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ファーストブレイク 6th period

1 :みや :2010/07/24(土) 16:24
これのつづき

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高校生がバスケする話
吉澤とか石川とか藤本がそれぞれの学校で中心ぽくいて、周りにいろいろな人もいます。
その他の学校も出てくるし、学校の枠組みを超えることもいろいろとあります。

更新は基本週一 土曜日午後(ただし0時過ぎてカレンダー的には日曜日になることもある)

全十部予定で、このスレッドは第九部開始時点、となります。
ご新規さんは、ここを単独で読んでみて、面白いと思ったら初期に遡って読めばいいと思います。

よろしくお願いします。
501 :第九部 :2011/04/23(土) 23:55
 「ミキティ、石川さん好きだよね」

 今まで言ってみたかったけど言わないでいたことを吉澤が言った。

 「キライだよ。誰よりも。あいつを悔しさで泣かせるのが美貴の夢なんだから」

 遠くのコートを見つめながら藤本は言った。
 吉澤が、何も答えないでいると、続けた。

 「美貴、人間ちっちゃいよね。ホント、最近思う。飯田さんでさえ言ってたんだって? 日本代表に、フル代表に入りたいとか、そういうようなこと。石川はアメリカに勝つとか言い出すし、是永美記は実際にアメリカ言っちゃうし。みんなして、セカイ、とかいうなんか大きそうなこと考えて。それが、美貴は、石川倒して日本一、それも、高校とかいう小さな世界でのこと、それが夢? ホント人間ちっちゃいよ」

 一番高い位置にいる二人に関係なく、スタンドは沸きあがっていた。
 途中で入った控えメンバーのスリーポイントが鮮やかに決まっている。
 スタメン、エース、中心選手だけでなく、サブのメンバーまでも人気があるようだ。
502 :第九部 :2011/04/23(土) 23:55
 「身長ちっちゃいからかな。胸が小さいからとか? それは絶対関係ないけど。よっちゃんさんも結構人間大きいよね」
 「そんなことないでしょ」
 「美貴は、キャプテンやらされたり寮長やらされたりするからチーム全体のこと考える。でも、こういうところにきて一人の選手でいられるなら、好き勝手やっちゃう。でも、よっちゃんさん違うじゃん。こういうところに来て、別にキャプテンとかでもないのに、チーム全体のこと考えて。試合出られなそうな子の面倒とかまで見てさ。すげーと思うよ」
 「別に面倒見てるってわけじゃ、たまたま、自分がそういうレベルで自分がそうしたいってだけだから」
 「美貴、たぶん、高橋愛よりプレイヤーとして上だと思うし、福田明日香にも悪いけど今は負けて無いなって思った。信田さんが高橋愛を使いたがるのは組み合わせだからしょうがないけど、でもそれはそれとして、このチームで一番ポイントガードなのは美貴なんだ。だから、相手が誰でも美貴がゲーム作って、メンバーが誰でも美貴がしっかり使えなきゃいけない。一試合終わって、負けて、こうやって振り返ると、美貴にもわかるよ。ああ、自分のせいだなって。それなのに、負けた気がしないもないよな。百パーセント出せてないから負けた気がしない。百パーセント出せてないのはチームが熟成されてないからだ。百パーセント出せれば勝てるんじゃないかな? どんないい訳女だよって感じ。まったく、小さい小さい」

 そこまで言わなくても、と吉澤は思った。
 そこまで自分に求めるのは厳しすぎる。
503 :第九部 :2011/04/23(土) 23:56
 「ごめんね。ぐちぐちぐちぐち聞かせて。あんまりこういうの話せないんだよね。でも、美貴も、ちょっとは、セカイっての? 気にはなってきたよ。すぐとなりの国にあんなのがいて、その先の国には、なに? 中国四千年がいるんだろ」
 「中国四千年って・・・」
 「美貴自身もいろいろあるけど、やっぱチームとして勝つには今の状態ってわけには行かないんだよね。どうしなきゃいけないってのも、まあ、少しは分かる気がするけど。分かってて、それをすぐ実行しようと出来ないところが、ちっちゃいな、美貴は」

 吉澤は吉澤で別のことを思っている。
 自分は、そういうことを考えるレベルにまでも達していない。
 上には上がいる、それをまだ、国内で十分に体感できるレベルにいる。

 「美貴は、石川、キライだよ。やっぱり」

 そういうと藤本は、トイレに行ってくると告げて去って行った。
 コートでは前半終了のブザーがなり、ハーフタイムに入っていた。
504 :第九部 :2011/04/30(土) 07:29
 中国戦が終わり、宿舎に戻ってから明日へ向けてのミーティングをこなした。
 明日はタイ戦。
 真昼間からの第一試合である。
 今日の第一試合をリアルタイムで見ているのでチームとしての特徴は全員大体イメージ出来ている。
 普通に戦えばそれほど怖い相手ではない。
 スタメンは、今日は告げられなかった。
 信田自身が確定させていないようでもある。

 大分遅い時間になっており、ミーティングまで終わったらあとは寝るしかない。
 特に、中心メンバーはしっかり疲労しており、さっさと寝るべきところであるが、後藤はベッドに座りぼんやりとしていた。

 「気にしてるんですか?」
 「へ?」
 「いや、いいです」

 無口に流れて行くことが多い二人の時間。
 さすがに今日は松浦が押しかけてくることも無い。
 そんな中珍しく福田の方から声をかけた。
 電気を消すとか起きる時間とか、年上でありしっかり試合を戦った後藤主導で決めるべきである。
 そう、福田は考えていて、早く寝るべきだと思いつつもぼんやり座っている後藤を無視して電気を消して強制的に寝かせる、ということはしない。
505 :第九部 :2011/04/30(土) 07:30
 「ごめんね」
 「なにがですか?」
 「んー? うん。後藤、ダメダメで」
 「別に私に謝ることじゃないじゃないですか」
 「でも、なんか、人のこと押しのけて試合出たのに、悪かったなって思う」
 「別に。私を押しのけたのは別の人ですし」

 後藤が福田を押しのける、はそのポジションの違いからしてありえない。

 「ちょっと覇気が無いなとは思いましたけど」
 「覇気?」
 「途中までは、後藤さんこういう人だしな、と思ってました。いつでも変わらないというか。でも、マッチアップがソニンさんに替わってからは、そうじゃなくて、ただ自信が無いみたいな感じでした」

 福田は四十五分間、ずっとベンチで試合を見ていた。
 自分が途中で替わりに入る、という心理的な身体的な準備をすることもなく、ただ、試合を見ていた。
 高橋や藤本だけでなく、全体をよく見ている。
506 :第九部 :2011/04/30(土) 07:30
 「自信かあ。自信は、なかったな」
 「ソニンさんと試合したことありましたっけ?」
 「んー? 前に? 学校で? ないよ」
 「でも、いろんな情報で、負けてるなって思ってたんですか?」
 「ううん。日本にいる子だってのは分かったけど、どれくらいうまいのかとかそういうのは知らない。ただ、なんか、怖かった」

 東京聖督と桜華学園が戦ったことは、過去の歴史まで遡っても一度も無い。
 後藤は、どこそこの学校にこんな子がいる、というような情報は、自分で直接接した相手以外のことまでしっかり把握しているというようなタイプではなかった。

 「私が知っている限り、あんなに圧倒されるような差が後藤さんとソニンさんの間にあったと思えないんですけど」
 「でも、後藤は、並んで立った時に、もう怖かったよ」

 福田は、どこそこの学校にこんな子がいる、というような情報を、自分で直接接した相手以外のことまでも、結構把握しているというようなタイプである。
 ソニンについてのインターハイまでの印象、後藤真希の今日までの印象、比べてみてそれほど差があるとは思っていない。
 頭の中で行われるシミュレーション比較。
 後藤はそういう頭の中ではなくて、並んで立った時に、本能的に、直感的に、怖さを感じていた。
507 :第九部 :2011/04/30(土) 07:30
 「あの子が怖いってだけじゃなかったかな。なんか、あんなにいろんなこと考えちゃったの初めてな気がする」
 「いろんなこと?」
 「負けたらみんな悲しむんだろうなとか、福ちゃんもそうだけど、出てない子は出たいんだろうなって。だから出てる後藤はしっかりしなくちゃとか。すごいよね、みんな。試合に出るのにチームの中で競い合って。出られなくて悔しくても、それに対して不満も言わないし」

 言わないだけで不満は山ほどある。
 そう、福田は思った。
 でも、それもまた、今口にする気は無い。

 「なんか、無理だなって思っちゃう自分がいた。みんなのために勝たせてあげたいって思ったけど、でも、自分の力じゃ無理そうな気がした。延長になったのも、延長で負けたのも、どっちも後藤のせいだったよね。だから、なんか、ごめん」
 「別に、私に謝らなくても。ていうか、そうやって謝られる方が出てない身分としてはみじめだったりするんですよ」
 「ごめん」
 「もう、いいですよ」

 試合に出ている人間だけの責任じゃない、というのが福田の考えだ。
 試合に出られない人間は、出ている人間より劣っているのだから、少なくとも試合に出た人間を責めることは出来ない。
 それを責めても、自分が代わりを出来るわけでもないのだ。
 そう、福田は思っている。
508 :第九部 :2011/04/30(土) 07:31
 「松に聞かせてやりたい。そういうの」
 「まっつーに?」
 「石川さんもそうだった。藤本さんなんかもそうでしたね。自分の力が至らずに負けたんだ、みたいなそういう態度だった。飯田さんや平家さんあたりはそれよりも明日以降に向かって切り替えて行くんだ、っていう態度だったんでよく分からないですけど。少なくとも、後藤さんは自分の責任だって思ってて、他の人たちも、見た目に直接的な原因になった後藤さんのことを責める人はいない。ちゃんと、負けたことを自分の責任としてとらえてる。それぞれのチームで屋台骨になってる人たちだから、やっぱり違うなって思いました」

 なぜ松浦に、の直接的な説明になっていないけれど、福田の中でははっきりしていた。
 自分は完璧、チーム力の足りなさはまわりのせい。
 括弧明日香ちゃん除く、という注釈をつけることが多いけれど、人のせいにすることが松浦は多い。
 そんな松浦を嫌いでは無いけれど、プレイヤーの振る舞いとしては問題だと福田は思っている。
509 :第九部 :2011/04/30(土) 07:31
 「代表の重みっていうんですか? それに耐えられる人たちなんだなって。私は、プレイヤーとしても足りない何かがあるってことでスタメンを外されたんでしょうけど、それだけじゃなくて、そういう重みをまだしっかり受け止め切れない人間なのかもしれないなとか思いました。もしかしたら後藤さんも、受け止め切れていないからソニンさんに怖さを感じて、感じるところまではいいとしても、怖さを感じた後にそれに向かって行くってことが出来なかったのかもしれません」
 「代表の重みかあ・・・」

 年代別とはいえ日本の代表。
 そんなユニホームをしっかり着て公式な国際大会を戦うのは皆初めてである。
 それでも、それぞれに受け止め方は違った。

 「背負えてなかったね、それは。全然。うん。なんか、ほんとダメダメだったな」

 後藤は、今日ここに来ているほかのメンバーと比べれば、試合で負ける率が比較的高いチームに属している。
 負けることに慣れていない、ということはないのだが、今日のように明確に自分のせいである、というような負け方はなかった。
 人のせいにする、ということも無いのだが、普段の負けは後藤一人じゃどうにもならなかった的なものが多い。
 後藤が周りの足を引っ張る、というようなシチュエーションはこれまでに経験の無いことだった。
510 :第九部 :2011/04/30(土) 07:31
 「後藤さんはやる気が無いんですよ」

 ここまで言葉を選んでいた福田が、ここで急に冷たく言った。

 「簡単にいろんなものが手に入っちゃうから、それを手にしたことの価値が分からない。だから自然体でいられていいってこともあるのかもしれないけど、でも、価値が分かってないから、掴んだものを手放さないようにっていう力が働かない。やる気が無いんです。自分の中にやる気が無いから、怖いっていう時にそれに向かっていこうみたいな気持ちが出てこないんですよ」

