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1 : :2012/10/16(火) 14:16
ひたすら千奈美絡みの話を書いていきます。
70 :花見 :2015/04/14(火) 09:51
とっておきの所だから、と映画三昧のつもりだったオフの日に連れ出されたのは、商店街を抜けてから大小様々な家並みを横目に進み、次第にすれ違う人が少なくなっていって、ずっと向こうに対岸とつながる橋が見えるだけの川沿いで、今の季節でなければきっと来る機会がない場所だった。
「はあー、満開だね」
土手道に一本の桜の大樹が昼下がりの日向の中で薄桃色の花を輝かせていた。
平日だからか、あるいは地元の住民くらいしか目をとめる者がいないような立地だからか花見をしている人影は朋子たち以外には見つからなかった。

鼻先に揺れる桜を見上げて、見たまんまの感想を漏らすと、由加も隣に並んで梢をあおいだ。
綺麗だねー、と笑う横顔は子供みたいに無邪気で、つい先日ひとつ歳を重ねたとは思えなかった。
「由加ちゃん、こんなところどうやって調べたの? 超穴場じゃん」
この辺りに住んでいる由加ではあるが、ここは彼女の生活圏からは離れていた。
「いやー、朋とお花見したくてあっちこっちを歩き回りまして、ようやく見つけたんですよ」
「ウソだー」
由加は川べりに下りて、木のベンチに腰かけた。川を背にして、桜を見上げる形である。朋子がそれにならうと、由加は兄がここで花見をしたのだと話した。なるほど、それでこんな場所を知っていたわけである。そんなことだろうな、と朋子が思っていると「でも」と見つめられる。
「朋とお花見したいっていうのは本当だからね」
「……はいはい」
71 :花見 :2015/04/14(火) 09:54
小首を傾げなくったっていいのに。由加の仕草はザ・女の子で、それを見るたび体の内側が痒くなった。

口調が荒くならないように気をつけて「おはぎ食べようよ」と提案すると、手を叩いて賛成された。
来る途中、商店街の和菓子屋で買ったそれは由加の大好物である。
「朋、どっちにする?」
「どっちでも」
「じゃあ、きなこ貰ってもいい?」
「うん」
朋子はあんこのおはぎを手に取りながら、二個ずつ買えばよかったなあ、と思った。そうしたらあんこもきなこも由加は食べられたのに。自分はそんなに要らないけれど、ほっぺたを膨らませて幸せそうな顔をしている彼女は好物に目がないから。
春と言えども、四月はうららかなイメージと異なり、現実はぽかぽか陽気とはいかない。陽射しは確かに温かいけれど、薄着で外を出歩けば風の冷たさに冬の名残を感じた。
けれど今日は風も優しかった。肌を撫でるそよ風には草や花の香りが含まれていて、新しい季節が来たことを体で感じることができた。
耳に入るのは、水音や葉のこすれる音、ときどき通り過ぎる自転車が砂利を踏む音、朋子が話す声に由加の笑い声。
朋子は半分に減ったおはぎを片手にしみじみ言った。

「……幸せだなあ」
「どうしたの、突然。加山雄三さん?」
「ちがうし」
「幸せだなあ」
「マネすんな」
朋子は渋い顔をした。相手は委細気にしていない。両手でおはぎを持って、ちょっとずつ口に運んでは一口ごとに小さく頷いてその味を堪能している。
「おいしそうに食べるね」
「だって美味しいんだもん」
由加の顔を見ればそれは一目瞭然だった。朋子はラーメンが好きであるが、麺を噛み締めているときに自分もこんな顔をしているのだろうか。
「由加ちゃん、あれだね。今ね、春風満面って顔してるよ」
「なにそれ」
「覚えたての四字熟語」
「そうじゃなくて。意味教えてよ」
「えー。ちょっとは考えてみなよ」
「けち」
72 :花見 :2015/04/14(火) 09:55
そう言いつつも由加は思案を巡らせた。間を置かずに、朋子は袖を引かれて、回答者からヒントを懇願された。
「ヒントぉ〜? ヒントは無し」
「だって全然わかんないもん。聞いたことないし、そんな言葉」
「うーん。あ……」
由加の眉根が寄る。相手がニヤけだしたので当然かもしれない。
「なに」
「えっとねえ、きなこのおはぎくれたらヒントあげる」

朋子は由加の手に握られたそれを指差した。由加の視線はおはぎと朋子とを何往復もした。そうなるだろうと予想していたから、朋子は黙って顔を寄せた。
「うん。きなこ美味しい」
舌先に感じる甘さはあんことはまた違った美味しさだ。バシッと腕を叩かれても、朋子の頬は緩んだままで、口の端を押さえて眉間にシワを寄せている由加とは対照的だった。
「なにしてんの!」
「いやー、だってさあ、もう大人なのにきなこ付けてんのがかわいくって」
「理由になってないから」
再び腕に衝撃。さっきよりは力が弱くて、馬鹿じゃないのという呆れ声が耳に届いた。
朋子はまた体の内側が痒くなった。
鳥の鳴き声がどこかの枝から聞こえてくる。
唇を尖らせて由加は言った。
「で、ヒントは」
「あー。なんだろね」
頭が浮かれているのだろうか上手い言い回しが出てこない。
視界には桜の花が揺れていた。せっつくように肩をぶつけられて、「ヒントは今のウチ」などと我ながらふざけたことを言ってしまう。
由加は困った表情を見せつつも朋子を見つめた。朋子はますます相好を崩すことになって、大ヒントだなあ、と自己満足をする。まあ、少し意味が外れている気がしないでもないのだが。
「わかった?」
「なんとなくだけど多分、合ってると思う」
「おお。では答えをどうぞ」
「金澤朋子は宮崎由加とお花見をして春風満面である」
「……おー」
「使い方合ってるでしょ?」
異論はなかった。意味を答えるのかと思いきや例文の形で返されたのが憎らしかった。
由加はこの四字熟語が気に入ったらしかった。「宮崎由加はおはぎを食べて春風満面の表情をした」と自身を表現し、笑った。
73 :花見 :2015/04/14(火) 09:56
鳥の鳴き声が上空から聞こえた。陽射しが背中を温めて気持ちよかった。
ねえ、と由加に問いかけると、目が合った。
「来年も来ようね」
「うん。そうしようね」
その表情はまさに喜びで満たされていて、それを写し取るように、朋子の顔もまた春風満面であった。
由加が間を詰めたので、腕同士が触れ合った。服越しに体温が伝わってくる。夏だったら暑苦しい。秋ならば枯れ木を見に来たりしない。冬は厚着だからお互いの温かさに触れられない。
きなこのおはぎを食べ終えて、由加が朋子の手元に目をやるから、食べていいよと差し出すと、首を横に振る。そのわりにこちらが食べているのを物欲しげに見てくるのだから可笑しかった。
「食べていいってば」
「いいよ。それは朋のだから」
「気にしなくていいから」
「でも、食べ差しは……」
「しっつれいだなあ。もうあげない」
「えぇっ。今のは冗談だから!」
結局おはぎは由加の手に渡り、朋子は食べているところを眺めることになった。
朋子は顔を上げた。もう一人の見物人がそこには居て、心の中で挨拶をする。
次に来るときもこんな調子だろうけどよろしくね。
風が通り過ぎて、朋子の髪を撫でた。
綿毛のような桜の花がゆらゆらと揺れていた。
74 :名無飼育さん :2015/05/02(土) 10:55

