかいるって。あとなつみさんが美貴の心は支えてくれる。あさみがチームのまとまりは見てくれる」 - 940 :第九部 :2012/01/15(日) 00:28
- 藤本と里田が滝川に入学して以来、滝川山の手は公式戦で六回負けている。
二年夏のインターハイ北海道予選の時以外の五回は、すべて石川のいる富岡に負けたものだ。
「まい」
「なんだかんだで、こういうこと言えちゃうの美貴とあとあさみくらいにだけなのかな」
「アジアとか世界とか、とりあえず来年まで忘れる。まいが石川梨華に直接勝てなくてもいい。五人で十五人で、チーム全員で、富岡倒せばいい。とりあえずそれだけしばらく考えよ」
「めずらしいね、美貴が人を慰めるようなこと言って」
「ちゃかすなよそこで」
「ごめん。でも、なんか、私はそういう後ろ盾がないと大して何も出来ない人間のような気がするよ」
「まい」
「分かってるよ。投げ出したりはしないから。最後まで頑張るよ。ただ、ちょっと言ってみたかっただけ」
そう言って里田は、皿に乗っているメイドインチャイナなポテトチップスを口に持って行った。 - 941 :第九部 :2012/01/15(日) 00:29
- 吉澤は石川と話しこんでいた。
二人で長いこと話す、というのはありそうでなかったこと。
滝川カップをきっかけに親しくはなってはいたが、二人ということはあまりなく多かったのは四人だ。
二人で話すのは吉澤からすれば後藤や藤本の方が多いし、石川にとっては是永が見るべき相手だった。
プレイヤーとしては吉澤にとっては石川は雲の上感を持たざるを得ない位置にいたということもある。
その力はこの機会にも見せ付けられる思いはあったが、それでも、この人と少し話しがしたい、という気持ちの方が今は強かった。 - 942 :名無飼育さん :2012/01/29(日) 00:59
- 作者さん、無理せず、ゆっくり。気長に待ってますんで。
でも、生存報告だけでもあるとうれしいです。 - 943 :名無し娘。 :2012/01/30(月) 09:55
- 一息ついたって感じだしね。
でも2週更新ないだけだから! - 944 :第九部 :2012/02/04(土) 21:12
- 「どうだった? 石川さんから見て、世界の入り口としてのアジアってやつは」
「二回も負けたのが悔しいってのはあるけど、それはそれとして、こんなもんかっていうところもあったかな」
「こんなもんか、なんだ」
「今日なんか完全にそうだったけど、全然美記、是永美記ちゃんのがすごいじゃんて感じだった。フェイスで付くのも私にびびって付いてるだけで、別にディフェンスのスペシャリストって感じじゃなかったしね」
「たいしたことないって感じ?」
「ディフェンスの堅さなら滝川のが堅いよって感じ。ミキティとしっかり合うようになれば韓国のディフェンスなんかは全然怖くないって思った。ただ、麻友友とか、敦子? あの辺が本気になった時の攻撃力はすごいと思う。特に敦子なんてむかつくけど私が相手してても100%って感じじゃなかったし。オフェンスの破壊力ってところは日本の中でやってるときよりみんな強いなって思った」
「だから準決も三決も百点ゲームなわけか」
「韓国のギュリとか? ミキティが苦労するくらいだしね。みんな守りより攻めって感じ。アジアだとあんな感じだけど、世界ってなるとそれにさらにしっかりしたディフェンスが加わるのか、オフェンスがさらにすごくなるのか。来年、結構楽しみだな」
石川にとって、二回負けての三位という結果は満足の行くものではないが、この大会は通過点である、という認識もそれとは別のところで持っている。 - 945 :第九部 :2012/02/04(土) 21:12
- 「なんかすごいよね。そうやってセカイを見ながらバスケ出来るのって」
「何言ってんのよ。よっちゃんだって同じでしょ」
「私はまだまだ。社会化見学に来たおこちゃまみたいなもんよ」
