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ファーストブレイク 5th period

1 :みや :2009/04/05(日) 00:14
これの続き

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ttp://mseek.xrea.jp/water/1136560613.html
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高校生がバスケする話
吉澤とか石川とか藤本がそれぞれの学校で中心ぽくいて、周りにいろいろな人もいます。
更新は基本週一

現在第八部の途中です。
ご新規さんは、四枚目のスレッドあたりから読んでみて、面白かったら最初にもどればいいんじゃないかと思います。

この五枚目はいきなり中途半端なところから始まります。


よろしくお願いします。
884 :第八部 :2010/05/01(土) 23:06
 指名された藤本は、それほど驚きもしなかった。
 相手の四番プレイヤー、身長差のある選手に藤本がマッチアップするというのは普通ない。
 だけど、石黒に言われて普通に受け止めた。
 積極的にスリーポイントを狙えとか、足を動かせとか、そういうレベルの指示と同じように、石川に付けという指示を藤本はごく普通に受け止めた。
 この場面であの女を止められるのは自分しかいない。

 富岡のメンバーが先にコートに上がっていた。
 エンドに高橋がいて、田中と柴田がすぐそばで待っている。
 道重と石川は上がっていた。
 メンバーチェンジは無くそのままだ。
 藤本は田中の方にではなく石川の方に近づく。

 「四番オーケー」

 石川と藤本、視線がぶつかった。
 藤本から見て、石川の表情に特に変化はない。

 そういえば、プレスの時どういう動きするのか分かってないや、と藤本は思った。
 こんな位置でプレイしたことも練習したこともない。

 富岡は滝川が里田のファウルアウトに絡んでメンバーチェンジしてきたので、マークの確認をしている。
 ベンチの指示もあおいだ。
 石川のところに藤本が来ていて、滝川は大分変則的な形になっている。
 和田コーチの指示は、普通にマッチアップしろというもの。
 高橋が藤本、田中は新垣、などなど、改めて指差し確認する。
 確認が済んで、高橋がもう一度エンドラインの外に出た。
 レフリーがボールを入れる。
 藤本は石川に張り付いた。

 残り三十七秒。
 52-52
885 :名無飼育さん :2010/05/02(日) 21:08
あーやっぱ無理だ。富岡には勝てないよ…
886 :作者 :2010/05/09(日) 00:22
>>885
あきらめたらそこで試合終了ですよ
887 :第八部 :2010/05/09(日) 00:22
 里田がベンチに下がり、富岡で楽になったのは石川ではなかった。
 石川にとって藤本は、身長差はあるけれど楽な相手だとはまったく思っていない。
 このゲーム中に、滝川カップのワンオンワン大会のことなんかはまったく頭に浮かんではいないが、藤本のディフェンス力は十分に感じている。
 この場面、楽になったのは田中だった。
 目の前から藤本がいなくなった。
 滝川の控えメンバーのディフェンス力は甘くないが、藤本ではないというだけで心理的な圧迫感はかなり軽減されている。
 中央に走りこんでで高橋からのボールを受けると、一気にフロントコートまでドリブルで持ちあがった。

 外から勝負。
 石川はそう決めていた。
 相手が藤本になる、という想定はなかった。
 タイムアウトの時のベンチからの指示は、外から勝負しろというもの。
 相手が長身のセンターが入ってくるという前提でのものだ。
 藤本が相手なら中で勝負した方が有利だろう。
 それは分かっているけれど、石川は自分の得意なやり方を選びたかった。
888 :第八部 :2010/05/09(日) 00:22
 藤本にはその石川の心理は読めない。
 外でも中でも、とにかくボールをもたせない。
 これに集中した。
 コートに残っている滝川のスターティングメンバーは、もう、藤本と麻美の二人しかいない。
 それを考えてくると、自分が当たっている石川ではなくて、他の選択肢を富岡が選んでくる可能性は十分にある。
 しかし、それは気にしないことにした。
 石川は、全体のことを考えながら抑えきれる相手ではない。

 足は十分に動いている。
 石川の動きに藤本はしっかり対応出来ていた。
 周りも見えている。
 スクリーンが来ても、ファイトオーバーで避けて石川を追って行ける。
 上を通されて、最高到達点で石川がパスをキャッチするなら藤本は届かない。
 それは、そうなったら仕方ない、という割り切りもあったが、体を常に当てていて十分にジャンプすることが出来ないようにもしている。

 外から高橋や柴田が勝負の気配を見せていた。
 田中もパスアンドランで中へ飛び込んだりもしている。
 全部、成立はしてはいないが、無警戒に出来る相手ではない。
 そういう前振りがあった上で、石川は外でボールを受けようとする。

 足を入れて面を取って外へ逃げる動き。
 場所さえ選ばなければ、それで上からボールがくれば受けられる。
 これを抑えに行こうとすると、石川は裏を付いてゴール下へ走る、という狙いを見せた。
 しっかり反応してパスコースを遮断する。
 石川はくるりと向きを変えて外へ。
 一瞬の隙を、田中がしっかり見て取ってパスを通した。
889 :第八部 :2010/05/09(日) 00:23
 残り二十二秒。
 右三十度。
 ボールを受けたところでシュートが打てるような位置関係ではなかった。
 外に動きながらパスを受けて左足を接地。
 そのまま右手でドリブルを突いた。

 動きは一々頭で考えてはいない。
 相手の動き、視界に入っている周りの位置関係、自分の持っている力量。
 無意識下でそれらの情報が処理されて、一つ一つの動きが決定される。
 そのまま行くのか、切り返すのか、パスを捌くのか。
 石川は瞬時に選択肢、藤本は相手の選択をやはり無意識下で推定する。
 ゴール下は広かった。
 石川がボールを受ける動きをした時点で、道重は逆サイドに捌けてスペースを空けている。
 柴田、高橋、あたりの仕掛けの素振りという前振りがあったので、滝川の周りのプレイヤーも、完全に石川だけを抑えに行く、という動きはしていない。
 完全に一対一。
 抜き去ればそこにゴールがある。