75 :コブシ・ファミリーの明日 :2015/05/02(土) 10:58
葉巻の先から煙がのぼり、レイの表情を読み取りづらくさせる。煙が部屋に漂いだしてからどれほど時間が経っただろうか。敵が集会をひらくというバーに潜入したタグチが出ていくのを見届けてからであるから、かなりの時間が過ぎている。ミナミナは煙の向こうのボスの顔を見やる。タグチの帰還はいくらなんでも遅すぎる。敵地に赴いて爆弾を仕掛けてくるという任務は確かに一筋縄でいくものではなく、潜入工作員であるタグチでしかボスの命令を全うすることはできない。いままでもこういう類の仕事が生じた場合は一番にタグチに指令が及んだ。そしていつもタグチは敵に見つかり、身柄を拘束された。ファミリーで最も背が低いからという理由だけでタグチを潜入工作員に任命したのは早計ではなかったかという疑念がレイを除く全員の胸のうちに生じるのもむべなるかな。
ミナミナは時間を確認する。
「ボス……」
「ふむ。またか……」
レイの口数は少ない。しかし可憐な容姿と裏腹にその口から生まれる言葉はドスがきいていて、聞くものに否応なしに屈服の感情を与えた。
「仕方がない。ミナミナ、留守を頼んだぞ」
「はい」
葉巻を受け取ったミナミナが頭を下げて、頭を上げたときにはレイの姿はなかった。ミナミナは葉巻を灰皿の縁にそっと立てかける。半分以上燃え尽きているそれを立てけるのは集中力を要した。ボスがいない間は自分がこのアジトの取締役だ。耳には出発の際にレイが置いていった言葉が残っていた。
「行ってくるぜ、ベイビー」


「トモ、そいつどうすんの?」
バナナシェークをずるずるとストローで吸い上げて喉を潤したサユキが顎で"そいつ"を示す。
ジュース・ジュース・ファミリーの集会に現れた小さな工作員。名を名乗らず、ボスの名前も明かさない。その姿勢は暗躍者たるものかくあるべしといった感じで立派ではあったが肝心の工作がお粗末だった。
「背がちっちゃいからって見つからないとでも思ったのかね」
ガチャガチャとドライバーを操りながら、ミヤモッティンが言った。彼女が分解しているのはついさっきタグチが仕掛けた時限爆弾で、今はただの鉄の塊である。
子猫を捕まえるようにタグチの首根っこを掴んだトモが仲間に教える。
76 :コブシ・ファミリーの明日 :2015/05/02(土) 11:01
「てか、タグチでしょ、この子。コブシ・ファミリーの」
「ちがうよっ」
タグチは否定する。しかしタグチは知らなかった。自分が犯した数々の失態のおかけでコブシ・ファミリーの名は闇の住人たちの間で有名であることを。潜入工作員が下手くそな忍び込みの末、捕まり、毎度毎度任務が失敗に終わることで話題をかっさらっていることを。次はウチかなと各ファミリーがドキドキワクワクしながら待っていることを。
そして。タグチが現れたということは。
バーの扉が音を立てた。扉が開いた先に現れた人物にトモは目を見張る。噂には聞いていたが実物は想像よりも麗しく華奢で愛らしい。
「そこのレディー。その手を離しな」
レイはタグチの首根っこをつかむ手を指差して言った。「ボスうううっ」両足を不格好なバタ足のように動かしながらタグチが情けない声を出して懇願する。トモを始め、ジュース・ジュース・ファミリーの面々はこの二人の動向をのんびりと見守っても良かったのだが、あいにく日程は差し迫っており、付き合っている暇はないのだった。
「えっとー、レイさんだよね?」トモが言う。
「なっ。どうして名前を……。タグチ……」
「言ってません。なにも言ってません」
ぶるぶると水をかぶった犬のように高速で首を振るタグチにレイは睨みをきかせる。一悶着ありそうなところを遮って、トモはタグチを放り投げて言った。
「あの、その子、本当になんにも喋ってないから。潜入工作員としては良かったんじゃないかな。だから、さっさと連れて帰って」
床に投げ出されたタグチは起き上がりこぼしがごとく立ち上がるとレイに駆け寄り抱きつく。
「ボスうううう」
「泣くな。……敵に情けをかけられるとはな。この借りは必ずリターンするからよ」
「はい。お待ちしておりますね」
と言ったものの、内心では反対のことを考えていた。自分たちはこれからすぐに別の街へ出発する。コブシ・ファミリーがその行方を探る術に長けているとは思えず、これが最後の出会いで、見納めになるだろう。
「邪魔したな。いつか相まみえるときまで、ネックを洗って待っててくれよ」
ジュース・ジュース・ファミリーのみなさん、と捨て台詞を吐いてコブシ・ファミリーはバーをあとにした。
77 :コブシ・ファミリーの明日 :2015/05/02(土) 11:04

ミナミナは頭のなかで簡単な暗算をする。タグチの帰還を待つ時間とレイが連れて戻ってくる時間のどちらが長いかを。答えは簡単。前者のほうが圧倒的に長く、そして後者のほうは……、と思っている間に声がする。
「アイムホー厶、おまえら」
「ボス、タグチ!」
「ミナミナああああ」
涙を流して抱きついてくるタグチを受け止め、大きなカバンを下ろすのを手伝う。ミナミナは口を出さないけれど、潜入工作員がこんな目立つカバンを持ち歩くものなのだろうか。しかしレイがなにも言わないのだから、一介の構成員である自分が意見する道理もない。本当はかなり口を出したいけれど、内紛ほど無駄なものはない。ミナミナは自制のできる女だった。
鼻をかんでいるタグチを横目にカバンの中身を整理してやる。と、タグチが出しなに入れていた爆弾がでてきた。仕掛けることすらできなかったのだな。そう納得しかけたが、なにか嫌な予感がよぎった。四角いその装置に耳をあててみると内蔵タイマーが脈を打っているのがミナミナの鼓膜にひびいてきた。
「ボ…ボス……」
「ああ、どうした。タグチのバッグが気になるのか」
ちっ、阿呆め、そんなことを言いたいのではない。思わず口をついて出そうになった言葉を喉元でおさえてミナミナは爆弾の存在を教えようとする。
78 :コブシ・ファミリーの明日 :2015/05/02(土) 11:07

「なんかほのぼのしたね」
とトモが言うとあとの二人も同意する。
「トモもジュース飲む?」サユキがグラスを持ち上げる。中身は空だ。出かけるタイミングにちょうど良い。
「ううん。大丈夫、サユキは車の準備に行って。うちは片付けやっとくから」
はいよー、と手を振ったサユキだが、外に向かうはずの足がいったん止まる。
「あれ。カリン、爆弾どうしたの」
カウンターに載っていた物騒な機器の姿がどこにもない。トモも不思議がって行方を訊ねるとカリンが言う。
「ちょこっと改造してタグチのカバンに忍ばせといた。何分かしたら作動するようにセットしてね」
パチンとウインクをひとつ。愛らしい仕草とセリフとのギャップにサユキとトモは身震いをし、そして頼もしく思う。トモが言う。
「いつの間に……。さっすがうちの潜入工作員はちがうね」



