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JUNK!(B℃)

1 :esk :2009/04/13(月) 22:30

・どうでもいい小ネタ集
・ベリキュー中心

言い訳は、計算が合えば >>18 合わなければその前後
 
601 :お帰りなさい :2010/09/19(日) 22:49

「お帰りなさい、茉麻」


うちにやってきた舞美はあたしの部屋にぺたりと座ると、改めてそう言ってにこりと笑った。
そのまっすぐな笑顔に照れたあたしは、小さくうん、とだけうなずいた。
でも口元が緩むことは隠せなかったみたいで、それを見た舞美がまた笑う。


ハワイから帰ってきたのは昨日のこと。
明日からはまたびっしりと仕事が詰まっている。
舞台が迫ってるんだから仕方のないことだけれど、それよりも舞美はライブが目前に控えている。
今日もこのあとはリハだから、それほど長い時間は一緒にすごせないらしい。
それでも会いにきてくれたんだから、頬がゆるむのも仕方ないだろう。


おみやげを渡したりお土産話をしたり。
あたしの言葉一つ一つに、舞美はにこにことうなずいて聞いてくれる。
舞美とすごすこういうゆったりした時間は本当に好きだった。
その中で海に行った話をしたら、舞美が急に体を乗り出して来た。

「やっぱり焼けたよね」
「あー、ホントだね」

ほら、と舞美が肩を並べて腕をくっつける。
身長は同じなのに、伸ばした指先は舞美の方が少し前に出た。
腕長いなあ、なんて思いながらその色を見比べる。
自分としてはそんなに焼けた気はしていなかったけど、
同じくらいだったはずの肌の色は、並べて見るとあきらかに違うものになっていた。

「まあすぐ戻っちゃうけどね」
「それが千奈美とは違うところだ」
「確かに」

千奈美が聞いたら声を高くして怒り出しそうなことを言って、顔を見合わせてぷっとふきだす。
日焼けしても赤くはなるけど、色が定着することはあまりないんだよね。
舞美だってそう。
屋外イベントやロケで夏はどうしても日に焼けるけれど、夏が終われば色は戻る。

「……」
「………」

ひとしきり笑ったあと。
見合わせた顔が思うよりも近くて、なんとなく二人して黙り込む。
くっついてる腕の温度とか肌の感触なんかを、いまさら意識してしまったりして。

体を離そうか。

しかしそう思うよりも早く舞美の腕が離れていく。
ついさっき自分が思ったことを棚に上げて、未練たらしくその行き先を眺めていると、
そのまま半身で包み込むように腰に腕を回されて、舞美があたしの肩にあごを乗せる。
後ろから抱きすくめられるみたいになって、舞美の体の熱がじんわりと伝わってくる。

「ちょっと、こら」
「んー。だって。久しぶりだし」

首筋に顔をうずめてくんくんと鼻を鳴らす舞美のおでこを押すけど、びくともしない。
あきれた声はわざと。
そうしないと上ずってしまいそうだから。
しかしそれをわかっているのかいないのか。

「……っ」

首筋に触れた唇に漏れそうになった声を押し込める。
髪を掻き分けるようにして首筋に唇を落とす舞美。
あたしは黙ったままでぎゅっと手を握り締めた。
実際のところは、触れ合うことだって久しぶりと言うほどではない。
お互いツアーがあると全国飛び回ったりするから距離的に離れることも多い。
だけどやっぱり外国っていうのは大きい。
もしかしてもしかしたらもう会えなくなるかもしれないなんて、そんなバカなことも少しくらいはやっぱり考える。
そして舞美だって同じように考えたんだと思う。
忙しい中時間を作って無理してうちまで会いに来てるのは結局そういうことなんだろうし。
あたしだって……。
 
602 :お帰りなさい :2010/09/19(日) 22:50

なんて。

いつもならこういうことをすぐに止めさせるあたしが黙ってるさせるままにしているから調子に乗ったのか、
舞美があたしのシャツの肩をずらす。
これ以上はさすがに止めないと。
そう思ったとき、舞美が小さく声を上げた。

「わ」
「なに?」
「結構くっきりだね」
「ああ。肩は――、痛っ」

肩には確かに水着のあとが残っていた。
自分でも確認していた。
そのラインを舌先でなぞられて、びりっとした痛みが走る。
思わず声を上げたあたしに、驚いた顔で舞美があたしの顔をうかがう。

「噛んでないよ?」

あー、そうだね。舞美ってたまに噛むよね。そういうとき。
あれ止めて欲しいんだけど、そうじゃなくて。
そういう類の痛みじゃなかった。

「なんか、びりってした」
「あー。日焼けかな。境目だし、一番焼けてるのかも。――」
「やめ……っ」
「んぅー?」

舞美の熱い舌が日焼けのあとをたどる。
そのたびに、やわらかく濡れた感触と、ひりひりとした痛みが交互に襲い掛かる。

「ねえ、やだって」

最初はびっくりしたからかなり痛く感じたけど、実際はそれほど痛いと言うほどでもなくて。
その甘い痛みに熱くなる声を抑えて低く言うけど、舞美は小さく喉を鳴らしただけだった。
あたしの言葉なんてなかったみたいに、つうっと舐めあげる仕草を繰り返す。

はぁ

吐き出した息の熱さに、自分の頬が熱くなる。
舞美は優しいから、あたしの嫌がることは絶対にしない。
……こういう時以外は。
スイッチが入ったときの舞美は結構強引なS気質だから。
どこかでスイッチを切らないとやばい。
そう思うのに、あたしはされるままにぎゅっと手を握り締めるしか出来なかった。

――このまま。

なんて考えが頭の隅をかすった瞬間。





高らかに鳴り響いたメロディにびくりと体がはねた。

「あっと。やばい。時間だ」

あたしの体を放り出してテーブルに載せられていた携帯を取る舞美。
長い指で携帯を操作している舞美の横顔にはさっきまでの熱なんてかけらもない。
舞美のいきなりのスイッチオフに、あたしの方がついていけなくてぼんやりとその姿を眺める。
っていうか、こういうときにアラーム設定するってどうなの。
情緒なさすぎじゃない?
舞美らしいっちゃらしいけどさ……。

はあ。

ずらされたシャツを戻しながら、思わずため息をつく。
あたしのその息も、すでに熱を持っていなかった。
 
603 :お帰りなさい :2010/09/19(日) 22:50

「茉麻?」

そのため息が聞こえたのか、くるりと振り返った舞美は不思議そうに首を傾けた。
あたしはその顔に苦笑いでふるふると首を振ってみせる。
こんなことをいちいち気にしていたら、この子と付き合うなんてできない。

 なんだろ?
 ……ま、いっか

そんな心の声が聞こえそうなくらいはっきりと表情が変わって、不思議そうだった顔が爽やかな笑顔になる。
すでに帰り仕度をして立ち上がろうとしている舞美に、あたしもよいしょと腰を上げる。

「舞台きっと見に行くから。大変だろうけどがんばってね」
「舞美も。コンサート怪我しないようにね」
「うん。ありがと」

にこっと笑って手を差し出された。
ぱん、と上から叩くと満足そうに唇が弧を描く。
強気な笑顔でぐっと親指を立てた。
それはあたしだけに向けられた笑顔じゃないけれど。


このどうしようもない恋人のその笑顔にくらりと来たことは、悔しいから絶対に教えてやらないでいようと思った。
 
604 :esk :2010/09/19(日) 22:54
『 お帰りなさい 』   終わり

エロくない矢島さん、一作限り
605 :名無飼育さん :2010/09/20(月) 00:07
うわー
矢島さんの表情が目に浮かびますわ
606 :名無飼育さん :2010/10/01(金) 13:37
エロくない?いやいやめっちゃ昂るんですが
607 :esk :2010/10/24(日) 23:23
読んでくださった方、ありがとうございます。

>>605さま
最近の矢島さんの強気顔が好きです

>>606さま
エロくないのはひとつ前の龍の話でしたw
矢島さんはどうしてもエロくなってしまうww


初かな? みやもも

『 わがまま 』
608 :わがまま :2010/10/24(日) 23:24

「ちょっと、みや!」
「んー」

唐突に自分の名前を呼びつけられたが、相手が相手だから雅は気にもかけない返事をして、読んでいた雑誌から目をあげることもしなかった。
しかし、頭のなかで反芻したその声が少しイラついてたような気がして、ページをひとつめくってからちらりと視線だけを桃子に向けた。
しかし目が合った桃子はむっと唇を引き結んだままだ。

「……なによ」

せっかく視線を向けてやったのに一言も発しない桃子に、雅は低い声を返す。

「なによじゃないでしょっ」
「いや、意味わかんないし。だからなに」
「こっち」
「は?」
「もっとこっち来てって言ってんの!」

甲高い桃子の声に、雅は視線だけだった意識を顔を上げてしっかりとそちらに向ける。
朝早くから一人ロケがあったらしい桃子はまだ青白い顔をしていた。
楽屋の座敷部分で壁に背を預けて座り込んでいる雅と、メイクスペースの椅子に腰掛けている桃子。
その距離は数メートルほどだが、近いとは言いがたい距離感。

「……なんで?」
「なんでって、恋人同士が同じ部屋にいて二人っきりなんだから離れてるほうがおかしいでしょっ」

余裕なくまくし立てる桃子の顔をじっと見つめてから、雅はゆっくりと視線をはずす。
ぐるりと部屋を見回すと確かに他のメンバーはいなくなっていて、部屋には桃子と雅の二人きりだった。

まあ、そんなこと。一人ずついなくなるたびに意識していたけれど。

「みやっ」

視線を離して部屋の中をぼんやりと眺めている雅に、桃子の鋭い声が届く。
珍しくカリカリしている桃子の視線を頬に感じながら、雅はぼんやりと考える。
最近何かと忙しい恋人を支えてやれるほどの包容力は自分にはない。
桃子が求めているものはなんなのか。
なんとなくはわかるけれど、それを無理やり実行するのは自分らしさを失うようで、それも桃子が求めている自分とは違うような気がしてためらう。

「み――」
「もも」
「……、なに」
「うちがそっちいかなくても、桃がこっちにくればいいんじゃん?」
「………」

黙った桃子に顔を向けると、きょとんとした目とかち合う。
その無防備な顔に、雅の口元が緩む。
恋人である自分にさえなかなか隙を見せない桃子の、そういった表情が雅は好きだった。

そんな雅の気持ちを察したのか察していないのか。
うきうきと擦り寄ってきた桃子は雅に寄り添うように腰を下ろすと、腕を絡めて肩に頭を乗せる。
そこまでしていいとは言ってない。
しかし見下ろした桃子の幸せそうな横顔に、雅は思わず口から出かけた言葉を飲み込んだ。

「誰か帰ってきたら離れてよ」
「もー。みやのケチ」
「ケチじゃなくて常識」
「あーあ。誰も帰ってこなかったらいいのにな」

桃子のわざとらしいくついたため息の、それでもにじみ出る疲れに、伸ばしそうになった腕を押さえて雅は雑誌に視線を落とした。


自分らしさと包容力の間で、雅の心は今日も少しだけゆれる。
 
609 :esk :2010/10/24(日) 23:25
『 わがまま 』   終わり

なんでこんな甘い話になったんでろうw
610 :名無飼育さん :2010/11/01(月) 11:48
見ていなくてもしっかり意識してるみやびちゃん><
甘甘だけどちょっと甘酸っぱいですね
611 :esk :2010/11/28(日) 22:41
読んでくださった方、ありがとうございます。

>>610さま
甘さにツンデレがプラスされたせいでしょうかw


ちりもつもれば

『 夏焼さんでGO! 』
612 :夏焼さんでGO! :2010/11/28(日) 22:42

◇◇◇ その1(ちなみや) ◇◇◇


「おっひる、ごっはん。おっひる、ごっはん」

日曜の午後。
ダイニングテーブルに一人座って騒ぐ千奈美に背中を向けて、雅はもくもくとキッチンに向かう。
昨夜遅くまで騒いでいた二人が目を覚ますと、夏焼家の人々は二人を残してそれぞれに出かけてしまっていた。

「ねー。みや、まだー」
「うるさい。っていうかそんなこと言うならちぃも手伝いなよ」

手は止めずに首だけで千奈美を振り返る。
そんな雅に千奈美はなぜか得意げに言い放った。

「だって無理だもん!」
「無理とか意味わかんないしー」
「無理無理。うちそういうのは向いてないからね」
「じゃあ何にむいてんのって話だよね」
「それはー、色々さー」
「色々って何さ」
「色々は色々じゃん」

悪びれもせずににかっと笑う千奈美に、雅はため息をついて再び背中を向ける。
上機嫌に鼻歌を歌う千奈美の声を背中に聞きながら、雅は調味料に手を伸ばした。


「はい。でーきた」
「わーい! って、めっちゃおいしそうじゃん!!」
「そう? ちぃお茶でいいよね」

テーブルに並べられた皿に、千奈美は目を丸くして声を上げた。
歓声に雅はそっけなく応えると、グラスに麦茶を注ぐ。
そのグラスが麦茶で満たされるよりも早く、千奈美のスプーンが口の中に運ばれた。
もぐもぐと動く口元に、雅はちらりと視線を送る。

「……おいしい」

ぼそりとつぶやいた声に、雅は少し目を細めながらグラスを千奈美の前に置く。

「えーっ、ナニコレっ。めっちゃおいしい!! みやすごーい!」
「別に普通だし」
「うっそ、全然普通じゃないよ。うちでこんなん食べたことないもんっ。お店みたーい!」
「もー、ちぃうるさい。だまって食べなよ」
「おいしくて黙ってられない!」

ばたばたと長い足を踏み鳴らすと、次々にスプーンを口に運ぶ千奈美。

自分の椅子をひく雅のほっとしたような顔とか。
ポケットに忍ばせたレシピメモとか。
この日のためにママに猛特訓してもらったこととか。
そういうのに千奈美はきっと気づかない。


それっていいことなのか悪いことなのか。
自分のスプーンを手に取りながら雅が小さく浮かべた苦笑いさえ。
千奈美はきっと、気づかない。

 
613 :夏焼さんでGO! :2010/11/28(日) 22:43

◇◇◇ その2(みやさき) ◇◇◇


かちゃ

「ただいまー。……ん?」

撮影を終えて楽屋に戻った雅の目に飛び込んできたのは、
お互い背中を向け合うようにして突っ伏して眠る、佐紀と友理奈。
その光景に、雅はまずは友理奈にゆっくりと近づいて、その寝息を確かめる。
それから佐紀に隣の椅子にそっと腰掛けた。
最近伸びてきた髪が佐紀の白い頬を覆っている。
寝顔が見たくなった雅は、柔らかそうな髪に指を差し込んでそっとかき上げる。

「ん……」
「あ、ごめん。起きちゃった?」
「……みや?」
「うん。おはよ」

小声で微笑むと、それに応えるようにふにゃりと垂れる佐紀の目がかわいくて、雅の心臓がどくんと鳴った。
その音が聞こえたかのように。
イタズラっぽく表情を変えた佐紀は視線だけで後ろで眠る友理奈を確認すると、ぐいっと雅に顔を近づけた。

「あ、え? 佐紀ちゃ……、ダメだって」

あと数センチ、という距離で佐紀の意図を察した雅は困ったようにあごを引いた。

「なんで?」
「だって、熊井ちゃん……」
「寝てるもん。大丈夫だよ」
「で、でもさー」
「いいじゃん。あたし起こしたみやが悪い」
「えー?」
「目が覚めてすぐ近くにみやの顔があるんだもん。我慢なんかできないでしょー」
「も、もー。じゃあ……いいけど」
「みや、かわいい」

ふふ、と口元に笑みを浮かべて佐紀の小さな手が頬に触れた。
どきどきとうるさい心臓を押さえるように胸に手を当てて。
雅はぎこちなく目を閉じた。

しかし。

「ん、んー?」

びくんっ
背後から聞こえてきた低い声に、雅の閉じられたまぶたが瞬時に開く。
二人が同時に振り返ると、その視線の先で、友理奈が上体をゆらりと起こした。
緩慢な動作で振り返った友理奈は、食い入るように自分を見つめる二人を認めると、眠たげな目を細めて笑う。

「ああ、みや戻ってたんだ」


(( 空気読めーーー!! ))


真っ赤な顔でこぶしを握り締める二人に、友理奈は不思議そうな顔でちょこんと首をかしげた。

 
614 :夏焼さんでGO! :2010/11/28(日) 22:43

◇◇◇ その3(みやもも) ◇◇◇


「またか」

いくつか残る衣装を手荒に漁って、桃子は深くため息をついた。
その中から自分以外の名前のついたひとつを手に取ると、きょろきょろとあたりを見回す。
確か、さっきあっちの方で声が聞こえたような気がする。
わさわさとした衣装を抱えて廊下をすり抜けると、その端っこでぼんやりしている雅を見つけた。

