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ファーストブレイク 6th period

1 :みや :2010/07/24(土) 16:24
これのつづき

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高校生がバスケする話
吉澤とか石川とか藤本がそれぞれの学校で中心ぽくいて、周りにいろいろな人もいます。
その他の学校も出てくるし、学校の枠組みを超えることもいろいろとあります。

更新は基本週一 土曜日午後(ただし0時過ぎてカレンダー的には日曜日になることもある)

全十部予定で、このスレッドは第九部開始時点、となります。
ご新規さんは、ここを単独で読んでみて、面白いと思ったら初期に遡って読めばいいと思います。

よろしくお願いします。
401 :第九部 :2011/02/20(日) 00:40
 「石川さんとか卒業したらどうするの?」
 「まだ決めてない」
 「結構いろいろ誘われたりするの?」
 「んー、どうだろう。先生のところで断わってたりするのもあるかもしれないけど、WJBLはそんなに。大学はいくつかって感じ」
 「柴田さんは?」
 「私は大学かな。どこかは決めてないけど」
 「そういうよっちゃんはどうなのよ?」
 「全然。白紙」
 「後藤さんは?」
 「あんまり考えてないなあ」

 聞いた方はあまり考えてなくて、聞かれた方がよく考えている。
 進路のイメージは最初から与えられている強豪高と、バスケで進路のイメージが湧かない普通の学校の差が大きい。
402 :第九部 :2011/02/20(日) 00:41
 「なんか、でも、すげーなー。吉澤はどっちかっていうとベンチウォーマーな感じだけど、それでも、日本代表で試合するって。なんか、すげーって感じ。二人はスタメンとか言って。実際どうなの? テンション上がらない?」
 「それはね。さすがに。美記がアメリカ行っちゃったし、まずは私はアジア制覇、とか思うよ」
 「アジア制覇の前にまずは今日よ今日。四十分考えずに最初から飛ばしていかなきゃ」
 「珍しいね柴ちゃん」
 「随時交替、みたいに信田さん言ってたから。スタミナ配分考えずにどんどん飛ばしていこうかなって」
 「ああ、言ってたね」
 「相手もよくわかんないし、様子見って感じじゃなくてどんどん行こうって思う」
 「なによ、柴ちゃんだって勝つ気満々なんじゃない」
 「あたりまえでしょ。ただ、甘くないって話なだけで。やる前から負ける気でやるわけないじゃない」

 発言が慎重であることとやる気が無いことは、たまに混同されてしまうが本人の中では大きく違うものである。

 「じゃあ、吉澤もしっかり準備して待ってようかな」
 「よっちゃんテンション高いよね今日」
 「だって国際試合よ国際試合」
 「うん。いいことだ」
 「ごっちん。なんか冷静に、上から目線だしー」
 「いいからいいから」

 そうこうしているうちに、パスタが運ばれてきた。
403 :第九部 :2011/02/20(日) 00:41
 食後はまた移動して今度こそ会場へ。
 すでに第一試合が始まっている。
 平日の昼間、第三国同士の試合、ということで観客の入りは乏しい。
 北朝鮮vsタイ

 「本当に十代なのか? あれ」

 着替え-アップは第一試合が終わってからということで上から観戦である。
 北朝鮮メンバーを見て藤本が言った。
 世代離れをした選手たちに見える。
 いろいろな意味で。

 この試合は序盤から差がついていた。
 北朝鮮が力の差を見せている、という展開である。
 明日の相手がタイ、明後日が北朝鮮。
 タイはともかく、北朝鮮は手ごわそうにメンバーたちは感じていた。
 いろいろな意味で。

 最終スコアは103-46
 北朝鮮の圧勝だった。
404 :第九部 :2011/02/20(日) 00:41
 第二試合は別グループの試合。
 その間に着替えてアップである。
 多くのメンバーは、ここで初めてきちんと意味を持って日本代表のユニホームに袖を通した。
 試着は別カウントである。

 「なんかすげー。写真。写真。記念撮影しなきゃ」
 「よっちゃんさん、更衣室でデジカメ出さない!」

 更衣室で写真を取っていたら、同性であっても多分犯罪である。
 もしかしたら、中国ではそうでもないかもしれないが。
 そんなことはお構いなしに、吉澤はデジカメを取り出した。
 上半身は未成熟な小学女子かスポーツ選手が身につけるタイプの下着一枚の藤本に一瞬カメラを向けたら、本気で切れられそうになったけれど、そこは冗談で流し、着替え終えた一部のメンバーで記念撮影を始める。
 乗って来るのは久住、光井、お子様面々である。

 さすがに隅に寄り壁を背にして、後ろに着替え中メンバーが入らないようにはしているが、はしゃぎながらの撮影会である。
 一人でモデル型ポーズを取ってみたり、バスケ選手らしくシュートの構えをしてみたり。
 三人でまとめて映るときには亀井を呼んでシャッターを押させた。
 基本、主力と遠いメンバーが騒いでいる。
405 :第九部 :2011/02/20(日) 00:42
 テーピングを巻いたりと基本的な準備まで大体みな終えたと見えたところで飯田が両手を叩いて呼びかけた。

 「ちょっとみんな集まって」

 信田始めコーチ陣はここにいない。
 いまいるのは、選手登録されている15人だけである。
 その15人が、飯田を中心に輪を作った。

 「吉澤、元気だね」
 「いやー、はい」

 いきなり指名され、吉澤は照れ笑いした。
 テンションが高いのは自分でも分かっている。

 「日本代表のユニホーム自体は着るの初めてじゃない人もいるかもしれないけど、たぶん、こうやってちゃんと、日本を背負って大会に出るのはみんな初めてだよね」

 もっと下の年代では、トレーニングのような形で代表として集められ、トレーニングマッチの形の大会には臨んだ。
 しかし、こういった大陸選手権やそれを予選という位置に置いた世界レベルの大会は、この世界ではこの年代からになる。

 「大人から子供までいて、年齢もばらばらだし、普段いるチームもばらばら。合宿期間もそんなに長いわけじゃなくて今日まで二週間くらいできちゃったから長い付き合いってわけでもないし。思ってることもそれぞれ違うと思うんだ。私にもまだ、このユニホームの重さみたいなものはちゃんとわからない。初めて着てはしゃいじゃう吉澤の気持ちは分かるけどね」

 たびたび名前を出されて吉澤は頭を掻く。
 公式っぽい場なので、ポチ、と呼ばれないのが救いだろうか。
406 :第九部 :2011/02/20(日) 00:43
 「圭織も何言ってるのかよくわかんなくなってきたけど、とにかく、一週間力をあわせて頑張りましょう。はい、じゃあ、手出して」

 別に何か決め事があったわけではないけれど、手を出して、と言われれば団体競技の選手なら、大体何やるのか想像はつく。
 飯田の周りの輪が縮んで中心に向かって十五人の腕が伸びる。

 「それぞれチームで掛け声あるだろうけど、今回は圭織風でやらせて」
 「ジョンソン風じゃなくて?」
 「圭織風で」

 自分のチームのやり方ではなくて? と平家が聞くが、飯田は自分オリジナルだと言った。

 「映画見てね。感動したのよ。がんばっていきまーっしょい、って言うんだけど、キャプテンががんばっていきまー、までいくから、後全員でしょいって言うの。分かる?」
 「圭織って変なとこでこだわるよね」
 「みっちゃん、キャプテンの圭織に従ってね」
 「古さが圭織って感じだよ」
 「いいでしょ別に」
 「ていうか、手痺れるんで早くしません?」
 「もう、みんなで圭織のことバカにして」
 「わかったわかったわかった。やろう。はい。圭織仕切って」

 年下の藤本にまで余計なことを言われてちょっとへこんだ飯田であるが、平家がなんとかなだめた。

 「じゃあ、相手も多分強くて簡単な試合じゃないと思うけど、全員、コートの上もベンチも、力をあわせて頑張りましょう。せーの、がんばっていきまー」
 「しょい!」

 初めてやるのでこなれていないが、それでも15人の声は揃って、さして広くは無いロッカールームにこだました。

 U-19女子アジア選手権、開幕。
407 :名無飼育さん :2011/02/27(日) 21:23
ありゃ。なんかあったのかしら。
大丈夫ですかー。お待ちしてまーす。
408 :作者 :2011/03/06(日) 00:04
>>407
すみません、メール欄でしか告知しませんでしたが、予定の休載でした。
409 :第九部 :2011/03/06(日) 00:05
 コートの上の日本チームは強そうに見えた。
 それはそうだ、全国から選りすぐりの十五人を集めたのだから。
 スタメンで上がった五人。
 高橋、柴田、石川、平家、飯田。
 昨年の富岡のメンバーを中心とした並び。
 自分たちが手も足も出なかった相手だ。
 そりゃあ、強そうに見える。

 こんなに早くこの日が来るとは思っていなかった。
 いつか来るとはわかっていた。
 ただ、もう少し先のことなんじゃないかと勝手に思っていた。

 選択肢は二つ。
 日本か韓国か。

 18にしてソニンに与えられた人生の岐路。
 チームを選ぶだけではない。
 自分が何者であるか、アイデンティティーの決定をしないといけない。
410 :第九部 :2011/03/06(日) 00:05
 最初に召集の案内が来たのは日本チームからだった。
 出来れば呼んで欲しくなかった。
 ソニンのこの二択は、一度決断したら二度と後戻りの出来ない二択だ。
 無かったことには出来ない。
 やり直しも効かない。
 一生、決めた道を歩くしかない。

 もう少し先送りしたい、と思っていた最中、韓国からも招集が掛かった。
 両方からお呼びが掛かったということは、もう、今決めろ、という天の御達しなのだろう、とソニンは捉えた。

 日本か韓国か。

 地を選ぶか、血を選ぶか。
411 :第九部 :2011/03/06(日) 00:05
 生まれ育った高知の町は好きだった。
 日本の田舎町。
 たいした場所じゃない。
 それでも好きだった。
 バスケを始めたのはなんでだったか、よく覚えていない。
 友達に誘われたとか、そんなレベルのことだったような気がする。
 日本で生まれ、日本で育ち、でも、血は日本人ではない。
 小さな頃は、それが理由で苦労した、という記憶は無い。
 年を重ねてからだろうか、自分が人とは違う、というのを理解し始めたのは。
 自分が人とは違う、というのは人が教えてくれる。
 特に、大人が教えてくれた。
 それから、そんな大人に教えを受けた子供達。
 名は体を現す、とは違うかもしれないが、名を名乗るとみんな引っ掛かりのある顔をするんだな、というのを少しづつ学んで行った。
 通名、というのがある、というのは随分年を重ねてから聞いたが、親の方針なのか、ソニンはそれを持っていない。

 バスケは見る見る間にうまくなっていた。
 周りにソニンと同レベルでやりあえる人間はいない。
 男子に混じっても勝つ、そんなレベルになっていた。
412 :第九部 :2011/03/06(日) 00:06
 高知にバスケが強い学校は無い。
 せっかくだから本当に強いところへ行こうとして、選んだのが桜華だった。
 各地からトップクラスの選手が集まる学校。
 時には留学生だってやってくる。
 木は森に隠せ。
 そんなつもりなわけではなかったが、結果的に、そんな感じか。
 ど田舎高知から、割合華やかな名古屋へ。
 選んだチームはかつての名門だが、時代がもう動いていた。
 今は富岡の時代。
 それでも高知の田舎よりは、大分レベルは高かった。
 周りのレベルが上がったことで、ソニン自身のレベルも上がる。
 自分は周りとは違う。
 このチームの中にいる限り、血や名前でそう感じることはもう無かった。
 周りとの違いは、力量についてだけだった。
 その結果、自分が思っていたよりも早く、目の前に問いが投げかけられてしまったのだ。

 日本か韓国か。

 選んだのはまともに言葉も話せない、足を下ろしたことも無い国、韓国だった。
413 :第九部 :2011/03/06(日) 00:07
 韓国チームのスタメンは前日に発表された。
 ソニンのリスニング能力ではミーティングでのコーチの言葉は聞き取るのがやっとである。
 適当にうなづいていたりしても、実際には内容は半分も分からない。
 それでも、ようやく覚えたチームメンバーの名前が五人呼ばれたのは分かった。
 スタメンだ。
 ギュリ、スンヨン、ニコル、ハラ、ジヨン。
 自分の名前は無い。

 相手を見ながらスタメンも変える、というようなことをコーチは言っている様に聞こえた。
 対日本ならこの五人、ということなのだろうか?
 日本戦が終わったら、この五人とはまた別のスタメンが組まれる?
 よく分からないが、自分の名前が無かったことは分かる。
414 :第九部 :2011/03/06(日) 00:07
 日本から来たからそう思うのかもしれないと感じながらも、ソニンは韓国チームのメンバーの日本への意識に不自然な印象を受けた。
 勝たなくてはいけない大敵、ということを思いながら、それとは別に憧れがある。
 高知と比べれば問題外に、名古屋と比べたって十分都会なソウル。
 それでも、そこで育った選手たちには、自分たちは地方都市にいて、いつかトウキョウという大都会に出て行きたい、という意識があるように見えた。
 シブヤ、ハラジュク、ショッピング。
 そういうものに自分が疎いので、会話が噛み合わなかったが、馴染めないでいる自分に彼女たちがはなしを振るのはそういうことばかりだった。
 全米デビューアーティストを無駄にありがたがる日本人を、もう一回りアクティブにしたようなものだろうか。
 そのくせ、日本で育った自分を下に見る意識はなんなのだろうか。
415 :第九部 :2011/03/06(日) 00:08
 試合が始まる。
 日本チームのメンバーの情報は、分かる限りのことはコーチには話した。
 裏切り者、とは思わない。
 幸か不幸か、日本チームに桜華のメンバーはいない。
 もし一人でもいれば、自分はここにいなかったかもしれない、と思ったりもするが、結果としてここにいるのが事実だ。
 日本チームは迷い無く敵である。
 その敵の情報を指揮官や他の兵士に伝達するなんてことは、自分が勝ちたかったらだれでもやることだ。
 それでも、誰がスタメンで出てくるか、なんてことはソニンにも分からなかった。
 お互い様なのだろう、こちらの出て来たメンバーを見て、日本チームは戸惑っている。

