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ファーストブレイク 6th period

1 :みや :2010/07/24(土) 16:24
これのつづき

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高校生がバスケする話
吉澤とか石川とか藤本がそれぞれの学校で中心ぽくいて、周りにいろいろな人もいます。
その他の学校も出てくるし、学校の枠組みを超えることもいろいろとあります。

更新は基本週一 土曜日午後(ただし0時過ぎてカレンダー的には日曜日になることもある)

全十部予定で、このスレッドは第九部開始時点、となります。
ご新規さんは、ここを単独で読んでみて、面白いと思ったら初期に遡って読めばいいと思います。

よろしくお願いします。
101 :tama :2010/08/28(土) 21:18
よっすぃー、キャプテンキャラだねえ。せっかく自分のことだけ考えていい立場なのに。

キャプテン談義。こういう感じ結構好きです。
ただお互いの呼び名になんとなく違和感が・・・
後藤さんがいつのまにか「ミキティ」「梨華ちゃん」って呼んでる流れが無かったからか。

こういう関係いいですよね。
102 :作者 :2010/09/04(土) 23:17
>tamaさん

話が広がると影が薄くなってしまったりする主人公たちですが、たまにはこうやって集まる場面も出てきます。
103 :第九部 :2010/09/04(土) 23:20
 出会ったばかりのメンバーたちの人間関係はまだ固まりきっていない。
 無口と無口が同じ部屋だと、問題は起きないが平穏静か過ぎて、分かりやすく親密さが深まるということがない。
 片方がよくしゃべるタイプで、もう片方がそんなにしゃべらないけれど話しかけられれば適度に答えられる程度の社交性というのがあると、割とうまく行く。

 「なんかよく電話してますけど、彼氏とかですか?」

 一旦部屋から出て、話しが終わって携帯片手に戻ってきた是永に松浦が問いかけた。

 「え? いやいやいやいやいや、全然全然。そんなじゃないよ」
 「そんなに否定しなくてもいいじゃないですか」

 違うだろうな、とは思っていた。
 部屋を出るまでの間に聞き取れた是永の言葉は明らかに丁寧語だった。
 彼氏に丁寧語で話すというケースはそうそうあるものではない。
 部の先輩、とか、そういうケースもないでもないが、中村学院は女子高だ。
 女子高の先輩とそういう関係というケースは・・・、考えすぎだろう。
104 :第九部 :2010/09/04(土) 23:20
 「キミの方がそういうのいそうなタイプに見えるけど」
 「それこそないですね。まったく。周りにいるのは田舎のガキばっかりですよ。私と釣り合うようなのはいないんです。あんまり興味ないんですよね、今、そういうの」
 「ちょっと意外かな」
 「意外ですか?」
 「男子を引き連れて歩いてるタイプかと思ったから。すごくきれいだし」
 「おてて繋いで歩いたり、お弁当作ってあーんとか、めんどくさいだけな気がします今は。もっと暇ならそういうのもありかもしれないけど、面白いものは他にあるから今は。そんなのに時間使う気にならないですよ」
 「そっか。ここに来るようなのはそんな子ばっかりかもね」
 「わかんないですよー。石川さんとか、都会の女子高生は何してるかわかんないし。矢口さんなんて、男子大好きって感じでしたもん」
 「えー、石川さんは、ないんじゃないかなあ。どっちかっていうと潔癖な感じで、男子なんて不潔とかそういうタイプな気がする」
 「是永さん、女子に夢見ちゃってる男子みたいなセリフですよそれ。ていうか、是永さん、石川さんにはそうあってほしいみたいに思ってませんか?」
 「んー、確かに。彼氏に甘える石川さんとか見たくないかも」

 松浦は都会と言ったが、神奈川の富岡は普通に郊外にあって、都会の雰囲気はまるでない。
 都会、に当てはまるところにいるのは亀井であり矢口であり、そして後藤である。
105 :第九部 :2010/09/04(土) 23:21
 「是永さんも、なんか、石川さんを特別視してますよね」
 「ん? んー、うん。そうかも」
 「なんでなんですか? みんな。一人でアメリカ行って、来年にはWNBAに、なんて言ってる是永さんのがすごいんじゃないかと思うんですけど。チームの周りのメンバーが違う中で、是永さんの力で中村は強いんだし。私は石川さんより是永さんの方がすごい人扱いされていいと思うんですよ」

 是永が松浦をどう思っているのかはわからないが、松浦の方は是永にはっきりと興味を持っていた。
 松浦は無駄にお世辞を言うタイプではない。
 猫被り期にはそういうこともするし、出会って二日目夜というのは猫被り期を脱してはいない時期ではあるが、石川より是永、というのはお世辞ではなくて本音でそう思っていた。
 一人で何とかするタイプの方が松浦には理解しやすくシンパシーを持ちやすい。
106 :第九部 :2010/09/04(土) 23:21
 「入部以来負けてないってのはやっぱりすごいって思うよ。周りの力っていっても、うちだってみんなちゃんと力のある子だよ。システムが私中心に作られてるっていうのがあってそうは見えないかもしれないけど、みんなインターハイの準決勝、決勝まで残って恥ずかしくないメンバーだもん」
 「是永さんに仲間否定しろとは言いませんけど、でも、実際ここに呼ばれたの是永さんだけじゃないですか。富岡はスタメン全員呼ばれてて。それに、入部以来負けてないだけなら石川さんじゃなくて柴田さんでもいいじゃないですか。なんで石川さん石川さんなんですかみんな」
 「なんなんだろうね。柴田さんももちろんいい選手で、柴田さんがいるから富岡が強いっていうのは確かなんだけど、でも、富岡はやっぱり石川さんのチームで、みんな、高校生はみんな、石川さんを目標にやってる。藤本さんなんかもそうなんじゃないかな。なんか、カリスマって感じかなあ。石川さんはもう、理屈じゃない部分もある。理屈の部分で十分すごいんだけどさ。私も負けてないつもりでもちろんやってるけど、でも、チームとして一度も勝てなかったって言う事実があるし」
 「でも、試合のスタッツでも、昨日今日の練習見てても、是永さんのが勝ってる感じあるじゃないですか」
 「その辺は、ただの練習だしね」

 松浦はどうにも納得できない。
 もやもやもやもやしたものが胸の中に溜る。
 是永が言った石川のカリスマ性のようなものに、松浦は感応していない。
107 :第九部 :2010/09/04(土) 23:21
 「あー、もう、わっかんないなあ。是永さん体育館行きましょう」
 「へ?」
 「いつでも使っていいって言ってましたよね。行きましょう。付き合ってください」
 「疲れてないの?」
 「全然平気ですよ。夏合宿なんかと比べれば。夜とか暇すぎなんですよここ。行きましょう」

 かなりわがままで、鼻っ柱が強くて、自信過剰で、つらさに耐えながらこつこつ努力をするのなんて嫌いだけど、練習はしっかりする。
 バスケは好きだから。
 うまく行かないことにストレスは感じるけれど、練習することそのものにストレスを感じたことは無い。
 本人はあまりわかっていないが、松浦は、我慢しながらこつこつ努力する人たちと同等以上の練習量をそれほど苦にせずこなしている。

 是永も断ることなく付いて行った。
 バスケをしようと言われてすぐそこにボールと体育館があって、それを断ることはない。
 是永も是永で、ちょっともやもやしたものがあった。
108 :第九部 :2010/09/04(土) 23:22
 体育館の鍵をもらいに行ったら先客がいるから開いてるよと言われた。
 二人で行ってみると確かに明かりが付いている。
 中には福田が一人で居た。

 「明日香ちゃん、何してるの?」
 「シューティング」

 イズ、ディス、ア、ペン? みたいな、見れば分かるだろという会話だ。
 質問と答えが文法的にはあっているが、コミュニケーションとしてはあってない。
 相手にしてくれそうにないな、と感じた松浦はそれ以上福田に絡むのはやめた。
 福田が出していたボール籠からボールをいくつか奪って別のゴールへ向かう。

 「是永さん一対一やりましょう」
 「んー、一対一はしっかりとアップして体動くときでないとやりたくないな」
 「もー、まじめだなあ」

 ちゃんとアップなしでそういうことをするのは怪我のもと。
 是永はそこまで松浦に付き合う気はないらしい。
 是永の感覚としては、練習しにきたのではなく遊びに来ただけだ。
 遊びに来て怪我をする危険を犯すわけにはいかない。
109 :第九部 :2010/09/04(土) 23:22
 松浦としては、是永独り占めでワンオンワンというのを期待していたのだけど、つれなく断られてしまった。
 インターハイで張り合った高橋愛をなんとかしたい、という思いで選抜合宿に来たのだが、どうやらポジションを分けられてしまったようだ。
 今は石川や是永、柴田などなどといったなかなか手合わせできない面子との練習を楽しんでいる。
 高橋は置いておいて、じゃあ今回は是永をターゲットにしてみよう、と思い始めたところだ。

 ボールがあってゴールがあって、でも、ワンオンワンしてくれる人がいないと出来ることは自ずとシューティングになる。
 セットしてしっかりスリーポイント、という気分ではなかったので、もう少し近い距離でワンアクションつけつつのシュートを打つ。
 特に目的があってシューティングしているわけではない。
 入ったり入らなかったり、集中力もそれほど高いわけではない。

 すぐにシュートを打ち始めた松浦と異なり、是永はしっかりとストレッチをしていた。
 バッシュもまだ履いていない。
 松浦は壁際のそんな是永のところへ歩み寄って行く。

 「ホント、まじめですね」
 「え? なにが?」
 「遊びに来ただけなのにそうやってしっかりストレッチやってるところなんかが」
 「ちょっと思うところもあってね。前は私もあんまりそういうの気にしてなかったんだけど」
 「アメリカで学んできたとか?」
 「んー、そんなところかな。体のケアはしっかりしないとね。もう若くないですから」

 高校三年生が年下相手にリアクション取り難いことを言っている。
 それでも、松浦は、ちょっと微妙だけどこの人そういう冗談も言うんだ、と思った。
110 :第九部 :2010/09/04(土) 23:22
 ふと、今までと体育館に響く音の鳴り方が変わったな、と感じて松浦が振り向く。
 黙ってシューティングしていた福田がドリブル突いて走っていた。
 ストップジャンプシュート。
 入ったボールを拾い上げて一息、それからまた走り出す。
 軽く、という感じではなく、松浦の知っている福田のトップスピードがそこにある。
 あれこそ怪我しそうなんだけど、と思いつつ是永から離れて歩いて行く。
 福田の方に向かうわけではなく、邪魔にならない別のゴールに向かった。

 結構へこまされてたからなあ、と思う。
 普段の練習でああいう目にあうことはまずありえない。
 それこそもやもやしているのだろう。
 自分が声をかけるようなタイミングじゃない、と思ったのでシューティングしていたが、二本、三本打っても、なんだか集中できない。
 福田の方に視線をやる。
 やがて、バッシュを履いた是永が松浦の方にやってきた。
111 :第九部 :2010/09/04(土) 23:23
 「声掛けてあげないでいいの?」
 「なんでですか?」
 「なんか、そういう雰囲気に見えるんだけど。それとも、同じ学校の同じ学年だけど仲は悪いとか」
 「仲はいいですよ、明日香ちゃんとは。でも、ほっといた方がいい雰囲気かな」
 「あんまり練習でもうまく行ってないって言うか信田さんに認めてもらえてないって言うか、そんな感じあったし、愚痴か何か聞いてあげた方がいいんじゃないの?」
 「無駄ですよ。どっちかっていうと、そういうグチグチしたこと言うの私の方だから。あの子はそういうの言わないんです。頭の中でしっかりまとまってから結論を言われることはありますけど。まとまってない時に愚痴って形で私に話す子じゃないし、そんなの期待されてないから。余計なこといわない方がいいんですよ」
 「ふーん」
 「なんですか」
 「仲がいいってのはホントなんだなって思った」

 松浦はそれにははっきり答えずに笑みを見せる。
 ああ、この子はかわいいなあ、と是永は思った。
112 :第九部 :2010/09/04(土) 23:23
 翌日。
 合宿三日目。
 練習の傾向は特に変わるものではなかった。
 二日目とほぼ同じようなメニュー。
 五対五のメンバーは昨日ともまた違うけれど、やはりスタメン組みはここ、というような見立ては出来ないような分け方をされている。

 信田コーチは、練習中にはあまり厳しいしかり方というのをしないタイプのコーチだった。
 自分の要求は呼びつけて穏やかに言って聞かせる。
 感情的に怒鳴りつける、というようなことはしないし、理詰めで追い込むこともしない。
 個人個人に接し方を代えているようで、多少、福田相手には厳しいやり取りがあるが、それ以外は物分りのいいお姉さんというような立ち位置をキープしている。

 それでも、選手たちにはしっかりと緊張感はあった。
 コーチはやさしく接してくれていても、置かれている状況は結構シビアなのだ。
 ダメなら一週間で帰すからね、というのは全員共通の立ち位置である。
 メンバーには残れるだろう、と踏んでいても、スタメンはしっかり確保した大丈夫、というような自信を持っていられるメンバーはまだ誰もいない。
 そういう風に、現段階では信田コーチが作っている。

 スタメン決めてから大会までの時間が短すぎるのではないか、という懸念は小湊も言っていた。
 それでも信田はこのやり方を選んでいる。
113 :第九部 :2010/09/04(土) 23:24
 面談はこの三日目の昼で全員終了した。
 五分やそこら話したくらいで大きく何かが変わる、というものでもないだろうとは信田も思っているが、それでも何かのきっかけくらいにはなるのだろう。
 久住や光井が多少はディフェンスも頑張るようになったりもしている。
 相手が中学生レベルの中でやっていると、好きなオフェンスだけやってればディフェンスサボったって誰も気にしなかったが、このレベルに混じるとそうは行かない。

 吉澤も、キャプテンキャラだよね、などと藤本や石川あたりに言われつつも、練習中は自分のことになるべく集中しよう、と思ってはいた。
 確かに、いろいろなことを考えながらやっていて通じる相手たちではないし、普段とは練習のレベルが違い張り合いがある。
 飯田や村田、里田あたりとのぶつかり合いを二本三本、五本十本と続けられるのは、日常のチームでの練習ではありえないことだ。

 福田は昨日よりもプレイに精彩がない。
 自分の中で葛藤がある。
 フリーになれば打てばいいじゃないか。
 昨日から何百回頭の中で問答があるだろうか。
 自分の仕事はゲームを作ること。
 外からのシュートは技術として習得しておくべきではあるけれど、選択肢としては最後の手段。
 フリーでボールを持つ度に、そんな思考が頭の中でぐるぐるぐるぐる繰り返されている限り、プレイに切れは戻ってこないだろう。

