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ファーストブレイク 6th period

1 :みや :2010/07/24(土) 16:24
これのつづき

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ttp://m-seek.net/kako/water/1136560613.html
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高校生がバスケする話
吉澤とか石川とか藤本がそれぞれの学校で中心ぽくいて、周りにいろいろな人もいます。
その他の学校も出てくるし、学校の枠組みを超えることもいろいろとあります。

更新は基本週一 土曜日午後(ただし0時過ぎてカレンダー的には日曜日になることもある)

全十部予定で、このスレッドは第九部開始時点、となります。
ご新規さんは、ここを単独で読んでみて、面白いと思ったら初期に遡って読めばいいと思います。

よろしくお願いします。
300 :第九部 :2010/12/19(日) 00:20
 しばらくしてまた体育館の扉が開く。
 人が増えてくると、扉が開いたくらいでは特に誰も反応しなくなってくるが、自分のほうに向かってこられて最初に光井がそちらを振り向いた。
 松浦亜弥だった。

 「明日香ちゃん貸して」
 「なに?」
 「相手してよ」
 「また勝手なことを」

 私は無視か? 状態でぽかんの光井を横に、二人の会話。
 福田にとっては、よくある出来事慣れた事、ではある。

 「向こうのが合ってるでしょ、松には」
 「えー。明日香ちゃんがいい」
 「どこの外国で私みたいな身長が出てきて松のマッチアップになるのよ。吉澤さんくらいのとあたる可能性のが高いでしょ」
 「どっちでもいいんですけど、ちょっと飽きません?」

 光井が絡んだ。

 「飽きたって。ほら。明日香ちゃん相手してよ」
 「そうじゃなくて。もう一人くらい増やして三対三にしません?」
 「それだ。吉澤さーん」

 松浦がコート反対側の吉澤を呼んだ。
 一対一の真っ最中、ドリブルついた瞬間なのはまるっきり考慮していない。
 先に久住が動きを止めて、抜き去った吉澤はシュートを決めてから反応した。

 「そのタイミングで呼ぶなよ」
 「吉澤さん、誰か一人調達してきてくださいよ」
 「なに?」

 松浦が入ってきたのは気づいていたが、福田たちと何か話していたので気にしないでいた。
 まだ、話が見えていない。
 福田が中身を解説した。
301 :第九部 :2010/12/19(日) 00:21
 「じゃあ、あややがあの子つれてくればいいじゃん。高橋」
 「いやです」
 「即答かよ。なんでだよ」
 「あの子いやなんです」
 「理由になってないし・・・」
 「ポジション争ってるからいやなんじゃないですか?」

 福田が横からもっともらしい理由をつけてフォローする。
 いや、違う、ただ単純に人付き合いとしてうまく行ってなさそうなのが理由だ、と吉澤は思ったけれど、それを言うことはしなかった。
 大体、部屋にいづらいから出てきたんじゃなかろうか、という気もちょっとしている。
 福田は福田で、自分もちょっとそれは避けたかった。

 「そもそもセンター呼んだ方がいいんですよ。小春、フォワードやるんでしょ。明日香ちゃんと愛佳、私と小春。余るの吉澤さんじゃないですか」
 「それもそうか」

 松浦に丸め込まれた吉澤。
 実際、自分もちょっと飽きている。
 そうなると、人選するのも吉澤だ。
 候補はそんなにいない。
 スタメン組みでしっかり練習してて疲れていそうな飯田さんを呼ぶ度胸はない。
 後残ってるのは、村田、里田、後藤、あたりだろうか。
 こういう場合、なんとなく年上は呼びにくい。
 二択、吉澤は自分との距離が近いほうを選んだ。
302 :第九部 :2010/12/19(日) 00:22
 「福田。ごっちん呼んで来てよ」
 「私がですか?」
 「うん、同室でしょ」
 「そうですけど・・・」

 めんどくさい、とはちょっと違う。
 誘いにくいのだ。
 福田から見て後藤真希はとっつきにくい。
 後藤も後藤で無言の環境が続いても平気でいられるので、特に会話もなく過ごすルームメイトになっている。

 「ちょっと行ってきてよ」
 「はぁ・・・」

 人見知り、と突っ込まれるのが嫌だ、という少々自意識過剰な理由で、福田は吉澤の言葉に従った。
 呼ばれた後藤は、珍しいね、と一言言っただけで特に嫌がるでもなくすぐに準備をして福田についてきた。

 後藤は軽くストレッチをしただけですぐに皆に混ざった。
 福田-久住-後藤vs光井-松浦-吉澤
 なんとなくで決まった組み分け。
 一対一の時と違って、三対三だと一本一本会話が生まれる。
 本練習と違うので、真面目なやりとり、という感じではなく野次に近いものが多い。
303 :第九部 :2010/12/19(日) 00:23
 「吉澤さーん。その距離外します? 普通」
 「うるさい。あややにインサイドの圧力はわからないんだ」

 「あややさんファウル。ファウル。ファウルです」
 「ボールしか触ってないでしょ」
 「抜かれてから後ろから手出したら全部ファウルです」

 「みっつぃー、あややなんか無視していいから自分で外から打っちゃえ」
 「あややさんは置いといて、吉澤さん、パスの入れ時ないんですけどー」
 「瞬間瞬間あるだろー」
 「吉澤さん、明日香ちゃんとか周りの力量に頼りすぎなんですよいつも。自力で出来ないんだから。だから愛佳は私にパス入れてればいいの」

 光井-松浦-吉澤の方が喧しい感じである。
 ただ、そこは久住、パートナーたちの無口ぶりを一人でも破壊していく。

 「後藤さーん。小春のシュートのリバウンド取ってくださいよー」
 「えー。今のは無理」

 「みっつぃーに外から決められて、明日香さん困りますー」
 「ごめん」
 「・・・」

 真面目に謝られるのが、一番リアクションを取りにくくて困る久住である。
304 :第九部 :2010/12/19(日) 00:23
 「ナイス、ナイス、ナイスブロックです。後藤さん。いえーぃ」

 歩み寄ってきた久住の求めに応じて、苦笑いしながら後藤はハイタッチしてあげる。

 「元気だけど、小春ちゃん、自分はあんまりうまく行ってないよね」
 「気のせいです」

 気のせいでは、あまりない。
 それでもオフェンス側ではやっぱりそれなりに出来ていて、互いの感覚も掴めて来たのか、一本、松浦の裏を取ってゴール下に駆け込んだところで福田からのワンパスが入り、アリウープの形でシュートを決めた。

 「最高。明日香さん、最高。最高です」
 「分かった。分かったから。抱きつかないで」

 走ってきて抱きついて離さない久住。
 福田がうろたえている。
 松浦がボールを拾って久住の頭にぐりぐり押し付けた。

 「明日香ちゃんに抱きつくだなんて百年早い」
 「そういう時は、私に勝ってからにしなさいって言うもんですよ。あ、でも、負けたから言えないんですね。裏取られてアリウープですもんね」

 そう言いながらも久住は福田から離れた。

 割りと長い時間三対三を続けていて、最初に音をあげたのは、最後にやってきた後藤だった。

 「もう、いいんじゃない?」

 吉澤にシュートを決められてネットから落ちてきたボールを持っての一言。
 それをきっかけにお開きになった。
305 :名無し娘。 :2010/12/25(土) 17:12
なんでバスケってスタメン5人しか居ないんだろうな・・・・・
306 :作者 :2010/12/26(日) 00:03
>名無し娘。さん
主な団体球技では人数最小ですね。
交替の自由度はかなり高いほうですが。

本日は作者急病により休載とします(カゼ引いて寝込んでます)
次回更新はイレギュラーになりますが30日としたいと思います
ご了承ください
307 :名無し娘。 :2010/12/26(日) 00:06
あれま、お大事に
まぁ、来年でもいいんだぜ
しっかり治して帰ってきておくれな
308 :tama :2010/12/26(日) 00:50
お大事にしてください。

寝込んでてもこんな時間に書き込み、ということはフィギュアは見てますねww
309 :作者 :2010/12/30(木) 22:38
>名無し娘。さん
元日お休みにすると、丸二週間とんでしまうので、一度は入れときませんと・・・

>tamaさん
寝込んでいると強制的に家にいるので、どう考えても、テレビをつけないわけが無い(笑)


というわけで、今回の更新で本年は終了といたします。
フィギュアの大イベントがある時期に(今回のは意味は違うけど)二度ほど連載を飛ばしましたが、なんとかそれ以外は落とすことなく一年を終えることになりました。

気づけばこの辺もすっかり過疎化しまして寂しいものになりました。
まあ、ちょっと、どうしたものか、と思う部分はありますが、半端というのも難なのでもうしばらくは続けたいとは思っております。

来年もよろしくお願いいたします。

来年は1月1日は休みとして、1月8日からと致します。
310 :第九部 :2010/12/30(木) 22:39
 中学生二人に片づけを任せる、ということはせず六人みんなで片付けてそれぞれの部屋へ帰って行った。
 大体ばらばらだったのだが、同室二人、後藤と福田は一緒に同じ場所へ帰る。
 先、シャワー浴びちゃいなよ、と年上後藤が気さくに言うものだから、福田も恐縮しながらも先に使わせてもらった。
 入れ替わりで後藤が入って行く。
 福田は髪を乾かしてから練習日誌を開いた。

 ノートと向かい合うのは自省のときだ。
 今日、一日を振り返る。
 日記、ではないので日々の暮らしはここには記されないが、頭の中には思い浮かぶときもある。
 朝食のメニューと練習時の体調に相関があったりなかったりとか、そんなことも考えるのだ。

 とはいえ、基本はコートの上、体育館の中での練習の中身についてである。
 今の立場は藤本のサブ、というよりも練習相手といったところだった。
 この一週間、高校に入ってからのいつよりもきつい。
 向かい合う相手のレベルがいつもと違うのだ。
 公式戦ですらこんなことはなかった。
 富岡に負けたときも、体力的な面はともかく、プレイヤーとしての力量はマッチアップの田中を凌駕していた。
 今回は、体力的にもまああるが、精神的な面での苦しみが大きい。
311 :第九部 :2010/12/30(木) 22:39
 そんな中で、久しぶりに夜の三対三は楽しかった気がした。
 練習、という考えをとる場合にはあまりいいことではないのかもしれないが、プレッシャーを感じずにバスケを楽しむことが出来た。
 少々うるさすぎるが、久住って子や、言うに事欠いて自分との一対一を飽きたと言い放った光井にも、三対三を提案した点で感謝していいと思う。

 一つ、発見があった。
 実力的にははっきり負けないと自信を持って言える光井。
 でも、それなりにオフェンスの一対一は力があって、やられるっていう怖さもあったし、実際やられる場面もあった。
 なぜか。
 シュートを打ってくるからだ。

 それを感じた時に突然思い出した。
 「ディフェンスとしてはシュートが一番怖くて、次に抜かれるのが怖い。ボール持ちかえるのとか割とどうでもいいから。もっとシンプルにやった方がいいよ」
 自分が高校に入ったばかりの頃、まだ中学生だった初対面の辻に向かって言った言葉だ。
 そう、シュートを打たれるのは怖いものなのだ。

 すっかり忘れていたことだった。
312 :第九部 :2010/12/30(木) 22:41
 ガードがシュートを打つのは最後の手段。
 そう、自分の中に決め付けがあった。
 ガードがシュートを打つ、というのを続けているとゲームが壊れてしまう。
 そういう想い。
 なぜだろう?
 思い返してみれば、それは一対一否定論へつながる。
 特に、自分が一対一をしてシュートまで持って行くこと。
 これをしたくない理由があった。

 ポジションはガード、っていうか全部やってた、というようなことを高校に入ってすぐの頃松浦が言っていた。
 実は一時期、福田もその傾向があった。
 中学二年、市井と保田が卒業したころだ。
 点を取るためにそれが一番手っ取り早かったのだ。
 チームの中で明らかに自分の力が頭一つ以上抜けていた。
 だから、全部自分でやろうとしていた。

 それで壊れたのはゲームというよりもチームだった。
 ああしろこうしろと、福田は口に出してはっきり言う方だ。
 その上ゲームでは自分で全部やってしまう。
 周りが面白いはずがない。

 人間関係としてもそうだし、技量の面でも問題があった。
 周りが育たないのだ。
 完全なワンマンチームになった。
 中学のチームは、例えそうなってしまっても、福田は目立つので県の選抜メンバーには選ばれて大きな大会にも出ることが出来ている。
 でも、チームとして、これは失敗した、という想いがあったのは事実だ。

 三年になって、その辺の考えを改めるようにはなっていた。
 自分で全部やるということはしない。
 それでも、時間が足りず、手遅れだった。
313 :第九部 :2010/12/30(木) 22:42
 高校では同じ失敗はしないようにしようと思っていた。
 全部自分でやるということはしない。
 ガードにはガードの役割がある。
 それに徹する。
 もちろん、小さい自分は外からのシュートを持っている必要があるし、そういった技量を磨く必要はある。
 ただし、それは奥の手であり最後の手段であり、最初から選択肢として考えるものではない。

 その考えでやってきた。

 間違ってなかったと思う。
 松がいて、吉澤さんがいてあやかさんがいて。
 そう、信田コーチが言ったように、周りの力をそうやって引き出してきた。
 自分が一人でやるよりずっと良かったはずだ。

 振り返って見るとそうなる。
 だけど、今現在を考えた場合、どうだろう?

 自分が早い時点でシュートという選択肢を考えないのは、ガードがシュートを打って行くとゲームが壊れてしまうから。
 この論理は、そうだ、もう、前提条件が変わっているんだ。

 確かに、自分が持ちあがって全部自分でシュートを打っていたら、それはゲームが壊れるだろう。
 だけど、それが可能なのは自分がスペシャルな存在であるときだ。
 今は・・・、違う。

 松が、全部自分で一対一をしてもうまくいかないように、自分が全部シュートまで持っていこうとしたってうまくいかない。
 最初からそんなこと心配する必要がないのだ。
 松がいて、吉澤さんがいて、あやかさんがいる。
 去年は保田先輩だっていた。
 市井先輩だって、きちんと戦力なんだ。
 時には辻だっている。
 まして、今のこの選抜チームは、それよりもさらにレベルが高い集団だ。
 自分は、スペシャルな存在なんかじゃない。
 コートの上に立つときには、悲しいくらいに五分の一に過ぎないんだ。
 だったら、数ある選択肢の一つとして、自分がシュートを打つ、というのが最初からリストの中にあってもいいのだろう・・・。
 その選択肢を持つことによって、他の選択肢の確率も高い方へ振れるはずだ。

 福田は、大きくため息をついて、それからシャープペンで自分の頭をかつかつと二回叩いた。
314 :第九部 :2010/12/30(木) 22:42
 悔しいけれど、信田コーチの言うとおりだった。
 チームの力を伸ばすために頑張ってきた。
 自分の力も伸ばそうとしてきたつもりだった。
 だけど、自分は、狭い視野の中で生きていたのだ。

 シュートを打つ、打たない。
 それだけの問題じゃない。
 自分が、いつまでもチームで突出した力の人間である、という勘違いをしたままだったのだ。
 それがこういう自体に?がったのだと思う。
 改めて認識するべきだ。
 もう、自分は突出した力なんか持っていないのだ。
 場合によっては、松に追い抜かれ、さらには置いていかれてしまいそうな、そんな、一選手に過ぎない。

 ・・・・。
 自分がたどった思考が、まるっきり信田コーチに言われたシナリオそのままだ、ということにここまで来てまた気が付いた。
 なんとも言いようのない感情が腹の内に湧いてくる。
 怒りとは違う、納得感というのとも違う。
 いらだちでもないむかつきというのに近いようでそうのものでもないような。
 指導者の存在、というのはそういうものなのだろうか。
315 :第九部 :2010/12/30(木) 22:43
 「また、ノートと語り合い?」

 唐突に声を掛けられた。
 シャワーから出て来た後藤だ。
 扉が開いたのはまったく気がつかなかった。
 濡れた髪をタオルでくちゃくちゃとやっている。

 「みんな、バスケ好きだねえ」
 「後藤さんは好きじゃないんですか?」
 「んあ? バスケ? 好きだよ」

 これまで、あまり部屋の中でフリートークというのをしていない関係だ。
 近くにいるのが不快、ということはないが、お互いに黙っているのが自然である、という一週間だった。

 「福ちゃんは、バスケがすきっていうよりバスケのことを考えるのが好きって感じだね」

 二人称は福ちゃんなのか、というのが最初に引っかかったが、それよりも文末の言葉の方が福田に強く響いた。

 「考えること?」
 「実際にバスケやってるときはあんまり楽しそうじゃないけど、ボール持ってない時もいつでもバスケのこと考えてみたいに見える。好きな人と過ごすより、好きな人のことを考えてるのが幸せ、みたいなそんな感じ」

 そう見えるのか、いや、もしかしたら見えるのではなくて、実際にそうなのかもしれないと福田は思った。

 「実際にバスケをすると、いろいろなことがついてまわるから」

 から、なんなのだろう。
 から、楽しくない、なのだろうか。
 自分でもよくわからなかった。
316 :第九部 :2010/12/30(木) 22:44
 「後藤さんは、いつでも楽しそうて言うかいつでもつまらなさそうて言うか、どっちか分からないですけど、あまり変わらないですね」
 「んー、そうかもね」

 福田から見て後藤はよく分からない人種だった。
 理解できないから嫌い、というようなことはない。
 ただ単に、分からないのだ。
 何を考えているのか、何を欲しているのか、よく分からない。

 「ノート、なに書いてるの? いつも」
 「何って、練習内容とか、そういう」

 後藤はベッドに座った。
 鏡も見ずに髪をくしでとかしている。
 福田は背中を向けることも出来ず、机と反対の向き、後藤の方に体を向けた。

 「家に帰ったら何冊もあったりするの?」
 「何冊も?」
 「いままでのやつが」
 「ああ。小6の時につけ始めて、もう九冊目です」
 「九冊目?」

 後藤の声が裏返った。
 福田が持っているノートは百枚ノートの分厚いものである。

 「私のことは気にしないでドライヤー使っていいですよ」
 「んあ、いいよ別に。そのうち乾く。九冊目ってよく続くね」

 自分の髪よりも、練習日誌に興味を持ったらしい。
317 :第九部 :2010/12/30(木) 22:44
 「日々思ったこと、気づいたことを綴って行くとそれなりの文量になっちゃうから。もうすっかり習慣だし、書かないと気持ち悪い」
 「思ったことをわざわざ書こうっていうのがもうすごい気がする。なんか、福ちゃんなんかが完全にそうだけど、ここに来た人たちってみんな、バスケ一直線って感じですごい向き合ってるよね」
 「他の人は知らないですけど、私の場合、バスケしかないですから」
 「なにが?」
 「なにがって?」
 「なにがバスケしかないの?」
 「なにが? うーん、その、バスケを取ったら何も残らないって言うか。そういう感じです」
 「何も残らない? そんなことってあるのかなあ?」

 そんなことは、少なくとも福田の中にははっきりとあった。
318 :第九部 :2010/12/30(木) 22:45
 「バスケがないと生きていけないって感じ?」
 「はい」
 「そこが即答なのがすごいね」
 「後藤さんは、バスケが無くても生きていけますか?」
 「うん。って私も即答か。でも、うん、無くても生きていける。でも、あるのかなあ? バスケがないと生きていけないって。そういうの。後藤にはわかんないや」

 福田にとっては当たり前の感覚だった。
 自分にはバスケしかない。
 後藤は、自分にとってまるっきり異文化世界に住む人間だった。
 でも、ここでふと思うのだ。
 これもまた、自分の思い込みなのだろうか?
 自分にはバスケしかない、というのも、思い込みなのだろうか?

 「なんかごめん、おとりこみ中のところ。後藤のことは気にしないで続けて」

 乾ききっていない髪のまま、後藤はベッドに横になり携帯をいじりだした。
 福田も机に向かいなおす。
 やっぱり、福田にとって後藤真希はよく分からない人だった。
 でも、それはそれで、特に不快ということはなかった。
319 :第九部 :2011/01/08(土) 23:42
 福田のプレイ振りは翌日から小さな変化はあった。
 とにかくボールを持ったらシュートを狙う、というような急激な変化ではない。
 しっかりと一つの選択肢として常にシュートであり自分勝負のドリブル突破であり、そういったものを握っている、といったところだ。
 目に見えて大きな変化ではないのだが、最初にそれに気が付いたのは藤本だ。
 マッチアップする立場として、そういう変化はめんどくささが増すのでわかるのだ。
 それだけで一気に立場逆転というわけには行かないが、状況は多少変わった。

 信田もさすがに気が付いた。
 すぐに、というわけにはいかず練習終盤、ゲーム形式に移行したところでだ。
 外に開いた村田からのボールをインサイドに駆け込みながら福田が受ける。
 ゴール下は空いたスペースを埋めた石川がいる。
 そこまで持ち込まず、ボールにミートしてそのままジャンプシュートを決める。
 高橋や松浦や柴田がやるならなんてことないプレイだし、藤本だってこれくらいのことはするが、福田が自分でそういう動きで自分で決める、というのはあまりなかった。
 ゲーム終盤であったり、シュートクロックが無い場面ならともかく、持ち上がってすぐの場面である。

 ん? と思って注目して見ていると、なるほど少し変わったかな、というのが信田にも見て取れた。

 一言褒めるようなことを言おうかな、と考えてからやめた。
 そういうのを喜ぶタイプでもないだろう。
 福田の小さな変化への信田の回答は翌日。
 十五人選抜後は藤本と高橋で回していたスタメン組み練習のガードに福田を短時間だがいれたことだ。
 それでいい、と伝えたつもりだ。
 福田がそれについてどう感じ他のかは誰も分からない。
320 :第九部 :2011/01/08(土) 23:42
 全体練習後の夜練というか夜のボール遊びと言うか。
 吉澤をリーダー格としたサブ組みたちの夜の体育館集会は続いた。
 メンバーは後藤が呼び寄せた亀井も含めて七人。
 主に三対三をやっている。
 一人余り、休みが多いのは後藤だ。
 昼の練習量が他より多いというのもあるが、それだけなら松浦も同じはずである。
 松浦の場合、黙って見ているということが出来ずうずうずしてしまうので常参加状態になるが、後藤の場合そういう感覚が無いので休みがちだ。
 自分が休めるように亀井を呼んだというのもある。

 福田も常にセカンドチームで練習しているので練習の量自体は多く、体力的にはきついはずなのだが夜練習も付き合った。
 福田のことなのでいやいやではない。
 今の自分にとってこれはプラスである、という判断をしてのものだ。

 結果、福田-光井、亀井-松浦、久住-吉澤、というマッチアップの三対三になることが多い。
 三人、のチームわけは随時適当だ。
 勝ったり負けたり。
 まじめな指摘が繰り返される練習ではなく、からかい混じりの野次、突込みが飛び交う。
 「中学生にさくっと抜かれるなー」松浦に突っ込まれて吉澤がちょっと痛い思いをしたりとか、そんな絵柄だ。
321 :第九部 :2011/01/08(土) 23:42
 そんな日々の中、夜遊びを終えて部屋に戻った久住が言った。

 「チャミさんも行きましょうよー」

 久住の同室は石川である。
 どういう流れか石川は三つ下の久住にチャーミーさんと呼ばせようとしたら、久住が伸ばすのを略してチャミさんと呼ぶようになった。

 「いいよ、私は」
 「えー」

 不満不満、不満です、という顔をして石川の顔を上目遣いに見つめる久住。
 チャーミー石川です、とハートマークつきで石川が返すと、久住はベッドの方に倒れこんだ。

 「いい年して寒いですって」
 「いい年ってなによ。三つしか違わないでしょ」

 中学三年生と高校三年生の三歳差は大違いである。
322 :第九部 :2011/01/08(土) 23:43
 「昼間練習してるんだから、夜までそんなしないの私は」
 「是永さんとは鬼の一対一やってたじゃないですか」
 「あれはあれ。それにもう時期が違うでしょ。そんなことやってる時期じゃないの」
 「小春たちもやんない方がいいって言うんですか?」
 「そうじゃないのよ。小春が昼間動き足りないって言うなら夜にそれを補うのはいいと思う。でも、私は昼間に十分動いてるし、大体、この先すぐ大会なのよ。六日で五試合。それへの調整時期なんだから余計なことしてられないでしょ」
 「後藤さんとかあややさんとかやってますよ。あー、後藤さん割と見てるだけだけど」
 「その辺は人それぞれだから。今の自分に必要なことをやればいいの。私に必要なことは休むこと。小春に必要なことは体を動かすこと。高校生と練習出来る機会とかそんなにないもんね。それに、動いとかないと試合出るにしても感覚鈍っちゃうから。小春が夜遊びするのを止める気は無いのよ。ただ、私は付き会わないって言ってるだけで」

 この部屋の二人は割と良好な関係だった。
 お姉さんぶりたい石川と、生意気言うけど割合妹キャラを演じられる久住。
 相互補完性もあるし、その他の面でも相性がいい。
323 :第九部 :2011/01/08(土) 23:43
 「それでどうなの? ちょっとはディフェンスできるようになった?」
 「ちょっとはってなんですかちょっとはって」
 「じゃあ少しは」
 「一緒ですよ」

 むー、とか言いながらも久住は自分の実力が把握できないほど愚か者ではない。

 「吉澤さんでインサイドだと力で負けちゃうから止まらない。でも外からなら割合何とかなる気がします。あややさんに外からやられると早いなあとは思う」
 「小春はたぶん、外のがいいのよね」
 「背はまだ伸びてますよ」
 「背の高い外、でいいんじゃない? インサイドでパワーで勝負って感じには見えないし」
 「外から勝負できる方が、小春の華麗な感じが生きそうです」
 「小春の場合、華麗っていうより食べるカレーって感じ」
 「なんで、そういうオヤジギャグ言うんですか。だから美貴様に嫌われるんですよ」

 久住としては、会話の流れで軽い気持ちで言ってみただけなのに、石川は腕を組んで考え込んで答えを返してこなかった。
 あれ? と久住が怪しんでいると、石川が今までとは違うトーンで言った。
324 :第九部 :2011/01/08(土) 23:44
 「外から見てもそう見える?」
 「外から見ても?」
 「なんか、ミキティと合わないのよね」

 だから嫌われてるんですって、といえるような雰囲気ではない。
 何か違うことを言っている、というのは久住も感じ取れた。

 「うざいとか何とか言われても、あんまり本当に嫌われてる気はしなかったのよ。たまに本当に怒られるときもあったけど、それは私が確かに悪かったし。もちろん、二人でごはん食べよとか言ったら、はっきり拒否られると思うんだけど、でも、三人いる中で四人目で私が入って行っても、その場で席を立っちゃうような、そういう嫌われ方はしてないと思うのよ」

 何の話だ? と思ったけれど、久住は珍しく石川の話を黙って聞いた。

 「だから、普通にうまく行くと思ったんだけどね」
 「そういえば、あんまり合ってないですよね」
 「でしょー」

 そう、合っていないのだ。
 その話をしているのだと久住は分かった。
 言葉は大分はしょっているけれど久住には分かる。

 スタメン組みの連携がいまいちうまくいっていない。

 その話しだ。
 アイコンタクトであり阿吽の呼吸であり以心伝心であり。
 いろいろ表現はあるが、コートの上でのプレイヤー同士の関係がうまく行っていないように久住には見えて、石川も感じていた。
325 :第九部 :2011/01/08(土) 23:44
 「やっぱり選抜チームって難しいのかなあ」
 「全中オールスターでも、そんなに難しい感じしなかったですよ」
 「それは小春が一人抜けてたから小春だけは難しくなかったんでしょ」
 「高校生も国体とかやってるんじゃないんですか?」
 「うち県選抜って名前のうちの高校だからなあ」

 中学生は年度末に県の選抜チームが集まって行う全中オールスターという全国大会がある。
 久住は当然選ばれるし、県レベルなら頭一つ以上抜けた大エースである。
 石川も当然そういうような存在だったが、もはや昔話である。
 国体も事実上自分の高校チームでやっている石川にとって、選抜チームで集まったメンバーでチームを作るというのは久しぶりの経験だ。
 藤本も、高一の時はほぼ滝川山の手単独チームであったし、二年の時は事情により選抜に入らなかったので同じように中学以来の選抜チームである。
326 :第九部 :2011/01/08(土) 23:44
 「五人固定しないとダメなのかなあ?」
 「でも、美貴様とチャミさんはいつも一緒なんだから、他が替わっても関係なくないですか?」
 「そうなんだけど、全体の動きってあるじゃない」
 「うーん、そうかもしれないですけどー」

 藤本、石川、飯田は中心になっているが他の二枚は随時交代という風である。
 その上、藤本のところを高橋にしてみたりとアレンジすることもある。
 同じ五人で五対五の練習をする時間、というのがかなり短くなっている。
 ぎりぎりまで競争を煽る、というやりかたの副作用が出ていた。
327 :第九部 :2011/01/08(土) 23:45
 「なんかー、最初の洗濯係ゲームの時のが合ってましたよね。小春のところは合ってなかったけど」
 「洗濯係ゲーム? ああ。最初のね。うん。ミキティのとこは合ってる感じだった。三試合目やったとき。ってなに? 今、合わないのは私のせいってこと?」
 「是永さんいたらすごくうまく行ってたかもしれないですよー」
 「なによ。美記がいたら小春なんか家に帰ってたくせに」
 「小春じゃないですよ。たぶん、吉澤さん」
 「よっちゃんってことないでしょ。よっちゃんはずしたらセンター少なすぎるもん」

 代表候補メンバーが集まった一番最初の日、四チームに分かれて八分ハーフの試合を行った。
 久住が言っている洗濯係ゲームとはそれのこと。
 藤本 高橋 柴田 是永 里田 飯田
 この六人のチームが全勝で優勝した。
 このチームがうまく行っていたのだったら、是永が今残っていたら、石川ではなくて是永にするだけでしっくりいく、ということになる。
328 :第九部 :2011/01/08(土) 23:45
 「もう、あんまり時間ないのよね」
 「明後日までですよね、ここで練習するの」
 「で、次の日出発。小春、飛行機乗ったことある?」
 「石川さんこそあるんですか?」
 「あるわよ。あるに決まってるでしょ」
 「外国行ったことは?」
 「それはない」

 石川くらいになると、試合の遠征で飛行機に乗ることは日常茶飯事だ。
 滝川に行くにはどう考えても飛行機というのが交通手段の第一選択肢になる。
 久住は、たまたまだけど、試合の遠征先も飛行機で行くような場所になったことが無かった。
 ただ、石川にしても、また、その他の多くの選手にしても、これが海外へ行くこと自体始めてであったりする。
 国際試合の経験、の前に、国際経験、海外経験から不足している。

 「パスポートちゃんと持ってます?」
 「あたりまえでしょ」
 「写真見せてくださいよ」
 「めんどくさいからいや」
 「可愛くないんですね」
 「そんなことないけどめんどくさいからいや」

 パスポートの写真も、運転免許証ほどではないが、結構あれなタイプの写真になりがちではある。

 「そんなことよりそろそろシャワー浴びちゃいなさいよ」
 「めんどくさいー」
 「そういうこと言ってると臭いわよ」
 「はぁーい」

 石川と久住、二人は割合うまく行っていた。
329 :第九部 :2011/01/15(土) 23:14
 別の部屋では別の人が別のことを考えていたり同じようなことを考えていたりする。
 十五人、それぞれ今、チームの中で何らかの状況の下に自分の存在がある。
 試合にスタメンで出る気でいるもの。
 出る機会があるかどうかさえ怪しい、と思いつつ、それを受け入れているもの。
 スタメンになれるかどうか、どちらなのか分からないで不安なもの。
 試合に出られなさそうな現状に不満なもの。
 自分のことを考えるものもいれば、チーム全体のことを考えるものもいる。
 自分のことを考えることと、チーム全体のことを考えることの区別が付かなくなっているものもいる。
330 :第九部 :2011/01/15(土) 23:14
 「私の言ってることって自己中なんですかね?」
 「そんなことないと思うよ。あゆみんは冷静に自分のこと見えてると思う。でも、こういう時にそういうこと言うと、そう感じちゃうのも分かる」

 柴田は村田に、チームについて、自分について、思っていることを語っていた。

 「行き着くところが、なんか、自分に都合のいい方へいい方へ向けちゃってる気がするんですよ」
 「別にそれでもいいと思うけどね。あゆみんがそれいくら考えてもどうにかできるもんじゃないんだから」
331 :第九部 :2011/01/15(土) 23:14
 柴田はどういうメンバーでチームを組むのが良いか、という話しを村田としていた。
 ポジションとして、二番、大雑把に言うと身長が低い方から二番目、というようなところにスタメンで入るか入らないか、というくらいのところにいる柴田。
 どんなメンバーでチームを組むか、というのを考えた場合、自分が入る、という結論になることが、冷静に客観的な結論かどうか、自分で怪しんでいる。
 それに対して村田は言うのだ、決めるのは信田さんであって、いくら柴田が考えたってその通りにはならないんだから、別に自己中でも恣意的でもなんでもいいじゃないかと。

 「なんか、でも、いやなんですよ。その、人がうまく行かないのを望んでるみたいな気持ちで参加するの」
 「人と競争するときにはどうしてもそういう部分あるし、仕方ないよ」
 「だけど、同じチームじゃないですか。なんか、いやなんですよ」
332 :第九部 :2011/01/15(土) 23:15
 柴田は石川と同じことを感じていた。
 藤本と石川が、今ひとつ噛み合っていない。
 それに派生して、藤本、石川とその他三人という五人のチームも、機能していない。
 間に入るのが自分であっても、松浦であっても、高橋を入れ込んでも、ピンと来ない。

 それと引き換え、すっきりうまく行っている組み合わせがあった。
 高橋-柴田-石川。
 こう三人並べるとうまく行くのだ。
 あたりまえだ、田中が入ってくるまでの一年間、高橋をポイントガードとしてずっとやっていたのだ。
 さらに平家まで入れても、しっかり練り上げられたものが出せる。
 プラス一人は飯田が入る。

 この組み合わせなら急造チームの不安感はほぼ消えてしまう。
 実際、高橋-柴田-石川、と並べるチーム編成はこの合宿中にも練習していた。
 そうすればしっかり力を発揮できる、という結論は、柴田が自分でスタメンで試合に出る、というのとイコールになる。
333 :第九部 :2011/01/15(土) 23:15
 「最後に決めるのは信田さんだから。あんまりそういうところまで悩まなくてもいいんじゃないの?」
 「そうなんですけど、でも、なんか、自分が試合に出ることばっかり考えて練習する感じなのが嫌なんですよ」

 柴田は言っていないことがあった。
 藤本と高橋だと、藤本の方が力があるな、と感じていた。
 だから、藤本を入れて機能した場合の方が、高橋-柴田-石川と並べてうまく行っている現状よりも、トータルとして強いチームになれると感じているのだ。
 つまり、高橋-柴田-石川、で試合に臨むことを期待するのは、チーム力を一番高いところへ到達させることを目指していない、ということになる。
 そこに引っ掛かりを感じていた。
334 :第九部 :2011/01/15(土) 23:15
 「あゆみんはまじめだねえ」
 「そんなことないですよ」
 「普通はそこで迷いなんて持たないんだよ。自分が試合に出ることばっかり考えて練習するのが普通なの、割と。わざわざこうやって集められてさ、それで試合に出られないってなると、腐っちゃったりもするのよ。私も、スタメンで出たいしなあ」

 柴田は、はっと気がついてそれ以上何も言えなかった。
 今の村田の立場は、本人の認識としても周りの客観的な印象としても、はっきり差のある飯田の控えの二番手だ。
 そういう人を相手に、自分は、スタメンをどう並べるべきか、なんて話をしているのだ。
335 :第九部 :2011/01/15(土) 23:15
 油断していた。
 普段の柴田ならもうちょっとしっかりと気を使うはずだった。
 いつも隣に石川がいることで、その石川発で生じる摩擦を自分が低減する。
 そんな役割を演じている。
 先輩たち、平家の代が卒業してからはチーム運営に関してしっかり相談できるような人もいなくなっていた。
 外からやってきた異分子三好とは仲良くなってはいるが、せいぜい愚痴を聞いてもらうという程度のことであって、あまりきちんと意見を聞いてもらうということをしていない。
 そんな中で、村田は、久しぶりにあった頼れるお姉さんだった。
 頼れる、それはなにか表現として違和感がある。
 包容力、それもどこか違う気がするけれど、まだそちらの方が近いだろうか。
 どうも、無防備に頼ってしまう部分がある。
 いけないいけない。
 村田だって一人の人間で、考えるところはあるのだ。
 こういうところに呼ばれるだけの人、試合にスタメンで出たい、という個人の思いは持っている。
336 :第九部 :2011/01/15(土) 23:16
 「あゆみんの役割は大事だよ。どっちにしても」
 「どっちにしても?」
 「試合に出るにしてもでないにしても。出るなら当然だし。出ない場合さ、あゆみんみたいな立場、試合に出られそうで出られなくなっちゃったっていうぐらいの子が、一番チームの雰囲気悪くしたりしがちじゃない。そうならないようにするの。自分の気持ちに折り合いつけてさ。だから、どっちにしても大事なの」

 村田だって、自分の気持ちに折り合いつけて、今の役割をこなしている、ということでもある。
 柴田は、少し反省した。
337 :第九部 :2011/01/22(土) 17:48
 翌日の練習。
 五人の固定度合いは前日までよりは固まってきた。
 大まかに二パターン。
 藤本-松浦-石川-後藤-飯田
 これがパターン1
 高橋-柴田-石川-平家-飯田
 こっちがパターン2
 パターン2では平家を四番に入れて、去年の富岡−小川+飯田という形になっている。

 信田も感じていたのだ。
 藤本と石川の合わない感覚を。
 どちらかをはずす、という部分では藤本を外す選択になった。
 パターン2は当初から考えていた、富岡ベースプランにほぼなっている。

 今まではパターン1の松浦、後藤の部分は組み替え組み替えでやっていたのだが、ここに来てこの五人をセットにするようになってきた。
 松浦や後藤が、他のメンバーと比べてはっきり勝っている、というよりは、もういい加減選ばないとどうにもならない、と信田が腹をくくっただけ、というところがある。
 しかし、腹をくくったと言っても、まだ、残っている二択で迷っている。

 ポテンシャルならパターン1
 安定感ならパターン2

 相手を見ながら選ぶということになるのだろうか。
 選手も、監督も、確証をもてていない。


 国内での練習最終日となったその翌日も、状況は変わらないままで出国の日を迎えた。
338 :第九部 :2011/01/22(土) 17:49
 いまや、上海へは羽田から飛べるようになった。
 一般的に見ると、成田まで出るのと比べその負担は大違いである。
 ただ、彼女たちにとってはあまり関係ない。
 せいぜい、皆、羽田の方がなじみがある、という程度のことだ。
 地方のメンバーは、冬の選抜大会には飛行機で羽田にやってくるし、関東圏のものは、インターハイなどで羽田から飛んで行く。
 国際線は、パスポートがどうのこうの、出国手続きがどうのこうの、と少し違うこともあるが、大人数の集団でわいわいやってれば、それも一つのイベントごととして過ぎて行く。
339 :第九部 :2011/01/22(土) 17:49
 乗って行く飛行機が、経費削減で現地系のエアラインやパキスタ航空だったりはせず、会社更生中の元国営、親方日の丸航空だったのは、日本代表としての矜持か、バスケ界の同胞への気遣いか。
 いかにも出張、なビジネスマンたちに囲まれた、女子高生±一年の集団は明らかに機中で浮いている。
 修学旅行か? という視線を受けるが、それにしては人数があまりに少ないし、どんな集団なんだろう? という疑問だけを周りに振りまいて、誰も解は与えない。
 3-4-3の座席列、進行方向左側の3の列に集められたチーム関係者。
 大人は前で、選手たちは、なんとなくなお互いの距離感で自然と椅子が埋まっていき、最後の方だけ不自然に席が決まる。
 部屋割り、なんてものはここでは関係ないようだ。
 一緒に座ろうね、なんてわざわざ前振りしなくても、福田の横には自然と松浦がいたりする。
340 :第九部 :2011/01/22(土) 17:49
 新幹線のように、座席をひっくり返して六人向かい合わせでトランプ、なんてことはありえない。
 エコノミークラスの狭い三列シートは、そろって何か娯楽をするだけの余裕はない。
 せいぜい、隣同士でお話、くらいしか出来ない。
 飛び立って、安定飛行になって、食事がサーブされて片付いて。
 まだ、目的地までは二時間ほどある。

 「よっちゃんさん、起きてる?」

 窓際席に座る藤本が隣を見て言った。

 「ん? うん」

 メンバーたちは静かだった。
 食事のころまでは、メニューがどうの、味がどうのとわいわいしゃべっていたが、それが片付くと、合宿の疲れもあるのか、多くのメンバーは眠ってしまっただろうか。

 「みんな寝てるのかな?」
 「どうだろ? ごっちんは寝てるみたい」

 吉澤の隣、通路側には後藤が座っている。
 真ん中の座席で、吉澤には前後の状況など分からない。
341 :第九部 :2011/01/22(土) 17:51
 「よっちゃんさんは寝ないの?」
 「うん、別にどっちでもいい感じかな」
 「そっか」
 「ミキティは?」
 「眠くはないかな」
 「練習引っ張って一番疲れてそうなのに」
 「それくらいの体力はあるから」
 「そりゃそうか」

 日本の高校生で一番足を使うチーム、滝川山の手のキャプテンである。
 普段の鍛え方が違うだろうしな、と吉澤は思う。

 「よっちゃんさんは疲れてないの?」
 「わたし? 最近、昼間の練習量少ないから。ゲームにあんまり混ぜてもらえないし。どっちかっていうと、疲れるほど練習させて欲しいって感じかな」
 「そういえば、愛佳とか引き連れて夜練やってるんだって?」
 「引き連れてってこともないけど。体力余ってる奴集めて発散って感じかな」

 藤本は合宿後半は光井と同部屋だった。
342 :第九部 :2011/01/22(土) 17:51
 「なんか、よっちゃんさんって、誰とでもうまくやっていける感じだよね」
 「そうでもないって」

 吉澤としては、自分のチームの中でさえもそれほどうまくやっているようには思っていない。
 あやかは別として、市井との間には何か壁を感じるし、福田や松浦ともスムーズにやり取り出来ているとは感じていない。

 「石川ってどう思う?」
 「どうって? どう? なに?」
 「人としてと言うかプレイヤーとしてと言うか、なんでもいいよ」

 石川は二人の三列後ろの真ん中の席に座っている。
 藤本と吉澤の会話が直接本人に聞こえることはない。

 「やっぱうまいよね。うまいし速い。中入っちゃうと、外人にはきついかもしれないけど、外から勝負なら誰相手でも完全に負けるってことはなさそう」
 「そっか」

 藤本はふっと窓の外を見る。
 飛行機は雲の上。
 見下ろしても白い雲しか見えない。
343 :第九部 :2011/01/22(土) 17:52
 「ミキティはどう思うの?」
 「うん・・・」

 藤本はすぐに答えを返さない。
 しばらく考えてから言った。

 「敵なんだよね、私にとって石川って」
 「敵」
 「うん。敵。中国とか、外国に勝ちたいとか、あんまり考えたことない。実際試合すりゃ勝ちたいに決まってるけど。それ考えてずっとやってきたかって言うとそんなことなくて。何考えて普段練習してるかって、石川に勝ちたいとか富岡に勝ちたいとか日本一になりたいとかであって。それがなんか、こうやって世界を突きつけられると、日本一になりたいって、なんか、おまえちっちゃいなって言われてる気分になったりもするんだよね。是永美記がアメリカ行ったりとか。そういうのも含めて」

 見ている世界の違い。
 それを言っているのだということは吉澤にも分かった。
 日本一を目指しているか、そこは通過点か。
 それを言い出したら、自分はもっとちっちゃいよな、と吉澤は思っている。
344 :第九部 :2011/01/22(土) 17:52
 「でも、私にとって、負けたくない相手は石川なんだ」
 「うん」

 その感覚は、とても自然なものとして吉澤にも理解できた。

 「あいつさあ、うざいでしょ。いろいろと」
 「いろいろと」
 「人の気持ちわかんないし、勝手に一人で突っ走って周りの計画ぶち壊したりとか。普通にしゃべててもなんか空気読めてないし。たぶん、柴田がすごいいろんなとこフォローして何とかうまくやってるんだろうと思うんだよね、富岡って」

 吉澤から見ても、石川はプレイヤーとしてはとてつもないレベルで、コートの上でのキャプテンシーのようなものは感じるが、部活のキャプテンとしてはどうなんだ、と思うところはある。

 「あんなのキャプテンで、下の人間ついて来るのか? ってかなり怪しげじゃん。自分勝手でガキだし」

 石川のことをぼろくそに行っている藤本の話を、吉澤は止めずに聞いている。
 藤本は、そのあたりまで話してから一呼吸置いて続けた。
345 :第九部 :2011/01/22(土) 17:53
 「そういうどうしようもない奴なんだけど、でも、たぶん、美貴は、本当にあいつのことを嫌いなわけじゃないんだと思う」
 「うん」

 吉澤は、驚きはしなかった。
 吉澤が関わるよりも、藤本石川の付き合いの方が長いので、最初の頃どうだったのかを知る由はないが、うざい、というポーズが定着していて、それを変えずにいる方が楽である、というだけなんじゃないかという気はしていた。
 大好き、とか、親友とか、そんなことはありえないけれど、本当に忌み嫌うという存在ではないのだろうというのは感じている。

 「でも、石川は敵なんだよ」

 一周まわって元の位置に戻る藤本の言葉。
 吉澤はさっきから、適当な相槌とおうむ返しくらいしかしていない。
 ほとんど藤本の一人語りだ。
346 :第九部 :2011/01/22(土) 17:53
 「なんかさ、美貴自身よくわかんないんだよね。嫌いだから口聞かないとか、そういうことじゃないんだけど、でも、石川と仲良くやる自分ってのも違和感あって。別に、仲良くってことでもないのかもしれないけど。一つ一ついろんなことを話し合うとか、そういういの? やんなきゃいけないことなんだって思わなくも無いけど、なんかね」

 藤本と石川の間でまったく会話がないということはない。
 コートの上で、五対五の練習なんかをしていると、プレイの合間合間でやり取りくらいはある。
 でも、それくらいなものだ。

 「よっちゃんさん、眠い?」
 「いやいやいや、別に、そんなことないって」
 「悪いね、なんか、ぐちぐち言っちゃって」
 「そんなことないって」
 「飯田さんとかよりよっぽどキャプテンキャラだから、よっちゃんさん、なんか話しちゃうんだよ」
 「自分だってチームじゃキャプテンでしょ」
 「美貴には向いてないよ。石川よりは大分ましだと自分で思うけど」

 ここでも、引き合いに出てくるのは石川だった。

 藤本の語りが、自分に解を求めていたのかどうか、吉澤には分からない。
 仮に求めていたとしても、吉澤にはその答えは思い浮かばなかった。
 藤本の感覚は自然なものだと思う。

 話は終わり、とばかりに藤本が座りなおして腕組んで眠りの姿勢に入ったので、吉澤は結局何も答えなかった。
347 :第九部 :2011/01/22(土) 17:54
 藤本は、実際には眠ってはいなかった。
 沈思黙考スタイルに変化しただけだ。
 誰かになんとなく思っていることを話したかった。
 誰か、といいつつ誰でもいいわけじゃなくて、今居るメンバーで考えれば吉澤がベストだったのだと思う。
 だから、食後のゆったりとした雰囲気かつ移動不可な状況の中で口が開いたのだろう。

 滝川にいるときと、この選抜チームの中では、自分の立ち位置も想いも違う。
 滝川山の手とは藤本美貴のことである。
 そう、石黒が言ったとか言わないとか。
 藤本自身の感覚としては、チームイコール自分は言いすぎだけど、チームの勝利イコール自分の勝利という部分はあるな、と思った。
 自己犠牲してでもチームに貢献する、というのとは少し違う。
 チームが勝った時点で、自分は犠牲になっていないのだ。
 少なくとも、キャプテンスタメンポイントガード、として試合に出ている現状では。
 たぶん、自分が点を取るポジションでは無く、また、特殊な条件下でない限り、石川と、あるいは他校にしても是永などいわゆるエースと呼ばれる選手とマッチアップすることが無いのでそうなるのだろう、と思っている。
 石川や是永などと、個人の勝負で勝った負けたが出来る場所に居ないので、チームとして勝たないと自分の勝利が手に入らないのだ。
 だから、チームが勝った時点で、自己犠牲という部分は消えている。
 もっとも、寮での暮らし、という面では自分を犠牲にしてわざわざ寮長やってやっている、ということは思っているが。
348 :第九部 :2011/01/22(土) 17:54
 この選抜チームの中では違う。
 U-19日本代表とは藤本美貴のことである、はありえない。
 チームの一員、もっと表現を悪くすれば、一枚の駒だ。
 チームの勝利イコール自分の勝利、ではない。
 自分の思うようにプレーして勝つことが自分の勝利である。
 滝川にいるときのように、コートの外でも中でも自分が仕切って引っ張る、ということもしない。

 周りと合わせようと言う意識が薄い、と藤本は感じていた。
 自分が、そう、自分がそうなのだけどそれだけじゃない。
 石川もそうなのだ。

 富岡ベースチームの時はスムーズに行っていた。
 一年間培ったものを取り戻せばいいのだから、それはそうだろうと思う。
 それと同じものを後三日で作れるのだろうか。
 しかし、高橋と石川というのも、お互い好き勝手やりそうな組み合わせだな、とも感じる。
 相手に合わせる、なんて発想はどちらも持っていなさそうだ。
 それでも一年やっていれば何とかなるもんなんだろうか?
349 :第九部 :2011/01/22(土) 17:54
 その辺は柴田がうまくつないだのかな、と考える。
 石川と自分、二人で何か話そうとすればけんかになるだろう。
 多分、先に怒るのは自分だ。
 心のそこから嫌い、というのとは違うけれど、敵であるという認識は変わらないし、やっぱり二人で和やかに話して何かを作り上げて行く、という姿に違和感を感じる。
 柴田がいればなんとかなるか、と思ったが、ここでもう一つ思った。
 柴田にとっては、なにもいいことがない。
 あいつ、自分と石川がうまく合わない方が、富岡ベースで試合出られるもんな、と思った。

 高橋-柴田-石川。
 これと同じ文脈を考えるなら、今のメンバーだと、藤本-松浦-石川となる。
 松浦・・・。
 石川のことばかり考えていたが、よくよく考えると、この子ともうまく行っていなかった。
 人間関係的なことではなくて、コートの上のプレイ面で。

 あの子も周りに合わせるってことを知らないよなあ、と自分を棚に上げて思う。
 上三人、全員の問題か、と思った。
 コートの上ではあれだけど、外でのあれやこれや、松浦の姿を思い浮かべると笑みが浮かんでしまうのはなぜだろう。
 少なくとも、石川に対するようなごちゃごちゃしたいろいろな想いは、松浦に対して藤本は持っていない。

 あの子とだけでも、少し話してみようかな。
 そう、思った。

 そんなことを延々考えていると、飛行機は、虹橋国際空港へと到着した。
350 :名無飼育さん :2011/01/26(水) 21:22
さてミキティはどこかでふっ切ることができるのか
351 :tama :2011/01/29(土) 01:29
信田さん、藤本-柴田-石川ではダメでしょうか。
352 :作者 :2011/01/29(土) 10:42
>>350
なんかこの人、いつも最初、まわりとうまくいかないですよね

>tamaさん
さあ、どうなんでしょう? その辺
353 :第九部 :2011/01/29(土) 10:43
 日々開発が進む、新バブル都市上海。
 半年経って訪れて、同じ道を歩こうとすると道に迷うと言う。
 それくらいの変貌のスピードである。
 ここが、今大会の舞台になる。
 オリンピックは北京で行われた。
 アジア大会は広州だ。
 上海は、万博。
 政治や文化よりも、商業都市としての存在感が強い。

 バスケットボールというたった一つの競技で、しかも、U-19という年齢制限のついたものであり、世界大会ですら無くアジア限定の大会。
 地方都市ならいざ知らず、娯楽のあふれる上海のような都市では本来注目を集めるようなものではない。
 それがなぜか今回は違った。

 大会開幕前日、会場で練習をする機会を得ることが出来た。
 まだ、アリーナ席は組まれておらず、普通の体育館仕様で、コートも二面存在している。
 時間帯の関係で、別のチームが隣のコートで練習することになっていた。
 この、たかが前日練習に、マスコミ陣が集まり、さらには一般市民が見学に訪れている。
354 :第九部 :2011/01/29(土) 10:43
 「なんなの? この盛り上がり?」
 「反日運動とかじゃないですか?」
 「でも、うちら、敵視されてるっていうより、相手にされてない感じじゃない?」

 吉澤、福田、松浦。
 会場に入って行くなり、異様な雰囲気で戸惑った。
 吉澤、松浦はともかく、福田は、歴史がどうとか領土がどうとか、そういう知識があるので、中国の国内で予想もしないことが起きることは想定していた。
 ただ、どうも、それとは方向性が違う空気がある。

 「まあ、気にせずやろう。実際は、アリーナ席組まれて今とは違う向きのコートになるけど、フロアの状態とか適当に味わっといて。あと、トイレの場所とかそういうしょうもないこともしっかり確認しとくこと」

 ばらばらと秩序無く荷物持って会場に入ってきた、という段階である。
 これから各自テーピング巻いたりストレッチしたりと準備を整える。
 こういう時、立場の違い性格の違いで立ち居振る舞いに違いが出る。
 いつもとまったく変わらず準備をするものあり、スタンドを見上げきょろきょろするものあり、ふらふらと出かけて行くものあり。
 どうやら大事な場面で試合に出ることがなさそうで、かつ、最年少な中学生二人は連れ立って建物探検に出かけて行ってしまったりしている。
355 :第九部 :2011/01/29(土) 10:43
 「ニーハオじゃなかった」
 「普通でしたよ普通」
 「なにが?」
 「トイレ」

 探検して戻ってきて先輩様たちに喜び勇んで報告。
 誰が吹き込んだか、中国のトイレは敷居がない、と久住は思わされていた。
 真っ先に確認してみたが、そんなことは当然ない。
 ここは、現代の上海の国際試合も行われる体育館である。
 一番興味あったことをすぐに確認して、報告を終えて、また、出かけて行く。
 年の離れた飯田あたりは、そんな中学生たちを、愛玩動物でも見つめるような目で見ていた。
 子供っぽい振る舞いが多いが、問題は起こさず手が掛からないところがとてもよい。
 マスコットキャラクター扱いである。
356 :第九部 :2011/01/29(土) 10:44
 柴田は、そんなものを見て和んでいる余裕がなかった。
 まだ、はっきり明言されていないが、どうも、明日の初戦、自分はスタメンで出ることになりそうな雰囲気である。
 どうやら強いらしい、ということくらいしかはっきりとは分からない韓国。
 育成面でどうだとかこうだとか、そういう情報はあるのだが、選手の特徴などなどは少なくとも柴田がマッチアップする相手については得られていなかった。
 高校レベルでは、弱い相手はともかく、強い相手と初見で戦うというシチュエーションはほぼ無かった。
 隠し玉的に当てられた、中村学院の川島にてこづったということもあった。
 この前日練習、自分たちの次の時間に韓国が組まれているので、それを見ることくらいは出来るが実際の試合の光景をみることは出来ない。
 相手も自分たちの試合を見ることがありえないのだから、条件は同じであるが不安なものは不安なのだ。
 事前準備はしっかりしたいタイプである。

 後藤はのんびりとストレッチをしていた。
 外は暑かったけど冷房効いてていいねえ、とか、まさしく雑談を亀井と交わしている。
 会場の雰囲気とか、そういうものへの感想も特に見られない。
 後藤が、何をどう思っているのか、というのはまわりにもよくわからない。
357 :第九部 :2011/01/29(土) 10:44
 そろそろ準備が出来て、アップ前のミーティングしたいのにガキが戻ってこない、なんて信田が思っているところへ、久住と光井が走って戻ってきた。

 「なんか、なんか、なんか、来る」
 「なによ、何かって」

 久住が、自分が出て来た通路を指差して言っている。
 そうされると、一同そこへ視線が向いてしまうもの。
 なにが来るの? と見ているとやがて、集団がやってきた。
 スタンドの一般人がわっと沸き、マスコミ陣がカメラのフラッシュを焚く。

 「ああ、CHN48か」

 まともに情報を持っている信田がつぶやいた。

 中国は予選リーグでは当たらない相手である。
 メンバーたちへは特に情報を与えずにいた。
 当たるにしてもまだ先の相手である。
358 :第九部 :2011/01/29(土) 10:44
 「すごいね、地元の人気って」
 「でも、日本でやってもこんな観客来てもらえます? しかも練習ですよ、今日、ただの」
 「つーかさあ、何人いるんだあれ?」
 「48人なんじゃないっすか? 信田さん、CHN48とか言ってたし」
 「登録15人でしょ」
 「56人」

 メンバー間の会話に信田が入る。

 「中国の全国各地から集められた面々だな。元々48人のはずだったんだけど、なぜか増えちゃって今は56人いるらしい。当然大会の登録は15人だけど。で、あんな顔とかで、一般人にもなんか人気があると。そういうことらしいよ」

 わっと沸いた観客にも、蟻のように群がるマスコミ陣にも、慣れているようだ。
 大会そのものじゃないし、練習は全員でするのかな、と見ていると、実際にコートに上がるのは20人ほどなようだ。
 後は声だしなりタオル渡したりとか、補助に徹するらしい。

 「生存競争激しいらしいよ。あれだけ人数いると」

 56人からの15人である。
 その56人のさらに外にも何らかのまとまった人数がいるという話だ。
359 :第九部 :2011/01/29(土) 10:45
 「ふん、ちゃらちゃらしちゃって。人気があるんだかなんだか知らないけど」

 ストイックまじめ権化型チームのキャプテン、藤本から見ると、コートの上まで来てマスコミ相手ににこやかにやっている姿はあまり気分のよろしいものではないらしい。
 その、緩んだ空気が一人の選手の一声で一気に変わる。
 異国語なので、日本のメンバーには誰一人理解できなかったが、メンバーの中で一番小さい、頭にリボンつけた選手が声を出したのは分かった。
 その一言でマスコミ陣は離れ、中心選手たちの一つの輪、その外にサポートメンバーたちのもう一重の輪が出来る。
 それから、その、頭にリボンをつけた小さいのが、なにやら演説していた。

 ぱっと変わった空気は、日本チームの練習コートにも伝わってくる。
 思わずこちら側も黙り込んでいた。
 中国チームの円陣が解散し、張り詰めた空気が崩れてから信田が口を開いた。

 「さて、こっちも始めよか。どうせ予選は当たらないんだから、あんまり向こうは気にしないように」

 気にしないでいられるわけがなかった。
360 :第九部 :2011/01/29(土) 10:45
 練習自体はものの一時間程度の簡単なものだった。
 見られて困るような練習は出来ないのだから、具体的な戦術練習はしない。
 しっかりと五対五の練習など、するわけもなく、体を動かす程度のものだ。

 もう一つのコートでもそれは同じで、やはりたいしたことはしていないはずなのに、メンバーたちの一挙手一投足に反応して観客が盛り上がる。
 敵対的なアウェーとは少し違うが、日本にいるときとの明らかな空気の違いはやっぱりアウェーだ。
 そんなことをそれぞれ思いながら引き上げる。

 「信田さん言ってたみたいに、やっぱ、国際試合ってなんかすごいんすね」 
 「いや、今のはなんか違うぞ。特殊だ特殊。ああいうのじゃない」

 日本代表のバレーの試合と違い、日本代表だろうがどこそこ代表だろうが、バスケの試合はあんまりアイドルアイドルした空気にはならない。
361 :第九部 :2011/01/29(土) 10:45
 そんな話をしながら引き上げて行くと、次の時間に練習するらしき集団が前方からやってきた。
 当然外国人なはずだが、顔はそれほど違和感がない。
 東アジアの人種のようだ。
 とはいえ、外国人なのだから知っている顔は無いはずなのだが、一つ、ここにるほぼ全員が知っている顔があった。

 「ソニン」

 信田が声をかける。
 返ってきた言葉は、予想外のものだった。

 「アニョハセヨ」

 ソニンのリアクションを見て、信田も少し身構える。
 しかし、それは表に出さず、平静を装って続けた。

 「韓国代表に選ばれたのか」
 「ネー」
 「スタメンか?」
 「モルラ」
 「そうか」

 ご丁寧に身振りをつけてくれた。
 わからない、と言っているようだ。
 本当に分からないのか、言えないのか。
 それこそ分からない。

 「まあ、こうなった以上、どういう結果になっても恨みっこなしだ。お互い頑張ろう」
 「カムサハムニダ」
 「また、次は会場でな」
 「アンニョン」

 韓国代表チームはソニンを置いてさっさと行ってしまっている。
 ソニンは悠然と歩いてコートに向かって行った。

 「下手な韓国語使いやがって」

 ソニンの背中に、信田はつぶやいた。
362 :第九部 :2011/01/29(土) 10:46
 信田は、日本の代表候補にもソニンを選出していた。
 生まれも育ちも日本のソニンだ。
 当然その実力は知っていて、代表候補に相応しいと思って呼んだ。
 韓国籍を持っているのは分かっていたが、それでもこちらを選ぶものだとすっかり思っていた。

 すぐに断られなかったのは、迷っていたからなのか向こうからの召集が遅かったからなのか。
 いずれにしても、辞退を告げられたのは合宿直前だった。
 それで急遽あやかを追加召集したりしたのだ。

 高校三年生にして自分の国籍を選ぶ。
 二者択一。
 選んだのは、血は流れているけれど、一度も土を踏んだことのない国の国籍だ。
 言葉もほとんどしゃべれない。
 国籍を自分で選ぶ、というのがどういう自体なのか、どういう精神状態で決断を下すものなのか。
 想像も付かない。
 ただ、重い選択を強いてしまったな、という思いは信田にあった。
 それでも、今は、敵と味方に別れて、初戦で戦うことになる。
363 :第九部 :2011/01/29(土) 10:46
 「ソニンが選ばれてるってことは、うちとあんまり変わらないくらいってことですかね?」
 「さあね。ソニンがどういう位置づけに置かれてるかわかんないからなんともな」

 スタンドに上がる階段の途中、飯田から問われる。
 実際、信田にもそれは判断できない。
 ただ、メンバーの情報はある程度は信田は持っていた。

 中国チームほどではないけれど、韓国チームが姿を現したときも、ただの前日練習というのには相応しくないマスコミの集まり方があった。
 当然、今度は韓国マスコミであり、また、なぜか少し日本人らしき姿もある。
 また、スタンドに、数は少ないながらもファンらしき姿もあった。

 「国際試合ってこういうものなんですか?」
 「いや、だから、これもおかしいって」

 韓国のメンバーも、CHN48と比べると負けているが、それでもファンが付き注目を集めている部分がある。
 生存競争の激しいCHNとは違い、韓国の方はメンバーはほぼ固定だ。
 少女時代KARA鍛えられた14人のメンバーが注目を集めている。
 そこにソニンが加わった15人が韓国の登録メンバーとなっている。
364 :第九部 :2011/01/29(土) 10:47
 やっぱりソニンは浮いているな、と信田は思った。
 韓国チームの公用語は当然韓国語である。
 それがソニンは大して話せない。
 少女時代KARA続いている14人もなぜか日本語をかなり話すらしいと聞いているが、わざわざ日本語でコミュニケーションはとらないだろう。
 ただ、ソニン以外のメンバーの結束が堅いか、というと、意外にそうでもないのかなあ、というのが上から見ていての印象だ。
 淡々と練習をこなしている姿が見て取れる。

 「やっぱり大した練習はしないんですね」
 「そりゃそうだろうな。まあ、敵の顔を拝めただけでも、少しはイメージ沸くだろ」
 「どれが来るかわかんないんですけどね」

 分かったのは顔だけだ。
 スタメンが誰なのかも今ひとつ分からない。
 ただ、誰を取っても、誰一人簡単な相手はいなさそうだ、ということだけは感じ取れた。
365 :名無飼育さん :2011/01/29(土) 22:31
こんなとこまで戦国時代
48には勝てるのかしら?
366 :tama :2011/01/30(日) 00:34
CHN48、名前は出てないけど明確に1人分かりやすくキャプテンがいましたね。

「少女時代KARA」とか人数的にも合ってるし、小ネタがいい感じです。
367 :作者 :2011/02/05(土) 23:45
>>365
勝てるのかしら?

>tamaさん
都合よく、使ってしまいました。そちらの筋から怒られなければいいのですが。
368 :第九部 :2011/02/05(土) 23:46
 ここに集まるようなメンバーになると、遠征自体には大分慣れている。
 全国レベルの大会に出れば、当然泊まりでの遠征になるのだ。
 とはいえ、海外遠征、というのに慣れている、というようなものはいない。
 日本でなら気軽に行ける、ちょっとコンビニへ、がここでは簡単ではない。
 そもそも、ふらっと外を出歩いたりしていいものかどうか。
 全員、お年頃の女子である。

 ただ、それでも、会場が上海、というのは恵まれていた。
 治安が極度に悪い、ということはないし、しっかり発展した都市なので、比較的清潔でもある。
 また、食事の面で苦労することがなかった。
 食事が合わなかったらとにかく中華街を探せ、というのが世界を旅する日本人バックパッカーの一部ではよく言われていたりする。
 それくらい、日本人にとって、中華料理というのは食事の面で安牌と言える。

 そういった意味で、環境面で変なストレスをためることは無く、開幕前夜を迎えることができた。

 後の問題は、コートの上でどうなるか、である。
369 :第九部 :2011/02/05(土) 23:46
 前夜ミーティング、信田は明日のスタメンを告げた。
 高橋、柴田、石川、平家、飯田。
 一年前の富岡ベースに飯田を足したもの。
 計算の出来るメンバーにしている。
 同時に、四十分これで行くことはないから、とも言った。
 適宜代えて休ませるつもりだ。

 自信たっぷりで偉そうに若い子たちを率いて試合に臨むという態度でいる信田であるが、実際には戦う前から心臓バクバクであった。
 実は、実戦経験がほとんどなくて、計算できないのは自分かも、と思っている。
 現役時代は当然しっかりとした実績を残してきた。
 そういう意味での実戦は十分すぎるほど積んでいる。
 ただ、指揮官としての経験は薄い。
 長年高校のチームを率いて戦ってきました、というわけではない。
 現職の前はU-15のアシスタントコーチである。
 アシスタントはアシスタントであって、自分で責任を持って采配を振るう、という立場ではなかった。
 采配を振るう人間のサポートと、選手たちへ直接、手取り足取り型指導で育成する、という立場である。
 実戦で采配を振るう、というのはこれが初めての経験になる。
370 :第九部 :2011/02/05(土) 23:47
 そんな信田のことを藤本は、無難な選択しやがって、と冷ややかに感じていた。
 予想はしていたから驚きはしなかったけれど、不満は不満である。
 ただ、原因は自分の方にある、とも感じてはいた。
 主に、気持ちの問題だ。

 石川梨華とわかりあう。

 考えたくないけれど、多分、必要なこと、なんだろうとは思う。
 それが出来ていないからこういう状況が目の前に現れたのだ。
 なんとかしないといけない。

 でも、やっぱり抵抗があった。
 あなたのことを教えてください、とでも言えばいいというのだろうか。
 ありえない。
 まず、もう少しハードルの低いところから何とかしようと思った。

 宿泊先の部屋は、国内合宿の時の部屋割と同じである。
 藤本は一つの部屋の前に立った。
 二人部屋の片方に用があっても、もう片方とは出来れば顔をあわせたくなかったりする。
 インターホンを押して出たのは、はずれくじだった

 「どっか行っとる」
 「わかった。ありがとう」

 スタメン取られたとか、そういう問題以前に、なんかこの、高橋愛とは合わない、と藤本は思っている。
371 :第九部 :2011/02/05(土) 23:48
 さて、どうしたものか。
 松浦亜弥と少し話がしたかったのだ。
 どっかってどこだよ、と思うがそれを推理する術は藤本にはない。

 仕方ない、もう一つの候補の方へ行ってみることにする。
 松浦よりはこちらの方が少しは付き合いが長いのだけど、どうも、謎な部分が多い相手である。
 こちらは、部屋にしっかり居た。
 さらに、おまけもついていた。

 「なんだ、ここに居たんだ」
 「私のこと探してたんですか?」
 「うん。まあ。ちょうどよかったや、なんか」
 「なに、まっつーと福ちゃんに用で、後藤は関係ない?」
 「いやいやいやいや。関係あるある」

 藤本は後藤の部屋へやってきた。
 松浦がいなくて石川を飛ばすと、次に自分と組んで試合に出る組み合わせが多そうなのが後藤だったのだ。
 後藤部屋は福田が同室で、そこに遊びに来ていた松浦がセットでいたの図である。
372 :第九部 :2011/02/05(土) 23:48
 「黒美貴たんが人を探して出歩くなんて珍しいですね」
 「な、なに、その、黒美貴たんって。黒ってなによ黒って」

 黒、に引っ掛かって、たん、には特に絡むことはなかった。

 「是永美記たんと区別しようとすると、黒美貴たんの方が黒な感じだから」
 「だから、なんで黒」
 「白美記たん、なんか善人だし」
 「それじゃ、美貴が悪人みたいじゃない」
 「ミキティ、悪人ぽいもんね」

 後藤まで平然と絡む。
 険悪、ではなくて、和気藹々、に分類される図にはなっている。

 「まじめな話し、ちょっと話しようと思ったの。ほら、なんか五対五とかでうまく行ってない部分結構あるでしょ。意思の疎通というか、なんか、感覚的な部分で」
 「いまさら?」
 「いまさら」

 いまさらである。
 それでもやらないよりいい、と藤本は思った。
 大会は六日間ある。
 形式は違うが、インターハイの開幕から決勝までも同じ六日間だ。
 六日あれば、チーム状態、個人の調子、いろいろ変わる。
 それが、この前のインターハイで初めて六日間しっかり戦って、藤本が感じたことでもあった。
373 :第九部 :2011/02/05(土) 23:48
 「ミキティ、それ、梨華ちゃんと話すのが一番必要なんじゃないの?」
 「そういう難しいことは美貴には分からないな」
 「またそうやって照れちゃって」
 「黒美貴たんって、石川梨華のこと好きなんですか?」
 「なんでそうなる!」

 後藤、藤本、松浦。
 まじめな話まで進まない、枕としての雑談。
 一人、蚊帳の外になっていたのが口を開いた。

 「私、席外しましょうか?」
 「ん? ああ、いや、別に、そんな気にしなくていいよ」
 「いや、いいです。ちょっと出てきます」
 「明日香ちゃん、出てきますって、どこに」
 「どこか」

 そう言うともう福田は立ち上がって、手荷物まとまっているカバンを手に取る。
 財布なんかも入っているのだろう。

 「どこかってどこ行くのよ」
 「どこか」

 まともな答えを返さずに、福田は部屋を出て行った。
374 :第九部 :2011/02/05(土) 23:49
 「なんで明日香ちゃん追い出すようなことするんですか」
 「ちょっと、美貴は別に何も言ってないでしょ」
 「明日香ちゃんをいじめる奴は、この私が許さない」
 「だからなんで。美貴は何も言ってないって。ホントに。別に、福田明日香いてくれても良かったし」

 藤本は福田に対して、人柄面で個人的悪感情はまったく持っていない。
 警戒するべきライバルである、という認識はあるが、性格的にどうこう言うほどの付き合いそのものがないのだ。

 「福ちゃんからすれば、気分悪いでしょ。なんか、試合に出るの前提で意思の疎通がどうとかみたいな話を目の前でうちらがするのって。まっつーや私はともかく、ミキティポジション一緒なんだし。あの子すごい試合出たそうだったもん」
 「もう、黒美貴たんなんだから。私、呼び戻してくる」
 「待て待て待て待てって。なんて言って呼び戻すんだよ。そういう感覚で出てったんなら何言っても無駄でしょ。ごめんね、試合出られなさそうなのに、試合に出そうな人たちが試合の話しようとして。気持ち考えてなかったね、ごめんね。とでも言うのか? まあ、確かに、あんまり考えてなかった美貴は悪いかもしれないけど、でも、もう、こうなっちゃったらしょうがないじゃん、ほっとくしか。試合に出られるとか出られないとか、そんなのは自分で受け止めるしかないんだよ。うちは人数多い共同生活だから、そういうのいっぱい見てきたけど。もちろん、後で、松浦亜弥が福田明日香をフォローするのはいいと思うけど。少なくとも、美貴に気使われるのは一番腹立つと思うよ。少なくとも、美貴は、高橋愛に、スタメン取っちゃってごめんねなんて言われたら脳天カチ割ってやるくらいに思うもん」

 松浦は、言っていることは分かったけど、でも納得行かない、という顔をしている。
375 :第九部 :2011/02/05(土) 23:49
 「でも、確かに、よく考えてみると、福田明日香のあの扱いはないと思うよな」
 「あの扱いって?」
 「信田さん。ちょっと、福田明日香を干してるみたいな感じあるじゃん」
 「なんか、結構みんなにやさしい姉御な感じ出してるのに、明日香ちゃんにだけ冷たいんですよね」

 藤本が福田に対する同情の感を示したので、松浦も少し機嫌を直した。

 「美貴か福田明日香か、って思ってたんだけどな。もちろん、美貴は福田明日香に負けてるなんて自分で絶対思わないけど。でも、福田明日香は危険だっていうのはちょっと思ってて。それがまさか高橋愛に持ってかれると思わなかったよ。まあ、実際、高橋愛なんて、柴田石川平家さんの補正でそこに合うって言うだけでスタメンに並べただけだろうけど」
 「なんか、その、同じチームのメンバー並べて一番安定してるとかやられるの、納得行かない気がするんですよね。同じポジション争ってて、絶対私のが勝ってるとか思ってたら、なんか気づいたらガードやってるんですもんあの女。黒美貴たんも明日香ちゃんもしっかりしてよとか思いましたよ」
 「だから、そこが問題なわけよ。美貴は、今のこのチームだと、まい以外のメンバーとだと、ただの一掛ける五にしか出来ない。それが、明日のスタメンだと、それより大きい何かになるってのが信田さんの見立てでしょ。それをひっくり返したいわけよ美貴としては。だからこうやってのこのこやってきたの」
376 :第九部 :2011/02/05(土) 23:50
 松浦は何度かうなづいている。
 この場合、藤本の言っていることは松浦の利害と完全に一致するのだ。
 もちろん、藤本が単に高橋とチェンジで松浦は関係ない、ということはありえるが、松浦としては自分が試合に出る場面で高橋がガードであるというイメージはしにくいし、藤本といろいろな意思の疎通をしておくことは悪いことではない。
 後藤は、話を聞きながら、繰り返しては言わなかったが、それならやっぱり梨華ちゃんと最初に意思の疎通が必要でしょ、とは思った。

 「結構さ、みんな勝手だよね」
 「それを黒美貴たんが言います?」
 「美貴も含めていいよ。その勝手の中に。認める。だから松浦亜弥も認めて」
 「その前に、私、フルネーム扱いなんですか?」
 「じゃあ、松浦も認めて」
 「苗字はいやです」
 「じゃあ、なんなんだよ」
 「あややで」
 「却下」
 「なんで」
 「そういう可愛い系の呼び方いやなのよ」

 誰かをニックネームで呼ぶ場合は、割合、マイナスなニュアンスが含まれた言葉になりがちである。
377 :第九部 :2011/02/05(土) 23:50
 「わかったわかった。じゃあ、普通に亜弥ちゃんってことにする。だから、亜弥ちゃんも認めて。自分は勝手だって」
 「まあ、それは認めますよ」

 呼び方もプレイスタイルも、松浦は妥協して認めた。

 「後藤さん、は、ごっちんにしようそろそろ。ごっちんも認めて」
 「勝手。勝手かなあ?」
 「ごっちんはただのマイペースのつもりかもしれないけど、マイペースって結構勝手だからね」
 「じゃあ、認めるよ」
 「よし。その上で、美貴達は、みんな合わせないといけない。そうしないと試合に勝てないしそれ以前に出られない。試合に出るためにみんなで合わせよう。オーケー?」
 「黒美貴たんって、こんなに理屈っぽい人だったんですか?」
 「美貴だってこんなごちゃごちゃ言いたくないよ。人と合わせるとかめんどくさいし。でも、試合に出るにはそうするしかないの。それを自分にも納得させないといけないんだから、ごちゃごちゃ理屈もこねるって」
378 :第九部 :2011/02/05(土) 23:51
 藤本は藤本で、いろいろと感情的に抱えているものがある。
 それでも、今の現状がなんか納得行かなかった。
 それを打破しようとするとこうなった、というのが今の状態だ。
 自分より年下の松浦をてきとうになだめすかしたりしながら話を進める。
 部屋を出て行った福田のことは、もう、横に置かれている。

 「ごっちんてさ、実際、外と中、どっちが好きなの?」
 「外と中って? 出かけるのが好きかってこと?」
 「なんでそうなる。バスケの話しでしょ今は」

 藤本はまだ、それぞれのプレイスタイルについてしっかりと把握しきってはいなかった。
 なんとなくは分かっている。
 この人はこんなことが出来る、というような大雑把な部分。
 ただ、それが、本人が好き好んでやっているのか、というような部分まではまったくわかっていない。
379 :第九部 :2011/02/05(土) 23:51
 そんな、バスケのプレイそのものの話、バスケに対する考え方の話、日々の暮らしの話。
 後藤、松浦、藤本、三人で二時間近く話したろうか。
 ちょっと熱く議論ぽくなるような場面も一部あった。
 そういうのはたいてい、藤本と松浦。
 後藤がなんとなく丸く治める。
 何か方針を決める、というものではないので、妥協して鉾を収めるという風ではなく、そんな考え方もあるのね、と認めて終わる、というやり取りである。

 「なんかイメージ湧いてきた。ゴール下抜けて出てきたごっちんに上からパス落とすと、ターンしながらボール受けてそのままジャンプシュート決めるの」
 「出来ればいいけどねえ」
 「出来ればじゃなくて、やるの。明日か明後日かいつかわかんないけど」
 「結構いい感じですよね、この三人で。3on3なんかやったらかなり強いでしょ」
 「でも、ミキティはやっぱ梨華ちゃんと話した方がいいと思うんだけど」
 「つーかさあ、亜弥ちゃん石川追い出して試合でてよ。空いたところは柴田入るから。たぶん、すごい強いよ」

 ボールを持たずに二時間話しただけで、全てが解決してうまくいく、とは限らない。
 それでも、感情的な距離は、大分縮んだようではある。
380 :第九部 :2011/02/05(土) 23:51
 夕食も、ミーティングも、その日の予定を全部終えてからの二時間。
 もう、大分遅い時間になった。
 旅行に来たわけではない。
 明日から、もう、試合なのだ。
 話が盛り上がったからといって、朝まで話し込む、というようなわけにはいかない。
 時計を見て、そろそろ戻るわ、と藤本は立ち上がる。
 ここは後藤部屋。
 部屋の主ではない松浦も一緒に立つかと藤本は思ったけれど、松浦は動かなかった。
 まあ、人のことだしいいか、と松浦は置いて藤本は一人、部屋へ戻っていった。
381 :第九部 :2011/02/13(日) 00:35
 藤本が出て行って、部屋は後藤と松浦の二人になる。
 扉が閉まって松浦は大きなため息を吐いた。

 「もうちょっと怖い人かと思ってたけど、割とまともでしたね」
 「ミキティ? うん。あれで大人数のチームのキャプテンだもん。しっかりはしてるよ」

 親しげに話しているが、実際には松浦と後藤だってさっきまでそれほど親しくしていたわけではないのだ。
 誰がいても大して気にしない後藤の部屋に、福田がいるからとやってきた松浦が、やっぱり他に誰がいよう時にせず、明日香ちゃん明日香ちゃんとやっていただけで、松浦と後藤の間のやりとりはそれほどなかった。
 後藤と藤本の間は、滝川カップの件でやりとりはあったが、三人の中でまともにつながっていたのはそのラインだけだったのだ。
 二十四人が十五人になって、部屋が一緒とか境遇が近いとか、そんな理由で一つ一つ線がつながって行っても、一気に全部が相互作用するところまではなかなか行っていない。

 「なんか結構話しこんだよね」
 「うん。もう九時ですね」
 「九時?」

 松浦がポケットから取り出した携帯を見て言う。
 後藤は違和感を感じて、部屋の時計を探した。
 ベッドの間の備え付け。
 デジタル時計は22時近い時間を指している。
382 :第九部 :2011/02/13(日) 00:35
 「まっつー、それ、日本時間だったりしない?」
 「あっ」
 「もう十時近いみたいよ」
 「十時って、こんな時間まで明日香ちゃんどこ行ったの??」

 松浦はベッドから立ち上がる。
 福田の部屋はここ。
 どこかへ行くと言って出て行った。
 もう、二時間ほど前のことである。
 どこかって、どこへ?

