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続飼育支部

1 :みおん :2011/12/04(日) 17:18
今回はゆるゆる更新です、たぶん。
またも小ネタ中心になると思います。
237 :幼さと初恋は夏空に、似る :2015/01/31(土) 02:30
背の高い書架の後ろに隠れたのは、保健教諭の後藤先生だった。
せんせ、なにしてるんですか。
ビックリしすぎて声が出ないまま、口だけがパクパクと動く。
後藤先生は唇に人差し指を当て、しーと小さな声を出した。
何かあったんだろうか。
もう一度、紺野と亀井は顔を見合わせる。
バタン。
また扉を開ける大きな音がした。
入ってきたのは、レズ疑惑が流れている音楽の中澤先生だ。

「後藤先生見ぃひんかった?」
「私たち、ここで作業してたけど誰も来ませんでしたよ。ねぇ、紺野さん」

亀井は何食わぬ表情で中澤の質問に答える。
紺野にも視線を送り、同意を促してきた。
図書館内にエアコンの送風音が空気を読まずに響き渡らせる。
喉を通る唾音がごく、り、と紺野の耳に大きく鳴った。

「う、うん」

間を置いて頷きながら返事すると、中澤先生は驚いた顔をした。

「ほんまか」

どこ行ったんやろ。こっち入ったと思ったんや。
ぶつくさと呟きながら、中澤先生は去っていった。
ドタドタとえらい足音だったが、徐々に消えていき図書館に静寂が戻る。
ほーっと二人分のため息。
いや、三人分だ。
亀井も紺野も中澤の気迫に圧倒されて、後藤の存在を忘れていた。
そのぐらい気配を消していたのだろう。
突然、亀井は書架の前から窓際へと駆け出した。
ガラスにべったりと両手をつけ、下を見ているようだ。
夏の暑さを忘れる図書館内の涼しさと青空がやたら近くに感じる。
238 :幼さと初恋は夏空に、似る :2015/01/31(土) 02:36
「だーいじょうぶ! 中澤せんせー、隣の校舎へ戻ってるよ」

ほらほら、と窓の外を指さし、満面の笑顔を見せる。
その表情が紺野には思いつかなかった青春とやらを高校で亀井が楽しんでるのだと思わせた。
あさ美ちゃんは大人っぽいから。
よく投げかけられる言葉とは対照的な屈託のない無邪気な亀井の笑顔に、紺野は羨望を覚えた。
紺野はゆっくりと窓に近づき、中澤先生の後ろ姿を確認する。

「ほーらね」
「亀ちゃん、サンキュー。いやー、マジグッジョブ。先生見とれちゃったなぁ」
「そーっすよねぇ。さすが亀井絵里って感じー、ですよねぇ」

途中までタメ口だったが、気づいたのか慌てたように丁寧口調に直す。
亀井は後ろを振り返り、後藤へ近づいていく。
と、狙ってたかのように石川が奥の教務室から出てきた。

「そろそろ休憩するぅ?」

紺野は窓の外の青空を眺めていた。
図書活動に疲れた、というより他人にペースを乱されたかっこうだ。
青春か、と知らないうちに呟く。

「はい、アイス。みんなには内緒だよ」

明るい声に釣られ振り向くと、石川は水色の箱を持ち出してきた。
爽、ソーダの文字が見える箱だ。

「いただきまーす」

亀井は石川から奪うように箱から棒付きのアイスクリームを小分けにした袋を二つ取り出し、片方を紺野へと差し出した。
あ、ありがと。
紺野の感謝を言い終わらないうちに、亀井は袋をあけ食べ始める。

あら、後藤先生いつの間に?
ちょっと追いかけられてさ。
また?
喉乾いた。
アイス食べる?
うん、ちょーだい。

先生二人の会話が耳に入ってはくるけれど、さっきまでの集中力から解放されて冷たさと甘さが口に広がる。
どうせならソフトクリームが良かったなぁ。
239 :幼さと初恋は夏空に、似る :2015/01/31(土) 02:37
「おいしいね」

はっ、と顔をあげると亀井の顔が近くにある。
ちょっと視線を反らすと、紺野はうんと頷いた。

「食べ終わったら再開ね。後藤先生もそろそろ保健室戻ったら?」
「そーする。亀井ちゃんもありがとね。あと、そこのキミも」

ありがと。
はにかむように笑い、バイバイと手を振る。
こちらも振り返すと後藤は背を向け図書館から出ていく。
亀井は紺野の耳へ口を近づけ、惚れちゃうよね、と上ずった声を出した。
同性なんかを好きなの?
耽美な小説にはちょいちょい出てくるエスの世界、あれは想像だから物語のエッセンスとして機能していると紺野は思っていた。
本当にいるなんて。

「さて五時までには終わらせようね。今、三時前だからあと一時間!」

お願いねと声をかけて、ゴミを片付けながら石川は教務室へと戻っていった。
よし、あとちょっとだから頑張ろうね。
うん。
二人は声をかけあい、作業を再開する。
紺野の大好きなシリーズ小説までやってきた。

「えー、なにこれぇ、似たようなタイトルばっかじゃーん」

覚えられないよー。再開してすぐに亀井の泣き言が図書館内へ響く。

「うるさい。図書館は静かにって習わなかったの」

先程まではペースを乱されていたが、休憩のアイスクリームでずいぶんと持ち直せた。

「私の好きな小説を侮辱しないで」

ぶじょく?
よくわかんないこと言うなら、紺野さんが一人でやればいいんじゃない。
亀井が睨みつける。
紺野は視線を目録カードへとうつし、分類番号作者名題名を言う。
復唱は返ってこない。
240 :幼さと初恋は夏空に、似る :2015/01/31(土) 02:40
「復唱は?」

しぶしぶと該当の本を取り出し復唱する。
この子、



嫌い。



大嫌い。



もう図書委員で顔を合わせることもないだろう。
次に会っても無視すればいいだけ。
紺野はそう考え、目の前の仕事を淡々とこなしていく。
亀井の動きはのろい。



青春なんて謳歌しようとするからよ。
許せない。

作業が早く終わったと石川先生から誉められたが、二人は顔を見合わせることも挨拶を交わすことなく別れた。
紺野は図書館に留まり、先ほど整理が終わったばかりの書架から一冊の本を借りようとする。

「紺野、ごめんねぇ。今日は借りないで」

がっくりと肩を落とし、本を元の場所へと戻す。
ちょうど借りたいと思っていた本が目の前にあったら今すぐ読みたい。
その気持ちを抑えて作業してたのに、亀井がすべてをぶち壊していった。



だから、嫌い。
私から私なりの青春を奪おうとする人間すべて嫌い。
図書館から一歩外へ出ると、まだ熱を帯びた空気が重く紺野にまとわりついた。
太陽すら憎く、見上げた空は昼間と同じように青かった。
紺野の人間的な青さを知らしめているようだった。

END.
241 :みおん :2015/01/31(土) 02:42
心を亡くして殺される

と書いて忙殺と読みます!

異常に指先が冷えて、コピぺしにくいタブレット。
しねじゃなくてコピペできなくてしぬ。
242 :誰にもナイショ :2015/05/21(木) 02:17
おじいちゃんがやってたお店の社員寮を改装したアパートへ住んで丸三年、四月から高校三年生がスタートします。
従業員だった田中れいなさんがこの土地で歌手としてそこそこのヒットを飛ばし、おじいちゃんは見届けるようにひっそりとお店を閉めました。
新興勢力である大型店舗の急速な出店に押され、夢を叶えることを優先したようです。お店から歌手を出す夢。はっきり言わないけど勝手にそう思ってます。ところが田中さんが有名になったおかげで元社員寮のアパートにも人が訪れるようになりました。
流行りの言葉で聖地巡礼というそうです。
お金の匂いを嗅ぎつけたおじいちゃんは一階二階ともに四部屋ずつ、全室防音にリフォームしました。
私は二階の角部屋に住んでます。
両親は健在だけど、実家は防音じゃないし、一人暮らしに憧れて遠くの高校に進学するからと説得しました。
音楽科に進学でき、歌手になる夢を叶える一歩を踏み出しました。

