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屋根の下のベース弾き #7

1 :ごまべーぐる :2005/09/28(水) 23:06

同じ海板の続きです。
よろしくお願いいたします。

ttp://mseek.nendo.net/wood/1018614026.html(最初)

ttp://mseek.nendo.net/sea/1020511804.html(その次)

ttp://mseek.nendo.net/sea/1026291110.html(パート2)

ttp://mseek.nendo.net/sea/1032237720.html(パート3)

ttp://mseek.nendo.net/sea/1040300502.html(パート4)

ttp://mseek.nendo.net/sea/1049203127.html(パート5)

ttp://m-seek.on.arena.ne.jp/cgi-bin/test/read.cgi/water/1078667258/(パート6)

(倉庫行きになりましたらこちらになる予定です→ttp://mseek.nendo.net/sea/1078667258.html)
952 :早春賦 :2009/05/18(月) 23:23
―――その頃。クライム出版編集部。

「斉藤、ちょっと来てくれ」
「はい」
編集長に呼ばれた斉藤瞳は、資料を自分の机に置いて上司の所へ寄った。
「はい?」
「4階に異動だ」
「は?」
「6月からウチで新しい雑誌を立ち上げる。俺とそこへ移れ」
「え、異動の話って…」
「荷物まとめておけ」
「え…でも、北海道に行くかもしれないって言われましたが」
「新雑誌のメインに村田を持って来る。お前以外の、誰が面倒見るんだ」

斉藤はしばらく唖然としていたが、
「…何からまとめようかしらね」
早々と自分のデスクに戻り片付け始めた。


片付けが一段落ついた頃、斉藤は村田に電話を入れた。
先日の事があって少し躊躇はしたが、仕事に関する事なので思い切って掛けた。
『何?』
仕事中なのか、そっけない返事だった。
「異動が決まったわよ」
『…何処?』
「今のビルの4階」
『…マジ?』
「しばらくは、東京にいる事になりそうよ」
『うん』
「よろしくお願いしますよ、村田先生」
『分かりました』
半分マンガに気を取られているのが、携帯越しの声でも分かった。
電話を切って、斉藤は長い息をつく。

『…ちっとも優しくなんかないし、この世で一番愛してくれる訳でもないし。
義理の妹にしか気持ちはないし。
恋人としても生涯の伴侶としてもホント最低だけど』
『アンタのマンガをこの世で一番理解できるのは、このあたしだと思う』
斉藤は書類を揃え、しばし感慨に耽った。
953 :早春賦 :2009/05/18(月) 23:26
一方。

村田は実家にいた。
斉藤からの電話を切り、今手掛けてる原稿に視線を戻す。
『アンタ、あゆみちゃんが好きなのね』
自分たちが義理の姉妹だと話した夜、斉藤は眠りに就く前にそんな事を漏らした。
ひどい恋人だと自分で思う。
どうして斉藤は自分を好きなのか。
たまに疑問には思うが、自分なりに彼女の気持ちは受け止めてるつもりだ。

眼鏡を外してレンズを洋服の袖で磨いていると、下でインターホンの音が聞こえた。
「なんだ、こんな時間に客か?」
階段の上から顔を覗かせると、妹がリビングから出て来て、ドアを開けた。
「ごめん、こんな時間に」
客は、大谷だった。
村田の表情が変わる。
「あ、めぐみさん。
いらしたんですね」
大谷と視線が合い、
「ワタシ、メグミジャナイヨ」
と、うさんくさい発音で喋った。
「おねえ。
ちょっと来て」
妹がまじめくさった顔で言うので、仕方なく降りて行く。
楽しい集いではなさそうなのは、明らかだった。

リビングに入ると、既にお茶の支度がしてあった。
カップも来客用だ。
大谷は予め、来る事を知らせていたようだった。
「すみません、お忙しいのに」
まず大谷が頭を下げる。
「仕事中なので、手短にしてもらえると有難いけどね」
「は、はい」
「で、なに?話って」
妹が切り出そうとすると、
「てか、マサオのアパート行けば?あんたたち」
「え?わざわざ来てもらったのに?」
「マサオもアウェーよりホームのが話しやすいっしょ」
姉の意図がもうひとつ分からず、妹は恋人の顔を見る。
「…そうしようか」
大谷は、立ち上がった。
「すみません、あゆみを借ります」
「どうぞ」
「ちょ!ちょっと待ってよ!」
慌てて靴を履き、妹は恋人の後をついて行く。
確かな歩みで、大谷は暗闇を振り返らず歩いて行った。
それをキッチンの窓から見て、
「…長い夜になりそうだな」
村田は小さく呟いた。
954 :早春賦 :2009/05/18(月) 23:28
大谷のアパートに着いて。
柴田は茶の間の座布団に三角座りをして、膝を抱えていた。
「…あゆみ」
大谷がゆっくり口を開く。
「なに?
もうあたしの事、嫌いになった?」
大谷は首を振る。
「あたしが…あゆみに嫌われるかもしれない」
「なにソレ」
柴田は眉を顰めた。
「あたし…スウェーデンにデザインの勉強しに行くよ。
来月向こうに行くから。2年は帰って来ない」
柴田は顔を合わせないまま、三角座りしている。
やがて、
「30分時間をちょうだい」
スラッと寝室に続く襖を開けて入って行った。


30分待てと言われたが、大谷は1分で開けた。
暗闇の中で顔を上げ、柴田は
「早いよ!
30分…待てって言った、でしょ!」
泣きじゃくりながら、大谷の胸を叩く。
「30分も待てないくせに、2年も行けんの!?」
「あゆみの泣いてる声聞いてて、我慢できっかよ」
「バカー!」
ドンドン、ドンドン胸を叩き、柴田はわあわあ大泣きする。
955 :早春賦 :2009/05/18(月) 23:31
翌朝。

始発電車が出る頃、柴田は家に戻った。
泣き腫らした顔で、ドアを開ける。
「おかえり」
姉が待っていた。
「…あゆみちゃん」
たまたま原稿を取りに来ていた斉藤も、ただ事ではない様子に気付いたようだった。
「おねえ、知ってたの?」
姉は無言で頷いた。
「どうして…」
「あたしが言ったところで、しょうがないじゃん。
行くのはマサオなんだから」
「う…うえ」
妹が泣き出しそうになるので、斉藤は背中をさすってやる。
「行かせてやんなよ。
こんなチャンス、もう二度とないよ?
それともアンタ、自分の我侭で恋人の人生潰すよーな、つまらん女なの?」
「…村」
姉はそれだけ言うと、階段を上がって行った。
斉藤は自分の胸で泣きじゃくる妹をなだめながら、『…困ったことになったな』と考えた。
956 :ごまべーぐる :2009/05/18(月) 23:33
更新しました。
957 :早春賦 :2009/05/19(火) 00:36
柴田が大谷のアパートにいる頃―――。

市井は後藤がバイトしてる、クラブ風焼き鳥屋に現れた。
カウンターで後藤が、客のリクエストで掛けたレコードを片付けていると、
「はぁい(はあと)、真希ちゃぁん!」
後藤は心底寒々しくなり、なるべく目を合わさないように作業に集中した。
「て、オイ!
無視かよ!」
「んあ〜、ご注文どーぞ」
心から面倒くさそうに告げると、
「いつもの」
市井はニヤケ顔でオーダー。
後藤はカウンターの奥に引っ込み、ごそごそしていたと思うと、
「どーぞ」
とミルクをなみなみついだデュラレックスのグラスを、どんと市井の前に置いた。
「て、オイ!」
「お酒は体に悪いよ〜?」
「タバコを吸いながら言うな。
てか、食い物屋で店員がタバコってありえねえ」
「しょーがないじゃん、そゆのがウリの店なんだから」
BGMには、市井ですらよく分からない、マニアックなレゲエが掛かっている。
「リクあったら、聞くよ?」
と、後藤なりの優しさを見せる。
「いや、リクはいいけどな、終わったら付き合って」
「なんで?」
「いや、ちょっと相談。圭ちゃん関係で」
「んあ」
了解、という意味の『んあ』だった。
958 :早春賦 :2009/05/19(火) 00:42
「で、何さ。
相談って」