 そして矢口は大人しく、後藤はマイペースに淡々とプレイを続け、田中は場の空気に混じれずにいた。
114 :第九部 :2010/09/11(土) 23:37
 夜。
 昨日話し合ったのは四人で、その四人を招集したのは吉澤だったのだが、なぜか、石川仕切りによる全員招集、という連絡が全メンバーに入った。
 集合時間は初日の罰ゲーム洗濯組みの仕事が終わった頃合に。
 ただ、それでも、是永が所用で遅れるとのことだったので、ひとまず二十三人が集まったところで石川が演説を始めた。

 「えーごほん。みなさん、本日はお忙しいところお集まりいただき、ありがとうございます」
 「忙しくないから別に。自由時間だし」
 「みきてぃは黙ってて」

 めずらしくぴしゃりとはねつける。
 それでも、藤本の突っ込みは効果があり、石川の前口上も収まった。

 「うん、簡単に言うとね、せっかくさ生まれも育ちもチームも違う24人が集まってチーム作ろうとしてるんだからさ楽しくやろうということで、今日は親睦会を開くことにしましたー。はいはくしゅー」

 まばらな拍手。
 まともに拍手しているのは高橋と田中くらい。
 藤本や柴田は冷ややかな目線を浴びせる。
 吉澤は苦笑しながら、適当に手を叩いていた。
 石川の仕切りを見ていると、最初に召集したのは自分であることはなかったことにしておこう、と思う。
115 :第九部 :2010/09/11(土) 23:37
 「で、何やるの?」

 冷たく響く藤本の言葉。
 拍手もまばらで石川は不満顔。
 それでも、場を仕切る者として、言葉をちゃんとつなげた。

 「ゲームをやります」
 「どんなゲームやるんですか?」

 無邪気な声を出して高橋が石川に問いかける。
 石川は、そんな高橋に向かってウインクをした。

 「はい、高橋、あなたは今死にました」

 ぽかーんとして、高橋ははてなマークを頭に浮かべている。
 意味が分かったメンバーは数名。
 そのうちの一人、呆れ顔の柴田が口を挟んだ。

 「梨華ちゃん。全然意味わかんないからそれじゃ」
 「ウインクするとね、された人が死ぬの。だから、チャーミーはウインクキラーなの」
 「通訳して欲しい人?」

 仕切りが石川だからか、昨日の四人の中には居なかった柴田がフォローする。
 藤本や吉澤はじめ、石川とそれなりに近しいところからぱらぱらと手が上がる。
 その中には田中や道重の手まであった。

 「待って、待って、ちゃんと説明するから」

 石川が慌てて柴田をせいする。
 今度こそ、ちゃんと説明を始めた。
116 :第九部 :2010/09/11(土) 23:37
 「このゲームには、犯人と共犯と一般人がいます。トランプ配って、ジョーカー引いたら犯人、エースは共犯ね。他のカードは一般人。目と目が合って、ウインクをされたら、された人は死んでしまいます。この、ウインクが出来るのは、犯人と共犯だけ。で、共犯が犯人に向かってウインクしても死なないけど、犯人が共犯にウインクすると、共犯は死んでしまいます」

 ゲームを知らないメンバーは神妙に聞いている。
 場を仕切っている心地よさで、石川の舌は滑らかだ。


 「それって、犯人と共犯以外面白いの?」
 「はい、藤本さんいい質問です。一般人は告訴する権利があります」
 「告訴?」
 「はい。犯人たちによる殺人現場。つまりウインクする場面を見かけた人は告訴できます。告訴が成立するには補佐が必要です。誰かが、告訴! と手を上げたときに、別の人が補佐! と手を上げなければ不成立。手を上げた場合は、その人が信用できなければ却下も出来るけど、信用できると思ったら、せーので誰かを指差します。それが一致したら、指差された人はアウトです。指差す相手が違う人になったら、告訴した人がアウト、補佐は特に何もなしでそのままゲーム続行ね。犯人と共犯、全員がアウトになったら一般人の勝ち。犯人と共犯以外の一般人が残り一人になったら犯人側の勝ち」

 なかなかルールの把握がめんどくさい。
 道重あたりは首をひねっている。
 それでも、イヤだ、という声は上がらなかった。
 もっとも、こういう場面で、いいよめんどくさい、帰る、とはなかなか言い出せるものではない。
117 :第九部 :2010/09/11(土) 23:38
 「とりあえずやってみよ。細かいルールはやりながらってことで。ウインクされたときにすぐ死にましたって言っちゃダメなのだけ注意ね。それやると、犯人分かっちゃうから。ちょっと時間経ってから、カードを表にして死にましたって、やるの。オーケー?」
 「あ、あのー」

 恐る恐る亀井が口を挟む。
 微妙に盛り上がっていた場が急に静まり返り、亀井に視線が集まった。

 「私、ウインクできないです」

 なんだそりゃ? というリアクションがありつつも、そういう問いかけがあると、石川先生としては答えないといけない。

 「じゃあ、じゃあ、じゃあさ、練習してみよう、ウインクの。二人一組、隣同士向かい合って、ウインクウインク」

 石川に促され、それぞれが向かい合う。
 向かい合って、ウインクをしている姿はところどころにだけある。

 「これって、チョー恥ずかしいかも」

 ウインクの練習。
 二人で向かい合ってウインクウインク。
 目と目を見詰め合ってウインクウインク。
 照れないはずも無い。
 藤本は、となりの松浦にウインクをして、そのした瞬間の恥ずかしさで顔を覆って畳に転がった。

 「えーと、えりりん? 出来た?」
 「あんまりうまくいかないですー」

 ためらいがちにえりりんと呼んでみる。
 その亀井は、隣の田中と向き合いしきりにウインクしようとしているが、つぶる方の目の側に首ごと動いていた。

 「あはは、えりりん下手すぎ。まあ、やってみたら? とりあえず」

 先輩後藤のお言葉。
 下手なウインクをされた田中は、突っ込むことも出来ずに妙に照れている。
 亀井がウインクできないのは置いといて、ゲームが始まることになる。
118 :第九部 :2010/09/11(土) 23:38
 「じゃあ、共犯は三人で。エース三枚入れてトランプ配るから、自分だけが見えるように確認してね」

 そう言って、石川はトランプを配り始めた。
 それぞれトランプをめくってカードを確認する。
 抱え込んで胸元でこっそり見る道重。
 畳に置いたまま、一度端だけめくって自分のカードを把握する後藤。
 何度も何度も、繰り返し見て確認する田中。
 さまざま。
 石川が配り終わり、自分のカードも確認するとゲームが始まった。


 互いに顔を見合す。
 慣れないゲーム。
 どうしたらいいのだろう。
 沈黙の中の駆け引き。
 そんな中、開始二十秒、最初に口を開いたのは田中だった。

 「あー、むかつくー! もう! 死にました」

 そう言ってオープンされたカードはスペードのエースが開かれた。

 「れいな共犯じゃん」
 「だからいっぱいころそーと思ったのにー」

 これだけ聞くと物騒な会話。
 ゲームである。
119 :第九部 :2010/09/11(土) 23:39
 田中に続いて、隣に座る久住、さらに矢口も殺される。
 それでもまだ残り二十人。
 人数はなかなか減らない。

 田中の隣の亀井がきょろきょろしている。
 目が合ったのは道重。
 亀井の首が大きく動いた。

 「告訴!」

 手が四五本一気に上がる。
 あまりに分かりやすくて場に笑いが起きた。

 「こういうときどうするの?」
 「えー、誰でもいいんじゃない? じゃんけんとか」
 「じゃあ、降りる」
 「私も」

 手を上げたあやかや松浦が降りた。
 告訴するのはリスクを背負う。
 他の人がやってくれるなら、自分がリスクを背負うことは無い。
 結局、後藤が告訴して、松浦が補佐で、せーので亀井を指差した。

 「なんで分かるんですかー」
 「えりりんわかりやすすぎ」

 一同爆笑。
 その隙に暗躍する影がある。

 「あー、油断したー」

 吉澤もカードオープン。
 さらに木下、村田、光井、スザンヌも。
 どんどん減りだした。
 人数が減ってくると緊張感も高まる。
 残っているのは、柴田と、一つ飛んで藤本松浦後藤の三人続き、少し飛んで福田、さらに高橋の六人。
 この中に、犯人一人と共犯一人がいる。
120 :第九部 :2010/09/11(土) 23:40
 みんな自分の立場は知っている。
 目と目が合ったらころされるかも。
 目と目が合ってどっきどき。

 「あー、もう怖いよー」

 隣り合う松浦と後藤。
 お互い顔を見合わせて、すぐに背ける。
 両手で顔を覆って、畳にしなだれかかる。
 オーバーアクション。

 「怖い! 怖い! 目見れない!」

 畳にふせったまま、松浦がそうわめく。
 これまであまり話したことの無い子と、目と目を合わせて顔を見合わせる。
 どきどき。
 相手は犯人かも。
 もしかしたらころされちゃうかも。
 どきどき。
 その結果が、顔を覆って畳に伏せることになる。
 それはそれとして、初回から、自分が犯人なのに、どきどきしてる振りをしている演技派もいるかもしれない。
 真実は本人だけが知っている。

 「そろそろ決めちゃってよー。犯人も一般人も。勝負に出ないと終わらないよー」

 場を仕切る石川の言葉。
 さっさところされてしまうと、ゲームというのはつまらなくなってしまうもの。
 しぶしぶ、という感じで手を上げたのは福田だった。
121 :第九部 :2010/09/11(土) 23:40
 「告訴」

 他の五人、手が上がらない。
 誰か補佐しろよー、と野次が飛ぶ。
 ゲームが終わらないと生き返らない死者たちから。

 「補佐」

 しぶしぶ、といった感じで高橋が手を上げる。
 高橋の方を見て、福田が考え込む。

 「どうしたの?」
 「うーん、怖いんですよ」

 固まった福田に石川が問いかける。
 告訴はリスクを背負う。
 外せば、自分が死ぬリスク。
 補佐者と指す人が合わなければ、自分が死ぬリスク。
 自分と高橋、以心伝心で同じ人を指差す、なんてことはまったくイメージできない。

 「どっち、どっち?」

 高橋が問いかける。
 高橋の中で候補は二人。
 多分、その二人で主犯と共犯だろうと思っているけど、指す人がづれれば、福田が死ぬ。

 「えー、じゃあ、犯人ぽい人で」
 「わかった」

 どんな人だよ、と突っ込もうとした人もいたが、なんとなく分かったので誰も突っ込まない。

 「せーの」
 「待って、待って!」

 高橋が声を上げる。
 何をいまさら。
 そんな目で高橋に視線があつまる。
 高橋は、おずおずとカードを開いた。

 「死にました」
 「えー」
 「すげー。犯人は恐ろしいヒットマンだ」
 「もうー。確認するのに見たらころされたー・・・」

 おちこんで、畳に伏せる高橋。
 負けず嫌いが凹んでいる。
122 :第九部 :2010/09/11(土) 23:41
 「えー、だれー、全然わかんない」
 「ごっちん。分かるだろ! 分かってよ! 終わらせてよ!」

 吉澤の叫び。
 自分を殺害した犯人の犯行現場は今も見ている。

 「告訴」

 福田がまた手を上げた。

 「補佐」

 手を上げたのは松浦。
 視線を下げ、誰とも目線を合わせないようにして手を上げる。
 犯人が分かっている死者達は苦笑。

 「せーの」
 「藤本さん!」
 「なんだよ、ちくしょー」

 藤本のカード、ジョーカーがオープンされた。
 ゲームセット。

 「なんで分かったの?」
 「後藤さんは、さっき顔見合わせてあんな感じだから違うし、明日香ちゃん、自分で告訴してるから違うし。残りは二人で犯人二人で。それで、犯人っぽいほうっていうから」
 「美貴が犯人ぽいのは全員納得なのかよ」

 藤本の叫び。
 皆、あいまいな笑みを浮かべて何も言えない。
 柴田か藤本かの二択で、犯人ぽい方、と言われたらどちらを選ぶか残りの二十二人でアンケートをとると、どんな結果が出るだろう。

 「柴田、もうちょっと働けよー」
 「私だって三人ころしたもん」

 物騒な会話をしつつ、第一ゲームは、こうして終わった。
 そこでちょうど是永が入ってくる。
 遅くなりまして、どうしましょうか、どこに入っていいのかな、という顔をしていると石川が言った。
123 :第九部 :2010/09/11(土) 23:41
 「はーい、是ちゃん。レッツ、ウインクウインク!」

 なになになになになに????
 ゲーム中の光景はまったく見ていないタイミングで入って来た是永には、石川の発言は前後の脈絡が無く理解できないが、戸惑いつつも、無理にあわせてみた。

 「う、ウインクウインク」

 石川の無茶振りや、入って来たばかりで空気読み取れないところや、それが是永なところや、それでも無理して石川に合わせてあげたところや、ホントにウインクして照れているところや、全部ひっくるめて、是永の行動は、なんだか場には受けた。

 「石川無茶振りしすぎ」
 「是永、無理して石川に合わせなくていいよ」
 「いいじゃないですかー」

 藤本に平家に叱られる石川。
 その合間に、是永は飯田に導かれて、空けられたスペースに座った。
 飯田がゲームの説明をしている。

 「圭織の説明って難しいんじゃない?」
 「みっちゃん、キャプテンに向かってそんな口聞くの?」
 「だって、ねえー・・・」

 最年長二人には、ちょっと周りも絡みづらいのか合いの手は入らない。
 是永には、飯田と反対隣の村田が話しを引き取ってゲームの説明をした。
 是永は何度か小首をひねっていて、よくわからないけれど、まあとりあえずいいか、という面持ちだった。
124 :第九部 :2010/09/11(土) 23:41
 そんなこんなで二ゲーム目。
 また田中が最初にころされる。
 続けてころされたのは、松浦、福田、さらにあやか。
 そこで石川が告訴し、高橋の補佐で吉澤がハートのエースをオープンした。
 石川曰く、チームメイトばかりころしすぎ。
 その後、人数は減っていき、藤本、里田、矢口、飯田、光井が残り、矢口告訴の里田補佐で、藤本の犯行が暴かれた。
 藤本美貴、二回連続二回目の犯行。
 犯人ぽい人がやっぱり犯人あたるんですかね? と小声でボソッと言った麻美の頭を、藤本は軽く叩いた。
125 :第九部 :2010/09/11(土) 23:42
 三ゲーム目。

 「なんでー! なんで、れいなばっかりー!」

 田中れいな、三回連続三回目、最初の被害者。
 カードを投げつける。
 さすがに一同爆笑。
 田中は、畳の上に仰向けに転がる。
 隣の亀井が微笑みながら、そんな田中の顔を覗き込んでいた。

 「またれいながころされたってことは、またみきてぃが犯人じゃないの?」
 「人を殺人鬼みたいな言い方して」

 石川と藤本がそんなやり取りをしている間に、飯田と後藤が死去。
 さらに、みうな、平家、木下もカードオープンした。

 そこかしこで、顔を見合わせて、どきどきしながら視線をそらす、という光景が隣同士で起こっている。
 腹の探り合い、駆け引き。
 吉澤と里田、矢口とあやか、福田と石川。
 さらには、藤本と松浦は顔を見合わせてうなづいている。
 そんな中、高橋がころされる。