 石川の視界にはその広いゴール下は当然入っていた。
 もう一つドリブルをついて踏み込んで飛べば、ゴール下の簡単なシュートが打てる。
 しかし、その選択を石川はしなかった。
 一つ目のドリブルを突いてそれが手元に戻ってくるまでの間に、塞がれる、というイメージの方が強く脳内に、いや、脊髄に広がり、反射的に違う選択肢を取ることになる。
 藤本の石川の動きに対する反応は、抜き去られずにエンドライン際に押し込めるだけのすばやいものだった。

 切り返して内側に入って行くか?
 あきらめてパスを捌くのか?
890 :第八部 :2010/05/09(日) 00:24
 石川はどちらも選ばない。
 ワンドリブル突いて、手元に戻ってきたボールをそのまま掴んでジャンプ。
 右十五度あたり、遠めの二点シュート。

 とても珍しい、というような動きではなかった。
 石川が弾んで戻ってきたボールを掴んだところで、藤本は後ろへ下がる動きから、前へと重心をずらす。
 ジャンプした石川に合わせて、藤本もブロックに飛んだ。
 タイミングはぴったりと合っている。

 一番難しい状況は作り上げた。
 距離のある位置からのジャンプシュートを、目の前にブロックのある状況で打たせる。
 これが、田中、あるいは高橋が相手でも、藤本のブロックにそのまま引っかかっただろう。
 しかし、石川だった。
 藤本とは身長差とさらにジャンプ力の差がある。
 ボールを藤本の壁の上を通すことは出来る。
 あとは、この難しいシュートが入るか否か?

 「リバウンド!」

 叫んだのは石川だった。
 ボールの軌道は打った本人が一番よく見える。
 少し、左に傾いているように感じた。
 着地した瞬間叫ぶ。
 自分で飛び込もうともした。
 しかし、藤本にがっちりスクリーンアウトされている。

 道重も入ってこれていない。
 ゴールに近い側は滝川のセンター陣がすべて抑えた。

 ボールは石川から見てリング左側に当たって跳ねた。
 跳ねた先はバックボード。
 ボードに当たって跳ね返ってくる。
 また、リングに当たり、そのまま内側に落ちて行った。

 54-52

 富岡リード、残り十九秒。
891 :第八部 :2010/05/09(日) 00:24
 歓声と悲鳴が同時に巻き起こる。
 悔しいとかやられた、という感情は特に無かった。
 藤本は、すばやくボールを入れることを要求する。
 ボールを拾ったセンターがエンドから藤本へ。

 一人で持ちあがった。
 高橋が目の前に現れたがバックチェンジ一つでかわす。
 このままゴールまで、と思ったがスリーポイントラインあたりまで突入すると石川に捕まえられた。
 柴田が戻ってゴール下を抑えていた。
 藤本一人で石川、柴田と相手にしてゴール下まで行きシュートを決める、という選択肢はない。

 右サイドに下りて行って一旦麻美にボールを戻す。
 何とかして二点を取らないといけない。
 里田がいない。
 みうなもいない。
 インサイド勝負はない。

 十秒を切った。

 ボールがよく回っている、とはとても言えなかった。
 インサイドは前に入られるということはなく、シュートはともかくボールを受けることは出来る。
 結局外に戻すのだが、ボール自体は受けられる。
 回らないのは外。
 何とかボールを受ける、というだけで効果的にパスを回す、という流れではない。
 三点取れば勝ち、二点取れば延長、点が取れなければ負け。
 里田を欠いて富岡相手に延長、というのは出来れば避けたいが、そんなことを言っていられる状況でもなかった。
 とにかく負けを確定させない。
 何でもいいから点を取る。
892 :第八部 :2010/05/09(日) 00:25
 富岡の方で本当に怖いのは、スリーポイントを決められることだった。
 まぐれでも何でも、スリーポイントを決められると負けになってしまう。
 二点リードしていることで、逆に、ガード陣はスリーポイントシュートに対して余計過敏になっていた。

 遠い位置で藤本はボールを受けた。
 普段の藤本ならシュートはない。
 残り六秒。
 左六十度あたり、スリーポイントラインから二メートルほど離れたところでシュートの構えを見せる。
 手を伸ばして脅しを見せるだけでいいような場面。
 ここで高橋はジャンプしてブロックに行った。
 右側からドリブルでかわす。

 一番近いところにいたのは田中だったがカバーには来られなかった。
 新垣にぴったり付きすぎていて、間に合わない。

 スリーポイントラインを突破。
 ゴール下にいた石川が出てくる。
 パスを捌く先はなかった。
 自分で勝負しかない。
 抜きにかかってゴール下まで行くか、捕まる前にジャンプシュートか。
893 :第八部 :2010/05/09(日) 00:25
 藤本の選択はジャンプシュートだった。
 フリースローライン手前。
 ゴール正面。
 藤本が飛び、石川もジャンプ。

 残り四秒。
 藤本の手からシュートが放たれる。
 石川のブロックの上は通過した。

 長い、とボールから離れた瞬間、藤本は思った。
 ブロックに当てまい、と思って打つと弾道は高い弧を描いて手前にボールが落ちがちである。
 それを意識して強めに打った。
 意識しすぎた、とボールが手から離れたところで思った。
 残り三秒、ボールはバックボードに当たる。
 藤本はリバウンドに入り込みたかった。
 石川がそれをしっかりスクリーンアウトしている。
 バックボードに当たったボールはリング手前に当たって跳ね上がった。

 入れ。
 外れろ。

 相反する二つの願いが、一つのボールに向かってコート上、会場中から送られる。
894 :第八部 :2010/05/09(日) 00:25
 残り二秒。
 もう一度落ちてきてリングに当たる。
 それから、こぼれて外に落ちた。

