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サディ・ストナッチ・ザ・レッド

1 :名無飼育さん :2009/08/02(日) 23:06
サディ・ストナッチがやってくるよ


サディ・ストナッチがやってくるよ


サディ・ストナッチがやってくるよ


サディ・ストナッチがやってくるよ



サディ・ストナッチ
ttp://m-seek.net/test/read.cgi/water/1238076010/
952 :【寛解】 :2009/11/26(木) 23:04
JJは辺りの様子を窺った。
庭に立っているのは一人の少女。それ以外に人の気配はしなかった。
残りの人間はイイダカオリの護衛に回っているのだろうか。良い判断だ。
するとこの女がカメイの言うところの「朱雀」なのだろうか?
ならば相手が変身する前に決着をつける必要があった。
JJは慎重に間合いを詰める。女まで十メートルほどの距離で止まった。

女は銀色のナイフを持っていた。JJに背を向け、LLの方を向いている。
その姿勢は「棒立ち」という表現がぴったりだった。
こちらの攻撃を誘っているのだろうか?
だが最初に一歩を踏みこんだのは、JJでもLLでもなかった。

黒いジャケットをまとった女の背中が急に大きくなる。
次の瞬間にはJJの鼻先までナイフが伸びていた。
何も考えることができなかった。視界一面に銀の稲妻が走る。
それがナイフだったということに、背後に倒れこんでから気付いた。

JJは反射的にバックステップを踏んでいた。だが間に合わなかったようだ。
JJの愛らしい鼻は、銀のナイフでざっくりと抉られていた。
鼻の肉が不安定な状態でゆらゆら揺れているような気がした。
痛みはない。ただ驚きがあった。この動きの速さは何だ。人間業ではない。

女の背後からLLの拳が飛んできた。
953 :【寛解】 :2009/11/26(木) 23:04
庭にたった一人しかいないことを確認した時、
LLもまた、JJと同じようにこの女が「朱雀」なのだろうと思った。
カメイから得た情報によると真っ赤な火の剣を操るらしい。
あの銀のナイフが燃え上がるのだろうか?
それとも青龍のように、飛び道具的な能力を使ってくるのだろうか?

LLは大胆に一歩一歩女に接近していく。
どちらにしても能力者相手に拳銃を使うのは適当ではない。
何よりも信頼している、自分の拳で戦う。
相手が人間ならば、誰にも負けるつもりはなかった。
相手が―――ただの人間ならば。

女の目つきは妙に茫洋としていた。焦点がどこにも合っていない。
LLを見るでもなく、森を見るでもない。
まるで幽霊のようにつかみどころのない女だった。
ただ、確固たる殺気は、間違いなくその身に充満させていた。

その黒い幽霊は―――突如としてLLから遠ざかり、JJの顔を抉った。
飛び散る血飛沫が戦いの幕開けを告げるゴングだった。
LLは「はあっ!」と気魄を焚きつけ、渾身の一歩を踏み出す。
その一歩は、相手との距離を詰めると同時に、裂帛の一撃の踏み込みとなっていた。

ナイフを持つ相手の右手を、確かにとらえたと思った。
だが次の瞬間、吹き飛ばされていたのはLLの方だった。
954 :【寛解】 :2009/11/26(木) 23:04
JJの目には、女の背後から伸びるLLの拳の軌道が、はっきりと見えた。
こういう命のやり取りの時は、妙に時間が遅く流れるものだ。
まるでコマ送りのスロー再生のように、筋肉の細かい動きが見えたりする。

LLが狙ったのは相手の顔や腹といった急所ではなかった。
実戦において、相手と自分の力が釣り合っている場合は、
そういった急所に致命的な一撃が入ることはほとんどない。
むしろ相手の動きを止めたり、武器を封じたりすることが有効な攻撃となる。

LLの狙いは相手の武器だった。
ナイフを持つ右手に向けて必殺の正拳突きを放つ。
LLの意志が込められた筋肉の動きが、JJにははっきりと見えた。
JJは相手のナイフが弾き飛ばされたという前提で、次の動きの予備動作に入る。

女がLLの一撃をかわせるとは思えなかった。
その女の筋肉は、動きらしい動きを全く見せなかった。
だが―――LLと女が衝突した瞬間、LLは数メートル先まで吹っ飛ばされていた。

なんとういう動作の速さだ。
LLが吹っ飛ばされた後で、JJは女の筋肉の動きがなんとか理解できた。
筋肉の動きと体の動き。信じがたいことだったが、その二つがほぼ同時だった。
女はまるで―――瞬間移動するかのように動いていた。
955 :【寛解】 :2009/11/26(木) 23:04
LLが触れたのは女の指ではなく、ナイフの柄だった。
そこに触れた瞬間、稲妻のような電流が体を突き抜けた。
数万ボルトの電流がショートを起こした時のように、LLは吹っ飛ばされた。

地面に転がってもなお、体を貫く痺れは消えなかった。
膨大な電撃照射を受けて、LLの身体感覚を制御する神経回路が麻痺する。
体の感覚が一瞬にして消えた。完全に消えた。
それは麻痺というような生易しいものではなかった。
視覚、聴覚、味覚、嗅覚、触覚。全ての感覚が消失していた。
不思議な感覚だった。まるで無重力状態の中を漂っているようだった。

この感覚。この戦い方。どこか似ている。誰かに似ている。

LLは必死に感覚を取り戻そうとしながら、過去の記憶を探っていた。
さほど時間はかからなかった。あの赤い女。赤い霧の女。
ナッチと戦ったときの感覚ととても似ていた。
いや、似ているというのは正確ではない。真逆だった。

ナッチの血のように、相手の全てに干渉するような傍若無人さはない。
むしろ逆に、相手の全てを弾き飛ばすような、拒絶するような、
氷のような冷たさがあった。

こいつは生まれながらの殺し屋だ―――JJのような。
956 :【寛解】 :2009/11/26(木) 23:05
LLを吹き飛ばし、女が態勢を整えたときには、既にJJは立ちあがっていた。
鼻筋から唇をつたう血の流れが、肌にべとついて少し鬱陶しかった。
だがそんなことをのんびりと考え続ける暇は与えられなかった。
銀のナイフが唸りを上げて襲いかかってくる。

フザケンナ

JJの筋肉は人間の生理機能を超えた速度で動いた。
動かしていたのは「怒り」という感情だった。
人間の身体機能には通常、固くロックがかけられ、限界を超えた動きを抑制している。
理性や知性ではその鍵を外すことはできない。
それを可能にするのは度を超えた「怒り」か「恐怖」かのどちらかだ。

