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ローズクオーツの掟2

1 :名無飼育さん :2015/04/19(日) 09:16
前スレ 草板の「ローズクオーツの掟」の続きです。
宮本さん中心のお話です。
当面は小田かりん中心になると思います。
2 :名無飼育さん :2015/04/19(日) 09:18
「小田ちゃん、いい加減にしなさいよ。
あなたが宮本佳林という花魁に夢中になってる噂、
何回も聞いてるんだけど」

聖がすぐにそう言った。

「道重さん、お願いします。あたしはあの子が欲しいんです」

聖の言うことには構わずさくらはさゆみを見つめて言う。

「道重さん、いくら後輩に優しいからって人間を買い与えるなんて無茶です」

春菜もさらに反対する。

さゆみは二人には目を向けず特別室から回転する檻に入った佳林を見つめる。
さくらは人差し指同士を合わせてさゆみの様子を神妙に見ていた。
さゆみはさくらを一瞥するとにこりと笑った。
3 :名無飼育さん :2015/04/19(日) 09:19
「いいよ。買ってあげる。可愛い後輩のためだもんね」

「本当ですか?」

さくらの顔がぱっと明るくなった。

「その代わり、鞘師に言われた北の国での修行はきちんとすること。
分かった?」

「はい。頑張ります」

さくらは元気よく応えた。
さゆみはその反応に満足すると部屋を出て行った。
急いで聖と春菜も追いかける。

「道重さん、後輩に甘いにも程があります」

春菜が甲高い声を出す。

「別にそんなつもりはないよ」

「だったら」

「ただ、試してみたかっただけ。あの宮本佳林て子を」

さゆみは何かを企んでいるような微笑みを見せた。
4 :名無飼育さん :2015/04/19(日) 09:20
「試す?」

聖が訝しげにさゆみを見つめる。

「宮本佳林。このまま小田ちゃんの奴隷に成り下がるような子かな」

さゆみはそう言って笑った。
さゆみの視線は何か遠い未来を見ているようで、
再び何かが起ころうとしている兆しを予感させた。
5 :名無飼育さん :2015/04/19(日) 09:20

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6 :名無飼育さん :2015/04/19(日) 09:22
佳林は買い手がついたことでやっと檻の中から出ることを許された。
しかし長時間見世物にされたためか目はうつろで放心状態になっていた。

最初は女郎屋に売られ、次はあろうことか自分の召使だった
小田さくらの手に渡ってしまった。

もうさくらから逃れることは永久に出来ないのだろう。
佳林はさくらに騙されたのと改めて自分が物のように扱われたという
理不尽さに打ちのめされた。

「本当はこのまま持ち帰ってもいいんだけど。
それはあんまりだから一晩だけお別れの時間をあげる。
明日には出発だから荷物まとめといてね」

さくらはあっけらかんとそう言い放った。
7 :名無飼育さん :2015/04/19(日) 09:23
さゆみの援助のおかげでさくらが佳林の競りで提示したのは
これまでの提示額の数倍という大金だった。
佳林の借金をさしひいてもお釣りがきた。

「良かったね。佳林ちゃん、これで借金地獄からも抜け出せたよ」

さくらは罪悪感もなく、うなだれている佳林に向かってそう言った。

「さくらのこと、信じてたのに」

佳林はぽつりとそう言った。

「これで佳林ちゃんはあたしのモノ」

さくらは肉食動物のような獰猛な目で佳林を見つめた。

「佳林ちゃんは誰にも渡さない」

そう言ったときだった。
8 :名無飼育さん :2015/04/19(日) 09:24
「きゃあああ」

人々の悲鳴と柱を打ち砕くような轟音が入口のほうから聞こえてきた。
黒い塊がこちらに向かって突進してくる。
外で興奮した暴れ馬が見境なく建物の中に入ってきたのだ。
馬は猛然とあっという間に近づいてきてさくらに向かって突進してきた。
さくらはそれに気づくのが一瞬遅れた。

「さくら、危ない」

佳林は叫ぶと咄嗟にさくらを押しのけた。

その瞬間さくらは馬に轢かれる寸前のところをすり抜けた。
同時に佳林は馬に蹴られて弾き飛ばされた。
馬はそのまま何事のなかったかのように猛り狂って駆け抜けていった。
9 :名無飼育さん :2015/04/19(日) 09:26
さくらが起き上がると壁際に吹き飛ばされてぐたりと横たわった佳林がいた。

「佳林ちゃん」

さくらは恐怖に震えながら佳林を助け起こした。
でも佳林は固く口をつぐんだまま動かなかった。
何も話さなくても、さくらには佳林が自分を助けたことだけは分かった。

「佳林ちゃん。どうして」

さくらは一瞬で大変なことが起きたことを理解した。
それでもさくらが佳林の体を抱き起こすと佳林がうっすらと目を開けた。

「さくら・・・」

佳林がか細い声でそう言った。
その顔は心なしか笑っているようにさえ見えた。

「どうして」

最初にさくらに沸き起こったのは単なる疑問だった。
10 :名無飼育さん :2015/04/19(日) 09:28
「どうして。あたしなんか」

そして自分を押しのけたときの必死な佳林の声が
再びさくらの脳裏に蘇る。

佳林はわずかに口元を緩ませてさくらを見つめる。
安らかな笑顔でまるで佳林は最後のお別れでも言っているようだった。

「佳林ちゃん、しっかりしてよ」

さくらは必死に体を揺すって佳林の意識を呼び起こそうとする。
人間らしい感情が戻ってきてさくらの目にも涙がにじんだ。

動かすな。そのままにしておけ。

助けに入った野太い男の声が聞こえた。
さくらは横たわる佳林を抱きかかえて為すすべもない。

人が馬に蹴られたぞ。誰か医者を呼べ。
人々の叫び声が幾重にも重なって急速に広がっていくようだった。
11 :名無飼育さん :2015/04/19(日) 09:29

「さくらの軛2」終わり。

12 :名無飼育さん :2015/04/19(日) 09:31
ローズクオーツ自体はまだまだ続きます。
短編集のつもりがスレ2個目になってしまいました。。
13 :名無飼育さん :2015/04/20(月) 17:42
新スレ!おめでとうございます!