 試合にも出られなかった年下が、結構きついことを言っている。
 後藤は反論しなかった。
 かといって、同意するような言葉も出さなかった。
 ただ、黙っていた。

 答えが帰ってこなかったので、福田はそれ以上何も言わなかった。
 明かりはついたままであるが、かまわず自分は布団を剥がしてベッドにもぐりこむ。
 頭の中には後藤のことよりも自分のことがあった。
 今日はあまりいいゲームではなかったと思う。
 でも、藤本さんの出来は悪くなかったな、と思った。
 高橋はへにゃへにゃだったけど、藤本さんはさすがだった。
 技量として負けている、それは練習の中でも多少感じていることだった。
 今日感じたのはそれを越えたものだ。
 プレイヤーとしての振る舞いはまったくレベルが違う。
511 :第九部 :2011/04/30(土) 07:32
 プレイヤーとしては五分の一であること、にこだわっていた自分がまったく持っていないものを藤本美貴は持っている。
 それはとても認めたくないことであったけれど、他の誰かが否定してくれることもなく、自分の頭の中で事実として刻まれてしまっている。
 ますます試合に出ることは遠ざかってしまった。
 そういった、いらだちも、話しているうちに膨らんでいって最後は後藤に当たってしまうようになってしまった。
 そんなつもりはまったくなかったのに。
 そこがもう、人としてなってない、と福田は思った。

 しばらくして後藤が立ち上がり扉の方へ向かう。
 スイッチを押して部屋が暗くなった。
 がさごそと音がして、後藤もベッドに入ったようだ。
 音には出さずに、ごめんなさい、と福田はつぶやいた。
512 :名無し娘。 :2011/05/02(月) 09:56
さてこれがターニングポイントに・・・ってことになるのか
はたまた現実の流れをここでも反映しちゃうのか・・・

こういう時に「オマエなんかまだまだだっ!」
と、上に引っ張りあげてくれるハッタリの効いたのが居るとねぇ

市井みたいな
513 :作者 :2011/05/07(土) 23:31
>名無し娘。さん
壁は破るためにある、かもしれないけれど、破れる人と敗れる人とどちらもいるのが実際ですからねえ・・・
514 :第九部 :2011/05/07(土) 23:32
 夜中。
 選手たちは昼間の疲れで寝静まっているであろう時間。
 まして今日は延長にまで及ぶ試合だったのだ。
 ベンチにいたメンバーはともかく、終始コートに出ていたような選手は疲れがないわけがない。
 明日も明後日も試合である。
 勝とうが負けようが関係なく。

 どうするべきか考えるまでも無く、しっかりと眠るべきである。
 しかし、石川は布団から体を起こした。
 大きくため息を一つはいて手近に合ったものを掴む。
 枕。
 それを、壁に向かって投げつけた。

 周りが寝静まった夜中である。
 やわらかい枕といえども、壁に当たれば音もする。
 もう一つのベッドから手が伸びて、二つのベッドの間にある間接照明のスイッチが押された。

 「大人しく寝てくださいよ、いい加減に」

 三つ年下の久住が大人じゃない石川をなじる。
 ごちゃごちゃうるさい石川を、明日も試合なんだから、と無理やり寝かしつけたはずだった。
515 :第九部 :2011/05/07(土) 23:32
 「寝れないんだもん」
 「だからって物に当たらないでくださいよ。まったくもー」

 そういいながら久住はベッドからずりでて来る。
 久住は当然、普通に眠い。

 「あー悔しい。しつこく張り付きやがってキムチ女が。なんなのよいったい。大したディフェンスでも無いくせに。ボールさえ持てば、全然、美記と比べてなんでもないのに」
 「何時間同じこと言ってるんですか。その次は、なんであんなのに勝てないかなあ、でしょ」
 「なんであんなのに、って小春! そうやって人のことバカにしないの」

 部屋に戻ってきてから延々同じことを言っている石川。
 実際には、部屋に戻る前から、いろいろな相手ににたようなことを言ってたんだろう、ということが久住には想像されている。
 敗戦直後の茫然期を過ぎて、怒り期に移行してから長い。

 「よくそこまでずっとずっと怒ってられますよね」
 「だって、悔しいんだもん」
 「小春も負けたら悔しいって騒ぐけど、そんな、寝れないほどしつこくないですよ」
 「しらないよ、小春のことなんか」

 大人と子供、もとい、子供と子供のやりとりである。
516 :第九部 :2011/05/07(土) 23:33
 「調子は悪くなかったはずなのよ。体は動いてた。シュートも結構入ってた。ボール受けられる回数が少なかったのよね」
 「小春、思うんですけど、それ、あんまり関係なくないですか?」
 「なによ。別に、私がボール受けられなくても関係ないって言うの?」
 「だって、今日負けたのってほとんどリバウンドの問題じゃないですか。直接的には後藤さんがいろいろと止められなかったってのがあるけど、それ以前にリバウンド取られすぎじゃないですか。オフェンス、関係ないですよ」
 「でも、もっと私が点取れてれば勝ててたもん」
 「そうかもしれないですけど・・・」

 なんとなく、久住は感じていた。
 自分を周りから見るとこんな風に見えるのかも、と。
 人の振り見て我が振りなおせ。
 そんな感じだ。
 やたら感情だけで話してる部分と、頭の中にオフェンスしか残っていないところと、両方。

 「あー、悔しい」
 「だから、枕壊れますって」

 今度は投げつけずにこぶしでぼこすか枕を叩いている。
517 :第九部 :2011/05/07(土) 23:33
 「もっと一瞬の間でも何でもボール受けられなきゃいけないのよ。ミキティとあわせなきゃ。でも、ミキティに嫌われてるからなあ」
 「確かに、嫌われてると思いますけど、美貴様、そういうところは石川さんみたいにガキじゃないと思いますけど」
 「なによ、私みたいにって」
 「好きでも嫌いでもパスくらい出してくれると思う。怖いけど」
 「出す出さないじゃないのよ。合わないの」
 「小春に言われても知りませんて」

 久住、さじを投げた。
 普段、周りと合わせるなんてことを久住は必要としていない。
 ボールを持って後は好きにやる。
 そんなスタイルだ。
 周りが自分に合わせてくれるわけでもないが、そんなことも求めていない。
 いつもの中学のチームだと、レベルが違いすぎるのだ。

 石川の場合は、なんとなく合うようにチームがなっていた。
 高橋と石川、田中と石川、それぞれ空気は読めなくてもなんとなくイメージ通りのパスが伝わる。
 もちろん、柴田と石川でもいい。
 周りのレベルがしっかり自分と近いし、周りもそういうレベルで無いと勝っていけないのが高校のレベル、石川が戦っているレベルだ。
518 :第九部 :2011/05/07(土) 23:33
 「なんで最後もフリー作れなかったのかなあ。絶対私がボール受けて勝負しなきゃいけなかったのよ。なのに、一度もボール回ってこなかった。あれはミキティのせいとかじゃなくて私が悪いのよね。なんであれくらい振り切れなかったのかなあ。ゴール下で飯田さんとかに引っ掛けられれば良かったんだけど。そうよ、大体、その前にリバウンドせっかく掴んだのに取られたのがダメなのよ。あれ取られてなかったら逆転されて無いんだし・・・・」

 久住が立ち上がり石川の横まで来て枕を奪う。

 「ちょっと、なにするの」

 久住、何も言わずに枕をベッドの正しい位置に置いて、石川をベッドに押し倒し布団をかぶせた、。
 ちょっと抵抗できずに石川は久住のされるがままになっている。

 「もう、いいから寝ろー! 明日も試合なんだから! 寝ないなら明日は小春が代わりに試合出ます!」

 そう言って、間接照明を消し、自分もベッドにもぐりこむ。
 布のこすれる音が消えてから、石川が言った。

 「分かった。根性で寝る」

 根性とか意味わかんないし、と久住は思った。
519 :第九部 :2011/05/07(土) 23:34
 朝食時のテンションはなにかおかしかった。
 祭りと葬式が同じ会場で行われているような状態。
 テンションが低いものの中に高いものが混じっている。
 疲れからなのか悔しさからなのか、単に朝だからなのか、テンションの低いメンバーが多い。
 その中に、やたらめったら試合への抱負を語ったり、今日は勝つの絶対勝つの、とやっているものがいたり。
 藤本や後藤や平家あたりは明確に前者。
 福田や松浦あたりもおとなしい。
 おかしなくらい後者なのが高橋。
 ただ、周りに相手にされていない。
 吉澤と久住は並んで座って姉妹漫才的に後者の振る舞いを最初はしようとしていたが、何か空気が違う、と吉澤が読み取ってやめた。
 飯田も意外に後者で、なんとか周りを盛り上げようとしているのだが誰も乗ってこない。
 石川が相変わらずごちゃごちゃ言っているのは、全部柴田が受け止めていた。

 「すごく嫌な雰囲気ですね」
 「負けてすぐだからね・・・」

 朝食後、出発前のわずかな時間。
 部屋に戻った柴田がポツリと漏らした。
 同室の村田と二人、昨日は中途半端に試合に出て不完全燃焼、という立場だ。
520 :第九部 :2011/05/07(土) 23:34
 「特に、試合に長く出てた人たちのテンションがちょっと変ですよね」
 「あゆみんはそんな中で冷静だねえ」
 「わたし、途中で替えられてそんなに出てませんもん、大事な時間帯」
 「おとなだねぇ」

 褒められてるんだかからかわれてるんだか。
 村田の言葉はどこまでそのまま受け取っていいのか柴田には今ひとつはかりきれない部分がある。

 「みんな、負けたら終わりみたいな試合しかほとんどしたことないからねえ」
 「そういえば、大学って違うんですよね」
 「うん。週二日のリーグ戦だからねえ」

 大学にもいろいろと大会はあり、トーナメントのものも当然あるが、○○大学リーグ、というのが一番ベースにある。
 所属するリーグによって少しづつ形式は違うが、村田は、八チーム二回戦総当り、というシステムの大会を終えてきたばかり、という時期にこの選抜チームに合流した。
 高校の大会にそんなシステムは無いし、社会人なりたての飯田や平家は、まだ長いリーグ戦を戦ってなどいない。
521 :第九部 :2011/05/07(土) 23:35
 「負けて翌日試合、ってのもあるし、負けて一週置いて試合ってのもあるし、いろんなシチュエーションあるからね。一つ負けたくらいで落ち込んだりしてられないっていっても落ち込むんだけど、それでもすぐ次があるから。あんまり負けが続くとチーム状態がひどいことになったりすることもあったりするみたいだけど」
 「どうしたら立て直せるんですか?」
 「それはわかんないけど。でも、自信は持たないといけないんだろうなって思う」
 「自信、ですか」
 「石川くんはよくわかんないけど、高橋ちゃんは自信が無いからしゃべらずに居られないって感じだったかな」
 「あの子は・・・。最近は落ち着いてきたと思ってたんですけどね。選抜来てからまたなんか子供に一気に戻った感じがします・・・」

 何で私の周りは空気が読めない子ばかりなんだろう・・・。
 と柴田は思う。
522 :第九部 :2011/05/07(土) 23:35
 「かおりんじゃないけど、とにかくまず、今日勝つことよ。今日。全員でて、すっきり勝てば、また変わるよ。そして明日、決戦」
 「明日、なんか怖いですね」
 「大丈夫。あゆみんは私なんかよりよっぽど修羅場通って来てるでしょ」
 「そんなことないですよ」
 「いやいやいや、石川くんが痴漢で補導されたのを引き取ったりとか、高橋ちゃんがストーカーで訴えられそうなのをもみ消したりとか」
 「・・・、そういう修羅場は、たしかにめぐさんよりよっぽど多いかも・・・」

 本当に困ったような顔で柴田が言うので、村田が声を上げて笑った。
 それに釣られて柴田も少し苦さが混ざりつつも笑みを見せた。
523 :第九部 :2011/05/07(土) 23:36
 タイ戦のスタメンは、着替えてコートに入ったところの最初のミーティングで告げられた。
 昨日と同じ。
 高橋、柴田、石川、平家、飯田。
 富岡ベースプラス飯田である。
 柴田は意外に思った。
 自分の昨日の出来はすごく悪いというものではなかったし、途中で外されたのは主に高さ対策という理由だったろうとは思う。
 だから、自分がまた入るのはわからないでもないけど、意外なのはそこではなく、まだ高橋使うの? というところだった。
 昨日の高橋の出来は、一年半見ている自分から見て、最低レベルのものだった。
 あんなひどい高橋はなかなか見ない。
 それを我慢して使う、というのは柴田から見て予想外の選択だった。

