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ファーストブレイク 6th period

1 :みや :2010/07/24(土) 16:24
これのつづき

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ttp://m-seek.net/kako/water/1168701115.html
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高校生がバスケする話
吉澤とか石川とか藤本がそれぞれの学校で中心ぽくいて、周りにいろいろな人もいます。
その他の学校も出てくるし、学校の枠組みを超えることもいろいろとあります。

更新は基本週一 土曜日午後(ただし0時過ぎてカレンダー的には日曜日になることもある)

全十部予定で、このスレッドは第九部開始時点、となります。
ご新規さんは、ここを単独で読んでみて、面白いと思ったら初期に遡って読めばいいと思います。

よろしくお願いします。
801 :第九部 :2011/10/22(土) 23:14
 信田は、悪いなという感じで飯田の肩を軽くたたいた。
 今必要なのは、もう一度戦う気力を起こすことであって、試合の戦術どうのこうのというところではないだろう。
 そう思っていても、信田の立場だと短時間でどうにかするのは少し難しい部分を感じていた。
 あれこれ言っても、偉い人の訓示になってしまう。
 偉い人に頑張れと言われたから頑張る、というのは今のこの状況で起きる流れではないだろう。
 同じ立場の人間で話をする、というのが一番良いだろうな、と信田も思った。


 三十分後、荷物を片し、人によっては部屋着に着替え、人によってはジャージ姿で、メンバーたちは会議室に集まった。
802 :第九部 :2011/10/29(土) 23:35
 ここのところよく使っている部屋だった。
 日本なら、畳引きの広い部屋というのが合宿所にはありがちだが、上海の中級ホテルではそうはいかない。
 椅子と机が並んだ会議室スタイルだ。
 明日の対戦相手について確認する、という目的のミーティングを行ってきた部屋なので映像設備はあるが今は使わない。
 前にテレビとホワイトボードと、それに向かい合う形で並ぶ座席。

 飯田はまず、集まったメンバーに座席の並べ替えを命じた。
 自分が前に立って、一同がそれに向かい合って、前に立つ人間の話を聞く。
 そのスタイルはここではいらない。
 真ん中にテーブルを二つ並べて、それを囲むように椅子を置かせた。
 中に机はあるけれど、それをメンバーが囲んで輪になるスタイルである。
 本当は、畳の上に車座に座るが理想だったけれどこれで手を打つことにする。

 誰がどこに座る、というのも特に設定はなかった。
 何日も同じ場所で同じメンバーで開いていたミーティングは、いつの間にか自然と座席が固定されてくる。
 中央最前列に石川がいて、隣に柴田が座り、吉澤は最後列で藤本が並び反対側に久住、右の真ん中列に福田と松浦が並び、と指定席でもないのに遅れた一人の席もいつのも場所が空いていたりする。
 それが今日は違って、本当に適当に座ることになった。
 誰それの隣がいい、というのもなく、机と椅子を並び替えたときのタイミングで自分が居た場所に座る。
 吉澤は別に石川の隣に座ろうと思ったわけではないし、まして松浦は高橋の隣に座ろうなんて思ったわけではないが、その場の流れでそうなった。
803 :第九部 :2011/10/29(土) 23:35
 「みんな、今日はお疲れ様」

 場の空気は明るくはない。
 ただ、少し時間を置いたことで真っ暗お通夜ということもなくはなっていた。
 誰もが理性のレベルでは明日もう一試合ありそれが大事な試合だというのは分かっている。
 どうするべきか、というのは分かっていて、でもそうする気にはなれないというところにある。

 「CHN強かったね。でも、うちもやれるとこまではやったと思う。って言いたいんだけど、もしかしたらそうでもないのかもしれないな、っていう気は圭織もちょっとはしてるんだ。キャプテンとしてじゃなくて、圭織個人としてね。最後代えられちゃったし。プレスで当たってるのに足が動いてなかったっていうのがたぶん吉澤に代えられちゃった理由だと思うんだけど、そこは、もうちょっと気持ちで何とかするべきだったのかなって思う。今日の試合振り返ってって意味じゃそれだけじゃないけどね。麻里子様と自分で比べて、自分が足りないのは何かとか、そういう反省もいろいろあるんだ。だから、長い目で見ればこういう試合を出来たことは大事で、この負けは忘れちゃいけないんだと思う。でも、まず、今大事なのは明日なんだよね。明日勝つか負けるかで大違いだから」

 飯田は思ったところを語った。
 今日の試合の感想。
 それを述べた上で、明日のことを話す。
804 :第九部 :2011/10/29(土) 23:35
 「だから、明日まで引きずらずに、今日で一回リセットして欲しいんだ。明日。三位決定戦っていうか敗者復活戦ていうか、どっちでもいいけど、とにかく明日勝てばもう一回世界への道がつながるからさ」

 今日負けたことで、この大会の優勝はもうない。
 でも、明日勝てば、アジア地区の予選を勝ち抜いたという意味で先の大会へ?がり、世界一への道は残ることになる。
 飯田はどこまで話すというのを決めて話しているわけでもない。
 話しながら周りの様子をも見ながら、言葉が出てこないようならまだ話す、というような流れでここまで来た。
 そのちょっと中途半端な間を取っているところで、村田が拾って続けた。

 「一回負けたら終わりってわけじゃないんだよね。予選リーグもそうだったでしょ。もちろん優勝はなくなっちゃったんだけど、でも、一つの流れとしてみて世界選手権の切符を取るってのが大事なことなんだよね」

 村田自身も中盤試合に出ていたが、それでもメンバーの中では比較的冷静に試合を振り返ることが出来る立場にはいた。
 しっかり戦力として試合に出て、最後の最後の負けた瞬間にコートの上にいたわけではなく、何か大きなミスをして代えられたわけでも無く、かといって予想以上の働きをしたわけでもない。
 そんな村田の言葉に、最初から最後までコートの上にいた藤本が腕を組んだまま反論した。
805 :第九部 :2011/10/29(土) 23:36
 「一つの負けってそんなに軽いもんじゃないと思うんですよね」
 「もちろんそうだけど」
 「そうだけどじゃないですよ」
 「だから、それはわかってるけど」
 「むらっち、聞こう。藤本の話し。言いたいことは言った方がいいよ今は」

 飯田が村田を抑えて藤本に振った。

 「負けたんですよ。分かってますか? 初日に韓国に負けて、その上また負けたんですよ。それで凹むなとかありえないじゃないですか。みんな甘いと思うんですよ。美貴も甘かった。韓国に負けた後、ホントに思ってましたよ、なんかまけた気しないって。それがもう大甘でした。試合で負けといて負けた気しないなんて何様だって感じですよ。その辺の甘さが今日も出たんですよ。最初様子見で入ったじゃないですか。意味不明な連中が出て来たからって。そんなことせずに最初から百パーセントで入ってぶっちぎるべきだったんですよ。実際にはそうしたらメンバーチェンジが早まっただけかもしれないですけど。で、途中も後半も最後も甘い甘い。後半とか終盤とか、足きついにきまってるじゃないですか。きついから動けない走れないってどこのガキだよってはなしですよ。情けない。みんな、気持ちに甘さがあったんですよ」
806 :第九部 :2011/10/29(土) 23:36
 「うん。藤本の言うとおりかもしれない。圭織には甘さがあった。それは認めるよ」
 「それに、気持ちだけの問題じゃないですよ。みんな分かってますか?序盤雑魚相手に十点以上リードしてたのに最後あの結果なんですよ。ハンデもらって、エースが出てくるのなんて後半の途中からで、それであの結果ですよ。気持ちの問題だけじゃなくて実力的にも全然ダメだったってことですよ。それで凹まないとか忘れて明日とかありえるわけないじゃないですか」

 最初は背もたれに寄りかかっての、のけぞり腕組み体勢で話していた藤本だったが、途中から身振り手振りを交えて前のめりで話していた。
 熱く語る藤本に答えたのは、今日はまったくコートにたつことも無く、明日も絶対コートに立つことがない平家だった。

 「それはそうだよな。力が足りなかったのは認めて受け入れないといけないでしょ。それは忘れちゃいけないし、悔しいって気持ちも忘れちゃいけない。でも、それはそれとして明日勝たないといけないってのも確かなんだよ。藤本の気持ちは分かるよ。分かるって言うか、それくらいに思える方がいいんだろうと思う。藤本自身も言ってたけど、負けた気しないとかいってぽわーっとしてちゃだめなんであって、でも、明日勝たないといけないんだよ。どんだけ凹んでようと。それはわかるでしょ」
 「それは、まあ」
 「今日の負けを忘れようなんていわないよ。でも、明日勝つために力を尽くそうって、そういうことよ」

 平家の言う言葉はおかしくはないしそれはそうなんだろうけれど釈然としない、という顔を藤本はしている。
 負けたら終わりのトーナメント世界に生きる高校生と、それを卒業したリーグ戦世界に生きる大学社会人との違いが出てきている。
807 :第九部 :2011/10/29(土) 23:37
 「平家さんの言うことは分かるんですけど、でも、悔しいんですよ」

 今度は石川が言った。
 三人の大学社会人の中では平家が一番石川にとって話しやすい相手だ。

 「敦子は気分やだから乗せるなって言われて、本当はそれだけでもむかついたんですよ。私は気分が乗った敦子にだって勝って見せるって。なのに全然ダメだった。ボール持つ前に勝負決められてたりとか、こっちは一対一では抑え切れなくても周り使って止められたりとか、シュートが打てないわけじゃないんだけど確率低いし。なんでこれくらいって思うんだけどだめだった。めちゃめちゃ悔しいですよ。あんな情けない負け方して。明日がどうのこうののまえに、とにかくもう、悔しいんですよ」
 「石川の場合は、なんていうか八つ当たりするなにかがあればいいんじゃないか? 小春、今晩相手になってやって」

 久住は口で答えずに、ぶんぶんぶんぶんと首をしきりに横に振っている。
 藤本が割って入った。

 「認めたかないですけど、石川のそういう感覚が正常なんだと思いますよ。韓国に負けたときも石川、部屋で荒れてたって聞きましたけど。それ聞いて、ったくダメな奴だって思ったけど、やっぱ今にして思えばそれが正常なんですよ。負けた気がしないなんて言ってた美貴がおかしい」

 さっきほどの身振り手振りはないが、ふんぞり返った腕組姿勢でもなくなっている。
808 :第九部 :2011/10/29(土) 23:37
 「今日も最初から最後までそういう姿勢でいたのって石川だけなんですよ結局。美貴も甘さがあったし。しっかり点とってしっかりディフェンスして役に立ってたかっていうと違うけど。でも、気持ちの面では石川が一番しっかりしてたと思う」
 「ミキティー、うれしい、認めてくれるの?」
 「おまえ、そんなことより敦子をもっとしっかり止めろよ。その前に麻友友のときからかなりやられてたじゃねーか。一番最初の雑魚はさすがに止めてたけど。なんで止めらんねーんだよ。つーか、美貴もだけど。高南だって、実際それほどいうほどすごくなかったじゃねーか。それがなんで百点ゲームなんだよ。意味わかんないんだけど」

 認めたということを本人相手には認めなくて文句垂れ流しになっているが、前半の文脈はどうとっても藤本は石川のことを認めていた。

 「藤本は普段ディフェンスメインのチームにいるからああいう展開は慣れてないかもしれないけど、点の取り合いっていうゲームだったからね。百点ゲームで負けたってとこだけとるとどうしようもない試合だったみたいだけど、うちだって94点取ったわけで。ディフェンスがどうこうっていうとこだけとりだすんじゃなくて、たぶん、十点足りなかったっていうところを見るべきだと思うんだよね」

 平家が引き取る。
 今は藤本の石川に対しての感情の話ではない。
 そこに持って行くと何か違うところへ行き着きそうだ。
809 :第九部 :2011/10/29(土) 23:37
 ここで意外なところから声が出て来た。
 一度も試合に出ることのなかった福田だ。

 「チームの熟成度に差があったと思います。藤本さんが高南と能力的に差があったかって言うと、タイプとして少し違うんでしょうけどでも総合点ではそんなに負けてたとは思えない。石川さんと敦子、石川さんと麻友友にしてもそうです。でも、チームとしてははっきり負けた。平家さんは十点足りなかったっておっしゃるけど、私は藤本さんが言うように、十四点ていうリードを最初にもらっていたのに、メンバーがまともに代わってから三十分で二十三点負けたって見かたをする方が適切だと思います」
 「熟成度って、時間が経てば解決するって言いたいわけ? 明日には解決しなきゃいけないんだけど」
 「解決するかどうかの前に、どこに差があったのかっていう話です。私はそれがチームの熟成度ってところにあったと思います。向こうは時間を掛けて作ってきたチームです。誰がどんな役割をこなして誰がどう動いたら周りはどう動くっていうのが考えなくても出来るレベルまで刷り込まれてたと思います。特に敦子優子が入ってからのメンバーは。高南っていうポイントガード、というよりはリーダーと呼んだ方が相応しい選手を中心にして周りとの連携がとてもよく取れてました。たぶん、実戦も小さなものからたくさん積んできたんだろうと思います。それに対してうちはそういうところが出来てなかった。突然シャッフルされてさあ今年はこれでって言われて今回限りだけど頑張れと送り出されただけです。個人技の集合体であって熟成されたチームじゃない。もちろん藤本さんと石川さんみたいな予想外に分かり合って相乗効果が出てる組み合わせとかはあるけど、でも、作り上げた熟成度はない」
810 :第九部 :2011/10/29(土) 23:37
 一種のチーム批判とも取れるような選抜チームの構造に触れる部分であるが今日の試合を見ての福田の現状認識ではあった。
 藤本はそこよりも、最後のところで余計なこといわなくて言い、という顔をしていた。

 「いいね、若い子もっとなんか言ってよ」

 飯田から見れば高校二年生は十分に若い。
 自分は若いかなあ、と疑問を持ちつつも、後藤が言った。

 「熟成度はどうしようもないよねえ。でも、韓国に負けてもなんか負けた気しないって他人事だったミキティが今日はすごい悔しがってたりとか、チームの一体感って言うの? そういうのは出て来たのかなあって思う。一体感っていうか、自分のチームなんだっていう意識? 後藤もあんまりなかったんだよね、自分のチームっていう感覚が。それと日本の代表だって言う意識。日本の代表ってところはまだあんまりな感じだけど、自分のチームって感覚は出て来たかな。みんなのために頑張ろうって思えるようにはなった。その辺の頑張ろうっていう気持ち? ミキティ風に言えば試合終盤の覚悟とか、そういうのが欠けてたなとは思う。あんまり精神論ぽいことは好きじゃないんだけど、でも、一日で何か変えようとしたら精神論しかないのかなあ、とは思う。気持ちで全部なんとかする、なんて逆におきらくすぎない? って思うからそれだけに頼っちゃうのはたぶんダメだけど、でも、気持ちで結構変わるんだなってのは最近思った」
811 :第九部 :2011/10/29(土) 23:38
 何かを話す、ということで気持ちは代わってくるものなのだろうか。
 負けて悔しいああむかつく、で止まっていたところから、明日勝つために立て直さないといけないんだというような方向へ少しづつ舵が切られている。
 そんな流れに違うところから小石が投げ込まれた。