「そんなことないでしょ。CHN戦とか、よっちゃん入って行けるかもって雰囲気になったし。高橋みたいな言い方は良くないと思うけど、でも、あの試合は確かに高橋が言うように、あややが入ってからがまずかったと思うよ。柴ちゃんのまま行ってたらひょっとしたらって思えたもん。少なくとも私はゲーム中そう思ってたよ」
「でも、あれって所詮ワンポイントじゃない。総合力で選ばれたわけじゃない」
「理由なんて何だっていいでしょ。試合に出て勝てれば」
「ううん。それが最後でそこで終わりならそれでもいいかもしれない。でも、今の私はしっかり分かってないといけないんだ。飯田さんと比べるとはっきり負けてるっていう位置なんだって。四番でやるにしてもごっちんを信田さんは選んで、私じゃないって。足りないものがあるんだって」
「そっか。それはそうだね」
友達であって人として対等であることと、選手として対等であることは違う。
吉澤から見て石川は、プレイヤーとして対等の力関係で話を出来る相手ではないし、石川から見て吉澤は、プレイヤーとしてライバル心を持てる相手ではない。
バスケの話をするときは、吉澤は少し下から目線になるし、石川は少し上から目線になる。 - 946 :第九部 :2012/02/04(土) 21:12
- 「よっちゃんは選手としてはまだちょっと足りない部分があるのかもしれないけど、でも、すごいなって思ったよ私は。この三週間で」
「三週間で?」
「インターハイで試合したじゃない」
「うん」
「滝川カップでも試合したじゃない」
「うん」
「滝川カップは試合だけじゃないけど、キャプテンだなあって思ったのよね、よっちゃんのこと」
「なにそれ」
「キャプテンだなあって」
「意味わかんないし」
キャプテンはキャプテンだ。
違うといわれても意味分からないが、キャプテンだなあ言われても、吉澤としてはそりゃそうだろってなものである。
「でね、合宿の時も思ったの。キャプテンだなあって」
「だから、意味わかんないから」
「私、そういうの出来ないんだ。ミキティにいつもバカにされてるけど。ちゃんと全体に目を配るみたいなこと。全部柴ちゃんに甘えちゃってる。チームの中だと。ボールしか見てないっていうかゴールしか見てないって言うか。ディフェンスは見てるけど。勝つことしか考えてない。ちゃんとリーダーやるのは自分には出来ないなあって思う。だから、よっちゃんのそういうところはすごいなあって思った」
「別に、大したことしてないよ」
「そう言えちゃうことがすごいのよ」
吉澤、頭をポリポリとかく。
こういう褒められ方には慣れていない。 - 947 :第九部 :2012/02/04(土) 21:12
- 「一緒のチームで出来て良かったあ」
「出来てっていうほど試合出てないけどね、私」
「試合だけじゃないよ。一緒に練習して、一つの同じものを目指して。休みの日に観光とかも連れてってくれたじゃない。ああいうのも全部含めてさ。一緒のチームで出来て良かった」
「試合も出られたらなお良かったけどね」
「ていうか、CHN戦、あそこからひっくり返せてたらねえ。いけると思ったんだけどなあ」
初戦で負けた韓国には、最後にリベンジすることが出来た。
負けたまま終わったCHN戦が石川にとって一番悔いが残る試合になっている。
「次は勝つけどね」
「次かあ。私に次はあるかなあ」
「あるよ。ある。だから、高校帰って練習練習」
「あとは選抜だけかあ。石川さん無敗で卒業なるか? ってやつですか」
「無敗で卒業します。簡単じゃないと思うけどね。よっちゃんたちと試合するのも楽しみだよ。もう一回。ミキティたちともね」
「みんなが勝ちあがれるってわけじゃないけどね」
「だからリーグ戦にして欲しいのよ。もっとみんなと試合できるように」
滝川カップの時のことをまた言っている。
でも、トーナメントですべてが片付けられてしまうのは高校までだ。 - 948 :第九部 :2012/02/04(土) 21:13
- 「次は勝つけどね、は石川さんじゃなくて私やミキティが言うべき言葉だな」