 残り一秒。
 リバウンド、拾ったのは石川。
 藤本は背中に押し込めたままボールを確保。
 タイムアップのブザーが鳴った。


 最終スコア54-52

 富岡総合学園が滝川山の手を下し三連覇を果たした。
895 :第八部 :2010/05/09(日) 00:26
 ブザーと同時にボールを放り投げた石川の元に、周りのメンバーが飛びついてきた。
 田中が、高橋が、石川にしがみつく。
 少し離れたところで柴田が泣いていた。
 三連覇。
 去年も一昨年も優勝している。
 高校に入ってから優勝は通算七回目。
 だけど、同じことの繰り返しではなかった。
 今年が一番苦労した。
 大会そのもの、というだけでなく、三年生になり、キャプテン石川を支える立場。
 変なイベントの運営はするわ、チームは合併するわ、練習に出てこなくなる二年生がいるわ。
 気苦労の絶えない半年だった。

 富岡のベンチメンバーがコートになだれ込んでくる流れと逆に、滝川のメンバーはベンチに引き上げて行った。
 石黒は一人一人握手で出迎える。
 麻美が泣いていた。
 スタメンで最後まで残っていたのは麻美と藤本だけだ。
 実力が増し、責任感も増し、役割の重みも増した分、悔しさも大きいのだろう。
 藤本の目に涙はなかった。
 出し切った、という満足感とは違う。
 ベンチに戻ってきて、中央に座り込んだ。
 周りは撤収の準備をしているけれど、藤本はぼんやりと座り込んでいる。
 うつろに優勝チームの光景を見ていた。
 頭の中には何もない。
 ただ、疲れきっていた。
896 :第八部 :2010/05/09(日) 00:26
 「紙一重か」

 試合が終わってしばらく黙っていた記者席の稲葉はつぶやいた。

 「紙一重ですか」
 「うん。文字通り紙一重だった。リングで跳ねたボールがどっちに落ちるか。リングの方に落ちた石川さんと、外にこぼれた藤本さん。紙一枚、当たる角度が違えば、結果は逆だったかもしれない」
 「石川さんって何か持ってるのかもしれないですね」

 二人はコートの石川を見た。
 国営放送のインタビューも終え、メンバーたちと記念撮影をしている。
 こうして見ると、普通の女の子にしか見えない。

 「私も見る目なかったなあ」
 「何がですか?」
 「滝川がここまでやれると思ってなかったよ」
 「最後までわからなかったですもんね」
 「今日だけじゃなくて。今日、ここに至るまでも。決勝に残ってくるようなチームだとは思わなかったのよね。ディフェンスだけのチームって感じで。でも、そのディフェンスだけでここまで勝ち上がってきた」
 「堅かったですよね。最後まで」
 「是永さんも力を出し切れなかったし、今日も最後負けたけど、でも、54点でしょ。富岡を54点に抑えたチームなんていまだかつてないよ」

 稲葉は戦前の予想では、滝川は三回戦からベスト8レベルのチームであって、決勝まで来るというイメージはまったく持っていなかった。
897 :第八部 :2010/05/09(日) 00:27
 「今日もだから、ゲームとしては滝川のゲームだったのよね」
 「いいゲームでしたよね」
 「滝川は滝川のゲームをやりきった。序盤から堅いディフェンスでロースコアゲームに持ち込む。富岡は手数をかけない攻めってことでやってたけどうまく行かなかった。石川さんで一気に点差を拡げたところもあったけど、そのままゲームを決めるところまではいけない。足を使って厳しいディフェンスなのに、滝川の方がファウルが少なかったのよね。富岡の方がファウルがかさんで行く。オフェンスに意識が行き過ぎてたのかな? 10点圏内でずっと付いていって、相手のエースがファウルトラブル。ガードも疲弊させてボールをスムーズに運ばせない。徐々に徐々に追い上げて、試合終了直前に同点。たぶん、三十九分リードしてたのは富岡だけど、三十九分自分のゲームをやったのは滝川だったのよ。だから、いいゲームで、惜しかった」

 滝川のゲームプランは、ロースコアゲームにして守り勝つこと。
 体力とディフェンス力にものをいわせて、終盤の強さを見せて最後にはひっくり返して勝つ。
 それがぴったりはまり、ぎりぎり間に合ったのが昨日の準決勝。
 同じ展開に持ち込めた、と感じられたのだけど、最後にもう一度突き放されたのが今日の決勝だった。
898 :第八部 :2010/05/09(日) 00:27
 「でも、そういう意味じゃ、最後まで相手のペースでやらされたのにそれでも勝っちゃう富岡っていうのもすごいですよね」
 「実際、きわどかったと思うよ。これもやっぱり紙一重で。石川さんがファウル四つっていうのはかなりの危機だったし。終盤、ガード陣は恐慌をきたしかけてたんだけどね。そこをどっちも何とか柴田さんが支えきってた」
 「柴田さんですか」
 「ああいう子が一人いると、監督はホント助かると思うよ。ボール運びに参加できる、自分で点も取れる、精神的支柱にもなる。チームの運営面もかなりの部分を背負ってるみたいだし」
 「大会通じてだと高橋さんの方が目立ってた感じでしたけどね」
 「肝心な場面だと柴田さんの方が場慣れしてるってことなのかなあ。うーん、それだけじゃないような気もするけど」
 「石川さんのファウル四つってのも珍しいですよね」
 「意識がオフェンスに行き過ぎたのかなあ。調子は良かったみたいだけど。オフェンス面だけ見たら今大会最高の出来だったかなあ。でも、最後の藤本さんとのワンオンワンは運に救われたね」
 「運ですか?」
 「うん。運。ってしゃれじゃないけど、ホントに。藤本さんにあと五センチ身長があったらアウトだった。今日の石川さんをあの場面で抜き去られずにタイミングぴったり合わせてブロックに飛べるっていうのはすごいよ。今大会一番伸びたのは藤本さんかもしれない」
 「是永さんと違って、藤本さんなら石川さんと両立できるから、あの二人が同じチームでやるところを見てみたいですね」
 「仲悪いみたいだけどね」
 「仲悪いんですか?」
 「どっちかっていうと、藤本さんの方が石川さんをちょっと嫌がってるみたい。話し聞いてるとそんな感じがする」
 「へー」