 「そういう覚悟みたいなもんが試合の終盤に全然見られん人もおったじゃないですか」

 高橋だ。
 彼女も福田と同じで今日は一度もコートにたつことはなかった。
 ただ、福田とは違って最初の二戦はコートに立っている。

 「うん。圭織も日本を背負うとか言っといてあのていたらくで代えられちゃったしね」
 「飯田さんはそこまでも麻里子様とのぶつかりあいとか十分体張ってたりしたしええんです。それよりも体力十分で入っていったのにてんで自分の役割も分かってなかった人とかおったじゃないですか。ふわふわって感じでコートに立って集中もしてなくて」

 また何を言い出すんだこの子は、という周りの視線がある。
 軌道修正しなきゃな、と上級生たちが考えている間に、自意識の強い人間の方が早く反応した。
812 :第九部 :2011/10/29(土) 23:38
 「はっきり言えばいいじゃない言いたいことがあるなら遠まわしに言わないで」
 「プレスで当たってディフェンスから、っていう役割が全然わかってなくてスカスカ抜かれてシュートセレクションも悪くてせっかく追い上げてたのにぶちこわしたんよ」
 「だからはっきり言いなさいよ」

 テーブルを挟んで二人のやり取り、ではない。
 松浦は高橋の隣、伸ばせば手の届くところに座っている。
 言葉の応酬は周りが口を挟む間が無く進んだ。

 「オフェンスしか意識がないのにあんなプレスかける場面で試合に出てあんたがぶち壊したんよ。あーしが出てればもっとしっかりディフェンスできたのに」
 「大事な試合で一度も使ってもらえなかった人間がなに言ってるのよ!」

 松浦が先に立ち上がる。
 釣られて高橋も立ち上がった。

 「せめて気持ちだけでもしっかりしてればあんなにはならんかったのに、集中もしてんでぶちこわしや」
 「うるさい!」

 松浦、手が出た。
 右手でビンタ。
 しかし、高橋は首をすぼめて左手も出して直撃を避ける。
 続いて松浦が掴みかかる。

 「あんたに何が分かるのよ! 一試合目からろくに役に立ってなかったくせに」

 手が出たところで周りも動いた。
 松浦の後ろから里田、高橋には久住。
 つかみ合っている二人を近い席に居た人間が後ろからはがいじめにして、さらに数人がかりで両者を引き剥がす。

 「はっきり言ったらびんたするならはっきり言えとか言うな!」
 「うるさい、べらべらべらべらしゃべって何も黙ってられないくせに」

 引き離されながらも罵りあい。
 もはや試合で云々すらどこかへ行っている。

 松浦の方には吉澤が、高橋の側には柴田が、それぞれ保護者のような役割で寄って来てとりあえず部屋から出した。
 別々の扉から両者を部屋から出したが、二人とも部屋から出ると今度は廊下で鉢合わせ状態である。
 とりあえず、手を出した松浦の方を部屋に戻し、高橋は柴田がついて廊下で待機。
 二人とも部屋に戻そうにも、その二人が同じ部屋である。
813 :第九部 :2011/11/05(土) 23:26
 吉澤は、少し大人しくしてろ、と松浦に言って部屋に置いてきた。
 戻ってくると廊下では柴田がなにやら高橋を叱っている。
 そこの役目は石川さんじゃないのかよ、と思ったが口は挟まずに会議室に入る。

 「どうだった?」
 「とりあえず部屋に置いてきました」
 「おちついた?」
 「んー、なんていうか、ふてくされてます」
 「まあ、暴れるよりはいいか」

 社会人二人に報告。
 吉澤がいない間に明日の試合について云々かんぬんということはさすがになく、待っていたようだ。

 「ったく、ガキなんだから。しょーもない」
 「美貴だって結構あちこちとぶつかってきてたでしょ今まで」
 「はぁ? あんな人のせいにしたり、まして引っ叩いたりなんかしたことないって」

 藤本に里田が絡む。
 まわりはなんとなく、里田の言葉の方が信用できるな、という印象を受けていた。
814 :第九部 :2011/11/05(土) 23:27
 「あの個人攻撃はどうかと思うけど、でも、それ受けて切れちゃうってことは、まっつーも気にしてたってことかなあ」

 後藤が誰に向かってともなくぽつりと言う。

 「あいつ、プライド高いから。それに、あんま負けたことないんだよね。試合でうちがまけることって結構あるけど、あいつが責任感じる負け方ってたぶんいままでなかったから。練習で福田に押さえ込まれちゃうとかそういうのはあったけど」
 「負けてへらへらしてるよりはいいんじゃない?」
 「ガキガキ言ったのは誰よ」
 「美貴だよ美貴ですよ、悪かったね。でも、負けてもへらへらしてたりとかさめざめと泣かれるよりはあれくらいの方がいいんじゃないの? まあ、実際、あの子だけのせいで負けたってわけじゃないけどさ。あの子も責任感じる程度にはダメな部分あったわけで。負けを認めきれないみたいな感じで。美貴はああいうの嫌いじゃないよ」
 「でも、手、上げるのはね」
 「そこが我慢出来ないところはガキだとは思いますけど」

 やがて柴田が入ってきた。
 高橋はとりあえず自分の部屋に置いてきたと言う。
815 :第九部 :2011/11/05(土) 23:27
 「すいません。監督不行き届きで」
 「こっちこそ、うちのガキンチョが手出して申し訳ない」
 「二人とも気持ちは分かるけど、このチームの問題だから、高校の先輩後輩はあんまり気にしないでいいよ。学校帰ってからどんな教育するかはちょっと置くけど。とりあえず怪我とかはなかった?」
 「はい、その辺はなんでもないみたいです」

 柴田と吉澤に村田が言った。
 高校は高校、日本代表は日本代表だ。

 「あの子負けず嫌いだから。今日CHNに負けたっていうよりたぶん、自分が試合に出られなかったってことのが悔しかったんだと思う。それで高橋押しのけて試合に出たあややも後半は出来が良くなかったから。おまえなんか、みたいな気持ちになって。でも、口に出していいことじゃ無いよね」
 「どっちもどっちでガキだな。同じ学年なのになんで、福田明日香だけこう落ち着きがあるかな」
 「美貴よりずっと落ち着きがあって大人だよね」
 「だから、まいはうるさいって」

 福田は困惑した表情でいる。
 吉澤は何か口を挟もうかという風であったが何も言わなかった。
816 :第九部 :2011/11/05(土) 23:28
 「本当はさ、圭織、最後には、チーム一丸となって明日はもう一回頑張ろうってまとめが欲しかったんだよね」
 「チーム一丸どころか仲間割れっすか」
 「茶化さないでよ」
 「すいません」
 「でも、藤本がそうやって笑い飛ばすみたいにしてくれたから返ってよかったかもしれない。

 試合に負けた挙句の仲間割れ。
 雰囲気がさらに悪くなってもおかしくないところだが、そういう風でもなかった。
 また高橋か、みたいな空気は流れているが。
 藤本が茶化したというだけでなく、飯田にしても、心労が増えてというような重いリアクションではなく、困った子供がまったくもう、程度の反応で、切れることも無く、この場に残っているメンバーたちのことはまとめている。

 明日は一丸となってもう一回頑張るよ、と飯田が締めようとすると、藤本が一丸とかどうでもいいけど早々何度も負けてたまるか、と返す。
 ぐだぐだな感じはあったが、それでも、今日の負けをひきづって後ろ向いたまま明日に、という流れは断ち切れたようには見えた。
817 :第九部 :2011/11/05(土) 23:28
 その後、目先の善後策を決めてから解散。
 
 高橋と松浦。
 さすがにこのまま部屋に返して一晩過ごさせるわけには行かない。
 密室キャットファイトでもさせたらええやん、と光井が先輩を舐めた口利くが、上級生はさすがに止めた。
 今現在松浦がいる部屋には、お目付け役として学校の先輩吉澤を送り込むことにする。
 試合にも出て疲れてるでしょうし、明日に差し支えても困るから代わりましょうか? と福田が申し出たが吉澤が却下した。
 疲れを気にするほどは試合に出ていないし、明日に差し支えたら困るのは福田も一緒だという。
 自分の部屋から荷物を運び出し、鍵を高橋から奪い取って部屋へ向かった。
818 :第九部 :2011/11/05(土) 23:29
 呼び鈴は鳴らさずに鍵を開けて入る。
 さてどうしているか、と思いながら入って行くとベッドの上に寝ていた。
 後で起こして布団の中に入れないといけないのかなあ、などと考えながら荷物を置き一息つく。
 松浦が寝返りを打ってこちら側を向く。
 すると、唐突に上半身を起こした。

 「吉澤さん」
 「なんだ起きてたのか」
 「なんだじゃないですよ。どうしたんですか」
 「どうしたって、部屋チェンジ。夜中中けんかされてテレビとか投げて壊されても後で困るからチェンジ」

 どうやら寝てたのではなくただの寝たふりで、部屋に戻ってきた高橋の様子を伺おうとしたら違う人だった、ということのようだ。
 気が抜けたのか、もう一度ベッドに仰向けになる。
 それからため息を吐いていた。
 それなりに気を張り詰めていたんだな、というのが吉澤にも分かる。
819 :第九部 :2011/11/05(土) 23:29
 しばらく吉澤は何も言わなかった。
 移動させてきた荷物の整備がある。
 一式全部持ってきたので、無理やり詰め込んだ中から、明日の試合に必要なものを取り出して仕分けないといけない。
 何も話をしなくても、吉澤としては間は持つ。
 その間、松浦は黙ってベッドで寝ていた。
 眠り込んでいるわけではなさそうである。
 その辺の様子は吉澤は時折伺っていた。

 荷物のまとめが一通り済んで、吉澤は松浦の隣のベッドに座る。
 座るだけで横にはならない。
 横たわっている松浦の方を向いている。
 松浦の方は、先輩がそうやって自分のことを見下ろしているのに気づいているのかいないのか、目を瞑って横になったままだ。
820 :第九部 :2011/11/05(土) 23:30
 こういうのは気が重い、気の進まない作業であるが、立場上言わなくてはいけない場面である。
 吉澤のお説教タイムスタート。

 「まあなあ、あの言い方はどうかと思うし、一人を責めてどうにかなるもんでもないしさあ、かなりむこうが悪いんじゃないかって気は吉澤にもするよ。なあ、だからまあ、松浦の気持ちも分からないでもないけどさあ。でも、なんていうかさあ、その、やっぱ、手は出しちゃダメだろ」
 「だったら中澤先生にも言ってくれますか?」
 「へ? 先生?」
 「あの先生も私のこと引っ叩いてるんですけど」

 吉澤にとって思いも寄らぬ名前が唐突に出て来た。
 ただ、松浦の声色は冗談や茶化して言っているのではなく、不機嫌さが大きな部分を占めてはいるものの真剣なものに聞こえる。

 「うん、まあ、あんまり吉澤からいうのもむずかしけどさ。でも、あれはあれで先生も結構気にしてたみたいよ。自分は教師失格だとか言って酔いつぶれちゃったりとか」

 インターハイ、富岡戦後のロッカールーム。
 コーチの中澤が松浦のことを引っ叩いていた。
 しかもあの時は、今日の松浦のそれとは違い、完全にクリーンヒットして松浦は吹っ飛んでいる。
821 :第九部 :2011/11/05(土) 23:30
 吉澤がどう言葉を繋ごうかと思案していると、松浦がむくっと上半身を起こし、それでも吉澤の方は見ずに言った。

 「あの時の私も、今日の高橋愛みたいな感じだったんですか?」
 「へ? あの時?」
 「へ? じゃなくてさっきからちゃんと聞いてくださいよ。二度も言いたくないんですから。はたから見て、あの時の私は今日の高橋愛みたいに見えたんですか?」

 そういうことを考えて見ていなかったな、と吉澤は思った。
 少し考え起こしてみる。
 さっきの出来事とインターハイの時の出来事。
 答えは明快だった。

 「確かにあんな感じだったな。一人の人間を責めて、言葉も選ばず」
 「そうですか」

 いつもアクション大きめな松浦が、無表情に答えるだけだった。
 どんな感想を持ったのかは一見しただけでは分からない。
 でも、吉澤は、そういう質問を松浦がしてきたというだけでも考えるところがあったのだろう、とそれ以上の説教はこの場で続けてしても仕方ないかなあ、とも思う。
 ただ、一方で、今しっかり分からせた方がいいんじゃないかという想いもある。
822 :第九部 :2011/11/05(土) 23:31
 吉澤が黙り込んでいると、松浦の方が口を開いた。

 「いいですよ、認めます。今日の負けは松浦のせいでした。紺野ちゃんに言われましたよ。チームの負けを自分の責任だと背負えるのがエースなんだって。是永美記さんもにたようなことを言ってた。だからいいです。今日の負けは松浦のせいでした」
 「おまえ、それ、?がってるようで?がってないぞ」
 「私の中ではしっかり?がってるからいいんです」

 なんて不遜なやつなんだ、と吉澤は思った。
 松浦が言っているのは、このチームのエースは自分である、というのと同義である。
 高校ならともかく、ここはU-19とはいえ日本代表だ。
 ポジションの重ならない飯田や藤本は横に置いたとしても、石川柴田がいるこのチームの中で自分がエースという意識でいるのは吉澤から見ればどう考えても不遜である。
 でも、それがあややだよなあ、とも思った。
 ここで、ごめんなさいもうしません、私が悪かったです、とか涙を流して反省するようでは逆に心配になる。
 どこまで本気で言っているのかはわからないけれど、そこに突っ込むのはやめようと思った。
823 :第九部 :2011/11/05(土) 23:32
 「それはそれでいいけど、しっかり謝っとけよ」

 松浦は無視してベッドに横たわり吉澤に背中を向けた。
 まったくもう、と思いつつ言葉を足す。

 「おまえが、試合で一度も使ってもらえなかったくせにって言った時、福田がすごい顔してたぞ」
 「明日香ちゃん?」

 松浦、反応する。
 吉澤の方をしっかり向いた。

 「あいつが試合に使ってもらえなくて苦しんでるの、おまえだって分かってるだろ。それなのに、あややの口からあんな言葉が出るんじゃあいつ傷つくって、なおさら」

 松浦はうつむいている。
 めずらしく、本当に悪かったと思っている、と外からも分かるような態度だった。

 「あれは、信田さんが悪いんですよ。明日香ちゃん使わないから」

 思いなおしたように顔を上げて明るく言い放つ。
 吉澤はそんな松浦にため息吐きつつ言った。

 「そこで人のせいにするなよ」
 「だって、そうじゃないですか。信田さんが明日香ちゃんを使わないのが悪い」

 全然理屈になっていない。
 吉澤も、まともに相手するのがめんどくさくなってきた。

 「おまえ、似てるよやっぱ。高橋愛と」
 「一緒にしないでください」

 ふてくされてまた松浦はベッドに転がって吉澤に背中を向けた。
824 :第九部 :2011/11/05(土) 23:32
 こういうやつだよこいつは、と吉澤は思った。
 とりあえず、どこか一箇所くらいは反省しているような気がするから、今日のところはこれでよしとするか、と吉澤は自分を納得させることにした。

