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JUNK!(B℃)

1 :esk :2009/04/13(月) 22:30

・どうでもいい小ネタ集
・ベリキュー中心

言い訳は、計算が合えば >>18 合わなければその前後
 
2 : :2009/04/13(月) 22:31

『 やじうめ道中記 』
 
3 :やじうめ道中記 :2009/04/13(月) 22:31


カチャカチャカチャ


  ……タン

  タタタタタ

  ガキが……やがって


カチャカチャ
カチャ
 
4 :やじうめ道中記 :2009/04/13(月) 22:32

カチャンッ

ま、こんなもんかな。
愛用端末(豹柄ペイント)のスクリーンに『データ受信中』が表示されたのを確認して、
古臭い端末が据えてある机を離れた。
んーと背伸びをして見回した部屋は、いかにも荒くれた男たちの住処らしく、
むさくるしく散らかっている。
しかもなんか臭いし。あーやだやだ。
いただくものいただいて、こんな部屋さっさと出て行こう。
まず向かうのは部屋の隅の重厚なロッカー。
弾とエネルギーパックと、ライフルのかっこいいヤツもあったら欲しんだよね。
あとは水と保存食とー、チョコないかな、チョコ。


  ふざけ……ぐぁっ

  てめぇっ

  タタタ
 
5 :やじうめ道中記 :2009/04/13(月) 22:32

部屋を横切りながら窓の外に目を向けると、舞美と二人の男まではずいぶん遠い。
うちがここにいるから舞美が遠くまで誘導してくれたんだろうけど。
その距離からでも長い髪が風に舞い上がるのが見えた。

どうも舞美には『風になびく黒髪』というシチュエーションにこだわりがあるみたいで、
砂漠地帯の銃撃戦でも髪をまとめるようなことはしない。
その姿はそりゃあもう、ため息が出るくらいに綺麗だけど、やっぱ邪魔だよね。
それでも譲らないあたりが意外とナルシスト――。


  タタタ

  タ――


ガシャン!!

「っ!?」
 
6 :やじうめ道中記 :2009/04/13(月) 22:34

ぼんやりと立っていた位置からそれほど遠くない窓ガラスが、前触れもなく飛び散った。
反射的に銃を抜いて壁際のテーブルの下に滑り込む。
息を詰めて部屋の中、外と順に様子を伺う。
流れ弾……だよね?
まさか舞美に聞こえた? なわけない。大体口に出してない。
そっとテーブルの下から這い出して恐る恐る窓の外を覗き見ると、
すごい形相でこっちに向かって疾走してくる舞美が見えた。


  タタタタ


足はこちらに向きながらも、振り返りざまに放った正確な弾道に、最後の一人が倒れた。
オールクリア。
お疲れ様。
肩の力を抜いて銃を腰のホルスター(豹柄)にしまい、
ギザギザと痛そうにガラスの残った窓枠に注意深く手をかけて、横に引いた。
割れたガラスがサッシに挟まって、少し開けにくい。
 
7 :やじうめ道中記 :2009/04/13(月) 22:34

「えり!!」

苦労しながら窓を開けていると聞こえてきた声に、顔を上げる。
あっという間に近づいてきていた舞美に、
文句の一つでも言ってやろうと窓から体を乗り出――さないっ。

「ごめん! 大丈夫!?」

直感でとっさに体をひくと、舞美がひらりと窓枠を超えて部屋に飛び込んできた。
ブーツの底で、ガラスの破片がばきばきと音をたてる。
愛用のサブマシンガンを投げ捨て、がつんと抱きついてべたべたとうちの顔を触る。
怪我がないことを確認すると、そのまま良かったあ〜としなだれかかってきた。
っていうか気になるのは顔だけですか。
苦笑混じりに少し乱れた髪を手ぐしですいてやりながら、ちらりと外を見下ろすと、
地面から窓枠までの距離はうちの肩くらいはありそう。
その高さを片手を軽くかけただけで飛び込んでくるんだから、どんな運動神経してんだか。
 
8 :やじうめ道中記 :2009/04/13(月) 22:35


新しい土地に入って、うちらは少し困っていた。
事前に入手していた土地データが古いものだったらしくて(売りつけたオヤジ
次会ったら蜂の巣決定)、目的地の町までのルートはことごとく役に立たなかった。
まばらに草木が生えるだけの砂漠地帯は、ただでさえルートを定めるのが難しいのに。
最新の土地データ、迷って消費したジープの燃料、もっと言えば水・食料。
緊急、とは言わないけど、出来れば早めに入手したい。

そんなとき、少し大きな道沿いに見つけた汚い燃料屋。
ガソリンを売るのが元の目的だけど、こういう店では、飲食物・武器弾薬・生活用品から、
周囲の地理的・人的データまである程度は手に入る。
程度は交渉人の腕次第。

今のうちらには救いの神のようで、だけど、手放しには喜べなかった。
町から遠いこんなところで燃料屋やってるのって、大抵ヤバイ組織がらみ。
普段ならかかわらないようにしてきたけど、今回ばかりは仕方なかった。
 
9 :やじうめ道中記 :2009/04/13(月) 22:35

気乗りしないまま扉を開くと、出てきた三人の男は案の定、
というかそれ以上にロクでもないやつらだった。

卑下た笑いで品のない言葉を繰り返すだけで、こっちの要求を聞きもしない。
女二人で旅をしていると、こういうことは慣れっこだったんだけど、
一人が無視し続ける舞美の髪を引っ張った瞬間、舞美がキレた。

そうなった舞美はもう誰にも止められない。
うちはため息をつきつつ、とりあえず店内から欲しいものをピックアップすることにした。
もしも誰か一人でも生き残ったらちゃんとお金払う気もあるし。

でも少しだけあった、ちょっと気の毒かなという気持ちは、
改めて眺めた店内の『商品』や端末に残っていた情報であっという間に失せた。
ジゴウジトク。
インガオウホウ。
サヨウナラ。
 
10 :やじうめ道中記 :2009/04/13(月) 22:36

 
11 :やじうめ道中記 :2009/04/13(月) 22:36

「お。舞美、今この先にキャラバン張ってるよ」
「ホント!? 行きたい行きたいっ」

舞美の運転するジープに揺られながら、
さっきいただいてきたこの周辺のデータを確認していたら、キャラバンの設営情報が出てきた。
隊商コードは『Yosizawa』。
このあたりの土地に入ってから時々聞こえてきた名前だ。
隊商自体の人数は少ないけど、その信頼性の高さのおかげか、
キャラバンを張ると集まってくる行商人の質も量も良く、なかなかの賑わい見せるという話。
チャンスがあれば行ってみたいと思ってたんだよね。

カチャカチャカチャ

「あー、でもまずいかも」
「どうしたの?」

これもいただいてきた地形の詳細データを重ねると、
キャラバンまでの道のりに広範囲のブッシュ地帯が広がっている。
迂回路の距離を割り出すと、やっぱりかなりの遠回りになるみたい。
これなら素直に元の目的地だった町を目指した方がいいかな。
 
12 :やじうめ道中記 :2009/04/13(月) 22:36

「ブッシュなんかガーッと突っ切っちゃえばいいじゃん」
「故障でもしたらしゃれになんないでしょ」

ただでさえ舞美の運転は荒っぽい、というか雑。
少々のブッシュは本気で乗り上げて突っ切りそうだから、正直行かせたくない。
長い旅を共にしているジープちゃん。
運転手の性質を別にしても、少々くたびれてきているのも事実。

迂回路を通ってキャラバンへ。今からなら着くのは深夜になりそう。
一晩泊まって、明日の朝そこから町へ。
今ここからまっすぐ町へ向かい、どこかで夜を明かしてまた町を目指す。
その時間差をトータルフロートから差し引き……。
う〜ん。

「えー、別に一泊したら良くない?」
「それはちょっとねー」

先日捕らえた獣肉の鮮度を考えると、あまり時間の猶予はない。
獣肉はキャラバンより町で売った方が感謝される。
イコール、そのあとのイロイロがやりやすい。
 
13 :やじうめ道中記 :2009/04/13(月) 22:37

「お風呂入りたい〜、ベッドで寝たい〜」

ハンドルを握ったままがたがたと体をゆする舞美。
それにあわせてジープもがたがたと揺れる。
まあ、舞美の気持ちもわかるけどさ。
ここのところ移動ばっかりで、一応なんとか水を確保して体や髪は拭いてるけど、
やっぱりちゃんと湯船につかりたい。せめてガーッとシャワー!
水辺がある辺りはよかったなあ……。
でも宿代だってキャラバンではずいぶん高くついちゃうし。
食事だって同じ。

かちゃかちゃと頭の中で進む演算はすでに一方の答えに傾いていた。
ま、しょうがない。
お風呂は町に着くまで我慢、我慢。
うん、と一つうなづいたとき。

「まい――?」

うちのむき出しの腕を、舞美のしなやかな指先がつうっとなぞりあがる。
肩先までなぞった後、流れるような軌跡をたどって、うちのあごをくっと押し上げた。
戸惑いながら少し下を見下ろすと、三日月のように細められた目がうちを見上げてくる。
 
14 :やじうめ道中記 :2009/04/13(月) 22:37


「えりだってぇ……ベッドでする方がイイでしょ? とか言ってー」


思わずごくりとつばを飲み込んでしまって、まずい反応を返したと思ったけどもう遅い。
そんなうちを見て、舞美はえへって照れたような上目遣いをしてみせる。
でもそんなの絶対計算だし。そういう女だし。騙されないし。

「……前見て運転しなよ」
「はーい♪」

すぐに思いっきり顔をしかめて見せたのに、舞美は返事の声を跳ね上げた。
上機嫌に鼻歌まで歌いだす。
全く。何考えてんだか。
ここまで答え出てるんだから、行くわけないじゃん。
 
15 :やじうめ道中記 :2009/04/13(月) 22:38

………。
……あー。でも、そうそう。
さっき手に入れた銃のカスタマイズ、したいんだよね。
売り払いたいものもあるしさー。
有名な隊商だから、顔をつないでおくのも大事だし。
それにそう、情報。キャラバンの情報網はバカにできないんだよ!

…………。

「まあ……舞美がどうしてもって言うんなら行ってもいい、かな?」
「どうしても!」
満面の笑みは真夏の太陽のようにやたらめったらまぶしくて、ちょっと恥ずかしくなった。
こっちの心の中まで見透かされているような……ってでも、
その笑顔自体が、無邪気なようで100%邪気で出来ているわけで。
得だよね、こういう顔の人はさ。
うちなんかなんも考えてないのに目がエロいとか言われるのにさ。
 
16 :やじうめ道中記 :2009/04/13(月) 22:38

「……じゃあ、3ポイント西に向けて」
「お〜ぅらいっ」
ぐうっと切られたハンドルにしたがって、ジープが車体を傾ける。
固定テーブルに載せていた端末が滑り落ちそうになって、慌てて腕で受け止めた。

「3ポイントでいいっつってじゃん!」
「えー、加減難しい〜」
「何年この車乗ってんのよ!」
「えりってば、おこっちゃやだ〜」
「……っ、も、いいから進路戻して……」

 
17 : :2009/04/13(月) 22:39

『 やじうめ道中記 』   終わり
 
18 :esk :2009/04/13(月) 22:40
まずは言い訳を。
この板内に良く似たタイトルのスレがありますが、同じ作者です。
『キッズは出ません』と明言してしまったのに、やじうめ妄想がむくむくと……。
今後それを全部あちらに出すのもどうかと、別スレにさせていただくことにしました。
B℃はこちら、それ以外はあちら、同時登場はメインの方へ出したいと思います。
スレ乱立で申し訳ないとは思うのですが、地味に細々やって行きますので、
見逃していただけると嬉しいです。

今のところ手元にはやじうめしかありません。
今後はわからない……と幅をもたせておきますが、どうかなー。
19 :名無飼育さん :2009/04/16(木) 23:31
初っ端から続きを読みたい作品が。
こちらも楽しみにしています。
20 :名無飼育さん :2009/04/19(日) 19:39
やじうめ♪やじうめ♪
続きまってます♪
21 :名無飼育さん :2009/04/21(火) 00:13
久しぶりに心から読みたいやじうめに出会えた
梅さんかわいいよ梅さん
次回の更新も楽しみにしてます
22 :esk :2009/04/27(月) 21:51
読んでくださった方、ありがとうございます。

>>19さま
あちらも読んで下さっているのですね! ありがとうございます。
いつものごとくこの続きはないのですが、設定は気に入っているのでネタがあれば
また書きたいなと思います。

>>20さま
ヤジヤジウメウメ
上のヤツの続きではないですが、またよろしくお願いします!

>>21さま
うわっ、ありがとうございます! なんか申し訳ないですw
買いかぶりすぎるとあとで悲しい目にあいますよ?
梅さんのかわいさはガチです。


いつの話だよ。 という突っ込みはスルーします。

やじうめ
23 : :2009/04/27(月) 21:51

『 バンザイ・バレンタイン 』
 
24 :バンザイ・バレンタイン :2009/04/27(月) 21:52

「あっ」
「ふぇ?」

疲れた手足でひょろひょろと楽屋に踏み込むと、多分かなりがっつり待ち構えていただろう
舞美に腕をとられて廊下に押し戻された。

「ど、どうしたの?」
「ちょっと……」

舞美はせわしなく辺りを見回すと、ちょっと緊張気味に息をついた。
なんかあったのかな?
ぐっと寄せてきた顔の表情も、結構深刻げ。

「えり、もう帰るよね?」
「そりゃあ、帰るけど」
「あたしまだなの」
「知ってるよ」
「……待っててくれない?」
「ええ?」
 
25 :バンザイ・バレンタイン :2009/04/27(月) 21:52

ヤダ。
って言いかけた言葉をどうにか飲み込む。
今日最後の仕事は一人ずつの撮影で、うちのあとは舞美。それで全員終了。
終わった人から帰っていいってことになっていた。
今日は結構ハードで、だからうちもすぐにでも帰るつもりだったんだけど……。
なんか相談とかかな? 舞美がそういうのって結構珍しいけど。

「お願い! 渡したいものがあって」
「渡す? って、今じゃだめなの?」
「う〜、今はちょっと」

渡すってことは相談じゃないのか。
眉を寄せた舞美は、ちらりと背後の扉に視線を送っている。
楽屋にあと何人残ってるかはわかんないけど、他のメンバーには見られたくないってことかな。

「わかったわかった。待ってるよ」
「ホント!? ありがとう」

ぽんぽんって頭をなでてやると、ぱあっと表情を変えた。
そのまま両手でうちの右手をぎゅうって一度握り締めた舞美は、やばーい、とか言いながら
派手な足音を残して走り去って行った。
 
26 :バンザイ・バレンタイン :2009/04/27(月) 21:53

渡したいもの……。しかも、今じゃだめ。か……。

「「えりかちゃん!」」
「うわ」

痛む右手をぷらぷら振りながら楽屋に戻ると、今度は愛理と千聖に両腕を抱えられて、
部屋の隅に追い込まれる。
ねえ、うち結構疲れてるんだけど。
一回座りたいんだけど。
ねえ、だめなの?
二人の肩越しに楽屋を見渡すと、他の三人はもう帰っちゃったみたいで誰もいなかった。
……だったらどこに座っても良くない?

「えと、何?」
「単刀直入に聞きます」
「お、ちさってば難しい言葉知ってんね」
「勉強してるもーん」

頭をなでてやると、嬉しそうに目を細める。
千聖はこういうとこいつまでたっても変わんなくて、ホントいいわあ。
調子にのってぐりぐりと頭をなで続けていると、その隣で愛理が不満そうに唇を尖らせる。
 
27 :バンザイ・バレンタイン :2009/04/27(月) 21:53

「もう、ちさっ」
「あっ、そうそう。忘れるとこだった!」
「何を?」
「えりかちゃん、舞美ちゃんにもらった?」
「は? 何を?」
「「 チョコ! 」」
「……。って、さっきもらったじゃん」

綺麗にそろった二人の声に、一瞬頭の中に微妙な霞がかかる。
っていやいやいや。そうじゃなくて。
……チョコか。チョコなら朝一でみんなで交換会したじゃん。
なんたって今日は2月14日。
年に一度のバレンタインデー。
舞美〜、ブラウニー超おいしかったよ〜。

「そういうのじゃなくって〜」
「どういうの?」
「『舞美ちゃんがえりかちゃんに渡す』チョコ!」
「いや……何それ」
 
28 :バンザイ・バレンタイン :2009/04/27(月) 21:53

じれったそうにする愛理に渋い顔を返してみる。
言ってる意味がわからない、というフリはしてみたけど、体というのは正直なもので。
うちの心臓はすぐにばくばくと激しく音を立て始めた。

「さっきは? 違ったの?」
「さっきは……なんか楽屋残っといてって」
「「おおお!!」」
「……渡すものがあるって」
「絶対じゃん!」
「や、でも……」

だ、だってほら。
普通にみんなと一緒の貰ったし。
あの瞬間がっくしとひざをつきたかったのも事実だけど!

「千聖がね、偶然見ちゃったんだって」
「舞美ちゃん、チョコの箱見ながらため息ついてたの!
 しかもそのあとえりかちゃんになんか言いたそうにしてたし!」
「そ、そう?」
 
29 :バンザイ・バレンタイン :2009/04/27(月) 21:54

そそそ、そうかな?
うちは全然気づかなかったけど。
いや、でも今日舞美あんまし見ないようにしてたもんな。
更に落ち込むから……。

「二人ならいいと思うよ」
「え、何が」
「みんなのリーダーがえりかちゃん一人ものになっちゃうのはちょっと寂しいけどね!」
「ちさ、何言って」
「私はどっちかといえばえりかちゃん取られるみたいで寂しいな〜」
「あーっ、千聖も! っていうかどっちも寂しい!」
「そ、そう」
「でもやっぱりえりかちゃんと舞美ちゃんは二人でいてこそ、えりかちゃんと舞美ちゃんだから、
 私たちはちゃんと我慢するよー」
「や、愛理、うちらは別に」
「じゃ、明日話聞かせてね!」
「「ばいばーい」」

「あ……うん」
 
30 :バンザイ・バレンタイン :2009/04/27(月) 21:54

ばたばたと二人分の足音が遠ざかる。
一人残された楽屋には北風が音を立てて吹き抜けた。
……えーと。なんだったのかな、今のは。

舞美が……チョコ、バレンタイン……で、うちに、だから……。

どさっとソファに体を沈める。
で、気持ちも鎮め……られるわけないじゃん!!

座ったばっかのソファからガツッと立ち上がる。

「いたっ!」

テーブル近っ。
ひざ打ったじゃん!

「ってそんなのはどーでもよくて!!」
 
31 :バンザイ・バレンタイン :2009/04/27(月) 21:55

舞美が。舞美が、舞美が! チョコ! うちに!!
そういえばさっき、ちょっとほっぺた赤かったような。
あんまり目合わさないようにしてたし。
照れてたのかな……?

「やばっ。そういうのむちゃくちゃかわいいんだけどーっ」

そ、そりゃーまあ、うちだってさ、いつかはちゃんと……って思ってたけど、
舞美は超のつく鈍感だし、うちらは下の子の面倒見なきゃいけない立場だったし、
だからそういうのはまだまだ先かなって思ってて。
今日だってそう自分に言い聞かせてたんだけど。
でもそうだよね、もうみんなしっかりしてきたし、舞美だって17になったもんね。

「……うわっ」

えー、なんかもう、くらくらしてきた。
だってほら、恋が甘酸っぱいのは16歳までって安倍さんも言ってたし!
ってことはほら、ねえ?
 
32 :バンザイ・バレンタイン :2009/04/27(月) 21:55

『えり。これ、貰ってくれる?』
『舞美……うちでいいの?』
『えりじゃなきゃだめだよー』
『……うちも』
『え?』
『うちも、舞美じゃなくちゃだめだよ』
『えり……』
『舞美………』


「とか言って!! ってそれ舞美!」

裏手で空中突込みを入れるけど、誰も反応してくれない!
無視かよ! って誰もいないから当然じゃん!!
……ああ。もうわけわかんない。


はあはあと乱れた呼吸がどうにかおさまった頃。
 
33 :バンザイ・バレンタイン :2009/04/27(月) 21:56

がちゃん!

「えり、遅くなっちゃった! ごめんねっ」
「ま、舞美!? あ、いやいやいや。全然全然。あははは」

出て行ったときと同じように突然舞美が飛び込んできた。
っていうか早くない!?
うちは慌てて飛び上がって、楽屋の時計を見上げる。
……げ。
愛理たちが帰ってから一時間近く経ってるし。


「あのー、あのね、なんかなかなか渡せなくって、みんないるとこはやっぱちょっと
 だめかなって思ったし、だからあの、ごめんね」

意味のない言葉を早口に繰り返しながら、舞美はバッグに手を突っ込んだ。
勢いよく差し出された手に握られていたのは、いかにもな薄っぺらい四角い箱。
え、っていうか結構気合入ってる系じゃん。
本命だよね。これは絶対本命だよねっ?
 
34 :バンザイ・バレンタイン :2009/04/27(月) 21:57

「これ、貰ってくれないかなー?」

うちが何も言えずに固まっていると、舞美は困ったように眉を下げた。
ああああ、だめじゃん。そんな悲しい顔はさせたくないのです!

「あ、じゃあ、うん。あの、うちでいいんなら、貰うけど」
「えりじゃなきゃだめだよー」

キターーー!
なんて答えるんだっけ、なんて答えるんだっけ!!

「え、えーと、う、うちも――」
「だって、えり、好きじゃん」
「え!?」

うちの言いかけた決め台詞をさえぎって、舞美がにこっと笑いかける。
って、ちょっと待って。何それ、うちの気持ちばれてるって事?
なんでなんでなんで……ってでも愛理と千聖も知ってるっぽかったもんな。
うちってそんなにわかりやす――。
 
35 :バンザイ・バレンタイン :2009/04/27(月) 21:57


「 チョコレート 」


「…………チョコ?」
「うん。今日結構貰ってるじゃん? 他の子だったらもういいって言われそうだけど、
 えりだったらチョコ好きだからいくらあってもいいかなって。
 あたしはさー、これ以上持って帰っても家族も食べきれないし、困ったなーって思ってたんだ」

……舞美はチョコが食べられない。
メンバーなんかはちゃんとチョコじゃないヤツを持ってくるけど、知らない人からは結構
貰っちゃうみたいで。
ってことは。

「あのー、これは……」
「エッグの子に貰ったんだけど、みんなが見てる前でえりに渡して、もしそれを千聖あたりが
 誰かにしゃべったら、かわいそうじゃん」
「そう、だね」
「モテる女は困るよ〜、とか言って」
「………あははは」
 
36 :バンザイ・バレンタイン :2009/04/27(月) 21:58

さわやかな笑い声を立てる舞美の隣で、うちの笑い声はあきらかに引きつっていたと思う。
そうだね。かわいそうだね。
千聖は何でもしゃべるからね。さっきもね。見たこと全部しゃべってたしね。
だからたしかにかわいそうだけど。
……でも今一番かわいそうなのはうちだよね。

「あ、もうこんな時間。ごめんね。遅くなっちゃって」
「ううん、いいよ……」
「じゃあ、明日!」
「うん……」
「なんだよー、元気ないなあっ。それ食べて明日からもがんばろうね!」
「……おー」

ぱたぱたと舞美の足音が遠ざかっていく。
一人取り残されたうちの左手にはチョコレート。

右手の握りこぶしがふるふると震えて。


「………あいりぃっ、ちさとぉぉぉ!!!」


誰もいない楽屋にうちの叫び声がこだました。 + 涙

 
37 : :2009/04/27(月) 21:58

『 バンザイ・バレンタイン 』   終わり
 
38 :esk :2009/04/27(月) 21:59
アフォっぽい梅さんが書きたかっただけなので、内容はベタに。
39 :名無飼育 :2009/04/28(火) 18:20
ぴゅわ梅に鈍舞美最高すぎます
作者様GJです
40 :名無飼育 :2009/04/29(水) 01:23
サイコー!w
41 :名無飼育さん :2009/05/04(月) 03:16
梅さんwやっぱりかわいすぐるw
次回も楽しみにしています
42 :esk :2009/05/07(木) 21:38
読んでくださった方、ありがとうございます。

>>39さま
黄金パターンですよね〜。
オチがつけやすくて楽しいですw

>>40さま
アリガトー!

>>41さま
梅さん、かわいいよ、梅さん。
あんな人がもうすぐ18でいいんでしょうかw


次もやじうめ。
タイトルで期待すると裏切られますよ?
43 : :2009/05/07(木) 21:39

『 早朝ランニングと早朝××× 』
 
44 :早朝ランニングと早朝××× :2009/05/07(木) 21:39

「ん……まい、み……?」


朝目がさめると、ベッドの中にあるはずのぬくもりがなかった。
そう広くもないベッドのすみっこに、押しこめられるみたいにちっちゃくなっている自分が
ばかみたいで、主のいない枕をぽふっと殴ってみた。
手ごたえのなさが空しくて、ぼんやりと重い体を起こす。
すぐに目に付いたのは、テーブルの上のメモ。


  えり、おはよう
  ちょっと走ってくるね
  おなかすいたら
  先に朝ごはん食べてて
  お母さんには言ってあるから

  舞美
 
45 :早朝ランニングと早朝××× :2009/05/07(木) 21:41

「……きれいな字」

言ってみた声が思ったよりも平坦で苦笑いが浮かぶ。
これだったら素直な感想を言えばよかった。

目が覚めたときにそばにいてほしいとか、朝の挨拶は目を見てしたいとか。
そういうことを。
自分でも言ってて恥ずかしくなるけど、でもいいじゃんか。
うちら17の乙女だよ?
そういうの大切にしたいって思っても良くない!?
……ってあいつは運動バカかあ。
だいたいさあ、昨日は学校もあって仕事も忙しくて、夜も……なのにさ、ホント元気だよねえ。


 がちゃん


「ぁ」
 
46 :早朝ランニングと早朝××× :2009/05/07(木) 21:42

 『ただいまー。えりは?』
 『……』
 『そうなんだ』
 『…………』
 『はーい』

 とっとっとっとっ


かちゃん


「――あ、起きてたんだ。おなかすかない? あたしもうぺこぺこ」
後から後から浮いてくる汗を首にかけたタオルでぬぐいながら、ベッドにどさっと腰掛ける。
とたんに強く香る、舞美の匂い。
上気した肌が、ピンク色に染まっていて。
うちの心臓はぞくぞくと上ずって、なのに、首をかしげてうちを見下ろした
舞美の笑みはあまりにもさわやかで。
 
47 :早朝ランニングと早朝××× :2009/05/07(木) 21:44

「どした? まだ寝てんのー」

目の前でばさばさと振られたきれいな指先を、ぎゅっと握り締めた。

「うん?」

曇りのない瞳。
透き通るような肌。
朝の光を受けて輝く黒髪。

天使みたいだと、思った。


「ちょ」
ぐっと引き寄せると、うまくバランスを取れなかったのか、舞美の体が腕の中に倒れこんだ。
そのまま一度きつく抱き寄せて、ベッドに押しつける。

「え、えり。どうし――」

戸惑う舞美の声を吸い取るように、唇をふさぐ。
 
48 :早朝ランニングと早朝××× :2009/05/07(木) 21:45

 あさごはん

 おかあさんが

 あせ、かいてる


困ったみたいに繰り返す舞美の言葉を、何度も何度も唇をふさいでさえぎる。
……その声が、甘く啼くまで。


天使なんていらない。
この腕の中に、堕ちていけばいい。


 
49 :早朝ランニングと早朝××× :2009/05/07(木) 21:52


――更に汗かかせちゃったな。

軽く目を伏せたままで、まだ熱い呼吸を繰り返している舞美を見ていると、
ちょっと悪いことをしたかなと思った。
朝からこんなに体力使ったら、さすがの舞美でも今日一日つらいだろうし。
そんなことをぼんやりと考えながら、汗で重たく湿った髪をなでてやると、
舞美はくすぐったそうにくすくすと笑いだした。

「どした?」
「えりは朝っぱらから元気だなあと思って」
「そ、それはこっちのセリフだよ。朝っぱらから走りにいくとかさっ」
「えー? だってなんか走りたくなっちゃたんだもん」

いきなり何言うんだよ、もー。
恥ずかしくなって、むにってほっぺたをつねってやったのに、舞美はお構いなしに唇を尖らせる。

っていうか走りたくなるとか意味わかんないし。
うちにはそんなこと絶対ない。
しかもよりにもよって、恋人との朝に走りたくなるってどうなのさ!?
……とかね。
心の中で叫んでみて、小さくため息をついた。
こんな叫びじゃ、こいつには絶対届かない。
 
50 :早朝ランニングと早朝××× :2009/05/07(木) 21:54

「あのさー」
「うん?」
「うちが目が覚めたとき、舞美もういなかったじゃん」
「そーだね」
「それってさ、朝起きて隣にいないってさ、結構……寂しいんだよ」

言っちゃってから自分の声に後悔する。
そんなシリアスに言うつもりはなかったのに。
急に恥ずかしくなってきた。

「えー、そうなんだ。ごめんね」

……って、軽っ。
ま、いっか。
シリアス返しされてもまた恥ずかしいし。

「うん。そう」
「そっか。あ、でも……あー、そっか。そうだよね」
「はい?」

ちゃんと日本語で言ってもらえるかな。
 
51 :早朝ランニングと早朝××× :2009/05/07(木) 21:55

「あたしはね、朝起きたらえりが隣にいたじゃん?」
「うん」
「で、手とか繋いじゃってて、寝顔とか幸せそーで、すっごい嬉しかったのさ」
「う……うん」
「でね、ずーっとえりのこと見てたら、なんかガーッてなっちゃって、
 ガーッて走りに行っちゃった。ごめんね」

本当にごめんねって、それ以外の感情の読めない表情。
っていうかその行動に裏なんかない。
むしろ気づいてない。
自分を突き動かしたものの正体に気づいてない。
昨日はあんなに……まあ、アレ……だったのに、さっきだって結構……なのに。
なんで気づかないんだろう。
まったく。こいつはどこまで運動バカなんだ。

「……舞美さん」
「うん?」



「そういうときはね、素直に襲ったらいいんだよ」

 
52 : :2009/05/07(木) 21:56

『 早朝ランニングと早朝××× 』 終わり
 
53 :esk :2009/05/07(木) 21:58
エロウメエロウメw
54 :名無飼育さん :2009/05/08(金) 01:52
舞美はまだまだ子供なんですねw
かわいいなぁー
55 :名無し飼育さん :2009/05/08(金) 11:40
いつも、あなたの、横腹を蹴られるような感じにドキドキします。


そして舞美がらぶいw
56 :名無飼育 :2009/05/08(金) 17:42
もうー!!やじうめと作者さんのばかやろー最高じゃないか
57 :名無飼育さん :2009/05/09(土) 01:12
さりげなくママイミ公認?w
こういう甘さが大好物です
今後もまた楽しみです!
58 :名無飼育 :2009/05/10(日) 19:58
鈍感バカな舞美がすげぇ愛しいw
この雰囲気のやじうめ、好きだ。
59 :esk :2009/05/15(金) 22:36
読んでくださった方、ありがとうございます。
レスいっぱいありがとうございます! いいんですか、こんなゆるい話でw

>>54さま
いやいやいや、いつまでも子供とは限りませんよ〜?
……特にここではw

>>55さま
どういう意味ですかw
とりあえず喜んでおきます

>>56さま
サイコーなのは梅田さんと矢島さんですよ〜。

>>57さま
実はその点、自分でも書いててフォローを入れるべきか悩んだんですけど、
矢島さんのお母さんですから、気づいてないってのもアリかなとw

>>58さま
バカな子ほどかわいいっていいますよね〜。


思わぬ矢島さん人気に嫉妬w
ってことで、矢島さんの人気を落としてみよう計画ww
純情な感じでないのでご注意を。

やじうめー
60 : :2009/05/15(金) 22:38

『 繋いだ手 』
 
61 :繋いだ手 :2009/05/15(金) 22:38

『矢島さんが一番かわいいよ!』


突然あたしの肩をつかんでそう言ったクラスメイト。
かろうじて思い出した、梅田さん、という名前以外にあたしの中に彼女の情報はなかった。
彼女の唐突な行動に、一緒に話していたらしき友人たちも、ぽかんと口を開けていた。
その友人たちが慌てて説明してくれたところによると、この学年で一番かわいいのは誰か、
みたいな話になったらしい。
……なんだかなあ。
つかまれた手からやんわりと体を離しながら、とりあえずありがとうと言ってみた。
上手く笑えたかはわからない。
梅田さんはどういたしましてーと、ふにゃっと笑ったが、他の友人たちはあたしの予想通り、
この事態を扱いづらそうな顔をしていた。

自分がクラスで浮いた存在であることは自覚していた。
クラスメイトの会話は何を言っているのかもわかないし、それに合わせるのも面倒。
友達なんてもう何年もいないけど、別にそれで困ることなどなかった。
 
62 :繋いだ手 :2009/05/15(金) 22:39

――ここに来れば、相手してくれる人はたくさんいるしね。
照明を落とした店内で、低い声で交わされる会話。
探るように触れる手や、目が合うようで合わない距離感は心地良くて安心できた。

……梅田さんは正反対の人だったな。
いきなりつかまれた長い指の感触と、がっつりと覗き込まれたきらきらした目。
でもそれが心地悪かったかといえばそうでもなくて。
変な子だったな。
思い出すと、少し笑った。

「まいみぃ? どした?」
「んー。なんでもない」
「なんでもないことないっしょ。学校で何かいいことあった?」

隣でグラスをあおる吉澤さんは、もう結構飲んでいるのか、んーって顔を近づけてきて
やたら絡んできた。
 
63 :繋いだ手 :2009/05/15(金) 22:41

うちの両親は個人を尊重する人で、お互いに干渉せず、自分の友人や仕事とはそれぞれの
ペースで付き合う。もちろん、彼らの一人娘とも。
楽といえば楽だけど、あたしにだってそれを寂しいと思う時期はあった。
両親のいない夜にはふらふらと街を出歩くようになったのは、その頃からだろう。
何人かと時間を過ごし、いくつかの店に出入りして、この店に居つくようになってからは
ずいぶん経つ。

ここは、遊びなれた人が出入りするわりに雰囲気がよく、マスターも人当たりがいい。
だけどあからさまに未成年な自分が出入りしても、うるさく言われるようなこともない。
出入りする人も楽しいけど落ち着いた感じの人が多くて(しかも綺麗な人ばっかり!)、
だから誘われるままに色んな人と寝ることに抵抗はなかった。
 
64 :繋いだ手 :2009/05/15(金) 22:42

「なんだよ〜。教えろよ〜」

べたべたと絡み付いてくる白い腕が面倒で、苦笑いが浮かんだ。
梅田さんのテンションって、ちょっと吉澤さんに似てるのかもしれない。
初めてこの店に来たとき、第一声で言われたのが『よっすぃに似てるね』だった。
そのよっすぃが今となりにいる吉澤さんで、あたしは似てるのは背格好と肌の色くらい
だと思うけど、今でもたまにそう言われる。
まあ、基本は綺麗だし、その話題があったおかげですぐに吉澤さんと打ち解けられたから
不満はないんだけど、性格は絶対梅田さんの方が似ていると思う。
 
65 :繋いだ手 :2009/05/15(金) 22:42

「ほらほら。教えたらちゅーしちゃるぞ」

『ちゅーっ』て自分で言いながら唇を突き出す吉澤さんに、思わず噴出す。
黙って微笑でも浮かべていればどこのお嬢様かってくらい綺麗な顔なのに、どうして
こんなにぶさいくになれるのだろう。
これ以上無視するとさらに顔が崩れそうなので、この辺でとめてあげることにした。

「いいことかわかんないけど、ちょっとね」
「お。何々?」
「クラスの子に、かわいいって言われたの」
「……そりゃいいことだよ」

変顔も興味津々のにやついた顔もひっこめて、急に真面目な顔で言うから、びっくりした。
思いっきり笑われることを期待していたのに。
 
66 :繋いだ手 :2009/05/15(金) 22:42

「で、その子の名前は?」
「たぶん、梅田さん」
「ファーストネームは?」
「え? わかんないよ、そんなの」
「部活は? 何かやってる?」
「だから知らないって。吉澤さん、なんでそんなのことに興味あるの?」

畳み掛けるように聞かれても、あたしが梅田さんについて知っていることは何もない。
名前を覚えていただけでも奇跡なくらいなのだから。

「あるよ〜。あたしのかわいいかわいいまいみぃがやっとクラスになじめたかと思うと、
 ひーちゃんもう泣いちゃうくらい嬉しいからさあ」
「なじめたわけじゃ……」

ない、と思う。
あのあと梅田さんは目が合うたびにこにこと話しかけてきて(無意味で理解しにくいこと
ばっかりだったけど)、帰りぎわには一緒にいた友達にまでばいばいとか言われたけど。
あれ? ……これって結構なじんでる?
今までのあたしから言えばかなりなじんでない?
 
67 :繋いだ手 :2009/05/15(金) 22:43

「じゃ、ご褒美にちゅーね」
「……ん」

ぼんやりしていたら唇をふさがれて、そういえば今何時だろう。
家帰るのも面倒かな。
すぐに離れた唇を追って、自分からもう一度重ねる。

「ね。吉澤さん、今日――」
「ああ……んー。いや、今日はやめとくわ」
「えー、なんでえ?」
「なんでもっ。まいみぃはちゃんと家帰んなよ」
「……はーい」

くしゃっと髪を撫でてくれた手と、覗き込まれた目の優しさにどきっとして。
なんとなく、他の人を探す気もそがれてしまった。
しょうがない。
今日は一人で寝るかあ。
 
68 :繋いだ手 :2009/05/15(金) 22:44


そんなことがあってから、どれくらいか経って。
梅田さんとは、舞美、えり、と呼び合うようになって、アドレスを交換して、一日に何度も
くだらないメールを繰り返す。
いわゆるこれが友達というヤツなんだろう。
最近ではえりと仲のいい友達とも少し話すようになって、そうすることがそれほど苦痛
ではないことも知った。

だから……なのか、あたしはあんまり店に行かなくなった。
行っても少し飲んで話したら家に帰るようになった。
誰かと夜を過ごすようなことは次第に減って、今ではほとんどない。
まだあたしのことを誘ってくれる人もいる。
今まで理由もなく断るようなことがなかったから、ちょっと悪いかなって思ったけど、
断るとなぜかみんな嬉しそうな顔で頭を撫でていってくれた。
その意味はわからなかったけど。
――悪い気はしなかった。
 
69 :繋いだ手 :2009/05/15(金) 22:44

「えり、今日一緒に帰らない?」
「うん!」

差し出した手は、なんのためらいもなく握り取られ、逆にぐいぐいと引っ張られる。

えりは知っている。
あたしがどういうことをしていたのか。
二言目には『舞美はかわいい』と言う彼女に、現実のあたしを教えておいた方がいいと
思って言ってみた。
どんな反応をするだろう。
軽蔑するだろうか。離れて行くだろうか。
反応を待つ時間は、少し緊張した。

そんなのダメだよ。やめなよ。

えりは真っ向からそう言って顔をしかめた。
それでも、あたしから離れることはしなかった。
 
70 :繋いだ手 :2009/05/15(金) 22:45

「舞美さー」
「うん?」

並んで歩く帰り道。
今日はとても天気が良くて、ぼんやり歩いているだけでも気持ち良かった。

「あのー、うん」
「何さー」
「うーん。最近さ、電話よくつながるなって思って」
「へ? そうかな?」

えりにしては珍しく、なんだかもごもごとそう言った。
電話?
確かに最近えりと電話することが増えた気がする。
くだらないことしかしゃべっていないから、言われないと思い出せなかったけど。

「つながるんだよ。……前よりもさ」
「ふーん」
「あのー、だからあ」
「うん」
「そのー……家にいるんだなって……夜に」
 
71 :繋いだ手 :2009/05/15(金) 22:45

小さく付け足すみたいに言われた言葉の意味を噛み砕いて、はっと横顔を見上げた。
そうだ。
あたしは、店に行かない時間をえりと電話することですごしていたんだ。
いや、むしろ。
えりと電話をするために、店に行かないようになったのかもしれない。

「お店、あんまり行ってないのかなって」
「……行ってない」
「前も言ったけど、うちはそういうのあんまりよくないと思うし。だから、行ってないん
 だったら、良かったなって、その……よくがんばったねって、言いたかったの!」

照れ隠しなのか、ぐしゃぐしゃって頭をなでられて、こけそうになった。
あたしががんばったわけじゃない。
そうじゃないんだよ、えり。
 
72 :繋いだ手 :2009/05/15(金) 22:46

「えり」
「んー?」

繋いだ手をぐいっと引っ張る。

この手、なんだろう。
何人もの手のくれる快楽のすべてが。
繋いだだけのこの手にかなわなかった。

きっとそういうこと。




……ま、いつかはもっと触れられたいと思うけどね。


「待ってるよ、えり」

「――は?」
 
73 : :2009/05/15(金) 22:46

『 繋いだ手 』   終わり
 
74 :esk :2009/05/15(金) 22:48
矢島さんのイメージ無視しすぎ?
75 :名無飼育さん :2009/05/16(土) 18:17
撫でたくなる気持ちすっごいわかる!とか言ってw

確かにいつもと違う感じだけど根本は同じ気がしていやらしさを感じさせませんね
道中記もそうだったけどこれも異なる方向で新鮮!
76 :名無飼育さん :2009/05/17(日) 01:33
こういうやじうめも全然ありですよ!
面白かったです。
77 :esk :2009/05/25(月) 21:39
読んでくださった方、ありがとうございます。

>>75さま
こういう、設定のわりにエロくない話が好きなんですw
できるだけ色んな方向性の話を書いていけたらいいなと思っています。

>>76さま
ありですか!
受け入れ範囲かどうか、ちょっと心配してたので良かったです。


さて。梅さん、18歳のお誕生日おめでとうございました。
ごめん。昨日寝過ごしたw

ということで、ってわけでもなく。いつも通り、やじうめ。
>>2-17 と同じ設定ですが、どっちに前後するのかは不明。
78 : :2009/05/25(月) 21:40

『 やじうめ道中記2(森と泉に囲まれて) 』
 
79 :やじうめ道中記2(森と泉に囲まれて) :2009/05/25(月) 21:41

「えりも一緒に入ろうよ〜」
「だーめ。なんかあったらどうすんの」
「ないないない」
「わかんないでしょ。うちはあっちいるから」
「見ててもいいよ?」
「っ。結構ですっ」

森を横切る細い道にジープを走らせていたら、突然大きな泉を見つけた。
久しぶりの綺麗な水場だし、ゆっくり水浴びをしようってことに。
簡易浄化装置を通せば飲み水にもオッケーだったし、超ラッキー!

じゃあ先にどうぞって言ったら、舞美はお約束な返答をしてくれた。
もうっ、そういうのはいい加減にして欲しいよ。
 
80 :やじうめ道中記2(森と泉に囲まれて) :2009/05/25(月) 21:41

バイバイって手を振ってジープに戻る。
一応見張りだから居眠りも出来ないし、そうだな、今のうちに銃の手入れでも
しとこうかな。
油で汚れてもすぐに水浴びするんだし。
いやん。うちってばあったまいい!

ジープから簡易テーブルと椅子のセットを出して組み立てる。
舞美に背中を向ける向きに座ると、ぱちゃぱちゃと水の音だけが聞こえてきた。
腕時計に目をやると、そろそろ日も暮れる時間。
せっかくテーブル出したから今日はここでごはん食べよっと。
それからもう少し進むか、このままここで泊まるかは舞美と相談かな。

そんな考え事をしているうちに、愛用の銃は綺麗に分解されてテーブルに並んでいる。
手入れ用の汚れた布に手を伸ばした。
あ、そうだ。
舞美のやつもついでに手入れしてやろっかな。
 
81 :やじうめ道中記2(森と泉に囲まれて) :2009/05/25(月) 21:41

ふっと。
本当に何気なく。
顔を上げた。

その視界に。

「………」


姿勢はあくまで低く。
四本足は地面に吸い付くよう。
もりあがった肩甲骨がするどく天を突く。
地面に向かって垂れた尻尾は、だらりとしているようでただならない緊張を漂わせていて。
ぎらりと光る目が、射るようにうちを、うちだけを見ている。

大型獣に襲われた経験がないわけではない。
でも、そんなときはいつでも舞美が一緒で。
だからいつでも、どんなに危険な目にあっても、大丈夫だって思えた。
 
82 :やじうめ道中記2(森と泉に囲まれて) :2009/05/25(月) 21:42

(舞美……)
口の中でその名前をつぶやいて、震える指先を手元の銃に伸ばし――。

「って、うそっ」

いやうそじゃない。
解体したの自分だし。
さすがに一分前のことくらい覚えてる。

他のヤツ。
は、ジープの中っ。
取りにもど――。

うちが椅子から立ち上がるよりも早く、獣の四肢が地面を蹴る。

ぱちゃん

背後で、舞美の立てる水音が妙にゆっくりと聞こえた。
 
83 :やじうめ道中記2(森と泉に囲まれて) :2009/05/25(月) 21:43


舞美

逃げて

 
84 :やじうめ道中記2(森と泉に囲まれて) :2009/05/25(月) 21:43

 
85 :やじうめ道中記2(森と泉に囲まれて) :2009/05/25(月) 21:44



「……、………っ」


「……り、……ってば」


「ぅ……」

まい、み……?

薄く目を開くと、白くかすんだ視界いっぱいに舞美の真剣な顔。
あれ? ここって天国?
なんだ。結局舞美もやられちゃったのか。
天国でも一緒って、うちらってば運命的じゃーん。

「何言ってんの!」
「……っ、いったあっ」

結構マジにほっぺたをはたかれて、一瞬めまいがした。
ぶるぶると首を振って、ごしごしと目をこすったら、やっと意識がはっきりしてきた。
あたりに立ち込める火薬の匂いと血の匂い。
そして一番近くに、舞美の匂い。
ぐっしょりと濡れた髪からは、まだぽたぽたとしずくが垂れている。
ちょっと! 服ぬれてるじゃん。

それが冷たいって意識して初めて、ああ、死ななかったんだって思った。
 
86 :やじうめ道中記2(森と泉に囲まれて) :2009/05/25(月) 21:45

「ど、して?」
「水浴びにもちゃんと銃くらい持って行ってますー」

にかって掲げたのは、愛用のサブマシンガン。


『うそっ』

小さくつぶやいただけのうちの声を聞きつけたあと、舞美の反応速度は人間並では
なかっただろう。


「もー、ホントびっくりしたんだからね。えり死んじゃったかと思って」
「勝手に死なすなー」

ぽくって肩の辺りを叩いて、そのまま顔をうずめる。
 
87 :やじうめ道中記2(森と泉に囲まれて) :2009/05/25(月) 21:45

「……アリガト」
「どういたしましてー」

えへへって耳元で満足そうに笑う声。
命助けてもらって、こんな軽い会話でいいはずがない。
しかも舞美に命助けてもらうのって、これが初めてじゃない。
だけど、いっつもちゃんと感謝ってしたことない気がして。
今日こそもっとちゃんと言わなきゃ。
ぱっと顔を上げて体を離した。

「まいみ――服着て」
「へ? あー」

言おうとした言葉は目に入った肌の色に摩り替わる。
まあそうだよね。
話の流れ的に服着てる暇はなかったよね。
それはわかるけどさ。
気づいたんなら隠すとか恥ずかしがるとかしなよっ。
 
88 :やじうめ道中記2(森と泉に囲まれて) :2009/05/25(月) 21:46

「あー、えり今えっちなこと考えたでしょ? そうでしょー?」
「ち、違うしっ。っていうか風邪引くでしょ」
「大丈夫だよ。えりがあっためてくれるからー」
「っ、だからっ、しないしっ」
「まあそうだよね。あたしする方が好きだし、えりはされる方が――」
「ちがっ……あああーっ」

思わず頭をかきむしって地面に大の字にねそべった。
うちの大声にびっくりしたのか、木の枝から大きな鳥がばさばさと飛び立っていく。
それよりもずーっとずーっとずーっと上の方、真っ黒な木の葉っぱの隙間から、
黒と青の間みたいな不思議な色の空が小さく見えた。
 
89 :やじうめ道中記2(森と泉に囲まれて) :2009/05/25(月) 21:47

「ねー、えりぃ。どしたの?」

そのきれいな空をバックに、ひょいっと舞美の顔が割り込んできた。
きょとんとした顔がうちを見下ろす。

……舞美が悪い。
うちがいっつもちゃんとお礼とか言えないのは舞美のせい。

じっとその目を見上げると、舞美は心配そうに眉を寄せた。

「もしかして……今日なっちゃってる?」


ぜ・っ・た・い、舞美が悪い!!
 
90 : :2009/05/25(月) 21:47

『 やじうめ道中記2(森と泉に囲まれて) 』   終わり
 
91 :esk :2009/05/25(月) 21:50
矢島さんが壊れてきましたw
92 :名無飼育さん :2009/05/27(水) 23:06
そうなった原因に矢島矢島な読者レスが関係ありそうですねw
……でも、59の最後は完全にネタフリですよね?w

梅さんは83の相手を思いやる気持ちとかステキ
93 :esk :2009/05/28(木) 22:01
読んでくださった方、ありがとうございます。

>>92さま
いえいえ、単に壊れてたり黒かったりエロかったりする人が好きなんですヨww
梅さんは壊れててもいい人が保てるからずるいと思います。

初のやじうめ以外。りしゃみや。
とりあえず王道を押さえる主義です。
タイトルと内容は全く関係ないです。
94 : :2009/05/28(木) 22:02

『 ライバル 』
 
95 :ライバル :2009/05/28(木) 22:03


「いってきまーす」


庭で飼い犬と遊んでいた梨沙子は、隣家から聞こえてきた声に、門扉からひょこっと
顔をのぞかせた。
案の定、急ぎ足で目の前を通り過ぎようとする幼馴染。

「みや! どこ行くの」
「エーガだよ」

一瞥をくれたのに無視して行ってしまおうとする雅に、梨沙子は慌てて声を掛ける。
機嫌良さげな声に嫌な予感がして、じゃあね、とすでに数歩先を進む雅を追って、
梨沙子も道路へ飛び出した。

「何よ」

うっとおしそうな顔をしながら足を緩めない雅だったが、梨沙子が隣に追いつくと
ごく自然に手を繋いだ。
 
96 :ライバル :2009/05/28(木) 22:06

「デート?」
「そうだよ」
「……桃ちゃん?」
「はあ? 桃とは別れたって言ったじゃん。もう忘れたの?」

忘れたわけではない。
ただ、そう聞いてからまだ一ヶ月ほどしか経っていない。
なんかそれってさあ、それって。

それって、軽くない!?

鼻先に指を突きつけて言ってやりたかったけど、ぐっと言葉を飲み込んで、
梨沙子はむっと唇を引き結ぶ。
それでも気持ちは伝わったようで、雅はうざったそうに梨沙子から顔を背けた。

「梨沙子には関係ないじゃん」

関係ない、ことない。
絶対に関係ないことない。
だけどそれさえも言えなくて、ますます梨沙子の機嫌は悪くなる。
 
97 :ライバル :2009/05/28(木) 22:06

「いーんだよ。今は運命の人待ち中だから」

方や、こちらはきらきらとした目を遠くに向ける雅。

「そのわりにさー……」
「だって言い寄ってくるんだもーん」

鼻歌でも歌いそうな機嫌の雅の隣で、梨沙子は小さく息をついた。
へらへらした顔の下で、本当はそういう自分に傷ついてる繊細なことろも知っているし、
でもそういうところに漬け込まれたらふらっと行っちゃう弱いところも知ってるし、
単純にモテて嬉しいとか誇らしいとか思ってる軽いところもよーく知っている。
絶対に誰よりも、きっと本人よりも知っているという自信があるのに。

「ねえ、みや。運命ってさ、意外と近くにあるんだよ……」
「近くねえ」

雅は横目でちらりと梨沙子を見やる。
しかし、ふてくされて足元を見つめる梨沙子は気づいていなかった。
 
98 :ライバル :2009/05/28(木) 22:07


「じゃね」

結局駅までついてきた梨沙子を、雅は振り返る。
手を伸ばして頭を撫でると、梨沙子はむうと唇を尖らせて黙り込んだ。

「ま、こうやって遊んでられるのもあと一年だしさ」

雅の何気なくつぶやいた言葉に、梨沙子はふっと顔を上げる。

一年。
そうだ。高校二年の雅は来年は受験生。
そうそう遊んでいられなくなる。
ざまーみろ。
へへんだ。
梨沙子は少しだけ胸のすく思いで、ぱっと雅の手を離した。

(かく言う自分が今年受験生であることには気づいていない)
 
99 :ライバル :2009/05/28(木) 22:08

ゆっくりと動き出した電車の窓の中、梨沙子が流れ始める。
改札の向こうで、怒ったような泣きそうな顔。
雅はくくっとのどを鳴らして、手のひらサイズの梨沙子を指先ではじいた。
ころころと転がっていく梨沙子を連想したけど、もちろんそんな事態にはならない。
なんだつまんない。
世の中思い通りにならないことばっかりだ。
長く付き合えるような相手は現れないし、運命の人はなかなか追いついてきてくれないし。

でも、それもあと一年。
一年たてば。

梨沙子は中学を卒業する。


「さすがに中坊には手ぇ出せないじゃん?」

早く、追いついてこーい。



ま、とりあえず、今日のデートも楽しむけどね♪
 
100 : :2009/05/28(木) 22:09

『 ライバル 』   終わり
 
101 :esk :2009/05/28(木) 22:09
みじかっ。
102 :名無飼育さん :2009/05/29(金) 20:54
な、なんて萌える話なんだ!
りしゃみや最高です!!
103 :名無飼育さん :2009/05/29(金) 21:22
既存のものと受ける印象が違うのに、そういうのもありだなと思わせられちゃう。
自由自在・変幻自在って感じ。
なぜか「伸縮自在」って言葉が浮かんで、自分でも意味がわからないw
104 :名無飼育さん :2009/06/01(月) 15:44
繋いだ手

なんか、いつものやじうめと違う感じがして好きです。


続きなんてあると嬉しいです。
105 :名無飼育さん :2009/06/01(月) 20:14
更新お疲れ様です
道中記の続きが読めて幸せでした
やっぱり梅さんがかわいすぐるw
りしゃみやもなんだか爽やかなお話でとてもよかったです
次回も楽しみにしています
106 :esk :2009/06/01(月) 22:06
読んでくださった方、ありがとうございます。

>>102さま
萌えていただいてありがとうございますw

>>103さま
自分でもなんか違うと思いましたが、いいんです。
今回書きたかったのは『可愛げのない菅谷さん』でしたからww

>>104さま
おお! 続き需要あるんですか?
実はネタはなくもなくて……もしかしたら書くかもしれません。
(といいつつ書かないかもしれませんがー)

>>105さま
道中記の二人はネタがあったらまた書きたいです……が、その前に設定考えないとだ。
りしゃみやは、私が書くものとしては珍しく爽やか系でしたw


>>103さまの「伸縮自在」という言葉で思いついた小ネタ。ベリ。
107 : :2009/06/01(月) 22:06

『 伸縮自在 』
 
108 :伸縮自在 :2009/06/01(月) 22:07

「――おはよっ」

「あ、キャプテン。おはよー」
「ごめんね、遅くなったっ」

楽屋に入る前にスタッフさんに捕まってしまい、気が付くとすでに集合時間を過ぎていた。
あせって扉を開けると、そこにはいたのは、千奈美、茉麻、雅、梨沙子の四人。
まあ桃の遅刻はいつも通りだけど……。

「熊井ちゃんは? まだ?」
「そういやまだだね」

茉麻が時計を見上げて首を傾げた。

「めずら――」
「おっはようございまーす♪」

珍しいね。
そう言おうとした私の言葉をさえぎったのは、熊井ちゃんのやたら上機嫌な声。
ちょっと、遅刻してそれはないんじゃない。
斜め上を見上げて指を突きつけて振り返ると――あれ? いない。
でも確かにさっきのは熊井ちゃんの声。
 
109 :伸縮自在 :2009/06/01(月) 22:08

「く、熊井ちゃん!?」

声したよね? と聞き返そうと振り返ると、茉麻が声を裏返す。

「きゃーー!! 何それ!! チョーーかっわいい!!」

千奈美も甲高い声で叫んで、部屋の隅から駆け寄ってくる。
そのまま私の横をすり抜け、突進するように抱きしめたのは。

「やー、なんか朝起きたら身長縮んでてさー。びっくりびっくり」

私よりも頭ひとつ分くらい小さい、でもそれはまさに熊井ちゃんだった。
みやと梨沙子も駆け寄ってきて、きゃーきゃーと歓声を上げる。
やたらかわいいを繰り返して、抱きしめて頭を撫でる三人。
熊井ちゃんもまんざらでもないみたいで、照れた上目遣いでみんなを見上げている。

……いやいやいや、ちょっと待ってよ。
人間の身長が縮んだんだよ?
かわいいとかそういう問題じゃないでしょう!?
ばんっ、とテーブルを叩いてみたけど茉麻が肩をすくめただけだった。
茉麻までそんな『しょうがないよ』みたいな顔しないでよ!
っていうか、桃。
桃は!?
 
110 :伸縮自在 :2009/06/01(月) 22:09

「おっはよー!」
「あっ、桃! あのさ――」

タイミングよく、聞きなれた甲高い声。
今は遅刻なんかどうでもいい。
とにかくこの事態を何とかして欲しい。
と、勢い良く振り返ると。

「佐紀ちゃん、見て見て。桃、朝起きたら身長伸びちゃっててー。超かっこよくない!?」


そこには、昨日までの熊井ちゃんくらいの身長になった桃がモデルポーズを決めていた。

正直言って。


「……キモイ」

 
111 : :2009/06/01(月) 22:09

『 伸縮自在? 』   終わり
 
112 :esk :2009/06/01(月) 22:11
………ゴメンナサイ。
気を取り直して本当の更新を。

突然海賊モノ。某海賊漫画とか読んだことないですが。
時代的には大航海時代とかのあたりか、もう少し後かも。
清水キャプテンを中心に、一応ベリキュー全員存在、するはず。
 
113 : :2009/06/01(月) 22:12

『 風を使う(前編) 』
 
114 :風を使う(前編) :2009/06/01(月) 22:13


  体に重くのしかかる圧迫感に手の指一本動かせない
  熱い体からは体力がじわじわと奪われていく
  次第に浅くなる呼吸
  このままでは危険だ
  早く抜け出さなくては

  早く、早く、早くっ



「――はっ!!」

ばちっと目を見開くと、板張りの天井が薄明るい中にぼんやりと浮かんできた。

「……夢か」
 
115 :風を使う(前編) :2009/06/01(月) 22:14

ベリーズ号キャプテン・清水佐紀は、横になったままで額の汗をぬぐう。
嫌な夢を見たものだ。
大きく息をつき、荒くなった呼吸を整えながら起き上がろうと肘を突いて……
自分の体の上を横切っている一本の足に気づく。
にゅうーっと伸びた脚線美に沿って視線を滑らせると、その先には幸せそうに眠る垂れ目。

「ちぃー……」

ったく。
さっきの夢はこのせいだろうか。
佐紀はちらりとかすめた怒りのままに、千奈美の長い足を乱暴に放り出した。
ごとっと、結構痛そうな音がしてひやっとしたが、起きるような気配はない。
そのまま重い体を起こして――目に入った惨状に額を押さえた。

「これは……ひどい」

小さな窓からは明るい朝の光が鋭く差し込んでいる。
その光の中で乱雑に転がるメンバー、その周りを埋める酒瓶とつまみの残骸。
狭い船室は、人いきれとアルコールの匂いで、むっとするくらい重く甘ったるい
空気で満たされていた。
しかもこの場に転がる全員が年端も行かない女性だというのが、更にこの光景を
救いのないものにしている。
 
116 :風を使う(前編) :2009/06/01(月) 22:17

全員を起こして回る気力も失せ、佐紀はとりあえず部屋の隅の炊事場に向かった。
昨夜あまり飲めない酒を飲んだせいか、それともさっきの夢のせいか。
ひどくのどが渇いていた。
水樽の蛇口をきゅっとひねる。
流れる水に頭を突っ込みたくなったが、一応飲み水だし。
理性で留まり、グラスをあおった。

「ふう」

大きく息を吐き、肩の力を抜く。
ようやく人心地ついて。

「……?」

その違和感に気づいた。

(妙だな)

さっき見た夢の、あの感覚がまだ離れていない。
もう千奈美の足はないのに、体には床に押し付けられているような圧迫感が残っていた。
耳にも薄い膜を張られたようで、上手く音を拾わない。
――拾わない?
 
117 :風を使う(前編) :2009/06/01(月) 22:18

コンコン

すぐそばの板塀をこぶしでたたいてみる。
音はクリアに聞こえた。
拾わない音は。

「――っ!!」

はっと目を見開き、マグロたちを蹴散らして甲板に向かう階段に駆け寄る。
足元で『うぎゃ』とか『ぐえっ』とか聞こえたけれど、気にしていられない。
そのままの速度で階段を駆け上がり、力いっぱい扉を押し開く。
甲板に飛び出すと、明るい日差しに目がくらんだ。
小さな体をぐっとつっぱり、目頭を押さえるとひとつ息をつく。
覚悟を決めてかっと見開いた目で、仰ぐように空を――掲げられた帆を見上げた。

あるはずの光景が、音が、そこにはなかった。

風をいっぱいにはらむ帆がない。
波が船の腹をうつ音がしない。

そこにあるのは、昨日までとは全く別の世界だった。
 
118 :風を使う(前編) :2009/06/01(月) 22:18

「キャプぅ。どしたのさー」

のんきな声が聞こえて、船室からぼさぼさ頭がいくつかひょこひょこと覗いた。
その中から、線目の桃子がよたよたと佐紀に近寄ってきた。

「桃」
「うん。おはよー」

「風が落ちた」

「――へ?」

線目がばっちり見開かれ、頭上の帆を見上げる。
そこには、だらりと垂れるただの布。

「ウソ……。な、なにこれ……気持ち悪い……」
 
119 :風を使う(前編) :2009/06/01(月) 22:20

うっと口元を押さえる桃子。
その姿を見ながら、佐紀も自分の胸の悪さが二日酔いではないことを確信する。
歩くよりも先に船に乗ることを覚えた佐紀や桃子にとって、船酔いとは縁遠いものだった。
これは――凪酔いだ。

船乗りにとって、ベタ凪はある意味嵐や海賊よりも恐ろしいものだった。
ベタ凪は、風が穏やかで波が静かな凪とはまったく別のものだ。
一片の風もなく、小さな細波さえない。
風を受け波を切って走ることになれた船乗りにとって、それは、海ではない。
土のように固まった水の上に、船はがっしりと固定される。
嵐なら力を合わせて乗り切ればいい。
海賊なら剣を取り戦えばいい。
しかしベタ凪は。
見渡す限りを水に囲まれた海の上で、なすすべがないというのは不気味で恐ろしいことだった。
 
120 :風を使う(前編) :2009/06/01(月) 22:20

「みやっ」

「ご、ごめん、あの」
「いや、いいよ。わかったところで何も出来ない」

見張り台に上っていた雅がはしごをするすると降りてきた。
今降りてきたということは、おそらくぐっすりと居眠りしていたのだろう。
佐紀は申し訳なさそうにすくめるその肩をたたいてやる。
昨夜の酒盛りの途中、梨沙子が差し入れを持ってこっそりと見張り当番の雅の下に
向かっていたことは知っていた。知っていて見逃した。
むしろ、そうすればいいと思っていた。
だから今更形ばかりもとがめるようなつもりはない。
 
121 :風を使う(前編) :2009/06/01(月) 22:22

「帆って意外と長いよね〜」

「うっわー。海歩けそうだよ」

ぞろぞろと船室を這い出したメンバーは、それぞれ口を開けて帆を見上げたり、
欄干から体をのりだして海を眺めたりしている。

その傍らで、佐紀と桃子はこわばった顔を見合わせた。
二人は回漕業を生業とする船上生活集落の出身であり、船で生まれ船で育った。
あとの5人のメンバーの船乗り経験は、年齢にしては多いとはいえせいぜい数年程度。
ベタ凪の恐ろしさを本当にわかっているのも、この二人だけなのだろう。

「この海域でベタ凪なんて聞いたことがないよ」

まだ気持ち悪そうな顔のままで、桃子が悔しそうにつぶやいた。
航路を選定する作業は、主に桃子が仕切っていた。
このあたりは季節を問わず航海に良い風を吹かせてくれることで知られていたはずだが。

「ねえ、キャプテン。やっぱりあの子……」

桃子の探るような視線に、佐紀も困ったように眉をしかめた。
 
122 :風を使う(前編) :2009/06/01(月) 22:23


ベリーズ号はこの辺りでは知られた海賊船だ。
狙った獲物は逃さない。
略奪は華麗でスピーディー。
おまけにキャプテンは剣の達人として名高い。

そして、同じ海域に、もうひとつ知られた海賊船がある。
最近になってこのあたりに棲みつき、一気に名をあげた海賊船、キュート号。
当然ベリーズにしてみれば面白くない存在だった。
一度きっちりご挨拶しないとねえ。
そう嘯くメンバーに、佐紀も苦笑を浮かべるだけだった。

そんな中、昨夜、とうとう狙いをつけていた貨物船をキュート号に先を越された。
積もり積もった不満が吹き上げる中、見張りに立っていた茉麻が一艘の小船を見つけた。
キュート号の戦利品を本船に運び込むための小船だった。
取り残されたのか、あえてそこに隠れていたのか。
理由はわからなかったが、佐紀たちは当然、喜び勇んで見張りに立てられていた
少女とともにかっさらった。
しばらくして見つかり追い立てられたが、もう遅かった。
無事に逃げ切り、昨夜は胸のすく思いで盛大に祝杯をあげたのだが――。
 
123 :風を使う(前編) :2009/06/01(月) 22:24

「とりあえず碇を降ろそう」

ベタ凪でもうひとつ怖いのは、海の深いところを流れる海流に、気づかない間に流されて
しまうことだ。
ベリーズ号キャプテンは、この場に留まり風を待つ選択肢を選んだ。

碇を降ろし、順に朝食をとる。
いつもならこの後はめまぐるしく作業に追い立てられるのだが、風がなければ船の上の
作業は非常に少ない。
作業のないメンバーは、振って沸いた休養を、思い思いにくつろいでいた。

「桃」
「うん」

その中、佐紀は桃子に小さく呼びかけ船室を立った。
桃子もわかっていたように、用意していた小さなかごを引き寄せて後に続く。

「キャプは信じてるの?」
「まさか」
「でも……」
「ありえないよ」

狭い通路を並んで歩きながら、佐紀は桃子の不安げな声を突き放すように言い捨てる。
 
124 :風を使う(前編) :2009/06/01(月) 22:24

キュート号にはあるうわさが立っていた。

その船員は、風を自在に操り、嵐を呼ぶことが出来るという。
――風使い。
皆、半信半疑ながらも、事実キュート号を追って嵐に巻き込まれた船員の証言もあり、
彼らを実力以上に瞬く間に有名にした要因のひとつである。


(魔法使いじゃないんだから)

ありえない。
もう一度頭の中で繰り返して、佐紀は大げさなまでに大きな南京錠に鍵を差し込んだ。

ギィ

船倉に続く扉が開く。
暗がりの中、昨日の戦利品に囲まれるようにして、薄い毛布にくるまった少女。
一見気が弱そうに見えるが、しっかりと佐紀を見上げる視線には固い意思が見えた。
 
125 :風を使う(前編) :2009/06/01(月) 22:26

「おはよー」

そんな緊迫感にかまいもせず、桃子は軽く声をかけてかごを置くと、縛っている縄を
手だけ解いてやる。
白い肌に赤い痕が残っていた。

「食べなよ」

パンとチーズ。それに瓶詰めのライムジュース。
ビタミン摂取のために、長い船旅には欠かせないライムジュース。
ベリーズでは長い航海でもないのに、単においしいという理由で採用されていた。
桃子が差し出したそれらを、少女は無言で見下ろす。
とたんに、ぐう、とおなかが低い音を立て、耳まで真っ赤にしたが手は出さなかった。

「毒なんか入れても意味ないじゃん」

桃子はニカッと笑うと、パンを小さくちぎり自分の口に放り込んだ。
もう一度差し出され、ようやく少女はためらいがちに手を伸ばす。
彼女が静かに食事をとる様子を、二人はただじっと眺めていた。
年は15。名は愛理。
昨日かなりの時間をかけて聞き出した情報は、これだけだった。
一番聞きたかったこと……風使いの真偽については、何を聞いても顔色ひとつ変えなかった。
 
126 :風を使う(前編) :2009/06/01(月) 22:27

空になった瓶をかごに戻すと、愛理は丁寧に頭を下げる。

「ありがとうございました」
「ああ、うん」

その仕草に、佐紀は軽くショックを受けていた。
(15って……梨沙子と同じ年だよね)

「ははは……愛理はしっかりしてるね」

同じことを考えたのだろう、桃子の笑みも引きつっていた。
八重歯のせいか発音は少々幼いが、内容はずいぶんしっかりしている。
何よりも毅然としたその態度。
もしも梨沙子が愛理の立場になったとしたら……いや、考えるだけ無駄だ。
佐紀はぶるぶると頭を振るった。
 
127 :風を使う(前編) :2009/06/01(月) 22:27

「あのさ、今朝から風が落ちたままなんだよね」

気を取り直して、愛理の目をじっと見つめながら言ってみる。
その目に動揺は感じられなかった。

「一応もっかい聞くけど」
「……」
「あなたたちは本当に風を操れるの?」
「……」

表情は変わらない。
きゅっと引き結ばれた唇。
なにか固い意志を湛える目。

「……答えないよねー」
 
128 :風を使う(前編) :2009/06/01(月) 22:29

佐紀はひとつため息をつき、手にまた縄を結び、立ち上がった。
それに続いて桃子も立ち上がったが、ふと振り返る。

「愛理ってさあ」

桃子の声に釣られて愛理を見下ろすと、見上げる目は少し不安げだった。
その目にどきりとしてしまった自分に苦笑いを浮かべながら、佐紀は不自然でないように
注意しながら桃子に視線を移す。
桃子はなんだか嬉しそうに笑みを浮かべていた。

「かわいいよね」

きょとんとする愛理。
何を言い出すんだか。佐紀もあきれてため息をついた。
ばいばーいと小さな手を振る桃子を引きずるようにして船倉を後にする。
 
129 :風を使う(前編) :2009/06/01(月) 22:29


「どう思う?」
「どうって、わかんないよ」
「だよねー」

扉を閉じたとたんにふざけていた表情を隠して、桃子が佐紀を覗き込む。
そのあたりの切り替えの早さにも慣れている佐紀は、特に反応するでもなく受け答える。
決定を保留にした意見を交わしながら、二人の思いは同じだった。
彼女も少なくとも船乗りの端くれだ。
風が落ちたと聞いて動揺しないということは。

(――ありえない)

佐紀は小さく頭を振った。



しかし。

風は止まったまま、三日が経った。

 
130 : :2009/06/01(月) 22:30

『 風を使う(前編) 』   終わり
 
131 :esk :2009/06/01(月) 22:30
後編へ続く。
132 :三拍子 :2009/06/01(月) 22:52
更新されるのを毎度楽しみにしています。
現実的な話でないのに現実的になりそうな作者様の文章は素晴らしいです!!!
これからも応援していますm(__)m
133 :三拍子 :2009/06/01(月) 22:53
すみません、本当にすみませんm(__)m
ageてしまいました‥‥‥。
134 :名無飼育さん :2009/06/01(月) 23:23
海賊ものとは新しい
しかも大好きなキャプテンが活躍しそうな予感?
わくわくしながら次の更新お待ちしてます
135 :名無飼育さん :2009/06/03(水) 01:50
更新お疲れ様です
今回も素敵な物語をありがとうございます
作者様のお話はファンタジックで読んでいてとても楽しいです
次回も楽しみにしています
136 :esk :2009/06/10(水) 00:38
読んでくださった方、ありがとうございます。

>>132-133 三拍子さま
おお、三拍子さまですか! 読ませていただいていますー。
実生活でも嘘を現実っぽくしゃべるのは得意な方ですw
age、sageはこだわってないのでお気になさらず〜。
たまにえろっちぃのもやるのでage更新は避けているだけですw

>>134
キャプテン大活躍! ……かな?
かわいいですよね〜、キャプテン。
海賊的なシーンはあまりないですがw、楽しんでいただけると嬉しいです。

>>135
素敵だなんて恐縮ですっ。
ファンタジーは好きなんですけど、作りこむのがなかなか難しくて、
自分に出来るのはこの程度です〜。


>>131 は リl| ´∀`l| >嘘なんだよ
や、すいません。嘘というか、後半まとまらなくなって(汗)
あまり間延びするのもなんなので、ちょっとだけ更新します。
137 : :2009/06/10(水) 00:39

『 風を使う(中編) 』
 
138 :風を使う(中編) :2009/06/10(水) 00:40

「碇を上げようよ」

友理奈の主張に、傍らの千奈美がうんうんとうなずく。

「流されるんなら流された方がいいよ。どこか風のあるところに出たらそこから
 軌道修正すればいいじゃん。ずっとこんなとこいたって意味ない!」
「熊井ちゃん」

友理奈のいらだった声をたしなめるように、茉麻が静かに割って入った。

「でも、私もそうしたいと思うよ。もちろん、最終的にはキャプテンの判断に従うけど」

しかしその茉麻も、遠慮がちに佐紀を見やる。
梨沙子と雅も、不安そうに佐紀を見つめていた。
佐紀は困ったように桃子に視線を送ったが、すぐに重い口を開いた。

「う……ん。でもあたしは、やっぱり陸を離れるのは危険だと思うんだ」
「でもっ」
「桃はキャプに賛成。もう三日もたつんだし、そろそろ風も来るって」
 
139 :風を使う(中編) :2009/06/10(水) 00:40

桃子が片手を挙げて宣言する。
二人の意見がそろうと他のメンバーは何も言えなかった。
それは絶対的な支配を表しているのではなく、経験に基づく判断。
この二人の意見に従って失敗したことはない。
ない、んだけど……。
今回ばかりは素直に納得することが出来ず、なんとなく淀んだ空気が流れる。

パン

その流れを断つように、茉麻が軽く手を叩いた。

「よし、決定。じゃあ当番のある人は持ち場に戻って、ない人は……キャプテン、
 久しぶりに剣の稽古つけてよ」
「あ、ああ。うん」

茉麻の言葉に、しぶしぶながらも各自ばらばらと動き出す。
その背中を眺めながら、あからさまにほっとした顔をする佐紀を、桃子は苦笑いで
こつんとこづいた。
佐紀の優しく穏やかなところは桃子にとって愛すべき点ではあったが、こういう時には
もう少し威厳を持っていて欲しいと思わなくもなかった。
まあそこは茉麻が担当してくれるから、佐紀はこのままでも構わなのかもしれないが。
だらだらと解散するメンバーに声を掛ける茉麻に、桃子は感謝の視線を送る。
 
140 :風を使う(中編) :2009/06/10(水) 00:41

「まぁ、ありがとね」
「何のことー?」

武器を掛けてある棚に向かったままで、とぼけた声を出してみせる茉麻。
佐紀と桃子の剣を両手に一つずつ持って振り返ると、ぐいっとそれぞれを胸元に押し付ける。

「さあ。キャプテン、行こう」
「うん――」
「あ、ごめん。先に甲板上がっといて。桃とキャプも後からすぐ行くから」

茉麻に続こうとした佐紀の腕を、桃子がぐいっと引っ張る。
一瞬茉麻は何か言いたげにしたが、あえて口には出さず『了解』とだけうなずいた。

佐紀も不思議そうな目を桃子向けたが、桃子は何も言わずにぐいぐいとその腕を引く。
その足が船倉に向かっていることに気づいてからは、佐紀も抵抗はしなくなった。
 
141 :風を使う(中編) :2009/06/10(水) 00:42



自分たちを力なく見上げた愛理から、佐紀はとっさに顔を背けた。


今は手の縄を軽く結んでいるだけで、足は自由にしている。
食事も十分に与えてはいるが、やはり狭い船倉に閉じ込めたままで三日も経つと
衰弱も目に付くようになってきた。

顔を背けたままの佐紀を引っ張るようにして、桃子は愛理の前にしゃがみこむ。
仕方なくひざを折った佐紀は、小さく息をつくと、ゆっくりと口を開いた。

「愛理……風を止めているのはあなたなの?」
「………」
「このままじゃあなたもひからびちゃうよ?」

この船は長旅をする船ではない。
ある程度の水や食料は確保しているが、これ以上長引くと少し苦しくなってくる。

「佐紀ちゃん、ちょっとどいてて」
「え?」
 
142 :風を使う(中編) :2009/06/10(水) 00:43

しゃりん


「桃!」

答えのない問いかけに佐紀がうつむくと、桃子はそれを押しのけるようにして愛理の前に出た。
茉麻に押し付けられたそのままに持ってきていた剣を、流れるように滑らかに鞘から抜き去る。
その抜き身の剣を、愛理のまだふっくらとした白い頬にぴたりと押し当てた。
さすがの愛理も顔色を変えたが、佐紀はそれ以上に青ざめた顔で桃子の肩を抑える。
それでも桃子は愛理から視線を離すことはしなかった。

「愛理が風を止めているんだったら……愛理がいなくなれば風が吹くのかな?」
「桃!! 何言ってんの!?」
「試してみて損はないんじゃない」

愛理のおびえた目が佐紀を捕らえる。
桃子は、斬ると決めれば斬るだろう。そういうことにためらいはない方だ。
しかし佐紀はそれをさせたくなかった。
愛理のことがずいぶん気に入っていたみたいだから、斬ってしまえばきっと心を痛める。
桃子のためにも……。
――いや、そうではない。
佐紀はぐっと唇をかんで愛理を見つめた。
不安に揺れる瞳が佐紀を見返す。
 
143 :風を使う(中編) :2009/06/10(水) 00:43

「もう、ホントやめな。それひっこめて」
「なんで?」
「桃!」

やっと佐紀を見遣った桃子の目は冷たく、佐紀は声を荒げながらも心を見透かされた
ような感覚にどきりとした。

――なんで。
なんで桃子にそれをやめさせようとしている?
本当の理由は?

佐紀は、この綺麗な捕虜に心動かされ始めていた。
もしも。
もしも本当に愛理が風を止めているのだとしたら、自分は愛理の作戦にどっぷりと
はまったことになるのではないか。
この外見と物腰で魅了し、思い通りに人を操る。
ここで佐紀が桃子を止めることは、本当に自分の意思なのか――。
 
144 :風を使う(中編) :2009/06/10(水) 00:44

(――、何を)

そこまで考えて、佐紀はぶるりと首を振った。
もしも本当に愛理が風を操るとしても、それだけのこと。
今目の前にいるのは、普通の、平凡な、ちょっとしっかりしただけの15歳の女の子だ。
自分たちと……佐紀の愛する仲間たちと、何の変わりもない。

「桃。……いいから」

佐紀の優しく諭すような声に、おびえていた愛理の目がふっと色を変える。
それを見ないようにして佐紀が見つめると、桃子も気まずそうに剣を降ろした。
仕方ないなあと苦笑いで小突いてくる桃子に、佐紀は照れたような笑いを浮かべる。
いきなり切り替わった二人の様子に、愛理はきょとんと目を丸める。
そんな愛理に桃子の腕が伸びてきて、ぽんぽんと頭を撫でる。

「んで。どうすんのさ」
「いやー。それはわかんないけど」
「ええー!? もうー。キャプテーン!」
「んー。とりあえずさ、愛理も上行こうか」
「ええ?」
 
145 :風を使う(中編) :2009/06/10(水) 00:44

「ちゃんと日に当たんなきゃダメだよ。それにこれ以上長引くんだったら
 部屋も考えなきゃだしね」

もう、キャプテンはー。
あきれた声を出しながら桃子が愛理の手の縄に手を掛けたとき。

ばたばたばた

あわただしい足音が近づいてきて、三人は入り口を振り返る。
足をもつらせるように船室に転がり込んできた千奈美は、はあはあと息を乱しつつ叫んだ。


「キャプテン! 桃! ……船が!!」

 
146 : :2009/06/10(水) 00:45

『 風を使う(中編) 』   終わり
 
147 :esk :2009/06/10(水) 00:46
ホントにちょっとだけ。すみませぬ。
148 :名無飼育さん :2009/06/10(水) 11:28
船が!


どおなるんだよーう…
始まったばかりですがすごいおもしろいです
後編で終わっちゃうのかな?
149 :esk :2009/06/14(日) 15:29
読んでくださった方、ありがとうございます。
意外と早くまとまったw

>>148さま
ありがとうございます! 終わっちゃうんですよ〜。
でも海賊っぽいシーンがほとんどなかったんで、時間とネタが出来たら
また書いてみたい……って、私そんなのばっかりですねw


訂正です。(まあ、実際は他にも多々あるはずですけどw)
>>145 × 船室に転がり込んできた → ○ 船倉に転がり込んできた
150 : :2009/06/14(日) 15:29

『 風を使う(後編) 』
 
151 :風を使う(後編) :2009/06/14(日) 15:30

鏡のように平らな水面を、不気味なほどゆっくりと船が近づいてくる。
いったい何を動力に動いているのか。
まさか、こんな昼間っから幽霊船?
千奈美に続いて甲板に駆け上がった佐紀と桃子は、照りつける太陽の下で寒気を覚えた。

「梨沙子、人乗ってる!?」

見張り台の下で雅が叫ぶ。
たぶん同じことを考えたのだろう。

「乗ってるよ! 髪の長い人と……あと4、5人かな……」

望遠鏡を片目に、梨沙子が叫び返す。
幽霊船というわけではなさそうだ。
しかし掲げられた帆はないはずの風をはらんでいて。
とても現実のものとは思えなかった。

「梨沙子、もういいから降りて来な」

雅が見張り台を見上げてそう言うと、梨沙子はほっとしたようにするすると降りてきた。
そのまま雅の手をきゅっと握る。
 
152 :風を使う(後編) :2009/06/14(日) 15:31

今ここに現れる船といえば、ソレしかない。
佐紀と桃子は、愛理を船倉に待機させることにして置いてきた。

風のない甲板に並ぶベリーズ号のメンバー7人の表情は、どれも硬く、
そしてどこか茫洋としている。


「あ……風……」

船に乗る人物の顔も、肉眼でわかるくらいに近づいたとき、ふと頬に風を感じた。
しかしそれもほんの少しだけ。
すぐに風は止み、船は滑るようにゆっくりと近づき。
 
153 :風を使う(後編) :2009/06/14(日) 15:32

ゴッ

「うわっ」

体当たりするように船体を寄せられ、ベリーズ号が大きく揺れた。
そのままガリガリと船体をこすり付けるように進み、ちょうど並行するように動きを止める。

「何すんだよ!」

千奈美が食って掛かると、船首に立っていた長い黒髪の少女は一歩でこちらに飛び移ると、
そのまま手にしていた長剣を千奈美に向かって振り下ろした。

「ひ……っ」


ガキンッ


千奈美の声をかき消すように、重い金属音が風のない空に高く響いた。
 
154 :風を使う(後編) :2009/06/14(日) 15:32


目の前数センチで交差する二つの刃に、千奈美はへなへなとその場に崩れ落ちる。

とっさに抜いた剣で受け止めた佐紀は、大きく目を見開く。
まさかいきなり斬りつけてくるとは思わなかった。
自分が今剣を持っていなかったらと考えると、血の気が引く思いだ。
なのに。

「……すっごい美人だね」

耳元にささやきかけてくる桃子の声に、佐紀は思わず頭痛を覚えた。
佐紀は気を取り直して表情を引き締めると、まだぎりぎりと力を込めてくる剣を
少し乱暴に振り払った。
いきり立った表情を浮かべる黒髪を、佐紀も強く見返す。
ベリーズでは佐紀と桃子が最年長となるが、どちらも年より幼く見られる。
真正面に相対する相手は、それを加算したとして同じか、もしくは少し上……
年若いといううわさは聞いていたが、意外にもほとんど違いはなさそうだ。

「ちょっとっ、あなたね――」
「愛理を返してもらおう」
「……じゃなくて」
「うるさい!」
 
155 :風を使う(後編) :2009/06/14(日) 15:33

ガキンッ

ギンッ


佐紀の言葉に聞く耳も持たずに打ち込まれる長剣。
金属のぶつかり合う音が鋭く響く。
ベリーズ号のメンバーはその二人を遠巻きに見つめる。
(佐紀の足元にへたり込んでいた千奈美は友理奈によって引きずりはなされていた)

明らかな体格差からがつがつと打ち込まれるが、力任せな剣は巧みとは言いがたい。
間近で見る怒りに燃える目に気圧されながらも、佐紀は落ち着いてそれを捌く。
しかも相手は冷静さを欠いている。
このまま押し切ることも容易そうだ。

相手もそれに気づいたのだろう、はじき返されたそのままのバランスで2,3歩下がり、
剣を構えたまま肩で息をして佐紀を睨み付ける。
 
156 :風を使う(後編) :2009/06/14(日) 15:33

「舞美。もうやめな」
「えり……」

息をつくその瞬間を待っていたのか、誰かが架けた細い渡り板をよたよたと
渡ってきた長身がその肩を抑える。
黒髪は首だけで小さく振り返ると、納得いかないような顔のまま剣をおろした。

「うちのリーダーが失礼しました」

佐紀に向かってゆるんだ笑みを浮かべる長身。
こちらも長剣を手に提げてはいるが、あまり使えるようには見えない。
これで海賊がやれるんだろうかと、佐紀は立場も忘れて少しばかり心配になる。

佐紀の指導の下、ベリーズのメンバーは誰もがそこそこ強い程度に剣を扱える。
他のメンバーはどうなんだろうと二人の肩越しに向かいの船上を見遣った佐紀は、
自分たちのことを棚にあげて目を見張った。
自分たちが海賊としてはあまりに年若いと世間で取りざたされることを、
キャプテンとしては、不愉快にも、またひそかに誇りにも思っていたが、
キュート号の船員はその自分たちと変わらない年齢に見えた。
 
157 :風を使う(後編) :2009/06/14(日) 15:34

「あなたがそちらのリーダー?」

驚いている佐紀に気づいているのかいないのか、長身はひょろりとのびた背を少し
縮めるようにして佐紀を見下ろした。
小柄な佐紀の前にキュート号の二人が並ぶと、壁のような威圧感があったが、
佐紀だって長身なら友理奈や茉麻で慣れている。
臆せずに見上げると、そうだけど、と強く突っぱねて見せた。

「私たちの要求は愛理を返すことだけ。そうすればあなた方は望むものが手に入る」

長身がゆったりと言うなぞかけのような言葉に、佐紀は眉をひそめた。
望むものとは。

――風、か?
 
158 :風を使う(後編) :2009/06/14(日) 15:35

愛理を返すことはたやすい。
佐紀は元来人身売買を好む方ではない。
船を奪ったときに、愛理だけ海に放り出すわけにも行かず捕らえたが、
正直面倒なことになったと思っていた。
まあ綺麗な子だから高く売れるだろうからいいかと割り切ろうとしていたが、
今となっては佐紀が愛理を売り払うなどできるはずもない。
だから、交換条件で引き渡すというなら断然その方がいい。

とはいえ、すぐに泣きついたとうわさが広まれば、ベリーズの名折れにもなる。
海賊など誇りだけで成り立っているようなものなのだ。
第一、剣をとり遣り合えばどうみてもこちらの勝ちだ。
ねじ伏せてこちらの要求を飲ませればいい。交換条件などもっての外。

そう思うのに。
――佐紀に脳裏には先ほどの光景が焼きついて離れなかった。
三日間の無風状態を割って現れたキュート号の威容に、決断をくじかれる。


風のない太陽がじりじりと佐紀の頬を焼き付けた。

 
159 :風を使う(後編) :2009/06/14(日) 15:35

「――と、そっちのリーダーも一通り悩んだと思うんで、ちょっといいですか?」
「いいですかあ?」
「ふえ?」

沈黙を破ったのは、向こうの船から体を乗り出すようにしてひょいっと顔を出した、
なんだかちびっこな二人。
少し眠たげでかわいらしい子と、少年のようにくりっとした子。
ベリーズ最年少の梨沙子よりも年少に見える。
つまり、どう贔屓目に見ても――子供だ。

「取引をしよう」

少年風の方がにまりと笑みを浮かべた。
人好きのする笑みだった。

「取引?」
「はい。こっちは愛理さえ帰ってくればそれでいいんです」

眠たげな方が、少し舌っ足らずに言う。
こちらはまだ警戒が強いように見える。
 
160 :風を使う(後編) :2009/06/14(日) 15:36

「……どういうこと?」
「他のものはすべてあげます。その代わりに愛理を返してください」
「そしたら、愛理のことはなかったことにしてあげる。チャラ」

少年風が握った手を上に向けてぱっと開く。
チャラということは、ベリーズがキュートの人質をまんまと取り返されたことは
黙っていてやるということか?
それは何を意図した提案だろう。
佐紀がいぶかしげに首をかしげて二人をみやると、少年風がこちらを小ばかにしたように笑う。

「そうすれば君らが風を吹かせてくれるわけ?」

その態度にかちんときたのか、雅が背後から口を挟む。
鼻で笑ったような口調に、眠たげな方がむっとしたように体を乗り出してきた。

「吹かせますよ。正確には、風のあるところまで連れて行ってあげます」
「ちょっと、舞ちゃん!」
「あ……」
 
161 :風を使う(後編) :2009/06/14(日) 15:36

「なっきぃ、いいよ」
「でも、えりかちゃん……」
「大丈夫」

慌てたように眠たげな子の肩をつかんだ少女を、こちらの船上から長身がとどめる。
なおも言い下がる少女に、長身は一つうなずいて見せた。
仕方なく体を引いたが、眠たげな方も不安げにこちらを見ている。
その視線を受けながら、佐紀は胸の前で腕を組んだ。

『風のあるところまで』

それは風を吹かせるというのとは少し違う気がする。
やはり風を操るというのはウソなのか。
だとしたらなぜそんな手の内を見せるようなことを言わせておくのか。
 
162 :風を使う(後編) :2009/06/14(日) 15:37

「そんなことして、そっちのメリットはなんなのさ?」
「うん。うわさを流して欲しいんだ」

同じように考えたのだろう、桃子がたずねると、少年風が大きくうなずいた。

「うわさ?」
「そう。キュートは嵐を起こすのも風を止めるのも自由自在だってね。
 その力を振り切って奪ってきた財宝だって言えば、そっちもハクつくでしょ?」

大げさな身振りを加えながら、きしし、といたずらっ子の目で笑う。
なるほど。
佐紀は合点がいったようにうなずいた。

キュート号のせいで嵐に巻き込まれたという話は、実際にはそれほど多くあるわけではない。
初めはうわさ好きの大多数の人々が好奇と畏怖と共に大げさに話を広げてくれたが
(トップ二人が目を見張る美形だったというオマケ付きで)、世評が安定すると
それを否定することにしか自己を見出せない輩はいつの時代もいるもので。
佐紀のように冷静な判断とは違う次元で、風使いのうわさも最近では疑われ始めていた。
 
163 :風を使う(後編) :2009/06/14(日) 15:38

「でも、それでは、あなたたちは負けたことになる……」
「愛理が戻るならそれでかまわない」

佐紀のつぶやきに間髪をいれず答えたリーダーを、佐紀はじっと見つめ返した。
この条件では、キュート号には、財宝も奪われ、得意の風を使ってもかなわなかった
という不名誉だけが残る。

そんな屈辱を背負ったとしても、それよりも仲間が大事だということか。
落ち着きを取り戻したリーダーの声は深く静かで、だけど大きな黒い瞳には
固い意志が含まれていた。

それは、佐紀が船倉で見たものと同じだった。

(……そうか)

愛理の瞳に見えた固い意志。
佐紀はそれを、風を止めるという自分の能力への自信だと思っていたが、少し違っていた
のかもしれない。
仲間という絶対の信頼があったから。
だから愛理はいつでも固い意志を持っていられたのか。
 
164 :風を使う(後編) :2009/06/14(日) 15:38

いくらかゆったりと流れ始めた沈黙に、佐紀はふっと息をついた。

「――わかったよ」

肩をすくめて了承を示すと、佐紀の周りすべてがほっと緊張を解く。
ベリーズ号のメンバーでさえもそうなのだ、キュート号からは小さな歓声さえ上がった。
傍らの桃子にちらりと視線をやると、桃子もほころんだ口元を隠すようにふにゃふにゃと
唇を曲げている。
結局これが、誰もが望んでいた結果に違いないのだ。


「梨沙子。連れてきて」
「うん!」

あからさまに嬉しそうな顔で駆け出した梨沙子を、佐紀は苦笑いで見送る。

綺麗で礼儀正しい愛理に心を許したのは、桃子や佐紀だけではなかった。
毎回の食事を運ばせていた梨沙子は、雅が心配するほどに愛理を慕っていた。
 
165 :風を使う(後編) :2009/06/14(日) 15:39


「愛理!!」
「舞美ちゃん……」

甲板に上がってきた愛理に駆け寄るようにして、リーダーが腕を取って抱き寄せた。
愛理も飛びつくようにその体に抱きつく。
ぐしゃぐしゃと愛理の髪を撫でながら、涙顔のまま満面の笑みを浮かべるリーダー。
現れてからずっと怒り狂う顔しか見せていなかった彼女のその表情に、
佐紀は自分の後ろに並ぶ仲間を思った。

この中の誰か一人でも敵中に落ちたとしたら。
自分は同じように怒り狂い、戻れば同じように抱き寄せるだろう。


彼女らと自分たちは非常に良く似ている。
年頃やメンバーの関係性。乗る船の規模。数えてみれば人数も同じだ。
それら二つの海賊船が同じ時期の同じ海域で活躍する。
ベリーズ号とキュート号の符合を、佐紀は不思議に思った。

何か大きな命運の中で背中合わせに相対するような。
それはどこか、必然のように思われて。
 
166 :風を使う(後編) :2009/06/14(日) 15:40

「――間に合ったね」

一緒になって愛理を撫で回していた長身が、ふっと空を見上げてつぶやく。
その声にリーダーも苦笑いを浮かべた。

「何が?」

桃子の疑問に答えが戻るよりも早く、佐紀の頬をやわらかい風が撫でた。

「風だ!」

雅の声に、ベリーズはざわざわと騒ぎ出した。
この三日間、微かにも吹かなかった風がゆっくりと船を囲み始めた。

「なっきぃ、碇を」
「うん」

戸惑うベリーズのメンバーを尻目に、長身がすばやく指示を出しながら渡り板を渡る。
リーダーはいつの間にかすでに愛理を連れてキュート号に戻っており、
まだふらついている愛理を髪の短い少女に託してきびきびと指示を出していた。
愛理を気遣う少女は心配そうに痩せた体を撫でていたが、すぐに佐紀に顔を向けた。
 
167 :風を使う(後編) :2009/06/14(日) 15:40

「さあ、行きましょう。北北西に進路を合わせて私たちの後について来て下さい。
 この風はまたすぐに落ちます。ちゃんとした風の吹くところまでご案内します」
「ま、待って!」

すでに渡り板を取り払おうとしてた少女に、佐紀はとっさに声をかけた。

「結局あなたたちは、本当に風を操るの? 操らないの?」

あまりのタイミング。『うわさ』という言葉。
どちらが彼女らの真実なのか。
佐紀はただ純粋にそれを知りたいと思った。

少女はきりっとした顔を困ったように崩して、傍らの愛理を顔を見合わせたが、
愛理も眉を下げただけだった。
そのまま首をめぐらせて背後のリーダーを目で探す。
言っちゃっていいよー、栞菜ぁ。
少し遠くから聞こえたリーダーの間延びした声に、うん、とうなずき、もう一度
佐紀を振り返った。
 
168 :風を使う(後編) :2009/06/14(日) 15:41

「魔法使いのように風を起こせると言うわけではありません」
「どういうこと?」
「……風を読むことが得意なだけです」

それでは。

「うわさってうそなんじゃん!」

千奈美が大声を上げると、ちょろちょろと甲板を走っていた少年風がぴょんと
飛び上がって同じように声を荒げる。

「でもあんたらはうちらの作戦に引っかかってちゃんと動けなくなったじゃん!」
「え……」
「ここに追い込んだのも作戦だもん」

それが本当だとしたら……いや、本当だろう。
風を背にして現れ、今また風とともに去ろうとしている。
偶然にしては出来すぎだ。
ベタ凪に追い込み、参ってきたころの風に乗り、帰りの風も確保している。

「読んだ風を使ってるんだから、『風使い』でしょ?」

嵐や凪を呼ぶことが出来るわけではないけれど、嵐や凪に相手を追い込むことが
できるのならば、それは呼ぶのと同じことだ。
 
169 :風を使う(後編) :2009/06/14(日) 15:41

 
170 :風を使う(後編) :2009/06/14(日) 15:42


「あとは進みたい方に進めばいい」


息を吹き返し波打つ海。風をはらむ帆のばたつく音。
三日ぶりの『船』にベリーズ号のメンバーの顔は生き生きとしている。
その活気を感じながら、佐紀は表情を決めかねて、ぐっと顔をこわばらせた。

「……感謝します」
「こっちも。うわさの方お願いします」
「間違いなく」

船首を傾け、ゆっくりとキュート号が離れていく。
長い髪を風になびかせるリーダーの傍らで、愛理の表情が寂しそうに見えたのは
佐紀の気のせいだっただろうか。

「……佐紀ちゃん?」

傍らの桃子がくいっと袖を引っ張る。
その声に押されるように、佐紀はすうと大きく息を吸い込んだ。
 
171 :風を使う(後編) :2009/06/14(日) 15:43

「次会ったときは貸し借りなしだからね!!」

大声で叫び、顔いっぱいに笑みを浮かべて大きく手を振る佐紀に、リーダーは
少し驚いたようだったが。

「望むところ!!」

勝ち誇ったように言うと、ぐっと親指を突き上げて笑む。
そのリーダーの声に愛理の口端がほころんだことを、今度こそは佐紀も見逃さなかった。

 
172 : :2009/06/14(日) 15:43

『 風を使う(後編)』   終わり
 
173 :esk :2009/06/14(日) 15:52
ヒィ。人数が多いよ! 三人の話でも気が付いたら一人消えてるのに!!
キュートさん部分がわかりにくくてすいません。っていうかなっきぃごめんw
でも楽しかった。
清水キャプテンらしい、さわやかでかっこいいけどかわいい話が目標でした。
(船とか海とか時代考証とかは嘘ばっかりなので信じないようにお願いしますw)

諸事情により、こちらの更新はしばらくないかもです。
174 :名無飼育さん :2009/06/15(月) 17:59
いやーおもしろかったです!
いつかまた書いてくださいね!
175 :名無飼育さん :2009/06/16(火) 11:22
おねえさんズが素敵でした
続編を期待します
176 :名無飼育さん :2009/06/17(水) 00:15
大変ようございました。
177 :esk :2009/07/31(金) 21:16
読んでくださった方、ありがとうございます

>>174-176さま まとめレスで失礼します

ありがとうございます!
続きのネタはあるんですけど、才能と時間がない……
期待せずにのんびり待っていただくと、忘れたころにやってくるかもしれませんw


あれこれ進まないので、とりあえずりしゃみや+α
178 : :2009/07/31(金) 21:17

『 マイ・エンジェル 』
 
179 :マイ・エンジェル :2009/07/31(金) 21:19

やっばい、遅刻だ!
みや怒ってるよねえ。

日曜日のお昼過ぎ、人人人であふれかえる街を必死に駆け抜ける。
もう、みんな邪魔!