 「もう、明日香ちゃんカバン持ってましたよね。ちゃんと携帯出るかな。あの子、メールもあんまり返さないし」

 携帯のアドレスをたどり、福田に掛けようとする松浦に後藤が言った。

 「まっつー、その携帯?がるの?」
 「?がる? あー、旗立ってない」
 「まっつーも福ちゃんも、国際携帯なんて便利なもの持ってなさそうな気がするんだけど」

 携帯を見つめていた松浦が、はっとして顔を上げた。
 ここは上海、異国の地である。
 世代別日本代表とはいえ、通常は普通に日本に暮らす単なる女子高生な福田も松浦も、持ってる携帯はごく普通なものだった。
 松浦だって、羽田で飛行機乗る時に、これでしばらくメールできないと各地に送ったのだから分かってはいたのだ。
383 :第九部 :2011/02/13(日) 00:36
 「どうしよう。どこ行ったのよ明日香ちゃん」
 「替わりにまっつーの部屋行ったとか?」
 「わざわざ高橋愛のいるとこ行かないですよ」
 「よっすぃーの部屋とかは?」
 「あの子が私以外の部屋に行くとか考えられない」
 「じゃあ、どこかって、外?」
 「外出歩いて二時間? ありえないですよ」
 「道に迷ったとか」
 「怖いこと言わないでください」

 言葉の通じない異国の地の夜、少女が歩いていて道に迷いました。
 さあ、どうなる?
 想像したくもない。

 「探してきます」
 「探すってどこを」
 「ホテルの中、どっかいるかもしれないし」

 結構大きなホテルだった。
 ロビーはしっかりと広くあるし、一階には飲食店が各種ある。
 一人で本場の中華料理店に入ったとは思えないが、軽喫茶系統の店もある。
 ショーウインドウにはチャイナドレスが並んでいる衣料品店もある。

 「鍵、持って出てたっけ?」
 「あります?」
 「後藤の分は」

 部屋のキーは二つもらっていた。
 一人が一つ。
 福田が持って出たかは分からないが、もう一つのキーは見当たらない。

 「たぶん、持ってるよ。後藤も行く」

 ここは、福田にとっても異国の地だが、松浦にとっても異国の地だ。
 外にまで探しに行きかねない松浦を、一人で行かせられなかった。
384 :第九部 :2011/02/13(日) 00:37
 オートロックで部屋を出てエレベータへ。
 アラビア数字は誰でも読めて、日本だろうが中国だろうが、一階のボタンは押せる。
 他に乗客はいなかったが、狭い閉鎖空間で二人は無言だ。
 松浦はとても心配そうだったが、後藤はそれほど心配はしていなかった。
 後藤から見て福田は、頭が良くてしっかりしている、というタイプだ。
 無茶はしないしおかしなこともしない。
 道に迷ったとか、言ってみたけどないと思っている。
 誰かの部屋じゃないかなあ、と思うが、よっすぃーを否定されると、誰のとこ、という想像を後藤が出来ないのでそれ以上は言えなかった。

 エレベータは一階についてドアが開く。
 広いロビーに出た。
 ぱっと見渡して、入り口ドア、フロント、その辺のソファ。
 福田の姿は見当たらない。

 「あー、もう、どこ行ったんだろう。写真持ってくれば良かった」
 「写真?」
 「この子見ませんでしたかって聞くんですよ」
 「この子見ませんでしたかってなんて言うの?」
 「そんなのフィーリングで通じますって」
 「それよりお店の方見てみようよ」

 後藤が先に立って歩く。
 松浦はすぐに追いついた。
 数件の飲食店街、松浦があっさり見つけた。
385 :第九部 :2011/02/13(日) 00:37
 「あー、もう。心配させて」
 「え? いた?」
 「あれ」

 ため息ついて立ち止まった松浦が指差す。
 その指す先には福田らしき存在がいた。
 テナントになっている世界的コーヒーチェーン店、ムーンバックスに福田は座っていた。

 オープンテラス形式の席が、店内から仕切り無く続いている。
 その、一番外側で福田はこちら側に背中を向けて座っている。
 後藤にとっては、この距離で後ろ向きだと、多分福田だと思われる、というレベルでの認識しか出来ない。
 松浦が後藤を置いて、小走りで福田のところに駆け寄った。

 「何やってるのよこんなところで」

 文庫本をテーブルに置いてぼんやりしていた福田、唐突に後ろから声を掛けられて振り向く。
 松浦は、自分の姿を福田に認識させると、前に回った。

 「もう、心配掛けて」
 「どうしたの?」
 「どうしたのじゃないわよ」
 「話は終わったの?」
 「話し? ああ。うん。終わった終わった。それより何やってるのよこんなところで」

 後藤が追いついて、松浦の横に立つ。
 後藤さんまで来たの? という顔で福田は見た。
386 :第九部 :2011/02/13(日) 00:38
 「何やってるって、見たまんまだけど」
 「ここにいるならいるって、メールくらい入れてよ」
 「どこにいたって関係ないでしょ、松には」
 「まっつー、だからメールは送れないって」
 「そんなの気合で何とかするんです。二時間出てるなら、二時間出てるからって出て行く時に言いなさいよ」
 「二時間も話しこんでたのは自分たちでしょ。なんで私が松から文句言われなきゃいけないの?」
 「だからって、途中で一度くらい戻ってきたっていいじゃない」
 「関係ないでしょ、どうせ、私のことなんか忘れて話しこんでたんだろうし」
 「二人とも、仲良くこんなところけんかなんかしないの。成田離婚になっちゃうよ」
 「行きも帰りも羽田ですよ」

 本筋と関係ないところで福田が突っ込みを入れる。

 「ああ、もう、心配して損した」

 そう言うと松浦は、福田の席を離れなぜかカウンターへ向かった。
 と、思ったらすぐに戻ってきた。

 「明日香ちゃん、何語で注文したの?」
 「チェ、イーガって中国語で」
 「チェ、イーガが普通のコーヒー?」
 「これ一個って意味で、メニュー指差して」
 「なるほど」
 「結構遅いんだけど、戻らないでここに居座るの?」
 「明日香ちゃんだけ優雅に海外のムンバでコーヒーとかなんか許せない」

 勢い込んでもう一度カウンターへ向かって行く松浦。
 後藤はそんな松浦を見て、苦笑いを浮かべつつ、あんな感じだからもうちょっと付き合って、と福田に言って自分も松浦の後に続いた。
387 :第九部 :2011/02/13(日) 00:46
 松浦と後藤。
 いざやってみると、注文するだけで一苦労であった。
 メニュー指差す、と簡単に言うが、メニューのメインがまず中国語である。
 隣に英語で書いてあるがCoffeeはギリギリ分かるにしても、それ以上の単語は難しかったりする。
 時間が時間なので、後ろに行列ができる、ということにはならなかったが、選ぶだけで時間がかかる。

 それでも無難なホットコーヒーの類を頼んで済ますと負けな気がした松浦、意地になって多数あるメニューの中から選んだのが、キャラメルマキアート、と思われるものである。
 それに対して、店員が何かを言った。
 何か言っているのは分かる。
 口から音声が発せられたから。
 しかし、当然、何を言われているのか分からない。
 国際都市上海、英語も結構通じたり、空港土産店あたりだと日本語でコレヤスイデスヨくらいは言われるが、さすがにムンバの店員レベルだとそうはなかなか行かない。
388 :第九部 :2011/02/13(日) 00:47
 「砂糖とかミルクとかいるかって言われてるのかな?」
 「キャラメルマキアートに足すの?」
 「そこが違うかもしれないじゃないですか」
 「そうかもしれないけど、ムンバってそこはセルフでしょ」

 正解は、ホットかアイスか。
 サイズは日本語英語で指定したけれど、そこは何も言わなかった。
 ここは店員側が根負けで、機転を利かせて英語で言ってくれた。
 ホット、アイス程度の英語は松浦も店員も英語で分かる。
 でも、次の、御注文は以上ですか? はどうにもならなかった。
 店員も諦めたのか、次の言葉へ進む。
 松浦は、次の言葉になったことも分かっていないが、今度は店員もジェスチャーをつけた。
 レジに映された数字を指差す。
 金払えという意味である。

 「後藤さん、この硬貨っていくらなんですか?」
 「後藤にわかるわけないじゃん。大きなお札出せば足りるでしょ」
 「ぴったり.5とか払いたいじゃないですか」

 お札に書いてある数字は理解できる。
 しかし、両替の時にもらった硬貨の価値がよくわからなかった。
 ここは諦めて、お札の足し算をして支払い、お釣りをもらった。
 多分、お釣りをだまされていても分からない。

 「チップっているんですかね?」
 「中国はチップ要らないって聞いた気がする」

 松浦、注文終了。
 続いて後藤のターンである。
 めんどくさかった後藤、松浦と同じものを指差して頼んで、同じ流れで済ませた。
389 :第九部 :2011/02/13(日) 00:47
 「で、なに出てくるかね?」
 「絶対、キャラメルマキアートです。大丈夫」

 空いていて、もう注文待ちなのが二人だけだから問題ないが、大勢いてあれこれ次々に出てきたら、たぶん、自分たちが頼んだのがどれだかわからない。
 何を注文したのか自信が無いのに、言葉まで通じないのだから。
 やがて、二つ並んで同じものが出て来た。
 キャラメルマキアートで正解だったようだ。

 「それ飲んで、すぐ戻るよ部屋」
 「なによ、一人で自由時間満喫してたくせに」
 「明日から試合なんだから。早く寝ないと」
 「自分だってそうでしょ。なのに、外出歩いて戻ってこないし」

 福田は答えない。
 二人からは視線を外して、人通りの少ない通路の方に目を向けた。

 「でも、明日香ちゃん、よく一人でお店入って注文して座ってられたよね」
 「別に。コーヒー飲んでるだけだよ」
 「怖くなかったの?」
 「別に」

 松浦に視線を合わせない。
 機嫌悪そうだなあ、と後藤は感じているが、松浦は意に介していない。
 福田と松浦が揃うと、もう一人いる後藤は空気に近くなる。
 部屋に居たときもそうだったが、後藤にとってそれは、特に不快なことでも無く、居心地悪いということもなかった。

 松浦も福田に言われたからかどうか、それほどここに長居する気はなかったようだ。
 ほとんどしゃべっていない後藤よりも早くカップを空にした。

 後藤が飲み終わるのを待って席を立つ。
 もう、本当に夜遅い時間だ。
 それぞれに部屋へ戻る。
390 :第九部 :2011/02/13(日) 00:48
 より上の階の松浦を残して二人がエレベータを降りる。
 後藤が先に立って歩き扉の鍵を開けた。
 後ろに付いている福田、部屋に入ると大きなため息を吐いた。

 「疲れた?」
 「まあ、ちょっと」
 「ずっとそこにいたの?」
 「最初はあの辺うろうろしてて、でも、外出るのはちょっとなって思うとあんまり行くところもなくて、入れそうな店もあそこしかなかったし」

 衣料品店で一人でチャイナドレスを見る、なんていう選択肢はなかった。
 本格中華の店に入るというのもありえない。
 飲茶系の店もあったのだが、そこに一人で入るにはムーンバックスに入るよりも百倍くらい勇気が必要だっただろうか。

 「ずいぶん話しこんでましたね」
 「うん」
 「松と藤本さん、うまくいきそうでしたか?」
 「大丈夫じゃないかな。ミキティの問題は梨華ちゃんとうまく行くかどうかってとこだから」
 「そうですか」

 福田は自分のベッドに仰向けになる。
 また、一つ大きくため息を吐いた。
 本当に疲れたように後藤には見えた。
391 :第九部 :2011/02/13(日) 00:48
 「探しに行かなかったずっと戻ってこないつもりだったの?」

 隣のベッドに後藤は座る。
 福田はそれには答えずに仰向けに天井を向いたままだ。

 「結構遅い時間になっちゃったけど」

 二時間近く話して十時近くなっていた。
 松浦と後藤が部屋を出て、ムーンバックスで福田を見つけたのは、もう十時をいくらか回った頃。
 切りよく十時に戻ろう、ということもなくまだ座っていた、ということだ。

 「長い間ごめんね」
 「別に謝ることじゃないですよ。試合に出る人が話し込むのは必要なことだし」
 「福ちゃんも混じってよかったのに」
 「私が藤本さんと一緒にコートに立つなんてことはありえないですから」
 「でも、人数多くわいわいやった方が楽しいじゃん。ミキティと福ちゃん。個性の違うガードがそれぞれどんな考え方でやってるのか、って話があってもよかったし」

 明日香ちゃんとなんか違うー、という発言が松浦からよく出ていた。
 松浦としては福田との関係がベースで、それ以外はイレギュラーなものだ。
392 :第九部 :2011/02/13(日) 00:48
 「ミキティと話すのイヤだった?」
 「別に。そういうことじゃないんですけど」

 後藤が言葉をつながないでいると、福田が続けた。

 「難しいですね。控え選手って」
 「難しい?」
 「それも、試合に出られない可能性のが高い控え選手は。どういう役割をこなせばいいのか。わからない。盛り上げ役とか、私には絶対出来ないし。だから、邪魔だけはしちゃいけないんだろうなって」
 「邪魔なんて、そんなことないよ。福ちゃんが気にしないなら」
 「私の感情とか、関係ないじゃないですか。チームが勝つためには。でも、難しいですね。試合に出る可能性もゼロじゃないから、気持ちも切らないようにしないといけない。気持ちがどうとか言ってちゃいけないんですけどね。私の気持ちとかどうでもいんですよ。どうでも」

 福田の言葉に、後藤は考え込んでしまった。
 言っていることと、本当に思っていること、どちらもなんとなく分かるが、それに対してなんて言ったらいいのかわからない。
 後藤が何かを言う前に福田がベッドから体を起こした。

 「もう寝ましょう」

 福田は、そう言ってユニットバス型洗面所へ向かった。
393 :第九部 :2011/02/20(日) 00:38
 大会の日の朝は早い、というのは高校生の常識だ。
 国際大会はその常識は通用しない。
 平日の試合は平然とナイトマッチが組まれている。
 健全な高校生にはありえない。
 第一試合は十時から、下手すると九時から、なんて組まれるのが高校生の大会だ。
 今回は違う。
 第一試合は十三時から。
 最終の第四試合は十九時からだったりする。

 日韓戦は第三試合、十七時からに組まれていた。
 メインのナイトマッチは当然のように中国戦である。

 日本チームは午前中、別の場所で軽く体を動かした。
 ただ、中にはフルパワー全開でプレイしているものもいる。
 吉澤だ。
394 :第九部 :2011/02/20(日) 00:38
 「ポチが一番気合入ってるんじゃないの?」
 「なんか、全然動き足りない感じっすよ。でも、吉澤はともかく、飯田さんとかスタメン言われてる組は淡々と落ち着いてって感じっすね」
 「試合前に気合入れてもね」

 午前練習の終了後、移動のバス、隣りあった飯田に吉澤は声を掛けられた。

 「調子はどうなんですか?」
 「調子? うん。悪くはないよ」
 「絶好調、とかないんですか?」
 「試合前から吉澤テンション高すぎでしょ」
 「いや、だって、日本代表ですよ。国際試合ですよ。テンションも上がりますって。こんなん考えたことも無かったですもん。上海の町もなんかかっけーし」
 「日本代表か。U-19だけどね、所詮は」
 「なんですか、その冷めた感じは。U-19でもなんでも、代表は代表じゃないですか。日の丸ですよ日の丸」

 つい最近までまったく代表なんてものを意識せずにいた人間の方が、いざそこに呼ばれてそういう肩書きを与えられると、急にそれを大事に思うものらしい。
395 :第九部 :2011/02/20(日) 00:39
 「コレティ、うまくやってるかな?」
 「コレティ?」
 「是永美記」
 「ああ。どうなんですかね。もうアメリカ行った頃でしたっけ?」
 「うん。圭織は入ったばかりの今のチームを蹴飛ばしてアメリカなんか行けないけど、なんかああやって飛び出していけるのがうらやましいな」
 「すごいですよね」
 「すごいって言ってちゃいけないのよ」
 「はぁ」

 なんとなく飯田の言わんとしていることは吉澤にも分かった。

 「世代別じゃなくて、まず、代表に入りたいのよね」
 「代表って、日本代表のことですか?」
 「そう。日本代表。うちのチーム、周りがそんな人ばっかりだし。だから試合に出るのもなかなか難しい、なんて思ってたけど、飛び出して行ったコレティ見て思ったのよ。日本代表になりたいって。だから、こんな世代別の大会でてこずってるわけにはいかないの。当たり前に勝たないと」
 「ははは。なんか熱くなってる吉澤がガキみたいですよ、それ聞いてると」
 「ポチはガキでいいのよ。ガキで。高校の時も粗いなこの子って思ってたけど、バスケ暦二年半なんだって? 今でも。私と最初にやったの半年とかそんなころでしょ。それは粗いよね」
 「粗いも何も、何も分かって無かったですよ、あの頃は」
 「バスケ暦半年でよく私に向かってきたよね」
 「ははははは。なんかありましたね。結構飯田さんとは試合したんですよね」
 「結構怖かったよ、ポチ。あの頃から。だから、ポチはガキでいいのよ、ガキで」

 今度は、分かったような分からないような。
 ガキでいい、と言われても、なにがいいのか悪いのか。
396 :第九部 :2011/02/20(日) 00:39
 「圭織この前、ポチは単純でだましやすいって言ったでしょ」
 「はい」
 「あれ、少し訂正する。ポチは頭が悪いから頭使ってるとだましやすい」
 「余計ひどいじゃないですか」

 単純、改め、頭悪い。
 単純、の方がまだいくらかましか。

 「そういえば試合の時はそれほどだましやすいわけでもなかったなって思って。下手で弱かったから、力とスピードひねりつぶせはしたけど、だませた記憶はあんまりなかったかなあ。だから、練習の時は頭使ってああしようこうしようとか思っててそれが理由かなあってね。たぶん、余計なこと考えてない試合の時の方が、最初のバスケ暦半年でも怖かったのかなあって思った」

 吉澤、なんとも言えず、顔をしかめることしか出来ない。

 「だからガキでいいのよ、ポチは」
 「すげーバカにされてる気分なんですけど」
 「それはそうでしょ。だって、圭織、バカにしてるもん」
 「ひどいですよー」

 ふてくされた顔して見せるが、吉澤にとっては、こうやって先輩族からいじりまわされるのはそれほど不愉快な事柄ではなかった。
 手の掛かる後輩たちをなだめすかして纏め上げるよりも、よっぽど自分に向いている、と思う。
 藤本や石川に言わせると、また、違う意見が出るのであろうけれど。

 「だから、なんかの弾みで試合に出ることがあったら、無心でやりなってこと」
 「飯田さんも頼みますよ」
 「圭織が日本を背負う」
 「言いましたねー」
 「コレティに負けてられないからね」

 バスは昼食の場所へと着いた。
397 :第九部 :2011/02/20(日) 00:39
 豪華中華料理満漢全席、ということはさすがにない。
 中国の宿に泊まっていながら昼食はイタリアンだ。
 すぐにエネルギーになる、という理由でパスタが選ばれている。
 めいめい好き勝手に座りテーブルを囲む。
 注文をとる、ということもなく、待っていればチームが指定した料理が届く仕組みだ。
 中華型円形テーブルではなく、普通の四人掛けである。

 「なんか悪いことしちゃったかなあ?」
 「いいよ、気にしないで別に」

 自然な感じで石川柴田と並んで座っていた向かい側が開いていたので、吉澤と後藤が埋めた。
 その後ろに居た高橋が、どうしよう、とおろおろした後に、福田松浦亀井のテーブルを通り越して、飯田平家村田のテーブルの空いていた席に収まった。
 明らかに自分たちが追い出した、という意識が吉澤にはある。

 「ああいう子だから」
 「同じチームで分かり合ってるって感じ?」
 「分かり合ってるってことはないけど、ああいう子だから」

 柴田は細かい解説をしない。
 それ以上聞いてはいけないような気がして吉澤は話題を変えた。
398 :第九部 :2011/02/20(日) 00:39
 「やっぱ、同じチームでやってきたメンバーでやる方がやりやすいもの?」
 「それはね。うん。次どうするって、大体なんとなく分かるし。変なパスミスは起きないよね」
 「高橋はやるけどね。意味の無い横パスをスティールされてワンマン速攻喰うの」
 「ああ、あるある」
 「その辺は、やりやすいとはあんまり関係ないけど」

 高橋、柴田、石川、平家、飯田、が今日のスタメンとされている。
 飯田以外の四人は、去年の富岡のスタメンと重なる。

 「調子はどうですか?」
 「悪くはないよ」
 「勝てそう?」
 「それはやってみないと。でも、勝つけど」
 「相手わかんないしねえ。その辺が私はちょっと心配」
 「柴ちゃんは慎重すぎるのよ」
 「梨華ちゃんがキャプテンのチームにいると柴田さんも自然に慎重になるんじゃない?」
 「もうー、なんでみんなそうやって私のことを困った子扱いするかなあ」

 後藤の茶々に石川が反応する。
 後藤の正面は柴田、石川の正面に吉澤。
 広い店で、割合客も多くがやがやしていて、テーブル内の会話は何とか成立するが、よそのテーブルからの声はほとんど届いてこない。
399 :第九部 :2011/02/20(日) 00:40
 「私、韓国にも中国にも、美記以上の選手はいないと思ってるから」
 「ミキってミキティ?」
 「ううん。是永美記ちゃん」
 「そっちか」
 「美記以上の選手のいないチームには負けない」
 「それが言い切れちゃうのが梨華ちゃんのすごさって言うか怖さって言うかでさ。韓国はよくわかんないけど、中国なんて人たくさんいるんだから是永さん以上の選手だっているかもしれないし、いないにしても、私とか他の選手がどうなるかわかんないのにさ。梨華ちゃん、言い切るから」

 石川の発言には理屈が伴っていなかった。
 そう思っている、というだけのことだ。
 柴田にとってそれはいつものことではあるのだが、今回は相手の未知度合いがいつもよりも大きいので、心配もより大きい。

 「いいの。勝つから」
 「これだもんね」

 柴田は笑っていて、後藤も吉澤も笑った。
400 :第九部 :2011/02/20(日) 00:40
 「もう、なんでみんな笑うかな。予選で負けてる場合じゃないのに」
 「準決勝、決勝でCHN48に勝たないとってこと?」
 「それもあるけど、予選ってそういうことじゃなくて、世界選手権の予選に過ぎないのよこれ。こんなの当たり前に一位で通過しなきゃ。で、世界選手権でアメリカにも勝って優勝するの」

 女子は、世代を問わずまともにやればアメリカが最強である。
 それに勝つ、は並大抵のことではない。

 「そういうのが石川さんの強さなのかもしれないなあ」
 「吉澤さん、梨華ちゃんを甘やかさないで」
 「なによ、甘やかすって」
 「柴田さん、梨華ちゃんのお母さんみたい」
 「私そういう役割ばっかり押し付けられるのよね」

 大きなこと言い始めた石川であるが、吉澤からはそれが石川の自信に見えた。

 「さっき飯田さんも言ってた。当たり前に勝たないとって。飯田さんの場合は、予選がどうこうじゃなくて、世代別じゃない日本代表に入りたいから、こんな世代別では勝たないとって感じだったけど」
 「ジョンソンにいると普通にそういうこと考えるのかもね。フル代表の大会もこの後しばらくしたらあるから、ジョンソンだとそういう話普通に先輩たちがしてるだろうし」

 飯田が所属するジョンソン化粧品は、代表に多数の選手を送り込んでいる、日本屈指の強豪チームである。
401 :第九部 :2011/02/20(日) 00:40
 「石川さんとか卒業したらどうするの?」
 「まだ決めてない」
 「結構いろいろ誘われたりするの?」
 「んー、どうだろう。先生のところで断わってたりするのもあるかもしれないけど、WJBLはそんなに。大学はいくつかって感じ」
 「柴田さんは?」
 「私は大学かな。どこかは決めてないけど」
 「そういうよっちゃんはどうなのよ?」
 「全然。白紙」
 「後藤さんは?」
 「あんまり考えてないなあ」

 聞いた方はあまり考えてなくて、聞かれた方がよく考えている。
 進路のイメージは最初から与えられている強豪高と、バスケで進路のイメージが湧かない普通の学校の差が大きい。
402 :第九部 :2011/02/20(日) 00:41
 「なんか、でも、すげーなー。吉澤はどっちかっていうとベンチウォーマーな感じだけど、それでも、日本代表で試合するって。なんか、すげーって感じ。二人はスタメンとか言って。実際どうなの? テンション上がらない?」
 「それはね。さすがに。美記がアメリカ行っちゃったし、まずは私はアジア制覇、とか思うよ」
 「アジア制覇の前にまずは今日よ今日。四十分考えずに最初から飛ばしていかなきゃ」
 「珍しいね柴ちゃん」
 「随時交替、みたいに信田さん言ってたから。スタミナ配分考えずにどんどん飛ばしていこうかなって」
 「ああ、言ってたね」
 「相手もよくわかんないし、様子見って感じじゃなくてどんどん行こうって思う」
 「なによ、柴ちゃんだって勝つ気満々なんじゃない」
 「あたりまえでしょ。ただ、甘くないって話なだけで。やる前から負ける気でやるわけないじゃない」

 発言が慎重であることとやる気が無いことは、たまに混同されてしまうが本人の中では大きく違うものである。

 「じゃあ、吉澤もしっかり準備して待ってようかな」
 「よっちゃんテンション高いよね今日」
 「だって国際試合よ国際試合」
 「うん。いいことだ」
 「ごっちん。なんか冷静に、上から目線だしー」
 「いいからいいから」

 そうこうしているうちに、パスタが運ばれてきた。
403 :第九部 :2011/02/20(日) 00:41
 食後はまた移動して今度こそ会場へ。
 すでに第一試合が始まっている。
 平日の昼間、第三国同士の試合、ということで観客の入りは乏しい。
 北朝鮮vsタイ

 「本当に十代なのか? あれ」

 着替え-アップは第一試合が終わってからということで上から観戦である。
 北朝鮮メンバーを見て藤本が言った。
 世代離れをした選手たちに見える。
 いろいろな意味で。

 この試合は序盤から差がついていた。
 北朝鮮が力の差を見せている、という展開である。
 明日の相手がタイ、明後日が北朝鮮。
 タイはともかく、北朝鮮は手ごわそうにメンバーたちは感じていた。
 いろいろな意味で。

 最終スコアは103-46
 北朝鮮の圧勝だった。
404 :第九部 :2011/02/20(日) 00:41
 第二試合は別グループの試合。
 その間に着替えてアップである。
 多くのメンバーは、ここで初めてきちんと意味を持って日本代表のユニホームに袖を通した。
 試着は別カウントである。

 「なんかすげー。写真。写真。記念撮影しなきゃ」
 「よっちゃんさん、更衣室でデジカメ出さない!」

 更衣室で写真を取っていたら、同性であっても多分犯罪である。
 もしかしたら、中国ではそうでもないかもしれないが。
 そんなことはお構いなしに、吉澤はデジカメを取り出した。
 上半身は未成熟な小学女子かスポーツ選手が身につけるタイプの下着一枚の藤本に一瞬カメラを向けたら、本気で切れられそうになったけれど、そこは冗談で流し、着替え終えた一部のメンバーで記念撮影を始める。
 乗って来るのは久住、光井、お子様面々である。

 さすがに隅に寄り壁を背にして、後ろに着替え中メンバーが入らないようにはしているが、はしゃぎながらの撮影会である。
 一人でモデル型ポーズを取ってみたり、バスケ選手らしくシュートの構えをしてみたり。
 三人でまとめて映るときには亀井を呼んでシャッターを押させた。
 基本、主力と遠いメンバーが騒いでいる。
405 :第九部 :2011/02/20(日) 00:42
 テーピングを巻いたりと基本的な準備まで大体みな終えたと見えたところで飯田が両手を叩いて呼びかけた。

 「ちょっとみんな集まって」

 信田始めコーチ陣はここにいない。
 いまいるのは、選手登録されている15人だけである。
 その15人が、飯田を中心に輪を作った。

 「吉澤、元気だね」
 「いやー、はい」

 いきなり指名され、吉澤は照れ笑いした。
 テンションが高いのは自分でも分かっている。

 「日本代表のユニホーム自体は着るの初めてじゃない人もいるかもしれないけど、たぶん、こうやってちゃんと、日本を背負って大会に出るのはみんな初めてだよね」

 もっと下の年代では、トレーニングのような形で代表として集められ、トレーニングマッチの形の大会には臨んだ。
 しかし、こういった大陸選手権やそれを予選という位置に置いた世界レベルの大会は、この世界ではこの年代からになる。

 「大人から子供までいて、年齢もばらばらだし、普段いるチームもばらばら。合宿期間もそんなに長いわけじゃなくて今日まで二週間くらいできちゃったから長い付き合いってわけでもないし。思ってることもそれぞれ違うと思うんだ。私にもまだ、このユニホームの重さみたいなものはちゃんとわからない。初めて着てはしゃいじゃう吉澤の気持ちは分かるけどね」

 たびたび名前を出されて吉澤は頭を掻く。
 公式っぽい場なので、ポチ、と呼ばれないのが救いだろうか。
406 :第九部 :2011/02/20(日) 00:43
 「圭織も何言ってるのかよくわかんなくなってきたけど、とにかく、一週間力をあわせて頑張りましょう。はい、じゃあ、手出して」

 別に何か決め事があったわけではないけれど、手を出して、と言われれば団体競技の選手なら、大体何やるのか想像はつく。
 飯田の周りの輪が縮んで中心に向かって十五人の腕が伸びる。

 「それぞれチームで掛け声あるだろうけど、今回は圭織風でやらせて」
 「ジョンソン風じゃなくて?」
 「圭織風で」

 自分のチームのやり方ではなくて? と平家が聞くが、飯田は自分オリジナルだと言った。

 「映画見てね。感動したのよ。がんばっていきまーっしょい、って言うんだけど、キャプテンががんばっていきまー、までいくから、後全員でしょいって言うの。分かる?」
 「圭織って変なとこでこだわるよね」
 「みっちゃん、キャプテンの圭織に従ってね」
 「古さが圭織って感じだよ」
 「いいでしょ別に」
 「ていうか、手痺れるんで早くしません?」
 「もう、みんなで圭織のことバカにして」
 「わかったわかったわかった。やろう。はい。圭織仕切って」

 年下の藤本にまで余計なことを言われてちょっとへこんだ飯田であるが、平家がなんとかなだめた。

 「じゃあ、相手も多分強くて簡単な試合じゃないと思うけど、全員、コートの上もベンチも、力をあわせて頑張りましょう。せーの、がんばっていきまー」
 「しょい!」

 初めてやるのでこなれていないが、それでも15人の声は揃って、さして広くは無いロッカールームにこだました。

 U-19女子アジア選手権、開幕。
407 :名無飼育さん :2011/02/27(日) 21:23
ありゃ。なんかあったのかしら。
大丈夫ですかー。お待ちしてまーす。
408 :作者 :2011/03/06(日) 00:04
>>407
すみません、メール欄でしか告知しませんでしたが、予定の休載でした。
409 :第九部 :2011/03/06(日) 00:05
 コートの上の日本チームは強そうに見えた。
 それはそうだ、全国から選りすぐりの十五人を集めたのだから。
 スタメンで上がった五人。
 高橋、柴田、石川、平家、飯田。
 昨年の富岡のメンバーを中心とした並び。
 自分たちが手も足も出なかった相手だ。
 そりゃあ、強そうに見える。

 こんなに早くこの日が来るとは思っていなかった。
 いつか来るとはわかっていた。
 ただ、もう少し先のことなんじゃないかと勝手に思っていた。

 選択肢は二つ。
 日本か韓国か。

 18にしてソニンに与えられた人生の岐路。
 チームを選ぶだけではない。
 自分が何者であるか、アイデンティティーの決定をしないといけない。
410 :第九部 :2011/03/06(日) 00:05
 最初に召集の案内が来たのは日本チームからだった。
 出来れば呼んで欲しくなかった。
 ソニンのこの二択は、一度決断したら二度と後戻りの出来ない二択だ。
 無かったことには出来ない。
 やり直しも効かない。
 一生、決めた道を歩くしかない。

 もう少し先送りしたい、と思っていた最中、韓国からも招集が掛かった。
 両方からお呼びが掛かったということは、もう、今決めろ、という天の御達しなのだろう、とソニンは捉えた。

 日本か韓国か。

 地を選ぶか、血を選ぶか。
411 :第九部 :2011/03/06(日) 00:05
 生まれ育った高知の町は好きだった。
 日本の田舎町。
 たいした場所じゃない。
 それでも好きだった。
 バスケを始めたのはなんでだったか、よく覚えていない。
 友達に誘われたとか、そんなレベルのことだったような気がする。
 日本で生まれ、日本で育ち、でも、血は日本人ではない。
 小さな頃は、それが理由で苦労した、という記憶は無い。
 年を重ねてからだろうか、自分が人とは違う、というのを理解し始めたのは。
 自分が人とは違う、というのは人が教えてくれる。
 特に、大人が教えてくれた。
 それから、そんな大人に教えを受けた子供達。
 名は体を現す、とは違うかもしれないが、名を名乗るとみんな引っ掛かりのある顔をするんだな、というのを少しづつ学んで行った。
 通名、というのがある、というのは随分年を重ねてから聞いたが、親の方針なのか、ソニンはそれを持っていない。

 バスケは見る見る間にうまくなっていた。
 周りにソニンと同レベルでやりあえる人間はいない。
 男子に混じっても勝つ、そんなレベルになっていた。
412 :第九部 :2011/03/06(日) 00:06
 高知にバスケが強い学校は無い。
 せっかくだから本当に強いところへ行こうとして、選んだのが桜華だった。
 各地からトップクラスの選手が集まる学校。
 時には留学生だってやってくる。
 木は森に隠せ。
 そんなつもりなわけではなかったが、結果的に、そんな感じか。
 ど田舎高知から、割合華やかな名古屋へ。
 選んだチームはかつての名門だが、時代がもう動いていた。
 今は富岡の時代。
 それでも高知の田舎よりは、大分レベルは高かった。
 周りのレベルが上がったことで、ソニン自身のレベルも上がる。
 自分は周りとは違う。
 このチームの中にいる限り、血や名前でそう感じることはもう無かった。
 周りとの違いは、力量についてだけだった。
 その結果、自分が思っていたよりも早く、目の前に問いが投げかけられてしまったのだ。

 日本か韓国か。

 選んだのはまともに言葉も話せない、足を下ろしたことも無い国、韓国だった。
413 :第九部 :2011/03/06(日) 00:07
 韓国チームのスタメンは前日に発表された。
 ソニンのリスニング能力ではミーティングでのコーチの言葉は聞き取るのがやっとである。
 適当にうなづいていたりしても、実際には内容は半分も分からない。
 それでも、ようやく覚えたチームメンバーの名前が五人呼ばれたのは分かった。
 スタメンだ。
 ギュリ、スンヨン、ニコル、ハラ、ジヨン。
 自分の名前は無い。

 相手を見ながらスタメンも変える、というようなことをコーチは言っている様に聞こえた。
 対日本ならこの五人、ということなのだろうか?
 日本戦が終わったら、この五人とはまた別のスタメンが組まれる?
 よく分からないが、自分の名前が無かったことは分かる。
414 :第九部 :2011/03/06(日) 00:07
 日本から来たからそう思うのかもしれないと感じながらも、ソニンは韓国チームのメンバーの日本への意識に不自然な印象を受けた。
 勝たなくてはいけない大敵、ということを思いながら、それとは別に憧れがある。
 高知と比べれば問題外に、名古屋と比べたって十分都会なソウル。
 それでも、そこで育った選手たちには、自分たちは地方都市にいて、いつかトウキョウという大都会に出て行きたい、という意識があるように見えた。
 シブヤ、ハラジュク、ショッピング。
 そういうものに自分が疎いので、会話が噛み合わなかったが、馴染めないでいる自分に彼女たちがはなしを振るのはそういうことばかりだった。
 全米デビューアーティストを無駄にありがたがる日本人を、もう一回りアクティブにしたようなものだろうか。
 そのくせ、日本で育った自分を下に見る意識はなんなのだろうか。
415 :第九部 :2011/03/06(日) 00:08
 試合が始まる。
 日本チームのメンバーの情報は、分かる限りのことはコーチには話した。
 裏切り者、とは思わない。
 幸か不幸か、日本チームに桜華のメンバーはいない。
 もし一人でもいれば、自分はここにいなかったかもしれない、と思ったりもするが、結果としてここにいるのが事実だ。
 日本チームは迷い無く敵である。
 その敵の情報を指揮官や他の兵士に伝達するなんてことは、自分が勝ちたかったらだれでもやることだ。
 それでも、誰がスタメンで出てくるか、なんてことはソニンにも分からなかった。
 お互い様なのだろう、こちらの出て来たメンバーを見て、日本チームは戸惑っている。

 韓国チームに合流したソニンが最初に驚いたのは、ガードがでかい、ということだった。
 日本では、高橋や藤本といった小さいガード陣を全国トップレベルでも見ている。
 果ては福田なんていう150にも満たない選手もいる。
 そういう世界で戦っていたソニンにとって、自分と身長の変わらないガード、というのは違和感があった。
416 :第九部 :2011/03/06(日) 00:11
 今日のスタメン五人、身長があまり変わらない。
 事前情報がなければ誰がガードなのかもよく分からないだろう。
 高橋がベンチに指示を求めている姿が見える。
 韓国チームのこの五人で、ポイントガードを勤めるのはギュリだ。
 五人のリーダー格でもある。
 自分に対する絶対的な自信を持っている、という点で滝川の藤本に近いかな、というのがソニンの見立てだ。
 その上で十分な身長がある。
 ガードであの身長があるというのはもうそれだけで大きな武器だ。

 先手を取ったのは韓国だった。
 オフェンスがミスマッチだらけである。
 身長差がある、というだけではない。
 ポジション情報が掴めていないので、マッチアップのポジションが合っていないのだ。
 その場の存在感から実際よりも大きく見えたのか、ポイントガードのギュリに日本チームは平家を当てている。
 フォワードで時にはゴール下にまで入っていくスンヨンになぜか高橋。
 単純に身長を見て、なんとなくでしかたなくマークを割り振った日本チームだが、韓国チームは身長とポジションが対応していないのだ。
 登録メンバー表は、実際のポジションの記載は少なく、ほとんどのメンバーをフォワードとして登録してある。
 登録と違うポジションをこなそうが、そんなものは反則でもなんでもない。

 スンヨンにゴール下で高橋と勝負させて得点を奪う。
 ゴール下が得意な選手の守り方なんて、高橋が分かっているわけがないのだ。
417 :第九部 :2011/03/06(日) 00:12
 日本チームはオフェンスもなっていなかった。
 高橋がゲームを組み立てられない。
 否、ボール運びもおぼつかない。

 日本チームのスタメンが誰かなんてことはわからなかったが、ポジションがどこかは分かっていた。
 大体、身長と対応しているし、ソニンがしっかりと伝達してある。
 高橋にはギュリをつけた。
 それも前から当たる。

 精神的にムラがあるタイプ、というのが高橋に対するソニンの見立てだった。
 シュート力はある、意外性のあることをする、安定感はない。
 直接の対戦は一年遡るので古いデータではあるが、それがソニンの肌感覚だ。
 高橋愛が出てきたら前から圧力かけてみよう、というのが韓国首脳陣の出した方針だった。
418 :第九部 :2011/03/06(日) 00:12
 ギュリのディフェンスは、日本の身長の低いガード陣と比べても、脚の動きに遜色は無い。
 その上で身長があるのだから、ボールを運ぶ側からすれば大きなプレッシャーだ。
 一人で持ちあがることが出来ない。

 サポートは柴田に石川。
 そちらには厳しく当たるマークが居ないのだから、パス出せば簡単なのに、いろいろ勝手に背負った高橋の視野は極度に狭くなっていた。
 一人で無理に運ぼうとしてポロポロこぼす。

 さすがにこれはダメだ、と見て取った柴田が、エンドからボールを入れる時点で高橋には送らず石川へ出すようになる。
 それでボールは運べはしたが、ゲームを作る、という風にはならない。
 石川はそういう選手では無いし、フロアにいる中では高橋で無ければ柴田だが、大会開始五分でベンチからの指示もなしにいきなり自分で仕切り出す、という大胆さはない。
 ボール回しがおっかなびっくりで、単発で送られてくるボールを各自が個人技で勝負。
 しっかり熟成された富岡ベースプラス飯田、というメンバー編成の意義がまったく出ていなかった。

 立ち上がり五分で12-4 韓国リード。
 ここで日本チームがタイムアウトを取った。
419 :第九部 :2011/03/06(日) 00:12
 複雑な気分だった。
 タイムアウトの指示はあまり聞いていない。
 短い時間に急いで伝達しようとするコーチの言葉は、まだソニンのヒアリング力では、流し聞きではさっぱり何も分からない。
 まあ、いまのところこちら側に何か直すようなところは無いと思う。
 自分の出した情報は効いていた。
 それが余計複雑な気分にさせる。

 当然勝ちたい。
 韓国チームに所属しているのだから、韓国チームとして勝ちたい。
 でも、楽勝してしまう展開はなんかいやだった。
 自分が生まれ育った地からやってきたチームが弱い、というのは納得行かない。
 特に、ベースは自分たちが手も足も出なかったメンバーなのだから。
 それに、日本に勝つなら、自分の手で勝ちたい。
 いや、自分の手で勝つのでなければ、意味が無い。
 自分が何者であるか、それを決めるためにはそうすることがどうしても必要だった。
420 :名無し娘。 :2011/03/07(月) 09:20
こういう切り口も新鮮でいいっすね
ソニンが単なる情報源として呼ばれたのか
力を見てくれたのか
キーになるのは、やはり全日本の方なんでしょうかね
421 :作者 :2011/03/12(土) 23:07
本日の更新は休止します。
なお、作者自身には特に被害はありません。
更新休止の理由は、準備が出来ていないため、になります。
422 :名無し娘。 :2011/03/14(月) 10:57
工エエェェ(´д`)ェェエエ工工


でも安心した。
423 :作者 :2011/03/19(土) 23:03
>>名無し娘。さん
すみません、移動と情報収集で手一杯でここまで手が回らない状態でした。
怪我とかも家の何かが壊れた、とかそういうことはなかったのですが。
424 :第九部 :2011/03/19(土) 23:04
 スタートからベンチにいた藤本は、日本チーム劣勢の立ち上がりを見ていても割と冷静に、なにやってんだか、と思っていた。
 自分や高橋や、あるいは福田とか国内トップレベルのガード陣と比べれば、確かに相手の背は高いが、別に、あれくらいの身長なんて珍しいことではないだろうと思う。
 どこかで出番はあるだろうとは試合前から思っていたが、こんなに早くこの展開で、というのは予想していなかった。
 タイムアウトになる前に信田コーチから藤本は呼ばれた。

 交代で入って行ってゲームを立て直す。
 常にスタメンで出ることに慣れている代表メンバーにとって、そういう役割はあまり経験の無いものだ。
 ただ、藤本はこのシチュエーションを与えられたときに思った。
 なんか新垣がしっちゃかめっちゃかにした後に入れられた滝川カップのときみたいだ、と。
 相手が強すぎるというのではなくて、勝手に自爆して試合を壊しているところも新垣そっくりだ。
 まあ、強すぎるかどうか、の基準を自分のレベルに引くのが間違ってるか、とも思う。
425 :第九部 :2011/03/19(土) 23:04
 「マーク確認。4番」

 タイムアウト明け、マークを付け直した。
 メンバーチェンジは高橋アウトの藤本インのみ。
 相手のポジションに応じて、マークを確認する。
 藤本は4番付けたギュリにつく。
 メンバー表は確認しなかったけれど、ざっと目測で10cmかな、と藤本は思った。
 身長差10cm
 結構なミスマッチではあるが、一大会、決勝まで勝ちあがる中では一戦や二戦こういう相手に国内でもぶつかることは普通にある。
 ただ問題は、身長差プラス、実力がここまで伴った相手と国内で対戦するケースはまれだということだ。
 それでも藤本は思った。
 どうせ石川よりは簡単だろ、と。

 ゲームは日本チームエンドから再開した。
 藤本に代わったところで、ギュリはボール運びの段階でプレッシャーを掛けるということをしなくなる。
 藤本もゆっくりと持ちあがった。
 今必要なことは早い攻めではない。
 じっくりとペースを取り戻すことだ、と思った。
 慌てている、という雰囲気を感じさせてはいけない。
 相手にも、自分たちの中でも。
426 :第九部 :2011/03/19(土) 23:04
 韓国ディフェンスをどう崩すか。
 事前の情報はなかったし、立ち上がり五分で何か糸口が見えたかといえばそれも無かった。
 最初の五分はまだそこまで行っていない、という感じだ。
 藤本としてもプランは特に無い。

 とりあえず様子見。
 それで外をゆっくり回して、だと、結局さっきまでと同じで特に意思の無いパスが回って後は個人技勝負、ということになった。
 右0度開いてボールを受けた飯田が自分で勝負。
 ワンドリブルついて長めのジャンプシュートを放ったがリング奥に当たって外れた。

 ディフェンス、しっかりピックアップして速攻は出させずスローダウンさせる。
 全体的にマークが変わって、韓国チームがどう攻めてくるか。
 各々身構えたが、韓国チームのチョイスはギュリに突破させる、というものだった。
 身長差を生かしてインサイド、ではなくてガードらしく外から勝負。
 こういうのは藤本お手の物だった。
 コースにきっちり立ちはだかってチャージング、オフェンスファウルをもらう。
427 :第九部 :2011/03/19(土) 23:04
 押し飛ばされた格好で仰向けに倒れこんだ藤本を引き起こそうと日本チームメンバーが集まってくる。
 簡単なコート上ミーティング状態になった。

 「相手でかいから外から勝負しましょう」

 立ち上がった藤本が言った。

 「美貴は打てるし、石川も打てる。柴田も外あるだろ。三枚で外から打って行きましょう。飯田さんくさびで中も経由したりして」
 「私も仲間に入れてよ」
 「平家さん、どうしてもインサイドのイメージなんですけど」
 「二週間合宿したんだからそろそろ外も出来るって認めてよ」
 「去年の選抜のイメージが強すぎるんですよ、美貴にとっては」
 「平家さんまで出てきちゃうと外が逆に混んじゃわない?」
 「そこは梨華ちゃんも適当に中入ったりとかで調整しながらで」
 「まあ、とりあえずそのイメージでやってみよう。圭織はそれでいいと思う。ハイポ、ローポ適当に楔になるから」

 タイムアウト時、オフェンス面の指示は特に出ていなかった。
 高橋を藤本に代えること、立ち上がり少し離されたけど慌てるなという精神面のこと、マッチアップを代えようというディフェンス面のこと。
 一分で伝えられたのはこの三つまでだ。
 ビハインドを負った立場であったが、追いかけるためのオフェンス面の指示まで手が回っていない。

 外から勝負、はボールを適当に回していたさっきのオフェンスの間の藤本の思いつき。
 別に真新しいことでもない。
 藤本の言葉そのまま、相手でかいから中じゃなくて外で勝負、というのは単純で分かりやすくいたって常識的な対処だ。
 周りのメンバーにとってもいたってわかりやすい方針である。
 細かい点まで打ち合わせるような時間はないが、大まかな方針は決まった。
428 :第九部 :2011/03/19(土) 23:05
 外からのシュートといっても、持ち上がっていきなり打つというようなことは高橋でもなければあまりするものではなく、普通はボールをまわしてから流れの中で打つ。
 フロントコートまで上がった藤本は、左手をぐるぐる回して声を飛ばした。

 「広く! 広く!」

 それに応じてギュリが韓国語でなにやら言っている。
 広くという日本語が分かったのか、藤本のアクションとバスケ経験値で何をしようとしているのか想像付いたのか。
 大きな相手に外から、というのは大きい側だってやられる前から普通考えているものである。

 具体的なことは言わなかったが、藤本は、単にスリーポイントを打つ、ということではなくて、さらに遠距離からのシュートもイメージしていた。
 自分は打てるし、柴田も石川もそこまで出来ると思っている。
 平家の名前が出てこなかったのは、ポジション的な面もあるが、そこまでは出来ないだろう、という感じがしたからでもあった。
429 :第九部 :2011/03/19(土) 23:05
 コートを広く使って、早い動きも混ぜればパスは回る。
 韓国ディフェンスは遠めの位置では突破だけを警戒していた。
 スリーポイントラインの際まで出て行くと、シュートへのケアも入ってくる。

 藤本から柴田、柴田はハイポストに上がってきた飯田へ入れる。
 石川がゴール下から抜けて右サイドへ出て来たところへ落とす。
 受けてシュート、が厳しかったので上の柴田へ。
 柴田はもう一度、今度は入れ替わってハイポストに来た平家へ入れる。
 平家から外の藤本へ。
 藤本はボールにミートするとシュートを放った。

 長めのスリーポイント。
 フェイクだろうと無視したギュリの頭上、ブロック無く越えて行く。
 きた、と藤本自身は思ったが、ボールはリング奥に当たって大きく跳ねた。
 距離が長いシュートほど、リバウンドも大きく跳ねる。
 飛んだ先は石川。
 ぴったりスリーポイントライン上でシュートのフェイクを見せてニコルを揺さぶってワンドリブルでさっくりかわすと、距離のあるジャンプシュートを決めた。
430 :第九部 :2011/03/19(土) 23:05
 メンバーチェンジで何とか建て直し、ようやくバスケットボールになってきた日本チーム。
 ただ、まだ、立て直しただけであって、相手を圧倒するというような状態ではない。
 第一ピリオド後半は一進一退といった展開になる。
 情報量が不足している初見の対戦は、主導権を持つオフェンスが有利、ということもあるだろうか、よく点が入った。
 韓国チームは身長差を生かしたギュリの高いリリースポイントからのジャンプシュートや、ボールをよくまわしてからのニコルやスンヨンのフリーでシュートで加点する。
 また、シュートが入らなくても、センターのジヨンがよくリバウンドを拾っていた
 日本チームは藤本が二本目のスリーポイントは決めたのと、そうやって外からのシュートを見せておいて、今度は突破という形で石川がミドルレンジでジャンプシュートを決めたり、また、コートを広く使うことでゴール下も広く、邪魔が入らない形で飯田が勝負してインサイドからも点を取って行く。
 第一ピリオドはタイムアウトの後、点差が大きく開くでも縮まるでも無く、26-19で韓国がリードして終えた。
431 :第九部 :2011/03/19(土) 23:06
 第二ピリオドはそのままのメンバーで入って行く。
 韓国ディフェンスは少し代えてきた。
 ここまでは基本のハーフのマンツーマンだったが、ここでニコルを石川選任という形でぴったりつけてきた。
 ボールがどこにあろうと、周りのカバーはせず、ただ石川だけに張り付いている、という役割。
 第一ピリオドの石川の動きを見て決めたのか、あるいは、事前情報から予定していて、日本チームが機能し始めたのを見ての対処か。

 石川としては、そうやって付かれても一対一で勝負すれば負けない、と感じていた。
 美記に張りつかれるのと比べればなんでもない。
 ただ、問題が一つある。
 一対一で勝負はボールを持たないと始まらないのだ。
 そのボールが入ってこない。

 こうぴったり張り付かれると、本当にフリーというのは一瞬だ。
 その一瞬が作れない、ということではなくて、その一瞬にボールが入ってこない。
 パスの出してとの呼吸があっていない。
432 :第九部 :2011/03/19(土) 23:06
 第一ピリオド中盤からの方針で、インサイドは広く開いていた。
 藤本は、外から勝負と言ったが、本当に外から勝負にこだわっているわけではなくて、中が広くなれば中で飯田や平家が勝負すればそれでいいと思っている。
 それと同時に、外からも打つし、中が広いので一人かわせばフリーでジャンプシュートが打てるという状況にもなっている。
 選択肢は石川以外でもいろいろとあり、実際いろいろと使っていてそれなりに点は入っているが、それなりでしかなかった。
 シュートが入ればいいのだが、確率はそれほど高くなっていない。
 また、セカンドチャンスが無い。
 リバウンドが取れないのだ。

 オフェンスリバウンドがとりづらいのはある程度仕方の無いことではあるが、致命的なのはディフェンスリバウンドもあまり取れていないことだった。
 相手に確率の低いシチュエーションでシュートを打たせるところまでのディフェンスは出来ている。
 なので、ファーストチャンスの得点率で言えば日本も韓国もそうかわらない。
 しかし、リバウンドをうまく拾うのだ。
 それによって得点力が上がりリードを広げられてしまっている。

 44-29 韓国リードとなって、第二ピリオドも先に日本がタイムアウトを取った。
433 :第九部 :2011/03/19(土) 23:07
 「後藤、里田イン。平家と柴田アウト。石川が二番にスライドして後藤が三番に入る」

 信田コーチ、悩んだ末の苦心の選択。
 こんな五人でゲームするということは事前に想定していない。

 「とにかく、リバウンドリバウンド」

 リバウンドを取れていないので、そこを補強ポイントとして里田と後藤を投入した。
 全体的に大きくする。

 「なんか、ケツの使い方がうまいから気をつけて」
 「リバウンドの時だけじゃないけど、くねって当ててきたりもするから」

 リバウンドが取れていなかった平家と石川のコメント。
 殴ったり蹴ったりしたら反則だが、ヒップアタックはあまり反則としては取られない。
434 :第九部 :2011/03/19(土) 23:07
 「全員意識してリバウンド入ろうな。ポジション取っちゃえば身長もあんまり関係ないし、大きく跳ねるシュートなんかはそれこそ外から掻っ攫えるんだから」

 里田と後藤が入ることで、藤本のところ以外は目立ったミスマッチは無くなってくるはずだ。

 「ごっちん、頼むよ。外から、ワンハンドスリー」
 「んー、まあ、流れでかな」
 「一発そういうのかませば流れ変わるから」

 リリースポイントの低い両手のシュートで、かつ身長差のある相手につかれて、スリーポイントも距離のある位置から打たざるを得ない藤本。
 後藤の場合は、片手で打てて、さらに相手との身長差もほぼないので、スリーポイントが普通にスリーポイントライン近くで打てるはずである。

 「んじゃ、まっつー、行ってくるよ」
 「真打のために舞台を整えてきてください」
 「なにをー、偉そうに」

 後藤、松浦、藤本。
 昨晩話しこんだ三人、うち二人が途中交代で舞台に上がって行く。
 後藤は福田の方も見たが、ちょっと距離があったので何も言わずにコートに上がった。
435 :第九部 :2011/03/26(土) 17:33
 十五点というのは大分大きな点差だ。
 二十点開くと限界とも言われている。
 流れ一つで簡単にひっくり返るような状況ではない。
 石川にとってこういう戦況はとても久しぶりのことだった。
 高校入学後無敗。
 すべて完勝というわけではなく、競った試合も当然あったが、二桁のビハインドを負うという展開は経験が無い。

 不思議な感じがした。
 相手が圧倒的に強い、という感触は無い。
 14番は確かにでかいし、4番のプレイ振りには雰囲気がある。
 でも、ただそれだけだ。
 飯田さんなら14番も対処できるし、ミキティが4番にそんなに負けるという感じはしない。
 高橋が4番に飲まれてしまったのは意外だったけれど。

 問題は二つあると思っていた。
 一つはみんなが言っていたけれどリバウンド。
 これがきちんと取れていれば悪くても点差は半分だと思う。
 立ち上がりのもたつきの後、つまり藤本が替わって入ったところからは点差を拡げられるどころか縮めていたはずだと思う。
 もう一つは、自分がパスを受けられないことだ。
 パスを受けさえすればなんとかなる、と感じている。
 個人技頼りはあまりいいことではないと思うけれど、そんなことを言っていられる状況でもない。
436 :第九部 :2011/03/26(土) 17:33
 「マーカー確認。7番」

 メンバーを替え、受け持つポジションも代えたので、マークも替わる。
 石川は9番をつけているニコルから、7番のスンヨンへ替える。
 後藤が12のハラ、里田がニコルを受け持つ。
 日本チームが替わったのを見て、韓国チームもベンチに指示を仰いでいたが日本側がピックアップした通りにマークを付けることにしたようだ。
 石川のマークがニコルからスンヨンへ替わる。

 スンヨンにベンチからなにやら指示が飛んでいた。
 自陣エンドラインの外に向かい、レフリーからのボールを受け取りに行く石川。
 そこまで付いてくる、ということはマッチアップが変わるけれど同じように貼り付けと指示を受けたのだろう。
 海外に来てここまで歓迎してくれるとはありがたい限りだ。
 でも、まずはこの、韓国の壁くらい破れないことには、アメリカを打ち破るなんて程遠い。
 美記に負けていられないのだ。
437 :第九部 :2011/03/26(土) 17:34
 石川がボールを入れて藤本が持ちあがる。
 韓国のハーフコートマンツーマン×石川だけ特別、というディフェンスシフトはメンバー替わっても継続。
 日本チームは高さが増したので中で勝負してもいいところだが、攻撃スタイルはメンバーチェンジ前と変えなかった。
 外へ広く。
 藤本への警戒は変わらないし、石川へは張り付かれているしだが、後藤のマークは外に出ると比較的ゆるい。
 高さ対策で入った選手である、という認識になっていて、外から打ってくることは想定されていないのだろう。
 ボールが回ってシュートクロックは十秒。
 石川が降りて行って藤本と後藤、上二枚の状況で、藤本が後藤に簡単にパス。
 横から受けたボールをマークと距離があった後藤は右六十度くらいの位置でスリーポイントシュートを放った。

 ボールはリング奥に当たって高く跳ね上がる。
 リバウンド。
 里田とニコルが競り合っている。
 先に左手でさらったニコルに右腕があたりに行く形になって里田のファウルを取られた。

 「ミキティ」

 石川が藤本のところに歩み寄って行く。
 後藤も来た。
 飯田はぶつかって倒れた里田を引き起こしなにやら話している。
438 :第九部 :2011/03/26(土) 17:34
 「ミキティ、もっとパス頂戴」
 「別に出したくなくて出してないわけじゃねーよ」
 「マーク替わって身長差もなくなったし、一番私のところに当たられてるから他で勝負したくなるのは分かるけど、でも、一対一でも勝てるから。もっとパス頂戴」
 「ちょっとまて」

 レフリーがオフィシャルにコールしている。
 相手ボールで再開、という場面なので日本チーム側が話しこんでいてもゲームが動き出してしまう。
 時間はあまり無い。

 「めんどくさいから正直に言うぞ。今の美貴はあんな一瞬で石川にパス入れられない。美貴には石川の動きがいまいち読めないんだよ。だからもう少し、もう少しでいいからパス受けられる間を長くしてくれ。スクリーンでも何でも使って。富岡でのイメージでやらないでくれ。美貴と石川の間には目と目で通じ合うような関係はないんだよ。それを理解しろ」
 「わかった。なんとかする」

 石川が離れていく。
 まだ近くにいた後藤に藤本が声をかけた。

 「ごっちん、いい感じじゃん。あんな感じで次決めてよ」
 「うん」

 それぞれ、マークマンを捕捉しにいく。
439 :第九部 :2011/03/26(土) 17:34
 第二ピリオドは残り三分。
 韓国オフェンスはじっくり時間を使ってきた。
 一本一本、ゆっくりまわして、ボールを持ったものが各々勝負できるかどうかを探る。
 はっきりと狙いを絞った風ではなく、フリーオフェンスでそれぞれの判断に任されているようだ。
 一つ一つの揺さぶりで、少しづつ崩して、最後は少し外目に出たニコルがシュートフェイクを一つ入れてからのジャンプシュート。
 フェイク、さらにフェイク、と見て飛ばなかった里田の頭上越えてゴールが決まる。

 これ以上前半で開かれるとつらい日本代表。
 石川の動きのイメージがここで変わった。
 とにかくボールを受けられることだけを優先する。

 ボールを持てば一対一で勝てる。
 そう、思っていても、なるべくボールを持った瞬間にすでに優位に立っている状態でいたい、というのが選手の心理だ。
 富岡でやっているときはそれが出来た。
 この一瞬、ボールを受けられればオフェンス有利、という瞬間にしっかりパスが来る。
 それを変えろと藤本が言った。
 石川はそれを素直に受け取った。
440 :第九部 :2011/03/26(土) 17:35
 ボールを受けられればなんでもいい。
 そう、頭でしっかり考えれば、そういう動きはできる。
 ゴールから遠い場所で、ゴールから離れながらでもいい。
 ボールさえもてれば。
 そこまで譲歩すれば、藤本でも後藤でも、動きが読めなくてもパスは入れられる。

 通常、そうやってボールを受けた場合、そこから勝負はせずにまたつなぎのパスを出す。
 しかし、石川はここのオフェンス、とにかくボールを持ったら勝負、と決めていた。
 距離のあるところからの静止状態での一対一。
 百パーセント、個人の能力だけで対処しないといけない勝負である。

 ゴール下にいた飯田は逆サイドに掃けた。
 石川、スリーポイントラインのさらに二メートル外、シュートの構えを見せてから左手で中央側へドリブル。
 パスが防げ無いと判断した時点でやや距離を取って突破を警戒していたディフェンスはしっかり対処してコースに立ちはだかるが、石川はバックターンして右手に持ち替えた。
 ディフェンスと並走、スピード勝負。
 そのままゴール下へ突進すると、右コーナーの里田を見ていたニコルがカバーに来た。
 それでも強引にシュートまで、と見せかけて左にスンヨン、正面にニコルと二人引き寄せた状態で、ノールックパスを里田に捌く。
 受けた里田は零度の位置でそのままジャンプシュート。
 力が入ったか、やや長くなったシュートはゴール奥に当たって先へ落ちる。
 ボールを両手でスンヨンが掴んだが、石川がそれをチップアウトしてもう一度ボールは空中へ。
 しっかり飛びなおした石川、今度はゴールに背を向けた状態ながら奪い取り、ターンしてジャンプ。
 目の前、スンヨンがブロックに飛ぶが、石川はゴールから遠ざかる側へ斜めに飛んでフェイドアウェーシュート。
 ブロックの上を通過させてボールはネットを通過した。
441 :第九部 :2011/03/26(土) 17:35
 すぐにディフェンスへ戻る石川。
 藤本は、ボールを受けに行くギュリを見ていて戻らず前に出てくる。
 すれ違いざま、藤本が左手を差し出したので、ぱちんと叩いて答えた。

 「ディフェンスから! ディフェンスから!」

 藤本が声を上げる。

 点を取ったり取られたりでは永遠に追いつけない。
 ベンチからの指示は特に無かったが、藤本は自分の判断でギュリに前からつくことにした。
 体力的には問題ない。
 滝川スタイルと比べれば、体への負担は格段に軽い。

 ギュリの方は藤本を無視して自分で持ちあがることをしなかった。
 韓国オフェンスはここでもゆっくり回して最後の勝負はジヨンのゴール下。
 踏み込んできてのシュートを、飯田がブロックしてボールを弾き飛ばした。

 跳ね飛んだボールは石川のところへ。
 石川はすぐに前の藤本へと送った。
 藤本とギュリ、一対一。
 ギュリさえ越えれば後はゴールしかない。
442 :第九部 :2011/03/26(土) 17:35
 右手でドリブルをつきながら左へ行くぞ左へ行くぞと肩でフェイクを見せる。
 そのまま右、コート中央へ突っ込んで行く。
 センターサークル付近、フェイクは効かずしっかりとコースを塞がれたのでバックチェンジで左に持ち代えて突破を諮る。
 しかしそれもダメ、前に入られる。
 今度は一瞬スローダウンしての再加速とチェンジオブペース。
 多少揺さぶることは出来たが、ついてこられた。
 スリーポイントラインをまたぐ。
 このままゴール下まで踏み込むと、藤本とギュリの身長差が効いて来てしまう。
 藤本は左サイドへ降りて味方の上がりを待つ選択をした。

 二人目石川、スンヨンがついている。
 ボールは入れられそうだが、藤本はその先が見えていた。

 三人目、後藤、ノーマーク。
 そのまま待ってゴールに向かうところへパス、が正統的だが、藤本はとっさに早いパスを出した。
 ゴールに向かって左側六十度付近。
 受けた後藤はそのまま片手で構える。
 ファーストブレイクでのスリーポイントシュート。

 ノーマークで後藤のペースで放たれたシュートは、イメージ通りの軌跡を描いてネットに吸い込まれた。
 12点差。
 これには、次の試合のCHN48待ちだった観客も沸いた。
443 :第九部 :2011/03/26(土) 17:35
 第二ピリオドはこの後、ハラのミドルレンジからのジャンプシュートがこぼれたところをニコルがリバウンドシュートで決めて一本返す。
 日本代表は石川、後藤警戒で拡がったインサイド、飯田がワンオンワンからシュートを決める。
 韓国オフェンスが長いパスがミスになってエンドラインを割り、残り時間が無い中での日本のオフェンス、藤本-里田の滝川ラインでいいパスがゴール下に飛び、アリウープの形になったのだが、里田がこれをゴール根元に当ててしまい決められず、そのまま前半終了となった。

 48-36

 韓国の十二点リード。
444 :第九部 :2011/04/02(土) 23:45
 ハーフタイムは一旦ロッカールームに引き上げる。
 20分間ベンチに座っていた。
 選手交代はなし。
 五人で戦って十二点リード。

 なんか、ばらばらだったな、というのがソニンがもった前半の日本代表への感想だ。

 第二ピリオドの終わり近くになってようやくまともなチームになってきたけれど、そこまでは本当にばらばらだった。
 それと比べると韓国の五人の熟成度は高い。
 新参者の自分はよく知らないけれど、同じメンバーでゲームをしてきた時間が長いのだろう。
 誰と誰がなんてことはちゃんと聞かなかったけれど、合宿所に五人で一緒に長年住んでいる、なんてのが居たはずだ
 それが今出ている五人なのだろうか。
 寄せ集めの日本とはそこが違ってのこの点差なのだろうと思う。
 ただ、個々の力がそんなに勝っているとは感じなかった。
 最初から相手がどんなタイプの選手なのか、それをある程度把握している分の優位がこちらにはあるけれど、前半見て向こうだって対応してくるだろう。
445 :第九部 :2011/04/02(土) 23:45
 ハーフタイム、ロッカーに戻ってすぐに監督がなにやら訓示を垂れていた。
 にっくき日本になんたらかんたら、と言っていたようだが、長い文章を最後まで聞き取るのは、その気が無いとまだ無理だ。
 分かったのは、あんまり技術的な話はなくて精神論だけだったようだ、というくらい。
 言うだけ言うと監督は出て行った。

 その後はギュリがなにやらメンバーに指示を与えている。
 十五人のキャプテン、という肩書きは別にいるが、今の五人の中でのリーダーは見るからにギュリだ。
 女王様みたいなギュリが、ガキみたいな顔したスンヨンと同い年なのは驚いたけれど、力関係は実年齢よりも見た目に対応している。
446 :第九部 :2011/04/02(土) 23:46
 なんか変だな、と思った。
 ギュリが熱弁を振るっても、まわりはあんまり聞いていないように見える。
 言葉の理解は半分くらいしか出来ないけれど、その場の空気ははっきり見える。
 そういう空気が見えてしまうのは、自分が異分子だからだろうか。

 五人の中の空気は異分子だから読み取れるのかもしれないけれど、五人と他の九人の間の壁は、多分誰でも見えるものだった。
 練習している時点でも、中のいいメンバーと悪いメンバーがいる、というのははっきり分かったし、それはどのチームでも一緒だろうくらいに思っていたが、こうやって見てみるともっと深い部分で問題があるように見える。
 練習の段階ではいろいろメンバー替えながらだったのでよくわからなかったけれど、こうなってみるとはっきり見える。
 スタメンの五人と後の九人がまるで別のチームのようだ。

 自分は、この十五人の中で、どこにはまるピースなのだろうか・・・。
 何でここにいるのだろうか・・・。
447 :第九部 :2011/04/02(土) 23:46
 日本代表はロッカーに戻ると、やはり信田がメンバーへコメントを与えた。
 問題はとにかくリバウンドだ、というのが主な趣旨。
 スコアブックを見ると、リバウンドの本数は韓国が倍とっている。
 韓国のオフェンスリバウンドと日本のディフェンスリバウンドがほぼ同数、というのは異常である。
 それさえ解消できればこれくらいの点差は問題ない、大丈夫大丈夫、ということを繰り返していた。

 「いたっ。何すんの」
 「堅いよ、まい」

 監督トークが終わって休憩時間。
 背後から近づいた藤本が、座っていた里田の頭をはたいた。

 「動き堅すぎ。はい、リラーックスリラーックス」

 藤本、里田の肩を揉む。

 「別に肩こって無いから」
 「いーや、結構こってる。ていうか、力入ってる」

 藤本は肩から手を離し、長椅子をまたいで里田のとなりに座った。
448 :第九部 :2011/04/02(土) 23:46
 「せっかくのアリウープ外したのは悪かったよ」
 「まあ、あんなこともあるって」
 「あれ入ってれば十点差だったのに」
 「まいなのに小さいこと気にしない気にしない」
 「まいなのにってなによ」

 里田が藤本とかわらなく見えるくらい縮こまっている。

 「美貴だって結構てこづって無かった? あのビックガードに」
 「あのババア、でかいくせにしっかりスピードあってついてくるのな。ワンマン速攻で行こうと思ったのに封じられちゃったよ。あれは、美貴が小細工しすぎたからってのもあるししょうがないけど。でも、おかげでごっちんのスリーポイントに出来て一点得したな」
 「ババアって・・・」
 「ババアで十分。美貴、ああいうタイプ嫌いなんだよ」
 「でかいのにスピードあるタイプ?」
 「顔が派手で自信たっぷりなタイプ」
 「バスケ関係ないじゃん」

 ほとんど言い掛かりである。
 それでも、そんな藤本の言葉に、里田は笑みを見せた。
449 :第九部 :2011/04/02(土) 23:46
 「まいのマッチアップは外人だっけ?」
 「みんな外人でしょ」
 「あ、そっか。じゃなくて、なんか韓国人ぽくないやつ?」
 「言われてみればそんな気もする」
 「大したことないって」
 「簡単に言うけどさあ」
 「簡単だよ簡単。見慣れない相手ってだけで、慣れれば簡単。五分出てもう慣れたから後半は大丈夫でしょ」
 「だといいけど」

 リバウンド競り合ってファウルを取られ、その後のディフェンスは一対一でシュートを決められ、自分は石川からのいいパスをノーマークで決められず、マークマンにリバウンドシュートを決められ、最後にアリウープを外して終わった。
 そんな里田の前半残り五分。
 藤本は言うだけ言って、背中を二度ぽんぽんと叩いて里田のもとから立ち去る。
450 :第九部 :2011/04/02(土) 23:47
 「ごっちん、いいじゃない外からのシュート」
 「速攻であそこにパス出されると思わなかったよ」
 「これだって思ったんだもん。この流れなら絶対スリーで入るって」
 「そんなこと言いながら、しっかりリバウンド飛び込もうとしてたじゃん」
 「それは、どんなシュートでも飛び込むって。無駄かもしれないけど取りに入るのがリバウンドってものでしょ」

 壁に寄りかかって飲み物を飲んでいた後藤に今度は声をかけている。
 なんとなくもの欲しそうに見えたのか、後藤が持っていたドリンクボトルを藤本に渡してくれた。
 一口飲んで返す。

 「ごっちんのマッチアップって意外に外無くない?」
 「ていうか、あんまり全体的に外無いよね。インサイドがちがち勝負が多い感じ」
 「美貴の相手のばばあくらいかな。あ、いいださーん、スコアブックいいっすか?」

 少し離れたところで平家とスコアブックを見ていた飯田。
 藤本が見に行くと、あっさり渡してくれた。

 「あんまりどころか、スリーの成功率ゼロじゃん。打ったのもばばあ二本だけだし」

 藤本と後藤、横に並んで一冊のスコアブックを覗き込む。
451 :第九部 :2011/04/02(土) 23:47
 「こっちもそんなに入ってないね」
 「ごっちんのあれと、美貴が一本決めた二本だけか」
 「もうちょっとあってもいいよね」
 「本数の割りにはって感じだなあ」

 飯田と平家も話しに入ってきた。

 「外と中の距離がありすぎる感じがするのよね」
 「距離がありすぎる? スリーポイントを遠目から狙いすぎってことですか?」
 「遠くから狙ってもいいと思うんだけど、間がいないのよ。つなぎと言うか楔」
 「ハイポストかそれよりもうちょっと高い位置でもいいから一度受ける人間がいるといいのかな。上と下のちょうど真ん中くらいに。それがないから上は上だけ、下は下だけになりがち」
 「さっきのメンバーだとまいとかごっちんとか。出てれば平家さんとか、その辺の役割ですか」
 「うん。外が外だけで狙いすぎると良くないんだと思う。中から戻ってくるパスでスリーポイントってのが一番きれいなかたちでしょ」

 一言でまとめると、ばらばらでした、となるだろうか。
452 :第九部 :2011/04/02(土) 23:47
 「あとはやっぱ、圭織が言いたくないんだけどリバウンドだよね」
 「なんとかなんないんですか」
 「なんとかで何とか出来るならセンターいらないよ」
 「へー、圭織が理にかなったこと言うのめずらしいじゃない」
 「みっちゃん、圭織はとっても論理的な人間なの」
 「はいはい。でも実際、なんとかしないとね。藤本以外はもう高さだけの問題じゃないんだし」
 「あの日本人離れしたケツの使い方がやっかいなのよ」
 「ていうか日本人じゃないし」

 みんな外人と里田に突っ込まれた藤本が、それを裏返したような突込みを飯田に入れる。

 「ファウルは? あんまりみんなないのか」
 「一つづつばらけてて二つもいないのね」
 「みんなディフェンスサボりすぎなんすよ」
 「ミキティんとこ基準だと誰もついていけないって」

 滝川の厳しさで全員がディフェンスをしたら、体力的に厳しすぎるし接触が増えてファウルが嵩んでしまうだろう。

 「つーか、前半だけで48点も取られるとか、何の屈辱ですかこれ。絶対止めますからね後半」
 「止めるっていうか、リバウンドかな」

 行き着くところはそこだった。
453 :第九部 :2011/04/02(土) 23:48
 後半、韓国チームは前半からと替わらない五人が出て来た。
 日本チームは藤本、石川、後藤、里田、飯田。
 前半ラストのメンバーで入る。

 最初に得点したのはインサイドの一対一から飯田。
 その一本は割と早く入ったのだが、そのまま二分間両チーム無得点で流れる。
 日本チームは平家、村田イン、里田、飯田アウト。
 ここまで出ずっぱりの飯田を休ませる。

 韓国チームのリズムがいたって悪くなっていた。
 特にオフェンス。
 互いの連携がうまくいっていない。
 パスをスティールされたり、誰も触れずにエンドを割ったりとターンオーバーが続きシュートまで持っていけない。
 ただ、ディフェンスはそれぞれが目の前の相手としっかり対峙し、シュートまで持って行かれてもリバウンドは拾えるので一気に日本代表が追い上げるという展開にはならない。
454 :第九部 :2011/04/02(土) 23:48
 54-46
 韓国八点リードで第三ピリオド残り四分。
 ここで柴田、松浦イン、石川、後藤アウト。
 こう着状態で勝負どころはまだ先と見た信田コーチが石川もベンチに下げて休ませる。
 さらに一分後、高橋、飯田インの藤本、村田アウト。

 「向こうリズム悪いのに、なんで一気に追いつけないかなあ」

 ベンチに戻ってきた藤本、端まで来て立ったままタオルで汗を拭きつつ吉澤にこぼす。

 「前半と比べて四番が孤立してる感じだよね」
 「孤立っていうか、もうばらばらにやってる感じなのに、こっちもうまくいかない」
 「五対五じゃなくて一対一が五箇所あるゲームって感じ?」
 「そう割り切っちゃった方がうまくいくのかなあ」

 連携が取れていない中で無理にパスで崩そうとすると、意思の疎通が出来ず誰も触れないパスが飛んでしまう。
 三本に一本でもそういうパスが通り、九十分で一点でも取れればそれで勝ててしまうことがあるサッカーと違い、四十分で少なくとも四十点は入るバスケでは、たまに通ればいいキラーパス、なんて思想は無い。
 韓国チームのリズムの悪さは、何とかパスで崩そうという意思のあるギュリと、周りの連携が取れていない部分にある。
 日本代表も、藤本が自身の後半に入ってのプレイ振りにそういう部分を感じていた。

 目の前では柴田がミドルレンジからのジャンプシュートを決めて六点差。
 スリーポイント二本分、一つの流れで追いつけるところまで来た。
455 :第九部 :2011/04/02(土) 23:50
 韓国はつながりの無いオフェンス。
 ここで、マッチアップの替わったギュリが自分で勝負を選んだ。
 高橋、対応しきれずに抜き去られてしまう。
 ゴール下で飯田がカバーしようとしたが、ガードながら身長のあるギュリ、ジャンプシュートを決めた。

 エンドから、柴田が高橋へ入れる。
 ギュリが圧力を掛けた。
 先ほどまで藤本相手にはしていなかったこと。
 試合開始当初、同じことをされたのに、替わって入ったここでは頭に無かったのか、高橋、慌ててボールをファンブルしてしまう。
 こぼれたボールはギュリが拾って、攻守反対になっての一対一。
 ギュリのドリブル突破に今度は高橋、しっかりと付いて行ったが、進路を阻むことは出来なかった。
 ゴール下まで進撃されると、後は身長差が生きる。
 待ち構えている柴田は高橋自身を壁にするようにして避け、ギュリがゴール近辺での飛べばフリーというシュートを決めた。
 再び十点差。

 「亜弥ちゃん、フォローしろって」

 ベンチから藤本が声を飛ばす。
 すっかり上がりきってボール運びは柴田高橋にお任せ状態だった松浦。
 今度はギュリと高橋の位置関係を見て、ボールを受けに戻る。

 第三ピリオドはこのメンバーのまま最後まで引っ張った。
 韓国もメンバーチェンジなし。
 二本づつ取り合って 62-52
 韓国十点リードで終える。
456 :第九部 :2011/04/09(土) 22:35
 第四ピリオドに入る前のインターバル。
 韓国ベンチは荒れていた。
 いや、冷めていた、という方が正確かもしれない。

 この二年半、桜華学園の理詰めでよく語るコーチの下にいたソニンにとって韓国代表チームの感情的かつ精神論が中心の話しは、ある種新鮮ではありつつも、そればかり続くとある種ばかばかしいものにも感じていた。
 最初は外国語ヒヤリングテストレベルにまじめに聞いていたが、慣れてくると、まあ分からなくてもいいや、と聞き流すようになっていた。
 言葉の問題は置くとして、そういうのを聞き流してしまうのは育ちの違いなのかな、とも思っていたが、どうやら聞き流すのは自分だけではなかったようだ。
 最終ピリオドに入る前のこの韓国ベンチ、試合に出ているメンバーの過半が明らかにまともに話を聞いていない。
 それどころか、冷めた口調で言い返していた。

 感情的にまくし立てるコーチの早口よりも、冷めた選手の言葉の方が聞き取るのは容易だ。
 ただ、言葉の意味は理解できたが、言っている内容は、なにいってんだこいつら、というようなものだった。
457 :第九部 :2011/04/09(土) 22:35
 「あんな狭い寮に押し込められてやってられない」
 「練習して帰って寝て、練習して帰って寝て、それの繰り返し。これじゃ奴隷と一緒だ」
 「勝ったら待遇改善してよ」
 「勝利ボーナスも欲しいな」

 あんな寮がどんな寮か、ソニンは知らない。
 でも、今言うことか? と思う。
 国際大会が始まった初戦、宿敵日本との対戦、残り十分十点リードという場面である。
 チームの中にあった変な空気の下地はこれだったのか、とやっと分かった感じだ。

 選手の中で一人だけ反応が違った。
 ギュリだ。
 他のメンバーたちに何か切々と訴えている。
 半分くらいしか分からなかったが、言っているのはソニンが思ったのと同じことなようだ。
 今言うことじゃないだろと。

 「ギュリ姉はいつもそうやっていい子ぶるよね」

 返ってくるのはこれもやはり冷めた言葉だった。

 クォーター間インターバルは二分。
 そんなやり取りで終わる。
 ごちゃごちゃ言うような奴替えろよ、とソニンは思ったが、韓国ベンチは同じ五人をコートに送り出した。
458 :第九部 :2011/04/09(土) 22:36
 第四ピリオド、日本代表はメンバーを替えた。
 藤本、石川、後藤、平家、飯田。
 藤本、石川、後藤、第三ピリオドの終盤休ませていた三人をコートに戻す。
 残り十分で十点を追いかける展開。
 そろそろ勝負を掛けたい時期である。

 いいリズムでまず得点したのは石川だった。
 ローポストで相手を背負ってボールを受けた平家、勝負の素振りを見せて外からエィフェンスが挟み混んできたところで石川に戻す。
 石川は、平家のところから戻ってきたディフェンスをシュートフェイクで揺さぶってドリブルでかわす。
 前には平家がいて、ゴール下のディフェンスは抑えこんでいる。
 十分に余裕を持って、フリーで石川がジャンプシュートを決めた。
459 :第九部 :2011/04/09(土) 22:37
 ここから二本、点の取り合い。
 韓国はギュリのスリーポイントが外れたリバウンドを拾ったニコルのジャンプシュートと、ゴール下でジヨンが飯田と勝負してシュートまで持って行ったもののこぼれたところを、石川を追い出したスンヨンが拾って再び押し込む。
 二本ともオフェンスリバウンドを拾っての得点。
 日本代表はハイポストで持った平家が走りこんでくる石川に手渡しパス、石川はディフェンスを平家に引っ掛けてゴール下へ向かい、ディフェンスがカバーに来たのでバウンドパスを飯田に送って簡単なシュートを決める。
 もう一本は速攻を狙って持ち上がった藤本が右サイドに切れて、上がってくる後藤にパス、前半に見せたような速攻からのスリーポイントの構えを見せてディフェンスを引き寄せてドリブルでかわし、ゴール下まで行って、後藤石川とスンヨンの二対一、パス、パスと見せて自分で後藤が決めた。

 いい連携で崩して点を取った日本代表と、オフェンスリバウンドを確保して点を取った韓国代表。
 八点差で時が刻まれていく。
460 :第九部 :2011/04/09(土) 22:37
 リバウンドを何とかしたい日本。
 韓国はもう、一本ではシュートが決まらなくなってきているのだ。
 効果的なパスで崩す、ということは出来ていない。
 そうなると一対一で勝負となるのだが、日本のディフェンスも韓国のそれぞれのメンバーに慣れてきた。
 簡単に抜かれはしない。
 奪い取るところまでは行かないが、難しい状況でのシュートを選択することを強いるところまでは行っている。
 あとは、その難しいシュートが外れたリバウンドを取れさえすれば、流れを引き寄せられる。

 日本オフェンス、藤本のスリーポイントが外れてリバウンドを韓国に奪われる。
 韓国はゆっくりとセットオフェンスでまわして、ギュリがゴール下へのパスを通そうとして誰も触ることができずエンドを割った。
 早く六点差、最小シュート二本で追いつけるところまで持って行きたい日本代表はここではハイポストで持った平家が自分で勝負。
 ターンしてドリブルで中へと見せてその場でジャンプシュート。
 これがブロックにあいボールは大きくはじき出される。
 日本陣内にまで飛んだボールを拾い上げたのはギュリ、そのままゴールへ向かおうとして藤本との一対一。
 必死に喰らいつく藤本、コースを抑えゴール下へ侵入させない。
 諦めて外へギュリは掃けるが、周りのフォローが無く速攻は成立しない。
 ここの韓国のセットオフェンスは、珍しくスンヨンが外からカットインを試みた。
 しかし、これはうまく行かず石川に正面を抑えられて体当たりする形になりチャージング、オフェンスファウルを取られる。

 残り五分二十秒。
 66-58 韓国リード
461 :第九部 :2011/04/09(土) 22:37
 場面は膠着していた。
 ここで韓国にやられてまた二桁まで開かれると心理的にかなり追い込まれた状態になる。
 逆にここで一本決めて六点差に出来れば、行ける、という希望が持て、勢いが生まれてくる。
 先に一本欲しい、誰もが思う場面。

 日本のオフェンスはこの時間帯になってもよく動いていた。
 国際大会の初戦という緊張で消耗し、スタミナがきつくなってきそうな頃合であるが、元々鍛えられているということと合わせて、途中で休みが取れているというのも大きい。
 そして、各チームのキャプテンクラスで組まれたこの五人、ここが勝負どころということが十分に頭に入っている。

 藤本から石川へ、石川が右外に開いてきた飯田へ落とす。
 ローポストで構えた平家だがディフェンスが前に入ってきて入れられない。
 逆サイドから上がってきた後藤へ戻す。
 後藤は左サイド藤本へ落としてパスアンドラン、ゴール下へ走りこむ。
 パスは入らない。
 トップの平家へ、平家は右外に出て来た石川へ。
 ディフェンスがまだやや遠かったので、スリーポイントラインよりさらに遠いこの位置で石川はシュートの構えを見せた。
462 :第九部 :2011/04/09(土) 22:38
 スンヨンがブロックしようとすっと出てくるところを右から抜きにかかる。
 置き去りにしたいところだったがそこまでは出来なかった。
 前は空いているが左半分は塞がれている。
 ゴール下、逆サイドの後藤を見ていたハラが石川を捕まえに来た。
 前、左、二箇所つぶされる前に、二人の間をバウンドパスで通す。
 左零度、待っているのは後藤。
 ボールにミートしてジャンプ。
 視界には横からブロックを試みて飛び込んできたギュリが入ってくる。
 とっさにそれを避けようという意識が働いて放たれたシュートは、やや長めになり後藤から見てゴール奥に当たり向こう側へ跳ね落ちて行った。

 リバウンド。
 こちらの位置に居たのはパスを捌いた石川。
 流れでハラにスクリーンアウトされていてこのままではボールは取れない。
 そう誰もが思った時に、「ひゃっ」 と場違いな声がゴール下から発せられた。
 次の瞬間、石川がハラの前に入り、落ちてくるボールをジャンプして掴み、そのままゴールに押し込んだ。
463 :第九部 :2011/04/09(土) 22:40
 何が起きたんだ?
 周りは怪訝そうな顔で見るが、そこにあるのは石川がリバウンドを取って点が入ったという事実だけだ。
 笛が鳴って止まるでもない。

 なぜ? と思ったのは日本だけでなく韓国も同様だ。
 ゴール下は支配しきっていたはずが、なぜ?
 嫌なところで点を取られた、という空気が漂う。
 オフェンスはリズムが悪いままで、インサイドへのパスを平家にスティールされる。

 藤本がすぐに受けに降りて速攻を狙うが、とっさに抑えに来たギュリに阻まれワンパス速攻は成立しない。
 一呼吸入れて、周りも上がりギュリも少し離れてからゆっくり持ち上がる。
 ここは流れが来ている、そう藤本は感じていた。
 スリーポイントは実力×流れ×運 で決まる。
 実力十分、運も持ってる、流れが来ているんだから決まるはず、その方程式を藤本は信じた。

 中、外、展開してから戻ってきたボール。
 九十度の位置、スリーポイントラインから二メートル離れた遠い場所からシュートを放った。
 手ごたえは感じていた。
 来た、と思った。
 ボールはリング奥、わずかに左側にあたり大きく跳ね上がった。
464 :第九部 :2011/04/09(土) 22:41
 リバウンド。
 飛んだ先にいるのはスンヨンと石川。
 スンヨンがきっちりスクリーンアウトして石川を背負っている。
 これはスンヨンが確保する、と誰もが思ったところで、また「ひゃー」と場違いな声がした。
 石川がスンヨンの前に入り込む。
 落ちてきたボールをさらうとそのままゴール下まで入り込み、簡単なシュートを決めた。

 韓国ベンチがタイムアウトを取った。

 66-62 韓国四点リード
465 :第九部 :2011/04/09(土) 22:41
 ベンチに戻ってきた日本代表。
 開口一番平家が言った。

 「石川、何したの?」
 「別に何もしてませんって」
 「何もしてないって、どんな魔法使ったらスクリーンアウトされたところから二本続けてリバウンド取れるんだよ」
 「なんか変な声したよね、二回とも」
 「別に、ちょっと撫でてあげただけですよ」
 「なでる?」

 意味が分からない。
 声がしたのはハラでありスンヨンであって、石川ではない。

 「なんかヒップアタックとかするから、触って欲しいのかなあって思って」
 「触って欲しいのかなあって、梨華ちゃん、おしり触った?」
 「ちょっとなでてあげただけだって。下から手入れたから、指は前の方まで入ってたかもしれないけど」
 「前の方って・・・」
 「事故ですよ事故。ちょっとなでただけだし、ファウルでも無いし、オッケーオッケー」
466 :第九部 :2011/04/09(土) 22:43
 スクリーンアウトされてはいたが、完璧な形ではなかったので石川の右手は自由だった。
 一本目、ハラの時は事故である。
 なんとかスクリーンアウトを外して横から前に入り込もうと動いた時に、右手の平がハラの後ろ側の柔らかい部分にふれ、かつ、中指はそのあいだの部分にたまたまそって入ってしまっただけだ。
 事故だから石川は慌ててそこから右手を引き出そうとして、さらにその部分に摩擦で刺激を与えてしまう。
 それは悲鳴も漏れて力も抜けるだろう。

 一度目の事故的犯行で車掌に捕まらなかった石川は、次の列車では今度は半ば意図的に別の女性をターゲットに手を伸ばした。
 今度はさっきよりも深く入る。
 後ろからというよりも下から、というのに近い場所、柔らかい両側から挟まれた間、石川の中指は下を通って前側にまで届いた。
 そして、指を、手を、引っ張り手前に戻す。
 後ろどころか前までも刺激を与えられたら、それは悲鳴も出る。

 突き飛ばしたわけではないからプッシングではない。
 掴んだわけでもないからホールディングでもない。
 叩いたわけでもないのでイリーガルユースオブハンズともちょっと違う。
 ちょっと触っただけ、ちょっとなでただけだ。
 ゴール下ではよくあること。
 背中あたりならよくあること。
 それがちょっと場所が違っただけである。
467 :第九部 :2011/04/09(土) 22:44
 「なんでもいいっすよ。とにかく四点差四点差」
 「ディフェンス、ボール持ったら一対一仕掛けてくるって思って対処ね」
 「四番だけは外もあるから、藤本、忘れるなよ」
 「分かってますよ」

 事故でも故意でも痴漢でもなんでも、オフェンスリバウンドを二本続けてとって四点差まで迫っているという事実がここにある。

 「同じ手は通用しないと思うから、リバウンドしっかりな。ディフェンスリバウンド特に。押してくるけど飛ばされるなよ」
 「オフェンス、二点づつね。まだ時間あるから。外三人は流れで打ってももちろんいいけど、スリーにこだわるな」

 キャプテンの飯田が、コーチの信田が、メンバーに告げる。
 流れが来ているという認識の中で、ミーティング時のチームのあるべき姿に近い形が出来てきている。

 「一対一なら怖くないから」
 「足動かしていこう」

 メンバーたちも、思い思いの言葉でチーム全体を鼓舞する。
 ブザーがなって五人がコートに戻って行く。

 輪が解散してベンチの隅に戻って行くところで松浦がポツリとつぶやいた。

 「おしり触ってもファウルじゃないんだ」

 その場では誰も答えなかったけれど、席までもどって座ると、となりに居た福田が言った。

 「ハッキングでもプッシングでもホールディングでも無いけど、かなりアンスポーツマンライクな気がする」

 声は出さずにその奥に座っていた柴田が何度もうなづいた。

 スポーツマンらしくない行為は、本来アンスポーツマンライクファウルを取られ、相手チームにフリースロー二本を与えた上、相手ボールでゲーム再開となる。
468 :第九部 :2011/04/09(土) 22:45
 同じタイムアウト、韓国ベンチは今度こそ本当に荒れていた。
 冷めてなどいない。
 痴漢被害者スンヨンとハラが猛烈に不満をまくし立てている。
 おちつけ、おちつけ、となだめるコーチ陣だがメンバーたちは聞くを持っていない。
 もっとしっかり繋いでいこうとギュリが言っても、もうどうでもいいこんな試合、というようなことをニコルが言い返している。
 試合に出ていない九人は、形だけ輪を作っていたが、まったく無関係を装っていて話には参加しない。
 残り時間四分を切って、宿敵日本と四点差、という状況にあるチームとしてありえない姿。
 ここまでずっと黙って見ていたソニンが切れた。

