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ぞわぞわの日

1 :さるぶん :2009/03/25(水) 09:56
ハロプロ(OG・エッグ含む)のお話です。
101 :名無飼育さん :2009/04/22(水) 10:44
 「キモイ」というのは一見すると悪口だけど、ことばの意味を抜きにし
て、コミュニケーションのきっかけに使うもの。

 ウチのクラスでは、少なくともそうだった。

 「キモイ」という”キャラ”だから、本当に相手のことが嫌いならスルー
するのがいちばん。

 みんな、そう思ってたから、ネタフリとしての「キモイ」が受け入れられ
ていたんだと思う。

 これは、ほかにもいくつかあって、モテ自慢をする男子だったり、アイ
ドルみたいなブリっコをする女子だったりするんだけど、舞美にはこれと
いってキャラがない。

 だから、なんで笑われているのかが、分からなかった。

 ほかのオタクやイケメンの子たちは、”笑われている”というより”笑わ
せてる”という感じなのに、舞美は、ただ笑われていただけ。

 ほかの子は自分の”言ったこと”で笑われていたけど、舞美は”存在”
で笑われている――。

 ウチには、そう思えてならなかった。

 なんにもできないまま、ウチはただクラスの端っこから、それを見てい
るだけ。

 舞美は、ただ微笑んでいる。
102 :名無飼育さん :2009/04/22(水) 10:44
 ウチは、ほんの少しだけ舞美の笑顔に陰を感じるようになっていた。
 
 
 
103 :名無飼育さん :2009/04/22(水) 10:44
 
104 :名無飼育さん :2009/04/22(水) 10:45
 それから2週間後。

 学校は、夏休みに入っていた。

 駅前のビルで買い物をした帰り、ウチは友達と別れたあと、1人で家
に向かっていた。

 いつもなら、別れ際、「帰ったらメールするね」のひと言が、どちらから
ともなくあったのに、その日はちがった。

 舞美についてのことがあって以来、その子とは、うまくいっていなかっ
たんだ。

 理由は、進路のこととか色々あったけど、よく分からない。

 ケータイを開き、文面だけつくりながら歩いてみると、持ち上げた手が
とても重たく感じた。

 駅前の交差点を抜け、住宅地へ抜けるほそい路地へ入っていく。

 前を、舞美が歩いていた。

 大人と一緒にいて、どう見ても、親子には見えなかった。

 顔や、しぐさ、雰囲気、どれもが似ていなかった。

 …なーんだ。
105 :名無飼育さん :2009/04/22(水) 10:45
 2人を見て、最初に思ったことが、それだった。

 恋人なんだ――と。

 舞美がいじめられているだなんて、ただの勘違いで、ウチが持ってい
た違和感は、たんに、ほかの子よりも一歩先に大人になってしまった
子だけが持つ余裕、みたいなものだったんだ。

 そう思うと、感情はあやふやになっていき、いまとなっては、もう相手
が男性だったのか、女性だったのかすら分からなくなってしまっていた。

――いやっ…。

 手を引かれそうになって、舞美が退いた。

 詰め寄っていく相手に対して、半身になって構えている。

 どう見ても、親しげな雰囲気とはいえそうになかった。

――放してください!

 しつこく迫られた舞美は、かなり取り乱していて、ウチはただならぬ
ものを感じた。

(…助けなきゃ)

 そう思って足を踏み出すと、また一歩迫られて体勢を崩した舞美の
姿が すっ…と、その場から消えた。

 次の瞬間、舞美は目と鼻の先にいた。
106 :名無飼育さん :2009/04/22(水) 10:45
 ウチとおなじ駆け足で、元いた場所から遠ざかるようにして。

 いくら噂になるにしても、足が速すぎると思った。

「あっ…!」

 お互いによけきれず、ウチらは、その場へもつれ合いながら倒れこん
だ。

(…逃げなきゃ)

 どこかに体中をぶつける痛みなんかそっちのけで、咄嗟に、そう思っ
ていた。

 舞美はいま追われているんだから――と。

 立ち上がろうとして、ようやく視界がはっきりしてから、気がついた。

 あたりが真っ暗だということに。

 どう考えても、繁華街の路地じゃない。

 ウチは舞美の下敷きになっていて、そして、歯が痛かった。

 お互いに無言のまま、光のあるところへ出ていくと、唇が切れている
ことに気づく。

 ぶつかった拍子に、口をぶつけていたらしい。
107 :名無飼育さん :2009/04/22(水) 10:46
「「大丈夫…?」」

 同時に、ことばが出た。

 お互いに、唇から血を出していた。

 ウチは、慌ててハンカチを取り出し、舞美の唇を拭おうとした。

 舞美はひとつ肩を震わせると、瞬きする間に、まだ拭いてもいないの
に血が乾いていた。

「…え?」

 ウチは、ようやく自分の脳みそが混乱していることに気づきはじめた。

「…あ、あの」

 向こうには、いまいる袋小路のような場所の出口があって、舞美は、
そちらとウチとを交互に見てから、うつむいてしまった。

「…私…その…」

 そのまま舞美は、確かに、そこに座っているはずなのに、体全体が
光でも点滅するようにして、消えたり現れたり細かく繰り返していた。

 なんて声をかけていいか分からなくて、しばらく2人して黙っていたん
だけど、舞美のようすが落ち着いたところで、どちらともなく立ち上がっ
て、そこを出た。
108 :名無飼育さん :2009/04/22(水) 10:46
 見ると、駅の反対側にいて、とりあえず避難の意味もあって、手近の
カラオケボックスに入って落ち着くことにした。

 飲み物が運ばれてくるのを待って、ウチから口を開いた。

「さっきのひと…だれ? どう見ても、ともだちって感じじゃなかったけど」

 舞美はなにも言わず、首を横に振った。

 こうしてみると、何度か会話したことがある仲なのに、まるで初めて
会ったみたいな感じだった。

「それと、さっき何が起こったの? 意識が飛んだっていうか、気がつい
たら駅の反対がわにいたんだけど」

 また何もいわない。

 それどころか、さっきの点滅が、ぶり返し始めていた。

「あの、ムリしていわなくても、いいけど…」

 ウチが口ごもってしまうと、しばらくして、ようやく舞美が口を開いた。

「エリカちゃん…。このこと誰にも言わないでくれる?」

 舞美は、まだそのときよそよそしかった2人の関係を、そのまま表し
たような呼び方をすると、心の中を探るようにしてウチのことを見た。

 うん、とうなづくと、ゆっくり語しはじめる。
109 :名無飼育さん :2009/04/22(水) 10:46
「私には超能力があるの」

 それは――”飛ぶ”能力だという。

 幼いころ、活発な子どもだった舞美は、男の子に混じってリトルリーグ
で野球をしていた。

 小学校の低学年には、まだ性別も何もないから、男の子に勝るとも
劣らない活躍をしていたのだけれど、高学年にもなると、男の子の力
のほうが強くなってくる。

 それでも、多くの子は舞美と変わらない体格だったけど、飛びぬけた
子というのが出てきて、舞美は、いつしか活躍の場を奪われていった。

「すごく悔しかったし、パパやママにいいところを見せたいっていうのも、
あったと思う」

 最初は、そういう小さなきっかけだった。

「はじめて”飛んだ”ときのことは、よく覚えてる。7回の裏で、リトルリー
グだから、それが最終回だった。2アウト。塁に出てるのは、ファースト
の私だけだった」

 絶対に、盗塁を決めなければならない。

 そのプレッシャーが舞美を”飛ばせた”。

「スタートは悪くなかった。でも、だんだん足がもつれてきて、あっ、これ
じゃ間に合わない――そう思った。気づけば、転んだような、地面がなく
なったような感じがして、夢中で腕を伸ばしてた」
110 :名無飼育さん :2009/04/22(水) 10:47
 触れたものは、2塁ベース。

 ヒットが続いて、試合は見事、舞美チームの勝利となった。

「後になって、あんな余裕があったのにヘッドスライディングするなんて
すごいぞ、お前の気合が、チーム全体に伝わったんだ――なんて監督
に言われて、すごく戸惑っちゃったな」

 そのときの感覚は、舞美の中に快感として残った。

 6年生になって、最後の試合。

 レギュラーとして出場した舞美は、例の”一試合に7回のランニング
ホームラン”という記録を打ち立てた。

「いまになって思えば、やりすぎなんだけど、もうあのころは夢中で。
一度でも多くホームベースを踏むことしか考えてなかった」

 舞美のチームが所属していたのは、リーグとしては小さいものだった
けど、我が子の晴れ姿を記録に残そうとカメラを回しているひとがいて、
このようすはしっかりとビデオに残った。

 これを見て、子どもたちは大騒ぎしたのに、大人たちは取り合わなか
った。

「私の”飛ぶ”力は、まだでき上がっていなかった。飛べる距離は、ほん
のちょっとだった」

 それは、つまり”飛ぶ前”と”飛んだ後”のつなぎ目、その”空白”の
ようなものが、ほんの小さなものでしかなかったということを意味して
いて、見ようによっては、ビデオカメラの故障か何かにも見えた。
111 :名無飼育さん :2009/04/22(水) 10:47
 実際、そのビデオを持っていたひとはカメラを修理に出すといって遮
ってしまい、そうなると、子どもたちにはなす術がなかった。

 舞美はビデオテープといっしょに”超能力者のような”という表現を
小学校へ置き去りにしたまま、”とんでもなく足が速い子”として中学へ
上がったきた。

 もう”飛ぶ”ことはないだろうなと思っていた。

 ”一試合に7回のランニングホームラン”を達成する前から、舞美は試
合中に何度も”飛んで”いた。

 ”飛ぶ”ことは、最初、無意識だった。

 なんどもくり返すうちに、ヒーローにもなっていったけど、段々、まわり
の子たちが、気味悪がるようになっていった。

 ”飛ぶ”ことには、距離の問題だけじゃなくて、時間の問題もあるんだ
と舞美はいう。

「”飛んで”いるときは、意識もいっしょになって飛んでるんだけど、その
せいか、あの頃は、まだコントロールができなかったの」

消えて、次に出てくるまでに、ほとんど時間が掛からないときもあれば、
10秒近くいなくなることもあった。

「まわりからすれば、気持ち悪くて当然だよね…」
112 :名無飼育さん :2009/04/22(水) 10:47
 そういって舞美はうつむいてしまうけど、ウチは、レギュラーを奪われ
た子の腹いせというのもあったんじゃないかと思った。

