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ファーストブレイク 6th period

1 :みや :2010/07/24(土) 16:24
これのつづき

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高校生がバスケする話
吉澤とか石川とか藤本がそれぞれの学校で中心ぽくいて、周りにいろいろな人もいます。
その他の学校も出てくるし、学校の枠組みを超えることもいろいろとあります。

更新は基本週一 土曜日午後(ただし0時過ぎてカレンダー的には日曜日になることもある)

全十部予定で、このスレッドは第九部開始時点、となります。
ご新規さんは、ここを単独で読んでみて、面白いと思ったら初期に遡って読めばいいと思います。

よろしくお願いします。
701 :第九部 :2011/08/28(日) 00:02
 なんだかなあ、と思いながらの待ちを入れられてからの後藤のワンショット。
 リング手前に一度当たったが、内側に落ちて行った。
 日本代表五点リード。

 第二ピリオド、残り時間は二十五秒。
 前半最後の攻防。
 持ち上がった高南がなにやら大きな声を上げる。
 中国語なので日本のメンバーには分からないが、ナンバープレイなどのサインではなく、気合系の意味合いなもののようだ。
 時間をぎりぎりまで使ってシュートまで持って行く。
 その意思があることは試合経験を積めば頭では分かりきっている状況であるが、CHNの各選手は常に攻め気を見せてくるので、隙を作ったら打たれる、という怖さから逃れられないままのディフェンスになる。
 そんな中での一瞬だった。
 四十五度の位置から高南がすっと早いパスを出した。
 藤本の顔の横、反応できずに飛んで行く。
 飛んだ先は逆サイドから由麒麟がゴール下へ走りこんでいた。
 マッチアップの後藤、由麒麟の動きは追えていたが、ボールの位置を掴めていなかった。
 あっと思ったところでゴール下、飛んだ由麒麟が空中でボールを受けてそのままシュート。
 後藤は条件反射で止めに行ってしまった。
 状況としては手遅れ。
 どう手を出そうとどうにもならない。
 ゴールが決まって笛が鳴って、バスケットカウントワンスロー。
 はっきりと、無駄なファウルだった。

 代わったばかりの由麒麟の三点プレイ。
 フリースローもしっかり決めて、残り四秒、日本代表はボールを持ちあがる途中で藤本がゴールに向かってボールを投げたところで前半終了のブザーがなる。
 投げたボールがバックボードに当たり、跳ね返ってリングにもあたったので観衆はどよめいたが、どよめかせただけでボールは外に弾かれ、得点にはならなかった。

 前半終了 41-39 日本代表の二点リード
702 :第九部 :2011/09/04(日) 00:24
 「ごめん」

 ハーフタイム、ロッカーまで下がると後藤が言った。
 誰にとも無く。

 「気にすることないって」

 藤本が軽く答える。

 「まだ二点リード。全然問題なし」
 「いや、あれは後藤のミスだった。だから、ごめん」
 「一々凹まなくていいって。次ぎ取り返せば」

 藤本は、ガラにも無く気を使っていた。
 この半年あまり、キャプテンをやっていて少し学んだことだ。
 グループリーグでの後藤の姿も頭にある。
 とにかく落ち込ませてはいけない。

 「大丈夫落ち込んでるわけじゃない。でもあれは後藤のミスだった。相手代わったばっかりで集中してなかった。この子なんなんだ? って気になってそっちばかり見てボール追えてなかった。だから後藤のミス。ごめんなさい。でももうしない」

 後藤は淡々とそう言った。
 さっき起きた出来事の事実認識とそれに対する反省に詫び。
 感情の問題ではなかった。
703 :第九部 :2011/09/04(日) 00:24
 「メンバー替わってからは一気にレベル上がったよね」

 柴田が言った。

 「たいしたことないよ」
 「そう言いながら結構やられてたでしょ梨華ちゃんも」
 「あれくらいはやってくれないと面白くないでしょ。別に驚くほどじゃない」
 「私の相手も大したことなかったですよ」
 「何生意気言ってるんだよ」
 「だって、大したことなかったんですもん。あれくらい日本にだっていくらでもいますよ。それこそ白美記たんのが全然上。あんなのCHNの看板背負ってるからすごく見えるだけの見掛け倒しです。周りとのつなぎとか考えるとちょっとありますけど、でも、ソロの能力取り出したら全然大したことないですよ」

 出場最年少の松浦の感想。
 友朕にまったく怖さは感じなかったようである。
704 :第九部 :2011/09/04(日) 00:25
 「まあ、でも、確かにそんな感じもちょっとあったかも。リボン女も言うほどすごくはなかったかな」
 「一人で生きるタイプじゃないよね。ガードだから当たり前なんだけど」
 「うん。でも、気合はすげーな。美貴、結構ああいうタイプは好きだな」
 「そういいつつ大分パス捌かれてたでしょ」
 「好きってそういう意味じゃなくて。まあ、いいけど。なんか、周りを使うっていうか、動かすっていうのかな。その力は確かにあると思う」

 藤本は一対一で負けているという場面はそれほどなかったはずなのだが、ゲームコントロールはなんとなくされているという第二ピリオドだった。
705 :第九部 :2011/09/04(日) 00:26
 メンバーたちがめいめいしゃべる中、福田は静かにスコアーブックを見つめていた。
 この前半はどういう試合だったのか。
 一度もコートに上がることはなかったが、紙の上の記録から振り返る。

 スタートのチームは論外だった。
 インターハイに出てくるかどうか、くらいのレベルだ。
 個々の力も大したことなかったし、やりなれてないメンバーなのか連携もなっていなかった。

 メンバーが替わってからはがらっと違うチームになった。
 一人一人のレベルが上がった。
 安定感がありしっかりとリバウンドを拾う麻里子様、正確なシュートを放つ麻友友、気合で全体を引っ張る高南。
 数字がそれを示している。
 第一ピリオドにCHNがオフェンスリバウンドを拾うことは一つもなかったのだが、第二ピリオドは三本拾ってきている。
 シュート確率も段違いだ。
 スリーポイントもメンバーチェンジ前にはなかったものが、主力が入ってきてから二本ある。
706 :第九部 :2011/09/04(日) 00:26
 福田はその個人の力量よりも気になったのは、全体のつながりだった。
 動きの連動性。
 誰がどう動いた時には、周りはこうしてその後はこうなる。
 すべてが有機的に?がってシュートまでしっかりと持っていけているし、一人交わして二人目がカバーに来た時に周りがローテーションで穴を埋めて、というようにディフェンスでもそれが出来ている。
 個人の力ではなく、動きの連動性で全体で崩して点を取る、というのは福田の理想形だった。
 代表チームのような急造チームではそれが難しい。
 自分が外される理由はそこにもある、と言いたいところだが、それはいい訳と言うものかな、とも思う。

 自分のことはともかく、このCHNというチームは急造チームではないのだろう、と思った。
 一人一人の力が生きるように、全体が作られている。
 時間を掛けてそう作ってきたのだろう、と前半を見て思った。
707 :第九部 :2011/09/04(日) 00:27
 そんなCHNに対して、自分が試合に出るならば。
 マッチアップは高南。
 自分とは違うタイプだな、という印象を持った。
 理論と実践、というタイプではなく、気合と直感でチームを動かしている。
 あるいは、情熱、でもいいだろうか。

 情熱は、外から見てどうかは別として、自分の中にはあるつもりだ。
 ただ、ああいう目に見えて分かる気合、というのは自分にはないものだ。
 それに周りは引っ張られている。
 自分に欠けたものを持っている人、と言っていいだろう。

 でも、一人のプレイヤーとしては別にそんなに・・・、と思った。
 今、自分が、このチームで出て、同じように周りを動かせるかと問われれば、もしかしたらそれは否かもしれない。
 だけど、それは時間の問題だと思う。
 高南がやっているのはその程度のことじゃないか、と感じた。
 ボールキープ力、スピード、パスワーク、シュート力。
 プレイヤーとしての技量は、特別すごいわけではない。
 あのチームにはぴったりとはまっている、それだけなんじゃなかろうか。
708 :第九部 :2011/09/04(日) 00:27
 「福田。福田明日香」

 じっとスコアブックを見ながら考え込んでいたら声をかけられた。

 「怖い顔しないでよ。美貴にも見せて」

 藤本だった。

 「すいません」
 「さすが頭脳派だね。じっくりとデータを見て」
 「別に、そういうわけじゃ」
 「よっちゃんさんみたいな割と熱くやれるタイプに、福田明日香みたいな頭脳派がいて、亜弥ちゃんみたいなわがままっ子がいたり、松江ってバランス取れてて面白いね」

 福田は何も答えなかった。
 亜弥ちゃんって気安く呼ぶな、と思ったけれど。
 それ以前に、自分に対して藤本がこうやって気安く話しかけてくる、という展開は合宿初日に出会ってから今に至るまでなかったことだ。
709 :第九部 :2011/09/04(日) 00:28
 「うーん、結構アシストやられてるのかと思ったけど、そうでもないな。直接高南につくのってあんまりなかったのか」

 独り言か自分に語りかけてるのか、区別が付かない。
 福田が黙っていると、今度ははっきりと福田に対して問いかけた。

 「どう思う? リボン女。って何だっけ。そう、高南」
 「どうって」
 「中国四千年の歴史で最高のポイントガードになる、だっけ? そんなこと言われてるらしいけど福田明日香の目から見てどう映った?」

 なんでこの人はフルネームで自分のことを呼ぶんだろう。
 そんなことが頭に浮かんだが、それは横に置いておいて素直に答えた。
710 :第九部 :2011/09/04(日) 00:28
 「中国の四千年の歴史を知らないですけど、歴史上ナンバーワンになる、っていうほどではないなって思いました」
 「どんなあたりが?」
 「個人の力量としてはそれほどすごいわけじゃないなって。滝川カップでワンオンワン大会なんてのやったって聞きましたけど、そういう、個人技だけを競う大会みたいなのがあったらそれほど上位にはこないタイプなんじゃないかなって思いました。もちろん、全然下手ってわけじゃないですけど。すごいのは周りを引っ張る力量と、高南個人ではなくて全体のあわせの部分。ようするに、立派なリーダーでその点は非常に優れているけれど、プレイヤーとしては並なんだと思います」
 「そうか。それだ。なんか美貴も引っ掛かってたんだよ。すげーなこいつ、って実際思う部分は結構あってさ。だけどなんとなく拍子抜けなところもあって。その落差はなんなんだろうって思ってたんだけど。リーダーとしてのすごさとプレイヤーとしてのすごさは別のことってことか」

 問われて答えながら、福田は自分が感じた印象がなんだったのか理解できた。
 プレイヤーとしての力量とリーダーとしての力量の意味合いの違い。
 ただ、ポイントガードというのはある部分でリーダーとしての力量も兼ね備えなくてはいけない部分もある。
 それを含めればたしかに、高南はすごいのだろう、とは思ったがそこまでは付け足さなかった。
711 :第九部 :2011/09/04(日) 00:29
 「美貴は、リーダーとしてよりもプレイヤーとして日本五千年の歴史でナンバーワンになりたいな」
 「日本は五千年の歴史なんですか?」
 「さあ。知らないけど、リボン女が四千年なら、美貴は五千年で」

 滝川でキャプテンやってるような人なんだから、リーダーとしても結構ちゃんと出来てるんじゃなかろうか、と思った。
 少なくとも、自分よりはリーダーとしての資質は上だろう。
 それでもたぶん、吉澤さんたちが抜けたら、松ではなくて自分がキャプテンやらなきゃいけないのかな、と考えることがある。
 ポイントガードとしての力量、というのを高めて行くためにはそういうリーダーとしての資質も身につけていかなくてはいけないだろうか。

 「とりあえずすっきりしたわ。ありがと。一人のプレイヤーとしては怖がることないんだってイメージ持って後半はやってみるよ」

 この人がうまく行かなければ自分が出られるかもしれないという思いと、私を押しのけて試合に出ているんだから高南なんか踏み潰してくれという思いと、半々で、福田は藤本に、頑張ってください、とは口に出して言えなかった。
712 :第九部 :2011/09/11(日) 00:07
 後半。
 日本代表はメンバーを入れ替えた。
 藤本、松浦、石川、里田、飯田。
 後藤を外して里田を戻す。
 点の取り合い上等、という気持ちで入れという指示を信田はメンバーたちに与えていた。
 切り替え早く。
 一対一で積極的に仕掛けていい。