 タイは確かに格下だし、多少もたついても問題ないとは思うけれど。
 それくらい、ミキティと梨華ちゃんが合わないのが気になるのかな、と思った。
 あの二人が合うようになるよりも、高橋が自分を取り戻す方が早い、ということなんだろうか・・・。
 でも、柴田は、そういう面での高橋の修正力はあまり信用していなかった。
524 :第九部 :2011/05/14(土) 17:15
 昨日の中国戦と同じ大会の一試合であることが信じられないくらいにガラガラの会場。
 第一試合の日本vsタイは観客よりも選手関係者マスコミ陣の総和の方が多いくらいの環境で試合が始まった。
 一敗同士、生き残りを賭けた戦いではある。

 柴田の心配は的中した。
 今日も高橋がなんだかおぼつかない。
 相手のタイははっきり格下だ。
 平均身長も高くなく、特にプレッシャーを感じるような部分も無い。
 それなのに、高橋が機能しなかった。

 個々の力で日本の方が上回っているので一対一で点は取れる。
 しかし、チームとしていい連携で点を取る、というシーンが無い。
 高橋を使い、富岡ベースのチームを組み、連携が出来ているメンバーでやらせている、という利点がまったく出ていないのだ。
 タイの方は負けて元々、のびのびやっている。
 観衆が少ないこともあって、タイベンチのワンプレーワンプレーに対する盛り上がりが、会場の空気を支配していた。
525 :第九部 :2011/05/14(土) 17:16
 第一ピリオド14-12
 メンバー替えずに第二ピリオドも戦って29-24
 前半終わって日本の五点リード。
 まだまだ事故が起こりかねない点差である。

 ハーフタイム。
 メンバーチェンジが告げられる。
 高橋のところに藤本、平家に後藤。
 切り替え早く、という指示が出た。
 前半二十分間で速攻が一本も無い。
 途中、必ず経由する高橋が機能していなかったせいもあるが、全体的に動きが良いとはいえない。

 後半に入り、流れは何とか日本へと傾かせることができた。
 ディフェンス、時間半分でいいんだろ、と余裕のある藤本が前から厳しく当たる。
 藤本の体感で、インターハイ一二回戦レベルと見た相手は、これだけでボール運びが苦しくなった。
 シュートまで持って行かせずにボールを奪えることで心理的に優位にも立てる。
 藤本と周りの連携がとてもよい、とはまだまだ言い難い関係性であるが、それでも、ターンオーバーから周りもしっかり反応して、二対一や三対二を作れてしまえば、そこはしっかりシュートまで持っていける。
 第三ピリオドの途中、十五点の点差が開いたところで飯田アウト村田イン、柴田アウト松浦イン。
 スタメン組みに休みを与えて行く。
526 :第九部 :2011/05/14(土) 17:16
 流れが来てしまえば、後はそれほど苦労はなかった。
 苦しい場面も耐えて粘る、というような精神性が東南アジアのチームにはあまりみられないようだ。
 石川のスリーポイントで二十点差。
 そこまで来て第三ピリオド終了。

 「石川、後藤、アウト。久住、里田入れ」

 ここまで出ずっぱりの石川を下げる。
 明日もあるので余裕があるなら休ませたい。
 後藤はどうにも精彩を欠いていた。
 十分間ノーゴールでリバウンドも一つだけ。
 そんなことが許されるポジションではない。

 「小春、行っきまーす!」
 「しっかりやりなさいよ。中学校とは違うのよ」
 「分かってますよ。ホテルの備品壊す石川さんみたいな子供と違うんですから!」
 「何壊したんだよ石川」
 「何も壊してませんて」
 「ベッドの枕壁に投げつけるんですよ。あー、悔しいとか言って」
 「小春! 余計なこといわなくていいの!」

 久住の口にチャックなんてものはついていない。

 「吉澤さん吉澤さん。小春、世界デビューですー! 世界が見てます」
 「あんまり見てない気がするけど」
 「気のせいです」

 観客席を見回す吉澤。
 純粋な「観客」と扱える人間は、まだ百くらいだろうか。

 「ガキ、まだわかんない点差なんだからな。真剣にやれよ」
 「分かってますよ。美貴様こわいー」
 「誰が美貴様だ!」
 「いいじゃないですかー。美貴様っぽいんだから」
 「ったく、どいつもこいつも・・・。シュート決めた本数だけ、美貴様って呼ぶの許可してやる」
 「ラジャー」

 久住、すっかりチームのマスコット兼ムードメーカーになっていた。
527 :第九部 :2011/05/14(土) 17:17
 第四ピリオド、藤本の心配は当たらずとも遠からずといったところであった。
 点差が開いて行かない。
 点を取るポジション、里田と藤本の息はぴったりなはずなのだが、里田がノーマークのシュートも外してしまったりとゴールにつながらない。
 久住の方は混んでいる中へ入って行って自爆したりしている。
 それでも速攻からの三対二の場面で、パスで捌かずに自分で一人交わしてシュートを決めてきており、「いい度胸してるわ」と信田に言わしめている。

 自分より子供がいると、人は大人になるものなのだろうか。
 全体のバランスを考えて動いて、藤本との息もしっかり合わせているのは松浦だった。
 目と目では通じ合わない、というのを前提に、しっかりと声を出して手を上げてパスを要求している。
 再びもつれる点差に迫られそうになるのを、スリーポイント二本で突き放している。

 オフェンスの自爆は他を頼ればいいとして、ディフェンスはそうは行かない部分があった。
 たまたま、というか、分かっていての交代ではあったのだが、久住のマッチアップはタイのエース級。
 一対一で翻弄されっぱなしである。
 いい経験、と割り切って温かく見守るには危険な点差。
 信田は、柴田にいつでも入れるようにとアップを命じてある。
528 :第九部 :2011/05/14(土) 17:17
 そんな、危なっかしさをはらみ、多少どたばたしながらも、大きなダメージは無く時間は進んで行った。
 残り一分を切って71-52
 相手がファウルゲームをしてくるでもなく、セイフティーリードだなと言えるところまで来て信田がメンバーチェンジを告げた。
 松浦、久住、里田アウト。
 亀井、柴田、吉澤イン。
 藤本は残し、柴田くらいに信用度のある選手も入れておかないと不安らしく、全部交代とは行かなかったが、これで亀井と吉澤も国際大会デビューである。
 しかし、一分ない時間ではたいしたことは出来ない。
 吉澤は、流れの中でボールに触ったのは一回だけでシュートもリバウンドも関わることがなかった。
 最後の最後、ボールが回ってきた亀井がスリーポイントを放つが外れ、そのままゲームセット。
 71-54
 二戦目にして日本代表が初勝利を上げた。
529 :第九部 :2011/05/14(土) 17:17
 「明日が不安ね」

 試合が終わった直後、コートサイドの記者席で見ていた稲葉が開口一番言った。

 「前半ひどかったから点差はこうですけど、でも、後半はまあまあじゃないですか? さすがに予選は通るんじゃないかと思いますけど」
 「選手もそうだけど、監督も不安なのよね」
 「信田さんですか?」
 「うん」

 バスケットボールという一つの競技の、しかも世代別のアジアの大会。
 ホームならまだしも、会場は上海と海外。
 一般紙の記者などやってこないし、スポーツ紙もほとんど人を派遣してきている様子はない。
 日本から来ているのは稲葉と、フリーでまだ何でもやってみるという段階の斉藤くらいのもの。
 また斉藤は稲葉への寄生状態になっている。
530 :第九部 :2011/05/14(土) 17:17
 「スタメン替えて来ると思ったんだけど、なんで信田さんはあの五人こだわるのかな?」
 「チーム作る時間がなかったから、って稲葉さん昨日自分で解説してくれたじゃないですか」
 「でも、今日もその五人で引っ張る必要ないでしょ。昨日も今日もスタメンの五人が全然うまく行ってない。より正確に言えば、高橋さんがまったく力を発揮出来てない」
 「インターハイの時はもっと良かったと思ったんですけどね」
 「なんなんだろう。ポジションの違いなのか、国際大会っていうものへの対応力のなさなのか。昨日は相手が悪かったって部分もあるけど、今日はそういういい訳も効かないしね。あれが実力ってわけじゃないのは確かだけど。でも、どっちかって言うと私は、高橋さん自身じゃなくてそれを使い続けた信田さんの方に疑問を感じるな」

 インターハイで松浦をベンチに下げるところまで追い込んだり、藤本を苦しめたりしたとき、高橋は自分がポイントガードという立場ではなく、そこには田中がいた。
 今回は自分がポイントガードという立場で試合に出ており、ポジションが少し違う。
531 :第九部 :2011/05/14(土) 17:18
 「考えてみると、信田さんもこうやって采配を振るうの初めてなのよね。それが心配。昨日も初戦で相手が韓国で、そりゃあプレッシャーが掛かっただろうけど、それでも負けたら終わりって試合じゃなかった。それが明日は本当に正真正銘負けたら終わり。目標は優勝で最低限世界選手権の出場権を取らないといけない、それが予選リーグで負けましたなんて許される話じゃないでしょ。そういうプレッシャーが信田さんの肩にのしかかるわけだけど、それに耐えて冷静に采配振えるかなあ」

 日本は、過去、フル代表、世代別代表合わせて、アジアのベスト4に残れなかったことなど一度もない。
 選手たちはそこまでの知識を持っていないものも結構いるが、信田は当然知っているはずである。
 日本はタイに今日71-54で勝った。
 北朝鮮は昨日タイに103-46で勝っている。
 一応、韓国が今日北朝鮮に、明日タイに負ければ、日本が北朝鮮に負けても、日本韓国タイと一勝二敗で三チーム並んで後は直接対決の得失点差で勝ち抜ける、という可能性はあるが、韓国がタイに負けるという可能性はきわめて低い。
 明日の北朝鮮戦は負けたらおしまい、という戦いである。
532 :第九部 :2011/05/14(土) 17:18
 「なんか、守りに入ってる采配な感じなのよね」
 「守りですか?」
 「できあいのもので何とかしようってところが。最低限計算できるわけじゃない。まあ実際にはたぶん、その計算の最低限を下回る結果が出てきてる感じだけど。でも、それでもスタメンを替えるのが怖かったんじゃないかな」
 「今のままじゃダメだと思っても、替えるのって怖いもんですかね?」
 「怖いでしょ。もっと悪くなるかもしれないし。でも、こんな程度のメンバーじゃないと思うんだよね」
 「それは、そうですね。高橋さんもそうですけど、藤本さんにしても、石川さんにしても、インターハイの時のが生き生きと輝いて見えたんだけどなあ」
 「輝いていたとは情緒的な意見ですね斉藤君」
 「そういう輝いた姿を伝えたいからスポーツライターなんて職業やろうと思うんと違います? 私は偉そうに選手たちに説教するような記事は書きたくないんですよ」
 「説教もまた愛なのだよ斉藤君。それがわかる時がきっと君にもいつか来る」
 「愛のない記事もいっぱいある気がしますけどね」

 そろそろ行くか、という風に稲葉が立ち上がり斉藤もそれに続いた。
 国際大会の試合終了後。
 注目ゲームか否かに関係なく、一応全試合監督記者会見は準備されている。
 韓国戦、中国戦なら別であるが、日本vsタイとなると、日本の監督に話を聞こうなどというのはほぼ日本人しかなく、今来ている日本人と、現地在住の臨時雇われバイト特派員を除くと、ほとんど二人しかいないのだった。
533 :第九部 :2011/05/14(土) 17:18
 昨日は韓国の記者、また予選B組最注目の日韓戦ということで中国の記者もいたが、今日はそれほどの数はいない。
 稲葉と斉藤、二人で聞きたいことをほぼ質問は出来た。

 前半の苦戦の要因は何か?
 後半、藤本選手が入るところでどんな指示で送り出し何が変わったのか?
 最年少の久住選手のプレイ振りにはどういう感想を持ったか? またこの先の試合の戦力としてカウントしているのか?
 今日のスタメンはいつどのように決めたのか?
 明日のスタメンはどうするのか?

