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ローズクオーツの掟2

1 :名無飼育さん :2015/04/19(日) 09:16
前スレ 草板の「ローズクオーツの掟」の続きです。
宮本さん中心のお話です。
当面は小田かりん中心になると思います。
2 :名無飼育さん :2015/04/19(日) 09:18
「小田ちゃん、いい加減にしなさいよ。
あなたが宮本佳林という花魁に夢中になってる噂、
何回も聞いてるんだけど」

聖がすぐにそう言った。

「道重さん、お願いします。あたしはあの子が欲しいんです」

聖の言うことには構わずさくらはさゆみを見つめて言う。

「道重さん、いくら後輩に優しいからって人間を買い与えるなんて無茶です」

春菜もさらに反対する。

さゆみは二人には目を向けず特別室から回転する檻に入った佳林を見つめる。
さくらは人差し指同士を合わせてさゆみの様子を神妙に見ていた。
さゆみはさくらを一瞥するとにこりと笑った。
3 :名無飼育さん :2015/04/19(日) 09:19
「いいよ。買ってあげる。可愛い後輩のためだもんね」

「本当ですか?」

さくらの顔がぱっと明るくなった。

「その代わり、鞘師に言われた北の国での修行はきちんとすること。
分かった?」

「はい。頑張ります」

さくらは元気よく応えた。
さゆみはその反応に満足すると部屋を出て行った。
急いで聖と春菜も追いかける。

「道重さん、後輩に甘いにも程があります」

春菜が甲高い声を出す。

「別にそんなつもりはないよ」

「だったら」

「ただ、試してみたかっただけ。あの宮本佳林て子を」

さゆみは何かを企んでいるような微笑みを見せた。
4 :名無飼育さん :2015/04/19(日) 09:20
「試す?」

聖が訝しげにさゆみを見つめる。

「宮本佳林。このまま小田ちゃんの奴隷に成り下がるような子かな」

さゆみはそう言って笑った。
さゆみの視線は何か遠い未来を見ているようで、
再び何かが起ころうとしている兆しを予感させた。
5 :名無飼育さん :2015/04/19(日) 09:20

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6 :名無飼育さん :2015/04/19(日) 09:22
佳林は買い手がついたことでやっと檻の中から出ることを許された。
しかし長時間見世物にされたためか目はうつろで放心状態になっていた。

最初は女郎屋に売られ、次はあろうことか自分の召使だった
小田さくらの手に渡ってしまった。

もうさくらから逃れることは永久に出来ないのだろう。
佳林はさくらに騙されたのと改めて自分が物のように扱われたという
理不尽さに打ちのめされた。

「本当はこのまま持ち帰ってもいいんだけど。
それはあんまりだから一晩だけお別れの時間をあげる。
明日には出発だから荷物まとめといてね」

さくらはあっけらかんとそう言い放った。
7 :名無飼育さん :2015/04/19(日) 09:23
さゆみの援助のおかげでさくらが佳林の競りで提示したのは
これまでの提示額の数倍という大金だった。
佳林の借金をさしひいてもお釣りがきた。

「良かったね。佳林ちゃん、これで借金地獄からも抜け出せたよ」

さくらは罪悪感もなく、うなだれている佳林に向かってそう言った。

「さくらのこと、信じてたのに」

佳林はぽつりとそう言った。

「これで佳林ちゃんはあたしのモノ」

さくらは肉食動物のような獰猛な目で佳林を見つめた。

「佳林ちゃんは誰にも渡さない」

そう言ったときだった。
8 :名無飼育さん :2015/04/19(日) 09:24
「きゃあああ」

人々の悲鳴と柱を打ち砕くような轟音が入口のほうから聞こえてきた。
黒い塊がこちらに向かって突進してくる。
外で興奮した暴れ馬が見境なく建物の中に入ってきたのだ。
馬は猛然とあっという間に近づいてきてさくらに向かって突進してきた。
さくらはそれに気づくのが一瞬遅れた。

「さくら、危ない」

佳林は叫ぶと咄嗟にさくらを押しのけた。

その瞬間さくらは馬に轢かれる寸前のところをすり抜けた。
同時に佳林は馬に蹴られて弾き飛ばされた。
馬はそのまま何事のなかったかのように猛り狂って駆け抜けていった。
9 :名無飼育さん :2015/04/19(日) 09:26
さくらが起き上がると壁際に吹き飛ばされてぐたりと横たわった佳林がいた。

「佳林ちゃん」

さくらは恐怖に震えながら佳林を助け起こした。
でも佳林は固く口をつぐんだまま動かなかった。
何も話さなくても、さくらには佳林が自分を助けたことだけは分かった。

「佳林ちゃん。どうして」

さくらは一瞬で大変なことが起きたことを理解した。
それでもさくらが佳林の体を抱き起こすと佳林がうっすらと目を開けた。

「さくら・・・」

佳林がか細い声でそう言った。
その顔は心なしか笑っているようにさえ見えた。

「どうして」

最初にさくらに沸き起こったのは単なる疑問だった。
10 :名無飼育さん :2015/04/19(日) 09:28
「どうして。あたしなんか」

そして自分を押しのけたときの必死な佳林の声が
再びさくらの脳裏に蘇る。

佳林はわずかに口元を緩ませてさくらを見つめる。
安らかな笑顔でまるで佳林は最後のお別れでも言っているようだった。

「佳林ちゃん、しっかりしてよ」

さくらは必死に体を揺すって佳林の意識を呼び起こそうとする。
人間らしい感情が戻ってきてさくらの目にも涙がにじんだ。

動かすな。そのままにしておけ。

助けに入った野太い男の声が聞こえた。
さくらは横たわる佳林を抱きかかえて為すすべもない。

人が馬に蹴られたぞ。誰か医者を呼べ。
人々の叫び声が幾重にも重なって急速に広がっていくようだった。
11 :名無飼育さん :2015/04/19(日) 09:29

「さくらの軛2」終わり。

12 :名無飼育さん :2015/04/19(日) 09:31
ローズクオーツ自体はまだまだ続きます。
短編集のつもりがスレ2個目になってしまいました。。
13 :名無飼育さん :2015/04/20(月) 17:42
新スレ!おめでとうございます!

そして小田ちゃんが人間に・・・!
14 :「恩讐の果てにあるもの」 :2015/04/26(日) 07:51


「恩讐の果てにあるもの」
15 :名無飼育さん :2015/04/26(日) 07:52
小田さくらは由加の店の扉をゆっくりと開いた。
店の中は真っ暗でさくらはランプの明かりを頼りにしなければ
一歩も前には進めないほどだった。店内はすっかり寝静まっている。
さくらは1階の広間にたどり着くと箪笥を模した隠し扉を開いた。
16 :名無飼育さん :2015/04/26(日) 07:53

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17 :名無飼育さん :2015/04/26(日) 07:54
佳林は暗闇の中で目を開いた。
両手は釣り上げられて固く縛られていた。

きちんと怪我人として人間扱いされたのは
施術院で治療を受けていた間ぐらいだった。

佳林に買い手が出来たことを聞きつけた遣手婆が、
施術院から戻ったばかりの佳林を座敷牢で縛り付けたのだ。
せっかく高値で売れた花魁に逃げられたらたまったものじゃないと
いうことだろう。

すでに店の花魁でもなくなった佳林に由加達もどうにも出来なかった。
事故で左足に負った傷がじんじんと痛む。
佳林はかかとが腫れ上がってしまい、
動かさない方がいいと板で固定された。

白い包帯が何重にも巻かれている。
それなのに今受けている扱いは罪人以下と言うべきだろう。
さくらに騙されて売り飛ばされて、それなのにさくらを
助けて大怪我をした。

何も悪いことはしていないのに何故こんな扱いばかり受けるのだろう。
佳林はあまりの悔しさに気が抜けたような放心状態になっていた。
18 :名無飼育さん :2015/04/26(日) 07:56
「佳林、あんたの新しいご主人の小田さくら様だよ」

遣手婆の声が聞こえた。
すでに自分はさくらのものだ。
さくらに従うしか選択肢は残されていない。
きっとそれは命懸けでさくらを助けたところで何も変わらないのだろう。

「佳林ちゃん」

さくらの声が聞こえると遣手婆は奥に引っ込んでいった。
さくらは神妙そうにふすまを開けてこちらを見た。

「こんばんは。ご主人様」

はっきりした声で佳林は言った。

「誰がこんなにひどいこと」

さくらは佳林を見るなり動揺した声でそう言った。
偽善者ぶっているのか急いで佳林を縛っている縄を外そうとする。
19 :名無飼育さん :2015/04/26(日) 07:57
「触らないで」

佳林は鋭い声でさくらを制止した。
自分を地獄の底まで突き落としたさくらに同情など
されたくなかった。
もっと言えば今日のお礼さえ聞きたくはない。

「勝手に外したら後でぶたれるのは私なんだから」

「そんな」

さくらは絶句したように言う。
ひどいのはどっちだと佳林は思う。
でもこの際そんなことはどうでもよかった。

「私は脱走の前科があるからね。
さくらに捕まって台無しになっちゃったけど」

佳林はさくらを睨みつけて反応を伺った。
さくらは縮こまった表情で佳林を騙した時の不敵な顔はそこにはない。
ただし、今になって反省されてももう遅い。
20 :名無飼育さん :2015/04/26(日) 07:58
「施術院で松葉杖貸してもらったから。
さくらが言ってた北の国にだって行けるよ。
一緒に思い出たくさん作ろうよ」

佳林は以前さくらに言われたことをそのまま返した。
さくらはそのまま硬直したように黙りこくっている。
もしかして怖くなったのかもしれない。

「明日、迎えに来てくれるんでしょ?」

佳林は脅すようにさくらに言った。
さくらは無言でうなずいた。

「言っとくけど傷モノになったからって返品はなしだよ」

佳林は足の包帯をさくらに見せつけて自嘲的に笑った。

「そんなことしないよ」

さくらは青ざめた顔で言う。
21 :名無飼育さん :2015/04/26(日) 08:00
「もし、明日来なかったら」

佳林に吸い付くような目で見つめられて、
さくらは叱られた子供のようにひきつった顔をする。

「さくらを呪ってやる」

地の底から湧き出るような佳林の声だった。

佳林の頬に一筋の青白い光が浮いて出た。
さくらが佳林に対してやってきたことに対する
思念の塊のようなものを感じる。

それはもはや怨念と言ってもよかった。
22 :名無飼育さん :2015/04/26(日) 08:00

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23 :名無飼育さん :2015/04/26(日) 08:01
さくらは魂を吸い取られた抜け殻のように牢の部屋を出た。
ふらふらとした足取りで階段を下りていく。
下の階までたどり着くと不気味な二つの目はこちらを見ていて
さくらは一瞬ぎょっとなる。

ただそれは物の怪ではなく、
さゆきがこちらをじっと見ているだけだった。

「佳林をどうするつもり?」

さゆきが伏せ目がちにそう言う。
さっきは佳林に追い詰められていたさくらだった。
しかし考えてみれば佳林を騙して自分のものにすることに
成功したのだ。
自分は宮本佳林に勝利した。
そのことを改めて自分に言い聞かせる。

「どうするって?どうしようとこっちの勝手でしょ」

さくらの声が甲高く店の中に響いた。
あたりはしんと静まりかえっている。
24 :名無飼育さん :2015/04/26(日) 08:02
「佳林はあんな大怪我してまであなたを助けたんだよ。
それなのに佳林を騙して競売にかけるなんて」

「だから?」

さくらはそれがどうしたと笑った。

「それで何も思わないの?」

「佳林ちゃんはあたしに負けたの。
だからあたしの好きにされるのも当然のこと」

さくらは微笑を浮かべてそう言った。

「この人でなし。卑怯者。鬼。悪魔」

さゆきがあらん限りの悪口をさくらにぶつける。

「何とでも言ったら」

さくらは全く胸に響かないっといった風情でさゆきに背を向ける。

「もう、そうするしかないんだ」

さくらはさゆきに聞こえないようにぽつりとつぶやいた。
25 :名無飼育さん :2015/04/26(日) 08:04
牢の仕切られた板の間から光が漏れてくる。
もう朝がやってきたのかもしれない。
自分が誰のものでもなかった最後の夜が終わったと佳林は思った。
大借金を背負ってそれでも自分の力で何とかしようと必死で
頑張ってきた。

それが全部無駄だったのかもしれない。
小田さくらにはどうあがいても勝てなかった。
こんなに何もかもが通用しない相手は初めてだ。
無力感が佳林を襲う。

怪我をした足の痛みはだいぶ治まっていたが、
今度は縛られた手がきりりと痛んだ。

「お早う。佳林ちゃん」

再びやってきたさくらを見て佳林はすでにあきらめに近い境地だった。

佳林の脅しで少しは動揺しているかと思ったが
さくらには全くその様子はない。

一晩たてばまた健康的な元の血色の良い顔に戻っていた。
もうさくらにはどんな脅しも揺さぶりも通じないらしい。
26 :名無飼育さん :2015/04/26(日) 08:05
ただし、さくらがやってくると佳林はあっけなく解放された。

「荷物は?これだけ?」

さくらは松葉杖をついてやっと立ち上がった佳林に近づくと
当たり前のように言った。

「残りは由加ちゃんに送ってもらう」

「そう」

そう言ってさくらは佳林の荷物を持った。
主人に持たせていいのかと思ったが佳林は松葉杖をついているせいで
両手が使えない。

「階段は?降りれる?」

「何とか」

さくらは狭い階段を左足を庇いながら必死に降りる佳林を支えてくれた。
27 :名無飼育さん :2015/04/26(日) 08:07
さくらも両手に佳林の荷物を持っているから佳林を支えるのも
ぎりぎりだ。
さくらに悪いと思いながらも憎しみの対象であるはずのさくらに
普通の感情が持てる自分自身を不思議に思った。

外にはさくらがいつも使っている馬車が用意されていた。

結局自分はこの馬車でさくらに連れ去られるのか。
そう思うと今まで助けようとしてくれた朋子にも里保にも
申し訳ない気持ちになった。

由加にもさゆきにもあかりにも会いたくなかった。
売り飛ばされて連れて行かれるのが最後だなんて悲しすぎる。
だから佳林は一人で誰にも見つからないように馬車に乗り込んだ。

さくらもそんな佳林の気持ちが分かっているのか
佳林の横に乗り込むとさっさと馬車を出発させた。
28 :名無飼育さん :2015/04/26(日) 08:08
これから自分をどうするつもりなのか聞く気にもなれなかった。
聞いたところでどうしようもない。
全ては決まったことでさくらの奴隷ではなかった自分は
もう存在しない。

「駅に行く前に寄りたいところがあるんだ」

さくらが真面目な顔でそう言った。
佳林は何も言わずにうなずいただけだった。
馬車は町外れの田畑が広がっているところまで進む。
あたりには広大な原野が広がり、馬車が一台だけが
通れるようなあぜ道が延々と続いていた。

それでもしばらく進むと麦畑が広がる穀倉地帯に入り、
作業している人がまばらに見えた。

「ここ由加ちゃんのお父さんが経営してる農園なの」

さくらが佳林にそう言った。
今更由加の農園を自分に見せてどうするつもりなのだろう。
佳林にはさくらの意図が全く読めない。
まさかさくらがここに自分を置いていってくれるわけでも
ないだろう。

そう思ったときだった。
29 :名無飼育さん :2015/04/26(日) 08:09
あっ。と佳林は小さく声を上げた。

「お父様。お母様」

佳林の両親が農作業をしている。
それも両親そろって微笑みながら作業をしている姿が
佳林の目に映った。

安心したのと会いたかった気持ちが溢れ出てきて、
佳林の目尻に涙が滲んだ。
今にも両親の元へ走っていきたい衝動にかられる。

「佳林ちゃんのお父さんとお母さん、
ここで静かに暮らしてるみたい。会ってきたら」

さくらがさくらが馬車の扉を開けた。

佳林はさくらの目を見つめた。
そこにあったのは何の悪意もない純粋な微笑みだった。
だからこそ佳林は目を背けた。

「いい」

佳林は小さな声でつぶやくように言った。
30 :名無飼育さん :2015/04/26(日) 08:10
「佳林ちゃん?」

「いい。会わなくていい」

「えっと。だって」

さくらは不意を突かれたように言う。

「これが怪我をさせたお詫びのつもり?」

「そんなつもりじゃ」

動揺したさくらの顔は可哀想なくらい蒼白だった。

「だったらいい。馬車を出して」

「でも」

まるでさくらのほうが決心がつかないみたいだ。

「馬車を出して。お願い」

佳林が強い調子で言うとさくらは目をつむった。

「分かった」

そして沈痛な面持ちで出発の合図をした。
31 :名無飼育さん :2015/04/26(日) 08:12
馬の蹄の音が定期的に鳴り出してしばらく二人とも一言も
話さなかった。

さくらの様子をそっと伺うとさくらは考え事をしているように
流れる景色をじっと見ていた。
別にさくらの好意を踏みにじるつもりはなかった。
父と母の元に帰って抱きついて甘えたい気持ちがなかったと言えば
嘘になる。