 そして、いつしか舞美は”飛ぶ”こと――走ること自体に、恐怖を覚え
るようになっていた。

 野球を辞めようとも思った。

 けど、舞美が抜けた試合は勝てないことが分かって、みんなは舞美の
能力をしらないまま、強く引き止めた。

 仕方なくチームに残った舞美は、必死で”飛ぶ”ことに慣れていった。

 間隔を一定させて、少しずつ”飛ぶ”ことで、ふつうに走っているように
見せかける技を覚えた。

 大人から怪しまれることなく、”一試合に7回ランニングホームラン”の
偉業を達成できたのは、そういった努力があったからだった。

 そして、これを最後に”飛ぶ”力は封印しよう、そう思った。

 以前から、学校の体育では能力を使っていなかったけれど、それでも
中学校に上がってすぐのスポーツテストでは、使わざるを得なかった。

「噂が先行して、すごいことになってたでしょ。だから下手に振る舞って、
あのビデオテープのことを掘り返されたらどうしよう…。そう思って一度
だけ飛ぼうと決めたの」

 遅すぎず、速すぎず。
113 :名無飼育さん :2009/04/22(水) 10:48
 期待に応えつつ、裏切りもしない。

 これ一度だけ見れば、あとは放っておいて貰える、そんな記録を狙っ
て舞美は”飛んだ”。

「…あのときは、気を失いそうだった」

 ”走る”ことからくる極度の緊張で、音も聞こえない、物もうまく見えな
いほどになっていた。

 結果、顔見知りから小学校の体育でも手加減をしていたと、少しだけ
過去を掘り返されたりはしたものの、ビデオテープのことは誰も口にし
なかった。

 舞美は”ふつうに足の速い子”を、うまく演じ抜いたんだ。

 けれど、そうでないことを知っている、同じ小学校出身の子には奇妙
な目で見られ、そうでない子からは、ふつうに憧れの目で見られるとい
うふうにして、舞美は矛盾した立場におかれるようになった。

 その狭間で、揺れるようになった。

「私の本当の姿を知ってる子のほうに付けば、この能力がバレちゃうと
思ったし、そうじゃない子のほうに付けば、こんどは自分に嘘をついてる
ような気がして…」

 いつしか舞美は、ただクラスに存在するだけで、極度の緊張を強いら
れるようになっていた。

 笑顔を浮かべているのが、精一杯というふうになっていた。
114 :名無飼育さん :2009/04/22(水) 10:48
「それからなの…。みんなとおしゃべりしてるときに”飛ん”じゃって、
気づけば体育館の裏でうずくまってたとか、家の庭で倒れていたりとか、
そういうのが頻繁に起こるようになってた」

 いま体が点滅しているのも、打ち明け話をする緊張のせいなのだと
思う――そう、舞美はいう。

「じゃあ、ウチが思ってたのは…」

 最初、いじめのことについて、言おうかどうか迷ったけど、勇気を出し
て話すと、舞美は表情だけ笑ってくれた。

「うん…。みんな私が、何もしてないのに汗だくになってたり、息を上げ
たり、そうかと思えば青白くなって、吐き気をガマンしてたりするのを、
不思議がっていたんだと思う。だから、いじめじゃないの。でも…」

 笑顔は、すぐに曇ってしまう。

「みんなにとっては、意味の分からない違和感だから、それが余計に、
気持ち悪かったんだと思う」

 口の端が、きつく結ばれていた。

 ウチは舞美に対して…ううん、舞美を取り巻く環境に対してこれまで
覚えていた違和感のパズルが、すべて線でつながったのを感じた。

 ウチだって、いつも舞美を見ていたわけじゃない。
115 :名無飼育さん :2009/04/22(水) 10:48
 ともだちと話すことだってあるし、そこで舞美ばかり見て、よそ見して
いたら、それこそ”ノリが悪い”とか”空気が読めない”とか言って悪口
を言われてしまうかもしれない。

 だから、本当は、もっとずっと舞美を見ていたかったというときも、目を
逸らすことはよくあった。

 舞美の存在感、あのグループにおける違和感というものに気づいて
いたウチも、その正体をはっきりと見破れなかったのは、舞美の能力を
知らなかったこと以外に、そんな理由があったんだと思う。

 でも、正体を見破るとまではいかなくても、はっきりとした違和感を
知ることができたのは、クラスの隅っこから客観的に見ていたからこそ。

 もしクラスの中心にいたら、それは無理なはずだった。

 あのグループには、お笑いに詳しい子とか、ギャグセンスのある子と
かが沢山いたから、「キモイ」とか「ぶりっこ」とか、そういう”よくある
気持ち悪さ”なら笑いに変えることができた。

 なぜなら、”理由の分かる気持ち悪さ”だったから。

 それは、いつか、どこかで見たことがある”違和感”だったから、どこ
かで誰かがやっていたこと――簡単にいえば、テレビで見たお笑い芸人
のマネさえしていれば、うまく処理することができた。

 でも、舞美の場合はちがった。

 誰もその”キャラ”の対処法を知らなかった。
116 :名無飼育さん :2009/04/22(水) 10:49
「私、一生懸命勉強したんだよ。テレビとか、ほかの子の様子とか見て
研究して、必死で”意味の分かる”振る舞いをしようした」

 でも、舞美にとって、解決方法は見当も付かないものだった。

 家族に打ち明けたこともあったけど、鼻で笑われてしまった。

「テレビにかじり付いて、毎日、必死になってお笑い番組を見てたんだ
もん、私の言うことが一生懸命考えた冗談にでも聞こえたんだろうね」

 笑い声はもちろん、笑顔さえ出ていなかったはずなのに――。

 舞美は、そういって悲しむけど、ウチは、それを否定した。

 もしかしたら舞美の家族も、そのキャラを扱いかねていただけなのか
もしれない――そう思ったから。

 伝えると、舞美は、ようやくちゃんと笑ってくれた。

「ありがとう…。そういってもらえて、うれしい。私、家族まで嫌いになり
そうな自分が嫌だった。すごくダメな人間に思えて…辛かったの」

 舞美は涙ぐんでいた。

 ウチは、その手を握った。

 気がつくと、点滅が止んでいた。

「舞美の体、ちゃんとここにあるよ」
117 :名無飼育さん :2009/04/22(水) 10:49
「…うん。家族に打ち明けたときも、あんなふうだったの。それなのに、
いまは…」

 舞美は、安堵したように、深く息を吐いた。

 ウチは、ぴったりと舞美に寄り添うようにして座り直すと、力なく倒れ
てきたおでこを肩で受け止めた。

「エリがいてくれれば、私、それでいい…」

 伏しめがちな睫毛は、透明なしずくに濡れて光っていた。

 ウチはその重さを感じながら、この先、なにがあっても舞美を守るん
だと心に誓った。
 
 
 
118 :さるぶん :2009/04/22(水) 10:53
更新です。

>>93
視点がポンポン飛んじゃって読みづらいだろうに、
ついてきてくれて、おまけにレスまで…うれしいです
119 :名無飼育さん :2009/04/29(水) 11:52




 夏休みも、残すところ、あと2週間。

 ウチらは、あれ以来、毎日会うようになっていた。

 舞美を襲った相手が誰か分からない以上、迂闊に外を出歩くのは危
険なことだった。

 舞美によると、相手はいきなり現れて、名前を確かめると、例のビデ
オテープを見せて、どこかへ連れて行こうとした。

 そのとき、なにかいろいろ言われたらしいが、舞美は、パニックに陥っ
ていて、ほとんど覚えていないのだという。

 一応、近くの警察署へ被害届けを出してみたけれど、”飛ぶ”能力に
ついては舞美が伏せたいと言ったので、普通の暴行事件として扱われ
てしまった。

 手ごたえといえば、ウチが母親から登録させられていた警察のメール
サービスに、そのことを注意するようにとの文章が載ったぐらいだった。

 ウチらはいつも、舞美の家で会った。

 外に出られない以上、ほかに選択肢はなかった。
120 :名無飼育さん :2009/04/29(水) 11:52
 舞美のお母さんは、あなたがお友だちを連れてくるなんて、小学校4
年生のとき以来ねといって、やけに具体的な数字を出していた。

「やっぱり、お母さん、舞美のこと気にかけてるんだよ」

 そう言って、ウチもいっしょに話してあげようか?と提案すると、

「…ごめん。いまはダメなの。また否定されたらと思うと」

 といって黙ってしまったので、それ以上、無理強いはできなかった。

 ウチらは、舞美の部屋へ一日中こもりきりになって、お互いのことを
話したり、高校はおなじところへ行こうねといって勉強に励んだりした。

 舞美がそう望むから、泊まれるときには泊まっていったし、家に帰って
からもメールでのやり取りが続いた。

 ふつうのカップルだったら、さすがにウザイんじゃないかってくらい、
ざっと一日に100通以上は打っていたし、通話も欠かさなかった。

 2年半ものあいだ、おなじ教室で過ごしながら、他人行儀なままでい
た過去の分を取り戻そうと、ウチらは必死になっていたんだと思う。

 もちろん、2学期以降のクラスでのことも、話し合った。

 舞美は、ほとんど対人恐怖症のようになっていたから、自分から何か
新しいことをするのに、異常なほど臆病になっていた。

 そこで、ウチがグループに加わってみようということになった。
121 :名無飼育さん :2009/04/29(水) 11:53
 髪を染めて、小物だとかの趣味も思い切ってギャルっぽく派手にして
みて、夏休みのあいだに親しくなったと、そこだけ本当のことを混ぜたり
しながら、キャラチェンジしてみようかと。

 すると、舞美は、それさえも怖いといって、なかなか首を縦に振らなか
った。

 でも、とりあえず、ものは試しだからといって、翌日、変身して家へいく
と、舞美はすごくよろこんでくれた。

「いいな…。私もエリみたいに変われたらいいのに…」

 舞美は生まれてこのかた、一度も髪型を変えたことがなくて、中2の
とき、前髪の感じをすこし変えたのが精一杯だったという。

「大丈夫。舞美はいまでもカワイイよ」

「ありがと、エリ…」

 ウチらはそうやって、甘くて濃密な2週間を過ごした。
 
 
 
 
122 :名無飼育さん :2009/04/29(水) 11:53
 
123 :名無飼育さん :2009/04/29(水) 11:54




 2学期がはじまった。

 舞美は、ウチのクラスでの振る舞いについて、「いまが変わってしまう
のが怖い」といって止めたけど、ウチにとっては、何もしないまま何かが
終わってしまうことが一番怖かった。

 それでも、修学旅行を直前に控えて、もう、あとは卒業と受験だけだと
いう雰囲気のクラスでは、ウチが何をしても人間関係は変わらなかった。

 ウチがイメチェンしたことだけ、みんなすぐに気づいたみたいで、それは
それでうれしかったのだけど、そのまま何もできず、中心のグループに
入っていけなかったウチは、舞美を、むしろ動揺させてしまったみたいだ
った。