同じ階に同じ高校に通う田崎あさひちゃんが住んでいます。
あさひちゃんは二学年下の後輩です。たまに彼女の部屋へ行ってお茶をごちそうしてもらいます。
そして将来の夢をよく語り合います。
あさひちゃんのつくる焼き菓子がおいしいから、っていうのは理由の一つではあるけれど、似たような夢を語れる仲間がいて嬉しいんです。
おじいちゃんがお店だけでなく寮も作ったのにはちゃんと理由があって、
『この街に流れ着いた理由なんかに興味はないが、歌が好きで志があるなら仲間は多い方がいい。
切磋琢磨して繁盛に繋がるならもっといい。
自分の夢と従業員と客が見る夢が同じ向きならもっといい』。
『お前のお父さんは全く理解しなかったが、萌美がわかってくれるならじいちゃんは幸せだよ』と必ず続けます。
正直に言うと、おじいちゃんが父を煙たがるのは娘としていい気分ではありません。
243 :誰にもナイショ :2015/05/21(木) 02:17
お父さんが音楽に興味があったのは高校生までで、洋楽をかじって友達とバンドを組んでたそうです。
なかなかうまくいかず、父が就職してから一層険悪になったみたい。
お父さん曰く『親父の夢は現実的じゃない』。
おじいちゃん曰く『一度の音楽性の不一致ぐらいで、夢だとか現実だとか言われたくないね』。
音楽について話すことはないみたい。
だからこそ、おじいちゃんは私みたいな音楽を志す身内が嬉しいんだ。

高校へ合格してからそういう事情を知った。
背伸びして大人になるための一人暮らしを勝ち取り、代わりにおじいちゃんの前では前みたいに何も知らないこどものままではいられなくなった。
おじいちゃんは「萌美が甘えてくれて嬉しい」と言ってくれる。

昔話はさておき、明日は待ちにまった新人発掘オーディションの日。
一次書類審査が通り、初めてオーディションで歌える。
カラオケで何度も何度も歌って練習した曲。
審査員のみなさんに私の声が響きますように。
どうか思いが歌に乗って届きますように。

そんな願いが本当に通じたのか、最終オーディションまで残った。
デビューできる実力がついているのかどうか、進学と一人暮らしの真価や練習の成果が試されるときが来た。
「失礼します」
ゆっくり扉を開け、一歩前に出て深く一礼し、前を向くと審査員席には見覚えのある女性が座っている。
あさひちゃんだ。なんでそっち側に? 歌手を目指してるはずなのに。
244 :誰にもナイショ :2015/05/21(木) 02:18
いけない、呼吸が浅くなってきてる。
肩を大きく使うように深呼吸を一つして、「113番、長谷川萌美です。よろしくお願いします」自分の番号を確かめるようにハキハキと伝える。
「ふるさと、歌います」
背筋が凛と伸びる。
歌い始めると緊張がよい心地へと変化していく。
笑顔のように頬を高く上げると声色も明るく弾む。
怖い顔で並んでいる審査員のオジサマ達にも一人一人にゆっくりと笑顔を向ける。
今日は怖いくらい落ち着いている。
いつもは音程とかリズムとか気にして、歌うのが長く感じてたのに。

歌が終わると簡単な質疑応答。
何をやるかはオーディションによって違う。
今回は歌い終えた感想からのようだ。
真ん中に座っている眼鏡をかけたオジサマが質問してくる。
「気持ちよく歌ってたみたいだけど、どう?」
「はい、歌い始めたら緊張が心地よくなってきました。楽しく歌えました」
「自分が苦手なことへの挑戦をどう思いますか」
「自分の夢を叶えるためなら、苦手なことも得意にします!」
「はい、ありがとうございました。選考結果は後日連絡します」
「ありがとうございました」
深くお辞儀して、扉へと歩き出す。
うん、なんかわからないけどここの雰囲気、合ってるぞ。
不思議な感覚だけど、またこの人達に会えたらいいな。
扉の前で一礼し「失礼しました」、ゆっくりと扉を閉めると廊下の窓から眩しいぐらいの日光が降り注いできた。
またもう一度、ここへ来れますように。
今度は所属歌手として来れますように。
質問されたように苦手も得意に変えよう。
245 :誰にもナイショ :2015/05/21(木) 02:19
「萌美ちゃん、この間オーディション受けたって聞いたけど、結果きた?」
この頃のあさひちゃんは幾分かくだけて接するようになっていた。
あのオーディション以降だ。
終わってから本当にホッとした。
あの日からなんだか練習でもスッと肩の力が抜ける。
心地よい緊張感を保ったまま歌えるようになった。
「ねぇ。結果、まだ来てないの?」
もう一度、彼女の声が聞こえて、我に返る。
「ごめんね、気ぃつかわせちゃって。まだなんだ」
そういや、あの場にあさひちゃんいたんだよねぇ。
最初、びっくりしたけど歌い終わったら全然気にならなかった。
質問の受け答えで精一杯だったからというのもあるけど。
「そっかぁ。まだかぁ」
私よりもあさひちゃんが結果を気にしてるみたいで嬉しくなる。
ふふふ。
あれ、あさひちゃんは私の選考結果知らないのかなぁ。
謎だ。
「な、なによ」
「ごめんごめん、あさひちゃんが私のこと心配してくれるのが嬉しいから」
「心配はしてるよ。けど、違うの。最近の萌美ちゃんの声安定してるし、なんか焦る」
あさひちゃんは私から視線を反らすようにぷいと下を向く。
オーディションの時からだから、余計にそう感じるのかな。
よしよし、自信にもつながる言葉だ。
「じゃ、練習あるのみだね」
下を向いたあさひちゃんの頭をぽんぽんすると
「萌美ちゃんも!」
急に前のめりで彼女の顔が近づいたからびっくりして体を離す。
「今日のあさひちゃん、なんか変だよー」
近づいた拍子に真っ赤になった顔のまま、彼女は呟いた。
なんて言ったか聞こえなくてちょっと耳を近づけようとしたら、彼女の両手が私の体を押していた。
「ど、どうしたの、本当に」
「遊びの時間はここまで! 練習するから萌美ちゃんも練習して!」
あっ、ハイ。
正論過ぎて反論できない。
それにしても本当に今日の彼女はおかしい。
時計を見ると部屋に来てから三十分も経ってなかった。
246 :誰にもナイショ :2015/05/21(木) 02:20
あの日から三日後の夕方だった。
ついに電話がかかってきた。
結果は合格。急だが明日事務所へ来てくれという話だ。
何を着ていこう。
待てよ、高校合格祝いにおじいちゃんが買ってくれたスーツ一式があるじゃないか。
一応、労働契約に当たるから。
おじいちゃんが、前に教えてくれた。
歌を歌うのと気持ちよく仕事することは同じ価値がある。
尊いものだと。
期待に胸が高鳴る。
その夜は目が冴えてよく眠れなかった。

「おはようございます!」
事務所の受付で教えてもらった小さな会議室で待ってると審査員の男性が入ってきた。
「合格おめでとう」
立って小さくお辞儀する。
「ありがとうございます」
座って、と促されると男性の後ろから女性が顔を覗かせる。
あさひちゃんだ。
あっ、というまに顔がほころぶのがわかった。
対称的にあさひちゃんの表情はかたい。
嬉しい。あさひちゃんと一緒に歌えるなんて。
先のオーディションであさひちゃんが合格。
歌やルックスは申し分ないもののトークがうまくいかないので、ソロで売り出すにはと思い悩んでいたそうだ。
次のオーディションにはあさひちゃんも審査員に立ってもらい気が合いそうな子を選んでいたとの話。
つまり、これから二人組で売り出す。
明日からボイスレッスンやダンスレッスンを受けるように言われた。
まだ私の歌はあさひちゃんまで届いてないらしい。
それを聞いた途端、あさひちゃんがどや顔になったから、二人組として売り出されることに納得しきってないんだろう。

お給料の話、インディーズデビューまでの日程、マネージャーと連絡先交換。
お仕事は楽しいけど、初めてのことばかりで疲れる。
いつもの友達とのノリとも違う。
当たり前なんだけど、いつもと違うだけで疲れる。
年下のあさひちゃんが普段より大人に見えた。
247 :誰にもナイショ :2015/05/21(木) 02:20

帰りは二人ともマネージャーの車で送ってもらった。
明日からずっとこうなるらしい。
「ねぇ、誰にもナイショなんだからね。デビューするまで、アパートのみんなにバレないようにしないと」
そうですよね、マネージャー。
と、あさひちゃんが確認する。
「...ヒミツかぁ」
「そうだよ、二人だけのヒミツなんだから」
「あさひちゃんと仲良くやっていく秘訣、あったら教えてよ」
冗談で言ったつもりだったのに教えてもらえなかった。
近くで降ろされると、あさひちゃんは駆けてさっと部屋に帰っていく。
なんか、気にさわること言ったかなぁ。
知ってる人だからこそ、さわられたくない部分もあるかもしれない。
気をつけないと。
デビューするのは夢みたいな甘さがあるのに、デビュー前からこんなにも苦い気持ちを抱くなんてビックリだ。
もっと近くに寄って仲良くいられる秘訣を見つけよう。
二人だけのヒミツをもっと集められれば、あさひちゃんにも違う未来が見えてくるはず。
歌もうまくなって、トークでもあさひちゃんを助けられるように。
まずは足を引っ張らないとこから!
オーディションには受かったんだから。
これからは二人で歩いていける。