 韓国チームに合流したソニンが最初に驚いたのは、ガードがでかい、ということだった。
 日本では、高橋や藤本といった小さいガード陣を全国トップレベルでも見ている。
 果ては福田なんていう150にも満たない選手もいる。
 そういう世界で戦っていたソニンにとって、自分と身長の変わらないガード、というのは違和感があった。
416 :第九部 :2011/03/06(日) 00:11
 今日のスタメン五人、身長があまり変わらない。
 事前情報がなければ誰がガードなのかもよく分からないだろう。
 高橋がベンチに指示を求めている姿が見える。
 韓国チームのこの五人で、ポイントガードを勤めるのはギュリだ。
 五人のリーダー格でもある。
 自分に対する絶対的な自信を持っている、という点で滝川の藤本に近いかな、というのがソニンの見立てだ。
 その上で十分な身長がある。
 ガードであの身長があるというのはもうそれだけで大きな武器だ。

 先手を取ったのは韓国だった。
 オフェンスがミスマッチだらけである。
 身長差がある、というだけではない。
 ポジション情報が掴めていないので、マッチアップのポジションが合っていないのだ。
 その場の存在感から実際よりも大きく見えたのか、ポイントガードのギュリに日本チームは平家を当てている。
 フォワードで時にはゴール下にまで入っていくスンヨンになぜか高橋。
 単純に身長を見て、なんとなくでしかたなくマークを割り振った日本チームだが、韓国チームは身長とポジションが対応していないのだ。
 登録メンバー表は、実際のポジションの記載は少なく、ほとんどのメンバーをフォワードとして登録してある。
 登録と違うポジションをこなそうが、そんなものは反則でもなんでもない。

 スンヨンにゴール下で高橋と勝負させて得点を奪う。
 ゴール下が得意な選手の守り方なんて、高橋が分かっているわけがないのだ。
417 :第九部 :2011/03/06(日) 00:12
 日本チームはオフェンスもなっていなかった。
 高橋がゲームを組み立てられない。
 否、ボール運びもおぼつかない。

 日本チームのスタメンが誰かなんてことはわからなかったが、ポジションがどこかは分かっていた。
 大体、身長と対応しているし、ソニンがしっかりと伝達してある。
 高橋にはギュリをつけた。
 それも前から当たる。

 精神的にムラがあるタイプ、というのが高橋に対するソニンの見立てだった。
 シュート力はある、意外性のあることをする、安定感はない。
 直接の対戦は一年遡るので古いデータではあるが、それがソニンの肌感覚だ。
 高橋愛が出てきたら前から圧力かけてみよう、というのが韓国首脳陣の出した方針だった。
418 :第九部 :2011/03/06(日) 00:12
 ギュリのディフェンスは、日本の身長の低いガード陣と比べても、脚の動きに遜色は無い。
 その上で身長があるのだから、ボールを運ぶ側からすれば大きなプレッシャーだ。
 一人で持ちあがることが出来ない。

 サポートは柴田に石川。
 そちらには厳しく当たるマークが居ないのだから、パス出せば簡単なのに、いろいろ勝手に背負った高橋の視野は極度に狭くなっていた。
 一人で無理に運ぼうとしてポロポロこぼす。

 さすがにこれはダメだ、と見て取った柴田が、エンドからボールを入れる時点で高橋には送らず石川へ出すようになる。
 それでボールは運べはしたが、ゲームを作る、という風にはならない。
 石川はそういう選手では無いし、フロアにいる中では高橋で無ければ柴田だが、大会開始五分でベンチからの指示もなしにいきなり自分で仕切り出す、という大胆さはない。
 ボール回しがおっかなびっくりで、単発で送られてくるボールを各自が個人技で勝負。
 しっかり熟成された富岡ベースプラス飯田、というメンバー編成の意義がまったく出ていなかった。

 立ち上がり五分で12-4 韓国リード。
 ここで日本チームがタイムアウトを取った。
419 :第九部 :2011/03/06(日) 00:12
 複雑な気分だった。
 タイムアウトの指示はあまり聞いていない。
 短い時間に急いで伝達しようとするコーチの言葉は、まだソニンのヒアリング力では、流し聞きではさっぱり何も分からない。
 まあ、いまのところこちら側に何か直すようなところは無いと思う。
 自分の出した情報は効いていた。
 それが余計複雑な気分にさせる。

 当然勝ちたい。
 韓国チームに所属しているのだから、韓国チームとして勝ちたい。
 でも、楽勝してしまう展開はなんかいやだった。
 自分が生まれ育った地からやってきたチームが弱い、というのは納得行かない。
 特に、ベースは自分たちが手も足も出なかったメンバーなのだから。
 それに、日本に勝つなら、自分の手で勝ちたい。
 いや、自分の手で勝つのでなければ、意味が無い。
 自分が何者であるか、それを決めるためにはそうすることがどうしても必要だった。
420 :名無し娘。 :2011/03/07(月) 09:20
こういう切り口も新鮮でいいっすね
ソニンが単なる情報源として呼ばれたのか
力を見てくれたのか
キーになるのは、やはり全日本の方なんでしょうかね
421 :作者 :2011/03/12(土) 23:07
本日の更新は休止します。
なお、作者自身には特に被害はありません。
更新休止の理由は、準備が出来ていないため、になります。
422 :名無し娘。 :2011/03/14(月) 10:57
工エエェェ(´д`)ェェエエ工工


でも安心した。
423 :作者 :2011/03/19(土) 23:03
>>名無し娘。さん
すみません、移動と情報収集で手一杯でここまで手が回らない状態でした。
怪我とかも家の何かが壊れた、とかそういうことはなかったのですが。
424 :第九部 :2011/03/19(土) 23:04
 スタートからベンチにいた藤本は、日本チーム劣勢の立ち上がりを見ていても割と冷静に、なにやってんだか、と思っていた。
 自分や高橋や、あるいは福田とか国内トップレベルのガード陣と比べれば、確かに相手の背は高いが、別に、あれくらいの身長なんて珍しいことではないだろうと思う。
 どこかで出番はあるだろうとは試合前から思っていたが、こんなに早くこの展開で、というのは予想していなかった。
 タイムアウトになる前に信田コーチから藤本は呼ばれた。

 交代で入って行ってゲームを立て直す。
 常にスタメンで出ることに慣れている代表メンバーにとって、そういう役割はあまり経験の無いものだ。
 ただ、藤本はこのシチュエーションを与えられたときに思った。
 なんか新垣がしっちゃかめっちゃかにした後に入れられた滝川カップのときみたいだ、と。
 相手が強すぎるというのではなくて、勝手に自爆して試合を壊しているところも新垣そっくりだ。
 まあ、強すぎるかどうか、の基準を自分のレベルに引くのが間違ってるか、とも思う。
425 :第九部 :2011/03/19(土) 23:04
 「マーク確認。4番」

 タイムアウト明け、マークを付け直した。
 メンバーチェンジは高橋アウトの藤本インのみ。
 相手のポジションに応じて、マークを確認する。
 藤本は4番付けたギュリにつく。
 メンバー表は確認しなかったけれど、ざっと目測で10cmかな、と藤本は思った。
 身長差10cm
 結構なミスマッチではあるが、一大会、決勝まで勝ちあがる中では一戦や二戦こういう相手に国内でもぶつかることは普通にある。
 ただ問題は、身長差プラス、実力がここまで伴った相手と国内で対戦するケースはまれだということだ。
 それでも藤本は思った。
 どうせ石川よりは簡単だろ、と。

 ゲームは日本チームエンドから再開した。
 藤本に代わったところで、ギュリはボール運びの段階でプレッシャーを掛けるということをしなくなる。
 藤本もゆっくりと持ちあがった。
 今必要なことは早い攻めではない。
 じっくりとペースを取り戻すことだ、と思った。
 慌てている、という雰囲気を感じさせてはいけない。
 相手にも、自分たちの中でも。
426 :第九部 :2011/03/19(土) 23:04
 韓国ディフェンスをどう崩すか。
 事前の情報はなかったし、立ち上がり五分で何か糸口が見えたかといえばそれも無かった。
 最初の五分はまだそこまで行っていない、という感じだ。
 藤本としてもプランは特に無い。

 とりあえず様子見。
 それで外をゆっくり回して、だと、結局さっきまでと同じで特に意思の無いパスが回って後は個人技勝負、ということになった。
 右0度開いてボールを受けた飯田が自分で勝負。
 ワンドリブルついて長めのジャンプシュートを放ったがリング奥に当たって外れた。

 ディフェンス、しっかりピックアップして速攻は出させずスローダウンさせる。
 全体的にマークが変わって、韓国チームがどう攻めてくるか。
 各々身構えたが、韓国チームのチョイスはギュリに突破させる、というものだった。
 身長差を生かしてインサイド、ではなくてガードらしく外から勝負。
 こういうのは藤本お手の物だった。
 コースにきっちり立ちはだかってチャージング、オフェンスファウルをもらう。
427 :第九部 :2011/03/19(土) 23:04
 押し飛ばされた格好で仰向けに倒れこんだ藤本を引き起こそうと日本チームメンバーが集まってくる。
 簡単なコート上ミーティング状態になった。

 「相手でかいから外から勝負しましょう」

 立ち上がった藤本が言った。

 「美貴は打てるし、石川も打てる。柴田も外あるだろ。三枚で外から打って行きましょう。飯田さんくさびで中も経由したりして」
 「私も仲間に入れてよ」
 「平家さん、どうしてもインサイドのイメージなんですけど」
 「二週間合宿したんだからそろそろ外も出来るって認めてよ」
 「去年の選抜のイメージが強すぎるんですよ、美貴にとっては」
 「平家さんまで出てきちゃうと外が逆に混んじゃわない?」
 「そこは梨華ちゃんも適当に中入ったりとかで調整しながらで」
 「まあ、とりあえずそのイメージでやってみよう。圭織はそれでいいと思う。ハイポ、ローポ適当に楔になるから」

 タイムアウト時、オフェンス面の指示は特に出ていなかった。
 高橋を藤本に代えること、立ち上がり少し離されたけど慌てるなという精神面のこと、マッチアップを代えようというディフェンス面のこと。
 一分で伝えられたのはこの三つまでだ。
 ビハインドを負った立場であったが、追いかけるためのオフェンス面の指示まで手が回っていない。

 外から勝負、はボールを適当に回していたさっきのオフェンスの間の藤本の思いつき。
 別に真新しいことでもない。
 藤本の言葉そのまま、相手でかいから中じゃなくて外で勝負、というのは単純で分かりやすくいたって常識的な対処だ。
 周りのメンバーにとってもいたってわかりやすい方針である。
 細かい点まで打ち合わせるような時間はないが、大まかな方針は決まった。
428 :第九部 :2011/03/19(土) 23:05
 外からのシュートといっても、持ち上がっていきなり打つというようなことは高橋でもなければあまりするものではなく、普通はボールをまわしてから流れの中で打つ。
 フロントコートまで上がった藤本は、左手をぐるぐる回して声を飛ばした。

 「広く! 広く!」

 それに応じてギュリが韓国語でなにやら言っている。
 広くという日本語が分かったのか、藤本のアクションとバスケ経験値で何をしようとしているのか想像付いたのか。
 大きな相手に外から、というのは大きい側だってやられる前から普通考えているものである。

 具体的なことは言わなかったが、藤本は、単にスリーポイントを打つ、ということではなくて、さらに遠距離からのシュートもイメージしていた。
 自分は打てるし、柴田も石川もそこまで出来ると思っている。
 平家の名前が出てこなかったのは、ポジション的な面もあるが、そこまでは出来ないだろう、という感じがしたからでもあった。
429 :第九部 :2011/03/19(土) 23:05
 コートを広く使って、早い動きも混ぜればパスは回る。
 韓国ディフェンスは遠めの位置では突破だけを警戒していた。
 スリーポイントラインの際まで出て行くと、シュートへのケアも入ってくる。

 藤本から柴田、柴田はハイポストに上がってきた飯田へ入れる。
 石川がゴール下から抜けて右サイドへ出て来たところへ落とす。
 受けてシュート、が厳しかったので上の柴田へ。
 柴田はもう一度、今度は入れ替わってハイポストに来た平家へ入れる。
 平家から外の藤本へ。
 藤本はボールにミートするとシュートを放った。