自分だってコンサート前は緊張する方だと思う。
でもだからといってこんな間違いをしょっちゅうしたりしない。

「みや」
「……っ、もも」

桃子の声に、雅がびくりと体をすくめる。
よっぽど驚いたのか、胸の辺りにこぶしを当ててぱちぱちと瞬きを繰り返す。

「どうしたの?」
「どうしたのじゃないよ。みやの着てるそれ、桃の衣装なんだけど」
「……へ?」
「へ、じゃなくて。桃の衣装!」
「あ、えー? そうなの?」

突きつけられた桃子の指先から目をそらして、
雅は少し困ったような顔で自分のまとう衣装のスカートを指でつまむ。

「そうなのって、……もういいよ。ほら、みやの持ってきてあげたからこっちに着替えて」
「あー、うん。わかった」

驚くとか焦るとか、あるべき反応を返さない雅に、桃子はため息をつく。
クールビューティに見えて全くそうでない雅はどこか抜けているところがあって、
間違えて衣装を着られるとか結構しょっちゅうで、もう慣れちゃったよ、と桃子は思う。
だからそれ以上言葉を重ねるようなことはしないで、抱えるようにして持っていた雅の衣装を突きつけた。


「……ってさ、みやってやっぱり天然だよねえ」

無事桃子の下に戻ってきた衣装は少しだけ雅の香りが残っていて、
自分の身を包むその香が桃子を上機嫌にさせた。
いつもより3割り増しに高い桃子の声を間近に聞かされて、茉麻は大きくため息をついた。
不思議そうな顔をする桃子を見下ろして、茉麻は言った。

「あんたら、一生平行線だよ」
「???」


意外と、桃子も鈍い。

 
615 :esk :2010/11/28(日) 22:45
『 夏焼さんでGO! 』   終わり

久しぶりに更新したら上げてしまった……。
616 :名無飼育さん :2010/11/29(月) 22:57
いいと思う。
617 :esk :2010/12/18(土) 01:07
読んでくださった方、ありがとうございます。

>>616さま
ありがとう。


清水夏焼矢島須藤。タイトルと中身あんまり関係ないかも。

『 須藤茉麻の楽しい扱い方 』
618 :須藤茉麻の楽しい扱い方 :2010/12/18(土) 01:10

部屋でおとなしく本を読んでいた茉麻の携帯が軽快な音を立てる。
それはある一人にだけ設定しているメロディで、茉麻はいそいそと携帯に手を伸ばした。

「……」

舞美から送られてきたメールは、踊るように楽しげな文章と、
イルミネーションを背に頬をくっつけるようにしている舞美と佐紀の写メ。
その満面の笑みに、茉麻は無言で携帯を閉じた。
しかしその携帯を放り出すよりも早く、また震え始める。
気乗りしないまま開くと、画面には再び舞美の名前が。
今度は着信だ。
メールを送ってすぐに電話とか意味わかんないし。
口の中で不満げにつぶやいてみたけれど、
呼び出し続ける着信を無視するわけにもいかず、茉麻は仕方なく携帯を耳に当てた。

「もしもし」
『あ、茉麻起きてた?』
「まだ10時じゃん」
『そっか。そーだね。ねね、メール見た? すごくない?』
「あっ、うん。綺麗だよね〜」
『ほんっと、もうねー、ドキドキするくらい綺麗だったよ!』
「へー。そうなんだ。いいなあ」
『あ、あとね、焼肉もおいしかったよ〜。佐紀ってばさ……』

上機嫌に続く舞美の話に相槌を打ちながらも、茉麻はいらいらする自分を抑えられずにこぶしを強く握った。
 
619 :須藤茉麻の楽しい扱い方 :2010/12/18(土) 01:11

◇◇◇

「……とかさ、そういうの普通もうちょっと考えない?」
「まあ舞美だしねえ」
「そうだけどさー」

仕事前に雅と二人街中を歩きながら茉麻は唇を尖らせる。
昨日の舞美の所業についてぶちぶちと愚痴る茉麻だったが、軽く流した雅はにやにやとその顔を覗き込んだ。

「なに?」
「茉麻もやっとそういうことで悩むようになったか〜と思って」
「い、いいじゃん」
「いいよ。いいと思う」

ふふ、と珍しく大人びた笑みを浮かべる雅から、茉麻はふいと目をそらした。
今まで恋愛ごとにはあまり興味がなかった茉麻。
舞美と付き合うようになってから初めて知る感情も多くあった。
いいことも、悪いことも。
そこで戸惑う茉麻をからかうのが最近の雅のブームらしい。

「みやは?」
「うん?」
「佐紀ちゃん。いいの?」
「えー? 別に。だいたい昨日はママ同士も一緒だったし」
「そうだけどさー」

なんだか悔しくなって、同じ不満を抱くはずの名前を出してみるが、
雅のあっさりとした返答に茉麻は不満げにうなる。
まあ普段からあきれるほどいちゃいちゃしている佐紀と雅を思えば、
あれくらいのことで不満を抱くこともないのかもしれないが。
それに佐紀なら舞美のようにうかつに浮かれた電話なんてしてこないだろうし。
みやはいいなあ、なんてため息をつく茉麻を隣に、雅はとある建物の前で立ち止まる。

「ここだよね」
「うわー。マジで見んの?」
「ここまで来て何言ってんの。さ。行くよ」

今日の目的地は小さな映画館。
茉麻が自分の主演した映画を恥ずかしくて見ていないと知ると、
雅は嬉々としてここまで引きずってきたのだ。
腰が秘めている茉麻の腕を取ると、雅はやけに張り切って建物へと入っていく。


「つーかさ、こないだの舞台挨拶の日見たんじゃないの?」
「打ち合わせとかでそんな時間なかったもん」
「そっかあ。あ、あの辺にしよ」
「もうちょっと後ろにしようよ」

薄暗い館内に入り、前寄り真ん中あたりの空席を雅が指差す。
焦る茉麻に構いもせず、ずんずんと進んでいく。

「だーめ。あ、前すいませー……、えっ!?」
「え?」
「あ、なっちゃん! え、なんでっ?」

女の子二人組みの前を通ろうとした雅が突然立ち止まる。
何事だろうと茉麻が雅の視線を追うと、目の前で勢い良く立ち上がったのは、
見慣れたキャプテン、佐紀だった。
茉麻が驚いて佐紀の隣に視線を落とすと、さらに驚くことに目を丸くした舞美が座っていた。
 
620 :須藤茉麻の楽しい扱い方 :2010/12/18(土) 01:11

「なんで――」
「すっごい偶然! なっちゃんこっちねっ」
「うん! ……あ、でもそしたら」

佐紀が自分の隣のシートを嬉しげにぽんぽんとたたく。
その幸せそうな笑みにつられて口元を緩めてそちらへ向かおうとした雅だったが、
ふと気づいて迷うように座ったままの舞美に視線を落とした。
並んで座っている佐紀と舞美。
舞美の方が通路側だから、その隣の佐紀のさらに隣に雅が座ると茉麻と舞美がはなれることになる。

「あっ、いい、いい、いい! みやそこ座って。あたし奥座るから!」

雅に釣られて視線を落とし、一瞬舞美と目があった茉麻が慌てて手をぶんぶんと振り回すと、
雅は最近見慣れたイタズラっぽい笑みを口元に浮かべた。

「佐紀、奥詰めてよ」
「うん。そうだね」
「いいよ! 佐紀ちゃんいいってば!」
「茉麻」

席を移動しようとする佐紀を慌てて押しとどめようとした茉麻の腕を、
黙って成り行きを眺めていた舞美が唐突につかむ。
舞美は驚いた目で自分を見下ろす茉麻の腕をぐいっと引き寄せると、小さな声で言った。

「声、大きいよ」

口元に手を当てた舞美の言葉に、茉麻が首をすくめる。
今この映画館内にいる多くの人は自分たちのことを知っているはずなのだ。
舞美の指摘に茉麻がびくびくしている隙に、佐紀は素早く席を二つあけた奥へと移動する。
平日の昼間のせいか、館内は同年代の女の子が多く、茉麻たちが普段見慣れている男性陣は意外に少ない。
そのため茉麻たちが騒いでいても気づかれていないようだが、ずっと立っているわけにもいかない。
茉麻は佐紀のいなくなったシートに仕方なく腰を下ろした。
そのまま落ちつかなげに白いスクリーンに視線を向ける茉麻の横顔を舞美はにこにこと見つめる。

「びっくりしたな」
「え? ああ。あたしも。だって舞美、昨日電話したときは映画来るなんか言ってなかったじゃん」

唐突に話しかけられ、思わず舞美を振り返った茉麻だったが、すぐにスクリーンへと視線を戻した。

「あー。佐紀がね」
「佐紀ちゃんが?」
「んー……。二日連続で遊ぶなんか言ったら茉麻にうらまれそうだからだまっといてって」
「佐紀ちゃ――」
「しーしーしーっ」

立ち上がろうとした茉麻の肩を舞美がぐっと抑える。
シートに戻された茉麻はふてくされたように唇をゆがめた。
昨日といい今日といい。
佐紀に恨みはないが、……ないのか? あるかも……。

「なんか恥ずかしいね」
「え? なにが?」

ぶつぶつとつぶやく茉麻に、舞美がにこにこと笑いかける。
とっさに振り向いた茉麻と目が会うと、今度は舞美が少し恥ずかしそうに目をそらした。

「だって、佐紀と見るのも恥ずかしいと思ってたのに、まさか茉麻と見るとは思ってなかったから」

少し困ったような顔で舞美はちらりとこちらを伺ったが、すぐにまた目をそらした。
そんな反応されても、恥ずかしいのはこっちなんだけど。
茉麻が大きくため息をつくと、上映開始のアナウンスが流れ始めた。
 
621 :須藤茉麻の楽しい扱い方 :2010/12/18(土) 01:15


「面白かったね」
「茉麻かっこよかった」
「いちごちゃんかわいい」
「いや、あの人アレで年上だから」
「マジ!?」
「あー。カレー食べたーい」
「能登さんすごかったね」

わいわいと映画館を出る四人。
上映中はあまりの恥ずかしさにシートに沈んでしまっていた茉麻だったが、
映画が終わったとたんに元気になってつっこみなんか入れている。

あたりは薄暗くなっていて、雅はポケットから携帯を取り出して時間を確認すると、
舞美を正面に向き直った。

「さてと。うちらこれから仕事なんだけど、舞美は?」
「あたしはないけど、仕事ってもう時間ないの?」
「んー。ちょっとお茶くらいならいけるかな?」
「あ、お茶って言うか。ちょっと茉麻借りていい?」
「へ?」

いきなりの名指しに茉麻は自分の顔を指差す。

「ああっ、オッケーオッケー。全然オッケーだよ。楽しくデートしてきて!」
「ギリ集合だったら1時間は余裕あるから!」

雅と佐紀は茉麻をぐいぐいと舞美のほうへ押しやった。
戸惑う茉麻の手を取って、舞美はにこりと笑いかける。
その笑みに、茉麻は言いかけた言葉を飲み込んで口を閉じた。
柔らかいけれど、どこか強引に人を従わせる笑み。
茉麻は舞美のその表情に弱かった。

にやにやと笑う雅と佐紀からはなれて、ようやく茉麻は口を開く。

「どこ行くの?」
「イルミネーション見に行きたいなと思って」
「昨日見てんじゃん」
「うん。でもまた茉麻と行きたくなった」
「……。寒いのに物好きだね」

寒い、と言う言葉に反応したのか、舞美が二人の距離を縮めて肩を寄せ合う。
困ったようにはなれる茉麻の手を引いて、強引に体をくっつけた。

「ねえ、茉麻もLOVEノートとかつけてる?」
「はあっ? ないないないっ」
「そうかなー。舞美は佐紀と遊びすぎ! ばかばかばか! みたいなこと書かれてそう」
「――。ない。ないからっ。あたしがそんなんしたらキモイでしょっ。
 ていうか別に佐紀ちゃんのことは気にしてないし!」

書いてはいない。
けれどそう思ったのは事実で、雅に愚痴ったのも事実で、茉麻は一瞬言葉を失う。
その反応を見逃さず、舞美はにこりと笑みを浮かべる。

「『貴方の前で私が何を口走ろうとも信じないでほしい。このノートに書かれていることだけが真実なのだから』?」
「違うってば!」
「ノート見なくても私にはわかるぞー」
「わかってない!」
「はいはい。そういうことにしてあげる」
「舞美っ」

声を荒げながらもしっかりと手を握り、寄り添う茉麻。
その茉麻に腕を絡め、舞美は踊るような足取りで夕暮れの道を進む。



(っていうか、わかってるなら佐紀ちゃんと遊んだことをあんな楽しそうに報告しないだろ!)

 
622 :esk :2010/12/18(土) 01:15
『 須藤茉麻の楽しい扱い方 』   終わり
623 :名無飼育さん :2010/12/21(火) 17:37
やじまあさは地味にイイ
624 :esk :2010/12/21(火) 22:45
読んでくださった方、ありがとうございます。

>>623さま
ホントに地味です


もっと地味に。みやまぁ

『 ラストシーンは君と一緒に 』
625 :ラストシーンは君と一緒に :2010/12/21(火) 22:46

仕事前に少し時間が空いて、映画を見に行こうって言い出したのはみや。
はりきってコーラとポップコーンも買って。
席についてからもこの映画ずっと見たかったんだ〜とか上機嫌で。
ニコニコと笑う横顔は本当に嬉しそうだった。

――なのに。
映画が始まって30分くらいで、みやはこくりこくりと首を傾けだした。

ここのところBuonoの仕事も入っていて忙しく、疲れているのは知っている。
でもあたしだって映画関連の仕事があって、けっこう疲れてたんだけどな。
インドア派のあたしとしては本当はゆっくりと本でも読んでいたかった。
でもみやの誘いだから出てきたのに……ってそれはどうでもいいけど、
強引に連れ出した方がいきなり寝ちゃうってどうなのよ。
二人で出かけるなんかめったにないから楽しみに……ってそういうわけでもないけど、
これじゃ一人で見に来てるのと一緒だし。意味ないじゃん。
それとなく腕とかつついてみたけど、起きやしない。

まあ、いっか。
ツアーもラストスパートの大事な時期だし、寝かしといてやるべきかな。
傾きかけたポップコーンだけ取り上げてもう起こそうとせずにほおって置こうとしたのだけれど、
ちらちらと見ていると、だんだんみやの頭が隣の人の方に傾いている。
これは……、やっぱり起こしたほうがいいかも。
何度目かに確認したあたしの視線がみやの隣の男の人の横目を捕らえた。
……口元が緩んでいる。

「みや」

あたしはとっさに小さな声でみやの名前を呼んで、その細い肩を強めに揺さぶった。
一瞬の間があって、ふっと顔をしかめたみやがゆっくりとまぶたを開いた。
そのとろりとした瞳と目が合って、あたしの心臓はいきなりどきんと大きく鳴った。
その音に焦ったあたしは、ごまかすみたいに少し乱暴にみやの小さな頭を自分の方に引き寄せる。
びくりと一瞬体をかたくしたみやだったけれど、
いくつか呼吸をする間にあたしの肩にしっかりと頭を預けてきた。
ほっとしてあたしは視線をスクリーンに戻したけれど。

ふわりと香るみやの香りに鼻をくすぐられて、なぜか、そのあとの映画の内容はあまり覚えていない。

 
626 :ラストシーンは君と一緒に :2010/12/21(火) 22:47

◇◇◇

エンドロールが流れ始めて、気の早い人なんかはもう帰り支度を始めている。
結局みやはあれから最後まであたしの肩にもたれたままだった。
そろそろ起こさないといけないな。
そう思いつつもなんとなくきっかけがつかめなくてぼんやりしていると、
肩の上でぴくりとみやがタイミングよく身じろぎした。

「んっんー」
「ああ、起きた?」
「あれ、うち寝てたの?」
「寝てた寝てた。半分以上寝てたんじゃないの」
「うっそ。損した〜」

立ち上がって伸びをするみやを見上げるようになって、笑ってやると、
みやは照れたみたいな顔であたしに向かって手を差し伸べてきた。
その手を取って立ち上がる。
立ち上がった顔の距離が近くって、それってさっきと同じくらいなのになんかさっきよりもどきどきして、
あたしはすぐに荷物を手に通路へと足を向けた。


「どうだった? 面白かった?」
「え、あー。それなりかな」
「なにそれ。茉麻は起きてたんでしょ?」
「ん。まあね」

劇場を出てたずねてくるみやのしかめっつらから逃げるように目をそらせる。
みやの匂いにどきどきして集中できなかった。
ってわけじゃないけど。
たぶんない。
だからあたしが集中できなかったのは映画の内容が悪かったから。

「ラストがイマイチだったかな」
「ああ。そうだよね。なんか急に終わっちゃった感じだったね」
「でしょーっ。もうちょっと余韻がほしかったって言うか、――?」
「あー。ぐっすり寝たらおなか減っちゃった。ちょっと軽く食べてこうよ」
「ああ、うん……」

話を振っておきながらあたしの話も聞いていないのか、
すたすたと歩いていくみやの少し後ろを慌てて追いかける。
 
627 :ラストシーンは君と一緒に :2010/12/21(火) 22:47

「ねえ、みや……」
「うん?」
「あ、いや……やっぱいいや」
「なに。やめてよそんなの。気になるじゃん」
「あ、えーと」

あたしは追いついて振り返ったみやの不審そうな顔をまじまじと見つめる。
みやは自分の口走った失敗に気づいていないけど。
それってさ、それってそういうことだよね?
で、それってそういうことだと思っていいの?