深夜の3時過ぎに後藤のバイトが上がり、ふたりは朝7時までやってる飲み屋に移動した。
「お前、こんな時間まで働いてんの?てか、電車動いてねーだろこんな時間」
「電車動くまで時間潰してから帰ってる」
「へー」
後藤はホットのゆず酒を注文し、ちびちび飲んでいた。
「けーちゃん、なんかあったの?」
後藤が本題に触れると、
「ん、いや。
なんかさー、ここんとこ圭ちゃんヘンで」
「けーちゃんがヘンなのは前からじゃん」
物凄く失礼なことを言い、後藤は市井のビールを勝手に飲む。
「いや、お前、『エリカ』って知ってる?」
「いちーちゃんの昔のオンナ?」
「いや、アタシが付き合ってたのは『エリナ』…て、そうじゃなくてー」
市井がノリツッコミをした。
「『ミヨシエリカ』ってオンナ、知んね?」
フルネームを市井が告げた途端、後藤の表情が変わる。
「もしかして…みーよ?」
「おま、知ってんの?」
「いちーちゃん、覚えてないの?
みーよっていたじゃん、うちらの学校…小学校なん…年だったかなー。
ホラ、解体クラブってうさんくさいクラブあったじゃん」
「あー…あったなー」
市井もやっと思い出したようで、遠くを見つめるような目をする。
「なんかあの子そこでビデオデッキとか分解してさー。
いつの間にか転校して来て、いつの間にかいなくなってたじゃん、みーよ」
「あー」
「いちーちゃんにちょっと似てたよ」
そこまで言って、後藤は『あ』という顔をする。
「いた!
この前!」
「な、なに?」
市井は後藤の様子にちょっと引いてしまう。
「ホラー、いちーちゃんがどんくさくて、アンプ部室に置きっぱでうちらガッコに取りに行ったことあったじゃん」
「どんくさいは余計だ」
「そん時、ぶつかった人!
みーよだよ!アレ絶対!」
「ほうお〜」
「みーよ、東京に戻って来たんだよ!」
「じゃ、ソレまで何処行ってたん?」
「分からぬ」
「へ?」
「でも、なんか確か…北海道?か行ったってせんせーゆってたよ」
「ふうん」
「で、みーよがどしたん?」
「ん?いやねー、どーも圭ちゃんがそのみーよちゃんと関係あるようで、
アタシ圭ちゃんのおかーさんに電話した時、それとなく聞きだしたのよ」
「そんな事してたの」
「ああ、カオリちゃんに先電話して、みーよちゃんの事聞いてね」
「ふうん」
「で、なんとみーよちゃんは昔、千葉に住んでたそーです。
しかも圭ちゃんの実家そば」
「え」
後藤は無表情でびっくりする。
長い付き合いの市井だからこそ心得ている表情で、目が若干揺らぐのだった。
959 :早春賦 :2009/05/19(火) 00:45
「まあ、時期的に、うちらのガッコに転校して来る前っぽいけど、小4くらいまでいたらしーです」
「そう…」
「ネグレストって知ってる?」
市井に言われ、
「無視?」
後藤は顔を上げた。
「まあ、本来の意味はそうだけど、いわゆる『虐待』ってヤツ」
市井が何を言わんとしてるのか何となく掴めてきて、後藤は目を伏せた。
「ひどいモンだよな、育ち盛りの子供に親がロクにメシ食わさないって」
「うん…」
「千葉に住んでた時、近所だった圭ちゃんのお母さんが見るに見かねて、
みーよにメシ食わせたり、面倒見てたんだって」
「なんで東京に来たの?」
「さあな。
親の都合じゃねーの?」
「…みーよ、今どうしてんの?」
「それがですね」
市井はぴっと人差し指を上げた。
「なんと、今度うちらの大学を受けるそーです」
後藤は目を丸くした。
普段からは考えられないくらい驚きすぎなので、
「ちょ、オマエ驚きすぎだから」
と市井に笑われる。
「受験?それはまた…」
「いやねー、みーよちゃんがロクな生活を送ってないので、
圭ちゃんのお母さんが勧めたそうです」
「ロクな生活って…」
「一応自分でコンピュータ関連の職業って言ってるらしーけど、
実質ハッカー紛いの事で生計を立ててるようで」
「ああ…」
後藤の『ああ…』がどういう意味合いを込めてるのか、市井には薄ら分かった。
納得とか、過去の友人(尤も、そう思っていたのは後藤だけだが)が
そんな道へ進んだ事への呻きなど、様々な物が込められていた。
「けーちゃんのおかーさんは、足を洗わせよーとしてんの?」
「まあ、そうでしょうね」
「すごいね、けーちゃんのおかーさん」
「ああ。
圭ちゃんがああいう風に育ったのが分かるっつーか」
ふと目の前のグラスを見ると、ゆず酒が殆ど残っていなかったので、市井は
「おかわりするか?
今日は奢ってやるぞ」
優しい声を出した。
「…うん」
後藤は少し笑って、
「すいませーん」
と店員を呼んだ。
960 :早春賦 :2009/05/19(火) 00:50
その日の朝。

朝比奈でのダンスレッスンは中止のまま、進展がなかった。
梨華は辻ととりあえず学校に行ったが、やはり中止だと先に来ていた新垣に告げられ、
「そっか…」と肩を落とした。
高橋は今日も紺野が先に行った為、新垣、小川と連絡を取ってここに来た。


「2日連チャンで説教て。
あさ美ちゃん可哀相がし」
行くところがないので仕方なく立ち寄った学食で。
高橋が少し怒ったような顔で言うと、
「あいぼんも、おじさんと朝っぱらから呼び出しれす」
辻が続けた。
「ちーす」
田中が学食に現れる。
「おはようなの」
道重も一緒だった。
「あれ?
ふたり一緒に来たん?」
新垣が不思議そうな顔をすると、
「ば!た、たまたまやし!」
「そうなの。たまたまなの」
焦る田中に対して、ひとつ年上の余裕か、道重は割合冷静に答えた。
「なんだおめーら、最近仲いっな」
頬杖をついて、小川がニヤニヤふたりを見る。
「な、なに言うとう。
たまたま寮に泊めてもうたり、たまたま絵里のお見舞い一緒に行ったりしただけっちゃ」
「たまたまが多いがし」
高橋に言われて田中は『あ!』という顔をする。
「れいなちゃんは、いいお友達なの」
道重コメントに新垣は
「へえー」
と反応する。
「さゆは、リードしてくれる人が好きなの」
「エッチをか?」
高橋の素の質問に、新垣は赤くなり無言でバシンと高橋の腕を叩いた。
「里沙ちゃん痛いがし」
涙目で高橋は自分の腕をさする。
「もう〜何言ってんのこのヒトは!」
「ああ〜、よかったがし。
ここにあさ美ちゃんおったら、絶対『晩ゴハン抜き!』って言うがし」
「じゃ、アタシがかわりに言うよ。
愛ちゃん、晩ゴハン抜き!」
「え〜!?
ちょ、里沙ちゃん!」
ふたりの掛け合いを見て、田中は道重に
「なん?
あのふたり、やけに仲良くないっちゃか?」
と耳打ちする。
「うん…」
道重は、戸惑いつつも頷いた。
961 :早春賦 :2009/05/19(火) 00:54
一方。

「困った事になりましたね…」
「ああ…」
加護と紺野は、顔をしかめながら、会議室を出て玄関に続く廊下を歩いていた。
「いや、参りましたな」
「ええ」
加護の父と紺野の両親も、そんな会話を交わす。
「加護さんのお宅は、奥様がいま」
「ええ、5月に産まれる予定ですねん」
「まあ、大変ですね」
保護者たちの会話を、娘たちはちらっと振り返って聞く。
「お母様は、大丈夫ですか?
お父様がずっと東京にいらして」
「奈良の実家の近くに親戚もおるし大丈夫や」
「そうですか」
娘たちの会話に、
「で。
キミたち、どうするの?」
加護の父が、わざと標準語アクセントで話し掛ける。

加護と紺野が保護者つきで呼び出されたのは、学園からの横浜校編入の勧めだった。
本校でこれだけトラブルがあるのだから、思い切って姉妹校に編入してはどうか。
教職員や理事達の意見に、呼び出された一同はぽかんとした。
『今なら4月の新学期に間に合うように手配する』
『編入に必要な諸経費も今なら相談に乗る』
畳み掛けるような商談を思い出し、
「『今なら』『今なら』て。
うちの娘はテレビ通販のおまけかっちゅーねん」
加護の父のうんざり顔の言葉に、紺野はぷっと吹き出す。