そして小田ちゃんが人間に・・・!
14 :「恩讐の果てにあるもの」 :2015/04/26(日) 07:51


「恩讐の果てにあるもの」
15 :名無飼育さん :2015/04/26(日) 07:52
小田さくらは由加の店の扉をゆっくりと開いた。
店の中は真っ暗でさくらはランプの明かりを頼りにしなければ
一歩も前には進めないほどだった。店内はすっかり寝静まっている。
さくらは1階の広間にたどり着くと箪笥を模した隠し扉を開いた。
16 :名無飼育さん :2015/04/26(日) 07:53

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17 :名無飼育さん :2015/04/26(日) 07:54
佳林は暗闇の中で目を開いた。
両手は釣り上げられて固く縛られていた。

きちんと怪我人として人間扱いされたのは
施術院で治療を受けていた間ぐらいだった。

佳林に買い手が出来たことを聞きつけた遣手婆が、
施術院から戻ったばかりの佳林を座敷牢で縛り付けたのだ。
せっかく高値で売れた花魁に逃げられたらたまったものじゃないと
いうことだろう。

すでに店の花魁でもなくなった佳林に由加達もどうにも出来なかった。
事故で左足に負った傷がじんじんと痛む。
佳林はかかとが腫れ上がってしまい、
動かさない方がいいと板で固定された。

白い包帯が何重にも巻かれている。
それなのに今受けている扱いは罪人以下と言うべきだろう。
さくらに騙されて売り飛ばされて、それなのにさくらを
助けて大怪我をした。

何も悪いことはしていないのに何故こんな扱いばかり受けるのだろう。
佳林はあまりの悔しさに気が抜けたような放心状態になっていた。
18 :名無飼育さん :2015/04/26(日) 07:56
「佳林、あんたの新しいご主人の小田さくら様だよ」

遣手婆の声が聞こえた。
すでに自分はさくらのものだ。
さくらに従うしか選択肢は残されていない。
きっとそれは命懸けでさくらを助けたところで何も変わらないのだろう。

「佳林ちゃん」

さくらの声が聞こえると遣手婆は奥に引っ込んでいった。
さくらは神妙そうにふすまを開けてこちらを見た。

「こんばんは。ご主人様」

はっきりした声で佳林は言った。

「誰がこんなにひどいこと」

さくらは佳林を見るなり動揺した声でそう言った。
偽善者ぶっているのか急いで佳林を縛っている縄を外そうとする。
19 :名無飼育さん :2015/04/26(日) 07:57
「触らないで」

佳林は鋭い声でさくらを制止した。
自分を地獄の底まで突き落としたさくらに同情など
されたくなかった。
もっと言えば今日のお礼さえ聞きたくはない。

「勝手に外したら後でぶたれるのは私なんだから」

「そんな」

さくらは絶句したように言う。
ひどいのはどっちだと佳林は思う。
でもこの際そんなことはどうでもよかった。

「私は脱走の前科があるからね。
さくらに捕まって台無しになっちゃったけど」

佳林はさくらを睨みつけて反応を伺った。
さくらは縮こまった表情で佳林を騙した時の不敵な顔はそこにはない。
ただし、今になって反省されてももう遅い。
20 :名無飼育さん :2015/04/26(日) 07:58
「施術院で松葉杖貸してもらったから。
さくらが言ってた北の国にだって行けるよ。
一緒に思い出たくさん作ろうよ」

佳林は以前さくらに言われたことをそのまま返した。
さくらはそのまま硬直したように黙りこくっている。
もしかして怖くなったのかもしれない。

「明日、迎えに来てくれるんでしょ?」

佳林は脅すようにさくらに言った。
さくらは無言でうなずいた。

「言っとくけど傷モノになったからって返品はなしだよ」

佳林は足の包帯をさくらに見せつけて自嘲的に笑った。

「そんなことしないよ」

さくらは青ざめた顔で言う。
21 :名無飼育さん :2015/04/26(日) 08:00
「もし、明日来なかったら」

佳林に吸い付くような目で見つめられて、
さくらは叱られた子供のようにひきつった顔をする。

「さくらを呪ってやる」

地の底から湧き出るような佳林の声だった。

佳林の頬に一筋の青白い光が浮いて出た。
さくらが佳林に対してやってきたことに対する
思念の塊のようなものを感じる。

それはもはや怨念と言ってもよかった。
22 :名無飼育さん :2015/04/26(日) 08:00

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23 :名無飼育さん :2015/04/26(日) 08:01
さくらは魂を吸い取られた抜け殻のように牢の部屋を出た。
ふらふらとした足取りで階段を下りていく。
下の階までたどり着くと不気味な二つの目はこちらを見ていて
さくらは一瞬ぎょっとなる。

ただそれは物の怪ではなく、
さゆきがこちらをじっと見ているだけだった。

「佳林をどうするつもり?」

さゆきが伏せ目がちにそう言う。
さっきは佳林に追い詰められていたさくらだった。
しかし考えてみれば佳林を騙して自分のものにすることに
成功したのだ。
自分は宮本佳林に勝利した。
そのことを改めて自分に言い聞かせる。

「どうするって?どうしようとこっちの勝手でしょ」

さくらの声が甲高く店の中に響いた。
あたりはしんと静まりかえっている。
24 :名無飼育さん :2015/04/26(日) 08:02
「佳林はあんな大怪我してまであなたを助けたんだよ。
それなのに佳林を騙して競売にかけるなんて」

「だから?」

さくらはそれがどうしたと笑った。

「それで何も思わないの?」

「佳林ちゃんはあたしに負けたの。
だからあたしの好きにされるのも当然のこと」

さくらは微笑を浮かべてそう言った。

「この人でなし。卑怯者。鬼。悪魔」

さゆきがあらん限りの悪口をさくらにぶつける。

「何とでも言ったら」

さくらは全く胸に響かないっといった風情でさゆきに背を向ける。

「もう、そうするしかないんだ」

さくらはさゆきに聞こえないようにぽつりとつぶやいた。
25 :名無飼育さん :2015/04/26(日) 08:04
牢の仕切られた板の間から光が漏れてくる。
もう朝がやってきたのかもしれない。
自分が誰のものでもなかった最後の夜が終わったと佳林は思った。
大借金を背負ってそれでも自分の力で何とかしようと必死で
頑張ってきた。

それが全部無駄だったのかもしれない。
小田さくらにはどうあがいても勝てなかった。
こんなに何もかもが通用しない相手は初めてだ。
無力感が佳林を襲う。

怪我をした足の痛みはだいぶ治まっていたが、
今度は縛られた手がきりりと痛んだ。

「お早う。佳林ちゃん」

再びやってきたさくらを見て佳林はすでにあきらめに近い境地だった。

佳林の脅しで少しは動揺しているかと思ったが
さくらには全くその様子はない。

一晩たてばまた健康的な元の血色の良い顔に戻っていた。
もうさくらにはどんな脅しも揺さぶりも通じないらしい。
26 :名無飼育さん :2015/04/26(日) 08:05
ただし、さくらがやってくると佳林はあっけなく解放された。

「荷物は?これだけ?」

さくらは松葉杖をついてやっと立ち上がった佳林に近づくと
当たり前のように言った。

「残りは由加ちゃんに送ってもらう」

「そう」

そう言ってさくらは佳林の荷物を持った。
主人に持たせていいのかと思ったが佳林は松葉杖をついているせいで
両手が使えない。

「階段は?降りれる?」

「何とか」

さくらは狭い階段を左足を庇いながら必死に降りる佳林を支えてくれた。
27 :名無飼育さん :2015/04/26(日) 08:07
さくらも両手に佳林の荷物を持っているから佳林を支えるのも
ぎりぎりだ。
さくらに悪いと思いながらも憎しみの対象であるはずのさくらに
普通の感情が持てる自分自身を不思議に思った。