暗がりの中。
もっとこのまま二人で寄り添っていたいと思った。
あの気持ちが自分ひとりのものではなかったと思っていいの?


だとしたら。
ヤバイ。
めちゃくちゃ嬉しいかもしれない。

あまりにも長く見つめすぎて面白くなってきたのか、不審そうだったみやの表情がふにゃりと崩れる。
その口が憎まれ口を叩くよりも先に、あたしはさっとみやの手を取って歩き始めた。

「――また、一緒に映画見に来よっか」
「うん!」

半歩後ろで嬉しそうに笑うみやを見やりながら。
今度は寝たフリなんかしなくていいから最後まで寄り添って見ようよ、なんて。
キザな台詞が頭に浮かんだとたんに顔にかあっと熱が集まった。

「茉麻?」
「なっ、なんでもない!」
「はあ? っていうか顔赤いよ?」
「だからなんでもないってば!」
「なに焦ってんの?」
「もう、ほっといてよっ」


どっちかの性格を矯正しない限り、『今度』はかなり遠そうだけれど。

 
628 :esk :2010/12/21(火) 22:49
『 ラストシーンは君と一緒に 』   終わり

タイトルを映画っぽくしてみた
629 :名無飼育さん :2010/12/22(水) 22:27
みやまぁ来てますねえ
キスネタかと思いましたがw
630 :esk :2010/12/24(金) 23:43
読んでくださった方、ありがとうございます。

>>629さま
キスネタが書けなかったからボツネタ拾ってきたことは内緒です。


ずいぶん以前にとあるサイトでリクエストしたけど見事に抽選漏れしたネタ。
みやもも。ちょっとだけえろっちいです。

『 君からの贈り物 』
631 :君からの贈り物 :2010/12/24(金) 23:43

「みやってお酒飲める?」
「はぁ? 急に何」

夜も深まってきた時刻。
桃子の部屋で並んでテレビを見ていた雅に、桃子は何の前触れもなくそうたずねた。
あまりの唐突さに、雅は至近距離で振り返った顔を強くしかめる。
だらりとベッドにもたれていた雅からの、下からすくい上げるような鋭い視線にひるむこともなく、
桃子はニコニコと笑みを返す。

「なんか強そうな顔してるなって思って」
「意味わかんない。桃は明らかに弱そうだけどね」
「か弱いから?」
「それは違うけど」

即答した雅に桃子は唇を尖らせたけれど、すぐに気を取り直したように体を乗り出した。

「で、で? どうなの? 強いの?」
「知らないよ。ちゃんと飲んだことないもん。パパのビール一口とか、お正月の甘酒とかだけ」
「つまーんなーい。ねね、飲んでみようよ!」
「はあ?」
「今日はイブなんだし、いいじゃん!」

なんて。
軽い気持ちから始まったこの夜がとんでもないことになるなんて、桃子だって思ってもみなかった。


◇◇◇


「ちょっと、みや! 待ってよ!!」
「ん〜? なんでさ〜」

いつもは少しきつい目じりをとろりと下げて、ぐいぐいと押し付けられる体。
ベッドに深く沈む桃子は抵抗どころか身動きも取れない。
焦る桃子をよそに、熱くほてった雅の頬がすりすりとすり寄せられる。
鼻をくすぐるアルコール交じりの甘い香りに桃子の体温がさらに上昇した。

今現在こんなことになっている原因が自分の一言であることは桃子自身よーくわかっていた。

『う。なんかイヤかも……』
『えー、みやってばおこちゃま〜』
『……つーか、全然平気だし』

なんだかんだで久しぶりのお泊り。
しかもクリスマスイブ。
桃子としてもテンションが上がっていたことは認める。
こっそりと家を出てコンビニで買ってきたアルコールを口にした雅は、一口目で顔をしかめた。
実は結構アルコールには強い桃子。
雅のその様子がなんだか嬉しくて、ついからかうような口調になった。
桃子の言葉にカチンときたらしき雅ががぶがぶと飲み進めるのを見て、少し心配にもなったのだが。

酔うとどうなるのだろう。
甘えたりしてくれるのかな。

そんな興味と期待があって止めなかったことは認める。
だけど。
 
632 :君からの贈り物 :2010/12/24(金) 23:44

「……は、ぅ」
「んふふ。桃ってばかわいい」
「えっ!? あ……っ」

いつもなら絶対言わないような言葉をつむぎながら甘い笑みを浮かべる。

「あっ、や……」

いつもは照れて遠慮がちな手がありえないくらい積極的に動く。

「はぁ……桃の体、気持ちイイ」

とろけるような甘い声で、擦りよせられる熱い体。


ここまで変わるとは思っていなかった。
いつもと違う雅を嬉しくも思うけれど、違いすぎて。ドキドキしすぎて。
触れられるたびに宙に放り出されそうになる体を、桃子は必死で雅に手足を絡めて押しとどめる。
だけど。
その一言には耐えられなかった。

「桃、好き」
「――っ!!?」



果てた桃子にふやふやと甘えてきていた雅がいつの間にか目を閉じて。
桃子だって疲れて眠りたかったのだけれど、
こんな幸せそうに眠る雅を側に眠るのはもったいないような気がして、眠い目をこする。
しかし、次の瞬間。
見つめていた幸せそうな寝顔が、一転して不愉快に眉をしかめた。
ばちっと開いた目が、宙をうつろに見つめて。
がばりと体を起こした雅が口元を強く抑えて低くうなる。

「――吐く」
「はあっ? ちょっ、みやっ。トイレあっち! 一瞬我慢して!」

大きく揺れた肩を抑えて雅をベッドから引き摺り下ろす。
そのまま廊下に連れ出そうとしてお互いが一枚の衣服も身に着けていないことを思い出した。
慌ててその辺に脱ぎ散らかされたパジャマを着込み、
雅には上着だけを引っ掛けて廊下の隅のトイレに押し込んだ。

ごぼごぼと音を立てて胃の中身を吐き出す雅の苦しそうな様子に、桃子は少なからず罪悪感を覚える。
あんないたずら、やめておけばよかった。
自分だけのせいだとは言わないが、青ざめた横顔にさすがに申し訳なくなる。
さっき触れた時よりは冷たくなっている背中をさすりながら、桃子は小さくため息をついた。
 
633 :君からの贈り物 :2010/12/24(金) 23:44

「桃?」
「……えっ!!?」

そのため息を追う様に。
かちゃりと控えめな音がして、両親の部屋から母親が顔を出す。

「どうかしたの」

少し眠たげな声。
ぺたぺたと足音が近づき、桃子は顔色を失う。
自分はいい。
しかし、雅が今身につけているのはパジャマの上だけ、しかもそれも肩に羽織っているだけだ。
まずい。まずいっ。まずい!!
慌てて雅の腕を取って袖に通させようとするが、よほど苦しいのかうまく動いてくれない。

「雅ちゃん、どうしたのっ?」

雅の様子に気づいた母親の足取りが早まる。
桃子はとっさにトイレから抜け出してドアを力いっぱい閉めた。

「まさか食中毒!? 救急車を――」
「あ、あ、あっ。違うのっ。違うくって」
「何がよ。雅ちゃん、大丈夫なのっ」

今日は雅は夕方から嗣永家を訪れていて、夕飯も一緒に食べている。
一瞬で青ざめた顔になってドアを開けようとする母親の腕を桃子は慌てて押さえた。
桃子の行動に最悪の事態ではないと悟った母親は少し表情を緩めたが、
それならなんなのかと不審気に娘を見下ろす。

「あの、あの、あの……えっと」
「どうしたの」
「……お酒を、飲みました」
「……」

しゅんと肩を落とす桃子に、母親はあきれたようにため息をついた。

「……お水持ってくるから」

お互い18歳。友達同士の家泊り。
家庭の方針にもよるけれど、たいていの親なら叙情酌量の余地はある事態だろう。
母親の声音にほっと息をついた桃子は、とんとんと階段を下りる足音を背に慌てて部屋に戻る。
ベッドの下に脱ぎ捨てられたパジャマをつかんでトイレのドアを開けると、
雅はぐったりとはしていたが、肩にかけていた上着をきちんと着込んでいた。

「……やばかったね」

雅のその一言に、桃子は今の状況をどのあたりまで意識があるのか不思議に思った。
しかし聞いてみたいと思ったけれど今はそんな暇もない。
ふらつく雅に腕を貸しながら急いでパジャマを着せると、まだ苦しげに息をつくその背をそっと撫でた。

雅を壁に寄りかからせて落ち着いたところで母親が戻ってきた。
氷の入った大きなグラスと水のペットボトル。

「……すいません」

それを受け取りながらか細い声であやまる雅の顔色を確認して、
それから娘の頭にごちんとこぶしを落とした。

「二人とも、もうこんなことしたらだめよ」
「「 ……ハイ 」」
 
634 :君からの贈り物 :2010/12/24(金) 23:45

横になると頭が痛いと言う雅をベッドの角に座らせて毛布でくるむ。
隣に体を寄せて、一緒になって毛布にもぐりこむと、桃子は雅の顔をそっと見上げた。

「みや」
「……うん?」
「かわいかったよ」
「うっ、うっさい!!」
「しーっ、しーっ。夜中夜中っ」

また心配した母親に入ってこられたりしたら、ちょっと今の状況説明しにくい。
さすがにそれを悟ったのか、雅がぴたりと動きを止めたのをいいことに、
桃子はごそごそと毛布の中でさらに体を寄せると、その細い腰を抱きよせる。

「覚えてるの?」
「……だいたい」
「ふーん」
「で、でもあんなの自分の意思じゃないからねっ」

あんなの。
と言うことは結構覚えているのだろうなと桃子は判断した。
桃子が思い出すだけでも恥ずかしくなるような今夜の雅。
本人の中ではなかったことにしたい気持ちもわかるけれど。

「みや、潜在意識って知ってる?」
「せんざい?」
「みやはさ」

首を傾ける雅にぐいと桃子が顔を近寄せると、雅は困ったように目をきょろきょろとさせた。

「無意識に、桃にああいうことしたいとずっと思ってたんだよ」
「思ってなんかっ、……うっ」

顔を真っ赤にしてがばっと体を離した雅が、口元に手を当てたのを見て、桃子もさすがに慌てて体を離す。
苦しそうな息であえぐ雅の背中を強くさする。

「トイレ行く?」
「………いい。みず」
「ハイ」

手渡された水のボトルを傾ける雅の喉元を、桃子はぼんやりと見つめる。
今は興奮させないほうがいい。
雅から引き出したかった答は、今を逃せば一生得られないだろう。
それでもいい。
その答は、桃子の中にだけしまっておけばいい。


今日はクリスマスイブ。
そんなプレゼントがあってもいいだろう。

ボトルを置いて息をつく雅を、桃子はぎゅっと抱き寄せた。
 
635 :esk :2010/12/24(金) 23:46
『 君からの贈り物 』   終わり
636 :名無し飼育さん :2010/12/30(木) 16:41
やっぱりももみやイイ!
続きを待ってます。
637 :esk :2010/12/31(金) 22:48
読んでくださった方ありがとうございます。

>>636さま
もみやももみや!
続きではないですがひとつ


今年の汚れ、今年のうちに。
ってことでエロ注意。私が表に出すものとしては結構エロいかもw

みやもも

『 仕返し 』
638 :仕返し :2010/12/31(金) 22:49

うつぶせた背中が苦しそうに波打つ。
枕に吸い込まれていく呼吸もまだ苦しそうで、
ちょっとやりすぎたかなあ、なんてさすがの桃子も少し反省しながら雅の背中にそっと触れた。
しかし、その背を撫でる前に桃子の手は振り払われた。
これは……結構怒っているのかもしれない。
そりゃそうだよね。言い訳か、謝罪か。
振り払われた手を胸元で握り締めて、桃子は迷いながら口を開いた。

「みや、あの――」
「あつい」
「え?」

桃子の言葉をさえぎるように発せられた雅の言葉。
聞き取れなかったわけではないが、あまりにも唐突で聞き返してしまった桃子に、
しかし雅からの返事はなかった。
少しの間雅を見つめていたが、やはり答えはない。
腰まで露になっている雅の綺麗な背中のラインにはうっすらと汗が浮いていて、
暑いとか言われても、このままだと風邪をひいてしまうかもしれない。

「みや、服」
「……」

ベッドの下に乱れた服を拾い上げて、雅の背中にぱさりとかける。
すると、本当に暑いんだろう、無造作に跳ね除けられてしまった。
仕方なく桃子が自分の服を拾って袖を通そうとしたところで、跳ね除けた腕がぱたんとベッドをたたいた。
その指先がかすかに触れて、桃子の服を引き下げる。

「……。」
「え? なんて?」

ぼそり、と枕に吸い込まれた声が聞き取れなくて、桃は雅に顔を近づける。
はあ、とひとつ息を吐き出した雅が、ぐっと肘をはって胸から上をベッドから起こす。

「着るな」
「でも、風邪引いちゃうし」
「ちょっと休憩してる、だけだから」
「休憩?」
「休んだら、するから」
「……え。それって」

顔を合わせず、ベッドに向かってぼそぼそとしゃべる雅の横顔を、桃子は信じられない思いで見つめた。

ずいぶん長い間、桃子は雅のことを想っていた。
アピールだってそれなりにしてきたつもりだった。
雅だってまんざらじゃない……ような気がしたりしなかったり。
気まぐれな雅の態度一つ一つに、浮いたり沈んだり。
思い切って踏み込んでいいのか悪いのか、迷っているうちにライバルは増える一方で。
我慢の限界を超えたきっかけがなんだったかなんて、もうわからない。

珍しく一緒になったホテルの部屋で、強引に体を重ねた。
すごく抵抗されて、引っかき傷とかできた。
なのに、なんで?
やられたからやり返し?
でもこの場合それっておかしいよ?