 それからというもの、舞美はことあるごとにウチのほうをチラチラと見る
ようになっていた。

 そのことをからかわれて、たまにウチも仲間に入ることもあったんだけ
ど、舞美が、やっぱり居心地悪そうにしていたから、クラスの隅っこで
観察していたときの経験を、存分に活かすことができないでいた。

 けっきょく、ウチらは夏休みのあいだに築き上げた信頼関係を隠し通す
ことができず、ことあるごとに目配せをしたり、行動をともにするようにな
っていた。
124 :名無飼育さん :2009/04/29(水) 11:54
 この関係が、もし一学期にはじまっていたら、ウチらはレズなんじゃな
いかと噂を立てられて、大変だったと思う。

 実際、高校に進学したとき、そういう噂が立っていた。

 そこでも、やっぱり主役は舞美だったのだけれど、ウチもちょっとした
有名人になっていた。

 舞美の置かれた状況を考えると、これはうれしいこととは言えなかった
けど、ウチはどこか舞い上がっていたのも、また事実だった。

 そのツケが、あとで回ってくるのだとも知らずに。
 
 
 
125 :名無飼育さん :2009/04/29(水) 11:54
 
126 :名無飼育さん :2009/04/29(水) 11:54




 ウチの”高校デビュー”は絵に描いたようなものだった。

 中学のとき、舞美のまわりを観察していたお陰で、どうやって振る
舞えばクラスの中心に居られるかが分かっていたから、あとは、それ
を実行するだけだった。

 中学のころの余計なイメージもないし、舞美という男子に人気のある
子とも仲がよかったし、それより何より、レズなんだという噂が先行し
たせいで、暗いイメージを持たれていたらしく、ふつうに振る舞っている
だけで、女子から、明るい子、話しやすい子と言われた。

 クラスの中が安定するころには、むしろ、舞美のほうが目立たなくな
っていたぐらいで、それは、2人にとって、とても良いことのはずだった。

 新しい環境は、想像していた通り、舞美にとって大きなプレッシャー
となった。

 中学のころと同じように、グループの端っこにいるだけだったけど、
舞美は、ことあるごとにウチに頼るようになっていた。

 ウチはつい調子にのって、あれこれとバカをやって、みんなを笑わせ
るんだけど、グループのみんなも、その外側にいる、ほかのみんなに
対していい顔を見せたいから、あちこちに話を振ったりする。

 当然、端っことはいっても、クラスの中心にいる舞美にも、その矛先
は向いていた。
127 :名無飼育さん :2009/04/29(水) 11:55
 舞美には、そういうテクニックはまったくないから、いつも、このネタフ
リを活かすことができないでいた。

 それを、ウチがいつもフォローしていて、そのたびに、舞美はウチが
スベろうが何をしようが笑ってくれた。

 みんなは、ウチの”言ったこと”で笑っていたけど、舞美だけはウチが
”したこと”で笑ってくれていたんだ。

 ”飛んで”しまうようなことも、いっさい起こらなくなった。

 2人の赤い糸は決して解けない――そう思えていたんだ。
 
 
 
 
128 :名無飼育さん :2009/04/29(水) 11:55
 
129 :名無飼育さん :2009/04/29(水) 11:55



 ある日、クラスの男子から呼び出された。

 狙ってのことなのか、どうか、その場所が、時々、舞美と2人きりに
なりたいときに使う屋上の一角だったものだから、ウチはまるで秘密の
場所を侵されたみたいな気分で、すこし頭に来ていた。

「梅さんってさ、超おもしろいよな」

 ウチは、そうやってあだ名をつけられるまでになっていて、男子から
気安く話しかけられていた。

「そうかな? みんなのネタフリに応えてるだけだよ」

 心の中で、あんたのフリ方はサイアクだけどね――とウチは毒づいて
いた。

「おもしろい子って、オレ好きなんだよね」

「へぇ、そうなんだ」

 ウチはペンキの剥げかけた手すりに掴まって、ずっと向こうにある海
を眺めていた。

 いつか舞美と行けたらいいなぁ……なんて思いながら。

「そう――カワイくても、つまんない子だったりすると、ダメだな」

 ウチはそのことばに嫌なものを感じた。
130 :名無飼育さん :2009/04/29(水) 11:56
「つまんない子って、例えば?」

 ”ネタフリ”を仕掛けてみる。

「えー? お笑い番組すら見てないっつーか、ひとを笑わせる気がないっ
つーか?」

「もっと具体的に言ってよ」

「つまりさ、分かりきったような、簡単なネタフリにも応えられないやつの
ことだよ。いつもヘラヘラ笑ってばかりで、自分さえ楽しけりゃいいなんて
思ってる。まわりを楽します気なんて、これっぽっちもないのさ」

 そのまま男子は、自分は笑いの絶えない家庭が理想なんだ、お互い
に笑わせ合うような関係がいいんだといって、聞いてもいないことを、
ベラベラと気持ちよさそうにしゃべった。

 ウチは手すりを握る手に力が入るのを、抑えられなかった。

 明らかに、舞美があてこすられていたからだ。

――あんな女より、オレといっしょのほうが、楽しいぜ。

 そういうことばを、心のいちばん無防備な場所に、泥水で書きつけられ
たような気になった。

 手すりから手を離すと、剥げかけていたペンキが、サビといっしょに、
ぼろぼろとこぼれ落ちた。

「ごめん。ウチにはずっと好きなひとがいるから」
131 :名無飼育さん :2009/04/29(水) 11:56
 ”ネタフリ”に応えてくれたお礼に、嘘だけはつかないであげた。

 そのままリアクションも待たずに、屋上を出た。

 スカートの裾も気にせず、階段を駆け下りていると、無性に、舞美に
会いたくなった。
 
 何も言わず、10時間でも、20時間でも、ただ見つめあっていたかった。
 
 
 
 
132 :名無飼育さん :2009/04/29(水) 11:57
 
133 :名無飼育さん :2009/04/29(水) 11:57



 翌週のこと。

 学校へいくと、クラスの雰囲気がガラっと変わっていることに気づいた。

 いつものように舞美と並んで席へ向かうと、みんなの目がケータイと
ウチらとを何度も往復していることに気づく。

 週末に舞美の家に泊まりにいっていて、金曜日に嫌な話を聞かされて
もいたウチは、ろくにメールのチェックをしていなかった。

 慌ててケータイを開くと、舞美が小さく悲鳴を上げた。

「どうしたの?」

「…これ」

 見ると、一通のメールが、開かれていた。
134 :名無飼育さん :2009/04/29(水) 11:57



 【○○高校1年4組 矢島舞美 衝撃の過去!】

 矢島さんって 美人で 物静かですよね

 でも それは中学のときから ずっとなんです

 なぜかというと 彼女 中1の夏休みに見知らぬ男にレイプされて
 自殺しようとしたことがあるからなんです

 その子どもは どうしたかというと なんと同じ組の 梅田エリカさん
 といっしょに育ててるんです

 梅田さんは 週末ごとに矢島さんの家に泊まりにいっていて
 そこで毎晩 見知らぬ男とのあいだにできた子供の前でセッ○ス
 してるんですって

 そう 今年の春 入学式のころ噂になったように 2人は 本当にレズ
 なんです

 おまけに 梅田さんが高校へ入ってからキャラチェンしたのは 毎日
 屋上で クスリをキメてるかららしいですよ

 矢島さんは いろいろとバレないように大人しくしているんですが
 梅田さんのほうがバカだから 調子に乗っちゃって クラスで目立っ
 て矢島さんを困らせています――
 
 
 
135 :名無飼育さん :2009/04/29(水) 11:58
 まるで、下らないケータイ小説のような内容だった。

 発信元は、たぶん使い捨てのメアドだと思う。

 おなじものはウチのケータイにも届いていて、メール友達が多いウチ
よりも、舞美のほうが、先にたどり着いてしまったんだ。

 多分、クラスメイトどころか、よそのクラスの生徒の元にも、おなじもの
が届いてるんだろうと思う。

 ウチは怒るというより、悲しくて仕方なかった。

 レイプだのセックスだのというところは、どうでもよかった。

 最後の一文が、ウチには耐えられなかった。

――梅田さんのほうがバカだから 調子に乗っちゃって クラスで目立っ
て矢島さんを困らせています

 それで、これを書いたのが誰かなんて、すぐに分かったのに、ウチの
頭の中は、先週末のことでいっぱいになっていた。

 男子から告白を受けたその日、すぐに教室へ戻って、舞美に泊まりた
いと耳打ちした。

 いつもは土日だけだったけど、どうしても、その日は金曜日から泊まり
たかったんだ。

 ウチのようすがおかしかったことに、舞美はそのとき気づいてたみたい
で、先にお風呂をもらって、ベッドで寝ころがっていたウチに聞いてきた。
136 :名無飼育さん :2009/04/29(水) 11:58
「ねぇ、エリ…。今日、学校でなにかあった?」

 ウチはむしゃくしゃしていたから、昼間あったことを告げた。

「へぇ…そんなことがあったんだ」

 舞美は嫌がるというのでもなく、素直に聞いていた。

 少しだけ嫉妬して欲しい気もしたけど、そういうの、舞美には似合わな
いのかなとも思った。

「おまけにね、下駄箱でも、そいつといっしょになったの」

「私が、職員室に日誌を届けにいってたときのこと?」

「そう。でね、ウチは何事もなかったかのように、振る舞ってたわけ。そし
たら、そいつ、わざわざ話をぶり返してきて、『やっぱ男のオレじゃダメか
…』って言うの」

 嫌味だと思わない?というと、舞美は、やっぱり普通に聞いていて、

「えー、それだけ思われてるってことだよ」

 と言っている。

 ウチは、それで火がついてしまった。

「ウチら、入学式のころ、レズだって噂されてたじゃない?」

「うん」
137 :名無飼育さん :2009/04/29(水) 11:58
「どう思った?」

「どう…って」

「ウチは舞美とだったら、ぜんぜんいいよ」

 何がいいのか――具体的には、なにをするのがいいか、それは はっ
きり言わないでおいた。

「私だって、エリとならうれしいよ」

 それで舞美の手を引いて、ベッドの上に座らせた。

 布団の中にもぐりこんで、髪を、お互いにいたずらしてみたりして。

 そして、舞美のお家のお風呂に入ったんだから、それは当たり前の
ことなんだけど、お互いの髪からおなじシャンプーの匂いがすることが
無性にうれしくなって、私はキスしたい衝動を抑えられなくなった。

 マクラと布団とウチと舞美、その4つによって区切られた空間が、2人
の吐息を響かせて、すこしずつ小さくなっていく。

 ウチは舞美の唇だけ見ていた。

 布団の中でぶつかった手が、強張っているのが分かった。

 あと少し…というところで、舞美が嫌った。

「…ごめん。私、まだ、そういうの…ダメみたい」
138 :名無飼育さん :2009/04/29(水) 11:59
 ウチには、その表情が、いつかのカラオケボックスで見たものと同じ
ように思えてならなかった。

