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ファーストブレイク 6th period

1 :みや :2010/07/24(土) 16:24
これのつづき

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高校生がバスケする話
吉澤とか石川とか藤本がそれぞれの学校で中心ぽくいて、周りにいろいろな人もいます。
その他の学校も出てくるし、学校の枠組みを超えることもいろいろとあります。

更新は基本週一 土曜日午後(ただし0時過ぎてカレンダー的には日曜日になることもある)

全十部予定で、このスレッドは第九部開始時点、となります。
ご新規さんは、ここを単独で読んでみて、面白いと思ったら初期に遡って読めばいいと思います。

よろしくお願いします。
301 :第九部 :2010/12/19(日) 00:21
 「じゃあ、あややがあの子つれてくればいいじゃん。高橋」
 「いやです」
 「即答かよ。なんでだよ」
 「あの子いやなんです」
 「理由になってないし・・・」
 「ポジション争ってるからいやなんじゃないですか?」

 福田が横からもっともらしい理由をつけてフォローする。
 いや、違う、ただ単純に人付き合いとしてうまく行ってなさそうなのが理由だ、と吉澤は思ったけれど、それを言うことはしなかった。
 大体、部屋にいづらいから出てきたんじゃなかろうか、という気もちょっとしている。
 福田は福田で、自分もちょっとそれは避けたかった。

 「そもそもセンター呼んだ方がいいんですよ。小春、フォワードやるんでしょ。明日香ちゃんと愛佳、私と小春。余るの吉澤さんじゃないですか」
 「それもそうか」

 松浦に丸め込まれた吉澤。
 実際、自分もちょっと飽きている。
 そうなると、人選するのも吉澤だ。
 候補はそんなにいない。
 スタメン組みでしっかり練習してて疲れていそうな飯田さんを呼ぶ度胸はない。
 後残ってるのは、村田、里田、後藤、あたりだろうか。
 こういう場合、なんとなく年上は呼びにくい。
 二択、吉澤は自分との距離が近いほうを選んだ。
302 :第九部 :2010/12/19(日) 00:22
 「福田。ごっちん呼んで来てよ」
 「私がですか?」
 「うん、同室でしょ」
 「そうですけど・・・」

 めんどくさい、とはちょっと違う。
 誘いにくいのだ。
 福田から見て後藤真希はとっつきにくい。
 後藤も後藤で無言の環境が続いても平気でいられるので、特に会話もなく過ごすルームメイトになっている。

 「ちょっと行ってきてよ」
 「はぁ・・・」

 人見知り、と突っ込まれるのが嫌だ、という少々自意識過剰な理由で、福田は吉澤の言葉に従った。
 呼ばれた後藤は、珍しいね、と一言言っただけで特に嫌がるでもなくすぐに準備をして福田についてきた。

 後藤は軽くストレッチをしただけですぐに皆に混ざった。
 福田-久住-後藤vs光井-松浦-吉澤
 なんとなくで決まった組み分け。
 一対一の時と違って、三対三だと一本一本会話が生まれる。
 本練習と違うので、真面目なやりとり、という感じではなく野次に近いものが多い。
303 :第九部 :2010/12/19(日) 00:23
 「吉澤さーん。その距離外します? 普通」
 「うるさい。あややにインサイドの圧力はわからないんだ」

 「あややさんファウル。ファウル。ファウルです」
 「ボールしか触ってないでしょ」
 「抜かれてから後ろから手出したら全部ファウルです」

 「みっつぃー、あややなんか無視していいから自分で外から打っちゃえ」
 「あややさんは置いといて、吉澤さん、パスの入れ時ないんですけどー」
 「瞬間瞬間あるだろー」
 「吉澤さん、明日香ちゃんとか周りの力量に頼りすぎなんですよいつも。自力で出来ないんだから。だから愛佳は私にパス入れてればいいの」

 光井-松浦-吉澤の方が喧しい感じである。
 ただ、そこは久住、パートナーたちの無口ぶりを一人でも破壊していく。

 「後藤さーん。小春のシュートのリバウンド取ってくださいよー」
 「えー。今のは無理」

 「みっつぃーに外から決められて、明日香さん困りますー」
 「ごめん」
 「・・・」

 真面目に謝られるのが、一番リアクションを取りにくくて困る久住である。
304 :第九部 :2010/12/19(日) 00:23
 「ナイス、ナイス、ナイスブロックです。後藤さん。いえーぃ」

 歩み寄ってきた久住の求めに応じて、苦笑いしながら後藤はハイタッチしてあげる。

 「元気だけど、小春ちゃん、自分はあんまりうまく行ってないよね」
 「気のせいです」

 気のせいでは、あまりない。
 それでもオフェンス側ではやっぱりそれなりに出来ていて、互いの感覚も掴めて来たのか、一本、松浦の裏を取ってゴール下に駆け込んだところで福田からのワンパスが入り、アリウープの形でシュートを決めた。

 「最高。明日香さん、最高。最高です」
 「分かった。分かったから。抱きつかないで」

 走ってきて抱きついて離さない久住。
 福田がうろたえている。
 松浦がボールを拾って久住の頭にぐりぐり押し付けた。

 「明日香ちゃんに抱きつくだなんて百年早い」
 「そういう時は、私に勝ってからにしなさいって言うもんですよ。あ、でも、負けたから言えないんですね。裏取られてアリウープですもんね」

 そう言いながらも久住は福田から離れた。

 割りと長い時間三対三を続けていて、最初に音をあげたのは、最後にやってきた後藤だった。

 「もう、いいんじゃない?」

 吉澤にシュートを決められてネットから落ちてきたボールを持っての一言。
 それをきっかけにお開きになった。
305 :名無し娘。 :2010/12/25(土) 17:12
なんでバスケってスタメン5人しか居ないんだろうな・・・・・
306 :作者 :2010/12/26(日) 00:03
>名無し娘。さん
主な団体球技では人数最小ですね。
交替の自由度はかなり高いほうですが。

本日は作者急病により休載とします(カゼ引いて寝込んでます)
次回更新はイレギュラーになりますが30日としたいと思います
ご了承ください
307 :名無し娘。 :2010/12/26(日) 00:06
あれま、お大事に
まぁ、来年でもいいんだぜ
しっかり治して帰ってきておくれな
308 :tama :2010/12/26(日) 00:50
お大事にしてください。

寝込んでてもこんな時間に書き込み、ということはフィギュアは見てますねww
309 :作者 :2010/12/30(木) 22:38
>名無し娘。さん
元日お休みにすると、丸二週間とんでしまうので、一度は入れときませんと・・・

>tamaさん
寝込んでいると強制的に家にいるので、どう考えても、テレビをつけないわけが無い(笑)


というわけで、今回の更新で本年は終了といたします。
フィギュアの大イベントがある時期に(今回のは意味は違うけど)二度ほど連載を飛ばしましたが、なんとかそれ以外は落とすことなく一年を終えることになりました。

気づけばこの辺もすっかり過疎化しまして寂しいものになりました。
まあ、ちょっと、どうしたものか、と思う部分はありますが、半端というのも難なのでもうしばらくは続けたいとは思っております。

来年もよろしくお願いいたします。

来年は1月1日は休みとして、1月8日からと致します。
310 :第九部 :2010/12/30(木) 22:39
 中学生二人に片づけを任せる、ということはせず六人みんなで片付けてそれぞれの部屋へ帰って行った。
 大体ばらばらだったのだが、同室二人、後藤と福田は一緒に同じ場所へ帰る。
 先、シャワー浴びちゃいなよ、と年上後藤が気さくに言うものだから、福田も恐縮しながらも先に使わせてもらった。
 入れ替わりで後藤が入って行く。
 福田は髪を乾かしてから練習日誌を開いた。

 ノートと向かい合うのは自省のときだ。
 今日、一日を振り返る。
 日記、ではないので日々の暮らしはここには記されないが、頭の中には思い浮かぶときもある。
 朝食のメニューと練習時の体調に相関があったりなかったりとか、そんなことも考えるのだ。

 とはいえ、基本はコートの上、体育館の中での練習の中身についてである。
 今の立場は藤本のサブ、というよりも練習相手といったところだった。
 この一週間、高校に入ってからのいつよりもきつい。
 向かい合う相手のレベルがいつもと違うのだ。
 公式戦ですらこんなことはなかった。
 富岡に負けたときも、体力的な面はともかく、プレイヤーとしての力量はマッチアップの田中を凌駕していた。
 今回は、体力的にもまああるが、精神的な面での苦しみが大きい。
311 :第九部 :2010/12/30(木) 22:39
 そんな中で、久しぶりに夜の三対三は楽しかった気がした。
 練習、という考えをとる場合にはあまりいいことではないのかもしれないが、プレッシャーを感じずにバスケを楽しむことが出来た。
 少々うるさすぎるが、久住って子や、言うに事欠いて自分との一対一を飽きたと言い放った光井にも、三対三を提案した点で感謝していいと思う。

 一つ、発見があった。
 実力的にははっきり負けないと自信を持って言える光井。
 でも、それなりにオフェンスの一対一は力があって、やられるっていう怖さもあったし、実際やられる場面もあった。
 なぜか。
 シュートを打ってくるからだ。

 それを感じた時に突然思い出した。
 「ディフェンスとしてはシュートが一番怖くて、次に抜かれるのが怖い。ボール持ちかえるのとか割とどうでもいいから。もっとシンプルにやった方がいいよ」
 自分が高校に入ったばかりの頃、まだ中学生だった初対面の辻に向かって言った言葉だ。
 そう、シュートを打たれるのは怖いものなのだ。

 すっかり忘れていたことだった。
312 :第九部 :2010/12/30(木) 22:41
 ガードがシュートを打つのは最後の手段。
 そう、自分の中に決め付けがあった。
 ガードがシュートを打つ、というのを続けているとゲームが壊れてしまう。
 そういう想い。
 なぜだろう?
 思い返してみれば、それは一対一否定論へつながる。
 特に、自分が一対一をしてシュートまで持って行くこと。
 これをしたくない理由があった。

 ポジションはガード、っていうか全部やってた、というようなことを高校に入ってすぐの頃松浦が言っていた。
 実は一時期、福田もその傾向があった。
 中学二年、市井と保田が卒業したころだ。
 点を取るためにそれが一番手っ取り早かったのだ。
 チームの中で明らかに自分の力が頭一つ以上抜けていた。
 だから、全部自分でやろうとしていた。

 それで壊れたのはゲームというよりもチームだった。
 ああしろこうしろと、福田は口に出してはっきり言う方だ。
 その上ゲームでは自分で全部やってしまう。
 周りが面白いはずがない。

 人間関係としてもそうだし、技量の面でも問題があった。
 周りが育たないのだ。
 完全なワンマンチームになった。
 中学のチームは、例えそうなってしまっても、福田は目立つので県の選抜メンバーには選ばれて大きな大会にも出ることが出来ている。
 でも、チームとして、これは失敗した、という想いがあったのは事実だ。

 三年になって、その辺の考えを改めるようにはなっていた。
 自分で全部やるということはしない。
 それでも、時間が足りず、手遅れだった。
313 :第九部 :2010/12/30(木) 22:42
 高校では同じ失敗はしないようにしようと思っていた。
 全部自分でやるということはしない。
 ガードにはガードの役割がある。
 それに徹する。
 もちろん、小さい自分は外からのシュートを持っている必要があるし、そういった技量を磨く必要はある。
 ただし、それは奥の手であり最後の手段であり、最初から選択肢として考えるものではない。

 その考えでやってきた。

 間違ってなかったと思う。
 松がいて、吉澤さんがいてあやかさんがいて。
 そう、信田コーチが言ったように、周りの力をそうやって引き出してきた。
 自分が一人でやるよりずっと良かったはずだ。

 振り返って見るとそうなる。
 だけど、今現在を考えた場合、どうだろう?