ミナミナは頭のなかで簡単な暗算をする。タグチの帰還を待つ時間とレイが連れて戻ってくる時間のどちらが長いかを。答えは簡単。前者のほうが圧倒的に長く、そして後者のほうは……、と思っている間に声がする。
「アイムホー厶、おまえら」
「ボス、タグチ!」
「ミナミナああああ」
涙を流して抱きついてくるタグチを受け止め、大きなカバンを下ろすのを手伝う。ミナミナは口を出さないけれど、潜入工作員がこんな目立つカバンを持ち歩くものなのだろうか。しかしレイがなにも言わないのだから、一介の構成員である自分が意見する道理もない。本当はかなり口を出したいけれど、内紛ほど無駄なものはない。ミナミナは自制のできる女だった。
鼻をかんでいるタグチを横目にカバンの中身を整理してやる。と、タグチが出しなに入れていた爆弾がでてきた。仕掛けることすらできなかったのだな。そう納得しかけたが、なにか嫌な予感がよぎった。四角いその装置に耳をあててみると内蔵タイマーが脈を打っているのがミナミナの鼓膜にひびいてきた。
「ボ…ボス……」
「ああ、どうした。タグチのバッグが気になるのか」
ちっ、阿呆め、そんなことを言いたいのではない。思わず口をついて出そうになった言葉を喉元でおさえてミナミナは爆弾の存在を教えようとする。
79 :コブシ・ファミリーの明日 :2015/05/02(土) 11:10
「これを見てください」
「ん? なんだその機械。携帯電話にしては大きくて持ち運びに不便だな」
おいおい、そのでかい目は節穴か。歯の隙間から漏れ出そうになった本音をどうにか吸い込んで、改めて進言しようと爆弾に目をやって瞠目する。爆発間際を知らせるランプが点灯しているではないか。タグチに見せると止め方がわからないと言い出す。改造されたらしい。
ミナミナは手を震わせ、どうにか事態をボスに知らせたいが口も震えて言葉が出てこない。アジトには葉巻の匂いが漂っているが、ちびた葉巻の残りはわずかだ。それはまるでコブシ・ファミリーの運命を暗示しているようだ、とミナミナの頭によぎったのとレイが爆弾を勢い良く外にぶん投げたのは同時だった。
「不便なものはグッバイだよ」
言い終わるのと爆発音が響いたのは同時だった。風塵が壁にぶつかり、建物全体が大きく揺れた。
葉巻は燃え尽き、煙となっている。
呆心状態からいち早く我に返ったミナミナは立ち尽くすレイに駆け寄る。レイは体を揺さぶられたことで意識を取り戻し、ミナミナに向き直る。
「まさか、こんなことが起こるなんてな。アンビリーバブル」
「ボス……」
ファミリーの危機だったにもかかわらず、平素と変わらぬ口ぶりだ。
外の様子を見に行くレイの背中にファミリーたちがつづく。
強心臓というのかのんきというのか。ミナミナはレイの態度に脱力する。あの爆弾は敵が仕掛けたもので、それに気付かないなんてどうしようもないボスだと呆れていた気持ちは爆発の風圧で飛んでいっていた。
マフィア業に身を置いているからと言ってこんなスリルを味わえることはあまりないだろう。日常の退屈さに嫌気が差して踏み込んだ道。ファミリーと馬が合わないからといってあっさり鞍替えできるほど甘い世界ではない。数多あるファミリーのなかからコブシ・ファミリーを選んでよかった。
命が危険にさらされるのは怖いけれど、それにも増して日々は楽しかった。ファミリーのボスがレイでなかったら、きっとそうではない。野心はあるようだが抜けている部分もある。完璧ではないところがミナミナを引きつけていた。
80 :コブシ・ファミリーの明日 :2015/05/02(土) 11:13
レイは振り返り、ミナミナやタグチを始めとする構成員たちが見つめるなか語りだす。
「このあたりでアジトを構えているのも潮時みたいだ。こう色々とうまくいかないことがあるとそうシンクするのが自然だろう」
ボスが口にした言葉に反応してタグチが震える。うまくいかないことに絡んでいるのは大体自分だったからだ。そんな部下を抱き寄せてレイは頭を撫でる。タグチはその手つきからボスはなにも怒っていないことを悟った。毎度毎度、性懲りもなく任務失敗を繰り返す自分をボスはいつだって助けに来てくれた。貧民街でひとりきりで生きていたところに手を差しのべてくれて以来、その優しさは変わらない。必ずボスをマフィアのトップに上がらせてみせる。タグチの腕はレイの細い腰を強く抱きしめた。
晴れた日だった。心地良い風が頬をすべり、レイの長い髪の毛をなびかせる。風か。レイは天を仰ぐ。雲の動きを観察してみると、西のほうからゆるやかに灰色がかった雲が流れてきている。これは近いうちに雨が降るな。いやどうだろ、降らないかな。どうなのかな。レイには気象学の心得はない。しかし向学心はある。この地で過ごした日々は暗黒稼業で生きていくのに大いに役立つものだった。
次の地では今日までの経験が生きてくる。
レイは考える。タグチのカバンをあっちで点検してくれば良かったな、と。
今回の出会いはレイの胸にひとつの言葉を産み落とした。
「おまえら、よーくリッスンしな」
全構成員に緊張が走る。
「今日、ひとつの教訓をゲットした」
タグチがレイから体を離して次の言葉を待つ。
「全員ハートに刻み込んどけ」
「ボス、その教訓とは」
ミナミナが言う。レイは一同に会した部下共を見渡し、すべての目が自分を見ていることを確認すると、右手を固く握り、低くて通る声で言った。
「念には念をインすべし」
おおっ、とざわめきが起こる。ミナミナやタグチの顔にも感嘆の表情が浮かぶ。まさしく我々の心に刻むべき言葉だと思った。念には念を、念には念を、とあちらこちらからリピートの嵐。次第に熱気を帯びてきて、終いにはファミリー一同で教訓を叫ぶ。レイが右手を突き上げて音頭をとる。
「念には念をインすべし」
何十もの拳が天に向かって打ち込まれた。何度も何度も繰り返されるそれに気圧されたのか、空を覆うはずだった雲が進路を変える。
昼の時刻を迎えて辺りは明るい。強い光がコブシ・ファミリーを照らしていた。
81 :作者 :2015/05/02(土) 11:14
77はコピペミスです。ごめんちゃい作者。
82 :名無飼育さん :2015/05/03(日) 00:59
更新お疲れ様です