理解不能に陥った桃子がきょとんとしていると、雅は大きく息をついて体を起こす。
そしてそのまま桃子の体の上に覆いかぶさった。

「だからあ、次はうちが桃にするって言ってんの」
「え、え、ええっ?」

驚く桃子に構うことなく、雅は顔を近寄せる。
ぶつけるように唇をふさがれて、桃子は体をすくめた。
強引に入り込んだ舌先が口内を蹂躙する。
 
639 :仕返し :2010/12/31(金) 22:52

「……、はっ……はあっ」

息苦しさに桃子は雅の肩を叩く。
やっと開放されて大きく息を吸うと、そこ呼吸を吐き出す間もなく首筋に熱い舌を押し付けられた。

「ちょ、や……っ」

首筋を舐めあげられ、そのまま耳たぶに噛み付かれる。
耳に聞こえる雅の呼吸はまだとても熱くて荒くて。
熱く湿った体から立ち上る、甘い香り。
全てにぞくぞくとして、桃子は雅の肩をつかんで体をすくめた。
その体のラインをなぞるようにして、雅の手が桃子の胸を撫であげ、ぐっとつかむ。

「やっ、だっ」

痛いほどの力にたまらなくなって雅をぐいっと押し返すと、倍の力で抱き寄せられた。
そして耳元でささやく雅の硬い声。

「桃は、頭悪い」
「な、なに……ぁっん」

耳の中に舌を差し込まれて、声が漏れた。
桃子はかあっと熱くなる顔を慌てて腕で覆った。
しかし、その腕を雅が取り払う。
にじむ視界で見上げると、雅は明らかに怒った不機嫌顔で桃子を見下ろしていた。

「うちの気持ち、考えてない」
「そ、れは……ごめ、ん」
「違う」


「うちだって、ずっと桃としたいって思ってたのに」


雅の意思を無視して押し切った行為に桃子が謝ろうとすると、目をそらして吐き捨てるように雅は言った。
目を見開いた桃子の視界に、不機嫌そうな雅の頬は徐々に赤みを増していく。
混乱する桃子の頭に、ゆっくりとしみこんでくる言葉の意味。
それを、信じてもいいのか。
今のこの状況なら、信じてもいいんじゃないか。
でも、信じてしまえばがまたいつものようにバカを見ることになるんじゃないか。
ぐるぐるとめぐる思考に桃子が動きを止めた、その隙に雅の手は桃子の足の間に入り込んでいた。

「え、ちょ。はや、いっ!」
「うそ。もう十分だよ」
「んっ!」

大して触れられていないのに、確かにそこはもう十分で。
だからこそ待って欲しかった。
いきなり音を立てるように強く触れられて、桃子の体がびくりとしなる。

「ちょ、やっ」

ぎゅっと閉じた体を押し開くように中に指を押し込まれ、桃子は思わず腰を引く。
自分の体が雅の細い指を飲み込んだのがわかった。

「すぐ入るし」

雅のあざけるような声に、桃子は顔をそらす。

「だ、だって……んぅっ」
「まだ入るよね」
「!! イヤ、あっ」

拒否する間もなく押し込められる指が数を増やす。
さすがに痛みと苦しさを感じてぐっと歯を食いしばった。
その桃子を見下ろす雅は唇の端を吊り上げる。

「まだ余裕ありそう」
「な、いっ!」

青ざめる桃子を気にもかけず雅の動きが激しくなる。
桃子はもう抵抗さえも出来ず、されるがままに声をあげるしかなかった。
 
640 :仕返し :2010/12/31(金) 22:53

◇◇◇

桃子の呼吸が整うまでにはずいぶん時間がかかった。
チカチカしていた視界もようやく雅の姿を映す。
その表情が勝ち誇ったように得意げで、桃子は大きく息をついた。

「知らなかったよ……みやがこんなにドSだったなんて……」
「同意なく襲うような人に言われたくないね」
「だって同意がとれるなんか思ってなかったんだもん」

ぷうっと頬を膨らませると、その頬をついとつつかれる。
ぷっと空気の漏れる音に雅も小さくふきだす。
そんな雅の穏やかな笑顔を久しぶりに見たような気がして、桃子も表情を緩めた。
なんだか嬉しくなってじゃれつくように頭を寄せると、さすがにぐいぐいと押しやられたが。

「桃はいっつも自分のことしか考えてないからそうなるの」
「でもみやだって桃の気持ち気づいてなかったんだからお互い様じゃん」
「うちは勝手に襲ったりしないし」
「そーれーはぁ、悪かったと思ってる」
「まあ、いいけどね」
「え、いいの?」
「おかげで……桃とできたからさ」

雅はぶっきらぼうにそう言うと、桃子のほうに向けていた頭をめぐらせて、視線を天井に向ける。
何事もないようなフリをしているけれど、その口の端は恥ずかしそうに口元がゆるんでて。
桃子はその唇の端をきゅっとつまんだ。
振り返った雅が桃子の手を振り払う。

「なによっ」
「みやさあ、もうちょっと普通に言ってよ」
「普通?」
「さっきからなんか体目的みたいな言い方しかしてないじゃん」
「そうかな」
「そうだよっ。ちゃんと言って」
「何を?」

いかにも意味がわからないといった雅の表情に、さすがに桃子も少しひるむ。

「……体目的なの?」
「その体でそんなこと言う?」
「だからっ。違うんだったらちゃんと――」
「うるさいなー。じゃあ桃はどうなの」
「好きだよ。みやが好き。好きで好きで好きで仕方なくて、だからえっちしたくなった。みやは?」
「似たようなモンじゃない?」
「だからちゃんと言って! 二文字で言って!」
「ヤ・ダ」
「みや!」
「バ・カ?」

けたけたと笑う雅の肩を桃子はぽかぽかと叩く。
あれでも一世一代の告白だったのに。
これじゃいつものじゃれあいと変わらない。
もしかしたら、雅は明日から何事もなかったように振舞うつもりなのかもしれないな、と桃子は思った。
だけど負けない。
それに合わせてやるつもりなんかない。
力ずくでもぎ取った、夏焼雅の恋人というこの立場。
目いっぱい堪能してやる!
 
641 :esk :2010/12/31(金) 23:02
『 仕返し 』   終わり

こんなののあとにご挨拶をするのもなんですが、
読んでくださった方、管理人様、本年中は大変お世話になりました。
来年もよろしくお願いします。
642 :esk :2011/01/01(土) 02:28
あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願い申し上げます。

さっきのやっぱりちょっと恥ずかしいから更新上塗り。
みやまぁ

『 頬にキス 』
643 :頬にキス :2011/01/01(土) 02:30

「たっだいまーっ。まーさ起きてる〜?」

ホテルの部屋の扉を勢い良く開いた雅が、そのままの勢いでどかどかと中へと進むと、
文庫本を手にベッドに足を投げ出して座る茉麻と目が合った。

「……寝てるよ」
「起きてんじゃん!」

甲高い声で笑いながら近寄ってくる雅を無視して、茉麻はベッドにもぐりこむ。
今日は地方ライブで、明日も同じ会場でライブがあるため、全員でホテル泊となった。
雅と茉麻が同じ部屋を割り当てられていたのだけれど、さっきまで雅は佐紀の部屋に遊びに行っていた。
だから雅がこのテンションで戻ってくることも予想の範囲内だったのだけれど。
アルコールが入っているわけでもないのに、無駄に高い雅のテンションに、茉麻は小さくため息をついた。
それを聞きとがめた雅は、ますます顔を寄せてきて、茉麻のベッドの上に乗り上がる。

「なーんだよお」
「みや、うるさい」
「まぁ冷たーい」
「いいからもう寝ようよー」
「……。ん。まあそうだね」

耳のそばでけたけたと笑う雅に、茉麻は眉を下げる。
正直、この時間帯にこのテンションの雅を相手にするのは勘弁願いたい。
雅を落ち着けるように茉麻が頭を撫でてやると、
一瞬驚いたような顔をした雅はあっさりとうなずいて、柔らかい笑みを浮かべる。
そして、そのままごそごそと茉麻のベッドの背中側に入ってきた。

「ちょっと、みや」
「一緒に寝よー」
「――、あのさぁ」

茉麻はすりよってくる雅の顔を覗き込む。
茉麻と雅がひとつのベッドで眠るということは、いろんな意味を含んでいる。
一応。
恋人同士と言われる関係だから。
なぜか雅になつかれて、それもまんざらじゃないなとか思っているうちに、
いつのまにか付き合うことになっていた。
それなりに恋人同士といわれる行為も経験済みだ。
月に何度かは泊まり遠征のあるこの仕事、そういった機会は意外と多い。
しかし。

「おやすみぃ〜」

ちゅ、音を立てて頬にキスをすると雅はくるりと茉麻に背を向ける。

「〜〜〜っ」

茉麻は瞬間的に熱くなった頬を押さえて苦い顔をする。
これで誘ってるわけじゃないから、雅の扱いは難しい。
雅にその気がないときに手を出すと、真顔で『なにやってんの?』とか言われて、
とても恥ずかしい思いをすることも経験済みだ。
茉麻だっていつでもそういうことをしたいと思っているわけではないし、
たぶんどちらかと言えばそういった方面には淡白な方だと思う。
だけど。

(ほっぺたにキスしといて即寝ってないでしょっ!)

さっきまでのテンションはどこへやら、すでに気持ちよさそうに寝息を立てている雅の隣で、
早くなった鼓動のやり場に困った茉麻はぼふりと枕を殴りつけた。
 
644 :esk :2011/01/01(土) 02:31
『 頬にキス 』   終わり
645 :名無飼育さん :2011/01/05(水) 22:38
年末年始ダブル更新でお疲れ様です。
逆襲のみやももも、みやまぁの稀すぎる絡みも良かったです。Bでは、夏焼に興味ない唯一の存在だったのに…。ミスコンで堕ちたんですかね〜。何にせよ萌えました。
646 :esk :2011/01/09(日) 00:31
読んでくださった方、ありがとうございます。

>>645さま
みやまぁは夏焼さんからのアプローチを須藤さんが結構スルーで面白かったんですけど、
あのミスコンで今後どうなっていくのか楽しみですw

……すずまぁ

『 ヘアメイク 』
647 :esk :2011/01/09(日) 00:32

「まぁー。髪、次あたしもやってー」
「はーい。ちょっと待ってて」

雑然とした楽屋のどこかから聞こえてきたキャプテンの声に、
私の後ろに立っていた茉麻ちゃんが首だけで振り返る。
なんとなくその横顔を見つめていたら、一瞬で戻ってきた視線が鏡越しに私に笑いかけた。
その笑みの綺麗さに、私の心臓が高鳴る。


『見てー。今日は髪型ママにやってもらったの』

最近良く来るりーちゃんからのメール。
正直すごくうらやましかった。
っていうか嫉妬した。
私の気持ち知っててそういうことするんだから、りーちゃんも結構意地悪だと思う。
2ショットで顔くっつけてピースしてる写メなんか送ってくるんだから、ホント意地悪。


でも今日は感謝かな。
ハロコンのときやってもらえば?
ってりーちゃんは気楽に言ってたけど、そんなのいきなり言い出せないじゃん。
だから今日はりーちゃんがやってもらってるときにさりげなく近づいて、
なんとなく話を振ってもらって、やっと実現したこの時間。

体温が感じられるほど近くに立っている茉麻ちゃんの指先が、くるくると私の髪を編み上げていく。
今、茉麻ちゃんの意識は私だけに向いている。
それだけですごく嬉しくてどきどきした。
うつむき加減の真剣な顔をぼんやりと見つめていたら、ふっと茉麻ちゃんが顔を上げた。
左右のバランスを確認しているのか鏡越しにじっと見つめられる。
強い視線に思わずうつむくと、ぐっと頭をおさえられた。

「愛理、動かないで」
「う、うん」

頭を正面に戻される、その手の確かな感触。
耳のそばで私の名前を呼ぶ、柔らかい声。
顔が赤くならないようにぎゅっと目を閉じて心を落ち着けようとしたけれど、
頭に響く心臓の音はどくどくと強く早いままだった。


◇◇◇


「はい、でーきた」
「ありがとう……」

最後にするすると手ぐしで髪を整えてくれて、茉麻ちゃんが微笑む。
終わっちゃったんだ。
嬉しいんだけどちょっと寂しくて、少し声が下がった。
だけど、続いた茉麻ちゃんの言葉にはその声がひっくり返った。

「かわいいよ、愛理」
「え!?」

ぽん、と軽く頭を叩かれて思わず振り返ると、触れるほど近くに茉麻ちゃんの笑顔があって、
さらにびっくりしてあとずざりすると、
座っていた椅子に引っかかってそのまましりもちをつくみたいに座り込んだ。

「ちょっと、大丈夫?」
「だ、大丈夫大丈夫! ぜんっぜん大丈夫!」

大きな手にぐっと腕をつかまれて、もう顔が赤くなることを止められなかった。
やばい。
顔色を見られなくて慌てて目をそらしたら、にやにやしているりーちゃんと目が合って、
もっと顔が熱くなった。

 
648 :esk :2011/01/09(日) 00:33
『 ヘアメイク 』   終わり

うん。ないw
649 :名無飼育さん :2011/01/09(日) 08:40
でもイイ
小悪魔りさこw
650 :名無飼育さん :2011/01/09(日) 22:19
いやあるある
愛理は茉麻といると思わずうっとりするらしいから
651 :esk :2011/01/16(日) 23:39
読んでくださった方、ありがとうございます。

>>649さま
梨沙子は小悪魔のイメージw

>>650さま
マジですか!? うっとりしちゃうのか〜


渋谷を歩くだったなんて……ショックすぎる。

『 深夜を歩く 』
652 :esk :2011/01/16(日) 23:39

深夜を歩く。
一人で歩く。


重いコートの中で体を震わせながら、愛理は夜の街を歩いていた。
繁華街、というほど都会ではない。
深夜というより早朝の方が近くなるこの時間帯に人の気配はなかった。
はあっと吐き出した息が白く愛理の視界を染める。
寒いなあ。
ポケットの中でかじかむ手を何度も握りなおしたけれど、求めているぬくもりは得られなかった。
どこまで歩けば、この手はぬくもりを取り戻すのだろう。
……どこまで行っても、冷たく冷えたままなのかもしれない。

頭をよぎった考えが怖くなって、愛理はそれ以上歩けなくなった。


深夜に目が覚めて、急に怖くなった。
どうしようもなくなって、こっそりと家を出て歩き始めた。
誰もいない透き通った空気の街を歩くのは気持ちよかった。
この先に恐怖を取り除いてくれるような答えがあるなんて思っていたわけではない。
だけど立ち止まりたくなくて、もうずっと歩き続けていた。
それなのに、歩くことさえ怖くなったら、どうしたらいいのか。


愛理はそばにあったガードレールに腰掛て暗い空を見上げた。
薄く霞のかかった空に星はない。
だけど星が見えたって、愛理に意味なんてない。
たった一秒間で消え去る流れ星なんかにこめられるほど、愛理の今の想いは明確ではなかった。

ポケットから出した手に息を吐きかける。
白い吐息は一瞬愛理の手を温めたけれど、手はすぐにまた冷たく冷えていく。

今の活動に対する情熱が冷めてしまったわけではない。
それは絶対に違うと言い切れるけれど、情熱を注ぐ場所がわからなくなってきた。
厚いコートに身を包んで体を温めたとしても、こうやって手先は冷たく冷えていく。
全てを得ようとするのはわがままなのかもしれない。
自分には分不相応な高みなのかもしれない。
だけど。


『大丈夫、愛理ならやれるよ』


頭の中に聞こえてきた声に、愛理ははっと顔を上げた。
顔を上げたってその姿が目の前にあるわけはない。
だけど、愛理はその力強い笑みを明確に目の前に思い描くことが出来る。
その存在感は太陽のように大きく、熱い。

冷たくなった手は自分で温めたかったけれど、今の自分ではそれはできない。
だけど、誰かに温めてもらうことはできる。
それは安易な逃げかもしれないとも思ったけれど、今の愛理にはどうしても必要なぬくもりだった。


ポケットの中で冷たくなっている携帯を取り出す。
こんな時間に出るわけがない。
起こしちゃダメだ。
そんな思いが掠めるけれど、長いコールを切ろうとは思わなかった。

唐突に途切れたコールに続いたのは、自分の名前を呼ぶ眠たそうな声。


『あいり……? どうしたの?』
「………舞美ちゃん」
 
653 :esk :2011/01/16(日) 23:40
『 深夜を歩く 』   終わり

真面目なものを書くのは恥ずかしすぎてダメだw
654 :名無し飼育さん :2011/01/20(木) 23:01
え?終わり?
655 :名無飼育さん :2011/01/29(土) 23:40
やじすずおかわりクレクレ
656 :esk :2011/02/08(火) 00:36
読んでくださった方、ありがとうございます

>>645さま
終わりですw

>>655さま
またそのうちw

矢島舞美さん、お誕生日おめでとうございます。
やじまぁ

『 抱きしめる 』
657 :抱きしめる :2011/02/08(火) 00:38

「あ、舞美だ」

足早に通り過ぎようとしていた事務所のロビーで、隣を歩いていた桃子が突然立ち止まる。
その口から出た名前にどきりとして茉麻が振り返ると、
窓際のソファに座り込んでぼんやりと外を眺めている横顔は確かに良く知ったものだった。

「舞美。なにしてんのー」

ぱたぱたと駆け寄る桃子にやっと気づいたのか、舞美がこちらを向いて立ち上がる。

「桃っ。あれ、茉麻も?」

驚いたように目を丸くする舞美に、茉麻は少し困ったように小さく手を振る。
昨日電話で話していた時にスケジュールを確認しあったら、
せっかくどちらも事務所にいるのに時間的に会えないことがわかって、残念だななんて言ってしまったばかりだ。
それなのに今顔を合わせてしまって、茉麻は若干の気まずさを覚える。

「撮影が押してて、さ」
「そうなんだ」

言い訳をする子供のようにそう言って目を泳がせる茉麻と、心底嬉しそうにニコニコと笑う舞美。
二人を交互に見て桃子はにやりと笑った。

「じゃあ桃は先行ってるから」

舞美と茉麻が付き合っていることは他のメンバーも知っている。
桃子はにやにやと笑いながら走り去って行った。
顔をしかめた茉麻が隣を伺うと、舞美は振り返りもしないその小さな後姿に律儀に手を振っていた。
すぐに茉麻の視線に気づいて振り返ると、にこっと笑みを浮かべる。

「桃、行っちゃたね」
「ああ、うん。あー、あのさ――」
「あー! 舞美じゃんっ。なんでいるのっ?」

時間もないし、この気まずさから逃れるためには早く何か話しかけないと、と茉麻が口を開いた途端。
ばたばたと走る足音が聞こえてきたと思ったら、甲高い千奈美の声が茉麻の声を掻き消した。
千奈美は勢い良く二人の間に走りこんでくると、抱きつくように舞美の腕を取ってぶんぶんと振る。

「誕生日おめでとうっ。あーっ、今日会えるんだったらプレゼント持ってきたのに〜」
「ちぃ、なんか用意してくれたの?」
「もちろんじゃん!」
「嬉しいな。いつでもいいから楽しみにしてるよ」
「うん! 待ってて待っててー」
「千奈美ー、早く早く」
「はーい。じゃあまた遊ぼうね!」
「うん」