 CHNは後半のラストと同じメンバー。
 高南、友朕、麻友友、由麒麟、麻里子様。

 第三ピリオドに入り先手を取ったのは日本代表だった。
 一対一で積極的に仕掛けていい、という指示に素直に従った松浦。
 友朕をチンチンにして二本立て続けに決めてくる。
 一旦六点リードまで広がったのだが、CHNも麻友友のジャンプシュートと麻里子様のゴール下で簡単には離れて行かない。
 三分過ぎ、日本ベンチは石川を下げた。
 勝負どころは先と見て休ませる。
 替わりに入ったのは柴田。
 その直後、CHNがタイムアウトを取った。
713 :第九部 :2011/09/11(日) 00:08
 麻友友には抜かれてもいいからタイトに付いてシュートは打たせるな、など信田が指示を与えているとスタンドが突然沸いた。
 何事だ? とスタンドをメンバーが見上げると、なにやら二つのコールが入り混じって飛んでいる。
 何を言っているのかは分からない。
 ただ、CHNベンチの方を見ると動きがあった。
 今までジャージ上下フル装備だったエース級の二人がユニホーム姿になっている。
 そして、オフィシャルに交代を告げていた。

 優子と敦子。
 CHNの二枚看板。

 「相手ばっか見てないで、お前たち集中しろ」

 信田がメンバーの視線を引き戻す。
 もう一度指示を与えなおした。
714 :第九部 :2011/09/11(日) 00:08
 「松浦が優子、柴田が敦子な。松浦、身長差あるからオフェンスは思いきって今のままやっていい。ただ、ディフェンス面では気をつけろ。突破スピードが友朕の非じゃない」
 「どんどん突っ込んで行っていいんですね?」
 「もちろんそれでもいいけど、あまり無理はするな。飛べばブロックされないだけの身長差があるんだから、ある程度の位置からなら多少距離があってもジャンプシュートを狙って行く方がいい」
 「はい」
 「柴田はディフェンスに集中しろ。オフェンスは参加しなくていいくらいのつもりで最初は。とにかく敦子は乗せると怖い。気持ちにむらがあるタイプだからとにかくシュートが自由に打てないでいらだたせるというように持っていけ」
 「抜かれるよりシュートを防ぐイメージでいいんですね」
 「いい。抜かれそうになったらファウルで止めに行ってもいい。とにかく気持ちよくシュートを打たせるな。いやらしくないやらしく」

 優子と敦子は友朕と麻友友に替わって入るようだ。
 それぞれのマッチアップをそのままつけることにする。
715 :第九部 :2011/09/11(日) 00:09
 「藤本、高南にはパスを捌かせるな。外は打ちたいなら打たせていいから突破してパスを捌くという形を作らせないように。高南-敦子のラインであっさりやられるようなことがないように。外のシュートはそれより優先度を落としていい」

 信田は敦子をとにかく警戒していた。
 気分が乗らないときは平凡なプレイヤーだが、乗せた時が怖い。

 「ここからだからねここから」
 「足動かしていこう」
 「切り替え早く」
 「ノーファウルね」

 それぞれ、声が出ている。
 ベンチの雰囲気は悪くない。

 タイムアウトが空けてコートに戻る。
 松浦は、優子と敦子、代わって入ってきた二人を見ていた。
 CHNの二枚看板。
 人気の面でもこの二人が頭一つ他より抜けているらしい。
716 :第九部 :2011/09/11(日) 00:09
 本当か? と思った。
 スポーツ選手とはいえ、女子は女子、どうしたって人気には見た目の要素が大きく影響する。
 二人、間近にみてみて、別にそれほど突出してるわけじゃ・・・、と正直思った。
 自分のが勝ってる。
 自信ある。
 それでも人気があるということは、よほど突出した実力があるとでもいうのだろうか。

 言うほど大したことないじゃないか、というのがCHNに対する松浦のここまでの感想だ。
 友朕なんて今までの経験であれくらいのレベルの選手はいくらでもいた、と思った。
 白美記たんのがよっぽど上だ。
 自分がタイマン勝負相手としてはまだまだ役不足。
 代わって真打が出てくるのは望むところだ。
 この山を越えればアジアのナンバーワンになれるのだろうか。
 日本一になる前に、アジアナンバーワンになるのも悪くない。

 その想いがタイムアウト明けすぐのプレイに出た。
 友朕を相手にしていたときと同じパターンで一対一。
 身長差があるからジャンプシュートで、なんて計算はしなかった。
 抜き去ってやる。
 そう、決めうちで突っ込んだら、ものの見事に壁を作られた。
 壁、いや、低いからフェンスくらいだろうか。
 押しつぶす、というような勢いで松浦は当たっていき、優子は真後ろに倒れた。
 絵に描いたようなオフェンスファウル。

 このプレイに、反省もなかったが後悔もなかった。
 ちっ、やってしまった、くらいなものだ。
 さっきまで程甘い相手じゃない、ということは認識した。
717 :第九部 :2011/09/11(日) 00:09
 CHNオフェンスは優子、敦子と二人入ってきたからには、この二人を中心にしてくる、というのが想像に難くなかった。
 柴田は信田に指示に忠実に振舞う。
 敦子相手にフェイスガード。
 自分の役割は分かっていた。
 このチームでは四十分を期待されている状況にはない。
 スタートから出てはいるが、二番三番を一定のレベルでこなせるつなぎのプレイヤーというところだろう。
 最後まで敦子の相手ということはない。
 自分が下がるか、松浦が下がって自分が二番にスライドするか。
 いずれにしても敦子の相手は石川が出てくるまでのつなぎだ。
 ファウルがかさんでも個人としては気にする必要はない。
 とにかく、石川が出てくる時に敦子が調子に乗っているという状態にしないことが大事だ。

 最初のCHNのオフェンスのところでは一つファウルで止めた。
 フェイスガードを外されてパスが入ってすれ違うように抜かれそうになったので手を出した。
 ボールを持たせたら確かに怖い。

 オフェンスはあまり積極的に参加しなかった。
 外で繋ぐくらい。
 全体が動くので、ここは自分が飛び込まないと動きとしておかしい、と感じて中に入って行く場面もあるにはあるが、そういう場面でも場に合わせただけで自分で勝負するという意思はない。
718 :第九部 :2011/09/11(日) 00:10
 CHNの真打登場、といったところであったが、ここから数分は華麗な、というには程遠い展開になった。

 松浦が一対一を仕掛けようとした突き出しを、後ろから高南が叩く。
 こぼれたボールを由麒麟が拾い、走った敦子に長いパスを出すが届かず柴田がカット。
 折り返してオフェンスでは飯田がゴール下勝負で麻里子様の他に由麒麟まで引きつけて開いた里田へパスを捌くが里田がファンブルしてこぼす。
 こぼれたボールを拾いなおしてシュートを打つと戻った由麒麟がブロック、弾かれて飛んだ先に居た藤本がミートしてそのままジャンプシュートを決める。

 一方CHNは速攻を出そうとして敦子に飛ばした長いパスを柴田に奪われる。
 ドリブルで持って上がろうとしたところ、後ろに居た敦子が弾いて飛ばし、こぼれたボールは高南が拾う。
 行って戻ってまた走って優子。
 ターンオーバーの連続からシュートを何とか決めた。
719 :第九部 :2011/09/11(日) 00:10
 締まりのない攻防だが、結果的に点差はそれほど代わらず推移して行く。
 敦子にボールが渡りドリブル突破を計られてゴール下まで付いていって最後のシュートを柴田がファウルで止める、という場面もあった。
 自由にやらせてもらえず機嫌が悪くなってきた敦子、このフリースローを二本外したりしている。
 二枚看板のうち優子の方は比較的安定していて、泥臭くルーズボールを拾って自分で決めるというような場面がある。

 CHNでは敦子が柴田相手にいらだっていたが、日本代表では松浦がいらだっていた。
 自由にやらせてもらえない、というのとは少し違うが、思惑通りに行かない。
 最初の一回以外はマッチアップの優子に直接やられていると言うわけではないところがまた腹が立っていた。
 後ろから高南の手が出てくる。
 抜ける、と思ったらコースは制限されていて前に麻里子様の壁。
 ディフェンスでは由麒麟の壁がスクリーンになって優子に振り切られる、という場面もあった。
 ルーズボールも取れそうで取れない。
 いらいらして、たまにはパスでも捌いてやろうと、すかすかの頭上を早いパスで抜いたら、受け手が走りこむ動きがフェイクで誰も居ないところへボールが飛んで行く。
720 :第九部 :2011/09/11(日) 00:10
 噛み合わない。
 そう、自分でも感じていた頃、ベンチがブザーを鳴らした。
 石川と後藤が入ってくる。
 今のポジション素直に代えるなら柴田さんの方だろうけど、自分かな、と思った。
 知らん振りしていると、「松浦!」とベンチから声が飛んできたので、やっぱり自分か、と思った。

 ほんの数分で感情をかき乱されて冷静にプレイ出来ないなんて、ガキだな、と思った。
 まだ、この試合、もう一回コートに上がる機会は来るはず。
 気持ちを切るな、落ち着け、大人になれ、我慢しろ、白美記たんを越えるんだ。
 ベンチに戻ると吉澤がタオルをドリンクボトルを渡してくれた。

 「お疲れ」

 無言で受け取る。

 「顔こえーよ」

 うるさい、黙ってろ。
 もう一回、チャンスを待つんだから。
 そう、言いたかったけど、口にはしなかった。

 56-54
 日本代表二点リード。
721 :tama :2011/09/11(日) 16:25
このままでは松浦に次は無いんじゃないかな、と思った・・・

これでセンターによっすぃーが入ったら高3が揃うな、
と思ったけど信田さんはそんなことしてくれなさそうです。
飯田さんは外せないでしょうし・・・
722 :作者 :2011/09/18(日) 00:05
>tamaさん
チーム事情は読者事情より優先されるのです・・・
723 :第九部 :2011/09/18(日) 00:06
 入った石川、後藤、マークを確認する。
 石川が敦子で柴田は優子へスライドする。
 後藤は里田と交代で由麒麟。

 CHNの方も同じようにマークを確認していた。
 柴田に付いていた敦子が石川へまわり、優子が柴田につく。

 日本代表ボールでのゲーム再開。
 自陣低い位置から柴田がボールを入れて藤本がゆっくり持ちあがる。

 石川はボールが上がってくるのを、ゴール右四十五度のところで待っていた。
 マッチアップの敦子が、まだ、ディフェンスをしっかり構えるでも無く石川の隣に立っている、という状態。
 敦子のディフェンス力、というのは未知数だった。
 さっきまでマッチアップでついていた柴田はオフェンス参加しないという方針だったので敦子の力は見えていない。
 ビデオ映像でも、あまりはっきりしたことは分からなかった。
 攻撃の場面ばかり見ていて、ディフェンスがどうなのかしっかり見ていない。

 さて、どうするか。
 ふとゴールの方を見ると、敦子の顔が目に入った。
 不機嫌そうな顔が、急に、にっと笑う。
 営業スマイルだった。
 なんで今笑う、と石川は無視する。
724 :第九部 :2011/09/18(日) 00:06
 藤本が上がってきた。
 ハイポストに入った後藤に上から単純に入れる。
 ターンしてみたが、由麒麟は立ちはだかっていてシュートも打てないし切り込める間合いもない。
 ゴール下抜けて右に開いた飯田へ送る。
 飯田から少し上の石川へ。
 石川はトップに上がった柴田へ戻す。
 パスアンドランでゴール下へ駆け込もうとする石川を敦子が体で塞ぐ。
 ターンして逆付いてそれでも中へ、と動いたが入れない。
 ボールは逆サイドの藤本へ渡り、すぐに柴田に戻っていた。
 石川は進行方向を九十度変えてハイポストの位置へ駆け込みそこにボールが入る。
 ボールを受けながらゴールに向き直りジャンプシュート。
 遅れてブロックに飛んだ敦子、指先ギリギリ触れて軌道が変わった。

 ゴール左サイド。
 落ちてきたところに居たのは由麒麟。
 近くにいた高南へ送る。
725 :第九部 :2011/09/18(日) 00:06
 先頭を走る優子には柴田が付いている。
 敦子は石川が捕まえている。
 パスの出し先はすぐにはない。
 高南は自分でドリブルで持ちあがる。

 藤本は付いて行った。
 抜き去られはしない。
 しかし、手を出してボールを攫えるほど甘い相手ではない。
 付いて行って付いて行って、スローダウンさせようとする。

 高南はパスの出し先を探しながら上がって行ったが、柴田も石川も優子と敦子をしっかり捕まえていた。
 由麒麟、麻里子様の上がりは遅い。
 スピードのあるドリブルだった。
 藤本といえども前を抑えることが出来ない。
 それでも最後までくっついて行った。
 どこでパスを捌く? どこで諦めてセットオフェンスに切り替える? どこでジャンプシュートの決断をする?
 無意識下でそれらの可能性を考えながらも藤本は付いて行った。
 高南は、最後までドリブルで突き進んで行った。
 ゴール下、簡単なレイアップが出来る位置関係にはない。
 それでもジャンプした高南は同時にブロックに飛ぶ藤本の手を避けるようにスナップを効かせてボードに当てた。
726 :第九部 :2011/09/18(日) 00:07
 左サイドにいた敦子を捕まえながらも高南、藤本の動きはしっかり見えていた。
 高南が放ったシュートは外れる、と思った。
 センター陣は戻ってきていない。
 ボールを拾いに入る。