JJは物心ついた頃から使い続けているナイフで、女の攻撃を受け止めた。
他の何であるならともかく、ナイフで負けるとは思わなかった。
ましてやこちらはLLと二人。二対一の状況なのだ。
青龍のような化け物に負けるのなら仕方がない。
だがこの状況で相手に後れを取ることは、JJのプライドが許さなかった。

あまりの怒りに呼吸も乱れた。めまいもする。
だが、それらを制御しようという意志はもう働かない。
JJは精神的な面でも既にロックが外れていた。
一匹の野獣と化したJJは、言葉にならぬ声を上げてナイフをふるい続けた。
957 :【寛解】 :2009/11/26(木) 23:05
電流は蛇のようにのたうち回り、LLの神経回路を焼きつくそうとした。
LLの体の内部情報を全てデリートしようと動きまわっていた。
だがその時、LLの体の中で血が騒ぎ出した。
ナッチの意志がこもった血が、LLの体内に常ならぬ流れを作りだす。
「ガ、ギギギィ・・・ガガガガガガガガァ!!!!」

細胞の一つ一つまで体がバラバラになりそうな衝撃だった。
実際、LLの体内では全てが一度、バラバラになったのかもしれない。

LLの血が、神経が、LLという個体の意志を無視して激しく動いた。
時間にすればほんの一瞬。ゼロに限りなく近い時間だった。
突然、神経電流と血流のエネルギーが中和された。
プラスとマイナスが交わった当然の帰結というように、ごく自然に。
LLの体から痺れと痛みが消え、ゼロに帰した。

これもナッチの血を浴びた効果なのだろうか。
LLの体は、力づくで相手の攻撃のダメージを押さえこんでしまった。
体の一番奥の部分で、とんでもない負荷を抱えてしまった気もする。
だがこれでもう、相手の電流による攻撃は無力化できるだろう。

LLは立ちあがってJJのサポートに回ることにした。
それにしても電流による攻撃? 聞いていた話とは違う。
相手は「朱雀」ではないのだろうか? 朱雀は別の場所にいるのか?
だが相変わらず庭には三人の気配しかしない。

とにかく今は―――この女を倒すより道はない。
958 :【寛解】 :2009/11/26(木) 23:05
JJの体には無数の切り傷が刻まれていた。
こちらから攻撃を仕掛けるどころの話ではない。
JJはただただ、致命傷を受けないように最低限の守りをするだけで精一杯だった。

女のナイフ捌きの巧みさは素人のそれではなかった。
ナイフの技術でここまで圧倒されるというのは、JJにとって初めての経験だった。
JJのスタイルが野生と本能ならば、女のスタイルは論理と戦略だった。
女の戦い方は、明らかに、人を殺すための訓練を受けてきた人間のそれだった。
人を殺すために動き、それ以外の動きを一切排除した、精密機械のような動きだった。

銀のナイフがJJの肉をえぐる度に、鋭い痛みが流れた。
そのナイフは、痛み以外の全てを弾き飛ばす。
いや、痛みすら感じなかった。えぐられた後には何も残らなかった。

ナイフが通り過ぎるたびに、JJの体には虚空のスペースが広がっていった。
一つ傷が増えるたびに、JJという存在の欠片が一つ消えていく。
相手の全てを消し去ろうとしているようなナイフだった。

えぐった後に、体内に潜り込んできて、相手の全てを支配しようとする、
ナッチの赤いナイフとは対極にあるようなナイフだった。
干渉して介入して支配する。そこにあるのは強い欲望。
ナッチという女の精神に関しては、JJも少なからず理解できる部分があった。
だがこの黒い女の戦いは、JJの想像の全く及ばぬ世界にあった。

ナンダコノオンナハ? ナンノタメニタタカッテイルンダコイツハ?
959 :【寛解】 :2009/11/26(木) 23:05
JJは明らかに追い詰められていた。
背後から見ているLLにも、相手の女の筋肉の動きが全くつかめなかった。
その挙動はまるで陽炎。予備動作というものが全くないのだ。
相手の動きから、次の動きを予測するということが全くできなかった。

予測できないのなら、こちらも最強最速の攻撃で迎え撃つしかない。
JJだっておそらくそう考えているだろう。
だが相手の速さというのも尋常ではなかった。
特に反応の速さが凄まじい。こちらが捨て身になることを許さないほどの速さだった。
一直線の戦いでは勝てない。LLは戦いを複雑化させるしかないと思った。

LLは背後から女の足目掛けて鋭い下段蹴りを繰り出す。
女はJJと正対したまま、ひょいと足を上げてLLの蹴りを踵で受け止めた。
蹴りを受け止めた力を利用して飛び上がり、JJの横に回り込む。
着地と同時に払ったナイフがJJの脇腹を切り裂いた。

JJは右から、LLは左から反撃に出た。
どんなに強い人間であっても、視界は一つしかないはずだ。
だがこの女はまるで360度全てが見えているかのような対応を見せた。
JJのナイフを銀のナイフで受け止め、LLの突きを肩口でスウェーしてみせる。
反応の素早さが完璧なら、動作の無駄の無さも完璧だった。

LLが、いくらJJとの複雑なコンビネーションを見せても―――止められない。
傷を負わせるどころか、相手の動きを足止めすることすら叶わなかった。
960 :【寛解】 :2009/11/26(木) 23:05
LLが立ちあがった瞬間、JJも二人で戦うことを意識したスタイルに切り替えた。
これまで何度となく二人でコンビを組んで闘ってきた。
二人で組んで倒せなかった敵などいない。
LLの打撃によって相手の体力を確実に奪っていき、
JJのナイフが相手の行動範囲を確実に狭めていく。
竜巻のような二つの動きの行きつく先は、いつだって確実な相手の「死」だった。

だが目の前にいるこの女は、二つのハリケーンを前にしても全く動じなかった。
女の動きには全て意味があった。何よりもそれがJJには信じられなかった。
JJやLLは本能で動く。単調な繰り返しの鍛錬によって刷り込まれた動きは、
一種の条件反射となり、人間の思考よりもはるかに素早い肉体の動きを可能にする。
武術の達人の動きというのは、どれも皆そういった種類のものだ。

だがこの女の動きは明らかに違った。
一つ一つの動きが論理的であり、深い思考の上に組み立てられたものだった。
まるで難解な数学の証明問題を解くように、女は二人の攻撃を鮮やかに解いてみせた。
本能ではない。条件反射ではない。経験や勘でもない。電卓による計算とも違う。
女の思考の深さや緻密さは非常に人間的であり、時には―――哲学的ですらあった。

女はその場でJJやLLの攻撃を分析し、その場で最適の反応を編み出してみせるのだ。
あり得ない。信じられない。理解の範疇を超えている。
この一秒にも満たない技のやり取りの最中に、なぜそこまで思考することができる?
女の中で流れている時間の速さは―――人間のものとは思えなかった。