「なによそれ。誰に勝つっていうの?」
「石川さんに」
「ないないないない。負けないよ」
「ちょっとヒントはつかめた気がするんだ」
「なによ。言ってみなさいよ」
「言わない」
「けち」
「けちって・・・」
「じゃあ、意地悪! いいじゃない減るもんじゃないんだし」
「いやいやいや言えるわけないでしょ。でも、じゃあ、ヒント。そのヒントは石川さん自身がくれました」
「私? 私何か言った? それともした?」
「さあ。どうでしょう」 - 949 :第九部 :2012/02/04(土) 21:13
- 石川は言っていた。
オフェンスの破壊力は日本でやってるより上だなってのが今大会の印象と。
吉澤は思った。
石川を止められなくても、石川から点を取ることなら多分出来る。
インターハイ、ほぼ無策で臨んだ試合だったけれど、実際にやったことは点の取り合いだった。
相手ディフェンスの弱いあやかのところ、攻撃力のある松浦のところ、その二枚で点を取って前半五分の勝負をした。
いろいろと足りない面はあって後半結局離されたけれど、自分たちの性に合ってるのは点の取り合いだと吉澤も思う。
あややに頼らず、あやかに任せず、自分もオフェンスの選択肢として加われば、さらに点が取りやすくなるんじゃないかと感じた。
インターハイの時は、まだまだ石川のことを、石川梨華であるという理由だけで怖がっていたという部分が強かった。
次は戦いたい、と思っている。
それが、最後は市井のディフェンスが悪かったから試合が壊れたんだ、というあのときのあややの言葉に対する反証にもなることだった。 - 950 :第九部 :2012/02/04(土) 21:14
- 「石川さんに勝つチャンスは後一回。でも、その一回で勝てば勝ちだから。次は、勝つよ」
「あのさあ・・・」
「なに?」
「そろそろやめない?」
「なにが? 私が石川さんに勝つっていうのがそんなにおかしい?」
「そうじゃなくて。合宿の時から気になってたのよ。そのうち変わるだろうと思ってたんだけど、結局変わらず今日まで来てさあ。そろそろ変えて欲しいのよ」
「だからなにが?」
なぜか頭に手をやる吉澤。
寝癖でもついているか? と思ったらしい。 - 951 :第九部 :2012/02/04(土) 21:14
- 「ごっちんは分かるのよ。前学校一緒だったらしいし。でも、ミキティはミキティって滝川カップの時から呼んでたし。柴ちゃんも合宿来てしばらくしたら柴ちゃんになったし。で、なんで私だけ石川さんなわけ?」
「なんでって、なんでだろう。石川さんだから」
「だ・か・らー! もうちょっと他に呼び方ないわけ?」
「・・・。石川様とか? 梨華さまとか?」
「なんでさまになるのよ」
「じゃあ、どうして欲しいのよ」
「チャーミーとか。チャーミーとか。チャーミーとか」
「・・・」
「なによその顔」
「見ての通りの顔です」
世に言う、呆れ顔だった。
「分かったよ。じゃあ、次は勝つよ。んー、梨華ちゃんに」
「勝つよは余計」
「そこは譲れない」 - 952 :第九部 :2012/02/04(土) 21:14
- 吉澤にとって石川は、距離が近づいていても格上の存在だった。
先輩と後輩ではないけれど、どこかで敬意が入ってしまっていた。
雑誌の表紙に載る同世代の英雄と、バスケ暦半年のファウルアウト女、ほどの違いのある出会い、いや、出逢いどころか一方的な認識だった。
一歩一歩近づいて、二年生のインターハイの時にようやく相手側の視界の中に入った。
石川が中心にいる世界の片隅にようやく入ることが出来た。
国体では直接対決、マッチアップでついて相手をしてもらうことが出来た。
でも、胸を貸してもらっただけで、まったく対等な戦いではなかった。
滝川カップ、初めて人間石川梨華に触れた気がした。
プレイヤーとしては雲の上だったけれど、人としてはあんまり立派ではない普通の高校生だった。
バスケをしていなければただの女子高生だ。