 二人が聞いたのはそういったところだ。
 一つ目については、タイはしっかりと組織された強豪チームであるので苦しい試合になるのは当然である、という建前を全面に打ち出した答えをしつつ、昨日の悪い流れをひきづっていたというコメントも入っていた。
 二つ目は、切り替えを早くして速攻を出すことを指示した、という事実が伝えられ、それによって、互いのセットオフェンスだけが繰り返されるスローテンポな試合が、ミスも増えてターンオーバーも増えはしたが結果的に早い展開になりリズムに乗れた、とも言っている。
 久住については、あの年齢で物怖じせずにこういう試合に臨めるのはたいしたものだといいつつも、ディフェンス面での不満が口にされた。
 また、今後の戦力かどうかについては、十五人全員が戦力であり当然久住もその一員だ、という無回答が得られただけだった。
 今日のスタメンをいつ決めたかについては、アップを初めて全員の調子も見た上で決めたと言い、明日についてはまだ何も考えていないという。
534 :第九部 :2011/05/14(土) 17:19
 「最後に、このチームがこの先勝ち抜いて行くのに必要なことはなんだと思われますか?」

 稲葉が聞いた。
 日本語での質問で回答者も日本語なのであるが、通訳がいて英語で質問を繰り返しアナウンスしている。
 その間を挟んだあと、信田が答えた。

 「今の十五人にはこの大会を勝ち抜いて行く力は十分にあると思っています。ただ、その力を発揮できていない部分は確かにあるでしょう。その日の体調であったり、国際大会の経験の無さであったり、監督むかつくとか、まあ、いろいろな理由において、百パーセントの力が発揮出来ないことはあります。この先必要なことはその百パーセントの力を発揮することなのではないかと思っています。それが出来れば結果はついてくるでしょうし、逆に、それが出来ても結果が付いてこないのであればそれはもう力不足を認めるしかありません。幸いにして少しづつ見えてきたこともあります。試合を積み重ねることによって選手たちもやりやすくなってくるでしょう。とにかく、まず、明日勝たないと先がないわけですが、選手たちの力を、私がしっかり百パーセント出せるようにしてやることが大事だと思っています」

 その後中国人の記者が二三質問していた。
 稲葉目線で、こいつらバスケ分かってんのか? というようなものも混じっている。
 石川選手はどういう生活をしてこんな選手になったでしょうか、とかここで聞いてどうするんだ、というような、おまえはただのファンかと突っ込みたくなるようなものもあった。
535 :第九部 :2011/05/21(土) 22:39
 閑散とした記者会見が行われている裏ではAグループの試合が始まっていた。
 インドvsマレーシア
 一敗同士で負けた方が終わりというような試合。
 終盤まで拮抗していたが、最後はマレーシアが押し切った。


 その次、第三試合、北朝鮮vs韓国。
 この試合を日本代表は当然視察した。

 韓国代表は昨日とは違うメンバーがスタメンに顔を連ねている。
 相手によってスタメンをそっくり入れ替える、というのはまったくないやり方ではないがそれほどあるケースではない。
 そのそっくり入れ替わった韓国代表相手に、北朝鮮はまったくの五分に試合を展開した。
 第一ピリオド16-16
 第二ピリオド終えてハーフタイムに入り34-34

 韓国は昨日と違いメンバーも頻繁に入れ替えている。
 昨日と今日と、どちらの韓国がやりにくいかというと微妙だけど、後半の連携がなくなった昨日のチームよりは今日の方がいやだな、というのが上から見ていてのメンバーたちの印象だ。
 そんな韓国チームと北朝鮮は五分の試合をしている。
 北と南、公式戦で対戦すると熱くなりがちであるがこの試合も例外ではない。
 ファウルがかさむ。
536 :第九部 :2011/05/21(土) 22:39
 「あんまり関わりたくない相手だね」

 石川が隣に座る柴田に言う。
 痴漢まがいのことをしておいて何を言うか、と思わないでもないが、試合を見ての感想としては柴田も同意である。
 日本国内の試合でも、多少荒っぽいチームというのはいるが、こういう、ボールを奪いたいというよりも危害を与えることの方が目的なんじゃないか、と見えてしまうほどのものはなかなかない。

 「時間掛かりそうでいやだな」
 「時間って、ファウル多いと時計よく止まるってこと?」
 「うん。休みが多くなるって部分もあるんだろうけど。フリースローも別に苦手じゃないけど、なんか気分出ないから好きじゃないのよね」

 フリースロー二本で二点取るのも、フィールドゴールで二点取るのも同じ二点であるが、チームに勢いを与える可能性があるのはフィールドゴールの方だけである。
 フリースローを決めて盛り上がる、というのはなかなかない。

 「前半だけでチャージング何回あった?」
 「三つ? 四つかな? コース入ってもかまわず突っ込んでくし」
 「あれも危ないよね。シュートに無理に行ってひざ入ったのとか」
 「明日もあんな感じで来るのかなあ・・・」

 強い弱い以前に、荒い相手はいやなものである。
537 :第九部 :2011/05/21(土) 22:40
 この試合、どちらが勝とうと日本としては明日勝たなくてはいけないことにはかわりない。
 どちらが勝った方が都合が良いというのはないのだが、見ていてなんとなく韓国の方に肩入れしたくなるような展開である。
 後半、韓国が少しづつ突き放し始めた。
 きっかけはソニンだった。
 北とか南とか知るか、という少し違う位置づけに居る彼女。
 インサイドで多少きつく当たられようと動じないだけの体を作ってある。
 ひじ打ちされようがひざ蹴りされようが、跳ね返してゴールを決めて行く。
 背負っているのは国家ではなくて自分のアイデンティティーだ。

 一箇所勝って、流れが韓国へ傾いて行った。
 昨日のチームと異なり、今日のメンバーには外からのシューターもいるようだ。
 ソニンをつぶそうと北朝鮮がインサイドをさらに固めてムキになっていると、薄くなったアウトサイドからシュートを決める。
 第三ピリオド終わって54-43韓国リード。

 第四ピリオドは点差が急激に開くということはなかったが、縮まっても行かなかった。
 十点前後の差で時計は進んで行く。
 残り五分を切るあたりからますます荒い試合になって行った。
 焦り、というのもあるのだろう。
 残り三分切って76-65
 北朝鮮はこの段階でファイブファウル退場がもう二人もいる。
 さらに、前から当たるディフェンスもしてきた。
538 :第九部 :2011/05/21(土) 22:40
 「あんなん、怪我しそうで嫌です」

 柴田の反対側で石川の隣に座る高橋が言う。

 「パスでかわしていきたいよね。ドリブルで抜いて行こうとすると怖いなあ」
 「この頃だとこっちもばててるから嫌や」

 石川と高橋の会話を聞きながら、この子明日もスタメンで出るつもりでいるんだな、と柴田は思う。
 柴田の印象だと、昨日今日の出来からすると外されるんじゃないかと思うけれど。
 出来の悪さは能力不足というのとは少し違う気がするので、気持ちの部分に対して先輩として何か言って上げたい気がするけれど、何を言えばいいのかというところが浮かんでこない。
 別に嫌いとかそういうことではないのだけど、柴田にとって高橋というのは少し扱いにくくて苦手な後輩だった。

 試合は最終的に87-70で韓国が勝利した。
 試合時間残り三分から、実時間では十分以上掛かっている。
 最後はファウルの連続で韓国の得点はフリースローだけで積みあがって行った。
 北朝鮮は最終的にファイブファウル退場を四人出している。
 大きなけが人が出た様子がないのだけは救いだった。
539 :第九部 :2011/05/21(土) 22:40
 第四試合は中国vs台湾
 スタンドはまたすっかり埋まっている。
 日本代表は前半だけ見て帰る予定である。

 藤本はスタンドの上から一人の選手だけを見ていた。
 これから試合に臨むにあたっても頭にリボンをつけている小さな女。
 その姿勢が気に喰わないが、それとは別になにか怖いくらいの迫力も感じる。

 ホームの中国は、会場のあちこちにファンたちの貼るバナーが出ているし、ロビーなどにも選手紹介の看板が出ていたりする。
 そこに中国語が分からなくても漢字は読める日本人なら理解できるような表現とともに、リボン女の写真が貼られていた。
 中国四千年の歴史の中で最高のポイントガードになるだろう選手。
 藤本にだって「中国四千年」という漢字は読めるし、PGがポイントガードの略なのはバスケやってれば嫌でも覚える。
 強力なキャプテンシーがどうのこうの、に値する部分は当然藤本には読めなかったが、自分が出た場合にマッチアップとして当たるのがこの選手なことは分かった。
 #4 高 南
 藤本の中では中国四千年という名前になっている。
 CHN48のキャプテン格だ。
540 :第九部 :2011/05/21(土) 22:41
 昨日のインドは格下過ぎたため調整という感じでスターティングメンバーも本当のレギュラーという感じではなかった。
 今日はAグループの中では最も警戒するべき相手台湾戦である。
 CHN48と言えどもしっかりレギュラークラスを投入しているように見えた。

 平均身長は日本とそれほどかわらなさそうだ。
 藤本より小さいのから始まって、飯田くらいの高さまで、均等に五人いる。
541 :第九部 :2011/05/21(土) 22:41
 試合は立ち上がりほぼ互角の展開だった。
 台湾もよく健闘している。
 どちらも攻撃力があり派手に点を取り合う展開。
 駒のそろえ方が富岡に似ているな、と石川は感じていた。
 真ん中三人が点を取って行く。
 高橋、柴田、石川で点を取る、という自分たちのスタイルに近い。
 ガードの統率力、なんてところには大きな差はあるが。

 今のポジションだとぶつかるのは12番の選手だろうか。
 プレイスタイルや技量とは別なところで自分に似ているなあ、と石川は本気で思った。
 美少女なところ。
 二人並んで一枚ぱちりと写真を撮りたい。
 のんきにそんなことも思った。
 #12 麻 友友
 顔は互角、スタイルで自分の勝ち。
 バスケは? やってみなくちゃ分からない。

 #6の優 子や、#7の敦 子も惜しいが、勝負して面白いのは麻 友友だと思った。
542 :第九部 :2011/05/21(土) 22:42
 第一ピリオドは26-22 中国リード。
 台湾も二人のフォワードの得点力でしっかり追撃していた。
 #4の松 玲奈がいい。
 それともう一人、#15番が目覚しい活躍をしている。
 藤本がプログラムを確認してつぶやいた。

 「14歳? ホントか? ずいぶん老けてるな」

 #15 珠 理奈
 高さもありスピードもありシュート力もある、いい選手だ。
 14歳にはとてもとても見えない。
 プレイ振りも、見た目も。
 マッチアップの麻 友友の方がよほど年下に見える。

 この二人は中国でも人気があった。
 民族も同じ台湾のこの二人。
 中国でCHN48の人気投票をすると、この二人も上位に入ってきてしまう。
 台湾は中国の一部であり、二人はCHN48の一員として認めるべきだ。
 そう主張するファンが増えている。
 これを、一つの中国問題と言い、政治問題となっていた。

 今日のこの試合では、二人は当然台湾チームにいて、打倒CHN48を目指して戦っている。
543 :第九部 :2011/05/21(土) 22:42
 台湾は惜しむらくは、この二人に続く選手がいない。
 他のポジションが弱いのだ。
 CHNのガード陣、高南と優子がきつく当たるとボール回しが苦しくなる。
 ゴール下もCHNがはるかに強かった。
 #10 麻里 子様
 澄ました顔しながらも圧倒的な存在感でゴール下を支配する。

 第二ピリオドに入って中国が徐々にリードを広げ始めた。
 自力の差だろうか。
 台湾のエース格二人はアジアではトップレベルのプレイヤーで確かに得点力は極めて高いのだが、その二人をしてもCHN48のスタメンクラスからすればそこそこ互角に戦える相手にすぎない。
 得点力の変わらない中国が、やや得点力が落ちてきた台湾を突き放す。
 前半終わって54-40 中国リード。
544 :第九部 :2011/05/21(土) 22:43
 強いなCHN、という印象を受けて日本代表はその時点で帰って行った。
 CHNの前に、明日、北朝鮮に勝つ必要がある。