END.
248 :みおん :2015/05/21(木) 02:24
あさもえです。
また珍しいカップリングに手を出してしまった。。。
私一人にしか需要がないかと思われます。
読者のみなさん。
私のかわいいもえみちゃんがいるビタスイをよろしくお願いします。
249 :百合はクロスロード :2016/04/21(木) 22:54
まっすぐ長い青光する黒髪が美しい女性を街でよく見かける。
長身だからか猫背で歩くのが気になる。
一度だけ女性が「さゆ!」と呼ばれ振り返るのを見てからは、心のなかでさゆさまと呼んでいる。
その女性ーーさゆさまが歩道橋を歩いて渡っていくのが見える。
この街でどのような生活を過ごしているのだろう。

「......山木さん、山木さん! 聞いてます?」
後輩の声でハッと現実に戻る。
いや、さゆさまがいたのも現実なのだが。
今は、後輩の梁川ちゃんと共同戦線を張って作戦会議中だ。
遠くの憧れより近くの目標を大切にしたい。
私の目標である漫研顧問の嗣永桃子先生は梁川ちゃんの担任。
そして、梁川ちゃんが好意を寄せる森戸ちさきちゃんは私と同じ漫研で後輩にあたる。
梁川ちゃんとは部室長屋で仲良くなった。
私の漫研と梁川ちゃんの文芸部で部屋を分けて使うことになっている。
おしゃべりするようになり、お互いに利益を受け取れそうだと気づいた。

作戦会議は主に下校中。
それと、去年の春から再開した喫茶店『ハニホヘト』でゆっくり話し合う。
高校から離れていること、店主によって秘密が守られること。
それを受けて、喫茶店に入る同級生を見てもチクらないという不文律がある。
学校から川向こうの住宅地<さいわいタウン>へ行く急な坂の途中に喫茶店はある。
森戸ちゃんも私も<さいわいタウン>には住んでいない。
私は商業区の一画に古くからの大きな家があるし、森戸ちゃんは駅向こうの新興住宅地に住んでいる。
まだ学校に慣れてない梁川ちゃんに連れられて喫茶店へ足を運んでいる。
先生にも見つからず森戸ちゃんにも気づかれず、気兼ねなく話せる場所だ。
とっても良いのだが、梁川ちゃんが一方的に喋り続けている。
どれだけ話題があるのか。
彼女が疲れるまで待つ。
たまに「聞いてます?」と確認されるぐらいで相槌がなくても気にしない、不思議な子である。

『ハニホヘト』へ入店し、一番奥の席へと座る。
奥様方が買い物や洗濯物の取り込みと日常へ戻っていくなかで、放課後を楽しむ学生たちと入れ替わる時間帯らしい。
店主がレジ作業を終えると、お水を二つ持ってくる。
「私はミルクティーで」
梁川ちゃんはメニューとにらめっこしていたが、すっと背筋を伸ばし
「カフェオレでお願いします」
と注文した。
「かしこまりました」
店主はカウンターの奥にいる店員に声をかけると、他のテーブルへ注文を聞きに行ったり声かけしたりと忙しく動いている。

「梁川ちゃん、この間ココアしか頼めないって言ってたよね」
うっ。しかめ面になるものの「違います」と冷静に返された。
「苦いコーヒーが飲めなくたって切ない味はわかるものですよ、先輩」
こういうときだけ先輩と呼ぶんだよなぁ。
それにしてもコーヒーを切ない味と表現するのは大人だなぁ。
「何それ、詩人気取り?」
「ええ、文芸部ですから。いつでも言葉で表現できるように感性を磨いているのです。......それから。気取りではなく、詩人です」
会話が続いたと思ったらこれだ。
幼い見た目とは裏腹な丁寧な言葉遣いと子供のような空気の読めなさ。

一度だけ指摘してみたら
『そこは後輩の一面として理解していただければ。お互いの成長のためにも』
と返され、とっても疲れたのを覚えている。
250 :百合はクロスロード :2016/04/21(木) 22:59
「それで、森戸さんのことなんですけれど」
おっと、話題が核心へと戻ったようだ。
「お待たせしました、ミルクティーとカフェオレですね」
『ハニホヘト』の女店主が飲み物を持ってきた。
タイミングがいいのか悪いのか。
「今日も作戦会議ですか?」
「はい、そうなんです。何かいいアイデアはお持ちですか」
梁川ちゃんにずっと喋らせるよりも、と無理なお願いを振ってみたのだが、そこは歴戦の店主。
ハッとして、ポンと手を合わせると
「少々、お待ちくださいね。すぐ、すぐに」
テーブルとテーブルの間を縫うように走っていく。
梁川ちゃんは、出鼻をくじかれたからかムスッとしている。
言いたいことも言えないようじゃ告白はまだまだ先だね。
「こちら、どうぞ」
ハァハァと小さく息を切らして店主が持ってきたのはチラシニ枚。
来週の土曜日、ピアノコンサートを行うらしい。
「まーちゃんのピアノコンサート、ですか」
「ええ、前に閉店コンサートを開いたときに弾いてくださった子なんです。今もピアノを続けているというのでお願いしてみたらトントン拍子に話が進んで......ね、このチラシを渡して誘うのはどうかしら?」
確かに。いいアイデアかも。
嗣永先生、誘ったら来てくれるかな。
カランコロン。
『ハニホヘト』の扉につけられたベルが鳴って来客を知らせると、
「いらっしゃいませ」と店主の仕事へ戻っていった。
251 :百合はクロスロード :2016/04/21(木) 22:59
「......それで誘うんですか」
梁川ちゃんはチラシを手に取ったもののムスッとした表情のままだ。
「あ、うん。そうしよっかな、って」
「目がキラキラしてますよ」
「梁川ちゃんは?」
ーーいいですか? 森戸さんの趣味を知らないんですよ、まだ。うんぬん。
聞いた私がバカだった。
話が止まらなくなってしまった。
梁川ちゃんが疲れるまで黙っていよう。
ミルクティーを一口含み、ふと、先ほどの客へと視線をうつす。
そこには黒髪の女性の横顔。
さゆさまだ!
あっ、と思ったときには遅く、持っていたカップからミルクティーがこぼれていた。
あっつぃ。
その熱さも現実ではないような気がするほど、さゆさまに見とれていた。
「山木先輩、何してるんですか!」
梁川ちゃんの声も耳には入っている。
カップをテーブルに置いても、視線の先にいるのはさゆさま。
こんな近くに、同じ街に住んで、私と同じような暮らしを過ごされているのか。
「先輩! 山木先輩! 聞いてます?」
「うん、聞いてるよ」
いつものくせで返事だけはしておく。
梁川ちゃんの心配した声のせいか、さゆさまがこちらを振り向いた。
同じテーブルについてる女性がもう一人いるのが見えた。
茶色に染めたショートカットが似合う、柔らかな表情を浮かべた女性がそこにいた。
ボイ&フェム、なんて概念は古くないかのように存在していた。
私には、その時、そう見えたのだ。
252 :百合はクロスロード :2016/04/21(木) 23:00
「お客さま、どうされました?」
飛んできた店主によって視界は遮られ、現実に引き戻される。
「......あの方は?」
遮られた先の女性を指すと、丁寧に答えてくれた。
それから、テーブルを拭いて、おかわりお持ちしますねと一旦離れていく。
さゆさまではなく、道重さゆみさん。
隣の女性は中澤さん。
二人ともパプリカの会のメンバーだという。
女性の性的少数者と協力者のアライで構成されているサークルだ。
全国で何例目かの同性婚を認める条例がこの街で施行されている。
マイノリティは市民活動と行政の支援、二つがなければ成り立たない。
遠い昔から商いをやっている山木家にもパプリカの会の噂は耳に入ってくる。
道重さんと中澤さんが当事者なのかアライなのかはわからない。
ただ、よくお似合いのカップルに見えた。
そう思うぐらい距離が近く、二人とも柔らかで穏やかな表情で寄り添っているように見えたからだ。
「興味がおありでしたら、ご紹介しましょうか?」
パプリカの会は、この喫茶店『ハニホヘト』での学習会が予定されており、今日はその打ち合わせだそうだ。
一度は断ったのだが、店主と、なぜか梁川ちゃんに押しきられる。
曰く、次いつ会えるかわからないんですよ。
私だったら、今回会えたのだから近いうちにまた会える確率もあると思うんだけどなぁ。
ご多忙な二人だからここへ来てもいつ会えるかわからないですよ、と店主まで。
店主の紹介という体で、案内してもらう。
ところが、やはり憧れの人の目の前に立つと何も話せなくなる。
「お、ガキさん、なんや。また重ちゃんのファン連れてきたんか」
「ま、そう言わずに」
いつものことなのか、二人は慣れた会話だ。
「ほら、挨拶、挨拶」
店主に背中を押されると、憧れの人まで数センチ。
きょとんとした顔で見上げられると余計に恥ずかしくなる。
「あああ、あの! 憧れです!!」
「......ありがと。お名前は?」
道重さんの声は思ってたよりずっと大人っぽくて、本当に憧れの女性という感じだ。
「や、山木、梨沙、です」
「山木さんね、よろしく。道重です」
「は、ひゃい」
「かわええなぁ。耳まで真っ赤になっとる。この子、パートナーいないんでいつでもえーよ」
「違いますよ、中澤さん。中澤さんだってパートナーいないじゃないですか」
裏返った声で返事してしまい、話題がパートナーにうつって雑談を始めそうになったあたりで、店主に促され頭を下げ、席へと戻る。