ポンコツ構成員や謎のれいれいルー大柴口調に笑いましたが続きを読みたくなります
ぜひ続編を…
83 :名無飼育さん :2015/05/03(日) 00:59
すいません
sage忘れました
84 :中島の改心劇 :2015/06/10(水) 22:29
通りに面した一軒のカフェ。テラス席でひとり、カップを傾けていると、まさにお洒落でセレブリティーな気分になるしかない、と中島早貴は紅茶に息を吹きかけながら思った。制服を格好良く身につけたお姉さんが持ってきてくれた紅茶は熱々だった。カップを持ち上げて、早速一口いただこうとした途端にヤケドした。下唇に水ぶくれができた。舌で突付いていたら皮が破れて、液が唇にしみた。早貴はそこをぺろりと舐めつつ、ダージリンの薫りを向こうへ押しやる。
早貴の仕事はアイドルだ。歌って踊り、握手をしたり、サインを頼まれたり。ファンの目に入らないところでは、ボイストレーニングやダンスレッスンに時間を費やすこともある。コンサートやイベントで週末は埋まり、家族よりもグループのメンバーと過ごすことのほうがおそらく長いだろう。つまり、忙しい。忙しいのは良いことだけれど、休みが欲しいのはやまやまだった。
あれもしたい、これもしたい。妄想もとい夢はいつも頭をめぐって、早貴はその世界を浮遊するのが好きだった。いつか海外に行ってバカンスしよう。そんなことも考えた。
大きなコンサートが近づいていた。リハーサルを昨日してきたところだ。終日リハーサルがつづいたこと、緊張と不安があることなどで、疲労が強かった。スタッフもそれを見越していたらしい。早貴たちメンバーに思わぬプレゼントがもたらされた。
熱気が冷めないカップは置いておくことにして、スマートフォンを操作する。iPhone6。画素数が購入の決め手だ。グループのブログにアクセスすると思ったとおり、めいめいテンションの高いブログをあげていた。タイトルは「オフ!!!」「買い物♪」「まったり(^o^)」「癒し〜」とある。内容はオフの一日をどのように過ごしているかを顔写真付きで報告したもので、大体想像のつくものばかり。早貴はフッと鼻から息をもらした。湯気を蹴散らすためではない。カップは今、眼中にない。
85 :中島の改心劇 :2015/06/10(水) 22:31
みんなはせっかくのオフを日常のなかに埋没させてしまっているのだなあ、と早貴は思った。自分は電車を乗り継ぎ埼玉県から東京に足を運んで、そこからさらに大人な街へと休日を過ごしに来たというのに。チェーン店とは違う雰囲気のなかで、早貴はスマートフォンを構えた。
シャッターを切ったとき「カシャアッ」と音がして、周囲の数人から視線をもらってしまった。テラスに腰を落ち着けてから、結構時間は経っていたのに、それは初めてのことだった。通りを歩く人も脇目をふらずにカフェの前を通り過ぎていって、早貴のことを気にかける様子はない。昨日、リハーサルを終えて、明くる日のオフをカフェで過ごすアイドルには興味がないらしい。
さすが大人な街だ、と早貴は感心する。
ブログの文章を書き上げて、アップする。おしゃれなカフェにいることは書かずに、ヤケドの件を言うだけに留めた。落ち着いたムードのなかの間抜けなケガ。そのアンバランスさに早貴は含み笑いをする。テーブルに木漏れ日が落ちている。首を仰け反らてみると、テラスの端に植えられた木が日差しから早貴を守っていた。緑が濃くて、季節の流れを感じる。この辺りはこういった趣向の店が多くて、ここに来るまでにもたくさんの植物が目に入った。通りの途中には広場もあったりして、都会的ななかに植物の彩りが映えていた。
早貴は深呼吸をする。一度、鼻づまりのせいで失敗した。改めて空気を吸い込んで、吐き出す。急かすものがない空間でするそんな行為はとても贅沢な感じがした。
姿勢を戻して、カップを手に取る。下唇に冷たい紅茶が染み渡った。
滅多にない一日オフを満喫したとあってか、次の日はメンバーの表情が明るかった。早貴はそれを鼻を噛みながら見ていた。もはや流行を過ぎた花粉症に今頃なってしまうとは。メンバーは早貴を心配したり、からかったりしたあと、ちょっと怒った。そう、大きなコンサートが控えているからだ。体調管理もアイドルの仕事のうち。健康を保ち、日々の積み重ねが次のステージを呼んでくるのだ。
86 :中島の改心劇 :2015/06/10(水) 22:33
わかっちゃいるけど、なってしまったものは仕方がないじゃないか、と早貴は言いたいが目が痒くてそれどころじゃない。鼻をかみすぎて、鼻の下が肌荒れしている。ヤケドも治っていない。泣きっ面に蜂だね、と言われても意味が理解できなくて首をかしげるしかない。弱り目に祟り目ってこと、と言い直される。わからない。見かねて他のメンバーたちも口を出してくる。もう、踏んだり蹴ったりって意味だよ。すっとこどっこいとか。類は友を呼ぶ、かっこアンラッキー版的な。ていうか要するにバカでしょ、わははは
。と盛り上がる面子を前に、早貴はティッシュペーパーを目にあてる。泣いているのは、花粉症のせいだ(中島談)。
そんななか、リーダーはやはり違っていた。姿が見えないと思っていたら、早貴に差し入れを買ってきてくれたのだ。早貴はますます涙があふれてきて、さっそく差し入れの品の封を開けさせてもらう。可愛いアザラシがパッケージデザインされたティッシュボックスからしっとりしたティッシュペーパーを取り出して、涙をふく。ついでに鼻をかみ、そして新しい一枚を取り出す。その様子を見て、リーダーは笑顔である。他のメンバーもなんだかんだ言って、花粉症の対策を教えてくれたり(もう遅いのだけれど)、よく効く薬をおすすめするなど気遣ってくれる。それらに感謝を述べながら、早貴は思いを新たにする。いつか海外にバカンスに行くときはみんなと一緒に行こう。一人でなんて格好つけようとするのは中島には合ってないんだ、と。
リーダーが今日の予定をみんなに周知して、最後に、来たるコンサートに向けて短く言葉をつないだ。ここまで毎日続けてきたことが大きな舞台へつながってきた。本番まで残りわずか。今日も目指す目標への一歩である。少しずつ進むことをこれからもみんなでしていこう、という朝から胸に迫ることを言ってくれるので、ティッシュの減りが加速する。
早貴は気合の鼻かみをひとつする。束の間だけれと、鼻のとおりがよくなる。早貴には目指す目標がたくさんある。自分の理想を叶えたい欲がある。そのなかのひとつが海外のお洒落なところに行くことだ。そのためにはまず早く快復すること。早貴は使ったティッシュペーパーを丸めてゴミ箱に投げ入れる。ゴミ箱には早貴の思いを反映したかのようにティッシュペーパーの山が着実に築き上げられていた。
87 :_ :2015/06/10(水) 22:35

88 :さくしゃ :2015/06/10(水) 22:48
>>82
コメントありがとうございます。
金澤・浜浦回のハロステにすべてが詰まっております。
続編は今のところ考えていないのです…。
89 :ぬん! :2015/06/26(金) 01:53
「ねえねえ、金澤ちゃん」
名前を呼ばれ、条件反射で体は動いたものの、耳に入った声は聞き慣れないもので、呼ばれた瞬間には相手の顔が思いつかなかった。
そこには小さい人がいた。モーニング娘。'15の石田亜佑美さんだった。

キラキラと光を反射している茶色い瞳が私を見上げている。ハロプロに加入して数年が経つが接点は無いに等しい。そんな年下の先輩が甘えたような声で、なんの用だと言うのだ。
「どうかしたんですか」
「うん。あのねえ」
ともじもじして、口ごもる。口の動きとか体の作りのトータルバランスが小動物めいていて、私は頬がゆるむ。
「なんです?」
「ウチね、実はぬんとぅんなんだ」
「なるほど。そうだったんですね」
私は、ちょっと失礼します、と断ってから石田さんの全身を子細に調べる。髪の毛をめくり、頭皮を叩いてみたり、ジャージを下ろして面積の小さいお尻を上から下まで視線を巡らせたり。ほっぺたを両手ではさんで上下に動かしてみても、おなかを拳で押し上げてみた。実感はない。
「石田さん、勘違いじゃないですか」
「本当だよ。ウチはぬんとぅんなの」
「そうかなあ」