 滝川カップを見ていて、稲葉はそう感じていた。
899 :第八部 :2010/05/09(日) 00:27
 優勝した富岡のコートの上での一騒ぎおよび国営放送によるインタビューが終わり表彰式へと移る。
 代表者にトロフィー、賞状あたりが渡され、ベンチ入りの選手にメダルが渡される。
 滝川の列に一人姿がなかった。
 藤本美貴。
 富岡が騒いでいるのが落ち着くのを待つ間に、滝川は一旦ロッカールームに戻った。
 藤本は、そこまで戻って動けなくなった。
 周りに促されて立ち上がろうとしたのだが、視界がすっと薄れて暗くなる。
 そのまま座り込んでしまった。
 疲労プラス脱水症状だろう、と石黒は見て、長椅子に寝かせた。

 意識はあった。
 大丈夫だから、と周りに告げる。
 他のメンバーは表彰式に出ないといけない。
 スタンド組から一人藤本に付けることも出来たが、石黒はあえてそうしなかった。
 ドリンクボトルを足元に置いて、皆出て行った。
 一人、部屋に残された。
900 :第八部 :2010/05/09(日) 00:27
 横になっている限り大丈夫そうだった。
 全身に疲労はあるけれど、病院送りになるような必要はない、と思う。
 一人になると静かだった。
 エアコンの音がしている。

 負けた。
 富岡に、いや、石川梨華に負けた。
 石川梨華に。

 滝川のキャプテンというのはいろいろなものを背負っている。
 特に今年のキャプテンは背負うものが多い。
 三年間培ってきたもの、試合に入れない仲間、ベンチに入れない仲間の想い、伝統あるチームの歴史、応援してくれる地元の人々、そして、事故で亡くなった先輩。
 大会期間中はいろいろなことを確かに思っていたけれど、最後の最後、残り四十秒、石川と対峙していたときには、そんなことは全て頭の中からは消えていた。
 ただ、目の前に石川がいた。
901 :第八部 :2010/05/09(日) 00:28
 今、頭にあるのも、その最後の四十秒の攻防だ。
 足は動いていた。
 試合が終わったらこんなざまだけど、試合中は問題なく体は動いていた。
 体力的な面は、影響していない。
 あの場面、あれ以上の動きは出来なかったと思う。
 ディフェンスについては、あれ以上はない。


 オフェンスの方は、最後、少し力が入っていた。
 ブロックを意識しすぎた。
 距離があってももう少し早めに打っていても良かったかもしれない。

 悪くない試合だった。
 長い時間相手にリードを許していたけれど、このレベルの相手ならそれは織り込み済みだ。
 いい試合は出来たと思う。
 次やって勝てるかどうかはそれこそやってみないとわからないけれど、何度やってもいい勝負になるんじゃないかと思う。
 ここまで積み上げてきたものは多分正しい。
902 :第八部 :2010/05/09(日) 00:28
 それだけに、勝ってしまいたかった。
 体を横たえていると、すこしづつ回復してきて、思考も進んでくる。
 意識がまともになってくるにつれて、悔しさもはっきりと沸いてきた。
 優勝は、手の届くところにあったのだ。
 それを、最後、自分の手で引き寄せられなかった。

 石川梨華に勝つには、もう一段階上のレベルが必要なのか。

 ここまで積み上げてきたものは正しいのに、それでも足りない、というのはつらい。
 最善手でも勝てないというのは、最初から詰んでいたというようなものだ。
 ただ、幸い、まだ、今日で終わりではない。
 チャンスはまだある。

 今のままでも、また、いい勝負は出来るんだろうと思う。
 だけど、いい勝負では駄目なのだ。
 最後、ボールがどこに跳ねたかは運。
 運がよければ勝っていたかもしれないし、負けたのは運が悪かったかもしれない。
 じゃあ、運を頼ってもう一戦するのか?

 運の良し悪しに左右されるところにいてはいけないのだ。
 どう転んでも勝てる、というくらいにはっきりと力で上回りたい。

 今日の決着はついたけれど、チームとしての決着はまだここでついたわけじゃないのだ。
903 :第八部 :2010/05/09(日) 00:29
 体を起こした。
 足元のドリンクボトルに手を伸ばす。
 まだ、ふわふわした感覚はある。
 立ち上がって歩けないことはないけれど、倒れないとは言い切れない。
 自分は準優勝チームのキャプテン。
 表彰式には出るべきだろう。
 遅れて入っていっても、周りに心配されつつも受け入れてもらえると思う。

 だけど、もう、そんなセレモニーなんてどうでもよかった。
 今日は負けたのだ。
 二位を誇って何かをもらおうという気にはならない。
 優勝チームのキャプテンとにっこり笑って握手、なんてとてもじゃないけどする気にならない。

 負けたのは、自分のせいだな、と思った。
 みうながへたばったり、まいが退場したり、そんなことは些細なことで、最終的に自分が石川のシュートを抑えられなかったこと、自分のシュートを決められなかったこと、これがすべてだ。
 それを背負って、もう一度挑戦するしかない。

 ドリンクボトルを置いて、もう一度横になった。
 疲れきっているのは間違いない。
 表彰式に出ないのは、仮病と言うことはなく、本当にきついのだ。

 勝ちたかった。
 勝ちたかった。
 後一歩だったのだ。
 本当に、後一歩。

 仰向けに転がったまま、一筋の涙をこぼして、藤本はそのまま眠った。
904 :第八部 :2010/05/09(日) 00:32


**********************


905 :第八部 :2010/05/09(日) 00:33


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906 :第八部 :2010/05/09(日) 00:33