 「告訴」

 手を上げたのは松浦。

 「補佐」

 あやかが手を上げる。
 松浦はアヤカを見つめ考え込む。

 「却下」
 「なんでよー」
 「なんか、あわなそうなんですもん」

 あやかもあきらめる。
 ゲームがこう着状態に入った。

 残り17人
126 :第九部 :2010/09/11(土) 23:42
 「ねえ、ねえ、見ていい?」

 田中が隣の亀井にカードを見せてとせがむ。
 亀井は、小首をかしげつつ微笑んでからうなづいた。
 畳の上にうつぶせになり、田中は、他の誰にも見えないように亀井のカードの端をかすかにめくる。
 田中は、その体制のまま、亀井を見上げ、目と目を合わせウインクした。

 「こうやって、ころしたいのになー」

 ゲームを始めてからトータルでもう三十分近い。
 だけど、田中の参加時間は一分にも満たない。

 「ねえ、見ていい?」
 「いいけど」

 さらに隣の吉澤へ。
 それから、生き残っている人を端から見ていく。
 見ていい? 見ていい? を連発しながら。

 そんな最中にもゲームは進む。
 久住、是永、スザンヌ、とカードオープン。

 「れいな! ちょろちょろしないの」
 「はぁぃ」

 石川にたしなめられて、不満そうに田中は答える。
 それでも、最後に藤本にカードをねだった。
 藤本は、後ろの田中に向けて、背中を向けたままカードだけ見せた。
127 :第九部 :2010/09/11(土) 23:43
 田中は仕方なく自分のいた場所に戻る。
 座った途端、福田と石川が立て続けにころされた。

 「告訴」

 村田が手を上げる。

 「補佐!」

 松浦、藤本、柴田、矢口と手を上げる。

 「補佐! 補佐!」

 さらに慌てて里田も。

 「じゃあ、柴田さん。見たね? 見たよね?」
 「はい」
 「せーの、里田さん」
 「もうー」

 カードオープン。
 最初の共犯者が逮捕された。

 「自分が共犯で補佐とか必死すぎ」
 「だってー、見られたの分かったんだもん」

 ふてくされたように言う。
 そんなさなかでも殺人は発生。
 矢口が死んだ。

 「うっ、人生ははかない〜」

 そう言ってカードを開いた。

 残り10人。
128 :第九部 :2010/09/11(土) 23:44
 残っているのは亀井、麻美、みうな、光井、村田、松浦、藤本、柴田、あやか、吉澤。
 犯人一人と共犯者が二人、この中にいる。

 「早く決着つけちゃってよー」
 「自分が死んだからって都合よすぎ」

 石川を藤本がぴしゃりとはねつける。
 だけど、石川の言葉が効いたのか、あやか、吉澤と立て続けにころされた。

 「告訴!」

 舌足らずな声で亀井が手を上げる。
 誰も答えず、少し間があってから手が上がった。

 「補佐」

 松浦だった。

 「せーの」
 「柴田さん」
 「みうなちゃん」
 「もうー!」

 亀井がふくれっつら。
 二人の指名する人がずれた。
 亀井絵里、死亡。

 「告訴」

 柴田が手を上げた。

 「えー、違うのー?」

 亀井の声。
 自分が指名した柴田が、誰かを告訴しようとしている。
 つまり犯人じゃない?
 そんな連想からの不満の声。
 さっき、村田の補佐で里田を告発したことは頭に入っていない。

 「補佐」

 松浦がまた無表情に手を上げる。
 今度は二人そろってみうなを指差した。

 「ばれちゃいました」

 みうなのハートのエースが暴かれた。
 残り6人。
129 :第九部 :2010/09/11(土) 23:44
 という間で、光井もカードオープンで残り五人。

 「えー、全然わかんなーい」

 田中が声を上げる。
 残りは柴田、麻美、村田、松浦、藤本。
 柴田と村田で里田の犯罪を暴き、柴田と松浦でみうなの犯罪を暴いた。
 まだ、犯人と共犯一人が残っている

 「れいなはほとんど見てるでしょ」
 「だって、だって」
 「普通に考えれば、あの二人だけど、でも、なんか違う気がするんだよなあ」

 犯人予想、それぞれに。
 矢口が考えた“あの二人”、が誰なのか。
 勝手に納得してうなづくもの有り、首をかしげるもの有り。

 「告訴」

 動いたのは柴田。
 視線が柴田に向けられる。

 「自信ないけど、補佐」
 「補佐」

 村田と松浦が手を上げた。
 柴田は松浦と村田を交互に見る。

 「うーん、どうしよう」

 外せば死ぬのは自分。
 だけど、勝負に出るかどうか。

 「えー、うそー」

 迷っていた柴田。
 次の瞬間、そう叫んでカードをオープンした。
 ダイヤの10
130 :第九部 :2010/09/11(土) 23:45
 「えー・・・。死にました」
 「いぇーい!」

 藤本と松浦が両手でハイタッチを交わす。
 残る一般市民は一人。
 このゲームは殺人者の勝利に終わった。

 「うそ、あやや犯人なの?」
 「共犯だよー」

 松浦はスペードのエースを開いて見せた。

 「犯人は、また美貴だよー」

 得意げに胸を張って、藤本がカードを開く。
 鎌を持ったジョーカーが現れた。

 「松浦さん、告訴とか補佐とかしまくってたでしょー!」
 「だって、作戦だもーん」
 「告訴で目が合ってころされるなんて思ってなかった」

 藤本と麻美だと確信を持って最後に手を上げて殺された村田は悔しさをにじませる。
 私も、私も、告訴や補佐に動く松浦に油断して目を合わせた高橋やあやかが訴える。

 「でも、なんでみきてぃが犯人だって分かってたの? 予想ってだけじゃない感じだったでしょ?
 「顔見合わせて、ウインクしたの。そしたら、笑ったんだよね」
 「だって、私、ウインクされたの初めてだから、なんか恥ずかしくてさあ」
 「それで、死なないから、ああ、犯人なんだって」
 「顔見合わせてうなづいちゃったんだよね」
 「あれで、周りにばれちゃうかもって、焦って告訴って手上げたり、補佐したりしてたけど、うまくいってよかったー」

 犯人は藤本だったけど、今回は共犯松浦の計算勝ち。
131 :第九部 :2010/09/11(土) 23:45
 「れいなはやっぱりみきてぃにころされたの」
 「そうですよー。もう無いだろうって最初に確認したら、その最初にころすんですもん」
 「だって、こっち見るんだもん。やっぱりころしたくなるよー」
 「じゃあ、何が全然わかんないー、なのよ、しらじらしい」
 「美貴さん、見ててもあんまりころしてる感じしなかったから、じゃあ共犯だれだろうって、わかんなかったんですって」
 「犯人とか共犯が誰でも、田中っちは最初にしんじゃうんだけどね」
 「うるさい!」
 「気に入られたんだよ、美貴に」
 「なんで、気に入られたらころされなきゃいけないんですかー・・・」

 憤慨している田中がいる。
 上からも下からもおもちゃにされている田中を、みんなが笑っている。
 気に入ったのかそうではないのか、特にコメントは足さずに藤本も笑っていた。
132 :第九部 :2010/09/11(土) 23:46
 目と目が合ったら殺される。
 ウインクキラー。

 「じゃあ、次のゲーム行きますか」

 その場を仕切る石川。
 カードを配る。
 四ゲーム目が始まった。

 「もうー、むかつくー!!!」

 開始10秒、田中れいな死亡。

 「告訴!」
 「補佐!」
 「せーの、みきてぃ」

 石川と柴田で藤本を指差す。

 「さすがにばれたか」

 藤本はスペードのエースを開いた。

 ゲームは延々つづいた。
 毎回毎回、何ゲームやっても盛り上がる。
 勝ったり負けたり、しんだりころしたり、時折席替えも挟みながら、笑いの絶えない部屋。
 深夜近くなって、スタッフの一人が顔を出し解散させられるまでゲームは続いた。
133 :tama :2010/09/11(土) 23:58
こんなところでこのゲームを見ることができるとは思いませんでした。
私のところでは「ウインク殺人事件」といいますが。
共犯とか補佐とかは無くてもっとシンプルでしたけど。

ひょっとしてみやさん、そういうボランティアやってました?
134 :作者 :2010/09/18(土) 16:48
>tamaさん
そういうがどういうかわかりませんが、たぶんそれっぽいのはやったことはないような気がします。
135 :第九部 :2010/09/18(土) 16:49
 ゲームの効果はすぐに現れた。
 分かりやすかったのは、朝食に田中が亀井と連れ立って現れたことだ。
 その光景を見て石川が涙を流さんばかりに喜んでいる。
 そんな石川も、これまで接点の少ないメンバーからは多少神聖視される部分があったのだが、それは全部消え去った。
 上滑りでちょっと世話焼きな普通の高校生なのだと周りが認識した。
 ボールを持てば少々違うがコートの上以外ではただの人である。
 無口で無表情な印象があっても福田だって笑うときは笑うし、きれいで何でもしっかり完璧そうでも飯田は実際にはぬけたところだらけだったり、既存の設定されたイメージが、現実の人間のそれにしっかりと置きかわる。

 練習の形態は前日までと同じように、体を動かす練習を全体で行った後ポジション別に散って行く。
 ガード陣も声が出るようになった。
 藤本さんは怖そうだし、ゲームの時も実際よく怒っていたけれど、それは別に本気で怒っているわけでもないんだ、というのを周りも感じ取った。
 まだそれでも矢口は絡みづらそうにしているし、そういうの関係なく福田はやっぱり無口だが、高橋や田中、あるいは亀井光井といった若いメンバーが好き勝手声を出すようになった。
 藤本も自分で意図して引っ張るようなことはしないが、周りが声を出せば、適当に自分も突っ込みを入れたりもしている。
136 :第九部 :2010/09/18(土) 16:49
 ガード陣は一対一の練習は早めに切り上げて別の練習へ移行した。
 オールコートで二プラス一対四
 ボール運びの練習である。
 エンドからボールを入れる係りが一人。
 これは入れたら終わり。
 ボールを運ぶオフェンスが二人。
 ドリブルとパスで運ぶ。
 ディフェンスは四人で、二人は最初からマンマークで付いて、一人はエンドのボールマンにつき、残りの一人がセンターサークル内に立っている。
 ボールが入った時点からディフェンスの四人の動きはフリー。
 四人を相手に二人でボールを運ぶ。
 フロントコートまで運べたらオフェンスの勝ちである。

 「オフェンス、運べるまでノーチェンジな」

 信田の仕切り。
 取れるまでディフェンスノーチェンジ、というのが練習罰ではよくありがちだが、この手のプレス系のシチュエーションはオフェンスの方が苦しいので、オフェンスノーチェンジは結構な罰ではある。
137 :第九部 :2010/09/18(土) 16:50
 「とりあえず、二人組み作っとくか。オフェンスはしばらく組は固定で」

 誰と組む?
 ふと、福田と藤本の視線がぶつかった。
 この相手と組んじゃダメだろ、と二人が二人とも思う。

 「福田さん、お願いします」

 声をかけたのは矢口だ。
 二学年下の、自分のもの呼ばわりの吉澤のさらに後輩の福田に、敬称つきの丁寧語で頼み込む。
 この合宿中の矢口はやけにしおらしい。

 「なに、れいな、美貴と組みたくないの?」
 「いや、いや、いや、その、別に、別に、そ、そんなんじゃなくて、絵里と組もうかなって」
 「じゃあ、いいや。後でれいなはつぶすから。みっつぃー、組もうよ」
 「はい」

 田中は、亀井をがっちり放さない作戦に出た。
 別に、バスケ的には特に関係ないのだけど、そうじゃない意味で、田中にとっての作戦だ。

 「あ、あのー・・・」
 「なんだ、高橋余りか。じゃあ、とりあえず高橋がエンドで。オフェンスは、んー、藤本光井から行ってみよう」

 田中は余らなかったけれど、高橋が余った・・・。
138 :第九部 :2010/09/18(土) 16:50
 四人のディフェンスを相手に二人でボールを運ぶ。
 ここに集まっているのは十代後半のトップクラスのメンバーだ。
 ガードなら当然ボールを運ぶ能力は極めて高い。
 ただし、ディフェンス側もトップクラスになるわけで簡単にはいかない。

 藤本光井は、高橋が藤本にボールを入れて、そのまま目の前の矢口をさらっと抜き去って、中央から捕まえに来た田中も寄せ付けず、フロントコートまで上がってそのまま一人でゴールまで駆け込んで流れでシュートまで決めてきた。
 続いて福田矢口は二本引っかかった。
 一本目、福田に入れてすぐに矢口に送る。
 バックコートの中央でボールを受けた矢口は自分のディフェンス田中を振り切れていない状態で、前に現れた亀井の圧力で止められる。
 後ろからは光井まで来て一対三。
 福田は藤本がパスコースを遮断していて受けられず、囲まれた矢口が田中にボールを叩かれて終了。
 二本目は逆、まず矢口に入れてすぐに福田に送るが、これが矢口のマッチアップの田中の手に当たる。
 こぼれたボールを光井が拾い上げてオフェンスの負け。
 二対四、という設定だとボールが止まったらほぼ負けで、それを嫌って早めにボールを動かしてもなかなか隙はないのだ。
 三本目、ボールは福田に入り、藤本相手にドリブルで持ち上がる。
 亀井が抑えに来て一対二、というところで矢口へ。
 矢口と田中で一対一の状況だが、これなら抜きされなくてもボールは運べる。
 ドリブルで持ち上がってフロントコートへ。
 ようやくオフェンスの勝ちである。
139 :第九部 :2010/09/18(土) 16:51
 続いて亀井田中組。
 亀井には福田、田中に藤本と、嫌なディフェンスがどちらもついた。
 矢口がボールマンに張って、光井がセンターサークル内で待つ。

 福田はボールと亀井の間を塞ぐディフェンス、藤本は田中と自陣ゴールとの間に経つ形でボールが入るのは許容するディフェンスをしている。
 自然、高橋は田中にボールを入れた。
 ただ、受ける位置はあまりよくない。
 それでもドリブルで持ちあがろうとする。
 しかし、藤本は簡単に抜きされるほど甘くはなかった。
 そもそも、ボールを受ける時にマイナス方向へ重心が乗っているので、すぐに進みたい方向へ加速度を持ってドリブルで進んで行く、ということが出来ていない。
 この、零コンマ何秒、というのが大きな意味があって、この間にボールマンに付いていた矢口が田中を捕まえに来る。
 通常のゲームなら、ボールを入れた高橋が上がるのでそこにリターンパス、という選択肢があるのだが、ここにはない。
 田中はそのまま捕まって、それでも強引に突破しようとして、自分の足にボールが当たって一本目は終了した。