どん

また誰かにぶつかった気がしたけど、さっきからぶつかってばっかりだし、
もう気にしていられない。
すいませんって小さくつぶやいてそのまま足を進め――。

「――ちょっと」

ようとしたあたしを、女の人の声が呼び止める。
やば。さっきぶつかった人かな。
う〜〜ん、さりげなく無視しちゃえ! 決定!
 
180 :マイ・エンジェル :2009/07/31(金) 21:20

「待ちなって」
「……きゃ」

一瞬立ち止まって考え込んでしまった腕を強くつかまれた。
な、何。
あれっくらいでこの態度って、もしかして良くない人にぶつかっちゃったのかな。
急に怖くなって、目をあわさないように頭を下げる。

「あの、あたし約束があって急いでて、すいませんでした!」
「や、そんなの知らないし。ってかこれ。落としたよ」
「ふえ? ……あ」

少しだけ顔を上げると、目の前に突き出された白っぽい布。
あたしの、だ。
走ったら暑くなってバッグに巻きつけておいたストールが落ちたらしい。

「ありがとうございます!」
 
181 :マイ・エンジェル :2009/07/31(金) 21:22

なーんだ、いい人なんじゃん。
ほっとしてぱっと顔を上げたら、でっかいサングラスをかけたおねーさんは、
なぜかあたしの腕をつかんだままじいっと顔を覗き込んで来た。
あの、なんか近いし。
怖い、んですけど。
顔も背もかなりちっさいのに、存在感というか、オーラが強すぎてものすごい威圧感。

「あ、あのぉ」
「あんたさあ」

色の薄いサングラスごしに、じいっと見つめられる。
あ。良く見たらこの人すっごい美人だ。
でもやっぱりそれ以上に……怖い!!
下からにらみ付けるように見上げられて思わず体を引くけど、腕はしっかりと
つかまれたままでそれも出来ない。
 
182 :マイ・エンジェル :2009/07/31(金) 21:23

「なに。美貴、ナンパしてん?」

どうにかしないとって心の中でじたばたしていたら、後ろの方から別の声がかかる。
とっさに振り返ったら、こちらもやたら綺麗なおねーさん。
でも、髪が金髪。
これって、今度こそ怖い人なんじゃ……。
みやあ……。

「んなわけないじゃん。よっちゃんじゃあるまいし」
「可愛い子を見たら声をかけるのが礼儀ってもんでしょ。ってことでそこの可愛い君、
 おねーさんたちと遊ばない?」

『美貴』を軽くあしらった『よっちゃん』は、ぐっと顔を寄せてにこっと笑いかけてきた。
ふあっ。
間近で見ても綺麗な顔……。

「ね、どう? いいとこ連れてってあげるよ」

思わず見とれていたらいつの間にかあいていた方の腕も取られていて、
片方ずつ腕を捕まれて、あれ、ちょ、これってあたしやばい状況?
 
183 :マイ・エンジェル :2009/07/31(金) 21:24

「あ、あの、あたし約束が」
「彼氏? いいじゃんそんなの。ほっときなよ」

『よっちゃん』のにこやかな笑みに、ぶるぶると首を振る。
彼氏じゃないし。みやだし。絶対ほっとかないし!

「あれ? あんた彼氏いんの?」

『美貴』の意外そうな声に、あたしは首の振り方に迷う。
みやは彼氏じゃないけど彼女でもない(今のところは)。
だけどここはうなづいておいた方がいいような気がして、でも、ああ、どうしよう。

「えー、いるよねえ。こんな可愛いんだし。でも彼氏よりもうちらと一緒の方が楽しいって」
「そうじゃなくて、だってあんたみや――」
 
184 :マイ・エンジェル :2009/07/31(金) 21:25


「梨沙子!!」


少し遠くから聞こえてきた声に、反射的に振り返る。
あたしがこの声を聞き違えるはずがない。

「みやあっ!」
「何してんですか!!」

一瞬で駆け寄ってきたみやは、二人の迫力にちょっと怯んだみたいだったけど、
すぐにあたしを体ごと引き寄せた。

「あれ。あー、彼氏じゃなくて彼女かあ。いいじゃん。じゃあ4人で遊ぼうか」
「遊びません! 梨沙子、行くよ」
 
185 :マイ・エンジェル :2009/07/31(金) 21:26

はあはあと苦しそうな息をしながらぐいっとみやがあたしのことを引っ張り寄せた。
それはすごく嬉しいんだけど、『よっちゃん』がまだ腕を離してくれないから、
あたしは引き裂かれるような形になってちょっと痛い。
『美貴』はすでにあたしを離して、なぜか額に手を当ててため息をついている。
あきらめてくれたのかな? だったら『よっちゃん』もなんとかして欲しいです!
懇願の視線を送ると、『美貴』は仕方ないなあって顔であたしたちの間に入ってくる。
そのまま『よっちゃん』の腕に手をかけて。


「雅、久しぶり」


みやの名前を呼んだ。
――て、え? なんで?
目だけで振り返ると、至近距離にみやのきょとんとした顔。
そのみやを見て、『美貴』はサングラスをはずすとちょっと照れたみたいに笑った。

「久しぶりっつっても半年くらいなんだからわかれよー。恥ずかしいじゃんー」
「――ああっ、美貴ねえ!? ちょ、何ナンパなんかしてんの!」
「いや、美貴はしてない。したのはこっち」

くいっと『よっちゃん』を指差す『美貴』……さん。
 
186 :マイ・エンジェル :2009/07/31(金) 21:27

どゆこと?
ちらってみやの方を見ると、イトコのおねーちゃん、という答え。
そういえば、どことなく似てるかも。
シャープな顔立ちとか、ぱっと見きつい目元とか、そのくせ照れた笑い方とか、
めんどくさそうなだらっとした立ち姿まで。
みやが大人になったらこんな感じかなあ。
そっかあ。大人になっても胸は成長しないのかあ。

「なんだよー。美貴だってちゅーしそうなくらい顔近づけてたじゃんかー」
「み、美貴ねえ!?」
「違う違う。なんか見たことある顔だなって思ってさ。雅にもらった写メだったね」
「写メ?」
「あ、あーあーあーっ、じゃあ! うちら行くから!!」

イトコさんにあたしの写メ送ったりするんだ。
っていうかなんで送ったんだろう。
首をかしげていると、みやはなんだか慌ててあたしを引っ張った。

「えー、行っちゃうの? せっかくだから一緒に行こうよ」
「どこに」
「ホテ――」
 
187 :マイ・エンジェル :2009/07/31(金) 21:29

『よっちゃん』の言葉終わる前に、みやの手が両側からがつっとあたしの耳を押さえる。
痛い! って振り返ると、なぜか顔を赤くしているみや。
しかも『よっちゃん』は美貴さんに殴られている。
……この人何言ったんだろう。

「……で、お茶でもどうかなって」

痛そうな顔をしながら更に言い下がる『よっちゃん』を、美貴さんがひきずるようにして
あたしから離した。
やっと離してくれた腕は少し赤くなっていて、それを見たみやはむっと眉をしかめた。
美貴さんは、あたしの腕をさするみやに苦笑いを向けると、その肩をぽんと叩いた。

「じゃ、おじさんおばさんによろしくね」
「う、うん。こっちもよろしく」

ぎこちなく手を振るみやに引っ張られるようにして、あたしたちは二人から離れていく。
なんとなく振り返ると、『よっちゃん』が名残惜しそうに手を振っていた。
 
188 :マイ・エンジェル :2009/07/31(金) 21:29

 
189 :マイ・エンジェル :2009/07/31(金) 21:30


「ったく、よっちゃんは可愛い子見ると見境ないんだから」
「ありゃ。妬いちゃった?」
「ちっがうしっ」
「ってかさー、美貴だってあーんな顔近づけちゃってさあ」
「すぐにわかんなかっただけだってば。なんせ貰った写メ、コレだし」


「こ……これは」
「雅もえらく悪い趣味してるなと思ってたから、まさかあんな可愛い子だったとはね」

差し出した携帯には、『ウチの天使☆≧∀≦』とタイトルされたハートだらけのメール。



そこには、目も口も半開きで顔をしかめたまま眠る梨沙子がでかでかと映し出されていた。



「あ、よだれ垂れてる」
 
190 : :2009/07/31(金) 21:31

『 マイ・エンジェル 』   終わり
 
191 :名無し :2009/08/01(土) 19:52
いい、いい、いい!
全員のキャラがいい!
186の似てるとこの描写もいい!
そしてやっぱり、りしゃみやっていい!
192 :esk :2009/08/02(日) 00:34
読んでくださった方、ありがとうございます。

>>191さま
ありがとうございます
以前に藤本さんのブログでこのツーショットが出たとき、
なんか雰囲気似てるなーと思ったんです



あなたがいたから
だから私はベリキューを受け入れることが出来たんです
あなたがいなかったら
きっと今でも桃子と舞美くらいしか知らない私のままだった


やじうめ

>>60-73 の続きです
193 : :2009/08/02(日) 00:35

『 繋いだ手 2 』
 
194 :繋いだ手 2 :2009/08/02(日) 00:37


「あ、舞美」


深夜のコンビニ、突然名前を呼ばれた舞美はびっくりしたみたいに振り返った。
つられて目を向けると、深く帽子をかぶった小柄な女の人がぱっと手のひらを開いて見せる。

舞美の両親がいないっていうから今日は泊まりに来てたんだけど、ちょっと買出しに
やってきたコンビニ。
時間も遅いし、急に声をかけられてうちの方が変にびくついてしまった。

「……藤本さん?」
「せーかーい」

舞美も少し疑わしそうな口ぶり。
当の『藤本さん』はご機嫌な顔でにひひと笑うと、くいっと帽子のつばを引き上げる。
 
195 :繋いだ手 2 :2009/08/02(日) 00:38

「えり、この人は藤本さん。……NAの」

ちょっと迷いながら舞美の口から出たお店の名前に、どきりとした。
言われてみれば藤本さんという名前も聞いたことがあった。
それはつまり。
舞美とそういう関係だった人ってこと。

改めてじっと見つめると……うわ、美人……。
藤本さんも舞美がお店の名前を出したことにちょっと意外そうな顔をしたけれど、
それから、ああ、とうなずいた。
『えり』という名前にも聞き覚えがあったのかもしれない。

「でも藤本さんこの辺じゃないよね?」
「うん。まいちゃん……はあんまり知らないっけ?」
「うーんと、顔はわかる、かな」
「そっか。まあ、そのまいちゃんちに遊びに来ててさ。よっちゃんと」
「吉澤さん?」
「うん。おーい、よっちゃん」

「ふあ?」

舞美と藤本さんの会話をなんとなく聞き流していたら、車止めのブロックに腰掛けて
くたっとしていた人が、顔を上げる。
 
196 :繋いだ手 2 :2009/08/02(日) 00:39

「おおー。まいみぃじゃあないですか」

こっちもかなりの美人のはずなのに、だはーと緩みきっただらしない顔。
これは完全に酔っ払っている。
でも藤本さんが手に下げてるコンビニ袋の中身、全部お酒ですよね?

「うん? キミは誰だ?」

突然うちの存在に気づいたのか、ぐわっと立ち上がった勢いのままにべたーっと
顔をひっつけて、ん? ん? とあごをしゃくってくる。
絡まれたみたいになって正直困ったなって思ったけど、『吉澤さん』って名前も
舞美からよく聞いていたから邪険にもできなくて。

「あ、えーと、梅田といいます」

「おおおっ、キミがえりりんか!」
「それカメちゃん」
「む。じゃあみーよ」
「人変わってんじゃん」
「んん。じゃあ、梅さん」
「おっさんくせー」
「なるほどなるほど」
 
197 :繋いだ手 2 :2009/08/02(日) 00:40

一言ずつ丁寧に入る藤本さんの突込みを聞いているのかいないのか、
吉澤さんは一人で納得してぐるぐるとうちの周りを回る。
その様子はまるで動物園の白熊。

「あのー……」
「よし、合格!」
「へ?」
「カオもいいし、スタイルもいい。まいみぃより背があるのもポイント高い!」
「ど、どうも」
「梅さん。こっちにきなさい」
「はあ」

舞美の方にちらりと視線を送るけど、助けてくれるような様子はない。
きっとこの状態のこの人には従うしかないということなんだろう。


仕方なく顔を近づけると、吉澤さんはうちの耳元で小さくささやき始めた。

 
198 :繋いだ手 2 :2009/08/02(日) 00:41

 
199 :繋いだ手 2 :2009/08/02(日) 00:41


「舞美、眠いの?」


あのあと舞美のうちに帰って来てから、映画を見ながら少しお酒なんかも飲んで。
そしたら舞美はうちに寄りかかるみたいにして、くったりとし始めた。

「んー」
「もう寝る?」
「んん……だっこ」
「はいはい」

体を交差するみたいにしてうちに抱きついてくる舞美に軽く腕を回す。
肩の辺りに顔を押し付けて、結構体重かけられて……あの、正直重いんですけど。

そんなお店に出入りしてるんだから、お酒にも強いんだろうと思っていたら、全然。
少し飲むとすぐに眠いとか言い出して、しかもすっごい甘えた感じになる。
これじゃあ、狙われるわなあ。
っていうかうちがヤバイ。

舞美の体の熱さに、吉澤さんとの会話が頭をよぎる。
 
200 :繋いだ手 2 :2009/08/02(日) 00:43

『もう舞美とえっちした?』
『え……っ!? しししし、てない、です!!』
『したくないの?』
『や、え、……ええっ?』
『好きなんでしょ?』
『あの、……まあ、……です、けど』
『舞美は首筋が弱いから。そこ攻めたら即効落ちるから、ビギナーでも大丈夫!』
『――なっ!?』

『よーく覚えておきたまえ』


忘れられません、吉澤さん。
 
201 :繋いだ手 2 :2009/08/02(日) 00:44

眠そうにうちの肩の辺りに顔を押し付けてくる舞美。
さらさらの髪の向こうに、真っ白な首筋が見える。

思わずのどを鳴らした自分に、恥ずかしくなる。

舞美はたぶん――。
うちがそういうことをしたら受け入れると思う。
付き合ってるってわけじゃないけど、お互いの気持ちはたぶん、わかってて。

……っていうかそれでこれって、誘ってるってやつなんだろうか。

「えりぃ」

「ふえ!?」
「え、なに?」
「あ、いやなんでもない! 舞美こそ、何?」
「んー……あたしもなんでもない」

「そ、そっかあ」
 
202 :繋いだ手 2 :2009/08/02(日) 00:44

上げた顔をまたうちの肩に戻す。
だから、この体勢やばいんだってば!

「あ、あの、もう寝よっか」
「寝る?」
「うん」
「する?」
「うん?」
「……」

ぐいっと引き剥がすと、うちをじっと見つめる真っ黒な瞳。

「……寝る」

舞美はぷいっと顔を背けて、ベッドに擦り寄ってしまった。
あれ、機嫌悪い?
舞美さっきなんて言ったんだろ。
うちの返事おかしかったのかな。
 
203 :繋いだ手 2 :2009/08/02(日) 00:46


ベッドに入って、二人並んで、きゅっと手を握られて。
お泊りは初めてじゃないし、泊まったらいつも一緒のベッドに寝る。
だからいつものことなのに。
……なんか、寝れない。
とか思っていたら、隣からはすぐに規則正しい寝息が。
はあ。

吉澤さんと藤本さん。
思っていたよりもずっと綺麗な人だった。

舞美が――。
今までどうして来たかってことは、自分でも不思議なくらい気にならない。
それはたぶん、今舞美の気持ちがどこにあるのかを知っているからで……。
ああ、なんだ。うちってば結構強気。
だけど、すごく弱気。
だから舞美。


「もうちょっと、待っててね」


繋いだ手に力がこもったのは、気のせいだっただろうか。

 
204 : :2009/08/02(日) 00:46

『 繋いだ手 2 』   終わり
 
205 :esk :2009/08/02(日) 01:45
だからその手を離さないでいて
206 :梅ヲタの191 :2009/08/02(日) 01:53
眠れなくてあちこち見ていて更新を見つけた。
192に泣けてきた。
ありがとう。
207 :三拍子 :2009/08/02(日) 06:14
ここのやじうめをいつも楽しみにしています。こういうもどかしい感じ良いですね〜。
更新頑張って下さい!
208 :esk :2009/08/18(火) 20:34
読んでくださった方、ありがとうございます。

>>206さま
不純な目的で見始めたよろセンで梅さんを見つけて、一人興味を持てば周りのメンバーも
すぐに覚えられたんです……。
まあでも今は、がんばってこい!! って言ってあげたいと思っています。

>>207さま
ありがとうございますっ。
私よりも三拍子さんの方がずっと大変なのではと心配していましたが(苦笑)、
お話進んでいるようで安心しました。お互いがんばりましょう!


もいっちょやじうめ
209 : :2009/08/18(火) 20:40

『 5センチ 』
 
210 :5センチ :2009/08/18(火) 20:45

月曜日の4時間目。
微妙な時間に体育の授業を入れてくれたもんだ。
おなかがすいて倒れちゃったらどうしてくれるんだよー。
なんて言いながら、前を歩いていた桃が佐紀ちゃんに愚痴っている。

「いや、桃、あなたさっき着替えながらイチゴポッキーかじってましたから」

佐紀ちゃんの冷静な突っ込みに、見てたのー!? と桃の不必要に甲高い声。
更衣室の出入り口、運動靴の靴紐を結び直していたうちの口元が自然に笑みの形を作る。

「あはははっ」

そしたら頭の上からも舞美のさわやかな笑い声が降ってきた。
さわやかな声を振りまきながら、すぐそばにある長い足がとんとんとつま先を鳴らす。

「そういえば桃ってさっきもさー」
「うん?」

ちょうど紐も結べたからそのままでくいっと顔をあげると、舞美とばっちり目が合った。
 
211 :5センチ :2009/08/18(火) 20:46

「さっき?」

うちを見下ろしたまま黙ってしまった舞美に先を促すけど、なぜかフリーズしたまま。
まあ舞美だし。
また飛んだか、とあまり気にしないで体を起こそうと――した肩をぐっと押し下げられて。

「え、なに、――」


―――。

ゆっくりと離れていく舞美の唇。
うちがぽかんとそこだけを眺めているうちに、その白い頬は真っ赤に染まっていた。
いや、自分でそういうことしといて赤くならないでくれる?
どっちかといえばうちの方がびっくりして赤くなるっていうか、多分もうすごく赤いと思う。
うわー、やだな。外に桃と佐紀ちゃんいるのに。

――って、オイ!

「舞美!! ここ学校!!」
 
212 :5センチ :2009/08/18(火) 20:47

思わず叫んだ声が裏返って、自分の顔がさらに赤くなるのがわかった。
その時、廊下の曲がった向こうの更衣室から誰かが出てきた声がして、
まだぽわんとした表情で自分の唇を指で撫でている舞美の手をぐいっとひっぱる。
クラスメイトの声から逃げるように外に飛び出すと、桃と佐紀ちゃんが待ち構えるように
そこにいて、どきんとした。
まさか見られてたわけはないんだけど。

「ん? お二人さん顔赤いよ?」

こぼれ落ちそうなくらいに首を傾げる桃の横を無言ですり抜ける。
舞美は、あ、ちょっと、ごめん、とかよくわからないことを言っているけど、
うちは、待ってたのにひどーい! とか言う桃の声を背中で聞きながら全力で走った。


集合場所から少し離れた木陰に駆け込むと、すっきりとした木の幹に手をついて
大きく息を吐き出しす。
走って乾いた唇をかるく舐めた。
そしたら急にさっきの感触を思い出して、心拍数はもっと上がった。
 
213 :5センチ :2009/08/18(火) 20:47

「もうっ……なんであんなこと……っ」

それがまた恥ずかしくて慌てて言葉を搾り出すと、まるで責めているみたいな声になって
ちょっと後悔した。
ちらりと舞美の方を伺うけど、舞美はまだぽわっとしたまま。

「だってさあ……」
「うん?」
「えりの上目遣い、ヤバイ……」
「あの……ねえ」

ため息混じりにかがめていた背をまっすぐに立ち上げると、すぐ側で舞美がうちを見上げる。

潤んだ目。
上気した頬。
少しだけ乱れた呼吸。

うちと舞美には5センチほどの身長差があるわけで。


……上目遣いなら、そんなのうちはいつだって。



堪らなくなって目を逸らすと、遠く、桃と佐紀ちゃんが手を振るのが見えた。

 
214 : :2009/08/18(火) 20:48

『 5センチ 』   終わり
215 :esk :2009/08/18(火) 20:51
ゲロ甘い話を書こうと思ったのにイマイチ。
まあ私にしては珍しく、高校生らしさが出せたかなあとw
216 :名無飼育さん :2009/08/19(水) 07:44
( *´Д`)
217 :名無飼育さん :2009/08/20(木) 16:31
よかったです。
次回も楽しみに待っています!
218 :名無し :2009/08/21(金) 22:16
いや、甘いよ十分。満足満足
219 :名無し飼育 :2009/09/06(日) 03:15
甘い。。
良かったですよ。
ごちそうさまでした☆
220 :esk :2009/09/22(火) 22:28
読んでくださった方、ありがとうございます。

>>216さま
リl|*´∀`l|

>>217-219さま
甘かったですか!? ありがとうございます!
自分で書くと読んだときの甘さが半減するのが困ったところですw


少し未来のお話を。激短です。
やじうめ
221 : :2009/09/22(火) 22:28

『 愛育 』
 
222 :愛育 :2009/09/22(火) 22:29




♪♪


「……舞美ちゃん」


「舞美ちゃん、携帯鳴ってるよ」


「……舞美ちゃん?」


「……」

私の声が全く聞こえていないかのように、舞美ちゃんはぴくりとも動かないで
ひざに乗っけた雑誌を食い入るように見つめている。
その視線の先が何なのかなんて、私は知っているからもうため息もつかない。

メールだったらしくて、もう静かになってる舞美ちゃんの携帯をテーブルから拾い上げて、
その角でこつんと頭を小突いてみた。
かるーくね。

「……」

え、それでも反応なし?
 
223 :愛育 :2009/09/22(火) 22:30

「……あ、愛理」
「おそっ」

何秒かたって、ようやく返ってきた返事。
思わず突っ込んじゃったよ。

「携帯鳴ってたよ。えりかちゃんから」
「えっ、全然気づかなかった! っていうかなんでえりからだってわかったの?」

そりゃー……。
この着信音が鳴るたびにはしゃぎまくるリーダーをしょっちゅう見てますから。
苦笑いで携帯を手渡すと、舞美ちゃんは開いたままの雑誌を胸に抱いて携帯を開く。
その胸に抱かれてる人からのメッセージを読むために。
うつむいたその顔はすごく満足そうで、幸せそうで。
それはきっと、今までよりもむしろ。


会えない時間が〜
ってやつですねえ。


その気持ち、よーくわかるからさ。
私もさっき来たメールをもう一度読み返すことにした。
 
224 : :2009/09/22(火) 22:30

『 愛育 』   終わり
 
225 :esk :2009/09/22(火) 22:32
切なくもなく、ただほんわかとした未来があればいいと。
226 :名無飼育さん :2009/09/23(水) 00:08
ほわほわをありがとう( *´Д`)
227 :名無飼育さん :2009/09/24(木) 00:15
そっか、そうだよなと思ってしまいました
悲観的になる必要なんてないですよね

とても良かったです、ありがとうございました
228 :名無飼育さん :2009/09/24(木) 23:18
愛理と舞美の2人のコトを前向きに考えることができました。
ありがとうございます。
229 :みら :2009/09/27(日) 00:20
かわいいお話をありがとうございました。
更新おつかれさまです。
230 :esk :2009/10/19(月) 23:12
読んでくださった方、ありがとうございます。

>>226-229さま ありがとうございます。
外野が思うよりも、本人たちは平気なんじゃないかなーとか、そんな願望でした。
離れるんじゃなくて変化するんだと思って、次の状況も楽しんでて欲しい。とか。
まあ実際には本人たちの本心はわからないわけですが、
これは私と同じように(w)がっくりきてる方たちに、元気出して! と言いたくて
書いた話なので、元気出していただけた方がいて、作者冥利に尽きる思いです。


とか偉そうなことを言って次はゆるゆるw
やじうめー
231 : :2009/10/19(月) 23:12

『 眠り姫 』
 
232 :眠り姫 :2009/10/19(月) 23:14

今日は仕事がないからって、学校帰りに舞美がうちに遊びに来た。
そんなにあることじゃないし、決まってから結構楽しみにしてたのに。


『ごめん。なんか、眠い』


うちについてそんなにたたない間に、舞美は一言言い残すとうちのベッドにねそべり、
すぐに寝息を立て始めた。

ええー。
つまんないよおぅ。

うちのベッドに散ったさらさらの黒髪をちょっと引っ張ってみたけど、反応なし。
恐ろしく寝つきのいい舞美は、もう熟睡モードに入ってしまったらしい。
よく動きよく食べてよく眠る。
舞美はホント健康的だよね。

目の前で寝られてしまうと無理やり起こせないのは、職業病かもしれない。
小さくため息をついて、その辺にあった雑誌を引き寄せる。
 
233 :眠り姫 :2009/10/19(月) 23:15

ベッドにもたれてから首だけでもう一度振り返ると、幸せそうな顔をこっちにむけて
すかーっと寝こけている舞美がいて。
んで、それってうちのベッドなわけで。

……。
まあ、うん。
これはこれで。
悪くはない。
かも。
……へへへ。


傾きかけた機嫌も少し持ち直して、視線を戻した雑誌をぱらぱらとめくる。
色とりどりの写真を眺めていると自然にわくわくしてきて、こういう時はやっぱり
うちも女の子だなーって思うんだよね。
 
234 :眠り姫 :2009/10/19(月) 23:15

ぱらり

ぱらり


あ、これ欲しいな〜。
こないだ買ったやつにも合いそうだし。

こっちはうちじゃないな。舞美に似合いそう。

ん? これ梨沙子がみやに貰ったって言ってたやつだ。
結構するんじゃん。みやってば……。


ぱらり

ぱらり
 
235 :眠り姫 :2009/10/19(月) 23:15

「……ぃ」

「ん?」

舞美?
起きた?

ぐるっと首をめぐらせると、寝息は規則正しいまま。
だけど、ちょっと眉間にしわがよっている。

「舞美?」

小さく声をかける。
怖い夢でも見ているんだろうか。
だったら起こした方がいいのかもしれない。

「……え…りぃ?」
「うん。どうしたの?」
 
236 :眠り姫 :2009/10/19(月) 23:16

答えることはないとわかっていて聞いてみたら、顔の側に置かれていた手が
何かを探すみたいにむにむにする。
ぎこちなく動く指にそっと触れると、舞美の長い指はうちの手を探るようにして絡まった。

「舞美?」

起きたのかなって思ったけど、続く答えはなかった。
薄く開いた唇からは規則正しい寝息。
ただ、その表情が。
にまあって嬉しそうに、幸せそうに緩んで。
眉間のしわも消えてて。

「……たんじゅーん」

繋いだままの手で、人差し指を伸ばして鼻先をつついてやる。
むうって唇がとがったけど、緩んだ表情は変わらなかった。
 
237 :眠り姫 :2009/10/19(月) 23:17

しばらくそのにやけた顔を眺めてたけど、そろそろ首が痛くなってきたから、
くるりと体を返して雑誌に視線を戻した。


ぱらり

ぱらり


ん。これも欲しい。
げ。たっかいなあ。


めくりにくくなった雑誌を、指先でゆっくりとめくる。


片手は、にやけた姫に預けたままで。

 
238 : :2009/10/19(月) 23:17

『 眠り姫 』   終わり
 
239 :esk :2009/10/19(月) 23:18
よし! 甘い!!
240 :名無飼育さん :2009/10/20(火) 19:50
砂糖的な甘さというより果実的な甘さ、なのかもしれない
つまり、いくらでもいけそうですw
241 :名無飼育さん :2009/10/20(火) 23:03
( *´Д`)
242 :esk :2009/10/25(日) 23:02
>>240さま
秋ですからw
さわやかな甘さを目指したので、そう言ってもらえると嬉しいです。

>>241さま
从*・ゥ・从


貴女の未来が、華やかに輝かしいものでありますように。


※ ちょっとエロいのでご注意を。
243 :esk :2009/10/25(日) 23:08
>>2-17 『 やじうめ道中記 』
>>78-90 『 やじうめ道中記2(森と泉に囲まれて) 』

これのシリーズです。
244 : :2009/10/25(日) 23:09

『 やじうめ道中記3(吹雪の夜に) 』
 
245 :やじうめ道中記3(吹雪の夜に) :2009/10/25(日) 23:10


「ん、んんっ」


「えり……えりぃ」


耳元、熱い声で名前を呼ばれる。
ぎゅっと閉じていたまぶたを薄く開くと、かすむ視界を覆うような真っ黒な髪。
視界がはっきりしてくると、その向こうの首筋にびっしりと浮かび上がる汗が見えた。

(なんで舞美が)

熱くさせられてるのはこっちの方だってのにさ。
笑いたいような気分がこみ上げてきて、繋いだままの手に力を込めた。

「……えり?」

びくり、と肩をゆらした舞美がうちの首筋からのっそりと顔を上げる。
熱っぽい目、乱れた呼吸。
だけどもうろうとしているようにも見えて、でもうちを翻弄する指先は容赦がない。

「んっ、はあっ」

少しだけ不思議そうに尖った舞美の唇が近づいてきて、うちの呼吸を吸い取る。
苦しい。
そう思ったけれど、顔を背けるなんてことは思いもしなかった。

 
246 :やじうめ道中記3(吹雪の夜に) :2009/10/25(日) 23:10


外は軽く吹雪の様相で、だけどうちのとなりでまどろむ舞美の体の湿った熱で、
むしろベッドの中はむっとするほど暑い。

この時期に放浪するのは危険だから、冬になると適当な町に留まるのがうちらの定番。
うちは何気にこの時期が好きだったりする。
安いアパートとはいえ、自分の家、っていうのはやっぱり落ち着けるし。
外は危険で、でも家の中はまったりと安全で。
そんな家の中で舞美と二人お布団にくるまるギャップが好き。

なんて思いながら、くすくすとこみ上げる笑いを堪えて、腕の中の舞美をきゅっと抱きしめる。
だって子供のころは外が嵐の夜は怖くて、怖くて。とても寝れたもんじゃなかった。
それを好きなんて言えるようになったのは、間違いなくこの人のおかげだから。
 
247 :やじうめ道中記3(吹雪の夜に) :2009/10/25(日) 23:11

うちがいた施設の訓練所に、舞美がやってきたのも、たしかこんな寒い日だった。
もう10年くらい昔の冬。


しゃっきりと背筋を伸ばしてまっすぐ立つ少女。
同じ年には思えないほどしっかりとしていた。
だけどその夜、うちは人目につかない廊下の隅で、ひざを抱えて震える彼女を見つけた。

『今日、あたし誕生日なのに』

そう言って震え泣く彼女にどうしていいかわからなくて、うちはただぎゅっと手を握り締めて
一緒に泣いた。
冷たい手が、自分の手の中で温まるまで、ずっと。
その間だけは、がたがたと鳴る窓もびゅうびゅうと唸る風も、怖いと思わなかった。


あのとき、寒い廊下の隅で舞美を見つけたのがうちだったのは、あれはきっと、
二人が今こうしている未来がそうさせたんだろうなと思う。
10年が経った今では、冷たく冷えた体を温めあう方法まで知ってしまったけれど、
慰めあうのではなくただ一緒に泣くような、そんな閉じ込められた暖かさが、
忘れられなくて、体に染み付いて。
 
248 :やじうめ道中記3(吹雪の夜に) :2009/10/25(日) 23:13

「……えり?」

自分でも気づかないうちに、抱きしめる腕に力を込めすぎていたみたいで。
舞美の大きな目が薄く開いて、眠たそうにうちを捕らえていた。

「なんでもない、なんでもない」

うちはちょっと慌てて、手が触れる背中をぽんぽんと軽く叩いた。
起こすつもりなんてなかったから。
でも、ごめんねって言おうとして覗き込んだ舞美は、くすぐったそうに、えへへ、と笑うと、
またまどろみに戻っていった。


その笑んだままの唇の端に小さくキスを落として。

がたがたと鳴り続ける窓の音を聞いて。



幸せだなあ、なんて、思ったりする。

 
249 : :2009/10/25(日) 23:13

『やじうめ道中記3(吹雪の夜に)』
 
250 :esk :2009/10/25(日) 23:16
無駄に設定を作ってしまいましたが、さてこれを今後活かせるかどうかw
251 :名無飼育さん :2009/10/29(木) 02:30
ヤジウメヤジウメ!

どんどん広がってますね。
続編がますます楽しみです><
252 :名無飼育さん :2009/10/29(木) 22:27
この話に救われました
ありがとう
253 :esk :2009/11/13(金) 23:42
読んでくださった方、ありがとうございます。

>>251さま
色々考えてることはあるんですけどね……。
形にならなーいっ。

>>252さま
こちらこそありがとうございます。
254 : :2009/11/13(金) 23:43

『 秋の怪談 』
 
255 :秋の怪談 :2009/11/13(金) 23:49

「もう無理、ホンット無理!」
「もー、千聖ってばいまさら何言ってんの」
「だって無理だよ、あれ見てよっ」

千聖が指差した先には、いかにもそれらしき幽霊屋敷。
薄い森を挟んで裏側は新しい住宅街だというのに、なんだかここだけ妙に薄暗く
陰気な感じがする。
その崩れかけた屋敷の迫力に、舞もつかの間黙り込んでしまった。

「ほらっ、舞ちゃんだって怖いんじゃん。もう帰ろうよお」
「ち、違うって。これは、ほら、あれだよ、武者震いっ」

舞には霊力があり、いずれは悪霊ハンターになりたいと思っているが、今はまだどこの
師匠にもついていないので、自己鍛錬の日々である。
ということで、今日もこの屋敷に個人修行にやって来たのだ。
嫌がる千聖を無理やり引きずって。
 
256 :秋の怪談 :2009/11/13(金) 23:49

「そんなのどっかの事務所に飛び込んで無理やり弟子入りしちゃえばいいじゃんかあ」
「それがそうも行かなくなったんだってば」

少し前まではそれが当たり前だった。
しかし、数年前から悪徳ハンター事務所が幼い子供を安い給料でこき使う事件が
多発したため、最近になって法が定められた。
ということで、15歳以下は事務所に所属することができないのだ。

「う〜。やだあ、やだよお」
「もうっ、じゃあ千聖はここで待ってなよっ。舞ひとりで行って来るから!」
「ちょ、えええっ」

千聖の首は、ずんずんと屋敷に向かって歩いていく舞の背中と帰り道を何度も往復する。
そして。

「……ま、待ってよ〜っ」

ここで一人で待つなんてありえない。
かといって先に帰ってしまうほど……千聖は舞をほおっては置けないのだ。
しっかりしているようでまだどこか幼い、ひとつ年下の親友を。
 
257 :秋の怪談 :2009/11/13(金) 23:55



「っ……ぎゃああっ」
「その悲鳴はかわいくないなあ」

千聖の声に耳を押さえながら、舞はふらりと現れた霊を払う。
資料などを基に作った、舞お手製のお札だ。

「もうやだもうやだもうやだ」

ぶつぶつと耳元でつぶやく千聖にため息をつき、舞はちょっと不満げに
唇を尖らせながら屋敷の中を進んでいく。
思ったより霊の数は多いが、動きの鈍る昼間ということもあってか、
あまり手ごたえのあるものがいない。
これでは修行にならないではないか。

「ね、ねえ。舞ちゃん」
「うん?」
「あれは除霊しなくていいの?」
「え……ああ、あれはいい。人を襲うようなことないから」
「ふーん……」

千聖に腕を引っ張られ、通り過ぎかけた部屋を覗き込むと、窓辺に一体の霊が
たたずんでいた。
若い女の霊だと思われたが、それほど強い怨念は感じない。
たぶんしばらくしたら自然に成仏するだろう。
それを見送りながら舞は千聖の横顔をちらりとみやる。
 
258 :秋の怪談 :2009/11/13(金) 23:55

「千聖さー、やっぱり霊力あるんじゃないの?」

これは舞がいつも疑問に思っていたことだ。
千聖には確かに除霊能力はない。
何度かお札を使わせてみたことがあるから、それは確かだ。
しかし、霊視能力はかなり強いのではないかと舞はにらんでいる。
千聖は幽霊を必要以上に怖がる傾向があるが、それは常人よりもはっきりと
その姿を見ることができるからではないか、と。
今の霊だって、実は舞は弱すぎて気づかずに素通りしてしまったくらいなのだ。

「なななないよ。って言うかなくていいしっ」
「でもさー……あれ?」

あせる千聖になんと説得しようかと考え込んだ舞の視線がぴたりと止まる。

「な、何なになに?」
「あ、いや……この部屋、封印されてる……けど破られてる」

ドアノブに張られたお札はかなり古めかしく、黄ばんでいる。
しかしその破られた切り口は真新しく見えた。
 
259 :秋の怪談 :2009/11/13(金) 23:56

「なんだろ」
「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと! やめようよ! 封印されてたってことは
 すっごいのがいるってことでしょっ」
「破られてるってことはもういないってことかもじゃん」
「いたらどうすんの!」

千聖の尋常でない怖がり方に、舞もノブにかけた手を止めた。
そんな大物がいるのだろうか、この中に。
舞は扉越しに気配をうかがってみようとしたが、屋敷に満ち満ちている霊気で
よくわからなかった。

「ほら、行こう。ね、お願い!」

すがりつく千聖を舞はじっと見つめる。
物心ついたころから霊力を持っており、それゆえに周りからは将来有望と
ちやほやされてきた舞。
その自分が霊視能力で千聖に負けるというのは、少しばかり悔しくて。
ここには何もいないということを証明してやりたくなったのだ。
 
260 :秋の怪談 :2009/11/13(金) 23:56

「じゃあちょっとのぞくだけにする。千聖は入んなくていいよ」
「舞ちゃん!」

悲壮な声を上げる千聖の腕を振り払って、そっと扉を開いた。


その瞬間


「え……っ!?」


ふっと一瞬体が軽くなったような気がして、そのままいきなり部屋の中に吸い込まれた。
どしんとしもちをつくと同時に、ドアが派手な音を立てて閉まった。
慌てて立ち上がりドアノブに手を掛けたが、ぴくりともしない。

「な、なんで!?」

千聖が閉めた?
そんなはずはない。
どうして。
しかも、こんな事態におそらくドアの外で騒いでいるであろう千聖の声も聞こえない。
 
261 :秋の怪談 :2009/11/13(金) 23:56

「ごめん、そのドアはもう開かない」


「……え」

青くなる舞の傍らに、いつの間にかすらりとした人影が立っていた。

「封印甘かったね。ごめんね」
「どういう……って、舞美ちゃん!?」
「うん。舞ちゃん、これ持って」
「え、うん」

舞美に手渡されたのは、クリスタルのトップがついたネックレスだった。
舞美はそのまましゃがみこむと、すばやく床に簡易魔方陣を描く。

「この中にいたら大丈夫だから」
「あの、え、でも」
「いい? ここから絶対に出たらだめだからね!」

それは舞の見慣れたいつものふんわりとした優しげな笑顔ではなかった。
真剣に、そして少し青ざめた顔で、舞美は舞に念をおす。
気おされたように舞がうなずくと――舞美が壁際まで吹っ飛んだ。
 
262 :秋の怪談 :2009/11/13(金) 23:57

「――っ」

「いったあ……いきなり来たかあ」

舞美は肩をさすりながらのんびりと言うが、その手はすばやくお札を取り出し、
宙に向かって掲げる。

「破っ」

お札で増幅された霊力が襲い掛かってきた悪霊を打ち砕く。
その霊力は舞が目を見張るほど強力なものだった。
しかし、あとからあとから悪霊はわいて来る。
しかもその一体一体が舞が相手にしていたものと比べ物にならないくらい強い。
舞美は部屋の中を飛び回りながら、一人でその悪霊たちを退治していた。

矢島舞美は舞と千聖が通う学園の高等部生徒会長である。
才色兼備と何かと学園内でも有名人な舞美、しかも舞と千聖も中等部の
生徒会に入っているため、仲はいい。
なのに、これほどの霊力があるとはちらりとも聞いたことがなかった。

「破……ってもうこれじゃだめか!」

だんだん集まってくる悪霊が強力になってきて、舞美は手に持っていたお札を
腰に下げたバッグにしまうと、代わりに数枚の紙切れを取り出した。
 
263 :秋の怪談 :2009/11/13(金) 23:57

「行け!」

その一枚を宙に投げると、紙は流線型に姿を変え、悪霊に向かって鋭く飛んでいく。

(……式神!)

目をみはる舞の前で、式神はひときわ大きな悪霊を切り裂いた。
舞の足元に張った結界、何枚ものお札、それを使いこなす術、しかも式神まで。
間違いない。
舞美はプロの悪霊ハンターなのだ。

……が。
なかなか苦戦している。
とにかく数が多すぎる。
状況は非常に危険だった。

「う……っ」

何度目か悪霊に吹き飛ばされ、舞美がとうとうがくっとひざをついた。
すぐにまた立ち上がったが、限界が近いことは明らかだった。

「舞美ちゃんっ」
「舞ちゃん、だめ! こっちに来ちゃだめだよっ」
「でも……でもっ、舞のせいで舞美ちゃんが……っ」
 
264 :秋の怪談 :2009/11/13(金) 23:58

悪霊の瘴気が渦巻き、その中心に立つ舞美の長い髪を巻き上げる。
部屋の隅に立ちすくむ舞は、手の中のネックレスを握り締めた。
そして部屋の外に置いてきた千聖のことを思った。
千聖の言うことを聞いて、部屋に入らなければ良かったのだ。

あのとき、ちょうど舞美はこの封印された部屋に封印を破って入り、
新たな封印で部屋を封じ、仕事に当たろうとしていた。
しかし、まさにその封印の最中に舞によって扉をあけられてしまった。
不十分な封印が変に作用し、どうやら強い悪霊を呼び寄せる結果となってしまって
いるらしい。

舞美がそうと言ったわけではないが、舞にはなんとなくわかっていた。
しかも、一番初めに持たされたクリスタルのネックレス。
ぎゅっと握り締める舞の手の中で温かくなり始めていた。
クリスタルが霊力を増幅させることは知っている。
つまり、舞美は今これがないから悪霊に苦戦しているのだ。

これを手渡せば舞美は。
しかし、これを手放せば自分は……。
 
265 :秋の怪談 :2009/11/13(金) 23:58

「うあっ」

どかっ

派手な物音に、はっと顔を上げると、舞の視界に舞美がいなかった。
驚いて見回すと、舞美は壁際に崩れるようにうずくまっている。
また悪霊に弾き飛ばされたのだ。
そしてその舞美の頭上を、ひときわ大きくまがまがしい悪霊が
覆いかぶさろうとしていた。

「ま、舞美ちゃん!!」
「だい……じょぶ」
「全然大丈夫じゃないよ!」

舞美をしかりつけるように怒鳴ったが、舞の心臓もばくばくと鳴り、
体はがたがたと震えた。
クリスタルのおかげで近寄れずにいるが、舞のまわりにも悪霊は満ち満ちている。
それはたとえ一体であっても、舞が相手にできるような代物ではなかった。

しかし、ためらっている暇はなかった。
意を決した舞は、クリスタルを舞美に向かって投げようと手を振りかぶる。
 
266 :秋の怪談 :2009/11/13(金) 23:59

ばんっ


「え――」
「舞美!!」
「……っ?」

その舞の腕が意思とは逆方向に引っ張られる。
驚いて振り返った舞の視界を、ひょろ長い人影がふっ飛んで行った。

(……誰?)

その人影が気になって、一瞬気を抜いたのがいけなかった。
舞の体は引っ張られた方向に向かってどんどん傾いていく。

(やばっ)


バシィッ
 
267 :秋の怪談 :2009/11/13(金) 23:59

「――っ」

転んだ瞬間に聞こえた派手な音に、舞は襲い来る激痛を覚悟したが、
襲ってきたのはおしりのあたりのじわじわとした痛みのみ。

(音のわりにたいしたことなかった……?)


「 えりっ 」


おしりをさすりつつ体を起こした、舞の耳に聞こえてきたのは舞美の悲痛な叫び声。
そうだ、早く舞美にクリスタルを。
そう思って顔を上げた、その先に見た光景に舞は息を呑んだ。

ぺたんと座り込み、呆然としている舞美。
舞美の膝元に倒れている、細長い人影。
そして、部屋の中にあれだけ渦巻いていた悪霊はかけらもいなくなっていた。
 
268 :秋の怪談 :2009/11/14(土) 00:00

「ま、舞ちゃん……」

さらに、舞の傍らには青い顔をした千聖が立っている。
なぜ。
ぼんやりと振り返ると、開かないはずのドアが開いていた。
今、舞の傍らを走り抜けた人物が、無理やりこじ開けたのだろうか。

千聖に促されるように手を握られ、舞はさっきまでよりもガランとした
気がする部屋を、ゆっくりと横切る。

触れるほどそばまで近づいたが、舞美は二人の気配に気がつかないようだった。
声を掛けるのもためらわれ、舞は黙って舞美の前に横たわる血にまみれた
人物を覗き込み、大きく目を見開いた。
それは、高等部の副会長、梅田えりかだった。

どうして、えりかが。

部屋の中に満ち満ちていた悪霊が全て払われていたということは、
えりかも悪霊ハンターだったということなのだろう。
そしてその身と引き換えに、全ての悪霊を払ったのだということも予想できた。
 
269 :秋の怪談 :2009/11/14(土) 00:01

分からないのは、なぜえりかが身を挺してまでして舞美を助けたか、だ。


舞が見てきた舞美とえりかは、特に険悪だというわけでもないがいつも
なんとなくよそよそしくてあまり目もあわさないでいた。
生徒会の仕事上必要な話はするが、その会話も徹底して事務的で、
えりかも舞美もお互い以外には人懐っこく親しみやすい性格をしているだけに、
またそのよそよそしさが際立っていた。

舞も千聖も、二人のどちらも大好きだったので、なんとか二人を仲良く
させようと努力していたのだが、その努力はいつも空回りだった。
……はず、なのだが。
それならこの光景は何だ。

『舞美』?
『えり』?

呼び合う声が耳に繰り返される。
しかし、その呼び名の意味を思い巡らせるには、今は目の間の光景が
舞にとって残酷すぎた。

大好きなえりかが、映画なんかでしか見たこともないような大怪我を
負っていて、しかもその原因が少なからず自分にある。
耐え難い後悔に心臓が震えた。
 
270 :秋の怪談 :2009/11/14(土) 00:01

「えりかちゃん……」

千聖の呆然としたつぶやきに、舞はぴくりとも動かないえりかの傍らに
ゆっくりとひざをついた。

「……かはっ」

すると、千聖の声にこたえるように、えりかが小さくむせた。
しかしその口の端からも血がにじみ出ている。
舞はその口元を拭おうと思わず手を差し出した。
しかし、その手が届く前に、舞美がえりかの体をさっと抱き上げた。

「えり、えりっ、……えりっ」

やっと我に返ったのか、呆然としていた舞美は今度は火がついたように
えりかの名前を呼び続ける。
その声に、固く閉じられていたえりかのまぶたがかすかに開き、
弱弱しい視線が舞美を捕らえる。
千聖が舞の手をぎゅっと握り締めた。

「は……まいみ、大丈夫?」
「あたしは……っ」
 
271 :秋の怪談 :2009/11/14(土) 00:02

舞美の体も傷だらけだった。
軽傷とは言えないものも多数ある。
だがそれは、えりかほど命にかかわるものではない。

舞美のひざの上に抱き寄せられたまま、えりかが舞美を見上げる。
その視線は弱弱しいが、存分に幸せそうだった。

「舞美が……だいじょぶ、なら……それでいい」

えりかの瞳は、にい、と笑み見せ、そのままゆっくりと閉じられる。

「……えり? えり……えりっ」


舞美が呼ぶ声に、えりかが答えることはなかった。



「えりっ!!」

 
272 :秋の怪談 :2009/11/14(土) 00:03



「ま、舞美ちゃん……」

どれくらいの時間がたっただろう。
舞の呼びかけに、舞美はやっとぴくりと肩を揺らした。

「あの、舞、あのね……」
「舞ちゃん」
「う、うん」
「ごめん。クリスタル、いいかな。もう悪霊は払われたから」
「あ、うん。もちろん!」

握り締めたままだったクリスタルのネックレスを、差し出された手の上に落とす。
細いチェーンがしゃらりと音を立てて舞美の手のひらでとぐろを巻く。
それをじっと見つめ、舞美はふっと顔をあげた。
舞に話しかけようとして、その傍らに立つ千聖に気づく。

「あれ、ちさもいたんだ」
「う、うん」
「そっか。じゃあ二人にお願いがあるんだけどいいかな」
「うん。何?」

えりかを抱き上げたまま、舞美は片手でポケットを探ると携帯を取り出した。
それを差し出された舞の手に乗せる。
 
273 :秋の怪談 :2009/11/14(土) 00:03

「メモリーに『中澤さん』って名前があるから、電話してほしいの」
「ナカザワさん、ね。わかった。なんて?」
「矢島がヘマしたからすぐに来て欲しいって。場所は知ってるはずだから」
「う……うん」

慌てて携帯を開く舞を、舞美は手で制した。

「ここ、圏外だから。表の道路くらいまで行ったら通じると思う」
「そ、そうなんだ」

淡々と話す舞美は、なんだか知らない人みたいで、舞は少し怖いと思った。
だけどそれは、舞美が怖かったのではなく、舞美の真剣さが怖かったのだろう。

「できるだけ早く来てって、言ってくれる?」
「……わかった」
 
274 :秋の怪談 :2009/11/14(土) 00:03

こくりとうなずいた舞と千聖が廊下を走る、その足音を舞美はうつろな
気持ちで聞いていた。

「えり……」

答える声はない。
腕の中のえりかは、呼吸さえ、浅く、弱い。
日が暮れ始めた薄暗い部屋では、舞美にはえりかの顔色も怪我の具合もわからなかった。
だが、霊力のダメージは手に取るように分かる。

舞に呼んでもらった中澤は強力な癒しの霊力を持っているが、
おそらくえりかは中澤がここにたどり着くまでもたないだろう。

だから、自分でやらなければならない。
禁じ手ともされている癒しの術。
黄泉路に迷いかけた命を呼び戻す、それは癒しというよりも悪霊の業に近い。
術者自身も霊力をごっそり失うため、時にはその命にもかかわると言われている。
しかも舞美はその術を会得しているわけではない。
知識として知っているに過ぎないのだ。
 
275 :秋の怪談 :2009/11/14(土) 00:04

だが、舞美にためらいはなかった。
えりかの体をそっと床に横たえると、腰に差していた清めのナイフを
すらりと抜く。
そして当たり前のようにその腕の柔らかいあたりにナイフの刃を走らせた。
すぐに滴りはじめる鮮血を、ナイフの刃に両面たっぷりと塗りつける。
次に舞美は、自分の長い髪をぐっとつかんで引き寄せた。
そして、真っ赤に染めたナイフを当てる。


『舞美の髪って、綺麗』
『えー、そう?』

うっとりとそう言って、髪をすく、その指先が心地よくて。

『あたしも髪切ろうかなー』
『だめだよっ。舞美の髪は長くないと!』

必死に止める姿がうれしくて、冗談めかして何度も繰り返した。
 
276 :秋の怪談 :2009/11/14(土) 00:04

「勝手に切っちゃったってわかったら、怒られるかな」


くすっと、小さく笑い、ナイフを持つ手にぐっと力を込める。
良く研がれたナイフは抵抗もなく髪束を切り裂いていく。

自分の体から切り取った、手に余るほどのたっぷりとした長い髪。
気を抜くとさらさらと手の中からこぼれだしてしまう。
舞に返してもらったクリスタルのネックレスで、切った髪を素早く束ね、
えりかの胸元にそっと乗せた。


「えり」



舞美は大きく息を吸い込んだ。

 
277 :秋の怪談 :2009/11/14(土) 00:05

 
278 :秋の怪談 :2009/11/14(土) 00:05


「あああ……舞美の髪が……」
「えー、でも短くてもかわいいでしょ? とか言ってー」
「そりゃ舞美は何しててもかわいいけど……ああ、髪……」

後ろから抱きついたまま、短くなった舞美の髪に頬ずりをするえりか。
その隣で舞と千聖は大きくため息をついた。


あの日、えりかを癒すために霊力を使い果たした舞美と、
舞美によりなんとか一命は取り留めたもののまだ危険な状態だったえりかは、
駆けつけた『中澤さん』によって応急手当を受け、すぐに霊力専門の病院に
運ばれ、そのまま二人仲良く二週間の入院となった。

舞美とえりかは数ヶ月前に悪霊ハンターとしての資格試験には受かったものの、
今はまだまだ修行中の身で、中澤はその所属事務所の所長ということだった。
一週間の入院中、仕事中に一般人を巻き込んだということで、
二人は中澤にこってりとしかられた。
 
279 :秋の怪談 :2009/11/14(土) 00:06

中澤事務所では『仕事は一般人に気取られずにすますこと』を美学としており、
そのために所員たちは霊力があることを普段からひた隠しにしている。
舞美とえりかが学校では他人のフリをしているのも中澤の命だった。
舞などは、学校でしゃべるくらいいいのでは、と思ったが、つい気を抜いて
仕事のことを話してしまうかもしれないから、ということらしい。

というよりも、どうも中澤は『凡人のように見せかけて実はプロハンター』とか
『仲が悪いように見せかけて実は恋人同士』とかの設定が好きらしい。
まあ、そんなことはどうでもいいのだが。
問題は、ここだ。


『実は恋人同士』


学校では徹底していた他人のフリも、
秘密を知られてしまった舞と千聖の前ではもうしなくてよくなった。
それは舞美とえりかにとってとても幸せなことだった。
そして、舞と千聖にしてもても、ずっと二人に仲良くしてほしいと思って
いたのだから、良いことである……はずなのだが。
 
280 :秋の怪談 :2009/11/14(土) 00:07

「あ、ところでえり、今日さ……」
「なになに?」
「えっとー……えへへ」
「なに、舞美ってば急に笑っちゃって」
「えー、だってえり近いんだもんー」
「嫌なのお?」
「嫌じゃないけどお……」

ねえお二人さん。
ここってば生徒会室なんですよ。
今ってばお仕事中なんですよ。
千聖と舞はまじめにお仕事してるわけなんですよ。
(ちなみにこの学園の生徒会室は中高共用である)

舞がちらりと視線をやると、千聖もいい加減うんざりしたような顔で頭を抱えている。
 
281 :秋の怪談 :2009/11/14(土) 00:08

高等部は今日試験だったので、他の役員はいない。
中等部生徒会長は『今回こそパパの優勝する瞬間を見に行くんだ!』と、
ここのところ学校に出てこない。
ということで狭い部屋に四人だけになってしまった時点で、舞と千聖は嫌な予感がしていた。
それががっつり当たってしまってこの有様だ。

「千聖……もう帰ろうか」
「そ、そうだね……」

秋は学校行事も多いから、生徒会の仕事は結構忙しい。
本当なら今日中に片付けてしまいたい書類があったのだが。

「……舞美ちゃん、えりかちゃん。舞たちもう帰るね?」
「……戸締りちゃんとしてよ?」


「あ、やだもー、えりってばー」
「だって舞美がかわいすぎるからさあ」
「もーっ」


バカップルの相手をするくらいなら悪霊のほうがいくらかマシだ。

舞は真剣にそう思った。

 
282 :名無飼育さん :2009/11/14(土) 00:09

『 秋の怪談 』   終わり
 
283 :esk :2009/11/14(土) 00:10
ちょっと説明的すぎましたかね……
284 :名無飼育さん :2009/11/14(土) 06:38
中澤さんと気が合いそうwそんな設定大好きです!
だから知られる前のときのもちょっと読んでみたいと思いました
285 :名無飼育さん :2009/11/19(木) 16:16
ここまでバカップルな二人は初めて見た気がしますw
こういう設定が好きなのでもっと読みたいです
286 :名無し飼育 :2009/11/19(木) 21:49
全作品いっき読みさせてもらいました
ばかっぽーやじうめが素敵すぎます砂糖より甘いやじうめ達これからも待ってます
287 :名無飼育さん :2009/11/20(金) 11:10
更新乙です!

いやー色んな意味でドキドキでしたww
舞美が髪を切るシーンは現実とリンクしていて上手いなぁと思ったり、なんだかんだで仲が良いちさまいはニヤニヤしました(*´エ`*)
もちろんやじうめもですw

パパっ子な愛理可愛いv
続きがあるのなら読みたい作品です!
288 :esk :2010/03/16(火) 23:34
読んで下さった方、ありがとうございます。

>>284さま
私も知られる前から書いたほうが面白いだろうなと思っていたのですが……
難しくて私には無理でしたww

>>285さま
ツンケンした二人→バカップルな二人のギャップを楽しむ話のはずだったんですけど、
上記の理由でただのバカップルにw

>>286さま
ありがとうございますっ。
私もばかっぽくて甘い話が書いていて一番楽しいのです。

>>287さま
まさしく断髪ネタで思いついた話でした。
続きとかそれ以前とか書きたいんですけどなんか設定がしっかりしてなくって難しいww
そのうち書くかもですー。


そうそう。上の話の世界観(悪霊の世間認識とか霊能力者の社会的地位とか)は
某ボディコン霊能力者マンガのものを流用しています。
――と、話を始める前に書いていればもう少しわかりやすかったかもですねw


大して中身のない話。
>>113-172『風を使う』の続きです。
キャプテンがかっこよければそれでよいと思います。
289 : :2010/03/16(火) 23:35

『 風を使う2(砂漠のマーケット) 』
 
290 :風を使う2(砂漠のマーケット) :2010/03/16(火) 23:36

「おじさーん。それとそれと、あっちのも」

「おうよ、ぼうず。もってきな」
「……どうも」
「ぼうず、親父さんはいるのか」
「あー……あっちにいる」
「はぐれるなよ」

まだ声変わりもしていない小柄な少年に大きな紙袋を押し付け、
生鮮食品を商う店主は心配そうにその太い眉をひそめる。
少年はもう一度「どうも」とだけつぶやいて店を離れた。
愛想のないガキだなと思ったが、
なんとなく気になってその後姿を見送った。
目元しか見えなかったが、やわらかく垂れた目と張りのある肌。
こんなところにいるべきではない綺麗な少年だった。

「おやじー」
「あー、はいはい」

人買いに捕まらなければいい。
続々とやってくる客をさばきながら、店主はそう願った。

 
291 :風を使う2(砂漠のマーケット) :2010/03/16(火) 23:37

ごつごつと膨らんだ紙袋を抱え、
少年――ではなく、佐紀は憮然と頬を膨らませる。

砂漠地帯の闇市。
旧市街に面した大通りに定期的に開かれる大掛かりなものだが、
そこはやはり闇市。
砂埃の舞う通りには、傷だらけの丸太のような腕をむき出しにした男や、
抜け目ない目を走らせる商人風の男などが行きかう。

そん中を、佐紀はフードを目深にかぶり口元も軽く布で覆い、
早足に歩く。
それは防塵のためでもあったが、
このようなところで少女であることをさらすのは
得策ではないという理由もあった。
だから店主が佐紀を少年に見間違えたところで、それは狙い通り、
文句を言われる筋合いはない。
それにしてもなんの迷いもなくぼうずと言われるのは、
佐紀としては素直には納得しがたいものがあった。
 
292 :風を使う2(砂漠のマーケット) :2010/03/16(火) 23:39

「もーらい」
「ちょっと、みやっ」

憮然と歩く佐紀の肩越しに細い腕が伸びてきて、
紙袋から真っ赤なりんごをひとつ掻っ攫う。
船で待つみんなへの大事な食料だ。
とどめようとした佐紀にいたずらっぽく笑うと、
雅はすでにしゃりしゃりと小気味良い音を立ててりんごにかじりついていた。

「ったくぅ」
「役得役得」

佐紀と同じように口元を覆っていたはずの布も、当然用をなしていない。
すれ違った商人風の親父がじろじろとこちらを見ている。
佐紀はちいさくため息をついた。
自分なら少年ですむが、雅は目元だけでも少女であることがばれてしまう。
だから後ろに控えさせておいたのに、これでは意味がない。
もう一言くらい文句を言ってやろうと佐紀が顔を上げると、
雅はぼんやりと行く先にある路地を見ていた。
 
293 :風を使う2(砂漠のマーケット) :2010/03/16(火) 23:40

 ……だって……だろ

 なあ……


雅の視線を追って意識を向けると耳に飛び込んできた品のない笑い声に、
佐紀はピクリと片眉を吊り上げる。
その視線の先で、数人の男たちが輪になっている。
何がどうなっているか、瞬時に想像がつく。
しかし佐紀は興味なさ気にそのまま足を進めた。

「ねえ、キャプテン。あれ……」
「自業自得。行くよ」
「うん……だけど、あの子……」

輪の真ん中にどんな人物がいるかはわからない。
それがか弱い少女であった場合、正義のヒーローでも現れない限り、
この後の運命は決まったようなものである。
しかし、それはその少女の責任である。
闇市なんかに来て無防備にしている方が悪い。
そんなものに首を突っ込んで面倒に巻き込まれるなんてごめんだ。
まだそちらを気にしている雅を促して、
佐紀は足早にその場を通り過ぎようとした。

――が。
 
294 :風を使う2(砂漠のマーケット) :2010/03/16(火) 23:41

「や……やめて下さい!」

輪の中心にいた人物のものであろう声が聞こえた瞬間、
佐紀の足取りがぴたりと止まる。

「かあわいい声しちゃって、なあ」
「一緒に来いよ」
「ヤですってばっ」

二度目。
聞こえた声に佐紀の反応は早かった。

「え、ちょ」

雅の手から食べかけのりんごを奪い取り、代わりに紙袋を押し付ける。
そのままの流れで力いっぱいりんごを輪の中に投げ込んだ。
 
295 :風を使う2(砂漠のマーケット) :2010/03/16(火) 23:43

「……っ!?」

髪の長い少女の細い腕をつかんでいた男の横顔に命中したりんごが派手に砕け散る。
りんごとは言え、その勢いで投げつけられれば結構痛い。
しかもぶつかった部分がぬれているのだからそりゃあ、焦る。
男は少女を突き飛ばすように離すと、
狂ったようにせわしなく顔を拭っている。

それを含め、男は三人。
どれもかなりいいガタイをしている。
ち、と佐紀は舌を鳴らした。
今の佐紀は闇市のエチケットとして、武器は何一つ持っていない。

「あ? 何だ?」

のったりと振り返った別の男の懐に、
すでに佐紀の小さな体は滑り込んでいた。
踏み出した軸足を強く踏みしめ両手を組むと、
膝の横っ面に力いっぱい叩き込む。

「い……っ」

男ががくりと体を折りたたむ。
そのひざをもう一度きつく蹴り上げると、
男は声も上げずに砂の上に転がった。
 
296 :風を使う2(砂漠のマーケット) :2010/03/16(火) 23:45

「ガキがっ」

それを見て、残った男が顔をしかめながら佐紀に手を伸ばす。
その下をかいくぐるように体を沈めると、佐紀は両手に砂をつかみ、
男ともう一人りんごを食らった男の目に向かって投げつける。

「なっ、てめえっ」

顔を手で拭いながらひるんだ男のつま先を強く踏みつけ、
逆足のすねを蹴り上げる。
すると男は簡単に体をかしげ、
その向こうにいたりんごの男を巻き込んで砂に倒れた。


突然の展開について行くことができず、
突き飛ばされてしりもちをついていた少女は呆然と佐紀を見上げた。

「キャプ、テン……?」
「あんたのキャプテンじゃないけどね」

苦笑交じりに突き出された小さな手。
少女は砂の上からおずおずとその手をつかんだ。
とたんにぐいっと強く引き上げられ、
佐紀を見上げていた少女の視線は佐紀を追い越して見下ろす。
 
297 :風を使う2(砂漠のマーケット) :2010/03/16(火) 23:45

「行くよっ」
「う、うん……」

信じられないといった風に小さくうなずく少女の手を佐紀は強く引く。
しかしその少女が、はっと佐紀の後ろに目をやったその仕草に、
佐紀は迷いなく体を低くして振り返りながらあとずさる。
その目前に男の腕が伸びていた。
りんごの男だ。
まずい。
そう思った佐紀の視線の上を、ふわりと砂色の布が舞った。

「ぐ……っ」

雅の蹴りが男のわき腹に入っていた。

「ナイス、みや!」


男が倒れこむよりも早く、佐紀は少女の手を引いて走り出した。

 
298 :風を使う2(砂漠のマーケット) :2010/03/16(火) 23:49


たまにぼんやりと虫干しされているご老公などを蹴散らしながら、
縦横に走る旧市街の裏路地を三人は速度を緩めずに走り抜ける。

「も、もう走れない……っ」
「はあっ? この軟弱者!!」

少女が限界を訴える。
雅を振り返ると、少女ほどではないがこちらもそろそろきつそうだ。
(トレーニングメニュー増やしてやる!)
佐紀にギロリとにらみつけられるが、
押し付けられた大きな紙袋を抱えたまま走っているのだから、
その辺は考慮してほしいと雅としては思う。

「だ、だって……もうっ」
「わかったっ。もうちょっとがんばれっ」

男たちが追ってくる気配はまだ感じる。
思った以上のしつこさに、佐紀は走るルートを変えた。
路地に入って巻いてしまおうと思っていたのだが、
土地勘のある奴らだったようでなかなか振り切れない。

(それならそれで好都合っ)
 
299 :風を使う2(砂漠のマーケット) :2010/03/17(水) 00:01

小さな商店が点在する路地に出ると、古めかしい雑貨屋が見えた。
明らかにもう営業していない風なその店のドアノブを、
佐紀は迷いなくひねる。

「みやっ」

絶え絶えに呼吸している少女を押し込み、
後からかけてきた雅の腕をとってを引っぱりこむ。
へたり込む二人を尻目に、佐紀は汚れた小さな窓から外をうかがう。
案の定、男たちも路地に駆け込んできた。

佐紀たちがどこかの店に駆け込んだと察し、いくつかのドアを手荒に開けている。
しかし、その視線が佐紀たちが駆け込んだ店に向けられたとき、
一番大柄な男が顔をゆがめ、仲間に耳打ちをした。
仲間たちも急に落ち着きをなくしてきょろきょろとあたりを見回している。
ここがどこかわかってくれたようだ。


 ……あんな上玉

 よせよ。命が惜しくないのか……


男たちの声が遠ざかると、佐紀もほっと息をつき、
もう用を成さないくらいにずれていたフードをそっとはずした。
 
300 :風を使う2(砂漠のマーケット) :2010/03/17(水) 00:02

「みや、大丈夫?」
「まあ、なんとかね」

雅は、まだ苦しそうではあるがのそりと立ち上がると、
まとっていたケープのほこりをばさりとはらった。
少し不機嫌そうなその横顔から、佐紀はゆっくりと視線を滑らせる。
髪の長い少女は、べったりと床に座り込んだまま
まだ立ち上がることもできないようだった。


「……愛理は」


佐紀は少しのためらいを残しつつ、その名を呼ぶ。
やや間を持って、少女――愛理はうつむけていた顔を上げると
返事の変わりに弱弱しく笑ってみせる。
その頼りない表情に佐紀は苦い思いを思い出す。
 
301 :風を使う2(砂漠のマーケット) :2010/03/17(水) 00:04

あれから数ヶ月がたっている。
梨沙子とは陸に上がるタイミングが合えば連絡を取っていたようだったが、
佐紀はあれ以来初めての再会である。

(髪が、伸びた)

走って乱れた髪が胸の辺りでゆれている。
うつむきながら額の汗をぬぐう仕草に、佐紀は愛理から目をそらした。
これくらいの年の少女の数ヶ月がどれだけ大きいか。
佐紀にだってわかっている。
だけど。

「ったく、あんなとこ一人でうろうろしてるなんか、
 絡んでくれって言ってるようなもんじゃん!」
「ちょっと、みや……」

ぎこちなく首を振る佐紀を押しのけるようにして、雅が体を乗り出す。
息を切らしながらも荒げられた声に、愛理はびくりと肩をすくめた。

かわいがっている梨沙子がなついているから面白くないみたい。
にやにやと教えてくれたのは千奈美だった。
それだけじゃないと思うけど。
続いてつぶやいた桃子の複雑そうな顔まで思い出した。
あの時桃子は何のことを言っていたのだろう。
 
302 :風を使う2(砂漠のマーケット) :2010/03/17(水) 00:09

「つーか、こっちにまで迷惑かけないでくれるっ?」

ぼんやりと佐紀が自分を見つめている視線に気づいているのかいないのか、
言い返さない愛理に雅はますます声を荒げる。
さすがにかわいそうになってきて、佐紀は愛理と雅の間に割って入った。

「いいんだ。顔つっこんだのはこっちだし。無事だったからいいよ」

佐紀の言葉に雅はいよいよ面白くなさそうにつま先を蹴り上げる。
しかしその横顔は少し拗ねているようにも見えて、
言い過ぎたことは自覚しているようだった。
佐紀はそんな雅をかわいいな、と思う。
ちょっとフォローでもしようかとしたとき、
背後から近づいてきた人の気配に佐紀は振り返った。
 
303 :風を使う2(砂漠のマーケット) :2010/03/17(水) 00:10
 

「誰や。うるさいな」


「あ、すいません。中澤さん」

眠そうな顔で続き部屋から現れた妙齢の女性に、
佐紀は軽く会釈し、雅はあわてて姿勢を正して深く頭を下げた。
二人の様子を見て、愛理もあいまいに頭を下げる。
愛理は知らなかったようだが、
中澤はこの旧市街の実力者であり、闇市主催メンバーの一人でもある。
先ほどの男たちがあっさりと引き上げたのも、
このあたりが中澤の息がかかったエリアであると気づいたからに他ならない。
 
304 :風を使う2(砂漠のマーケット) :2010/03/17(水) 00:10

「ってなんや。坊なんっ?」
「あの、まあ……佐紀です」
「坊っ。坊っちゅーかえらいまたかわいなってー。もう嬢やな」

佐紀の顔を確認すると、中澤は驚きの声をあげた。
その様子に、佐紀は困ったように笑みを浮かべる。
中澤は佐紀が幼いころからよく知っている旧知の仲である。
以前に顔を合わせてから一年もたってにいない。
しかし佐紀が愛理にそう感じたように、その変化に中澤は目を見張った。

うれしそうにくしゃくしゃと佐紀の髪をなでる中澤だったが、
そこにならぶ顔をじっくりと見ると、さらににやりと笑みを浮かべた。

「へえ。おもろい組み合わせやん。
 ベリーズとキュートがやりあったって話は聞いてたけど、
 どないなってんのかな、これは」
「うええっ!?」

中澤の視線が愛理を捕らえる。
自分の出自をあっさりと言い当てられたことに、
愛理は少なからず動揺していた。
簡単に正体を知られていい立場ではない。
佐紀は苦笑を浮かべながら、
あせりすぎて挙動不審になっている愛理の肩をぽんとたたいた。
 
305 :風を使う2(砂漠のマーケット) :2010/03/17(水) 00:11

「中澤さんにわからないことはないんだよ」
「そう買いかぶられても困るけどな。
 キュートの鈴木愛理が矢島舞美と西側ではぐれたらしいくらいしか知らんわ」
「ど、どうしてそれを……」

にやにやと笑う中澤に、愛理がさらに息を呑む。
その情報収集力にはさすがに佐紀も感心したように中澤を見やる。
中澤の言葉どおり愛理と舞美がはぐれていたとしても、
せいぜい数十分、長くて1・2時間以内の話だろう。
闇市で起こるすべてのことは逐一中澤に報告が入るとは聞いていたが、
これほどのものを見せ付けられると少し恐ろしくもある。

「は? 何それ。あんた迷子なわけ?」
「ちがうもんっ。舞美ちゃんが先にいなくなったんだもん」

感心する佐紀にかまわず、
雅はすかさず馬鹿にしたような声を挟み込む。
その声に愛理もぷうっと頬を膨らませた。
そんな二人に佐紀は小さく苦笑いを浮かべた。
彼女らは中澤の恐ろしさを
佐紀ほど真には体感できていないのだろう。
 
306 :風を使う2(砂漠のマーケット) :2010/03/17(水) 00:12

「うそだね。絶対あんたがはぐれたね」
「ちがうもんっ。キャプテンはわかってくれるよねっ」
「だからあたしはあんたのキャプテンじゃないっての。
 んで愛理のキャプテンはどこ行ったのさ」
「キャプテンはキャプテンだよ。だって舞美ちゃんはリーダーだもん」
「いや、そうじゃなくて」

いきなり矛先を向けられ佐紀もとっさに口を挟むが、
かみ合わない会話に眉間を押さえる。

「船のリーダーをキャプテンって言うの。あんたそんなことも知らないわけ?」
「でも舞美ちゃんはリーダーなの」
「意味わかんないし」
「みや、もうやめなって。それで、キャプ――じゃない、リーダーは?」
「あ、ごめん。えっと、舞美ちゃんと買い物に来てて、それで」

しどろもどろになる愛理に、ふっと笑みを浮かべると、
中澤は窓の外に視線を移す。

「矢島舞美やったらそろそろ――」
 
307 :風を使う2(砂漠のマーケット) :2010/03/17(水) 00:12

ばんっ

「愛理っ!!」

絶妙のタイミングで飛び込んできた人物に、中澤以外の三人が目を丸くする。
真っ黒な長い髪に、真っ白な肌が際立つ。
キュート号リーダー、矢島舞美だった。

「愛理に何をしたっ」
「あのねえ……。舞美、だっけ? いい加減にしなよ」

もっとも愛理の近くにいた雅の胸元につかみかかろうとした長い腕を、
佐紀がすばやく払いのける。
その呆れたような声と、しどろもどろながらの愛理の説明に
舞美はほっと胸をなでおろした。
と同時に申し訳なさそうにしゅんと肩を落とす。

「ごめん……」

相変わらずの早とちりに佐紀が苦笑いを浮かべていると、
部屋の中をきょろりと見回した舞美の視線が中澤にとまった。
その様子に家主であることを察し、小さく頭を下げる。
 
308 :風を使う2(砂漠のマーケット) :2010/03/17(水) 00:14

「あの……あなたは」
「さぁて、誰やろうね」

中澤が片頬でにやりと笑う。
闇市の仕切り人、中澤裕子。
舞美ももちろんその存在はよく知っている。
しかし不必要に人前に出ることを嫌う中澤の顔を見知っているものは極端に少なく、
その容貌について断片的な情報が出回っているに過ぎない。

「その髪……その言葉……」

たとえば、この地域では珍しい髪色。
たとえば、この地域では珍しい方言。

「まさか……っ」

何かに思い当たったのだろう、はっと息を呑む舞美。
さらににやつく中澤に、佐紀は小さくため息をついた。
中澤は特に持って回った演出を好むほうではないが、
人が驚くのを見るのは好きだった。
 
309 :風を使う2(砂漠のマーケット) :2010/03/17(水) 00:15


「つんくさんですか!?」


「ちゃうわっ! 出てけボケぇ!!」
「――ちょ、舞美。つんくさんはおっさんだよ。この人は中澤さんっ」

間髪いれずに鋭い蹴りを入れられて戸惑う舞美に、
佐紀が焦ってフォローを入れる。
なんという予想外の地雷を踏むんだ、コイツは。
中澤の顔色を伺うと、
そのこめかみにうっすらと青筋が見えて佐紀の背中に冷たいものが走る。
しかし当の舞美はそうなんだーとのんきに感心している。


ちなみに。
つんくとはかつてこの旧市街全体を仕切っていたボスである。
最近は引退気味でどこで何をしているのか知る者は少ない。
そして中澤よりずっと年上の男である。
 
310 :風を使う2(砂漠のマーケット) :2010/03/17(水) 00:16

「佐紀ちゃんって色々詳しいね」

中澤のブリザードオーラを背中に感じながら必死で説明をする佐紀に、
舞美はなおものんきに言い募る。
っていうか、佐紀ちゃんってなんだ。
佐紀は軽い頭痛を覚えてこめかみを押さえた。
こいつなら愛理をおいて迷子になるかもしれない。

早とちりは相変わらずだが、
以前会ったときとずいぶん印象が違う気がする。
なんかこう……いかにも迷子になりそうというか。
あの時はそれほど多くの言葉を交わしていなかったから、
つまりはこれが本性なのだろう。
そして、それは愛理にも言えることで、
落ち着いてクールなイメージだった愛理の
微妙に子供っぽいところも見えてきた。

二人ののんきさにはあきれるが、佐紀はその発見をうれしくも思った。
なんだ。結局年相応なんじゃん、と。
 
311 :風を使う2(砂漠のマーケット) :2010/03/17(水) 00:18

「ええからはよ出て行けおまえらっ」

しかしそんなのほほんとした空気がさらに癇に障ったのか、
中澤は舞美の飛び込んできた扉を勢いよく開く。
蹴りだされた舞美に愛理も慌ててその後を追った。
そして扉ごしに振り返って、にこりと笑った。

「ありがとう。またね、キャプテン」


なんだかなあ。
佐紀が苦笑いを浮かべると、雅が何か言いたげにこちらを伺っていた。

「なに?」
「……なんでもない」

ぷいっと顔を背ける雅に、佐紀が首をかしげる。
するとその視界に入った中澤が、
扉を開けたままでこちらをギロリとにらみつけていた。

「おまえらも用ないのに人んちでくつろぐなっ」
「や、くつろいでないしっ。
 っていうか裕ちゃんちょっと待ってよ。これだけ見て」

まとめて放り出されそうになり、佐紀は慌てて腰に下げた小さな袋を差し出す。
 
312 :風を使う2(砂漠のマーケット) :2010/03/17(水) 00:21

「……」

中澤は不機嫌そうに袋をひったくると、机の上にその中身をぶちまけた。
出てきたのは指輪やネックレスがいくつか。
そのどれもにおもちゃのように大きな宝石がついていた。

「なんや。仕事か」
「ちょっとくらい働いてよ。今回こんだけね」
「ふ……ん。帝国の船のんか」

机の明かりをつけてひとつずつ光にすかす。
さすがだな、と佐紀は思った。
一瞥しただけでどこから奪ったものか悟られてようだった。
宝石の輝きに、中澤の機嫌も少しずつ戻ってくる。
別にこれらが自分のものになるわけではないが、
その輝きを見ているだけでもイイ気分に慣れるのは確かだ。

愛理を連れ込んだのは誤算だったが、
今日佐紀が闇市にやってきた最大の目的は中澤をたずねることにあった。
ベリーズが奪った金品の中で、
特に高価な品物だけが中澤の元に売りに来られる。
確かな鑑定眼と足のつかない売買ルートを抱えているという点で、
中澤の右に出るものはいないからだ。
 
313 :風を使う2(砂漠のマーケット) :2010/03/17(水) 00:22

「帝国にはかかわらん方がええで」
「たまにはいいじゃん」
「ま、おしおきも含めてこんなもんかな」

少し機嫌よく押し付けられた紙幣に佐紀は眉をしかめる。
相場よりもずいぶん低い額だ。

「ちょっと裕ちゃん」
「情報料を差し引いといたからな。今度の帝国船には保険屋がつくらしいわ」
「げ。マジですか」

中澤の情報に、佐紀はいやそうに眉をしかめる。
保険屋……やっかいな相手だ。

「あんたらが派手にやりすぎやねん。今度のはやめとき」
「えー。でも西の公爵に依頼受けてるんだよね。今度の便」
「だからこそやろ。ま、どうするかはあんたしだいやけどな」
「少し考えるよ。ありがと、裕ちゃん」
 
314 :風を使う2(砂漠のマーケット) :2010/03/17(水) 00:23

紙幣を紙入れにしまうと、佐紀は背後で黙っていた雅を振り返った。

「じゃ、行こっか」
「……うんっ」

二人で進められる会話に手持ち無沙汰で、
なんとなく不満げな顔をしてた雅がうれしそうにうなずく。
そのまま中澤に深く頭を下げた。
しかし、そのまま扉へと体を翻した雅を中澤が呼び止める。

「雅」

「は、はいっ」
「あんたもまだまだガキやな」

慌てて振り返った雅に、中澤がにやりと笑って見せる。
しかし雅は言われた意味がわからず佐紀をちらりと見たが、
佐紀も首をかしげるだけだった。
確かに中澤の年齢から言えばはるかに子供だけれど、
と思ったが佐紀は決して口にはしなかった。
そんな地雷を踏むほどおろかではない。
中澤だって自ら自爆するようなタマではないし。
ということは?
 