千奈美がやってきた方向から走ってきた雅が、そのままの勢いで千奈美の手を引いて二人のそばから引き剥がす。
しかし、すれ違いざまに見えたその口元がにまにましていたことを茉麻は見逃さなかった。
どいつもこいつも……。
茉麻の眉間にまたしわが寄る。

「あ! 舞美、誕生日おめでとねー!!」
「ありがとー!」

廊下を半分くらい駆けていった雅がふと振り返って大きな声で叫ぶ。
舞美もそれに応えてもっと大きな声で叫び返す。
千奈美と雅はぶんぶんと手を振りながら廊下の向こうに消えていった。
そういえば桃子は舞美の誕生日のこと忘れてたんだな……。
って言い忘れてるのは自分も同じか。
なんて思いながら茉麻も同じ言葉をつぶやいた。
 
658 :抱きしめる :2011/02/08(火) 00:38

「あ、ごめん。誕生日、おめでとう……」
「ありがと」

せっかく誕生日に会えたのに、プレゼントも数日前に会ったときに渡したからないし、
おめでとうって言葉も後回しで。
気まずい。
やっぱりすごく気まずい。
そんな茉麻の気持ちに気づいたのか、舞美がふふ、と小さく笑った。
その声に茉麻は少しふてくされながら上目遣いに舞美を伺う。

「なんで笑うの」
「だって、おとといも言ってくれたし、昨日だって電話で言ってくれたのに」
「それとこれは違うって言うでしょ。だって――」
「茉麻」
「ぅ、わ」

顔を上げようとした茉麻の視界をふさぐように、突然にぎゅうっと抱きしめられる。
包み込まれた甘い香りと、苦しいくらいの力。
突然に強く感じた『舞美』に、茉麻は戸惑って体を硬くする。
それに気づいていたのか、舞美の腕からはすぐに力が抜けた。
そのままはなれていくかのように思えた舞美は、茉麻の肩の辺りに顔を埋めてふうっと細く息を吐き出した。

「……まいみ?」

その肩に触れようかとためらう茉麻の手が宙をさまよう。
しかし、茉麻の決心がつくよりも早く、舞美はがばっと顔を上げた。
至近距離で茉麻の目を見つめると、にかっと明るい笑みを浮かべた。

「充電完了!」
「へ?」
「まだまだがんばるぞっと」
「は?」
「茉麻もがんばってね!」
「あ、うん……」

茉麻はまともに応える隙も与えられずにくるりと体を返されて、背中を押し出される。
かろうじて顔だけで振り向くと、舞美が早く早くとせかす。
確かにもう時間がない。
移動のバスにはもう他のメンバーが乗り込んで待っているはずだ。
こういった集合で茉麻が最後になることは珍しい。
早く行かなきゃって思う。
だけど。明るいはずの舞美の笑顔に、なぜかすごくこの場から離れがたくなって、茉麻は眉を寄せた。

「まい――」
「あたしももう行かなきゃなんだ」

その茉麻を見て、舞美は一歩一歩あとずさりながらぱっと広げた手を振る。

「そ、か」

少しずつ離れていく舞美をしばらく見つめていた茉麻だったが、じゃあね、と手を振るとくるりと背を向けてその場を離れた。
廊下の端、エレベーターの前で立ち止まって振り返ったけれど、舞美の姿はもうなかった。
その姿を振り切るように茉麻はぶるりと頭を振るう。
地上階のボタンを押してカウントアップしてくる数字をじっと見上げて、細く息を吐き出した。
午前中の仕事が押してしまったため、このあとのスケジュールは過密だ。
しかし何気なく昨日聞いた舞美のスケジュールを思い浮かべると、そちらもなかなかに厳しい。
エレベーターに乗り込んでボタンを押し込む。
茉麻以外には誰も乗っていなかった。
今度はカウントダウンしてく数字。
 
659 :抱きしめる :2011/02/08(火) 00:39

ソファに腰掛けた横顔。
抱きしめられた腕の力。
肩の上でついたため息。


『充電』


舞美だって。
疲れていたのかもしれない。
会えないと思っていたのに会えて、会えなくてもがんばれるって思っていた気持ちがぶれた。
動揺して何も言えなくなった茉麻と同じように、きっと。
茉麻はぐっと自分の手を握り締める。
……抱きしめられたとき、同じようにすればよかった。
そうすれば今こんなに、泣きそうになったりしなかっただろう。
舞美だって、無理に明るい笑みを浮かべたりしなかっただろう。
そうしたら、無理に背中を押してもらう必要だってなかっただろう。


カウントダウンする数字が地上階を示して止まる。
いてもたってもいられなくなって、音もなく開いた扉の向こうに茉麻は駆け出した。
またひとつ、大人になった彼女に追いつけるように、力強く。
追いついてやる。きっとすぐに。


そして、今度会ったらしっかりその体を抱きとめよう。



……できたら、だけど。
 
660 :esk :2011/02/08(火) 00:40
『 抱きしめる 』   終わり

この中途半端な感じがやじまぁってことでw
661 :esk :2011/02/14(月) 00:00
読んでくださった方がいたとしたらありがとうございます

夏の話です。季節感無視もいいところ。
すずまぁ

『 天使の誘惑 』
662 :天使の誘惑 :2011/02/14(月) 00:01

「やまをこーえーいこーよ……はぁ……くちーぶえふきつーつー……は」

厚く積もった落ち葉を踏みしめながら、茉麻は一人子供のころに習った歌を口ずさんでいた。

「そらはすーみーあおぞらー……あおぞら……」

重い足を止めて空を見上げるけれど、重なり合った木の葉の隙間から空はほとんど見えない。
天気は良く、かすかに見える青色は濃い色をしているのだけれど。

「はぁ……」

見上げていた空から視線を落としてあたりを見渡し、茉麻は大きくため息をついた。
うっそうと生い茂る森。
うっそうとしすぎているためか下草がわさわさ生えているわけでもなく、
草を掻き分けて進むといった風情ではないが。
茉麻の前に道はなく。
茉麻の後にも道はない。

つまり。

迷った。


夏休みを利用しての帰省だった。
昨夜は遅くに着いたため周りの景色もよく見えなかったが、
朝起きてみると祖母の家は緑深い山に囲まれ、澄んだ空気に包まれていた。
都会育ちの茉麻にとって数年ぶりに訪れた田舎の風景は新鮮で、さっそく森林浴と決め込んだのだが。


「おなかすいたなあ……」

茉麻はしょんぼりと肩を落としたまま、ぐっとおなかのあたりをおさえる。
おばあちゃんにしこたま朝ごはんを食べさせられたけれど、慣れない山歩きにさすがに空腹を覚え始めた。
そろそろお昼ごはんの時間かなとか思うけれど、そもそも今の時間がわからない。
せっかくだから都会っぽいものを排除しようと、携帯を置いてきたことを後悔したのはもうすいぶん前の話だ



立ち止まっていても仕方がない。
とにかく足を進めよう。

不安を振り払うように、茉麻はぶるりと頭を振るって顔を上げる。
しかし、これ以上同じ方向に進むのも無意味な気がしてあたりを見回した。
その視界の右前方、木立が少しまばらに見える部分があった。
茉麻はほのかな期待混じりにそちらへと足を向けたが。

「わ。ガケだ」

しかしその期待はあっさりと裏切られ、木立の向こうは急な土手になっていた。
そう大きな高低差ではないが、ガケと言って差し支えない。
茉麻はそばにあった木の枝をぐっとつかんで注意深く下を見下ろした。
これ落ちたら取り返しつかないよなあ。
そういうのも注意して歩かないとね。
なんて思いながら茉麻はそっと振り返った。

「――っ」

その目の前を、小鳥ほどの物陰がさっと横切る。
驚いた茉麻はとっさにあとずさり。
――視界がぶれた。

「あ……っ!?」


ずざざざざっ


木をつかもうとした手がむなしく宙を掻く。
派手な音を立てて、茉麻はガケを滑り落ちていた。
 
663 :天使の誘惑 :2011/02/14(月) 00:02

「い……ったぁ」

落ちきったガケ下で茉麻はよろよろと体を起こす。
柔らかく積もった落ち葉の上を滑り落ちたため、それほど強く体を打ちつけたようなところはないようだが、
手足は傷だらけになっている。
その一つ一つを確認しながら服や手足の泥を払うと、茉麻はガケ上を見上げた。
それほど高いわけではないが、傾斜はきつい。
ためしによじ登ろうとしてみたがずるずると滑り落ちるだけで、ここから元の位置まで戻るのは無理そうだ。

これはなかなか。
絶望的かもしれない。

普段からあまり動揺を見せる方ではないが、これはさすがにちょっと泣いてみようかな、なんて思ったとき。

「痛いの?」

いきなり聞こえてきた女の子の声に茉麻はびくりと背後を振り返る。
しかしそこには誰もおらず、きょろきょろと見回したが茉麻の視界の中に『人影』は一切見えない。
ということは、今の声は。

「怪我してる」

目の前に浮かぶ、この小鳥くらいの大きさの。

「てん、し?」

茉麻は呆然とつぶやいた。


その姿は人間とあまり変わりない。
背中の羽と、そのサイズを除けば。
人間の10分の一ほどの大きさの彼女たちは、背中の真っ白な羽でふわふわと漂う。
その生態はいまだはっきりせず、各地に残る伝説に語り継がれ、幻の生き物と言われる。
妖精、精霊。
一部マニアの間では天使なんて呼ばれたりするその存在を、茉麻も知っていた。
けれど、実際に目にしたのは初めてだった。

まじまじと見つめる茉麻の視線に、天使はくいっと首をかしげる。

「あいりー」
「あ、梨沙子」

しかしもうひとつ聞こえてきた声に、天使のかしげた首がくるりと振り向く。
茉麻がその視線を追うと、ガケ上の方向からはたはたと飛んできたのは二人目の天使。

「もう。愛理急に飛んでっちゃうんだから」
「ごめんごめん。茉麻が見えたから、つい」

えへへ、と照れる一人目の天使が手を伸ばすと、二人目がその小さな手をつかんで並ぶ。
茉麻の前に並んで浮かび、じっとこちらを見つめている。
雰囲気はずいぶん違うが、どちらもふわふわとしたかわいらしさはさすが天使といったところ。
くりっとした黒目がちで長い黒髪の一人目が愛理。
とろんとした眠たげな目で少し茶色い髪が梨沙子。
その姿を交互に眺めながら茉麻はふとあごを上げた。

「ん? なんであたしの名前……」

愛理は確かにさっき自分の名前を口にした。
名前を名乗った覚えはないし、さっきから呆然としていてそんな隙もなかった。
不審気に眉を寄せる茉麻に、愛理は、ああとうなずいた。

「ずっと見てたもん」
「は?」
「昨日の夜に須藤のおばあちゃんちに来た茉麻ちゃん」
「え、あ、うん」
「前に来たときはちっちゃかったのに、大きくなったねえ」
 
664 :天使の誘惑 :2011/02/14(月) 00:03

おばあちゃんみたいな口調で言って愛理はうんうんとうなずく。
茉麻が以前に祖母の家を訪れたのはもう7・8年は昔になる。
天使の寿命ははっきりわかっていないが、やはり人間より長いだろうと言われている。
愛理や梨沙子の外見は人間で言えば茉麻より少し年下のように見えるが、必ずしもそうであるとは限らない。
もしかしたらこの二人はずっとずっと昔からこの森にいる、守り神みたいなものなのかもしれない。
なんて、茉麻は少しばかり愛理たちに畏敬の視線を向けたのだが。

「すっかりお姉さんになっちゃって」

返ってきたのは愛理のうっとりしたような視線。
茉麻としては身に覚えのある視線だ。
学校の後輩なんかにこんな視線を投げかけられたことがある。
その手には手作りのお菓子なんかと一緒に手紙なんかが握られていたりして。
それらと同じ種類の居心地の悪さを感じて、茉麻は愛理から視線をそらして辺りを見回すふりをする。

「あー。あのさ、あたしおばあちゃんちに帰りたいんだけど、どっちに行ったらいいかな」
「帰っちゃうの?」
「えーと、うん。おなかすいたし」
「おなかすいたんだったらあっちにおいしい果物があるよ」
「え、ホントに?」
「うん。すぐそこ」

森神……には見えないが、少なくともこの森に住んでいるのだから、
ふもとの村に連れ帰ってもらうことは簡単だろう。
だけど、今いる森の様子から見て、それには時間がかかりそうだとも思う。
それならまず一度空腹を満たすのもアリな選択肢かもしれない。
茉麻はすでにはたはたと飛んで行った愛理と梨沙子の後を追った。


「ほら、これ」

愛理の言う『すぐそこ』はずいぶんと遠く、茉麻が不安になってきたころに愛理が満面の笑顔で振り返った。
りんごが少し小さくなった感じの木の実を指差す。
目の高さあたりにあった実に茉麻が手を伸ばすと、実は十分に熟れているのか簡単に枝からもぎ取れた。
手の中で木の実を転がして、茉麻は顔のそばでふわふわと浮かんでいる愛理を伺う。

「ホントに食べれるの?」
「食べれるよぉ」

茉麻の疑わしげな表情を気にもしていないのか、愛理はにこにこと嬉しそうに答える。
梨沙子は、と視線で探すと他の実をもぎ取ろうとしがみついている。
茉麻が手を伸ばして梨沙子ごと実をもぎ取ってやると嬉しそうにお礼を言われた。
その笑顔がかわいずぎて少し動揺しながら、茉麻は愛理にもひとつ実をもぎ取って与える。
愛理にも幸せそうな笑顔を返され、
茉麻はさらなる動揺を隠すようについ手の中の木の実に思いっきりかじりついてしまった。

「……。う、うえっっ!!」

そして吐き出した。

「ちょ、にがっ、しぶっ、わ、ちょ、うわあっ」

これはいけない。
絶対にダメだ。
味がどうという問題ではない。
ひざを突いてしゃがみこんで、しわしわになりそうなひどい口の中身を必死になって吐き出す。
涙目になりながら、茉麻は小さいころおばあちゃんに言われた言葉を思い出した。
 
665 :天使の誘惑 :2011/02/14(月) 00:03

『天使はイタズラ好きだからね。やつらの言うことに耳を貸したらいけないよ』

見た目のかわいらしさにだまされてはいけない。
各地に残る伝説は全て同じことを言い伝えている。
だまされた?
愛理と梨沙子は自分をだました?
茉麻は涙目で呆然と二人を見上げた。

「えー。おいしいのに」
「ねえ」

しかし、茉麻の視線に不思議そうに首をかしげながら、顔を見合わせる愛理と梨沙子。
木の実を両腕で抱えるようにしてかぶりつくと、いかにもおいしそうにうなずきあう。
これはもしかして、だましたわけでもなんでもなく……単なる味覚の違い?
茉麻は木の幹にもたれるようにして座り込むと、嬉しそうに木の実を食べる二人をぼんやりと見上げる。
――だまされた。
みんなそうやって言うけれど。
茉麻には屈託なく笑うこの二人が本当に自分をだまそうとしたようには思えなかった。
木の実も明らかにまずかっただけで毒とかそういう類のものではなかったようだし。
ただ……二人に対する畏敬の念は綺麗さっぱり消え去ったけれど。

ぐったりと座り込んでいた茉麻は、二人が食べ終わるのを見計らって、よいしょと立ち上がる。
自分の体と同じくらいの体積がどこに消えたのかはとりあえずつっこまないことにして、茉麻はたずねた。

「……ふもとまでの道はわかるんだよね?」
「うん。こっちこっち!」


先に進む愛理と梨沙子に遅れないように茉麻は必死になって足を進める。
しかしあたりの雰囲気はいっそう薄暗くなり、森はどんどんと深まっていくような気がする。
森の住人なのだから任せていていいはず、だけれど。
どうしても気になった茉麻はふわふわと漂う愛理を指先でつついて、振り向かせた。

「ねえ愛理。ホントにこっちなの?」
「う〜ん。多分」
「たぶん!?」
「ね、りーちゃん、こっちで合ってるよね」
「合ってるって、愛理どこ行くの?」
「どこって……どこだっけ?」

首を傾げあう二人に、今度こそ茉麻は頭を抱える。
ダメだ。
やっぱりばあちゃんは正しかった。
天使の言うことに耳を貸したのが間違いだった。
決して彼女たちに悪気があったわけではないのだろう。
ただちょっと、人間とは感覚が違うだけで。
全国に残る伝説もきっと、天使たちを悪く言っているつもりはないのだろう。
だけど結果的には毒を食べさせられたり道に迷わされたり湖に突き落とされたり。
天使にかかわってはいけない。
その真意を身をもって知った茉麻は深くため息をついた。


夕方になり、村の明かりを頼りに自力で山を下った茉麻は探しに来ていた家族に見つけられ、
無事に帰り着くことが出来た。
 
666 :天使の誘惑 :2011/02/14(月) 00:04

◇◇◇

「茉麻、それどうしたの?」

休み明け、学校までの通学路で久しぶりに顔をあわせた雅は、
まだ直りきらない傷だらけの茉麻の手足を眺めて、不審そうに顔をしかめた。

「それがさ、聞いてよー……」

茉麻が事の顛末を話そうとしたそのとき。

「見つけた!」
「……へ?」

目の前にべったりとくっつくように現れた物陰に、茉麻は体ごとのけぞらせる。
そしてそれを指でつまんで目の前にぶら下げる。
間違いなく。
愛理だった。

「りーちゃん、いたよ! 茉麻いた!」

ぶらさげられたままの愛理が嬉しげに声をかけると、突然どこからともなく梨沙子の姿が現れる。

「ホントだー。久しぶりー」
「ああ、うん。――っていうか、あんたら何してんの!?」
「愛理がどうしても茉麻にまた会いたいって言うから――」
「わああっ! りーちゃん!!」

茉麻の手の中で愛理がじたばたと梨沙子に手を伸ばす。
それでも梨沙子はのんびりと笑っている。
森神だったらあの森を離れてはいけないんじゃないかと一瞬思ったが、こいつらが神様だなんて誰も信じない



「――え? っていうか、え?」

二人のやり取りに困ったようにため息をつく茉麻の隣で、反応の鈍い雅がぱちぱちと瞬きをする。
その声に愛理と梨沙子はやっと雅の存在に気づいたようだ。

「だーれ?」

はたはたと雅の方に飛んで近づき、くいっと首をかしげる梨沙子の目がうっとりしていることに気づいて、
茉麻は苦笑いを浮かべる。
もしかして、天使って惚れっぽい?