「どうでした?」
梁川ちゃんは妙に目をキラキラと輝かせワクワクしてるようだった。
「どうもこうもないよ」
憧れの人の前でかっこよく話せるわけないじゃない。
話せてたら、こんな作戦会議をやってない。
「あーん、私、恋に落ちる瞬間って初めて見ましたよ」
「へー、そうなんだ」
やたら、甘ったるい声色でこの子は何の話をしてるんだ。
「山木さんが道重さんへ恋に落ちる瞬間! もう時が止まるんじゃないかなって思うぐらいでした。永遠の時ってこういうのをいうんですねぇ」
いやいやいやいや。
一体、何、何を言ってるんだ梁川ちゃんは。
「ちが、違うから。道重さんは憧れの人であって」
「逆に聞きますけど、今、嗣永先生のこと、一ミリでも考えてました?」
......考えてない。
だけど、逆ってなんだ、逆って!
「明日からは道重さんとどう付き合えるかの作戦会議ですね」
「だから、本当に違うって!」
私が好きなのは......あれ?
道重さん? それとも嗣永先生?
「いいですよ、今日だけはゆっくりと恋に落ちた幸せを味わってくださいね」
梁川ちゃんの手にはしっかりとピアノコンサートのチラシが握られていた。
253 :みおん :2016/04/21(木) 23:03
続く?

とりあえず書いてはみたもののなんにもかんがえちゃいないこれからはじまるのさまーうぃんど
ってやつですね!
別の話を書いてたはずなのに先に書きあがっちゃった。
254 :名無飼育さん :2016/04/24(日) 12:08
最新のネタを織り交ぜつつ、登場人物のラインナップが凄い!
始めのほうで道重さんに「さゆ!」と呼びかけた人が誰なのか気になります
......
255 :私が愛した人 :2016/08/24(水) 00:05
ーー私は母が大好きです。

好きなのに問題行動ばかり起こしているようで、学校に呼ばれると母は

「申し訳ありません」

と何度も何度も頭を下げる。
そんな日の夜は、決まって私を甘えさせてくれる。

「お母さんはさくらの味方やからな」

頭を撫でてくれるのが嬉しくて抱きつくと、それは始まる。
母が私の胸を下からすくいあげて揉む。

「さくら、ずいぶん大きくなったんやね」

まるで背が伸びていく幼年期と同じように呟く。
母がもたらす快楽に身を委ねながら、私は母の胸を触る。
小さな胸は少女のようで可愛らしくある。
256 :私が愛した人 :2016/08/24(水) 00:05
最近、起きてからすぐに頭痛が始まる。
痛みをこらえながら、赤いスカーフを襟元で結んで家を出る。
母は仕事に疲れて寝ている。静かに鍵をしめた。
隣に住む後輩、野中ちゃんことチェルと待ち合わせ。

「おはよう」
「先輩、おはようございますっ」

短く挨拶を交わすなかで、チェルの明るく元気な声が頭痛をより刺激する。
朝から元気な声なのは当たり前だ。

興味ない男子の話なんてふーんと聞き流す。
好きな男子の話なら興味なくてもなんとなく聞けてしまう。
そういうものですよね? さくら先輩。

「何の話だっけ?」
「もぉ、さくら先輩! 真面目に聞いてくださいよぉ」
「ごめん、なんか頭痛くて......」
「えーっ、今日もですかぁ? 先輩、ちゃんと早く寝てます?」
「う、うーん」

昨夜は母に抱いてもらった、なんてさすがに言えない。
昨夜の少女のような胸を触った感覚が思い出される。

「もぉ、大丈夫ですか?」

チェルが密着してくる。
ご丁寧に片手を私の額に乗せて、チェルの胸は触ってくれと言わんばかりに空いている。
母とチェルの胸は違うのだろうか。
思ったときには手が伸びていたようで、拒否するようにチェルの鞄が私に向かっていた。
バシッ! と大きな音がし、胸から手を引っ込めた。

「先輩、セクハラ! 今のセクハラですよ!
もー、熱ないかと思って心配したのに。
その手、赤くなってますから!
ちゃんと保健室行ってくださいね。朝イチですよ!」

言うだけ言うと、チェルは私から離れて駆けていく。
あーあ、きっとまた学校に母が呼ばれるだろうな。
心配かけてばかりで憂鬱になる。
母が好きだから、余計に憂鬱だ。
......やっぱり頭痛い。
チェルに言われたこともあり、教室には行かず保健室へと向かった。

「道重先生、おはようございます」
「おはよ、また頭痛? あ、手が赤くなってる」

どれどれ、と道重先生は手を優しく持ってじろじろと眺める。

「うーん、どうしたのこれ。転んだ訳じゃなさそうだし」
「後輩に鞄で叩かれて」

どうやら思っていたより強く叩かれたようだ。
道重先生の顔が歪む。
そして、悲しそうな顔をして赤くなってるところに指先をつーと沿わせた。
257 :私が愛した人 :2016/08/24(水) 00:06
「せんせ......痛い」
「包帯巻くから、そこ座って」

近くの丸椅子にちょこんと座り、持っていた鞄は横へ置く。
右手はぐるぐると白い包帯に巻かれた。

「これ書いてね」

先生が持ってきた保健室使用書に名前と来室理由を書く。
右手のケガ、それに頭痛。
書き終えるのを待っていたかのように、シャーペンを置くと紙はするりと先生のもとへ戻ってしまう。

「二年一組、中澤さくらさん、右手のケガ、頭痛、ね」
「はい」
「頭痛はここ一ヶ月ほぼ毎日よね。医者には行ったの?」
「いえ、母の仕事が忙しくて」
「行ってないのね。頭痛薬は保健室にあるけど、飲みすぎも良くないからね」
「すみません」
「後輩に鞄で叩かれたってどうして?」
「いじめとかじゃなくてふざけてたんです。たまたま、チェル、じゃなくて野中ちゃんの鞄が手に当たっただけなんです」
「そう、それはどういう話をしていて叩かれたの?」

納得してくれないか。
頻発する問題行動は、道重先生にかなりお世話をかけている。
問題を起こす度に保健室へと隔離され、道重先生に話を聞いてもらっている状態だ。
素直に話したことはない。
佐藤先輩とキスしたり、じゃれ合ってるつもりが大きな騒ぎになったり。
母とはどう違うのか。
好きな人との行為をなんで女性同士だからと騒がれるのか。
意味がわからない。
だからか、理由を話すのはためらわれた。

「えっと、私が頭痛だって話して、またですかって野中ちゃんが額に手を当てました」
「うん、それで?」
「それで、熱があるかどうか心配してくれて」
「なんで野中ちゃんは叩いたの?」

野中ちゃんは胸を触ったら、セクハラって言った。
胸を触るのってセクハラなんだ。
母はあんなに喜んでくれるのに。
人ってよくわからない。
先生の胸は母より大きかった。
少女のふくらみとは違う。
先生はどっちだろうか。
胸を触ったらセクハラ! と私を拒否するだろうか。

「先生の胸って大きいですよね」
「......野中さんに話を聞いた方が早そうね」

私はまた拒否されたんだ、と悲しくなる。

「お母さん、忙しいのにまた学校に呼ばれちゃうよ。いいの?」

ふるふると頭を左右に振る。

「ダメです。心配かけたくないです」

その時、ぽろりと目から涙が落ちた。

「先生、ごめんなさい」
「中澤は先生に謝らなきゃいけないようなことをしたの?」
「しました。問題があるって話を聞いてもらったりとか先生の大切な時間使ってもらってます」
「それが仕事だからね。中学生の仕事は勉強することだけどね」
「ごめんなさい、勉強してなくて」
「先生の仕事は中澤が勉強できるようにすることだからね。保健室でゆっくり休んでいきなさい」
「はい、ありがとうございます」
258 :私が愛した人 :2016/08/24(水) 00:07
保健室のベッドへ横になると、ほっとしたのか朝なのにぐっすり眠ってしまった。
起きると三時限目の途中だ。
頭が心なしかすっきりしている。
痛みは今のところない。
保健室に先生が書き物をしている音だけが響く。

