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ファーストブレイク 6th period

1 :みや :2010/07/24(土) 16:24
これのつづき

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高校生がバスケする話
吉澤とか石川とか藤本がそれぞれの学校で中心ぽくいて、周りにいろいろな人もいます。
その他の学校も出てくるし、学校の枠組みを超えることもいろいろとあります。

更新は基本週一 土曜日午後(ただし0時過ぎてカレンダー的には日曜日になることもある)

全十部予定で、このスレッドは第九部開始時点、となります。
ご新規さんは、ここを単独で読んでみて、面白いと思ったら初期に遡って読めばいいと思います。

よろしくお願いします。
201 :第九部 :2010/10/30(土) 10:14
 「是永。行く前からあんまり言うべきことじゃないんだろうけど、あえて言うぞ。一度でうまく行くと思うな。外国で力を発揮するっていうのは、是永のバスケの力量だけでは測りきれない部分がある。それに周りのレベルも高い。是永と同レベルの選手っていうのも日本より多いだろう。そういう中で勝ち抜くには運も必要だ。一度でうまく行けばそれでいい。でもな、一度でうまく行かなくてもあきらめるな。何度でも何度でも何度でも。また、挑戦すればいい。まだ18、いや17だったかな?」
 「17です」
 「17だろ。若いんだからな。何度でも挑戦すればいいんだ。一本で入らなかったらリバウンド取ればいい。リバウンド取れなかったら、ディフェンスすればいい。あきらめずにな。すげー奴とかいるかもしれないけど、一日一日追いかけていけばいい。夢は諦めなければ適う、なんて子供だましなこと言うつもりはないぞ。ただ、無心に追いかける価値はあると思う。そして、是永は追いかけるだけの権利がある。十分にな。うまくいくかどうか、夢がかなうかどうか。それはもう、私が予想できるレベルじゃない。ただ、簡単じゃないことだけは分かる」

 是永がアメリカに渡って成功できるかどうかは誰にも分からない。
 信田も、きっとうまく行くよ、と無責任に言える立場ではなかった。
202 :第九部 :2010/10/30(土) 10:15
 「是永がまともに英語がしゃべれるとも思えないし。言葉も通じない中で、セレクションでもうまく行かなくてとか、まあ、いろいろあるかもしれない。でも、それも全部自分で選び取った道だ。是永は、自分が主役として生きる道を選んだんだ。それも全部含めて楽しんでくればいい」
 「はい」
 「あと、余計なことだけど、ちゃんと、卒業しとけよ学校。日本戻ってくるにも、向こうでNCAAとかでやるとか、そういう選択肢を広く持つのに高卒って資格は案外大事だから」
 「その辺は、多分、大丈夫みたいです」
 「まあ、背水の陣とか言って、無茶したりしないことだな。頑張って来い。というか、楽しんで来い」

 信田が右手を差し出したので、是永もそれをがっちりと握った。

 「信田さんの下で試合がしたかったです」
 「なにを、心にもないことを」

 怒った言葉を出しつつも信田は笑っている。
 間違いなく戦力だった選手が、大会を前にチームから去って行く。
 痛いはずは無かったが、信田は是永を引き止めるようなことは一つも言わなかった。
 迷っている段階から、言わなかった。
 目の前の世代別の試合より、是永の人生であり、長期的展望の方が大事だ。

 是永も、信田の下でがどこまで本音かは分からないけれど、このチームで試合がしたかったのは確かだった。
203 :第九部 :2010/10/30(土) 10:15
 信田の下を去り是永は部屋に戻った。
 荷物をまとめて帰る。
 午前中だけ練習に参加するとか見て行く、という選択肢もあったのだが、それはしない。
 決めたからさっさと帰る。

 松浦は部屋にいた。
 これから練習へ向かうところ。
 小荷物準備中の松浦は、大荷物抱える是永にはなむけの言葉を捧げたりはしない。

 「変な意地張らないで練習してけばいいじゃないですか」
 「いいの。けじめだから」
 「自分中心じゃないチームでの生き方を練習しといた方がいいですよ、美記さんは」
 「キミもね」

 是永は荷物を持って立ち上がる。
 先に、一人で部屋を出て行くつもりだ。
 松浦を待ちはしないし、松浦も一緒に途中までなんて言うつもりもない。

 「キミに最後に忠告しておいてあげよう」
 「なんですか?」

 是永は荷物を置いてしっかりと松浦の方を見た。
 座ったままの松浦も、是永の声色に何かを感じたのか是永の方を見つめ返し、まじめな顔で言葉を待った。
204 :第九部 :2010/10/30(土) 10:15
 「キミはとても才能があるし、自分じゃ意識してないかもしれないけどとても努力もしてると思う。だから、無名の学校の無名の選手から短い時間でここまでこられたんだと思う。キミは確かに才能があると思う。それを自分で分かってる。だから自分で何でも出来ると思ってる。周りより自分が優れてると思ってる。だから、自分中心に動くべきだと思ってるんだろうと思う。周りが自分の足を引っ張っていると感じてる。でも、そうじゃないんだ。チームって言うのはそうじゃないんだ。自分に力があるなら、自分に才能があるなら、チームのために使うべきなんだ。誰かがミスをしたら、自分の足を引っ張ったって思うんじゃなくて、そのミスを自分がカバーしよう、取り返そうと思うべきなんだ」
 「美記さんがそれを言うんですか? 今から、一人でアメリカに行こうっていう」
 「チームのみんながいたから、今の私があるんだと思ってる。みんながいたから、アメリカに行こうって、そう思えるくらいの自信をつけさせてもらえたんだと思う。ちょっと怖くなって迷ったりはしたけどね」

 何かを言いたげな顔をしているように是永からは見えたけれど、松浦が口を開く前に是永が続けた。
205 :第九部 :2010/10/30(土) 10:16
 「もっと周りを信じた方がいい。そして、もっと周りのメンバーに敬意を払うこと。キミが信じてるのは福田明日香さんだけなのかもしれないけど、彼女は確かにいいプレイヤーだけど、二人でやっているわけじゃないんだ。吉澤さんだってあやかさんだっていい選手だよ。それに、選手としていいかどうかっていう問題でもなくて、キミみたいな子がいれば、逆に試合になんか一生出られなさそうな子だっているんじゃないの? そういう子達まで含めて一つのチームで、キミはそういう中の代表なんだ。自分の目指すところへ到達しようとするだけじゃなくて、チームを、チームの目指すところへ到達させたいって、キミの意思で考えられるようになった時、多分、キミはもっと力を発揮できるようになれると思う」

 吉澤に言われたら反発したかもしれない。
 中澤に言われたら素人に何が分かると言ったかもしれない。
 是永に言われると、苦々しく思っても口に出して強く反論は出来なかった。
206 :第九部 :2010/10/30(土) 10:16
 「インターハイの富岡戦も、キミがもっとしっかりしてればもっと抵抗できたと思うよ」
 「見てたんですか?」
 「逆ブロックで富岡を止めるとしたらキミたちかもしれないって聞いてたからね」

 松浦は不快そうな顔をしているがそれ以上は何も言わない。
 見てたかどうか、よりも、本当はなんで自分のせいなんだ? というところの方が引っかかる部分だ。

 「キミは別の誰かが悪いって思ってるかもしれないけど、前半ベンチに下がらなきゃいけなくなったこととか、終盤もキミが引っ張って行って流れを止める、変える一本を決められていれば別の展開もあったかもしれない」
 「やっぱり一対一で打開しろってことなんじゃないんですか?」
 「そうでもあるけど、そうでもない。流れを変える一本云々は結果論だったかな。ただ、あの試合を人のせいにしてるようだと、この先危ういよ」

 松浦は答えない。
 言いたいことがあるのかないのか。
 あっても言葉が浮かんでこないのか。
 是永は、荷物を持った。

 「ちょっと余計なこといいすぎたかな。まあ、考えてみて。じゃ、帰ります」
 「おつかれさまでした」
 「おつかれさま」

 最後はさらっとしたものだった。
 一週間の付き合い。
 先輩が帰るというのに、年下の松浦は座ったまま見送った。
 ぺらぺらと、余計なことをしゃべりすぎたな、と是永は思った。
 結構、気に入ってしまったようだ。
207 :第九部 :2010/10/30(土) 10:17
 暑くもなく寒くもなく、花粉が飛び交うでもなく、日本の四季の中でも最も恵み多い時期。
 秋晴れに恵まれた空の下、是永は帰って行く。
 みんなでお見送りというようなものはない。
 他のメンバーは普通に練習があり、明日には代表メンバーが決まるのだ。
 是永には是永の歩く道があるように、他のメンバーにも道がある。

 建物を出て数十メートルほど行ったところで、背中から声が飛んできた。

 「待って!」

 振り返ると、石川がいた。
 走ってくる。
 練習へ向かう途中のようだった。

 走ってくるその勢いが是永の想像以上で、あれ、と思ったときにはもう抱きつかれていた。
 結構な勢いで走ってきたようで、多少息が切れている。
 それでも、ゼエゼエいうところまで行かないのはさすがトップ選手だろうか。
 是永も、石川の勢いに圧倒されつつも、なんとなく空いている右手を石川の背中へまわした。

 石川の思いが伝わって・・・、いや、あんまりこない。
 走ってきて抱きつかれるなどという経験は是永にはない。
 男子からはないし、女子からもそういうスキンシップ体験が多い世界には住んでいない。
 それでも、なんだか石川さんらしいなあ、と意外に冷静だ。
 ドキドキしたりもしない。
 やがて、抱きつきに満足したのか、石川の方から体を離した。
208 :第九部 :2010/10/30(土) 10:17
 「帰っちゃうんだ」
 「うん」
 「そっか」

 走ってきたけど、石川の方も何か具体的なことを言おうとしてやってきたわけではないようだった。

 「美記」
 「ん?」
 「ちょっと言ってみたかっただけ」
 「なにそれ」
 「呼びなれないからさあ」

 周りのメンバーとは違う呼び方で是永のことを呼びたかっただけのようだ。
 もっとも、中村学院の中では、普通に美記と呼ばれているので、是永の側には違和感はない。

 「梨華」
 「なに?」
 「ちょっと言ってみただけ」
 「なによそれ、もうー」

 二人は声を出して笑う。
 他愛も無さ過ぎる会話。

 「練習始まっちゃうよ」
 「うん」
 「遅刻したらメンバーから外されちゃうよ」
 「そしたらアメリカ行くよ」
 「お手軽だなあ」

 特別親しく仲良く暮らしていたわけではない。
 ただ、この一年、自分と向かい合う位置にいつも立っていた人。

 「頑張ってきて」
 「うん」
 「また、どこかで」
 「また。飽きるまで一対一やろう」
 「飽きるまでっていうか、ばてるまでかな」
 「そうだね」

 飽きることは、たぶん、ないのだ。
 選手を辞めるまで。

 「じゃ、また」
 「またね」

 もう一度抱き合う、というようなことはしなかった。
 是永は、別れを告げて石川に背中を向けて歩いて行く。

 場所が変わるだけだ、ちょっとレベルは上がるけど。
 是永はそう思った。
209 :第九部 :2010/11/06(土) 23:17
 二十三人になった。
 是永が居なくなったことに対する具体的な説明は誰もしなかったし、選手の側も問いかけもしなかった。
 改めて、いないことを話題にするものもいない。
 いないということはそういうことだ、と誰もが理解した。
 石川も、その件についてあとに引いたりしない。

 二十三人で普通に練習は行われた。
 今日の夜、選抜メンバーを決めて明日通達、ということを信田は選手たちに言っている。
 それも練習中に口に出すものはいないが、全員頭の中に入っていることである。

 五対五。
 信田のメンバーの選び方で、誰が本線で、誰が押さえで、誰が当落線上なのか、なんとなく見えてきたような気がそれぞれしている。
 藤本、石川、飯田。
 ガード、フォワード、センター。
 この三人は主軸なんだな、というのを誰もが感じ取った。
 後の二人のところを誰が埋めるのかは今ひとつ分からない。
 柴田、高橋、松浦、久住、あたりを順繰りに入れてみたり、もう一方は後藤、里田、平家あたりが入っている。
 その他に、村田は五対五では飯田のマッチアップを長時間していて、センターの控えとしてメンバーから外れることはなさそうだな、というように見えた。
210 :第九部 :2010/11/06(土) 23:18
 当落線上に見える、あるいは本人がそう感じるようなメンバーは結構いる。
 吉澤もその一人だ。
 最初は、ここにいられるだけでなんかすげー、と思っていた。
 メンバーに残れるかどうか、というのはしばらく考えないようにして、ただ、高いレベルの練習を楽しんできた。
 それが、いざ、メンバーが決まる、という段になるとやはり気になってくるものだ。

 チームの中での立ち位置も、この一週間で少し変わってきた。
 最初は、高い位置に目線があって、しっかり全体を見ているような部分があった。
 日が経つにつれてそれが薄れてきている。
 そんなことしなくていいよ、という周りの言葉もあった。
 それよりも、やはり、メンバーがいつもと違うというのがある。

 普段、吉澤が何かしようとすると、となりにいるのはいつもあやかだった。
 あやかは本質的には上品なお嬢様だ。
 そして、下には福田や松浦がいる。
 個性が強すぎて、誰かが統率しないといけない。
 市井、というのはやはりそういう役割ではなく、どうしてもキャプテン吉澤の役割なのだ。
 その役割に馴染んでいた。
211 :第九部 :2010/11/06(土) 23:19
 選抜チームに来て状況は変わった。
 自分より年長者がしっかりいる、というのが大きい。
 市井とは意味が違う。
 元々馴染みのあった飯田、同室の平家、洗濯係で話す機会も多い村田、一番最初の飼い主矢口。
 特に今回は、飯田、平家というところに、吉澤の感覚としては可愛がってもらえている。
 そして、なんとなくな空き時間、練習終了直後のまだ体が元気でもう一動きしたい時に一対一なんかを一緒にしちゃうのは後藤だ。

 先輩がいることと、後藤がいること。
 これが吉澤に一つの感覚を思い出させていた。
 悪ガキ感覚だ。
 隣があやかではなかなかそれが発露しない。
 後藤だと、ちょっと悪さがあるのだ。
 無意識な。

 統率するべき後輩もいない。
 全体は信田コーチが見ている。
 そもそも自分自身が目立つ立場ではない。

 自分のことだけを考えて、好き勝手が出来るという状況に馴染んできた。
212 :第九部 :2010/11/06(土) 23:19
 そんな中での、メンバー決定前最終日である。
 ここにもう少し残りたい。
 そういう欲求が出ている。

 やるべきことはそれほど変わっていない。
 とにかく、飯田であり村田であり、というところに向かって行く。
 飯田さんこんなに強かったっけ? と一年ぶりの対戦で何度も思った。
 それは、社会人になって飯田が手に入れたものだ。
 一週間かけて、それにも慣れてきた。