JJの精神をかろうじてつなぎとめていた最後のロックが外れた。
堅牢な鍵を外したのは、怒りではなく―――恐怖だった。
961 :【寛解】 :2009/11/26(木) 23:05
JJの動きが大きくその質を変えた。
肉体の限界を凌駕したような、荒々しくも無駄の多い動きになっていく。
LLにはJJの心の動きが手に取るようにわかった。
JJの肉体を突き動かしているのは恐怖だ。
死の恐怖ではない。未知なるものに対する恐怖だ。

銀のナイフがLLの太ももをバターのように切り裂いていった。
神経とともに動脈がぶつりと断たれた。もうこの足は二度と使えない。
油断したわけではない。切られることはわかっていた。だが避けられない。
まるで詰将棋のように、女は理路整然とした攻撃でもってLLを追い詰めていた。
どのように逃げてもLLの右足が斬られるという結論は変わらない。
右にかわそうが、左に回ろうが、切られるのが遅いか早いかの違いでしかなかった。

自分とJJの命に王手がかかるまで、あと何手だろうか。
それまでに自分は、あと何回攻撃することができるだろうか。
LLは必死に頭を巡らせるが、計算は追い付かなかった。
LLの頭の回転が遅いわけではない。相手の女の計算速度が並外れて速過ぎるのだ。

思った以上に足の踏ん張りが利かなかった。LLの体が右に傾いだ。
それもまた、女の計算通りだったのだろうか。
銀のナイフが流れ星のように瞬き、LLの喉元を流れていった。
ほうき星の尾が銀色から濃い赤へとさらさらと変わっていく。

どうやらチェックメイトの時が来たようだ。命を捨てるなら今しかない。
LLは意識を失う直前に、残った全ての力を掻き集めて右の拳に込めた。
962 :【寛解】 :2009/11/26(木) 23:06
JJは完全に恐怖に囚われていた。
死ぬことは怖くなかったはずだった。
だがこの女のことを理解できないまま―――ゴミのように殺されることが怖かった。
死ぬときも自分は自分でありたい。
自分が自分でなくなるのなら、これまで生きてきた自分は何だったのだ?
無駄か? 無意味か? 空っぽなのか?

女のナイフは、JJが生きてきた意義を全てかき消そうとしていた。
それこそが死の恐怖であると―――JJは初めて気付いた。
自分は、自分は、死を恐れているのかと。
死ぬということがどういうことなのか、銀のナイフによって初めて教えられた。
これまで自分が想像していた「死」などは、ちっともリアルではなかった。

銀のナイフがJJの眼前に迫る。くるりとターンしたナイフはLLの腿を抉った。
かなりの深手だ。LLの態勢が崩れる。そのLLの喉元を、ナイフが流れた。
もうLLは助からないだろう。死か。これが死か。
これまでJJが見てきたどの死よりもリアルな死が目の前にあった。

だがLLの命が消えようとした瞬間、
ほんの一瞬だけだが、JJの中で怒りが恐怖を凌駕した。
このままでは死なない。死ねない。冥土の土産に腕の一本でももらっていく。
いや、腕なんかいらない。JJがJJであることを、この女の体に刻む。
一生消えないような―――深い刻印を残す。

JJはあえて銀のナイフに胸をぶつけるようにして、
女の体に体当たりをぶちかました。
963 :【寛解】 :2009/11/26(木) 23:06
964 :【寛解】 :2009/11/26(木) 23:06
「おいおい。ちっとも分散してねーじゃんかよ」

神社の構造についてはカメイから情報をもらっていた。
タカハシは監視カメラを巧妙に避けながらイイダのいる部屋までたどり着いた。
だがそこから先に進むのは容易ではないようだ。
襖の隙間から覗き見てみたが、部屋の中には十人以上の人間がいた。
真ん中にいる大柄な女がイイダカオリだろう。もらった顔写真と同じ顔だった。

これなら殺すだけの方が簡単かもしれない。狙撃すれば終わりだ。
だが殺すだけではダメなのだ。イイダの血を取ってこなければならない。
しかもこのままぐずぐずしていればニイガキがやってくるだろう。
それがLLの計画だったが、ニイガキの手伝いなど足手まといもいいところだ。

ここはあたしの仕事。あたしがビシッときめる。

タカハシは懐から催涙ガスを取り出すと、ピンを抜いて部屋の中に投げ入れた。
手榴弾とでも思ったのだろうか。
部屋の中の人間は、転がる缶を見た瞬間、バッとイイダの体に覆いかぶさった。
それはタカハシの予想外の動きだった。
まさか自分の命を盾にしてでもイイダの体を守ろうとするとは思わなかった。

部屋の中にガスが充満していく。
それでもタカハシは部屋に踏み込むことはなく、じっとガスが晴れるまで待った。
ガスが晴れるか晴れないかという時―――その時が相手の気の緩む瞬間だ。
965 :【寛解】 :2009/11/26(木) 23:06
ニイガキはじっと三人からの連絡を待っていた。
だがJJとLLは勿論のこと、タカハシからも何の連絡もなかった。
LLからは二十分連絡がなければ次の行動に入れと言われている。
まだ十分しか経っていない。
だが神社は静かだ。静かすぎる。悲鳴の一つも聞こえないのだ。
それにいつの間にか発生した霧によって放った火も消されようとしていた。

霧―――。またしても霧?

ニイガキはその白い霧からナッチの赤い霧を連想した。不吉な連想だった。
この霧が偶然発生したとは思えなかった。
相手にはナッチと同じような力を持っている人間がいるのだろうか。
ここは―――ここは一つ、臨機応変に動くときではないのか?