バスケをしていたから近づくことが出来たのだけど。
インターハイ、再戦。
今度は本気で勝とうと思って戦った。
それでもその意識はまだ、格上に対するチャレンジで、あわよくばというレベルのものだった。
選抜メンバーに選ばれて、合宿から大会まで三週間、寝食をともにした。
プレイヤーとしてはまだ自分の方が格下だろう、という意識は吉澤の中にある。
だけど、チームとしてはそれほど大きな差があるわけではないんじゃないか、ということも感じ始めていた。
吉澤と石川だって、最初は1-9くらいの力の差があったかもしれないけれど、いまは4-6かそれよりもっと小さなところまで来ている。
全体で補えないような差じゃない。
福田にだって松浦にだって、色々と課題はあるし、完璧じゃないけれど、そういうのを全部束ねて、最後にもう一戦、石川梨華と交えたい。
そう、吉澤は思った。 - 953 :第九部 :2012/02/04(土) 21:14
- 「最後は私が勝つけどね。でも、楽しみにしてるよ。よっちゃんと試合できるの」
「最後は私たちが勝つから。梨華ちゃんの泣きべそ見るの楽しみにしてるよ」
「言ったわねー」
「ああ、言ったさ」
石川梨華はもう、手の届くところにいる。
自分が雲の上まだ上がったのか、最初から雲の上になんかいたわけじゃないのか。
どちらかわからないけれど、吉澤は、そんな風に思っていた。 - 954 :第九部 :2012/02/04(土) 21:15
- そんな微打ち上げパーティーの後、石川は信田コーチに呼ばれて部屋へ行った。
「石川は、公立高校だったよな。ちゃんと学校行ってるか?」
石川が部屋に入って言われた第一声がそれ。
何の話しになるのかさっぱり分からない石川だったが、その後続いた信田の言葉は、もう一ヶ月近く学校行かなくても大丈夫か? 卒業ちゃんとできるか? というものだった。
「アジア大会があるのは知ってるな?」
「はい、ってまさか?」
「そのまさか」
日本代表への選出。
この段階では非公式なものだったけれど、つまりはそういうことだった。
「この世代から一人か二人って声は最初からあってさ。飯田の方が最初は本命だったみたい。ポジション的には石川の方が熾烈じゃない。フル代表でやってくには。でも、今大会の五試合を見て石川の方が面白いって思ったみたいね。まあ、若い勢いってのも石川のがあるし、フル代表にもなにかをもたらせるって判断なんじゃないかな」
「ありがとうございます」
「私が選んだわけじゃないよ」
代表メンバーは代表監督が選ぶものだ。
フル代表の監督はこの大会を視察して、終了した時点で信田にそう告げたのだ。 - 955 :第九部 :2012/02/04(土) 21:15
- 「ただ、学校卒業出来ないのはまずかろうってのがあって」
「大丈夫です。なんとかしますから」
「なんとかって、簡単に言っていいのか?」
「大丈夫です」
信田は笑っていた。
代表に呼ばれたと聞いて、石川がためらうような部分を見せるはずはない、というのは分かっていた。
ここまでがっつくかどうかは別だが、こういう感覚の選手である方が好ましいとは思っている。
石川の姿がほほえましく見えた。
フル代表の招集はまだ少し先だ。
実際には一度帰ってからになる。
召集されれば時期的には選抜大会の県予選には完全に重なることになる。
県大会含め、大事な時期にキャプテン不在になる。
でも、そんなことは、石川の頭の中にはなかった。 - 956 :第九部 :2012/02/04(土) 21:15
- 石川梨華の戦いも、まだ、続いて行く。
- 957 :第九部 :2012/02/04(土) 21:16
- おわり
- 958 :第九部 :2012/02/04(土) 21:16
- ******************************
- 959 :名無し娘。 :2012/02/06(月) 12:46
- ぬぉぉ なんかメル欄が「今日はここまで」じゃないのが気になりすぎるのだがぁっ!