 「明日も試合なんだから、寝るんならちゃんと布団入って寝ろよ、そのまま寝るなよ。チームのエース名乗るんなら」

 松浦はそれには何も答えず、むっくりと立ち上がり洗面所に向かった。
 寝るための身支度くらいはちゃんとしようという姿勢のようだ。
 そのあいだに吉澤は、高橋の荷物をまとめて持って行くことにした。
 なんで私がパシリ状態なんだよ、と思ったが、結構パシリ体質なので素直に受け止めている自分もいた。
825 :第九部 :2011/11/12(土) 23:05
 高橋は吉澤と入れ替わり。
 自然、同部屋は平家ということになる。
 柴田が、自分が面倒見ますと言ったのだが、余計な気まわさなくていい、と平家が却下した。
 柴田だって疲れているはずのだ。
 変な負担掛けたくないという平家の姉心。
 それに、自分がファウルアウトになって松浦が代わって入ったことが一つの原因として?がってくるのだから説教もしづらかろうという見立てもある。

 そんなわけで高橋は平家の部屋にいた。
 高校の二学年先輩。
 自分が入学した時点でキャプテンだった人。
 柴田先輩と比べれば怖さは格段に違う。

 高橋視点でそうなることが分かっているからか、平家はいきなり説教は始めなかった。
 吉澤に鍵を奪われ、荷物は自分の部屋に置いたままで、身一つで平家先輩のところに送り込まれた高橋は小さくなっている。
 平家は何も言わずに冊子をめくっている。
 身動きとれずに暇が増えることが目に見えていたので、今日会場で手に入れてきた大会グッズ類だ。
 公式パンフレットもあるが、それ以外にCHN48ファングッズのようなものもあり、メンバーたちの情報も載っている。
 なぜか投票券とかいうものが付いていたが、投票って意味わかんないし何かの応募に関することの中国語だろうと平家は解釈している。
826 :第九部 :2011/11/12(土) 23:05
 そんな冊子類をパラパラめくりながらも、平家は高橋の様子はちらちら伺っていた。
 優しい気持ちでいるので叱らない、という姿勢ではなく、小さくなっている高橋さえも無視、というのが今の状態だ。
 ぎゃーぎゃーわめいたり、暴れだしたりでもしたら何か言ってやろうとは思うが、小さくなって大人しくしている分には特に何か言いはしない。
 相手が自分なのだから気軽に雑談などし始めることなどできはしない。
 荷物が届くまでは身動き取れないし、ベッドにもぐって寝入るわけにもいかない。
 テレビつけるのも平家がノーと言えば絶対的にノーだ。
 自然、高橋は一人静かに何かを考えることしか出来ない。

 あんなことがあった直後だ、考えることしか出来ない時間を与えられれば、考えることはさっきのことになるはずだ。
 高橋の頭の中まではこと細かく見ることは出来ない。
 それでも、他のことを考えていられるほど視野の広い人間じゃなかろうと平家は思う。
827 :第九部 :2011/11/12(土) 23:06
 平家がジャッジしていいと言われたなら、さっきのけんかは高橋が悪い、とジャッジする。
 試合に負けて人のせいとか、藤本じゃないが、ったくガキなんだからしょーもない、という感想だ。
 本当の意味で責任をきっちり背負ったことがないからああいう発言が出来るのだ。
 そこは、先輩として、自分がきっちり指導するということをしなかったのが悪いという部分も感じる。
 いや、石川にはその辺をしっかり分からせて卒業したつもりだ。
 一年生からスタメンで試合に出ていても、肝心な部分では柴田石川頼りでやっていて、気楽な二年生、という立場でしかないのだろう。
 二年下まで面倒見切れるか、という気がしなくもないが、先輩としての責任というようなものを果たそうかとは思っている。
 村田が高校の先輩後輩とかあまり気にしなくていい、と言っていたが、それとこれとは別なのだ。
 石川柴田と比べればどうしても距離が遠くなるけれど、それでも高橋は自分の後輩だ。
 その不手際は黙って見ているわけにはいかない。
 石川にやらせるべき役割なような気がするが、今日のところは特別に暇だから自分が担ってやろうと思っている。
828 :第九部 :2011/11/12(土) 23:06
 無視して威圧感だけ出して、高橋を縮こまらせて、思考の海に沈めさせた。
 怒られる、怒られる、という恐れは最初はあっただろうけれど、それが何も言われないので少しづつ薄れていって、次にはどこへ思考が向かっているか。
 松浦亜弥むかつく、で堂々巡りしているか、試合に出られなかった自分のところに向かっているか、あるいは、たぶん一度は叱っただろうさっきの柴田に言われた何かを考えているか。

 分からないけれど、平家はちらちらと高橋の様子は伺っていた。
 やがて吉澤がやってくる。
 高橋の荷物を持ってきた。
 中まで入ってくる。
 二言三言話すと荷物を置いて出て行く。
 平家はずっとベッドで枕を背もたれにして座ったまま。
 対応は高橋にさせた。
 扉のところで出て行く時に吉澤が一言言っているのが聞こえた。
 叩いた件については先輩としてわびている。
 ただ、その前の発言についてはどうかと思う、という点を年長者として述べていた。
 高橋が、一応侘びらしきことを述べているのも聞こえた。
829 :第九部 :2011/11/12(土) 23:06
 吉澤が出て行き高橋が戻ってくる。
 ここでようやく平家が口を開いた。

 「ちょっとは頭冷えたか?」

 ずっと黙っていたのが急にそう声を掛けられ、高橋はおびえた顔をした。
 平家はそれが分かったが気にせず続けた。

 「そこ、座れ」

 窓際には椅子がある。
 さすがに床に正座しろとは言わず、その椅子を指差して座らせた。

 「なんであんなみっともない態度取ったのか言ってみな」

 高橋、うつむいて答えない。
 なんとなくそんなリアクションを予想していた平家、そこで畳み掛けて責めることはせずに黙って待った。
 穏やかに待つ、という雰囲気ではなく、黙ってるままじゃ許してもらえないという威圧感を与えながら。
 高橋は、平家のプレッシャーに負けて、訥々と語りだした。
830 :第九部 :2011/11/12(土) 23:06
 「柴田さんがファイブファウルで退場した時、自分かなって思いました。相手小さかったからミスマッチでもないし、前からプレスで当たるってうちの得意なパターンで結構はまってたし。柴田さんで最後までいけたなら柴田さんだと思うけど、ファウルアウトになっちゃったんならそこに入るのは自分だって思ってました。信田さん、うちのメンバーを中心にチーム組んでたし」

 最後の局面、柴田のマッチアップは優子だった。
 優子は柴田と比べれば背が低く、高橋とそう差はない。
 前からプレスで当たると言えば、ディフェンスの堅い滝川と、勝負どころの富岡。
 この二チームのプレスは超強力で各チームのガード陣が二度と受けたくないと感想を述べるもの。
 そのチームの一翼を担っている高橋としては、この試合ここまで使われえていなかったとしても、ここは自分だと感じていた。
831 :第九部 :2011/11/12(土) 23:06
 「なのに、代わって入ったのはあの女で。どれだけ出来るのかと思ったらてんでダメで。ディフェンスが大事な場面で点を取ることしか考えてない。それで取れるならまだしも全然シュートもはいらんで。なんで、なんで、って思いました」

 平家も見ていた限りでは最後の局面、松浦の動きはピントがずれているようには感じた。
 そもそもああいう場面での戦術を理解出来ていないんじゃないか、という感想だ。
 ただ、その結果を見る以前、柴田が退場になった瞬間、誰を投入するかという選択を平家がするならやっぱり松浦を選んでいただろうと思った。
 高橋は、グループリーグまでの出来が悪すぎた。

 「せっかく柴田さんと石川さんで優子も敦子も捕まえて結構追い上げかけられてたのに、あれで全部ぶち壊しで頑張ってそうなったならまだ仕方ないかとも思えたけど、全然集中もしてなかったみたいに見えたし。それで頭に来たから、わーっと・・・」

 高橋は視線を落としたままだった。
 平家の方は見てはいない。
 高橋の言葉が止まったので、平家が口を開いた。
832 :第九部 :2011/11/12(土) 23:07
 「自分ならもっと出来たと思ったのか?」
 「はい・・・」

 小声だが高橋はすぐに答えた。

 「なんで自分があの場面で使われなかったのかは考えなかったのか?」

 今度の問いにはすぐに答えは返ってこなかった。
 平家は先に進めずに待つ。
 じっと見つめて待っていたら、高橋がつぶやいた。

 「昨日までが調子悪かったから」

 昨日、試合としては一昨日までの高橋の出来はよくなかった。
 その自覚はなかったわけではないらしい。

 「韓国戦、負けたよな。私もあんまりたいした出来じゃなかったから人のことどうこう言える立場じゃないけど、多分言うべきだったんだろうな。高橋、あんたの出来はひどかったよ。立ち上がりに前から当たられてぽろぽろやって全然ゲームの組み立てもできずに。それですぐに二桁点差にまでなった。最終的には追いついて延長まで行ったからチャラって考え方もあるけど、チームとしてはそうでも高橋は最初の段階で引っ込んだよな。で、延長まで行って結局負けた。後藤がえらい落ち込んでたっけ。直接的には彼女の責任がないわけじゃないし、見た目にはあれが悪かったってことになりがちだったような終わり方だった。で、誰か後藤のこと責めたか? おまえのせいで負けたんだって」

 平家の問いかけに、高橋はうつむいて首を振って答えた。
833 :第九部 :2011/11/12(土) 23:07
 「そうだよな。落ち込んでたし。じゃあ落ち込んでたから許してもらえたのかってことにもなるけど、そういうもんでもないよな。序盤大きくリードされた原因でもあった高橋、おまえのこと直接的に責めたやついたか?」

 また、高橋は首を横に振る。
 誰も、高橋に対して何かを直接言う人間はいなかった。

 少し、平家が間を置いた。
 部屋に沈黙の空気が流れる。
 高橋はうつむいたままだった。
 じっと平家はそれを見つめている。
 高橋に考え込む時間を与えた後、平家が口を開いた。

 「まず、たとえそれが事実だったとしても言って良いことと悪いことがこの世にはあるっていうのが一つ。次に、事実と言うか問題点と言うか、そういう課題を追求することと人を責めることは違うっていうのが一つ。あとな、自分の責任を棚に上げて人の責任だけ追及しちゃいけないってのが一つある。最後の局面であややが自分のやるべき役割をしっかり理解出来てなかったってのは多分そうだったんだろうと思う。だからそれは問題で、あの子自身は反省しなきゃいけないし、それについて誰かが言ってやっても良いと思う。でもな、それをあそこでああいう形で責めてどうする? かなりみっともなかったぞ高橋。自分は韓国戦の立ち上がり、自分の役割をしっかり理解してそれをこなすことが出来てたか? それが出来てたからって人のこと責めて良いってことじゃないけど、そういう自分の責任を果たせてないのにそれを棚に上げて人を責めるな。今日試合で使われなかったのは、高橋に責任を与えてもそれを果たせないだろうって信田さんが考えたからだぞ、たぶん」
834 :第九部 :2011/11/12(土) 23:07
 高橋は視線を落としたまま何も言わない。
 何を考えているのかは平家から見て分からなかった。
 自分の行っていることに納得しているのかいないのか。
 判断は付かない。

 「それと、高橋。もしあれがあややじゃなくて他の人間だったらああいうこと言ったか? おまえ。たとえばそうだな、後藤とかって年上じゃきついか。ああ久住でいいや。もしくは亀とか。その辺だったら言ったか?」

 高橋は少し考えてから首を横に振って言った。

 「言わなかったと思います」
 「あややだから言ったってことか? それとも自分のポジションを取られたって感じた相手だからか?」
 「松浦亜弥だからだと思います」

 平家は高橋の答えに少し笑みを見せた。

 「おまえ、人の好き嫌い多いよな。聖督の矢口のことえらい嫌ってたし。松江だと明日香のこととか嫌いだろ。国体でやったときこてんぱんにやられたもんな。ていうか、あれか。ガード全般きらいか?」
 「そんなことないです」
 「ミキティとかすきか」
 「あの人は分かりやすいです」

 性格的な部分かバスケのプレイの部分か。
 どちらとも取れる答えだが、高橋は藤本には相性が良い。
835 :第九部 :2011/11/12(土) 23:08
 「そういうライバル心持つのは悪いことじゃないけど、さっきみたいな見苦しい真似はよせ。あれじゃただ弱いものが強い相手が隙を見せた時に咬み付いただけにしかみえない」
 「平家さんは高橋よりも松浦亜弥の方が強いって思ってるんですか?」
 「昨日までの三日間くらいの間はな。インターハイ見た感じじゃお前の方が上かなって感じだったけど。でも、今日の感じだと大差ないかなどっちも」
 「そうですか」

 ようやく顔を上げて平家の方を見て話した高橋だったが、またうつむいた。

 「なんにしても、おまえにはもう少ししっかりしてもらわないと困るんだよ。来年はキャプテンやるんだぞ、たぶん、うちのチームの。私が決めることじゃないからわかんないけど。わかるか? バスケの力量だけじゃないんだぞ、キャプテンやるっていうのは。背負わなきゃいけないものがたくさんあるんだよ。それをあんなみっともない真似して」
 「すいません」
 「あれがみっともない真似だったってことは分かってるのか?」
 「はい」

 このチームとして、ではなくて富岡の先輩として、平家はずっと話していた。

 「よし、おわり。全体的にはもう少し大人になれってことだ。分かったら寝ろ。私と違って高橋も、あややも、他のメンバーも、明日もう一戦あるんだから。まったく、うらやましい限りだよ」

 高橋は立ち上がってから平家に深々と頭を下げた。
 平家は一言付け足した。

 「あややにも謝っとけよ。あれはおまえが悪い」
 「すいませんでした」

 せめて、石川に対しての柴田のように、高橋にも横に付いている存在がいれば良かったんだけどな、と平家は思った。
 二年後輩の誰かの顔が頭に浮かんだような気がしたが、名前がはっきり出てこなかった。
 なんとか琴美だったか・・・。
 あんまり頼りにはならなそうだ。
 富岡の先行きが平家は心配だった。
836 :tama :2011/11/13(日) 07:07
ついに名前まで忘れ去られた小川真琴ww
スタメンで一緒に出てたこともあるのに・・・

それにしても、平家さんかっけーっす。
上司になってくださいm(_ _)m
837 :名無飼育さん :2011/11/13(日) 12:13
このあと石川さんもみっちゃんに延々と説教されたんだろうな
838 :作者 :2011/11/19(土) 23:36
>tamaさん
名前くらいはしっかり覚えてあげてほしいものです。