「しかし、あれですな」
加護の父が切り出す。
「この学校、正直、経営やばいんとちゃいますやろか」
ああ、と紺野の父も納得する。
「確かに。
今年からまた学費も上がるようで」
「え…そうなの?」
紺野が言うと、加護は『親御さんにはやっぱタメ口やねんな』とヘンなところで納得する。
「まあ、心配すんな。
俺が何とかしたる」
娘の頭をわしゃわしゃと撫で、加護父は
『行きましょか』と紺野の両親を促した。
962 :早春賦 :2009/05/19(火) 01:00
光井愛佳は久住小春を誘って、学校の図書室を訪れていた。

図書室奥の書庫が開いたかと思うと、ぬっと長身の女性が現れる。
ジュンジュンだった。
「おわ!?ジュンジュンさん」
「オッス」
ジュンジュンは、頭にペイズリー柄の赤いバンダナ、
無印で買ったっぽいベージュのエプロン、軍手、マスクとフル装備だった。
笑いながら、マスクを外す。
「まあ、かなりの装備ですね」
「書庫ノ作業ハ汚レルカラナ。コレクライハ必要ダ」
ジュンジュンの手には雑巾とハタキもある。
ふたりが話してる横で、久住は書架から取り出したマンガを読んでいた。
ジュンジュンが作業に戻ったので、光井は久住の横でマンガを選ぶ。
一冊のマンガに手をかけ、じっと見つめているので、久住は
「借りるの?」
と声を掛ける。
「いえ、愛佳ね、『犬夜叉』の26巻と『グッドモーニング・コール』4巻予約してますねんけど、
前に借りてる人が延滞してはって、なっかなか来ませんねん」
「へ、へえ〜…」
ふっと顔を逸らして久住は『やっべ〜…』と心の中で言った。
気がつくと、光井が何かブツブツ言っている。
「な、なに?」
「延滞してるヤツに呪いかけてますねん。早よ返せて」
『こ、怖!』
久住は危うく手にしてるマンガを落としそうになる。
『て、てかお寺の娘が呪いなんかかけていいの!?
そんなたかだかマンガくらいで!』
該当するマンガを延滞してる張本人――久住はびくびくしながらマンガを書架に戻す。
「あ、久住さん…」
司書の先生に声を掛けられ、久住は
「は、はひっ!」
と声を裏返させる。
「…予約してる本、入ったわよ」
同じマンガの延滞者と次の予約者、セットで目に入ったので、
さすがに空気を読んでくれ、先生は苦笑しつつ別な用件を切り出した。
「久住さん、何予約してましたん?」
光井がおっとり声を掛ける。
「ハ、ハリー・ポッター!」
「ええですねえ」
久住はカウンターで本の貸し出し手続きをしてもらい、先生に微苦笑込みで
「あっちも…お願いね」
とそっと囁かれる。
963 :早春賦 :2009/05/19(火) 01:08
のそっとジュンジュンが奥の作業場からブックトラックを押して
開架ゾーンに現れ、本の配架を始める。
光井と久住がその様子を見ていると、ジュンジュンが配架する横で、
片っ端から本をわざと並び替える生徒がいた。
書架に向かって左端から1巻、2巻、3巻と並んでる本を、
右から1巻、2巻、3巻と並び替えるような地味な悪戯だった。
ジュンジュンはムッとし、片っ端から並べ直す。
直す端からまた並び替え。
上巻・中巻・下巻とあれば下・中・上。
『ガガガガガ!』『カカカカカ!』
効果音にするとこうだった。
地味な攻防は続く。

「な、なんだろアレ…」
久住はその攻防を見て冷や汗を垂らす。
「さあ…一種のラブ・アプローチとかやおまへんか?」
該当の生徒は、心なしか生き生きしている。
やがて生徒は飽きたのか、別の書架へ移動した。
「勝ッタ」
ジュンジュンはニッと笑い、楽しそうに配架を再開する。
「あの人、なんですのん」
光井はそっとジュンジュンに尋ねた。
「アイツ、イツモソウダ。
ジュンジュンノ仕事邪魔スル」
「…鉄板ですな」
光井が呟いていると、ふたりがいる書架の裏側から
『ギャー』という悲鳴が響いた。
ジュンジュンは飛んでいってその悲鳴の主を助けてやる。
さっきの地味な悪戯の生徒だった。
別の書架で上の方の段にある文学全集を地味に並び替えしてるうちに、
本がまとめて上から降ってきたのだった。
落下を免れた本は書架の右端から1巻、2巻と地味に嫌な配列となっている。
「あ〜あ…そないな事するから」
光井が呆れていると、ジュンジュンが本をどかして、
その生徒が起き上がるのを手伝ってやった。
「大丈夫カ?ケガナイカ?」
顔の近くで笑顔込みで言われ、生徒はぽっと赤くなる。
「…ますます惚れさせたね」
いつの間にか横にいた久住の言葉に、光井は頷く。
「本ヲ戻スノ手伝ッテクレ」
ジュンジュンに言われ、生徒は従順に手伝いを始める。
「…手なずけたね」
「…ええ」
ふたりはゆるい笑顔でその様を見ていた。
964 :早春賦 :2009/05/19(火) 01:16
「あれ?」
別の書架に行こうとし、久住が立ち止まる。
「あれ、にぃーがきさんだよ」
久住の言うとおり、新垣と高橋が廊下を歩いているのが窓から見えた。
「ほんまでんな。高橋さんでしたっけ、一緒におる人」
「うん、紺野さんの友達だよね」


「学校案内してくれるなんて嬉しいがし」
高橋は嬉しそうに笑う。
ふたりは学食を出て、ヒマなので図書室へ向かう事にした。
「いやー、愛ちゃんずーっと体育館か学食だったから、
ロクに校内見てないっしょ。ここが図書室だよ」
中に入ると、ジュンジュンが書架の整理をしていた。
「オオウ、ニガキ、元気カ?」
「ジュンジュンさん!?何してんですか?」
「バイトダ」
「バイトっすか…」
「マブイギャル連レテンナ、ニガキ」
マブイギャル、という単語がツボに入り、高橋は『アヒャヒャヒャ!』と笑う。
「あの、そういう日本語誰に習ったんですか?」
「川´・_o・)σ< 川 ´^`) 」
「||c|;-e-)|<…あ〜」
新垣は納得、という顔をし、
「行こ、愛ちゃん。
愛ちゃんの好きな歴史の本、こっちにあるよ」
と高橋を促した。
「ジュンジュンさん、バイト頑張ってください」
「オウ。デートカ、ニガキ。ヤケルナ」
「は?友達を学校の中案内してるだけですけど」
「学校デートカ、青春ダナ」
「ひゃっひゃっひゃ!ジュンジュンさん最高やわ」
また高橋のツボに入り、笑いすぎて司書の先生に注意された。
965 :早春賦 :2009/05/19(火) 01:34
「愛ちゃん、歴史上の人で尊敬する人とかっている?」
「あーし?中大兄皇子や」
「マジでー?」
歴史の資料が並んだ書架の所で、ふたりは楽しそうだった。

―――光井と久住は、『家政婦は見た!』のように物陰からふたりの様子を覗き見ていた。


「僅か滞在20分で、色んなドラマがありましたな」
光井が言うと、
「ええ、まったく」
久住は深く頷く。
光井たちが図書室を出て行こうとすると、件の地味な悪戯の生徒が
ジュンジュンの後ろに回り、
「残念おっぱい!」
と胸部を両手で掴んでいた。
「オマエ何スルダ!」
ジュンジュンの怒号が響く。
光井と久住はゆるく微笑み合い、そっと図書室を後にした。
966 :早春賦 :2009/05/19(火) 01:37
新垣が高橋とぶらぶら本を探していると、
「あ、あれガキさんじゃん」
斜向かいの書架から、誰かの声がした。
友人かと思い新垣が顔を上げる。
他のクラスの、顔見知りではあるがさほど親しい子ではなかった。
「なんかガキさんが一緒に連れてる子、キレイくない?」
とその子の連れの少女が言った。
高橋も聞こえてるが、特にスルーしている。
「ガキさんもさー、髪切ったりしてっけど、全然色気ないよねー」
「言えてるー。オンナっ気ゼロっていうか」
談笑に混じる自分の噂話に、新垣は寂しそうに笑う。
「…里沙ちゃん?」
高橋に顔を覗き込まれ、
「あ、うん。
ごめん、行こうか」
と我に返って明るく微笑んだ。