 中国-台湾は、後半、峯南や指子といった、タイプの違う選手も次々と全員投入する余裕まで見せて中国が101-79で勝利した。
545 :tama :2011/05/21(土) 23:49
CHNの名前の付け方www
546 :作者 :2011/05/28(土) 23:36
>tamaさん
実際、中国語だとどう読むんだか、って感じではありますが
547 :第九部 :2011/05/28(土) 23:36
 宿舎へ戻ったのはもう夜遅い時間だった。
 明日は第三試合でそれほど朝が早いということはない。
 だから夜更かししていい、ということは当然ないが、余裕はある。
 特に、試合に出場するわけではない立場は、それほど強く体のコンディションに気を使う必要がない。
 だからということもないのだろうが、信田は一人、部屋で起きていた。

 信田は一人部屋だ。
 小湊も別室で一人部屋。
 中国のビールを買って、部屋で一人ちびちび飲んでいた。
 青島?酒。
 青島は地名なのだが信田の中では人名になっている。

 寝酒、ではない。
 ただの飲み物だ。
 大会中は禁酒、ということも特にない。
 選手だけ禁酒でコーチは飲んでいいのか?
 そもそも選手は未成年であるので関係ない。
548 :第九部 :2011/05/28(土) 23:37
 考える時間が必要だった。
 一人で考える時間が。
 小湊と相談すれば何か見えてくるかもしれないし、そうする方が本筋だろう。
 だけど、一人で考えたかった。
 つまみもなしでグラスに注がれたビールと、開かれたノートがテーブルには置かれている。

 自分という人間の小ささを信田は感じていた。
 明日、勝たないと予選リーグ敗退。
 日本の女子バスケットボールの歴史上、世代別だろうとフル代表だろうと、アジアのベスト4にも残れなかったということは一度たりともない。
 それが起きる可能性が明日ある。
549 :第九部 :2011/05/28(土) 23:37
 怖かった。
 今、自分の頭にあるのは、負けた時に自分が叩かれることへの怖さだ。
 それが頭にあることを冷静に見つめている別の自分もいる。
 あの子たちを勝たせてやりたいとか、日本のバスケ界のためにとか、そういうことよりも、負けた時に自分が叩かれることへの怖さを感じている自分。
 同時に、それを冷めた目で、こいつ小さいなと見ている自分もいる。
 そんな自分本位な苦悩は小湊にも見せたくなかった。

 選手たちの力を引き出せていない、と信田は感じていた。
 選手たちがきちんと力を発揮すれば、あんなものではないはずだ。
 それを感じているから余計に、負けたら自分のせいだと叩かれる未来も頭に浮かぶのだ。
 選手たちではなくて自分が悪い。
 間違いないと思う。
550 :第九部 :2011/05/28(土) 23:38
 スタメンが機能していなかった。
 高橋、柴田、石川、平家、飯田。
 富岡プラス飯田圭織。
 これで安定した力を発揮してくれるはずだった。
 なにが問題か?
 富岡のメンバーと飯田の連携?
 違う。
 高橋愛だ。

 韓国戦もタイ戦も、藤本を入れたところで明らかにチームが立て直されていた。
 高橋愛の力が足りていない、否、力が発揮出来ていない。
 国際試合の重圧、なのだろうか。
 藤本はその点では問題はない。

 ただ、石川と合っているかといえば、それは合っていないのだ。

 いろいろと考えてみたけれど、信田は、このチームは石川のチームだ、というところに落ち着いていた。
 石川が中心にいて、それと合うメンバーで周りを構成する。
 実績関係なし、横一線、合宿で力を見る、と言って二週間見た結果、是永-石川の力関係は保留のまま終わってしまったけれど、それを除くとやっぱり石川、ということになったのだ。
551 :第九部 :2011/05/28(土) 23:38
 藤本-石川ラインは、大会までに間に合わなかった。
 石川に合うのは高橋で、そう二人決まれば、力として遜色ない中からなら富岡ベースで組み上げるのが一番計算できるだろう。
 そう考えたのだけど、その計算が成立していない。

 今大会での出来ははっきり藤本の方が良かった。
 控えの気楽さで好結果、ということではないのは見ていて分かる。
 高橋の出来の悪さが重圧につぶされたものなのかどうかははっきりしないが、藤本の方は少なくともそういうことはおきていない。
 現在の、自分のいる高校の中での立場の違いから来るものなのだろうか。
 それこそ、二年生の気楽さ、で好結果を出していたインターハイの高橋、だったのかもしれない。
 藤本の方は、気楽さ、などという言葉が出てくる立場ではない。
 石川以上に、チームの中ではすべてを背負って、というのに近いくらいの立場だ。
 元々技術的に藤本が高橋に劣る、ということもない。
 一長一短はあるし、直接相対した時の相性の良さ悪さというのも別にあるが、一年後に試合をすることを考えたならば、まずは藤本を主軸に据えてチーム構成するだろう。
 一年後ではなく、明日試合をしなければならないことが問題なのだ。
552 :第九部 :2011/05/28(土) 23:39
 今日の出来を考えたら藤本を選ぶべきだった。
 しかし、そろそろ高橋も調子が上がってくるのではないか、と思う部分もある。
 国際試合のプレッシャーも二試合経験すれば慣れてくるのではないだろうか。
 でも、また同じことを繰り返したら・・・。
 今日の相手は格下だから問題なかった。
 明日はそうはいかない。
 韓国戦、序盤のビハインドをなかなか跳ね返すことができず苦しんだのだ。

 ふっと、選択肢はもう一つあるのか、と思った。
 福田明日香。
 重圧には、なんとなく強そうだ。
 印象としては高橋愛よりはそういうものへの耐性はありそうに感じられる。
 でも・・・。
 石川とのあわせ、周りとの連携・・・。
 四十分それを計算できるだけの準備を福田には与えていない。
 合宿の後半から上海へ来てからは、高橋と藤本、二択、という前提でチームを作ってきている。
 せいぜい緊急時の五分だろう。
553 :第九部 :2011/05/28(土) 23:40
 もっと早くスタメン組みを固めていたら、状況は違うものになっていただろうか。
 藤本と石川、組ませる時間を長くしていたら。
 藤本と柴田にしても藤本と平家にしても、そこが松浦や後藤に代わったとしても。
 すべてのパスがポイントガードから出る、というわけではないけれど、ポイントガードが変わるとチームの性質が変わってしまうのは否めない。
 昨日、今日のスタメンは、石川梨華色のチームだ。
 藤本というのはコートにいると通常、藤本美貴色のチームを作る。
 そこも高橋とは違う。
 高橋は石川梨華色のチームに加わるエッセンスであって主役ではない。
 藤本美貴色のチームに石川が染まるか? といえばそれもまたノーだろう。
 昨日、今日、藤本が入って立て直されたチームは、藤本色と石川色が別々に存在した中でそれぞれの力の単純合計値で戦っていた。
 二つの色が混じって、戦力が融合して、単純合算以上の力を出すチームがこの短期間に出来るのか?
 色が混じった時に、ただ濁りが生じるだけで、単純合算以下のチームになってしまうのではないだろうか?
554 :第九部 :2011/05/28(土) 23:40
 信田の思考は行きつ戻りつする。
 明日負けたら終わり。
 失敗は出来ない。
 それでも、決断は下さなくてはならない。

 先を考えれば、答えは一つなんだろうな、と信田は思った。

 CHN48

 この山を越えるためには、
 二つの色の融合は、最低必要条件だった。

 ただ、怖かった。
 藤本と石川がうまく行かなかった場合、試合に負けて叩かれるのは自分であろう。
 そこに考えが行く、小さな自分を、を空中から見つめるもう一人の自分がせせら笑っていた。
555 :第九部 :2011/06/04(土) 23:47
 昼の第一試合で韓国はタイに簡単に勝ち、三連勝でグループBの一位通過を決めた。
 第二試合、台湾が二勝目を上げて、中国と並んでグループA通過を事実上決める。
 ベスト4残りは一席。
 日本か北朝鮮か。
556 :第九部 :2011/06/04(土) 23:48
 嫌な予感を後藤は感じていた。
 試合前のアップ。
 プレッシャーの掛かるゲームであるが、チームの雰囲気は堅くはない。
 予選リーグ最終戦の重圧と、国際大会三試合目の慣れ。
 差し引きは慣れの部分の方が大きいのか、周りのメンバーは、合間合間に談笑する余裕は見せている。
557 :第九部 :2011/06/04(土) 23:48
 嫌な感じがするのは自分だけなのか、と後藤は思った。
 初戦の韓国戦は自分のせいで負けた、と感じていた。
 それをひきづっているのは自分でも分かる。
 あまり試合に出たくないな、と思った。
 誰かのために頑張る、というのには、日本という国のため、はあまりに大きすぎる。
 今の、不安を感じた、自信のないままコートに立っても、また足を引っ張るだけだろう。
 それでも、どこかの場面でコートには立つのだろう。というのも分かっていた。
 五人固定で最後まで行く、というスタイルにはなっていない。
 適宜代わりながら。
 その替わって行くローテーションの一人に入っているのは間違いない。
 それが、競った展開の終盤、とかにならなければいいな、と思う。

 だけど。
 嫌な予感がするのだ。
558 :第九部 :2011/06/04(土) 23:48
 スタメンはアップに入る前にロッカールームで伝えられた。
 藤本、柴田、石川、平家、飯田。
 三試合目でのスタメンチェンジ。
 意外とは思わなかった。
 周りもあんまり驚いたリアクションというのはなかったし。
 ちょっと高橋が顔色を変えたくらいなものだ。

 あの子は出たかったんだな、とそれを見て思った。
 後藤の目から見ても、一試合目、二試合目、高橋の出来はよくない。
 良くないではなくて、悪い、と言った方がいいだろうか。
 自分のことを棚にあげて言うならば、韓国戦は高橋の出来が悪くなければ序盤のビハインドが無くて勝っていたかもしれない。
 そんな状態なのに、あの子は試合に出たかったんだな、と思った。
559 :第九部 :2011/06/04(土) 23:50
 荒れたゲームになるかもしれないけれど、冷静に戦え、という指示があった。
 コム カイ という昨日は早い時間帯で退場になった選手や、一人落ち着いたプレイ振りに見えたのに後半突然ファウルアウトしたラ リピー、荒っぽいプレイが多いのに消えそうで消えずに最後まで残ったエリ カサマ というあたりが要注意だという。

 平家さんや飯田さんは大丈夫だろうと思うけど、ミキティや梨華ちゃんどうかなあ、と思った。
 冷静に、というタイプにはとても見えない。
 自分からひざ蹴り入れるようなことはしないだろうけど、かーっとなってまくし立てるタイプには見える。
 いや、梨華ちゃんは冷静におしり触って対処するのかもしれないけれど。
560 :第九部 :2011/06/04(土) 23:51
 アップのラスト、各自でランダムシューティング。
 ミドルレンジからのジャンプシュートは割としっかり入った。
 肝心な時に入らなかったりして。
 そんなことが頭に浮かんで一人で苦笑する。
 なんなんだこの自信の無さは。
561 :第九部 :2011/06/04(土) 23:51
 三分前、とレフリーが多分英語で言ったと思われるところでメンバーはベンチに下がった。
 コーチからもう一度多少の指示と檄が飛び、円陣を組む。
 選手十五人とコーチ二人、十七人の輪。
 ガードからセンターまで、身長ばらばらなので肩を組むのは窮屈だったりするけれどそんなぎこちなさが後藤は嫌いじゃない。
 こういう時に、ふらふら街をあるっているより、バスケやってて良かったのかな、と思ったりもする。
 三試合目にしても、まだ、意味のよく分からない激を飯田が飛ばしていた。
 不思議な人だ。
 でも、たぶん、意味なんかどうでもいいのだ。
 飯田さんが何かを言っていれば。
 戦術がどうこう、が出てくるのは別の場面。
 今は、気持ちの問題。

 「乱闘になったら真っ先に出ていくっす」
 「小春も」
 「小春は戦力外だと思う」

 吉澤と久住の姉妹漫才。
 たいして面白くないのだけど、しょーもないやりとりが場を和ませる。
 ただ、和んでいる状況でもなくて平家がしっかりしたことを言って最後を締めた。
562 :第九部 :2011/06/04(土) 23:51
 国際試合、ナンバーと選手名が中国語-英語でコールされるなか、スタメンの五人がコートに上がって行く。
 日本チームにも少し地元ファンが付き出したようで、石川のところで会場がやや沸いた。
 北朝鮮の方も、ラ リピーにコアな人気があるようだ。

 試合が始まる。

 後藤の、嫌な予感はなんだか消えなかった。
563 :名無し娘。 :2011/06/06(月) 09:00
北の選手名がぜんぶ出オチとか(笑)

こういう選手のヒリヒリするような緊張感は久しぶりかも
まけんな後藤!