315 :風を使う2(砂漠のマーケット) :2010/03/17(水) 00:23

「何のこと?」
「わからんねやったらええ。もう行き」
「――うん。じゃあ、またね」

ひらりと手を振ると中澤はすでに部屋の奥に足を進めていた。
ここで深追いしても答えは絶対に得られない。
それがわかっているから、
佐紀はまだ納得いかない顔をしている雅を促して外に出た。



日差しはすでに傾き、あたりはすでに薄暗くなっていた。
砂漠の夜は冷える。

冷たい空気に、佐紀と雅はみんなが待つ船へと帰路を急いだ。

 
316 : :2010/03/17(水) 00:24

『 風を使う2(砂漠のマーケット) 』   終わり
 
317 :esk :2010/03/17(水) 00:30
海賊らしさがゼロっすね。
318 :名無飼育さん :2010/03/17(水) 01:27
続きキテター!
陸の海賊の動きも良いものかと。
319 :名無飼育さん :2010/03/18(木) 21:40
続きがきててすごくテンションが

また続きがくると嬉しいです。
320 :esk :2010/03/22(月) 23:54
読んでくださった方、ありがとうございます。

>>318さま、>>319さま
ありがとうございます。
忘れたころを狙って続く話です。
今度こそ海賊っぽい話を書けたらいいなとw

そして。
上の話でキャプテンの中澤さんに対する口調が途中で変わっていますが、
なれなれしい方を正として下さい……ヤッチマッタorz

お詫びに(?)もいっちょベリ。
ただのアホ話のはずが結構ノリノリで書いてしまったw
321 : :2010/03/22(月) 23:55

『 WAO! 』
 
322 :WAO! :2010/03/22(月) 23:57

ビーッ ビーッ ビーッ


『緊急指令。緊急指令。インベーダー出現。
 出動はXX地区XXへA班。○○地区○○へB班。
 直ちに現場に向かうこと。
 繰り返す……』

地球防衛軍ベリーズ支部に非常ベルが鳴り響く。
続いて聞こえてきた佐紀のアナウンスに、
午後のひと時を各々にくつろいでいた
ベリーズメンバーの顔色がさっと変わった。
 
323 :WAO! :2010/03/22(月) 23:57

ぎゅう

自室でぼんやりしていた梨沙子は素早く戦闘服に着替えると、
最後に両手に黒いグローブをはめる。
そしてその感触を確かめるように、ぎゅっとこぶしを握りしめた。

(がんばらなきゃ……)

こぶしの振るえを、胸に押し付けてとめる。

(大丈夫だよね)

がちゃ

「梨沙子、遅いっ。もう行くよ」
「……わかった!」

ノックもせずに扉を開けて顔をのぞかせた雅に、
梨沙子は強くうなずいて見せた。
 
324 :WAO! :2010/03/22(月) 23:58


第3次宇宙大戦以来、
地球を侵略しようと攻め立ててくるインベーダーの数は爆発的に増え、
対策として各地に地球防衛軍の支部が置かれることになった。
その中のひとつ、ベリーズ支部は、

司令:清水佐紀(キャプテン)
A班:嗣永桃子(守備・班長)・須藤茉麻(狙撃)・熊井友理奈(雷娘)
B班:夏焼雅(狙撃・班長)・徳永千奈美(守備)・菅谷梨沙子(雷娘)

の7人で構成されている。
 
325 :WAO! :2010/03/22(月) 23:59

『B班担当インベーダーは、エネルギーレベル14、特殊攻撃の報告なし。
 怖い敵じゃないけど堅実に行こう』

「「「 了解 」」」


現場に着いたB班のインカムに佐紀の指令が届く。
すでにマザーインベーダーから生まれていた数体のベビーがこちらに気づいた。
その狙撃が始まるよりも早く、千奈美が三人の前にシールドを張る。
インベーダーのレーザーがシールドに跳ね返されていやな音を立てた。

「梨沙子」
「うんっ」

すでに応戦を始めていた雅がちらりと視線を向けると、
梨沙子は背筋を伸ばしてしっかりと立ち、胸の前で両腕をクロスする。
その目をぎゅっと瞑ると、晴天の青空の一点に黒い雲が小さく渦巻き始めた。
そこまで確認すると一人うなずき、雅は狙撃を再開した。
 
326 :WAO! :2010/03/23(火) 00:00

インベーダーはマザーから次々にベビーを生み出し無限に増殖する。
だから優先すべきはマザーを倒すことにあるのだが、
マザーは銃による狙撃ではなく、
完全に機能停止するまで破壊する必要がある。
現在、そのために使われているのが雷撃だ。

その体に雷を呼び込み、雷撃を扱う特殊能力を持つ者は雷娘と呼ばれる。
生まれつきの才能を必要とするため、その数は多くない。

ベリーズではその任務についているのは梨沙子と友理奈の二人である。
たった7人の支部に二人も雷娘がいるのはラッキーともいえるが、
それだけこの支部の任務が過酷であることも表している。
 
327 :WAO! :2010/03/23(火) 00:01

頭上に集まった雷雲を見上げ、梨沙子は両腕を目線よりも少し上に大きく広げた。
その手に装備されている黒の特殊加工グローブは、雷娘だけの必須装備品。

雷娘は、雷を自分に呼び込み自由に放出することができる。
生まれつきの特殊能力であるが、本来その能力は微々たる物である。
まあ言わば電気マッサージ程度。
対インベーダーの戦闘員は訓練によりその能力を高め、
さらにこの特殊グローブを使うことで安全と安定性を確保している。


雷雲が雷光を閃かせ、いくつもの稲妻が梨沙子に向かって落ちてくる。
シールドを維持しつつその様子を伺っていた千奈美はぎゅっと目を閉じた。
何度見ても光景には肝を冷やす。
動揺からシールドが乱れることを恐れて、最近では見ないようにしていた。
梨沙子の手のひらに稲妻が引き込まれ、強い光を放つ。
その雷電を慎重に手のひらの上に安定させると、
梨沙子はゆっくりと両手を胸の前で組み合わせる。
右手を包み込むように左手をぎゅっと閉じると、
こぶしの中がスパークする。
 
328 :WAO! :2010/03/23(火) 00:03

「みやっ」
「了解!」

ちらりと梨沙子の手元を確認すると、
雅はそれまで狙いをつけていたベビーインベーダーをおいて、
マザーに狙いを集中する。
いくつかの銃弾が急所に当たったらしい。
それくらいで致命傷にはならないが、一時マザーの動きを鈍らせることはできる。

「今だ!」

叫びながら身をかがめる雅とちらりと視線を合わせ、
小さくうなずくと梨沙子は右のこぶしを大きく振りかぶり、力強く突き出した。
そのタイミングに合わせて、千奈美は一瞬だけシールドを解く。

「いっけええ!!」

梨沙子の甲高い声とともにこぶしから走り出した稲妻は、
まっすぐにマザーに向かって飛んでいった。
雅の狙撃で素早く動くことのできないマザーは、
かわすこともできず稲妻に包まれる。
数秒間ぶるぶると体を震わせたあと、大きな音を立てて爆発した。
 
329 :WAO! :2010/03/23(火) 00:03

「ナイス、梨沙子」

雅は梨沙子ににっと笑いかけてやるがすぐに向き直り、
残ったベビーたちに銃を向ける。

「梨沙子、怪我ない?」

すでにシールドを再開させていた千奈美が、
一瞬無防備にさらされた梨沙子を心配して声を掛ける。
梨沙子はきゅっと唇を引き結んでうなずいてみせた。

今日もうまくやれた。
失敗しなかった。
喜んだり得意に思うよりも、
梨沙子はまだほっとすることしかできなかった。
 
330 :WAO! :2010/03/23(火) 00:04


「さすがみやは凄いねっ」

数分後。
10体程に増殖していたインベーダーは全て倒された。
マザーを倒した後は梨沙子も狙撃に参加するし、
千奈美もシールドを張りながらも応戦する。
しかし、その戦力はあまり期待できず、
ほぼ雅一人で倒したと言っていいだろう。
梨沙子は自分が成功したときよりもずっと上機嫌だ。
そんな梨沙子に雅はやさしく微笑んで見せた。


「よしっ」
「やったね」
「お疲れ」

小気味よい音を立ててハイタッチを交わす三人。
 
331 :WAO! :2010/03/23(火) 00:07

「よくやったね。梨沙子」

最後に雅はそのまま梨沙子の手をぎゅっと握り締めた。
ベリーズ最年少の梨沙子は、
いまだ任務の度に極度に緊張していることを雅は知っているからだ。
うれしそうに頬を緩めた梨沙子。
――しかし。
次の瞬間にその頬は無表情になる。
どうかしたのかと目で問う雅に、
梨沙子はつないだ手をゆっくりと目線まで持ち上げて見せた。


「なんで……みやがグローブしてんの?」


つながれた手を真ん中に、三人の顔が見合わされた。

 
332 :WAO! :2010/03/23(火) 00:08

 
333 :WAO! :2010/03/23(火) 00:11

B班に少し遅れて現場に着いたA班も、セオリー通りに戦闘を展開する。
桃子がシールドを張り、茉麻が狙撃、友理奈が雷を呼ぶ。
B班よりも少しレベルの高い相手であったが、
問題なく作戦は進んでいた。
その瞬間まで。

友理奈が手のひらを上に構える。
雷雲に稲妻が走る。
その様子を伺っていた桃子が突然はっと目を見開き、
友理奈の細い腰にタックルをかけた。

「ちょ、桃っ!?」

友理奈という目標物を見失った稲妻は狙いをはずれ、
友理奈の次に背の高かったすぐ近くに立っていた木に落雷した。
木は一瞬の間をおいて、真っ赤に燃え上がる。

「おわっ。桃、何やってんの。危ないじゃん!」

火の粉をもろにかぶりそうになった茉麻が
振り返らずに応戦しながら桃子を怒鳴りつける。
しかし桃子は青ざめた顔で首を激しく振った。
 
334 :WAO! :2010/03/23(火) 00:12

「違うっ。熊井ちょー、グローブはっ」
「え……あーーーーっ。ないっ!! グローブないっ。なんでっ!?」

友理奈の手首を強くつかみ、桃子はその手を友理奈の目の前に突き出した。
手のひらを覆うものは何もない。
いくら雷娘とはいえ、
グローブなしにあれだけの稲妻を受けるとただではすまない。
友理奈の甲高いに振り返った茉麻も顔を青ざめた。

「ちょ、なんでっ。いつはずしたのさっ」

出動前、茉麻・友理奈・千奈美・雅の四人はトレーニングルームにいた。
(ろくにトレーニングはせずだらだらと遊んでいただけなのだが)
戦闘服もきちんと着込んでいたため、
トレーニングルーム内でグローブを着けた友理奈の姿が、
茉麻の記憶の中にちらつく。
 
335 :WAO! :2010/03/23(火) 00:12

「わかんな……あっ。みやだっ」
「はあっ?」
「かっこいいからつけさせてって言われてみやに渡して、
 そしたら非常ベルが鳴って……」
「そのまま出てきちゃったってこと!?」
「ごめんーーーっ」
「も、とにかくみやを呼んでっ」

茉麻はインベーダーに向かって銃を打ち放ちつつ叫んだ。
茉麻の命中率は雅よりも高い。
しかしそれでもベビーの生み出される速度に追いつくことはできない。
次第にベビーたちは数を増やしていく。
 
336 :WAO! :2010/03/23(火) 00:13

友理奈は慌てて耳元に手を伸ばし、
インカムの通信チャンネルを佐紀からA班へと切り替えた。

「みやっ、梨沙子っ、千奈美っ。誰か応答願います!」
『熊井ちゃん! 雅ですっ。ってかグローブだよねっ』
「そうなのーーーっ」
『うちも今気づいてっ。今そっち向かってるから!』

雅の即答にほっとした肩をおろしたが、気を引き締めて友理奈も銃を構える。
桃子もシールドを保ちつつ応戦するが、やはり大きな戦力にはならない。

(まずいっ)

ベビーたちの前線がじわじわと距離を詰めてくる。
これでは――近すぎる。
あまりに近距離から打たれると、
インベーダーのレーザーがシールドを突き破ってしまう。
そう思い焦った茉麻がシールドから体を乗り出しすぎた。

「まあっ。ダメ!」
 
337 :WAO! :2010/03/23(火) 00:13

とっさに桃子が新しいシールドを張ったから弾道がそれ、
レーザーは茉麻の肩をかすっただけですんだ。
茉麻は痛みに顔をしかめながらもすぐに狙撃を再開する。
しかし。

(右腕……っ)

利き腕をやられて、茉麻の命中率もあからさまに下がっている。
絶え間なく浴びせられるレーザーに、桃子のシールドもぶれ始めた。
このままではシールドが破られるのは時間の問題だ。

桃子は少し考え込むと、真剣な顔つきで二人の名前を呼んだ。

「まあ、熊井ちょー」
 
338 :WAO! :2010/03/23(火) 00:13

「どうしたの」
「ごめん、このままじゃこのシールドもたなくなる。
 一瞬今のシールドを解いて小さく張り直すしかないと思う」
「はあっ? シールドを解くぅ!?」
「一瞬だけっ」

弱って弱点だらけになった大きなシールドよりも、
新しくてまだ弱点のない小さなシールドのほうが維持するパワーは小さくてすむ。
だから桃子の提案は正しい。
その理屈はわかるが。

「……大丈夫なんだよね?」

茉麻が振り向かずに桃子に問いかける。

「絶対やれる」
 
339 :WAO! :2010/03/23(火) 00:14

シールドを張る瞬間。
茉麻と友理奈は地面に身を伏せればある程度の安全は確保できる。
しかし、当の本人である桃子は、その全身をさらされることになる。

「信じるからね!」

茉麻はそう叫んで四方八方に銃を乱射した。
インベーダーをかく乱するためだ。
友理奈もそれに倣い、一瞬インベーダーが騒然とする。

「伏せて!!」

桃子の甲高い声に、茉麻と友理奈は地面に伏せる。
友理奈は頭を抱えていたが、茉麻は目をあげて桃子を見ていた。
何かあれば……飛び出す覚悟はできていた。

インベーダーのレーザーから三人を庇っていたシールドが消え去る。
すでに桃子は次のシールドを張る構えを取っていた。
しかし――。
 
340 :WAO! :2010/03/23(火) 00:15


ぱし


軽い物音に、もっと大事態に備えていた茉麻の思考が一瞬静止する。

「あちっ」

われに返ると、桃子が顔を抑えていた。
熱い?
はっと茉麻が振り返る。
友理奈の稲妻を受けて燃え上がっていた木がはじけ飛んで桃子を襲ったのだ。
大した怪我ではないのかもしれない。
それでも、一瞬桃子の集中を切らせるには十分だった。


桃子が顔を上げる。
茉麻が飛び出す。
友理奈が悲鳴を上げる。

インベーダーのレーザーが桃子に届く。


その全てが同時に起こったように思われた。

 
341 :WAO! :2010/03/23(火) 00:16


しかし。

レーザーよりも一瞬早く、起こった出来事があった。

 
342 :WAO! :2010/03/23(火) 00:17

「いったあっ。痛いよ、ちぃっ。信じらんないっ」
「うっさい。助けてもらって文句言うなっ」
「ばかもおっ。桃のすべすべお肌に傷がついたらどうしてくれんの!」
「どうもしないしっ。っていうか桃マジうるさい、っていうかウザいっ」


「みやっ。なんでうちのグローブもってっちゃうの!?」
「うちのせいじゃないよっ。そういうのは自己管理でしょっ」
「何でよっ。そもそもみやが貸してとか言うからこうなったんじゃん!」
「うわっ、そんなこと言うわけっ。熊井ちゃん最悪!」


「ママ!? ママ何で怪我してるの!?」
「何でって戦闘員だし。しかも、大した怪我じゃないから」
「やだーーっ。ママ死んじゃやだーーーっ」
「ちょ、梨沙子、泣かないでよ……っていうか死なすな!!!」
 
343 :WAO! :2010/03/23(火) 00:18

……一瞬早く。
B班が駆けつけた。


千奈美がとっさにシールドで桃子を弾き飛ばしてレーザーから守り、
すぐにもう一度全体のシールドを張りなおした。
体を起こした桃子もそれに気づくと、素早く千奈美のシールドを補強する。

雅に届けられたグローブを友理奈は急いで装着し、
素早く散ってしまった雷雲をもう一度呼び集める。
利き腕の利かない茉麻を確認すると、雅はすぐに狙撃を始めた。

痛みに顔をしかめながらも応戦する茉麻。
その様子を見て、全員が身に着けている応急キットを開き、
梨沙子は手早く茉麻の傷の手当てをはじめた。


戦闘員としては、全員が素晴らしい判断力を発揮した瞬間だった。
――その会話を除けば。
 
344 :WAO! :2010/03/23(火) 00:19


地球防衛軍ベリーズ支部。
その実力は地域随一と言われながら、
いまいちイロモノ扱いされる所以はここにあるのかもしれない。

一部始終の報告を受けた佐紀は大きくため息をついた。

 
345 : :2010/03/23(火) 00:19

『 WAO! 』   終わり
 
346 :esk :2010/03/23(火) 00:21
キャプテンはあっちで活躍してるからいいよねw
347 :名無飼育 :2010/03/23(火) 17:56
防衛軍の戦闘中の会話がたまらないw
更新お疲れ様です
348 :名無飼育さん :2010/03/24(水) 09:48
りーちゃんとママの会話www
349 :名無飼育さん :2010/04/06(火) 18:56
途中まで真剣なムードに引き込まれながら読んでいましたが、最後の最後で笑ってしまいましたw
350 :esk :2010/04/08(木) 23:21
読んでくださった方、ありがとうございます。

>>347-349さま
まとめレスで失礼します。
落としどころで笑ってもらえると嬉しいですねw
ありがとうございます!


りしゃみや×やじすず
351 : :2010/04/08(木) 23:22

『 バースデー×バースデー 』
 
352 :バースデー×バースデー :2010/04/08(木) 23:23

「――だからわかってるってば。
 ――今? 別に何も。
 ――うん。って、あれ?」
「みやーっ。おじゃまいみー! ……あ」
「サムっ!! ――あ、違う違う。舞美。
 ――は? だから舞美が来たの。うちの部屋に。んでサムイこと言ってるから。
 ――あー。愛理に聞いて。バカすぎて言いたくない。
 ――んじゃ舞美来たし切るわ。
 ――こっちはいいから。そっちも適当に早く寝なよ。んじゃね」

「あれ? もっとしゃべってても良かったのに。相手梨沙子でしょ?」
「うん。でももうだいぶ長いことしゃべってたから。梨沙子の部屋だって愛理いるし」
「へー。かわいそうだと思ってくれたんだ」
「そりゃあね」
「いやー。ごめんねっ。あたしの愛理がみやの梨沙子独占しちゃって」
「別に。8日は毎年だしいいよ。っていうか、その言い方の方がイヤなんですけど」
「なんで?」
「なんでって……いいけど、なんかイヤ。つーか、舞美、何飲む?」
「あ。いい、いい」
 
353 :バースデー×バースデー :2010/04/08(木) 23:23

「ん?」
「今日は色々持参してきましたー」
「……って、また舞美は飲めもしないのにお酒とか買って来るー」
「だってこういう寂しい日は飲まなきゃと思ってさ」
「別にうちは寂しくないよ」
「またまたー。みやってば無理しちゃって」
「してないしっ」

「そう? あたしは結構寂しいんだけどな。毎年4月8日は寂しい日」
「そういやいつも思ってたんだけど、なんで8日なんだろね。今年なんか平日だし」
「み、みや……? そりゃ梨沙子の4日と愛理の12日の真ん中の日だからだよ?」
「あーっ。ホントだっ。知らなかった!!」
「ちょっとー。もう10年目くらいだよ? 愛理と梨沙子のバースデーパーティー」
「だって毎年この日はうちら入れてくんないじゃん。だから意識薄くって」
「あたしは入れてくれないからこそ意識しちゃうけどね。寂しくてさ」
「ふーん。うちは別に気にしないけど」
 
354 :バースデー×バースデー :2010/04/08(木) 23:24

「んじゃみやが寂しくないんだったら乾杯にしよっか。愛理と梨沙子の誕生日に」
「愛理はまだじゃん」
「いいのっ。乾杯!」
「……って舞美、そんな一気に飲まないで!」
「えー」
「もう大学入ったんだからさー。そういうとこ考えてよ。今日はつぶれないでよ?」
「任せて!」
「っていうか、何本買ってきたの。これ全部飲む気じゃないよね」
「飲むよー。今日はちょっとがんばってみようかと思って」
「思わないでください」

「っていうか梨沙子がもう16かー」
「なに、急に」
「だってあの梨沙子だよ? なんか変な感じ。みやは思わない?」
「思わなくもないけど、それは愛理もじゃん」
「愛理は大人っぽいからさ、16か、うんうん、って感じだけど、梨沙子はねー」
「梨沙子だって大人っぽい……時だってあるよ。……たまーに」
「まあ見た目はねー」
「違うって。中身も。あれでほら、いざとなるとめっちゃ度胸あったりするんだよ」
 
355 :バースデー×バースデー :2010/04/08(木) 23:25

「……あー」
「なに舞美。その目すっごいヤな感じなんだけど」
「んー、いや、ほら。梨沙子から色々聞いちゃった的な?」
「……何を」
「あ、いや。うーん」
「なに。言いなよ。気になるじゃん」
「あー、じゃいっか。16の誕生日に……ってさすがみや!
 やることがかっこいいよねっ、とか思って」
「……っっ! 梨沙子!!」
「まーまーまー。いいじゃん別に。うちらの仲じゃん」
「そ……っ、かも、だけどっ」

「むしろよく今までひっぱったよね、ってあたしは思うけど」
「ひっぱった?」
「梨沙子だってもっと前でもかまわなかったんじゃないの? みやなら」
「そんなの……中学生に手え出すとかやばいじゃん」
「関係ないでしょ。同意なら」
「関係あるって! ……ってまさか、舞美」
「ん?」
「愛理と……」
「ああ。去年の夏に」
「はあっ!? うち聞ーてないんですけど!」
「そだっけ? まあいいじゃん。とにかくオトナになった梨沙子にかんぱーい」
 
356 :バースデー×バースデー :2010/04/08(木) 23:26
 
357 :バースデー×バースデー :2010/04/08(木) 23:29

「う〜……頭痛い」
「だから言ったのにー。ほら、舞美。もう飲むのやめなって」
「ヤダ。まだ飲む」
「もー」
「……愛理たちもう寝たかな」
「1時じゃまだでしょ。あの二人しゃべり出すと止まんないし」
「明日学校大丈夫かな。入学早々遅刻とかしなきゃいいけど」
「やばいんじゃない。梨沙子今日のことすっごい楽しみにしてたし」
「そーなんだよねー。なんかさー、愛理なんかケーキとか焼いちゃってさー」
「あー。梨沙子もクッキー焼くとか言ってたわ」

「そういうのラブラブでさー……ヤダなあ」
「ヤダって舞美。まさかあの二人でなんかあるとか思ってないよね?」
「だってさー、あの二人すぐくっつくし、手つなぐし、内緒話するし……」
「子供のころからの付き合いだからしょうがないんじゃない」
「じゃあ、みやはあたしとあんなことしたい?」
「………。うわー。ないわー。それはない」
 
358 :バースデー×バースデー :2010/04/08(木) 23:29

「ほらー。もしも二人になんかあったらあたし梨沙子でも許さないからねっ」
「いや。だからそれもないって」
「えー。そこはさー、みやも『うちも愛理を許さないから!』って言うんじゃないの」
「愛理なんかすんの」
「するわけないじゃん!」
「だったらいいじゃん」

「みやってノリ……悪い……」
「はいはい……って舞美眠いの? もー。相変わらずいきなりなんだから」
「だってー……」
「ちょっと。自力でベッド入りなって」
「んー。うん……」
「うちのスペースあけといてよ」
 
359 :バースデー×バースデー :2010/04/08(木) 23:34

「うん……あーあ」
「どした」
「……ぎゅーって、したい」
「は?」
「あいり……」
「……」
「みや、は?」
「………」
「りさこ……ぎゅーって……、………」



「……したいよ」

 
360 : :2010/04/08(木) 23:34

『 バースデー×バースデー 』   終わり
 
361 :esk :2010/04/08(木) 23:36
おめでとうな人たち、不在。
362 :esk :2010/04/08(木) 23:40
りしゃ・みや・やじ・すずの四人は幼馴染です。
わかりにくくてすいません……。
363 :名無飼育さん :2010/04/13(火) 17:40
当日は独占できるんだから1日ぐらいいいじゃないか!
と思いながら、お酒のせいかうだうだとネガティブになっていく舞美が可愛いなぁと思いました。
なんだかこの4人が幼なじみっていいですね。
364 :esk :2010/04/13(火) 20:46
読んでくださった方、ありがとうございます。

>>363さま
矢島さんは一日だって我慢できないのですw
やじみやの組み合わせって正直どうなのかなあと思ってたので、
違和感なかったってことなら嬉しいです。


秋の怪談の続きを書こうとしたら
全然違う話が出来てしまったという私にはよくある現象。
設定的にはおそらく繋がってます。多分。

須藤さん他
365 :esk :2010/04/13(火) 20:50
一応。
>>254-282 『秋の怪談』
366 : :2010/04/13(火) 20:51

『 春の怪談(前編) 』
 
367 :春の怪談(前編) :2010/04/13(火) 20:52


ダンッ

ヒュンッ


放課後、学校の剣道場に残るのは、一人の少女。
防具はつけているが面ははずしている。
真剣な表情で竹刀を振る。
ひとつに結んだ長い黒髪がその背でゆれていた。
 
368 :春の怪談(前編) :2010/04/13(火) 20:52

「「まーさー」」


ダダンッ

ビュッ


ふ、と息をつき、強く打ち込んだ竹刀の先をゆっくりと下ろすと、
黒髪の少女、須藤茉麻が振り返る。
道場の入り口からひょっこりと顔を出した派手な人物が
にこにこと手を振っている。

「……みや?」
「ちぃもいるよ〜」
「おお。お二人さん揃ってまだ残って……ああ。今日は補習だっけ」
 
369 :春の怪談(前編) :2010/04/13(火) 20:53

顔も髪型も制服の着方さえ派手でなにかと目立つ雅。
性格は子供っぽいのにスタイルは無駄に良い千奈美。
クラスメイトで親友の二人に笑顔で手を振り返してから、
茉麻はふと窓の外に目をやった。
その空はすでに薄暗くなり始めている。
遅くなった理由に思い当たった茉麻のにやにやと笑う表情に、
二人は揃って頬を膨らませた。

「もー、マジ最悪」
「こんな時間まで残らせるとかありえないよね」
「中間であんな点数取るほうがありえないって」
「言うねえ」

ガチなツッコミにも負けずけらけらと笑う雅と千奈美に、
茉麻は担任の気苦労を思った。
(気にしなさすぎだよ、あんたら…)
ちなみに茉麻の成績は一応上位の範囲に入る。
 
370 :春の怪談(前編) :2010/04/13(火) 20:54

「でさ、気晴らしにちぃとカラオケ行くんだけど、まぁも行かない?」
「うーん。もうちょっと練習したいから今日はやめとく」
「えー。行こうよ行こうよー」

あっさりと断った茉麻に千奈美は拗ねた声を上げる。
しかしそんな千奈美を、雅は小さく小突いて見せた。

「まぁは練習熱心だもんね」
「ちぃ、ごめんね。また誘ってよ」
「もー」
「OKOK。がんばってね」

茉麻のマイペースはいつものこと。
不満げな千奈美を外へと押しやって、雅は茉麻に手を振った。
ぶつぶつと文句を言っていた千奈美も、
にこにこと手を振り合う二人を見ると一転して満面の笑みでぶんぶんと手を振る。

ずけずけとモノを言う千奈美もさばさばした雅も、茉麻の大切な親友だ。
 
371 :春の怪談(前編) :2010/04/13(火) 20:54

 
372 :春の怪談(前編) :2010/04/13(火) 20:55

「ふあ……疲れた」

茉麻がそろそろ帰ろうかと時計を見上げると、
雅と千奈美が現れてからすでに二時間が経っていた。
今日は部活のない日だったから、
授業が終わってから四時間ほど練習していた計算になる。

「おなか減った……」

おなかの辺りを押さえて駅前の牛丼屋の前にたたずむ茉麻。
ちなみに隣はファーストフード店だが、茉麻の視線はそちらには向かない。

「う〜。ダメダメ」

最近苦労して痩せた体だ。
なんとしても維持したいところ。
千奈美の無駄にいいスタイルを思い浮かべて思いとどまろうとするが、
疲れた足はなかなか動きだしてくれない。

「あ、でもほら。今食べて家で晩御飯食べなかったらいいよね。
 おお。それ名案。アリアリ。
 ……いや、絶対家帰っても食べる。無理だ」
 
373 :春の怪談(前編) :2010/04/13(火) 20:55

長い布袋を背負った一目で剣道部とわかる女子高生(しかも結構美人)が
牛丼屋の前でぶつぶつとつぶやいている姿はあまりにも怪しく、
かなりの注目を浴びているのだが茉麻は気づいてもいない。

「……よし。走って帰ろう」

ちなみに茉麻の自宅はこの駅から電車で3駅離れている。
とうとうふらふらと吸い寄せられてしまった茉麻の鼻先数センチで
自動ドアが左右に開いた。

「いらっしゃいませーっ」

バイトの威勢のいい声。
しかし。
茉麻の足は店内に踏み込むことなくくるりときびすを返すと、
逆方向に向かって走り出した。

「……なんだ?」

バイトが小さくつぶやいた言葉は茉麻には当然聞こえない。
 
374 :春の怪談(前編) :2010/04/13(火) 20:56

長い黒髪をなびかせて、茉麻は駅前の繁華街を走り抜ける。
たまに分かれ道ではきょろきょろとしているが、
その目的地は絞られているようだった。

裏道に入った薄暗い公園。
駆け込んだ茉麻は眉をしかめる。

「ここか」

背負っていた布袋を肩から下ろし、しかし紐を解きかけた手をふととめる。
ポケットから取り出した携帯を無造作に開く。
辺りをうかがいながらコールするとすぐに相手につながった。
 
375 :春の怪談(前編) :2010/04/13(火) 20:56

『どないしたん』
「須藤ですっ。○○駅の裏の公園なんですけど。
 なんかいるんで今から向かいますっ」
『向かうって、○○駅? そんな依頼来てへんで』
「依頼って、だってやばいですよっ。人もいるみたいだし」
『あかんあかん。勝手に手出しすんな』
「そんなあ。じゃあ見捨てるんですかっ」
『そうとちゃうって。
 それにどっか他の事務所に依頼入ってる件かもしれんやん。
 仕事の奪い合いは面倒になるから止めてえな』
「でも、――わかりました」

言いかけた言葉を飲み込んで投げ捨てるように返事した茉麻。
わかってもらえないなら勝手に動くまで。
そう切り捨てた茉麻の声音に返る応えはなく、
通話に一瞬の間ができた。
 
376 :春の怪談(前編) :2010/04/13(火) 20:57

『茉麻』

数秒後に続いた声はあからさまな怒りを含んでいて、
茉麻は小さく息を呑んだ。

「……はい?」
『それはあんたのやれる相手なんか?』
「……それは」
『いっつも言ってるやろ。
 うちはデータのない相手に社員を送り込むつもりはない』
「………」
『須藤の家がどうかは知らんけど、
 うちの社員になったからにはうちの方針にしたがってもらう。
 わかったな』
「……ハイ」
『ほんならその件でデータほしいから帰りに事務所寄ってくれるか』
「わかりました……」

切った携帯を手に茉麻は立ち尽くす。
逆の手に収まる布袋をぎゅっと握り締めた。
 
377 :春の怪談(前編) :2010/04/13(火) 21:00

須藤家は代々続く悪霊退治の力を持った家だ。
当然のように茉麻も小さなころから十分な霊力を持っており、
その力は聖なるもので、須藤家の誇りだと教えられてきた。

しかし今の世間では霊力とは商売道具のひとつであり、
莫大な利権を生み出すために利用されていると知ったのは
そう最近のことではない。
聖なる誇りと黒い利権にはさまれて思い悩む娘に、
母は茉麻を一般事務所に所属させることを決めた。

はじめは茉麻も母の意図が読めずに戸惑っていたが、
事務所所長の言動に、少しずつその意味もわかりはじめてきた。

須藤家の歴史の中では生死の境をさまようような怪我を負うことは
珍しいことでもなんでもなく、むしろ名誉とされてきた。
しかし、父や祖父が傷を負うこと、周囲がそれを当然と受け入れることに、
茉麻が感じていた行き場のない恐怖と……憤り。

所長の言葉に、その思いの行き場をもらえた気がした。
 
378 :春の怪談(前編) :2010/04/13(火) 21:02

決して自分たちは全てに勝る絶対の存在ではない。
組織立って情報を共有し身を守ること。
そのためにかかる経費と、それに見合う報酬。
それは誇りなんていう形のない思いよりも、
確かで強いのかもしれない。

「……でも、ねえ」

茉麻の中でまだ応えは出ていない。
揺れる気持ちを振り払うように、解きかけていた布袋の紐を強く結ぶと、
茉麻は公園の出口へと足を向けた。

しかし。


  きゃあああああっ
  いやあっ、何コレっ
  やだやだやだやだやだっ
  ちぃっ、何してんのっ


「――なんでっ!?」

遠く聞こえた声に目を見開くと、茉麻は反射的に走り出していた。
 
379 :春の怪談(前編) :2010/04/13(火) 21:03

出入り口から少し入り込んだあたり。
遠くからも目を引く、ゴージャスな茶髪と短いスカート。
間違いない。
雅だ。

「ちぃっ、ちぃっ、ちぃってばっ!!」
「やだっ。みや、やだっ。行かないでよっ」
「わかったから早くしなってっ」

聞こえてくる甲高い声から、
雅の足元でしゃがみこんでいる人影は千奈美だろうとわかる。
そして二人に覆いかぶさるように渦巻く黒い影。

茉麻は走りながら布袋の紐を解いた。
すらりと取り出したのは、しかし竹刀ではなかった。

青黒い鞘から抜き放たれた白い刃が月光を浴びてギラリと光る。


「みやっ、ちぃっ、伏せて!!」
 
380 :春の怪談(前編) :2010/04/13(火) 21:04

茉麻が手に持った日本刀を一閃すると、
まっぷったつに切り分けられた黒い影は一瞬霧散したように見えた。
しかし少し後退しただけで再びじわじわと形作られてきている。
それを確認すると、
茉麻は小さく舌打ちをして背負っていたリュックに手を突っ込んで
数枚のお札を取り出し影に向かって掲げた。

「破っ」

お札で増幅された茉麻の霊力が、霊破となって影を襲う。
悪霊の体が爆発によって砕ける。
しかしそれも強いダメージは与えられていない。
じわじわと再生する悪霊の様子に、茉麻の額にじわりと汗が浮いた。

(まずい……)

自分の力で勝てる相手ではなさそうだ。
とりあえず二人を連れて逃げるか。
しかし繁華街まで追われたら被害は甚大なものになるだろう。
じゃあとりあえず封印。

(でも封印って苦手なんだよおっ)
 
381 :春の怪談(前編) :2010/04/13(火) 21:05

「ま……まぁ?」

ぶるぶると首を振る茉麻の背後で聞こえたかすれた声。
はっと顔を上げた茉麻は立て続けに霊破を放って悪霊の再生時間をかせぐと、
へたり込んでいる二人に駆け寄ってひざをついた。

「こんなとこで何してんの二人とも!!」
「だ、だって、みやが花火したいって……」
「ちぃだってノリノリだったじゃんっ」
「だって花火したいんだもんっ」
「だーっ。わかったからっ」

こんな事態に陥ってまで息の合った言い合いをはじめる二人に
茉麻は声を荒げる。
そもそもこんな季節に花火とか、
それよりも真っ暗な公園の奥に女子高生二人とか、
ただでさえ二人とも派手なナリをしているんだから
そっちの身の危険も感じてほしい。
茉麻は軽い頭痛を覚えてこめかみを抑える。
 
382 :春の怪談(前編) :2010/04/13(火) 21:06

「ね、ねえ、まぁ……」
「なにっ?」
「それ、じゅうてん法違反?」
「銃刀法っ。しかもちゃんと許可とってますっ」

千奈美が震える指先でさした先にぎらりと光る、
それは須藤家に伝わる霊刀。
本来なら家督を継ぐ兄に渡されるものだが、
一般事務所に所属することが決まったときに茉麻の手に渡った。

「とにかく二人は逃げてっ」
「無理!」
「はあ? 何でっ」
「あ、足が……」

投げ出されている千奈美の足に、茉麻はちらりと視線を落とした。
すらりとのびた長い足。
怪我をしているようには見えないが。
 
383 :春の怪談(前編) :2010/04/13(火) 21:07

「何? 捻挫でもしてんの?」
「ち、ちが……怖くて、動かない……」
「ぅヲイっっ」
「だってええ」

茉麻が二人の下に着いたとき、
雅が千奈美を引きずるようにしていた理由はそれだったのか。
何かと怖がりな千奈美なら仕方ないとも思われるが、
この事態に陥ってはそんなタチは勘弁してほしい。

「きゃっ」

悪霊の放った霊破が、茉麻の頬を掠めて二人の傍の地面をえぐった。
とっさに茉麻は二人を囲むように結界を張り、続く霊破を刀で切り返す。
 
384 :春の怪談(前編) :2010/04/13(火) 21:08

「とにかくこっから出ないで!」
「う、うん。……あっ。まぁ、待って」
「なにっ」
「まぁって……霊能者だったの?」

すぐにでも飛び出そうとした茉麻の腕を雅がつかむ。
雅のそのおびえるような目に、茉麻は唇をかんだ。
誇りと利権。
賞賛か嫌悪か。
雅が霊能力者にどちらの印象を抱いているのか、聞いたことはなかった。
まして茉麻本人がその間で揺れているのだ。
続く雅の言葉にどう返せばいいのか。
親友の視線が痛い。

「……そうだよ」
「じゃあ……うちら、助かるんだよね?」

「――っ。そうだよ!」
 
385 :春の怪談(前編) :2010/04/13(火) 21:10

雅の思わぬ言葉に茉麻は目を見開いた。
雅と千奈美の目がすがるように茉麻を見上げている。
普段はどちらかといえば傍若無人で怖いものなしに見える二人。
茉麻はそんな二人にあきれながら頼もしくも思っていた。
だけど悪霊の前では、逃げることもできない弱い存在なのだ。


助ける。


誇りだとか利権だとか。
自分の持つこの力の意味はそんな自分本位ではなくて――。

「絶対に、守る!」

茉麻は二人をかばうように立ち上がると、
ほぼ原型に戻っていた悪霊にもう一度霊破を放った。

 
386 : :2010/04/13(火) 21:11

『 春の怪談(前編) 』   終わり
 
387 :esk :2010/04/13(火) 21:11
後編へ続く
388 :名無飼育さん :2010/04/17(土) 03:33
わーい!また風呂敷が広がったよぉ

まぁさカッコイイよまぁさ
389 :esk :2010/04/22(木) 02:17
読んでくださった方、ありがとうございます。

>>388さま
どこまでも広がります。ただし無計画にw
実はベリーズでイチオシは須藤さんだったりします。
390 : :2010/04/22(木) 02:18

『 春の怪談(後編) 』
 
391 :春の怪談(後編) :2010/04/22(木) 02:19

「桃っ」
「はいはーい」
「えっ」「誰!?」

茉麻の呼びかけに、子供っぽい声がのんきに応える。
いつのまにか茉麻の隣に現れていた少し古風な制服に身を包んだその少女に、
雅と千奈美は目を丸めた。

須藤家では悪霊退治の修行を始める年齢になると
それぞれに使役霊を持つ慣習になっていた。
使役霊は主に使役者の身を守ることと霊視能力の補助を担っている。
須藤家門外不出の術により使役霊は使役者に絶対の忠誠を誓っているが、
その扱いはやっかいというか……結構、わがままで難しい。
茉麻に割り当てられた使役霊である桃子もその慣例に違いない性格をしていた。
 
392 :春の怪談(後編) :2010/04/22(木) 02:20

「はっ!」

茉麻は桃子を連れて悪霊に向かっていくと次々に切りつける。
霊破よりもこちらのほうが利くようだが、
すぐに再生してしまい、これだけで倒すことはできそうにない。

「桃っ、核を視て!」

こういった再生能力の高い霊体は霊力の源になっている核を叩く必要がある。
しかしそれは人の持つ霊視能力では知ることは難しい。

「んー。あのさー。コイツ強いよ」
「そんなのわかってる!」
「すーちゃんのかなう相手じゃないよ」
「――っ。いいからっ」
「もー。知らないよ。左上のあたり。霊気が濃い。そこだと思う」

目を細めて見るが、茉麻の霊視能力でははっきりとはわからない。
不安は大きい。それでもやるしかない。
 
393 :春の怪談(後編) :2010/04/22(木) 02:20

茉麻はあたりを飛び回り、
悪霊から飛ばされる霊破を刀で切り裂きながら懐に踏み込む。
桃子の守護があるから、
多少の流れ弾くらいなら大きなダメージにはならない。

「はあっ!!」

茉麻は大きく跳躍すると、悪霊の左肩から袈裟懸けに刀を振り下ろす。
着地に失敗してごろりと転がったが、手ごたえはあった。

「やった!」

素早く体を起こして宙を確認する。
しかし。
一瞬消えたように見えた悪霊は、ゆっくりとその形を戻していく。

「って、ダメじゃんっ。桃のうそつきっ」
「だからー。霊力が足りないの。すーちゃんの力じゃ無理なんだって」
「そんなあっ」
 
394 :春の怪談(後編) :2010/04/22(木) 02:21

愕然とする茉麻に擦り寄ると、桃子はその肩にちょこんと手を乗せる。
小柄な桃子の見上げる視線に、茉麻はいぶかしげに桃子を見下ろす。
桃子の甘えるような視線。
その視線を向けるときはろくなことがない。
いやな予感がして眉をしかめる茉麻に、
桃子はこびるような声でこう言った。

「だからあの二人のさー、結界解いたらいいじゃん。
 んでこっちだけに集中したらやれるよ」
「出来るわけないでしょー!! ばかっ」
「なんでよー」

頭ごなしに声を荒げる茉麻に、桃子は心外だとばかりに唇を尖らせる。
使役霊の一番やっかいな性格がコレだ。
使役者以外には全く価値を見出そうとしない。
 
395 :春の怪談(後編) :2010/04/22(木) 02:21

「なんでもっ」
「それですーちゃんがやられるの?
 どうせすーちゃんがやられたら、結界破れてあの子達もやられるんだよ?
 んでそのあと街中大パニック。
 だったらあの子達やられても、すーちゃんが悪霊倒す方がいいじゃん」
「……っ」

桃子の冷徹な理論に茉麻は言葉を詰まらせる。
悪霊を倒すことだけを目的とするのならば、桃子の理論は正しい。
いや、もしかするとそれは須藤家の総論かもしれない。
大きな正義のためなら小さな犠牲は仕方ない、と。

だけど。

(そんなこと出来るわけないっ)
 
396 :春の怪談(後編) :2010/04/22(木) 02:22

『……助かるんだよね?』

雅のすがるような目。
震える千奈美。

『絶対、守る!』

自分の約束。
守る。
何かを守って戦うようなことは今までなかった。
それはとても難しいけど。
とても、力強くて。
 
397 :春の怪談(後編) :2010/04/22(木) 02:23

「……わかった」
「うん?」
「結界を解く。二人は桃が守って」
「は? やだよ。なんで桃が」

茉麻の言葉を桃子は即答で拒否する。
ぷいと顔をそらした桃子の横顔を茉麻はじっと見つめる。

「桃、お願いだから」
「……桃はすーちゃんを守るためにいるんだけどなあ」

茉麻の真摯な声に、桃子は仕方なく茉麻に視線を戻す。

「お願い。……大切なんだよ」
「桃よりも?」
「……桃がまぁを大切に思ってくれるくらい」
「それは凄いね」

不満げだった表情を崩してひゅうっと口笛を吹くと、
桃子の姿が茉麻のそばから煙のように消え去る。
いつのまにかずいぶん離れてしまっていた雅と千奈美の前に再び現れると、
桃子は茉麻に向かって大きく手を振った。
その様子をしっかりと見届けてから茉麻が二人の結界を解くのと同時に、
茉麻は自分の体から桃子の守護が消えたことを感じた。
 
398 :春の怪談(後編) :2010/04/22(木) 02:23

「きゃっ」

突然自分たちの隣に姿を現した桃子に、
雅と千奈美はおびえたように肩をすくめる。
しかしその向こうで一人悪霊に切りかかっている茉麻を見ると、
ぎょっとして桃子に迫った。

「ちょ、何。まぁどうなったの?」
「あんたこんなとこで何してんのっ?」
「はいはい。うるさいよ。
 君たちは何にも出来ないんだから大人しくしてなよね」

どう見ても自分達より年下に見える桃子に軽くあしらわれて、
雅と千奈美はむっと顔をしかめる。
しかしそれ以上言い募らなかったのは、
先ほどの様子でコイツが只者ではないことを悟っていたからだ。
 
399 :春の怪談(後編) :2010/04/22(木) 02:24

「だいたいさあ、あんた何なの。悪霊?」
「ちょっと! こんなかわいい悪霊がいるわけないでしょっ。
 桃はすーちゃんの……メイドさんかな」
「「はあっ??」」
「冥土から来たメイドさん。なんてねーっ」

あまりの微妙さに雅と千奈美は頬を引きつらせて顔を見合わせる。

「えーと」
「あっ、まぁは?」
「そうそうっ。まぁは大丈夫かなっ」

桃子から視線をそらし、茉麻を目で追う二人。
しかし、いつのまにか離れてしまっていて
暗がりの中の茉麻を探すことは難しい。
 
400 :春の怪談(後編) :2010/04/22(木) 02:25

「あ、いた……て、あれ?」
「ちぃ? どしたの」
「なんか……まぁに光あたってる?」
「へ? っていうかどこにいんの」

千奈美の指差す方角に雅は目を凝らすが、
暗がりの中で茉麻の姿を見ることは出来なかった。
その二人の様子を見て、桃子は、ふ、と口元だけで笑う。

「そっちの子は霊力あるんだ」
「えっ。ないよっ。そんなのいらないっ」

桃子ににやにやと顔を覗き込まれ、千奈美は慌てて首を振る。
千奈美はとりあえず怖いものが大嫌いなのだ。
 
401 :春の怪談(後編) :2010/04/22(木) 02:25

「すーちゃんのオーラが見えたんでしょ。
 本気になったときのすーちゃんのオーラはホント綺麗だよ」
「そうなんだ」

少しだけ霊視能力のある千奈美と違い、雅にはそのオーラは見えていない。
力の強い悪霊の姿なら見ることは出来るが、オーラまではわからないのだ。
雅の確認するような視線に桃子は大きくうなずいて見せた。

「まあ、桃の方がかわいいけどね」

うふふ、と声に出して笑う桃子。

あまりまともに相手しない方がいいらしい。
二人は一瞬の会話でそれを悟った。
 
402 :春の怪談(後編) :2010/04/22(木) 02:27

そんな風に桃子と二人が少し通じ合ったころ。

(って届かないじゃん!)

茉麻はかなり焦っていた。

雅と千奈美の結界に費やしていた霊力を攻撃に回せるから、
たしかに一撃ごとのダメージは大きくなっているようだ。
とはいえ桃子の守護がない分全ての霊破を自分で切り返さないといけない。
しかも、悪霊もさっきの茉麻の攻撃を警戒して、
茉麻の間合いに弱点である核をなかなか近づけない。

なんというか……。
少し間の抜けた状態になっていた。

しかし間が抜けているとはいえ、
このままこの戦況が続くようであれば非常にまずいことになる。
消耗戦になると不利なのはあきらかに茉麻の方だからだ。
 
403 :春の怪談(後編) :2010/04/22(木) 02:29

「だあーっ。この卑怯者っ」

一声叫んで茉麻は渾身の跳躍を見せる。
そのまま切りかかろうとするが
空中でモロに悪霊の霊破を受けて地面に叩きつけられた。

「すーちゃん!?」
「だ、だいじょぶっ」

茉麻は体を強く打ち付けて一瞬気が遠くなったが、
桃子の甲高い声にぶるぶると頭を振って立ち上がる。
霊破自体はとっさに刀に受け止めたから直接的なダメージはない。
しかし……。
茉麻は唇をかみ締めた。
桃子の守護がないことを忘れていた。
いや、忘れていたというよりも、
守護がないまま悪霊と戦ったこと経験がないから調子がつかめないのだ。
 
404 :春の怪談(後編) :2010/04/22(木) 02:31

茉麻の様子を見守る桃子の視線は鋭い。
使役霊である自分は使役者である茉麻の身を守るために存在する。
たとえ茉麻の命令であっても、その命に危機が迫るのであれば
こんな二人はほおっておいて駆けつけるつもりである。

そんな桃子の考えが手に取るように感じられるから、
茉麻はさらに焦りを覚える。
早くやってしまわないと、
さらにめんどうになった桃子が二人を始末するようなことだって。

(桃ならやりかねないっ)

追い込まれた思考で茉麻は最悪の事態まで考え及んでしまう。
いくら桃子でもそこまではするはずはないと思っても
一瞬青ざめた茉麻の隙を突いて、悪霊が霊破を打ち込む。

霊破を避けるために横っ飛びに地面を蹴った、
その足がずるりと滑った。
 
405 :春の怪談(後編) :2010/04/22(木) 02:32

「――っ!?」

すぐに体勢を立て直すことは出来たが、
茉麻は自分が足を滑らせたものをにらみつける。

「何今のっ」

そこにあったのは踏みにじられたお札。
おそらくポケットに突っ込んでいた物が
さっき地面に叩きつけられたときにこぼれ落ちたのだろう。
それ蹴り飛ばそうとした茉麻の目がはっと見開かれる。

茉麻は慌ててポケットに手を突っ込むと、
残っていたお札を取り出して悪霊に向かって構えた。

「破っ、破、破あっ……」

いくつもの霊破を連打して悪霊の体を徐々に削り取る。
……核の部分を残して。
すると悪霊も再生しながら茉麻を攻撃するために、体をうつむかせた。
 
406 :春の怪談(後編) :2010/04/22(木) 02:33

「や……ああああっ!!」

その瞬間を見逃さず、
茉麻は全ての霊力を込めて核に刀を切りつけた。

まっぷたつに切り裂かれた影がゆっくりと霧散する。

「はあっ、はあっ……」

しばらくの空白。
茉麻は刀を構えたまま肩で大きく息をする。

(これでダメだったら……やばい)

しかし、影が再生する気配はなかった。

「やった……」

茉麻はがっくりとひざをついた。
ありったけの霊力を叩き込んだので、
もうまともに立っていることも出来なかった。
それでもやった。
その充足感に、茉麻は放心したように大きく息を吐き出した。
 
407 :春の怪談(後編) :2010/04/22(木) 02:34

しかし。

「すーちゃんっ!!」

桃子の切羽詰った声。
はっと振り返った茉麻は呆然と目を見開いた。

(……っ。しまった!)

自分たちの周りいっぱいに漂う雑霊。
強い悪霊が力を発揮する時、その力に惹かれて弱い雑霊が集まる。
それは悪霊退治にかかわる者には基本中の基本の知識だ。


『だから大物ほど短時間で効率よく始末せなあかん。
 大物に当たるときのスタンドプレーは厳禁な』


所長に言われた言葉を思い出す。
他人と共同戦線になることをあまりしない須藤家の伝統のせいか、
茉麻はその言葉を納得はしたものの素直に受け入れる気にはならなかった。
 
408 :春の怪談(後編) :2010/04/22(木) 02:34

「すーちゃ――」
「桃っ。ダメ!!」

茉麻の方に駆け出そうとした桃子を茉麻は手で制する。
雅と千奈美は今桃子の守護を受けているため、
辺りを漂う雑霊から守られている。
でもここで桃子が茉麻のためにその守護を解いてしまえば。
……その結果は明らかだ。

茉麻はひざを突いたままで刀を振るった。
国内でも有数といわれる霊刀である。
振るう茉麻の霊力がなくてもいくらかの雑霊を切り裂くことは出来た。
しかし少しでも力のあるものにはあきらかにダメージを与えられていない。


自分はバカだ。
目の前の悪霊を退治することに必死で。
基本の知識を忘れていた。

(もうダメ……なのかな)
 
409 :春の怪談(後編) :2010/04/22(木) 02:35

『ま、あたしらは仲間やから。
 あかんと思ったときは助けを呼べばいいって意味や』


意地を張ろうとする茉麻に所長は優しく笑みを浮かべてくれた。


だけど所長。
もう、間に合わないときはどうしたら。


ごめん。
みや、ちぃ。

助けられなかった。

ごめん。


迫りくる悪霊。

茉麻の視界が暗くなった。

 
410 :春の怪談(後編) :2010/04/22(木) 02:36


「破!!」


その闇を破るように突然背後から聞こえてきた声に、
茉麻ははっと振り返る。
立て続けに起こる爆発に、雑霊が次々消し去られていく。

「って多過ぎね〜か、コレ」

聞き覚えのある間延びした声。
闇を払われた茉麻の視界に、
雅よりもさらに明るい髪色をした女性が立っていてた。
かぶっていたキャップのふちに手をやると、唇の端だけで茉麻に笑いかける。

「あーも、めんどくせえな。茉麻、伏せろっ」

女性は一声叫び新しいお札を取り出すと、
ぱんっと両手のひらの間に挟んで胸の前に構えた。
その構えに茉麻はぎょっとして慌てて体を伏せる。
 
411 :春の怪談(後編) :2010/04/22(木) 02:37

「炎!!」

次の瞬間。
女性の鋭い声に、辺り一面が火の海に包まれる。
ごうごうと燃え上がる炎に、雑霊たちはひとつ残らず飲み込まれていく。
相変わらず……豪快な。
体を伏せたままその光景をぼんやりと眺めていた茉麻の傍らに
いつの間にか女性がひざをついていた。
呆然としていた茉麻の顔をを覗き込む。

「茉麻、だいじょぶ?」
「……吉澤さん」

大きな目がにいっと笑みを浮かべた。
事務所の先輩、吉澤ひとみ。
所長直伝の炎の札を使いこなすことが出来る、唯一の所員だ。
 
412 :春の怪談(後編) :2010/04/22(木) 02:39

「大丈夫、です。あ、っていうか、ありがとうございました!」

ぼんやりと答えた茉麻は、はっと姿勢を正す。
馴れ合っても礼儀を忘れないのは事務所所長の教えである。

「構わん構わん。つーか、やっべえよもう。無茶すんなあ。
 マジ間に合わないかと思ったじゃん」
「すいません……」
「いいけどさ。でもスタンドプレーは厳禁、だろ?」
「あたし、ダメですね……」
「茉麻はダメじゃないけど、無茶はダメってことだよ。
 でもがんばったじゃん。
 こんなに雑霊集まるってことは相当大物だったんじゃないの?」

茉麻は泣きそうになりながら小さくうなずいた。
実際、よくやれたと思う。
二人を守りたいって、自分がやらなきゃ、ってただただ必死で。
だけど、それだけじゃダメだ。
守りたいものがあるからこそ、冷静にならなきゃいけなかった。
助けを求めなきゃいけなかった。
 
413 :春の怪談(後編) :2010/04/22(木) 02:39

うつむく茉麻に、
ひとみはにこにこと笑みを浮かべたままで茉麻の髪をぐしゃぐしゃと撫でた。
しかし、次の瞬間、真顔に戻って声を低めた。

「あ、でも。これだけは言っとく」
「はい」

とっさに顔を上げた茉麻に顔を寄せて、ひとみはささやくように言った。

「所長、すっげー怒ってる」

それは……ヤバイ。
頬をひきつらせる茉麻に、ひとみは、にひひと笑って見せる。

「おっと。んじゃあたしはこれでー」

桃子に連れられるように雅と千奈美がこちらに向かってくるのを見ると、
吉澤はキャップを深くかぶりなおし早足に去っていった。

(そっか。一般人に知られてはいけないって方針も破っちゃったんだ)

茉麻は真面目に明日の自分に生命を按じた。

 
414 :春の怪談(後編) :2010/04/22(木) 02:40

 
415 :春の怪談(後編) :2010/04/22(木) 02:41


ダダンッ

ビュッ

ヒュンッ


そして今日も。

放課後、学校の剣道場に残るのは、一人の少女。
防具はつけているが面ははずしている。
真剣な表情で竹刀を振る。
ひとつに結んだ長い黒髪がその背でゆれていた。

「はー……かっこいいわー」
「惚れるよねえ……」

道場の隅から聞こえてきた声に、茉麻はかくりと肩を落とした。
振り返ると、案の定そこに顔を出しているのは雅と千奈美の二人。
それと。
 
416 :春の怪談(後編) :2010/04/22(木) 02:42

「すーちゃんがかっこいいのは当然だよ!」
「――ってなんで桃が出てきてんのよっ」
「だって〜。桃もみやと千奈美とおしゃべりしたんだもん〜」

甘えたような声でそう言う桃子に、茉麻は大きくため息をついた。

なんだかよくわからないが、かなり珍しいことに、
桃子は雅と千奈美と仲良くなっていた。
……あれだけあっさりと二人を見捨てようとしたくせに。
茉麻は桃子の本性を二人にバラしてやりたい気もしたが、
意気投合した理由が自分を誉めることなのだから
このままにしておいてもいいかなと思う。

それに。

(桃が楽しそうだしね)

桃子とは長い付き合いだが、
自分以外といるときにあれほど楽しそうに笑う姿を見るのは初めてだった。
 
417 :春の怪談(後編) :2010/04/22(木) 02:43

「で? またカラオケ?」
「うん」

「からおけ?」
「桃は連れてかないよ」
「えーっ。みやひどいっ」
「ひどいって、桃なんのことかもわかってないじゃん」
「やだーっ。桃もからあげーっ」
「カラオケだし」

きゃんきゃんと言い合う雅と桃子をよそに、
千奈美が伺うような表情でに茉麻の方に視線で問う。

「カラオケかあ」
「うん。でもまぁは練習……だよね」

千奈美が残念そうに、でもキラキラした目でそう言うと、
桃子と言い合っていた雅もひょいっと茉麻の方を伺う。

「んー……。いや。今日はもういいや」
「え。いいの?」
「うん。昨日がんばったし。一の実戦は百の鍛錬に勝るってね」
 
418 :春の怪談(後編) :2010/04/22(木) 02:47

嬉しそうに、でも遠慮がちに目を輝かせる二人に、
茉麻は、にっと笑って見せた。

実際、昨日の実戦は茉麻にとって大きな収穫となった。
あれだけの相手に一人で向かっていったという技術面としての経験値もだが、
何よりも、気持ちの変化が大きかった。
自分の力は誇りでも利権でもなく、誰かを守るためにある。
そのために自分がすべきことをしっかりと考えて貫けばいい。
その思いが茉麻の中にあった迷いに道を示してくれるような気がする。

昨日の帰りも今朝学校であってからも二人からは何度も何度もお礼を言われたが、
逆に茉麻から二人には感謝したいくらいだった。

だからその思いも込めて笑いかけたのだが、
二人の顔はなんだかぽかんとしていた。

「ん?」

「たんれん……」
「って、ナニ?」



「……カラオケよりも勉強会しようか」

 
419 : :2010/04/22(木) 02:48

『 春の怪談(後編) 』   終わり
 
420 :esk :2010/04/27(火) 19:56
読んでくださった方がいたとしたら、ありがとうございます。

りしゃみや、なんだけど……疑男化注意ですw
ガンバレ菅谷少年。
421 : :2010/04/27(火) 19:56

『 きみのともだち 』
 
422 :きみのともだち :2010/04/27(火) 19:57


「ちっさー!」

昼休み。
廊下側の席でまったりとしていた俺たちの耳の側で妙に甲高い声が響いた。
ぎょっとして振り返ると、
廊下側の窓枠に腕をついてにこにこと教室の中を覗き込んでいる一人の女子生徒。
うちのクラスの子じゃなさそう。

「うえっ、桃ちゃん!?」

さっきから俺の正面でバカ話をしてバカ笑いをしていた岡井が、
がたん、と音を立てて慌てて立ち上がる。
そういえばさっきこの女子生徒は『ちっさー』と言った。
それはこの岡井千聖のことなのだろう。
高校に入って一番初めに出来た友達。
高1男子というよりは中1男子といった風貌のいかにも少年じみたヤツ。
騒がしいけど嫌味がなくて面白い岡井とはよく話が合って、
まだ数週間しかたっていないけど、
俺の高校生活の滑り出しはなかなかいい感じだと思っていた。
 
423 :きみのともだち :2010/04/27(火) 19:58

それにしても。
『桃ちゃん』か。……カノジョかな?
少年・岡井に彼女がいるなんてちょと意外。
俺は中学が男子校だったせいか、
いかにもオンナノコな声と仕草が慣れなくてちょっと苦手だと思ったけど、
白い肌とにこにこと愛想のいい笑顔はまあいいんじゃないだろうか。
ミニミニの岡井よりも背が低いみたいだし結構お似合いなんじゃないの。

「っていうか、何。どしたの」
「千聖が入学早々友達も出来なくてべそべそしてるんじゃないかって思って
 見に来てあげたんですー」
「いや、すっごいいらないんですけど、そういうの」
「なんですと?」
「いてててっ。って菅谷、助けろー」

けっ、と悪態をついた岡井の耳を引っ張る『桃ちゃん』。
その二人のやりとりをぼんやりと眺めていたら、いきなり岡井が俺に助けを求める。

「へ? あ、い、いや……」
「ん?」
 
424 :きみのともだち :2010/04/27(火) 19:59

いきなりな展開にしどろもどろになっている俺の存在にやっと気づいたのか、
きょとん、とした目で『桃ちゃん』が俺を見つめる。
うわ。つーか、すっごいじーって顔見る子だね。
なんか落ち着かないんですけど。

「……オンナノコ?」
「いや、制服見たらわかるじゃんっ」

すかさず入った岡井の突っ込みに、『桃ちゃん』は俺に「ごめんごめん」と謝ってから、
岡井に向かって「座ってるからわかんないよ」と唇を尖らせた。

まあこんなナリですから。
慣れてるけどね。
子供のころの写真とかめっちゃドレス着せられてるしね。
でもなんとなく居心地が悪くなって、俺は二人から視線をはずした。

「えっと、菅谷君、だっけ?」
「はい」
「あ、桃は嗣永桃子ね。菅谷君って、もしかしてハーフ?」
「違います」
「あ、ごめん。髪、天然?」
 
425 :きみのともだち :2010/04/27(火) 19:59

ああ。
嗣永さんの小さな手が指差した髪を、自分でついとひっぱる。
(っていうか嗣永さん小指立ってる……)

「色は入れてるけど、天パです」
「へえ。かっこいいね」

ずけずけと物を言う感じがなんか落ち着かない。
嫌味がないと言う点では岡井に似てていいんだけどさ。

(……あれ?)

なんて思いながら視線をさまよわせていると、ふと、嗣永さんの胸元に目が留まった。
結構大きい。じゃなくて。
ブレザーの胸元に縫い付けられている校章の学年色が、
彼女が三年生であることをあらわしていた。
三年?
一年にしても子供っぽい顔だなと思ってたのに、年上!?
うわー、岡井に年上彼女か。
年上彼女ってなんかエロい。
まあこの二人でそんなの想像もつかないけどさ。
ってか想像するなよ、俺。
 
426 :きみのともだち :2010/04/27(火) 20:00

「岡井、そっち行けば」

なんかイロイロ消耗しそうになって慌てて廊下の方を指差すと、
岡井は「なんで?」と不思議そうに首をかしげた。

「や、だって……彼女なんじゃないの?」
「げえっ。菅谷っ。それだけはカンベンっ」
「桃だって千聖なんか願い下げっ」

小さく付け足した俺の言葉に、両側から鋭いツッコミが入る。
あれ? 違ったの?

「家が近所だから小さいころからよく遊んでただけだって」
「幼馴染?」
「まあそんなもんかな」
「だよね」

憮然とする岡井の横顔をくすくすと笑いながら眺める嗣永先輩。
結構いい感じに見えるんだけどな。
ホントに違うのかな。
そのとき、納得がいかずに首をかしげた俺の視界に、長い茶髪が入り込んだ。
 
427 :きみのともだち :2010/04/27(火) 20:00

「ちょっと、桃っ」
「みや」
「もー、いきなりどっか行かないでよ」
「ごめんごめん。千聖の教室近いなーと思ってさ」

いきなり現れたド派手なギャル系美人に俺と岡井は揃ってぎょっとする。
嗣永先輩がのばした手を自然に握るからお友達サンなのだろうとはわかるけど、
この人はこの人で高校三年生に見えない……。
嗣永先輩がつないだ手をぐっと引っ張るとその人も窓に近づいてきて、
遅れてふわっといい匂いがして、なんか俺は、急にすごく、……どきどきした。
香水って、なんか、慣れてない。

「千聖?」

嗣永先輩の言葉に、俺たちの存在にやっと気づいたのか、
嗣永先輩の方を向いたままでちらりと視線だけで岡井の方を見るお友達サン。

「幼馴染の子なんだ」
「へえ」
「あ、岡井っす」
 
428 :きみのともだち :2010/04/27(火) 20:00

ぺこりと小さく頭を下げる岡井の隣で俺はぼんやりとその横顔を眺めていた。
すると、ふいにその視線だけが俺の方に流れる。
一瞬目が合って、俺は慌てて立ち上がった。
それほど背が高くない俺だけど、お友達サンの視線が俺を追って少し上目遣いになった。

「俺はっ。あの、岡井の友達で、菅谷、ですっ」
「ふーん」

いかにも興味なさそうな平坦な声とホントに興味なさそうな無表情。
一瞬合った視線さえもすぐに嗣永先輩に戻った。
なのに、俺、すっごいどきどきして。
なんかまともに立ってらんないくらいどきどきした。
っていうかなんか気ぃ悪くするようなこと言ったのかな、俺……。

「あ、みやってこう見えて人見知りだから。気にしないでね」
「別にそんなんじゃない」

思わずうつむいた俺に気づいたのか、嗣永先輩が夏焼先輩を小突く。
夏焼先輩はうつむき加減のまま、不機嫌そうに顔を逸らした。
 
429 :きみのともだち :2010/04/27(火) 20:01

「みやの名前は夏焼雅ね。源氏名みたいだけどこれでも本名だから」
「だから、余計なこと……っ」

矢継ぎ早に言う嗣永先輩に、今度は拗ねた見たいな声。
そんな一つ一つに、俺は必要以上に反応してしまって。
年上の人に言うのもなんだけど。
……かわいい。かもしれない。
すごく。

「桃。次、化学室」
「あ、そっか。じゃあね、千聖、菅谷君。またね」

居心地悪そうに夏焼先輩がそうつぶやいて、
嗣永先輩はばいばーいと小さな手を振って窓から離れていった。


二人の背中をただぼんやりと見送る俺の隣で、
岡井は「俺ら次なんだっけ」と机をがさがさとあさっていた。
 
430 :きみのともだち :2010/04/27(火) 20:01

 
431 :きみのともだち :2010/04/27(火) 20:01

あれから数日が経って、嗣永先輩とは一度だけ話したけど夏焼先輩に会うことはなかった。

会いたいな……と、思う。
今度はもう少し声が聞きたいと、思う。
少しだけでも話ができたらいいのにと思う。

廊下から中庭をぼんやりと眺めながらそんなことばかり考えている俺の隣で、
岡井はさっきから携帯を触っている。
メールかな。
ちらりと視線を向けると、それに気づいたのか岡井が視線だけを持ち上げた。

「菅谷ってさ、カノジョいんの?」
「い、いないしっ」
「へえ。なんで」
「なんでって……別に」
「ふーん」

なんだよ急に。
そう言おうとしたけど岡井の視線はすでに携帯に戻ってたし、
なんとんなくこの話題を続ける勇気もなくて俺は口をつぐんだ。
 
432 :きみのともだち :2010/04/27(火) 20:02

「……あ」
「んぁ?」
「い、いや。なんでもない」

ため息混じりに中庭に戻した俺の視線の中。
移動教室なのだろう。教科書だの何だのを抱えた女子数人が
中庭の通路を横切ろうとしてた。

その集団の後ろの方で、夏焼先輩が前を歩く背中をどかっと叩く。
振り返ったのは嗣永先輩で、夏焼先輩をぽかぽかと叩くフリをしている。
逃げ回る夏焼先輩がすごく楽しそうに笑う。(っていうかこないだと全然違うじゃんか)
高い笑い声がここまで聞こえてきそうで、胸が高鳴った。

とたんにあの香りがリアルによみがえって、体がかっと熱くなった。

「あれ、桃ちゃんと夏焼先輩じゃん」
「……っ」
 
433 :きみのともだち :2010/04/27(火) 20:02

『夏焼先輩』

俺の隣に体を乗り出してきた岡井の口にした名前にさえ動揺して、
俺はとっさに窓枠につっぷした。

っていうか俺、これ決定的だよね。
俺だって高校はせっかく共学なんだし彼女ほしいなとか思ってたけど、
なにもこんな高嶺の花じゃなくてもいいじゃんか。
夏焼先輩って絶対競争率高いよ。
つーか絶対彼氏いるし。
絶対無理だよ。俺のバカ。

「ああ……」
「どしたん?」

頭の上から降ってくる岡井のいぶかしげな声に、俺はもうひとつ大きなため息をついた。

 
434 :きみのともだち :2010/04/27(火) 20:03


放課後、さあ帰ろうとかばんをつかんだ俺の腕を岡井ががしっとつかむ。

「菅谷ー。カラオケ行こうぜー」
「……いきなりだね」
「デート以外の言い訳は認めません」
「はいはい」

デートの予定なんかあるわけないじゃんか。
少し自虐的になったけど、自分の気持ちを認めて以来なんか落ち着かなかったから
カラオケでも行って騒ぐのもいいかもしれない。


……そう思って素直に岡井についてきたんだけど。

「……岡井」
「ままま、とにかく座って座ってっ」

これは、まずい。
すごくまずい。
 
435 :きみのともだち :2010/04/27(火) 20:03

着いた先にいたのは、なぜか嗣永先輩と。
……夏焼先輩。
にこにこと手を振る嗣永先輩は俺らが来ることを知ってたみたいだけど、
俺と同じように顔をしかめる夏焼先輩は知らなかったみたいだ。

「ちょっと、桃っ。聞いてないんだけど」
「まあいいじゃんいいじゃん」
「よくないよっ」

ぐいぐいと嗣永先輩の袖を引っ張りながら低い声で問い詰める夏焼先輩の視線が、
ちらちらと俺に向けられる。
俺、嫌がられてる……。
そうだよな。
岡井は嗣永先輩の身内みたいなもんだし、親しみやすいし。
でも俺ってば面白いこともいえないし、結構暗いし。
 
436 :きみのともだち :2010/04/27(火) 20:03

「みや」
「え……あ、と」

ずっしりと沈んだ俺に気づいたのか、嗣永先輩が夏焼先輩の腕を引っ張る。
それで俺の様子を悟った夏焼先輩はまだ少しむっとしながらも、
「いいけどさ」とはき捨てるように言ってソファにもたれかかる。
その不機嫌そうな仕草に俺の気持ちはさらに沈んだ。
そんな俺たちを少し心配そうに見ながら、嗣永先輩がぽんと手をたたいた。

「よーし、じゃあ歌おーっ」
「おーっ!」

こぶしを振り上げた嗣永先輩に続いて岡井が嬉しそうに腕を上げた。


気ぃまで遣わして、俺って最悪。
ああ、俺。終わった……。
 
437 :きみのともだち :2010/04/27(火) 20:04

と。
ものすごく微妙な空気で始まったカラオケだったが、
岡井と嗣永先輩の絶妙のコンビネーションで少しずつ空気もほぐれてきて、
「絶対歌わない」と言っていた夏焼先輩も最後の方は少しだけ歌ってくれた。

つーか。
夏焼先輩、歌、うまっ。
声もかわいいし。ヤバイ。

そして嗣永先輩も上手いんだよ、これが。
しかも盛り上げ上手だし何気になんでも知ってて話し上手だし、
はじめはキャピッた感じが疲れると思ったけど結構いい人なのかもしれない。


「ねね。菅谷君なに歌う?」
「え。あ、えーと」
「あっ、これ歌ってよ」
「でもあんまり……知らなくて」
「じゃあ桃一緒に歌ってあげるよ」
「ええっ?」
「なにさー。やなの?」
「じゃない、ですけど……男の曲だし……」
「大丈夫大丈夫」
 
438 :きみのともだち :2010/04/27(火) 20:04

……こういうのがなければ。
妙に距離も近くて、これってさあ、そういうことなのかなあ。
でもそれって、すごく困るんだよ。
俺はさ。だって俺は……。

いや、俺だってこれでもがんばってるんだよ。
夏焼先輩もだんだんと目も合わせてくれるようになって、
でもそれでもめっちゃ勇気出して話しかけてもさ、
なんでか夏焼先輩は「桃はどうなの?」ってすぐに嗣永先輩にふるし。
嗣永先輩も張り切って答えてくれるから結局夏焼先輩の話は聞けなかったりして。

いや、嗣永先輩が悪いんじゃないんだよ。
それはわかってるんだよ。
っていうかこの二人仲良さすぎっ。
うちのクラスの女子もそうだけどさ、
女の子ってなんで友達同士でこんなべたべたすんの?
見てるだけでどぎまぎするし、話しかける隙を探すのも一苦労なんですけど。


こんなときって、どうすればいいの。
誰か教えてくれーっ。
 
439 :きみのともだち :2010/04/27(火) 20:04


「じゃあねー。また一緒に遊ぼうねっ」

帰り道、俺一人方向が違ったみたいで、三人と一人に別れて向かい合う。
ぶんぶんと手を振る嗣永先輩の逆の手はやっぱり夏焼先輩としっかりつながれていた。
でも夏焼先輩もにこにこと俺に手を振ってくれた。
この二時間でやっとそこまで詰めたけど。

ものすごい疲れた……。
 
440 :きみのともだち :2010/04/27(火) 20:05

 
441 :きみのともだち :2010/04/27(火) 20:05

「菅谷ー。昨日の……怒ってる?」
「いや、別に」

朝一の教室でぐったりしていた俺に、珍しくためらいがちに岡井が声を掛けてきた。
怒ってはいない。
そりゃはじめはびっくりしたけど。
夏焼先輩の歌聞けたし。
会話らしい会話はなかったけど、嗣永先輩と楽しそうにしてる様子は見れたし。

「あのさー。菅谷って、桃ちゃん苦手?」
「へ? いや、そんなことはないけど」

いい人だなーとは思うし。
強引なんだけど意外とイロイロ気づいてくれるし。
たぶん普通にしてたら一緒にいて楽しい感じの人なんだと思うんだけど。
だけど……そうじゃないから。
困って。
なんか色々消耗するんだよ。
 
442 :きみのともだち :2010/04/27(火) 20:05

「ふーん。それより夏焼先輩の方が気になる感じ?」
「え? ……うえええっ!? な、なんでっ」
「いやいやいや。結構わかりやすかったよ、キミ」
「そ、そうなんだ」

ま、まあ結構話しかけようと必死だったしね。
っていうかそれって夏焼先輩にも気づかれたって事!?

「ごめん、うそ。桃ちゃんが言ってただけ」
「へ?」
「んー。やっぱさ、そういうの気づくんじゃない? 気にしてる相手だと」

岡井がぶっきらぼうに付け足すみたいに言った言葉の声色に、俺ははっと顔を上げた。
目が合った岡井は今までに見たことがないような微妙な表情をしていた。
怒っているような悲しそうな、一言ではいえないような。
こいつでもそんな顔するんだってびっくりして、すごく罪悪感を感じた。
 
443 :きみのともだち :2010/04/27(火) 20:06

「岡井。俺さ……」
「あー、気にしない気にしない。桃ちゃん昨日の時点であきらめてたみたいだし。
 それに結構うたれ強いから。大丈夫だって」

自分の顔を隠すように、岡井はひらりと顔の前で手をふった。
その手が下ろされると、岡井はいつもの緩んだ笑顔だった。
だけど、だからこそ、俺の胸は痛んだ。
こいつはいつもこうやって、嗣永先輩の前で笑って見せるんだろう。
きっと、昨日もそうやって。

「桃ちゃんから伝言ね」
「な、何」
「『みやはチョー鈍感だから気づかれるの待つのは時間の無駄だよ』だってさ」
「う……」
「あと、『現在フリー』」
「ううう……」
「で……『がんばってね』」
「………」
 
444 :きみのともだち :2010/04/27(火) 20:06

嗣永先輩も、岡井も、なんでそんなに強くて優しくなれるんだろう。
俺なんか自分のことしか考えらんなくて、
それどころか自分のことさえもうまく出来ないのに。

そんなんじゃ俺、男じゃないよな。
自分のことだけでも、ちゃんとしなきゃ。

「わかった。俺、がんばってみるわ」
「……うん」
「だから嗣永先輩は……岡井ががんばれ」
「がっ、がんばれって何だよ。俺は別に関係ないしっ」

もごもごと言う岡井の日に焼けた浅黒い顔が赤く染まる。
そういう顔を、嗣永先輩の前ですればいいのに。
あれだけ気のつく人だから、そしたらすぐに気づいてもらえるだろう。
 
445 :きみのともだち :2010/04/27(火) 20:06


「夏焼先輩!」


「……ああ。菅谷君」

帰りの昇降口、突然見かけた後姿に俺は考える前にその名前を呼んでいた。
びっくりしたみたいに振り返った夏焼先輩は、一瞬不審げな顔つきだったけど、
俺のことがわかったのか、ゆっくりとはにかんだような笑みに変わった。
その表情に、俺はいきなり言葉を失う。

「あ、……あの」

どうしよう、どうしよう、どうしよう。
うわ、やっぱりダメ。俺ってダメだよ。
俺のなけなしの勇気はさっきの一言で使い果たされたらしくって頭の中は真っ白。
何も言えなくなった俺に、夏焼先輩は一瞬視線を泳がせて、困ったみたいに首をかしげた。
それからなぜか一歩俺に近づいて。

「どうした、菅谷っ」

年下でヘタレた俺をフォローしようとしてくれたんだろう、
夏焼先輩の無理にテンションを上げた笑い声。
でも。なのに。すっごく恥ずかしそうで。
そういうの、すごいかわいい。めっちゃかわいい。倒れそうになるくらいかわいい。
 
446 :きみのともだち :2010/04/27(火) 20:07

すごく。


好きだ。


と、思った。


なのに動けない。何も言えない。
場を繕うような言葉さえ思いつかない。
こんなとき嗣永先輩だったら、上手く話をつなげるのに。
嗣永先輩みたいに、大胆に話しかけれる勇気がほしい。
岡井みたいに笑える優しさがほしい。

「菅谷ー、起きてるかー?」

固まってしまった俺の目の前で手を振って、夏焼先輩はまた少し笑った。
そのとたんふわりと香った匂いに、鼓動が上ずる。
全身を駆け上がる衝動を振り払うように、俺はぶるぶると首を振った。
俺の意味不明な行動に、夏焼先輩はきょとんとして俺を見つめる。
 
447 :きみのともだち :2010/04/27(火) 20:07

「て、ます」

なんとか搾り出すようにそれだけを言った俺に、夏焼先輩はほっとしたようにうなずいた。

「良かった。んじゃうちもう行くね」

夏焼先輩がひらひらと手を振る。
これ以上会話を続けるつもりはないらしい。
俺の方を向いていた体は、もう半分以上向きを変えていた。


――行ってしまう。


別に夏焼先輩は家に帰るだけで、上手くすれば明日にでもまた会える。
冷静になればわかるようなことが今の俺にはわからなくて、
今を逃せば一生会えなくなるような気がして。

嗣永先輩と岡井の顔が思い浮かんで。

底をついていた俺の勇気が一瞬にしてフルゲージに満たされた。
 
448 :きみのともだち :2010/04/27(火) 20:08


「待って下さいっ」


振り返った夏焼先輩の髪が揺れて。


俺は、その髪に触れたいと思った。




「夏焼先輩、俺――」


 
449 : :2010/04/27(火) 20:09

『 きみのともだち 』   終わり
 
450 :名無飼育さん :2010/04/30(金) 00:30
菅谷少年、かわいい(w
451 :名無飼育さん :2010/04/30(金) 21:19
この二人が少年って新鮮です

あと、夏の怪談もお待ちしてまつッ><
452 :esk :2010/05/07(金) 23:41
読んでくださった方、ありがとうございます。

>>450さま
ヘタレでかわいい少年をイメージしましたw

>>451さま
夏の怪談……書きたいネタはあるんですけどねー。
うまくまとまる自信がないですww

あと言い忘れていましたが、
上の話は同タイトルのベリーズのアルバム曲を元に書いています。


くまぁずってみました
453 : :2010/05/07(金) 23:42

『 しろくまくん 』
 
454 :しろくまくん :2010/05/07(金) 23:43

かちゃ

「……あれ?」

空き時間、ふらりとコンビニに行った茉麻が帰ってきたら
楽屋には誰もいなくなっていた。
出かけたときには自分以外の6人がそろっていたのに。

集合時間が過ぎていただろうか。
ひやりとして時計を見上げるがそういうわけでもない。
何か急ぎの集合がかかった?
それなら携帯に連絡くらいくれるだろう。
念のため携帯を取り出すがメールも着信もない。

ぱちんと携帯を閉じてテーブルを眺める。
お菓子だの雑誌だのアンケートだのポラロイドだのと無造作に散らかっている様子からは、
『すぐ戻るからいいよね』という意図が窺えた。
自分を置いてけぼりで何か話がまとまってどこかに行ったというところだろう。
少しむなしいがそれならほおっておけばいいことだ。
買ってきたペットボトルのキャップをひねりながらソファに回り込む。
 
455 :しろくまくん :2010/05/07(金) 23:45

「うわっ!?」

そのまま腰掛けようとした茉麻はびくりと飛び上がった。

どきどきとうるさい心臓を押さえて二度見すると、
ソファに沈む物体はどうやら友理奈で間違いないらしい。
肘掛にくったりと頭をもたれかけた上に
長い手足を持てあまらせぎみに体に巻きつけているから、
その姿はまるで適当に積み上げられたバラバラ死体のよう……。
頭に思い浮かんだ不吉な言葉を振り払うように慌てて頭を振ると、
茉麻の長い髪が頬を掠めたのか友理奈が小さく身じろぎした。

「……ん」
「あ、と」

起こしちゃったかな?
茉麻は少し冷静になって友理奈の顔をそっと覗き込んだ。
数秒後、友理奈から規則正しい寝息が聞こえてきてほっと息をつく。

なんとなく目が離せなくなって、そのまま至近距離で友理奈の顔をじっと見つめる。
あいかわらずの大人びた顔立ちだけど、寝顔はいつもより少し幼い。
ふふ、と茉麻の口元から笑みを含んだ吐息が漏れた。
次の瞬間。
 
456 :しろくまくん :2010/05/07(金) 23:46

「ひゃ」

にゅっと伸びてきた腕が自分の体を絡めとる。
そのまま強く抱き寄せられて茉麻は友理奈に崩れこんだ。

「ちょ、熊井ちゃ……」

体重をかけないように腕をついて、でもそれ以上の力で抱き寄せられる。

「ぃ……におい……」

「へ?」
「まーさ……」
「熊井ちゃん?」

茉麻の問いかけに返事はなく、首筋にうずめられた鼻先が、くんと音を立てる。
そのまま擦り寄るように顔をこすり付けられる。

これは……。
 
457 :しろくまくん :2010/05/07(金) 23:49

寝ぼけている。

実際茉麻としては友理奈のこういう仕草はよく見かけていた。
……一緒に起きた朝とか、まあ、あの、そういうときに。
茉麻は甘えられるのは嫌いじゃない。
ベリーズの母という呼び名は伊達ではないのだ。
でも友理奈は子供っぽいところもあるけれど性格的にはしっかりしていてクールな方で、
甘えるということはあまりしない。
友理奈自身が背が高く中性的な自分の見た目を意識しているところもあるのだろう、
茉麻の方がひとつ年上ではあるけれど、
なんとなく二人でいるときに甘えるのは茉麻の役割になっていた。

だからこういうとき、すごく嬉しくて、結構……どきどきしたりする。

茉麻の腕が自然と友理奈に伸びる。
細い腰にゆったりと腕をまわした。

「ゆり――」

そのとき。
 
458 :しろくまくん :2010/05/07(金) 23:50

「だから絶対違うとこだって言ったじゃん!」
「一番最初にあのコンビニだって言ったのちぃでしょ」
「違うもんっ。みやだもんっ」
「はー? 違うし。ねえキャプテン、ちぃだよね?」
「あたし知らない」
「えーっっ。みやだよっ」
「ちぃ。絶対ちぃ」
「あーもー、みやもちぃもうるさい」
「どっちでもいいじゃん。アイスは買ったんだし」
「結局すーちゃんどこ行ったんだろね」


静寂をぶち破るいきなりの喧騒に、茉麻の動きがぴたりと止まる。

「っていうか熊井ちゃんまだ寝て――」

そしてソファの前にくるりと回りこんできた千奈美と目が合った。

「……」
「………」
「……」

さらにその後ろにぞろぞろとついてきたメンバーが一人ずつ立ち止まる。
茉麻の顔から血の気が引いた。
 
459 :しろくまくん :2010/05/07(金) 23:55

「楽屋でいちゃつくの禁止っ」
「ちが、これは熊井ちゃんがっ」

いきなり突きつけられた千奈美の指を振り払おうとするが、
友理奈に抱きしめられたままの茉麻は身動きが出来ない。

「梨沙子の教育に悪いのでそういうことは控えてもらえますかあ」
「だから――っ、っていうかみやがそれ言う!?」

あんたいっつも梨沙子に何してると……っ、と言いかけたが、
ニヤニヤと笑う雅の袖をつまんでいる真っ赤な顔をした梨沙子に慌てて言葉を飲み込んだ。

「キャプテン、どうよ。こういうのはベリーズの風紀にかかわるんだからびしっと」
「いや……あたしは別に……」

見なかったフリをして逃げようとする佐紀の腕を、
桃子が無理やりひっぱって茉麻の前に突き出す。
 
460 :しろくまくん :2010/05/07(金) 23:56

ことさら宣言をしたわけではないが、
茉麻と友理奈の関係はメンバー全員が知っている。
けれど人目につくところでべたべたするような二人ではないため、
今までメンバーから特にからかわれるようなことはなかった。
だから茉麻としては二人のことは冷静に受け止められているんだと思っていたのだけれど。
現場見たらこうなるよね……。
こんな面白いネタをスルーするような連中じゃないよね。
 
茉麻ががっくりと肩を落としたとき、
まだぎゃあぎゃあと騒いでいるメンバーの声に、やっと友理奈が目を覚ました。

「……あれ?」

至近距離で目が合い、茉麻は慌てて友理奈の腕を振り解く。
 
461 :しろくまくん :2010/05/07(金) 23:57

「おはよー。みんなどしたの?」

遠ざかる茉麻をぼんやりと眺めたあと、
まわりを囲むメンバーにやっと気づいて眠そうな声で片手を挙げた友理奈。
そのふにゃりとした笑顔に、騒いでいたメンバーがぴたりと黙る。

「……アイス買ってきたんだ。くまいちょーどれにする?」

一瞬にして変わったその空気にいち早く便乗した桃子が、
梨沙子の下げていたコンビニ袋を友理奈の前に広げて見せた。

「わあ、やったあ。今日暑いもんね。みんなどれにするの?」

友理奈の弾んだ声に、はっとしたように千奈美が顔を突っ込む。
それが合図だったかのように全員がアイスに群がった。
 
462 :しろくまくん :2010/05/08(土) 00:00

「あっ、待って待って。千奈美はねー」
「あたしはどれでもいいからみんな先選びなよ」
「わお。キャプテンってば大人あ」
「千奈美とは違うよねえ」
「じゃあ、うちはー」

コンビニ袋を囲んでがさがさと盛り上がるメンバーの輪を、茉麻はぼおっと眺める。
後をひかずさっぱりしている言えばいいのか、熱しやすくさめやすいと言えばいいのか。
メンバーの興味はすでに茉麻と友理奈からアイスに移っている。

正直、助かった、と思った。
うまく話をそらしてくれた桃子には感謝をしたい。
自分がからかわれる分には普通に切り返せるが、
友理奈がからかわれたらマジギレしてしまっていたかもしれない。

おいしそうにアイスにかじりつく友理奈の横顔を眺めながらほっと息をついた。
 
463 :しろくまくん :2010/05/08(土) 00:01

「すーちゃん、はい」
「あ、ありがとう。桃」

いつのまにか目の前に立っていた桃子の手からぽとりとアイスが落とされる。
慌てて受け取ると袋には微妙な白熊のイラストが描かれていた。
くま……。
熊のイラストに過剰反応してしまうのは友理奈だけではない。

「今のところはそれで我慢しなよね」

イラストをちょんと指差した桃子にくすくすと笑われて、茉麻は耳まで真っ赤に染まった。

 
464 : :2010/05/08(土) 00:02

『 しろくまくん 』   終わり
 
465 :esk :2010/05/08(土) 00:04
須藤さんって誰と合わせたらいいんですかね……。
466 :名無飼育さん :2010/05/09(日) 01:17
いい組み合わせだなと思いました。
個人的に、桃子とあわせるのも好きです。
467 :名無飼育さん :2010/05/09(日) 08:03
これは良いくまぁず!!!!!1
468 :esk :2010/05/24(月) 23:22
読んでくださった方、ありがとうございます。
新スレか移転か迷ったのですが、あまりに続き物が多いので移転していただくことにしました。
今後ともよろしくお願いします。

>>466さま
おお、すももラブですね。一つふたつネタは出来たのでそのうち出しまーす。

>>467さま
ありがとうございます!!