「気にする事ないがし」
図書室を出て、高橋は開口一番言った。
「なに?」
「15やそこらでオンナっ気ぷんぷんしとったら、気色悪いわ」
高橋がうへー、という表情で言うので、新垣は思わず吹き出した。
「なんやー、なんで笑うがしー」
「アハハ、だってー」
愛ちゃんヘン顔するしー。
新垣がきゃはははと笑ってると、
「笑っとる方がいいやよ」
高橋の大人びた微笑みに、新垣はちょっと目を奪われた。
967 :ごまべーぐる :2009/05/19(火) 01:37
更新しました。
968 :名無飼育さん :2009/05/19(火) 23:27
愛ガキがいい感じだ(*´Д`)
969 :早春賦 :2009/05/20(水) 23:40
「いやいやいや」
学食で小川がバン!とテーブル叩いて立ち上がった。
「こんなトコでダラダラしてても始まんね!
てか、どっか練習できるトコ借りてやんね?」
「気持ちは分かるけど、一体どこで?」
梨華は言ってからしばし考え、
「あ…」
「センセー、どっか知ってんの!?」
梨華の表情に、小川は身を乗り出して食いついた。
「のん、何となく分かるれす」
辻がニッと笑う。
「え、ドコドコ?」
小川の勢いに、少し離れた席で話していた田中と道重も話をやめて梨華たちを見た。
「公園なんだけどね」
梨華がニッコリ笑うと、辻は
「だよねー」
と同意した。

『リサちゃん、早く帰って来て〜(はあと)
イシカワせんせーが話あんだって』
高橋を伴って学校案内に出掛けた新垣に、小川はこんなメールを送った。
約10分後、新垣が高橋と帰って来る。
「なに?
あの気色悪いメール」
開口一番、新垣は小川に顔をしかめて見せた。
「『リサちゃん』って」
新垣は物凄く嫌そうな顔をする。
「んだよー。
愛ちゃんが呼ぶのはイヤがんねークセにー」
「マコっちゃんは明らかにキショがらせようとしてるからヤなの。
で、石川さん。お話ってなんですか?」
「あのね、マコっちゃんが言ってるんだけど、ダンスレッスン、
この学校で出来ないんなら、自主練しないかって」
「ああ、自主練」
新垣が納得、という顔で頷く。
「で、あたしの家の近所に大きな公園があるんだけど…どうかしら?」
「その話、ノッたで」
「勿論参加させて頂きます」
ようやっと説教から解放された加護と紺野が学食に現れる。
「オマエら、やっと帰れんの?」
「おお、後は天に運を任すわ。
善は急げや、行こ、梨華ちゃん」
加護が珍しくやる気になっている。
隣で辻はちょっと目を見張った。
970 :早春賦 :2009/05/20(水) 23:41
梨華は今日、辻を乗せて車で来ていた。
朝比奈の近くのコインパーキングに止めていたのだ。
公園の場所を知ってる辻・加護と、ジャンケンして新垣と高橋が電車で向かう事になる。
「石川さん、運転上手なの」
後部座席の道重が褒める。
「コーナリングがスムーズっちゃ」
道重の隣に座ってる田中も頷く。
「ひゃー!寒ぅ!」
助手席の小川が嬉しそうに窓を開ける。皆のブーイングを浴びた。
「しかし…岡村先生に無断でやってもいいものでしょうか?」
紺野の疑問に、
「ええんちゃう?岡村やし?」
田中がバッサリ斬った。


公園で電車組と合流し、練習を始める。
夕方6時過ぎからやっていたら、いつの間にか矢口が来ていた。
「てかオマエらー、オイラ仲間外れかよー」
「やぐっつぁん!」
田中が矢口に駆け寄る。
「おう、れいな。
メールありがとな」
「え、矢口さん、田中ちゃんとメル友なんですか?」
石川の問いに、
「ああ。
てか、亀井ちゃん入院したんだって?」
「あ、もうすぐ退院できそーってメールきたの」
道重情報に、矢口は
「そっか、よかった」
と安心する。

「矢口さん、店は?」
「岡田ちゃんとみっちゃんに任せて来た。
てか、れいなにメールで『公園でやる』って聞いてソワソワしてたら
みっちゃんに『行って来い』って言われてさー」
「そうですか、それなら…」
梨華と矢口が会話していたら、
「あーし、曲かけやるやよー」
と高橋が志願してきた。
「どれからやるがし?」
高橋がラジカセをベンチに置き尋ねると、
「よっしゃ!最初からな!」
矢口が拳を突き上げた。
971 :早春賦 :2009/05/20(水) 23:43
それから途中休憩を挟み、みっちり練習は行われた。

8時半を過ぎた頃矢口は
「閉めの作業あっから、とりあえず戻るわ」
と『お疲れー』と帰って行った。
「お店やってると、大変っちゃね」
田中の呟きに、
「れいなちゃん、いつの間に矢口さんとメアド教え合ってたの?」
よほど気になるのか、梨華が尋ねて来る。
「ああ、この前やぐっつぁんが朝比奈来た時やけん。
なん?気になると」
「いやー、気が合ったのかなーって…」
梨華が何となく、首を傾げてると、
「そろそろわたし、失礼します」
紺野が腕時計を見て声を掛けて来た。
「ああ、帰ろっか」
小川は新垣と高橋の方を見た。
「駅まで送ってあげる」
梨華が大人の気遣いを見せている中、
「あんた、どうすると?」
「寮が今日9時門限だから、微妙なの」
田中と道重が話し合っていた。
「よかったら、ふたり今日あたしの家に泊まる?」
梨華が声を掛けると、ふたりは
「え、あ…いいと?」
「ありがとうなの」
戸惑いと喜び、様々なものを見せて返事した。

辻加護が田中と道重を連れて帰り、その間梨華は、小川たちを車で送ってやる。
「あ、愛ちゃん。
この後予定ある?」
小川の問いに、
「へ?別にないやよ?」
高橋がきょとんとして返事する。
「あ、紺野。
ちょっと愛ちゃん、この後借りてい?
里沙も一緒な」
高橋と新垣は怪訝な表情をしつつ、
「う、うん…」
と頷く。
「愛ちゃん、あんまり遅くなったら…」
紺野が言うと、
「あ、もしアレだったらアタシん家泊まってもらっていーし」
小川が明るい顔で提案する。
「…いいんですか?」
小川の勧めに、若干渋々ながら紺野は同意した。
そのやりとりをルームミラー越しに見て、梨華ハンドル握りつつ
「青春ね」
と微笑んだ。
972 :早春賦 :2009/05/20(水) 23:43
紺野たちを送って、梨華は帰宅する。
既に道重と田中は居間でお茶を飲んでいた。
辻加護はふたりを待たせて、風呂に入っていた。
「おかえり。
えらい、若いお客さんで」
オマエの友達にしてはと、裕子が居間のふたりを指して笑った。
「うん、道重ちゃんが朝比奈の寮生だからね、門限とかあるし」
「おかえりなさいなの」
「お茶とお菓子よばれてるっちゃ」
ふたりは居間から廊下の梨華に挨拶した。
「石川さんのお姉さん、すっごく美人なの。
美人姉妹なの」
道重が頬を紅潮させて、やや興奮気味に言う。
裕子は、
「褒めてもなんも出んで」
と照れながらも、
「コレも食べ」
とピーナッツ煎餅を出してやる。
「こんばんはー」
玄関先で、飯田の声がした。
「ごめんなー。
この前石川に貸したマンガ、急に必要になってさー」
「ああ、それなら今ありますから取って来ます。
居間ででも待っててください」
「ああ、サンキュ」
梨華が2階の自室に取りに行ってる間、飯田は居間に入って行った。
「お、辻加護の友達?」
見慣れない子たちがいるので、飯田が微笑みかけると、
「美人なの!」
道重が急に立ち上がって、飯田の前に立った。
「あ、ありがと」
飯田が笑って礼を言うと、
「でもさゆの方が可愛いの」
飯田は微笑みつつも、頭に『???』と浮かぶ。
「でもお姉さん、美形なの」
「ど、どうも…」
「さゆ、お姉さん引いてるっちゃ」
田中が座ったままふたりのいるドアの方を向き、助け舟を出す。
「あなたたちは、辻加護のお友達?」
「朝比奈の後輩っちゃ。
田中れいなです、付属中の2年っす」
「同じく道重さゆみなの。
中学3年なの」
「い、飯田圭織でございます。
中澤ハイツの住人で、美大におります」
道重に抱きつかれ、飯田は面食らってヘンな自己紹介をする。
「美人はいい匂いがするの」
「…変態っちゃ」
田中はぼそっと呟いた。
973 :早春賦 :2009/05/20(水) 23:45
飯田がマンガを返してもらい、帰宅したのと入れ替わりに、吉澤が帰って来る。
「ちーす」
風呂から上がった辻加護から客が来ていると聞き、居間のドアを開け、にょにょっと顔を出した。
「今度は王子様なの!」
道重、絶好調。
頬を赤らめ、ドラマティックに立ち上がった。
食べていたピーナッツ煎餅がぽろりと落ちる。
田中は慌てて煎餅を拾った。
「よお。ワンバンコワンバンコ」
「王子様なのに気さくなの!」
道重目線では、吉澤の周りに大昔の少女マンガ風にバラと点描が飛んでいた。
しかし実際の吉澤は、よく分からない聞いたこともないようなメーカーのヘンなパーカーに、駅前のスーパーで買った特価1580円のジーパンだった。
しかも靴下にデカイ穴が開いていた。
「ひとみちゃん…靴下」
梨華の指摘に、吉澤は
「穴カッケー!」
と叫ぶ。
田中は目が点になり、しょっぱい顔になる。
「王子様なのに靴下に穴!
飾らないの!」
道重はひとり盛り上がる。
「飾らなすぎや」
加護があっちゃーという顔でツッコむと、
「よっちゃん、またそれ履いてるれすか?この前捨てる、そろそろ捨てるって言ってたのれす」
辻が頭にバスタオルを巻いてひょいっと顔を出した。
974 :早春賦 :2009/05/20(水) 23:46
「お風呂よばれましたなの」
道重は廊下ですれ違った裕子に、頭を下げる。
「おう。
ゆっくり休みや、何もあらへんけどな」
「ありがとうございます」
襖を開けて、仏間に入って行く。
田中が布団の上に座り、イヤホンで音楽を聴いていた。
ふたりは何処で寝るか梨華たちと審議した結果、一番広い仏間に布団を敷いて寝ることになった。
「よう」
田中はイヤホンを外し、布団から道重を見上げた。
「先に寝てていいって言ったのに」
道重は自分の布団に入り、横になった。
「いや、人ん家やから寝れんと」
「案外デリケートなんだ」
フフッと笑って、道重は
「電気消すね?」
と蛍光灯の紐に手を伸ばした。