外にはさくらがいつも使っている馬車が用意されていた。

結局自分はこの馬車でさくらに連れ去られるのか。
そう思うと今まで助けようとしてくれた朋子にも里保にも
申し訳ない気持ちになった。

由加にもさゆきにもあかりにも会いたくなかった。
売り飛ばされて連れて行かれるのが最後だなんて悲しすぎる。
だから佳林は一人で誰にも見つからないように馬車に乗り込んだ。

さくらもそんな佳林の気持ちが分かっているのか
佳林の横に乗り込むとさっさと馬車を出発させた。
28 :名無飼育さん :2015/04/26(日) 08:08
これから自分をどうするつもりなのか聞く気にもなれなかった。
聞いたところでどうしようもない。
全ては決まったことでさくらの奴隷ではなかった自分は
もう存在しない。

「駅に行く前に寄りたいところがあるんだ」

さくらが真面目な顔でそう言った。
佳林は何も言わずにうなずいただけだった。
馬車は町外れの田畑が広がっているところまで進む。
あたりには広大な原野が広がり、馬車が一台だけが
通れるようなあぜ道が延々と続いていた。

それでもしばらく進むと麦畑が広がる穀倉地帯に入り、
作業している人がまばらに見えた。

「ここ由加ちゃんのお父さんが経営してる農園なの」

さくらが佳林にそう言った。
今更由加の農園を自分に見せてどうするつもりなのだろう。
佳林にはさくらの意図が全く読めない。
まさかさくらがここに自分を置いていってくれるわけでも
ないだろう。

そう思ったときだった。
29 :名無飼育さん :2015/04/26(日) 08:09
あっ。と佳林は小さく声を上げた。

「お父様。お母様」

佳林の両親が農作業をしている。
それも両親そろって微笑みながら作業をしている姿が
佳林の目に映った。

安心したのと会いたかった気持ちが溢れ出てきて、
佳林の目尻に涙が滲んだ。
今にも両親の元へ走っていきたい衝動にかられる。

「佳林ちゃんのお父さんとお母さん、
ここで静かに暮らしてるみたい。会ってきたら」

さくらがさくらが馬車の扉を開けた。

佳林はさくらの目を見つめた。
そこにあったのは何の悪意もない純粋な微笑みだった。
だからこそ佳林は目を背けた。

「いい」

佳林は小さな声でつぶやくように言った。
30 :名無飼育さん :2015/04/26(日) 08:10
「佳林ちゃん?」

「いい。会わなくていい」

「えっと。だって」

さくらは不意を突かれたように言う。

「これが怪我をさせたお詫びのつもり?」

「そんなつもりじゃ」

動揺したさくらの顔は可哀想なくらい蒼白だった。

「だったらいい。馬車を出して」

「でも」

まるでさくらのほうが決心がつかないみたいだ。

「馬車を出して。お願い」

佳林が強い調子で言うとさくらは目をつむった。

「分かった」

そして沈痛な面持ちで出発の合図をした。
31 :名無飼育さん :2015/04/26(日) 08:12
馬の蹄の音が定期的に鳴り出してしばらく二人とも一言も
話さなかった。

さくらの様子をそっと伺うとさくらは考え事をしているように
流れる景色をじっと見ていた。
別にさくらの好意を踏みにじるつもりはなかった。
父と母の元に帰って抱きついて甘えたい気持ちがなかったと言えば
嘘になる。

ただ、今両親に会うべきではないと佳林は感じていた。
自分にとって最後の希望はもうこの南の国にはない。
自分が次に向かうであろう北の国にかけるしかない。

ただし北の国に行ってもさくらの奴隷であることに変わりはない。
今、両親に出会うことはこの厳しい現実がますます
つらくなると思った。

さくらはじっと窓の外を眺めていてうなだれて落ち込んでいるようにも見える。
さくらといると不思議だった。
憎むべき相手のはずなのに何故かそんな感情が湧き上がってこない。

無理やり連れ去られかけたこともあるのに怖いとも思えなかった。
32 :名無飼育さん :2015/04/26(日) 08:12

今回の更新を終わります。
33 :名無飼育さん :2015/04/26(日) 08:13

>>13
ありがとうございます。新スレでもまだなかなか明るい展開になりませんが
どうぞよろしくお願いします。
34 :名無飼育さん :2015/04/27(月) 20:41
舞台は北の国へと移るのでしょうか。
佳林ちゃんとさくらちゃん、不思議な関係だなぁ…
35 :名無飼育さん :2015/05/04(月) 11:53
真っ黒な機械の塊が朦々と煙を吐いている。
北の国へ向かう汽車は人間が作り出した真っ黒で獰猛な巨大生物のように見えた。
その周辺をあたかも何も怖くないと素知らぬ顔で人々が行き交っている。
佳林にはその汽車に入っていくことはその怪物の胃袋に入っていくようで
身震いするほど恐ろしかった。

あの中に入れば南の国の宮本佳林が消えてしまう。
さくらの所有物にされて、何者も恐れることのなかった高貴な貴族だった
宮本佳林は消滅してしまう。

そのことは自分自身が消化されて強制的に別の人間に
生まれ変わらされるみたいだ。
36 :名無飼育さん :2015/05/04(月) 11:54
荷物はさくらの使用人が汽車の中に運び入れてくれた。
荷物を運び終わるとさくらに恭しく頭を下げる。
どうやら北の国へ向かうのは本当にさくらと二人きりのようだ。

ということは今後は佳林がさくらの従者の役割をしなければ
ならないのだろう。

使用人に手をふるとさくらは躊躇なく汽車にぽんと飛び乗った。

「佳林ちゃん、こっち」

さくらが手招きをする。思い切って佳林も汽車に乗る。
すると中は意外にも広かった。
もっとごつごつした工場のような内部を想像していたが
白い革張りの壁が綺麗で窓から入ってくる光も明るい。
これなら松葉杖でも簡単に移動することができそうだ。
37 :名無飼育さん :2015/05/04(月) 11:55
さくらと佳林はしばらく客室の間を歩いていたが
そのうちさくらが木製で少し大きめのドアを開いた。

「ここがあたし達の席、というか部屋かな」

さくらが微笑を浮かべて言う。

「すごい」

佳林は思わず感嘆の声を漏らした。

ベッドが二つ用意されていて完全な個室になっている。
光沢のある卓と椅子はまるで貴族の応接室だ。
大きな窓は遥か遠くまで景色を眺望できるようになっていた。
38 :名無飼育さん :2015/05/04(月) 11:57
部屋の豪華さが予想以上でモーニング娘。の、そしてさくらが
どれだけ自分を追い越して上り詰めていったかがよく分かる。