お誕生日なので次はやじうめー。

>>60-73 『 繋いだ手 』
>>193-204 『 繋いだ手2 』

これのシリーズです。完結編かな?
469 : :2010/05/24(月) 23:23

『 繋いだ手3 』
 
470 :繋いだ手3 :2010/05/24(月) 23:23

暗闇の中、隣で眠るえりの頬に伸ばしかけた手が宙に漂う。

触れたい。と思う。
その熱を知りたい。
その熱に溺れたい。

こうやって真夜中に目が覚めたようなとき、激しい渇きを覚えるくらいにえりが欲しくなることがある。
だけどどうしても。その手は着地点を定めることが出来ない。

『いつか後悔しても知らないよ』

ひとつベッドの中で、そう言った人の顔ももう思い出せない。
自分の過去を否定するつもりはないし、優しい人たちを恥じるような気には絶対なれない。
だけどこの手がえりに触れるにふさわしいとも思えなくて。
後悔というのならば、もっと早くえりに出会っていなかったこと。
そうすればきっとこんなに苦しい思いをすることはなかった。

あたしから求めることはできない。
だからお願い。
えりから。あたしに触れて。
 
471 :繋いだ手3 :2010/05/24(月) 23:24

「それはわがままってもんだよ、舞美」
「やっぱそうかな〜」
「そりゃそうでしょ。
 つーか、あの梅さんから行動起こすの待つってかなり無謀じゃね?」
「だよねえ〜」

吉澤さんの言葉に、あたしはカウンターにつっぷす。
なんとなくいつもの店に足を運ぶと、
運のいいことに比較的早い時間なのに吉澤さんがいてさんざん愚痴ってしまった。


4月から無事大学生になり、あたしは実家を出て一人暮らしをはじめた。
早く実家から離れたかったっていうのもあるけど、
もちろんえりと一緒にいられる時間が増えたらいいなという期待もかなりあった。
でもえりは家族を大事にする人だし、なかなか泊まったりはしてくれない。

大学でも学校は一緒だけど学部が違うだけでこんなに会えなくなるとは思ってなかった。
たまに一緒の授業があっても、えりは新しく出来た友達と一緒にいるからあまりしゃべれないし。
それに加えて、大学に入ってからえりはモデル事務所のオーディションを受けて合格して。
ずっとモデルってお仕事にあこがれてたのは知ってるし、
めちゃくちゃかっこいいしすごく似合ってるし、あたしも嬉しかったけど。
でもなんか。えりが遠くなった気がして。
 
472 :繋いだ手3 :2010/05/24(月) 23:25

「高校のころに戻りたい……」
「ばーか。時間ってのは常に前に進んでるんだぜぃ」

カウンターに向かってつぶやいたあたしの背中を、吉澤さんがばしばしとたたいた。
結構痛かったけど抵抗する気になれずそのままにしていたら、
頭の上の方から柔らかい声が聞こえてきた。

「ちょっとよっすぃ。舞美ちゃんつぶれちゃうでしょ」
「へーきっすよ。コイツ顔に似合わず結構頑丈だから」
「よっすぃは顔に似合っておっさんだよね」
「ちょ、安倍さんそれってひでぇ」

マスターと吉澤さんのじゃれ合いをぼんやりと聞き流しながらも、
頭に浮かぶのはえりに会いたいなあとかそんなことばかり。
そのままの姿勢でため息をついたら、聞きなれた声がもうひとつ聞こえてきた。

「おいっすー」
「美貴、おっせー。なんだよ。どこ行ってたんだよー」
「いいじゃんどこでも。つーか美貴別によっちゃんと約束とかしてないんですけど」

いきなり絡む吉澤さんを軽くあしらいながら藤本さんの声が近づいて来る。

「む」
「なんだよ」
「オンナの匂いがする」
「美貴も女だっての」
「あ、そっかあ」
「なんかむかつく……って、ナニコレ」
「舞美」
 
473 :繋いだ手3 :2010/05/24(月) 23:25

絡む吉澤さんをあしらって、藤本さんがあたしの背中をつつく。
なんとなく体を起こす気にもなれないでそのままにしていたら、
あたしの隣に座ったらしい藤本さんに、吉澤さんはあたしの話を一部始終聞かせてしまった。
藤本さんだったら別にいいやと思ってあたしも黙っていた。

聞き終わった藤本さんが、なるほどね、と小さくつぶやく。
その声色が結構真面目で、あたしはそうっと体を起こした。
あたしをじっと見つめる藤本さんは少し目を細めて、
それからすぐにぷいと顔をそらされてしまったけど、横顔はやっぱり真面目な顔のままだった。

「あのさー。美貴が言うのもどうかと思うけどさ」
「……うん」
「舞美さ、ちゃんとえりかちゃんに言ってる?」
「何を?」
「自分の気持ち。……好き、とかさ。そういうの」

……そういえば。
言葉にして言ったことはない、かも。

「言葉でなんかなんとでも言えるとか言うけどさ、
 でも意外とそういうのって気持ちとか態度よりも大事だったりするんだよ」
「藤本さん……?」

こんな真面目な話を平気にできるような人ではない。
すぐに照れてごまかすと思ったのに、藤本さんは何も言わずに黙ったままだった。
 
474 :繋いだ手3 :2010/05/24(月) 23:26

「おーっと。経験者は語るってかあっ?」
「え?」
「うるさいよ」

口を挟んだ吉澤さんに藤本さんは不機嫌にそうに言い捨てる。

「あーっ。思い出したっ」
「何を」
「さっきの匂い。まつーらの香水じゃん。会ってきたんだ?」
「……うるさいってば」

指を突きつける吉澤さんの顔をぐいっと押しやって、藤本さんはグラスをあおる。
松浦……誰だったかな?
どこかで聞いたことのある名前だと思ったけど、はっきりと思い出せなかった。

「あんま時間たつとそのままの関係で固まっちゃうよって話」

不思議に思いながら横顔を見つめていると、
藤本さんは困ったみたいにそう言って、それからやっと少しだけ笑った。
だけどその笑みは微妙にゆがんでいて、藤本さんは固まっちゃったってことなのかなと思った。
これ以上聞けない雰囲気に吉澤さんの方を窺ったけど、吉澤さんはにやにやと笑っているだけだった。
 
475 :繋いだ手3 :2010/05/24(月) 23:26

その後なんだか妙な空気になったからしばらくあんまり関係ない話をしたりしていたら、
携帯をいじっていた吉澤さんが人と会う約束があるって言い出して、あたしは早い時間にお店を出た。

でもなんとなくそのまま家には帰りたくなくてあたしは適当に別のお店に入った。
初めて入るそのお店は騒がしいのが気に障ったけど、
今日のあたしにはこれくらいがいいのかもしれないと思った。


そして気がつけば。
適当に話をしていた子とベッドの中にいた。


「……はぁ」
「ため息なんかついちゃってどうしたの」

シャワーから出てきた女の子がにこにこと笑う。
『ちぃ』という呼び名以外は何も知らない彼女は、
無邪気な笑顔でまっすぐに笑う、こういう街で出会うには少し珍しいタイプの子だった。
同じ年頃。長い手足とスレンダーな体。細長い指先も。よく似ていると思った。
……えりと。
だから触れてみたいと、触れてほしいと思った。

だけど違った。

ちぃがかちりとタバコに火をつけて煙を吐き出す。
あたしはその煙の行く先をぼんやりと眺める。

えりはタバコを吸わない。

おいしそうにタバコをふかす横顔をじっと見つめていると、
あたしの視線を感じたのか、ちぃがくいっと首をかしげた。

「ん? もっかいする?」
「……いい」
「んじゃシャワーしてきなよ」
「うん」

ゆるく首を振ってふらふらと立ち上がる。
久しぶりにした行為のせいか、なんだかひどく疲れたような気がする。

「まーいみー」

ちぃの間延びした声に振り返ると、ぼふりと布の塊を投げつけられた。
彼女が着ているものと同じ真っ白なガウンだった。
そういえばあたしは何も身に着けていなかった。

「ありがと」
「いえいえ」

にかっと目を細めると、ちぃはまた煙を吐き出した。
 
476 :繋いだ手3 :2010/05/24(月) 23:27

「舞美って恋人いるの?」
「……。うん」

ホテルを出て、じゃあって手を振ると、ちぃに思いついたようにそう聞かれて、
あたしは一瞬返事に詰まったけど小さくうなずいた。

「そっか。残念。じゃあどっかであったらまたえっちだけでもしようねー」

ぶんぶんと手を振るちぃに、小さく手を振り返す。
残念?
いないって言ったらなんていうつもりだったんだろう。
恋人になろうって?
まさかね。
っていうか友達にだったらなりたかったのにな。
携帯くらい聞けばよかった。

ふふ、と笑いながら振り返ろうとした肩をいきなり強くつかまれた。
驚いて振り返ると、至近距離に迫っていたのは数時間前に突き合わせていた顔だった。

「なんだ。よしざ――」
「バカっ!!」
「え?」
「おま……何してんだよっ!?」

いきなり怒鳴りつけられて思わず首をすくめる。
何って、ちぃのこと?
そりゃいいことじゃないのはわかってるけど、今さらそんなこと言われても。
言い返そうとした言葉は、吉澤さんの真剣な目に言えなくなる。
吉澤さんのこんな真剣に……怒ってる顔ってはじめて見たかもしれない。

「よっちゃん、いいからえりかちゃんっ」

なんでそんなに怒ってるんだろう。
考えようとした思考が突然聞こえた藤本さんの焦った声にぶちぎられる。
『えりかちゃん』? ――まさか。
藤本さんの指差した方向に目を凝らすと、長い茶髪が人ごみに消えた。
ち、と舌打ちした吉澤さんはあたしを突き飛ばすみたいにして藤本さんに預けると、すでに走り出していた。

「あたしが……っ」
「それはやめた方がいい」

吉澤さんの後を追おうとしたあたしの腕を、藤本さんがつかんで引き止める。

「でもっ」
「舞美、今えりかちゃんに会ってなんて言うの」
「それは……」
「今の子のこと、なんて言うの」
「……」

何も言えず頬をゆがめたあたしの肩を、藤本さんは優しく叩いた。
 
477 :繋いだ手3 :2010/05/24(月) 23:29

NAに戻って来たあたしは、藤本さんから、
さっきあたしの愚痴を聞いた吉澤さんがえりを呼び出していたんだと聞かされた。

「吉澤さん、えりになんて……?」
「うーん。それはえりかちゃんに聞いたほうがいいと思うから」

話の内容はすごく気になったけど、
確かに今それを聞くのは卑怯な気がしてあたしは黙ってうなずいた。
えりから聞くことなんか出来るんだろうかとか、少し怖いことを考えながら。

「んで、もう帰ろうかって駅まで歩いてたらアレなんだもん。びっくりしたよ」
「あれは……」

きゅっと唇をかみ締める。

「気持ちはわからないでもないけどさ。バカなことしたね」
「でも……あたしたち付き合ってるわけじゃないよ。あんなの別に……」
「本気で言ってる?」
「………だって」

はあ。
藤本さんが大きくため息をついて、あたしの髪をがしがしとかき回した。

「よっちゃんの前でそういうこと言わないでよ? 舞美に関してはさ、よっちゃん責任感じてるから」
「責任?」
「あんたみたいな子をこういう場所に引き止めるべきじゃなかったって」
「そんなの、あたしが勝手に」
「うん。美貴もそう言った。ここにいなかったらもっとヘンなとこ流れていく可能性もあったしね。
 あのころの舞美はそういう目をしてた」
「……」

それは自分でも感じていた。
NAの人たちに拾われていなかったら、どうなっていたかわからない。
もしかしたらえりに出会うこともできなかったかもしれないって、怖くなるときがある。
ぎゅっと握り締めたあたしの手を、藤本さんがぽんとたたいた。

「だからよっちゃんはえりかちゃんに期待してんの」
「期待?」
「そ。ちょっと過剰だと思うけど。今えりかちゃんキツイ感じだと思うなー。
 よっちゃんにあそこまで言われた上に舞美のあんなとこ見せられてさ。正直かわいそう」
「ど、どういうこと?」

いったい吉澤さんとえりの間でどんな会話があったんだろう。
驚いて藤本さんの肩をつかんだとき、誰かが入ってきた気配がした。

「あ、よっすぃ」

マスターの声に、あたしはがばっと体ごと振り返る。
吉澤さんに押し出されて、えりがよろけるように一歩前に進んだ。
あたしが立ち上がると、隣にいた藤本さんは席を立って奥のソファに移動した。
吉澤さんもえりの横をすり抜けるようにして藤本さんの隣に腰を下ろした。
それだけ確認して向き直ると、えりは難しい顔をしていて表情は読めなかった。
 
478 :繋いだ手3 :2010/05/24(月) 23:30


「……あの、ね」


違うんだ。
さっきのは。
気にしないで?
なんでもないから。
しただけだよ。
気持ちはないんだ。
ちぃだって気持ちはない。
あたしの気持ちはさ。
あたしはさ。




「えりが、好き」



えりが唇を噛んで、一瞬目を逸らす。
そのまま数歩の距離をさっと縮めて。


パンッ


頭に響く重い音。
えりの顔を見ていたはずの視界に、なぜか藤本さんの驚いた顔が見えて。
頭がくらくらして、それから頬にじわりと痛みを感じて。

えりに頬を叩かれたんだって気づいた。

 
479 :繋いだ手3 :2010/05/24(月) 23:32

 
480 :繋いだ手3 :2010/05/24(月) 23:32


ベッドにうつ伏せた細い肩が不規則に上下する。


えりの呼吸はなかなか整わないみたいで、心配になって手を伸ばした。
さっきまで触れていたその肌に触れることに、やっぱり少しためらう。
震えるままに手を伸ばし滑らかな肌に触れると、えりの肩はびくりと震えた。

「えり」
「……ん」
「大丈夫?」
「………」
「え、大丈夫じゃない?」
「……、………」
「なに?」

細い声が何か言ってるけど、うつ伏せたベッドに吸い込まれて判別できない。
顔を近づけると、けだるげにあげられたえりの手が、さぐるようにあたしの頬に触れた。
……さっき、えりに叩かれた頬に。

「あたしは、大丈夫だよ」

この返事でいいのかわからなかったけど、そう言って手を握り返すと、
えりの体は安心したようにまた脱力したから間違いではなかったのだろう。

このまま寝ちゃうかな。
そんなに激しくしたつもりはなかったんだけど。
少し声が聞きたいと思ったけど、えりが眠りたいのならそれでもいいかなと思った。
 
481 :繋いだ手3 :2010/05/24(月) 23:33

**********


数時間前。
あたしの頬を叩いたえりはぼろぼろと泣き出して、
とにかく家に帰れって、あたしたちは吉澤さんの呼んだタクシーに押し込められた。

あたしの部屋に着くころには泣き止んでいたえりだったけど、しばらく黙ったままだった。
えりに黙られるとあたしも何も言えなくて、沈黙だけが続いた。
どれくらいそうしていたか、えりが細く息を吐いて。
はっとして顔を上げると、えりは小さくつぶやいた。

「怒られた……」
「え?」
「吉澤さんに、怒られた」
「えええっ?」
「ごめん」
「な、なんでえりがっ、あれはあたしが……」

ちぃのことが思い浮かんで謝ろうとして、でも言えなかった。
だって……。
あたしたちの間にお互いを縛るようなものはない。
それが苦しくて、あたしは言いたいのに言えない言葉を飲み込む。

「ううん。そうじゃなくてさ。舞美、あのね」
「うん」
「好き……、だから」
「……っ」
「ちゃんと言わなくてごめん」
「え、り……」
「泣かないでよ。ずっと側にいてよ。ちゃんといて。他の子と……あんなことしないでよ」
「……っ、ごめんっ。ごめんね、えりっ。ごめんなさい」

言えなかった言葉が、涙と一緒に堰を切ったようにあふれ出した。
涙でにじむ視界にえりが顔をしかめる。

「ホント、今回だけだからね。許すの。はっきり言わなくて不安にさせたうちが悪いのも
 わかったから今回は許すけど、次は絶対にないからね」

ああ。あたしってば最悪だ。
怒ってる。えりが怒ってる。
なのにすごく。嬉しいと思っている。

こくこくとうなずくと、えりは少し苦しそうな顔をした。

「うち、心狭いよね。束縛してるね。こんなの、舞美はやだよね……」

ぶんぶんと首を横に振る。
束縛じゃない。――むしろ束縛でいい。

うつむいたままのえりの手を探るようにして握り締める。
ただこの手を離したくないって、あたしが思うのと同じくらいにそう思ってくれるのなら。
あたしは、なんだっていいんだ。


**********
 
482 :繋いだ手3 :2010/05/24(月) 23:34


力の抜けた手をきゅっと握るとかすかに握り返されたけど、じきにその力も抜け落ちた。
苦しそうだった呼吸もいつしか整い、ゆるやかな寝息に代わっていく。
えりが深く寝入ったころを見計らって、あたしはそっと腕を伸ばしてその細い体を抱きしめた。
素肌に感じる温度がとても幸せだと思った。

行為の後の眠りはとても心地よくて、寝るなと言われてもいつもすぐに眠ってしまっていたのに。
今は眠りたくないと思う。
このままえりが目覚める朝まで抱きしめていたい。


そして目がさめたら一番にキスをしよう。

 
483 : :2010/05/24(月) 23:34

『 繋いだ手3 』   終わり
 
484 :名無飼育さん :2010/05/25(火) 04:49
移転乙オメです。

ステキなやじうめありがとうございます。
このシリーズ好きなので、続きが読めてうれしいです><
485 :名無飼育さん :2010/05/26(水) 21:47
このシリーズすごい好きです
梅さん視点が気になります
486 :esk :2010/05/27(木) 22:38
読んでくださった方、ありがとうございます。

>>484さま
ありがとうございます><
私も久しぶりに書いた二人でしたがなかなか楽しかったです

>>485さま
ありがとうございます。
梅さん視点いいですねー。ちょっと書いてみようかな(書けない可能性大ですがw)

次はすももー
487 : :2010/05/27(木) 22:50

『 すももLOVE 』
 
488 :すももLOVE :2010/05/27(木) 22:52


すーちゃんまた目開けて寝てる〜

 うるさいな。ほっといてよ

何で開けてるんだろ

 わざじゃないっての

わかった! 寝てても桃のかわいい顔が見たいから開いちゃうんだあ

 それはない

やっぱりそうかー。すーちゃんはそんなに桃のことが好きかー

 ………

んじゃ口が開いてるのはなんでだろ

 知らないってば

あ、わかった。……がしたいからでしょ

 え? なんて? 今なんて言ったの、桃

 
489 :すももLOVE :2010/05/27(木) 22:53

何かの感触に意識がいきなり覚醒して、
ばちっと目を開けると目の前数センチの距離に誰かの顔があった。
思わずその顔を押しのけて何度か瞬きをして焦点を合わせると、顔の中身は桃だった。
桃もぱちぱちと瞬きをしている。

「すーちゃん、おはよ。よく寝てたね」
「桃」
「また目開いてたよ。口も」
「今何したの」

少し驚いたような桃の顔がぎこちなく遠ざかっていこうとする。
しかしその口元が気まずそうにゆがんだような気がしてとっさに桃の腕をつかんだ。

「えー? 別に何も」
「うそ。絶対何かしたでしょ」
「してないって」

桃は必要以上にコミカルな動きでぶるぶると首を振るけれど、
じっと目を覗き込むとあきらかにきょろきょろと視線をそらせていて結構わかりやすい。

「してなかったらなんで目逸らすの」
「違うって。すーちゃん目力強いから怖いんだもん。誰でも目逸らすよ」
「うるさいな」

話を逸らすように眉間に突きつけられた桃の小指を振り払う。
絶対に桃に何かをされたはずだ。
目が覚める寸前、桃が言った言葉が気になるけど。
桃の腕をつかんだままで楽屋を見回すと、部屋の中にはまぁと桃以外はちぃとみやだけだった。
まぁたちが騒いでるから何事かと思ったのか、二人とも不思議そうな顔でこっちを見ている。

「桃今なんかしたよね?」
「ごめん。見てなかった」
「うちも。なんかまぁの顔見ながらぶつぶつ言ってたとこまでしか見てない」

とりあえず顔に落書きはされてないよー、とのんきな声で言う二人は
すでにこっちに興味を失っていて頼りにならない。
それじゃあ本人に白状させるしかない。
まぁが二人と話している間に逃げようとしていた桃を引っ張り寄せて顔を突きつけると、
やっぱり桃はきょろきょろと視線が泳ぐ。

「何したの」
「してない」
「した」
「ないってば」
「うそだ」
「もー。すーちゃんしつこい」
「だって桃が」
「わかったわかった。じゃあ桃が飲み物おごったげるからそれでいいじゃん」

つかんでいた腕を逆に握り返されて、ね? と笑みを浮かべる桃に楽屋から連れ出される。
廊下には機材や人が溢れていてやたら狭く、桃はするするとその隙間をすり抜けていく。
手を引かれていると少し歩きにくくてまぁはただ黙ってついていくしかできなかった。
その姿はどうやらまぁが桃に連行されている風に見えるみたいで、
途中ですれ違った佐紀ちゃんに珍しいものを見るような目で見られて少し恥ずかしかった。
 
490 :すももLOVE :2010/05/27(木) 22:54

そのままうつむき加減で桃につれられていたから、
行きかう人波が途切れた目的地の自販機で手渡されたペットボトルを受け取ってから
やっとそのことに気づいた。

「っていうかおごるってことはやっぱりなんかしたんじゃん」
「違う違う」
「何でよ」

桃がきょろきょろとあたりを見回す。
階段下に据えられた自販機の周りに人はいなかった。
それを確認すると、桃はするりと体を摺り寄せてくる。

「――桃」
「それはね、前払い」
「は? ……ちょ」

小さな手が伸びてきて頬に触れた。
背伸びをした桃。
仕方なく軽く目を閉じると、唇に触れたのは慣れ親しんだ感触。


離れていく影に目を開くと、桃がいたずらっぽく笑っていた。





「っていうかやっぱりさっきもしたよね」
「ばれなきゃしてないのと同じなの」
「何その浮気のいいわけみたいなの」
「浮気じゃないし。本命だし」
「当たり前でしょ」
「当たり前だよね」
 
491 :esk :2010/05/27(木) 22:55

『 すももLOVE 』   終わり
 
492 :esk :2010/05/27(木) 22:55
須藤さん総当り計画第2弾。
6人全員いけるかなー。
493 :esk :2010/05/28(金) 21:58
須藤さん総当り計画第3弾。キャプまぁ。
※参考資料:ベリのDVDマガジン16(見てなくてもわかりますが)

『 彗星ガール 』
494 :彗星ガール :2010/05/28(金) 21:59

佐紀の暮らしていた星では、先年大きな天変地異が起こり植物が死に絶えた。
そのため星の環境は著しく悪化し、まもなく人口も激減した。
このままでは星自体が死滅してしまうと判断した統一政府より命を受け、
周辺の星へ植物を奪い取りに行く斥候隊が結成された。
佐紀はその中の一人として地球にやって来たのだが、
植物を奪う前に夜の公園でランニングをしていた茉麻に見つかってつかまってしまったのだった。



それから数週間が経った同じ時間の同じ公園を佐紀と茉麻は訪れていた。

「それで足りそう?」
「うん。これだけあれば大丈夫。色々ありがとうね」

茉麻が指差した佐紀の足元には大きなトランクが3つ並べてあった。
その中にはさまざまな植物の種がぎっしりと詰められている。
佐紀の話を聞いた茉麻がかわいそうに思って協力し、あらゆる手段を駆使してかき集めたものだ。
中にはかなり貴重で高価なものも含まれており、
それらを手に入れるには二人でかなり危ない橋も渡ってきたがここではそのあたりは語らないでおこう。

東京には珍しく晴れた夜空を見上げる佐紀。
その横顔を見つめながら茉麻は一瞬目を伏せた。
ひょんなきっかけからとんでもない苦労を背負い込んでしまったこの数週間。
知らなくていい知識をたくさん知り、しなくていい経験をたくさんして。
――その中で初めて芽生えた気持ちを知った。
茉麻が再び目を開く。
先ほどと同じ仕草で空を見上げる佐紀がそこにはいた。

「どう?」
「天候もバッチリ。今夜ならいけるでしょ」
「そっか」
「ってことで。それ、返してくれる?」
「……返さないって言ったら?」
「困る」

ちっとも困らない声で言われると返す言葉もなく、茉麻は仕方なく手に持っていたものを差し出した。

「佐紀ちゃんさー、もう少しくらい感傷的な顔してくれたっていいんじゃないの」
「そりゃ無理だわ」

軽い口調に紛らわせたとはいえ、茉麻としては精一杯の主張だった。
普段なら絶対にこんなことは言えない。
なのにそれさえもあっさりとかわされて茉麻は深くため息をついた。
ため息混じりに茉麻が差し出したそれを、佐紀は頭にセットする。
公園の緑を根こそぎもって帰ろうとしていた佐紀を茉麻が捉えたときに奪ったカチューシャ状のもので、
佐紀の星からの特殊パワーを受信する装置である。
これがないと地球の衛星軌道内に待機させている宇宙船を呼んで星に帰ることが出来ない、
佐紀にとっては命の次に大事なものだ。

「おー。キタキタキタ。久しぶりだからくらくらするわ」
「どんな感じなの? まぁもつけてみたけどうもならなかったよ」
「そりゃうちの星の人間の脳波に反応するように作られてるからね。――ほよっと」

カチューシャのてっぺんから伸びた二本の触覚の先端に佐紀が左右の人差し指を当てる。
その間抜けな姿に茉麻は思わずぷっと吹き出した。

「なによー」
「やっぱそれおかしいよ」
「そんなこと言ってもさー」

佐紀もぷぅっと頬を膨らませて顔を赤らめる。
生まれ故郷ではなんの違和感もなかったこの仕草がそれほど笑われるものだとは思わなかった。
 
495 :彗星ガール :2010/05/28(金) 22:00

佐紀がその仕草のまま空を見上げて、3分も経った頃だろうか。
広場の真ん中に陽炎のように現れた球体。直径は5mほど。
初めて見る佐紀の宇宙船に、茉麻はぽかんと口をあけたまま立ち尽くす。

「……シンプルだね」
「そうかな」

茉麻の気の抜けた声に少し首をかしげながら、
佐紀は慣れた手つきで球体に取り付けられたパネルに指を走らせると、
何の前触れも微かな音もなく球体の一角があっさりと口を開いた。
しゅーしゅーと煙でも吐き出しながら物々しく開く扉を想像していた茉麻は
なんだか肩透かしを食らったような気になったが、
気を取り直して小柄な佐紀に手を添えて宇宙船にトランクを積み込んだ。


「じゃあね」

宇宙船を背にした佐紀と茉麻は正面に向き合う。
先ほどのことがある。
茉麻は努めて軽く笑いかけると小さく手を振った。

「うん。……あ、茉麻」
「うん?」
「あたしが感傷的にならない理由、教えとくね」
「なに?」

佐紀が体を乗り出すようにして茉麻の耳元に顔を寄せた。
反射的に茉麻も佐紀に体を寄せる。


「感傷的になったら帰れなくなるからだよ」


元々甘い声をさらに甘くして耳元でささやく。
そして、頬に触れた唇。


唖然とする茉麻にかまいもせず、佐紀は宇宙船に乗り込んでにこにこと手を振っていた。
開いたときと同じように音もなく閉じたドアが茉麻の視界から佐紀の姿をさえぎる。
そしてあっというまもなく宇宙船の姿は陽炎に消えた。
佐紀の残像さえも残らない。
残ったものは。
茉麻はぎこちなく自分の頬に触れる。
その温度が思うよりも熱くて、きゅっと唇をかみ締めた。
唐突にやってきて、茉麻の安穏としていた生活も心もかき乱すだけかき乱して、唐突に消えた。


あいつ。


あんなこと、最後まで言わなきゃいいのに。
だったら冷たいヤツだってすぐに忘れられるのに。

「卑怯者!!」

これじゃ当分忘れられない。
夜の公園で、茉麻はひとり足を踏み鳴らした。
 
496 :esk :2010/05/28(金) 22:02

『 彗星ガール 』   終わり

あと3人〜。
 
497 :esk :2010/05/29(土) 19:38

呼んでくださった方がいたとしたらありがとうございます。

須藤さん総当り計画第4弾。みやまぁ。
読みにくくてすいません。こういう書き方を一回やってみたかっただけです。

『 海に行こう 』
 
498 :海に行こう :2010/05/29(土) 19:39

もうすぐ夏だね。何の前触れもなく雅にそう切り出された茉麻は少々面食らいながらも平静を装ってそうだねとうなずいたがさすがに続く言葉には驚いて雅の顔をまじまじと見つめてしまった。夏女コンビで海にでも行こうよ。そう言った雅は人を遊びに誘うような表情ではなかったがそれも当然と言えば当然だろう。茉麻と雅は仕事上は長い付き合いでしかも学年も同じという共通点があるのでその関係はそれなりに良好ではあったがそれなりの域を出るものではなく雅の遊び仲間といえば佐紀や千奈美であったり仕事で二人になることの多い桃子であったりで茉麻とは今までに二人だけでどこかに出かけたような経験はなかった。買い物やちょっとした遊びにさえ出かけたこともないのにいきなり海に行こうだなんてと茉麻は混乱する頭でつい夏女だったら熊井ちゃんも一緒だよね。と言ったが意外と感情が顔に出やすい雅の表情にでもうちらは高3コンビだもんね。と慌てて付け足した。意外と感情が顔に出やすい雅の表情に高3組だったら千奈美が足らないと思ったが口にはしないでおいた。

電車とバスを乗り継いで数時間の二人旅は茉麻の思いのほか楽しいものであり海が見えるころには二人のテンションはすっかり上がりきっていた。海水浴にはまだ早い時期のせいかあまり人がいない海に気を良くした雅がまっすぐに波間に突っ込み茉麻も慌ててその後を追ったが波打ち際で止まった足が進まなくなった。茉麻は泳げないので海が少し怖かったのだが雅はそんなことに構いもせずにはじけるような笑顔で茉麻に向かって手を伸ばした。おいでよ。差し伸べた手を握ることさえためらう茉麻に焦れた雅は無理やりに茉麻の手をつかんで引き寄せた。ちょっと待ってよ濡れるじゃん。一応言ってはみたものの雅が自分の抗議を素直に聞くとは茉麻自身も思っていないので引かれるままに海に足をつけた。波が足元をすくう感触は少し嫌だなと思ったけれどしっかりと握られた雅の手をぎゅっと握り返すと不思議と怖いとは思わなかった。サンダルが水に濡れる感触が気持ち悪いと思ったのも最初のうちだけですぐにそれさえも楽しいに変わった。(さすがにサンダルはすぐに脱いだけれど)

しばらくは波に合わせて行ったり来たりするだけでも声を上げて楽しんでいたのだけれどつい思い立った茉麻が水をかけるフリをしたら雅に本気で水を浴びせられた。すぐに水の掛け合いになり手ですくうことさえ面倒になって波を蹴り上げる雅につられて茉麻も同じように遊んでいたら全身海水でぐっしょりと濡れてしまった。こんなんじゃ電車乗れないじゃん。夕暮れが訪れてやっと冷静になった茉麻が唇を尖らせると雅は一瞬前までの高い大きな笑い声から一転した低い小さな声でじゃあどっか泊まっていく?と言った。意外と感情が顔に出やすい雅の表情にでもこればかりはさすがに慌てて茉麻は高校生二人じゃ泊めてくれないでしょ。と言った。まぁは大人っぽいから大丈夫だよ。同じ声でさらに言いつのる雅の方が見かけは自分よりもよっぽど大人っぽいと思ったけれど続く会話に困るような気がしたので茉麻は何も言わなかった。無言のまま持っていたタオルで足を拭いて無言のままサンダルを履いた。歩くと砂が入って気持ち悪いと思ったが茉麻は無言のまま雅の手を取って歩いた。

手を繋いで砂浜を歩く二人の足取りはどうにもためらいがちで雅はやっぱり何も言わなかったので茉麻もやっぱり何も言わなかった。ぼんやりと歩く視界がやけに明るいような気がして茉麻はうつむき加減だった顔を少し上げてみると砂浜が赤く見えたので足を止めて肩越しに背を振り返った。夕日が赤く海を染める。綺麗だね。茉麻に倣って振り返り小さくつぶやいた雅の横顔も赤く照らされていて赤い砂浜に消え入りそうであまりに儚くて茉麻は思わず繋いだ手をぎゅっと握り締めた。また来ようね。茉麻が口にした言葉は保留にされていた雅の提案を拒絶するものなのに言いながら次は泊まりでもいいかもしれないと思った自分に焦ったが意外と感情が顔に出にくい茉麻は落ち着いて柔らかい笑みを浮かべることが出来たので内心胸をなでおろした。しかし至近距離で見下ろした意外と感情が顔に出やすい雅の表情に意外と感情が顔に出にくい自分の性格がひどく冷たい仕打ちをしているような気になったので茉麻は変えられない表情の代わりに雅の硬く引き結ばれた唇に小さく唇を落とした。
 
499 :esk :2010/05/29(土) 19:41

『 海に行こう 』   終わり

この組み合わせはさすがにないだろうw
さてあと2人が問題……。
 
500 :名無飼育さん :2010/05/29(土) 22:09
ちょっと前はほとんどなかった茉麻カップリング物が
こんなに読めて感激です
ほよ。
501 :名無飼育さん :2010/06/01(火) 09:35
茉麻を通して見える各お相手がイチイチ可愛すぎ

…まあさかわいいよまあさ
502 :esk :2010/06/03(木) 19:16
読んでくださった方、ありがとうございます。

>>500さま
茉麻カップリング、ないですよねえ。
誰か書いてくださいっ。読みたいよぅ。
ほよ。

>>501さま
お相手がかわいいのはきっと須藤さんがかわいいからだと思いますw


須藤さん総当り計画第5弾。
菅谷さん編。

『 君の隣 』
503 :君の隣 :2010/06/03(木) 19:17

「めっちゃかわいい一年生が茉麻のこと探してるよ」
「なにそれ」

放課後、新しいクラスメイトとしゃべっていた茉麻は千奈美にぽんと肩を叩かれた。
千奈美の指差す方向に首を向けると、教室のドア付近に立つド派手なギャル――もとい、雅の背中。
その向こうにちらりと見えた人物に茉麻は驚いて椅子を蹴って駆け寄った。
幼馴染の梨沙子だった。
二つ年下の梨沙子は二日前に茉麻と同じ高校に入学してきたところで、
新しい制服がまだ体になじまないせいか、いつも気弱気な横顔がさらに弱弱しく見えた。
その横顔に思わず茉麻が腕を取ると、梨沙子はほっとしたように頬を緩めた。

「りーちゃん! どしたの。なんかあったの」
「……ママ」
「「 ママ? 」」

茉麻の後ろについてきていた千奈美と目の前の雅の声が茉麻をはさむようにしてきれいに揃う。
その声に茉麻は『やば』と口の中でつぶやいた。
ろくな展開にならない予感がする。
千奈美と雅は茉麻にとって高校三年間同じクラスの腐れ縁であり、
ちょっとした声音だけでその思考回路は手に取るようにわかる。

「「 茉麻の子供? 」」
「なわけないでしょっ!」
「でもさっき『ママ』って」
「ただのあだ名に決まってんでしょっ。小さいころから面倒見てるからそう言うだけ」
「なーんだ」「つまんなーい」
「ったく。で、りーちゃんなんかあったの」
「ううん……。一緒に帰ろうと思っただけなんだけど……」
「ああ。ちょっと待ってて。すぐ片付けるから」

ちらちらと雅や千奈美に視線を走らせる梨沙子にうなずいてみせると、茉麻は足早に教室に戻った。
散らかったままの机の上をがさがさと片付けていると、
いつの間に近づいてきていたのか、雅が茉麻の顔を覗き込むようにしてにやにやと笑う。
なによ、と言いつつ廊下に視線を向けると、千奈美は梨沙子と何か話をしているようだった。

「ちょっと茉麻、あの子めっちゃかわいいじゃん」
「ああ。そうだね。りーちゃ……梨沙子は子供のときからお人形さんみたいだったから」
「ふーん……。茉麻も隅に置けないなあ」
「なにそれ」

雅のにやけた視線に、茉麻は眉をしかめる。

「なんかラブラブな感じじゃん」
「はあっ? 梨沙子と? ないないないないっ」
「焦るとこが怪しいなあ」
「怪しくないって全然っ」
「えー。だって二人とも愛しいものを見る目だったよ」

少し真顔でそう言った雅に、茉麻は一瞬言葉を詰まらせた。
梨沙子のことをいとしいと思う気持ちがないわけではない。
そして梨沙子も自分に似たような気持ちを持っていると確信できている。
でもそれは家族愛のようなもので、しかし実の妹に持っているものとも違う、
一番近いといえば家で飼っている犬に向けるような、ただひたすらにかわいがるだけのもので、
雅が期待しているような恋愛感情ではないはずだ。
 
504 :君の隣 :2010/06/03(木) 19:18


……と、断言できるはずだったのに。

新学期が始まってしばらくがたった休み時間、
千奈美としゃべっていた茉麻はなんとなく聞きなれた声がしたような気がして廊下の方に目をやると、
そこに梨沙子が見えた。
しかし無意識に立ち上がろうとした茉麻の動きが止まる。
照れたような笑みを浮かべる梨沙子。その視線の先。

「あれ? みやとしゃべってるの梨沙子ちゃんじゃん」
「みたいだね」

気づかなかったフリをしようとした茉麻の意思に反して、
千奈美は嬉しそうな顔でぐいぐいと茉麻の手を引いて雅と梨沙子の方へと向かう。
おはよー。千奈美の大きな声に雅と梨沙子も少し驚いたように振り返る。
振り返った雅の表情は、普段は人見知りがはげしいはずなのに珍しくやわらかい。
しかし対する梨沙子の表情は少し戸惑うようで、隣に立つ女の子にちらりと視線を向けた。
つられて茉麻も視線を向けると、女の子はにこりと微笑んで会釈をした。
女の子の名前は愛理といって、梨沙子とは美術部で仲良くなったようで、最近はずっと一緒にいる。
ふわふわしていてかわいらしいところが梨沙子の持つ雰囲気とよく似ているので、
いい友達が見つかってよかったと茉麻も安心していた。

「どうかした?」
「ううん。通りかかったら夏焼先輩がいて……」

視線を戻して問いかけると、梨沙子はもごもごとそれだけを言ってうつむく。
いかにも言い訳じみた口調に茉麻は苦笑いを浮かべた。
一年生が三年生の教室の前を通りかかるようななんの用事があるのか。
しっかりと手を繋いだ愛理も少し困ったような顔をしていて、
茉麻はなんだか自分が場違いなような気がして落ち着かない気持ちになった。
しかし梨沙子が愛理とこうやって教室にやってくることは最近では珍しいことではなく、
もう茉麻を介することなく会話もはずむので、
他の四人は口数が少なくなった茉麻が気にならないようだった。
 
505 :君の隣 :2010/06/03(木) 19:19




「りーちゃん。携帯鳴ってるよ」
「……ん」

特に予定もない土曜の午後、茉麻の部屋に遊びに来た梨沙子はベッドでうとうとまどろんでいた。
二人の間ではよくある光景で、茉麻も梨沙子の存在を特に意識するでもなくマンガをめくっている。
そんなまったりした空気を割るように梨沙子の携帯が鳴った。
揺り起こされた梨沙子は眠たげな目で手渡された携帯を確認すると、あ、と小さく声を漏らして
気まずそうな顔で茉麻を伺う。

「……えーと」
「電話? いいよ」
「うん……」
「ほら。早く出ないと切れちゃうよ」

茉麻がせかすと梨沙子はためらいがちに携帯を耳に当てた。

「あの、こんにちは。――ハイ。大丈夫です。――今ですか? あの、ママの部屋ですけど」

電話口、敬語を使う梨沙子に茉麻は思わず視線を落としていたマンガから顔を上げる。
学校の先輩か何かだろうかと首をかしげた茉麻は、続いた言葉になおさら目を丸くした。
『ママ』。
ちらりと向けられた梨沙子の視線から、それが母親という意味ではないとわかるが。

「――いいんですけど、あの、明日ですよね。――ハイ。それでお願いします。
 ――それは……聞いてみてまたメールします。――えっ。あ……ハイ。
 ママ」
「うん?」
「……」

無言で差し出される携帯。
一瞬それに視線を落としてから、茉麻は梨沙子に視線を戻す。
携帯をどうしろというのか。
続く言葉を視線で促すと、梨沙子は困ったようにもごもごと言った。

「……夏焼先輩が、ママに代わってって」
「みやだったの!? っていうか携帯知ってたの?」

たしかに、梨沙子が敬語を使い茉麻のことをママと呼んで通じる相手といえばそれほど多くない。
そして最近すごく仲もいい。
携帯くらい知っていてもおかしくはないのかもしれないけれど。
茉麻はなんとなく納得いかない気持ちのまま、
気まずそうにうなずく梨沙子から差し出された携帯を受け取って、恐る恐る耳に当てる。

「……みや?」
『ちょっとおお、茉麻ちゃあんっ』
「なんか用?」
『やだあ、クールーぅ。うちってばお邪魔しちゃった感じ? 怒っちゃってる感じ?
 梨沙子ちゃんといちゃいちゃしちゃってたあ?』
「………」

耳に当てたとたんに聞こえてきた雅のはしゃぎまくった甲高い声に、茉麻はこめかみを押さえる。

「みや……。それね、すっごい勘違いだから」
『えー。マジ? つまんなーい』
「あのねえ」
『茉麻がそう言うならそれでもいいけどさ』

さっきまでのテンションから一転した心底つまらなさそうな声でそう言うと、
じゃあね、と一方的に通話を切り上げられた。
雅のいつも通りの女王様気質に苦笑いを浮かべつつ、茉麻は梨沙子に携帯を返す。
しばらくもじもじとその携帯を見つめていた梨沙子は茉麻の顔を伺うようにそっと顔を上げた。

「ねえ、ママ」
「うん?」
「夏焼先輩ってさ……やっぱりモテるよね?」
「そりゃまあ、結構ね」

あきれるほどの女王様気質だが、雅にはなぜか憎めない不思議な魅力がある。
ただでさえ誰もの目をひく見た目をしているのだから、その人気たるや想像に難くない。

「今付き合ってる人とかは?」
「それはいないみたいだけど……」
「そうなんだっ」

ぱあっと顔を輝かせた梨沙子はいそいそと閉じたばかりの携帯を開く。
メールだろう、せわしなく指を走らせるうつむいた横顔はすごくうれしそうで。

ねえ、りーちゃん。明日って何のこと? またメールしますって何を?

聞きたいことはすごくたくさんあって、去年までの茉麻なら何も考えずに全部聞いていた。
でも今は何一つ聞けなくて、ぼんやりとその指先を眺めることしかできなかった。
満足げに携帯を閉じた梨沙子は甘ったるい笑みを浮かべたままで茉麻に擦り寄ると、
その肩にこてんと頭を預けてくる。
すぐに甘える梨沙子にすればそんな行動はいつものことで、鼻先に香る髪の匂いもいつものことで、
それにどきりとした茉麻だけがいつものことではなかった。

「ママー」
「りーちゃ……梨沙子さ、それもうやめたら?」
「なにが?」
「『ママ』。もう高校生なんだしさ、やっぱへんだよ」
「じゃあなんて言えばいいの?」
「普通に茉麻でいいじゃん」

不満げに唇を尖らせる梨沙子に気づかないフリをして、茉麻は手元のマンガを引き寄せた。
 
506 :君の隣 :2010/06/03(木) 19:26


茉麻がなんとなく落ち着かずにすごした日曜日。
その翌日月曜日の雅はあきらかに上機嫌で何度も千奈美に気持ち悪がられていた。
いいことなのか悪いことなのか、今日に限って梨沙子と愛理は教室に現れなかったが、
その雅の様子を横目に見ながら茉麻はため息の多い一日を過ごした。

「みや、ちょっと来て」
「え、今?」
「うん。すぐすむから」

放課後になって、そわそわと携帯を開いた雅を茉麻は呼び止める。
雅は一瞬顔をしかめたが、携帯にすばやく指を滑らせるとポケットに押し込んで茉麻のあとに続いた。

二人が屋上にあがると頭の上には綺麗な空が広がっていた。
茉麻はその空をぼんやりと見上げる。

梨沙子は、空を見るのが好きで。
絵を描くのが好きで。
本を読むのが好きで。
そんなこと、雅は知っているのだろうか。
これから知っていくのだろうか。

屋上のフェンスにもたれた茉麻の視線は空から雅へと移動する。
じっと見つめられて不思議そうに首をかしげた雅に、茉麻はゆっくりと口を開いた。

「あの子のこと泣かしたりしたら、あたし許さないからね」
「え、なんで茉麻が――、ああ。梨沙子ちゃんに聞いたんだ。付き合うことにしたの」
「………」

一瞬面食らったような表情をした雅だったが、すぐに緩んだ口元を隠すように前髪を触った。
聞いていない。
茉麻は梨沙子から何の報告も受けていなかった。
どうでもいいことを何でも話したがる梨沙子なのに、そんな大事なことを教えてくれなかった。
茉麻にとってはそれも大きなショックだった。

「んー。まあ、まさかうちに……なんて思ってもみなかったからすっごいびっくりしたけどさ。
 でもなんか茉麻のこと見てたら、年下の彼女ってのもいいなあって思ってたから」
「そんな適当な気持ちで……っ」
「違う違う。最近ちょっとずつしゃべってていい子だなーって思ってたし。
 やっぱりすっごいかわいいし。ちゃんと大切にしたいって思ってるよ」

茉麻は思わずフェンスから背中を離して体を乗り出すと、恥ずかしそうにする雅の顔を見つめた。
ちょっと口元はにやけてるけど、それは多分本当に梨沙子の気持ちを嬉しいと思っているからだろう。
見た目と違ってそういうところは真面目なヤツだって、それくらい知ってる。
梨沙子のことをちゃんと任せられる相手だ。
何よりも梨沙子自身が選んだ相手なのだから口を出すようなことはできない、と茉麻は思う。
何かを言うのならもっと早く。雅にからかわれたときに言うべきだった。

(……何を?)

何を言っていれば、今この体にまとわりつく喪失感を拭い去れただろうか。

(いや)

茉麻は軽く目を閉じた。
言うことなんて何もない。
今の自分はずっとそばにあったものがいきなり奪われることに動揺しているだけだ。
茉麻は自分の内側に見えそうになった気持ちに重く蓋をした。
もし本当にそんなものがあったとしても、もう遅い。
それなら確認しないほうがいいに決まっている。
ゆっくりと目を開くと、雅の肩越しに見える空が明るくて目の奥がじんと痛んだ。
 
507 :君の隣 :2010/06/03(木) 19:26

大きな目を潤ませてぱちぱちと瞬きをする茉麻をどう思ったのか、
雅はにやりと笑って一歩近づくと、その肩をぽんと叩いた。


「ま、うちらを見習って茉麻もうまくいっちゃえば? ――梨沙子ちゃんとさ」


「………。ん?」

からかうような口調で付け足された名前に、茉麻は一瞬思考を奪われる。
雅の言葉の意味がよく理解できなかった。
もう一回言ってほしいんだけど。
茉麻がそう言おうとした瞬間、雅の携帯が鳴った。

「あ、愛理だっ。もっしもーし。――うん。あ、ごっめん。今屋上なんだ。
 ――えー。わざわざ来てくれたんだ。ごめんね。――ううん。うちがそっち行くよ。
 ――ダッシュで行くから。ホントめっちゃダッシュ。――大丈夫だよお。すぐ行くねっ」

屋上高く響く気持ち悪いくらい甘い雅の声。
ぱちんと閉じた携帯を、愛しそうに眺める。

「じゃ、愛理教室まで来ちゃったみたいだから、うち行くわ」
「愛理、ちゃん」
「一緒に帰る約束してたんだ。いやー。彼女持ちってこういうのが楽しいよねえ」

にやけた顔を隠そうともせずにうきうきとスカートを翻す雅の背中を、茉麻は呆然と見送った。
その顔のままで行ったら愛理ちゃん引くと思うよ。
どこか冷静な頭の隅でそう思ったが、つっこむべき相手はすでに屋上から消えていた。
茉麻は脱力したようにもう一度フェンスに背中を預けると、
軽く目を閉じて奪われたままだった思考をめぐらせる。

「愛理ちゃん……?」

雅の通話の相手は愛理。
気持ち悪いくらい甘い声の相手は愛理。

『付き合うことにした』

その相手は愛理。
それはつまり、梨沙子の恋はかなわなかったということなのだろうか?
毎日あんなに嬉しそうにしてたのに?
……梨沙子は今、どこで何をしているんだろう。
 
508 :君の隣 :2010/06/03(木) 19:27

かちゃ

がちゃん

ぱた、ぱた


ドアが閉まるまで歩き出さない癖。


ぱた、ぱた


少し足を引きずるみたいな足音。
ふわふわした髪が揺れる、その気配までがすぐ身近に感じられて。


「マ……茉麻」
「……噛んだ」
「だって慣れないんだもん」
「慣れなさい」

唇を尖らせるその仕草。
目を開かなくてもわかるし、目を開かなくてわかっても驚かない。
茉麻がゆっくりと目を開くと、覗き込むように上目遣いの梨沙子の目とあった。

「なんで」
「夏焼先輩が、茉麻屋上にいるからって行っておいでって」

余計なおせっかい。
一瞬そう頭をよぎったが、瞬きをする間に思い直す。
そして、今、梨沙子に会いたいと思っていた自分に気づいた。

「みやは?」
「愛理と帰った。あ、あのね、すっごいニュースがあるんだよっ」
「知ってる」
「へ?」
「愛理ちゃんとみやが付き合うことになったんでしょ」
「えーっ。なんで知ってるの?」
「さっきみやに聞いた」
「なんだあ」

にこにこ……というよりむしろにやにやしたようなだらしない笑顔。
ずっと見慣れてきた顔。
そんな内心で、失恋の悲しみを隠して……いる、わけがない。
梨沙子は思っていることが表情にも機嫌にも露骨に出る。
今すごく嬉しそうで上機嫌なのは、親友の恋がかなったことを本当に嬉しく思っているからに間違いない。
と、いうことは。

「梨沙子はさ、みやのことどう思う?」
「夏焼先輩? かっこいいよね」
「ふーん」
「優しいし、面白い」
「……ふーん」
「あっ。でもママの方が優しい!」
「『ママ』」
「ま、茉麻の方が面白いし、好きだよ」

――好き。

「梨沙子」
「うん?」
「空、綺麗だよ」
「わ。ホントだー」

茉麻が指差す方向へ振り返った梨沙子が感嘆の声を上げる。

空を見るのが好きで。
絵を描くのが好きで。
本を読むのが好きで。

(あたしのことが、好きで)

「……帰ろっか」
「うんっ」

茉麻が手を差し出すと、梨沙子は甘い笑みでその手を取ってぐいっと自分の方へ引き寄せた。
その力に従うように茉麻は屋上のフェンスから体を離す。
腕を回せば抱き寄せられるだけの距離で、でも梨沙子は動揺もなく茉麻を見上げる。
その視線から逃れるように、茉麻は梨沙子の手を引いて扉へと足を進めた。

屋上にふわりと吹いた風が梨沙子の髪を揺らした。


小さいころからずっと聞きなれていた梨沙子の好きという言葉に、どきっとした。
それは確かだけれど、でもそれが雅に言われて意識しただけなのか、
自分の気持ちの変化から来るものなのかは茉麻にはまだわからなかった。
だけど確かに、梨沙子の隣を誰かに取られたくないと思う気持ちは強く茉麻の中にあって。

それが果たして雅の言うような恋愛感情なのかどうか。
少し真面目に考えてみてもいいかもしれないと思った。
 
509 :esk :2010/06/03(木) 19:30
『 君の隣 』   終わり

あと1人っ。しかし最大の難関w
510 :esk :2010/06/04(金) 19:16
須藤さん総当り計画第6弾。ちなまぁ。
あんなに苦しんだのにいきなりサクッと書けてびっくり。
ありがとうボンバー。

『 夏じゃん! 』
511 :夏じゃん! :2010/06/04(金) 19:17

力いっぱいペンキをぶちまけたような真っ青な空に千奈美の笑い声が吸い込まれる。


突然の真夏日和となった今日に限って朝からハードスケジュールで、
ロケ中の機材準備にやっと貰えた休憩時間に、メンバーのうち何人かはバスの中で眠っているみたいだ。
そんな中、千奈美はさっきからみやと一緒になって噴水に足をつけてはしゃいでいる。
緑濃い公園の真ん中、夏の強烈な日差しが噴水まわりをくっきりと照らし出す。
あたしは日陰のベンチからぼんやりそれを眺めていた。

「すーちゃん、こんなとこにいたんだ」
「……桃?」

逆光に目を細めると、いつの間に近づいていたのか桃がにこにこと笑いながらあたしを見下ろしている。
一番にバスに引きこもったはずなのに、どうして出てきたんだろう。
一瞬首をかしげたけど、その疑問はすぐに解けた。
衣装のスカートを気にしながらあたしの隣に座った桃は、噴水の方をまぶしそうに眺める。
その横顔が幸せそうにほころんでいて、
普段絡みづらいくせにこういうとこ意外とわかりやすい桃があたしは結構好きだったりする。
みやももう少し気づいてあげればいいのにね。

「っていうかあれほっといていいのかな。衣装濡れるよね」

あたしの視線に気づいたのか、桃はほころんだ頬をごまかすように顔をしかめてあきれた声でそう言った。
確かに。スタッフさんからNGが出るのは時間の問題だろうな。

千奈美が細長い手足を振り回して噴水の水を跳ね上げる。
日に焼けた肌も、甲高い歓声も、短く切った明るい髪も。
千奈美には夏が似合う。
自分の白い肌も長い黒髪も、気に入ってはいるけど夏は似合わないなと思う。
そう思うと千奈美がうらやましい。

はじける水滴が太陽の光を反射してきらきらと光っていて。
天然のレフ板に囲まれた千奈美の笑顔が――。

「『千奈美の笑顔がまぶしい』」
「……っ」
「とか考えてるでしょ?」

桃のいたずらっぽく弧を描く口元に、顔が赤くなるのを感じた。
ぷいと顔をそらせると、うふふと桃の楽しそうな声が隣から聞こえてきた。

「……悪い?」

なんか悔しくなったから開き直ったら、
一応意表をつくことはできたのか、桃がひゅうっと掠れた口笛を吹いた。

「いやあ、今日は熱いなあ」
「漢字違うし」
「すーちゃんって意外とわかりやすいよね」
「そんなことないと思うけど」
「徳さんももうちょっと気づいてあげればいいのにね」

からかうみたいだった口調を少し和らげて桃が言った言葉は、
ついさっきあたしが考えていたこととよく似ていて、思わず桃を振り返った。

「ん?」
「いや。みやもね、って思ったの」
「……ホント、頼むよ」

桃がわざとらしくふてくされたような仕草でベンチに背をつける。
顔を見合わせると二人して思わずぷっと吹き出した。
こんなあたしたちだから、想う相手よりも先にお互いの気持ちに気づいちゃったんだろう。
 
512 :夏じゃん! :2010/06/04(金) 19:18

「まぁーっ、ももーっ」

顔を見合わせて笑うあたしたちの名前を呼ぶ甲高い声。
声のほうに振り返ると、千奈美がこっちに向かって長い腕をぶんぶんと振っていた。
その隣でみやも手を振っている。
あたしと目が合うと、千奈美はぴょんぴょんと飛び跳ねた。

「おいでよっ」

その笑顔は夏の日差しよりももっとずっと明るくまぶしい。

「行こ」

ベンチから飛び降りた桃に手を引かれて、あたしも慌てて体を起こした。
日陰から出ると夏の直射日光が肌を刺す。
日焼けしちゃうなってちらりと思ったけど、激しく手招きをする千奈美を見たらそんな考えもふっとんだ。


あの笑顔が近くにあるのなら、日焼けだってきっと楽しい。
 
513 :esk :2010/06/04(金) 19:22
『 夏じゃん! 』   終わり

総当り計画終了〜。まさか全員書けるとは思ってもみませんでした。
実験的にやってみた総当りでしたが、やっぱりすももが書きやすいかなあ。
菅谷さんに盲目的な須藤さんも好きですけどねw
話としてはキャプまぁのヤツが書いてて楽しかった〜。
514 :名無飼育さん :2010/06/06(日) 18:45
スーちゃん、総当りお疲れ様です。
梨沙子はマストですよね。千奈美はあまりないですけど、また見てみたいです。
515 :esk :2010/06/08(火) 01:39
読んでくださった方、ありがとうございます。

>>514さま
大変な組み合わせもありましたけど、なかなか楽しかったですw
徳永さんは難しかったんですけど、また何か降りてきたら書きたいなあ。


次はみやさき。雰囲気だけエロ注意。

『 渇く 』
516 :渇く :2010/06/08(火) 01:40

すぐ側にあったぬくもりがふいに消えて、うちの意識はゆらりと覚醒する。

「……キャプテン?」

口を出た声は朦朧としてた。
半ば無意識に手を伸ばすと、側にないぬくもりに指先だけをつかまれる。
けれどそれさえもすぐにするりと抜けてしまった。

そのぬくもりを追うように重い頭をベッドから起こすと、
部屋の隅に据えてある冷蔵庫を開ける小さな背中が暗がりの中真っ白に浮き上がる。
少しかがみこんでいる分を差し引いたとしても、その背中はずいぶん小さい。
小柄なだけで年は自分とそう変わらないとは思うけれど実際の年なんて知らない。
名前も、どこで何をしている子なのかも。
知っているのは、誰かに呼ばれていた呼び名と、その手に触れられると熱くなる自分の温度だけ。

遊び仲間に連れられて入ったバーで出会ったのは数時間前のこと。
それだけ知っていたら十分だときっと彼女は笑う。
だけどうちはこの熱の先にあるモノを知りたかった。


ぱき


冷蔵庫から取り出したボトルのキャップをひねる音。
続いて聞こえてきた水を飲み下すゴクゴクという音に、衝動的に激しい渇きを覚えた。

「キャプテン」

もう一度繰り返した彼女の呼び名は少しはっきりとしていて、思うよりも感情的な声になった。
それは彼女にも十分伝わるくらいだったんだと思う。
薄暗がりの向こうから、ふ、と小さく笑みを含んだ吐息が聞こえた。
ゆったりと振り返った彼女がベッドの方に足を進める。
何も身に着けていない真っ白な体は息を呑むほどに綺麗で、
しなやかな身のこなしは気位の高い猫を思わせる。

「みやものど渇いたの?」

甘い声はささやくように少し低められていた。
顔の前で揺らしたボトルがちゃぽんと音を立てる。
フットライトに照らされた金色の水面がとぷとぷと揺れた。


――渇く。
渇いて。たまらない。


「欲しい?」

ボトルを片手に口元を緩めて、ぎしりとベッドにあがる。
あいた手が視界を奪うようにうちの顔を覆った。
触れた指先がしなやかに顔の上をすべり、そのまま体の中心に沿って
のど、胸元とゆっくりとなでおろされていく。
他人の体に触れることに慣れた手つきに、うちの呼吸は簡単に乱れた。

「どっちが欲しい?」
「どっち……って」
「水と、あたしの手」

ごくりとのどを鳴らす。
ひどく渇いたのどは張り付くようで。
体はたまらなく潤いを求めている。

「どっちが欲しいか言ってみなよ」
「……、…」
「みやの欲しい方をあげる」

どうしようもなく、のどの奥がひりつくような渇きは。
たまらなく、体が求めている潤いは。



滑らかな背中に腕を絡めて抱き寄せる。
噛み付くように唇を重ねると、彼女はのどを鳴らして笑った。
 
517 :esk :2010/06/08(火) 01:42
『 渇く 』   終わり

こういう話は書くの楽なんですw
518 :esk :2010/06/15(火) 21:38
やじすずー。高3と中3設定。

『 昼寝 』
519 :昼寝 :2010/06/15(火) 21:39

コンコン

コンコンコン

「……舞美ちゃん?」

舞美ちゃんの部屋のドアを何度かノックをしたんだけど返事がなかった。

今日学校帰りにおうちに寄ることは前々から約束をしていて、
舞美ちゃんのお母さんにも話は通っていたみたいですぐに舞美ちゃんの部屋に上がってこれたけど、
返事がないってことは寝てるのかな?

「舞美ちゃん……入るよ?」

小さくつぶやいてそっとドアの隙間から部屋を覗き込んだら、やっぱり……寝てる。
ベッドに体を投げ出している舞美ちゃんは一応私の声が届いたのか、
んーって声にならない声を出して寝返りを打ったけどそれだけで、そのまま大人しくなった。
起きる様子はないみたいね。
音を立てないように気をつけながらドアを閉めて、そっとベッドに近寄る。

ひざを突いて顔を覗き込むと、ちょっと緩んだ寝顔に思わず口元が緩む。
しかも制服のままベッドにねっころがってるから寝返りを打ったときにスカートがめくれて……、
あーあ、パンツ見えてるよ。
こんなカッコ見てもどきどきとかしなくて、もーしょうがないなあこの人はって思う。

赤いチェックのスカートをそっと戻して、
このままだと寒そうだしベッドの隅に畳んであったタオルケットをかける。
お仕事のときはきりっとしてて頼りになってカッコ良くて好きだけど、
こういう無防備な舞美ちゃんもかわいくて大好きだなって思う。

気持ちよさそうにすーすーと寝息をたてる舞美ちゃん。
起こすこともないよね。
宿題でもしてよう。
 
520 :昼寝 :2010/06/15(火) 21:39

「……んん?」

どれくらいの時間がたったのか、低くこもったような声が聞こえてきて、
ちらりと視線を向けると舞美ちゃんがいきなりむくりと体を起こした。
焦点の合わない目をこすりながらぱちぱちと瞬きする。

「あいり?」
「おはよ」
「うん。……えへへ」

はれぼったい目でゆるく笑う。
乱れた髪をかき上げるとぶるぶると頭を振った。

「んー。寝てたー」
「制服のスカートしわになるよ」
「あ、そだね」

とりあえず一番気になっていたことから告げると、
ベッドから立ち上がった舞美ちゃんがぱたぱたとスカートをはらう。
すぐそばに座ったままの私に鼻先にそのすっきりとした足が伸びている。
その足に、どきん、ってした。
さっきはなんとも思わなかったのに、なんでか急に胸が騒ぎだして、
私は慌てて舞美ちゃんの足から目をそらして宿題を再開する振りをする。
でもああ、やばい。耳が熱い。

「愛理」
「うん?」

舞美ちゃんの少し眠たげな声で名前を呼ばれて、
でももう私はうなずくだけで顔を上げることもできない。

「あーいりー」
「なーにさー」

歌うように呼ぶ声に同じように返して、ごまかすように教科書をめくる。
えっと、ここの公式が……。

ぱさ

――ん?
軽い物音に、無意識に舞美ちゃんの足元に視線を向けてしまった。
公式にアンダーラインを引こうとマーカーに伸ばした手が空中で動きを止める。
舞美ちゃんの足元でくしゃってなってるのは、赤いチェックの――。

「ま、舞美ちゃんっ?」

やっと自体を理解してぎょっとして顔を上げると、予想通りというか当然の展開な視界。
突然にあまりにも刺激的な光景に私の耳はもう燃えそうに熱い。
絶対真っ赤になってるってわかってるけど、もうごまかそうとか思うような余裕もない。

「なななな何してんのっ?」
「えー。だってスカートしわになるって愛理が言ったんじゃん」
「そうだけどっ」

だからって、今そんな、こんな距離で脱ぐことないじゃんっ。
思わず座ったままで後ずさりしながら視線をもっと上に向ける。
でも舞美ちゃんの手はすでにブラウスのボタンをはずし始めていて。

「ねえ、愛理」

にこって、さわやかな笑みをうかべて。


「しようよ」


なんて言う。
この人にはホント、かなわない。
 
521 :esk :2010/06/15(火) 21:40
『 昼寝 』   終わり
522 :名無飼育さん :2010/06/19(土) 04:52
大好物キテタ!!!1
523 :esk :2010/06/19(土) 21:44
読んでくださった方、ありがとうございます。

>>522さま
キテマシタ!



>>113-172『 風を使う 』
>>289-316『 風を使う2(砂漠のマーケット)  』
の続き? 2と時系列がおかしいですが、気にしないでくださいw
BQと銘打っているのに中澤さんメインでごめんなさい。お誕生日なのでお許しを。

『 風を使う3(中澤裕子) 』
524 :風を使う3(中澤裕子) :2010/06/19(土) 21:46

佐紀は今日も戦利品を携えて中澤の下を訪れていた。
取引もあっさりと終わって雑談していたら、中澤は思い出したようにあるものを差し出した。

「そうや。坊、誕生日プレゼントやるわ。手ぇだし」
「裕ちゃんホント? ありがとうっ」

しゃらりと佐紀の小さな手に落とされたのは、見事な装飾が刻まれた懐中時計だった。
佐紀はそれに見覚えがあった。
父の愛用品だ。
一瞬父に何かがあったのかとはっと顔を上げたが、中澤のにやにやした顔にすぐに目をそらした。

「会ったの」
「あたしは恩義は忘れん女やからな。たまに行ってるねん。坊もたまには帰ったり」
「そのうちね」
「意地張りな。18言うたら子供とちゃうねんから」

ひらりと手を振って中澤の言葉を軽く受け流すと、佐紀は懐中時計を手の中でころりと転がす。
軽く指を添えて蓋を開くと、文字盤の装飾はシンプルだ。
時間が見にくいと時計の意味がないだろう。
鷹揚に笑う父はまだはっきりと記憶に残っている。

生まれ育った集落を出てから何年が過ぎたか。
父などあの時とそう変わりはないだろうが、自分はどうだろう。
あまり背は伸びなかった。今でも少年に間違われることもある。
けれど、いつの間にか『坊』に戻ってしまったが、一時中澤からの呼び名が『嬢』に変わったのは、
自分が変わったということなのかもしれない。
それだけの時間が過ぎたということか。

……そういえば。
佐紀はふと顔を上げた。
まだにやにやしたままの中澤がそこにいた。


この人も、あの時と全く変わりない。


もう10年ほど以前になる。
初めて出会ったあの時と。
 
525 :風を使う3(中澤裕子) :2010/06/19(土) 21:47

◇◇◇

「桃、起きてよー」
「……むり」
「もー」

目を開こうともしない桃子を佐紀はがくがくとゆするが、桃子が起きるような気配はない。
腕で隠そうとする青白い横顔を見ると、佐紀もこれ以上桃子をゆするのはかわいそうな気がしたけれど、
朝一番に聞いたビッグニュースはどうしても桃子と共有したかった。

「ほらあ」

腕をつかんで布団から引っ張り出すと、目の開かない桃子を引きずるように外に連れ出す。
外の空気になんとか少し目の覚めてきた桃子も、
集落の人たちの様子がなんだかそわそわしていることに気づいたのかきょろきょろとあたりを見回ている。

「なんかあったの?」
「流れ着いた小船に女の人が乗ってたんだって!」
「へえ。遭難かな。生きてたの?」
「大怪我してるみたいだけど生きてるみたい」



深夜に集落の入り江に流れ着いた女性はひどい怪我を負っている上にかなり衰弱していたようで、
はずれの小屋に運び込まれるとすぐに意識を失ったらしい。
しかし今朝になって意識が戻ると、比較的はっきりとした言葉で話し始めた。

「感謝の言葉もありません」

中澤裕子と名乗った女性は、まだ体を起こすこともできず横になったままで深く瞑目した。
集落の長である父親の背後に座り、佐紀はずいぶん綺麗な人だなと思った。
(桃子は佐紀よりもっと後ろに下げられたため、その顔色をうかがうことはできなかった)
上掛けから覗く肩や首筋から、小柄で華奢な体つきが見て取れる。
短い髪は見慣れない明るい色をしていた。
衰弱したやつれた顔なのにその目は強い光を宿しており、佐紀はその光から目を離せなくなった。

「気にすることはない」
「ありがとうございます。失礼でなければ、ここはどういった……」

鷹揚に笑って長が応えると、中澤は目だけで部屋を見渡すようにして、長に視線を戻した。
長はもう一人、この部屋の隅に座る初老の男と目配せをする。

深夜、この状態の中澤がどの程度の様子を見取ったかはわからないが、
この集落は切り立った崖に隠れるように船を何艘も浮かべて作られている。
回漕業をなりわいとしているがその顧客には正規商のほかに海賊や奴隷商なども含まれていた。
そのため取引などは全て沖合いの船上で行われており、
この存在を知っているものは集落の人間以外にはほとんどいない、いわゆる隠れ里である。

「まあしがない回漕屋ですよ」
「そうでしたか」

礼節を崩さずにそれでも抜け目ない目をして見せる中澤に、長は少し考えるそぶりを見せる。

集落の事情もあり、中澤を見つけた見張りの者は船から彼女を引き上げることをためらったが、
報告を受けて様子を見に来た長の一声で中澤はこの小屋に運び込まれた。
身に着けていた皮袋に無造作に詰め込まれた大きな宝石のついた装飾品。
長年にわたると思われる鞭打たれた跡と、直近に負わされたと見られるいくつかの大きな傷。
彼女の素性と事情はそれだけで知れたようなもので、
そうなればなおさら、やっかいごとはさけて見捨てるべきだという意見も多かった。

「もう休まれた方が良い」
「お気遣いありがとうございます」

深く瞑目する中澤を見下ろし、長は集落の皆の意見を退けてまでこの女性を助けた自分の考えが
間違いではないだろうと小さく笑みを浮かべる。
そのまま静かに立ち上がると、名残惜しそうに振り返る佐紀や桃子たちを促して小屋を出た。
 
526 :風を使う3(中澤裕子) :2010/06/19(土) 21:48

ふ。

数日がたった昼過ぎのことだった。
人の気配を感じて中澤が重いまぶたを開くと、それに驚いたのか顔に影を落としてた人影が慌てて離れていく。
顔を覗き込まれていたのだろう。
まだ自分一人では体を起こすこともできず、
顔だけを横に向けると小さな少年と少女が少しおびえたような目でこちらを見ていた。
ふと視線を向けると、眠る前には空になっていたはずの枕もとの水差しに水が満たされている。
これを持ってきてくれたのだろう。

「ありがとうございます」

頭を下げる代わりに目を伏せると、二人は逃げ出すように側を離れようとしている。
中澤はとっさに二人を引き止めるように声をかけた。
まともに体を動かすことも出来ない。眠ることにも飽きてきたところだ。
顔を覗き込んでいたということは少なくとも自分に興味があるのだろうし。

「待って下さい。そちらは長のお子さんですよね」

大人に丁寧な言葉で話しかけられて戸惑ったのか、少年の方が驚いて足を止めた。
長は日に一度はこの小屋を訪れて様子を伺っていく。
そのとき、必ずその背に隠れるようにしてついてくる少年だ。年は5つ6つくらいだろうか。
今日は姉なのか友達なのか、ひとつふたつ年長と思われる少女と一緒だった。

「坊ちゃん、お名前は?」
「――っ」

少年は中澤の問いに目を見張ると、くっと唇をかんで顔を背けた。
警戒心が強いのかもしれない。

「私は中澤裕子といいます。坊ちゃんのお名前を教えてもらえませんか」

長に名乗った時側にいたのだから知っているはずだが、中澤は警戒を解くように丁寧に言葉を重ねた。
しかしその中澤の言葉に、今度は少女の方がむっとして少年の手を引く。

「行こう、佐紀ちゃん」

小声で言ったつもりだったのだろうが、
小さな子供特有の甲高い声はすぐ側にいる中澤の耳にはっきりと聞こえた。
そしてその言葉に中澤は自分の失敗を知る。

「失礼しました。……お嬢さんでしたか」

後悔につぶやいた中澤の声は届くことはなく、すでに二人は部屋を出て行っていた。



「ははは。そんなことがあったか。どうりで佐紀の機嫌が悪いわけだ」

しばらく経って様子を見に来た長に先ほどのことを伝えると、長は声を上げて笑った。
いつも側にいた少年――もとい少女は今はいない。

「長からも私が謝っていたと伝えてもらえませんか」
「いやいや、かまわないよ。むしろこれからも坊主と呼んでやってくれ。
 これを機に桃子くらい女の子らしくしてくれるかもしれない」
「桃子?」
「同じ年頃の女の子が一緒にいなかったかい。大抵いつも一緒なんだが」
「一緒でした」

中澤の脳裏にはしっこそうな目をした少女が思い出された。

「副長の子でね。生まれが幾月かしか変わらないので姉妹のように仲良く育ってくれた」
「お年は」
「体は小さいが二人とも8つだよ」

年を聞かなくてよかった。
長の返答に中澤はほっと胸をなでおろした。
 
527 :風を使う3(中澤裕子) :2010/06/19(土) 21:48

体が起こせるようになり、ゆっくりと歩くことができるようになり、中澤の体は順調に回復に向かっていた。
リハビリがてら集落の中を歩き、時には手仕事を手伝ったりするようになって、
集落の者とも少しずつ打ち解け始めていた。
今日も集落の女たちと一緒になって帆の修繕をする中澤。
そしてその傍らには佐紀と桃子がいた。

「ねーねー、裕ちゃんはどこから来たの?」
「東の方やな」
「どんなところ?」
「ええとこやで。みんな元気が良くて、楽しくて」
「へえー」
「おいしいもんもいっぱいあったしな」
「いいなあ」

感心したように目を丸くする佐紀。
その側で、桃子も口数は少ないが、興味はあるようでじっと中澤の顔を見つめている。
佐紀を少年と間違えてしまった事件から、しばらくは中澤の下を訪れなかった二人だったが、
不愉快が興味に負けたのか、最近になってようやく親しく会話を交わすようになった。
その後は子供ゆえか、すぐになつかれて今ではべったりとくっついて離れなくなってしまった。
中澤もそんな二人をかわいく思っている。
また、長の子である佐紀がなついたことにより、
まだどこかよそよそしかった集落の人々の態度も柔らかくなったことも感じており、
そういう意味でも中澤は佐紀や桃子の面倒を良く見た。

「じゃあ裕ちゃんはなんでそんないいところから出てきたの?」

佐紀の邪気のない問いに、中澤は平生を装いながらも少し返答に迷う。
側にいた女たちを視線だけで伺うと、こちらの話に気づいているようには見えない。
中澤は佐紀の目をじっと見つめると柔らかい声でこう言った。

「……まあ、人生色々やな」
「じんせいがいろいろ?」

佐紀にはまだ中澤の言う意味がわからないのか、難しそうに眉を寄せている。

「生きてたら嫌なことも楽しい事もいっぱいあるってことや」
「嫌なことは怪我したこと?」
「そうやな」
「楽しいことは?」
「……ようさんありすぎて全部はしゃべられへんな。ああ、ここに来れたことも楽しいことやで」
「ここに?」

その声が含んだ意外そうな色に気づいて、中澤は佐紀を見つめる。

「なんや。坊はここが嫌なんか」
「……だって」

側にいる女たちに聞こえないように小声で訊ねると、佐紀は自分の膝元に視線を落とした。
その佐紀の顔を気遣うように桃子が覗き込む。
回漕業。いわゆる運び屋の地位は低い。
実際には佐紀の集落はこの海域では名が通っており、その筋では一目置かれていて暮らしも裕福だったが、
やはり一般的には低い身分と見られることが子供心につらく、佐紀はそれが嫌だった。

「裕ちゃんは偉い人だったんでしょ」
「……なんで」
「なんとなく」

うつむいたまま上目遣いで訊ねる佐紀に、今度ばかりは中澤も驚きを隠せなかった。
たしかに自分の身分は、佐紀の言う『偉い人』に相当するものだったことがある。
しかしそれも記憶に遠い昔のこと、今では表に出さないようにしているつもりだった。
それを10にも満たない子供に見抜かれたことに驚いた。

佐紀は中澤の怪我の看護も手伝ったため鞭打たれた痕も見ていたが、
中澤の態度や物腰に、その痕から想像できるような身分であるとは思えなかった。
気さくで話しやすい物腰の裏にある、どこか気高く強い光。
佐紀は中澤のその光に惹かれてた。
それは、自分にはない身分の高さからくるものだと思っていた。

黙ってしまった中澤に、聞いてはいけないことを聞いたと悟ったのかもじもじとする佐紀の髪を、
中澤はゆっくりと撫でた。

「坊」
「うん」
「人生は色々やで」
「楽しいことも嫌なこともいっぱいある?」
「そうや。ひとつくらい嫌なことがあってもそれが全部とちゃうねんから、ちゃんと自分の周りは全部見とき」
「……うーん?」
「嫌なことばっか見ておもろいこと見落としたらそっちのが損やろ?」
「んー……そうだね」

全てを納得したわけではなさそうだが、少し晴れやかに顔を上げた佐紀に、
桃子もほっとしたように頬を緩めた。
 
528 :風を使う3(中澤裕子) :2010/06/19(土) 21:52

中澤が流れ着いてから半年ほどの時間が過ぎていた。
怪我もすっかりよくなった中澤は、ある夜、長の下を訪ねた。
座を正すと深く頭を下げる。

「どうした。改めて」
「長く、お世話になりました」
「……行き先はあるのか」
「どうにかなるとは思います」
「そうか。佐紀や桃子が寂しがるな」

長は小さく吐息をついたが、そろそろ中澤がこう言い出すことは予測していたのであろう、
引き止めるような言葉は言わなかった。
中澤はゆっくりと顔を上げるとじっと長の目を見つめる。

「一度聞きたいと思っていたのですが」
「なんだ」
「あの時、なぜ私を助けてくれたのですか」
「………」

長は腕を組んで考え込むように中澤を見つめている。
長い沈黙の後、ためらいがちに口を開いた。

「……佐紀が」

その名を出してしまってから苦笑いを浮かべる長に、気を張っていた中澤も少し頬を緩めた。

「坊が?」
「あれはこの集落を嫌っている。おそらくいずれここを出て自分で自分の道を切り開いていくだろう」
「頼もしいじゃないですか」
「お前は父親の気持ちがわからない」

にやりと笑った中澤に長は憮然とした表情で顔をしかめた。
その拗ねるような口調に中澤はぷっと吹き出す。
年若く今の地位についた長は中澤とそう大きく年の差がない。
佐紀という存在を間におけば、旧知の友人であるような錯覚に陥った。

「あれは母親を幼い頃になくしている。私は長としての役割もあった。
 集落の人間はあれを大切にしてくれたが、やはりここを出れば心の拠り所をなくすかもしれない」
「私に坊の母親代わりになれと?」
「代わりではない。お前のような意志の強い女性がいることがあれの心に残ればそれでいい」
「そのために助けたんですか」
「そうだ」
「坊がいなければ見捨てられていたということですか」
「どうかな」

にやりと口の端に笑みを浮かべる。
人当たりのいい人物だが、なにせこのような集落を治めている長だ。
一筋縄でいくような人物であるわけがない。
おそらく、見捨てるべきものはすっぱりと見捨てただろう。

「それは……私は一生、坊に感謝しないといけませんね」
「そうしてもらえると助かるよ」
「何かがあったら連絡させていただきます」

くすくすと笑う長にもう一度頭を下げ、中澤が立ち上がろうとしたとき、その膝元に何かが投げ出された。

「それは餞別だ」

中澤が膝元に視線を戻すと、それはここに流れ着いたとき自分が身に付けていた皮袋で、
不審に思って開いてみると中には宝石類がぎっしりと詰まったままだった。
助けられた時に礼として長に手渡していたものだ。
これを渡していると思うから中澤も気兼ねなく治療も受けたし養生に励むことができた。
それを返されてしまうと……困る。
戸惑う中澤に、長は押し返すような仕草をして見せた。
仕方なく中澤は袋の中に指を伸ばし、その中から細いチェーンを引っ張り出す。
先端に通されたコインには数々の宝石が埋め込まれていた。
その宝石の配列は、中澤が生まれたとき、彼女の宿星になぞらえて作られたものだ。
中澤の取り出した物を見て、長は小さく笑った。

「そんな物騒なものを置いていかれてもこっちが困る」

さすがだな、と中澤は思った。
これが何かわかっている。
わかった上で自分をこんなに長く集落において、これからもかかわりを持とうとしている。

「このムラに貸しがあることを忘れないでくれ」

鷹揚な態度を崩さない長に、中澤はもう一度深く頭を下げた。
 
529 :風を使う3(中澤裕子) :2010/06/19(土) 21:56

「裕ちゃんっ」

旅をするための準備は、親しくしてくれていた集落の女たちが整えてくれた。
それを持って小屋を出たところで、転がるように走りよってきた二人の少女に中澤は頬を緩める。
佐紀と桃子は泣きそうな顔で中澤にしがみつく。

「出て行っちゃうってホントっ?」
「ああ。聞いたんか」
「ホントなんだ……」
「ずっとここで世話になるわけにもいかんやろ」
「どこに行くの?」
「西の砂漠にあるマーケットに昔馴染みがおるらしいねん。とりあえずそこに行ってみるわ」

かつての仲間がマーケットを運営していると聞いている。
服の下に下げたコインにそっと触れる。
これをかさに着るのは気が引けるが、そう言っていられる立場ではない。

「そこは危なくないの?」
「安全ではないやろけど。ま、なんとかなるやろ」
「……気をつけてね」

佐紀のくっと唇をかむ仕草に、中澤は佐紀の髪をくしゃくしゃと撫でた。

頼まれなくても。
この子を愛しく思う自分がいた。
頼りなさそうに見えて、自分の気持ちには頑固で芯が強い。
人を見る目もあるし、好奇心旺盛。
少し素直で心優しすぎるところが、こういった世界で生きていくには気になるところであるが、
あの父親の子供なのだ。たぶん心配はないだろう。
いつかきっと、大きなことを成し遂げる人物となる。
その成長に加担できるのであればそれはなかなか面白い。

いつもは口数が少なくあまり表情を変えない桃子も、今ばかりは佐紀の隣で泣きそうな顔をしていた。
佐紀が何かを成し遂げる、そのときに側にいるのは、きっとこの子だろう。
自分は見守るだけで良い。

「いつかもし、あんたらが外の世界に出るようなことがあったら会いに来てぇな」
「……うん」

やわらかく笑みを浮かべる中澤を見上げて、佐紀と桃子は力強くうなずいた。

◇◇◇
 
530 :風を使う3(中澤裕子) :2010/06/19(土) 21:56

佐紀も後に知ることになるのだが――。

中澤は小さいが活気のある領地の領主の一族だった。
しかしある時近隣国に侵略され、捕らえられたのは今の佐紀よりも幼いころ。
そのまま奴隷として10年以上扱われていたが、その国に内乱が起こりその隙をついて逃げ出した。
まさに命がけの逃亡だった。
追っ手をかけられ、大きな傷をいくつも負った。
けれど、持ち前の頭脳と運動神経、野性的カンと運を全てフル活用して、佐紀の集落に流れ着いた。

在りし日、中澤の領地は商業が盛んで活気があった。
逃げ延びた領地の民がその経験を活かして大きな闇市を作り上げているという話は、
捕らえられた国にいたころから聞こえていた。
佐紀の集落を出た中澤はそのマーケットに赴いた。
マーケットを取り仕切っていたのは領地内ではガラが悪く問題を起こしてばかりいた連中で、
中澤のことも領主の一族であるからといった崇拝的な扱いはしなかったが、
実力で認めさせマーケット内での地位を築いた。

佐紀が桃子を連れてムラを出たのは中澤が出てから二年後のことだった。
その後今のメンバーと出会いベリーズを結成した。
中澤に再開したのはその後わりとすぐだった。

ベリーズがまたたくまに今の地位まで上り詰めた裏に中澤の存在はやはり大きかった。
積極的な援助も金銭面の特別視もなかったし、佐紀も中澤の威をかさに着るようなことはしなかったが、
はやり信頼の置ける売買ルートと情報源を持っているというのは海賊としては強かった。



ぱちん。

佐紀が懐中時計の蓋を閉じると、小さな音が部屋に響いた。

「ありがと。今度会ったらあの人にもお礼言っといてよ」
「自分で言いて」
「そのうちね」
「だからそのうちていつやねん」

わざと情けないような顔を作って言い募る中澤がおかしくて、佐紀はくすくすと笑った。
そのとき、ばたんと扉が開いて飛び込んできたのは桃子だった。
佐紀と変わらない小さな体に、大きな袋をいくつも抱えている。

「キャップ! 桃にばっかり買い物させて何遊んでんのっ」
「遊んでなんかないって」
「うそ! もう、重いっ。帰りはキャップが全部持ってよね! あ、中澤さん、お久しぶりですぅ」

立て続けに言葉をつなぐ、甘えるような甲高い声。
そのこびるようなしぐさに、中澤はこめかみを押さえた。
無口で無表情だった子供は、いつのまにやらうざくてこうるさい少女に変貌を遂げた。

「もうええわ。はよ帰り。そろそろ日も暮れるしな」

そのうるささに追い出そうとする中澤に従うように、桃子も佐紀の腕をとってぐいぐいと引っ張る。
子供のころの面影を残していないように見える桃子だが、その本質は変わっていない。
桃子にとって一番に大切なものは佐紀なのだろう。
佐紀以外には、中澤や、きっと仲間たちにさえ、一線を画した生き方を変えない。
中澤はそれを少し危ういと思ったが、それもまたいいだろう。
人生は人それぞれに色々なのだ。

じゃあね、と手を振る佐紀に、中澤はもう一度だけ声をかけた。

「坊。ホンマに帰ったりよ」
「……ホームシックにでもなったら帰るかもね」

そんなもんなるタマかい。
ぼそりとつぶやいた中澤の言葉が聞こえなかったかのように、佐紀はあっさりと部屋を出て行った。



「ホームか」

佐紀と桃子が出て行った部屋で、中澤は小さくつぶやくと襟の中に指を這わせて細いチェーンを引っ張り出す。
夕焼けに鈍く光るコインは、彼女が中澤家の嫡子であることを表す証である。
領地を再興しようなどという夢はもう見ていない。
豊かでにぎやかだった商業都市はもうない。
しかし、捕らえられ、奴隷として扱われた10数年の間。
自分が中澤家の嫡子であるという誇りだけが生きる望みだった。
逃げ出すことを決めたとき、これだけはと奪い返してきた。
(ついでにいくつかの宝石もいただいてきたが)

自分にとってのホームはこのマーケットであり、世界中全ての市場であり……このコインひとつである。

しかし、それも悪くはない。


「人生色々やねえ」

 
531 :風を使う3(中澤裕子) :2010/06/19(土) 21:57
『 風を使う3(中澤裕子) 』   終わり
話逸れすぎですねw
532 :名無飼育さん :2010/06/24(木) 07:54
キャラの横顔が見れるのはステキな事だと思います><
533 :名無飼育さん :2010/06/26(土) 19:43
「風を使う」の世界観が好きです
534 :esk :2010/06/29(火) 23:35
読んでくださった方、ありがとうございます。

>>532さま
ただの裏設定だったんですけど、書いてるうちにノっちゃってw

>>533さま
ありがとうございます。実は私も好きなんです。


すももー

『 37.5 』
535 :37.5 :2010/06/29(火) 23:38

仕事の空き時間。あたしは楽屋のソファに座っていて手には読みかけの小説。
だけどそのページはさっきから進んでいない。
楽屋の中には今日も千奈美の甲高い笑い声が響いていて、
一緒に遊んでいる梨沙子の声もそれに応えるようにどんどん大きくなってきている。
またあの二人は……。と思わずため息がもれた。
いつものことだけれど、近くの楽屋から苦情でも来ないかと心配になる。

なんとなく活字を追うような気にもなれずぼんやりとそちらを眺めていたら、
二人と一緒に遊んでいたはずのみやがふらりと近づいてきた。

「まぁー。これ開けてー」
「はいはい」

みやがペットボトルを差し出す。
これもいつものことだと、本にしおりを挟むとすぐに受け取ってキャップをひねった。
……あれ?

「……硬いね」
「でしょー」
「うわ。これ無理だわ。誰か男のスタッフさんにでも開けてもらって」
「まぁで無理ならそれしかないね。ありがと」
「いやいや。お役に立てずに」

ごめんねと言うと気にするなという風にみやがぶんぶんと手を振る。
その後姿を見送りながら、そういえばあたしものどが渇いたなと思った。
カバンにお茶が入ってたはずと思って楽屋の隅に固めてあるカバンの前にしゃがみこんだら、
背中に重柔らかいものがのっかかってきた。

「ちょ」
「すーちゃーん」
「桃、重い」

軽く体をひねって振り払おうとしたけど、べったりと張り付いた桃をはがすことは出来なかった。
仕方なく首だけで振り返ると、肩にあごを乗せた桃の顔が至近距離にあった。
鼻先がくっつきそうな距離に思わずのけぞると、
桃はぐるりと回りこんで来て今度は下からあたしの顔を覗き込んできた。

「なに」
「暇だから遊んで」
「はあ?」

擦り寄ってくる桃を見下ろすと、にこにこしながらあたしの手を取った。
小さな手が妙にひやりとしているなと思って眉をひそめると、
にこにこしていたはずの桃の顔から表情がなくなっていた。
 
536 :37.5 :2010/06/29(火) 23:40

「桃?」

桃は無表情のまま逆の手であたしのおでこに触った。
やっぱりひやりとした手。
外にでも出てたのかな。

「なに。前髪ヘンとか?」
「……違うよ」

ため息交じりのあきれたような声。

「すーちゃん、熱がある」
「へ?」

自分のおでこに手を当ててみるけど、別に熱い気はしなかった。

「自分の手も熱いんだからわかるわけないでしょ」

あきれた声が少し怒ったみたいになって、ソファに逆戻りさせられる。
待ってて、と言われてぼんやりしていると、戻ってきた桃の手には水のボトルが握られていた。

「まだ撮影あるから」

心配そうに顔をしかめながらボトルと一緒に差し出されたのは多分風邪薬か何かだろう。
すぐに出てきたところを見ると、どちらも桃の私物なのかな。
別にしんどいとも思っていなかったけど、
もし本当に熱があってこのあとの仕事に影響が出ても困るし、素直に受け取って口に入れる。
ごくんと飲み込むまでしっかりと見下ろして、
桃は少し安心したようにあたしの隣にくっついてソファに座った。

「はい」

当然のようにぽんと自分のももをたたいて見せる桃に、あたしは顔をしかめた。
膝枕ってことなんだろうけど。
いらないし。
頭ではそう即答しようと思っていた。
なのになぜかあたしの体はあたしの意思を無視して素直に頭を預けていた。
桃もまさかあたしが素直にそうするとは思わなかったみたいで意外そうに目を丸くしたけど、
嬉しそうな顔でやわらかく笑うと、たぐりよせたブランケットをふわりとかけられた。

「桃とすーちゃんは今から寝るから、千奈美は静かにするようにー」
「なんで名指しなのっ」

桃の唐突な宣言に千奈美の拗ねたような甲高い声が応える。
思わず小さくふきだすと、早く寝ろということなのか桃の手があたしの目元を覆った。
そのひやりとした感触が気持ちよくて目を閉じると、そういえば少し眠たいかもしれないと思った。


頭に響いた千奈美の声。
開かなかったペットボトル。
……甘えたいと思った桃。

そっか。熱のせいか。

今までの経験上、少しくらいの熱なら薬を飲んで眠ればすぐに引くはず。
だけどそれも少し残念だなと思った。
甘える自分って言うのも、たまには悪くないかもしれない。
 
537 :esk :2010/06/29(火) 23:42
『 37.5 』  終わり

これくらいじゃ手で触ってもわからないですかね?
538 :名無飼育さん :2010/06/30(水) 00:43
すーちゃん可愛いよ、すーちゃん。
すももはいいなぁ。ほのぼの
539 :esk :2010/07/03(土) 21:52
上の話、実は少し前に書いた話なので、なんかちょっと暑苦しかったですねw

>>538さま
最近すーちゃんがかわいすぎて困っていますw
すもものまったり感はいいですよねえ。


須藤茉麻さん、18歳のお誕生日おめでとうございます。
18歳という貴重な一年間が、あなたにとって実り多き日々でありますように。


すもも的番外編

>>254-282 『秋の怪談』
>>366-419 『春の怪談』

『 初夏の怪談 』
540 :初夏の怪談 :2010/07/03(土) 21:54

「ちょっと! あんたたちまたサボり?」

教室から抜け出そうとしていた雅と千奈美の肩をがっしりとつかむ手があった。
その引き寄せられる力にのけぞるようにして二人が振り返ると、
そこにはぎろりとにらみつける茉麻の大きな目。

「しーっ。見つかるじゃん!」
「今日5、6時間目両方数学だよっ。絶対無理!」

確かに今日は試験前の授業調整で午後の授業がどちらも数学になってしまった。

「そんなことしてるから補習になるんだよっ」
「別に気にしてないもーん」
「っていうか、まぁだって結構授業サボってんじゃん」
「あれは――」

のんきに言い放つ千奈美に言い返そうとした茉麻の言葉は、続いた雅の指摘にぐっと詰まる。
そのとき、教室の中からクラスメイトの声が茉麻を呼んだ。

「須藤ー。さっきから携帯鳴ってるよー」
「あ、ほらほら。早く出ないと」

これ幸いと親友を押しやる千奈美と雅に、茉麻は少し迷ったが仕方なく二人から手を離して教室に戻る。
クラスメイトから受け取った携帯は吉澤からの着信だった。
茉麻は嫌な予感がして携帯を持ったままで廊下に出た。
そのかなり遠く、制服のスカートを翻して走り去る千奈美と雅が見えて、
茉麻は小さくため息をつきながら通話をつないだ。

「はい」
『茉麻、今どこ?』
「学校ですけど」
『ああ、まだ授業中か。桃子が必要になったからA駅まで来て』
「え、授業……」
『あんた頭いいじゃん。じゃあ急いでね』

一方的に会話を切り上げられた携帯を見下ろしながら、茉麻は眉を寄せた。
あまり気乗りしない仕事になりそうだ。

「あれ? どうしたの?」
「えーっと。頭痛いから早退する」

教室に戻ったとたん荷物をまとめ始めた茉麻にクラスメイトは不思議そうな顔をする。
そのクラスメイトにひらりと手を振ると、茉麻は足早に教室を出た。
途中剣道場に寄ってロッカーにしまっておいた霊刀を背負い、その足で保健室に向かう。
 
541 :初夏の怪談 :2010/07/03(土) 21:55

校舎の片隅、目立たない場所に設けられた保健室に茉麻が近づくと、
扉があけっぱなしの室内から甲高い声が聞こえた。

「えーっ。いいじゃんっ。このとーりっ」
「だめです」
「あゆみちゃあ〜ん」
「……徳永?」
「し、柴田センセーっ。お願いしますぅ」
「夏焼、うるさい」

聞きなれた声と見慣れた人影に、保健室の入り口に立った茉麻はがっくりと肩を落とす。

「こんなとこいたの……」
「まぁっ。こんなとこまで呼びに来たの?」
「まさか」

振り返った二人が目を丸くするが、茉麻はその言葉を一蹴する。
っていうか帰る仕度をしているこの姿を見て欲しい。

「で、茉麻は?」

養護教諭の柴田あゆみが机に散らばった書類に手を伸ばしながら茉麻を振り返る。

「えーっと、頭痛がひどくて」
「そりゃダメだね。すぐ帰りなさい」
「「 なにそれっ 」」

あっさりと返した柴田の言葉に千奈美と雅が身を乗り出す。

「なんでうちらはダメでまぁはいいのっ」
「あんたらのは仮病でしょ」
「まぁのも仮病じゃんっ」

指を突きつける雅に、茉麻は困ったように眉を下げた。
さっきまで一緒に授業を受けていた。
休み時間に馬鹿笑いをしていた姿も、昼休みにがっつりとお弁当を食べていた姿も見られている。
その上ついさっき二人のサボりを非難したところだ。
適当な言い逃れは出来そうにない。

「仕事なの」
「あれ」

仕方なくため息混じりに茉麻が言うと、意外そうな顔をしたのは柴田の方だった。

「いいの?」
「あー、はい。ばれちゃって」
「あらま。そりゃ怒られたでしょ」
「……ハイ」

実は柴田も一時悪霊ハンターとして活躍していた人物なのだ。
しかし長く所属していた事務所が解散となり、所員はそれぞれの道を歩むこととなった。
中澤事務所とも付き合いのある事務所だったため柴田にも勧誘はあったが、結局ハンターは引退し、
今はこの高校の養護教諭となっている。
そんな事情なので中澤のこともよく知っており、一般人に知られることを嫌う方針も知っているため、
茉麻がいくら仲がいいとは言え千奈美と雅にハンターであることをばらしていたことに驚いたのだ。
ちなみに茉麻は仕事で授業中に呼び出されるたび、柴田のおかげでこうやってあっさりと早退できていた。
逆に言えばあっさり早退できるから気楽に呼び出されているのではないかと、茉麻は思っている。

「茉麻の分は保健室証明出しとくね」
「ありがとうございます」
「うちらもっ」
「あんたたちは教室戻りなさい」
「「 えええええ 」」
「じゃ、まぁはもう行くから」

柴田にすがりつく千奈美と雅をよそに、茉麻はクールに手を振ると足早に保健室を後にした。

「ほら、夏焼と徳永は茉麻の分もノートとってあげないといけないでしょ」

それは期待してません。
背後から聞こえる柴田の言葉に、茉麻は心の中でそうつぶやいた。
 
542 :初夏の怪談 :2010/07/03(土) 21:56

茉麻がA駅に着くと、駅前ど真ん中にイライラした風な吉澤が立っていた。
ただでさえ目を引くナリをしているのだから、そんな目立つ場所になんて立たないで欲しいと茉麻は思った。
が、自分もかなり目を引く外見をしていることには気づいていない。
長い黒髪をなびかせて駆け寄る茉麻を、すれ違うサラリーマンが振り返った。

「吉澤さん」
「茉麻、悪いね。桃子は」
「いまーす」
「ちょっと!」

吉澤の声に合わせるように、桃子が陽炎のように姿を現した。
ニコニコと笑う桃子に、茉麻は慌ててあたりを見回す。
こんな目立つところでいきなり現れないで欲しい。
誰かに見られたらどうするのか。
しかし慌てる茉麻を気にする風もなく吉澤と桃子は話を進め、しかも茉麻をおいてすでに歩き始めている。
茉麻はため息をつきつつその後を追った。


駅から少し歩いた公園。
一歩その中に踏み込んだ瞬間、茉麻はその違和感に宙を見上げる。
すごい。口の中で一言つぶやくと、そのままぐるりと公園内を見回した。
砂場には不思議そうな顔をしながら砂を掘っている3、4歳くらいの女の子が一人。
そのほかに公園内にいるのは、ベンチにだらりと座った女性が一人だけだ。
妙に鋭い目つきで腕を組んでいなければ若い母親とも見れるかもしれないが、
そうでないことを三人は知っている。

「あの子ですか」
「うん」

茉麻が砂場の女の子を見ながら問うと、吉澤はベンチの方を気にしながら小さくうなずいた。
吉澤が腰に下げたバッグからお札を取り出すのを見て、茉麻も霊刀を手に取る。
ひとつ息をついて側に立つ桃子をちらりと見下ろすと、桃子は無表情に砂場の女の子を見つめていた。

「事故ですか?」
「うんにゃ。病気。資料によるとほとんど外で遊んだこともなかったみたい」
「だから」
「かな」

……小さな子供は自分のおかれた状況を理解できない。
あの女の子も、自分がこの世と切り離されてしまったことに気づかず、
急に体が苦しくなくなって外で遊べることに戸惑いながらも嬉しいと思っているのだろう。

「桃」
「うん」

茉麻が桃子をそっと覗き込むと、桃子は小さくうなずいて女の子の方へ駆け寄った。
桃子が側にしゃがみこむと、女の子が桃子を見上げる。


「ねえ、一緒に遊ぼ?」



桃子の突然の登場に戸惑っていた女の子だったが、同じ目線で笑う桃子にすぐに嬉しそうに笑い返した。
しばらく砂場やブランコで一緒に遊んでいた二人だったが、
いつしか、空間に溶け込むように桃子のそばから女の子の姿が消えていた。
ベンチの側でそれを見守っていた吉澤が空を見上げる。

「いったか」
「みたいですね」
「美貴」
「もういいの?」
「うん」

吉澤がそっと細い肩に手をかけると、ベンチに座って瞑目していた藤本がふっと緊張をゆるめた。
次の瞬間、異常なほど清浄に保たれていてた公園が通常の気配に戻る。
自然成仏できるはずであった女の子の霊の、
その足を引っ張って自縛霊の仲間に引き込もうとする悪霊が近づかないように結界を張っていたのだ。
強い抑止力はないものの、これだけ広域的な結界を一人で展開できる藤本の能力もあまりないものだ。

「浄」

吉澤は別のお札を取り出すと、それを目線に掲げて小さくつぶやいた。
解かれた結界の外から公園内へ飛び込んできた雑魚霊が瞬時に姿を消す。
炎の札の弱バージョン、浄化の札。ちなみにこれなら茉麻でも使える。
一方の茉麻は霊刀をそっと袋にしまった。
吉澤と藤本が側にいる限り自分の出番はないことはわかっていたが、まあ気分的なものだ。

悪霊ハンターは悪霊を狩ることが仕事だけれど、自然霊が自縛霊となるのをふせぐこともする。
中澤事務所ではそれを得意とするハンターがいなかったため、今まではそういった仕事は請け負っていなかったが、
茉麻が入ったことによって茉麻が、というより桃子がその役目を果たすようになった。
子供の霊と遊んで心残りを満たしてやりながら今の状況を諭し、自然成仏を促す。
それは霊体である桃子にとって簡単なようで……。

ベンチから立ち上がり伸びをする藤本にあごでしゃくられ、
茉麻は小さく頭を下げるとぼんやりとひとりで立つ桃子の側に駆け寄った。
 
543 :初夏の怪談 :2010/07/03(土) 21:57


「すーちゃん」

その日の夜。
部屋の電気を消してベッドに入った茉麻の、その枕元の暗闇にぼんやりとうかぶ桃子。

「……一緒に寝ていい?」
「いいよ」

来るはずだと思っていたから、茉麻は迷いなく答えると手招きする。
そのまま手のひらに意識を集中させてゆっくりと桃子に伸ばした。
茉麻の手が触れた、確かなその感触に、桃子がびくりと体をすくめる。

「桃」

全身の霊力を高めれば、茉麻は桃子に触れることができる。
今の桃子にとって、自分に触れてくれる手はこの手一つだ。
桃子はほっと息をつくと、茉麻の手を包み込んで頬を寄せる。

「すーちゃん……」

昔からたまに桃子がこうやって枕元に現れることはあったが、
最近、昼間のような仕事を請け負うようになってからはそのたびに現れるようになった。

茉麻は自分と出会うまでの桃子のことをあまり知らない。
いつどういういきさつで霊となったのか。家族は。成仏できなかった理由は。
須藤家の習慣として10になった年に使役霊として桃子と引き合わされた。
そのころに一度聞いてみたが、桃子は何も教えてくれなかった。
それ以来なんとなく聞きそびれていて、今ではあえて聞くべきことではないと思っている。
逆に知ってしまえば、桃子が何を思っているのかわかってしまえば、
こういうときどうすればいいかわからなくなってしまうだろう。
それなら知らないままこうやって。

するりとベッドの中に入ってきてた桃子を抱き寄せる。
やわらかい髪をそっと撫でると、桃子は猫のように目を細めた。
その満足そうなやわらかい笑みを視界から遠ざけるように、茉麻は桃子の頭を胸元に押し付ける。

もう少し。

もう少し大人になったら、桃子の全てを知って、全てを受け入れようと思う。
そのときはきっと遠くない。
だからもう少しだけこうやって……。


暗がりの中、ゆっくりと目を閉じると、まぶたの裏の桃子はいつも通りいたずらっぽく笑っていた。

 
544 :esk :2010/07/03(土) 21:58
『 初夏の怪談 』   終わり

うーん。お誕生日なのにラスト暗くなってしまった。
あ、『夏の怪談』は別にネタ練ってまーす。
545 :名無飼育さん :2010/07/04(日) 10:38
読みたかった続き物がどんどんクルッ><
ありがとうございますっっ><
546 :名無飼育さん :2010/07/04(日) 15:18
茉麻と桃の関係性が何か好きです
547 :esk :2010/07/07(水) 23:43
読んでくださった方、ありがとうございます。

>>545さま
楽しみにしていただいてありがとうございます><
それにしても、続き物多すぎですよねw

>>546さま
主従でもなく友達でもなく、微妙なところを狙っていますw


この季節になると思い出す大好物、すもも(プラム)。
毎日食べ過ぎて水っぱらになりますww

ということで今日はくまぁず。

『 ゆびにくちびる 』
548 :ゆびにくちびる :2010/07/07(水) 23:47

「でね、うちガラガラをこー、がしって……。って、茉麻、聞いてる?」
「――あ、ごめん。半分くらいしか聞いてなかったかも」
「ひっどーいっ」

珍しく二人きりの楽屋、今日電車の中で寝ている間に離れて行っちゃいそうになったガラガラを、
右手で危機一髪に受け止めたシーンを力いっぱい再現したのに、茉麻の反応が鈍くてその顔を覗き込む。
そしたら茉麻の目がなんとなくぼんやりしていて、明らかにうちの話を聞いてない。
はじめのうちは楽しそうに聞いてくれてたのに。
やっぱり……。

「……やっぱりうちの話つまんない?」
「違う違う。そうじゃなくてさ、て」
「へ?」
「手」

ガラガラ(架空)をつかんだうちの右手に茉麻の手が触れる。
その手が柔らかくて、なんかちょっと。
ぎゅっとガラガラ(架空)を握り締めていたこぶしをそっと解く。

「ごめん。熊井ちゃんの手、綺麗だなと思って見てた」
「え、そ、そうかな?」
「綺麗だよ。指長いし」
「でもおっきくてごついからヤダ」
「そんなことないよ。綺麗」

ヤダ、なんて。
言ってから子供っぽかったかなと思ったけど、茉麻がやさしく笑ってくれた。

茉麻の手はかわいい。
女の子の手って感じがする。
ふにふにしてて柔らかくて。
すべすべしてて、真っ白で。
うちの手とは正反対。

うちの手に触れる茉麻の手を見下ろしていたら、そんなことばかりが頭に浮かんで。
気がついたら、茉麻の手の指先がうちの手の形を探るみたいにして動いていた。

綺麗。

何度もつぶやきながら、手の周りをゆるくうごめく温度。
そっと撫で上げるやわらかい指先。
たまに少しひっぱったり、握ったり。
そんな丁寧な仕草に、なんか。
……なんか。

落ち着かなくなって少しだけ手を引いたら、倍くらいの力で茉麻の方に引き寄せられた。
そのれから人差し指を一本だけをつかまれて、茉麻の手に誘われるようにその顔に手を寄せる。

「……ぁ」

あ、やだ。
そうされるって。
なんとなくわかってたのに声が出ちゃった。
その声が聞こえちゃったのか、うつむいたままの茉麻の頬が少し上がったような気がした。

茉麻のやわらかい唇がもう一度、うちの指に触れた。
今度はもう少ししっかりと。

ちゅ

小さく唇が音を立てた。
 
549 :ゆびにくちびる :2010/07/07(水) 23:48

指から唇を離した茉麻が下からうちのことを見上げる。
恥ずかしくてホントは目を逸らしたかったのに、10cmの距離で茉麻の微笑を見てしまったら、
その目に吸い込まれるみたいになって逸らせなくなった。

茉麻が無言のままうちの手を胸元に引き寄せる。
笑みを浮かべたまま、あごが上がって10cmの距離をさらに縮める。

「……ここで?」
「ヤダ?」
「………だって…」

息がかかるくらいの距離で、うちは口ごもる。
今日の楽屋は二つに分かれてて、今他のみんなは向こう側にいる。
でも分かれてるって言っても仕切りの壁は上に隙間があるから、
みんなの声は一緒の部屋にいるときみたいによく聞こえる。

こういうのってなんか、見られてるみたいで。

「……恥ずかしい」

なんとかしてそれだけ言うと、茉麻の口元がもぞもぞとゆがんだ。
気を悪くさせたのかなって心配になったら、そのゆがみがだんだん笑いをこらえるみたいになって。
ほっとはしたものの、うちなんか変なこと言ったかなって首を傾げたら、
その角度に合わせるみたいに茉麻の顔がさっと近寄ってきた。

「――んっ」

逃げる間もないくらい、すばやく唇が触れる。

思ったよりも強く押し付けられてびっくりした。
心臓がばくばくいって、止まっちゃったかと思うくらいびっくりした。
だから、ホントは急にしないでよって怒りたかったのに。


「熊井ちゃん、かわいすぎ」


そんな嬉しそうな笑顔を向けられたら、なんにも言えなくなるじゃん。
ずるいよぅ。

 
550 :esk :2010/07/07(水) 23:49
『 ゆびにくちびる 』   終わり

熊井ちゃんってかわいいですよね〜。
551 :esk :2010/07/11(日) 23:28
偽男化注意です!!