>>837
先輩風吹かせたがりなわりに面倒見はよくない石川なんですよねえ・・・
839 :第九部 :2011/11/19(土) 23:37
 最終日。
 最終戦。
 勝てば天国負ければ地獄。
 世界への切符を賭けた三位決定戦である。

 相手は、韓国だった。

 準決勝、先に戦った韓国。
 相手は台湾。
 韓国有利と言われていたが最終盤に台湾がひっくり返して勝ち上がって行った。

 台湾の最年少14歳、珠 理奈
 これが大当たりした、というのが一つの理由ではある。
 後半だけでスリーポイント八本。
 尋常ではない。
 当たると手がつけられない末恐ろしい14歳である。

 もう一つの原因は韓国チームの中にあった。
 リードして迎えた後半、主力が二人、立て続けに怪我をしたのだ。
 この試合、日本戦に出ていたメンバーは試合に出ていなかった。
 ジージージージーうるさいよく動くディフェンスと、相対的な高さで台湾を抑えていたのだが、接触プレイでもない場面で立て続けに足首をひねって捻挫、戦線離脱していった。
 どうやら上げ底バッシュを履いていたのが原因なようだ。

 結果として78-80での敗戦。
 珠理奈の逆転スリーポイントでの大勝利。
 CHN48の前座として見ていたファンもこれには沸いた。
 入り待ちでコートサイドにいた藤本あたりは、そこは二点でいいだろ、と冷静に突っ込んでいたが、それを勢いでスリーポイントを打って決めてしまうのが14歳なのだろう。
 おかげで決勝はCHNvsTPEの再戦となる。
 日韓三位決定戦は完全なる前座だ。
840 :第九部 :2011/11/19(土) 23:37
 チームの雰囲気は悪くはなかった。
 昨日の今日。
 吹っ切れない部分もありそうなところであるが、違う変な問題が夜に持ち上がったので、それも薄れていた。
 松浦と高橋。
 当人同士は完全なシカト状態である。
 謝れよ、と昨晩それぞれに言った吉澤や平家もそれには何も言わない。
 二人が同時にコートに立つということもないだろうし、そこは試合後に持ち越しとした。

 韓国チームのスタメンはどうなるか?
 日本の首脳陣は当然その検討をおこなうことになる。

 韓国はここまで二つのチームを使い分けてきていた。
 日本戦に出てきたメンバーと台湾戦のメンバー。
 どちらのチームにも混じるのはソニンだけだ。
 後は完全に分離している。

 台湾戦タイプのメンバーはその試合で二人怪我で離脱していた。
 日本戦に出てきたメンバーではジヨンが思いがけないことをしている。
 グループリーグが終わった後の休養日に帰国したのだ。 
 何をしに?
 大学受験である。
 戻っては来たが強硬日程過ぎて影響が未知数だ。

 さて、どちらが出てくるか。
 信田は、また同じメンバーが出てくるだろう、と予想した。
 昨日、主力が二人怪我をし、さらに最終盤に逆転負けした構成で出てくることはないだろうという推測だ。
 別の選択肢を持っているのなら、そちらを選びたくなるのが自然だろうと信田は考えた。
841 :第九部 :2011/11/19(土) 23:38
 一方、日本代表。
 初戦と同じスタメン、という選択肢はない。
 平家が怪我で離脱している。
 また、高橋も不調で前日、スタメンから外したのだ。

 昨日負けたのは日本も同じ。
 では、日本に別の選択肢があるのか?
 そう問われると、ないな、という自問自答が信田の頭の中で行われた。

 昨日負けたのはいろいろな原因がある。
 相手が強かった、これは認めないといけない。
 でも、何とかなる試合だったとも思っている。
 相手は完成したチームでこちらが発展途上であるという差が出た試合。
 でも、個人の能力としてそんなに差があったとは思えない。
 最後だって一つ違っていればどう転んだか分からないところには持ち込んでいた。
 結果論だけど、自分は最後に判断ミスをしたと信田は思っていた。

 最後、なんで松浦だったのか?
 記者からの質問も出た。
 前から当たるのは滝川や富岡のお家芸。
 柴田がファウルアウトになったのなら高橋で良かったのではないか?
 信田はそれに対して、高橋は調子を落としていたので使わなかったと答えている。
842 :第九部 :2011/11/19(土) 23:38
 その答えは自己弁護でしたものではない。
 理由を問われたからその理由を答えただけだ。
 その判断は間違っていたとは今でも思っていない。
 あの場面で松浦を投入したのは多分間違え立ったのだろうけれど、高橋を投入しなかったのは間違えだと思っていない。

 そのときには浮かばなかった選択肢。
 帰りのバスに乗り込むときにたまたま視線がぶつかって気が付いた。
 福田でよかったんじゃなかろうか。

 あの場面欲しかったのは、前からのディフェンスをしっかりと出来る人間だった。
 直接付く相手は優子。
 それほど身長がある相手ではない。
 あの時点での柴田のところ、二番ポジションの代わりは松浦か高橋。
 緊急避難的に石川や後藤を上にスライドさせて里田を投入、くらいのことまでは視野を広げて考えたつもりだった。
 その中からの選択が松浦。
 瞬間的な判断、ではなくて、さすがに柴田がファウル四つになったところでそれくらいまでは考えていた。

 福田という選択は視野にまったく入っていなかった。
843 :第九部 :2011/11/19(土) 23:39
 福田に出来るのは一番ポジションだけ。
 そういう意味でつぶしが利かない。
 あの時点では藤本がダメになった場合だけの選択肢、という発想しかない。
 しかし、ああいう限定的なシチュエーションでは福田でも良かったんじゃなかろうか。

 柴田と比べれば大分身長は低い。
 しかし、マッチアップで付く優子と比べれば、もちろん低いは低いがそれほど大きな差ではない。
 求めているのは前からのディフェンスでボールを運ばせないことであってオフェンス面はほぼ関係ない。
 極端な話し、セットオフェンスを組むことを想定していないし、もし組むことになったとしても藤本石川後藤で何とかすれば良い。
 ああいう場面で投入されてやるべきことは何なのか?
 そういうことを間違える人間では福田はないだろう。
 バスケットボールというものの理解度はこのチームの中でも随一だ。
 ああいう限定的なシチュエーションであったのだから、ポジションにこだわらず投入すれば良かったのだ。
 吉澤、という存在を脳裏に思い浮かべられたのに、なぜ福田が出てこなかったのか・・・。
844 :第九部 :2011/11/19(土) 23:39
 そういう思いを持ちながら、信田はメンバーたちのウォーミングアップの光景を見ていた。
 一つの問題は、試合に出られないことで気持ちがチームから離れていないか。
 それがある。
 福田の姿からはそれは判断できなかった。
 元々、ベンチにいてもチームを鼓舞するとか、そういうタイプではない。
 腐っているから淡々と、というものでもなかろう。
 いつでもそうなのだ。

 吉澤が脳裏に浮かんだのはその辺のところなんだろうか、と思った。
 明らかに意識して盛り上げ役をやっていた。
 その姿は信田の眼にもはっきり入っている。
 それをアピールと呼ぶのは違うと信田は思うが、でも、チームの中での存在感としてそれははっきりあるのだ。

 だからそれをしない福田が悪い、という問題ではない。
 そういう表層的な部分だけからしか自分が感じ取ることが出来ず、采配ミスをした。
 それがいまの認識だった。

 今日の相手は韓国。
 昨日と同じシチュエーションというのは十分にありえるだろう。
 同じでないにしても競った試合になるのはほぼ間違いない。
 15枚の手持ちの駒をどう生かすかで、自分の未来も変わって来るし、駒たちの未来も変わってくる。
 そう、駒は15枚あるのだ。
 それを忘れずにいようと思う。
845 :第九部 :2011/11/19(土) 23:39
 大会最終日。
 7位決定戦、5位決定戦と終えての3位決定戦。
 決勝の前の試合。
 第三国での日韓戦。
 観客は増えてきていた。
 前座として見るにはちょうど良い。
 ホームでもアウェーでもなく中立。
 CHNはもちろん応援するのだけど、サブで日本の誰それ、韓国の誰それがいい、という見かたをするものも多い。

 アップという顔見せを終え、一旦ベンチに下がり軽いミーティング。
 その後、スターティングメンバーが発表されてコートに上がって行く。
846 :第九部 :2011/11/19(土) 23:40
 チームジャパン スターティングメンバー
 No.4 飯田圭織
 全試合通じてのスタメン。
 最年長、キャプテンとして、時折ボケを交えながらもチームを支えてきた。

 No.6 藤本美貴
 序盤は途中出場、北朝鮮戦以降、重要な試合ではスタメンを掴みその後は一度もベンチに下がること無くチームを引っ張っている。

 No.7 石川梨華
 なんとなくエースナンバーな7番
 出場時間はチーム最長。チーム内得点王。痴漢容疑のある因縁の韓国戦、無罪放免を勝ち取るために負けられない。

 No.10 後藤真希
 迷いながらも続いて行く試合。自身が敗因だと認識している韓国との再戦。
 たまには頑張っちゃおうかな、と思う。みんなのために。

 No.11 柴田あゆみ
 地味ながら全試合スタメンの一翼を担ってきた。
 本当は華があるのに損な役回りを引き受けることが多いが、だからこそ首脳陣からの信頼も得ている。
847 :第九部 :2011/11/19(土) 23:40
 「圭織が一番歓声が小さかった気がする。なんか納得行かない」
 「つーか、誰か観客に石川の本性教えてやれよ。このだらしない女の」
 「なんなのよ。試合前に」

 飯田と藤本が石川に絡んだ。
 緊張感抜けすぎな気もするが、堅くなっているという部分はないようだ。

 一方の韓国代表もスタメンがコールされる。
 ギュリが最初に入ってきて、初戦と同じメンバーかと思ったら一人違った。
 ソニン。
 強行日程をこなしたジヨンをスタメンから外してソニンを入れてきた。

 「ヨロシク」

 センターサークルに両者並ぶと、ギュリが一歩出て日本語で握手を求める。
 飯田がそれに答えた。

 「今度は勝つ」
 「マケナイヨ」

 韓国はチーム内の争いも熾烈だ。
 日本相手に二戦二勝となれば、台湾相手に負けたメンバーと国内での扱いには大きな差が出来る。

 勝てば天国負ければ地獄。
 三位決定戦の舞台が幕を開けた。
848 :第九部 :2011/11/27(日) 00:01
 ここでスタメンが巡ってくるとはソニンは思っていなかった。
 ここまで全試合途中出場。
 逆に、全試合出ているのはソニンだけでもある。

 今日もそういう扱いだろうと思っていた。
 スタメン発表の時、いきなりである。
 何の前触れもなかった。
 大学受験で一旦帰国とか意味不明だもんな、とは思う。
 でも、それでも、メンバー固定で戦ってきたチームにいきなり放り込まれる。
 途中交代は慣れっこだが、スタメンというのは想定外だった。

 日本戦だからかな、と思った。
 初戦、自分はそれなりの結果は出したと思っている。
 マッチアップは後藤真希だった。
 他のフロアメンバーについての情報は豊富に持っていた。
 しかし、後藤に関しては直接対戦したこともないし、強いチームにいるわけでもないので知識がなかった。
 せいぜい、弟は最初からいない、という自分の人生にはまったく関係ないことを知っていたくらいだ。

 その後藤真希が今日もマッチアップの相手である。
849 :第九部 :2011/11/27(日) 00:02
 初戦と日本代表のスタメンも違っているが、途中の構成ではこういう場面もあった。
 韓国サイドとしても誰に誰を付けるかは迷い無く決めることが出来ている。
 藤本-ギュリ 柴田-スンヨン 石川-ハラ 後藤-ソニン 飯田-ニコル
 初戦は似たような身長に戸惑って、ポジション判別が付かずマッチアップに悩んでいた日本代表も、再戦となる今日は当然のように役割は分かっていて、そこに混乱はなかった。
 後藤も、迷い無くソニンをマッチアップとして認識している。

 マッチアップをそれぞれ捕まえてみて、よく初戦に勝てたな、とソニンはいまさらながらに思った。
 個人の能力の単純な足し算なら多分日本のが上だ。
 勝てたのは、チームとしての熟成度と、高さを中心に優位点で戦ったことと、自分たちは韓国であり相手が日本であるという意識、このあたりが理由だろうか。
 自分には後藤真希相手にチームとしての熟成度は関係ないし、高さは変わらない。
 ただ、自分は韓国代表の一員であり、日本代表は敵だった。
 そして、自分とは、存在しない何かを挟んで向かい合うような位置に入るような気がする後藤真希という人間には負けてはいけないと思った。
850 :第九部 :2011/11/27(日) 00:03
 立ち上がり、じっくり攻める韓国と、早い展開を目指す日本という構図になった。
 韓国代表のスタメンが告げられたのは今朝だ。
 昨日の台湾戦の負けは別のチームが負けたもの。
 ソニン以外の四人プラスジヨンの意識はそれに近いものだ。
 そういう意味で敗戦のショックはあまりない。
 ジヨンも含めた六人で簡単なミーティングを昼食後に持った。
 高さを生かすべきだろう、というのが共通認識だった。
 高さ、途中どこかでは入るであろうジヨンやインサイドのソニンやニコル。
 そういうことではなくて、外だけど高さがあってミスマッチになるだろうギュリを中心にしよう、という意思統一。
 ギュリ自身がポイントガードであるが、ゲームコントロールをしつつ、自分が中に入ってボールを受けて勝負する。
 それを前提とした組み立てをしようというもの。

 うまく行かなかった。
 藤本がうまくついている。
 中に入られる場面では前を抑えて裏はインサイドのプレイヤーがカバーする。
 滝川山の手のキャプテン。
 ディフェンス能力は日本一、というのと同じ意味かもしれない。
 身長差がある相手の抑え方も頭に入っているし自然に体は動くのだろう。
 それに、試合前からこれくらいのことは想定されていたのだろう。

 韓国が点を取るのは、そのギュリを抑えるために裏をインサイドの後藤や飯田がケアせざるを得ず、そこから離れたソニンやニコルがミドルレンジからシュートを決めるという展開が多い。
851 :第九部 :2011/11/27(日) 00:03
 一方の日本代表のオフェンス。
 早い展開でシュートまで持って行こうと試みていた。
 藤本、柴田、石川。
 前三枚のオフェンスでシュートまで持って行く。
 後藤、飯田が上がるのを待たない。

 ここも昼の時点でそういう意思決定をしていた。
 特に前三人の意思確認。
 藤本が嫌な顔しながらも、柴田が間を繋いで三人で話し合いをした。
 点の取り合い上等。
 そういうスタイルにあまり慣れていない藤本だが、この試合はそれで行くと納得した。
 セットオフェンスにしてじっくり崩すというやりかたではなく、持ちあがって三人ですぐにシュートまで持って行く。
 出来れば三対二、それがダメでも三対三なら勝負してしまおうというもの。
 信田にそういう意向があって、前三人で打ち合わせの時間を持って具現化する。