 「てめーらいいかげんにしろ! 今どういう状況か分かってるのか! 痴漢だなんだごちゃごちゃ言ってる場合じゃないだろ! 寮がどうとか。目の前の相手を見ろよ! コーチもコーチだ。替えちまえよこんなぐちゃぐちゃ言ってる奴ら」

 ソニンの剣幕に圧倒されたのか、強い縦社会で生きているはずの韓国のコーチ陣が、いや契約がとかなんとかもごもご言うのみである。
469 :第九部 :2011/04/09(土) 22:45
 「なにが契約だよ。目の前の相手に勝つ。それがバスケだろ。なんなんだよこのチーム。勝つ気ないなら国に帰れよ。

 勝つ気が無いなら国に帰れ。
 自分が帰るべき国は果たしてどこなんだろうか・・・。

 もう、それ以上は言わなかった。
 瞬間沸騰的怒りは長くは続かない。
 タイムアウトがあけるブザーがなり、五人以外のメンバーはそれぞれ座っていた椅子に戻って行く。
 ソニンも戻っていこうとしたが、我に返ったコーチに呼び止められた。
470 :第九部 :2011/04/09(土) 22:45
 「ソン」

 言われて振り返るとコートを指差して何か言われた。
 入れ、と言われているようだ。
 ハラと交代。
 交代を命じられたハラがコーチのところに歩み寄ってなにやら言っているが早口すぎてソニンには理解出来ない。
 文句を言われているコーチだが、交代を撤回する様子は無かった。
 ハーフタイムに軽く体を動かして以来、ずっと座ったままで体も温まっていないし、チーム状態は最悪に近いところにあるが、それでもチャンスが来たようだった。
 まだ何か言っているハラの後ろを通って、オフィシャルのところに行き交代を告げコートに入る。
 マーク誰だったのかも確認もしてねーよ、と思って少し迷っていたら、ギュリが近づいてきた。
471 :第九部 :2011/04/09(土) 22:46
 「ソン、ソニン」
 「なに、フルネームなの?」
 「おこってくれて、ありがとございます」

 日本語だった。
 そういえば、ソニンが切れた時に使った言葉は日本語なはずだ。
 それでも、だいたいは通じていたということだろうか。

 「パク」
 「ん?」
 「マークどれだっけ?」
 「ナンバーテン」
 「あいつか」
 「よくしってる選手?」
 「いーや、あんまり」

 日本代表の今コートに出ている五人のうち、藤本、石川、平家は直接試合をしたことがあるし、飯田は一つ上の学年を代表する有名選手だ。
 10番を付けた後藤だけは、ソニンにとって持っている情報の少ない選手だった。

 「そっか、しっかりたのみます」

 あの貫禄女が、たどたどしく日本語話すとそれだけで可愛いじゃないか、とソニンは思った。
472 :名無飼育さん :2011/04/15(金) 00:06
国際問題だw
473 :作者 :2011/04/16(土) 23:31
>>472
石川は謝罪も賠償もしない模様です
474 :第九部 :2011/04/16(土) 23:32
 韓国エンドから試合再開。
 ギュリが持ち上がるというスタイルは変わらない。
 ソニンには後藤がついてきた。
 様子見をしている時間帯では無いが、体が温まっていないというのも事実としてある。
 ソニンはコート内を動き回った。
 フリーになってボールを受ける、ということよりも体を温めるという方が目的としてある。
 ファーストタッチは大きく外に出たところ。
 プレースタイル的に勝負できるような場所ではなく、簡単に戻すことになる。
 それからまた走り回る。

 ここのオフェンスはスンヨンが石川相手に突破を試みてうまく行かず、自分の足にボールを当ててエンドラインを割った。

 10番をつけた後藤真希。
 あまり知識は無いが、今日ここまで見てきた限りでは外でも内でも勝負できるバランスの取れたいいプレイヤーだとソニンは思った。
 ディフェンスでサボらせてもらえるような相手ではない。
 ただ、実際こう対峙してみて、迫力のようなものは無いなと感じた。
 身長は自分と変わらない。
 否、身長の問題ではなかろう。
 身長は変わらず、後藤と比べても華奢と言える石川も、ボールを持たれると怖さを感じる。
 脳で考えて、こいつはうまいからボールを持たれると点を取られる可能性が高くて怖い、というようなものではなく、もっと本能的なところで怖いのだ。
 それが後藤には無い。
 たしかにうまいし、たしかにこのメンバーの中にいて何の遜色もないけれど、不思議とそういう怖さは無かった。

 流れは日本に向いている。
 外に一旦開いて中に駆け込んだ飯田へ石川からパスが入り、ゴール下のシュートをきっちり決めて二点差。
475 :第九部 :2011/04/16(土) 23:33
 韓国は早い攻め上がりから時間を掛けずにインサイドでジヨンが勝負して、ここはジャンプシュートが決まり四点差に押しもどす。
 引き続いての攻防はどちらもシュートまで持っていけず、四点差のまま三分を切った。

 こいつらやっぱり勝つ気が無い、とソニンは思った。
 勝つ気が無いわけではないのかもしれないが、勝つことよりも優先される何かがあるという感じだ。
 目の前の試合だけを見ている、日本をぶち倒すことだけを見ているのは、自分とギュリの二人しかいないんじゃなかろうか。

 ならば、自分の力で勝たなくてはいけなかった。
 そのチャンスを与えられ、そして、自分にはその力があると信じている。
 この試合で背負っているものは、誰よりも重い。
 代表の重み、なんてものじゃない、人生の重みだ。

 後藤はがたいはいいが、馬力で勝負すればやっぱり自分が勝つと思った。
 インサイド、体のぶつけ合いなら負け無い。

 ゴール下、ポジションを確保しようと圧力を掛けるとあっさりと押しのけることができた。
 零度の位置からボールを受ける。
 飛べば目の前にはバックボード。
 簡単なシュートを決めた。
 六点差へ広げる。
476 :第九部 :2011/04/16(土) 23:33
 こんなにもろいものか?
 そう考えたが、自分がフレッシュで体力が有り余っていることと、まだ動きに慣れていないことあたりのせいだろう、と思った。
 頭の中でそんなことを思ったのはシュートを決めて、ディフェンスに戻ろうと走り出すほんの一瞬のことであったが、その一瞬の間に局面はもう動いている。
 エンドで飯田が拾って、長いパスを石川に飛ばした。
 ワンパス速攻、石川vsスンヨン、スピード勝負で置き去りを狙ったが付いてこられたのでストップジャンプシュートを放ち四点差へ引き戻す。

 二回同じことはさすがに通用しなかった。
 押し込もうとしても踏ん張られる。
 それでも押し合いでスペースを確保する自信はあったが、外のディフェンスもソニンを警戒していた。
 ソニンが日本をよく知っているように、日本代表メンバーも多くがソニンをよく知っている。
 桜華学園と対戦するとき、まずソニンのプレイスタイルをチェックするのだ。
 石川や平家の頭には、ソニンがどういう選手かはしっかりと刻まれている。

 押し込んで場所を奪っても、外から挟み込みに来られてボールが入らない。
 今出ているメンバーは、ギュリ以外スリーポイントはない、と見られていた。
 その場の流れ、平家がソニンをケアしていて、外で開いたニコルが迷った素振りを見せながらもスリーポイントを放つが長くなってリングにも当たらずに外れる。
477 :第九部 :2011/04/16(土) 23:33
 残り二分少々からの攻防。
 日本代表は石川がミドルレンジからジャンプシュートを放つが外れてリバウンドをジヨンに拾われる。
 対して韓国はギュリがエンドライン際藤本を抜き去ろうとしてかわしきれない。
 逆サイドのソニンに出したところを後藤がパスカット。
 すぐに石川が受けて一人で持ちあがるが、韓国ディフェンスは二人、一対二で勝負にはいかずに周りの上がりを待つ。
 セットオフェンスになり、日本代表はボールを回す。
 最初から狙っていたわけではないけれど流れでそうなった。
 混んでいるゴール下を抜けて逆サイドへ出て来た藤本、ギュリはゴール下で飯田に引っ掛かっていた。
 トップにいた平家から送られたボール。
 受けながらターンしてゴールに向かい、ギュリとの距離がまだあるのを確認してシュートを放つ。
 終盤に来てのスリーポイント。
 後半入っていなかったが、ここで決まった。
 ついに一点差。
 沸きあがる日本ベンチ、また、どちらよりでもない中立の観客も、この展開この時間帯のこのシュートで盛り上がっていた。
478 :第九部 :2011/04/16(土) 23:34
 残りは一分半。
 韓国としてはリードは守っておきたい。
 どこで勝負?
 ソニンは自分がと思っていたし、周りも自分がと思っているようだ。
 ソニンがニコルがジヨンが、そう思うと、インサイドが混雑する。
 実際に自分で勝負したのはギュリだった。
 外から突破をはかろうとする。
 結果的には、突破されたとしてもインサイドは混み混みでゴール下まではいっていけるような状況ではなかったのだが、藤本にそこまでは見えていない。
 突破されないように、と付いて行ったところでギュリはジャンプシュートを放った。
 タイミング的には藤本はしっかり対処してブロックに飛んだのだが、いかんせん身長差がありすぎる。
 空中フリーの状態で放たれたシュート、しかしこれは外れた。
 リバウンド、誰も痴漢がいなかったからなのか、ニコルが奪い取る。
 上まで戻して仕切りなおし。

 韓国はボールを回すがディフェンスは崩されない。
 勢い、また一対一の勝負が選択されることになる。
 ここはニコルvs平家。
 ローポストでボールを持ってゴール下押し込もうとするが、平家はそれでやられたりはしなかった。
 ニコルはフェイドアウェー気味のシュートを放つ。
 平家のブロックは藤本のブロックと違い、しっかり効果のある高さである。
 フェイドアウェーで打ったのでそのブロックは越えて行くことが出来たが、ボールはゴールも越えて行ってしまった。
 リバウンド、ここで競ったのはソニンと後藤。
 ヒップアタックで突き飛ばす、なんてことをソニンはしない。
 先に手に触れたのは後藤でそれを両手で抱え込もうとしたが、ソニンはそれを怪力で引き剥がした。
 奪ったボールは上まで戻す。
479 :第九部 :2011/04/16(土) 23:34
 仕切りなおして三度韓国オフェンス。
 一分を切って一点差。
 本当の勝負どころ。
 ソニンはゴール下で勝負をしたかった。
 後藤との勝負。
 その気迫は韓国のメンバーに伝わったのだろうか、ジヨンがニコルが外にはける。
 ローポストで後藤を背負い込んでボールを受けられる体勢を作る。
 しっかり見ていたのはギュリ。
 遠めの位置であったが、目の前の藤本は頭の上ならボールは通る。
 サイドを経由せずに長い距離のパスを出した。
 もう一人、しっかり見ていたのが石川だった。
 上からでもパスが入る。
 読んでいたところに飛んで行ったものだから、横から飛び込んで奪い取った。

 すばやく左サイドに出た藤本へ石川はボールを送る。
 受けながらターンしてスタート、前にいるのはギュリ一人、味方の上がりも相手の戻りも遅れている。
 この試合、何度かあったシチュエーションだったが、ここでも藤本はギュリを抜き去ることが出来なかった。
 左零度のあたりまで下りて行って味方の上がりを待つ。
 パスを入れられるような入って来方をしたものは居なかった。
 藤本は自分でそのままトップまでドリブルついて戻って行く。
 残りは三十秒。
 ここのオフェンスで取れないと、韓国に持ちきられて逃げ切られる展開が見えてくる。
 確実に。
 それが藤本の頭にはある。
480 :第九部 :2011/04/16(土) 23:34
 地元CHN48の登場を前に、最終盤の一点差ゲームで会場は盛り上がっていた。
 どちらにも強い思い入れが無いと、こういう競った試合はいい見世物である。
 その、がやがやした雰囲気の中で最後の攻防。
 残り二十秒、シュートクロックも無くなってくる。
 右ローポストで平家がボールを受けた。
 韓国ディフェンスはとにかくシュートが怖い。
 外からスンヨンも囲みに来る。
 一対二、この状況は平家にとって慣れたものだった。
 スンヨンが近づいてきたところ、バウンドパスで小脇を抜く。
 外、待っているのは石川。
 一点差で最終盤のこの場面、石川はスリーポイントラインの外側でボールを受けた。

 シュートの構え。
 スンヨンはもちろん戻ってくるが間に合いそうに無い。
 一点差で残り二十秒を切っている、それが頭にあるか、スリーポイントはフェイクで突破に来てくれ、という願望に賭けたか、ブロックに飛ばなかった。
 石川の構えはフェイクではない。
 ブロックに飛ばれても間に合っていないが、心理的圧力にはなるもの。
 それも無い状態で放たれた石川のスリーポイントは、きれいにネットを通過した。

 土壇場逆転、72-70 日本リード。
481 :第九部 :2011/04/16(土) 23:35
 負けるわけにはいかなかった。
 自分が入ってから逆転された。
 自分に責任のあるプレイではないが、自分が入ってから逆転されたというのは事実である。
 誰が悪い?
 日本から来たあの女が悪い。

 そんなことを左脳でぐちゃぐちゃ考えたりはしなかった。
 二点差、残り十七秒、それだけを見て、ただ走った。
 パクは自分にボールを預ける。
 そして自分が決める。
 そのイメージがはっきりあった。

 後藤との競り合い。
 前に入られるとパスコースがさえぎられてうっとうしい。
 それを逃れて動く。
 力と力の勝負なら負けなかった。
 前に入られて逆サイドへ移動して、ゴールに背を向けて後藤真希を背負い込む。
 パクギュリ、正面に居た。

 今度は距離が近い。
 藤本の頭上を抜いたパス。
 それを飛び込んで奪えるものは居ない。
 どっしりと両手で受ける。
 押し合いのゴール下、ソニンはさらに背中に圧力を掛けた。
 それからターンする。
 目の前にさえぎるものは無かった。
 ただ、飛べばそこにバックボードがありリングがある。
 逆サイドから飯田がカバーに来るが関係なかった。
 簡単なゴール下のシュート。
 それを決めて着地すると、足元に後藤が転がっていた。

 笛はならない。
 ファウルになるようなプレイは無い。
 残りは四秒、ボールを拾った飯田が藤本へ入れ、持ち上がっている途中に終了のブザーが鳴った。

 72-72

 延長へ。
482 :第九部 :2011/04/16(土) 23:36
 延長までのインターバルは二分ある。
 日本代表はメンバーは替えなかった。
 藤本、石川、後藤、平家、飯田。
 この五人で延長にも臨むようだ。
 後藤がソニンを抑えられていないが、信田コーチは他に適任はいないと踏んだようだ。

 「しっかりしろ! 後藤真希」

 藤本が頭をぱちんと叩いた。

 「ごめん」
 「あれ、桜華のやつだろ。たいしたことないって。ゴール周りだけで外出たら使えないんだから」
 「後藤が止めてたら延長になってなかったんだよね」
 「美貴が途中のスリーポイント二三本決めてたらとっくに勝ってたよ。だからそういうのはいいっこなし」

 信田コーチからのコメントは比較的簡単なものだった。
 こまごまと時間一杯使って伝達するような事柄は無い。
 メンバー同士ではなしをしながら、延長の開始を待つ。

 「ソニンちゃん、体力的にフレッシュだし、怪力だから押し合い勝負するのきついよやっぱり」

 今度は石川が後藤に語りかける。

 「前を抑える感じのがいいかなあ」
 「そう思う」
 「ごっちんも結構怪力なイメージだったんだけどな」

 出番の無い吉澤も入ってきた。

 「なんか、圧力半端ないよ。すごい気合入ってる感じ」
 「じゃあ、ごっちんも気合入れないと」
 「んあ? うん、そうだね」

 そろそろ時間になる。
 五人はコートに上がって行く。

 「ごっちん大丈夫かなあ」

 自分の席に戻りつつ、誰へとも無く吉澤がつぶやく。
 受け手のいない言葉を柴田が拾った。

 「大丈夫だよ。のんびりした雰囲気でも結構すごいじゃんあの子」
 「うーん、そうなんだけど、なんか珍しく気持ち的に圧倒されちゃってる感じに見えたんだよなあ」

 能力の問題ではなく、気持ちの部分で吉澤はなんとなく後藤のことが心配だった。
483 :第九部 :2011/04/16(土) 23:36
 後藤真希にとって、経験したことの無い感覚だった。
 このメンバーで戦うのは初めて。
 日本代表のユニホームを着るのは初めて。
 海外に渡航するのは初めて。
 国際試合は初めて。
 延長は初めて。
 初めてはいろいろあるけれど、それらの何かが一つ、後藤に影響を与えるわけではない。
 いろいろな初めてがあわさって、今までに無い感覚を与えている。

 日本国内の試合でも、対戦相手の勝ちたいという必死な思いが伝わってくることはあった。
 激しい接触もあるし、ゴール下のどつきあいに近い攻防だって経験はある。
 粗いプレーで言葉ではっきり罵られたりしたこともある。
 それらと戦ってきた自分。
 仲間たちの勝ちたいという想いももちろん今まで感じてきた。
 矢口の必死さは見ていて愛らしかった。
 だから、辞めずに付いて行ったのだろう。
 そうして今がある。

 今日は、そういうのとは何か違う、嫌な重苦しさを感じていた。
 特に、ソニンが入ってきてからは、体が思うように動かないレベルでの圧力を感じている。
 試合の最終盤に来て、体力的なきつさかと思ったけれど、どうもそれだけではなかった。
 スタミナ面の問題ではない、技術的な問題でもない、直接的には力の問題なのかもしれないけれど、なんとなくそれとは違いそうな何か。
 後藤は、よくわからなかったけれど、とにかく、頑張らなくっちゃとだけ考えた。
484 :第九部 :2011/04/16(土) 23:36
 延長は素直に一本のシュートで点が入る、ということがなかなか無い展開になった。
 パスで崩してフリーを作って簡単なシュートを決める。
 そういう展開を日本も韓国も作れない。
 一対一選手権、対戦順はランダムに、という装いだ。
 日本代表は石川が外から一対一をしたがるが、マッチアップのスンヨンは、石川にしっかりとマークでついている。
 ボールを簡単に受けられず、ゴールからかなり離れたところからしか勝負が出来ない。
 距離が遠すぎてスリーポイントシュートという選択肢が取りにくく、勢いドリブル突破を無理やりはかることになる。
 その、勝負条件の悪さに関わらず、石川は個人技でスンヨンは上回った。
 しかし、個人的な恨みでもあるのか、スンヨンは必死に喰らいつき自由にシュートを打たせない。
 本来なら抜き去られている状態でも、自覚を持ってファウルをしてでも止めてきた。
 ファウルで止められた場面が二度ほどあり、どちらもフリースローとなり石川は一度目は一本だけ、二度目は二本決めている。

 その他には飯田がインサイドでファウルを受けてやはりフリースローで一本決めたのと、ルーズボールを藤本が取りに入ってたまたま受けたファウルでフリースローになり二本決めたのと、すべてフリースローで加点している。
485 :第九部 :2011/04/16(土) 23:37
 韓国はギュリ、ソニン、スンヨンあたりが一対一で勝負してくるが、いずれも相手を置き去りにしてフリーでシュートとはいかない。
 それでもシュートまでは持っていけるのだが一本では決まらない。
 オフェンスリバウンドを拾って点を取って行く流れである。

 延長も残り二分を切って78-78同点。

 韓国はソニン以外はスタートから出ずっぱりであるし、日本代表にしても途中休みを挟んでいるが、終盤のプレッシャーが掛かる場面になってからはメンバーを替えていない。
 いい加減足が動かなくなってきているが気力で走っている。
 日本代表、パスは回るがディフェンスを崩せない。
 一対一、という場面も無くシュートクロックが刻まれて行く。
 ゴールからかなりの距離、左六十度。
 藤本はシュートクロックが五秒を切るのを見てその位置からシュートを放った。

 「リバウンド!」

 打った直後に自分で叫んだ。
 力が入った、ちょっと長い、そう、感じた。
486 :第九部 :2011/04/16(土) 23:37
 距離の長いシュートはリバウンドも大きく跳ねることが多い。
 ゴール下、飯田、平家、後藤が入り込もうとするが韓国ディフェンスはしっかり内側は囲い込む。
 ボールはその外へ大きく跳ね飛んだ。
 そちらにいるのはスンヨン、それから石川。
 石川はここで、また、手を伸ばした。
 上に、ではなくて、下に。

 一瞬反応したスンヨンだったが、すぐに身を固めた。
 その一瞬の反応の分、石川がボールを取りに横から前へ入ろうとする隙が出来る。
 しかし、反応が一瞬だった分、スンヨンも対処できた。
 落ちてきたボールは二人で掴み合い。
 どちらも譲らずジャンプボールシチュエーション。
 こういう場合はルールで順番にどちらかボールになるのか決まっているのだが、ここは韓国ボールになる順番だった。

 笛がなってプレイが止まると、スンヨンが石川に怒鳴りつけた。
 言葉は分からない石川、だけど、自覚があれば何を怒っているのかは分かる。
 それでも石川は悪びれずに返した。

 「なによ。ちょっと触れただけじゃない。事故よ事故。そんな怒っちゃって。自意識過剰なんじゃないの?」

 スンヨンの剣幕に、両チーム慌てて二人の間を引き剥がしに掛かる。
 スンヨンはギュリが、石川は平家がなだめ、あとの三人は壁になって二人の間を隔てる。
 場が騒然とする中、日本ベンチがタイムアウトをとった。
487 :第九部 :2011/04/16(土) 23:38
 「石川、もうよせ」
 「事故ですよ」
 「分かったから。とにかくもうよせ。例え事故でも」
 「はい」

 冤罪でも捕まると、罪を認めるまで留置場から出られない。
 事故だなんだと言っても、疑われるだけでリスクが大きいのが電車内犯罪だ。
 混んでいる押し合い車内ではホールドアップが基本である。

 「疲れてるとは思うが、もう一分半もない。とにかく足を動かせ。一瞬の勝負だ。外からの一対一をする力が残ってるならその分パスアンドランでゴールに向かう動きで崩した方がいい」

 延長に入ってから完全に一対一の連続になっている。
 もう少しチームとして機能させたかった。

 「ディフェンスもね、足動かそう」
 「パス取れるよ。ボールマン以外もサボってなければ」
 「リバウンド。特にディフェンスリバウンド、スクリーンアウトきっちり」

 飯田、藤本、平家それぞれが思うところを述べる。
 次の一本を取るための指示、というのではなく、やるべきことの確認だけをした。

 荒れた場を収めたタイムアウト。
 日本代表はコートに戻って行く。
 先に出てきていた韓国代表は、センターサークル付近で円陣を組んでいた。
 4番をつけたギュリがなにやら言っているのが見える。
 周りのメンバーもしっかり聞いていた。

 韓国チームの内紛は、女の敵が現れて怒りが外へ向かうことで収まり、チームとして再び一つになったのかもしれない。
488 :第九部 :2011/04/23(土) 23:49
 あまり顔には出ていないようであったが、後藤自身ははっきりと疲弊を感じていた。
 スタメンではなかった。
 第二ピリオドの途中からの投入だ。
 第三ピリオドも一時期休んでいた。
 延長に入っているとはいえ、プレイ時間は東京聖督で絶対的エースとして試合をする時と比べれば短いものだ。

 それなのに、この疲労感はなんだ?
 速攻で走るべき場面で十分に走れなくなっている。
 パスアンドランをしっかり、といわれたが一番出来ていないのは自分だろう。
 一対一も、延長に入ってから、否、ソニンに替わってから、仕掛ける場面がなくなった。
 インサイドでは勝負できる状況に無いし、外でもボールを持って対峙した時に勝てる気がしない。

 タイムアウトでベンチに戻るとき、替えられるだろうな、と思っていた。
 だけど、そのコールは無かった。
 もう残り一分少々。
 再延長ならわからないけれど、この延長で終わるとしたら、最後まで任されたということなのだろう。
 もっと余裕のありそうな子に替えればいいのに、と思う。
489 :第九部 :2011/04/23(土) 23:49
 韓国オフェンス。
 ボールをまわしながら声が飛び交っていた。
 何を言っているのかは分からない。
 ただ、今までと雰囲気は違う。
 連携が出来てきている。
 パスアンドランとか、日本と同じことをベンチで言われたのだろうか?
 単発のパスが回ってから気が向いた人が一対一、というここまでの展開とは違う。

 本来バスケはそういうものだ。
 だから、その本来の形に戻っただけであって、日本のディフェンスだってそれにまったく対処出来ないなんてことはない。
 ハードルが多少上がっただけで、越えられないものではないのだ。
 ここは踏ん張る。

 残り一分になる頃、ミドルレンジからニコルがジャンプシュートを放った。
 フリーにはさせていない。
 シュートクロックが無くなってきて、確率高くないけど打たないと、という消極的選択からのシュート。
 ニコルから見て奥のリングに当たってその先へボールは落ちる。
490 :第九部 :2011/04/23(土) 23:49
 シュートの時点で後藤は、反対のサイドでボールとソニンを両方見る形になっていたが、リバウンド、スクリーンアウトが出来ずソニンに飛び込まれた。
 オフェンスリバウンドを取られる。
 取ったソニンはぴったりゴールの真下に着地。
 後藤はリバウンドを奪うよりも、その後のシュートをさせない方向で対処した。
 ニコルをスクリーンアウトしていた平家もソニンを囲みこむ。
 ゴールの本当の真下にはまり込んで、右か左か後ろに出ないとシュートが打てないソニンは、外へパスを出して逃れる。

 仕切りなおし。
 韓国オフェンスのパス回しに日本代表は耐える。
 マークマンを見る、ボールの位置を把握する、フリーにさせない。
 後藤はソニンをゴール下へ入れたくなかった。
 だが、力の勝負になるとどうも負けてしまう。
 しかたなく、中に入られても外を抑える、という方針でいる。
 ソニンと後藤のポジションの奪い合い。
 自分の望む位置関係を作ることが出来ず、ソニンがじれて外へ一度出て行く、ということも多い。
 今の攻防は負けていない。
 シュートクロックを刻ませて追い込む。
 その、外へ出ているソニンへボールが回ってきた。
 ここからなら抜きに掛かられても大丈夫。
 そう八割の自信を持っている後藤を前にしてソニンはそこからシュートを放った。
 通常のシュートレンジより遠い位置。
 距離感は合わせられたのだが方向があっていなかった。
 リングの淵にあたり大きく外へ飛んで行く。

 意外な位置へ飛んだボール。
 最初に触れたのは石川だったが、その両手の間のボールをスンヨンが叩く。
 もう一度ルーズボール。
 拾ったのはギュリ。
 三度韓国オフェンス。
491 :第九部 :2011/04/23(土) 23:50
 オフェンスもディフェンスも、どちらも当然体力は使うが、ディフェンスの方が心理的につらかった。
 よし、攻撃へ、という一瞬の開放感が、相手にリバウンドを取られることで失望にかわる。
 もう、一分近く継続してディフェンスを強いられている日本代表。
 第四ピリオド終盤も同じ展開だった。
 それに耐えて、石川の逆転スリーポイントがあった。
 ここも耐え切れば。

 そういう思いがありながらも、サボれる隙を見つけてサボってしまいたくなるのが人間の嵯峨だろうか。
 ソニンが外に開いているときは安全。
 ここまでのゲームで後藤の頭にはそうインプットされていた。
 距離のあるシュートは外れたし。

 そのソニンが外でボールを持って、やはり自分で勝負はして来ずにパスを戻す。
 ボールを持っていても不安は無い位置、ましてボールを手放していれば何の心配も要らない。
 そんな感覚が、反応を遅らせた。
 パスを出したソニンが走る。
 後藤の横をすっと抜けてゴール下へ、走る。
 ギュリから正確なパスが入ってきた。
 後藤はもうソニンの背後、手は出せない。
 反対側から飯田がブロックに来たが、ソニンはワンドリブル入れてやり過ごし、ゴール下簡単なシュートを決めた。

 80-78 韓国リード。
 残り二十二秒。

 百二十パーセント自分のせいだった。
 集中が切れた一瞬。
 そこを突かれた。
492 :第九部 :2011/04/23(土) 23:51
 完成とも怒号とも悲鳴ともつかない声が会場を埋めている。
 日本のベンチからも、韓国のベンチからも、スタンドからも。
 二点差は、残り百分の一秒まで分からない。

 エンドからボールを入れたのは飯田。
 藤本が受けて持ち上がる。
 そのまま一気に自分で勝負、という選択は藤本にはなかった。
 しっかりまわして一本決める。
 味方が全員上がり、騒然とした雰囲気の中でのセットオフェンス。

 どこでも勝負できる。
 それだけの五人がコートに立っているはずだ。
 最後の最後は誰で勝負、そういう約束事があるチームではないし、ごく自然に誰で決まりでしょうということもない。
 そういう風になるとしたら石川なのだけど、有利な状況でパスが入れずらい状況になっている。

 流れの中でなるようになるしかなかった。
 藤本から平家へ。
 平家から後藤に渡って、また藤本へ戻る。
 石川がどこに動いてもスンヨンが張り付いていた。
 飯田はインサイド。
 平家は割と外目で、後藤は内でも外でも選択肢がある状況だったけれど、外にいたいと思った。

 流れだった。
 最後はこうやって、と思っていたわけではない。
 ただ、流れだった。
 残り五秒をきったところ、後藤はゴール下を抜けて右四十五度、スリーポイントラインの外側まで出て行った。
 ソニンは飯田に軽く引っ掛けていて少し距離が出来ている。
 トップの藤本からボールが降りてきた。
 ゴールの方へ向きながらボールを受ける。
 ソニンが追ってきた。
 ゴール下には飯田がいて、ジヨンもついている。
 突破してもその先が難しい。
 瞬間判断して、後藤は飛んだ。
 スリーポイント。
493 :第九部 :2011/04/23(土) 23:51
 ソニンは、離れた距離からもブロックに飛んだ。
 打ってくる、そういう確信があったわけではないけれど、体が反応した。
 高いリリースポイントで放たれた後藤のシュート。
 ソニンの伸ばした右手。
 ぴしゃりと叩き落すことは出来なかったけれど、指先にしっかり当たった。
 ボールは失速し、ゴールには届かない。
 ソニンの背後、ゴール下にいた飯田の手前に落ちる。
 ルーズボール。
 飯田が拾い上げようとしたが、着地したソニンがすぐに飛び込んで右手で弾き飛ばす。
 転がってきたボールを藤本が救い上げたところでブザーが鳴った。
 藤本は流れでボールを投げるとリングに吸い込まれた。
 タイムアップ後、ノーカウント。

 80-78

 日本のグループリーグ初戦は、延長の末韓国に屈した。
494 :第九部 :2011/04/23(土) 23:52
 倒れこんでいたソニンは、ゲームの幕切れがしっかり確認出来ていなかった。
 ブザーが鳴ったことは分かったし、ボールがリングに吸い込まれていったところも見た。
 どちらが先でどちらが後で、どこまでが有効でどこまでが無効か。
 レフリーを見てオフィシャルを見て、周りを見て、確信した。
 勝ったのだ。
 瞬間、両手を高々と掲げて吼えた。

 ギュリがソニンに抱きつく。
 他の三人も輪を作っている。
 ベンチに居たハラも入ってきた。
 一番盛り上がっているのは、ベンチのコーチ陣である。


 後藤はコートサイドで無表情にそんな光景を見ていた。
 シュートを打った場所のすぐ外。
 ベンチは遠い反対側にある。
 勝者が盛り上がる時、敗者はさっさと引き上げて場所を空ける。
 飯田が、石川が、藤本が、それぞれベンチに戻って行くと信田が握手で出迎えた。
 後藤のことは平家が迎えに来た。

 「あと二つある。帰ろう」

 ポンポン、と肩を二回たたいてそのまま肩を抱くようにベンチに向かって歩いて行った。
495 :第九部 :2011/04/23(土) 23:52
 日本戦が終わって30分、本日のメインイベント、中国vsインド、もとい、CHN48の登場である。
 試合を終えミーティングをして、その後この試合を観戦するのは、試合前からの予定の行動であった。
 決勝トーナメントに進んで必ず当たる相手、という認識である。
 普通、世代別のアジア選手権など、空席が目立つ、というよりも椅子の並んだ中に一部観客がいることが目立つ、というようなものなのであるが、この大会、この試合は違う。
 会場、ほぼ満席。
 それでも、日本チーム、選手、スタッフが観戦できるよう、二十名分ほどのスペースは確保してあった。

 吉澤は、その観戦視察スペースにはいず、スタンドの一番高いところで手すりに持たれながら遠いコートを眺めていた。
 隣には藤本がいる。
 藤本が吉澤を付き合わせた。
496 :第九部 :2011/04/23(土) 23:53
 「よっちゃんさん、ミーティング、信田さん何話してたか覚えてる?」
 「ん? うん。グループリーグの一つの負けは関係ないとかそんな話しだったかな。あとは、延長までやって体力的に明日以降にきつくなるってことになるかもしれないけど、それより実戦を長い時間できたことがこのチームにとっては良かったと思うとか、そんなこととか」
 「そっか」

 グループリーグで一敗して、二位通過になったとしても、準決勝決勝と勝てば優勝である。
 そういう意味では一つの負けは関係ない、となる。

 スタンドの一番上でも冷えた空気はなかった。
 すぐそこまで観客がいる。
 前回大会まで二部にいたインド相手にCHN48は快調である。
 湧き上がる観衆が熱を発散している。
 第一ピリオド41-5
 圧倒的だった。
497 :第九部 :2011/04/23(土) 23:53
 「なんか、負けた気しないんだよね」
 「日本のが強かったってこと?」
 「それはわかんない。わかんないけど、なんか、負けた気しない。変な感じだよ。負けたけど明日も試合があるとか」

 負けたら終わり、という世界に藤本は生きている。
 インターハイ、国体、冬の選抜。
 全部負けたら終わりだ。

 「だから逆に負けた気しないなのかな」
 「吉澤は、出てもいないのに結構悔しいけどね」
 「美貴だって悔しくないわけじゃないんだよ。でも、なんかそういうんじゃなくて、負けた気があんまりしない」

 吉澤には藤本の言っている感覚が分からなかった。
 藤本自身も捕らえ切れていなくて、しっかり言葉に出来ていないもどかしさを感じている。

 「向こうの四番、うまかったな。ああいうのとやりあえるのが国際試合ってことなんだろうけど。日本にはあんなの居ないし。日本だとでかいのはスピードで勝てちゃって逆に美貴の相手にならなかったりするのに、あの四番はしっかり付いてきてたな。そういう意味で、結構今日負けたのは美貴のせいなはずなんだよな」
 「そんなことないでしょ。あれだけ身長差あるのに、外から見ててミキティは負けてなかったよ」
 「勝ち方が足りないってとこかな。でもなんなんだろう。スタメンじゃなかったからかなあ。でも、割と早い時間に入って結構長く出てたしなあ」

 視線の遠い先、コートの上で試合は進んでいた。
 第一ピリオドで大きくリードした中国は、メンバーチェンジを次々として、第二ピリオド途中にして、ベンチ入り十五人がすべて一度はコートに上がっている。
 試合、というより顔見世興行に近い状態になっている。
498 :第九部 :2011/04/23(土) 23:54
 「そういえば、美貴、高校に入ってから富岡以外に負けたこと無いんだった」
 「まじで?」
 「うん。だからかなあ」

 インターハイも国体も、冬の選抜も、滝川が負ける相手は富岡ないし、旧富ヶ岡だった。
 昨年のインターハイ予選が例外としてあるけれど、それは藤本の中ではカウントされていない。

 「富岡に負けると、すげーむかつくんだよね。なんていうのかな、負けたって感じ。あいつら、自分たちの方が強いから勝つんです、みたいなのを分からせる感じの試合するじゃん。小細工なしで。むかつくけど女王なんだよねやっぱ、あれ」
 「うん、逃げないでまっすぐ向き合って跳ね返される感じ」
 「だから、百パーセントだしたのに勝てなくて、すげー負けたって気分にさせられるんだよなあれ」

 吉澤も、インターハイで経験した。
 真っ向勝負で叩き潰されての敗戦。
 藤本にとってそれは一度や二度ではない。
499 :第九部 :2011/04/23(土) 23:54
 「そうか、その辺かな。そっか。そうだよ」
 「なに、どうしたの?」
 「ひどい試合だったよね、今日」
 「なに? 急に」
 「ひどい試合だったんだよ、今日。向こうも途中からばらばらで、こっちは最初からばらばら。まあ、なんかごまかしごまかしやってたけど。別に、ディフェンス堅いってわけでもないのにしっかりパス回らないし。みんな、単発の一対一。だからだよ」
 「だからってなに?」
 「全然百パーセントの試合じゃなかった。美貴と石川とか全然合ってないし。だから負けていいってわけじゃないけど、なんか、力で負けましたって感じられないから、あんまり負けた気しないんだよ」

 なるほど、これはなんとなく吉澤も分かった気がした。
 力を出し尽くしての負けではないから、敗北感が伴わないのだ。
 ただ、負けは負けなので悔しさや怒りのような感覚はないわけではない。
500 :第九部 :2011/04/23(土) 23:54
 「石川は、すごい悔しがってたな」
 「うん」
 「あいつにしてみたら、高校入ってから初めて負けたわけか。そうすると、力で負けましたも何も無いな」

 二年半無敗の富岡総合学園の三年生。
 石川と柴田は、高校入学後無敗。
 今日の試合が久しぶりの敗戦ということになる。

 「なんだかんだであいつ中心に回ってるんだよな、うちらの世代」
 「日本一だからね」
 「是永美記もすごかったけど、あの子にしたって石川を見てバスケやってた。それを捨てたのかまだ頭にあるのかわかんないけどアメリカ行っちゃったけどさ。どう考えてもアメリカ行くのって行かないよりすごいけど、でも、是永美記がうちらの世代の中心かっていうと違うじゃん。どっちと組みたい? って聞かれたら、美貴は是永美記選ぶし、プレイヤーとしては是永美記のが上なんじゃないかって思ったりするけどね。でも、ハンカチ世代とかいうのと同じようなことをうちらで言うなら、石川世代って言うことはあっても、是永世代って言われることはないでしょ。たぶん、藤本世代とも呼んでもらえない」

 うちらの世代、という時一学年でも上下は含まず、同じ学年の選手だけが含まれる。
 石川、是永、藤本、柴田・・・。
 吉澤だって、指折り数えれば片手には入らなくても両手のうちには入ってくるくらいの選手であって他人事ではない。
 この大会には一つ上の学年を差し置いて、最大の六人が選出されている。
 強力なセンターがいないが、それ以外では黄金世代、となる可能性を秘めている学年だ。
501 :第九部 :2011/04/23(土) 23:55
 「ミキティ、石川さん好きだよね」

 今まで言ってみたかったけど言わないでいたことを吉澤が言った。

 「キライだよ。誰よりも。あいつを悔しさで泣かせるのが美貴の夢なんだから」

 遠くのコートを見つめながら藤本は言った。
 吉澤が、何も答えないでいると、続けた。

 「美貴、人間ちっちゃいよね。ホント、最近思う。飯田さんでさえ言ってたんだって? 日本代表に、フル代表に入りたいとか、そういうようなこと。石川はアメリカに勝つとか言い出すし、是永美記は実際にアメリカ言っちゃうし。みんなして、セカイ、とかいうなんか大きそうなこと考えて。それが、美貴は、石川倒して日本一、それも、高校とかいう小さな世界でのこと、それが夢? ホント人間ちっちゃいよ」

 一番高い位置にいる二人に関係なく、スタンドは沸きあがっていた。
 途中で入った控えメンバーのスリーポイントが鮮やかに決まっている。
 スタメン、エース、中心選手だけでなく、サブのメンバーまでも人気があるようだ。
502 :第九部 :2011/04/23(土) 23:55
 「身長ちっちゃいからかな。胸が小さいからとか? それは絶対関係ないけど。よっちゃんさんも結構人間大きいよね」
 「そんなことないでしょ」
 「美貴は、キャプテンやらされたり寮長やらされたりするからチーム全体のこと考える。でも、こういうところにきて一人の選手でいられるなら、好き勝手やっちゃう。でも、よっちゃんさん違うじゃん。こういうところに来て、別にキャプテンとかでもないのに、チーム全体のこと考えて。試合出られなそうな子の面倒とかまで見てさ。すげーと思うよ」
 「別に面倒見てるってわけじゃ、たまたま、自分がそういうレベルで自分がそうしたいってだけだから」
 「美貴、たぶん、高橋愛よりプレイヤーとして上だと思うし、福田明日香にも悪いけど今は負けて無いなって思った。信田さんが高橋愛を使いたがるのは組み合わせだからしょうがないけど、でもそれはそれとして、このチームで一番ポイントガードなのは美貴なんだ。だから、相手が誰でも美貴がゲーム作って、メンバーが誰でも美貴がしっかり使えなきゃいけない。一試合終わって、負けて、こうやって振り返ると、美貴にもわかるよ。ああ、自分のせいだなって。それなのに、負けた気がしないもないよな。百パーセント出せてないから負けた気がしない。百パーセント出せてないのはチームが熟成されてないからだ。百パーセント出せれば勝てるんじゃないかな? どんないい訳女だよって感じ。まったく、小さい小さい」

 そこまで言わなくても、と吉澤は思った。
 そこまで自分に求めるのは厳しすぎる。
503 :第九部 :2011/04/23(土) 23:56
 「ごめんね。ぐちぐちぐちぐち聞かせて。あんまりこういうの話せないんだよね。でも、美貴も、ちょっとは、セカイっての? 気にはなってきたよ。すぐとなりの国にあんなのがいて、その先の国には、なに? 中国四千年がいるんだろ」
 「中国四千年って・・・」
 「美貴自身もいろいろあるけど、やっぱチームとして勝つには今の状態ってわけには行かないんだよね。どうしなきゃいけないってのも、まあ、少しは分かる気がするけど。分かってて、それをすぐ実行しようと出来ないところが、ちっちゃいな、美貴は」

 吉澤は吉澤で別のことを思っている。
 自分は、そういうことを考えるレベルにまでも達していない。
 上には上がいる、それをまだ、国内で十分に体感できるレベルにいる。

 「美貴は、石川、キライだよ。やっぱり」

 そういうと藤本は、トイレに行ってくると告げて去って行った。
 コートでは前半終了のブザーがなり、ハーフタイムに入っていた。
504 :第九部 :2011/04/30(土) 07:29
 中国戦が終わり、宿舎に戻ってから明日へ向けてのミーティングをこなした。
 明日はタイ戦。
 真昼間からの第一試合である。
 今日の第一試合をリアルタイムで見ているのでチームとしての特徴は全員大体イメージ出来ている。
 普通に戦えばそれほど怖い相手ではない。
 スタメンは、今日は告げられなかった。
 信田自身が確定させていないようでもある。

 大分遅い時間になっており、ミーティングまで終わったらあとは寝るしかない。
 特に、中心メンバーはしっかり疲労しており、さっさと寝るべきところであるが、後藤はベッドに座りぼんやりとしていた。

 「気にしてるんですか?」
 「へ?」
 「いや、いいです」

 無口に流れて行くことが多い二人の時間。
 さすがに今日は松浦が押しかけてくることも無い。
 そんな中珍しく福田の方から声をかけた。
 電気を消すとか起きる時間とか、年上でありしっかり試合を戦った後藤主導で決めるべきである。
 そう、福田は考えていて、早く寝るべきだと思いつつもぼんやり座っている後藤を無視して電気を消して強制的に寝かせる、ということはしない。
505 :第九部 :2011/04/30(土) 07:30
 「ごめんね」
 「なにがですか?」
 「んー? うん。後藤、ダメダメで」
 「別に私に謝ることじゃないじゃないですか」
 「でも、なんか、人のこと押しのけて試合出たのに、悪かったなって思う」
 「別に。私を押しのけたのは別の人ですし」

 後藤が福田を押しのける、はそのポジションの違いからしてありえない。

 「ちょっと覇気が無いなとは思いましたけど」
 「覇気?」
 「途中までは、後藤さんこういう人だしな、と思ってました。いつでも変わらないというか。でも、マッチアップがソニンさんに替わってからは、そうじゃなくて、ただ自信が無いみたいな感じでした」

 福田は四十五分間、ずっとベンチで試合を見ていた。
 自分が途中で替わりに入る、という心理的な身体的な準備をすることもなく、ただ、試合を見ていた。
 高橋や藤本だけでなく、全体をよく見ている。
506 :第九部 :2011/04/30(土) 07:30
 「自信かあ。自信は、なかったな」
 「ソニンさんと試合したことありましたっけ?」
 「んー? 前に? 学校で? ないよ」
 「でも、いろんな情報で、負けてるなって思ってたんですか?」
 「ううん。日本にいる子だってのは分かったけど、どれくらいうまいのかとかそういうのは知らない。ただ、なんか、怖かった」

 東京聖督と桜華学園が戦ったことは、過去の歴史まで遡っても一度も無い。
 後藤は、どこそこの学校にこんな子がいる、というような情報は、自分で直接接した相手以外のことまでしっかり把握しているというようなタイプではなかった。

 「私が知っている限り、あんなに圧倒されるような差が後藤さんとソニンさんの間にあったと思えないんですけど」
 「でも、後藤は、並んで立った時に、もう怖かったよ」

 福田は、どこそこの学校にこんな子がいる、というような情報を、自分で直接接した相手以外のことまでも、結構把握しているというようなタイプである。
 ソニンについてのインターハイまでの印象、後藤真希の今日までの印象、比べてみてそれほど差があるとは思っていない。
 頭の中で行われるシミュレーション比較。
 後藤はそういう頭の中ではなくて、並んで立った時に、本能的に、直感的に、怖さを感じていた。
507 :第九部 :2011/04/30(土) 07:30
 「あの子が怖いってだけじゃなかったかな。なんか、あんなにいろんなこと考えちゃったの初めてな気がする」
 「いろんなこと?」
 「負けたらみんな悲しむんだろうなとか、福ちゃんもそうだけど、出てない子は出たいんだろうなって。だから出てる後藤はしっかりしなくちゃとか。すごいよね、みんな。試合に出るのにチームの中で競い合って。出られなくて悔しくても、それに対して不満も言わないし」

 言わないだけで不満は山ほどある。
 そう、福田は思った。
 でも、それもまた、今口にする気は無い。

 「なんか、無理だなって思っちゃう自分がいた。みんなのために勝たせてあげたいって思ったけど、でも、自分の力じゃ無理そうな気がした。延長になったのも、延長で負けたのも、どっちも後藤のせいだったよね。だから、なんか、ごめん」
 「別に、私に謝らなくても。ていうか、そうやって謝られる方が出てない身分としてはみじめだったりするんですよ」
 「ごめん」
 「もう、いいですよ」

 試合に出ている人間だけの責任じゃない、というのが福田の考えだ。
 試合に出られない人間は、出ている人間より劣っているのだから、少なくとも試合に出た人間を責めることは出来ない。
 それを責めても、自分が代わりを出来るわけでもないのだ。
 そう、福田は思っている。
508 :第九部 :2011/04/30(土) 07:31
 「松に聞かせてやりたい。そういうの」
 「まっつーに?」
 「石川さんもそうだった。藤本さんなんかもそうでしたね。自分の力が至らずに負けたんだ、みたいなそういう態度だった。飯田さんや平家さんあたりはそれよりも明日以降に向かって切り替えて行くんだ、っていう態度だったんでよく分からないですけど。少なくとも、後藤さんは自分の責任だって思ってて、他の人たちも、見た目に直接的な原因になった後藤さんのことを責める人はいない。ちゃんと、負けたことを自分の責任としてとらえてる。それぞれのチームで屋台骨になってる人たちだから、やっぱり違うなって思いました」

 なぜ松浦に、の直接的な説明になっていないけれど、福田の中でははっきりしていた。
 自分は完璧、チーム力の足りなさはまわりのせい。
 括弧明日香ちゃん除く、という注釈をつけることが多いけれど、人のせいにすることが松浦は多い。
 そんな松浦を嫌いでは無いけれど、プレイヤーの振る舞いとしては問題だと福田は思っている。
509 :第九部 :2011/04/30(土) 07:31
 「代表の重みっていうんですか? それに耐えられる人たちなんだなって。私は、プレイヤーとしても足りない何かがあるってことでスタメンを外されたんでしょうけど、それだけじゃなくて、そういう重みをまだしっかり受け止め切れない人間なのかもしれないなとか思いました。もしかしたら後藤さんも、受け止め切れていないからソニンさんに怖さを感じて、感じるところまではいいとしても、怖さを感じた後にそれに向かって行くってことが出来なかったのかもしれません」
 「代表の重みかあ・・・」

 年代別とはいえ日本の代表。
 そんなユニホームをしっかり着て公式な国際大会を戦うのは皆初めてである。
 それでも、それぞれに受け止め方は違った。

 「背負えてなかったね、それは。全然。うん。なんか、ほんとダメダメだったな」

 後藤は、今日ここに来ているほかのメンバーと比べれば、試合で負ける率が比較的高いチームに属している。
 負けることに慣れていない、ということはないのだが、今日のように明確に自分のせいである、というような負け方はなかった。
 人のせいにする、ということも無いのだが、普段の負けは後藤一人じゃどうにもならなかった的なものが多い。
 後藤が周りの足を引っ張る、というようなシチュエーションはこれまでに経験の無いことだった。
510 :第九部 :2011/04/30(土) 07:31
 「後藤さんはやる気が無いんですよ」

 ここまで言葉を選んでいた福田が、ここで急に冷たく言った。

 「簡単にいろんなものが手に入っちゃうから、それを手にしたことの価値が分からない。だから自然体でいられていいってこともあるのかもしれないけど、でも、価値が分かってないから、掴んだものを手放さないようにっていう力が働かない。やる気が無いんです。自分の中にやる気が無いから、怖いっていう時にそれに向かっていこうみたいな気持ちが出てこないんですよ」

 試合にも出られなかった年下が、結構きついことを言っている。
 後藤は反論しなかった。
 かといって、同意するような言葉も出さなかった。
 ただ、黙っていた。

 答えが帰ってこなかったので、福田はそれ以上何も言わなかった。
 明かりはついたままであるが、かまわず自分は布団を剥がしてベッドにもぐりこむ。
 頭の中には後藤のことよりも自分のことがあった。
 今日はあまりいいゲームではなかったと思う。
 でも、藤本さんの出来は悪くなかったな、と思った。
 高橋はへにゃへにゃだったけど、藤本さんはさすがだった。
 技量として負けている、それは練習の中でも多少感じていることだった。
 今日感じたのはそれを越えたものだ。
 プレイヤーとしての振る舞いはまったくレベルが違う。
511 :第九部 :2011/04/30(土) 07:32
 プレイヤーとしては五分の一であること、にこだわっていた自分がまったく持っていないものを藤本美貴は持っている。
 それはとても認めたくないことであったけれど、他の誰かが否定してくれることもなく、自分の頭の中で事実として刻まれてしまっている。
 ますます試合に出ることは遠ざかってしまった。
 そういった、いらだちも、話しているうちに膨らんでいって最後は後藤に当たってしまうようになってしまった。
 そんなつもりはまったくなかったのに。
 そこがもう、人としてなってない、と福田は思った。

 しばらくして後藤が立ち上がり扉の方へ向かう。
 スイッチを押して部屋が暗くなった。
 がさごそと音がして、後藤もベッドに入ったようだ。
 音には出さずに、ごめんなさい、と福田はつぶやいた。
512 :名無し娘。 :2011/05/02(月) 09:56
さてこれがターニングポイントに・・・ってことになるのか
はたまた現実の流れをここでも反映しちゃうのか・・・

こういう時に「オマエなんかまだまだだっ!」
と、上に引っ張りあげてくれるハッタリの効いたのが居るとねぇ

市井みたいな
513 :作者 :2011/05/07(土) 23:31
>名無し娘。さん
壁は破るためにある、かもしれないけれど、破れる人と敗れる人とどちらもいるのが実際ですからねえ・・・
514 :第九部 :2011/05/07(土) 23:32
 夜中。
 選手たちは昼間の疲れで寝静まっているであろう時間。
 まして今日は延長にまで及ぶ試合だったのだ。
 ベンチにいたメンバーはともかく、終始コートに出ていたような選手は疲れがないわけがない。
 明日も明後日も試合である。
 勝とうが負けようが関係なく。

 どうするべきか考えるまでも無く、しっかりと眠るべきである。
 しかし、石川は布団から体を起こした。
 大きくため息を一つはいて手近に合ったものを掴む。
 枕。
 それを、壁に向かって投げつけた。

 周りが寝静まった夜中である。
 やわらかい枕といえども、壁に当たれば音もする。
 もう一つのベッドから手が伸びて、二つのベッドの間にある間接照明のスイッチが押された。

 「大人しく寝てくださいよ、いい加減に」

 三つ年下の久住が大人じゃない石川をなじる。
 ごちゃごちゃうるさい石川を、明日も試合なんだから、と無理やり寝かしつけたはずだった。
515 :第九部 :2011/05/07(土) 23:32
 「寝れないんだもん」
 「だからって物に当たらないでくださいよ。まったくもー」

 そういいながら久住はベッドからずりでて来る。
 久住は当然、普通に眠い。

 「あー悔しい。しつこく張り付きやがってキムチ女が。なんなのよいったい。大したディフェンスでも無いくせに。ボールさえ持てば、全然、美記と比べてなんでもないのに」
 「何時間同じこと言ってるんですか。その次は、なんであんなのに勝てないかなあ、でしょ」
 「なんであんなのに、って小春! そうやって人のことバカにしないの」

 部屋に戻ってきてから延々同じことを言っている石川。
 実際には、部屋に戻る前から、いろいろな相手ににたようなことを言ってたんだろう、ということが久住には想像されている。
 敗戦直後の茫然期を過ぎて、怒り期に移行してから長い。

 「よくそこまでずっとずっと怒ってられますよね」
 「だって、悔しいんだもん」
 「小春も負けたら悔しいって騒ぐけど、そんな、寝れないほどしつこくないですよ」
 「しらないよ、小春のことなんか」

 大人と子供、もとい、子供と子供のやりとりである。
516 :第九部 :2011/05/07(土) 23:33
 「調子は悪くなかったはずなのよ。体は動いてた。シュートも結構入ってた。ボール受けられる回数が少なかったのよね」
 「小春、思うんですけど、それ、あんまり関係なくないですか?」
 「なによ。別に、私がボール受けられなくても関係ないって言うの?」
 「だって、今日負けたのってほとんどリバウンドの問題じゃないですか。直接的には後藤さんがいろいろと止められなかったってのがあるけど、それ以前にリバウンド取られすぎじゃないですか。オフェンス、関係ないですよ」
 「でも、もっと私が点取れてれば勝ててたもん」
 「そうかもしれないですけど・・・」

 なんとなく、久住は感じていた。
 自分を周りから見るとこんな風に見えるのかも、と。
 人の振り見て我が振りなおせ。
 そんな感じだ。
 やたら感情だけで話してる部分と、頭の中にオフェンスしか残っていないところと、両方。

 「あー、悔しい」
 「だから、枕壊れますって」

 今度は投げつけずにこぶしでぼこすか枕を叩いている。
517 :第九部 :2011/05/07(土) 23:33
 「もっと一瞬の間でも何でもボール受けられなきゃいけないのよ。ミキティとあわせなきゃ。でも、ミキティに嫌われてるからなあ」
 「確かに、嫌われてると思いますけど、美貴様、そういうところは石川さんみたいにガキじゃないと思いますけど」
 「なによ、私みたいにって」
 「好きでも嫌いでもパスくらい出してくれると思う。怖いけど」
 「出す出さないじゃないのよ。合わないの」
 「小春に言われても知りませんて」

 久住、さじを投げた。
 普段、周りと合わせるなんてことを久住は必要としていない。
 ボールを持って後は好きにやる。
 そんなスタイルだ。
 周りが自分に合わせてくれるわけでもないが、そんなことも求めていない。
 いつもの中学のチームだと、レベルが違いすぎるのだ。

 石川の場合は、なんとなく合うようにチームがなっていた。
 高橋と石川、田中と石川、それぞれ空気は読めなくてもなんとなくイメージ通りのパスが伝わる。
 もちろん、柴田と石川でもいい。
 周りのレベルがしっかり自分と近いし、周りもそういうレベルで無いと勝っていけないのが高校のレベル、石川が戦っているレベルだ。
518 :第九部 :2011/05/07(土) 23:33
 「なんで最後もフリー作れなかったのかなあ。絶対私がボール受けて勝負しなきゃいけなかったのよ。なのに、一度もボール回ってこなかった。あれはミキティのせいとかじゃなくて私が悪いのよね。なんであれくらい振り切れなかったのかなあ。ゴール下で飯田さんとかに引っ掛けられれば良かったんだけど。そうよ、大体、その前にリバウンドせっかく掴んだのに取られたのがダメなのよ。あれ取られてなかったら逆転されて無いんだし・・・・」

 久住が立ち上がり石川の横まで来て枕を奪う。

 「ちょっと、なにするの」

 久住、何も言わずに枕をベッドの正しい位置に置いて、石川をベッドに押し倒し布団をかぶせた、。
 ちょっと抵抗できずに石川は久住のされるがままになっている。

 「もう、いいから寝ろー! 明日も試合なんだから! 寝ないなら明日は小春が代わりに試合出ます!」

 そう言って、間接照明を消し、自分もベッドにもぐりこむ。
 布のこすれる音が消えてから、石川が言った。

 「分かった。根性で寝る」

 根性とか意味わかんないし、と久住は思った。
519 :第九部 :2011/05/07(土) 23:34
 朝食時のテンションはなにかおかしかった。
 祭りと葬式が同じ会場で行われているような状態。
 テンションが低いものの中に高いものが混じっている。
 疲れからなのか悔しさからなのか、単に朝だからなのか、テンションの低いメンバーが多い。
 その中に、やたらめったら試合への抱負を語ったり、今日は勝つの絶対勝つの、とやっているものがいたり。
 藤本や後藤や平家あたりは明確に前者。
 福田や松浦あたりもおとなしい。
 おかしなくらい後者なのが高橋。
 ただ、周りに相手にされていない。
 吉澤と久住は並んで座って姉妹漫才的に後者の振る舞いを最初はしようとしていたが、何か空気が違う、と吉澤が読み取ってやめた。
 飯田も意外に後者で、なんとか周りを盛り上げようとしているのだが誰も乗ってこない。
 石川が相変わらずごちゃごちゃ言っているのは、全部柴田が受け止めていた。

 「すごく嫌な雰囲気ですね」
 「負けてすぐだからね・・・」

 朝食後、出発前のわずかな時間。
 部屋に戻った柴田がポツリと漏らした。
 同室の村田と二人、昨日は中途半端に試合に出て不完全燃焼、という立場だ。
520 :第九部 :2011/05/07(土) 23:34
 「特に、試合に長く出てた人たちのテンションがちょっと変ですよね」
 「あゆみんはそんな中で冷静だねえ」
 「わたし、途中で替えられてそんなに出てませんもん、大事な時間帯」
 「おとなだねぇ」

 褒められてるんだかからかわれてるんだか。
 村田の言葉はどこまでそのまま受け取っていいのか柴田には今ひとつはかりきれない部分がある。

 「みんな、負けたら終わりみたいな試合しかほとんどしたことないからねえ」
 「そういえば、大学って違うんですよね」
 「うん。週二日のリーグ戦だからねえ」

 大学にもいろいろと大会はあり、トーナメントのものも当然あるが、○○大学リーグ、というのが一番ベースにある。
 所属するリーグによって少しづつ形式は違うが、村田は、八チーム二回戦総当り、というシステムの大会を終えてきたばかり、という時期にこの選抜チームに合流した。
 高校の大会にそんなシステムは無いし、社会人なりたての飯田や平家は、まだ長いリーグ戦を戦ってなどいない。
521 :第九部 :2011/05/07(土) 23:35
 「負けて翌日試合、ってのもあるし、負けて一週置いて試合ってのもあるし、いろんなシチュエーションあるからね。一つ負けたくらいで落ち込んだりしてられないっていっても落ち込むんだけど、それでもすぐ次があるから。あんまり負けが続くとチーム状態がひどいことになったりすることもあったりするみたいだけど」
 「どうしたら立て直せるんですか?」
 「それはわかんないけど。でも、自信は持たないといけないんだろうなって思う」
 「自信、ですか」
 「石川くんはよくわかんないけど、高橋ちゃんは自信が無いからしゃべらずに居られないって感じだったかな」
 「あの子は・・・。最近は落ち着いてきたと思ってたんですけどね。選抜来てからまたなんか子供に一気に戻った感じがします・・・」

 何で私の周りは空気が読めない子ばかりなんだろう・・・。
 と柴田は思う。
522 :第九部 :2011/05/07(土) 23:35
 「かおりんじゃないけど、とにかくまず、今日勝つことよ。今日。全員でて、すっきり勝てば、また変わるよ。そして明日、決戦」
 「明日、なんか怖いですね」
 「大丈夫。あゆみんは私なんかよりよっぽど修羅場通って来てるでしょ」
 「そんなことないですよ」
 「いやいやいや、石川くんが痴漢で補導されたのを引き取ったりとか、高橋ちゃんがストーカーで訴えられそうなのをもみ消したりとか」
 「・・・、そういう修羅場は、たしかにめぐさんよりよっぽど多いかも・・・」

 本当に困ったような顔で柴田が言うので、村田が声を上げて笑った。
 それに釣られて柴田も少し苦さが混ざりつつも笑みを見せた。
523 :第九部 :2011/05/07(土) 23:36
 タイ戦のスタメンは、着替えてコートに入ったところの最初のミーティングで告げられた。
 昨日と同じ。
 高橋、柴田、石川、平家、飯田。
 富岡ベースプラス飯田である。
 柴田は意外に思った。
 自分の昨日の出来はすごく悪いというものではなかったし、途中で外されたのは主に高さ対策という理由だったろうとは思う。
 だから、自分がまた入るのはわからないでもないけど、意外なのはそこではなく、まだ高橋使うの? というところだった。
 昨日の高橋の出来は、一年半見ている自分から見て、最低レベルのものだった。
 あんなひどい高橋はなかなか見ない。
 それを我慢して使う、というのは柴田から見て予想外の選択だった。

 タイは確かに格下だし、多少もたついても問題ないとは思うけれど。
 それくらい、ミキティと梨華ちゃんが合わないのが気になるのかな、と思った。
 あの二人が合うようになるよりも、高橋が自分を取り戻す方が早い、ということなんだろうか・・・。
 でも、柴田は、そういう面での高橋の修正力はあまり信用していなかった。
524 :第九部 :2011/05/14(土) 17:15
 昨日の中国戦と同じ大会の一試合であることが信じられないくらいにガラガラの会場。
 第一試合の日本vsタイは観客よりも選手関係者マスコミ陣の総和の方が多いくらいの環境で試合が始まった。
 一敗同士、生き残りを賭けた戦いではある。

 柴田の心配は的中した。
 今日も高橋がなんだかおぼつかない。
 相手のタイははっきり格下だ。
 平均身長も高くなく、特にプレッシャーを感じるような部分も無い。
 それなのに、高橋が機能しなかった。

 個々の力で日本の方が上回っているので一対一で点は取れる。
 しかし、チームとしていい連携で点を取る、というシーンが無い。
 高橋を使い、富岡ベースのチームを組み、連携が出来ているメンバーでやらせている、という利点がまったく出ていないのだ。
 タイの方は負けて元々、のびのびやっている。
 観衆が少ないこともあって、タイベンチのワンプレーワンプレーに対する盛り上がりが、会場の空気を支配していた。
525 :第九部 :2011/05/14(土) 17:16
 第一ピリオド14-12
 メンバー替えずに第二ピリオドも戦って29-24
 前半終わって日本の五点リード。
 まだまだ事故が起こりかねない点差である。

 ハーフタイム。
 メンバーチェンジが告げられる。
 高橋のところに藤本、平家に後藤。
 切り替え早く、という指示が出た。
 前半二十分間で速攻が一本も無い。
 途中、必ず経由する高橋が機能していなかったせいもあるが、全体的に動きが良いとはいえない。

 後半に入り、流れは何とか日本へと傾かせることができた。
 ディフェンス、時間半分でいいんだろ、と余裕のある藤本が前から厳しく当たる。
 藤本の体感で、インターハイ一二回戦レベルと見た相手は、これだけでボール運びが苦しくなった。
 シュートまで持って行かせずにボールを奪えることで心理的に優位にも立てる。
 藤本と周りの連携がとてもよい、とはまだまだ言い難い関係性であるが、それでも、ターンオーバーから周りもしっかり反応して、二対一や三対二を作れてしまえば、そこはしっかりシュートまで持っていける。
 第三ピリオドの途中、十五点の点差が開いたところで飯田アウト村田イン、柴田アウト松浦イン。
 スタメン組みに休みを与えて行く。
526 :第九部 :2011/05/14(土) 17:16
 流れが来てしまえば、後はそれほど苦労はなかった。
 苦しい場面も耐えて粘る、というような精神性が東南アジアのチームにはあまりみられないようだ。
 石川のスリーポイントで二十点差。
 そこまで来て第三ピリオド終了。

 「石川、後藤、アウト。久住、里田入れ」

 ここまで出ずっぱりの石川を下げる。
 明日もあるので余裕があるなら休ませたい。
 後藤はどうにも精彩を欠いていた。
 十分間ノーゴールでリバウンドも一つだけ。
 そんなことが許されるポジションではない。

 「小春、行っきまーす!」
 「しっかりやりなさいよ。中学校とは違うのよ」
 「分かってますよ。ホテルの備品壊す石川さんみたいな子供と違うんですから!」
 「何壊したんだよ石川」
 「何も壊してませんて」
 「ベッドの枕壁に投げつけるんですよ。あー、悔しいとか言って」
 「小春! 余計なこといわなくていいの!」

 久住の口にチャックなんてものはついていない。

 「吉澤さん吉澤さん。小春、世界デビューですー! 世界が見てます」
 「あんまり見てない気がするけど」
 「気のせいです」

 観客席を見回す吉澤。
 純粋な「観客」と扱える人間は、まだ百くらいだろうか。

 「ガキ、まだわかんない点差なんだからな。真剣にやれよ」
 「分かってますよ。美貴様こわいー」
 「誰が美貴様だ!」
 「いいじゃないですかー。美貴様っぽいんだから」
 「ったく、どいつもこいつも・・・。シュート決めた本数だけ、美貴様って呼ぶの許可してやる」
 「ラジャー」

 久住、すっかりチームのマスコット兼ムードメーカーになっていた。
527 :第九部 :2011/05/14(土) 17:17
 第四ピリオド、藤本の心配は当たらずとも遠からずといったところであった。
 点差が開いて行かない。
 点を取るポジション、里田と藤本の息はぴったりなはずなのだが、里田がノーマークのシュートも外してしまったりとゴールにつながらない。
 久住の方は混んでいる中へ入って行って自爆したりしている。
 それでも速攻からの三対二の場面で、パスで捌かずに自分で一人交わしてシュートを決めてきており、「いい度胸してるわ」と信田に言わしめている。

 自分より子供がいると、人は大人になるものなのだろうか。
 全体のバランスを考えて動いて、藤本との息もしっかり合わせているのは松浦だった。
 目と目では通じ合わない、というのを前提に、しっかりと声を出して手を上げてパスを要求している。
 再びもつれる点差に迫られそうになるのを、スリーポイント二本で突き放している。

 オフェンスの自爆は他を頼ればいいとして、ディフェンスはそうは行かない部分があった。
 たまたま、というか、分かっていての交代ではあったのだが、久住のマッチアップはタイのエース級。
 一対一で翻弄されっぱなしである。
 いい経験、と割り切って温かく見守るには危険な点差。
 信田は、柴田にいつでも入れるようにとアップを命じてある。
528 :第九部 :2011/05/14(土) 17:17
 そんな、危なっかしさをはらみ、多少どたばたしながらも、大きなダメージは無く時間は進んで行った。
 残り一分を切って71-52
 相手がファウルゲームをしてくるでもなく、セイフティーリードだなと言えるところまで来て信田がメンバーチェンジを告げた。
 松浦、久住、里田アウト。
 亀井、柴田、吉澤イン。
 藤本は残し、柴田くらいに信用度のある選手も入れておかないと不安らしく、全部交代とは行かなかったが、これで亀井と吉澤も国際大会デビューである。
 しかし、一分ない時間ではたいしたことは出来ない。
 吉澤は、流れの中でボールに触ったのは一回だけでシュートもリバウンドも関わることがなかった。
 最後の最後、ボールが回ってきた亀井がスリーポイントを放つが外れ、そのままゲームセット。
 71-54
 二戦目にして日本代表が初勝利を上げた。
529 :第九部 :2011/05/14(土) 17:17
 「明日が不安ね」

 試合が終わった直後、コートサイドの記者席で見ていた稲葉が開口一番言った。

 「前半ひどかったから点差はこうですけど、でも、後半はまあまあじゃないですか? さすがに予選は通るんじゃないかと思いますけど」
 「選手もそうだけど、監督も不安なのよね」
 「信田さんですか?」
 「うん」

 バスケットボールという一つの競技の、しかも世代別のアジアの大会。
 ホームならまだしも、会場は上海と海外。
 一般紙の記者などやってこないし、スポーツ紙もほとんど人を派遣してきている様子はない。
 日本から来ているのは稲葉と、フリーでまだ何でもやってみるという段階の斉藤くらいのもの。
 また斉藤は稲葉への寄生状態になっている。
530 :第九部 :2011/05/14(土) 17:17
 「スタメン替えて来ると思ったんだけど、なんで信田さんはあの五人こだわるのかな?」
 「チーム作る時間がなかったから、って稲葉さん昨日自分で解説してくれたじゃないですか」
 「でも、今日もその五人で引っ張る必要ないでしょ。昨日も今日もスタメンの五人が全然うまく行ってない。より正確に言えば、高橋さんがまったく力を発揮出来てない」
 「インターハイの時はもっと良かったと思ったんですけどね」
 「なんなんだろう。ポジションの違いなのか、国際大会っていうものへの対応力のなさなのか。昨日は相手が悪かったって部分もあるけど、今日はそういういい訳も効かないしね。あれが実力ってわけじゃないのは確かだけど。でも、どっちかって言うと私は、高橋さん自身じゃなくてそれを使い続けた信田さんの方に疑問を感じるな」

 インターハイで松浦をベンチに下げるところまで追い込んだり、藤本を苦しめたりしたとき、高橋は自分がポイントガードという立場ではなく、そこには田中がいた。
 今回は自分がポイントガードという立場で試合に出ており、ポジションが少し違う。
531 :第九部 :2011/05/14(土) 17:18
 「考えてみると、信田さんもこうやって采配を振るうの初めてなのよね。それが心配。昨日も初戦で相手が韓国で、そりゃあプレッシャーが掛かっただろうけど、それでも負けたら終わりって試合じゃなかった。それが明日は本当に正真正銘負けたら終わり。目標は優勝で最低限世界選手権の出場権を取らないといけない、それが予選リーグで負けましたなんて許される話じゃないでしょ。そういうプレッシャーが信田さんの肩にのしかかるわけだけど、それに耐えて冷静に采配振えるかなあ」

 日本は、過去、フル代表、世代別代表合わせて、アジアのベスト4に残れなかったことなど一度もない。
 選手たちはそこまでの知識を持っていないものも結構いるが、信田は当然知っているはずである。
 日本はタイに今日71-54で勝った。
 北朝鮮は昨日タイに103-46で勝っている。
 一応、韓国が今日北朝鮮に、明日タイに負ければ、日本が北朝鮮に負けても、日本韓国タイと一勝二敗で三チーム並んで後は直接対決の得失点差で勝ち抜ける、という可能性はあるが、韓国がタイに負けるという可能性はきわめて低い。
 明日の北朝鮮戦は負けたらおしまい、という戦いである。
532 :第九部 :2011/05/14(土) 17:18
 「なんか、守りに入ってる采配な感じなのよね」
 「守りですか?」
 「できあいのもので何とかしようってところが。最低限計算できるわけじゃない。まあ実際にはたぶん、その計算の最低限を下回る結果が出てきてる感じだけど。でも、それでもスタメンを替えるのが怖かったんじゃないかな」
 「今のままじゃダメだと思っても、替えるのって怖いもんですかね?」
 「怖いでしょ。もっと悪くなるかもしれないし。でも、こんな程度のメンバーじゃないと思うんだよね」
 「それは、そうですね。高橋さんもそうですけど、藤本さんにしても、石川さんにしても、インターハイの時のが生き生きと輝いて見えたんだけどなあ」
 「輝いていたとは情緒的な意見ですね斉藤君」
 「そういう輝いた姿を伝えたいからスポーツライターなんて職業やろうと思うんと違います? 私は偉そうに選手たちに説教するような記事は書きたくないんですよ」
 「説教もまた愛なのだよ斉藤君。それがわかる時がきっと君にもいつか来る」
 「愛のない記事もいっぱいある気がしますけどね」

 そろそろ行くか、という風に稲葉が立ち上がり斉藤もそれに続いた。
 国際大会の試合終了後。
 注目ゲームか否かに関係なく、一応全試合監督記者会見は準備されている。
 韓国戦、中国戦なら別であるが、日本vsタイとなると、日本の監督に話を聞こうなどというのはほぼ日本人しかなく、今来ている日本人と、現地在住の臨時雇われバイト特派員を除くと、ほとんど二人しかいないのだった。
533 :第九部 :2011/05/14(土) 17:18
 昨日は韓国の記者、また予選B組最注目の日韓戦ということで中国の記者もいたが、今日はそれほどの数はいない。
 稲葉と斉藤、二人で聞きたいことをほぼ質問は出来た。

 前半の苦戦の要因は何か?
 後半、藤本選手が入るところでどんな指示で送り出し何が変わったのか?
 最年少の久住選手のプレイ振りにはどういう感想を持ったか? またこの先の試合の戦力としてカウントしているのか?
 今日のスタメンはいつどのように決めたのか?
 明日のスタメンはどうするのか?