十分くらい、十分くらい早いのがなんだよ。関係ないよ。

ニイガキは携帯の電源を切り、持ち場を離れて動き出した。
タカハシが使ったルートをそのままたどって神社の中へと入っていく。
建物の中からは何やら催涙ガスのようなものが流れてきた。
ニイガキは防護マスクを装着して建物の中に入った。
966 :【寛解】 :2009/11/26(木) 23:06
研究室では一時のパニックが収まっていた。
小分けにした資材の一部は既に搬出が終わろうとしている。
一息ついたコンノがモニターを見ると、庭でJJとLLと戦っているマキは、
戦いをかなり優位に進めているようだった。
ダンスのような優美な動きには、どこか余裕のようなものすら感じられる。
マキは、JJとLLのことを完全に子供扱いにしていた。

JJとLLの暗殺者としての実力をよく知っているコンノにとっては、
マキの戦いぶりはまさに悪魔の所業のように感じられた。
これならばミツイのヘルプも必要ないだろう。
それよりも、タカハシの姿が見えないのが気になった。
マキの話ではJJとLLは二人の麻取と行動しているという。
その一人がタカハシだ。

アヤさんとミキちゃんがいない今、あいつに借りを返すのはあたししかいない。

銃をとるのは得意ではない。だが相手がマコを殺した人間とあれば話は別だ。
言い訳など一つも聞かない。尋問も拷問もしない。それは二流のやること。
ただ一つ、相手には死あるのみだ。

もう一度コンノは神社の監視カメラのモニターに目をやる。
やはりタカハシの姿はなかったが、イイダが避難した部屋の一角から煙が漏れていた。
来た。きっとあいつだ。
コンノは研究室に置いてある武器の中で一番大きなマシンガンを取ると、
煙の出た方へ向って駆け出した。
967 :【寛解】 :2009/11/26(木) 23:06
「手榴弾!?」
部屋にいた誰もがそう思った。コハルも例外ではなかった。
咄嗟にカオリの前に立ちふさがる。
だが転がった缶は爆発することなく、白い煙を上げ始めた。

それが催涙ガスとわかるまで時間はかからなかった。
コハルはハンカチで鼻と口を覆う。
種々のガスに対する耐性を高める訓練は、幼い頃からしっかりと受けている。
他のメンバーはともかく、コハルやミツイに対しては、こんなガスは無力だった。

それでもコハルは咳き込む真似をしながら、床に伏せた。
相手は必ず隙を狙ってこの部屋に飛び込んでくるはずだ。
その瞬間に剣で切り伏せる。コハルはその瞬間を待った。

だが相手はなかなか姿を現さない。なぜだ。このガスは何のためなのだ。
コハルは必死で考える。だがわからなかった。
ガスがもうすぐ晴れる―――コハルの心に一瞬のエアポケットが生じた。

ガスが晴れようとしたその時、自動小銃の射撃音が部屋にこだました。
コハルが真っ赤な剣を取り出して斬りかかったその先には―――
片手に火炎瓶を持ったタカハシの姿があった。
968 :【寛解】 :2009/11/26(木) 23:06
コハルが手にしていた炎の剣は、タカハシの持っていた火炎瓶を両断した。
火炎瓶は青龍を相手にしたときを想定した武器の一つだった。
銃や砲弾のような物理的な攻撃ではなく、ガスや炎などを使った攻撃が有効。
それがビデオを解析したLLの判断だった。

紅蓮の炎がコハルを包む。タカハシはその脇を通り抜けた。
火炎瓶の炎は通常以上の速さでコハルの体に巻きついていった。
炎はコハルにとっては脅威ではない。それどころか食事のようなものだ。
炎を飲み込むことによって、コハルは朱雀を召喚することができる。

だがこのときはそれが災いした。
コハルの体と激しく相互作用を起こした炎は、強くコハルの体に巻きついた。
それでもミチシゲによって封印を施された体は炎を飲み込むことができない。
ただ強く勢いを増しながら、コハルの力を無駄にパワーアップさせるだけだった。
炎はなかなか消えない。コハルの視界が炎によって遮られた。

タカハシの自動小銃がカオリを守るECO moniの面々をなぎ倒していく。
カオリを守るECO moniのメンバー達は銃を構える前に撃ち殺されていく。
タカハシは立ちはだかる人間を皆殺しにしていった。

死ねや。死ねや。お前らみんな死ねや。
969 :【寛解】 :2009/11/26(木) 23:07
タカハシはトリガーにかける指に力を込めた。
フルオートに設定されている小銃からは無尽蔵の弾丸が放たれる。
血が飛び、肉が裂け、人間がただのパーツとなって散らばっていく。
自動小銃の威力は凄まじかった。
タカハシの目の前では、人間が次々とミンチと化していった。

死ね死ね死ね。あたしの意志で死ね。あたしが死ねと言ったら死ね。

全ての鬱憤を吹き飛ばすかのようにタカハシは銃を撃った。
自分を縛り付けている全ての鎖ごと吹き飛ばしたかった。
アヤに半殺しにされたこと。ナッチに小馬鹿にされたこと。マキに無視されたこと。
全て受け入れがたかった。許しがたかった。
目の前でミンチになっていく人間の顔が、アヤやナッチやマキに見えた。

あははははははは! あははははは!

タカハシは笑いながらECO moniのメンバーを皆殺しにしていく。
こんなに簡単なことなのだ。人を殺すのはこんなに簡単なことなのだ。
難しく考えることはない。あたしが一番だ。あたしは無敵だ。誰にも傅かない。
あたしは特別な人間なんだ。GAM? ウイルス? キャリア? 青龍?
関係ない。この世界はあたしのものだ。あたしはあたしのためにだけ―――

タカハシは最後に一人残ったカオリの眉間に向けて銃口を向ける。
だが次の瞬間、銃弾に払われてハチの巣になっていたのは―――

タカハシだった。
970 :【寛解】 :2009/11/26(木) 23:07
コンノが部屋に入った瞬間、部屋の中がばっと急激に明るくなった。
それが火炎瓶の炎によるものだと気付いたのは、
部屋の中にいる女が、鬼のように自動小銃を撃ちだしてからだった。

炎に包まれているのはコハルだった。
コハルはたたらを踏んで壁にぶつかる。
いつもは炎と気まぐれに戯れているコハルが、
なぜか今は、燃え盛る炎を御しきれていないようだった。

自動小銃の射撃によってECO moniのメンバーが一掃されていく。
銃を持つコンノの手が震えた。
コンノには実戦経験はほとんどない。
戦うどころか、雷のような銃声を聞いただけで、足がすくんでしまう。
だが銃を撃つ女の横顔を見て、コンノの意識は劇的に覚醒した。

タ カ ハ シ  ア イ

見間違うはずはなかった。うざい女。面倒臭い女。ややこしい女。格好つけの女。
そしてマコを―――コンノのたった一人の友人を殺した女。
コンノは肩に下げていたマシンガンを持ち上げた。
ずしりと重かった。だがこんなものは一人の命とは比べ物にならないくらいに軽い。
ろくに狙いもつけないまま、コンノはマシンガンをぶっ放した。

時間が止まった。凄まじい銃声がコンノの世界から全ての音と色を奪い取った。
夢を見ているようだった。全てが終わるまで、十秒とかからなかった。
タカハシアイだった生き物は、まるでブロック崩しのように、
一秒ごとに小刻みに弾けていった。
971 :【寛解】 :2009/11/26(木) 23:07
まるで夢を見ているようだった。