家に帰り、この話を妹にしようとしたところ、自宅には誰もいなかった。夕食を過ぎた時間に帰宅したのだが、いつもならみんな揃っているはずの家族はいない。
私は部屋を駆けた。ケージを覗いた。灰色の毛をしたハムスターがいた。それからまた駆けた。
自室のドアを開けた。いない。バタンバタンと開け放たれたドアが壁にぶつかる音が夜の静寂に殴り込みをかけた。
結局、愛する我がペット、ぬんとぅんこと猫太郎は家のどこにもいないのだった。
90 :ぬん! :2015/06/26(金) 01:55
フッと力が抜けて、頭に送る酸素も無くなって、疲れてしまったので、私はベッドに倒れ込んだ。
スマホにメールが届いていた。
「明日はお世話になります。 愛理」
愛する我が先輩、尊敬する憧れの先輩に返信を済ますと、そのまま瞼をおろして、朝になった。

脳が目覚めを知覚し、それ私が意識したとき、おなかが押されていた。温かいそれによって。目を開けて、目玉だけを動かした。
胸の向こうに小さな山ができていて、それはニャアと鳴いた。
どんな目覚し時計も叶わない目覚めの音だった

私は両腕をぬんとぅんに伸ばして、ふわふわの毛並みに触れた。するとぬんとぅんはぽっちゃりした体の、ぽっちゃりしたほっぺたをもそもそと動かして、はっきりと言った。
「鈴木さんが泊まりにくるんだよね。ウチも一緒でいいでしょ」
私は両手をぬんとぅんの首までずらした。ぬんとぅんはまた鳴いたみたいだけれど、起き抜けの状態ではよくわからなかった。
91 :_ :2015/07/01(水) 23:59

92 :夏が来た :2015/07/01(水) 23:59
◇◇◇
夢を見た。

私はどこかのステージでライブをしていた。歌いながら、目をきょろきょろさせると、上手のほうにみやがいて、いつもみたいに長い睫毛の先までライトを浴びて、客席を自分のものにしていた。私はフォーメーションの都合で、客席から離れた位置、つまりステージの奥に笑顔はそのままで移動する。そこは野球で言うところのキャッチャーみたいに全体が見通せた。

梨沙子が真ん中にいて、その歌声をステージにも響かせる。振り付けは、歌う人を中心に考えられるから、私などはハンバーグセットで言うところのパセリみたいなものだ。隣の茉麻はどう思ってるのかな。左手のマイクは未だ活躍の場面を待っている状態。PAさんも楽だろうな。と、思ってたら、ユニゾンが来たよ。やったー。キャプテンと目を合わせて、ワンフレーズに緊張する。あとを引き取ったももなんかはお尻を振りつつ前に出ていくんだから、同じ年数を過ごしてきた感じがしなくて、私は笑顔でいるしかできなくなる。

が、不意に私は目を丸くした。あれ。ももの髪形が変だぞ。年齢に合わないだとか、見た目がおかしいだとか、かつてクソ味噌に言われてきた例のなんとか結びがさっぱり無くなっていた。いつの間に断髪したんだ、嗣永。
軽くなったであろう頭を振るたび、染めたことのない黒髪がさらりさらりと視界を横切った。
それだけのことだけど、私は笑顔を保つのに苦労した。
93 :夏が来た :2015/07/02(木) 00:01
◇◇◇
夢を見た。
今年の夏こそは海に行こう。私は日焼けするリスクも構わずに、海水浴という素敵なイベントに出かけたい旨を家族に主張した。ところがだ。誰も私に賛同しない。それどころかみんな同じ表情を浮かべており、どこか呆れていて、諦めていて、気まずそうである。曰く「水着はダメってことになってるでしょ」父も母も姉も妹もバズ・ライトイヤーも苦笑している。さらに母に至っては「リハーサルもあるんだからどうしたって無理」などと業界人ぶった挙句に溜息までつく始末。

数日後、私を除く姉妹はそれぞれ日を別にして、友達と海へ遊びに行った。毎年欠かさず行っている。小さい頃は無邪気に出かけ、長じるにつれて、申し訳なさそうな態度を見せていた彼女らは、近年は原点に戻って、なにも気兼ねせずに日焼けした笑顔で帰ってくる。

私も出かけた。水着の代わりにジャージが詰まったカバンがお供だ。目的地にビッグウェーブはあるのだろうか。家のドアをくぐり抜けて、歩き出す。
家族はそこを泳げない。
94 :夏が来た :2015/07/02(木) 00:02
◇◇◇
夢を見た。

青い空、白い雲、果てなく広がる大海原。照りつける太陽に眉をしかめる一方で、私の胸は高鳴っていた。眼前に迫る天然のプールが腕を広げて私を待ち構えていた。私は舞美を見た。彼女は浮き輪に空気を入れていた。20歳になっても彼女は優しく、可愛くて、間抜けだった。

空気入れを持ってきてくれるはずが、それは家に置き去りにして、水着を服の下に着てくることは忘れずに、はりきって湘南までやって来た。
舞美は浮き輪の空気挿入口に直接口をつけて、ふーふーとやっている。見よ、これが人間空気入れだ!とばかりに浮き輪があれよあれよと太っていく。私のも膨らませてくれて、こっちによこした。笑顔つきで。

毎年恒例の海遊び。来年も一緒に来ようね、と言ったら、波のせいで聞こえなかったらしい。聞き返すのをそのままに、私は砂浜を走った。
私は振り返らない。舞美はすぐに追いつくだろう。彼女の足が速いことはずっと前から知っている。
95 :夏が来た :2015/07/02(木) 00:03
◇◇◇
夢を見た。

オセロの駒が白半分、黒半分でできているように、世間というものには二つが合わさって一個になっているものがある。
私がここで、クリームと生地という二つのもので構成されているシュークリームを例に持ち出さなかったのには訳がある。シュークリームを噛じります。生地の中からクリームが見えます。その状態はすなわち、二つが一遍に目に入っていることを示すわけで、私が述べたい事柄からは離れてしまうのです。

つまり、オセロの駒は白を見たいときは白い面を、黒が良いときはひっくり返して黒い面にする。しかるに、どっちも一度には見られないという訳だ。
これと同じことが日本全国で多発しており、私の近辺では、主に東京は中野サンプラザで発生する。ステージに立っているときはライブを見れない。客席にいるときは客を見れない。ライブを見たければ映像を頼るしかない。シュークリームだ。

私の望みはこのシュークリームである。ステージにいる私、それを客席で見る私。どちらも一時に味わいたい。なんとも甘い幻想である。
因みに、客は美少女しかいない世界を見れるのに対し、美少女は美少女の少ない世界を見ざるを得ない現象をビジネスの結果と呼ぶ。
96 :夏が来た :2015/07/02(木) 00:05
◇◇◇
夢を見た。