「あたしの友達。みや。みや、この子達は愛理と梨沙子っていって――」
「うっそ! マジ? マジ天使? うち初めて見るんだけどっ。めっちゃかわいいじゃん!!」

雅が目の前に両手を差し出して、梨沙子はふわりとその上に降り立つ。
興奮気味に頬を高潮させながら梨沙子を見つめる雅に、
茉麻は天使との付き合い方をあとでよく注意しておかないといけないなと思った。

「まーさ……」

――その前に、自分が注意しなければならないかもしれないけれど。


自分の手の中でうっとりとした笑みを浮かべる愛理に、茉麻は困ったように目を細めた。
 
667 :esk :2011/02/14(月) 00:04
『 天使の誘惑 』   終わり
668 :名無飼育さん :2011/02/14(月) 10:48
天使たまらん
「ハロプロまるわかりBOOK」vol.3ではすーちゃんが
「Berryz工房だと(菅谷)梨沙子がかわいいって 思ってるんだけど、
Berryz工房以外だと、愛理がかわいいですね。」って
ラブコールしてますね むふふ
669 :esk :2011/02/15(火) 00:09
読んでくださった方、ありがとうございます。

>>668さま
すーちゃんの溺愛っぷりは梨沙子だけかと思ってたんですけど、
愛理もだったんですねえw


みやさき

『 Valentine Kiss 』
670 :Valentine Kiss :2011/02/15(火) 00:11

「もーっ。夏焼先輩どこいっちゃったんだろ」
「学校には来てるんだよね?」
「見たって子がいるからそれは確か!」

屋上に続く階段から降りてきた女子生徒の手には小さな包みが握られていた。
すれ違いざま、昼休みももう終わるこの時間にコートを着たままの佐紀に不思議そうな顔をしながらも、
小さく頭を下げていく。
顔も知らない後輩に片手を挙げて応えながら、前生徒会長ってレッテルはまだ生きてるんだな、
なんて佐紀は少し気恥ずかしく思う。
照れたように前髪を触りながら、佐紀はさらに廊下を奥へと進む。
突き当たり、非常階段へと続く重い扉を押し開けた瞬間に昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。
その音に佐紀は一瞬迷ったけれど、教室へは向かわずにそのまま外に出た。

カン、カン、カン

硬い音を立てながら最上階まで非常階段を上がりきった踊り場、
冷たい鉄の床に座り込み、壁にもたれたまま目を瞑っている、それは雅だった。
佐紀がそっと覗き込むと、その気配に気づいたのか伏せられていた長いまつげがぴくりと揺れる。
ゆっくりと雅のまぶたが開いて、とろりとした視線が佐紀の姿を認めてゆるく微笑む。

「佐紀。来てたんだ」
「今来たこと」

3年生の佐紀は付属大学への内部進学がもう決まっているので今は自由登校になっている。
今日は用事があって学校へやってきたが、授業に出る義務はない。
対して2年生の雅は……がっつりと授業中のはずだが。

「なんでここだってわかったの?」
「伊達に長い付き合いじゃないですから」

雅と佐紀はひとつ年が違うが小学校からずっと仲の良い親友だ。
雅の発想なら大体のことはわかる。

「チャイム鳴ったよ」
「あー。そうなんだ」
「サボるなら他の場所にしなよ。風邪引くって」
「んー。うん。そうだねえ」

目の前に差し出された佐紀の手を取って、雅が体を起こす。
しかしそのままだらりと手すりに体を預けて背中を丸めた。
いつも無駄に元気な雅のその様子に、佐紀は少し心配そうに眉を寄せる。

「みや……?」
「バレンタインは好きだけど、やっぱりめんどくさいよ」

朝から後輩先輩同学年にかかわらず追い掛け回されて、疲れきった雅は深いため息をつく。
ぐったりとしている雅の横顔を見つめながら、佐紀は小さく唇を尖らせる。
それはみやがもてるからじゃん。
なんて言いたくない。

「食べる?」

佐紀が唇を尖らせていると、雅はうつむいたまま視線だけを向けてポケットに手を突っ込んだ。
取り出した手に握られていたのはクランキーのスティックケース。

「……これは?」
「ちぃに貰った」

雅の口から出た共通の友達の名前に、ほっとして佐紀は手を伸ばす。
去年は渡されるままに受け取っていたら、握手してくださいだの一緒に写真撮ってくださいだの、
だんだんエスカレートして面倒なことになったから、今年は受け取らないことにするって雅は言っていた。
だからまさかそれでも受け取った相手がいたのかと思ってどきんとしたのだ。

「佐紀」
「う。うん?」

包みを開いて口にほおばった瞬間に声をかけられて、佐紀は慌てて口元を押さえる。

「これ、あともうあげる」
「へ? まだいっぱい入ってるよ?」
「いいから。あげる」

雅のじれたような声に、佐紀は素直にチョコレートを受け取る。
目の前で振ってみるとかたかたと重い音がして、二つ三つしか減っていないと思われた。
 
671 :Valentine Kiss :2011/02/15(火) 00:12

「だから、そっちちょうだいよ」
「へ?」

雅の指差した先を視線で追って、佐紀は慌てて手で押さえる。
指差した先、コートのポケットからのぞいていた赤い箱の角。

「……うちのじゃないの?」

雅の顔は不安げというよりも不機嫌そうで、だけど佐紀はそれをかわいく思った。

「みやのだよ」

ふわりと笑みを浮かべて佐紀が差し出した箱を、雅は照れたように口元をゆがめて受け取る。

「開けていい?」
「えっ、今?」

慌てる佐紀をよそに雅はさっさと包みを開いてしまう。
コートのポケットに入れていたから溶けてしまっていないか少し心配していたが、
今日の寒さが幸いしてチョコレートはしっかりと原形をとどめていた。
ひとつ摘み上げた雅はためらいなくころんと口の中に放り込む。
心配げに見つめる佐紀ににこりと笑みを浮かべる。

「おいしい!」
「ホント?」
「ホントホント。これ手作りだよね? 佐紀めっちゃすごいじゃん!」

嬉しそうにはしゃぐ雅に、佐紀は一瞬まぶたを閉じてごくりと息を呑んだ。
バレンタインに佐紀が雅にチョコレートを渡し、ホワイトでーには雅がお返しをする。
それが毎年のパターンだった。
だけど今年は。高校を卒業する今年は、佐紀はそれだけのパターンを変えたかった。
そして、雅も変えたいと思っていることに気づいていた。
だから。
佐紀はゆっくりとまぶたを開くと、雅の細い腕をそっとつかんだ。

「ねえ、みや」
「ん?」
「手作り、頑張ったからさ……ごほうび欲しいな」
「え。あ……うん」

一瞬きょとんとした雅だったが、真っ赤になっている佐紀の言葉の意味を察して少し体を寄せてくる。
うつむくようにゆっくりと、こちらもうっすらと赤くなった雅の顔が近づいてきて。


雅の唇からは、ふわりとチョコレートの香りがした。


「へへへ」

離れていく顔を追うように、佐紀は雅の腰に腕を回して体を寄せる。
照れたように笑う佐紀の体を、雅も同じようにゆるく抱きしめた。

しばらく言葉もなく、目を閉じてお互いの体だけを感じていた二人の頬に、冷たいものが触れて目を開く。
ゆるく抱きしめあう二人の上、昼間にしては少し暗い空から、はらりはらりとと白いものが舞い降りてきた。

「あ、雪……」
「どうりで寒いと思った」
「もう帰っちゃおうか」

まだ授業は残っているが、雅のサボりはいつものことだし、佐紀が学校へやってきた用事はもう済んだ。
このまま手を繋いで帰りたいな。
そう思った佐紀の提案に、しかし雅は難色を示す。

「んー……。もうちょっと」
「今だったら大丈夫だよ。授業中だし」
「……そうじゃなくてさ」
「うん?」

もう追いかけられることはないよ、と佐紀は言うが、かえって雅の腕の拘束は強まった。


「もう少し……こうしてようよ」
 
672 :esk :2011/02/15(火) 00:14
『 Valentine Kiss 』   終わり

学園モノは甘くないとね!
673 :名無飼育さん :2011/02/15(火) 22:45
ごちそうさまです。
幸せそうで、なにより。最近、みやまあが気になる。
ここの須藤さんは、可愛いですね。
674 :esk :2011/03/10(木) 23:11
読んでくださった方、ありがとうございます。

>>673さま
みやまぁいいですよね。流行ってきたかな〜。
須藤さんはかわいいのですよ!


ぼの

『 唇の味 』
675 :唇の味 :2011/03/10(木) 23:14

いそいそと楽屋に戻ってきた雅の視界に目に飛び込んできたのはそこにはいないと思っていた人物で、
雅は少し驚いたように入り口付近に立ち止まった。
一足先に撮影を終えた愛理はすでに帰っていて、
楽屋ではこれも先に撮影を終えていた桃子が一人で雅の戻りを待っているはずだった。
だからこそ急いで戻ってきたのに。

少しだけがっかりしてしまったことを愛理に申し訳なく思いながら、雅はゆっくりと扉を閉めると、
床に膝を着いたままで熱心に椅子の上を見つめる愛理の背中に近寄る。

「何してんの?」
「しーっ」

振り返った愛理は、唇の前で立てた人差し指でちょいちょいと椅子を指し示す。
不自然に付き合わされた椅子の上には一枚のタオルケット……にくるまれた小さな人影。
それが誰かなんてわかりきっていたけれど、雅はあえて呆れた声で愛理にその名前を確認する。

「なにこれ、桃? 寝てんの?」
「うん。かわいいよね〜。赤ちゃんみたい」

ささやくような小声でつぶやきながら、愛理は桃子の顔にかかっている髪を指先で払いのける。
そのしなやかな指の動きに、雅はとっさに愛理の肩を抑えた。

「起こすこともないじゃん」

その少しイラついたような声に、愛理の指先がぴたりと動きを止める。
雅には見えない口の端がくいっとつりあがった。

「愛理?」

反応のない愛理を不審に思った雅がもう一度名前を呼ぶと、
愛理はもったいぶるようにゆったりと振り返る。

「――」

その表情に、雅は開きかけた口を閉じるのも忘れて見入ってしまった。
ふふ、とゆるく笑う口元。
それはよく見慣れた愛理の笑顔のようで、しかしどこか違和感を感じる。

黙り込む雅をよそに、愛理はすくっと立ち上がる。
雅だってそう小さい方ではない。
平均身長だと言っていいはずなのに、いつの間にか愛理にも梨沙子にも身長を追い抜かれてしまった。
ほんの少し角度のついた視線で雅は愛理をぼんやりと見上げる。

一方、愛理は見下ろす視線でぐいっと雅に顔を寄せる。
思わず雅が顔をそらすと、愛理はその耳元に小さくささやいた。

「みやの前ではあんな風?」
「は?」
「桃。みやの前ではいつもあんな風に眠るのかなと思って」
「なっ、なに、言って――?」

愛理の言葉に含まれた意味を感じ取った雅の頭に、自分の隣で眠る桃子の寝顔が思い浮かんで、
頬がかあっと熱くなった。
桃子と自分の関係を愛理は知っている。
けれど今までそれをこんなあからさまな言葉でからかうことはしなかった。
それがどうして。
からかわれた恥ずかしさよりも、その真意を測りかねて、雅は眉を寄せて愛理を見上げる。

愛理は不審げな雅の視線を真っ向に受けながら笑みを絶やさずに、
その長い指をゆっくりと雅の頬に伸ばした。

「あいり……?」
「みやに触れられて、桃はどんな顔をするの?」

頬を撫でる愛理の手に、雅は不安げに視線を向ける。

「見たいなあ。みやしか知らない桃」

耳のそばでくすくすと笑う愛理の声が、低く雅の頭に響く。
頭がガンガンする。
めまいがして。
喉が渇く。
ごくりと息を飲んだ雅の喉を愛理の指先がゆっくりとすべり――。
 
676 :唇の味 :2011/03/10(木) 23:15

ごっ

そのまま手のひらで押しつぶすように喉元を強く押し出されて、雅は壁に押し付けられた。

「なに、す……っ」

背中を丸めてげほげほと咳き込む雅の顔を無理やりに上げさせ、涙目の雅の視界に愛理は笑う。
その笑顔がゆっくりと近づいてきて。
抵抗する隙もないくらい自然に、雅の唇を柔らかい感触が覆う。
まだ咳き込もうとする雅の唇の隙間から押し込まれた愛理の舌先が雅の口内を蹂躙した。

「何っ、なんなわけっ?」

めまいがするほどに呼吸を奪われて、それでも開放された雅は強い視線で愛理をにらみつけた。
ごしごしと唇をぬぐう雅に、愛理はくすくすと笑う。

「愛理!」
「ん……んぅ」

雅はイラだったように声を荒げる。
その甲高い声に、椅子の方からもそもそと桃子の身じろぎが聞こえた。
はっと身構える雅に愛理はいかにも面白そうに笑いかける。

「ほらほら。桃起きちゃうよ」
「そ、……」

ぐっと唇をかんで、雅は言いかけた言葉をのみこむ。
起きたっていい。
そんなの関係ない。
そう言おうとしたのに。
唇に、舌先に残る愛理の感触が言葉をさえぎる。

あまりにも鮮明に残るその感触。
愛理の柔らかさも、熱さも、まだ今この瞬間に触れ合っているかのように反芻することが出来る。
その事実に、雅は愕然とした。
愛理の存在を忘れられないこの唇で。


自分は桃子に口付けることが出来るだろうか。


呆然と立ち尽くし青ざめる雅をひとしきり楽しそうに眺めると、
愛理は、さてと、とテーブルの上の自分のバッグをつかんだ。

「あたしもう帰るね」

ひらひらと手を振って愛理がドアノブに手を伸ばした。
はっとした雅が思わずその肩をつかむと、愛理はそれを予測していたかのように綺麗に振り返った。
雅は一度開きかけた口を閉じて、ちらりと桃子を見やる。
丸まった肩は規則正しく上下していた。
それを確認して、雅はもう一度口を開いた。

「……。どう、して」

弱弱しく漏れた声は低く掠れていた。
雅自身、自分が愛理に何を聞こうとしているのかわからなかった。
けれどどうしても納得がいかなくて。

どうして。
なぜ、あんなことを。
何がしたい?
何を考えている?

言葉よりも饒舌に思いを語る雅の目を、愛理は楽しそうに覗き込む。
そして肩にかかった手をそっと振り払うと、そのままぎゅっと握り締めた。


「壊れちゃえばいいなって。そう思っただけだよ」


そう言って、愛理はいつもどおりのふにゃりとした笑みを浮かべた。
 
677 :esk :2011/03/10(木) 23:16
『 唇の味 』   終わり

う〜ん……
678 :名無飼育さん :2011/03/11(金) 01:44
ドキドキした…。
続きありますよね、ね?
679 :名無飼育さん :2011/03/26(土) 21:06
はわわわわッ
愛理怖いよッ><
680 :esk :2011/04/09(土) 00:15
読んでくださった方、ありがとうございます。

>>678さま
続き……あるようなないようなw

>>679さま
黒愛理ですから!