 「根性じゃ負けねー」

 一本づつ止める五対五のディフェンスで、こぼれたルーズボールに飛びついて確保して立ち上がっての吉澤の言葉。
 見ていた信田が冷静な突込みを入れた。

 「プレイ止まってなかったら、それトラベリングだから」
 「えー、ボール取ったところで勝ちでいいじゃないっすか」

 吉澤の抗議に信田は笑っている。
 まじめな注意ではなく、茶々入れたという部類の発言のようだ。

 「次、里田アウトで吉澤がそこにスライド。村田が吉澤のところに入る」

 五対五は適宜入れ替えている。
 今まで飯田のマッチアップで吉澤がやっていたのだが、一つ上の里田が外れてマッチアップが後藤に代わり、村田を戻して飯田のマッチアップになった。
213 :第九部 :2010/11/06(土) 23:20
 藤本、柴田、石川、後藤、飯田。
 福田、高橋、平家、吉澤、村田。

 五対五。
 このメンバーで五本続けた。
 柴田のスリーポイント、飯田のインサイドでオフェンスの連勝。
 次は藤本がミドルレンジから放ったジャンプシュートがはずれ、リバウンドを吉澤が拾った。
 石川が外から平家を抜いて、カバーに入った吉澤の前でパスを捌き、後藤が受けて目の前に村田、開いた飯田が零度からのジャンプシュートを決める。
 最後は後藤が外から勝負した。
 右サイドから左手でドリブルを突いて切れ込もうとしたが吉澤はコースに入る。
 切り替えしてエンドライン側。
 きちんと吉澤は付いて行った。
 後藤、抜ききれない。
 外から平家が来てエンドライン際で後藤を囲む。
 行き場を失った後藤は長いパスを強引に送って逃れようとしたが、ボールの飛んだ先には福田が待っていた。
214 :第九部 :2010/11/06(土) 23:20
 「ナイスディフェンス、ナイスディフェンス。次、吉澤アウトみうなイン。柴田アウトで松浦イン。福田アウトで高橋スライド、高橋のところに亀井」

 吉澤がコートから出てくる。
 あやかがボトルを渡した。

 「よかったじゃん」
 「うん。なんとかついてけた」
 「飯田さんともしっかり勝負出来てたし」
 「なんか、飯田さんのパワーとか、ごっちんとかが外から勝負するスピードとか、ちょっと慣れてきたかも」
 「飯田さんとか、私なんか、差が拡がってばっかりな感じするのに」

 社会人になって、ひとまわりがっしりした感のある飯田。
 あやかにとっては荷が重い相手という印象になっている。

 「もうちょっとやってたかったんだけどなあ」

 タオルを掴み取り、汗を拭きつつ吉澤は言う。
 適宜代えられてしまうので、こなした本数としては少し物足りなかった。
215 :第九部 :2010/11/06(土) 23:21
 練習終了後、吉澤は珍しく自室のベッドの上であぐらを組んで座り込んでいた。

 「どうしたの? なんか考え込んで」
 「いやー、帰りたくないなあって思って」
 「ああ。メンバー残れるか不安?」
 「不安って言うか、厳しそうだなあって」
 「そう? 結構信田さん、吉澤のこと気に入ってたように見えたし、いけるんじゃない?」
 「そうっすか? あの人、割とみんなにあんな感じじゃないですか? 福田だけちょっと扱い違うって思いましたけど」

 平家から見ると、信田は吉澤に眼をかけていたように感じている。
 ポジション別は違う場所だし、自分も石川や是永を相手にする位置にいたので、人のことどころではなかったが、平家から見た吉澤も悪い評価ではなかった。
216 :第九部 :2010/11/06(土) 23:21
 「冷静に見て、自分が何番目っぽいとかある?」
 「わかんないっすよ、そういうの全然。どっちの方がうまいとか、実際やってみないとわかんないタイプです。やってみても、みんなそれぞれ特徴あるから、実際どっちのがうまい? って聞かれてもよくわかんないって言うか。コーチとかやってて人選んで試合に出すなんて人、すげーなって思いますよホント」
 「なに言ってんの。ちゃんとしたコーチがいないチームでキャプテンやっててそれやってるんじゃないの?」
 「うちは、選ぶも何も、六人から五人選んで後はちょっとアレンジってくらいだし。こんな、二十四人集めてその中から十五人選んで、さらにスタメン選んでとか、よく出来ますよね」

 吉澤はベッドから足を下ろして平家の方に向きなおす。
217 :第九部 :2010/11/06(土) 23:21
 「あー、もうちょっとこのチームで練習させてほしいなあ」
 「気に入った?」
 「気に入ったっていうか、まあ、気には入りましたけど。なかなかないですもん。こんなレベルで毎日やらせてもらえるの」
 「部員十三人だっけ?」
 「はい。もちろん、それに不満があるってことじゃないんですけど。このチーム当たり前だけどすげーじゃないですか。飯田さんがいて村田さんがいて、もうちょっとそとやりたければごっちんがいたり、たまには平家さんに相手してもらえたりとか。やっと、少しレベルに慣れてきたところだから、まだしばらくいたいんですよね、ここに」
 「まあ、こればっかりは信田さんが決めることだからわかんないしねえ。私もどうなることやら」
 「平家さんはずれるとかありえるんですか?」
 「藤本、石川とかおりんくらいじゃない? 決まってるのは。あとは誰が残っても誰がはずれでもわかんない気がする」
 「それが専門家の見かたっすか」

 本音とも冗談ともつかない吉澤の言葉に、平家が笑った。
218 :第九部 :2010/11/06(土) 23:22
 「まあ、考えててもどうにもなんないしね、もう。大人しく明日を待つしかない」
 「それはそうなんですけどねえ」

 選抜メンバー15人の発表は明日。
 一週間休みなしで午前、午後の二部練習してきたので、明日は、いずれにしても一日オフとなっている。

 「さて、洗濯行ってきます」
 「洗濯係どうすんだろ、明日から」
 「村田さんが全部一人でやることになったりして」
 「それ面白いな。他みんな帰ったら。全部やらしたろ」

 現、洗濯係は、久住、光井、田中、みうな、吉澤、村田。
 下手するとみんな帰る、ということもありえるメンバーだ。
 細かいこと過ぎて、誰もまだそんなことは考えていなかった。
219 :名無し娘。 :2010/11/07(日) 14:53
順当に最終章に向かうかと思ったら、風呂敷を広げましたねw
吉澤はプレイヤーとして足りなかったところをここでつかめてるのかなぁ

よくよく考えると、こういう選抜モノで辻加護が最初から抜けてるってのは
新鮮というか時代というべきか・・・

聖督組に頑張って欲しいけど、矢口の存在感がまったく無いとか
残念だけど仕方ないよねぇ
220 :作者 :2010/11/13(土) 17:33
>名無し娘。さん
あらおひさしぶりです。
拡げた風呂敷は大抵たためないものですが、選抜チーム組むのは当初からの予定だったのでそちらへ進めました。
221 :第九部 :2010/11/13(土) 17:33
 洗濯して、洗物は干して、仕事は終わり。
 今日も一日良く頑張りました。
 後はもう寝るだけでも問題ない。
 田中は、そんな中、部屋に戻らずに宿舎のロビーにあるソファでぼんやりと座り込んでいた。

 「どうしたの? こんなとこで」
 「別に」

 石川が通りかかって声をかけた。
 別に、なんということもないが、部屋に戻る気にならないだけだ。
 どこかへ行こうということもない。

 「どう? こういうレベル高いとこで練習するのって」
 「別に。学校にも石川さんおるし、十分レベル高い思ってます」
 「でも、私、ガードじゃないしさ。福田さんとかみきてぃとか、レベルの高いガードの人と練習するのって違わない?」

 石川は田中の横に座り込む。
 田中は、ソファに深く寄りかかり遠くを見つめながら言った。

 「あんまりわからんです」

 そっけない。
 目線はロビー奥の白い壁。
 石川の方を見るでもない。

 隣に座る石川も、田中の方を見るでもなくぼんやりとしていた。
 人通りも少なく静かな時間が流れる。
 口を開いたのは田中だった。

 「私、才能無いんでしょうか」
222 :第九部 :2010/11/13(土) 17:33
 ロビーの奥を見つめたまま。
 石川は、この言葉を聞いて田中の方を見る。
 田中は見られているのが分かっていながらも、石川の方を見ずに続けた。

 「もっと出来るって思ってた」

 口が重い。
 それでも、心の内を言葉にしているのは、隣にいるのが石川だから。

 藤本、高橋、福田。
 三人に歯が立たなかった。
 藤本にはまったく手も足も出ず。
 高橋は、いざ対峙してみるとレベルの差を感じてしまった。
 この人が本当に一番をやろうとしたら、自分のチームでも明らかにポジションを取られてしまいそうだ。
 福田もなんか調子が悪そうなのは分かるのだけど、それでも明らかに自分の方が負けていた。
 あらゆる面で。

 「ボールは運べんし、ゲームも作れんし。ディフェンスも出来ん。なんも出来んかった」
 「れいなはまだ一年生だもん。周りは二年生三年生ばっかりで。仕方ないじゃない」
 「でも」
 「私は、れいなのパスが受けたいな」

 田中が、初めて石川の方を見た。
 今度は石川が視線をはずす。
223 :第九部 :2010/11/13(土) 17:34
 「福田さんとか、みきてぃとか、いいガードだと思うよ。でも、私は、れいなのパスが受けたいな」

 そう言われ、田中も視線をはずす。
 ひざに手を置き、うつむいた。

 「れいなじゃ、石川さんにつりあえない」
 「れいなは、まだまだこれからだよ」

 石川は田中の方を見て、頭をぽんぽんと叩く。
 叩かれて、田中は石川の方を向いた。

 「れいな、子供じゃないんですけど」
 「いいからいいから」

 母親顔の石川。
 そんな石川を見て、田中も苦笑した。
 石川は、こういう先輩ぶることが出来るシチュエーションが大好きである。

 「頑張れ」
 「でも、もう遅いです。明日決まっちゃうし」
 「いいの。どっちに決まっても。どっちでもいいから、これからも頑張れ」

 石川に真顔でじっと見つめられ、田中は苦笑いしながらも答えた。

 「はい」

 石川は、一つも論理的なことを言っていないのは、田中も気がついていたが、それは言わないでいた。
224 :第九部 :2010/11/13(土) 17:34
 「柴ちゃん、おそーい」
 「ごめん。重さんが離してくれなくてさ」
 「どっか行くんですか?」

 柴田と道重がやってきた。
 小首をかしげて田中が問いかける。

 「コンビニ行くの」
 「重さんがおごっておごってってしつこくてさあ」
 「柴田さんおごるんですか?」
 「うん、まあね」

 柴田の答えを聞いて、田中は石川のほうに向きなおす。

 「石川先輩、ごちになります」
 「なんでー! 勝手に決めないでよー」
 「柴田さん、さゆ、行きましょう」
 「レッツゴー」
 「待ってよー!」

 先頭を田中、その後ろに道重と柴田がついていく。
 出遅れた石川も立ち上がって後を追った。
 四人はロビーを出てコンビニに向かった。
225 :第九部 :2010/11/13(土) 17:35
 一週間、あまり部屋では会話がなかった。
 元々二人ともよくしゃべる方ではない。
 普段の生活から、聞き手になることの方が多い。
 話をしないのは、相手が嫌だとかそういうことではない。
 ただの性格の問題だ。

 小学校で二年と中学で半年、高校入ってから二年。
 そのバスケ経験で選抜候補に選ばれ、場合によってはスタメンもありえるような位置にいる。
 そんな、ルームメイト。
 ある部分で松に似ているな、と思った。
 天才型に見えるところ。
 努力で積み上げてきた、という感じがしない。
 実際に努力がどの程度あったのかは分からない。
 それとは別に、見た目の印象として、頑張ってバスケやってます、という雰囲気がない。

 ただ、全然違う部分もある。
 がつがつしたところがまったくない。
 松浦は、こつこつ努力していますという雰囲気はないのだけど、上昇志向はやたらと周りから見えやすい。
 福田から見て、後藤にはそういうものが感じ取れなかった。

 それでも、代表には残るだろうし、場合によってはスタメンになることもありそうな、そんな位置づけに見える。

 人として、嫌いということはまったくないが、今夜、あまり大人しく部屋で二人でいるという気にはなれなかった。
226 :第九部 :2010/11/13(土) 17:35
 自分に絶大の自信がある、ということはない。
 いつでもどこかに不安は持っている。
 それでも、冷静に、自分のレベルというのは見極めていたつもりだ。
 この年代が集められれば、ガードには藤本美貴がいる。
 タイマン勝負して勝っているかどうかは分からない。
 ただ、他にはいないだろうと思っていた。
 スタメンになるかどうかはやってみないと分からないし、コーチによって評価が分かれるかもしれないし、周りとの組み合わせの兼ね合いもあるだろう。
 だけど、なれないにしても、二番手としてチームに胎動して、計算できる戦力の一人であることは間違いない。
 ここに来るまでの、福田の客観的自己評価ではそうだった。

 現実は、ずいぶん違った。

 完敗、ということもないかもしれないが、藤本相手には敗北感を感じる程度にははっきり負けていた。
 他にいない、と思っていたら高橋愛がいた。
 もちろん、顔も名前もプレイ振りもよく知っていたけれど、叩こうと思えばいつでも叩ける相手のつもりでいた。
 インターハイの松との試合振りで気づくべきだったのかもしれない。
227 :第九部 :2010/11/13(土) 17:35
 そういうプレイ面でのはっきりした結果も受け入れがたいものであったが、何よりもショックなことがあった。
 「三年前と技量的には変わっていない」
 信田はそう言ったのだ。
 中学の後半と高校の前半。
 この三年間をほぼ全否定されたようなものだ。

 こうまで他人に否定されたことは、バスケに関しては福田は一度もなかった。

 そして、明日、代表メンバーが決まる。
 メンバーには入れないかもしれない、などという不安はここに来るまでまったく感じていなかった。
 それが今、たぶんダメなんじゃないかと感じている。

 どこへ行くともいつ戻るとも言わずに部屋を出た。
 行きたい場所があるということでも無く、どこかへ行きたかった。
 なんとなく足が向かうのは体育館だ。
 電気は消えている。
 鍵は閉まっている。
 借りれば開けられるのだが、中で何かをする準備はしてきていない。
 それで鍵だけ借りるのは何か違う。

 自然と足が体育館へ向かう、というのは性格なんだろうか。
 自分にはバスケしかない。
 そういう思いがある。
 顔がきれいで勉強が出来てお金があって、なんてのをあやかさんは全部持っている、というようなことを少し前にケーキを食べながら話したことがあった。
 自分にはそれはどれもない。
 自分にあるのはバスケだけだ。
228 :第九部 :2010/11/13(土) 17:35
 その、自分が続けてきたバスケを全否定されたのだ。
 信田としては全部を否定したつもりはないのだけど、福田としては、全部を否定されたようにとらえている。