 柴田は右サイドでセオリー通り優子をスクリーンアウトしていて入ってこさせない。
 ボールは拾えるはずだった。
 シュートはバックボードにあたりリング手前に当たって零れ落ちてくる。
 ここに、シュートを打って駆け抜けたはずの高南自身が飛び込んできた。
 シュート後、着地して駆け抜けるということをせず、そこで止まったのだ。
 シュートを打った自分自身で、外れた確信があった。
 藤本は勢いそのまま駆け抜けていて戻ってこられない。
 着地の衝撃を右足一本でしっかり受け止めて、高南がボールに飛び込んだ。

 二人が飛び込むより、ボールが落ちてくる方が早かった。
 一度コートで弾む。
 その弾んだボールに先に触れたのは高南だった。
 石川が手を伸ばしてくる。
 倒れこむようにしてボールに触れた高南は、右手の先だけでボールをコントロールし、石川の横をバウンドパスでボールを通して自身はつぶれた。
 飛んだ先にいるのは敦子。
 敦子は石川がボールを拾いに行った時、それに付いていかずに外で待っていた。
 右三十度、スリーポイント、どフリー。
727 :第九部 :2011/09/18(日) 00:07
 しっかり構えて打ったシュートは放物線を描いてリングに吸い込まれて行った。
 CHN この試合初めてリード。
 スタンド席から地響きのような歓声があがる。
 敦子がゴール下、つぶれていた高南を助け起こす。
 なにやら高南が真剣な顔で敦子に言い、それから両手を出した。
 敦子はその両手をばちっと叩いて答え、にっと笑った。
 営業スマイルではなかった。

 一連の流れで日本代表のどこが悪い、ということは特になかった。
 強いて言えば石川がジャンプシュートをブロックされたのが悪いとも言えるがそこは勝負したくなる場面だった。
 速攻はアウトナンバーを作らせず走った二人を捕まえ、ボールを運ぶ高南に藤本はしっかり最後まで付いて行き難しいシュートを選択させた。
 実際、そのシュート自体は外れている。
 リバウンドを取りに入った石川も悪い動きではない。
 ただ、高南に珠際の強さがあった。
 そして、ノーマークの敦子がしっかりと決めた。
 泥臭さと鮮やかさの融合。
728 :第九部 :2011/09/18(日) 00:07
 この一つのプレイが流れを傾かせた。
 ホームの利。
 スタンドの盛り上がりはCHNの背中を押す。
 そして、乗せてはいけない敦子が、ノーマークスリーポイントから乗ってしまった。

 ボールを持って外からじっくり自分で一対一。
 そういう選択はそれほど多くなかった。
 全体の中で動いて瞬間のフリーを作ってそこでシュートまで持って行く。
 この周りとのあわせが良かった。
 敦子を主役とする動きに、二枚看板の一人とされる優子も抵抗無くあわせている。
 高南と敦子のラインもしっかり?がっていた。

 そしてディフェンス。
 気分が乗らない敦子だと、ディフェンスはサボタージュという場面が多いようであるが、気分が乗った上で相手がきちんとしたレベルのプレイヤーだとしっかりと足を動かして止めに掛かってくる。
 石川は、敦子が本気になってやる気になるレベルにいるプレイヤーだった。
 一人で完全に押さえ込まれるということはないのだが、敦子を振り切っても他に誰かがいる、という制限のされ方をしていてフリーになりきれない。
729 :第九部 :2011/09/18(日) 00:08
 いつもは自分がチームの大黒柱という立場の藤本。
 ここでは少し違った。
 口では嫌い嫌い言いながらも、無意識下で石川の力は認めている。
 この日本代表は石川のチームだ。
 そう、無意識下で感じながらゲームを動かしている。

 滝川のチームでやっているときなら、周りの誰が止められようと動揺することはなかった。
 叱り飛ばしたりはするが、最後の柱は自分だ。
 今は違う。
 悪い意味で五分の一の感覚が体の中にあった。

 柴田はいつもと同じ状況なはずだった。
 石川梨華のチームの中の二番手。
 口に出して認めたりはしないけれど、それもやはり無意識下に潜んでいる意識。
 富岡でやっている時にも石川が押さえ込まれるというケースはあった。
 二年時の中村学院戦。
 初見の是永美記に石川がシャットアウトされた。
 それに限らず、石川の調子が上がらない時に何とかするというのが自分の役目になっている部分があし、その役割は割とこなしてきたはずだ。
730 :第九部 :2011/09/18(日) 00:08
 今日違うのはマッチアップの相手だった。
 石川梨華と同じチームでいつもプレイしているのだ。
 自分にマッチアップするのはせいぜい実力二番手。
 自分がディフェンスとして付くなら、エースをつぶすという形でついたりするが、自分にエース級を向こうが当ててくることはない。
 でも、今日のCHNには敦子だけでなく優子もいた。
 このレベルの選手ととまともにやりあって押さえ込んだという経験はあるが、攻撃面で叩き潰したという経験が柴田にはない。

 このままではまずい、と感じた藤本と柴田。
 百戦錬磨のはずの二人だが、百戦した戦いのさらに上の経験が今日の試合である。
 ボールを運ぶ二人。
 その二人がなんでもないミスを連発した。
 流れに飲まれている。

 逆転され、流れが向こうに渡り、凡ミスも出て、六点のビハインドにまでなったところで信田がタイムアウトを取った。
731 :第九部 :2011/09/18(日) 00:08
 指示は、まず落ち着けということ。
 敦子にはさっきまでの柴田と同じようにフェイスガードでタイトに付いてみろ、と石川へ指示が飛ぶ。
 慌ててシュートまで持って行こうとするな、と全体へ言った。
 藤本がボールキープして待つ感じでもいいから、少しスローダウンさせろという。
 時間を掛けることで、流れをうやむやにしようという意図がそこにはある。

 メンバーチェンジはしなかった。
 この場面、誰かに代えるよりも藤本、柴田の方がいいと信田は踏んだし、まして石川を外せる場面じゃない。


 「気持ちで押されてるよ。ミキティもいつもの怖い顔でゲームしきんなよ。柴ちゃんも、一昨日の乱闘寸前くらいの勢いでいいって」

 輪の中から吉澤が言った。
 戦術的なアドバイスを自分ができるとは思っていない。
 今、口を挟めるなら、ハートの部分だけだ。

 「石川、あんたもだよ。いつからあんなお嬢様みたいなバスケするようになったんだよ。向かっていけ向かっていけ。言っただろ、おまえはただのへたくそだって」

 両脇に杖を抱えた平家。
 戦術云々もあるが、流れに飲まれると先に気持ちが切れやすい。
 そこを心配している。

 ブザーが鳴ってコートに戻った。
732 :第九部 :2011/09/18(日) 00:09
 いつもと全然違う状況なのに、いつもの自分を取り戻しているのが一人いた。
 後藤だ。
 ある部分、相手に関係なく悩みこんでいたので、そこから自分を取り戻すのにも相手関係なかった。
 福ちゃんのために頑張る、みんなのために頑張る、相手が強くても関係ない。

 相手の実力もしっかり見えていた。
 さすがCHNのトップ選手だけど、化け物クラスじゃない。
 自分で十分たたかえると思う。
 二番、三番、四番、柴田、石川、後藤。
 自分は点を取るべきポジションだし、マッチアップも他の二人よりは比較的分の良い相手なんじゃないかと思う。

 オフェンスは時間を掛けてみようとは言ったが、実際にどう崩すかという決め事はとくにタイムアウトの中ではなかった。
 どういう選択肢があるか?
 石川はもちろんいつでも選択肢なんだけどあまりうまく行っていない。
 柴田も優子相手に自由にオフェンス出来るという状態になっていない。
 ならインサイド勝負、というところだがそちらも簡単ではなかった。
 残る選択肢は?
 柴田でも石川でも無いアウトサイド。
 藤本?
 違う。
 後藤が由麒麟を外に引っ張り出して勝負。
733 :第九部 :2011/09/18(日) 00:09
 一本、素直にスリーポイントを放ったらやや長くなって決まらなかった。
 ただ、それで怖さを感じた由麒麟との距離が中途半端に縮まる。
 後藤にとって、一対一で抜きやすい間合いになった。
 抜き去ってもカバーが早い。
 それが急造チームではなく、長い時間作りこまれて今日があるCHNの強み。
 抜き去って中まで行くと囲まれる。
 選ぶべきは、かわしてすぐのジャンプシュート。

 中から出てくる動きをしてトップから降りてくるボールを受けた。
 スリーポイントの構え。
 ひきつけた由麒麟を右、エンドライン側に交わす。
 ゴール下には麻里子様。
 そこまで行かずにやや距離のあるジャンプシュートを放った。
 今度はしっかり決めてみせる。

 しかし、流れは簡単には戻ってこない。
 地元の利。
 観客は全面的にCHNの味方だ。
 場の雰囲気もすべて持って行っている。

 敦子、敦子と来てそちらに意識が行ってカバーに入らなきゃが先行したところで、柴田のマークが甘くなった優子へ渡ってスリーポイント。
 第三ピリオドのラスト、石川が怒りのスリーポイント返しをしようとしたがリングに弾かれ、リバウンドを麻里子様が拾ったところで終わった。

 64-71
 CHNが逆転して7点リード。
734 :第九部 :2011/09/18(日) 00:10
 スタンドはライブ会場さながらだった。
 片や敦子への声援チャントで盛り上がったかと思えば、反対サイドでは麻里子様コールが起こる。
 美貴様にお仕置き希望するファンなどもはやいない。

 「しばらくは我慢しろ。とにかく我慢しろ。流れなんてものはそうそういつまでも続くものじゃないから」

 第四ピリオドまでの二分間のインターバル。
 信田はまずそう言った。

 「早いペースに煽られるな。じっくり構えて、シュートセレクションをしっかりしろ。慌てて打たなくていい。時間は十分あるんだから」

 十分で七点差。
 やや不利、という程度のものでまったく絶望的な点差ではない。

 「動きも緩急しっかりつけよう。フリーを作ろうと急ぎすぎて動きすぎに見えるところがあるから。動く前に止まる。スピードだけで振り切ろうとしない。面取って押さえて外開くだけでボールは受けられるんだからさ。パスアンドランもとにかく動けばいいってもんじゃないからね」

 ベンチで見ている平家の感想である。
 さらに続けた。
735 :第九部 :2011/09/18(日) 00:10
 「柴田、少しまじめすぎるんだよ。オフェンスは少しサボってから動くくらいでちょうどいい。いつでもきちんと動くってむこうが頭に入ってるから迷いがないと言うか覚悟がある状態で常にディフェンスされてるから。それこそむこうの敦子? あのやる気あるんだかないんだかで突然エンジン掛かって動き出す感じを見習うくらいでちょうどいいから」

 高校時代からよく見ている柴田。
 そこに動きについて意見した。

 スタンドではウェーブが巻き起こっていた。
 たかが世代別のアジアの大会である。
 盛り上がり方が異常だった。
 飯田がきょろきょろとそのスタンドを見回してから言った。

 「あのスタンド、黙らせよう。最後には」

 こんなアウェーで試合をした経験はこの中の誰にもない。
 藤本も、アウェーって感じだなどと言っていた前半の余裕が無くなっている。

 ベンチに座っていた五人が立ち上がった。
 メンバーチェンジはなし。
 このまま第四ピリオドに入る。
 五人がコートに上がって行く。

 「ベンチ声出そう。声。十人で一万人分声出そう」

 吉澤が、両手を叩きながら言った。
736 :第九部 :2011/09/24(土) 17:21
 最終ピリオドに入ってもCHNの勢いは止まらなかった。
 かさに掛かって攻めてくるという言葉がぴったりな状況だ。
 敦子がミドルレンジからジャンプシュートを放ち、外れたリバウンドを拾った麻里子様が押し込む。
 ゴール下勝負しようとしてし切れなかった由麒麟が、開いていた外の優子に戻してジャンプシュート。
 この試合最大の十一点まで差を広げられる。

 どうにかして追いかけないといけない日本代表。
 スローダウンさせろというベンチの指示は今ひとつ徹底されていなかった。
 リードしていれば冷静にそういうゲーム捌きも出来たのかもしれないが、二桁点差のビハインドという情勢で落ち着いてゆっくりとオフェンス、というのはなかなか難しい。
 滝川のように徹底してディフェンスのチームとして作られてきた場合は、それも可能だが、石川柴田を擁して点を取るチームの中で、今の状況はこうだからとペースを落とそうという意識は今の五人には徹底しきれない。
737 :第九部 :2011/09/24(土) 17:21
 藤本が右四十五度から高南に一対一を仕掛けた。
 エンドライン側で抜きに掛かるがゴールに突進出来ない程度にコースを制限される。
 結果、押し込まれた先はゴール裏、逆サイドから由麒麟も包み込みに来るところを辛うじてパスで捌く。
 向こう側後藤、受けたときには目の前に敦子のカバー。
 上へ戻して石川、ここがフリーでスリーポイントを放つがリング根元に高く弾かれた。