「や、やだなぁ…舞美ったら。冗談だよ、冗談」

 だって、ウチら女の子どうしだもんね――。

 そういいながら、ウチは頭の中で、中学一年生のときの舞美の姿を
蘇らせた。

 陸上部のエースだった子が、「矢島は手加減している、それはズルい」
と言ったとき、舞美は、その冗談を真に受けてしまった。

「ごめん…私、冗談とか、そういうの、まだ分からなくって…」

――冗談だという冗談。

 ウチは、そう聞いて欲しかった。

 布団の中で、ヒザが震えているのを感じる。

 それは、なにも自分だけじゃない。

 舞美のヒザも震えていたんだ。
 
 
 
 
139 :名無飼育さん :2009/04/29(水) 11:59
 
140 :名無飼育さん :2009/04/29(水) 11:59


 舞美は、中学のころと何も変わっていない。

 そのことを、ウチは痛感させられていた。

 ウチが下手に関わらなければ、いまごろ舞美は、クラスの中心で男子
にチヤホヤされながら、平和に過ごしていられたんじゃないか。

 女子にプレッシャーを掛けられたりしても、どこかへすっと”飛んで”しま
う能力によって、その歪な存在感から周囲をシャットアウトしてしまう――。

 そんな生活に慣れてしまっていたのかもしれない。

 笑顔はないけれど、涙を流すこともない。

 そんな、ある意味で、平穏無事な生活が送れたんじゃないか。

 そう思うと、ウチは、これまで自分がやってきたことが、すべて間違い
だったような気がしてならなかった。

 あのメールのほとんどは、誰も読まないようなケータイ小説だったけど、
最後の一文だけはちがった。

 【これは私が実際に体験した話です】

 そんな、よくある宣伝文句が、頭の中に浮かんでいた。

 バカなウチは、舞美相手に、ことあるごとに性的な話題を選ぶように
なっていた。
141 :名無飼育さん :2009/04/29(水) 12:00
 男子がアダルトビデオの話をしていたら、食いついて、舞美にネタフリ
までして、ただでさえ噂がこじれていたところへ、余計、まわりを引かせ
てしまうこともあった。

 ある日の学校の帰り。

 ウチは、場所も、タイミングも、まったく考えず、舞美にキスを迫った。

 最初は、不意打ちだったから、舞美も避けきれなかった。

 あの日、繁華街から”飛んだ”――その先の路地裏でしたときように、
ただ”ぶつけただけ”のようなキスだった。

「…ちょっと、エリ?」

 ウチは、もっとちゃんと欲しくなった。

「やめて、エリ…ひどいよ!」

 舞美がいやいやをしても、何もかまわなかった。

「やだよ!――ウチ、舞美のこと絶対に離さないって決めたんだから!」

 ウチは舞美の細い腕を掴むと、その場で、押しては引いてのやり取り
をくり返した。

 正気なんか、まったくなくしていて、ウチは舞美の体が、異常なほど
震えていることなんか、気にも止めなかった。

 背が高いぶんだけ、ウチのほうに分があった。

「…やだ、やめて」
142 :名無飼育さん :2009/04/29(水) 12:00
 唇が、いま一度、重なりそうになった――その瞬間だった。

 舞美の姿が、目の前から消えていた。

 さっきまで、舞美の熱い腕を掴んでいた手は、空を掴んだあと、行き
場を失った。

 ウチは、まるで息継ぎを失った魚のように、いつまでも――いつまで
も、その場で喘いでいた。
 
 
 
 
 
143 :さるぶん :2009/04/29(水) 12:01
更新です。
144 :名無し飼育さん :2009/04/30(木) 00:33
あっちが四コマ漫画だとしたら、こっちは特撮みたいだ。

と思っていたのですが、今回はドラマのような感じがしました。
文章に重みがあるような気がして読んでいてすごくたのしかったです。
145 :名無飼育さん :2009/05/06(水) 09:22




 ウチと舞美の関係は、大きく変わった。

 みんなには一層親しくなったと思われていたみたいだけど、実際は、
悪化していたんだ。

 次の日、学校へ行って、ウチがまずしたことといえば、メールにあっ
たレズという噂を認めたこと。

 舞美は、相変わらずいつものように微笑んでいたけど、机の下では
足が震えていた。

 それ以降、ウチらは、おおっぴらに”恋人として”振る舞うようになった。

 あの男がバラまいたメールの影響は大きくて、どこへ行っても後ろ指
をさされるようになっていたから、舞美の精神はいっそう不安定になって
いた。

 たぶん舞美は、何もしなくても、ウチから離れられずにいたはずなん
だ。

 中学校のころの経験や、ことあるごとに、ウチとクラスでどう振る舞う
かについて話し合いを持ってきたんだから、舞美だって、この場を切り
抜けるには、こうするしかないと分かっていたはずだった。

 もちろん、意思を確認したわけじゃないから、ウチの思い込みに過ぎ
なかったかもしれない。
146 :名無飼育さん :2009/05/06(水) 09:23
 実際のところ、舞美は緊張によって”飛んで”しまうという発作がぶり
返すようになっていた。

 ウチはウチで”レズビアン”というキャラを演出することに苦しんでい
た。

 一口に”同性愛者”といっても色々だ。

 いくらでもテレビに見本がある”オカマ”や”おネエ”とはちがって、
”レズビアン”というキャラが、一体どう演出すればいいものなのか、
ウチは見当をつけられずにいたから、こうして舞美が”理由のない違和
感”のバリアーをまわりに対して張ってくれていたことは救いになった。

 例のメールを送った犯人の男子も、ウチらの関係性を壊そうとして、
ウチを必死になって異性愛者として扱おうとしたけど、その度に舞美が
救ってくれた。

 なにも言わず、ただ微笑んでいるだけの舞美が、確かにいま辛いの
だと分かるのはウチだけだったから、”飛んで”しまったり、また”飛び”
そうになったりする度に、ウチは舞美を構っていた。

 お互いにギクシャクしていたから、”大丈夫”とかせいぜいそれ位の
ことしか言えなかったし、舞美も無言でうなづくのが精一杯だったんだ
けど、まわりには美しい光景に見えたんだと思う。

 このころの舞美は、元より持っていた運動神経をすっかり失っていて、
体育も見学するようなありさまだったから、細い体格もあって、儚げな
印象ばかり振りまいていた。
147 :名無飼育さん :2009/05/06(水) 09:24
 それでも”飛んで”しまったあと気丈に振る舞っていて、ウチにさえ、
その事実を気づかせないこともあったから、意思の強さを感じさせた。

 ウチも、それに甘えてしまっていた。

 このナイフのような腕でお互いを支え合うという、耐え難い関係性が
いつまで続くのか、ウチはすぐにでも弱音を吐きそうなくらいだった。
 
 
 
148 :名無飼育さん :2009/05/06(水) 09:24
 
149 :名無飼育さん :2009/05/06(水) 09:24



 ある日のこと。

 下校のとき、門のところで声を掛けられた。

「矢島舞美さんって、あんた?」

 同い年くらいの女の子が、門に寄りかかっていた。

「はい…」

 舞美は応えながら、ウチの手を握った。

 それを見て、女の子が言う。

「レズって、本当だったんだ。…じゃあ、あんたが、梅田エリカさん?」

「そうだよ」

 一歩前へ出て、しげしげとウチを観察する。

 ウチも強めに見返してやると、女の子は、舞美とは正反対の垢抜け
た感じの美人だった。

「あたし、夏焼雅っていうの。この子は…」

 そういって隣を見ると、誰もいなかった。

 雅は門のところへ戻ると、べつの子を引っ張ってきた。
150 :名無飼育さん :2009/05/06(水) 09:24
「菅谷梨沙子。ウチが中3で、この子が中1ね。よろしく」

 そういって握手を求めてきた。

 ウチは梨沙子ちゃんが、雅の影に隠れて怯えているのが気になった
けど、警戒しながら、それに応えた。

 その代わり、舞美へ手を伸ばす隙は与えない。

「なんの用」

「ちょっと…。そんなに高いところから、怖い顔しないでよ。いい話を持
ってきたんだから」

「いい話?」

「そうだよ。あんたたち、クラスでいじめられてるでしょう」

「なに、いきなり失礼じゃない?」

「いいから。あのメール、ウチも読んだんだよ。本当にレズなのかどう
かはともかく、クラスの人間関係で悩んでるでしょ?」

 ウチは核心を言い当てられ、驚いていた。

 でも、慣れっこになっていたポーカーフェイスが、すっと顔を出す。

「どう?」
151 :名無飼育さん :2009/05/06(水) 09:25
 雅が質問をぶつけたのはウチだったのに、そう聞いたのは、梨沙子
ちゃんにだった。

 わけが分からずにいると、

「…おどろいてる。きもちわるいと思ってる」

 梨沙子ちゃんは、雅の影から、そうつぶやいた。

「この子ね、ひとの心がわかるの。テレパス。知ってるでしょ?」

 ウチは思わず、舞美を見た。

 舞美も、こちらを見ていた。

 握る手に、ぐっと力が入った。

「ウソ。証拠は?」

「いまのが、そうだよ。どうせ当たってるんでしょ?」

「そんなの、どうとだって言えるじゃない」

 突っぱねると、雅は息を吐いた。

「…ふぅ。やっぱダメか。まぁ、分かってたんだけどね。この子の能力っ
て中途半端なの」

 雅が説明した。
152 :名無飼育さん :2009/05/06(水) 09:25
 ふつうテレパスというのは、頭の中で考えてることが、みんな筒抜け
になって伝わってくるものだけど、梨沙子ちゃんの場合、誰がどんな
感情を抱いてるか、その点だけが伝わってくる。

 どんな理由で起きた感情なのか、具体的になにが好きで、嫌いなの
か、そういった点が、この子には分からないのだと。

「…あ、人間関係に悩んでるってのは、この子に”感じ”させてたとか、
そんなんじゃないから。ただの勘ってやつ。だって、そっちの舞美ちゃ
ん、ウチらと同じ臭いがするからね」

 そういって不敵に笑う。

「臭い…?」

「そう。だって能力者なんでしょ?」

 舞美が身を固くしたのが分かった。

「そしたら、レズがどうの以前に、そういう悩みである可能性が高い。
ウチも学校のクラスで能力見せちゃったことがあって、扱いに戸惑われ
たことがあったから、そう思ったの。

だからね、ウチもできれば脅しとかかけずに信じてもらいたくて、いろ
いろ作戦を考えてみたんだけど…。よくわかんなくてさ。まぁ、ダメもと
でやってみようって。そしたら…」