「せんせ、ゆっくり眠れました。ありがとうございました」
「そ、良かったわね。とりあえず三時限目終わるまでここにいな」
「はい、そうします。あっ」

寝起きだからか口内炎を噛んでしまったようだ。
口がうまく動いてない。
先生は立ち上がり、私のそばに立つ。

「口、開けてごらん」

私が口を開けると先生はびっくりしたようだった。

「ビタミン剤、飲みな。口内炎に効くからさ。」

水が入ったコップと橙色の丸い粒を私に手渡す。

「朝ごはんは何食べてるの?」
「いつも食べないです。母が寝てるので」
「お水、全部飲んでね。ジュースとかも飲んでない?」
「はい。野菜ジュースとかオレンジジュースを飲むことはあります」
「いつから朝ごはん食べてない?」

いつからだろう。
両親が離婚したころ、私は中学校へ進学した。
ずっと家にいた母が仕事へ出るようになった。
夜遅くに仕事へ出て朝はよく寝てる。学校終わる頃には起きていて、話を聞いてくれる。
身体が成長してきたねと褒めてくれる。
身長だけじゃなくて、胸とかお尻とか身体つきが女性らしくなったねと見てくれる。
夕ごはんを食べた後は、母が私の頭を撫でてお互い好きって言い合う時間がくる。
離婚前の母と私はあんなことをしなかった。
快楽なんて知らなかった。
ぎゅっと抱きしめられる時間を長く感じるようになった。
唇と唇が軽く触れあうキスから、舌を絡ませあうようになった。
母の腕がより強く私の身体を締めつける。
毛が生えてきた恥ずかしい場所を指で探り、快感に身を委ねてしまう。
きっと忘れさせてくれるから。
頭痛も口内炎の痛みも、学校へ行けば問題を起こしてしまうことも。
快楽はすべてを忘れさせてくれるから。
汗ばんだ私の身体をなでて、母は言う。

『風邪引かんうちにお風呂であたたまり』

お風呂から上がる前に、母は家を出て仕事へ行く。
寂しい夜に宿題する気は起きない。
寒い夜はあたたかい腕の温もりを思い出す。
暑い夜は汗ばんだ肌を思い出す。
後輩を見れば、母の胸とどう違うのか気になってしまう。
温もりに包まれた夜を思い出してしまう。
母が好き。
こんなにいとおしい人がそばにいる。
悲しませたくない。
私がほんの少し我慢すれば、母は抱いてくれるのだと思う。
259 :私が愛した人 :2016/08/24(水) 00:07

◇◇◇

260 :私が愛した人 :2016/08/24(水) 00:08
初めての生理を迎えた。
腹痛を訴え保健室へ行くと、道重先生に生理じゃない? と訊かれた。
授業で仕組みは習ったけれど、こんなに痛いとは思ってない。
トイレで下着の汚れを確認し、道重先生から習ったとおりにナプキンをあてがう。

ーー気持ち悪い。

三時限目を休んでから帰宅した。
母は驚いたが、事情を話すといつものように抱きしめて頭を撫でてくれた。
いつものような気持ちよさはなく、不思議な感じがした。
ふわふわと宙に浮かんでるような気持ち悪さだ。
安心感は覚えなかった。
すっと母から離れると、赤いスカーフをほどきながら自室へ向かう。
母の顔を見るのすらイヤな気分である。
特に声をかけられることもなく、部屋でまったりと過ごした。
久しぶりの一人だけの時間かもしれない。
しばらく経つと、コンコンと控えめなノックが聞こえる。
母が心配そうな顔をして覗いてきた。

「......何?」

イライラしてるせいか、思ってるよりもキツく咎めた口調になる。

「ちょっとええか」

母は、ドアの向こうに見えるリビングのテーブルを指さす。
不釣り合いなラベンダー色の缶が置いてあった。

「これな」

ドアを開けたまま離れ、蓋を開けた中にナプキンがキレイに並べてある。
道重先生が持ってきたものより、ちょっと大きいものも一緒だ。

「トイレに置いとくから。そろそろナプキン変えたほうがええで」
「いい、必要ない」

母のアドバイスを一蹴し、ベッドに戻る。
横になって目をつむる。
こうすれば、母が邪魔してくることはないだろう。
ああ、それにしてもイライラする!

「ごめんな」

小さな謝罪の声が聞こえ、静かにドアを閉める音が聞こえた。
それから、汗をかきながら眠りについた。

起きたときには夜だった。
お祝いだからと、少量の赤飯と好物多めのおかず数品を食べた。
母が一緒にお風呂へ入ろうと誘ってきた。
いつものように抱くことはない。
お風呂で汗を流したかったのは確かだ。
一瞬、断ろうと思ったが、寂しさを感じる夜も嫌だと思い直し、母を受け入れた。
下着を用意して脱衣場へ向かうと母が新しい下着を用意していた。
生理のときは別の下着にしな。
トイレに入るとナプキンがだいぶ汚れていた。
母があのとき声をかけてくれたのは優しさからだった。
いつものように母を受け入れられない自分に、より一層イライラしてしまう。

湯気が揺れる中で見る母の裸はいつもより色っぽく見えた。
何事もなくお風呂から上がる。

「仕事、休みにしたんや」

温かいココアを入れてくれる。
ゆったりとしたおしゃべりの時間を過ごす。
こんな夜は本当に久しぶりだ。
安心してぐっすりと眠りについた。
261 :私が愛した人 :2016/08/24(水) 00:08
先生、今日はよろしくお願いします、では。
母が電話に向かって何度も頭を下げる。
受話器を置くと、バタバタと冷蔵庫をあけた。

「これ、昨日のおかずだけど。それから主食」

好物のおかずが目の前に一品。
それと、いつの間に作ったのか冷蔵庫から玉子サンドが出てきた。

「いただきます」

両手を合わせ、食べ始める。
おいしい。
オレンジジュースもいつものような味気なさは感じず、おいしかった。

「さくら、朝はいつもジュースだけなん?」

母をまっすぐ見つめながら、こく、と縦に首を振る。
ーーこんな朝の会話久しぶりやね。
その一言から母はこれからのことを喋り始めた。
今、好きな男性がいること。
その人と結婚したいこと。
さっき、さくらが朝食用にジュースだけ持っていったのを見て危機感を持ったこと。
そして、結婚したらさくらを抱くのをやめること。
こんなん変やてずっと思うてきた。
けど、やめれへんかった。
さくらに初潮がきたら、やめようと思ってたんよ。
母は優しい表情をしてた。
私を抱いてるときよりずっとずっと優しい。
声も態度も。
私の知らない人のことを思っているからだろうか。
でも、今は母が私を抱かなくて済む時間が増えるのはいいことなんだ。

夕方、初めて顔を合わせた。
母がキラキラと輝いて見えた。
正社員で部長補佐とかいう偉そうな肩書きを持ってた。
三人暮らしには狭いからとその場でたくさんのことが決まっていく。
翌日には婚姻届が提出されると同時に、私は小田さくらになった。
母は苗字が変わったと浮かれていた。

経血の量が減り、気分が落ち着いたので登校することにした。
チェルが「おはようございます、さくら先輩」といつもとおんなじように声をかけてきてくれたから安心した。
チェルは今日も好きな人の話をしていた。
好きな人にだけ触られたかったから怒ったんだね、チェル。

私は母が大好きだ。
ううん、愛してる。
快楽を貪ることや肌を触ること、内蔵まで抱きしめあうこと。
恋人じゃない、愛し合ってる家族だからできるんだ。
大人になったらまた母を抱きたい。
きっと今とはすべての感覚が違うんだろう。
今度は私から母に快楽を教えてあげよう。

END.
262 :みおん :2016/08/24(水) 00:10
なかなか書きあがらなかった別の話ってやつです。
割と重めの話かもです、注意。
いまさら。
263 :溺愛パラシュート :2017/03/11(土) 02:07
遅くなりましたが、百合はクロスロード >>249-252 の続きです。
264 : 溺愛パラシュート :2017/03/11(土) 02:08
帰る頃には、夕陽に照らされた大きな雲がオレンジ色に染まっている。
お会計の際、めざとく見つけたパプリカの会主催学習会のチラシを綺麗にたたんで制服のポケットへ忍ばせた。