 自分が早い時点でシュートという選択肢を考えないのは、ガードがシュートを打って行くとゲームが壊れてしまうから。
 この論理は、そうだ、もう、前提条件が変わっているんだ。

 確かに、自分が持ちあがって全部自分でシュートを打っていたら、それはゲームが壊れるだろう。
 だけど、それが可能なのは自分がスペシャルな存在であるときだ。
 今は・・・、違う。

 松が、全部自分で一対一をしてもうまくいかないように、自分が全部シュートまで持っていこうとしたってうまくいかない。
 最初からそんなこと心配する必要がないのだ。
 松がいて、吉澤さんがいて、あやかさんがいる。
 去年は保田先輩だっていた。
 市井先輩だって、きちんと戦力なんだ。
 時には辻だっている。
 まして、今のこの選抜チームは、それよりもさらにレベルが高い集団だ。
 自分は、スペシャルな存在なんかじゃない。
 コートの上に立つときには、悲しいくらいに五分の一に過ぎないんだ。
 だったら、数ある選択肢の一つとして、自分がシュートを打つ、というのが最初からリストの中にあってもいいのだろう・・・。
 その選択肢を持つことによって、他の選択肢の確率も高い方へ振れるはずだ。

 福田は、大きくため息をついて、それからシャープペンで自分の頭をかつかつと二回叩いた。
314 :第九部 :2010/12/30(木) 22:42
 悔しいけれど、信田コーチの言うとおりだった。
 チームの力を伸ばすために頑張ってきた。
 自分の力も伸ばそうとしてきたつもりだった。
 だけど、自分は、狭い視野の中で生きていたのだ。

 シュートを打つ、打たない。
 それだけの問題じゃない。
 自分が、いつまでもチームで突出した力の人間である、という勘違いをしたままだったのだ。
 それがこういう自体に?がったのだと思う。
 改めて認識するべきだ。
 もう、自分は突出した力なんか持っていないのだ。
 場合によっては、松に追い抜かれ、さらには置いていかれてしまいそうな、そんな、一選手に過ぎない。

 ・・・・。
 自分がたどった思考が、まるっきり信田コーチに言われたシナリオそのままだ、ということにここまで来てまた気が付いた。
 なんとも言いようのない感情が腹の内に湧いてくる。
 怒りとは違う、納得感というのとも違う。
 いらだちでもないむかつきというのに近いようでそうのものでもないような。
 指導者の存在、というのはそういうものなのだろうか。
315 :第九部 :2010/12/30(木) 22:43
 「また、ノートと語り合い?」

 唐突に声を掛けられた。
 シャワーから出て来た後藤だ。
 扉が開いたのはまったく気がつかなかった。
 濡れた髪をタオルでくちゃくちゃとやっている。

 「みんな、バスケ好きだねえ」
 「後藤さんは好きじゃないんですか?」
 「んあ? バスケ? 好きだよ」

 これまで、あまり部屋の中でフリートークというのをしていない関係だ。
 近くにいるのが不快、ということはないが、お互いに黙っているのが自然である、という一週間だった。

 「福ちゃんは、バスケがすきっていうよりバスケのことを考えるのが好きって感じだね」

 二人称は福ちゃんなのか、というのが最初に引っかかったが、それよりも文末の言葉の方が福田に強く響いた。

 「考えること?」
 「実際にバスケやってるときはあんまり楽しそうじゃないけど、ボール持ってない時もいつでもバスケのこと考えてみたいに見える。好きな人と過ごすより、好きな人のことを考えてるのが幸せ、みたいなそんな感じ」

 そう見えるのか、いや、もしかしたら見えるのではなくて、実際にそうなのかもしれないと福田は思った。

 「実際にバスケをすると、いろいろなことがついてまわるから」

 から、なんなのだろう。
 から、楽しくない、なのだろうか。
 自分でもよくわからなかった。
316 :第九部 :2010/12/30(木) 22:44
 「後藤さんは、いつでも楽しそうて言うかいつでもつまらなさそうて言うか、どっちか分からないですけど、あまり変わらないですね」
 「んー、そうかもね」

 福田から見て後藤はよく分からない人種だった。
 理解できないから嫌い、というようなことはない。
 ただ単に、分からないのだ。
 何を考えているのか、何を欲しているのか、よく分からない。

 「ノート、なに書いてるの? いつも」
 「何って、練習内容とか、そういう」

 後藤はベッドに座った。
 鏡も見ずに髪をくしでとかしている。
 福田は背中を向けることも出来ず、机と反対の向き、後藤の方に体を向けた。

 「家に帰ったら何冊もあったりするの?」
 「何冊も?」
 「いままでのやつが」
 「ああ。小6の時につけ始めて、もう九冊目です」
 「九冊目?」

 後藤の声が裏返った。
 福田が持っているノートは百枚ノートの分厚いものである。

 「私のことは気にしないでドライヤー使っていいですよ」
 「んあ、いいよ別に。そのうち乾く。九冊目ってよく続くね」

 自分の髪よりも、練習日誌に興味を持ったらしい。
317 :第九部 :2010/12/30(木) 22:44
 「日々思ったこと、気づいたことを綴って行くとそれなりの文量になっちゃうから。もうすっかり習慣だし、書かないと気持ち悪い」
 「思ったことをわざわざ書こうっていうのがもうすごい気がする。なんか、福ちゃんなんかが完全にそうだけど、ここに来た人たちってみんな、バスケ一直線って感じですごい向き合ってるよね」
 「他の人は知らないですけど、私の場合、バスケしかないですから」
 「なにが?」
 「なにがって?」
 「なにがバスケしかないの?」
 「なにが? うーん、その、バスケを取ったら何も残らないって言うか。そういう感じです」
 「何も残らない? そんなことってあるのかなあ?」

 そんなことは、少なくとも福田の中にははっきりとあった。
318 :第九部 :2010/12/30(木) 22:45
 「バスケがないと生きていけないって感じ?」
 「はい」
 「そこが即答なのがすごいね」
 「後藤さんは、バスケが無くても生きていけますか?」
 「うん。って私も即答か。でも、うん、無くても生きていける。でも、あるのかなあ? バスケがないと生きていけないって。そういうの。後藤にはわかんないや」

 福田にとっては当たり前の感覚だった。
 自分にはバスケしかない。
 後藤は、自分にとってまるっきり異文化世界に住む人間だった。
 でも、ここでふと思うのだ。
 これもまた、自分の思い込みなのだろうか?
 自分にはバスケしかない、というのも、思い込みなのだろうか?

 「なんかごめん、おとりこみ中のところ。後藤のことは気にしないで続けて」

 乾ききっていない髪のまま、後藤はベッドに横になり携帯をいじりだした。
 福田も机に向かいなおす。
 やっぱり、福田にとって後藤真希はよく分からない人だった。
 でも、それはそれで、特に不快ということはなかった。
319 :第九部 :2011/01/08(土) 23:42
 福田のプレイ振りは翌日から小さな変化はあった。
 とにかくボールを持ったらシュートを狙う、というような急激な変化ではない。
 しっかりと一つの選択肢として常にシュートであり自分勝負のドリブル突破であり、そういったものを握っている、といったところだ。
 目に見えて大きな変化ではないのだが、最初にそれに気が付いたのは藤本だ。
 マッチアップする立場として、そういう変化はめんどくささが増すのでわかるのだ。
 それだけで一気に立場逆転というわけには行かないが、状況は多少変わった。

 信田もさすがに気が付いた。
 すぐに、というわけにはいかず練習終盤、ゲーム形式に移行したところでだ。
 外に開いた村田からのボールをインサイドに駆け込みながら福田が受ける。
 ゴール下は空いたスペースを埋めた石川がいる。
 そこまで持ち込まず、ボールにミートしてそのままジャンプシュートを決める。
 高橋や松浦や柴田がやるならなんてことないプレイだし、藤本だってこれくらいのことはするが、福田が自分でそういう動きで自分で決める、というのはあまりなかった。
 ゲーム終盤であったり、シュートクロックが無い場面ならともかく、持ち上がってすぐの場面である。

 ん? と思って注目して見ていると、なるほど少し変わったかな、というのが信田にも見て取れた。

 一言褒めるようなことを言おうかな、と考えてからやめた。
 そういうのを喜ぶタイプでもないだろう。
 福田の小さな変化への信田の回答は翌日。
 十五人選抜後は藤本と高橋で回していたスタメン組み練習のガードに福田を短時間だがいれたことだ。
 それでいい、と伝えたつもりだ。
 福田がそれについてどう感じ他のかは誰も分からない。
320 :第九部 :2011/01/08(土) 23:42
 全体練習後の夜練というか夜のボール遊びと言うか。
 吉澤をリーダー格としたサブ組みたちの夜の体育館集会は続いた。
 メンバーは後藤が呼び寄せた亀井も含めて七人。
 主に三対三をやっている。
 一人余り、休みが多いのは後藤だ。
 昼の練習量が他より多いというのもあるが、それだけなら松浦も同じはずである。
 松浦の場合、黙って見ているということが出来ずうずうずしてしまうので常参加状態になるが、後藤の場合そういう感覚が無いので休みがちだ。
 自分が休めるように亀井を呼んだというのもある。

 福田も常にセカンドチームで練習しているので練習の量自体は多く、体力的にはきついはずなのだが夜練習も付き合った。
 福田のことなのでいやいやではない。
 今の自分にとってこれはプラスである、という判断をしてのものだ。

 結果、福田-光井、亀井-松浦、久住-吉澤、というマッチアップの三対三になることが多い。
 三人、のチームわけは随時適当だ。
 勝ったり負けたり。
 まじめな指摘が繰り返される練習ではなく、からかい混じりの野次、突込みが飛び交う。
 「中学生にさくっと抜かれるなー」松浦に突っ込まれて吉澤がちょっと痛い思いをしたりとか、そんな絵柄だ。
321 :第九部 :2011/01/08(土) 23:42
 そんな日々の中、夜遊びを終えて部屋に戻った久住が言った。

 「チャミさんも行きましょうよー」

 久住の同室は石川である。
 どういう流れか石川は三つ下の久住にチャーミーさんと呼ばせようとしたら、久住が伸ばすのを略してチャミさんと呼ぶようになった。

 「いいよ、私は」
 「えー」

 不満不満、不満です、という顔をして石川の顔を上目遣いに見つめる久住。
 チャーミー石川です、とハートマークつきで石川が返すと、久住はベッドの方に倒れこんだ。

 「いい年して寒いですって」
 「いい年ってなによ。三つしか違わないでしょ」

 中学三年生と高校三年生の三歳差は大違いである。
322 :第九部 :2011/01/08(土) 23:43
 「昼間練習してるんだから、夜までそんなしないの私は」
 「是永さんとは鬼の一対一やってたじゃないですか」
 「あれはあれ。それにもう時期が違うでしょ。そんなことやってる時期じゃないの」
 「小春たちもやんない方がいいって言うんですか?」
 「そうじゃないのよ。小春が昼間動き足りないって言うなら夜にそれを補うのはいいと思う。でも、私は昼間に十分動いてるし、大体、この先すぐ大会なのよ。六日で五試合。それへの調整時期なんだから余計なことしてられないでしょ」
 「後藤さんとかあややさんとかやってますよ。あー、後藤さん割と見てるだけだけど」
 「その辺は人それぞれだから。今の自分に必要なことをやればいいの。私に必要なことは休むこと。小春に必要なことは体を動かすこと。高校生と練習出来る機会とかそんなにないもんね。それに、動いとかないと試合出るにしても感覚鈍っちゃうから。小春が夜遊びするのを止める気は無いのよ。ただ、私は付き会わないって言ってるだけで」

 この部屋の二人は割と良好な関係だった。
 お姉さんぶりたい石川と、生意気言うけど割合妹キャラを演じられる久住。
 相互補完性もあるし、その他の面でも相性がいい。
323 :第九部 :2011/01/08(土) 23:43
 「それでどうなの? ちょっとはディフェンスできるようになった?」
 「ちょっとはってなんですかちょっとはって」
 「じゃあ少しは」
 「一緒ですよ」

 むー、とか言いながらも久住は自分の実力が把握できないほど愚か者ではない。

 「吉澤さんでインサイドだと力で負けちゃうから止まらない。でも外からなら割合何とかなる気がします。あややさんに外からやられると早いなあとは思う」
 「小春はたぶん、外のがいいのよね」
 「背はまだ伸びてますよ」
 「背の高い外、でいいんじゃない? インサイドでパワーで勝負って感じには見えないし」
 「外から勝負できる方が、小春の華麗な感じが生きそうです」
 「小春の場合、華麗っていうより食べるカレーって感じ」
 「なんで、そういうオヤジギャグ言うんですか。だから美貴様に嫌われるんですよ」

 久住としては、会話の流れで軽い気持ちで言ってみただけなのに、石川は腕を組んで考え込んで答えを返してこなかった。
 あれ? と久住が怪しんでいると、石川が今までとは違うトーンで言った。
324 :第九部 :2011/01/08(土) 23:44
 「外から見てもそう見える?」
 「外から見ても?」
 「なんか、ミキティと合わないのよね」

 だから嫌われてるんですって、といえるような雰囲気ではない。
 何か違うことを言っている、というのは久住も感じ取れた。

 「うざいとか何とか言われても、あんまり本当に嫌われてる気はしなかったのよ。たまに本当に怒られるときもあったけど、それは私が確かに悪かったし。もちろん、二人でごはん食べよとか言ったら、はっきり拒否られると思うんだけど、でも、三人いる中で四人目で私が入って行っても、その場で席を立っちゃうような、そういう嫌われ方はしてないと思うのよ」

 何の話だ? と思ったけれど、久住は珍しく石川の話を黙って聞いた。

 「だから、普通にうまく行くと思ったんだけどね」
 「そういえば、あんまり合ってないですよね」
 「でしょー」

 そう、合っていないのだ。
 その話をしているのだと久住は分かった。
 言葉は大分はしょっているけれど久住には分かる。

 スタメン組みの連携がいまいちうまくいっていない。

 その話しだ。
 アイコンタクトであり阿吽の呼吸であり以心伝心であり。
 いろいろ表現はあるが、コートの上でのプレイヤー同士の関係がうまく行っていないように久住には見えて、石川も感じていた。
325 :第九部 :2011/01/08(土) 23:44
 「やっぱり選抜チームって難しいのかなあ」
 「全中オールスターでも、そんなに難しい感じしなかったですよ」
 「それは小春が一人抜けてたから小春だけは難しくなかったんでしょ」
 「高校生も国体とかやってるんじゃないんですか?」
 「うち県選抜って名前のうちの高校だからなあ」