 頭の中はまとまらなかった。
 シュートは打つべきか打たざるべきか。
 自分のこれまでの数年間はなんだったのか。
 成長はまったくなかったのか。
 メンバーに残れるのだろうか。
 高橋愛。
 藤本美貴。
 松、松、松・・。。


 なんとなく足が向いていた。
 外へ気晴らしに買い物へ、というタイプでもない福田は体育館が空いてなくて宿舎に戻った。
 部屋に戻る、ということはなくて、ふらふらと向かった先は、今日現在ただ一人一人部屋になっている人のもと。
 一人部屋だから他に人がいないだろうとか、そういう前提条件をいろいろと考えたわけではなく、なんとなく、本当になんとなく、そこに足が向いていた。
 インターホンを鳴らすと、すぐに松浦は出て来た。
229 :第九部 :2010/11/13(土) 17:36
 「どうしたの?」
 「ん? うん」

 答えになってない応答を返して福田は部屋に入る。
 中まで進むと、松浦が使っていると思しき、掛け布団の乱れがある方のベッドに倒れこんだ。

 「ちょっとー、そっち私のベッドなんだけどー」

 答えは返さない。
 うつ伏せになって、首だけ一応横に向けている。
 方向は松浦のほうだけど、松浦を見ているわけではない。
 松浦は、隣の空いているほうのベッドに座った。

 「美記たん帰っちゃったよ」
 「うん」
 「まったく、うじうじ悩んでたくせに、最後はすっきりした顔しちゃって。私には余計なこと言ってくし。あれでアメリカで通用するのかね」
 「うん」

 声を出して相槌らしきものをしている福田だが、松浦から見れば、はなしを聞いているんだかいないんだか。
230 :第九部 :2010/11/13(土) 17:36
 「私もアメリカ行ってみようかな」

 横になっている福田の顔、視線が動いた。
 初めて松浦の方に目を向ける。
 言葉はしっかり耳に入っているようだ。

 「松もアメリカ行くの?」
 「うん。卒業したら行ってみようかなとか思った。明日香ちゃんも一緒に行く?」
 「いいね、松は。いつでも自信があって」
 「うん。私は、いつでも自分に自信があるよ」

 うつぶせになったまま福田がため息をつく。
 今の自分にはとてもじゃないけど言えない言葉だ。

 「私から見たら明日香ちゃんの方がいつでも自信がある感じに見えたけどね」

 そんなことはない。
 意見を言うときは自信を持ってはっきり言う。
 そうしているだけだ。
 意見が決まるまでの迷いは、とても深い。

 「どうしたの? へこんでるの?」

 福田は答えない。
 答えはイエスだ。
 この場合、ノーですとはっきり答えない限り、答えはイエスであると誰もが受け取るだろう。
231 :第九部 :2010/11/13(土) 17:37
 「明日香ちゃん頭いいもんね」
 「意味わかんないんだけど」

 会話の脈絡が福田にはわからない。

 「うちは、各学年一人づつ、頭のいい人いるよね。三年はあやかさん。二年は明日香ちゃん。一年は紺野ちゃん。セットでアホもいて、あやかさんには吉澤さんで、紺野ちゃんには辻ちゃん。私は例外だけど」

 どうでもいいことを言っている松浦の言葉は、左の耳から入って右に受け流した。
 一応、一度は脳を通過している。

 「考えすぎなんだよ。頭で考えすぎ。ほとんどみんな明日香ちゃんよりバカなんだから、明日香ちゃんが頭で考えても、周りは分かってくれないの。いいじゃん、おばさんがなんかごちゃごちゃ言ったって気にしなければ。いつも考えすぎなタイプだけど、今回余計に考えすぎだよ。そんな、頭ごちゃごちゃです、って顔して私の部屋来ると思わなかったもん」

 自分だって思ってなかった。
 別に、悩みを聞いて欲しい、というようなのとも違う。
 ただ、なんとなく来ただけだ。
 なんとなく、顔が見たかったか側にいたかったか、そういうことだろうと自分では思っている。
232 :第九部 :2010/11/13(土) 17:37
 「話したいことがあれば、聞くよ。ちゃんと壁になるから」
 「壁?」
 「美記たんが意外にぺらぺらしゃべる人だったから。最近聞き役やってたんだよね。明日香ちゃんが話したいっていうなら聞くよ」
 「壁に耳あり障子に目ありって、壁になるなら聞いたことはあとでぺらぺらしゃべるってこと?」
 「誰に? 高橋愛じゃないって、私は。誰かに聞いたことを明日香ちゃんにぺらぺらしゃべることはあっても、明日香ちゃんに聞いたことを誰に話すのよ」

 本人に向かって言ったことはないけれど、この、特別感が福田には心地よい。
 時折不安にはなるけれど、時折こういう特別感を自分に見せてくれるときには安心が出来る。

 「って、そこで寝ちゃうわけ?」

 心地よくて目を瞑ったら、そう言われた。
 この子には、自分が友達からどう思われているかを不安で推し量る、という感覚はないだろうし分からないだろう、と思う。

 「寝てるわけじゃないよ」
 「まあ、別にいいけど。言いたいことがあれば黙って聞きますよ」
 「いい、別に」
 「そう」

 別にいいのだ。
 何か具体的に話がしたい、ということはない。
 あたまのなかのことは自分で解決するべきだ。
 ただ、ちょっと顔が見たくて、ちょっと、側にいてほしいだけだった。
233 :第九部 :2010/11/13(土) 17:38
 「是永さんとはなに話したの?」
 「さあ、なんでしょう」
 「ぺらぺらしゃべるんじゃなかったの?」
 「ん? んー、どうしようかな。そうね、キミには才能があるとか、そういうこといわれたよ」
 「そう・・・」

 どこまでホントのことやら。
 でも、そういうようなことを言われたのだろう。
 言われてもいないことを言われたと言う子ではない。
 どういうニュアンスで言われたのかはわかったものではないが。
 ただ、福田から見ても、松浦に才能がある、というのは感じている。
 松浦に才能があるからそばにいる、というわけではないが、本当に下手でどうしようもない子だったらこういう仲にはなっていないだろうというように感じるのもまた事実だ。

 うつぶせになってぼんやりしていると、自然と目は瞑るようになる。
 人が動いた気配があって、ふと目を開けるとなんだかまぶしかった。
 松浦亜弥のどあっぷ。

 思わず、もう一度目を瞑って、反対側に顔を向けた。

 「何でよけるのよ」

 まぶしかったから、とは言わない。
 無視、無視。

 「まったくもー。素直じゃないんだから。お姉さんがいつでもお話聞いてあげるのに」

 松浦は横になっている福田の頭をなでる。
 福田は、ただ黙ってなでられていた。

 松に置いていかれるかも、と思った。
 松に置いていかれたくない、と思った。
234 :tama :2010/11/15(月) 23:24
胸中複雑な皆々様。

はてさて、残るのは・・・?
235 :名無し娘。 :2010/11/18(木) 13:44
このコンビは好きだなw未完成で未熟な明日香ってのも
ルームメイトとの絡みも見たかったけど
余裕のない明日香が頼るのは、やっぱ松なのね
236 :作者 :2010/11/20(土) 23:34
>tamaさん
はてさて、誰でしょう?

>名無し娘。さん
まあ、やっぱり、これまでの関係からすると、こうなるのでしょう。
237 :第九部 :2010/11/20(土) 23:36
 翌朝、朝食の際に信田がメンバーに告げた。

 「一人づつ呼ぶから。そこで伝える。早く呼ばれれば残って後からだとアウトとか、そういうことでもない」

 また、面談方式である。
 残すにしても帰すにしても、信田は一言伝えたかった。
 なぜそうしたのか、今後の課題は何か、そういうようなこと。
 代表チームの監督、という立場であるが、育成、という側面が信田はなんだかんだで好きだった。

 一人十分話しこめば四時間かかってしまう。
 そのあいだずっと部屋で待っていろ、と言うのも難なので、呼ぶ時は携帯で呼ぶというと藤本に猛抗議された。

 「じゃあ、大人しく部屋にいるんだね」

 育成、が楽しいとは言っても、いまどき携帯持っていない高校生のことまで頭に入っていない。
 どうやら他に、里田も持っていないようだ。
238 :第九部 :2010/11/20(土) 23:37
 メンバーに残ればこの先一週間合宿継続で、さらに中国上海へ飛んで一週間試合である。
 残れなければ荷物をまとめて今日帰宅。
 昼食までは出るらしい。
 そんな今日。

 信田は最初に藤本を呼んだ。
 冷たく部屋に居ろと言ったが、最初に呼んで済ませてしまおう、とやさしさを見せた。

 「最後まで部屋で待たせようかとも思ったんだけどね」
 「意地の悪いこと言わないでくださいよ」
 「いらいらした藤本は、私が怖いから最初に済ませることにした」
 「四時間缶詰とか耐えらんないですよ」

 信田と小湊がいて、テーブルで向かい合って藤本が座る。
 小湊が立ち上がって、二セットのユニホームを差し出した。

 「藤本は六番。受け取って」
 「今もらってくんですか?」
 「ありがとうございますとかないの? 可愛くないなあ」
 「え? ああ、ありがとうございます」

 うれしい、とか、その手の感慨は特にないらしい。
 当たり前のこととして、藤本はユニホームを受け取った。

 「番号にはあんまり意味はない。意味があるのは四番くらいかな。あとは身長で割り振っただけだから。8番までがスタメンってことでもないし、年齢順でもないし。ただ、身長に合うユニホームは選んだけど」

 四番から番号が始まるので、4,5,6,7,8の五人がスタメン、というのが分かりやすい。
 そういう誤解を生みやすいので、スタメンとは限らないからな、と釘を刺した。
239 :第九部 :2010/11/20(土) 23:37
 「他のメンバーは教えてもらえないんですか?」
 「教えない。嫌でも午後には分かるよ」
 「つまんないなあ」
 「藤本さあ、今回割とおとなしかったよね」
 「おとなしいですか?」
 「高校じゃキャプテンでしょ。そういう感じがここでは見られなかった」
 「ああ。久しぶりに羽伸ばした感じです。いいですね。一人の選手で好きにやれるっていうの」
 「うん。それはいいんだけど、でも、ポイントガードとして、出るときはしっかり仕切れよ」
 「それは分かってます」
 「キャプテンていうのとは違う意味のリーダーシップがガードには必要だから」

 今回、藤本はポジション別の練習など、仕切るべきかもしれない状況でも前に出ずに、普通の一人として通した。
 まだスタメンが固めていない、ということもあって、五対五の場面でも、藤本から周りへの要求、指示というのがほとんど出ていない。
 信田はその辺を多少気にしていた。

 「相手によってとか状況によってとか、分からない部分もあるけど、大会全部を通して試合に出る心積もりでいて。全試合スタメンって固まったわけじゃないけど、ワンポイント流れを変えるために、みたいなそういう使い方は想定してないから。どの相手も、自分がゲーム作るっていうイメージでいて。この先対戦相手の情報なんかも出して行くけど、そういう心積もりで準備して」
 「はい」

 保証はしないが、信田は藤本は中心選手の一人とするつもりでいる。

 それから、周りの選手の印象などの話をして藤本は解放した。
240 :第九部 :2010/11/20(土) 23:37
 田中が呼ばれたのは七人目だった。
 先に呼ばれた亀井が戻ってきている。
 部屋に入るなり、ブイサインをしやがった。
 おめでとう、と口では言ったが、田中としては意外だった。

 田中の認識として、亀井は自分より下だった。
 当落線上は自分。
 そういう感覚を持っている。
 亀井がメンバーに残ったというのは自分にとってはいい兆候だろうか?

 ガードの枠が意外に広かったのか。
 それとも、ガードやるには身長あるし、是永さん居なくなってフォワードが一つあまってそこに入ったのかな?
 前者なら自分も合格、後者とするとまだ分からない。
 フォワードだと、石川さんに柴田さんに・・・、と指折り数えながら監督ルームへ向かった。

 部屋の扉は開いていた。
 オートロックなので、二十三人が来るたびに扉を開けに出てくるのが面倒なのだろう。

 「ああ、入る時は締めて」

 さすがに話すときは密室にするようだ。
241 :第九部 :2010/11/20(土) 23:37
 二人の表情を田中は伺うが、答えは分からない。
 話し始めればすぐに分かることなのに、あらかじめ予感を感じようとしてしまうのはなぜだろう。

 「一週間どうだった?」
 「つかれました」
 「そっか。思うとおりにプレイできた?」
 「いえ、あんまり。もっと出来るのに、と思いながらな部分もあったですけど、でも、、ちょっと慣れてきたからもう少しやってればうまくやれると思います」

 結果はもう決まっているだろうに、田中としては採用面接のような受け答えになってしまう。
 自分のポテンシャルはもっと高いんだ、と主張する形になる。

 「ガードは藤本とか福田とか、怖そうな奴多かったしね。高橋なんかはチームの先輩でやりやすいかと思いきやなんか、二人はそんな感じでもないし。結構気疲れするとか、そんなのもあった?」
 「はい、ちょっと・・・」
 「田中は、こういう選抜チームに呼ばれるのは多分初めてだよね」
 「はい」
 「普段のチームだと時間を掛けてチームを作っていけると思うし、長い時間一緒のメンバーでやっていけるから時間を掛けて馴染んでいけると思うけど、こういうチームだとそうはいかないんだ。まだ上の方、飯田と平家とか、藤本石川とか、そういうところは常連になってて、こう集まっても最初から顔なじみってとこだろうけど、田中みたいに新参者はすぐに周りの雰囲気とかを掴んで馴染んでいかなくちゃいけない。コートの外でも、中でもね。コートの外はまあ、暮らしにくいってくらいで済むかもしれないけど、コートの中でそれが出来ないと致命的だな」
242 :第九部 :2010/11/20(土) 23:38
 プレイ面以前の田中の苦手分野だった。
 でも、今回はコートの外では何とかなったような気がしている。
 少なくとも、部屋に戻ってきた絵里がブイサインしてくれる程度には馴染めたのだ。
 自力でそういう関係を作った、というのではなさそうだけど。

 「その辺の適応力がもうちょっと欲しいかな。それが、もうちょっと出来るのに、っていう想いに?がるんだと思う。自分の100%の能力を伸ばすのもあるんだけど、100%の能力、自分のもそうだし、周りの、パスの受けてのもそうだし、その100%の能力をすぐに出せるように、いつでも出せるようにするっていうのは一つの課題だね」

 そんなこと簡単に出来るもんじゃないよ、と思ったけれど、言えるわけもない。
 久住や道重のように、ある種傍若無人になれってことなんだろうか。
 ああはなれない、と思う。
 いろいろな意味で。

 「あと、100%の力自体が、まだちょっと未熟かな。これは経験もあるし。いいチームにいるからね。そこで揉まれていれば伸びるだろうとは思うけど」
 「れいなはダメだってことですか?」
 「ダメとまでは言ってないけど。ダメだったら最初から代表候補に呼んでないし」
 「そうじゃなくて、メンバーには入れないってことですか?」
 「なんだ、積極的に物言えるんじゃない」