 二本目もボールは田中へ。
 高橋にとって田中にボールを入れるというのはいつもの自然な動き出し、ディフェンスの付き方も田中に入れやすいようになっている。
 同じようにドリブル突破をしようとするのだが引っかかってしまう。
 中央に居た矢口にも捕まり一対二。
 コーナーに追い詰められてどうにもならない状態になり、ラインを踏んで終了。
 三本目も田中。
 亀井がいい動きで福田を外して田中からボールを受けられる状態になっていたのに視界に入っていない。
 藤本を抜きに掛かり、テクニックでどうにかしようとしてバックチェンジでかわそうとしたらボールが手に付かなかった。
 こぼれだまを矢口が拾って終了。
140 :第九部 :2010/09/18(土) 16:52
 「一人でやりすぎだろ」

 ディフェンスの藤本が思わず突っ込む。
 こういう向かってくるタイプは嫌いではないがそれとこれとはまた別の話し。
 自分でどうにかすることにこだわりすぎて視野が狭くなっている。
 先輩からの指導、というようにも見えるが、藤本の感覚としては、あきれて思わず突っ込みを入れた、くらいなものだ。

 「ボール繋ごうよ。あいたら出してボール動かさないと」
 「一人で運べる」
 「藤本さんとか福田さんとかすごい人いっぱいいるんだし。捕まったら終わりだよ」

 違うのだ。
 すごい人いっぱいだから、自分でどうにかしたいのだ田中は。
 それが生き残りの条件だと思っている。
 亀井と仲良くお話できるようになれたことは、ここ最近の最大幸福事であるが、それはそれこれはこれ。
 藤本高橋福田の三人の側に、田中は行きたいと思っている。
 他の三人より自分は上。
 それを見せないといけない。
 信田が見ている。

 亀井の方はそんな細かいことは何も考えていなかったが、ともかく今の状態は何とかしないといけないと思った。
 いつまでも自分たちのターンが続くのはうざい。
 スリーメン、シュート入るまで、で延々走らされているのと状況は近い。
141 :第九部 :2010/09/18(土) 16:52
 四本目、今度は亀井が受けに動いた。
 田中も藤本が入れさせるスタイルなのでパスは入れられたのだが、高橋が気分で亀井を選んだ。
 左コーナー隅、位置としては最悪だ。
 矢口も挟みに来る。
 ぎりぎりの状況、亀井はサイドライン際に一度福田を振ってから中央より、すなわち矢口が近づいてくる側、まだ辛うじて残っていた狭い隙間をすり抜ける。
 ドリブルで持ち上がる亀井。
 左に福田、右に矢口と二人ひきづって、前には光井。
 亀井に三人来れば、田中には藤本だけだ。
 これまた光井と福田の狭い間とバウンドパスで通し、田中が受けてハーフラインを越えて行った。

 「いえぃーい」

 満面の笑みを浮かべて亀井が田中にハイタッチを求める。
 田中は戸惑い顔ながらそれに答えた。

 「えりりん、こういうのだけはうまいからなあ」
 「矢口さん、だけは余計ですー」

 矢口コーチ様は亀井の力量はここにいる誰よりもよく知っている。

 「信田さん、あたしいつまでパサーなんですか?」
 「ん、んー、そうだな。田中。高橋とチェンジ」
 「え? え? れいな、エンドですか?」
 「そう。オフェンスもう一度藤本光井から。また一周やって」

 信田はそう言ってフォワード組みの方へ去って行った。
 田中は、ボールを投げつけるか蹴り飛ばすかしたい気分だった。
142 :第九部 :2010/09/18(土) 16:52
 フォワードは八人。
 とにかく一対一をやらせている。
 一対一は、勝ち負けがはっきりあって負け続けるとちょっとあれだが、基本的には楽しい練習だ。
 まあ、万人にとってそうである、といは言い切れないが、少なくともここにいる八人はこういうことを楽しい、と感じる生き物たちである。

 ここは上位と下位の明確な線引きがなさそうだなあと信田は感じていた。
 石川是永といったところは今の高校バスケ界の二枚看板だ。
 その二人が圧倒的に強いかというとそうでもない。
 一学年上の平家は石川の姉貴格であり、過去のポジションとちょっと違ってはいるがやはり力がある。
 後藤、松浦といったところも健闘していた。
 その二人と比べると意外に柴田が攻撃力が弱いんだなあ、と感じている。
 純粋に一対一を切り出してしまうよりも、五対五の中で一対一をする形の、実戦の方が柴田にとってはいいのだろう。
 ただ、一対一だけ見た場面でもディフェンス力は随一だ。
 逆に久住はディフェンスがひどい。
 自力で止めたのを見たことがないくらいにディフェンスはザルだ。
 二年くらい前の石川を見ているようだと信田は思う。
 ただ、攻撃力はやはりあるのだ。
 このメンバーの中に入っても遜色ない。
 少々苦しんでいるのが麻美。
 オフェンスはスリーポイントをポンと放って決める場面はあるが、ドリブルでゴール近くまで持ち込んで勝負、となるとあまりうまく行っていない。
 ディフェンスはさすが滝川のレギュラーといったレベルではあるのだが、やはり一対一だけを切り出すよりも五対五の中での一対一、というディフェンスの方がしっかり出来るタイプなのだろう。
143 :第九部 :2010/09/18(土) 16:53
 「ちょっとルールチェンジ。負け残りディフェンスで」

 オフェンスをやったら次にディフェンスをやりそれで一セットやって抜けて行く、というのがこれまでのシステム。
 信田が言ったのは、負けた方がディフェンスをやるということで、オフェンスで勝ったらそのまま抜けていいということだ。
 ディフェンスで負けたらもう一度ディフェンスでまた負けたらまたディフェンスで、永遠に終わりはない。
 実際には、右サイド左サイド両方に列があるので休みは入るが、延々ディフェンスというのはなかなかつらい。

 「小春ルールだね」
 「小春はずーっとオフェンスだけでいいっていう意味ですか」
 「その自信は私がへし折ってあげるよ」
 「ていうことは、石川さんはオフェンスで負けて次ディフェンスやるってことですね」
 「石川、口では完敗だぞ」

 平家、石川、久住、の順に並んでいる。
 ルール変更前の順番でディフェンスにいた是永相手に平家が向かって行ったが、零度からのジャンプシュートが短く外れてリバウンドを拾われて負けた。
 逆サイドが一戦後、石川vs平家。
 石川がスピード勝負とエンドライン川から突破を試みるが平家がコースに入れない。
 塞がれはしなかったがシュートは打てない石川は、ゴールの裏を抜けてそのまま逆サイドまで行っていったんボールをトップに戻す。
 ハイポストの位置に上がって平家を背負ってボールを受ける。
 ターンしてジャンプシュート。
 ブロックの手の上は越えたがリング手前に当たって零れ落ち、ボールは平家が拾った。

 「私相手にポストで勝負なんて百年早い」
 「平家さん、向こう行ってくださいよー」

 向こうと石川が言う先はセンターの七人が居るところだ。
 良いところ悪いところ、全部知られている平家先輩はちょっと苦手なのだ。
144 :第九部 :2010/09/18(土) 16:54
 「あー、石川さんがディフェンスだー。負けたんですかー。負けたんですね。石川さん負けたんですね」
 「うるさいうるさいうるさい」
 「石川さん、小春に負けたら洗濯係変わってください」
 「なんでよ。なんでそうなるのよ」
 「それいいね。石川負けたら洗濯係ね」
 「勝手に決めないでください」

 元々物怖じしない上に、久住と石川は同部屋だ。
 久住も松浦あたりとは違って意味で、対石川の偶像崇拝的信仰はない。

 久住vs石川
 石川も、いいわよそれで、と気軽に言い切れないくらいには久住のオフェンス力は認めている。
 洗濯係委譲の件はあいまいなままだが、ここで負けるのはなにがなんでも嫌だ。
 アホバカやってふざけているようでも、自分の順番が来れば久住だって真剣だ。
 真剣にやった方が面白い、というだけの理屈ではあるが。

 外に開いてボールを受ける。
 左へ振って右へドリブル、バックチェンジで持ち変えて左、中央よりへ。
 すぐにバックターンで右へ、加速してゴール下へ向かう。
 石川は前に立ちはだかっていた。
 ターンした関係で一度後ろを向いていた久住はそれが見えていなかった。
 体当たりする形になってもつれて倒れこむ。
 練習なので笛は鳴らないが、ゲームなら笛がなる場面なのは誰の目にも明らかだった。

 「オフェンスじゃない? 今の」
 「オフェンスだね」
 「正面突っ込んだもんね」

 倒れた二人、特に怪我もなさそうに普通に立ち上がる。

 「ファウル。ファウルです、石川さんの」
 「小春のでしょ、今のは」
 「えー、石川さん、負け惜しみは良くないですよ」
 「久住」
 「はい」
 「オフェンス」
 「えー・・・」

 久住のオフェンスファウル。
 満場一致の判決だった。
145 :第九部 :2010/09/18(土) 16:55
 「久住」

 信田が手招きする。
 逆サイドの一対一の間にお説教。

 「ここ一番って感じで勝ちに行ったのはわかるけど、テクに頼りすぎ。頼りすぎって言うか、無駄にテクニックを出しすぎ。バックチェンジで持ち代えたところでそのまま行った方がチャンスあったのにそのあとバックターンで戻るから石川対応しきっちゃったのよ。最初から決めうちでどんな動きでやるか、っていうやり方は中学の下の回戦くらいまでにしておきな」

 返す言葉もございません、という素振りな久住。
 完全な決め打ちプレイだった。

 「じゃ、小春ルール頑張りな」
 「なんですかそれ!」

 ご機嫌斜めの田舎のお姫様。
 なんだかんだ言ってもディフェンスが苦手なのはここ数日で自覚は持たされている。

 逆サイド側は終わってすぐに久住ディフェンスの番。
 やってきたのは松浦だ。
 さくっと簡単に抜き去られワンアウト。
 続いて麻美はゴール近くまで持ち込んでのレイアップシュートを横から止めに行ってファウルというジャッジで負け。
 柴田がやってきてこれもきれいに抜き去られてスリーアウト。
 もう一回松浦。
 今度は久住がディフェンスを決め打ちしてウィークサイドについていく、と決めたらしっかりとはまったのだけど、じゃあ、という感じで放ったジャンプショットがブロックの上を越えて決まった。
146 :第九部 :2010/09/18(土) 16:56
 「あーら小春ちゃんお元気? どうしたの? あれ? ディフェンス? さっきもディフェンスやってなかったかしら?」
 「石川さんを待ってたんですよ」

 続いてやってきたのは石川。
 強気なポーズはまだ変わらない。

 中央からパスを受けての一対一。
 石川はまず面を取って外に開いてボールを受けた。
 正対。
 シュートの構えからすぐに右手でドリブル、久住は付いていけず簡単にゴールしたまで行ってレイアップシュートを決めた。

 「小春はフェイクに弱すぎるのよ。反応しちゃうのはまだしも、その後に対応できてない」

 久住はなにも言わない。
 そろそろ本当にいらいらし始めている。

 石川は列に戻ると平家に言われた。

 「なんか聞いた事あるようなこと言ってるね」
 「いいじゃないですか」
 「まず、数こなすしかないでしょ、あれは。それは石川が一番よくわかってるんじゃないの?」
 「平家さん、引っかかる言い方しますね」
 「石川より一年二年早く現実に気づいた感じになるんだから、そんな風にお姉さん面してられるのもそんなに長くないかもよ」

 久住はこの後、是永に麻美に柴田と次々に軽く遊ばれてしまう。
 石川や平家はもうそちらの列に並ばなかった。
 久住がディフェンスから解放されたのは後藤の回だ。
 後藤は、ワンフェイク入れてからワンハンドでスリーポイントシュートを放った。
 これが入らず大きく跳ね上がる。
 後藤はボールを追わず、久住が追いかけて拾ったので、後藤の負けという形になった。

 「後藤! リバウンドは追いかけろ!」

 練習の一対一では勝敗に割合淡白な後藤であった。
 久住は久住で、そんな形で解放されても不機嫌は直らなかった。
147 :第九部 :2010/09/25(土) 23:17
 センターは九人。
 最も多いが、激戦という感じを信田はあまり持っていない。
 飯田がはっきり抜けていた。
 社会人で半年経験を積んで力強さも付いてきている。
 技術的にも高く、なかなか周りが互角に太刀打ち出来ていない。
 もう一人力的に高い位置にありそうに見えるのが里田だ。
 ただ、五番として飯田と張り合うような立場には見えない。
 ここにいる九人の中で最もフォワードライクなプレイをする。
 純粋に飯田の次、という場所はどんぐりの背比べになっていた。
 村田、木下、スザンヌ、あやか。
 道重も四番はないだろうという意味ではこちらの区分だろうか。
 みんなそれぞれ一長一短。
 リバウンドに強い道重、荒っぽくインサイドのぶつかり合いに強い木下、割合バランスの取れた村田、意外せいのスザンヌ。
 あやかは個の能力だけを見られるポジション別の練習ではやや落ちるが、他の練習で周りとの連携、他のプレイヤーの理解度の高さを見せていた。
148 :第九部 :2010/09/25(土) 23:18
 高校のチームでは五番を割り振られているみうなだが、プレイ振りを見ている限りでは四番やらせた方がいいだろう、と信田は見ている。
 そういう意味で飯田の控えの争いからは外れている。
 微妙なのが吉澤だ。
 同じ県にて国体で一緒のチームだった、とのことで今回も一番飯田に向かって行っているのが吉澤だ。
 ただ、信田から見ていてこの子は五番はないな、と思った。
 四番、あるいは三番の方がいいのではなかろうか。
 しかし、三番としての力量があるかというとそれはないのだ。
 石川是永と争えるか、否。
 外のシュートが無いというところで、その二人と張り合うのはまったく無理だ。
 今から外のシュートを身につける?
 U-19の代表コーチとして、十日後には大会に望む立場としては、それも時間が無さ過ぎて否だろう。
 中・長期的には間違っていないと思うが。
149 :第九部 :2010/09/25(土) 23:18
 「優樹菜、それファウル」
 「何にもしてないよ」
 「Tシャツ掴んでるでしょ」
 「ばれないって」
 「外からファウルって言われてる時点でばれてるでしょ」

 オフェンスリバウンド役の木下があやかのTシャツを引っ張って中に入り込もうとしていたのを外から里田が突っ込んだ。
 センターは逆サイドにリバウンド要員付きのローポスト一対一をやっている。
 基本は一対一で、シュートが放たれた直後から二対二になる。
 シュートが入ればそのまま終わりだが、入らない場合リバウンドを争い、オフェンス側が取ったならそのまま二人でもう一度、ということだ。
 ただ、フォワードの一対一と違い、リバウンドを取ったら戻してもう一度初めからという選択肢はない。