 リバウンド。
 スクリーンアウトがしきれてなく飯田が麻里子様と競り合う形。
 右手一本でオフェンスリバウンドをもぎ取って確保。
 一旦上の柴田に戻す。

 自分だけが社会人なんだ、という意識が飯田にはあった。
 自分がキャプテンなんだ、という意識もある。
 だけど、うまいこと言ってみんなを仕切って力を引き出すというようなことはどうもうまくない、ということは自分でも感じていた。
 おかしなこという圭織さん。
 そういう定評なのは分かっている。

 でも、自分はキャプテンなんだ、という意識があった。
 今いる五人の中で社会人は自分だけなんだ、とも。
738 :第九部 :2011/09/24(土) 17:22
 高校時代、百パーセント自分ワンマンのチームに君臨していた。
 このチームは違う。
 自分と同等の力を持った仲間、いや、それぞれの分野で自分には出来ない力を持っている仲間と一緒に戦っている。
 言葉できちんと、みんなが理解できるような表現で伝えることが出来ていないけれど、このチームが好きで、このチームで勝ちたかった。
 どうやら、点を取る力は今の自分よりも石川や後藤の方があるんじゃないかと思う。
 だけどそれでも、シュートは一本で簡単に決まることばかりじゃない。
 だから、自分に出来ること、リバウンドを取ることで、何度もチャンスを確保してやりたい。
 あれもこれも、全部が通用するレベルじゃない。
 せめて、リバウンドだけでも、しっかり取ってやりたい。

 柴田から右に開いた藤本へ。
 藤本はローポストで面取って待っている後藤へ入れた。
 後藤はターンして、踏み込もうとしたが前を塞がれ、仕方ないという形でフェイドアウェー気味にシュートを放った。
 由麒麟のブロックを意識したシュートは長めになる。
 リバウンド、その位置には誰も居ない。
 ハイポスト付近に居た飯田と麻里子様の争い。
 肩ぶつけ合いながらのルーズボールは飯田が先にボールを確保する。
 そのままゴールの方を向こうとするがそこは麻里子様が立ちはだかっている。
 外から敦子も挟んでくる。
 囲みを避けて石川へ戻す。
739 :第九部 :2011/09/24(土) 17:22
 リバウンドを二本取られたCHN
 スタンドからはため息も聞こえる。
 何やってんだ的な怒号も飛んでいた。

 「一本! 一本! 三度目の正直で!」

 ベンチから吉澤が叫ぶ。

 ボールはトップに戻った藤本に渡る。
 オフェンスリバウンドを二本とっての三回目のオフェンス。
 少し、藤本が間を取った。

 「広く! 広く!」

 スタンドからベンチから、飛び交う声にかき消されて、藤本の声自体は全体には届かないが、アクションでなんとなくメンバーは理解する。
 セットオフェンスの建て直し。
 ここまで粘ってリバウンドを取るのは立派だが、だからこそ逆に、ここまで粘って得点に結び付けられないと、流れが二度とやってこなくなってしまうという瀬戸際。
740 :第九部 :2011/09/24(土) 17:22
 ハイポストに入ってきた後藤へ入れる。
 後藤ターンして前に由麒麟、ゴール下を抜けて動く飯田へパスを飛ばす。
 パスが今ひとつ合わず、受けて間をおかずシュートとは行かず麻里子様の壁が目の前に。
 上、柴田へ戻す。
 柴田から左サイド藤本へ。
 藤本はドリブルでボールキープしたままトップへ戻る。
 仕切りなおし。
 もう一回時間を掛けるか、という雰囲気だったが藤本は左サイドに開いた石川へパスを落とすと走った。
 石川は敦子の脇をバウンドパスで通す。
 走りながら受けた藤本、ゴール下は麻里子様が抑えに来る。
 高南も振り切れてなく、ゴール下へ突進というより少し外に開き目に逃げた。
 零度の位置からジャンプシュート。
 高南のブロックの上。
 このシュートもリング向こう側に当たって入らなかった。
741 :第九部 :2011/09/24(土) 17:23
 リバウンド。
 麻里子様は藤本をケアに入った分ゴールの下側まで入り込んでいて飯田をスクリーンアウト出来ていない。
 落下点、ちょうど五分と五分のところに落ちてきたボール、右手を伸ばす麻里子様から両手で飯田がもぎ取った。
 外から由麒麟が奪い取ろうと囲んでくる。
 ゴール下のリバウンドシュートを選択したくなる位置だったが、飯田は違う判断をした。
 由麒麟が離れ、手を上げている後藤の姿が視界に入っていた。
 麻里子様、由麒麟に囲まれた中から飯田が外へパス。
 受けた後藤のところには上から優子がカバーに入る。
 シュートの構えに優子が飛び込んでブロックしようとするが、後藤はそれとすれ違うようにワンドリブルついて移動。
 優子をやり過ごし、完全にフリーになったところで改めてシュートを放った。

 右十五度あたりの位置からのスリーポイント。
 目標が見えにくく、あまり練習もしない位置で難しいシュート。
 わずかに長くなりリング向こう側に当たって大きく跳ね上がる。
 ゴール下、また麻里子様と飯田が競り合っている。
 今度は麻里子様が飯田を押しのけて良い位置を確保した。
 逆サイドから石川がスクリーンアウトをサボった敦子をかわしてゴール下へ飛び込んでくる。
 それらの競り合いを無視して、跳ね上がったボールは落ちてきてリング中央を通過した。
742 :第九部 :2011/09/24(土) 17:23
 四度目の正直。
 後藤が、両手で力強くこぶしを握りガッツポーズをしている。
 ここは日本代表の粘り勝ち。
 ベンチも盛り上がった。
 吉澤と松浦がハイタッチをしているという珍しい光景もある。

 オフェンスリバウンドを四回も取られるというCHNとしては嫌な点の取られ方だった。
 スタンドからは落ちてきたボールがリングを通過した瞬間、一万のため息がもれていた。
 流れが変わりそうな局面。
 経験値があるほど、そういう局面であることが直感的に理解できて、それだからこそ、流れが変わることを受容してしまいそうな場面。

 すばやく高南が動いた。
 麻里子様にボールを要求する。
 エンドから麻里子様が入れて高南が運ぶ。
 藤本は捕まえているが、ボールを運ぶことそのものは防げない。
 高南に呼応して上がっているのは優子。
 ここも柴田がしっかり捕まえている。
 二対二の状態のまま勝負してくるか?
 あるいは一対一でゴール下まで行くか?
 どちらもありえたが、ここは味方の上がりを高南は待っていた。
 三人目、四人目。
 そうみせてアーリーオフェンスで簡単にシュートまで持って行く、というのはよくあることなので敦子、由麒麟にそれぞれ石川、後藤がしっかりついて簡単なパスを入れさせない。
743 :第九部 :2011/09/24(土) 17:24
 改めてセットオフェンス。
 ボールは外を回った。
 由麒麟、麻里子様はゴール周辺、台形のあたりでポジションを確保しようとしている。
 どこで勝負してくるか?
 ボールはトップの高南へ。

 ハイポストに由麒麟、ゴール下麻里子様が抜けて逆のローポストに入ろうとしている。
 右外には敦子が開いていて、優子は麻里子様が空けて左のスペースへ埋めている。
 高南は動きのあるところ、麻里子様へ長いパスを送ろうとした。

 そこに手を伸ばしたのが後藤だった。
 後藤の位置は由麒麟の背中。
 高南のパスの狙いがしっかり見えたのだ。
 由麒麟を外して、飛んだパスに飛びつく。

 右手で触れたがキャッチは出来なかった。
 軌道の変わったボール。
 右サイドへ。
 麻里子様の方をケアしようとして動いていた石川と、外で待っていた敦子。
 動きが逆のベクトルを持っていた石川よりも早く、敦子がこのルーズボールを拾い上げる。
 石川は一歩送れていてボールを取りに行くところをすれ違うようにかわされた。
 ゴール下へ向かう敦子。
 飯田がそこは押さえるが、簡単に敦子はパスを捌いた。
 流れのままにフリーになった麻里子様。
 敦子と麻里子様、飯田が一人で二人を抑えることも出来ず、零度からのジャンプシュートを麻里子様が決めた。

 また十点差に。
744 :第九部 :2011/09/24(土) 17:25
 ここから、ペースを落とすという方針はどこかへ行ってしまったかのような早い展開が続く。
 石川がワンオンワンを試みて敦子を抜き去って持ち込み、ゴール下麻里子様、由麒麟の壁を無視してシュートまで持って行ったがブロックショットで弾き返される。
 拾った高南が長いパスを優子に送ったが、これは狙い済まして柴田がスティール。
 逆に持ち上がって五対四、崩れた陣形の中開いていた後藤へ入れてジャンプシュートを決める。

 CHNはゴール下へボールを入れて混戦、という中、外の優子へ戻してジャンプシュートで点を取り返す。
 日本代表ははやい攻め上がり、持ち込んですぐに後藤がジャンプシュートを放つが外れる。
 このリバウンドを飯田がもぎ取ってここはゴール下で簡単なシュートを決めた。
 一方CHNはパスアンドランのカットインから高南が藤本とのちびっ子勝負に今度は勝ち、ゴール下まで入ってレイアップシュートを決めて帰る。

 点差が広がるということもないのだが縮まって行かない。

 日本代表、外で回してここは珍しく柴田が勝負した。
 状況次第で一対一で相手を抜き去るくらいの力は柴田にも十分ある。
 ただ、優子を抜いた先、ゴール下には麻里子様、これは柴田から見れば高い壁である。
 外、石川に捌いた。
 ゴール下は混んでいてそこに突っ込んで行っても価値がない。
 そう瞬間的に判断した石川はその場でジャンプシュート。
 これがリングに嫌われる。
 飛んだ先には由麒麟、すぐに高南へ。
 高南は長いパスを送った。
745 :第九部 :2011/09/24(土) 17:25
 この試合後半、何度も出ている高南-優子の速攻ライン。
 今まではことごとく柴田がそれをなんとか封じていたのだが、ここは自分が抜き去った直後な分、戻りが遅れている。
 高南のパスはしっかり優子に届いた。
 ただし、パスを受けるところでわずかに優子がボール待ちで減速している。
 ここで柴田が追いついた。
 追いついただけでまだ優子の後ろ。
 そのまま走ればゴール下までさえぎるものがない。
 柴田は、肩からあたるようにして手を伸ばした。
 ボールを取りに行く、という姿勢。
 しかし、ほぼ後ろから手を伸ばしてもボールに届くはずが無く、体の方が当たって笛が鳴った。
 柴田のファウル。
 ただ、ボールを取りに行くんだ、という姿勢を示した分、アンスポーツマンライクファウルは取られず、ただの普通のファウルで済ませてもらえた。
746 :第九部 :2011/09/24(土) 17:25
 「ナイスファウル! ナイスファウル!」

 日本代表ベンチから声が飛んだ。
 松浦だ。
 不思議な光景だが、バスケでは味方のファウルに対してナイスファウルと言うことがある。
 今の場面、どうやってもファウルで止める以外にはゴール下まで持ち込まれてシュートを決められるのを防ぐことは出来なかった。
 アンスポーツマンライクファウルも取られず、普通のファウルで収めたことは、今の場面の最良の選択で最良の結果である。
 柴田のファウルがかさめば松浦に出番が回ってくる、という意味合いのコールではない、はずである。

 日本代表ベンチは、全員が立ち上がっていた。
 松浦も、吉澤も、久住も、村田も、福田も。
 平家も杖振り回しながら怒鳴っている。
 信田コーチも立ったまま指示を送っていた。
747 :第九部 :2011/10/02(日) 00:06

 十点差から縮められない。
 どうしたらいい。
 どうしたら点差が縮められる。

 この時間帯になってきて、藤本は疲れを感じ始めていた。
 ただ一人、この試合コ−トにでづっぱりである。
 CHNはもはや全員スタメンと違うメンバーがいる。
 日本代表は、石川にしても飯田にしても、途中で休みを入れる時間帯があった。
 藤本だけそれがない。

 ある種、信田からの信頼でもあった。
 スタメンを高橋にするか、藤本にするか。
 周りとの兼ね合いで迷ってきて、ようやくしっかり固まったように見えたのがグループリーグ三戦目。
 そういう部分では藤本に賭け切っているわけではないのだが、今日、藤本をベンチに下げて休ませるということはここまでしていない。
 信田コーチは、藤本のスタミナという部分は絶対的に信頼していた。
 途中で休ませなくても四十分間ベストパフォーマンスを発揮できる選手、という理解である。
 メンタル面での必要性でベンチに下げることはあっても、ここで体を休ませておこう、という配慮を藤本にはする必要がないと考えている。

 そんな藤本が疲れを感じていた。
 ただ、まだ行ける、とも思っている。
 いつもだって疲れ自体を感じないわけではないのだ。
 疲れを感じていても最後まで足を動かすことが出来る。
 そういう鍛え方をしているだけだ。
748 :第九部 :2011/10/02(日) 00:07
 女子の試合にしてはハイレベルな点の取り合いになってきていた。
 特に藤本にとってはあまり最近経験していないハイスコアな展開。
 すでに失点は81と、延長まで戦った韓国戦の80も越えている。
 失点することの重みよりも、オフェンスで点が取れないことの重みの方が大きくなっている。