ただ、今両親に会うべきではないと佳林は感じていた。
自分にとって最後の希望はもうこの南の国にはない。
自分が次に向かうであろう北の国にかけるしかない。

ただし北の国に行ってもさくらの奴隷であることに変わりはない。
今、両親に出会うことはこの厳しい現実がますます
つらくなると思った。

さくらはじっと窓の外を眺めていてうなだれて落ち込んでいるようにも見える。
さくらといると不思議だった。
憎むべき相手のはずなのに何故かそんな感情が湧き上がってこない。

無理やり連れ去られかけたこともあるのに怖いとも思えなかった。
32 :名無飼育さん :2015/04/26(日) 08:12

今回の更新を終わります。
33 :名無飼育さん :2015/04/26(日) 08:13

>>13
ありがとうございます。新スレでもまだなかなか明るい展開になりませんが
どうぞよろしくお願いします。
34 :名無飼育さん :2015/04/27(月) 20:41
舞台は北の国へと移るのでしょうか。
佳林ちゃんとさくらちゃん、不思議な関係だなぁ…
35 :名無飼育さん :2015/05/04(月) 11:53
真っ黒な機械の塊が朦々と煙を吐いている。
北の国へ向かう汽車は人間が作り出した真っ黒で獰猛な巨大生物のように見えた。
その周辺をあたかも何も怖くないと素知らぬ顔で人々が行き交っている。
佳林にはその汽車に入っていくことはその怪物の胃袋に入っていくようで
身震いするほど恐ろしかった。

あの中に入れば南の国の宮本佳林が消えてしまう。
さくらの所有物にされて、何者も恐れることのなかった高貴な貴族だった
宮本佳林は消滅してしまう。

そのことは自分自身が消化されて強制的に別の人間に
生まれ変わらされるみたいだ。
36 :名無飼育さん :2015/05/04(月) 11:54
荷物はさくらの使用人が汽車の中に運び入れてくれた。
荷物を運び終わるとさくらに恭しく頭を下げる。
どうやら北の国へ向かうのは本当にさくらと二人きりのようだ。

ということは今後は佳林がさくらの従者の役割をしなければ
ならないのだろう。

使用人に手をふるとさくらは躊躇なく汽車にぽんと飛び乗った。

「佳林ちゃん、こっち」

さくらが手招きをする。思い切って佳林も汽車に乗る。
すると中は意外にも広かった。
もっとごつごつした工場のような内部を想像していたが
白い革張りの壁が綺麗で窓から入ってくる光も明るい。
これなら松葉杖でも簡単に移動することができそうだ。
37 :名無飼育さん :2015/05/04(月) 11:55
さくらと佳林はしばらく客室の間を歩いていたが
そのうちさくらが木製で少し大きめのドアを開いた。

「ここがあたし達の席、というか部屋かな」

さくらが微笑を浮かべて言う。

「すごい」

佳林は思わず感嘆の声を漏らした。

ベッドが二つ用意されていて完全な個室になっている。
光沢のある卓と椅子はまるで貴族の応接室だ。
大きな窓は遥か遠くまで景色を眺望できるようになっていた。
38 :名無飼育さん :2015/05/04(月) 11:57
部屋の豪華さが予想以上でモーニング娘。の、そしてさくらが
どれだけ自分を追い越して上り詰めていったかがよく分かる。

佳林は自分の置かれた立場との違いに愕然となった。
さくらは、佳林の松葉杖をとってベッドに腰掛けるのを
助けてくれた。

さくらの並んでベッドに腰掛けた。
出発の時間が次第に近づいていた。

「この国はたくさんのものをあたしに与えてくれた。
名残惜しいけど南の国とももうお別れ」

さくらは満足げにゆっくりと流れていく景色を眺めた。
その横顔はやりきったという達成感にあふれていることに
佳林は嫉妬する。
39 :名無飼育さん :2015/05/04(月) 11:58
佳林は貴族時代から考えて失ったものばかりだ。
お金や貴族の身分だけじゃない。
住んでいた家も朋子も自分自身の自由まで失った。
さくらと比べてうしなったものだらけだった。
何もかも失った佳林と多くのものを手に入れたさくらが
一緒に旅立とうとしている。

自分はさしあたりさくらの戦利品の一部というところだろうか。

「私は何をしたらいいの?」

「何って?」

さくらはきょとんとした顔をする。

「さくらの身の回りのお世話。そのために私はいるんでしょ?」

佳林は念を押すように尋ねる。
40 :名無飼育さん :2015/05/04(月) 11:59
するとさくらはふっと笑った。

「その足で何ができるの?佳林お嬢様」

さくらが佳林の足元に回り込んで膝まづく。
馬鹿にされたような気がして佳林はむっとした。
それを見てさくらはまた笑った。

「別に何もしなくていいよ。
佳林ちゃんがいてくれたらそれでいい。
あたしはそれで十分だな」

今度は口説かれてるみたいな甘い言葉に佳林はひっかかった。

さくらは自分に近づいた一番の理由は復讐であるはずだ。
花魁の佳林を執拗に誘ってきたのは単なる嫌がらせだと思っていた。

せっかく友達になろうとした佳林を最後まで騙した以上
そう考えるのが自然だと思う。
41 :名無飼育さん :2015/05/04(月) 12:00
「私は何もしなくていいの?」

さくらはこくりとうなずく。。

「そのかわり。佳林ちゃんはあたしのモノ」

さくらはそう言ってそろりと佳林の手を握った。
何もしなくていいということは逆に何かをされるということまで
佳林は気が回らない。

そのことに気づいたときにはもうさくらに両手を押さえられていた。

「手に入れたものは急に輝きを失うと言うけど」

さくらの目は爛々と輝いていた。

「佳林ちゃんは違う。この髪も肌も目も全部綺麗。
佳林ちゃんは美しいままあたしのものになった」

さくらがそう言って唇が重なりそうなくらい顔を近づけた。
42 :名無飼育さん :2015/05/04(月) 12:01
幼いくせに妖艶なさくらの顔は幸福感に浸っているように見えた。
きっとさくらは満足なんだろう。
遥かに見上げるほど身分の違った佳林をついに追い落として
自分の物にしてしまったのだ。

「いいな。さくらは欲しいものが何でも手に入って」

「そうだね。でも一番欲しかったのが佳林ちゃんだよ」

さくらはそう言うと佳林の両肩をつかむと
そのままゆっくりとベッドに押し倒した。

佳林は無抵抗のままさくらを見上げた。
佳林から全てを奪った簒奪者の割にさくらは透き通った目をしていた。
43 :名無飼育さん :2015/05/04(月) 12:03
「私はさくらに負けた。だから好きにしたらいいよ」

佳林の言葉にさくらは一瞬何かに迷ったような表情をした。

「そんなこと言われたら面白くないな。
まだまだ勝負はこれからだよ」

強い力で掴まれていた両肩が解放された。
とてもじゃないけど助かったとは思えなかった。

汽車の中の部屋の一室でもうさくらから逃げる術はない。
これからさくらと二人きりの生活が始まる。
さくらの思い通りに嬲られて、言いなりになって復讐は果たされる。

きっと貴族であった佳林のプライドは花魁だった時以上に
ずたずたに切り裂かれるだろう。

でもどんなに惨めな状態でも絶対に生き残ってやると佳林は決心した。
むしろこんなにどん底だからこそ這い上がってやるという
強い希望が佳林の中に生まれていた。
44 :名無飼育さん :2015/05/04(月) 12:03

「恩讐の果てにあるもの」

終わり。
45 :名無飼育さん :2015/05/04(月) 12:06

短いですが今回の更新を終わります。

>>34
レスありがとうございます。相反する関係の小田ちゃんと
佳林ちゃんですが、多分このまま新たな局面に展開させる
つもりです。
46 :名無飼育さん :2015/05/08(金) 11:40
絶望の最中にいるはずなのに、おもしろい!
佳林ちゃん強くなるね^^
小田ちゃんとの生活も楽しみー!
47 :名無飼育さん :2015/05/10(日) 17:17

「北の国への子守唄」
48 :名無飼育さん :2015/05/10(日) 17:19
佳林は一人、野原を歩いていた。
目の前には左右に草の生えたあぜ道のような細い一本道が
延々と続いている。
周囲は佳林の背の高さぐらいある草原で人工的な物は何もない。
暑くも寒くもなく、太陽はまだ高いのに植物が生い茂っている
せいかあたりの緑が少し暗く感じられた。

振り返ると自分が今まで歩いてきた小道が見える。
遠く丘陵に細い一本径が延々と続き佳林の足元までつながっているの見えた。
自分の歩いてきた道を見渡していると遥か遠くに見えるか見えないか
米粒ぐらいの小さな黒い点のようなものがあることに気づいた。

しばらく歩いてからまた振り返るとその点が少しだけ大きくなっていて、
それが人が歩いていることだけが何とか認識できた。

こんな誰もいないような荒野に人がいるんだ。
そんなことだけを思って気にも留めなかった。
49 :名無飼育さん :2015/05/10(日) 17:20
次に振り返ったとき、その人影は黒い髪をなびかせて走っている。
見覚えのあるきりっとした目筋に佳林は小田さくらが
こっちに向かってきていることにようやく気づいた。

佳林は小走りに走り始めた。
まださくらだとは目を凝らしてようやく分かるぐらいで
二人の距離は相当離れている。

さくらは佳林が前にいることさえまだ感づいてないかもしれない。
今のうちに離れてしまえばやり過ごせると思った。
50 :名無飼育さん :2015/05/10(日) 17:21
佳林は走り続けた。
次に振り返ったとき、さくらは体全体が見える距離まで近づいていた。

さくらは全力で佳林を追いかけてきていた。
それも猛然と迫ってくる。
顔はどんな表情をしているかまでは恐ろしくて見ることは
出来なかった。

このままでは捕まってしまう。
佳林も必死に走り始めた。
息が切れ始めて苦しい。

見たくはなかったが恐る恐る後ろを見てみる。
するとさくらはもう数メートルの近さまで迫っていた。
もう追いつかれるのも時間の問題だ。

「誰か助けて」

叫ぼうとした瞬間だった。
51 :名無飼育さん :2015/05/10(日) 17:22
「佳林ちゃん、佳林ちゃん」

急に声がして佳林は目を開けた。
汽車のがたがたとする音とともに意識が蘇ってくる。
佳林が寝ているベッドの横にさくらがいた。

「どうしたの?すごくうなされてるみたいだったけど」

目の前にいるさくらは怖くなかった。
額が汗でぐっしょりと濡れている。
さくらが手拭いをあててくれた。

「お水、持ってくるね」

さくらがそう言って水を汲みにいってくれた。
さくらの後ろ姿を見ていると何だか自分の体が
別人の体みたいで違和感を感じる。

記憶はどうかと思い出してみる。
昨日はさくらと一緒に食堂車で夕食をとって、
さくらに誘われてデッキで星空を見たあと床についた。
どこにも異常なところはない。
52 :名無飼育さん :2015/05/10(日) 17:23
「はい、お水」

さくらに湯呑に入った水を渡されてごくごくと飲んだ。
汗をかいたせいか喉が乾ききっていた。

「ありがと」

さくらに湯呑を返す。

「もしかして、足が痛いの?」

さくらは包帯の巻かれている佳林の左足を見る。
佳林は首を横にふった。
怪我をしたときは耐えられないほどの激痛が走ったが
施術院で処置を受けてからは痛みはひいていた。
きっと今の夢も足の痛みとは関係はないだろう。

あるとすれば目の前にいるさくらの夢だ。

「汗、かいてる。着替えないと」

さくらは佳林がもってきた旅行用カバンに手をかける。
53 :名無飼育さん :2015/05/10(日) 17:25
「いい。たいしたことないから」

足を怪我してるから着替えるとなると一苦労だ。
寝る前にさくらが散湯を浴びている隙をついて急いで体を拭いて
着替えたのだ。
その苦労が全て無駄になってしまう。

「だめだよ。このままじゃ風邪ひくし」

さくらが佳林の寝巻きの裾に手をかけた。
その瞬間、体にびくっと震えがくる。
佳林は思わず胸元を押さえた。

「大丈夫。何もしないから」

「でも」

「信用できないのは分かるけど。
あたしは佳林ちゃんが逃げようとしなかったらひどいことはしない。
今までだってそうだったしこれからもそう」

言っている間にもさくらが強引に佳林の袖を引っ張ってくる。
54 :名無飼育さん :2015/05/10(日) 17:26
奴隷の立場でさくらに抵抗したところでどうしようもない。
さくらに押し切られる形で佳林は強引に衣服を脱がされた。

確かに何も変なことは何もされなかった。
濡れた手拭いでさくらは佳林の体を丁寧に拭いてくれた。
その後で佳林にひざまずいて足の包帯も新しいのと交換してくれた。

甲斐甲斐しい介抱ぶりにこれではどっちが奴隷で
どっちが主人か分からない。

「自分じゃ手も届かないし全部出来ないでしょ?
明日からもあたしがやってあげるから」

さくらは何の気なしにそう言った。

「さくらはこんなことするためにあたしを身請けしたの?」

さくらは自分を最後の最後まで奈落の底に突き落とした。
そんな相手にそのままお礼を言うのはどうしても憚られた。
55 :名無飼育さん :2015/05/10(日) 17:27
「そういうわけじゃないけど。でも仕方ないじゃん。
だってこれからずっと二人きりなんだよ。
佳林ちゃんの怪我が治るまで出来ることはあたしがするよ」

至極真当なことを言ってくるさくらに何だか腹がたってくる。

「天下のモーニング娘。が奴隷相手にこんなことしてていいの?」

「別に怪我した人を助けるのに、天下のモーニング娘。とかそうじゃないとか関係ないし。
それに恩着せがましくしようとしてるんじゃない。
だって元々あたしのせいで佳林ちゃんは怪我したんだから」

まるでさくらは親しい友達のような言い草だ。
しかも健気で純情な目つきさえして佳林を見つめるので
何も言い返すことができない。
56 :名無飼育さん :2015/05/10(日) 17:28
「じゃあお休み佳林ちゃん。次はいい夢みてね」

さくらはひらひらと手をふるとランプを消して自分の寝床に戻ろうとする。

さくらはいいことをしたときっと楽しい夢でも見るのだろう。
佳林はこのままじゃさくらに完全降伏したみたいで
どうにも気持ちが収まらない。

「ねえ、さくら?」

佳林はベッドに入ろうとするさくらの後ろ姿に呼びかけた。

「何?」

「悪いんだけど一緒に寝てくれる?」

「え?」

さくらは驚いた顔で佳林を見つめた。
57 :名無飼育さん :2015/05/10(日) 17:29

今回の更新を終わります。
58 :名無飼育さん :2015/05/10(日) 17:31
>>46
レスありがとうございます。
当分佳林ちゃんは小田ちゃんと二人ですが健気に頑張ってもらいたい
と思います。
59 :名無飼育さん :2015/05/11(月) 19:45
逆襲の気配・・・!
60 :名無飼育さん :2015/05/18(月) 00:36
久しぶりに来たら、新スレになっていたのに気づきました。
これからの展開が楽しみすぎます・・・
61 :名無飼育さん :2015/05/18(月) 21:34
「一人じゃ寝付けないんだ。ダメかな」

佳林は初めてさくらを挑発した。

「いいの?佳林ちゃんと一緒に寝て」

さくらは逆に目を輝かせて言う。
佳林は一瞬後悔したが、言い出したものは引き返せない。
佳林が少し待ってと言う前にさくらが佳林のベッドに
押し入るように入ってきた。

さくらから心地よい髪油の甘い匂いがした。
62 :名無飼育さん :2015/05/18(月) 21:35
ランプが消されたせいで室内は暗く、
入ってくるのは汽車の窓から見える月の光だけだ。
今日は満月らしい。

真っ白な円が流れる景色の中に大きく陣取っている。
さくらとは体が重なり合うぐらい傍にいる。
影になってはっきりとは顔は見えなかったが輪郭だけは
大きく見えた。

「悪い夢を見たのはきっと月のせいだよ」

さくらが囁くように言った。

「月の光って昔から人間をおかしくさせるんだって」

「どんなふうに?」

「月は人を凶暴にする」

さくらは佳林を背中に手を回して抱き寄せた。
怖くはなかった。
63 :名無飼育さん :2015/05/18(月) 21:40
自分は連れ去られる汽車の中でさくらと二人きり。
足は自由に動かすこともままならない。
佳林は全てあきらめの中にいた。