YouTubeを止めて、電話に出た。相槌を何回か打って、わかったわかったをバイバイの代わりにして電話を切った。ホーム画面にPM06:30と表示されていた。それを見て、私はニヤけた。母に妨害されたYouTubeをあらためて再生する。
大学入学を機に両親がプレゼントしてくれたノートパソコンは、レポートを書くよりも、パワーポイントを作るよりも、アイドルのMVを見ることに電子回路を機能させた。

Berryz工房の最新シングルはなんと舞波がセンターに抜擢されて、私は情報を知ったのが電車内であったにもかかわらず、立ち上がり、ガッツポーズを決めて、駅近くのタワーレコードで初回限定盤から通常盤から全6種類を各5枚ずつ予約した。
しがない苦学生の身分ではそれっぽっちしか彼女たちに貢献できなくて歯噛みするのだが、握手会で舞波にセンターのお祝いを30回言ってあげられる喜びの前ではそれも霧のようにぼやけてしまった。おめでとう舞波。やっぱり頑張ってれば神様やつんくやプロデューサーは見てるんだね。
その日、私が興奮してしまって、寝付くのに苦労したことは言うをまたない。
そして、この日がBerryz工房が解散を発表するちょうど一ヶ月前だった。
97 :夏が来た :2015/07/02(木) 00:07
◇◇◇
夢を見た。

私の頭の上に声が降ってくる。「ちぃ、また寝てるよ」茉麻だ。「寝かしときな」これはみやだ。シャッターの音がして、誰かが隣に腰を下ろした。ソファの弾み具合からして、茉麻じゃなくてみやだろう。

みんなは昼公演後の休憩時間だというのに、なんと、ぐうたらくっちゃべっている。睡眠という古来から伝わる体力回復法を実践するという発想がないらしい。夜公演は千秋楽だから、客の期待も大きい。私は私のペースを乱さずに眠っていた。

「いやー、もうすぐ11周年かー」「まだまだ先でしょうが」「あたし数えてみるね」「いい、いい、やめて。自覚したら泣くから」「あー、わかる」「発表すんのが夏ハローじゃん?」「うん」「やっぱもうすぐって感じするよね」「うーん。あっと言う間だろうね」なんの話か全容が掴めない。声の調子が揃っているのが気になった。明るい振りをした暗いトーン。「無期限の活動停止ってねー」え。なんだそれは。雑誌の休刊みたいなものだろうか。で、なんの話だ。「メロンさんが解散したとき、ついにって思ったけど、ウチらもそう思われんのかね」「予想はある程度されてるでしょ」「でも、話し合った結果だから、さ」待て、だからなんの話だ。解散ってどこのウチらだ。横からも前からも上からも知らない言葉が行き交っていた。

さっきからあの声だけがしない。どうせまた一人でほっつき歩いているんだあのぶりっ子は。あいつを捕まえて話を聞こうと思うのに、私は瞼を開けることができなかった。
98 :夏が来た :2015/07/02(木) 00:08
◇◇◇
夢を見た。
アニメと言ったらプリンセスと冒険の物語、そうディズニーアニメ、あるいは友情と冒険の物語、そう、ピクサーアニメの私であるが、さすがにドラえもんはカバーしている。もっとも大人になるにつれてドラえもんからは卒業してしまったのだが。
ドラえもんのひみつ道具にもしもボックスなるものがある。

もしも、私がハロープロジェクトキッズのオーディションに落ちていたら。私以外の14人が今ごろハロプロ入りして、訳もわからないまま大人の言うがままに生きていくのだろう。そして10年経つと、色々あったけど幸せだとかなんとか言って泣くのだ。20歳を過ぎても子供だと評される私であるが、子供のままでいられる人間がいるのならば、世界はもっと無秩序で無邪気で清らかだっただろう。

電話が鳴った。どうやら私が応対する雰囲気だ。出る。習ったとおりにアップフロントがどうのと名乗って、相手の出方を見た。幼い声、緊張しているのか、しどろもどろである。オーディションがなんとか言っている。私はなんと答えるべきか。
大人に惑わされてない?
あなたはあなたの意思でオーディションを受けるの?
何年するつもりなの?
家族のことは考えてるの?
ふいに私は喉がつまった。伝えたい言葉をなにかがぎゅうぎゅう押さえつけた。
この子に憧れをもたらしたアイドルも、ただの大人の一員になっていた。
99 :夏が来た :2015/07/02(木) 00:09
◇◇◇
夢を見た。

三者面談という名のぶっちゃけ大会が学生時代で一番嫌いだった。教師だけでもイヤなのに、親までセットで私の本音を聞こうとする。
将来のことどう考えてるんだと教師が聞いた。正直に、なにも考えてないと答えると、教師は成績のデータ表に目を落とし、親からは頭をはたかれた。
同級生ははっきりとしたことを言わなかったけれど、その後の彼らを見ると、あの頃から進路を決めていたに違いなかった。

目の前のことすら霞がかっているのに、手も目も届かない世界のことを予測するだなんて、どうしてみんなはできたのかな。私の同級生たちは実は天才だったのかもしれない。
高校生になって、記念すべき最後の三者面談があった。もうこんな嫌な時間ともおさらばだ。最後だから私は真面目にプリントの進路予定という欄を埋めてやった。枠からはみ出るくらいに大きい文字で、アイドルという目的地を刻んだ。
18歳の私を欲しがる事務所はなかったけれども、アイドルになる気がない私は別に困らなかった。
100 :夏が来た :2015/07/02(木) 00:10
◇◇◇
夏が来た。

ついに、ついに、この瞬間がやって来た。手帳を開く。何度も繰り返した動作のために、折り目がついて、そのページはすぐに私の前に姿を見せた。
7月。一枚めくって8月。
見事に真っ白だ。予定がない。嬉しい。
実際はアドバイザーの仕事があるから、ちょくちょく会社に行かなくてはいけないが、それらを書き込むのはあとにして、まっさらな夏休みをしばし満喫する。

子供のときからコンサートに次ぐコンサートで、普通の子みたいに遊びまくりたいといつも思っていたものだ。ついに念願叶ったり!さて、どこに遊びに行こうかしら。
るんるん気分で想像の羽を伸ばす。しかし、ちっとも案が浮かんでこない。
空き時間がたくさんできて嬉しいけれど、なにぶんそれに慣れていない。13年もののハードはバージョンアップに手間取っていた。
仕方がないので、ぽけーっとした。頭が動くように、頭を空っぽにする。

そうこうするうちに、少しずつイメージが湧いてきた。
誰を誘おうか。
またぽけーっとした。ハロー以外の友人は平日は忙しい。土日に出掛けるのか。週末を24時間好きに使っていいものだろうか。
友人はあとまわしだ。
そうなると、私と予定が合いそうなのはキャプテンしかいない。
さて、どこへ行こうか。
せっかくの夏休みだ。行ったことのないところがいい。となると、答えは簡単である。
101 :夏が来た :2015/07/02(木) 00:12
キャプテンに連絡を入れると、彼女も異論はなかった。チケットは私が手配する。買うグッズのリストはキャプテンが。と言ってもTシャツくらいしか買わないと思うんだけど、キャプテンのことだからコレクション生写真とかをこだわって買うつもりかもしれない。やりそうだもん、あの人。
ホームページによると、一般発売は今度の土曜日。私は決戦のときを待った。土曜日になった。私は定時にサイトにアクセスした。アクセスが集中していた。めげない。私の粘りが勝って、チケットの入手に成功した。キャプテンと連番、もちろんファミリー席だ。