どうやって誘おうか、考え事をしているとあっという間に授業は終わり、クラスメイトは放課後のおしゃべりを楽しんでいる。
考え事をするには部室だな。
校舎横にある部室長屋は大小いくつかの部室がある。
そのうちの一室が、漫研と文芸部の部室だ。
ドアを開けると、森戸ちゃんと梁川ちゃんがいた。
梁川ちゃんは壁際の机に向かって何か作業をしているようだ。
「山木先輩、こんにちは」
「こんにちは、森戸ちゃん」
梁川ちゃんは? と聞くとどうやら部誌の締め切りが近いことを忘れていたらしい。
編集長をやる部員に執筆の進み具合を聞かれ、慌てて書き始めたという。
今日は作戦会議もできなさそうだ。
森戸ちゃんが梁川ちゃんの背後からそっと原稿を盗み見る。
「おとぎの国からこんにちは? ふふ、梁川ちゃんって文章は意外とロマンチックなんだね」
「モギトさん!?」
「え? なに? コギトエルゴスム?」
「ち、違いますぅ」
梁川ちゃんが有名な哲学者の一節を暗唱したと思ったら違ったようだ。
難しい言葉はたくさん知っているのに、滑舌はあまりよくないようだ。
先程まで熱中していた原稿は一文字も進まなくなり、耳まで真っ赤にしてうつむいている。
締め切りが近いという原稿はまだまだ真っ白だ。
邪魔者は去るのみ。
いっそ勢いだけで嗣永先生を学習会へ誘ってしまおうか。
どんな顔するかな、喜ぶのかな、怒られるかも。
うーん。
「先輩、今日は梁川ちゃんの邪魔したくないんでカギ置いて帰りますね」
考え事をしていたようで、帰り支度を終え鞄を持ち、カギを机に置いた森戸ちゃんに声をかけられる。
失礼します、と丁寧にお辞儀をする森戸ちゃんに続いて私も帰ろうとさりげなく鞄に手をかける。
「待ってください! 森戸さんがいると原稿が進むんです!」
耳を真っ赤にしたままの梁川ちゃんが立ち上がり、焦った声で引き留める。
いつもの大人っぽい落ち着いた雰囲気はない。
恋はここまで人を変えるのか、恐るべし。
そして、わかってはいたけども本人に言われるとちょっと落ち込むなぁ。
要するに、私は邪魔者だったのだ。
そんな私の横で森戸ちゃんもまた耳まで真っ赤にして「ひゃあ」と驚きながらピョンピョンとうさぎみたいに跳ねた。
「えー、そんなこと言われたの初めて! 嬉しーい!」
うわ、純粋な子供みたいな可愛さ。
これは梁川ちゃんじゃなくったって恋に落ちる。
しかし、全然脈なしだと思っていたけれど、意外と気の合う二人なのかもしれない。
制服のポケットの上を撫でると「また明日」とだけ声をかけ、無邪気に笑い合ってる彼女たちと別れた。
265 : 溺愛パラシュート :2017/03/11(土) 02:10
嗣永先生がいるはずの社会科教務室を目指す。
一度、校舎から出たのにまた戻ることになるなんて、物事はいつだってうまく進まない。
先生は、元々名前だけの顧問で部室には年に一回しか来ない。
用があるときはこちらから足を運ぶしかないのだ。
「失礼します」
開いてる扉をコンコンと二度叩くと、物書きに熱中していた先生がこちらを向いてにっこりと微笑んだ。
「あら、山木さん。丁寧ね」
先生に褒められるとやっぱり嬉しい。
こちらまであたたかい気持ちの笑顔になれる。
他の先生の邪魔にはならないよう静かに嗣永先生の机へと歩いていく。
「あのー、相談があってきたんですけど」
語尾が急激に弱くなる。
今日の梁川ちゃんみたいに大胆にはなれない。
「なんでしょう?」
先生は仕事の一部というような口調で先を促してくれる。
「あのぉ、この学習会へ行ってみたいなと思ってるんですけど」
制服のポケットに入れたチラシを開いて渡すと、ああこれね、とずいぶんと落ち着いている。
「山木さんは社会活動に興味があるのかしら。やっぱりおうちの商売が関係してるのかしらね」
「いえ、個人的な興味なんですけども」
「先生ね、教育の一環としてこういう人と出会ったり話を聞いたりするのはいいことだと思ってるの。今度、学校で講演してもらおうと頼んでるところなんだけど、もし、山木さんが良ければ現役学生の声を届けてくれないかしら」
そういう声があるなら講演の内容も詰めて考えられるだろうし、と先生は続けた。
「はい、もちろんです」
先生に頼りにされるなら何でもします! と言いたかったけどさすがに周りの先生たちにもドン引きされそうなのでやめた。
「そっか、良かった。山木さん、悩みごとがあるなら先生に相談しなね」
私の返事を聞いた先生は、大きめのブロック付箋に何か書き込むと学習会のチラシに貼り付けて、元の折り目に沿って畳み直してしまった。
付箋は中に折り込まれてなんと書いてあるか見えない状態だ。
チラシは私の手に戻され、嗣永先生は立つとゆっくり私の背中に手をかけ回れ右をさせる。
そうしてゆっくりだが確実に背中を押して廊下まで出されてしまった。
「悩みごとがあったら、先生はいつでも相談に乗るからね」
いつでも、のところに強いアクセントがのった。
「ひとまず今日はここまで、また明日ね」
いつでもと言いながら時間制限があるようで可笑しいなと思ったが、文句は言わない。
私は困った顔だけして、さよならというように手を振ってくる先生に頭を下げ、その場をあとにする。
校門を出てから、チラシを広げ直すと付箋には学習会の日と集合場所と時間、それに諸注意まで書いてあって、一人で笑ってしまった。
本当に先生は可愛いんだから。
諸注意にある、仕事ではなくプライベートの格好で来るように、という一文がなんだかキラリと光っていた。
266 :みおん :2017/03/11(土) 02:11
続く?

ももちがいなくなるまでには!
267 :「えいえんの娘。R」 :2017/03/16(木) 20:55

「えいえんの娘。R」
268 :「えいえんの娘。R」 :2017/03/16(木) 20:56
サン「RA」is 初恋

♪さゆみがなぜかなかなか出てこなぁい

四人でカラオケに来て歌っていると、絵里が「なにこの歌詞、違うじゃぁん、字幕通りに歌いなよー」と茶化してきた。れいなは表情を変えることなく♪推し変しちゃおうかな、も少し待とうかな、不安で泣きそうな顔してる私、と歌いきる。絵里は隣に座ったさゆに「ねー、この歌知ってる?」と聞いた。休業から目覚めても変わらない桃色肌に青光する黒髪を三つ編みにしたさゆは、束ねた毛先を人差し指で器用にくるくると弄んだまま「知らない」と言い放つ。私はれいなと二人で最後まで平和に「有難う」と感謝しながら歌った。さゆを太陽神の生まれ変わりと信じている私は、サビの振りを一生懸命やった。つまり、腰を振っていた。天岩戸からなかなか出てこない神に気づいてもらえるように。きっとりほりほが腰を振っていたなら喜んで神は外に出ていくのだと、私は目に涙をためながら気づく。れいなは一人、次の歌を選んで端末で入力し、同じ歌をもう一度最初から歌った。歌終わりのれいなに口づけしようとしたら避けられてしまった。酔って頭がフラフラになっていたからかもしれない。太陽は今日もまた美しくのぼり、地獄みたいなオールナイトのカラオケが終了した。急な黄泉比良坂がある渋谷のカラオケボックスを出た。さゆは坂を上るときに決して底を振り返らなかった。だから太陽神は甦ったのだ。私はまたさゆを見初めた。
269 :「えいえんの娘。R」 :2017/03/16(木) 20:57
時空を超え過去を超え