 結構うまく行った。
 三対三になる場合はシュートまで無理に持って行ってもあまり確率が高くないが、三対二の形に出来ることがかなりある。
 また、二対二でも良い形でシュートまで持っていけている。
 前三人の切り替えの意識の高さが効いているのと、柴田、石川のシュートも当たっていた。
 藤本プラス一枚で出来る二対二の場面で決めてくることが出来ている。
 藤本自身は十センチ以上の身長差、見上げるくらいの高さの違いがあるギュリが相手なので、シュートはほとんど脅しにしか使っていない。
852 :第九部 :2011/11/27(日) 00:03
 高さに頼りすぎている。
 ソニンはそう感じていた。
 高さで勝負することばかり考えての動き。
 高さを生かすというのはギュリがスンヨンが、本来出来ることの一部でしかない。
 その一部だけで何とかしようとして、すべてが相手に見通されている。
 そんな状態だ。

 それでも同じ形で勝負。
 ギュリが中に入って藤本が前を抑える。
 藤本の頭上を越えるけれどギュリが取れる高さ。
 そういうボールをニコルが送った。
 ここはギュリの裏、ゴールサイドを日本のディフェンスが押さえられていない。
 通れば簡単なシュート。
 それが分かっていた藤本、強引にそのボールを取ろうとして届かず、結果的にギュリにもたれかかる形になってファウルを取られた。

 韓国代表がここでタイムアウトを取った。
 第一ピリオド七分過ぎ、18-8 日本代表リード。
853 :第九部 :2011/11/27(日) 00:04
 ベンチに戻って最初に言われたことはディフェンスについてだった。
 まずスローダウンさせろ、速攻を出させるな。
 シュートを決めて戻る場合は問題になっていなかった。
 リングを通過して落ちたボールを拾って一旦エンドラインの外に出てから中に入れる。
 シュートが入らなかった場合はリバウンドを取ってすぐにパスが出る。
 この、拾って外へ出るというほんのわずかな時間の違いで速攻の形になって二対二や三対二の形にされているかどうかの違いが生まれている。
 シュートが入らない場合でも、まずピックアップして、特に藤本、柴田を捕まえてすばやい攻めを出させるな、という指示だった。

 オフェンスは、しつこく続けろ、というベンチの指示だった。
 実際に、タイムアウトの場面ではパスが通れば簡単なシュート、そうはならずにファウルをもらえた、という状況だった。
 しつこく続けていれば穴が開く、という見立てだ。
854 :第九部 :2011/11/27(日) 00:04
 「たまには外からも混ぜないの?」

 ソニンがギュリに振った。
 ギュリ、??? という顔をしている。

 「ワンパターン過ぎるから読まれてる。もっといろいろ出来るでしょ」

 ギュリから色よい反応はなかった。
 所詮、仲間内以外の意見は無視なのか、と思った。
 タイムアウトの終わりを告げるブザーが鳴った。
 ベンチに座っていた五人、立ち上がる。
 コートに戻りつつギュリがソニンに言った。

 「デキルヨイロイロ」
 「なんで日本語」
 「ソンノハングルキキトリニクイデス」

 今頃そんなこと言われると思わなかった。
 所詮は付け焼刃の韓国語。
 決してうまくはない自覚はないではない。
 でも、だったら早く言えよ、とも思ったが、思い返してみれば、それほど自分が韓国語を話す場面はなかった。
 浮いているから話さなかったのか、話さないから浮いているのか。
 鶏が先かタマゴが先か。
 そんなことを考えている場面ではなかった。

 「外からも普通にやってみろよ」
 「ソノツモリデス」

 桜華でメンバーに告げるように、普通に日本語で話してみた。
 韓国語で話すより、ギュリの応答は速かった。
855 :第九部 :2011/11/27(日) 00:04
 目論見通りの展開で序盤にリードした。
 早い攻めでどんどん点が入るというのは気分が良いものだ。
 柴田と石川、自分がボールを運んで、フィニッシュにはしっかり攻撃力のある二人を使うというシチュエーション。
 これで点が入って行くのだから楽しくないわけがない。
 堅守速攻は滝川の目指すバスケであるが、堅守はともかく速攻は完成していなかった。
 二対二や三対三の場合はキープをして味方の上がりを待つ。
 それが滝川のやり方だ。
 自分が使う二人が柴田と石川なら、そこで待たずにシュートまで持っていける。

 ディフェンスも相手の顔ぶれからすれば想定の範囲内だった。
 でかい奴にああいう動きをされたときの対処は心得ているつもりだ。
 タイムアウト前のファウルは余計だったけれど。
856 :第九部 :2011/11/27(日) 00:05
 タイムアウト明け。
 どこを変えてくるかと思ったらオフェンスが代わっていた。
 ギュリが中に入ってこない。
 うまく行っていなかったのだから、まあ、そういうこともあるだろうと思う。
 ボールが何本か回った後、十五度くらいの位置に降りているギュリへ。
 中のソニンに入ってまた戻る。
 もう一本中に入った。
 藤本はそれをケアしようと動くと、また戻される。
 今度はギュリがドリブルを突いた。
 突破はさせない。
 そう、前を押さえ込んだらジャンプ。
 ブロックに飛ぶタイミングはそれほど遅れてはいなかった。
 しかし、元々の高さが違う。
 この、長めのジャンプシュートを決められた。

 後藤がエンドにすぐ出てボールを入れようとする。
 藤本にはギュリがついていて入れられなかった。
 柴田へ。
 柴田が持ちあがっていくが相手の戻りが早く速攻という形にはならない。
 味方も上がりきってからのセットオフェンス。
 一旦藤本へ戻す。

 こうやってじっくり構えられるとやっぱりでかいな、と藤本は思った。
 日本ではこういう相手は動きが緩慢で、ボールキープがたやすく抜き去るのも簡単というイメージだ。
 外からのシュートにこだわることさえしなければ高さに怖さを持つ必要はない。
 でも、ギュリは違った。
 きちんと速い。
 壁がそのまま藤本のスピードについてくるようなものだ。
857 :第九部 :2011/11/27(日) 00:05
 藤本は勉強は出来ないがバスケは出来た。
 世界がどうなっているかなんて視野は持っていないが、バスケの世界がどうなっているかは全体を見渡す視野を持っている。
 周りに駒が揃っているのだから、自分がこういう相手と勝負する必要はない、というのは迷い無く判断できた。
 ハイポストに入ってくる石川へ。

 昨日、立ち上がりはともかくとして、麻友友、敦子、といった当たりとマッチアップしていた石川。
 それと比べるとハラにはそれほど怖さを感じなかった。
 感じた怖さは別のところだ。
 痴漢容疑はまだ恨まれているらしい。
 でも、それはそれ。
 能力がパワーアップするわけでもない。

 あがりながらボールを受けてゴールの方へ向き直る。
 シュートフェイクを入れた後、今来た側に戻るようにドリブルを突いた。
 ハラはさっくりかわす。
 ゴール下へ向かうがぴったりソニン。
 前へ出て来たのでそのまま飛ぶと危険。
 バウンドパスを後藤に落とした。
 左零度、後藤は打とうとしたがソニンが動いた時点で逆サイドのニコルがカバーに向かってきていた。
 そのニコルの横をバウンドパスで向こう側へ通す。
 踏み込みながら受けた飯田、バックボードを使ってしっかり決めた。
858 :第九部 :2011/11/27(日) 00:07
 セットオフェンスになっても日本代表はしっかり加点していけた。
 韓国代表もきちんと内と外を使い分けるようになってからは簡単に止めることが出来なくなってきた。
 タイムアウト後、点差は開かず26-16 日本代表十点リードで第一ピリオドを終える。

 第二ピリオド、日本代表は一気に三人入れ替えた。
 柴田、後藤、飯田を外して松浦、里田、村田を入れる。
 懲罰で松浦、高橋は使わない、という考え方もあるにはあったが、チーム事情はそんな余裕を与えてはくれない。
 その二人をまるっきる使わない、という構成にすると、柴田や石川を休ませるためには久住、亀井で繋がなくてはいけなくなる。
 そういう起用をする勇気は信田にはない。

 「頭冷えた?」
 「何のことですか?」
 「引っ叩くならクリーンヒットさせないと」
 「試合中に後輩をいらいらさせるようなこといわないでくださいよ」
 「あそこはクリーンヒットさせてれば美貴もスカッとしたんだけどな」
 「ひどい先輩ですね」

 いじりトークを交わして、まあ今日は今のところ冷静だな、と藤本は判断する。
 やさしさ、否、パス送って大丈夫かどうかの確認。
 昨日の最終盤のような動きをされては困るのだ。
859 :第九部 :2011/11/27(日) 00:08
 第二ピリオドも点の取り合いという展開だった。
 早い攻め上がりの場面では石川に松浦に、しっかり勝負して決める。
 こういうのは松浦にとっても得意分野だ。
 セットオフェンスは石川が中心だった。
 特に今日は当たっている。

 韓国代表は外のシュートは実際にはないのだが、勝負自体は外からしてくることが増えてきた。
 ゴール下まで抜き去ってくるわけではないのだが、二三歩入ってきてのジャンプシュートが、高さの違いで防げないのだ。
 それを無理にブロックに行って、藤本が意味のないファウルをし、カウントワンスローを取られたりしている。
 ファウルするなら止めろ、と信田に怒鳴られていた。
 そんな外を交えつつ、インサイドでソニンが勝負してくる。
 また、ポジションの割りに中が得意なスンヨンも、マッチアップが松浦に代わってからゴール下にもぐりこんでシュートを決めてきていた。
860 :第九部 :2011/11/27(日) 00:08
 一進一退。
 九点リードでの日本代表オフェンス。
 スンヨンのミドルレンジからのシュートのリバウンドを拾った里田。
 すばやく藤本へ送り速攻へ動こうとするが、ギュリに阻まれスローダウンさせられる。
 じっくり上がってセットオフェンス。
 藤本から松浦、松浦から里田。
 ローポスト村田へ入れるが勝負出来ず、降りてきた松浦へ戻す。
 トップの藤本へ。

 藤本、自分で切れ込もうと試みるがギュリに阻まれた。
 ボールを持つと外からハラも挟んでくる。
 ギュリ、ハラと藤本の一対二。
 こういう場面でボールをこぼしたりはしない。
 冷静にパスで外へ逃げた。
 ハラが藤本を挟みに行ったのでフリーな石川。
 シュートの構えにカバーでブロックに飛んできたスンヨンをやり過ごす。
 改めて右四十五度からのスリーポイント。
 打った瞬間手ごたえを感じたシュートはリング中央をしっかりと通過した。
 今日最初のスリーポイント。

 41-29
 日本代表十二点リード
861 :第九部 :2011/12/04(日) 00:02
 韓国ベンチがここでタイムアウトを取った。
 ニコルを下げてジヨンを投入。
 インサイドの高さを増してきた。
 それを見た日本代表は飯田をコートに戻す。
 ついでに松浦を外して柴田も戻した。

 韓国代表のディフェンスが少し変わった。
 基本はマンツーマンのままだったのが、石川にはハラがぴったりと張り付く形になったのだ。
 全体を無視してのぴったりマーク。
 かなりの警戒度である。

 それでも石川は動きの工夫と運動量をそれを振りほどいた。
 周りを無視してのぴったりマークなので、振りほどけるのは一瞬なのだが、その一瞬にしっかりパスが入ってくる。
 藤本がよく見ていた。
 外れた瞬間にパスを出す。
 そうではなくて、石川がこう動くからこう外れる、そこまで見えていてパスが飛ぶ。
 石川が動いた先にボールが飛んできている。

 ただ、やはりそれを繰り返すと石川の負担が大きくなっていく。
 終盤ならまだしも、まだ前半。
 二桁前後のリードを保っているということもあり、信田は一旦石川を下げて休ませた。
 後藤を入れる。
862 :第九部 :2011/12/04(日) 00:02
 後藤が入って韓国代表のディフェンスはノーマルなマンツーマンに戻る。
 じっくり攻める韓国と、早い攻めを望む日本。
 どちらも少し得点力が落ちてきた。
 韓国はせっかく入れたジヨンがあまり効いていない。
 日本は当たっていた石川を下げた分迫力がなくなっている。
 三番に後藤を回すと、セットオフェンスでは支障がなくても、速攻の三対二、三対三でシュートまで、という展開がうまく行かないのだ。
 速攻で走る、というタイプの選手ではない。
 勢い、藤本と柴田で二対一か二対二で持っていくことになるが、それはなかなか簡単に行かない。

 ペースが落ちたところで日本代表がタイムアウト。
 石川インで里田アウト。
 韓国もニコルインのジヨンアウトでどちらもスタメンに戻る。
 そして、機能していたオフェンスが、またしっかり機能しだして、どちらも点を取っていくという流れで進んで前半が終了した。
 51-41
 日本代表のリード。
863 :第九部 :2011/12/04(日) 00:03
「行ける。行けるって」

 ハーフタイムのロッカールーム。
 吉澤が言った。

 「よっちゃんさん、盛り上げてくれるのはありがたいんだけど、ちょっと楽観的過ぎ」
 「なーに、ミキティ、自信ないの?」
 「うるさいよ。おまえ、最後まで持つんだろうな」

 吉澤、藤本、石川。
 三バカ和気藹々である。

 「あたりまえでしょ。休みまでついてるんだよ」
 「ミキティ、いらいらしてない?」
 「あぁ? うん、ちょっとね」

 吉澤には素直に答える藤本である。

 「結構やられてるよねミキティ」
 「ババア、でかいくせに速いんだよ。でかいだけなら大した問題じゃないんだけど」
 「それ初戦のときも言ってたでしょ」
 「速さのが問題?」
 「速さだけならやっぱり大した問題じゃない。組み合わさるから面倒。つーか、ああ、腹立つ。ババア、畜生」
 「どっちか捨てたら?」
 「そんなことしたら負けましたって言ってるようなもんだろ」

 藤本に取ってはプライドの問題になっている。
 ずたずたにやられているわけではないのだが、個人技でやられているという藤本自身が感じる印象が納得行かないのだ。

 「足動かすしかないんだろうな」
 「あと二十分、頼むよ」

 頑張ろうじゃなくて、頼むよ、という表現になってしまうのが、吉澤はすこし自分で情けなかった。
864 :第九部 :2011/12/04(日) 00:03
 後半スタート。
 日本代表は藤本、柴田、石川、後藤、飯田でスタメンに戻した形。
 韓国代表も同じようにスタートに戻していた。

 10点前後の点差が拡がらず縮まらず推移している。
 大きな動きはどちらもなかった。
 基本的な方針は前半の終わりの頃と両チームとも代わっていない。
 韓国代表の方もビハインドを背負っているとはいえ、やっていることは悪くないという判断なようだ。