 雅は、お手上げになった。

 ふとまわりを見ると、生徒たちが沢山集まってきていた。
153 :名無飼育さん :2009/05/06(水) 09:26
「あれ…。話題の美人カップルが、不良少女にからまれてる――って
感じ?」

 そういって笑う雅に、ウチは場所を移そうと提案した。

「じゃあ、こっちに決めさせて」

 そういって、雅は先に行ってしまう。

 梨沙子ちゃんが、後を追っていく。

 ウチは舞美を見た。

 無言のまま、うなづいている。

 ウチも舞美も、なにか現状を打破するきっかけを探していたのかもし
れない。

 しばらく歩くと、雅が立ち止まったのは、町外れの廃工場だった。

「来て」

 なにか大きな鉄の箱の上に登っていく。

 ついていくと、水槽のような装置がついていて、いっぱいの水が溜
まっていた。

「いつもは、学校のプールでやってるんだけど…」

 そういって手をかざすと、青白い炎が起こった。
154 :名無飼育さん :2009/05/06(水) 09:26
 渦を巻いた空気が、雅の手のひらへ吸い込まれていくような感じが
あって、炎は、明らかにそこから出ていた。

 見る見るうちに、水が沸騰していく。

「どう? ウチらが能力者だって、信じた?」

 雅が放火をやめると、ウチらは頷かずにいられなかった。

「…で、なにが目的なの」

「その前に、聞かせてよ。そっちの舞美ちゃんが能力者っていうのは
知ってる。でも、あんたはなに? 能力者? ただの一般人?」

 ウチは”一般人”の言い方に、吐き捨てるような感じをおぼえた。

「どうして?」

「どうしてって、それで”おあいこ”でしょ。ウチの念力放火と、梨沙子
の精神感応。こっちは手のうちを明かしたんだから、そっちだって」

 雅は、ふつうに疑問をぶつけている――という感じだった。

 ウチは、この2人が、あの日、舞美を襲ったやつの仲間なんじゃな
いかと疑っていたから、その無防備な感じが不思議だった。

 舞美もおなじことを考えていたみたい。

「エリ…この子たち」
155 :名無飼育さん :2009/05/06(水) 09:26
 敵じゃないかも――。

 そう言っているように思えた。

「…安心してる。でも、すこし怖がってる」

 梨沙子ちゃんが言った。

「あれ? もう半分、味方についてくれちゃったんだ。なら、話がはやい
ね」

 雅はポケットからなにか取り出した。

「…これを見れば、半分どころじゃ済まなくなるよ」

 手にはビデオカメラが握られていて、ディスプレイが回転すると、こち
らへ向けられた。

 再生がはじまると、そこには青空と、どこかの広場が映っていた。

 点々とひとが散っていて、画面の外側から、歓声が聞こえる。

 映像が切り変わると、ひとりの子どもが映し出された。

 小高く土が盛られた場所へ、ユニフォームと帽子を身につけて立って
いて、どうやら野球のピッチャーのようだった。

 しばらくすると、左端から、ぶかぶかのヘルメットを被ったべつの子ど
もがフレームインしてきた。
156 :名無飼育さん :2009/05/06(水) 09:27
 よく日に焼けていて、細身で、小柄な体格だった。

「これ、あたしだよ!」

 おどろきの声をあげたのは舞美。

 映像は、そのあと、ピッチャーが投げた球を、舞美が2度スイングした
ようすが映し出された。

 1度はファウル、もう1度は空振りで、2球のボールをはさんでからの、
第5球。

 軽快な金属バットのヒット音が響くと、舞美が走り出した。

 バットを投げ捨てて、ぐんぐん加速していくと、1塁ベースを超えたあた
りから、舞美の体が、ぱっ、ぱっ、と点滅しはじめる。

 そして、なん度かバウンドしたボールを外野手がキャッチし、投げ返す
フォームに入ったころには、もう3塁ベースをまわっていた。

「舞美ちゃんの能力は、テレポーテーション。これを見る限り、そういうこ
とになるね」

 雅は、そういって映像を停止させた。

「…どうして」

「手に入れた方法のこと?…それは秘密」

 舞美を見ると、信じられないようすでいた。 
157 :名無飼育さん :2009/05/06(水) 09:27
 映像に見入っていたとき放していた手を、いままたウチに強く結びつ
けている。

「あんた、あいつの仲間なの」

「あいつって? Zetimaの狩人? それとも、リゾナントの連中?」

「わかんない。去年の夏、舞美を襲ったやつだよ。どこかへ連れ去ろう
とした」

「なら、どのみち、Zetimaの連中だね。…まったく。あんなやつらと、い
っしょにしないで」

 雅が、うんざりといったようすで言った。

「ウチらは、あの組織とは関係ない。むしろ、関わり合いたくないぐらい
だよ」

「…Zetima」

 舞美がつぶやいた。

「記憶にあるの?」

「うん…。あのとき、そんなことを言ってたような気がする」

 事件のことは、なるべく口にしないよう心がけていた。

 すこしでも思い出すと辛いだろうと思ったし、不思議と、あいつが現れ
る気配がなかったから、これまではそれでよかったんだ。
158 :名無飼育さん :2009/05/06(水) 09:28
「捕まらなくて正解だね。あそこへ連れて行かれたら、クスリ漬けにされ
て、廃人にされる」

「…廃人って。Zetimaって、かぜ薬とか造ってる会社でしょ?」

「そうだよ。でも、それは表の顔。裏では能力者を捕まえて、実験台に
したり洗脳したり、いろいろやってる酷い組織」

 雅は、あんたたちだって、そんな目に遭いたくないでしょ? という。

「だから、手を組もうって言ってるの。あそこの狩人は、能力者のすべ
てを捕獲しようとしてる。狼になると厄介だから、その前に…って、力づ
くでかかってくるよ」

 ウチは狼だの狩人だの製薬会社の裏の顔だのと、意味の分からな
いフレーズに頭が混乱しかけていた。

 雅にペースを握られまいとして、舞美へ話を振る。

「ほかに思い出せることはないの」

「うん…うっすらとだけど…記憶に…残ってるような…」

 舞美によると、あのとき襲ってきたやつは、なんとかって組織の人間
だけど、自分はちがうんだ…だから信じて欲しい――と言っていた気が
するという。

「それはリゾナントのやつだよ。少なくとも、あんたたちを狼にする気だ
けはなかったみたいだね」
159 :名無飼育さん :2009/05/06(水) 09:29
 だって、あそこには、基本的に羊しかいられないから――と。

「ほかには?」

「うん…。たしか…自分は、あなたに危害を加えるつけるはない。ただ、
いっしょに来て欲しいところがあるんだ――って」

「そう、そう。あいつらは、そうやっていつも油断させておいて…」

「ちょっと黙ってて!」

 ウチは舞美に向き直った。

「あのひとは、自分はいま能力者を匿う組織に属しているけど、そこは
危険だから、近い将来、新しい組織をつくるつもりなんだ。そこは誰も
傷つけられることのない、能力者たちの楽園にするつもりなんだ――っ
て」

 それで舞美は、”傷つけられる”とか”楽園”とかいう、両極端で日常
に不釣合いなことばを聞いて怖くなったんだという。

「…そうだ。私、Zetimaって、あのとき聞いたんだと思う。だって、さっき
のエリと同じように、”ただの製薬会社ですよね”って、聞き返した記憶
があるの」

 舞美は、記憶がはっきりと戻りつつあるみたいだった。

 ウチの目をじっと見ているけど、その奥に、あの日の記憶を見ている
ような感じがあった。
160 :名無飼育さん :2009/05/06(水) 09:29
「聞き返して、どうしたの?」

 相手は、舞美がZetimaを――その裏の顔を知らないことに驚いた。

「資料によれば、”ぞわぞわの日”のころ、キミは小学校低学年だった。
あれから数年、能力が出てからも暫く経ってるのに、まだ組織は接触
してないのか――って」

 舞美が言うのを聞いて、雅もおどろいた。

「それは確かに珍しいね」

 この場合、組織といったら、Zetima本部のことだという。

「ウチの場合、すぐ感づかれたよ。あいつら”狼を追う狩人”なんて名乗
っておきながら、自分たちの方がよっぽど飢えた獣だってことに気づい
てない」

 そう言って雅は、足元にあった鉄くずを、水槽へ蹴飛ばした。

 焼けるような音とともに、底の方へ沈んでいく。

「Zetimaの正体は、能力者たちを集めて研究をするところ。そう教えら
れて、私、すごくおどろいた――」

 でも、相手は、その研究の実験台に、これまで多くの能力者たちが
使われ、犠牲になってきたことを打ち明けた。
161 :名無飼育さん :2009/05/06(水) 09:30
「そうやって仲間を失ったこともある。だから、自分は能力者を救いたい
んだ。そのための新しい組織をつくりたい。キミには、その設立メンバー
に加わってもらいたい」
 
 舞美に接触してきた理由だった。

 相手は、舞美が能力を行使しているところを映したビデオテープを持
っていた。

「でも、そのひと。キミが誘いに乗らなくても、このテープで脅すつもりは
ない。ただ能力者を守りたいだけなんだ…。そういってた」

 でも、結果、舞美は強引に迫られた。

「あのひと。すごく焦ってるみたいだった。私、すごく怖くなって、逃げ
ようとしたの。…そしたら、そのひとの目を見ているうちに動けなくなっ
て」

 雅は、超能力の一種だろうという。

「肉体を直接あやつることはできないけど、相手の精神に働きかけて、
間接的に動かすことならできる――そういう能力者がいるって話は聞い
たことがあるよ」

「じゃあ、どうして舞美は”飛べた”の?」

「ウチもよく分からないけど、テレパスといっても、梨沙子みたいに全能
じゃない場合もある。きっと舞美ちゃんと、その襲ってきた相手との波長
が合わなかったんだと思う」

 その結果、舞美は恐怖心から”飛んで”、相手の影響下を抜け出した。
162 :名無飼育さん :2009/05/06(水) 09:30
 そのときのことを思い出して、ウチはいつのまにか唇を抑えていたけど、
舞美もおなじ行動を取っていた。

 ふたりで顔を見合わせていると、梨沙子ちゃんが声をあげた。

「…やさしい感じ」

「だって。お2人さん、ヒューヒューだよ」

 雅に茶化される。

「――話をもどそう。あんたたち2人は、お互いを必要としてる。そして、
このビデオテープを悪用しないといってるリゾナントっていうのは、あく
までZetimaの一部、外部組織でしかない。上位組織に当たるところが
沢山あるんだよ。つまり…」