カラオケを終えてそのまま四人で近くのファミレスBerryzへと入った。さゆは適当にパフェとドリンクバーを頼むと無機質で冷たいスマホをいじり続けていた。絵里が席を立ち、ドリンクバーへと向かおうとするとれいなもおもむろに立ち上がり絵里のあとへ続く。ははぁ、これは二人とも気を遣ってくれたのだなと勝手に解釈し、スマホをいじり続けているさゆに「今のモーニング娘。が超えなきゃいけない過去ってなんだと思う?」と聞いた。スマホから目を離さずに、さゆはまた「知らない」と答えた。キャッキャしながられなえりが戻ってくる。「ねーねー、何の話?」カルピスソーダを作ってきたのか、真っ白な液体にシュワシュワと音をたてる小さな泡が見えた。「しゅわしゅわぽん」と私がいうと「それ、りほりほのだから取らないで」とムスっとした表情で私を睨んでくる。鞘師はモーニング娘。をもう卒業している。たった十七歳でアイドルをやめた。「お水持ってきたとよ」れいなが私の前にコップを置いてくれた。隣のれいなからは味噌の匂いがした。「れーなはお味噌汁にしたっちゃ」黒いお椀には肉みその具が入った茶色の味噌汁が入っている。れいなでも憎みそうなぐらい新人にジェラジェラジェラってるのかと思ったら、そういうことではなかった。「モーニングでもないのに?」「どういうことっちゃ」「そうじゃない」れいなは悪の娘だからモーニングにもラベンダーにも興味がない。コップに入った水を一口飲んでカラオケで疲れた喉を癒す。さゆに視線を戻した。「今のモーニング娘。が超える過去としての実像になったんだよ、さゆは」さゆは無機質なスマホを見ながらニヤついている。おおかた、新人研修生の顔でも確認しているのだろう。「きゃはー、この人なにイッちゃってんの。マジでおかしいよねぇ、さゆ」テンション高くバカにしてきた絵里に、私のなかの秘めているクララがたった。
270 :「えいえんの娘。R」 :2017/03/16(木) 20:58
ぶらんにゅーさゆみん

砂浜に稲場さんと稲葉さんが裸になって並んで寝そべっていました。寄せては返す波が彼女たちの下半身に飛沫をあげてかかり続ける。そこへ中澤さんがやってきて、稲葉さんの隣に寝そべりました。通りかかった保田さんが「裕ちゃんは関係ないのに」と悲しそうに呟く。「いいの、ゆうこりんは踏まれたいだけだから」私たちの側に来た道重さんは白い服を来てなぜか白い大きな荷物を背負っている。「そうや、踏まれたい抱かれたい踊りたい、や」「そんな。泡沫サタデーナイトみたいに言わないでくださいよ」「そうやん、さゆみんの仕事始めはサタデーナイトからやで」「また無茶苦茶な」と答えたが、仕事自体はフライデーだが、放送されるのは確かに泡沫サタデーナイトだった。それよりも、中澤ゆうこりんと道重さゆみんが休業前より親密な関係になっているのが気になる。さゆみんは何も言わずにマシュマロのように真っ白でふわふわボディの稲場さんの背中を踏みつけた。隣の稲葉さんも踏みつけた。二人とも痛そうな声を出しヒィヒィと泣いている。ゆうこりんをさゆみんが踏みつけると「あっ」という声が漏れた。「もっと踏んでぇ」そのお願いに応えるようにさゆみんは一度、二度三度と何度も踏みつけると、その度にゆうこりんは「あっ、あっ、あっ」と声をあげる。ゆうこりんは太陽神の復活の喜びを噛みしめているのだろう、そのように私は聞こえた。様子を見てたら、たまらず興奮してしまった。じっとりと眺めながら口内から涎が止まらなかった。二人の行為も止まらない! 「もっとして、気持ちいいんや」さゆみんはめんどくさくなったのか、ついにざらざらした砂のついた踵でゆうこりんの頬をぐりぐりと痛めつけた。「あんた、ちょっとやめさせなさいよ」と保田さんが言い、私がやめたらどうだとアドバイスするまで二人は楽しみを止めなかった。保田さんが「治療してあげてよ」と労る。「どうしたらいい?」と私はさゆみんに聞くと「赤貝と蛤が必要なの」と桃色の肌をより一層桃色に上気させハニカミながら答える。「治療開始なの」と呟きながら右手を高くあげると奥から鞘師と加賀と藤本が出てくる。三人は無言で稲場さんと稲葉さんの肩を抱き寄せ、奥へと連れていった。あの二人は私の目の前で素肌を晒してアイドルをすることは、残念ながらもうないのだろう。赤いメンバーカラーの人物が赤貝かと気づく。じゃあ、蛤はどこにいるんだ? 「ゆうこりんには蛤が必要なの」「そうや、私が言う前に抱きしめてくれるんや」二人はいつのまにか貝合わせを楽しんでいた。波で濡れたゆうこりんの下半身が貝合わせをすんなりと受け入れていた。上半身だけで踊り続ける。ゆうこりんが「歌いたい。歌を練習するだけの自由時間が欲しい」と小さく呟いたのが聞こえ、さゆみんが「私が復帰したから大丈夫ですよ」と笑顔で答えさっきよりも強くぎゅっと抱きしめ、二人は一つになった。「こんな解釈もあるのね」と磐永姫のような保田さんは白い壁に溶けて消えた。ここは砂浜ではなく白い部屋だった。ああ、プロジェクションマッピングで全てができている世界なんだ。ここには誰もいない、幻の世界。私の背中はさゆみんから痛みを譲り受けた。
271 :「えいえんの娘。R」 :2017/03/16(木) 20:59
私はさゆみんを抱きしめていたい

さゆみんの復帰後、初めてのメディア仕事はラジオだとわかった。約束を守るというのは、今後バラエティ仕事をこなしていくことだ。きっとモーニング娘。を先輩として応援していく、宣伝していく使命がさゆみんを突き動かしたのだろう。さゆみんはモーニング娘。が誰より好きなのだ。音痴を治すのに思ってた以上に時間がかかったのだと思った。自分が好きなモーニング娘。がモーニング娘。であり続けるために、お客さんを「ああ、これが求めていたモーニング娘。だ」と喜ばせるために。だから、献身的な態度で戻ってきてくれたのだ。かえでぃーが青い光を放つスマホを見ながら「石川さんだけじゃなかったんですね」と言った。きっと狼を見ていたのだろう。「石川って誰っちゃ」れいなは悪の娘だから先輩にも後輩にも興味がない、自分を守ることにしか興味がない事務所の犬になった。こんなれいなには興味が湧かない。抱く気はそもそもない。かえでぃーは「ひどい」と言ってテーブルにつっぷし、そのまま「こんなはずじゃなかったのに!」と叫んだ。かえでぃーの言うとおりだ。かえでぃーにはモーニング娘。のこれからのためによこよことらぶらぶしてもらうミッションが待ち構えている。さゆみんに手解きを受ける予定で集まっていた。ついでだからとれいなにまりんとのミッションを紹介したのだが「れーな、悪の娘やけん、受けれないっちゃ」と断られた。その時、事務所の一階にある喫茶店の前を磐永姫のような顔をした保田さんが通りかかった。私たちを見つけると入り口で「何してんの」と呼びかけ、わざわざテーブルまで来て勝手に椅子へ座った。保田さんなんてみーよとイチャイチャしてれば良かったんだ。「何してんの、会議?」「誰っちゃ」「ひどいですよ、保田先輩ですよ。やすみよで輝いたんですよ」かえでぃーは良い子だから、顔をあげて律儀にれいなに教えてあげる。しょうがないので保田さんにウソの話題を提供し、帰ってもらおうと考えた。「えいえんの娘。Rという言葉を調べているんですよ」「RってRealじゃない?」「ここにはアンリアルしかないっちゃ」「アンリアルならAですよ」「うるさいっちゃ!」れいなは大声を出して珍しく歯を見せてきた。怒られてしまい、私はシュンと肩を落とす。さゆみんはれいなの横でふんっと鼻を鳴らして私をバカにしてきた。バカにされた途端、舞い上がった私は胸の高まりを感じた。此花咲夜姫のようなさゆみんを一瞬でも抱きしめていたい。プロジェクションマッピングで海や山を産み出すさゆみんを私は抱きしめたい。
272 :「えいえんの娘。R」 :2017/03/16(木) 21:00

「夢を見たい」
273 :みおん :2017/03/16(木) 21:07
道重さゆみさん、復帰おめでとうございます。
奇しくもりほりほも復帰するとかしないとか聞いたので、さゆに本気で片想いしているりほりほの話が読んでみたいものです。
さゆが名前が出てると嬉しいと書いてたと思うのですが、さゆが出てこない話ばかりだったので書いてみました。
変な人なので変な話です。
ついでに今日見た夢はさゆにプロポーズされる夢でした。
恋人がいてもさゆを選んでしまうものなのだなぁと夢の中でも道重一筋でしたよ。
姐さんがさゆ卒業のときに一緒に歌いたいと書いてたので、叶うことを願います。

というわけで、溺愛パラシュートの続きを書きに戻ります。
274 :恋はパラレルライン :2017/04/03(月) 00:07
春の日射しはあたたかく、学習会が行われる日曜日がやってきた。
今日はお昼過ぎから夕方まで『ハニホヘト』は貸し切りとなる。
橋のたもとにある小さな公園で待ち合わせだよ、と付箋には書いてあった。
白いふりふりのレースにセピアチェックのリボンが可愛い長袖ブラウスワンピースに白のボレロ、ふりふりの白レースと白い小さなリボンがちゃんとついたセピア色の靴下にお揃いの色の靴にした。
白いヘッドドレスとショルダーバッグを提げて公園の入り口に立つ。
いつもの制服じゃなけど、先生気づいてくれるかな?