 長めのスリーポイント。
 フェイクだろうと無視したギュリの頭上、ブロック無く越えて行く。
 きた、と藤本自身は思ったが、ボールはリング奥に当たって大きく跳ねた。
 距離が長いシュートほど、リバウンドも大きく跳ねる。
 飛んだ先は石川。
 ぴったりスリーポイントライン上でシュートのフェイクを見せてニコルを揺さぶってワンドリブルでさっくりかわすと、距離のあるジャンプシュートを決めた。
430 :第九部 :2011/03/19(土) 23:05
 メンバーチェンジで何とか建て直し、ようやくバスケットボールになってきた日本チーム。
 ただ、まだ、立て直しただけであって、相手を圧倒するというような状態ではない。
 第一ピリオド後半は一進一退といった展開になる。
 情報量が不足している初見の対戦は、主導権を持つオフェンスが有利、ということもあるだろうか、よく点が入った。
 韓国チームは身長差を生かしたギュリの高いリリースポイントからのジャンプシュートや、ボールをよくまわしてからのニコルやスンヨンのフリーでシュートで加点する。
 また、シュートが入らなくても、センターのジヨンがよくリバウンドを拾っていた
 日本チームは藤本が二本目のスリーポイントは決めたのと、そうやって外からのシュートを見せておいて、今度は突破という形で石川がミドルレンジでジャンプシュートを決めたり、また、コートを広く使うことでゴール下も広く、邪魔が入らない形で飯田が勝負してインサイドからも点を取って行く。
 第一ピリオドはタイムアウトの後、点差が大きく開くでも縮まるでも無く、26-19で韓国がリードして終えた。
431 :第九部 :2011/03/19(土) 23:06
 第二ピリオドはそのままのメンバーで入って行く。
 韓国ディフェンスは少し代えてきた。
 ここまでは基本のハーフのマンツーマンだったが、ここでニコルを石川選任という形でぴったりつけてきた。
 ボールがどこにあろうと、周りのカバーはせず、ただ石川だけに張り付いている、という役割。
 第一ピリオドの石川の動きを見て決めたのか、あるいは、事前情報から予定していて、日本チームが機能し始めたのを見ての対処か。

 石川としては、そうやって付かれても一対一で勝負すれば負けない、と感じていた。
 美記に張りつかれるのと比べればなんでもない。
 ただ、問題が一つある。
 一対一で勝負はボールを持たないと始まらないのだ。
 そのボールが入ってこない。

 こうぴったり張り付かれると、本当にフリーというのは一瞬だ。
 その一瞬が作れない、ということではなくて、その一瞬にボールが入ってこない。
 パスの出してとの呼吸があっていない。
432 :第九部 :2011/03/19(土) 23:06
 第一ピリオド中盤からの方針で、インサイドは広く開いていた。
 藤本は、外から勝負と言ったが、本当に外から勝負にこだわっているわけではなくて、中が広くなれば中で飯田や平家が勝負すればそれでいいと思っている。
 それと同時に、外からも打つし、中が広いので一人かわせばフリーでジャンプシュートが打てるという状況にもなっている。
 選択肢は石川以外でもいろいろとあり、実際いろいろと使っていてそれなりに点は入っているが、それなりでしかなかった。
 シュートが入ればいいのだが、確率はそれほど高くなっていない。
 また、セカンドチャンスが無い。
 リバウンドが取れないのだ。

 オフェンスリバウンドがとりづらいのはある程度仕方の無いことではあるが、致命的なのはディフェンスリバウンドもあまり取れていないことだった。
 相手に確率の低いシチュエーションでシュートを打たせるところまでのディフェンスは出来ている。
 なので、ファーストチャンスの得点率で言えば日本も韓国もそうかわらない。
 しかし、リバウンドをうまく拾うのだ。
 それによって得点力が上がりリードを広げられてしまっている。

 44-29 韓国リードとなって、第二ピリオドも先に日本がタイムアウトを取った。
433 :第九部 :2011/03/19(土) 23:07
 「後藤、里田イン。平家と柴田アウト。石川が二番にスライドして後藤が三番に入る」

 信田コーチ、悩んだ末の苦心の選択。
 こんな五人でゲームするということは事前に想定していない。

 「とにかく、リバウンドリバウンド」

 リバウンドを取れていないので、そこを補強ポイントとして里田と後藤を投入した。
 全体的に大きくする。

 「なんか、ケツの使い方がうまいから気をつけて」
 「リバウンドの時だけじゃないけど、くねって当ててきたりもするから」

 リバウンドが取れていなかった平家と石川のコメント。
 殴ったり蹴ったりしたら反則だが、ヒップアタックはあまり反則としては取られない。
434 :第九部 :2011/03/19(土) 23:07
 「全員意識してリバウンド入ろうな。ポジション取っちゃえば身長もあんまり関係ないし、大きく跳ねるシュートなんかはそれこそ外から掻っ攫えるんだから」

 里田と後藤が入ることで、藤本のところ以外は目立ったミスマッチは無くなってくるはずだ。

 「ごっちん、頼むよ。外から、ワンハンドスリー」
 「んー、まあ、流れでかな」
 「一発そういうのかませば流れ変わるから」

 リリースポイントの低い両手のシュートで、かつ身長差のある相手につかれて、スリーポイントも距離のある位置から打たざるを得ない藤本。
 後藤の場合は、片手で打てて、さらに相手との身長差もほぼないので、スリーポイントが普通にスリーポイントライン近くで打てるはずである。

 「んじゃ、まっつー、行ってくるよ」
 「真打のために舞台を整えてきてください」
 「なにをー、偉そうに」

 後藤、松浦、藤本。
 昨晩話しこんだ三人、うち二人が途中交代で舞台に上がって行く。
 後藤は福田の方も見たが、ちょっと距離があったので何も言わずにコートに上がった。
435 :第九部 :2011/03/26(土) 17:33
 十五点というのは大分大きな点差だ。
 二十点開くと限界とも言われている。
 流れ一つで簡単にひっくり返るような状況ではない。
 石川にとってこういう戦況はとても久しぶりのことだった。
 高校入学後無敗。
 すべて完勝というわけではなく、競った試合も当然あったが、二桁のビハインドを負うという展開は経験が無い。

 不思議な感じがした。
 相手が圧倒的に強い、という感触は無い。
 14番は確かにでかいし、4番のプレイ振りには雰囲気がある。
 でも、ただそれだけだ。
 飯田さんなら14番も対処できるし、ミキティが4番にそんなに負けるという感じはしない。
 高橋が4番に飲まれてしまったのは意外だったけれど。

 問題は二つあると思っていた。
 一つはみんなが言っていたけれどリバウンド。
 これがきちんと取れていれば悪くても点差は半分だと思う。
 立ち上がりのもたつきの後、つまり藤本が替わって入ったところからは点差を拡げられるどころか縮めていたはずだと思う。
 もう一つは、自分がパスを受けられないことだ。
 パスを受けさえすればなんとかなる、と感じている。
 個人技頼りはあまりいいことではないと思うけれど、そんなことを言っていられる状況でもない。
436 :第九部 :2011/03/26(土) 17:33
 「マーカー確認。7番」

 メンバーを替え、受け持つポジションも代えたので、マークも替わる。
 石川は9番をつけているニコルから、7番のスンヨンへ替える。
 後藤が12のハラ、里田がニコルを受け持つ。
 日本チームが替わったのを見て、韓国チームもベンチに指示を仰いでいたが日本側がピックアップした通りにマークを付けることにしたようだ。
 石川のマークがニコルからスンヨンへ替わる。

 スンヨンにベンチからなにやら指示が飛んでいた。
 自陣エンドラインの外に向かい、レフリーからのボールを受け取りに行く石川。
 そこまで付いてくる、ということはマッチアップが変わるけれど同じように貼り付けと指示を受けたのだろう。
 海外に来てここまで歓迎してくれるとはありがたい限りだ。
 でも、まずはこの、韓国の壁くらい破れないことには、アメリカを打ち破るなんて程遠い。
 美記に負けていられないのだ。
437 :第九部 :2011/03/26(土) 17:34
 石川がボールを入れて藤本が持ちあがる。
 韓国のハーフコートマンツーマン×石川だけ特別、というディフェンスシフトはメンバー替わっても継続。
 日本チームは高さが増したので中で勝負してもいいところだが、攻撃スタイルはメンバーチェンジ前と変えなかった。
 外へ広く。
 藤本への警戒は変わらないし、石川へは張り付かれているしだが、後藤のマークは外に出ると比較的ゆるい。
 高さ対策で入った選手である、という認識になっていて、外から打ってくることは想定されていないのだろう。
 ボールが回ってシュートクロックは十秒。
 石川が降りて行って藤本と後藤、上二枚の状況で、藤本が後藤に簡単にパス。
 横から受けたボールをマークと距離があった後藤は右六十度くらいの位置でスリーポイントシュートを放った。

 ボールはリング奥に当たって高く跳ね上がる。
 リバウンド。
 里田とニコルが競り合っている。
 先に左手でさらったニコルに右腕があたりに行く形になって里田のファウルを取られた。

 「ミキティ」

 石川が藤本のところに歩み寄って行く。
 後藤も来た。
 飯田はぶつかって倒れた里田を引き起こしなにやら話している。
438 :第九部 :2011/03/26(土) 17:34
 「ミキティ、もっとパス頂戴」
 「別に出したくなくて出してないわけじゃねーよ」
 「マーク替わって身長差もなくなったし、一番私のところに当たられてるから他で勝負したくなるのは分かるけど、でも、一対一でも勝てるから。もっとパス頂戴」
 「ちょっとまて」

 レフリーがオフィシャルにコールしている。
 相手ボールで再開、という場面なので日本チーム側が話しこんでいてもゲームが動き出してしまう。
 時間はあまり無い。

 「めんどくさいから正直に言うぞ。今の美貴はあんな一瞬で石川にパス入れられない。美貴には石川の動きがいまいち読めないんだよ。だからもう少し、もう少しでいいからパス受けられる間を長くしてくれ。スクリーンでも何でも使って。富岡でのイメージでやらないでくれ。美貴と石川の間には目と目で通じ合うような関係はないんだよ。それを理解しろ」
 「わかった。なんとかする」

 石川が離れていく。
 まだ近くにいた後藤に藤本が声をかけた。

 「ごっちん、いい感じじゃん。あんな感じで次決めてよ」
 「うん」

 それぞれ、マークマンを捕捉しにいく。
439 :第九部 :2011/03/26(土) 17:34
 第二ピリオドは残り三分。
 韓国オフェンスはじっくり時間を使ってきた。
 一本一本、ゆっくりまわして、ボールを持ったものが各々勝負できるかどうかを探る。
 はっきりと狙いを絞った風ではなく、フリーオフェンスでそれぞれの判断に任されているようだ。
 一つ一つの揺さぶりで、少しづつ崩して、最後は少し外目に出たニコルがシュートフェイクを一つ入れてからのジャンプシュート。
 フェイク、さらにフェイク、と見て飛ばなかった里田の頭上越えてゴールが決まる。

 これ以上前半で開かれるとつらい日本代表。
 石川の動きのイメージがここで変わった。
 とにかくボールを受けられることだけを優先する。

 ボールを持てば一対一で勝てる。
 そう、思っていても、なるべくボールを持った瞬間にすでに優位に立っている状態でいたい、というのが選手の心理だ。
 富岡でやっているときはそれが出来た。
 この一瞬、ボールを受けられればオフェンス有利、という瞬間にしっかりパスが来る。
 それを変えろと藤本が言った。
 石川はそれを素直に受け取った。
440 :第九部 :2011/03/26(土) 17:35
 ボールを受けられればなんでもいい。
 そう、頭でしっかり考えれば、そういう動きはできる。
 ゴールから遠い場所で、ゴールから離れながらでもいい。
 ボールさえもてれば。
 そこまで譲歩すれば、藤本でも後藤でも、動きが読めなくてもパスは入れられる。

 通常、そうやってボールを受けた場合、そこから勝負はせずにまたつなぎのパスを出す。
 しかし、石川はここのオフェンス、とにかくボールを持ったら勝負、と決めていた。
 距離のあるところからの静止状態での一対一。
 百パーセント、個人の能力だけで対処しないといけない勝負である。

 ゴール下にいた飯田は逆サイドに掃けた。
 石川、スリーポイントラインのさらに二メートル外、シュートの構えを見せてから左手で中央側へドリブル。
 パスが防げ無いと判断した時点でやや距離を取って突破を警戒していたディフェンスはしっかり対処してコースに立ちはだかるが、石川はバックターンして右手に持ち替えた。
 ディフェンスと並走、スピード勝負。
 そのままゴール下へ突進すると、右コーナーの里田を見ていたニコルがカバーに来た。
 それでも強引にシュートまで、と見せかけて左にスンヨン、正面にニコルと二人引き寄せた状態で、ノールックパスを里田に捌く。
 受けた里田は零度の位置でそのままジャンプシュート。
 力が入ったか、やや長くなったシュートはゴール奥に当たって先へ落ちる。
 ボールを両手でスンヨンが掴んだが、石川がそれをチップアウトしてもう一度ボールは空中へ。
 しっかり飛びなおした石川、今度はゴールに背を向けた状態ながら奪い取り、ターンしてジャンプ。
 目の前、スンヨンがブロックに飛ぶが、石川はゴールから遠ざかる側へ斜めに飛んでフェイドアウェーシュート。
 ブロックの上を通過させてボールはネットを通過した。
441 :第九部 :2011/03/26(土) 17:35
 すぐにディフェンスへ戻る石川。
 藤本は、ボールを受けに行くギュリを見ていて戻らず前に出てくる。
 すれ違いざま、藤本が左手を差し出したので、ぱちんと叩いて答えた。

 「ディフェンスから! ディフェンスから!」

 藤本が声を上げる。

 点を取ったり取られたりでは永遠に追いつけない。
 ベンチからの指示は特に無かったが、藤本は自分の判断でギュリに前からつくことにした。
 体力的には問題ない。
 滝川スタイルと比べれば、体への負担は格段に軽い。

 ギュリの方は藤本を無視して自分で持ちあがることをしなかった。
 韓国オフェンスはここでもゆっくり回して最後の勝負はジヨンのゴール下。
 踏み込んできてのシュートを、飯田がブロックしてボールを弾き飛ばした。

 跳ね飛んだボールは石川のところへ。
 石川はすぐに前の藤本へと送った。
 藤本とギュリ、一対一。
 ギュリさえ越えれば後はゴールしかない。
442 :第九部 :2011/03/26(土) 17:35
 右手でドリブルをつきながら左へ行くぞ左へ行くぞと肩でフェイクを見せる。
 そのまま右、コート中央へ突っ込んで行く。
 センターサークル付近、フェイクは効かずしっかりとコースを塞がれたのでバックチェンジで左に持ち代えて突破を諮る。
 しかしそれもダメ、前に入られる。
 今度は一瞬スローダウンしての再加速とチェンジオブペース。
 多少揺さぶることは出来たが、ついてこられた。
 スリーポイントラインをまたぐ。
 このままゴール下まで踏み込むと、藤本とギュリの身長差が効いて来てしまう。
 藤本は左サイドへ降りて味方の上がりを待つ選択をした。