 早い攻めが基本で、それが出来ない時にセットオフェンスを組む日本代表。
 速攻はなく、基本的にはしっかりまわしたオフェンスでインサイドが中心、だけど時折外から勝負も見せるという韓国代表。
 日本代表がインサイドを固めたり、韓国代表が石川にハラを張り付かせてみたり、それぞれ手をうとうとしているがディフェンス面は功を奏していない。
 どちらもオフェンス優位な展開になっている。
865 :第九部 :2011/12/04(日) 00:03
 外からのジャンプシュートに手が出せない。
 これが藤本の泣き所だった。
 どうあがいても、飛ばれてしまっては手遅れ。
 後はシュートが落ちるのを祈るのみである。
 それを防ぐには十分な体勢でジャンプシュートを打てないような付き方をすることになるのだが、そうなると突破を防ぐのが難しくなる。
 日本にいるレベルのこういう高いガードは、距離を詰めていても抜きに掛かられた時に対応できる程度のスピードでしかなかった。
 ギュリはそういうレベルではなくスピードもしっかり備えている。
 そこが藤本としてやりづらいところになっている。

 ディフェンスで抑えれば一気に走れるというのが見えているだけに、ディフェンスが得意な藤本は何とか抑えたかった。
 その気持ちが出たのか、中から戻ったパスを受けて、ギュリがシュートフェイクを見せたあとのドリブル突破を無理に抑えに行ってファウルを取られてしまう。
 藤本、ファウル三つ目。
866 :第九部 :2011/12/04(日) 00:03
 レフリーのコールがあったところで福田が立ち上がった。

 「光井」

 一声かけてベンチの横に抜ける。
 光井が付いて来た。

 「付き合って」

 まだ後半開始早々でポイントガードがファウル三つ。
 自分はポイントガードの控えである。
 準備をしておくべき。

 迷いのない三段論法。
 今日まで出番がなかったのは十五人の中で自分だけだ。
 大会開幕当初はポイントガードは高橋だった。
 今は藤本。
 藤本がファウルトラブルを起こせば、普通は以前のスタメンガードに切り替えるところ。

 でも、福田は、ここは自分だと思った。
 信田へのアピール。
 いや、そんなことは考えていない。
 そんなことを考えるくらいなら、試合前のアップの段階でもっと目立つことをしている。
 今日、藤本の替わりに入るとしたら高橋ではなく自分。
 冷静に客観的にそうだろうと思った。
 今日までの高橋の調子、自分の調子。
 懲罰で高橋は出さない、という考え方は松浦が試合に出たことで否定されている。
 それを考えないでも、周りとの柴田や石川との相性や、実戦経験をも考えたとしても、今日、藤本の替わりに入るとしたら高橋ではなくて自分だと思った。
 贔屓目じゃない。
 冷静に客観的に論理的に、行き着く結論だ。
 高橋愛をまた使っても、ゲームを壊してしまうだけだ。
 自分なら、壊さないで引き継いでいける。
867 :第九部 :2011/12/04(日) 00:04
 ハーフタイムにも体はしっかり動かしている。
 いつでも試合に入れる準備はしている。
 今日も出られなかったら中国に来て何もせずに帰ることになる。
 それを思いながらも、いつでも試合に入れるように準備はしていた。
 体は動かせているのでボールに触っておきたい。
 光井を引っ張り出して軽いパスに付き合わせる。

 横目で試合は見ていた。
 体が動かせても試合展開が頭に入っていなければ、コートに上がった時点で浮き上がってしまう。
 出番が来て欲しい、とは思わないようにした。
 ただ準備をし、ただ状況を見つめる。
 出番が来るということは藤本がもう一つファウルを犯すということ。
 ポイントガードをファウルトラブルで下げざるを得ないというのはチームの危機だ。
 それを願う人間がそのチームで試合になど出てはいけない。
 控えの駒として準備を続ける。
 こういう形では出番が来ない方がチームのためなのだ。
868 :第九部 :2011/12/04(日) 00:04
 韓国オフェンスは、特別藤本のところを突いて来るという攻め方はしてこなかった。
 ソニンのところが一番の攻め手になっている。
 一年前、インターハイで当たったときと比べて全然印象が違うな、と福田は思った。
 あの時はあの時で十分すごかったが、今ははるかにパワーアップしている。
 パワー、比喩でも無く、本当に力そのものも増しているし、能力という意味でも増している。
 後藤が押されていた。
 ゴール下の押し合いでも押し込まれているし、ボールを持ってからの踏み込みという部分でも止めきれていない。
 心理的に押されているというような初戦の時に感じた部分は見られないが、総合的に少し負けているように見えた。

 日本代表のオフェンスは石川が中心だった。
 今日の石川さんはいつでもどこでも第一の選択肢だな、と福田は思う。
 第二ピリオドの途中からハラがフェイスガードでぴったり付いているはずなのに、簡単に隙を作ってパスを受けてシュートまで持って行く。
 いや、隙を作っているのは簡単なのではないんだろうと思う。
 それほど余裕のある状態ではないところでもぴったりのタイミングでパスが入ってくる。
 そこにぴったり入れられる藤本さんの方がすごいのだろうか。
 そして、自分が替わりに入ったらそれを引き継がなくてはいけないのだ。
869 :第九部 :2011/12/04(日) 00:05
 前後に振ってハラをほどいてゴール下に飛び込んだ石川へパスが入りアリウープの形でシュートを決める。
 韓国代表はローポストでボールを受けたソニンが、ごりごりのインサイド勝負でゴール下のシュートを決めた。
 日本代表は早いオフェンス、エンドから飯田が長めのパスを藤本へ入れてさらに石川へ、一気にゴール下まで持って行きスンヨンまでひきつけてから柴田へ送りジャンプシュートを決める。

 韓国代表はゆっくり持ち上がってきた。
 セットオフェンスでボールを回す。
 その中でエンドに近いところでの横断パスを後藤がカットした。
 すぐに藤本へ送る。
 藤本は一人で持ちあがった。
 ギュリとの一対一。
 右サイドから、チェンジオブペースから片で振って片で振って結局一度も切り返さずにゴール下まで。
 藤本はスピード勝負からのレイアップシュートを選択した。
 ストップジャンプシュートなら許す、という判断で突進だけは防ぐという選択をしたギュリ。
 藤本が正面から当たって行く形になった。
 シュートが決まって笛が鳴る。
 レフリーが二人に駆け寄っていきどちらかを指差した。
870 :第九部 :2011/12/04(日) 00:05
 福田は光井から受けたボールを持ったまま判定の行方を見ていた。
 チャージング。
 そう福田には見えた。
 ギュリの方が先にコースにしっかり入っていた。
 藤本の方がファウル。

 レフリーはその通りの動きをした。
 藤本を指差し、手を上げるように促してからテーブルオフィシャルのところに向かい、白六番、藤本のファウルをコールした。

 「福田!」

 信田が福田を呼んだ。
 ベンチメンバーの視線がすべて福田に集まる。
 福田は持っていたボールを光井に預ける。
 それから歩きながら上着を脱いだ。
 脱いだ上着は亀井に渡し、小走りで信田コーチの元へ走る。
 その間にブザーも鳴っていた。

 「藤本と交代。基本方針は変えないけどセットになってからの組み立てとかは自由にやって良いから」
 「はい」
 「自信持ってやれ。ここまで試合に出してないから向こうにおまえのイメージがないはずだ」
 「はい」

 信田が福田の背中を叩いて送り出す。
 藤本は誰に言われるまでも無く福田が信田に呼ばれたところでベンチの方に歩いてきていた。
871 :第九部 :2011/12/04(日) 00:06
 「あいつ、でかいけど早いから。ただのでかい奴だとは思わない方がいい」
 「分かってます」
 「後は任せるよ。頑張ってもいいけど私の出番が残ってるくらいにしといてよ」
 「それは約束できません」
 「それくらいの気持ちでやってきな」

 藤本が右手を出したので、ぱちんと叩いた。
 後の四人のところに入って行く。
 もう一度ブザーが鳴った。
 ベンチの方を見ると、松浦が準備していた。
 入ってくる。
 石川を指差していた。

 「私?」

 納得行かない顔をして石川が出て行く。
 福田はベンチの信田の方を見た。

 子ども扱いされている。
 そう感じた。
 試合慣れしていない自分のために保護者をコートに上げた。
 そう、見える。
 柴田、石川、後藤、飯田。
 こう、四人並べると、福田のチームメイトはいない。
 それで松浦も投入。
 柴田さんじゃなくて石川さんの方を替えたのは、たぶん、柴田さんの方がガードにあわせてくれるからだろうと思った。
 石川さんのが徹底マークされていて、そこにパスを入れるにはガードの側がしっかりあわせるしかない。
872 :第九部 :2011/12/04(日) 00:06
 「基本線はそのままって指示でした。セットの時の組み立ては任せるってことでしたけど特に変わったことをするつもりはありません。ディフェンスは、速さで負ける気はないですけど、頭の上がすかすかなのは理解して後ろにいてください」
 「ギュリが中に入ってきたら?」
 「なるべく前押さえます。藤本さんとそんなに違うことをするつもりはないです。裏のカバーはお願いするしかないです」

 ベンチからの指示と自分が何をするかの連絡。
 タイムアウトではないのであまり時間はないが、なんとなくこういう間が認められている。
 福田に遅れて入ってきた松浦が言った。

 「切り札二枚投入だから一気に勝負を決めちゃおう」

 保護者気取りで前向きなコメントか?
 違う、多分、松は本気で言っている。

 ベンチの思惑なんかどうでもいい。
 自分は今コートの上にいて、目の前の相手を打ち破ればいいのだ。

 メンバーたちは散っていき、各マッチアップを捕まえる。
 レフリーが早くしろよ、という風に見えているがそれを無視して福田はしゃがみこんだ。
 バッシュの紐に手を伸ばす。

 コートに入るのに紐が緩んでいるなどというほど準備がおろそかなわけがない。
 ただ、それを締めなおすことでもう一度少し間が欲しかった。

 自分の役割は、残り三分くらいまでを繋ぐこと。
 四十分コートの上にいるときとは違う役割がある。
 そして、時間が短い分違う動き方も出来るはずだ。

 紐を結びなおして立ち上がる。
 ギュリに歩み寄った。

 第三ピリオド四分十五秒。
 63-51
 日本代表リード。
873 :第九部 :2011/12/10(土) 23:55
 日本のポイントガードのメンバーチェンジ。
 ソニンはそれを遠目に見ていた。
 入ってきたのは福田明日香。
 グループリーグなら高橋愛が出て来たところだ。

 「アノコ ダレ?」

 ギュリが聞いてきた。
 初戦では立ち上がりで高橋愛を簡単に蹴散らした。
 藤本美貴にはそれなりにてこづっていたが、この時間帯でファウル四つに追い込んだというのは今の時点では勝ちと言っていいだろう。
 あとは初登場の小さい子を抑えれば、チームとしての勝負は別としても、ポイントガードギュリは日本相手に完全勝利である。
874 :第九部 :2011/12/10(土) 23:55
 「ホケツ?」
 「舐めてかからないほうがいい」
 「ソウナノデスカ?」
 「舐めてかからないほうがいい」
 「ワカリマシタ」

 どうして、という具体的な説明をソニンはしなかった。
 藤本と比べてどうか。
 それを簡単に説明する言葉を持っていない。

 ソニンにとって福田のイメージは、弱小チームのスーパーポイントガードだった。
 去年のインターハイ、自らが対戦して百点ゲームで勝っている。
 初出場の弱小チームだった。
 ソニンにとってはどうということのない相手だったが、ガード陣は一年生にてこづっていた。
 最後はばててしまって足も動かずただの人であったが、そこに至るまでの技量面では唯一自分たちに抵抗出来ていたのが福田明日香、という印象である。

 今年も対戦はないが見てはいる。
 多分、最大の弱点は体力。
 しかし、今日、この時間からの登場ならそれは多分関係ない。
 高橋愛と比べてどちらが上、というのは判断しきれないけれど、安定感ははっきりと福田の方があると思った。
 ホケツ、という言葉が似合う相手ではないのは確かだろうと思った。
875 :第九部 :2011/12/10(土) 23:56
 韓国エンドで韓国ボールでのゲーム再開。
 福田はスリークォーターのあたりからギュリについていた。
 ハーフコートだけでなく前でもある程度プレッシャーをかけるという意思。
 藤本と同じやり方だ。
 体力的には完全なハーフコートのディフェンスより消費することになるが、四十分フルで考える必要がない立場ならそれほど気にすることもないのだろう。

 ギュリはエンドからボールを受けて福田を相手にしてボールを運んだ。
 エンドから入れたハラに戻せばフリーでボールが運べる状態だったが、福田に対する瀬踏みだろうか、自分で運ぶことを選んだ。
 福田もそれを無理にさえぎることはしないし、ちょっかいを出すということもない。
 足を動かして付いて行く。

 ソニンがハイポストに上がった。
 ボールを運んだギュリが簡単に入れる。
 ソニン、ターンしてゴールへ向き直る。
 後藤はディフェンスを構えて待っている。
 シュートフェイクを見せたが微妙な反応を示すだけで隙は出来ない。
 右零度、大きく外に開いたニコルに送った。
 ニコルから上のスンヨンへ。
 スンヨンからゆっくり上がってきたハラ、ボールを受けて急加速。
 不意を突かれた松浦がさっくりかわされる。
 ゴールへ直進、というところを後藤が抑えに入るが、自動的にソニンが空く。
 バウンドパス入れてソニンが踏み込んで、ゴール下のシュートを決めた。
876 :第九部 :2011/12/10(土) 23:56
 リングを通過して落ちてきたボールを後藤がすばやく拾ってエンドへ出た。
 手を上げて呼んだ福田へ。
 早い動き、早い攻め。
 ギュリが付いているがそのまま自分で持ちあがって行く。
 周りのリアクションが遅れ目。
 いきなりの福田とギュリの一対一。

 中央へ向かって行くがギュリも対応している。
 スピードだけでは抜ききれないと福田がバックチェンジで右へ持ち替えた。
 ギュリも切り替えす。
 やはり抜ききれない。
 スリーポイントライン当たりで止まる、と見せかけての再加速。
 止まる、へも反応したが、再加速にも反応したギュリを振り切れない。
 ゴール下まで。
 駆け込んでそのままレイアップへ行く体勢だが身長差もあり素直に行ったら叩かれる。
 飛ばずにボールを持って、やり過ごしてのシュートを狙おうとしたがギュリもとどまる。
 ゴール下、ボールを持った福田を高さの圧力でギュリが押しつぶそうとする。
 続いて上がってきた柴田へ福田はボールを戻す。
 柴田から松浦へ。
 松浦、スリーポイントの構えだがハラがチェックに入るとドリブルでゴール下へ向けて突っ込む。
 読まれている、抜ききれない。