佳林は自分の置かれた立場との違いに愕然となった。
さくらは、佳林の松葉杖をとってベッドに腰掛けるのを
助けてくれた。

さくらの並んでベッドに腰掛けた。
出発の時間が次第に近づいていた。

「この国はたくさんのものをあたしに与えてくれた。
名残惜しいけど南の国とももうお別れ」

さくらは満足げにゆっくりと流れていく景色を眺めた。
その横顔はやりきったという達成感にあふれていることに
佳林は嫉妬する。
39 :名無飼育さん :2015/05/04(月) 11:58
佳林は貴族時代から考えて失ったものばかりだ。
お金や貴族の身分だけじゃない。
住んでいた家も朋子も自分自身の自由まで失った。
さくらと比べてうしなったものだらけだった。
何もかも失った佳林と多くのものを手に入れたさくらが
一緒に旅立とうとしている。

自分はさしあたりさくらの戦利品の一部というところだろうか。

「私は何をしたらいいの?」

「何って?」

さくらはきょとんとした顔をする。

「さくらの身の回りのお世話。そのために私はいるんでしょ?」

佳林は念を押すように尋ねる。
40 :名無飼育さん :2015/05/04(月) 11:59
するとさくらはふっと笑った。

「その足で何ができるの?佳林お嬢様」

さくらが佳林の足元に回り込んで膝まづく。
馬鹿にされたような気がして佳林はむっとした。
それを見てさくらはまた笑った。

「別に何もしなくていいよ。
佳林ちゃんがいてくれたらそれでいい。
あたしはそれで十分だな」

今度は口説かれてるみたいな甘い言葉に佳林はひっかかった。

さくらは自分に近づいた一番の理由は復讐であるはずだ。
花魁の佳林を執拗に誘ってきたのは単なる嫌がらせだと思っていた。

せっかく友達になろうとした佳林を最後まで騙した以上
そう考えるのが自然だと思う。
41 :名無飼育さん :2015/05/04(月) 12:00
「私は何もしなくていいの?」

さくらはこくりとうなずく。。

「そのかわり。佳林ちゃんはあたしのモノ」

さくらはそう言ってそろりと佳林の手を握った。
何もしなくていいということは逆に何かをされるということまで
佳林は気が回らない。

そのことに気づいたときにはもうさくらに両手を押さえられていた。

「手に入れたものは急に輝きを失うと言うけど」

さくらの目は爛々と輝いていた。

「佳林ちゃんは違う。この髪も肌も目も全部綺麗。
佳林ちゃんは美しいままあたしのものになった」

さくらがそう言って唇が重なりそうなくらい顔を近づけた。
42 :名無飼育さん :2015/05/04(月) 12:01
幼いくせに妖艶なさくらの顔は幸福感に浸っているように見えた。
きっとさくらは満足なんだろう。
遥かに見上げるほど身分の違った佳林をついに追い落として
自分の物にしてしまったのだ。

「いいな。さくらは欲しいものが何でも手に入って」

「そうだね。でも一番欲しかったのが佳林ちゃんだよ」

さくらはそう言うと佳林の両肩をつかむと
そのままゆっくりとベッドに押し倒した。

佳林は無抵抗のままさくらを見上げた。
佳林から全てを奪った簒奪者の割にさくらは透き通った目をしていた。
43 :名無飼育さん :2015/05/04(月) 12:03
「私はさくらに負けた。だから好きにしたらいいよ」

佳林の言葉にさくらは一瞬何かに迷ったような表情をした。

「そんなこと言われたら面白くないな。
まだまだ勝負はこれからだよ」

強い力で掴まれていた両肩が解放された。
とてもじゃないけど助かったとは思えなかった。

汽車の中の部屋の一室でもうさくらから逃げる術はない。
これからさくらと二人きりの生活が始まる。
さくらの思い通りに嬲られて、言いなりになって復讐は果たされる。

きっと貴族であった佳林のプライドは花魁だった時以上に
ずたずたに切り裂かれるだろう。

でもどんなに惨めな状態でも絶対に生き残ってやると佳林は決心した。
むしろこんなにどん底だからこそ這い上がってやるという
強い希望が佳林の中に生まれていた。
44 :名無飼育さん :2015/05/04(月) 12:03

「恩讐の果てにあるもの」

終わり。
45 :名無飼育さん :2015/05/04(月) 12:06

短いですが今回の更新を終わります。

>>34
レスありがとうございます。相反する関係の小田ちゃんと
佳林ちゃんですが、多分このまま新たな局面に展開させる
つもりです。
46 :名無飼育さん :2015/05/08(金) 11:40
絶望の最中にいるはずなのに、おもしろい!
佳林ちゃん強くなるね^^
小田ちゃんとの生活も楽しみー!
47 :名無飼育さん :2015/05/10(日) 17:17

「北の国への子守唄」
48 :名無飼育さん :2015/05/10(日) 17:19
佳林は一人、野原を歩いていた。
目の前には左右に草の生えたあぜ道のような細い一本道が
延々と続いている。
周囲は佳林の背の高さぐらいある草原で人工的な物は何もない。
暑くも寒くもなく、太陽はまだ高いのに植物が生い茂っている
せいかあたりの緑が少し暗く感じられた。

振り返ると自分が今まで歩いてきた小道が見える。
遠く丘陵に細い一本径が延々と続き佳林の足元までつながっているの見えた。
自分の歩いてきた道を見渡していると遥か遠くに見えるか見えないか
米粒ぐらいの小さな黒い点のようなものがあることに気づいた。

しばらく歩いてからまた振り返るとその点が少しだけ大きくなっていて、
それが人が歩いていることだけが何とか認識できた。

こんな誰もいないような荒野に人がいるんだ。
そんなことだけを思って気にも留めなかった。
49 :名無飼育さん :2015/05/10(日) 17:20
次に振り返ったとき、その人影は黒い髪をなびかせて走っている。
見覚えのあるきりっとした目筋に佳林は小田さくらが
こっちに向かってきていることにようやく気づいた。

佳林は小走りに走り始めた。
まださくらだとは目を凝らしてようやく分かるぐらいで
二人の距離は相当離れている。

さくらは佳林が前にいることさえまだ感づいてないかもしれない。
今のうちに離れてしまえばやり過ごせると思った。
50 :名無飼育さん :2015/05/10(日) 17:21
佳林は走り続けた。
次に振り返ったとき、さくらは体全体が見える距離まで近づいていた。