嗣永さん高3、夏焼さん高2でお願いします。
681 :痛みと手当て :2011/04/09(土) 00:43

「♪〜」

埃っぽい昇降口に一人立つ桃子は、鼻歌交じりにパタパタとつま先を鳴らす。
目の前を流れていく制服の群れを眺めながら、時折廊下の方へ体を乗り出す。
目当ての人物はなかなか現れないけれど、この待っている時間も結構悪くない。
だって、もうすぐ雅に会える。

今日はどこに寄り道しようかな。
雅の家に行きたいって駄々をこねてみようかな。
きっと真っ赤になって恥ずかしがるけど、でもきっと許してくれる。

そんな雅を思い浮かべてうつむき加減ににやにやとしていたら、ふっと覚えのある香りが鼻をくすぐった。
反射的に顔を上げると、期待通り、すぐそこに雅がいた。

「みっやぁ」

嬉しくて語尾をはねさせる桃子を、しかし雅はちらりと一瞥しただけで下駄箱に手を突っ込む。

「……みや?」

ぼこっと音を立ててローファーが床に転がる。
無造作に足を突っ込む雅の横顔に桃子は口をつぐむ。
なんだか、機嫌が悪そうだ。

それって結構。
雅には珍しい。

何があったんだろう。
桃子はどう声をかけていいかわからなくてためらいがちに雅の横顔を見つめた。
しかしそんな桃子を振り返りもしないで、雅は昇降口を出て行こうとする。

「みや、ちょっと!」

さすがに焦った桃子がぐいっと雅の肩に手をかけて引き寄せた、
その手は雅によって強く振り払われてしまった。

「――っ」

振り返った雅からは無言できつい視線を浴びせられる。
思わず桃子が身をすくめると、はっとしたように雅はにらみつける視線を少し和らげた。
だけどその視線はまだいつも桃子の見慣れたものとは程遠くて。

「――帰る」

突き放すような言葉を吐き捨てた雅は、桃子を振り返ることもしないで昇降口を出て行く。
その背中に、今度は桃子は声をかけることも出来なかった。
一瞬でそらされた視線が、苦しげで、どこか泣きそうに見えて。


ざわざわと流れる制服姿の波の中、桃子はいつまでも呆然と立ち尽くしていた。




どうやって家までたどり着いたのか。
思い出せないままに、桃子は着替えることもしないでベッドにうつぶせる。

いつでも明るくて元気で。
つらい時だって笑ってみせる。
それが雅だ。

「……あんな顔、初めて見た」

ぽつりとつぶやく自分の声が低くかすれていて、桃子は枕に顔をぎゅっと押し付けた。
しかしまぶたに写るのは雅の姿ばかり。

出会ったのは去年の4月。
新入生歓迎会で、雅に同じ新入生だと勘違いされて一年生の列に連れて行かれそうになった。
そのとき強く引かれた手の感触が忘れられなくて。
何度か顔を合わせるうちに、自分がこの年下の新入生に心惹かれていることに気づいた。
年下のクセに会うたびに桃子をからかう雅。
だけど本当に不安な時は桃子を頼りにしてくれる雅。

何をきっかけに付き合うようになったというわけではないけれど。
初めてのデートもはじめてのキスも、初めての……。


♪〜


「……!」

突然鳴り響いた着信音にがばりと体を起こすけれど、すぐにそれが雅の音ではないことに気づいて、
桃子はため息をひとつついた。
着信はメールで、すぐに携帯は静かになった。
けだるげに手を伸ばすと、送信者は案の定雅ではなく、その友達で桃子とも仲良くなった千奈美だった。
桃子は千奈美からのメールを開けもしないで携帯を放り出す。

しかしすぐに思い直してつかみ直すと、手の中でぐっと握り締める。

メール、してみようか。
さすがに電話をする勇気はないけれど、メールくらいなら……。
でも、なんて?

『怒ってるの?』

……怒らせた、のだろうか。
なぜ、なんてさっきからずっと考えているけどわからない。
今朝だって二人で一緒に登校した。
少し眠たそうな雅はいつもと変わらなく見えたけれど。

どうして。

頭の中の眠たげな雅の表情が、険しく桃子をにらみつける。
その視線に胸の置くがぎゅっとつまって、桃子は携帯を握り締めたまままた枕に顔を押し付けた。
 
682 :痛みと手当て :2011/04/09(土) 00:44

◇◇◇

次の日の放課後、桃子は雅の教室を恐る恐るのぞきこむ。

「あれ?」

雅の席は空っぽで、かばんさえもかかっていない。
もう帰ってしまったのだろうか。

昨日は結局あのままメールも電話もできなかった。
今朝も通学路で雅に出会うことはなかった。
学校では二人は学年が違うので普段から会うことはすごく稀で、
だから今日初めて雅の顔を見に来たのだったけれど。

残念なような安心したような。
複雑な気分で雅の席を眺める桃子の後ろから、唐突に声がかかる。

「桃?」
「わっ……ってなんだ、千奈美か」
「何だってなにさ!」
「もー。うるさいなぁ」
「みや休みなのに何しに来たの?」
「え!?」
「え、って知らなかったの?」

千奈美は二人の関係も知っているので、桃子が雅が休みだと知らないなんて思いもしなかったのだろう。
そのいぶかしげな千奈美の視線を前に桃子も驚いて目を見開く。

「……風邪?」
「さあ。ここのところちょっとしんどそうだったけど、風邪だったのかな」
「え……」

気づかなかった。
毎日たくさんの時間を一緒にすごしているつもりだったのに。
それなりに空気も読めるつもりだし、何よりも雅のことなら何でもわかっていると思っていたのに。
何もわかっていなかった?
だから雅を怒らせた?

「ってか、桃、昨日メール――」
「みやんち行って来る!」
「は? わっ……と」

思い出したように話しかけてきた千奈美を押しのけて、桃子は廊下を駆け出した。




勢いで雅の家の前まで来たものの、なかなかインターホンを押すことが出来ずに、
桃子は家の前をうろうろと往復する。
やっぱりすごく怒っていたら。
すごく迷惑そうな顔をされたら。
そう思うともうこのまま帰ってしまおうかと思うけれど、もしもひどい風邪を引いて寝込んでいたら。
そして家の中に一人だったりしたら。
苦しげに息をつく雅を思い、桃子はやっと足を止めた。

「よし」

ごくりと喉を鳴らして震える思い切って手を伸ばした、そのとき。

「何してんの?」
「――!」

突然背後から声をかけられて桃子は驚いて振り返る。
そこに立っていたのはすごく見覚えがあるような、ないような男子。

「……」

明るい茶髪と細い眉、着崩した制服の少年の見た目に桃子はじりっとあとずさる。
おびえたような桃子の反応に、少年はぽりぽりと頬をかく。

「ツグナガさんだよね、確か。雅に用事?」
「みや……あ、みやのおとーと君」

雅にそっくりな少年は、入る? と門扉に手をかけて桃子を振り返った。
その少年に続いておどおどと夏焼家の玄関扉をくぐる。
見覚えがあるはずだ。
何度も雅の部屋に来ていた桃子は、一度だけ彼をちらりと見かけたことがあった。

「アイツ今日学校休んだでしょ」
「あっ、そう! どうしたの? 風邪?」
「風邪? あんなバカが風邪なんか引くわけないじゃん」

軽く笑い飛ばす少年に桃子はほっと胸をなでおろす。
しかしそうなると怒っているという選択肢が残ってしまうわけで。
桃子は恐る恐る少年に声をかけた。

「みや、今日どうしたの?」
「そっれがさ、すっげー笑えんの!」
「へ?」

桃子の質問には答えずにげらげらと笑い始めた少年の、そのあとをついて階段を上がると、
すぐに立ち止まった少年は右側の部屋の扉をノックした。

コンコン

「みやびー」

コンコンコン

「おーい」

コンコンコンコン

「ぶさいくー」

ばんっ

「うるさい! ……って、え?」

勢い良く部屋の扉を開ききった雅は、桃子を見つけるとぐるりと目を丸くした。
 
683 :痛みと手当て :2011/04/09(土) 00:47


「………親知らず?」

弟君のおかげで無事に部屋に入れてもらえた桃子はぺたりと座り込む。
そして恐る恐る今日学校を休んだわけを聞きだすと、
ベッドに腰掛けた雅の口から出た言葉は桃子の耳を疑うものだった。

昨日、親知らずを抜いたのだと。

雅はそう言った。
放課後、昇降口で桃子に会ったときはすでに痛みのピークで、
ぼんやりとしていてあまり覚えていないという。
そのまま歯医者に駆け込んで抜いてもらったのだが、昨日から続く痛みに雅は疲れきった顔をしている。

「言ってくれたらよかったのに」
「だって、言ったら桃来るじゃん」
「そりゃ来ただろうけど」
「それに……こんな顔だし」
「は?」

言われて見てよく見ると、たしかにシャープな雅の頬のラインが少し腫れているように見えるが、
よく見ないとわからない程度である。
まじまじと見つめる桃子の視線に、ぶすっとした機嫌悪げな目元が少しずつ赤くなっていく。

「だから会いたくなかったのに……」

痛みがあるのか恥ずかしいのか、目をそらしたままで、あまり口をあけずにぼそぼそとしゃべる雅。
見慣れた雅の態度に、桃子は安心してにまにまと口元を緩める。
そんな桃子に、雅はがばっとベッドにもぐりこんで背中を向けた。

「もう寝る!」

くぐもった雅の声が宣言する。
その声に桃子はくすくすと笑いながらベッドのそばに座り込むと、雅の肩の辺りをゆっくりとなでた。
今日はその手を振り払われることはない。

「そういやさ」

ゆっくりと手を動かしながら桃子はひとつ気になっていたことを口にした。

「千奈美がみやはここのところしんどそうだったって言ってたけど、桃の前じゃ我慢してたの?」
「……」

雅からの返事はない。
やっぱり自分は雅の不調に気づかなかったんだろうか。
雅に嫌われていないことは十分に伝わったけれど、やはりそれはそれで落ち込む。
悔しくなって手を止めてしまった桃子に、雅はもぞもぞと身動きをしてこちらに体を向けた。

「……桃が」
「うん?」
「いたら、あんまり痛くなかった」
「……うん?」

途切れ途切れの雅の言葉の意味がわからなくて、桃子は首をかしげた。
そんな桃子に焦れたような目で、雅は止まったままの桃子の手をちらちらと見やる。
桃子にはその視線の意味もわからず、ただ、自然に手が動いた。

少し腫れぼったい雅の頬はいつもより少し柔らかくて、熱を持っているように思えた。

手のひらから伝わる感触に、桃子は心配になって雅の顔を覗き込む。
しかし目を閉じている雅の顔はむしろ満足そうで。

『桃がいたらあんまり痛くない』

それって。
なんか。

めずらしく素直に自分の手に身を預ける雅。
桃子はその態度に照れたように顔をそらしたままで、逆の手でまたゆっくりとその肩を撫ではじめた。
 
684 :esk :2011/04/09(土) 00:48
『 痛みと手当て 』   終わり
685 :名無し募集中。。。 :2011/04/11(月) 21:39
手当てって言うと从o゚ー゚从<お手当てって言葉あるでしょ
ゲキハロ思い出しました
桃子が雅の痛みをクローズ
686 :esk :2011/04/23(土) 00:08
読んでくださった方、ありがとうございます。

>>685さま
そっちですかw


くまぁずくまぁず

『 シアトル・パンチ 』
687 :シアトル・パンチ :2011/04/23(土) 00:09

わあああ


ステージを降りたあたしの元にまで、大きな歓声が聞こえている。
鳴り止まない拍手と歓声を聞きながら、
あたしたちは汗びしょの顔で抱きしめあって、シアトルでのライブの成功を喜びあった。

メンバーと順番に抱きしめあって、最後に熊井ちゃんに向かって手を伸ばすと、
熊井ちゃんは少し照れたような笑顔であたしの手を取ってくれた。
しかし、熊井ちゃんの逆の腕を引っ張る背の高い男の人(アメリカ人)。
良く見るとどうやら警察官のようだった。
驚いてあたしが熊井ちゃんを引き寄せようとすると、
男の人(アメリカ人)は熊井ちゃんの細い腕をつかんだままで英語で何かをまくし立てる。
もちろん何を言っているかはわからなくてぽかんとしていると、突然熊井ちゃんが英語で反論を始めた。
その様子に気づいたのか英語の出来るスタッフさんなどもやって来てなにやら真剣な話し合いになり、
あたしはその場から締め出されるように、仕方なく熊井ちゃんの手をそっと離した。

警察官らしき人もいつの間にか一人二人と増えていき、
なにか大事が起こっているらしいと心配げなメンバーと一緒になって見守るしかできなかった。

しばらくして、がっくりとうなだれて戻ってきた熊井ちゃんにみんなで駆け寄る。

「熊井ちゃん……」

その腕に触れて顔を見上げると、熊井ちゃんは泣きそうな顔で唇をゆがめた。

「ずっと内緒にしてたんだけど……うち、実はアメリカ人だったんだ」
「えええええっ!?」

愕然とするあたしのそばで、みんなは『ああ……』と納得顔で熊井ちゃんを見上げている。
つられてあたしもうなずいちゃったけど、続く言葉には絶対にうなずけなかった。

「それがさっきのライブでばれちゃったみたいで……もう日本には帰れないんだって」
「なっ、なんで!」

スタッフさんがみんなに説明している、不法滞在が何とかって言葉なんて耳に入ってこない。
あたしは熊井ちゃんの腕をゆさぶって泣きそうな顔にせまった。

「熊井ちゃん!」
「ごめんね茉麻。これからは茉麻がベリーズの最高身長を守ってね。ほら。182cm」
「ちょ、今のままでいいしっ。っていうか176cmでしょっ!?」
「だめだよ。うちもうこれ以上うそはつけない」
「今更なにを――ってそうじゃなくて!」

「熊井ちょー、元気でね」
「あたしたちのこと忘れないでね」
「日本から抹茶送るね」

すでに着替えて帰り支度を終えたメンバーが熊井ちゃんを取り囲んで、最後の別れを惜しんでいる。
みんなの言葉に涙を浮かべる熊井ちゃんに、あたしは何も声をかけられない。
呆然としたまま、まだ衣装を着たままのあたしはスタッフさんにせかされて飛行機に乗り込んだ。

ごおおおお

飛び立つ飛行機の窓から、一生懸命に手を振っている熊井ちゃんがどんどん小さくなる。
ああ。
もう会えないんだ。
もう一緒に歌ったり踊ったり出来ないんだ。
一緒に遊んだりはしゃいだり出来ないんだ。
あの微妙な話ももう聞けないんだ。

……そんなの、イヤだ。

「あたし、降りる!」
「すーちゃん何言ってんのっ。もう飛行機飛んでるよ?」
「飛んでても降りる! 桃、パラシュートとって!」
「ダメだよ、危ないよ」
「イヤだ! あたし熊井ちゃんと離れたくない!!」

暴れだしたあたしはみんなに押さえつけられて、身動きが取れない。
それでもあたしは必死になって体に力を込めた――。
 
688 :シアトル・パンチ :2011/04/23(土) 00:11

◇◇◇

「……さ……まーさ」

肩をゆすられて、あたしははっと目を見開いた。

「茉麻、どうしたの?」
「え、あ、あ……?」

ごおおおおお

低く響く飛行機の音。
ぱちぱちと瞬きをすると、少し照明を落とした薄明かりの中で、熊井ちゃんのあたしの顔を覗き込んでいた。

「夢か……」

はあ、とため息をついて腕時計を確かめると、寝入ってから2時間ほどが過ぎた時刻をさしていた。
今はまだシアトルに向かう飛行機の中。
現地についてからは分刻みのハードスケジュールだからしっかり寝ておくようにと言い含められたけれど
気持ちが高ぶっていてなかなか眠れない中、
隣に座る熊井ちゃんの寝顔を見ているうちにやっとうとうとしたのだった。

「なんかうなされてたけど、怖い夢だったの?」
「ああ……うーん」

心配げに熊井ちゃんにきゅっと手を握られる。
ちらりと視線を向けると、逆隣の桃のまぶたはしっかりと閉じられている。
前後に座っているはずの他のメンバーやスタッフさんの声ももう聞こえない。
あたしは熊井ちゃんに合わせた低い声を出す。

「怖いって言うか……まあ怖い、かな」
「どんなの?」
「えっとー、シアトルでライブしたあとにね」
「うん」
「熊井ちゃんがアメリカ人だってわかって」
「えー?」
「それであの……熊井ちゃんがアメリカに残るって言うから……あたし……」

絶対にありえないバカな夢なのに、あのぞっとするような気持ちを思い出して、
あたしはぐっと胸が痛くなった。
思わずぎゅっと熊井ちゃんの手をにぎりしめたけれど。

すーすー

軽い寝息が聞こえてきて熊井ちゃんの顔を覗き込むと、目もしっかり閉じられていた。
どんな夢って熊井ちゃんから聞いてきたのに。
苦笑が浮かんだけど、ま、いっか。
あたしのせいで起こしちゃったみたいだし。

ゆっくり寝てね。
心の中でつぶやいて、ゆるく開いたままの唇に小さくキスを落とした。

しばらくその寝顔を見つめて、ゆっくりとシートに体を沈める。
あたしもしっかり寝てライブ頑張ろう。
繋いだ手はそのままに、しっかりと目を閉じた。


もしもシアトルで熊井ちゃんが警察に捕まっても、絶対にこの手は離さない。



(……って桃、起きてるんですけど! もー、意地でもみやの隣に座ればよかった!!)
 