さくらは佳林の髪をそっと撫でてきた。
それから額に手をやって髪をかきわけて頬を撫でる。
佳林はさくらのされるがままだった。

「神様は本当に不公平。
あたしの欲しいものは全て手に入るのに佳林ちゃんは自分の体さえ手に入らない」

「さくらはそれで満足?」

佳林が声を押し殺すようにそう言った。
64 :名無飼育さん :2015/05/18(月) 21:42
「え?」

「私から全てを奪って。私まで自分の持ち物にして。
それで満足?」

「もちろんまだ満足はしてないよ」

さくらはゆっくりと言った。

「だって本当の復讐はこれから始まるんだから」

さくらはそう言うと勢いよく佳林の唇に口付けた。
突然の奇襲に佳林は為すすべもなかった。
泣こうと思ったが涙は出なかった。
全ては自分がさくらをけしかけたことだ。
65 :名無飼育さん :2015/05/18(月) 21:43
しばらくして暗闇の中でさくらは佳林の唇を解放した。

「さあ、早く寝ないと。明日の朝は国境の町だよ」

まるでお遊びはここまでと言うようだった。
国境の町を過ぎればもう南の国ともお別れだ。

佳林が貴族として君臨した国。
そして花魁に堕とされてさくらに散々屈辱を味あわされた国。

そこを出るということは「宮本佳林」にとって
自分の存在を消されるようなものだった。
ある意味自分にとっては死刑宣告のように感じた。

北の国で自分の居場所はあるのだろうか。
何もかもをさくらに託すしかない。
その事実に佳林は運命を呪うしかなかった。
66 :名無飼育さん :2015/05/18(月) 21:44
「ね、さくら」
「何?」
「歌を歌ってよ。そしたら眠れる気がする」
「歌って何を?」
「何でもいいから」

さくらの透き通った声が聞こえ始めた。
それは汽車の音に入り混じって吸い込まれるように消えていく。
67 :名無飼育さん :2015/05/18(月) 21:45
 
 
 烏 なぜ啼くの
 烏はやま山に
 可愛い 七つの
 子があるからよ
 

 山の 古巣へ
 いって御覧
 丸い眼をした
 いい子だよ

68 :名無飼育さん :2015/05/18(月) 21:46
さくらの歌声は決して普通の人間が追いつけない冷たさと
音の領域を持っていた。

音が高い低いではなく、その音が人間離れしてくるのだ。
自分は神に見放されさくらは神に愛されていると言うのだろうか。
でも不思議と嫉妬の感情が沸かなかった。

佳林は初めて自分が運命を受け入れ始めたのかもしれないと思う。
69 :名無飼育さん :2015/05/18(月) 21:48
汽車の音が流れていく。
それは遥か遠くの世界へ消え去っていくようだった。
貴族だった誇りも虚栄心も欲望もこのままどこかへ
泡のようにはじけて欲しいと願う。

そうでないと神に恵まれたさくらと正面切って対峙することなんて
できそうにもない。
さくらは歌い終わるとそのまま目を閉じてしまった。

さくらの寝姿を初めて見たがそれは貴族とも巫女とも
見間違うぐらい美しくて高貴だった。

一生つきまとってやるとさくらは言った。
北の国へ行けばもうさくらからは逃げられないだろう。
永遠に死ぬまでさくらと二人で過ごすのだ。
であればどっちが所有者でどちらが奴隷か分かったものではない。
70 :名無飼育さん :2015/05/18(月) 21:49
佳林は手元にあるさくらの真っ黒な髪に触れた。
しっとりとした触り心地は何か官能的な気分を湧きたてる。

「さくらは、私のものなの?」

不意に聞いた佳林の言葉はさくらの軽い寝息に混じって消えていく。

「おやすみ。さくら」

佳林はそう言うと布団をかぶった。
今度は汽車の音が子守唄のように二人の間を流れ始めた。
71 :名無飼育さん :2015/05/18(月) 21:50

「北の国への子守唄」 終わり
72 :名無飼育さん :2015/05/18(月) 21:52
今回の更新を終わります。

>>59 60
レスありがとうございます。
うだうだと書いているうちについに新レスになってしまい
ました。
今後は別の物語へと変わっていくかもしれませんが
どうぞ見守りくださいませ。
73 :名無飼育さん :2015/05/18(月) 23:41
更新おつかれさまです。
立場が逆転したようで、そうでないような・・・。
少しずつ変わっていく関係性がおもしろいですね!
74 :名無飼育さん :2015/05/24(日) 20:22


「新しき日々」
75 :名無飼育さん :2015/05/24(日) 20:23
国境の町はあっけなく過ぎた。

佳林は起きて寝巻きから着替えてからというものずっと
ベッドに腰掛けて窓の外に眺めている。
あたり一帯に田園風景が広がり、所々に背の高い真っ白い
穀物倉庫が立ち並んでいる。

家々はセメントで出来ているようで南の国とは全く違う光景に
佳林の心は完全に飲みこまれていた。

今ここは南の国ではない。
もう貴族だった自分も花魁だった自分も南の国には存在しないのだ。
自分が売られてしまった今、もうどこにも帰ることができない。
全てがなくなってしまった今でも自分は確かに存在している。
76 :名無飼育さん :2015/05/24(日) 20:25
自分はこれからを何をどう演じればいいのだろうとふと佳林は思う。
不幸な境遇を噛み締めたような薄幸の人間。
それとも今度は小田さくらに復讐し返す人生がいいのだろうか。

どちらの道も今の佳林には全くと言っていいほどその必要性を
感じなかった。

心はいたって透明で何の胸騒ぎも恨みも嫉妬もない。
佳林は今自分の人生は、まっさらな紙の上に立っているように
感じた。

佳林自身、北の国にいる自分がどんな存在なのかも
検討もつかなかった。

私はどういう人間?

すぐ隣にいるさくらにそう聞きたかったが、
新しい自分を始めるのにはまだ早すぎる気がした。

さくらはきっと佳林の新しい人生を最初に見ることになるのだと思う。
このにっくき存在は遥かなる南の国からの旅を経ても
全く色あせずに佳林の隣に存在する。
77 :名無飼育さん :2015/05/24(日) 20:26
「朝ごはん、食べに行く?」

何でもないことのようにそう聞いてくるさくらは、
佳林を自分の物にしたという意識をわざと
隠そうとしているのだろうか。

汽車旅の間、足を怪我してる佳林の面倒をよく見てくれて、
歩くときは決まって肩を貸してくれた。
汚れた包帯をほどいたり簡単な処置までしてくれる。
まるで古い親友のように佳林の過去に太古から存在していたかのように
さくらは振舞う。

だから自然と佳林も何か演じなければならないと思ってしまうのだ。
78 :名無飼育さん :2015/05/24(日) 20:28
それでも佳林はさくらに隠された獰猛な一面を忘れたわけではない。
きっと佳林への復讐を誓ったさくらの思いはまだ消え去っていないのだ。

ただ、今は怪我をして連れ去られて自分の思い通りになっているから、
その復讐心が覆い隠されているだけだと思った。
そのくせさくらには佳林への憐れみの視線さえ感じないのはどういうことだろう。

朝食が終わったというのにバリっと音を立ててさくらが何かを食べている。

「何食べてるの?」

佳林が聞くとさくらは「ポテトチップス」と短く応えた。

「何それ?」

「南の国にはないからね。
じゃがいもを薄切りにして油で揚げたお菓子ってとこかな」
79 :名無飼育さん :2015/05/24(日) 20:29
佳林ちゃんもと言ってさくらはポテトチップスの入った袋を
佳林に手渡した。

口にしてみるとパリッと音がして塩気が強く香ばしい味がする。
今まで食べたことがない味だった。
一枚食べるともう一枚食べたくなる。

「あんまりたくさん食べると体に悪いよ」

さくらにそう言われてぎくりとする。
じゃあ何でさくらは体に悪いものをわざわざ食べてるんだろう。
佳林はそう疑問に思ったがさくらは「まあ美味しいから」とか
言ってはぐらかした。

北の国は食べている物まで違う。
風景を眺めると全て白いセメントで出来ているようで
家の形まで違う。

それを全て知っているさくらが羨ましい気もした。
自分は逆に南の国に閉じ込められていたのかもしれないとさえ思う。
80 :名無飼育さん :2015/05/24(日) 20:31
目的の駅まではもう少しだった。
さくらとの三日間の長い汽車旅も終わりに近づいていた。

「駅に着いたら寮の人が迎えに来てくれるから荷物だけ渡して。
あたし達はそのまま病院に向かうからね」

「病院て何?」

「足、みてもらわないと」

さくらが包帯が巻かれた佳林の足元を指差す。
それで佳林はやっと療養所のようなものかと思った。

「いいよ。怪我したときにちゃんとみてもらったし」

「ダメだよ。南の国のお医者なんてあてにならない。
そもそも南の国にはレントゲンだってないんだよ」

「レントゲン?」

「ああ。もう行けば分かるから」

さくらが頭を抱えるようにして言った。
81 :名無飼育さん :2015/05/24(日) 20:32
さくらが急に外国の人間にでもなったようだった。
でも北の国についてはさくらを頼るしかない。
散々自分をひどい目に合わせてきたさくらが唯一の頼みなんて
佳林は自分の状況が心底絶望的だと思い知る。

でもさくらには佳林を依存させるということが
最初から目的なのかもしれない。

さくらは部屋の片付けを始めた。
佳林が雑然と散らかしてしまったものも必要なものは
旅行カバンに収めていく。
82 :名無飼育さん :2015/05/24(日) 20:33
「佳林ちゃんは座ってていいよ」

さくらはそう言ってひょいひょいと物をしまっていく。
その様子を見ていると本当に自分は囚われの身なんだろうかと
不思議になる。

佳林はさっきの味を思い出して、おもむろにそばにあった
ポテトチップスの袋に手を伸ばした。
そして中から一枚取り出すとかじってみた。

さくらは佳林をはっとしたように見つめたが何も言ってこなかった。
83 :名無飼育さん :2015/05/24(日) 20:35
北の国の終着駅に着くと佳林は久しぶりに汽車の外の空気を吸った。
清々しい気分になると同時に、経験したことのない異国の空気に
緊張感が高まる。

髪や肌の色は同じでも様々な服装の人間が歩いていた。
主に西洋式の服装が多かったが赤や青の色に富んだ
民族衣装のような出で立ちの婦人も多くいた。

佳林は途端に自分の格好が場違いなように思えてくる。
完全に気後れした佳林は松葉杖でさくらの後についていくしかない。

もっともさくらの方も佳林の荷物まで持たされているせいで
小さな体に可哀想なくらい負担がかかっているのが分かる。
84 :名無飼育さん :2015/05/24(日) 20:36
「ごめん。重いでしょ」

佳林は無理やりさくらの横に並んで言う。

「んーん。平気。それに寮の人が来てくれることになってるから」

さくらは笑顔で言った。
やけに機嫌が良さそうだ。

「さくら、何か嬉しそうだね」

「佳林ちゃんをついに北の国へ連れてこれたと思ったから」

さくらはこみ上げる笑いを抑えきれないみたいだった。
それはさくらの悪意からでた笑みかというと
そうでもなさそうだった。
85 :名無飼育さん :2015/05/24(日) 20:38
「私が、ここに来たことがそんなに嬉しい?」

「そりゃ嬉しいよ。あたしにとっては佳林ちゃんはやっぱりお姫様だから」

それは佳林に復讐を果たせたとか佳林に屈辱を味あわせたからと言った
理由ではなく、何か原始的な狩猟本能のようなものをさくらに感じた。

汽車の中でさくらは佳林の世話を甲斐甲斐しくしてくれて
佳林は何もする必要がなかった。
確かにお姫様のような扱いだ。

でもさくらの優しさの裏にあるもの。
そのことを考えるとぞっとするほど怖くなることもある。
夜に目が覚めて起きた時もすぐ傍にすやすやと眠っている
さくらがいた。
きっと逆に佳林が寝ているのをさくらがじっと見ていたことも
あるのだろう。
86 :名無飼育さん :2015/05/24(日) 20:42
何もされていないというこの状態はグラスにいっぱいに入った
水のように溢れ出す瞬間を見計らっているようで、
何か死刑の執行を待っている囚人のように感じることもある。

同時にさくらと一緒にいることを気を使わなくてよい
気ままな二人旅のように思うこともある。

朋子といると緊張した。

朋子の妖艶な着物姿を見つめていると何故だか胸のあたりが
苦しくて下半身が疼く。

それに対してさくらは置かれている立場や状況に関わりなく
普通に話すことができた。
87 :名無飼育さん :2015/05/24(日) 20:43

今回の更新を終わります。

88 :名無飼育さん :2015/05/24(日) 20:45

>>73
レスありがとうございます。
場所も佳林ちゃんとさくらちゃんの関係性も徐々に変化していき
ますが、近づいたり離れたりする二人を見守っていただければと
思います。
89 :名無飼育さん :2015/05/25(月) 03:45
たまたま見つけて、始めから一気に読んでしまいました。
とても素晴らしい…ですが、朋子さんの登場も宜しくお願いします。
90 :名無飼育さん :2015/05/25(月) 22:34
読み続けていて今更のような感想ですが、不思議な世界観・・・
91 :名無飼育さん :2015/05/31(日) 21:33
寮の人というのは洋装の中年の男女で荷物を受け取ると
さっさとその場を離れていった。

「佳林ちゃん、こっちだよ」

荷物を引き渡して身軽になったさくらはバンビのように飛び跳ねて歩く。
五体満足なさくらをらやましいと思ったがさくらは笑顔でこっちこっち
と手招きする。

再び汽車を乗り換えるようだった。
駅の中は相変わらず人が溢れ、コンクリートの地面が連なっている。
途中にガラス張りの煌びやかな店が立ち並び、ここは異国なのだと
思い知らされる。

佳林は松葉杖で必死にさくらを追いかけた。
92 :名無飼育さん :2015/05/31(日) 21:34
やってきた汽車は南の国とは全くかけ離れたものだった。
電気で走るという電車というものは煙を全くはかない。
電磁機械のようなスーという音だけを鳴らして静かに走っていく。

線路を走る車輪の音だけが変わらずに響いてくる。
さくらは窓際の席に佳林を座らせてくれた。
窓から眺める北の国は建物はコンクリート製のものばかりで
茅葺きや藁の家屋は一つもなかった。

駅の中だけでなく、道も全て硬いセメントのようなもので
固められ、馬も牛も歩いていない。

でも佳林は嫌な感じはしなかった。
北の国は全て人工的で恐ろしくて嫌な国だと聞かされていた。
93 :名無飼育さん :2015/05/31(日) 21:35
確かにここは人の手で作り出しものが多い。
歩道にかけられた雨よけの巨大な傘や、車が入りやすいように
半円状に意匠された駅前の通りは真っ白で土の地面は見当たらない。

でもそれはとても機能的に美しく作られている。
人が作り出したものが全て冷たく感じるかというとそうでもない。

その造形美からむしろ人間による無限の可能性が秘められている
ようで新しい世界に佳林は胸が高鳴った。
94 :名無飼育さん :2015/05/31(日) 21:40
佳林とさくらは三駅ほど進んだ大きな森のある駅でおりた。
外は緑の多い土地らしく軽やかな風が佳林の頬の上を通り過ぎた。
駅の正面には天を突くほど大きな杉の木が左右に対をなして
立っている。

真ん中にこれがまた見上げるほどの巨大な真っ赤な鳥居があった。

「ここが病院の入口。もう少し歩かなきゃいけないけど大丈夫?」

さくらが心配そうに言う。

巨大な鳥居に砂利道が続く。
ここは病院というより何か大きな祭事施設にも見える。
それもきっと北の国の文化なのだろう。

「平気だよ。体力には自信あるんだ。
さくらにも負けてないと思うけどね」

上空からは真っ赤に染まった無数の葉っぱが落ちてきていた。
こんなに落ちてきたらあっという間に落ち葉であたりは
埋め尽くされてしまいそうだ。

しかし地面は敷き詰められたようにまっさらな白石で出来ている。
それが松葉杖を押すことにずっと心地よい感覚を伝えてくる。
95 :名無飼育さん :2015/05/31(日) 21:41
「北の国って不思議なところだね」

佳林はさつぶやくように言う。

「北の国は確かに文明が進んでる。
でももっと古い、太古の国にみたいなところもある」

「うーん。あたしはすごく便利だなって思うことが多いし
だから進んでるのかなって思ってた。
でも佳林ちゃんの言ってることも何となくわかる気がするよ」

さくらは取り繕うようにそう言った。
その言い方がまだ北の国のことをよく知らない佳林を気にして
言ってくれたことがありありと分かる。

佳林はそんなさくらの態度に苦笑してしまう。
こういうものすごく佳林に気を遣う態度は
佳林が花魁をやっていたときと何も変わらない。
96 :名無飼育さん :2015/05/31(日) 21:42
病院というところは真っ白でヨーロッパのお城のように
きれいな建物だった。
療養所で働く人はみんな真っ白な服を着ている。
それは貴族時代に欧州から帰国した父の知り合いから聞かされたことがある。