 二人が聞いたのはそういったところだ。
 一つ目については、タイはしっかりと組織された強豪チームであるので苦しい試合になるのは当然である、という建前を全面に打ち出した答えをしつつ、昨日の悪い流れをひきづっていたというコメントも入っていた。
 二つ目は、切り替えを早くして速攻を出すことを指示した、という事実が伝えられ、それによって、互いのセットオフェンスだけが繰り返されるスローテンポな試合が、ミスも増えてターンオーバーも増えはしたが結果的に早い展開になりリズムに乗れた、とも言っている。
 久住については、あの年齢で物怖じせずにこういう試合に臨めるのはたいしたものだといいつつも、ディフェンス面での不満が口にされた。
 また、今後の戦力かどうかについては、十五人全員が戦力であり当然久住もその一員だ、という無回答が得られただけだった。
 今日のスタメンをいつ決めたかについては、アップを初めて全員の調子も見た上で決めたと言い、明日についてはまだ何も考えていないという。
534 :第九部 :2011/05/14(土) 17:19
 「最後に、このチームがこの先勝ち抜いて行くのに必要なことはなんだと思われますか?」

 稲葉が聞いた。
 日本語での質問で回答者も日本語なのであるが、通訳がいて英語で質問を繰り返しアナウンスしている。
 その間を挟んだあと、信田が答えた。

 「今の十五人にはこの大会を勝ち抜いて行く力は十分にあると思っています。ただ、その力を発揮できていない部分は確かにあるでしょう。その日の体調であったり、国際大会の経験の無さであったり、監督むかつくとか、まあ、いろいろな理由において、百パーセントの力が発揮出来ないことはあります。この先必要なことはその百パーセントの力を発揮することなのではないかと思っています。それが出来れば結果はついてくるでしょうし、逆に、それが出来ても結果が付いてこないのであればそれはもう力不足を認めるしかありません。幸いにして少しづつ見えてきたこともあります。試合を積み重ねることによって選手たちもやりやすくなってくるでしょう。とにかく、まず、明日勝たないと先がないわけですが、選手たちの力を、私がしっかり百パーセント出せるようにしてやることが大事だと思っています」

 その後中国人の記者が二三質問していた。
 稲葉目線で、こいつらバスケ分かってんのか? というようなものも混じっている。
 石川選手はどういう生活をしてこんな選手になったでしょうか、とかここで聞いてどうするんだ、というような、おまえはただのファンかと突っ込みたくなるようなものもあった。
535 :第九部 :2011/05/21(土) 22:39
 閑散とした記者会見が行われている裏ではAグループの試合が始まっていた。
 インドvsマレーシア
 一敗同士で負けた方が終わりというような試合。
 終盤まで拮抗していたが、最後はマレーシアが押し切った。


 その次、第三試合、北朝鮮vs韓国。
 この試合を日本代表は当然視察した。

 韓国代表は昨日とは違うメンバーがスタメンに顔を連ねている。
 相手によってスタメンをそっくり入れ替える、というのはまったくないやり方ではないがそれほどあるケースではない。
 そのそっくり入れ替わった韓国代表相手に、北朝鮮はまったくの五分に試合を展開した。
 第一ピリオド16-16
 第二ピリオド終えてハーフタイムに入り34-34

 韓国は昨日と違いメンバーも頻繁に入れ替えている。
 昨日と今日と、どちらの韓国がやりにくいかというと微妙だけど、後半の連携がなくなった昨日のチームよりは今日の方がいやだな、というのが上から見ていてのメンバーたちの印象だ。
 そんな韓国チームと北朝鮮は五分の試合をしている。
 北と南、公式戦で対戦すると熱くなりがちであるがこの試合も例外ではない。
 ファウルがかさむ。
536 :第九部 :2011/05/21(土) 22:39
 「あんまり関わりたくない相手だね」

 石川が隣に座る柴田に言う。
 痴漢まがいのことをしておいて何を言うか、と思わないでもないが、試合を見ての感想としては柴田も同意である。
 日本国内の試合でも、多少荒っぽいチームというのはいるが、こういう、ボールを奪いたいというよりも危害を与えることの方が目的なんじゃないか、と見えてしまうほどのものはなかなかない。

 「時間掛かりそうでいやだな」
 「時間って、ファウル多いと時計よく止まるってこと?」
 「うん。休みが多くなるって部分もあるんだろうけど。フリースローも別に苦手じゃないけど、なんか気分出ないから好きじゃないのよね」

 フリースロー二本で二点取るのも、フィールドゴールで二点取るのも同じ二点であるが、チームに勢いを与える可能性があるのはフィールドゴールの方だけである。
 フリースローを決めて盛り上がる、というのはなかなかない。

 「前半だけでチャージング何回あった?」
 「三つ? 四つかな? コース入ってもかまわず突っ込んでくし」
 「あれも危ないよね。シュートに無理に行ってひざ入ったのとか」
 「明日もあんな感じで来るのかなあ・・・」

 強い弱い以前に、荒い相手はいやなものである。
537 :第九部 :2011/05/21(土) 22:40
 この試合、どちらが勝とうと日本としては明日勝たなくてはいけないことにはかわりない。
 どちらが勝った方が都合が良いというのはないのだが、見ていてなんとなく韓国の方に肩入れしたくなるような展開である。
 後半、韓国が少しづつ突き放し始めた。
 きっかけはソニンだった。
 北とか南とか知るか、という少し違う位置づけに居る彼女。
 インサイドで多少きつく当たられようと動じないだけの体を作ってある。
 ひじ打ちされようがひざ蹴りされようが、跳ね返してゴールを決めて行く。
 背負っているのは国家ではなくて自分のアイデンティティーだ。

 一箇所勝って、流れが韓国へ傾いて行った。
 昨日のチームと異なり、今日のメンバーには外からのシューターもいるようだ。
 ソニンをつぶそうと北朝鮮がインサイドをさらに固めてムキになっていると、薄くなったアウトサイドからシュートを決める。
 第三ピリオド終わって54-43韓国リード。

 第四ピリオドは点差が急激に開くということはなかったが、縮まっても行かなかった。
 十点前後の差で時計は進んで行く。
 残り五分を切るあたりからますます荒い試合になって行った。
 焦り、というのもあるのだろう。
 残り三分切って76-65
 北朝鮮はこの段階でファイブファウル退場がもう二人もいる。
 さらに、前から当たるディフェンスもしてきた。
538 :第九部 :2011/05/21(土) 22:40
 「あんなん、怪我しそうで嫌です」

 柴田の反対側で石川の隣に座る高橋が言う。

 「パスでかわしていきたいよね。ドリブルで抜いて行こうとすると怖いなあ」
 「この頃だとこっちもばててるから嫌や」

 石川と高橋の会話を聞きながら、この子明日もスタメンで出るつもりでいるんだな、と柴田は思う。
 柴田の印象だと、昨日今日の出来からすると外されるんじゃないかと思うけれど。
 出来の悪さは能力不足というのとは少し違う気がするので、気持ちの部分に対して先輩として何か言って上げたい気がするけれど、何を言えばいいのかというところが浮かんでこない。
 別に嫌いとかそういうことではないのだけど、柴田にとって高橋というのは少し扱いにくくて苦手な後輩だった。

 試合は最終的に87-70で韓国が勝利した。
 試合時間残り三分から、実時間では十分以上掛かっている。
 最後はファウルの連続で韓国の得点はフリースローだけで積みあがって行った。
 北朝鮮は最終的にファイブファウル退場を四人出している。
 大きなけが人が出た様子がないのだけは救いだった。
539 :第九部 :2011/05/21(土) 22:40
 第四試合は中国vs台湾
 スタンドはまたすっかり埋まっている。
 日本代表は前半だけ見て帰る予定である。

 藤本はスタンドの上から一人の選手だけを見ていた。
 これから試合に臨むにあたっても頭にリボンをつけている小さな女。
 その姿勢が気に喰わないが、それとは別になにか怖いくらいの迫力も感じる。

 ホームの中国は、会場のあちこちにファンたちの貼るバナーが出ているし、ロビーなどにも選手紹介の看板が出ていたりする。
 そこに中国語が分からなくても漢字は読める日本人なら理解できるような表現とともに、リボン女の写真が貼られていた。
 中国四千年の歴史の中で最高のポイントガードになるだろう選手。
 藤本にだって「中国四千年」という漢字は読めるし、PGがポイントガードの略なのはバスケやってれば嫌でも覚える。
 強力なキャプテンシーがどうのこうの、に値する部分は当然藤本には読めなかったが、自分が出た場合にマッチアップとして当たるのがこの選手なことは分かった。
 #4 高 南
 藤本の中では中国四千年という名前になっている。
 CHN48のキャプテン格だ。
540 :第九部 :2011/05/21(土) 22:41
 昨日のインドは格下過ぎたため調整という感じでスターティングメンバーも本当のレギュラーという感じではなかった。
 今日はAグループの中では最も警戒するべき相手台湾戦である。
 CHN48と言えどもしっかりレギュラークラスを投入しているように見えた。

 平均身長は日本とそれほどかわらなさそうだ。
 藤本より小さいのから始まって、飯田くらいの高さまで、均等に五人いる。
541 :第九部 :2011/05/21(土) 22:41
 試合は立ち上がりほぼ互角の展開だった。
 台湾もよく健闘している。
 どちらも攻撃力があり派手に点を取り合う展開。
 駒のそろえ方が富岡に似ているな、と石川は感じていた。
 真ん中三人が点を取って行く。
 高橋、柴田、石川で点を取る、という自分たちのスタイルに近い。
 ガードの統率力、なんてところには大きな差はあるが。

 今のポジションだとぶつかるのは12番の選手だろうか。
 プレイスタイルや技量とは別なところで自分に似ているなあ、と石川は本気で思った。
 美少女なところ。
 二人並んで一枚ぱちりと写真を撮りたい。
 のんきにそんなことも思った。
 #12 麻 友友
 顔は互角、スタイルで自分の勝ち。
 バスケは? やってみなくちゃ分からない。

 #6の優 子や、#7の敦 子も惜しいが、勝負して面白いのは麻 友友だと思った。
542 :第九部 :2011/05/21(土) 22:42
 第一ピリオドは26-22 中国リード。
 台湾も二人のフォワードの得点力でしっかり追撃していた。
 #4の松 玲奈がいい。
 それともう一人、#15番が目覚しい活躍をしている。
 藤本がプログラムを確認してつぶやいた。

 「14歳? ホントか? ずいぶん老けてるな」

 #15 珠 理奈
 高さもありスピードもありシュート力もある、いい選手だ。
 14歳にはとてもとても見えない。
 プレイ振りも、見た目も。
 マッチアップの麻 友友の方がよほど年下に見える。

 この二人は中国でも人気があった。
 民族も同じ台湾のこの二人。
 中国でCHN48の人気投票をすると、この二人も上位に入ってきてしまう。
 台湾は中国の一部であり、二人はCHN48の一員として認めるべきだ。
 そう主張するファンが増えている。
 これを、一つの中国問題と言い、政治問題となっていた。

 今日のこの試合では、二人は当然台湾チームにいて、打倒CHN48を目指して戦っている。
543 :第九部 :2011/05/21(土) 22:42
 台湾は惜しむらくは、この二人に続く選手がいない。
 他のポジションが弱いのだ。
 CHNのガード陣、高南と優子がきつく当たるとボール回しが苦しくなる。
 ゴール下もCHNがはるかに強かった。
 #10 麻里 子様
 澄ました顔しながらも圧倒的な存在感でゴール下を支配する。

 第二ピリオドに入って中国が徐々にリードを広げ始めた。
 自力の差だろうか。
 台湾のエース格二人はアジアではトップレベルのプレイヤーで確かに得点力は極めて高いのだが、その二人をしてもCHN48のスタメンクラスからすればそこそこ互角に戦える相手にすぎない。
 得点力の変わらない中国が、やや得点力が落ちてきた台湾を突き放す。
 前半終わって54-40 中国リード。
544 :第九部 :2011/05/21(土) 22:43
 強いなCHN、という印象を受けて日本代表はその時点で帰って行った。
 CHNの前に、明日、北朝鮮に勝つ必要がある。

 中国-台湾は、後半、峯南や指子といった、タイプの違う選手も次々と全員投入する余裕まで見せて中国が101-79で勝利した。
545 :tama :2011/05/21(土) 23:49
CHNの名前の付け方www
546 :作者 :2011/05/28(土) 23:36
>tamaさん
実際、中国語だとどう読むんだか、って感じではありますが
547 :第九部 :2011/05/28(土) 23:36
 宿舎へ戻ったのはもう夜遅い時間だった。
 明日は第三試合でそれほど朝が早いということはない。
 だから夜更かししていい、ということは当然ないが、余裕はある。
 特に、試合に出場するわけではない立場は、それほど強く体のコンディションに気を使う必要がない。
 だからということもないのだろうが、信田は一人、部屋で起きていた。

 信田は一人部屋だ。
 小湊も別室で一人部屋。
 中国のビールを買って、部屋で一人ちびちび飲んでいた。
 青島?酒。
 青島は地名なのだが信田の中では人名になっている。

 寝酒、ではない。
 ただの飲み物だ。
 大会中は禁酒、ということも特にない。
 選手だけ禁酒でコーチは飲んでいいのか?
 そもそも選手は未成年であるので関係ない。
548 :第九部 :2011/05/28(土) 23:37
 考える時間が必要だった。
 一人で考える時間が。
 小湊と相談すれば何か見えてくるかもしれないし、そうする方が本筋だろう。
 だけど、一人で考えたかった。
 つまみもなしでグラスに注がれたビールと、開かれたノートがテーブルには置かれている。

 自分という人間の小ささを信田は感じていた。
 明日、勝たないと予選リーグ敗退。
 日本の女子バスケットボールの歴史上、世代別だろうとフル代表だろうと、アジアのベスト4にも残れなかったということは一度たりともない。
 それが起きる可能性が明日ある。
549 :第九部 :2011/05/28(土) 23:37
 怖かった。
 今、自分の頭にあるのは、負けた時に自分が叩かれることへの怖さだ。
 それが頭にあることを冷静に見つめている別の自分もいる。
 あの子たちを勝たせてやりたいとか、日本のバスケ界のためにとか、そういうことよりも、負けた時に自分が叩かれることへの怖さを感じている自分。
 同時に、それを冷めた目で、こいつ小さいなと見ている自分もいる。
 そんな自分本位な苦悩は小湊にも見せたくなかった。

 選手たちの力を引き出せていない、と信田は感じていた。
 選手たちがきちんと力を発揮すれば、あんなものではないはずだ。
 それを感じているから余計に、負けたら自分のせいだと叩かれる未来も頭に浮かぶのだ。
 選手たちではなくて自分が悪い。
 間違いないと思う。
550 :第九部 :2011/05/28(土) 23:38
 スタメンが機能していなかった。
 高橋、柴田、石川、平家、飯田。
 富岡プラス飯田圭織。
 これで安定した力を発揮してくれるはずだった。
 なにが問題か?
 富岡のメンバーと飯田の連携?
 違う。
 高橋愛だ。

 韓国戦もタイ戦も、藤本を入れたところで明らかにチームが立て直されていた。
 高橋愛の力が足りていない、否、力が発揮出来ていない。
 国際試合の重圧、なのだろうか。
 藤本はその点では問題はない。

 ただ、石川と合っているかといえば、それは合っていないのだ。

 いろいろと考えてみたけれど、信田は、このチームは石川のチームだ、というところに落ち着いていた。
 石川が中心にいて、それと合うメンバーで周りを構成する。
 実績関係なし、横一線、合宿で力を見る、と言って二週間見た結果、是永-石川の力関係は保留のまま終わってしまったけれど、それを除くとやっぱり石川、ということになったのだ。
551 :第九部 :2011/05/28(土) 23:38
 藤本-石川ラインは、大会までに間に合わなかった。
 石川に合うのは高橋で、そう二人決まれば、力として遜色ない中からなら富岡ベースで組み上げるのが一番計算できるだろう。
 そう考えたのだけど、その計算が成立していない。

 今大会での出来ははっきり藤本の方が良かった。
 控えの気楽さで好結果、ということではないのは見ていて分かる。
 高橋の出来の悪さが重圧につぶされたものなのかどうかははっきりしないが、藤本の方は少なくともそういうことはおきていない。
 現在の、自分のいる高校の中での立場の違いから来るものなのだろうか。
 それこそ、二年生の気楽さ、で好結果を出していたインターハイの高橋、だったのかもしれない。
 藤本の方は、気楽さ、などという言葉が出てくる立場ではない。
 石川以上に、チームの中ではすべてを背負って、というのに近いくらいの立場だ。
 元々技術的に藤本が高橋に劣る、ということもない。
 一長一短はあるし、直接相対した時の相性の良さ悪さというのも別にあるが、一年後に試合をすることを考えたならば、まずは藤本を主軸に据えてチーム構成するだろう。
 一年後ではなく、明日試合をしなければならないことが問題なのだ。
552 :第九部 :2011/05/28(土) 23:39
 今日の出来を考えたら藤本を選ぶべきだった。
 しかし、そろそろ高橋も調子が上がってくるのではないか、と思う部分もある。
 国際試合のプレッシャーも二試合経験すれば慣れてくるのではないだろうか。
 でも、また同じことを繰り返したら・・・。
 今日の相手は格下だから問題なかった。
 明日はそうはいかない。
 韓国戦、序盤のビハインドをなかなか跳ね返すことができず苦しんだのだ。

 ふっと、選択肢はもう一つあるのか、と思った。
 福田明日香。
 重圧には、なんとなく強そうだ。
 印象としては高橋愛よりはそういうものへの耐性はありそうに感じられる。
 でも・・・。
 石川とのあわせ、周りとの連携・・・。
 四十分それを計算できるだけの準備を福田には与えていない。
 合宿の後半から上海へ来てからは、高橋と藤本、二択、という前提でチームを作ってきている。
 せいぜい緊急時の五分だろう。
553 :第九部 :2011/05/28(土) 23:40
 もっと早くスタメン組みを固めていたら、状況は違うものになっていただろうか。
 藤本と石川、組ませる時間を長くしていたら。
 藤本と柴田にしても藤本と平家にしても、そこが松浦や後藤に代わったとしても。
 すべてのパスがポイントガードから出る、というわけではないけれど、ポイントガードが変わるとチームの性質が変わってしまうのは否めない。
 昨日、今日のスタメンは、石川梨華色のチームだ。
 藤本というのはコートにいると通常、藤本美貴色のチームを作る。
 そこも高橋とは違う。
 高橋は石川梨華色のチームに加わるエッセンスであって主役ではない。
 藤本美貴色のチームに石川が染まるか? といえばそれもまたノーだろう。
 昨日、今日、藤本が入って立て直されたチームは、藤本色と石川色が別々に存在した中でそれぞれの力の単純合計値で戦っていた。
 二つの色が混じって、戦力が融合して、単純合算以上の力を出すチームがこの短期間に出来るのか?
 色が混じった時に、ただ濁りが生じるだけで、単純合算以下のチームになってしまうのではないだろうか?
554 :第九部 :2011/05/28(土) 23:40
 信田の思考は行きつ戻りつする。
 明日負けたら終わり。
 失敗は出来ない。
 それでも、決断は下さなくてはならない。

 先を考えれば、答えは一つなんだろうな、と信田は思った。

 CHN48

 この山を越えるためには、
 二つの色の融合は、最低必要条件だった。

 ただ、怖かった。
 藤本と石川がうまく行かなかった場合、試合に負けて叩かれるのは自分であろう。
 そこに考えが行く、小さな自分を、を空中から見つめるもう一人の自分がせせら笑っていた。
555 :第九部 :2011/06/04(土) 23:47
 昼の第一試合で韓国はタイに簡単に勝ち、三連勝でグループBの一位通過を決めた。
 第二試合、台湾が二勝目を上げて、中国と並んでグループA通過を事実上決める。
 ベスト4残りは一席。
 日本か北朝鮮か。
556 :第九部 :2011/06/04(土) 23:48
 嫌な予感を後藤は感じていた。
 試合前のアップ。
 プレッシャーの掛かるゲームであるが、チームの雰囲気は堅くはない。
 予選リーグ最終戦の重圧と、国際大会三試合目の慣れ。
 差し引きは慣れの部分の方が大きいのか、周りのメンバーは、合間合間に談笑する余裕は見せている。
557 :第九部 :2011/06/04(土) 23:48
 嫌な感じがするのは自分だけなのか、と後藤は思った。
 初戦の韓国戦は自分のせいで負けた、と感じていた。
 それをひきづっているのは自分でも分かる。
 あまり試合に出たくないな、と思った。
 誰かのために頑張る、というのには、日本という国のため、はあまりに大きすぎる。
 今の、不安を感じた、自信のないままコートに立っても、また足を引っ張るだけだろう。
 それでも、どこかの場面でコートには立つのだろう。というのも分かっていた。
 五人固定で最後まで行く、というスタイルにはなっていない。
 適宜代わりながら。
 その替わって行くローテーションの一人に入っているのは間違いない。
 それが、競った展開の終盤、とかにならなければいいな、と思う。

 だけど。
 嫌な予感がするのだ。
558 :第九部 :2011/06/04(土) 23:48
 スタメンはアップに入る前にロッカールームで伝えられた。
 藤本、柴田、石川、平家、飯田。
 三試合目でのスタメンチェンジ。
 意外とは思わなかった。
 周りもあんまり驚いたリアクションというのはなかったし。
 ちょっと高橋が顔色を変えたくらいなものだ。

 あの子は出たかったんだな、とそれを見て思った。
 後藤の目から見ても、一試合目、二試合目、高橋の出来はよくない。
 良くないではなくて、悪い、と言った方がいいだろうか。
 自分のことを棚にあげて言うならば、韓国戦は高橋の出来が悪くなければ序盤のビハインドが無くて勝っていたかもしれない。
 そんな状態なのに、あの子は試合に出たかったんだな、と思った。
559 :第九部 :2011/06/04(土) 23:50
 荒れたゲームになるかもしれないけれど、冷静に戦え、という指示があった。
 コム カイ という昨日は早い時間帯で退場になった選手や、一人落ち着いたプレイ振りに見えたのに後半突然ファウルアウトしたラ リピー、荒っぽいプレイが多いのに消えそうで消えずに最後まで残ったエリ カサマ というあたりが要注意だという。

 平家さんや飯田さんは大丈夫だろうと思うけど、ミキティや梨華ちゃんどうかなあ、と思った。
 冷静に、というタイプにはとても見えない。
 自分からひざ蹴り入れるようなことはしないだろうけど、かーっとなってまくし立てるタイプには見える。
 いや、梨華ちゃんは冷静におしり触って対処するのかもしれないけれど。
560 :第九部 :2011/06/04(土) 23:51
 アップのラスト、各自でランダムシューティング。
 ミドルレンジからのジャンプシュートは割としっかり入った。
 肝心な時に入らなかったりして。
 そんなことが頭に浮かんで一人で苦笑する。
 なんなんだこの自信の無さは。
561 :第九部 :2011/06/04(土) 23:51
 三分前、とレフリーが多分英語で言ったと思われるところでメンバーはベンチに下がった。
 コーチからもう一度多少の指示と檄が飛び、円陣を組む。
 選手十五人とコーチ二人、十七人の輪。
 ガードからセンターまで、身長ばらばらなので肩を組むのは窮屈だったりするけれどそんなぎこちなさが後藤は嫌いじゃない。
 こういう時に、ふらふら街をあるっているより、バスケやってて良かったのかな、と思ったりもする。
 三試合目にしても、まだ、意味のよく分からない激を飯田が飛ばしていた。
 不思議な人だ。
 でも、たぶん、意味なんかどうでもいいのだ。
 飯田さんが何かを言っていれば。
 戦術がどうこう、が出てくるのは別の場面。
 今は、気持ちの問題。

 「乱闘になったら真っ先に出ていくっす」
 「小春も」
 「小春は戦力外だと思う」

 吉澤と久住の姉妹漫才。
 たいして面白くないのだけど、しょーもないやりとりが場を和ませる。
 ただ、和んでいる状況でもなくて平家がしっかりしたことを言って最後を締めた。
562 :第九部 :2011/06/04(土) 23:51
 国際試合、ナンバーと選手名が中国語-英語でコールされるなか、スタメンの五人がコートに上がって行く。
 日本チームにも少し地元ファンが付き出したようで、石川のところで会場がやや沸いた。
 北朝鮮の方も、ラ リピーにコアな人気があるようだ。

 試合が始まる。

 後藤の、嫌な予感はなんだか消えなかった。
563 :名無し娘。 :2011/06/06(月) 09:00
北の選手名がぜんぶ出オチとか(笑)

こういう選手のヒリヒリするような緊張感は久しぶりかも
まけんな後藤!

でもなんだか嫌な予感
564 :作者 :2011/06/11(土) 21:25
>名無し娘。さん
使って許されそうなのがこういう人たちしかいなかったんですよ・・・。
565 :第九部 :2011/06/11(土) 21:26
 悪くない立ち上がりに見えた。
 ついに交代したスタメン。
 自分は、その選択肢の中にも入っていなかっただろう。
 高橋でも藤本でも、どちらでも関係ない、福田はどちらにしてもベンチにいるだけだ。

 コートに立つ五人は、追い込まれた雰囲気を纏っていない。
 落ち着いた入りだった。
 立ち上がりからエンジン全開、ということもない。
 自分でもこの試合はそうやって入ると思う。

 ファーストゴールは石川のミドルレンジからのジャンプシュートだった。
 いろいろな選択がある中で藤本が石川に送り、いろいろな選択がある中でその場でのジャンプシュートを選んだ。
 いきなりスリーポイントを打ったり、一対一でゴール下まで持ち込んだり、そういうことはせず、隙を見てのジャンプシュート。
 派手さはないが、その瞬間の一番確率の高い選択肢である。
 気負い無くゲームに入って行っている。
566 :第九部 :2011/06/11(土) 21:26
 勝ってもらわなくては困る試合だった。
 勝ってもらう、この表現がまず忌々しいけれど、そう表現せざるを得ない立ち位置に自分はいる。
 でも、ここで藤本が崩れれば自分に出番が回ってくるのではなかろうか、と思う気持ちがどうしても正直なところあった。
 高橋愛は使えない。
 自分のその見解は、自分の立場によるバイアスが掛かったものだろうか?
 高橋がダメ、藤本が崩れたら、自分が入るしかない。

 すんなり勝たれると自分にちゃんとした場面での出番は周ってこないだろう。
 自分が出るためには、藤本が崩れて、かつ、試合が競っている場面、というのが望ましい。
 チームのためには、藤本の調子が良くて、すんなりリードしていけることが望ましい。
 二律背反。
 口には出さない、口には出せない、福田の願望。
 自分は醜い、と思う。
 でも、チームが勝ってほしい、と思うのは掛け値なしで福田の本心でもある。
 ベンチに座っているのが、こんなに苦しいことだというのは初めて知った。
567 :第九部 :2011/06/11(土) 21:26
 北朝鮮はインサイド勝負で序盤は入ってきた。
 体のぶつかり合い。
 こっそり肘打ちなんて当たり前のようにある。
 日本のインサイド二人はどちらも、選抜チームでは希少な社会人。
 高校生たちと比べれば、多少、経験は積んでいた。
 怒って切れるようなことはせず、派手に倒れて痛がって見せる方を選んでいる。

 インサイドの単純な一対一だけでは、飯田、平家の壁を簡単に崩すことはできなかった。
 一方で、日本代表は石川のミドルレンジからのジャンプシュートが当たっている。
 いらだってファウルで止めに来たのももろともせずシュートも決めて、プラスフリースローまでもらってくる。

 第一ピリオドから19-12とリードを奪う。
568 :第九部 :2011/06/11(土) 21:27
 第二ピリオドに入って日本代表は早めのメンバーチェンジをした。
 飯田アウト、村田イン。
 柴田アウト、松浦イン。
 何かが悪い、というよりも、休ませるの面が強い。
 ただ、今この時に外しても大丈夫、というところを選んでいる、というのはある。

 「亜弥ちゃん、どつかれたくらいで切れたりするなよ」
 「分かってますよ。黒美貴たんに言われたくないです」
 「外はまだいいけど、村さん、中は半端ないですからね。たまにやり返すくらいの気で居た方がいいっすよ」
 「大丈夫。レフリーの印象も悪いみたいで、ファウルもらえてるみたいだから」
 「ああいう人でなしバスケに負けるとか絶対ありえない。ひねりつぶしてやらないと」

 石川が第一ピリオドだけで十一点と好調で今下げるような状態ではない。
 一方で、石川がよく打つ分、柴田はじゃまをしない、しっかり繋ぐ、すばやく戻る、というあたりに徹していて自分で行く場面が少ない。
 飯田も、当たりがきつい分ディフェンスに力を割いているという部分が大きく、オフェンスではあまり目立っていない。
 その辺から信田は休ませる。
569 :第九部 :2011/06/11(土) 21:27
 コートの上で、あるいはベンチに戻ってきても一番熱いのは藤本だった。
 対称的に石川は静かだ。
 プレイ面で目立っているのだが、ベンチに戻ってきても一言も発しない。

 「石川、なんかないの?」

 平家が振った。
 平家も好調だ。
 当たりのきついインサイドでディフェンスをこなしながら、攻撃面でも石川に次ぐ六点を取っている。

 「人でなしは相手にしない。同じレベルの目線で見る相手じゃない。ハエやゴキブリに一々怒っても仕方ないんです。ただ、打ち払えばいい。あんなラリッタの相手にしていらいらしたら負けです。ただ、点を取ればいい」

 石川らしからぬ言葉に周りがあっけに取られていた。
 特に、富岡の関係者からすれば、こういう相手に真っ先に切れるのが石川である、という感覚があるだけに驚きがある。

 「ボールをください。今日は入ります。外からももう少し打って行こうと思うんで」

 石川の目は対戦相手にではなくて、ただ、勝つことにだけ向けられていた。
570 :第九部 :2011/06/11(土) 21:27
 第二ピリオドは一進一退、という展開。
 立ち上がりよりも石川のところにきつく当たるようになってきた。
 ボールが受けられない。
 第一ピリオドの十一点は、ボールをもらってから石川が勝負、という形で取ったものがほとんどで、ボールを受けた時点で勝負が決まっていた、という全体崩しての点は少ない。
 石川はしっかりとボールを受けられる状況を自力で作るのだが、周りがそれに合わせられない。
 また、動き自体をかなり制限されてしまっている。
 ボールのある周辺でのファウルの監視の必要性が高すぎて目を向けてもらえていないが、ボールのないところで石川のユニホームは捕まれまくり、引っ張られまくりで、十分に動けないのだ。
571 :第九部 :2011/06/11(土) 21:28
 その辺を埋め合わせるように、松浦がと平家が頑張った。
 一方、北朝鮮はインサイドのエリ カサマが当たってきた。
 マークが飯田から村田に替わって少しやりやすくなったのだろうか。
 チャージングすれすれのプレイでゴール下を支配する。
 エリ カサマは、荒っぽく、マークマンが肉体的ダメージを受けることも多いが、ファウルを取れるかとなると迷う、というプレイが多い。

 はっきりファウルなのはコム カイである。
 この人はあからさま過ぎて隠すのが下手だ。
 しかも、常習犯で目をつけられているのですぐにファウルを取られる。
 プレイヤーとしては悪くないものを持っているはずなのに、長い時間コートに居られない。
 コートの上での失態は喜び組みとして舞台に立つことで国家に対して埋め合わせをしている、といううわさがある。
572 :第九部 :2011/06/11(土) 21:28
 石川の当たりが止まったこともあり柴田と入れ替えてここで休ませる。
 ポジションはそのまま。
 また、村田を下げて飯田を戻した。
 エリ カサマ対策だ。

 第二ピリオドも半分が過ぎ、どちらも点が入りにくい流れになってきた。
 頑張っていた松浦も、ちくちくちくちく攻められてイライラが募り始めプレイが雑になってきている。
 そんなこともあって、藤本が自分で切り崩しにかかった。
 外から一対一で勝負を仕掛け、中まで入って行き、カバーが来たところで捌く。
 捌く相手は平家ないし飯田でミドルレンジからノーマークでジャンプを打つシチュエーション。
 このパターンが二本あったのだが、飯田が続けてノーマークを外していた。
 そんな飯田だが、エリ カサマ相手のディフェンスはしっかり対応している。
573 :第九部 :2011/06/11(土) 21:29
 残り三分を切った頃、北朝鮮も変化をつけてきて、ラ リピーが外からスリーポイントを決めてきた。
 すぐに次のオフェンスで藤本がスリーポイントを決め返して突き放す。
 外もある、というのを見せられた次のディフェンス、その意識をついたつもりかエリ カサマがインサイド勝負。
 踏み込んできてシュートを放ったが、きれいに飯田が弾き飛ばした。
 ファウル、ファウル! と訴えるが、日頃の行いからレフリーは相手にしない。

 サイドで柴田が拾い、藤本を探すが出せない。
 ゆっくりキープしてディフェンスが戻るのを待ってから藤本へ。
 藤本もゆったりと持ち上がる。
 ハーフコートのマンツーマン。
 大会通して北朝鮮もディフェンスはいたってオーソドックスなものだ。
574 :第九部 :2011/06/11(土) 21:29
 藤本から柴田へ。
 動きの無いまま柴田が藤本へ戻す。
 藤本はゆっくりドリブルでキープして少し移動してから、左零度付近に下りた松浦へ送る。
 松浦はシュートの構えを見せたがディフェンスが寄って来たのでインサイドの飯田へ。
 ボールが飯田へ行ってから、松浦は軽くひじ打ち喰らったが、ちんぴらのように肩で当たり返して上へ上がる。
 飯田は背中でユニホームをつかまれているのも感じていたのもあって勝負しなかった。
 松浦に替わって下りてきた柴田へボールを戻す。
 柴田から長めのパスでトップの藤本へ。
 藤本はボールにミートして左にディフェンスを揺さぶる動きを見せてから右手でドリブル。
 一人かわしてゴール正面、左からエリ カサマ、右からコム カイがカバーに来る。
 自分でシュートまでは持っていかない。
 ディフェンスをひきつけて捌く。
 左は混んでいたので右。
 コム カイが外れた平家へ。

 平家はここでその場で受けずにボールに向かってミートしてさらにゴール下へ踏み込んできた。
 遅れて押さえに戻るコム カイ。
 タイミングは間に合っていない。
 平家のシュート自体は本来簡単だった。
 問題は身体バランス。
 意識はボールとゴールへ。
 その飛んでいる足元をコム カイが文字通り掬った。

 シュートはしっかり決まった。
 しかし、足元を掬われ、上半身もボールコントロールに向けていて、バランスを失った体は受身を取ることもできずコートに叩きつけられた。
575 :tama :2011/06/17(金) 06:39
みっちゃーん!!
576 :作者 :2011/06/18(土) 22:36
>tamaさん
みっちゃんいい子なのにね
577 :第九部 :2011/06/18(土) 22:37
 鈍い音がした。
 どこから落ちた?
 ひざから。
 最悪である。

 レフリーの笛が鳴った。
 アンスポーツマンライクファウル。
 普通のファウルではなくて、悪質であると取られた。
 入ったシュートはカウント、それプラスフリースロー二本が与えられて、フリースロー後は日本ボールで再開されることになる。
 ファウルを告げられてもコム カイは悪びれる様子もなかった。

 コートの上の日本メンバーは平家を取り囲んでいた。
 苦悶の表情を浮かべた平家は立ち上がれない。
 右のひざを抑えている。
 普通に倒れただけなら引っ張って起こそうとするところだが、起こしていいような状況ではないのは誰が見ても分かる。
578 :第九部 :2011/06/18(土) 22:37
 「担架! 担架!」

 柴田が悲痛な声でベンチを呼ぶ。
 担架はないが、レフリーの許可を得てチームドクターがコートに入っていく。
 ベンチから怒号が飛んでいた。
 怒鳴りながらコートに入って行こうとする石川を里田が後ろからはがいじめにして止めている。
 そういう歯止めのないコートの上の藤本は、チームドクターが平家の治療を始めるのを見てその場を離れた。
 松浦も付いて行く。

 「てめー、何考えてんだよ!」

 日本語は通じていない。
 ラリ ピーあたりは神妙な顔をしているが、コム カイは知らん顔だ。
 口では効かなくなって手を出したい衝動が体を揺さぶる。

 「藤本! よせ!」

 意外な声で呼ばれて藤本は振り向いた。
 平家だった。
 小走りで戻ってくる。

 「よせって、大丈夫なんですか?」
 「大丈夫なわけあるか」
 「だったら」
 「同じ土俵に立つな。同じレベルで相手にすることない」
 「でも、こんな怪我させられといて黙ってろっていうんですか!」
 「黙ってなくてもいい。頭に来たらどなってもいい。でも、同じレベルでやりあうな。あんなのと、まともにやりあっても損するだけだ。明日以降も考えろ。ついてない女は私一人で十分だ」

 平家の目は藤本を捉えていない。
 コートに横になり、足をドクターに預けて顔は苦悶の表情を浮かべて目は閉じている。
 藤本は平家に答えはせずに、立ち上がった。

 「あいつら、ぶっ殺す」

 そう言って、両手で自分の太ももを力いっぱい叩いた。
579 :第九部 :2011/06/18(土) 22:38
 「後藤!」

 ベンチでは信田が後藤を呼んだ。
 チームドクターは信田に向けて×印を出している。
 平家でなければ後藤。
 それが今の序列だ。

 「後藤!」

 もう一度呼んだ。
 後藤は、呆然とコートを見ていて耳に入っていない。
 吉澤がそんな後藤の肩をたたく。

 「ごっちん。ボーっとしてる場合じゃないって」
 「へ?」
 「へ? じゃないよ。出番だよ出番。ほら!」

 吉澤は後藤の背中をバシッと叩いた。
 後藤は促されてTシャツを脱ぎユニホーム姿になる。
 信田コーチのところへ向かった。
580 :第九部 :2011/06/18(土) 22:38
 ようやく出てきた担架がコートに入って行く。
 ところが、平家がそれに乗ることを拒否した。
 起こせという。

 「無茶ですよ」

 柴田が止めるが聞かない。

 「無茶は分かってる」
 「無茶しても無理は無理ですよ」
 「分かってる。でも、フリースローだけ打たせて」

 ファウルを受けた人間がフリースローを打つ。
 基本的なルールだ。
 怪我などのよほどの理由があれば代えることは出来るので、今のよほどのことの状況なら替わることが出来る。

 「ちょっとくらいやり返させてくれって」
 「でも、無理ですよ。立てる状態じゃないじゃないですか」
 「左足は生きてる。軸足生きてるからなんとかなる」

 柴田はチームドクターの顔を見た。
 チームドクターは渋い顔はしたがそれでもうなづいた。

 柴田と飯田の肩を借りて平家が立ち上がる。
 そのまま左足だけを地に付きつつ二人の肩を借りてフリースローレーンまで向かった。
 その間に、コム カイと目が合う。
 平家がにらみつけると、おびえた表情で目をそらした。
581 :第九部 :2011/06/18(土) 22:39
 フリースローレーンに立つ。
 アンスポーツマンライクファウルのフリースロー二本は、リバウンドに誰も入らない。
 ただ一人、平家がゴールと向かい合って立つ。
 左足一本で立ち、右足は地についてはいるが体重は乗っていない。
 通常のフリースローとは体の状態がまったく違う。

 レフリーからボールを受け取り、構えてみる。
 左足だけで何度かシュートのリズムを取ってみた。
 案外いけそうだ、と平家は感じた。
 軸足側なのでいつものリズムと近い感覚で動かせる。
 問題は、どうしても手打ちになってしまうところだ。
 それでもなんとかなる、と思った。

 一本目、手打ちになる分少し強めに放ったらリングを越えてバックボードに当たったが、逆にそれがぴったりで跳ね返って決まった。
 もう一度レフリーからボールを受け、大きく息を吐いて二本目。
 今度はイメージ通りの軌跡を描いてパサッとネットを通過した。
582 :第九部 :2011/06/18(土) 22:39
 ベンチから、スタンドから声が飛び、拍手が起きた。
 柴田と飯田の肩を借りながら平家がコートから去って行く。
 後藤が歩み寄った。

 「大丈夫ですか?」
 「柴田が小さいから歩きにくくてしょうがない」

 身長差のある二人に肩を借りると、どうしてもバランスは悪い。
 不安顔の後藤に平家が続けた。

 「持ってるとか持ってないとか言うけど。私はなんか変なものを持ってるみたいだ。いつも大事な時にこうなる。悪い運は私が持っていなくなるから、後は頼んだよ」

 平家が右の飯田の肩から腕を外し、握りこぶしを出す。
 後藤もあわせて出すと、平家が軽くぶつけた。

 コートサイドには担架がいる。
 そこに、飯田と柴田が平家を乗せると、平家がうめいた。

 「痛てー!!」

 担架が平家を乗せて去って行く。

 第二ピリオド残り一分二十七秒。
 42-31
 日本のリード。
583 :第九部 :2011/06/18(土) 22:39
 日本ボールでゲーム再開。
 サイドから松浦が入れて藤本が受ける。

 冷静に、冷静に。
 藤本は自分に言い聞かせる。
 自分がそういうメンタル面で危うい部分があるという自覚は持っていた。
 この一年、石黒に鍛えられてきた部分でもある。
 そして技術面含めても、この一年で一番成長した部分でもあった。

 トップでキープする。
 今の乱れた感情で、スリーポイントを打っても多分入らない。
 ドリブル突破で入って行くには中が狭すぎる。
 普通の選択、まわして崩すというのが正しいはずだ。
 とにかく冷静に。
 感情を押さえつける。

 そんな、押さえつけている感情を煽るようにスタンドからは日本人には意味の分からない言葉が飛んでいた。
 国民感情に、見た目の可愛さは時折勝つことができる。
 CHN48目当てにコートに通っていた中国のファンたちも、少女時代から鍛え上げられた韓国チームのメンバーや、朝から田舎でメロン食べて時にはひとり立ちして頑張る日本チームのメンバーたちにそれぞれお気に入りを見つけ始めている。
 それと比べるとどうしても、コム カイのような選手にファンは付きにくい。
 ああいうプレイがあると観衆は日本側に付く。
584 :第九部 :2011/06/18(土) 22:40
 その声援に押されるように、なら良かったのだが、煽られるように、感情のまま一対一で突進したものがいた。
 いつも冷静なはずの柴田。
 自分よりも先に暴走して、自分が抑えに入らないといけない石川や高橋がコートに居ない。
 平家先輩が相手に怪我をさせられた。
 その怒りは、今月だけチームメイト、というメンバーよりも、二年間付き従いやってきた柴田にとってより大きい。

 右、外でボールを受けた柴田はフェイクを入れて目の前のディフェンスは簡単に抜き去った。
 ゴールが近づく。
 飯田に付いていたエリカサマがカバーに出てくる。
 いつもの冷静なスタイルなら、捕まる前にジャンプシュートなのだが、柴田はそのまま突っ込んだ。
 ゴールに向かって突進、何もないかのようにレイアップシュートの体勢をとるが、前にはエリカサマの壁がある。
 壁に当たって砕いた、という形になった。
 ジャンプした柴田のひざがエリカサマのみぞおちに入りそのまま後ろに倒れこむ。
 柴田のシュートは決まったが、これはオフェンスファウルを取られノーカウント。

 両者倒れこんだが、上に乗った形の柴田が先に立ち上がる。
 そこに北朝鮮のメンバーが詰め寄ってきて何かを言っている。
 藤本、松浦が柴田を後ろに隠して言い返すような状態でいたが柴田がその二人を押しのけて前に出た。

 「うるさい! 文句あるか!」

 飯田が止めに入る。
 北朝鮮もラリピーが抑えに入った。
 乱闘寸前の状況でブザーがなる。
 日本代表がタイムアウトを取った。
585 :第九部 :2011/06/18(土) 22:40
 「柴田! 平家がなんて言ったか分かってないのか!」
 「でも」
 「でもじゃない! 同じ土俵に立つな。そう言ってただろ。その通りだ。同じ土俵に立つな」

 バスケのコートはそれほど広くない。
 コート上の会話までは聞こえなくても、しかりつける大きな声くらいはベンチにいても十分聞こえる。

 「石川」
 「はい」
 「柴田と交代。冷静にやれ。冷静にだ」
 「はい」

 柴田のプレイ振りがどうこう関係なく、そろそろ石川をコートに戻す時間だった。
 石川のメンタル、というのも不安がないわけではないがそうかといって他の誰かでいいという場面でもない。

 「全員、ここまでの展開を少し頭から外せ。今の状況を見ろ。前半残り一分ちょっとで11点リード。一気に走るチャンスなんだよ。リードを広げることを考えろ」

 平家の離脱、ということを横に置くと、今の状況はようやく二桁点差に乗せることが出来たというものだ。
 場が荒れている今、一気に走りたい。
 前半終了間際にリードを広げることが出来ればこの後の展開が大いに楽になる。
586 :第九部 :2011/06/18(土) 22:40
 「インサイドは結構強いな。飯田はそれでも中にいてくれ」
 「はい」
 「後藤も同じ。怪我に気をつけるのは当然だけど心理的に押されるな。飯田と後藤と二人中にいて、ディフェンスが外に出てこないように中狭くしとく」

 飯田のマッチアップがエリカサマ、後藤がコムカイである。

 「外は藤本のところ以外は弱い。さっきの柴田、最後がよくなかったけどワンフェイクでかわすところまでは良かった。松浦、石川はそれを狙っていけばいい。ただ、中まで行くと狭くなってるからと言うか狭くさせるんだけど、前が開いたと思っても中まで入っていかずにミドルレンジからのジャンプシュートで勝負」

 藤本にはラリピーが当たっている。
 世代が違うんじゃないかというくらいの雰囲気がある。

 「ディフェンスはとにかくノーファウルな。これ以上場を荒らすな。こっちもファウルをし出すとさらに荒れて行くから怪我の危険が高くなる。もちろん甘いディフェンスでいいってことはないけど、ノーファウルで」

 相手が荒いからといってこちらも荒くなると火に油である。
 また、実際的に、こちらだけクリーンにやっているとレフリーが味方についてくれるという効用もある。
 精神論ではなくて、現実的利得を追い求めたものだった。
587 :第九部 :2011/06/18(土) 22:41
 先にコートに上がったのは日本代表。
 石川がじっと北朝鮮ベンチを見ている。
 不穏な空気を感じて藤本が声を掛けた。

 「石川」

 それには答えずにつぶやいた。

 「あいつら、ぶっつぶす」

 自分も、ブレーキを外したい、と藤本は思った。
588 :第九部 :2011/06/18(土) 22:41
 北朝鮮ボールでゲーム再開。
 エンドからボールを運んでくる。
 ゲーム展開から考えるなら、北朝鮮は一桁点差にして前半は終わっておきたいところである。
 勝負はインサイド、エリカサマのところでしてきた。

 少し開いてミドルレンジから飯田と正対してシュートフェイク入れてから中へ。
 難なく対応した飯田、エリカサマはファウルをもらうことを狙って飯田のブロックめがけて手を伸ばしてシュートを試みるが、きれいにボールだけ叩かれて、美しいブロックショットが決まった形に。

 ボールが飛んだ先では競り合いがあったが石川がさらった。
 速攻を狙って藤本がボールを受けようと動いて声を出すが石川は答えない。
 自分で運んだ。
 まず、最初に競り合った相手を交わす。
 藤本が呼んだ声自体が北朝鮮に対してのフェイントになっていて、石川の進路には一人しか居ない。
 これもバックチェンジ一つでかわす。
 逆サイド藤本が走っていて、それについていたラリピーが石川の側へ向かってくるがまったく間に合わなかった。
 ボールを取ってからの二人抜きワンマン速攻。
 蹴り飛ばすよりも、鮮やかな展開で取る得点の方が相手へのダメージは大きい。
589 :第九部 :2011/06/18(土) 22:41
 北朝鮮はゆっくりボールを運んできた。
 前半残りはわずか、オフェンスディフェンス一本づつ、というくらいしか残っていない。
 時間を十分使ってから最後はコムカイ。
 とくに荒っぽいことはせず、後藤を外してゴール下のシュートを決めた。

 残り十五秒。
 どうやって点を取るか。
 冷静さを保とうとしつつも、やはり怒りのマグマは藤本の中に湧き上がっている。
 ただ、それで蹴り飛ばすのが正解ではない、というのはわかっているつもりだ。
 さっきの石川を見ていても分かる。
 点を取る、これが正解だ。

 自分で点を取りたかった。
 そこは冷静な判断、ではなくて多分エゴだ。
 でも、怒りと冷静さの狭間にある妥協点はそこだった。
590 :第九部 :2011/06/18(土) 22:42
 インサイドは混んでいる状態だった。
 一人かわしてジャンプシュートを狙え。
 その指示は松浦と石川に出ているもの。
 藤本は、同じことを自分でも試みた。

 左サイド、エンドライン際にいた松浦が勝負しきれずにボールを持って上へ戻ってくる。
 トップの藤本へ戻す。
 それを右へ動きながら受けて、すぐ左へ揺さぶりを入れてやっぱり右から抜きにかかる。
 ラリピーは振り切れなかった。
 藤本の左側、付いてくる。
 それでも前は開いていたのでかまわず突き進む。

 ゴール下から出てきたのはコムカイ。
 また、右サイドからも一人カバーが来た。
 捉まる前にジャンプシュートと行きたいところだが、付いてくるラリピーが気になる。

 「はい!あいた!」

 声と同時に、藤本の視界に状況が見えた。
 右零度、マークが外れた石川が待っている。

 変なわだかまりは無い。
 ジャンプシュートを打つならここ、というところからさらに一歩踏み込んでディフェンスを寄せてからノールックパスを送った。

 石川、ボールを受けながら後ろへ下がる。
 ディフェンスとさらに距離が出来、スリーポイントラインの外へ出た。
 そのまま両手でシュート。
 しっかりと決めて見せた。

 北朝鮮がボールを拾い、エンドから出たところでブザーが鳴った。
 前半終了。

 藤本が石川へ歩み寄り、両手を上げる。
 石川もそれに答え、力強くハイタッチをぶつけた。

 47-33
 日本のリード。
591 :第九部 :2011/06/25(土) 21:43
 平家の状態についての詳しいレポートは、ハーフタイムには入らなかった。
 コートから下がった後、そのまま病院に向かったようだ。
 頭を打ったというようなものではないので、命に別状系の懸念はないのだが、ひざやってしまうと選手生命に別状系の懸念がある。

 ロッカーに戻ったメンバーたち、平家の心配はしながらも、それとは別に、後半へ向けての対策を立てる。
 選手同士の話し合い。
 中心で仕切っているのは藤本だった。
 最年長でもなければキャプテンでもない。
 昨日まではスタメンでもなかった。
 でも、そこに遠慮はない。

 最年長でありキャプテンである飯田は、そういうところで余計な先輩風は吹かせなかった。
 一人の選手として、藤本の言葉に答え、自分の意見も発している。
 そこに絡むのが石川であり柴田であった。
 柴田がいつになく熱くなっている。

 そのテンションに、後藤はついていけていなかった。
 平家さんのために、と頑張りたい気持ちがないわけではないのだが、それ以上に不安が勝っていた。
 平家さんの代わりなんて出来やしない。
592 :第九部 :2011/06/25(土) 21:43
 いつも余裕のあるレベルで戦ってきた自分。
 自分でダメなら仕方ない、と周りも認めてくれる存在としてチームではやってきた。
 それがここでは、ただのチームの一員で、余裕なんかなくて、本当に自分のせいで負ける可能性があって、本当に自分のせいで一つ負けた。
 足を引っ張るくらいなら、誰かに替わってもらった方がいい。
 試合に出たい、という人がいるのだから。
 そういう想いが頭にある中で、後半どう戦うかの議論に混じって行くことなど出来ない。

 後半開始の時間も近づいてベンチに戻った。
 信田が後半のメンバーを告げる。
 藤本、松浦、石川、後藤、飯田。
 コムカイがファウル四つだから出てきたら勝負に行け、と後藤に指示が出ている。
 様子を見ずに一気に突き放せ。
 その指示に、藤本、石川、しっかりうなづいた。
593 :第九部 :2011/06/25(土) 21:43
 後半の立ち上がりは北朝鮮がしっかりとゲームを作ってきた。
 ラリピーがうまくコントロールしている。
 一方、日本代表も外から石川、中で飯田と攻め手をしっかり複数持って対抗している。
 韓国戦と違い、リバウンドをきちんと取れるのが強みだ。
 エリカサマ相手に飯田が負けていない。

 57-42
 第三ピリオドも半分ほど過ぎて点差があまり替わっていないところ。
 ここで局面が大きく変化した。

 外から勝負して来たコムカイ。
 シュートをケアした後藤があっさり抜かれてしまう。
 あまりにもきれいに抜きされて気を良くしたのか、飯田がゴール下カバーに入ってもかまわず突っ込んでレイアップシュートを試みる。 
 さっきの柴田の逆だった。
 悪意があったか無かったか、ひざ蹴りが飯田に入る。
 シュートも入って笛が鳴った。
594 :第九部 :2011/06/25(土) 21:44
 常習犯である、レフリーも甘くなかった。
 オフェンスファウル、チャージング。
 五つ目のファウルで退場。

 さっきがあっての今。
 今度は飯田が、と周りは心配したがけろっとして立ち上がる。
 ただ、ちょっと首周りが気になったのか、髪をとめていたゴムを一度外して首を何度か振る。

 「別の意味で怖いっすよ。貞子っぽくて」

 問題なさそうで安心した藤本がポツリと言う。
 長い髪を振り乱した飯田を見て、二年前の吉澤と同じ感想を持った藤本だった。
595 :第九部 :2011/06/25(土) 21:44
 荒くて退場ばかりするコムカイ。
 それでも試合に出てきているのは力があるからだ。
 メンバーが代わることで北朝鮮の得点力が落ちた。
 日本の得点力は変わらない。
 今日は石川が当たっている。
 飯田がリバウンドも取れている。
 平家の事故を除けば、実は順調に試合を運べていた。

 北朝鮮が退場の補充をする場面で日本ベンチもメンバーチェンジを申請した。
 後藤に替えて里田。
 後藤が試合のリズムについていけていない。
 休ませるではなくて、出来が悪いので交代、という意味合いである。
 同時に松浦に替えて柴田も投入した。
596 :第九部 :2011/06/25(土) 21:44
 柴田、石川、里田。
 この三枚で突き放しに掛かる。
 北朝鮮の攻撃力は落ちていて、難しいシュートを選択せざるを得ず、リバウンドを飯田がしっかり拾う。
 藤本が全体をコントロールする。

 韓国戦の出来の悪さを里田は払拭する活躍を見せた。
 三戦目の慣れ、平家の怪我、マッチアップの相性、いろいろな要素があるのだろう。
 柴田も少し間を置いて落ち着きを取り戻していた。
 石川は本日好調。
 点差は開く。
 第三ピリオド残り二分、二十二点までリードが広がったところで、飯田を下げて村田を入れた。

 北朝鮮は精細を欠いている。
 元々荒いチームだが、さらに手が出て無駄にファウルがかさむようになってきた。
 しょっちゅうゲームが止まるので実時間は掛かっているが、ファウルで与えられるフリースローをしっかり決めて行くことで、ゲーム時間の消費は短い中で日本代表がリードを広げて行く。
 第三ピリオドは77-48
 安全圏に入ってきた。
597 :第九部 :2011/06/25(土) 21:45
 「亀井、柴田と交代」
 「は、はい」
 「あとは」
 「信田さん!」

 ゲームの大勢が見えてきた。
 信田のメンバーを徐々に落としていこうという意思を、亀井の投入から見て取った藤本が言った。

 「美貴と石川は最後まで残してください」
 「なんだ、やぶからぼうに」
 「石川と実戦で合わせる時間が欲しい。それはもう後十分しかないんです。だから、美貴と石川は残してください」

 信田はすぐには答えなかった。
 何を言わんとしているのかは分かった。
 CHNとしっかり戦うためには、藤本と石川が違和感無くコートの上で共存することは最低必要条件だ。
 今日はそれが出来ているように見える。
 だけど、藤本自身には多少の違和感があるのだろう。

 信田が一番怖いのは、更なるけが人の発生だった。
 言葉は悪いが、怪我をするなら主力よりも控えメンバーの方が痛手は少ない。
 その意味では早い段階でメンバーを落とせる方がいい。
 そういう計算もある。
 藤本と石川、ここにいたって怪我をされたら本当に困る二人でもある。

 そういうことが頭の中を駆け巡ったが、最後にはこう言った。
598 :第九部 :2011/06/25(土) 21:45
 「試合展開見て、四つファウルになったり、休ませる必要があったり、プレイの質が落ちてきたり、そういう場面が来たら当然下げるけど、とりあえずは好きにやりな」
 「ありがとうございます」

 CHN48はリスクを怖れて戦える相手ではない。
 やれるだけのことはやっておきたい。
 藤本をスタメンで使ってこなかったのは自分の判断ミスだ。
 それを少しでも補えるなら、多少のリスクは冒してもやらせてやるべきだった。

 「村田、飯田と交代」

 藤本、石川もそうだが、飯田もこの先欠かせない。
 今日の試合はここまで飯田がしっかりとリバウンドを取っていたというのが大きい。
 韓国戦と違いそれがあるからこういうリードを得ることが出来ている。

 「点差は考えず普段通りやれ。第四ピリオドの戦い方とかそういうのも要らない。0-0で始まる序盤のつもりで行け」

 この試合をどう勝つか、という段階は信田の中では過ぎている。
 この先につなげるために後の十分をどう使うか。
 藤本と石川を最後まで残す、という選択をしたのだから、勝ち逃げるというのを目指す十分ではなくて、普通にディフェンスをし、普通にオフェンスをするということが必要だった。
 ただし、相手が普通にやってくれるとは限らないが。
599 :第九部 :2011/06/25(土) 21:45
 普段の日常生活よりもコートの上の方が余計なことは考えないからだろうか。
 何かが必要な時に、それが必要だと素直に言える気がする。
 その相手が好きとか嫌いとか、そういう部分の影響度が減少する。
 石川と合わせる時間を持つことが今は必要だ。
 そう、藤本は感じていた。
 あさって、CHN48に勝つために。

 だから言った。
 怪我? もちろん可能性はあるけれど、それを怖がっていられる情勢じゃない。
 先に備えて体力を温存する、なんて考え方もあるけれど、それこそ自分には不要だった。
 滝川での鍛え方が違う。
 それに、昨日までは控えだったし。
 石川の体力、なんてことの心配はしなかった。
 そんな分かりやすい弱点を持っててくれれば、今まで苦労してないだろう。
600 :第九部 :2011/06/25(土) 21:46
 藤本から見てオフェンスの選択肢は石川と里田の二枚だった。
 亀井は二枚か三枚レベルが落ちる。
 里田とはずっとやってきた仲だ。
 ここが滝川のコートでも東京体育館でも、上海でも同じだ。
 どういう動きをするのか分かるし、どういうところでボールを求めているのか判る。
 韓国戦ではボールを受けたあとが悪かったが、今日はそれもない。

 そういうもう一枚選択肢がある中での石川。
 藤本もなんとなく少しづつ分かってきた。
 口で論理的に説明できるようなことではない。
 なんとなく判ってきたのだ。
 動きにあわせてパスが出せる。

 三十点開いたゲームでの集中力ではなかった。
 一桁点差の中の試合の集中力。
 それを藤本も石川も出している。
601 :第九部 :2011/06/25(土) 21:46
 残り五分、久住と吉澤を信田は呼んだ。
 亀井と里田を下げる。
 今日は良かった、と里田に声をかけた。

 藤本と石川の連携。
 そんなものは久住や吉澤にとっては関係ない。
 自分たちがわずかな時間に何ができるか。
 二人に大事なのはそれだ。
 変に気を回されるよりは、その方が全体が自然に動いて都合がいい。
 ただ、やはり藤本から見て久住や吉澤は石川と比べて落ちる。

 残り二分で村田を下げて光井を入れる。
 ポジションは藤本以外がみんなスライド。
 光井がセンターなんて当然できるはずがない。
 光井愛佳、アジアデビュー。
602 :第九部 :2011/06/25(土) 21:47
 でも、大したことは出来なかった。
 本来ポイントガードである。
 誰かに使われる、なんて立場ではない。
 試合の週末が見えたので、国際試合の経験を積ませるために無理やり入れた、というのが実態だ。
 それでも無駄なファウルを一つもらって得たフリースローはしっかり決めた。

 残り一分になって久住を下げて後藤を入れる。
 一分で何ができる、という部分であるが、信田としては何かいいイメージを後藤に取り戻させるきっかけを与えたいのだろう。
 とはいえやはり、一分で何ができる、というところで、何も出来なかった。

 お味噌の光井を挟んで、藤本、石川、後藤、吉澤と高三生が四人並んでコートにいる状態で北朝鮮戦を終えた。

 104-74
 日本が勝利し、グループリーグ二位通過を決めた。
603 :作者 :2011/07/03(日) 00:04
本日は、作者都合により休載いたします。
604 :名無飼育さん :2011/07/03(日) 21:32
>>603
おつかれさまです。
来週を楽しみにしています。
605 :名無飼育さん :2011/07/04(月) 03:39
いつも楽しみにしております。来週ものすごく楽しみです。
久しぶりに第一部から見直しましたが、エネルギーが凄いですね。
紺野ファンですが、この作品では福田さんのファンです。(リアルでほとんど知らないんですけど。。。)

606 :作者 :2011/07/09(土) 23:11
>>604
ありがとうございます
最近、人の気配もしなくなってきてて、いろいろと思うところもあるので、そういっていただけるとうれしいです

>>605
ここではあまり目立たない紺野さんですが、他のどの人よりもテレビで見られる機会が増えそうですね
福田さんはこの世界ではなんか壁にぶち当てられてますが、応援してやってください
607 :第九部 :2011/07/09(土) 23:11
 グループリーグ全試合が終わり、ベスト4が出揃った。
 地元の中国と、それに続いてグループAで二位だった台湾。
 日本を延長の末下しグループBを全勝で通過した韓国、そして日本。
 当初予想された四チームが順当に勝ちあがってきた。

 準決勝は各組一位と二位のたすき掛けで対戦。
 すなわち、韓国vs台湾があり、日本はグループA一位通過の中国と対戦することになった。

 グループリーグは三連戦だったが、その後決勝トーナメントの二日間の前に一日中休みが入る。
 日本代表は、午前中に一時間ほど軽く調整を入れた。
 平家以外の十四人が体を動かす。
 試合に長く出ていたメンバーは三十分ほどで切り上げた。
 ベンチに座っている時間が長いものは、スリーオンスリーなんかをして、多少ギアを上げた動きも入れている。

 平家の怪我は軽くはないが再起不能というようなものでもない、というものであった。
 少なくとも今大会中にコートに立てる状態ではない。
 帰国してしっかり診療を受けたら、という勧めもあったのだが、平家は最終日までチームに帯同すると自分で決めた。
608 :第九部 :2011/07/09(土) 23:12
 午前の軽い練習を終えて宿に戻り昼食。
 その後、午後は完全フリーとした。
 どっか出かけても寝てても好き勝手していいよ。
 そういう指示が信田から出ている。

 何をするかは人様々。
 とはいえ勝手分からぬ異国の地。
 一人でふらっと出かける、なんて選択を取ったものはさすがにいない。
 一人を選ぶなら寝てるか、ホテル内の入りやすい店にでもいるくらいしかない。

 複数まとまればタクシー捕まえて出かけることもできる。
 発展著しい街、とはいっても日本と比べれば物価、交通費はそれほどのものではない。
 ガイコクニイク、と言われれば親が持たせざるを得ない程度の金額で、半日くらいなら自由に動ける。

 試合に対して出ることも無く、体力もてあまし気味の吉澤は当然外出組みだった。
 子分状態の久住も付いてくる。
 後藤に声をかけてみたが、断られた。
 吉澤も一応気は使う。
 表情変わらなくても、一年半共に暮らしてきた先輩から見てなんとなく塞ぎ気味に感じた福田にも声を掛けてみたが、やっぱり答えはノーだった。
 それを無理に連れ出そうとするほど、吉澤は福田から先輩として信頼されている自信はない。
609 :第九部 :2011/07/09(土) 23:12
 逆の意味で気を使って誘い出しにくいのはスタメン組み。
 しかし、反対にアプローチされた。
 どっか行くの?私も行く。連れてって。
 石川梨華である。

 おまけがもう一人。
 三人で出かけようとしたらロビーでぼんやりしていた高橋愛が声をかけてきた。
 石川先輩、拒絶するわけも無く連れて行く。

 出かける、どこへ?
 どこかへ。
 タクシーの交渉、片言英語で吉澤が始めて、なんで英語と久住に突っ込まれ、仕舞いには日本語で押し通した。
 国際試合に出向くのに、ガイドブック持ってくるところがさすがベンチウォーマーである。
 ここ、と吉澤が地図を見せ、日本語で価格交渉をし、通じるわけないだろと久住に突っ込まれ、最後は筆談。
 数字ならアラビア数字でも漢数字でも書ける。
 中国語は一つも使わない。知らないし。
 メーター倒さぬタクシーに乗って、ガイドブック持った吉澤本人もよく分からないところへとりあえず出かけた。
 ちょっと冒険の真似事がしたいだけで、どこだっていいのである。
610 :第九部 :2011/07/09(土) 23:13
 タクシー降りて、適当に歩いて、なんか都会だねと話して、歩き疲れて店に入る。
 世界に広がるハンバーガーショップに入ってしまうところが少々情けないが、そもそも国に関係なく、遊びなれていない吉澤たちが気軽に入れるような店はそうそうないのだから仕方ない。

 「あややとか誘わなくて良かったの?」
 「んー、なんかあいつ疲れてるっぽいから連れ出しちゃ悪いかなって」
 「じゃあなんで石川さんよんだんですかー」
 「自分で来たいって言うから。って、でも確かに、やすまなくていいの?」
 「休んだ方がいいと思う」
 「だめじゃん」
 「体はね。休める時に休んでおいた方がいいと思うんだけど。でも、ちょっと変化が欲しくてさ」

 四人でテーブルを囲むと、まるっきり学校帰りの女子高生私服バージョンの絵柄である。
611 :第九部 :2011/07/09(土) 23:14
 「私たちってさ、なんか、バスケやるために学校行ってるみたいなとこあるし、実際、バスケやるために学校行ってるけど。でも、なんだかんだでいろいろあるじゃない。昼は授業で寝てたりさ。一応テストはちゃんと受けないといけないし。その辺先生も厳しかったりするしさあ。あんまり役割もらえなくても文化祭があったり、合唱コンクールとかイベントがあったり。いろいろあるじゃない、学校行ってると。でもさ、選抜で呼ばれてからそういう変化がないのよね。選抜されて人数減ったりとか、スタメンが組み変わったりとか、試合の相手も変わるんだけど。全部バスケなの。飽きるとかはないんだけど、でも、ちょっとね、気分転換したかったかな」

 三週間の合宿生活。
 途中で日本から上海へと場所は変わったけれど、周りのメンバーが変わるわけではない。
 朝から晩まで一緒。
 バスケをするために学校へ行っていると言ったって、石川は普段は家に帰れば親がいる、という暮らしだ。
 朝から晩まで皆一緒、が通常モードな藤本たちとはその辺は大きく異なっている。
612 :第九部 :2011/07/09(土) 23:14
 「私たちってさ、なんか、バスケやるために学校行ってるみたいなとこあるし、実際、バスケやるために学校行ってるけど。でも、なんだかんだでいろいろあるじゃない。昼は授業で寝てたりさ。一応テストはちゃんと受けないといけないし。その辺先生も厳しかったりするしさあ。あんまり役割もらえなくても文化祭があったり、合唱コンクールとかイベントがあったり。いろいろあるじゃない、学校行ってると。でもさ、選抜で呼ばれてからそういう変化がないのよね。選抜されて人数減ったりとか、スタメンが組み変わったりとか、試合の相手も変わるんだけど。全部バスケなの。飽きるとかはないんだけど、でも、ちょっとね、気分転換したかったかな」

 三週間の合宿生活。
 途中で日本から上海へと場所は変わったけれど、周りのメンバーが変わるわけではない。
 朝から晩まで一緒。
 バスケをするために学校へ行っていると言ったって、石川は普段は家に帰れば親がいる、という暮らしだ。
 朝から晩まで皆一緒、が通常モードな藤本たちとはその辺は大きく異なっている。
613 :第九部 :2011/07/09(土) 23:15
 「そういえば、福田さんとか誘わなくて良かったの?」

 試合にもあんまりでないで、のくだりで思い出したのか、石川が福田の名を上げた。

 「誘ったんだけど断られたんだよ。元々、あんまり出歩くような奴じゃないし、それに吉澤といたって面白くないってのもあるだろうしね。気分転換っていうより、とにかくバスケと向き合うってタイプだからなあ。半日どうするんだって聞いたら、部屋で本でも読んでますだと」
 「福田明日香って、休み時間一人で本読んでるタイプって感じですよね」

 高橋の言葉に、石川も吉澤も、久住でさえも、突っ込みを入れることが出来ず黙り込んでしまった。
 三人は、場を持たせようと、ハンバーガーをかじったり、ストローを口に持って行ったりしている。
 二の句が次げなかったのではなくて、ただ、食事を進めたかっただけだとアピール。
614 :第九部 :2011/07/09(土) 23:16
 「味はあんまり変わんないんですね」
 「変わるとか変わんないとかいうほど味わかんないけど、でも早々変わるもんでもないんじゃないの?」
 「いーえ、小春、パンの味にはうるさいんです。これは日本と同じパンです」

 全然違う話しに飛ばす。
 年齢は二つ若くても、人との関わりは久住の方が経験豊富だ。

 「肉とか犬の肉使ってるとか言うよね」
 「猫とかね」
 「小春、肉の味は分かるの?」
 「わかりません。小春がわかるのはパンだけです」
 「役立たずだなあ」
 「誰が犬の肉の味なんか分かるって言うんですか」

 チェーン店全店で、ほぼ同じような味の肉を出しているとして、それだけの頭数の犬や猫を均質的にそろえるのは無理な話である。
 でも、話を繋ぐ雑談は、根拠やなんかはどうでもよくて、こんなものでよいのだ。
615 :第九部 :2011/07/09(土) 23:17
 「そういえば、後藤さんは?」
 「ホテルにいるって。そういえば福田と同じ部屋なんだよなあ。二人で部屋に居るのかなあ。あの二人が会話してるのって想像付かないんだけど」
 「自然に静かそうですよね」
 「なんか、後藤さんも元気なかったから心配なのよね」
 「うん・・・。ごっちんの場合試合も結構出てるから単純に疲れてるって部分もあるだろうけど」
 「なんかー、小春、後藤さん第一印象と最近違う感じがします」
 「へー、どの辺が?」

 吉澤、石川、久住。
 三人でトークが進んで、高橋が入ってこない。
 そういう構図を作り出している。
 高橋の正面が久住なのだけど、久住が完全に隣の吉澤と斜め前の石川の二人の方へ体を向けていて、石川も隣を見ないので、高橋が入って来れない。
616 :第九部 :2011/07/09(土) 23:17
 「第一印象は、結構怖かったんですよ。すごいクールっていうか周りに興味なしって感じで。石川さんとか普通に話してて、それだけでなんかおーすげー、さすがとか思ってたんですけど。なんか今はすごい臆病な感じで。試合見てるとびくびくしてて」
 「ちょっと、自信なくしちゃってる感じはするよね」
 「韓国戦、結構背負っちゃう負け方だったからねえ。吉澤も自分のせいで試合に負けたって何度かあるけど、やっぱ引きづるもん。普段は負けたらしばらく試合ないのに、昨日の今日ですぐ試合とかじゃん。ごっちんといえども、やっぱ怖いよね」

 昨年の冬の選抜大会の県大会。
 最後に決めれば勝ちのノーマークのシュートを吉澤が外して負けた。
 翌日からキャプテンね、と言われてもすんなり受け入れられず、右往左往して、修学旅行で転校前の学校に行ってみたり、全国大会へ出かける直前の飯田のところへ乗り込んでみたり、いろいろもがいてようやく自分の立ち位置を決めることが出来た。
 後藤の場合は、負けて、じゃあ翌日、スタメンではないにしてもすぐ試合で、その翌日もまた試合である。
617 :第九部 :2011/07/16(土) 23:37
 「でも、平家さん怪我しちゃったから、もう、そんなことも言ってられなくて、後藤さんに頑張ってもらわないと困るのよね。まいちゃんもいるけど四十分全部ってわけには多分行かないんだから。もちろんよっちゃんでもいいんだけど」
 「ははは・・・。そりゃあ出るなら百パーセント二百パーセントやらせてもらうけどさ。現状、ごっちんやまいちんと比べて評価が下の扱いされてるのは自覚してるから。そこでフォロー入れなくていいよ」

 北朝鮮戦でもそうだった、後藤がいて里田がいて、吉澤に回ってきたのは決着がほぼ付いた後のことである。
618 :第九部 :2011/07/16(土) 23:38
 「一回やってみたかったのよ。完全アウェーってやつ。滝川カップの滝川戦もちょっとそうだったけど、でも、国同士だとはるかに超えるでしょあれよりも。なんか人気らしいし。CHN48とか言って。麻友友を下敷きにしてダンクとか決めてやりたい感じ」
 「ダンクって・・・」
 「結構面白いマッチアップですよね。麻友友と石川さんの勘違い対決とか」
 「なによ勘違いって」
 「二人とも鏡見つめてにやけてそうじゃないですか。笑顔の練習とか言って。あとは、敦子に後藤さんで仏頂面対決とか、麻里子様に飯田さんでモデル対決とかも」

 久住小春、言いたい放題である。
 そこに横から高橋が乗っかってきた。
619 :第九部 :2011/07/16(土) 23:38
 「じゃあ、高南に高橋で高高対決!」

 自分で言うからなんとも絡みづらい。
 そもそも、まだスタメンで出て高南とやりあう気でいるのかよ、と久住は思っている。
 今の調子から言えば、高南に対するのはどう考えても美貴様だろう、というのが久住の見立てだ。
 さすがにそれは久住といえども口に出しては言えることではなかった。
 おしゃべりだけど、空気は読めるのである。

 「仏頂面でもモデルでもなんでもいいけどさ、実際、強いよね。CHN」
 「大丈夫。なんとかなるから」
 「石川さん、いつでも何とかなるじゃないですか?」
 「高さじゃなくてスピードで勝負ってところが結構にてるのよね。高南なんてミキティよりもちっちゃいでしょ。矢口さんよりは大きいかもしれないけど。優子だってたぶん、あややちゃんでも柴ちゃんでも身長勝ってるし、高橋でもあんまり変わらなくない? 麻友友は多分私よりちっちゃいし」

 体格で中国相手に負けていない日本、というのはどんな競技で見てもなかなか無いシチュエーションである。
620 :第九部 :2011/07/16(土) 23:38
 「上三人がしっかり走るから速攻がばんばん出るし、敦子はのんびり上がってくるんだけどボールもってからのタイマン勝負は強い。とにかく点の取り合いだよね、たぶん。スリーポイントが多投出来るといいんだけど。そういう意味だと後藤さんが四番でいるとすごくいいんだけどなあ。外から四人打てて。それでディフェンス広がれば、中にも飛び込みやすいし。韓国の時と違って私も普通に麻友友ならインサイド勝負もいけるだろうからそういうスペースも作ってもらえて」

 石川がゲームプランを語る。
 吉澤は、ふんふんとただ聞いていた。
 言葉を挟めるレベルにない、ということはないが、こうやって語ってくれるのを聞くのはなんか心地よかった。
 福田だって同じようなことをしているだけなはずなのに、それよりも心地よく聞いていられるのはなぜだろう。
621 :第九部 :2011/07/16(土) 23:39
 「ディフェンスも問題よね。敦子の一対一をどうやって止めるのかって。その辺はまいちゃんのがいいのかなあ。滝川のあのディフェンスで。滝川って言えば、ミキティは一人ででも前から当たる気あるかなあ。ポイントガード一人なら前から当たっても全体崩れないし。インターハイ決勝でもほとんど一人で四十分持たせられたんだから、休み一日挟むしいけると思うんだけどなあ。ああ、でも、うちのれいなと高南比べるのはちょっときついかぁ」

 語っているのはひたすら石川。
 黙っていられなくなった久住が口を挟んだ。

 「ホント、石川さん、バスケ好きですよねえ」

 久住が口を挟んだので、吉澤が続けた。

 「気分転換したかった、って言いながら話すのは明日の試合のことだもんね」
 「だって、気になるじゃない」
 「そうだけど、あんまりバスケの話しない方がいいのかなと思いきや、自分からどんどんそっちに突っ込んでいくし。うちら、確かに、バスケが共通点で集まったメンバーだからどうしてもそっちにいっちゃう部分はあるけどさあ」
 「この人、韓国に負けた日の晩、寝ないでぶつぶつぶつぶつ言っててうざいんです」
 「もう、言わなくていいでしょそれは」

 石川と同室の久住は、最年少でわがまま言い放題のはずが、時に部屋では保護者しないといけない状況に陥っていたりする。
622 :第九部 :2011/07/16(土) 23:39
 「逆に考えると、後二日なんだよね」
 「試合?」
 「うん。試合っていうかこのチーム。明日と明後日で終わり。勝とうが負けようが。まあ、勝てば来年の世界選手権も付いてくるけど、それはまたきっとメンバー選びなおしだから、石川さんなんかにとっては当たり前に選ばれる場所かもしれないけど、私なんかだと全然どうなるかわかんないから。そう考えると残りは短いなって思う」
 「そういえばそうなんですね。小春も、試合あんまり出てないけど、まともに小春と出来る人たちとバスケしたの初めてだから結構楽しかったかな。試合出られればもっと楽しいんだけど」

 選抜チームとは、長い間活動するチームではない。
 基本、大会限定で集まるものだ。
 次回があるという保証はどのメンバーにもなされていない。

 「何終わったみたいなこと言ってるのよ小春は。いい、明日からが本番なの。後二つ。絶対勝つのよ」

 石川の言葉に、高橋が力強くうなづく。
 吉澤も遅れて。
 久住は、そんな三人を見てニコニコ笑っていた。
623 :名無飼育さん :2011/07/18(月) 02:22
お疲れ様です。ようやく最近「愛ちゃん」の凄さがわかった・受け入れられるようになった紺野ファンです。
しかしこれ読むと相変わらずですね〜
まるでinterfmの発音だけ異様に良いイラッと来る感じが出てますw
先週の小春のパンのくだりといい相変わらずツボです。

作者様、お体には気をつけてこれからも毎週の楽しみとさせてください
624 :作者 :2011/07/23(土) 23:34
>>623
この世界の中はかなり時が止まったままな様相なので、特に現役期間の長い人は現実現在との差異が大きくなりがちです。
高橋愛なんてのはその最たるものかもしれません。
ここ最近は結構苦労して書いてますが、何とかやっていければと思ってはおります。
625 :第九部 :2011/07/23(土) 23:35
 同じ頃、福田は部屋で本を広げていた。
 一人ではない。
 隣のベッドでは後藤真希が横になっている。
 時折飲み物に手を伸ばすくらいで、もう一時間以上二人の間に会話はない。
 福田は、会話がないことが不快ではなかった。
 これが高橋愛あたりだったら、会話の無さも不快だったかもしれない。
 吉澤であっても、会話がない不自然さにとまだっただろう。
 松浦だったら、会話がないがありえないので問題ない。
 後藤は、自然と静かに時を送っていられる。

 開いている本は数ページ読んでは止まり、数ページ読んでは頭に入っていなくて戻り、また数ページ読んでは止まり。
 本を読むことが目的になっていない。
 別の思考が頭を占めるときは、その思考を動かしておく。
626 :第九部 :2011/07/23(土) 23:35
 グループリーグ三試合、試合に出なかったのは自分だけだった。
 高橋と藤本のスタメン争いの間で埋もれた形だ。
 福田は控え。
 ユニホームを渡される時にはっきりそういわれた。

 ただ、信田さん自身の考えも迷走しているように感じている。
 本線は藤本美貴だったんじゃないのか?
 三試合目にして当初のイメージ通りの構成に落ち着いたけれど、一戦目二戦目は高橋愛スタートだった。
 藤本美貴と比べて力が落ちるのははためにそう見えてしまうのは仕方ないと思う。
 だけど、ポイントガードとしての技量で高橋愛に負けている、とは今現在も思っていない。
 点を取る、という面については向こうが上手かもしれないが、そこは松と争ってもらえばいい部分だ。

 グループリーグ三試合、試合に出なかったのは自分だけだった。
 あと二試合。
 準決勝と、多分決勝。
 このままベンチに座っているのだろうか。
627 :第九部 :2011/07/23(土) 23:36
 藤本美貴でさえ、石川梨華との関係では苦労していた。
 北朝鮮戦、二人は最後まで使ってくれ、と言ったのは理にかなっていたと思う。
 チームの今後を考えれば。
 ただ、自分としては、何かを蹴飛ばしてやりたくなった。
 藤本美貴が最後まで出る、イコール、自分は最後までベンチ。
 この方程式は崩すことが出来ない。

 そしてこの先、自分が試合に出たとして、周りのメンバーとのあわせがうまく行くかどうか。
 自信を持ってあわせられると言えるのは、松しかいない。
 吉澤さんとも合わせられないことはないけれど、でも、自分と吉澤さんが同時にコートに立つのは、試合の決着が付いた後だけだろう。
 試合の決着がついていない場面で自分がゲームに入るとしたらどんなときか?
 藤本美貴の怪我、あるいは、ファウルトラブルといったところだろう。
 いずれにしても、チームの危機だ。
 いろいろな条件は悪い方に揃っている。
 時間を掛けて作りこんだチームのスタメン、という状況で力を発揮してきた自分。
 短時間で結成し、スタメンですらなく、ほとんど合わせていないメンバーの中で、国際試合というレベルの高さ。
 そこにぱっと入って力を発揮できるのだろうか?
 いや、力を発揮できたとしても、その発揮した力が通用するのだろうか?
628 :第九部 :2011/07/23(土) 23:37
 どちらにしても不安だった。
 このまま一度もコートに上がることなく日本に帰るのはいやだ。
 でも、チームの危機にコートに上げられ、いきなり結果を求められることも怖かった。
 試合に出ない日が続くことで、怖くなっていた。


 「福ちゃん、飲み物予備ある?」

 唐突に後藤が声をかけてきた。
 後藤は、空になったペットボトルを持っている。

 「予備? いえ別に。これだけです。飲みます?」
 「いや、いいや。買いに行かない?」
 「外にですか?」
 「うん。コンビニあったでしょ。ロートン? ファミマ? なんか青系のやつ。一人で行くの怖いし」

 飲み物が欲しいだけならホテルの中で十分手に入る。
 たぶん、飲み物はただのきっかけで少し出歩きたいんだろう、と福田は思った。

 「いいですよ」

 夜までずっと部屋にいて、本を抱えながら考え事をしている、というのもどうかと思ったので、福田としてもいいきっかけだった。
629 :第九部 :2011/07/23(土) 23:38
 ホテルを出てぶらぶらと歩く。
 行き帰りのバスから見ただけなので、徒歩でどれくらいかかるのかは分からない」
 ただ、一本道なので迷うことはない。
 急ぐということはなく、のんびりぶらぶら歩く。

 「悪かったね、本読んでたとこ」
 「いえ。あんまり読んでもいなかったですし」
 「寝てた? 寝てはなかったよね」
 「ボーっといろいろ考えてました。後藤さん風に言えば、ノートと語り合うってやつですか。ノートは持ってませんでしたけど」

 練習ノートを拡げていたわけではないけれど、やっているのはそれに近いことだ。

 「やっぱ、いろいろ考えちゃう?」
 「一番考える必要ないんでしょうけどね、私が。でも、そういう性格なんで。無駄に考えちゃいます」
 「一番必要ないって?」
 「試合に出ない人間が考えたってチームには関係ないじゃないですか」
 「そんなことないでしょ」
 「そんなことありますよ。私なんか、いてもいなくてもなんだし」

 なぜだろう。
 別に、後藤にあたるつもりなんかなかったのに、きつい言葉になってしまう。
630 :第九部 :2011/07/23(土) 23:38
 「キミのこと見てると、後藤が苦しくなるよ」
 「なんでですか?」
 「うちのチーム、うちの高校ね。結構楽しく部活やってるんだ。勝っても負けても。まあ、なるべく勝てるように頑張るんだけど、でも、その前提は楽しいっていうのがあって、それでやってる。だから、勝てたらいいよね、と思いながらやってるけど、いろんなもの、ベンチの子達の気持ちとか、そういうのを背負ってたりはしないのよ。ミキティたちみたく古くからやってる学校だと、チームの伝統なんてのを背負ったりとか、そういうのもあるだろうし、そういうのと比べて、後藤は背負うものなく学校ではバスケやってた」

 背負うべき伝統がない、というようなところは福田にもわかる。
 創部四年目のチームである。
 伝統も何もあったものじゃない。

 「だからかな、あんまり人を押しのけて試合に出るとか、そういう感覚もなくてさ。それがここに来て初めてそういうのを感じるようになった。特に、キミが同じ部屋にいて、試合に出てなくて。でも、見るからに試合に出たそうでさ。だから、試合に出るのってすごい責任なんだなっていうのを思い始めたよ。でも、負けたじゃん、後藤のせいで」
 「別に、後藤さんのせいってわけじゃ」
 「後藤のせいだよ。五人でやってるからとか十五人でやってるからとか、いろいろ言い方はあるにしてもさ、でも、決めたら勝ちのスリーポイント外して、止めたら勝ちのワンオンワンで止められなくて。後藤の責任でしょ、明らかに」
631 :第九部 :2011/07/23(土) 23:39
 信号に突き当たった。
 歩行者は赤信号、立ち止まる。
 車はひっきりなしに通っている。
 上海の結構中心近い場所、信号待ちの人が増えて行く。
 立ち止まったところで止まった会話は、信号が青になり歩き出したところで、福田が口を開き続けた。

 「私も、後藤さんも、三日間変わらないですね」
 「三日間?」
 「韓国戦の夜も似たような話しましたよね。後藤さんはまだそれをひきづってて、私はまだ試合に出られず腐ってる」
 「後藤はともかく、福ちゃんは別に腐ってはいないでしょ」
 「腐ってますよ。完全に。発酵十分って感じです」
 「でも、試合に出られない不満をぐちぐち言ってまわってチームの雰囲気を悪くするなんてこともないじゃん」
 「そこまで堕ちる気はないですけど、でも、ぐちぐち悩んではいますよ」
 「それは感じるけど、だから、それを見てると後藤が苦しくなるんだよね。試合に出てるのにダメダメでごめんなさいって感じで」

 選抜チームでの立場というのはいつもいるチームとはそれぞれ違ってくるもの。
 そして、集まるメンバーが違うのだから、雰囲気も当然違ってくる。
 後藤がチームの足を引っ張って責任感じる、というのは聖督では起こらないことだし、福田が試合に出られない自分と向き合うということも松江ではありえない。
 和気藹々型で楽しい部活生活な聖督と、国まで背負っちゃう代表チームの雰囲気は当然違うし、選手中心運営型の松江と、コーチが万事を決める代表チームの雰囲気もやはり違う。
632 :第九部 :2011/07/23(土) 23:40
 明るい日差しが降り注ぐ異国の街歩き。
 重い話をするには似合わないシチュエーションである。
 通りの空気と会話の内容が合わず、二人の言葉は止まった。
 やがて、後藤の目的地、青系のコンビニ、にたどり着く。

 「これ、ロートンだよね?」
 「色は」

 看板の漢字は読めやしないけれど色合いは日本でもなじみのあるものである。
 だから、行きかえりのバスからでも目に止まっていた。

 「入れるのかなあ?」
 「昼間から閉店ってこともないんじゃないですか?」
 「入場料取られたりとか」
 「ただのコンビニですよ」

 外が明るいせいもあり、店の中は暗く見える。
 後藤が先に立って店に入った。

 中は普通にコンビニである。
 お菓子系食品類の種類が現地化してるという程度で中は普通である。
 雰囲気は日本のそれと変わらない。
 これって結局いくらくらいなの? という後藤の問いを、福田が為替換算掛ける暗算で答えて行くようなやり取りをしながら、当初の目的の飲み物と、意図的に怪しげな方向を選んで菓子類を買った。
633 :第九部 :2011/07/23(土) 23:41
 店を出てそのまま別のどこかへ、ということはしない。
 来た道をそのまま戻る。
 帰りは雑談だった。
 後藤が話して福田が答える。
 いつも何読んでるの?
 上海ってなんでシャンハイって読むの? 中国はチュウゴクで日本語っぽいのに、なんで上海だけ急にシャンハイってどう考えても日本語じゃない読み方になるの?
 福ちゃん彼氏いる?
 よっすぃーたちどこ行ったんだろう? 上海の観光地ってなんかあるの?
 市井ちゃんって卒業したらどうするの?

 合宿初日から同部屋だったけれど、あまり雑談をしない二人だった。
 もうすぐ三週間。
 会話が無くても、それぞれのペースというのは三週間同じ部屋で暮らせば、まともに空気が読めるならば大体分かってくる。
 部屋の外で二人、というシチュエーションは今までなかなかなかった。
 別に、会話で繋がないと場が持たない、というようなことはないのだが、街の雰囲気がなんとなく後藤に口を開かせたようだ。

 福田の答えは、彼氏はいません、興味もありません、のところだけが明快だった。
 後藤は、そんなに力いっぱい興味ありませんを主張しなくていいのに、と笑った。
634 :第九部 :2011/07/23(土) 23:41
 宿まで戻ってロビーに入る。
 エレベータに乗れば部屋まですぐだ。

 「お茶でも飲んでかない?」
 「なんですかその軟派みたいなセリフは」
 「福ちゃんも軟派されたこととかあるんだ」
 「いや、あの、そういうわけじゃないですけど」

 部屋には向かわずに、コンビニの袋持ったままムーンバックスへ向かう。
 大会開幕前日、福田が一人で長時間座ってた店だ。

 店では先に福田が注文して、後藤は同じもの、と身振りで伝えた。
 この前と同じ席は埋まっていたので、店内の明かりの少ない場所へ二人で座る。
 たいした距離ではなかったけれど、少し歩いたのでちょっと一服。
 座ってからの方がしばらく静かだった。
635 :tama :2011/07/24(日) 06:51
松江の高2コンビが選抜チームを経てかなり成長しそうですね。
もちろんキャプテン吉澤の技術的な成長も。

早くも高校に戻ってからの展開が気になります。
636 :作者 :2011/07/30(土) 23:11
>tamaさん
あるいみ二人とも未知との遭遇って感じで異文化体験していろいろ考えさせられてますしね
まあ二人だけではなく、結構みんな新鮮体験してますんで、今後はどうなることやら
637 :第九部 :2011/07/30(土) 23:11
 ぼんやりしだすと本当にぼんやりして何も言わない後藤。
 考え込み出すとじっと考えて口も開かずにいられる福田。
 でも、二人、正面で向かい合っている。
 先に口を開いたのは、考え込んでいたわけではない福田の方だった。

 「明日明後日、後藤さん、自信ないんですか?」
 「ん? 試合?」
 「はい」

 行きの話しの続きだ。
 話がまとまらないまま、街の空気に流されて薄れて行った部分。
 同じ思考の淵に戻りたくないから、後藤は部屋に戻らずにお茶に誘ったんじゃないかと福田は思った。
 だから、話しをそこに戻す。

 「自信はないね。ない」
 「でも、信田さんは後藤さんを選んで使ってるじゃないですか」
 「明日どうかはわからないけどね」
 「わからないですけど、昨日も一昨日も出てたじゃないですか」
 「なのにダメダメで、キミには悪いと思ってるよ」
 「そうじゃなくて」

 福田の声が少し大きくなった。
638 :第九部 :2011/07/30(土) 23:12
 「私みたいな試合に出られないような人間のことを気にする必要はないんですよ後藤さんは。でも、それはそれとして責任を果たそうとするべきだとは思います。代表チームのコートは、弱い気持ちのまま立っていい場所じゃない」

 同情して欲しいわけじゃない。
 試合に出る出られないは自分の問題だ。
 後藤の問題はそこじゃない、と福田は思う。
 ただ、見ていて歯がゆい思いになるのも確かだ。

 「少なくとも信田さんから見て後藤さんは出来ると思ってるから試合に出てるわけじゃないですか」
 「うん、そうかもしれないね」
 「だから出来る、とはもちろん言い切れないですけど、でも、出来るとしたら後藤さんだってことじゃないですか?」
 「キミ、しゃべるときは結構しゃべるんだねえ」
 「いや、なんかすいません」

 後藤の言葉に皮肉のニュアンスを感じた福田は、年下としてわびた。
639 :第九部 :2011/07/30(土) 23:12
 「でも、後藤さん、勝ちたいとか負けたくないとか、そういうのないんですか? 負けて悔しい、何とか見返してやるみたいなの。明日勝てば、反対側は他人事だからいいきれないけど決勝でもう一回韓国来そうじゃないですか。そうしたら今度こそって」
 「後藤、正直言って、そういうのあんまりないんだよね」
 「ないんですか?」
 「うん」

 ない、といわれて福田は繋ぐ言葉を失った。
 福田にとって当たり前の当然過ぎる価値観を、後藤はそんなものは持ち合わせていないと言ったのだ。
 異文化だった。

 「後藤は、本当は勝っても負けても笑っていたいんだ。楽しいことっていろいろあるじゃん。バスケもその中の一つ。でもさ、そうでもない人もいるでしょ。勝ちたい勝ちたいって頑張る人。それが悪いとは思わないけど、後藤はあんまりそうは思わない。だけど、自分がそう思わなくても周りがそう思ってると、自分だけ関係ありませんって顔は出来ないじゃん。出来ないって言うか、後藤、自分が好きな人が悲しい顔するの嫌だもん。だから勝つために頑張ろうかなって思う。なのに、自分のせいで負けたらさあ、自分が周りの人泣かせたのと一緒だもん。それをまたやっちゃうのかな、って思うと怖いよね」

 福田にはない論理だったけれど、言っていることは分かった。
640 :第九部 :2011/07/30(土) 23:12
 「やさしいんですね」
 「そう? 自分がない、みたいなこと言われたりするよ」
 「そこは紙一重かもしれないですけど。自分をしっかり持ってるのとただのわがままも紙一重だし、一緒ですよ。そういう話を聞いちゃうと、自分がただのわがままな気がします」
 「そんなことないよ。自分は自分で多分大変なのに、後藤の話をこうやって聞いてくれちゃったりしてるじゃん」
 「いや、ただ一人試合にも出られない立場の人間が、自分のことなんか考えてるってのがもうダメじゃないですか。戦力になってないんだから、コートの上以外の場所で何かチームに貢献することを考えないと。そういう面で、吉澤さんてすごいんだな、って思いました」
 「よっすぃー?」
 「あの人たぶん、私のこと口うるさい生意気なガキって思ってて、自分は嫌われてると感じてるような気がしますけど、私は結構認めてるんですよね、高校のチームの時から。失礼だけど、吉澤さんもこのチームじゃあんまり戦力として役に立ってないじゃないですか。でも、チームを盛り上げようとして久住とバカやってみたり、今日もなんか適当に声かけて出かけるメンバー募ってたみたいですけど、実際には考えて声掛けるメンバー選んでるんですたぶん。割と親しそうにしてるのに藤本さんとかスタメン組みは多分誘ってなくて、後藤さんはともかく、私みたいな本当はうざいって思ってるだろうに、試合出てなくてつまんないだろうからって気を使ってみたりして」
 「うざいってことはないんじゃないの? 頼れるポイントガードでしょ、チームじゃ」
 「最初はそうだったかもしれないですけど、もう私なんか抜きでも、吉澤さんも松も、みんな十分力ありますから」

 松江のチーム事情まで後藤の知ったことではない。
 戦力としてどうかの分析なんてことは、性格的に福田相手に後藤が発言して説得力を持つ、というのは非常に難しいことだった。
641 :第九部 :2011/07/30(土) 23:13
 「でも、私が吉澤さんみたく出来るかって言われると出来ないし、やったって周りから変な目で見られるだけですし。どうせ藤本さんが最後まで行く、と思ってても、どうしても高南相手に自分だったらどうするかを考えちゃう」
 「それは考えて悪いってことはないでしょ。ていうか、後藤とか他の人も、もっとちゃんと考えなきゃくらいな感じで」
 「そうですけど、考えた挙句結局出られないんじゃ意味ないんですよ。考えるだけで試合にも出ないんじゃ役に立ってませんし。ただの頭でっかちな生き物なんですよ」

 後藤をなじっているようでいて、途中から福田の話しになっていた。
 愚痴というか、悩みというか。
 試合に出られなくても考えてしまう試合での対処方法。
 考えても考えても、結局出られないことが、福田の苦しみを増していく。

 「後藤のことは、試合に出られる分だけ幸せだって風に見える?」

 一呼吸置いてから後藤が問いかけた。

 「そうですね。うらやましいっていう部分はあるかもしれません。だから、失礼なことを言ってしまってるのかもしれません」
 「失礼ってことはないよ。当たってると思うし」
 「もっと自分のことをコントロール出来る人間のつもりでいたんですけど、ダメですね。余計なこと言ってしまって。すいません」

 失礼、とは思わないが、きつい口調になるな、とは後藤は感じていた。
 自分に向けて、というよりもただ福田の中にあるトゲトゲしたものが表に出てきてしまっている、というだけのことだと感じている。
642 :第九部 :2011/07/30(土) 23:14
 「後藤は、たぶん、日本を背負うとかそんな大それたことは言えないけど、明日とか明後日とか、もし試合に出ることがあったら、キミの思いは背負おうと思うよ」
 「だから、試合に出られない人間の気持ちとか考えなくていいんですよ後藤さんは」
 「いいや。考える。もちろん、誰かが替わりに頑張れば満足、なんてタイプじゃ福ちゃんはないんだろうから、いつか来るチャンスに向けてしっかり準備して待てばいいよ。それこそ後藤が何考えてるのかなんて関係なく。でも、後藤はキミの気持ちは背負おうと思う。キミのためには頑張ろうと思う」

 そんなこと言わなくていい、とまた言おうかと福田は思ったけれど、やめた。
 後藤さんなりの歯止めであり支えなんだろうな、と思ったから。
 今のままじゃいけない、ということを考えての、試合に向けての支え。
 それを否定する権利はないんだろうな、と思った。
 それこそ、試合に出られない立場の人間の役の立ち方、の一つなのかもしれない、と思う。
643 :第九部 :2011/07/30(土) 23:15
 奥に座っていた後藤が福田ではなくてその後ろの遠くを見ている。
 何かを見ている、というのを感じた福田が振り向いた。
 視線の先には飯田がいた。
 二人を見つけた飯田、店に入ってくる。
 後藤が手を振った。

 「珍しい組み合わせだね。何つながり?」
 「何つながりって、部屋一緒だもん。ね」
 「初日から一緒ですよ」
 「そうなの?」

 いまさら驚くことではない。
 飯田は福田の隣に座る。

 「散歩?」
 「うん。外まで出かける気しなかったから適当に」
 「ていうかなんか買ってきなよ」
 「注文できるかな? 言葉自信ないけど」
 「日本でも言葉あんまり出来なくても大丈夫なんだから大丈夫じゃない?」
 「なんだとー。見てなさい。しっかり買ってくるから」

 飯田はバックから財布を取り出しカウンターへ向かう。
644 :第九部 :2011/07/30(土) 23:15
 「後藤さん、年上相手でも敬語とかないんですね」
 「んあ? うーん、あんまりないな。怖い先生とかには使うけど。一応信田さんなんかはなんちゃって敬語くらいは使うくらいかな」

 体育会にあるまじき人間である。
 でも、なんとなくそれで後藤は許されていた。
 面と向かって苦情を言ったのは市井くらいなものである。

 飯田は普通にアイスコーヒーを買ってきた。
 松浦のように凝ったものを無理に買おうとはしなかったようだ。

 「部屋で休んでなくていいんですか?」
 「ずっとごろごろしててもなんかね。リズム狂っちゃうし。二人こそいいの? 休んでなくて」
 「後藤もなんかごろごろしてて飽きちゃった」
 「私は別に。休みが必要なほど疲れてないですし」
 「だったら吉澤とどっか行ってくれば良かったでしょ。あいつ、私のことは一言も誘わずにどっか行ったんだって。オフ日のためにガイドブックなんかも用意してきちゃって」
 「飯田さんは誘われたら出かけたんですか?」
 「うーん、どうだろう。さすがに観光地歩き回る系はちょっとあれだったかな」

 ここ三試合で飯田の出場時間は石川についで長い。
 韓国戦、北朝鮮戦、体を張ったインサイドのプレイは疲労を蓄積させているはずである。
 ずっとごろごろしてても、と言ったものの、ようは寝起きの散歩といったところだろう。
645 :第九部 :2011/07/30(土) 23:16
 「しかし、圭織と違って明日香たちは子供のくせにムーンバックスでお茶してるとか生意気よね」
 「そんなこと言って、一つか二つしか変わらないでしょ」
 「社会人と高校生は違うもん。そういえば、後藤なんかは卒業したらどうするの?」
 「さあ。卒業できるのかな」
 「なによそれ。後藤は大学って感じじゃないから、うちにでも来る? って圭織が決められるわけじゃないけど。明日香は? まだ先だろうけど」
 「私は大学には行こうと思ってますけど」
 「明日香は大学とかむいてそうだもんね。圭ちゃんみたいに受験失敗で浪人とか面白いことしてくれてもいいけど、声かけてくるとこがいっぱいあって選ぶだけか」
 「保田先輩は受けた大学が難しいところばっかりだったってだけで、別にダメなわけじゃないですよ」
 「そうかもしれないけど、素直に推薦もらっとけば良かったのよ。浪人したけど東京出て一人暮らしの予備校通いって、どこの昭和時代って感じで。インターハイ出たんだから拾ってくれるところもあっただろうに。紗耶香はどうするって?」
 「さあ。あの人はよくわかりません」
 「圭織って市井ちゃんのこと知ってるの?」
 「国体で一緒にやったしね。ていうか、後藤が紗耶香のこと知ってる方が圭織には驚きなんだけど。しかも市井ちゃんって。紗耶香がちゃんて。なんか笑える」

 人と人がどこで?がったかなんて、傍からは分からないことが多いものではある。
646 :第九部 :2011/07/30(土) 23:16
 「そっか、圭織と市井ちゃんていうか福ちゃんは一緒のチームでやったことあるんだ」
 「そうよ。ほとんど二人だけで富ヶ岡を振り回してあげたんだから」
 「試合的には惨敗って感じでしたけどね」
 「でも、圭織楽しかったよ。本当に強い相手とぶつかる時に明日香みたいなガードにサポートしてもらえたのって、高校三年間であの一試合だけだったから。

 飯田は高校生活三年間は、自身のワンマンチームで過ごした。
 最後の選抜大会は貧弱なガード陣を弱点と突かれ、滝川に序盤で勝負を決められている。
 そんな中で、福田と組めた三年時の国体は貴重な体験だった。

 「そうよ。久しぶりに明日香と組んで試合できると思ってたのに、なによこれ。全然そんな展開ないじゃない。ミキティもいいんだけどさ、明日香も頑張ってよ。感情丸分かりのミキティと違って、いつもクールな明日香のゲームコントロール結構好きなんだよね」
 「別にクールってわけじゃないと思いますけど」

 そう見えるように振舞っているだけで、頭の中ではいろいろな感情がうごめいているのだ。
647 :第九部 :2011/07/30(土) 23:17
 「しっかり準備して待っててよ。中国は簡単な相手じゃないし。あのリボン女とやり合ったらミキティだって簡単にはいかないんだから、明日香に出番が来る場面もあると思うし」

 これは、認められているのだろうか、それとも慰められているのだろうか、と福田は思った。
 試合に出られない若手の感情をなだめるキャプテン、というようなシチュエーションだ。
 どうしてこうなった?
 まさに一年前、国体の頃は自分と飯田、二人でゲームを組み立てていて、二人だけが通用していて、年の差はあっても対等な力関係だったはずだ。
 それが今や、慰めると慰められるの関係になっている。
 社会人と高校生は違う。
 社会人になって伸びた飯田と、成長のない自分の違いなんだろうか。
 技量面で成長していない、と信田に言われた。
 それも、福田の中で引っ掛かっている。

 「後藤もだよ。なんか変に自信なくてしる気がするけど、明日香と違って細かいこと考えるのに向いてる性格してないんだから。何にも考えずにがんばればいいのよ」
 「圭織に言われたくないよ。こまかいこと考えるのに向いてないって」
 「何を言う。圭織は細かくて細かくて仕方ないんだぞ」
 「意味わかんないし」
 「とにかく、明日はみっちゃんの敵討ちなんだから。絶対勝つの。だから明日香もしっかり準備して待つ。後藤も集中して頑張る。いい?」
 「敵討ちって、中国にやられたわけじゃ・・・」
 「細かいこと気にしない」

 福田と後藤は、そこはもう突っ込まなかった・・・。
648 :tama :2011/07/31(日) 02:01
なんか泣けてきたのは今俺が酔ってるからなのか・・・?