ニイガキがタカハシのサポートにたどり着いたとき、
まさにその時、タカハシがイイダに銃口を向けたときだった。
部屋の中には十人以上の死体が転がっている。
どうやら首尾よくいったらしい―――と思った瞬間だった。

ニイガキの見ている前でタカハシが消えていった。
タカハシアイだった生き物は、まるでブロック崩しのように、
一秒ごとに小刻みに弾けていった。

嵐のように吹きぬけていった銃弾が、タカハシの体をさらっていく。
強力なマシンガンの銃弾は、原形をとどめないところまで、
タカハシの体を吹き飛ばしていった。

「うあああああああああああ」

叫んでいたのはマシンガンを撃っていた女だった。
頬が下膨れの、やけに頭のでかい女だった。
女はタカハシがミンチになった後も、取り憑かれたようにマシンガンを撃ち続けていた。
弾が切れた後も、唾を垂らしながら、狂ったようにマシンガンを振り回している。
それを見ながらニイガキは「狂いたいのはこっちだよ」と妙に冷静に思った。
972 :【寛解】 :2009/11/26(木) 23:07
実際にニイガキは冷静だったのかもしれない。
そして狂っていたのかもしれない。どっちにしても同じことだった。
ニイガキは叫んでいる女に銃を向けたが、
その間を、火だるまになっている人間が悠然と歩いていった。

火だるまになりながらもその人間は生きていた。
すたすたと歩いて、燃え盛る炎もそのままに、コンノを落ち着かせた。
「コンノさん、しっかりして。大丈夫です。もう終わりましたから」
炎に触れているコンノは、熱そうなそぶりも見せない。なんだこれは。なんなのだ。

なんだ。やっぱり狂ってるんじゃんか。
タカハシを殺したあの女も。火だるまになっているあの女も。
それを冷静に見つめているあたしも―――みんな狂ってる。世界は全て狂ってる。
狂ったまま生きて、狂ったまま死んでいくんだ。タカハシみたいに。みんな狂ってる。
みんなみんなんなんななななんななん狂ってる狂ってる狂ってる狂ってるよよよよよよよよ

だがニイガキに流れるナッチの血が、狂気に逃避することを許さなかった。
タカハシの死と作戦の失敗という、二つの現実を直視することをニイガキの精神に強いた。
ナッチにこの状況を報告することを強いた。
血が―――脳髄を逆流する。

ニイガキはタカハシの死にざまを脳裏に焼き付けたまま、
夢遊病者のようにふらふらと神社の外へ出ていった。
973 :名無飼育さん :2009/11/26(木) 23:07
974 :名無飼育さん :2009/11/26(木) 23:07
975 :名無飼育さん :2009/11/26(木) 23:07
976 :【寛解】 :2009/11/28(土) 23:09
なんとか森の火を消し止めたミツイがふらふらと庭の方に出てきたまさにその時、
マキとJJとLLの戦いに終止符が打たれるところだった。

マキは無傷のように見えた。
その一方で、マキに襲いかかる二人の女はかなり深手を負っているように見えた。
一人の女は足をやられているらしい。
態勢を崩したところを、マキのナイフによって喉を切り裂かれた。
終わったな。
ミツイは一目見てそう思ったが、マキはまだ終わったとは思っていなかった。

LLが最後に捨て身の攻撃に出ることはわかっていた。
それと呼応するように、JJがナイフ目掛けて飛び込んでくることもわかっていた。
最後の最後まで、マキの感覚受容体の感度は衰えなかった。
戦いを見つめているミツイの体力の消費具合までもが、はっきりと知覚できていた。

マキは、極限まで広げていた受容体の感覚範囲を反転させ、極限まで絞り込む。
全てのエネルギーを銀のナイフに込めた。
神社の生気を吸い込んだナイフは、銀のオーラをまとって、
マキの背丈ほどの長さまで伸びたように見えた。

マキはほんの少し身を屈めて、そのナイフをぐるりと一周させた。
977 :【寛解】 :2009/11/28(土) 23:09
JJは自分の胸にあの銀のナイフを突き刺させて、マキの動きを封じるつもりだった。
人間は、心臓を刺されたからといって、即座に動きが止まるわけではない。
命を捨てたその一瞬に全てを賭けるつもりだったが―――その願いは叶わなかった。

JJが最後に見たのは、急激に伸びあがる銀のナイフの姿だった。
ナイフというよりも剣のようになったそれを、女は無造作に振り回した。
銀の剣が、JJの股ぐらからぐいっと浮き上がってくる。
JJが何かを思うより速く―――
剣は、JJの股ぐらから入り、背骨を縦に二つに裂いて、頭頂部までを一刀両断にした。
JJの体がゆっくりと左右に分かれて倒れる。

JJの頭頂部を通過した剣は、そのまま円軌道を描いて、LLの頭に着地する。
その刃が、JJの時とは真逆に、頭頂部から股ぐらまでを一刀両断にする。
LLが伸ばした最後の拳はマキの胸まで届かなかった。
LLの体もまた、JJと同じように左右に二つに分かれていく。
伸ばした拳は虚空をさまよったまま、庭の砂利の上にぽとりと落ちた。

二人の体が飛ばした血飛沫が、シャワーのようにマキの身に降り注ぐ。
だがマキの肌は、その血飛沫すら受け止めることを拒絶し、冷たく弾き飛ばした。
いつの間にか白銀のオーラが、ナイフだけではなくマキの全身を包んでいた。

マキは元の長さに戻ったナイフを腰に収める。
感覚受容体の感度を抑えると、体を包んでいた銀のオーラも消えた。
マキの表情はいつもと何ら変わらない。

二人の刺客を切り倒したマキの呼吸は―――全く乱れていなかった。
978 :【寛解】 :2009/11/28(土) 23:10
「ゴトウさん・・・・・・終わりましたか?」
「うん」
「こいつらは?」
「GAMにいた殺し屋だね。名前はJJとLLだったと思う」

ミツイもその名前はアヤ達から聞いていた。
アヤ達が例の施設に向かっていた間にGAMを裏切った連中だ。
やはり襲撃をかけてきたのはその連中だったらしい。

「ある意味ではミッツィーやコハルよりも怖い連中かもね」
二人のことを説明するアヤの言葉は、まんざら冗談でもなかったようだ。
マキと戦う二人の姿はミツイもしっかりと見ていた。
あの身のこなし。あの戦いっぷり。まさに殺しを生業とする人間の動きだった。
ミツイは守護獣なしでこの二人に勝つ自信はなかった。コハルにだって難しいだろう。

そんな二人を相手にして、息を乱すこともなく片付けてみせたマキの戦いぶりに、
ミツイは危険な匂いを感じずにはいられなかった。
やはりマキはただのキャリアではない。間違いなく適格者の一人だ。
最後に見せた白銀のオーラは、単なるウイルスの力ではない。
それらを遥かに超えた、真のモーニング娘。の力の一端を垣間見せたような気がした。

今ここで殺すべきではないか?