 二人目石川、スンヨンがついている。
 ボールは入れられそうだが、藤本はその先が見えていた。

 三人目、後藤、ノーマーク。
 そのまま待ってゴールに向かうところへパス、が正統的だが、藤本はとっさに早いパスを出した。
 ゴールに向かって左側六十度付近。
 受けた後藤はそのまま片手で構える。
 ファーストブレイクでのスリーポイントシュート。

 ノーマークで後藤のペースで放たれたシュートは、イメージ通りの軌跡を描いてネットに吸い込まれた。
 12点差。
 これには、次の試合のCHN48待ちだった観客も沸いた。
443 :第九部 :2011/03/26(土) 17:35
 第二ピリオドはこの後、ハラのミドルレンジからのジャンプシュートがこぼれたところをニコルがリバウンドシュートで決めて一本返す。
 日本代表は石川、後藤警戒で拡がったインサイド、飯田がワンオンワンからシュートを決める。
 韓国オフェンスが長いパスがミスになってエンドラインを割り、残り時間が無い中での日本のオフェンス、藤本-里田の滝川ラインでいいパスがゴール下に飛び、アリウープの形になったのだが、里田がこれをゴール根元に当ててしまい決められず、そのまま前半終了となった。

 48-36

 韓国の十二点リード。
444 :第九部 :2011/04/02(土) 23:45
 ハーフタイムは一旦ロッカールームに引き上げる。
 20分間ベンチに座っていた。
 選手交代はなし。
 五人で戦って十二点リード。

 なんか、ばらばらだったな、というのがソニンがもった前半の日本代表への感想だ。

 第二ピリオドの終わり近くになってようやくまともなチームになってきたけれど、そこまでは本当にばらばらだった。
 それと比べると韓国の五人の熟成度は高い。
 新参者の自分はよく知らないけれど、同じメンバーでゲームをしてきた時間が長いのだろう。
 誰と誰がなんてことはちゃんと聞かなかったけれど、合宿所に五人で一緒に長年住んでいる、なんてのが居たはずだ
 それが今出ている五人なのだろうか。
 寄せ集めの日本とはそこが違ってのこの点差なのだろうと思う。
 ただ、個々の力がそんなに勝っているとは感じなかった。
 最初から相手がどんなタイプの選手なのか、それをある程度把握している分の優位がこちらにはあるけれど、前半見て向こうだって対応してくるだろう。
445 :第九部 :2011/04/02(土) 23:45
 ハーフタイム、ロッカーに戻ってすぐに監督がなにやら訓示を垂れていた。
 にっくき日本になんたらかんたら、と言っていたようだが、長い文章を最後まで聞き取るのは、その気が無いとまだ無理だ。
 分かったのは、あんまり技術的な話はなくて精神論だけだったようだ、というくらい。
 言うだけ言うと監督は出て行った。

 その後はギュリがなにやらメンバーに指示を与えている。
 十五人のキャプテン、という肩書きは別にいるが、今の五人の中でのリーダーは見るからにギュリだ。
 女王様みたいなギュリが、ガキみたいな顔したスンヨンと同い年なのは驚いたけれど、力関係は実年齢よりも見た目に対応している。
446 :第九部 :2011/04/02(土) 23:46
 なんか変だな、と思った。
 ギュリが熱弁を振るっても、まわりはあんまり聞いていないように見える。
 言葉の理解は半分くらいしか出来ないけれど、その場の空気ははっきり見える。
 そういう空気が見えてしまうのは、自分が異分子だからだろうか。

 五人の中の空気は異分子だから読み取れるのかもしれないけれど、五人と他の九人の間の壁は、多分誰でも見えるものだった。
 練習している時点でも、中のいいメンバーと悪いメンバーがいる、というのははっきり分かったし、それはどのチームでも一緒だろうくらいに思っていたが、こうやって見てみるともっと深い部分で問題があるように見える。
 練習の段階ではいろいろメンバー替えながらだったのでよくわからなかったけれど、こうなってみるとはっきり見える。
 スタメンの五人と後の九人がまるで別のチームのようだ。

 自分は、この十五人の中で、どこにはまるピースなのだろうか・・・。
 何でここにいるのだろうか・・・。
447 :第九部 :2011/04/02(土) 23:46
 日本代表はロッカーに戻ると、やはり信田がメンバーへコメントを与えた。
 問題はとにかくリバウンドだ、というのが主な趣旨。
 スコアブックを見ると、リバウンドの本数は韓国が倍とっている。
 韓国のオフェンスリバウンドと日本のディフェンスリバウンドがほぼ同数、というのは異常である。
 それさえ解消できればこれくらいの点差は問題ない、大丈夫大丈夫、ということを繰り返していた。

 「いたっ。何すんの」
 「堅いよ、まい」

 監督トークが終わって休憩時間。
 背後から近づいた藤本が、座っていた里田の頭をはたいた。

 「動き堅すぎ。はい、リラーックスリラーックス」

 藤本、里田の肩を揉む。

 「別に肩こって無いから」
 「いーや、結構こってる。ていうか、力入ってる」

 藤本は肩から手を離し、長椅子をまたいで里田のとなりに座った。
448 :第九部 :2011/04/02(土) 23:46
 「せっかくのアリウープ外したのは悪かったよ」
 「まあ、あんなこともあるって」
 「あれ入ってれば十点差だったのに」
 「まいなのに小さいこと気にしない気にしない」
 「まいなのにってなによ」

 里田が藤本とかわらなく見えるくらい縮こまっている。

 「美貴だって結構てこづって無かった? あのビックガードに」
 「あのババア、でかいくせにしっかりスピードあってついてくるのな。ワンマン速攻で行こうと思ったのに封じられちゃったよ。あれは、美貴が小細工しすぎたからってのもあるししょうがないけど。でも、おかげでごっちんのスリーポイントに出来て一点得したな」
 「ババアって・・・」
 「ババアで十分。美貴、ああいうタイプ嫌いなんだよ」
 「でかいのにスピードあるタイプ?」
 「顔が派手で自信たっぷりなタイプ」
 「バスケ関係ないじゃん」

 ほとんど言い掛かりである。
 それでも、そんな藤本の言葉に、里田は笑みを見せた。
449 :第九部 :2011/04/02(土) 23:46
 「まいのマッチアップは外人だっけ?」
 「みんな外人でしょ」
 「あ、そっか。じゃなくて、なんか韓国人ぽくないやつ?」
 「言われてみればそんな気もする」
 「大したことないって」
 「簡単に言うけどさあ」
 「簡単だよ簡単。見慣れない相手ってだけで、慣れれば簡単。五分出てもう慣れたから後半は大丈夫でしょ」
 「だといいけど」

 リバウンド競り合ってファウルを取られ、その後のディフェンスは一対一でシュートを決められ、自分は石川からのいいパスをノーマークで決められず、マークマンにリバウンドシュートを決められ、最後にアリウープを外して終わった。
 そんな里田の前半残り五分。
 藤本は言うだけ言って、背中を二度ぽんぽんと叩いて里田のもとから立ち去る。
450 :第九部 :2011/04/02(土) 23:47
 「ごっちん、いいじゃない外からのシュート」
 「速攻であそこにパス出されると思わなかったよ」
 「これだって思ったんだもん。この流れなら絶対スリーで入るって」
 「そんなこと言いながら、しっかりリバウンド飛び込もうとしてたじゃん」
 「それは、どんなシュートでも飛び込むって。無駄かもしれないけど取りに入るのがリバウンドってものでしょ」

 壁に寄りかかって飲み物を飲んでいた後藤に今度は声をかけている。
 なんとなくもの欲しそうに見えたのか、後藤が持っていたドリンクボトルを藤本に渡してくれた。
 一口飲んで返す。

 「ごっちんのマッチアップって意外に外無くない?」
 「ていうか、あんまり全体的に外無いよね。インサイドがちがち勝負が多い感じ」
 「美貴の相手のばばあくらいかな。あ、いいださーん、スコアブックいいっすか?」

 少し離れたところで平家とスコアブックを見ていた飯田。
 藤本が見に行くと、あっさり渡してくれた。

 「あんまりどころか、スリーの成功率ゼロじゃん。打ったのもばばあ二本だけだし」

 藤本と後藤、横に並んで一冊のスコアブックを覗き込む。
451 :第九部 :2011/04/02(土) 23:47
 「こっちもそんなに入ってないね」
 「ごっちんのあれと、美貴が一本決めた二本だけか」
 「もうちょっとあってもいいよね」
 「本数の割りにはって感じだなあ」

 飯田と平家も話しに入ってきた。

 「外と中の距離がありすぎる感じがするのよね」
 「距離がありすぎる? スリーポイントを遠目から狙いすぎってことですか?」
 「遠くから狙ってもいいと思うんだけど、間がいないのよ。つなぎと言うか楔」
 「ハイポストかそれよりもうちょっと高い位置でもいいから一度受ける人間がいるといいのかな。上と下のちょうど真ん中くらいに。それがないから上は上だけ、下は下だけになりがち」
 「さっきのメンバーだとまいとかごっちんとか。出てれば平家さんとか、その辺の役割ですか」
 「うん。外が外だけで狙いすぎると良くないんだと思う。中から戻ってくるパスでスリーポイントってのが一番きれいなかたちでしょ」

 一言でまとめると、ばらばらでした、となるだろうか。
452 :第九部 :2011/04/02(土) 23:47
 「あとはやっぱ、圭織が言いたくないんだけどリバウンドだよね」
 「なんとかなんないんですか」
 「なんとかで何とか出来るならセンターいらないよ」
 「へー、圭織が理にかなったこと言うのめずらしいじゃない」
 「みっちゃん、圭織はとっても論理的な人間なの」
 「はいはい。でも実際、なんとかしないとね。藤本以外はもう高さだけの問題じゃないんだし」
 「あの日本人離れしたケツの使い方がやっかいなのよ」
 「ていうか日本人じゃないし」

 みんな外人と里田に突っ込まれた藤本が、それを裏返したような突込みを飯田に入れる。

 「ファウルは? あんまりみんなないのか」
 「一つづつばらけてて二つもいないのね」
 「みんなディフェンスサボりすぎなんすよ」
 「ミキティんとこ基準だと誰もついていけないって」

 滝川の厳しさで全員がディフェンスをしたら、体力的に厳しすぎるし接触が増えてファウルが嵩んでしまうだろう。

 「つーか、前半だけで48点も取られるとか、何の屈辱ですかこれ。絶対止めますからね後半」
 「止めるっていうか、リバウンドかな」

 行き着くところはそこだった。
453 :第九部 :2011/04/02(土) 23:48
 後半、韓国チームは前半からと替わらない五人が出て来た。
 日本チームは藤本、石川、後藤、里田、飯田。
 前半ラストのメンバーで入る。

 最初に得点したのはインサイドの一対一から飯田。
 その一本は割と早く入ったのだが、そのまま二分間両チーム無得点で流れる。
 日本チームは平家、村田イン、里田、飯田アウト。
 ここまで出ずっぱりの飯田を休ませる。

 韓国チームのリズムがいたって悪くなっていた。
 特にオフェンス。
 互いの連携がうまくいっていない。
 パスをスティールされたり、誰も触れずにエンドを割ったりとターンオーバーが続きシュートまで持っていけない。
 ただ、ディフェンスはそれぞれが目の前の相手としっかり対峙し、シュートまで持って行かれてもリバウンドは拾えるので一気に日本代表が追い上げるという展開にはならない。
454 :第九部 :2011/04/02(土) 23:48
 54-46
 韓国八点リードで第三ピリオド残り四分。
 ここで柴田、松浦イン、石川、後藤アウト。
 こう着状態で勝負どころはまだ先と見た信田コーチが石川もベンチに下げて休ませる。
 さらに一分後、高橋、飯田インの藤本、村田アウト。

 「向こうリズム悪いのに、なんで一気に追いつけないかなあ」

 ベンチに戻ってきた藤本、端まで来て立ったままタオルで汗を拭きつつ吉澤にこぼす。

 「前半と比べて四番が孤立してる感じだよね」
 「孤立っていうか、もうばらばらにやってる感じなのに、こっちもうまくいかない」
 「五対五じゃなくて一対一が五箇所あるゲームって感じ?」
 「そう割り切っちゃった方がうまくいくのかなあ」

 連携が取れていない中で無理にパスで崩そうとすると、意思の疎通が出来ず誰も触れないパスが飛んでしまう。
 三本に一本でもそういうパスが通り、九十分で一点でも取れればそれで勝ててしまうことがあるサッカーと違い、四十分で少なくとも四十点は入るバスケでは、たまに通ればいいキラーパス、なんて思想は無い。
 韓国チームのリズムの悪さは、何とかパスで崩そうという意思のあるギュリと、周りの連携が取れていない部分にある。
 日本代表も、藤本が自身の後半に入ってのプレイ振りにそういう部分を感じていた。

 目の前では柴田がミドルレンジからのジャンプシュートを決めて六点差。
 スリーポイント二本分、一つの流れで追いつけるところまで来た。
455 :第九部 :2011/04/02(土) 23:50
 韓国はつながりの無いオフェンス。
 ここで、マッチアップの替わったギュリが自分で勝負を選んだ。
 高橋、対応しきれずに抜き去られてしまう。
 ゴール下で飯田がカバーしようとしたが、ガードながら身長のあるギュリ、ジャンプシュートを決めた。