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907 :名無飼育さん :2010/05/09(日) 16:41
高校生の藤本美貴ちゃんは俺らおっさん世代から見ると可愛くて仕方ないなあ
コーチが女性でよかった(違
908 :作者 :2010/05/15(土) 18:03
>>907
それにしても、このスレは、すでに既婚者な高校生が何人いるんだろう・・・、とか思います。
909 :第八部 :2010/05/15(土) 18:03
 移動の間はほとんど会話もなかった。
 これでいいの? あってる。 こっちかな? たぶん。
 電車の乗り継ぎ、交通手段の捜索、道順の確認。
 必要最低限の事務的な会話は交わす。
 それ以上の話しはしなかった。

 高校三年生の夏休み。
 半分が過ぎた。
 夏のメインイベントは終了した。
 こんな風にふらふらと遊びに出るのも今日くらいなものだろう。
 話すことはいくらでもある。
 だけど、何も話をしなかった。

 電車は冷房がよく効いていたけれど、降りてからがひどかった。
 一番近い、という駅で降りたものの交通機関がまるでない。
 聞いてみると、全然違う駅からバスが出ているだけだと言う。
 タクシーは電話で呼べば来るらしいけれど、田舎の高校三年生が気軽にタクシーもない。

 「歩こう」

 無計画な吉澤に付いて来たことをあやかがちょっとだけ後悔した瞬間だった。
 それでも、ちょっとあきれた顔しただけで素直に突いて行く。
 歩き出してしばらくすると、あちぃ、とか愚痴いいながらタオルで汗を拭いている。
 ハンカチも持たないいい加減女子だった吉澤も、バスケを始めてからハンカチは通り越してタオルを持ち歩くようになった。

 「鳥取砂丘に行こう」

 そうあやかの携帯にメールが入ったのは昨日の夜だ。
910 :第八部 :2010/05/15(土) 18:03
 なぜ砂丘? と思ったけれど聞かなかった。
 微妙に距離があって、それなりに観光地で、行ったことのないところ。
 まあ、石見銀山とか言われるより夏っぽくていいか、と思った。
 ものすごく日焼けしそうだけど。

 別に砂丘に本当に行きたかったわけじゃないんだろう。
 ただ、目的地が必要でそれが砂丘だっただけどのことだと思う。
 あやかはただついて行った。

 電車はボックス席に並んで座った。
 前の方に乗ってきた男子四人組みがこちらをちらちら見ている。
 吉澤はただ窓の外を見ていてまったく気づいていない。
 あやかは気づいていたけれど、そんな扱いは慣れっこで、特にリアクションを取るでもない。

 親子連れの子供が騒ぎ、男にしだれかかる厚化粧な田舎ギャル風な女がいて、男子四人組みもしょーもない会話をしている。
 夏休みの夏休みらしい光景だろうか。
 いや、接頭語に、田舎の、という一語が必要だろう。
911 :第八部 :2010/05/15(土) 18:03
 あやかはさらさらのロングヘアで、試合の時はいつも後ろで一箇所止めている。
 普段の生活では涼しい時は長いまま止めることも無く髪をなびかせているが、こう暑いとうっとうしい。
 歩きながらゴムを取り出して鏡も見ずに即席でポニーテールを作る。

 しかし暑い。
 隣でバドミントン部が練習しているときの閉め切った体育館も暑いが、今日のこれは暑いというより痛い。
 強い日差しがあやかの肌を刺す。
 よっすぃーはこれでも焼けないのかなあ、なんてことも思う。

 人通りはまばらだった。
 真夏の真昼に外を無防備に歩く、なんてことはしない。
 車と時折すれ違うだけだ。
 途中、見かけたコンビニに寄って飲み物を買った。
 あとは黙々と歩く。
 やがて、目的地にたどり着いた。

 「すげー。すなすなしいよ」
 「なに、すなすなしいって」
 「砂。砂だよ砂。砂漠、砂漠。サハラ砂漠だよ」

 確かに、絵で見る砂漠の光景そのものだ。
 無駄に苦労したけれど、たどり着いた、という変な達成感があった。
912 :第八部 :2010/05/15(土) 18:04
 鳥取砂丘はたぶん、鳥取最大級の観光地である。
 それなりに楽しめるようになっている。
 妙な達成感による、変なテンションの高さがある吉澤に、あやかは付き合う。
 らくだ、らくだ、と乗りたがったが、高すぎると却下で写真を撮るにとどめる。
 写真だけでも有料であったりしたが。

 ひとしきり遊んで、ごはんも食べて、お子様の夏休みらしく楽しんだ。
 夏の陽は高く、時刻は夕方を示しても、周りの雰囲気は真昼である。

 「なんか空気違うんだよなあ」
 「なにが?」
 「もうちょっと日が傾いて夕暮れな感じで砂漠ってのがいいんだけどな」
 「暑いよね、確かに」
 「それもあるけど。まじめな話をするには雰囲気が違うんだよ」

 そういう本題があるんだろうな、とは来る前からあやかも思っていた。

 「どっか入ろうよ。涼しいとこ。落ち着けるとこ」
 「そだね」

 観光地仕様なので、ムーンバックスみたいな外資系メジャーコーヒーショップはないが、それでも、ごはんを食べるだけの店ですとか、観光客で稼ぐための店です、というのを避けつつ、座って一息ついて二息ついて会話を出来るようなところを探す。
 完全に満足できるようなのは見つからなかったが、適当に何とか妥協できるレベルの店を見つけて入った。
913 :第八部 :2010/05/15(土) 18:04
 「しっかし、こう暑い中遊び歩くと、話しする気力も無くなるよ」
 「座ってれば落ち着くよ」
 「まあ、そっか」

 吉澤はグラスをテーブルに置いたまま首をすくめてストローを加え、オレンジジュースを飲む。
 その姿を見てあやかは微笑んだ。


 割と混んではいる店の中、二人は窓側の席を確保していた。
 冷房の風がこちらに向いてきていて、即効性の涼しさを与えてくれる。
 外を行きかう観光客を眺めて、じっとこちらを見ていた子供に手を振ったりしていると、汗は十分引いてくる。
 吉澤は、一つ大きなため息を吐くと言った。