ミツイの心にはそんな疑問が渦巻いていた。
このままゴトウマキという女を放置するということは―――
結局、カメイがやろうとしていることと同じではないのだろうか?
979 :【寛解】 :2009/11/28(土) 23:10
「で、あんた何しに来たの? カオリは?」
ヘルプに来た、という言葉をミツイは飲み込んだ。
この人にヘルプなど必要ない。きっと誰の力も頼りにすることはないのだろう。

「イイダさんやったらコハルがガードしてますんで・・・・・」
「あっそう」

マキはただ能面のような表情をしてぼんやりと空を見上げていた。
さわさわと風が流れて庭の草木を揺する。血の匂いがつんと鼻を突いた。
それでもマキは、自分が斬り捨てた死体には見向きもしない。
ミツイにはマキの考えていることがわからなかった。
注意深く周囲の様子を探っているようには、とても見えなかった。

「タカハシとニイガキが神社の中に侵入してるようだけど?」
「え!」
「ガスだ。タカハシが催涙ガスを使ったみたいだね・・・・・」
「ガ・・・・ガスが!?」

ミツイも四家の一員として血のにじむような訓練を受けてきた。
そんじょそこらの軍人や特殊工作員などには見劣りしないつもりだ。
だがマキの能力は、そういったミツイの自信を軽々と乗り越えてみせた。
どうやらマキは、庭に居ながらにして、建物の中の様子が手に取るように見えるようだ。
これが適格者の持つ真の力というものなのだろうか―――
980 :【寛解】 :2009/11/28(土) 23:10
ミツイはじっとマキの次の言葉を待った。
だがマキはそれ以上ミツイとコミュニケーションすることなく、神社に足を向ける。
腰にぶらさげていた銀のナイフがゆらりと揺れた。音もなくマキが動き出す。

走っているようには見えないのに、マキの動きは驚くほど俊敏だった。
ミツイは全力疾走してかろうじてマキの後に続くことができた。
こんなことは、地獄のように厳しかったECO moniでの訓練でもなかったことだ。
ミツイは、マキが自分の能力をどのように使っているのか、全く想像できなかった。
マキの後姿には力みのようなものが全く感じられない。
まるで呼吸をするようにごく自然に、能力を駆使しているように見受けられた。

ミツイはそんなマキの後姿を見つめながら思った。
今の自分はきっとあの人に勝つことはできない。
もし戦ったならば、おそらく真っ向から斬り伏せられる。

だがいつか必ず―――自分はあの銀のナイフとゴトウのことを超えてみせる。
生まれるはずのなかった、時代に選ばれなかった、この不遇の適格者を葬ってみせる。
守護獣がいるとかいないとかは関係ない。
守護獣をも含めた、自分の全存在を賭けてこの女を討ち倒す。
それこそがECO moniの一員としての、四家の末裔としての、自分の『覚悟』だ。

意味もなく血をたぎらせているミツイの耳に―――自動小銃の掃射音が聞こえた。
981 :【寛解】 :2009/11/28(土) 23:10
982 :【寛解】 :2009/11/28(土) 23:10
マキが部屋に足を踏み入れた時、既にそこにはタカハシの姿もニイガキの姿もなかった。
タカハシの体は、コンノのマシンガンが放った銃弾によって、細切れになっていた。
床に転がっているいくつかの肉片から、生前のタカハシを思い出すことは難しかった。
だがそんなことはマキにとってはどうでもいいことだった。
タカハシは、マキの心に何も残さなかった。

だがコンノの心には大きな傷が残ったようだ。
タカハシが死んでもなお、コンノは部屋の中で髪を振り乱して号泣していた。
それを必死で抑えているのはコハルらしい。
マキと共に駆け付けたミツイも、コハルと一緒になってコンノを宥める。

部屋の中にいるのは、マキとカオリを含めた五人だけだった。
他のECO moniのメンバーはことごとく撃ち殺されたらしい。
カオリの前には、十を超える死体が転がっていた。
死体は皆、カオリを守るようにして、前のめりに倒れていた。
カオリは、自分を守りながら死んでいった屍の山を前にして茫然としている。
マキはカオリに駆け寄り、怪我がないか確認する。
軽いショック症状が出ているようだが、その体は奇跡的に無傷だった。

ニイガキの気配は既に神社の中にはなかった。
マキがここに来る前に撤収してしまったようだ。

四人の襲撃者のうち三人を殺し、一人を逃してしまった。
それがこのECO moniという組織にとって成功だったのか失敗だったのか―――
マキにはよくわからなかった。
983 :【寛解】 :2009/11/28(土) 23:10
とにかく、カオリは無傷だった。一滴の血も流れていなかった。
ということは、ニイガキはカオリの血を持ち帰ることはできなかったということだ。

ニイガキの背後にカメイがいることは確実だ。
カメイでなければ、この神社の結界を破ることはできないという話だった。
タカハシ・ニイガキ・JJ・LL。この四人が一つのグループになり、
カメイの命を受けて、GAMのカオリの血を狙っていたのだろう。

問題はニイガキがどこでカメイと結びついたかということだ。
もしかしたらタカハシとニイガキは、マキよりも早く、
テラダ達の組織を探り当ててしまったのかもしれない。
タカハシはともかく、ニイガキはこの件に巻き込むつもりはなかったのだが―――
もはやこうなった以上、ニイガキのことも生かしておくわけにはいかない。

マキの中で、殺すべき人間がまた一人増えた。
だがマキの心の中には、何の感慨もなかった。
マキは誰にも干渉しない。誰にも介入しない。ただ邪魔なものを排除するだけだ。

邪魔なものを全て取り除いた後、そこには何が残るのだろうか。
案外、自分以外の何も残らないのかもしれない。だがマキはそれでもよかった。
生きる目的、生きていく上での目標。そんなものは一つも必要なかった。
マキはただ、周りからの干渉を受けずに、一人で生きていくことを望んでいた。
そのためにも、自分に干渉しようとする全てのものを排除する。
ウイルス。キャリア。GAM。老人。そして施設の記憶―――

全て自分の中から排除する。マキの意志は強固だった。
984 :【寛解】 :2009/11/28(土) 23:10
コンノは少しずつ冷静さを取り戻していった。
人を殺したのはこれが初めてではない。これまでにも何人も殺してきた。
殺されたメンバーの仇を討ったのも、初めてではない。
だがコンノにとって、マコの存在は他の誰とも比べることができないほど大きかった。