 「エンド側のレフリーからは丸見えでしょ」
 「そもそもばれなきゃいいって問題?」
 「村さん、堅いこといいっこなしっすよ」

 センターは同チーム出身者が多い。
 里田とみうな、吉澤とあやか、木下とスザンヌ。
 さらに飯田も吉澤やあやかと近い。
 松浦や久住のような、私が私がタイプも存在せず、大きいのが揃った見た目の迫力と比べ、割合和やかに練習が行われている。
 強いて言えば、木下の荒っぽさが波乱要因だが、飯田や村田といった最年長者たちの妙な包容力がそれも包み込んでいた。

 「ほら、次、次」

 オフェンス、オフェンスリバウンド、ディフェンス、ディフェンスリバウンドの四バージョン一セットでメンバーは順繰り回っている。
 自分の前に並んでいる人が自分のディフェンスをする人で、自分の後ろに来る人が自分がディフェンスをする人だ。
150 :第九部 :2010/09/25(土) 23:18
 「飯田さん、お願いします」
 「えー、もういいよ、ポチ。誰か他の人来てよ」
 「ひどいですよ、その言い方・・・」

 吉澤は飯田のいるところを選んで並ぶ。
 ひどいのはポチという呼び方か、他の人を望むことか。
 何度でも挑戦してやる、というのは吉澤の方としてはいいが、飯田としては飽きてきた。

 「分かった。せめて順番変えよう」
 「順番?」
 「ポチが先」
 「私がディフェンスってことっすか?」
 「そういうこと」

 飯田が吉澤を前に入れる。
 どちらにしても吉澤の相手をしないといけない、というのは変わらないが、それでも今まではずっと飯田が吉澤のディフェンスをする、というものだったのが吉澤が飯田のディフェンスをするという状態に変わった。
 先に入れられた吉澤、すぐに対みうなでオフェンスとして参加することになる。
 面を取った状態でボールが出ると、一歩外に開いてターンしながら受ける。
 シュートフェイク一つ入れてワンドリブル、それからジャンプ。
 ジャンプシュートはしっかり決まった。
 吉澤は首をひねっている。

 続いてオフェンスリバウンド。
 ここは逆サイドの里田が一対一で決めてしまったので出番はなかった。
151 :第九部 :2010/09/25(土) 23:19
 「なに変な顔してるのよ」
 「いや、やられたと思ったのにシュート入ったから」
 「圭織よりブロックが低かったってだけじゃないの?」
 「はぁ」

 飯田が入ってきたのでディフェンスする。
 ボールを受けた飯田はターンして踏み込んでこようとする。
 そこは体で抑えた吉澤。
 飯田は足を少し戻してシュートの構え。
 吉澤が見事に引っかかりジャンプしたのを見定めて、飯田は遅れて飛んだ。
 吉澤が落ちきったところが飯田の最高点、空中フリーでボードに当ててシュートを決めた。

 「ポチ、速さはあるのよね。パワーもまあまああるのに。単純な性格だからだまされやすい」
 「飯田さんの考えてることなんかわかる人いないっすよ」
 「むらっちの考えてることわかる?」
 「・・・、わかんないっす」
 「やっぱり圭織の問題じゃないのよ。ポチの問題」

 うまくまるめこまれてしまっているが、それも何か違うような気が吉澤はしている。
 それにしても、飯田からの呼び名がポチで根付いてしまった。
 他のメンバーからは一度二度冷やかしで呼ばれたくらいで定着はしなかったのが幸いではあるが。
152 :第九部 :2010/09/25(土) 23:19
 ポジション別の後は集まって三対三をしばらくやった後五対五へ移行していった。
 代表メンバーに入るのは十五人と聞いていた。
 落ちるのは九人だ。
 吉澤はその辺のことは考えないようにしていた。
 力関係考えて予想屋みたいなことをしてもしかたない。
 とにかく目の前の練習をしっかりやる。
 残れればラッキーだし、残れなかったら力が足りなかった、それだけだ。
 センター陣見渡して一番力があるのは飯田だと思っている。
 だからなるべく飯田にぶつかって行く。
 それは逆に、自分はこれだけ出来るんだと言うのをアピールすることを考えると厳しい条件になる部分はあるのだが、その辺のことは考えていなかった。

 「私、単純な性格なんすかねえ?」
 「なにそれ?」
 「飯田さんに言われたんですよ、今日。吉澤は単純な性格だからだましやすいって、練習中に」

 ポチの部分を吉澤と置き換えて説明する。
 練習終了後部屋に帰ってからの平家との会話だ。
153 :第九部 :2010/09/25(土) 23:19
 「単純。んー、そうね。単純と言うか一本気と言うかそういうのは感じるかな。犯人や共犯になるとすぐばれるタイプだよね」
 「私、ああいうゲーム苦手ですよ。まあ、面白かったですけど」
 「性格出るよね、あれ。一般人でも告訴告訴で自分から動こうとするのとか、犯人になってるのに自分じゃほとんど何もしない人とか」
 「あややみたいに性格悪くてカモフラージュのうまいのとかですか?」
 「こらこら、自分の後輩を性格悪いとか」
 「まあ、いいんですよ、あいつは。でも、ゲームだと石川さんなんか分かりやすかったけどなあ。バスケやるとそうでもないのはなんでだろう。どっちかっていうと分かってても止められないってのもあるんだろうけど」
 「石川はバカだからしかたないよ」
 「平家さん、自分の後輩をバカはまずいんじゃないっすか?」
 「ん? いいのいいの。石川だから」
 「ひどいなあ」

 バカとか性格悪いとか、平気で言えるのも一つの信頼関係ではある。
154 :第九部 :2010/09/25(土) 23:20
 「なに? だましやすいってのはディフェンスの場面とかそういうこと?」
 「へ? あー、はいはい。そうです。フェイクで外して決められて。その後、吉澤だますのは簡単だって。去年国体の時一緒にやってて力は分かってたはずなんですけどね。あの頃よりは自分もうまくなってた自信があったのに、なんか飯田さんとの差が拡がってる気がして、ちょっとショックでした」
 「高校と社会人は全然違うから。あの子、高校じゃまともにやりあえる練習相手がいなかったとこから、いきなりジョンソン化粧品なんていう周りは日本代表クラスですってとこに入って練習の質から何から全部変わったからね。そりゃあ伸びるよ」
 「平家さんの方が試合に出られそうって聞きましたけど」
 「チームのレベルが違う。私は確かに、実戦が積めそうなところを選んでって部分があって、まあ、高校からのルートとか他にも理由はあるけど今のチームに入ってポジション代わりつつも試合にはまあまあ出られそうな気はするよ。でも、圭織が普通に試合に出るってなると、それはもう代表レベルを押しのけないといけないわけだから、それは意味合い違ってくるのよ」

 話が元に戻りつつも、また、別のところへ展開する。
 社会人バスケのシーズンは秋-春制である。
 彼女たちの入団後、まだリーグ戦は行われていないが、チーム内での力関係など、それなりに情報はそれぞれ入ってくる。
155 :第九部 :2010/09/25(土) 23:20
 「そういえば今日、石川が小春ちゃんに偉そうに似たようなこと言ってたな」
 「なに言ってたんですか?」
 「小春はフェイクに弱すぎる! って」
 「ははは、私は中学生と同じ注意を受けてるわけですね」
 「ディフェンスってなんとなくじゃうまくならない部分あるからねえ。オフェンスはなんとなくでも数こなしてると、慣れでシュート入るようになっちゃったりすることもあるけど、素質あると。ディフェンスは意識してやらないとさくっと抜かれてそれで終わりになっちゃうから。シュート練習なんかと違って一人じゃ練習できないし」
 「そうか。吉澤は中学生と同じ意識レベルだってことですね・・・」
 「なに言ってるの。バスケ暦二年半なんでしょ。小春ちゃんにしろ愛華にしろ中学生でもバスケ暦はもっと長いはずだよ。小さなこと気にすることないって」
 「でも、意識レベルってそういう問題じゃないじゃないですか。ようはガキだってことですもん」
 「最初は誰でもオフェンスの方がうまくなるもんなのよ普通。自分で練習しやすいし。主導権が自分にあるからね、いろいろと考えて試しやすい」
 「インハイの時なんかは結構出来たつもりでいたんですけどね。でも、あとから決勝なんか見てると、石川さん、吉澤相手には全然本気じゃなかったんだなとか思いました。ああいうレベルの人たちの本気を相手にちゃんとディフェンスするっていうのはまだまだ出来てないんだなあ」
 「経験よ経験。その辺は。石川だってディフェンスひどかったんだから。意識して高いレベルを相手にやっていけば一気に身に付いて行くと思うよ、いろいろと」
 「確かに、うまい人に挑戦って言うか、ぶつかって行くとかそういうのって、自分がオフェンスでやっちゃいますもんね。あんまりディフェンスの意識もって練習してなかったなあここ来てから」

 久住はともかく、吉澤は別に一年生の頃の石川のような能力の九十パーセント以上がオフェンスに偏っているというようなタイプではない。
 ただ、今日現在の意識として、ややディフェンスが手薄な感覚はあった。
156 :第九部 :2010/10/02(土) 23:28
 妙なうわさが流れたのは翌日の朝だった。
 是永がチームを出て行くかもしれないというのだ。
 うわさの出所はたどると高橋である。
 面談設定日はとっくに終わっているのにコーチ部屋に入って行くのを見たと言うのだ。
 なかなか出てこなかった、ずいぶん長い話し合いだったんだと思う、という。
 廊下で見張ってたのかよ、ドアに耳でも当てて話し聞いてたの? と周りから突っ込まれていたが、あながち外れてもないらしい。
 で、なんでチーム離脱のなるの? と問われると、だってあんなに長く話し合ってたんですよ、という回答が返ってくる。
 考えすぎよ、と柴田と石川が一笑に付した。
 コーチと長話しただけでチーム離脱につなげられたらたまったものではない。
 平家はさらに一言、変なうわさを流すな、と上から目線で高橋を叱った。

 高橋の話は論理の飛躍がありすぎる。
 日常生活を近いところでおくったことがあると、一々全部相手にしていたらきりがない、という風に感じる。
 五日目ともなると、なんとなく人となりは把握してきているので、出所が高橋と分かると、他のメンバーも九割がた、ガセガセと聞き流していた。
 別に、いざこざなんかはないのだ、少なくとも各自自分が知る限りの範囲において。
 出て行くような理由はない。
 強いて可能性があるなら怪我かな、というのはあるが、練習に入って行く姿を見る限りそれはまったくなさそうだ。
 選抜チームから自分の意思で離脱、というのはあまり本人に聞きやすい話題でもないので、九割がたガセと踏んだら、それをわざわざ本人に聞きはしない。
157 :第九部 :2010/10/02(土) 23:29
 ただ、一人だけ引っかかったメンバーが居た。
 松浦だ。
 なんだかピンと来たのだ。
 是永の行動がどうにも不審だ、と思っていた。
 よくわからない電話をよくかけているし、この前みんな集合というときも遅れてきたし。
 同室の人間として不審に感じる行動が多い。
 なにやら思い悩んでいる風はあるし。
 チームを離れる、は割と違和感のない回答だった。
 高橋の言葉は論理の飛躍がありすぎるけど、論理が飛んでいるだけで直感的には間を埋める何かを感じているのだろうと思う。
 なんでチームを離れるのか、それが本当に答えなのか、というのははっきり言い切れないけれど、少なくともそれに近い何かはあると松浦は感じている。

 「なんか変なうわさ立ってますよ」

 その日の昼、部屋で休んでいる時に聞いてみた。

 「変なうわさ?」
 「是永さん、帰るんですか?」
 「帰る?」
 「チーム離れるって」
 「え? あ、あー、あのー、うん、そんなメンバーに選ばれるかとかまだわかんないし、その、そういうこともあるんじゃない?」
 「そういう意味じゃないんです。大体、そんなことまったく思ってませんよね。メンバーに入る入らないじゃなくて、是永さんの意思で出て行くって」

 隠し事が得意なタイプではないらしい。
 いや、というよりも、うそがつけるタイプではないらしい、という方だろうか。
158 :第九部 :2010/10/02(土) 23:30
 「何があるんですか? 怪我? それとも国体出たいとか? 出たくないけど先生が帰って来いって無理やり言ってるとか。石川さんが嫌いになったとか。それはなさそうだけど。なんかチームがいやとかそれとは違う理由でなにかありますよね?」

 是永は答えない。
 二人は隣り合うベッドで布団の上に横になっていた。
 松浦が起き上がって話しかけたので是永も体を起こしている。
 真剣な瞳で松浦が是永の顔を見ていた。

 「なんかよく電話で話してましたよね。ん? 身内に何かあったとか? 違うな。それなら黙ってない。んー、ん? そうか。アメリカだ。アメリカですね。オファーが来たんだ。そうだ、それですね」

 是永の目が泳いだ。

 「分かりやすいですね。正解だ。アメリカですね。そっかー、アメリカかあ」

 一人で問い詰めて一人で納得した松浦は、満足してベッドに横になった。

 「そんな、隠さなくてもいいじゃないですか。別に、イヤミったらしいとかそんなの思う子いませんって。まあ、ちょっと悔しいとかうらやましいとかそういうのはいるかもしれないですけど。あとまあ、残念、かな。松浦は是永さんと試合したかったし」

 松浦はすっかり自分はメンバーに選ばれて試合にも出るつもりでいる。
 是永はまだ松浦の言葉に答えない。
 ばれたんだから後は素直に話すだろう、というのが松浦のイメージしている展開なのだがそれが起こらない。
 違和感を感じて松浦は体を起こした。
159 :第九部 :2010/10/02(土) 23:30
 「違うんですか?」

 自分が出した解にちょっと不安を感じて聞いてみた。
 是永からはイエスでもノーでもない答えが返ってきた。

 「迷ってるんだ」
 「迷う?」

 松浦は一瞬理解できなかったが、すぐに聞き返した。

 「迷うって、迷うほどオファーが来てるんですか? すごいな」
 「そうじゃなくて。行こうかどうか迷ってる」
 「行こうかどうか迷う?」

 説明されて、余計意味がわからなくなった。

 「アメリカ行こうか、このままここにいようか、このチームに大会まで居ようか迷ってる」
 「大会後でもいいんですか?」
 「よくないんだけど」

 意味が分からない。
 自分でアメリカに行って売込みしておいて、オファーが来たこの段階で迷っているらしい。
 ハテナマーク一杯の顔をする松浦に、是永は観念して説明し始めた。
160 :第九部 :2010/10/02(土) 23:37
 「予想してなかったんだ、こんなに早くオファーが来るとか。来年っていうつもりで話してたのに、代理人の人はもう本格的に売り込んでたみたいで」