 中学生は年度末に県の選抜チームが集まって行う全中オールスターという全国大会がある。
 久住は当然選ばれるし、県レベルなら頭一つ以上抜けた大エースである。
 石川も当然そういうような存在だったが、もはや昔話である。
 国体も事実上自分の高校チームでやっている石川にとって、選抜チームで集まったメンバーでチームを作るというのは久しぶりの経験だ。
 藤本も、高一の時はほぼ滝川山の手単独チームであったし、二年の時は事情により選抜に入らなかったので同じように中学以来の選抜チームである。
326 :第九部 :2011/01/08(土) 23:44
 「五人固定しないとダメなのかなあ?」
 「でも、美貴様とチャミさんはいつも一緒なんだから、他が替わっても関係なくないですか?」
 「そうなんだけど、全体の動きってあるじゃない」
 「うーん、そうかもしれないですけどー」

 藤本、石川、飯田は中心になっているが他の二枚は随時交代という風である。
 その上、藤本のところを高橋にしてみたりとアレンジすることもある。
 同じ五人で五対五の練習をする時間、というのがかなり短くなっている。
 ぎりぎりまで競争を煽る、というやりかたの副作用が出ていた。
327 :第九部 :2011/01/08(土) 23:45
 「なんかー、最初の洗濯係ゲームの時のが合ってましたよね。小春のところは合ってなかったけど」
 「洗濯係ゲーム? ああ。最初のね。うん。ミキティのとこは合ってる感じだった。三試合目やったとき。ってなに? 今、合わないのは私のせいってこと?」
 「是永さんいたらすごくうまく行ってたかもしれないですよー」
 「なによ。美記がいたら小春なんか家に帰ってたくせに」
 「小春じゃないですよ。たぶん、吉澤さん」
 「よっちゃんってことないでしょ。よっちゃんはずしたらセンター少なすぎるもん」

 代表候補メンバーが集まった一番最初の日、四チームに分かれて八分ハーフの試合を行った。
 久住が言っている洗濯係ゲームとはそれのこと。
 藤本 高橋 柴田 是永 里田 飯田
 この六人のチームが全勝で優勝した。
 このチームがうまく行っていたのだったら、是永が今残っていたら、石川ではなくて是永にするだけでしっくりいく、ということになる。
328 :第九部 :2011/01/08(土) 23:45
 「もう、あんまり時間ないのよね」
 「明後日までですよね、ここで練習するの」
 「で、次の日出発。小春、飛行機乗ったことある?」
 「石川さんこそあるんですか?」
 「あるわよ。あるに決まってるでしょ」
 「外国行ったことは?」
 「それはない」

 石川くらいになると、試合の遠征で飛行機に乗ることは日常茶飯事だ。
 滝川に行くにはどう考えても飛行機というのが交通手段の第一選択肢になる。
 久住は、たまたまだけど、試合の遠征先も飛行機で行くような場所になったことが無かった。
 ただ、石川にしても、また、その他の多くの選手にしても、これが海外へ行くこと自体始めてであったりする。
 国際試合の経験、の前に、国際経験、海外経験から不足している。

 「パスポートちゃんと持ってます?」
 「あたりまえでしょ」
 「写真見せてくださいよ」
 「めんどくさいからいや」
 「可愛くないんですね」
 「そんなことないけどめんどくさいからいや」

 パスポートの写真も、運転免許証ほどではないが、結構あれなタイプの写真になりがちではある。

 「そんなことよりそろそろシャワー浴びちゃいなさいよ」
 「めんどくさいー」
 「そういうこと言ってると臭いわよ」
 「はぁーい」

 石川と久住、二人は割合うまく行っていた。
329 :第九部 :2011/01/15(土) 23:14
 別の部屋では別の人が別のことを考えていたり同じようなことを考えていたりする。
 十五人、それぞれ今、チームの中で何らかの状況の下に自分の存在がある。
 試合にスタメンで出る気でいるもの。
 出る機会があるかどうかさえ怪しい、と思いつつ、それを受け入れているもの。
 スタメンになれるかどうか、どちらなのか分からないで不安なもの。
 試合に出られなさそうな現状に不満なもの。
 自分のことを考えるものもいれば、チーム全体のことを考えるものもいる。
 自分のことを考えることと、チーム全体のことを考えることの区別が付かなくなっているものもいる。
330 :第九部 :2011/01/15(土) 23:14
 「私の言ってることって自己中なんですかね?」
 「そんなことないと思うよ。あゆみんは冷静に自分のこと見えてると思う。でも、こういう時にそういうこと言うと、そう感じちゃうのも分かる」

 柴田は村田に、チームについて、自分について、思っていることを語っていた。

 「行き着くところが、なんか、自分に都合のいい方へいい方へ向けちゃってる気がするんですよ」
 「別にそれでもいいと思うけどね。あゆみんがそれいくら考えてもどうにかできるもんじゃないんだから」
331 :第九部 :2011/01/15(土) 23:14
 柴田はどういうメンバーでチームを組むのが良いか、という話しを村田としていた。
 ポジションとして、二番、大雑把に言うと身長が低い方から二番目、というようなところにスタメンで入るか入らないか、というくらいのところにいる柴田。
 どんなメンバーでチームを組むか、というのを考えた場合、自分が入る、という結論になることが、冷静に客観的な結論かどうか、自分で怪しんでいる。
 それに対して村田は言うのだ、決めるのは信田さんであって、いくら柴田が考えたってその通りにはならないんだから、別に自己中でも恣意的でもなんでもいいじゃないかと。

 「なんか、でも、いやなんですよ。その、人がうまく行かないのを望んでるみたいな気持ちで参加するの」
 「人と競争するときにはどうしてもそういう部分あるし、仕方ないよ」
 「だけど、同じチームじゃないですか。なんか、いやなんですよ」
332 :第九部 :2011/01/15(土) 23:15
 柴田は石川と同じことを感じていた。
 藤本と石川が、今ひとつ噛み合っていない。
 それに派生して、藤本、石川とその他三人という五人のチームも、機能していない。
 間に入るのが自分であっても、松浦であっても、高橋を入れ込んでも、ピンと来ない。

 それと引き換え、すっきりうまく行っている組み合わせがあった。
 高橋-柴田-石川。
 こう三人並べるとうまく行くのだ。
 あたりまえだ、田中が入ってくるまでの一年間、高橋をポイントガードとしてずっとやっていたのだ。
 さらに平家まで入れても、しっかり練り上げられたものが出せる。
 プラス一人は飯田が入る。

 この組み合わせなら急造チームの不安感はほぼ消えてしまう。
 実際、高橋-柴田-石川、と並べるチーム編成はこの合宿中にも練習していた。
 そうすればしっかり力を発揮できる、という結論は、柴田が自分でスタメンで試合に出る、というのとイコールになる。
333 :第九部 :2011/01/15(土) 23:15
 「最後に決めるのは信田さんだから。あんまりそういうところまで悩まなくてもいいんじゃないの?」
 「そうなんですけど、でも、なんか、自分が試合に出ることばっかり考えて練習する感じなのが嫌なんですよ」

 柴田は言っていないことがあった。
 藤本と高橋だと、藤本の方が力があるな、と感じていた。
 だから、藤本を入れて機能した場合の方が、高橋-柴田-石川と並べてうまく行っている現状よりも、トータルとして強いチームになれると感じているのだ。
 つまり、高橋-柴田-石川、で試合に臨むことを期待するのは、チーム力を一番高いところへ到達させることを目指していない、ということになる。
 そこに引っ掛かりを感じていた。
334 :第九部 :2011/01/15(土) 23:15
 「あゆみんはまじめだねえ」
 「そんなことないですよ」
 「普通はそこで迷いなんて持たないんだよ。自分が試合に出ることばっかり考えて練習するのが普通なの、割と。わざわざこうやって集められてさ、それで試合に出られないってなると、腐っちゃったりもするのよ。私も、スタメンで出たいしなあ」

 柴田は、はっと気がついてそれ以上何も言えなかった。
 今の村田の立場は、本人の認識としても周りの客観的な印象としても、はっきり差のある飯田の控えの二番手だ。
 そういう人を相手に、自分は、スタメンをどう並べるべきか、なんて話をしているのだ。
335 :第九部 :2011/01/15(土) 23:15
 油断していた。
 普段の柴田ならもうちょっとしっかりと気を使うはずだった。
 いつも隣に石川がいることで、その石川発で生じる摩擦を自分が低減する。
 そんな役割を演じている。
 先輩たち、平家の代が卒業してからはチーム運営に関してしっかり相談できるような人もいなくなっていた。
 外からやってきた異分子三好とは仲良くなってはいるが、せいぜい愚痴を聞いてもらうという程度のことであって、あまりきちんと意見を聞いてもらうということをしていない。
 そんな中で、村田は、久しぶりにあった頼れるお姉さんだった。
 頼れる、それはなにか表現として違和感がある。
 包容力、それもどこか違う気がするけれど、まだそちらの方が近いだろうか。
 どうも、無防備に頼ってしまう部分がある。
 いけないいけない。
 村田だって一人の人間で、考えるところはあるのだ。
 こういうところに呼ばれるだけの人、試合にスタメンで出たい、という個人の思いは持っている。
336 :第九部 :2011/01/15(土) 23:16
 「あゆみんの役割は大事だよ。どっちにしても」
 「どっちにしても?」
 「試合に出るにしてもでないにしても。出るなら当然だし。出ない場合さ、あゆみんみたいな立場、試合に出られそうで出られなくなっちゃったっていうぐらいの子が、一番チームの雰囲気悪くしたりしがちじゃない。そうならないようにするの。自分の気持ちに折り合いつけてさ。だから、どっちにしても大事なの」

 村田だって、自分の気持ちに折り合いつけて、今の役割をこなしている、ということでもある。
 柴田は、少し反省した。
337 :第九部 :2011/01/22(土) 17:48
 翌日の練習。
 五人の固定度合いは前日までよりは固まってきた。
 大まかに二パターン。
 藤本-松浦-石川-後藤-飯田
 これがパターン1
 高橋-柴田-石川-平家-飯田
 こっちがパターン2
 パターン2では平家を四番に入れて、去年の富岡−小川+飯田という形になっている。

 信田も感じていたのだ。
 藤本と石川の合わない感覚を。
 どちらかをはずす、という部分では藤本を外す選択になった。
 パターン2は当初から考えていた、富岡ベースプランにほぼなっている。

 今まではパターン1の松浦、後藤の部分は組み替え組み替えでやっていたのだが、ここに来てこの五人をセットにするようになってきた。
 松浦や後藤が、他のメンバーと比べてはっきり勝っている、というよりは、もういい加減選ばないとどうにもならない、と信田が腹をくくっただけ、というところがある。
 しかし、腹をくくったと言っても、まだ、残っている二択で迷っている。

 ポテンシャルならパターン1
 安定感ならパターン2

 相手を見ながら選ぶということになるのだろうか。
 選手も、監督も、確証をもてていない。


 国内での練習最終日となったその翌日も、状況は変わらないままで出国の日を迎えた。
338 :第九部 :2011/01/22(土) 17:49
 いまや、上海へは羽田から飛べるようになった。
 一般的に見ると、成田まで出るのと比べその負担は大違いである。
 ただ、彼女たちにとってはあまり関係ない。
 せいぜい、皆、羽田の方がなじみがある、という程度のことだ。
 地方のメンバーは、冬の選抜大会には飛行機で羽田にやってくるし、関東圏のものは、インターハイなどで羽田から飛んで行く。
 国際線は、パスポートがどうのこうの、出国手続きがどうのこうの、と少し違うこともあるが、大人数の集団でわいわいやってれば、それも一つのイベントごととして過ぎて行く。
339 :第九部 :2011/01/22(土) 17:49
 乗って行く飛行機が、経費削減で現地系のエアラインやパキスタ航空だったりはせず、会社更生中の元国営、親方日の丸航空だったのは、日本代表としての矜持か、バスケ界の同胞への気遣いか。
 いかにも出張、なビジネスマンたちに囲まれた、女子高生±一年の集団は明らかに機中で浮いている。
 修学旅行か? という視線を受けるが、それにしては人数があまりに少ないし、どんな集団なんだろう? という疑問だけを周りに振りまいて、誰も解は与えない。
 3-4-3の座席列、進行方向左側の3の列に集められたチーム関係者。
 大人は前で、選手たちは、なんとなくなお互いの距離感で自然と椅子が埋まっていき、最後の方だけ不自然に席が決まる。
 部屋割り、なんてものはここでは関係ないようだ。
 一緒に座ろうね、なんてわざわざ前振りしなくても、福田の横には自然と松浦がいたりする。
340 :第九部 :2011/01/22(土) 17:49
 新幹線のように、座席をひっくり返して六人向かい合わせでトランプ、なんてことはありえない。
 エコノミークラスの狭い三列シートは、そろって何か娯楽をするだけの余裕はない。
 せいぜい、隣同士でお話、くらいしか出来ない。
 飛び立って、安定飛行になって、食事がサーブされて片付いて。
 まだ、目的地までは二時間ほどある。