 「昨日、見た?」
 「決勝?」
 「うん」

 朝から二人でいたけれど、バスケに関わる話を口にしたのは初めてだ。
 あやかは、イエスともノーとも答えなかったけれど、オレンジジュースを口にして、吉澤は続けた。

 「すごい試合だった。どっちも。ああ、やっぱり決勝まで残るチームは違うなって思ったよ」

 あやかは、うん、うんと聞いている。
 一人語りのような形で吉澤が続けた。
914 :第八部 :2010/05/15(土) 18:04
 「滝川ディフェンスすげーしさ、富岡もそれを崩して行って点を取る。そういうなんてーの? 技術? それはもちろんすごいんだけどさ、なんかそれ以上にエースの力っていうか、すごさっていうのを感じたんだよね」

 吉澤はグラスのストローを回す。
 ストローの先に視線を向けたまま続けた。

 「エース、エースじゃないか。リーダーって感じかな。四つファウルで崩れかかってたのに、最後は石川さんでしょ。あの子、滝川で顔合わせて、初めてまともに長い時間話したって言うか関わったていうのかな。今まで試合でちょっと話しただけの印象じゃなくて、こういう子なんだってのをちゃんと知った気がしたけど、あの時はずいぶん意外な感じがしてさ。こんな抜けてる子なのかっていう。私が言うこっちゃないけど。仕切ろうとするんだけどうまく行かない感じ? ああいう運営ごとには柴田さんなんかの方がしっかりしてて。ちょっと安心って言うか、この子も完璧じゃないんだななんて思ったんだけど、やっぱりコートの上じゃリーダーなんだよね。最後、石川さんがコートに入って雰囲気変わったもん、富岡。滝川に追い上げられて逆転されて、やばい、っていう空気があったのに、石川さん入った瞬間、みんな、五人とも、大丈夫、ここから勝負って感じになってた」
915 :第八部 :2010/05/15(土) 18:05
 あやかは黙ってうなづく。
 もちろん、あやかもテレビで試合を見ていた。
 石川が入った場面、すぐに出来た富岡の輪を映像はアップで写していた。
 ガードの二人、一年生、二年生だったろうか、その二人がすがるような目で石川を見ていたことを覚えている。

 「負けちゃったけど滝川もすごかったよね。ミキティがほんとに大黒柱って感じで。どんだけ走るんだよっていう。あのディフェンスは鬼だった。点取るポジションじゃないからエースっていうのとは違うんだけど、ホントにリーダーって感じで。あの人数で寮長やってキャプテンやってると自然とそうなるのかもしれないけど。みんなミキティについていってる感じがしたな」

 試合中の場面ももちろん記憶に残っているが、あやかの印象に強く残っているのは終わったあとの光景だった。
 燃え尽きたようにベンチに座りこむ藤本の姿。
 優勝してはしゃぐ富岡のメンバーと対照的だった。
 引き上げ時、里田に背中をぽんぽんと叩かれて、行こう、という風に促されてのを強く覚えている。
916 :第八部 :2010/05/15(土) 18:05
 「矢口さんに言われたんだ。準々決勝のあと」

 話が飛んだ。
 富岡戦のあと。
 引っ叩いたりいなくなったり倒れてたり、二年生四年生のあれこれで右往左往していたころ。
 あやかは、輪の真ん中にただ黙っていよう、と思ってよその試合を見ているときも、宿に戻っていたときも、ただそうしていたので、そこから離れたところで吉澤や矢口が何をしていたのかは知らない。

 「小さくまとまっちゃった感じがしたって言われた」

 チームが? よっすぃーが? と思ったけれど、あやかは聞かなかった。

 「小さくまとまっちゃダメだよって、小さい矢口さんに言われちゃったよ。小さくまとまってもいい人はいる。でも、よっすぃーは小さくまとまっちゃダメだって。正直、意味わかんなかった。別にまとまったつもりはないし。まして、小さい言われても。そりゃあさ、バスケの実力は石川さんには全然負けてたと思うよ。石川さんだけじゃないけど。ミキティとか、ポジション違うのに比較も変だけど、負けてるよ。でも、その負けてる中で石川さん相手にどうすれば良いか考えたつもりだったし、実際そうしてさあ。私、スコア見ると、意外に石川さんに点取られてないからね。だから、出来自体は、元々の力がないなりには悪くなかったと思うのよ。もちろん、力量が足りてないこと自体が問題なんだけどさ。あの日の出来自体はね」
917 :第八部 :2010/05/15(土) 18:06
 準々決勝の富岡戦で、確かに石川にやられたかと言うと、そういう印象はあやかも持っていない。
 高橋であり柴田であり、そして、自分のマッチアップの道重に、点を取られた印象はないけれど、後半はリバウンドを中心としてセンターとしてのプレイをまるでさせてもらえなかった印象があり、石川以外のインパクトの方があの試合は強かった。

 「みんな結構思い入れ強くあの試合だったから、終わったあといろいろあってさあ、そういう意味で、キャプテンとして私がどうだったかっていうのはあるよ。でも、小さくまとまったはないんじゃないの? って、あの状況で矢口さんに向かっては言えないけどさ、腹の中では結構思ったのよ」

 あやかにとって矢口というのは、よその学校の小さくてかわいい人に過ぎない。
 滝川で試合して、最後聖督に負けたのは矢口にしてやられた痛さではあるのだけど、試合はコーチとするものではないので、あやかの矢口評は、小さくてかわいい人、で止まっている。
 そんな矢口が、そういうことを吉澤に言うんだな、というのは意外な感じがした。