佳林をソファに座らせるとさくらは「総合受付」と書かれた
台座に座っている人に佳林を指差しながら何か説明していた。

「整形外科で見てもらうことになった。場所は二階なんだって」

さくらは戻ってくるとそう告げた。

「すごいなあ。さくらは北の国で何でもできて。私なんて右も左も分からないよ」

佳林は感心して言う。

「あたしは、しばらくこっちで生活してたから。なれたら誰でも出来るよ」

さくらは飄々と言う。
97 :名無飼育さん :2015/05/31(日) 21:43
病院というところは床も壁も淡い色で綺麗に掃除されていて、
清潔な感じがした。
ただその無機質な感じが不気味に恐ろしくもある。
佳林とさくらの二人は二階へ階段を上がっていく。
佳林は何か機械を使って無理やり骨をつなぎ合わせるとか
怖い治療があるのか気が気じゃなかった。
でも、写真をとるといって白黒の写真を撮っただけで
拍子抜けするぐらい簡単に終わってしまった。
骨に異常はなく軽い打撲があるだけですぐに歩けるようになる
ということだった。
先生は念のため痛み止めを出すと言っただけだった。

「良かった。佳林ちゃんの足、大したことなくて」

さくらが目尻に手をやって喜んでいるのを見て佳林は慌てた。

「別に私のことなんて最初から気にしなくていいんだよ。
さくらだって目の前で人が危険な目にあおうとしたら急いで助けるでしょ」

「あたしはそんなにいい人間じゃない」

さくらは知ってるでしょと言わんばかりに佳林を見た。
98 :名無飼育さん :2015/05/31(日) 21:45
「確かに。表向きはね。でも本当の小田さくらはそうじゃない」

佳林がそう言うとさくらはふっと表情をかえた。

「でしょ」

佳林はそう言って笑う。

さくらは戸惑ったようなしかめっ面をした。
佳林は自分も人にそんなことを言えたぎりじゃない。
でもさくらの前では純情な天使でいようと思った。

帰る前に最後の手続きがあるということで佳林とさくらは
受付の目の前で待った。
ソファは何十人座れるぐらいたくさんあるのに
あたりに人はまばらだった。

「宮本佳林さん」

呼ばれて松葉杖を立てて佳林は立ち上がろうとする。

「座ってていいよ。あたしが代わりに行ってくる」

さくらが佳林を制止して言った。
99 :名無飼育さん :2015/05/31(日) 21:46
「ありがと」

佳林は座ったまま小走りに走っていくさくらの後ろ姿を眺めた。
肩からくるぶしまである淡い黄色いスカートに真っ白で
ふんわりとした白いシャツを中に着ている。
可愛い服を着るなあと佳林は今更のように思う。

「・・・エンです」

近い距離だったせいか受付の女の人の声が佳林のところまで
聞こえた。

さくらが財布を取り出したのを見て佳林は病院はお金がかかることに気づいた。
それでもさくらはにこやかに笑っている。

「足が痛いの?可哀想に」

受付で言われてさくらは首を振った。
100 :名無飼育さん :2015/05/31(日) 21:47
「あたしじゃなくてあの子の」と言って佳林を指差した。
受付の人は包帯の巻かれた佳林の足を見て納得したようにうなずいた。

その様子を見て佳林は、自分もさくらも多くの北の国の人間と
同じように扱われていると安心した。
同時にどこの国の人間でも人間に対する感情は
みんな同じなんだと感じる。

佳林が今感じている劣等感は自分が異国の人間であることと
無理やり連れ去られてきた惨めな存在であるということだ。
でも北の国という新しい世界に憧れてやってきた冒険者だと思えば
だいぶ感じ方も変わってくる。

病院の外を出ると鬱蒼とした森を背景に白砂の上に枯葉の山が
何個もできていた。
どうやって集めたのだろうと思うくらいに枯葉の山が
人の大きさぐらいになっている。

夕日を背景にしてそれは美術品のように美しく輝いて見えた。
佳林はおもむろにその小山に近づいていく。
101 :名無飼育さん :2015/05/31(日) 21:48
さくらは最初、あっけにとられて見ていただけだったが、
佳林があまりにも勢いよく向かっていくので驚いて声をかけた。

「佳林ちゃん?」

佳林は構わずにさくらのほうを一瞬振り返ってにっと笑うと
椅子に腰掛けるように枯葉の山に身をあずけた。
ざっと音がして佳林の体が柔らかく受け止められた。

「何してるの?」

「気持ちいいよ。さくらもやったら」

「怒られないかな」

「大丈夫だよ。崩れてないしね」

さくらは佳林の勢いに押されておずおずと隣の山に近づくと
そっと座った。

「空、とっても青い」

思わず呟いてしまうほど真っ青な空が広がっていた。

「きれい」

さくらも隣でそう言った。
102 :名無飼育さん :2015/05/31(日) 21:50
「ね、さくら」

佳林は吸い込まれそうな空を眺めたまま言った。

「私、次の人生はこの北の国にかけてみようと思うんだ。
どうせ帰れないから仕方なくとかじゃないよ」

さくらは佳林が話すのを黙って聞いていた。

「私、北の国のこともっと知りたい。
それでさくらのことももっと知りたいって思ってる」

佳林が隣のさくらを見た。

「あたしのこと?」

さくらは弾かれたような表情をしていた。

「さくらとはずっと一緒にいるけど、まだ私はさくらのこと
全然知らない。でもこの国には本当のさくらがいるんだと思ってる」
103 :名無飼育さん :2015/05/31(日) 21:51
「本当のあたし?」

「だってさくらは北の国で学んでいろんなことを身につけたんでしょ。
この国にさくらの起源が隠されてるだよね」

「あたしの起源?そんな大げさなものは何もないよ」

さくらはそう言って笑い始めた。
でもその笑顔は意地悪を言う時の笑顔とは全然違った。
まるで天使のような優しい微笑みだ。
佳林は自分が強引に奪われたのではなく、「小田さくら」という
存在を与えられたのかもしれないと思う。

貴族のときに佳林がまるで人形が欲しいとでも思うように
さくらが欲しいと思った。
そんな幼い願いを強引に神様が叶えてしまったみたいだ。
104 :名無飼育さん :2015/05/31(日) 21:52
駅へと戻る道すがら佳林はさくらと歩いた。
佳林はゆっくりと松葉杖を前に進める。
さくらが佳林に合わせるように歩調を緩めた。
傷口が治るまでの間、松葉杖はしばらく使うように言われていた。

「良かった。佳林ちゃんが案外素直で」

さくらはほっとしたように言う。

「そんな痛いこともされなかったし。暴れたりはしないよ」

佳林は病院でのことを言った。

「違うよ」

さくらは首を横にふる。

「南の国を出るとき、あたしのものになるぐらいなら死んだほうが
ましだって言うんじゃないかって思ってた。
だって佳林ちゃんプライド高いから」

「元貴族だけにね」

佳林は余裕たっぷりに言い返す。
105 :名無飼育さん :2015/05/31(日) 21:53
「だってどんな立場でも生きていかなきゃさくらに仕返しも出来ないし。
やられっぱなしになっちゃうでしょ。それはやっぱり悔しいしね」

「なるほど」

さくらは合点が言ったとばかりにこぶしをぽんと打った。

空は先程と変わらず澄み切っている。
太陽は少し角度を下げてその分、空気の透明度が上がったみたいで
遠くの山々までよく見えた。

佳林は駅の近くから真っ黒な物体が空を移動しているのを見つけた。
よく見るとそれはロープで吊るされていて線上に一個だけではなく、
距離を置いて何個もの物体が遠くの山々に向かっているように見える。
106 :名無飼育さん :2015/05/31(日) 21:54
「何?あれ」

佳林は驚いてさくらに尋ねた。

「あれは樹氷の森に向かうゴンドラだよ」

細い線にそって黒い鉄の塊のような乗り物が空を動いている。
しかも煙を吐いてない。まるで空飛ぶ汽車のようだ。

「あのゴンドラに乗ってね。窓から樹氷が見えるんだ」

さくらは自慢げに語った。
それは南の国でさくらが言ってたのと同じ生き生きとした
表情だった。

「あれに乗ってみたい」

佳林はつぶやくように言った。

「いいよ。今度、一緒に乗ろうよ」

「今からじゃダメ?」

佳林はさくらに伺うように言う。
107 :名無飼育さん :2015/05/31(日) 21:56
「今から?だって佳林ちゃん足」

さくらは驚いて怪我をした佳林の左足を見つめる。

佳林の足は大した怪我ではないことは分かったものの
まだ包帯と松葉杖が必需品だ。
それに今日の移動だけでかなりの距離で怪我をしていない
もう片方の足だって酷使しているはずだった。

「大丈夫。まだそんなに疲れてないし。痛みもほとんどないの。
さくらと二人きりで樹氷見てみたいなあ」

佳林は駄々っ子のようにさくらの腕をつかんで
ゆっくりと振り回す。

「本当にいいの?」

今度はさくらの方が目を丸くして言った。

「さくら、南の国で言ってたでしょ。
二人で楽しい思い出たくさん作ろうって」

佳林はせかすようにさくらの腕を動かす。
108 :名無飼育さん :2015/05/31(日) 21:56
「じゃあ行こう」

さくらは佳林の手を握った。

「やったあ」

佳林は握っている手をぶんぶんと振り回して喜んだ。

「佳林ちゃんて意外と無邪気なところあるんだね」

さくらが喜ぶ佳林を不思議そうに見つめて言う。

「変かな?」

「全然変じゃないよ。ただあたしと一緒にいて
楽しいって思ってくれるならあたしはそれでいいから」

さくらは急に声の調子を落として言う。

「さくらはさ」

佳林はさくらを見つめて言う。
109 :名無飼育さん :2015/05/31(日) 21:57
「もっと自分に自信もったほうがいいよ。
さくらは誰からも好かれるぐらい綺麗だし可愛いよ」

佳林はしたり顔でそう言っておいて松葉杖でさくらを追い抜く。

「佳林ちゃん、自分が囚われの身だってこと分かってんの?」

後ろからさくらの声が聞こえる。

「分かってるよ」

「自分が本当に絶望のどん底にいるってこと分かってる?」

念を押すようにさくらは言うので佳林は苦笑する。

「分かってるって。でもさくらは私が絶望して口も聞かないほうがいいの?」

佳林は追いついてきたさくらの顔を見て言った。

「それは嫌だ」

さくらはすがるような目で佳林を見た。

「だったら」

「一緒に乗ろう。ゴンドラに」

佳林はそう言ってにっこりと笑った。
110 :名無飼育さん :2015/05/31(日) 21:59
「分かった。佳林ちゃんの足が大丈夫なんだったら」

さくらは言った。
何だか脅しと心配と言ってることがちぐはぐだなと
佳林は感じるがそれがさくらのいいところだと思ってしまえば
さほど気にならない。

さくらと一緒にいると何だかふわふわしたような不思議な感触に陥る。

この世界は佳林が今まで見てきた世界はとはかけ離れている。
煙を吐かない列車。
真っ白で巨大な病院という建物、
ロープに吊るされたゴンドラという乗り物。

横目にさくらのことを見つめると少しあどけなさが残った
美少女は当たり前のように佳林の隣にいた。
111 :名無飼育さん :2015/05/31(日) 22:00
一体さくらは何者なのだろう。

例えば冒険小説で必ず登場する主人公に付き添ってくれる
頼もしい伴侶。

過去のことを全て忘れて二人で旅をしていると思えば
そう思えないことはない。
まるでおとぎ話の世界に迷い込んで出会った架空の親友のように
さくらはそこに存在している。

でも佳林がさくらに対してしたことの罪は消えない。
それはさくらにしても同じことだ。

佳林が過去を消したいと思っている以上に
さくらもそう感じているのかもしれなかった。
112 :名無飼育さん :2015/05/31(日) 22:00

今回の更新を終わります。
113 :名無飼育さん :2015/05/31(日) 22:03

>>89
レスありがとうございます。続けてるうちに随分と長くなってしまった
のですが、最初から読んでいただけるなんて感激です。
朋子さんはそうですね。必ず登場するのですがそれはまたもう少し
後になります。。

>>90
ありがとうございます。
世界観。自分の都合で作り上げてしまっているようなところも
多々あるのですが出来るだけ違和感ないように頑張ります!
114 :名無飼育さん :2015/06/02(火) 22:01
北の国に着いた途端、なんだか別の話の様な雰囲気!
しかも佳林ちゃんが楽しそう!w
115 :名無飼育さん :2015/06/07(日) 20:31
ゴンドラは二人で乗るには大きすぎるくらいの乗り物だった。
木製の板目に金属が補強してあって大きな窓がついている。

「すごいすごい」

佳林は窓からずっと景色を眺めた。
空飛ぶ乗り物なんて佳林には初めてだった。

「佳林ちゃんは高いところ怖くないの?」

「怖いけどこんなの見たことないから」

佳林は眼下に広がる紅葉の山々を見た。
赤に橙に茶に黄色、北の国の木々はあらゆる色がくっきりとした
輪郭をもっていてまるで山全体が絵画のようだ。
116 :名無飼育さん :2015/06/07(日) 20:33
「この山を超えると向こうは冬の山になるの」

さくらは言った。

「あたし達がこれから住む町が見えるよ」

さくらは右手の方角を指差した。
その方向にはまだ木々が青々としていて濃い緑が覆っている。
端に切り立った崖のようなところにさっき見た病院のような
白い建物が点在していた。

「風の流れがあってね。山の一つ向こうに行くだけで季節が違う。あそこは海から熱い風がなだれこんできて夏の町って呼ばれてる」

自分はそこに住むことになるのだ。
人ごとみたいに聞いていた佳林もいざ自分が住むことになる
場所を厳粛に見つめた。
117 :名無飼育さん :2015/06/07(日) 20:35
元貴族が堕とされて遊女屋から人手に渡ってたどり着いた終焉の町。
それにしては鬱蒼と茂る森の間に物語に出てきそうな
まっさらな白壁の町が広がっていた。

佳林は新しい生活に否応なく期待してしまう。
落とされて住むにはあまりにも神秘的で美しい情景だった。

あそこで自分は住み込みの女中みたいにして過ごすのだろうか。
さくらの家を掃除して洗濯して身の回りの世話をして、
考えてみるとそういう雑用を全部やっているのが
目の前にいるさくらだった。

そもそも汽車の中でもさくらが怪我をしている佳林の面倒を
全部見てくれている。
片付けが苦手な佳林の物を整頓してくれるのはいつもさくらだ。
さくらの世話どころか皮肉にもさくらがいなかったここで
生活をしていくことなんてとても不可能なことに今更ながら気付く。
118 :名無飼育さん :2015/06/07(日) 20:37
「あそこにモーニング女学院ていう学校があって、
佳林ちゃんとあたしはそこに通うんだ」

「え?私も?」

佳林が驚いてさくらに尋ねる。

「あたしが鞘師さんに学校からやり直せって言われたの忘れたの?」

さくらは真顔で言う。
勿論覚えている。
きっと佳林がさくらに監禁されて里保に助けられたときのことを
言っているのだろう。

「覚えてるけど。あたしも学校に通っていいの?」

「勿論。あたしは佳林ちゃんがクラスメイトだったらなってずっと思ってきたから」

「クラスメイト?」

耳慣れない単語に佳林は聞き返す。

「同じ教室で同じ授業を受ける仲間のこと」

「仲間?私とさくらが?」

さくらと女学校で出会う。
佳林もそんなことを想像したことはあった。
でもそれは架空の世界でまさかそんなことが実現するなんて
思いもよらなかった。
119 :名無飼育さん :2015/06/07(日) 20:39
「そうだよ他にもあたしが南に戻る前につきあってた友達が
何人かいるから学校に行ったらまた紹介するよ」

さくらの話を聞いていると初めてのことばかりで驚くことの連続だ。

「きっと佳林ちゃんにもたくさん友達が出来ると思うよ」

さくらが何も心配いらないとでも言うように笑った。
さくらの笑顔には何の不純物もない天使のようだ。
佳林を地獄にたたき落とし最大限の屈辱を与えてきた
小田さくらとは同一人物だとはとても思えない。

佳林はそれがさくらの二面性だとずっと思ってきた。
でもさくらに佳林を心の底から傷つけるような言葉を
吐かれたことは一度もない。

無理やり監禁されたことはあったけど、
さくらから故意にひどい暴力を受けたこともない。
さくらが一貫して言ってきたことは佳林がどんなに遠くまで
逃げても一生つきまとってやるという脅しだ。

そしてその言葉通りさくらは今この瞬間にも佳林のすぐ傍にいる。
120 :名無飼育さん :2015/06/07(日) 20:42
「さくらがしたかったことはこういうことなの?」

佳林はつぶやくように言った。

「私を徹底的に追い詰めるんじゃなかったの?」

「もし、佳林ちゃんがあたしから逃げようとしたら
そうしようと思ってたけど。
もうこの国から出て行くことなんて出来ないし」

さくらが考えながらそう言った。

「私への憐れみ?」

「違うよ。でも高いお金払ったんだからあたしがしたいこともしていいでしょ?」

確かにそれぐらい当たり前な気がする。
そもそもさくらが佳林を買い取った以上佳林には
何も口を挟む権利はなかった。
121 :名無飼育さん :2015/06/07(日) 20:44
あたりはすっかり暗くなった。
はたはたと舞い降りる白いものは確かに雪だ。
そのうちゴンドラから外の風景はライトに照らされた
雪が反射し始めた。