さくらは全力で佳林を追いかけてきていた。
それも猛然と迫ってくる。
顔はどんな表情をしているかまでは恐ろしくて見ることは
出来なかった。

このままでは捕まってしまう。
佳林も必死に走り始めた。
息が切れ始めて苦しい。

見たくはなかったが恐る恐る後ろを見てみる。
するとさくらはもう数メートルの近さまで迫っていた。
もう追いつかれるのも時間の問題だ。

「誰か助けて」

叫ぼうとした瞬間だった。
51 :名無飼育さん :2015/05/10(日) 17:22
「佳林ちゃん、佳林ちゃん」

急に声がして佳林は目を開けた。
汽車のがたがたとする音とともに意識が蘇ってくる。
佳林が寝ているベッドの横にさくらがいた。

「どうしたの?すごくうなされてるみたいだったけど」

目の前にいるさくらは怖くなかった。
額が汗でぐっしょりと濡れている。
さくらが手拭いをあててくれた。

「お水、持ってくるね」

さくらがそう言って水を汲みにいってくれた。
さくらの後ろ姿を見ていると何だか自分の体が
別人の体みたいで違和感を感じる。

記憶はどうかと思い出してみる。
昨日はさくらと一緒に食堂車で夕食をとって、
さくらに誘われてデッキで星空を見たあと床についた。
どこにも異常なところはない。
52 :名無飼育さん :2015/05/10(日) 17:23
「はい、お水」

さくらに湯呑に入った水を渡されてごくごくと飲んだ。
汗をかいたせいか喉が乾ききっていた。

「ありがと」

さくらに湯呑を返す。

「もしかして、足が痛いの?」

さくらは包帯の巻かれている佳林の左足を見る。
佳林は首を横にふった。
怪我をしたときは耐えられないほどの激痛が走ったが
施術院で処置を受けてからは痛みはひいていた。
きっと今の夢も足の痛みとは関係はないだろう。

あるとすれば目の前にいるさくらの夢だ。

「汗、かいてる。着替えないと」

さくらは佳林がもってきた旅行用カバンに手をかける。
53 :名無飼育さん :2015/05/10(日) 17:25
「いい。たいしたことないから」

足を怪我してるから着替えるとなると一苦労だ。
寝る前にさくらが散湯を浴びている隙をついて急いで体を拭いて
着替えたのだ。
その苦労が全て無駄になってしまう。

「だめだよ。このままじゃ風邪ひくし」

さくらが佳林の寝巻きの裾に手をかけた。
その瞬間、体にびくっと震えがくる。
佳林は思わず胸元を押さえた。

「大丈夫。何もしないから」

「でも」

「信用できないのは分かるけど。
あたしは佳林ちゃんが逃げようとしなかったらひどいことはしない。
今までだってそうだったしこれからもそう」

言っている間にもさくらが強引に佳林の袖を引っ張ってくる。
54 :名無飼育さん :2015/05/10(日) 17:26
奴隷の立場でさくらに抵抗したところでどうしようもない。
さくらに押し切られる形で佳林は強引に衣服を脱がされた。

確かに何も変なことは何もされなかった。
濡れた手拭いでさくらは佳林の体を丁寧に拭いてくれた。
その後で佳林にひざまずいて足の包帯も新しいのと交換してくれた。

甲斐甲斐しい介抱ぶりにこれではどっちが奴隷で
どっちが主人か分からない。

「自分じゃ手も届かないし全部出来ないでしょ?
明日からもあたしがやってあげるから」

さくらは何の気なしにそう言った。

「さくらはこんなことするためにあたしを身請けしたの?」

さくらは自分を最後の最後まで奈落の底に突き落とした。
そんな相手にそのままお礼を言うのはどうしても憚られた。
55 :名無飼育さん :2015/05/10(日) 17:27
「そういうわけじゃないけど。でも仕方ないじゃん。
だってこれからずっと二人きりなんだよ。
佳林ちゃんの怪我が治るまで出来ることはあたしがするよ」

至極真当なことを言ってくるさくらに何だか腹がたってくる。

「天下のモーニング娘。が奴隷相手にこんなことしてていいの?」

「別に怪我した人を助けるのに、天下のモーニング娘。とかそうじゃないとか関係ないし。
それに恩着せがましくしようとしてるんじゃない。
だって元々あたしのせいで佳林ちゃんは怪我したんだから」

まるでさくらは親しい友達のような言い草だ。
しかも健気で純情な目つきさえして佳林を見つめるので
何も言い返すことができない。
56 :名無飼育さん :2015/05/10(日) 17:28
「じゃあお休み佳林ちゃん。次はいい夢みてね」

さくらはひらひらと手をふるとランプを消して自分の寝床に戻ろうとする。

さくらはいいことをしたときっと楽しい夢でも見るのだろう。
佳林はこのままじゃさくらに完全降伏したみたいで
どうにも気持ちが収まらない。

「ねえ、さくら?」

佳林はベッドに入ろうとするさくらの後ろ姿に呼びかけた。

「何?」

「悪いんだけど一緒に寝てくれる?」

「え?」

さくらは驚いた顔で佳林を見つめた。
57 :名無飼育さん :2015/05/10(日) 17:29

今回の更新を終わります。
58 :名無飼育さん :2015/05/10(日) 17:31
>>46
レスありがとうございます。
当分佳林ちゃんは小田ちゃんと二人ですが健気に頑張ってもらいたい
と思います。
59 :名無飼育さん :2015/05/11(月) 19:45
逆襲の気配・・・!
60 :名無飼育さん :2015/05/18(月) 00:36
久しぶりに来たら、新スレになっていたのに気づきました。
これからの展開が楽しみすぎます・・・
61 :名無飼育さん :2015/05/18(月) 21:34
「一人じゃ寝付けないんだ。ダメかな」

佳林は初めてさくらを挑発した。

「いいの?佳林ちゃんと一緒に寝て」

さくらは逆に目を輝かせて言う。
佳林は一瞬後悔したが、言い出したものは引き返せない。
佳林が少し待ってと言う前にさくらが佳林のベッドに
押し入るように入ってきた。

さくらから心地よい髪油の甘い匂いがした。
62 :名無飼育さん :2015/05/18(月) 21:35
ランプが消されたせいで室内は暗く、
入ってくるのは汽車の窓から見える月の光だけだ。
今日は満月らしい。

真っ白な円が流れる景色の中に大きく陣取っている。
さくらとは体が重なり合うぐらい傍にいる。
影になってはっきりとは顔は見えなかったが輪郭だけは
大きく見えた。

「悪い夢を見たのはきっと月のせいだよ」

さくらが囁くように言った。

「月の光って昔から人間をおかしくさせるんだって」

「どんなふうに?」

「月は人を凶暴にする」

さくらは佳林を背中に手を回して抱き寄せた。
怖くはなかった。
63 :名無飼育さん :2015/05/18(月) 21:40
自分は連れ去られる汽車の中でさくらと二人きり。
足は自由に動かすこともままならない。
佳林は全てあきらめの中にいた。

さくらは佳林の髪をそっと撫でてきた。
それから額に手をやって髪をかきわけて頬を撫でる。
佳林はさくらのされるがままだった。

「神様は本当に不公平。
あたしの欲しいものは全て手に入るのに佳林ちゃんは自分の体さえ手に入らない」

「さくらはそれで満足?」

佳林が声を押し殺すようにそう言った。
64 :名無飼育さん :2015/05/18(月) 21:42
「え?」

「私から全てを奪って。私まで自分の持ち物にして。
それで満足?」

「もちろんまだ満足はしてないよ」

さくらはゆっくりと言った。

「だって本当の復讐はこれから始まるんだから」

さくらはそう言うと勢いよく佳林の唇に口付けた。
突然の奇襲に佳林は為すすべもなかった。
泣こうと思ったが涙は出なかった。
全ては自分がさくらをけしかけたことだ。
65 :名無飼育さん :2015/05/18(月) 21:43
しばらくして暗闇の中でさくらは佳林の唇を解放した。