 「よっちゃんさん、起きてる?」

 窓際席に座る藤本が隣を見て言った。

 「ん? うん」

 メンバーたちは静かだった。
 食事のころまでは、メニューがどうの、味がどうのとわいわいしゃべっていたが、それが片付くと、合宿の疲れもあるのか、多くのメンバーは眠ってしまっただろうか。

 「みんな寝てるのかな?」
 「どうだろ? ごっちんは寝てるみたい」

 吉澤の隣、通路側には後藤が座っている。
 真ん中の座席で、吉澤には前後の状況など分からない。
341 :第九部 :2011/01/22(土) 17:51
 「よっちゃんさんは寝ないの?」
 「うん、別にどっちでもいい感じかな」
 「そっか」
 「ミキティは?」
 「眠くはないかな」
 「練習引っ張って一番疲れてそうなのに」
 「それくらいの体力はあるから」
 「そりゃそうか」

 日本の高校生で一番足を使うチーム、滝川山の手のキャプテンである。
 普段の鍛え方が違うだろうしな、と吉澤は思う。

 「よっちゃんさんは疲れてないの?」
 「わたし? 最近、昼間の練習量少ないから。ゲームにあんまり混ぜてもらえないし。どっちかっていうと、疲れるほど練習させて欲しいって感じかな」
 「そういえば、愛佳とか引き連れて夜練やってるんだって?」
 「引き連れてってこともないけど。体力余ってる奴集めて発散って感じかな」

 藤本は合宿後半は光井と同部屋だった。
342 :第九部 :2011/01/22(土) 17:51
 「なんか、よっちゃんさんって、誰とでもうまくやっていける感じだよね」
 「そうでもないって」

 吉澤としては、自分のチームの中でさえもそれほどうまくやっているようには思っていない。
 あやかは別として、市井との間には何か壁を感じるし、福田や松浦ともスムーズにやり取り出来ているとは感じていない。

 「石川ってどう思う?」
 「どうって? どう? なに?」
 「人としてと言うかプレイヤーとしてと言うか、なんでもいいよ」

 石川は二人の三列後ろの真ん中の席に座っている。
 藤本と吉澤の会話が直接本人に聞こえることはない。

 「やっぱうまいよね。うまいし速い。中入っちゃうと、外人にはきついかもしれないけど、外から勝負なら誰相手でも完全に負けるってことはなさそう」
 「そっか」

 藤本はふっと窓の外を見る。
 飛行機は雲の上。
 見下ろしても白い雲しか見えない。
343 :第九部 :2011/01/22(土) 17:52
 「ミキティはどう思うの?」
 「うん・・・」

 藤本はすぐに答えを返さない。
 しばらく考えてから言った。

 「敵なんだよね、私にとって石川って」
 「敵」
 「うん。敵。中国とか、外国に勝ちたいとか、あんまり考えたことない。実際試合すりゃ勝ちたいに決まってるけど。それ考えてずっとやってきたかって言うとそんなことなくて。何考えて普段練習してるかって、石川に勝ちたいとか富岡に勝ちたいとか日本一になりたいとかであって。それがなんか、こうやって世界を突きつけられると、日本一になりたいって、なんか、おまえちっちゃいなって言われてる気分になったりもするんだよね。是永美記がアメリカ行ったりとか。そういうのも含めて」

 見ている世界の違い。
 それを言っているのだということは吉澤にも分かった。
 日本一を目指しているか、そこは通過点か。
 それを言い出したら、自分はもっとちっちゃいよな、と吉澤は思っている。
344 :第九部 :2011/01/22(土) 17:52
 「でも、私にとって、負けたくない相手は石川なんだ」
 「うん」

 その感覚は、とても自然なものとして吉澤にも理解できた。

 「あいつさあ、うざいでしょ。いろいろと」
 「いろいろと」
 「人の気持ちわかんないし、勝手に一人で突っ走って周りの計画ぶち壊したりとか。普通にしゃべててもなんか空気読めてないし。たぶん、柴田がすごいいろんなとこフォローして何とかうまくやってるんだろうと思うんだよね、富岡って」

 吉澤から見ても、石川はプレイヤーとしてはとてつもないレベルで、コートの上でのキャプテンシーのようなものは感じるが、部活のキャプテンとしてはどうなんだ、と思うところはある。

 「あんなのキャプテンで、下の人間ついて来るのか? ってかなり怪しげじゃん。自分勝手でガキだし」

 石川のことをぼろくそに行っている藤本の話を、吉澤は止めずに聞いている。
 藤本は、そのあたりまで話してから一呼吸置いて続けた。
345 :第九部 :2011/01/22(土) 17:53
 「そういうどうしようもない奴なんだけど、でも、たぶん、美貴は、本当にあいつのことを嫌いなわけじゃないんだと思う」
 「うん」

 吉澤は、驚きはしなかった。
 吉澤が関わるよりも、藤本石川の付き合いの方が長いので、最初の頃どうだったのかを知る由はないが、うざい、というポーズが定着していて、それを変えずにいる方が楽である、というだけなんじゃないかという気はしていた。
 大好き、とか、親友とか、そんなことはありえないけれど、本当に忌み嫌うという存在ではないのだろうというのは感じている。

 「でも、石川は敵なんだよ」

 一周まわって元の位置に戻る藤本の言葉。
 吉澤はさっきから、適当な相槌とおうむ返しくらいしかしていない。
 ほとんど藤本の一人語りだ。
346 :第九部 :2011/01/22(土) 17:53
 「なんかさ、美貴自身よくわかんないんだよね。嫌いだから口聞かないとか、そういうことじゃないんだけど、でも、石川と仲良くやる自分ってのも違和感あって。別に、仲良くってことでもないのかもしれないけど。一つ一ついろんなことを話し合うとか、そういういの? やんなきゃいけないことなんだって思わなくも無いけど、なんかね」

 藤本と石川の間でまったく会話がないということはない。
 コートの上で、五対五の練習なんかをしていると、プレイの合間合間でやり取りくらいはある。
 でも、それくらいなものだ。

 「よっちゃんさん、眠い?」
 「いやいやいや、別に、そんなことないって」
 「悪いね、なんか、ぐちぐち言っちゃって」
 「そんなことないって」
 「飯田さんとかよりよっぽどキャプテンキャラだから、よっちゃんさん、なんか話しちゃうんだよ」
 「自分だってチームじゃキャプテンでしょ」
 「美貴には向いてないよ。石川よりは大分ましだと自分で思うけど」

 ここでも、引き合いに出てくるのは石川だった。

 藤本の語りが、自分に解を求めていたのかどうか、吉澤には分からない。
 仮に求めていたとしても、吉澤にはその答えは思い浮かばなかった。
 藤本の感覚は自然なものだと思う。

 話は終わり、とばかりに藤本が座りなおして腕組んで眠りの姿勢に入ったので、吉澤は結局何も答えなかった。
347 :第九部 :2011/01/22(土) 17:54
 藤本は、実際には眠ってはいなかった。
 沈思黙考スタイルに変化しただけだ。
 誰かになんとなく思っていることを話したかった。
 誰か、といいつつ誰でもいいわけじゃなくて、今居るメンバーで考えれば吉澤がベストだったのだと思う。
 だから、食後のゆったりとした雰囲気かつ移動不可な状況の中で口が開いたのだろう。

 滝川にいるときと、この選抜チームの中では、自分の立ち位置も想いも違う。
 滝川山の手とは藤本美貴のことである。
 そう、石黒が言ったとか言わないとか。
 藤本自身の感覚としては、チームイコール自分は言いすぎだけど、チームの勝利イコール自分の勝利という部分はあるな、と思った。
 自己犠牲してでもチームに貢献する、というのとは少し違う。
 チームが勝った時点で、自分は犠牲になっていないのだ。
 少なくとも、キャプテンスタメンポイントガード、として試合に出ている現状では。
 たぶん、自分が点を取るポジションでは無く、また、特殊な条件下でない限り、石川と、あるいは他校にしても是永などいわゆるエースと呼ばれる選手とマッチアップすることが無いのでそうなるのだろう、と思っている。
 石川や是永などと、個人の勝負で勝った負けたが出来る場所に居ないので、チームとして勝たないと自分の勝利が手に入らないのだ。
 だから、チームが勝った時点で、自己犠牲という部分は消えている。
 もっとも、寮での暮らし、という面では自分を犠牲にしてわざわざ寮長やってやっている、ということは思っているが。
348 :第九部 :2011/01/22(土) 17:54
 この選抜チームの中では違う。
 U-19日本代表とは藤本美貴のことである、はありえない。
 チームの一員、もっと表現を悪くすれば、一枚の駒だ。
 チームの勝利イコール自分の勝利、ではない。
 自分の思うようにプレーして勝つことが自分の勝利である。
 滝川にいるときのように、コートの外でも中でも自分が仕切って引っ張る、ということもしない。

 周りと合わせようと言う意識が薄い、と藤本は感じていた。
 自分が、そう、自分がそうなのだけどそれだけじゃない。
 石川もそうなのだ。

 富岡ベースチームの時はスムーズに行っていた。
 一年間培ったものを取り戻せばいいのだから、それはそうだろうと思う。
 それと同じものを後三日で作れるのだろうか。
 しかし、高橋と石川というのも、お互い好き勝手やりそうな組み合わせだな、とも感じる。
 相手に合わせる、なんて発想はどちらも持っていなさそうだ。
 それでも一年やっていれば何とかなるもんなんだろうか?
349 :第九部 :2011/01/22(土) 17:54
 その辺は柴田がうまくつないだのかな、と考える。
 石川と自分、二人で何か話そうとすればけんかになるだろう。
 多分、先に怒るのは自分だ。
 心のそこから嫌い、というのとは違うけれど、敵であるという認識は変わらないし、やっぱり二人で和やかに話して何かを作り上げて行く、という姿に違和感を感じる。
 柴田がいればなんとかなるか、と思ったが、ここでもう一つ思った。
 柴田にとっては、なにもいいことがない。
 あいつ、自分と石川がうまく合わない方が、富岡ベースで試合出られるもんな、と思った。

 高橋-柴田-石川。
 これと同じ文脈を考えるなら、今のメンバーだと、藤本-松浦-石川となる。
 松浦・・・。
 石川のことばかり考えていたが、よくよく考えると、この子ともうまく行っていなかった。
 人間関係的なことではなくて、コートの上のプレイ面で。

 あの子も周りに合わせるってことを知らないよなあ、と自分を棚に上げて思う。
 上三人、全員の問題か、と思った。
 コートの上ではあれだけど、外でのあれやこれや、松浦の姿を思い浮かべると笑みが浮かんでしまうのはなぜだろう。
 少なくとも、石川に対するようなごちゃごちゃしたいろいろな想いは、松浦に対して藤本は持っていない。

 あの子とだけでも、少し話してみようかな。
 そう、思った。

 そんなことを延々考えていると、飛行機は、虹橋国際空港へと到着した。
350 :名無飼育さん :2011/01/26(水) 21:22
さてミキティはどこかでふっ切ることができるのか
351 :tama :2011/01/29(土) 01:29
信田さん、藤本-柴田-石川ではダメでしょうか。
352 :作者 :2011/01/29(土) 10:42
>>350
なんかこの人、いつも最初、まわりとうまくいかないですよね

>tamaさん
さあ、どうなんでしょう? その辺
353 :第九部 :2011/01/29(土) 10:43
 日々開発が進む、新バブル都市上海。
 半年経って訪れて、同じ道を歩こうとすると道に迷うと言う。
 それくらいの変貌のスピードである。
 ここが、今大会の舞台になる。
 オリンピックは北京で行われた。
 アジア大会は広州だ。
 上海は、万博。
 政治や文化よりも、商業都市としての存在感が強い。

 バスケットボールというたった一つの競技で、しかも、U-19という年齢制限のついたものであり、世界大会ですら無くアジア限定の大会。
 地方都市ならいざ知らず、娯楽のあふれる上海のような都市では本来注目を集めるようなものではない。
 それがなぜか今回は違った。

 大会開幕前日、会場で練習をする機会を得ることが出来た。
 まだ、アリーナ席は組まれておらず、普通の体育館仕様で、コートも二面存在している。
 時間帯の関係で、別のチームが隣のコートで練習することになっていた。
 この、たかが前日練習に、マスコミ陣が集まり、さらには一般市民が見学に訪れている。
354 :第九部 :2011/01/29(土) 10:43
 「なんなの? この盛り上がり?」
 「反日運動とかじゃないですか?」
 「でも、うちら、敵視されてるっていうより、相手にされてない感じじゃない?」

 吉澤、福田、松浦。
 会場に入って行くなり、異様な雰囲気で戸惑った。
 吉澤、松浦はともかく、福田は、歴史がどうとか領土がどうとか、そういう知識があるので、中国の国内で予想もしないことが起きることは想定していた。
 ただ、どうも、それとは方向性が違う空気がある。