でもなんだか嫌な予感
564 :作者 :2011/06/11(土) 21:25
>名無し娘。さん
使って許されそうなのがこういう人たちしかいなかったんですよ・・・。
565 :第九部 :2011/06/11(土) 21:26
 悪くない立ち上がりに見えた。
 ついに交代したスタメン。
 自分は、その選択肢の中にも入っていなかっただろう。
 高橋でも藤本でも、どちらでも関係ない、福田はどちらにしてもベンチにいるだけだ。

 コートに立つ五人は、追い込まれた雰囲気を纏っていない。
 落ち着いた入りだった。
 立ち上がりからエンジン全開、ということもない。
 自分でもこの試合はそうやって入ると思う。

 ファーストゴールは石川のミドルレンジからのジャンプシュートだった。
 いろいろな選択がある中で藤本が石川に送り、いろいろな選択がある中でその場でのジャンプシュートを選んだ。
 いきなりスリーポイントを打ったり、一対一でゴール下まで持ち込んだり、そういうことはせず、隙を見てのジャンプシュート。
 派手さはないが、その瞬間の一番確率の高い選択肢である。
 気負い無くゲームに入って行っている。
566 :第九部 :2011/06/11(土) 21:26
 勝ってもらわなくては困る試合だった。
 勝ってもらう、この表現がまず忌々しいけれど、そう表現せざるを得ない立ち位置に自分はいる。
 でも、ここで藤本が崩れれば自分に出番が回ってくるのではなかろうか、と思う気持ちがどうしても正直なところあった。
 高橋愛は使えない。
 自分のその見解は、自分の立場によるバイアスが掛かったものだろうか?
 高橋がダメ、藤本が崩れたら、自分が入るしかない。

 すんなり勝たれると自分にちゃんとした場面での出番は周ってこないだろう。
 自分が出るためには、藤本が崩れて、かつ、試合が競っている場面、というのが望ましい。
 チームのためには、藤本の調子が良くて、すんなりリードしていけることが望ましい。
 二律背反。
 口には出さない、口には出せない、福田の願望。
 自分は醜い、と思う。
 でも、チームが勝ってほしい、と思うのは掛け値なしで福田の本心でもある。
 ベンチに座っているのが、こんなに苦しいことだというのは初めて知った。
567 :第九部 :2011/06/11(土) 21:26
 北朝鮮はインサイド勝負で序盤は入ってきた。
 体のぶつかり合い。
 こっそり肘打ちなんて当たり前のようにある。
 日本のインサイド二人はどちらも、選抜チームでは希少な社会人。
 高校生たちと比べれば、多少、経験は積んでいた。
 怒って切れるようなことはせず、派手に倒れて痛がって見せる方を選んでいる。

 インサイドの単純な一対一だけでは、飯田、平家の壁を簡単に崩すことはできなかった。
 一方で、日本代表は石川のミドルレンジからのジャンプシュートが当たっている。
 いらだってファウルで止めに来たのももろともせずシュートも決めて、プラスフリースローまでもらってくる。

 第一ピリオドから19-12とリードを奪う。
568 :第九部 :2011/06/11(土) 21:27
 第二ピリオドに入って日本代表は早めのメンバーチェンジをした。
 飯田アウト、村田イン。
 柴田アウト、松浦イン。
 何かが悪い、というよりも、休ませるの面が強い。
 ただ、今この時に外しても大丈夫、というところを選んでいる、というのはある。

 「亜弥ちゃん、どつかれたくらいで切れたりするなよ」
 「分かってますよ。黒美貴たんに言われたくないです」
 「外はまだいいけど、村さん、中は半端ないですからね。たまにやり返すくらいの気で居た方がいいっすよ」
 「大丈夫。レフリーの印象も悪いみたいで、ファウルもらえてるみたいだから」
 「ああいう人でなしバスケに負けるとか絶対ありえない。ひねりつぶしてやらないと」

 石川が第一ピリオドだけで十一点と好調で今下げるような状態ではない。
 一方で、石川がよく打つ分、柴田はじゃまをしない、しっかり繋ぐ、すばやく戻る、というあたりに徹していて自分で行く場面が少ない。
 飯田も、当たりがきつい分ディフェンスに力を割いているという部分が大きく、オフェンスではあまり目立っていない。
 その辺から信田は休ませる。
569 :第九部 :2011/06/11(土) 21:27
 コートの上で、あるいはベンチに戻ってきても一番熱いのは藤本だった。
 対称的に石川は静かだ。
 プレイ面で目立っているのだが、ベンチに戻ってきても一言も発しない。

 「石川、なんかないの?」

 平家が振った。
 平家も好調だ。
 当たりのきついインサイドでディフェンスをこなしながら、攻撃面でも石川に次ぐ六点を取っている。

 「人でなしは相手にしない。同じレベルの目線で見る相手じゃない。ハエやゴキブリに一々怒っても仕方ないんです。ただ、打ち払えばいい。あんなラリッタの相手にしていらいらしたら負けです。ただ、点を取ればいい」

 石川らしからぬ言葉に周りがあっけに取られていた。
 特に、富岡の関係者からすれば、こういう相手に真っ先に切れるのが石川である、という感覚があるだけに驚きがある。

 「ボールをください。今日は入ります。外からももう少し打って行こうと思うんで」

 石川の目は対戦相手にではなくて、ただ、勝つことにだけ向けられていた。
570 :第九部 :2011/06/11(土) 21:27
 第二ピリオドは一進一退、という展開。
 立ち上がりよりも石川のところにきつく当たるようになってきた。
 ボールが受けられない。
 第一ピリオドの十一点は、ボールをもらってから石川が勝負、という形で取ったものがほとんどで、ボールを受けた時点で勝負が決まっていた、という全体崩しての点は少ない。
 石川はしっかりとボールを受けられる状況を自力で作るのだが、周りがそれに合わせられない。
 また、動き自体をかなり制限されてしまっている。
 ボールのある周辺でのファウルの監視の必要性が高すぎて目を向けてもらえていないが、ボールのないところで石川のユニホームは捕まれまくり、引っ張られまくりで、十分に動けないのだ。
571 :第九部 :2011/06/11(土) 21:28
 その辺を埋め合わせるように、松浦がと平家が頑張った。
 一方、北朝鮮はインサイドのエリ カサマが当たってきた。
 マークが飯田から村田に替わって少しやりやすくなったのだろうか。
 チャージングすれすれのプレイでゴール下を支配する。
 エリ カサマは、荒っぽく、マークマンが肉体的ダメージを受けることも多いが、ファウルを取れるかとなると迷う、というプレイが多い。

 はっきりファウルなのはコム カイである。
 この人はあからさま過ぎて隠すのが下手だ。
 しかも、常習犯で目をつけられているのですぐにファウルを取られる。
 プレイヤーとしては悪くないものを持っているはずなのに、長い時間コートに居られない。
 コートの上での失態は喜び組みとして舞台に立つことで国家に対して埋め合わせをしている、といううわさがある。
572 :第九部 :2011/06/11(土) 21:28
 石川の当たりが止まったこともあり柴田と入れ替えてここで休ませる。
 ポジションはそのまま。
 また、村田を下げて飯田を戻した。
 エリ カサマ対策だ。

 第二ピリオドも半分が過ぎ、どちらも点が入りにくい流れになってきた。
 頑張っていた松浦も、ちくちくちくちく攻められてイライラが募り始めプレイが雑になってきている。
 そんなこともあって、藤本が自分で切り崩しにかかった。
 外から一対一で勝負を仕掛け、中まで入って行き、カバーが来たところで捌く。
 捌く相手は平家ないし飯田でミドルレンジからノーマークでジャンプを打つシチュエーション。
 このパターンが二本あったのだが、飯田が続けてノーマークを外していた。
 そんな飯田だが、エリ カサマ相手のディフェンスはしっかり対応している。
573 :第九部 :2011/06/11(土) 21:29
 残り三分を切った頃、北朝鮮も変化をつけてきて、ラ リピーが外からスリーポイントを決めてきた。
 すぐに次のオフェンスで藤本がスリーポイントを決め返して突き放す。
 外もある、というのを見せられた次のディフェンス、その意識をついたつもりかエリ カサマがインサイド勝負。
 踏み込んできてシュートを放ったが、きれいに飯田が弾き飛ばした。
 ファウル、ファウル! と訴えるが、日頃の行いからレフリーは相手にしない。

 サイドで柴田が拾い、藤本を探すが出せない。
 ゆっくりキープしてディフェンスが戻るのを待ってから藤本へ。
 藤本もゆったりと持ち上がる。
 ハーフコートのマンツーマン。
 大会通して北朝鮮もディフェンスはいたってオーソドックスなものだ。
574 :第九部 :2011/06/11(土) 21:29
 藤本から柴田へ。
 動きの無いまま柴田が藤本へ戻す。
 藤本はゆっくりドリブルでキープして少し移動してから、左零度付近に下りた松浦へ送る。
 松浦はシュートの構えを見せたがディフェンスが寄って来たのでインサイドの飯田へ。
 ボールが飯田へ行ってから、松浦は軽くひじ打ち喰らったが、ちんぴらのように肩で当たり返して上へ上がる。
 飯田は背中でユニホームをつかまれているのも感じていたのもあって勝負しなかった。
 松浦に替わって下りてきた柴田へボールを戻す。
 柴田から長めのパスでトップの藤本へ。
 藤本はボールにミートして左にディフェンスを揺さぶる動きを見せてから右手でドリブル。
 一人かわしてゴール正面、左からエリ カサマ、右からコム カイがカバーに来る。
 自分でシュートまでは持っていかない。
 ディフェンスをひきつけて捌く。
 左は混んでいたので右。
 コム カイが外れた平家へ。

 平家はここでその場で受けずにボールに向かってミートしてさらにゴール下へ踏み込んできた。
 遅れて押さえに戻るコム カイ。
 タイミングは間に合っていない。
 平家のシュート自体は本来簡単だった。
 問題は身体バランス。
 意識はボールとゴールへ。
 その飛んでいる足元をコム カイが文字通り掬った。

 シュートはしっかり決まった。
 しかし、足元を掬われ、上半身もボールコントロールに向けていて、バランスを失った体は受身を取ることもできずコートに叩きつけられた。
575 :tama :2011/06/17(金) 06:39
みっちゃーん!!
576 :作者 :2011/06/18(土) 22:36
>tamaさん
みっちゃんいい子なのにね
577 :第九部 :2011/06/18(土) 22:37
 鈍い音がした。
 どこから落ちた?
 ひざから。
 最悪である。

 レフリーの笛が鳴った。
 アンスポーツマンライクファウル。
 普通のファウルではなくて、悪質であると取られた。
 入ったシュートはカウント、それプラスフリースロー二本が与えられて、フリースロー後は日本ボールで再開されることになる。
 ファウルを告げられてもコム カイは悪びれる様子もなかった。

 コートの上の日本メンバーは平家を取り囲んでいた。
 苦悶の表情を浮かべた平家は立ち上がれない。
 右のひざを抑えている。
 普通に倒れただけなら引っ張って起こそうとするところだが、起こしていいような状況ではないのは誰が見ても分かる。
578 :第九部 :2011/06/18(土) 22:37
 「担架! 担架!」