 「でも、決勝見てなんとなく分かった。矢口さんが言ってたこと。小さくまとまったの言葉自体はよくわかんない気もするけど、言いたいことはなんとなくわかった。小さくまとまっちゃダメだ、のあとに、矢口さんもう一言言ってたのね。それがさ、サラリーマンの中間管理職みたいだよって」

 なんだそれは? とあやかも思った。
 サラリーマンには吉澤もあやかも、多分、矢口もなったことがないはずだ。
918 :第八部 :2010/05/15(土) 18:06
 「中間管理職なんて、益々分けわかんなくて、お父さんに聞いちゃったよ。それ何やる人って? お父さん、珍しくかわいい娘から仕事の話し聞かれたと思って喜んじゃってさ、なんか、長々と自分の仕事について語ってたけど、要するに中間管理職って、みんなの調整役で、主役でも実働部隊でもない感じ? リーダーは上にいて、実際に動く人が下にいて、サラリーマンが実際どうだかまではよくわかんなかったけど、あれこれ調整するだけで実際には何もしない人なのかなって思った」

 調整って、実際、それだけで十分大変な気がするけどなあ、とあやかは思ったが、口は挟まない。

 「なるほどなあ、って思った。決勝見て思ったよ。石川さんはエースでミキティはリーダー。私は、うん、確かにそうだよ、そのどっちでもなくて、中間管理職だよって」

 うーん、とあやかは考える。
 同意なような同意ではないような。
 確かに、よっすぃーはみんなの調整役をやってるところがあるけれど、それを中間管理職と言ってしまうのは、何か違うような気もあやかはする。
919 :第八部 :2010/05/15(土) 18:06
 「私、変わったのかなあ?」

 一人語りだったのが、はっきりと自分への問いかけになったので、あやかは吉澤の顔を見返した。

 「キャプテンになってから変わった? 私」
 「うん。みんなの話しよく聞くようになったなって思うよ」
 「それがキャプテンの姿だと思ったんだよね」
 「なんか悪いみたいな言い方に聞こえるけど」
 「小さくまとまったってのはその辺言われてるのかなあとも思ってさ」
 「みんなの話し聞くのは悪いことじゃないんじゃないの?」
 「まあ、そうなんだけど」

 吉澤はオレンジジュースに手を伸ばす。
 あやかもアイスコーヒーを一口飲んだ。
920 :第八部 :2010/05/15(土) 18:06
 「自分でさ、なんとかしようっていうのが確かになくなっちゃったのかなって思った」
 「自分で何とかするって?」
 「福田がボール運んでゲーム作って、あややが点を取る。私は別に主役じゃなくていい。それはそうなんだけど、困ったときも、あの二人であったり、あやかもそうだけど、周りに期待してて、全体を見ながらどうしようか考える感じでさあ。自分がコートの上にいるのに、本当に自分が五分の一で。前はそういえばそうじゃなかったなって。周りみんな先輩で、でも、試合に出てると、自分で何とかしようっていうのがあったなって。下手なのは、すぐにどうにかなることじゃないけど、でも、コートの上で、ピンチになった時、みんなが見るのが福田や松浦じゃ、確かにちょっとまずいかなって思った。昨日の決勝見てて」
 「もっと自分で点を取りたいってこと?」
 「それは、うん、取りたいけど、そういうことじゃなくて。点を取るのはあややでもいいんだよ。相手のエースを抑えるのも別に私じゃなくてあややでいいし、あやかでも、ミキティは福田が押さえ込むとかでもいいんだけど、その、あれだ。精神的支柱っていうの? そういうのにならなきゃいけない。いけないって言うか、うん、自分で言うのも変だけど、なりたいなって思った」

 あやかは小さく何度かうなづく。
 二年生が自由にゲームを動かせる、というのはこのチームのいいところではあるのだけど、確かにそれだけじゃ何か足りないのだろう。
921 :第八部 :2010/05/15(土) 18:06
 「てまあ、いろいろごちゃごちゃ頭で考えたわけですよ。小さくまとまっちゃったとか矢口さんが言うから。考えてみるといろいろ分かったんだけど、実際には、決勝見て思ったのは、こいつらに勝ちてーっていう。やっぱすげーよ。石川さん。それにミキティ」

 うんうん、とあやかはまたうなづいた。

 「よっすぃーにはたぶん、ぶつかっていく相手が必要なんだろうね」
 「ぶつかっていく相手かー」
 「選手として飯田さんがそうだったし、チームの中じゃ保田さんがそうで。そういう人たちがいなくなちゃって、しばらく内輪でやってるしかなくて。明日香やあややはあんな感じだから、よっすぃーが大人になるしかなかったんだよね。私は、そんな大人のよっすぃーでも別にいいし、ちゃんとついていくけど、そうじゃなくて、このやろーってぶつかっていくよっすぃーでも、どっちでもいいよ」
 「あやかはいつもそれなんだよなあ」

 あやかはいつでも吉澤を肯定する。
 いつでもどこでも、どんな吉澤でも、あやかは肯定する。
922 :第八部 :2010/05/15(土) 18:07
 「負けちゃったけどさ、良かったんじゃない? また、ぶつかっていくものが見つかって」

 滝川カップで強いチームと試合はしたが、公式戦にしようだなんだと息巻いてみても、所詮は大掛かりな練習試合だった。
 百パーセントの力を出した、富岡や滝川、石川や藤本を見ることが出来たわけではないし、肌で感じることが出来たわけではない。
 吉澤たちが負けたのは、昨年の冬の選抜予選以来では、滝川カップは別として、このインターハイの富岡戦が初めてなのだ。

 「キャプテンシーってやつだよね、よっすぃーが欲しいのは」
 「キャプテンシーか。なるほど、それだ」

 吉澤の方は、ちゃんと言葉の意味をしっかり判っているわけではないが、なんとなく、それだ、という気分になった。

 「簡単じゃないんだろうけど」
 「ミキティすごかったなあ、そういう意味だと。ミキティのあのリーダーシップと石川さんの点を取る力と、飯田さんのガチのインサイドと、全部手に入れられたらなあ」
 「よっすぃー、それは欲張りすぎ」
 「やっぱり?」
 「うん。でも、よっすぃーはそれくらいでもいいのかも」