 エンドから、柴田が高橋へ入れる。
 ギュリが圧力を掛けた。
 先ほどまで藤本相手にはしていなかったこと。
 試合開始当初、同じことをされたのに、替わって入ったここでは頭に無かったのか、高橋、慌ててボールをファンブルしてしまう。
 こぼれたボールはギュリが拾って、攻守反対になっての一対一。
 ギュリのドリブル突破に今度は高橋、しっかりと付いて行ったが、進路を阻むことは出来なかった。
 ゴール下まで進撃されると、後は身長差が生きる。
 待ち構えている柴田は高橋自身を壁にするようにして避け、ギュリがゴール近辺での飛べばフリーというシュートを決めた。
 再び十点差。

 「亜弥ちゃん、フォローしろって」

 ベンチから藤本が声を飛ばす。
 すっかり上がりきってボール運びは柴田高橋にお任せ状態だった松浦。
 今度はギュリと高橋の位置関係を見て、ボールを受けに戻る。

 第三ピリオドはこのメンバーのまま最後まで引っ張った。
 韓国もメンバーチェンジなし。
 二本づつ取り合って 62-52
 韓国十点リードで終える。
456 :第九部 :2011/04/09(土) 22:35
 第四ピリオドに入る前のインターバル。
 韓国ベンチは荒れていた。
 いや、冷めていた、という方が正確かもしれない。

 この二年半、桜華学園の理詰めでよく語るコーチの下にいたソニンにとって韓国代表チームの感情的かつ精神論が中心の話しは、ある種新鮮ではありつつも、そればかり続くとある種ばかばかしいものにも感じていた。
 最初は外国語ヒヤリングテストレベルにまじめに聞いていたが、慣れてくると、まあ分からなくてもいいや、と聞き流すようになっていた。
 言葉の問題は置くとして、そういうのを聞き流してしまうのは育ちの違いなのかな、とも思っていたが、どうやら聞き流すのは自分だけではなかったようだ。
 最終ピリオドに入る前のこの韓国ベンチ、試合に出ているメンバーの過半が明らかにまともに話を聞いていない。
 それどころか、冷めた口調で言い返していた。

 感情的にまくし立てるコーチの早口よりも、冷めた選手の言葉の方が聞き取るのは容易だ。
 ただ、言葉の意味は理解できたが、言っている内容は、なにいってんだこいつら、というようなものだった。
457 :第九部 :2011/04/09(土) 22:35
 「あんな狭い寮に押し込められてやってられない」
 「練習して帰って寝て、練習して帰って寝て、それの繰り返し。これじゃ奴隷と一緒だ」
 「勝ったら待遇改善してよ」
 「勝利ボーナスも欲しいな」

 あんな寮がどんな寮か、ソニンは知らない。
 でも、今言うことか? と思う。
 国際大会が始まった初戦、宿敵日本との対戦、残り十分十点リードという場面である。
 チームの中にあった変な空気の下地はこれだったのか、とやっと分かった感じだ。

 選手の中で一人だけ反応が違った。
 ギュリだ。
 他のメンバーたちに何か切々と訴えている。
 半分くらいしか分からなかったが、言っているのはソニンが思ったのと同じことなようだ。
 今言うことじゃないだろと。

 「ギュリ姉はいつもそうやっていい子ぶるよね」

 返ってくるのはこれもやはり冷めた言葉だった。

 クォーター間インターバルは二分。
 そんなやり取りで終わる。
 ごちゃごちゃ言うような奴替えろよ、とソニンは思ったが、韓国ベンチは同じ五人をコートに送り出した。
458 :第九部 :2011/04/09(土) 22:36
 第四ピリオド、日本代表はメンバーを替えた。
 藤本、石川、後藤、平家、飯田。
 藤本、石川、後藤、第三ピリオドの終盤休ませていた三人をコートに戻す。
 残り十分で十点を追いかける展開。
 そろそろ勝負を掛けたい時期である。

 いいリズムでまず得点したのは石川だった。
 ローポストで相手を背負ってボールを受けた平家、勝負の素振りを見せて外からエィフェンスが挟み混んできたところで石川に戻す。
 石川は、平家のところから戻ってきたディフェンスをシュートフェイクで揺さぶってドリブルでかわす。
 前には平家がいて、ゴール下のディフェンスは抑えこんでいる。
 十分に余裕を持って、フリーで石川がジャンプシュートを決めた。
459 :第九部 :2011/04/09(土) 22:37
 ここから二本、点の取り合い。
 韓国はギュリのスリーポイントが外れたリバウンドを拾ったニコルのジャンプシュートと、ゴール下でジヨンが飯田と勝負してシュートまで持って行ったもののこぼれたところを、石川を追い出したスンヨンが拾って再び押し込む。
 二本ともオフェンスリバウンドを拾っての得点。
 日本代表はハイポストで持った平家が走りこんでくる石川に手渡しパス、石川はディフェンスを平家に引っ掛けてゴール下へ向かい、ディフェンスがカバーに来たのでバウンドパスを飯田に送って簡単なシュートを決める。
 もう一本は速攻を狙って持ち上がった藤本が右サイドに切れて、上がってくる後藤にパス、前半に見せたような速攻からのスリーポイントの構えを見せてディフェンスを引き寄せてドリブルでかわし、ゴール下まで行って、後藤石川とスンヨンの二対一、パス、パスと見せて自分で後藤が決めた。

 いい連携で崩して点を取った日本代表と、オフェンスリバウンドを確保して点を取った韓国代表。
 八点差で時が刻まれていく。
460 :第九部 :2011/04/09(土) 22:37
 リバウンドを何とかしたい日本。
 韓国はもう、一本ではシュートが決まらなくなってきているのだ。
 効果的なパスで崩す、ということは出来ていない。
 そうなると一対一で勝負となるのだが、日本のディフェンスも韓国のそれぞれのメンバーに慣れてきた。
 簡単に抜かれはしない。
 奪い取るところまでは行かないが、難しい状況でのシュートを選択することを強いるところまでは行っている。
 あとは、その難しいシュートが外れたリバウンドを取れさえすれば、流れを引き寄せられる。

 日本オフェンス、藤本のスリーポイントが外れてリバウンドを韓国に奪われる。
 韓国はゆっくりとセットオフェンスでまわして、ギュリがゴール下へのパスを通そうとして誰も触ることができずエンドを割った。
 早く六点差、最小シュート二本で追いつけるところまで持って行きたい日本代表はここではハイポストで持った平家が自分で勝負。
 ターンしてドリブルで中へと見せてその場でジャンプシュート。
 これがブロックにあいボールは大きくはじき出される。
 日本陣内にまで飛んだボールを拾い上げたのはギュリ、そのままゴールへ向かおうとして藤本との一対一。
 必死に喰らいつく藤本、コースを抑えゴール下へ侵入させない。
 諦めて外へギュリは掃けるが、周りのフォローが無く速攻は成立しない。
 ここの韓国のセットオフェンスは、珍しくスンヨンが外からカットインを試みた。
 しかし、これはうまく行かず石川に正面を抑えられて体当たりする形になりチャージング、オフェンスファウルを取られる。

 残り五分二十秒。
 66-58 韓国リード
461 :第九部 :2011/04/09(土) 22:37
 場面は膠着していた。
 ここで韓国にやられてまた二桁まで開かれると心理的にかなり追い込まれた状態になる。
 逆にここで一本決めて六点差に出来れば、行ける、という希望が持て、勢いが生まれてくる。
 先に一本欲しい、誰もが思う場面。

 日本のオフェンスはこの時間帯になってもよく動いていた。
 国際大会の初戦という緊張で消耗し、スタミナがきつくなってきそうな頃合であるが、元々鍛えられているということと合わせて、途中で休みが取れているというのも大きい。
 そして、各チームのキャプテンクラスで組まれたこの五人、ここが勝負どころということが十分に頭に入っている。

 藤本から石川へ、石川が右外に開いてきた飯田へ落とす。
 ローポストで構えた平家だがディフェンスが前に入ってきて入れられない。
 逆サイドから上がってきた後藤へ戻す。
 後藤は左サイド藤本へ落としてパスアンドラン、ゴール下へ走りこむ。
 パスは入らない。
 トップの平家へ、平家は右外に出て来た石川へ。
 ディフェンスがまだやや遠かったので、スリーポイントラインよりさらに遠いこの位置で石川はシュートの構えを見せた。
462 :第九部 :2011/04/09(土) 22:38
 スンヨンがブロックしようとすっと出てくるところを右から抜きにかかる。
 置き去りにしたいところだったがそこまでは出来なかった。
 前は空いているが左半分は塞がれている。
 ゴール下、逆サイドの後藤を見ていたハラが石川を捕まえに来た。
 前、左、二箇所つぶされる前に、二人の間をバウンドパスで通す。
 左零度、待っているのは後藤。
 ボールにミートしてジャンプ。
 視界には横からブロックを試みて飛び込んできたギュリが入ってくる。
 とっさにそれを避けようという意識が働いて放たれたシュートは、やや長めになり後藤から見てゴール奥に当たり向こう側へ跳ね落ちて行った。

 リバウンド。
 こちらの位置に居たのはパスを捌いた石川。
 流れでハラにスクリーンアウトされていてこのままではボールは取れない。
 そう誰もが思った時に、「ひゃっ」 と場違いな声がゴール下から発せられた。
 次の瞬間、石川がハラの前に入り、落ちてくるボールをジャンプして掴み、そのままゴールに押し込んだ。
463 :第九部 :2011/04/09(土) 22:40
 何が起きたんだ?
 周りは怪訝そうな顔で見るが、そこにあるのは石川がリバウンドを取って点が入ったという事実だけだ。
 笛が鳴って止まるでもない。

 なぜ? と思ったのは日本だけでなく韓国も同様だ。
 ゴール下は支配しきっていたはずが、なぜ?
 嫌なところで点を取られた、という空気が漂う。
 オフェンスはリズムが悪いままで、インサイドへのパスを平家にスティールされる。

 藤本がすぐに受けに降りて速攻を狙うが、とっさに抑えに来たギュリに阻まれワンパス速攻は成立しない。
 一呼吸入れて、周りも上がりギュリも少し離れてからゆっくり持ち上がる。
 ここは流れが来ている、そう藤本は感じていた。
 スリーポイントは実力×流れ×運 で決まる。
 実力十分、運も持ってる、流れが来ているんだから決まるはず、その方程式を藤本は信じた。

 中、外、展開してから戻ってきたボール。
 九十度の位置、スリーポイントラインから二メートル離れた遠い場所からシュートを放った。
 手ごたえは感じていた。
 来た、と思った。
 ボールはリング奥、わずかに左側にあたり大きく跳ね上がった。
464 :第九部 :2011/04/09(土) 22:41
 リバウンド。
 飛んだ先にいるのはスンヨンと石川。
 スンヨンがきっちりスクリーンアウトして石川を背負っている。
 これはスンヨンが確保する、と誰もが思ったところで、また「ひゃー」と場違いな声がした。
 石川がスンヨンの前に入り込む。
 落ちてきたボールをさらうとそのままゴール下まで入り込み、簡単なシュートを決めた。

 韓国ベンチがタイムアウトを取った。

 66-62 韓国四点リード
465 :第九部 :2011/04/09(土) 22:41
 ベンチに戻ってきた日本代表。
 開口一番平家が言った。

 「石川、何したの?」
 「別に何もしてませんって」
 「何もしてないって、どんな魔法使ったらスクリーンアウトされたところから二本続けてリバウンド取れるんだよ」
 「なんか変な声したよね、二回とも」
 「別に、ちょっと撫でてあげただけですよ」
 「なでる?」

 意味が分からない。
 声がしたのはハラでありスンヨンであって、石川ではない。

 「なんかヒップアタックとかするから、触って欲しいのかなあって思って」
 「触って欲しいのかなあって、梨華ちゃん、おしり触った?」
 「ちょっとなでてあげただけだって。下から手入れたから、指は前の方まで入ってたかもしれないけど」
 「前の方って・・・」
 「事故ですよ事故。ちょっとなでただけだし、ファウルでも無いし、オッケーオッケー」
466 :第九部 :2011/04/09(土) 22:43
 スクリーンアウトされてはいたが、完璧な形ではなかったので石川の右手は自由だった。
 一本目、ハラの時は事故である。
 なんとかスクリーンアウトを外して横から前に入り込もうと動いた時に、右手の平がハラの後ろ側の柔らかい部分にふれ、かつ、中指はそのあいだの部分にたまたまそって入ってしまっただけだ。
 事故だから石川は慌ててそこから右手を引き出そうとして、さらにその部分に摩擦で刺激を与えてしまう。
 それは悲鳴も漏れて力も抜けるだろう。

 一度目の事故的犯行で車掌に捕まらなかった石川は、次の列車では今度は半ば意図的に別の女性をターゲットに手を伸ばした。
 今度はさっきよりも深く入る。
 後ろからというよりも下から、というのに近い場所、柔らかい両側から挟まれた間、石川の中指は下を通って前側にまで届いた。
 そして、指を、手を、引っ張り手前に戻す。
 後ろどころか前までも刺激を与えられたら、それは悲鳴も出る。

 突き飛ばしたわけではないからプッシングではない。
 掴んだわけでもないからホールディングでもない。
 叩いたわけでもないのでイリーガルユースオブハンズともちょっと違う。
 ちょっと触っただけ、ちょっとなでただけだ。
 ゴール下ではよくあること。
 背中あたりならよくあること。
 それがちょっと場所が違っただけである。
467 :第九部 :2011/04/09(土) 22:44
 「なんでもいいっすよ。とにかく四点差四点差」
 「ディフェンス、ボール持ったら一対一仕掛けてくるって思って対処ね」
 「四番だけは外もあるから、藤本、忘れるなよ」
 「分かってますよ」