福田の吉澤に対する敬意とか、後藤の自分の大切な人に対する想いとか、
飯田の何も考えてない感じでしっかり見てるキャプテンらしさとか。
それぞれの想いが温かすぎる・・・

それとヤッスーがこっそり浪人してるのに受けたwww
賭けはお父さんの勝ちですね。>第六部より
649 :作者 :2011/08/06(土) 23:51
>tamaさん
みんなそれぞれ想うところがありながら暮らしているようですから
ヤッスーはまあ、そういう運命だったってことで
650 :第九部 :2011/08/06(土) 23:52
 吉澤たちが出かけたり、飯田が散歩していて後藤と福田の間に乗り込んで行ったりしている頃、平家は当然のように部屋にいた。
 この足で用もないのに出かける、というのはない。
 同室の吉澤は出かけてしまった。
 最初は気を使って部屋に居ようかという振る舞いをしていたのだが平家が追い出したという部分がある。
 私は腫れ物じゃないよ、といったところだ。

 無念じゃない、ということはありえない。
 どうして自分は肝心な時にこんなんばっかり・・・、と思う。
 高校三年間の締めくくりの大会、準決勝で怪我をして決勝は途中でベンチに下がらざるを得なかった。
 あの時は最後自分がいなくなって、決勝、石川が逆転して勝ってくれた。
 悪い思い出ではない。
 そうするとこれは吉兆か?
 自分の怪我がチームにとって吉兆になるというのは、なんとも嫌な人生である・・・。
651 :第九部 :2011/08/06(土) 23:52
 インターホンが鳴る。
 部屋に客が来た。
 杖ついてよたよたしながらドアを開けに出る。
 やってきたのは柴田と村田だった。

 「元気そうだね」
 「元気なもんか」

 そう言いながら杖を振り回す。
 暇だったので来客は基本歓迎だ。

 「日本帰らなくて良かったんですか?」
 「帰ったって寝てるだけだし。それならこっちでベンチに居た方がいいよ」
 「でも、ちゃんと日本で診てもらった方が」
 「ちゃんと診てもらったし、チームドクターもその診療で納得したんだから私もそれは信じるし、日本帰っても一緒だよ。リハビリできるくらいまで回復すれば話しは違うけど、それまではただ待ってるしかないんだし。勝ち試合目の前で見る方が薬だね」

 大会が終わったら、WJBLの試合に向かって行くはずだった。
 リーグの中では弱小の部類に入るチーム。
 平家は新人にしてスタメン候補。
 この三週間チームから離脱した分、合わせの面で不安があって、開幕当初はベンチスタートになるかなと思っていたが、それでもシーズン中にレギュラーを掴む自信があった。
 なのに、それも全部御破算だ。
 今シーズンは多分無理。
 だったら、せめて、自分が関わった、グループリーグ突破に貢献した、このチームに最後まで付き合いたい、そう思うのは自然だろう。
652 :第九部 :2011/08/06(土) 23:52
 「痛くはないの?」
 「痛み止め飲んでるから今は問題ない。まるっきり試合出られないからドーピングも気にしなくていいし、はっきり怪我しちゃった方が痛みは消せるって、なんか変なの」
 「そういえば、いまさらだけど謝っとこうかな」
 「なにを?」
 「選抜のとき。怪我させてごめん」
 「ああ・・・。あったね、そんなこと」

 平家がちょっと前に頭に浮かんでいた思い出。
 村田の方も怪我をした平家の姿を見て思い出したようだ。
 選抜準決勝の平家の怪我、原因は村田とのゴール下での競り合いである。
653 :第九部 :2011/08/06(土) 23:53
 「あれは昨日のとは違って、怪我させられたってのとは違うでしょ。私の方がバランス感覚が悪かったというか、運が悪かったというか、ただそれだけで。でも、あれでベンチに下がった後見てて思ったよ」
 「なにを?」
 「この子強いなーって」
 「私のこと?」
 「うん。責任感じる必要のない、私の自損事故みたいなもんだったけど、でも、ぶつかりあってたのは確かで、変に責任感じてその後のプレイが変になるとかあるじゃない結構。なのにそれがなくて、私が抜けた後のゴール下支配してどんどん追い上げてきてさ。強いなって。それと対称的に、この柴田なんかまさにそれで、国体で是永美記を後ろから押しつぶすファウルして、その後のプレイがひどいのなんのって」
 「そんなこともありましたけど・・・」
 「でも勝ったんでしょ?」
 「是永美記が別に怪我も何もしてなかったからね。ファウルのとき痛かったってだけで。あれがなんかあったら、柴田のノミの心臓じゃ再起不能だったかも」
 「怪我させて平気な方がおかしいんですよ」
 「肝に銘じておきます」
 「あ、いや、めぐさんのこと言ってるんじゃなくて」
 「柴田もねえ、もうちょっとしたたかになってもらうといいんだけど。もういい年なのにいつまでたっても素直な良い子やってるんだよね」
 「平家さんからはそう見えるだけで、私だって梨華ちゃんとか後輩相手にはそういうところだってありますよ」
 「意外と、先輩からは素直な良い子に見えるように振舞うしたたかさがあるのかもよ」
 「まあ、私が怪我して、珍しくコートの上で相手を怒鳴りつけたりしてくれたらしいからこの辺で許してあげようか。そのまま感情に溺れて相手にひざ蹴りいれるくらいメンタルは安定しているようだから、素直な良い子は見せかけっぽいし」
 「もう! 平家さん全然元気じゃないですか!」

 許してあげようと言いながら、最後に追い討ちを掛けた平家の腕を柴田は軽く叩いた。
654 :第九部 :2011/08/06(土) 23:53
 「あゆみんもサイボーグじゃないからね。仕方ないよ」
 「体がサイボーグで心は人間のままくらいが丁度いいのかな」
 「もう、知りません!」

 ぷりぷり怒りながらも、柴田は居心地の悪さは感じていなかった。
 本来、こんな風な方が自然なのだ。
 後輩相手に立派に振舞っている方が気が張って疲れる。
 先輩たちに手の平の上で転がされているくらいな方が楽でいい。

 「でも、ホント、案外元気そうで良かったよ」
 「泣き腫らした目で、私のために優勝して、とか訴えた方が良かった?」
 「平家さんがやっても似合いません」
 「そういうのこそ、良い子の柴田がやるといいのかな」
 「だから、もう、良い子は置いといてくださいよ」
 「分かった分かった。でもさ、アクシデントがあった時に泣いて絶望するんじゃなくて、その現実に向き合って、さて困ったもんだどうしようか、と割とすばやく考え始められるのは自分の美徳だと思ってるのよ、私」

 泣いても現実は変わらない、とかそういうような類の話だ。
 そこについて、村田も柴田も否定はしない。
655 :第九部 :2011/08/06(土) 23:54
 「ベンチ下がって、というかそのまま医務室直行して、痛い痛い痛い言いながらも、これは今日は無理だな、明後日までに回復するかな、無理だな今大会無理だな、あれ、選手生命やばい? 大学行っとけば良かったかな、うちの会社選手崩れでも働かせてくれるかな、事務? なんか無理っぽいし工場勤務かな、そっちの方が向いてるか、いや、体育会を生かして営業? 中国に売り込みとか別に怖がらずいけるし貴重な戦力じゃない? あ、大学出てないとそっち系はやらしてもらえないか。いやいやまて、選手生命を諦めるな。この後のリーグ戦に間に合うかを考えろよ、とかそんなことが頭の中をぐるぐるとね、めぐってた。意外なほどね、あの誰だっけ、名前知らないけど、まあ、あの暴力女? あれへの怒りとか恨みとかはなかったね。というかそこに発想は行かなかった。いや、腹立つけどさ、あんなむちゃくちゃやられたら。でも、怒ってる場合じゃないって言うか、私の将来どうなる? どうする? みたいな。て言いつつ、頭の半分というか八割くらいは、痛い痛い痛いで占められてたから、怒りへエネルギーが向けられないってだけだったかもしれないけど」
656 :第九部 :2011/08/06(土) 23:55
 二人は神妙に聞いている。
 平家さんは大人だな、と柴田は思った。
 というよりも、まるっきりあの後の自分の行動が子供そのものではないかこれでは。

 「試合の心配とかはしてくれなかったの?」
 「うん。負ける相手じゃないって思ってたし。別に、私がスーパー大エースってチームじゃないから、私一人いなくても大丈夫でしょって感じで。ちょっとね、柴田はこんなだし、石川あたりもメンタルに問題あるから変に爆発したりしないかそっちは心配だったかな。一応、二年ほど先輩やってた仲だから」
 「高橋の心配はしなかったんですか?」
 「あいつにメンタルの問題がないっていうのはありえないけど、でも、私のことで切れる気はしないなあ」

 自分や梨華ちゃんと、高橋では扱いが違うらしい。
 柴田はなんともいえない気分だ。
657 :第九部 :2011/08/06(土) 23:55
 「一応、結果は気にして待ってたよ。勝ったって聞いた時はさすがに、あそこまでやっといてあの暴力女、炭鉱送りかなあ、ざまあみろとは思った」
 「女子でも炭鉱送りなの?」
 「穴掘るんじゃなくて掘られる方だったりしてね」
 「な、なに言ってるんですか平家さん!」
 「なに照れてるの柴田。何を想像したんだ?」
 「し、し、しりません」

 顔赤くしてむくれる柴田を平家と村田は笑って見ている。
 先輩たちの手の平で転がされているだけなら悪い気はしないが、これは居心地が悪い。
658 :第九部 :2011/08/06(土) 23:55
 「次のシーズンは無理そう?」
 「たぶんね。リハビリで終わっちゃうかなほとんど。出来ればシーズン最終戦に間に合うようにっていう目標でリハビリやって行く感じになると思う。変な話、うちは最後は入れ替え戦に回る可能性がかなりあるから、リーグ戦全然出られなくても、そこで仕事できればチームへの貢献って意味じゃ十分あるしね」
 「半年近いリーグ戦ってどんな感じなのかなあ」
 「私もそれを体験したかったんだけどね。まあ、しょうがない」
 「リーグ戦てのがそもそもなんか感覚わかんないんですよねえ」

 大学生の村田、社会人の平家、高校生の柴田。
 三者三様の立場。
 高校生は基本トーナメントだし、大学はリーグ戦がメインだけどせいぜい二ヶ月で終わる。
 それに対して社会人のリーグ戦はプレーオフまで含めると半年に及ぶ長丁場だ。
659 :第九部 :2011/08/06(土) 23:55
 「あー、でも、こうやって冷静になってみると、明日出たかったなあ」
 「中国と一戦交えるなんてあんまりない機会だしねえ」
 「柴田、明日はスリーポイント十本がノルマね」
 「十本て。無茶苦茶ですよ」
 「大丈夫、柴田なら出来る」
 「あゆみんなら出来る」
 「勝手なことばっかり言わないでください」
 「十本決められなかったら炭鉱送りね」
 「だから無茶苦茶ですって」
 「そんな顔真っ赤にして否定しなくても」
 「何考えてるんだ?」
 「知りません」

 先輩たちの手の平で転がされている方が楽で心地よい・・・、のは錯覚だったかもと思う柴田だった。
660 :第九部 :2011/08/13(土) 23:46
 目が覚めたら一人だった。
 一人じゃなかったから寝てた、という部分はあるが、大人しく部屋にいたい、というのは宿に戻って最初に思ったことではあった。
 ただ、部屋に二人で居るのはちょっと・・・。
 明日香ちゃんなんかだったらもちろんいいし、吉澤さんでもまあ許そう。
 他の人たちもたいていそんなに問題はない。
 松浦亜弥は社交性抜群なのだ。
 誰とだって適当には合わせられる。
 この人きらーい、と腹の中でも思っていても、短い付き合いならニコニコ笑って猫被っていられる。
 長くなってくると、猫の皮は破けてしまうが、二三週間なら耐用性はあるはずだ。
661 :第九部 :2011/08/13(土) 23:47
 だけど、こいつだけはそりが合わなかった。
 高橋愛。
 いろいろな点で問題がありすぎる。
 インターハイではマッチアップして、雑魚のくせにてこづらせてくれた。
 あの試合の敗因は四年生がダメ人間だったことだけど、そのハンデを差し引いても、自分がこんな雑魚にてこづらなければ確かに勝てたかもしれないのだ。
 そこがまずむかつく。
 その上、ここに来てからは明日香ちゃんのポジションを奪いやがって。
 下手なくせに。
 黒美貴たんならまだ分からないでもないけれど、なんでこいつが、と思った。
 それに、ポジションがスライドして自分のところを奪っていきかねない存在でもある。

 ついでに、ここに来るまで全然知らなかったけれど、性格的にも難あり、いや、ありすぎる・・・。
 なんなんだあのからみづらさは。
 陸上とか卓球とか、人と関わらないスポーツでもやってろと言いたくなる。
 いや、紺野ちゃんはオッケーだけど、別に陸上部に恨みはないけれど、そういうことじゃないけれど、そういうことなのだ。
662 :第九部 :2011/08/13(土) 23:47
 というような存在となんで同部屋・・・。
 ババ抜きのばば引いてしまったようなものだ。
 美記たんがアメリカ行っちゃうのが悪い。

 部屋でごろごろしながら和やかにおしゃべり。
 とてもじゃないけれど、そんなことしようと思うような相手ではない。
 そういうオーラをこっちは発しているはずなのに、あの絡みづらい女は、なにやらぺちゃくちゃ話を振ってくる。
 全然分かっちゃいない。

 かといってどこかへ出かけるのも億劫だったので、本格的にベッドにもぐりこんで眠ることにしたのだ。
 さすがに寝ているところを引っ張り起こすほどの無茶はしてこない。
 気がついたら眠り込んでいた。
 いや、気がつかなくなっていた、という方が正しいか。
 気がつかないでいる間に高橋愛は出かけていたようだ。
 どこ行ったのかなんか知らない。
 興味もない。
 いない、という事実が大事なのである。
663 :第九部 :2011/08/13(土) 23:47
 寝ていたのは大体二時間くらいだろうか。
 まあ、この辺が限度だろう。
 これ以上長く寝ていたら夜に寝られなくなってくる。
 そろそろ起きるべきだろう。

 窓の外は晴れ渡っていた。
 光あふれる異国の街。
 そう表現すれば素敵な気がするが、松浦からすればここはただの中国である。
 中国なのに意外に都会だな、と思ったがそれだけだ。
 せっかくだから街を歩きたい、とはあまり思わない。

 部屋で大人しく本を読む、というタイプでもない。
 メールでも、と言ったって松浦の携帯は海外に出たらただの時差ずれした時計でしかない。
 テレビをつけてみたが、何言ってるのかさっぱり分からない。

 必然的な展開として、鍵を持って部屋を出ることになる。
664 :第九部 :2011/08/13(土) 23:47
 何の迷いも無く向かった先は福田-後藤部屋だった。
 いない・・・。
 二人とも出歩くタイプでもなさそうなのにどこ行ったんだ? と思うけれど探す術はない。
 さて、どこへ行こうか。
 福田部屋前で考える。
 吉澤さん、というのはなんか違った。
 あと面白そうなのは・・・。
 あのちょっと偉そうな黒美貴たんの顔でも見に行ってやるか、と思った。

 今度はいた。
 扉が開く。

 「亀ちゃん?」
 「あややさんでした」

 中に向かって報告している。
 ここは藤本-光井部屋なはずだ。
 なんだ先客かよ、と思いつつ中に入る。
665 :第九部 :2011/08/13(土) 23:48
 「なに、亜弥ちゃんも美貴に合いたくて来ちゃったの? 美貴、人気者だなあ」
 「なんでそうなるんですか。ていうか、なんです、その偉そうな態度」

 偉そうな態度。
 藤本はベッドに寝そべっていて、足を光井にマッサージさせている。
 隣のベッドには里田が座っていた。
 里田と亀井が同部屋で、二人揃ってこの部屋にやってきていたという構図である。

 「中学生に仕事させて何が悪い」
 「そんなんだから黒美貴たんって言われるんですよ」
 「それ言ってるの亜弥ちゃんだけだし」

 間違いなく体育会の世界に住む人間たちが集まる代表チームの中でも、藤本はその権化のような立場である。
 年下をこきつかうことはなんとも思っていない。
666 :第九部 :2011/08/13(土) 23:48
 「亜弥ちゃん一人? 友達いないの?」
 「なんでそうなる。寝てただけですよ」
 「誰だっけ、部屋」
 「高橋愛。寝てる間にどっか行ったみたい。望むところだけど」
 「梨華ちゃんとかと出かけたみたいよ」
 「石川と? あとはなに、柴田とか?」
 「あゆみんは行かなかったんじゃないかな。よっすぃーが誘ってまわってた。亀ちゃんも誘われてたよね」
 「なんか外暑そうだから行きませんでした」
 「美貴誘われてないよ」
 「あんまり試合出てない子選んで誘ってたみたいだから」
 「じゃあ何で石川」
 「自分で行きたいって割って入ったみたい」
 「体休めろよ。ガキかあいつは」

 里田は午後の早い時間にちょっと買い物に出ていて、出かけていく四人と鉢合わせていた。

 「それで亜弥ちゃん一人で寂しくて美貴の部屋着ちゃったんだ」
 「違いますよ」

 たいして違わないが、そうですよとは言えない。
667 :第九部 :2011/08/13(土) 23:48
 「みっちーにマッサージしてもらおうかと思って」
 「貸さないよ。亀にでもしてもらいな」
 「亀子、マッサージうまい?」
 「いえ、全然。でもやります」
 「無理しなくていいのに」
 「あややさんの体触ってみたいから」
 「怖いこと言うね」

 もう一つのベッドの方に松浦はうつ伏せになる。
 里田は苦笑しつつもどいた。
 亀井が松浦の足の部分に座りまず、右足のふくらはぎから触る。

 「くすぐったい、くすぐったいって」
 「亀、それ全然マッサージになってないよ」
 「人のマッサージなんてやったことないですもん」
 「なにそれ、じゃあ、もういい」
 「ダメです。頑張りますから」
 「いや、いいから」
 「大人しく実験台になってなよ」

 起き上がろうとする松浦の体を里田が抑えた。
 うつ伏せの松浦の背中に里田が座り込み、足を亀井が掴んでいる。
 抵抗出来ない体勢になっている松浦のふくらはぎを亀井がさすっていた。
 同性だから許されるけれど、結構すごい絵柄である。
668 :第九部 :2011/08/13(土) 23:49
 「くすぐったいくすぐったい」
 「亀、もうちょっと力入れてあげないと」
 「こうですか?」
 「痛い! 痛い!」
 「なんか面白いからみっちー、あっちに混ざっていいよ」

 藤本が面白がって光井を自分のマッサージから解放した。
 亀井が右足、光井が左足、里田が背中、押さえ込まれてうつ伏せな松浦。
 松浦は自由になる両手でばんばんベッドを叩いている。

 「もういい、もういいって」
 「大人しくマッサージされてな亜弥ちゃん」
 「マッサージじゃない。全然マッサージじゃない」

 みうなに教えられて、ちゃんと上手にできるはずの光井も、面白がって松浦の太ももをくすぐっている。
 亀井はまじめなのかそうでないのか、ふくらはぎをつまんでいるのだが、これがまたくすぐったい。
669 :第九部 :2011/08/13(土) 23:49
 「ギブアップ! ギブアップ! ごめんなさい! 許して!」
 「そろそろ解放してあげたら」

 藤本の一声で里田は背中から降り、亀井と光井もくすぐりマッサージを終了する。

 「もう、なんてことするんですか!」
 「友達のいない亜弥ちゃんにスキンシップの楽しさを教えてあげただけじゃん」
 「友達はいますから」

 松浦が一人でぜいぜい言っている。
 それを見て、また四人が笑った。

 ただの夏合宿のような平和な光景。
 実際には、国際大会の中日休養日である。

 決戦は明日。
 CHN48戦。
670 :第九部 :2011/08/20(土) 23:46
 スタメンは朝のミーティング時に告げられた。
 藤本、柴田、石川、里田、飯田。
 特に、意外な顔はあがっていない。
 メンバーの側もごく自然に受け入れた。
 試合は夕方からだった。
 前座が二試合、5-8位決定戦が早い時間にある。
 準決勝第一試合、中国vs日本はその後。
 土曜日のこの日、夕方からの試合、たかが年齢別のアジアの大会にもかかわらず、第二試合が終わる頃には観客席は満員だった。
 国民的アイドルのコンサート並みの人気である。

 第二試合が終わり、日本チームが試合前アップでコートに入っても、CHN48は現れなかった。
 何をもったいぶってるんだ? とぶつぶつ言いながらのアップ。
 会場には熱気が渦巻いているのに、それが自分たちを後押ししているわけではないという空気は、やけに肌触りの悪いものだ。
 気にするべき相手がいれば、まだ、ちらちら見ながらである意味落ち着けるものも、その存在すら現れていないのでは逆に気になってしまって落ち着かない。
671 :第九部 :2011/08/20(土) 23:46
 自分はスタメンではない、というのは朝のミーティングで分かっているし、それ以前にその可能性を感じたこともない。
 それどころか、きちんと戦力として自分がカウントされている可能性すら低いかもしれない。
 そんな立場なことを理解していながらも、吉澤はこの妙な空気の中で落ち着きを無くしていた。
 ボールがまるで手に付かない。
 体を動かす、というのが主目的な、単なるスクエアパスでボールのキャッチミスをする。
 軽い動きでのランニングシュートが入らない。
 三対二のディフェンスで足が動かず簡単に抜かれる。
 落ち着きが無くボールが手に付かず足も地についていない。

 グループリーグの時とは空気がまるで違った。

 日本チームがランダムシューティングに入っているころ、試合開始五分ほど前、突然、会場全体から地鳴りのような完成が起こり、体育館が揺れた。
 CHN48のメンバーが入ってきた。
672 :第九部 :2011/08/20(土) 23:46
 会場のボルテージが上がるのと対称的に、入ってきたCHNのメンバーたちはリラックスしたものだった。
 観客席に手を振っているものもいる。
 ベンチにタオルやら飲み物やらを置いているメンバーを尻目に、一人ボールを突きながらコートに入ってきた。
 流れで六十度くらいの角度からスリーポイントシュートを放つ。
 ストーリー的には、しっかり決めて会場を沸かせたかったのだろうが、ボールはリング手前に当たり、シューターとは全然違うところに跳ね飛んで行った。
 本心かポーズか、ガクッとこけて見せて頭を掻く。
 会場、笑い。
 隅に居たコートキーパーがボールを拾って投げ返す。

 「峯南!」

 ベンチからリボン女が呼んだ。
 呼ばれた当人は、観客席の何箇所かに向かって小刻みに頭を何度か下げてからベンチに戻った。

 「なんだありゃ」
 「目立ちたいだけでしょ」

 吉澤のつぶやきに藤本が答える。

 「いやー、アウェーだね。いいね。悪役。ゾクゾクするね」

 何言ってるの? という顔で吉澤は藤本の方を見る。

 「国際試合ってのも悪くないね。美貴も、世界一ってやつになってみたくなってきたよ」

 試合開始三分前。
 日本ベンチがメンバーを呼び集めた。
673 :第九部 :2011/08/20(土) 23:47
 中国人の係員が一人、日本ベンチについていた。
 スターティングメンバーは場内でコールされてそれに従ってコートに上がって行く。
 コールは中国語。
 分かるわけがない。
 それで、入って行くタイミングを告げる係りが付けられている。

 コーチがスタメンをメンバーに告げるときは、大抵ポジション順に名前を呼ぶが、場内アナウンスの時は背番号順になるものだった。
 なにやら前置きを中国で言ってるらしい、と思っていたら飯田の肩を中国人がたたいている。
 ああ、行けってことね、と飯田はベンチメンバーたちとハイタッチを一人一人して、最後に信田とタッチを交わしてセンターサークル付近に入って行く。
 日本チームのキャプテンとして、ゲームキャプテンとして、コートに先に入っている主審副審と握手する。
674 :第九部 :2011/08/20(土) 23:47
 四番飯田の次は六番の藤本。
 会場からいくらかの拍手が出てから肩をたたかれつぶやいた。

 「アウェーの割りに、美貴も人気あるんじゃん」

 アイドルオタクは国境を越える。
 ただし、次に七番石川の名前の時にそれよりも大きめな拍手があったものだから、藤本は多少機嫌が悪くなった。
 向かって前と後ろ、向き直って観客席に手なんか振っている石川の頭を軽く小突いてやった。
 十一番柴田、十三番里田、全員コートに入っていき、最後に監督として信田が呼ばれて軽く手を上げてから頭を下げる。

 CHN48のメンバー紹介。
 日本チームとは比較にならないほどの歓声、と思われたが、それとは違う種類の声に会場が包まれた。
 歓声と言うよりはどよめき。
 中にはブーイングまである。
 おいおい、人気のチームなんじゃないのか? と思ったが、入ってきた顔を見て藤本は思った。
 誰だこいつ?
675 :第九部 :2011/08/20(土) 23:47
 顔はただ覚えていないだけという可能性もあるのだが、背番号が明らかに想定していた人間たちと違う。
 ベンチでは信田がメンバー表をめくっている。
 その間にもコートにはメンバーが入ってきている。
 戦前に想定していた顔とは随分違った。
 敦子も高南も麻友友もいない。

 ようやく一度、はっきりと会場が沸いた。
 こっちが来たのか、と日本側メンバーで反応したのは里田。
 里田は戦前の想定ではおそらく敦子がマッチアップと考えていたが、高さを生かしたメンバー構成にした場合、麻友友を外して、敦子を三番に上げて、四番には小陽が入ってきて麻里子様と並べる、という選択もありえる、と伝えられてはいた。
 その小陽がスタメンに顔を連ねている。

 他の四人は結局、誰だおまえ? というメンバーだった。
 グループリーグにはCHNは全員出ていたので、今日のスタメンも一度はコートに立ってはいるのだが、日本チームのアンテナにはひっかかっていない。
 スタンドのファンたちからしても想定外だったようであるが、それでもこの想定外を喜ぶ一部のコアなオタもといファンの姿は見える。
676 :第九部 :2011/08/20(土) 23:48
 「身長順にマッチアップしろ」

 ベンチからは半ば投げやりな指示が飛んだ。
 それ以外対応しようが無い。

 「なんでこのメンバーなんだ?」

 コート中央に向かって大きな声で指示を出した後、今度は小さな声で信田はつぶやいた。
 小陽は分かるとして、他のメンバーがスタメンで入ってくる意味が分からない。
 まったく試合に出てきていないなら秘密兵器という可能性があるのだが、グループリーグで試合には出ていて、特に目を引く部分がなかったメンバーなのだ。
 怖さは感じないが気持ち悪かった。

 コート上、ゲームキャプテンの飯田は、試合前の儀礼として相手のリーダーと握手を交わそうと思ったが、誰に手を伸ばせばいいのか分からなかった。
 小陽かなあ、と思うのだがメンバーの真ん中に入っていてなんか違う。
 順当に行けば自分の正面にいる人間なのだけど・・・、と迷っていると向こうから出てきて手を伸ばしてきた。
 やっぱりこの子なのか・・・、と思うが、やっぱりというよりなんでという想いが強い。
 こんな小デブがゲームキャプテンとか舐められてるんじゃなかろうか。
677 :第九部 :2011/08/20(土) 23:48
 ゲームの始まり。
 ジャンプボール。
 飯田がジャンパーで、後の四人は身長に合わせてマッチアップを捕まえる。
 今度こそ小陽、と思ったけれどジャンプボールに入ってきたのは同じくらい身長のある別の人間だった。
 だれなの? このまゆげ、と口に出さずに思う。

 小デブに藤本、小陽に里田、などなど。
 それぞれしっかり捕まえて、飯田は構えて、レフリーが入ってくる。
 ボールを投げた。

 ジャンプボールは飯田が勝った。
 藤本に落とす。
 石川はさっと走ったが、藤本はそこにパスを送るということはせず、ボールを持って待った。
 オフェンスは上がり、ディフェンスは付いていって。目の前には小デブ。

 奇襲なのかなんなのか、よく分からないメンバー構成なので、藤本はとりあえず様子を見た。
 ゾーンを組む様子はない。
 普通にマンツーマンで付いて来るようだ。
678 :第九部 :2011/08/20(土) 23:49
 バックコートにいたのでドリブル付いてフロンとコートに入る。
 自分のディフェンスは低く構えてやる気は見えるが、そんなに怖さは感じない。
 石川にフェイスでつくというようなこともなさそうだし、全体的にタイトということもなさそうだし普通だ。
 とりあえず、崩そうというような意思も無く柴田へボールを送る。

 柴田も戸惑っていた。
 ディフェンスに怖さがない。
 いつでも抜きされそうな。
 まあ、とてつもなく下手というようなことはないけれど、自分が問題にするレベルではないような印象だ。
 ただ、なにかあってもいやなので、いきなり勝負はしない。
 インサイド、小陽を背負った里田へ入れる。

 里田は他のメンバーとは感覚が違った。
 敦子じゃなかったけど小陽だった。
 どっちにしても十分怖い相手だ。
 様子見、なんてしていられる相手ではない。
 ローポストで小陽を背負って、自分のポイントを確保した。
 いきなり勝負をしようとしたが、背中からの圧力が強い。
 ボールを持った里田の方が押し出されずに堪えることしか出来ないような状態だ。
 外、柴田と入れ替わって降りてきた石川へボールを戻して自分はゴール裏を抜けて逆サイドへ切れて行く。
679 :第九部 :2011/08/20(土) 23:49
 受けた石川。
 麻友友じゃない。
 敦子でもない。
 だれだこいつは? の極みみたいな相手だが、余計なことは考えなかった。
 インサイドからボールが戻ってきて、前にはディフェンスが一人いて、中にいた里田はディフェンスをつれて逆サイドへ切れて行った。
 ためらい無く勝負。

 シュートフェイクを入れて右へドリブルを突く。
 エンドライン側、ディフェンスはあっさり抜きされた。
 ゴール下には小陽が里田を捨てて抑えに入ってきている。
 その脇を抜いて逆サイドの里田へという選択もあったが、石川は自分で勝負した。
 小陽が迫ってこれない位置でジャンプシュート。
 今日の一本目、しっかり決めた。

 立ち上がり、あっさりと点が取れてしまった。
 予想外のスタメンは、特に強力なディフェンス、ということではないらしい。
 じゃあ、やたらと得点力があるとか、運動量が多くて日本のスタメンクラスのスタミナを消耗させるとか、なにかあるんだろうか?
 なんなのだろう?
 そんな疑念をまだ持ちながらのディフェンス。
680 :第九部 :2011/08/20(土) 23:50
 CHNガード陣はゆっくりと持ち上がってきた。
 藤本、柴田、石川、アウトサイドはシュートを警戒しておく。
 なんだか分からない相手、というのは得てしてシューターなことが多い。
 タイトについてみる。
 そうすると力のあるプレイヤーならディフェンスが近いのを生かして鮮やかに一対一で抜き去って行ったりするものだが、それもなかった。

 外はボールが回るだけ。
 日本のガード陣は崩れない。
 CHNは単純な勝負をしてきた。
 インサイドで小陽。
 二十四秒がぎりぎりで、戻すという選択肢がなかった小陽は、ゴール下を抜けてきて振り向きながら受けたボールをそのままジャンプしてシュートを放つ。
 これは里田にも見え見え。
 そのブロックの上を越そうとしたシュートはリングにも当たらず向こう側に落ちて行くところで二十四秒オーバータイムのブザーがなる。
 落ちたボールは飯田がキャッチして、そのままゲーム続行。

 小陽プラス無名軍団は単なるこけおどし?
 そう思いながらも、まだ疑念が晴れきらない。
681 :第九部 :2011/08/20(土) 23:51
 日本チームはそういうおっかなびっくりさを全体がはらみながらのオフェンスだったが、一人、石川だけが細かいこと考えずに目の前の相手をそのままの姿と捉えてプレイしていた。
 五本あったオフェンスのうち三本、石川の単純な一対一で得点している。
 CHNは外の攻撃力がまるで無く、インサイド頼りだった。
 主に小陽。
 ただ、もう一人のセンターもそれなりに頑張っていた。
 小陽が里田とミドルレンジから勝負し、ゴール下まで入って飯田もカバーにひきつけて一対二にしてから逆サイドに捌いたボールをノーマークでジャンプシュートを決めている。

 そのあたりまで来て、これは怖がるべき相手ではないんだな、と全体が認識し始めた。
 早いパスである程度崩れた状態になってから、藤本がゴール下へパス一本、相手いた飯田が踏み込んで簡単なシュートを決める。
 あるいは里田がハイポストで背中に小陽、さらに外からのディフェンスも引きつけておいて、外の柴田に戻して、きれいなスリーポイント。
 さらには里田のミドルレンジのジャンプシュートが外れたところを飯田がリバウンドで拾って決めたゴールもあった。
 CHNはゴール下二枚でそれぞれ一本づつ決めて追いすがる。
682 :第九部 :2011/08/20(土) 23:51
 第一ピリオド六分過ぎ。
 13-6
 日本オフェンスで柴田のスリーポイントが外れて大きく跳ねたボール、リバウンドを取りに行った石川が、先に落下点に入っていた相手にあたる形になりファウルを取られる。
 時計が止まったこの場面で、藤本が石川と柴田を呼んだ。

 「なんかスタメン、変な奴らが出てきたけど、大したことないって認識で良いか?」
 「いいと思う」
 「全然、韓国のが怖かったよね」

 柴田も石川も、相手に怖さを感じていない。
 今の石川のファウルは無駄なファウルであって、相手がうまくてせざるを得なかったファウルというようなものではない。

 「よし。美貴、向こうのセンター陣は結構やるように見えてるんだけど、ガードはひどいと思うんだよね。だから、ここで一気に行きたい。前から当たろうと思うんだけど、二人は足動く?」
 「プレスであたるってこと?」
 「そう。ベンチからの指示が出てないからプレスとまではあれだけど、マンツーって言われてるからそれを拡大解釈してオールコートマンツーって感じで。でもきつめにやってボールを取りに行く」
 「いいねえ。乗った」
 「体力持つのか? 石川」
 「自分で提案しといて何言ってんのよ」
 「柴田は?」
 「私はばてたらいくらでも代わりがいるし。やるよ」
 「オッケー。一気に行こう」
683 :第九部 :2011/08/20(土) 23:52
 レフリーが戻ってくる。
 CHNエンドからの再開。
 藤本が小デブを捕まえる。
 これは試合開始直後から、割とオールコートでちょっかい出していたから、それがより近づいただけであまり違和感はない。
 そこに石川も加わる。
 さらに柴田はエンドのボールマンについた。

 観客席もざわつく。
 序盤からリードされて、観衆も不機嫌なのだ。
 そこに、こんな早い時間から前から当たられるというようなあまり見ない展開を見せられて、穏やかではない。

 日本ベンチでは信田が少し苦い顔をしていた。
 勝手なことを・・・、という想いがないではない。
 ただ、やめろ、と指示を出すことはしなかった。
 一気に行けるなら一気に行きたい。
 仕掛けてみるのは悪い手ではないとも思っている。
684 :第九部 :2011/08/20(土) 23:53
 エンドからのボール、一本目のパスはディフェンスから逃げながら受けたオフェンスがすっぽりコーナーにはまっていた。
 藤本の目論見通り。
 柴田もすっと寄って来て、二人でコーナーに追い詰める。
 苦し紛れに出そうとしたパスは柴田の手にあたり、こぼれたボールは柴田が自分で救い上げる。
 目の前には、こぼれ玉を拾いに来た相手だがエンドライン側にさっと避けてゴール下、ディフェンスを避けて向こう側まで手を伸ばしてバックシュートを決める。

 二本目も、と行きたいところだったが、そうは小陽が卸さない。
 ガード陣が捕まっているところ、受けに戻った小陽へ長いパスがエンドから通る。
 自分で持ちあがることはせず味方の上がりを待つ。
 これを無理に取りに行くような、追い詰められた状態でのプレスではないので、日本のガード陣は素直に戻る。
 CHNのセットオフェンスになって、最後は小陽がやや長めのジャンプシュートを決めた。

 日本のオフェンスは次は藤本が外から持ち込んでディフェンスに囲まれる寸前に捌いて、受けた里田のジャンプシュート。
 これでまた突き放して、前から当たる。
685 :第九部 :2011/08/20(土) 23:53
 今度はがっちり捕まえた。
 ガード陣の意図を理解した里田や飯田、小陽が戻って受けようとしてもそれが出来ないように対応している。
 CHNの上三人は、藤本、柴田、石川の壁を破る力がなかった。
 二本続けて止められる。
 二本目、奪ってからセットオフェンスの形になり、最終的に藤本がスリーポイントを決めて22-8になったところでCHNベンチがタイムアウトを取った。

 スタンドから野次が飛んでいた。
 日本に対するものというよりは、ふがいないCHNのメンバーたちへ対するものが主なようだ。
 ここまでの展開、力の違い、というようなものがはっきり現れている。
 勝っているときの声援もすごいが、こういう展開の時の罵声もなかなかすごいものだ。
686 :第九部 :2011/08/20(土) 23:54
 「おお、こわいこわい。アウェーだね」
 「ていう感じじゃないけど」
 「藤本、一言ベンチになんかあるだろ」
 「マンツーっていうから普通にオールコートマンツーしただけですよ」
 「下手な言い訳するな」

 柴田と談笑しながら戻ってきた藤本に、信田が小言をいう。

 「一気に勝負してみようっていう判断は悪くなかった。結果も良かった。まあ今回は事後承諾で許すけど、あんまり勝手はつづけるなよな。小陽にパス通った場面なんか、チーム全体で意思統一出来てれば抑えられたかもしれないんだから。思いついたら言え。そんなに否定はしないから」
 「すいません」

 前三人の判断で動いたから、里田はそれに対応した動きが出来なかった、というのがあの場面だ。
 それは言うとおりだったとは藤本も思っている。
687 :第九部 :2011/08/20(土) 23:55
 「メンバー変わらないようなら第一ピリオド終わるまで続けてみろ。結構効いてるから」
 「はい」
 「里田、今日の小陽は外からも勝負してくるみたいだから対応しろよ」
 「はい」
 「外から勝負は抑えに行っていいから。打たせてもいいっていう選択じゃなくて抑えに行く。後ろは飯田がカバー。底通り越してゴール下で逆サイドに繋いでくるようなら、上からローテーションで下りてきてつぶすこと。上三人は雑魚だから、とにかくインサイド二人ケアな」

 信田からの指示はこの辺までだった。
 あまり言うべきこともない。

 タオルを汗で拭きながら柴田が言った。

 「結局、なんであのスタメンなのかな?」

 誰もが首をひねる。
 何か狙いがあったにしては何も見えない。
 タイムアウトの終わりを告げるブザーがなったところで藤本が言った。

 「じゃんけんとかじゃね?」

 そんな理由でもなければ、スタメンには顔を連ねないような力量にしか感じられなかった。

 コートに戻る。
 藤本はもう一言言った。

 「ボーナスステージは終わりらしい」

 頭にリボンをつけた女が、藤本を待ち構えていた。
688 :tama :2011/08/21(日) 14:06
最初、小デブって誰だ?と思ったけど最後まで来てやっと分かった・・・
じゃんけんまでストーリーに盛り込むとは、おみそれしました。
689 :作者 :2011/08/27(土) 23:58
>tama
ちょっと入れてみたかったんです
反省はしていない
690 :第九部 :2011/08/27(土) 23:58
 藤本、柴田、石川。
 一度三人集まる。
 相手の上三人は丸々替わっていた。

 「やっと真打登場ってことか」
 「まだ本当の真打は出てきてないみたいだけど」
 「確認するぞ。美貴がリボンで石川がCG 柴田が」
 「しぶや女?」
 「柴田も言うようになったな」
 「バカ話してる場合じゃないよ。前からあたるのは終わり?」
 「だな」

 高南、麻友友が入ってきた。
 それぞれ藤本と石川がマークに付く。
 もう一人は友朕という選手。
 十分に主力急で事前情報も確認している。
 そこは柴田があたる。

 「ここからが本番だな」
 「関係ないよ。誰が出てきても」

 ガード陣だけでなくセンターも替わっていた。
 麻里子様が入ってきている。
 当然、飯田がマッチアップ。
 CHNは、高南、友朕、麻友友、小陽、麻里子様という布陣になった。
691 :第九部 :2011/08/27(土) 23:58
 第一ピリオドは残り二分弱。
 主力級が入ってきて、一気に試合を決めるというような展開は難しいだろうと考えられる情勢になってきた今、日本代表としては一気に流れをひっくり返される、ということだけは起こさないようにしたい。
 五分と五分、膠着状態にして今の点差のままいければ御の字だ。

 友朕が入れたボールを高南が運ぶ。
 藤本はちょっかいは出さない程度に素直に付かず離れずついている。
 フロントコートまで上がって高南は麻友友へボールを落とす。
 麻友友は右零度で開いた小陽へ。
 小陽は勝負の気配を見せたが動かない。
 トップから友朕が飛び込んでくる。
 柴田がコースに入って抑えている。
 小陽は上へ戻して高南へ。
 高南はすぐに反対サイドの麻友友へ送る。
 受けた麻友友はシュートの構えをしたところを石川が抑えに掛かる。
 シュートは打てなかったが、石川の小脇をバウンドパスで抜いた。
 ゴール下に入り込んできた小陽へ。
 里田は追いすがるが、そのままシュートを決めた。

 全体でしっかり繋いでの得点。
 さっきまでのメンバーとは違い、きちんとパスが?がる。
 繋いで動いて動かしてスペース作ってフリー作ってシュートまで持って行ける。
692 :第九部 :2011/08/27(土) 23:58
 ディフェンスも堅くなっていた。
 さっきまでの調子ではパスも回せない。
 同じペースで動いていると簡単に捕まる。
 開いた、と思って柴田がメンバーチェンジ前の感覚でジャンプシュートを放ったら、あっさりと友朕のブロックにはまった。
 ルーズボール。
 藤本も追ったが、リボンの乱れも気にせずに高南が飛び込んでさらう。
 倒れたまま高南はボールを投げた。
 走っているのは麻友友。
 左のサイドライン際に飛ばされたボールを確保すると、ゴールサイドに石川が入ってくる。
 一対一。
 抜きに掛かって止まってまた抜きに掛かる。
 チェンジオブペースでも石川は振り切れなかったが、もう一度止まって今度はジャンプ。
 やや距離のあるジャンプシュートを石川は見送る。
 シュートは正確に決まった。
 石川がしてやられた形だが、相手の速攻で比較的難しいシュートを選択させた、というのは悪くない。

 相手のレベルが一気に上がり、日本代表にやや戸惑いが見られる。
 さっきまでと同じリズムでプレイしていると対処しきれない。
 ただ、その中で一人だけ相手のレベルがというか相手そのものが替わっていなかった里田が、次のオフェンスでさっきまでと同じように勝負して今度は決めて一本押し返す。
 しかし、CHNは第一ピリオド最後となったオフェンスで高南がスリーポイントを決めて差を縮めてきた。

 第一ピリオドは24-15
 一桁点差に戻されて終わる。
693 :第九部 :2011/08/27(土) 23:59
 第二ピリオド、日本代表はメンバーを代える。
 柴田のところに松浦、飯田には村田。
 CHNはそのままのメンバーで入ってくる。

 メンバーが替わってから、第一ピリオドはすべてのオフェンスでシュートを決めてきたCHN
 第二ピリオドはさすがに日本ディフェンスも対応してきて、そこまで圧倒はされないが、それでもじりじりと詰めてくる。

 日本代表のメンバーが替わって力を発揮したのが麻里子様。
 しっかりとリバウンドを取って、日本代表のオフェンスを切り、CHNのオフェンスはリスタートさせてチャンスを増やしている。
 高南も全体をよく引っ張っていた。
 自分単独で勝負しようとすると、藤本に封じられたり、勝手に滑ったりと今ひとつなところを見せることもあるが、周りの動かし方は極めてうまく、周りから戻ってくるボールの扱いもうまく、そういうときにはスリーポイントをきれいに決めたりも出来る。
694 :第九部 :2011/08/28(日) 00:00
 日本代表は松浦が頑張っていた。
 ここは一対一で打開している。
 友朕と松浦だと、身長差もあり単独で個人を抜き出すと松浦が一枚上なようだ。
 全体の連動で考えるとわからないが、この二人の勝負の相性では松浦が上回っている。
 友朕がムキになって一対一で勝負してきて、松浦がチャージングをもらう、というような場面もあった。

 石川と麻友友のところは、やや石川が押し気味というところか。
 麻友友のプログラムで作られたような精確さを、石川の予想出来ない奔放さで振り回しているというやりとりだ。
 チームのエース格で比較的ボールが集まる石川と、特にそういうわけではない麻友友の差が出ている、という部分もある。

 第二ピリオド、五分過ぎ、34-32 二点差まで迫られたところで日本代表が先にタイムアウトを取った。
695 :第九部 :2011/08/28(日) 00:00
 信田コーチはまずメンバーチェンジを告げた。
 休ませていた飯田を戻す。さらに里田から後藤へ。
 里田も小陽相手に今日の出来は悪くはなさそうだが、信田コーチは休ませるためなのか変化が必要だと考えたのか、後藤を投入する。
 それからリバウンドへの意識を高くすること、オフェンスディフェンスの切り替え早く、ということを求めた。

 「福ちゃん、行ってきます」
 「リバウンドもありますけど、オフェンスだと外から勝負で後藤さんならいけると思います」
 「外からか。わかった、やってみる」

 コートに入って行く前に、後藤は福田に声をかけた。
 福田のために、とはさすがにこの場では言わない。
 ここ二試合のように、怖さが先にたつばかりではない。

 「気合入れていけよ」

 平家が言った。
 平家さんの弔い合戦。
 いや、弔っちゃいけない、敵討ちだ。
 仇じゃないんだけど。
 細かいことはどうでもいいってキャプテンも言ってたし。

 コートに立つ限り、他の人のに替わって欲しい、なんて思っちゃいけないのだ。
 自分が頑張ることで、喜んでくれる人がいるのだから。
696 :第九部 :2011/08/28(日) 00:00
 「九番」

 マークの確認。
 後藤のマッチアップは小陽。
 身長はわずかに向こうの方が高いだろうか。
 外から勝負でいけるはず。
 福田の言葉を頭の中で反芻した。
 後藤は、そういうところは結構人のいうことを素直にそのまま聞く。
 信頼できる人の言葉なら、という条件付であるが。
 後藤にとって福田は、信頼できる人、の範疇に入っている。

 外から勝負、と後藤が思っても、周りの状況がすぐにはそれを許さないことも当然あった。
 次のオフェンス、後藤までボールは回ってこず、早いタイミングで松浦がスリーポイントを放った。
 リング根元に当たって小さく跳ねたボール、麻里子様がリバウンドを拾う。

 ディフェンス。
 後藤は外からの突破なら止められると自信を持っていたとしても、主導権はオフェンス側にある。
 替わって入ってきた後藤の力を試したいのか、CHNは単純に小陽で勝負してきた。
 小陽が選んだのはインサイド勝負。
 ゴール下まで体をねじ込んで簡単なシュートにしたい、という動きであるが後藤はそれにしっかり対処した。
 シュートをブロック、とまでは行かなかったが、無理な体勢からのシュートにさせることが出来た。
 リバウンド、後藤が自分で拾う。
697 :第九部 :2011/08/28(日) 00:01
 「スタート!」

 藤本の声。
 後藤はすばやく反応してパスを送る。
 受けた藤本、中央へ入ってきた松浦へ。
 ボールを受けに動いた松浦のさらに前に、ひたすらゴールにむけて走った石川がいたので素直にボールを送った。
 石川はフリーではなく麻友友がついている。
 しかし、コースを抑えることは出来ず、並走の形。
 振り切ることは出来なかったが抑えられることも無く、ゴール下まで駆け込んで、ブロックしようとする手を避けながらスナップ効かせてシュートを決めた。

 セットオフェンスの中での地味な二点よりも、速攻での二点は流れに影響を与えやすい。
 じりじり迫ってきてもうすぐひっくり返る、という空気になっていたのを押しとどめる。

 CHNは麻里子様がゴールから少しはなれた場所からのジャンプシュートを外す。
 リバウンドを後藤が拾って、日本代表のオフェンス。
 切れ込んで行った松浦が零度に開いた石川にパスを捌こうとして麻友友にカットされる。
 そこからのCHNの速攻、友朕、高南との二対一になったが藤本が友朕のレイアップを叩き飛ばして難なきを得る。
 しかし、エンドからのCHNのオフェンスは、石川が裏を取られて麻友友にゴール下でシュートを決められた。
698 :第九部 :2011/08/28(日) 00:01
 ここまで数分、思い通りに外から勝負という場面はなかったが、後藤はやれるという感覚は持っていた。
 小陽くらいなら、今の自分で十分対処できる。
 相手が下手と感じてるわけではないのだけど、相性の問題なのだろうか。

 ようやくイメージ通りのプレイが出来たのは次のオフェンスだった。
 松浦が変化をつけてインサイドに入って友朕とやりあおうとしている。
 入れ替わるように、後藤が外に出た。
 そこに藤本からボールが降りてくる。
 外に出ながら受けるボールだけど、左足をつっかえ棒に重心はゴールの側に向ける。
 迫ってきた小陽と入れ替わるようにドリブルで切れ込んで行く。
 エンドライン側に小陽を抜き去った。
 ゴール下、松浦は向こう側に捌けたが友朕がカバーに入ってくる。
 気にしなかった。
 小陽は左側にひきづった状態、前に友朕。
 それでもゴール下まで進む。
 後藤が飛べば友朕では届かない。
 ボードに当てて、きっちりとシュートを決めた。

 ディフェンスに戻りながら、後藤はベンチに向けて親指を突き上げてサムアップのポーズをしてみせる。
 福田がそれに同じポーズをして答えた。
699 :第九部 :2011/08/28(日) 00:01
 CHNオフェンス。
 やられたらやり返せなのか、小陽で勝負。
 これを後藤がブロックショットで弾き飛ばした。
 こぼれたボールは高南に拾われそのままジャンプシュートを決められたが、ブロックそのものは完璧だった。

 また二点差。
 少なくともリードして前半を終わりたい日本代表、追いついて終わりたいCHN
 日本代表は時間を掛けたオフェンスになった。
 時間を掛けさせられたのではなく、意図的に時間を掛けた。
 時間を消費して、CHNのオフェンスの回数を減らしたい。
 それでも、ただ消費して終わりではなくて、当然最後はシュートまで持って行って得点を奪うことが理想だった。
 後藤がゴール下を抜けて逆サイドへ出てくる。
 ボールは上にいる藤本が持っている。
 たまたま、さっきと同じシチュエーションになった。
 二十四秒計は残り五秒。
 外に開きながら後藤はボールを受ける。
 同じ展開が小陽の頭には浮かんだようだ。
 ついてこないで少しはなれて構える。
 後藤は、同じ動きにこだわらず、今の状況にしっかり対処した。
 シュートクロックはほとんどなくて、ディフェンスは身構えて待っている。
 頭で考えたわけではないが、瞬間的に判断した。
 ボールを受けてジャンプ。
 虚を突かれた形になったのか、小陽は慌ててブロックに飛んだ。
 遅い、間に合わない。
 外に開いてボールを受けてのジャンプシュート、後藤の得意なプレイ。
 きれいな弧を描いたボールはネットに吸い込まれる。
 ブロックに飛んだ小陽の体は流れていて後藤に接触する形になった。
 笛がなる。
700 :第九部 :2011/08/28(日) 00:02
 バスケットカウントワンスロー。
 ただし、レフリーのジェスチャーは、今のシュートは二点、ということを示していた。
 後藤はわずかにスリーポイントラインを踏んでいたようだ。
 そして、オフィシャルのブザーが鳴った。

 CHNがメンバーチェンジ。
 ここまでスタートから引っ張ってきた小陽を下げる。
 代わりに由麒麟が入ってきた。
 今大会に入って急激に評価を上げてきている要注意人物だ。

 後藤のフリースロー。
 フリースローレーンに後藤が入り、リバウンドポジションにそれぞれのメンバーが入る。
 その中でマークの確認。
 そのままでいいよね、というやり取りがあって日本代表は小陽についていた後藤が由麒麟につくことになる。
 一方、CHNは一悶着。
 リバウンドポジションにいる由麒麟が隣の石川のマッチアップを主張する。
 石川を挟んでもう一つ上にいる麻友友が、身長合わないだろ、とばかりにあっちあっち、と後藤の方を指差す。
 あまりにも当たり前のような顔をして由麒麟が石川のマッチアップを主張するので、指示が出ているのかと麻友友がベンチに確認すると、そんなわけないだろ、という返しがあった。
 不満げな由麒麟。
 なぜか石川に手を差し伸べる。
 戸惑った顔しながらも、県大会くらいではそんな握手サービスをすることもないではない石川はそれに答えた。
 なにやってる、と麻友友がもう一言言うと、由麒麟は分かった分かった、とばかりに、後藤の付ける10番をコールした。
701 :第九部 :2011/08/28(日) 00:02
 なんだかなあ、と思いながらの待ちを入れられてからの後藤のワンショット。
 リング手前に一度当たったが、内側に落ちて行った。
 日本代表五点リード。

 第二ピリオド、残り時間は二十五秒。
 前半最後の攻防。
 持ち上がった高南がなにやら大きな声を上げる。
 中国語なので日本のメンバーには分からないが、ナンバープレイなどのサインではなく、気合系の意味合いなもののようだ。
 時間をぎりぎりまで使ってシュートまで持って行く。
 その意思があることは試合経験を積めば頭では分かりきっている状況であるが、CHNの各選手は常に攻め気を見せてくるので、隙を作ったら打たれる、という怖さから逃れられないままのディフェンスになる。
 そんな中での一瞬だった。
 四十五度の位置から高南がすっと早いパスを出した。
 藤本の顔の横、反応できずに飛んで行く。
 飛んだ先は逆サイドから由麒麟がゴール下へ走りこんでいた。
 マッチアップの後藤、由麒麟の動きは追えていたが、ボールの位置を掴めていなかった。
 あっと思ったところでゴール下、飛んだ由麒麟が空中でボールを受けてそのままシュート。
 後藤は条件反射で止めに行ってしまった。
 状況としては手遅れ。
 どう手を出そうとどうにもならない。
 ゴールが決まって笛が鳴って、バスケットカウントワンスロー。
 はっきりと、無駄なファウルだった。

 代わったばかりの由麒麟の三点プレイ。
 フリースローもしっかり決めて、残り四秒、日本代表はボールを持ちあがる途中で藤本がゴールに向かってボールを投げたところで前半終了のブザーがなる。
 投げたボールがバックボードに当たり、跳ね返ってリングにもあたったので観衆はどよめいたが、どよめかせただけでボールは外に弾かれ、得点にはならなかった。

 前半終了 41-39 日本代表の二点リード
702 :第九部 :2011/09/04(日) 00:24
 「ごめん」

 ハーフタイム、ロッカーまで下がると後藤が言った。
 誰にとも無く。

 「気にすることないって」

 藤本が軽く答える。

 「まだ二点リード。全然問題なし」
 「いや、あれは後藤のミスだった。だから、ごめん」
 「一々凹まなくていいって。次ぎ取り返せば」

 藤本は、ガラにも無く気を使っていた。
 この半年あまり、キャプテンをやっていて少し学んだことだ。
 グループリーグでの後藤の姿も頭にある。
 とにかく落ち込ませてはいけない。

 「大丈夫落ち込んでるわけじゃない。でもあれは後藤のミスだった。相手代わったばっかりで集中してなかった。この子なんなんだ? って気になってそっちばかり見てボール追えてなかった。だから後藤のミス。ごめんなさい。でももうしない」

 後藤は淡々とそう言った。
 さっき起きた出来事の事実認識とそれに対する反省に詫び。
 感情の問題ではなかった。
703 :第九部 :2011/09/04(日) 00:24
 「メンバー替わってからは一気にレベル上がったよね」

 柴田が言った。

 「たいしたことないよ」
 「そう言いながら結構やられてたでしょ梨華ちゃんも」
 「あれくらいはやってくれないと面白くないでしょ。別に驚くほどじゃない」
 「私の相手も大したことなかったですよ」
 「何生意気言ってるんだよ」
 「だって、大したことなかったんですもん。あれくらい日本にだっていくらでもいますよ。それこそ白美記たんのが全然上。あんなのCHNの看板背負ってるからすごく見えるだけの見掛け倒しです。周りとのつなぎとか考えるとちょっとありますけど、でも、ソロの能力取り出したら全然大したことないですよ」

 出場最年少の松浦の感想。
 友朕にまったく怖さは感じなかったようである。
704 :第九部 :2011/09/04(日) 00:25
 「まあ、でも、確かにそんな感じもちょっとあったかも。リボン女も言うほどすごくはなかったかな」
 「一人で生きるタイプじゃないよね。ガードだから当たり前なんだけど」
 「うん。でも、気合はすげーな。美貴、結構ああいうタイプは好きだな」
 「そういいつつ大分パス捌かれてたでしょ」
 「好きってそういう意味じゃなくて。まあ、いいけど。なんか、周りを使うっていうか、動かすっていうのかな。その力は確かにあると思う」

 藤本は一対一で負けているという場面はそれほどなかったはずなのだが、ゲームコントロールはなんとなくされているという第二ピリオドだった。
705 :第九部 :2011/09/04(日) 00:26
 メンバーたちがめいめいしゃべる中、福田は静かにスコアーブックを見つめていた。
 この前半はどういう試合だったのか。
 一度もコートに上がることはなかったが、紙の上の記録から振り返る。

 スタートのチームは論外だった。
 インターハイに出てくるかどうか、くらいのレベルだ。
 個々の力も大したことなかったし、やりなれてないメンバーなのか連携もなっていなかった。

 メンバーが替わってからはがらっと違うチームになった。
 一人一人のレベルが上がった。
 安定感がありしっかりとリバウンドを拾う麻里子様、正確なシュートを放つ麻友友、気合で全体を引っ張る高南。
 数字がそれを示している。
 第一ピリオドにCHNがオフェンスリバウンドを拾うことは一つもなかったのだが、第二ピリオドは三本拾ってきている。
 シュート確率も段違いだ。
 スリーポイントもメンバーチェンジ前にはなかったものが、主力が入ってきてから二本ある。
706 :第九部 :2011/09/04(日) 00:26
 福田はその個人の力量よりも気になったのは、全体のつながりだった。
 動きの連動性。
 誰がどう動いた時には、周りはこうしてその後はこうなる。
 すべてが有機的に?がってシュートまでしっかりと持っていけているし、一人交わして二人目がカバーに来た時に周りがローテーションで穴を埋めて、というようにディフェンスでもそれが出来ている。
 個人の力ではなく、動きの連動性で全体で崩して点を取る、というのは福田の理想形だった。
 代表チームのような急造チームではそれが難しい。
 自分が外される理由はそこにもある、と言いたいところだが、それはいい訳と言うものかな、とも思う。

 自分のことはともかく、このCHNというチームは急造チームではないのだろう、と思った。
 一人一人の力が生きるように、全体が作られている。
 時間を掛けてそう作ってきたのだろう、と前半を見て思った。
707 :第九部 :2011/09/04(日) 00:27
 そんなCHNに対して、自分が試合に出るならば。
 マッチアップは高南。
 自分とは違うタイプだな、という印象を持った。
 理論と実践、というタイプではなく、気合と直感でチームを動かしている。
 あるいは、情熱、でもいいだろうか。

 情熱は、外から見てどうかは別として、自分の中にはあるつもりだ。
 ただ、ああいう目に見えて分かる気合、というのは自分にはないものだ。
 それに周りは引っ張られている。
 自分に欠けたものを持っている人、と言っていいだろう。

 でも、一人のプレイヤーとしては別にそんなに・・・、と思った。
 今、自分が、このチームで出て、同じように周りを動かせるかと問われれば、もしかしたらそれは否かもしれない。
 だけど、それは時間の問題だと思う。
 高南がやっているのはその程度のことじゃないか、と感じた。
 ボールキープ力、スピード、パスワーク、シュート力。
 プレイヤーとしての技量は、特別すごいわけではない。
 あのチームにはぴったりとはまっている、それだけなんじゃなかろうか。
708 :第九部 :2011/09/04(日) 00:27
 「福田。福田明日香」

 じっとスコアブックを見ながら考え込んでいたら声をかけられた。

 「怖い顔しないでよ。美貴にも見せて」

 藤本だった。

 「すいません」
 「さすが頭脳派だね。じっくりとデータを見て」
 「別に、そういうわけじゃ」
 「よっちゃんさんみたいな割と熱くやれるタイプに、福田明日香みたいな頭脳派がいて、亜弥ちゃんみたいなわがままっ子がいたり、松江ってバランス取れてて面白いね」

 福田は何も答えなかった。
 亜弥ちゃんって気安く呼ぶな、と思ったけれど。
 それ以前に、自分に対して藤本がこうやって気安く話しかけてくる、という展開は合宿初日に出会ってから今に至るまでなかったことだ。
709 :第九部 :2011/09/04(日) 00:28
 「うーん、結構アシストやられてるのかと思ったけど、そうでもないな。直接高南につくのってあんまりなかったのか」

 独り言か自分に語りかけてるのか、区別が付かない。
 福田が黙っていると、今度ははっきりと福田に対して問いかけた。

 「どう思う? リボン女。って何だっけ。そう、高南」
 「どうって」
 「中国四千年の歴史で最高のポイントガードになる、だっけ? そんなこと言われてるらしいけど福田明日香の目から見てどう映った?」

 なんでこの人はフルネームで自分のことを呼ぶんだろう。
 そんなことが頭に浮かんだが、それは横に置いておいて素直に答えた。
710 :第九部 :2011/09/04(日) 00:28
 「中国の四千年の歴史を知らないですけど、歴史上ナンバーワンになる、っていうほどではないなって思いました」
 「どんなあたりが?」
 「個人の力量としてはそれほどすごいわけじゃないなって。滝川カップでワンオンワン大会なんてのやったって聞きましたけど、そういう、個人技だけを競う大会みたいなのがあったらそれほど上位にはこないタイプなんじゃないかなって思いました。もちろん、全然下手ってわけじゃないですけど。すごいのは周りを引っ張る力量と、高南個人ではなくて全体のあわせの部分。ようするに、立派なリーダーでその点は非常に優れているけれど、プレイヤーとしては並なんだと思います」
 「そうか。それだ。なんか美貴も引っ掛かってたんだよ。すげーなこいつ、って実際思う部分は結構あってさ。だけどなんとなく拍子抜けなところもあって。その落差はなんなんだろうって思ってたんだけど。リーダーとしてのすごさとプレイヤーとしてのすごさは別のことってことか」

 問われて答えながら、福田は自分が感じた印象がなんだったのか理解できた。
 プレイヤーとしての力量とリーダーとしての力量の意味合いの違い。
 ただ、ポイントガードというのはある部分でリーダーとしての力量も兼ね備えなくてはいけない部分もある。
 それを含めればたしかに、高南はすごいのだろう、とは思ったがそこまでは付け足さなかった。
711 :第九部 :2011/09/04(日) 00:29
 「美貴は、リーダーとしてよりもプレイヤーとして日本五千年の歴史でナンバーワンになりたいな」
 「日本は五千年の歴史なんですか?」
 「さあ。知らないけど、リボン女が四千年なら、美貴は五千年で」

 滝川でキャプテンやってるような人なんだから、リーダーとしても結構ちゃんと出来てるんじゃなかろうか、と思った。
 少なくとも、自分よりはリーダーとしての資質は上だろう。
 それでもたぶん、吉澤さんたちが抜けたら、松ではなくて自分がキャプテンやらなきゃいけないのかな、と考えることがある。
 ポイントガードとしての力量、というのを高めて行くためにはそういうリーダーとしての資質も身につけていかなくてはいけないだろうか。

 「とりあえずすっきりしたわ。ありがと。一人のプレイヤーとしては怖がることないんだってイメージ持って後半はやってみるよ」

 この人がうまく行かなければ自分が出られるかもしれないという思いと、私を押しのけて試合に出ているんだから高南なんか踏み潰してくれという思いと、半々で、福田は藤本に、頑張ってください、とは口に出して言えなかった。
712 :第九部 :2011/09/11(日) 00:07
 後半。
 日本代表はメンバーを入れ替えた。
 藤本、松浦、石川、里田、飯田。
 後藤を外して里田を戻す。
 点の取り合い上等、という気持ちで入れという指示を信田はメンバーたちに与えていた。
 切り替え早く。
 一対一で積極的に仕掛けていい。

 CHNは後半のラストと同じメンバー。
 高南、友朕、麻友友、由麒麟、麻里子様。

 第三ピリオドに入り先手を取ったのは日本代表だった。
 一対一で積極的に仕掛けていい、という指示に素直に従った松浦。
 友朕をチンチンにして二本立て続けに決めてくる。
 一旦六点リードまで広がったのだが、CHNも麻友友のジャンプシュートと麻里子様のゴール下で簡単には離れて行かない。
 三分過ぎ、日本ベンチは石川を下げた。
 勝負どころは先と見て休ませる。
 替わりに入ったのは柴田。
 その直後、CHNがタイムアウトを取った。
713 :第九部 :2011/09/11(日) 00:08
 麻友友には抜かれてもいいからタイトに付いてシュートは打たせるな、など信田が指示を与えているとスタンドが突然沸いた。
 何事だ? とスタンドをメンバーが見上げると、なにやら二つのコールが入り混じって飛んでいる。
 何を言っているのかは分からない。
 ただ、CHNベンチの方を見ると動きがあった。
 今までジャージ上下フル装備だったエース級の二人がユニホーム姿になっている。
 そして、オフィシャルに交代を告げていた。

 優子と敦子。
 CHNの二枚看板。

 「相手ばっか見てないで、お前たち集中しろ」

 信田がメンバーの視線を引き戻す。
 もう一度指示を与えなおした。
714 :第九部 :2011/09/11(日) 00:08
 「松浦が優子、柴田が敦子な。松浦、身長差あるからオフェンスは思いきって今のままやっていい。ただ、ディフェンス面では気をつけろ。突破スピードが友朕の非じゃない」
 「どんどん突っ込んで行っていいんですね?」
 「もちろんそれでもいいけど、あまり無理はするな。飛べばブロックされないだけの身長差があるんだから、ある程度の位置からなら多少距離があってもジャンプシュートを狙って行く方がいい」
 「はい」
 「柴田はディフェンスに集中しろ。オフェンスは参加しなくていいくらいのつもりで最初は。とにかく敦子は乗せると怖い。気持ちにむらがあるタイプだからとにかくシュートが自由に打てないでいらだたせるというように持っていけ」
 「抜かれるよりシュートを防ぐイメージでいいんですね」
 「いい。抜かれそうになったらファウルで止めに行ってもいい。とにかく気持ちよくシュートを打たせるな。いやらしくないやらしく」

 優子と敦子は友朕と麻友友に替わって入るようだ。
 それぞれのマッチアップをそのままつけることにする。
715 :第九部 :2011/09/11(日) 00:09
 「藤本、高南にはパスを捌かせるな。外は打ちたいなら打たせていいから突破してパスを捌くという形を作らせないように。高南-敦子のラインであっさりやられるようなことがないように。外のシュートはそれより優先度を落としていい」

 信田は敦子をとにかく警戒していた。
 気分が乗らないときは平凡なプレイヤーだが、乗せた時が怖い。

 「ここからだからねここから」
 「足動かしていこう」
 「切り替え早く」
 「ノーファウルね」

 それぞれ、声が出ている。
 ベンチの雰囲気は悪くない。

 タイムアウトが空けてコートに戻る。
 松浦は、優子と敦子、代わって入ってきた二人を見ていた。
 CHNの二枚看板。
 人気の面でもこの二人が頭一つ他より抜けているらしい。
716 :第九部 :2011/09/11(日) 00:09
 本当か? と思った。
 スポーツ選手とはいえ、女子は女子、どうしたって人気には見た目の要素が大きく影響する。
 二人、間近にみてみて、別にそれほど突出してるわけじゃ・・・、と正直思った。
 自分のが勝ってる。
 自信ある。
 それでも人気があるということは、よほど突出した実力があるとでもいうのだろうか。

 言うほど大したことないじゃないか、というのがCHNに対する松浦のここまでの感想だ。
 友朕なんて今までの経験であれくらいのレベルの選手はいくらでもいた、と思った。
 白美記たんのがよっぽど上だ。
 自分がタイマン勝負相手としてはまだまだ役不足。
 代わって真打が出てくるのは望むところだ。
 この山を越えればアジアのナンバーワンになれるのだろうか。
 日本一になる前に、アジアナンバーワンになるのも悪くない。

 その想いがタイムアウト明けすぐのプレイに出た。
 友朕を相手にしていたときと同じパターンで一対一。
 身長差があるからジャンプシュートで、なんて計算はしなかった。
 抜き去ってやる。
 そう、決めうちで突っ込んだら、ものの見事に壁を作られた。
 壁、いや、低いからフェンスくらいだろうか。
 押しつぶす、というような勢いで松浦は当たっていき、優子は真後ろに倒れた。
 絵に描いたようなオフェンスファウル。

 このプレイに、反省もなかったが後悔もなかった。
 ちっ、やってしまった、くらいなものだ。
 さっきまで程甘い相手じゃない、ということは認識した。
717 :第九部 :2011/09/11(日) 00:09
 CHNオフェンスは優子、敦子と二人入ってきたからには、この二人を中心にしてくる、というのが想像に難くなかった。
 柴田は信田に指示に忠実に振舞う。
 敦子相手にフェイスガード。
 自分の役割は分かっていた。
 このチームでは四十分を期待されている状況にはない。
 スタートから出てはいるが、二番三番を一定のレベルでこなせるつなぎのプレイヤーというところだろう。
 最後まで敦子の相手ということはない。
 自分が下がるか、松浦が下がって自分が二番にスライドするか。
 いずれにしても敦子の相手は石川が出てくるまでのつなぎだ。
 ファウルがかさんでも個人としては気にする必要はない。
 とにかく、石川が出てくる時に敦子が調子に乗っているという状態にしないことが大事だ。

 最初のCHNのオフェンスのところでは一つファウルで止めた。
 フェイスガードを外されてパスが入ってすれ違うように抜かれそうになったので手を出した。
 ボールを持たせたら確かに怖い。

 オフェンスはあまり積極的に参加しなかった。
 外で繋ぐくらい。
 全体が動くので、ここは自分が飛び込まないと動きとしておかしい、と感じて中に入って行く場面もあるにはあるが、そういう場面でも場に合わせただけで自分で勝負するという意思はない。
718 :第九部 :2011/09/11(日) 00:10
 CHNの真打登場、といったところであったが、ここから数分は華麗な、というには程遠い展開になった。

 松浦が一対一を仕掛けようとした突き出しを、後ろから高南が叩く。
 こぼれたボールを由麒麟が拾い、走った敦子に長いパスを出すが届かず柴田がカット。
 折り返してオフェンスでは飯田がゴール下勝負で麻里子様の他に由麒麟まで引きつけて開いた里田へパスを捌くが里田がファンブルしてこぼす。
 こぼれたボールを拾いなおしてシュートを打つと戻った由麒麟がブロック、弾かれて飛んだ先に居た藤本がミートしてそのままジャンプシュートを決める。

 一方CHNは速攻を出そうとして敦子に飛ばした長いパスを柴田に奪われる。
 ドリブルで持って上がろうとしたところ、後ろに居た敦子が弾いて飛ばし、こぼれたボールは高南が拾う。
 行って戻ってまた走って優子。
 ターンオーバーの連続からシュートを何とか決めた。
719 :第九部 :2011/09/11(日) 00:10
 締まりのない攻防だが、結果的に点差はそれほど代わらず推移して行く。
 敦子にボールが渡りドリブル突破を計られてゴール下まで付いていって最後のシュートを柴田がファウルで止める、という場面もあった。
 自由にやらせてもらえず機嫌が悪くなってきた敦子、このフリースローを二本外したりしている。
 二枚看板のうち優子の方は比較的安定していて、泥臭くルーズボールを拾って自分で決めるというような場面がある。

 CHNでは敦子が柴田相手にいらだっていたが、日本代表では松浦がいらだっていた。
 自由にやらせてもらえない、というのとは少し違うが、思惑通りに行かない。
 最初の一回以外はマッチアップの優子に直接やられていると言うわけではないところがまた腹が立っていた。
 後ろから高南の手が出てくる。
 抜ける、と思ったらコースは制限されていて前に麻里子様の壁。
 ディフェンスでは由麒麟の壁がスクリーンになって優子に振り切られる、という場面もあった。
 ルーズボールも取れそうで取れない。
 いらいらして、たまにはパスでも捌いてやろうと、すかすかの頭上を早いパスで抜いたら、受け手が走りこむ動きがフェイクで誰も居ないところへボールが飛んで行く。
720 :第九部 :2011/09/11(日) 00:10
 噛み合わない。
 そう、自分でも感じていた頃、ベンチがブザーを鳴らした。
 石川と後藤が入ってくる。
 今のポジション素直に代えるなら柴田さんの方だろうけど、自分かな、と思った。
 知らん振りしていると、「松浦!」とベンチから声が飛んできたので、やっぱり自分か、と思った。

 ほんの数分で感情をかき乱されて冷静にプレイ出来ないなんて、ガキだな、と思った。
 まだ、この試合、もう一回コートに上がる機会は来るはず。
 気持ちを切るな、落ち着け、大人になれ、我慢しろ、白美記たんを越えるんだ。
 ベンチに戻ると吉澤がタオルをドリンクボトルを渡してくれた。

 「お疲れ」

 無言で受け取る。

 「顔こえーよ」

 うるさい、黙ってろ。
 もう一回、チャンスを待つんだから。
 そう、言いたかったけど、口にはしなかった。

 56-54
 日本代表二点リード。
721 :tama :2011/09/11(日) 16:25
このままでは松浦に次は無いんじゃないかな、と思った・・・

これでセンターによっすぃーが入ったら高3が揃うな、
と思ったけど信田さんはそんなことしてくれなさそうです。
飯田さんは外せないでしょうし・・・
722 :作者 :2011/09/18(日) 00:05
>tamaさん
チーム事情は読者事情より優先されるのです・・・
723 :第九部 :2011/09/18(日) 00:06
 入った石川、後藤、マークを確認する。
 石川が敦子で柴田は優子へスライドする。
 後藤は里田と交代で由麒麟。

 CHNの方も同じようにマークを確認していた。
 柴田に付いていた敦子が石川へまわり、優子が柴田につく。

 日本代表ボールでのゲーム再開。
 自陣低い位置から柴田がボールを入れて藤本がゆっくり持ちあがる。

 石川はボールが上がってくるのを、ゴール右四十五度のところで待っていた。
 マッチアップの敦子が、まだ、ディフェンスをしっかり構えるでも無く石川の隣に立っている、という状態。
 敦子のディフェンス力、というのは未知数だった。
 さっきまでマッチアップでついていた柴田はオフェンス参加しないという方針だったので敦子の力は見えていない。
 ビデオ映像でも、あまりはっきりしたことは分からなかった。
 攻撃の場面ばかり見ていて、ディフェンスがどうなのかしっかり見ていない。

 さて、どうするか。
 ふとゴールの方を見ると、敦子の顔が目に入った。
 不機嫌そうな顔が、急に、にっと笑う。
 営業スマイルだった。
 なんで今笑う、と石川は無視する。
724 :第九部 :2011/09/18(日) 00:06
 藤本が上がってきた。
 ハイポストに入った後藤に上から単純に入れる。
 ターンしてみたが、由麒麟は立ちはだかっていてシュートも打てないし切り込める間合いもない。
 ゴール下抜けて右に開いた飯田へ送る。
 飯田から少し上の石川へ。
 石川はトップに上がった柴田へ戻す。
 パスアンドランでゴール下へ駆け込もうとする石川を敦子が体で塞ぐ。
 ターンして逆付いてそれでも中へ、と動いたが入れない。
 ボールは逆サイドの藤本へ渡り、すぐに柴田に戻っていた。
 石川は進行方向を九十度変えてハイポストの位置へ駆け込みそこにボールが入る。
 ボールを受けながらゴールに向き直りジャンプシュート。
 遅れてブロックに飛んだ敦子、指先ギリギリ触れて軌道が変わった。

 ゴール左サイド。
 落ちてきたところに居たのは由麒麟。
 近くにいた高南へ送る。
725 :第九部 :2011/09/18(日) 00:06
 先頭を走る優子には柴田が付いている。
 敦子は石川が捕まえている。
 パスの出し先はすぐにはない。
 高南は自分でドリブルで持ちあがる。

 藤本は付いて行った。
 抜き去られはしない。
 しかし、手を出してボールを攫えるほど甘い相手ではない。
 付いて行って付いて行って、スローダウンさせようとする。

 高南はパスの出し先を探しながら上がって行ったが、柴田も石川も優子と敦子をしっかり捕まえていた。
 由麒麟、麻里子様の上がりは遅い。
 スピードのあるドリブルだった。
 藤本といえども前を抑えることが出来ない。
 それでも最後までくっついて行った。
 どこでパスを捌く? どこで諦めてセットオフェンスに切り替える? どこでジャンプシュートの決断をする?
 無意識下でそれらの可能性を考えながらも藤本は付いて行った。
 高南は、最後までドリブルで突き進んで行った。
 ゴール下、簡単なレイアップが出来る位置関係にはない。
 それでもジャンプした高南は同時にブロックに飛ぶ藤本の手を避けるようにスナップを効かせてボードに当てた。
726 :第九部 :2011/09/18(日) 00:07
 左サイドにいた敦子を捕まえながらも高南、藤本の動きはしっかり見えていた。
 高南が放ったシュートは外れる、と思った。
 センター陣は戻ってきていない。
 ボールを拾いに入る。

 柴田は右サイドでセオリー通り優子をスクリーンアウトしていて入ってこさせない。
 ボールは拾えるはずだった。
 シュートはバックボードにあたりリング手前に当たって零れ落ちてくる。
 ここに、シュートを打って駆け抜けたはずの高南自身が飛び込んできた。
 シュート後、着地して駆け抜けるということをせず、そこで止まったのだ。
 シュートを打った自分自身で、外れた確信があった。
 藤本は勢いそのまま駆け抜けていて戻ってこられない。
 着地の衝撃を右足一本でしっかり受け止めて、高南がボールに飛び込んだ。

 二人が飛び込むより、ボールが落ちてくる方が早かった。
 一度コートで弾む。
 その弾んだボールに先に触れたのは高南だった。
 石川が手を伸ばしてくる。
 倒れこむようにしてボールに触れた高南は、右手の先だけでボールをコントロールし、石川の横をバウンドパスでボールを通して自身はつぶれた。
 飛んだ先にいるのは敦子。
 敦子は石川がボールを拾いに行った時、それに付いていかずに外で待っていた。
 右三十度、スリーポイント、どフリー。
727 :第九部 :2011/09/18(日) 00:07
 しっかり構えて打ったシュートは放物線を描いてリングに吸い込まれて行った。
 CHN この試合初めてリード。
 スタンド席から地響きのような歓声があがる。
 敦子がゴール下、つぶれていた高南を助け起こす。
 なにやら高南が真剣な顔で敦子に言い、それから両手を出した。
 敦子はその両手をばちっと叩いて答え、にっと笑った。
 営業スマイルではなかった。

 一連の流れで日本代表のどこが悪い、ということは特になかった。
 強いて言えば石川がジャンプシュートをブロックされたのが悪いとも言えるがそこは勝負したくなる場面だった。
 速攻はアウトナンバーを作らせず走った二人を捕まえ、ボールを運ぶ高南に藤本はしっかり最後まで付いて行き難しいシュートを選択させた。
 実際、そのシュート自体は外れている。
 リバウンドを取りに入った石川も悪い動きではない。
 ただ、高南に珠際の強さがあった。
 そして、ノーマークの敦子がしっかりと決めた。
 泥臭さと鮮やかさの融合。
728 :第九部 :2011/09/18(日) 00:07
 この一つのプレイが流れを傾かせた。
 ホームの利。
 スタンドの盛り上がりはCHNの背中を押す。
 そして、乗せてはいけない敦子が、ノーマークスリーポイントから乗ってしまった。