どうやら場所によって季節が変わるというのは本当みたいだ。

不意に室内にも冷気が入ってきたようでぶるっと体が動いた。

「寒いでしょ。あたし、カーディガン持ってきてるから」

さくらは鞄から黄色い毛糸の羽織を出してきて佳林にかぶせる。

「ありがと。でもさくらは?」

「あたしは元々着込んでるから大丈夫」

さくらの白いシャツは可愛いと思ったがとても着込んで
あるようには見えない。
佳林に着せておいて自分はゴンドラからの景色をじっと眺めている。
122 :名無飼育さん :2015/06/07(日) 20:49
悪魔と天使が内在する不思議な子だとさくらのことを思う。
でも人間はみんなそうなのかもしれない。
たださくらはその二面性が全面に出てきているだけなのだ。

「佳林ちゃん、見て」

ゴンドラが地表近くに降りてきて巨大な雪の塔が突然姿を現した。
いびつな形がまるで生き物を連想させる。

「これが樹氷」

佳林は思わずつぶやいた。

煌々と光るライトに照らされて雪の降る方向に
その白い怪物は歩きだそうとしていた。

さくらが恐竜だと言っていたのは今になってよく分かる。
二人で樹氷を眺めているときさくらの体が少し震えた気がした。
佳林は後ろからさくらの両手をそっとつかむと覆いかぶさった。
123 :名無飼育さん :2015/06/07(日) 20:51
「何?」

びくっと驚いたさくらが佳林を見る。

「こうすればあったかいでしょ」

佳林はそう言って笑った。

「びっくりした。まさか佳林ちゃんがこんなことしてくれるなんて」

振り返れば唇が重なるぐらい二人の距離は近い。
佳林に抱きつかれたままさくらは抵抗しなかった。
西洋の香水を使っているのかさくらから仄かに甘い
芳しい匂いがした。

さくらの体は小さくて佳林でも簡単に包み込めてしまう。
自分と同じくらい華奢なこの体の中にどんなものが
詰まっているのだろう。
124 :名無飼育さん :2015/06/07(日) 20:52
貴族の頂点にいた佳林を追い落としてついには自分の物に
してしまうぐらいの強い力がきっとこの子の体の中に漲っている。

さくらの傍にいるならそれを探り当てるぐらいの気概がなければ
逆に食われてしまう。

底知れぬ力を持つ小田さくらはそれほどの覚悟は必要な存在だった。
125 :名無飼育さん :2015/06/07(日) 20:54
ひとしきり樹氷を楽しんだ後、ゴンドラは終着駅にたどり着いた。
そこは「冬の森」と呼ばれる年中雪に閉ざされた場所のようだ。
駅は切り立った巨大な崖の上にあって、何十個ものゴンドラが
たどり着いては各々の方向に向かって再び出発していく。

「ここからゴンドラに乗り換えてモーニング女学院のある夏の駅まで行くよ。
そこまで行けば暖いから少しの間だけ我慢して」

さくらは寒そうに体を縮こめる佳林に向かって言った。
確かに雪に閉ざされているのはこのあたりだけで
少し目を下方に向けると緑の山々がかすかに見える。
思った以上に北の国は不思議な場所だ。

「このゴンドラは春と夏と秋と冬を繋いでるの。
さっき病院があったのが秋の駅。春の駅っていうところもあって、
そこは一年中植物が花を咲かせてるの。
ハイキングに行く人が多いところだよ」

二人は再びゴンドラに乗り込む。
さっき乗ったせいで佳林も大体の要領はつかめた。
126 :名無飼育さん :2015/06/07(日) 20:55
「つまりこのゴンドラは季節を繋いでるってこと?」

さくらはにっこりと笑ってうなずいた。

季節が同時に存在するというなら過去も未来も現在も
いくつもの時間も同時に存在しているような気分になる。

さくらは本当に佳林から逃れてここに来て佳林に復讐するために
再びここから南の国へ渡ったのだろうか。
そして佳林を連れ去って再び北の国に帰ってきた。

その順番は本当に正しいのだろうか。

ここにいると時間の感覚が分からなくなってくる。
本当は今の自分は南の国に貴族として生まれる
以前の自分ではないかと錯覚し始める。
127 :名無飼育さん :2015/06/07(日) 20:56
「後は学校の寮に帰るだけだね」

「夏の駅」行きのゴンドラに乗れば学校と寮のある駅まで行くことが
できるみたいだ。

南の国からの長い旅も一応終着駅にたどり着くことになる。
時間も場所も曖昧になってこの旅は佳林にとっては不思議な体験だった。

さくらがいなかったら自分がどこからやってきて
どこへ向かおうとしているのか分からなくなっていたかもしれない。

唯一隣にいるさくらだけが佳林が南の国から旅してきたことを
保証してくれる存在のように思えた。
128 :名無飼育さん :2015/06/07(日) 20:56

今回の更新を終わります。
129 :名無飼育さん :2015/06/07(日) 20:59

>>114
レスありがとうございます!北の国ではドロドロした展開から
は少し変えてます。といっても北は北でまたややこしい恋の展開も
出来たらと目論んでおります。
130 :名無飼育さん :2015/06/12(金) 19:56
季節が平行にある国!行ってみたいw
ややこしい恋の展開もお待ちしてます!
131 :名無飼育さん :2015/07/02(木) 19:58
「これで終わっちゃうんだ」
残念なような名残惜しい気持ちにもなる。

最初はさくらに騙されて、半ば強引に連れ去られるように始まった旅でもあった。
でもさくらとはまるで空気のように傍にいても違和感を感じない。
朋子と一緒にいると胸が苦しくなるのと比べると全く対照的だ。

「これで佳林ちゃんは本当に悪魔の手に落ちた」

さくらが佳林の手をそっと握った。
急激にさくらの表情は艶かしい色気に満ちていく。
何でこの子は見るたびに顔が変わるのだろう。
132 :名無飼育さん :2015/07/02(木) 20:00
何気ない会話をしているときは気にもならないのに
ふとした瞬間にさくらの顔の美しさに胸がどきっとする。

佳林はさくらにこの胸の高鳴りは気づかれたくなかった。

「悪魔?怖いこと言わないでよ」

佳林は軽くさくらの額をこずいた。

「さくらは悪魔なんかじゃない」

「そのうち分かるよ。あたしが悪魔だっていう本当の意味が」

さくらがはにかむように笑った。
その仕草だけ見ていると悪魔というより人を誘惑する
小悪魔にしか見えない。
133 :名無飼育さん :2015/07/02(木) 20:01
「じゃあ楽しみにしてるね。さくらの本性が分かるの」

半分冗談で半分本気だった。

「佳林ちゃんて何でそんななの?」

「そんなって?」

「あたしのこと憎んでるんじゃないの?」

突然さくらから出てきた言葉にはっとなる。
憎しみも恨みも持たれることはあっても
佳林は自分が持つことはないと思っていた。

「何で?」

「何でって・・・。あたしさえいなければモーニング娘。にもなれていた。
散々いやがらせもしてきたし。それに」

「それに?」

「金澤さんとのことだってあたしが二人を切り裂いたみたいなもんでしょ?」
134 :名無飼育さん :2015/07/02(木) 20:02
さくらから朋子という名前が出てきて初めて佳林は
さくらに言いようのない苛立ちを覚えた。

「言わないで」

ふつふつと湧き上がる感情を押さえ込むように佳林は言った。

「え?」

さくらの表情が変わった。

「とものことは言わないで」

佳林の強い口調にさくらの表情は青ざめた。

「分かった。ごめん」

さくらが落ち込んだ顔で素直に謝った。

こういうさくらを見ると逆に自分の方が悪かったかなと佳林は思う。
いろんな意味でさくらは小悪魔だ。
135 :名無飼育さん :2015/07/02(木) 20:04
ゴンドラを降りるとすっかり陽は暮れてあたりは真っ暗だった。
「夏の駅」だけあって確かに先程とうって変わって寒くはない。
周囲の木々が発するのか湿ったような生暖かい空気だ。
ただし夜のひんやりとした風に混じってそれほど不快な感じはしない。

地面が全面コンクリートのせいかちょうど良い気がした。

さくらによるとここは学校関係の人しか住んでないらしい。
通りの木は人工的に一直線に植えられている。
一本一本が幹がぶ太く見上げると遥かに背が高い。
その木々の間に無数の光が見えていて、
あれがモーニング女学院の建物と寮だとさくらは言った。
136 :名無飼育さん :2015/07/02(木) 20:06
「寮はすっごく大きくて何百人も生徒が住んでる」

学校の寮というのは狭くて小さなところだと佳林は想像していたが全く違った。
白いコンクリート製の巨大な施設で病院と同じぐらいの大きさがあった。
無数の窓があってそこの一つ一つに人が住んでいるのだ。

「さくらの部屋もあるの?」

「勿論あるよ。これから佳林ちゃんと二人で生活するんだから」

さくらはそう言って先を進んでいく。
さくらが、小さな板のようなものを穴に差し込むと
自動的にドアが開いた。

中は近代的な西洋建築で南の国とはずいぶん違うと思った。
137 :名無飼育さん :2015/07/02(木) 20:07
「さくら、本気なの?」

佳林はさくらに向かって問いかける。

「何が?」

「本気で私と暮らすの?」

「そうだよ。今更逃げるつもり?その足で?」

「そうじゃないけど。私、何も出来ないよ。
そのさくらの身の回りのお世話とか」

佳林がそう言うとさくらは頬を緩めて笑った。

「だから言ったじゃん。佳林ちゃんは何もしなくていいって。
掃除とか食事の用意とかあたしがするから」

さくらは自信満々に言う。
138 :名無飼育さん :2015/07/02(木) 20:09
「大丈夫。ちゃんとやっていけるし、もう意地悪したりはしないから。
佳林ちゃんさえ逃げようとしなければね」

さくらは軽く首をかしげて手をやった。
典型的なアイドルスマイルだと思った。
きっとさくらには敵わない。
逃げ出すことなんて出来ないと佳林は思った。
勝手のわからない北の国で住むところも乗り物も
佳林には馴染みのないものばかりだ。

「良かった。エレベーター直ってる」

さくらが急に前に駆け出して言った。

「何?」

「これに乗ったら上の階まで簡単に行けるの。
私が帰るとき故障してたから佳林ちゃんをおぶっていかないといけないと思ってた」

さくらが明るい声を出した。
139 :名無飼育さん :2015/07/02(木) 20:10
佳林はよく分からなかったがさくらに従って観音開きのドアの前に立った。
さくらは北の国にいるほうが心なしか生き生きしてる感じがする。

そういえば南の国にいたときも北の国の話をするさくらは楽しそうだった。
あのときからずいぶんと二人を取り巻く環境も立場も変わった。
そして佳林とさくらは最初に出会ったときから熾烈な攻防を繰り返してきたはずだが
今もこうやって普通に話せることだけは何も変わらない。

もはやそのことが奇跡のように思えた。

エレベーターは不思議な機械だった。
箱の中にしばらく入っているだけでドアの外が全く別の場所に変わってしまう。

まるで魔法の箱のようだ。
さくらはこの箱が上に動いてると言ったが佳林には動いてる感じがしなかった。

手品師が何もなかった手のひらから突然ハトを飛ばすみたいに
箱の外を変えてしまう。
北の国はゴンドラといいエレベーターといい佳林の想像を超えるものばかりだ。
140 :名無飼育さん :2015/07/02(木) 20:12
さくらの部屋は七階にあった。

「さあ、ここだよ」

さくらがそう言って佳林の体を抱えて松葉杖を持ってくれた。
部屋は想像していたよりずっと広かった。
可愛らしい猫の写真や飾りが壁に貼り付けてあったり
それなりに女の子らしいものだった。

でも食事のテーブルや台所は特に飾り立てている様子もなく
質素で、どちらかというと地味な感じがした。

さくらはこれまでしてきた大胆さや行動力とは裏腹に
堅実な一面もあるのかもしれない。
佳林は知りたいと思っていたさくらの性質にほんの少し触れた感じがした。
141 :名無飼育さん :2015/07/02(木) 20:13
部屋の奥に進んでいくと丸型の大きなベッドが置いてあって
そこの壁にそこに古びたような白黒写真が貼られている。
写真も大きくてほぼ等身大くらいの少女の姿がそこにあった。
懐かしさと恥ずかしさが一気に佳林の中にこみ上げた。
何故ならそれは貴族時代の佳林の写真だった。

写真自体は珍しいものではなく雑誌の撮影のために着物を着て
撮ったものだったので何かの付録についていたのだろう。

「佳林ちゃんの写真、貼ったままでもいい?」

さくらは何でもないことのようにそう言う。

「そりゃあいいけど」

元々ここはさくらの部屋だし自分の写真とはいえさくらの所有物だ。
さくらが自分の部屋をどうしようと佳林に口出しする権利があるとは思えない。
142 :名無飼育さん :2015/07/02(木) 20:14
「初めて北の国に来たときにね。南の国から佳林ちゃんの写真、
一緒に持ってきたんだ。じゃないと向こうにいたときのことを忘れて戻れなくなりそうで」

さくらがそう言った。
確かにここは文化も生活習慣もまるで違いそうだ。
写真はほんの数年前のものだったが見方によっては
100年も200年も前のものに思える。

それぐらい南と北は隔絶されている。

「あたしはね。どうしようもなく絶望的な状態になったら
絶対不可能でそんなの絶対実現しない目標を立てるの。
そしてそれが絶対に叶うと思って信じきって毎日をすごすの」

さくらがまっすぐに佳林を見た。
その目力に佳林は圧倒されそうになる。
143 :名無飼育さん :2015/07/02(木) 20:16
「佳林ちゃんの家で慰み者になるなんて絶対嫌だった。
それより佳林ちゃんをどんな手段をつかってでも自分の物にしたいと思った。
身分の低いあたしがとってもえらい貴族の佳林ちゃんを
好きにしたいって思った。
どう?あたしのこと怖い女だと思うでしょ」

さくらはまるで罪の告白をするように緊張した顔をしていたが、
佳林はそれを平然と眺めていた。

「別に。さくらはさくらだから」

二人はそのまま見つめあった。佳林の心は少しも動じない。

さくらの執念が凄まじいものだというのはそんなことはすでに分っている。
そうでないなら佳林がここに連れて来られることはなかっただろう。
144 :名無飼育さん :2015/07/02(木) 20:17
「あ、ごめん。座ってて。今お茶いれるから」

佳林が松葉杖のままつっ立っていたせいか、
さくらはいつもの表情に戻って佳林に椅子に座るように促した。

佳林は改めて周囲を見渡した。
さくらの立っている周囲には見たこともない箱のような機械が
並べられ調理器具きちんと整理されて棚に置かれている。

余計なものがあまりないように思えたが、
テーブルには赤と白の模様が交互に入ったクロスが敷かれて
それがアクセントとなって部屋全体と調和していた。

一人暮らしであることを考えるとさくらの趣味は悪くはないけど
結構地味だなと思いながら何となくこの部屋にはひっかかるものを感じる。
145 :名無飼育さん :2015/07/02(木) 20:19
「疲れたでしょ?明日はゆっくり休めるから」

さくらは対面になっている台所から言った。

この椅子に座ってさくらと会話してここで食事して、
それが日常というものになるのだろうか。
他愛もない日常のことのようにも思えたが、南の国とは
かけ離れた生活に佳林は自分が壮大な冒険をしているようにも思えた。

冷静になってくるといろんなものが見え出してくる。
さっきの部屋の中の違和感の正体がおぼろげながら見えてくる。

「はい。お茶。ジャスミンティーだけど飲める?」

さくらが陶器のようなコップを佳林の前に差し出した。

「うん。ありがと」

そう言いながらまだ佳林はさくらの部屋をじっと眺める。
146 :名無飼育さん :2015/07/02(木) 20:20
「さくらはここでずっと一人で暮らしてきたの?」

「そうだよ」

「最初からずっと?」

「そうだけど何で?」

「それは嘘だね」

「何で?あたしのこと疑ってるの?」

さくらは心外だと言うように佳林を見た。

「うん。私の推理によるとね」

佳林は意味ありげに笑った。

「だっておかしいじゃん。このカップも食器も二人分ずつある。
それにセットじゃなくて後から買い足したみたいに柄も違う。
ベッドは一人で寝るにはどう考えても大きすぎる」

佳林は自分の推理を披露した。
147 :名無飼育さん :2015/07/02(木) 20:21
「さっさと白状しちゃえば。私の前には誰と住んでたの?」

佳林は勝ち誇ったようにそう言った。

さくらは考え込むように佳林を見つめていたがそのうち口を開いた。

「食器もベッドも南の国に戻る直前に買ったんだ」

「何で?」

「佳林ちゃんが」

さくらの大きな目がこちらを見ていた。

「佳林ちゃんが来ると思ってたから」

さくらが弾かれたように佳林を見つめた。
148 :名無飼育さん :2015/07/02(木) 20:22
さくらの言葉で飾ってあった佳林の写真と大きなベッドと
食器類の違和感が全て腑に落ちた。
さくらはずっと佳林を追いかけてきた。
さくらはどこまでもさくらなのだ。
これまでに隠された何かがあったわけじゃない。