 ふーっと吉澤が大きく息を吐いた。
923 :第八部 :2010/05/15(土) 18:07
 「明日からもう一回やり直しかあ」
 「うん」
 「私が、もう二回りくらい大きくならないと、いけないからなあ」
 「大丈夫」
 「あやかはいつもそれだよ」
 「いいの」
 「まあ、いいけどさ」

 あやかはいつでも吉澤を肯定する。
 吉澤に限らない、割と、周りの人をみな肯定する。
 自分が主役になりたい、とは思っていなかった。
 頑張る人のそばにいて、力になりたい。
 吉澤のようになりたい、とは思わないが、より高いところを求めて頑張れる強さには憧れる。
 そういう強さは自分にはないな、と思う。

 「帰ろっか」
 「うん」

 飲み物を片して店を出る。
924 :第八部 :2010/05/15(土) 18:07
 あやかと吉澤は一年半少々のつきあいになるけれど、二人だけで一日遠くに行く、というのはこれが初めてのことだ。
 別に、話がしたいなら電話でもいいし、その辺のどこかで十分。
 だけど、いつもとは違う、何か変化が欲しかったのだろう。
 そんなことをあやかは思う。

 陽は傾いてきたけれど、まだまだ明るい。
 外は相変わらずの暑さだ。
 あやかは吉澤の手を引いて走り出す。

 「行こう」
 「ちょっと、なに突然」

 なんだか気分が良かったのだ。
 それと、現実。
 
 「バス、来てるよ」

 駅までのバス乗り場を見つけたのだ。
 帰りも歩きは御免だ。

 「もう、急に走り出すんだから」

 数十メートル走ったが、二人とも息を切らすようなこともなかった。
 始発なので、あわてなくてもバスは動かない。
 まだ空席もあって、二人とも、前後に並びの席で座れる。

 座ってからはもうあまり話さなかった。
 別に、普段から取り澄ましている二人、と言うわけではないけれど、今日はこれでいいのだ。
 もう、吉澤は話したいことを話したし、あやかも、ただ、話を聞いていただけで満足している。

 やがてバスは動き出した。
 帰り道はまた結構遠い。
 バスに揺られて、前に座る吉澤はもううとうとしている。
 あやかは、そんな振動のリズムに合わせて揺れる吉澤を後ろから見ていた。

 あと、半年よろしくね。

 口には出さずに、そうつぶやいた。
925 :第八部 :2010/05/15(土) 18:08

第八部 終わり
926 :第八部 :2010/05/15(土) 18:08

**********
927 :第八部 あとがき :2010/05/15(土) 18:11
いや、しかし、長い第八部だった・・・。
ここまでかかるつもりはなかったのですが。
結局一年半以上かかってしまいました。
文量も過去最大。

あれこれいろいろ詰め込むとこうなっていくのでしょう。
果たして、本当に最後の最後まで書くことが出来るんだろうか、と思います。

第九部は、またちょっと違う展開をするかもしれませんが、ともかく、ここで完了ではなく、まだ、先へ続いていきます。

散々書いたので、ここでしばらくお休みを頂いて、第九部は六月後半から七月前半あたりに開始の予定です。

ここまでお付き合いいただいてありがとうございました。
今後ともよろしくお願いいたします。


みや
928 :名無飼育さん :2010/05/15(土) 19:14
うpお疲れさまでした。
自分はバスケ素人なので細かい試合描写はわかりませんが人間模様、心理描写はとても好きな作品です。
これだけ多くのハロプロメンバーがそれぞれの個性を出しているのは、見ていて飽きません。
特に吉澤は、娘。時代の立ち位置の移り変わりを彷彿させてとても良くわかります。
毎週週末を楽しみにしていますのでお休みはさみしいですが、時間をかけて良い作品を書いてください。
929 :tama :2010/05/15(土) 23:22
第8部お疲れ様でした。

今回のインターハイは描写する試合が過去最多だった気がしますね。
主要3チームがすべて出てきた大会は(滝川カップ除く)初だったからでしょうか。

今回の締めは主人公チームの2人でしたか。
自分を全面的に肯定してくれる副官がいてくれたらどれだけ救われるか。
この2人にはもっともっと成長していってもらいたいですね。

第9部も楽しみに待っています。
930 :930 :2010/05/16(日) 03:35
第8部終了お疲れ様でした。
第9部開始まで、ゆっくり休んで下さい。
書き込むのは初めてですが、毎週楽しみに見ていました。
吉澤がこれから、どれだけレベルアップするのか楽しみにしてます。
勝手な妄想ながら、いつの日か吉澤がダンクかましてくれるのでは?
・・・なんて思ってます(笑) 
第9部を楽しみにしていますので、頑張ってまた良い作品を書いて下さい。
931 :作者 :2010/07/17(土) 23:59
作者です。
当初の予定より多少遅れておりますが、来週24日に、第九部の連載を始めようと思っております。
もうしばらくお待ちください。

>>928
長いはなしなもので。それを反映して、メンバーたちも、時代と共に成長と言うか変遷と言うか、していってくれてます。

>tamaさん
みんなが全部出てきて、かつ、直接対決もあって、どうしても試合数がかさみました。

>>930
ダンクは・・・、どうだか。吉澤は、まあ、このまま終わるってことはなさそうです。


なお、第九部は、順番で行くと国体になりそうなところですが、実際にはそこがメインにはならない予定ですのであしからず。
932 :名無し娘。 :2010/07/21(水) 12:45
待ってる。
933 :作者 :2010/07/24(土) 16:34
ttp://m-seek.net/test/read.cgi/water/1279956256/
第九部、新スレッドでスタートさせました。
引き続きよろしくお願いします。

>名無し娘。さん
まいどどうも。今後ともよろしくお願いします。

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