 石川が今ひとつ点を取れていない、と藤本は感じていた。
 今、一番乗っているのは後藤だ。
 結果、点を取るのが後藤でない場合でも、点を取れる状況を作り出しているのが後藤になっている。
 後藤へパスを入れるのが一番確率が高い。
 それが藤本の頭にある。

 その意識がパス回しを単調にした。
 藤本は常に後藤の動きを見ている。
 そのことに、藤本がボールを持っていない状況で全体を見ながらマークしている時に高南が気が付いた。
 ボールを持ったら後藤に良いパスを入れよう、という感覚が藤本の頭にある。
 トップへ上がってきた藤本へボールが送られてくる。
 付いて行った高南の視界にハイポストへ入ってこようとする後藤の姿が目に入った。
 トップで藤本がボールを受けたとき、高南にとって後藤は背中で見えていない。
 藤本が高南の左脇をバウンドパスで通そうとした。
 後藤にパスが入る、という前提があればディフェンスにとっては上からか下からかの二択。
 身長が低いからか下に賭けた高南。
 自分の横で弾んで通り抜けて行くはずのボールをキャッチした。
749 :第九部 :2011/10/02(日) 00:07
 瞬間走ったのが敦子だった。
 石川はオフェンスへ意識が行っていて、ターンオーバーへの反応が遅れている。
 高南がドリブルで持ち上がる。
 日本代表ディフェンスは藤本だけ。
 高南敦子と藤本の二対一。
 パス、パス、パス、と二人で三本繋がれ、後ろへ戻りながら左右に翻弄される藤本。
 最後は追いきれず、敦子に左からきれいなレイアップシュートを決められた。

 今日最大の十二点差。

 「落ち着いて!」
 「一本! 一本!」
 「切り替え! 切り替え!」

 ベンチから声が飛ぶ。
 それでも、今のは自分のミスだ、というのは藤本は感じている。

 「小さい相手は上からだよ」
 「悪い」

 ボールを拾って柴田が声を掛ける。
 普段、自分より大きな相手とあたることが多い藤本。
 バウンドパスで脇を抜く、という選択を選びやすい。

 柴田がエンドから藤本へ入れる。
 すると、今までとは違って高南が前からついてきた。
 かさに掛かってきている。

 舐めやがって、とムキになって抜きに掛かる藤本。
 高南は付いてくる。
 抜き去りは出来ず、かといってミスしてボールをこぼすことも無くフロントコートへ。

 藤本から簡単に柴田へ。
 柴田は零度に開いた後藤へ送る。
 後藤がそこから単純に勝負した。
 外へフェイクをかけて内から由麒麟を抜きに掛かる。
 わずかに外せて突き進む。
 前、麻里子様。
 まだ距離があるけれどジャンプシュートを選んだ。
 遅れていたはずの由麒麟。
 シュートモーションの間に追いつかれている。
 横からはいってくる形でのブロックショット。
 きれいに叩かれてボールが飛んだ。
750 :第九部 :2011/10/02(日) 00:08
 飛んだ先は優子。
 連続速攻は柴田が前をさっと抑えて封じる。
 周りが落ち着いてから高南がボールを受けてゆっくり上がってのセットオフェンス。
 スローダウンさせてからのオフェンスなのでじっくりまわしてくるだろう。
 そう無意識に思っていた柴田。
 スリーポイントラインから1mほど離れてボールを受けた優子。
 万が一のドリブル突破だけを気にして距離を置いて柴田は構えている。
 ここで優子がポン、とシュートを放った。
 虚を突かれた形。
 はっとしたときにはボールはリングを通過していた。

 信田コーチがブザーを鳴らしタイムアウトを取った。

 残り五分四十七秒。
 71-86
 CHN15点リード。

 「藤本、足は動くな?」
 「はい」
 「柴田も石川もいけるな?」
 「はい」
 「よし、まだ時間は十分あるけど早めに仕掛ける。プレスで当たっていこう」

 15点という差はこの時間帯にはかなり厳しい点差になっている。
 しかしノーチャンスではない。

 「一対二作って追いつぶす。カバーをすばやく。当然だけど後藤、飯田も足が必要な」
 「はい」

 四十分間前から当たるが標準フォーマットのチームにいる藤本。
 勝負どころで前から当たって試合を決めに行くのが持ち味の一つというチームにいる柴田と石川。
 前から当たる役割の三人にとってこの戦術は、一か八かで最後に行うものというより、日常的に行うものになっていて慣れている。
 その破壊力は皆知っていた。
 久住、光井を除けば、ここにいるメンバーはほぼそのディフェンスの被害を直接経験しているか、その当事者であるかのどちらかだ。
 その両チームの主力のいいとこ取りをしたのが前三人。
 あれが決まれば15点なんて一気にひっくり返る。
 それを誰もが信じられた。
751 :第九部 :2011/10/02(日) 00:08
 コートにメンバーが戻って行く。
 藤本が石川に声を掛けた。

 「石川、中で勝負出来ないか?」
 「中で? 私が?」
 「ごっちんが結構当たってるだろ。それも外から。ごっちんが出てくるから中広いじゃんか。おまえいつも四番でインサイド勝負もするだろ。相手も身長差あるわけじゃないし。空いたスペース飛び込むって感じでもいいし、センターっぽくがちがちのインサイドっぽいやり方でもいいし」
 「分かった」

 攻撃の選択が後藤に偏りすぎている。
 自分の意識がそう傾いているからであるけれど、それがさっきの失敗につながっていた。
 少なくとももう一枚、石川には選択肢になってもらわないと困る。
 そう、藤本は感じていた。
752 :第九部 :2011/10/02(日) 00:08
 柴田がエンドからボールを入れる。
 高南が藤本に付いて来た。
 終盤はこれで来るらしい。
 目障りだが、それくらいなんでもない、という顔で藤本は上がって行く。
 早い攻めだった。
 ハイポストに入った石川へ入れる。
 石川はターンしてそのままドリブル。
 敦子は前を押さえられない。
 麻里子様がカバーに入ったところをバウンドパスで飯田へ送ってゴール下のシュートが決まった。

 「当たれ! 足動かせ!」
 「ハンズアップ!」

 ベンチから声が飛ぶ。
 エンドに出て麻里子様がボールを入れようとしていたが、日本代表のディフェンスを見てボールを置いて上がって行った。
 優子が外に出てきてボールを拾う。
 高南がゴール下へ駆け込んでボールを受けようとするが藤本が塞いだ。
 ならば裏、ということで優子は二人の頭上を越えるボールをふわっと入れる。
 高南が走りながら追いつけば良い、というパスだが、石川も追いかけた。
 高南がキャッチしようとするところを石川が叩く。
 ルーズボールが転がった。
 転がった先は飯田と麻里子様。
 動き出しの速さで麻里子様がボールを拾い上げる。
753 :第九部 :2011/10/02(日) 00:09
 急げば麻里子様由麒麟と、飯田後藤の二対二、という形にも出来たが、麻里子様はボールを抱えて味方の上がりを待った。
 高南に預ける。

 ここのところディフェンスで止められていない日本代表。
 ただ点を取り合っていたらいつまで経っても追いつけない。
 この場面、敦子がやり返そうとしたのか零度の位置から石川に一対一を仕掛けた。
 石川はエンドライン際に追い込む。
 逆サイドから後藤も包みに来る。
 敦子はその後藤の外側から向こう側へバウンドパスを送ろうとした。
 後藤が離れて空いているはずの由麒麟のところへ。
 これを、ローテーションで降りてきた柴田がきっちりカットする。

 すぐに藤本へ送った。
 藤本はバックチェンジ一つで高南を抜き去った。
 前には誰もいない。
 ひたすらゴールへ突進して行くと、後ろから手が伸びてきた。
 抜かれても背後から追っていた高南。
 ボールは叩き飛ばされたがこれはファウル。
 笛がなる。
754 :第九部 :2011/10/02(日) 00:09
 簡単に点差を詰めさせてもらえない。
 サイドから入れての次のオフェンスは、藤本がスリーポイントを放つが外れる。
 リバウンドを競った飯田と麻里子様。
 ジャンプした時体が流れた飯田が、麻里子様に体当たりする形になってファウルを取られた。

 しかし、そのエンドからのCHNボールにはプレスをかけて奪い取る。
 そして零度からの後藤のスリーポイント。
 これが決まって十点差。

 「もう一本! もう一本!」
 「足動かして!」
 「ノーファウルで!」

 ベンチから次々声が飛ぶ。
 会場、スタンドからの歓声・怒声も大きく、ベンチの声が文章として単語として、コートの上の選手たちに聞き取れる形で届いているとはとても思えないが、それでも声を出さずにはいられなかった。
755 :第九部 :2011/10/02(日) 00:09
 その中で信田は頭は冷静に働かせて見ていた。
 五分を切ってきたが十点差まで詰めた。
 前三人のプレスは効いている。
 このまま一気に追い詰められるか。
 それならそれで良いが、そうではない時にどういう手が打てるか。

 次のディフェンスはエンドから長いパス一本で突破された。
 優子から麻里子様へ。
 ところがここで初歩的なミス。
 麻里子様フロントコートからバックコートに戻りながらパスを受けた。
 これがバックパスを取られて反則。
 日本ボールに。

 このチャンスはしっかり生かした。
 パスアンドランで走りこんだ石川へ柴田がふわっと入れ、そのままゴール下まで持ち込むと見せかけてのジャンプシュート。
 しっかり決めてついに八点差、一桁まで戻す。
756 :第九部 :2011/10/02(日) 00:09
 CHNエンドから。
 プレスの網にかけてどんどん追いかけたいところ。
 しかしここも長いパス一本で突破された。
 由麒麟が飯田にスクリーンを掛けて麻里子様を外そうとする。
 後藤が飯田とスイッチして麻里子様を捕まえていたが、その受け渡しの判断が少し送れ、由麒麟の方を飯田がフリーにしてしまう。
 そこに長いパスが入った。

 CHNオフェンス。
 時間を使われるのが一番怖い日本代表。
 ディフェンスは厳しく当たって行ってボールを取りに行く。
 外、高南から敦子へのパス。
 石川が飛び込んだのだがかすかに触るだけで奪えなかった。
 届いた敦子へのボール。
 結果的に目の前フリーでスリーポイントを放った。
 きれいに決まり十一点差まで押し戻される。
757 :第九部 :2011/10/02(日) 00:10
 この場面を見て少し考え込んでいた信田。
 ベンチメンバーに対して声を飛ばした。

 「吉澤!」

 本人呼ばれていることに気づいていない。
 スタンドの声と自分たちの声で、中央側にいる信田から、端側にいる吉澤への声はかき消されている。

 「吉澤!」

 もう一段ボリュームを上げて信田が呼んだ。
 本人にまで届いていないが、となりにいる松浦が呼ばれてますよ、と声を掛けた。
 何を呼ばれているのか理解出来ないまま、吉澤は信田の下に駆けつけた。

 「次、飯田と交代」
 「え?」
 「何ふぬけた声出してるんだ。次飯田と交替。入るんだよ」
 「は、はい!」

 プレスの網は効いていた。
 前三人、さすがに慣れている。
 三人の動きがばらばらになることだけが心配だったが、それもなく、強力なディフェンスになっていてその三人をしっかり突破するというシーンは見られない。
 突破されているのは長いパスだった。
 飯田の足が動いていなかった。
 リバウンドを取りに飛ぶ脚力はまだ残っているようだ。
 一方、平面での移動、連続した動きについていけていない。
758 :第九部 :2011/10/02(日) 00:11
 リバウンドは当然大事であるが、ここはプレスをもっと機能させることを信田は考えた。
 長いパスを封じれば、一気にひっくり返すところまでいけるかもしれない。
 それには飯田のところに補強が必要だった。
 今までの選択で言えば代わって入るのは村田だ。
 しかし、信田から見て村田は足で追いかけるタイプの脚力があるようには見えない。
 他の選択肢は?
 そう考えた時に浮かんできたのが吉澤だった。
 センターとしての能力は飯田に劣るし、村田にも負けているだろう。
 だからこそ今の立ち位置になっているのだが、平面を動く脚力は二人より高いと信田は見た。

 吉澤はいそいで上着を脱いだ。
 それからオフィシャルに交替を告げる。
 交替メンバー用の待機椅子がおいてあるのだが、そこには座らなかった。
 立ったまま戦況を見つめる、いや、声を出している。
759 :第九部 :2011/10/02(日) 00:11
 自分がこのタイミングで試合に出ることは考えていなかった。
 この点差での投入は、明らかに敗戦処理ではない。
 ここまで、この大会での吉澤の出番は、リードを拡げてからのクルージング的な場面でしかなかった。
 戦力として当てにされていない、という認識が本人にもあった。