私はカラーペンを持った。まっさらな土曜日に予定を書き込む。キャプテンとハロコン。こういうとき、参戦という呼び方をするのだと、どっかでファンの人が聞いてないのに教えてくれたことがあった。変な言い方だといまでも思う。
舞美には見終わったあとにLINEしよう。きっと驚く。だか、あの子なら来てることに気付くかもしれない。目が合うかもしれない。二階なのだけれど、そんな気がする。

ハローの子たちは、ライブを宣伝する際、「遊びに来てください」という言い方をする。
現役のときはしっくり来なかったそれが、今はなんとなく分からないでもないという曖昧な感じ。
手帳を閉じて、テーブルへ置いた。ベッドに寝そべって、昼寝の体勢をつくった。
最近になってわかったが、どうやら私は結構ハロー!プロジェクトのファンであるらしい。
私は横になりながら、笑うのをこらえきれない。無性に愉快だった。
私はまだ寝ないうちから確信した。今度の夢はきっとものすごく楽しいものになるに違いない。
102 :_ :2015/07/02(木) 00:12

103 :名無飼育さん :2015/07/02(木) 00:15
更新しました。

お話となんの関係もありませんが
knzwさん、超HAPPY BIRTHDAY!!!
104 :名無飼育さん :2015/07/02(木) 01:18
更新お疲れ様です
千奈美のブログが元になってるんですかね?
読んでてなんだか感動しちゃいました
105 :さよならスマイル :2015/07/06(月) 23:15
花音ちゃんの笑顔なんて見たくない。
106 :さよならスマイル :2015/07/06(月) 23:16

107 :さよならスマイル :2015/07/06(月) 23:18
私と花音ちゃんは成長するにしたがって、物の見方や興味が変わっていき、見た目なんかは正反対になった。
中身のほうは、たまに堅い握手をして、それ以外はお互い背中を見せ合っている。
小学生のときから花音ちゃんを見てきた。背の伸び具合を知っているし、唄い方が変わったなあと思ったり、泣いてるところも見たし、笑ったり、はしゃいだり、私たちは長い時間を過ごしてきた。

デビューしたときは緊張したし、嬉しかったりしたけれど、パパやママみたいな人たちはパパやママしかいないんだなって確信したときには、グループは嵐のなかにいた。あの子が辞めちゃって、私は、もう、私たちのグループじゃなくなったと思った。
オールも舵も無しに航海する船の図が頭に浮かんだ。誰が船を進めていくのかを私は知らなかった。
花音ちゃんはそんなときもコンパスや知識を頼りに針路を見つけようとしていたのだとこの頃になってわかりだした。

私が興味あることは大抵花音ちゃんの射程範囲に入れてくれない。どんな距離でもアウトオブ眼中。だから花音ちゃんを仏像さんで例えてあげても、前髪をカールさせるのに夢中で聞いてくれないんだ。楽しいのにな。
仏像さんのなかにはアルカイックスマイルという微笑みを浮かべてらっしゃるものがあって、私はその趣きに心を打たれまくっている。猫の髭みたいに細い目と、小さな口元。なにも言わない、仏像さん。なにを思ってその笑みを浮かべてらっしゃるのか、その思念の奥底に触れようとするのだけれど、若輩者の私には海の水をすべて掬おうとするより難しい。
108 :さよならスマイル :2015/07/06(月) 23:19
そう思うと、花音ちゃんについてはまだわかる。
花音ちゃんの顔に妙ちきりんな笑みが浮かぶのは、後輩が何かしているのを脇から見ているときとか、大人に意見を言ってみるんだけど、1割言ったきりで残りの9割を心に仕舞った瞬間とかだ。
「福田はいろんなこと考えてるんだなあ」「そんなアイドルいますかね」「こちらの想像を超えてくるな」
「うぎゃあああ」「うおらああああ」「福田さああああん」「どぅいーん」
私はすかさずわが同期に目をこらす。すると彼女は予想通りの結果を示す。私なら唇を山みたいに勾配をつけて不満をアピールするところを、花音ちゃんは山の反対、谷を口元に作って、それに合わせて目を細くする。顔の筋肉をどう動かせば笑って見えるかをわかっている。
楽屋で後輩と遊んでいる花音ちゃんは楽しそうな顔をしていて、それは本心だと思う。
私も輪に加わってはしゃぐ。楽しい時間が過ぎるほどに、花音ちゃんと距離ができていく気がした。

花音ちゃんはラジオ番組のレギュラーをするくらいだから、話すことには長けている。MCも面白い。確実に言えるのは、私よりは音声伝達が上手なことだ。こういう点があの笑顔の土壌になるのかな。話せば相手に伝えられると思う花音ちゃんだから、話さないことが出てくるんだ。

ねえ花音ちゃん、私はリーダーなんだってさ。最年長だから。生まれたのが早かっただけの理由で、私はみんなよりもたくさんの大人にいろんなことを言われてきたし、みんなのことを考えるようになった。
ここ最近の私たちはやけに同期としての関係を大事にするようになってしまった。私も花音ちゃんもいい年頃になった。同じように年をとってきたというのに、もしかして、私は花音ちゃんに気を遣わせる大人になってしまったのかもしれない。
気になることだらけだ。花音ちゃんはなにを考えて過ごしているのだろう。
109 :さよならスマイル :2015/07/06(月) 23:21
呼び出すことなんて珍しいからか、花音ちゃんはあやちょらしくないね、て言った。真面目な話をしようよ、て前置きとかわかんないから思ったまんまを伝えたら、例の表情をされた。あやちょったらなにを言い出すの的な面持ちだ。
私は言葉を口にするのを補完するために、不動明王の気分で目に力を入れた。怒りすら身に纏った雰囲気で、徹底的に話し合う態度を見せる。
意思伝達の道具として、態度を重視していると、自然、それを見極める目になっていく。
私は花音ちゃんの笑顔なんて見たくない。
嘘を態度であらわす人を花音ちゃん以外に私は知らない。
110 :名無飼育さん :2015/07/06(月) 23:22
 
111 :名無飼育さん :2015/07/06(月) 23:41
更新しましたん。

>>104
そうです。千奈美ブログを読んですぐに書きました。


(p.s『案内板』と『小説板自治スレ』を一読くださいませ)
112 :vjVe6DgTdncW :2015/10/12(月) 15:01
TYVM you've solved all my prlmeobs
113 :困ったなあ :2015/10/15(木) 00:39
運動を小さい頃からしてきたから、体を動かしたあと、自分がどうなるかは大体わかっている。
まぶたが重くなり、体は地面と平行になりたがる。
つまり、めっちゃ眠たくなる!
「春水もそれわかるわー」
と同期は頷いてくれるけれど、移動のバスなどで彼女が寝ているところを見たことはない。春水ちゃんが眠るより早く私が目をつぶってしまうからだ。
周りをメンバーに囲まれていて、安心して寝られるというのもある。
隣の席の誰かに肩を貸してもらうのがじつはこっそり好きだったりもするんだ。
一年間の芸能人生活で、眠りが大切だと実感したし、私はメンバーの前で眠ることになんの抵抗もなかった。