 そちらへビデオテープが渡ってしまえば、あんたたちはすぐにまた追
われる身になるんだ――と。

「そこで手を組まないかって、言ってるの」

「なにを――」

 ウチは意を決して言った。

「なにをすれば、いいの」

「仕事だよ。お金を稼ぐの」

「なんのために」
163 :名無飼育さん :2009/05/06(水) 09:31
「決まってるじゃん。Zetimaは能力者を救うなんて言ってるけど、信じら
れたものじゃない。リゾナントも怪しい。かといって、世間はもっと厳しい
よ。能力なんて、持っていると知れただけで迫害される。だから、自分
たちの力でやっていくの」

 雅は得意げにいうけど、それでは”飼育”がやっていることと変わらな
い。

「ちがうよ。同じじゃない。組織化しなければいいの。組織化するから、
上司だ部下だ、先輩だ後輩だ、親だ子どもだっていって面倒なことにな
る」

 だから、一時だけの協力関係を築かないかと、雅はいう。

「いまウチがやってる仕事はね。家を燃やすこと。といっても、誰かを傷
つけたりしないよ。廃屋や廃ビルなんかを燃やして、代金を貰うの」

 雅が言うには、土地と建物は持っているけど、相続かなにかで受け
継いだだけで、撤去費を出す余裕がない家というのが世間には少なく
ないらしく、それを能力で燃やす手伝いをするのだという。

「ウワモノ付きじゃ売れない土地も、それで条件が整う。あとは不動産
屋に任せるなり、自分たちで使うなりすればいい。その手間賃をもらうっ
てわけ」

 中には火災保険に入っている建物もあって、この場合、額が上乗せ
される。

「1物件につき、十数万円。どう? 悪い話じゃないでしょう」
164 :名無飼育さん :2009/05/06(水) 09:31
 さっきから雅は親指の先をべつの指の腹ではじいて炎を出し、それ
を消しては点け、消しては点け、とやっている。

 この話――。

 ウチにはよく分からないけど、法の網目を突いた”うまい話”のように
聞こえる。

 おまけに超能力という、警察が想定していない”凶器”を使っているか
ら、足が付かないという利点もあった。

「…エリ」

 舞美は、心配そうに腕を掴んでいる。

 誘いに乗っちゃダメ――。

 暗に、そう言っていた。

「ウチらは…、それにどう絡めばいいの」

「いまの仕事を、ウチは2年近く続けてる。だからね、そろそろ手を広げ
ようかと思うの」

 指を強くはじくと、爪の先の炎が大きくなった。

「近頃、この辺りに中国人窃盗団が出没してるの、知ってる? ウチに
はあいつらとコネクションがあって、そこでもう少し大きな仕事が開拓で
きそうなの。でも…」
165 :名無飼育さん :2009/05/06(水) 09:32
 指先の炎を、ゆらゆらと瞬かせると、それを水槽へ放り投げた。

「あいつらには常に警察の追っ手がついてまわってる…。だから”足”
が必要なの」

 そういって舞美を見た。

「ウチの放火能力、梨沙子のテレパス、舞美ちゃんの瞬間移動…。
これだけのものがあれば、色んなことができると思わない?」

 そして、もし強力してくれたら、ビデオテープを返してあげる――そう
雅はいう。

「断ったら…?」

「そのときは…、こうする」

 雅は、水槽に浮かんでいた炎の玉へ向けて手をかざすと、それを
ねじ込むようにして手を動かした。

 炎の玉が、じゅ…と音を立てて消える。

 ウチは考えた――。

 あのビデオテープは、舞美が能力者であるという決定的な証拠だ。

 もちろん、仮に、世間に公表しても、あまり相手にされないかも知れ
ないし、お金を掛けてつくったニセモノだろうということになるかもしれな
い。
166 :名無飼育さん :2009/05/06(水) 09:32
 でも、それが、もしあいつらの目に触れたら、またなにか接触してくる
可能性が高かった。

 いまの舞美の精神状態では、どうなってしまうか分からないし、もし
万全な状態でも、それは変わらなかった。

「考えさせて」

 駆け引きじゃなく、正直な気持ちだった。

「梨沙子、これは嘘?それとも本気?」

 梨沙子ちゃんは首をふる。

 嘘と本気は、感情に含まれるんだろうか? それとも論理?

「じゃあ、またくるね」

 雅たちは、あっけなく去っていった。

 しばらくの間、ウチらは黙って水槽の底をみていた。
 
 
 
 
 
167 :さるぶん :2009/05/06(水) 09:40
更新です。

>>144
>ドラマのような感じが〜文章に重みがあるような
ケータイ小説的なものって軽いと言われることが多いですけど、
工夫次第でどうとでもなると思うんですよね
梅さんの一人称を使ったのも、それを意識したからです

>読んでいてすごくたのしかったです。
でも、こう言ってもらえるのも、すごくやりがいを感じます
168 :三拍子 :2009/05/08(金) 20:49

こ、これは‥‥‥!
面白いです!最高です!!
梅さんが良いなぁ。
これからどうなるのか非常に気になります!!
 
169 :名無飼育さん :2009/05/13(水) 09:27



 あれから雅たちは、頻繁に顔を出すようになっていた。

 一度なんか、休み時間の教室にまで入り込んできた。

 そのとき、例のメールを送った男子が、ちょうどウチに突っかかって
きていて、梨沙子ちゃんに気を探らせると、雅は、そいつのことを指さ
してメールの犯人はお前だろうと指摘した。

「…大っきらいと、大好きがまざってる。…でも、全体的には、まっ黒な
感じ」

 梨沙子ちゃんがそう言ったのを、みんな口を明けて見ていたけど、
誰にも聞かれてないのに、そいつは、”オレ、レズの女なんか好きじゃ
ねーし”と言ったものだから、決着はついていた。

 それからというもの、そいつはクラスで浮いてしまうようになっていて、
ウチはいい気味だと思った。

 けど、舞美はちがっていたんだ。

「…エリ。かわいそうだよ」

 そういって、一通のメールを見せてくる。

 そのメールの中で男子は、前に自分が書いたウチらを誹謗中傷する
目的のメールで、中学のときに舞美をレイプした男になっていた。
170 :名無飼育さん :2009/05/13(水) 09:28
 その後、思いつく限りの犯罪をやって少年院入りし、家庭裁判所の
判事を親のコネで買収しようとして、失敗している。

 高校入学の直前にようやく出所してきたけれども、自分が舞美に
生ませ、ウチがいっしょになって育てた男の子に復讐された――つまり、
男どうしのセックスを覚えさせられ、ゲイに目覚めたことになっていた。

 誰が書いたのが、わからない。

 ウチにも文才があったら、これくらい書いてやりたいと思うようなスカ
ッとする内容だったけど、舞美は気に病んでしまっていた。

「これくらい当然だよ」

「でも…」

 そんなふうに言って。

 やさし過ぎるんだ、舞美は。

 雅たちのことにしたって、

「ねぇ、あの子たちのこと。助けてあげられないかな」

「助ける? …脅されてるのは、ウチらなんだよ?」

「そうだけど、それだけじゃない、そんな気がして…」

 舞美は、誰にも気づいてもらえない悩みを自分が抱えていたから、そ
のときのことを思い出してしまうんだと言った。
171 :名無飼育さん :2009/05/13(水) 09:28
「私には、エリがいる…。でも、あの子たちはちがう…。そんな気がして
ならないの」

 舞美は、いま、さりげなく言った。

 ”私には、エリがいる…”

 昔だったら、素直に喜べたところだけど、いまは少しちがう。

 みんなの前でラブラブを装うことに慣れてしまっていたし、ここは教室
の中だった。

 すぐ隣には、クラスメイトがたくさんいる。

 舞美が言ったことに、うんうんと頷いている子もいた。

 ウチは、舞美のそういう態度が、本気なのかどうか、わからなくなって
しまっていた。

 いっそ梨沙子ちゃんに、助けてもらいたい。

 そんな気分にもなったけど、あの廃工場で、梨沙子ちゃんが見詰め
合うウチらの心を読んで言った、

『…やさしい感じ』

 ということばまで、ウチらの偽りのこころを映しているように思えた。

 心の底まで――。
172 :名無飼育さん :2009/05/13(水) 09:29
 ウチらは心の底まで”キャラ”を演じることに慣れてしまったのかも
しれない。

 そう思えてならなかった。
 
 
 
 
173 :名無飼育さん :2009/05/13(水) 09:29
 
174 :名無飼育さん :2009/05/13(水) 09:29



 雅たちは、どこまで本気なのか。

 たまにやって来たかと思うと、決心は付いたかと聞いて、またふらっ
と帰っていく。

 そんな日が続いた。

 ウチはアルバイトを始めていた。

 駅の北口に、窃盗団の中国人や、雅の知り合いの子たちが溜まり
場にするコンビニがあって、そこのオーナーが南口にも店を構えていた。

 この前いっていた計画がうまく進んでいかないから、それまでのアイ
ドリングとして、ここで働いて欲しい――そう言われていた。

 詳しくは聞かされなかったけど、計画に関わりがあることらしかった。

 キスの一件があってから、ウチは舞美の家に泊まりにいっていない。

 メールは相変わらずたくさん打っていたけど、日常の会話と同じで、
打ち込みながら、どこまでが本音で、どこまでがお芝居なのかが分か
らない。

――舞美以外に、ぜったいハートは使わないからね。

 ウチはふざけて色んな子にメールを打つから、そんな約束をしたこと
があったんだけど、最後にそのマークを使ったのは、ずいぶん前のこと
だった。
175 :名無飼育さん :2009/05/13(水) 09:30
 ある日のこと。

 レジを打っていると、雅が店にやってきた。

「――ねぇ、あの計画。乗る気になった?」

 肩で息をしていた。

「そんな急にいわれても。詳細だって、聞かされてないし…」

 ウチはお客さんの相手をしていたので、軽くあしらおうとした。

 すると、雅が大声で怒鳴り散らす。

「そんなこという権利、あんたにはないんだよ!」

 カウンターについたほうの反対の手では、あの炎を指先で弾くクセが
出ていた。

 お客さんは、それを見たのか、品物も持たず、恐れをなすようにして
出て行ってしまった。

 入れちがいに、舞美が入ってくる。

 舞美は、いつも決まった時間に、ウチがバイトを終えるタイミングで、
店へ買い物にくるようになっていた。

 バイトをはじめると言ったとき、ウチは、もちろん雅に頼まれたことだ
からと告げたけど、こうも言っていた。
176 :名無飼育さん :2009/05/13(水) 09:30
「ここのところ、舞美、ずっと家に篭ってるでしょ。だから遠いところへ
旅行に連れて行ってあげたいなと思って。そのための貯金だよ」

 あの日、屋上から見た海の景色。

 あるいは、もっと遠くまで――。

 そんなことしてくれなくていいよ。

 エリが泊まりに来てくれれば、それでいい…。

 そう言って欲しかったけど、ムリだった。

「そうだね…。でも、私、エリに頼ってばっかりじゃダメな子になっちゃう」

 ウチらは2人で話し合って、いまのところビデオが悪用される心配
はないだろうという結論に達していたから、このリハビリめいた習慣を
舞美が言い出したとき、ウチには止める理由がなかった。