参考資料:例のアンコール衣装
タイトルと中身は関係ないです。

『その全ての愛に』
552 :その全ての愛に :2010/07/11(日) 23:29

「はあ、はあ、はあ」

ドドッ、ドドッ、ドドッ

(まずいな。夜が明ける……)

葦毛の馬を駆る少年が強い視線で空を見上げる。
東の低い空が薄く明るくなり始めていた。
少年の白い頬を朝焼けが赤く染める。

ド……ドド…

遠く聞こえた馬足に、少年がびくりと肩をすくめる。
しかし、身を低くして背後をうかがったその肩が、次の瞬間ほっとしたように緊張を解く。
手綱を少し緩めると、馬足を弱めた。

ドドッ、ドドッ

程なく追いついてきた黒毛の馬にまたがった背の高い少年が、苦しそうに息をついた。

「王子――あ、茉麻、ご無事で」

慌てて言葉を正す少年に、茉麻と呼ばれた少年は小さく笑みを浮かべる。

「早く慣れてよ。友理奈も無事でよかった」
「一人は片付けました。でももう一人は……巻いたとは思いますが、わかりません」
「友理奈より早く馬を駆ることのできる者はいないよ。夜も明けるし、どこかで馬を休ませた方がいいね」

茉麻がそういうと、友理奈もあごを引いて小さくうなずく。
森の方へと馬を向け、少し入ると小川の側に朽ちかけた小屋を見つけた。
木々に囲まれていて目立たないし、ちょうどいい。


馬を下りて伸びをし、とりあえず小川の水で馬体を洗い、冷ます。
長身の少年、熊井友理奈は精悍な顔立ちをしており、青年とも言っても違和感ないが、年はまだ16だ。
王子と呼ばれた少年、色白で温和な表情を浮かべる須藤茉麻は18になったところ。
とある理由で国を出た時から、王子と付き人という関係は隠しているつもりだが、
茉麻にはどうもうまくいっているとは思えなかった。
友理奈は茉麻に忠義を尽くしすぎている。

「古い狩屋のようですね」

小屋の中を点検していた友理奈がつぶやく。
壁に忘れられたように架けられた弓を軽く引くと、弦がぷちんと切れた。
眉をひそめながら弦に打たれたほおをさする友理奈を、茉麻がくすくすと笑う。

「最近使われた様子はないみたいだね」

小屋の窓からは、表につないだ馬がのんびりと川べりの草を食む姿が見えた。
その姿を横目に茉麻と友理奈も携帯食をつまむ。
しかし、口に入れたものを咀嚼しながらうとうとと頭を傾ける茉麻の様子に、友理奈がひざを進めた。

「茉麻。もう休まれてください。私が見張っておきますから」
「ん。そうだね。交代で休もう。一時したら起こして」
「わかりました」

自分の羽織っていた外套を地面に敷く友理奈に茉麻は少し顔をしかめたが、
他にやりようもなく体を寝かせると、自分の外套を体にかけた。

「ちゃんと起こしてよ」
「はい」

そうは言うが、この忠臣は自分が目覚めるまで起こさないだろうなと、茉麻はため息をついた。
ただ逃がされた自分と違い、友理奈は追っ手と一戦を交え、巻いてきた。
自分よりもずっと疲れているはずだ。
なるべく早く目覚めるようにしよう。
そう思いながら茉麻が目を閉じたとき。
 
553 :その全ての愛に :2010/07/11(日) 23:30

……てよ

もも、おそーい

みやが……いのっ


茉麻ががばりと体を起こすのと、友理奈が剣を抜くのは同時だった。
茉麻も傍らの剣を構え、小窓の両側から様子を伺う。

自分たちとあまり年の変わらない少女二人が、木々を分けるように楽しげに近づいてくる。
朝の散歩にでも出てきた土地の者だろうか。
やっかいなことになった、と茉麻は眉を下げて友理奈を伺う。
友理奈は厳しい目を少女たちに向けていた。
気づかずに通り過ぎて欲しいと願った茉麻の思いは届かず、年かさに見える方の少女が首をかしげる。

「桃、馬がいる」
「えー? 今日、狩りがあるなんて聞いてないけどな」
「すごーい。きれー」
「みや、危ないよ」

(まずい……っ)

自分の葦毛馬に近寄ろうとする少女に、茉麻は顔色を変えた。
茉麻の馬は気性が荒く、故郷でも茉麻と友理奈以外に触らせることはなかった。
あんな華奢な少女など、一蹴りで蹴り殺してしまうだろう。

「だってこんな綺麗な馬、見たことない。……君、綺麗だねえ」

少女が手を伸ばす。
葦毛馬が首を振った。

「危ないっ!!」
「ま――」

友理奈が止める隙もなく、茉麻は剣を放り出して小屋を飛び出していた。
振り返る少女と目が合うよりも早く、その細い腕をつかんで引き寄せる。
華奢な少女を抱きかかえたまま、興奮した葦毛馬に蹴られるとぎゅっと目を閉じて身構えたが、
いくら待ってもその様子がない。
チチチ、と小鳥の声を聞くにいたって、ようやく茉麻は目を開く。
恐る恐る顔を上げると、葦毛馬は機嫌よさ気に少女の腰に顔を擦り付けていた。

「どうして……。ん?」

呆然とする茉麻の背に、ぽくぽくと軽い衝撃が連続する。

「だ、誰ですか、無礼なっ。離しなさいっ」

腕の中の少女の連れであろう、小柄な少女が小さな手で自分の背を叩いている。

「無礼はどっちだ」
「きゃっ」

いつの間に近づいていたのか、友理奈が少女の手をつかんで引き上げる。
長身の友理奈にぶら下げられるようになった少女に、茉麻は慌てて友理奈の腕を押さえた。

「友理奈、離して。土地の人でしょう。侵入者は私たちの方だ」

茉麻の諭す声にしぶしぶ友理奈がその手を離したとき、茉麻の腕の中がもぞもぞと動く。
片手を離したので拘束が緩まり、腕の中の少女が茉麻を見上げた。
その困ったような瞳に見上げられ、茉麻の鼓動がどきんと高鳴った。
 
554 :その全ての愛に :2010/07/11(日) 23:34

「し、失礼っ。気性の荒い馬なので危険と思いっ」

茉麻が慌てて腕を解くと、まだぼんやりとしている少女を、小柄な方の少女が引き寄せる。

「あなた方は誰ですかっ。ここは王家の狩野。衛兵などが立ち入れる場所ではありませんよっ」
「えいへい――っ」

衛兵呼ばわりされて声を荒げる友理奈を体で押し下げねがら、
茉麻は幼い声を張り上げる小柄な少女の言葉に首を傾げる。
友理奈の手にしている剣を見て衛兵という発想が出てきたのだろうが、
その衛兵に対してこんな口の聞き方をするということは。

「王家の? ではあなた方は……」
「桃っ」

はっとした少女が桃と呼ばれた少女の肩を叩く。

「うわあっ。みや、ごめんっ」
「みや……ベリーズ国第一王女、雅姫ですか?」
「もうっ。ばれちゃったじゃんっ」

目的地に抜ける手段として、密かにベリーズ国の領地内を通り抜けさせてもらっていることは承知していたが、
王家の狩野に踏み込んでいたとは思わなかった。
王家のために整えられた狩野は、たいていどこの国でも一般人が踏み込むことは許されておらず、
ましてや他国の者が勝手に入り込んだなどとわかれば即刻捕らえられてしまう。
茉麻の身分を明かせばすぐに開放してもらえるだろうが、こんなところで時間を食っていられないし、
何よりも目立つ行動は避けたい。

「お願い。桃たちがここにいたことは黙っていて」
「「 え? 」」

こちらから懇願しなければならないことを逆に言われて、茉麻も友理奈も面食らう。
しかし、すぐに状況を悟った茉麻はくすりと笑みを浮かべた。

「お城を抜け出してきたのですね、姫」

王家の狩野とはいえ、野生の大型獣だっているだろう。
そんなところに年端も行かぬ少女一人だけを共に、しかもこんな早朝にやってくるなど、
ベリーズほどの大国ではありえないことだ。

「みやがどうしてもって言うからっ」
「だって、朝の小川には鹿の親子が水を飲みにくるって聞いたからっ……」

……見てみたくて。
図星を指されて責任を転嫁しようとする付き人に、声を上げて言い返した雅だったが、
茉麻の視線を思い出したのか語尾を小さくしてうつむいた。
その仕草に、茉麻は再び胸の高鳴りを覚えた。
その感覚に緩みそうになる頬を、茉麻は奥歯をかみ締めてこらえる。

「黙っててくれる?」

その顔を覗き込んでくる付き人に、
茉麻は友理奈ほどではないがそれなりにある上背を縮め、かがむようにして頭を下げた。

「私どもこそ、知らぬこととはいえとんだご無礼をいたしました」
「あれ? うちの国の人じゃないの?」

きょとんとする二人に、茉麻と友理奈は顔を見合わせた。
 
555 :その全ての愛に :2010/07/11(日) 23:39


とりあえずと狩屋に入ると、小柄な少女は嗣永桃子と名乗った。
雅の付き人であり、幼友達だという。

「私は……須藤茉麻と申します」

一瞬口ごもってから茉麻の名乗った須藤という名に、二人が目を見開く。
須藤とは、古い古い、それこそ御伽噺に出てくるくらい古い国の名だ。
深い森の中にある、美しい国。
そこに生きる人々も、神話の住人のように美しく清らかであると言われている。
茉麻と友理奈の顔を交互に見つめ、確かに、と桃子はうなずいた。
他にも、今の世界ではほとんど失われてしまった古代魔法を、多く伝承していることでも有名だった。

「茉麻は王家の人なの?」
「第二王子であらせられます」

茉麻に向けられた雅の問いに、すばやく答えたのは友理奈の方だった。
友理奈は茉麻付きの側近で、国の中でも随一の腕を持つ騎士である。

「すごいんですね……」
「王子の、茉麻のために子供のころから鍛錬しましたから」

うっとりと見上げてくる桃子に、友理奈は居心地悪そうに座を正した。
そのしぐさに、茉麻はおや、と首をかしげる。
友理奈は故郷でも少女たちからそういった目で見られることにはなれているはずだ。
それでもいつも澄ました顔で自分への忠誠だけを語っていた。
幼友達でもある友理奈のそんな仕草に、茉麻は口元を緩める。
しかし、うっとりしていたわりにそんな友理奈の様子に気づかないのか、
桃子はすぐに表情を変えてひょいと首をかしげた。

「でも須藤国の方がどうしてこんなところへ?」

伝説になるほど、須藤国の住人は人前に現れることがない。
どこまで事情を説明するべきかと一瞬迷ったが、茉麻は雅の目を見つめながら語り始めた。


須藤国では、古い国の慣習として、
遠い東の国に棲む竜のうろこを持ち帰ったものだけが王と認められることになっていた。
竜に挑むことができるのは18になってからで、茉麻には二つ年上の兄と、二つ年下の妹がいる。
長子であるから優先されるわけではないが、必然的に竜に挑む回数も多く、長子が先にうろこを得てしまえば
王位継承権争いもそこで終わるため、絶対的に有利であることに変わりはない。
しかし茉麻の兄は今までに何度か挑戦したが、うろこを得ることはできなかった。

先日18になったばかりの茉麻の挑戦はこれが初めてだ。
茉麻はあまり権力に興味はなかったが、竜には興味があった。
竜見物に行くくらいの軽い気持ちで国を出た茉麻と友理奈であったが、国を出ですぐ、追っ手をかけられた。
兄の側近か妹の側近かはわからない。
竜に挑むのは本人と護衛一人のみと決められていたが、兄弟から追っ手をかけられることはわかっていたため、

驚きもしなかった。
自分の耳に届いてはいないが、兄の時にもおそらく自分の側についている誰かが追っ手をかけただろう。

伝説に語られるほど、清い心を持っているわけではないのだ。


茉麻の語る御伽噺のような話に雅と桃子は目を輝かせて聞き入っていたが、ふと茉麻が言葉を切るのと同時に、
友理奈が窓の側に体を寄せた。

「なにか――」
「しっ」

窓から外をうかがっていた友理奈が呼吸をつめる。
いつのまに合流したのか、先ほどの追っ手の他に二人の男が増えている。
いくら友理奈とはいえ、訓練された大の男三人を相手にするのは無理だ。
剣を抜いた友理奈はきゅっと頬を引き締めた。
それに続くように茉麻も剣を抜き、桃子と雅と自分の後ろに下げようとした。

「待って」

しかし、雅が茉麻のその腕に手をかけた。
 
556 :その全ての愛に :2010/07/11(日) 23:41

三人の男たちは、朽ちかけた小屋の側で馬を下りると、つながれている葦毛馬をしげしげと見つめた。
国でも茉麻の馬はよく知られている。
うかつに近寄ることができず、威嚇する馬を遠巻きに眺めるしかできない。

「ちょっと」

小屋を出た雅が声を掛けると、リーダー格の男がびくりと振り返った。

「私の馬に触らないで」
「お前の?」

男は、雅とその後ろに慌ててついてきた桃子とつながれた二頭の馬を交互に見ると、
ふんと鼻を鳴らして二人を見下ろした。

「嘘を言うな。これは俺の知っている男の馬だ」

男のバカにしたような言葉にかまわず、雅は葦毛馬に近づく。

「おい……」

少女が蹴り飛ばされるのはかまわないが、自分たちまでがとばっちりを食ってはたまらない。
しかし、身構える男をよそに雅が手を伸ばすと、葦毛馬は機嫌よさ気にその顔を寄せた。
その様子に男が息を呑んだ。

「わかった?」
「し、しかし……」

あの馬が茉麻と友理奈以外になつくはずがない。
それでは本当にこの馬は茉麻の馬ではないのか。
しかしこれほど見事な馬が他にいるとも思えない。
言いよどむ男を、雅はぐっとあごを張って見上げた。

「ここは王家の狩野です。すぐに出て行かないのなら、私はあなたたちを捕らえなければならない」
「……お前を片付けてしまえばいいことだ」

男が戸惑いを押し隠しながら剣を突きつけると、桃子はぎゅっと雅の腕を引く。
しかし雅はやんわりとその腕を押さえた。

「この国の第一王女である私を?」
「……っ」

胸元に下げていたベリーズ国の紋章をかたどったペンダントを掲げてみせる雅に、
男はぐっと言葉を詰まらせた。
さすがに大国ベリーズの王女を手に掛けることはできない。
そもそも自分たちの目的は茉麻の邪魔をすることでしかないのだから。

「今なら見逃してあげるから、ここから出て行きなさい」

雅に強く言われ、男たちは顔を見合わせるとすごすごと立ち去るしかなかった。
 
557 :その全ての愛に :2010/07/11(日) 23:48

「はー。怖かったぁ……」

男たちが見えなくなると、茉麻は小屋から飛び出して雅の元へ駆け寄った。
茉麻の顔を見てほっとしたのか、雅はよろけるように茉麻の腕に寄りかかった。
その体が小刻みに揺れていることに気づき、茉麻は腕の中の雅をぎゅっと抱きしめる。

「無茶を……」

見ると、桃子は地面にへたり込んで子供のように泣きじゃくっている。
その背を友理奈がおろおろとさすっていた。
雅たちにはこれほど怖い思いをして茉麻をかばう必要など何もない。
自分たちのことなどほおっておけばいいのに。

「でもここは、うちの国だからさ」

震えながらも当然の様に言い切った雅に、茉麻は胸が熱くなった。
自分は、王族であることにここまで責任を感じていただろうか。
腕の中の少女は、時には付き人を困らせるようなおてんばもするけれど、
国を背負う責任感もあり、知り合ったばかりの人間をかばおうとするやさしさもある。
美しく澄んだ瞳に、華奢なシルエット。人を魅了する笑顔。

茉麻は、ここまで心惹かれる人物に出会ったのは初めてだった。

「姫」
「うん?」

茉麻は抱きしめていた雅の体をそっと離すと、
自分の指に着けていた指輪をひとつはずして雅に差し出した。

「それは――」

言葉を挟もうとする友理奈を手で押しとどめて、茉麻は雅の手に指輪を握らせた。
雅は驚いて手の中の指輪を見つめる。
一国の王子が身に着けるにふさわしく、精巧な装飾が施されている。
少し古めかしい様子から見るに、何代にも渡って伝承されているものなのかもしれない。
その意味を汲み取った雅は困ったように顔を上げた。
しかしその表情の下に見える感情に、茉麻は緊張していた頬を緩める。

「もしも」

国を治めることに興味はなかった。
ただ、ちょっとした腕試しのつもりだった。
古い因習に縛られた窮屈な国を飛び出して、友理奈とふたりで冒険の旅に出ただけのつもりだった。
だけど今は。

「もしも竜のうろこを手に入れることができたら、姫を迎えに来てもいいですか?」

大国ベリーズの姫を迎えるとなれば、第二王子のままではかなわない。
第一王位継承権が、どうしても欲しい。
緊張した面持ちで返事を待つ茉麻に、雅は緩やかにその頬に笑みを浮かべた。


「茉麻だったら……いいよ」


照れたように目を伏せる雅に、茉麻はそっと唇を重ねた。


◇◇◇


「茉麻、いいんですか。あの指輪は……」
「いいんだ。受け取ってくれてよかった」

雅たちと別れ、二人はまたゆっくりと馬を進めていた。
友理奈の窺うような視線に、茉麻は肩をそびやかせて見せる。
美しい少女にプロポーズをしたことによって、男を上げた気分だった。
普段色々と年下の友理奈に出し抜かれがちな茉麻は、今度こそはと友理奈に余裕の笑みを向ける。
その少年らしい発想に、友理奈はあきれたようにため息をついた。

「違いますって。あれがないと氷の魔法が使えませんよ」
「……。…あれ?」

須藤国に伝わる古代魔法。
しかしそれも衰退し、今では王家の人間でも特殊な魔法具を用いないと扱うことができない。
茉麻が雅に渡した指輪はそのうちのひとつだった。

「忘れてましたね?」
「だ、大丈夫っ。炎の魔法も使えるし、雷も、大地の精霊だって呼べるからっ」
「茉麻って……肝心なところで抜けてますよね」

がっくりと肩を落として低くうなり声を上げる茉麻を横目に、友理奈は小さく頬を上げる。
頼りになるようでどこか抜けている。
しかし、そこが茉麻という人の魅力だと思う。


だからこそ、自分はこの人の側から離れられないのだと。

 
558 :esk :2010/07/11(日) 23:49
『 その全ての愛に 』   終わり

茉麻王子の設定は一度使ってみたかったんです。
姫を誰にするかで迷ってたんですけど、最近気になるこの組み合わせでw
559 :名無し飼育さん :2010/07/22(木) 01:28
意外な組み合わせ
でも悪くない
くまぁずのすっとぼけたやりとりがそう思わせてくれてる気がしますw
560 :名無飼育さん :2010/07/22(木) 06:42
よいですな
あの衣装の茉麻はめっちゃ王子だった
561 :esk :2010/08/01(日) 01:26
読んでくださった方、ありがとうございます。

>>559さま
くまぁずはのんびりまったりすっとぼけがいい感じです。

>>560さま
本人も仕草とか王子を意識してましたもんね〜。


やじまぁ

『腕相撲とアイスクリーム』
562 :腕相撲とアイスクリーム :2010/08/01(日) 01:26

リハもメイクも終わって、後は本番を待つばかり。
茉麻はパイプ椅子に体を預け、騒がしい楽屋をぼんやりと眺めていた。
普段7人でも多いと思うのに、まして今日は12人。
そこにスタッフやら他のユニットやらの出入りもあったり、緊張や混乱から奇声を上げる者もあったりで、
もうわけがわからない。
まあこの騒々しさもお祭り騒ぎみたいで楽しかったりするんだけど。
そんなことを思いながらふっと笑みを浮かべた茉麻の意識が、対角線上に離れた位置からまっすぐ
自分に向けて届く視線を捕らえる。
しかし、視覚がその視線の主を認識する前に心の奥底が警鐘を鳴らし始めた。
やばい。
目をそらしたほうがいい。
この視線にかかわるとろくなことにならない。
そう思うのに、遠い微笑に合わせてしまったピントをずらすことができなかった。
茉麻が気づいたことに気を良くしたのか、微笑はまっすぐに近づいてくる。
そして後一歩の距離を残して立ち止まると、こう言った。


「まぁ。勝負しよう」


はあ?
爽やかな笑顔で自分を見下ろす舞美を、茉麻はぽかんと口をあけたままで見上げた。

「勝負って、何?」
「腕相撲。負けた方が勝った方の言うことをなんでも聞くの。どう?」
「なんでも……?」
「うん」

大きくうなずいてみせる舞美に、茉麻は反応を鈍らせる。
その爽やかな笑みの下で意外と爽やかじゃない色んなことを考えてると知っているだけに、
茉麻としては素直にうなずけないのだけれど。

「いいよね?」
「え、ああ。うん……」

意外と強引な舞美の言葉に、茉麻はついうなずいてしまう。
まあ腕相撲で負けるとは思わないし。
大丈夫でしょう。
ぼんやりともう一度うなずくと、周囲からは茉麻の反応とは対極に歓声が上がった。
その声に、楽屋内にいい加減に散らばっていたメンバーが、何が始まるのかとわくわくした顔で集まってきた。

「なになに? なんかするの?」
「茉麻ちゃんと舞美ちゃんの腕相撲対決だって」
「おおおっ。それ面白そうっ」
「どっちのが強いの?」
「やっぱりまぁでしょ」
「でも舞美ちゃんも強いよお」

二人の周りを囲むメンバーはきゃあきゃあと無責任にはやし立てる。
もうすぐ本番だというのに、なんでこんなことを。
自分の向かいに座ろうとしている舞美を見つめながら、茉麻は眉を潜めた。

「ひじのとこタオルでも引いたほうが良くない?」
「そうだね、そこのタオル取って」

しかし一方で冷静に準備を進めるメンバーもいて、いまさらやっぱり嫌だとは言えない空気になっている。
仕方ない。
諦めて椅子に深く座り直すと、正面の舞美は笑みを浮かべたままで腕を差し出した。

「はいはい。じゃあ手ぇ握って〜」

勝負はいつのまにやら佐紀の仕切りとなったらしく、上機嫌に二人の間に立つ。
用意されたタオルの上にひじを置いて、差し出された舞美の手をぐっと手を握る。
その温度と、長い指が絡む感触。
茉麻は細く息を吐き出した。
 
563 :腕相撲とアイスクリーム :2010/08/01(日) 01:27

◇◇◇

「あーあ。絶対勝ちたかったのにな」
「まぁにそう簡単に勝てると思うほうが甘いね」

コンサートも無事終わり、明日の公演に備えて鋭意を養うはずの深夜。
勝った茉麻の要求としてアイスを買いに行ったコンビニからの帰り道、茉麻と舞美は肩を並べて歩く。
どうせ見えないからいいじゃん。なんて言う舞美に、茉麻は仕方なく手をつながれていて。
握られていない方の手には、お互いにコンビニ袋が下げらていた。
このあとメンバーで集まるという舞美の袋には5つ。
茉麻には同室の佐紀の分とで2つ。

「もー。なんかすっごい悔しいっ」

得意げに笑ってみせる茉麻の隣で、舞美は本気で悔しそうな声を上げる。
その声に、茉麻はなんとなく好奇心が沸いてきた。

「何してほしかったの?」
「んー」

アイスも買ってもらったし、叶えられる願い事なら叶えてあげてもいいかもしれない、とか。
探るようにたずねると、舞美はぱっと一歩飛び出して、半歩後ろで立ち止まった茉麻をくるりと振り返った。


「まぁから、キスして欲しいなって」


ばさ

あっさりと言い切った舞美の言葉に、茉麻の手からアイスの入ったコンビニ袋が落ちた。

「あ、もう。ちゃんと持ってないとだめでしょー」

舞美の声に慌ててしゃがみこむと、同じ目線で舞美が腰をかがめた。
額をつき合わせる距離に茉麻がびくりと肩を引く。

「だ、だって舞美が……っ」
「キス? だってまぁあんましてくんないからさ」
「たま、には」

するじゃん。
そう言おうとした茉麻は言葉を飲み込む。
正直、これ以上この話を続けたくない。
さっさとホテルに帰りたい。

「してるときだけじゃん。するの」
「ちょっ」

しかし舞美はもっと言ってほしくないことをさらりと続けた。
茉麻は慌ててあたりを見回す。誰もいない。だけどそういう問題じゃない。
きょろきょろとうろたえる茉麻の両頬を、舞美の大きな手が挟み込む。
驚いたように目を見張る茉麻の顔を、舞美は正面に固定する。

「まあしょうがない。自分からしよっと」
「や……っ」

拒絶する暇もなく、がっつりと重ねられた唇。
舞美の手に持ったアイスが肩に触れて冷たいとか思っているうちに、目の前には満足げな微笑みが見えていた。

「こ……っんなとこでっ」
「えー。待ってよー」

慌てて立ち上がってずんずんと歩き去る茉麻に、舞美はのんきな声で後を追う。
追いついて再び手を握った舞美は、茉麻の横顔を見つめると、アイスを持った方の手を高く突き上げた。

「あーっ、明日もがんばれそうっ」

そんな舞美を見やり、茉麻は深くため息をつく。
深夜、知らない土地の道路の真ん中で。
確かに誰もいなかったけど、それは茉麻が確認しただけで、たぶん舞美はそんなことも気にしてなかった。
豪胆なのか、うかつなのか。

「舞美ってわかんない……」

諦めの入った声でつぶやいた茉麻の顔を、舞美は楽しそうに覗き込んだ。


「そんなの。茉麻が好きなだけだよ」

 
564 :esk :2010/08/01(日) 01:28
『 腕相撲とアイスクリーム 』   終わり

ちなまぁよりはアリ? ないかw
565 :名無飼育さん :2010/08/01(日) 23:19
eskさんの書く舞美はさわやかなのに何かエロい
566 :名無飼育さん :2010/08/02(月) 04:40
作者さんは
ハロコンの茉麻が舞美の髪編み込みしてイチャイチャしてたって話に
触発されたのかしら
567 :esk :2010/08/19(木) 22:58
読んでくださった方、ありがとうございます。

>>565さま
私も最近それに気づきましたw
どうやら自分の中で、天然な人はエロ方面にオープンなイメージがあるようです。

>>566さま
当たりですw
前から書きたかった組み合わせなんですけど、まさか本人たちからエサが貰えるとはww

↓コレのシリーズ
>>254-282 『秋の怪談』
>>366-419 『春の怪談』
>>540-543 『初夏の怪談』)

※このシリーズの時系列は、『春の怪談』→『夏の怪談』→『秋の怪談』となります。
よって、学年は今よりひとつ下になります。ややこしくてすいません

『 夏の怪談 』
568 :夏の怪談(前編) :2010/08/19(木) 23:04

3月の終わり。
春休みも半ばになっていたけれど外はまだ寒い日。

「須藤茉麻です。よろしくお願いします」
「所長の中澤です」

中澤事務所の応接間で、茉麻は緊張した面持ちで中澤と向かい合っていた。
一度母親と一緒に引き合わされたことがあったが、
その時はまだ事務所に所属する話は聞かされておらず、母親の旧友として紹介されただけだった。
今はこれから自分が働く会社の社長として向き合っているわけだから、緊張の意味が違う。

「まあ座り」
「はい」

テーブルに資料の束を重ねると、中澤は機嫌よく椅子を勧める。
促されるままに腰を下ろした茉麻は、とりあえず母親に言われた言葉を繰り返した。

「あの、ご迷惑をおかけします」

ぺこりと頭を下げる。
茉麻の家は古くから悪霊退治を神聖なる使命としている家柄で、
最近の一般悪霊ハンター事務所を儲け主義だと毛嫌いしている節がある。
そのため、本家の独断で茉麻が一般ハンター事務所に所属すると決めたことを、
分家筋では快く思っていないようだった。
すでに中澤事務所に嫌味のひとつふたつあったらしいと聞いている。
実は分家筋には本家よりも業界に力のある人物もいたりする。
さすがに表立ってどうこうということはないだろうが、
これからも水面下では穏便にはすまないことも多いだろう。

「いやいや。うちも将来有望な戦力が入って助かるから。
 まあごたごたはあるやろけど、あんたのお母さんには昔世話になったからそんなん気にせんとき」

鷹揚に笑う中澤に、茉麻はほっと胸をなでおろした。
茉麻本人さえよくわかっていない本家の思惑のために利用されることとなった中澤事務所にしてみれば、
そんなものとばっちりもいいところだろうに。
母親が無理を通すだけあって、なかなかの人物のようだ。

「ベリーズ高校やっけ。16って聞いてるけど、学年的には何年になるん?」
「4月から二年です」
「二年か。今うちにキュート学園の高三が二人おるから、あいつらとひとつ違いやな。
 そのうち会うやろからまあ仲ようやったって」
「はい」
「で。やな」

にこにことしていた中澤の表情が、ばさりと資料を取り出したとたんにいきなり曇る。
その変化に茉麻は一瞬身構えた。
中澤の細い指先にめくられた紙束に視線を落とす。
それはおそらく、自分に関する資料のはずだ。

「霊力値は高いけど、除霊能力のバランスは悪いなあ。
 使役霊がおるのもわかるけど結界もあんまり得意ちゃうみたいやし。式神も使われへんの?」
「す、すいません……」
「お札も特殊符が使えるわけでもないしなあ。これで試験よお通ったなあ」
「……はあ」
「霊刀が使える分で相殺なんやろけどちょっと偏りすぎやわ。なかなか鍛えがいありそうやね」

少し笑うようにして、中澤が唇の端をぺろりとなめた。
プロハンターになるための試験は16歳になると受験することが出来る。
その内容は、霊力値の測定、基本除霊術、筆記、面接の4項目の基本試験に加え、
人工生成霊を相手に行う実技試験が行われる。
しかし結局のところは実技重視のため、
基本試験に少々難があっても特殊能力があれば試験に通過することはよくある。
茉麻の場合はこれに含まれていた。
というよりも、霊力のある武具を扱えるハンターは絶対数が極端に少ないため、
茉麻の試験ははじめから形ばかりの物だった。
 
569 :夏の怪談(前編) :2010/08/19(木) 23:05

「よしざわー」
「はいはーい」

不安を見せまいと顔をこわばらせている茉麻に気づいているのかいないのか、
中澤は事務所の奥に大きな声をかける。
しばらくして細身の女性が顔を出した。

「お、例の新人さん? 吉澤です。よろしくね」
「須藤です。よろしくおねがいします」

先輩だ。
茉麻は慌てて腰を上げて差し出された手を取る。
きれいな人だなーとぼんやりしていると、中澤がぽんとその肩をたたいた。

「まあ結構オールマイティにいろんなことできるから、色々教えてもらって。
 とりあえず式神は使えるようなってもらうわ」
「式神だったら舞美ですよ」
「あれに人が指導できるか」
「あたしだって得意ではないですけどね」

眉をしかめる中澤に、吉澤は薄い肩をひょいとすくめて見せた。
手を握ったままなのに自分を蚊帳の外にして交わされる会話に、茉麻はどうしていいかわからず
あいまいな表情を浮かべた。


それからしばらくは吉澤の仕事について行ったり中澤に事務所のやり方を教えられたりしていたが、
実家にいた頃すでに一人で仕事をこなしていたのもあって、
茉麻はすぐに一人で仕事を請け負うようになっていた。
その合間に、吉澤から式神や結界、特殊符の扱い方を学ぶ。
はじめのうちは一般事務所と家の方針の違いに戸惑っていたが、
ある出来事からどちらの考えに偏ることもない、自分なりの解釈を得たため、今ではそれも吹っ切れた。

そんなわけで。
今日も事務所で次の仕事の打ち合わせをしていた。
向かいに座る中澤、その側のデスクで吉澤が椅子でくるくると回っている。
吉澤に初めて引き合わされた春休みから、もう季節は変わって夏休みがもう目の前だ。
教育係ということもあって当然吉澤とはよく会うが、他の所員と会うことはあまりなく、
はじめに聞いていた高校生二人ともまだ顔を合わせていなかった。

「あれ……これ、うちの学校ですか?」
「そうそう。雑魚霊やけど」

いくつかの資料をめくっていた茉麻の視線がある一枚に留まった。
普段どおりの声でうなずきながらさりげなく向けられた中澤の視線に、茉麻は思わず目を伏せる。
雑魚とはいえ、退治しなければならないほどの霊に気付かなかった。
霊視は桃子に頼るところがある自分を恥じる。
しかし桃子を責めることもできない。
だってすーちゃん学校では話しかけるなって言うじゃん。
なんて勝ち誇ったように言う桃子が目に浮かぶようだ。
そんなこと絶対言わせてやるもんか。

「まあたいした相手ではないからさくっと片付けて」
「ハイ」

ぐっと唇を引き締めた茉麻をどう見たのか、中澤が珍しく優しい声で言う。
少し上の空でうなずいた茉麻だったが、中澤がさらりと続けた言葉には面食らって顔を上げた。

「あと、最近ハンター狩りがまた出てるから注意な」
「ハンター狩り?」
「あいつらまだやってんですか」

それまで黙って話を聞いていた吉澤までが、急に口を挟んで顔をしかめた。
ハンター狩り?
須藤家というこの界隈では中心部に近い位置にいるつもりだった茉麻だが、
そんな剣呑な言葉を聞いたこともなかった。

「どういうことですか?」
「悪霊つこてライバルハンターをつぶそうとしてるやつらがおるねん」
「ええ?」
「そっちはあたしが追いますよ。アレは茉麻じゃまだ相手できないでしょ」
「まああえて追うこともないけど、通常業務の合間に気にはかけといて」
「了解しました」

力強くうなずく吉澤に、茉麻はちらりとその横顔を伺った。
あいつら、アレ。
吉澤の口調や仕草から、なにかの因縁のありそうな、そしてどこか内モメ的な輪な雰囲気が見て取れた。
それなら自分が知らなかったことも納得がいくが。
しかし。
それってちょっと……やりにくいんですけど。
須藤本家でややこしい大人たちの間で育った茉麻。
そういった空気は読めるが、やはり大人は面倒だなと思う。
茉麻は大人二人にばれないように小さくため息をついた。
 
570 :夏の怪談(前編) :2010/08/19(木) 23:07

◇◇◇

「すいません、せっかく来ていただいたのに役員がそろわなくて……」
「いえいえ。こちらも急に来てしまいましたので」

それから数日後、放課後のベリーズ高校。
生徒会室と札を掲げられた扉から三人の女子生徒が出てくる。
そのうち二人は同じ制服だが、一人は違った制服を着ていた。
その違った制服を着た生徒、清水佐紀。
校内で一・二を争うくらいの小柄な体だが、この高校の生徒会長を務めている。
近々開催される近隣校同士の交流会議で発表する合同議題の前打ち合わせのために、
キュート学園の生徒会役員として舞美とえりかがやってきたのだったが、
連絡ミスでベリーズ側は佐紀以外の役員がそろわず、今日は顔合わせ程度で終わってしまった。

「ではこれで。私、職員室に寄りますんで、駅までお送りできませんけど大丈夫ですか?」
「もちろん。ありがとう。またよろしくね」

わざわざ昇降口まで見送りに来た佐紀に、舞美は手を伸ばしてその小さな手をがっちりと握る。


「清水さんって、ちっさくてかわいいね」
「……そうだね」

佐紀が見切れるまで手を振っていた舞美は上機嫌に目を細めた。
しかし、それに対するえりかの応えは上の空。

「しっかりしてて秀才って感じだし。
 こないだの全国模試、数学でランキング入ってたのってあの子でしょ?」
「……そうなんだ」
「でも全然偉ぶらないし、人当たりいいし、いい子だね。あ、声もかわいかったよね〜」
「……」

不機嫌を装ってみたのに全く気づいてくれない舞美に、えりかは小さくため息をついて
そっとその手を取った。
長い指の絡む感触に、さすがに舞美も驚いてえりかの横顔を見上げた。

「ちょっとえり、学校だよ」
「いいじゃん。うちの学校じゃないし」
「……どうしたの?」
「だって……舞美さっきの子のことばっかりなんだもん」
「あ、そっか。ごめん」

すねたようなえりかの声色にきょとんとしていた舞美だったけれど、ぷくりと尖った唇に
やっとその意味を理解して頭をかく。
舞美のその仕草に、えりかは思わず口元を緩めた。
そのあまりの鈍感さに、不満に思ったり不安にさせられたりもするけれど、
えりかはそれも全て含めた舞美のことが好きなのだ。

「ちょっと散歩して帰ろっか」
「え? いいのかな」
「下校時間までに出れば大丈夫だよ」

にこっと笑った舞美がえりかの手を引いて校庭の方へ歩き出す。
えりかの機嫌取りのようにも見えるかもしれないが、
舞美だってえりかと手を繋いで歩けることはやっぱりすごく嬉しい。
しかもベリーズ高校は構内がかなり緑化されていて自然公園みたいだと聞いていたので、
実は一度歩いてみたいという気持ちもあったのだ。

グラウンド周りをぐるりと回った後、中庭をゆっくりと歩く。
えりかの機嫌もすぐに直り、足取りも軽い。
悪霊ハンターであることを悟られないためにという中澤の指導に従って、
二人は学校内では付き合っていることは隠して他人のふりをしている。
そのため、普段学校では手をつないで歩くなんて絶対に出来ない。
外で遊んでいても学校の誰かに見られたらと思うと堂々とはできなかった。
しかし今いるのは他校の構内。ほぼ確実に知り合いはいない。
新鮮な安心感に、二人は顔を合わせて笑いあう。

「あ、そういえばさ。須藤さんだっけ、春から事務所に入った子。この学校らしいよ」
「へえ、そうなんだ」
「ひとつ年下だよね。早く会ってみたいな」
「ふーん」
「どんな子だろうね」
「うん」
「えり、聞いてる?」
「舞美の声、好きだよ」
「……もう」

不満げに唇を尖らせた舞美に、えりかはにこりと笑みを落とす。
照れた舞美の頬が赤く染まった。
誰かが聞いたら口から砂糖を吐き出しそうなほど甘い会話。
そんな風だから、時間の経過を忘れていたのか。

「あれ?」
「どうしたの」

空を見上げた舞美の目に、真夏の陽はすでに傾き始めていた。
それって、結構な時間。

「やばい。下校の放送なかったよね?」
「わかんない。ベリーズは放送ないのかな」
「えー、まずいよ。校門閉まってたらどうしよう」
「とにかく急ごう」

不安げに顔を見合わせると、二人はゆっくりだった歩調を速めた。
しかし、これがいけなかった。
素直に正門を目指せばよかったのだが、近道をしようと校舎内に入ってしまった。
 
571 :夏の怪談(前編) :2010/08/19(木) 23:09

「ここ……どこ」

ベリーズ高校は有名な建築デザイナーが設計した新設校のためか、校舎のつくりも複雑だった。
つまり。

迷った。

あたりはだんだん暗くなる。
校舎内に常夜灯はない。
学校だから当然街灯の光が届くなんてこともないため、廊下も同じように暗くなる。

「うえ〜。怖いよお」
「何言ってんの」

その廊下をさまよいながら、すがりついてくるえりかに、舞美は苦笑を浮かべた。
15になった年から正式に中澤事務所に所属して、
悪霊ハンターとしてすでにそれなりの仕事をこなしている舞美とえりか。
二人とも幽霊を怖がる立場ではない。
むしろ幽霊に怖がられる立場だ。

「舞美ぃ〜」

腰の引けている相棒の肩に腕を回して安心させながら、
舞美はこのあたりが能力の違いなんだよなあ、とも思う。
悪霊を怖がるかどうか。
霊力を持つ身としては、それは単純に度胸だけの違いではない。
舞美がえりかほど悪霊を怖いと思わないのは、霊力の感知能力が低いという事実も示している。
攻撃能力の高いハンターにはこの怖いもの知らずタイプが多く、
そのため、挑んだ相手が思ったより強くて取り返しのつかない事態に陥ることもしばしば。
だから。

(結構、頼りにしてるんだけどな)

小さく笑う舞美に、顔を伏せたままのえりかは気づかなかった。
 
572 :夏の怪談(前編) :2010/08/19(木) 23:10

そして。
この感知能力の違いが証明される事態となった。

「舞美、ヤバイ」
「……うん」

舞美にもわかるほど霊力が濃くなって初めて、えりかは舞美にそれを告げる。
えりかにしてみれば、夜の学校なんて感じられる雑霊は数知れない。
しかし所詮雑霊は雑霊。いくら怖くてもほおって置けばいいと思っていた。
だけど、その中に人に害を及ぼす力のあるものを見つけてしまったとなると話は違ってくる。
二人は顔を見合わせ、ごそごそとお札やクリスタルを取り出す。

えりか曰く。相手は結構強そうだ。
他校の校舎内で派手なことはしたくない。
第一、中澤の許可なしに除霊することは禁じられているし。
できればこのまま出会わずに校舎から出る方が懸命だろう。
そう思って注意深く足を進めていたのだが。

「舞美……」
「どうしたの」
「なんか、ヘン」
「ヘン?」

唐突にぴたりと足を止めて眉をひそめるえりかを、舞美が覗き込んで先を促すが、
えりか自身もうまく説明ができないようだった。
悪霊のほかに、何か別の強い霊力を感じる。

「ハンター、かも」
「じゃあその悪霊退治に来た人かな」
「でも……」

悪霊とハンターらしき気配はかなり近い。
しかしその気配は両者とも穏やかだ。
えりかの身振り手振りを含んだ説明に、舞美は顔をしかめた。

「悪霊使い――、ハンター狩りが出るって言ってたよね」
「うん……」

事務所の先輩である吉澤から、厄介な相手だから下手に手を出すなと言われている。
ハンター狩りだなんて得体の知れないモノ、二人だって好き好んで手を出したいとは思っていないが、
もしも正面から出会ってしまった場合にはどうすればいいのか。

「だいたい人間相手なんかどうしたらいいわけ?」
「でも悪霊使ってくるってことはとりあえず普段どおりでいいんじゃない?」

舞美はあっさりと言うけれど、どうやっかいだもと具体的には聞いていない。
とにかく係わり合いにならない方がいいだろう。
えりかは軽く目を閉じて付近の気配を伺う。
霊視なら舞美よりも自信がある。
こういう時に役に立たないと。
じっくりと意識を集中させて、なんとなくだった悪霊たちの位置感をはっきりしたものに変える。
正面に進むと霊気が濃いようだ。
回り道をしてでも後戻りしたほうがいいかもしれない。

「舞美……って、えええっ?」

えりかがゆっくりと目を開くと、側にいたはずの舞美の姿がなかった。

「うそでしょ……」

きょろきょろと見まわすが、明らかに視界に入る範囲内に見慣れた姿はない。
一度霊気にしっかりとピントを合わせてしまったため、なれたはずの舞美の気配が見えない。

「うえ〜。舞美、どこぉ」

しばらく待ってみたが舞美が戻る気配はなく、えりかは仕方なく背を丸めて一人で校舎内うろつく。
明かりのない廊下は薄暗く、不安をあおる。
もうマジ、ありえない。
こんなところで一人とかありえない。
廊下の角、恐る恐る顔を覗かせたえりかの視界の隅を、人影が掠めた。
びくりと肩をすくめたが、二度見したその人影。
薄暗がりに浮かび上がる白い肌。スカートにブラウスの制服姿。えりかには届かないがそこそこの長身。
長い黒髪がさらりとゆれた。


「ま、舞美ぃっ」
 
573 :esk :2010/08/19(木) 23:11
後編へ続く
574 :名無し飼育さん :2010/08/21(土) 03:14
いいところでっ
後編楽しみにしてます
575 :esk :2010/08/23(月) 22:01
読んでくださった方、ありがとうございます。

>>574さま
ちょうど真ん中だったんですよw


最後一行切れてました。

『えりかは廊下の角を飛び出した。』

を付け足してください。失礼しました。
それでは、後編です。
576 :夏の怪談(後編) :2010/08/23(月) 22:05

◇◇◇

「おぅわっ!?」


放課後の校舎内、茉麻は生徒がいなくなるころあいを見計らって、悪霊を探し歩いていた。
普段歩くことのない夜の学校に桃子と二人。
勝手知ったる教室や廊下も昼間とはどこか違っていて、ちょっとわくわくしたりする。
隣に桃子が歩いていると言うのも新鮮だ。
その桃子の導きに従って足を進めていたら、唐突になんの前触れもなく背後から長い腕に抱きつかれた。
飛び上がるほど驚いて、次の瞬間、茉麻はその人物を引き剥がしてぶんと放り投げた。
変質者かっ!?
ばくばくしている心臓を抑えながら数歩あとずさって、投げ出した塊に目を凝らすと、
廊下にうずくまって肩を抑えている人物は近くの高校の制服を着た女の子だった。
夜とはいえ一応制服を着てきた自分とそう変わらない格好に、かえって茉麻は面食らう。
え? なんで? 誰?

「いったあ……って、誰?」
「それはこっちの――」

よたよたと立ち上がったのは、自分を上回る長身。
千奈美ばりに細く長い手足と、雅ばりに派手なハーフ顔。
知った人物ではない。
しかし、戸惑う茉麻の視線がその胸元のクリスタルに留まった。手にはお札を持っている。
まさか。
やりにくいと思っていた相手に出会ってしまったのか?
吉澤の知り合いだったらもっと年上かと思っていたが、会ってしまったのなら仕方ない。

「桃っ」
「りょーかい」

茉麻の手に、すらりと抜かれた霊刀がひらめく。
下手な手出しはするなと言われた中澤の言葉は覚えている。
しかしこの距離で出会ってしまって、じゃあさようならとは行かないだろう。

「うえっ? なになになにっ」

茉麻の手元の日本刀、正確にはその霊力に顔色を変えて、えりかは素早く結界を張る。
しかし茉麻は気合の一振りで結界をその破った。

(まずは先手取った!)

目を見張るえりかを、茉麻は勝ち誇ったように睨み付ける。
ぐっと腰を低く構える茉麻のギラつく視線を前に、えりかはすでに泣きそうだった。
しかしその涙がこぼれるより前に。

「えりっ」
「ま、舞美」

背後から聞こえてきた声に、えりかはすがるような顔で振り返る。
今度こそ間違いなく自分の相棒、舞美が狭い廊下を駆け寄って来た。

「ごめん! あたし勝手に――」

汗の浮いた顔を近づけて、えりかの腰に腕を回して抱き寄せた舞美も、すぐに茉麻たちの存在に気付いた。
佐紀が着ていたものと同じベリーズ高校の制服姿にきょとんとしていた顔が、
手に持った日本刀とその隣に立つ古風な制服をまとった霊にこわばった。

「もしかして、やばい?」
「かな、やっぱり」


式神符を取り出した舞美の手元を見て、桃子は素早く茉麻の体に守護を張った。
肩を寄せて茉麻を見上げると前髪の下で眉をしかめた。

「すーちゃん、あれって」
「かな、やっぱり」


『ハンター狩り』


四人の頭にひとつの単語が浮かんだのは同時。
しかし一番初めに反応したのは舞美だった。

「いけっ」

長い腕をいっぱいに振って鋭く放たれた白い紙が茉麻を襲う。

(式神っ)

吉澤に扱い方は習ったが、茉麻は結局いまだ自分の思うとおりに動かすことはできていない。
だから、同じ年頃の高校生がそれを自在に繰り出してきたことに、少なからず動揺した。
そのせいか。
振り下ろした霊刀は確かに式神を切り裂いたのに。

「なっ!?」

切り裂かれた式神は少し勢いを弱めただけで二手に分かれて茉麻を襲う。

「すーちゃんっ」

桃子の声に体を覆う守護が濃くなったのを感じた。
茉麻は視線も向けずにうなずくと、
式神の一体は襲われるに任せて、残りの一体を今度は目いっぱい霊力を高めて切り裂く。
切り裂かれた式神は今度はそのまま消滅した。
放置した一体は桃子の守護により茉麻にダメージを与えることが出来ない。
返す刃でもう一体も切り裂き、しかし茉麻はそこで正面に構えなおしただけで動きを止めた。

あっさりと式神を切り裂かれて目を見張る舞美とえりかに正対し、霊刀を構えたまま茉麻は戸惑う。
悪霊を切り裂く霊刀とはいえ、そもそものモノとしては立派な刃物である。
生身の人間に切りつければ、それ相応のダメージを与えられる。
しかも相手は霊能力者。
霊力を切られるということは生命力を削られるのと同じだ。ただの怪我ではすまない。
 
577 :夏の怪談(後編) :2010/08/23(月) 22:06

「舞美……」

その迷いは同じように舞美とえりかにもあった。
ハンター狩りとはいえ、ベリーズ高校の制服を着た彼女は自分たちと同じ高校生。
舞美の放った式神があっさりと切り裂かれたのは、単純な霊力差ではない。
身近な存在を抵抗なく傷つけることができるほど、二人も手練たプロではないのだ。

「とりあえず悪霊。うちがやるから」

言葉少なにえりかがささやく。
あれだけはっきりと人のナリをされると抵抗もあるが、悪霊と思えばそれも少し薄れる。
舞美はちらりと目線でえりかを確認する。
結構強そうだけれど、大丈夫なのかと。

「大丈夫。やれる」

ついさっき廊下の暗がりにおびえていたのと同じ人物とは思えない強い視線に、
舞美は正面の二人を見つめたままあご先で小さくうなずいた。
目の前の悪霊は強さ以外にも何かに縛られているような特殊な気配を持っていて、
自分たちではたぶんそう簡単に退治することはできない。
それならば、えりかの提案に従うしかできないだろう。

舞美はえりかをかばうようにして一歩前に出ると、
大きな初動で取り出した式神をあたりいっぱいばらばらに投げ上げた。
周囲を漂う式神に、一瞬茉麻と桃子の注意が全て宙に向かう。
その瞬間を逃さず、えりかは体を乗り出す。
お札を握り締めた手を突き出すと鋭く叫んだ。


「封印っ」


その声と同時に、きょとんとしたままの桃子は身構えるよりも早く、
えりかの手に持つ封印符に吸い込まれた。

「入った! 舞美、あとは任せたっ」
「まーかせてっ」

呆然としていた茉麻は、舞美の大きな声にはっとして慌ててあたりを見回す。
目に入る範囲に桃子の姿は映らない。
一瞬、何が起こったのかわからなかった。

「も、もも!?」

大きく呼んだ自分の上ずった声に、茉麻はぶるりと首を振った。
――違う。
この目で見た。桃子は、封印されたのだ。
悪霊を封印し、後にその符を適切な方法で処理することによって悪霊を退治する方法。
力量以上の相手に出会ってしまったときには有効な戦法だが、悪霊が強すぎると失敗することも多い。
とにかく、悪霊を相手に戦う茉麻にとって、桃子が封印されるなど考えた事もない事態だった。
 
578 :夏の怪談(後編) :2010/08/23(月) 22:09

茉麻の動揺を見逃さず、
舞美は素早く体を伏せると目の前に転がっている細長いものに手をのばした。
そのまま勢い良く立ち上がるとそれを正面に構える。
あまりの光景に、茉麻は封印のショックも忘れて目を丸くした。
舞美の手にあるのは、茉麻が抜き払った霊刀の鞘だった。

「舞美!? 何してんの? 無茶だよっ」

一歩下がっていたえりかが、木刀よろしく鞘を構える舞美の肩を揺さぶる。
式神では霊刀相手に向かないのはわかったが、それにしても無茶すぎる。

「大丈夫っ。ちっちゃいころ剣道も習ってたからっ」

そういう問題ではない。
しかも一ヶ月しか続かなかったことをえりかは知っている。

しかし直感として舞美が取った行動に茉麻は内心舌打ちをした。
舞美は知らないが、彼女が手にしているのは国内有数といわれる霊刀を長年覆ってきたものである。
当然、それ自体に強い霊的力がある。
その上で舞美は式神を一体鞘の中に叩き込んでいる。
元の霊力と舞美の式神の霊力。
そのせめぎあいで鞘は今一時的に高い霊力を放っている、ただの木ではない存在になっていた。
事実、刀を振るう技量、霊力、獲物のリーチ、全てで茉麻が勝っているにもかかわらず、
舞美は茉麻の打ち込む霊刀を防ぐことはできていた。

(落ち着けっ)

茉麻は一歩距離を取って、乱れた呼吸を整えるように大きく息を吸い込んだ。
舞美を正面にぐっとにらみ合う。
向かい合うその顔を見ていると、作り物みたいに綺麗だなあとか状況も忘れて思ってしまって、
それでかえって上ずっていた気持ちが落ち着いた。

とにかく、桃子をとらわれているのだ。
遠慮や動揺をしている場合ではない。
桃子は除霊されたわけではない。
封印されただけなら、封印符を奪えたら、中澤か吉澤に封印を解いてもらうことだってできる。
目の前にいる、この自分と年も変わらないような女の子を傷つけたとしても、
それよりも、桃子を取り戻さないといけないから。
茉麻はきゅっと唇をかみ締め、腕を振り上げる。
舞美の肩がぐっと硬くなるのが服の上からも見えた。

「は、ああっ!」

気合一閃。
茉麻は渾身の一刀で舞美の手の鞘を切り落とした。
じいちゃんから大目玉だな。
頭をかすった心配事は今の所は忘れておく。
茉麻の霊刀は、貰い受けたというよりも借り受けた状態と言っていい。
将来、代替わりしたら次の世代に手渡される。そうやって受け継がれてきたものだ。
鞘であっても切り捨てたとあればとんでもないことになる。
実は茉麻が今ひとつ力が出し切れなかった原因はそこにもあった。
そういった意味でも舞美の選択肢は正しかったのかもしれない。

「舞美っ」

勢いで倒れこむ舞美に、覆いかぶさるようにしてえりかが結界を強める。
舞美の手が式神符をつかむ。
茉麻は二人を見下ろして刀を大きく振りかぶった。

この刃は結界を破り、高校生二人を切り裂くだろう。


「―――」

 
579 :夏の怪談(後編) :2010/08/23(月) 22:10



「………」
「……?」

来るべき衝撃が訪れず、舞美はぎゅっと閉じていた目を開いた。



「桃を、返して」



刀をだらりと下ろした茉麻が搾り出すように苦しげな声で言った。
――斬ることが出来なかった。
茉麻の声にふらりと顔を上げた舞美のあご先から、ぽたりと汗が垂れた。
見下ろす茉麻の目は、なぜか泣きそうに見えて。
舞美が何かを言おうと口を開いた。
しかし、そのとき。


「はい、そこまでー」


突然割り込んできたのんきな声。

「「 吉澤さん? 」」

舞美と茉麻が同時に振り返る。
しかし、その人物の名を口にすると、再び驚いた顔を見合わせた。
中澤事務所所属、吉澤ひとみ。
目の前の相手は、なぜその名前を知っているのか。

「いやあ、なんか宿命の対決っぽくて高みの見物しちゃったよ」
「なんで。あの。え?」
「茉麻、ちょっと待ってね。舞美、梅さんどう?」
「あっ。えり、あたしわかるっ?」

吉澤に促され、隣でうつろな目をしていたえりかの肩を、舞美が激しく揺さぶる。
一瞬の間があり、えりかの視線が舞美を捕らえる。

「舞美?」
「……良かった」

ほっと息をついた舞美が吉澤を見上げると、えりかもきょとんとした。

「あれ? なんで吉澤さんが……?」
「それは今から。とりあえずは梅さん大丈夫だよね?」
「あー、ハイ。っていうか、うちまだ何もなってない……んですよね?」
「うん。一応あたしが後ろから抑えてたからね。でも最後茉麻が止めてくれてよかったよ。
 あれ止めてなかったら、あたしだけじゃやばかったかも。よかったね、茉麻」
「え?」
「この距離で梅さんの暴走に巻き込まれたら、無事じゃすまないって」

舞美の身に危険が及んだとき、たまに起こるえりかの霊力暴走。
普段は除霊能力はそう高くない守備タイプのえりかだが、この暴走時の破壊力は恐ろしいものがある。

「まあ、何もなくてよかった」
「はぁ」
「ああ、そうだ。じゃあお互い自己紹介しようか。後輩なんだから、茉麻からね」

気のない返事をする茉麻をよそに、吉澤はぽんと手をたたく。
舞美とえりかも促して立たせると、軽く茉麻の背中を押した。

「え? え、あの……ベリーズ高校二年、須藤茉麻です……?」
「須藤さん……って、事務所に新しく入った子?」
「で、そっちは?」
「キュート学園高等部三年、矢島舞美です」
「同じく梅田えりかです」
「あ、キュートの三年って、所長が言ってた……」

中澤事務所、高校生所員の初顔合わせだった。
三人は黙ったまま顔を見合わせる。
はじめまして。
これからよろしくね。
握手なんかして、そんな会話を交わせるような気分ではない。
 
580 :夏の怪談(後編) :2010/08/23(月) 22:11

「あの、じゃあ、ハンター狩りは?」
「それは――」

気まずい空気から逃げるように、茉麻が吉澤を振り返る。
そんなものはじめからいなかったのか?
問いかけに、吉澤はその辺に落ちていた舞美の式神符をひとつ摘み上げると、
いきなり廊下の向こうに投げつけた。
式神は空を切り曲がり角を曲がっていく。
三人の顔がそれを追った、一瞬後。


「いったあい」


曲がり角から小さな声が聞こえて、人影がひとつ転がりだす。
式神に追い立てられるようにして自分たちの前でぺたりと座り込む。
見上げた視線でゆるい笑みを浮かべる、自分たちより少し年上と思われる女性を、
高校生三人は呆然と見つめた。
その視線を気にもしていないのか、
女性は焦った様子もなく立ち上がると吉澤の腕を取って甘えるように言った。

「いひひ。お久しぶりですぅ」
「亀ちゃん、重さんとれいなは?」
「今日は絵里一人でーす」
「もうやめなよ、こんなの。また一緒にやろうって」
「でもお給料いいんですよねぇ。あ、吉澤さんがこっち来るってのはどうでしょ」
「遠慮します」

吉澤が諭すように言うが、亀井も聞き入れるようには見えない。
ですよね〜、なんてまたゆるい笑みを浮かべる亀井に、吉澤は大きくため息をついた。

「ああ、そうそう。亀ちゃんの悪霊、対決の邪魔しそうだったから除霊しちゃったよ」
「ええっ、ゲンさんいっちゃったんですか? 吉澤さんヒドイっ」

驚いた顔で腕を引く亀井の頭を、吉澤がこつんと小突く。
しかし亀井はそれでもまたすぐにゆるい笑みを浮かべて、じゃあ絵里はコレで〜、と去ってゆく。
そんな背中を高校生三人はぼんやりと見送っていた。
あれがハンター狩り。
なんだか……。
イメージと違うんですけど。

「あっ、捕まえるとかしなくていいんですか」
「別にいいよ。所在はわかってるから」
「そう、ですか」

毒気を抜かれていた舞にが慌てて問うが、吉澤はめんどくさそうにひらりと手を振っただけだった。
なんか……。ホントにそんなことでいいんだろうか。
ハンター狩りなんてたいそうな名前を付けたりするから、ビビらされ損だったのでは。
 
581 :夏の怪談(後編) :2010/08/23(月) 22:13

「っていうか……これって、うちらはめられてます?」
「う、梅さん、何言ってんの」
「だって。所長、うちらが今日ここに来るのって知ってましたよね?」

舞美とえりかは、実は今日は事務所に呼び出しがかかったていたのだが、
生徒会の用事でベリーズ高校に行くからいけない、と断っていた。
ベリーズ高校に悪霊が出たのは事実。
ハンター狩りが出たのも事実。
だけど、今日この日を選んだのは?
じっとりとした目で見つめられて、吉澤は肩をすくめた。

「劇的な出会いになったら面白そうだ、とは言ってたけどね」

別に最後まで言い逃れるようなつもりもなかったのだろう、吉澤があっさりと白状する。
実は中澤によって今までにもこのようなニアミスは演出されていたのだが、どれも不発だった。
そのために三人の対面が遅れていたのだが、
さすがの中澤も成功した今回がこれほど劇的になるとは思っていなかった。

「じゃあ、さっきの人も仕込み……?」
「いや、あれはホントにハンター狩り。まあでもバックのやつらは気に入らないけど、
 亀ちゃんたちは遊び気分でやってるから、それほど気にすることないよ。
 あいつらを思い通りに動かせるやつなんかいないって」

ははは、と吉澤が乾いた笑いを浮かべる。
亀井、道重、田中。三人が中澤事務所にいたころのことは思い出したくない。
吉澤の様子に、茉麻たちは少しずつ状況を理解する。
聞かされた話にウソはなかった。
それでもやはり、油断するなとかやっかいだから手を出すなとかは、
『劇的な出会い』のための前フリだったということだろう。
そんな言葉に踊らされて気負わされて。
あんな真剣にやりあったのに。
そりゃあないだろう。

「――ていうか、鞘っ。まぁめっちゃ起こられるんですけどっ」

はっとした茉麻が慌てて廊下に転がっている鞘を拾い上げる。
みごとにすっぱりと真っ二つだ。
その手元を覗き込んで吉澤がぽりぽりとこめかみをかく。
霊刀のいわれも知っている吉澤としては、さすがにこれはマズイことになったと思っていた。

「それはでもほら、補修できるんでしょ?」
「できますけどっ。伝統とか祖先とか伝来とか、そういうのでっ。めっちゃ怒られるんですっ」
「あああ、あの、ごめんね。あたしなんか、すっごいごめんね? 一緒に謝りに行くからっ」
「あ、いや……。舞美さん、のせいじゃないけど、ないですけど。はあ……」

舞美に正面からがっつかれて、さすがに茉麻も勢いをなくす。
結局切ったのは自分なのだし。
舞美のせいにはできない。
それにしても。

「あ、そうそうっ。梅さん、桃子の封印符ちょうだいよ」

恨みがましい目で見つめてくる茉麻から目をそらして、吉澤はえりかの肩をつかむ。
ごまかされたのはわかっていたが、茉麻もえりかの差し出した手の中を覗き込んだ。
桃子の封印符を受け取り、吉澤が口の中でいくつかの言葉をつぶやく。
そのままそっと廊下に下ろすと、そこからゆっくりと陽炎のように桃子が姿を現した。

「桃っ」
「……すーちゃん?」

一瞬きょとんとしていたが桃子だったが、茉麻の姿を見つけるとわき目も振らずに飛びついてきた。
茉麻は霊力を高めてその小さな体を抱きとめると、わんわんと子供泣きする桃子の背中をさする。
舞美とえりかはその様子を見て驚きながらも、ほっとした顔を見合わせる。
先ほどの亀井がそうであったように、『悪霊使い』という能力者がいることは知っている。
実際の茉麻と桃子の関係はそれとは違うが、桃子が茉麻にとって大事な存在であることはわかった。
傷つけなくて良かった。
舞美とえりかは心の底からそう思った。

「ごわかったよおお。ふういんやだあっ。ももふういんぎらいいっ」
「封印されるのが好きな悪霊なんているわけないだろ」
「ももあぐりょうじゃないいっ」

吉澤のツッコミに見当はずれな言葉をかえして、あとは本当に泣くばかり。
とにかく桃子が戻ってきた。

色々といいたいこともあるけれど、それだけでまあいいかな、と茉麻は思った。

 
582 :夏の怪談(後編) :2010/08/23(月) 22:14

◇◇◇

「舞美……」

えりかの甘い声に、茉麻はまたか、とため息をついた。
見たくない。見たくないがつい視線を向けてしまうと、
絡まりあうようにくっついてソファに座っている舞美の耳元にえりかが何かをささやいている。

「えー。だめだよぉ」
「なんで?」
「だって。……茉麻見てるじゃん」
「見てない見てない。ね、茉麻、見てないよね」
「……見てないよ」

茉麻は座っていた事務椅子をくるりと回して二人に背を向けると、盛大にため息をついた。
今日は中澤や他の所員も出かけており、現在事務所には茉麻と、舞美、えりかの三人だけ。
他の所員がいるときは少し遠慮がちになる舞美とえりかも、後輩である茉麻の前では遠慮してくれない。

ちゅ。
背後からかすかに聞こえた音に、茉麻が顔を赤くする。
それを待っていたかのように桃子が姿を現した。

「ねーねー、すーちゃん」
「なによっ」
「桃もすーちゃんのひざに座りたい」
「ヤダっ」
「じゃあすーちゃんとちゅーしたい」
「無理っ」
「じゃあすーちゃんとえっち――」
「するわけないでしょっ!?」

桃子の方をばっと振り返った茉麻の視界の向こうで、顔をくっつけている舞美とえりか。

「……あ」

茉麻だって純情可憐な女の子、なんてつもりはないが、
やはり目の前でキスシーンなんか見せられると頬が熱くなる。
慌てて背中を向けた茉麻の顔を、桃子が覗き込む。

「すーちゃん、カワイイ」

桃子の嬉しそうな口調に、茉麻は頭を抱えた。
からかわれているだけなのはわかっている。
だけどいい加減にしてほしい。
そして何よりも。

「ん……もっと」
「舞美……」


アイツらをなんとかしてくれっ!!

 
583 :esk :2010/08/23(月) 22:15
『 夏の怪談 』   終わり

このシリーズ、季節を冠してるわりに季節感全くないですよね。
584 :名無飼育さん :2010/08/24(火) 22:34
イチャイチャするやじうめが夏の暑苦しさを体現してると思いますw
子供泣き桃かぁいい
585 :esk :2010/08/26(木) 18:12
読んでくださった方、ありがとうございます。

>>584さま
全く暑苦しい二人です。ツグ氏は二十歳になっても「えーん」と言いながら泣いて欲しいですw

次はやじすずー。

『 ぬすっととさらわれもののおはなし 』
586 :ぬすっととさらわれもののおはなし :2010/08/26(木) 18:15

 があんっ

 どかっ


お尻の下を揺さぶるような音に、愛理の意識はふんわりと覚醒する。

(なに……?)

開かない目をこすろうとして、体をロープで縛られていたことを思い出す。
こんな状況でも人って眠れるんだな。
小さく息をつくと少し笑いたくなった。

肩を床に突いて、壁をよじ登るようにしてなんとか体を起こす。
コンクリの床に横になっていたので体の節々が痛んだ。
泣きすぎて腫れぼったい眼でぼんやりと部屋を見回す。
倉庫のような小さな部屋なのに、ドアの窓から差し込む廊下の明かりだけでは隅の方はまっくらで、
急に背筋がぶるりと震えた。

「あの、誰かいますか……?」

震える問いかけに答える声はない。
意識が途切れる前には見張りがいたはずだけれど。

(怖い……っ)

投げ出していた足を小さく折りたたんでそのひざに顔をうずめる。
どうなってしまうんだろう、自分は。
身代金目当ての誘拐なら、家族には大きな迷惑をかけてしまうが、きっとまた家に戻ることができるだろう。
けれど。
目的がお金ではなかったら。



◇◇◇

「じゃあね、りーちゃん」
「うん。また明日」

地域では有名なお嬢様学校。
学校内の乗降所で愛理は、迎えの車に乗り込む梨沙子に小さく手を振る。

「まだかなー」

終業時間直後は乗降所が込み合うため、愛理は迎えの時間を少し遅らせてもらっていた。
その間に親友の梨沙子とおしゃべりするのも毎日の楽しみだった。
それにしても。
今日は遅い。
迎え待ちの仲間たちはもうみんないなくなってしまった。

乗降所に入ってくる一台の車。
目の前に停まったそれを愛理はぼんやりと眺める。
自分の車ではない。
しかし慌てた風に運転席を降りてきた男は、額に浮く汗をぬぐいながら愛理に駆け寄ってきた。

「愛理様」
「へ?」
「申し訳ありませんっ。いつもの車が故障してしまい、今運転手が修理工場に向かっておりまして」
「ああ。そうなんですか」
「私がこの近くにいましたもので、社長からお迎えにあがるようにと」

そういえば、へこへこと頭を下げる男に見覚えがあった。
屋敷の使用人ではないけれど、父の会社の人間だったような気がする。
他の車だって運転できる使用人だっているだろうに、と不自然には思ったが、
それを口にするのも失礼だと思い、愛理は仕方なく車に乗り込んだ。

このとき。

男が一月ほど前に会社を辞めていることを知っていたら、
さすがの愛理もこの車に乗り込みはしなかっただろう。
愛理がそれを知ったのは、この町外れの廃工場に連れ込まれてからのことだった。
 
587 :ぬすっととさらわれもののおはなし :2010/08/26(木) 18:19

◇◇◇

がん
がぁん


顔を押し付けた膝頭で涙を拭う。
先ほどの物音は断続的に続いていて、しかも少しずつ近づいてきているようだった。

(もしかして……誰かが助けに来てくれた?)

一縷の望みに愛理はドアの外に聴覚を集中させる。
遠く人の声が聞こえるけれど、何を言っているのかはわからない。
けれどなにか騒然としていて、それは誰かにとって予定外の何かが起こっていることを示していた。
もしもそれが、自分を誘拐した犯人たちの予定だとしたら。

すりガラスの向こう、ひょっこりと見えた小さな頭が部屋の中を覗き込んでいる。
声を上げるべきか、隠れるべきか。
愛理が一瞬迷ったその間に、小さな人影は消えた。

「ま――」


……ズンッ


待って。
愛理の声を掻き消す低い音と一緒に、ドアが吹き飛んだ。

「ひゃっ!?」
「舞美、開いたよっ」
「おっけー。こっちも済んだ」

思わず身をすくめた愛理の耳に、女の子の声が二つ聞こえてきた。
愛理がそっと首を伸ばすと、
もくもくと上がる煙を乗り越えるようにして小柄な少女が部屋の中に入ってきた。
けほけほと咳き込みながら、潤んだ目を愛理に向けてくる。
助けかと思えば、自分よりも年下と思われる少女の登場に、愛理はぽかんとする。

「あ、あなたが愛理ちゃん?」

この場に似つかわしくないかわいらしい声に問われて、愛理はかくかくととうなずいた。
同じように誘拐された少女だろうか。
それにしては自由に歩き回っているし、というかもしかしなくても今この扉を爆破したのはこの子だろう。

「桃、派手にやったねえ」
「舞美に言われたくないですぅ」

吹き飛んでゆがんだドアとまだおさまりきらない煙を乗り越えて、もう一人の女の子が入ってくる。
背の高い、作り物みたいに綺麗な顔をした女の子。
愛理は先ほどよりもさらにぽかんとその顔を見上げる。
こちらは自分より少し年上だろうけれど、いったいどういった組み合わせなのだろう。
しげしげと全身を眺めていた愛理の視線が、その腰あたりに留まる。
あれって、拳銃ってヤツじゃ……。
まさか、本物?

「えーと」

青くなった愛理の顔色を気にもしないで、舞美はうずくまっている愛理のところまで大またで近づくと、
そのままさっとひざを着いてかがみんで無造作に愛理の胸元に手を伸ばした。
愛理が驚いて体をねじると、いらだったように荒っぽくだきよせられた。
肩を抱く長い腕と力強い腕にどきりとした愛理がおとなしくなる。

「ロープが邪魔だなあ……あ、出てきた出てきた」

舞美は無理やり愛理の胸元に手を突っ込んで、ネックレスをずるりと引きずり出す。
それは愛理が生まれたときに彼女のために作られたもので、小さなころから常に身に付けていた。

「なにこれ。おもちゃじゃないの?」
「みしてみして」
「はい」

先端についている宝石の大きさに、舞美が目を丸くする。
その声に、窓の外をうかがっていた桃子がとてとてと駆け寄ってきて、小さな手を差し出す。
舞美は愛理から奪い取ったそれを、桃子の方にひょいと投げ上げた。
桃子はポケットからペンライトと小さなルーペを取り出して、宝石を光にかざす。
愛理を腕の中に抱いたまま、舞美はその様子をじっと見つめる。
そのわくわくしたような横顔を、愛理はぼんやりと見上げていた。

「んー。大丈夫。本物だよ」
「ホントに? すっごーい。じゃ、いこっか」
「うん」
「えっ」

振り返ってにっこりと笑った桃子の声に、舞美はあっさりと愛理を腕から離した。
さすがにコンクリの床に放り出すようなことはしなかったが、
抱き寄せていた愛理の体を丁寧な仕草で壁に戻す。
そして爽やかな笑顔で笑いかけると、ぱっと大きく広げた手を顔の前でばたばたと振る。
 
588 :ぬすっととさらわれもののおはなし :2010/08/26(木) 18:19

「じゃあね、愛理ちゃん」
「た、助けてくれないんですか?」
「なんで?」
「なんでって……じゃあ」
「いつもガードの厳しい鈴木家のご令嬢が誘拐されて、ラッキーだったよ」

目を丸くして問う愛理に、舞美は綺麗な顔でにこりと笑う。
その笑みは本当に嬉しそうで、言葉の中身を取り違えそうになる。
誘拐されてラッキー。
自分とそう年が変わるとも思えないこの人は何を言っているのだろうか。

「うーんと、愛理ちゃん、はっきり言ってあげようか?」
「え?」
「桃たちの目的は君の持ってたこの宝石。これさえ手に入ったらあとは君がどうなろうと関係ないの。
 むしろどうにかなってくれた方が好都合? 顔見られてるし。ってことで、ごめんね」

愛理と舞美のやりとりを傍観していた桃子に、なぜか小指で『君』と指差されてそう言われ、
愛理はいよいよ焦って足をばたつかせる。

「そ、そんなっ。助けてください。お願いしますっ」
「だからぁ、悪いけどそれは――」
「まーまーまー」
「舞美?」
「払うもの払えるんだったら、相談に乗らないこともないよ」

必死に訴える愛理に、桃子は困り顔を見せる。
その桃子の肩を、舞美がぐっと抑えた。
にこりと笑う舞美の後ろで、桃は顔をしかめている。

「お金だったら、家に連絡してもらえばきっと」
「違う違う」
「へ?」
「君の体で」
「……。え」

一瞬意味がわからずきょとんとした愛理の顔が、次の瞬間、真っ赤に染まった。
それを見て桃子があきれたように唇を尖らせる。

「舞美ぃ。またなの?」
「だってかわいいじゃん。愛理ちゃんってあたし好みだよ」

にこりと笑うと、舞美の長い指が愛理のあごのラインを滑る。
その指先から火薬の匂いがして、愛理はごくりと喉を鳴らした。
自分とそう年が変わるとも思えないこの手は、多分自分では思いもつかないような世界に存在している。
交わるはずのない世界が、今このあご先にある。
自分の返事ひとつでつながるところにある。
愛理は詰めていた息を、はあ、と吐きだした。
手にかかる熱い息に、舞美が唇の端をゆるりと上げる。

「どうする?」
「たすけて、ください」
「ふうん。それって対価払うってことでいいのね?」
「……」
「じゃあ手付けってことで」
「っ、んっ」
「あーあ。時間ないってのに」

うつむくようにしてうなずいた愛理の薄く染まった頬を舞美が引き寄せる。
目を閉じる間もなく、強引に重ねられた唇。
顔をくすぐる長いまつげとイライラしてような桃子の声。
その声が聞こえなくなる前に、ぐっと抱き寄せられて。

体を縛られていたロープが解けた。

「え」

にっと笑う舞美の手元には、いつ取り出したのか、刃の厚いナイフが握られていた。
素早く腰の鞘に収めると、その手をもういちど差し出す。
愛理の拘束をとかれた腕がだらりと床をこする。
まだ自由の利かない腕を軽く曲げ伸ばししてると、先に立ち上がっていた舞美が目の前に手を差し出した。

「おいで」

にっと笑う唇からつむがれる甘い声。
その声に酔ったように、火薬の匂いのするその手に、愛理は痺れた手をふわりと重ねる。
ぎゅっと握り取られた大きな手は暖かい。
大好きな家族や親友のもとへ、もう帰ることはないのかもしれない。

だけど、愛理はその手を離そうとは思わなかった。
 
589 :esk :2010/08/26(木) 18:20
『 ぬすっととさらわれもののおはなし 』   終わり

矢島さんがまたこういう配役ですけどw
590 :名無飼育さん :2010/08/28(土) 21:46
舞美にさらわれたいw
これはまた続きが読みたくなる話ですね
その後の二人が気になる…
591 :esk :2010/09/11(土) 15:32
>>590さま
从 ・ゥ・从<がーっとさらいに行くよ!
この後は……結構のんきにラブラブしてそうですね


続きますが、やじすず。時代的には日本昔話くらいで。

『 生贄と龍王 』
592 :生贄と龍王 :2010/09/11(土) 15:32

激しい雨が降っていた。


「さすがに雨宿りしないとまずいかな」

かぶっていた笠を引き上げて、舞美は昼なお暗い空を見上げる。
時がたてば止むような空模様には見えなかった。
体を覆う蓑ももう重たくなっている。

冷えた体をすくめながら山道を歩くと、少し開けた辻に小さな社が見えてほっと息をつく。
とりあえずここで雨宿りをさせてもらおう。
古い社だったが、それなりに手入れが行き届いているのか、
観音開きの格子扉は抵抗なく開いて舞美を迎え入れてくれた。

「お邪魔します」

軒が深いので、板の間は湿り気はあるのもののほとんど濡れていない。
遠慮がちに笠を取り蓑を脱ぎ脇差を床において、奥に続く扉の向こうに手を合わせて首をうつむかせる。
観音像らしき影がぼんやりと見えた。それほど大きくはないようだ。

笠と蓑の雨露を振り払い、着ていた着物の帯を解く。
端から絞るとぼたぼたと水がこぼれた。
体も冷えるだけ冷えていて、火をたくべきか少し迷う。
火をおこすことは問題ないが、この土砂降りの中で薪を集めるのは厄介だな。


がたん


「……っ」

着物を絞ったままの姿勢でぼんやりとしていた舞美は、突然の物音に驚いて振り返る。
開け放たれた入り口に立つ男のぽかんとした顔と目が合った。

「きゃっ」

薄物一枚だった舞美は慌てて男に背を向けると、絞っていた着物を羽織る。
雨宿りに来た男だろうか。
それとも社の様子を見に来たのかもしれない。
どちらにしても身の危険を感じて、舞美は足元の脇差に手を伸ばした。


ばたんっ


しかし男はそれ以上社の中に踏み込むことはせず、大きな音を立てて扉が閉じられた。
舞美が不思議に思って扉に近づくと、格子の向こうで男は泥混じりの土に頭を擦り付けている。
しかも目を凝らすと男は一人ではなかった。
同じようにひれ伏す数人の男と、さらにその真ん中には輿に乗せられた巫女装束が一人。

「水龍王の化身よ。お怒りを静めたまえ。贄をお持ちしましたゆえ、どうか、どうか村を……」

この雨の中、何の祭りだろう?
不思議に思っていた舞美の前で、泡を吐くような口調でかろうじてそれだけを言い捨てると、
男たちは泥を跳ね上げながら走り去っていった。
土砂降りの中、残されたのは輿の上で手を突いて頭を下げている巫女一人。

(にえ……って)

男たちが見えなくなったのを確認して、舞美は社の扉をそっと押し開く。
その気配に巫女がびくりと体を振るわせた。

「えっと……」

男たちは笠もかぶり蓑も着ていたが、巫女は薄い装束一枚のようだった。
濡れそぼった体のラインから、まだ年若い少女であることが伺える。
長く真っ黒な解き髪も雨に濡れ、うねるように細い肩を覆っていた。
その肩が小刻みに揺れていることに気づいて、舞美は大きくため息をつく。

「なんか色々と勘違いみたいなんだけど……。とりあえず、顔上げて?」

絞った着物がまた濡れてしまうことも気にせず、
舞美はそっと社から出ると出来るだけ優しい声で巫女に話しかける。
恐る恐る顔を上げた少女は、青ざめた顔で舞美を見上げると、はっとしたようにまた顔を伏せた。
舞美は巫女の前にひざを着くと、その細い肩に手を添える。

「あなた、名前は? あ、あたしは舞美ね」
「……愛理、です」
 
593 :生贄と龍王 :2010/09/11(土) 15:33

「水龍王、ねえ」

舞美は目を眇めてうつむく愛理を見下ろす。
おびえる愛理を社の中に連れ込み、お互い濡れた着物を絞って一息ついたあと。
舞美の求めた状況説明に対する愛理の応えは、舞美に不快感を抱かせるものだった。

「そんなのホントにいるの?」
「このあたりは10年に一度ひどい水害に見舞われるんです。必ず10年なんです。
 生贄をささげるとすぐに収まると聞きました。ですから、間違いなく……」
「へえ。で、今回は愛理ちゃんが生贄になっちゃったんだ」
「……」

うつむく愛理に、舞美はしまった、と思った。
気分を変えるように口調を明るくして言う。

「あ、それであたし、タイミングよくここにいいたから水龍の化身とか思われたのかな?」
「……違うんですか?」
「そんなわけないじゃん!」
「でも……言い伝えでは、水龍王の化身はふた目と見れないような美しい青年の姿だと……」
「へ、へえ……、ん?」

ふた目と見れないほど美しい、と言われて照れたものの、愛理の言葉を反復して舞美は眉をしかめる。

「青年……?」
「はい」

頬を染めてうなずく愛理は熱い視線で舞美を見つめている。
ちょっと、待て。


「あたし、女なんだけど」


一瞬とは言え薄物一枚の姿を見られた。
水にぬれた着物は体に吸い付き、その姿かたちは伺えたはず。
愛理にしても、上衣を着た状態とはいえさっきから触れるほど近くで話をしている。

「えっ」

まじまじと見つめ返される愛理の視線に、舞美はずっしりと落ち込む。
そりゃあまあ、女の魅力あふれる体つきだとは言いがたいけれど。だけどさ。でもさ。

「す、すいません。はじめに思い込んでしまったのでっ。
 あの、でもすごく、女の人みたいに綺麗な人だなと思ってましたし、あの……」

いじける舞美に愛理は真っ赤になって言い訳するが、あまり慰めになっていない。
しかし、手を振り回して焦る愛理に舞美は小さく噴出した。
このかわいさに免じて許してやるか。
そういうことにして笑みを向けると、愛理もほっとしたように表情を緩めた。

「それで、本物の水龍はいつ現れるの?」
「今夜はこの社で精進潔斎をして、明日の夜明けとともに、うらの湖に……」
「沈められるってわけね」
「……はい」
「はー。イマドキ生贄を要求だなんて、何考えてるんだろ」
「あ、あの」
「あたしそういうのは好きじゃないんだよね」

ふてくされた顔でため息をつくと、舞美は脇差をつかんで扉へと足を進めた。
何をするんだろう。
あとを追う愛理にかまわず、舞美は社の外に出た。
まだ土砂降りの雨の中、まっすぐに立つと暗い空を見上げる。
抜いた脇差を空に掲げた。
 
594 :生贄と龍王 :2010/09/11(土) 15:33

「え」

すると、愛理が目を見張るような光景がそこにあった。
暗い空を割るようにして舞美に光が差し、その周囲には雨が降っていない。
逆に雨脚は狂ったように激しくなるのに、舞美の足元は土さえも乾いていく。
濡れそぼっていた舞美の髪も着物もからりと乾いて、ふわりと揺れていた。

「愚かなる水龍よ! 姿を現せ!!」

耳をふさぐような豪雨の中、舞美が低く叫ぶ。
その声を聞き入れたのか。
唐突に雨脚が弱まる。
そして。

「来た」

にやりと笑みを浮かべた舞美の視線を追った愛理が目を見張る。
はるか上空、うねるような影が瞬く間に近づいてきて頭の上を覆う。

「ひゃぁっ」
「愛理は中に入ってて!」

首をすくめた愛理に社を指差す。
愛理はあとずさるようにして数歩社に近寄ったが、それでも舞美から目を離すことは出来なかった。
そんな愛理に気づいているのかいないのか、舞美は振りかざしていた脇差を正面に構える。
その横顔を見つめる愛理の目の前で、舞美が口の中で何かをつぶやいたようだった。

「……あっ」

すると脇差を持つその手に赤いうろこがびっしりと現れ、
さすがに愛理も目の前のこの人物が普通の人間ではないことを思い知らされた。

「りゅ、龍王?」

一度は否定された言葉をもう一度口走ると、舞美は肩越しに愛理を見やり、にかっと笑みを浮かべた。

「ちょっと違う、かなっ」

ぼっ

土砂降りの雨の中、脇差が燃え盛る炎をまとう。
それを地面に突き立てると、大地から湧き出るように火炎に包まれた龍が姿を現した。
舞美がその背に飛び乗ると、火龍は天を翔け昇り、頭上でうねり構える水龍に一直線に向かっていった。


どのくらいの間だっただろう。

稲光閃く土砂降りの雨の中を、愛理はただただ空を見上げていた。
火龍が火を噴き、水龍が水撃を放つ。
舞美が脇差で切りつけると霧散する水龍も、上空に逃れるといっそうの水流をまとって戻り降りる。
何度も渡り合う両者。
愛理の目には火龍の方が形勢不利に見えていた。
そしてとうとう、舞い降りた水龍が渦巻き、火龍を包み込む。
もうだめだ。
愛理がそう思ったとき、渦巻く水龍がはじけ飛んで――。


どおおおおっっ


叩きつける、というほど生易しくない水の塊が頭の上から落とされる。
殴られるような水圧に、愛理は地面に崩れ落ちた。
滝つぼに突き落とされたように身動きがとれず、水の中で愛理は手足を動かすことも出来ない。
息苦しさに口を開くと、大量の水を飲み込んだ。
このまま。
地面の上で溺れ息絶えるのかもしれない。
 
595 :生贄と龍王 :2010/09/11(土) 15:34

「大丈夫?」

そう思った愛理の耳に聞き覚えのある声が飛び込んできて、愛理は硬く閉じていた目を開く。
一瞬前まで水に囲まれていた周囲はからりと乾いていた。
ぬれそぼっていた自分の髪や着物さえも乾いていて、体などほんのりと温かいくらいだ。
激しく咳き込みながら飲み込んだ水を吐き出していると、その背をさする大きな手。

「ごめんね。大丈夫?」

心配そうな声に、愛理はかろうじて顔を上げると小刻みにうなずいて見せた。
眉を下げる舞美は、愛理のその仕草にほっと息をついた。

「すい、龍王は……?」

舞美の手のうろこは消えていた。
最後の瞬間。
何が起こったのだろうか。
愛理の問いかけに舞美はにこりと笑みを浮かべると、すっくと立ち上がる。
その視線を追って愛理が顔を上げると、そこにはずいぶん小さくなってしまったものの、水龍の姿があった。
思わず愛理が小さく悲鳴を上げると、舞美は大丈夫だよ、と笑みを向ける。
愛理と舞美の周囲以外はまだしとしとと雨が降っていた。

舞美とそう変わらない大きさにまで縮んだ水龍はゆらりと体を揺らすと、低い声で言った。


『火龍の子孫よ。幾たび転生しようともこの恨み許されぬこと、覚えておけ』

「望むところだねっ」


恨みがましい水龍の声に、しかし舞美はにかっと笑う。
手に持った脇差の炎を払うようにぶんと振るうと、飛び出した火炎が水龍を包んだ。
真っ赤に燃え上がる炎の中で身悶えていた水龍の姿は次第に薄くなり。

水龍が完全に姿を消すと、雨も止んで空が明るくなり始めていた。



その昔。
火龍王の化身が一人の村娘と出会い、子をなした。
生まれつき不思議な力を持っていたその子供は、村人にいとわれ放浪しながらも子孫を繋いでいった。
それが、舞美の祖父に当たる人物であるという。
祖父よりも力は弱まっているが、こんな山奥の村で生贄を要求するようなちゃちな水龍なら相手に出来る。
自信ありげに言ってのける舞美に、しかし愛理はすまなさそうに眉を下げた。

「ごめんなさい」
「うん?」
「あたしのせいで水龍王の恨みを買ってしまって……」
「ああ。あんなのたいしたことないって。へーきへーき。
 まあ何代も先であたしの力が弱まったら、雨にたたられるようになるかも知れないけど。その程度だよ」

あはは、と笑い飛ばすと、舞美は社の中から笠と蓑を取り出す。
それもすっかり乾いていた。
二つを小脇に抱えると、舞美は愛理に向き合ってひとつうなずく。

「さてと。あたしはもう行くね」
「えっ。どこへ?」
「いやー。別にどこにとかはないかな。気の向くまま足の向くままだね」
「……あたしも一緒に行っちゃ、だめ?」

愛理の申し出があまりにも予想外だったのか、一瞬舞美はきょとんとした目で愛理を見つめる。
しかしすぐにその目も笑みに変わって。


「いいよ」


大きくうなずいた。

 
596 :生贄と龍王 :2010/09/11(土) 15:35

◇◇◇


「あーあ。また雨かー」
「雨だねえ」

コーヒーショップから見える外は雨模様。
窓越しの暗い空に恨みがましい目を向ける舞美の横顔を、愛理はストローを加えたまま眺めている。

「ごめんね。あたしのせいだね」

忙しい仕事の合間を縫ってやっと段取りできたせっかくのデートだった。
最近は晴れ続きだったから、今日こそは念願の遊園地デートができるとうきうきしてた。
でも、やっぱりダメだった。
愛理に向き直って申し訳なさそうな顔をする舞美に、愛理はふにゃりと笑って見せた。

「いーよー」
「でもさ」
「いいのいいの。それにさ、舞美ちゃんと雨がセットだと、なーんか嬉しいんだよね」
「何それ」
「う〜ん。わかんないけど、なんか嬉しい。幸せな気分になるの」
「わかんないよ。普通嫌でしょ。雨なんて」
「雨は好きじゃないけど……雨と舞美ちゃんが一緒だと幸せなの」
「わっかんないなあ」

納得いかない顔で首をかしげる舞美に、愛理は困ったように眉を下げる。
上手く説明なんか出来ない。
だって自分でも良くわからない気持ちだから。
だけど確かにこの胸の中にある気持ち。
舞美にだけはどうしてわかってほしかった。

「ま、愛理がそう言ってくれるならいっか」

にかっと笑う舞美に、愛理も安心したように笑う。
その手元のグラスが開いたのを見て、舞美は時計に目をやる。

「やばーい。愛理、映画始まっちゃうよっ」

勢い良く立ち上がった舞美にせかされるように、愛理も席を立つ。
今日の遊園地デートは映画デートに変更されていた。

コーヒーショップを出ると雨はまだしとしとと降っていた。
愛理は傘を開こうとしたが、その手を舞美に取られる。

「すぐそこだし。走ってこ」

にっと笑う舞美の手は熱かった。
いつでもまっすぐで一生懸命で。
心の中に燃え盛る炎を持ったような人。
穏やかだけど、雨の中でも風の中でも決して消えることのない炎。


雨は嫌い。
だけど雨の中、この熱い手に引かれるのは好きなんだ。

 
597 :esk :2010/09/11(土) 15:38
『 生贄と龍王 』   終わり

矢島さんがエロくなーい! やれば出来るじゃないかw
ひとつ上の話と話の大筋が被っていることは気にしないでください。
598 :名無飼育さん :2010/09/12(日) 04:01
なるほど。そういうことだったんですねw
舞美ドンマイ!
599 :名無飼育さん :2010/09/14(火) 23:39
これはイイお話
600 :esk :2010/09/19(日) 22:48
読んでくださった方、ありがとうございます。

>>558さま
そういうことだから、雨女な自分も誇りに思えばいいじゃないかっ
とか言ってw

>>559さま
あまりにも雨女すぎてかわいそうになってきたので、救済話のつもりでしたー


やじまぁ。いまさらですが、せっかく書いたので。

『 お帰りなさい 』
601 :お帰りなさい :2010/09/19(日) 22:49

「お帰りなさい、茉麻」


うちにやってきた舞美はあたしの部屋にぺたりと座ると、改めてそう言ってにこりと笑った。
そのまっすぐな笑顔に照れたあたしは、小さくうん、とだけうなずいた。
でも口元が緩むことは隠せなかったみたいで、それを見た舞美がまた笑う。


ハワイから帰ってきたのは昨日のこと。
明日からはまたびっしりと仕事が詰まっている。
舞台が迫ってるんだから仕方のないことだけれど、それよりも舞美はライブが目前に控えている。
今日もこのあとはリハだから、それほど長い時間は一緒にすごせないらしい。
それでも会いにきてくれたんだから、頬がゆるむのも仕方ないだろう。