ただ一人、この関東が壊滅する前からの親友だった。
コンノにとってマコは、壊滅前の関東の記憶をつなぐ、唯一の線だった。
幸せな生活をしていたころの、あの頃の記憶と。

そして無法地帯で生き抜いていくのも、常にマコと一緒だった。
いつも一緒だったし、空気のように、そこにいるのが当たり前だと思っていた。
コンノにとってマコを奪われるということは、人生の糸を切られることに等しかった。

それでもコンノはGAMの幹部という立場上、平静を装い、組織のために動いてきた。
それが理屈として正しいと思ったから。コンノは理性で感情を抑え込んだ。
その抑えが今、外れた。タカハシを撃ち殺すことによって外れた。
コンノの心は、その時初めて解き放たれて、自由になった。
マコの記憶からも、タカハシへの恨みからも解き放たれたのだった。

自由という空間は何もなかった。友人も敵も、何もなかった。
突然、心の中に現れた広大な空間を前にして、コンノは戸惑い、恐れおののいた。
空白を埋めてくれたのは、コハルの言葉であり、ミツイの言葉だった。
二人の介抱がなかったらコンノは本当に発狂していたかもしれない。

コンノはようやく、指にからみついていたマシンガンを手放した。
985 :【寛解】 :2009/11/28(土) 23:11
986 :【寛解】 :2009/11/28(土) 23:11
どこをどう通って帰ってきたのか、ニイガキには記憶になかった。
歩いて帰れる距離ではなかったが、車を運転した覚えも全くなかった。
だがニイガキは、気がつけばナッチの下へと帰還していた。
まるで動脈から送られた血液が、体を巡った後に、静脈から心臓へと戻ってくるように。

ナッチは一人で戻ってきたニイガキを見てにっこりとほほ笑んだ。
何も訊かなかったし、何も責めなかった。
ただしっかりとニイガキを抱きしめて、髪をゆっくりと撫でた。

次の瞬間、ニイガキは髪を全て引き抜かれるかもしれないと思った。
あるいは指を突っ込まれ、眼球をえぐり出されるかもしれないと思った。
ナッチがやりそうなことが次から次へと浮かんできたが、
それと同時に、ナッチは自分の予想を裏切るようなことをするだろうとも思っていた。

自分の予想が外れるだろうというニイガキの予想は当たった。

ナッチはニイガキの顎を引き寄せ、力強く口付けた。
キスされるのは初めてのことではなかったが、ナッチの口付けはいつになく激しかった。
ニイガキは文字通り唇を奪われた。ニイガキの唇がナッチの口に含まれる。
ナッチはニイガキの厚い唇を一通り蹂躙すると、次は舌を捕らえた。
二つの舌が、太極図の陰と陽のように絡まり合う。

ナッチは、スイカでもかじるように、ニイガキの舌をざっくりと噛んだ。
ニイガキは喉を反らして痛みに耐える。
流れ出た血が激しい勢いでナッチの口腔に流れ込んでいった。
987 :【寛解】 :2009/11/28(土) 23:11
ナッチはニイガキの血を吸いこむ。
吸い込みながら、新たな血をニイガキの血管に送り込む。
ナッチの血はニイガキの血管を通り、脳髄にまで達する。
ニイガキの脳に蓄積されていた情報が、血液細胞を通じてナッチに送られる。
ニイガキの記憶がナッチの脳へと流れ込んでいく。

ナッチの脳裏にはニイガキが見た情景が映し出される。
神社の青い森。放たれる真っ赤な炎。タカハシがまき散らした白いガス。
タカハシの前に立ちふさがった、一人の少女。飛び散る火炎瓶の欠片。
そしてタカハシの一掃射撃が始まり、唐突に終わる。

ニイガキの記憶に映ったタカハシが、粉々に砕けていく。
ニイガキの脳細胞は、悲鳴を上げることなく、ただじっと麻痺していた。
その目に一人の少女の姿が映る。
タカハシを撃ち殺した女。下膨れの、頭のでかい女。
その女は狂ったように泣き騒ぎながらマシンガンをぶっ放していた。

ニイガキの心には、その女に対する殺意は湧いていなかった。
ただ惰性で、ニイガキは銃をその女に向け、狙撃が不可能とみるや、
何も考えることなく、その場を離れてナッチの下へと戻ることを選んだ。
988 :【寛解】 :2009/11/28(土) 23:11
長い口付けが終わった。
ナッチに噛みつかれた傷は綺麗に治っていた。
ニイガキは荒々しく息を吸い込んだ。胸が焼けるように痛む。
口付けをしているときは、呼吸をすることも忘れていた。

「あの女を殺してやろうとは思わなかったの?」

ナッチが言っているのが、あの下膨れの女だということはすぐにわかった。
確かにあの時、火だるまになった人間に邪魔されたのだが、
撃とうと思えば、二人まとめて撃ち殺すことができただろう。
だがあの女に対しては、不思議なくらい殺意というものが湧かなかった。

「ガキさんはタカハシを超えたいんじゃなかったの?」

超えたいと思っていた。タカハシより強くなりたいと思っていた。
そのタカハシはもういない。永遠にニイガキの前に姿を現すことはない。
悲しいような気もするが、ちっとも悲しくないような気もする。
自分はまだ心が麻痺しているのだろうか?

「いいよいいよ。ガキさんはそのままでいいから。そのままのガキさんがいいな」

ナッチの言っている意味はよくわからなかった。
ずっとナッチのおもちゃでいろということなのだろうか。
それも―――楽でいいのかもしれない。
989 :【寛解】 :2009/11/28(土) 23:11
ニイガキはナッチに促されて、その夜のうちに辞表を書いた。
今更なにをという思いも浮かんだが、これも一つのけじめなのかもしれない。
辞表は書いてすぐに郵便で麻薬取締本部に送った。
これでもうニイガキとタカハシを結びつけるものは何もない。
加えて言うなら、マキとのつながりも消えた。

自分はこれからどうすればいいのだろうか?
どこに向かえばいいのだろうか?
それは麻取だった頃も、常に自問自答してきたことだったが、
今のニイガキはそれを考えることが非常に億劫に思えた。

タカハシという一つの座標軸を見失って、ニイガキは彷徨していた。
ナッチはニイガキを導く新たな道標となってくれるのだろうか?
それはわからない。だが今のニイガキにはもうナッチしか残っていなかった。
そして勿論ナッチも―――そのことを十二分に理解していた。

ナッチは我が子をあやすように、優しくニイガキの頭を撫でる。
ナッチの中で、ニイガキという一人の人間が、
有象無象のガラクタから、お気に入りのおもちゃに昇格した瞬間だった。