静かな時間が流れ、ふたりはたまたま手を伸ばしたら、相手の手に触れたのでなんとなく繋いでみた。
照れくささに、田中がこらえきれず笑う。
道重は膨れるフリをして、やっぱり笑う。
「立派な仏壇やね」
寝たまま頭を少し上げ、暗闇の中にある黒檀の仏壇を見て、田中が呟く。
「うん…」
道重は眠いのか、生返事のように言う。
「あんた、もう眠いとか?」
「起きてるよ」
「寝てよかよ」
田中はおかしそうに言い、布団を掛け直してやった。
「おやすみ。
れいなも寝ると」
田中が布団にもぞもぞ潜ると、ややあって、顔に何かくすぐったい感触があった。
髪の毛だと気付いた時には、道重の顔が上にあり、彼女が自分のさらさら流れる髪を押さえていた。
道重の唇が田中のそれにそっと触れる。
「…仏様の前でこんな事して、バチが当たるの」
「…本当っちゃ」
田中は小さく呟き、道重の髪に触れた。
手を繋ぎ、ふたりはそのまま眠りについた。
975 :早春賦 :2009/05/20(水) 23:49
一方。

梨華に自宅近くの公園で降ろしてもらい、小川は高橋と新垣を目の前に立っていた。
「なによ、マコっちゃん。ハナシって」
アタシもー眠いんだけどー。
新垣が冗談めかして言う。
高橋は何となくイヤな予感がしていた。
「いや、悪ィ。
あのさ、里沙」
小川が切り出そうとすると、
「マコ!やめ!」
と高橋が慌てて止める。
「なんで?
愛ちゃん、もう明日帰っちまうんだろ?
時間ねーし、ちょうどいいじゃん」
「なに…?」
話が見えない新垣が、顔をしかめて言う。
「何も今日、今やなくてもいいがし!」
「愛ちゃんも、どうしたの?」
新垣が高橋の顔を見る。
高橋は、気まずそうだった。
「里沙」
「はい?」
「オマエ、愛ちゃんと付き合えよ」
新垣の顔から、表情がなくなる。
高橋は慌てて、新垣の顔を覗き込んだ。
「な、なんで…」
ようやっと言葉が出て来て、新垣が小刻みに震えだす。
「なんで、マコっちゃんがあたしにそれを言う、の…?」
「里沙ちゃん!」
「どした…里沙?」
「―――バカー!!」
思い切り叫んで、新垣は公園を飛び出して行った。
「ちょ里沙!?」
「―――アホ!アホマコ!」
小川に向かって叫び、高橋は慌てて新垣の後を追った。
976 :ごまべーぐる :2009/05/20(水) 23:52
更新しました。

ダンスレッスンをした公園は、花見したりぼんが家出したりしてるアノ公園です。
977 :早春賦 :2009/05/22(金) 16:33
「里沙ちゃん!待つがし!」
駅で、高橋はやっと新垣に追いついた。
膝に手を置き、
「あんた…足、早やすぎやわ」
荒い息で言った。
「どうして…」
新垣は泣き顔だったので、高橋に見えないように逸らした。
手の甲で涙を拭い、鼻を啜る。
「好きな子ぉを放っとけんやろ、こんな時間に」
新垣を促し、
「おなか空いてへんか?
なんか食べよ?」
と煌々と灯りがついたファーストフードの店に連れて行った。


「落ち着いたかの?」
向かいで黙々とハンバーガーを食べる新垣に、高橋は笑顔を見せる。
新垣は黙って頷いた。
「それ食べたら帰るがし」
高橋の言葉に、新垣は首を振る。
「なんでや」
「家に、帰りたくない…」
高橋が眉を顰める。
「い、家に帰ったら、絶対マコっちゃん待ってるもん…。
あたしが泣いたの気にして、あたしが帰るまで、絶対部屋で待ってる」
新垣は涙声になり、手の甲で目元を拭う。
高橋は難しい顔をし、
「そこまで分かってて。
ひどい子やね、あんたは」
突きつけるように言った。
新垣はまたぼろぼろ泣き出した。


「あーしと来るか?」
しばしあって、高橋が言った。
「え…?」
「家に帰りたないんなら、あーしと来るか?」
高橋の言葉に、新垣は
「…うん」
と頷いた。
978 :早春賦 :2009/05/22(金) 16:41
連れて来られた場所は、赤羽のビジネスホテルだった。

「愛ちゃん…こんなトコ知ってんだ」
ロビーで新垣がきょろきょろ辺りを見渡して呟く。
「ヅカ見に来る時、友達とよう使うがし」
「へえ」
高橋は宿泊者カードに名前を書き込み、支払いを済ませた。
「あ、お金…」
「後でええ。
寝巻き、ソコにあんのひとつ取り。
枕と」
言われた通りカウンター前の棚からパジャマと枕を手に取り、
新垣は高橋とエレベーターに乗り込んだ。

「愛ちゃん、トシ、ごまかして書いてなかった?」
エレベーターの中での新垣の問いに、
「…見とったんか」
高橋が顔をしかめる。


部屋に入ると、
「わあ」
新垣が歓声を上げた。
「二段ベッドだ!」
広めのベッドの枕元上に、垂直の方向に梯子つきのロフトベッドがあった。
「運よく取れたがし。
キャンセルがあったんやと」
無邪気にはしゃぐ新垣に苦笑しながら、高橋は自分のヒップバッグを机の上に降ろした。
「お風呂、先入っといで」
「…え。愛ちゃん、先、入んなよ」
「あーしは後でええ」
「…うん」
高橋の様子に戸惑いつつ、新垣はパジャマを持ってバスルームに入った。