おみやげを渡したりお土産話をしたり。
あたしの言葉一つ一つに、舞美はにこにことうなずいて聞いてくれる。
舞美とすごすこういうゆったりした時間は本当に好きだった。
その中で海に行った話をしたら、舞美が急に体を乗り出して来た。

「やっぱり焼けたよね」
「あー、ホントだね」

ほら、と舞美が肩を並べて腕をくっつける。
身長は同じなのに、伸ばした指先は舞美の方が少し前に出た。
腕長いなあ、なんて思いながらその色を見比べる。
自分としてはそんなに焼けた気はしていなかったけど、
同じくらいだったはずの肌の色は、並べて見るとあきらかに違うものになっていた。

「まあすぐ戻っちゃうけどね」
「それが千奈美とは違うところだ」
「確かに」

千奈美が聞いたら声を高くして怒り出しそうなことを言って、顔を見合わせてぷっとふきだす。
日焼けしても赤くはなるけど、色が定着することはあまりないんだよね。
舞美だってそう。
屋外イベントやロケで夏はどうしても日に焼けるけれど、夏が終われば色は戻る。

「……」
「………」

ひとしきり笑ったあと。
見合わせた顔が思うよりも近くて、なんとなく二人して黙り込む。
くっついてる腕の温度とか肌の感触なんかを、いまさら意識してしまったりして。

体を離そうか。

しかしそう思うよりも早く舞美の腕が離れていく。
ついさっき自分が思ったことを棚に上げて、未練たらしくその行き先を眺めていると、
そのまま半身で包み込むように腰に腕を回されて、舞美があたしの肩にあごを乗せる。
後ろから抱きすくめられるみたいになって、舞美の体の熱がじんわりと伝わってくる。

「ちょっと、こら」
「んー。だって。久しぶりだし」

首筋に顔をうずめてくんくんと鼻を鳴らす舞美のおでこを押すけど、びくともしない。
あきれた声はわざと。
そうしないと上ずってしまいそうだから。
しかしそれをわかっているのかいないのか。

「……っ」

首筋に触れた唇に漏れそうになった声を押し込める。
髪を掻き分けるようにして首筋に唇を落とす舞美。
あたしは黙ったままでぎゅっと手を握り締めた。
実際のところは、触れ合うことだって久しぶりと言うほどではない。
お互いツアーがあると全国飛び回ったりするから距離的に離れることも多い。
だけどやっぱり外国っていうのは大きい。
もしかしてもしかしたらもう会えなくなるかもしれないなんて、そんなバカなことも少しくらいはやっぱり考える。
そして舞美だって同じように考えたんだと思う。
忙しい中時間を作って無理してうちまで会いに来てるのは結局そういうことなんだろうし。
あたしだって……。
 
602 :お帰りなさい :2010/09/19(日) 22:50

なんて。

いつもならこういうことをすぐに止めさせるあたしが黙ってるさせるままにしているから調子に乗ったのか、
舞美があたしのシャツの肩をずらす。
これ以上はさすがに止めないと。
そう思ったとき、舞美が小さく声を上げた。

「わ」
「なに?」
「結構くっきりだね」
「ああ。肩は――、痛っ」

肩には確かに水着のあとが残っていた。
自分でも確認していた。
そのラインを舌先でなぞられて、びりっとした痛みが走る。
思わず声を上げたあたしに、驚いた顔で舞美があたしの顔をうかがう。

「噛んでないよ?」

あー、そうだね。舞美ってたまに噛むよね。そういうとき。
あれ止めて欲しいんだけど、そうじゃなくて。
そういう類の痛みじゃなかった。

「なんか、びりってした」
「あー。日焼けかな。境目だし、一番焼けてるのかも。――」
「やめ……っ」
「んぅー?」

舞美の熱い舌が日焼けのあとをたどる。
そのたびに、やわらかく濡れた感触と、ひりひりとした痛みが交互に襲い掛かる。

「ねえ、やだって」

最初はびっくりしたからかなり痛く感じたけど、実際はそれほど痛いと言うほどでもなくて。
その甘い痛みに熱くなる声を抑えて低く言うけど、舞美は小さく喉を鳴らしただけだった。
あたしの言葉なんてなかったみたいに、つうっと舐めあげる仕草を繰り返す。

はぁ

吐き出した息の熱さに、自分の頬が熱くなる。
舞美は優しいから、あたしの嫌がることは絶対にしない。
……こういう時以外は。
スイッチが入ったときの舞美は結構強引なS気質だから。
どこかでスイッチを切らないとやばい。
そう思うのに、あたしはされるままにぎゅっと手を握り締めるしか出来なかった。

――このまま。

なんて考えが頭の隅をかすった瞬間。





高らかに鳴り響いたメロディにびくりと体がはねた。

「あっと。やばい。時間だ」

あたしの体を放り出してテーブルに載せられていた携帯を取る舞美。
長い指で携帯を操作している舞美の横顔にはさっきまでの熱なんてかけらもない。
舞美のいきなりのスイッチオフに、あたしの方がついていけなくてぼんやりとその姿を眺める。
っていうか、こういうときにアラーム設定するってどうなの。
情緒なさすぎじゃない?
舞美らしいっちゃらしいけどさ……。

はあ。

ずらされたシャツを戻しながら、思わずため息をつく。
あたしのその息も、すでに熱を持っていなかった。
 
603 :お帰りなさい :2010/09/19(日) 22:50

「茉麻?」

そのため息が聞こえたのか、くるりと振り返った舞美は不思議そうに首を傾けた。
あたしはその顔に苦笑いでふるふると首を振ってみせる。
こんなことをいちいち気にしていたら、この子と付き合うなんてできない。

 なんだろ?
 ……ま、いっか

そんな心の声が聞こえそうなくらいはっきりと表情が変わって、不思議そうだった顔が爽やかな笑顔になる。
すでに帰り仕度をして立ち上がろうとしている舞美に、あたしもよいしょと腰を上げる。

「舞台きっと見に行くから。大変だろうけどがんばってね」
「舞美も。コンサート怪我しないようにね」
「うん。ありがと」

にこっと笑って手を差し出された。
ぱん、と上から叩くと満足そうに唇が弧を描く。
強気な笑顔でぐっと親指を立てた。
それはあたしだけに向けられた笑顔じゃないけれど。


このどうしようもない恋人のその笑顔にくらりと来たことは、悔しいから絶対に教えてやらないでいようと思った。
 
604 :esk :2010/09/19(日) 22:54
『 お帰りなさい 』   終わり

エロくない矢島さん、一作限り
605 :名無飼育さん :2010/09/20(月) 00:07
うわー
矢島さんの表情が目に浮かびますわ
606 :名無飼育さん :2010/10/01(金) 13:37
エロくない?いやいやめっちゃ昂るんですが
607 :esk :2010/10/24(日) 23:23
読んでくださった方、ありがとうございます。

>>605さま
最近の矢島さんの強気顔が好きです

>>606さま
エロくないのはひとつ前の龍の話でしたw
矢島さんはどうしてもエロくなってしまうww


初かな? みやもも

『 わがまま 』
608 :わがまま :2010/10/24(日) 23:24

「ちょっと、みや!」
「んー」

唐突に自分の名前を呼びつけられたが、相手が相手だから雅は気にもかけない返事をして、読んでいた雑誌から目をあげることもしなかった。
しかし、頭のなかで反芻したその声が少しイラついてたような気がして、ページをひとつめくってからちらりと視線だけを桃子に向けた。
しかし目が合った桃子はむっと唇を引き結んだままだ。

「……なによ」

せっかく視線を向けてやったのに一言も発しない桃子に、雅は低い声を返す。

「なによじゃないでしょっ」
「いや、意味わかんないし。だからなに」
「こっち」
「は?」
「もっとこっち来てって言ってんの!」

甲高い桃子の声に、雅は視線だけだった意識を顔を上げてしっかりとそちらに向ける。
朝早くから一人ロケがあったらしい桃子はまだ青白い顔をしていた。
楽屋の座敷部分で壁に背を預けて座り込んでいる雅と、メイクスペースの椅子に腰掛けている桃子。
その距離は数メートルほどだが、近いとは言いがたい距離感。

「……なんで?」
「なんでって、恋人同士が同じ部屋にいて二人っきりなんだから離れてるほうがおかしいでしょっ」

余裕なくまくし立てる桃子の顔をじっと見つめてから、雅はゆっくりと視線をはずす。
ぐるりと部屋を見回すと確かに他のメンバーはいなくなっていて、部屋には桃子と雅の二人きりだった。

まあ、そんなこと。一人ずついなくなるたびに意識していたけれど。

「みやっ」

視線を離して部屋の中をぼんやりと眺めている雅に、桃子の鋭い声が届く。
珍しくカリカリしている桃子の視線を頬に感じながら、雅はぼんやりと考える。
最近何かと忙しい恋人を支えてやれるほどの包容力は自分にはない。
桃子が求めているものはなんなのか。
なんとなくはわかるけれど、それを無理やり実行するのは自分らしさを失うようで、それも桃子が求めている自分とは違うような気がしてためらう。

「み――」
「もも」
「……、なに」
「うちがそっちいかなくても、桃がこっちにくればいいんじゃん?」
「………」

黙った桃子に顔を向けると、きょとんとした目とかち合う。
その無防備な顔に、雅の口元が緩む。
恋人である自分にさえなかなか隙を見せない桃子の、そういった表情が雅は好きだった。

そんな雅の気持ちを察したのか察していないのか。
うきうきと擦り寄ってきた桃子は雅に寄り添うように腰を下ろすと、腕を絡めて肩に頭を乗せる。
そこまでしていいとは言ってない。
しかし見下ろした桃子の幸せそうな横顔に、雅は思わず口から出かけた言葉を飲み込んだ。

「誰か帰ってきたら離れてよ」
「もー。みやのケチ」
「ケチじゃなくて常識」
「あーあ。誰も帰ってこなかったらいいのにな」

桃子のわざとらしいくついたため息の、それでもにじみ出る疲れに、伸ばしそうになった腕を押さえて雅は雑誌に視線を落とした。


自分らしさと包容力の間で、雅の心は今日も少しだけゆれる。
 
609 :esk :2010/10/24(日) 23:25
『 わがまま 』   終わり

なんでこんな甘い話になったんでろうw
610 :名無飼育さん :2010/11/01(月) 11:48
見ていなくてもしっかり意識してるみやびちゃん><
甘甘だけどちょっと甘酸っぱいですね
611 :esk :2010/11/28(日) 22:41
読んでくださった方、ありがとうございます。

>>610さま
甘さにツンデレがプラスされたせいでしょうかw


ちりもつもれば

『 夏焼さんでGO! 』
612 :夏焼さんでGO! :2010/11/28(日) 22:42

◇◇◇ その1(ちなみや) ◇◇◇


「おっひる、ごっはん。おっひる、ごっはん」

日曜の午後。
ダイニングテーブルに一人座って騒ぐ千奈美に背中を向けて、雅はもくもくとキッチンに向かう。
昨夜遅くまで騒いでいた二人が目を覚ますと、夏焼家の人々は二人を残してそれぞれに出かけてしまっていた。

「ねー。みや、まだー」
「うるさい。っていうかそんなこと言うならちぃも手伝いなよ」

手は止めずに首だけで千奈美を振り返る。
そんな雅に千奈美はなぜか得意げに言い放った。

「だって無理だもん!」
「無理とか意味わかんないしー」
「無理無理。うちそういうのは向いてないからね」
「じゃあ何にむいてんのって話だよね」
「それはー、色々さー」
「色々って何さ」
「色々は色々じゃん」

悪びれもせずににかっと笑う千奈美に、雅はため息をついて再び背中を向ける。
上機嫌に鼻歌を歌う千奈美の声を背中に聞きながら、雅は調味料に手を伸ばした。


「はい。でーきた」
「わーい! って、めっちゃおいしそうじゃん!!」
「そう? ちぃお茶でいいよね」

テーブルに並べられた皿に、千奈美は目を丸くして声を上げた。
歓声に雅はそっけなく応えると、グラスに麦茶を注ぐ。
そのグラスが麦茶で満たされるよりも早く、千奈美のスプーンが口の中に運ばれた。
もぐもぐと動く口元に、雅はちらりと視線を送る。

「……おいしい」

ぼそりとつぶやいた声に、雅は少し目を細めながらグラスを千奈美の前に置く。

「えーっ、ナニコレっ。めっちゃおいしい!! みやすごーい!」
「別に普通だし」
「うっそ、全然普通じゃないよ。うちでこんなん食べたことないもんっ。お店みたーい!」
「もー、ちぃうるさい。だまって食べなよ」
「おいしくて黙ってられない!」

ばたばたと長い足を踏み鳴らすと、次々にスプーンを口に運ぶ千奈美。

自分の椅子をひく雅のほっとしたような顔とか。
ポケットに忍ばせたレシピメモとか。
この日のためにママに猛特訓してもらったこととか。
そういうのに千奈美はきっと気づかない。


それっていいことなのか悪いことなのか。
自分のスプーンを手に取りながら雅が小さく浮かべた苦笑いさえ。
千奈美はきっと、気づかない。

 
613 :夏焼さんでGO! :2010/11/28(日) 22:43

◇◇◇ その2(みやさき) ◇◇◇


かちゃ

「ただいまー。……ん?」

撮影を終えて楽屋に戻った雅の目に飛び込んできたのは、
お互い背中を向け合うようにして突っ伏して眠る、佐紀と友理奈。
その光景に、雅はまずは友理奈にゆっくりと近づいて、その寝息を確かめる。
それから佐紀に隣の椅子にそっと腰掛けた。
最近伸びてきた髪が佐紀の白い頬を覆っている。
寝顔が見たくなった雅は、柔らかそうな髪に指を差し込んでそっとかき上げる。

「ん……」
「あ、ごめん。起きちゃった?」
「……みや?」
「うん。おはよ」

小声で微笑むと、それに応えるようにふにゃりと垂れる佐紀の目がかわいくて、雅の心臓がどくんと鳴った。
その音が聞こえたかのように。
イタズラっぽく表情を変えた佐紀は視線だけで後ろで眠る友理奈を確認すると、ぐいっと雅に顔を近づけた。

「あ、え? 佐紀ちゃ……、ダメだって」

あと数センチ、という距離で佐紀の意図を察した雅は困ったようにあごを引いた。

「なんで?」
「だって、熊井ちゃん……」
「寝てるもん。大丈夫だよ」
「で、でもさー」
「いいじゃん。あたし起こしたみやが悪い」
「えー?」
「目が覚めてすぐ近くにみやの顔があるんだもん。我慢なんかできないでしょー」
「も、もー。じゃあ……いいけど」
「みや、かわいい」

ふふ、と口元に笑みを浮かべて佐紀の小さな手が頬に触れた。
どきどきとうるさい心臓を押さえるように胸に手を当てて。
雅はぎこちなく目を閉じた。

しかし。

「ん、んー?」

びくんっ
背後から聞こえてきた低い声に、雅の閉じられたまぶたが瞬時に開く。
二人が同時に振り返ると、その視線の先で、友理奈が上体をゆらりと起こした。
緩慢な動作で振り返った友理奈は、食い入るように自分を見つめる二人を認めると、眠たげな目を細めて笑う。

「ああ、みや戻ってたんだ」


(( 空気読めーーー!! ))


真っ赤な顔でこぶしを握り締める二人に、友理奈は不思議そうな顔でちょこんと首をかしげた。

 
614 :夏焼さんでGO! :2010/11/28(日) 22:43

◇◇◇ その3(みやもも) ◇◇◇


「またか」

いくつか残る衣装を手荒に漁って、桃子は深くため息をついた。
その中から自分以外の名前のついたひとつを手に取ると、きょろきょろとあたりを見回す。
確か、さっきあっちの方で声が聞こえたような気がする。
わさわさとした衣装を抱えて廊下をすり抜けると、その端っこでぼんやりしている雅を見つけた。

自分だってコンサート前は緊張する方だと思う。
でもだからといってこんな間違いをしょっちゅうしたりしない。

「みや」
「……っ、もも」

桃子の声に、雅がびくりと体をすくめる。
よっぽど驚いたのか、胸の辺りにこぶしを当ててぱちぱちと瞬きを繰り返す。

「どうしたの?」
「どうしたのじゃないよ。みやの着てるそれ、桃の衣装なんだけど」
「……へ?」
「へ、じゃなくて。桃の衣装!」
「あ、えー? そうなの?」

突きつけられた桃子の指先から目をそらして、
雅は少し困ったような顔で自分のまとう衣装のスカートを指でつまむ。

「そうなのって、……もういいよ。ほら、みやの持ってきてあげたからこっちに着替えて」
「あー、うん。わかった」

驚くとか焦るとか、あるべき反応を返さない雅に、桃子はため息をつく。
クールビューティに見えて全くそうでない雅はどこか抜けているところがあって、
間違えて衣装を着られるとか結構しょっちゅうで、もう慣れちゃったよ、と桃子は思う。
だからそれ以上言葉を重ねるようなことはしないで、抱えるようにして持っていた雅の衣装を突きつけた。


「……ってさ、みやってやっぱり天然だよねえ」

無事桃子の下に戻ってきた衣装は少しだけ雅の香りが残っていて、
自分の身を包むその香が桃子を上機嫌にさせた。
いつもより3割り増しに高い桃子の声を間近に聞かされて、茉麻は大きくため息をついた。
不思議そうな顔をする桃子を見下ろして、茉麻は言った。

「あんたら、一生平行線だよ」
「???」


意外と、桃子も鈍い。

 
615 :esk :2010/11/28(日) 22:45
『 夏焼さんでGO! 』   終わり

久しぶりに更新したら上げてしまった……。
616 :名無飼育さん :2010/11/29(月) 22:57
いいと思う。
617 :esk :2010/12/18(土) 01:07
読んでくださった方、ありがとうございます。

>>616さま
ありがとう。


清水夏焼矢島須藤。タイトルと中身あんまり関係ないかも。

『 須藤茉麻の楽しい扱い方 』
618 :須藤茉麻の楽しい扱い方 :2010/12/18(土) 01:10

部屋でおとなしく本を読んでいた茉麻の携帯が軽快な音を立てる。
それはある一人にだけ設定しているメロディで、茉麻はいそいそと携帯に手を伸ばした。

「……」

舞美から送られてきたメールは、踊るように楽しげな文章と、
イルミネーションを背に頬をくっつけるようにしている舞美と佐紀の写メ。
その満面の笑みに、茉麻は無言で携帯を閉じた。
しかしその携帯を放り出すよりも早く、また震え始める。
気乗りしないまま開くと、画面には再び舞美の名前が。
今度は着信だ。
メールを送ってすぐに電話とか意味わかんないし。
口の中で不満げにつぶやいてみたけれど、
呼び出し続ける着信を無視するわけにもいかず、茉麻は仕方なく携帯を耳に当てた。

「もしもし」
『あ、茉麻起きてた?』
「まだ10時じゃん」
『そっか。そーだね。ねね、メール見た? すごくない?』
「あっ、うん。綺麗だよね〜」
『ほんっと、もうねー、ドキドキするくらい綺麗だったよ!』
「へー。そうなんだ。いいなあ」
『あ、あとね、焼肉もおいしかったよ〜。佐紀ってばさ……』

上機嫌に続く舞美の話に相槌を打ちながらも、茉麻はいらいらする自分を抑えられずにこぶしを強く握った。
 
619 :須藤茉麻の楽しい扱い方 :2010/12/18(土) 01:11

◇◇◇

「……とかさ、そういうの普通もうちょっと考えない?」
「まあ舞美だしねえ」
「そうだけどさー」

仕事前に雅と二人街中を歩きながら茉麻は唇を尖らせる。
昨日の舞美の所業についてぶちぶちと愚痴る茉麻だったが、軽く流した雅はにやにやとその顔を覗き込んだ。

「なに?」
「茉麻もやっとそういうことで悩むようになったか〜と思って」
「い、いいじゃん」
「いいよ。いいと思う」

ふふ、と珍しく大人びた笑みを浮かべる雅から、茉麻はふいと目をそらした。
今まで恋愛ごとにはあまり興味がなかった茉麻。
舞美と付き合うようになってから初めて知る感情も多くあった。
いいことも、悪いことも。
そこで戸惑う茉麻をからかうのが最近の雅のブームらしい。

「みやは?」
「うん?」
「佐紀ちゃん。いいの?」
「えー? 別に。だいたい昨日はママ同士も一緒だったし」
「そうだけどさー」

なんだか悔しくなって、同じ不満を抱くはずの名前を出してみるが、
雅のあっさりとした返答に茉麻は不満げにうなる。
まあ普段からあきれるほどいちゃいちゃしている佐紀と雅を思えば、
あれくらいのことで不満を抱くこともないのかもしれないが。
それに佐紀なら舞美のようにうかつに浮かれた電話なんてしてこないだろうし。
みやはいいなあ、なんてため息をつく茉麻を隣に、雅はとある建物の前で立ち止まる。

「ここだよね」
「うわー。マジで見んの?」
「ここまで来て何言ってんの。さ。行くよ」

今日の目的地は小さな映画館。
茉麻が自分の主演した映画を恥ずかしくて見ていないと知ると、
雅は嬉々としてここまで引きずってきたのだ。
腰が秘めている茉麻の腕を取ると、雅はやけに張り切って建物へと入っていく。


「つーかさ、こないだの舞台挨拶の日見たんじゃないの?」
「打ち合わせとかでそんな時間なかったもん」
「そっかあ。あ、あの辺にしよ」
「もうちょっと後ろにしようよ」

薄暗い館内に入り、前寄り真ん中あたりの空席を雅が指差す。
焦る茉麻に構いもせず、ずんずんと進んでいく。

「だーめ。あ、前すいませー……、えっ!?」
「え?」
「あ、なっちゃん! え、なんでっ?」

女の子二人組みの前を通ろうとした雅が突然立ち止まる。
何事だろうと茉麻が雅の視線を追うと、目の前で勢い良く立ち上がったのは、
見慣れたキャプテン、佐紀だった。
茉麻が驚いて佐紀の隣に視線を落とすと、さらに驚くことに目を丸くした舞美が座っていた。
 
620 :須藤茉麻の楽しい扱い方 :2010/12/18(土) 01:11

「なんで――」
「すっごい偶然! なっちゃんこっちねっ」
「うん! ……あ、でもそしたら」

佐紀が自分の隣のシートを嬉しげにぽんぽんとたたく。
その幸せそうな笑みにつられて口元を緩めてそちらへ向かおうとした雅だったが、
ふと気づいて迷うように座ったままの舞美に視線を落とした。
並んで座っている佐紀と舞美。
舞美の方が通路側だから、その隣の佐紀のさらに隣に雅が座ると茉麻と舞美がはなれることになる。

「あっ、いい、いい、いい! みやそこ座って。あたし奥座るから!」

雅に釣られて視線を落とし、一瞬舞美と目があった茉麻が慌てて手をぶんぶんと振り回すと、
雅は最近見慣れたイタズラっぽい笑みを口元に浮かべた。

「佐紀、奥詰めてよ」
「うん。そうだね」
「いいよ! 佐紀ちゃんいいってば!」
「茉麻」

席を移動しようとする佐紀を慌てて押しとどめようとした茉麻の腕を、
黙って成り行きを眺めていた舞美が唐突につかむ。
舞美は驚いた目で自分を見下ろす茉麻の腕をぐいっと引き寄せると、小さな声で言った。

「声、大きいよ」

口元に手を当てた舞美の言葉に、茉麻が首をすくめる。
今この映画館内にいる多くの人は自分たちのことを知っているはずなのだ。
舞美の指摘に茉麻がびくびくしている隙に、佐紀は素早く席を二つあけた奥へと移動する。
平日の昼間のせいか、館内は同年代の女の子が多く、茉麻たちが普段見慣れている男性陣は意外に少ない。
そのため茉麻たちが騒いでいても気づかれていないようだが、ずっと立っているわけにもいかない。
茉麻は佐紀のいなくなったシートに仕方なく腰を下ろした。
そのまま落ちつかなげに白いスクリーンに視線を向ける茉麻の横顔を舞美はにこにこと見つめる。

「びっくりしたな」
「え? ああ。あたしも。だって舞美、昨日電話したときは映画来るなんか言ってなかったじゃん」

唐突に話しかけられ、思わず舞美を振り返った茉麻だったが、すぐにスクリーンへと視線を戻した。

「あー。佐紀がね」
「佐紀ちゃんが?」
「んー……。二日連続で遊ぶなんか言ったら茉麻にうらまれそうだからだまっといてって」
「佐紀ちゃ――」
「しーしーしーっ」

立ち上がろうとした茉麻の肩を舞美がぐっと抑える。
シートに戻された茉麻はふてくされたように唇をゆがめた。
昨日といい今日といい。
佐紀に恨みはないが、……ないのか? あるかも……。

「なんか恥ずかしいね」
「え? なにが?」

ぶつぶつとつぶやく茉麻に、舞美がにこにこと笑いかける。
とっさに振り向いた茉麻と目が会うと、今度は舞美が少し恥ずかしそうに目をそらした。

「だって、佐紀と見るのも恥ずかしいと思ってたのに、まさか茉麻と見るとは思ってなかったから」

少し困ったような顔で舞美はちらりとこちらを伺ったが、すぐにまた目をそらした。
そんな反応されても、恥ずかしいのはこっちなんだけど。
茉麻が大きくため息をつくと、上映開始のアナウンスが流れ始めた。
 
621 :須藤茉麻の楽しい扱い方 :2010/12/18(土) 01:15


「面白かったね」
「茉麻かっこよかった」
「いちごちゃんかわいい」
「いや、あの人アレで年上だから」
「マジ!?」
「あー。カレー食べたーい」
「能登さんすごかったね」

わいわいと映画館を出る四人。
上映中はあまりの恥ずかしさにシートに沈んでしまっていた茉麻だったが、
映画が終わったとたんに元気になってつっこみなんか入れている。

あたりは薄暗くなっていて、雅はポケットから携帯を取り出して時間を確認すると、
舞美を正面に向き直った。

「さてと。うちらこれから仕事なんだけど、舞美は?」
「あたしはないけど、仕事ってもう時間ないの?」
「んー。ちょっとお茶くらいならいけるかな?」
「あ、お茶って言うか。ちょっと茉麻借りていい?」
「へ?」

いきなりの名指しに茉麻は自分の顔を指差す。

「ああっ、オッケーオッケー。全然オッケーだよ。楽しくデートしてきて!」
「ギリ集合だったら1時間は余裕あるから!」

雅と佐紀は茉麻をぐいぐいと舞美のほうへ押しやった。
戸惑う茉麻の手を取って、舞美はにこりと笑いかける。
その笑みに、茉麻は言いかけた言葉を飲み込んで口を閉じた。
柔らかいけれど、どこか強引に人を従わせる笑み。
茉麻は舞美のその表情に弱かった。

にやにやと笑う雅と佐紀からはなれて、ようやく茉麻は口を開く。

「どこ行くの?」
「イルミネーション見に行きたいなと思って」
「昨日見てんじゃん」
「うん。でもまた茉麻と行きたくなった」
「……。寒いのに物好きだね」

寒い、と言う言葉に反応したのか、舞美が二人の距離を縮めて肩を寄せ合う。
困ったようにはなれる茉麻の手を引いて、強引に体をくっつけた。

「ねえ、茉麻もLOVEノートとかつけてる?」
「はあっ? ないないないっ」
「そうかなー。舞美は佐紀と遊びすぎ! ばかばかばか! みたいなこと書かれてそう」
「――。ない。ないからっ。あたしがそんなんしたらキモイでしょっ。
 ていうか別に佐紀ちゃんのことは気にしてないし!」

書いてはいない。
けれどそう思ったのは事実で、雅に愚痴ったのも事実で、茉麻は一瞬言葉を失う。
その反応を見逃さず、舞美はにこりと笑みを浮かべる。

「『貴方の前で私が何を口走ろうとも信じないでほしい。このノートに書かれていることだけが真実なのだから』?」
「違うってば!」
「ノート見なくても私にはわかるぞー」
「わかってない!」
「はいはい。そういうことにしてあげる」
「舞美っ」

声を荒げながらもしっかりと手を握り、寄り添う茉麻。
その茉麻に腕を絡め、舞美は踊るような足取りで夕暮れの道を進む。



(っていうか、わかってるなら佐紀ちゃんと遊んだことをあんな楽しそうに報告しないだろ!)

 
622 :esk :2010/12/18(土) 01:15
『 須藤茉麻の楽しい扱い方 』   終わり
623 :名無飼育さん :2010/12/21(火) 17:37
やじまあさは地味にイイ
624 :esk :2010/12/21(火) 22:45
読んでくださった方、ありがとうございます。

>>623さま
ホントに地味です


もっと地味に。みやまぁ

『 ラストシーンは君と一緒に 』
625 :ラストシーンは君と一緒に :2010/12/21(火) 22:46

仕事前に少し時間が空いて、映画を見に行こうって言い出したのはみや。
はりきってコーラとポップコーンも買って。
席についてからもこの映画ずっと見たかったんだ〜とか上機嫌で。
ニコニコと笑う横顔は本当に嬉しそうだった。

――なのに。
映画が始まって30分くらいで、みやはこくりこくりと首を傾けだした。

ここのところBuonoの仕事も入っていて忙しく、疲れているのは知っている。
でもあたしだって映画関連の仕事があって、けっこう疲れてたんだけどな。
インドア派のあたしとしては本当はゆっくりと本でも読んでいたかった。
でもみやの誘いだから出てきたのに……ってそれはどうでもいいけど、
強引に連れ出した方がいきなり寝ちゃうってどうなのよ。
二人で出かけるなんかめったにないから楽しみに……ってそういうわけでもないけど、
これじゃ一人で見に来てるのと一緒だし。意味ないじゃん。
それとなく腕とかつついてみたけど、起きやしない。

まあ、いっか。
ツアーもラストスパートの大事な時期だし、寝かしといてやるべきかな。
傾きかけたポップコーンだけ取り上げてもう起こそうとせずにほおって置こうとしたのだけれど、
ちらちらと見ていると、だんだんみやの頭が隣の人の方に傾いている。
これは……、やっぱり起こしたほうがいいかも。
何度目かに確認したあたしの視線がみやの隣の男の人の横目を捕らえた。
……口元が緩んでいる。

「みや」

あたしはとっさに小さな声でみやの名前を呼んで、その細い肩を強めに揺さぶった。
一瞬の間があって、ふっと顔をしかめたみやがゆっくりとまぶたを開いた。
そのとろりとした瞳と目が合って、あたしの心臓はいきなりどきんと大きく鳴った。
その音に焦ったあたしは、ごまかすみたいに少し乱暴にみやの小さな頭を自分の方に引き寄せる。
びくりと一瞬体をかたくしたみやだったけれど、
いくつか呼吸をする間にあたしの肩にしっかりと頭を預けてきた。
ほっとしてあたしは視線をスクリーンに戻したけれど。

ふわりと香るみやの香りに鼻をくすぐられて、なぜか、そのあとの映画の内容はあまり覚えていない。

 
626 :ラストシーンは君と一緒に :2010/12/21(火) 22:47

◇◇◇

エンドロールが流れ始めて、気の早い人なんかはもう帰り支度を始めている。
結局みやはあれから最後まであたしの肩にもたれたままだった。
そろそろ起こさないといけないな。
そう思いつつもなんとなくきっかけがつかめなくてぼんやりしていると、
肩の上でぴくりとみやがタイミングよく身じろぎした。

「んっんー」
「ああ、起きた?」
「あれ、うち寝てたの?」
「寝てた寝てた。半分以上寝てたんじゃないの」
「うっそ。損した〜」

立ち上がって伸びをするみやを見上げるようになって、笑ってやると、
みやは照れたみたいな顔であたしに向かって手を差し伸べてきた。
その手を取って立ち上がる。
立ち上がった顔の距離が近くって、それってさっきと同じくらいなのになんかさっきよりもどきどきして、
あたしはすぐに荷物を手に通路へと足を向けた。


「どうだった? 面白かった?」
「え、あー。それなりかな」
「なにそれ。茉麻は起きてたんでしょ?」
「ん。まあね」

劇場を出てたずねてくるみやのしかめっつらから逃げるように目をそらせる。
みやの匂いにどきどきして集中できなかった。
ってわけじゃないけど。
たぶんない。
だからあたしが集中できなかったのは映画の内容が悪かったから。

「ラストがイマイチだったかな」
「ああ。そうだよね。なんか急に終わっちゃった感じだったね」
「でしょーっ。もうちょっと余韻がほしかったって言うか、――?」
「あー。ぐっすり寝たらおなか減っちゃった。ちょっと軽く食べてこうよ」
「ああ、うん……」

話を振っておきながらあたしの話も聞いていないのか、
すたすたと歩いていくみやの少し後ろを慌てて追いかける。
 
627 :ラストシーンは君と一緒に :2010/12/21(火) 22:47

「ねえ、みや……」
「うん?」
「あ、いや……やっぱいいや」
「なに。やめてよそんなの。気になるじゃん」
「あ、えーと」

あたしは追いついて振り返ったみやの不審そうな顔をまじまじと見つめる。
みやは自分の口走った失敗に気づいていないけど。
それってさ、それってそういうことだよね?
で、それってそういうことだと思っていいの?


暗がりの中。
もっとこのまま二人で寄り添っていたいと思った。
あの気持ちが自分ひとりのものではなかったと思っていいの?


だとしたら。
ヤバイ。
めちゃくちゃ嬉しいかもしれない。

あまりにも長く見つめすぎて面白くなってきたのか、不審そうだったみやの表情がふにゃりと崩れる。
その口が憎まれ口を叩くよりも先に、あたしはさっとみやの手を取って歩き始めた。

「――また、一緒に映画見に来よっか」
「うん!」

半歩後ろで嬉しそうに笑うみやを見やりながら。
今度は寝たフリなんかしなくていいから最後まで寄り添って見ようよ、なんて。
キザな台詞が頭に浮かんだとたんに顔にかあっと熱が集まった。

「茉麻?」
「なっ、なんでもない!」
「はあ? っていうか顔赤いよ?」
「だからなんでもないってば!」
「なに焦ってんの?」
「もう、ほっといてよっ」


どっちかの性格を矯正しない限り、『今度』はかなり遠そうだけれど。

 
628 :esk :2010/12/21(火) 22:49
『 ラストシーンは君と一緒に 』   終わり

タイトルを映画っぽくしてみた
629 :名無飼育さん :2010/12/22(水) 22:27
みやまぁ来てますねえ
キスネタかと思いましたがw
630 :esk :2010/12/24(金) 23:43
読んでくださった方、ありがとうございます。

>>629さま
キスネタが書けなかったからボツネタ拾ってきたことは内緒です。


ずいぶん以前にとあるサイトでリクエストしたけど見事に抽選漏れしたネタ。
みやもも。ちょっとだけえろっちいです。

『 君からの贈り物 』
631 :君からの贈り物 :2010/12/24(金) 23:43

「みやってお酒飲める?」
「はぁ? 急に何」

夜も深まってきた時刻。
桃子の部屋で並んでテレビを見ていた雅に、桃子は何の前触れもなくそうたずねた。
あまりの唐突さに、雅は至近距離で振り返った顔を強くしかめる。
だらりとベッドにもたれていた雅からの、下からすくい上げるような鋭い視線にひるむこともなく、
桃子はニコニコと笑みを返す。

「なんか強そうな顔してるなって思って」
「意味わかんない。桃は明らかに弱そうだけどね」
「か弱いから?」
「それは違うけど」

即答した雅に桃子は唇を尖らせたけれど、すぐに気を取り直したように体を乗り出した。

「で、で? どうなの? 強いの?」
「知らないよ。ちゃんと飲んだことないもん。パパのビール一口とか、お正月の甘酒とかだけ」
「つまーんなーい。ねね、飲んでみようよ!」
「はあ?」
「今日はイブなんだし、いいじゃん!」

なんて。
軽い気持ちから始まったこの夜がとんでもないことになるなんて、桃子だって思ってもみなかった。


◇◇◇


「ちょっと、みや! 待ってよ!!」
「ん〜? なんでさ〜」

いつもは少しきつい目じりをとろりと下げて、ぐいぐいと押し付けられる体。
ベッドに深く沈む桃子は抵抗どころか身動きも取れない。
焦る桃子をよそに、熱くほてった雅の頬がすりすりとすり寄せられる。
鼻をくすぐるアルコール交じりの甘い香りに桃子の体温がさらに上昇した。

今現在こんなことになっている原因が自分の一言であることは桃子自身よーくわかっていた。

『う。なんかイヤかも……』
『えー、みやってばおこちゃま〜』
『……つーか、全然平気だし』

なんだかんだで久しぶりのお泊り。
しかもクリスマスイブ。
桃子としてもテンションが上がっていたことは認める。
こっそりと家を出てコンビニで買ってきたアルコールを口にした雅は、一口目で顔をしかめた。
実は結構アルコールには強い桃子。
雅のその様子がなんだか嬉しくて、ついからかうような口調になった。
桃子の言葉にカチンときたらしき雅ががぶがぶと飲み進めるのを見て、少し心配にもなったのだが。

酔うとどうなるのだろう。
甘えたりしてくれるのかな。

そんな興味と期待があって止めなかったことは認める。
だけど。
 
632 :君からの贈り物 :2010/12/24(金) 23:44

「……は、ぅ」
「んふふ。桃ってばかわいい」
「えっ!? あ……っ」

いつもなら絶対言わないような言葉をつむぎながら甘い笑みを浮かべる。

「あっ、や……」

いつもは照れて遠慮がちな手がありえないくらい積極的に動く。

「はぁ……桃の体、気持ちイイ」

とろけるような甘い声で、擦りよせられる熱い体。


ここまで変わるとは思っていなかった。
いつもと違う雅を嬉しくも思うけれど、違いすぎて。ドキドキしすぎて。
触れられるたびに宙に放り出されそうになる体を、桃子は必死で雅に手足を絡めて押しとどめる。
だけど。
その一言には耐えられなかった。

「桃、好き」
「――っ!!?」



果てた桃子にふやふやと甘えてきていた雅がいつの間にか目を閉じて。
桃子だって疲れて眠りたかったのだけれど、
こんな幸せそうに眠る雅を側に眠るのはもったいないような気がして、眠い目をこする。
しかし、次の瞬間。
見つめていた幸せそうな寝顔が、一転して不愉快に眉をしかめた。
ばちっと開いた目が、宙をうつろに見つめて。
がばりと体を起こした雅が口元を強く抑えて低くうなる。

「――吐く」
「はあっ? ちょっ、みやっ。トイレあっち! 一瞬我慢して!」

大きく揺れた肩を抑えて雅をベッドから引き摺り下ろす。
そのまま廊下に連れ出そうとしてお互いが一枚の衣服も身に着けていないことを思い出した。
慌ててその辺に脱ぎ散らかされたパジャマを着込み、
雅には上着だけを引っ掛けて廊下の隅のトイレに押し込んだ。

ごぼごぼと音を立てて胃の中身を吐き出す雅の苦しそうな様子に、桃子は少なからず罪悪感を覚える。
あんないたずら、やめておけばよかった。
自分だけのせいだとは言わないが、青ざめた横顔にさすがに申し訳なくなる。
さっき触れた時よりは冷たくなっている背中をさすりながら、桃子は小さくため息をついた。
 
633 :君からの贈り物 :2010/12/24(金) 23:44

「桃?」
「……えっ!!?」

そのため息を追う様に。
かちゃりと控えめな音がして、両親の部屋から母親が顔を出す。

「どうかしたの」

少し眠たげな声。
ぺたぺたと足音が近づき、桃子は顔色を失う。
自分はいい。
しかし、雅が今身につけているのはパジャマの上だけ、しかもそれも肩に羽織っているだけだ。
まずい。まずいっ。まずい!!
慌てて雅の腕を取って袖に通させようとするが、よほど苦しいのかうまく動いてくれない。

「雅ちゃん、どうしたのっ?」

雅の様子に気づいた母親の足取りが早まる。
桃子はとっさにトイレから抜け出してドアを力いっぱい閉めた。

「まさか食中毒!? 救急車を――」
「あ、あ、あっ。違うのっ。違うくって」
「何がよ。雅ちゃん、大丈夫なのっ」

今日は雅は夕方から嗣永家を訪れていて、夕飯も一緒に食べている。
一瞬で青ざめた顔になってドアを開けようとする母親の腕を桃子は慌てて押さえた。
桃子の行動に最悪の事態ではないと悟った母親は少し表情を緩めたが、
それならなんなのかと不審気に娘を見下ろす。

「あの、あの、あの……えっと」
「どうしたの」
「……お酒を、飲みました」
「……」

しゅんと肩を落とす桃子に、母親はあきれたようにため息をついた。

「……お水持ってくるから」

お互い18歳。友達同士の家泊り。
家庭の方針にもよるけれど、たいていの親なら叙情酌量の余地はある事態だろう。
母親の声音にほっと息をついた桃子は、とんとんと階段を下りる足音を背に慌てて部屋に戻る。
ベッドの下に脱ぎ捨てられたパジャマをつかんでトイレのドアを開けると、
雅はぐったりとはしていたが、肩にかけていた上着をきちんと着込んでいた。

「……やばかったね」

雅のその一言に、桃子は今の状況をどのあたりまで意識があるのか不思議に思った。
しかし聞いてみたいと思ったけれど今はそんな暇もない。
ふらつく雅に腕を貸しながら急いでパジャマを着せると、まだ苦しげに息をつくその背をそっと撫でた。

雅を壁に寄りかからせて落ち着いたところで母親が戻ってきた。
氷の入った大きなグラスと水のペットボトル。

「……すいません」

それを受け取りながらか細い声であやまる雅の顔色を確認して、
それから娘の頭にごちんとこぶしを落とした。

「二人とも、もうこんなことしたらだめよ」
「「 ……ハイ 」」
 
634 :君からの贈り物 :2010/12/24(金) 23:45

横になると頭が痛いと言う雅をベッドの角に座らせて毛布でくるむ。
隣に体を寄せて、一緒になって毛布にもぐりこむと、桃子は雅の顔をそっと見上げた。

「みや」
「……うん?」
「かわいかったよ」
「うっ、うっさい!!」
「しーっ、しーっ。夜中夜中っ」

また心配した母親に入ってこられたりしたら、ちょっと今の状況説明しにくい。
さすがにそれを悟ったのか、雅がぴたりと動きを止めたのをいいことに、
桃子はごそごそと毛布の中でさらに体を寄せると、その細い腰を抱きよせる。

「覚えてるの?」
「……だいたい」
「ふーん」
「で、でもあんなの自分の意思じゃないからねっ」

あんなの。
と言うことは結構覚えているのだろうなと桃子は判断した。
桃子が思い出すだけでも恥ずかしくなるような今夜の雅。
本人の中ではなかったことにしたい気持ちもわかるけれど。

「みや、潜在意識って知ってる?」
「せんざい?」
「みやはさ」

首を傾ける雅にぐいと桃子が顔を近寄せると、雅は困ったように目をきょろきょろとさせた。

「無意識に、桃にああいうことしたいとずっと思ってたんだよ」
「思ってなんかっ、……うっ」

顔を真っ赤にしてがばっと体を離した雅が、口元に手を当てたのを見て、桃子もさすがに慌てて体を離す。
苦しそうな息であえぐ雅の背中を強くさする。

「トイレ行く?」
「………いい。みず」
「ハイ」

手渡された水のボトルを傾ける雅の喉元を、桃子はぼんやりと見つめる。
今は興奮させないほうがいい。
雅から引き出したかった答は、今を逃せば一生得られないだろう。
それでもいい。
その答は、桃子の中にだけしまっておけばいい。


今日はクリスマスイブ。
そんなプレゼントがあってもいいだろう。

ボトルを置いて息をつく雅を、桃子はぎゅっと抱き寄せた。
 
635 :esk :2010/12/24(金) 23:46
『 君からの贈り物 』   終わり
636 :名無し飼育さん :2010/12/30(木) 16:41
やっぱりももみやイイ!
続きを待ってます。
637 :esk :2010/12/31(金) 22:48
読んでくださった方ありがとうございます。

>>636さま
もみやももみや!
続きではないですがひとつ


今年の汚れ、今年のうちに。
ってことでエロ注意。私が表に出すものとしては結構エロいかもw

みやもも

『 仕返し 』
638 :仕返し :2010/12/31(金) 22:49

うつぶせた背中が苦しそうに波打つ。
枕に吸い込まれていく呼吸もまだ苦しそうで、
ちょっとやりすぎたかなあ、なんてさすがの桃子も少し反省しながら雅の背中にそっと触れた。
しかし、その背を撫でる前に桃子の手は振り払われた。
これは……結構怒っているのかもしれない。
そりゃそうだよね。言い訳か、謝罪か。
振り払われた手を胸元で握り締めて、桃子は迷いながら口を開いた。

「みや、あの――」
「あつい」
「え?」

桃子の言葉をさえぎるように発せられた雅の言葉。
聞き取れなかったわけではないが、あまりにも唐突で聞き返してしまった桃子に、
しかし雅からの返事はなかった。
少しの間雅を見つめていたが、やはり答えはない。
腰まで露になっている雅の綺麗な背中のラインにはうっすらと汗が浮いていて、
暑いとか言われても、このままだと風邪をひいてしまうかもしれない。

「みや、服」
「……」

ベッドの下に乱れた服を拾い上げて、雅の背中にぱさりとかける。
すると、本当に暑いんだろう、無造作に跳ね除けられてしまった。
仕方なく桃子が自分の服を拾って袖を通そうとしたところで、跳ね除けた腕がぱたんとベッドをたたいた。
その指先がかすかに触れて、桃子の服を引き下げる。

「……。」
「え? なんて?」

ぼそり、と枕に吸い込まれた声が聞き取れなくて、桃は雅に顔を近づける。
はあ、とひとつ息を吐き出した雅が、ぐっと肘をはって胸から上をベッドから起こす。

「着るな」
「でも、風邪引いちゃうし」
「ちょっと休憩してる、だけだから」
「休憩?」
「休んだら、するから」
「……え。それって」

顔を合わせず、ベッドに向かってぼそぼそとしゃべる雅の横顔を、桃子は信じられない思いで見つめた。

ずいぶん長い間、桃子は雅のことを想っていた。
アピールだってそれなりにしてきたつもりだった。
雅だってまんざらじゃない……ような気がしたりしなかったり。
気まぐれな雅の態度一つ一つに、浮いたり沈んだり。
思い切って踏み込んでいいのか悪いのか、迷っているうちにライバルは増える一方で。
我慢の限界を超えたきっかけがなんだったかなんて、もうわからない。

珍しく一緒になったホテルの部屋で、強引に体を重ねた。
すごく抵抗されて、引っかき傷とかできた。
なのに、なんで?
やられたからやり返し?
でもこの場合それっておかしいよ?

理解不能に陥った桃子がきょとんとしていると、雅は大きく息をついて体を起こす。
そしてそのまま桃子の体の上に覆いかぶさった。

「だからあ、次はうちが桃にするって言ってんの」
「え、え、ええっ?」

驚く桃子に構うことなく、雅は顔を近寄せる。
ぶつけるように唇をふさがれて、桃子は体をすくめた。
強引に入り込んだ舌先が口内を蹂躙する。
 
639 :仕返し :2010/12/31(金) 22:52

「……、はっ……はあっ」

息苦しさに桃子は雅の肩を叩く。
やっと開放されて大きく息を吸うと、そこ呼吸を吐き出す間もなく首筋に熱い舌を押し付けられた。

「ちょ、や……っ」

首筋を舐めあげられ、そのまま耳たぶに噛み付かれる。
耳に聞こえる雅の呼吸はまだとても熱くて荒くて。
熱く湿った体から立ち上る、甘い香り。
全てにぞくぞくとして、桃子は雅の肩をつかんで体をすくめた。
その体のラインをなぞるようにして、雅の手が桃子の胸を撫であげ、ぐっとつかむ。

「やっ、だっ」

痛いほどの力にたまらなくなって雅をぐいっと押し返すと、倍の力で抱き寄せられた。
そして耳元でささやく雅の硬い声。

「桃は、頭悪い」
「な、なに……ぁっん」

耳の中に舌を差し込まれて、声が漏れた。
桃子はかあっと熱くなる顔を慌てて腕で覆った。
しかし、その腕を雅が取り払う。
にじむ視界で見上げると、雅は明らかに怒った不機嫌顔で桃子を見下ろしていた。

「うちの気持ち、考えてない」
「そ、れは……ごめ、ん」
「違う」


「うちだって、ずっと桃としたいって思ってたのに」


雅の意思を無視して押し切った行為に桃子が謝ろうとすると、目をそらして吐き捨てるように雅は言った。
目を見開いた桃子の視界に、不機嫌そうな雅の頬は徐々に赤みを増していく。
混乱する桃子の頭に、ゆっくりとしみこんでくる言葉の意味。
それを、信じてもいいのか。
今のこの状況なら、信じてもいいんじゃないか。
でも、信じてしまえばがまたいつものようにバカを見ることになるんじゃないか。
ぐるぐるとめぐる思考に桃子が動きを止めた、その隙に雅の手は桃子の足の間に入り込んでいた。

「え、ちょ。はや、いっ!」
「うそ。もう十分だよ」
「んっ!」

大して触れられていないのに、確かにそこはもう十分で。
だからこそ待って欲しかった。
いきなり音を立てるように強く触れられて、桃子の体がびくりとしなる。

「ちょ、やっ」

ぎゅっと閉じた体を押し開くように中に指を押し込まれ、桃子は思わず腰を引く。
自分の体が雅の細い指を飲み込んだのがわかった。

「すぐ入るし」

雅のあざけるような声に、桃子は顔をそらす。

「だ、だって……んぅっ」
「まだ入るよね」
「!! イヤ、あっ」

拒否する間もなく押し込められる指が数を増やす。
さすがに痛みと苦しさを感じてぐっと歯を食いしばった。
その桃子を見下ろす雅は唇の端を吊り上げる。

「まだ余裕ありそう」
「な、いっ!」

青ざめる桃子を気にもかけず雅の動きが激しくなる。
桃子はもう抵抗さえも出来ず、されるがままに声をあげるしかなかった。
 
640 :仕返し :2010/12/31(金) 22:53

◇◇◇

桃子の呼吸が整うまでにはずいぶん時間がかかった。
チカチカしていた視界もようやく雅の姿を映す。
その表情が勝ち誇ったように得意げで、桃子は大きく息をついた。

「知らなかったよ……みやがこんなにドSだったなんて……」
「同意なく襲うような人に言われたくないね」
「だって同意がとれるなんか思ってなかったんだもん」

ぷうっと頬を膨らませると、その頬をついとつつかれる。
ぷっと空気の漏れる音に雅も小さくふきだす。
そんな雅の穏やかな笑顔を久しぶりに見たような気がして、桃子も表情を緩めた。
なんだか嬉しくなってじゃれつくように頭を寄せると、さすがにぐいぐいと押しやられたが。

「桃はいっつも自分のことしか考えてないからそうなるの」
「でもみやだって桃の気持ち気づいてなかったんだからお互い様じゃん」
「うちは勝手に襲ったりしないし」
「そーれーはぁ、悪かったと思ってる」
「まあ、いいけどね」
「え、いいの?」
「おかげで……桃とできたからさ」

雅はぶっきらぼうにそう言うと、桃子のほうに向けていた頭をめぐらせて、視線を天井に向ける。
何事もないようなフリをしているけれど、その口の端は恥ずかしそうに口元がゆるんでて。
桃子はその唇の端をきゅっとつまんだ。
振り返った雅が桃子の手を振り払う。

「なによっ」
「みやさあ、もうちょっと普通に言ってよ」
「普通?」
「さっきからなんか体目的みたいな言い方しかしてないじゃん」
「そうかな」
「そうだよっ。ちゃんと言って」
「何を?」

いかにも意味がわからないといった雅の表情に、さすがに桃子も少しひるむ。

「……体目的なの?」
「その体でそんなこと言う?」
「だからっ。違うんだったらちゃんと――」
「うるさいなー。じゃあ桃はどうなの」
「好きだよ。みやが好き。好きで好きで好きで仕方なくて、だからえっちしたくなった。みやは?」
「似たようなモンじゃない?」
「だからちゃんと言って! 二文字で言って!」
「ヤ・ダ」
「みや!」
「バ・カ?」

けたけたと笑う雅の肩を桃子はぽかぽかと叩く。
あれでも一世一代の告白だったのに。
これじゃいつものじゃれあいと変わらない。
もしかしたら、雅は明日から何事もなかったように振舞うつもりなのかもしれないな、と桃子は思った。
だけど負けない。
それに合わせてやるつもりなんかない。
力ずくでもぎ取った、夏焼雅の恋人というこの立場。
目いっぱい堪能してやる!
 
641 :esk :2010/12/31(金) 23:02
『 仕返し 』   終わり

こんなののあとにご挨拶をするのもなんですが、
読んでくださった方、管理人様、本年中は大変お世話になりました。
来年もよろしくお願いします。
642 :esk :2011/01/01(土) 02:28
あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願い申し上げます。

さっきのやっぱりちょっと恥ずかしいから更新上塗り。
みやまぁ

『 頬にキス 』
643 :頬にキス :2011/01/01(土) 02:30

「たっだいまーっ。まーさ起きてる〜?」

ホテルの部屋の扉を勢い良く開いた雅が、そのままの勢いでどかどかと中へと進むと、
文庫本を手にベッドに足を投げ出して座る茉麻と目が合った。

「……寝てるよ」
「起きてんじゃん!」

甲高い声で笑いながら近寄ってくる雅を無視して、茉麻はベッドにもぐりこむ。
今日は地方ライブで、明日も同じ会場でライブがあるため、全員でホテル泊となった。
雅と茉麻が同じ部屋を割り当てられていたのだけれど、さっきまで雅は佐紀の部屋に遊びに行っていた。
だから雅がこのテンションで戻ってくることも予想の範囲内だったのだけれど。
アルコールが入っているわけでもないのに、無駄に高い雅のテンションに、茉麻は小さくため息をついた。
それを聞きとがめた雅は、ますます顔を寄せてきて、茉麻のベッドの上に乗り上がる。

「なーんだよお」
「みや、うるさい」
「まぁ冷たーい」
「いいからもう寝ようよー」
「……。ん。まあそうだね」

耳のそばでけたけたと笑う雅に、茉麻は眉を下げる。
正直、この時間帯にこのテンションの雅を相手にするのは勘弁願いたい。
雅を落ち着けるように茉麻が頭を撫でてやると、
一瞬驚いたような顔をした雅はあっさりとうなずいて、柔らかい笑みを浮かべる。
そして、そのままごそごそと茉麻のベッドの背中側に入ってきた。

「ちょっと、みや」
「一緒に寝よー」
「――、あのさぁ」

茉麻はすりよってくる雅の顔を覗き込む。
茉麻と雅がひとつのベッドで眠るということは、いろんな意味を含んでいる。
一応。
恋人同士と言われる関係だから。
なぜか雅になつかれて、それもまんざらじゃないなとか思っているうちに、
いつのまにか付き合うことになっていた。
それなりに恋人同士といわれる行為も経験済みだ。
月に何度かは泊まり遠征のあるこの仕事、そういった機会は意外と多い。
しかし。

「おやすみぃ〜」

ちゅ、音を立てて頬にキスをすると雅はくるりと茉麻に背を向ける。

「〜〜〜っ」

茉麻は瞬間的に熱くなった頬を押さえて苦い顔をする。
これで誘ってるわけじゃないから、雅の扱いは難しい。
雅にその気がないときに手を出すと、真顔で『なにやってんの?』とか言われて、
とても恥ずかしい思いをすることも経験済みだ。
茉麻だっていつでもそういうことをしたいと思っているわけではないし、
たぶんどちらかと言えばそういった方面には淡白な方だと思う。
だけど。

(ほっぺたにキスしといて即寝ってないでしょっ!)

さっきまでのテンションはどこへやら、すでに気持ちよさそうに寝息を立てている雅の隣で、
早くなった鼓動のやり場に困った茉麻はぼふりと枕を殴りつけた。
 
644 :esk :2011/01/01(土) 02:31
『 頬にキス 』   終わり
645 :名無飼育さん :2011/01/05(水) 22:38
年末年始ダブル更新でお疲れ様です。
逆襲のみやももも、みやまぁの稀すぎる絡みも良かったです。Bでは、夏焼に興味ない唯一の存在だったのに…。ミスコンで堕ちたんですかね〜。何にせよ萌えました。
646 :esk :2011/01/09(日) 00:31
読んでくださった方、ありがとうございます。

>>645さま
みやまぁは夏焼さんからのアプローチを須藤さんが結構スルーで面白かったんですけど、
あのミスコンで今後どうなっていくのか楽しみですw

……すずまぁ

『 ヘアメイク 』
647 :esk :2011/01/09(日) 00:32

「まぁー。髪、次あたしもやってー」
「はーい。ちょっと待ってて」

雑然とした楽屋のどこかから聞こえてきたキャプテンの声に、
私の後ろに立っていた茉麻ちゃんが首だけで振り返る。
なんとなくその横顔を見つめていたら、一瞬で戻ってきた視線が鏡越しに私に笑いかけた。
その笑みの綺麗さに、私の心臓が高鳴る。


『見てー。今日は髪型ママにやってもらったの』

最近良く来るりーちゃんからのメール。
正直すごくうらやましかった。
っていうか嫉妬した。
私の気持ち知っててそういうことするんだから、りーちゃんも結構意地悪だと思う。
2ショットで顔くっつけてピースしてる写メなんか送ってくるんだから、ホント意地悪。


でも今日は感謝かな。
ハロコンのときやってもらえば?
ってりーちゃんは気楽に言ってたけど、そんなのいきなり言い出せないじゃん。
だから今日はりーちゃんがやってもらってるときにさりげなく近づいて、
なんとなく話を振ってもらって、やっと実現したこの時間。

体温が感じられるほど近くに立っている茉麻ちゃんの指先が、くるくると私の髪を編み上げていく。
今、茉麻ちゃんの意識は私だけに向いている。
それだけですごく嬉しくてどきどきした。
うつむき加減の真剣な顔をぼんやりと見つめていたら、ふっと茉麻ちゃんが顔を上げた。
左右のバランスを確認しているのか鏡越しにじっと見つめられる。
強い視線に思わずうつむくと、ぐっと頭をおさえられた。

「愛理、動かないで」
「う、うん」

頭を正面に戻される、その手の確かな感触。
耳のそばで私の名前を呼ぶ、柔らかい声。
顔が赤くならないようにぎゅっと目を閉じて心を落ち着けようとしたけれど、
頭に響く心臓の音はどくどくと強く早いままだった。


◇◇◇


「はい、でーきた」
「ありがとう……」

最後にするすると手ぐしで髪を整えてくれて、茉麻ちゃんが微笑む。
終わっちゃったんだ。
嬉しいんだけどちょっと寂しくて、少し声が下がった。
だけど、続いた茉麻ちゃんの言葉にはその声がひっくり返った。

「かわいいよ、愛理」
「え!?」

ぽん、と軽く頭を叩かれて思わず振り返ると、触れるほど近くに茉麻ちゃんの笑顔があって、
さらにびっくりしてあとずざりすると、
座っていた椅子に引っかかってそのまましりもちをつくみたいに座り込んだ。

「ちょっと、大丈夫?」
「だ、大丈夫大丈夫! ぜんっぜん大丈夫!」

大きな手にぐっと腕をつかまれて、もう顔が赤くなることを止められなかった。
やばい。
顔色を見られなくて慌てて目をそらしたら、にやにやしているりーちゃんと目が合って、
もっと顔が熱くなった。

 
648 :esk :2011/01/09(日) 00:33
『 ヘアメイク 』   終わり

うん。ないw
649 :名無飼育さん :2011/01/09(日) 08:40
でもイイ
小悪魔りさこw
650 :名無飼育さん :2011/01/09(日) 22:19
いやあるある
愛理は茉麻といると思わずうっとりするらしいから
651 :esk :2011/01/16(日) 23:39
読んでくださった方、ありがとうございます。

>>649さま
梨沙子は小悪魔のイメージw

>>650さま
マジですか!? うっとりしちゃうのか〜


渋谷を歩くだったなんて……ショックすぎる。

『 深夜を歩く 』
652 :esk :2011/01/16(日) 23:39

深夜を歩く。
一人で歩く。


重いコートの中で体を震わせながら、愛理は夜の街を歩いていた。
繁華街、というほど都会ではない。
深夜というより早朝の方が近くなるこの時間帯に人の気配はなかった。
はあっと吐き出した息が白く愛理の視界を染める。
寒いなあ。
ポケットの中でかじかむ手を何度も握りなおしたけれど、求めているぬくもりは得られなかった。
どこまで歩けば、この手はぬくもりを取り戻すのだろう。
……どこまで行っても、冷たく冷えたままなのかもしれない。

頭をよぎった考えが怖くなって、愛理はそれ以上歩けなくなった。


深夜に目が覚めて、急に怖くなった。
どうしようもなくなって、こっそりと家を出て歩き始めた。
誰もいない透き通った空気の街を歩くのは気持ちよかった。
この先に恐怖を取り除いてくれるような答えがあるなんて思っていたわけではない。
だけど立ち止まりたくなくて、もうずっと歩き続けていた。
それなのに、歩くことさえ怖くなったら、どうしたらいいのか。


愛理はそばにあったガードレールに腰掛て暗い空を見上げた。
薄く霞のかかった空に星はない。
だけど星が見えたって、愛理に意味なんてない。
たった一秒間で消え去る流れ星なんかにこめられるほど、愛理の今の想いは明確ではなかった。

ポケットから出した手に息を吐きかける。
白い吐息は一瞬愛理の手を温めたけれど、手はすぐにまた冷たく冷えていく。

今の活動に対する情熱が冷めてしまったわけではない。
それは絶対に違うと言い切れるけれど、情熱を注ぐ場所がわからなくなってきた。
厚いコートに身を包んで体を温めたとしても、こうやって手先は冷たく冷えていく。
全てを得ようとするのはわがままなのかもしれない。
自分には分不相応な高みなのかもしれない。
だけど。


『大丈夫、愛理ならやれるよ』


頭の中に聞こえてきた声に、愛理ははっと顔を上げた。
顔を上げたってその姿が目の前にあるわけはない。
だけど、愛理はその力強い笑みを明確に目の前に思い描くことが出来る。
その存在感は太陽のように大きく、熱い。

冷たくなった手は自分で温めたかったけれど、今の自分ではそれはできない。
だけど、誰かに温めてもらうことはできる。
それは安易な逃げかもしれないとも思ったけれど、今の愛理にはどうしても必要なぬくもりだった。


ポケットの中で冷たくなっている携帯を取り出す。
こんな時間に出るわけがない。
起こしちゃダメだ。
そんな思いが掠めるけれど、長いコールを切ろうとは思わなかった。

唐突に途切れたコールに続いたのは、自分の名前を呼ぶ眠たそうな声。


『あいり……? どうしたの?』
「………舞美ちゃん」
 
653 :esk :2011/01/16(日) 23:40
『 深夜を歩く 』   終わり

真面目なものを書くのは恥ずかしすぎてダメだw
654 :名無し飼育さん :2011/01/20(木) 23:01
え?終わり?
655 :名無飼育さん :2011/01/29(土) 23:40
やじすずおかわりクレクレ
656 :esk :2011/02/08(火) 00:36
読んでくださった方、ありがとうございます

>>645さま
終わりですw

>>655さま
またそのうちw

矢島舞美さん、お誕生日おめでとうございます。
やじまぁ

『 抱きしめる 』
657 :抱きしめる :2011/02/08(火) 00:38

「あ、舞美だ」

足早に通り過ぎようとしていた事務所のロビーで、隣を歩いていた桃子が突然立ち止まる。
その口から出た名前にどきりとして茉麻が振り返ると、
窓際のソファに座り込んでぼんやりと外を眺めている横顔は確かに良く知ったものだった。

「舞美。なにしてんのー」

ぱたぱたと駆け寄る桃子にやっと気づいたのか、舞美がこちらを向いて立ち上がる。

「桃っ。あれ、茉麻も?」

驚いたように目を丸くする舞美に、茉麻は少し困ったように小さく手を振る。
昨日電話で話していた時にスケジュールを確認しあったら、
せっかくどちらも事務所にいるのに時間的に会えないことがわかって、残念だななんて言ってしまったばかりだ。
それなのに今顔を合わせてしまって、茉麻は若干の気まずさを覚える。

「撮影が押してて、さ」
「そうなんだ」

言い訳をする子供のようにそう言って目を泳がせる茉麻と、心底嬉しそうにニコニコと笑う舞美。
二人を交互に見て桃子はにやりと笑った。

「じゃあ桃は先行ってるから」

舞美と茉麻が付き合っていることは他のメンバーも知っている。
桃子はにやにやと笑いながら走り去って行った。
顔をしかめた茉麻が隣を伺うと、舞美は振り返りもしないその小さな後姿に律儀に手を振っていた。
すぐに茉麻の視線に気づいて振り返ると、にこっと笑みを浮かべる。

「桃、行っちゃたね」
「ああ、うん。あー、あのさ――」
「あー! 舞美じゃんっ。なんでいるのっ?」

時間もないし、この気まずさから逃れるためには早く何か話しかけないと、と茉麻が口を開いた途端。
ばたばたと走る足音が聞こえてきたと思ったら、甲高い千奈美の声が茉麻の声を掻き消した。
千奈美は勢い良く二人の間に走りこんでくると、抱きつくように舞美の腕を取ってぶんぶんと振る。

「誕生日おめでとうっ。あーっ、今日会えるんだったらプレゼント持ってきたのに〜」
「ちぃ、なんか用意してくれたの?」
「もちろんじゃん!」
「嬉しいな。いつでもいいから楽しみにしてるよ」
「うん! 待ってて待っててー」
「千奈美ー、早く早く」
「はーい。じゃあまた遊ぼうね!」
「うん」

千奈美がやってきた方向から走ってきた雅が、そのままの勢いで千奈美の手を引いて二人のそばから引き剥がす。
しかし、すれ違いざまに見えたその口元がにまにましていたことを茉麻は見逃さなかった。
どいつもこいつも……。
茉麻の眉間にまたしわが寄る。

「あ! 舞美、誕生日おめでとねー!!」
「ありがとー!」

廊下を半分くらい駆けていった雅がふと振り返って大きな声で叫ぶ。
舞美もそれに応えてもっと大きな声で叫び返す。
千奈美と雅はぶんぶんと手を振りながら廊下の向こうに消えていった。
そういえば桃子は舞美の誕生日のこと忘れてたんだな……。
って言い忘れてるのは自分も同じか。
なんて思いながら茉麻も同じ言葉をつぶやいた。
 
658 :抱きしめる :2011/02/08(火) 00:38

「あ、ごめん。誕生日、おめでとう……」
「ありがと」

せっかく誕生日に会えたのに、プレゼントも数日前に会ったときに渡したからないし、
おめでとうって言葉も後回しで。
気まずい。
やっぱりすごく気まずい。
そんな茉麻の気持ちに気づいたのか、舞美がふふ、と小さく笑った。
その声に茉麻は少しふてくされながら上目遣いに舞美を伺う。

「なんで笑うの」
「だって、おとといも言ってくれたし、昨日だって電話で言ってくれたのに」
「それとこれは違うって言うでしょ。だって――」
「茉麻」
「ぅ、わ」

顔を上げようとした茉麻の視界をふさぐように、突然にぎゅうっと抱きしめられる。
包み込まれた甘い香りと、苦しいくらいの力。
突然に強く感じた『舞美』に、茉麻は戸惑って体を硬くする。
それに気づいていたのか、舞美の腕からはすぐに力が抜けた。
そのままはなれていくかのように思えた舞美は、茉麻の肩の辺りに顔を埋めてふうっと細く息を吐き出した。

「……まいみ?」

その肩に触れようかとためらう茉麻の手が宙をさまよう。
しかし、茉麻の決心がつくよりも早く、舞美はがばっと顔を上げた。
至近距離で茉麻の目を見つめると、にかっと明るい笑みを浮かべた。

「充電完了!」
「へ?」
「まだまだがんばるぞっと」
「は?」
「茉麻もがんばってね!」
「あ、うん……」

茉麻はまともに応える隙も与えられずにくるりと体を返されて、背中を押し出される。
かろうじて顔だけで振り向くと、舞美が早く早くとせかす。
確かにもう時間がない。
移動のバスにはもう他のメンバーが乗り込んで待っているはずだ。
こういった集合で茉麻が最後になることは珍しい。
早く行かなきゃって思う。
だけど。明るいはずの舞美の笑顔に、なぜかすごくこの場から離れがたくなって、茉麻は眉を寄せた。

「まい――」
「あたしももう行かなきゃなんだ」

その茉麻を見て、舞美は一歩一歩あとずさりながらぱっと広げた手を振る。

「そ、か」

少しずつ離れていく舞美をしばらく見つめていた茉麻だったが、じゃあね、と手を振るとくるりと背を向けてその場を離れた。
廊下の端、エレベーターの前で立ち止まって振り返ったけれど、舞美の姿はもうなかった。
その姿を振り切るように茉麻はぶるりと頭を振るう。
地上階のボタンを押してカウントアップしてくる数字をじっと見上げて、細く息を吐き出した。
午前中の仕事が押してしまったため、このあとのスケジュールは過密だ。
しかし何気なく昨日聞いた舞美のスケジュールを思い浮かべると、そちらもなかなかに厳しい。
エレベーターに乗り込んでボタンを押し込む。
茉麻以外には誰も乗っていなかった。
今度はカウントダウンしてく数字。
 
659 :抱きしめる :2011/02/08(火) 00:39

ソファに腰掛けた横顔。
抱きしめられた腕の力。
肩の上でついたため息。


『充電』


舞美だって。
疲れていたのかもしれない。
会えないと思っていたのに会えて、会えなくてもがんばれるって思っていた気持ちがぶれた。
動揺して何も言えなくなった茉麻と同じように、きっと。
茉麻はぐっと自分の手を握り締める。
……抱きしめられたとき、同じようにすればよかった。
そうすれば今こんなに、泣きそうになったりしなかっただろう。
舞美だって、無理に明るい笑みを浮かべたりしなかっただろう。
そうしたら、無理に背中を押してもらう必要だってなかっただろう。


カウントダウンする数字が地上階を示して止まる。
いてもたってもいられなくなって、音もなく開いた扉の向こうに茉麻は駆け出した。
またひとつ、大人になった彼女に追いつけるように、力強く。
追いついてやる。きっとすぐに。


そして、今度会ったらしっかりその体を抱きとめよう。



……できたら、だけど。
 
660 :esk :2011/02/08(火) 00:40
『 抱きしめる 』   終わり

この中途半端な感じがやじまぁってことでw
661 :esk :2011/02/14(月) 00:00
読んでくださった方がいたとしたらありがとうございます

夏の話です。季節感無視もいいところ。
すずまぁ

『 天使の誘惑 』
662 :天使の誘惑 :2011/02/14(月) 00:01

「やまをこーえーいこーよ……はぁ……くちーぶえふきつーつー……は」

厚く積もった落ち葉を踏みしめながら、茉麻は一人子供のころに習った歌を口ずさんでいた。

「そらはすーみーあおぞらー……あおぞら……」

重い足を止めて空を見上げるけれど、重なり合った木の葉の隙間から空はほとんど見えない。
天気は良く、かすかに見える青色は濃い色をしているのだけれど。

「はぁ……」

見上げていた空から視線を落としてあたりを見渡し、茉麻は大きくため息をついた。
うっそうと生い茂る森。
うっそうとしすぎているためか下草がわさわさ生えているわけでもなく、
草を掻き分けて進むといった風情ではないが。
茉麻の前に道はなく。
茉麻の後にも道はない。

つまり。

迷った。


夏休みを利用しての帰省だった。
昨夜は遅くに着いたため周りの景色もよく見えなかったが、
朝起きてみると祖母の家は緑深い山に囲まれ、澄んだ空気に包まれていた。
都会育ちの茉麻にとって数年ぶりに訪れた田舎の風景は新鮮で、さっそく森林浴と決め込んだのだが。


「おなかすいたなあ……」

茉麻はしょんぼりと肩を落としたまま、ぐっとおなかのあたりをおさえる。
おばあちゃんにしこたま朝ごはんを食べさせられたけれど、慣れない山歩きにさすがに空腹を覚え始めた。
そろそろお昼ごはんの時間かなとか思うけれど、そもそも今の時間がわからない。
せっかくだから都会っぽいものを排除しようと、携帯を置いてきたことを後悔したのはもうすいぶん前の話だ



立ち止まっていても仕方がない。
とにかく足を進めよう。

不安を振り払うように、茉麻はぶるりと頭を振るって顔を上げる。
しかし、これ以上同じ方向に進むのも無意味な気がしてあたりを見回した。
その視界の右前方、木立が少しまばらに見える部分があった。
茉麻はほのかな期待混じりにそちらへと足を向けたが。

「わ。ガケだ」

しかしその期待はあっさりと裏切られ、木立の向こうは急な土手になっていた。
そう大きな高低差ではないが、ガケと言って差し支えない。
茉麻はそばにあった木の枝をぐっとつかんで注意深く下を見下ろした。
これ落ちたら取り返しつかないよなあ。
そういうのも注意して歩かないとね。
なんて思いながら茉麻はそっと振り返った。

「――っ」

その目の前を、小鳥ほどの物陰がさっと横切る。
驚いた茉麻はとっさにあとずさり。
――視界がぶれた。

「あ……っ!?」


ずざざざざっ


木をつかもうとした手がむなしく宙を掻く。
派手な音を立てて、茉麻はガケを滑り落ちていた。
 
663 :天使の誘惑 :2011/02/14(月) 00:02

「い……ったぁ」

落ちきったガケ下で茉麻はよろよろと体を起こす。
柔らかく積もった落ち葉の上を滑り落ちたため、それほど強く体を打ちつけたようなところはないようだが、
手足は傷だらけになっている。
その一つ一つを確認しながら服や手足の泥を払うと、茉麻はガケ上を見上げた。
それほど高いわけではないが、傾斜はきつい。
ためしによじ登ろうとしてみたがずるずると滑り落ちるだけで、ここから元の位置まで戻るのは無理そうだ。

これはなかなか。
絶望的かもしれない。

普段からあまり動揺を見せる方ではないが、これはさすがにちょっと泣いてみようかな、なんて思ったとき。

「痛いの?」

いきなり聞こえてきた女の子の声に茉麻はびくりと背後を振り返る。
しかしそこには誰もおらず、きょろきょろと見回したが茉麻の視界の中に『人影』は一切見えない。
ということは、今の声は。

「怪我してる」

目の前に浮かぶ、この小鳥くらいの大きさの。

「てん、し?」

茉麻は呆然とつぶやいた。


その姿は人間とあまり変わりない。
背中の羽と、そのサイズを除けば。
人間の10分の一ほどの大きさの彼女たちは、背中の真っ白な羽でふわふわと漂う。
その生態はいまだはっきりせず、各地に残る伝説に語り継がれ、幻の生き物と言われる。
妖精、精霊。
一部マニアの間では天使なんて呼ばれたりするその存在を、茉麻も知っていた。
けれど、実際に目にしたのは初めてだった。

まじまじと見つめる茉麻の視線に、天使はくいっと首をかしげる。

「あいりー」
「あ、梨沙子」

しかしもうひとつ聞こえてきた声に、天使のかしげた首がくるりと振り向く。
茉麻がその視線を追うと、ガケ上の方向からはたはたと飛んできたのは二人目の天使。

「もう。愛理急に飛んでっちゃうんだから」
「ごめんごめん。茉麻が見えたから、つい」

えへへ、と照れる一人目の天使が手を伸ばすと、二人目がその小さな手をつかんで並ぶ。
茉麻の前に並んで浮かび、じっとこちらを見つめている。
雰囲気はずいぶん違うが、どちらもふわふわとしたかわいらしさはさすが天使といったところ。
くりっとした黒目がちで長い黒髪の一人目が愛理。
とろんとした眠たげな目で少し茶色い髪が梨沙子。
その姿を交互に眺めながら茉麻はふとあごを上げた。

「ん? なんであたしの名前……」

愛理は確かにさっき自分の名前を口にした。
名前を名乗った覚えはないし、さっきから呆然としていてそんな隙もなかった。
不審気に眉を寄せる茉麻に、愛理は、ああとうなずいた。

「ずっと見てたもん」
「は?」
「昨日の夜に須藤のおばあちゃんちに来た茉麻ちゃん」
「え、あ、うん」
「前に来たときはちっちゃかったのに、大きくなったねえ」
 
664 :天使の誘惑 :2011/02/14(月) 00:03

おばあちゃんみたいな口調で言って愛理はうんうんとうなずく。
茉麻が以前に祖母の家を訪れたのはもう7・8年は昔になる。
天使の寿命ははっきりわかっていないが、やはり人間より長いだろうと言われている。
愛理や梨沙子の外見は人間で言えば茉麻より少し年下のように見えるが、必ずしもそうであるとは限らない。
もしかしたらこの二人はずっとずっと昔からこの森にいる、守り神みたいなものなのかもしれない。
なんて、茉麻は少しばかり愛理たちに畏敬の視線を向けたのだが。

「すっかりお姉さんになっちゃって」

返ってきたのは愛理のうっとりしたような視線。
茉麻としては身に覚えのある視線だ。
学校の後輩なんかにこんな視線を投げかけられたことがある。
その手には手作りのお菓子なんかと一緒に手紙なんかが握られていたりして。
それらと同じ種類の居心地の悪さを感じて、茉麻は愛理から視線をそらして辺りを見回すふりをする。

「あー。あのさ、あたしおばあちゃんちに帰りたいんだけど、どっちに行ったらいいかな」
「帰っちゃうの?」
「えーと、うん。おなかすいたし」
「おなかすいたんだったらあっちにおいしい果物があるよ」
「え、ホントに?」
「うん。すぐそこ」

森神……には見えないが、少なくともこの森に住んでいるのだから、
ふもとの村に連れ帰ってもらうことは簡単だろう。
だけど、今いる森の様子から見て、それには時間がかかりそうだとも思う。
それならまず一度空腹を満たすのもアリな選択肢かもしれない。
茉麻はすでにはたはたと飛んで行った愛理と梨沙子の後を追った。


「ほら、これ」

愛理の言う『すぐそこ』はずいぶんと遠く、茉麻が不安になってきたころに愛理が満面の笑顔で振り返った。
りんごが少し小さくなった感じの木の実を指差す。
目の高さあたりにあった実に茉麻が手を伸ばすと、実は十分に熟れているのか簡単に枝からもぎ取れた。
手の中で木の実を転がして、茉麻は顔のそばでふわふわと浮かんでいる愛理を伺う。

「ホントに食べれるの?」
「食べれるよぉ」

茉麻の疑わしげな表情を気にもしていないのか、愛理はにこにこと嬉しそうに答える。
梨沙子は、と視線で探すと他の実をもぎ取ろうとしがみついている。
茉麻が手を伸ばして梨沙子ごと実をもぎ取ってやると嬉しそうにお礼を言われた。
その笑顔がかわいずぎて少し動揺しながら、茉麻は愛理にもひとつ実をもぎ取って与える。
愛理にも幸せそうな笑顔を返され、
茉麻はさらなる動揺を隠すようについ手の中の木の実に思いっきりかじりついてしまった。

「……。う、うえっっ!!」

そして吐き出した。

「ちょ、にがっ、しぶっ、わ、ちょ、うわあっ」

これはいけない。
絶対にダメだ。
味がどうという問題ではない。
ひざを突いてしゃがみこんで、しわしわになりそうなひどい口の中身を必死になって吐き出す。
涙目になりながら、茉麻は小さいころおばあちゃんに言われた言葉を思い出した。
 
665 :天使の誘惑 :2011/02/14(月) 00:03

『天使はイタズラ好きだからね。やつらの言うことに耳を貸したらいけないよ』

見た目のかわいらしさにだまされてはいけない。
各地に残る伝説は全て同じことを言い伝えている。
だまされた?
愛理と梨沙子は自分をだました?
茉麻は涙目で呆然と二人を見上げた。

「えー。おいしいのに」
「ねえ」

しかし、茉麻の視線に不思議そうに首をかしげながら、顔を見合わせる愛理と梨沙子。
木の実を両腕で抱えるようにしてかぶりつくと、いかにもおいしそうにうなずきあう。
これはもしかして、だましたわけでもなんでもなく……単なる味覚の違い?
茉麻は木の幹にもたれるようにして座り込むと、嬉しそうに木の実を食べる二人をぼんやりと見上げる。
――だまされた。
みんなそうやって言うけれど。
茉麻には屈託なく笑うこの二人が本当に自分をだまそうとしたようには思えなかった。
木の実も明らかにまずかっただけで毒とかそういう類のものではなかったようだし。
ただ……二人に対する畏敬の念は綺麗さっぱり消え去ったけれど。

ぐったりと座り込んでいた茉麻は、二人が食べ終わるのを見計らって、よいしょと立ち上がる。
自分の体と同じくらいの体積がどこに消えたのかはとりあえずつっこまないことにして、茉麻はたずねた。

「……ふもとまでの道はわかるんだよね?」
「うん。こっちこっち!」


先に進む愛理と梨沙子に遅れないように茉麻は必死になって足を進める。
しかしあたりの雰囲気はいっそう薄暗くなり、森はどんどんと深まっていくような気がする。
森の住人なのだから任せていていいはず、だけれど。
どうしても気になった茉麻はふわふわと漂う愛理を指先でつついて、振り向かせた。

「ねえ愛理。ホントにこっちなの?」
「う〜ん。多分」
「たぶん!?」
「ね、りーちゃん、こっちで合ってるよね」
「合ってるって、愛理どこ行くの?」
「どこって……どこだっけ?」

首を傾げあう二人に、今度こそ茉麻は頭を抱える。
ダメだ。
やっぱりばあちゃんは正しかった。
天使の言うことに耳を貸したのが間違いだった。
決して彼女たちに悪気があったわけではないのだろう。
ただちょっと、人間とは感覚が違うだけで。
全国に残る伝説もきっと、天使たちを悪く言っているつもりはないのだろう。
だけど結果的には毒を食べさせられたり道に迷わされたり湖に突き落とされたり。
天使にかかわってはいけない。
その真意を身をもって知った茉麻は深くため息をついた。


夕方になり、村の明かりを頼りに自力で山を下った茉麻は探しに来ていた家族に見つけられ、
無事に帰り着くことが出来た。
 
666 :天使の誘惑 :2011/02/14(月) 00:04

◇◇◇

「茉麻、それどうしたの?」

休み明け、学校までの通学路で久しぶりに顔をあわせた雅は、
まだ直りきらない傷だらけの茉麻の手足を眺めて、不審そうに顔をしかめた。

「それがさ、聞いてよー……」

茉麻が事の顛末を話そうとしたそのとき。

「見つけた!」
「……へ?」

目の前にべったりとくっつくように現れた物陰に、茉麻は体ごとのけぞらせる。
そしてそれを指でつまんで目の前にぶら下げる。
間違いなく。
愛理だった。

「りーちゃん、いたよ! 茉麻いた!」

ぶらさげられたままの愛理が嬉しげに声をかけると、突然どこからともなく梨沙子の姿が現れる。

「ホントだー。久しぶりー」
「ああ、うん。――っていうか、あんたら何してんの!?」
「愛理がどうしても茉麻にまた会いたいって言うから――」
「わああっ! りーちゃん!!」

茉麻の手の中で愛理がじたばたと梨沙子に手を伸ばす。
それでも梨沙子はのんびりと笑っている。
森神だったらあの森を離れてはいけないんじゃないかと一瞬思ったが、こいつらが神様だなんて誰も信じない



「――え? っていうか、え?」

二人のやり取りに困ったようにため息をつく茉麻の隣で、反応の鈍い雅がぱちぱちと瞬きをする。
その声に愛理と梨沙子はやっと雅の存在に気づいたようだ。

「だーれ?」

はたはたと雅の方に飛んで近づき、くいっと首をかしげる梨沙子の目がうっとりしていることに気づいて、
茉麻は苦笑いを浮かべる。
もしかして、天使って惚れっぽい?

「あたしの友達。みや。みや、この子達は愛理と梨沙子っていって――」
「うっそ! マジ? マジ天使? うち初めて見るんだけどっ。めっちゃかわいいじゃん!!」

雅が目の前に両手を差し出して、梨沙子はふわりとその上に降り立つ。
興奮気味に頬を高潮させながら梨沙子を見つめる雅に、
茉麻は天使との付き合い方をあとでよく注意しておかないといけないなと思った。

「まーさ……」

――その前に、自分が注意しなければならないかもしれないけれど。


自分の手の中でうっとりとした笑みを浮かべる愛理に、茉麻は困ったように目を細めた。
 
667 :esk :2011/02/14(月) 00:04
『 天使の誘惑 』   終わり
668 :名無飼育さん :2011/02/14(月) 10:48
天使たまらん
「ハロプロまるわかりBOOK」vol.3ではすーちゃんが
「Berryz工房だと(菅谷)梨沙子がかわいいって 思ってるんだけど、
Berryz工房以外だと、愛理がかわいいですね。」って
ラブコールしてますね むふふ
669 :esk :2011/02/15(火) 00:09
読んでくださった方、ありがとうございます。

>>668さま
すーちゃんの溺愛っぷりは梨沙子だけかと思ってたんですけど、
愛理もだったんですねえw


みやさき

『 Valentine Kiss 』
670 :Valentine Kiss :2011/02/15(火) 00:11

「もーっ。夏焼先輩どこいっちゃったんだろ」
「学校には来てるんだよね?」
「見たって子がいるからそれは確か!」

屋上に続く階段から降りてきた女子生徒の手には小さな包みが握られていた。
すれ違いざま、昼休みももう終わるこの時間にコートを着たままの佐紀に不思議そうな顔をしながらも、
小さく頭を下げていく。
顔も知らない後輩に片手を挙げて応えながら、前生徒会長ってレッテルはまだ生きてるんだな、
なんて佐紀は少し気恥ずかしく思う。
照れたように前髪を触りながら、佐紀はさらに廊下を奥へと進む。
突き当たり、非常階段へと続く重い扉を押し開けた瞬間に昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。
その音に佐紀は一瞬迷ったけれど、教室へは向かわずにそのまま外に出た。

カン、カン、カン

硬い音を立てながら最上階まで非常階段を上がりきった踊り場、
冷たい鉄の床に座り込み、壁にもたれたまま目を瞑っている、それは雅だった。
佐紀がそっと覗き込むと、その気配に気づいたのか伏せられていた長いまつげがぴくりと揺れる。
ゆっくりと雅のまぶたが開いて、とろりとした視線が佐紀の姿を認めてゆるく微笑む。

「佐紀。来てたんだ」
「今来たこと」

3年生の佐紀は付属大学への内部進学がもう決まっているので今は自由登校になっている。
今日は用事があって学校へやってきたが、授業に出る義務はない。
対して2年生の雅は……がっつりと授業中のはずだが。

「なんでここだってわかったの?」
「伊達に長い付き合いじゃないですから」

雅と佐紀はひとつ年が違うが小学校からずっと仲の良い親友だ。
雅の発想なら大体のことはわかる。

「チャイム鳴ったよ」
「あー。そうなんだ」
「サボるなら他の場所にしなよ。風邪引くって」
「んー。うん。そうだねえ」

目の前に差し出された佐紀の手を取って、雅が体を起こす。
しかしそのままだらりと手すりに体を預けて背中を丸めた。
いつも無駄に元気な雅のその様子に、佐紀は少し心配そうに眉を寄せる。

「みや……?」
「バレンタインは好きだけど、やっぱりめんどくさいよ」

朝から後輩先輩同学年にかかわらず追い掛け回されて、疲れきった雅は深いため息をつく。
ぐったりとしている雅の横顔を見つめながら、佐紀は小さく唇を尖らせる。
それはみやがもてるからじゃん。
なんて言いたくない。

「食べる?」

佐紀が唇を尖らせていると、雅はうつむいたまま視線だけを向けてポケットに手を突っ込んだ。
取り出した手に握られていたのはクランキーのスティックケース。

「……これは?」
「ちぃに貰った」

雅の口から出た共通の友達の名前に、ほっとして佐紀は手を伸ばす。
去年は渡されるままに受け取っていたら、握手してくださいだの一緒に写真撮ってくださいだの、
だんだんエスカレートして面倒なことになったから、今年は受け取らないことにするって雅は言っていた。
だからまさかそれでも受け取った相手がいたのかと思ってどきんとしたのだ。

「佐紀」
「う。うん?」

包みを開いて口にほおばった瞬間に声をかけられて、佐紀は慌てて口元を押さえる。

「これ、あともうあげる」
「へ? まだいっぱい入ってるよ?」
「いいから。あげる」

雅のじれたような声に、佐紀は素直にチョコレートを受け取る。
目の前で振ってみるとかたかたと重い音がして、二つ三つしか減っていないと思われた。
 
671 :Valentine Kiss :2011/02/15(火) 00:12

「だから、そっちちょうだいよ」
「へ?」

雅の指差した先を視線で追って、佐紀は慌てて手で押さえる。
指差した先、コートのポケットからのぞいていた赤い箱の角。

「……うちのじゃないの?」

雅の顔は不安げというよりも不機嫌そうで、だけど佐紀はそれをかわいく思った。

「みやのだよ」

ふわりと笑みを浮かべて佐紀が差し出した箱を、雅は照れたように口元をゆがめて受け取る。

「開けていい?」
「えっ、今?」

慌てる佐紀をよそに雅はさっさと包みを開いてしまう。
コートのポケットに入れていたから溶けてしまっていないか少し心配していたが、
今日の寒さが幸いしてチョコレートはしっかりと原形をとどめていた。
ひとつ摘み上げた雅はためらいなくころんと口の中に放り込む。
心配げに見つめる佐紀ににこりと笑みを浮かべる。

「おいしい!」
「ホント?」
「ホントホント。これ手作りだよね? 佐紀めっちゃすごいじゃん!」

嬉しそうにはしゃぐ雅に、佐紀は一瞬まぶたを閉じてごくりと息を呑んだ。
バレンタインに佐紀が雅にチョコレートを渡し、ホワイトでーには雅がお返しをする。
それが毎年のパターンだった。
だけど今年は。高校を卒業する今年は、佐紀はそれだけのパターンを変えたかった。
そして、雅も変えたいと思っていることに気づいていた。
だから。
佐紀はゆっくりとまぶたを開くと、雅の細い腕をそっとつかんだ。

「ねえ、みや」
「ん?」
「手作り、頑張ったからさ……ごほうび欲しいな」
「え。あ……うん」

一瞬きょとんとした雅だったが、真っ赤になっている佐紀の言葉の意味を察して少し体を寄せてくる。
うつむくようにゆっくりと、こちらもうっすらと赤くなった雅の顔が近づいてきて。


雅の唇からは、ふわりとチョコレートの香りがした。


「へへへ」

離れていく顔を追うように、佐紀は雅の腰に腕を回して体を寄せる。
照れたように笑う佐紀の体を、雅も同じようにゆるく抱きしめた。

しばらく言葉もなく、目を閉じてお互いの体だけを感じていた二人の頬に、冷たいものが触れて目を開く。
ゆるく抱きしめあう二人の上、昼間にしては少し暗い空から、はらりはらりとと白いものが舞い降りてきた。

「あ、雪……」
「どうりで寒いと思った」
「もう帰っちゃおうか」

まだ授業は残っているが、雅のサボりはいつものことだし、佐紀が学校へやってきた用事はもう済んだ。
このまま手を繋いで帰りたいな。
そう思った佐紀の提案に、しかし雅は難色を示す。

「んー……。もうちょっと」
「今だったら大丈夫だよ。授業中だし」
「……そうじゃなくてさ」
「うん?」

もう追いかけられることはないよ、と佐紀は言うが、かえって雅の腕の拘束は強まった。


「もう少し……こうしてようよ」
 
672 :esk :2011/02/15(火) 00:14
『 Valentine Kiss 』   終わり

学園モノは甘くないとね!
673 :名無飼育さん :2011/02/15(火) 22:45
ごちそうさまです。
幸せそうで、なにより。最近、みやまあが気になる。
ここの須藤さんは、可愛いですね。
674 :esk :2011/03/10(木) 23:11
読んでくださった方、ありがとうございます。

>>673さま
みやまぁいいですよね。流行ってきたかな〜。
須藤さんはかわいいのですよ!