 「まあ、気にせずやろう。実際は、アリーナ席組まれて今とは違う向きのコートになるけど、フロアの状態とか適当に味わっといて。あと、トイレの場所とかそういうしょうもないこともしっかり確認しとくこと」

 ばらばらと秩序無く荷物持って会場に入ってきた、という段階である。
 これから各自テーピング巻いたりストレッチしたりと準備を整える。
 こういう時、立場の違い性格の違いで立ち居振る舞いに違いが出る。
 いつもとまったく変わらず準備をするものあり、スタンドを見上げきょろきょろするものあり、ふらふらと出かけて行くものあり。
 どうやら大事な場面で試合に出ることがなさそうで、かつ、最年少な中学生二人は連れ立って建物探検に出かけて行ってしまったりしている。
355 :第九部 :2011/01/29(土) 10:43
 「ニーハオじゃなかった」
 「普通でしたよ普通」
 「なにが?」
 「トイレ」

 探検して戻ってきて先輩様たちに喜び勇んで報告。
 誰が吹き込んだか、中国のトイレは敷居がない、と久住は思わされていた。
 真っ先に確認してみたが、そんなことは当然ない。
 ここは、現代の上海の国際試合も行われる体育館である。
 一番興味あったことをすぐに確認して、報告を終えて、また、出かけて行く。
 年の離れた飯田あたりは、そんな中学生たちを、愛玩動物でも見つめるような目で見ていた。
 子供っぽい振る舞いが多いが、問題は起こさず手が掛からないところがとてもよい。
 マスコットキャラクター扱いである。
356 :第九部 :2011/01/29(土) 10:44
 柴田は、そんなものを見て和んでいる余裕がなかった。
 まだ、はっきり明言されていないが、どうも、明日の初戦、自分はスタメンで出ることになりそうな雰囲気である。
 どうやら強いらしい、ということくらいしかはっきりとは分からない韓国。
 育成面でどうだとかこうだとか、そういう情報はあるのだが、選手の特徴などなどは少なくとも柴田がマッチアップする相手については得られていなかった。
 高校レベルでは、弱い相手はともかく、強い相手と初見で戦うというシチュエーションはほぼ無かった。
 隠し玉的に当てられた、中村学院の川島にてこづったということもあった。
 この前日練習、自分たちの次の時間に韓国が組まれているので、それを見ることくらいは出来るが実際の試合の光景をみることは出来ない。
 相手も自分たちの試合を見ることがありえないのだから、条件は同じであるが不安なものは不安なのだ。
 事前準備はしっかりしたいタイプである。

 後藤はのんびりとストレッチをしていた。
 外は暑かったけど冷房効いてていいねえ、とか、まさしく雑談を亀井と交わしている。
 会場の雰囲気とか、そういうものへの感想も特に見られない。
 後藤が、何をどう思っているのか、というのはまわりにもよくわからない。
357 :第九部 :2011/01/29(土) 10:44
 そろそろ準備が出来て、アップ前のミーティングしたいのにガキが戻ってこない、なんて信田が思っているところへ、久住と光井が走って戻ってきた。

 「なんか、なんか、なんか、来る」
 「なによ、何かって」

 久住が、自分が出て来た通路を指差して言っている。
 そうされると、一同そこへ視線が向いてしまうもの。
 なにが来るの? と見ているとやがて、集団がやってきた。
 スタンドの一般人がわっと沸き、マスコミ陣がカメラのフラッシュを焚く。

 「ああ、CHN48か」

 まともに情報を持っている信田がつぶやいた。

 中国は予選リーグでは当たらない相手である。
 メンバーたちへは特に情報を与えずにいた。
 当たるにしてもまだ先の相手である。
358 :第九部 :2011/01/29(土) 10:44
 「すごいね、地元の人気って」
 「でも、日本でやってもこんな観客来てもらえます? しかも練習ですよ、今日、ただの」
 「つーかさあ、何人いるんだあれ?」
 「48人なんじゃないっすか? 信田さん、CHN48とか言ってたし」
 「登録15人でしょ」
 「56人」

 メンバー間の会話に信田が入る。

 「中国の全国各地から集められた面々だな。元々48人のはずだったんだけど、なぜか増えちゃって今は56人いるらしい。当然大会の登録は15人だけど。で、あんな顔とかで、一般人にもなんか人気があると。そういうことらしいよ」

 わっと沸いた観客にも、蟻のように群がるマスコミ陣にも、慣れているようだ。
 大会そのものじゃないし、練習は全員でするのかな、と見ていると、実際にコートに上がるのは20人ほどなようだ。
 後は声だしなりタオル渡したりとか、補助に徹するらしい。

 「生存競争激しいらしいよ。あれだけ人数いると」

 56人からの15人である。
 その56人のさらに外にも何らかのまとまった人数がいるという話だ。
359 :第九部 :2011/01/29(土) 10:45
 「ふん、ちゃらちゃらしちゃって。人気があるんだかなんだか知らないけど」

 ストイックまじめ権化型チームのキャプテン、藤本から見ると、コートの上まで来てマスコミ相手ににこやかにやっている姿はあまり気分のよろしいものではないらしい。
 その、緩んだ空気が一人の選手の一声で一気に変わる。
 異国語なので、日本のメンバーには誰一人理解できなかったが、メンバーの中で一番小さい、頭にリボンつけた選手が声を出したのは分かった。
 その一言でマスコミ陣は離れ、中心選手たちの一つの輪、その外にサポートメンバーたちのもう一重の輪が出来る。
 それから、その、頭にリボンをつけた小さいのが、なにやら演説していた。

 ぱっと変わった空気は、日本チームの練習コートにも伝わってくる。
 思わずこちら側も黙り込んでいた。
 中国チームの円陣が解散し、張り詰めた空気が崩れてから信田が口を開いた。

 「さて、こっちも始めよか。どうせ予選は当たらないんだから、あんまり向こうは気にしないように」

 気にしないでいられるわけがなかった。
360 :第九部 :2011/01/29(土) 10:45
 練習自体はものの一時間程度の簡単なものだった。
 見られて困るような練習は出来ないのだから、具体的な戦術練習はしない。
 しっかりと五対五の練習など、するわけもなく、体を動かす程度のものだ。

 もう一つのコートでもそれは同じで、やはりたいしたことはしていないはずなのに、メンバーたちの一挙手一投足に反応して観客が盛り上がる。
 敵対的なアウェーとは少し違うが、日本にいるときとの明らかな空気の違いはやっぱりアウェーだ。
 そんなことをそれぞれ思いながら引き上げる。

 「信田さん言ってたみたいに、やっぱ、国際試合ってなんかすごいんすね」 
 「いや、今のはなんか違うぞ。特殊だ特殊。ああいうのじゃない」

 日本代表のバレーの試合と違い、日本代表だろうがどこそこ代表だろうが、バスケの試合はあんまりアイドルアイドルした空気にはならない。
361 :第九部 :2011/01/29(土) 10:45
 そんな話をしながら引き上げて行くと、次の時間に練習するらしき集団が前方からやってきた。
 当然外国人なはずだが、顔はそれほど違和感がない。
 東アジアの人種のようだ。
 とはいえ、外国人なのだから知っている顔は無いはずなのだが、一つ、ここにるほぼ全員が知っている顔があった。

 「ソニン」

 信田が声をかける。
 返ってきた言葉は、予想外のものだった。

 「アニョハセヨ」

 ソニンのリアクションを見て、信田も少し身構える。
 しかし、それは表に出さず、平静を装って続けた。

 「韓国代表に選ばれたのか」
 「ネー」
 「スタメンか?」
 「モルラ」
 「そうか」

 ご丁寧に身振りをつけてくれた。
 わからない、と言っているようだ。
 本当に分からないのか、言えないのか。
 それこそ分からない。

 「まあ、こうなった以上、どういう結果になっても恨みっこなしだ。お互い頑張ろう」
 「カムサハムニダ」
 「また、次は会場でな」
 「アンニョン」

 韓国代表チームはソニンを置いてさっさと行ってしまっている。
 ソニンは悠然と歩いてコートに向かって行った。

 「下手な韓国語使いやがって」

 ソニンの背中に、信田はつぶやいた。
362 :第九部 :2011/01/29(土) 10:46
 信田は、日本の代表候補にもソニンを選出していた。
 生まれも育ちも日本のソニンだ。
 当然その実力は知っていて、代表候補に相応しいと思って呼んだ。
 韓国籍を持っているのは分かっていたが、それでもこちらを選ぶものだとすっかり思っていた。

 すぐに断られなかったのは、迷っていたからなのか向こうからの召集が遅かったからなのか。
 いずれにしても、辞退を告げられたのは合宿直前だった。
 それで急遽あやかを追加召集したりしたのだ。

 高校三年生にして自分の国籍を選ぶ。
 二者択一。
 選んだのは、血は流れているけれど、一度も土を踏んだことのない国の国籍だ。
 言葉もほとんどしゃべれない。
 国籍を自分で選ぶ、というのがどういう自体なのか、どういう精神状態で決断を下すものなのか。
 想像も付かない。
 ただ、重い選択を強いてしまったな、という思いは信田にあった。
 それでも、今は、敵と味方に別れて、初戦で戦うことになる。
363 :第九部 :2011/01/29(土) 10:46
 「ソニンが選ばれてるってことは、うちとあんまり変わらないくらいってことですかね?」
 「さあね。ソニンがどういう位置づけに置かれてるかわかんないからなんともな」

 スタンドに上がる階段の途中、飯田から問われる。
 実際、信田にもそれは判断できない。
 ただ、メンバーの情報はある程度は信田は持っていた。

 中国チームほどではないけれど、韓国チームが姿を現したときも、ただの前日練習というのには相応しくないマスコミの集まり方があった。
 当然、今度は韓国マスコミであり、また、なぜか少し日本人らしき姿もある。
 また、スタンドに、数は少ないながらもファンらしき姿もあった。

 「国際試合ってこういうものなんですか?」
 「いや、だから、これもおかしいって」

 韓国のメンバーも、CHN48と比べると負けているが、それでもファンが付き注目を集めている部分がある。
 生存競争の激しいCHNとは違い、韓国の方はメンバーはほぼ固定だ。
 少女時代KARA鍛えられた14人のメンバーが注目を集めている。
 そこにソニンが加わった15人が韓国の登録メンバーとなっている。
364 :第九部 :2011/01/29(土) 10:47
 やっぱりソニンは浮いているな、と信田は思った。
 韓国チームの公用語は当然韓国語である。
 それがソニンは大して話せない。
 少女時代KARA続いている14人もなぜか日本語をかなり話すらしいと聞いているが、わざわざ日本語でコミュニケーションはとらないだろう。
 ただ、ソニン以外のメンバーの結束が堅いか、というと、意外にそうでもないのかなあ、というのが上から見ていての印象だ。
 淡々と練習をこなしている姿が見て取れる。

 「やっぱり大した練習はしないんですね」
 「そりゃそうだろうな。まあ、敵の顔を拝めただけでも、少しはイメージ沸くだろ」
 「どれが来るかわかんないんですけどね」

 分かったのは顔だけだ。
 スタメンが誰なのかも今ひとつ分からない。
 ただ、誰を取っても、誰一人簡単な相手はいなさそうだ、ということだけは感じ取れた。
365 :名無飼育さん :2011/01/29(土) 22:31
こんなとこまで戦国時代
48には勝てるのかしら?
366 :tama :2011/01/30(日) 00:34
CHN48、名前は出てないけど明確に1人分かりやすくキャプテンがいましたね。

「少女時代KARA」とか人数的にも合ってるし、小ネタがいい感じです。
367 :作者 :2011/02/05(土) 23:45
>>365
勝てるのかしら?