689 :esk :2011/04/23(土) 00:12
『 シアトル・パンチ 』   終わり

………。
690 :名無飼育さん :2011/04/23(土) 22:18
久しぶりのくまぁず!!O(≧∇≦)O
691 :あお :2011/04/26(火) 02:56
くまぁず!くまぁず!
692 :esk :2011/05/05(木) 00:59
読んでくださった方、ありがとうございます。

>>690さま>>691さま
くまぁずくまぁず

りしゃまぁ。おバカ系。
タイトルと中身が関連していると思ってはいけない。

『 名探偵愛理の華麗なる事件簿 』
 
693 :名探偵愛理の華麗なる事件簿 :2011/05/05(木) 01:00

がたん

「……ん?」

体育館脇の自販機、お茶のペットボトルを取り出した梨沙子は、
キャップをひねった形のままでぴたりと動きを止めた。

「う〜」

キャップが硬くて開かない。

のどが渇いてるのに。
今飲みたいのにっ。
美術部に所属している梨沙子は、今日の部活はかなり集中して絵を描いていた。
そのせいか、部活が終わって気がつくととてものどが渇いていた。
だから帰りにわざわざお茶を買ったのに。
これでは飲むことができない。

「むーっ。開かなーいっ」

唇を尖らせて、眉を下げて。
泣きそうな顔はフリじゃなくて。
たったこれだけのことで本当に涙目になっていた。

「――」

誰かに自分のことを呼ばれたような気がして、梨沙子は潤み始めた目で声の方向に振り返る。
数メートルの距離で長い黒髪の女子生徒と目が合った。
知った顔ではない。
自分と同じ一年生ではなさそうだ。
二年生か、大人っぽいから三年生かな。
不思議に思いながら梨沙子は首をこてんと傾ける。
すると女子生徒は、一瞬表情を硬くすると、大またに梨沙子との距離を縮めてきた。
小さくはない梨沙子があごを上げる形になって、背が高い人だなと思った。
すぐそばから見下ろされる無表情な大きな目を、梨沙子はただぼんやりと見上げる。

「貸して」
「へ?」
「それ」

ひょいと伸びてきた白い手が、梨沙子の手の中のペットボトルを抜き取る。
ぽかんとしている梨沙子をよそに、女子生徒はそのキャップをひねった。

カシ

「ハイ」

数秒で手の中に戻ってきたペットボトルは無事にキャップが開いた。

「あ、」

お礼言わなきゃ。
そう思って顔を上げた梨沙子の言葉が途切れる。
目の前の女子生徒の無表情は、優しげな笑みに変わっていて。


梨沙子はぽかんと口を開けたまま立ち尽くした。

 
694 :名探偵愛理の華麗なる事件簿 :2011/05/05(木) 01:02

「愛理っ」
「おはよ、りーちゃん。どうかしたの?」

息せき切って朝の教室に駆け込んできた親友に、愛理は目を丸くする。
この親友は、どちらかといえばいつでもおっとりとしてるはずなのに。

「愛理、あれ見せて。アレっ」
「えー。もうしょうがないなあ」

愛理は机の中に手を突っ込むと一冊のノートを差し出した。

「数A。……っ」

ノートの表に書かれた微妙な絵と共に大きく書かれた教科名に、梨沙子は慌ててぱらぱらとページをめくる。
使用されている限り、最後のページを凝視すると、
愛理の隣の自分の椅子を引いてかばんからノートを取り出して手早く写し始めた。

それから数分後。

「愛理ありがとー。助かったあ」
「どういたしまして。明日はちゃんと自分でやってきなよ」
「えー。だってあたし数学嫌い」
「でも宿題はちゃんとやらなきゃダメだよー」
「はーい。……って違うっ」

ばん、と机を叩く梨沙子に愛理はきょとんとした目を向ける。

「え、何? どっか間違えてた?」
「ちっがうのっ。数Aじゃないの」
「ええ、古典も?」
「それはやったよっ。そうじゃなくて。見せて欲しかったのは、アレだよっ」
「今日他に宿題出てたっけ?」
「もう、宿題から離れてよっ。そうじゃなくて、生徒名鑑っ」
「ああ。そっちか」

アレじゃわかんないよ、とため息をつきつつも、自慢げに愛理がかばんの中から取り出したのは、
数学のノートとは違う硬い表紙の分厚いノート。
愛理が新聞部のコネを利用して作っている、この学校の主要な人物名鑑。
部活で活躍してる人とか、美人さんとか、美人さんとか、美人さんとか……。
何に使うんだろうと梨沙子は常々不審に思っていたけれど、
まさかこんな形で利用することになるとは思わなかった。

「誰を知りたいの?」
「あのね――」

梨沙子が体を乗り出したそのとき、始業を告げるチャイムが鳴った。
 
695 :名探偵愛理の華麗なる事件簿 :2011/05/05(木) 01:04

休み時間、梨沙子は昨日の出来事を思い出しながら愛理に話して聞かせた。
梨沙子の細切れな話を総合して、
愛理がやっと昨日の駅ごとを理解したころにはすでに放課後になっていた。
クライスメイトもまばらになった教室で、愛理と梨沙子は愛理の生徒名鑑を真ん中に顔を突き合わせていた。

「長い黒髪で背が高くて力が強いって……舞美ちゃん?」
「……愛理?」
「冗談だってば。舞美ちゃんは髪切っちゃったし」
「そもそもここにはもういないでしょ」

矢島舞美とは今年愛理たちと入れ替わるようにこの学校から卒業していった生徒で、愛理の幼馴染兼恋人である。
梨沙子と愛理は中学から一緒なので、梨沙子も舞美と面識があった。

「そうだなー。背が高いって言えば二年の熊井先輩だけど……」

ぱらぱらとページをめくる愛理。
めくられていくページには、生徒一人一人の簡単なプロフィールと写真、コメントなどが書き込まれている。
その完成度に、梨沙子は自分の親友にいささかの恐怖心を覚える。
この人、と愛理の指差す先の顔写真を覗きこんで、梨沙子はふるふると首を振る。

「わ。カッコイイ……。でも違う。それに茶髪じゃん」
「髪型はさー、急にイメチェンしたりするからあんまり頼りにならないよ。他に特徴は?」
「そっかあ。あ、色白だった」
「……舞美ちゃん?」
「だからっ」
「ハイハイ」

梨沙子の冷たい視線を軽くあしらって愛理はぺらぺらとページをめくる。
しかし、次々と愛理が指差す先に梨沙子の求める顔はなかった。

「この人は?」
「違う」
「うーん、じゃあこの人」
「違うよ。こっちのページは?」
「そっちはまだ写真がないんだよね」
「そっかあ」

梨沙子は残念そうに、名前とプロフィール、愛理の一言コメントがあるだけのページをめくる。

「徳永先輩だと色白が……、夏焼先輩は……りーちゃんから見て背が高いってほどじゃないしなあ。
 あとは……須藤先輩とか久住先輩とか背の高い美人さんらしいけど、あたしもまだ見たことないんだよね」
「そっかあ。目立ちそうな美人さんだったんだけどなあ」
「この学校生徒数多いんだもん」

チェック不足を指摘されたような気がして、愛理はぷくりと頬を膨らませる。
その仕草を見て、梨沙子は慌てて愛理の頭を撫でる。

「あ、ごめんごめん。そういうつもりじゃなくて」
「……よし」
「うん?」
「現場検証に行こう」
「へ?」

へこんでいたはずの愛理がぱっと顔を上げと思うと、いきなりがたんと椅子を蹴って立ち上がった。
梨沙子は、自分をおいてすでに教室から駆け出しそうな愛理を見上げながら、
親友のこの切り替えの速さは見習いたいものだなあと思った。
 
696 :名探偵愛理の華麗なる事件簿 :2011/05/05(木) 01:06

犯行現場、ではなく体育館脇の自販機前にやってきた愛理は、
あごの辺りに手をあてて生徒手帳のメモ欄を開き、
いかにもなポーズを決めて梨沙子の事情聴取に入った。

「昨日りーちゃんがその人に会ったのは何時ごろだった?」
「えーと、部活終わってからだから5時くらい?」
「ふむ。その人は制服だったんだよね?」
「うん」
「どっちから来てどっちに行った?」
「うーん。来た方向はわかんないけど、校門に方に行った」
「荷物は? 部活が特定できそうな荷物とか」
「……学校の鞄しか持ってなかったと思う」
「えっ、そうなの?」

一生懸命思い出しながら梨沙子が答えると、愛理はメモを取っていた手帳から大げさな仕草で顔を上げた。
その丸くなった目に梨沙子は首を傾げる。

「うん。それって変?」
「変ってほどじゃないけど……。運動部じゃない人が放課後にここを通るってどういうことだろ」
「どういうことって?」
「だって、昇降口から出て校門に行く人はここは絶対に通らないでしょ」
「……そうだね」

校舎、体育館、自販機などの位置関係を見渡し、梨沙子は確かに、とうなずいた。

自販機は体育館の壁に沿うようにすえられている。
その体育館は二階建てで、一階には更衣室や剣道場などがあり、二階部分が体育館。
位置関係は、グラウンド→自販機(体育館)→昇降口→校門、でまっすぐ進める。
ちなみにそれぞれの距離は50メートル以上ずつある。

だから、昇降口から校門へ向かう人は自販機前は通らないし、
運動部の人が更衣室から出てきたのであれば、ジャージなどの荷物を持っていたはずだからおかしい。
という愛理の推理にいたる。

「あたしみたいに文化部の人が飲み物買いに来ただけかもよ」
「でもその人、りーちゃんのペットボトル開けたあと、何も買わなかったんでしょ?」
「あ。そうだ」
「ということは、部活じゃないけど、グラウンドか体育館に用事があった人ってことだね」
「なるほど」
「自転車置き場には向かわなかったんだよね」
「うん」

自転車置き場は自販機とは反対側の体育館裏にある。
昨日梨沙子は女子生徒をぼんやりと見送ったが、
彼女は自転車置き場へと向かう分岐点を曲がらず、まっすぐ校門のほうへ向かった。

「歩きってことは電車通学かな」
「なるほど」
「ということは、………」
「『ということは』?」
「……家が遠いんだよ」
「………それで?」
「あの……りーちゃんと一緒だね」
 
697 :名探偵愛理の華麗なる事件簿 :2011/05/05(木) 01:07

どうやら梨沙子の相棒は名探偵とはいかなかったようだ。
がっかりした様子の親友に、愛理は少し焦って質問を重ねた。

「ほ、ほかになんか覚えてることないの? その人について」
「笑顔がすごく優しくて……ほわって柔かくて……空気が澄んだ感じで……」
「ちょ、ちょっとりーちゃんっ」
「え?」

ぼんやりとした顔つきで連ねられる親友の言葉を、愛理は慌ててさえぎった。

「スピリチュアリストになってる。もうちょっと外見的な特徴とかないの?」
「うーん……ない」
「あそ」

考えたのか考えてないのかわからない間合いで吐き出された回答に、今度は愛理ががっかりと肩を落とす。
これだけの情報で一人の生徒を限定しようという方が土台無理な話なのだ。

「でもそれだけ印象の強い人なら、今までにも見かけてそうなのにね」

二人が高校に入学してから3ヶ月以上が経つ。
いくら生徒数が多いとはいえ、すれ違うことだってあるだろう。
そう思ってつぶやいた愛理の言葉に、梨沙子は綺麗に弧を描く眉をゆがめた。


なんか気になる。
なんか忘れてるような気がする。


「それっ。そういうのが重要なんだよっ」
「え、なんで?」
「……探偵モノだと大体そうだから」
「………」
「あ、でもほら、重要だから第六感に引っかかるってことじゃない?」
「六階?」
「六感っ。ほらほら。思い出してっ」
「……わかんない」

再びがっくりとうなだれる愛理。
そんな親友にかまいもせず、梨沙子はマイペースに自分の考えに没頭している。

「さっき愛理なんて言ったっけ?」
「へ? 六感?」
「もっと前。何を言われて何かを思い出しそうになったのかなって思って」
「それだよっ。えっと、体育館、昇降口、自転車、電車――」
「……あ」
「電車っ?」
「でんしゃ……」
「やっぱり電車が一緒で、ちらっと見たこととかあったんだよ、きっと!」
「そうかなあ……」
「明日は電車の中注意して見てなよ! 私は私で写真集めとくからさ」
「うーん」

あれだけインパクトのある人を、
3ヵ月間同じ電車に乗っていてはっきり覚えていないなんてことがあるだろうか。
うきうきと張り切る愛理に、梨沙子はいまいち納得いかない顔で首をかしげた。
 
698 :名探偵愛理の華麗なる事件簿 :2011/05/05(木) 01:09

◇◇◇◇


「ちょおおお、かわいかったんだけどっ。りーちゃんは天使だよ天使っ!!」
「まぁ……その話まだ続くの……」
「目とかうるうるしちゃって、もうマジやばすぎっ」

愛理のため息から半日前。
梨沙子が愛理のノートを写していたころ。
三年生の朝の教室で、色白で背が高く長い黒髪の茉麻は、親友・雅を相手に声を上ずらせていた。

「っていうかもう手とか握れちゃう距離だったんですけどっ」
「握ったの!?」
「まさかっ。そんな勇気ないしっ」
「よ、よかったあ……」
「ペットボトルのフタあけられないとか、どんだけ妖精なのって話だよねっ」
「ああ。そう」
「『むー』だよ、『むー』っっ! そんなこと言って許されるなんかりーちゃんしかいないって!」

胸をなでおろす雅にかまわず、茉麻は興奮気味に机を叩いて主張する。
そのときちょうど登校してきた千奈美は、茉麻の様子に引き気味で自分の机にかばんを放り出した。
雅の救いを求めるような視線に、千奈美は事情を察して顔をしかめる。

「げ。茉麻、また菅谷ちゃんのあとつけてたの?」
「つけてないっ。朝の電車がりーちゃんと一緒なのは偶然だってば!」
「たまに帰り時間も合わせてるじゃん」
「ああ。美術部終わるまで待ってるんだっけ?」
「放課後図書室で勉強してるだけだよっ」

高校三年生になった春、朝の電車で偶然見かけた一年生に、茉麻は一目ぼれした。
その後、声をかけることもできずにその姿を追っていた。

「菅谷ちゃんも鈍いよね。そこまでされて気づかないって」
「ちゃんとばれないようにしてるもん」
「いや、ばれないようにって発想がすでに……」
「一切の面識ない子を『りーちゃん』とか言ってるのも何気にやばいよね」
「あ、そういえば昨日思わず『りーちゃん』って声かけちゃったんだよね。めっちゃ焦ったぁ」
「それストーカー行為バレバレじゃん」
「ストーカーじゃない! しかもちゃんと聞こえなかったみたいで気づかれなかったし!」
「っていうかさ、これで今度声かけてみたらいいんじゃないの?」
「へ?」

いかにもいいこと思いついた顔な雅に、茉麻がきょとんとする。

「あ、こないだの子だよね、みたいな自然な感じでさ」
「無理無理無理っ!! そんなの絶対無理っ。っていうかりーちゃんは覚えてないよ、まぁのことなんてっ」
「いやあー、あなた結構インパクト強いですけどね」
「もし覚えてても、話するとか無理だもんっ。まぁは影から見てるだけでいいよ」

「「 それがストーカーだっちゅーの!! 」」



◇◇◇◇


次の日の朝。愛理と梨沙子の教室では、愛理が手の中の写真を眺めていた。
未処理だった写真が何枚か手に入ったのだ。

「これが久住先輩、これが須藤先輩、これが夏焼先輩っと」

写真のすみに名前を書きこみながら満足げに眺める。

「っていうか多分、須藤先輩だよね。色白で長い黒髪で背も高いし優しそうだし。りーちゃん喜ぶかなあ。
 ――あっ、りーちゃん! 見て見て!」


愛理の用意した写真1枚から話はとんとんと進み、
梨沙子と茉麻が一緒に登下校する姿が見られるようになるのは、もう少し後の話。

 
699 :esk :2011/05/05(木) 01:10
『 名探偵愛理の華麗なる事件簿 』   終わり
700 :esk :2011/05/05(木) 22:20
みやまぁ

『 困る 』

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