ぼの

『 唇の味 』
675 :唇の味 :2011/03/10(木) 23:14

いそいそと楽屋に戻ってきた雅の視界に目に飛び込んできたのはそこにはいないと思っていた人物で、
雅は少し驚いたように入り口付近に立ち止まった。
一足先に撮影を終えた愛理はすでに帰っていて、
楽屋ではこれも先に撮影を終えていた桃子が一人で雅の戻りを待っているはずだった。
だからこそ急いで戻ってきたのに。

少しだけがっかりしてしまったことを愛理に申し訳なく思いながら、雅はゆっくりと扉を閉めると、
床に膝を着いたままで熱心に椅子の上を見つめる愛理の背中に近寄る。

「何してんの?」
「しーっ」

振り返った愛理は、唇の前で立てた人差し指でちょいちょいと椅子を指し示す。
不自然に付き合わされた椅子の上には一枚のタオルケット……にくるまれた小さな人影。
それが誰かなんてわかりきっていたけれど、雅はあえて呆れた声で愛理にその名前を確認する。

「なにこれ、桃? 寝てんの?」
「うん。かわいいよね〜。赤ちゃんみたい」

ささやくような小声でつぶやきながら、愛理は桃子の顔にかかっている髪を指先で払いのける。
そのしなやかな指の動きに、雅はとっさに愛理の肩を抑えた。

「起こすこともないじゃん」

その少しイラついたような声に、愛理の指先がぴたりと動きを止める。
雅には見えない口の端がくいっとつりあがった。

「愛理?」

反応のない愛理を不審に思った雅がもう一度名前を呼ぶと、
愛理はもったいぶるようにゆったりと振り返る。

「――」

その表情に、雅は開きかけた口を閉じるのも忘れて見入ってしまった。
ふふ、とゆるく笑う口元。
それはよく見慣れた愛理の笑顔のようで、しかしどこか違和感を感じる。

黙り込む雅をよそに、愛理はすくっと立ち上がる。
雅だってそう小さい方ではない。
平均身長だと言っていいはずなのに、いつの間にか愛理にも梨沙子にも身長を追い抜かれてしまった。
ほんの少し角度のついた視線で雅は愛理をぼんやりと見上げる。

一方、愛理は見下ろす視線でぐいっと雅に顔を寄せる。
思わず雅が顔をそらすと、愛理はその耳元に小さくささやいた。

「みやの前ではあんな風?」
「は?」
「桃。みやの前ではいつもあんな風に眠るのかなと思って」
「なっ、なに、言って――?」

愛理の言葉に含まれた意味を感じ取った雅の頭に、自分の隣で眠る桃子の寝顔が思い浮かんで、
頬がかあっと熱くなった。
桃子と自分の関係を愛理は知っている。
けれど今までそれをこんなあからさまな言葉でからかうことはしなかった。
それがどうして。
からかわれた恥ずかしさよりも、その真意を測りかねて、雅は眉を寄せて愛理を見上げる。

愛理は不審げな雅の視線を真っ向に受けながら笑みを絶やさずに、
その長い指をゆっくりと雅の頬に伸ばした。

「あいり……?」
「みやに触れられて、桃はどんな顔をするの?」

頬を撫でる愛理の手に、雅は不安げに視線を向ける。

「見たいなあ。みやしか知らない桃」

耳のそばでくすくすと笑う愛理の声が、低く雅の頭に響く。
頭がガンガンする。
めまいがして。
喉が渇く。
ごくりと息を飲んだ雅の喉を愛理の指先がゆっくりとすべり――。
 
676 :唇の味 :2011/03/10(木) 23:15

ごっ

そのまま手のひらで押しつぶすように喉元を強く押し出されて、雅は壁に押し付けられた。

「なに、す……っ」

背中を丸めてげほげほと咳き込む雅の顔を無理やりに上げさせ、涙目の雅の視界に愛理は笑う。
その笑顔がゆっくりと近づいてきて。
抵抗する隙もないくらい自然に、雅の唇を柔らかい感触が覆う。
まだ咳き込もうとする雅の唇の隙間から押し込まれた愛理の舌先が雅の口内を蹂躙した。

「何っ、なんなわけっ?」

めまいがするほどに呼吸を奪われて、それでも開放された雅は強い視線で愛理をにらみつけた。
ごしごしと唇をぬぐう雅に、愛理はくすくすと笑う。

「愛理!」
「ん……んぅ」

雅はイラだったように声を荒げる。
その甲高い声に、椅子の方からもそもそと桃子の身じろぎが聞こえた。
はっと身構える雅に愛理はいかにも面白そうに笑いかける。

「ほらほら。桃起きちゃうよ」
「そ、……」

ぐっと唇をかんで、雅は言いかけた言葉をのみこむ。
起きたっていい。
そんなの関係ない。
そう言おうとしたのに。
唇に、舌先に残る愛理の感触が言葉をさえぎる。

あまりにも鮮明に残るその感触。
愛理の柔らかさも、熱さも、まだ今この瞬間に触れ合っているかのように反芻することが出来る。
その事実に、雅は愕然とした。
愛理の存在を忘れられないこの唇で。


自分は桃子に口付けることが出来るだろうか。


呆然と立ち尽くし青ざめる雅をひとしきり楽しそうに眺めると、
愛理は、さてと、とテーブルの上の自分のバッグをつかんだ。

「あたしもう帰るね」

ひらひらと手を振って愛理がドアノブに手を伸ばした。
はっとした雅が思わずその肩をつかむと、愛理はそれを予測していたかのように綺麗に振り返った。
雅は一度開きかけた口を閉じて、ちらりと桃子を見やる。
丸まった肩は規則正しく上下していた。
それを確認して、雅はもう一度口を開いた。

「……。どう、して」

弱弱しく漏れた声は低く掠れていた。
雅自身、自分が愛理に何を聞こうとしているのかわからなかった。
けれどどうしても納得がいかなくて。

どうして。
なぜ、あんなことを。
何がしたい?
何を考えている?

言葉よりも饒舌に思いを語る雅の目を、愛理は楽しそうに覗き込む。
そして肩にかかった手をそっと振り払うと、そのままぎゅっと握り締めた。


「壊れちゃえばいいなって。そう思っただけだよ」


そう言って、愛理はいつもどおりのふにゃりとした笑みを浮かべた。
 
677 :esk :2011/03/10(木) 23:16
『 唇の味 』   終わり

う〜ん……
678 :名無飼育さん :2011/03/11(金) 01:44
ドキドキした…。
続きありますよね、ね?
679 :名無飼育さん :2011/03/26(土) 21:06
はわわわわッ
愛理怖いよッ><
680 :esk :2011/04/09(土) 00:15
読んでくださった方、ありがとうございます。

>>678さま
続き……あるようなないようなw

>>679さま
黒愛理ですから!

嗣永さん高3、夏焼さん高2でお願いします。
681 :痛みと手当て :2011/04/09(土) 00:43

「♪〜」

埃っぽい昇降口に一人立つ桃子は、鼻歌交じりにパタパタとつま先を鳴らす。
目の前を流れていく制服の群れを眺めながら、時折廊下の方へ体を乗り出す。
目当ての人物はなかなか現れないけれど、この待っている時間も結構悪くない。
だって、もうすぐ雅に会える。

今日はどこに寄り道しようかな。
雅の家に行きたいって駄々をこねてみようかな。
きっと真っ赤になって恥ずかしがるけど、でもきっと許してくれる。

そんな雅を思い浮かべてうつむき加減ににやにやとしていたら、ふっと覚えのある香りが鼻をくすぐった。
反射的に顔を上げると、期待通り、すぐそこに雅がいた。

「みっやぁ」

嬉しくて語尾をはねさせる桃子を、しかし雅はちらりと一瞥しただけで下駄箱に手を突っ込む。

「……みや?」

ぼこっと音を立ててローファーが床に転がる。
無造作に足を突っ込む雅の横顔に桃子は口をつぐむ。
なんだか、機嫌が悪そうだ。

それって結構。
雅には珍しい。

何があったんだろう。
桃子はどう声をかけていいかわからなくてためらいがちに雅の横顔を見つめた。
しかしそんな桃子を振り返りもしないで、雅は昇降口を出て行こうとする。

「みや、ちょっと!」

さすがに焦った桃子がぐいっと雅の肩に手をかけて引き寄せた、
その手は雅によって強く振り払われてしまった。

「――っ」

振り返った雅からは無言できつい視線を浴びせられる。
思わず桃子が身をすくめると、はっとしたように雅はにらみつける視線を少し和らげた。
だけどその視線はまだいつも桃子の見慣れたものとは程遠くて。

「――帰る」

突き放すような言葉を吐き捨てた雅は、桃子を振り返ることもしないで昇降口を出て行く。
その背中に、今度は桃子は声をかけることも出来なかった。
一瞬でそらされた視線が、苦しげで、どこか泣きそうに見えて。


ざわざわと流れる制服姿の波の中、桃子はいつまでも呆然と立ち尽くしていた。




どうやって家までたどり着いたのか。
思い出せないままに、桃子は着替えることもしないでベッドにうつぶせる。

いつでも明るくて元気で。
つらい時だって笑ってみせる。
それが雅だ。

「……あんな顔、初めて見た」

ぽつりとつぶやく自分の声が低くかすれていて、桃子は枕に顔をぎゅっと押し付けた。
しかしまぶたに写るのは雅の姿ばかり。

出会ったのは去年の4月。
新入生歓迎会で、雅に同じ新入生だと勘違いされて一年生の列に連れて行かれそうになった。
そのとき強く引かれた手の感触が忘れられなくて。
何度か顔を合わせるうちに、自分がこの年下の新入生に心惹かれていることに気づいた。
年下のクセに会うたびに桃子をからかう雅。
だけど本当に不安な時は桃子を頼りにしてくれる雅。

何をきっかけに付き合うようになったというわけではないけれど。
初めてのデートもはじめてのキスも、初めての……。


♪〜


「……!」

突然鳴り響いた着信音にがばりと体を起こすけれど、すぐにそれが雅の音ではないことに気づいて、
桃子はため息をひとつついた。
着信はメールで、すぐに携帯は静かになった。
けだるげに手を伸ばすと、送信者は案の定雅ではなく、その友達で桃子とも仲良くなった千奈美だった。
桃子は千奈美からのメールを開けもしないで携帯を放り出す。

しかしすぐに思い直してつかみ直すと、手の中でぐっと握り締める。

メール、してみようか。
さすがに電話をする勇気はないけれど、メールくらいなら……。
でも、なんて?

『怒ってるの?』

……怒らせた、のだろうか。
なぜ、なんてさっきからずっと考えているけどわからない。
今朝だって二人で一緒に登校した。
少し眠たそうな雅はいつもと変わらなく見えたけれど。

どうして。

頭の中の眠たげな雅の表情が、険しく桃子をにらみつける。
その視線に胸の置くがぎゅっとつまって、桃子は携帯を握り締めたまままた枕に顔を押し付けた。
 
682 :痛みと手当て :2011/04/09(土) 00:44

◇◇◇

次の日の放課後、桃子は雅の教室を恐る恐るのぞきこむ。

「あれ?」

雅の席は空っぽで、かばんさえもかかっていない。
もう帰ってしまったのだろうか。

昨日は結局あのままメールも電話もできなかった。
今朝も通学路で雅に出会うことはなかった。
学校では二人は学年が違うので普段から会うことはすごく稀で、
だから今日初めて雅の顔を見に来たのだったけれど。

残念なような安心したような。
複雑な気分で雅の席を眺める桃子の後ろから、唐突に声がかかる。

「桃?」
「わっ……ってなんだ、千奈美か」
「何だってなにさ!」
「もー。うるさいなぁ」
「みや休みなのに何しに来たの?」
「え!?」
「え、って知らなかったの?」

千奈美は二人の関係も知っているので、桃子が雅が休みだと知らないなんて思いもしなかったのだろう。
そのいぶかしげな千奈美の視線を前に桃子も驚いて目を見開く。

「……風邪?」
「さあ。ここのところちょっとしんどそうだったけど、風邪だったのかな」
「え……」

気づかなかった。
毎日たくさんの時間を一緒にすごしているつもりだったのに。
それなりに空気も読めるつもりだし、何よりも雅のことなら何でもわかっていると思っていたのに。
何もわかっていなかった?
だから雅を怒らせた?

「ってか、桃、昨日メール――」
「みやんち行って来る!」
「は? わっ……と」

思い出したように話しかけてきた千奈美を押しのけて、桃子は廊下を駆け出した。




勢いで雅の家の前まで来たものの、なかなかインターホンを押すことが出来ずに、
桃子は家の前をうろうろと往復する。
やっぱりすごく怒っていたら。
すごく迷惑そうな顔をされたら。
そう思うともうこのまま帰ってしまおうかと思うけれど、もしもひどい風邪を引いて寝込んでいたら。
そして家の中に一人だったりしたら。
苦しげに息をつく雅を思い、桃子はやっと足を止めた。

「よし」

ごくりと喉を鳴らして震える思い切って手を伸ばした、そのとき。

「何してんの?」
「――!」

突然背後から声をかけられて桃子は驚いて振り返る。
そこに立っていたのはすごく見覚えがあるような、ないような男子。

「……」

明るい茶髪と細い眉、着崩した制服の少年の見た目に桃子はじりっとあとずさる。
おびえたような桃子の反応に、少年はぽりぽりと頬をかく。

「ツグナガさんだよね、確か。雅に用事?」
「みや……あ、みやのおとーと君」

雅にそっくりな少年は、入る? と門扉に手をかけて桃子を振り返った。
その少年に続いておどおどと夏焼家の玄関扉をくぐる。
見覚えがあるはずだ。
何度も雅の部屋に来ていた桃子は、一度だけ彼をちらりと見かけたことがあった。

「アイツ今日学校休んだでしょ」
「あっ、そう! どうしたの? 風邪?」
「風邪? あんなバカが風邪なんか引くわけないじゃん」

軽く笑い飛ばす少年に桃子はほっと胸をなでおろす。
しかしそうなると怒っているという選択肢が残ってしまうわけで。
桃子は恐る恐る少年に声をかけた。

「みや、今日どうしたの?」
「そっれがさ、すっげー笑えんの!」
「へ?」

桃子の質問には答えずにげらげらと笑い始めた少年の、そのあとをついて階段を上がると、
すぐに立ち止まった少年は右側の部屋の扉をノックした。

コンコン

「みやびー」

コンコンコン

「おーい」

コンコンコンコン

「ぶさいくー」

ばんっ

「うるさい! ……って、え?」

勢い良く部屋の扉を開ききった雅は、桃子を見つけるとぐるりと目を丸くした。
 
683 :痛みと手当て :2011/04/09(土) 00:47


「………親知らず?」

弟君のおかげで無事に部屋に入れてもらえた桃子はぺたりと座り込む。
そして恐る恐る今日学校を休んだわけを聞きだすと、
ベッドに腰掛けた雅の口から出た言葉は桃子の耳を疑うものだった。

昨日、親知らずを抜いたのだと。

雅はそう言った。
放課後、昇降口で桃子に会ったときはすでに痛みのピークで、
ぼんやりとしていてあまり覚えていないという。
そのまま歯医者に駆け込んで抜いてもらったのだが、昨日から続く痛みに雅は疲れきった顔をしている。

「言ってくれたらよかったのに」
「だって、言ったら桃来るじゃん」
「そりゃ来ただろうけど」
「それに……こんな顔だし」
「は?」

言われて見てよく見ると、たしかにシャープな雅の頬のラインが少し腫れているように見えるが、
よく見ないとわからない程度である。
まじまじと見つめる桃子の視線に、ぶすっとした機嫌悪げな目元が少しずつ赤くなっていく。

「だから会いたくなかったのに……」

痛みがあるのか恥ずかしいのか、目をそらしたままで、あまり口をあけずにぼそぼそとしゃべる雅。
見慣れた雅の態度に、桃子は安心してにまにまと口元を緩める。
そんな桃子に、雅はがばっとベッドにもぐりこんで背中を向けた。

「もう寝る!」

くぐもった雅の声が宣言する。
その声に桃子はくすくすと笑いながらベッドのそばに座り込むと、雅の肩の辺りをゆっくりとなでた。
今日はその手を振り払われることはない。

「そういやさ」

ゆっくりと手を動かしながら桃子はひとつ気になっていたことを口にした。

「千奈美がみやはここのところしんどそうだったって言ってたけど、桃の前じゃ我慢してたの?」
「……」

雅からの返事はない。
やっぱり自分は雅の不調に気づかなかったんだろうか。
雅に嫌われていないことは十分に伝わったけれど、やはりそれはそれで落ち込む。
悔しくなって手を止めてしまった桃子に、雅はもぞもぞと身動きをしてこちらに体を向けた。

「……桃が」
「うん?」
「いたら、あんまり痛くなかった」
「……うん?」

途切れ途切れの雅の言葉の意味がわからなくて、桃子は首をかしげた。
そんな桃子に焦れたような目で、雅は止まったままの桃子の手をちらちらと見やる。
桃子にはその視線の意味もわからず、ただ、自然に手が動いた。

少し腫れぼったい雅の頬はいつもより少し柔らかくて、熱を持っているように思えた。

手のひらから伝わる感触に、桃子は心配になって雅の顔を覗き込む。
しかし目を閉じている雅の顔はむしろ満足そうで。

『桃がいたらあんまり痛くない』

それって。
なんか。

めずらしく素直に自分の手に身を預ける雅。
桃子はその態度に照れたように顔をそらしたままで、逆の手でまたゆっくりとその肩を撫ではじめた。
 
684 :esk :2011/04/09(土) 00:48
『 痛みと手当て 』   終わり
685 :名無し募集中。。。 :2011/04/11(月) 21:39
手当てって言うと从o゚ー゚从<お手当てって言葉あるでしょ
ゲキハロ思い出しました
桃子が雅の痛みをクローズ
686 :esk :2011/04/23(土) 00:08
読んでくださった方、ありがとうございます。

>>685さま
そっちですかw


くまぁずくまぁず

『 シアトル・パンチ 』
687 :シアトル・パンチ :2011/04/23(土) 00:09

わあああ


ステージを降りたあたしの元にまで、大きな歓声が聞こえている。
鳴り止まない拍手と歓声を聞きながら、
あたしたちは汗びしょの顔で抱きしめあって、シアトルでのライブの成功を喜びあった。

メンバーと順番に抱きしめあって、最後に熊井ちゃんに向かって手を伸ばすと、
熊井ちゃんは少し照れたような笑顔であたしの手を取ってくれた。
しかし、熊井ちゃんの逆の腕を引っ張る背の高い男の人(アメリカ人)。
良く見るとどうやら警察官のようだった。
驚いてあたしが熊井ちゃんを引き寄せようとすると、
男の人(アメリカ人)は熊井ちゃんの細い腕をつかんだままで英語で何かをまくし立てる。
もちろん何を言っているかはわからなくてぽかんとしていると、突然熊井ちゃんが英語で反論を始めた。
その様子に気づいたのか英語の出来るスタッフさんなどもやって来てなにやら真剣な話し合いになり、
あたしはその場から締め出されるように、仕方なく熊井ちゃんの手をそっと離した。

警察官らしき人もいつの間にか一人二人と増えていき、
なにか大事が起こっているらしいと心配げなメンバーと一緒になって見守るしかできなかった。

しばらくして、がっくりとうなだれて戻ってきた熊井ちゃんにみんなで駆け寄る。

「熊井ちゃん……」

その腕に触れて顔を見上げると、熊井ちゃんは泣きそうな顔で唇をゆがめた。

「ずっと内緒にしてたんだけど……うち、実はアメリカ人だったんだ」
「えええええっ!?」

愕然とするあたしのそばで、みんなは『ああ……』と納得顔で熊井ちゃんを見上げている。
つられてあたしもうなずいちゃったけど、続く言葉には絶対にうなずけなかった。

「それがさっきのライブでばれちゃったみたいで……もう日本には帰れないんだって」
「なっ、なんで!」

スタッフさんがみんなに説明している、不法滞在が何とかって言葉なんて耳に入ってこない。
あたしは熊井ちゃんの腕をゆさぶって泣きそうな顔にせまった。

「熊井ちゃん!」
「ごめんね茉麻。これからは茉麻がベリーズの最高身長を守ってね。ほら。182cm」
「ちょ、今のままでいいしっ。っていうか176cmでしょっ!?」
「だめだよ。うちもうこれ以上うそはつけない」
「今更なにを――ってそうじゃなくて!」

「熊井ちょー、元気でね」
「あたしたちのこと忘れないでね」
「日本から抹茶送るね」

すでに着替えて帰り支度を終えたメンバーが熊井ちゃんを取り囲んで、最後の別れを惜しんでいる。
みんなの言葉に涙を浮かべる熊井ちゃんに、あたしは何も声をかけられない。
呆然としたまま、まだ衣装を着たままのあたしはスタッフさんにせかされて飛行機に乗り込んだ。

ごおおおお

飛び立つ飛行機の窓から、一生懸命に手を振っている熊井ちゃんがどんどん小さくなる。
ああ。
もう会えないんだ。
もう一緒に歌ったり踊ったり出来ないんだ。
一緒に遊んだりはしゃいだり出来ないんだ。
あの微妙な話ももう聞けないんだ。

……そんなの、イヤだ。

「あたし、降りる!」
「すーちゃん何言ってんのっ。もう飛行機飛んでるよ?」
「飛んでても降りる! 桃、パラシュートとって!」
「ダメだよ、危ないよ」
「イヤだ! あたし熊井ちゃんと離れたくない!!」

暴れだしたあたしはみんなに押さえつけられて、身動きが取れない。
それでもあたしは必死になって体に力を込めた――。
 
688 :シアトル・パンチ :2011/04/23(土) 00:11

◇◇◇

「……さ……まーさ」

肩をゆすられて、あたしははっと目を見開いた。

「茉麻、どうしたの?」
「え、あ、あ……?」

ごおおおおお

低く響く飛行機の音。
ぱちぱちと瞬きをすると、少し照明を落とした薄明かりの中で、熊井ちゃんのあたしの顔を覗き込んでいた。

「夢か……」

はあ、とため息をついて腕時計を確かめると、寝入ってから2時間ほどが過ぎた時刻をさしていた。
今はまだシアトルに向かう飛行機の中。
現地についてからは分刻みのハードスケジュールだからしっかり寝ておくようにと言い含められたけれど
気持ちが高ぶっていてなかなか眠れない中、
隣に座る熊井ちゃんの寝顔を見ているうちにやっとうとうとしたのだった。

「なんかうなされてたけど、怖い夢だったの?」
「ああ……うーん」

心配げに熊井ちゃんにきゅっと手を握られる。
ちらりと視線を向けると、逆隣の桃のまぶたはしっかりと閉じられている。
前後に座っているはずの他のメンバーやスタッフさんの声ももう聞こえない。
あたしは熊井ちゃんに合わせた低い声を出す。

「怖いって言うか……まあ怖い、かな」
「どんなの?」
「えっとー、シアトルでライブしたあとにね」
「うん」
「熊井ちゃんがアメリカ人だってわかって」
「えー?」
「それであの……熊井ちゃんがアメリカに残るって言うから……あたし……」

絶対にありえないバカな夢なのに、あのぞっとするような気持ちを思い出して、
あたしはぐっと胸が痛くなった。
思わずぎゅっと熊井ちゃんの手をにぎりしめたけれど。

すーすー

軽い寝息が聞こえてきて熊井ちゃんの顔を覗き込むと、目もしっかり閉じられていた。
どんな夢って熊井ちゃんから聞いてきたのに。
苦笑が浮かんだけど、ま、いっか。
あたしのせいで起こしちゃったみたいだし。

ゆっくり寝てね。
心の中でつぶやいて、ゆるく開いたままの唇に小さくキスを落とした。

しばらくその寝顔を見つめて、ゆっくりとシートに体を沈める。
あたしもしっかり寝てライブ頑張ろう。
繋いだ手はそのままに、しっかりと目を閉じた。


もしもシアトルで熊井ちゃんが警察に捕まっても、絶対にこの手は離さない。



(……って桃、起きてるんですけど! もー、意地でもみやの隣に座ればよかった!!)
 
689 :esk :2011/04/23(土) 00:12
『 シアトル・パンチ 』   終わり

………。
690 :名無飼育さん :2011/04/23(土) 22:18
久しぶりのくまぁず!!O(≧∇≦)O
691 :あお :2011/04/26(火) 02:56
くまぁず!くまぁず!
692 :esk :2011/05/05(木) 00:59
読んでくださった方、ありがとうございます。

>>690さま>>691さま
くまぁずくまぁず

りしゃまぁ。おバカ系。
タイトルと中身が関連していると思ってはいけない。

『 名探偵愛理の華麗なる事件簿 』
 
693 :名探偵愛理の華麗なる事件簿 :2011/05/05(木) 01:00

がたん

「……ん?」

体育館脇の自販機、お茶のペットボトルを取り出した梨沙子は、
キャップをひねった形のままでぴたりと動きを止めた。

「う〜」

キャップが硬くて開かない。

のどが渇いてるのに。
今飲みたいのにっ。
美術部に所属している梨沙子は、今日の部活はかなり集中して絵を描いていた。
そのせいか、部活が終わって気がつくととてものどが渇いていた。
だから帰りにわざわざお茶を買ったのに。
これでは飲むことができない。

「むーっ。開かなーいっ」

唇を尖らせて、眉を下げて。
泣きそうな顔はフリじゃなくて。
たったこれだけのことで本当に涙目になっていた。

「――」

誰かに自分のことを呼ばれたような気がして、梨沙子は潤み始めた目で声の方向に振り返る。
数メートルの距離で長い黒髪の女子生徒と目が合った。
知った顔ではない。
自分と同じ一年生ではなさそうだ。
二年生か、大人っぽいから三年生かな。
不思議に思いながら梨沙子は首をこてんと傾ける。
すると女子生徒は、一瞬表情を硬くすると、大またに梨沙子との距離を縮めてきた。
小さくはない梨沙子があごを上げる形になって、背が高い人だなと思った。
すぐそばから見下ろされる無表情な大きな目を、梨沙子はただぼんやりと見上げる。

「貸して」
「へ?」
「それ」

ひょいと伸びてきた白い手が、梨沙子の手の中のペットボトルを抜き取る。
ぽかんとしている梨沙子をよそに、女子生徒はそのキャップをひねった。

カシ

「ハイ」

数秒で手の中に戻ってきたペットボトルは無事にキャップが開いた。

「あ、」

お礼言わなきゃ。
そう思って顔を上げた梨沙子の言葉が途切れる。
目の前の女子生徒の無表情は、優しげな笑みに変わっていて。


梨沙子はぽかんと口を開けたまま立ち尽くした。

 
694 :名探偵愛理の華麗なる事件簿 :2011/05/05(木) 01:02

「愛理っ」
「おはよ、りーちゃん。どうかしたの?」

息せき切って朝の教室に駆け込んできた親友に、愛理は目を丸くする。
この親友は、どちらかといえばいつでもおっとりとしてるはずなのに。

「愛理、あれ見せて。アレっ」
「えー。もうしょうがないなあ」

愛理は机の中に手を突っ込むと一冊のノートを差し出した。

「数A。……っ」

ノートの表に書かれた微妙な絵と共に大きく書かれた教科名に、梨沙子は慌ててぱらぱらとページをめくる。
使用されている限り、最後のページを凝視すると、
愛理の隣の自分の椅子を引いてかばんからノートを取り出して手早く写し始めた。

それから数分後。

「愛理ありがとー。助かったあ」
「どういたしまして。明日はちゃんと自分でやってきなよ」
「えー。だってあたし数学嫌い」
「でも宿題はちゃんとやらなきゃダメだよー」
「はーい。……って違うっ」

ばん、と机を叩く梨沙子に愛理はきょとんとした目を向ける。

「え、何? どっか間違えてた?」
「ちっがうのっ。数Aじゃないの」
「ええ、古典も?」
「それはやったよっ。そうじゃなくて。見せて欲しかったのは、アレだよっ」
「今日他に宿題出てたっけ?」
「もう、宿題から離れてよっ。そうじゃなくて、生徒名鑑っ」
「ああ。そっちか」

アレじゃわかんないよ、とため息をつきつつも、自慢げに愛理がかばんの中から取り出したのは、
数学のノートとは違う硬い表紙の分厚いノート。
愛理が新聞部のコネを利用して作っている、この学校の主要な人物名鑑。
部活で活躍してる人とか、美人さんとか、美人さんとか、美人さんとか……。
何に使うんだろうと梨沙子は常々不審に思っていたけれど、
まさかこんな形で利用することになるとは思わなかった。

「誰を知りたいの?」
「あのね――」

梨沙子が体を乗り出したそのとき、始業を告げるチャイムが鳴った。
 
695 :名探偵愛理の華麗なる事件簿 :2011/05/05(木) 01:04

休み時間、梨沙子は昨日の出来事を思い出しながら愛理に話して聞かせた。
梨沙子の細切れな話を総合して、
愛理がやっと昨日の駅ごとを理解したころにはすでに放課後になっていた。
クライスメイトもまばらになった教室で、愛理と梨沙子は愛理の生徒名鑑を真ん中に顔を突き合わせていた。

「長い黒髪で背が高くて力が強いって……舞美ちゃん?」
「……愛理?」
「冗談だってば。舞美ちゃんは髪切っちゃったし」
「そもそもここにはもういないでしょ」

矢島舞美とは今年愛理たちと入れ替わるようにこの学校から卒業していった生徒で、愛理の幼馴染兼恋人である。
梨沙子と愛理は中学から一緒なので、梨沙子も舞美と面識があった。

「そうだなー。背が高いって言えば二年の熊井先輩だけど……」

ぱらぱらとページをめくる愛理。
めくられていくページには、生徒一人一人の簡単なプロフィールと写真、コメントなどが書き込まれている。
その完成度に、梨沙子は自分の親友にいささかの恐怖心を覚える。
この人、と愛理の指差す先の顔写真を覗きこんで、梨沙子はふるふると首を振る。

「わ。カッコイイ……。でも違う。それに茶髪じゃん」
「髪型はさー、急にイメチェンしたりするからあんまり頼りにならないよ。他に特徴は?」
「そっかあ。あ、色白だった」
「……舞美ちゃん?」
「だからっ」
「ハイハイ」

梨沙子の冷たい視線を軽くあしらって愛理はぺらぺらとページをめくる。
しかし、次々と愛理が指差す先に梨沙子の求める顔はなかった。

「この人は?」
「違う」
「うーん、じゃあこの人」
「違うよ。こっちのページは?」
「そっちはまだ写真がないんだよね」
「そっかあ」

梨沙子は残念そうに、名前とプロフィール、愛理の一言コメントがあるだけのページをめくる。

「徳永先輩だと色白が……、夏焼先輩は……りーちゃんから見て背が高いってほどじゃないしなあ。
 あとは……須藤先輩とか久住先輩とか背の高い美人さんらしいけど、あたしもまだ見たことないんだよね」
「そっかあ。目立ちそうな美人さんだったんだけどなあ」
「この学校生徒数多いんだもん」

チェック不足を指摘されたような気がして、愛理はぷくりと頬を膨らませる。
その仕草を見て、梨沙子は慌てて愛理の頭を撫でる。

「あ、ごめんごめん。そういうつもりじゃなくて」
「……よし」
「うん?」
「現場検証に行こう」
「へ?」

へこんでいたはずの愛理がぱっと顔を上げと思うと、いきなりがたんと椅子を蹴って立ち上がった。
梨沙子は、自分をおいてすでに教室から駆け出しそうな愛理を見上げながら、
親友のこの切り替えの速さは見習いたいものだなあと思った。
 
696 :名探偵愛理の華麗なる事件簿 :2011/05/05(木) 01:06

犯行現場、ではなく体育館脇の自販機前にやってきた愛理は、
あごの辺りに手をあてて生徒手帳のメモ欄を開き、
いかにもなポーズを決めて梨沙子の事情聴取に入った。

「昨日りーちゃんがその人に会ったのは何時ごろだった?」
「えーと、部活終わってからだから5時くらい?」
「ふむ。その人は制服だったんだよね?」
「うん」
「どっちから来てどっちに行った?」
「うーん。来た方向はわかんないけど、校門に方に行った」
「荷物は? 部活が特定できそうな荷物とか」
「……学校の鞄しか持ってなかったと思う」
「えっ、そうなの?」

一生懸命思い出しながら梨沙子が答えると、愛理はメモを取っていた手帳から大げさな仕草で顔を上げた。
その丸くなった目に梨沙子は首を傾げる。

「うん。それって変?」
「変ってほどじゃないけど……。運動部じゃない人が放課後にここを通るってどういうことだろ」
「どういうことって?」
「だって、昇降口から出て校門に行く人はここは絶対に通らないでしょ」
「……そうだね」

校舎、体育館、自販機などの位置関係を見渡し、梨沙子は確かに、とうなずいた。

自販機は体育館の壁に沿うようにすえられている。
その体育館は二階建てで、一階には更衣室や剣道場などがあり、二階部分が体育館。
位置関係は、グラウンド→自販機(体育館)→昇降口→校門、でまっすぐ進める。
ちなみにそれぞれの距離は50メートル以上ずつある。

だから、昇降口から校門へ向かう人は自販機前は通らないし、
運動部の人が更衣室から出てきたのであれば、ジャージなどの荷物を持っていたはずだからおかしい。
という愛理の推理にいたる。

「あたしみたいに文化部の人が飲み物買いに来ただけかもよ」
「でもその人、りーちゃんのペットボトル開けたあと、何も買わなかったんでしょ?」
「あ。そうだ」
「ということは、部活じゃないけど、グラウンドか体育館に用事があった人ってことだね」
「なるほど」
「自転車置き場には向かわなかったんだよね」
「うん」

自転車置き場は自販機とは反対側の体育館裏にある。
昨日梨沙子は女子生徒をぼんやりと見送ったが、
彼女は自転車置き場へと向かう分岐点を曲がらず、まっすぐ校門のほうへ向かった。

「歩きってことは電車通学かな」
「なるほど」
「ということは、………」
「『ということは』?」
「……家が遠いんだよ」
「………それで?」
「あの……りーちゃんと一緒だね」
 
697 :名探偵愛理の華麗なる事件簿 :2011/05/05(木) 01:07

どうやら梨沙子の相棒は名探偵とはいかなかったようだ。
がっかりした様子の親友に、愛理は少し焦って質問を重ねた。

「ほ、ほかになんか覚えてることないの? その人について」
「笑顔がすごく優しくて……ほわって柔かくて……空気が澄んだ感じで……」
「ちょ、ちょっとりーちゃんっ」
「え?」

ぼんやりとした顔つきで連ねられる親友の言葉を、愛理は慌ててさえぎった。

「スピリチュアリストになってる。もうちょっと外見的な特徴とかないの?」
「うーん……ない」
「あそ」

考えたのか考えてないのかわからない間合いで吐き出された回答に、今度は愛理ががっかりと肩を落とす。
これだけの情報で一人の生徒を限定しようという方が土台無理な話なのだ。

「でもそれだけ印象の強い人なら、今までにも見かけてそうなのにね」

二人が高校に入学してから3ヶ月以上が経つ。
いくら生徒数が多いとはいえ、すれ違うことだってあるだろう。
そう思ってつぶやいた愛理の言葉に、梨沙子は綺麗に弧を描く眉をゆがめた。


なんか気になる。
なんか忘れてるような気がする。


「それっ。そういうのが重要なんだよっ」
「え、なんで?」
「……探偵モノだと大体そうだから」
「………」
「あ、でもほら、重要だから第六感に引っかかるってことじゃない?」
「六階?」
「六感っ。ほらほら。思い出してっ」
「……わかんない」

再びがっくりとうなだれる愛理。
そんな親友にかまいもせず、梨沙子はマイペースに自分の考えに没頭している。

「さっき愛理なんて言ったっけ?」
「へ? 六感?」
「もっと前。何を言われて何かを思い出しそうになったのかなって思って」
「それだよっ。えっと、体育館、昇降口、自転車、電車――」
「……あ」
「電車っ?」
「でんしゃ……」
「やっぱり電車が一緒で、ちらっと見たこととかあったんだよ、きっと!」
「そうかなあ……」
「明日は電車の中注意して見てなよ! 私は私で写真集めとくからさ」
「うーん」

あれだけインパクトのある人を、
3ヵ月間同じ電車に乗っていてはっきり覚えていないなんてことがあるだろうか。
うきうきと張り切る愛理に、梨沙子はいまいち納得いかない顔で首をかしげた。
 
698 :名探偵愛理の華麗なる事件簿 :2011/05/05(木) 01:09

◇◇◇◇


「ちょおおお、かわいかったんだけどっ。りーちゃんは天使だよ天使っ!!」
「まぁ……その話まだ続くの……」
「目とかうるうるしちゃって、もうマジやばすぎっ」

愛理のため息から半日前。
梨沙子が愛理のノートを写していたころ。
三年生の朝の教室で、色白で背が高く長い黒髪の茉麻は、親友・雅を相手に声を上ずらせていた。

「っていうかもう手とか握れちゃう距離だったんですけどっ」
「握ったの!?」
「まさかっ。そんな勇気ないしっ」
「よ、よかったあ……」
「ペットボトルのフタあけられないとか、どんだけ妖精なのって話だよねっ」
「ああ。そう」
「『むー』だよ、『むー』っっ! そんなこと言って許されるなんかりーちゃんしかいないって!」

胸をなでおろす雅にかまわず、茉麻は興奮気味に机を叩いて主張する。
そのときちょうど登校してきた千奈美は、茉麻の様子に引き気味で自分の机にかばんを放り出した。
雅の救いを求めるような視線に、千奈美は事情を察して顔をしかめる。

「げ。茉麻、また菅谷ちゃんのあとつけてたの?」
「つけてないっ。朝の電車がりーちゃんと一緒なのは偶然だってば!」
「たまに帰り時間も合わせてるじゃん」
「ああ。美術部終わるまで待ってるんだっけ?」
「放課後図書室で勉強してるだけだよっ」

高校三年生になった春、朝の電車で偶然見かけた一年生に、茉麻は一目ぼれした。
その後、声をかけることもできずにその姿を追っていた。

「菅谷ちゃんも鈍いよね。そこまでされて気づかないって」
「ちゃんとばれないようにしてるもん」
「いや、ばれないようにって発想がすでに……」
「一切の面識ない子を『りーちゃん』とか言ってるのも何気にやばいよね」
「あ、そういえば昨日思わず『りーちゃん』って声かけちゃったんだよね。めっちゃ焦ったぁ」
「それストーカー行為バレバレじゃん」
「ストーカーじゃない! しかもちゃんと聞こえなかったみたいで気づかれなかったし!」
「っていうかさ、これで今度声かけてみたらいいんじゃないの?」
「へ?」

いかにもいいこと思いついた顔な雅に、茉麻がきょとんとする。

「あ、こないだの子だよね、みたいな自然な感じでさ」
「無理無理無理っ!! そんなの絶対無理っ。っていうかりーちゃんは覚えてないよ、まぁのことなんてっ」
「いやあー、あなた結構インパクト強いですけどね」
「もし覚えてても、話するとか無理だもんっ。まぁは影から見てるだけでいいよ」

「「 それがストーカーだっちゅーの!! 」」



◇◇◇◇


次の日の朝。愛理と梨沙子の教室では、愛理が手の中の写真を眺めていた。
未処理だった写真が何枚か手に入ったのだ。

「これが久住先輩、これが須藤先輩、これが夏焼先輩っと」

写真のすみに名前を書きこみながら満足げに眺める。

「っていうか多分、須藤先輩だよね。色白で長い黒髪で背も高いし優しそうだし。りーちゃん喜ぶかなあ。
 ――あっ、りーちゃん! 見て見て!」


愛理の用意した写真1枚から話はとんとんと進み、
梨沙子と茉麻が一緒に登下校する姿が見られるようになるのは、もう少し後の話。

 
699 :esk :2011/05/05(木) 01:10
『 名探偵愛理の華麗なる事件簿 』   終わり
700 :esk :2011/05/05(木) 22:20
みやまぁ

『 困る 』
701 :困る :2011/05/05(木) 22:23

「あっつ……」

体が熱くて意識が覚めた。
もうそんな季節なんだな、とかぼんやりと思いながらまぶたを開く。

「……っ」

湿った熱気でむっとするベッドの中から這い出そうと起こしかけた体が微妙な角度で停止する。
同じベッドの中にある、もうひとつの体に目が留まった。
ああ、それで熱かったのか。と心の中で納得して、それから困ったなと思った。
朝から鮮明なあたしの頭は残念ながら昨日のことを忘れてなんかいなくって、
むしろはっきりと思い出せる。
その声や熱や匂い、触れた感触まで。

(やば)

思い出した感覚に体の奥がぞくりとして、あたしは強く頭を振る。
でもその揺れる髪にさえも、自分ではない人の匂いが絡んでいて。

「みや、起きなよ」

鼻先に匂う香りに上ずる気持ちを無理やり押さえ込んで、努めて平然とした声でその名前を呼ぶ。
細い肩を軽くゆすると、硬く閉じられていたまぶたがぴくりと動いた。
長いまつげの間からとろりとした視線があたしを映す。

「ぅん……まぁ?」
「――、おはよ。あたしシャワーしてくるから。ちゃんと起きなよ?」

さすがに目を合わせるのは気まずい気がして、
あたしはその辺に散らかったパジャマを適当に着るとバスルームに逃げ込んだ。



「げ。みや!」

シャワーの中で自分の胸元に視線を落とすと、そこに点々と赤いあとが見えた。
慌ててごしごしと擦ってみたけど消えるわけもない。
何やってんのあの子はっ。
っていうかいつつけたんだろう。気づかなかった。

胸元でうごめく見慣れた茶髪。
たまらなくなってその髪を抑えると、視線をあげられた。
目が合うと照れくさくなって視線をそらした。
そしたらみやにくすくすと笑われて――。

(あーだめだめだめ!)

ぴしゃりと頬を叩いて引き込まれそうになる記憶をかき消す。
自分が服着てないってのもよくないよね。
もうシャワー出よう。
そう思った瞬間、前触れもなくかちゃりとバスルームの扉が開いた。

「……っ」
「まぁ?」

びくりと体をすくめると、薄いシャワーカーテン越しにみやが低い声であたしの名前を呼ぶ。
その声に、あたしは慌ててシャワーを止めた。

「な、なにっ」
「あのさあ」
「だから何っ」
「昨日さあ、うちら……したよね」
「覚えてないのっ!?」

嘘でしょっ!?
さすがにそれは冗談じゃない。
あたしがこんなに困ってるのに、その相手が覚えてないだなんてずるすぎる。

「覚えてる。覚えてるって。でもさ、なんでしたのかなーって」
「なんでって……」

声を裏返したあたしにみやは慌てて否定したけれど、続く問いかけはなんだかぼんやりとしていた。
なんでって、そんなこと聞かれても困る。
っていうかホント、なんでしたんだろう。

昨日のライブはすごく盛り上がって。
とんでもなくハイになっていた桃と千奈美とみやとあたしと、4人で枕投げをして遊んで、
もっとハイになった。
そのあと桃と千奈美が部屋に帰っていったあとも、みやと二人ではしゃぎまくって。
それで――。
 
702 :困る :2011/05/05(木) 22:24

「……ノリ?」
「やっぱりそうかな」

ノリであんなこと。言った自分で落ち込みそうになる。
あたしとみやは別に付き合ってるとかないし、実は好きだったとかそういうこともない。
……はず。
そりゃみやってかわいいなーっていつも思ってるけど、明るくて優しくてかっこよくてでも自然体で、
なのにどこか抜けてたりとかそういうとこいいなーって思ってるけど。
あれだけ競争率高くてみんなに好かれてる子が、意外と気がついたらあたしのそばにいたりして、
ちょっと嬉しかったりすることだってあるけど。
昨日だって、触れられて嫌だなんて全然思わなくって、むしろ――。

「って、いやいやいやっ。もう忘れよう! 昨日は何もなかったってことでっ」
「……」
「なんで黙んのっ」
「うーん……」

ぶんぶんと頭を振りながら声を張り上げたあたしに、みやは薄いカーテン越しに低く喉を鳴らした。
やめてよ。みやにそんなとこあいまいにされたら困る。
これからあたし多分すごく困ることになる。
だったらこんなこと、なかったものとして忘れちゃうのが一番いいに決まってる。

「まぁはさ、」
「ちょ、みやっ」

するりとカーテンが揺れたと思ったら、その隙間からみやが平然と顔をのぞかせる。
当然あたしは何にも着てないわけで、慌てて後ろを向いてしゃがみこんだ。

「忘れたいの?」
「はあっ? っていうか外出てっ」
「いいじゃん。昨日あんだけ見たんだから」
「それと……っ」

これとは全く意味が違う。
そりゃ見たどころの話じゃないけど。
絶対に違うっ。

「……やっ」

ぺたりと首筋にみやの手が触れる。
そのそばにやわらかいものが触れて、遅れて届いたみやの香にそれが唇だとわかった。

「うちは、絶対忘れたくないのに」
「え? い……ぁっ」

言われた言葉の意味を理解できなくて眉をひそめていたら、いきなり歯を立てて噛みつかれた。
痛みなのかそうでないのか、微妙なものが体を駆け抜けて息をのむ。
そのすきにカーテンを引く音がして、みやの気配はあっさりと遠ざかっていった。
ドアを閉じる音を聞きながら、あたしは呆然とする。

「それ、って」

噛まれた痕を恐る恐るさすると甘い痛みが走って、どくどくと心臓が高鳴った。
忘れたくないって言ったみやの声はどこか不機嫌で。
困るじゃん。
そんな声でそんなこと言われたら。


あたし、すっごく困る。

 
703 :esk :2011/05/05(木) 22:24
『 困る 』   終わり
704 :名無飼育さん :2011/05/06(金) 18:30
まぁさん最高!
705 :名無飼育さん :2011/05/07(土) 00:38
イイ!
みや責めって意外。慌てる、まあさん可愛い。
706 :名無飼育さん :2011/05/07(土) 00:58
まぁさん可愛い!最高です!!
707 :名無飼育さん :2011/05/07(土) 22:40
面白かったです!!
真面目に思案している乙女チックなまぁさんがとってもかわいかったです。
708 :esk :2011/07/03(日) 00:15
読んで下さった方、ありがとうございます

>>704-707さま
ありがとうございます。
乙女チックでかわいい須藤さんが好きなんです〜。

須藤茉麻さん、お誕生日おめでとうございます。
19歳のこの年があなたにとって実り多きものでありますように


『 飴玉ロマンス 』
709 :飴玉ロマンス :2011/07/03(日) 00:17

本番前の楽屋は出入りが激しい。
緊張で落ち着かないのか意味もなくふらふらと出ていくメンバーもいる。
そんな慌ただしいメンバーやスタッフを茉麻はぼんやりと眺めていた。
無駄に騒ぐほど緊張するタチではない。準備も早く済ませる方だ。
こういう時に一人暇になるのはよくあることだった。

視界の隅で何か相談をしていたスタッフ数人と佐紀がばたばたと楽屋を出ていく。

ぱたんと音を立てて扉が閉じた。
これで。
雅と二人きり、だ。

楽屋が静かになった途端、急に落ち着かなくなってちらりと雅を見やると、
ゆっくりと雑誌のページをめくるところだった。
その指先の綺麗な動きに一瞬目をうばわれ、ぶるぶると頭を振ると、
ごまかすようにテーブルの上のお菓子籠に手を突っ込む。

その手に一番最初に指に触れたチュッパチャップスを無造作に取り出した。
カラフルな包み紙をはがすとすでに甘い匂いが漂ってきて、ぱくりと口に含む。

しかし口の中でその存在感は大きくて、なめ終わる前に次の撮影が始まってしまいそうだ。
とっさの自分の行動に少し後悔し始めたその時。

「まぁ」
「え!?」
「おいしそうじゃん、それ。うちにもちょうだいよ」

いつの間に近寄ってきていたのか、膝立ちの雅がすぐそばにいた。
茉麻の口元から発せられる甘い匂いに引かれたのか、くんくんと鼻を近づけて棒の先をつつく。
その顔の近さに焦りながら茉麻が籠をあさるが、残念ながら最後の一つだったようだ。

「あ、これで最後みたい」

くわえたままの棒の先を揺らしながらもごもごというと、雅が不満そうに絡み付いてくる。

「えー。ちょうだいよ〜」
「もうないんだってば――あ、ちょっと」

ぐいっと棒を引っ張られて思わず口元を緩めると、そのまま飴を引き抜かれる。
飴玉がかつんと歯にあたった痛みに文句の一つでも言ってやろうとしたけれど。

「いただきぃ」
「え」

そのまま何のためらいもなくぱくりと口に含んだ雅に、茉麻は目を丸くする。

「茉麻の味がする」
「なっ……」

一気に赤くなった茉麻の頬を見つめながら、雅はにーっと唇の端を釣り上げて満足げに笑う。
雅の細い頬のラインを大きく崩してぽこぽこと揺れる飴。
ころころと飴をなめる口の中で見えないはずの雅の舌の動きを茉麻は知っている。
何度も何度も、身をもって知っている。
今日だって、慌ただしい舞台裏の隙をついて。

「まぁ? どうかしたの?」

思い出してしまった感覚にぼんやりとした茉麻を覗き込む雅のからかうような視線に、
茉麻も何か痛烈な一言を返してやろうとしたけれど何も思い浮かばない。
それでも何か一言、と思ったがこの楽屋がそんな時間を長く与えてくれるはずもなく。

「ただいまー。あ、みやそれおいしそー。桃も欲しい」
「ぜ・っ・た・い、あげなーい」
「えー。けちー」

唇を尖らせる桃子に雅はにやにやとだらしない顔でひょいひょいと逃げ回る。
次々と帰ってくるメンバーがやたらテンションの高い雅に絡んできて楽屋が一気に騒がしくなる。
本番までいくらも時間がない。
上ずった気持ちを落ち着かせるように深く息をつく茉麻に誰も気づかない。

本番で平常心がたもてなくなったら、絶対雅のせいだ。
そうなったら今度こそ文句を言ってやる。
そしたらきっと、雅はお詫びだって言って。

キスをくれるだろう。
 
710 :esk :2011/07/03(日) 00:18
『 飴玉ロマンス 』   終わり
711 :名無し飼育さん。。。 :2011/07/03(日) 03:28
書かずにはいられない

あまーーーーーーーーい!
712 :esk :2011/07/25(月) 22:30
読んで下さった方、ありがとうございます。

>>711さま
飴だけにw


ついったのお題で二つ。
713 :esk :2011/07/25(月) 22:32

『 冬の唇 』


「さむーい!」

茉麻の部屋に入って開口一番、
一言叫ぶと雅は部屋の真ん中に据えてあるこたつに肩までもぐりこんだ。
まだコートを着たままで肩を震わせる雅を、茉麻は呆れたようにみやる。
真冬といって差し支えないこの季節。
タイツを着ていたとはいえあんな短いスカートを履いているんだからそりゃ寒いだろう。
こんな時まで防寒よりもおしゃれを選ぶその感覚は茉麻にはわからない。
だから寒いのは雅自身のせいもあるわけで。
だから茉麻は遠慮なく言う。

「みやあっち入ってよ、狭い」

茉麻の部屋のこたつはそれほど大きくない正方形。
なのにわざわざ同じ面に並んで入り込んだ雅の細い肩を、茉麻は迷惑そうに押しやる。
しかし首をすくめたままの雅はその押しにも負けずにちらりと茉麻を見上げる。
その目がきらりと光る。
横目でにらまれたようなその光に嫌な予感がして、茉麻は思わず視線を泳がせた。
その視線がキッチンに止まる。

「ココアでも入れようか」
「まーさ」

ずるりとこたつから抜け出そうとした茉麻の腕を雅がさっとつかんだ。
なによ。言うよりも早く、ぐいっと押しやられる。
立ち上がろうとして体制を崩していた茉麻はあっさりと雅に押し倒される形になった。

「ちょ、寒いんでしょっ」

茉麻の上に乗りあがったために、雅の体はこたつからほとんど出てしまっている。
その下ですでに真っ赤になりながら茉麻がじたばたと抵抗するが、
狭いこたつと雅に体を拘束されて思うように動けない。

「他の方法であったまるからいい」
「――っ」

何か言い返そうと開きかけた茉麻の唇は、にやりと笑みを浮かべた雅の唇によってふさがれた。


『 冬の唇 』   終わり
 
714 :esk :2011/07/25(月) 22:33

『 夏の唇 』


強い日差しを避けた木陰のベンチ。
桃子は雅の肩にもたれるようにして眠っている。
この体勢になってからどれくらいの時間がたったのか。
足元の左側にあった影はもう右側に移っている。

久しぶりのデート。ホントは遊園地に行ったり買い物をしたりしたかった。
だけど桃子はそんなことよりものんびりと散歩がしたいと言い出して。
大学の試験が終わったところで疲れているのもわかっていたから
我慢して付き合ってやったけど、もう限界だ。

「もも」

そっと肩を揺らすと、桃子の唇がむにゅむにゅと揺れる。

「起きた?」

空いた指先でおでこを軽くつつと、今度はまぶたがぴくりと揺れた。
起きた、かな?
指先を追うように、雅は髪の上からおでこにそっと唇を落とした。



小さく息を吐き出す気配がして、桃子の唇が緩む。
起きている。
そう確信した雅はぐっと桃子の前髪をかきあげようとして。
腕をつかまれた。

「ちょっとみや!」
「やっぱり起きてんじゃん」
「そうじゃなくてっ」

寝たふりをかなぐりすてて前髪を抑える桃子をベンチに押し付けるようにして、
雅は桃子に覆いかぶさる。
おでこにキスなんて別にしたいわけじゃない。
したいのは。

「前髪はヤダってば!」
「いいじゃんそれくらい」
「やだーっ、だめなのっ」

こうやって二人でじゃれあう午後。


『 夏の唇 』   終わり
 
715 :esk :2011/08/25(木) 03:40
読んでで下さった方がいたとしたらありがとうございます。

夏焼さん、お誕生日おめでとうございます。
19歳の1年間も、周囲を翻弄させる素敵なあなたでいて下さい。

みやもも
716 :名無飼育さん :2011/08/25(木) 03:43

『 夏祭り 』


暑かった夏もやっと終わりが見えてきた日の夕方、
クーラーの効いた自分の部屋でごろごろと過ごしていた雅の携帯が震える。

『今日のお祭り一緒に行かない?』

それは、一つ年上のあいつからのお誘いだった。


浴衣を着て二人でお祭り、なんて。
素直にはしゃぐ桃子に呆れた顔をしながらも、雅だって緩む口元を隠せないでいた。
地元の小さなお祭りだけれど、去ってゆく夏を惜しむかのように人出は盛況だった。

はぐれないようにさりげなく手をつなぐ。
雑踏にかき消されそうな声を追って顔を寄せる。
その距離の近さにくすくす笑ったり。
周囲につられるように浮つく気持ちが二人の表情を緩めた。


たこ焼きかき氷はし巻きりんごあめに金魚すくい。

順番に屋台を見て回り、
少し疲れたね、なんて言いながら入った神社の石段にそっと座る。
一本通りを外れただけなのに境内はひっそりとしていた。
頭上の木々をざわざわと渡る風の音は少し気味悪く感じて、
雅はそっと桃子に肩を寄せて膝の上に置いた手を手持無沙汰に開いたり閉じたりする。
人込みの中しっかり繋いでいた手はいつの間にか離れてしまっていた。

それなのに。
よっぽどテンションが上がっているのか、
普段ありえないほど怖がりの桃子は暗がりも気にせず、
上機嫌にピンクに着色された綿あめをほおばっている

「ん〜。おいしいっ」

嬉しそうに足をばたつかせる桃子を横目に、雅はため息をひとつついた。
まったくこいつは。

「……子供みたい」
「桃もう19歳!」

小さくつぶやいただけの言葉に、条件反射のように桃子が振り向く。
その距離の近さに雅は一瞬ひるんだが、
それをごまかすように顔をしかめてみせて桃子の口元をちょんと指さした。

「19歳の嗣永桃子さん、口のまわりべとべとですけど?」
「綿あめって食べにくいんだもん」

ぐっと顎を上げて頬を膨らませる桃子の口元からは甘い香りが漂ってくる。
雅がその香りに息をのむ間に、
桃子は恥ずかしそうにうつむくとごそごそとハンカチを取り出そうとしている。
浴衣に合わせて髪をあげている、その真っ白なうなじ。
ぱらぱらとかかる黒い髪。

鼻先に残る甘い香り。

「もも……っ」
「うん?」

ざわりと体の中を駆け抜けた感覚に、雅は思わず桃子の名前を呼んだ。
その焦ったような声色に、桃子は不思議そうに顔を上げる。
ハンカチをつかんだその手を雅がぐっと抑えた。
そのままゆっくりと顔をかたむけて。

雅がぺろりと舐めた桃子の唇は。


きっと綿あめよりもずっと、甘かった。


『 夏祭り 』   終わり
 
717 :名無飼育さん :2011/09/04(日) 04:56
( *´Д`)
718 :名無飼育さん :2011/09/13(火) 01:11
どれもこれもが面白いです。
719 :esk :2011/09/14(水) 23:11
読んで下さった方、ありがとうございます。

>>717さま
( *´ω`)

>>718さま
ありがとうございます!


みやもも(……またか)

『 天使あります 』
720 :天使あります :2011/09/14(水) 23:12

雅は昼でも薄暗い陰気な路地をひたすらに歩いていた。
ぼろ屋の玄関先でタバコをふかしている老人が
足早に通り過ぎる雅をじろじろと見つめる。
その視線から逃げるように、雅はかぶっていた帽子を深く引き下げ、
うつむきがちに首に巻いたストールに顔を埋めた。

朽ちかけた商店の並ぶ一角の隅、
それでもかろうじて営業しているだろうと思われる店の前で雅は足を止める。
うす汚れたガラスの向こうにはいくつものケージが並んでいた。
その中でうごめくモノを確認してから、雅は店の看板を見上げた。
錆びて外れかけたその看板には書かれていた文字を確認して、小さくため息をついた。


『 天使屋 なかざわ 』


がちゃん

雅が店内に入ると、先客にかかっていた妙齢の女店主はちらりと視線をくれただけで
声をかけることもなかった。
その方がいいや。
雅は気にもしないで店内に並ぶケージを見渡す。
所狭しと並ぶ鳥かごほどの大きさのケージに一体ずつ。
きぃきぃと甲高い声でケージを揺さぶるそれは、
体躯は人間を10分の1に縮めたようで、全く異なる生き物。

彼らの開く異界へのチャンネルを通って人間が異界に踏み込むことができる。
異界で得た品物は、
ものによってはブラックマーケットで恐ろしく高価で取引されている。
しかし悪魔や天使と呼ばれる彼らが人間界に迷い込むことはそう多くない。
ここで売られている悪魔や天使の多くは、
自分たちの世界から無理やりつれてこられたものたちだ。

胸のむかつきを抑えながらケージの間をふらふらと歩いていると、
壁に貼られた張り紙が雅の目に留まった。


『 天使あります 』


雅はその言葉に店内を見渡した。

天使・悪魔と呼び名が違うが、元の生物としては同じものである。
凶暴で粗悪なものが悪魔と呼ばれ、美しく善良なものが天使と呼ばれる。
人間が勝手に作った呼び名であり、明確な規範はない。
だから悪魔を天使と呼んでも差し支えはない。
この店も屋号からして天使屋を名乗っているが、店内に並ぶものは見ての通りだ。
誰だって美しいものに惹かれる。
張り紙も客寄せにしか過ぎないだろう、とは思うけれど。
 
721 :天使あります :2011/09/14(水) 23:13

がしゃん

大きな物音に振り返ると、先客がひとつのゲージを手に店から出て行くところだった。
商談成立。
ケージの中では歯をむき出しにした悪魔が雅を威嚇していた。

「なんか用?」

先客が出て行った扉をぼんやりと眺めていると、
店主がめんどくさそうに声をかけてきた。
トレジャーと呼ばれるこの仕事に雅のような若い女の子が着くことは非常に稀である。
興味本位で見に来たと思われても仕方のないことだろう。

「これホントなの?」

むっとした顔のまま雅が張り紙を指し示すと、
店主は張り紙を見もしないで雅の顔をしげしげと覗き込む。

「あんたトレジャーなん?」
「そうだけど」

トレジャーになるには資格証が必要となる。
天使や悪魔を購入するときにはこのカードを提示しなければならないため、
雅も携帯してきていた。
カードを差し出すと、店主はそれを仔細に眺め、無言でデスクの端末に向かう。
登録ナンバーから経歴などを見ることが出来る。

「なんや。新人か」
「――で、ホントなの?」

ふんと鼻で笑う店主にむっとした顔を隠しもしないで、雅はもう一度張り紙を指差した。

「ああ。でも買うんやったらこいつとかの方がええで」

デスクから出てきた店主が適当なケージを叩くと、中の悪魔が店主を威嚇した。

「いいから見せてよ」
「見せモンちゃうねんけどな」

悪態をつきながらも店主は店の奥へと引っ込んだ。
しばらくして店主が携えてきたものは、
店内に置かれているものよりも数段粗末で小さなケージだった。
ケージのネームプレートには消えかけた薄い字で『momoko』と書かれていた。

雅が興味深げにケージを覗き込むが、中の天使は身動きをしない。
眠っているのかと思ったらきょろりと目だけで雅を確認してまた目をつむった。
そのあとはもうぐったりと体を横たえたままだった。

「この子、大丈夫なの?」

店内の悪魔たちとは明らかに違う、
白い肌に真っ黒な髪の、見た目は雅と同じくらいの女の子。
その容貌だけなら天使と言えるだろうけれど。

「ああ、もうあかんやろな。だから買うならこいつの方が――」
「あかんってどういこと?」
「そろそろ処分やろ」
「しょぶん!?」

店主の言葉に雅は声を裏返らせる。
天使や悪魔は店主にとってはただの商品に過ぎない。
手間のかかる売れ残りは処分する。
彼女にとっては当然のことだ。

「買う! うちこの子買うよ!」
「は? ああ、そう……オススメはせんけど好きにし」

雅の大声に驚いたのか、店内の悪魔たちがきぃきぃと騒ぎ出す。
それでもケージの中の天使は身動きをしなかった。
 
722 :天使あります :2011/09/14(水) 23:13

「いくらなの?」
「5000」
「たかっ!! なにそれっ」
「嬢ちゃん、これは腐っても天使なんやで? だから言ったやん。他のにしとき」

からかうというよりは苦笑いを浮かべる店主の言葉に雅は唇をかむ。
確かに天使の相場で言えばそう高い値段ではない。
むしろ破格値とも言える。
もともと天使など雅の手の届く存在ではないのだ。

「ちょっと待って」

後ろを向いて財布の中身を確認する雅の手元を覗き込みながら、
店主はあきれたようにため息をついた。

「いくら持ってんの」
「えっと……3100……」

これが雅の全財産だ。

「金貸しに借りれる状態ちゃうしなあ」
「……」

雅が耳まで真っ赤になってうつむく。
後見人もいない、まだ仕事も持っていない雅に金を貸してくれるような者はいない。

がりがりと髪をかき回した店主は、はあっと大きく息をついた。

「残り1900、必ず払いにきぃや」
「えっ、いいんですか!?」
「ローンやローン。利子は月10パーな」
「げ」

口元を引きつらせる雅に、店主はにやりと笑いかけた。


店を出た雅の手には小さなボロゲージがあった。
財布の中は空っぽ。
手の中にはぐったりした天使。

「うちこの先どうするんだろ……」

ため息交じりにつぶやく雅の頬を、暮れかけた夕焼けが低く照らし出していた。


アパートに戻った雅はとりあえず天使をそっとケージから取り出した。
ぐったりした桃子は驚くほどに軽い。
硬いテーブルに置くのはよくないような気がしてクッションの上に下ろすと、
桃子がかすかに目を開いた。
真っ黒な瞳にじっと見上げられて雅はたじろぐ。
思うよりも強い視線。

「えっとー、元気?」

天使や悪魔は基本的には人間の言葉を理解しない。
トレジャーとの契約を交わすことで初めて言葉や文化を理解する。
と同時にトレジャーの許可がなければ勝手に異界へ逃げたりすることも出来なくなる。
つまり主従という関係がここに生まれているのだが、
雅はどこかおっかなびっくり桃子を覗き込む。

「……みや?」
「うん。桃、病気なの?」

契約時に雅の名前なども覚えさせている。

「ううん。違う……」
「そっか。じゃあ、とりあえずなんか食べて元気だそ」

とは言ったものの。
天使のエサとして市販されているものは非常に高価である。
そして今雅の財布の中は空っぽである。

このボロアパートにある食品はカップめんかバイト先で貰ってきたパンくらいなもの。
ぐったりした桃子をみやると、さすがにカップめんというわけにはいかなさそうだ。

トーストしたパンを小さく切って桃子に差し出す。
せめてとイチゴジャムを厚く塗った。

もそもそとそれを食べ、暖めたミルクも飲み干した桃子はすぐに眠りについた。

ほっとした雅も薄い毛布に包まる。
明日には仕事を探しに行かなきゃ……。

 
723 :天使あります :2011/09/14(水) 23:14

「わあっ。いいお天気だね」
「……そうだね」
「デート日和だね」
「……」
「みやとももの初デートだね」
「ちっがう!!」

さんさんと降りそそぐ太陽の光の下、雅は足早に歩く。
短い髪の美少女とその肩のあたりで真っ白な羽をはためかせる天使。
その組み合わせにすれ違う通行人が振り返る。
雅はその視線をなるべく気にしないように前だけを向いてひたすらに足を進めた。


朝になると昨夜あれだけぐったりしてた桃子はすっかり元気になっていた。
元気になりすぎていた。
雅の頭痛のネタになるくらいに。

小さく薄くしおれていた羽は厚くふわふわになって
その体を包む込むように揺らめいている。
真っ白だけど、昨日よりはいくぶん血色のいい頬。
朝起きてきゃんきゃんとねだられるままにパンを与えると、
その小さな体のどこに入るのかと思うほど大量に胃の中に収めた。
昨夜の弱った様子は、どうやらおなかがすいていただけだったのようだ。

それならそれでよかったのかもしれないが。
雅は天使というものをよく知らない。
天使とはどれもこんなに……めんどくさいものなのだろうか……。


頭を抱えたい気分になりながら、雅はやっとたどり着いた薄汚い建物の扉を押し開いた。

決して雅は桃子と散歩デートをしていたわけではない。
異界で得た品物は高価だとは言えなんでもかまわないわけではなく、
それなりにニーズのあるものを持ってこなければならない。
つまり仕事の受注を取ってこなければならないのだ。
しばらく仕事を続けていれば得意先などもできて直接やり取りをすることになるが、
初仕事を求める雅が向かうのは仲介所、トレジャーギルドである。

ギルドは仲介のほかにも酒場としての営業もしている。
まだ午前中だったが、そちらの方で意外と店内はにぎわっていた。
朝から酒を飲んで上機嫌だなんで、いい気なもんだな。
店内で騒ぐ連中を横目に見ながら、雅は仕事依頼を張り出した掲示板を眺める。
とりあえず報酬の安いものなら危険も少ないだろうと
数枚の依頼書をはがして仲介カウンターに向かった。

無人のカウンターに据えてあるベルを鳴らすと、
店内をちょこまかと走り回っていた背の低い女性が駆け寄ってきた。
雅と並ぶと頭一つ分くらい小さい。
胸元の名札にはひらがなで『やぐち』と書かれている。

「飲み物だったらあっちだよ」

にこにこと飲食の方のカウンターを指さされ、
雅はむっとして数枚の依頼書と一緒に資格証をカウンターに差し出した。

「え、君トレジャーなの?」
「そうだよ」
「マジで? お、天使じゃん。お金持ちなの?」

雅の傍らにふわふわと浮いていた桃子を見つけると女性は小さく口笛を吹いて、
差し出した依頼書を受け取る。
昨日と同じ様なやり取りに雅は嫌気がさして、気付かれないようにため息をついた。
その目の前で矢口は依頼書をぺらぺらとめくると、
そのうちの一枚を読み直して、ま、これかな。とつぶやく。

返された依頼書に雅はもう一度目を通す。
案の定というか……一番報酬の安かったものだ。

「赤光石」
「そ。まあ大した儲けにはならないけど、新人ならこの辺からだね。
 特に危険もないって書いてあるし」
「ふうん」

依頼は赤光石といわれる貴石を取ってくること。
報酬額は基本の質、量から算出されたものなので実際には上下するということだった。
以前にもこの依頼を受けた人がいたのか、大まかな場所は記されていた。
早口の説明をわかったような顔で聞き、簡単な契約書にサインをする。
最後にサービスだと言ってなぜか手渡された手焼きのクッキーを受け取って、
雅はギルドを後にした。
 
724 :天使あります :2011/09/14(水) 23:15

資料と仕事装備を詰め込んだバックパックを背負い、雅は町はずれの工場跡に来ていた。
トレジャーでない者が異界に紛れ込むことを防ぐため、
チャンネルはなるべく人目につかないところで開くべしと訓練所で言われた。

「もも、チャンネル開いて」
「チャンネルってなに?」

不思議そうに首をかしげる桃子に雅は握りしめたこぶしを震わせる。

「わかってるってば。冗談じゃん。みやは短気だなあ」

にやにやと笑い、小さな手で雅の肩をポンポンと叩いてから、
ふわりと真っ白な羽が揺れらして桃子は宙に止まる。
少し真面目な顔をした桃子のピンと立てた小指が、ゆっくりと空に円を描く。
何が起こるのだろう。
雅がごくりと喉を鳴らしたとき。

「開いたよ」
「へ?」

桃子のあっさりした声に、雅はかくりと緊張させていた肩を落とす。
ぽかんと開いた目の前の空間には、ソフトボールくらいの黒い球体が浮かんでいた。

「これ……?」
「うん。触ったら向こうに行けるよ」
「ちょっと!」

ためらいがちに近づけようとした雅の手を追い越して、桃子がはたはたと飛んでいく。
その羽を雅がむんずとつかんだ。
桃子は迷惑そうな顔で振り返ると羽を一振りして雅の手を振り払った。

「なに。早く行こうよ」
「あ、いや、えっと」

なかなか手を出そうとしない雅に、桃子はああ、とうなずいてその顔を覗き込む。
距離の近さに顔をしかめる雅に、いたずらっぽい顔でくすくすと笑う。

「怖いんだ?」
「ち、違うし!」

そう言いながらも雅は足を踏み出せないでいた。
異界には魔物がいて、命を落とす危険だってあると聞いている。
命までは落とさないとしても怪我することくらいはあるだろう。
桃子だって、これから長いく一緒にやっていく相棒とはいえ、
雅にしてみればまだ昨日知り合ったばかりで、
何かと馬鹿にしたような行動をとるこいつをどこまで信用していいかもわからない。

心臓が早鳴る。
しかし多くの先輩たちがそうであったように、
雅にだってトレジャーになるしかなかった理由がある。
後戻りはできないのだ。

「えーい! やってやるばかっ!!」

一声叫ぶと、雅は振り上げた手を殴りつけるように球体に振り下ろした。

 
725 :esk :2011/09/14(水) 23:15
すいません、前後編にわけます
726 :名無飼育さん :2011/09/15(木) 21:23
最近Buono!が気になってきたところなので、
みやもも嬉しいです。
嗣永天使かわいいですな。
727 :名無飼育さん :2011/09/16(金) 00:26
みやもも好きなんでうれしいです!
続き楽しみにしています。
728 :esk :2011/09/24(土) 22:23
読んで下さった方、ありがとうございます。

>>726さま
性格はちょっとななめですが天使です!

>>727さま
遅くなりました〜。
729 :天使あります :2011/09/24(土) 22:25

「……?」

ギュッと閉じていた目を開いて、雅はあたりをきょろきょろと見渡した。
見渡す限りの草原。
丘に囲まれた広い盆地のようだ。
広々としてはいるが見通しはよくない。
ざあっと草原を渡る風が雅の短く切った髪を揺らした。
正直もっと暗く陰気なところを想像していたから、
むしろ爽快感さえ覚えるその光景に雅は拍子抜けしていた。

「異界ってこんななんだ……」
「みや、初めて来たの?」
「そりゃまあ。で、桃、ここどこなの」
「どこって。みやが選んだ場所でしょ?」
「は?」
「チャンネル触るときに場所指定しなかったの?」

そういえば。
訓練所でそんな話を聞いたような気がする。
チャンネルを触るときに異界の行きたい場所を念じることによって、
その場所に飛べるのだという。
馬鹿にしたような桃子の声に、忘れていたとは言えない雅は素知らぬ顔をした。

「ちょっと失敗かな。やり直そっか」

ということで一度戻ってやり直してみたが、
結果あまり変わりない場所にたどり着いてしまった。

「みやさあ、ここがどこかちゃんとイメージできてるの?」
「ここが?」

呆れたような桃子の問いに雅は問いかけで返す。
目的地付近の大まかな地図は貰っているからそれはわかる。
しかし異界の全体像が分かっていないから、ここがどこかといわれるとよくわからない。
雅が黙ると桃子はわざとらしくため息をついた。

「ちょっとー。大丈夫なの、そんなのでこれからさあ」
「だ、大丈夫だよっ」
「大丈夫ったってチャンネルも使えないで――」
「うるさいなあっ」

とりあえず森だ。
赤光石がある目的地は森の奥の洞穴。
一応念じてたどり着いた場所なのだから、そう遠くないはずということにして。

雅は片膝をついて地面に左手をついた。

「なにしてんの?」
「マジうるっさい、黙っててっ」

口うるさい桃子にくぎを刺し、右の手を耳にあてる。
地面を伝わる音が左手から腕を伝わり、耳に届く。

草原の草を風が揺らす音。
虫の走る足音。

雅の意識は飛ぶように草原を広がる。

虫を追う小動物。
鳥のさえずり。

空を切る羽音を捉えて雅は意識を澄ませる。

鳥の羽音が止まる。
はらりと木の葉が地面に落ちる音。
生き物の生命力が草原よりも強く感じられる。

そこまで追って、雅はぱちっと目を開いた。
ふうっと息を吐き出すと桃子が不思議そうに雅の顔を覗き込んだ。

「なに?」
「あっちに森がある」

すっと立ち上がった雅が一方向を指さす。
そのしなやかに伸びた指先を追って桃子は遠くへ視線を向けるが、
小高い丘の向こうになっているので何も見えない。

「ホントに大丈夫なの。結構遠いんでしょ。違ってたらすっごい無駄足だよ」

頭から信じる気もないような桃子の口ぶりに、さすがにむっと来た雅は、
もう桃子にかまわずぐっと腰をかがめる。
次の瞬間、桃子の視界から雅の姿が消えていた。
雅が指さしていた方向へ桃子が視線を向けると、雅の体は100mほど先に飛んでいた。
その姿も一瞬で消えてさらに小さくなる。

「……。やるじゃん」

見遥かす先、視界のはたてで豆粒のような雅に桃子は目を細めると
初めて感心したようにつぶやいて、その気配を追って体を飛ばした。
 
730 :天使あります :2011/09/24(土) 22:25

雅は普通の人間ではない。

数十年間に起きた大きな戦争で空間が歪み、
異界からこちらの世界へ悪魔や天使たちが迷い込むようになった。
それと同時に、漏れ出る異界の波動を受け、
通常の人間は持たない能力を持つ突然変異体が生まれるようになった。

雅もそのうちの一人である。

しかし彼らはその特殊能力ゆえ、大多数である常人たちに迫害されている。
雅も両親や家族の顔を知らない。
能力を持つと分かった時点で変異体を受け入れる孤児院に預けられた。
雅はそこも飛び出して、
変異体が集まる旧市街で暮らしながらトレジャーの訓練施設に入った。

異界へのチャンネルを開く悪魔や天使が対等にコミュニケーションをとるのは、
彼ら自身も異界の影響を強く受けている変異体に限られる。
変異体の中で特別に訓練を受けたものだけがトレジャーとなれるのだ。



雅が何度か体を飛ばすうちに、大きな森が見えてきた。
この移動方法は広く開けた場所では有効だが、
木立が立ち並ぶ森の中では飛んだ先に何があるかわからないから危険である。
しかも桃子にバカにされた手前言いたくはないが、結構疲れる。
あとは歩きで進むしかない。

幸い森の入口で資料に書かれていた目印をすぐに見つけることができた。
地図の通りに進むと次第に森が深くなり、
しまいには沢を上るしか道がなくなってしまった。
しっかり防水加工されたブーツを履いてはいるが、水に足を取られて体力を消耗する。

何度が大型獣を見かけたがうまくやり過ごすことができ、
数時間かけて目的の洞穴の入口に立つと、雅は天に向かって大きく息をついた。
しかしそんな雅に構いもせず、桃子は暗い穴にすぐに入っていこうとする。
宙を飛べる桃子はもちろん雅のように体力を消耗してなどいない。

「ちょっと待ってよ、桃っ」
「なによ」
「ちょっと休憩。準備もいるし」

今度は意地も張らずに素直に疲れを訴える。
すると桃子は一瞬冷めたような目をしたが、何も言わずに素直に戻ってきた。

入り口そばの草を刈りとってバックパックを下すとその上に腰を下ろす。
額ににじむ汗を袖口でぐっとぬぐった。
タブレットを口に含んで水のボトルを傾ける。
しゅわしゅわと溶け出した甘い味が口の中に広がり、雅はほっと息をついた。
ついでに矢口に貰ったクッキーを取り出すと、桃子が目を輝かせて寄ってきた。
オマエ何もしてないだろ。
そう言いたかったが相手をする気もなく、雅は黙って桃子にクッキーを一枚差し出した。


数枚入っていたクッキーを二人で平らげると、
ライトやヘッドギアをセットして腰に下げた大ぶりのナイフを確認する。
両手を握りしめるとグローブがきゅっと音を立てた。

「よし。行こう」
「はいはーい」

与えられたクッキーに満足したのか、
桃子は先ほどまでとは違い素直に雅の後をついてくる。
 
731 :天使あります :2011/09/24(土) 22:26

洞穴は川をさかのぼる形で続いていた。
水量はあるが水に入らず進める土手があったので、沢を上るより楽に進むことができた。
いくつかの分かれ道もあったが、洞穴自体はそれほど深くもなく、
拍子抜けするほどあっさりと目的の広間に出た。

「すごい……」

雅は思わず息をのんだ。

広間とはいっても学校の教室の半分くらいの広さしかないが、
高さは見上げたライトが届かないくらいに高い。
そのどこかわからないくらい上空から細い滝が流れ落ちている。
細くはあるがまっすぐにかなりの落差があるので、狭い空間に迫力の水音がこだまする。
雅は珍しそうに滝壺を覗き込みつつ、ゆっくりと広間を回る。
その片隅、水しぶきを赤く照り返す壁みつけた。
赤光石だ。
ライトを消してみてもそれ自身が鈍い光を放っている。

恐る恐る近寄ると、赤光石は壁からせり出すように一抱え以上の大きさがあった。
持ち帰ることのできる量は限られるが、これだけあればしばらくの生活は保障される。
おいしいものをおなかいっぱい食べたい。
かわいい服も買いたい。
いやいやまずは引っ越しだ。
広いお風呂付きの綺麗な部屋。
そしてふかふかの大きなベッドを買うんだ。
なんてうきうきと皮算用をしながら雅はポケットをあさる。

「岩盤、大丈夫だよね……」

少し不安げにあたりの壁をさすりながら、
手元に数本並べたうち小さめのボムを一本選び出してセットした。
それほど強力なものではない。
洞穴全体が崩れるということはないと思うけれど。
ピンを一気に引き抜き、きょとんとしてる桃子を抱えるようにして広間の端まで走る。
頭を抱えるようにしてうずくまった数秒後、狭い空間に大げさな爆発音が響き渡った。

「びっくりしたじゃん!!」
「ごめんごめん」

しっかり耳を抑えていた雅と違い、
無防備だった桃子は驚きのあまり見開いた目が戻らない。
一言言っておくべきだったかな、なんて思いながらも、
皮肉屋の桃子が素直に驚いている様子がちょっとかわいくて謝る言葉にも誠意がない。

煙が消える頃合いを見計らって近寄ると、
赤光石は意外にもろい性質だったのか思うよりも細かく砕けてしまっっていた。
ちょっとがっかりしたがまあ仕方ない。
比較的大きなかけらを選んでバックパックに詰め込む。

その重量が雅の満足いくぐらいになったとき。

「みや!」

桃子の鋭い声に、はっと振り返った雅の視界になにか真っ黒なものが入ってきた。

がつっ

反射的に飛びずさったが間に合わず、ヘッドギアが吹き飛ばされてライトが消えた。
あたりが一瞬で真っ黒に塗りつぶされる。

(まずい!)

雅は腰に下げたナイフを抜きながら、転げるように駆けると岩肌に背をつけた。
ナイフを構えてあたりに視線を走らせるが、
ぼんやりと広がる赤光石の明かりの中には生き物を見つけることはできない。
滝の音で小さな物音など簡単にかき消されてしまう。

雅の心臓はばくばくと高鳴る。

目の前に迫ってきた黒い塊の大きさは小型犬くらいだった気がする。
しかし鋭い爪の一撃はかなり強力な力をもって振るわれた。
ではサルのようなものをイメージすればいいのだろうか。

冷静にそこまで分析し、雅はふっと眉をしかめる。
次の襲来がない。
なぜだろう。
少し疑問に思ったがとりあえず今のうちと、
そろそろとしゃがみこんで手探りでヘッドギアを探すが、今度はその手をまた狙われた。
ナイフを握っていない左手だが、広がる鈍痛に浅くはない傷を負ったことを知る。
はっと見開いた目にぬるりと垂れてきたのは、おそらく初めの一撃で頭に食らった傷。
袖口で目元をぬぐうととたんに強いめまいに襲われた。


これは、まずい。


さらに高鳴る心音に、雅はぐっと胸を抑えた。
 
732 :天使あります :2011/09/24(土) 22:26

「みや」
「ももっ」
「何してんの。アイツみやのこと狙ってるよ」
「桃、見えてるのっ?」

激しい水音の中、耳元ではっきり聞こえた桃子の声に、雅は驚いて振り返る。
暗がりでは鼻先に寄せられた顔さえもはっきりと見えない。

「見えてるのって、みや見えてないの?」
「見えないよ! っていうか桃見えてるんだったらそいつの場所とか教えてよ」
「教えるったってさあ」
「だから――」

渋る桃子を捕まえようとした雅の体が逆方向へ動く。
考えるよりも先に体が動いていた。
さっきまで自分の頭があった位置を鋭い爪が空を切った。

「なんだ。見えてんじゃん」

別の壁に背をつけて小さく息をつくとまた耳元で桃子の声がした。
ごくりと喉を鳴らし、雅はさっきの自分の動きを反芻する。
見えたわけじゃない。
聞こえたわけでもない。
常人ではない雅の感覚に、そいつが引っかかっただけだ。
それはきっと、視覚よりも聴覚よりも精密で速い。

「じゃ、がんばってね」
「ももっ」

黙った雅をおいて桃子は上空へと去っていく。
視界はゼロに等しいが、
その軌跡や聞こえるはずのない羽ばたきの質感さえも雅は追うことができた。

何者かは先ほどの雅の動きを気にして様子を見ているのかいるのかずいぶん静かだ。
今のうち、と雅は頭だけをかばって目を閉じる。
草原でやったように意識を広げる。
とろりと溶けた意識があふれ出して広間を満たす。
岩壁の細かな凹凸までが手で触れたように感じられる。
その感覚が自分の身長を超えたあたりで。

ひゅ

雅の感覚網に引っかかることを悟ったかのように、頭上で何かが動く。
しかし雅はほんの少し体をずらしただけで、低い体勢のまま右手を滑らかに振りかざす。
握られたナイフの先が硬い皮を切り割いた。

ギャッ

短い悲鳴を聞きながら素早くその場を離れる。
確かな手ごたえに雅はぐっと手を握りしめたものの、すぐにその眉がゆがむ。
手に残る、生き物を切り裂く感覚。
どくりと心臓が冷たく脈打つ。

やらなければやられる。

左手の痛み。
こめかみから流れる生暖かい液体。
大きく息をつくとくらりとめまいがする。

だけど。


はあ、はあ、はあ

何度も繰り返されるのは、ただ漫然と気力と体力を削り取られるようなやり取りだった。

壁伝いに逃げながらの応戦。
迷いのある雅のナイフは相手に致命傷を負わせることはできなかったが、
相手もまた暗闇ではっきりと雅の姿が見えているわけでもないのか、
泥仕合の様相を呈していた。

傷が痛む。
雅も何度か傷を受けていたが、何よりも初めに食らった頭に衝撃が一番強かった。
くらくらする頭をぶるりとふって、一つ大きく息を吸う。

「――?」

その吸気に新鮮な外気を感じて雅は感覚を探りこむ。
雅の足元、ただの大きな凹みだと思っていたがどうやら細い通路があるようだった。
おそらく地上までつながるような。
 
733 :天使あります :2011/09/24(土) 22:26

「……」

雅はすっとしゃがみこむと凹みの周囲に素早く数本のボムをセットした。
それで何とかなるかどうかなんてわからないけど。
雅はボムのピンを一気に引き抜いた。
同時に張りつめていた意識をほどいて、だらりと屈みこむ。

痛みと疲れに意識が途切れた。

そう想定した小芝居だったが、相手はまんまとひっかかってくれたらしく、
しゃがみこんだ雅の頭部をめがけて鋭い爪が飛んでくる。
雅は転がるようにしてその爪を避けると、両手を伸ばしてそいつを捕まえた。
暴れるそいつを必死に抱え込む。

頭の中で刻まれるカウントが雅を焦らせる。
左手が痛む。
こめかみの傷が痛む。
暴れる爪が食い込む。
ぎゃんぎゃんと耳触りな悲鳴を上げる
雅は大きく息を吸い込んだ。

「だ……っまれええ!!!」

一声吠えた雅の声に驚いたのか、腕の中が一瞬おとなしくなった
雅はひるんだそいつを素早く通路にけりこむ。

カウントがタイムアップを告げるより一瞬早く。
雅はたった数m先に体を飛ばした。
目測を誤った雅が頭から岩壁にぶち当り。


ボムが爆発して細い通路は完全に埋まった。


岩壁の崩れる音が収まり、意識を探ると通路の向こうに確かな身動きを感じられた。
おそらく爆発には巻き込まれていなさそうだ。
そのまま外に抜け出せばいい。

がら……からから…

はあっと息をついた雅の頭上で、収まったはずの物音が再び聞こえた。
はっとした雅が洞穴を見上げると、砂ぼこりのようなものが顔にかかった。


崩れる


そう思った時には右肩に強い衝撃を感じて、雅は足元に転がった。

「……っ」

声も出ない痛みに歯を食いしばる。
その顔のすぐそばに大きな岩の塊が転がってきた。
赤光石を崩したときは大丈夫だったのに、数本まとめて仕掛けたのがまずかったのか。
それとも一度目ですでに亀裂の走っていた岩壁に再び振動が加わったためか。
わからないけれど今更真相を探っても意味がない。

とにかく逃げなきゃ。
そう思うの雅は体を起こすこともできなかった。

「みや」
「もも……」

いつのまに近づいていたのか、顔のすぐそばで桃子が雅を覗き込んでいた。

見返した桃子の真っ黒な瞳。
底のない穴を覗き込んだような気分になって、寒気がした。
周りはがらがらと崩れ続けている。
その物音さえも聞こえなくなるような静寂をたたえた瞳。


「みや、死ぬの?」


静かな桃子の言葉に、雅は肯定を返そうとした。

初仕事でしくじるとは思っていなかったけれど、
トレジャーとして生きるとはそういう可能性の中に飛び込むことだと分かっている。
いや、そもそも変異体として生まれた時からそう決まっていた。
 
734 :天使あります :2011/09/24(土) 22:27

変異体として生まれた自分。
生きている意味なんてないんじゃないかと思った幼少期。
旧市街の大人や仲間に助けられつつ、それでも一人でしかなった昨日まで。

じっと見つめる真っ黒な瞳の中に自分の姿が見えたような気がした。

無様に這いつくばって、泥と血にまみれて。
いつかここへ赤光石を採りに来た誰かに見つけられて。
そいつはきっと、雅のバックパックに詰め込まれた装備と赤光石を
喜んで持って帰っていくだろう。

それが、きっとやってくる近い未来。

……なのか?

「……けんな…」
「みや?」

いぶかしげな桃子の声。
雅はその瞳を見つめ返しながら声を絞り出す。

「ふざ、けんな……」

ざり
頬をなすりつけるようにして首をめぐらせた。
額を地面につけて呼吸を整える。

ぎゅっと目をつむった妄想の中、雅はバックパックを背負った誰かを殴り飛ばした。
そんな未来、信じない。

トレジャーになって稼ぎまくって、目いっぱい贅沢をして、
同じ変異体でもいいから優しいイケメンをゲットして幸せな恋をして、
結婚したらかわいい子供をたくさん産んで、
豪邸を建ててお花畑みたいな庭に犬をたくさん飼って、
いつか歳を取ったとしても、孫たちに囲まれてにぎやかで幸せな老後を送るんだ。

それが、雅に絶対にやってくる遠い未来。

雅は左手をぐっとついて体を起こす。
痛みに顔をしかめたがそれでも力を込める。
薄れかけていた意識が鋭い痛みに戻ってくる。

「んなわけねーっ!」

ふざけんな。
こんなところで倒れるなんかありえない。

右肩には全く力が入らない。
それでも左腕の力だけで体を起こす。
指一本動かない右手からナイフを引き抜いて腰のホルダーに収める。
よろりと立ち上がる。
ほんの少し揺れるだけでも、右肩には心臓が止まりそうなほどの激痛が走る。
倒れた時に打ったのか右ひざにも痛みがあった。
それでも雅は両足でしっかりと立ち上がった。

「桃、帰るよ」

呼吸も整わないまま吐き捨てるように言う雅。
そのぎらつく瞳に、桃子はふっと笑みを浮かべた。

「面白いね」

つぶやいた言葉の意味を雅が聞き返す前に、桃子の小さな手が雅の右肩に触れる。
触らないでよ。言う間もなく走った激痛に雅が声にならない悲鳴を上げた。
しかし。
雅がぎゅっと閉じた目を開くと、肩の痛みが消えていた。

「な、なに」
「けがを治したんじゃなくて痛みを抑えただけだから、あんまり動かしちゃだめだよ。
 それもいつまでもつかわかんないし」
「桃……ありがとう!」

左腕だけで抱きしめる雅の腕からするりと抜けだして、桃子は苦笑を浮かべた。
人間を助けるなんて、そう簡単にするつもりはなかったんだけど。

「とにかく逃げよう」
「うん」

雅は左手であたりを探ってバックパックをつかむ。
ちらりと意識を広げたけれど、ヘッドギアはがれきの向こうになっていた。
掘り出せなくはなさそうだったが、一瞬の逡巡の後、雅は壁伝いに足を進め始めた。
 
735 :天使あります :2011/09/24(土) 22:27


桃子によって抑えられていた痛みがだんだんと戻ってきて、
洞穴を出たあたりで雅の記憶は途切れている。
桃子曰く、ちゃんとチャンネルで自分で戻ってきたらしいが、
雅はまったく覚えていなかった。

気が付くと自分の部屋で泥のように眠っていた。
痛みに目が覚めて、耐え切れずに知り合いに車を回してもらった。
普通の病院にはかかれない。
常人とは回復力も違う。
変異体を受け入れられるもぐり医者に走ってもらった。



「はー……」

雅は閉店後のパン屋の店内を掃除しながらため息をつく。
トレジャーになるまでバイトとして雇われていた店。
旧市街にあり、もちろん店主も変異体、買いに来る客も同様だ。

右腕は完全に固定、左手の傷はずいぶんよくなったが、まだ完全には動かせない。
それでも店主は快く雅を受け入れてくれた。

トレジャーの仕事を始めればここのバイトはやめるつもりだった。
しかし、この怪我の治療費で赤光石の報酬は全部飛んだ
保険などないもぐり医者では治療費はべらぼうに高い。
でもまだ新しい仕事を受けに行くこともできない。
桃子の借金も返せていない。

天使屋に事情を話しに行ったら、満身創痍の雅を見た店主に豪快に笑われた。
仕事やめるか?
にやにやしながら、店主に問われた。
雅自身、迷いがないとは言えなかった。
しんどくて怖い目にいっぱいあって痛い目を見て怪我して、借金が残った。
今迄通りパン屋のアルバイトとして、細々と暮らしていくことだってできるだろう。

だけど。
ただの意地だって笑われるかもしれない。
馬鹿な生き方だって後ろ指さされるかもしれない。
それでも、あの時地面に這いつくばった時に感じた気持ちは忘れたくない。
こうやって生まれついた自分を、不運だとは思うけれど不幸だとは思わない。
未来が自分にはある。
それは誰もに平等に与えられた幸運だ。

それに。

「雅ちゃん、桃子ちゃんいるかい?」

厨房からパン屋のおじさんがひょいと顔を出す。
雅が答えるよりも先に桃子が姿を現した。

「ここですぅ」
「お。相変わらずかわいいねえ。このクリームパンちょっと焦げちゃったからあげるよ」
「きゃあっ。ありがとうございますぅ」

でれでれと目じりを下げる店主に、桃子はきゃぴきゃぴと体を振っている。

悪魔や天使は元来人間を嫌う。
自分たちの世界から無理やり連れてこられた上に身売りさせられるのだから、
当然のことだろう。
契約主であるトレジャーとの間では徐々に信頼関係を築いていくこともあるが、
それも時間のかかることらしい。

桃子の場合も初めからなれ合っていたように見えて、
やはり馬鹿にしたようなあの態度は信頼のなさの表れだったのだろう。
今だって機嫌よくしていればおいしいパンがもらえることを覚えて
店主と楽しそうにしているが、雅から見れば警戒心が解かれていないことは見え見えだ。

そんな桃子が、雅には信頼を見せるようになった。
まだまだ馬鹿にしたような態度をとるときもあるが、それでもわかる変化を感じていた。

今までだって、パン屋の店主は優しいし、他にも可愛がってくれる人はいた。
しかしそれは雅がまだ子供であり、かつ美しい少女であるからである。
自分の容姿がどんな印象を与えるか、
決して表には出さないが雅は一応それなりにわかっているつもりである。
桃子からは、年齢でも容姿でもない、実力の部分で信頼を得た。
一人前の大人として認められたようで、雅にとってそれはやはりうれしいことだった。

自分の傍ら、頭より大きなクリームパンと格闘しながら、
顔中をクリームでべとべとにしている桃子を雅は指先でピンとはじいた。

「ちょっとみやっ。何すんの!」
「べっつにー」


遠い未来の幸せを夢見ているけれど、
これからこいつとやっていく刺激的な近い未来も、結構楽しみだったりする。
 
736 :esk :2011/09/24(土) 22:29

『 天使あります 』   終わり
 
737 :名無飼育さん :2011/09/25(日) 22:55
すごく良かったです
続編も期待したりして
738 :esk :2011/10/17(月) 22:32
読んで下さった方、ありがとうございます。

>>737さま
設定は気に入ってるんで、ネタがあればまた書くかもですー

今が旬? やじみや

『Good Morning!』
739 :Good Morning! :2011/10/17(月) 22:34

「Good morning! みや!」

目を覚まして2秒。いきなり布団をけり落として体を起こした舞美に、
雅は気持ちよく見ていた夢からいきなり現実に吹き飛ばされた。

「いい天気だよ。散歩行こう!」

開かない目でにらみつける雅にかまいもせず、
ベッドを飛び出した舞美はさわやかな音を立ててカーテンを開く。
まぶしい朝の光に照らし出されて、雅はけだるげに体をうつぶせた。

「まぃみ……まぶしぃ……」

ぼそぼそと不機嫌そうなその声に舞美が振り返ると、
弾き飛ばされた布団からはみだしているのは雅の滑らかな肌。
その腰から上の滑らかなラインに舞美はぱちりと瞬きを一つした。

低い唸り声をあげながら懸命にめざめようとしていた雅だが、
いきなり体の上にどしりと感じた重みにさすがにぎょっと目を見開く。

「舞美っ!?」

焦った雅が体をひねって見上げると、
舞美はその細い肩を押さえつけるようにして無理やり唇を重ねた。

「ん、なにっ」
「だって」

みやの体、綺麗

耳元でそうささやいた唇が雅の首筋を這う。
雅は舞美を押しやろうとするが、寝起きの力ない細腕では
上からがっちりと押さえつけられている舞美の力にかなうはずもない。
すでにぞくぞくとして力も入らなくなっている雅は早々に諦めてため息をついた。
昨日あれだけしたのに。
最後の抵抗とばかりにあきれ声で言った雅の言葉尻は、吐息にのみこまれた。



「バイバイ、みや」
「うん。バイバイ」

幼い別れはあっさりとしたものだった。
アメリカという言葉は知っているけれど、それがどんなものなのかはわからない。
もう今までみたいに会えなくなる。そう言われても明日からのことも想像できない。
それほどの幼さだった。

年に一度、夏休みになると舞美の家族は必ず日本に帰ってくる。
仲の良かったいとこが持ち帰る珍しい外国のお土産と珍しい外国の話を、
雅は毎年とても楽しみにしていた。
しかし。
歳を追うごとに大人びて綺麗になっていく舞美。
2週間ほどの滞在で必ず遠い外国へ帰ってゆく舞美。
その姿を目で追うことに苦しさを覚えたとき、
雅は自分が一年間心待ちにしてるものがお土産ではないことに気付いた。

時がたち、舞美の大学進学時。
父親もあと数年で日本に帰ることになったので、
どうせならと舞美は日本の大学に進学することにした。
日本の暮らしに慣れていない、
しかも少しばかり天然な舞美の一人暮らしを心配した母親が
娘の下宿先に頼み込んだのは、自分の妹の嫁ぎ先、夏焼家だった。

 
740 :Good Morning! :2011/10/17(月) 22:35

◇◇◇◇

「きもちいーねっ」
「……まーね」

さわやかに笑みを浮かべる舞美に手を引かれながら、雅はとぼとぼと肩を落として歩く。
コトが終わったあとすぐにシャワーを浴びて散歩に連れ出された。
つい30分前まであんなことをしていた相手とふりそそぐ太陽の下を歩くってなんか。
……まあ、いつものことだけれど。

一緒に住みはじめてすぐにこんな関係になって、
アメリカ帰りだからか元々の性格なのか、舞美はまっすぐ情熱的に自分を愛してくれる。
シャイな日本育ちな雅には気恥ずかしくもあり、またなかなか……疲れたりもする。

歩みの重い雅を、舞美は心配そうに覗き込む。

「みや、しんどい?」
「……別に」

誰のせいだ、誰の。
言いたい言葉を視線に乗せてにらみつけると、舞美は分かったのかわかってないのか
雅をベンチにおしつけるようにして座らせる。
休めということかと素直に腰を下ろすと、舞美は飛び出すように走って行ってしまった。
しばらくはぼんやりと舞美の走って行った方向を眺めていた雅だったけれど、
暖かな日差しに急に眠気を誘われてゆっくりと目を閉じる。
昨日も、あんまり寝てない。


舞美が来てからこんな日もたびたびあるけれど。

舞美がいなくて眠れなかった夜があるから。

もう二度と失いたくない、なんて。

シャイな雅だって心の中では思っている。

……本人の前じゃ絶対に言わないけど。



…………。
………。

「……ん」
「あ、みや起きた?」
「ああ、ごめん」

覗き込まれる距離に違和感を感じて頭をあげると、膝枕で寝かされていたようだった。
こんな人目に付くところで恥ずかしい。
雅が素早く体を起こすと、舞美は珍しくもじもじしながら気まずそうに微笑む。

「えっと、いこっか」
「え? うん」

さっと差し出された舞美の手。
その逆側の手を覗き込んで雅は首をひねった。
疲れている恋人をベンチに座らせて走って行って、その手にペットボトルを握っている。
それって、うちのために買ってきたんじゃないの?