 ボールを持って外からじっくり自分で一対一。
 そういう選択はそれほど多くなかった。
 全体の中で動いて瞬間のフリーを作ってそこでシュートまで持って行く。
 この周りとのあわせが良かった。
 敦子を主役とする動きに、二枚看板の一人とされる優子も抵抗無くあわせている。
 高南と敦子のラインもしっかり?がっていた。

 そしてディフェンス。
 気分が乗らない敦子だと、ディフェンスはサボタージュという場面が多いようであるが、気分が乗った上で相手がきちんとしたレベルのプレイヤーだとしっかりと足を動かして止めに掛かってくる。
 石川は、敦子が本気になってやる気になるレベルにいるプレイヤーだった。
 一人で完全に押さえ込まれるということはないのだが、敦子を振り切っても他に誰かがいる、という制限のされ方をしていてフリーになりきれない。
729 :第九部 :2011/09/18(日) 00:08
 いつもは自分がチームの大黒柱という立場の藤本。
 ここでは少し違った。
 口では嫌い嫌い言いながらも、無意識下で石川の力は認めている。
 この日本代表は石川のチームだ。
 そう、無意識下で感じながらゲームを動かしている。

 滝川のチームでやっているときなら、周りの誰が止められようと動揺することはなかった。
 叱り飛ばしたりはするが、最後の柱は自分だ。
 今は違う。
 悪い意味で五分の一の感覚が体の中にあった。

 柴田はいつもと同じ状況なはずだった。
 石川梨華のチームの中の二番手。
 口に出して認めたりはしないけれど、それもやはり無意識下に潜んでいる意識。
 富岡でやっている時にも石川が押さえ込まれるというケースはあった。
 二年時の中村学院戦。
 初見の是永美記に石川がシャットアウトされた。
 それに限らず、石川の調子が上がらない時に何とかするというのが自分の役目になっている部分があし、その役割は割とこなしてきたはずだ。
730 :第九部 :2011/09/18(日) 00:08
 今日違うのはマッチアップの相手だった。
 石川梨華と同じチームでいつもプレイしているのだ。
 自分にマッチアップするのはせいぜい実力二番手。
 自分がディフェンスとして付くなら、エースをつぶすという形でついたりするが、自分にエース級を向こうが当ててくることはない。
 でも、今日のCHNには敦子だけでなく優子もいた。
 このレベルの選手ととまともにやりあって押さえ込んだという経験はあるが、攻撃面で叩き潰したという経験が柴田にはない。

 このままではまずい、と感じた藤本と柴田。
 百戦錬磨のはずの二人だが、百戦した戦いのさらに上の経験が今日の試合である。
 ボールを運ぶ二人。
 その二人がなんでもないミスを連発した。
 流れに飲まれている。

 逆転され、流れが向こうに渡り、凡ミスも出て、六点のビハインドにまでなったところで信田がタイムアウトを取った。
731 :第九部 :2011/09/18(日) 00:08
 指示は、まず落ち着けということ。
 敦子にはさっきまでの柴田と同じようにフェイスガードでタイトに付いてみろ、と石川へ指示が飛ぶ。
 慌ててシュートまで持って行こうとするな、と全体へ言った。
 藤本がボールキープして待つ感じでもいいから、少しスローダウンさせろという。
 時間を掛けることで、流れをうやむやにしようという意図がそこにはある。

 メンバーチェンジはしなかった。
 この場面、誰かに代えるよりも藤本、柴田の方がいいと信田は踏んだし、まして石川を外せる場面じゃない。


 「気持ちで押されてるよ。ミキティもいつもの怖い顔でゲームしきんなよ。柴ちゃんも、一昨日の乱闘寸前くらいの勢いでいいって」

 輪の中から吉澤が言った。
 戦術的なアドバイスを自分ができるとは思っていない。
 今、口を挟めるなら、ハートの部分だけだ。

 「石川、あんたもだよ。いつからあんなお嬢様みたいなバスケするようになったんだよ。向かっていけ向かっていけ。言っただろ、おまえはただのへたくそだって」

 両脇に杖を抱えた平家。
 戦術云々もあるが、流れに飲まれると先に気持ちが切れやすい。
 そこを心配している。

 ブザーが鳴ってコートに戻った。
732 :第九部 :2011/09/18(日) 00:09
 いつもと全然違う状況なのに、いつもの自分を取り戻しているのが一人いた。
 後藤だ。
 ある部分、相手に関係なく悩みこんでいたので、そこから自分を取り戻すのにも相手関係なかった。
 福ちゃんのために頑張る、みんなのために頑張る、相手が強くても関係ない。

 相手の実力もしっかり見えていた。
 さすがCHNのトップ選手だけど、化け物クラスじゃない。
 自分で十分たたかえると思う。
 二番、三番、四番、柴田、石川、後藤。
 自分は点を取るべきポジションだし、マッチアップも他の二人よりは比較的分の良い相手なんじゃないかと思う。

 オフェンスは時間を掛けてみようとは言ったが、実際にどう崩すかという決め事はとくにタイムアウトの中ではなかった。
 どういう選択肢があるか?
 石川はもちろんいつでも選択肢なんだけどあまりうまく行っていない。
 柴田も優子相手に自由にオフェンス出来るという状態になっていない。
 ならインサイド勝負、というところだがそちらも簡単ではなかった。
 残る選択肢は?
 柴田でも石川でも無いアウトサイド。
 藤本?
 違う。
 後藤が由麒麟を外に引っ張り出して勝負。
733 :第九部 :2011/09/18(日) 00:09
 一本、素直にスリーポイントを放ったらやや長くなって決まらなかった。
 ただ、それで怖さを感じた由麒麟との距離が中途半端に縮まる。
 後藤にとって、一対一で抜きやすい間合いになった。
 抜き去ってもカバーが早い。
 それが急造チームではなく、長い時間作りこまれて今日があるCHNの強み。
 抜き去って中まで行くと囲まれる。
 選ぶべきは、かわしてすぐのジャンプシュート。

 中から出てくる動きをしてトップから降りてくるボールを受けた。
 スリーポイントの構え。
 ひきつけた由麒麟を右、エンドライン側に交わす。
 ゴール下には麻里子様。
 そこまで行かずにやや距離のあるジャンプシュートを放った。
 今度はしっかり決めてみせる。

 しかし、流れは簡単には戻ってこない。
 地元の利。
 観客は全面的にCHNの味方だ。
 場の雰囲気もすべて持って行っている。

 敦子、敦子と来てそちらに意識が行ってカバーに入らなきゃが先行したところで、柴田のマークが甘くなった優子へ渡ってスリーポイント。
 第三ピリオドのラスト、石川が怒りのスリーポイント返しをしようとしたがリングに弾かれ、リバウンドを麻里子様が拾ったところで終わった。

 64-71
 CHNが逆転して7点リード。
734 :第九部 :2011/09/18(日) 00:10
 スタンドはライブ会場さながらだった。
 片や敦子への声援チャントで盛り上がったかと思えば、反対サイドでは麻里子様コールが起こる。
 美貴様にお仕置き希望するファンなどもはやいない。

 「しばらくは我慢しろ。とにかく我慢しろ。流れなんてものはそうそういつまでも続くものじゃないから」

 第四ピリオドまでの二分間のインターバル。
 信田はまずそう言った。

 「早いペースに煽られるな。じっくり構えて、シュートセレクションをしっかりしろ。慌てて打たなくていい。時間は十分あるんだから」

 十分で七点差。
 やや不利、という程度のものでまったく絶望的な点差ではない。

 「動きも緩急しっかりつけよう。フリーを作ろうと急ぎすぎて動きすぎに見えるところがあるから。動く前に止まる。スピードだけで振り切ろうとしない。面取って押さえて外開くだけでボールは受けられるんだからさ。パスアンドランもとにかく動けばいいってもんじゃないからね」

 ベンチで見ている平家の感想である。
 さらに続けた。
735 :第九部 :2011/09/18(日) 00:10
 「柴田、少しまじめすぎるんだよ。オフェンスは少しサボってから動くくらいでちょうどいい。いつでもきちんと動くってむこうが頭に入ってるから迷いがないと言うか覚悟がある状態で常にディフェンスされてるから。それこそむこうの敦子? あのやる気あるんだかないんだかで突然エンジン掛かって動き出す感じを見習うくらいでちょうどいいから」

 高校時代からよく見ている柴田。
 そこに動きについて意見した。

 スタンドではウェーブが巻き起こっていた。
 たかが世代別のアジアの大会である。
 盛り上がり方が異常だった。
 飯田がきょろきょろとそのスタンドを見回してから言った。

 「あのスタンド、黙らせよう。最後には」

 こんなアウェーで試合をした経験はこの中の誰にもない。
 藤本も、アウェーって感じだなどと言っていた前半の余裕が無くなっている。

 ベンチに座っていた五人が立ち上がった。
 メンバーチェンジはなし。
 このまま第四ピリオドに入る。
 五人がコートに上がって行く。

 「ベンチ声出そう。声。十人で一万人分声出そう」

 吉澤が、両手を叩きながら言った。
736 :第九部 :2011/09/24(土) 17:21
 最終ピリオドに入ってもCHNの勢いは止まらなかった。
 かさに掛かって攻めてくるという言葉がぴったりな状況だ。
 敦子がミドルレンジからジャンプシュートを放ち、外れたリバウンドを拾った麻里子様が押し込む。
 ゴール下勝負しようとしてし切れなかった由麒麟が、開いていた外の優子に戻してジャンプシュート。
 この試合最大の十一点まで差を広げられる。

 どうにかして追いかけないといけない日本代表。
 スローダウンさせろというベンチの指示は今ひとつ徹底されていなかった。
 リードしていれば冷静にそういうゲーム捌きも出来たのかもしれないが、二桁点差のビハインドという情勢で落ち着いてゆっくりとオフェンス、というのはなかなか難しい。
 滝川のように徹底してディフェンスのチームとして作られてきた場合は、それも可能だが、石川柴田を擁して点を取るチームの中で、今の状況はこうだからとペースを落とそうという意識は今の五人には徹底しきれない。
737 :第九部 :2011/09/24(土) 17:21
 藤本が右四十五度から高南に一対一を仕掛けた。
 エンドライン側で抜きに掛かるがゴールに突進出来ない程度にコースを制限される。
 結果、押し込まれた先はゴール裏、逆サイドから由麒麟も包み込みに来るところを辛うじてパスで捌く。
 向こう側後藤、受けたときには目の前に敦子のカバー。
 上へ戻して石川、ここがフリーでスリーポイントを放つがリング根元に高く弾かれた。

 リバウンド。
 スクリーンアウトがしきれてなく飯田が麻里子様と競り合う形。
 右手一本でオフェンスリバウンドをもぎ取って確保。
 一旦上の柴田に戻す。

 自分だけが社会人なんだ、という意識が飯田にはあった。
 自分がキャプテンなんだ、という意識もある。
 だけど、うまいこと言ってみんなを仕切って力を引き出すというようなことはどうもうまくない、ということは自分でも感じていた。
 おかしなこという圭織さん。
 そういう定評なのは分かっている。

 でも、自分はキャプテンなんだ、という意識があった。
 今いる五人の中で社会人は自分だけなんだ、とも。
738 :第九部 :2011/09/24(土) 17:22
 高校時代、百パーセント自分ワンマンのチームに君臨していた。
 このチームは違う。
 自分と同等の力を持った仲間、いや、それぞれの分野で自分には出来ない力を持っている仲間と一緒に戦っている。
 言葉できちんと、みんなが理解できるような表現で伝えることが出来ていないけれど、このチームが好きで、このチームで勝ちたかった。
 どうやら、点を取る力は今の自分よりも石川や後藤の方があるんじゃないかと思う。
 だけどそれでも、シュートは一本で簡単に決まることばかりじゃない。
 だから、自分に出来ること、リバウンドを取ることで、何度もチャンスを確保してやりたい。
 あれもこれも、全部が通用するレベルじゃない。
 せめて、リバウンドだけでも、しっかり取ってやりたい。

 柴田から右に開いた藤本へ。
 藤本はローポストで面取って待っている後藤へ入れた。
 後藤はターンして、踏み込もうとしたが前を塞がれ、仕方ないという形でフェイドアウェー気味にシュートを放った。
 由麒麟のブロックを意識したシュートは長めになる。
 リバウンド、その位置には誰も居ない。
 ハイポスト付近に居た飯田と麻里子様の争い。
 肩ぶつけ合いながらのルーズボールは飯田が先にボールを確保する。
 そのままゴールの方を向こうとするがそこは麻里子様が立ちはだかっている。
 外から敦子も挟んでくる。
 囲みを避けて石川へ戻す。
739 :第九部 :2011/09/24(土) 17:22
 リバウンドを二本取られたCHN
 スタンドからはため息も聞こえる。
 何やってんだ的な怒号も飛んでいた。

 「一本! 一本! 三度目の正直で!」

 ベンチから吉澤が叫ぶ。

 ボールはトップに戻った藤本に渡る。
 オフェンスリバウンドを二本とっての三回目のオフェンス。
 少し、藤本が間を取った。

 「広く! 広く!」

 スタンドからベンチから、飛び交う声にかき消されて、藤本の声自体は全体には届かないが、アクションでなんとなくメンバーは理解する。
 セットオフェンスの建て直し。
 ここまで粘ってリバウンドを取るのは立派だが、だからこそ逆に、ここまで粘って得点に結び付けられないと、流れが二度とやってこなくなってしまうという瀬戸際。
740 :第九部 :2011/09/24(土) 17:22
 ハイポストに入ってきた後藤へ入れる。
 後藤ターンして前に由麒麟、ゴール下を抜けて動く飯田へパスを飛ばす。
 パスが今ひとつ合わず、受けて間をおかずシュートとは行かず麻里子様の壁が目の前に。
 上、柴田へ戻す。
 柴田から左サイド藤本へ。
 藤本はドリブルでボールキープしたままトップへ戻る。
 仕切りなおし。
 もう一回時間を掛けるか、という雰囲気だったが藤本は左サイドに開いた石川へパスを落とすと走った。
 石川は敦子の脇をバウンドパスで通す。
 走りながら受けた藤本、ゴール下は麻里子様が抑えに来る。
 高南も振り切れてなく、ゴール下へ突進というより少し外に開き目に逃げた。
 零度の位置からジャンプシュート。
 高南のブロックの上。
 このシュートもリング向こう側に当たって入らなかった。
741 :第九部 :2011/09/24(土) 17:23
 リバウンド。
 麻里子様は藤本をケアに入った分ゴールの下側まで入り込んでいて飯田をスクリーンアウト出来ていない。
 落下点、ちょうど五分と五分のところに落ちてきたボール、右手を伸ばす麻里子様から両手で飯田がもぎ取った。
 外から由麒麟が奪い取ろうと囲んでくる。
 ゴール下のリバウンドシュートを選択したくなる位置だったが、飯田は違う判断をした。
 由麒麟が離れ、手を上げている後藤の姿が視界に入っていた。
 麻里子様、由麒麟に囲まれた中から飯田が外へパス。
 受けた後藤のところには上から優子がカバーに入る。
 シュートの構えに優子が飛び込んでブロックしようとするが、後藤はそれとすれ違うようにワンドリブルついて移動。
 優子をやり過ごし、完全にフリーになったところで改めてシュートを放った。

 右十五度あたりの位置からのスリーポイント。
 目標が見えにくく、あまり練習もしない位置で難しいシュート。
 わずかに長くなりリング向こう側に当たって大きく跳ね上がる。
 ゴール下、また麻里子様と飯田が競り合っている。
 今度は麻里子様が飯田を押しのけて良い位置を確保した。
 逆サイドから石川がスクリーンアウトをサボった敦子をかわしてゴール下へ飛び込んでくる。
 それらの競り合いを無視して、跳ね上がったボールは落ちてきてリング中央を通過した。
742 :第九部 :2011/09/24(土) 17:23
 四度目の正直。
 後藤が、両手で力強くこぶしを握りガッツポーズをしている。
 ここは日本代表の粘り勝ち。
 ベンチも盛り上がった。
 吉澤と松浦がハイタッチをしているという珍しい光景もある。

 オフェンスリバウンドを四回も取られるというCHNとしては嫌な点の取られ方だった。
 スタンドからは落ちてきたボールがリングを通過した瞬間、一万のため息がもれていた。
 流れが変わりそうな局面。
 経験値があるほど、そういう局面であることが直感的に理解できて、それだからこそ、流れが変わることを受容してしまいそうな場面。

 すばやく高南が動いた。
 麻里子様にボールを要求する。
 エンドから麻里子様が入れて高南が運ぶ。
 藤本は捕まえているが、ボールを運ぶことそのものは防げない。
 高南に呼応して上がっているのは優子。
 ここも柴田がしっかり捕まえている。
 二対二の状態のまま勝負してくるか?
 あるいは一対一でゴール下まで行くか?
 どちらもありえたが、ここは味方の上がりを高南は待っていた。
 三人目、四人目。
 そうみせてアーリーオフェンスで簡単にシュートまで持って行く、というのはよくあることなので敦子、由麒麟にそれぞれ石川、後藤がしっかりついて簡単なパスを入れさせない。
743 :第九部 :2011/09/24(土) 17:24
 改めてセットオフェンス。
 ボールは外を回った。
 由麒麟、麻里子様はゴール周辺、台形のあたりでポジションを確保しようとしている。
 どこで勝負してくるか?
 ボールはトップの高南へ。

 ハイポストに由麒麟、ゴール下麻里子様が抜けて逆のローポストに入ろうとしている。
 右外には敦子が開いていて、優子は麻里子様が空けて左のスペースへ埋めている。
 高南は動きのあるところ、麻里子様へ長いパスを送ろうとした。

 そこに手を伸ばしたのが後藤だった。
 後藤の位置は由麒麟の背中。
 高南のパスの狙いがしっかり見えたのだ。
 由麒麟を外して、飛んだパスに飛びつく。

 右手で触れたがキャッチは出来なかった。
 軌道の変わったボール。
 右サイドへ。
 麻里子様の方をケアしようとして動いていた石川と、外で待っていた敦子。
 動きが逆のベクトルを持っていた石川よりも早く、敦子がこのルーズボールを拾い上げる。
 石川は一歩送れていてボールを取りに行くところをすれ違うようにかわされた。
 ゴール下へ向かう敦子。
 飯田がそこは押さえるが、簡単に敦子はパスを捌いた。
 流れのままにフリーになった麻里子様。
 敦子と麻里子様、飯田が一人で二人を抑えることも出来ず、零度からのジャンプシュートを麻里子様が決めた。

 また十点差に。
744 :第九部 :2011/09/24(土) 17:25
 ここから、ペースを落とすという方針はどこかへ行ってしまったかのような早い展開が続く。
 石川がワンオンワンを試みて敦子を抜き去って持ち込み、ゴール下麻里子様、由麒麟の壁を無視してシュートまで持って行ったがブロックショットで弾き返される。
 拾った高南が長いパスを優子に送ったが、これは狙い済まして柴田がスティール。
 逆に持ち上がって五対四、崩れた陣形の中開いていた後藤へ入れてジャンプシュートを決める。

 CHNはゴール下へボールを入れて混戦、という中、外の優子へ戻してジャンプシュートで点を取り返す。
 日本代表ははやい攻め上がり、持ち込んですぐに後藤がジャンプシュートを放つが外れる。
 このリバウンドを飯田がもぎ取ってここはゴール下で簡単なシュートを決めた。
 一方CHNはパスアンドランのカットインから高南が藤本とのちびっ子勝負に今度は勝ち、ゴール下まで入ってレイアップシュートを決めて帰る。

 点差が広がるということもないのだが縮まって行かない。

 日本代表、外で回してここは珍しく柴田が勝負した。
 状況次第で一対一で相手を抜き去るくらいの力は柴田にも十分ある。
 ただ、優子を抜いた先、ゴール下には麻里子様、これは柴田から見れば高い壁である。
 外、石川に捌いた。
 ゴール下は混んでいてそこに突っ込んで行っても価値がない。
 そう瞬間的に判断した石川はその場でジャンプシュート。
 これがリングに嫌われる。
 飛んだ先には由麒麟、すぐに高南へ。
 高南は長いパスを送った。
745 :第九部 :2011/09/24(土) 17:25
 この試合後半、何度も出ている高南-優子の速攻ライン。
 今まではことごとく柴田がそれをなんとか封じていたのだが、ここは自分が抜き去った直後な分、戻りが遅れている。
 高南のパスはしっかり優子に届いた。
 ただし、パスを受けるところでわずかに優子がボール待ちで減速している。
 ここで柴田が追いついた。
 追いついただけでまだ優子の後ろ。
 そのまま走ればゴール下までさえぎるものがない。
 柴田は、肩からあたるようにして手を伸ばした。
 ボールを取りに行く、という姿勢。
 しかし、ほぼ後ろから手を伸ばしてもボールに届くはずが無く、体の方が当たって笛が鳴った。
 柴田のファウル。
 ただ、ボールを取りに行くんだ、という姿勢を示した分、アンスポーツマンライクファウルは取られず、ただの普通のファウルで済ませてもらえた。
746 :第九部 :2011/09/24(土) 17:25
 「ナイスファウル! ナイスファウル!」

 日本代表ベンチから声が飛んだ。
 松浦だ。
 不思議な光景だが、バスケでは味方のファウルに対してナイスファウルと言うことがある。
 今の場面、どうやってもファウルで止める以外にはゴール下まで持ち込まれてシュートを決められるのを防ぐことは出来なかった。
 アンスポーツマンライクファウルも取られず、普通のファウルで収めたことは、今の場面の最良の選択で最良の結果である。
 柴田のファウルがかさめば松浦に出番が回ってくる、という意味合いのコールではない、はずである。

 日本代表ベンチは、全員が立ち上がっていた。
 松浦も、吉澤も、久住も、村田も、福田も。
 平家も杖振り回しながら怒鳴っている。
 信田コーチも立ったまま指示を送っていた。
747 :第九部 :2011/10/02(日) 00:06

 十点差から縮められない。
 どうしたらいい。
 どうしたら点差が縮められる。

 この時間帯になってきて、藤本は疲れを感じ始めていた。
 ただ一人、この試合コ−トにでづっぱりである。
 CHNはもはや全員スタメンと違うメンバーがいる。
 日本代表は、石川にしても飯田にしても、途中で休みを入れる時間帯があった。
 藤本だけそれがない。

 ある種、信田からの信頼でもあった。
 スタメンを高橋にするか、藤本にするか。
 周りとの兼ね合いで迷ってきて、ようやくしっかり固まったように見えたのがグループリーグ三戦目。
 そういう部分では藤本に賭け切っているわけではないのだが、今日、藤本をベンチに下げて休ませるということはここまでしていない。
 信田コーチは、藤本のスタミナという部分は絶対的に信頼していた。
 途中で休ませなくても四十分間ベストパフォーマンスを発揮できる選手、という理解である。
 メンタル面での必要性でベンチに下げることはあっても、ここで体を休ませておこう、という配慮を藤本にはする必要がないと考えている。

 そんな藤本が疲れを感じていた。
 ただ、まだ行ける、とも思っている。
 いつもだって疲れ自体を感じないわけではないのだ。
 疲れを感じていても最後まで足を動かすことが出来る。
 そういう鍛え方をしているだけだ。
748 :第九部 :2011/10/02(日) 00:07
 女子の試合にしてはハイレベルな点の取り合いになってきていた。
 特に藤本にとってはあまり最近経験していないハイスコアな展開。
 すでに失点は81と、延長まで戦った韓国戦の80も越えている。
 失点することの重みよりも、オフェンスで点が取れないことの重みの方が大きくなっている。

 石川が今ひとつ点を取れていない、と藤本は感じていた。
 今、一番乗っているのは後藤だ。
 結果、点を取るのが後藤でない場合でも、点を取れる状況を作り出しているのが後藤になっている。
 後藤へパスを入れるのが一番確率が高い。
 それが藤本の頭にある。

 その意識がパス回しを単調にした。
 藤本は常に後藤の動きを見ている。
 そのことに、藤本がボールを持っていない状況で全体を見ながらマークしている時に高南が気が付いた。
 ボールを持ったら後藤に良いパスを入れよう、という感覚が藤本の頭にある。
 トップへ上がってきた藤本へボールが送られてくる。
 付いて行った高南の視界にハイポストへ入ってこようとする後藤の姿が目に入った。
 トップで藤本がボールを受けたとき、高南にとって後藤は背中で見えていない。
 藤本が高南の左脇をバウンドパスで通そうとした。
 後藤にパスが入る、という前提があればディフェンスにとっては上からか下からかの二択。
 身長が低いからか下に賭けた高南。
 自分の横で弾んで通り抜けて行くはずのボールをキャッチした。
749 :第九部 :2011/10/02(日) 00:07
 瞬間走ったのが敦子だった。
 石川はオフェンスへ意識が行っていて、ターンオーバーへの反応が遅れている。
 高南がドリブルで持ち上がる。
 日本代表ディフェンスは藤本だけ。
 高南敦子と藤本の二対一。
 パス、パス、パス、と二人で三本繋がれ、後ろへ戻りながら左右に翻弄される藤本。
 最後は追いきれず、敦子に左からきれいなレイアップシュートを決められた。

 今日最大の十二点差。

 「落ち着いて!」
 「一本! 一本!」
 「切り替え! 切り替え!」

 ベンチから声が飛ぶ。
 それでも、今のは自分のミスだ、というのは藤本は感じている。

 「小さい相手は上からだよ」
 「悪い」

 ボールを拾って柴田が声を掛ける。
 普段、自分より大きな相手とあたることが多い藤本。
 バウンドパスで脇を抜く、という選択を選びやすい。

 柴田がエンドから藤本へ入れる。
 すると、今までとは違って高南が前からついてきた。
 かさに掛かってきている。

 舐めやがって、とムキになって抜きに掛かる藤本。
 高南は付いてくる。
 抜き去りは出来ず、かといってミスしてボールをこぼすことも無くフロントコートへ。

 藤本から簡単に柴田へ。
 柴田は零度に開いた後藤へ送る。
 後藤がそこから単純に勝負した。
 外へフェイクをかけて内から由麒麟を抜きに掛かる。
 わずかに外せて突き進む。
 前、麻里子様。
 まだ距離があるけれどジャンプシュートを選んだ。
 遅れていたはずの由麒麟。
 シュートモーションの間に追いつかれている。
 横からはいってくる形でのブロックショット。
 きれいに叩かれてボールが飛んだ。
750 :第九部 :2011/10/02(日) 00:08
 飛んだ先は優子。
 連続速攻は柴田が前をさっと抑えて封じる。
 周りが落ち着いてから高南がボールを受けてゆっくり上がってのセットオフェンス。
 スローダウンさせてからのオフェンスなのでじっくりまわしてくるだろう。
 そう無意識に思っていた柴田。
 スリーポイントラインから1mほど離れてボールを受けた優子。
 万が一のドリブル突破だけを気にして距離を置いて柴田は構えている。
 ここで優子がポン、とシュートを放った。
 虚を突かれた形。
 はっとしたときにはボールはリングを通過していた。

 信田コーチがブザーを鳴らしタイムアウトを取った。

 残り五分四十七秒。
 71-86
 CHN15点リード。

 「藤本、足は動くな?」
 「はい」
 「柴田も石川もいけるな?」
 「はい」
 「よし、まだ時間は十分あるけど早めに仕掛ける。プレスで当たっていこう」

 15点という差はこの時間帯にはかなり厳しい点差になっている。
 しかしノーチャンスではない。

 「一対二作って追いつぶす。カバーをすばやく。当然だけど後藤、飯田も足が必要な」
 「はい」

 四十分間前から当たるが標準フォーマットのチームにいる藤本。
 勝負どころで前から当たって試合を決めに行くのが持ち味の一つというチームにいる柴田と石川。
 前から当たる役割の三人にとってこの戦術は、一か八かで最後に行うものというより、日常的に行うものになっていて慣れている。
 その破壊力は皆知っていた。
 久住、光井を除けば、ここにいるメンバーはほぼそのディフェンスの被害を直接経験しているか、その当事者であるかのどちらかだ。
 その両チームの主力のいいとこ取りをしたのが前三人。
 あれが決まれば15点なんて一気にひっくり返る。
 それを誰もが信じられた。
751 :第九部 :2011/10/02(日) 00:08
 コートにメンバーが戻って行く。
 藤本が石川に声を掛けた。

 「石川、中で勝負出来ないか?」
 「中で? 私が?」
 「ごっちんが結構当たってるだろ。それも外から。ごっちんが出てくるから中広いじゃんか。おまえいつも四番でインサイド勝負もするだろ。相手も身長差あるわけじゃないし。空いたスペース飛び込むって感じでもいいし、センターっぽくがちがちのインサイドっぽいやり方でもいいし」
 「分かった」

 攻撃の選択が後藤に偏りすぎている。
 自分の意識がそう傾いているからであるけれど、それがさっきの失敗につながっていた。
 少なくとももう一枚、石川には選択肢になってもらわないと困る。
 そう、藤本は感じていた。
752 :第九部 :2011/10/02(日) 00:08
 柴田がエンドからボールを入れる。
 高南が藤本に付いて来た。
 終盤はこれで来るらしい。
 目障りだが、それくらいなんでもない、という顔で藤本は上がって行く。
 早い攻めだった。
 ハイポストに入った石川へ入れる。
 石川はターンしてそのままドリブル。
 敦子は前を押さえられない。
 麻里子様がカバーに入ったところをバウンドパスで飯田へ送ってゴール下のシュートが決まった。

 「当たれ! 足動かせ!」
 「ハンズアップ!」

 ベンチから声が飛ぶ。
 エンドに出て麻里子様がボールを入れようとしていたが、日本代表のディフェンスを見てボールを置いて上がって行った。
 優子が外に出てきてボールを拾う。
 高南がゴール下へ駆け込んでボールを受けようとするが藤本が塞いだ。
 ならば裏、ということで優子は二人の頭上を越えるボールをふわっと入れる。
 高南が走りながら追いつけば良い、というパスだが、石川も追いかけた。
 高南がキャッチしようとするところを石川が叩く。
 ルーズボールが転がった。
 転がった先は飯田と麻里子様。
 動き出しの速さで麻里子様がボールを拾い上げる。
753 :第九部 :2011/10/02(日) 00:09
 急げば麻里子様由麒麟と、飯田後藤の二対二、という形にも出来たが、麻里子様はボールを抱えて味方の上がりを待った。
 高南に預ける。

 ここのところディフェンスで止められていない日本代表。
 ただ点を取り合っていたらいつまで経っても追いつけない。
 この場面、敦子がやり返そうとしたのか零度の位置から石川に一対一を仕掛けた。
 石川はエンドライン際に追い込む。
 逆サイドから後藤も包みに来る。
 敦子はその後藤の外側から向こう側へバウンドパスを送ろうとした。
 後藤が離れて空いているはずの由麒麟のところへ。
 これを、ローテーションで降りてきた柴田がきっちりカットする。

 すぐに藤本へ送った。
 藤本はバックチェンジ一つで高南を抜き去った。
 前には誰もいない。
 ひたすらゴールへ突進して行くと、後ろから手が伸びてきた。
 抜かれても背後から追っていた高南。
 ボールは叩き飛ばされたがこれはファウル。
 笛がなる。
754 :第九部 :2011/10/02(日) 00:09
 簡単に点差を詰めさせてもらえない。
 サイドから入れての次のオフェンスは、藤本がスリーポイントを放つが外れる。
 リバウンドを競った飯田と麻里子様。
 ジャンプした時体が流れた飯田が、麻里子様に体当たりする形になってファウルを取られた。

 しかし、そのエンドからのCHNボールにはプレスをかけて奪い取る。
 そして零度からの後藤のスリーポイント。
 これが決まって十点差。

 「もう一本! もう一本!」
 「足動かして!」
 「ノーファウルで!」

 ベンチから次々声が飛ぶ。
 会場、スタンドからの歓声・怒声も大きく、ベンチの声が文章として単語として、コートの上の選手たちに聞き取れる形で届いているとはとても思えないが、それでも声を出さずにはいられなかった。
755 :第九部 :2011/10/02(日) 00:09
 その中で信田は頭は冷静に働かせて見ていた。
 五分を切ってきたが十点差まで詰めた。
 前三人のプレスは効いている。
 このまま一気に追い詰められるか。
 それならそれで良いが、そうではない時にどういう手が打てるか。

 次のディフェンスはエンドから長いパス一本で突破された。
 優子から麻里子様へ。
 ところがここで初歩的なミス。
 麻里子様フロントコートからバックコートに戻りながらパスを受けた。
 これがバックパスを取られて反則。
 日本ボールに。

 このチャンスはしっかり生かした。
 パスアンドランで走りこんだ石川へ柴田がふわっと入れ、そのままゴール下まで持ち込むと見せかけてのジャンプシュート。
 しっかり決めてついに八点差、一桁まで戻す。
756 :第九部 :2011/10/02(日) 00:09
 CHNエンドから。
 プレスの網にかけてどんどん追いかけたいところ。
 しかしここも長いパス一本で突破された。
 由麒麟が飯田にスクリーンを掛けて麻里子様を外そうとする。
 後藤が飯田とスイッチして麻里子様を捕まえていたが、その受け渡しの判断が少し送れ、由麒麟の方を飯田がフリーにしてしまう。
 そこに長いパスが入った。

 CHNオフェンス。
 時間を使われるのが一番怖い日本代表。
 ディフェンスは厳しく当たって行ってボールを取りに行く。
 外、高南から敦子へのパス。
 石川が飛び込んだのだがかすかに触るだけで奪えなかった。
 届いた敦子へのボール。
 結果的に目の前フリーでスリーポイントを放った。
 きれいに決まり十一点差まで押し戻される。
757 :第九部 :2011/10/02(日) 00:10
 この場面を見て少し考え込んでいた信田。
 ベンチメンバーに対して声を飛ばした。

 「吉澤!」

 本人呼ばれていることに気づいていない。
 スタンドの声と自分たちの声で、中央側にいる信田から、端側にいる吉澤への声はかき消されている。

 「吉澤!」

 もう一段ボリュームを上げて信田が呼んだ。
 本人にまで届いていないが、となりにいる松浦が呼ばれてますよ、と声を掛けた。
 何を呼ばれているのか理解出来ないまま、吉澤は信田の下に駆けつけた。

 「次、飯田と交代」
 「え?」
 「何ふぬけた声出してるんだ。次飯田と交替。入るんだよ」
 「は、はい!」

 プレスの網は効いていた。
 前三人、さすがに慣れている。
 三人の動きがばらばらになることだけが心配だったが、それもなく、強力なディフェンスになっていてその三人をしっかり突破するというシーンは見られない。
 突破されているのは長いパスだった。
 飯田の足が動いていなかった。
 リバウンドを取りに飛ぶ脚力はまだ残っているようだ。
 一方、平面での移動、連続した動きについていけていない。
758 :第九部 :2011/10/02(日) 00:11
 リバウンドは当然大事であるが、ここはプレスをもっと機能させることを信田は考えた。
 長いパスを封じれば、一気にひっくり返すところまでいけるかもしれない。
 それには飯田のところに補強が必要だった。
 今までの選択で言えば代わって入るのは村田だ。
 しかし、信田から見て村田は足で追いかけるタイプの脚力があるようには見えない。
 他の選択肢は?
 そう考えた時に浮かんできたのが吉澤だった。
 センターとしての能力は飯田に劣るし、村田にも負けているだろう。
 だからこそ今の立ち位置になっているのだが、平面を動く脚力は二人より高いと信田は見た。

 吉澤はいそいで上着を脱いだ。
 それからオフィシャルに交替を告げる。
 交替メンバー用の待機椅子がおいてあるのだが、そこには座らなかった。
 立ったまま戦況を見つめる、いや、声を出している。
759 :第九部 :2011/10/02(日) 00:11
 自分がこのタイミングで試合に出ることは考えていなかった。
 この点差での投入は、明らかに敗戦処理ではない。
 ここまで、この大会での吉澤の出番は、リードを拡げてからのクルージング的な場面でしかなかった。
 戦力として当てにされていない、という認識が本人にもあった。

 「吉澤、リバウンドとかゴール下のプレイは根性で何とかしろ」
 「根性ですか?」
 「難しいこと言っても出来ないだろ。だからそこはそんなに期待してない。お前の役割はとにかくボールを追いかけること」
 「ボールを追いかける」
 「今、前から当たるプレスはしっかり効いてる。ただ、長いパスで何本か抜かれてる。飯田が疲れてるってのもあるんだろうし、元々ああいう役割はあまり得意じゃないんだろう。その点、吉澤は体力関係ないし、長いパスを取りにいけるだけの瞬発力はあるはずだ。あと、突破されたとしても、ディフェンスは喰らいついていけ。外に開いて余裕持とうとしてもタイトに当たっていい。麻里子様ならシュートは無い、っていう距離でもな」
 「わかりました。やってみます」
760 :第九部 :2011/10/02(日) 00:11
 信田コーチの指示を受けた。
 このタイミングでわざわざ自分な理由はなんとなく理解できた。
 今の戦況でコートに上がるのが怖くないかと問われれば、怖いというのが正確な解答だろう。
 ただ、怖いと言っていられる場面ではない。
 まだ、試合に入っていないのに、心拍数が上がっているのがはっきりと分かる。

 コートの上では日本代表がボールをつないでいた。
 藤本から柴田へ。
 柴田から後藤へ。

 後藤が外から勝負、はしなかった。
 由麒麟の脇をバウンドパスで抜く。
 中には石川がいた。
 敦子を背負っている。
 ボールを受けてターンし、シュートフェイクを一つ入れてから飛んだ。
 フェイクで上体が上ずった敦子、ブロックに飛ぶのが遅れる。
 石川のジャンプシュートが決まった。
 九点差。

 「ディフェンス! 足動かして!」

 さっきまでと同じように、交替待ちでも声を出す。
 いや、声を出さずにいられなかった。
 黙ってなど見ていられないチームへの思い。
 そういうことではなくて、じっと待っているなんて出来ない、という精神状態だ。
 飛んだり跳ねたり、足を動かし体を動かしながら、落ち着きなく出番を待つ。

 エンドからのCHN
 優子が敦子へ入れて、敦子が優子へ戻した。
 そのパスを奪いにかかった柴田。
 優子と接触して笛がなる。
 きわどいところだが柴田のファウルを取られた。

 レフリーがオフィシャルにファウルの対象者と内容を告げている。
 そして、ブザーが鳴った。
 吉澤投入。
 飯田と交替。

 「気合入れて行きな」
 「はい」

 飯田と両手を力強くぶつけた。

 第四ピリオド残り3分32秒
 89-80
 日本代表9点のビハインド
761 :tama :2011/10/03(月) 07:06
ついに主人公の見せ場か!?
熱い展開ですね。
762 :名無し娘。 :2011/10/08(土) 09:23
ついに来たかっ!長かったw
763 :作者 :2011/10/08(土) 23:53
>tamaさん
見せ場か空気か足引っ張るか、はてさて

>名無し娘。さん
ここからも長かったりして
764 :第九部 :2011/10/08(土) 23:54
 「足動かして」
 「ボール取ったらとにかく誰か探して。すぐに前にね」
 「長いパス結構来るから」

 吉澤が入って行くとメンバーたちが声を掛けてきた。
 なんでおまえが、というような反応はない。

 藤本、柴田、石川。
 この三人はプレイヤーとして考えた場合、吉澤にとって雲の上の人間だった。
 石川、柴田との出会いは、一読者と雑誌の表紙写真、という関係だった。
 伝統ある名門校のキャプテン藤本だって、創部四年目全国大会出場二回の松江にいる吉澤からしたら比較になる相手ではない。

 「結構、スクリーン使ってくるよ」

 一方、後藤だけはそういう殿上人たちとは違い、本当の意味で気安さが吉澤から見てあった。
 後藤真希は、バスケ関係なく、単なる同級生である。
 そんな後藤が、普通の調子で情報伝達してくれる姿で、少し落ち着けた。
765 :第九部 :2011/10/08(土) 23:54
 柴田のファウルでCHNエンドから。
 レフリーからボールが優子に渡った瞬間に、CHNのメンバーが動き出す。

 吉澤は麻里子様の背中に手を当てていた。
 視線はボールの方に向けていても動き出しが感知できるように相手のプレイヤーに手を当てておくのはよくやること。
 敦子、高南が激しく動くのと対称的に、麻里子様は動かない。

 「スクリーン!」

 後藤の声。
 由麒麟が自分にあたりに来たのは吉澤も視界に入っていた。
 元々距離がある位置に居たわけでもないし、このシチュエーションではよくあることだし想定内。
 麻里子様の背中が手から離れて吉澤も動いてからが想定外だった。
 壁、の意味のはずのスクリーン。
 その動かないはずの壁が動いた。
 麻里子様だけが抜けて、吉澤の進路が塞がれる。
766 :第九部 :2011/10/08(土) 23:54
 「スイッチ!」

 吉澤が叫んでマークの交換。
 麻里子様の動きには後藤が対処する。
 スイッチ、ではなくて、動いた! と叫んでもいいところ。
 スクリーンの壁役が動くのは本来ファウルである。

 優子は麻里子様へ向けた長いパスを送る。
 あまり良いパスではなかった。
 パスを通したいだけなら、ディフェンスがいない側へ投げて麻里子様へ追わせるべきである。
 ところが、麻里子様がいる位置に向かってボールが飛んだ。
 そこにはマークの受け渡しをしっかりしていた後藤が入り込んで奪った。

 奪ってそのままドリブルで突っ込む。
 ゴールに向かってまっすぐの位置、正面から優子がスペースを抑えようとするが、柴田が背負い込んでスクリーンアウトのような状態。
 両サイドに散ってボールを受けようとしていた高南、敦子も中央をカバーに来られる状態ではない。
 後藤が一人で持ちこんでそのままシュートを決めた。

 CHNベンチがタイムアウトを取った。
767 :第九部 :2011/10/08(土) 23:55
 「行ける行ける!」
 「全部つぶしていこう」

 三分半で七点差になった。
 完全に射程圏内である。
 ガード陣のプレスが効いているから長いパスで逃れようとする。
 長いパスも奪って封じ込めれば、あとは一気にひっくり返すところまで持っていけば良い。
 ただ、問題が一つあった。

 「柴田、下げないからな」
 「はい。分かってます」

 柴田。
 前三人の中ではベンチで休んでいる時間が一番長かったので体力的にはまだ何とかなっている。
 問題は、ファウルだった。
 さっきの吉澤投入直前のもので四つ目。
 後一つで退場である。

 早い時間帯なら、一旦下げて勝負どころまで温存するものであるが、勝負どころは今、下げられるはずもない。

 「藤本、石川。きついと思うけど、一分耐久レースだと思え」
 「一分?」
 「三分半あると思うときつくなるかもしれないけど、タイムアウトが後一回づつあるから、一分ごとに休めると思って何とか頑張れ。三分半持たそうと考えるな」
 「問題ないです。行けますって」

 リードしているなら時間と体力の配分を考えるところだが、7点ビハインドでプレスで当たっていて、ペース配分もなにもない。
 最後は体力じゃない、気力だ、というのが滝川スタイルである。
768 :第九部 :2011/10/08(土) 23:55
 「オフェンス、普通で良いから。あまり時間掛けないに越したことはないけど、普通でいい。二点づつで十分な。ディフェンス、セットになったらとにかくボールに圧力掛けて。余裕持たすな。早い選択を強要しろ」

 信田コーチの指示は以上だった。

 「よっちゃんさん、体力余裕あるでしょ」
 「おうよ」
 「オフェンス、セットになったら動き回って引っ掻き回して」
 「とにかく動けば良い?」
 「うん。適当に。悪いけど、よっちゃんさんで勝負って選択は多分あんまりないから。ごっちんと石川が中に入っていけるスペース作るのに引っ掻き回して」
 「分かった」

 点を取るのは後藤と石川。
 藤本の中でそういう仕組みになっている。

 「足動かしていこう」
 「切り替え早く」
 「ピックアップ早くね」

 それぞれ声が飛ぶ。
 行ける、という雰囲気でタイムアウトが終わりコートに戻って行く。
769 :第九部 :2011/10/08(土) 23:55
 メンバーチェンジ後すぐにタイムアウトがあったことで、逆に吉澤はゲームにはいっていけた。
 さっきのワンプレーを体験して戻ってきて、しっかりと指示を受けて再度コートに入る。
 スクリーンが本来ならファウルだった、ということもあるが、数秒だけのワンプレー、自分が足手まといにはなっていなかった。
 状況判断がしっかり出来て、マークの受け渡しを要求し、それに応じて後藤も動いてボールを奪いそのまま得点につながった。
 ほんの五秒ほどの出来事だ。
 その五秒の動きを頭の中で再生し、悪くなかったと自己認識する。

 総合力としては敵味方合わせた十人の中で確かに落ちるかもしれない。
 だけど、残りほんの三分半ならある程度気持ちで押し切れるんじゃないかと自分の中に期待感がある。
770 :第九部 :2011/10/08(土) 23:56
 タイムアウト明けはCHNのエンドから。
 メンバーは変わっていなかったが、構成が少し変わっていた。

 高南がエンドに立っている。
 さっきまでは優子が入れていたボール。
 その役割が高南に代わって、優子はコートの中。
 タイムアウトで与えられた指示なのだろう。

 試合の後半、長いパスでワンパス速攻を出そうと高南が何度もしていたのは吉澤も覚えている。
 自分がやるべきは、その長いパスを奪うこと。
 とにかくどんな形でも良いから奪い取る。

 そう考えて待つ吉澤だったが、麻里子様、由麒麟はあまり動かなかった。
 レフリーから高南にボールが渡されて、CHNのガード陣は動き出す。
 パスはすぐに入った。
 高南から優子へ。
 柴田がついてはいるが、抑えるということは出来ていない。
 藤本が挟み込みに来るまで動きを封じておく、ということも出来ず、優子がドリブルで上がっていきそれに付いて行く、という形。
 ファウル四つの柴田、強い当たりに行けない。
771 :第九部 :2011/10/08(土) 23:56
 優子は一人でハーフラインを突破して持ちあがった。
 日本陣内で三対三の情勢。
 吉澤がゴール下まで突っ込んできそうな勢いの優子をケアしてゴール近くにポジションを寄せると、優子は外にパスを捌いた。
 サイドに開いた麻里子様。
 この試合、この位置から麻里子様がシュートを打ったケースはない。
 緩慢な動きの麻里子様に、吉澤が激しく当たる。
 ボールを頭上に上げ取られないようにするが、そこにも吉澤は手を伸ばす。
 ガード陣の上がりを待ってパスを戻したいという意思があったはずだが、吉澤のしつこさに根負けしたか麻里子様はドリブル突破を選択。
 距離がない、びた付きのディフェンスは半分ずらすだけで抜き去りやすいが、元来外から勝負するプレイヤーではない麻里子様、エンドライン側から勝負するが吉澤は付いて行く。
 麻里子様、体勢を崩しボールをファンブルした。
 こぼしたボールは吉澤の左足すねに当たる。
 堅いところに当たって跳ねたボールがエンドを割った。
772 :第九部 :2011/10/08(土) 23:56
 「ナイスディフェンス! ナイスディフェンス!」
 「くらいついて!」

 流れが来ている。
 そう、日本ベンチは感じている。
 スタンドからの怒声もすごいが、日本ベンチも負けていない。

 エンドからのCHNボール。
 優子が由麒麟に入れる。
 由麒麟は突破を試みたがワンドリブルで諦めてパス。
 逆サイド、敦子への長めのパス、ここにゴール下にいた吉澤が飛びついた。
 右手で弾くがキャッチ出来ない。
 こぼれたボール、飛んだ先には高南。
 拾ってそのまま麻里子様へ。
 ボールを取りに飛び込んでいた吉澤はゴールサイドを抑えることが出来ておらず、麻里子様の簡単なシュートが決まった。

 九点差。
 すぐに一本返したい、というオフェンス。
 自分に出来ることは動き回ること。
 藤本の指示だ。
 そうだろう、と吉澤は納得していた。
 麻里子様と真っ向勝負してそれほど確率が高い気がしない。
 自分のところが一番勝率が低そう、という見立てに反論できる実績は持ち合わせていない。
773 :第九部 :2011/10/08(土) 23:57
 自分に出来ることはサポートだ、
 動き回る。
 正確には、動いて止まって動いて、と緩急はつけた。
 止まる、が一瞬入る方がトップスピードでひたすら動くより効果的だ。

 ただ、藤本の指示は吉澤が動き回って中で勝負できるスペースを作って、であったが、勝負は外で決まった。
 ボールを持った石川、マッチアップの敦子。
 敦子に柴田がスクリーンを掛ける。
 それを使ってドリブル突破、という全体をフェイクにして石川はスリーポイントを放ちきれいに決めた。

 一本決めれば前から当たれる。
 やはりCHNは高南がエンドから入れるようだ。
 今度も長いパスは選択せず、ボールは優子へ。
 ただ、柴田も無意識を押さえ込んで今度は厳しく当たっている。
 正面を向かせずに横への動きのままドリブルを開始させて、サイドライン際まで追い込む。
 藤本が追いかけてサイドラインも使って囲む。

 優子は苦し紛れに高南へ山なりのパスを戻す。
 これを石川が身長差を生かして奪い取った。
 着地して振り向きながらジャンプシュート。
 流れるような動きだったが、流れすぎていてもう一人の動きに気づいていなかった。
 高南だったらとどかないところだが、その後ろから追いかけてきてブロックに飛んだのが敦子。
 ブロックショットがギリギリ間に合う。
774 :第九部 :2011/10/08(土) 23:57
 ルーズボール。
 打った石川自身とシュートとブロックで蚊帳の外にされた高南が追う。
 一度コートに落ちて跳ね上がったボールを手にしたのは同時。
 石川と高南のボールの奪い合い。
 決着が付く前に笛がなり、ボールの保持者が決まらないジャンプボールシチュエーションである、と判定され、ルールてきに順番でここはCHNボールとされた。

 またCHNエンドから。
 タイムアウトの時の指示なのか、高南は長いボールは使わない。
 三回目、また同じ選択をした。
 高南から優子へ。
 優子はさっきよりもまずい選択をした。
 コーナーへ引きながらボールを受ける形。
 捕まえてください、と言わんばかりの動きである。

 柴田は前を塞ぎ、すばやく藤本も囲みに来た。
 裕子はピボット踏んで耐える。
 その持っているボールを引き剥がそうと、柴田も藤本も手を伸ばす。
 パスの出し先はない。
 レフリーの笛が鳴った。

 ラインクロスか? 五秒オーバータイムか?
 日本ベンチはそう期待したが、レフリーは、柴田を腕で指していた。

 「松浦!」

 信田が呼んだ。
 レフリーのコールの前だが、松浦を呼んだ。
 柴田も覚悟があったのだろう、苦い顔しながらも手を上げている。
 日本語ではない言葉でレフリーがオフィシャルに柴田のファウルを告げ、場内にもそれらしいことが日本ベンチには理解出来ない言語でアナウンスされていた。

 「松浦、そのまま入れ。柴田のところ。プレス継続」
 「はい」
 「勝負して来い」
 「はい!」

 やばい、心臓がバクバク言ってる。
 松浦は、そう感じていた。

 残り二分四十二秒 91-85 CHNリード
775 :第九部 :2011/10/15(土) 22:48
 緊張している、というのが自分でも分かる。
 こんなの初めてだった。
 なぜなのか、自分でも分からない。
 試合でこんなに緊張したことはない。

 「後は任せるよ」
 「はい」

 何か言われたから、とりあえず返事をした。
 改めてスコアボードを見る。
 CHN 91-85 JPN
 2:42

 CHNが中国で、JPNが日本だということが分かれば、点差と残り時間は理解できる。
 点を取らなきゃいけないんだ。
 そう、思った。
 自分は、是永さんのように出来るだろうか。
776 :第九部 :2011/10/15(土) 22:48
 「ディフェンスそのまま!」

 信田コーチが指示を出している。
 藤本と石川が松浦のところに歩み寄ってきた。

 「ボール入れるの変わるかもしれないけど、マッチアップはそのままで対応しよう」
 「そうだね。高南が今のまま入れるなら今のままで。優子が入れるならマッチアップそのままでミキティが高南、あややがエンドで優子につく」
 「はい」

 藤本と石川、二人を交互に見ながら松浦はうなづいた。

 「最後は気持ちだよ気持ち。自信持って、足動かして」
 「はい」
 「はい、ばっかじゃなくてなんか言いなよ。いつもの生意気口で」
 「はい」
 「ああ、もう、大丈夫か? しっかりしろ」
 「リバウンドは私入るね」

 石川がそう言って離れて行く。
 日本代表のチームファウルが規定数に達しているので、CHNにフリースロー二本が与えられている。

 「オフェンス、無理打ちしないでいいからね。まだ十分追いつける。とにかくプレスにはめてれば一気にひっくり返せるから」

 松浦は、もう一度スコアボードを見た。
 六点負けている。
 そしてフリースローが相手に二本という状況。
 点を取らなきゃいけないんだ、と思った。
777 :第九部 :2011/10/15(土) 22:48
 優子のフリースロー二本。
 二本ともしっかり決めてきた。
 これで八点差。

 エンドから吉澤がすぐ入れる。
 藤本が受けて持ち上がる。
 高南びたつき。
 それを引きづったまま上がって行く。

 ゴール下まで、というのは厳しそうだったので外へ開く。
 石川が後から駆け込むが敦子が付いていて入れられない。
 その後、猛然と走ってくるのが吉澤。
 麻里子様が必死にボールサイドを抑えていて結局入れられない。

 その吉澤がゴール下を通って藤本と逆サイド、石川の側へ向かった。
 敦子にスクリーン。
 石川がそれを使って中に入ってくる。
 藤本がボールをぴったり入れたが石川が受けたのはゴール真下。
 流れでそのままゴール位置は感覚だけで把握してバックシュートを放ったが、きれいに叩かれた。
 麻里子様のブロックショット。

 大きくはじき出されたボールは松浦の頭上に飛んできた。
 優子が奪おうとしてジャンプするが届かない。
 松浦自身がジャンプしてやっと確保。
 そのままもう一度飛んでジャンプシュートを放った。
778 :第九部 :2011/10/15(土) 22:49
 シュートは長くなりボードにまで当たって跳ね返る。
 向こう側、敦子が拾う。
 敦子から高南へ。
 優子も上がり、高南優子と藤本松浦で二対二。
 高南が持って持って持って持ち上がって優子へパス。
 フリースローラインを少し過ぎたゴール右サイドで受けた優子はボールを受けてそのままジャンプシュート。
 と見せかけて松浦をブロックに飛ばし、その横を抜けてゴール下、レイアップシュートを決めた。

 残り二分を切ろうかというところでまた十点差、二桁まで開く。

 「すぐ! 入れて!」

 藤本が呼び、松浦がエンドからボールを入れる。
 また、高南を引きづったまま藤本が上がって行く。
 今度は先に三人が上がっているという状況。
 石川へパスを落とす。
 石川から吉澤へ。
 吉澤は激しく動きながらも全体をよく見ていた。
 すばやく優子が引いたのに対して遅れて上がってきた松浦が空いている。
 そこへボールを戻した。
 やや距離があるがボールを受けた松浦はそこからスリーポイントシュートを放つ。
779 :第九部 :2011/10/15(土) 22:49
 軌道は大分ずれていた。
 ゴール左側に当たり、急角度急速度で飛んで行く。
 飛んだ先には藤本と高南。
 不意に飛んできたボール、高南がキャッチできずに右手に当ててこぼし、その後ろ藤本の手元へ。
 さっと振り返って藤本の動きを封じようとするが手遅れ。
 ワンドリブル動いて外しジャンプシュートを決めた。

 「ディフェンス! ここ! 足動かして!」

 藤本が叫ぶ。
 エンドに出たのは高南。
 すぐに敦子に入れたがこれは石川が左手で叩いた。
 キャッチは出来ず、弾き返しただけでエンドを割り、もう一度CHNボール。

 今度は高南は優子へ入れた。
 そのままドリブル。
 松浦はコースを塞ぎきれない。
 無理にボールを取りに行ってファウルを取られた。

 日本ベンチがここで最後のタイムアウトを取った。
780 :第九部 :2011/10/15(土) 22:49
 皆、息が上がっていた。
 三十八分休みなしで来た藤本は当然のこと、ここ数分プレスで前から足を使い続けている石川も肩で息をしながらベンチに戻ってくる。
 代わって入ってすぐのはずの松浦さえも息が荒かった。
 すぐに呼吸が元に戻ったのは吉澤くらいなものだ。

 「時計止めていこう」

 信田が言った。
 時計を止める。
 相手ボールになったらファウルでもいいから止めに行って、ファウルになったらなったら時計の進みが止まるからそれでよし、という戦術である。
 ファウルゲームと呼ばれる。

 「プレス自体は効いてるから、一つの流れで一気に行けるから。プレッシャー掛け続けて」
 「ボール持ったらシュートまで早くね。それでリバウンドは全員飛び込む」

 残り時間が少なく、ある程度の大きさのビハインドがあって、でも逆転不可能ではない状態。
 そういう時に誰もが取る、普通の戦術であり、普通の指示だった。
 ここまで来ると、もうそれしかない、という感覚だ。

 その、当たり前の指示、当たり前の声掛けを、タイムアウトの間中日本ベンチは続けた。
781 :第九部 :2011/10/15(土) 22:50
 優子のフリースロー二本。
 しっかり決められて十点差。

 すばやくエンドに出て吉澤が入れる。
 藤本へ。
 高南がスローダウンさせる。
 自分で運ぶのは時間がもったいないと藤本は石川へ繋いだ。
 とにかく早くシュートまで。
 その意識はあるのだが、当然CHNもそれはわかっている。
 敦子が離れない。
 松浦へ戻す。
 松浦はハイポストに入った吉澤へ入れた。
 吉澤、勝負よりも外、上がってきた後藤へ戻す。
 流れでカットイン、を警戒した由麒麟を相手に、後藤は外からスリーポイントシュートを放つ。
 これはリング手前に当たって跳ねた。
 スクリーンアウトをしっかりした麻里子様が拾う。

 サイド、すぐに敦子へ。
 敦子が自分で持ちあがろうとするところを石川がファウルで止めた。
782 :第九部 :2011/10/15(土) 22:50
 残り時間が三分を切ってから、時計の進みが遅い。
 一旦六点差まで迫ったところから追い詰められない。
 場内の歓声を向こうに、アウェーの日本代表の空気は重くなってくる。

 敦子のフリースローが二本。
 一本目が入って十一点差。
 二本目はリング奥に当たって手前に落ちた。

 リバウンド。
 吉澤が拾う。

 「はい! スタート!」

 藤本が呼んだ。
 すぐに出す。

 スティールに飛び込んだ高南、届かなかった。
 ボールを受けた藤本、前には誰もいない。
 松浦に付いていた優子が藤本の側をケアしに来る。
 持ち上がりながら二対一。
 松浦の方を見ながら見ながら見ながら、結局最後までパスは出さなかった。
 一人でゴール下まで進んでレイアップを決めた。
 九点差、一桁まで押し戻す。
783 :第九部 :2011/10/15(土) 22:50
 CHNはゆっくりと戻ってきた。
 残り時間が二分を切ると、点を取られた後のエンドからのシーンでは時計が止まる。
 ゆっくり戻ってきて、各自が所定の位置についてから、高南が藤本がエンドにセットしたボールを拾う。

 同時に動き出した優子、きれいに松浦を振り切った。
 サイドから弧を描きながら中央へ走りこむ優子に高南がパスを入れた。
 藤本の小脇を抜くバウンドパス。
 走りながら受けて優子はドリブルで上がって行く。
 松浦は振り切られていてファウルも出来ない。
 上がって三対二。
 ボールをケア、ゴールに近いところをケア。
 その意識で後藤と吉澤。
 ところが優子は、サイドに開いた麻里子様へ送る。
 ゴール下抑えていた吉澤が麻里子様へ近づくと、上の優子へ戻す。
 シュートまで持って行かず、ディフェンスを振って時間を使う。

 もう一度麻里子様へ送った。
 吉澤が近づくと、上がってきた敦子へパスを送るが、少しレイト気味になりつつ吉澤は麻里子様の手を叩いた。
 ファウルで時計を止める。
784 :第九部 :2011/10/15(土) 22:51
 残り時間五十九秒。
 麻里子様はフリースローを二本決めてついに100点に乗った。
 100-89

 追い込まれてきていた。
 点差的にも、精神的にも。
 諦めたら試合終了ですよ、は身に染みて知ってはいるが、諦めなくてもやがて試合が終わることも知っている。
 それを知っていると、諦めがちになるものだ。
 諦めまい、と意識すると、感情が前に出て細かな状況判断が効かなくなる部分もあり一長一短である。

 麻里子様の決まったフリースロー。
 吉澤はすぐに拾い上げてエンドから入れた。
 送った相手は藤本。
 藤本は一人で持ちあがった。
 とにかくシュートまで。
 気持ちが先走っている。

 こういうときは得てしてミスをしがちであるが、藤本はボールコントロールは過たず高南を引き連れたまま持ち上がった。
 ただ、判断が正しかったかどうかは分からない。
 周りを見ればフリーのパスの出し先があったかもしれない。
 それでもゴールまで突進した。
 相手の気迫に思わず体が反応したのが高南。
 ムキになって止めに行く。
 藤本がシュートまで持ち込む前に手が出てファウルを取られた。
785 :第九部 :2011/10/15(土) 22:51
 気持ちが先走るというのは他のメンバーも同じ状況だった。
 とにかく点を取らないと追いつけない。
 それが頭にあり、シュートセレクションを考えずにとにかくシュートまで持って行こうとしている。
 エンドから入ったボール、セットオフェンスでまわして崩す、という展開にはならなかった。
 入って、横パス一本出して、受けた後藤がスリーポイント。
 リズムのないシュート、入らない。
 リバウンド、大きく跳ね飛んだボールは石川がもぎ取る。
 崩れた体勢、目に入ったところにいた松浦へ送った。
 松浦の正面には優子、それでも気にせずそのままジャンプシュートを放つ。
 これも決まらず、今度はリバウンドを麻里子様が確保した。
 吉澤がすばやくファウルで止める。

 この麻里子様のフリースローは一本目だけ決まり二本目は外れた。
 リバウンド、吉澤が拾って藤本へ。
 藤本、さっきと同じように一人で持ちあがって行く。
 今度はさっきとは少し違い、ゴール下まで突進はしなかった。
 スリーポイントラインで止まりシュートを放つ。
 これも外れた。
 リバウンド、というよりルーズボール。
 藤本自身と高南の二人で追った。
 先に藤本が奪ったところに高南が当たってファウルを取られる。
786 :第九部 :2011/10/15(土) 22:52
 CHNベンチがブザーを鳴らした。
 ファウルが続いた高南を下げて峰南を入れてくる。
 同時に優子を下げて指子を投入した。

 「ディフェンスからディフェンスから! シュートの後、ディフェンス止めればいけるから!」

 藤本がメンバーを鼓舞する。
 残りは三十五秒で十二点差。
 それでもプレスに引っ掛ければ逆転まで持っていけると藤本は信じようとしている。

 実際には、一番つかれているのが藤本だった。
 四十分間休みなしは両チーム通じて藤本だけだ。
 それでも、この時間帯はこういうものだ、という覚悟がある。

 「ピックアップしてコース入って五秒取ろう」

 呼応したのが石川。
 ディフェンス、というのは本来石川はそれほど好きなわけでもない。
 一対一ならまだしも、こういう組織の歯車的なディフェンススタイルは好みじゃなかった。
 でも、それよりも、負ける方が嫌いだ。
787 :第九部 :2011/10/15(土) 22:52
 藤本のフリースロー。
 しっかりと二本とも決めた。

 エンド、指子がボールを持つ。
 峰南に藤本、敦子に石川。
 入れる先がない。
 由麒麟、麻里子様と上がっているところへ送ろうにも、後藤、吉澤が罠を張って待っている。
 苦し紛れに出したのは、走った敦子への山なりのパス。
 石川を越えて向こう側の敦子へ、という意図。
 こういうパスへの対処は頭の中で準備していた石川、ジャンプ一番奪い取る。
 ただ、取られる、と分かった段階で敦子はすぐにディフェンスに回った。

 石川へすぐのシュートを許さない。
 結果、パスを回すことになる。
 三本回った後、後藤がスリーポイント。
 外れて跳ね飛んでリバウンド。
 拾ったのは指子だった。

 ボールを取りに行った松浦、振り切られる。
 他は誰ももどれていなかった。
 指子のワンマン速攻。
 藤本が追うが、初動時の距離が大きすぎた。
 一人で運んで簡単なレイアップを決める。
 自陣に戻りながらジャンプしつつ右手でガッツポーズ。
 試合全体の1%ほどしかプレイ時間のない指子のこの喜びように、スタンドも沸いた。

 「ちくしょー! 指子のくせに!」

 追っていた藤本、自分の両太ももをバンと叩いてそう叫ぶ。

 続いて戻ってきたのは石川だった。
 本来その役割は担わないのだが、エンドから石川が入れる。
 藤本が運んだ。
788 :第九部 :2011/10/15(土) 22:52
 最後のセットオフェンス。
 最後だからしっかり一本崩して決めよう、というものではなかった。
 とにかく早くシュートまで。
 時間も無い。
 藤本から松浦へ。
 松浦、シュートの構えだが指子が激しくディフェンス。
 ハイポすと入ってきた後藤へ入れる。
 後藤は外、石川へ戻す。
 石川構えると敦子がブロックに飛ぶ。
 ワンドリブル、横にかわして改めて構えシュートを放った。

 スリーポイント。
 ようやく決まった。
 94-103
 残り三秒。

 もう時間がない。
 それでも前から当たる。
 指子は長いパスを入れる。
 麻里子様へ。
 このボールを吉澤がもぎ取る。
 そのままドリブルで上がる。
 ゴール正面、スリーポイントラインの位置まで来たところでブザーが鳴った。
 構えて放ったシュート。
 きれいに決まったがノーカウント。

 タイムアップ。
 103-94
 CHN48が日本代表を下した。
789 :第九部 :2011/10/15(土) 22:52

790 :第九部 :2011/10/15(土) 22:52

791 :第九部 :2011/10/15(土) 22:53

792 :第九部 :2011/10/22(土) 23:10
 三位に入れば世界選手権の出場権を取ることは出来る。
 でも、三位を目指してここへ来たわけではなかった。
 目指すは優勝。
 この大会で優勝するために来たのだ。
 アジア予選を通過する、という意識では来ていない。

 でも、世界選手権の切符の大切さは頭では皆分かっていた。
 その切符が賭かった試合は明日である。

 誰も口を開かない帰りのバス。
 この大会、ムードメーカーやってきた吉澤も黙っていた。
 試合に出ていなければ、無理にでも盛り上げようとしたところだが、今日は自分自身が最後の場面で当事者になっている。
 無邪気に騒ぐなんて真似はとても出来ない。

 もう一人のムードメーカー久住。
 一人では無理だった。
 空気を読む、というよりは空気に呑まれて黙り込んでいる。
793 :第九部 :2011/10/22(土) 23:11
 藤本は窓の外を見ていた。
 特に興味のある風景と言うわけでもない。
 異国の町並みではあるが、同じ道のりをもう何度も往復している。
 ただ、視線をバスの外へ向けていたいだけだ。

 四十分間出ていたのは藤本だけだった。
 同じ量の練習をした帰りのバスだったら疲れ果てて眠っていただろう。
 いまは、神経の方が高ぶっていてそんな状態にはない。

 ショックな負けだった。
 最終的な点差は九点。
 一桁点差の競った試合に競り負けた、という見方もスコアだけ見れば出来る。
 藤本の受け取り方は違った。
 雑魚相手に十四点のリードまで行ったところから1.5軍が出てきてハーフまでに追いつかれた。
 後半、一軍勢ぞろいであっさり逆転されてあとは必死の抵抗をしただけだ。
794 :第九部 :2011/10/22(土) 23:11
 なによりも103点という失点が理解出来ない。
 富岡にだってそんなに点を取られたことはない。
 中学に遡っても、試合時間が短いこともあって、そんな百点ゲームでの敗戦なんて経験のないことだ。
 この自分が、四十分間試合に出て、マンツーマンで相手のガードについているのに、百点ゲームで負けた。
 しかも出だしは雑魚相手で一軍揃ったのが後半だけなのに。

 自分がマッチアップの高南にそれほど負けているとは思わなかった。
 自由にやらせてしまったというイメージも残っていない。
 なんだか分からないけれど、いつの間にかひっくり返され、いつの間にかリードを広げられ、もがいてももがいても追いつけない状態になっていた。

 自分ひとりが負けたわけではないというのは頭ではわかる。
 落ち込んでいる場合ではなく、明日のもう一試合が大事だということも分かる。
 でも、どうにも今日の負けは頭から離れて行かない。
795 :第九部 :2011/10/22(土) 23:11
 松浦は窓側に寄りかかり目を瞑っていた。
 毎日同じメンバーで乗り込むバス。
 指定席というものはないが、自然と誰がどこに座るかは決まってくるもの。
 暗黙の了解で隣の通路側には福田が座っている。

 いつでもべらべらしゃべっているような松浦でも口をひらなかった。
 目は瞑っているが眠っているわけではない。

 松浦は、他のメンバーと比べれば負ける経験は結構豊富にあった。
 百点ゲームの負けだってこれまで振り返ればそれなりにある。
 高校のチームだっって今年に入ってからはそれなりに強いような気がしてるけど、去年なんかは県大会すら勝ち抜けないチームだった。
796 :第九部 :2011/10/22(土) 23:12
 ただ、チームが負けるのはいつもひとのせいだった。
 まあ、自分はやるべきことはやった、でも、足を引っ張ったやつがいた。
 そんなことが多い。
 傍から見れば違うのかもしれないが、松浦の自己認識としては、これまでの経験はそういうものだった。

 今日は違う感想だった。
 バスケを始めてから初めてのことかもしれない。
 自分が足を引っ張ったかもしれない、という認識がある。

 最後の場面、負けている状態で投入されてそのまま負けたのだから、負けている状態を作ったメンバーが悪い、という部分はある。
 でも、頭で考えてあれこれ理屈をこねる前に、松浦の本能が認めてしまっていた。
 ぎりぎりの局面で投入されて結局何も出来なかったというのが、松浦の中の事実だ。
 力を発揮したけれど足りなかったというのとは少し違う。
 何も出来なかった。

 自分のせいで申し訳ない、という感情は無かった。
 ただ、無力感がある。
 自分はこんなもんだったのか、という感覚。
 意識して今日の試合を振り返ろうとしなくても、頭の中で勝手にリプレイが流れている。
 みじめだ。
 自分のいるチームが負けた、というのではなく、自分は負けたんだ、という感情が沸きあがる。
797 :第九部 :2011/10/22(土) 23:12
 相手が強かった、というのとは何かが違った。
 相手がどうこうというところまで行っていない。
 いや、友朕を相手にしている間はなんてことなかったのだ。
 後半、相手が代わってから一気に状況も変わった。
 そして途中で外されて、最後の最後にコートに戻った。
 外される前もひどかったが、最後に戻ってからがもっとひどかった。
 悔しい、というよりも情けなかった。
 あんなことなら出ない方が良かったのだ。

 柴田さんが最後まで出ていたら勝てたのだろうか?
 そんなことはもう一度やってみないと分からない。
 でも、プレスは効いていた。
 チャンスはあったんだろう。
 それをぶち壊しにしたのは、やっぱり自分なんだろうか・・・。

 自分が足を引っ張るとか、そんなことは断じて認めるわけにはいかなかった。
798 :第九部 :2011/10/22(土) 23:12
 吉澤にとっても、それほど珍しい負け方ではなかった。
 バスケを初めて二年半。
 ぼろぼろの惨敗を喫することもそれほど珍しいことでもなかった。
 百点ゲーム負けだって何度もある。
 この半年は結構勝っているが、それでもバスケを始めてからの通算の勝率は六割とかそんなもんじゃないだろうかと思う。

 でも、大事なところで負けたんだな、という実感はあった。
 そういう経験も結構ある。
 自分がこのシュートを決めれば勝ち、という試合のラストで外し、その負けによって上の大会へ進めなかったということだって一度ではない。
 今日はそうではなかったけれど、喪失感という意味ではやはり大きかった。
799 :第九部 :2011/10/22(土) 23:13
 終盤、突然呼ばれて試合に使われた。
 まったく想定していなかったけれど、その割りには何とかそれなりにはやれたような気はした。
 ただ、それは、実力的にその水準に十分達していたというのとは多分違う。
 ああいう追い込まれた場面でコートに立つということに対しての耐性があったということなんだろうと思った。
 前から当たるプレスで、ディフェンスはボールをとにかく追いまわせが役割で、オフェンスは外が中心になっていて自分はおまけ、という立場だ。
 四十分トータルを考えると、イレギュラーすぎて能力水準を計るには無理がある。
 ただただチームのために、出来ることをやる。
 それだけで夢中だったから、実力として通用したという実感を持った、というところにはとてもとても至っていない。

 その当たりは割と冷静に捉えていた。
 それもあって、チームとして大事な試合に負けたという喪失感はあるが、負けたら上へ進めないという試合は明日あるんだ、という認識は吉澤の中に残っている。
800 :第九部 :2011/10/22(土) 23:13
 バスはホテルまで戻りついた。
 いつもの場所だ、言われなくても着けば分かる。
 誰が何を言うでも無く、扉が開いて一人一人荷物を持って降りて行く。
 動きが起これば多少会話は起きる。
 あ、ごめん、先いいよ、飲み物忘れてる、エトセトラ。
 でも、ただそれだけで、ワイワイ雑談、とはならない。

 明日の試合に向けてのミーティングは明日の朝食後ということになった。
 さっきの今だ、明日の戦術がどうこう言っても頭に入らないだろう、という信田の判断だ。
 ロビーにて、今日はこれで解散というところだったのだが、飯田がそれを引き止めた。

 「選手だけでミーティングやろう」

 誰からも、賛同の声も反対の声も上がらない。
 飯田が続けた。

 「特に反対の声もないみたいだから三十分後ね」

 そう言って時計を見て、改めて時刻を告げる。
 やはり、メンバーたちの反応は薄かった。
 それでも、自分の時計や携帯を見て時間を確認しているものもいた。
801 :第九部 :2011/10/22(土) 23:14
 信田は、悪いなという感じで飯田の肩を軽くたたいた。
 今必要なのは、もう一度戦う気力を起こすことであって、試合の戦術どうのこうのというところではないだろう。
 そう思っていても、信田の立場だと短時間でどうにかするのは少し難しい部分を感じていた。
 あれこれ言っても、偉い人の訓示になってしまう。
 偉い人に頑張れと言われたから頑張る、というのは今のこの状況で起きる流れではないだろう。
 同じ立場の人間で話をする、というのが一番良いだろうな、と信田も思った。


 三十分後、荷物を片し、人によっては部屋着に着替え、人によってはジャージ姿で、メンバーたちは会議室に集まった。
802 :第九部 :2011/10/29(土) 23:35
 ここのところよく使っている部屋だった。
 日本なら、畳引きの広い部屋というのが合宿所にはありがちだが、上海の中級ホテルではそうはいかない。
 椅子と机が並んだ会議室スタイルだ。
 明日の対戦相手について確認する、という目的のミーティングを行ってきた部屋なので映像設備はあるが今は使わない。
 前にテレビとホワイトボードと、それに向かい合う形で並ぶ座席。

 飯田はまず、集まったメンバーに座席の並べ替えを命じた。
 自分が前に立って、一同がそれに向かい合って、前に立つ人間の話を聞く。
 そのスタイルはここではいらない。
 真ん中にテーブルを二つ並べて、それを囲むように椅子を置かせた。
 中に机はあるけれど、それをメンバーが囲んで輪になるスタイルである。
 本当は、畳の上に車座に座るが理想だったけれどこれで手を打つことにする。

 誰がどこに座る、というのも特に設定はなかった。
 何日も同じ場所で同じメンバーで開いていたミーティングは、いつの間にか自然と座席が固定されてくる。
 中央最前列に石川がいて、隣に柴田が座り、吉澤は最後列で藤本が並び反対側に久住、右の真ん中列に福田と松浦が並び、と指定席でもないのに遅れた一人の席もいつのも場所が空いていたりする。
 それが今日は違って、本当に適当に座ることになった。
 誰それの隣がいい、というのもなく、机と椅子を並び替えたときのタイミングで自分が居た場所に座る。
 吉澤は別に石川の隣に座ろうと思ったわけではないし、まして松浦は高橋の隣に座ろうなんて思ったわけではないが、その場の流れでそうなった。
803 :第九部 :2011/10/29(土) 23:35
 「みんな、今日はお疲れ様」

 場の空気は明るくはない。
 ただ、少し時間を置いたことで真っ暗お通夜ということもなくはなっていた。
 誰もが理性のレベルでは明日もう一試合ありそれが大事な試合だというのは分かっている。
 どうするべきか、というのは分かっていて、でもそうする気にはなれないというところにある。

 「CHN強かったね。でも、うちもやれるとこまではやったと思う。って言いたいんだけど、もしかしたらそうでもないのかもしれないな、っていう気は圭織もちょっとはしてるんだ。キャプテンとしてじゃなくて、圭織個人としてね。最後代えられちゃったし。プレスで当たってるのに足が動いてなかったっていうのがたぶん吉澤に代えられちゃった理由だと思うんだけど、そこは、もうちょっと気持ちで何とかするべきだったのかなって思う。今日の試合振り返ってって意味じゃそれだけじゃないけどね。麻里子様と自分で比べて、自分が足りないのは何かとか、そういう反省もいろいろあるんだ。だから、長い目で見ればこういう試合を出来たことは大事で、この負けは忘れちゃいけないんだと思う。でも、まず、今大事なのは明日なんだよね。明日勝つか負けるかで大違いだから」

 飯田は思ったところを語った。
 今日の試合の感想。
 それを述べた上で、明日のことを話す。
804 :第九部 :2011/10/29(土) 23:35
 「だから、明日まで引きずらずに、今日で一回リセットして欲しいんだ。明日。三位決定戦っていうか敗者復活戦ていうか、どっちでもいいけど、とにかく明日勝てばもう一回世界への道がつながるからさ」

 今日負けたことで、この大会の優勝はもうない。
 でも、明日勝てば、アジア地区の予選を勝ち抜いたという意味で先の大会へ?がり、世界一への道は残ることになる。
 飯田はどこまで話すというのを決めて話しているわけでもない。
 話しながら周りの様子をも見ながら、言葉が出てこないようならまだ話す、というような流れでここまで来た。
 そのちょっと中途半端な間を取っているところで、村田が拾って続けた。

 「一回負けたら終わりってわけじゃないんだよね。予選リーグもそうだったでしょ。もちろん優勝はなくなっちゃったんだけど、でも、一つの流れとしてみて世界選手権の切符を取るってのが大事なことなんだよね」

 村田自身も中盤試合に出ていたが、それでもメンバーの中では比較的冷静に試合を振り返ることが出来る立場にはいた。
 しっかり戦力として試合に出て、最後の最後の負けた瞬間にコートの上にいたわけではなく、何か大きなミスをして代えられたわけでも無く、かといって予想以上の働きをしたわけでもない。
 そんな村田の言葉に、最初から最後までコートの上にいた藤本が腕を組んだまま反論した。
805 :第九部 :2011/10/29(土) 23:36
 「一つの負けってそんなに軽いもんじゃないと思うんですよね」
 「もちろんそうだけど」
 「そうだけどじゃないですよ」
 「だから、それはわかってるけど」
 「むらっち、聞こう。藤本の話し。言いたいことは言った方がいいよ今は」

 飯田が村田を抑えて藤本に振った。

 「負けたんですよ。分かってますか? 初日に韓国に負けて、その上また負けたんですよ。それで凹むなとかありえないじゃないですか。みんな甘いと思うんですよ。美貴も甘かった。韓国に負けた後、ホントに思ってましたよ、なんかまけた気しないって。それがもう大甘でした。試合で負けといて負けた気しないなんて何様だって感じですよ。その辺の甘さが今日も出たんですよ。最初様子見で入ったじゃないですか。意味不明な連中が出て来たからって。そんなことせずに最初から百パーセントで入ってぶっちぎるべきだったんですよ。実際にはそうしたらメンバーチェンジが早まっただけかもしれないですけど。で、途中も後半も最後も甘い甘い。後半とか終盤とか、足きついにきまってるじゃないですか。きついから動けない走れないってどこのガキだよってはなしですよ。情けない。みんな、気持ちに甘さがあったんですよ」
806 :第九部 :2011/10/29(土) 23:36
 「うん。藤本の言うとおりかもしれない。圭織には甘さがあった。それは認めるよ」
 「それに、気持ちだけの問題じゃないですよ。みんな分かってますか?序盤雑魚相手に十点以上リードしてたのに最後あの結果なんですよ。ハンデもらって、エースが出てくるのなんて後半の途中からで、それであの結果ですよ。気持ちの問題だけじゃなくて実力的にも全然ダメだったってことですよ。それで凹まないとか忘れて明日とかありえるわけないじゃないですか」

 最初は背もたれに寄りかかっての、のけぞり腕組み体勢で話していた藤本だったが、途中から身振り手振りを交えて前のめりで話していた。
 熱く語る藤本に答えたのは、今日はまったくコートにたつことも無く、明日も絶対コートに立つことがない平家だった。

 「それはそうだよな。力が足りなかったのは認めて受け入れないといけないでしょ。それは忘れちゃいけないし、悔しいって気持ちも忘れちゃいけない。でも、それはそれとして明日勝たないといけないってのも確かなんだよ。藤本の気持ちは分かるよ。分かるって言うか、それくらいに思える方がいいんだろうと思う。藤本自身も言ってたけど、負けた気しないとかいってぽわーっとしてちゃだめなんであって、でも、明日勝たないといけないんだよ。どんだけ凹んでようと。それはわかるでしょ」
 「それは、まあ」
 「今日の負けを忘れようなんていわないよ。でも、明日勝つために力を尽くそうって、そういうことよ」

 平家の言う言葉はおかしくはないしそれはそうなんだろうけれど釈然としない、という顔を藤本はしている。
 負けたら終わりのトーナメント世界に生きる高校生と、それを卒業したリーグ戦世界に生きる大学社会人との違いが出てきている。
807 :第九部 :2011/10/29(土) 23:37
 「平家さんの言うことは分かるんですけど、でも、悔しいんですよ」

 今度は石川が言った。
 三人の大学社会人の中では平家が一番石川にとって話しやすい相手だ。

 「敦子は気分やだから乗せるなって言われて、本当はそれだけでもむかついたんですよ。私は気分が乗った敦子にだって勝って見せるって。なのに全然ダメだった。ボール持つ前に勝負決められてたりとか、こっちは一対一では抑え切れなくても周り使って止められたりとか、シュートが打てないわけじゃないんだけど確率低いし。なんでこれくらいって思うんだけどだめだった。めちゃめちゃ悔しいですよ。あんな情けない負け方して。明日がどうのこうののまえに、とにかくもう、悔しいんですよ」
 「石川の場合は、なんていうか八つ当たりするなにかがあればいいんじゃないか? 小春、今晩相手になってやって」

 久住は口で答えずに、ぶんぶんぶんぶんと首をしきりに横に振っている。
 藤本が割って入った。

 「認めたかないですけど、石川のそういう感覚が正常なんだと思いますよ。韓国に負けたときも石川、部屋で荒れてたって聞きましたけど。それ聞いて、ったくダメな奴だって思ったけど、やっぱ今にして思えばそれが正常なんですよ。負けた気がしないなんて言ってた美貴がおかしい」

 さっきほどの身振り手振りはないが、ふんぞり返った腕組姿勢でもなくなっている。
808 :第九部 :2011/10/29(土) 23:37
 「今日も最初から最後までそういう姿勢でいたのって石川だけなんですよ結局。美貴も甘さがあったし。しっかり点とってしっかりディフェンスして役に立ってたかっていうと違うけど。でも、気持ちの面では石川が一番しっかりしてたと思う」
 「ミキティー、うれしい、認めてくれるの?」
 「おまえ、そんなことより敦子をもっとしっかり止めろよ。その前に麻友友のときからかなりやられてたじゃねーか。一番最初の雑魚はさすがに止めてたけど。なんで止めらんねーんだよ。つーか、美貴もだけど。高南だって、実際それほどいうほどすごくなかったじゃねーか。それがなんで百点ゲームなんだよ。意味わかんないんだけど」

 認めたということを本人相手には認めなくて文句垂れ流しになっているが、前半の文脈はどうとっても藤本は石川のことを認めていた。

 「藤本は普段ディフェンスメインのチームにいるからああいう展開は慣れてないかもしれないけど、点の取り合いっていうゲームだったからね。百点ゲームで負けたってとこだけとるとどうしようもない試合だったみたいだけど、うちだって94点取ったわけで。ディフェンスがどうこうっていうとこだけとりだすんじゃなくて、たぶん、十点足りなかったっていうところを見るべきだと思うんだよね」

 平家が引き取る。
 今は藤本の石川に対しての感情の話ではない。
 そこに持って行くと何か違うところへ行き着きそうだ。
809 :第九部 :2011/10/29(土) 23:37
 ここで意外なところから声が出て来た。
 一度も試合に出ることのなかった福田だ。