幽霊だと思っていたさくらは復讐を始めるといって
突然巫女のような姿で現れた。
あのときからすでにさくらは佳林をどうやって連れてくるか
考えていたのだ。

「どう。今度はあたしのこと本気で怖くなったでしょ。今更遅いけどね」

さくらはいつもどおりに不敵に笑う。
でも佳林は今度はさくらの勢いに流されなかった。
さくらのことが一つ理解できた気がしたのだ。
149 :名無飼育さん :2015/07/02(木) 20:23
「ねえ。さくらって」

「何?」

「そんなに私のことが好きなの?」

佳林が言うとさくらがぎょっとした顔で佳林を見た。
余裕でいっぱいだったさくらに一気に動揺が走っていった。

「それは・・・」

さくらの顔がみるみるうちに赤くなっていく。
佳林も女学校でよく顔が赤くなってるって友達を
はやし立てたりしたけど本当に赤くなるのは初めて見た。

「す、好きじゃなきゃ一緒に住もうとか思わないし」

しどろもどろになってさくらは言う。
こんなに歯切れの悪いさくらは初めてだ。
150 :名無飼育さん :2015/07/02(木) 20:25
「好きだよ。佳林ちゃんのこと最初に会った時からずっと」

さくらは両手でぐーにして顔を隠しながらそう言った。
そして耐え切れなくなったのか立ち上がって部屋を出て行った。
別に怒らせたわけじゃないみたいだ。
佳林は一人取り残された部屋でそう思う。

さくらとは何気ない会話からやること為すこと全部
さくらに弄ばれて負けてばかりいた。
でも今佳林が言った一言はさくらは効果てきめんだったみたいだ。

小田さくらは本当に無敵な存在で正面切って戦っても
とても敵わない。
それに佳林を翻弄されてばかりいた。
でも佳林はさくらのたった一つの弱点を見つけた。
それは佳林自身だったのだ。
一番近くにさくらと戦う最強の武器があったなんて
人間は本当に気づかないものだなと思う。

「さくら、変なこと聞いてごめん。一緒にお茶飲もうよ」

佳林はどこかでゆでダコみたいになっているだろうさくらに
大きな声で言った。
さくらを知る旅も北の国を知る冒険も今始まったばかりだ。
151 :名無飼育さん :2015/07/02(木) 20:26

「新しき日々」  終わり
152 :名無飼育さん :2015/07/02(木) 20:30

>>130
レスありがとうございます。季節を待ってないで自由に行き来
できたらと思って北の国はこんな設定にしてみました。
次回以降はややこしい恋の話を書いているのですがとても
ややこしくなってしまい整理してますのでもうしばらく
お待ち頂けたらと思います。
スイマセンm(_ _)m
153 :名無飼育さん :2015/07/06(月) 21:09
更新おつかれさまです。

小田ちゃん強いけど、佳林ちゃんにだけは弱いのねw
更新は気長に待ってます。
というか、前回までのコンスタントな更新が凄い。
154 :名無飼育さん :2016/04/18(月) 06:52

「さくらの園」
155 :名無飼育さん :2016/04/18(月) 06:53
左足で地面を鳴らすとカンカンとリノリウムの階段が威勢良く響いた。
悪くない感触だ。
佳林はわざとスキップするように病院の階段を降りていく。
ギブスを外してもらって久しぶりに両足で歩けることの幸せを実感した。

例え物のように惨めに売りとばされて北の国へ連行されても
こうやって自分の足はまた元通りに治っていく。

何も絶望するほどのことはないんだと思わず笑みがこぼれた。
佳林は改めて強くなった自分を実感する。
156 :名無飼育さん :2016/04/18(月) 06:54
さくらは、学校に復学手続きがあるとかで、
佳林が病院が終わった頃に迎えに来てくれることになっていた。

時間を確かめようと佳林はお気に入りの時計を見る。
左腕にはめられたそれは昨日、さくらに買ってもらったばかりの
水色の腕時計だ。

さくらが来るまでまだ少し時間があった。
踊り場の窓から外を見ると公園のような景色が外に広がっていた。

濃緑の木々の間に細いあぜ道のような白い小道が見える。
所々座れるようにベンチも置いてあった。

せっかく歩けるようになったのだ。気晴らしに散策してみようと
佳林は足取り軽やかに階下へ向かった。
157 :名無飼育さん :2016/04/18(月) 06:55
外に出ると乾いたような植物の匂いがした。
強い力にまかせたような夏のつんとした感じではなく、
命の痕跡をわずかに残したような冬の冷め切った空気でもない。

全てを静かに包み込むような柔らかな空気に満ちていた。
ここは一年中秋ということだから空気も常に秋なのだろうか。

後でさくらに聞いてみようと木々に囲まれた小道を歩いた。
そのとき、機械がこすれるようなキーという甲高い音がした。
158 :名無飼育さん :2016/04/18(月) 06:56
音の鳴った方へ急いで走ると真っ黒で長い髪の少女が
自転車に乗って黒い髪を振り乱して慌てている。

あたりに本や手帳のようなものが散乱していた。
少女は自転車をつかんだまま散らばった本を拾おうとして
バランスを崩した。

少女は短く悲鳴をあげた。

危ない。

咄嗟に佳林は駆け出すとすんでのところで少女の体を支えた。

「大丈夫?」

余計なことをしたかもしれないと思いつつも佳林は少女の顔を見た。
159 :名無飼育さん :2016/04/18(月) 06:57
自分より少し幼いぐらいの年だろうか。
それでも人間離れした手足の長さに黒い大きな目が一際目立つ。
さくらの目も人を追い詰めるぐらいの力をもっているが
この子もそれに匹敵する勢いを持っている。
何も話さなかったらまるで魂を吹き込んだ人形みたいで怖いぐらいだ。

「ありがとうございます」

少女ははきはきとした口調で明るく言った。

「ごめんなさい。あなたも怪我をしているのに」

一瞬ギブスはもう外れたのに何故自分が怪我していることが分かったのだろうと思ったが
傷口に軽くテープで止めてもらっていたのを思い出した。

「私は大丈夫。大したことないしもう治っちゃったから」

佳林はそう言って笑った。
160 :名無飼育さん :2016/04/18(月) 06:58
「そっちこそ本当に大丈夫?怪我してない?」
佳林はそう言って周囲に散らばったものを拾うのを手伝った。
少女の横顔を見ると可愛く幼い子には違いないのだが
どこか人を寄せ付けないところがある。

存在感の大きさがどこかさくらに似たものを感じた。

「あなたはとっても優しい子。初めて出会ったばかりなのに」

幼い子供だと思っていたがこの子の言い方は大人びていた。
逆にこちらが小さい子のような言い方だ。
でもそれが決して嫌味な感じではない。

「あなた、どのへんに住んでるの?このへんじゃ見かけたことないけど」

少女は佳林を見つめて聞いた。
161 :名無飼育さん :2016/04/18(月) 06:59
「私は学校の寮に住んでる」

「ひょっとしてモーニング女学院の?」

佳林が頷くと少女は嬉しそうに自分もそうだと言った。

「私は寮に一人で住んでる。あなたは?」

「友達と二人で住んでる。学校は明日から通うんだ」

奴隷だなんて言いたくなくて適当にごまかして言った。

「じゃあ学校で出会うかもしれないね」

少女は自分は「浜浦彩乃」だと名乗ると手を差し出した。

「私は・・・宮本佳林」

言った瞬間、彩乃は元々大きな目をさらに大きくした。
162 :名無飼育さん :2016/04/18(月) 07:00
「あなたが南の国から連れ去られた宮本さん?」

何でこのことを少女は知っているのだろう。
もしかして南の国の貴族が売り飛ばされたことは
北の国でも噂になっているのだろうか。
せっかくこの国に溶け込もうとしたのに、
そんな噂が広まっていると考えると先行きが思いやられる。

「私のこと、知ってるの?」

佳林はうなずくと恐る恐る彩乃に尋ねた。

「知ってるよ。だって私はさくらの。小田さくらの親友だから」

さくらの親友!

佳林は突然の出会いに驚いた。
163 :名無飼育さん :2016/04/18(月) 07:01
「さくらが北の国に転校してきたときに出会ったんだ。じゃあさくらは?」

そう言って彩乃は周囲を見渡す。

「まだ来てない。迎えに来てくれることになってるんだけど」

佳林は応えた。
さくらのことになると急に彩乃は勢いづいてきた気がする。

「そう。じゃあいいわ。佳林ちゃん、明日からよろしくね。
どうせすぐにまた会うことになると思うから」

「さくら、すぐ来ると思うけど?」

「いい。ここで喧嘩しても始まらないし」

「喧嘩?」

意外な言葉に佳林は目を丸くしたが、彩乃は気にせずに立ち去っていく。
164 :名無飼育さん :2016/04/18(月) 07:03
さくらの親友か。確かにさくらは北の国で学校に通っていたのは間違いないし
そこで友達とか親友ができてもおかしくはない。

でも今までさくらの存在をどこか浮世絵離れしたところで捉えていて、
まさかここでさくらの親友が登場するなんて思いもよらなかった。

彩乃は自分にとってどんな存在になるのだろうと考える。
現在、自分はさくらの囚われの身だ。
さくらを敵として考えるならさくらの親友も自分の敵になるだろう。

だけど物事はそんなに単純じゃない気がする。
北の国に来てさくらも自分も変化した。
佳林だってもう自分の意思で自分の人生を歩んでいる。
それはとても奴隷の境地から起こるものではない。

佳林は今、小田さくらという存在をやっと対等な目で見つつある。
さくらにも興味はあったがさくらの親友の彩乃もどんな人物なのか
佳林は気になった。
165 :名無飼育さん :2016/04/18(月) 07:04
「佳林ちゃん、お待たせ」

そこにさくらが佳林を見つけて駆け寄ってきた。

「ごめん。待った?」

佳林が首をふると、さくらはギブスの外れた左足を見つめて
やっと元に戻ったねと笑った。
さくらに彩乃のことを言うべきか迷った。

どうせなら秘密にしておこうかと佳林は思う。
彩乃はきっと明日学校でさくらから紹介されるだろう。
それまでさくらからは何も情報を聞かないほうが面白いかもしれない。

「佳林ちゃん、楽しそうだね。やっぱり両足で歩けるのって違う?」

「うん。全然いいよ。生きてて楽しい」

佳林がそう言うとさくらもまた大げさなと笑って返した。
166 :名無飼育さん :2016/04/18(月) 07:05
「大げさじゃないよ。これで走ってさくらから逃げられるよ」

佳林は捕まえてみろと言わんばかりに小走りに小道を先に行く。

「ちょっと待ってよ」

さくらも後から走り出すと秋の風が凪いだ。
その隙を縫うように一枚の大きな枯葉がまっすぐ垂直に降りてきた。
それが佳林の頭にはらりとかかる。

「佳林ちゃん、頭」

さくらに言われて手に取ると手のひらぐらいある立派な葉っぱだった。
しかもトランプのスペードを写し取ったような精巧な形だ。

「これ、今日の記念にする」

「え?そんな葉っぱとっておくの?」

怪訝そうな表情にさくらに佳林は頷く。
167 :名無飼育さん :2016/04/18(月) 07:06
「歩けるようになった記念」

佳林は葉っぱをくるくる回しながら言った。

本当はそれだけじゃなく今日がいろんな意味で起点になるような気がした。
彩乃との出会い。

明日から始まる学校生活。

それは必然的にさくらと佳林だけの閉ざされた世界の終わりを暗示していた。

それが二人にとって果たして良いことなのか佳林にはまだわからない。
ただ、さくらの佳林を見つめる視線は確実に変わってきている。
以前のさくらは鋭く敏感で獲物に張り付く獰猛な肉食獣のような目で
佳林を見ていた。

でも今のさくらは佳林が傍にいるだけで満足してしまって、
かえってお人好しで鈍感すぎるぐらいだ。
168 :名無飼育さん :2016/04/18(月) 07:07
現に今、佳林が彩乃と出会ったことにも勘づく気配すらない。
それが逆に面白くないとも思うが贅沢な悩みだとも思える。
略奪者としてのさくらも優しい佳林の相棒としてのさくらも
どちらも小田さくらを知るための入口にすぎないと佳林は思う。

「さくら、早くしないとおいてくよ」

「ちょっと待ってよ。いきなりそんなに走っていいの?」

さくらが焦って佳林についてくる。

「いいの。よくないかもしれないけど大丈夫だから」

さくらと追いかけっこをするのは初めてだった。

でもさくらとはずっとこんな関係が続いてきた気がする。
いつかさくらが佳林に追いついて二人の関係が変わることがあるのだろうか。

まだ先が全く読めない北の国の世界ではあったが、
とりあえずさくらのいるこの世界を突っ走ろうと佳林は決めた。
169 :名無飼育さん :2016/04/18(月) 07:08

今回の更新を終わります。
すみません。。かなり長くお休みさせていただきました。
これからまた再開したいと思います。
170 :名無飼育さん :2016/04/24(日) 09:27
「何か手伝おうか?」
「いい。もうすぐ出来るから座ってて」
さくらは機嫌よくそう言うと器用に卵を割った。

フライパンからじゅっと香ばしい音がする。
テーブルには焼きたてのトーストや生野菜のサラダが並んだ。
さくらは、使うかどうかも分からなかった佳林用のコップや
猫の絵柄が入った可愛い皿を使ってくれるのが嬉しくて仕方ないらしい。
171 :名無飼育さん :2016/04/24(日) 09:29
朝食を作るのはさくらのいつもの仕事だ。
佳林はいつも紅茶とかジャスミンティーをいれるだけだった。
それでも佳林は自分も少しは役にはたっていると思いたい。
北の国に無理やり連れて行かれるとか奴隷にされるとか
ずっとそんなことを考えてきた。

けど実際にあるのは現実の生活だ。
二人で暮らすにはそれなりの二人の生活リズムとかルールや
役割分担が必要だった。

考えてみると掃除や洗濯はさくら、片付けもさくら。
挙げ句の果ては佳林が脱ぎ散らかした衣服のきちんと直すのも
さくらがやってくれている。

勿論これまでは、佳林が足を怪我していたため、
さくらに甘えてる部分があった。
172 :名無飼育さん :2016/04/24(日) 09:29
しかし足が治った今これではまずいと佳林は真剣に考えている。
花魁時代は自分でできることは自分でやっていた。
ある意味それが当然だと思えるようになった。

それが自分の成長につながったと佳林は思っている。
でも今の全てさくらにやってもらっている生活を続ければ
貴族時代の堕落した心に戻ってしまう。

さくらは別にそれでもいいと言ってくれたが
佳林としてはそういうわけにはいかなかった。
173 :名無飼育さん :2016/04/24(日) 09:33
「今日から学校。楽しみだね」

さくらはにこやかに笑った。
佳林にとっては憧れの学園生活だった。
南の国にいたのでは学生に戻ることなんて到底不可能だった。
でも運命というのは不思議な巡り合わせで佳林の人生に
再び学校生活というものが訪れようとしている。

「さくらも学校の後までモーニング娘の舞台の練習なんて大変だね」

さくらもモーニング娘。としてのレッスンが再開されるようだった。

「うん。午後からはそっちに行くから。
佳林ちゃんは午後の授業ないから適当に時間つぶして帰ってきたらいいよ」

「分かった。でも」

佳林は少し符に落ちないことがある。
174 :名無飼育さん :2016/04/24(日) 09:34
「見張ってなくていいの?私のこと」

佳林が競売で買われて以降さくらとはずっと一緒だった。
二人が別行動をとるなんて初めてのことだ。

「佳林ちゃんを信じてる。って言いたところだけど」

さくらは笑った。

「見張り役を頼んである。今日紹介するよ」

さくらの言葉にはっとなった。きっと彩乃のことだ。
幼い顔とは裏腹の彩乃の大人びた表情と話し方を思い出す。

「もし、その見張り役が裏切ったらどうするの?」

佳林は探りをいれてみる。
175 :名無飼育さん :2016/04/24(日) 09:35
「裏切ったってどうしようもないよ。
佳林ちゃんの南の国への渡航権はあたしがもってるから南の国に戻ることはできないし、北の国はどこへ逃げたってまたあたしが捕まえるだけ。それにあの子達は信用できるからね」

「あの子達」。ということは彩乃の他にまだ誰かいるのだろうか。

「佳林ちゃんはあたしとずっと二人で暮らしていくしか生きていく道はないんだから。分かった?」

もうさくらの言葉に簒奪者としての勢いはない。

「はーい」

手をあげて佳林は生返事だけしてトーストに食らいつく。
176 :名無飼育さん :2016/04/24(日) 09:36
もうさくらに遠慮することなんてない。
ここに佳林を無理やり連れてきたのはさくらだ。
さくらが好きで始めた生活なんだから逃げさえしなければ
佳林がどうしようと自由だ。