「あ、えっと、うーん」

じっと手元を見られて観念した舞美はが困ったように差し出したスポーツドリンクは、
飲むにはつらいくらいにぬるくなっていた。
そんなに長い間眠っていたのか。
少し驚きながら雅は舞美から無理やりペットボトルを奪い取る。

「水かお茶にすればよかったね」

眉を下げる舞美に、雅は笑いながらペットボトルを傾ける。
喉を通るぬるくて甘ったるい液体はどっしりとした存在感を感じられて、
それは舞美みたいだと思った。
 
741 :esk :2011/10/17(月) 22:35
『Good Morning!』    終わり
742 :名無飼育さん :2011/11/23(水) 00:18
確かにこの2人が並んでいる姿は神々しいほどに美しいですね
eskさんのお話一気に読ませていただきました
彼女たちをとても魅力的に描かれるなぁと脱帽です
これからも楽しみにしております
743 :esk :2011/11/28(月) 23:58
読んで下さった方、ありがとうございます。

>>742さま
ありがとうございますっ。
彼女たちが魅力的だから書きたくなるんですよぅ。
またよろしくお願いします。


遅れすぎですが。清水佐紀さんお誕生日おめでとうございます。
おねーさんず

『 落葉ランデヴー 』
744 :落葉ランデヴー :2011/11/29(火) 00:00

「わーっ、すっごい!」

寄り道して帰ろうよ。

佐紀ちゃんがそうやって言うからやってきた夕方の公園は、
昼過ぎくらいから急に冷え込んだ今日は人っ子一人いなかった。
そんな寒々とした公園なのに、
佐紀ちゃんは厚く降り積もった落ち葉に目を輝かせるといきなり駆け出した。

「佐紀ちゃん、危ないって」
「もも、もも! すごいよ!」

あたしの声も聞かず、佐紀ちゃんは落ち葉の中足を蹴り上げる。
ふわふわと舞う落ち葉の中で声をあげて笑う。
この人ホントに二十歳になったんだろうか。
年々無邪気になっていく気がするんだけど。

思わずため息をつくと、
それが聞こえたかのようなタイミングで佐紀ちゃんが振り返った。

「もも」

佐紀ちゃんがあたしに向かってまっすぐに手を差し出す。
その笑顔があんまり甘くって、あたしはポケットの中の手を出すこともできなかった。
寒いよ。
急にうるさくなった自分の鼓動を振り切るようにあたしはうつむく。
小さくつぶやいた言葉も顔をうずめるマフラーに吸い込まれた。

こういうとき素直になれない自分はちょっとかわいくないかなとか思うけれど、
一度タイミングを失った手はポケットの中で握られるだけで。

「もーっ」

動かないあたしに、佐紀ちゃんが焦れたような声を上げる。
恐る恐る顔を上げると、
佐紀ちゃんは落ち葉を踏みしめてざくざくとこっちへ駆け寄ってきて。

「きゃっ」
「……っ」

転んだ。
落ち葉に足をすべたせたのか、見事にしりもちをついている。
驚いて駆け寄ると佐紀ちゃんはバツ悪そうにあたしを見上げた。

「もー。だから言ったでしょ」

怪我もなさそうなその様子に、あたしは今度は素直に手を差し出す。
えへへと照れたように笑う佐紀ちゃんがあたしの手を取った。
その小さな手にぐいっと引っ張られて。
ぐらりと視界が傾ぐ。

「え――」

――。

一瞬、何が起こったのかわからなくて目をぱちぱちさせていると
覚えのある香が鼻先をくすぐって、そこにあるのが佐紀ちゃんだと気付く。

ふわふわと舞い散る落ち葉の中で、
あたしは佐紀ちゃんの腕の中にしっかりと納まっていた。

どうやらあたしまで足を滑らせて、
覆いかぶさるようになったあたしを佐紀ちゃんが抱き留めてくれたらしい。
ひざが少し痛いような気もしたけれど、
暑く積もった落ち葉のおかげか、佐紀ちゃんのおかげか大した痛みではないようだ。
ほっと息をつくと、あたしを抱きしめている体がくすくすと震え始めた。

「ちょっと佐紀ちゃんっ」
「だって、ももまで……」
「しょうがないでしょっ」

笑う佐紀ちゃんをぽかりと叩いてみたけれど、
引っ張り上げようとした人まで転ぶなんて確かに恥ずかしい。
っていうか誰もいないとはいえ公園の真ん中で座り込んで抱き合ってる方が
もっと恥ずかしい。
慌てて立ち上がろうと体を離そうとしたら、逆にあたしを抱きしめる腕に力がこもった。

「佐紀ちゃん」
「もうちょっといいじゃん」
「でも」
「寒かったんでしょ?」
「……っ」

耳元でささやく甘い声に心臓が震えた。
ああ、前言撤回。
この人はもう二十歳の大人だ。

さっきは寒いなんて言ったけど。
今はもう。

暑いくらいだよ。



 終わり
745 :仲直りの証 :2011/12/05(月) 22:56

撮影の合間、楽屋に残された千奈美はイライラと足先を踏み鳴らす。
そんな不機嫌を隠そうともしない千奈美に隣を陣取られ、茉麻は小さくため息をついた。
こっちは集中して書き物してるというのに。

「ちぃ、することないんだったら舞美ちゃんとこ遊びに行ったら?」
「今撮影中」
「ふーん。桃は?」
「……っ。なんでうちが桃のことなんか知ってなきゃいけないわけっ」

ああもう、めんどくさい。
付き合いきれないとばかりに茉麻が視線を手元に戻したちょうどそのとき、
がちゃりと楽屋の扉が開いた。
ふたりがそちらを見やると、そこに立っていたのは桃子と雅だった。
手前にいた桃子と確かに目があったはずなのに、分かりやすく視線をそらす千奈美。
桃子も憮然とした表情のまま突っ立って部屋の中に入ってこようとしない。

「ほらっ」

雅が桃子の背中をぐっと推して部屋の中に押し込む。
しぶしぶ進み出た桃子はそのまま千奈美の前まで行くと無言でコンビニ袋を突きつけた。

「なに」
「ん」

にらむようにして桃子を見上げる千奈美に桃子はさらに袋を突き出す。
千奈美がちらりと袋を覗き込むとそこには千奈美のお気に入りの梅干し。
それを確認した千奈美は少しだけ意外そうに表情を変えたが、
すぐに元の不機嫌な顔に戻って桃子に向かって袋を押し戻した。

「もーっ。桃それ買いに行くのにわざわざ電車まで乗っていったんだよ!?」
「ちょtっと!みや!」

千奈美の態度に焦れた雅が一声吠えると、隣の桃子は焦ったようにその腕を抑える。
言わないって言ったのに。
千奈美を気にしながら桃子は口の中で小さく文句を言うが、
雅は気にもせずにぐっと顎を張って見せた。

「付き合わされたんだからうちには言う権利あるでしょ」

切り捨てるように言う雅の見下ろす視線に、
千奈美は桃子の手からひったくるようにコンビニ袋を奪い取る。
そのまま梅干を取り出して手荒に袋を開けると、無言で一つ桃子に突きつける。
桃子も無言で受け取ると内包装の小袋を開けて口にほおり込んだ。
そして口をもごもごと動かしながらすとんと千奈美の隣に腰を下ろした。

視線を合わせることも言葉を交わすこともない二人。


「あれで仲直りなの」
「そうなんじゃない」

呆れたように言う雅の肩を押して、茉麻はくるりとその向きを変えさせる。
千奈美と桃子。
いったい何を理由に喧嘩をしたのかも聞いていないが、
二人らしいといえばこれ以上二人らしいことはない仲直りだ。

「みや、書き物は?」
「あ、まだだった。茉麻ペン貸して」
「はいよ」

茉麻と頭を突き合わせるようにしてペンを走らせる雅。
しばらくするとメンバーやスタッフさんが出入りして楽屋もざわつく。
その中で、千奈美と桃子がそっと手をつないでいることに気付いたのは
おそらく茉麻だけだっただろう。



   終わり
746 :名無飼育さん :2011/12/06(火) 19:17
かわいいですね
ベリーズは何があろうとも結局平和な感じが愛おしい
747 :esk :2011/12/06(火) 23:52
読んで下さった方、ありがとうございます。

>>746さま
等身大で生きる彼女らが大好きです。


更新忘れてたので時期外れですがハロウィンもの。みやもも。
とある方との合作?です。

『 君のいたずら 』
748 :君のいたずら :2011/12/06(火) 23:53

「ハロウィンか〜」

桃がぽつりとつぶやいた声にふと顔を上げる。
楽屋でテーブルに向かっていた姿を確認しているから、
グッズの写真に入れ込むコメント書きをしていたんだろう。
うちもやんなきゃな、と思いながらでも今は新しい曲を覚えるのに精いっぱい。
今日はBuono!新曲の歌収録。
愛理はスケジュールが合わなくて先に録ったらしくて、今楽屋には桃と二人だけだ。
桃と二人きりって、まあ今のうちらの活動から考えてよくあること。
だからいつも7人で賑やかな楽屋が静かなんて状態ももう慣れっこなんだけど。

だけど、ね。

テーブルに向かううつむき加減の桃の横顔をぼんやりと眺めていたら、
その口元がにやりと吊り上った。

「おかしくれなきゃいたずらしちゃうぞ〜」

びくんっ
視線もくれずに桃の言った言葉に思わず肩が揺れた。

いたずら

桃のこの言葉にはいつも苦しめられる。
うちより小さな体、小さな手。
力だってきっとそんなに変わらない。
なのにいつだって簡単に――。

「みや」
「え。な、なにっ」

気が付くとテーブルのところにいたはずに桃がすぐそばまで来ていた。
顔をぐいと寄せられて体がのけぞる。

「みやさっきなんでビクッてしたの?」
「は? そ、そんなんしてないし……」
「うそうそ。ちゃんと見てたもんね。桃にいたずらされると思ったからでしょ」
「お、思ってない!」

にやにやしながら桃が膝立ちですり寄ってくる。
ずりずりと逃げるけれど、二人だけのために与えられた楽屋は狭い。
すぐに壁に背中がついてうちは追い込まれる。

「ふ〜ん。じゃあ桃みやにいたずらしてもいい?」
「はあ? なんでっ」
「だってびくってしてないんでしょ? それともやっぱりいたずら怖いの?」
「怖くなんかないし! か、勝手にすればっ」
「じゃあ勝手にするね〜」

上機嫌に体を寄せると、するりと伸びてきた手がうちのシャツのボタンをはずす。

「ちょ! 何すんのばかっ」

慌ててその手を振り払うけどそれくらいでめげる手でないことはよーく知っている。
知っているけど、だからって素直に従うなんかできるわけがない。

「変態! やめろっ!!」
「その言いぐさはないと思うなあ。
 さっきみやが自分で勝手にしていいって言ったんでしょ?
 その時点で桃にはみやに勝手に何してもいいって権利が生じたと同時に、
 みやには桃の権利を奪う自由はなくなったの」
「……。え?」
「わかるよね」
「ちょ、待っ……わか、わかんないから!」
「じゃあゆーっくり考えてていいよ」

はだけたシャツの隙間から桃の手が肌をなでる。
よく知っているその感触に思考回路は迷走を始める。

「さ、わってたら……考えらんな、いっ」
「みや、簡単にあきらめちゃダメだよ。ちゃんと自分で考えな」

少し眉をしかめて真剣顔を作った桃がびしりと言いつける。
うちは桃のこの顔に弱い。
普段ふにゃふにゃしてるくせにちょっと凛々しいこの顔で言われると、
条件反射に従わなきゃって思っちゃって、一瞬黙る。
それを確認して表情を崩すと、桃は突きつけていた顔をゆっくりと下げていく。

「ぁ……て、ちがっ」

桃の熱い舌先がうちの鎖骨を這う。
思わず漏れた声に慌てて首を振る。

「やっめ……」
「ん? 考えた?」
「む、無理……! 考え、らんないってばっ」

背筋がぞくぞくして、何を考えるんだったかももう思い出せない。
吐き出した吐息が熱くて、その熱にさらに自分の顔が火照る。
もう、うちの頭の中は、真っ黒な目でじっと見上げてくるこいつでいっぱいで。

「う〜ん。しょうがないなあ。じゃああとで教えてあげるから今は大人しくしててね」

なんてわざとらしく言ってうちのほっぺたに唇を押し付けてくる。
熱くなったほっぺたに感じる桃の唇は少し冷たくて。

「う……ん」

もう、喉を鳴らすようにうなずくことしかできなかった。


   終わり
 
749 :名無飼育さん :2011/12/08(木) 01:38
どれもとても良かったです!
最近ちなももが萌えですね
750 :esk :2012/01/01(日) 00:27
旧年中は大変お世話になりました。
本年もよろしくお願いします。

>>749さま
あちがとうございます。
ちなもも来てますね!

ということでちなもも。

『 自分の役割 』
751 :自分の役割 :2012/01/01(日) 00:29

「桃何してんの」
「んー。よしゅー」

自分のベッドに足を投げ出して座ったまま、桃子から返ってきた返事は上の空。
地方ライブのあった今日はみんなで泊まりになったのだが、
桃子はホテルに戻ってからずーっと明日収録だとかの番組の台本を読んでいる。
たまにぶつぶつと何かをつぶやいたりメモを書き込んだり、熱心な横顔はちょっと。
ちょっとだけ、かっこいいななんて思ったりして千奈美は慌ててぶるぶると頭を振った。

「ま、まだ見てるの。それ」
「もうちょっとー。千奈美はみやたちのとこでも遊びに行って来れば?」
「別に……いい」
「そ?」

こちらを見もしないで言う桃子に千奈美は不機嫌に応える。
飽きもせずに台本をばかりを読んでいる桃子をおいて遊びに行った千奈美を
追いやったのはその雅だ。

最近の桃子は忙しい。
体を壊すまで無理をするその姿は、なんか嫌な気分がしてあまり見たくなかった。

『だから千奈美がそばにいなきゃダメなんでしょ』

だからって何。
そんなことを言われてもわからない。
背中を押すように部屋を追い出した雅とうんうんとうなづいていた茉麻。

桃子は誰にだって同じように甘えるし同じように冷たい。
一人で何でもできるしむしろ一人にしてほしいオーラを出すときもある。

桃子にとって自分がいなきゃだめなことってなんなんだろう。
そんなもの、本当にあるんだろうか。
少しだけ考えてみたけれどやっぱりわからないので、すぐに考えることを放棄して、
千奈美はぼふっと頭まで布団をかぶってもぐりこんだ。

「もういい。寝る」
「あ、そうなの?」

ふてくされて言った千奈美の言葉に返ってきたのは桃子の意外そうな声。

「そうってなに」
「じゃあ桃も寝る」
「え。いいの?」
「うん。いい」

あんなに熱心に読んでいた台本をあっさりと閉じてベッドから降りると、
開きっぱなしになっていたスーツケースに雑に放り込む。
その手でぱちぱちと電気を消したから、そのまま自分のベッドに戻るのだろうと
目で追っていた桃子はなぜか千奈美のもぐりこんでいる布団をめくった。

「は? ちょ、なに」
「ちょっと詰めてよ。もも落っこちちゃう」
「――ああ、うん」

何してんの。
言おうとした言葉はなぜか出てこなくて、
千奈美は素直にうなづくとごそごそとベッドの中を移動して桃子のスペースを作る。
するりと入ってきた桃子は、にぃっと嬉しそうな笑みを浮かべるとすぐに目を閉じた。
そしてしばらくするとすぅすぅと寝息を立て始めた。
あっという間に熟睡してしまった無防備な寝顔を見つめながら、千奈美は眉をしかめる。

TV収録の前は緊張して眠れない。そう言っていたはずなのに。
誰かと同じベッドで眠るのは苦手。そう言っていたはずなのに。

どうして――?


見えかけたその答えにたどり着くよりも一瞬早く、
睡魔が千奈美を夢の世界へと引きずり込んだ。


   終わり
 
752 :名無飼育さん :2012/01/01(日) 21:59
自然体のももちがなんかステキ(^∇^ )
753 :名無飼育さん :2012/03/09(金) 21:52
桃子頑張ってますよね。こんな風にメンバーに支えられてることでしょう。
754 :esk :2012/03/09(金) 23:10
読んで下さった方、ありがとうございます。

>>752さま
ももちステキちーちゃんもステキ

>>753さま
優しくしてもらえてたらいいなーと思います


ももあいり

『 逃亡者と安定剤 』
755 :逃亡者と安定剤 :2012/03/09(金) 23:11

慌ただしいリハーサルの真っ最中、手をつないだ桃子と愛理が狭い廊下をすり抜ける。
ライブスタッフは誰も忙しそうで、無言で廊下を進む二人の緊迫感に気づかない。
途中すれ違った雅とさえもまとまった会話を交わすような余裕はなかった。

追い立てられる何かから逃げるような桃子の背中を愛理は必死になってついていく。
手が繋がれていて桃子が前を歩いているから
人目には桃子が愛理を引き連れているように見えるかもしれないが、
実際のところ桃子の手をぎゅっと握っているのは愛理の方だった。
繋いだ手が離れないように、でも桃子の歩みの邪魔にならないように。
愛理はただひたすらに桃子の後を追う。

屋上まで続く階段の一番てっぺんまで上がってやっと足を止め、
桃子は愛理に背を向けたまま一つ大きく息を吐いた。

「もも」

振り返らない背中に声をかけると、
桃子はうつむいたままくるりと体を反し愛理の胸に顔を押し付けた。
愛理はその体に腕を回すとそっと抱き寄せる。

リハーサルでたくさんダメ出しを受けた桃子。
もちろん愛理も雅も受けた。
偶然今回は桃子が多かっただけで、それが愛理の時もあれば雅の時もある。
でも、気にすることではないと言われても気にならずにはいられないことは
愛理も体験的に知っている。痛いほどに知っている。

だから愛理は何も言わずに桃子を抱き留める。
腕の中の桃子は小さく呼吸する以外微動だにしない。
愛理はその体を撫でることもあやすように叩くようなこともしないで
ただゆったりと腕を回す。
撫でたりすれば気遣われていることを気にした桃子がすぐに離れてしまう。
そう学習するくらいにはたびたびこんなことがあった。
いつからか、極度の緊張に陥った桃子はなぜか愛理の胸を求めるようになった。

どれくらいそうしていただろう。
突然、強張っていた桃子の体から力が抜けてへなりと愛理に体を預ける。
困ったようにくすくすと笑う声まで聞こえてきて桃子の気が済んだことを悟ったが、
それでも愛理は腕を解くことが出来ないでいた。

自分は桃子にとってただの精神安定剤でしかない。

わかっているのに、信頼しきったように体を預ける桃子に胸が騒ぐ。
この胸のざわめきのままにもっと強く掻き抱くことができたら。
それに、それに。
その肌にもっと深く触れることが出来たら――。

突然頭をよぎった衝動に愛理は慌てて桃子の体を離した。
かっと火がついたように体が熱くなる。
このままくっついていたら桃子の信頼を裏切ってしまうかもしれない。
愛理は逃げるように桃子から顔をそらした。
しかし桃子はそんな愛理を覗き込むように見上げると触れるほど間近に笑みを浮かべた。

「あいりんいつもごめんね」
「ううん全然! だってももが元気ないと……困るから!」

不審なほどに大きな声でぶんぶんと首を振る愛理に、桃子はこてんと首を傾げる。

「なんであいりんが困るの?」
「えっ。あ、あたしがじゃなくて……ほら、みやも、スタッフさんも、
 あの、ライブ、元気ないと困るし!」

見慣れた不審な動きで慌てふためく愛理に桃子はぷっと噴き出した。
もう行こう!
くすくすと笑い続ける桃子の手をぐっと握りしめると、
まだ微妙にくねくねしながら愛理は足早に階段を降りはじめた。

帰り道は愛理が前を進む。
ステージ用にセットされた髪から覗く愛理の耳は真っ赤に染まっていて、
その色に桃子は桃子は気づかれないように頬に小さく笑み浮かべた。


一番不安な時に自分が誰の手を取るのか。
その意味をもう少し考えてくれたらいいのに。


なんて。ちょっと意地悪かな。

少しだけヒントのつもりで桃子が繋がれた手をぎゅっと握り返したことに、
愛理は気付いただろうか。


   終わり
756 :名無飼育さん :2012/03/12(月) 13:39
2人ともとても「らしい」お話をありがとうございます。
この小説好きです
757 :名無飼育さん :2012/03/22(木) 19:19
リアルな感じがいい
758 :esk :2012/04/04(水) 23:29
読んでくださった方、ありがとうございます。

>>756さま>>757さま
らしい、リアルって言ってもらえるのはすごくうれしいです。
ありがとうございます!

りーたんおたおめりしゃもも

『 生意気で大切な 』
759 :生意気で大切な :2012/04/04(水) 23:30

「乱れた制服を正すってえっちぃよねー」

椅子の背にアゴをのせたままくすくすと笑う桃子。
それを横目にちらりと見て、梨沙子は黙ってシャツのボタンをとめていく。
指先はまだかすかに震えていた。

集合時間より1時間早く桃子に呼び出された梨沙子は制服を着たままで、
それを見た桃子にこの空き部屋に引っ張り込まれた。
誕生日プレゼントだなんて言っていたけれど、
絶対したかっただけに違いないと梨沙子は思っている。

ようやくボタンをとめ終わって次はきょろきょろあたりを見回す梨沙子に
桃子は手にしていたリボンをひらひらと振った。

「これ?」

無言で奪い取ろうとした梨沙子の手をかわして椅子から立ち上がると、
桃子はするりとその胸先に体を寄せる。

「結んであげる」

首元に伸びてきた桃子の指に梨沙子はとっさに目をそらした。
シャツの襟がこそこそと肌に触れる感触にぞくりと首をすくめる。
そんな梨沙子を見ていたのかいないのか、
桃子は丁寧にリボンを結ぶと至近距離に梨沙子を見上げた。

「りーちゃんが18とか変な感じ」
「ももがハタチよりはマシだし」

10cm下を見下ろして急いで言い返した梨沙子に、桃子はまたくすくすと笑った。

生意気なところはいつまでたっても変わらない。
子供の時からずっと。
こんな関係になってからはもっと。

「あ、そだ。今日遅くて電話出来ないと思うから先に寝てね」

こんな関係で思い出した桃子の言葉に梨沙子が眉をしかめた。
付き合いだしてからほぼ毎日のおやすみの電話は
桃子自身がよく続くものだと感心していたが、やっぱりこうやってできない日もある。

「今日だけだから。そんな寂しい顔しないの」
「違うよっ」

頭を撫でようと伸びてきた手を捕まえると、
梨沙子は不思議そうに首をかしげる桃子をじっと見つめる。

「……無理しないでよ」

全く。
ホントに生意気。
だから、大切にしたくなる。

「ありがと」

生意気で大切な、年下の恋人。


   終わり
 
760 :名無飼育さん :2012/04/05(木) 10:52
初っ端のセリフだけでお腹いっぱいw
2人の様子が目に浮かぶようです。
天使のりーちゃんお誕生日おめでとう
761 :名無飼育さん :2012/04/06(金) 23:08
制服を着るのは梨沙子だけになりましたね。
762 :esk :2012/04/13(金) 00:46
読んで下さった方、ありがとうございます。

>>760さま
初っ端のセリフだけのために書いた話ですw

>>761さま
あと1年だけの貴重な制服萌えですね


前々回のあらすじ:時は中世。広大な領地を治めるは由緒正しき石川家。
若くして領主の位を継いだ長女アヤカ。その側を守る衛兵隊長、里田まい。
軍を率いるは次女梨華。忠誠を誓う騎士、吉澤ひとみ。

前回のあらすじ:石川家と古い繋がりがある矢島家。
領地内に発見された希少金属の鉱脈のために激化する利権争いから逃れるため、
長女舞美は幼馴染でもある梅田えりかだけを連れ、石川家に極秘避難した。

で、今回は領地内に残されることとなった矢島家末子愛理さんのお話です。
(18歳のお誕生日ですが作中は16歳ですw)

『 WILD Kids 』
763 :WILD Kids :2012/04/13(金) 00:47

コンコン

深夜、前触れもなく響いた硬い音に愛理はびくりと体を振るわせた。
普段ならすでに眠りに入っている時間だ。
ここのところはこんな時間に眠れたことなどないけれど。
もう何か月も続いた領地内の緊迫状態。
のんきさが自慢の自分といえども、このままの状態が続くのであれば
いつか神経が参るのではないかとちょうど考え始めた、
ちょうどその時に響いたノックの音に愛理の心臓が早くなる。

「だ、誰」
『夏焼です』
「みやか……。入っていいよ」

不安げに誰何した愛理に、耳馴染んだ声が応える。
ほっとした愛理が腰かけていたベッドから立ち上がるのと同時に、さっと扉が開いた。
後ろ手に扉を閉じると、雅はすっと背をのばし形通りの礼を取った。
雅のかしこまった仕草に愛理にまた緊張が走る。
何か良くない知らせかもしれない。
思い当たることといえば。
愛理の頭に数日前に人目につかないように領地を旅立った姉とその友人の姿がよぎった。
愛理ののどがごくりと音を立てた。

「夜分に恐れ入ります」
「ううん。起きてたし。何かあったの?」
「先ほど命をいただきまして、私と――」
「あーいりーっ。見て見て、大収穫!」

二人の間に走った緊張を横殴りにする、甲高い声。
ばたんと勢い良く扉を開けた小柄な人物は、
愛理の部屋に入ると両手に下げていたかごを高々と掲げた。
確かめるまでもないその姿に雅は背を向けたままでがっくりと肩を落とした。

「……もも」
「あれ? みやもう来てたんだ」

雅のまるまった背を手に持ったかごで突付く桃子。
そのかごを覗き込んで、愛理が目を丸くした。
柔らかそうなサンドイッチに焼きたての甘い香りがする焼き菓子、
みずみずしい果物が山のように盛られていた。
両手に下げた二つのかごをテーブルに置くと、桃子はぐいっと胸をそらせる。

「すっごーい。桃、それどうしたの?」
「今日から泊り込みだって言ったら桃のおかーさんが差し入れしてくれたんだよ」
「泊り込みってどこに?」
「どこって、あれ? みやまだ言ってなかったの」
「言おうとしたときに桃が入ってきたの!」
「ありゃー」

まったく反省の色のない桃子の声に、雅は一睨みするだけで応える。
ここで小言を言ったところで逆に軽くあしらわれることは経験上よーく知っている。
どうしても口では勝てないのだ。
だから桃子は無視して視線を愛理に戻し、雅は小さく咳払いをした。
気を取り直してしゃきりと背筋を伸ばす。

「愛理様。先ほど、大臣に舞美様の不在を悟られたようです」
「……っ」

息を呑んだ愛理が顔色を変える。
目を見開いた愛理に一歩近づくと、雅は安心させるようにその顔を覗き込んだ。

「早馬を走らせたところでもう舞美様に追いつくことは出来ませんから大丈夫です」
「そう、かな」
「ええ。ですが、こちらは私と嗣永で夜間警護に当たらせていただくことになりました。
 お気の休まらないことになるとは思いますが、しばらくのことですのでご辛抱下さい」
「そんなの、私はいいよ。でもごめんね、私のせいで二人が……」
「愛理様のせいではありません。交代で睡眠もとりますのでお気になさらないで下さい」
「ってことで、夜食夜食ぅ」

眉を下げる愛理に、桃子はまだ温かい焼き菓子を手渡してにこりと笑った。
その笑みと甘い香に、愛理の頬も自然と緩む。

「でさ、みやはいつまでお仕事モードなわけ?」
「これは仕事でしょ!」
「いーじゃん。愛理にいらない緊張させる方がいけないと思いまーす」
「確かにそうかも。みや、普通にしてよ」

桃子のおどけた物言いに、愛理もくすりと笑った。
雅は少し考えるように眉をしかめていたが、
やがて諦めたようにため息を息をつくと桃子が片手に持っていた果物を奪い取った。

「……愛理に言われたからだからね」
 
764 :WILD Kids :2012/04/13(金) 00:47

愛理との付き合いなら雅の方が長い。
石川家ほどの家柄ではないものの、一領主である矢島家の末子として生まれた愛理には
数人の付き人が付けられた。
生涯にわたって愛理を守るために、年齢の近い子供たちを。
その中で最も有力視されたのが雅であった。

「舞美ちゃんとえりかちゃん、今頃どのへんかなぁ」
「順調なら明日には石川家の領地に入るはずだよ」

不安そうにつぶやく愛理に桃子が答える。
桃子は今は愛理付きだが、幼い頃は舞美付きだった。
えりかがいるから自分は大丈夫だ、と舞美が愛理についてくれるよう桃子に言ったのだ。
だから今でも桃子と舞美は交流があり、
舞美の石川家入りは極秘だったが桃子は本人から直接その計画を聞いていた。

「桃も行ってみたいなー」
「うちもうちも」

石川家にはにぎやかな市も立つと聞いている。
籠の中身をつまみながらそんな話で盛り上がっている二人を見つめ、
愛理はそっと目を伏せた。

舞美は自分をおいて行ってしまった。
最近は兄たちにも会わせてもらえなくなった。
ずっとやさしくしてくれていた大人たちも誰もがよそよそしくて、緊張していて。
だけど舞美のように着実に前に進もうとしている人たちもたくさんいる。
そんな中で自分は何もできず、ここから出ることもできない。
自分は何もできない子供だ。

うつむいて黙った愛理に気付いた桃子が顔を覗き込む。

「愛理、どうしたの?」
「……みやと桃も行っちゃう」
「どこに?」

どこに。
石川家に?
違う。
どこかに。
自分の側ではない、どこかに。
きっと二人がもっと輝ける、どこかに。

「桃もみやもどこにも行かないよ」
「でも……」
「愛理はわかってないなあ」

まだきょとんとしている雅の隣で、桃子がまじめな声で言う。
桃子は仕方ないなという顔を見せて腰かけていたベッドからひらりと降りる。
腰に下げていた愛用の短剣をすらりと抜いた。
ちらりと傍らの雅に視線を送ると雅も合点いったようにうなずき同じように剣を抜いた。
それを並べ、二人は片膝をついて顔をうつむかせる。
その意味に気づいた愛理がばたばたと手を振る。

「ちょ、ちょっと、待って……」
「愛理がわかってないみたいだから、待たない」

古い風習だ。
もう誰もが忘れてしまったような。

「私、嗣永桃子は生涯矢島愛理に忠誠を尽くすことを誓います」

普段の高い声を抑えた、少し低い声。
そのあとを追って、雅も同じように誓いをのべる。
ただの言葉だけの誓いだ。なんの拘束力もない。
それでも顔を上げた桃子と雅は真剣だったし、愛理は顔色を青くした。

「うちらはね、いつだって愛理がいるところにいるから」

そんな愛理に、少し照れたように雅が言うと桃子もうんうんとうなづく。
自分たちが存在する意味。
自分たちにとって愛理という存在の意味。
桃子と雅にしてみればそれはもっとずっと昔から当然のことだった。

毅然とした二人の視線に涙を浮かべた愛理の頭を、
桃子と雅は笑い声を立てながらくしゃくしゃと撫でた。
忠誠という言葉とは程遠いような3人の関係。
その誓いさえも大人たちからすれば子供じみた真似事に見えるかもしれない。

けれど、だからこそそれは純粋で尊い。
 
765 :esk :2012/04/13(金) 00:50

『 WILD Kids 』   終わり

前回と前々回はパムさんの企画内にあります。
もしも興味があれば今回のと似たようなタイトルを探してください。
 
766 :名無飼育さん :2012/04/16(月) 13:47
パムさんの企画というのも見てきました。しっかり見つけられました。
なんともそそられる世界観です。
姉妹設定も、不安を感じるあいりんも、
きちっとモードを切り替える夏焼さんも、
待たないももも、どれもがツボでした。
767 :名無飼育さん :2012/04/23(月) 21:15
愛理とそれに仕える者という関係がいいですね。
768 :esk :2012/05/13(日) 03:51
読んでくださった方、ありがとうございます。

>>766さま
なんだかすごくほめられているようで照れます///

>>767さま
主従でないようでやっぱり主従の関係ってのが好きです


ももあいり

『 朝まで 』
769 :今夜は朝まで :2012/05/13(日) 03:53

「よし」

桃子の小さな声に、愛理は広げていたノートからちらりと視線を上げる。
横目で盗み見る桃子はノートパソコンを閉じるとんーっと伸びをした。

「レポート終わった?」
「うん」

今日は愛理は試験勉強、桃子はレポートの勉強お泊り会。
忙しい二人はこんな日にしか会うことが出来ない。
小さくあくびをした桃子は愛理と目が合うと優しい笑顔になった。
そのとろりと眠たげな視線から逃げるように愛理は目を伏せる。

「愛理?」

笑みを返してもらえると思っていた桃子は少し不安げに眉をひそめる。
座っていたいすをくるりと返すと体ごと愛理に向き直った。
どうしたの、と問われなくても、
じっと見つめられる視線に観念したように愛理はもじもじと口を開いた。

「もも……明日は朝ゆっくりなんだよね?」
「うんそうだよ。愛理は?」
「お昼から」

明日は学校のない休日。
お互い仕事はあるけれど朝は余裕がある。
だからこそ今日のお泊り会だったのだが。
そこまで確認されて、桃子は愛理の頬にかすかに赤みが差していることに気づいた。
なるほど。
うんうんとうなずくと桃子はにんまりと口元を緩める。

「あいりんのえっちぃ」
「だ、だって会えたの久しぶりだしっ」

からかうように言う桃子の言葉に愛理はぺたりと座ってうつむいたまま真っ赤になる。
いけないことを言ってしまったと思っているのか、泣きそうに唇をかみ締めている。
つい最近18になったけれどこういうところはまだ純情で子供らしさを残している愛理を、
桃子は本当に愛しいと思う。
だからこんな自分でも、本音で向き合えるんだと思う。

机に向かっていたいすを降り、桃子はひざ立ちで愛理ににじり寄った。
そっと頬に手を当てると涙目になった愛理が見上げてくる。
不安げに瞳を揺らす愛理に、桃子はやわらかい笑みを浮かべた。

「もも、愛理に欲しいって思ってもらえるの嬉しいよ」

桃子の言葉に愛理はびくりと震えるといやいやをするように首を振った。
求めている、と言われたのが恥ずかしかったらしい。
桃子は長い髪を揺らす愛理の小さな頭を捕まえると、
こぼれてしまった涙を舌先でなぞり、そのまままぶたにキスをした。
それからさらに小刻みに揺れている唇をふさぐ。

突然、息が詰まるほど激しいキスをされて愛理は桃子の肩をぐっと押しやった。
素直に唇を離すと桃子はおでこをくっつけてその目を覗き込む。

「違うなんか言わないでよ。ももだって愛理のこと、欲しい」

ひゅっと息を呑んだ愛理を桃子はぎゅっと抱きしめた。
どくどくと力強い鼓動のまま、力任せに抱きしめる。
愛しいと思う気持ちは欲しいと思う気持ちになり、
そうすればもう止め処もなく体の奥底から湧き上がる衝動。
この衝動を愛理も感じているのなら。それならば今夜は。


朝まで ねえ 愛し合おうよ



『 今夜は朝まで 』   終わり
 
770 :名無飼育さん :2012/05/17(木) 09:31
MHLS好きです。
誘い受けあいりんえっちぃ
771 :名無飼育さん :2012/05/17(木) 23:50
愛理がかわいくて照れてしまう。
良かったです、とっても。気持ちが沸き起こっていく過程の描写
が上手いと思いました。
思えばなかなか大胆な歌を歌ってますね。
772 :esk :2012/06/11(月) 00:14
読んでくださった方、ありがとうございます。

>>770さま
私も好きです。
誘い受けあいりんも好きです。

>>771さま
ありがとうございます><
あの大胆な歌詞を爽やかに歌いきる桃子の歌が好きです。


みやもも

『 個人レッスン 』
773 :esk :2012/06/11(月) 00:16

「あれ?」
「おはよ」

雅がレッスン室に入ると床に足を投げ出した桃子が一人でストレッチをしていた。
顔を上げた桃子が意外そうに目を丸くしたので雅は目線をそらしながら軽く応える。
桃子が一番乗りなんてそっちの方が珍しいだろ。
そう思いながら雅は少し離れて腰を下ろす。

「みやも来ちゃったの?」
「え? うん」

確かに早く来すぎたかもしれない。
レッスン室にかけてある時計を見上げると集合時間までまだ1時間もある。
ストレッチをして体を慣らすのに早めに来るようにはしているがそれにしても早すぎる。
まだ何か言いたそうに桃子が雅を見つめている。
その視線を振り払うように雅は黙々とストレッチを続ける。

二人きりなんて不意打ちだ。

ぞくりと上ずり始める心臓が指先を揺るわせる。
ドキドキする必要なんかない。
雅は自分に言い聞かせながらストレッチを続けていた、
そのせいかどうかはわからないけれど。
ぐっと背中をひねった体の動きがぴたりと止まる。

「あ」
「どうしたの?」
「あ、いや……」
「筋でも痛めた?」

思わず小さく出た声に、まだ雅のことを見つめていた桃子が不思議そうに首をかしげる。
自分の今の状況は口にしたくない。
桃子に、しかも二人きりのこんな状況ではなおさら絶対に言いたくない。
けれど突きつけられるそんな心配そうな顔は、それは卑怯だ。

「……ブラのホックはずれた、かも」
「なんだ」

ごまかすにも言葉が見つからずに、雅はできるだけ平静を装って小さな声で言う。
一瞬ほっとした桃子は、次の瞬間、にやりと口元を緩めた。

「つけたげる」
「え、いいって!」
「いいからいいから」

逃げようとする雅を押し倒しかねない位置までにじり寄ってきた桃子の手が、
素早くTシャツの中に入ってくる。
やめてよ。
言おうとした言葉は肌に触れた手の感触に飲み込まれる。
上ずった声で抵抗するなんて逆効果にしかならない。
それがわかるくらいにこんなことは今までにも何度もあって、
雅はわざとその手の意味を察していないようにじっとする。
しかし背中をなでていた桃子の手がするりと前側に回ってきて、
さすがにTシャツの上からその手を押さえた。

「ちょっ」
「んー。なあにぃ?」
「何して――っ」

あご先で髪を掻き分けてた桃子の唇がうなじに吸い付いて雅はぐっと息を呑んだ。

「ばか……っ、みんなくる、って」
「誰も来ないよ」
「来ない、わけな――っ」

苦しそうな雅の呼吸に桃子はくすくすと笑いながらTシャツの中の手をもぞもぞと動かす。
その手を押さえながらぴくりぴくりと体を震わせる雅はうつむいてぐっと目を瞑る。
真っ赤に染まったその耳をぺろりと舐めてから、桃子はさらりと言った。

「来ない来ない。今日のレッスン中止になったもん」
「ん……って、はあっ!?」

さすがに驚いた雅ががばっと体をひねって桃子の顔を覗き込む。
それだけ動けるってことはやっぱり本気で抵抗してなかったよね。

「メール来てたの見なかったんだ? 桃もここに着いてから気づいたからさー。
 どうせならちょっと自主練してこうかなと思ったんだけど」

良い行いをしたらすぐにご褒美をくれるなんて、
神様もやっぱりかわいいももちにメロメロなんだね。
にこにこと笑う桃子がぐっと雅の肩に小さな手を押しつける。
たいして力の入っていないその手に押されるまま、雅は硬いフロアに体を横たえる。

こんなところでなんて。
メンバーは来ないとしてもそれは絶対に誰も来ないという保証ではない。
ありえない。
絶対無理。

そう思いながら雅は覆いかぶさってくる桃子の背中に腕を回して抱き寄せた。


『 個人レッスン 』   終わり
 
774 :名無飼育さん :2012/06/12(火) 01:11
素直じゃないけど正直な夏焼さんっていいですよね。
最近桃子に甘い感じもしますし。
ちょっと面白かったのは、アレがそんな簡単にはずれちゃうのはどういうことなのかというね。普通はずれませんよ。どうなってんの夏焼さん。
775 :名無飼育さん :2012/06/14(木) 08:56
無意識下に行っていた計算の功でしょう。 >アレがそんな簡単にはずれちゃった件
夏焼さん可愛い。
作者さんの描く嗣永さんは少し強引でえっちいですね。好きです。
776 :esk :2012/07/03(火) 23:57
読んでくださった方、ありがとうございます。

>>774さま
え……はずれたことあるんですけど……何度か←

>>775さま
嗣永さんはどうしても強引になっちゃいますねw


須藤茉麻さん、二十歳のお誕生日おめでとうございます。
この一年があなたにとって実り大き年でありますように。

みやまぁ

『 テーブルの下 』
777 :テーブルの下 :2012/07/03(火) 23:57

カタ

楽屋のテーブルで書きものをしていた茉麻。
小さな物音に顔を上げると、正面の椅子を引いた雅がにっと唇の端を上げた。

すとんと椅子に腰を下ろした雅はその口を開くことはなく、
頬杖をついたままにやにやと茉麻の顔を見つめる。
その絡みつくような視線に、
茉麻は問いかけるようなことも出来ずに慌てて手元に視線を戻した。
少し落ち着かなく思ったが、別に楽屋には二人きりな訳ではない。
ベリーズにおいて雅のそばに誰もいないだなんてそんなことがあるわけもなく
案の定数分もしないうちに佐紀がやってきて雅の隣の椅子をひいた。

すぐに二人は楽しそうに話し始めて、茉麻はほっと息をついた。
時々相槌を打ったりしながら手元の書き物を進める、
仕事合間の楽屋ではごくありふれた光景。

どれくらいかそうしていて、
茉麻が別の色のペンに手を伸ばしたとき、足先に何かが触れた。
反射的に茉麻は足を引いた。
今日の楽屋のテーブルは狭い。
浅く座れば膝が触れ合うくらいで、だから佐紀か雅の足が触れたのだろう。
二人のどちらからも反応がなくどちらの足なのかはわからなかったけれど、
茉麻は特に気にすることでもないかと再びペンを動かしはじめた。

しかしそれを急かすようにすぐにまた足が触れて、流石に顔をあげる。
佐紀は雅と話すのに一生懸命で
茉麻が顔を上げたことにも気づかなかったようだが、
その雅とはかっちりと目が合った。
雅は目を合わせたままにっと笑い、
今度は足首を撫でるように足が絡みついてきた。
間違いなく触れているのは雅の足だ。

とっさに逃げた茉麻を捕まえるようにつま先を軽く踏まれ、
さらに生足が茉麻の肌を撫でるように絡みついてくる。
触れた肌から体温さえも感じられて、
それは、今この部屋ではない何かを思い出させて。

「――っ」

茉麻は慌てて顔を伏せた。
しかし顔の温度はどんどん上昇して、
その色を雅が見つめていると思うとさらにかっと熱くなる。

「しみずー」

唐突に響いた声に茉麻はびくりと肩を震わせた。
楽屋に顔を覗かせたスタッフが佐紀を呼ぶ。
はーい!と大きく返事をした佐紀が素早く立ち上がると、
スタッフと一緒に楽屋を出て行った。

このタイミングで。
茉麻は恨みがましい目で佐紀の出て行った楽屋の扉を見つめる。
楽屋にはほかにもメンバーがいるが、
それぞれに好きに動いていてこちらを気にしているメンバーはいない。
茉麻と雅が二人でいることが別に珍しくもないのだから仕方がない。

「まぁ」
「な、なにっ」

肌をなでる足がぴたりと止まり、
しかし今度はテーブルの上に投げ出されていた茉麻の手がしっかり握られる。

「今日、うちおいでよ」

卑怯だ。
と、思う。

ただでさえ魅力的な顔をしているのに。
さっきまでにやにやと笑っていた口元が少しだけゆがんで。
少しだけすがるような目。

そんな目で見られたら。


「……うん」


うなずくしか、できない。


   終わり
778 :名無飼育さん :2012/07/07(土) 21:04
ベリーズステーションのポスターを思い出した。
机のしたが見えないから、余計に神経がそっちに
集中しそうだなー
779 :名無飼育さん :2013/05/03(金) 20:45
海賊℃-uteでeskさんの小説を連想しました。
続きとかあるんでしたら、また書いてください。
780 :esk :2013/06/26(水) 22:23
読んでくださった方、ありがとうございます。

>>778さま
あれを見て思いついた話です。
ほかのメンバーにばれないようにこっそりってのもいいですよね〜。

>>779さま
書きたいのですが、なかなか^^;


生ガキです。

『 ドラゴンハンター 』
781 :esk :2013/06/26(水) 22:24

「新垣さん!」

昼下がりのカフェの店先にひょっこりと顔を出した里沙を見つけると、
エプロンをかけた愛佳は目を丸くした。
大通りに面した愛佳の店はいつでもよく繁盛していて、
今も食事時ではないけれど店内は程よくにぎわっていた。

「1年ぶりくらいですよ。どこ行ってたんですか」
「そりゃまあフリーだからね。仕事があれば西へ東へよ」

愛佳が近寄ってきたのを確認すると、
里沙は機嫌よく笑顔を見せてまだ肌寒いせいか比較的すいているテラスに出た。
手前のテーブルわきにバックパックを下ろすと椅子をひとつ引く。

「もっとにぎわってるかと思ったらそうでもないねえ」
「新垣さんが早いんですって。まだ情報回ってませんもん」

ぐるりと通りを見渡した里沙がぽつりとつぶやく。
そんな里沙に小さく笑みを浮かべると、
愛佳はことりと水の入ったグラスをテーブルに置いた。

この地域ではそこそこ大きな町のメインストリート。
人出は多く雑然としていたが、
里沙が想像していた賑わいは少し意味の違うものだった。

「でさ――」
「ご注文はいかがなさいますか」

一周回った里沙の視線が戻り口を開きかけると、
愛佳は満面の営業スマイルでメニューを差し出した。
笑みを崩さない愛佳に里沙は苦笑しながら一番高いメニューを指差した。
ローストビーフをメインとした里沙のお気に入りメニューだ。

「で、どこにいるの?」

里沙はさらにその倍額の紙幣を差し出すと低い声でそう言った。
そ知らぬ顔でエプロンのポケットに紙幣をしまいながら
愛佳も低い声で答える。

「今――」


「離して!!」


愛佳の声をさえぎるように、甲高い声が響いた。
面食らった里沙が振り返ると、いかにも柄の悪そうな連中が数人固まっている。
甲高い声はその中心から聞こえてきたようだった。
ガタイのいい男どもの向こうに華奢な少女の姿が見える。
つるし上げられるように片腕を掴まれ、
空いた手にはなぜか串焼きをひとつ握っている。

「ただ食いはいけねーなあ。お嬢ちゃん」
「パパにお金貰って来なかったのかい」
「やけん、お財布落としたって何回もゆーとーと!
 これ返すから手離して!」
「嬢ちゃんの食いかけなあ、それも魅力的だけどなあ」

ニヤニヤと笑う男に棒のように細い腕をひねり上げられると
少女は短い髪を振って痛そうな悲鳴をあげた。
男どもはいっそう嬉しそうに下品な笑い声を上げてはやし立てる。

その声を聞くと、里沙はため息交じりに席を立った。

「新垣さん」

引き止めるように声をかけた愛佳にひらりと手を振ると、
里沙はその一団に近づいていった。
 
782 :ドラゴンハンター :2013/06/26(水) 22:24

騒ぎ立てる少女の甲高い声にすでにあたりには小さな垣根ができている。
しかし取り巻く男たちのガタイを見たせいか、ただの野次馬なのか、
少女を助けようとする者はいないようだった。

「いやあっ」

男に引き寄せられて、逃げるようにそらした少女の目が里沙を見つけた。
綺麗な顔をしている。
美少女というよりは美少年風に整えられた相貌だが、
気の強そうなことを言っていたわりにぼろぼろと涙を流していて
その頬は情けなく引きつっていた。
すがるような目に里沙はふっと小さく笑うと、うん、とうなづいた。
助けを求めていたくせにきょとんとする少女を前に、
里沙は人垣をひょいと掻き分けるとさっと輪の中に出た。

「ガキ相手にサカってんじゃない、よっ」

ひゅん
小柄な里沙の足が綺麗に大柄な男のわき腹に食い込む。
前のめりに体を折った男の脇を抜けて少女の手を掴んだ。
少女の見開いた目が食い入るように里沙を見つめる。

「逃げるよ」
「あ……ハイッ!」

低い声でつぶやくと里沙はすでに走り出していた。
なぜか機嫌よく返事をした少女も里沙を追って駆け出した。


人ごみを掻き分け大通りを抜け路地をジグザグに走る。
それでも男たちはしつこく追いかけてきた。
チ、と小さく舌打ちすると、里沙はひょいと塀に飛び上がった。
さっと振り返り手を差し出したが、
それよりも早く少女も自力でひょいと飛び乗ってきた。
(へーえ)
バカなガキだとしか思っていなかった里沙の目が少しだけ色を変える。
そういえばこれだけ走らせているのに息も切れていない。

なぜかキラキラとした目で里沙を見つめ返す少女を不思議に思いながら、
里沙は塀を飛び降りた。

そのままいくつか角を曲がり少し走ると、そこは愛佳の店の裏手に出る。
無造作に停められた大きなバイクのそばには愛佳がいて
里沙のバックパックはすでに積み込まれていた。
手回しのよさに里沙の口元ににやりと笑みが浮かぶ。

「新垣さん」
「みっつぃ、またあとで!」
「いえ、その子なんです」
「はあ?」

「龍のウロコを売ったの、その子です!」

「ええええ!?」

驚いて振り返った里沙の視界の隅にさっきの男たちの姿が見えた。
ち、と舌打ちをすると少女をバイクに引っ張りあげる。

「ついといでっ」

ぶおんと派手なエンジン音に手をかざした愛佳は
里沙の後ろに座った少女に紙袋を押し付ける。
きょとんとした少女を軽くにらみつけて小突くと、里沙に声をかける。

「ローストビーフ、サンドにしたんであとで食べてください」
「ラッキ。みっつぃのローストビーフ食べ損ねたら
 ここに来た意味がないもんね」

「カフェオレは詰められなかったんで帰りにまた寄ってくださいね!」

走り出したバイクを追うように愛佳が叫ぶ。
前を向いたまま片手を挙げて応えると、里沙はバイクのスピードを上げた。
 
783 :ドラゴンハンター :2013/06/26(水) 22:25

里沙はすばやく崖下に回りこんでバイクを押し込んだ。
男たちが通り過ぎるのを伺って大きく息をつく。

「しっつこい連中だったなあ」
「あ、あの!」
「ん?」
「ありがとうございました!!」
「ああ。いいよそういうの。こっちもアンタに用があったし」

体育会系に90度に頭を下げる少女に、里沙ひらりと手を振った。
ぱっと顔を上げた少女は顔を寄せてキラキラした目で里沙を見つめる。

年は15、名は生田衣梨奈と名乗った。
小柄な里沙と並ぶと見下ろすような視線になるが、
特に上背があるというわけでもない平凡な少女だ。
あの街にずっと住んでいたわけではなく、
最近やってきたところ――簡単な会話で里沙が仕入れた情報はその程度だった。
代わりに里沙自身がドラゴンハンターであるという情報を与えてやったが、
衣梨奈の反応は鈍かった。

「新垣さんは――」
「は? なんであたしの名前知ってんの?」
「みっつぃさんがそういってました」
「みっつぃさん……」

面食らって眉をしかめた里沙に、
なぜか少女は照れたように口元をゆがめてみせる。
こいつ……なんかヘン。
里沙がこの少女をはっきりそう認識したのはこれが最初だった。

妙に近い距離に里沙は少しずつ後ずさりする。
なのにえへへ、なんて照れ笑いをされて居心地の悪さを感じた。

「で、なに?」
「え? あ、えっと……龍に、興味があるんですか?」
「そりゃ誰だってあるでしょ」

あっさりと答えた里沙に衣梨奈は目を見開く。
が。

「一体捕らえりゃ一生遊んで暮らせるんだから」

続けた里沙の言葉に衣梨奈は口元をゆがめた。

「いやいや、お金は大事よ。アンタだってウロコ売ってお金にしたじゃない」
「そう、ですけど」

妙にしょんぼりしている衣梨奈を見つめて里沙は気まずそうに頬をかく。
子供相手に夢のないことを言い過ぎたか。
里沙だって別に金のためなら汚いことでも進んでする、なんて性質ではない。
だがそれを言い募るのもまたカッコ悪いような気がして。
衣梨奈がそれ以上追求してこないのをいいことに、
とりあえずこの話はここまでにしようと思った。

「つーかあんたさーぼやぼやしてるからあんなのに絡まれるんだよ」
「だ、だって。お財布落としたなんて気づかなかったんです」
「こんなじゃらじゃらした財布落としたことに気づかないわけないでしょ」
「えっ」
「スられたんだよ」

里沙はジャケットのポケットから膨れ上がった財布を取り出して掲げてみせる。
ぽかんとしている衣梨奈をよそに高額紙幣を一枚抜き取って投げ渡した。

「さっきの報酬に貰っとくよ」
「あ、はい!」
「で、あれどこで手に入れたの」
「あれ?」
「龍のウロコに決まってんでしょ!」

龍はとにかく売れる。
ウロコ一枚ヒゲ一本、神秘の力が宿ったそれらにはさまざまな効果があり、
とんでもない高値で売買されている。
しかし、ここ数十年でその数は激減している。
ドラゴンハンターと名の通っている里沙であっても、
その目で生きた龍を見たことはない。

そんな里沙の耳に真新しい龍のウロコが売買されたという情報が届いた。
その情報が本当ならば、
生きた龍が近くに生息している可能性も見えてくる。
しかし、とるものもとりあえず駆けつけた里沙が目にした売主は
のんきに串焼きをかじり、のんきに品のない男どもに絡まれていた。

「えっと、拾いました」
「どこで」

目を泳がせる衣梨奈に里沙はイラついたように重ねて尋ねた。
しかし衣梨奈はさらにもぞもぞしながら答える。

「えっと、あの、東の山裾の…池のそばです」
「山裾の池って龍ヶ池?なんかでき過ぎてて怪しいなあ」

里沙の疑わしそうな目に衣梨奈は慌てて手を振る。

「うそじゃないです!」
「まあどっちにしても龍ヶ池は見に行こうと思ってたからいいけど。
 ウロコは一枚だけ?他に龍がいた形跡は?」
「けいせき……」
「木がなぎ倒されてたとか大型獣の死骸があったとか」
「ななないですそんなのぜんっぜん!」

なぜか驚いたような顔でぶんぶんと首を振る衣梨奈に
里沙は一瞬眉をしかめたが、深くは追求せずに問いを続けた。

「ふうん。池の水位は?」
「普通にいっぱいでした」
「いっぱい?」

里沙のトーンが上がった声に衣梨奈はびくりと肩を竦める。

「綺麗な水が、いっぱいでした、けど?」
 
784 :ドラゴンハンター :2013/06/26(水) 22:25

ここから東に進んだ山すそにある龍ヶ池。
その底には龍が住んでいるという伝説がある。
池は龍の生気を映して美しく澄み渡り、
どんなに日照りが続いても干上がることはないが、
龍が長い眠りにつくと生気が抜けて水はよどみ減っていく。

これがまんざらただの伝説でもなく、
数十年前を最後に龍を見たという報告がなくなってから
池は徐々に干上がっていっていた。

里沙が数ヶ月前に調査に寄った時は、池というよりも淀んだ沼のようだった。


なぜそこを通ったのかはあいまいなことしか言わないが、
池周辺の様子やそこから街に至るまでの経路を言わせてみると確かなようで、
うそを言っているようではないと判断した。

「わかった」

一つうなづくと里沙は手にしたままだった高額紙幣を衣梨奈にさしだした。

「え? それは」
「さっきのは私があんたをかばった報酬。これは私からあんたに情報料」

納得いかないような顔で受け取る衣梨奈を他所に
里沙はバイクを引っ張り出してまたがる。

「こっから街まで一人で歩けるでしょ」
「え」

衣梨奈が街に戻りやすいようにわざと街に戻るようにまいた。
歩いてもたいした距離ではない。

「でもでもさっきの人にまた会ったら」
「自業自得。まあ酒も入ってたしカッときただけだろうから
 探し出してまでなんかされるようなことはないだろうから
 あんたが注意してれば大丈夫でしょ」

すがるように腕を掴まれて少し迷ったが里沙が衣梨奈を連れて行く理由はないし
連れていけない理由はある。

「あの街が危ないと思うんだったら住んでたとこにかえんな」

また泣きそうになっている衣梨奈の肩を里沙はトンと叩いた。
どこから来たかは知らないが、15で一人住んでいた街を出てきたのは
それなりの理由があるのだろうと里沙は思っていた。
能天気に見えてそれなりに思い悩むこともあるのかもしれない。
面倒見のいい性質をしている里沙は、そう思うと強くは突き放せずに優しく言った。

「あたしはもう行かなきゃならないんだよ」
「一緒に行ったらダメですか?」
「どうして」
「行きたいんです。新垣さんと一緒に」

キラキラした目で見つめられて里沙はため息をつく。

「バカなことわないの。連れてっても何の役にも立たないでしょ。だいたい――」

連れて行きたくないのではなく連れていけない理由がある。
それを説明しようとした里沙が突然鋭い目をあたりに向けた。
ただならぬ気配に衣梨奈も身構える。

「さっきの――」
「あんな可愛いもんじゃないよ!」

ガガガガッ

いきなり足元に打ち込まれた銃弾に衣梨奈は顔色を青くして飛びのく。
すがりつくように腕につかまった衣梨奈をかばうように里沙はすばやく引き寄せた。
明らかにさっきの連中とは違う連中だ。


莫大な富をもたらす龍を狙っているのはもちろん里沙だけではない。
存在が耐えて久しい龍。
手荒いマネをしてでも手に入れたい。
そんな連中も含んだ色々な連中が狙っているのだ。

里沙は衣梨奈を崖にぐいと押し付けると、小さく舌うちをした。
衣梨奈の姿を見られただろうか。
里沙がはなれれば追ってくるだろうが衣梨奈も仲間と見て捉えるかもしてない。
衣梨奈がしっかり黙っていればいいが、
情報をもっているとわかればまずいことになる。
情報を引き出したあとこれ以上しゃべれなくするようなことが……、
ないとは言い切れない連中だ。

「乗って!」

そうなると面倒見のいい里沙に選択肢はない。
里沙は衣梨奈をバイクに乗せると急発進した。
 
785 :ドラゴンハンター :2013/06/26(水) 22:26

◇◇◇

池の淵に立った里沙は数ヶ月前とは全く違う様子に息を呑んだ。
澱んだ沼は美しい泉に姿を変えていた。
あまりの変わりようにGPSで位置を確認してしまったくらいだ。
衣梨奈が言ったように派手な形跡はみつられなかったが、
ウロコが落ちていたというあたりを慎重に調べると
何か大きなものを引きずったような跡は見ることができた。
ここに、龍がいたんだ。
内心どきどきと心臓を高鳴らせながら里沙は注意深く池の周囲を探索する。


追っ手をまいた里沙と衣梨奈は龍が池にやってきていた。
池のふちに腰を下ろして愛佳のローストビーフサンドを分け合い一息つくと、
里沙はさっそく調査を開始した。

里沙が満足するまで調査を終えて池を離れると、
今度は二人は山あいの村あとに入った。
もう村は放棄されて数十年が経っている。
ここも里沙は何度も訪れた場所だったのだが。

干上がっていたはずの井戸のそばで水辺を好む低木が花をつけていた。
井戸を覗き込むと思うよりも近く水面が青空を映している。
その水面に、綱のきれた朽ちかけた桶が静かに浮いていた。
しかし井戸の側面、雑草が水面下にも茂っていて、
長くこの水位を保っていたようには見えない。
水質をチェックしてもミネラルを多く含んだ水は溜まった雨水などではなく、
地下から湧き出たものだと思われた。

ここは最後に龍の姿を目撃されてから急激に井戸や川が干上がり、
ついに放棄しなければならなくなった村だった。
里沙が生まれるよりも、ずっと昔の話だ。

「いくた? いーくた」

つかの間ノスタルジックに浸っていた里沙が井戸から顔を上げると、
そばにいいたはずの衣梨奈の姿が見えない。
落ち着きのないやつだな。
眉をひそめながら里沙は村の中を一人歩き始めた。

「なんかあったの?」

狭い村の中、衣梨奈はすぐに見つけられた。
村の中心部には石造りの教会が建てられている。
衣梨奈はその壁に描かれた色褪せた絵をぼんやりと見上げていた。

勇猛な龍が空に舞い大粒の雨を降らせている。
山からは大水が下り家や田畑を飲み込んでいた。

この村は龍を恐れながらも信仰していた。
信仰していた龍に滅ぼされた村だとも言える。

「いれば洪水いなくなりゃ渇水か」
「違います」
「え?」

ぽつりとつぶやいた里沙の言葉に衣梨奈がすばやく言葉を返す。

「何年も繰り返し作物を作った土地はやせ細って精気を失います。
 そんな土を削り取りって肥沃な土を川下まで運ぶんです。
 大水はそうやって新しい田畑を生み出すんです」

どこかおどおどとしゃべっていた衣梨奈が、急に熱心に語り始めた。
見下ろされる強い瞳を里沙はじっと見つめ返す。
思いつめたような顔もやっぱり綺麗だなとか思うと、
ふとよく似た目をしていた人のことを思い出した。

「龍は大地を育てる、か」
「え?」
「昔世話んなってた人があんたと同じこと言ってたなと思って」
「どうして新垣さんはそれを信じてくれないんですか」
「信じてないわけじゃないよ」

ただ。里沙にとって龍の価値はそこになかった。
短い付き合いの衣梨奈にそれを理解してもらえるとは思えない。
まっすぐに自分を見つめる衣梨奈に里沙は少し困ったように首をすくめて見せた。

その耳に遠く風の唸りのような音が聞こえて、里沙は空を見上げた。

「まずいな」

微妙に顔をしかめる里沙の肩越しに空を見上げた衣梨奈が目を見張る。

「ツェッペリン……」

衣梨奈の視界かすかに飛行船の姿が見えた。
距離を考えるとおそらくずいぶん大きなものだろう。
呆然と空を見上げる衣梨奈の腕を里沙がひいた。

「もう行こう」
 
786 :ドラゴンハンター :2013/06/26(水) 22:27

「あれもハンターですか?」

追われていないと見たのか里沙は幾分ゆっくりとバイクを走らせる。
途中進路の確認と休憩に落ち着いた木陰で衣梨奈は聞いた。
今この世界に数隻しかないといわれている飛行船。
その飛行船を飛ばせるなんてさすがドラゴンハンターは豪勢だ。
うんうんとうなづく衣梨奈に里沙は笑って手を振ってみせる。

「違う違う。あれは龍の保護団体なの」
「龍を保護、ですか…」

ぽかんとする衣梨奈に里沙は苦笑いを浮かべた。
地上最強と呼ばれる龍をたかが人間が保護とはなんともちぐはぐな話だ。

「保護って言うかまあ大富豪の酔狂だね」

歴史は百年も前にさかのぼる。
一国の王様よりも財産を抱えた大富豪。
秘めたる力のために乱獲され、数を減らしていく龍を哀れに思ったのか、
彼は龍を保護する団体を作った。
その団体は彼の死後も一族の援助により活動を継続しているが、
龍が見られなくなっていしまった今では、
龍の生態を研究するのが主な活動となっている。

「これからどこへ行くんですか?」
「龍が池の上流に行く」

訪れた龍が池は確かに姿を変えていたが、
里沙の感じたところではどうもその底に龍が息づいているようには思えなかった。
龍が池より小さいが、上流には源流を同じくする泉がいくつかある。
そこを順に探ってみようと思っていた。
の、だが。

チュン

「また来たか!」

バイクのそばに弾丸を撃ち込まれて、里沙はバイクの速度を上げる。
飛行船ではない。
手荒な連中の方だ。
どこから狙われているのか撃ちこまれる弾丸を里沙はたくみに避ける。
必死になってしがみつく衣梨奈を気にしながらあちこちに視線を向ける。

「そこかっ」

里沙もすばやく銃を取り出すと遠くに見える岩陰に狙いを定める。
いくつか弾丸を撃ち込むと、見方の危機を案じたのか乗じたのか、
黒いバイクが二台現れて里沙を追ってきた。
里沙は銃を構えると黒いバイクを近づけないように威嚇射撃を繰り出す。
しかし二台のバイクもそれも交わしてつかず離れず追ってくる。

里沙は内心舌打ちをする。
フリーで危険な仕事をしている。
狙撃の腕前はそれなりである自負もあったが、
相手もそれなり以上の腕前を持っているようだ。
しかも自分はお荷物も抱えている。
ぎゅっと抱きついてくる衣梨奈の細い腕を見下ろして、里沙はひとつ息をついた。
これは、相手に怪我をさせても仕方ないか。
 
787 :ドラゴンハンター :2013/06/26(水) 22:27

里沙が覚悟を決めて銃を構えなおしたそのとき、黒いバイクがふっと影に覆われた。
いぶかしく思ったのか、
晴れたはずの空を見上げたバイクがぎょっとしたのがわかった。
見上げたその上には、覆いかぶさるように近づいた飛行船の姿。
操舵艇の下方に積まれた大型の機関銃が、
狙いを定めようとゆっくりと動き出している。

厄介なことになったと言えばなったが、助かったと言えばやはり助かった。
飛行船を見上げたままでほっと息をつく。
その里沙の耳に衣梨奈の甲高い叫び声が飛び込んできた。

「新垣さん!前!」

はっと里沙が正面を向く。
数mはある裂け目が目の前に広がっていた。
深い谷の底は見えなかった。
止まる、迂回する。
その選択肢はもう遅い。
それならば。

「生田! しっかりつかまってな!!」

里沙は最後の数m、バイクの速度を一気に上げた。

ダン!!

崖っぷちで飛び上がったバイクが宙を舞う。

「きゃあああああああ!!??」
「うっさい!! 黙ってな!!」

しがみつく衣梨奈を叱り付け里沙は細い腕と足で車体の平衡を保つ。
届かない、か……っ。
ぎりっと歯を食いしばる。

「おいで!」

里沙は衣梨奈を強引に抱えるとバイクを一蹴りして飛び上がる。
そのまま宙に腕を差し出して、
放り投げるようにして衣梨奈を地面に転がした。

ざざざっ

「いったあ……っ」

地面にこすられて血のにじむ頬を撫でていた衣梨奈だったが、
はっとして慌てて体を起こした。

「新垣さん?」

きょろきょろと見回す視界に細い手が一本見えた。

「新垣さん!!」

衣梨奈が駆け寄るとガラガラと崩れる。
これ以上近寄ると崩れ落ちてしまうかもしれない。

「新垣さん! 新垣さん! 新垣さん!! どうしよう!?
 衣梨奈どうしたらいいですか!!?」

半狂乱になった衣梨奈が甲高い声で叫ぶ。

「どうも、しなくていい」

苦しげな声。
せっかく助かったのに。
せっかく龍に近づけたのに。
とんだ失態を犯したものだ。
自分のバカは仕方ない。
だから。

「みっつぃのカフェオレ、あたしの分おごってやるよ」

だから、せめてあの子には伝えてほしい。

ガラッ

里沙の指先にかかっていた荷重が開放された。
ふっと体が重力から開放される。
里沙の体が宙を舞った。
龍って、こんな感じなのかな。
龍に、会ってみたかった。
本当は、売るとかそんなんじゃなくて。

ただ、ずっと憧れていたんだ。
一目だけでも、見てみたいと。


閉じたまぶたの裏に、記録媒体でしか見たことのない龍の姿が映った。
 
788 :ドラゴンハンター :2013/06/26(水) 22:28



里沙は背中に感じた衝撃に目を開く。
谷底にたたきつけられたにしてはやわらかい。
それとも天上界とやらの地面にたどり着いたのか。

ぼんやりと体を起こそうとすると、ぐらりと体が傾いだ。
あまり安定のいい足場ではないようだ。
注意深く顔を上げた里沙の視界に飛び込んできたのは。

「りゅう……」

頭の先から尾の先まで十数mはあろう。
まぶたの裏に描いた同じ姿がそこにあった。
呆然とする里沙を受け止めると、龍はぐっと首をもたげて高度を上げた。

谷を出ると、
振り仰ぐ飛行船の操舵艇からこぼれそうなほど目を見開いている人が見えた。

手に触れるウロコは今まで里沙が目にしてきたものとはまったく違い、
美しく明るいグリーンに輝いている。
それは、生きた輝き。
うごめくウロコにはかすかに温かみを感じて。

「うわっと」

少しの間飛行船と併走していた龍がゆっくりと旋回する。
その動きにぐらりと傾ぐ体を慌てて立て直した里沙を、龍が首をもたげて振り返る。
じっと見つめあう真っ黒な瞳。
その目が心配そうに、泣きそうに見えて。里沙は思わずつぶやいた。

「いくた」

里沙は自分の呼んだ名に驚いた。
どうしてそう思ったのかわからない。
わからないけれどなぜか自分の言葉にすとんと納得がいった気がした。
里沙のかすかな声を聞いたのか、龍はゆっくりと谷底に向かって降りていった。


谷底に体を横たえた龍から地面に降りようとして里沙は崩れ落ちた。
左腕の骨が外れていたことには気づいていたが、崖を滑り落ちたときに傷めたのか、
右足が完全に立たないことには気づいていなかった。
手足の痛みに這い蹲るように地面に転がった里沙の目先で、
美しくゆれる龍の体がふわりと消えた。

「にいがきさん」

どこか悲しげな声が里沙の耳に聞こえた。
その声には答えず、里沙は痛みに耐えながら体を起こす。

「う……ああっ!!」

右手で左肩を抑えるとそのままぐっと力任せにはめ込んだ。
吐き気がするような痛みが走った。

「だだだ大丈夫ですか!?」
「あのままよりはマシ」

驚いて手を差し出した衣梨奈を見上げることもせずに、
里沙はぐったりした顔で腕を押さえる。
骨のはまった腕はまだしびれているが時機にそれなりに動かせるようになるだろう。
そんなことよりも。

「アンタ」
「あ、あの、えっと」

気まずそうにうつむく衣梨奈に里沙ははあっとため息をつく。

「なんで黙ってたの」

責めるようなことが言えるわけはない。
龍を狩るんだと意気込んでいる相手に
自分が狩られる者であることなど言うわけがない。
わかっている。それでも里沙は衣梨奈をにらみつけた。

「だって、あの」
「あたしのこと、馬鹿にしてんの」

狩るものと狩られるもの。
その関係性をわかっていてなぜついてきた。
なぜ、慕うようなそぶりを見せた。

「嫌いに、なりませんか」
「どうして」

おずおずと言うと衣梨奈は首をうつむける。
だって……つぶやくともう、衣梨奈は足元にぽたぽたと涙を落とす。

「ずっと一人でいたんです。暗い泉の底でずっと。
 人の姿が取れるようになって、誰かと話がしてみたくて町に降りました。
 だけど人になりきることはできなくて、空気読めない変なやつだって。
 それって私が龍だから。人間じゃないからで。
 だから言いたくなかったんです。
 新垣さんに……嫌われたくなかった」

泣きじゃくりながら話す衣梨奈に里沙は深くため息をつく。

「ばっかだねえ」
「だって……」
「龍であったってそうじゃなくたって、アンタは変わらないよ」
「え?」
「空気も読めないしバカだし泣き虫だし。そんなの変わるわけないじゃん」

呆れたように言い放つ里沙に、衣梨奈は不安げに眉を寄せる。
そんな衣梨奈の顔を見て小さく笑うと、里沙はその肩をぽんとたたく。

「でもまあ、アンタは私が嫌いになるほど自分勝手でもバカでもないとは思うよ」

苦笑混じりに言った里沙の言葉に、衣梨奈は一瞬きょとんとする。
それからやっと意味がわかったのか、ぱあっと顔を輝かせた。
 
789 :ドラゴンハンター :2013/06/26(水) 22:28

◇◇◇

「新垣さん!」

号泣して抱きついてくる愛佳に里沙は困ったように笑った。
両手は松葉杖でふさがり、荷物は傍らの衣梨奈が持っていた。

「連中がドラゴンハンターの新垣は龍に食われたって言いふらしてて、
 だからあたし……」

愛佳は里沙の顔を何度も確認してその体をべたべたと触る。

「ちゃんと生きてるよ」

ちょっと座らせてよ。
里沙の言葉に衣梨奈が一番近くの椅子をさっと引く。
松葉杖を受け取ると、肩を支えて里沙を座らせる。
そのかいがいしい付き人っぷりに愛佳は不満げに唇を尖らせた。
自分にだって、それくらいできたのに。

「龍は背中にのっかったあたしに気づかなかったみたいで
 そのままどっかに行っちゃったよ」
「そうなんですか」
「惜しいことしたけどあたしも怪我してたからさー」

龍が池のこと、山裾の村のこと、追っ手に追われたこと、谷に落ちたこと、
そして龍に出会ったこと。
それらの話の概要は、途中の街に怪我の治療に立ち寄っていた里沙が
この街に戻るよりも先に伝播してきていたが、
やはり本人の口から聞くと臨場感もあり、
愛佳は身を乗り出すようにしてその話に聞き入っていた。
そんな愛佳に気をよくしたのか、
里沙は衣梨奈の持っていたバックパックに手を突っ込む。

「じゃーん」

差し出された里沙の手には、数枚のキラキラと輝くウロコが掴まれていた。
遠巻きに里沙を見ていた人垣からもおおおっと歓声があがる。



谷底には数枚のうろこが落ちていた。
衣梨奈の手足にいくらかかすり傷があった。
里沙を掬い上げるためにがけに体をぶつけたと言っていたので、
そのときにはがれて落ちたのだろう。
手のひらに余るほど大きなウロコを持ったまま、衣梨奈は谷を見上げた。

「これ、どうやって戻りましょう」
「うーん。もう一度龍になるのはヤバイしねえ」

地上で続いていた銃声が次第に遠ざかっていく。
どうやらバイクの連中と飛行船の戦いは収拾がついたようだ。

「どっちが勝ったんでしょう……」
「ツェッペリンが負けるってことはないよ」

里沙は小さく苦笑した。
優雅に空を飛ぶ飛行船だが、あれでも重火器を備えている。
たて突いてろくなことにならない組織であることもわかっているだろうから、
バイクの連中も適当なところで引くだろう。

里沙の予想通り、しばらくして飛行船から籠が下ろされてきた。
その中に乗っていたのはなんだか派手に目を引く女性が二人。
衣梨奈は気圧されるように一歩引き下がる。
そんな衣梨奈には気づきもしないかのように、
一人目の女性は転げるように籠から降りると、
うずくまったままの里沙を抱きかかえるように走り寄った。

「マメ! アンタ生きてたの!?」
「石川さん、そりゃないでしょ」
「だってあれじゃ龍に食べられたんじゃないかって……っ」
「新垣の運のよさは無敵だねえ」

苦笑を浮かべる里沙に、もう一人の女性も呆れたように言う。
最初に降りてきた人物の名は石川梨華、あとに続いたのが保田圭という。
小声でそう紹介すると衣梨奈は驚いていくつか瞬きをした。

「お知り合いなんですか?」
「まあ、ね」

不思議そうに聞く梨奈に里沙はばつ悪そうに目をそらした。

里沙ももともとはこのドラゴン保護団体に所属していたのだ。
しかし里沙は龍の魅力に『とりつかれた』。
特にその強さに。
それに挑みたいと思うほどに。
そして里沙は団体を飛び出しフリーのドラゴンハンターとなったのだ。

「保田さん」
「なによ」

新垣の足の具合を見ていた圭に衣梨奈の手にあるウロコを一枚差し出す。
ぎょっとした圭が手を出す前にそれを引いた。

「ツェッペリンで町まで送ってもらえませんか」

飛行船の運賃にしては破格だ。
何よりも欲していた本物の龍のウロコ。しかもはがれてすぐ。
併走する龍の姿も飛行船から撮影している。
情報も集まったし反論する余地はなかった。
 
790 :ドラゴンハンター :2013/06/26(水) 22:29

「危ないこと、もうやめてください」

里沙の話がすべて終わり、人垣も徐々にほぐれていく。
その中で愛佳が不安そうに言ったが、里沙はその肩をぽんとたたいただけだった。

「ま、結構今回は痛い目にあったからこれからは気をつけるよ」

懲りたようには思えない口調。
自分が何か言ったところで信念を曲げるような人ではない。
それくらいわかっていた。
だからこそこの人を敬愛しているのだし。
愛佳は観念したように心配げな顔をやっと緩めた。


「カフェオレ、いれますね」



「アンタはしばらくそのナリで姿を隠してた方がいいね」

やっと愛佳が仕事に戻ったところで、里沙は衣梨奈に視線を向ける。
これから実際に龍を見たという話が広まっていけば、
衣梨奈が龍の姿のままここにとどまることはあきらかに危険すぎる。

「新垣さんはこれからどうするんですか?」
「んー。まあドラゴンハンターのお仕事をしますよ」
「……それって」
「武具や薬に使える獣を捕らえるの」

ドラゴンハンターなどといっても今の仕事はそんなもの。
それでも一流の里沙ではずいぶんな稼ぎになる。
危険な仕事ではあるが、里沙はそれなりにやりがいも感じていた。
ほっとしたように表情を緩める衣梨奈に、里沙はにっと笑って応える。

「一緒に行ってもいいですか?」

不安そうに眉を下げる衣梨奈に里沙は、宙を見上げて小さくうなった。

自分を助けるために龍の姿をさらしてしまったのだから、
責任を感じるといえば感じるし、なによりも恩義を感じる。
そしてそれよりも。

愛佳は愛佳として、
ここまで妄信的に慕われたようなことはなくて。
面倒で気持ち悪いなんて思いながらも内心は結構。

うれしかったりも、して。

「しょーがないなあ。あたしの邪魔すんじゃないよ」
「はい!」


相変わらすのいい子のお返事に里沙は苦笑を浮かべた。



『 ドラゴンハンター 』   終わり
 
791 :名無飼育さん :2013/07/10(水) 03:33
久しぶりに覗いてみたら、こんな素敵なお話が!
ありがとうございます。
792 :名無飼育さん :2013/07/12(金) 16:01
うわー嬉しい!更新ありがとうございます。
いつも夢中になって読んでます。
793 :名無し飼育さん :2013/07/15(月) 22:35
素敵なお話!
なんですけど、B℃じゃないですよねw
794 :esk :2013/09/21(土) 23:35
読んでくださった方、ありがとうございます。

>>791さま
素敵だなんて恐縮です><
なかなか更新ないですがよろしくお願いします。

>>792さま
ありがとうございます。
夢中だなんて言い過ぎですよぅ><

>>793さま
バレましたかw
今度はちゃんとB℃ですw


『 右目とバディ 』
795 :右目とバディ :2013/09/21(土) 23:37

ハロルド:徳永千奈美
ルーパート:清水佐紀
※我らジャンヌのパロディ風ですが、筆者未観劇です



「明日からの行軍演習やだなー」
「珍しいね。ハル行軍演習好きじゃん」

張り出された予定表の前、ひょろ長い手足を持てあまらせた少年がぼやく。
その後ろを通りかかった背の低い少年が、脇からひょいと顔をのぞかせた。

ひょろ長い少年ハロルドと小柄な少年ルーパートは幼馴染同士であり、
今は二人とも騎士予備隊に在籍しいる。
予備隊は12〜15歳の少年を集めて、
将来優秀な騎士になるための訓練を施している騎士学校のようなものだ。
騎士隊の中で上級職に就くような者は大抵この予備隊の出身者であり、
いわゆるエリートコースとも言えるが、その訓練は甘いものではない。

重い装備を背負い特に何をするでもなくひたすら歩き続ける行軍演習も、
隊員たちには嫌われることの多い訓練のひとつだが、
ハロルドはこれを遠足みたいだといつも楽しみにしていた。

「だって今回ルーパートと違う組だからさー」
「なんだそんなこと」

唇を尖らせるハロルドにルーパートは小さく噴出す。
ルーパートの幼馴染はひとつ年下であるが、
それを差し引いたとしても子供っぽい言動が多い。
教官などからは騎士らしくないと渋い顔をされているが、
この天真爛漫さがハロルドの魅力であるとルーパートは思っている。

「そんなことったってさー。
 ばらばらになんかされたらバディになれんのかなーって思うじゃん」
「いろいろ可能性を試してみたいんでしょ。大丈夫だよ。
 ハロルドはルーパートじゃないと手に負えないってすぐにわかるから」

騎士隊において危険な任務に就くときは、二人一組になり行動を共にする。
これをバディと呼ぶ。
バディはその時々で組み替えられるのが普通だが、
名を残すような騎士には大抵決まったバディがいた。
予備隊員や若い騎士がバディと言う場合、こちらの関係に憧れている場合が多い。

「なるほど! 手に負えないようなことすればいいのか」
「バカ。それじゃ騎士隊さえ落ちるよ」
「えー。じゃあどうすんの」
「普通にしてなって。ハルはそれで充分厄介だから」 

納得行かないように唇を尖らせるハロルドに、ルーパートは苦笑いを浮かべた
 
796 :右目とバディ :2013/09/21(土) 23:38

◇◇◇


「あー! つっかれたー」

ハロルドが宿舎に帰ってきたのは夜遅くなってからだった。
夕方には戻るはずだったのに、その予定が遅れたのは自分のせいではない。
と、思う。
たぶん。

「ハロルド」

疲れた身体を伸ばしながら歩いていると、背後から声をかけられた。
首だけで振り返ると教官の姿が見えて、
ハロルドは慌てて身体ごと振り返って敬礼の形を取った。

「あ、教官!」
「いい。ちょっと来い」

だらしないと怒られるのかと身構えたハロルドは、
何も言わずに歩き出した教官に拍子抜けしながらも慌ててその後に続いた。

今度は自分は何をやらかしたのだろう。
教官室につれられたハロルドが不安そうな顔をしていると、
教官はひとつため息をついて話し始めた。


ルーパートの参加した演習隊が実際の戦に巻き込まれた。

先導していた教官が退避口を作って逃がしたので最悪の事態には陥らなかったが、
数人のけが人が出た。
重傷者もいる。

ルーパートは。

ほかの怪我はたいした事はないのだが。


「みぎ、め?」
「失明するかもしれないらしい」

手榴弾の爆風を食らって右目を負傷した。
うつむいたまま淡々と話す教官の額の辺りを、ハロルドはじっと見つめる。

ほかの重傷者二人からはすでに除隊願いが出ている。
教官としては受け入れるつもりだ。

「ルーパートからは」
「本人の意思では、出ていない」
「どういうことですか」
「このまま本当に視力を失うのであれば、除隊にするしかないかもしれない」
「なんでだよ!!」

突然声を荒げたハロルドを教官は見上げる。
罰則ものの発言には何も言及せず、その目をじっと見つめる。
直情型のハロルドにこの話をすれば、激高するであろうことは予測していた。

「もしこのまま騎士隊に入ってもいずれ早いうちに命を落とすことになるだろう。
 それなら今のうちに違う道を――」
「俺たちは!!」

教官の言葉をさえぎり、ハロルドはぐっとこぶしを握り締めた。
そのこぶしで自分の胸を強くたたいて教官に迫る。

「俺とルーパートは陛下に絶対の忠誠を誓ってる!
 命を落とすことを恐れてなんかいない!!」

「お前はルーパートのバディになりたいんだろう?」
「なるんだよ!」
「いずれ戦場でルーパートが、ルーパートの右目がお前の足を引っ張った時、
 それでもお前は同じことを言えるのか?」

「言える!!」

吐き出すように叫んだハロルドに、教官はふっと疲れたようなため息をついた。
この返事も、予想の範囲内だった。
あとはハロルドとルーパートが現実に向かうことでしか解決しない。

「お前の気持ちはわかった。だがルーパートの進退はお前が決めることじゃない。
 医務室にいるはずだ。行ってやれ」
 
797 :右目とバディ :2013/09/21(土) 23:39

「どうぞ」

ノックしたドアの向こうからの聞きなれた声に、ハロルドは一瞬躊躇する。
このドアを開けなければ、ハロルドの記憶の中でルーパートの目はまだ見えている。
結果を出す行動におびえながら医務室のドアを開くと、
奥のベッドでルーパートは身体を起こして座り込んでいた。

右目をやられたと聞いていたが、両目に包帯を巻かれたルーパートは、
いつもよりももっと小さく見えた。

「入るよ」
「ハル?」
「うん。調子どう?」
「体はぜんっぜん平気だよ」

いつも以上に明るい口調でおどけて言うルーパートに、
ハロルドは気づかれないように息をついた。
現実なんだ。
教官になにを言われてこみ上げるのは怒りばかりだった。
しかし現実を目の前にして、ハロルドの感情はからっぽだった。
どう話せばいいんだろう。
答えはすぐそばにある気がするのに、空っぽな感情が邪魔してそれが見えない。

「ハル、教官と話した?」
「あー、まあちょっと」
「僕、除隊かな」
「ル――」
「隻眼の騎士なんて聞いたことないもんね」

違う。
そう思っているのになんとそれさえ言葉にならず、ハロルドが黙ってしまうと、
ルーパートはわざとらしく大きくため息をついた。

「あーあ。こんな形で騎士隊離脱するとは思ってなかったなあ。
 ハルは誰かほかのバディを――」
「俺のバディはルーパートだよ」
「片目のバディ?」
「じゃあ俺がルーパートの右目になってやるよ」

自虐的に言ったルーパートの言葉を聞かないように、
ハロルドはすばやく答えた。
当然のように言ってにかっと笑うハロルドにルーパートは言葉を失う。
ハロルド自身、自分の口からすとんと出て行った言葉に驚いた。

『いずれ戦場でルーパートの右目がお前の足を引っ張った時』

ルーパートの右目は自分だ。
それなら、足を引っ張るのも自分。
ルーパートの命さえ預かるのも自分だ。
そうだ簡単なこと。
言ってしまえばそれはひどく簡単なことのように思えた。

あっけにとられていたルーパートは慌てたようにハロルドから顔を背けた。

「不安な右目だな」
「なんだよー」

二人とも、言ったルーパートの声が震えていることには気づいていた。
それでも何も言わずに笑いあう。

子供っぽくて直情的で楽天的。
それがハロルドの良さだとルーパートは知っていた。
けれどそれがこんなにも、大きく強いものだとは知らなかった。
ハロルドさえいれば、自分の右目を預けることもひどく簡単に思えた。

厚く巻いた包帯の下、
光を失った右目からもゆっくりと熱いしずくが垂れた。


僕の右目は、まだここに生きている。



『 右目とバディ 』   終わり
798 :TOY :2013/09/23(月) 00:28
更新きてる!!
ハロルパの関係は本当、こういう感じでした。
ハロルドいいなぁ。最強のバディですね。
799 :esk :2014/11/10(月) 00:51
読んでくださった方、ありがとうございます。
>>798TOYさん
一年以上前のレスありがとうございます^^;
ちなキャプもいまやすっかりいいコンビですね。

意図的に書き方を変えてみました。みやもも
800 :熱帯夜 :2014/11/10(月) 00:57

※夏の話です

ん……?
暗い。ちゃんと目は開いてるはずなのになんで何にも見えないんだろう。ぼんやりとした頭のままで何回も瞬きをすると少しずつ状況がわかってきた。そっか。まだ深夜なんだ。
そう気づくまで繰り返した瞬きを止めて、頭のそばに手を伸ばした。この辺に携帯があるはず。今何時か知りたい。指にあたった硬い塊を掴んで電源をONにすると浮かび上がった時間はまだ深夜って感じの時間。なんだまだまだ寝れんじゃん。こんな時間に目が覚めちゃうとかなんか損した気分。明日だって朝早いのに。
軽く寝返りをうつと、暗さに慣れてきた目に隣でぺったりとくっつく白い肌が浮かび上がった。……パジャマ、着ないで寝たんだ。そういえばあたしも同じ格好だってことを思い出して、ゆっくり上下するももの肩から視線を離した。
なんとなく吐き出した息が熱くて、身体もずいぶん汗ばんでいる。ただでさえ真夏で暑いのに、こいつのせいでたまんないよね。携帯を離した手で今度はクーラーのリモコンを探した。ももも汗をかいているのかかすかに甘い匂いがして、あたしののどがこくっと音を鳴らす。その張り付いた感覚に、これのども渇いてるのかも。まあさすがに水のみに行くのはめんどうだからしないけど。
やっと探し出したリモコンを引き寄せた。

ピ。

小さな音に傍らの塊が身じろぐ。やば。起きちゃった? 普段寝起き悪いくせにあんな小さい音で起きるとか。一応起こさないように気を使ってたのに意味ないし。っていうかホントに起きたのかな。じっとして様子を見てたらももは目を閉じたままで唇を開いた。

「クーラー……ありがと」

眠そうな掠れ声だけど内容的に寝言じゃなくて起きてるらしい。起こしてごめんとか言うべき? でも先にあたしの目が覚めたのはたぶん暑かったからで、その理由はももがここにいるからなわけで、だったら起こされたのはあたしの方。じゃあ謝る必要なんかないんじゃない?

「寒かったら消して」
「んーん……どうせ暑くなるからこのままで……」

結局謝るのはやめてそう言ったら返ってきた言葉は何言ってんのか意味わかんない。クーラーつけたんだからだんだん寒くなるんじゃん。こいつやっぱり寝てるな。冷たい風がそよそよと吹いてきて気持ちいい。でも汗もかいてるしこのままだとそのうちホントに寒くなってくるかも。風邪引くといけないしちゃんとお布団着よう。
肩の下までめくれたタオルケットを手探りで引っぱるとその手が掴まれた。寝起きのももの手はすごく熱い。びっくりして振り払おうとしたら寝起きとは思えないくらい強い力で引っ張られる。

「ちょ……っ」

何こいつ起きてるの寝ぼけてるのどっちなの? 慌てて押し返そうとしたあたしの手は逆にベッドに押し付けられて、身体を起こしたももの眠たげな目が暗闇の中であたしを見下ろす。たったそれだけのことでどきどきして。いろんなこと考えちゃった頭の中さえもが見抜かれそうで。とっさにももから目をそらした。くすってももの笑った声が聞こえたような気がした。次の瞬間首筋にぺたりと唇を押し当てられて息を呑む。一気に体温が上がってどきどきも考えちゃう頭の中ももう止まらない。止まれ止まれってぎゅっと目を瞑っても、ももに首筋を舐め上げられる感触にそんなことできるわけがなかった。

「暑く、なる」
「だからクーラーつけたんでしょ」

震える声でそれだけ言うとももが笑うように言った。そんなわけないでしょバカ! 言おうとした言葉は甘い声に変わって、それはきっともう諦めろって言う心と身体からのサイン。仕方なくももの身体に腕を回すとももが小さく耳に噛み付く。甘い痛みのご褒美に、あたしの身体が悦んで震えた。


『熱帯夜』   終わり
801 :名無飼育さん :2014/11/19(水) 10:49
新作きてた!
一人称系?も読みやすくて良いですね!

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