 話の流れが、落選、という雰囲気だったので、待っていられなくて田中は自分から聞いた。
243 :第九部 :2010/11/20(土) 23:38
 「答えはイエス。今回田中は代表メンバーからは外します」
 「なんでですか? なんで、絵里が入って、れいなが外れるんですか?」
 「ん? ああ、そっか。亀井と同じ部屋だから聞いてるのか。田中を外す主な理由は二つある。さっき言ったのは田中の課題ね。それとは別に、15人に選ばなかった理由は二つ。まず一つ目、総合的に力が足りていない。大体感じ取ってたと思うけど、ガードでこれはって思うのは藤本、高橋、福田の三人。三者三様、タイプはある。田中はその中では比較的藤本に近いタイプだと思う。藤本はメンバーに入れた。で、田中は? 匹敵する力があればサブで入れることもありえる。でも、藤本と田中ではちょっと差が大きすぎる。全面的にね。どこが、というより、もう、全面的に藤本の方が上回っている。試合のシチュエーション考えようか。藤本が何らかの理由で代えざるを得ない状況になった。ファウル四つでもいいし、怪我でもいいし、相手との相性でもいい。そこに、田中を入れたと仮定しよう。ただの劣化藤本になっちゃうんだよね。相手から見れば、メンバー変わって単純に力が落ちて楽になった。こうなる。それはサブとしてどうなんだ? ってこと。タイプの近い藤本に力で劣っているっていうのが理由の一つ」

 信田にとってガードの本線は藤本だった。
 系統の近い田中は、サブとして相応しくないという。
244 :第九部 :2010/11/20(土) 23:38
 「なんで亀井が入って田中が外れるのかって聞いたね?」
 「はい」
 「田中は藤本に勝っている部分、何か一つでもあると思う?」

 田中は答えに窮した。
 福田よりは背が高い、高橋よりはまだ空気が読める、そう言える。
 藤本よりは・・・、自分でも感じ取っていたけれど、どこそこが勝っているというのが出てこない。

 「さっきも言ったけど、全面的に藤本が上になっちゃう。だけど、亀井は違う。亀井には藤本より上回っている部分があって、それは試合のどういう場面で使うかというイメージがはっきり私の中である。だから選んだ」
 「どこですか?」
 「相手にプレスで当たられたとき。理由は分からないけど、亀井のボールキープ力はチームで一番だと思う。一対二になって前後ろ、狭く挟まれてピボットで耐えるのも大変なのに、あいつはなぜかドリブル突いたまま耐えられたりする。その点では藤本よりはっきり上。使いどころもプレスで当たられたときってはっきりイメージできる。そのシチュエーションは十分起こりえるもので、何らかの対処を私の立場ではしたい。その武器として亀井のキープ力は貴重」

 田中の頭に、オールコートでのボール運びの練習の時の映像が浮かんだ。
 亀井と組んだ時の自分は、足を引っ張っていたし、亀井の引き立て役になっていた。
245 :第九部 :2010/11/20(土) 23:38
 「なんで亀井が? って思ったってことは、総合的には自分の方が上だっていう意識がある?」
 「一応・・・」

 メンバー落ちを伝えられ、理由まで納得せざるを得ない形で告げられた今、その意識を自信を持って答えることは出来なくなっている。

 「その認識は間違っていないと思う。チームに田中と亀井っていう二人のガードがいて、どちらをスタメンに選ぶか、だったら田中を選んだと思う。でも、藤本がいて他にもガードがいて、サブにあと一人誰を選ぶか、という選択になると田中ではなくて亀井になる。まあ、亀井を一番ってのはないと思うけどね。使い方としては二番に入れてボール運びのサポート。田中に二番はないでしょ。まあ、それは置くとして。スタメンで四十分試合に出るっていうのと、サブで五分出るっていうのは役割が違うのよ。もちろん、総合力の高いサブっていうのも欲しいんだけど、それとは別の選び方もあるっていうこと」

 言っていることは悔しいけれど理解できた。
246 :第九部 :2010/11/20(土) 23:39
 「何か一芸を身につけろってことですか?」
 「んー、ちょっと違うかな。選手の選び方は一通りじゃないってこと。富岡のスタメンやっていくのには一芸選手ってわけにはいかないでしょ。私たちは、当然、この大会で来年の世界ユースの出場権を取ってきます。それを踏まえて、来年のメンバーに選ばれるためにはやり方は一つじゃないよってこと。ただ、本質的には総合力で藤本を越えることを目指すべきだと思うよ私は。それを目指すのに富岡というチームはいい環境だと思う。なにせ、高橋柴田石川を田中が動かしてコントロールしなきゃいけないんだから。私からのアドバイスとしては、総合力で藤本を越えることを目指すっていうのがいいと思うんだけど、それは頭の中に一つ置きつつ、まずは、高橋柴田石川と対等にやりあえる力を身につけようとするっていうのが日々の練習の中ではいいんじゃないかな」

 具体的なことではなくて、考え方を一つ提示された。
 具体的なことは、和田先生がいつでも側にいて言うだろうというのもある。
 田中自身も、その三人と対等な関係である、とは思えていなかった。
 何とか三人に合わせようとするので必死な立場だ。
 学年の問題はあるけどそれだけの問題ではない。
 一つ学年は違うけれど、高橋はいつの間にかコートの上の立場は柴田や石川と同等くらいなところにいた。

 「まあ、そういうことだから。今回は残念だったけど、また来年も期待してます。頑張って」
 「ありがとうございました」

 田中は席を立ち、扉を空けて部屋から出て行った。
 背中から、あ、ドアは開けて行って、という声が飛んでいたが、耳に入っていなかった。
247 :第九部 :2010/11/20(土) 23:39
 部屋に戻ると扉を開けてくれたのは亀井ではなかった。

 「さ、さゆ」
 「れいなお帰り。早く帰り支度しよ」
 「な、な、なんばいいよるか。勝手に決め付けて」
 「顔見れば分かるもん。ねー」

 部屋に入って行くと、道重が亀井に話を振っている。
 なんなんだ。
 二人、いつからこんななんだ?
 道重の明るさはなんだ?

 「さ、さゆも、残ったの?」
 「残ったって?」
 「選抜メンバー」
 「落ちたよー」
 「な、なんで、そんな明るくできる」
 「飯田さんきれいな人だったからしょうがないよ」
 「意味わからんし」
 「ボールもたまにはさゆから浮気して飯田さんみたいな人のところ行きたいんだって」
 「さゆ、飯田さんの顔じーっと見つめて、ちょっと怖がられてたもんね」

 どんなに読みが良くても、しっかりスクリーンアウトされてしまうとリバウンドは取れない。
 甘さがあると道重はするりとボールを取ることが出来たが、飯田みたいにしっかりそういったところを抑える相手だと、強みのリバウンドも生かすことが出来なかった。
 現状の道重では、他に何もない。
 和田先生のところで鍛えて出直しな、と信田には言われていた。

 「外されて機嫌いいとか意味分からん」
 「あー、れいなすねてるー」

 田中は手前がわの自分のベッドに倒れこんで二人に背中を向ける。
 メンバー外されたこと、亀井が選ばれたこと、絵里とさゆがなんだかいつの間にか仲いいこと、いろいろなことが、なんだかいらだたしかった。
248 :第九部 :2010/11/27(土) 17:21
 福田は静かに部屋で待っていた。
 ルームメイトは早々にどこかへ行ってしまった。
 自分も部屋を空けてどこかへ行くことは出来るけどしなかった。
 一人部屋状態の松浦のところへ行く?
 そんな、結果が不安で一人で居られない、みたいな振る舞いを今はしたくない。
 ベッドに座り、文庫本を手にして静かに審判の時を待つ。

 合格発表を待つ受験生。
 でも、高校受験の時なんかより、今日の方が明らかに緊張感がある。
 おなかに置かれた文庫本は、時折開いてみるけれど、結局朝食後五ページも進んでいない。

 荷物をまとめておく、というようなことはしなかった。
 そういうことになるかもしれない、という怖れはあるが、あらかじめそんな準備をする自分は許せない。
 元々にもつが散らばる方ではないので、帰れといわれればすぐに片付けて帰れないこともないが、それ以上に何かを準備しておこう、とは思えない。
 練習に携帯用のミニバックの方が外に出ていて、タオルやなにやらはそこに突っ込まれていて、バッシュはベッドの横に置かれていて。
 すぐに帰る、というよりもすぐに練習に向かえる、という状況になっている。

 福田の携帯が鳴ったのは十一時過ぎだった。
 もう、結果通知は後半に入っていることだろう。
 自分は、いつものように表情を変えずに最後まで話を聞くことが出来るだろうか・・・。
249 :第九部 :2010/11/27(土) 17:21
 部屋に入ると、座るようにと信田に手で促された。
 福田、座る。
 何も言わなかった。
 信田も無言、福田も無言。
 おかしな状況だ。

 「あの・・・」
 「ん?」
 「なんで黙ってるんですか?」
 「うん。何話していいのかなってね」

 そういわれても、福田は困ってしまう。
 何かを話すのは、この場合福田の役目ではなくて信田の側の役目だ。

 「どう思う?」
 「何がですか?」
 「自分で。自分はメンバーに残って遠征に参加すべき選手だと思う?」

 結果を伝えられる前に問いかけられた。
 また、しばしの沈黙の後、福田は答えた。

 「分かりません」
 「分からない?」
 「分かりません。正直なところ。自分がそういうメンバーに選ばれるのに相応しいのかどうか」
 「そう」

 質問をされて答えても、それへのリアクションが薄い。
 感想すらない。

 「福田ならどんな十五人を選ぶ?」
 「十五人上げろってことですか?」
 「十五人は大変か。スタメン五人、今いるメンバーから選ぶとどうなる?」
 「今いるメンバーからですか・・・」

 また、問いかけだ。
 何でそんなこと聞かれないといけないんだろう。
 そう、思いながらも、福田は答えた。
250 :第九部 :2010/11/27(土) 17:22
 「センターに飯田さん。これは動かないと思います。あと、これは好みでかわるかもしれないですけど石川さんも入ってくると思います。二番のところには柴田さんかなと思いますけど、松浦さんもありえる。四番は平家さん」
 「ガードは? ガードは誰を置くの?」

 聞かなかったことにしたい質問だった。
 それでも、福田は答えた。

 「柴田さん石川さん平家さんと並べた場合、即席チームとして考えるなら組み合わせ的には高橋さんかな、と思います」
 「じゃあ、石川じゃなくて是永がいて、平家のところにはそうだな、後藤あたりがいて、柴田じゃなくて亀井がいた場合は? ガードはどうする?」

 それはもう全然別のチームじゃないか、と思ったが少し考えて何を聞かれているのか分かった。
 そのメンバーの場合、滝川も富岡も松江も関係ない人間が揃っている。
 組み合わせ的に、という条件付回答を塞がれたのだ。
 福田に答えは・・・、でてこない。

 「誰がいいと思う?」

 改めて問われても、何もいえない。
 黙っていると、やがて信田が語りだした。
251 :第九部 :2010/11/27(土) 17:22
 「今の福田はそこで、自分が入ります、と言えないんだね。そういう自信が失われている。まあ、それはちょっとは私のせいでもあるんだけどそれだけじゃないな。多分、ここに来るまでは自信あったんでしょう。初日はそんな風に見えたし。まあ、虚勢もあったかもしれないけど、少なくとも今の福田よりは自信を持ってやっているように見えた。二日目だったかな。私、福田のプレイスタイルを問題にしたよね。それについて福田はまだ結論を出していないのか、私の意見は無視したのか分からないけれど、今のところプレイスタイルの面ではっきりした変化は感じられない。でも、それだけじゃないよね。プレイスタイルの問題は五対五の場面、実際の試合の場面での話し。個々の技量の話はまた少し別のところにある。面談の時言ったよね。中学の時と技量的には変わってないと思うって。その時点であんまり納得してなかったでしょ? でも、今は多分、受け入れがたいと拒否してるかもしれないけれど、体は納得してるはずだ」

 福田は答えない・
 顔色も変えずに話を聞いていた。

 「周りとの兼ね合いがどう、プレイスタイルがどう、そういうのを横に置いても、個人と個人の技量のぶつかり合いという面で、今日現在、福田は藤本にはっきり負けている。その現実を認めるね?」

 やはり福田は答えなかった。
 はっきりと否定できる要素を、この一週間の練習の中から見出せない。
 また、根拠の薄い事柄を持ち出して、ムキになって否定する気にもならなかった。
252 :第九部 :2010/11/27(土) 17:22
 「松浦にしろ吉澤にしろ、あとあやかにしろ。ある部分、福田がその力を引き出してきたっていうのはあると思うんだ。あの三人、一人一人がばらばらに別々のチームにいたら、学校のヒロインレベルで終わってここまで来ることはなかったと思う。それが三人同じ所に、福田という人間とともに居たからここまで来られた。だけどさ、残念ながら、福田の力を引き出す人間がいなかったんだね。福田もいろいろ考えてやってきたんだろうと思う。チームが強くなるために。それで力を尽くしてきたからみんな伸びてきてチームが強くなった。だけど、福田は変わらなかった。福田のプランを周りに浸透させていく、という形だっただろうからね。福田を変える要素が存在しなかったんだ。でもね、そろそろ、福田自身も変わるべき頃なんじゃないか?」

 違う、と言いたいような気はした。
 自分だって自分自身の技量について、いろいろと考えながらやってきたつもりだ。
 毎日毎日つけてきた練習日誌は、その思考の塊だ。
 だけど、頭の片隅で、自分のこれまでの日々は、ただの、昨日と同じ今日が来て、それがまた明日もやってくる繰り返しだったのではないか、という気もしている。
 過去の延長線上を、自分がそのまま歩いている。
 途中に、何らかの飛躍が存在していない。
253 :第九部 :2010/11/27(土) 17:23
 「十六番」
 「へ?」

 信田が番号を口にすると、小湊が二着のユニホームをテーブルに置いた。

 「受け取って」
 「あ、あの・・・」
 「課題は課題。問題点は問題点。それはそれとして、福田は上海へ連れて行く。プレイスタイルに不満があったり自信を失っているにしても、福田はある一定レベルの技量は持っている。チームの構成要素として必要だと判断した」

 福田は二着のユニホームへ視線を向けている。
 年代別とは言え、ジャパンのユニホームである。
 国を代表するメンバーの一員になるのだ。
 信田への答えは何も返さなかった。

 「私は福田にプレイスタイルを少し変えてもらいたいと思ってる。一人のプレイヤーとして切り出した時に、福田は藤本に今日現在は負けていると思う。それでも、福田を私はメンバーには選んだ。なぜだと思う?」

 ユニホームから視線を外し、信田をの方を向く。
 何も、言葉は出てこなかった。

 「まず、藤本をスタメンの本線として使うにしても、少なくとも代わりに入ることが出来る控えメンバーが必要なこと。それが誰かと考えた時に、候補はやっぱり福田か高橋になる。他の人間は候補にならなかった。で、この一週間の印象では、一対一の強さは高橋のが上だろうと思ったよ。特に、自分で点を取る能力は高橋の方が高い。点を取るっていうところを考えると藤本より高橋かもしれない。それは一つの選択肢として魅力だから高橋は必要だと思った」