「さあ、早く寝ないと。明日の朝は国境の町だよ」

まるでお遊びはここまでと言うようだった。
国境の町を過ぎればもう南の国ともお別れだ。

佳林が貴族として君臨した国。
そして花魁に堕とされてさくらに散々屈辱を味あわされた国。

そこを出るということは「宮本佳林」にとって
自分の存在を消されるようなものだった。
ある意味自分にとっては死刑宣告のように感じた。

北の国で自分の居場所はあるのだろうか。
何もかもをさくらに託すしかない。
その事実に佳林は運命を呪うしかなかった。
66 :名無飼育さん :2015/05/18(月) 21:44
「ね、さくら」
「何?」
「歌を歌ってよ。そしたら眠れる気がする」
「歌って何を?」
「何でもいいから」

さくらの透き通った声が聞こえ始めた。
それは汽車の音に入り混じって吸い込まれるように消えていく。
67 :名無飼育さん :2015/05/18(月) 21:45
 
 
 烏 なぜ啼くの
 烏はやま山に
 可愛い 七つの
 子があるからよ
 

 山の 古巣へ
 いって御覧
 丸い眼をした
 いい子だよ

68 :名無飼育さん :2015/05/18(月) 21:46
さくらの歌声は決して普通の人間が追いつけない冷たさと
音の領域を持っていた。

音が高い低いではなく、その音が人間離れしてくるのだ。
自分は神に見放されさくらは神に愛されていると言うのだろうか。
でも不思議と嫉妬の感情が沸かなかった。

佳林は初めて自分が運命を受け入れ始めたのかもしれないと思う。
69 :名無飼育さん :2015/05/18(月) 21:48
汽車の音が流れていく。
それは遥か遠くの世界へ消え去っていくようだった。
貴族だった誇りも虚栄心も欲望もこのままどこかへ
泡のようにはじけて欲しいと願う。

そうでないと神に恵まれたさくらと正面切って対峙することなんて
できそうにもない。
さくらは歌い終わるとそのまま目を閉じてしまった。

さくらの寝姿を初めて見たがそれは貴族とも巫女とも
見間違うぐらい美しくて高貴だった。

一生つきまとってやるとさくらは言った。
北の国へ行けばもうさくらからは逃げられないだろう。
永遠に死ぬまでさくらと二人で過ごすのだ。
であればどっちが所有者でどちらが奴隷か分かったものではない。
70 :名無飼育さん :2015/05/18(月) 21:49
佳林は手元にあるさくらの真っ黒な髪に触れた。
しっとりとした触り心地は何か官能的な気分を湧きたてる。

「さくらは、私のものなの?」

不意に聞いた佳林の言葉はさくらの軽い寝息に混じって消えていく。

「おやすみ。さくら」

佳林はそう言うと布団をかぶった。
今度は汽車の音が子守唄のように二人の間を流れ始めた。
71 :名無飼育さん :2015/05/18(月) 21:50

「北の国への子守唄」 終わり
72 :名無飼育さん :2015/05/18(月) 21:52
今回の更新を終わります。

>>59 60
レスありがとうございます。
うだうだと書いているうちについに新レスになってしまい
ました。
今後は別の物語へと変わっていくかもしれませんが
どうぞ見守りくださいませ。
73 :名無飼育さん :2015/05/18(月) 23:41
更新おつかれさまです。
立場が逆転したようで、そうでないような・・・。
少しずつ変わっていく関係性がおもしろいですね!
74 :名無飼育さん :2015/05/24(日) 20:22


「新しき日々」
75 :名無飼育さん :2015/05/24(日) 20:23
国境の町はあっけなく過ぎた。

佳林は起きて寝巻きから着替えてからというものずっと
ベッドに腰掛けて窓の外に眺めている。
あたり一帯に田園風景が広がり、所々に背の高い真っ白い
穀物倉庫が立ち並んでいる。

家々はセメントで出来ているようで南の国とは全く違う光景に
佳林の心は完全に飲みこまれていた。

今ここは南の国ではない。
もう貴族だった自分も花魁だった自分も南の国には存在しないのだ。
自分が売られてしまった今、もうどこにも帰ることができない。
全てがなくなってしまった今でも自分は確かに存在している。
76 :名無飼育さん :2015/05/24(日) 20:25
自分はこれからを何をどう演じればいいのだろうとふと佳林は思う。
不幸な境遇を噛み締めたような薄幸の人間。
それとも今度は小田さくらに復讐し返す人生がいいのだろうか。

どちらの道も今の佳林には全くと言っていいほどその必要性を
感じなかった。

心はいたって透明で何の胸騒ぎも恨みも嫉妬もない。
佳林は今自分の人生は、まっさらな紙の上に立っているように
感じた。

佳林自身、北の国にいる自分がどんな存在なのかも
検討もつかなかった。

私はどういう人間?

すぐ隣にいるさくらにそう聞きたかったが、
新しい自分を始めるのにはまだ早すぎる気がした。

さくらはきっと佳林の新しい人生を最初に見ることになるのだと思う。
このにっくき存在は遥かなる南の国からの旅を経ても
全く色あせずに佳林の隣に存在する。
77 :名無飼育さん :2015/05/24(日) 20:26
「朝ごはん、食べに行く?」

何でもないことのようにそう聞いてくるさくらは、
佳林を自分の物にしたという意識をわざと
隠そうとしているのだろうか。

汽車旅の間、足を怪我してる佳林の面倒をよく見てくれて、
歩くときは決まって肩を貸してくれた。
汚れた包帯をほどいたり簡単な処置までしてくれる。
まるで古い親友のように佳林の過去に太古から存在していたかのように
さくらは振舞う。

だから自然と佳林も何か演じなければならないと思ってしまうのだ。
78 :名無飼育さん :2015/05/24(日) 20:28
それでも佳林はさくらに隠された獰猛な一面を忘れたわけではない。
きっと佳林への復讐を誓ったさくらの思いはまだ消え去っていないのだ。

ただ、今は怪我をして連れ去られて自分の思い通りになっているから、
その復讐心が覆い隠されているだけだと思った。
そのくせさくらには佳林への憐れみの視線さえ感じないのはどういうことだろう。

朝食が終わったというのにバリっと音を立ててさくらが何かを食べている。

「何食べてるの?」

佳林が聞くとさくらは「ポテトチップス」と短く応えた。

「何それ?」

「南の国にはないからね。
じゃがいもを薄切りにして油で揚げたお菓子ってとこかな」
79 :名無飼育さん :2015/05/24(日) 20:29
佳林ちゃんもと言ってさくらはポテトチップスの入った袋を
佳林に手渡した。