 アメリカのNBAは秋-春のシーズンで行われる。
 対して、女子のWNBAは春-秋シーズンだ。
 男子のシーズンを外すこと、また、海外の各国リーグのオフシーズンに行うことでファンをひきつけようとしている。
 そういう意味では今はもうシーズン終了、というところだ。
 ただ、それは、トップチームで普通に試合に出る人々のスケジュールである。
 これからチームに入って行こうとする新人、契約のまったく約束されていないものたちは、このシーズンが終わった秋からが、春のメンバー入りを目指した戦いの始まりである。
 是永には、その、メンバー選考の初期の段階のようなものに参加しないか、というオファーが来ているという状況である。
161 :第九部 :2010/10/02(土) 23:37
 「高校卒業してからね、アメリカに渡って一シーズン見て、その後チャレンジするつもりだったんだ。だから予定より一年早いの。よっぽどうまくいけば、来シーズンからとは考えてたけど、この時期からセレクションに臨まないといけない立場なら、来年のこの時期からって、そういう意味で来年って言ったのに、来年のシーズンにメンバーに入るためにみたいに、なんか通訳のところで食い違いがあったみたい、たぶん。だからまったく予定外」
 「いいじゃないですか、それでチャンス来ちゃったんだから。高卒の資格がどうとかそういう世界でもないんだろうし」
 「高校は、籍は残していいって言ってくれてる。レポートとかそういうので卒業できるようにしてくれるって。うちはそういう学校だから」
 「じゃあ、何も問題ないじゃないですか」
 「このチームでね、試合したいなって」
 「このチームで」
 「アメリカのWNBAでプレーオフに出て私のシュートで優勝する。それが夢。だけど、オリンピックも出たいんだ。日本代表。日本を代表してオリンピックに出たい。金メダルっていうのは現実的じゃないかもしれないけれど、でも、金メダルを目指して戦いたい。日本代表として。このチームはアンダー19っていう限定がつくけど、でもやっぱり日本代表ではあって。まず、第一歩としてこのチームで戦いたいって想いはあるんだ。そのつもりでここに来た。せっかく代表候補に選ばれたのに、それを捨てて行くのは難しいよ」
162 :第九部 :2010/10/02(土) 23:38
 松浦は何度かうなづきながら聞いていた。
 出会ってまだ五日目の人から聞く身の上話。
 アドバイスをするとか背中を押すとか、本来そういうような立場でもないだろう。
 そもそも年下であるし。
 でも、思ったことがあって言いたいことがあれば、松浦は口にするのだった。

 「日本代表には、どこにいてもなれるんじゃないですか? 南極とかじゃだめかもしれないけど、アメリカでバスケやってるのと日本でバスケやってるのとじゃ、呼ばれる可能性はそんなに変わらないんじゃないですか?」
 「そうかもしれないけど、そういう先のことじゃなくて、今、このチームで試合がしたいんだよね」
 「本当は怖いんじゃないですか? 是永さん、ここに居れば間違いなく代表メンバーに入りますもん。中国とか韓国とかどれだけ強いのか私知りませんけど、是永さんは普通に試合に出て普通に活躍するんだと思う。試合に勝つかどうかは知りませんけど。負けても多分ごめんなさいで済んで、次の時も普通に代表に呼ばれるんですよ是永さんは。是永さんでダメならみんなダメ、ってことになるから。それがアメリカ行くと通用するかどうか分からないじゃないですか、やってみないと。ダメならごめんなさいってわけにはいかないで帰れってなって日本に帰るしかない。もうチャンスが来ないかもしれない。それが怖いんですよ是永さんは。だからこのチームで試合がしたいってのを理由にしてるだけなんです」
 「・・・キミは、キミはストレートだね」
 「よく言われます」
163 :第九部 :2010/10/02(土) 23:38
 是永は苦笑いを浮かべた。
 松浦の方が真剣な表情だ。

 「このチームで試合がしたいっていうのは間違いなく本当で。石川さんとか藤本さんとか、レベルの高い人たちと練習するのは楽しいし、代表権取ることを目指して、ううん、優勝を目指して戦うのは楽しみなんだ。それを手放したくないっていうのはどこにもウソはない。でも、そうだね。本当は、迷っているのは、キミが言うとおりのことがあるのかもしれないな。アメリカに行って活躍したいのは確かに夢なんだけど、一人でアメリカに行って、本当の意味で横一線からのスタートで、自分ひとりでいろいろな人に混じって勝負する、挑戦するっていうのが怖いっていうのは、うん。正直、あるな。そっか。そういうことか」

 是永は仰向けにベッドに横たわった。
 代表候補の合宿中だから。
 代理人に話したことであり、信田に話したこと。
 迷っている理由としてそう言っていたし、自分でもそういうものだと思いつつ、何かすっきりしない部分があったのだが、松浦にオブラートを剥がした苦い薬を飲まされてはっきり自分で理解した。
 自分は怖いのだと。
 怖がっている自分が分かって、少しすっきりしてしまった。
 このチームが捨てがたいのは確かだが、悩みの原因はそこだけではなかったのだ。
164 :第九部 :2010/10/02(土) 23:39
 「なに納得してるんですか。それでどうするんです?」
 「わかんない」
 「わかんないって、向こうは待っててくれるんですか?」
 「まだね。日にち的には中国行く前の日にアメリカ飛べば間に合うタイミングだから一週間はある」

 是永は天井を見つめている。
 松浦はそんな是永の顔をベッドに座って見ていた。

 「チームにばれると良くないって、ばれないようにしてたんだけどな、どっちに決めるにしても。火のないところに煙は立たないっていうけど、煙がみつけられちゃったか。うわさってどこからたったの?」
 「高橋愛」
 「あの子かー。あんまり鋭いタイプでもなさそうなのに」
 「コーチ部屋に長く入り浸っているのを見たのが元らしいです。それだけの理由でチーム離脱って論理の飛躍だってみんなは言ったんだけど、私は、なんか挙動不審な是永さんを見てたから、当たってるんじゃないかって」
 「ホントに鋭いのはキミか」

 是永はなんだか穏やかな顔をしている。
 話せずにいたこと、代理人だの信田コーチだの親だの、大人には話さざるを得ず話したけれど、同世代の話し茶まずそうだと思っていた人に話すことが出来て、抱えていた何かが軽くなったのだろう。
165 :第九部 :2010/10/02(土) 23:40
 「キミならどうする?」
 「私なら? オファーに答えるかですか?」
 「そう」
 「アメリカ行きます」
 「即決? 怖くはないの?」
 「はい。チャンスは全部掴み取りますから」
 「すごい自信だなあ」
 「是永さんも自信があったんじゃないんですか?」
 「いざ現実となると怖いのよ。いろいろなものを捨てて挑戦しないといけないし。結構大事なんだ、私にとって。一緒に練習する、一緒に試合をする仲間って。まだ何日かしかいないけど、キミもね」
 「私だって大事ですよ。でも、捨てるってのはちょっと違うかなって思います」
 「違う?」
 「置いていくだけですよ。捨ててなくなるわけじゃない。置いて行ったものを捨てちゃう人もいるかもしれないですけど、そんなの仲間じゃないから。仲間なら置いて行ったものは置いて行ったまま持っていてくれます」
 「でも、これから一緒に試合をするっていうのを捨てて行くんだよ」
 「それは捨てるんじゃないんです。掴み取るものをどちらにするか決めるだけです」
 「キミはなんでもはっきりしてて気持ちいいね」
 「当事者じゃないですから。いざ、本当に是永さんの立場になったら私だって迷うかもしれないです。でも、当事者じゃないから冷静に考えられるとも言えると思います」
 「当事者じゃないからか・・・」

 二人の話はなんとなくそれで終わった。
166 :第九部 :2010/10/02(土) 23:41
 午後の練習、迷いによる是永の集中の欠如、というようなものは見られなかった。
 どちらかというと、切れているという風だ。
 今の是永を止められるものは誰もいない、というような。
 あれのどこを見たらチーム離脱なんてなるの? と高橋は先輩方から集中砲火である。
 松浦も、通常はおしゃべり性格であるが、この件に関しては周りに吹聴してまわったりしなかった。
 選択までの一週間、自分だけが知っている、という状態で見ている方が面白い、という感覚がある。

 しかし、実際にはそうはならなかった。
 その日の夜。
 信田が是永に最後通告をした。

 「明日中にどちらにするか決めろ」

 このチームの代表選考、信田は明後日の晩に決めて明々後日通達、としている。
 代表チームには代表チームの都合がある。
 どちらにするか決めかねている選手を、とりあえず代表に選ぶ、などということをして、席を一つ埋めるわけには行かないのだ。

 是永は部屋に戻ってその話を松浦にした。
 そして付け加えた。
 みんなに話してもいいよと。
 キミは多分本当はおしゃべりな性格だろうしと。
 またコーチ部屋で長話してたと高橋が話して回っていて、いい加減にしろといわれていたが、松浦がことの真実を告げて話に信憑性を与えた。
 うわさはあっという間に合宿所中に広まった。
 そして、夜が開けた。
167 :第九部 :2010/10/09(土) 21:11
 聞きたくても聞けない。
 朝食時にそんな空気が是永の周りに出来ていた。
 おはよう、のあとに、ねえねえ、と聞くには話題が重過ぎる。
 すでに真実味のある話が松浦発で伝わっているので、興味本位では聞きにくい。
 誰それの寝相がひどい、といったような該当者以外にとっては無難な話題だけですぎて行く。

 そういう空気を読めずか、あるいは読みつつ無視したのか。
 体育館に集まって、練習前のストレッチなんかをしているとき、少し遅れてやってきた石川が、是永の下へ直行した。

 「アメリカからスカウトが来てるって聞いたけど本当なの?」

 座ってストレッチをしていた是永に、立ったまま問いかける石川。
 周りの会話は自然と止まり、視線が二人に集まる。
 是永は座ったまま答えた。

 「ちょっと意味合い違う気がするけど、ようはセレクション受けに来いって話しが来てる」
 「行こうかどうか迷ってるって聞いたけど、本当?」
 「うん。迷ってる」
 「このチームの大会と重なってるからってこと?」
 「それだけじゃないけど、それも一つの大きな理由」
 「そうなんだ」

 それだけ言うと、石川は是永から離れて行った。
 壁際に座りストレッチを始める。
 周りは、軽くずっこける。
 そこまで聞いたなら、問い詰めるとか背中を押すとか、何かあるだろ、という感じである。
168 :第九部 :2010/10/09(土) 21:12
 全員、耳はダンボ状態であったが、その後はなしを展開させたものはいなかった。
 石川だから聞けたのである。
 飯田、平家、村田、このチームの年長者たちは、興味はあったけれど本人が決めることであまり口出しはしたくない、という意見で一致している。
 もう一人の年長者矢口は蚊帳の外だ。
 藤本、後藤といったリーダー格も、他人事感覚なところがある。
 吉澤では、是永との距離感がありすぎて一対一で聞けるような話ではなかった。
 距離と立場と性格と、全部揃っていたのが石川だけなのだ。

 チームは是永のために存在するものではない。
 やってきた信田コーチは、何事もないかのように普通に練習を始めさせた。
169 :第九部 :2010/10/09(土) 21:12
 是永のことに興味があっても、皆それぞれ、そろそろそれどころではない。
 今日中に是永が決めないといけないのは、明日には代表メンバーが決められるからだ。
 選ばれる側は必死である。

 練習時間の割り振りが変わってきた。
 ポジション別を短くしてその後の三対三、五対五が長い。
 特に五対五。
 メンバーを頻繁に入れ替えながら、トータル時間は長く取っている。
 誰が使えて誰が使えないか。
 一人一人見極めて行く。

 是永はやはり強かった。
 普段のチームでスーパーエースであり、ワンマンプレイヤーなイメージがあるが、実際にはディフェンスをひきつけてからのパスの捌きがかなりうまい。
 一対二を作ってパスを捌いた先に一対ゼロがある、という構図だ。
 そのあたりの状況判断の目に今日も曇りがない。

 その点で松浦が少し失敗していた。
 自信たっぷりな態度を取りながらも、不安があるのだ。
 アピールしないと残れない。
 石川や是永はともかく、柴田とか平家と比べても、自分を見る周りの目はそれほど認めてくれていないものを感じている。
 自己採点に、他者の認識が合致していない、と松浦は感じている。
 周りを生かしてチームで点を取る、というこの合宿の入りの頃に出来ていたことが、ここに来て出来なくなっていた。
 自分の力を見せないといけない、という焦りが出てしまっている。
170 :第九部 :2010/10/09(土) 21:13
 やっていることが似ているのに、うまく行かないとならないのが石川だった。
 アピールするとかそういう意思ではなくて、一人で勝負していっている。
 一対二になる前に、一を抜き去って、一対一が二回、なら負けないし、一対二になっても一で勝ってしまうところがある。
 いつもここまでワンマンなわけではないのだが、いろいろな機嫌の悪さが石川にそうさせていた。
 メンバーを見極めるというのにどうか、という部分があるので信田は石川をさっさと代えてしまう。

 福田はやはり今ひとつ調子が出ない。
 オフェンス側でばかり起用されるのはどういう意味なのか、本人は分かっているつもりだ。
 ただ、それでも、納得行かないものを納得行かないまま実行して、それでメンバーに残っても仕方ない、という思いがある。
 信田の言っていることが間違っているとは言い切れない。
 でも、自分はこのスタイルで今日までやってきたのだ。
 それを簡単に捨て去れと言われて、簡単に納得行くものではない。
 迷いを抱えたままのプレイは、パスで味方を動かすという本来の福田のスタイルまでも崩してしまっている。
171 :第九部 :2010/10/09(土) 21:13
 ガード陣では田中も必死だ。
 福田がなんか変なのは見て分かってきた。
 チャンス到来。
 しかし壁は厚い。
 藤本、高橋と直接対決を迫られると心理的に一歩引いてしまう部分があるし、実際プレイの面でも敵わない。
 藤本のディフェンス力というのは試合でも実感があったが、田中にとって意外だったのが高橋だ。
 普段ともに練習をしているのは高橋の方なのだが、実際にはあまりマッチアップするというケースがない。
 田中が一番、高橋が二番、同じチームの側にいてコートに立っている。
 それは練習の時でも同じだ。
 ここまで手強い相手だったのか、と改めて思い知らされる。