シャワーを浴びながら、新垣は
『愛ちゃん…あたしの事、コドモだと思ってるだろうな』
と考える。
昼間、図書室で知り合いの子に言われた事をフォローしてくれた事。
さっき公園で、小川が自分に言おうとしたのを止めてくれようとした事。
すぐ追いかけて来てくれた事。
ぼんやり考え、新垣は
「…どうしたいんだろ、あたし」
と小さく声に出した。
979 :早春賦 :2009/05/22(金) 16:43
新垣と入れ替わりに、高橋はバスルームに消えた。
新垣は待ってる時間を持て余すのでテレビをつけてみる。
ベッドの上に三角座りし、膝の上に顎をのせ、リモコンで次々番組を替える。
ようやっとテレビ東京のスポーツ番組に落ち着いた頃、高橋が出て来る。
「あ、上がったの?」
「ええ湯やった」
言い方がオッサンくさいので、新垣はリモコン手に吹き出す。
「やだー、オヤジー」
「…ちょ、やめてや。
ただでさえ、女子高生連れてるオヤジの気持ちが分かるような気分やから、
自分で押し止めとるがし」
「え?」
「いや…コッチの話。
なあ、里沙ちゃんて」
「なに?」
「あんた、ついて来たはええけど、どういう事か分かっとるか?」
高橋の問いに、
「…子どもじゃないもん。
それくらい分かるよ」
新垣はふっと俯いて答えた。
「ええのんか?」
「いいよ」
ふたりはしばし見合った。
980 :早春賦 :2009/05/22(金) 16:45

静かだな。
高橋に脱がされながら、新垣はそんな事を考えた。
丈の長いワンピースタイプのパジャマは、ボタンを外すとあっけなく相手に胸をさらした。
高橋は慣れてるのだろう。
新垣の長い髪を枕元にまとめ、肩や首筋に愛撫を始める。
「綺麗やで…」
枕元の灯りを消してほしいと、新垣は少し顔をそらし、きつく目を閉じて思った。
胸に手をあてがわれ、震えが走る。
「や…」
「可愛い胸やな…」
囁くように言い、高橋は先端を咥えようとする。
「…イヤ!」
高橋の肩を強く押し、新垣は身を捩った。
「…里沙ちゃん?」
「いやだ…いやだよお」
新垣は身を起こし、泣き出した。
高橋は呆然としていたが、
「…ごめん、ごめんな」
抱き寄せて、頭を撫でた。
981 :早春賦 :2009/05/22(金) 16:48
「…ごめんね、愛ちゃん」

しばらくたって、高橋に腕枕をしてもらっている時、新垣が言った。
「気にすることないがし」
あの後、パジャマのボタンも留めてもらい、子供をあやすように慰めてもらった。
「里沙ちゃんがまだ中学生やいうこと、あーしもっと配慮すればよかったんや」
「あ、あたしが悪いんだよ!」
「違う。
これは年上の責任や」
言葉は厳しいが、高橋の瞳は優しかった。

「愛ちゃん…こういう事しよって思ってたんなら、どうしてビジネスホテル…」
「あーし、ラブホは好かん」
「行ったことあるんだ。慣れてんだね…」
新垣が言うと、高橋は少し慌てたように
「あのな、里沙ちゃん。
あーしもう17やで?」
「…17でもちょっと早いと思う」
「そうかー」

「エッチイコールラブホって都会の子ぉは凄いやよ」
「…17で『ラブホは好かん』って言ってるほーが凄いと思う」
高橋の腕枕をそっと外し、新垣が寝返りを打った。
「あんな、里沙ちゃん」
「なに?」
新垣は顔だけ高橋の方に向けた。
「あんた、大人になったらもっとべっぴんさんなるわ」
「なに、急に」
高橋が真面目な顔で言うので、新垣はちょっと笑って高橋の方に向き直る。
「あんたは自分が女らしくないのを気にしとるようやけど、
少なくともあーしをそそるくらいは色気あるがし」
「は、はあ」
「まだ早かったんや」
高橋がまた優しい瞳になる。
「え、えっと…」
「あーしじゃ、役不足やった」
「え…」

「もう寝。
今日はもう何もせんがし」
「…うん」
新垣は目を閉じた。
瞼の裏が赤くなったが、すぐに眠りに落ちた。
982 :早春賦 :2009/05/22(金) 16:53
翌朝。

高橋と新垣はホテルを後にした。
新垣は自分の分は支払うと粘ったが、高橋は『いい』と突っぱねた。
「好きな子ぉに何もあげれんかったんやし、これくらいはさせるやよ」
高橋は寂しそうに笑う。
「愛ちゃん…」
あたし、振られたってこと?
新垣は真っ直ぐ高橋の方を見た。
「違う。
あーしがフラれたんや」
「……」
「年上やのに、気を配ってやれんかった。
恋人として失格や」
「それは、あたしのせい…」
新垣が最後まで言い終わらないうちに、高橋は新垣の顎に手をやりキスをした。
「愛ちゃん…」
「さ、早よう行きシンデレラ。
王子様がそこまでガラスの靴を持って迎えに来とるがし」
朝の光が、優しく微笑む高橋の背後から差していた。
それはとても眩しい光景で。
大人になっても、いまのこの人を覚えていよう。
新垣は思った。
「ありがとう、愛ちゃん。
あたし、ちょっとだけ愛ちゃんのこと好きになった!」
泣きそうなのを我慢し、新垣は笑顔で手を振って走って行った。

「やれやれ。
ちょっとだけがしか」
彼女の姿が見えなくなるまで手を振り、高橋は苦笑しつつ呟いた。
「さーて。
あーしも行くがしか」
頭をかいて、踵を返す。
「…とりあえず、あさ美ちゃん怒っとるやろな。
あれから連絡せんかったし」

「…ヅカもしばらく控えなな」
ホテル代が痛かったらしく、独り言ちて、高橋は朝の光を手を翳して眩しく見上げた。
983 :ごまべーぐる :2009/05/22(金) 16:55
更新しました。
984 :早春賦 :2009/05/22(金) 21:51
その日の午後。

「ウヘヘヘヘ、退院ですよ?」
亀井は嬉々として、病室の荷物をまとめていた。
検査の結果、退院が決まり、今日帰れることになった。
母や、お手伝いのカメさんも来てくれている。
「アラ、あらあらまあ」
病室の外で、ゴミを捨てに部屋を出ているカメさんの声がする。
亀井はドアからひょいっと顔を覗かせた。
「…高橋さん」
「退院やてな。おめでとう」
高橋は笑顔を見せ、手にしていた花を亀井に手渡した。
「ちょうど良かったわ。退院祝いや」
「…どうして?」
花を受け取りつつも、亀井は少し怪訝な顔をする。
「今日福井に帰るがし。さよならを言いに来たやよ」
「え…」
亀井の母はその様子を見ていたが、
「下の喫茶店にでも行ってお話しして来たら?
お父さん、まだ迎えに来ないし」
と娘たちを促した。

「お花、ありがとう」
喫茶店で、運ばれて来たレモンティーに口をつけ、亀井はとりあえず礼を述べた。
「水はやったらあかんよ」
「へ?」
亀井はきょとんとする。
「プリザーブドやし」
「ニセモノって、こと?」
「まあ、生花を染めたりしとるから、本物とはちょっと違うな」
高橋は自分もコーヒーに口をつけ、くすくす笑う。
「そうなんだ…すごい、本物みたい」
傍らの、ひまわりを中心にしたアレンジメントを見つめつつ、亀井は感心する。
「あんた、喘息やって聞いたがし。
生花はやめといた」
さりげない気遣いに、亀井はちょっと自分が恥ずかしくなった。
そもそも、ずっと自分に対して態度が悪かった人間の見舞いに来てくれたことにも、
申し訳なくなった。
「あんた、あーしのこと嫌いやろ?」
苦笑しつつ、高橋は言った。
「き、嫌いじゃない、です」
ただ…と亀井がもごもご口ごもっていると、
「安心し。
あーし、里沙ちゃんとはアカンかったから」
「え?」
「少なくとも、あーしは里沙ちゃんの運命の相手やなかったって事や」
コーヒーに砂糖を足し、高橋は
「甘いがし」
と顔をしかめた。
「里沙ちゃんにあーしがちょっかい出しとったんが気に入らんかったんやろ?」
「……はい」
「正直やな」
ふっと笑い、高橋は自分の分のコーヒー代をテーブルに置いた。
「ごちそう様。先行くわ。
新幹線の時間があるがし」
「あ、ここは絵里が」
「構へん。
ライバルに貸しは作りたないし」
「へ?」
「いや、こっちの話。
じゃ、お母さんたちによろしくやよ」
店を出て行こうとして、高橋は
「あ、ひまわりの花言葉知っとるがしか?」
思い出したように言った。
「い、いえ」
亀井がふるふる首を振ると、高橋はニッと笑い、
「帰ってネットででも調べるといいがし」
と今度こそ出て行った。
985 :早春賦 :2009/05/22(金) 22:03
その頃。