 「吉澤、リバウンドとかゴール下のプレイは根性で何とかしろ」
 「根性ですか?」
 「難しいこと言っても出来ないだろ。だからそこはそんなに期待してない。お前の役割はとにかくボールを追いかけること」
 「ボールを追いかける」
 「今、前から当たるプレスはしっかり効いてる。ただ、長いパスで何本か抜かれてる。飯田が疲れてるってのもあるんだろうし、元々ああいう役割はあまり得意じゃないんだろう。その点、吉澤は体力関係ないし、長いパスを取りにいけるだけの瞬発力はあるはずだ。あと、突破されたとしても、ディフェンスは喰らいついていけ。外に開いて余裕持とうとしてもタイトに当たっていい。麻里子様ならシュートは無い、っていう距離でもな」
 「わかりました。やってみます」
760 :第九部 :2011/10/02(日) 00:11
 信田コーチの指示を受けた。
 このタイミングでわざわざ自分な理由はなんとなく理解できた。
 今の戦況でコートに上がるのが怖くないかと問われれば、怖いというのが正確な解答だろう。
 ただ、怖いと言っていられる場面ではない。
 まだ、試合に入っていないのに、心拍数が上がっているのがはっきりと分かる。

 コートの上では日本代表がボールをつないでいた。
 藤本から柴田へ。
 柴田から後藤へ。

 後藤が外から勝負、はしなかった。
 由麒麟の脇をバウンドパスで抜く。
 中には石川がいた。
 敦子を背負っている。
 ボールを受けてターンし、シュートフェイクを一つ入れてから飛んだ。
 フェイクで上体が上ずった敦子、ブロックに飛ぶのが遅れる。
 石川のジャンプシュートが決まった。
 九点差。

 「ディフェンス! 足動かして!」

 さっきまでと同じように、交替待ちでも声を出す。
 いや、声を出さずにいられなかった。
 黙ってなど見ていられないチームへの思い。
 そういうことではなくて、じっと待っているなんて出来ない、という精神状態だ。
 飛んだり跳ねたり、足を動かし体を動かしながら、落ち着きなく出番を待つ。

 エンドからのCHN
 優子が敦子へ入れて、敦子が優子へ戻した。
 そのパスを奪いにかかった柴田。
 優子と接触して笛がなる。
 きわどいところだが柴田のファウルを取られた。

 レフリーがオフィシャルにファウルの対象者と内容を告げている。
 そして、ブザーが鳴った。
 吉澤投入。
 飯田と交替。

 「気合入れて行きな」
 「はい」

 飯田と両手を力強くぶつけた。

 第四ピリオド残り3分32秒
 89-80
 日本代表9点のビハインド
761 :tama :2011/10/03(月) 07:06
ついに主人公の見せ場か!?
熱い展開ですね。
762 :名無し娘。 :2011/10/08(土) 09:23
ついに来たかっ!長かったw
763 :作者 :2011/10/08(土) 23:53
>tamaさん
見せ場か空気か足引っ張るか、はてさて

>名無し娘。さん
ここからも長かったりして
764 :第九部 :2011/10/08(土) 23:54
 「足動かして」
 「ボール取ったらとにかく誰か探して。すぐに前にね」
 「長いパス結構来るから」

 吉澤が入って行くとメンバーたちが声を掛けてきた。
 なんでおまえが、というような反応はない。

 藤本、柴田、石川。
 この三人はプレイヤーとして考えた場合、吉澤にとって雲の上の人間だった。
 石川、柴田との出会いは、一読者と雑誌の表紙写真、という関係だった。
 伝統ある名門校のキャプテン藤本だって、創部四年目全国大会出場二回の松江にいる吉澤からしたら比較になる相手ではない。

 「結構、スクリーン使ってくるよ」

 一方、後藤だけはそういう殿上人たちとは違い、本当の意味で気安さが吉澤から見てあった。
 後藤真希は、バスケ関係なく、単なる同級生である。
 そんな後藤が、普通の調子で情報伝達してくれる姿で、少し落ち着けた。
765 :第九部 :2011/10/08(土) 23:54
 柴田のファウルでCHNエンドから。
 レフリーからボールが優子に渡った瞬間に、CHNのメンバーが動き出す。

 吉澤は麻里子様の背中に手を当てていた。
 視線はボールの方に向けていても動き出しが感知できるように相手のプレイヤーに手を当てておくのはよくやること。
 敦子、高南が激しく動くのと対称的に、麻里子様は動かない。

 「スクリーン!」

 後藤の声。
 由麒麟が自分にあたりに来たのは吉澤も視界に入っていた。
 元々距離がある位置に居たわけでもないし、このシチュエーションではよくあることだし想定内。
 麻里子様の背中が手から離れて吉澤も動いてからが想定外だった。
 壁、の意味のはずのスクリーン。
 その動かないはずの壁が動いた。
 麻里子様だけが抜けて、吉澤の進路が塞がれる。
766 :第九部 :2011/10/08(土) 23:54
 「スイッチ!」

 吉澤が叫んでマークの交換。
 麻里子様の動きには後藤が対処する。
 スイッチ、ではなくて、動いた! と叫んでもいいところ。
 スクリーンの壁役が動くのは本来ファウルである。

 優子は麻里子様へ向けた長いパスを送る。
 あまり良いパスではなかった。
 パスを通したいだけなら、ディフェンスがいない側へ投げて麻里子様へ追わせるべきである。
 ところが、麻里子様がいる位置に向かってボールが飛んだ。
 そこにはマークの受け渡しをしっかりしていた後藤が入り込んで奪った。

 奪ってそのままドリブルで突っ込む。
 ゴールに向かってまっすぐの位置、正面から優子がスペースを抑えようとするが、柴田が背負い込んでスクリーンアウトのような状態。
 両サイドに散ってボールを受けようとしていた高南、敦子も中央をカバーに来られる状態ではない。
 後藤が一人で持ちこんでそのままシュートを決めた。

 CHNベンチがタイムアウトを取った。
767 :第九部 :2011/10/08(土) 23:55
 「行ける行ける!」
 「全部つぶしていこう」

 三分半で七点差になった。
 完全に射程圏内である。
 ガード陣のプレスが効いているから長いパスで逃れようとする。
 長いパスも奪って封じ込めれば、あとは一気にひっくり返すところまで持っていけば良い。
 ただ、問題が一つあった。

 「柴田、下げないからな」
 「はい。分かってます」

 柴田。
 前三人の中ではベンチで休んでいる時間が一番長かったので体力的にはまだ何とかなっている。
 問題は、ファウルだった。
 さっきの吉澤投入直前のもので四つ目。
 後一つで退場である。

 早い時間帯なら、一旦下げて勝負どころまで温存するものであるが、勝負どころは今、下げられるはずもない。

 「藤本、石川。きついと思うけど、一分耐久レースだと思え」
 「一分?」
 「三分半あると思うときつくなるかもしれないけど、タイムアウトが後一回づつあるから、一分ごとに休めると思って何とか頑張れ。三分半持たそうと考えるな」
 「問題ないです。行けますって」

 リードしているなら時間と体力の配分を考えるところだが、7点ビハインドでプレスで当たっていて、ペース配分もなにもない。
 最後は体力じゃない、気力だ、というのが滝川スタイルである。
768 :第九部 :2011/10/08(土) 23:55
 「オフェンス、普通で良いから。あまり時間掛けないに越したことはないけど、普通でいい。二点づつで十分な。ディフェンス、セットになったらとにかくボールに圧力掛けて。余裕持たすな。早い選択を強要しろ」

 信田コーチの指示は以上だった。

 「よっちゃんさん、体力余裕あるでしょ」
 「おうよ」
 「オフェンス、セットになったら動き回って引っ掻き回して」
 「とにかく動けば良い?」
 「うん。適当に。悪いけど、よっちゃんさんで勝負って選択は多分あんまりないから。ごっちんと石川が中に入っていけるスペース作るのに引っ掻き回して」
 「分かった」

 点を取るのは後藤と石川。
 藤本の中でそういう仕組みになっている。

 「足動かしていこう」
 「切り替え早く」
 「ピックアップ早くね」

 それぞれ声が飛ぶ。
 行ける、という雰囲気でタイムアウトが終わりコートに戻って行く。
769 :第九部 :2011/10/08(土) 23:55
 メンバーチェンジ後すぐにタイムアウトがあったことで、逆に吉澤はゲームにはいっていけた。
 さっきのワンプレーを体験して戻ってきて、しっかりと指示を受けて再度コートに入る。
 スクリーンが本来ならファウルだった、ということもあるが、数秒だけのワンプレー、自分が足手まといにはなっていなかった。
 状況判断がしっかり出来て、マークの受け渡しを要求し、それに応じて後藤も動いてボールを奪いそのまま得点につながった。
 ほんの五秒ほどの出来事だ。
 その五秒の動きを頭の中で再生し、悪くなかったと自己認識する。

 総合力としては敵味方合わせた十人の中で確かに落ちるかもしれない。
 だけど、残りほんの三分半ならある程度気持ちで押し切れるんじゃないかと自分の中に期待感がある。
770 :第九部 :2011/10/08(土) 23:56
 タイムアウト明けはCHNのエンドから。
 メンバーは変わっていなかったが、構成が少し変わっていた。

 高南がエンドに立っている。
 さっきまでは優子が入れていたボール。
 その役割が高南に代わって、優子はコートの中。
 タイムアウトで与えられた指示なのだろう。

 試合の後半、長いパスでワンパス速攻を出そうと高南が何度もしていたのは吉澤も覚えている。
 自分がやるべきは、その長いパスを奪うこと。
 とにかくどんな形でも良いから奪い取る。

 そう考えて待つ吉澤だったが、麻里子様、由麒麟はあまり動かなかった。
 レフリーから高南にボールが渡されて、CHNのガード陣は動き出す。
 パスはすぐに入った。
 高南から優子へ。
 柴田がついてはいるが、抑えるということは出来ていない。
 藤本が挟み込みに来るまで動きを封じておく、ということも出来ず、優子がドリブルで上がっていきそれに付いて行く、という形。
 ファウル四つの柴田、強い当たりに行けない。
771 :第九部 :2011/10/08(土) 23:56
 優子は一人でハーフラインを突破して持ちあがった。
 日本陣内で三対三の情勢。
 吉澤がゴール下まで突っ込んできそうな勢いの優子をケアしてゴール近くにポジションを寄せると、優子は外にパスを捌いた。
 サイドに開いた麻里子様。
 この試合、この位置から麻里子様がシュートを打ったケースはない。
 緩慢な動きの麻里子様に、吉澤が激しく当たる。
 ボールを頭上に上げ取られないようにするが、そこにも吉澤は手を伸ばす。
 ガード陣の上がりを待ってパスを戻したいという意思があったはずだが、吉澤のしつこさに根負けしたか麻里子様はドリブル突破を選択。
 距離がない、びた付きのディフェンスは半分ずらすだけで抜き去りやすいが、元来外から勝負するプレイヤーではない麻里子様、エンドライン側から勝負するが吉澤は付いて行く。
 麻里子様、体勢を崩しボールをファンブルした。
 こぼしたボールは吉澤の左足すねに当たる。
 堅いところに当たって跳ねたボールがエンドを割った。
772 :第九部 :2011/10/08(土) 23:56
 「ナイスディフェンス! ナイスディフェンス!」
 「くらいついて!」

 流れが来ている。
 そう、日本ベンチは感じている。
 スタンドからの怒声もすごいが、日本ベンチも負けていない。

 エンドからのCHNボール。
 優子が由麒麟に入れる。
 由麒麟は突破を試みたがワンドリブルで諦めてパス。
 逆サイド、敦子への長めのパス、ここにゴール下にいた吉澤が飛びついた。
 右手で弾くがキャッチ出来ない。
 こぼれたボール、飛んだ先には高南。
 拾ってそのまま麻里子様へ。
 ボールを取りに飛び込んでいた吉澤はゴールサイドを抑えることが出来ておらず、麻里子様の簡単なシュートが決まった。

 九点差。
 すぐに一本返したい、というオフェンス。
 自分に出来ることは動き回ること。
 藤本の指示だ。
 そうだろう、と吉澤は納得していた。
 麻里子様と真っ向勝負してそれほど確率が高い気がしない。
 自分のところが一番勝率が低そう、という見立てに反論できる実績は持ち合わせていない。
773 :第九部 :2011/10/08(土) 23:57
 自分に出来ることはサポートだ、
 動き回る。
 正確には、動いて止まって動いて、と緩急はつけた。
 止まる、が一瞬入る方がトップスピードでひたすら動くより効果的だ。

 ただ、藤本の指示は吉澤が動き回って中で勝負できるスペースを作って、であったが、勝負は外で決まった。
 ボールを持った石川、マッチアップの敦子。
 敦子に柴田がスクリーンを掛ける。
 それを使ってドリブル突破、という全体をフェイクにして石川はスリーポイントを放ちきれいに決めた。