 そんな必死な田中先輩を見つつ、久住はのんきなものだった。
 メンバーに残る自信がある、というのとはちょっと違う。
 毎日いろんなことが起こって楽しいなあ、という感じだ。
 残れたら残ればいいし、ダメならダメでまあ良いかと言うくらいなもの。
 ただ、後二週間このチームで合宿-遠征に参加できれば、中間テスト受けずに済む、というのは魅力的である。
 という程度ののんきな久住であるが、それでも合宿に入ってから一番分かりやすく変わったのは彼女かもしれない。
 なんといっても、まじめにディフェンスをしようとするようになったのだ。
 まだまだ、というのは仕方ないが、それでも、止めようという意識は出て来た。
 久住をディフェンス側で使っているのは、その意識および能力の向上を見ようという信田の意思の表れだろう。
172 :第九部 :2010/10/09(土) 21:14
 普段の持ち味が生かせていないメンバーは少々苦しくなってきている。
 みうなが力を発揮出来ていない。
 このレベルが集まると、インサイドで体を張って勝負というところではみうなは少々弱い。
 かといって、外から勝負、という技がみうなにはない。
 フックシュートという武器はあるのだが、それが出来る場所でボールを受けられない。
 中途半端で生きる場所がないのだ。
 持ち味が生かしきれないという意味では道重も苦労していた。
 リバウンドというのは安定して力を発揮しやすいものではある。
 しかし読みで取りに行くオフェンスリバウンドが思うように取れなかった。
 どこにボールが落ちるかを一番早く読み取っても、基本のスクリーンアウトをきっちりされて身動きが取れないとボールは取れないのだ。
 飯田、村田といったあたりはこの基本のスクリーンアウトをしっかりとやってくる。
 ただ、ディフェンスリバウンドはしっかり確保出来ていた。
 その面では生きる道があるかもしれない。
173 :第九部 :2010/10/09(土) 21:14
 練習中は、それぞれ自分のことに集中している。
 調子のいいもの悪いもの、今後の展望に明るいものが見えたもの、それぞれだ。
 練習が終わると、周りへの興味がまた出てくる。
 選抜メンバーに誰が残るのか?
 誰もが興味のあることだけど、自分も当事者なので、なかなか話題にしにくい。
 是永がどうするのか?
 これは、自分が当事者ではないので話題にしやすい。

 そんなはなしがあちこちでされているだろうことを是永は知ってか知らずか、練習終了後、夕食も済ませると部屋の中で大人しくしていた。
 ベッドで横になっている。
 沈思黙考。
 松浦も部屋に居た。
 和やかにおしゃべりできるような雰囲気ではない。
 近くにいて、何か力になれれば、と思ったわけでもない。
 ただ、一人の人間の決断を、近くで見ていたいと思った。
174 :第九部 :2010/10/09(土) 21:15
 松浦は自分勝手だが空気は読める。
 ベッドに仰向けに横たわる是永のことをじっと見つめていても、自分からは何も口を開かない。
 是永が考えているように、松浦も考えていた。
 この人はどういうきっかけでどういう決断をするのか、この人にあって自分にないものはなにか? そんなものはあるのか? 自分ならどうするか? 自分の将来は?
 考えることはいくらでもある。
 壁に寄りかかりつつベッドに座っている松浦。
 横たわったままの是永が口を開いた。

 「どこか行かないの?」
 「邪魔ですか?」
 「さすがに遊んであげられるほど余裕はないよ」
 「そんなこと期待してないですよ。余計なこと気にしてないで自分のことだけ考えてください」

 まったく人がいいものだ・・・、と松浦は思う。
 それと比べて、思い悩んでいる是永を見て楽しんでいる自分は、なんて人が悪いのだろうか。
 そう思うだけで、別に落ち込んだり悩んだりはしない。
 人が悪くて何が悪い。

 「医者とバスケ。どっちを選ぶか悩んでる友達がいたんだ」

 しばらく黙っていた是永がまた口を開いた。
 答えは、特に求められていないらしい。
175 :第九部 :2010/10/09(土) 21:15
 「医者になるには勉強しないといけない。バスケをしながら両立できるほど甘くはない。どちらを選ぶか。私はバスケにしようよって言った。親が反対してるならって家まで押しかけて行ってまでバスケを続けさせようとした。だけど、幸は医者になることを目指す道を選んだ。バスケは捨てた」

 自分は、壁ではない誰かであって、これはほとんど独り言で何か答えたり意見を言ったりする必要はないだろうと思った。
 ここに人が存在して、耳が存在して、聞いていれば、多分それでいいのだ。
 どうやら、自分の友達の決断に、今の自分の状況を照らし合わせているらしい。

 「バスケがなかったら幸とは出会ってなかったし、一緒にバスケを続けられたらどんなに良かったかと思うけれど、バスケを辞めたからって幸は幸で、私の友達なことはかわらない」

 明日香ちゃんがバスケをやめたらどうだろうか? と思った。
 他に何かを見つけて辞める、というのは考えにくいけれど、怪我か何かをきっかけにそういうことが起きるかもしれない。
 でも、バスケをやめても明日香ちゃんは明日香ちゃんであって、友達であることは変わらないだろうと思う。
176 :第九部 :2010/10/09(土) 21:16
 「周りがなんて言うかとかどう思うかとかは関係ないんだ。これは私の問題で、私が何を望むかで決めるべきで。それだけを考えて決めるべきなんだろうと思う。この今のチームで試合がしたいっていうこと、日本代表で世界に挑みたいっていうこと、それは確かだけど、大きく見ると目先のことかなって思う。来週の大会は今離脱したら出られないけれど、先々の日本代表としての試合はキミが言ったように、どこであろうとバスケを続けてさえいれば、力さえあれば呼んでもらえると思う。だから、そこははっきりしてるんだと思う。ただ、後の問題は、これもやっぱりキミに言われて気づいてしまったことだけど、怖いんだな。自分が通用しないことが怖い。それを越えなくちゃいけないんだ」

 キミ、といわれたからには独り言ではなくて、私に向かって話しているのだろうと思う。
 それでも松浦は答えようと思わなかった。

 「自分がこんなに弱い人間だなんて思ってなかったよ。迷ってる理由が怖いからなんて。情けないったらありゃしない。でも、今の私はそんな程度なんだってのもわかったよ。怖さが理由で迷う程度のものなんだって」
177 :第九部 :2010/10/09(土) 21:16
 背中を押してあげるべきなんだ、というのは分かった。
 だけど、自分が何を言っても空虚なような気もしてしまう。
 自分には、言いたいことが言えるずうずうしさはあっても、こういうときに背中を押す説得力のあることがいえるような、人としての大きさがない、というのを感じた。
 何を言うか、よりも、誰が言うか、が大事である場面がどうしてもある。
 例え自分であっても、背中を押せば是永はそれに押されて決定を下すかもしれない。
 だけど、それよりも、松浦は、自分自身が自分の言葉に納得しないような気がした。
 それが、自分に足りないかもしれない何かなのかもしれない。
 自分は感じたことは無いけれど、昔あったという市井が持っていたという妙な説得力というのがそれなんだろうか?
 その場にまったく関係ない、大嫌いな先輩のことを少し思い出す。

 答えを待っているのかいないのか、是永はそれ以上言葉をつなげなかった。
 松浦の方は壁に寄りかかったまま目を瞑っている。
 答えを返す気はない。
 名指しで指されたら何か言おうとは思うけれど。
178 :第九部 :2010/10/09(土) 21:16
 そんな時、部屋のインターホンが鳴らされた。
 コーチのお呼び出しか?
 それなら部屋の電話が鳴るだろう。
 誰だ空気が読めない奴は、と思いながら松浦が動く。
 応対に出るのは年下の役割だ。

 扉を開けるとそこにはバッシュを持った空気の読めない人間が居た。

 「なんですか?」
 「是永美記ちゃんいる?」
 「いますけど」

 どうぞ、といわれるのを待たずに松浦を押しのけるようにして部屋に入ってくる。

 「石川さん?」

 自分の名前が聞こえたので体を起こした是永。
 入ってきたのは石川だった。

 「体育館へ行こう」
 「体育館?」
 「答えはコートが知っている」
 「なに?」
 「いいから、はやく。バッシュ用意して」

 有無を言わさぬ石川の迫力に、抵抗する気力は無く是永は従う。

 「タオルは? 着替えも持ってく?」
 「う、うん」

 言われたものはとりあえず全部準備する。
 論理的に考える、などという感覚は石川を前にして少し麻痺している。
 引っ張るように是永を連れて石川が出て行った。

 「私より強引な人、初めて見た」

 扉が閉まると、一人部屋に残された松浦があきれたようにつぶやいた。
179 :第九部 :2010/10/16(土) 23:32
 柴田は予定通りにコンビニで買い物を終えてふと考えていた。
 体育館行ってみた方がいいだろうか。

 部屋から出てくる時にばったり石川と会ったのだ。
 バッシュ持ってタオル持って、いかにもこれからバスケをします、という格好。
 体育館に行くの? シューティング? と聞くと、意外な答えが返って来た。

 「是永美記ちゃんと勝負するの」

 はぁ? と思わず声に出して言ってしまった。
 向こうはそれどころではないだろう。
 そう言うと、今しかないんだもん、とものすごく自己中なことを言って去って行った。
 まあ、確かに、アメリカ行かれてしまったらそうそう次のチャンスというのはやってこないだろうけれど。

 悩める是永さんと、今一番話しが出来るのは梨華ちゃんかもしれないなあ、とは思った。
 梨華ちゃんが自分のポジションで自分と対等と本気で認めているのは是永さんだけだろう。
 是永さんがどう思っているのか聞いたことはないけれど、意識してないってことはないだろうなとは思う。
 少なくとも、自分よりは梨華ちゃんのことを認めているだろう。
 マーク代わって自分が付いたら不満そうな顔をされた記憶は消えてはいない。
180 :第九部 :2010/10/16(土) 23:32
 ただ、梨華ちゃんのあの様子はそういう感じではなかった。
 単純に本気で、今しかないから勝負しろ、という乗りにしか見えなかった。
 大丈夫なんだろうか・・・。

 とりあえずは素直に部屋に戻った。
 先輩様に頼まれた買い物もある。
 それを持ったまま体育館へ、というのはない。

 「あゆみん、保護者モードだね」
 「なんですかそれ」
 「石川クンのそばにはあゆみんみたいなパートナーがいるから、ああやって奔放に振舞えるんだね」

 廊下での出来事を、部屋に戻って村田へ話すと、そう言われた。
181 :第九部 :2010/10/16(土) 23:33
 「心配なら見てきたら? 面白そうだし。なんか男の子の決闘って感じだよね。こぶしとこぶしで想いをぶつけ合うって。あゆみんは石川クンを取られちゃわないか心配なんだ」
 「そうじゃないですって」

 そうは言いつつも、見に行こうかな、という気にはなっていた。
 面白い、というのは間違いない。
 というか、まあ、気になる。

 「あゆみんも参加してきたら?」
 「参加?」
 「多分、一対一やってるんでしょ」
 「・・・、たぶんそんな気はしますけど、それに混ざる気には・・・、ならないなあ」

 混ざってどうする、という突っ込みは口には出さなかった。
 外から見たいのであって、一緒に混ざりたいわけではない。
 明らかに絵にならないし、意味不明だろう。

 「まあ、ちょっと見てきます。一緒には混ざらないけど。めぐさんも行きます?」
 「私が行ってもねえ。なんかそれこそ部外者だし。あとで実況中継して、面白そうだから」
 「じゃあ、気が向いたら」

 明らかにバスケをするというのとは程遠い格好で柴田は部屋を出た。
182 :第九部 :2010/10/16(土) 23:33
 体育館は素直に入って行くとフロアにまっすぐ出るが、それはなんか嫌だったのでフロアに入る扉は開けずに階段を上った。
 二階からフロアの様子を見下ろす。
 廊下で石川と鉢合わせてから随分と時間が経っている。
 二人は、お互い相手とボールとゴールしか見えない、という雰囲気で一対一を繰り返していた。
 見ている限りでは、会話はない。
 黙々と、オフェンスディフェンスを交代しながら一対一を繰り返している。
 どちらが郵政とか、どちらが押している、ということは特になさそうだった。
 オフェンスが抜き去るときもあるし、ディフェンスが止めることもあるし、外から決めるときもあれば外れることもある。
 石川が勝つこともあれば是永が勝つこともある。

 最初からそんな気はなかったけれど、とてもじゃないけど自分が混ざれる雰囲気じゃないよな、と柴田は思った。
 二人は揃って、人を近づけない空気を作り出している。
 二階から声をかけて手を振る、なんて真似なんかとてもじゃないけれど出来ない。
 ただ、手すりにもたれて二人を見ていることしか出来ない。

 練習とか勝負とか、そういうんじゃなくて、何か相応しい言葉。
 決闘。
 村田の言っていた言葉が一番ぴったりはまる。
 そんな感じがする。
 背中を押すとかそんなことは必要ないんだな、と思った。
183 :第九部 :2010/10/16(土) 23:34
 石川がジャンプシュートを決めれば、是永が抜き去ってレイアップを決める。
 ゴール下まで持ち込んだ石川のシュートを是永がブロックすれば、外からのジャンプシュートが短くんったのを、スクリーンアウトして石川がきっちり拾う。
 時折、コート脇に投げ捨ててあるタオルを拾って汗を拭く。
 一本のドリンクボトルをそれぞれ口にする。
 また戻ってボールを持つ。

 「若いってうらやましいな」

 後ろから声がしたので柴田が振り向くと、そこに信田が立っていた。

 「そんなに驚いた顔しないでよ。物音は普通にさせながら来たつもりなんだけど」

 それだけコートの上の二人に見入っていたということだろうか・。

 「どうしたんですか?」
 「石川が鍵借りてったって言うから見に来てみた」

 様子を見に来たらしい。
 信田は柴田の隣に立ってコートを見下ろす。
 しばらく黙って見ていた。
 その間も二人の一対一は続く。
184 :第九部 :2010/10/16(土) 23:34
 力と力、技と技、スピードとスピード。
 それぞれぶつけ合っている二人。
 どちらが何勝して、オフェンスとディフェンスどちらが勝率よくてとか、そんなことはまったく数えてもいないだろう。
 ただ、ボールがあって、相手がいる。

 うらやましいな、と柴田も思った。
 梨華ちゃんが取られちゃう、なんていう村田が言っていたようなことは思っていない。
 そうではなくて、無心にボールを追いかけてお互いにぶつかり合える、そういう姿がうらやましかった。
 石川にとってそれは是永でなくてはいけないし、是永にとってもやはり石川でなくてはいけないのだろう。
 自分と石川は二年半いつも一緒に暮らしてきた。
 でも、暮らしてきた時間の長さは関係ないのだ。
 石川と是永は、ほとんどコートの上での付き合いしかない。
 合宿に来てからも、宿舎で仲良く話しこむなんてことはなかった。
 せいぜい、ウインクキラーではみんなと混ざって笑いあっていたくらいだ。
 それでも、石川にとっては是永でなくてはいけないし、是永にとっても石川でなくてはいけない。

 自分には、そういう存在はいない。

 羨んでも仕方のないことかもしれないけれど、それがうらやましく、寂しかった。
 自分と石川は、ああいう何かをぶつけ合うような関係ではないし、他にああいう相手がいるかというとそれもない。
 石川とそうなりたい、ということではなくて、そういう誰かが存在する、ということがうらやましかった。
185 :第九部 :2010/10/16(土) 23:35
 「まだやってるんですか?」