「てか、なんで見舞いに行かなアカンの」
「知らん仲でもないやろ。つーか、オマエ、いつからそんな薄情な娘なってん」
「うえー」
加護が父に引っ張られて、亀井の病室に向かっていた。
亀井は高橋が帰ってから病室に戻り、母たちと話していた。
「「あ」」
病室に入って来た加護と、亀井の声がカブる。
「加護さん…」
「よ、よう。元気?」
加護は緊張しつつ、片手を上げる。
「おじさまも」
「ああ、入院したて聞いてな。
おっちゃん、学校の用でたまたま東京来てたさかい」
「すみません、ほんとにわざわざ」
娘と一緒に、亀井の母が頭を下げる。
カメさんは『何かお飲み物を』と部屋を出て行った。
「奥さんも久しぶりですな。
旦那さんもおかわりなく」
「ええ、元気にしております。
それにしても、亜依ちゃんと同じ学校だったなんてね」
亀井の母が懐かしそうに目を細めるので、加護はきょとんという顔をする。
「え、亀井さんのお母さん、うちの事、知ってはるんですか?」
「何言うてんねん、おまえ。
ガキの頃、せんど遊んだやないか」
加護の父はまた娘のつむじにげんこつをぐりぐりさせた。
「無理ないですよ、昔のことですから」
亀井は苦笑し、加護を見た。
「え…」
「エリちゃんや。覚えてへんのんか」
「あ…」
加護の記憶が少しずつ蘇る。
遠い夏。自分のあとをこけながら追いかけてくる、ショートカットの女の子。
「え、ええええ!?」
「…やっと思い出したようやな。
ほんま勉強は出来んのに、肝心なことを忘れおる。
お父ちゃん、悲しいワ」
加護父は大げさに、涙を拭って見せた。
986 :早春賦 :2009/05/22(金) 22:06
「ごめん…本当に忘れてた」
大人たちが病室で会話してる間、加護と亀井はロビーに移動した。
加護は申し訳なさそうに頭を下げる。
「もう、いいの」
「…え?」
「もう、過去の事なんだって、改めて思った」
亀井はサバサバした表情で言った。
「ずっと、好きだったの」
「……」
「でも、もういい。
絵里もう、あの頃の泣いてばっかしいる、弱い子じゃないもん」
「ありがとう」
不意に礼を言われ、加護は
「礼やなんて…ずっと忘れてたくらいやなのに」
「辻さんと、仲良くね」
「え…」
「知ってるよ、もうラブラブなんだって」
亀井に言われ、加護は頭をかく。
「別に…のんとは付き合ってるとか」
「でも、好きなんでしょ?」
「ま、まあ…」
「絵里のこと忘れてて、他の女のコにうつつを抜かしてたくらいだから、
うまくいかないと絵里、怒りますよ?」
ヘラヘラ笑い、亀井は
『あくしゅ』
と手を差し出した。
「これからもよろしく、センパイ」
「は、はあ」
「じゃ、戻りましょう。
そろそろうちのお父さん、迎えに来る頃だし」
握手の手を離して、加護は
『これは…ウチ、振られた事になんの?』
と少し困惑していた。
987 :早春賦 :2009/05/22(金) 22:17
『無事退院(はあと)
お見舞い来てくれてありがとね。
月曜に学校行くから!』

父が運転し、迎えに来てくれた車の中で、亀井は道重たちにこんなメールを打った。
ふと新垣に送ろうとし、
『ガキさん…高橋さんが「ダメだった」って言ってたけど、何があったんだろ?』
少し考えてやめた。

「ひまわり、ひまわり、と」
亀井は帰宅して早速、自室のノートパソコンでひまわりの花言葉を検索してみる。
「『あこがれ、私の目はあなただけを見つめる、崇拝、熱愛』…」

「…何を言いたかったんだろ、高橋さん」
亀井は首を傾げ、最後の方にあった『いつわりの富』『にせ金貨』という項目を見て
「失敬な」
と呟いた。
988 :ごまべーぐる :2009/05/22(金) 22:25
更新しました。

前々回と前回分の訂正です。

>974

7行目

田中が布団の上に座り、イヤホンで音楽を聴いていた。 →田中が布団の上に座り、MDで音楽を聴いていた。

>984

下から11行目

ライバルに貸しは作りたないし →ライバルに借りは作りたないし
989 :名無し募集中。。。 :2009/05/23(土) 22:44
いつもコッソリ拝見してました。実に面白い!
次回も楽しみにしています。
990 :早春賦 :2009/05/24(日) 03:09
その日の夕方。

三好絵梨香は、自宅マンションで仕事の依頼人に連絡を取り、作業に取り掛かっていた。
滅多に鳴らないインターフォンが鳴る。
元より知り合いなどおらず、来るといえば仕事に関する資料が宅配で届くくらいだ。
もっとも、それも添付つきのメールで済まされる事が殆どだが。
「はい?」
三好は一応用心しつつ、応対する。
テレビインターフォンの画面には、とろんとした目つきの少女が映っていた。
エプロンをし、何やら紙袋を持っている。
「…どなた?」
この前の喫茶店の店員だとすぐ分かったが、一応問うてみる。
『はあい、すんませ〜ん。
喫茶タンポポですけどお、出前に参りましたぁ』
聞いてると苛々しそうな喋り方だった。
「頼んでません」
そう言って切ろうとすると、
『え〜。
千葉の保田さんて方から、頼まれましてん。
三好さんに配達してくれて』
「…保田?」
『はあ、女の方でしたわ』
「…分かった」
オートロックを解除し、中に入れてやる。


991 :早春賦 :2009/05/24(日) 03:11
「あなた、あのタンポポとかいう店の人ね」
「へえ、アルバイトの岡田っていいます〜。
よろしゅうに」
三好宅に上がった岡田は、
「ええマンションですねえ」
と好ましそうに室内を見渡す。
「家の感想はいいから。
その出前置いて早く帰って来んない?
いくら?」
「あ、お代は保田さんから頂いてますぅ」
岡田は紙袋からがさがさ何か取り出しつつ答えた。
「…何をおっぱじめる気?」
「キッチンお借りしますねえ」
三好の質問には答えず、岡田は勝手にキッチンに入って行った。

―――10分後。

「…おたくの喫茶店は、出張して料理するの?」
リビングのカウンターテーブルに置かれた、サンドイッチの皿を目の前にして、三好は皮肉っぽく言う。
「いえ〜。料理てほどのことはしてませんし〜」
岡田は悪びれず、ニカッと笑う。
岡田はタッパーにハムや野菜、スクランブルエッグなどを詰めて来て、
一斤分の食パンをスライスしつつ、サンドイッチを作成したのだった。
「はい、ぬくいうちに飲んでくださいねえ」
ホットミルクの入ったマグカップもテーブルに載せ、勧める。
「千葉の保田さんからの依頼って言ってたけど…」
「ええ、言いましたよ」
岡田は顔を上げた。
「千葉のご出身で、そこの中澤ハイツに住んではる、保田さんからの依頼ですわあ」
三好の顔色が変わる。
「あんた…騙して」
「いえ、保田さんにこう言え言われましてねえ。
そう言うたらなんや保田さんのお母さんからや思て、勘違いして入れてくれはるやろて」
「…帰って!」
「ほな、おおきにい。
また明日来まっさあ」
「来なくていい!」
岡田は靴を履き、『バイナラ』とドアの隙間から手を振って帰った。
992 :早春賦 :2009/05/24(日) 03:13
―――喫茶タンポポ。

「ただいまあ」
出前を終えた岡田は、のんびり言いつつ帰って来た。
「お、岡田ちゃんど、どだった!?」
気が気でなかった矢口は、カウンターからダッシュして出て来る。
「へえ、ミッション68パーセントくらい成功ですわ」
『イエーイ!』と岡田はピースする。
「ろ、ろくじゅうはちぱー?」
「保田さんからの差し入れやバラしたら、激怒してはりましたわ」
手を叩いて思い出したようにウケる岡田。
「あんた、ダメじゃん。それ言っちゃ…」
矢口はヘナヘナと崩れ落ちる。
「ええ、でも。
勘付いたようでしたよ、頭エエひとですねえ」
「…はあ」
矢口は大きく溜息を吐いた。
「てか圭ちゃん、先払いで1週間出前してくれって…。
何考えてんだろ?」
「自分のカノジョの体調が心配なんやないですか?」
「いや、元でも現でもないよ、あのヒトは」
「分かるんですか?」
「オイラ圭ちゃんのカノ史だったら、ちょっとした年表書けるもん、年表!」
無意味に威張る矢口。
「へえ、じゃ、645年は何がありましたん?」
「645年はぁ、圭ちゃんが蘇我入鹿を暗殺して、大化の改新と呼ばれる子を持ったんだよ、てちげーよ」
そもそも誰も生まれてねーだろが、と矢口は岡田にビシッとツッコんだ。
「関東人にツッコまれるのもオツですわぁ〜」
「関東人て」