「どっちなの、やるの? やらないの?」

 選ぶ権利はないと怒鳴っておきながら、また聞いてくる。

 雅はパニックに陥っているようだった。

 そのことは舞美も感じたようで、

「梨沙子ちゃん、怖がってるよ」

 雅は梨沙子ちゃんではなくて、舞美をちらっと見て言った。
177 :名無飼育さん :2009/05/13(水) 09:31
「いいの!この子は、自分一人じゃなんにもできない子なんだから!」

 ウチは、まるっきり舞美のことを言われているような気がした。

 いまの舞美に出来ることといったら、せいぜいが、この店へきて弁当
やお菓子を買っていくことぐらい。

 この習慣がはじまるまで、舞美は一年近く、ウチがいないところでは
ろくに外を出歩いたことすらなかったんだ。

 それって、まるで――

 子どもの使いみたいじゃないか。

「…でも、だからって、あなたが全て決めていいわけじゃない」

 雅の威勢がすごくて、舞美は一瞬、しり込みしてしまったが、いまは
ちがった。

 じっと、雅だけを見て、強く、宣言するように言う。

 その表情を見て、ウチは胸が苦しくなった。

 この2人は、ウチらの映し鏡なんだ――。

 怒りの炎を暴走させる雅。

 それに従って、怯えながら世の中の感情を掬い取ろうとする梨沙子
ちゃん。
178 :名無飼育さん :2009/05/13(水) 09:32
 ウチは傷つけようとするものから舞美を遠ざけようとして、がむしゃら
になって振る舞った。

 舞美は、ただそれに従った。

 雅は、もういい!と、最後に一度だけ怒鳴り散らして、去っていった。

 2人だけになると、舞美は、前とおなじことを言う。

「やっぱり、私…。あの子たちを、助けてあげたい」

 ウチもおなじことを思っていた。

 でも――。

 ウチらの”赤い糸”は、ちゃんと結ばれているんだろうか。

 おなじことを思っているのに。

 おなじ結び目を形づくっているのに。

 その結ばれ方は、まちがっているんじゃないか。

 ウチには、なにも信じるものがなかった。
 
 
 
 
179 :名無飼育さん :2009/05/13(水) 09:32
 
180 :名無飼育さん :2009/05/13(水) 09:32



 次の日。

 臨時のシフトが入っていて、7時に明ける予定だった。

――今日は いつもの ナシだね。

 店へ出る前に、そんな短いメールを、舞美に宛てて打った。

 季節は秋。

 夜の7時といえば、もう真っ暗になっている時間だった。

 さすがに、駅前とはいえ、こんな時間に舞美を出歩かせるわけには
いかない。

――心配ばっかりされて ウザい?

 そんな、ふざけた文章を、こっそり忍ばせることができたら、ウチらの
関係はどれだけ楽になるだろう。

 そんなことを思いながら、退勤時間を迎えようとしていた。

「…あれ、おかしいわね」

 おなじシフトのおばさんが、床にはいつくばった。

 レジの清算が合わないんだという。
181 :名無飼育さん :2009/05/13(水) 09:33
 ウチは当然のこととして、ヒザを着いた。

 引継ぎが終わらないと帰れないのは分かっていたし、おばさんは、
ウチとおなじく臨時のシフトで、お家では、彼女のつくる夕食を家族が
いまかいまかと待ち望んでいるいるはずだった。

 だから、次のシフトのひとが気を利かせて、すこし早めに交代してくれ
ると言っていた。

 店長にバレると怒られるけど、うまくやっておきますよ。

 そう言って、退勤を管理するためのバーコードがついた名札を受け取
ってもいた。

「…あった!」

 おばさんが頭を上げた。

 ウチも、よかったですね!といいながら、顔を上げた。

 すると、ちょうど目線の先に、交差点の向こうにいる舞美が目に入っ
た。

「…なんで!?」

 思わず、声をあげた。

 店を飛び出すと、おばさんが後ろでなにか言っていたし、出入り口で
店長とぶつかりそうになったけど、構わなかった。
182 :名無飼育さん :2009/05/13(水) 09:33
 交差点は帰宅のラッシュが起きていて、人で溢れていた。

――どうして、来たりしたの。

 ウチは舞美を責めたい気持ちがあった反面、約束を破ってまで来て
くれたことが、うれしくもあった。

 こんな人ごみの中、舞美をきちんと見つけられたのも、ずっと舞美の
ことを考えていたからだ。

 そう思っていると、信号が変わった。

 人が一斉に動き出すと、ウチは舞美を見失っていた。

 おかしい。

 そんなわけがない。

 確かに、舞美が見えたのに。

 ウチは行き違いになってしまっただけだと思い、引き返した。

 すっかり反対側へ渡ってしまっていたので、信号が変わりそうだと分
かると、息を上げながら駆け足になる。

 交差点の真ん中に、女の子が立っていた。

 誰もが思い思いの方向へ歩いているのに、彼女だけは立ち止まって、
すれちがう人のほうへ手を差し伸べては、気味悪がられていた。
183 :名無飼育さん :2009/05/13(水) 09:34
 もう寒い季節なのに、ワンピース1枚で、寒くないのかな。

 そんなことを思いながら、とおり過ぎようとしたとき、目の端に、ちらっ
とピンク色の光が見えた。

 なんだろうと思い、首だけふり返ると、女の子の前に誰か跪いている。

 女の子は、その人の胸の辺りから引いてきた手に、どくどくと脈打つ、
ピンク色の光る玉のようなものを乗せていて、にっ…と笑うと、それを握り
つぶした。

 ウチは思わず立ち止まっていた。

 ぐしゃっ…という音が、聞こえたような気がした。

 玉が消えたあと、ピンク色の液体のようなものが辺りへと撒き散らされ
て、女の子の白いワンピースがそれにまみれた。

 遅れて、跪いたひとが倒れ込んだ。

 ふと見ると周りには誰もいなくて、信号が変わってしまったことに気づ
く。

 ウチは急いで渡りきると、しばらく呆気に取られていたけど、ピンク色の
光はいつの間にか見えなくなっていた。

 女の子が中央に取り残されているのは確かだったけど、倒れこんだ
はずのひとも車の往来で見えなくなっていた。

 呆然としたまま店へ戻ると、やはり舞美はいなかった。

 ウチは、それでどっと疲れを感じた。

 舞美の、それも幻に振り回されている。
184 :名無飼育さん :2009/05/13(水) 09:35
 ピンク色の光も、疲れが見せた幻覚だったんだ。

 そう思うと、自分が心底、嫌になった。

 中へ入ろうとして、ドアを押したとき、後ろのほうで悲鳴が上がった。

 ふり返ると、あちこちで、いま見たピンク色の光が舞っている。

 駆け出す人、倒れこむ人。

 それを見て、ウチは動悸をおぼえた。

 それから2週間後。

 舞美が何者かによって拉致された。
 
 
 
 
 
185 :さるぶん :2009/05/13(水) 09:41
更新です。

>>168
梅さんのキャラ造形は、見た目のカッコよさを重視しました。
舞美のほうも見た目の儚さ・線の細さを活かしてます。

逆にいえば、舞美を筋肉キャラから開放するには
超能力でも使わないとむずかしかったということなんですが…w
186 :名無し飼育さん :2009/05/30(土) 11:09
それぞれの間の空白に何があったのか気になります…
187 :名無飼育さん :2009/07/03(金) 22:43



 ”ドロワーズ”は普通の住宅を半分だけ改装して、アトリエにしたもの
だった。

「おじゃまします」

 上がりこむと、吉澤は住居のほうへ通された。

 途中、ちらとアトリエが見え、描きかけのものも含めて、さまざまな
絵画が置かれていた。

 憂佳は勝手知ったるようすで台所へ入ると、しばらくしてお茶と菓子
を持って出てきた。

 吉澤は花音という、さきほど自分をストーカー扱いした少女と並んで、
リビングのソファに腰掛けていた。

 お茶に口をつけながら、どこから切り出していいものかと思案する。

 あの後、憂佳は自分が吉澤のことを刑事だと言い当てたことに対して、
咄嗟にしまったという顔をしていたが、吉澤は吉澤でおどろいていた。

 なぜ刑事だとバレたのか。

 エリカに初めて会ったとき、刑事だとわかってもらえなかったように、
見た目からそうとは分からないはずだった。
188 :名無飼育さん :2009/07/03(金) 22:44
 あれは当てずっぽうだったのか。

 そもそもの話、この少女は通り魔事件の犯人なのか。

 それらのすべてを、はっきりさせたかった。

 吉澤のストーカー疑惑は、花音に対して憂佳が働きかけたことで晴
れて、制服警官は去った。

 だが続けざまに身分を明かし、それら諸々の質問を口にしかけたとこ
ろで吉澤は躊躇った。

 近所から、好奇の目線が向けられていたからだ。

 そこで、憂佳に中へ引き入れられ、いまこうしている。

 斜に置かれたソファへ腰掛けて、彼女は言った。

「中学三年生の前田憂佳といいます。このアトリエに住み込んで絵の
勉強をしています」

 やはり、ここは彼女の自宅じゃなかった。

 加えて、わが家のように振る舞っているからには、ある程度、長く住
んでいるはずだということも分かる。

「じゃあ、あなたの家――実家はどこ?」
189 :名無飼育さん :2009/07/03(金) 22:44
「きたの馬引町です」

 ”きた”とは北区のことで、ここ南区を”みなみ”というように、地元の
人間にとっては一般的な通称である。

 ”馬引”は高速道路と線路を越えた向こう側にある町の名だ。

「学校は? 住み込みっていったって、学区までは移れないでしょう」

 この市の学区で南北に跨ったものはほとんどなく、駅周辺のごく狭
い一帯に限られていた。

 この辺りは、そこから少し西側へ奥まったところにあったから例外に
当てはまらない。

「学校へは行ってません」

「行ってない?」

 吉澤はどうしてだとか、ご両親は心配しないのかとか、ありきたりな
質問をぶつけようかと思ったが、憂佳はしゃべり続けた。

「そもそも行く気はありません。両親も、最初は行くようにと言っていま
したが、説得すると分かってくれたようです」

「…説得? ご両親を? 義務教育を否定するのに、どんな理由がある
っていうの」
190 :名無飼育さん :2009/07/03(金) 22:44
 すると吉澤のことを、先ほどからずっと睨んでいた花音が、ようやく
口を開いた。