でもさくらに頼り切った生活を続けていくことについては
少しだけさくらに悪いなと思う。
さくらが帰るのが遅かったら少しでも部屋の掃除でもしておこう。
もうそれだけで二人の関係は拮抗するところまでもっていけそうだった。

「それにしてもさ。朝からずっと二人でいようだなんてそんな恥ずかしいことよく言えるね。さくら」

熱い熱いと佳林は手をあおぐ。

「なっ」

さくらは心外だというように顔をあげる。
177 :名無飼育さん :2016/04/24(日) 09:37
「それから。外の人に間違っても愛人囲ってるなんてばれないようにね。
モーニング娘。の小田さくらに大スキャンダル発覚になっちゃうから」

佳林の言葉にさくらは仰天する。

「佳林ちゃん、愛人なんてそんな言葉どこで覚えたの?」

さくらは真っ赤になってそう言い返すのが精一杯だった。

「相変わらず可愛いなあ。さくらは」

佳林はゆでダコのようなさくらを満足げに眺めた。
178 :名無飼育さん :2016/04/24(日) 09:37

----------------------------
179 :名無飼育さん :2016/04/24(日) 09:38
朝食を済ますと二人はすぐに学校に向かった。
さくらは復学だったが佳林にとっては初めての北の国の学校だ。

学校は寮から歩いてすぐのところへある。
さくらによるとモーニング女学院は歴代のモーニング娘。のメンバーを
輩出したり歌手を養成したりする名門の学校らしい。
ただし教えることは国語や数学など普通の授業もたくさんあるから
そういう意味では北の国で自分達と同じ年の子が通う学校と何も変わらないらしかった。

「つまり佳林ちゃんとあたしは普通の高校生になるってこと」

さくらが歩きながら少し力をこめて言う。

「普通の高校生?」

「そう。ほかの子達と全く同じ。ただの高校生」

さくらが佳林の手を強引につないだ。
180 :名無飼育さん :2016/04/24(日) 09:39
「北の国で普通の高校生になって。
佳林ちゃんは南の国であったことは全部忘れて」

ぶっきらぼうにさくらはそう言い切った。

強制的なさくらの言葉に、何かに抵抗しようとする心の現れか
佳林の胸の中がトクンとなる。

「そんなに簡単に忘れられるかな」

「忘れるしかないよ」

さくらの顔を見ると眩しい日差しにさくらは微笑んでいるようにも厳しい表情をしているようにも見える。

「いつしかさくらに無理やり連れて来られたことも忘れてここで普通に暮らせってこと?」

「そうだね。そうするしかないかもね。佳林ちゃんは」

さくらは抑揚のない平板な声でそう言った。
181 :名無飼育さん :2016/04/24(日) 09:40
佳林を学校に通わせる目的は佳林を完全に北の国の人間に変えてしまうことなのかもしれない。
でも変幻自在に自分を変身させるさくらと季節を自由に動かすことができる
北の国ならそんなことも可能なのかもしれない。

佳林はさくらの言っている強引さと残酷さに思わず苦笑する。

「私達は今、この瞬間に北の国で初めて出会った。
それで話すうちに仲良くなって意気投合して一緒に暮らし始めた。
それが私とさくらの初めての出会い。
さくらにされたことは全部忘れてそんなふうに記憶を書き換えろってこと?」

佳林はさくらを試すつもりでそう言った。

「そうだね」

さくらが平然とそう言った。
はにかむようい笑って佳林のあとに続ける。
182 :名無飼育さん :2016/04/24(日) 09:42
「それで何年後かに佳林ちゃんは偽の記憶に気づいて、
あたしを見てあなたは誰って言うんだ」

さくらはじっと佳林を見て言った。佳林は自嘲的に笑った。

「そういうの小説で読んだことある。
不可思議な事件がたくさん起こって親友と二人でその謎をつきとめていくうちに
実は自分に親友なんていなかったことに気付く」

「面白いね。でも残念だけどあたしはちゃんとここに存在してるからね。
あたしが存在している限り、佳林ちゃんはどこにも逃げられない」

さくらは確かに存在している。
ただし存在しているのが確かなだけで佳林はさくらを味方とも敵とも
自由に設定できる気がする。

そういう意味では「小田さくら」というのはすごく曖昧な存在のようにも思えた。
183 :名無飼育さん :2016/04/24(日) 09:43
「あ、そうだ」
さくらの表情がみるみる変わっていく。
小田さくらはただの佳林の相棒に変わっていた。
まるで地獄の使者が今、初めて自分が人間であることに気づいたみたいだった。

「これ、カード渡しとく」

さくらはそう言って薄い金属のようなペラペラしたものを
佳林に手渡した。

「なにこれ?」

「これを機械に通したらお金の代わりになるから。
食べ物買ったり必要なものはこれで買っていいよ。
お金あげてもいいけど何か生々しくていやでしょ」

「花魁と客みたい」

佳林が笑った。
184 :名無飼育さん :2016/04/24(日) 09:44

今回の更新を終わります。
185 :名無飼育さん :2016/05/03(火) 10:41
「だ、か、ら言ったでしょ。それは南の国でもうおしまい」
さくらが幕引きするように手振りした。
そうこうするうちに学校の正門まで着いた。
自分たちと同じぐらいの年の女の子が何人も通り過ぎる。

校舎までの通りには両脇に根元から葉っぱのついた緑の並木が立ち並ぶ。
その中を笑いながら歩く女の子達。
佳林はこれが学校なんだと素直に感動した。
186 :名無飼育さん :2016/05/03(火) 10:42
花魁に落とされてから学校に通うことなんてもうできないと思っていた。
さくらを倒してどん底から這い上がることには失敗したけど
結果的には借金も返すことができた。

そして以前と同じ学生に戻ることはできた。
そう考えたら今までの敗北や屈辱なんてあまり関係ないことのようにも思えた。

「さっくらー!」

声がしたかと思ったらさくらの体がドンと前のめりになった。

「お早う」

言ったその子は昨日とは違う子。
目が大きいのは同じだが、アーモンドのような流線がより整っているというか
大人びた表情が印象的だった。
187 :名無飼育さん :2016/05/03(火) 10:46
「瑞希か」

さくらはそう言うと佳林に向き直って「紹介するよ。室田瑞希。
この学校でずっと一緒だったんだ。彩乃は?」

思ったとおりさくらは「彩乃」の名前を口に出した。
確かにそれが昨日佳林が出会った美少女の名前だ。

「彩乃は何かさくらに言いたいことがあるみたいだから先に教室に行って待ってるって」

瑞希は意味ありげに佳林を見て言う。「ここで喧嘩しても始まらない」
彩乃が昨日言った言葉が急に思い出されされた。
喧嘩とは何を意味するのだろう。

「佳林ちゃんのことは聞いてるよ、よろしくね」

瑞希が手を差し出した。
瑞希は表情が豊かで人懐こそうな人だなと佳林は思う。
188 :名無飼育さん :2016/05/03(火) 10:48
教室へ入ると中は南の国の雰囲気に似ていた。
女生徒の来ている服が洋装なだけで教室の中は黒板があって
机が並んでいる。

すでにたくさんのクラスメイトが談笑していた。
さくらは佳林を紹介するのも忘れて瑞希と一緒に引っ張られていってしまった。

「佳林ちゃん」

振り返ると彩乃がいた。まるでこのタイミングを待っていたかのようだ。

「先生が呼んでるから一緒についてきて」

彩乃はひらひらと手招きする。
189 :名無飼育さん :2016/05/03(火) 10:48
「でも」
佳林はクラスメイトと話しているさくらを一瞬振り返る。
さくらは久しぶりにみんなに会ったせいかおしゃべりに夢中になってしまっている。

「私、クラス委員なんだ」

彩乃はそう言って佳林の手をとって歩き出す。

「クラス委員?」

「このクラスのまとめ役ってところかな」

廊下を歩きながら彩乃は言った。
190 :名無飼育さん :2016/05/03(火) 10:49
「後で学校のことも案内してあげる」

「ありがとう」

佳林がお礼を言うと彩乃は急に声を潜めた。

「それから、私がさくらから佳林ちゃんを救い出してあげる」

「え?」

驚いて佳林は彩乃の手を放した。

「何だったら南の国に帰してあげてもいいよ」

「でもそんなの無理だよ」

「さくらがいるから?さくらなんて怖がる必要なんてないよ」

彩乃は断言するように言った。
191 :名無飼育さん :2016/05/03(火) 10:50
彩乃はさくらの獰猛な性質を知らないだろうか。
獲物をこれと決めたときのさくらは、どんな堅牢な建物に隠れていても
それを打ち破って欲しいものをかっさらう。

「大丈夫。さくらが正しいことをしてたら応援するのが親友の役目だけど、
間違ったことをしてたらきちんと言うのもあたしの務めだからさ」

「間違ってる?さくらが?」

佳林は単純に疑問に思った。

「宮本佳林はさくらにひどいことした悪い奴だってさくらから聞かされた。
だから復讐のために無理やり誘拐してくるんだってさくらは言ってた」
彩乃は佳林を見つめて言う。

佳林は自分の過去の悪事が見透かされているようで急に動揺した。
192 :名無飼育さん :2016/05/03(火) 10:51
「でも実際の佳林ちゃんにはそんな悪い子には見えない。
それに足の怪我だってさくらを助けたせいなんでしょ。
そんな子を奴隷にして好き放題に弄ぶなんてさくらはどうかしてる」

一瞬、この国でも自分の味方ができたかもしれないと思った。
でもよくよく考えてみると彩乃はさくらに頼まれて言っているだけで、
これはさくらの罠だという可能性もある。

佳林は彩乃の言葉には強く反応せずに軽く笑っただけだった。

職員室で彩乃と一緒に先生に挨拶したあと、
3人で教室に戻った。簡単な自己紹介をしたあとで佳林は、
一番後ろにある彩乃の隣の席に座るように言われた。

さくらが座っている席は前方で少し距離が離れている。
193 :名無飼育さん :2016/05/03(火) 10:52
「佳林ちゃん、分からないことがあったら何でも聞いて」

彩乃がささやくような声で言った。
佳林は笑顔でうなずく。

すると聞こえるはずはないのにさくらが後ろを振り返って
佳林をじろりと見た。

紹介もされてないのに彩乃と佳林がすでに親しくなっていることに驚いているのだろうか。

それにあまり彩乃と仲良くするなということだろうか。

さくらが何を思っているかは別にして同じ教室にさくらと一緒に
授業を受けている感覚は何だか新鮮だった。
まるで自分が生まれ変わって別の人生を歩んでいるかのように感じる。

さくらとの関係はどう変わっていくだろうか。
あまり期待はしていなかったが楽しみだとさえ思えるようになっていた。
194 :名無飼育さん :2016/05/03(火) 10:53
「古典」の授業が始まると他の生徒達はすごい勢いで
黒板の文字を書き写していく。
佳林にはそれが何の意味があるのか分からなかった。

佳林は自分の筆記用具を感心して見つめる。
さくらから可愛い柄が入った筆箱をプレゼントされていた。

筆箱の中は細い炭の出るシャープペンシルと何色もの
蛍光ペンという光る筆も入っている。

確かに黒板を写すためにこれは必要だったのだと佳林は思う。
195 :名無飼育さん :2016/05/03(火) 10:54
目の前ではひたすら黒板に「雨月物語」の一節が書かれている。
佳林は少し疑問に思う。
長い小説の中でこんな短い文章を抜粋して何か意味があるのだろうか。
しかも教科書にさえ、長い物語のほんの部分的にしか書かれていない。

これでは物語のあらすじさえつかめない。

佳林は思い切って質問した。

「先生、この教科書欠陥品だと思います。
こんな一部分だけじゃ雨月物語の面白さが分からない」

「ちょっと佳林ちゃん」
そのときに言われた言葉は隣の彩乃だったかさくらだったかはよく分からなかった。
196 :名無飼育さん :2016/05/03(火) 10:55
佳林の質問は曖昧にされたが、
クラス全員で同じ授業を受けるのは面白かった。

だからクラスメイトというのは特別なんだと佳林も理解できる。

午前中の授業が終わり、お昼の時間になった。

さくらが席を立つと案の定佳林のところに駆け寄ってきた。

「さくら、学校って面白いね」

佳林は笑顔でさくらに言う。

「面白いじゃないよ。あんな質問したらうちら南の国出身の田舎者だと思われちゃうでしょ」

困り顔のさくらが珍しかった。
197 :名無飼育さん :2016/05/03(火) 10:56
「そうなの?」

「そうだよ。先生だって困ってたし」

「でも疑問に思ったんだから仕方ないじゃん」

そう言って佳林は席を立った。
クラスメイトの大半がお昼を食べに学食に向かっている。

「ちょっと佳林ちゃん聞いてる?」

「聞いてるよ。まあそんな固いこと言わなくてもいいでしょ?」

佳林はさくらに手をひらひらさせて応えた。
佳林に何も言い返せなくて困ってるさくらは何だか可愛いくていいなと思う
198 :名無飼育さん :2016/05/03(火) 10:57
「さくら、佳林ちゃん、お昼一緒に行こう」

後から瑞希と彩乃が追いついてきた。
彩乃とさくらが出会うのを初めて見た。
二人は一瞬だけ目を合わせるとすぐにそらした。

「佳林ちゃんとはさっきホームルームの前に二人で十分話したから。
紹介はいいよ。さくら」

彩乃がさくらを見て言う。

「あっそ」

さくらはぶっきらぼうに返した。
何だか刺々しい二人のやり取りに佳林はぎくりとする。
199 :名無飼育さん :2016/05/03(火) 10:58
「佳林ちゃん、気にしなくていいよ。
この二人会えばいつもこんな感じだから」

瑞希があきれたようにそう言う。

「全く久しぶりの再会だっていうのにさ」

瑞希が言うのもどこ吹く風で彩乃もさくらもそっぽをむいたままだった。
学食は校舎をまたいで隣にある。

途中までの並木道きれいに清掃されていてきれいだった。
空気が乾燥しているせいか木々の緑も煉瓦の色をした校舎の
三角屋根も澄んだようにはっきり見える。

南の国にも美しいところはたくさんあったが
北の国の洗練されたような見晴らしが佳林は好きだった。
200 :名無飼育さん :2016/05/03(火) 10:59

今回の更新を終わります。
201 :名無飼育さん :2016/05/19(木) 22:07
学食に入ってみるとすでに人がいっぱいだった。
佳林が空いてるテーブルを探してうろうろしていると、
「佳林ちゃん」と瑞希に大声で呼び止められる。

どうやら席につく前に長方形の大きな箱のところに並ばなければならないらしい。

「あれ、佳林ちゃん学食初めてだっけ?」

どうしてよいか分からずにいる佳林を見て瑞希が言った。

「まず食券を買って注文してから席につくんだ」

さくらが佳林の隣にきて言ってくれた。
202 :名無飼育さん :2016/05/19(木) 22:08
「大丈夫。一緒にやってあげるから」

彩乃を意識してかさくらが普段にもまして優しく感じる。
大きな箱は券売機というらしい。
それで自分の好きなものを注文できるみたいだ。

「佳林ちゃんは何か食べたいものはある?」

「そうだなあ」

考えてみたものの北の国の食べ物は西洋風らしいがよく分からないものばかりだ。

「さくらと同じでいい」

佳林がそう言うと何故かさくらは嬉しそうにうなずいた。
203 :名無飼育さん :2016/05/19(木) 22:12
さくらがボタンを押すと紙切れが落ちてきた。
それが注文表のようなものらしい。
厨房に差し出した後は席についてよいみたいだ。

「何か面白いね」

佳林はさくらに言う。

学食を改めて見てみるとイスラム式のモスクのような巨大で
円形の建物に白いテーブルと椅子が所狭しと並べられている。

窓は足元からガラス張りで周囲の森林や校舎がが一気に眺望できるようになっている。

西洋ではオープンテラスと言って外で食事したり
お茶を飲んだりするのは聞いたことがあるが
建物の中にいて外にいるほどの開放感が味わえるなんて
経験したこともなかった。
204 :名無飼育さん :2016/05/19(木) 22:13
「すごいところだ」