 結局三番手ってことか、と福田は思った。
 点を取る能力は確かに負けているだろう。
 松といい勝負してしまうのだ。
 是永さんもいないし、枠があまり気味で、怪我のバックアップ要員を広く取ったのかな、と考えた。
254 :第九部 :2010/11/27(土) 17:23
 「福田は福田でいい点はある。高橋と比べたとき、あるいは藤本と比べても今現在、十分負けてないところもある。それは、全体を見る力かなと思った。まあ、実際にはこの一週間ではあまりそれは発揮されてないような気もするけど、三年間の間に一番伸びたのはそこなんじゃない? 技量的には変わってないって言ったけど、そこは認めるよ。視野は広くなった。それに伴って判断力も高くなった。瞬時の状況判断という意味でもあるし、流れ全体の中で今おかれている状況を考えてゲームを作るっていう意味でもあるし。そういう力は高校に入ってついたと言うか伸びたんだろうと思ったよ」

 自分に指示を出してくれる人がいない、というチーム事情では、否が応でもそういった力はついていった。
 石黒が、和田が、それぞれ適切な言葉をかけていてくれそうな藤本や高橋とは、そこは確かに違う、と自分でも福田は思った。

 「あと、福田なら、途中で入るところでもすぐにゲームには入れるんじゃないかと思った。例え、何試合もベンチでも腐らずに集中も切らさずに、突然呼ばれてもゲームに入っていけるだろうと思った。今回、福田はそういう難しい役回りになる可能性がある。それは覚悟しておいて欲しい」
 「分かりました」

 フォローではなくて、確かにそれが選んだ理由なのだろう、と福田はその点は素直に受け取った。
 ただ、それでも、自分は三番手なんだな、という風にも捕らえたままである。
 藤本美貴にも、高橋愛にも、自分は今の時点で負けていると扱われているんだな、と思った。
255 :第九部 :2010/11/27(土) 17:23
 「改めて、十六番。受け取って」
 「ありがとうございます」
 「うれしい?」
 「いえ、別に」
 「福田。日本に何万人かいる中学生高校生、大学一年生くらいの中から選ばれた代表の十五人だからな。分かるね?」
 「はい」
 「福田が今の自分の状態に不満がある、納得行っていないのは見れば分かる。だけど、それはそれとして、チームの一員として最後まで力を尽くそうとして欲しい」
 「それが出来ると思ったから、信田さんは私を外さずに残したんですよね?」
 「そうよ」
 「だったら、四の五の言わないでいいです。私は私のやれることをします」
 「よし。頼むよ」
 「ありがとうございました」

 福田の方から、話しを終わらせて立ち上がった。
 二着のユニホームを手に取る。

 「ドアは開けていってね」
 「分かってます。横着ですね」

 嫌味の一つくらい言わずにいられない程度には、ささくれ立っていた。

 廊下に出た福田は白の方のユニホームを広げて眺めた。
 言われたとおり、納得はいっていないけれど、何とか生き残りはしたな、と思った。
256 :第九部 :2010/11/27(土) 17:23
 史上最小の代表候補は時計が正午を指す頃に呼ばれた。

 「お世話になりました」
 「何、その挨拶は」
 「荷物はまとめてきました。能力的にはあれですけど、矢口だって、自分と周りの能力の差くらい一週間いればわかります」
 「そっか。でも、残念だったよ」
 「最初から期待してなかったんじゃないですか?」
 「いや。そんなことはないよ。本当に全員に期待してたんだ。矢口は、その、何が何でもどんなやり方しても、がつがつ勝ちに行くバイタリティがあるというか、ハングリーと言うか。そういうところに期待してたんだけどね。それで伸びてくれればもちろんいいし、そうでなくても周りに、そういう影響力を与えてくれればいいなって。それが途中から諦めムードが見えて残念だったな」
 「自分の中では選手は終わってましたからもう。何が何でも勝ちたい、みたいな想いはなかったですもん。大体、チームの中での練習ってとこだと、あんまりがつがつやりにくいじゃないですか。試合なんかだと、敵、ってのがはっきり見えるからいいですけど」
 「矢口もそういうところはまっとうな日本人だったってことか」
 「そう言っちゃうとそうかもしれないですね」

 トラッシュトークも、あれこれ頭使った戦術も、矢口にとっては試合でやることであって、自分のチームの中でそういうことをしたことはない。
 今まで、チームの中で試合に出るために苦労する、という経験はないのだ。
 もう少し時間があって、矢口自身に代表になりたいという想いがあればもう少し違ったかもしれない、と信田は感じた。
257 :第九部 :2010/11/27(土) 17:24
 「納得しちゃってるみたいだけど、一応ちゃんと説明すると、やっぱり総合的な能力として代表に残る力は足りてなかったっていう判断でした。特殊技能っていうところで残すっていうのもそれぞれ見ていったんだけど、それもねトラッシュトークで残すっていうのもどうかと思ったし、それを発揮するには語学力も足りてなさそうだしね」
 「韓国語中国語なんて分かるわけないじゃないですか」
 「相手が何人でも、なんかやってきても全然気圧されずにやり返せるそんなタイプかと思ったから期待してたんだけどね。今回は残念ながらご縁がなかったってことで」
 「なんか、就活のお祈りみたいですよそれ」
 「なにそれ?」
 「ああ、いいです。大学生用語だから気にしないでください」

 矢口にとっては、次回の挑戦も別の会社へのチャレンジもないのだ。
 ご縁も何もしったことか、というところではある。

 「じゃあ、まあ、あの、選手としての話しはこれで終わりで。聖徳大付属のコーチとして」

 矢口は立ち上がった。

 「後藤を。後藤真希をよろしくお願いします」

 小さな体で最敬礼する。
 その矢口の後頭部に信田は答えた。

 「亀井はいいの?」
 「へ?」

 矢口、顔を上げる。

 「亀井も連れてつもりなんだけど」
 「ホントに? ホントですか? やった。亀すげー。ありがとう、ありがとうございます」
 「立っても小さいなあ。まあ、それはいいけど。微妙に話しづらいから座ってよ」

 矢口、改めて席につく。
258 :第九部 :2010/11/27(土) 17:24
 「今、コーチって形にしてもらってるんですけど、やっぱり、選手の指導みたいなのはちゃんと出来なくて。後藤や、亀も、亀井もそうなんですけど、本当はちゃんとしたコーチに見てもらった方がいいと思ってたんですよ。それが、こんな、ユースの代表コーチなんかに見てもらえて。あいつらにとってもすごくいい経験だと思うんで。ホントに、あいつらのことよろしくお願いします」
 「うーん、そうは言うけどさ。あのね。私たちのところにいるのは三週間で終わりなんだよね、二人とも。もちろん、代表になって国際試合に出るっていうのはいい経験だよ。だけどさ、やっぱり基本はいつもの所属チームでの練習でありしあいなんだよ。そういう意味で矢口自身のコーチとしてのスキルアップが大事だし、日々二人のことは見ていかないといけないんであって。脅かしてるんじゃなくて本当に責任重大だからね」
 「分かってます。それは分かってます。だけど、亀井はまだガードで、自分もあんなレベルではあるけど、それなりに頭でわかってる部分はあって指導の真似事くらいは出来るかなって思ってます。だけど、後藤は、あの子は正直に言って矢口の手に余ってます。ポジションが全然違うっていうのもあるんですけど、それ以上に、持ってるポテンシャルが違いすぎるんです。あいつ、ああいう性格だから別に矢口に反発することも無く立ててくれてます。戦術的なことを考える頭がないとか言って矢口を引っ張り込んだのも後藤だし。そういう部分で矢口を認めてくれて入るんですけど、でも、矢口の方がチーム全体はともかく、後藤真希っていう一人のプレイヤーの力を引き出す能力がないんです。どうしても」

 信田はうなづきながら聞いていた。
 言っていることはよく分かった。
259 :第九部 :2010/11/27(土) 17:25
 「全然バスケに興味なくなってた後藤にもう一回やらせたの矢口なんだって?」
 「そういうつもりで説得したんじゃないんですけどね。やらせてみたらこっちがびっくりって感じで」
 「あの子にバスケをやらせたってだけでも矢口の大功績だよ。だからこれはこちらからのお願い。あの子に高校卒業後もバスケ続けるように道をつけてやって」
 「そんな、そこまで大それたこと出来ないですよ。道をつけるとか」
 「進路話し聞いたら、なに? 高校卒業したら実家の小料理屋手伝おうかな? バスケ? 高校で終わり? バカ言ってるんじゃないっての。あれで経験積んだらどんなレベルにまでなって行くか分からないんだから。どんな形でもいいからバスケ続けるように矢口が導いてやって。これは私たちじゃ多分出来ないことだから。進路の先、大学へとかWJBLとか、そういう相談なら私たちで答えられる。力になれる部分はある。でも、後藤自身がこれからも続けるっていう風に考えるようになるためには、矢口っていう人間、聖督というチームが必要なんだと思う。もちろん、続けたくなるように私たちもするけどね」
 「あー。自分でそんな大それたこと出来ないと思うんですけど。でも、後藤の将来って考えた時に、やっぱりあいつはそうですね、バスケ続けて行くべき人間だとは確かに思うんで。出来る限りのことはしたいと思います」
 「矢口を一番見習わせたいのは後藤なんだよなあ」
 「見習わせるようなとこないですよ」
 「いや、プレイ面じゃなくて。勝ちにこだわるところ。後藤、あいつ、練習の時見ててもそういうとこが淡泊なんだよ。そういう意味じゃ、見習わせるべき矢口が今回諦めちゃってたから、そこはホントがっかりだよ」

 信田は、後藤には、負けて悔しいとか勝ちたいとか、そういった感情が非常に乏しいものに感じていた。
260 :第九部 :2010/11/27(土) 17:25
 「本当はあいつも、そういう感情あると思うんです。一回だけ試合で負けて泣いたことがあるんですよ。去年の選抜の滝川戦でした。三クォーターにプレスで当たられて矢口が袋叩きみたいな目にあって。最初に諦めたの後藤じゃなくて矢口だったんですよ。それで三クォーター終わってベンチ戻ってボーっとしてたら後藤に言われました。矢口のために点を取るから後藤にパスをくださいって。四クォーター、本当にあいつにみんなでパスを送り続けた。戦術後藤ってやつですか。でも、試合はそのままで。それでロッカー戻って、あいつが泣いたんですよ。悔しいって。あれって、今思い返して見ると、自分が負けて悔しいってことじゃなかったんだなって思うんですよね。自分自身のことだと、勝っても負けても、あー面白かったで終わっちゃうんですよあいつの場合。でも、たぶん、ちょっと自惚れ入るけど、矢口のために勝ちたかったのかなって。矢口が勝ちたがってたから、それを自分の力で勝たせることが出来なかったから、それが悔しかったのかなって。今思うとそういうことだったかなって思います。だから、人のためなら頑張れるし、ある程度勝ちにこだわることもあるんじゃないかって。それで、今、キャプテンやってて、自分の力じゃ勝たせられないかもって、矢口を呼びに来たみたいな、そんな風に思ってます」
 「人のためなら頑張れるか・・・」
261 :第九部 :2010/11/27(土) 17:25
 聖督の滝川との一戦は信田も見ていた。
 本当は滝川を見ようと思ってみた試合だったが、そこで拾い物を見つけたという感じだった。
 第四クォーター、戦術は後藤、に急速にシフトしたのは見ていてよく分かった。
 裏でそんなことがあったのか、という内幕。

 「分かった。とにかく後藤は、後亀井も、後二週間しっかりみるから。どちらかと言うと、各チームのコーチ様、後二週間選手をお貸しくださいって立場なんで。矢口コーチ様、後藤さんと亀井さんをもう二週間お借りしますのでよろしくお願いします、って頭下げないといけないんだよね」
 「いやいやいや。そんな。よろしくお願いします」

 本当に頭を下げた信田に矢口は恐縮する。
 矢口への不合格通知は、ほとんど本人の話はせずにこうして終わった。
262 :名無し娘。 :2010/11/28(日) 20:09
そっか、これを言うために矢口が必要だったのか…
久しぶりにあの試合を思い出して涙ぐんでまった

しかし今回のでちょっと信田嫌いになったかも
真意は別に有るにしろ選手を迷わせておいていいとこなかったねとか嫌味だよな

ガード別にチーム作らせてミニゲームで最下位になったら罰ゲー
みたいなのやってたら矢口もやる気出したのだろうかw

残ったメンバーがどんなチームになっていくのか楽しみです
263 :tama :2010/12/04(土) 15:58
あえて焦らされてるのは分かるけど主人公がどうなるのか気になる・・・
作者さんの手のひらの上ですねww
264 :作者 :2010/12/04(土) 23:43
>名無し娘。さん
現実時間は随分たってますが、作中時間ではまだ一年経ってないころの話でありました

>tamaさん
じらしているのは作者ではなく信田さんです。 きっぱり。
265 :第九部 :2010/12/04(土) 23:43
 一番最後の最後、予定時間を大幅に過ぎ、順番まだー? 昼飯まだー? くらいのところまで待たされて吉澤ひとみはようやく信田に呼ばれてコーチ部屋へやってきた。

 「ごめん。散々待たせたね」
 「待ちくたびれましたよ」
 「人数多いからね。仕方ない」

 一番最後である。
 まだか、まだか、まだかまだかまだか。
 待って待って待ち続けてようやく最後である。

 「どうだった一週間?」
 「いやー、楽しかったですよ。なかなかこんなレベルの中で練習できないですから」
 「もう満足?」
 「まだもうちょっとやってたいですね」
 「吉澤。一つ言っとくけど、これは練習のための合宿じゃないからね。アジアユースに向けての合宿だから、練習楽しいだけじゃ困るのよ」
 「すいません」
 「あんまり意識ないでしょ。日本代表のユニホームを着る、そのための合宿っていう」
 「そうですね・・・。そういう意識は正直なかったです。まだこのメンバーで練習したいっていうのがあるんで、代表に選ばれたいと思ってますけど、そうですね。代表になって外国に勝つとか、そういうのないっすね」

 吉澤の場合、ここに呼ばれた最初の反応が、何それ? である。
 代表候補としての意識がどうのと言われても、そんなところにまだ至っていない。
266 :第九部 :2010/12/04(土) 23:44
 「まあ、その辺はちょっとあれだけど、でも、この一週間で伸びたよね」
 「ホントですか?」
 「うん。急にシュート力が付いたとか、ディフェンス力が上がったとか、そういう感じじゃないんだけど。総合的にレベルが上がった感じがする。このレベルに馴染んだっていうのかな」
 「なんか、まだまだな感じ、自分ではしますけどね」
 「そう思ってくるくらいがちょうどいいよ。ここは自信過剰な連中の集まりだから。吉澤くらいの感覚が一番まともだよ」