けれども。
眩しさを感じた。目を開けると、先輩メンバーがその同期の寝顔を撮っているところだった。
現代社会において人々はデータの生産に忙しい。
日頃は尊敬している先輩たちだけれど、無抵抗な人で遊ぶのはいかがなもんかと野中は思ってしまあのですよ。
まったく、困ったなあ。
けど、撮られてるほうはいつも気にしてないみたいだし、別にいいのかな。
そう思っていた。
あるときだった。近い! 目を開けたら、間近にスマートフォンの背面が!
わわわわわわわ。慌てていたら、にひひとその人は笑っている。
起きぬけで、取り繕った反応もできないままに、ブログに載せていいか問われて、「どうぞ」と答えた。
114 :困ったなあ :2015/10/15(木) 00:41
まったく、困ったなあ。
このさき、寝顔を撮られるのが普通になるんだろうなあ。別にどうしてもイヤってことじゃないけど、あんまりいい気もしない。
やっぱりそっとしといてほしいのが本音だ。
安眠できるのは家だけ
あれ以来、私も何度かパシャリとされた。撮影者は近くの席の誰かである。撮られたことに気づかないことが多かったけれど、時々は起きているときもあった。気配を殺したような気配が近づいてきて、フレームに私を収めようとする時間のあと、そっと目の前の空気が涼しくなる。私は目を開けたあとの会話をシミュレートしてから、眠りに落ちるべく無心になるのだった。

あるとき、隣の席が鞘師さんになった。春水ちゃんは通路をはさんだ隣の席から、「いいなー」と訴えてきた。
私はそれに笑顔を返して、座る位置を整えた。
この状況はいつになっても緊張する。
新幹線に乗っている時間は長い。私は鞘師さんと少し話したあと、寝ることにした。鞘師さんはイヤホンを耳に付けていたので音楽を聴いて過ごすのだろう。
メンバーの話し声も小さくなっていた。
起きたとき、まだ早かったな、と思った。到着までやや時間があった。二度寝するには短い、そんな時間。
まったく、困ったなあ。
横を見る。声をあげなかった自分はすごいと思った。「あ」の形をした口は「か」と言うまえに動きを止めた。「かわいい」なんて言ってしまって、起こしてしまいたくなかったのだ。
鞘師さんはイヤホンを付けたまま眠っていた。窓に寄りかかる格好で、右のほっぺたがこちらを向いている。触れる距離にそんなものがあって、こんな良い目に遭っていいのかなあ、となにかに申し訳なくなるほどだった。かわいい。かわいい。かわいい。
115 :困ったなあ :2015/10/15(木) 00:42
膝の上のカバンを抱きしめると、ギュウと布が痛そうな音をたてた。中に入っているものたちも苦しがっているにちがいない。
新幹線は滞りなく私たちを運んで、目的地に到着した。ホームに降りると、座り通しだった体が生き返った感じがした。
集団は人の流れのなかを途切れないように進んでいく。
前を歩く先輩たちの背中のひとつもしゃっきりとしていた。
「おーい、野中っちょやーい。聞いてるー?」
「え」
「あー、春水いまめっちゃうまいこと言うたのにー」
「え、なに言ったの」
「教えたらんし」
ごめん、ごめん、と言いながらも、意識は前に残したまま。
ああ。まったく、困ったなあ。
惜しいことをした、なんて思ってしまうとは。
116 :名無飼育さん :2015/10/15(木) 00:45
更新しました。
ちぇるさんのお話です。
117 :おんぶ :2016/03/12(土) 19:53
楽屋には佳林と朋子がいた。他の三人は遅れてやって来る予定だった。
暇つぶしにキャッチボールをする。替えの靴下を丸めたものがボール代わりだ。
「ほーい」と佳林。
「うぇーい」と朋子。
投げ方は適当だ。取るのも下手くそ。暴投も多かった。
「そりゃ」
と放たれた靴下が、伸ばした腕より高いところを通過する。
靴下は天井にぶつかってから、ロッカーの上に落ちた。
朋子はロッカーを見上げ、投げた佳林も横に並んで、上を見た。
佳林は横を向き、
「おんぶ」
「は?」
と朋子。
「なんで」
「いいじゃん」
ん、と佳林はロッカーの上を指差す。
「靴下、とる」
軽く背伸びをしてみせる。朋子はため息をついて、背を向けてしゃがんだ。
佳林をおぶって、朋子は立ち上がる。佳林はロッカーの上に腕を伸ばす。
「とれた?」
「うん」
佳林は朋子の背から降りて、靴下を見せた。朋子は
「もう、やめとこっか」
「そうだね」と佳林。
ソファに並んで座る。
「ねえ」と佳林。
「ん?」と朋子。
佳林は靴下を持ち上げる。
「これさあ、ともが背伸びしたらとれたんじゃない?」
朋子は、あー、と言い
「そうかもね」
と言った。
「なんで?」
と佳林が言うと、朋子は
「いいじゃん」
と言う。
佳林は朋子の横顔を見ている。
「いいんだ」
朋子が佳林を見る。
「そうかもね」
ドアが開き、メンバーらが入ってきた。
「なんでおんぶしてんの」と紗友希。
朋子の背中に佳林はいた。由加が言う。
「どうしたの、二人とも」
佳林と朋子は顔を見合わせ
「ちょっと」と佳林。
「筋トレを」と朋子。
紗友希が佳林の横腹をつつく。あかりはその反対からつつく。
佳林が暴れるので、朋子は楽屋を歩き回る。追うあかりが
「筋トレになってるかーい」
と言う。
「わかんない」と朋子。
「意味ないじゃんよー」
と紗友希が言う。あかりが追いついて、
「とも、あたしもして」
と言う。
朋子は首を振る。
「なんでー」
と言うのにも首を振ったが
「いいじゃん」
と言うのに応えるには、佳林と朋子の笑いが収まるのを待たねばならなかった。
118 :名無飼育さん :2016/03/12(土) 19:55
更新しました。
ともかりん。
119 :おとな :2016/04/01(金) 18:38
佳林は見てしまった。朋子と由加が二人でホテルに入るところを。どうして佳林がそんなところにいるのか、そんなこと、知ろうとしてはいけない。並べ終わったドミノが飼い猫の飛び蹴りによって鮮やかに崩壊していくときのように頭を真っ白にさせるのが吉だ。

ーーー大人の情事だっ

佳林は入り口付近に身を潜めてそう思った。どうして清純で可憐な佳林がそんな言葉を知っているのかなんて気にしてはいけない。佳林も17歳。屋久杉で言ったら2歳くらいだが、ミズスマシなら1700歳くらいの大人だ。
入り口の様子を窺う佳林。その手にはスマホが。

ーーーこれでリーダー、サブリーダーも形無しね。

エースのポジションにいてもすべてが意のままに進むわけではない。もっと輝くためには障害は減らすに限る。
佳林はほくそ笑む。
と、肩を叩かれた。リストラだ!とビビったけれど、振り返った先にいたのは社長のN氏ではなく
、見知らぬ男だった。
曰く「署で話を聞こうか」
明くる日は晴れで、ぽかぽかで、絶好のレッスン日和だったにも拘らず、メンバーは揃わなかった。左右対称に広がる隊形。その中心は空いている。
由加が

「電話してたのってこういうことだったんだ」

と朋子に言うと、彼女は微笑んで

「ま、ああいうところで誰かに見られてないか気を付けるってのは、大人の常識ですから」

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