佳林は改めて感動して言った。

「まあ北の国には南の国にはないようなところがいっぱいあるから。
あとでいろんなところへ連れて行ってあげるよ」

さくらがにっこりと笑って言う。

「本当?やったあ」

佳林は嬉しくて子供のようにはしゃいだ。

「佳林ちゃんて何か不思議な子だね。
すっごく大人っぽいところもあるのにうちらより年下みたいに思うときもある。
南の国の子ってみんなそうなの?」

瑞希が佳林を見て言う。
205 :名無飼育さん :2016/05/19(木) 22:15
「そうでもないよ。佳林ちゃんが特別なんだよ」

さくらがそう応えた。
四人で席に着くとさくらがお茶をとってくると席を離れた。

「ねえ、瑞希この子誘拐されてきたんだよ。何とか助けてあげないと」

彩乃がさくらがいなくなったのを見計らったように言った。

「確かにね。さくらは佳林ちゃんを北の国に連れてくると言って南の国へ旅立ったんだったね」

瑞希が感慨深げにそう言った。
206 :名無飼育さん :2016/05/19(木) 22:16
「まさか本当に誘拐してくるとは思ってなかったけど」

瑞希が改めて佳林を見て言った。

「瑞希、そんな悠長なことを言ってる場合?佳林ちゃんは悪い子じゃない。早く助けてあげないと」

彩乃がバンとテーブルを叩いた。

「はい。お茶お待たせ」

ちょうどさくらが四人分のお茶をとって戻ってきた。

「じゃあいただきます」

さくらが先頭切って言ったので佳林も手を合わせて食べ始めた。
207 :名無飼育さん :2016/05/19(木) 22:17
味はなかなか美味しい。
魚のフライやサラダに味噌汁とご飯がついているという洋食と和食が
合体したような変な料理だったがこれはこれでいけてると想った。

「さくら、美味しい」

佳林が言うと

「でしょ?あたしのオススメなんだ」

さくらも笑顔で応えた。

「あたしはこれからモーニング娘。のレッスンがあるから、
二人には佳林ちゃん見てて欲しいの」

さくらが彩乃と瑞希を見て言った。

「それって逃げないように見張ってろってこと?」

瑞希が少し怪訝そうに言った。
208 :名無飼育さん :2016/05/19(木) 22:19
「まあそういうこと」

さくらが涼しげな顔で言う。
佳林はなるほどと思った。
佳林がもし北の国で友達が出来たら自分に同情する人たちもきっと現れるだろう。

その協力者によっては佳林が南の国への脱出するのも可能になるかもしれない。
さくらがそのリスクを負っても瑞希と彩乃の二人を佳林に紹介したのは
佳林を監視させる目的があったからだ。

佳林はさくらが言うことを気にも止めない様子で食事を続けた。
そんなことより佳林は学校の友達と集まってお昼ご飯を食べていることが
嬉しかった。

女学生に戻ってそんなことができたらいいなとずっと夢にまで思ってきたのだ。
209 :名無飼育さん :2016/05/19(木) 22:20
「さくら、佳林ちゃんはいい子だよ。一体どういうつもり?」

何か沸々と怒りを蓄えているような彩乃の言い方だった。

「だから佳林ちゃんを見張ってて。それだけだよ」

さくらのほうもつっけんどんに返す。

「さくら、頭おかしいんじゃないの?
私、知ってるんだよ。
佳林ちゃんはさくらをかばって足に大怪我したんでしょ。
どんな極悪人捕まえてくるかと思ったらこんなに優しい子、
ひどい目に合わせてどういうつもりなのって聞いてんの」
210 :名無飼育さん :2016/05/19(木) 22:21
「どうもこうもこの子はあたしのものなんだから好きにしたって勝手でしょ」

さくらはひるまずにばっさりとそう言いきった。

「そんな理不尽なことして許されると思ってるの?
佳林ちゃんにもお父さんとかお母さんとか佳林ちゃんを大事に思ってる人は
たくさんいるんだよ。それを物みたいに好き勝手にしていいはずがない」

彩乃が興奮してテーブルを叩く。

黙って食べていた佳林だったがどうも彩乃の勢いでは食事と続けられる
雰囲気ではない。
それにさくらだって現状、佳林との生活をきちんとやっていこうと思ってくれているみたいだし、
今更南の国へ帰せと言われても困るだろう。
211 :名無飼育さん :2016/05/19(木) 22:23
「あのね。彩乃。勘違いしてるみたいだけど。
私は親の借金のかたに買い取られたの。
だから突然連れてこられたわけじゃないし」

佳林が言っても二人の勢いは止まらない。

「佳林ちゃんは黙ってて」

二人はコーラスのように同時に言った。
二人のあまりの剣幕に佳林は叱られた子供のように縮こまった。

「別に好き勝手にしてるわけじゃないし。
それに彩乃だって何かにつけ佳林ちゃんにつきまとってあたしに言いがかりつけるのやめてくれるかな?」

「私が佳林ちゃんにつきまとってる?」

彩乃が表情険しく言い返そうとしたときだった。
212 :名無飼育さん :2016/05/19(木) 22:24
「二人ともいい加減にして」

瑞希がばんとテーブルを叩いた。

「今日が佳林ちゃんと一緒に食べる初めてのお昼ご飯なんだよ。
少しでも楽しいって思ってもうおうと思わないの?」

瑞希がしゅんとうつむいている佳林を見て言った。
二人が佳林を見ると言い争っていた熱が急激に冷えていくのを
佳林は感じた。

「ごめん。ついむきになって」

彩乃は乗り出していた顔を引っ込ませてため息をついた。
213 :名無飼育さん :2016/05/19(木) 22:25
「佳林ちゃん、あたしは午後から抜けるけど自由にしてていいから」

さくらが申し訳なさそうに佳林に言う。
今度は急に四人とも話さなくなりしんとした空気が流れる。

「あ、あのう」

静かな空気に耐え切れなくなった佳林が恐る恐る口を開く。

「今度、みんなでゴンドラに乗ってみない?私、あの乗り物大好き。
まるで空を飛んでるみたい」

佳林が話し出すなんて思っていなかったのか他の三人は
ぽかんと口を開けたままだった。
214 :名無飼育さん :2016/05/19(木) 22:26
「あ、そうか。ここにいるみんなはもう飽きちゃってるよね。
ごめんな・・」

「行こう。乗りに行こうよ」

佳林が謝ろうとするのを瑞希が大急ぎで遮った。

「みんな乗るでしょ」

半ば強引な瑞希の提案にさくらも彩乃もこくこくとうなずく。

「勿論私は佳林ちゃんが乗りたいんだったら一緒に乗るよ」

彩乃は笑顔で言った。
たださくらだけがまだ納得できない顔をしている。

「あたしは・・・彩乃が一緒なら行かない」

でもさくらはまだほおを膨らませてそう言った。
215 :名無飼育さん :2016/05/19(木) 22:28
さくらの除いて全員同じタイミングでため息をついた。

さくらにもこんなに激しく人と言い争うことがあるんだと
佳林はまたさくらの新たな一面を見たような気がした。
さくらは佳林を追い詰める時だって常に冷静で感情的になったりはしなかった。

でもさくらと一緒に旅を初めて以来、さくらからひどい言葉を使われたこともないし、
基本的には穏やかな人間なんだと思っていた。

そして気になったのが彩乃の存在だ。
この言い方からするとどうもさくらに頼まれて演技でやっているとは考えにくい。
さくらの親友だけあって怖がりもせずによくあんなに何でも言えるなと
逆に感心してしまうぐらいだった。
216 :名無飼育さん :2016/05/19(木) 22:28

今回の更新を終わります。
217 :名無飼育さん :2016/06/06(月) 02:11
久し振りに来たら続きが…
楽しみにしてました!
218 :名無飼育さん :2016/06/26(日) 09:26
>>217
レスありがとうございます。しばらくまた止まってましたが、
続き更新させていただきます!
219 :名無飼育さん :2016/06/26(日) 09:28
昼食が終わるとさくらは夕方には戻るとだけ言ってレッスンに行ってしまった。
彩乃はさくらにまだ話が終わっていないと追いかけていき、
さくらは歩きながらめんどくさそうに彩乃の応酬を受けていた。

「あの二人いつまで喧嘩するんだろ」

まだ議論の収まらない二人を遠目に見て瑞希があきれたように言った。

「彩乃、さくらのことになるといつもこうなんだ。
もう南の国から戻ってこないんじゃないかってずっとさくらのことずっと心配してたから」

瑞希の言葉にも納得がいった。
220 :名無飼育さん :2016/06/26(日) 09:28
彩乃は自分というよりさくらがしていることにものすごくこだわっているように思えた。
それはもはや何かの裏返しではないかと思える程だ。

「彩乃はさくらのことが好きなんだね」

佳林がそう言うと瑞希は首をかしげている。

「彩乃はさくらのこと好きは好きだと思う。
けどそういう意味での好きじゃない。
彩乃はきっと佳林ちゃんが好きなんだよ」

瑞希が言った。

「そんな、違うと思うけど」
221 :名無飼育さん :2016/06/26(日) 09:29
「だって彩乃はずっと佳林ちゃんのこと見てるよ。
でも佳林ちゃんはすでに誰かさんのもの。
納得いかなくてイライラしてるんじゃない?」

「それは瑞希の思い込みだよ。きっと」

佳林はそう言い繕ったが実際問題どうなのか佳林にはまだ分からなかった。
彩乃が佳林のことを好きだとして、それをさくらは許すだろうか。

ひょっとして大金をかけて手に入れた佳林を簡単に彩乃に譲ったりすることもあるのだろうか。
でもそれはさくらの佳林への執着から言って考えられないことだった。
222 :名無飼育さん :2016/06/26(日) 09:30
学食を出ると校舎同士が赤レンガの小道でつながっている。
両脇に立ち並ぶ薄緑色の木々から心地よい風が流れてくる。

「でも良かった。あたし以外に二人の喧嘩仲裁してくれる人ができて。
一人で止めるの今まで大変だったんだから」
瑞希が苦笑いしながら言う。
「さくらも彩乃も佳林ちゃんには弱いみたいだしね。あたしには遠慮なしなんだからあの二人は」
瑞希は感心したように言う。
「なんでだろ。私みたいな奴隷。どうにでもできるのに」
確かに二人は佳林に遠慮している。
223 :名無飼育さん :2016/06/26(日) 09:31
「惚れた弱みってやつじゃないの?」
「まさか」
そもそもさくらは自分への復讐が目的のはずだし、彩乃はそのさくらの親友だ。
佳林の過酷な状況が北の国に来たことで何も変わるわけではない。
「ね、そんなことより瑞希午後から授業ないし校舎の周り案内してよ」
佳林は過去を忘れるように明るく言った。
224 :名無飼育さん :2016/06/26(日) 09:32
瑞希は学校内のいろいろなところを案内してくれた。
学校の中には大きな図書館や大講堂や体育館もあった。

それぞれの建物の周囲をきれいに剪定された木々が覆うように植えられている。
南の国は木を切り倒して整備したり、逆に自然任せのような町並みが多かったのに
ここでは自然と人工物が調和したような風景が多い。

それを佳林は何か妥協のように感じた。
ただしそれは妥協して美しくないわけでは全くない。

佳林が感じたのはそれを作ろうとした人の気持ちだ。
調和と妥協。それは全く正反対のようなことにも思える。

でも北の国の建物や人工物から佳林はある意味自然と妥協した
あきらめのような気持ちを感じる。

自然という大きな力に対する恐れの気持ちだ。
225 :名無飼育さん :2016/06/26(日) 09:33
北の国の人間のようにあきらめて生きていけば自分も楽になれるのかもしれない。
でも佳林が考えているのはプライドを持った上でのあきらめだ。

さくらが佳林を必要としているのなら喜んで傍にいてあげようと思う。
強引にさくらのものにされた。

そんな奴隷みたいな存在でもあっても絶対に卑屈にはなりたくない。

「小田さくら」という圧倒的な力をもった者に佳林は支配されて生きている。

でもまだまだ自分はさくらを倒して這い上がることができる人間だ。
そんなふうに思っている時期もあった。

でも今の佳林にはさくらのことも受け入れて生きていくしかない。
そう思うようになってから少しずつ佳林の気持ちは楽になっていった。
226 :名無飼育さん :2016/06/26(日) 09:33
--------------
227 :名無飼育さん :2016/06/26(日) 09:33
「食べ物も着るものも大抵のものはこの夏の町でそろうけど。
デートするとかになると国境の町までいったほうがいいけどね」
学校を案内し終わって瑞希が言った。
「デート?デートって何?」
「恋人と遊んだり同じ時間を共有するってことかな」
瑞希は少し顔を赤らめて言う。
「このへんだとそんなロマンチックなところはないし」
「なるほど」
確かにこの町は情というより爽やかすぎる。
228 :名無飼育さん :2016/06/26(日) 09:34
「ねえ、南の国のデートってどんななの?佳林ちゃんは知ってる?」
貴族時代の華やかな思い出が蘇る。
朋子と馬車から雪を見て帝国劇場へ行った。

もう二度と戻らない栄光の日々。ただし朋子とのことも裕福だった
過去の思い出も執着しても二度と戻っては来ない。

「さくらとならあるよ。馬車に乗って着物を見に行ったり、お茶屋さんで餡蜜食べたりしたよ」
佳林はそう言った。

果たしてさくらを恋人と呼んでいいのだろうか。
そうは思ったが、そもそも由加のお店自体がそういうことをする場所だったはずだ。
229 :名無飼育さん :2016/06/26(日) 09:36
「へえ。そういういのも何だかいいな」
瑞希は憧れのような目で佳林を見る。
「でも変な関係。佳林ちゃんとさくらって。
さくらは南の国で佳林ちゃんをずいぶんいじめたって聞いてたけど普通にデートしたりもしてたんだ」
「さくらは私のお客だったから。
それにさくらは私が逃げようとしなければ優しいんだ。
でも逃げたら地の果てまで追いかけるって言ってた」

「こわ。何それ」

「ま、それも慣れちゃったけどね。それにさくらって結構可愛いところもあるし、
見た目も綺麗だから一緒にいてそんなに悪い気はしないかな」

佳林は、平然とそう言った。
230 :名無飼育さん :2016/06/26(日) 09:37
「佳林ちゃんて不思議な子。お金で売られたり買い取られたり
南の国ですごく大変な目にあったって聞いてるけど。全然そんな感じがしない」
「これでも体売って生きてたからね」
佳林が体を大の字に開く。
「でも大丈夫。お客って言ってもほとんど相手はさくらだったから。
さくらは私がさくら以外誰にも指名されないようにしてた」
231 :名無飼育さん :2016/06/26(日) 09:38
「じゃあさくらは佳林ちゃんを独占してたわけ」
「強引にね。道を普通に歩いてて突然さくらに連れ去られたことはあったな。
後ろから羽交い絞めにされて口を塞がれて助けを呼ぶことも出来なかった」
「何・・・それじゃ独占じゃなくて誘拐じゃん」
瑞希が目を丸くしたまま固まったので佳林は面白くなって続けた。
「そうだよ。私は馬車に押し込まれて誘拐された」
「そんなこと許されていいの?」
232 :名無飼育さん :2016/06/26(日) 09:39
「許されるも何も、南の国じゃ借金抱えて売り飛ばされたら何されても文句は言えないんだ。
私は手足を縛られて地下室の牢屋に閉じ込められた。
でもその時は友達が助けに来てくれてさくらからは逃げ出すことはできたんだけど」

あのときの里保の凛々しい姿を思い出す。

「でも二回目は駄目だった。さくらが南の国を出るっていうから私、
それまでにどうしてもさくらとは仲直りしておきたくて送別会に出たの。
でもそれはさくらの罠だった。
私はオークションにかけられて物みたいに売り飛ばされた。
それをまんまと買い取ったのがさくらだよ」

「ひどい」
瑞希は絶句した。
233 :名無飼育さん :2016/06/26(日) 09:39
「さくらがそんなことするなんて信じられないけど、
きっとそれが事実なんだよね」
「でも気にしないで。私はこのとおりぴんぴんしてるしね」
佳林は笑った。
「そんなことがあったのにどうやってさくらと仲直りしたの?」
「仲直り?」
「だってさくらと佳林ちゃん、まるで友達みたいに普通に話してるでしょ?」
「してないよ。仲直りなんて」
「え?」
「私がさくらと一緒にいるのはさくらに復讐するためだよ」
佳林がわざと声を潜めて言うと瑞希の顔が一瞬硬直した。
234 :名無飼育さん :2016/06/26(日) 09:40
「だってそうでしょ。近くにいるのが一番やりやすいもん。
さくらが私にしたことは永久に消えないんだから」
佳林は怪しく笑って見せた。
「佳林ちゃん、さくらに何するつもりなの?」
不安そうな顔で瑞希は尋ねる。
「なんてね。冗談」
佳林は茶化すように先に走った。
235 :名無飼育さん :2016/06/26(日) 09:41
瑞希は佳林を追いかけながらもまだ迷ったような顔をしていた。
「安心して。私はさくらに危害を加える気はないから」
「分かった。でもそのもし、佳林ちゃんがこれ以上さくらに嫌なこと
無理やりされそうだったら絶対うちらに相談して。何とかしてみせるから」

「ありがとう。瑞希は優しいんだね」

「怖い話はもう終わり。さくらが帰ってくるまで時間があるから学校案内してあげる」
瑞希の言葉に佳林は笑顔でうなずいた。
やっぱり北の国には自分の味方もいる。
そう思うと佳林は頼もしく力強く思えた。
北の国に売り飛ばされたといってもまだまだ絶望じゃないのだ。
236 :名無飼育さん :2016/06/26(日) 09:42

今回の更新を終わります。
237 :名無飼育さん :2016/08/10(水) 16:20
続きキテターーーー!!

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