 事故でも故意でも痴漢でもなんでも、オフェンスリバウンドを二本続けてとって四点差まで迫っているという事実がここにある。

 「同じ手は通用しないと思うから、リバウンドしっかりな。ディフェンスリバウンド特に。押してくるけど飛ばされるなよ」
 「オフェンス、二点づつね。まだ時間あるから。外三人は流れで打ってももちろんいいけど、スリーにこだわるな」

 キャプテンの飯田が、コーチの信田が、メンバーに告げる。
 流れが来ているという認識の中で、ミーティング時のチームのあるべき姿に近い形が出来てきている。

 「一対一なら怖くないから」
 「足動かしていこう」

 メンバーたちも、思い思いの言葉でチーム全体を鼓舞する。
 ブザーがなって五人がコートに戻って行く。

 輪が解散してベンチの隅に戻って行くところで松浦がポツリとつぶやいた。

 「おしり触ってもファウルじゃないんだ」

 その場では誰も答えなかったけれど、席までもどって座ると、となりに居た福田が言った。

 「ハッキングでもプッシングでもホールディングでも無いけど、かなりアンスポーツマンライクな気がする」

 声は出さずにその奥に座っていた柴田が何度もうなづいた。

 スポーツマンらしくない行為は、本来アンスポーツマンライクファウルを取られ、相手チームにフリースロー二本を与えた上、相手ボールでゲーム再開となる。
468 :第九部 :2011/04/09(土) 22:45
 同じタイムアウト、韓国ベンチは今度こそ本当に荒れていた。
 冷めてなどいない。
 痴漢被害者スンヨンとハラが猛烈に不満をまくし立てている。
 おちつけ、おちつけ、となだめるコーチ陣だがメンバーたちは聞くを持っていない。
 もっとしっかり繋いでいこうとギュリが言っても、もうどうでもいいこんな試合、というようなことをニコルが言い返している。
 試合に出ていない九人は、形だけ輪を作っていたが、まったく無関係を装っていて話には参加しない。
 残り時間四分を切って、宿敵日本と四点差、という状況にあるチームとしてありえない姿。
 ここまでずっと黙って見ていたソニンが切れた。

 「てめーらいいかげんにしろ! 今どういう状況か分かってるのか! 痴漢だなんだごちゃごちゃ言ってる場合じゃないだろ! 寮がどうとか。目の前の相手を見ろよ! コーチもコーチだ。替えちまえよこんなぐちゃぐちゃ言ってる奴ら」

 ソニンの剣幕に圧倒されたのか、強い縦社会で生きているはずの韓国のコーチ陣が、いや契約がとかなんとかもごもご言うのみである。
469 :第九部 :2011/04/09(土) 22:45
 「なにが契約だよ。目の前の相手に勝つ。それがバスケだろ。なんなんだよこのチーム。勝つ気ないなら国に帰れよ。

 勝つ気が無いなら国に帰れ。
 自分が帰るべき国は果たしてどこなんだろうか・・・。

 もう、それ以上は言わなかった。
 瞬間沸騰的怒りは長くは続かない。
 タイムアウトがあけるブザーがなり、五人以外のメンバーはそれぞれ座っていた椅子に戻って行く。
 ソニンも戻っていこうとしたが、我に返ったコーチに呼び止められた。
470 :第九部 :2011/04/09(土) 22:45
 「ソン」

 言われて振り返るとコートを指差して何か言われた。
 入れ、と言われているようだ。
 ハラと交代。
 交代を命じられたハラがコーチのところに歩み寄ってなにやら言っているが早口すぎてソニンには理解出来ない。
 文句を言われているコーチだが、交代を撤回する様子は無かった。
 ハーフタイムに軽く体を動かして以来、ずっと座ったままで体も温まっていないし、チーム状態は最悪に近いところにあるが、それでもチャンスが来たようだった。
 まだ何か言っているハラの後ろを通って、オフィシャルのところに行き交代を告げコートに入る。
 マーク誰だったのかも確認もしてねーよ、と思って少し迷っていたら、ギュリが近づいてきた。
471 :第九部 :2011/04/09(土) 22:46
 「ソン、ソニン」
 「なに、フルネームなの?」
 「おこってくれて、ありがとございます」

 日本語だった。
 そういえば、ソニンが切れた時に使った言葉は日本語なはずだ。
 それでも、だいたいは通じていたということだろうか。

 「パク」
 「ん?」
 「マークどれだっけ?」
 「ナンバーテン」
 「あいつか」
 「よくしってる選手?」
 「いーや、あんまり」

 日本代表の今コートに出ている五人のうち、藤本、石川、平家は直接試合をしたことがあるし、飯田は一つ上の学年を代表する有名選手だ。
 10番を付けた後藤だけは、ソニンにとって持っている情報の少ない選手だった。

 「そっか、しっかりたのみます」

 あの貫禄女が、たどたどしく日本語話すとそれだけで可愛いじゃないか、とソニンは思った。
472 :名無飼育さん :2011/04/15(金) 00:06
国際問題だw
473 :作者 :2011/04/16(土) 23:31
>>472
石川は謝罪も賠償もしない模様です
474 :第九部 :2011/04/16(土) 23:32
 韓国エンドから試合再開。
 ギュリが持ち上がるというスタイルは変わらない。
 ソニンには後藤がついてきた。
 様子見をしている時間帯では無いが、体が温まっていないというのも事実としてある。
 ソニンはコート内を動き回った。
 フリーになってボールを受ける、ということよりも体を温めるという方が目的としてある。
 ファーストタッチは大きく外に出たところ。
 プレースタイル的に勝負できるような場所ではなく、簡単に戻すことになる。
 それからまた走り回る。

 ここのオフェンスはスンヨンが石川相手に突破を試みてうまく行かず、自分の足にボールを当ててエンドラインを割った。

 10番をつけた後藤真希。
 あまり知識は無いが、今日ここまで見てきた限りでは外でも内でも勝負できるバランスの取れたいいプレイヤーだとソニンは思った。
 ディフェンスでサボらせてもらえるような相手ではない。
 ただ、実際こう対峙してみて、迫力のようなものは無いなと感じた。
 身長は自分と変わらない。
 否、身長の問題ではなかろう。
 身長は変わらず、後藤と比べても華奢と言える石川も、ボールを持たれると怖さを感じる。
 脳で考えて、こいつはうまいからボールを持たれると点を取られる可能性が高くて怖い、というようなものではなく、もっと本能的なところで怖いのだ。
 それが後藤には無い。
 たしかにうまいし、たしかにこのメンバーの中にいて何の遜色もないけれど、不思議とそういう怖さは無かった。

 流れは日本に向いている。
 外に一旦開いて中に駆け込んだ飯田へ石川からパスが入り、ゴール下のシュートをきっちり決めて二点差。
475 :第九部 :2011/04/16(土) 23:33
 韓国は早い攻め上がりから時間を掛けずにインサイドでジヨンが勝負して、ここはジャンプシュートが決まり四点差に押しもどす。
 引き続いての攻防はどちらもシュートまで持っていけず、四点差のまま三分を切った。

 こいつらやっぱり勝つ気が無い、とソニンは思った。
 勝つ気が無いわけではないのかもしれないが、勝つことよりも優先される何かがあるという感じだ。
 目の前の試合だけを見ている、日本をぶち倒すことだけを見ているのは、自分とギュリの二人しかいないんじゃなかろうか。

 ならば、自分の力で勝たなくてはいけなかった。
 そのチャンスを与えられ、そして、自分にはその力があると信じている。
 この試合で背負っているものは、誰よりも重い。
 代表の重み、なんてものじゃない、人生の重みだ。

 後藤はがたいはいいが、馬力で勝負すればやっぱり自分が勝つと思った。
 インサイド、体のぶつけ合いなら負け無い。

 ゴール下、ポジションを確保しようと圧力を掛けるとあっさりと押しのけることができた。
 零度の位置からボールを受ける。
 飛べば目の前にはバックボード。
 簡単なシュートを決めた。
 六点差へ広げる。
476 :第九部 :2011/04/16(土) 23:33
 こんなにもろいものか?
 そう考えたが、自分がフレッシュで体力が有り余っていることと、まだ動きに慣れていないことあたりのせいだろう、と思った。
 頭の中でそんなことを思ったのはシュートを決めて、ディフェンスに戻ろうと走り出すほんの一瞬のことであったが、その一瞬の間に局面はもう動いている。
 エンドで飯田が拾って、長いパスを石川に飛ばした。
 ワンパス速攻、石川vsスンヨン、スピード勝負で置き去りを狙ったが付いてこられたのでストップジャンプシュートを放ち四点差へ引き戻す。

 二回同じことはさすがに通用しなかった。
 押し込もうとしても踏ん張られる。
 それでも押し合いでスペースを確保する自信はあったが、外のディフェンスもソニンを警戒していた。
 ソニンが日本をよく知っているように、日本代表メンバーも多くがソニンをよく知っている。
 桜華学園と対戦するとき、まずソニンのプレイスタイルをチェックするのだ。
 石川や平家の頭には、ソニンがどういう選手かはしっかりと刻まれている。

 押し込んで場所を奪っても、外から挟み込みに来られてボールが入らない。
 今出ているメンバーは、ギュリ以外スリーポイントはない、と見られていた。
 その場の流れ、平家がソニンをケアしていて、外で開いたニコルが迷った素振りを見せながらもスリーポイントを放つが長くなってリングにも当たらずに外れる。
477 :第九部 :2011/04/16(土) 23:33
 残り二分少々からの攻防。
 日本代表は石川がミドルレンジからジャンプシュートを放つが外れてリバウンドをジヨンに拾われる。
 対して韓国はギュリがエンドライン際藤本を抜き去ろうとしてかわしきれない。
 逆サイドのソニンに出したところを後藤がパスカット。
 すぐに石川が受けて一人で持ちあがるが、韓国ディフェンスは二人、一対二で勝負にはいかずに周りの上がりを待つ。
 セットオフェンスになり、日本代表はボールを回す。
 最初から狙っていたわけではないけれど流れでそうなった。
 混んでいるゴール下を抜けて逆サイドへ出て来た藤本、ギュリはゴール下で飯田に引っ掛かっていた。
 トップにいた平家から送られたボール。
 受けながらターンしてゴールに向かい、ギュリとの距離がまだあるのを確認してシュートを放つ。
 終盤に来てのスリーポイント。
 後半入っていなかったが、ここで決まった。
 ついに一点差。
 沸きあがる日本ベンチ、また、どちらよりでもない中立の観客も、この展開この時間帯のこのシュートで盛り上がっていた。
478 :第九部 :2011/04/16(土) 23:34
 残りは一分半。
 韓国としてはリードは守っておきたい。
 どこで勝負?
 ソニンは自分がと思っていたし、周りも自分がと思っているようだ。
 ソニンがニコルがジヨンが、そう思うと、インサイドが混雑する。
 実際に自分で勝負したのはギュリだった。
 外から突破をはかろうとする。
 結果的には、突破されたとしてもインサイドは混み混みでゴール下まではいっていけるような状況ではなかったのだが、藤本にそこまでは見えていない。
 突破されないように、と付いて行ったところでギュリはジャンプシュートを放った。
 タイミング的には藤本はしっかり対処してブロックに飛んだのだが、いかんせん身長差がありすぎる。
 空中フリーの状態で放たれたシュート、しかしこれは外れた。
 リバウンド、誰も痴漢がいなかったからなのか、ニコルが奪い取る。
 上まで戻して仕切りなおし。

 韓国はボールを回すがディフェンスは崩されない。
 勢い、また一対一の勝負が選択されることになる。
 ここはニコルvs平家。
 ローポストでボールを持ってゴール下押し込もうとするが、平家はそれでやられたりはしなかった。
 ニコルはフェイドアウェー気味のシュートを放つ。
 平家のブロックは藤本のブロックと違い、しっかり効果のある高さである。
 フェイドアウェーで打ったのでそのブロックは越えて行くことが出来たが、ボールはゴールも越えて行ってしまった。
 リバウンド、ここで競ったのはソニンと後藤。
 ヒップアタックで突き飛ばす、なんてことをソニンはしない。
 先に手に触れたのは後藤でそれを両手で抱え込もうとしたが、ソニンはそれを怪力で引き剥がした。
 奪ったボールは上まで戻す。
479 :第九部 :2011/04/16(土) 23:34
 仕切りなおして三度韓国オフェンス。
 一分を切って一点差。
 本当の勝負どころ。
 ソニンはゴール下で勝負をしたかった。
 後藤との勝負。
 その気迫は韓国のメンバーに伝わったのだろうか、ジヨンがニコルが外にはける。
 ローポストで後藤を背負い込んでボールを受けられる体勢を作る。
 しっかり見ていたのはギュリ。
 遠めの位置であったが、目の前の藤本は頭の上ならボールは通る。
 サイドを経由せずに長い距離のパスを出した。
 もう一人、しっかり見ていたのが石川だった。
 上からでもパスが入る。
 読んでいたところに飛んで行ったものだから、横から飛び込んで奪い取った。

 すばやく左サイドに出た藤本へ石川はボールを送る。
 受けながらターンしてスタート、前にいるのはギュリ一人、味方の上がりも相手の戻りも遅れている。
 この試合、何度かあったシチュエーションだったが、ここでも藤本はギュリを抜き去ることが出来なかった。
 左零度のあたりまで下りて行って味方の上がりを待つ。
 パスを入れられるような入って来方をしたものは居なかった。
 藤本は自分でそのままトップまでドリブルついて戻って行く。
 残りは三十秒。
 ここのオフェンスで取れないと、韓国に持ちきられて逃げ切られる展開が見えてくる。
 確実に。
 それが藤本の頭にはある。
480 :第九部 :2011/04/16(土) 23:34
 地元CHN48の登場を前に、最終盤の一点差ゲームで会場は盛り上がっていた。
 どちらにも強い思い入れが無いと、こういう競った試合はいい見世物である。
 その、がやがやした雰囲気の中で最後の攻防。
 残り二十秒、シュートクロックも無くなってくる。
 右ローポストで平家がボールを受けた。
 韓国ディフェンスはとにかくシュートが怖い。
 外からスンヨンも囲みに来る。
 一対二、この状況は平家にとって慣れたものだった。
 スンヨンが近づいてきたところ、バウンドパスで小脇を抜く。
 外、待っているのは石川。
 一点差で最終盤のこの場面、石川はスリーポイントラインの外側でボールを受けた。