 また、別の声がした。
 振り向くとやってきたのは久住だ。

 「いつまでも戻ってこないと思ったら」
 「久住も混ざってきたら?」

 久住は石川と同部屋だ。
 信田コーチの言葉には答えずにコートの二人の光景を見ている。
 たっぷりワンオンワン二本分見つめてから口を開いた。

 「小春はあれに混ざって来ようってほど空気読めない子供じゃないです」

 コートを見つめたまま信田は久住の言葉を鼻で笑った。
 本気で言ったわけではないのだろう、それ以上、久住に勧めることはなかった。

 いつまで続けるつもりなのだろう。
 柴田が来てからですらずいぶん時間が立っている。
 タイマーがあるわけでもないので、どこで終わり、というのが決まっているわけでもない。

 「すごい・・・」

 久住がつぶやいた。
 二人の気迫は遠く離れた二階にまで伝わってくる。
 技術的などうこうよりも、それを久住は感じ取ったのだろう。
 ほっとけば一人ででもしゃべっているような久住ですら、余計なことは何も言わないのだ。

 二人それぞれタオルで汗を拭きに行く。
 ドリンクボトルを石川が手に取った。
 口に持って行く前に軽く振っている。
 もう、残りがほとんどないようだ。
 自分で一口飲むと是永に渡した。
 是永がその残りをぐっと飲む。
 ボトルは空になったようだ。
186 :第九部 :2010/10/16(土) 23:35
 オフェンス位置に是永が立ち、石川が待ち受ける。
 ボールを一旦ディフェンスに渡して、もう一度オフェンスへ。
 ワンフェイク入れて右エンド側からドリブル突破を試みる、と見せてストップジャンプシュート。
 シュートは短めに外れる。
 スクリーンアウトした石川をかいくぐって是永はボールを奪いに入ろうとするが、石川の方がしっかり拾い上げた。
 石川のオフェンス。
 シュートフェイクを入れてから右エンド側へワンドリブルの後、左手にバックチェンジで持ち変えて突進。
 是永がコースを抑えてきたのでストップジャンプシュート。
 ややフェイドアウェー気味のそのシュートを、是永は踏み込んでブロックに飛ぶ。
 きれいなブロックショットが決まって、ボールはコート反対サイドまで飛んで行った。
 しりもちついた石川は、首を振ってボールの行方を確認する。
 取りに行こう、という気がちょっとしないところまで転がって行ったのを見て、そのまま仰向けに倒れこんだ。

 「たのしいー」

 声を上げた石川。
 それを見て、是永も笑って、となりに座った。
187 :名無飼育さん :2010/10/17(日) 00:44
せいしゅんですねえ
188 :作者 :2010/10/24(日) 00:15
>>187
はい、あおはるでございます。
189 :第九部 :2010/10/24(日) 00:16
 人のいない体育館は二人が弾ませるボールの音が響いていた。
 それもいまはない。
 仰向けになった石川の呼吸の音だけが是永に聞こえてくる。
 二階から見ていた三人も、二人が動きを止めたので去って行ったようだ。
 静かになった体育館。
 しばらく座っていた是永も、石川の隣でそのまま仰向けになる。

 見上げる先には体育館の照明。
 何か美しいものがあるわけでもない。
 視界の隅にゴールが見える。
 いつもとは違う体育館だけど、コートで仰向けになって見える光景にたいした違いはない。

 汗でびちゃびちゃな体もなんだか心地よかった。
 ずっとこのままじゃ風邪引くな、と冷静に思う部分もありつつ、このまま眠ってしまいたいという感覚もある。
 何日かいろいろとぐちゃぐちゃと悩んでいたのなんか、まるで嘘のようだ。
 今は、爽快感だけがある。
190 :第九部 :2010/10/24(日) 00:16
 「いつからアメリカに行きたいって思ってたの?」

 隣から石川の声がする。
 お互い大の字になったままだ。

 「んー、いつからだろう。何かきっかけがあってアメリカに行きたいって思ったわけじゃなかった気がする。いつの間にかそう思ってた。中学、ううん、中学の頃はそんなに思うほどのところにいなかったから、高校に入ってからかな、たぶん。はっきりしないけど、いつの頃からかそうなりたいって思ってた」
 「小さい頃からの夢ってわけでもないのかあ」
 「うん。小さい頃はアイドルに憧れてたとかそんなだった気がする」
 「小さい頃バスケなんてわかんないもんね」

 いついつからの想い、というようなものでは是永にとってなかった。
 気づいたときには自分の中にそういう想いがあった。
 それにいつ、どんなきっかけで気がついたのかも忘れてしまった。
 ただ、気がついた事柄だけが残り、今に至っている。

 「石川さんは、将来どうとかあるの?」
 「んー? んー、とりあえず、梨華でいいよ」
 「なんか、急にそう言われると呼びにくいなあ」
 「慣れるよそのうち」

 石川は、梨華、と名前を呼び捨てされるケースはあまりない。
 でも、自分の呼称としてそれを指定した。
191 :第九部 :2010/10/24(日) 00:16
 「で、なんかあるの?」
 「うん。あんまりねえ、そういう先のこと考えたこと無いんだよね。聞かれるとオリンピックの金メダルって答えることにしてるけど。アメリカなんて、そんな発想がなかったなあ。人から言われると、確かに、そういう発想が出てくるのは分かるんだけど」

 女子のバスケの世界で、ここが頂点でこれを目指すんだ、という場所はそれほどはっきりしたものがない。
 サッカーならワールドカップ、野球だとメジャーリーグ、テニスならウインブルドン、そこらのマイナー競技ならオリンピック。
 比較的分かりやすいところがある。
 男子のバスケならNBAで、これもわかりやすい。
 じゃあ、女子は?
 普通に日本で生きているのならオリンピックというところになるのだが、世界最高峰のリーグはアメリカにあって、そこを目指す、というのも一つの頂点を目指す形だ。
 石川のように、周りに何か聞かれたらオリンピックの金メダル、と答えるのが周りが納得しやすい答えなのだろう。
192 :第九部 :2010/10/24(日) 00:17
 「ちゃんと考えなきゃダメだよねえ」
 「いいんじゃない? オリンピックの金メダルで。それには私も乗っかれるし」
 「私もアメリカ行こうかなあ。英語の勉強とかしたの?」
 「ちょっとね。ちょっとだけ」
 「出来そう?」
 「どうだろう。慣れるしかないしねそればっかりは。中入っちゃった方が必要に迫られてしゃべるから覚えは早いよなんて言われるけど」
 「暮らすだけでも大変だよね」
 「一人暮らしもしたことないし。そっから大変かも」

 是永の頭の中には、夏に訪れた先の町の光景が浮かんでいた。
 実際には、そこに行くわけではないが、知っているアメリカの町はまだそこしかない。

 「一回行ったんでしょ? やっぱアメリカ人てうまいの?」
 「ハイスクールに混ざっただけだからなあ。そこだけ見るとそれほどすごいわけでもないような気はしたけど、でも、普通にうちと試合して勝つだろうなくらいにはうまかった」
 「是ちゃんで試合出られそうだった?」
 「周りとの連携なんかがあるから、いきなり入ってスタメンですって顔は出来ないと思うけど、十二人のメンバーには入れるんじゃないかと思う」
 「是ちゃんくらいのが普通にいるってこと?」
 「うん。私が行ったところは州のトップのレベルだけど、全国回ればもっと強いところは普通にあるよっていうようなことを言ってたから、たぶん、そうなんじゃないかな」
 「そっかあ。アメリカってやっぱりすごいんだね」

 石川はまだ、是永を超えるような存在と対峙した経験はない。
 もちろん、日本のトップ選手たちはそうなのであろうと思うが、それはまだ石川の世界の外にあった。
193 :第九部 :2010/10/24(日) 00:18
 なんとなく会話が止まった。
 それでアメリカ行くの? なんていう質問は出てこない。
 二人とも天井を見上げたまま転がっている。
 是永がどうするのかは、もう、二人にとって決まった未来だった。
 それがうまく行くかどうかは分からないけれど、明日、どういう解が提示されるのかを石川は聞こうという発想がなかった。
 背中を押すだの決断を促すだの、そんなことを今言葉に出してしようなどということを、石川はまったく思っていない。

 「ありがとう」
 「ん?」
 「なんでもない」

 聞こえなかったのか、石川が是永の方へ首を向ける。
 是永は天井を見上げたままだった。

 「なんでもないってなによ。気になるでしょ」
 「楽しかったよ」
 「なにが?」
 「いま」
 「ああ、うん。楽しかったね」
 「いきなりやってきて何かと思ったけど、楽しかった」

 力量が同等、そう思っている相手と、これだけ長く向き合っていることが出来たのはいつ以来だろう。
 力量が同等、なんて思える相手は今はもう、この二人にはお互い相手しかいない。
 どちらが勝ったとか負けたとか、そういうのはなかった。
 厳密に数え上げていれば、何かはっきりするのかもしれないが、そんなものは今、本当には必要ないのだ。
 ただ、二人で向き合い、長い時間ぶつかり合った、ということが楽しかった。
194 :第九部 :2010/10/24(日) 00:18
 二人のそんな空気が、体育館のドアがバタンと開く音によって破られた。
 誰かが歩いてこちらに近づいてくる。
 二人、体を起こして顔を向けると、やってきたのは松浦だった。

 「勝負してください」

 松浦は石川を完全無視して是永の下へ歩み寄り言った。

 「え?」
 「この前は断られたけど、勝負してください。一対一」
 「どうしたの急に」
 「いいから勝負してください」
 「いや、急に動いたら怪我するよ」
 「アップしてから来たんで平気です」

 汗まみれの是永から見ると、まったく動いていた形跡が見られない松浦であるが、主張としては今すぐトップギア可能と言っている。
 この状況に入ってきて遊び半分で言えるセリフではないし、遊び半分で勝てる相手でもない。
 少し考えてから是永は立ち上がった。
195 :第九部 :2010/10/24(日) 00:19
 「よし、オフェンス、ディフェンス、一本づつだけね」
 「私が勝ったら、是永さんのメアド教えてください」
 「べつに、そんなの勝たなくてもいいけど」
 「いいんです。勝ったらで」
 「まあ、いいけど・・・」

 この子は本当にメールアドレスを教えて欲しいんだろうか?
 教えて欲しいのかもしれないけれど、それよりも、勝った、という記憶を何かに伴わせたいのかな、と是永は思った。

 松浦は自前でボールを持ってきていた。
 そのボールを持って、1on1をするのにそれらしい位置へ歩いて行く。
 空気を無視して突然やってきた闖入者に、何なのこの子、と思いつつも口を挟めなかった石川は、意外に素直にコートから退去した。
 スペースをちゃんと開ける。
 是永も松浦の動きに従った。

 「本気でやってくださいよ」

 是永は答えなかった。
 負けてあげるつもりなんかない。
 そして、手を抜いて勝てるレベルでもない、とは認めていた。




196 :第九部 :2010/10/24(日) 00:20
 是永がシャワーを浴びて汗をすっかり流し、着替えてベッドにくつろいでいても松浦はなかなか部屋に戻ってこなかった。
 年長者特権で片付けなどを命じて先に出てきてしまったが、それだけでこんなに時間は掛からないだろう。
 何をしているんだか。
 気にならないでもないけれど、まあ、どうでもいいような気はしている。
 軽くセルフマッサージなんかをしていると、ようやく戻ってきた。

 「遅かったね」
 「すいません」
 「別に、悪くないし」

 いろいろとすっきりしている是永は機嫌が良かった。
 一方、松浦の方は機嫌がいいとは言い難い空気をまとっている。

 松浦は自分の荷物を空けがさごそと始めている。
 バスパンとTシャツの上にトレーナーという装いは、そのまま部屋着としてある組み合わせであるが、一応体を動かしたということもあり、シャワーを浴びて着替えるつもりなのだろう。
197 :第九部 :2010/10/24(日) 00:21
 「携帯のアドレス欲しい?」
 「別にいらないですよ」
 「欲しかったんでしょ?」
 「いいですって」

 自分のアドレスを、欲しいとまとわり付かれるのも相手によってはうっとうしくて怖いが、一週間近く同じ部屋で過ごしたものから、いらない、と言われるのもカチンと来るものである。

 「いいってことないでしょ、ほら携帯出して携帯」
 「知りませんよ」
 「知りませんじゃないの。通信させなさい」
 「いりませんって」

 松浦、断固拒否。
 意地になって拒否。

 是永は少し考えてから作戦を変えた。
198 :第九部 :2010/10/24(日) 00:21
 「じゃあ、わかった。私だけもらっとこう。キミのアドレス」
 「教えるなんて言ってないですけど」
 「勝ったらメアド教えてくださいって言っておいて、自分は教えないの? ん?」

 松浦、答えない・・・。
 言葉に窮している。

 「勝ったもーん。どっちも私が勝ったもーん。アドレス教えてよ」

 事前にそんな約束はなかったが、それを理由に拒絶するのは、癇癪起こした子供のようである。
 癇癪起こした子供である松浦は、癇癪起こした子供のような振る舞いをしたくなかった。

 「あやまつあっとまーくはーどばんくえぬいーじぇーぴー」
 「へー、ハードバンクなんだ」
 「あやですから」

 当たり前でしょ、と言わんばかりの口調の松浦に、是永は声を出して笑った。
199 :第九部 :2010/10/24(日) 00:22
 「つ、はティーエスユー?」
 「はい」

 是永は自分の携帯をいじって登録している。
 そのあいだ、松浦はシャワーの準備をしていたが、不意に携帯がぶるぶる鳴った。
 手にとって開く。
 すぐに、是永の顔を見た。

 「ハロー」
 「ハローじゃないですよ!」

 松浦は怒っている。
 是永は笑っていた。
 是永がメールを松浦に送りつけたので、松浦の携帯に是永のアドレス情報が送られている。

 「消去します」
 「そんなに嫌がらなくてもいいじゃん」
 「次勝ったら聞こうと思ってたんですから」
 「そんなこと言ってたら一生聞けないよ」
 「次には聞けますから」

 そう言いながら、松浦は自分の携帯を持ったまま間是永の携帯を見ている。

 「ん?」
 「私のアドレス、高いんですよ」
 「高い・?」
 「アイドルの携帯アドレスは高いに決まってるんです。でも、仕方ないから通信させて上げますよ」
 「ははははは」

 可愛くないから可愛いなあこの子は、と是永は声を出して笑いながら思った。
200 :第九部 :2010/10/30(土) 10:14
 翌朝。
 是永はアメリカへ渡ると信田へ告げた。
 幸いにして、海外に渡る準備は行き先の国こそ違えしてきている。
 飛行機のチケットさえ手に入れれば、渡米することが出来る。

 「どうする? 結論さえ出てれば、向こう行くぎりぎりまでここで練習しててもいいぞ。練習相手には是永はもってこいだし」
 「いえ、一旦帰ります。それからすぐに向こうに渡って勝負です」
 「そんなに肩肘張らなくてもいいんじゃないか?」
 「けじめですから」
 「そうか」

 荷物もパスポートもあるので、チケット確保と渡米後のスケジュールが固まるまでここで練習していてもいいのだが、是永はあえて一旦帰ることを選んだ。

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