>tamaさん
都合よく、使ってしまいました。そちらの筋から怒られなければいいのですが。
368 :第九部 :2011/02/05(土) 23:46
 ここに集まるようなメンバーになると、遠征自体には大分慣れている。
 全国レベルの大会に出れば、当然泊まりでの遠征になるのだ。
 とはいえ、海外遠征、というのに慣れている、というようなものはいない。
 日本でなら気軽に行ける、ちょっとコンビニへ、がここでは簡単ではない。
 そもそも、ふらっと外を出歩いたりしていいものかどうか。
 全員、お年頃の女子である。

 ただ、それでも、会場が上海、というのは恵まれていた。
 治安が極度に悪い、ということはないし、しっかり発展した都市なので、比較的清潔でもある。
 また、食事の面で苦労することがなかった。
 食事が合わなかったらとにかく中華街を探せ、というのが世界を旅する日本人バックパッカーの一部ではよく言われていたりする。
 それくらい、日本人にとって、中華料理というのは食事の面で安牌と言える。

 そういった意味で、環境面で変なストレスをためることは無く、開幕前夜を迎えることができた。

 後の問題は、コートの上でどうなるか、である。
369 :第九部 :2011/02/05(土) 23:46
 前夜ミーティング、信田は明日のスタメンを告げた。
 高橋、柴田、石川、平家、飯田。
 一年前の富岡ベースに飯田を足したもの。
 計算の出来るメンバーにしている。
 同時に、四十分これで行くことはないから、とも言った。
 適宜代えて休ませるつもりだ。

 自信たっぷりで偉そうに若い子たちを率いて試合に臨むという態度でいる信田であるが、実際には戦う前から心臓バクバクであった。
 実は、実戦経験がほとんどなくて、計算できないのは自分かも、と思っている。
 現役時代は当然しっかりとした実績を残してきた。
 そういう意味での実戦は十分すぎるほど積んでいる。
 ただ、指揮官としての経験は薄い。
 長年高校のチームを率いて戦ってきました、というわけではない。
 現職の前はU-15のアシスタントコーチである。
 アシスタントはアシスタントであって、自分で責任を持って采配を振るう、という立場ではなかった。
 采配を振るう人間のサポートと、選手たちへ直接、手取り足取り型指導で育成する、という立場である。
 実戦で采配を振るう、というのはこれが初めての経験になる。
370 :第九部 :2011/02/05(土) 23:47
 そんな信田のことを藤本は、無難な選択しやがって、と冷ややかに感じていた。
 予想はしていたから驚きはしなかったけれど、不満は不満である。
 ただ、原因は自分の方にある、とも感じてはいた。
 主に、気持ちの問題だ。

 石川梨華とわかりあう。

 考えたくないけれど、多分、必要なこと、なんだろうとは思う。
 それが出来ていないからこういう状況が目の前に現れたのだ。
 なんとかしないといけない。

 でも、やっぱり抵抗があった。
 あなたのことを教えてください、とでも言えばいいというのだろうか。
 ありえない。
 まず、もう少しハードルの低いところから何とかしようと思った。

 宿泊先の部屋は、国内合宿の時の部屋割と同じである。
 藤本は一つの部屋の前に立った。
 二人部屋の片方に用があっても、もう片方とは出来れば顔をあわせたくなかったりする。
 インターホンを押して出たのは、はずれくじだった

 「どっか行っとる」
 「わかった。ありがとう」

 スタメン取られたとか、そういう問題以前に、なんかこの、高橋愛とは合わない、と藤本は思っている。
371 :第九部 :2011/02/05(土) 23:48
 さて、どうしたものか。
 松浦亜弥と少し話がしたかったのだ。
 どっかってどこだよ、と思うがそれを推理する術は藤本にはない。

 仕方ない、もう一つの候補の方へ行ってみることにする。
 松浦よりはこちらの方が少しは付き合いが長いのだけど、どうも、謎な部分が多い相手である。
 こちらは、部屋にしっかり居た。
 さらに、おまけもついていた。

 「なんだ、ここに居たんだ」
 「私のこと探してたんですか?」
 「うん。まあ。ちょうどよかったや、なんか」
 「なに、まっつーと福ちゃんに用で、後藤は関係ない?」
 「いやいやいやいや。関係あるある」

 藤本は後藤の部屋へやってきた。
 松浦がいなくて石川を飛ばすと、次に自分と組んで試合に出る組み合わせが多そうなのが後藤だったのだ。
 後藤部屋は福田が同室で、そこに遊びに来ていた松浦がセットでいたの図である。
372 :第九部 :2011/02/05(土) 23:48
 「黒美貴たんが人を探して出歩くなんて珍しいですね」
 「な、なに、その、黒美貴たんって。黒ってなによ黒って」

 黒、に引っ掛かって、たん、には特に絡むことはなかった。

 「是永美記たんと区別しようとすると、黒美貴たんの方が黒な感じだから」
 「だから、なんで黒」
 「白美記たん、なんか善人だし」
 「それじゃ、美貴が悪人みたいじゃない」
 「ミキティ、悪人ぽいもんね」

 後藤まで平然と絡む。
 険悪、ではなくて、和気藹々、に分類される図にはなっている。

 「まじめな話し、ちょっと話しようと思ったの。ほら、なんか五対五とかでうまく行ってない部分結構あるでしょ。意思の疎通というか、なんか、感覚的な部分で」
 「いまさら?」
 「いまさら」

 いまさらである。
 それでもやらないよりいい、と藤本は思った。
 大会は六日間ある。
 形式は違うが、インターハイの開幕から決勝までも同じ六日間だ。
 六日あれば、チーム状態、個人の調子、いろいろ変わる。
 それが、この前のインターハイで初めて六日間しっかり戦って、藤本が感じたことでもあった。
373 :第九部 :2011/02/05(土) 23:48
 「ミキティ、それ、梨華ちゃんと話すのが一番必要なんじゃないの?」
 「そういう難しいことは美貴には分からないな」
 「またそうやって照れちゃって」
 「黒美貴たんって、石川梨華のこと好きなんですか?」
 「なんでそうなる!」

 後藤、藤本、松浦。
 まじめな話まで進まない、枕としての雑談。
 一人、蚊帳の外になっていたのが口を開いた。

 「私、席外しましょうか?」
 「ん? ああ、いや、別に、そんな気にしなくていいよ」
 「いや、いいです。ちょっと出てきます」
 「明日香ちゃん、出てきますって、どこに」
 「どこか」

 そう言うともう福田は立ち上がって、手荷物まとまっているカバンを手に取る。
 財布なんかも入っているのだろう。

 「どこかってどこ行くのよ」
 「どこか」

 まともな答えを返さずに、福田は部屋を出て行った。
374 :第九部 :2011/02/05(土) 23:49
 「なんで明日香ちゃん追い出すようなことするんですか」
 「ちょっと、美貴は別に何も言ってないでしょ」
 「明日香ちゃんをいじめる奴は、この私が許さない」
 「だからなんで。美貴は何も言ってないって。ホントに。別に、福田明日香いてくれても良かったし」

 藤本は福田に対して、人柄面で個人的悪感情はまったく持っていない。
 警戒するべきライバルである、という認識はあるが、性格的にどうこう言うほどの付き合いそのものがないのだ。

 「福ちゃんからすれば、気分悪いでしょ。なんか、試合に出るの前提で意思の疎通がどうとかみたいな話を目の前でうちらがするのって。まっつーや私はともかく、ミキティポジション一緒なんだし。あの子すごい試合出たそうだったもん」
 「もう、黒美貴たんなんだから。私、呼び戻してくる」
 「待て待て待て待てって。なんて言って呼び戻すんだよ。そういう感覚で出てったんなら何言っても無駄でしょ。ごめんね、試合出られなさそうなのに、試合に出そうな人たちが試合の話しようとして。気持ち考えてなかったね、ごめんね。とでも言うのか? まあ、確かに、あんまり考えてなかった美貴は悪いかもしれないけど、でも、もう、こうなっちゃったらしょうがないじゃん、ほっとくしか。試合に出られるとか出られないとか、そんなのは自分で受け止めるしかないんだよ。うちは人数多い共同生活だから、そういうのいっぱい見てきたけど。もちろん、後で、松浦亜弥が福田明日香をフォローするのはいいと思うけど。少なくとも、美貴に気使われるのは一番腹立つと思うよ。少なくとも、美貴は、高橋愛に、スタメン取っちゃってごめんねなんて言われたら脳天カチ割ってやるくらいに思うもん」

 松浦は、言っていることは分かったけど、でも納得行かない、という顔をしている。
375 :第九部 :2011/02/05(土) 23:49
 「でも、確かに、よく考えてみると、福田明日香のあの扱いはないと思うよな」
 「あの扱いって?」
 「信田さん。ちょっと、福田明日香を干してるみたいな感じあるじゃん」
 「なんか、結構みんなにやさしい姉御な感じ出してるのに、明日香ちゃんにだけ冷たいんですよね」

 藤本が福田に対する同情の感を示したので、松浦も少し機嫌を直した。

 「美貴か福田明日香か、って思ってたんだけどな。もちろん、美貴は福田明日香に負けてるなんて自分で絶対思わないけど。でも、福田明日香は危険だっていうのはちょっと思ってて。それがまさか高橋愛に持ってかれると思わなかったよ。まあ、実際、高橋愛なんて、柴田石川平家さんの補正でそこに合うって言うだけでスタメンに並べただけだろうけど」
 「なんか、その、同じチームのメンバー並べて一番安定してるとかやられるの、納得行かない気がするんですよね。同じポジション争ってて、絶対私のが勝ってるとか思ってたら、なんか気づいたらガードやってるんですもんあの女。黒美貴たんも明日香ちゃんもしっかりしてよとか思いましたよ」
 「だから、そこが問題なわけよ。美貴は、今のこのチームだと、まい以外のメンバーとだと、ただの一掛ける五にしか出来ない。それが、明日のスタメンだと、それより大きい何かになるってのが信田さんの見立てでしょ。それをひっくり返したいわけよ美貴としては。だからこうやってのこのこやってきたの」
376 :第九部 :2011/02/05(土) 23:50
 松浦は何度かうなづいている。
 この場合、藤本の言っていることは松浦の利害と完全に一致するのだ。
 もちろん、藤本が単に高橋とチェンジで松浦は関係ない、ということはありえるが、松浦としては自分が試合に出る場面で高橋がガードであるというイメージはしにくいし、藤本といろいろな意思の疎通をしておくことは悪いことではない。
 後藤は、話を聞きながら、繰り返しては言わなかったが、それならやっぱり梨華ちゃんと最初に意思の疎通が必要でしょ、とは思った。

 「結構さ、みんな勝手だよね」
 「それを黒美貴たんが言います?」
 「美貴も含めていいよ。その勝手の中に。認める。だから松浦亜弥も認めて」
 「その前に、私、フルネーム扱いなんですか?」
 「じゃあ、松浦も認めて」
 「苗字はいやです」
 「じゃあ、なんなんだよ」
 「あややで」
 「却下」
 「なんで」
 「そういう可愛い系の呼び方いやなのよ」

 誰かをニックネームで呼ぶ場合は、割合、マイナスなニュアンスが含まれた言葉になりがちである。
377 :第九部 :2011/02/05(土) 23:50
 「わかったわかった。じゃあ、普通に亜弥ちゃんってことにする。だから、亜弥ちゃんも認めて。自分は勝手だって」
 「まあ、それは認めますよ」

 呼び方もプレイスタイルも、松浦は妥協して認めた。

 「後藤さん、は、ごっちんにしようそろそろ。ごっちんも認めて」
 「勝手。勝手かなあ?」
 「ごっちんはただのマイペースのつもりかもしれないけど、マイペースって結構勝手だからね」
 「じゃあ、認めるよ」
 「よし。その上で、美貴達は、みんな合わせないといけない。そうしないと試合に勝てないしそれ以前に出られない。試合に出るためにみんなで合わせよう。オーケー?」
 「黒美貴たんって、こんなに理屈っぽい人だったんですか?」
 「美貴だってこんなごちゃごちゃ言いたくないよ。人と合わせるとかめんどくさいし。でも、試合に出るにはそうするしかないの。それを自分にも納得させないといけないんだから、ごちゃごちゃ理屈もこねるって」
378 :第九部 :2011/02/05(土) 23:51
 藤本は藤本で、いろいろと感情的に抱えているものがある。
 それでも、今の現状がなんか納得行かなかった。
 それを打破しようとするとこうなった、というのが今の状態だ。
 自分より年下の松浦をてきとうになだめすかしたりしながら話を進める。
 部屋を出て行った福田のことは、もう、横に置かれている。

 「ごっちんてさ、実際、外と中、どっちが好きなの?」
 「外と中って? 出かけるのが好きかってこと?」
 「なんでそうなる。バスケの話しでしょ今は」

 藤本はまだ、それぞれのプレイスタイルについてしっかりと把握しきってはいなかった。
 なんとなくは分かっている。
 この人はこんなことが出来る、というような大雑把な部分。
 ただ、それが、本人が好き好んでやっているのか、というような部分まではまったくわかっていない。
379 :第九部 :2011/02/05(土) 23:51
 そんな、バスケのプレイそのものの話、バスケに対する考え方の話、日々の暮らしの話。
 後藤、松浦、藤本、三人で二時間近く話したろうか。
 ちょっと熱く議論ぽくなるような場面も一部あった。
 そういうのはたいてい、藤本と松浦。
 後藤がなんとなく丸く治める。
 何か方針を決める、というものではないので、妥協して鉾を収めるという風ではなく、そんな考え方もあるのね、と認めて終わる、というやり取りである。

 「なんかイメージ湧いてきた。ゴール下抜けて出てきたごっちんに上からパス落とすと、ターンしながらボール受けてそのままジャンプシュート決めるの」
 「出来ればいいけどねえ」
 「出来ればじゃなくて、やるの。明日か明後日かいつかわかんないけど」
 「結構いい感じですよね、この三人で。3on3なんかやったらかなり強いでしょ」
 「でも、ミキティはやっぱ梨華ちゃんと話した方がいいと思うんだけど」
 「つーかさあ、亜弥ちゃん石川追い出して試合でてよ。空いたところは柴田入るから。たぶん、すごい強いよ」