口にしてみるとパリッと音がして塩気が強く香ばしい味がする。
今まで食べたことがない味だった。
一枚食べるともう一枚食べたくなる。

「あんまりたくさん食べると体に悪いよ」

さくらにそう言われてぎくりとする。
じゃあ何でさくらは体に悪いものをわざわざ食べてるんだろう。
佳林はそう疑問に思ったがさくらは「まあ美味しいから」とか
言ってはぐらかした。

北の国は食べている物まで違う。
風景を眺めると全て白いセメントで出来ているようで
家の形まで違う。

それを全て知っているさくらが羨ましい気もした。
自分は逆に南の国に閉じ込められていたのかもしれないとさえ思う。
80 :名無飼育さん :2015/05/24(日) 20:31
目的の駅まではもう少しだった。
さくらとの三日間の長い汽車旅も終わりに近づいていた。

「駅に着いたら寮の人が迎えに来てくれるから荷物だけ渡して。
あたし達はそのまま病院に向かうからね」

「病院て何?」

「足、みてもらわないと」

さくらが包帯が巻かれた佳林の足元を指差す。
それで佳林はやっと療養所のようなものかと思った。

「いいよ。怪我したときにちゃんとみてもらったし」

「ダメだよ。南の国のお医者なんてあてにならない。
そもそも南の国にはレントゲンだってないんだよ」

「レントゲン?」

「ああ。もう行けば分かるから」

さくらが頭を抱えるようにして言った。
81 :名無飼育さん :2015/05/24(日) 20:32
さくらが急に外国の人間にでもなったようだった。
でも北の国についてはさくらを頼るしかない。
散々自分をひどい目に合わせてきたさくらが唯一の頼みなんて
佳林は自分の状況が心底絶望的だと思い知る。

でもさくらには佳林を依存させるということが
最初から目的なのかもしれない。

さくらは部屋の片付けを始めた。
佳林が雑然と散らかしてしまったものも必要なものは
旅行カバンに収めていく。
82 :名無飼育さん :2015/05/24(日) 20:33
「佳林ちゃんは座ってていいよ」

さくらはそう言ってひょいひょいと物をしまっていく。
その様子を見ていると本当に自分は囚われの身なんだろうかと
不思議になる。

佳林はさっきの味を思い出して、おもむろにそばにあった
ポテトチップスの袋に手を伸ばした。
そして中から一枚取り出すとかじってみた。

さくらは佳林をはっとしたように見つめたが何も言ってこなかった。
83 :名無飼育さん :2015/05/24(日) 20:35
北の国の終着駅に着くと佳林は久しぶりに汽車の外の空気を吸った。
清々しい気分になると同時に、経験したことのない異国の空気に
緊張感が高まる。

髪や肌の色は同じでも様々な服装の人間が歩いていた。
主に西洋式の服装が多かったが赤や青の色に富んだ
民族衣装のような出で立ちの婦人も多くいた。

佳林は途端に自分の格好が場違いなように思えてくる。
完全に気後れした佳林は松葉杖でさくらの後についていくしかない。

もっともさくらの方も佳林の荷物まで持たされているせいで
小さな体に可哀想なくらい負担がかかっているのが分かる。
84 :名無飼育さん :2015/05/24(日) 20:36
「ごめん。重いでしょ」

佳林は無理やりさくらの横に並んで言う。

「んーん。平気。それに寮の人が来てくれることになってるから」

さくらは笑顔で言った。
やけに機嫌が良さそうだ。

「さくら、何か嬉しそうだね」

「佳林ちゃんをついに北の国へ連れてこれたと思ったから」

さくらはこみ上げる笑いを抑えきれないみたいだった。
それはさくらの悪意からでた笑みかというと
そうでもなさそうだった。
85 :名無飼育さん :2015/05/24(日) 20:38
「私が、ここに来たことがそんなに嬉しい?」

「そりゃ嬉しいよ。あたしにとっては佳林ちゃんはやっぱりお姫様だから」

それは佳林に復讐を果たせたとか佳林に屈辱を味あわせたからと言った
理由ではなく、何か原始的な狩猟本能のようなものをさくらに感じた。

汽車の中でさくらは佳林の世話を甲斐甲斐しくしてくれて
佳林は何もする必要がなかった。
確かにお姫様のような扱いだ。

でもさくらの優しさの裏にあるもの。
そのことを考えるとぞっとするほど怖くなることもある。
夜に目が覚めて起きた時もすぐ傍にすやすやと眠っている
さくらがいた。
きっと逆に佳林が寝ているのをさくらがじっと見ていたことも
あるのだろう。
86 :名無飼育さん :2015/05/24(日) 20:42
何もされていないというこの状態はグラスにいっぱいに入った
水のように溢れ出す瞬間を見計らっているようで、
何か死刑の執行を待っている囚人のように感じることもある。

同時にさくらと一緒にいることを気を使わなくてよい
気ままな二人旅のように思うこともある。

朋子といると緊張した。

朋子の妖艶な着物姿を見つめていると何故だか胸のあたりが
苦しくて下半身が疼く。

それに対してさくらは置かれている立場や状況に関わりなく
普通に話すことができた。
87 :名無飼育さん :2015/05/24(日) 20:43

今回の更新を終わります。

88 :名無飼育さん :2015/05/24(日) 20:45

>>73
レスありがとうございます。
場所も佳林ちゃんとさくらちゃんの関係性も徐々に変化していき
ますが、近づいたり離れたりする二人を見守っていただければと
思います。
89 :名無飼育さん :2015/05/25(月) 03:45
たまたま見つけて、始めから一気に読んでしまいました。
とても素晴らしい…ですが、朋子さんの登場も宜しくお願いします。
90 :名無飼育さん :2015/05/25(月) 22:34
読み続けていて今更のような感想ですが、不思議な世界観・・・
91 :名無飼育さん :2015/05/31(日) 21:33
寮の人というのは洋装の中年の男女で荷物を受け取ると
さっさとその場を離れていった。

「佳林ちゃん、こっちだよ」

荷物を引き渡して身軽になったさくらはバンビのように飛び跳ねて歩く。
五体満足なさくらをらやましいと思ったがさくらは笑顔でこっちこっち
と手招きする。

再び汽車を乗り換えるようだった。
駅の中は相変わらず人が溢れ、コンクリートの地面が連なっている。
途中にガラス張りの煌びやかな店が立ち並び、ここは異国なのだと
思い知らされる。

佳林は松葉杖で必死にさくらを追いかけた。
92 :名無飼育さん :2015/05/31(日) 21:34
やってきた汽車は南の国とは全くかけ離れたものだった。
電気で走るという電車というものは煙を全くはかない。
電磁機械のようなスーという音だけを鳴らして静かに走っていく。