 柴田が悲痛な声でベンチを呼ぶ。
 担架はないが、レフリーの許可を得てチームドクターがコートに入っていく。
 ベンチから怒号が飛んでいた。
 怒鳴りながらコートに入って行こうとする石川を里田が後ろからはがいじめにして止めている。
 そういう歯止めのないコートの上の藤本は、チームドクターが平家の治療を始めるのを見てその場を離れた。
 松浦も付いて行く。

 「てめー、何考えてんだよ!」

 日本語は通じていない。
 ラリ ピーあたりは神妙な顔をしているが、コム カイは知らん顔だ。
 口では効かなくなって手を出したい衝動が体を揺さぶる。

 「藤本! よせ!」

 意外な声で呼ばれて藤本は振り向いた。
 平家だった。
 小走りで戻ってくる。

 「よせって、大丈夫なんですか?」
 「大丈夫なわけあるか」
 「だったら」
 「同じ土俵に立つな。同じレベルで相手にすることない」
 「でも、こんな怪我させられといて黙ってろっていうんですか!」
 「黙ってなくてもいい。頭に来たらどなってもいい。でも、同じレベルでやりあうな。あんなのと、まともにやりあっても損するだけだ。明日以降も考えろ。ついてない女は私一人で十分だ」

 平家の目は藤本を捉えていない。
 コートに横になり、足をドクターに預けて顔は苦悶の表情を浮かべて目は閉じている。
 藤本は平家に答えはせずに、立ち上がった。

 「あいつら、ぶっ殺す」

 そう言って、両手で自分の太ももを力いっぱい叩いた。
579 :第九部 :2011/06/18(土) 22:38
 「後藤!」

 ベンチでは信田が後藤を呼んだ。
 チームドクターは信田に向けて×印を出している。
 平家でなければ後藤。
 それが今の序列だ。

 「後藤!」

 もう一度呼んだ。
 後藤は、呆然とコートを見ていて耳に入っていない。
 吉澤がそんな後藤の肩をたたく。

 「ごっちん。ボーっとしてる場合じゃないって」
 「へ?」
 「へ? じゃないよ。出番だよ出番。ほら!」

 吉澤は後藤の背中をバシッと叩いた。
 後藤は促されてTシャツを脱ぎユニホーム姿になる。
 信田コーチのところへ向かった。
580 :第九部 :2011/06/18(土) 22:38
 ようやく出てきた担架がコートに入って行く。
 ところが、平家がそれに乗ることを拒否した。
 起こせという。

 「無茶ですよ」

 柴田が止めるが聞かない。

 「無茶は分かってる」
 「無茶しても無理は無理ですよ」
 「分かってる。でも、フリースローだけ打たせて」

 ファウルを受けた人間がフリースローを打つ。
 基本的なルールだ。
 怪我などのよほどの理由があれば代えることは出来るので、今のよほどのことの状況なら替わることが出来る。

 「ちょっとくらいやり返させてくれって」
 「でも、無理ですよ。立てる状態じゃないじゃないですか」
 「左足は生きてる。軸足生きてるからなんとかなる」

 柴田はチームドクターの顔を見た。
 チームドクターは渋い顔はしたがそれでもうなづいた。

 柴田と飯田の肩を借りて平家が立ち上がる。
 そのまま左足だけを地に付きつつ二人の肩を借りてフリースローレーンまで向かった。
 その間に、コム カイと目が合う。
 平家がにらみつけると、おびえた表情で目をそらした。
581 :第九部 :2011/06/18(土) 22:39
 フリースローレーンに立つ。
 アンスポーツマンライクファウルのフリースロー二本は、リバウンドに誰も入らない。
 ただ一人、平家がゴールと向かい合って立つ。
 左足一本で立ち、右足は地についてはいるが体重は乗っていない。
 通常のフリースローとは体の状態がまったく違う。

 レフリーからボールを受け取り、構えてみる。
 左足だけで何度かシュートのリズムを取ってみた。
 案外いけそうだ、と平家は感じた。
 軸足側なのでいつものリズムと近い感覚で動かせる。
 問題は、どうしても手打ちになってしまうところだ。
 それでもなんとかなる、と思った。

 一本目、手打ちになる分少し強めに放ったらリングを越えてバックボードに当たったが、逆にそれがぴったりで跳ね返って決まった。
 もう一度レフリーからボールを受け、大きく息を吐いて二本目。
 今度はイメージ通りの軌跡を描いてパサッとネットを通過した。
582 :第九部 :2011/06/18(土) 22:39
 ベンチから、スタンドから声が飛び、拍手が起きた。
 柴田と飯田の肩を借りながら平家がコートから去って行く。
 後藤が歩み寄った。

 「大丈夫ですか?」
 「柴田が小さいから歩きにくくてしょうがない」

 身長差のある二人に肩を借りると、どうしてもバランスは悪い。
 不安顔の後藤に平家が続けた。

 「持ってるとか持ってないとか言うけど。私はなんか変なものを持ってるみたいだ。いつも大事な時にこうなる。悪い運は私が持っていなくなるから、後は頼んだよ」

 平家が右の飯田の肩から腕を外し、握りこぶしを出す。
 後藤もあわせて出すと、平家が軽くぶつけた。

 コートサイドには担架がいる。
 そこに、飯田と柴田が平家を乗せると、平家がうめいた。

 「痛てー!!」

 担架が平家を乗せて去って行く。

 第二ピリオド残り一分二十七秒。
 42-31
 日本のリード。
583 :第九部 :2011/06/18(土) 22:39
 日本ボールでゲーム再開。
 サイドから松浦が入れて藤本が受ける。

 冷静に、冷静に。
 藤本は自分に言い聞かせる。
 自分がそういうメンタル面で危うい部分があるという自覚は持っていた。
 この一年、石黒に鍛えられてきた部分でもある。
 そして技術面含めても、この一年で一番成長した部分でもあった。

 トップでキープする。
 今の乱れた感情で、スリーポイントを打っても多分入らない。
 ドリブル突破で入って行くには中が狭すぎる。
 普通の選択、まわして崩すというのが正しいはずだ。
 とにかく冷静に。
 感情を押さえつける。

 そんな、押さえつけている感情を煽るようにスタンドからは日本人には意味の分からない言葉が飛んでいた。
 国民感情に、見た目の可愛さは時折勝つことができる。
 CHN48目当てにコートに通っていた中国のファンたちも、少女時代から鍛え上げられた韓国チームのメンバーや、朝から田舎でメロン食べて時にはひとり立ちして頑張る日本チームのメンバーたちにそれぞれお気に入りを見つけ始めている。
 それと比べるとどうしても、コム カイのような選手にファンは付きにくい。
 ああいうプレイがあると観衆は日本側に付く。
584 :第九部 :2011/06/18(土) 22:40
 その声援に押されるように、なら良かったのだが、煽られるように、感情のまま一対一で突進したものがいた。
 いつも冷静なはずの柴田。
 自分よりも先に暴走して、自分が抑えに入らないといけない石川や高橋がコートに居ない。
 平家先輩が相手に怪我をさせられた。
 その怒りは、今月だけチームメイト、というメンバーよりも、二年間付き従いやってきた柴田にとってより大きい。

 右、外でボールを受けた柴田はフェイクを入れて目の前のディフェンスは簡単に抜き去った。
 ゴールが近づく。
 飯田に付いていたエリカサマがカバーに出てくる。
 いつもの冷静なスタイルなら、捕まる前にジャンプシュートなのだが、柴田はそのまま突っ込んだ。
 ゴールに向かって突進、何もないかのようにレイアップシュートの体勢をとるが、前にはエリカサマの壁がある。
 壁に当たって砕いた、という形になった。
 ジャンプした柴田のひざがエリカサマのみぞおちに入りそのまま後ろに倒れこむ。
 柴田のシュートは決まったが、これはオフェンスファウルを取られノーカウント。

 両者倒れこんだが、上に乗った形の柴田が先に立ち上がる。
 そこに北朝鮮のメンバーが詰め寄ってきて何かを言っている。
 藤本、松浦が柴田を後ろに隠して言い返すような状態でいたが柴田がその二人を押しのけて前に出た。

 「うるさい! 文句あるか!」

 飯田が止めに入る。
 北朝鮮もラリピーが抑えに入った。
 乱闘寸前の状況でブザーがなる。
 日本代表がタイムアウトを取った。
585 :第九部 :2011/06/18(土) 22:40
 「柴田! 平家がなんて言ったか分かってないのか!」
 「でも」
 「でもじゃない! 同じ土俵に立つな。そう言ってただろ。その通りだ。同じ土俵に立つな」

 バスケのコートはそれほど広くない。
 コート上の会話までは聞こえなくても、しかりつける大きな声くらいはベンチにいても十分聞こえる。

 「石川」
 「はい」
 「柴田と交代。冷静にやれ。冷静にだ」
 「はい」

 柴田のプレイ振りがどうこう関係なく、そろそろ石川をコートに戻す時間だった。
 石川のメンタル、というのも不安がないわけではないがそうかといって他の誰かでいいという場面でもない。

 「全員、ここまでの展開を少し頭から外せ。今の状況を見ろ。前半残り一分ちょっとで11点リード。一気に走るチャンスなんだよ。リードを広げることを考えろ」

 平家の離脱、ということを横に置くと、今の状況はようやく二桁点差に乗せることが出来たというものだ。
 場が荒れている今、一気に走りたい。
 前半終了間際にリードを広げることが出来ればこの後の展開が大いに楽になる。
586 :第九部 :2011/06/18(土) 22:40
 「インサイドは結構強いな。飯田はそれでも中にいてくれ」
 「はい」
 「後藤も同じ。怪我に気をつけるのは当然だけど心理的に押されるな。飯田と後藤と二人中にいて、ディフェンスが外に出てこないように中狭くしとく」

 飯田のマッチアップがエリカサマ、後藤がコムカイである。

 「外は藤本のところ以外は弱い。さっきの柴田、最後がよくなかったけどワンフェイクでかわすところまでは良かった。松浦、石川はそれを狙っていけばいい。ただ、中まで行くと狭くなってるからと言うか狭くさせるんだけど、前が開いたと思っても中まで入っていかずにミドルレンジからのジャンプシュートで勝負」

 藤本にはラリピーが当たっている。
 世代が違うんじゃないかというくらいの雰囲気がある。

 「ディフェンスはとにかくノーファウルな。これ以上場を荒らすな。こっちもファウルをし出すとさらに荒れて行くから怪我の危険が高くなる。もちろん甘いディフェンスでいいってことはないけど、ノーファウルで」

 相手が荒いからといってこちらも荒くなると火に油である。
 また、実際的に、こちらだけクリーンにやっているとレフリーが味方についてくれるという効用もある。
 精神論ではなくて、現実的利得を追い求めたものだった。
587 :第九部 :2011/06/18(土) 22:41
 先にコートに上がったのは日本代表。
 石川がじっと北朝鮮ベンチを見ている。
 不穏な空気を感じて藤本が声を掛けた。

 「石川」

 それには答えずにつぶやいた。

 「あいつら、ぶっつぶす」

 自分も、ブレーキを外したい、と藤本は思った。
588 :第九部 :2011/06/18(土) 22:41
 北朝鮮ボールでゲーム再開。
 エンドからボールを運んでくる。
 ゲーム展開から考えるなら、北朝鮮は一桁点差にして前半は終わっておきたいところである。
 勝負はインサイド、エリカサマのところでしてきた。

 少し開いてミドルレンジから飯田と正対してシュートフェイク入れてから中へ。
 難なく対応した飯田、エリカサマはファウルをもらうことを狙って飯田のブロックめがけて手を伸ばしてシュートを試みるが、きれいにボールだけ叩かれて、美しいブロックショットが決まった形に。