 吉澤自身の認識として、多少の手ごたえを感じてはいるが、それでも自分の満足するようなレベルには達していない。
 飯田のようなセンタータイプにしろ、石川のようなフォワードタイプにしろ、どちらにしてもまだ自分より上にいる。
 その限り、まだ、自分はまだまだなのだ。
267 :第九部 :2010/12/04(土) 23:44
 「この一週間で伸びたなあって思ったのは、小春と吉澤って感じだな」
 「中学生と一緒っすか?」
 「それだけ伸びしろがあったってことでしょ。小春はディフェンスがよくなった。まあ、良くなったって言っても、元がどうしようもないレベルだったから、ようやくまともに少し近づいたってくらいだけど。その上でオフェンスも最初はこのメンバーの中だと埋もれちゃう感じだったけど、一週間でちゃんと個性発揮して出来るようになってるんだよね」
 「あれで中三ですもんね。普段、どんだけ無双状態なんだって感じですよ」
 「だから、自分と対等のレベルで練習出来る人間が居なかったんだろうね。たぶん、吉澤もそれと一緒。普段の練習で同じポジションでまともに練習出来る相手がいない。それがここに来ると周り中がそういう対象だったからいつもの二倍三倍、それじゃ効かないくらいの密度の練習になってたんでしょう」
 「でも、他にもそういう感じの立場の子っていたんじゃないですか?」
 「うん。そこに意識の違いが出たんだろうと思う。小春なんかそういう点で貪欲というか負けず嫌いというか、そういうのがあったんだろうね。吉澤もそう。こういうメンバーの中で練習出来るんだからうまくなりたい、っていうのがよく見えたよ」

 信田の頭には、後藤の存在があった。
 状況は同じなはずなのだ。
 普段の練習では同レベルのメンバーがいない。
 バスケ経験も吉澤と同じように浅い。
 それでいながら、この一週間、信田は後藤からそういった貪欲さを感じることはなかった。
268 :第九部 :2010/12/04(土) 23:45
 「吉澤は九番。受け取って」

 小湊が最後に残った二着のユニホームをテーブルに出した。

 「え? まじっすか? 九番?」
 「番号はあんまり関係ないからね。協会がケチってるからユニホーム新調してくれなくて使いまわしで、身長に合わせて番号割り振ってるから。一桁番号とか関係ないから」
 「いいんですか? 吉澤で。ありがとうございます」

 吉澤は二着ユニホームを受け取り両手にそれぞれ持った。
 左手に白、右手に黒。
 胸に日の丸である。
 ユニホームに視線を向けたまま、吉澤は言った。

 「もしかして、数合わせですか?」
 「卑屈だなあ」
 「いやあ、だって。あのメンバーん中で選んでもらえるってなかなか思えないっすもん」
 「理由、ちゃんと聞きたい?」
 「聞きたいです」

 ユニホームを机において、吉澤は身を乗り出して信田の言葉を聞く。

 「吉澤を選んだ理由は二つ。まず一つ目は、さっきも言ったけどこの一週間ですごく伸びたってことかな。そういう成長期な選手っていうのがチームの中には必要だと思ってる。それともう一つは、このチーム、結構個性のあるのが揃ってるんだけどさ、意外にムードメーカーがいないんだよね」
 「ムードメーカーですか」
 「そう。全体を盛り上げるような存在。みんな自分のことは出来るのよ。それで、チーム全体のことも見えてはいるんだ多分。試合の流れなんかもちゃんとわかってプレイできる人間が多い。今ここをこうやられたから、こう改善してみようみたいなことが言えるのも多い。だけど、盛り上げ役が居ないんだよね。ある種まじめっていうのかな。判りやすい例は吉澤のチームにも一人いるでしょ」
 「うちのチーム? ああ、ははは、あいつが周りを盛り上げるなんてイメージできないっすね」

 信田と吉澤のイメージはきちんと同じ一人を捉えていた。
 福田明日香である。
269 :第九部 :2010/12/04(土) 23:45
 「そういうのが吉澤には出来ると思うんだ。悪く言うと道化になるっていうのかな。そういうようなことが時には出来る。いい意味でのバカ。空気読まずにというか空気を読んでそれをぶち壊そうとして立ち上がる、正面から向かって行くばかりじゃなくて、なんか違う方法でもなんでも壊そうとするそういうの。一つの大会を乗り切るっていうのは簡単じゃないじゃない。まあ、高校生だと全部トーナメントだから、一つ負けてもそこから立て直すなんてことは必要ないだろうし、そういう感覚分からないかもしれないけど、国際試合はそうもいかない。全部勝って優勝出来れば苦労はないけどそう簡単じゃないのよね。予選リーグがあって、その先も負けても三位決定戦があったりとか、負けてもすぐ次の日にある意味その負けた日よりも重要な試合っていうのがありえるシチュエーションがあるんだ。そういう時に、悩んで悩んで悩みつくして落ち込みそうな面子が多くてさ。その辺を壊せるムードメーカーが居て欲しいなって。もちろん負けてどうこうより前に試合中のあまりよくない展開でも雰囲気悪くしないとかそういうのも含めてね」

 今回の大会には八つの国と地域が参加する。
 まず四チームづつのグループリーグがあり、上位二チームが準決勝へ進出、下位二チームも順位決定戦へ。
 順位決定戦で下位になった七位、八位のチームはアジアBゾーンの上位二チームと次回大会は入れ替わることになる。
 準決勝で勝てば決勝だが負けても三位決定戦がある。
 来年のU-20世界選手権の代表権は三枚なので、三位決定戦で勝てれば出場権獲得、負けると何もなし、となる。
270 :第九部 :2010/12/04(土) 23:46
 「なんか複雑そうな顔してるね」
 「いやー、やっぱ実力認められたわけじゃないんだなって。わかっちゃいたけど、そうはっきり言われると考えちゃいますよ」
 「実力は認めてるよ。ある一定レベルとして。はっきり言うとまだ少しスタメンレベルと比べれば落ちると思う。だけど、十五人を選ぶって考えた場合、そんなに差がないっていう人間が多い。その差が無い中に吉澤は入ってる。その差がない中から何か差を見出してメンバーを選ばなきゃいけないわけよ私は。その差として出て来たのが今言った理由。ここでは言わないってみんなに言ってるから吉澤にも今は言えないけど、もう、すぐに十五人のメンバーはわかって、それ見れば分かると思うけど、吉澤、結構試合出るチャンスあると思うよ」
 「センター少ないってことですか?」
 「たぶんそういうことだろうね」

 自分で選んだだろうに、信田はたぶんと口を濁した。

 「ポジション別の時には一番多かったのに」
 「一人抜けてたからね。頭二つくらい。他のポジションの方が均衡してた。そうするとバリエーションとして違うメンバーを入れたくなるのよ。センターの場合柱が決まっちゃってて差があるからバリエーションっていう風にならない。ただ、力が落ちたになっちゃう。もちろん、ファウルアウトとか怪我とかあるから、サポートメンバーなしとはならないんだけど、でも割合としては少なくなっちゃうのよ」

 吉澤が小さく何度かうなづいている。
 飯田さんだけレベル違ったな確かに、と思った。
271 :第九部 :2010/12/04(土) 23:46
 「まあ、そういうわけだから。自分が試合に出ることもちゃんとイメージしておいてね。他のメンバーを押しのけて自分が代表に残ったってことは忘れないこと」
 「はい。わかってます」
 「ホントに? 国を代表するっていうのは重いからね。ホントにわかってる?」
 「いや、うーん、わかってないかもしれないですね、正直」
 「うん。正直でよろしい。まあ、たぶん、試合でコートに立てば分かるよ、嫌でも」

 つい最近まで、アンダー19ってなんですか? だった吉澤である。
 代表になるのを夢に見ていた、というようなこともない。
 夢よりも遠い世界だ。
 その重み、と言われても、まだピンと来てはいなかった。

 コーチ部屋から出ると吉澤は廊下を走って、エレベータを素通りして階段を駆け上がって部屋に戻った。
 ピンポンピンポンピンポンと、呼び鈴を連打して平家にドアを開けさせる。

 「ユニホーム、取ったどー!」

 そう言って部屋に飛び込んでベッドにダイブ。
 若干古いな、と思いながら平家はそんな吉澤の姿を微笑みをたたえて見ていた。
272 :第九部 :2010/12/04(土) 23:46
U-19女子日本代表チーム

飯田圭織  C ジョンソン化粧品
村田めぐみ C 関東女子体育大学1年
平家みちよ F 常陸ローテク
石川梨華  F 富岡総合学園高校3年
柴田あゆみ F 富岡総合学園高校3年
藤本美貴  G 滝川山の手高校3年
里田まい  F 滝川山の手高校3年
吉澤ひとみ C 市立松江高校3年
後藤真希  F 東京聖督学園大付属高校3年
高橋愛   G 富岡総合学園高校2年
松浦亜弥  F 市立松江高校2年
福田明日香 G 市立松江高校2年
亀井絵里  G 東京聖督学園大付属高校1年
久住小春  F 和島村立南辰中学3年
光井愛佳  G 大津市立比叡山中学3年
273 :第九部 :2010/12/04(土) 23:47
 遅くなった昼食を皆で取る。
 落ち込んでいるものはいない。
 少なくともこういう場面で、落ち込んでいる、と周りに思われることを是とするメンバーがいなかったのだろう。
 メンバーは比較的年長者が残り、若いメンバーは落とされていた。
 一年生は四人いたが残れたのは亀井だけ。
 二年生も六人いたのだが三人になった。
 一方、三年生は自分で去って行った是永以外では落ちたのは一人。
 大学、社会人で落ちたのは矢口だけだった。
 ただ、中学生二人は二人とも残されている。

 食事を終えてからメンバーから外れるものは、荷物をまとめて準備の出来たものから各々帰って行く形になった。
 今日は一日オフということで代表組みも全体練習はない。
 ただ、中には鍵を借りて体育館を開けるものもいる。
 それはそれとして、帰る仲間を見送るというものもいた。
274 :第九部 :2010/12/04(土) 23:47
 帰り支度が早かったのは矢口だった。
 事前に準備をしていたのだから当たり前だ。
 食事を終えて戻ってきた部屋では藤本がベッドに横になっている。
 矢口には背中を向けていた。

 「あ、あの」

 恐る恐る矢口が声をかける。
 さすがに何も言わずに居なくなるというわけにはいかない。
 藤本は聞こえているのかいないのか、反応がない。

 「藤本さん」

 年上の矢口が敬称付きで呼びかける。

 「なんですか?」
 「これで、帰るから」
 「はい、お疲れ様でした」
 「で、あの、一言いいかな?」

 こちらを向いてくれない。
 矢口がもう一押しする。
 感情的にはともかく、年上様から話を聞けと言う類のことを言われても無視して背中を向け続けるのは、体育会世界で育ってきている藤本には難しい。
 体を起こして矢口の方へ向けた。
275 :第九部 :2010/12/04(土) 23:47
 「申し訳ありませんでした」

 いきなり詫びられた。
 小さな体での最敬礼。
 藤本としては意味が分からない。
 何について詫びているのか。
 この一週間、同室だったのにほとんどまともに口を利かなかったことだろうか?
 それはどちらかというと藤本の側が会話をしない空気を作ったせいである。

 「矢口は、勝つためには何でもしようとそう思ってた。滝川はうちらより圧倒的に強いチームだったし。その為には戦術的にはいろんなことを考えなきゃいけなかった。でも、それだけじゃ足りなくて。だけど、どうしても勝ちたかったんだ。ていうか、勝つために考えられることを全部やりたかった。滝川だけじゃない。どんな相手にでもそうなんだけど。そう思った時、やっぱ、人の心を揺さぶるのって割と効果的で。だから、口八丁手八丁で相手の気に触るようなことをしてきた。二度と会わない敵だと思ってたから。まさか、こんな風にあとで会うこともないと思ってたから」

 藤本は何も言わずに矢口のことを見ている。
 口は挟まずに黙って聞いていた。
 何のことを言っているのかはわかった。
276 :第九部 :2010/12/04(土) 23:48
 「うちらが勝つには必要なことだから、やりました。でも、それはそれとして、終わった後には謝るべきなんだと思う。だから。すいませんでした。それと、あれは矢口一人のやったことだから。後藤とか亀井とか、うちの連中は関係ないから。これからまだ二人ともチームに残ることになるけど、あれは矢口だけの責任だから、二人のことは責めないで。気分よくバスケしてもらえたらなって思う」

 ベッドに座っても、立っている矢口をそれほど見上げる角度にはならない。
 そんな角度から藤本は視線を外し、頭をかきむしってから視線を戻して言った。

 「もういいですよ。あんな昔のこと。思い出したくもないし。ここでも同じことするならぶっ潰してやろうと思いましたけど、それはないみたいだったから」
 「さすがに、チームメイトにあんなことはしないって」
 「勝つために手段を選ばないんなら、メンバーに残るために手段を選ばないなんてこともあるかも、と思いましたけど」

 七日間同室にいた二人だが、一文以上の会話が成立するのはこれが最初だった。

 「勝つためにはなんでもしてやろうってのは美貴にもわからなくはないです。最初から勝つ気のない、覇気も何もない人間よりよっぽどいいと思う。でも、さすがにあれはやらない。どんだけ美貴が頭にきたかわかります?」
 「ごめんなさい」
 「ただ、美貴が頭に来たってことは、それだけ効果があったってことなんだなって、大分後になってから思いましたよ」

 自分が冷静さを欠くとチームの危機を生む。
 藤本にとってはそれを学ばされた試合だった。
277 :第九部 :2010/12/04(土) 23:51
 「後藤さんに、亀ちゃん。別に二人に恨みはないですし、普通にやってきますよ。もちろん、亀ちゃんの場合はポジション奪いに来たら叩き潰しますけど。だから、もう忘れてください。美貴も忘れます。ていうか、忘れたいし、あんなの」

 藤本からすれば、東京聖督というチームに恨みはなかった。
 ただちょっと条件反射的に、げっ、と思ってしまう対象ではあったが。
 問題は、矢口真里という個人だった。
 当然、後藤や亀井に対して特別な悪感情は持っていない。

 「ありがとう」
 「なんでお礼かな。いや、あの、その手はなんですか」
 「仲直りの握手」
 「・・・、別に最初から仲良かったことないと思うんですけど」
 「いや、気分だから」

 意味わかんねー、と思いながらもしぶしぶ藤本も手を合わせた。

 「じゃ、帰ります。頑張って」
 「お疲れ様でした」

 矢口が出て行くと、あきれたようなため息を一つ吐いて藤本は仰向けにベッドに転がった。
 あんな人でも、仲間意識はあるんだな、と思った。
 仲間は大切にする。
 ヤンキーと同じ、藤本も持っている感覚だ。
 藤本の場合、仲間、と認めるまで多少時間がかかるきらいがあるが。
 ともかく、藤本にとって矢口は、もう過去の人だった。
 一週間、意外に腹立つような場面はなかったな、と思った。
278 :第九部 :2010/12/11(土) 23:34
 ロビーにはあやかも出てきていた。
 吉澤もお見送りにいる。