 「チームの熟成度に差があったと思います。藤本さんが高南と能力的に差があったかって言うと、タイプとして少し違うんでしょうけどでも総合点ではそんなに負けてたとは思えない。石川さんと敦子、石川さんと麻友友にしてもそうです。でも、チームとしてははっきり負けた。平家さんは十点足りなかったっておっしゃるけど、私は藤本さんが言うように、十四点ていうリードを最初にもらっていたのに、メンバーがまともに代わってから三十分で二十三点負けたって見かたをする方が適切だと思います」
 「熟成度って、時間が経てば解決するって言いたいわけ? 明日には解決しなきゃいけないんだけど」
 「解決するかどうかの前に、どこに差があったのかっていう話です。私はそれがチームの熟成度ってところにあったと思います。向こうは時間を掛けて作ってきたチームです。誰がどんな役割をこなして誰がどう動いたら周りはどう動くっていうのが考えなくても出来るレベルまで刷り込まれてたと思います。特に敦子優子が入ってからのメンバーは。高南っていうポイントガード、というよりはリーダーと呼んだ方が相応しい選手を中心にして周りとの連携がとてもよく取れてました。たぶん、実戦も小さなものからたくさん積んできたんだろうと思います。それに対してうちはそういうところが出来てなかった。突然シャッフルされてさあ今年はこれでって言われて今回限りだけど頑張れと送り出されただけです。個人技の集合体であって熟成されたチームじゃない。もちろん藤本さんと石川さんみたいな予想外に分かり合って相乗効果が出てる組み合わせとかはあるけど、でも、作り上げた熟成度はない」
810 :第九部 :2011/10/29(土) 23:37
 一種のチーム批判とも取れるような選抜チームの構造に触れる部分であるが今日の試合を見ての福田の現状認識ではあった。
 藤本はそこよりも、最後のところで余計なこといわなくて言い、という顔をしていた。

 「いいね、若い子もっとなんか言ってよ」

 飯田から見れば高校二年生は十分に若い。
 自分は若いかなあ、と疑問を持ちつつも、後藤が言った。

 「熟成度はどうしようもないよねえ。でも、韓国に負けてもなんか負けた気しないって他人事だったミキティが今日はすごい悔しがってたりとか、チームの一体感って言うの? そういうのは出て来たのかなあって思う。一体感っていうか、自分のチームなんだっていう意識? 後藤もあんまりなかったんだよね、自分のチームっていう感覚が。それと日本の代表だって言う意識。日本の代表ってところはまだあんまりな感じだけど、自分のチームって感覚は出て来たかな。みんなのために頑張ろうって思えるようにはなった。その辺の頑張ろうっていう気持ち? ミキティ風に言えば試合終盤の覚悟とか、そういうのが欠けてたなとは思う。あんまり精神論ぽいことは好きじゃないんだけど、でも、一日で何か変えようとしたら精神論しかないのかなあ、とは思う。気持ちで全部なんとかする、なんて逆におきらくすぎない? って思うからそれだけに頼っちゃうのはたぶんダメだけど、でも、気持ちで結構変わるんだなってのは最近思った」
811 :第九部 :2011/10/29(土) 23:38
 何かを話す、ということで気持ちは代わってくるものなのだろうか。
 負けて悔しいああむかつく、で止まっていたところから、明日勝つために立て直さないといけないんだというような方向へ少しづつ舵が切られている。
 そんな流れに違うところから小石が投げ込まれた。

 「そういう覚悟みたいなもんが試合の終盤に全然見られん人もおったじゃないですか」

 高橋だ。
 彼女も福田と同じで今日は一度もコートにたつことはなかった。
 ただ、福田とは違って最初の二戦はコートに立っている。

 「うん。圭織も日本を背負うとか言っといてあのていたらくで代えられちゃったしね」
 「飯田さんはそこまでも麻里子様とのぶつかりあいとか十分体張ってたりしたしええんです。それよりも体力十分で入っていったのにてんで自分の役割も分かってなかった人とかおったじゃないですか。ふわふわって感じでコートに立って集中もしてなくて」

 また何を言い出すんだこの子は、という周りの視線がある。
 軌道修正しなきゃな、と上級生たちが考えている間に、自意識の強い人間の方が早く反応した。
812 :第九部 :2011/10/29(土) 23:38
 「はっきり言えばいいじゃない言いたいことがあるなら遠まわしに言わないで」
 「プレスで当たってディフェンスから、っていう役割が全然わかってなくてスカスカ抜かれてシュートセレクションも悪くてせっかく追い上げてたのにぶちこわしたんよ」
 「だからはっきり言いなさいよ」

 テーブルを挟んで二人のやり取り、ではない。
 松浦は高橋の隣、伸ばせば手の届くところに座っている。
 言葉の応酬は周りが口を挟む間が無く進んだ。

 「オフェンスしか意識がないのにあんなプレスかける場面で試合に出てあんたがぶち壊したんよ。あーしが出てればもっとしっかりディフェンスできたのに」
 「大事な試合で一度も使ってもらえなかった人間がなに言ってるのよ!」

 松浦が先に立ち上がる。
 釣られて高橋も立ち上がった。

 「せめて気持ちだけでもしっかりしてればあんなにはならんかったのに、集中もしてんでぶちこわしや」
 「うるさい!」

 松浦、手が出た。
 右手でビンタ。
 しかし、高橋は首をすぼめて左手も出して直撃を避ける。
 続いて松浦が掴みかかる。

 「あんたに何が分かるのよ! 一試合目からろくに役に立ってなかったくせに」

 手が出たところで周りも動いた。
 松浦の後ろから里田、高橋には久住。
 つかみ合っている二人を近い席に居た人間が後ろからはがいじめにして、さらに数人がかりで両者を引き剥がす。

 「はっきり言ったらびんたするならはっきり言えとか言うな!」
 「うるさい、べらべらべらべらしゃべって何も黙ってられないくせに」

 引き離されながらも罵りあい。
 もはや試合で云々すらどこかへ行っている。

 松浦の方には吉澤が、高橋の側には柴田が、それぞれ保護者のような役割で寄って来てとりあえず部屋から出した。
 別々の扉から両者を部屋から出したが、二人とも部屋から出ると今度は廊下で鉢合わせ状態である。
 とりあえず、手を出した松浦の方を部屋に戻し、高橋は柴田がついて廊下で待機。
 二人とも部屋に戻そうにも、その二人が同じ部屋である。
813 :第九部 :2011/11/05(土) 23:26
 吉澤は、少し大人しくしてろ、と松浦に言って部屋に置いてきた。
 戻ってくると廊下では柴田がなにやら高橋を叱っている。
 そこの役目は石川さんじゃないのかよ、と思ったが口は挟まずに会議室に入る。

 「どうだった?」
 「とりあえず部屋に置いてきました」
 「おちついた?」
 「んー、なんていうか、ふてくされてます」
 「まあ、暴れるよりはいいか」

 社会人二人に報告。
 吉澤がいない間に明日の試合について云々かんぬんということはさすがになく、待っていたようだ。

 「ったく、ガキなんだから。しょーもない」
 「美貴だって結構あちこちとぶつかってきてたでしょ今まで」
 「はぁ? あんな人のせいにしたり、まして引っ叩いたりなんかしたことないって」

 藤本に里田が絡む。
 まわりはなんとなく、里田の言葉の方が信用できるな、という印象を受けていた。
814 :第九部 :2011/11/05(土) 23:27
 「あの個人攻撃はどうかと思うけど、でも、それ受けて切れちゃうってことは、まっつーも気にしてたってことかなあ」

 後藤が誰に向かってともなくぽつりと言う。

 「あいつ、プライド高いから。それに、あんま負けたことないんだよね。試合でうちがまけることって結構あるけど、あいつが責任感じる負け方ってたぶんいままでなかったから。練習で福田に押さえ込まれちゃうとかそういうのはあったけど」
 「負けてへらへらしてるよりはいいんじゃない?」
 「ガキガキ言ったのは誰よ」
 「美貴だよ美貴ですよ、悪かったね。でも、負けてもへらへらしてたりとかさめざめと泣かれるよりはあれくらいの方がいいんじゃないの? まあ、実際、あの子だけのせいで負けたってわけじゃないけどさ。あの子も責任感じる程度にはダメな部分あったわけで。負けを認めきれないみたいな感じで。美貴はああいうの嫌いじゃないよ」
 「でも、手、上げるのはね」
 「そこが我慢出来ないところはガキだとは思いますけど」

 やがて柴田が入ってきた。
 高橋はとりあえず自分の部屋に置いてきたと言う。
815 :第九部 :2011/11/05(土) 23:27
 「すいません。監督不行き届きで」
 「こっちこそ、うちのガキンチョが手出して申し訳ない」
 「二人とも気持ちは分かるけど、このチームの問題だから、高校の先輩後輩はあんまり気にしないでいいよ。学校帰ってからどんな教育するかはちょっと置くけど。とりあえず怪我とかはなかった?」
 「はい、その辺はなんでもないみたいです」

 柴田と吉澤に村田が言った。
 高校は高校、日本代表は日本代表だ。

 「あの子負けず嫌いだから。今日CHNに負けたっていうよりたぶん、自分が試合に出られなかったってことのが悔しかったんだと思う。それで高橋押しのけて試合に出たあややも後半は出来が良くなかったから。おまえなんか、みたいな気持ちになって。でも、口に出していいことじゃ無いよね」
 「どっちもどっちでガキだな。同じ学年なのになんで、福田明日香だけこう落ち着きがあるかな」
 「美貴よりずっと落ち着きがあって大人だよね」
 「だから、まいはうるさいって」

 福田は困惑した表情でいる。
 吉澤は何か口を挟もうかという風であったが何も言わなかった。
816 :第九部 :2011/11/05(土) 23:28
 「本当はさ、圭織、最後には、チーム一丸となって明日はもう一回頑張ろうってまとめが欲しかったんだよね」
 「チーム一丸どころか仲間割れっすか」
 「茶化さないでよ」
 「すいません」
 「でも、藤本がそうやって笑い飛ばすみたいにしてくれたから返ってよかったかもしれない。

 試合に負けた挙句の仲間割れ。
 雰囲気がさらに悪くなってもおかしくないところだが、そういう風でもなかった。
 また高橋か、みたいな空気は流れているが。
 藤本が茶化したというだけでなく、飯田にしても、心労が増えてというような重いリアクションではなく、困った子供がまったくもう、程度の反応で、切れることも無く、この場に残っているメンバーたちのことはまとめている。

 明日は一丸となってもう一回頑張るよ、と飯田が締めようとすると、藤本が一丸とかどうでもいいけど早々何度も負けてたまるか、と返す。
 ぐだぐだな感じはあったが、それでも、今日の負けをひきづって後ろ向いたまま明日に、という流れは断ち切れたようには見えた。
817 :第九部 :2011/11/05(土) 23:28
 その後、目先の善後策を決めてから解散。
 
 高橋と松浦。
 さすがにこのまま部屋に返して一晩過ごさせるわけには行かない。
 密室キャットファイトでもさせたらええやん、と光井が先輩を舐めた口利くが、上級生はさすがに止めた。
 今現在松浦がいる部屋には、お目付け役として学校の先輩吉澤を送り込むことにする。
 試合にも出て疲れてるでしょうし、明日に差し支えても困るから代わりましょうか? と福田が申し出たが吉澤が却下した。
 疲れを気にするほどは試合に出ていないし、明日に差し支えたら困るのは福田も一緒だという。
 自分の部屋から荷物を運び出し、鍵を高橋から奪い取って部屋へ向かった。
818 :第九部 :2011/11/05(土) 23:29
 呼び鈴は鳴らさずに鍵を開けて入る。
 さてどうしているか、と思いながら入って行くとベッドの上に寝ていた。
 後で起こして布団の中に入れないといけないのかなあ、などと考えながら荷物を置き一息つく。
 松浦が寝返りを打ってこちら側を向く。
 すると、唐突に上半身を起こした。

 「吉澤さん」
 「なんだ起きてたのか」
 「なんだじゃないですよ。どうしたんですか」
 「どうしたって、部屋チェンジ。夜中中けんかされてテレビとか投げて壊されても後で困るからチェンジ」

 どうやら寝てたのではなくただの寝たふりで、部屋に戻ってきた高橋の様子を伺おうとしたら違う人だった、ということのようだ。
 気が抜けたのか、もう一度ベッドに仰向けになる。
 それからため息を吐いていた。
 それなりに気を張り詰めていたんだな、というのが吉澤にも分かる。
819 :第九部 :2011/11/05(土) 23:29
 しばらく吉澤は何も言わなかった。
 移動させてきた荷物の整備がある。
 一式全部持ってきたので、無理やり詰め込んだ中から、明日の試合に必要なものを取り出して仕分けないといけない。
 何も話をしなくても、吉澤としては間は持つ。
 その間、松浦は黙ってベッドで寝ていた。
 眠り込んでいるわけではなさそうである。
 その辺の様子は吉澤は時折伺っていた。

 荷物のまとめが一通り済んで、吉澤は松浦の隣のベッドに座る。
 座るだけで横にはならない。
 横たわっている松浦の方を向いている。
 松浦の方は、先輩がそうやって自分のことを見下ろしているのに気づいているのかいないのか、目を瞑って横になったままだ。
820 :第九部 :2011/11/05(土) 23:30
 こういうのは気が重い、気の進まない作業であるが、立場上言わなくてはいけない場面である。
 吉澤のお説教タイムスタート。

 「まあなあ、あの言い方はどうかと思うし、一人を責めてどうにかなるもんでもないしさあ、かなりむこうが悪いんじゃないかって気は吉澤にもするよ。なあ、だからまあ、松浦の気持ちも分からないでもないけどさあ。でも、なんていうかさあ、その、やっぱ、手は出しちゃダメだろ」
 「だったら中澤先生にも言ってくれますか?」
 「へ? 先生?」
 「あの先生も私のこと引っ叩いてるんですけど」

 吉澤にとって思いも寄らぬ名前が唐突に出て来た。
 ただ、松浦の声色は冗談や茶化して言っているのではなく、不機嫌さが大きな部分を占めてはいるものの真剣なものに聞こえる。

 「うん、まあ、あんまり吉澤からいうのもむずかしけどさ。でも、あれはあれで先生も結構気にしてたみたいよ。自分は教師失格だとか言って酔いつぶれちゃったりとか」

 インターハイ、富岡戦後のロッカールーム。
 コーチの中澤が松浦のことを引っ叩いていた。
 しかもあの時は、今日の松浦のそれとは違い、完全にクリーンヒットして松浦は吹っ飛んでいる。
821 :第九部 :2011/11/05(土) 23:30
 吉澤がどう言葉を繋ごうかと思案していると、松浦がむくっと上半身を起こし、それでも吉澤の方は見ずに言った。

 「あの時の私も、今日の高橋愛みたいな感じだったんですか?」
 「へ? あの時?」
 「へ? じゃなくてさっきからちゃんと聞いてくださいよ。二度も言いたくないんですから。はたから見て、あの時の私は今日の高橋愛みたいに見えたんですか?」

 そういうことを考えて見ていなかったな、と吉澤は思った。
 少し考え起こしてみる。
 さっきの出来事とインターハイの時の出来事。
 答えは明快だった。

 「確かにあんな感じだったな。一人の人間を責めて、言葉も選ばず」
 「そうですか」

 いつもアクション大きめな松浦が、無表情に答えるだけだった。
 どんな感想を持ったのかは一見しただけでは分からない。
 でも、吉澤は、そういう質問を松浦がしてきたというだけでも考えるところがあったのだろう、とそれ以上の説教はこの場で続けてしても仕方ないかなあ、とも思う。
 ただ、一方で、今しっかり分からせた方がいいんじゃないかという想いもある。
822 :第九部 :2011/11/05(土) 23:31
 吉澤が黙り込んでいると、松浦の方が口を開いた。

 「いいですよ、認めます。今日の負けは松浦のせいでした。紺野ちゃんに言われましたよ。チームの負けを自分の責任だと背負えるのがエースなんだって。是永美記さんもにたようなことを言ってた。だからいいです。今日の負けは松浦のせいでした」
 「おまえ、それ、?がってるようで?がってないぞ」
 「私の中ではしっかり?がってるからいいんです」

 なんて不遜なやつなんだ、と吉澤は思った。
 松浦が言っているのは、このチームのエースは自分である、というのと同義である。
 高校ならともかく、ここはU-19とはいえ日本代表だ。
 ポジションの重ならない飯田や藤本は横に置いたとしても、石川柴田がいるこのチームの中で自分がエースという意識でいるのは吉澤から見ればどう考えても不遜である。
 でも、それがあややだよなあ、とも思った。
 ここで、ごめんなさいもうしません、私が悪かったです、とか涙を流して反省するようでは逆に心配になる。
 どこまで本気で言っているのかはわからないけれど、そこに突っ込むのはやめようと思った。
823 :第九部 :2011/11/05(土) 23:32
 「それはそれでいいけど、しっかり謝っとけよ」

 松浦は無視してベッドに横たわり吉澤に背中を向けた。
 まったくもう、と思いつつ言葉を足す。

 「おまえが、試合で一度も使ってもらえなかったくせにって言った時、福田がすごい顔してたぞ」
 「明日香ちゃん?」

 松浦、反応する。
 吉澤の方をしっかり向いた。

 「あいつが試合に使ってもらえなくて苦しんでるの、おまえだって分かってるだろ。それなのに、あややの口からあんな言葉が出るんじゃあいつ傷つくって、なおさら」

 松浦はうつむいている。
 めずらしく、本当に悪かったと思っている、と外からも分かるような態度だった。

 「あれは、信田さんが悪いんですよ。明日香ちゃん使わないから」

 思いなおしたように顔を上げて明るく言い放つ。
 吉澤はそんな松浦にため息吐きつつ言った。

 「そこで人のせいにするなよ」
 「だって、そうじゃないですか。信田さんが明日香ちゃんを使わないのが悪い」

 全然理屈になっていない。
 吉澤も、まともに相手するのがめんどくさくなってきた。

 「おまえ、似てるよやっぱ。高橋愛と」
 「一緒にしないでください」

 ふてくされてまた松浦はベッドに転がって吉澤に背中を向けた。
824 :第九部 :2011/11/05(土) 23:32
 こういうやつだよこいつは、と吉澤は思った。
 とりあえず、どこか一箇所くらいは反省しているような気がするから、今日のところはこれでよしとするか、と吉澤は自分を納得させることにした。

 「明日も試合なんだから、寝るんならちゃんと布団入って寝ろよ、そのまま寝るなよ。チームのエース名乗るんなら」

 松浦はそれには何も答えず、むっくりと立ち上がり洗面所に向かった。
 寝るための身支度くらいはちゃんとしようという姿勢のようだ。
 そのあいだに吉澤は、高橋の荷物をまとめて持って行くことにした。
 なんで私がパシリ状態なんだよ、と思ったが、結構パシリ体質なので素直に受け止めている自分もいた。
825 :第九部 :2011/11/12(土) 23:05
 高橋は吉澤と入れ替わり。
 自然、同部屋は平家ということになる。
 柴田が、自分が面倒見ますと言ったのだが、余計な気まわさなくていい、と平家が却下した。
 柴田だって疲れているはずのだ。
 変な負担掛けたくないという平家の姉心。
 それに、自分がファウルアウトになって松浦が代わって入ったことが一つの原因として?がってくるのだから説教もしづらかろうという見立てもある。

 そんなわけで高橋は平家の部屋にいた。
 高校の二学年先輩。
 自分が入学した時点でキャプテンだった人。
 柴田先輩と比べれば怖さは格段に違う。

 高橋視点でそうなることが分かっているからか、平家はいきなり説教は始めなかった。
 吉澤に鍵を奪われ、荷物は自分の部屋に置いたままで、身一つで平家先輩のところに送り込まれた高橋は小さくなっている。
 平家は何も言わずに冊子をめくっている。
 身動きとれずに暇が増えることが目に見えていたので、今日会場で手に入れてきた大会グッズ類だ。
 公式パンフレットもあるが、それ以外にCHN48ファングッズのようなものもあり、メンバーたちの情報も載っている。
 なぜか投票券とかいうものが付いていたが、投票って意味わかんないし何かの応募に関することの中国語だろうと平家は解釈している。
826 :第九部 :2011/11/12(土) 23:05
 そんな冊子類をパラパラめくりながらも、平家は高橋の様子はちらちら伺っていた。
 優しい気持ちでいるので叱らない、という姿勢ではなく、小さくなっている高橋さえも無視、というのが今の状態だ。
 ぎゃーぎゃーわめいたり、暴れだしたりでもしたら何か言ってやろうとは思うが、小さくなって大人しくしている分には特に何か言いはしない。
 相手が自分なのだから気軽に雑談などし始めることなどできはしない。
 荷物が届くまでは身動き取れないし、ベッドにもぐって寝入るわけにもいかない。
 テレビつけるのも平家がノーと言えば絶対的にノーだ。
 自然、高橋は一人静かに何かを考えることしか出来ない。

 あんなことがあった直後だ、考えることしか出来ない時間を与えられれば、考えることはさっきのことになるはずだ。
 高橋の頭の中まではこと細かく見ることは出来ない。
 それでも、他のことを考えていられるほど視野の広い人間じゃなかろうと平家は思う。
827 :第九部 :2011/11/12(土) 23:06
 平家がジャッジしていいと言われたなら、さっきのけんかは高橋が悪い、とジャッジする。
 試合に負けて人のせいとか、藤本じゃないが、ったくガキなんだからしょーもない、という感想だ。
 本当の意味で責任をきっちり背負ったことがないからああいう発言が出来るのだ。
 そこは、先輩として、自分がきっちり指導するということをしなかったのが悪いという部分も感じる。
 いや、石川にはその辺をしっかり分からせて卒業したつもりだ。
 一年生からスタメンで試合に出ていても、肝心な部分では柴田石川頼りでやっていて、気楽な二年生、という立場でしかないのだろう。
 二年下まで面倒見切れるか、という気がしなくもないが、先輩としての責任というようなものを果たそうかとは思っている。
 村田が高校の先輩後輩とかあまり気にしなくていい、と言っていたが、それとこれとは別なのだ。
 石川柴田と比べればどうしても距離が遠くなるけれど、それでも高橋は自分の後輩だ。
 その不手際は黙って見ているわけにはいかない。
 石川にやらせるべき役割なような気がするが、今日のところは特別に暇だから自分が担ってやろうと思っている。
828 :第九部 :2011/11/12(土) 23:06
 無視して威圧感だけ出して、高橋を縮こまらせて、思考の海に沈めさせた。
 怒られる、怒られる、という恐れは最初はあっただろうけれど、それが何も言われないので少しづつ薄れていって、次にはどこへ思考が向かっているか。
 松浦亜弥むかつく、で堂々巡りしているか、試合に出られなかった自分のところに向かっているか、あるいは、たぶん一度は叱っただろうさっきの柴田に言われた何かを考えているか。

 分からないけれど、平家はちらちらと高橋の様子は伺っていた。
 やがて吉澤がやってくる。
 高橋の荷物を持ってきた。
 中まで入ってくる。
 二言三言話すと荷物を置いて出て行く。
 平家はずっとベッドで枕を背もたれにして座ったまま。
 対応は高橋にさせた。
 扉のところで出て行く時に吉澤が一言言っているのが聞こえた。
 叩いた件については先輩としてわびている。
 ただ、その前の発言についてはどうかと思う、という点を年長者として述べていた。
 高橋が、一応侘びらしきことを述べているのも聞こえた。
829 :第九部 :2011/11/12(土) 23:06
 吉澤が出て行き高橋が戻ってくる。
 ここでようやく平家が口を開いた。

 「ちょっとは頭冷えたか?」

 ずっと黙っていたのが急にそう声を掛けられ、高橋はおびえた顔をした。
 平家はそれが分かったが気にせず続けた。

 「そこ、座れ」

 窓際には椅子がある。
 さすがに床に正座しろとは言わず、その椅子を指差して座らせた。

 「なんであんなみっともない態度取ったのか言ってみな」

 高橋、うつむいて答えない。
 なんとなくそんなリアクションを予想していた平家、そこで畳み掛けて責めることはせずに黙って待った。
 穏やかに待つ、という雰囲気ではなく、黙ってるままじゃ許してもらえないという威圧感を与えながら。
 高橋は、平家のプレッシャーに負けて、訥々と語りだした。
830 :第九部 :2011/11/12(土) 23:06
 「柴田さんがファイブファウルで退場した時、自分かなって思いました。相手小さかったからミスマッチでもないし、前からプレスで当たるってうちの得意なパターンで結構はまってたし。柴田さんで最後までいけたなら柴田さんだと思うけど、ファウルアウトになっちゃったんならそこに入るのは自分だって思ってました。信田さん、うちのメンバーを中心にチーム組んでたし」

 最後の局面、柴田のマッチアップは優子だった。
 優子は柴田と比べれば背が低く、高橋とそう差はない。
 前からプレスで当たると言えば、ディフェンスの堅い滝川と、勝負どころの富岡。
 この二チームのプレスは超強力で各チームのガード陣が二度と受けたくないと感想を述べるもの。
 そのチームの一翼を担っている高橋としては、この試合ここまで使われえていなかったとしても、ここは自分だと感じていた。
831 :第九部 :2011/11/12(土) 23:06
 「なのに、代わって入ったのはあの女で。どれだけ出来るのかと思ったらてんでダメで。ディフェンスが大事な場面で点を取ることしか考えてない。それで取れるならまだしも全然シュートもはいらんで。なんで、なんで、って思いました」

 平家も見ていた限りでは最後の局面、松浦の動きはピントがずれているようには感じた。
 そもそもああいう場面での戦術を理解出来ていないんじゃないか、という感想だ。
 ただ、その結果を見る以前、柴田が退場になった瞬間、誰を投入するかという選択を平家がするならやっぱり松浦を選んでいただろうと思った。
 高橋は、グループリーグまでの出来が悪すぎた。

 「せっかく柴田さんと石川さんで優子も敦子も捕まえて結構追い上げかけられてたのに、あれで全部ぶち壊しで頑張ってそうなったならまだ仕方ないかとも思えたけど、全然集中もしてなかったみたいに見えたし。それで頭に来たから、わーっと・・・」

 高橋は視線を落としたままだった。
 平家の方は見てはいない。
 高橋の言葉が止まったので、平家が口を開いた。
832 :第九部 :2011/11/12(土) 23:07
 「自分ならもっと出来たと思ったのか?」
 「はい・・・」

 小声だが高橋はすぐに答えた。

 「なんで自分があの場面で使われなかったのかは考えなかったのか?」

 今度の問いにはすぐに答えは返ってこなかった。
 平家は先に進めずに待つ。
 じっと見つめて待っていたら、高橋がつぶやいた。

 「昨日までが調子悪かったから」

 昨日、試合としては一昨日までの高橋の出来はよくなかった。
 その自覚はなかったわけではないらしい。

 「韓国戦、負けたよな。私もあんまりたいした出来じゃなかったから人のことどうこう言える立場じゃないけど、多分言うべきだったんだろうな。高橋、あんたの出来はひどかったよ。立ち上がりに前から当たられてぽろぽろやって全然ゲームの組み立てもできずに。それですぐに二桁点差にまでなった。最終的には追いついて延長まで行ったからチャラって考え方もあるけど、チームとしてはそうでも高橋は最初の段階で引っ込んだよな。で、延長まで行って結局負けた。後藤がえらい落ち込んでたっけ。直接的には彼女の責任がないわけじゃないし、見た目にはあれが悪かったってことになりがちだったような終わり方だった。で、誰か後藤のこと責めたか? おまえのせいで負けたんだって」

 平家の問いかけに、高橋はうつむいて首を振って答えた。
833 :第九部 :2011/11/12(土) 23:07
 「そうだよな。落ち込んでたし。じゃあ落ち込んでたから許してもらえたのかってことにもなるけど、そういうもんでもないよな。序盤大きくリードされた原因でもあった高橋、おまえのこと直接的に責めたやついたか?」

 また、高橋は首を横に振る。
 誰も、高橋に対して何かを直接言う人間はいなかった。

 少し、平家が間を置いた。
 部屋に沈黙の空気が流れる。
 高橋はうつむいたままだった。
 じっと平家はそれを見つめている。
 高橋に考え込む時間を与えた後、平家が口を開いた。

 「まず、たとえそれが事実だったとしても言って良いことと悪いことがこの世にはあるっていうのが一つ。次に、事実と言うか問題点と言うか、そういう課題を追求することと人を責めることは違うっていうのが一つ。あとな、自分の責任を棚に上げて人の責任だけ追及しちゃいけないってのが一つある。最後の局面であややが自分のやるべき役割をしっかり理解出来てなかったってのは多分そうだったんだろうと思う。だからそれは問題で、あの子自身は反省しなきゃいけないし、それについて誰かが言ってやっても良いと思う。でもな、それをあそこでああいう形で責めてどうする? かなりみっともなかったぞ高橋。自分は韓国戦の立ち上がり、自分の役割をしっかり理解してそれをこなすことが出来てたか? それが出来てたからって人のこと責めて良いってことじゃないけど、そういう自分の責任を果たせてないのにそれを棚に上げて人を責めるな。今日試合で使われなかったのは、高橋に責任を与えてもそれを果たせないだろうって信田さんが考えたからだぞ、たぶん」
834 :第九部 :2011/11/12(土) 23:07
 高橋は視線を落としたまま何も言わない。
 何を考えているのかは平家から見て分からなかった。
 自分の行っていることに納得しているのかいないのか。
 判断は付かない。

 「それと、高橋。もしあれがあややじゃなくて他の人間だったらああいうこと言ったか? おまえ。たとえばそうだな、後藤とかって年上じゃきついか。ああ久住でいいや。もしくは亀とか。その辺だったら言ったか?」

 高橋は少し考えてから首を横に振って言った。

 「言わなかったと思います」
 「あややだから言ったってことか? それとも自分のポジションを取られたって感じた相手だからか?」
 「松浦亜弥だからだと思います」

 平家は高橋の答えに少し笑みを見せた。

 「おまえ、人の好き嫌い多いよな。聖督の矢口のことえらい嫌ってたし。松江だと明日香のこととか嫌いだろ。国体でやったときこてんぱんにやられたもんな。ていうか、あれか。ガード全般きらいか?」
 「そんなことないです」
 「ミキティとかすきか」
 「あの人は分かりやすいです」

 性格的な部分かバスケのプレイの部分か。
 どちらとも取れる答えだが、高橋は藤本には相性が良い。
835 :第九部 :2011/11/12(土) 23:08
 「そういうライバル心持つのは悪いことじゃないけど、さっきみたいな見苦しい真似はよせ。あれじゃただ弱いものが強い相手が隙を見せた時に咬み付いただけにしかみえない」
 「平家さんは高橋よりも松浦亜弥の方が強いって思ってるんですか?」
 「昨日までの三日間くらいの間はな。インターハイ見た感じじゃお前の方が上かなって感じだったけど。でも、今日の感じだと大差ないかなどっちも」
 「そうですか」

 ようやく顔を上げて平家の方を見て話した高橋だったが、またうつむいた。

 「なんにしても、おまえにはもう少ししっかりしてもらわないと困るんだよ。来年はキャプテンやるんだぞ、たぶん、うちのチームの。私が決めることじゃないからわかんないけど。わかるか? バスケの力量だけじゃないんだぞ、キャプテンやるっていうのは。背負わなきゃいけないものがたくさんあるんだよ。それをあんなみっともない真似して」
 「すいません」
 「あれがみっともない真似だったってことは分かってるのか?」
 「はい」

 このチームとして、ではなくて富岡の先輩として、平家はずっと話していた。

 「よし、おわり。全体的にはもう少し大人になれってことだ。分かったら寝ろ。私と違って高橋も、あややも、他のメンバーも、明日もう一戦あるんだから。まったく、うらやましい限りだよ」

 高橋は立ち上がってから平家に深々と頭を下げた。
 平家は一言付け足した。

 「あややにも謝っとけよ。あれはおまえが悪い」
 「すいませんでした」

 せめて、石川に対しての柴田のように、高橋にも横に付いている存在がいれば良かったんだけどな、と平家は思った。
 二年後輩の誰かの顔が頭に浮かんだような気がしたが、名前がはっきり出てこなかった。
 なんとか琴美だったか・・・。
 あんまり頼りにはならなそうだ。
 富岡の先行きが平家は心配だった。
836 :tama :2011/11/13(日) 07:07
ついに名前まで忘れ去られた小川真琴ww
スタメンで一緒に出てたこともあるのに・・・

それにしても、平家さんかっけーっす。
上司になってくださいm(_ _)m
837 :名無飼育さん :2011/11/13(日) 12:13
このあと石川さんもみっちゃんに延々と説教されたんだろうな
838 :作者 :2011/11/19(土) 23:36
>tamaさん
名前くらいはしっかり覚えてあげてほしいものです。

>>837
先輩風吹かせたがりなわりに面倒見はよくない石川なんですよねえ・・・
839 :第九部 :2011/11/19(土) 23:37
 最終日。
 最終戦。
 勝てば天国負ければ地獄。
 世界への切符を賭けた三位決定戦である。

 相手は、韓国だった。

 準決勝、先に戦った韓国。
 相手は台湾。
 韓国有利と言われていたが最終盤に台湾がひっくり返して勝ち上がって行った。

 台湾の最年少14歳、珠 理奈
 これが大当たりした、というのが一つの理由ではある。
 後半だけでスリーポイント八本。
 尋常ではない。
 当たると手がつけられない末恐ろしい14歳である。

 もう一つの原因は韓国チームの中にあった。
 リードして迎えた後半、主力が二人、立て続けに怪我をしたのだ。
 この試合、日本戦に出ていたメンバーは試合に出ていなかった。
 ジージージージーうるさいよく動くディフェンスと、相対的な高さで台湾を抑えていたのだが、接触プレイでもない場面で立て続けに足首をひねって捻挫、戦線離脱していった。
 どうやら上げ底バッシュを履いていたのが原因なようだ。

 結果として78-80での敗戦。
 珠理奈の逆転スリーポイントでの大勝利。
 CHN48の前座として見ていたファンもこれには沸いた。
 入り待ちでコートサイドにいた藤本あたりは、そこは二点でいいだろ、と冷静に突っ込んでいたが、それを勢いでスリーポイントを打って決めてしまうのが14歳なのだろう。
 おかげで決勝はCHNvsTPEの再戦となる。
 日韓三位決定戦は完全なる前座だ。
840 :第九部 :2011/11/19(土) 23:37
 チームの雰囲気は悪くはなかった。
 昨日の今日。
 吹っ切れない部分もありそうなところであるが、違う変な問題が夜に持ち上がったので、それも薄れていた。
 松浦と高橋。
 当人同士は完全なシカト状態である。
 謝れよ、と昨晩それぞれに言った吉澤や平家もそれには何も言わない。
 二人が同時にコートに立つということもないだろうし、そこは試合後に持ち越しとした。

 韓国チームのスタメンはどうなるか?
 日本の首脳陣は当然その検討をおこなうことになる。

 韓国はここまで二つのチームを使い分けてきていた。
 日本戦に出てきたメンバーと台湾戦のメンバー。
 どちらのチームにも混じるのはソニンだけだ。
 後は完全に分離している。

 台湾戦タイプのメンバーはその試合で二人怪我で離脱していた。
 日本戦に出てきたメンバーではジヨンが思いがけないことをしている。
 グループリーグが終わった後の休養日に帰国したのだ。 
 何をしに?
 大学受験である。
 戻っては来たが強硬日程過ぎて影響が未知数だ。

 さて、どちらが出てくるか。
 信田は、また同じメンバーが出てくるだろう、と予想した。
 昨日、主力が二人怪我をし、さらに最終盤に逆転負けした構成で出てくることはないだろうという推測だ。
 別の選択肢を持っているのなら、そちらを選びたくなるのが自然だろうと信田は考えた。
841 :第九部 :2011/11/19(土) 23:38
 一方、日本代表。
 初戦と同じスタメン、という選択肢はない。
 平家が怪我で離脱している。
 また、高橋も不調で前日、スタメンから外したのだ。

 昨日負けたのは日本も同じ。
 では、日本に別の選択肢があるのか?
 そう問われると、ないな、という自問自答が信田の頭の中で行われた。

 昨日負けたのはいろいろな原因がある。
 相手が強かった、これは認めないといけない。
 でも、何とかなる試合だったとも思っている。
 相手は完成したチームでこちらが発展途上であるという差が出た試合。
 でも、個人の能力としてそんなに差があったとは思えない。
 最後だって一つ違っていればどう転んだか分からないところには持ち込んでいた。
 結果論だけど、自分は最後に判断ミスをしたと信田は思っていた。

 最後、なんで松浦だったのか?
 記者からの質問も出た。
 前から当たるのは滝川や富岡のお家芸。
 柴田がファウルアウトになったのなら高橋で良かったのではないか?
 信田はそれに対して、高橋は調子を落としていたので使わなかったと答えている。
842 :第九部 :2011/11/19(土) 23:38
 その答えは自己弁護でしたものではない。
 理由を問われたからその理由を答えただけだ。
 その判断は間違っていたとは今でも思っていない。
 あの場面で松浦を投入したのは多分間違え立ったのだろうけれど、高橋を投入しなかったのは間違えだと思っていない。

 そのときには浮かばなかった選択肢。
 帰りのバスに乗り込むときにたまたま視線がぶつかって気が付いた。
 福田でよかったんじゃなかろうか。

 あの場面欲しかったのは、前からのディフェンスをしっかりと出来る人間だった。
 直接付く相手は優子。
 それほど身長がある相手ではない。
 あの時点での柴田のところ、二番ポジションの代わりは松浦か高橋。
 緊急避難的に石川や後藤を上にスライドさせて里田を投入、くらいのことまでは視野を広げて考えたつもりだった。
 その中からの選択が松浦。
 瞬間的な判断、ではなくて、さすがに柴田がファウル四つになったところでそれくらいまでは考えていた。

 福田という選択は視野にまったく入っていなかった。
843 :第九部 :2011/11/19(土) 23:39
 福田に出来るのは一番ポジションだけ。
 そういう意味でつぶしが利かない。
 あの時点では藤本がダメになった場合だけの選択肢、という発想しかない。
 しかし、ああいう限定的なシチュエーションでは福田でも良かったんじゃなかろうか。

 柴田と比べれば大分身長は低い。
 しかし、マッチアップで付く優子と比べれば、もちろん低いは低いがそれほど大きな差ではない。
 求めているのは前からのディフェンスでボールを運ばせないことであってオフェンス面はほぼ関係ない。
 極端な話し、セットオフェンスを組むことを想定していないし、もし組むことになったとしても藤本石川後藤で何とかすれば良い。
 ああいう場面で投入されてやるべきことは何なのか?
 そういうことを間違える人間では福田はないだろう。
 バスケットボールというものの理解度はこのチームの中でも随一だ。
 ああいう限定的なシチュエーションであったのだから、ポジションにこだわらず投入すれば良かったのだ。
 吉澤、という存在を脳裏に思い浮かべられたのに、なぜ福田が出てこなかったのか・・・。
844 :第九部 :2011/11/19(土) 23:39
 そういう思いを持ちながら、信田はメンバーたちのウォーミングアップの光景を見ていた。
 一つの問題は、試合に出られないことで気持ちがチームから離れていないか。
 それがある。
 福田の姿からはそれは判断できなかった。
 元々、ベンチにいてもチームを鼓舞するとか、そういうタイプではない。
 腐っているから淡々と、というものでもなかろう。
 いつでもそうなのだ。

 吉澤が脳裏に浮かんだのはその辺のところなんだろうか、と思った。
 明らかに意識して盛り上げ役をやっていた。
 その姿は信田の眼にもはっきり入っている。
 それをアピールと呼ぶのは違うと信田は思うが、でも、チームの中での存在感としてそれははっきりあるのだ。

 だからそれをしない福田が悪い、という問題ではない。
 そういう表層的な部分だけからしか自分が感じ取ることが出来ず、采配ミスをした。
 それがいまの認識だった。

 今日の相手は韓国。
 昨日と同じシチュエーションというのは十分にありえるだろう。
 同じでないにしても競った試合になるのはほぼ間違いない。
 15枚の手持ちの駒をどう生かすかで、自分の未来も変わって来るし、駒たちの未来も変わってくる。
 そう、駒は15枚あるのだ。
 それを忘れずにいようと思う。
845 :第九部 :2011/11/19(土) 23:39
 大会最終日。
 7位決定戦、5位決定戦と終えての3位決定戦。
 決勝の前の試合。
 第三国での日韓戦。
 観客は増えてきていた。
 前座として見るにはちょうど良い。
 ホームでもアウェーでもなく中立。
 CHNはもちろん応援するのだけど、サブで日本の誰それ、韓国の誰それがいい、という見かたをするものも多い。

 アップという顔見せを終え、一旦ベンチに下がり軽いミーティング。
 その後、スターティングメンバーが発表されてコートに上がって行く。
846 :第九部 :2011/11/19(土) 23:40
 チームジャパン スターティングメンバー
 No.4 飯田圭織
 全試合通じてのスタメン。
 最年長、キャプテンとして、時折ボケを交えながらもチームを支えてきた。

 No.6 藤本美貴
 序盤は途中出場、北朝鮮戦以降、重要な試合ではスタメンを掴みその後は一度もベンチに下がること無くチームを引っ張っている。

 No.7 石川梨華
 なんとなくエースナンバーな7番
 出場時間はチーム最長。チーム内得点王。痴漢容疑のある因縁の韓国戦、無罪放免を勝ち取るために負けられない。

 No.10 後藤真希
 迷いながらも続いて行く試合。自身が敗因だと認識している韓国との再戦。
 たまには頑張っちゃおうかな、と思う。みんなのために。

 No.11 柴田あゆみ
 地味ながら全試合スタメンの一翼を担ってきた。
 本当は華があるのに損な役回りを引き受けることが多いが、だからこそ首脳陣からの信頼も得ている。
847 :第九部 :2011/11/19(土) 23:40
 「圭織が一番歓声が小さかった気がする。なんか納得行かない」
 「つーか、誰か観客に石川の本性教えてやれよ。このだらしない女の」
 「なんなのよ。試合前に」

 飯田と藤本が石川に絡んだ。
 緊張感抜けすぎな気もするが、堅くなっているという部分はないようだ。

 一方の韓国代表もスタメンがコールされる。
 ギュリが最初に入ってきて、初戦と同じメンバーかと思ったら一人違った。
 ソニン。
 強行日程をこなしたジヨンをスタメンから外してソニンを入れてきた。

 「ヨロシク」

 センターサークルに両者並ぶと、ギュリが一歩出て日本語で握手を求める。
 飯田がそれに答えた。

 「今度は勝つ」
 「マケナイヨ」

 韓国はチーム内の争いも熾烈だ。
 日本相手に二戦二勝となれば、台湾相手に負けたメンバーと国内での扱いには大きな差が出来る。

 勝てば天国負ければ地獄。
 三位決定戦の舞台が幕を開けた。
848 :第九部 :2011/11/27(日) 00:01
 ここでスタメンが巡ってくるとはソニンは思っていなかった。
 ここまで全試合途中出場。
 逆に、全試合出ているのはソニンだけでもある。

 今日もそういう扱いだろうと思っていた。
 スタメン発表の時、いきなりである。
 何の前触れもなかった。
 大学受験で一旦帰国とか意味不明だもんな、とは思う。
 でも、それでも、メンバー固定で戦ってきたチームにいきなり放り込まれる。
 途中交代は慣れっこだが、スタメンというのは想定外だった。

 日本戦だからかな、と思った。
 初戦、自分はそれなりの結果は出したと思っている。
 マッチアップは後藤真希だった。
 他のフロアメンバーについての情報は豊富に持っていた。
 しかし、後藤に関しては直接対戦したこともないし、強いチームにいるわけでもないので知識がなかった。
 せいぜい、弟は最初からいない、という自分の人生にはまったく関係ないことを知っていたくらいだ。

 その後藤真希が今日もマッチアップの相手である。
849 :第九部 :2011/11/27(日) 00:02
 初戦と日本代表のスタメンも違っているが、途中の構成ではこういう場面もあった。
 韓国サイドとしても誰に誰を付けるかは迷い無く決めることが出来ている。
 藤本-ギュリ 柴田-スンヨン 石川-ハラ 後藤-ソニン 飯田-ニコル
 初戦は似たような身長に戸惑って、ポジション判別が付かずマッチアップに悩んでいた日本代表も、再戦となる今日は当然のように役割は分かっていて、そこに混乱はなかった。
 後藤も、迷い無くソニンをマッチアップとして認識している。

 マッチアップをそれぞれ捕まえてみて、よく初戦に勝てたな、とソニンはいまさらながらに思った。
 個人の能力の単純な足し算なら多分日本のが上だ。
 勝てたのは、チームとしての熟成度と、高さを中心に優位点で戦ったことと、自分たちは韓国であり相手が日本であるという意識、このあたりが理由だろうか。
 自分には後藤真希相手にチームとしての熟成度は関係ないし、高さは変わらない。
 ただ、自分は韓国代表の一員であり、日本代表は敵だった。
 そして、自分とは、存在しない何かを挟んで向かい合うような位置に入るような気がする後藤真希という人間には負けてはいけないと思った。
850 :第九部 :2011/11/27(日) 00:03
 立ち上がり、じっくり攻める韓国と、早い展開を目指す日本という構図になった。
 韓国代表のスタメンが告げられたのは今朝だ。
 昨日の台湾戦の負けは別のチームが負けたもの。
 ソニン以外の四人プラスジヨンの意識はそれに近いものだ。
 そういう意味で敗戦のショックはあまりない。
 ジヨンも含めた六人で簡単なミーティングを昼食後に持った。
 高さを生かすべきだろう、というのが共通認識だった。
 高さ、途中どこかでは入るであろうジヨンやインサイドのソニンやニコル。
 そういうことではなくて、外だけど高さがあってミスマッチになるだろうギュリを中心にしよう、という意思統一。
 ギュリ自身がポイントガードであるが、ゲームコントロールをしつつ、自分が中に入ってボールを受けて勝負する。
 それを前提とした組み立てをしようというもの。

 うまく行かなかった。
 藤本がうまくついている。
 中に入られる場面では前を抑えて裏はインサイドのプレイヤーがカバーする。
 滝川山の手のキャプテン。
 ディフェンス能力は日本一、というのと同じ意味かもしれない。
 身長差がある相手の抑え方も頭に入っているし自然に体は動くのだろう。
 それに、試合前からこれくらいのことは想定されていたのだろう。

 韓国が点を取るのは、そのギュリを抑えるために裏をインサイドの後藤や飯田がケアせざるを得ず、そこから離れたソニンやニコルがミドルレンジからシュートを決めるという展開が多い。
851 :第九部 :2011/11/27(日) 00:03
 一方の日本代表のオフェンス。
 早い展開でシュートまで持って行こうと試みていた。
 藤本、柴田、石川。
 前三枚のオフェンスでシュートまで持って行く。
 後藤、飯田が上がるのを待たない。

 ここも昼の時点でそういう意思決定をしていた。
 特に前三人の意思確認。
 藤本が嫌な顔しながらも、柴田が間を繋いで三人で話し合いをした。
 点の取り合い上等。
 そういうスタイルにあまり慣れていない藤本だが、この試合はそれで行くと納得した。
 セットオフェンスにしてじっくり崩すというやりかたではなく、持ちあがって三人ですぐにシュートまで持って行く。
 出来れば三対二、それがダメでも三対三なら勝負してしまおうというもの。
 信田にそういう意向があって、前三人で打ち合わせの時間を持って具現化する。

 結構うまく行った。
 三対三になる場合はシュートまで無理に持って行ってもあまり確率が高くないが、三対二の形に出来ることがかなりある。
 また、二対二でも良い形でシュートまで持っていけている。
 前三人の切り替えの意識の高さが効いているのと、柴田、石川のシュートも当たっていた。
 藤本プラス一枚で出来る二対二の場面で決めてくることが出来ている。
 藤本自身は十センチ以上の身長差、見上げるくらいの高さの違いがあるギュリが相手なので、シュートはほとんど脅しにしか使っていない。
852 :第九部 :2011/11/27(日) 00:03
 高さに頼りすぎている。
 ソニンはそう感じていた。
 高さで勝負することばかり考えての動き。
 高さを生かすというのはギュリがスンヨンが、本来出来ることの一部でしかない。
 その一部だけで何とかしようとして、すべてが相手に見通されている。
 そんな状態だ。

 それでも同じ形で勝負。
 ギュリが中に入って藤本が前を抑える。
 藤本の頭上を越えるけれどギュリが取れる高さ。
 そういうボールをニコルが送った。
 ここはギュリの裏、ゴールサイドを日本のディフェンスが押さえられていない。
 通れば簡単なシュート。
 それが分かっていた藤本、強引にそのボールを取ろうとして届かず、結果的にギュリにもたれかかる形になってファウルを取られた。

 韓国代表がここでタイムアウトを取った。
 第一ピリオド七分過ぎ、18-8 日本代表リード。
853 :第九部 :2011/11/27(日) 00:04
 ベンチに戻って最初に言われたことはディフェンスについてだった。
 まずスローダウンさせろ、速攻を出させるな。
 シュートを決めて戻る場合は問題になっていなかった。
 リングを通過して落ちたボールを拾って一旦エンドラインの外に出てから中に入れる。
 シュートが入らなかった場合はリバウンドを取ってすぐにパスが出る。
 この、拾って外へ出るというほんのわずかな時間の違いで速攻の形になって二対二や三対二の形にされているかどうかの違いが生まれている。
 シュートが入らない場合でも、まずピックアップして、特に藤本、柴田を捕まえてすばやい攻めを出させるな、という指示だった。

 オフェンスは、しつこく続けろ、というベンチの指示だった。
 実際に、タイムアウトの場面ではパスが通れば簡単なシュート、そうはならずにファウルをもらえた、という状況だった。
 しつこく続けていれば穴が開く、という見立てだ。
854 :第九部 :2011/11/27(日) 00:04
 「たまには外からも混ぜないの?」

 ソニンがギュリに振った。
 ギュリ、??? という顔をしている。

 「ワンパターン過ぎるから読まれてる。もっといろいろ出来るでしょ」

 ギュリから色よい反応はなかった。
 所詮、仲間内以外の意見は無視なのか、と思った。
 タイムアウトの終わりを告げるブザーが鳴った。
 ベンチに座っていた五人、立ち上がる。
 コートに戻りつつギュリがソニンに言った。

 「デキルヨイロイロ」
 「なんで日本語」
 「ソンノハングルキキトリニクイデス」

 今頃そんなこと言われると思わなかった。
 所詮は付け焼刃の韓国語。
 決してうまくはない自覚はないではない。
 でも、だったら早く言えよ、とも思ったが、思い返してみれば、それほど自分が韓国語を話す場面はなかった。
 浮いているから話さなかったのか、話さないから浮いているのか。
 鶏が先かタマゴが先か。
 そんなことを考えている場面ではなかった。

 「外からも普通にやってみろよ」
 「ソノツモリデス」

 桜華でメンバーに告げるように、普通に日本語で話してみた。
 韓国語で話すより、ギュリの応答は速かった。
855 :第九部 :2011/11/27(日) 00:04
 目論見通りの展開で序盤にリードした。
 早い攻めでどんどん点が入るというのは気分が良いものだ。
 柴田と石川、自分がボールを運んで、フィニッシュにはしっかり攻撃力のある二人を使うというシチュエーション。
 これで点が入って行くのだから楽しくないわけがない。
 堅守速攻は滝川の目指すバスケであるが、堅守はともかく速攻は完成していなかった。
 二対二や三対三の場合はキープをして味方の上がりを待つ。
 それが滝川のやり方だ。
 自分が使う二人が柴田と石川なら、そこで待たずにシュートまで持っていける。

 ディフェンスも相手の顔ぶれからすれば想定の範囲内だった。
 でかい奴にああいう動きをされたときの対処は心得ているつもりだ。
 タイムアウト前のファウルは余計だったけれど。
856 :第九部 :2011/11/27(日) 00:05
 タイムアウト明け。
 どこを変えてくるかと思ったらオフェンスが代わっていた。
 ギュリが中に入ってこない。
 うまく行っていなかったのだから、まあ、そういうこともあるだろうと思う。
 ボールが何本か回った後、十五度くらいの位置に降りているギュリへ。
 中のソニンに入ってまた戻る。
 もう一本中に入った。
 藤本はそれをケアしようと動くと、また戻される。
 今度はギュリがドリブルを突いた。
 突破はさせない。
 そう、前を押さえ込んだらジャンプ。
 ブロックに飛ぶタイミングはそれほど遅れてはいなかった。
 しかし、元々の高さが違う。
 この、長めのジャンプシュートを決められた。

 後藤がエンドにすぐ出てボールを入れようとする。
 藤本にはギュリがついていて入れられなかった。
 柴田へ。
 柴田が持ちあがっていくが相手の戻りが早く速攻という形にはならない。
 味方も上がりきってからのセットオフェンス。
 一旦藤本へ戻す。

 こうやってじっくり構えられるとやっぱりでかいな、と藤本は思った。
 日本ではこういう相手は動きが緩慢で、ボールキープがたやすく抜き去るのも簡単というイメージだ。
 外からのシュートにこだわることさえしなければ高さに怖さを持つ必要はない。
 でも、ギュリは違った。
 きちんと速い。
 壁がそのまま藤本のスピードについてくるようなものだ。
857 :第九部 :2011/11/27(日) 00:05
 藤本は勉強は出来ないがバスケは出来た。
 世界がどうなっているかなんて視野は持っていないが、バスケの世界がどうなっているかは全体を見渡す視野を持っている。
 周りに駒が揃っているのだから、自分がこういう相手と勝負する必要はない、というのは迷い無く判断できた。
 ハイポストに入ってくる石川へ。

 昨日、立ち上がりはともかくとして、麻友友、敦子、といった当たりとマッチアップしていた石川。
 それと比べるとハラにはそれほど怖さを感じなかった。
 感じた怖さは別のところだ。
 痴漢容疑はまだ恨まれているらしい。
 でも、それはそれ。
 能力がパワーアップするわけでもない。

 あがりながらボールを受けてゴールの方へ向き直る。
 シュートフェイクを入れた後、今来た側に戻るようにドリブルを突いた。
 ハラはさっくりかわす。
 ゴール下へ向かうがぴったりソニン。
 前へ出て来たのでそのまま飛ぶと危険。
 バウンドパスを後藤に落とした。
 左零度、後藤は打とうとしたがソニンが動いた時点で逆サイドのニコルがカバーに向かってきていた。
 そのニコルの横をバウンドパスで向こう側へ通す。
 踏み込みながら受けた飯田、バックボードを使ってしっかり決めた。
858 :第九部 :2011/11/27(日) 00:07
 セットオフェンスになっても日本代表はしっかり加点していけた。
 韓国代表もきちんと内と外を使い分けるようになってからは簡単に止めることが出来なくなってきた。
 タイムアウト後、点差は開かず26-16 日本代表十点リードで第一ピリオドを終える。

 第二ピリオド、日本代表は一気に三人入れ替えた。
 柴田、後藤、飯田を外して松浦、里田、村田を入れる。
 懲罰で松浦、高橋は使わない、という考え方もあるにはあったが、チーム事情はそんな余裕を与えてはくれない。
 その二人をまるっきる使わない、という構成にすると、柴田や石川を休ませるためには久住、亀井で繋がなくてはいけなくなる。
 そういう起用をする勇気は信田にはない。

 「頭冷えた?」
 「何のことですか?」
 「引っ叩くならクリーンヒットさせないと」
 「試合中に後輩をいらいらさせるようなこといわないでくださいよ」
 「あそこはクリーンヒットさせてれば美貴もスカッとしたんだけどな」
 「ひどい先輩ですね」

 いじりトークを交わして、まあ今日は今のところ冷静だな、と藤本は判断する。
 やさしさ、否、パス送って大丈夫かどうかの確認。
 昨日の最終盤のような動きをされては困るのだ。
859 :第九部 :2011/11/27(日) 00:08
 第二ピリオドも点の取り合いという展開だった。
 早い攻め上がりの場面では石川に松浦に、しっかり勝負して決める。
 こういうのは松浦にとっても得意分野だ。
 セットオフェンスは石川が中心だった。
 特に今日は当たっている。

 韓国代表は外のシュートは実際にはないのだが、勝負自体は外からしてくることが増えてきた。
 ゴール下まで抜き去ってくるわけではないのだが、二三歩入ってきてのジャンプシュートが、高さの違いで防げないのだ。
 それを無理にブロックに行って、藤本が意味のないファウルをし、カウントワンスローを取られたりしている。
 ファウルするなら止めろ、と信田に怒鳴られていた。
 そんな外を交えつつ、インサイドでソニンが勝負してくる。
 また、ポジションの割りに中が得意なスンヨンも、マッチアップが松浦に代わってからゴール下にもぐりこんでシュートを決めてきていた。
860 :第九部 :2011/11/27(日) 00:08
 一進一退。
 九点リードでの日本代表オフェンス。
 スンヨンのミドルレンジからのシュートのリバウンドを拾った里田。
 すばやく藤本へ送り速攻へ動こうとするが、ギュリに阻まれスローダウンさせられる。
 じっくり上がってセットオフェンス。
 藤本から松浦、松浦から里田。
 ローポスト村田へ入れるが勝負出来ず、降りてきた松浦へ戻す。
 トップの藤本へ。

 藤本、自分で切れ込もうと試みるがギュリに阻まれた。
 ボールを持つと外からハラも挟んでくる。
 ギュリ、ハラと藤本の一対二。
 こういう場面でボールをこぼしたりはしない。
 冷静にパスで外へ逃げた。
 ハラが藤本を挟みに行ったのでフリーな石川。
 シュートの構えにカバーでブロックに飛んできたスンヨンをやり過ごす。
 改めて右四十五度からのスリーポイント。
 打った瞬間手ごたえを感じたシュートはリング中央をしっかりと通過した。
 今日最初のスリーポイント。

 41-29
 日本代表十二点リード
861 :第九部 :2011/12/04(日) 00:02
 韓国ベンチがここでタイムアウトを取った。
 ニコルを下げてジヨンを投入。
 インサイドの高さを増してきた。
 それを見た日本代表は飯田をコートに戻す。
 ついでに松浦を外して柴田も戻した。

 韓国代表のディフェンスが少し変わった。
 基本はマンツーマンのままだったのが、石川にはハラがぴったりと張り付く形になったのだ。
 全体を無視してのぴったりマーク。
 かなりの警戒度である。

 それでも石川は動きの工夫と運動量をそれを振りほどいた。
 周りを無視してのぴったりマークなので、振りほどけるのは一瞬なのだが、その一瞬にしっかりパスが入ってくる。
 藤本がよく見ていた。
 外れた瞬間にパスを出す。
 そうではなくて、石川がこう動くからこう外れる、そこまで見えていてパスが飛ぶ。
 石川が動いた先にボールが飛んできている。

 ただ、やはりそれを繰り返すと石川の負担が大きくなっていく。
 終盤ならまだしも、まだ前半。
 二桁前後のリードを保っているということもあり、信田は一旦石川を下げて休ませた。
 後藤を入れる。
862 :第九部 :2011/12/04(日) 00:02
 後藤が入って韓国代表のディフェンスはノーマルなマンツーマンに戻る。
 じっくり攻める韓国と、早い攻めを望む日本。
 どちらも少し得点力が落ちてきた。
 韓国はせっかく入れたジヨンがあまり効いていない。
 日本は当たっていた石川を下げた分迫力がなくなっている。
 三番に後藤を回すと、セットオフェンスでは支障がなくても、速攻の三対二、三対三でシュートまで、という展開がうまく行かないのだ。
 速攻で走る、というタイプの選手ではない。
 勢い、藤本と柴田で二対一か二対二で持っていくことになるが、それはなかなか簡単に行かない。

 ペースが落ちたところで日本代表がタイムアウト。
 石川インで里田アウト。
 韓国もニコルインのジヨンアウトでどちらもスタメンに戻る。
 そして、機能していたオフェンスが、またしっかり機能しだして、どちらも点を取っていくという流れで進んで前半が終了した。
 51-41
 日本代表のリード。
863 :第九部 :2011/12/04(日) 00:03
「行ける。行けるって」

 ハーフタイムのロッカールーム。
 吉澤が言った。

 「よっちゃんさん、盛り上げてくれるのはありがたいんだけど、ちょっと楽観的過ぎ」
 「なーに、ミキティ、自信ないの?」
 「うるさいよ。おまえ、最後まで持つんだろうな」

 吉澤、藤本、石川。
 三バカ和気藹々である。

 「あたりまえでしょ。休みまでついてるんだよ」
 「ミキティ、いらいらしてない?」
 「あぁ? うん、ちょっとね」

 吉澤には素直に答える藤本である。

 「結構やられてるよねミキティ」
 「ババア、でかいくせに速いんだよ。でかいだけなら大した問題じゃないんだけど」
 「それ初戦のときも言ってたでしょ」
 「速さのが問題?」
 「速さだけならやっぱり大した問題じゃない。組み合わさるから面倒。つーか、ああ、腹立つ。ババア、畜生」
 「どっちか捨てたら?」
 「そんなことしたら負けましたって言ってるようなもんだろ」

 藤本に取ってはプライドの問題になっている。
 ずたずたにやられているわけではないのだが、個人技でやられているという藤本自身が感じる印象が納得行かないのだ。

 「足動かすしかないんだろうな」
 「あと二十分、頼むよ」

 頑張ろうじゃなくて、頼むよ、という表現になってしまうのが、吉澤はすこし自分で情けなかった。
864 :第九部 :2011/12/04(日) 00:03
 後半スタート。
 日本代表は藤本、柴田、石川、後藤、飯田でスタメンに戻した形。
 韓国代表も同じようにスタートに戻していた。

 10点前後の点差が拡がらず縮まらず推移している。
 大きな動きはどちらもなかった。
 基本的な方針は前半の終わりの頃と両チームとも代わっていない。
 韓国代表の方もビハインドを背負っているとはいえ、やっていることは悪くないという判断なようだ。

 早い攻めが基本で、それが出来ない時にセットオフェンスを組む日本代表。
 速攻はなく、基本的にはしっかりまわしたオフェンスでインサイドが中心、だけど時折外から勝負も見せるという韓国代表。
 日本代表がインサイドを固めたり、韓国代表が石川にハラを張り付かせてみたり、それぞれ手をうとうとしているがディフェンス面は功を奏していない。
 どちらもオフェンス優位な展開になっている。
865 :第九部 :2011/12/04(日) 00:03
 外からのジャンプシュートに手が出せない。
 これが藤本の泣き所だった。
 どうあがいても、飛ばれてしまっては手遅れ。
 後はシュートが落ちるのを祈るのみである。
 それを防ぐには十分な体勢でジャンプシュートを打てないような付き方をすることになるのだが、そうなると突破を防ぐのが難しくなる。
 日本にいるレベルのこういう高いガードは、距離を詰めていても抜きに掛かられた時に対応できる程度のスピードでしかなかった。
 ギュリはそういうレベルではなくスピードもしっかり備えている。
 そこが藤本としてやりづらいところになっている。

 ディフェンスで抑えれば一気に走れるというのが見えているだけに、ディフェンスが得意な藤本は何とか抑えたかった。
 その気持ちが出たのか、中から戻ったパスを受けて、ギュリがシュートフェイクを見せたあとのドリブル突破を無理に抑えに行ってファウルを取られてしまう。
 藤本、ファウル三つ目。
866 :第九部 :2011/12/04(日) 00:03
 レフリーのコールがあったところで福田が立ち上がった。

 「光井」

 一声かけてベンチの横に抜ける。
 光井が付いて来た。

 「付き合って」

 まだ後半開始早々でポイントガードがファウル三つ。
 自分はポイントガードの控えである。
 準備をしておくべき。

 迷いのない三段論法。
 今日まで出番がなかったのは十五人の中で自分だけだ。
 大会開幕当初はポイントガードは高橋だった。
 今は藤本。
 藤本がファウルトラブルを起こせば、普通は以前のスタメンガードに切り替えるところ。

 でも、福田は、ここは自分だと思った。
 信田へのアピール。
 いや、そんなことは考えていない。
 そんなことを考えるくらいなら、試合前のアップの段階でもっと目立つことをしている。
 今日、藤本の替わりに入るとしたら高橋ではなく自分。
 冷静に客観的にそうだろうと思った。
 今日までの高橋の調子、自分の調子。
 懲罰で高橋は出さない、という考え方は松浦が試合に出たことで否定されている。
 それを考えないでも、周りとの柴田や石川との相性や、実戦経験をも考えたとしても、今日、藤本の替わりに入るとしたら高橋ではなくて自分だと思った。
 贔屓目じゃない。
 冷静に客観的に論理的に、行き着く結論だ。
 高橋愛をまた使っても、ゲームを壊してしまうだけだ。
 自分なら、壊さないで引き継いでいける。
867 :第九部 :2011/12/04(日) 00:04
 ハーフタイムにも体はしっかり動かしている。
 いつでも試合に入れる準備はしている。
 今日も出られなかったら中国に来て何もせずに帰ることになる。
 それを思いながらも、いつでも試合に入れるように準備はしていた。
 体は動かせているのでボールに触っておきたい。
 光井を引っ張り出して軽いパスに付き合わせる。

 横目で試合は見ていた。
 体が動かせても試合展開が頭に入っていなければ、コートに上がった時点で浮き上がってしまう。
 出番が来て欲しい、とは思わないようにした。
 ただ準備をし、ただ状況を見つめる。
 出番が来るということは藤本がもう一つファウルを犯すということ。
 ポイントガードをファウルトラブルで下げざるを得ないというのはチームの危機だ。
 それを願う人間がそのチームで試合になど出てはいけない。
 控えの駒として準備を続ける。
 こういう形では出番が来ない方がチームのためなのだ。
868 :第九部 :2011/12/04(日) 00:04
 韓国オフェンスは、特別藤本のところを突いて来るという攻め方はしてこなかった。
 ソニンのところが一番の攻め手になっている。
 一年前、インターハイで当たったときと比べて全然印象が違うな、と福田は思った。
 あの時はあの時で十分すごかったが、今ははるかにパワーアップしている。
 パワー、比喩でも無く、本当に力そのものも増しているし、能力という意味でも増している。
 後藤が押されていた。
 ゴール下の押し合いでも押し込まれているし、ボールを持ってからの踏み込みという部分でも止めきれていない。
 心理的に押されているというような初戦の時に感じた部分は見られないが、総合的に少し負けているように見えた。

 日本代表のオフェンスは石川が中心だった。
 今日の石川さんはいつでもどこでも第一の選択肢だな、と福田は思う。
 第二ピリオドの途中からハラがフェイスガードでぴったり付いているはずなのに、簡単に隙を作ってパスを受けてシュートまで持って行く。
 いや、隙を作っているのは簡単なのではないんだろうと思う。
 それほど余裕のある状態ではないところでもぴったりのタイミングでパスが入ってくる。
 そこにぴったり入れられる藤本さんの方がすごいのだろうか。
 そして、自分が替わりに入ったらそれを引き継がなくてはいけないのだ。
869 :第九部 :2011/12/04(日) 00:05
 前後に振ってハラをほどいてゴール下に飛び込んだ石川へパスが入りアリウープの形でシュートを決める。
 韓国代表はローポストでボールを受けたソニンが、ごりごりのインサイド勝負でゴール下のシュートを決めた。
 日本代表は早いオフェンス、エンドから飯田が長めのパスを藤本へ入れてさらに石川へ、一気にゴール下まで持って行きスンヨンまでひきつけてから柴田へ送りジャンプシュートを決める。

 韓国代表はゆっくり持ち上がってきた。
 セットオフェンスでボールを回す。
 その中でエンドに近いところでの横断パスを後藤がカットした。
 すぐに藤本へ送る。
 藤本は一人で持ちあがった。
 ギュリとの一対一。
 右サイドから、チェンジオブペースから片で振って片で振って結局一度も切り返さずにゴール下まで。
 藤本はスピード勝負からのレイアップシュートを選択した。
 ストップジャンプシュートなら許す、という判断で突進だけは防ぐという選択をしたギュリ。
 藤本が正面から当たって行く形になった。
 シュートが決まって笛が鳴る。
 レフリーが二人に駆け寄っていきどちらかを指差した。
870 :第九部 :2011/12/04(日) 00:05
 福田は光井から受けたボールを持ったまま判定の行方を見ていた。
 チャージング。
 そう福田には見えた。
 ギュリの方が先にコースにしっかり入っていた。
 藤本の方がファウル。

 レフリーはその通りの動きをした。
 藤本を指差し、手を上げるように促してからテーブルオフィシャルのところに向かい、白六番、藤本のファウルをコールした。

 「福田!」

 信田が福田を呼んだ。
 ベンチメンバーの視線がすべて福田に集まる。
 福田は持っていたボールを光井に預ける。
 それから歩きながら上着を脱いだ。
 脱いだ上着は亀井に渡し、小走りで信田コーチの元へ走る。
 その間にブザーも鳴っていた。

 「藤本と交代。基本方針は変えないけどセットになってからの組み立てとかは自由にやって良いから」
 「はい」
 「自信持ってやれ。ここまで試合に出してないから向こうにおまえのイメージがないはずだ」
 「はい」

 信田が福田の背中を叩いて送り出す。
 藤本は誰に言われるまでも無く福田が信田に呼ばれたところでベンチの方に歩いてきていた。
871 :第九部 :2011/12/04(日) 00:06
 「あいつ、でかいけど早いから。ただのでかい奴だとは思わない方がいい」
 「分かってます」
 「後は任せるよ。頑張ってもいいけど私の出番が残ってるくらいにしといてよ」
 「それは約束できません」
 「それくらいの気持ちでやってきな」

 藤本が右手を出したので、ぱちんと叩いた。
 後の四人のところに入って行く。
 もう一度ブザーが鳴った。
 ベンチの方を見ると、松浦が準備していた。
 入ってくる。
 石川を指差していた。

 「私?」

 納得行かない顔をして石川が出て行く。
 福田はベンチの信田の方を見た。

 子ども扱いされている。
 そう感じた。
 試合慣れしていない自分のために保護者をコートに上げた。
 そう、見える。
 柴田、石川、後藤、飯田。
 こう、四人並べると、福田のチームメイトはいない。
 それで松浦も投入。
 柴田さんじゃなくて石川さんの方を替えたのは、たぶん、柴田さんの方がガードにあわせてくれるからだろうと思った。
 石川さんのが徹底マークされていて、そこにパスを入れるにはガードの側がしっかりあわせるしかない。
872 :第九部 :2011/12/04(日) 00:06
 「基本線はそのままって指示でした。セットの時の組み立ては任せるってことでしたけど特に変わったことをするつもりはありません。ディフェンスは、速さで負ける気はないですけど、頭の上がすかすかなのは理解して後ろにいてください」
 「ギュリが中に入ってきたら?」
 「なるべく前押さえます。藤本さんとそんなに違うことをするつもりはないです。裏のカバーはお願いするしかないです」

 ベンチからの指示と自分が何をするかの連絡。
 タイムアウトではないのであまり時間はないが、なんとなくこういう間が認められている。
 福田に遅れて入ってきた松浦が言った。

 「切り札二枚投入だから一気に勝負を決めちゃおう」

 保護者気取りで前向きなコメントか?
 違う、多分、松は本気で言っている。

 ベンチの思惑なんかどうでもいい。
 自分は今コートの上にいて、目の前の相手を打ち破ればいいのだ。

 メンバーたちは散っていき、各マッチアップを捕まえる。
 レフリーが早くしろよ、という風に見えているがそれを無視して福田はしゃがみこんだ。
 バッシュの紐に手を伸ばす。

 コートに入るのに紐が緩んでいるなどというほど準備がおろそかなわけがない。
 ただ、それを締めなおすことでもう一度少し間が欲しかった。

 自分の役割は、残り三分くらいまでを繋ぐこと。
 四十分コートの上にいるときとは違う役割がある。
 そして、時間が短い分違う動き方も出来るはずだ。

 紐を結びなおして立ち上がる。
 ギュリに歩み寄った。

 第三ピリオド四分十五秒。
 63-51
 日本代表リード。
873 :第九部 :2011/12/10(土) 23:55
 日本のポイントガードのメンバーチェンジ。
 ソニンはそれを遠目に見ていた。
 入ってきたのは福田明日香。
 グループリーグなら高橋愛が出て来たところだ。

 「アノコ ダレ?」

 ギュリが聞いてきた。
 初戦では立ち上がりで高橋愛を簡単に蹴散らした。
 藤本美貴にはそれなりにてこづっていたが、この時間帯でファウル四つに追い込んだというのは今の時点では勝ちと言っていいだろう。
 あとは初登場の小さい子を抑えれば、チームとしての勝負は別としても、ポイントガードギュリは日本相手に完全勝利である。
874 :第九部 :2011/12/10(土) 23:55
 「ホケツ?」
 「舐めてかからないほうがいい」
 「ソウナノデスカ?」
 「舐めてかからないほうがいい」
 「ワカリマシタ」

 どうして、という具体的な説明をソニンはしなかった。
 藤本と比べてどうか。
 それを簡単に説明する言葉を持っていない。

 ソニンにとって福田のイメージは、弱小チームのスーパーポイントガードだった。
 去年のインターハイ、自らが対戦して百点ゲームで勝っている。
 初出場の弱小チームだった。
 ソニンにとってはどうということのない相手だったが、ガード陣は一年生にてこづっていた。
 最後はばててしまって足も動かずただの人であったが、そこに至るまでの技量面では唯一自分たちに抵抗出来ていたのが福田明日香、という印象である。

 今年も対戦はないが見てはいる。
 多分、最大の弱点は体力。
 しかし、今日、この時間からの登場ならそれは多分関係ない。
 高橋愛と比べてどちらが上、というのは判断しきれないけれど、安定感ははっきりと福田の方があると思った。
 ホケツ、という言葉が似合う相手ではないのは確かだろうと思った。
875 :第九部 :2011/12/10(土) 23:56
 韓国エンドで韓国ボールでのゲーム再開。
 福田はスリークォーターのあたりからギュリについていた。
 ハーフコートだけでなく前でもある程度プレッシャーをかけるという意思。
 藤本と同じやり方だ。
 体力的には完全なハーフコートのディフェンスより消費することになるが、四十分フルで考える必要がない立場ならそれほど気にすることもないのだろう。

 ギュリはエンドからボールを受けて福田を相手にしてボールを運んだ。
 エンドから入れたハラに戻せばフリーでボールが運べる状態だったが、福田に対する瀬踏みだろうか、自分で運ぶことを選んだ。
 福田もそれを無理にさえぎることはしないし、ちょっかいを出すということもない。
 足を動かして付いて行く。

 ソニンがハイポストに上がった。
 ボールを運んだギュリが簡単に入れる。
 ソニン、ターンしてゴールへ向き直る。
 後藤はディフェンスを構えて待っている。
 シュートフェイクを見せたが微妙な反応を示すだけで隙は出来ない。
 右零度、大きく外に開いたニコルに送った。
 ニコルから上のスンヨンへ。
 スンヨンからゆっくり上がってきたハラ、ボールを受けて急加速。
 不意を突かれた松浦がさっくりかわされる。
 ゴールへ直進、というところを後藤が抑えに入るが、自動的にソニンが空く。
 バウンドパス入れてソニンが踏み込んで、ゴール下のシュートを決めた。
876 :第九部 :2011/12/10(土) 23:56
 リングを通過して落ちてきたボールを後藤がすばやく拾ってエンドへ出た。
 手を上げて呼んだ福田へ。
 早い動き、早い攻め。
 ギュリが付いているがそのまま自分で持ちあがって行く。
 周りのリアクションが遅れ目。
 いきなりの福田とギュリの一対一。

 中央へ向かって行くがギュリも対応している。
 スピードだけでは抜ききれないと福田がバックチェンジで右へ持ち替えた。
 ギュリも切り替えす。
 やはり抜ききれない。
 スリーポイントライン当たりで止まる、と見せかけての再加速。
 止まる、へも反応したが、再加速にも反応したギュリを振り切れない。
 ゴール下まで。
 駆け込んでそのままレイアップへ行く体勢だが身長差もあり素直に行ったら叩かれる。
 飛ばずにボールを持って、やり過ごしてのシュートを狙おうとしたがギュリもとどまる。
 ゴール下、ボールを持った福田を高さの圧力でギュリが押しつぶそうとする。
 続いて上がってきた柴田へ福田はボールを戻す。
 柴田から松浦へ。
 松浦、スリーポイントの構えだがハラがチェックに入るとドリブルでゴール下へ向けて突っ込む。
 読まれている、抜ききれない。

 外にはけていた福田へ送る。
 福田から上にまだいる後藤へ。
 後藤はハイポストでハラを背負っている松浦へ入れた。
 今度こそ自分で勝負、と松浦ターン。
 ターンはしたが、松浦のターンではなかったらしく、ハラにボールを叩かれてしまった。
 こぼれたボールはギュリが拾う。
877 :第九部 :2011/12/10(土) 23:56
 今度はギュリが自分で持ちあがった。
 さっきと逆の一対一。
 ギュリが福田を抜き去ろうとするが付いて行く。
 ついては行くがコースを抑えきることは出来ない。
 両翼、ソニン、ニコルが戻っていなかった分上がりが早くすでに揃っているが、ギュリは自分の一対一を選んだ。
 こちらは小細工なし。
 バックチェンジもチェンジオブペースも何も見せずにスピード勝負でゴールに突っ込んで行く。
 徐々に徐々にコースを塞ぐ位置に入れそうになって行く福田。
 しかし、それよりもゴールが近づく方が早かった。
 ギュリが駆け込んでレイアップシュート。
 この、手を伸ばしたところで福田が手の上のボールを弾き飛ばした。
 飛ばされたボールはそのままエンドはるかへ転がって行った。

 レイアップではなくて高さを生かしてリリースポイントが頭の上になるタイプのシュートをすれば防ぎようのなかったところ。
 結果として、福田とギュリの第一回戦はドローである。
878 :第九部 :2011/12/10(土) 23:57
 福田と松浦の投入で流れが少し変わって行った。
 ここまではノーガードの殴り合い、いや、ガードを打ち抜く殴り合い、という様相だった。
 二人の投入でガードがパンチを止める殴り合いになってきている。

 藤本石川から福田松浦に変わったことで、日本代表の攻撃力がはっきりと落ちていた。
 韓国代表がディフェンスを特別替えたというわけではない。
 強いて言えば、フェイスガードで石川につけていたハラが、松浦相手になって普通のハーフコートマンツーマンに移行したくらいだ。
 早い攻め、速攻で上がって行って三対三までは持っていけるのだが、そこから決定打、選択率の高いシュートまで持って行くことが出来ない。

 韓国代表も得点力が落ちていた。
 流れ、というものなのだろうか。
 それこそ、福田松浦に変わったからといって日本代表の防御力が上がったというわけではない。
 しかし、セットオフェンスで崩すことが出来ない。
 ギュリも、福田を翻弄する、ということは出来ていなかった。
 福田のディフェンスはいつになく激しい。
 必要体力は十分から長くても十五分と設定した動きで、ディフェンスの強い藤本と同じ水準を保とうとしている。
879 :第九部 :2011/12/10(土) 23:57
 膠着した中でどちらへ流れが傾くか。
 韓国へ傾けば一気に迫ってくるし、日本に傾けばほぼゲームの決着をつけられる。

 福田が持ち上がり柴田へ落とす。
 柴田から零度、外に開いた飯田へ。
 飯田が勝負できる位置ではない。
 インサイド、後藤が入って来ようとしたがソニンに抑えられて入れられない。
 上、福田へ戻す。

 福田は斜めに横断パス、逆の零度にいる松浦へ通そうとする。
 頭上を抜こうとしたパスはギュリが左手に当てる。
 こぼれたボール、両者取りに向かうがわずかに福田が早かった。
 ボールに右手で触れ、そのままバックチェンジの格好で左に持ち代える。
 広いに前へ動いたギュリを結果的に抜き去る形。
 左六十度の位置からゴールへ。
 カバーにはソニン。
 ゴール左側、フリーになった後藤へバウンドパスを通す。
 逆サイドからハラがカバー。
 後藤はゴール下を挟んだ向こう側、ハラが離れて空いた松浦へパスを送った。
 ノーマーク。
 スンヨンが上からカバーに来るが間に合わない。
 フリーでジャンプシュートを放った。

 このシュートが、力が入ったのか長くなった。
 リング向こう側に当たって落ちる。
 リバウンドはニコルが拾った。
 すばやくギュリへ。
880 :第九部 :2011/12/10(土) 23:57
 福田はすぐにギュリを捕まえた。
 周りの上がりはそれほど早くない。
 ギュリにワンオンワンからゴール下まで持ち込まれるのを抑えれば、速攻は止められる。
 チェンジオブペースで振り払おうと試みたが福田は対応した。
 サイドライン側へ追い込まれるのを嫌いギュリはバックターンして左に持ちかえ中央側へ向かおうとする。
 福田はコースをしっかり抑えていた。
 ゴールに向かうコースは空いていない。

 サイドのエンド、隅の方へギュリは降りて行く。
 それは福田は許容した。
 ギュリはドリブルを止めない。
 福田は抜かれるのだけは許さない、という構え。
 周りは上がってきたが、すべて日本のディフェンスが捕まえていた。
 ギュリはゆっくり上に上がって行く。
 一番最後に上がってきたソニンへボールを送り、ソニンはギュリにボールを戻した。

 福田の頭の上。
 ここはどうにもならない。
 そのどうにもならないところを通してギュリがニコルへボールを入れる。
 ニコルがターンすると飯田、構えている。
 外に開いたソニンへボールを送った。
881 :第九部 :2011/12/10(土) 23:58
 勝負はない位置。
 後藤はそう思っていた。
 そこへソニンが勝負を仕掛けてくる。
 ディフェンスが一瞬反応が遅れた。
 それでもソニンもこういう動きは得意ではない。
 後藤も何とか前を押さえようとしたが、まだ距離のあるところでソニンがジャンプした。
 初動に遅れたところから慌てていた後藤、条件反射で遅れていてもブロックに飛ぶ。
 抑える、その意識が強い分、後藤はソニンに近づく角度でジャンプしていた。
 ソニンのシュートがリリースされたわずかに後、後藤が接触する。
 接触はシュートに影響を与えることが出来ず、ボールはリングを通過し、それでいながら接触は接触であったためレフリーの笛が鳴った。
 バスケットカウントワンスロー。

 いらだたしげに後藤が両手で自分の太ももを叩く。
 日本ベンチがタイムアウトを取った。
 70-60 日本リード。
882 :第九部 :2011/12/10(土) 23:58
 「後藤。落ち着いて」
 「分かってる」

 最初に声を掛けたのは飯田だった。

 「一本一本気にしてたら身が持たないよ。点が入るゲームなんだから」

 ファウルは余計だった。
 しかし、一本決められたことくらいはたいしたことではない。
 2-1で勝負が決まるサッカーのようなゲームとは違うのだ。
 五十点六十点、果ては百点入るのがバスケットボール。
 一本一本ひきづっていたら気持ちが持たない。
 特に今日はハイスコアな展開になっている。

 信田からは早い攻めの時は確率が高いと自信がもてないときは打たずにセットオフェンスへ移行すること、ディフェンスは外からは打たせてもいいので突破されないようにすること、相手のポジションに関係なく外から突破はある、という全体で構えること、あたりの指示が出ている。

 「松、三対三になったとき、無理にシュートに行きすぎだと思う」
 「無理じゃないよ」
 「二十四秒ならしかたないけど、速攻で上がったところでは無理する必要はないよ。もう一回組み立てれば良いだけなんだから。速攻出して流れ作りたいのはわかるけど」
 「積極性はいいと思うけどね。でも、結果的に入ってないから。ちょっと力入ってない?」

 福田と松浦のやりとりに柴田が入ってきた。
 二人にとって、こういう部分で意見を挟んでくる先輩、というのは身近にあまりいない。
883 :第九部 :2011/12/10(土) 23:58
 「持ち上がるときドリブルで持って行っちゃうこと多いけど、パスのが早いよね。その辺は私がしっかり早く上がらないと選択肢にならないからいけないんだけど。上がった時に人数は三対三でも、パスで繋いでの早い上がりだと崩れた三対二でフリーでシュートって形にも出来たりするんだから、それも意識した方がいいよ。二人には二人のスタイルもあるんだろうけど、私も仲間に入れてよね」
 「そうですね。はい」

 一番と三番が速攻についてトークしていて、二番が仲間はずれはいただけない。
 柴田は藤本にも合わせてきたが、福田にも自分の方から出来るだけは合わせようとしている。
 ただ、どうしても長く一緒にやっている福田-松浦のラインのような以心伝心はないだろう、というのはやるまでも無くわかっていた。

 「このままくらいで頼むよ。あんまり点差拡げずに。美貴に楽しみ残しておいてよ」
 「明日香ちゃんと私が入ったんだから、さっさとゲーム決めてきちゃいますって」
 「亜弥ちゃんはシュート外しすぎ。それはシュートが下手なんじゃなくてシュート打つ場面じゃないところで打ってるのが多すぎる。それでリズム悪くなってフリーでまで外すんだよ。全体をもっと考えな。福田明日香。言うまでもないけど、あのババアはでかいから自分でシュートって選択はよっぽどじゃないとありえないからね」
 「分かってます」
 「ただ、あるとしたらスリーだと思う。早いモーションで打たないとそれも難しいかもしれないけど」
 「突破は警戒してるけど、そこはあんまり気にされてないですね確かに」
 「まあ、一本くらい決めてもいいけど、あんまり点差は拡げないでよ。ていうかむしろ五点差くらいに縮まって美貴登場ってのがいいんだよね」

 この人は、自分にプレッシャーを与えないためにそういう言い方をしているのか、本気で言っているのか、福田には区別が付かなかった。
884 :第九部 :2011/12/10(土) 23:59
 第三ピリオド終盤。
 ソニンがフリースロー一本を決めて九点差。
 次のオフェンスは、福田はゆっくりと持ち上がった。
 セットオフェンスの形。
 パスをまわして動きながら崩す、ということを当然意識していたのだがここは二十四秒ぎりぎりまでシュートに持っていけない。
 最後は時間がないところでしかたくな打った松浦のシュートがブロックされる。
 速攻を喰いそうな場面であったが、福田、柴田がしっかり戻り、松浦もボールを持ったハラをスローダウンさせてそこは事なきを得る。
 しかし、韓国のセットオフェンス。
 久しぶりに中に入ってきたギュリに福田がきれいに背負われて、身長差も加わってなす術なし。
 簡単なゴール下のシュートを決められて七点差。
 日本は飯田がローポストから勝負して一本押し戻すが、韓国代表はハラがミドルレンジからジャンプシュートを決めて七点差に詰めてきた、というところで第三ピリオドが終わった。

 「石川、里田、入れ。松浦、後藤アウト」

 信田がメンバーチェンジを命じる。
 石川をコートに戻す。
 福田に、初めて試合に出るという戸惑いや遠慮のようなものは見られなかった。
 石川とあうかどうか、それはやってみないと怪しい部分はあるが、得点力を増したかった。
 その為には駒単位で考えれば松浦より石川になる。
 後藤と里田。
 ソニンを抑えたい、ということだけを考えた場合、ディフェンス型の里田の方をここで入れようと信田は思った。
 外で点を取り、中はディフェンスを固める。
 そういう人の選択だった。
885 :第九部 :2011/12/18(日) 00:38
 最終ピリオドに入る。
 福田、柴田、石川、里田、飯田。
 すげえわ、やっぱ、こいつ、と吉澤は福田を見ていて素直に思った。