 ボールを持たずに二時間話しただけで、全てが解決してうまくいく、とは限らない。
 それでも、感情的な距離は、大分縮んだようではある。
380 :第九部 :2011/02/05(土) 23:51
 夕食も、ミーティングも、その日の予定を全部終えてからの二時間。
 もう、大分遅い時間になった。
 旅行に来たわけではない。
 明日から、もう、試合なのだ。
 話が盛り上がったからといって、朝まで話し込む、というようなわけにはいかない。
 時計を見て、そろそろ戻るわ、と藤本は立ち上がる。
 ここは後藤部屋。
 部屋の主ではない松浦も一緒に立つかと藤本は思ったけれど、松浦は動かなかった。
 まあ、人のことだしいいか、と松浦は置いて藤本は一人、部屋へ戻っていった。
381 :第九部 :2011/02/13(日) 00:35
 藤本が出て行って、部屋は後藤と松浦の二人になる。
 扉が閉まって松浦は大きなため息を吐いた。

 「もうちょっと怖い人かと思ってたけど、割とまともでしたね」
 「ミキティ? うん。あれで大人数のチームのキャプテンだもん。しっかりはしてるよ」

 親しげに話しているが、実際には松浦と後藤だってさっきまでそれほど親しくしていたわけではないのだ。
 誰がいても大して気にしない後藤の部屋に、福田がいるからとやってきた松浦が、やっぱり他に誰がいよう時にせず、明日香ちゃん明日香ちゃんとやっていただけで、松浦と後藤の間のやりとりはそれほどなかった。
 後藤と藤本の間は、滝川カップの件でやりとりはあったが、三人の中でまともにつながっていたのはそのラインだけだったのだ。
 二十四人が十五人になって、部屋が一緒とか境遇が近いとか、そんな理由で一つ一つ線がつながって行っても、一気に全部が相互作用するところまではなかなか行っていない。

 「なんか結構話しこんだよね」
 「うん。もう九時ですね」
 「九時?」

 松浦がポケットから取り出した携帯を見て言う。
 後藤は違和感を感じて、部屋の時計を探した。
 ベッドの間の備え付け。
 デジタル時計は22時近い時間を指している。
382 :第九部 :2011/02/13(日) 00:35
 「まっつー、それ、日本時間だったりしない?」
 「あっ」
 「もう十時近いみたいよ」
 「十時って、こんな時間まで明日香ちゃんどこ行ったの??」

 松浦はベッドから立ち上がる。
 福田の部屋はここ。
 どこかへ行くと言って出て行った。
 もう、二時間ほど前のことである。
 どこかって、どこへ?

 「もう、明日香ちゃんカバン持ってましたよね。ちゃんと携帯出るかな。あの子、メールもあんまり返さないし」

 携帯のアドレスをたどり、福田に掛けようとする松浦に後藤が言った。

 「まっつー、その携帯?がるの?」
 「?がる? あー、旗立ってない」
 「まっつーも福ちゃんも、国際携帯なんて便利なもの持ってなさそうな気がするんだけど」

 携帯を見つめていた松浦が、はっとして顔を上げた。
 ここは上海、異国の地である。
 世代別日本代表とはいえ、通常は普通に日本に暮らす単なる女子高生な福田も松浦も、持ってる携帯はごく普通なものだった。
 松浦だって、羽田で飛行機乗る時に、これでしばらくメールできないと各地に送ったのだから分かってはいたのだ。
383 :第九部 :2011/02/13(日) 00:36
 「どうしよう。どこ行ったのよ明日香ちゃん」
 「替わりにまっつーの部屋行ったとか?」
 「わざわざ高橋愛のいるとこ行かないですよ」
 「よっすぃーの部屋とかは?」
 「あの子が私以外の部屋に行くとか考えられない」
 「じゃあ、どこかって、外?」
 「外出歩いて二時間? ありえないですよ」
 「道に迷ったとか」
 「怖いこと言わないでください」

 言葉の通じない異国の地の夜、少女が歩いていて道に迷いました。
 さあ、どうなる?
 想像したくもない。

 「探してきます」
 「探すってどこを」
 「ホテルの中、どっかいるかもしれないし」

 結構大きなホテルだった。
 ロビーはしっかりと広くあるし、一階には飲食店が各種ある。
 一人で本場の中華料理店に入ったとは思えないが、軽喫茶系統の店もある。
 ショーウインドウにはチャイナドレスが並んでいる衣料品店もある。

 「鍵、持って出てたっけ?」
 「あります?」
 「後藤の分は」

 部屋のキーは二つもらっていた。
 一人が一つ。
 福田が持って出たかは分からないが、もう一つのキーは見当たらない。

 「たぶん、持ってるよ。後藤も行く」

 ここは、福田にとっても異国の地だが、松浦にとっても異国の地だ。
 外にまで探しに行きかねない松浦を、一人で行かせられなかった。
384 :第九部 :2011/02/13(日) 00:37
 オートロックで部屋を出てエレベータへ。
 アラビア数字は誰でも読めて、日本だろうが中国だろうが、一階のボタンは押せる。
 他に乗客はいなかったが、狭い閉鎖空間で二人は無言だ。
 松浦はとても心配そうだったが、後藤はそれほど心配はしていなかった。
 後藤から見て福田は、頭が良くてしっかりしている、というタイプだ。
 無茶はしないしおかしなこともしない。
 道に迷ったとか、言ってみたけどないと思っている。
 誰かの部屋じゃないかなあ、と思うが、よっすぃーを否定されると、誰のとこ、という想像を後藤が出来ないのでそれ以上は言えなかった。

 エレベータは一階についてドアが開く。
 広いロビーに出た。
 ぱっと見渡して、入り口ドア、フロント、その辺のソファ。
 福田の姿は見当たらない。

 「あー、もう、どこ行ったんだろう。写真持ってくれば良かった」
 「写真?」
 「この子見ませんでしたかって聞くんですよ」
 「この子見ませんでしたかってなんて言うの?」
 「そんなのフィーリングで通じますって」
 「それよりお店の方見てみようよ」

 後藤が先に立って歩く。
 松浦はすぐに追いついた。
 数件の飲食店街、松浦があっさり見つけた。
385 :第九部 :2011/02/13(日) 00:37
 「あー、もう。心配させて」
 「え? いた?」
 「あれ」

 ため息ついて立ち止まった松浦が指差す。
 その指す先には福田らしき存在がいた。
 テナントになっている世界的コーヒーチェーン店、ムーンバックスに福田は座っていた。

 オープンテラス形式の席が、店内から仕切り無く続いている。
 その、一番外側で福田はこちら側に背中を向けて座っている。
 後藤にとっては、この距離で後ろ向きだと、多分福田だと思われる、というレベルでの認識しか出来ない。
 松浦が後藤を置いて、小走りで福田のところに駆け寄った。

 「何やってるのよこんなところで」

 文庫本をテーブルに置いてぼんやりしていた福田、唐突に後ろから声を掛けられて振り向く。
 松浦は、自分の姿を福田に認識させると、前に回った。

 「もう、心配掛けて」
 「どうしたの?」
 「どうしたのじゃないわよ」
 「話は終わったの?」
 「話し? ああ。うん。終わった終わった。それより何やってるのよこんなところで」

 後藤が追いついて、松浦の横に立つ。
 後藤さんまで来たの? という顔で福田は見た。
386 :第九部 :2011/02/13(日) 00:38
 「何やってるって、見たまんまだけど」
 「ここにいるならいるって、メールくらい入れてよ」
 「どこにいたって関係ないでしょ、松には」
 「まっつー、だからメールは送れないって」
 「そんなの気合で何とかするんです。二時間出てるなら、二時間出てるからって出て行く時に言いなさいよ」
 「二時間も話しこんでたのは自分たちでしょ。なんで私が松から文句言われなきゃいけないの?」
 「だからって、途中で一度くらい戻ってきたっていいじゃない」
 「関係ないでしょ、どうせ、私のことなんか忘れて話しこんでたんだろうし」
 「二人とも、仲良くこんなところけんかなんかしないの。成田離婚になっちゃうよ」
 「行きも帰りも羽田ですよ」

 本筋と関係ないところで福田が突っ込みを入れる。

 「ああ、もう、心配して損した」

 そう言うと松浦は、福田の席を離れなぜかカウンターへ向かった。
 と、思ったらすぐに戻ってきた。

 「明日香ちゃん、何語で注文したの?」
 「チェ、イーガって中国語で」
 「チェ、イーガが普通のコーヒー?」
 「これ一個って意味で、メニュー指差して」
 「なるほど」
 「結構遅いんだけど、戻らないでここに居座るの?」
 「明日香ちゃんだけ優雅に海外のムンバでコーヒーとかなんか許せない」

 勢い込んでもう一度カウンターへ向かって行く松浦。
 後藤はそんな松浦を見て、苦笑いを浮かべつつ、あんな感じだからもうちょっと付き合って、と福田に言って自分も松浦の後に続いた。
387 :第九部 :2011/02/13(日) 00:46
 松浦と後藤。
 いざやってみると、注文するだけで一苦労であった。
 メニュー指差す、と簡単に言うが、メニューのメインがまず中国語である。
 隣に英語で書いてあるがCoffeeはギリギリ分かるにしても、それ以上の単語は難しかったりする。
 時間が時間なので、後ろに行列ができる、ということにはならなかったが、選ぶだけで時間がかかる。

 それでも無難なホットコーヒーの類を頼んで済ますと負けな気がした松浦、意地になって多数あるメニューの中から選んだのが、キャラメルマキアート、と思われるものである。
 それに対して、店員が何かを言った。
 何か言っているのは分かる。
 口から音声が発せられたから。
 しかし、当然、何を言われているのか分からない。
 国際都市上海、英語も結構通じたり、空港土産店あたりだと日本語でコレヤスイデスヨくらいは言われるが、さすがにムンバの店員レベルだとそうはなかなか行かない。
388 :第九部 :2011/02/13(日) 00:47
 「砂糖とかミルクとかいるかって言われてるのかな?」
 「キャラメルマキアートに足すの?」
 「そこが違うかもしれないじゃないですか」
 「そうかもしれないけど、ムンバってそこはセルフでしょ」

 正解は、ホットかアイスか。
 サイズは日本語英語で指定したけれど、そこは何も言わなかった。
 ここは店員側が根負けで、機転を利かせて英語で言ってくれた。
 ホット、アイス程度の英語は松浦も店員も英語で分かる。
 でも、次の、御注文は以上ですか? はどうにもならなかった。
 店員も諦めたのか、次の言葉へ進む。
 松浦は、次の言葉になったことも分かっていないが、今度は店員もジェスチャーをつけた。
 レジに映された数字を指差す。
 金払えという意味である。

 「後藤さん、この硬貨っていくらなんですか?」
 「後藤にわかるわけないじゃん。大きなお札出せば足りるでしょ」
 「ぴったり.5とか払いたいじゃないですか」

 お札に書いてある数字は理解できる。
 しかし、両替の時にもらった硬貨の価値がよくわからなかった。
 ここは諦めて、お札の足し算をして支払い、お釣りをもらった。
 多分、お釣りをだまされていても分からない。

 「チップっているんですかね?」
 「中国はチップ要らないって聞いた気がする」

 松浦、注文終了。
 続いて後藤のターンである。
 めんどくさかった後藤、松浦と同じものを指差して頼んで、同じ流れで済ませた。
389 :第九部 :2011/02/13(日) 00:47
 「で、なに出てくるかね?」
 「絶対、キャラメルマキアートです。大丈夫」

 空いていて、もう注文待ちなのが二人だけだから問題ないが、大勢いてあれこれ次々に出てきたら、たぶん、自分たちが頼んだのがどれだかわからない。
 何を注文したのか自信が無いのに、言葉まで通じないのだから。
 やがて、二つ並んで同じものが出て来た。
 キャラメルマキアートで正解だったようだ。

 「それ飲んで、すぐ戻るよ部屋」
 「なによ、一人で自由時間満喫してたくせに」
 「明日から試合なんだから。早く寝ないと」
 「自分だってそうでしょ。なのに、外出歩いて戻ってこないし」

 福田は答えない。
 二人からは視線を外して、人通りの少ない通路の方に目を向けた。

 「でも、明日香ちゃん、よく一人でお店入って注文して座ってられたよね」
 「別に。コーヒー飲んでるだけだよ」
 「怖くなかったの?」
 「別に」

 松浦に視線を合わせない。
 機嫌悪そうだなあ、と後藤は感じているが、松浦は意に介していない。
 福田と松浦が揃うと、もう一人いる後藤は空気に近くなる。
 部屋に居たときもそうだったが、後藤にとってそれは、特に不快なことでも無く、居心地悪いということもなかった。

 松浦も福田に言われたからかどうか、それほどここに長居する気はなかったようだ。
 ほとんどしゃべっていない後藤よりも早くカップを空にした。

 後藤が飲み終わるのを待って席を立つ。
 もう、本当に夜遅い時間だ。
 それぞれに部屋へ戻る。
390 :第九部 :2011/02/13(日) 00:48
 より上の階の松浦を残して二人がエレベータを降りる。
 後藤が先に立って歩き扉の鍵を開けた。
 後ろに付いている福田、部屋に入ると大きなため息を吐いた。