 シュートの構え。
 スンヨンはもちろん戻ってくるが間に合いそうに無い。
 一点差で残り二十秒を切っている、それが頭にあるか、スリーポイントはフェイクで突破に来てくれ、という願望に賭けたか、ブロックに飛ばなかった。
 石川の構えはフェイクではない。
 ブロックに飛ばれても間に合っていないが、心理的圧力にはなるもの。
 それも無い状態で放たれた石川のスリーポイントは、きれいにネットを通過した。

 土壇場逆転、72-70 日本リード。
481 :第九部 :2011/04/16(土) 23:35
 負けるわけにはいかなかった。
 自分が入ってから逆転された。
 自分に責任のあるプレイではないが、自分が入ってから逆転されたというのは事実である。
 誰が悪い?
 日本から来たあの女が悪い。

 そんなことを左脳でぐちゃぐちゃ考えたりはしなかった。
 二点差、残り十七秒、それだけを見て、ただ走った。
 パクは自分にボールを預ける。
 そして自分が決める。
 そのイメージがはっきりあった。

 後藤との競り合い。
 前に入られるとパスコースがさえぎられてうっとうしい。
 それを逃れて動く。
 力と力の勝負なら負けなかった。
 前に入られて逆サイドへ移動して、ゴールに背を向けて後藤真希を背負い込む。
 パクギュリ、正面に居た。

 今度は距離が近い。
 藤本の頭上を抜いたパス。
 それを飛び込んで奪えるものは居ない。
 どっしりと両手で受ける。
 押し合いのゴール下、ソニンはさらに背中に圧力を掛けた。
 それからターンする。
 目の前にさえぎるものは無かった。
 ただ、飛べばそこにバックボードがありリングがある。
 逆サイドから飯田がカバーに来るが関係なかった。
 簡単なゴール下のシュート。
 それを決めて着地すると、足元に後藤が転がっていた。

 笛はならない。
 ファウルになるようなプレイは無い。
 残りは四秒、ボールを拾った飯田が藤本へ入れ、持ち上がっている途中に終了のブザーが鳴った。

 72-72

 延長へ。
482 :第九部 :2011/04/16(土) 23:36
 延長までのインターバルは二分ある。
 日本代表はメンバーは替えなかった。
 藤本、石川、後藤、平家、飯田。
 この五人で延長にも臨むようだ。
 後藤がソニンを抑えられていないが、信田コーチは他に適任はいないと踏んだようだ。

 「しっかりしろ! 後藤真希」

 藤本が頭をぱちんと叩いた。

 「ごめん」
 「あれ、桜華のやつだろ。たいしたことないって。ゴール周りだけで外出たら使えないんだから」
 「後藤が止めてたら延長になってなかったんだよね」
 「美貴が途中のスリーポイント二三本決めてたらとっくに勝ってたよ。だからそういうのはいいっこなし」

 信田コーチからのコメントは比較的簡単なものだった。
 こまごまと時間一杯使って伝達するような事柄は無い。
 メンバー同士ではなしをしながら、延長の開始を待つ。

 「ソニンちゃん、体力的にフレッシュだし、怪力だから押し合い勝負するのきついよやっぱり」

 今度は石川が後藤に語りかける。

 「前を抑える感じのがいいかなあ」
 「そう思う」
 「ごっちんも結構怪力なイメージだったんだけどな」

 出番の無い吉澤も入ってきた。

 「なんか、圧力半端ないよ。すごい気合入ってる感じ」
 「じゃあ、ごっちんも気合入れないと」
 「んあ? うん、そうだね」

 そろそろ時間になる。
 五人はコートに上がって行く。

 「ごっちん大丈夫かなあ」

 自分の席に戻りつつ、誰へとも無く吉澤がつぶやく。
 受け手のいない言葉を柴田が拾った。

 「大丈夫だよ。のんびりした雰囲気でも結構すごいじゃんあの子」
 「うーん、そうなんだけど、なんか珍しく気持ち的に圧倒されちゃってる感じに見えたんだよなあ」

 能力の問題ではなく、気持ちの部分で吉澤はなんとなく後藤のことが心配だった。
483 :第九部 :2011/04/16(土) 23:36
 後藤真希にとって、経験したことの無い感覚だった。
 このメンバーで戦うのは初めて。
 日本代表のユニホームを着るのは初めて。
 海外に渡航するのは初めて。
 国際試合は初めて。
 延長は初めて。
 初めてはいろいろあるけれど、それらの何かが一つ、後藤に影響を与えるわけではない。
 いろいろな初めてがあわさって、今までに無い感覚を与えている。

 日本国内の試合でも、対戦相手の勝ちたいという必死な思いが伝わってくることはあった。
 激しい接触もあるし、ゴール下のどつきあいに近い攻防だって経験はある。
 粗いプレーで言葉ではっきり罵られたりしたこともある。
 それらと戦ってきた自分。
 仲間たちの勝ちたいという想いももちろん今まで感じてきた。
 矢口の必死さは見ていて愛らしかった。
 だから、辞めずに付いて行ったのだろう。
 そうして今がある。

 今日は、そういうのとは何か違う、嫌な重苦しさを感じていた。
 特に、ソニンが入ってきてからは、体が思うように動かないレベルでの圧力を感じている。
 試合の最終盤に来て、体力的なきつさかと思ったけれど、どうもそれだけではなかった。
 スタミナ面の問題ではない、技術的な問題でもない、直接的には力の問題なのかもしれないけれど、なんとなくそれとは違いそうな何か。
 後藤は、よくわからなかったけれど、とにかく、頑張らなくっちゃとだけ考えた。
484 :第九部 :2011/04/16(土) 23:36
 延長は素直に一本のシュートで点が入る、ということがなかなか無い展開になった。
 パスで崩してフリーを作って簡単なシュートを決める。
 そういう展開を日本も韓国も作れない。
 一対一選手権、対戦順はランダムに、という装いだ。
 日本代表は石川が外から一対一をしたがるが、マッチアップのスンヨンは、石川にしっかりとマークでついている。
 ボールを簡単に受けられず、ゴールからかなり離れたところからしか勝負が出来ない。
 距離が遠すぎてスリーポイントシュートという選択肢が取りにくく、勢いドリブル突破を無理やりはかることになる。
 その、勝負条件の悪さに関わらず、石川は個人技でスンヨンは上回った。
 しかし、個人的な恨みでもあるのか、スンヨンは必死に喰らいつき自由にシュートを打たせない。
 本来なら抜き去られている状態でも、自覚を持ってファウルをしてでも止めてきた。
 ファウルで止められた場面が二度ほどあり、どちらもフリースローとなり石川は一度目は一本だけ、二度目は二本決めている。

 その他には飯田がインサイドでファウルを受けてやはりフリースローで一本決めたのと、ルーズボールを藤本が取りに入ってたまたま受けたファウルでフリースローになり二本決めたのと、すべてフリースローで加点している。
485 :第九部 :2011/04/16(土) 23:37
 韓国はギュリ、ソニン、スンヨンあたりが一対一で勝負してくるが、いずれも相手を置き去りにしてフリーでシュートとはいかない。
 それでもシュートまでは持っていけるのだが一本では決まらない。
 オフェンスリバウンドを拾って点を取って行く流れである。

 延長も残り二分を切って78-78同点。

 韓国はソニン以外はスタートから出ずっぱりであるし、日本代表にしても途中休みを挟んでいるが、終盤のプレッシャーが掛かる場面になってからはメンバーを替えていない。
 いい加減足が動かなくなってきているが気力で走っている。
 日本代表、パスは回るがディフェンスを崩せない。
 一対一、という場面も無くシュートクロックが刻まれて行く。
 ゴールからかなりの距離、左六十度。
 藤本はシュートクロックが五秒を切るのを見てその位置からシュートを放った。

 「リバウンド!」

 打った直後に自分で叫んだ。
 力が入った、ちょっと長い、そう、感じた。
486 :第九部 :2011/04/16(土) 23:37
 距離の長いシュートはリバウンドも大きく跳ねることが多い。
 ゴール下、飯田、平家、後藤が入り込もうとするが韓国ディフェンスはしっかり内側は囲い込む。
 ボールはその外へ大きく跳ね飛んだ。
 そちらにいるのはスンヨン、それから石川。
 石川はここで、また、手を伸ばした。
 上に、ではなくて、下に。

 一瞬反応したスンヨンだったが、すぐに身を固めた。
 その一瞬の反応の分、石川がボールを取りに横から前へ入ろうとする隙が出来る。
 しかし、反応が一瞬だった分、スンヨンも対処できた。
 落ちてきたボールは二人で掴み合い。
 どちらも譲らずジャンプボールシチュエーション。
 こういう場合はルールで順番にどちらかボールになるのか決まっているのだが、ここは韓国ボールになる順番だった。

 笛がなってプレイが止まると、スンヨンが石川に怒鳴りつけた。
 言葉は分からない石川、だけど、自覚があれば何を怒っているのかは分かる。
 それでも石川は悪びれずに返した。

 「なによ。ちょっと触れただけじゃない。事故よ事故。そんな怒っちゃって。自意識過剰なんじゃないの?」

 スンヨンの剣幕に、両チーム慌てて二人の間を引き剥がしに掛かる。
 スンヨンはギュリが、石川は平家がなだめ、あとの三人は壁になって二人の間を隔てる。
 場が騒然とする中、日本ベンチがタイムアウトをとった。
487 :第九部 :2011/04/16(土) 23:38
 「石川、もうよせ」
 「事故ですよ」
 「分かったから。とにかくもうよせ。例え事故でも」
 「はい」

 冤罪でも捕まると、罪を認めるまで留置場から出られない。
 事故だなんだと言っても、疑われるだけでリスクが大きいのが電車内犯罪だ。
 混んでいる押し合い車内ではホールドアップが基本である。

 「疲れてるとは思うが、もう一分半もない。とにかく足を動かせ。一瞬の勝負だ。外からの一対一をする力が残ってるならその分パスアンドランでゴールに向かう動きで崩した方がいい」

 延長に入ってから完全に一対一の連続になっている。
 もう少しチームとして機能させたかった。

 「ディフェンスもね、足動かそう」
 「パス取れるよ。ボールマン以外もサボってなければ」
 「リバウンド。特にディフェンスリバウンド、スクリーンアウトきっちり」

 飯田、藤本、平家それぞれが思うところを述べる。
 次の一本を取るための指示、というのではなく、やるべきことの確認だけをした。

 荒れた場を収めたタイムアウト。
 日本代表はコートに戻って行く。
 先に出てきていた韓国代表は、センターサークル付近で円陣を組んでいた。
 4番をつけたギュリがなにやら言っているのが見える。
 周りのメンバーもしっかり聞いていた。

 韓国チームの内紛は、女の敵が現れて怒りが外へ向かうことで収まり、チームとして再び一つになったのかもしれない。
488 :第九部 :2011/04/23(土) 23:49
 あまり顔には出ていないようであったが、後藤自身ははっきりと疲弊を感じていた。
 スタメンではなかった。
 第二ピリオドの途中からの投入だ。
 第三ピリオドも一時期休んでいた。
 延長に入っているとはいえ、プレイ時間は東京聖督で絶対的エースとして試合をする時と比べれば短いものだ。

 それなのに、この疲労感はなんだ?
 速攻で走るべき場面で十分に走れなくなっている。
 パスアンドランをしっかり、といわれたが一番出来ていないのは自分だろう。
 一対一も、延長に入ってから、否、ソニンに替わってから、仕掛ける場面がなくなった。
 インサイドでは勝負できる状況に無いし、外でもボールを持って対峙した時に勝てる気がしない。

 タイムアウトでベンチに戻るとき、替えられるだろうな、と思っていた。
 だけど、そのコールは無かった。
 もう残り一分少々。
 再延長ならわからないけれど、この延長で終わるとしたら、最後まで任されたということなのだろう。
 もっと余裕のありそうな子に替えればいいのに、と思う。
489 :第九部 :2011/04/23(土) 23:49
 韓国オフェンス。
 ボールをまわしながら声が飛び交っていた。
 何を言っているのかは分からない。
 ただ、今までと雰囲気は違う。
 連携が出来てきている。
 パスアンドランとか、日本と同じことをベンチで言われたのだろうか?
 単発のパスが回ってから気が向いた人が一対一、というここまでの展開とは違う。

 本来バスケはそういうものだ。
 だから、その本来の形に戻っただけであって、日本のディフェンスだってそれにまったく対処出来ないなんてことはない。
 ハードルが多少上がっただけで、越えられないものではないのだ。
 ここは踏ん張る。

 残り一分になる頃、ミドルレンジからニコルがジャンプシュートを放った。
 フリーにはさせていない。
 シュートクロックが無くなってきて、確率高くないけど打たないと、という消極的選択からのシュート。
 ニコルから見て奥のリングに当たってその先へボールは落ちる。
490 :第九部 :2011/04/23(土) 23:49
 シュートの時点で後藤は、反対のサイドでボールとソニンを両方見る形になっていたが、リバウンド、スクリーンアウトが出来ずソニンに飛び込まれた。
 オフェンスリバウンドを取られる。
 取ったソニンはぴったりゴールの真下に着地。
 後藤はリバウンドを奪うよりも、その後のシュートをさせない方向で対処した。
 ニコルをスクリーンアウトしていた平家もソニンを囲みこむ。
 ゴールの本当の真下にはまり込んで、右か左か後ろに出ないとシュートが打てないソニンは、外へパスを出して逃れる。