 「よっすぃー、すごいよね」
 「びっくりしたよ自分でも」
 「またまた、結構自信あったんじゃないの?」
 「そんなことないって」

 あやかは帰宅組みである。
 元々追加召集だったのだ。
 そこから何人も抜いて代表に入るのは簡単なことではない。
 あやかも、完全ではないものの荷物がまとまっていた口だ。

 「福田、あややはともかく、自分が残るっていうのはあんまり考えてなかったよ。ていうか、残るとか残らないとかっていうより、毎日夢中だったかな。残れたらいいなとは思ってたけど」
 「頑張って試合も出てね」
 「うん。あやかも、チーム頼むよ。あと二週間も空けることになっちゃうし」
 「チームは、市井さんがしっかり見ててくれると思うから大丈夫だよ。心配しないで」

 各チーム、この時期には国体もあり本来なら主力を手放したくないところだ。
 松江は主力四人が一週間留守で、さらに二週間福田松浦吉澤という中心どころが居ないのだ。
 富岡にいたってはスタメン五人が一週間留守という状態で、二人ここで帰るがどう考えてもチームを仕切る権力はなさそうな一年生二人である。
 それでもコーチがしっかりしている富岡は何とかなりそうだが、中澤だとすべて頼り切るというわけには行かない。
 その点に関しては、吉澤も申し訳ないなと思っていた。
279 :第九部 :2010/12/11(土) 23:35
 「やぐちさーん」

 荷物をひきづってロビーにやってきた矢口にあやかが歩み寄って抱きつく。

 「うわっ、なに、なに。苦しいって」

 抱きついて頬擦りして。
 一般男子がされたら卒倒して喜びそうなことをあやかが矢口にしている。

 「お姉さんチームは私と矢口さんだけみたいですね、帰るの」
 「そっか。あやかもお帰りか」
 「お帰りです」

 にこやかに、とはいかず、二人とも苦笑いという面持ちだ。

 「一緒に帰りましょ」
 「ケチんなくてもタクシーチケット一人一人出してもらえるってよ」
 「矢口さん、上野案内してくださいよ」
 「はぁ? 帰んなくていいの?」
 「飛行機最終だから東京まで出てもちょっと時間あるんですよ。だから上野の美術館行きたい」

 都心からは少し離れた場所にある。
 個人の都合で帰った是永は、自力で駅まで路線バスに乗っていったが、スケジュール通りのご帰宅メンバーは、駅までのタクシーチケットや家までの交通費は出してもらえるらしい。
 あやかの言う、上野まで行くにしても、美術館が開いている時間には着けそうではあった。

 「じゃ、よっすぃー頑張って」
 「おう、って寄り道してくの?」
 「今日中には帰るよ」
 「連れてくって言ってないでしょ」
 「矢口さーん。かーわーいーいー」
 「だから、抱きつかないで」

 矢口限定で抱きつき魔になるあやかである。
 笑っている吉澤に見送られて、二人は出て行った。
280 :第九部 :2010/12/11(土) 23:35
 明るく振舞っていたロビーでのあやかと対称的に、タクシーに乗ると大人しくなった。
 矢口も、この一週間の体力的さらには精神的な疲れもあって、べらべら一人でしゃべるという心境にはなっていない。
 特別親しくしてきたという間柄ではないが、あやかによる矢口の扱いはああであるし、矢口の方もあやかに対して悪感情はもっていない。
 ノー、ノー、と言いながらも、上野に付き合ってやろうとは思っている。

 駅までつくと、さほど待たずに列車はやってきた。
 他の御帰宅組みはまだやってきていない。
 みんなで一緒に、と待つようなことはなく二人はさっさと乗り込む。
 特急の自由席。
 本来上座の窓側席にあやかが座り、並んで通路側に矢口が座る。
 列車が動き出すとすぐに矢口は眠ってしまったが、あやかは車窓に映る田園風景を眺めながら物思いにふけっていた。
281 :第九部 :2010/12/11(土) 23:35
 上野には本当に二人で行った。
 田舎住まいのあやかにとって、美術館に行ける機会などめったにない。
 修学旅行は個人のわがままは効きにくいし、実際には丸一日矢口に捧げたのだ。
 半日くらい取り返させてもらってもバチは当たらない。
 高校生二枚、とあやかが生徒手帳を見せて注文すると、係員はもう一人を確認もせず二枚売ってくれた。
 矢口は苦笑いするが、あやかはその場では素で気づかず、中に入ってから、「あ、矢口さん高校生じゃないんでしたっけ」とやってバシッと背中を叩かれている。

 自分の意思でやってきたあやかはいいとして、矢口は絵画だの工芸品だのに興味はまったくなかった。
 せめて宝石でもあれば話しは違ったのだが、今回それはないらしい。
 田舎育ちでもいいとこ育ちってのはいるんだな、なんてあやかの熱心な後姿を見ながら思っている。
 ぱっと全体見渡して、まったく興味が持てないな、と自覚してしまった矢口は、あくびをかみ殺しながらあやかの後をついて回った。
282 :第九部 :2010/12/11(土) 23:35
 特別展の展示を見終わり、あやかは常設展の方も見たかったが開館時間がもうあまりない。
 諦めて外に出る。
 それでも飛行機の時間には多少時間があった。
 公園を抜けて、その辺にあったムーンバックスに二人で入る。

 「帰りに美術館寄ろうって来る前から決めてたの?」
 「時間があれば寄ろうかなって思ってました」
 「なんかハイソだねえ。矢口には全然わかんないよああいうの」
 「私だってよく分かって見てるわけじゃないですよ。ただ、きれいだなって。それくらいです」

 美術館帰りにムーンバックスに寄ってカフェラテを手にしながらおしゃべりをするお嬢様。
 若干住んでる世界が自分とは違うような気が矢口はしている。

 「そうやって、帰りのことなんか考えてるから帰ることになっちゃうんですかね」
 「ん? ああ。でも、そういうの気分の問題だけだし、あんまり関係ないんじゃない?」
 「気分の問題って、大事な気もするんですよね。よっすぃーなんか結構必死に練習してたじゃないですか。あれと比べると、あんまり自分は頑張ってなかったなあ、なんて思いますよ」
 「矢口は途中で諦め入っちゃったけどね」

 矢口にとっては、これは無理だと割と早い段階で思ったし、ダメでもオーケーな合宿であった。
 日本代表のユニホームは、どうしても欲しいというようなものではない。
283 :第九部 :2010/12/11(土) 23:36
 「落ち込んでるの?」
 「んー、ちょっと違うんですけど」

 あやかはセンター組みに入っていた。
 ポジション別で一緒にセンターで練習した九人のうち、残ったのは四人だけだ。
 あやかも含めて半分以上がご帰宅である。
 矢口のように、周りみんな残って、中学生まで残ったのに、田中と二人落選、というようなのと比べると、相対評価としての合格ラインがかなり高い位置に引かれていたという感覚である。

 「ちょっと寂しいんですよね」
 「よっすぃーにおいていかれちゃった感じで?」
 「そう。それです。さすが矢口さんです」
 「さすが言うほど矢口のこと知らないでしょ」
 「そんなことないですよ。人の気持ちをいっぱい考えてる人だって知ってますよ」
 「そんないい人じゃないよ。どっちかって言うと敵が多い人だし」
 「人の気持ちを考えるから、相手を動揺させるような言葉を選んで使えるんじゃないんですか? うちも滝川カップでやられちゃいましたもんね。市井さんのスリーポイントを言葉封じで」
 「ん? ははははは・・・」

 矢口が乾いた声で笑う。
 人を傷つけるには、無神経な結果な場合と、効果的に狙いをつける場合とそれぞれあるものだ。
 矢口ははっきり後者。
 たぶん、無神経と違って確信犯な分、罪が重い。
 そう自覚もしている。
284 :第九部 :2010/12/11(土) 23:36
 「わたし、うすうす気づいてたんですけど、今回の合宿でよく分かっちゃいました。他の人たちと比べて、あんまり勝ちたいっていう気持ちが強くないんだなって」
 「見ててあんまり闘争本能とかそういうの感じないよね、あやかさんって。そういうところはうちの後藤なんかに似てる」
 「負けても、負けちゃったって感じであんまり悔しくないんですよね。悔しくないってことないですけど、たぶん、周り見てるとみんなはもっと本気で悔しいんだろうなって思います。私の場合、悔しいっていうより悲しいって感じ」
 「どう違うの?」
 「よっすぃーが悔しがってたり、あややや明日香が悔しがってたりとか、そういうのを見るのが悲しいのかな。負けたことそのものよりも」
 「あやかさんもみんなのためなら頑張れるタイプか」

 矢口ははっきりとあやかのことを後藤と重ねてイメージしている。
285 :第九部 :2010/12/11(土) 23:37
 「みんなのためって感じじゃないんですよ。そこまで含めて自分のためで。喜んでるみんなの中にいたい。みんなが喜んでればそれでいいんじゃないんです。その中に自分がいたいんです。たぶん、中にいられれば本当は、勝っても負けてもいいのかもしれない」
 「だから、よっすぃーに置いていかれて寂しい」
 「そう。よっすぃーに負けて悔しいとか、そういうのはないんです。でも、寂しいなって」
 「三人選ばれて、あやかさんだけだもんね」

 吉澤も落ちてもらって一緒に帰りたい、と思っていたわけではなかった。
 頑張っている吉澤を見て、選ばれるといいなとは思っていた。
 自分は可能性は低そうだけど、吉澤だけでも通ればと思っていた。
 でも、実際そうなってみると、さびしかった。

 外の陽はもう暮れていた。
 店には比較的若い女性が多いが、中には年配もいて、一部には背伸びした中学生二人組みがお茶していたりもする。
 そんな雰囲気の店に似合わない幼児が一人駆け回っているのをあやかは目を細めて見つめる。
 母親らしき人が、やめなさいと子供を抱き上げて連れて行った。
286 :第九部 :2010/12/11(土) 23:37
 「悔しい、とか思えないからダメなんですかね?」

 あやかが表現を変えて最初の問いに戻った。

 「ダメって?」
 「メンバーに選ばれなくて、悔しいって感じて、チームに戻って猛練習とかするべきなのかなあって」

 あやかの口から、猛練習、という似合わない単語が出たので矢口が少し笑う。
 背もたれに寄りかかっていた矢口が、身を乗り出してテーブルに両肘ついて語りだした。

 「勝つためにはなんでもするって感じだった矢口が言うのもなんだけどさ。いいんじゃないかな。ひとそれぞれで。矢口も思ってた時期あったな。負けて悔しいって思わないなんて人間じゃないくらいに。でも、後藤と会ってちょっと変わった気がする。その辺の考え方。勝った方がいいけどその為に何でもするみたいなことはしなくてもいい、みたいなところ? ちょっとそういうのが分かった。よっすぃーなんかはそういうところじゃ矢口に比較的近い感じだからね。あの子、まあ勝つために何でもするはないけど。滝川とか富岡とか、そういう、バスケこそわが人生みたいなチームだとそうはいかないけど、おいらんとこもあやかさんとこも、別にそこまではないじゃん。だから、人それぞれの考え方でやればいいんじゃないかなって思った」

 真剣な顔で語る矢口に、あやかは変化球を返す。
287 :第九部 :2010/12/11(土) 23:37
 「まじめな顔の矢口さんもかわいいですね」
 「な、な、何を言うんだ、人がせっかくまじめに話してるのに」

 頭をなでようと伸ばしたあやかの手を矢口は振り払う。
 至近距離でじっとあやかが見つめると、ふてくされた顔で矢口はそっぽを向く。
 そんな小動物を見て微笑を浮かべてからあやかは自分で話を戻した。

 「でも、自分の周りの人には頑張って欲しいんですよね」
 「勝手だなおい」
 「私、結構自分勝手なんですよ」
 「意外とそういう要素はあるんじゃないかって気はするよ」

 気まぐれに抱きつかれたり頭を撫でられたりする矢口からすれば、それはあやかの勝手要素の発露と感じるだろう。

 「頑張ってる人のそばにいたい。それで力になりたい」
 「よっすぃーは頑張ってるけど、自分はそれを支える力が足りないんじゃないかって?」
 「さすが矢口さん」
 「もういいから、それ」

 一々無駄に褒められるのにリアクション取るのが面倒になってきている。
288 :第九部 :2010/12/11(土) 23:38
 「頑張って成長する人を側で支えるには、自分も成長しないといけないんですよね。あたりまえだけど。でも、本当に頑張ってる人と比べるとその速度が遅いから置いていかれちゃう」

 あやかから見た、吉澤との距離だった。
 あやかと吉澤の立ち位置。
 吉澤が主役で自分が脇役。
 その立ち位置を変えたいとは思わない。
 自分が主役になりたいなんて思わないし、吉澤に脇役をやって欲しいなんて思わない。
 この、今の位置関係を変えたいとはまったく思わない。

 ただ、その位置に自分がいるのが、少しづつ力不足になってきているような気がしていた。

 「そろそろいい時間ですし、出ましょうか」
 「微妙に悩み話しっぱなしで、解決させずに終わりかよ」
 「いいんですって別に。ちょっと言ってみただけですから」

 解決することはまでは期待されてないんだろうな、と矢口は思った。
 美術館に行きたかったのは本当にしろ、別にそこを案内することが自分の役割なのではなくて、話が出来る相手が欲しかったのだろう。
 吉澤ひとみをよく知っていて、かつ、同じ高校にはいない人。
 その条件を一番よく満たすのは自分だし、今日のこのタイミングでは、他に選択肢もなかった。
289 :第九部 :2010/12/11(土) 23:38
 「やっぱ、あやかさん、実はわがままだよね」
 「周りにわがままが多いと目立たないんですよ」

 カップを持って二人立ち上がる。
 わがままと言うかマイペースと言うか。
 まあ、別にそんなに嫌な感じがしないから良いか、と矢口は思った。

 二人は駅で別れた。
 矢口は家に帰るし、あやかは空港に向かう。
 空港まで付き合え、と言われるかと矢口はちょっと身構えたが、あやかはそこまで要求しなかった。
 言うだけ言って満足したのか、一人で帰って行った。
290 :第九部 :2010/12/19(日) 00:15
 残った十五人で大会に臨む。
 五日間国内合宿を続け、六日目が移動日で上海へ。
 上海入り後三日で大会である。
 U-19アジア選手権は、参加国は多数があるが、グループ1として優勝を争うのは八チームだけだ。
 四チームづつのグループリーグがある。
 一回戦総当りの三連戦で、上位二チームが準決勝へ進出。
 下位二チームは5-8位決定戦へ。
 一日休みを挟んで、順位決定戦と決勝トーナメント。
 順位決定戦で8位になると、グループ2への降格、7位はグループ2の2位と入れ替え戦へ。
 上位は、決勝へ進めば、来年のU−20世界選手権の切符を掴むことが出来る。
 準決勝で敗れても、3位決定戦に勝てば、U-20世界選手権の出場権確保、となる。