 外にはけていた福田へ送る。
 福田から上にまだいる後藤へ。
 後藤はハイポストでハラを背負っている松浦へ入れた。
 今度こそ自分で勝負、と松浦ターン。
 ターンはしたが、松浦のターンではなかったらしく、ハラにボールを叩かれてしまった。
 こぼれたボールはギュリが拾う。
877 :第九部 :2011/12/10(土) 23:56
 今度はギュリが自分で持ちあがった。
 さっきと逆の一対一。
 ギュリが福田を抜き去ろうとするが付いて行く。
 ついては行くがコースを抑えきることは出来ない。
 両翼、ソニン、ニコルが戻っていなかった分上がりが早くすでに揃っているが、ギュリは自分の一対一を選んだ。
 こちらは小細工なし。
 バックチェンジもチェンジオブペースも何も見せずにスピード勝負でゴールに突っ込んで行く。
 徐々に徐々にコースを塞ぐ位置に入れそうになって行く福田。
 しかし、それよりもゴールが近づく方が早かった。
 ギュリが駆け込んでレイアップシュート。
 この、手を伸ばしたところで福田が手の上のボールを弾き飛ばした。
 飛ばされたボールはそのままエンドはるかへ転がって行った。

 レイアップではなくて高さを生かしてリリースポイントが頭の上になるタイプのシュートをすれば防ぎようのなかったところ。
 結果として、福田とギュリの第一回戦はドローである。
878 :第九部 :2011/12/10(土) 23:57
 福田と松浦の投入で流れが少し変わって行った。
 ここまではノーガードの殴り合い、いや、ガードを打ち抜く殴り合い、という様相だった。
 二人の投入でガードがパンチを止める殴り合いになってきている。

 藤本石川から福田松浦に変わったことで、日本代表の攻撃力がはっきりと落ちていた。
 韓国代表がディフェンスを特別替えたというわけではない。
 強いて言えば、フェイスガードで石川につけていたハラが、松浦相手になって普通のハーフコートマンツーマンに移行したくらいだ。
 早い攻め、速攻で上がって行って三対三までは持っていけるのだが、そこから決定打、選択率の高いシュートまで持って行くことが出来ない。

 韓国代表も得点力が落ちていた。
 流れ、というものなのだろうか。
 それこそ、福田松浦に変わったからといって日本代表の防御力が上がったというわけではない。
 しかし、セットオフェンスで崩すことが出来ない。
 ギュリも、福田を翻弄する、ということは出来ていなかった。
 福田のディフェンスはいつになく激しい。
 必要体力は十分から長くても十五分と設定した動きで、ディフェンスの強い藤本と同じ水準を保とうとしている。
879 :第九部 :2011/12/10(土) 23:57
 膠着した中でどちらへ流れが傾くか。
 韓国へ傾けば一気に迫ってくるし、日本に傾けばほぼゲームの決着をつけられる。

 福田が持ち上がり柴田へ落とす。
 柴田から零度、外に開いた飯田へ。
 飯田が勝負できる位置ではない。
 インサイド、後藤が入って来ようとしたがソニンに抑えられて入れられない。
 上、福田へ戻す。

 福田は斜めに横断パス、逆の零度にいる松浦へ通そうとする。
 頭上を抜こうとしたパスはギュリが左手に当てる。
 こぼれたボール、両者取りに向かうがわずかに福田が早かった。
 ボールに右手で触れ、そのままバックチェンジの格好で左に持ち代える。
 広いに前へ動いたギュリを結果的に抜き去る形。
 左六十度の位置からゴールへ。
 カバーにはソニン。
 ゴール左側、フリーになった後藤へバウンドパスを通す。
 逆サイドからハラがカバー。
 後藤はゴール下を挟んだ向こう側、ハラが離れて空いた松浦へパスを送った。
 ノーマーク。
 スンヨンが上からカバーに来るが間に合わない。
 フリーでジャンプシュートを放った。

 このシュートが、力が入ったのか長くなった。
 リング向こう側に当たって落ちる。
 リバウンドはニコルが拾った。
 すばやくギュリへ。
880 :第九部 :2011/12/10(土) 23:57
 福田はすぐにギュリを捕まえた。
 周りの上がりはそれほど早くない。
 ギュリにワンオンワンからゴール下まで持ち込まれるのを抑えれば、速攻は止められる。
 チェンジオブペースで振り払おうと試みたが福田は対応した。
 サイドライン側へ追い込まれるのを嫌いギュリはバックターンして左に持ちかえ中央側へ向かおうとする。
 福田はコースをしっかり抑えていた。
 ゴールに向かうコースは空いていない。

 サイドのエンド、隅の方へギュリは降りて行く。
 それは福田は許容した。
 ギュリはドリブルを止めない。
 福田は抜かれるのだけは許さない、という構え。
 周りは上がってきたが、すべて日本のディフェンスが捕まえていた。
 ギュリはゆっくり上に上がって行く。
 一番最後に上がってきたソニンへボールを送り、ソニンはギュリにボールを戻した。

 福田の頭の上。
 ここはどうにもならない。
 そのどうにもならないところを通してギュリがニコルへボールを入れる。
 ニコルがターンすると飯田、構えている。
 外に開いたソニンへボールを送った。
881 :第九部 :2011/12/10(土) 23:58
 勝負はない位置。
 後藤はそう思っていた。
 そこへソニンが勝負を仕掛けてくる。
 ディフェンスが一瞬反応が遅れた。
 それでもソニンもこういう動きは得意ではない。
 後藤も何とか前を押さえようとしたが、まだ距離のあるところでソニンがジャンプした。
 初動に遅れたところから慌てていた後藤、条件反射で遅れていてもブロックに飛ぶ。
 抑える、その意識が強い分、後藤はソニンに近づく角度でジャンプしていた。
 ソニンのシュートがリリースされたわずかに後、後藤が接触する。
 接触はシュートに影響を与えることが出来ず、ボールはリングを通過し、それでいながら接触は接触であったためレフリーの笛が鳴った。
 バスケットカウントワンスロー。

 いらだたしげに後藤が両手で自分の太ももを叩く。
 日本ベンチがタイムアウトを取った。
 70-60 日本リード。
882 :第九部 :2011/12/10(土) 23:58
 「後藤。落ち着いて」
 「分かってる」

 最初に声を掛けたのは飯田だった。

 「一本一本気にしてたら身が持たないよ。点が入るゲームなんだから」

 ファウルは余計だった。
 しかし、一本決められたことくらいはたいしたことではない。
 2-1で勝負が決まるサッカーのようなゲームとは違うのだ。
 五十点六十点、果ては百点入るのがバスケットボール。
 一本一本ひきづっていたら気持ちが持たない。
 特に今日はハイスコアな展開になっている。

 信田からは早い攻めの時は確率が高いと自信がもてないときは打たずにセットオフェンスへ移行すること、ディフェンスは外からは打たせてもいいので突破されないようにすること、相手のポジションに関係なく外から突破はある、という全体で構えること、あたりの指示が出ている。

 「松、三対三になったとき、無理にシュートに行きすぎだと思う」
 「無理じゃないよ」
 「二十四秒ならしかたないけど、速攻で上がったところでは無理する必要はないよ。もう一回組み立てれば良いだけなんだから。速攻出して流れ作りたいのはわかるけど」
 「積極性はいいと思うけどね。でも、結果的に入ってないから。ちょっと力入ってない?」

 福田と松浦のやりとりに柴田が入ってきた。
 二人にとって、こういう部分で意見を挟んでくる先輩、というのは身近にあまりいない。
883 :第九部 :2011/12/10(土) 23:58
 「持ち上がるときドリブルで持って行っちゃうこと多いけど、パスのが早いよね。その辺は私がしっかり早く上がらないと選択肢にならないからいけないんだけど。上がった時に人数は三対三でも、パスで繋いでの早い上がりだと崩れた三対二でフリーでシュートって形にも出来たりするんだから、それも意識した方がいいよ。二人には二人のスタイルもあるんだろうけど、私も仲間に入れてよね」
 「そうですね。はい」

 一番と三番が速攻についてトークしていて、二番が仲間はずれはいただけない。
 柴田は藤本にも合わせてきたが、福田にも自分の方から出来るだけは合わせようとしている。
 ただ、どうしても長く一緒にやっている福田-松浦のラインのような以心伝心はないだろう、というのはやるまでも無くわかっていた。

 「このままくらいで頼むよ。あんまり点差拡げずに。美貴に楽しみ残しておいてよ」
 「明日香ちゃんと私が入ったんだから、さっさとゲーム決めてきちゃいますって」
 「亜弥ちゃんはシュート外しすぎ。それはシュートが下手なんじゃなくてシュート打つ場面じゃないところで打ってるのが多すぎる。それでリズム悪くなってフリーでまで外すんだよ。全体をもっと考えな。福田明日香。言うまでもないけど、あのババアはでかいから自分でシュートって選択はよっぽどじゃないとありえないからね」
 「分かってます」
 「ただ、あるとしたらスリーだと思う。早いモーションで打たないとそれも難しいかもしれないけど」
 「突破は警戒してるけど、そこはあんまり気にされてないですね確かに」
 「まあ、一本くらい決めてもいいけど、あんまり点差は拡げないでよ。ていうかむしろ五点差くらいに縮まって美貴登場ってのがいいんだよね」

 この人は、自分にプレッシャーを与えないためにそういう言い方をしているのか、本気で言っているのか、福田には区別が付かなかった。
884 :第九部 :2011/12/10(土) 23:59
 第三ピリオド終盤。
 ソニンがフリースロー一本を決めて九点差。
 次のオフェンスは、福田はゆっくりと持ち上がった。
 セットオフェンスの形。
 パスをまわして動きながら崩す、ということを当然意識していたのだがここは二十四秒ぎりぎりまでシュートに持っていけない。
 最後は時間がないところでしかたくな打った松浦のシュートがブロックされる。
 速攻を喰いそうな場面であったが、福田、柴田がしっかり戻り、松浦もボールを持ったハラをスローダウンさせてそこは事なきを得る。
 しかし、韓国のセットオフェンス。
 久しぶりに中に入ってきたギュリに福田がきれいに背負われて、身長差も加わってなす術なし。
 簡単なゴール下のシュートを決められて七点差。
 日本は飯田がローポストから勝負して一本押し戻すが、韓国代表はハラがミドルレンジからジャンプシュートを決めて七点差に詰めてきた、というところで第三ピリオドが終わった。

 「石川、里田、入れ。松浦、後藤アウト」

 信田がメンバーチェンジを命じる。
 石川をコートに戻す。
 福田に、初めて試合に出るという戸惑いや遠慮のようなものは見られなかった。
 石川とあうかどうか、それはやってみないと怪しい部分はあるが、得点力を増したかった。
 その為には駒単位で考えれば松浦より石川になる。
 後藤と里田。
 ソニンを抑えたい、ということだけを考えた場合、ディフェンス型の里田の方をここで入れようと信田は思った。
 外で点を取り、中はディフェンスを固める。
 そういう人の選択だった。
885 :第九部 :2011/12/18(日) 00:38
 最終ピリオドに入る。
 福田、柴田、石川、里田、飯田。
 すげえわ、やっぱ、こいつ、と吉澤は福田を見ていて素直に思った。

 市井には頭が上がらないし、あやかにはいろいろな部分で頼ってばかりだし、点を取るのは自分よりも松浦だし。
 そういう自己認識の吉澤は、インターハイで上位に上がってくるレベルのチームのキャプテンとしては、周りのメンバーへのリスペクト度合いが極めて高い。
 そんな吉澤にとっても、福田は特別だった。
 お友達になりたいか、仲良くしたいか、と問われたら、それはそうでもないと答えるだろう。
 とっつきやすいタイプではないし、言うこと聞かないし、生意気だし、チームを統率する立場としてもやりにくいはやりにくい。
 ただ、言っていることの正しさ度は、同じく言うことを聞かない松浦の比ではない。
 真っ正直に主張してくる福田にやり込められて、むっとする思いを抱く経験は一度や二度ではないが、それだからこそ、福田のことは認めていた。

 そんな福田が初めて見せた、悩み苦しんでいる姿。
 自分の方が先に試合に使ってもらった。
 そんな優越感を持つことが出来る場面ではあったが、とてもそんなことは頭に浮かばなかった。
 なんで福田が出られないんだ、とだけ思う。
886 :第九部 :2011/12/18(日) 00:38
 ミキティがすごいのは認める。
 でも、それでも、つなぎでも何でも使う場面はあったんじゃないかと思った。
 可哀想、なんてことを思ったわけではない。
 ただ、不思議だっただけだ。
 あの福田が試合に出られない、という状況が。

 どうしてやるのがいいのか、吉澤にはよくわからなかった。
 少なくとも、プレイ面のアドバイスをしてやる、なんてことはできない。
 話を聞いてやる、なんてのも自分では役に不足だろう。
 黙って見ているしか出来なかった。

 腐るかな、と思った。
 腐ってしまうようなら、何か声を掛けてやるべきだろうと思っていた。
 だけど、そうは見えなかった。
 悩んで苦しみながらも、しっかりと試合を見据えているように見えた。
 試合に出る自分の姿が頭の中にはっきり描かれているように見えた。
 そうじゃなければ、ハーフタイムにあんなに食い入るようにスコアブックに目を通したりはしないだろう。

 それでもぶっつけ本番の途中出場は難しいもの。
 その難しさをものともせず、周りのレベルになんの遜色も無く、しっかりとゲームに入っている。
 言うこと聞かないし、生意気だし、可愛くないむかつく後輩だけど、でも、すごいわ、やっぱ、こいつ、と吉澤は思った。
887 :第九部 :2011/12/18(日) 00:38
 そんな吉澤の方を見向きもしない福田。
 メンバーが代わってゲームプランに悩んでいた。
 石川が入ると韓国ディフェンスは石川にフェイスガードをつけてくる。
 うっとうしいな、と思った。
 石川との合わせなんてものはこれまでしっかりと練習してきていない。
 ぴったり付かれても、ボールを入れる一瞬の隙なんてものは石川なら作れるが、そのタイミングで福田は入れる自信がない。
 石川の動きの感覚がコートの上にいて今一つ分からない。
 理屈ではなく、肌感覚で感じるもの。
 それがまだ感じられない。
 同じ付き方を松浦がされてもボールを入れられるだろうと思う。
 それは、松浦と石川の問題ではない、自分の問題だ。

 ただ、スペースは広くなった。
 石川が外に開いてもハラはぴったりと付く形なので、中の二人の自由度は大きくなっている。
 使うならこっちだろうと思った。
 石川梨華は、今の自分では使いこなせない。
888 :第九部 :2011/12/18(日) 00:39
 第四ピリオドは日本ボールで始まる。

 ハーフライン上からボールを入れてのセットオフェンス。
 柴田が入れて福田が受ける。
 石川にはやはりハラがぴったりマーク。

 福田はハイポストに入ってきた飯田へ入れる。
 飯田から右サイド開いた柴田へ。
 柴田はトップの福田へ戻す。
 福田はそのボールにミートしてドリブル突破をはかった。
 ギュリ、ついていくが前は押さえられない。
 ゴール下から里田が外に捌けて、ソニンは里田と福田を両睨みの位置。
 福田はいけるところまで中に入り込んでから里田へ捌いた。
 里田、そのままジャンプシュート。
 これは、ソニンの射程内だった。
 ブロックショットに合う。