 仕切りなおし。
 韓国オフェンスのパス回しに日本代表は耐える。
 マークマンを見る、ボールの位置を把握する、フリーにさせない。
 後藤はソニンをゴール下へ入れたくなかった。
 だが、力の勝負になるとどうも負けてしまう。
 しかたなく、中に入られても外を抑える、という方針でいる。
 ソニンと後藤のポジションの奪い合い。
 自分の望む位置関係を作ることが出来ず、ソニンがじれて外へ一度出て行く、ということも多い。
 今の攻防は負けていない。
 シュートクロックを刻ませて追い込む。
 その、外へ出ているソニンへボールが回ってきた。
 ここからなら抜きに掛かられても大丈夫。
 そう八割の自信を持っている後藤を前にしてソニンはそこからシュートを放った。
 通常のシュートレンジより遠い位置。
 距離感は合わせられたのだが方向があっていなかった。
 リングの淵にあたり大きく外へ飛んで行く。

 意外な位置へ飛んだボール。
 最初に触れたのは石川だったが、その両手の間のボールをスンヨンが叩く。
 もう一度ルーズボール。
 拾ったのはギュリ。
 三度韓国オフェンス。
491 :第九部 :2011/04/23(土) 23:50
 オフェンスもディフェンスも、どちらも当然体力は使うが、ディフェンスの方が心理的につらかった。
 よし、攻撃へ、という一瞬の開放感が、相手にリバウンドを取られることで失望にかわる。
 もう、一分近く継続してディフェンスを強いられている日本代表。
 第四ピリオド終盤も同じ展開だった。
 それに耐えて、石川の逆転スリーポイントがあった。
 ここも耐え切れば。

 そういう思いがありながらも、サボれる隙を見つけてサボってしまいたくなるのが人間の嵯峨だろうか。
 ソニンが外に開いているときは安全。
 ここまでのゲームで後藤の頭にはそうインプットされていた。
 距離のあるシュートは外れたし。

 そのソニンが外でボールを持って、やはり自分で勝負はして来ずにパスを戻す。
 ボールを持っていても不安は無い位置、ましてボールを手放していれば何の心配も要らない。
 そんな感覚が、反応を遅らせた。
 パスを出したソニンが走る。
 後藤の横をすっと抜けてゴール下へ、走る。
 ギュリから正確なパスが入ってきた。
 後藤はもうソニンの背後、手は出せない。
 反対側から飯田がブロックに来たが、ソニンはワンドリブル入れてやり過ごし、ゴール下簡単なシュートを決めた。

 80-78 韓国リード。
 残り二十二秒。

 百二十パーセント自分のせいだった。
 集中が切れた一瞬。
 そこを突かれた。
492 :第九部 :2011/04/23(土) 23:51
 完成とも怒号とも悲鳴ともつかない声が会場を埋めている。
 日本のベンチからも、韓国のベンチからも、スタンドからも。
 二点差は、残り百分の一秒まで分からない。

 エンドからボールを入れたのは飯田。
 藤本が受けて持ち上がる。
 そのまま一気に自分で勝負、という選択は藤本にはなかった。
 しっかりまわして一本決める。
 味方が全員上がり、騒然とした雰囲気の中でのセットオフェンス。

 どこでも勝負できる。
 それだけの五人がコートに立っているはずだ。
 最後の最後は誰で勝負、そういう約束事があるチームではないし、ごく自然に誰で決まりでしょうということもない。
 そういう風になるとしたら石川なのだけど、有利な状況でパスが入れずらい状況になっている。

 流れの中でなるようになるしかなかった。
 藤本から平家へ。
 平家から後藤に渡って、また藤本へ戻る。
 石川がどこに動いてもスンヨンが張り付いていた。
 飯田はインサイド。
 平家は割と外目で、後藤は内でも外でも選択肢がある状況だったけれど、外にいたいと思った。

 流れだった。
 最後はこうやって、と思っていたわけではない。
 ただ、流れだった。
 残り五秒をきったところ、後藤はゴール下を抜けて右四十五度、スリーポイントラインの外側まで出て行った。
 ソニンは飯田に軽く引っ掛けていて少し距離が出来ている。
 トップの藤本からボールが降りてきた。
 ゴールの方へ向きながらボールを受ける。
 ソニンが追ってきた。
 ゴール下には飯田がいて、ジヨンもついている。
 突破してもその先が難しい。
 瞬間判断して、後藤は飛んだ。
 スリーポイント。
493 :第九部 :2011/04/23(土) 23:51
 ソニンは、離れた距離からもブロックに飛んだ。
 打ってくる、そういう確信があったわけではないけれど、体が反応した。
 高いリリースポイントで放たれた後藤のシュート。
 ソニンの伸ばした右手。
 ぴしゃりと叩き落すことは出来なかったけれど、指先にしっかり当たった。
 ボールは失速し、ゴールには届かない。
 ソニンの背後、ゴール下にいた飯田の手前に落ちる。
 ルーズボール。
 飯田が拾い上げようとしたが、着地したソニンがすぐに飛び込んで右手で弾き飛ばす。
 転がってきたボールを藤本が救い上げたところでブザーが鳴った。
 藤本は流れでボールを投げるとリングに吸い込まれた。
 タイムアップ後、ノーカウント。

 80-78

 日本のグループリーグ初戦は、延長の末韓国に屈した。
494 :第九部 :2011/04/23(土) 23:52
 倒れこんでいたソニンは、ゲームの幕切れがしっかり確認出来ていなかった。
 ブザーが鳴ったことは分かったし、ボールがリングに吸い込まれていったところも見た。
 どちらが先でどちらが後で、どこまでが有効でどこまでが無効か。
 レフリーを見てオフィシャルを見て、周りを見て、確信した。
 勝ったのだ。
 瞬間、両手を高々と掲げて吼えた。

 ギュリがソニンに抱きつく。
 他の三人も輪を作っている。
 ベンチに居たハラも入ってきた。
 一番盛り上がっているのは、ベンチのコーチ陣である。


 後藤はコートサイドで無表情にそんな光景を見ていた。
 シュートを打った場所のすぐ外。
 ベンチは遠い反対側にある。
 勝者が盛り上がる時、敗者はさっさと引き上げて場所を空ける。
 飯田が、石川が、藤本が、それぞれベンチに戻って行くと信田が握手で出迎えた。
 後藤のことは平家が迎えに来た。

 「あと二つある。帰ろう」

 ポンポン、と肩を二回たたいてそのまま肩を抱くようにベンチに向かって歩いて行った。
495 :第九部 :2011/04/23(土) 23:52
 日本戦が終わって30分、本日のメインイベント、中国vsインド、もとい、CHN48の登場である。
 試合を終えミーティングをして、その後この試合を観戦するのは、試合前からの予定の行動であった。
 決勝トーナメントに進んで必ず当たる相手、という認識である。
 普通、世代別のアジア選手権など、空席が目立つ、というよりも椅子の並んだ中に一部観客がいることが目立つ、というようなものなのであるが、この大会、この試合は違う。
 会場、ほぼ満席。
 それでも、日本チーム、選手、スタッフが観戦できるよう、二十名分ほどのスペースは確保してあった。

 吉澤は、その観戦視察スペースにはいず、スタンドの一番高いところで手すりに持たれながら遠いコートを眺めていた。
 隣には藤本がいる。
 藤本が吉澤を付き合わせた。
496 :第九部 :2011/04/23(土) 23:53
 「よっちゃんさん、ミーティング、信田さん何話してたか覚えてる?」
 「ん? うん。グループリーグの一つの負けは関係ないとかそんな話しだったかな。あとは、延長までやって体力的に明日以降にきつくなるってことになるかもしれないけど、それより実戦を長い時間できたことがこのチームにとっては良かったと思うとか、そんなこととか」
 「そっか」

 グループリーグで一敗して、二位通過になったとしても、準決勝決勝と勝てば優勝である。
 そういう意味では一つの負けは関係ない、となる。

 スタンドの一番上でも冷えた空気はなかった。
 すぐそこまで観客がいる。
 前回大会まで二部にいたインド相手にCHN48は快調である。
 湧き上がる観衆が熱を発散している。
 第一ピリオド41-5
 圧倒的だった。
497 :第九部 :2011/04/23(土) 23:53
 「なんか、負けた気しないんだよね」
 「日本のが強かったってこと?」
 「それはわかんない。わかんないけど、なんか、負けた気しない。変な感じだよ。負けたけど明日も試合があるとか」

 負けたら終わり、という世界に藤本は生きている。
 インターハイ、国体、冬の選抜。
 全部負けたら終わりだ。

 「だから逆に負けた気しないなのかな」
 「吉澤は、出てもいないのに結構悔しいけどね」
 「美貴だって悔しくないわけじゃないんだよ。でも、なんかそういうんじゃなくて、負けた気があんまりしない」

 吉澤には藤本の言っている感覚が分からなかった。
 藤本自身も捕らえ切れていなくて、しっかり言葉に出来ていないもどかしさを感じている。

 「向こうの四番、うまかったな。ああいうのとやりあえるのが国際試合ってことなんだろうけど。日本にはあんなの居ないし。日本だとでかいのはスピードで勝てちゃって逆に美貴の相手にならなかったりするのに、あの四番はしっかり付いてきてたな。そういう意味で、結構今日負けたのは美貴のせいなはずなんだよな」
 「そんなことないでしょ。あれだけ身長差あるのに、外から見ててミキティは負けてなかったよ」
 「勝ち方が足りないってとこかな。でもなんなんだろう。スタメンじゃなかったからかなあ。でも、割と早い時間に入って結構長く出てたしなあ」

 視線の遠い先、コートの上で試合は進んでいた。
 第一ピリオドで大きくリードした中国は、メンバーチェンジを次々として、第二ピリオド途中にして、ベンチ入り十五人がすべて一度はコートに上がっている。
 試合、というより顔見世興行に近い状態になっている。
498 :第九部 :2011/04/23(土) 23:54
 「そういえば、美貴、高校に入ってから富岡以外に負けたこと無いんだった」
 「まじで?」
 「うん。だからかなあ」

 インターハイも国体も、冬の選抜も、滝川が負ける相手は富岡ないし、旧富ヶ岡だった。
 昨年のインターハイ予選が例外としてあるけれど、それは藤本の中ではカウントされていない。

 「富岡に負けると、すげーむかつくんだよね。なんていうのかな、負けたって感じ。あいつら、自分たちの方が強いから勝つんです、みたいなのを分からせる感じの試合するじゃん。小細工なしで。むかつくけど女王なんだよねやっぱ、あれ」
 「うん、逃げないでまっすぐ向き合って跳ね返される感じ」
 「だから、百パーセントだしたのに勝てなくて、すげー負けたって気分にさせられるんだよなあれ」

 吉澤も、インターハイで経験した。
 真っ向勝負で叩き潰されての敗戦。
 藤本にとってそれは一度や二度ではない。
499 :第九部 :2011/04/23(土) 23:54
 「そうか、その辺かな。そっか。そうだよ」
 「なに、どうしたの?」
 「ひどい試合だったよね、今日」
 「なに? 急に」
 「ひどい試合だったんだよ、今日。向こうも途中からばらばらで、こっちは最初からばらばら。まあ、なんかごまかしごまかしやってたけど。別に、ディフェンス堅いってわけでもないのにしっかりパス回らないし。みんな、単発の一対一。だからだよ」
 「だからってなに?」
 「全然百パーセントの試合じゃなかった。美貴と石川とか全然合ってないし。だから負けていいってわけじゃないけど、なんか、力で負けましたって感じられないから、あんまり負けた気しないんだよ」

 なるほど、これはなんとなく吉澤も分かった気がした。
 力を出し尽くしての負けではないから、敗北感が伴わないのだ。
 ただ、負けは負けなので悔しさや怒りのような感覚はないわけではない。
500 :第九部 :2011/04/23(土) 23:54
 「石川は、すごい悔しがってたな」
 「うん」
 「あいつにしてみたら、高校入ってから初めて負けたわけか。そうすると、力で負けましたも何も無いな」

 二年半無敗の富岡総合学園の三年生。
 石川と柴田は、高校入学後無敗。
 今日の試合が久しぶりの敗戦ということになる。

 「なんだかんだであいつ中心に回ってるんだよな、うちらの世代」
 「日本一だからね」
 「是永美記もすごかったけど、あの子にしたって石川を見てバスケやってた。それを捨てたのかまだ頭にあるのかわかんないけどアメリカ行っちゃったけどさ。どう考えてもアメリカ行くのって行かないよりすごいけど、でも、是永美記がうちらの世代の中心かっていうと違うじゃん。どっちと組みたい? って聞かれたら、美貴は是永美記選ぶし、プレイヤーとしては是永美記のが上なんじゃないかって思ったりするけどね。でも、ハンカチ世代とかいうのと同じようなことをうちらで言うなら、石川世代って言うことはあっても、是永世代って言われることはないでしょ。たぶん、藤本世代とも呼んでもらえない」

 うちらの世代、という時一学年でも上下は含まず、同じ学年の選手だけが含まれる。
 石川、是永、藤本、柴田・・・。
 吉澤だって、指折り数えれば片手には入らなくても両手のうちには入ってくるくらいの選手であって他人事ではない。
 この大会には一つ上の学年を差し置いて、最大の六人が選出されている。
 強力なセンターがいないが、それ以外では黄金世代、となる可能性を秘めている学年だ。

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