 市井には頭が上がらないし、あやかにはいろいろな部分で頼ってばかりだし、点を取るのは自分よりも松浦だし。
 そういう自己認識の吉澤は、インターハイで上位に上がってくるレベルのチームのキャプテンとしては、周りのメンバーへのリスペクト度合いが極めて高い。
 そんな吉澤にとっても、福田は特別だった。
 お友達になりたいか、仲良くしたいか、と問われたら、それはそうでもないと答えるだろう。
 とっつきやすいタイプではないし、言うこと聞かないし、生意気だし、チームを統率する立場としてもやりにくいはやりにくい。
 ただ、言っていることの正しさ度は、同じく言うことを聞かない松浦の比ではない。
 真っ正直に主張してくる福田にやり込められて、むっとする思いを抱く経験は一度や二度ではないが、それだからこそ、福田のことは認めていた。

 そんな福田が初めて見せた、悩み苦しんでいる姿。
 自分の方が先に試合に使ってもらった。
 そんな優越感を持つことが出来る場面ではあったが、とてもそんなことは頭に浮かばなかった。
 なんで福田が出られないんだ、とだけ思う。
886 :第九部 :2011/12/18(日) 00:38
 ミキティがすごいのは認める。
 でも、それでも、つなぎでも何でも使う場面はあったんじゃないかと思った。
 可哀想、なんてことを思ったわけではない。
 ただ、不思議だっただけだ。
 あの福田が試合に出られない、という状況が。

 どうしてやるのがいいのか、吉澤にはよくわからなかった。
 少なくとも、プレイ面のアドバイスをしてやる、なんてことはできない。
 話を聞いてやる、なんてのも自分では役に不足だろう。
 黙って見ているしか出来なかった。

 腐るかな、と思った。
 腐ってしまうようなら、何か声を掛けてやるべきだろうと思っていた。
 だけど、そうは見えなかった。
 悩んで苦しみながらも、しっかりと試合を見据えているように見えた。
 試合に出る自分の姿が頭の中にはっきり描かれているように見えた。
 そうじゃなければ、ハーフタイムにあんなに食い入るようにスコアブックに目を通したりはしないだろう。

 それでもぶっつけ本番の途中出場は難しいもの。
 その難しさをものともせず、周りのレベルになんの遜色も無く、しっかりとゲームに入っている。
 言うこと聞かないし、生意気だし、可愛くないむかつく後輩だけど、でも、すごいわ、やっぱ、こいつ、と吉澤は思った。
887 :第九部 :2011/12/18(日) 00:38
 そんな吉澤の方を見向きもしない福田。
 メンバーが代わってゲームプランに悩んでいた。
 石川が入ると韓国ディフェンスは石川にフェイスガードをつけてくる。
 うっとうしいな、と思った。
 石川との合わせなんてものはこれまでしっかりと練習してきていない。
 ぴったり付かれても、ボールを入れる一瞬の隙なんてものは石川なら作れるが、そのタイミングで福田は入れる自信がない。
 石川の動きの感覚がコートの上にいて今一つ分からない。
 理屈ではなく、肌感覚で感じるもの。
 それがまだ感じられない。
 同じ付き方を松浦がされてもボールを入れられるだろうと思う。
 それは、松浦と石川の問題ではない、自分の問題だ。

 ただ、スペースは広くなった。
 石川が外に開いてもハラはぴったりと付く形なので、中の二人の自由度は大きくなっている。
 使うならこっちだろうと思った。
 石川梨華は、今の自分では使いこなせない。
888 :第九部 :2011/12/18(日) 00:39
 第四ピリオドは日本ボールで始まる。

 ハーフライン上からボールを入れてのセットオフェンス。
 柴田が入れて福田が受ける。
 石川にはやはりハラがぴったりマーク。

 福田はハイポストに入ってきた飯田へ入れる。
 飯田から右サイド開いた柴田へ。
 柴田はトップの福田へ戻す。
 福田はそのボールにミートしてドリブル突破をはかった。
 ギュリ、ついていくが前は押さえられない。
 ゴール下から里田が外に捌けて、ソニンは里田と福田を両睨みの位置。
 福田はいけるところまで中に入り込んでから里田へ捌いた。
 里田、そのままジャンプシュート。
 これは、ソニンの射程内だった。
 ブロックショットに合う。

 ルーズボールは里田の背後へ。
 スンヨンが確保する。
 時間が掛かっていて日本のディフェンスは戻っている。
 韓国のセットオフェンス。
 最終ピリオド立ち上がり。
 差が開いて始まるか縮まって始まるか。
 大事なこの場面、韓国代表はソニンの一対一、というシンプルな選択をしてきた。
 ゴール下、里田を相手に踏み込んで行ってのシュート。
 ぎりぎりの場面で里田はファウルのためらいを感じて手を出し切れず、ソニンのシュートが決まる。
 シュート二本圏内の五点差になった。
889 :第九部 :2011/12/18(日) 00:39
 せっかく投入した石川を生かせない日本代表。
 それでも一気にひっくり返される、という展開にはされずに持ちこたえていた。
 インサイドは飯田。
 そんなに難しいパスは必要なかった。
 入れてやれば良い。
 ソニンが離れた位置にいて、一対一だけ考えれば良い状態で飯田がボールを持てば後は何とかなる。

 外は柴田。
 今大会要所で決めてきている柴田のスリーポイントは韓国にも警戒されていた。
 シューターとして危険なのは、松浦よりも高橋よりも柴田。
 それが今大会での日本チーム評だ。
 それを頭に入れて、時折素振りを見せてのカットイン。
 一人かわせば比較的中は広い。
 ゴール下からカバーが来ても、三対二のこの状態からパス一本二本でしっかりシュートまで持っていけるし、カバーが遅れれば自分でシュートである。
890 :第九部 :2011/12/18(日) 00:39
 五点差から七点差、というのが一つの分水嶺になっていた。
 その往復からどちらへ転がって行くのか。
 柴田から受けた飯田のゴール下で七点差。
 ギュリがミドルレンジからのジャンプシュートで五点差。
 福田-飯田のラインで七点差。
 ソニンのゴール下で五点差。
 柴田がスンヨンからファウルを受けて得たフリースロー二本を決めて七点差。
 ギュリからニコルへキラーパスが飛んで五点差。

 間にシュートまで持っていけなかったり、シュートが入らなかったりというのもいくつもあるが、得点推移だけ取り出せば一進一退、交互に加点と言う流れになっている。

 日本ベンチは里田を下げた。
 後藤投入。
 ディフェンスの強い里田、という形での投入だったがソニンを抑えきれていない。
 一方でオフェンス面ではおとりの役しか担えていなかった。

 石川が機能していないのが日本代表としては苦しい部分だった。
 四対四のオフェンスで打開しているが、この五人ならエースは石川である。
 沈黙したエースを抱えてのゲーム展開は、あまり気持ち良いものではない。
891 :第九部 :2011/12/18(日) 00:40
 「もう少しパス入らないの?」

 タイムアウトを取った日本ベンチ。
 石川が福田に言った。
 第四ピリオド、石川はほとんどボールに触れていない。

 「あれだけしっかり付かれると難しいです。石川さんの問題というより私の問題だと思いますけど。ただ、あれだけぴったり付いてるから他での勝負はしやすくなってます」
 「私はおとりってこと?」
 「今の状態だとそうなります」
 「もっと余裕を作ればパス入れてもらえるの?」
 「それは入れられますけど、でも、今のままのが全体としてはいいとも思います」

 福田だって石川を信用していないということではないのだ。
 ただ、状況として難しいというだけである。

 「飯田」
 「はい」
 「ゴール下支配出来てるからどんどん勝負していけ」
 「はい」
 「石川は今のままでいい。あまりに蚊帳の外だと向こうのディフェンスもじれてくるだろう。そうしたら隙も出てくると思う。今は今のままでいい。多少外でサボってる感じになってもかまわないから中の邪魔はするな。ただ、ディフェンスはサボるな」
 「わかりました」

 信田の指示。
 オフェンス面ではゴール下で勝っていると見た。
 石川は不満顔だが、納得はしている。

 「外からもう少し打って見てもいいと思う。柴田は警戒されてる感じがあるけどチャンスがあれば打ってみる。後藤も福田もな」

 信田と福田。
 合宿当初から福田に与えられた課題だった。
 ガードも自分で勝負しろ。
 福田としては迷いながらもそれを受け入れつつあるというのが今の状態だった。

 「やるよ、福ちゃん」

 コートに戻って行くところ。
 後藤が手を出した。
 福田は何も言わずにぱちんと叩く。
 残り六分、勝負どころ。
892 :第九部 :2011/12/18(日) 00:40
 その、後藤が今ひとつだった。
 ソニンを抑えられない。
 ゴール下でぶつかり合って、パワーなら意外に負けてないという印象だった。
 初戦でぶつかったときはパワーで圧倒されていたはずだが、その辺は後藤の方も一味違っていた。
 問題はポジション取り。
 ソニンの方がうまさがある。
 後藤は経験値の足りなさからか、そういう部分は下手だった。

 ソニンのゴール下が二本続く。
 日本代表も柴田がミドルレンジから決めてきて点差は詰めさせない。
 オフェンス面では後藤が外目からの勝負も好んで出来るので、選択肢は拡がっていた。
 点は取りやすくなるはずなのだが、一方で、選択肢の多さに目移りする、ということも起きている。

 福田は、その、増えた選択肢を使いたかった。
 後藤が外から勝負で一本決めることで、飯田のゴール下支配力も増すはず。
 そういう計算が頭の中で回る。
 その欲がミスを誘った。
 外に開いた後藤へのパスを、狙っていたソニンにスチールされる。

 韓国の珍しい速攻。
 ギュリと福田の一対一。
 持ち上がったギュリ、今度はゴール下まで踏み込まずにジャンプシュートを放った。
 飛ばれると手も足も頭も出ない。
 ボードに当てたシュートはリングを通過する。
 これで三点差。
 スリーポイント一本圏内まで韓国が迫ってくる。
893 :第九部 :2011/12/18(日) 00:40
 福田は軽く後藤に手を上げた。
 申し訳ない、という合図だ。
 後藤は首を横に振る。
 しっかり面を取って外に開いてボールを受ける、その面を取る部分が出来ていなかった。
 後藤は後藤でそういう認識だ。

 福田はベンチを見た。
 まだ藤本は座っている。
 それでも自分の仕事は後一分か二分というところだろうか。
 自分が出ている間に追いつかれるなどという失態は認められない。

 福田がボールを拾ってエンドから自分で入れた。
 柴田が受けてすぐに福田に戻す。
 福田、持ち上がって行くとハーフラインあたりでギュリが捕まえに来る。
894 :第九部 :2011/12/18(日) 00:41
 慌ててはいけない慌ててはいけない慌ててはいけない。
 全体を見通し決断せよ。
 石川にはハラが張り付いたまま、自分にはギュリの巨大な壁、飯田はゴール下、後藤は右零度外に開いている。
 攻め気のない位置、シュートはないという場所でディフェンスの離れている柴田に簡単なパスを送る。
 柴田は上がってきた後藤へ送る。
 ハイポストに入ってきた飯田。
 ふわっと後藤が入れてパスアンドラン。
 飯田が手渡しパス、という狙いだがソニンが間に入って塞ぐ。
 後藤とソニンが横を通過したのと同時に飯田は反対側にターン。
 シュートを狙うがディフェンスの圧力にあい打てる状態ではない。
 トップ、戻ってきた福田へ返す。

 刻まれていく24秒計。
 選択の余地なく福田は自分で勝負した。
 ドリブル突破。
 前を押さえられたのでバックターンで切り返す。
 抜けた、と思ったが今度はソニンの壁があった。
 後藤が空いている。
 しかし、24秒のブザーが鳴る方が早かった。

 日本ベンチはため息。
 三点差、相手のオフェンス。
 追い上げられる立場として苦しい場面になってきた。
895 :第九部 :2011/12/18(日) 00:41
 「展開早く! 持ち上がりも、セットも落ち着きすぎだって!」

 藤本が叫ぶ。
 福田の耳には入っていた。
 時計が止まって一瞬できた間、考える時間が出来る。
 点の取り合いという展開の試合で、ゆっくり持ち上がるというのはペースを変えたい時のやり方だ。
 それを今やることはなかった。
 ゲーム勘が欠けているだろうか。
 そこまで考えて首を横に振る。
 それを今考えてもどうにもなるものではない。

 福田はハーフラインの前からギュリについている。
 韓国は福田を無視してサイドのスンヨンがハラにボールを送った。
 ハラがフロントコートに入る。
 入ってからギュリが受ける。

 ボールは展開される。
 外、外、と回る。
 ギュリがゴール下を通過して反対側へ抜けよう、という姿勢を見せた時、福田はそれに素直に対応しようとしたが、途中で方向転換された。
 ハイポストへ上がる。
 福田は後ろから付いていく形になった。
 ギュリにボールが入る。
 ターンしてゴールに向いたギュリに対して身長差15cmの福田。
 何も出来ずジャンプシュートを見送った。
 リング中央に決まり一点差。
896 :第九部 :2011/12/18(日) 00:42
 藤本がベンチで立ち上がった。
 信田のところに歩み寄る。
 残り四分少々。
 いつ投入でもおかしくない時間帯になってきている。
 信田は藤本に指示を出す、藤本はオフィシャルに声をかけた。

 コートでは福田が持ち上がっていた。
 やるべきことをやる。
 それだけだ。
 持ち上がって柴田へ落とす。
 柴田から飯田へ。
 飯田は福田へ戻した。

 全体を見る。
 左に柴田、ハイポストにいた飯田は下に下りていく。
 後藤は右サイド。
 四対四での構成。
 そう、第四ピリオドはこだわってきた福田だが、ここで石川と視線がぶつかった。
 突然だ。
 石川が次にどう動くのかが分かった。
 無意識でもここまで視界に入っていた石川の動き。
 ディフェンスを相手にした時の癖、体の動かし方とその動きのつながり。
 内に振って外に出る。
 その先にぴったり福田がパスを送った。
897 :第九部 :2011/12/18(日) 00:42
 左手でボールを受け、左足で体を止めて、コースを抑えに飛び出したハラとすれ違うように右手でドリブルを付いて交わす。
 後藤のマークのソニン、ゴール下の飯田と競り合っていたニコル。
 二人が石川を止めに掛かる。
 ソニンは間に合わない。
 ニコルは間に合って正面は塞いだ。
 石川はかまわずジャンプ。
 ニコルもブロックに飛ぶ。
 右手でスナップを効かせて放ったボールは、ニコルをすり抜けバックボードに当たりリングに落ちた。

 着地した石川、右手で人差し指一本掲げる。
 それからディフェンスに戻りながら福田とその右手でタッチを交わした。
 福田はギュリを捕まえるのに前に出てくる。
 三点差。
898 :第九部 :2011/12/18(日) 00:43
 分かった。
 分かったのだ。
 これなら四対四ではなくて五対五で十分行ける。
 石川さんも生かすことが出来る。
 まだ、コートから去りたくない。

 石川の鮮やかなゴールで雰囲気も変わった。
 韓国がいよいよ捕まえる、という空気だったのが、石川というエースが力を発揮して推し戻した。

 「ディフェンス一本!」

 藤本が声を出す。
 ディフェンス一本。

 福田が捕まえているギュリへボールが入る。
 競り合いながらもギュリはボールをしっかり運ぶ。
 フロントコートまで来てスンヨンへ。
 外で展開。
 さっきと同じ狙いがあったようだ。
 中に入れば無力な福田を相手にギュリが勝負。
 しかし、同じ手は喰わなかった。
 今度はしっかり前に入る。

 「裏! 裏カバー!」

 前に入って福田が叫ぶ。
 裏は飯田が抑えている。
 ボールは、飯田から距離をとったニコルに入った。
 ニコルのジャンプシュートが決まる。
 一点差。
899 :第九部 :2011/12/18(日) 00:43
 時計は止まらない。
 福田が持ち上がる。
 もう一度石川で勝負。
 否、それにこだわってはいけない。
 選択肢が増えただけだ。
 こだわってはいけない。
 冷静に。

 後藤へ落とす。
 後藤から柴田へ。
 柴田がシュートの気配を見せるとスンヨンは反応する。
 それを交わして中へ、という選択をするには間が悪く、飯田が入ってきて狭くなっていた。
 福田へ戻す。

 福田はすぐに左サイド石川へ送った。
 さっきと同じ形で右左変わっただけ。
 ハラはボールが石川に渡ることは許容するしかなかった。
 正対しての一対一。
 そういう局面だったがそうはならなかった。
 福田がパスアンドランで走る。
 石川は走った福田へバウンドパスを通した。
 ギュリ、追いすがる。
 福田の方がわずかに早い。
 そのままゴール下まで入り込む。
 ギュリも必死に手を伸ばすが、福田の左手の方が早かった。
 利き腕と逆で自分より大きなディフェンスを引きづりながら伸び切った体勢で、簡単ではないシュートだったが福田はねじ込んだ。

 着地、体勢が傾いていて素直に降りてこられない。
 左足を付いてそのまま勢いで転がる形になった。
 上手く転がって衝撃を散らす。
 そのまま流れで立ち上がった。
 すぐにギュリを捕まえる。
 三点差。
900 :第九部 :2011/12/18(日) 00:43
 福田が付いているのもかまわずボールはギュリに入った。
 オールコートの一対一、という状況。
 加速、バックチェンジ、チェンジオブペース。
 抜き去ろうとギュリは試みるが福田は全て対応する。
 そもそも、速攻が出せる状況ではなく、ガードが一人ここで抜き去っても余り意味は無い。

 ギュリがソニンへ落とす。
 ソニンはスンヨンへ戻した。
 どこで勝負するか。
 それを考えながら、勝負を狙ったパスではないパスを単純に送ろうとすると甘くなることがある。
 スンヨンからハラへ。
 この意図の薄いパスを石川が狙ってスティールした。

 石川が一人で持ち上がる。
 戻ったのはギュリだけ。
 福田もしっかり反応して上がっていた。
 二対一。
 こういうときは石川は一人で勝負する。
 それが韓国代表の持っているデータだ。

 ギュリは完全に石川を捕まえに行った。
 二対一の構図が一対一プラス一になる。
 石川は自分で勝負に行かず、空いている福田に出した。
 福田が受けたのはゴール左に六十度、スリーポイントライン外。
 ゴール下まで行けばもう一度ギュリに捕まる。
 それでも勝負かそこでパスか。
 そういう選択になるところ。
 福田はもっと大胆な選択をした。
 そのままシュート。

 ターンオーバー、速攻からのフリーでのスリーポイント。
 リング手前に当たってボード側に飛ぶ。
 ボードに当たったボールは跳ね返ってリングの中に落ちた。
 ブザーが鳴る。
 韓国ベンチがタイムアウトを取った。
 福田と石川、右手を力強くぶつけた。

 91-85
 第四ピリオド残り三分二秒。
 日本代表六点リード。
901 :第九部 :2011/12/24(土) 14:00
 「自分でおいしいとこ食べてまとめやがった」

 戻ってきた福田に向かって藤本が言った。
 一点差、というきわどい場面で交代準備に入った藤本だったが、いざ入る場面では六点差にまで拡げた。
 ここ二本、五点分、福田が自分で決めて帰ってきた。

 「後は頼みます」
 「まあ、ゆっくり見てな」

 藤本投入である。

 「時間使っていきますか?」
 「いや、普通に行こう。流れ変えたくないから、まだ普通でいい。打ち合いっていう感じで。もちろんディフェンスは相手に時間使わせていいんだけど、オフェンスはまだ普通に。どんどん狙っていけばいい。時計見ながらその辺は指示するから」

 六点リードで残り三分。
 時間を消費すればリードしている方の勝ちである。
 オフェンスでボールを保持したままシュートクロックの二十四秒ぎりぎりまで使う、というのがよくある戦術なのだが、ここではまだそれはしない、と信田は言った。
902 :第九部 :2011/12/24(土) 14:00
 ディフェンス面では後藤に注意を与えた。
 ソニンで全部来るくらいのつもりでいろ。
 韓国代表で一番当たっているのはソニンだ、という信田の認識である。

 信田からの指示が終わり試合に出るメンバーがベンチから立ち上がる。
 後藤は韓国ベンチの方を見ていた。

 「後藤さん」

 福田が声を掛けた。
 それほど大きくない点差での終盤。
 そういう意味では初戦とあまり変わりはない。
 ソニンと対峙する、というのまで後藤にとっては同じシチュエーションだ。
 自分の役割を果たして戻ってきた福田は、人のことを気にする余裕があった。

 「大丈夫。負けないよ」

 韓国ベンチ、ソニンから視線を外し福田の方を向いて後藤が答えた。

 「大丈夫。福ちゃんのために。みんなのために、後藤は負けないから」

 そう言って福田の頭をくしゃくしゃとなでた。
 福田は、子ども扱いされるのは好きじゃないはずだけど、悪い気はしなかった。
903 :第九部 :2011/12/24(土) 14:00
 藤本は石川と柴田を捕まえて話をしていた。

 「石川、しばらくサボってた分働かせるからな」
 「なによ、サボってたのは自分でしょ」
 「いいから黙って聞け。マッチアップ見た時、おまえのところが一番差がある。ボール入んなきゃどうにもなんないけど、ボールは入りさえすれば一対一で全然勝ってるはずだ。で、もし、一対一で抜けなかったら戻せば良いし、抜けた後カバーが来てそれでシュート出来ないとかなってもやっぱり戻せば良い。信田さんはああ言ったけど、時間使うのは使うでそんなに悪い選択じゃないはずだから。シュートセレクションはしっかりすること。それを飲めるならパス入れてやる」
 「決めればいいんでしょ」
 「大事なのは勝つことだ。おまえが気分良くなることじゃない。結果入らないシュートってのはどうしても出てくるけど、そこでシュートはないだろってとこで打ったら入っても次からパス入れないからな」
 「分かったわよ。そんなこと言うミキティなんかファウルアウトしちゃえばいいのよ」
 「柴田。ボール運び、任せるかもしれない。あのババア前からついてきそうな気がする」
 「うん、ていうか、もう少ししたらプレス来るよね」
 「だな。石川、意識しとけよその辺」
 「えらそーに。チャージング気をつけなよ」

 韓国代表がコートに散り、レフリーがボールを渡すぞ、という素振りを見せたので三人のミーティングは解散する。
 韓国エンドからゲームは再開した。
904 :第九部 :2011/12/24(土) 14:01
 スンヨンが入れてギュリが受ける。
 藤本はギュリに近づきはしたがちょっかいは出さなかった。
 視界に入るけれど手は届かない位置を保ちながら戻って行く。
 変なところでファウルしかねないような振る舞いはしない。

 ギュリがフロントコートに上がってきてから藤本はしっかり付き始めた。
 ボールを回す。
 韓国代表は身長差があるミスマッチでしかもファウル四つという藤本のところで勝負しようとしてきた。
 前を抑えようとするが、上はスカスカである。
 際どいボールを送られてもそれに飛びつくようなことが危なくて出来ない。
 ボールがギュリに通る。
 カバーは後藤。
 その流れですぐ捌くところまでは読んでいた。
 左零度ソニン。
 ノーマークにはせず、後藤が戻ってブロックに飛ぶが、今度はそれがソニンに読まれていた。
 飛んでしまった後藤をワンドリブルついてやり過ごしてゴール下、バックボードを使って簡単に決めた。
 四点差。
905 :第九部 :2011/12/24(土) 14:02
 もう、こんな一本一本は関係ない、と石川は思っていた。
 一本決められたら一本決め返す、その繰り返しでいけばいいだけなのだ。
 えらそーに、と藤本に向かって言ったが、石川も意見は同じだった。
 自分のところのマッチアップが一番はっきり勝っている。
 ボールが入りさえすればなんとでも出来る自信があった。
 福田からは結局最後二本しか入れてもらえなかったから最終ピリオドは目立っていないが、今日の石川は自分が当たっているという意識がある。
 そして、藤本からならパスは入ると思った。

 韓国代表はどういう方針なのか知らないが、メンバーチェンジをほとんどしない。
 自分は途中、たっぷり休みをもらっている。
 ぴったり付かれたハラはうっとうしくはあったが、この時間帯まで来ると途中で休んだ分もあってスタミナ面で差が出てきていた。
906 :第九部 :2011/12/24(土) 14:02
 単純だった。
 持ち上がってから二本繋いで藤本に戻ってきてから石川に入れた。
 外に出てきて受ける。
 そこからの展開をしにくい動き方で受け方であるが、これが一番ボールをもらいやすい形になっている。
 ディフェンスは腰を低くしてウィークサイドを空けて構えている。
 ワンフェイク入れてドリブル。
 空けているウィークサイド側。
 分かっていて空けていてそちらへ追って行く、そういう状態の相手に注文通りに動いておいて、石川はディフェンスを置き去りにした。
 一気にゴール下まで。
 ニコルとソニンが抑えに来る。
 かまわず勝負も出来たが、藤本の言葉が頭にあったのか、二人をひきつけた上で石川はボールを捌いた。
 受けた飯田が簡単なゴール下シュートを決める。
 六点差。
907 :第九部 :2011/12/24(土) 14:03
 韓国はまだ慌てた動きは見せなかった。
 時間はある。
 持ち上がってボールを回すセットオフェンスをしっかり組んで、早撃ちはしない。
 ソニンのところで勝負してきた。
 ゴール下。
 力と力で勝負、という対応をした後藤だったが、その後藤の踏ん張りをうまく外して交わしたソニンがボールを受けてミドルレンジからのジャンプシュートを決めて四点差。

 日本代表はもう一回石川で勝負した。
 藤本-石川からの1on1
 サイドが逆に変わっただけ。
 ただ、今度はハラも構えた時点でわずかにさっきより距離を広げた分ついていけた。
 石川、そのままゴール下までは無理、と判断してバックターンでディフェンスを外しミドルレンジからジャンプシュート。
 スタミナ切れからか、こういうポイントポイントでの早い動きに対応できなくなってきているディフェンス、ブロックにも跳べない。
 きれいに決まって六点差。

 韓国はギュリ-ソニンのラインで勝負。
 早いパスを藤本の頭上飛ばした。
 ソニンがジャンプ一番キャッチしてそのまま空中でゴールの側に向き直り、降り際にシュートを放つ。
 降りてからが勝負、と考えていた後藤の上。
 難しいシュートをねじ込む。
 三度四点差。
 韓国も離れない。
908 :第九部 :2011/12/24(土) 14:03
 「ディフェンス一本止めろ!」

 ソニンが日本語で叫んだ。
 ギュリも何かを言っている。

 二分を切っている。
 四点差は十分射程圏内だが、時間が刻まれていけば追い込まれるのは韓国の方だ。

 柴田が入れて藤本が受ける。
 藤本にはギュリが前からついてくる。
 藤本は柴田にボールを預け、フリーな柴田が持ちあがって行く。
 柴田から後藤、後藤から藤本、藤本がまた柴田へ、柴田が藤本へ戻す。
 石川がまた中から出てくる動きをした。
 もう、石川がその気になればディフェンスを振り切れる、そういう状態になってきている。
 同じように藤本がパスを送った。
 ディフェンスも、パスを入れさせない、という方針には諦めが入ってきていて、外へ開いた場合はパスが入ること自体は甘受するようになっている。
 その上で、ここ二本、1on1の突破で続けてやられていた。
 さっきよりもさらに下がって構える。
 その距離感が石川にはしっかり見えていた。
 突破ではなくてそのままシュート。
 スリーポイントが決まった。
 七点差まで拡がる。
909 :第九部 :2011/12/24(土) 14:03
 時間が流れて行く。
 七点まで拡がった次のオフェンス。
 ここが入らないと点差が重い。
 韓国ベンチからは怒号も飛んでいた。
 スタンドからは悲鳴に近い声。
 第三国同士の試合ながらも、それぞれのファンが本人たちには通じない言葉で声援を送っている。

 どこで勝負してくるか?
 藤本の意識としては、インサイドに入って背負われるのだけは避けたい、という意識があった。
 競り合うわけにいかないしそもそも身長差がありすぎる。
 そういう意識の藤本を相手にギュリが違う選択をした。
 点が欲しかったのか外からスリーポイント。
 やや長くなってリング奥に当たり大きく跳ね上がる。
 リバウンド。
 ソニンをスクリーンアウトしていた後藤だったが、ボールはリングと後藤の間ではなくて二人の頭上を落ちてきた。
 両手で確保する後藤、片手でそれを掻き出すソニン。
 挟んで抑える力より、力任せに引き剥がす力が上回ってソニンがボールを奪う。
 そのままターンしつつ体の流れでフェイドアウェー気味になりながらのシュート。
 後藤も流れで前に飛ぶ形でブロックへ。
 指先かすかに当たり、シュートはリングに届かず落ちる。
 飯田が拾った。
910 :第九部 :2011/12/24(土) 14:04
 藤本へすぐ送る。
 藤本-ギュリ、オールコートの一対一の形。
 柴田と石川は二人よりも後方。
 右に左に振りながらゴールに向かう藤本。
 ギュリは必死に対応する。
 しかし、藤本は最初から自分一人で勝負する意思はなかった。
 そろそろ時間を掛けていい。
 ある程度のところでゴールへ向かうのをやめ、右サイドへボールをキープしたまま降りて行く。

 柴田、石川は流れて、受けに来たのは後藤。
 上にいる後藤に戻し、柴田に展開する。
 後藤は中に入っていき、藤本が上に戻ってくる。
 柴田はハイポスト入って来た飯田に入れた。
 勝負はせずに藤本へ戻す。
 藤本、また、外に開いて出てきた石川へ。
 もはや完全にワンパターン。
 張り付いてもダメ、離れてもダメ。
 そういう迷いを持ったディフェンスを相手に石川は今度はドリブル突破した。
 抜き去るところまでは鮮やか。
 勢い余ってゴール下まで。
 カバーに入ったソニン。
 手前でジャンプシュートを放つが踏み込んでブロックにとんだソニンの高さの壁に弾き飛ばされた。
911 :第九部 :2011/12/24(土) 14:04
 ルーズボール。
 追いかけたのは藤本とギュリ。
 先に藤本が追いついて、手を伸ばしたギュリをかわす。
 そのまま距離の長いジャンプシュートを放った。
 リング奥に当たってボードにも当たってはね落ちる。
 リバウンド。
 飯田がもぎ取った。
 そのままシュート、というのはソニンが塞ぐ。
 視界の向こう側、後藤が見えた。
 バウンドパスで通す。
 受けた後藤、ワンドリブル付いてステップバックしてスリーポイントラインの外へ。
 零度からジャンプしてスリーポイント。
 一番近くにいたギュリがブロックしようとするがまったく届かない。
 リング奥に当たり手前に当たって跳ね上がったボールは、揺れているリングの中心に落ちてきた。
 101-91
 残り1分3秒
 韓国ベンチが最後のタイムアウトを取った。
912 :第九部 :2011/12/24(土) 14:04
 決定的な二桁点差にするシュートを決めた後藤と一人一人ハイタッチを交わす。

 「そこで下がってスリーかよ!」

 時間帯、点差、シュートクロック、ボールを受けたシチュエーション、総合して考えて藤本からすればありえないシュートセレクションなので、突っ込みいれながら笑ってしまう。

 「調子に乗ってるからあんなきれいなブロック喰うんだよ」
 「なによ、フリーでジャンプシュート外して」
 「しょうがないだろ。シュートクロックあんまりなくて打つしかない状況だったんだから」
 「はいはい。じゃれるのは試合終わってからにしろ。残り一分三秒、10点リード。ここから大事なのはディフェンスだ。無駄にファウルして時計を止めないこと。シュートまで持っていくのを遅らせること。特にこの二つ。それからボール持ったらなにが起きるかは分かるな。点取られてエンドからだとプレスは確実に来るだろう。ボール入れたらファウルゲームも来る。フリースローを自分が打つことになる、っていうのはそれぞれ頭に入れとけよ」

 信田は藤本と石川に常識的なことを言い、残りの時間の方針についても常識的なことを言った。
 一分の間に十点取られなければ勝ちだ。
 一分をなるべく引き伸ばすために、ファウルで時間を止めるファウルゲームを負けている側はしてくる可能性は高く、それに対しては、ファウルで与えられたフリースローで加点していけばよい。
913 :第九部 :2011/12/24(土) 14:05
 「ミキティ、スリー気をつけなよ」
 「あんまり打ってこないけど時間帯が時間帯だからな。頭には入れとくよ。それより、おまえボール運びのところ頭に入れとけよ。忘れてすっと上がって行ったりするなよ」
 「分かってるわよ」

 柴田が入れて藤本が運ぶ、が通常スタイルだが、前からディフェンスが当たってくると、藤本へ入れる、が簡単ではなくなることがあり、その場合には石川がフォローに入るというのが約束事だ。

 「簡単にあきらめるチームじゃないから、簡単に気を抜かないこと」
 「無理打ち増えてくると思うからリバウンドしっかりね」
 「ボール確保したら速攻出そうとあせらずに、しっかり確保ね」
 「それでファウル受けたらフリースローしっかり打てばいいから。二本に一本でも十分だし」

 この時間帯にこの点差があると、まだ決着がついたまでは言えないが心理的な余裕は出てくる。
 メンバーたちの口は軽やかだった。
914 :第九部 :2011/12/24(土) 14:05
 ゲームに戻る。
 韓国はエンドから長いパスで入れてボール運びの時間を省略した。
 二本回してギュリ。
 やや遠目の位置からスリーポイントを放った。
 リングに当たりボードにあたり落ちる。
 リバウンド、競り合うソニンと後藤。
 ソニンがもぎ取り、リバウンドシュートを決めた。
 八点差。

 エンドに出て後藤が入れようとすると韓国ディフェンスが前から当たってくる。
 柴田が後藤を制して自分がエンドの外に出る。
 後藤はボールを置いて中に入った。
 一呼吸置いて柴田がボールを持ちリスタート。
 藤本へではなく石川へ入れた。
 石川にはハラ、そしてすぐにスンヨンが囲みに来る。
 一対二、無理に突破はせず反対側ギュリが柴田のほうに向かってあいた藤本へ長いパスを送る。
 ところがこの長いパスが山なりで滞空時間が長く、ギュリが戻れてしまう。
 ジャンプしてもぎ取ろうとしたギュリ、それを阻もうとした藤本。
 無理だ、と判断した藤本はギュリの前に回ろうとした。
 ボールを奪ったギュリはもう一度ジャンプ。
 その場でのジャンプシュート。
 ゴールに近づいてくると思っていた藤本は反応が遅れてそれが余計に慌てを生んで無理なブロックを試みさせてしまう。
 十分な体勢で打ったギュリのシュートは決まった、その上で藤本の遅れたファウルが付く。
 笛が鳴ってバスケットカウントワンスローを取られた。

 「福田!」

 信田が福田を呼んだ。
 藤本美貴、ファイブファウル退場。
 一分三秒で十点取られなければ勝ち、という場面から、二十秒で四点取られた場面での再投入。

 こういうことはありえること、として想定していた。
 福田にとって、想定外ではなかった。

 残り四十三秒 101-95 日本リード
915 :第九部 :2012/01/07(土) 23:04
 「自分でやっといて説得力ないけどノーファウルな。まだ六点か五点あるから、無理に止めに行くことないから。ボール持って時間使うイメージで。福田明日香なら出来るから。自信持って」
 「あとは任せてください」
 「任せた」

 すれ違う時に福田は藤本に背中をポンポンと叩かれた。
 コートの四人が出迎える。

 「大丈夫大丈夫。まだ点差あるから。落ち着いて」
 「慌てることないから」

 飯田と柴田。
 自分に言い聞かせるようであり、この場面で入ってきた福田に伝えるようでもある。
 福田が口を開いた。

 「フリースロー決められたらエンドからは私じゃなくて石川さんに入れた方がいいかもしれません」
 「ボール運び自信ない?」
 「いえ、五点差で四十三秒って微妙で、ファウルゲームしてくるか、一本しっかりディフェンスしようとするかどっちかわからない。でも、ファウルゲームして来た場合、フリースローは石川さんのが確率高いから」
 「フリースローの確率って、シャックじゃあるまいし。気にするようなレベルじゃないでしょ明日香は」
 「普通の場面とは違います。国を代表してのゲームで負けると世界へ行けないゲームの残り一分でこの点差です。ずっとベンチに居た私だと、そういう場面で雰囲気に飲まれてしまうことがあるかもしれないです。でも、石川さんならそれはないし、石川さんでそうなってしまうとしたら誰がやっても同じです」
 「それだけ冷静に話せる人間が雰囲気に飲まれるってこともないと思うけど、分かった。明日香が言うならそれで。柴田も石川もそれでいい?」
 「はい」

 飯田がまとめてメンバーが散る。
 残り四十三秒。
916 :第九部 :2012/01/07(土) 23:04
 ギュリのフリースローはしっかり決まった。
 101-96
 五点差。

 ボールは遠くに居た柴田が拾ってエンドの外に出る。
 韓国ディフェンスは全員マークを捕まえてからのリスタート。
 福田はギュリに封じられている。
 うまく動いたのが石川、斜めに動きながら柴田からのボールを受ける。
 柴田のディフェンス、スンヨンの後ろをぬけて行く。
 ハラとの一対一。
 バックチェンジでかわして抜いた。
 ファウルででも、という風にディフェンスは手を伸ばしてきたが届かない。
 持ち上がって三対二。
 ソニンが捕まえに来るが近づく前に後藤に捌く。
 後藤キープ。
 ニコルが後藤へ近づきソニンがゴール下へ下がる。
 後藤は上、上がってきた福田へ戻す。
 福田から柴田へ。
 ここで柴田がスンヨンのファウルを受けた。

 残り三十四秒。
 柴田のフリースロー二本が決まる。
917 :第九部 :2012/01/07(土) 23:05
 後は時間を使わせること。
 それがとにかく重要、という場面。
 福田はエンドからボールを受けたギュリに高い位置から付いた。
 ボール運びにも時間を使わせる。
 手までは出さずに付いて行ってのセットオフェンス。
 シュートは自由に打たせない。
 ファウルはしない。
 ボールを奪う必要は無く、一人一人がそういう動きをしっかりとする。
 切羽詰った韓国は、ギュリが遠い位置からの無理やりスリーポイント。
 リングにはあたったが大きく跳ね飛ぶ。

 リバウンド。
 ソニンと後藤。
 ソニンがもぎ取った。
 ただ、実際には途中で後藤が譲った形だ。
 万が一ファウルで時間を止めてフリースローを与えるよりは、ボールを与えても時計を流している方が良い、という選択。
 残り十五秒。

 一旦ギュリに戻し、もう一度ソニンへ。
 明らかにソニンの位置ではない距離。
 それでもソニンは打った。
 後藤はこの位置なら許容、とばかりにブロックにも飛ばずに打たせた。
 その遠い位置からのシュートが決まる。
 残り十一秒 五点差。
918 :第九部 :2012/01/07(土) 23:05
 エンドから柴田が石川へ。
 すぐにハラがファウル。
 残り十秒で石川フリースロー二本。
 二本決めて七点差。

 ここでの七点差は勝負あり、という点差だった。
 エンドから入れてギュリが運ぶ。
 もう時間がない。
 それでもソニンが呼んだ。
 ボールを入れる。
 わずかでも可能性を。
 ソニンは練習でも打たないスリーポイントを放つ。
 リングに当たって跳ね返ってくる。
 自分でリバウンドに入った。
 後藤と競り合う形、ここでもファウルを恐れた後藤はソニンに譲った。
 もう時間がない中その拾ったボールをソニンがゴールに踏み込んで打ち直す。
 最後の最後、このシュートはバックボードにあたって入ったがそれと同時にブザーも鳴った。
919 :第九部 :2012/01/07(土) 23:06
 振り返ってみれば、苦しい戦いではあったが終始日本代表がリードして終局を迎えた試合であった。
 序盤のリードをさらに広げて一気に押し切るということは出来ず、どこまでもどこまでも付いて来た。
 しかし、一度も相手に先を行かれることはなかった。
 藤本をファウルトラブルで外さざるを得ない場面でも福田がよく踏ん張ったし、最終的に藤本が退場になっても、福田が後はカバーした。
 その福田をはじめ、松浦、里田、村田といった控えメンバーをコートに送り込み、スタメン組みを休ませる場面を随時作ることが出来ている。
 一方の韓国はほぼ固定メンバーでの戦いであった。
 そのあたりの差が、終盤、石川が連続得点でリードを拡げた場面などに出てきたのだろう。
 大会初戦に延長まで戦った両チーム。
 そのときには日本代表がやっと何とか追いついてけれど、韓国代表が地力で勝利したという展開であった。
 翻って今日はどうであろうか。
 韓国代表がやっと何とか追いかけて、ギリギリで踏ん張って付いて来たけれど、日本代表が地力で勝利した展開であった、と言えるのではなかろうか。
 今大会の五試合での成長度合い。
 そこが韓国と日本とで違ったのであろう。
 そういった意味ではメンバーを入れ替えながら使ってきた信田コーチの考えが、最後に来て報われたと言える。
 アジアの三位という結果は決してほめられるものではないが、それでも世界への切符は掴んだ。
 今後9ヶ月あまりの時間を経て臨むU-20世界選手権での選手たちの活躍が今から楽しみだ。
920 :第九部 :2012/01/07(土) 23:06
 「45点てとこかな」

 斉藤が書いた原稿を見て、稲葉が言った。
 斉藤のベースはカメラマン、稲葉のベースは記者。
 経験も含めて、文字原稿を作るという面では教師と生徒くらいレベルが違う。

 「韓国には勝ったってことと大会では成長したってこと、あと来年世界選手権があるんだってこと、それくらいしかわかんないじゃないこの原稿」
 「枠があんまりないんだから仕方ないじゃないですか」
 「伝えたいことは何? 来年楽しみっていうのなら来年の展望載せればいいし、韓国戦の展開を乗せたいならそっちをもっと詳しく載せる」
 「選手たちの成長」
 「だったら、具体的な誰か一人選ぶ、あるいは組み合わせというか連携というか、チームとしての成長の部分としての項目を一つ選ぶ。それを中心に組み立てる」
 「簡単に言いますけど、初心者には難しいですって」
 「私に出来ないような難しいことも出来るからカメラマンやってるんでしょ。同じよ。難しくても書けなきゃ記者じゃない。写真が撮れて記事も書けてなら鬼に金棒って、確かにそうだと思うから助けてあげてるんじゃない。初心者には難しいとか泣き言言わない」
 「はーい・・・」
921 :第九部 :2012/01/07(土) 23:06
 不満そうな顔をしながら斉藤は、ひとまず原稿を書いていたノートPCをシャットダウンした。
 締め切りがすぐあるようなものではない。
 否、誰か買ってくれる人が決まっているような原稿ではない。
 ただの練習だ。
 こういう媒体でこういうイメージ、という条件を設定して、それへの原稿という前提で稲葉先生に見てもらうために書いたものだった。

 「にしても、CHNは強かったわね」
 「珠理奈が手も足も出ずに封じられちゃうんですからね」

 決勝、CHNの完勝だった。
 103-45
 日本戦よりも遥かな大差。
 TWNのエース珠理奈にCHNは麻友友を当てて徹底マークした。
 それによりTWNの攻撃力は半減。
 松玲奈一人ではいかんともしがたく序盤から大差が付くゲームになった。
 TWNとしてはこの二枚看板以外の周りのメンバーの底上げが必要だろう。
 ただ、それでも、CHNと一緒くたにされがちな分一般への押し出しは弱いが、地力はもう韓流よりも高いのだというところは直接対決を制したあたりで見せている。
922 :第九部 :2012/01/07(土) 23:07
 一方のCHNはこの大差のゲームを、ほぼ、敦子優子の二枚看板抜きで戦った。
 高南、麻友友、由麒麟、小陽、麻里子様。
 この五人で十分だった。
自力ではなくて運だけで試合に使ってもらったようなメンバーは、多少の経験を得てもそれを生かすことが出来ていないが、運に頼らずに一歩づつ這い上がってきたメンバーたちは、スタメン組みと同等とは行かないが、アクセントとして投入できるレベルにまで、峯南や指子などといったところが育ってきている。
 そこに優子敦子の二枚看板が四十分フルで戦ったらどうなるのか、今の力で言えばアジアでは無敵だろう。
 強いて言えば、日本代表の完成形としっかり戦った場合どうなのか、という議論はあるが、それはもう、机上の空論でしかありえない。
 この、アジアで無敵の力を持って世界へ出て行った場合どうなるのか、というのがこの先の楽しみだろう。
923 :第九部 :2012/01/07(土) 23:07
 「今にして思えば、あのCHN相手に、よく一桁点差のゲームを出来たわね」
 「はっきり力の差ありましたよね」
 「完成形とぽっと出の差かな。ぽっと出っていうのはあれだけど、ぶっつけ本番というか。熟成度がなかった」
 「CHNは完成形ですか」
 「うん。もちろん、一人一人がもっと経験積めば伸びて行くんだろうけど、チームのつながりとしては完成形って感じだったかな。日本代表は三決まで来ても、まだ、個々の力の足し算って感じだった。藤本さんと石川さん、良い感じにはなってきてたけどね」
 「じゃあ、完成形になれば」
 「うん。個々の力はそんなに変わらないような気がするんだよね。典型的なのは松浦さんで友朕には勝てるっていうあたりとか。一人一人の力を取り出しちゃえば負けてない。友朕と周りが合うと大変だけど、ソロとソロなら松浦さんで十分勝ってる。その上、敦子と優子、エース級で見るなら、石川さんが負けてるかって言うと負けてない。でも、CHNはその二人を生かせてた。じゃんけんで負けたりしない限り、その二人が中心で、二人のうちの一人を選ぶなら、特別な一回とかを除くと敦子を選ぶことになってる。そういう風に出来上がってる。日本代表はそうじゃなかった」
924 :第九部 :2012/01/07(土) 23:07
 翻って日本代表。
 チームとしての完成度がCHNと比べるとどうしても落ちる、というのが稲葉の見立てだった。
 本来一緒のチームではない藤本と石川が組まなくてはいけなかったり、周りとの合わせ方が分かっていない松浦を使わなくてはいけなかったり、難しい状況が多く見られた。
 一人一人の力は負けていない。
 それは稲葉たち記者の見立てでもあるし、メンバーたちの感想でもあった。
 高南が自分より上か? という問いに、藤本はそんなことはないと即答するであろうし、試合に出ていなかった福田でさえもそうは感じていないだろう。
 全盛期と全盛期でぶつかったらどうなるのか?
 酒のつまみにはいいネタかもしれないが、現実にそれを見ることはとても難しい。
925 :第九部 :2012/01/07(土) 23:07
 「チームとしての完成度ってのもあるけど、一人一人もまだ伸び代たくさんある子達だしね」
 「U-19っていう世代ですけど、18歳の高三世代が多かったですね」
 「石川さんですら完成形じゃないしね。高三ってことで言えば、後藤さん吉澤さんなんてまだまだ素材の力だけでここまで来ちゃえてるから、そこにしっかり味付けしたらどこまで伸びるんだかって感じで」
 「後藤さん、初戦の韓国戦と、三決の韓国戦、全然違いましたね」
 「初戦はひどすぎたけどね、そもそも。国際試合処女丸出しって感じで」
 「二試合目見た時、この子はこの大会はもうダメかなって思ったのに、最終的には立て直しましたね」
 「うん。一つたくましくなったんじゃないかな。吉澤さんなんかも、このレベルで通用するとは正直まったく思ってなかったんだけど、違和感無く戦ってたもんなあ。あの子は物怖じしないっていうか、そういうところでぶつかっていけるのがいいね。一年生、二年生のころは小さな試合でも結構びびりに見えたのに。あの場面であれだけしっかり出来るんだから見直したわよ」
 「この大会で成長したってことなんですかね」
 「この大会でっていうよりも、もう、日々の暮らしの中で毎日成長してるってことなんじゃない。インターハイなんかで、石川さんとやりあって、勝ったとは言えないけど手も足も出なかったってことはなくてそれなりに出来たこととか。選抜呼ばれたこととか、メンバーに残れたこととか、一つ一つが無意識のうちに自信につながってるんじゃないかな」
926 :第九部 :2012/01/07(土) 23:08
 稲葉は遠い目で目の前の斉藤ではなくて少し昔の光景を思い浮かべていた。
 まだまだ初心者、福田のチームと誰もが見る中のキャプテンですらない一選手としてコートに立っていた二年生の頃。
 あの時点で、福田だけを見ていた自分の目は節穴だったんだろう、と思い返す。

 「藤本さんも、石川さんと合わない合わないって感じだったのに、最後にはしっかりあわせてましたね」
 「あの子もこの年代の顔だよね。もう少し身長があれば言うことなかったんだけど。石黒先生に鍛えられてメンタル面でも前と比べれば大分強くなったし、先が楽しみな感じ」
 「大会の最初は高橋さんがスタメンだったんですけどね」
 「やっぱり総合力では藤本さんのがはっきり上だったね。高橋さんは富岡でいま二番やってるってのも影響あったかもしれないけど。高校のチーム事情はともかくとして先々進めばあの身長だと一番やらないと生きていけないから、藤本さんをどこかで乗り越えないといけないんだけど、どうだろう。逆に、高校で二番やってることで点を自分で取る意識が出てきてそれはいいんだけど。あとは、子供っぽさが抜ければねえ」
 「インターハイ見てると、成長したなあって感じだったんですけどね」
 「結局、まだ、責任背負ってないってことなのかな。大変なところは先輩たちが背負ってて、自分はその期の中のエースなだけで。だから、自分が一番上に立ったときに一気にそういうところは成長するかもしれないな」

 今大会、高橋はほとんどいいところがなかった。
 代表チームの中の選手、という意味では評価を下げてしまっているが、稲葉はまだ先々は期待していた。
927 :第九部 :2012/01/07(土) 23:08
 「その高橋さんの背負ってない大変なところってのを背負ってるのが柴田さんだったりするんですかね」
 「あの子はしっかりしてるよねえ。縁の下の力持ち、でも時々縁の上にも出て散らかったところを片して、また縁の下に戻って支えますみたいな。ああいう子が一人チームにいると助かるのよね。ゲームプラン的にもチーム運営的にも」
 「石川さんがいなければ、ていうか他のチームならどこでもすぐエースって感じですしね」
 「でも、ああいう子はエースでない方が生きるのかもしれないなとも思う。エースになっちゃうといまいち光りきれずに、玄人ごのみのするチームって感じになって、全体として上位まででてこれなくなっちゃうような気がする」
 「じゃあ、今のままがいいってことですか?」
 「うん。石川さんみたいな子と一緒にいるのがいいんじゃないかな」

 柴田は結局今大会、五試合すべてスタメンだった。
 色々と組み替えたように見えるメンバーだったが、実際には石川、飯田と並んで三人はスタメン固定だった。
 あれこれ悩んだ信田コーチも、それでも手をつけないくらいに柴田への信頼感はあったのだ。
 CHN戦ではファイブファウルで退場になっているが、試合展開を考えれば致し方ないといえるもの。
 難しい役割を要所要所でしっかりこなしていた。
928 :第九部 :2012/01/07(土) 23:09
 「その辺と比べると、ちょっと里田さんが今ひとつだったんですかね」
 「そうね。なんでだろう。力はあるのにね。藤本さんと並んで滝川の二枚看板でもあるし。もしかしたら、あの子はちょっと外に武者修行にでも出た方がいいのかな」
 「武者修行?」
 「うん。日本代表って言ったって、藤本さんはいるし、周りの同世代は割と仲いいでしょあの子。そういう知った世界を飛び出して、今までとは違う人たちの中でプレイすると、急に頭角を現したりするかもね」
 「是永さんみたいにアメリカ行ったりとか?」
 「アメリカじゃなくてもどこでもいいんだけど。アウェーな感じの中に一人で入ってやっていくの」

 今大会、里田もあまり目だったところがなかった。
 平家、後藤とのポジション争い、という風であったが、最初は平家に、後半は後藤に目立つところを持っていかれている。
 ただ、それでも、大事なCHN戦のスタメンは里田だった。
 里田への周りの期待は強いのだ。
929 :第九部 :2012/01/07(土) 23:09
 「終わったばっかりでなんだけど、先が楽しみよね、ホント」
 「先ですか」
 「うん。すぐ次、選抜あるじゃない。高校生たちには。無敗の石川さんたち富岡がいて。富岡にしか負けたことがない滝川がいて。そこにいろいろな子達が挑んで行く。吉澤さんが伸びてきて、福田さんも一皮向けて、松浦さんが大人になったら、全部なぎ倒して行くかもしれないし、後藤さんもスーパーエースとして一人で点取り捲って勝ち上がって行くかもしれない。是永さんなんかが、あんまりこういうこと言っちゃあれだけど、もし日本戻ってきて出てくれたらね、ますます面白い。今日負けたソニンちゃんも日本で借りを返そうとするだろうし。見所一杯って感じ」
 「そうですね。なんか、もう、今から楽しみです」

 代表戦は終わったばかりであるが、高校生、特に三年生にとっては、高校生活最後の大会も近づいている。
 チームに戻って、代表組みと残留組で、もう一度作り直さないといけない。

 トップ選手ほど試合数が増える。
 これはどんな競技でも宿命なのかもしれない。
 三位、という結果で終わったこの大会も、終わればそれまでだ。
 翌日には帰国することになる。
 長々と余韻に浸っていることはない。
 ただ、最低限の結果は残した最終日の夜は、多少、開放感のあるなかですごしていた。
930 :第九部 :2012/01/15(日) 00:25
 酒が飲める年齢ものもはいないので、いっぱい引っ掛けてドンちゃん騒ぎ、とはならないが、それなりの軽食を集めて、確保している会議室にメンバーは集まって打ち上げ式もどきのことをしていた。

 本人はいつもとかわらないように振舞って見せているつもりでも、周りから見ると違う、という人間はいる。
 福田だ。
 分かりやすくテンションが高い、というような振舞い方は当然しない。
 それでも、尖ったオーラをまとっていないことは、空気が読める人間には分かる。

 「あれで結果出しちゃうんだから、さすがだと思うよ」

 ちょっと斜に構えつつ松浦が褒めた。
 自分だったらどうか、と考えたりもしたらしい。

 はっきりと控えであることを告げられて、大会通じて一人だけ出番がなく、それなのに準備をすることだけは強いられる。
 その時点で自分なら腐ってただろうな、と松浦は思った。
 その上で、最終戦の後半、スタメンガードがファウル四つで回ってきた出番。
 簡単な局面ではない中でしっかりと役割を果たした。
 さらに、最終局面、スタメンが退場になったところで投入されて、試合をまとめている。
931 :第九部 :2012/01/15(日) 00:25
 全部、自分が出来なかったことだ。
 一番近くにいる人間なだけに、悔しさもある。

 「先に謝っちゃった方が勝ちだと思うよ。どっちの方がどれだけ悪いか、というのを横に置いて」

 福田が松浦に言った。
 昨晩の高橋とのつかみ合いの件だ。

 悪いことしたんだから謝れ、ではなくて、こういう言い方をされると松浦も謝れる。
 松浦の性格にあわせて福田が言葉を選んだ。
 吉澤では出来ないことだ。

 「引っ叩いてごめんなさい。謝ります」

 福田がついて行こうか、と言ったが、それはいい、と松浦は一人で高橋のところに行き謝り、相手が言葉を返す前に戻ってきた。
 高橋は不意打ちくらってあうあう言ってるだけで何も言えなかった。
 見ていた周りの判定は完全に松浦の勝ちである。
 しかし実体は、福田の勝ちなのだった。

 まあ、本当の決着はコートの上でだな、と吉澤あたりは思ったが、松浦は、コートの上ではさらさら負けてる気がないのでそういう発想はしていない。
 お互いがそう思っていても、二人のポジションはぶつかる。
 冬、チームとして対戦することがあれば、また、直接マッチアップでぶつかることは必死だろう。
932 :第九部 :2012/01/15(日) 00:25
 「高橋の方がはっきり悪いのに、謝るくらいなんで先に出来ないのよまったく・・・」
 「柴田の教育が悪いからだろ」
 「・・・、そうかもしれないですけどー・・・」

 離れた位置からその光景を見ていた柴田としては非常に不満だった。
 先輩として、高橋の不手際が、子供っぽさが我慢ならない。
 コートの上ではあややよりも大人に振舞ってちゃんと周りと合わせられるのに、なんでコート離れるとこうなんだろう、と平家相手に愚痴る。

 「性格、って言っちゃうとそれまでだけど。性格なんだろうね。負けず嫌いは悪くないと思うよ。こういう勝負の世界にいる限りにおいては。ただ、もう少し視野の広さが必要だと思う。世界は自分を中心に回ってるわけじゃないっていうのを理解できるくらいに。あいつ、うちに来てすぐスタメンだったろ。そういうの含めて、あんまり壁にぶつかったことがないんじゃないかな。中学のチームじゃ完全にスターだったろうし。その上であの顔だもん。みんなちやほやして、おだて上げて。初めてなんじゃない? こういう壁みたいなものにぶつかったの。あややが、ってことじゃなくて、試合でうまく行かなくてポジション取られる、っていうのが。あと、あんまり時間ないけど、柴田が壁になってやんなよしばらく。石川じゃ口出しても説得力ないし。プレイヤーとしても柴田なら相手できるだろ。壁になるっていうレベルで」
 「梨華ちゃんに対する平家さんみたいな感じですか?」
 「んー、まあ、そうね。そんな感じかな」

 高橋相手に先輩面していい気になっている石川の鼻をへし折ったのが平家だった。
 同じ学校にそのまままだいる柴田にとってはリアルな記憶だが、すでに卒業している平家からすれば遠き日の思い出だ。
933 :第九部 :2012/01/15(日) 00:26
 「田中とか道重なんかもそういう意味じゃ手が掛かるタイプだよな」
 「あの二人はどっちかって言うと道重のがまだ大人ですね。田中は素直というかいつわりなくあのままですけど、道重は計算してあれやってますから。計算してる分大人な感じです」
 「ああいうのが下にいる中で来年はやってかなきゃいけないんだから、高橋も嫌でも成長するだろ多分。出来れば側にサポートできる人間もいるといいんだけど」
 「小川あたりなんですかねえ、性格的には」
 「誰だっけ?」
 「・・・、名前くらいちゃんと覚えましょうよ。一緒に試合も出てたじゃないですか」
 「まあ、難しいこと言うな」

 小川琴美だっけ?
 なんか違うような気がするけど。
 と、自信のない平家は笑ってごまかした。
934 :第九部 :2012/01/15(日) 00:26
 大会が終わってほっと一息、という空気を一番発していたのは後藤だった。
 喜びを爆発させるでも無く、三位と言う結果を悔やむでも無く。
 ほっとした、という空気をまとっている。
 騒ぐでもなく、淡々と。
 明日は帰国、ということではしゃぐ亀井の話を、にこにこ微笑みながら聞いてやっている。

 長い一週間だった、と後藤は感じていた。
 自分のせいで負けた、という想いのある初戦。
 同じ相手との最終戦。
 自分の力で勝ってチャラにした、とはちょっと言い難い。
 勝ったのはみんなの力であって、自分の力はその中のごく一部だ。
 でも、勝てて良かった。

 「後藤さんて、こういう時でも落ち着いてるんですね」
 「キミがそれを言うかい」

 松浦を捨てて福田が後藤のところにやってきた。
 松浦は学校に帰ってもいつでもとなりにいる。
 今日しないといけないことはしたから、もう、あとは、松浦から離れて、今日じゃないと話せない人と話そうと思った。
935 :第九部 :2012/01/15(日) 00:27
 「第一印象、もっと軽い人かと思ってました」
 「後藤、そんなに太ってないよ」
 「そういうこと言ってるんじゃありません」
 「福ちゃんは第一印象そのままだね」
 「よく言われます」

 まじめな子なんだろうな、というのが後藤から見た福田の第一印象だった。

 「福ちゃんのおかげで助かったよ」
 「なにがですか?」
 「キミがいたから後藤はがんばれた。たぶん、そういうことだと思う。昨日は負けちゃったけど今日は勝てた。後藤の力で勝ったってわけじゃないけど、初日みたいな足の引っ張り方はしないで済んだ。ずっと毎日同じ部屋に居た福ちゃんのためにがんばろうと思ってがんばれた。だから、後藤は、キミに感謝している」
 「それって、私が感謝するべきなんじゃないですか?」
 「そんなことないよ。後藤は福ちゃんのおかげで頑張れた。キミだけじゃないけどね。えりりんとか、みんなのおかげだけど。でも、ずっと同じ部屋にいて、うじうじ悩んでる後藤の話しも聞いてくれたキミには感謝したい」
 「後藤さんみたいな人は初めてでした。私の中ではバスケは自分のためにやるものでしたから。もちろんチームが勝つために全体考えてバランスはとるんですけど、最初から人のことを考えてっていう発想はまったくなかったですから。でも、そういう人がいてもいいんだなって思いました」
 「なに、後藤って、キミの中では居ちゃいけない人だったの?」
 「そういう意味じゃないんですけど、ただ、とにかく、後藤さんみたいな人も素敵だなって思いました」

 後藤にとっても福田のような人間は初めてだった。
 そこまでひたむきにバスケに取り組むような人間は後藤の周りにはいない。
 矢口はバスケ大好きで勝つために必死だが、キャラクター的には福田とは対極である。
936 :第九部 :2012/01/15(日) 00:27
 「後藤もね、キミみたいな人と次々と出会えるなら、もうちょっとバスケやってても良いかなって思ったよ」
 「辞めようと思ってたんですか?」
 「高校でたらもういいかなってね。信田さんには怒られたけど、でも、卒業したらどうするとか、そんなのよくわかんないし。でも、福ちゃんとか、あややとか、ミキティとか、そういう子達と出会っていけるなら、もうちょっと続けてみたいなって思った」
 「どこまでいっても、日本一を目指すとか世界一を目指すとかそういう発想にはならないんですね」
 「いいんでしょ、そういう人がいても」
 「はい」

 日本一も世界一も、後藤にとっては友達と仲良くおしゃべりすることと比べれば、大した価値はないものに見えた。
 でも、やぐっつぁんがそうなりたいなら、そのとなりで頑張ってあげてもいいとは思っていたし、今もそう思う。
937 :第九部 :2012/01/15(日) 00:28
 「よっすぃーの場合元々うちにいたし」
 「市井先輩とかも行ったんですよね」
 「そっか。いちーちゃん、福ちゃんの先輩なんだよね。なんでこうも違うかな」
 「私も修学旅行で後藤さんのところに行っていいですか?」
 「え? 修学旅行で? うーん、わざわざそんなことしなくてもふつーに東京で遊べばいいじゃん」
 「あんまり興味ないんです、観光地とか」
 「じゃあ、あっちの方が面白いんじゃない?」

 後藤が指差した。
 指した先には石川がいる。

 「あっちって・・・」
 「ちょっと遠いけどね。でも、まっつーと高橋愛ちゃんをもう一回ぶつけて見るとか面白そうじゃん」
 「それ、収拾するの大変なんですけど・・・」
 「大丈夫大丈夫。なんとかなるって」
 「そもそも、松が行くっていうとは思えないですけど」
 「あはは、そっか。あの子は東京を満喫するタイプだよね。まあ、いいよ。向こう行きづらかったらこっち来ても。歓迎するよ」

 去年は、そもそも松江が選抜に出ることもなかったので特に問題なかった。
 今年は、多分出るんじゃないかなお互いに、という立場だ。
 大会一ヶ月前にそんなご対面して、大丈夫な位置に組み合わせがなるかどうか、そこから疑問であるが、そういうことはまだ二人は考えていなかった。
938 :第九部 :2012/01/15(日) 00:28
 藤本は子分相手に演説していた。
 光井である。
 高三から見て中三は完全に子供だ。
 言いたい放題言える。
 ポジション被るけれどしばらく利害はぶつからないというのもまた藤本が好き放題いえる状態を作っていた。
 そこに里田が菓子皿もって入ってきた。

 「美貴ってどこ行っても女王さまなんだなってホント今回思ったよ」
 「なんだよそれ。どこ行ってもって。ここでも滝川でも素直な可愛い美貴ちゃんでしょ」
 「・・・・・どう思う? みっちー」
 「ノーコメントでお願いします」

 ちょっと不機嫌な顔をして藤本は菓子に手を伸ばす。

 「でも、正直ちょっと今回は美貴との力の差、感じたわ」
 「高橋愛と?」
 「じゃなくて。美貴と私」
 「まいと? 全然ポジションも被ってないじゃん」
 「そうじゃなくて。最初スタメン外されたりしてたけど、美貴は結局中国にも韓国にも通用してたでしょ。ファウルアウトはしたけどさ。でも、私は、あんまり通用してなかったな」
 「そうかな? 小陽とか相手に全然問題なかったじゃん。まいが一方的にやられてたら、CHN戦の第一ピリオドのあのリードはないよ。他が力の差あったとしても。まいに関係なく点は取れただろうけど、まいのとこだけで点取られることになるから」
 「うん。序盤はね。そういうところもあったけど。でも、なんか、肝心なところで頑張れないっていうの? そういうの感じた。ここっていう場面で力が出せるか出せないか。その違いって大きいなって。梨華ちゃんとの差はそこが大きいって思った。是永美記なんかともね。で、美貴はそういうところで力が出せてるなって」

 里田はインターハイで大会序盤からソニンとぶつかり、準決勝決勝では是永美記、石川梨華という超高校級の選手たちと次々とマッチアップするはめになった。
 そのときの敗北感のようなものをこの選抜の合宿および代表戦でも払拭することが出来なかった。
939 :第九部 :2012/01/15(日) 00:28
 「なんか思っちゃったんだよね。エネルギーの量が違うなって」
 「エネルギーの量?」
 「負けたくないって奴? 美貴って完全にそういう感じだし。梨華ちゃんもそう。あややと高橋愛のケンカもそういうところから起きたものでしょ。そういうエネルギーの量が私には足りないんじゃないかと思った」
 「ごっちんとかそっち系でしょ。でもあれだけできるじゃん。まいもいっしょだって」
 「あの子は天才。私はただの人だよ。スタイルは美貴よりいいと思うけどね」
 「なんでそういうこと言うかな」
 「あーあ、このスタイル生かして、金持ちのプロ野球選手でも捕まえて、幸せ夫人にでも納まりたいよ」
 「いまどき野球選手って・・・。サッカーならまだ分かるけど。どっちかっていうとお笑いのがお似合いだと思うよ」
 「稼げない面白くないお笑い芸人とか・・・」
 「まい。でもさ、そんな先のこと考えてる場合じゃないのよ。学校帰ったら、石川梨華殲滅計画を立てないといけないんだから。三度目の正直じゃなくて何度目か知らないけどさ。最後くらい勝って終わらせるからね。まいが頑張らなきゃ始まらないんだから」
 「麻美とかガキさんとかみうなとかいるって。あとなつみさんが美貴の心は支えてくれる。あさみがチームのまとまりは見てくれる」
940 :第九部 :2012/01/15(日) 00:28
 藤本と里田が滝川に入学して以来、滝川山の手は公式戦で六回負けている。
 二年夏のインターハイ北海道予選の時以外の五回は、すべて石川のいる富岡に負けたものだ。

 「まい」
 「なんだかんだで、こういうこと言えちゃうの美貴とあとあさみくらいにだけなのかな」
 「アジアとか世界とか、とりあえず来年まで忘れる。まいが石川梨華に直接勝てなくてもいい。五人で十五人で、チーム全員で、富岡倒せばいい。とりあえずそれだけしばらく考えよ」
 「めずらしいね、美貴が人を慰めるようなこと言って」
 「ちゃかすなよそこで」
 「ごめん。でも、なんか、私はそういう後ろ盾がないと大して何も出来ない人間のような気がするよ」
 「まい」
 「分かってるよ。投げ出したりはしないから。最後まで頑張るよ。ただ、ちょっと言ってみたかっただけ」

 そう言って里田は、皿に乗っているメイドインチャイナなポテトチップスを口に持って行った。
941 :第九部 :2012/01/15(日) 00:29
 吉澤は石川と話しこんでいた。
 二人で長いこと話す、というのはありそうでなかったこと。
 滝川カップをきっかけに親しくはなってはいたが、二人ということはあまりなく多かったのは四人だ。
 二人で話すのは吉澤からすれば後藤や藤本の方が多いし、石川にとっては是永が見るべき相手だった。
 プレイヤーとしては吉澤にとっては石川は雲の上感を持たざるを得ない位置にいたということもある。
 その力はこの機会にも見せ付けられる思いはあったが、それでも、この人と少し話しがしたい、という気持ちの方が今は強かった。
942 :名無飼育さん :2012/01/29(日) 00:59
作者さん、無理せず、ゆっくり。気長に待ってますんで。
でも、生存報告だけでもあるとうれしいです。
943 :名無し娘。 :2012/01/30(月) 09:55
一息ついたって感じだしね。
でも2週更新ないだけだから!
944 :第九部 :2012/02/04(土) 21:12
 「どうだった? 石川さんから見て、世界の入り口としてのアジアってやつは」
 「二回も負けたのが悔しいってのはあるけど、それはそれとして、こんなもんかっていうところもあったかな」
 「こんなもんか、なんだ」
 「今日なんか完全にそうだったけど、全然美記、是永美記ちゃんのがすごいじゃんて感じだった。フェイスで付くのも私にびびって付いてるだけで、別にディフェンスのスペシャリストって感じじゃなかったしね」
 「たいしたことないって感じ?」
 「ディフェンスの堅さなら滝川のが堅いよって感じ。ミキティとしっかり合うようになれば韓国のディフェンスなんかは全然怖くないって思った。ただ、麻友友とか、敦子? あの辺が本気になった時の攻撃力はすごいと思う。特に敦子なんてむかつくけど私が相手してても100%って感じじゃなかったし。オフェンスの破壊力ってところは日本の中でやってるときよりみんな強いなって思った」
 「だから準決も三決も百点ゲームなわけか」
 「韓国のギュリとか? ミキティが苦労するくらいだしね。みんな守りより攻めって感じ。アジアだとあんな感じだけど、世界ってなるとそれにさらにしっかりしたディフェンスが加わるのか、オフェンスがさらにすごくなるのか。来年、結構楽しみだな」

 石川にとって、二回負けての三位という結果は満足の行くものではないが、この大会は通過点である、という認識もそれとは別のところで持っている。
945 :第九部 :2012/02/04(土) 21:12
 「なんかすごいよね。そうやってセカイを見ながらバスケ出来るのって」
 「何言ってんのよ。よっちゃんだって同じでしょ」
 「私はまだまだ。社会化見学に来たおこちゃまみたいなもんよ」
 「そんなことないでしょ。CHN戦とか、よっちゃん入って行けるかもって雰囲気になったし。高橋みたいな言い方は良くないと思うけど、でも、あの試合は確かに高橋が言うように、あややが入ってからがまずかったと思うよ。柴ちゃんのまま行ってたらひょっとしたらって思えたもん。少なくとも私はゲーム中そう思ってたよ」
 「でも、あれって所詮ワンポイントじゃない。総合力で選ばれたわけじゃない」
 「理由なんて何だっていいでしょ。試合に出て勝てれば」
 「ううん。それが最後でそこで終わりならそれでもいいかもしれない。でも、今の私はしっかり分かってないといけないんだ。飯田さんと比べるとはっきり負けてるっていう位置なんだって。四番でやるにしてもごっちんを信田さんは選んで、私じゃないって。足りないものがあるんだって」
 「そっか。それはそうだね」

 友達であって人として対等であることと、選手として対等であることは違う。
 吉澤から見て石川は、プレイヤーとして対等の力関係で話を出来る相手ではないし、石川から見て吉澤は、プレイヤーとしてライバル心を持てる相手ではない。
 バスケの話をするときは、吉澤は少し下から目線になるし、石川は少し上から目線になる。
946 :第九部 :2012/02/04(土) 21:12
 「よっちゃんは選手としてはまだちょっと足りない部分があるのかもしれないけど、でも、すごいなって思ったよ私は。この三週間で」
 「三週間で?」
 「インターハイで試合したじゃない」
 「うん」
 「滝川カップでも試合したじゃない」
 「うん」
 「滝川カップは試合だけじゃないけど、キャプテンだなあって思ったのよね、よっちゃんのこと」
 「なにそれ」
 「キャプテンだなあって」
 「意味わかんないし」

 キャプテンはキャプテンだ。
 違うといわれても意味分からないが、キャプテンだなあ言われても、吉澤としてはそりゃそうだろってなものである。

 「でね、合宿の時も思ったの。キャプテンだなあって」
 「だから、意味わかんないから」
 「私、そういうの出来ないんだ。ミキティにいつもバカにされてるけど。ちゃんと全体に目を配るみたいなこと。全部柴ちゃんに甘えちゃってる。チームの中だと。ボールしか見てないっていうかゴールしか見てないって言うか。ディフェンスは見てるけど。勝つことしか考えてない。ちゃんとリーダーやるのは自分には出来ないなあって思う。だから、よっちゃんのそういうところはすごいなあって思った」
 「別に、大したことしてないよ」
 「そう言えちゃうことがすごいのよ」

 吉澤、頭をポリポリとかく。
 こういう褒められ方には慣れていない。
947 :第九部 :2012/02/04(土) 21:12
 「一緒のチームで出来て良かったあ」
 「出来てっていうほど試合出てないけどね、私」
 「試合だけじゃないよ。一緒に練習して、一つの同じものを目指して。休みの日に観光とかも連れてってくれたじゃない。ああいうのも全部含めてさ。一緒のチームで出来て良かった」
 「試合も出られたらなお良かったけどね」
 「ていうか、CHN戦、あそこからひっくり返せてたらねえ。いけると思ったんだけどなあ」

 初戦で負けた韓国には、最後にリベンジすることが出来た。
 負けたまま終わったCHN戦が石川にとって一番悔いが残る試合になっている。

 「次は勝つけどね」
 「次かあ。私に次はあるかなあ」
 「あるよ。ある。だから、高校帰って練習練習」
 「あとは選抜だけかあ。石川さん無敗で卒業なるか? ってやつですか」
 「無敗で卒業します。簡単じゃないと思うけどね。よっちゃんたちと試合するのも楽しみだよ。もう一回。ミキティたちともね」
 「みんなが勝ちあがれるってわけじゃないけどね」
 「だからリーグ戦にして欲しいのよ。もっとみんなと試合できるように」

 滝川カップの時のことをまた言っている。
 でも、トーナメントですべてが片付けられてしまうのは高校までだ。
948 :第九部 :2012/02/04(土) 21:13
 「次は勝つけどね、は石川さんじゃなくて私やミキティが言うべき言葉だな」
 「なによそれ。誰に勝つっていうの?」
 「石川さんに」
 「ないないないない。負けないよ」
 「ちょっとヒントはつかめた気がするんだ」
 「なによ。言ってみなさいよ」
 「言わない」
 「けち」
 「けちって・・・」
 「じゃあ、意地悪! いいじゃない減るもんじゃないんだし」
 「いやいやいや言えるわけないでしょ。でも、じゃあ、ヒント。そのヒントは石川さん自身がくれました」
 「私? 私何か言った? それともした?」
 「さあ。どうでしょう」
949 :第九部 :2012/02/04(土) 21:13
 石川は言っていた。
 オフェンスの破壊力は日本でやってるより上だなってのが今大会の印象と。
 吉澤は思った。
 石川を止められなくても、石川から点を取ることなら多分出来る。
 インターハイ、ほぼ無策で臨んだ試合だったけれど、実際にやったことは点の取り合いだった。
 相手ディフェンスの弱いあやかのところ、攻撃力のある松浦のところ、その二枚で点を取って前半五分の勝負をした。
 いろいろと足りない面はあって後半結局離されたけれど、自分たちの性に合ってるのは点の取り合いだと吉澤も思う。
 あややに頼らず、あやかに任せず、自分もオフェンスの選択肢として加われば、さらに点が取りやすくなるんじゃないかと感じた。
 インターハイの時は、まだまだ石川のことを、石川梨華であるという理由だけで怖がっていたという部分が強かった。
 次は戦いたい、と思っている。
 それが、最後は市井のディフェンスが悪かったから試合が壊れたんだ、というあのときのあややの言葉に対する反証にもなることだった。
950 :第九部 :2012/02/04(土) 21:14
 「石川さんに勝つチャンスは後一回。でも、その一回で勝てば勝ちだから。次は、勝つよ」
 「あのさあ・・・」
 「なに?」
 「そろそろやめない?」
 「なにが? 私が石川さんに勝つっていうのがそんなにおかしい?」
 「そうじゃなくて。合宿の時から気になってたのよ。そのうち変わるだろうと思ってたんだけど、結局変わらず今日まで来てさあ。そろそろ変えて欲しいのよ」
 「だからなにが?」

 なぜか頭に手をやる吉澤。
 寝癖でもついているか? と思ったらしい。
951 :第九部 :2012/02/04(土) 21:14
 「ごっちんは分かるのよ。前学校一緒だったらしいし。でも、ミキティはミキティって滝川カップの時から呼んでたし。柴ちゃんも合宿来てしばらくしたら柴ちゃんになったし。で、なんで私だけ石川さんなわけ?」
 「なんでって、なんでだろう。石川さんだから」
 「だ・か・らー! もうちょっと他に呼び方ないわけ?」
 「・・・。石川様とか? 梨華さまとか?」
 「なんでさまになるのよ」
 「じゃあ、どうして欲しいのよ」
 「チャーミーとか。チャーミーとか。チャーミーとか」
 「・・・」
 「なによその顔」
 「見ての通りの顔です」

 世に言う、呆れ顔だった。

 「分かったよ。じゃあ、次は勝つよ。んー、梨華ちゃんに」
 「勝つよは余計」
 「そこは譲れない」
952 :第九部 :2012/02/04(土) 21:14
 吉澤にとって石川は、距離が近づいていても格上の存在だった。
 先輩と後輩ではないけれど、どこかで敬意が入ってしまっていた。
 雑誌の表紙に載る同世代の英雄と、バスケ暦半年のファウルアウト女、ほどの違いのある出会い、いや、出逢いどころか一方的な認識だった。
 一歩一歩近づいて、二年生のインターハイの時にようやく相手側の視界の中に入った。
 石川が中心にいる世界の片隅にようやく入ることが出来た。
 国体では直接対決、マッチアップでついて相手をしてもらうことが出来た。
 でも、胸を貸してもらっただけで、まったく対等な戦いではなかった。
 滝川カップ、初めて人間石川梨華に触れた気がした。
 プレイヤーとしては雲の上だったけれど、人としてはあんまり立派ではない普通の高校生だった。
 バスケをしていなければただの女子高生だ。
 バスケをしていたから近づくことが出来たのだけど。
 インターハイ、再戦。
 今度は本気で勝とうと思って戦った。
 それでもその意識はまだ、格上に対するチャレンジで、あわよくばというレベルのものだった。
 選抜メンバーに選ばれて、合宿から大会まで三週間、寝食をともにした。
 プレイヤーとしてはまだ自分の方が格下だろう、という意識は吉澤の中にある。
 だけど、チームとしてはそれほど大きな差があるわけではないんじゃないか、ということも感じ始めていた。
 吉澤と石川だって、最初は1-9くらいの力の差があったかもしれないけれど、いまは4-6かそれよりもっと小さなところまで来ている。
 全体で補えないような差じゃない。
 福田にだって松浦にだって、色々と課題はあるし、完璧じゃないけれど、そういうのを全部束ねて、最後にもう一戦、石川梨華と交えたい。
 そう、吉澤は思った。
953 :第九部 :2012/02/04(土) 21:14
 「最後は私が勝つけどね。でも、楽しみにしてるよ。よっちゃんと試合できるの」
 「最後は私たちが勝つから。梨華ちゃんの泣きべそ見るの楽しみにしてるよ」
 「言ったわねー」
 「ああ、言ったさ」

 石川梨華はもう、手の届くところにいる。
 自分が雲の上まだ上がったのか、最初から雲の上になんかいたわけじゃないのか。
 どちらかわからないけれど、吉澤は、そんな風に思っていた。
954 :第九部 :2012/02/04(土) 21:15
 そんな微打ち上げパーティーの後、石川は信田コーチに呼ばれて部屋へ行った。

 「石川は、公立高校だったよな。ちゃんと学校行ってるか?」

 石川が部屋に入って言われた第一声がそれ。
 何の話しになるのかさっぱり分からない石川だったが、その後続いた信田の言葉は、もう一ヶ月近く学校行かなくても大丈夫か? 卒業ちゃんとできるか? というものだった。

 「アジア大会があるのは知ってるな?」
 「はい、ってまさか?」
 「そのまさか」

 日本代表への選出。
 この段階では非公式なものだったけれど、つまりはそういうことだった。

 「この世代から一人か二人って声は最初からあってさ。飯田の方が最初は本命だったみたい。ポジション的には石川の方が熾烈じゃない。フル代表でやってくには。でも、今大会の五試合を見て石川の方が面白いって思ったみたいね。まあ、若い勢いってのも石川のがあるし、フル代表にもなにかをもたらせるって判断なんじゃないかな」
 「ありがとうございます」
 「私が選んだわけじゃないよ」

 代表メンバーは代表監督が選ぶものだ。
 フル代表の監督はこの大会を視察して、終了した時点で信田にそう告げたのだ。
955 :第九部 :2012/02/04(土) 21:15
 「ただ、学校卒業出来ないのはまずかろうってのがあって」
 「大丈夫です。なんとかしますから」
 「なんとかって、簡単に言っていいのか?」
 「大丈夫です」

 信田は笑っていた。
 代表に呼ばれたと聞いて、石川がためらうような部分を見せるはずはない、というのは分かっていた。
 ここまでがっつくかどうかは別だが、こういう感覚の選手である方が好ましいとは思っている。
 石川の姿がほほえましく見えた。

 フル代表の招集はまだ少し先だ。
 実際には一度帰ってからになる。
 召集されれば時期的には選抜大会の県予選には完全に重なることになる。
 県大会含め、大事な時期にキャプテン不在になる。
 でも、そんなことは、石川の頭の中にはなかった。
956 :第九部 :2012/02/04(土) 21:15
 石川梨華の戦いも、まだ、続いて行く。
957 :第九部 :2012/02/04(土) 21:16
 おわり
958 :第九部 :2012/02/04(土) 21:16
******************************
959 :名無し娘。 :2012/02/06(月) 12:46
ぬぉぉ なんかメル欄が「今日はここまで」じゃないのが気になりすぎるのだがぁっ!
960 :作者よりの挨拶 :2012/02/11(土) 23:48
ファーストブレイク第九部 完結しました。

当初からの予定では全十部で、ここに至るまでもそういう書き方をして進めてきましたが、ここで終わりにしたいと思います。
理由は、一言で言えば、長すぎた、でしょうか。

書き始めた時点から長くなるのは予想ついていましたが、それにしても2007年とか8年には終わると思ってました。それが今や2012年。時代は変わりすぎです。
脱退卒業当たり前。結婚したり子供できたりタバコ吸ったり離婚したりあれな弟とか、もうあれこれありすぎです。時代に置いていかれました。
ここの周りを見渡してみても、書き始めた当初にいた人はもうほとんど見当たりませんし、この話自体からもほとんど人がいなくなってますしね。

第十部、書くとしたらたぶんあと二年くらい掛かるでしょう。さすがに長すぎる。自分自身の生活も、そんな遊びに使えるほどの余裕はなくなってきました。

ネタに詰まったとかそういうことはなくて、逆に、ここに至って最初から決まっていた最終形までの間の道のりが全部見えたなあ、という感じだったりします。なので、いろいろな状況さえそろえば書くのは書けるんですが、エネルギーが足りない、というところでしょうか。

そんなわけで、第九部にして、私たちの戦いはこれからよエンド、とさせてもらおうと思います。

いままでお付き合いいただいた方にはありがとうございました、とお礼を言いたいと思います。
そして、力及ばずごめんなさい。

みや
961 :名無飼育さん :2012/02/12(日) 00:20
みやさん、おつかれさまでした。
毎週の楽しみがこれでなくなってしまうのかと思うと寂しいですが、
時代と関係なく、また戻って来ていただける日を楽しみにしています。
962 :名無飼育さん :2012/02/12(日) 10:46
さびしい・・・終わってしまうのがとってもさびしい
でもわがままは言えませんね・・・

ファーストブレイクは今では自分にとって飼育に来る一番の楽しみでした。
長らくに渡っての連載お疲れ様でした&ありがとうございました!
963 :名無飼育さん :2012/02/12(日) 12:43
長い間、お疲れさまでした。
少し前、飼育全体の更新がほぼ皆無な時、ここだけは毎週更新で楽しみにしておりました。
もし書くエネルギーが戻ったらまた通います。
本当にお疲れ様でした。
964 :tama :2012/02/12(日) 17:55
なんかそうなるかもしれないな、とは前から薄々思っていて。
実際にそうなってしまうととても寂しい。

毎週更新という相当大変なことを長い間やっていたみやさんには頭が下がります。

ハンターハンター的な感じでもべしゃり暮らし的な感じでもいいので
いつか最後まで書ききってもらえればなあと思います。
なんて、わがままを言ってみたり。

お疲れ様でした。
ここの更新を見るのが週末の楽しみでした。
ありがとうございました。
965 :名無飼育さん :2012/02/12(日) 20:46
お疲れ様でした。
最初からずっと追っていたにも関わらず、今まで1度も感想も書かずに申し訳ないです。
自分のような人が他にもいるんじゃないかと思いますが…
毎週末、楽しみにしていました。
終わってしまうのは寂しいですが、この作品に出会えて良かったです。
長い間、お疲れ様でした。
そして、ありがとうございました。

966 :島根っ子 :2012/02/12(日) 22:02
本当におつかれさまでした。最近はなかなか書き込まなくて申し訳ないです。いつの間にか、自分も社会人になってしまいましたが、よっすぃーの成長もとてもうれしかったです。 日本代表に選ばれるなんて…最後のインターハイではきっとデカイことをやってくれるんだろうと心に思い浮かべていたいとおもいます。本当にありがとうございました。
967 :島根っ子 :2012/02/12(日) 22:04
久しぶりすぎてsage忘れる失態… すみません。
968 :名無飼育さん :2012/02/16(木) 11:58
完結おめでとうございます。そしてお疲れさまでした!
連載当初から読ませていただいておりました。
毎週の楽しみだったので寂しくはありますが…

またみやさんの作品に出会えることを楽しみにしています。
ありがとうございました!

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