 「疲れた?」
 「まあ、ちょっと」
 「ずっとそこにいたの?」
 「最初はあの辺うろうろしてて、でも、外出るのはちょっとなって思うとあんまり行くところもなくて、入れそうな店もあそこしかなかったし」

 衣料品店で一人でチャイナドレスを見る、なんていう選択肢はなかった。
 本格中華の店に入るというのもありえない。
 飲茶系の店もあったのだが、そこに一人で入るにはムーンバックスに入るよりも百倍くらい勇気が必要だっただろうか。

 「ずいぶん話しこんでましたね」
 「うん」
 「松と藤本さん、うまくいきそうでしたか?」
 「大丈夫じゃないかな。ミキティの問題は梨華ちゃんとうまく行くかどうかってとこだから」
 「そうですか」

 福田は自分のベッドに仰向けになる。
 また、一つ大きくため息を吐いた。
 本当に疲れたように後藤には見えた。
391 :第九部 :2011/02/13(日) 00:48
 「探しに行かなかったずっと戻ってこないつもりだったの?」

 隣のベッドに後藤は座る。
 福田はそれには答えずに仰向けに天井を向いたままだ。

 「結構遅い時間になっちゃったけど」

 二時間近く話して十時近くなっていた。
 松浦と後藤が部屋を出て、ムーンバックスで福田を見つけたのは、もう十時をいくらか回った頃。
 切りよく十時に戻ろう、ということもなくまだ座っていた、ということだ。

 「長い間ごめんね」
 「別に謝ることじゃないですよ。試合に出る人が話し込むのは必要なことだし」
 「福ちゃんも混じってよかったのに」
 「私が藤本さんと一緒にコートに立つなんてことはありえないですから」
 「でも、人数多くわいわいやった方が楽しいじゃん。ミキティと福ちゃん。個性の違うガードがそれぞれどんな考え方でやってるのか、って話があってもよかったし」

 明日香ちゃんとなんか違うー、という発言が松浦からよく出ていた。
 松浦としては福田との関係がベースで、それ以外はイレギュラーなものだ。
392 :第九部 :2011/02/13(日) 00:48
 「ミキティと話すのイヤだった?」
 「別に。そういうことじゃないんですけど」

 後藤が言葉をつながないでいると、福田が続けた。

 「難しいですね。控え選手って」
 「難しい?」
 「それも、試合に出られない可能性のが高い控え選手は。どういう役割をこなせばいいのか。わからない。盛り上げ役とか、私には絶対出来ないし。だから、邪魔だけはしちゃいけないんだろうなって」
 「邪魔なんて、そんなことないよ。福ちゃんが気にしないなら」
 「私の感情とか、関係ないじゃないですか。チームが勝つためには。でも、難しいですね。試合に出る可能性もゼロじゃないから、気持ちも切らないようにしないといけない。気持ちがどうとか言ってちゃいけないんですけどね。私の気持ちとかどうでもいんですよ。どうでも」

 福田の言葉に、後藤は考え込んでしまった。
 言っていることと、本当に思っていること、どちらもなんとなく分かるが、それに対してなんて言ったらいいのかわからない。
 後藤が何かを言う前に福田がベッドから体を起こした。

 「もう寝ましょう」

 福田は、そう言ってユニットバス型洗面所へ向かった。
393 :第九部 :2011/02/20(日) 00:38
 大会の日の朝は早い、というのは高校生の常識だ。
 国際大会はその常識は通用しない。
 平日の試合は平然とナイトマッチが組まれている。
 健全な高校生にはありえない。
 第一試合は十時から、下手すると九時から、なんて組まれるのが高校生の大会だ。
 今回は違う。
 第一試合は十三時から。
 最終の第四試合は十九時からだったりする。

 日韓戦は第三試合、十七時からに組まれていた。
 メインのナイトマッチは当然のように中国戦である。

 日本チームは午前中、別の場所で軽く体を動かした。
 ただ、中にはフルパワー全開でプレイしているものもいる。
 吉澤だ。
394 :第九部 :2011/02/20(日) 00:38
 「ポチが一番気合入ってるんじゃないの?」
 「なんか、全然動き足りない感じっすよ。でも、吉澤はともかく、飯田さんとかスタメン言われてる組は淡々と落ち着いてって感じっすね」
 「試合前に気合入れてもね」

 午前練習の終了後、移動のバス、隣りあった飯田に吉澤は声を掛けられた。

 「調子はどうなんですか?」
 「調子? うん。悪くはないよ」
 「絶好調、とかないんですか?」
 「試合前から吉澤テンション高すぎでしょ」
 「いや、だって、日本代表ですよ。国際試合ですよ。テンションも上がりますって。こんなん考えたことも無かったですもん。上海の町もなんかかっけーし」
 「日本代表か。U-19だけどね、所詮は」
 「なんですか、その冷めた感じは。U-19でもなんでも、代表は代表じゃないですか。日の丸ですよ日の丸」

 つい最近までまったく代表なんてものを意識せずにいた人間の方が、いざそこに呼ばれてそういう肩書きを与えられると、急にそれを大事に思うものらしい。
395 :第九部 :2011/02/20(日) 00:39
 「コレティ、うまくやってるかな?」
 「コレティ?」
 「是永美記」
 「ああ。どうなんですかね。もうアメリカ行った頃でしたっけ?」
 「うん。圭織は入ったばかりの今のチームを蹴飛ばしてアメリカなんか行けないけど、なんかああやって飛び出していけるのがうらやましいな」
 「すごいですよね」
 「すごいって言ってちゃいけないのよ」
 「はぁ」

 なんとなく飯田の言わんとしていることは吉澤にも分かった。

 「世代別じゃなくて、まず、代表に入りたいのよね」
 「代表って、日本代表のことですか?」
 「そう。日本代表。うちのチーム、周りがそんな人ばっかりだし。だから試合に出るのもなかなか難しい、なんて思ってたけど、飛び出して行ったコレティ見て思ったのよ。日本代表になりたいって。だから、こんな世代別の大会でてこずってるわけにはいかないの。当たり前に勝たないと」
 「ははは。なんか熱くなってる吉澤がガキみたいですよ、それ聞いてると」
 「ポチはガキでいいのよ。ガキで。高校の時も粗いなこの子って思ってたけど、バスケ暦二年半なんだって? 今でも。私と最初にやったの半年とかそんなころでしょ。それは粗いよね」
 「粗いも何も、何も分かって無かったですよ、あの頃は」
 「バスケ暦半年でよく私に向かってきたよね」
 「ははははは。なんかありましたね。結構飯田さんとは試合したんですよね」
 「結構怖かったよ、ポチ。あの頃から。だから、ポチはガキでいいのよ、ガキで」

 今度は、分かったような分からないような。
 ガキでいい、と言われても、なにがいいのか悪いのか。
396 :第九部 :2011/02/20(日) 00:39
 「圭織この前、ポチは単純でだましやすいって言ったでしょ」
 「はい」
 「あれ、少し訂正する。ポチは頭が悪いから頭使ってるとだましやすい」
 「余計ひどいじゃないですか」

 単純、改め、頭悪い。
 単純、の方がまだいくらかましか。

 「そういえば試合の時はそれほどだましやすいわけでもなかったなって思って。下手で弱かったから、力とスピードひねりつぶせはしたけど、だませた記憶はあんまりなかったかなあ。だから、練習の時は頭使ってああしようこうしようとか思っててそれが理由かなあってね。たぶん、余計なこと考えてない試合の時の方が、最初のバスケ暦半年でも怖かったのかなあって思った」

 吉澤、なんとも言えず、顔をしかめることしか出来ない。

 「だからガキでいいのよ、ポチは」
 「すげーバカにされてる気分なんですけど」
 「それはそうでしょ。だって、圭織、バカにしてるもん」
 「ひどいですよー」

 ふてくされた顔して見せるが、吉澤にとっては、こうやって先輩族からいじりまわされるのはそれほど不愉快な事柄ではなかった。
 手の掛かる後輩たちをなだめすかして纏め上げるよりも、よっぽど自分に向いている、と思う。
 藤本や石川に言わせると、また、違う意見が出るのであろうけれど。

 「だから、なんかの弾みで試合に出ることがあったら、無心でやりなってこと」
 「飯田さんも頼みますよ」
 「圭織が日本を背負う」
 「言いましたねー」
 「コレティに負けてられないからね」

 バスは昼食の場所へと着いた。
397 :第九部 :2011/02/20(日) 00:39
 豪華中華料理満漢全席、ということはさすがにない。
 中国の宿に泊まっていながら昼食はイタリアンだ。
 すぐにエネルギーになる、という理由でパスタが選ばれている。
 めいめい好き勝手に座りテーブルを囲む。
 注文をとる、ということもなく、待っていればチームが指定した料理が届く仕組みだ。
 中華型円形テーブルではなく、普通の四人掛けである。

 「なんか悪いことしちゃったかなあ?」
 「いいよ、気にしないで別に」

 自然な感じで石川柴田と並んで座っていた向かい側が開いていたので、吉澤と後藤が埋めた。
 その後ろに居た高橋が、どうしよう、とおろおろした後に、福田松浦亀井のテーブルを通り越して、飯田平家村田のテーブルの空いていた席に収まった。
 明らかに自分たちが追い出した、という意識が吉澤にはある。

 「ああいう子だから」
 「同じチームで分かり合ってるって感じ?」
 「分かり合ってるってことはないけど、ああいう子だから」

 柴田は細かい解説をしない。
 それ以上聞いてはいけないような気がして吉澤は話題を変えた。
398 :第九部 :2011/02/20(日) 00:39
 「やっぱ、同じチームでやってきたメンバーでやる方がやりやすいもの?」
 「それはね。うん。次どうするって、大体なんとなく分かるし。変なパスミスは起きないよね」
 「高橋はやるけどね。意味の無い横パスをスティールされてワンマン速攻喰うの」
 「ああ、あるある」
 「その辺は、やりやすいとはあんまり関係ないけど」

 高橋、柴田、石川、平家、飯田、が今日のスタメンとされている。
 飯田以外の四人は、去年の富岡のスタメンと重なる。

 「調子はどうですか?」
 「悪くはないよ」
 「勝てそう?」
 「それはやってみないと。でも、勝つけど」
 「相手わかんないしねえ。その辺が私はちょっと心配」
 「柴ちゃんは慎重すぎるのよ」
 「梨華ちゃんがキャプテンのチームにいると柴田さんも自然に慎重になるんじゃない?」
 「もうー、なんでみんなそうやって私のことを困った子扱いするかなあ」

 後藤の茶々に石川が反応する。
 後藤の正面は柴田、石川の正面に吉澤。
 広い店で、割合客も多くがやがやしていて、テーブル内の会話は何とか成立するが、よそのテーブルからの声はほとんど届いてこない。
399 :第九部 :2011/02/20(日) 00:40
 「私、韓国にも中国にも、美記以上の選手はいないと思ってるから」
 「ミキってミキティ?」
 「ううん。是永美記ちゃん」
 「そっちか」
 「美記以上の選手のいないチームには負けない」
 「それが言い切れちゃうのが梨華ちゃんのすごさって言うか怖さって言うかでさ。韓国はよくわかんないけど、中国なんて人たくさんいるんだから是永さん以上の選手だっているかもしれないし、いないにしても、私とか他の選手がどうなるかわかんないのにさ。梨華ちゃん、言い切るから」

 石川の発言には理屈が伴っていなかった。
 そう思っている、というだけのことだ。
 柴田にとってそれはいつものことではあるのだが、今回は相手の未知度合いがいつもよりも大きいので、心配もより大きい。

 「いいの。勝つから」
 「これだもんね」

 柴田は笑っていて、後藤も吉澤も笑った。
400 :第九部 :2011/02/20(日) 00:40
 「もう、なんでみんな笑うかな。予選で負けてる場合じゃないのに」
 「準決勝、決勝でCHN48に勝たないとってこと?」
 「それもあるけど、予選ってそういうことじゃなくて、世界選手権の予選に過ぎないのよこれ。こんなの当たり前に一位で通過しなきゃ。で、世界選手権でアメリカにも勝って優勝するの」

 女子は、世代を問わずまともにやればアメリカが最強である。
 それに勝つ、は並大抵のことではない。

 「そういうのが石川さんの強さなのかもしれないなあ」
 「吉澤さん、梨華ちゃんを甘やかさないで」
 「なによ、甘やかすって」
 「柴田さん、梨華ちゃんのお母さんみたい」
 「私そういう役割ばっかり押し付けられるのよね」

 大きなこと言い始めた石川であるが、吉澤からはそれが石川の自信に見えた。

 「さっき飯田さんも言ってた。当たり前に勝たないとって。飯田さんの場合は、予選がどうこうじゃなくて、世代別じゃない日本代表に入りたいから、こんな世代別では勝たないとって感じだったけど」
 「ジョンソンにいると普通にそういうこと考えるのかもね。フル代表の大会もこの後しばらくしたらあるから、ジョンソンだとそういう話普通に先輩たちがしてるだろうし」

 飯田が所属するジョンソン化粧品は、代表に多数の選手を送り込んでいる、日本屈指の強豪チームである。

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