 ルーズボールは里田の背後へ。
 スンヨンが確保する。
 時間が掛かっていて日本のディフェンスは戻っている。
 韓国のセットオフェンス。
 最終ピリオド立ち上がり。
 差が開いて始まるか縮まって始まるか。
 大事なこの場面、韓国代表はソニンの一対一、というシンプルな選択をしてきた。
 ゴール下、里田を相手に踏み込んで行ってのシュート。
 ぎりぎりの場面で里田はファウルのためらいを感じて手を出し切れず、ソニンのシュートが決まる。
 シュート二本圏内の五点差になった。
889 :第九部 :2011/12/18(日) 00:39
 せっかく投入した石川を生かせない日本代表。
 それでも一気にひっくり返される、という展開にはされずに持ちこたえていた。
 インサイドは飯田。
 そんなに難しいパスは必要なかった。
 入れてやれば良い。
 ソニンが離れた位置にいて、一対一だけ考えれば良い状態で飯田がボールを持てば後は何とかなる。

 外は柴田。
 今大会要所で決めてきている柴田のスリーポイントは韓国にも警戒されていた。
 シューターとして危険なのは、松浦よりも高橋よりも柴田。
 それが今大会での日本チーム評だ。
 それを頭に入れて、時折素振りを見せてのカットイン。
 一人かわせば比較的中は広い。
 ゴール下からカバーが来ても、三対二のこの状態からパス一本二本でしっかりシュートまで持っていけるし、カバーが遅れれば自分でシュートである。
890 :第九部 :2011/12/18(日) 00:39
 五点差から七点差、というのが一つの分水嶺になっていた。
 その往復からどちらへ転がって行くのか。
 柴田から受けた飯田のゴール下で七点差。
 ギュリがミドルレンジからのジャンプシュートで五点差。
 福田-飯田のラインで七点差。
 ソニンのゴール下で五点差。
 柴田がスンヨンからファウルを受けて得たフリースロー二本を決めて七点差。
 ギュリからニコルへキラーパスが飛んで五点差。

 間にシュートまで持っていけなかったり、シュートが入らなかったりというのもいくつもあるが、得点推移だけ取り出せば一進一退、交互に加点と言う流れになっている。

 日本ベンチは里田を下げた。
 後藤投入。
 ディフェンスの強い里田、という形での投入だったがソニンを抑えきれていない。
 一方でオフェンス面ではおとりの役しか担えていなかった。

 石川が機能していないのが日本代表としては苦しい部分だった。
 四対四のオフェンスで打開しているが、この五人ならエースは石川である。
 沈黙したエースを抱えてのゲーム展開は、あまり気持ち良いものではない。
891 :第九部 :2011/12/18(日) 00:40
 「もう少しパス入らないの?」

 タイムアウトを取った日本ベンチ。
 石川が福田に言った。
 第四ピリオド、石川はほとんどボールに触れていない。

 「あれだけしっかり付かれると難しいです。石川さんの問題というより私の問題だと思いますけど。ただ、あれだけぴったり付いてるから他での勝負はしやすくなってます」
 「私はおとりってこと?」
 「今の状態だとそうなります」
 「もっと余裕を作ればパス入れてもらえるの?」
 「それは入れられますけど、でも、今のままのが全体としてはいいとも思います」

 福田だって石川を信用していないということではないのだ。
 ただ、状況として難しいというだけである。

 「飯田」
 「はい」
 「ゴール下支配出来てるからどんどん勝負していけ」
 「はい」
 「石川は今のままでいい。あまりに蚊帳の外だと向こうのディフェンスもじれてくるだろう。そうしたら隙も出てくると思う。今は今のままでいい。多少外でサボってる感じになってもかまわないから中の邪魔はするな。ただ、ディフェンスはサボるな」
 「わかりました」

 信田の指示。
 オフェンス面ではゴール下で勝っていると見た。
 石川は不満顔だが、納得はしている。

 「外からもう少し打って見てもいいと思う。柴田は警戒されてる感じがあるけどチャンスがあれば打ってみる。後藤も福田もな」

 信田と福田。
 合宿当初から福田に与えられた課題だった。
 ガードも自分で勝負しろ。
 福田としては迷いながらもそれを受け入れつつあるというのが今の状態だった。

 「やるよ、福ちゃん」

 コートに戻って行くところ。
 後藤が手を出した。
 福田は何も言わずにぱちんと叩く。
 残り六分、勝負どころ。
892 :第九部 :2011/12/18(日) 00:40
 その、後藤が今ひとつだった。
 ソニンを抑えられない。
 ゴール下でぶつかり合って、パワーなら意外に負けてないという印象だった。
 初戦でぶつかったときはパワーで圧倒されていたはずだが、その辺は後藤の方も一味違っていた。
 問題はポジション取り。
 ソニンの方がうまさがある。
 後藤は経験値の足りなさからか、そういう部分は下手だった。

 ソニンのゴール下が二本続く。
 日本代表も柴田がミドルレンジから決めてきて点差は詰めさせない。
 オフェンス面では後藤が外目からの勝負も好んで出来るので、選択肢は拡がっていた。
 点は取りやすくなるはずなのだが、一方で、選択肢の多さに目移りする、ということも起きている。

 福田は、その、増えた選択肢を使いたかった。
 後藤が外から勝負で一本決めることで、飯田のゴール下支配力も増すはず。
 そういう計算が頭の中で回る。
 その欲がミスを誘った。
 外に開いた後藤へのパスを、狙っていたソニンにスチールされる。

 韓国の珍しい速攻。
 ギュリと福田の一対一。
 持ち上がったギュリ、今度はゴール下まで踏み込まずにジャンプシュートを放った。
 飛ばれると手も足も頭も出ない。
 ボードに当てたシュートはリングを通過する。
 これで三点差。
 スリーポイント一本圏内まで韓国が迫ってくる。
893 :第九部 :2011/12/18(日) 00:40
 福田は軽く後藤に手を上げた。
 申し訳ない、という合図だ。
 後藤は首を横に振る。
 しっかり面を取って外に開いてボールを受ける、その面を取る部分が出来ていなかった。
 後藤は後藤でそういう認識だ。

 福田はベンチを見た。
 まだ藤本は座っている。
 それでも自分の仕事は後一分か二分というところだろうか。
 自分が出ている間に追いつかれるなどという失態は認められない。

 福田がボールを拾ってエンドから自分で入れた。
 柴田が受けてすぐに福田に戻す。
 福田、持ち上がって行くとハーフラインあたりでギュリが捕まえに来る。
894 :第九部 :2011/12/18(日) 00:41
 慌ててはいけない慌ててはいけない慌ててはいけない。
 全体を見通し決断せよ。
 石川にはハラが張り付いたまま、自分にはギュリの巨大な壁、飯田はゴール下、後藤は右零度外に開いている。
 攻め気のない位置、シュートはないという場所でディフェンスの離れている柴田に簡単なパスを送る。
 柴田は上がってきた後藤へ送る。
 ハイポストに入ってきた飯田。
 ふわっと後藤が入れてパスアンドラン。
 飯田が手渡しパス、という狙いだがソニンが間に入って塞ぐ。
 後藤とソニンが横を通過したのと同時に飯田は反対側にターン。
 シュートを狙うがディフェンスの圧力にあい打てる状態ではない。
 トップ、戻ってきた福田へ返す。

 刻まれていく24秒計。
 選択の余地なく福田は自分で勝負した。
 ドリブル突破。
 前を押さえられたのでバックターンで切り返す。
 抜けた、と思ったが今度はソニンの壁があった。
 後藤が空いている。
 しかし、24秒のブザーが鳴る方が早かった。

 日本ベンチはため息。
 三点差、相手のオフェンス。
 追い上げられる立場として苦しい場面になってきた。
895 :第九部 :2011/12/18(日) 00:41
 「展開早く! 持ち上がりも、セットも落ち着きすぎだって!」

 藤本が叫ぶ。
 福田の耳には入っていた。
 時計が止まって一瞬できた間、考える時間が出来る。
 点の取り合いという展開の試合で、ゆっくり持ち上がるというのはペースを変えたい時のやり方だ。
 それを今やることはなかった。
 ゲーム勘が欠けているだろうか。
 そこまで考えて首を横に振る。
 それを今考えてもどうにもなるものではない。

 福田はハーフラインの前からギュリについている。
 韓国は福田を無視してサイドのスンヨンがハラにボールを送った。
 ハラがフロントコートに入る。
 入ってからギュリが受ける。

 ボールは展開される。
 外、外、と回る。
 ギュリがゴール下を通過して反対側へ抜けよう、という姿勢を見せた時、福田はそれに素直に対応しようとしたが、途中で方向転換された。
 ハイポストへ上がる。
 福田は後ろから付いていく形になった。
 ギュリにボールが入る。
 ターンしてゴールに向いたギュリに対して身長差15cmの福田。
 何も出来ずジャンプシュートを見送った。
 リング中央に決まり一点差。
896 :第九部 :2011/12/18(日) 00:42
 藤本がベンチで立ち上がった。
 信田のところに歩み寄る。
 残り四分少々。
 いつ投入でもおかしくない時間帯になってきている。
 信田は藤本に指示を出す、藤本はオフィシャルに声をかけた。

 コートでは福田が持ち上がっていた。
 やるべきことをやる。
 それだけだ。
 持ち上がって柴田へ落とす。
 柴田から飯田へ。
 飯田は福田へ戻した。

 全体を見る。
 左に柴田、ハイポストにいた飯田は下に下りていく。
 後藤は右サイド。
 四対四での構成。
 そう、第四ピリオドはこだわってきた福田だが、ここで石川と視線がぶつかった。
 突然だ。
 石川が次にどう動くのかが分かった。
 無意識でもここまで視界に入っていた石川の動き。
 ディフェンスを相手にした時の癖、体の動かし方とその動きのつながり。
 内に振って外に出る。
 その先にぴったり福田がパスを送った。
897 :第九部 :2011/12/18(日) 00:42
 左手でボールを受け、左足で体を止めて、コースを抑えに飛び出したハラとすれ違うように右手でドリブルを付いて交わす。
 後藤のマークのソニン、ゴール下の飯田と競り合っていたニコル。
 二人が石川を止めに掛かる。
 ソニンは間に合わない。
 ニコルは間に合って正面は塞いだ。
 石川はかまわずジャンプ。
 ニコルもブロックに飛ぶ。
 右手でスナップを効かせて放ったボールは、ニコルをすり抜けバックボードに当たりリングに落ちた。

 着地した石川、右手で人差し指一本掲げる。
 それからディフェンスに戻りながら福田とその右手でタッチを交わした。
 福田はギュリを捕まえるのに前に出てくる。
 三点差。
898 :第九部 :2011/12/18(日) 00:43
 分かった。
 分かったのだ。
 これなら四対四ではなくて五対五で十分行ける。
 石川さんも生かすことが出来る。
 まだ、コートから去りたくない。

 石川の鮮やかなゴールで雰囲気も変わった。
 韓国がいよいよ捕まえる、という空気だったのが、石川というエースが力を発揮して推し戻した。

 「ディフェンス一本!」

 藤本が声を出す。
 ディフェンス一本。

 福田が捕まえているギュリへボールが入る。
 競り合いながらもギュリはボールをしっかり運ぶ。
 フロントコートまで来てスンヨンへ。
 外で展開。
 さっきと同じ狙いがあったようだ。
 中に入れば無力な福田を相手にギュリが勝負。
 しかし、同じ手は喰わなかった。
 今度はしっかり前に入る。

 「裏! 裏カバー!」

 前に入って福田が叫ぶ。
 裏は飯田が抑えている。
 ボールは、飯田から距離をとったニコルに入った。
 ニコルのジャンプシュートが決まる。
 一点差。
899 :第九部 :2011/12/18(日) 00:43
 時計は止まらない。
 福田が持ち上がる。
 もう一度石川で勝負。
 否、それにこだわってはいけない。
 選択肢が増えただけだ。
 こだわってはいけない。
 冷静に。

 後藤へ落とす。
 後藤から柴田へ。
 柴田がシュートの気配を見せるとスンヨンは反応する。
 それを交わして中へ、という選択をするには間が悪く、飯田が入ってきて狭くなっていた。
 福田へ戻す。

 福田はすぐに左サイド石川へ送った。
 さっきと同じ形で右左変わっただけ。
 ハラはボールが石川に渡ることは許容するしかなかった。
 正対しての一対一。
 そういう局面だったがそうはならなかった。
 福田がパスアンドランで走る。
 石川は走った福田へバウンドパスを通した。
 ギュリ、追いすがる。
 福田の方がわずかに早い。
 そのままゴール下まで入り込む。
 ギュリも必死に手を伸ばすが、福田の左手の方が早かった。
 利き腕と逆で自分より大きなディフェンスを引きづりながら伸び切った体勢で、簡単ではないシュートだったが福田はねじ込んだ。

 着地、体勢が傾いていて素直に降りてこられない。
 左足を付いてそのまま勢いで転がる形になった。
 上手く転がって衝撃を散らす。
 そのまま流れで立ち上がった。
 すぐにギュリを捕まえる。
 三点差。
900 :第九部 :2011/12/18(日) 00:43
 福田が付いているのもかまわずボールはギュリに入った。
 オールコートの一対一、という状況。
 加速、バックチェンジ、チェンジオブペース。
 抜き去ろうとギュリは試みるが福田は全て対応する。
 そもそも、速攻が出せる状況ではなく、ガードが一人ここで抜き去っても余り意味は無い。

 ギュリがソニンへ落とす。
 ソニンはスンヨンへ戻した。
 どこで勝負するか。
 それを考えながら、勝負を狙ったパスではないパスを単純に送ろうとすると甘くなることがある。
 スンヨンからハラへ。
 この意図の薄いパスを石川が狙ってスティールした。

 石川が一人で持ち上がる。
 戻ったのはギュリだけ。
 福田もしっかり反応して上がっていた。
 二対一。
 こういうときは石川は一人で勝負する。
 それが韓国代表の持っているデータだ。

 ギュリは完全に石川を捕まえに行った。
 二対一の構図が一対一プラス一になる。
 石川は自分で勝負に行かず、空いている福田に出した。
 福田が受けたのはゴール左に六十度、スリーポイントライン外。
 ゴール下まで行けばもう一度ギュリに捕まる。
 それでも勝負かそこでパスか。
 そういう選択になるところ。
 福田はもっと大胆な選択をした。
 そのままシュート。

 ターンオーバー、速攻からのフリーでのスリーポイント。
 リング手前に当たってボード側に飛ぶ。
 ボードに当たったボールは跳ね返ってリングの中に落ちた。
 ブザーが鳴る。
 韓国ベンチがタイムアウトを取った。
 福田と石川、右手を力強くぶつけた。

 91-85
 第四ピリオド残り三分二秒。
 日本代表六点リード。

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