 日本はB組に入った。
 A組、中国、台湾、マレーシア、インド
 B組、韓国、日本、タイ、北朝鮮

 アジアのスポーツでは男女で勢力図が大分違う。
 男子であれば中東、イランあたりが優勝に絡む力を持っているケースが多々あるが、女子は宗教上の理由からその地域のチームは力が無いし、そもそも出場してこないことも多い。
 バスケもご多分に漏れずその例に従っている。
 女子の球技は大抵、東アジア四チーム+α、というのが実体だった。
 中国、韓国、日本、台湾。
 四チーム間の序列が変わることはあるが、ベスト4はほとんどこの四地域で占めていて、優勝を争う可能性がゼロでないのはこの四チームだけ、という共通認識がされている。
 ソ連崩壊後は多少、中央アジアのチームが絡むことが出て来た。
 カザフスタンでありウズベキスタンであり。
 東南アジアではタイあるいはインドネシアが強いことが多いが、東アジア勢と比べると格下になっている。
291 :第九部 :2010/12/19(日) 00:16
 今回は、そんな勢力図から外れている不気味なチームが一つ日本の組に入った。
 北朝鮮である。
 前回大会、グループ2を圧勝で優勝し、今回大会でグループ1に昇格してきた。
 国際社会に出てこないのでいろいろな部分が未知であり、また、U-19の大会なのであるが、実年齢も未知って感じだ、という見方もある。
 グループリーグ三戦目に北朝鮮戦が組まれているが、信田としては、嫌な相手に当たったな、と思っていた。

 十五人を選んだことで、メンバー構成は信田の中で見えてきた。
 藤本-石川-飯田
 この三人が柱になる。
 間に入るのは、まず、柴田、松浦、高橋あたりから一人。
 もう一方は、里田、後藤のいずれか。
 セカンドチームでは福田-平家-村田、というところがスタメン三人とのマッチアップの位置にいる。
 亀井、光井、久住、吉澤、というところは、本当のサブという位置づけになっている。

 セカンドチームで仮想○○、というチームを組むには情報が不足していた。
 ユース世代の国際大会というのは、お互い様であるが、どんな選手が出てくるかもはっきりしていないことがある。
 石川、是永、くらいの情報は韓国、中国あたりも持っていただろうが、是永が出てこない、なんてことは想像できない事柄である。
 それと同じで、こちら側も韓国なり台湾なり、どんな選手がいるらしい、といううわさは聞いていても、チームとしての各国の状態、というのは分からない。
292 :第九部 :2010/12/19(日) 00:17
 吉澤は、もうちょっと練習したいな、と思っていた。
 十五人のメンバーがいる中で、今の吉澤の立場はサードチームというところになる。
 このチームは選抜チームで、当たり前であるがスタメンで出て行くであろうチームがコンビを合わせて、お互いの考えを理解し、チームとして形作って行って試合に勝つために練習している。
 そのトップチームの相手役はどうしても必要なので、セカンドチームなら同じ量の練習が出来る。
 サードチームになってしまうと、トップとセカンドが五対五をしている間、暇なのだ。
 見ていて声だし。
 メンバーを選ぶ段階と違い、序列がはっきりついてきた今の段階だと、そういうことになってしまう。

 「つまんないんすよねー。せっかく残れたのに」

 十五人になってからの練習初日終了。
 部屋に戻って吉澤が言った。
 帰宅組みが大分出たので引越しもあった。
 奇数なので一人部屋が一つ出来てしまうが、これはキャプテンの飯田、ということにした。
 飯田の部屋にいた高橋は、松浦部屋へ。
 藤本のところに光井が移り、里田部屋へ亀井が。
 他は、二人とも残るか二人とも帰るかで変動なし。
 吉澤は平家と同室のままである。
 練習終了後、部屋がえを伝えられたとき、特に言葉は発しなかったが、松浦が一人苦い顔をしていた。

 「なーんか、いきなり練習量減っちゃって」
 「五対五混ざりたい?」
 「はい」
 「じゃあ、実力つけるんだね」
 「ははは・・・。厳しいお言葉ですね」

 言っていることは百パーセント正しくて否定は出来ないのだが、あんまりな言葉ではある。
293 :第九部 :2010/12/19(日) 00:17
 「よくさあ、体育会は後輩は先輩に絶対服従な世界、なんて言う人いるけどさ、本当の体育会は違うのよね。実力のある一年生がエースとして試合に出て、能力のない三年生はベンチにも入れずスタンドから声だし。力のある人間が主役で、力がないと年齢が上だろうがキャリアが長かろうが脇役どころか役ももらえない。そういう世界なんだよね」
 「絶対服従してくれる後輩なんてもったことないっすよ」

 福田や松浦が吉澤に絶対服従してくれるか?
 考えるまでもないことである。

 「分かる? この私が、石川の相手役をやらされてるっていう屈辱。あの石川がスタメン組みにいてその相手役よ。ビブス引きちぎってやろうかと思うわよ」
 「過激っすね・・・」
 「でも、しょうがない。あの子の方が私より上だって信さんに認識されちゃってるからね。それが嫌だったら、私が力でその認識を覆すしかないのよ」
 「吉澤もそうするしかないと」
 「そういうこと」
294 :第九部 :2010/12/19(日) 00:17
 試合に誰を使うのか決めるのは監督だ。
 試合のメンバーも練習メニューも、自分の意向がほぼ通る高校でのチームとは違う。
 吉澤がゲーム練習に混じりたいなら、後藤か里田か、あるいは村田なり飯田なりを蹴落とさないとならない。
 蹴落とせたかどうかを判断するのは、吉澤でも相手でも無く、信田なのだ。

 「でも、実際難しいよね。セカンドチームくらいにいるとたぶん試合も出ることになると思うしチャンスも多いんだけど。その下だとチャンスそのものがあんまりないから」
 「外で見てるだけってのはさみしいっすよ」
 「少ないチャンスを生かすしかないよね」

 チャンスは実際与えられていたのだ。
 この一週間の期間がそうだった。
 ある意味では、そのチャンスを生かしてここに残ったとも言える。
 ただ、主力の中に入る力がある、ということまでは見せることが出来なかった。
 一週間、全員にチャンスを与えた反動で、短期間にチームを熟成させないといけない分、これからは吉澤たちがゲーム練習に混ざる機会は大分少ないかもしれない。
295 :第九部 :2010/12/19(日) 00:18
 夕食後、少し休んでから吉澤は体育館へ向かった。
 うさばらし、という部分もあるが、単純に動き足りないのだ。
 同じ練習時間であっても、トップメンバーたちと練習量は大分違う。

 「吉澤さーん」

 なんかひょろ長い細っちいのが走ってきてどーんと体当たり。
 吉澤、抱きとめてくるっと半回転、着地させる。

 「なに? なに? どした?」
 「体育館行くんですか?」
 「うん」

 いかにも、という格好で荷物を持った吉澤。
 誰が見てもどこに行くかは分かる。

 「小春も行く」

 状況は久住も同じ。
 有り余る成長期の体力をもてあましていた。

 鍵借りて、体育館開けて・・・、と準備をしたのは三つ年上の吉澤。
 久住はその間に自室に戻って自分の準備をしてくる。
 ストレッチをしながら待っていた吉澤が、おお、きたきた、と思ったらなんか一人増えていた。

 「ピンポンピンポンピンポンうるさいんですもん」

 増えたのは光井だった。
 久住が部屋まで予備に来て、インターホンを連打したらしい。

 「美貴様、すっごい不機嫌なの。子供かおまえはって。いいじゃないですかねえ」

 いや、よくないだろ、と吉澤は思ったがそれは言わなかった。
296 :第九部 :2010/12/19(日) 00:19
 「ていうか美貴様なの?」
 「なんか、えらそーなんですよあの人。だから美貴様って。小春じゃないですよ。みっつぃーが言ったの。美貴様って」
 「私が言ったとか言わなくていいやん」
 「えー。言ったじゃん。後輩にマッサージさせたりして美貴様って感じって」

 光井は苦笑いしている。
 それにしてもあれこれよくべらべらしゃべるものだ、とある種吉澤は感心した。
 この子にはめったなことは言えない。
 久住が聞いたことイコール全員が知っていること、になりかねない。

 「小春、吉澤さんと一対一やりたい」
 「ポジション違うでしょ」
 「えー。吉澤さん石川さんのマッチアップしたりしてたじゃないですかー。出来ますよ。小春の相手も。小春オフェンスね。みっつぃーが真ん中でパサー」
 「オフェンスねって。小春はディフェンスが問題で一番鍛えなきゃいけないんじゃなかったの?」
 「そんなこと言って吉澤さんもオフェンスやりたいだけでしょー」
 「自分だろ! それは」

 いつの間にか久住ペースで場が動いている。

 「じゃあ、じゃあ、いいですよ。かわりばんこにしてあげます」

 そもそもの最初、久住と吉澤が一対一をする、というところを同意してない、ということを吉澤はもう忘れていた。
 呼び鈴連打されて呼び出された光井をただのパサーにさせていいのか、という面まで含め、おかしな点が山済みだが、すべてうっちゃって、久住の思うとおりに、物事が決められていた。
297 :第九部 :2010/12/19(日) 00:19
 センター型ではなく、フォワード型の外からの一対一。
 引っ張ってこられた光井はそもそも特にやる気はなかったのか、ただのパサー役に文句を言わない。
 吉澤も、何か課題がということでもなく、主目的が体を動かすことだったので、これでもまあ良いかという気分で久住の相手をしている。
 意外に、力量的にはちょうど良かった。
 久住は攻撃力はしっかりある。
 石川と遜色ないは言い過ぎにしても、吉澤にとって適度なレベルの相手だ。
 しっかりと練習になっている。
 一方、久住のディフェンスはひどい。
 これが、外からのオフェンスというのをあまりしない吉澤にとってちょうどよかった。
 レベルの高い攻防と初歩の攻防。
 それが交互にやってくる。
 お互いに適度な相手だ。

 やがて、体育館に人が入ってきた。
 福田だった。
 先客三人に挨拶するでもなく、端に座ってストレッチを始める。
 吉澤が自分の一対一を中断して福田に声をかけた。
298 :第九部 :2010/12/19(日) 00:20
 「福田、みっつぃーの相手してくれない?」
 「相手って?」
 「一対一してやってよ。一人半端で余っててさ」
 「誰かと一対一やろうと思ってきたわけじゃないんですけど」

 後輩が先輩に絶対服従、なんてのとは程遠い世界に住んでいる先輩後輩である。
 これが本当の体育会? 違うだろ、とさっきの平家との会話を思い出して吉澤は頭の中で一人突っ込みをしつつも、話は進めた。

 「たまには若いのの相手もしてやってよ。辻を相手にするみたいにとは言わないけどさ」

 高校では後輩を相手に指導する、という精神的余裕がある立場でいる。
 それがここに来てそんな余裕はまったく無くなっている。
 蹴落とすべき相手、というほど対後輩では切羽詰ってはいないが、周りを見る余裕が福田には今、ない。
 そんな二人に臆することなく久住が絡んできた。

 「ガードの人たちみんな怖いんですよ。美貴様はいーっつもしかめっ面だし。おしゃべり愛はコミュニケーション不能って感じだし。みーんな、自分のことばーっかし。いいじゃないですか。けちけちしないで」

 お前が言うなよ、と吉澤は思ったがそれには触れない。

 「私や小春もそうだけど、みっつぃーも昼間がああだからちょっと練習量足りない感じでさ。頼むよ。相手してやってよ」
 「そうまで言うなら分かりましたよ」

 藤本や高橋を引き合いに出され、急所を突かれた感のある福田は話を受けた。
 お願いも拒否もしなかった当事者光井。
 どっちでもよかったようだ。
299 :第九部 :2010/12/19(日) 00:20
 福田はしっかりとストレッチをするまでは動かない。
 それから光井の相手をした。
 二人の力量差は一目瞭然だ。
 一週間、同じグループで練習していたが福田は光井のことを歯牙にもかけていなかった。
 その他、という扱いで、個人として数え上げていない。
 こうやって、継続して一対一をすることで、初めて光井愛佳が一人のプレイヤーとして福田に認識される。
 辻よりは骨はあるかな、と思った。
 単純な辻と比べて、だましのテクニックはある。
 ただ、やっぱりディフェンスがひどかった。
 ディフェンスだけ取り出せば紺野の方が上、というくらいな印象を福田は受けている。

 「もう、半歩くらい下がって」

 黙々とやっていたのに、構えた状態から唐突に声を掛けられて光井は戸惑った顔をしている。

 「外のシュートを抑えるにはこれくらいの位置にいる必要はあるけど、突破をはかられた時にその位置でもついていける力量がまだない。それだと私の練習にならないから、半歩下がって」

 言われて光井は素直に半歩下がった。

 「実戦だったら外から打たれて終わりって思うかもしれないけど、その半歩の距離を埋めるにはディフェンスの力量を上げないといけない。あと、外からジャンプシュート打たれたら、見てるだけじゃダメ。スクリーンアウトをしっかりする。内がわに入られちゃったら身長関係なくリバウンド取れたりするから。そういう細かいところをサボらない」

 なんだかんだいいながらも、福田は本質的に先輩然として教えを垂れるのが好きだった。
300 :第九部 :2010/12/19(日) 00:20
 しばらくしてまた体育館の扉が開く。
 人が増えてくると、扉が開いたくらいでは特に誰も反応しなくなってくるが、自分のほうに向かってこられて最初に光井がそちらを振り向いた。
 松浦亜弥だった。

 「明日香ちゃん貸して」
 「なに?」
 「相手してよ」
 「また勝手なことを」

 私は無視か? 状態でぽかんの光井を横に、二人の会話。
 福田にとっては、よくある出来事慣れた事、ではある。

 「向こうのが合ってるでしょ、松には」
 「えー。明日香ちゃんがいい」
 「どこの外国で私みたいな身長が出てきて松のマッチアップになるのよ。吉澤さんくらいのとあたる可能性のが高いでしょ」
 「どっちでもいいんですけど、ちょっと飽きません?」

 光井が絡んだ。

 「飽きたって。ほら。明日香ちゃん相手してよ」
 「そうじゃなくて。もう一人くらい増やして三対三にしません?」
 「それだ。吉澤さーん」

 松浦がコート反対側の吉澤を呼んだ。
 一対一の真っ最中、ドリブルついた瞬間なのはまるっきり考慮していない。
 先に久住が動きを止めて、抜き去った吉澤はシュートを決めてから反応した。

 「そのタイミングで呼ぶなよ」
 「吉澤さん、誰か一人調達してきてくださいよ」
 「なに?」

 松浦が入ってきたのは気づいていたが、福田たちと何か話していたので気にしないでいた。
 まだ、話が見えていない。
 福田が中身を解説した。

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