「あなた。憂佳のこと、通り魔事件の犯人だって疑ってるんですよね」

 直球な質問だった。

「ニュースで聞いた犯人の特徴が、憂佳と似てるから、それで後を追け
てたんでしょう」

「花音…!」

「いいよ憂佳。この際だから、ぜんぶ喋っちゃえば。”あのこと”とか」

「あのこと?」

「そうです。でも聞きたいんだったら、憂佳に聞いてください」

 花音はそう言って、よそを向いてしまう。

 吉澤は少し間を置き、期待を込めた上で、憂佳を見た。

「…わかりました。お話します。けど、それには条件があります」

 憂佳は言う。
191 :名無飼育さん :2009/07/03(金) 22:45
 事件に関して、自分に分かることはすべて話す。

 その代わり自分たちのことは、金輪際、放っておいて欲しいのだとい
う。

「どうして? なにかやましいことがあるの」

「いえ、そんなものはありません。でも私たちは特殊だから、他人という
ものが信頼できないんです」

 もっとも、吉澤は例外だがと、憂佳は言う。

「なぜ?」

「こういうと取引にはなりませんけど、あなたが――いえ、あなたなら
きっと、こちらの言うことに従ってくれると思うからです」

「どうして、そう思うの?」

「あなたが考えてることから、そう推理したんです」

「考えてる? どうして分かるの? 心でも読んだ?」

「――はい」
192 :名無飼育さん :2009/07/03(金) 22:45
 憂佳は言う。

 自分はテレパスで、予備知識なしに吉澤が刑事だとわかったのも
そのせいなのだと。

「ちょっと待って。テレパスって、あのテレパス?」

 吉澤は呆気に取られた顔をしていた。

 取り繕うようにして、口だけ動かしている。

「知りませんか? 私がさっき読んだ限りでは、刑事さん、超能力者の
知り合いがいると思いますけど」

 憂佳は憂佳で、吉澤と似た表情をしている。

 ただし、こちらは落ち着き払っていた。

「いない。超能力者なんて、そんな…」

「まだ信じられない? じゃあ刑事だって、憂佳があなたのことを当てた
のはなぜですか」

 花音が視線をぶつけてくる。

 憂佳によれば、先ほど、電話を掛けていた相手と共通の知り合いに
特殊な能力を持った人間がいるはずだと言う。
193 :名無飼育さん :2009/07/03(金) 22:45
「あなたたち、私をからかってるの」

「そんなこと…。第一する理由がありません」

「信じる気がないなら帰ってくれてもいいんですよ」

 花音は目の高さなど関係なく、吉澤を見下すようにしている。

 吉澤はもう一口、お茶を飲んだ。

 引いてはいけないと、刑事の本能が警告していた。

「あなたたち、事件について何か知っているふうだったけど」

 花音はそれを聞いて、ようやくお茶に口をつけた。

「私の場合、心を読むといっても、ふつうの人が考えるテレパスとは
ちがいます」

 憂佳の能力は、とても限定的なものなのだという。

 他人が考えていること、感じていることが、そのまま伝わってくると
いう一般のテレパスとはちがい、バイアスが掛かった状態で思考が
伝わってくる。

 ”誰が何を考えているのか”ではなくて、”自分から見てどの方向、
どれくらいの距離に、どんな形の思考が存在しているのか”
194 :名無飼育さん :2009/07/03(金) 22:46
 それだけが分かるのだという。

「人間の考えてることが地図のようになっているんです。その地図の上
には、いろんな客観的事実――例えば、『予定よりはやくメールの返信
がきた』とか、『彼氏の浮気の証拠をみつけた』、『昨日の夜、兄が死ん
だ』とか、そういうのがいくつも載っています」

 最初、地図は真っ白だ。

 書き込まれる前の情報も、まずは当てもなく流れていて、それが放っ
ておくと頭の中へ自然と入ってくる。

 必要なら読み解いてみて、印象が強かったもの、覚えておこうと思っ
たものだけが発信場所を特定され、地図の上へ記録されていく。

「これを私はタギングと呼んでいます」

 ”タグ”は英語で”目印”。

 よって”タギング”とは”目印をつける”という意味だ。

 憂佳には、そのタグが一体、誰のものなのかまでは分からない。

 『予定よりはやくメールの返信がきた』というタグの持ち主は、果たし
てそのことを喜んでいるのか、悲しんでいるのか。
195 :名無飼育さん :2009/07/03(金) 22:46
 それを確認するためには、本人の表情を見たり、問いただしたりしな
ければいけないが、それは難しい。

「タグはあくまで、ある場所、ある瞬間に、ある情報を地図の上へ写し
取ったものに過ぎません。人ごみで付けられたタグの持ち主は、次の
瞬間、雑踏の中へと消えてしまいます」

 例えば、こうだ。

 00時00分00秒、交差点Aに設置されたゴミ箱の前に、Bという場所
があったとき、そこに人物Cが立っている。

 この彼が考えていることは、憂佳によって読み取られることでタグC
となり、それが取り付けられる地図Dは、その時点では最新のものと
いえるわけだが、次の瞬間――つまり00時00分01秒には、もう過去
のものとなってしまう。

 よって、そこが雑踏だった場合、タグCが付けられた場所B、つまり
ゴミ箱の前には、すでに別人が存在しており、それはタグCとは異な
るタグEの持ち主になるかもしれない人物だ。

 タグの持ち主を確認しようと、それが付けられた方向へ目を向けて
みても、すでにそこには別人が存在しているのであって、結果、タグC
だけが過去のものとして残される。

 こうしてタグとは、持ち主の感情にまつわる、およそすべての個人情
報が抜け落ちてしまうものなのだ。
196 :名無飼育さん :2009/07/03(金) 22:46
 男女はおろか、固有名詞さえも例外ではなくて、吉澤についても、
名前が分からず、考えている内容から、刑事だとわかっただけ。

 これでさえ、ほかにひとがいたら特定することはむずかしく、ただ近く
に刑事がいることだけが特定されて終わったはずだ――。

 憂佳が話し終えると、吉澤は唸った。

 あまりに日常からかけ離れた話に、頭が回らずにいたのだ。

 そして同時に、話を聞きながら、そのようすが何かに似ているとも思っ
ていた。

 吉澤の思考を読み取ったかのように、憂佳が言った。

「これはインターネットの掲示板と同じなんです」

 ネットの掲示板も、ある瞬間、ある場所――つまり特定のIPないし
固有のアドレスを持ったパソコンから、何らかの情報が書き込まれるが、
それが、「ゆうか14才、彼氏募集中でーす」という内容だったとしても、
相手が本当に女であるという証拠はない。

 確定的な情報もあるが、基本はタグと同じ、匿名的なものだ。

 憂佳は言う。
197 :名無飼育さん :2009/07/03(金) 22:46
「さっき、ここを張り込んでいたとき、どこかへ電話してましたよね。相手
は新聞社に勤めてるはずです。でも、名前までは分かりません」

 そして憂佳は、ミステリの喩えを出して、凶器とトリック、動機、そして
犯人までが明らかになったのに、殺されたのが、実は存在しない人物
だったと分かったような、そんなとても味気ないものなのだという。

「確かに…。テレビや小説でみるものとは全然ちがう」

 吉澤は自分に言い聞かせるようにしていた。

 花音が言う。

「信じた?」

「分からない。よく出来たつくり話にしか――ううん、そう思いたい自分
がいるとしか、いまは言えない」

 吉澤の目を覗き込むと、花音が続ける。

「やっぱり、刑事さんには能力者のともだちがいるんだと思います。だっ
て普通、みんなテレパスって聞いただけで笑い飛ばすのに、刑事さん、
その能力がスティーブン・キングの小説よりずっと奇抜だって聞いても、
表情1つ変えなかった」

「そんなことない。驚きすぎて、顔に出なかっただけ」
198 :名無飼育さん :2009/07/03(金) 22:47
 事実――吉澤はさいぜんから、憂佳に思考を読み取られないよう、
細心の注意を払っていた。

 なぜそうするのか、自分でもよく分からないままに。

 能力者の知り合いなんか自分にはいない。

 口ではそう言いながら、そのことを疑ってすらいた。

 それは、心当たりが無くはないというのが、実際だったからだ。

「私は能力について、何人かのひとに話したことがあります。でも花音
以外に、まともに取り合ってくれたひとは1人もいませんでした」

 吉澤の反応が特殊だと、憂佳まで言う。

「だから話そうと思ったんだ?」

「そうだよ。どうしてかは、私の口からは言えないけど」

「それも読んだの?」

「はい。でも、不可抗力でした。まさか花音があなたをストーカー扱い
するなんて思ってもみませんでしたから、慌てていたんです。一応言
っておきますけど、いまは読んでません。コントロールできるようにな
りましたから」
199 :名無飼育さん :2009/07/03(金) 22:47
 吉澤は一旦、尻を浮かせると、座り直した。

 いろいろ聞きたいことがあったが、ここは自分の心の問題よりも、
刑事としての職務を優先させるべきと思ったのだ。

 過去と向き合うことから、自分は逃げているのかもしれない。

 そんな気持ちに蓋をしてまでして。

「能力を使って、どうやって私が刑事だとわかったのか、具体的に教え
てもらえない?」

「はい。刑事さんの場合、頭の中で事件のことを考えていて、おまけに
ご自分に関連させていたので推理できたんです」

――いる…ここに…人物が…疑わしい…犯人として…事件の…起きた
…交差点で…通り魔…

――掛けるか?…職質…それとも…アプローチ…なにか…べつの…
活かす…点を…同性という…

 この辺りの思考から、近くに女性の刑事ないし警官がいると、憂佳は
交差点に入ってきたときすでに分かっていた。

 「事件」や「犯人」だけでは一般人の可能性もあるが、「職質」となると
べつであり、ましてや、わざわざ「同性という点を活かす」なんて男性は
ふつう考えない。
200 :名無飼育さん :2009/07/03(金) 22:47
 性別が特定できたのは、そのためだった。

 むろん、これらは、どこから発されているのか分からない。

 一連の思考を発していたのが吉澤だと思ったのは、信号で横に並ん
だときだった。

「私の容姿を一通り確認してから、ノドもとのほくろが、どうして口元に
ついていないのかって、刑事さん、そう考えてましたよね。それで事件
と私を結びつけてるんだなって」

 決定打となったのは、住宅街へ入ってからのあれこれの思考だ。

 憂佳のテレパスの範囲は10メートル四方がせいぜいで、沿道に建ち
並ぶ家の中をのぞけば、あのとき吉澤以外、誰もテリトリーにいなかっ
た。

 花音に気づけなかったのもそのせいだと、憂佳は言う。

「なるほど。すごい能力を持ってるみたいね。あなたは犯人なの?」

 ここまでの話を聞いて、吉澤は前置きは要らないと思うようになってい
た。

「ちがいます。特徴が似ているというのは、私もニュースを見ておどろき
ました。でも、それは文章の上だけでのことです」

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