「ガキさんの心は傷ついたんだね。大丈夫。ナッチが治してあげるから」

自分の意志で動くことを忘れてしまったニイガキの体を、
ナッチは壊れたおもちゃをいじる少年のように、乱暴に揉みしだいた。
990 :【寛解】 :2009/11/28(土) 23:11
991 :【寛解】 :2009/11/28(土) 23:11
どうやらカメイとテラダが見せた動きは、一つの陽動作戦だったようだ。
その姿を必死に追ったミチシゲだったが、最後まで手掛かりをつかむことはできなかった。
これはダメだということが分かった時点で、神社に連絡を入れる。
そこでミチシゲは神社が襲撃を受けたことを知った。

カオリは無事だったらしいが、警護に当たったメンバーはほぼ全滅したらしい。
ECO moniの人員を分断するというカメイの作戦にまんまとはまってしまったようだ。
ミチシゲは歯噛みしながら神社へと戻った。

神社の森からはところどころから焦げ臭いにおいが漂ってくる。
この神聖な森に火を放たれるということも前代未聞だった。
敵はやはりお祓いを受けて結界を破ってきたようだ。
この神社の存在を知るのはカメイエリくらいしかいない。
もはや向こう側は完全にこちらの動きを把握していると考えていいだろう。

本拠地を移すべきか。ここに留まるべきか。ミチシゲはあまり迷わなかった。
元々、カメイをおびき出すためにここに本拠地を据えたのだ。
襲撃されることは前々から計算に入っている。
今更ここを動くつもりはなかった。
992 :【寛解】 :2009/11/28(土) 23:12
「なるほど。それで四人のうち三人は返り討ちにしたということですね」

ミチシゲは、コハルとミツイの報告を受けて少し落ち着いた。
襲撃を誘っておきながらカオリを奪われては目も当てられない。
だがどうやらコハルとミツイはカオリを守り切ったようだ。
血の一滴も流させなかったという報告だった。
本拠地をここから動かさないというミチシゲの決意はさらに固くなった。

「はい。JJとLLとかいうGAMの殺し屋二人はゴトウさんが斬り伏せました。
 死体はまだ庭に転がってます。ミチシゲさんに確認してもらったら、
 コハルに言って庭で焼かせるつもりです。もう一人のタカハシとかいう麻取は
 コンノさんが射殺しました。重火器で一掃したので死体は残ってません。
 その・・・・・肉片のようなものはまだ部屋に転がっていますが。
 その部屋にはうちのメンバーの死体も残ってます。犠牲は十二人でした」

ミチシゲは片手で額を抑えた。こちらの犠牲者が思っていたよりも多い。
相手の力をやや見くびっていたか。逃走した残りの一人の行方も気になる。

「それで? 逃げたっていうもう一人の麻取は?」
「それは・・・誰も姿を見てません。ゴトウさんが気配でそれだとわかったとか」

ミツイはそう言ってマキの方に視線を向けた。
マキは壁にもたれかかったまま、退屈そうに二人の話を聞いていた。
993 :【寛解】 :2009/11/28(土) 23:12
「どうですか、ゴトウさん?」
「なにが?」
「ニイガキとかいう麻取のことです。何か気付いたことはありましたか?」
「別に・・・・・・」
「そのニイガキとかいうのはキャリアじゃないんですよね?」
「そう。ごく普通の人間」
「それなのにまんまと逃げられた・・・・・・・」
「最初から戦う気があまりないようにも見えたけどね」
「戦う気がない? どういうことですか?」
「さあ。気配でそう感じただけだから。それ以上はなんとも」

普通の人間に十二人も殺られたのか。情けない。
人員はなんとか補充することができるだろう。
だが元からいたメンバーよりも質が落ちることは否めない。
エリはここまで見透かしてこの計画を立てたのだろうか。
昔はそんな回りくどい作戦を立てる子ではなかったのだが―――

「そのニイガキの足取りがつかめればエリの行方もわかるのですが」
「そう? それじゃ一旦、麻取本部に戻ろうか?」
「そうしてもらえますか? ゴトウさんにはぜひそのニイガキという――――」
「ちょっと待ってください」

コンノがミチシゲにストップをかけた。
どうやらもうすっかりといつもの沈着冷静なコンノに戻っているようだ。
994 :【寛解】 :2009/11/28(土) 23:12
「タカハシとニイガキの動きはずっとアヤさんとミキさんが追っていました。
 それでもその二人は姿を現さなかったんです。麻取本部にいるとは思えない。
 ここはアヤさんとミキさんの報告を待ってから動くべきだと思うんです」

アヤとミキか―――
そういえばその二人はなかなかこの神社に姿を現さない。
マキは、コンノが密かにこの二人と連絡を取っているのだと思っていた。
自分がここにいる限り、二人はここに戻ってくることはないのだろう。
ずっとそう思っていた。

向こうが来ないというのなら、ここにいても仕方がない。
ゼロのことを放ったらかしにしていることも気になる。
やはり一度は本部に戻るべきなのかもしれない。
マキと同じようなことをミチシゲも考えたのだろう。コンノに尋ねた。

「それで、そのアヤさんとミキさんはいつ帰ってくるのですか?」
「タカハシ達の襲撃を受けたことは連絡しました。すぐ戻ってくるはずです」
995 :【寛解】 :2009/11/28(土) 23:12
マキは時計を見る。襲撃を受けてから、既に二時間ほどが経過していた。
戻る気があるのなら、もう戻ってきても良い時間だ。

マキは感覚受容器の感度をグッと上げた。
神社の周囲数百メートルをスキャンする。だが周囲に人の気配はなかった。
どうやらアヤとミキは当分の間、ここには帰ってこない腹積もりのようだ。
マキはミチシゲに、麻取本部に一旦戻ることを告げて、立ち上がった。

襖に手をかけて、さっと引く。その直前まで、全く人の気配はなかった。
マキの感覚受容体は何の情報も察知しなかった。
だがその襖の向こう側には―――真っ白なスーツを着た女が立っていた。

「やあ、マキちゃん、久しぶり。ゼロ君は一緒じゃないのかな?」

見覚えのあるその純白の少女は、マキの姿を見て百合のようなほほ笑みを浮かべた。

「今日は『もう帰って眠りたい気分でさ』なーんて言わないよね?」
996 :名無飼育さん :2009/11/28(土) 23:12
第八章  寛解  了
997 :名無飼育さん :2009/11/28(土) 23:14
★ 
998 :名無飼育さん :2009/11/28(土) 23:14
999 :名無飼育さん :2009/11/28(土) 23:14
1000 :誉ヲタ ◆buK1GCRkrc :2009/11/28(土) 23:14
サディ・ストナッチ・ザ・ブラック
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1001 :Max :Over Max Thread
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