 一本決めれば前から当たれる。
 やはりCHNは高南がエンドから入れるようだ。
 今度も長いパスは選択せず、ボールは優子へ。
 ただ、柴田も無意識を押さえ込んで今度は厳しく当たっている。
 正面を向かせずに横への動きのままドリブルを開始させて、サイドライン際まで追い込む。
 藤本が追いかけてサイドラインも使って囲む。

 優子は苦し紛れに高南へ山なりのパスを戻す。
 これを石川が身長差を生かして奪い取った。
 着地して振り向きながらジャンプシュート。
 流れるような動きだったが、流れすぎていてもう一人の動きに気づいていなかった。
 高南だったらとどかないところだが、その後ろから追いかけてきてブロックに飛んだのが敦子。
 ブロックショットがギリギリ間に合う。
774 :第九部 :2011/10/08(土) 23:57
 ルーズボール。
 打った石川自身とシュートとブロックで蚊帳の外にされた高南が追う。
 一度コートに落ちて跳ね上がったボールを手にしたのは同時。
 石川と高南のボールの奪い合い。
 決着が付く前に笛がなり、ボールの保持者が決まらないジャンプボールシチュエーションである、と判定され、ルールてきに順番でここはCHNボールとされた。

 またCHNエンドから。
 タイムアウトの時の指示なのか、高南は長いボールは使わない。
 三回目、また同じ選択をした。
 高南から優子へ。
 優子はさっきよりもまずい選択をした。
 コーナーへ引きながらボールを受ける形。
 捕まえてください、と言わんばかりの動きである。

 柴田は前を塞ぎ、すばやく藤本も囲みに来た。
 裕子はピボット踏んで耐える。
 その持っているボールを引き剥がそうと、柴田も藤本も手を伸ばす。
 パスの出し先はない。
 レフリーの笛が鳴った。

 ラインクロスか? 五秒オーバータイムか?
 日本ベンチはそう期待したが、レフリーは、柴田を腕で指していた。

 「松浦!」

 信田が呼んだ。
 レフリーのコールの前だが、松浦を呼んだ。
 柴田も覚悟があったのだろう、苦い顔しながらも手を上げている。
 日本語ではない言葉でレフリーがオフィシャルに柴田のファウルを告げ、場内にもそれらしいことが日本ベンチには理解出来ない言語でアナウンスされていた。

 「松浦、そのまま入れ。柴田のところ。プレス継続」
 「はい」
 「勝負して来い」
 「はい!」

 やばい、心臓がバクバク言ってる。
 松浦は、そう感じていた。

 残り二分四十二秒 91-85 CHNリード
775 :第九部 :2011/10/15(土) 22:48
 緊張している、というのが自分でも分かる。
 こんなの初めてだった。
 なぜなのか、自分でも分からない。
 試合でこんなに緊張したことはない。

 「後は任せるよ」
 「はい」

 何か言われたから、とりあえず返事をした。
 改めてスコアボードを見る。
 CHN 91-85 JPN
 2:42

 CHNが中国で、JPNが日本だということが分かれば、点差と残り時間は理解できる。
 点を取らなきゃいけないんだ。
 そう、思った。
 自分は、是永さんのように出来るだろうか。
776 :第九部 :2011/10/15(土) 22:48
 「ディフェンスそのまま!」

 信田コーチが指示を出している。
 藤本と石川が松浦のところに歩み寄ってきた。

 「ボール入れるの変わるかもしれないけど、マッチアップはそのままで対応しよう」
 「そうだね。高南が今のまま入れるなら今のままで。優子が入れるならマッチアップそのままでミキティが高南、あややがエンドで優子につく」
 「はい」

 藤本と石川、二人を交互に見ながら松浦はうなづいた。

 「最後は気持ちだよ気持ち。自信持って、足動かして」
 「はい」
 「はい、ばっかじゃなくてなんか言いなよ。いつもの生意気口で」
 「はい」
 「ああ、もう、大丈夫か? しっかりしろ」
 「リバウンドは私入るね」

 石川がそう言って離れて行く。
 日本代表のチームファウルが規定数に達しているので、CHNにフリースロー二本が与えられている。

 「オフェンス、無理打ちしないでいいからね。まだ十分追いつける。とにかくプレスにはめてれば一気にひっくり返せるから」

 松浦は、もう一度スコアボードを見た。
 六点負けている。
 そしてフリースローが相手に二本という状況。
 点を取らなきゃいけないんだ、と思った。
777 :第九部 :2011/10/15(土) 22:48
 優子のフリースロー二本。
 二本ともしっかり決めてきた。
 これで八点差。

 エンドから吉澤がすぐ入れる。
 藤本が受けて持ち上がる。
 高南びたつき。
 それを引きづったまま上がって行く。

 ゴール下まで、というのは厳しそうだったので外へ開く。
 石川が後から駆け込むが敦子が付いていて入れられない。
 その後、猛然と走ってくるのが吉澤。
 麻里子様が必死にボールサイドを抑えていて結局入れられない。

 その吉澤がゴール下を通って藤本と逆サイド、石川の側へ向かった。
 敦子にスクリーン。
 石川がそれを使って中に入ってくる。
 藤本がボールをぴったり入れたが石川が受けたのはゴール真下。
 流れでそのままゴール位置は感覚だけで把握してバックシュートを放ったが、きれいに叩かれた。
 麻里子様のブロックショット。

 大きくはじき出されたボールは松浦の頭上に飛んできた。
 優子が奪おうとしてジャンプするが届かない。
 松浦自身がジャンプしてやっと確保。
 そのままもう一度飛んでジャンプシュートを放った。
778 :第九部 :2011/10/15(土) 22:49
 シュートは長くなりボードにまで当たって跳ね返る。
 向こう側、敦子が拾う。
 敦子から高南へ。
 優子も上がり、高南優子と藤本松浦で二対二。
 高南が持って持って持って持ち上がって優子へパス。
 フリースローラインを少し過ぎたゴール右サイドで受けた優子はボールを受けてそのままジャンプシュート。
 と見せかけて松浦をブロックに飛ばし、その横を抜けてゴール下、レイアップシュートを決めた。

 残り二分を切ろうかというところでまた十点差、二桁まで開く。

 「すぐ! 入れて!」

 藤本が呼び、松浦がエンドからボールを入れる。
 また、高南を引きづったまま藤本が上がって行く。
 今度は先に三人が上がっているという状況。
 石川へパスを落とす。
 石川から吉澤へ。
 吉澤は激しく動きながらも全体をよく見ていた。
 すばやく優子が引いたのに対して遅れて上がってきた松浦が空いている。
 そこへボールを戻した。
 やや距離があるがボールを受けた松浦はそこからスリーポイントシュートを放つ。
779 :第九部 :2011/10/15(土) 22:49
 軌道は大分ずれていた。
 ゴール左側に当たり、急角度急速度で飛んで行く。
 飛んだ先には藤本と高南。
 不意に飛んできたボール、高南がキャッチできずに右手に当ててこぼし、その後ろ藤本の手元へ。
 さっと振り返って藤本の動きを封じようとするが手遅れ。
 ワンドリブル動いて外しジャンプシュートを決めた。

 「ディフェンス! ここ! 足動かして!」

 藤本が叫ぶ。
 エンドに出たのは高南。
 すぐに敦子に入れたがこれは石川が左手で叩いた。
 キャッチは出来ず、弾き返しただけでエンドを割り、もう一度CHNボール。

 今度は高南は優子へ入れた。
 そのままドリブル。
 松浦はコースを塞ぎきれない。
 無理にボールを取りに行ってファウルを取られた。

 日本ベンチがここで最後のタイムアウトを取った。
780 :第九部 :2011/10/15(土) 22:49
 皆、息が上がっていた。
 三十八分休みなしで来た藤本は当然のこと、ここ数分プレスで前から足を使い続けている石川も肩で息をしながらベンチに戻ってくる。
 代わって入ってすぐのはずの松浦さえも息が荒かった。
 すぐに呼吸が元に戻ったのは吉澤くらいなものだ。

 「時計止めていこう」

 信田が言った。
 時計を止める。
 相手ボールになったらファウルでもいいから止めに行って、ファウルになったらなったら時計の進みが止まるからそれでよし、という戦術である。
 ファウルゲームと呼ばれる。

 「プレス自体は効いてるから、一つの流れで一気に行けるから。プレッシャー掛け続けて」
 「ボール持ったらシュートまで早くね。それでリバウンドは全員飛び込む」

 残り時間が少なく、ある程度の大きさのビハインドがあって、でも逆転不可能ではない状態。
 そういう時に誰もが取る、普通の戦術であり、普通の指示だった。
 ここまで来ると、もうそれしかない、という感覚だ。

 その、当たり前の指示、当たり前の声掛けを、タイムアウトの間中日本ベンチは続けた。
781 :第九部 :2011/10/15(土) 22:50
 優子のフリースロー二本。
 しっかり決められて十点差。

 すばやくエンドに出て吉澤が入れる。
 藤本へ。
 高南がスローダウンさせる。
 自分で運ぶのは時間がもったいないと藤本は石川へ繋いだ。
 とにかく早くシュートまで。
 その意識はあるのだが、当然CHNもそれはわかっている。
 敦子が離れない。
 松浦へ戻す。
 松浦はハイポストに入った吉澤へ入れた。
 吉澤、勝負よりも外、上がってきた後藤へ戻す。
 流れでカットイン、を警戒した由麒麟を相手に、後藤は外からスリーポイントシュートを放つ。
 これはリング手前に当たって跳ねた。
 スクリーンアウトをしっかりした麻里子様が拾う。

 サイド、すぐに敦子へ。
 敦子が自分で持ちあがろうとするところを石川がファウルで止めた。
782 :第九部 :2011/10/15(土) 22:50
 残り時間が三分を切ってから、時計の進みが遅い。
 一旦六点差まで迫ったところから追い詰められない。
 場内の歓声を向こうに、アウェーの日本代表の空気は重くなってくる。

 敦子のフリースローが二本。
 一本目が入って十一点差。
 二本目はリング奥に当たって手前に落ちた。

 リバウンド。
 吉澤が拾う。

 「はい! スタート!」

 藤本が呼んだ。
 すぐに出す。

 スティールに飛び込んだ高南、届かなかった。
 ボールを受けた藤本、前には誰もいない。
 松浦に付いていた優子が藤本の側をケアしに来る。
 持ち上がりながら二対一。
 松浦の方を見ながら見ながら見ながら、結局最後までパスは出さなかった。
 一人でゴール下まで進んでレイアップを決めた。
 九点差、一桁まで押し戻す。
783 :第九部 :2011/10/15(土) 22:50
 CHNはゆっくりと戻ってきた。
 残り時間が二分を切ると、点を取られた後のエンドからのシーンでは時計が止まる。
 ゆっくり戻ってきて、各自が所定の位置についてから、高南が藤本がエンドにセットしたボールを拾う。

 同時に動き出した優子、きれいに松浦を振り切った。
 サイドから弧を描きながら中央へ走りこむ優子に高南がパスを入れた。
 藤本の小脇を抜くバウンドパス。
 走りながら受けて優子はドリブルで上がって行く。
 松浦は振り切られていてファウルも出来ない。
 上がって三対二。
 ボールをケア、ゴールに近いところをケア。
 その意識で後藤と吉澤。
 ところが優子は、サイドに開いた麻里子様へ送る。
 ゴール下抑えていた吉澤が麻里子様へ近づくと、上の優子へ戻す。
 シュートまで持って行かず、ディフェンスを振って時間を使う。

 もう一度麻里子様へ送った。
 吉澤が近づくと、上がってきた敦子へパスを送るが、少しレイト気味になりつつ吉澤は麻里子様の手を叩いた。
 ファウルで時計を止める。
784 :第九部 :2011/10/15(土) 22:51
 残り時間五十九秒。
 麻里子様はフリースローを二本決めてついに100点に乗った。
 100-89

 追い込まれてきていた。
 点差的にも、精神的にも。
 諦めたら試合終了ですよ、は身に染みて知ってはいるが、諦めなくてもやがて試合が終わることも知っている。
 それを知っていると、諦めがちになるものだ。
 諦めまい、と意識すると、感情が前に出て細かな状況判断が効かなくなる部分もあり一長一短である。

 麻里子様の決まったフリースロー。
 吉澤はすぐに拾い上げてエンドから入れた。
 送った相手は藤本。
 藤本は一人で持ちあがった。
 とにかくシュートまで。
 気持ちが先走っている。