再び三好のマンション―――。
PCに向かっていると、携帯が鳴りほぼワンコールで三好は取った。
「はい?」
『例のヤツ、進んでる?』
電話の向こうの声に、三好は皮肉めいた笑みを浮かべる。
「困りますね。
こっちは、子供の遊びでやってるわけじゃないんですよ」
『…いくら欲しいの?』
「相場は100万だって言いましたよね?」
『あれくらいの仕事に?』
「10万でやれって、子供のおつかいじゃないんですよ。
まったく話になりませんね、それじゃ」
相手が何か言い立ててるのを無視して、三好は一方的に切った。
993 :早春賦 :2009/05/24(日) 03:17
翌日。

「なー。
なんでれいなら、登校しないかんと?」
この日は、付属高校と付属中3年以外は普通に授業があった。
短縮して通常6時間目まであるところを、5時間目までではあったが。
田中れいなはブツブツ言いながら、校門をくぐる。
この日はおかしな雲行きだったので、自転車は避けバスでやって来た。
「会長、おはようございます」
1年下の光井愛佳が挨拶して来た。
「お、愛佳か。
おはようっちゃ」
「田中サン、光井サン、オハヨウゴザイマス。
バッチリデス」
気がつくと、リンリンがジャージ姿でにこやかに挨拶して来た。
「あ、リンリンさんっちゃか」
「田中、光井サン、オハヨウダ」
同じようにジャージ姿のジュンジュンも一緒だ。
「ちょ(笑)。
愛佳だけ『さん』づけて(笑)。おかしいやろ!れな確かに年下やけど!」
「田中ハ田中ダ」
物凄く根拠のない事を自信たっぷりに言い、ジュンジュンは
「ジャアナ。
頑張ッテ学ブダ」
と田中のちっこい頭をわしわし撫でてリンリンと去って行った。
「なん?
れな、田中呼ばわりかい」
「あはは、気に入られてますねえ」
光井は朗らかに言った。
予鈴が鳴る。
「あ、そろそろ行くっちゃ」
8時20分の予鈴が鳴ったので、田中は光井を促す。
「あ、そうですね。行きましょか」
ふたりが下駄箱へ向かって進もうとすると、校門に物凄い勢いで久住小春が走り込んで来た。
口にはトーストだった。
「こ、小春!?」
「あ、たなはひゃん。
おひゃよーごじゃまふ」
「とりあえずトースト食べなはれ(笑)。
つーか、愛佳リアルでトーストくわえて登校するひと、初めて見ましたわ」
光井は『ひゃ〜!おかし!』と腹を抱えて笑い出す。
「すごくない?
小春起きたの7時59分なのに超ヨユーで間に合ったんだよ!」
「いくら隣町でひと駅やからてあきまへんで」
下駄箱に一緒に向かいながら、光井がたしなめる。
「でも本鈴の前には来れたじゃん!」
「すごかね〜…てか、小春の制服、トーストのくずだらけっちゃ」
「ああ!?」
久住は制服のフロント部を頭を下げて確認し、デカイ声を上げる。
光井は
「使いなはれ。それで掃い」
と鞄からタオルハンカチを出して渡してやった。
ふたりのやりとりを笑って見ていた田中だったが、高校の下駄箱に、人がいるのに気付く。
『あれ?今日は高校、授業ないはずやけど…』
2年C組の所に近づいたかと思うと、下駄箱に赤いスプレーを噴きかけ、素早く去って行った。
「な…!」
「うわ!なにあれ!?」
「誰や!!バチ当たりな!」
久住たちも気付いたようで、憤慨する。
「れな追いかけると!
あんたらは授業行き!」
「ちょ!田中さーん!」
「会長!」
ふたりが止めるのも聞かず、田中は走り出していた。
994 :ごまべーぐる :2009/05/24(日) 03:19
更新しました。
995 :ごまべーぐる :2009/05/25(月) 00:42
新スレです。

ttp://m-seek.net/test/read.cgi/water/1243177672

よろしくおながいします。

スレが少し余ったので、昔書いてストックしたまんまだった短編を。
ベース弾き設定で、カメ目線です。
996 :ごきげんな放課後 :2009/05/25(月) 00:43
ごきげんな放課後

放課後ののーんびりした時間が絵里は好き。
仲いい子とおしゃべりしたり、寄り道してマックとか行く相談したり。
今日もさゆと、『コックリさんは実在するか』というテーマについて語り合っていた。
「ヤバイよねー、コックリさん」
「うん、マジヤバイ」
横で学級日誌書いてた日直のガキさんが、
「…ヤバイのはアンタたちだから」
と呟いてるのは無視。
「ねー、さゆー。
この後どっか行くー?」
「えー、マックとかー?」
「んー、マック飽きたよー」
「えー、じゃ、アイスとか?」
別に購買でパンとか買って、中庭のベンチとかで食べてもいいんだけど。
放課後はなんか特別なことしたいじゃん?
997 :ごきげんな放課後 :2009/05/25(月) 00:43
「ねー、ガキさぁん。
いい店知んない?」
「あはははは!
聞き方オッサンだから!」
ガキさんに言われて、絵里は片手でおちょこをぐいっと傾けるフリ。
「んー、駅んとこのラーメンはー?」
「ラーメンはちょーっと重いかなー」
「注文多いねえ」
ガキさんは苦笑いしながら、それでも考えてくれる。
さっすが。
「あー、じゃ。
てごろにミスドは?
今100円セールやってるよ」
「んー、ミスドにする?」
さゆが言うから、
「しゃーない。
ガキさんのカオ立てて、ミスドにすっか」
って絵里言ったら、
「誰目線よ!
てか、上からだから!」
ガキさんがまた笑い出した。
998 :ごきげんな放課後 :2009/05/25(月) 00:46
さゆが窓の外を見てたら、
「あれ?加護さん走ってるよ?」
ガキさんとグラウンドを見たら、体操服姿の加護さんが走ってた。
「もー!ウチが何したていうねん!」
「コラー加護ー!
体育サボったバツじゃー!」
岡村先生がメガホンで怒鳴りながら、加護さんが走るのを見張ってる。
「つーか何やってんだろね、岡村先生。
担任でもないのに」
ガキさんの言う事に、絵里たちは頷いた。
「もーやってられへんわー!」
「真面目に走れー!」
岡村先生がまた怒鳴ると、加護さんは今度欽ちゃん走りを始めた。
絵里たち、笑い崩れちゃったよ。
さすが、関西人。
グラウンドで部活してる子たちもオナカかかえて笑ってる。
999 :ごきげんな放課後 :2009/05/25(月) 00:48
「じゃ、行こか、さゆ。
ガキさんも来るー?」
「えー、いいの?」
「特別ですよ、特別?」
「なにソレー?」
ガキさんは笑いながら、日誌を閉じた。
「ちょっと日誌出してくるー。
下駄箱んとこで待ってて」
「早くねー」
「ダッシュねー」
「アンタら息揃いすぎだからー」
ガキさん文句言いつつ笑ってる。
さゆと手をつないで、下駄箱に向かう。
ミスド行ったら何食べよ。
エンゼルクリーム残ってたらいいな。
そう言うとさゆは、
「さゆ、フレンチクルーラーにするから半分こしよ?」
と可愛く笑った。

日誌を出してきたガキさんが手を振ってぱたぱた走ってくる。
今日はお天気いいし。
うん、放課後は悪くない。

fin
1000 :ごまべーぐる :2009/05/25(月) 00:52
川*’ー’)<1000なら里沙ちゃんはあーしのやよー

リo´ゥ`リ<阻止!

从;´ ヮ`)<なんで小春が止めると?
1001 :Max :Over Max Thread
このスレッドは最大記事数を超えました。
もう書けないので、新しいスレッドを立ててくださいです。。。

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