 ボールが飛んだ先では競り合いがあったが石川がさらった。
 速攻を狙って藤本がボールを受けようと動いて声を出すが石川は答えない。
 自分で運んだ。
 まず、最初に競り合った相手を交わす。
 藤本が呼んだ声自体が北朝鮮に対してのフェイントになっていて、石川の進路には一人しか居ない。
 これもバックチェンジ一つでかわす。
 逆サイド藤本が走っていて、それについていたラリピーが石川の側へ向かってくるがまったく間に合わなかった。
 ボールを取ってからの二人抜きワンマン速攻。
 蹴り飛ばすよりも、鮮やかな展開で取る得点の方が相手へのダメージは大きい。
589 :第九部 :2011/06/18(土) 22:41
 北朝鮮はゆっくりボールを運んできた。
 前半残りはわずか、オフェンスディフェンス一本づつ、というくらいしか残っていない。
 時間を十分使ってから最後はコムカイ。
 とくに荒っぽいことはせず、後藤を外してゴール下のシュートを決めた。

 残り十五秒。
 どうやって点を取るか。
 冷静さを保とうとしつつも、やはり怒りのマグマは藤本の中に湧き上がっている。
 ただ、それで蹴り飛ばすのが正解ではない、というのはわかっているつもりだ。
 さっきの石川を見ていても分かる。
 点を取る、これが正解だ。

 自分で点を取りたかった。
 そこは冷静な判断、ではなくて多分エゴだ。
 でも、怒りと冷静さの狭間にある妥協点はそこだった。
590 :第九部 :2011/06/18(土) 22:42
 インサイドは混んでいる状態だった。
 一人かわしてジャンプシュートを狙え。
 その指示は松浦と石川に出ているもの。
 藤本は、同じことを自分でも試みた。

 左サイド、エンドライン際にいた松浦が勝負しきれずにボールを持って上へ戻ってくる。
 トップの藤本へ戻す。
 それを右へ動きながら受けて、すぐ左へ揺さぶりを入れてやっぱり右から抜きにかかる。
 ラリピーは振り切れなかった。
 藤本の左側、付いてくる。
 それでも前は開いていたのでかまわず突き進む。

 ゴール下から出てきたのはコムカイ。
 また、右サイドからも一人カバーが来た。
 捉まる前にジャンプシュートと行きたいところだが、付いてくるラリピーが気になる。

 「はい!あいた!」

 声と同時に、藤本の視界に状況が見えた。
 右零度、マークが外れた石川が待っている。

 変なわだかまりは無い。
 ジャンプシュートを打つならここ、というところからさらに一歩踏み込んでディフェンスを寄せてからノールックパスを送った。

 石川、ボールを受けながら後ろへ下がる。
 ディフェンスとさらに距離が出来、スリーポイントラインの外へ出た。
 そのまま両手でシュート。
 しっかりと決めて見せた。

 北朝鮮がボールを拾い、エンドから出たところでブザーが鳴った。
 前半終了。

 藤本が石川へ歩み寄り、両手を上げる。
 石川もそれに答え、力強くハイタッチをぶつけた。

 47-33
 日本のリード。
591 :第九部 :2011/06/25(土) 21:43
 平家の状態についての詳しいレポートは、ハーフタイムには入らなかった。
 コートから下がった後、そのまま病院に向かったようだ。
 頭を打ったというようなものではないので、命に別状系の懸念はないのだが、ひざやってしまうと選手生命に別状系の懸念がある。

 ロッカーに戻ったメンバーたち、平家の心配はしながらも、それとは別に、後半へ向けての対策を立てる。
 選手同士の話し合い。
 中心で仕切っているのは藤本だった。
 最年長でもなければキャプテンでもない。
 昨日まではスタメンでもなかった。
 でも、そこに遠慮はない。

 最年長でありキャプテンである飯田は、そういうところで余計な先輩風は吹かせなかった。
 一人の選手として、藤本の言葉に答え、自分の意見も発している。
 そこに絡むのが石川であり柴田であった。
 柴田がいつになく熱くなっている。

 そのテンションに、後藤はついていけていなかった。
 平家さんのために、と頑張りたい気持ちがないわけではないのだが、それ以上に不安が勝っていた。
 平家さんの代わりなんて出来やしない。
592 :第九部 :2011/06/25(土) 21:43
 いつも余裕のあるレベルで戦ってきた自分。
 自分でダメなら仕方ない、と周りも認めてくれる存在としてチームではやってきた。
 それがここでは、ただのチームの一員で、余裕なんかなくて、本当に自分のせいで負ける可能性があって、本当に自分のせいで一つ負けた。
 足を引っ張るくらいなら、誰かに替わってもらった方がいい。
 試合に出たい、という人がいるのだから。
 そういう想いが頭にある中で、後半どう戦うかの議論に混じって行くことなど出来ない。

 後半開始の時間も近づいてベンチに戻った。
 信田が後半のメンバーを告げる。
 藤本、松浦、石川、後藤、飯田。
 コムカイがファウル四つだから出てきたら勝負に行け、と後藤に指示が出ている。
 様子を見ずに一気に突き放せ。
 その指示に、藤本、石川、しっかりうなづいた。
593 :第九部 :2011/06/25(土) 21:43
 後半の立ち上がりは北朝鮮がしっかりとゲームを作ってきた。
 ラリピーがうまくコントロールしている。
 一方、日本代表も外から石川、中で飯田と攻め手をしっかり複数持って対抗している。
 韓国戦と違い、リバウンドをきちんと取れるのが強みだ。
 エリカサマ相手に飯田が負けていない。

 57-42
 第三ピリオドも半分ほど過ぎて点差があまり替わっていないところ。
 ここで局面が大きく変化した。

 外から勝負して来たコムカイ。
 シュートをケアした後藤があっさり抜かれてしまう。
 あまりにもきれいに抜きされて気を良くしたのか、飯田がゴール下カバーに入ってもかまわず突っ込んでレイアップシュートを試みる。 
 さっきの柴田の逆だった。
 悪意があったか無かったか、ひざ蹴りが飯田に入る。
 シュートも入って笛が鳴った。
594 :第九部 :2011/06/25(土) 21:44
 常習犯である、レフリーも甘くなかった。
 オフェンスファウル、チャージング。
 五つ目のファウルで退場。

 さっきがあっての今。
 今度は飯田が、と周りは心配したがけろっとして立ち上がる。
 ただ、ちょっと首周りが気になったのか、髪をとめていたゴムを一度外して首を何度か振る。

 「別の意味で怖いっすよ。貞子っぽくて」

 問題なさそうで安心した藤本がポツリと言う。
 長い髪を振り乱した飯田を見て、二年前の吉澤と同じ感想を持った藤本だった。
595 :第九部 :2011/06/25(土) 21:44
 荒くて退場ばかりするコムカイ。
 それでも試合に出てきているのは力があるからだ。
 メンバーが代わることで北朝鮮の得点力が落ちた。
 日本の得点力は変わらない。
 今日は石川が当たっている。
 飯田がリバウンドも取れている。
 平家の事故を除けば、実は順調に試合を運べていた。

 北朝鮮が退場の補充をする場面で日本ベンチもメンバーチェンジを申請した。
 後藤に替えて里田。
 後藤が試合のリズムについていけていない。
 休ませるではなくて、出来が悪いので交代、という意味合いである。
 同時に松浦に替えて柴田も投入した。
596 :第九部 :2011/06/25(土) 21:44
 柴田、石川、里田。
 この三枚で突き放しに掛かる。
 北朝鮮の攻撃力は落ちていて、難しいシュートを選択せざるを得ず、リバウンドを飯田がしっかり拾う。
 藤本が全体をコントロールする。

 韓国戦の出来の悪さを里田は払拭する活躍を見せた。
 三戦目の慣れ、平家の怪我、マッチアップの相性、いろいろな要素があるのだろう。
 柴田も少し間を置いて落ち着きを取り戻していた。
 石川は本日好調。
 点差は開く。
 第三ピリオド残り二分、二十二点までリードが広がったところで、飯田を下げて村田を入れた。

 北朝鮮は精細を欠いている。
 元々荒いチームだが、さらに手が出て無駄にファウルがかさむようになってきた。
 しょっちゅうゲームが止まるので実時間は掛かっているが、ファウルで与えられるフリースローをしっかり決めて行くことで、ゲーム時間の消費は短い中で日本代表がリードを広げて行く。
 第三ピリオドは77-48
 安全圏に入ってきた。
597 :第九部 :2011/06/25(土) 21:45
 「亀井、柴田と交代」
 「は、はい」
 「あとは」
 「信田さん!」

 ゲームの大勢が見えてきた。
 信田のメンバーを徐々に落としていこうという意思を、亀井の投入から見て取った藤本が言った。

 「美貴と石川は最後まで残してください」
 「なんだ、やぶからぼうに」
 「石川と実戦で合わせる時間が欲しい。それはもう後十分しかないんです。だから、美貴と石川は残してください」

 信田はすぐには答えなかった。
 何を言わんとしているのかは分かった。
 CHNとしっかり戦うためには、藤本と石川が違和感無くコートの上で共存することは最低必要条件だ。
 今日はそれが出来ているように見える。
 だけど、藤本自身には多少の違和感があるのだろう。

 信田が一番怖いのは、更なるけが人の発生だった。
 言葉は悪いが、怪我をするなら主力よりも控えメンバーの方が痛手は少ない。
 その意味では早い段階でメンバーを落とせる方がいい。
 そういう計算もある。
 藤本と石川、ここにいたって怪我をされたら本当に困る二人でもある。

 そういうことが頭の中を駆け巡ったが、最後にはこう言った。
598 :第九部 :2011/06/25(土) 21:45
 「試合展開見て、四つファウルになったり、休ませる必要があったり、プレイの質が落ちてきたり、そういう場面が来たら当然下げるけど、とりあえずは好きにやりな」
 「ありがとうございます」

 CHN48はリスクを怖れて戦える相手ではない。
 やれるだけのことはやっておきたい。
 藤本をスタメンで使ってこなかったのは自分の判断ミスだ。
 それを少しでも補えるなら、多少のリスクは冒してもやらせてやるべきだった。

 「村田、飯田と交代」

 藤本、石川もそうだが、飯田もこの先欠かせない。
 今日の試合はここまで飯田がしっかりとリバウンドを取っていたというのが大きい。
 韓国戦と違いそれがあるからこういうリードを得ることが出来ている。

 「点差は考えず普段通りやれ。第四ピリオドの戦い方とかそういうのも要らない。0-0で始まる序盤のつもりで行け」

 この試合をどう勝つか、という段階は信田の中では過ぎている。
 この先につなげるために後の十分をどう使うか。
 藤本と石川を最後まで残す、という選択をしたのだから、勝ち逃げるというのを目指す十分ではなくて、普通にディフェンスをし、普通にオフェンスをするということが必要だった。
 ただし、相手が普通にやってくれるとは限らないが。
599 :第九部 :2011/06/25(土) 21:45
 普段の日常生活よりもコートの上の方が余計なことは考えないからだろうか。
 何かが必要な時に、それが必要だと素直に言える気がする。
 その相手が好きとか嫌いとか、そういう部分の影響度が減少する。
 石川と合わせる時間を持つことが今は必要だ。
 そう、藤本は感じていた。
 あさって、CHN48に勝つために。

 だから言った。
 怪我? もちろん可能性はあるけれど、それを怖がっていられる情勢じゃない。
 先に備えて体力を温存する、なんて考え方もあるけれど、それこそ自分には不要だった。
 滝川での鍛え方が違う。
 それに、昨日までは控えだったし。
 石川の体力、なんてことの心配はしなかった。
 そんな分かりやすい弱点を持っててくれれば、今まで苦労してないだろう。
600 :第九部 :2011/06/25(土) 21:46
 藤本から見てオフェンスの選択肢は石川と里田の二枚だった。
 亀井は二枚か三枚レベルが落ちる。
 里田とはずっとやってきた仲だ。
 ここが滝川のコートでも東京体育館でも、上海でも同じだ。
 どういう動きをするのか分かるし、どういうところでボールを求めているのか判る。
 韓国戦ではボールを受けたあとが悪かったが、今日はそれもない。

 そういうもう一枚選択肢がある中での石川。
 藤本もなんとなく少しづつ分かってきた。
 口で論理的に説明できるようなことではない。
 なんとなく判ってきたのだ。
 動きにあわせてパスが出せる。

 三十点開いたゲームでの集中力ではなかった。
 一桁点差の中の試合の集中力。
 それを藤本も石川も出している。

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