 こういうときは得てしてミスをしがちであるが、藤本はボールコントロールは過たず高南を引き連れたまま持ち上がった。
 ただ、判断が正しかったかどうかは分からない。
 周りを見ればフリーのパスの出し先があったかもしれない。
 それでもゴールまで突進した。
 相手の気迫に思わず体が反応したのが高南。
 ムキになって止めに行く。
 藤本がシュートまで持ち込む前に手が出てファウルを取られた。
785 :第九部 :2011/10/15(土) 22:51
 気持ちが先走るというのは他のメンバーも同じ状況だった。
 とにかく点を取らないと追いつけない。
 それが頭にあり、シュートセレクションを考えずにとにかくシュートまで持って行こうとしている。
 エンドから入ったボール、セットオフェンスでまわして崩す、という展開にはならなかった。
 入って、横パス一本出して、受けた後藤がスリーポイント。
 リズムのないシュート、入らない。
 リバウンド、大きく跳ね飛んだボールは石川がもぎ取る。
 崩れた体勢、目に入ったところにいた松浦へ送った。
 松浦の正面には優子、それでも気にせずそのままジャンプシュートを放つ。
 これも決まらず、今度はリバウンドを麻里子様が確保した。
 吉澤がすばやくファウルで止める。

 この麻里子様のフリースローは一本目だけ決まり二本目は外れた。
 リバウンド、吉澤が拾って藤本へ。
 藤本、さっきと同じように一人で持ちあがって行く。
 今度はさっきとは少し違い、ゴール下まで突進はしなかった。
 スリーポイントラインで止まりシュートを放つ。
 これも外れた。
 リバウンド、というよりルーズボール。
 藤本自身と高南の二人で追った。
 先に藤本が奪ったところに高南が当たってファウルを取られる。
786 :第九部 :2011/10/15(土) 22:52
 CHNベンチがブザーを鳴らした。
 ファウルが続いた高南を下げて峰南を入れてくる。
 同時に優子を下げて指子を投入した。

 「ディフェンスからディフェンスから! シュートの後、ディフェンス止めればいけるから!」

 藤本がメンバーを鼓舞する。
 残りは三十五秒で十二点差。
 それでもプレスに引っ掛ければ逆転まで持っていけると藤本は信じようとしている。

 実際には、一番つかれているのが藤本だった。
 四十分間休みなしは両チーム通じて藤本だけだ。
 それでも、この時間帯はこういうものだ、という覚悟がある。

 「ピックアップしてコース入って五秒取ろう」

 呼応したのが石川。
 ディフェンス、というのは本来石川はそれほど好きなわけでもない。
 一対一ならまだしも、こういう組織の歯車的なディフェンススタイルは好みじゃなかった。
 でも、それよりも、負ける方が嫌いだ。
787 :第九部 :2011/10/15(土) 22:52
 藤本のフリースロー。
 しっかりと二本とも決めた。

 エンド、指子がボールを持つ。
 峰南に藤本、敦子に石川。
 入れる先がない。
 由麒麟、麻里子様と上がっているところへ送ろうにも、後藤、吉澤が罠を張って待っている。
 苦し紛れに出したのは、走った敦子への山なりのパス。
 石川を越えて向こう側の敦子へ、という意図。
 こういうパスへの対処は頭の中で準備していた石川、ジャンプ一番奪い取る。
 ただ、取られる、と分かった段階で敦子はすぐにディフェンスに回った。

 石川へすぐのシュートを許さない。
 結果、パスを回すことになる。
 三本回った後、後藤がスリーポイント。
 外れて跳ね飛んでリバウンド。
 拾ったのは指子だった。

 ボールを取りに行った松浦、振り切られる。
 他は誰ももどれていなかった。
 指子のワンマン速攻。
 藤本が追うが、初動時の距離が大きすぎた。
 一人で運んで簡単なレイアップを決める。
 自陣に戻りながらジャンプしつつ右手でガッツポーズ。
 試合全体の1%ほどしかプレイ時間のない指子のこの喜びように、スタンドも沸いた。

 「ちくしょー! 指子のくせに!」

 追っていた藤本、自分の両太ももをバンと叩いてそう叫ぶ。

 続いて戻ってきたのは石川だった。
 本来その役割は担わないのだが、エンドから石川が入れる。
 藤本が運んだ。
788 :第九部 :2011/10/15(土) 22:52
 最後のセットオフェンス。
 最後だからしっかり一本崩して決めよう、というものではなかった。
 とにかく早くシュートまで。
 時間も無い。
 藤本から松浦へ。
 松浦、シュートの構えだが指子が激しくディフェンス。
 ハイポすと入ってきた後藤へ入れる。
 後藤は外、石川へ戻す。
 石川構えると敦子がブロックに飛ぶ。
 ワンドリブル、横にかわして改めて構えシュートを放った。

 スリーポイント。
 ようやく決まった。
 94-103
 残り三秒。

 もう時間がない。
 それでも前から当たる。
 指子は長いパスを入れる。
 麻里子様へ。
 このボールを吉澤がもぎ取る。
 そのままドリブルで上がる。
 ゴール正面、スリーポイントラインの位置まで来たところでブザーが鳴った。
 構えて放ったシュート。
 きれいに決まったがノーカウント。

 タイムアップ。
 103-94
 CHN48が日本代表を下した。
789 :第九部 :2011/10/15(土) 22:52

790 :第九部 :2011/10/15(土) 22:52

791 :第九部 :2011/10/15(土) 22:53

792 :第九部 :2011/10/22(土) 23:10
 三位に入れば世界選手権の出場権を取ることは出来る。
 でも、三位を目指してここへ来たわけではなかった。
 目指すは優勝。
 この大会で優勝するために来たのだ。
 アジア予選を通過する、という意識では来ていない。

 でも、世界選手権の切符の大切さは頭では皆分かっていた。
 その切符が賭かった試合は明日である。

 誰も口を開かない帰りのバス。
 この大会、ムードメーカーやってきた吉澤も黙っていた。
 試合に出ていなければ、無理にでも盛り上げようとしたところだが、今日は自分自身が最後の場面で当事者になっている。
 無邪気に騒ぐなんて真似はとても出来ない。

 もう一人のムードメーカー久住。
 一人では無理だった。
 空気を読む、というよりは空気に呑まれて黙り込んでいる。
793 :第九部 :2011/10/22(土) 23:11
 藤本は窓の外を見ていた。
 特に興味のある風景と言うわけでもない。
 異国の町並みではあるが、同じ道のりをもう何度も往復している。
 ただ、視線をバスの外へ向けていたいだけだ。

 四十分間出ていたのは藤本だけだった。
 同じ量の練習をした帰りのバスだったら疲れ果てて眠っていただろう。
 いまは、神経の方が高ぶっていてそんな状態にはない。

 ショックな負けだった。
 最終的な点差は九点。
 一桁点差の競った試合に競り負けた、という見方もスコアだけ見れば出来る。
 藤本の受け取り方は違った。
 雑魚相手に十四点のリードまで行ったところから1.5軍が出てきてハーフまでに追いつかれた。
 後半、一軍勢ぞろいであっさり逆転されてあとは必死の抵抗をしただけだ。
794 :第九部 :2011/10/22(土) 23:11
 なによりも103点という失点が理解出来ない。
 富岡にだってそんなに点を取られたことはない。
 中学に遡っても、試合時間が短いこともあって、そんな百点ゲームでの敗戦なんて経験のないことだ。
 この自分が、四十分間試合に出て、マンツーマンで相手のガードについているのに、百点ゲームで負けた。
 しかも出だしは雑魚相手で一軍揃ったのが後半だけなのに。

 自分がマッチアップの高南にそれほど負けているとは思わなかった。
 自由にやらせてしまったというイメージも残っていない。
 なんだか分からないけれど、いつの間にかひっくり返され、いつの間にかリードを広げられ、もがいてももがいても追いつけない状態になっていた。

 自分ひとりが負けたわけではないというのは頭ではわかる。
 落ち込んでいる場合ではなく、明日のもう一試合が大事だということも分かる。
 でも、どうにも今日の負けは頭から離れて行かない。
795 :第九部 :2011/10/22(土) 23:11
 松浦は窓側に寄りかかり目を瞑っていた。
 毎日同じメンバーで乗り込むバス。
 指定席というものはないが、自然と誰がどこに座るかは決まってくるもの。
 暗黙の了解で隣の通路側には福田が座っている。

 いつでもべらべらしゃべっているような松浦でも口をひらなかった。
 目は瞑っているが眠っているわけではない。

 松浦は、他のメンバーと比べれば負ける経験は結構豊富にあった。
 百点ゲームの負けだってこれまで振り返ればそれなりにある。
 高校のチームだっって今年に入ってからはそれなりに強いような気がしてるけど、去年なんかは県大会すら勝ち抜けないチームだった。
796 :第九部 :2011/10/22(土) 23:12
 ただ、チームが負けるのはいつもひとのせいだった。
 まあ、自分はやるべきことはやった、でも、足を引っ張ったやつがいた。
 そんなことが多い。
 傍から見れば違うのかもしれないが、松浦の自己認識としては、これまでの経験はそういうものだった。

 今日は違う感想だった。
 バスケを始めてから初めてのことかもしれない。
 自分が足を引っ張ったかもしれない、という認識がある。

 最後の場面、負けている状態で投入されてそのまま負けたのだから、負けている状態を作ったメンバーが悪い、という部分はある。
 でも、頭で考えてあれこれ理屈をこねる前に、松浦の本能が認めてしまっていた。
 ぎりぎりの局面で投入されて結局何も出来なかったというのが、松浦の中の事実だ。
 力を発揮したけれど足りなかったというのとは少し違う。
 何も出来なかった。

 自分のせいで申し訳ない、という感情は無かった。
 ただ、無力感がある。
 自分はこんなもんだったのか、という感覚。
 意識して今日の試合を振り返ろうとしなくても、頭の中で勝手にリプレイが流れている。
 みじめだ。
 自分のいるチームが負けた、というのではなく、自分は負けたんだ、という感情が沸きあがる。
797 :第九部 :2011/10/22(土) 23:12
 相手が強かった、というのとは何かが違った。
 相手がどうこうというところまで行っていない。
 いや、友朕を相手にしている間はなんてことなかったのだ。
 後半、相手が代わってから一気に状況も変わった。
 そして途中で外されて、最後の最後にコートに戻った。
 外される前もひどかったが、最後に戻ってからがもっとひどかった。
 悔しい、というよりも情けなかった。
 あんなことなら出ない方が良かったのだ。

 柴田さんが最後まで出ていたら勝てたのだろうか?
 そんなことはもう一度やってみないと分からない。
 でも、プレスは効いていた。
 チャンスはあったんだろう。
 それをぶち壊しにしたのは、やっぱり自分なんだろうか・・・。

 自分が足を引っ張るとか、そんなことは断じて認めるわけにはいかなかった。
798 :第九部 :2011/10/22(土) 23:12
 吉澤にとっても、それほど珍しい負け方ではなかった。
 バスケを初めて二年半。
 ぼろぼろの惨敗を喫することもそれほど珍しいことでもなかった。
 百点ゲーム負けだって何度もある。
 この半年は結構勝っているが、それでもバスケを始めてからの通算の勝率は六割とかそんなもんじゃないだろうかと思う。

 でも、大事なところで負けたんだな、という実感はあった。
 そういう経験も結構ある。
 自分がこのシュートを決めれば勝ち、という試合のラストで外し、その負けによって上の大会へ進めなかったということだって一度ではない。
 今日はそうではなかったけれど、喪失感という意味ではやはり大きかった。
799 :第九部 :2011/10/22(土) 23:13
 終盤、突然呼ばれて試合に使われた。
 まったく想定していなかったけれど、その割りには何とかそれなりにはやれたような気はした。
 ただ、それは、実力的にその水準に十分達していたというのとは多分違う。
 ああいう追い込まれた場面でコートに立つということに対しての耐性があったということなんだろうと思った。
 前から当たるプレスで、ディフェンスはボールをとにかく追いまわせが役割で、オフェンスは外が中心になっていて自分はおまけ、という立場だ。
 四十分トータルを考えると、イレギュラーすぎて能力水準を計るには無理がある。
 ただただチームのために、出来ることをやる。
 それだけで夢中だったから、実力として通用したという実感を持った、というところにはとてもとても至っていない。

 その当たりは割と冷静に捉えていた。
 それもあって、チームとして大事な試合に負けたという喪失感はあるが、負けたら上へ進めないという試合は明日あるんだ、という認識は吉澤の中に残っている。
800 :第九部 :2011/10/22(土) 23:13
 バスはホテルまで戻りついた。
 いつもの場所だ、言われなくても着けば分かる。
 誰が何を言うでも無く、扉が開いて一人一人荷物を持って降りて行く。
 動きが起これば多少会話は起きる。
 あ、ごめん、先いいよ、飲み物忘れてる、エトセトラ。
 でも、ただそれだけで、ワイワイ雑談、とはならない。

 明日の試合に向けてのミーティングは明日の朝食後ということになった。
 さっきの今だ、明日の戦術がどうこう言っても頭に入らないだろう、という信田の判断だ。
 ロビーにて、今日はこれで解散というところだったのだが、飯田がそれを引き止めた。

 「選手だけでミーティングやろう」

 誰からも、賛同の声も反対の声も上がらない。
 飯田が続けた。

 「特に反対の声もないみたいだから三十分後ね」

 そう言って時計を見て、改めて時刻を告げる。
 やはり、メンバーたちの反応は薄かった。
 それでも、自分の時計や携帯を見て時間を確認しているものもいた。

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