線路を走る車輪の音だけが変わらずに響いてくる。
さくらは窓際の席に佳林を座らせてくれた。
窓から眺める北の国は建物はコンクリート製のものばかりで
茅葺きや藁の家屋は一つもなかった。

駅の中だけでなく、道も全て硬いセメントのようなもので
固められ、馬も牛も歩いていない。

でも佳林は嫌な感じはしなかった。
北の国は全て人工的で恐ろしくて嫌な国だと聞かされていた。
93 :名無飼育さん :2015/05/31(日) 21:35
確かにここは人の手で作り出しものが多い。
歩道にかけられた雨よけの巨大な傘や、車が入りやすいように
半円状に意匠された駅前の通りは真っ白で土の地面は見当たらない。

でもそれはとても機能的に美しく作られている。
人が作り出したものが全て冷たく感じるかというとそうでもない。

その造形美からむしろ人間による無限の可能性が秘められている
ようで新しい世界に佳林は胸が高鳴った。
94 :名無飼育さん :2015/05/31(日) 21:40
佳林とさくらは三駅ほど進んだ大きな森のある駅でおりた。
外は緑の多い土地らしく軽やかな風が佳林の頬の上を通り過ぎた。
駅の正面には天を突くほど大きな杉の木が左右に対をなして
立っている。

真ん中にこれがまた見上げるほどの巨大な真っ赤な鳥居があった。

「ここが病院の入口。もう少し歩かなきゃいけないけど大丈夫?」

さくらが心配そうに言う。

巨大な鳥居に砂利道が続く。
ここは病院というより何か大きな祭事施設にも見える。
それもきっと北の国の文化なのだろう。

「平気だよ。体力には自信あるんだ。
さくらにも負けてないと思うけどね」

上空からは真っ赤に染まった無数の葉っぱが落ちてきていた。
こんなに落ちてきたらあっという間に落ち葉であたりは
埋め尽くされてしまいそうだ。

しかし地面は敷き詰められたようにまっさらな白石で出来ている。
それが松葉杖を押すことにずっと心地よい感覚を伝えてくる。
95 :名無飼育さん :2015/05/31(日) 21:41
「北の国って不思議なところだね」

佳林はさつぶやくように言う。

「北の国は確かに文明が進んでる。
でももっと古い、太古の国にみたいなところもある」

「うーん。あたしはすごく便利だなって思うことが多いし
だから進んでるのかなって思ってた。
でも佳林ちゃんの言ってることも何となくわかる気がするよ」

さくらは取り繕うようにそう言った。
その言い方がまだ北の国のことをよく知らない佳林を気にして
言ってくれたことがありありと分かる。

佳林はそんなさくらの態度に苦笑してしまう。
こういうものすごく佳林に気を遣う態度は
佳林が花魁をやっていたときと何も変わらない。
96 :名無飼育さん :2015/05/31(日) 21:42
病院というところは真っ白でヨーロッパのお城のように
きれいな建物だった。
療養所で働く人はみんな真っ白な服を着ている。
それは貴族時代に欧州から帰国した父の知り合いから聞かされたことがある。

佳林をソファに座らせるとさくらは「総合受付」と書かれた
台座に座っている人に佳林を指差しながら何か説明していた。

「整形外科で見てもらうことになった。場所は二階なんだって」

さくらは戻ってくるとそう告げた。

「すごいなあ。さくらは北の国で何でもできて。私なんて右も左も分からないよ」

佳林は感心して言う。

「あたしは、しばらくこっちで生活してたから。なれたら誰でも出来るよ」

さくらは飄々と言う。
97 :名無飼育さん :2015/05/31(日) 21:43
病院というところは床も壁も淡い色で綺麗に掃除されていて、
清潔な感じがした。
ただその無機質な感じが不気味に恐ろしくもある。
佳林とさくらの二人は二階へ階段を上がっていく。
佳林は何か機械を使って無理やり骨をつなぎ合わせるとか
怖い治療があるのか気が気じゃなかった。
でも、写真をとるといって白黒の写真を撮っただけで
拍子抜けするぐらい簡単に終わってしまった。
骨に異常はなく軽い打撲があるだけですぐに歩けるようになる
ということだった。
先生は念のため痛み止めを出すと言っただけだった。

「良かった。佳林ちゃんの足、大したことなくて」

さくらが目尻に手をやって喜んでいるのを見て佳林は慌てた。

「別に私のことなんて最初から気にしなくていいんだよ。
さくらだって目の前で人が危険な目にあおうとしたら急いで助けるでしょ」

「あたしはそんなにいい人間じゃない」

さくらは知ってるでしょと言わんばかりに佳林を見た。
98 :名無飼育さん :2015/05/31(日) 21:45
「確かに。表向きはね。でも本当の小田さくらはそうじゃない」

佳林がそう言うとさくらはふっと表情をかえた。

「でしょ」

佳林はそう言って笑う。

さくらは戸惑ったようなしかめっ面をした。
佳林は自分も人にそんなことを言えたぎりじゃない。
でもさくらの前では純情な天使でいようと思った。

帰る前に最後の手続きがあるということで佳林とさくらは
受付の目の前で待った。
ソファは何十人座れるぐらいたくさんあるのに
あたりに人はまばらだった。

「宮本佳林さん」

呼ばれて松葉杖を立てて佳林は立ち上がろうとする。

「座ってていいよ。あたしが代わりに行ってくる」

さくらが佳林を制止して言った。
99 :名無飼育さん :2015/05/31(日) 21:46
「ありがと」

佳林は座ったまま小走りに走っていくさくらの後ろ姿を眺めた。
肩からくるぶしまである淡い黄色いスカートに真っ白で
ふんわりとした白いシャツを中に着ている。
可愛い服を着るなあと佳林は今更のように思う。

「・・・エンです」

近い距離だったせいか受付の女の人の声が佳林のところまで
聞こえた。

さくらが財布を取り出したのを見て佳林は病院はお金がかかることに気づいた。
それでもさくらはにこやかに笑っている。

「足が痛いの?可哀想に」

受付で言われてさくらは首を振った。
100 :名無飼育さん :2015/05/31(日) 21:47
「あたしじゃなくてあの子の」と言って佳林を指差した。
受付の人は包帯の巻かれた佳林の足を見て納得したようにうなずいた。

その様子を見て佳林は、自分もさくらも多くの北の国の人間と
同じように扱われていると安心した。
同時にどこの国の人間でも人間に対する感情は
みんな同じなんだと感じる。

佳林が今感じている劣等感は自分が異国の人間であることと
無理やり連れ去られてきた惨めな存在であるということだ。
でも北の国という新しい世界に憧れてやってきた冒険者だと思えば
だいぶ感じ方も変わってくる。

病院の外を出ると鬱蒼とした森を背景に白砂の上に枯葉の山が
何個もできていた。
どうやって集めたのだろうと思うくらいに枯葉の山が
人の大きさぐらいになっている。

夕日を背景にしてそれは美術品のように美しく輝いて見えた。
佳林はおもむろにその小山に近づいていく。

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