- 960 :作者よりの挨拶 :2012/02/11(土) 23:48
- ファーストブレイク第九部 完結しました。
当初からの予定では全十部で、ここに至るまでもそういう書き方をして進めてきましたが、ここで終わりにしたいと思います。
理由は、一言で言えば、長すぎた、でしょうか。
書き始めた時点から長くなるのは予想ついていましたが、それにしても2007年とか8年には終わると思ってました。それが今や2012年。時代は変わりすぎです。
脱退卒業当たり前。結婚したり子供できたりタバコ吸ったり離婚したりあれな弟とか、もうあれこれありすぎです。時代に置いていかれました。
ここの周りを見渡してみても、書き始めた当初にいた人はもうほとんど見当たりませんし、この話自体からもほとんど人がいなくなってますしね。
第十部、書くとしたらたぶんあと二年くらい掛かるでしょう。さすがに長すぎる。自分自身の生活も、そんな遊びに使えるほどの余裕はなくなってきました。
ネタに詰まったとかそういうことはなくて、逆に、ここに至って最初から決まっていた最終形までの間の道のりが全部見えたなあ、という感じだったりします。なので、いろいろな状況さえそろえば書くのは書けるんですが、エネルギーが足りない、というところでしょうか。
そんなわけで、第九部にして、私たちの戦いはこれからよエンド、とさせてもらおうと思います。
いままでお付き合いいただいた方にはありがとうございました、とお礼を言いたいと思います。
そして、力及ばずごめんなさい。
みや - 961 :名無飼育さん :2012/02/12(日) 00:20
- みやさん、おつかれさまでした。
毎週の楽しみがこれでなくなってしまうのかと思うと寂しいですが、
時代と関係なく、また戻って来ていただける日を楽しみにしています。 - 962 :名無飼育さん :2012/02/12(日) 10:46
- さびしい・・・終わってしまうのがとってもさびしい
でもわがままは言えませんね・・・
ファーストブレイクは今では自分にとって飼育に来る一番の楽しみでした。
長らくに渡っての連載お疲れ様でした&ありがとうございました! - 963 :名無飼育さん :2012/02/12(日) 12:43
- 長い間、お疲れさまでした。
少し前、飼育全体の更新がほぼ皆無な時、ここだけは毎週更新で楽しみにしておりました。
もし書くエネルギーが戻ったらまた通います。
本当にお疲れ様でした。 - 964 :tama :2012/02/12(日) 17:55
- なんかそうなるかもしれないな、とは前から薄々思っていて。
実際にそうなってしまうととても寂しい。
毎週更新という相当大変なことを長い間やっていたみやさんには頭が下がります。
ハンターハンター的な感じでもべしゃり暮らし的な感じでもいいので
いつか最後まで書ききってもらえればなあと思います。
なんて、わがままを言ってみたり。
お疲れ様でした。
ここの更新を見るのが週末の楽しみでした。
ありがとうございました。 - 965 :名無飼育さん :2012/02/12(日) 20:46
- お疲れ様でした。
最初からずっと追っていたにも関わらず、今まで1度も感想も書かずに申し訳ないです。
自分のような人が他にもいるんじゃないかと思いますが…
毎週末、楽しみにしていました。
終わってしまうのは寂しいですが、この作品に出会えて良かったです。
長い間、お疲れ様でした。
そして、ありがとうございました。
- 966 :島根っ子 :2012/02/12(日) 22:02
- 本当におつかれさまでした。最近はなかなか書き込まなくて申し訳ないです。いつの間にか、自分も社会人になってしまいましたが、よっすぃーの成長もとてもうれしかったです。 日本代表に選ばれるなんて…最後のインターハイではきっとデカイことをやってくれるんだろうと心に思い浮かべていたいとおもいます。本当にありがとうございました。
- 967 :島根っ子 :2012/02/12(日) 22:04
- 久しぶりすぎてsage忘れる失態… すみません。
- 968 :名無飼育さん :2012/02/16(木) 11:58
- 完結おめでとうございます。そしてお疲れさまでした!
連載当初から読ませていただいておりました。
毎週の楽しみだったので寂しくはありますが…
またみやさんの作品に出会えることを楽しみにしています。
ありがとうございました!
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