「お待たせー!」
そう言って手を大きく振りながら近づいてきた嗣永先生は白いうさぎの耳つきフードパーカーに落ち着いた桃色に金の留め金がついている小さめリュックサック、フロントレースの白いブラウスに膝上丈の桃色フレアスカート、ヒールの高い桃色パンプスにレースのついた透け感のある白い靴下という十代みたいな装いだ。
ついじろじろ見てしまったのか先生に優しく「今日は若い子と一緒に歩くんだから」と返されると何も言えなかった。
だから、ピンクですね! と話題をそらしたらドスの効いた低い声で「これはピンクじゃなくて桃色なんですけど?」とピンクから桃色に訂正させられた。
先生と生徒の関係じゃ今日はまずいから私のことは桃子ちゃんと呼んで。
と言われ、うんと頷く前にじゃあ練習してみようかと、言わされる流れに。
突然すぎて恥ずかしくて言えそうにないけどニコニコと笑顔で見つめられ、口をもごもご動かしていたら、言えないうちはここから動けないよと言われたら頑張るしかない。
「......っも、桃子、ちゃん」
「かったーい。ま、一度言えたわけだし、そのうち慣れるよ」
言えてホッとした。少しでも親密になれた気がして胸が高鳴る。
今だけじゃなくって、今後もこういう関係がずっと続いていけばいいのに。
「山木さんは友達からなんて呼ばれてるの?」
「りさぴょん、です」
「じゃあ、ぴょんで」
それって原形ないのでは。
「ちょ、先生! 聞きなれないのは私が困ります!」
......反応がない。
「今は先生じゃありませぇん」
ぷっ。言い方が可愛くてつい吹き出してしまった。
「桃子ちゃん、聞きなれないのは私が困ります」
「はぁい。慣れたじゃん、ぴょん。私たち昔から親友だったみたぁい」
プライベートの嗣永先生ってこんな感じなんだ。
学校とは全然違う。
「じゃ、行こっか」
差し出された手に「はい」と返事して、私は先生と手を繋ぐ。
小さくて柔らかい手と。そう、昔から親友だったように。
いや! 親友じゃダメなんだけど!
......ダメなんだけど、今はこれでもいいかな。
275 :恋はパラレルライン :2017/04/03(月) 00:08
橋を渡り、坂の途中の喫茶店『ハニホヘト』の扉を開ける。
作戦会議じゃなくて、やっぱり好きな人と来るといつもの場所もきらめいて、いつもと違う光景に見える。
「ぴょんは学習会は初めてだよね?」
「あ、はい! そうです! 桃子、ちゃん」
まず資料代として参加費を支払ってから、好きなテーブルへ着き学習会が始まるまでにワンドリンクorワンフード頼んでね、という形式らしい。
資料代を係の人に渡そうとして長い黒髪が目に入る。
「ありがとう、山木さん来てくれたんだ」
道重さんが目の前で微笑みながら、資料を渡してくれた。
あ、ああ、こんな幸せあってもいいのかな。
それに、制服じゃないのに気づいてくれた!
「ちょっと、ぴょん、行くよ」
ぐるぐる混乱してしまったら桃子ちゃんが強引に腕を引っ張って、奥の席へ連れられて座る。
普段グランドピアノがある入り口近くの一角に会議室にあるようなホワイトボードが置かれ、短髪の中澤さんとセミロングの女性と男性と三人で談笑していた。
「ちょっとちょっと、よく聞いてぴょん。みっしげさんはファンが多いんだから」
みっしげさん? 資料を求めて並ぶ女性の何人かは、道重さんに声をかけられると黄色い歓声をあげていた。
何分か前の私のように。
いつものことなのか中澤さんや店主は平然として話を続けている。
「いらっしゃいませ」
奥のテーブルまでコップに入った水を二つ持ってきたのは店主ではなかった。
名札には高橋という苗字と、名字の上には小さくバリスタと書いてある。
「ごめんなさい、まだ決まってないの」
と桃子ちゃんが言うと「失礼しました」と深々と頭を下げ、カウンターの奥へと戻っていった。
何度か来ているのに初めて見る顔だなぁ。
最近、雇ったのかな?
「ね、ぴょん。おごるよ。ここのフード、美味しいんだよ」
「え。あ、ありがとうございます」
ついつい丁寧語になってしまうけど、語尾も直したほうがいいのかな。
とはいえ、カロリーを考えると注文できそうなものは少ない。
メニューを見ながら考え込む。
「頭を使うとお腹が空くのよね」
桃子ちゃんはがっつり頼むようだ。
アールグレイのムースなるものをメニューから見つけ、ミルクティーと一緒に頼むことにした。
276 :恋はパラレルライン :2017/04/03(月) 00:09
店内は満杯とは言えないが、七割ほど席は埋まっているようだ。
ふと、渡してくれた資料に目を通すと、今日の講師は弁護士で憲法と同性婚についてとタイトルがついている。
憲法二十四条から始まり、幸福追究の権利、憲法における平等の素晴らしさと続く。
高校生にわかるだろうか。
授業で憲法を習ってはきたけれど、試験のための暗記で自分の身に付いてる気はしない。
資料を先に読みながら、自分への反省を込めて、はぁと大きな溜め息をつく。
「大丈夫よ、ここにいるほとんどの人はぴょんと同じ。試験のために習っただけ。だから、大人になってから学習するのよ。そのために開いてくれた学習会なんだもん。楽しまなきゃ、ね」
「はい」
桃子ちゃんの言葉にふっと肩の緊張が抜ける。
「お待たせしましたぁ」
いつもの店主がお盆いっぱいにドリンクとフードを持ってきた。
アールグレイのムースにミルクティー。
BLTサンドに本日のおすすめコーヒーとふわふわホイップの乗ったコーヒーゼリー。
先生、こんなに食べる人だっけ?
「変な時間に起きたからちょうど今がランチタイムなの」
「いつもご贔屓にありがとうございます」
「いえいえ! 繁盛してもらわないと困るしね!」
どうやら学習会の場所が無くなると困るという話らしい。
ここが再開するまでの間、学習会の開催場所は転々と移り、不定期ながらやっと同じ場所で開けるようになったという。
「再開して愛ちゃんと一緒にやるようになってからはイベントの数も増えたので」
「高橋さんの淹れてくれるコーヒー、いつも美味しいですよ」
「まぁ、ありがとうございます。伝えておきますね」
店主は去り際、こっちの作戦とはやるねぇとニッコリ笑ってきたので、なんだか恥ずかしかった。
それを聞いた桃子ちゃんが「作戦ってなぁに?」とぐっと近づいて顔を覗きこんだからか、余計に恥ずかしくなって顔が熱くなるのがわかった。
「ぴょんの顔、真っ赤だよ」
言わなくてもわかります。コップの冷たい水を飲むと少しだけ冷静さが戻る気がした。
277 :恋はパラレルライン :2017/04/03(月) 00:09
桃子ちゃんのBLTサンドを食べ終わるぐらいに、中澤さんから挨拶と弁護士さんの紹介があり、そのまま弁護士の自己紹介と挨拶にうつり、進行はスムーズに動いていく。
憲法二十四条の婚姻からだ。結婚でできること、市政における同性婚で認められていること。
認められてないために今まではできなかった財産贈与やパートナーの入院・手術の同意、面会謝絶になっても親類と同じ扱いでの面会、葬式への列席など。
またローンの組立や保険といった、一緒に長く住むからこその問題も市政においては少しずつ前進しているということだった。
同性婚制度が県や国レベルまで認めれられるよう、みなさん一緒に頑張りましょうと締めくくられた。
「十五分の休憩ののちに、質疑応答を行います」
中澤さんが声をかけると、喫茶店としてのいつもの賑わいが戻ってくる。
桃子ちゃんはコーヒーゼリーを食べながら、どう? と聞いてきた。
「思ったより難しかったです」
「まぁ、そりゃそうよ。ぴょんも婚姻可能な年齢ではあるけれど、まだまだ先の話だもんねぇ」
「講演を頼むって言ってましたけど」
あの日、講演会してもらおうと言ってたけれど、こんな内容じゃ誰もついてこれないと不安になって聞いてみる。
「あー、あれね。弁護士先生に頼むわけじゃなくて、性的少数の当事者を呼んで話をしてもらおうと思ってさ。憲法なんてよくわからないものより、人を好きなだけなのに何に困ったのか、そういう話を聞きたいでしょ?」
「はい! とっても!」
「うん、いい返事。人を好きになっただけなのに、ってのは、さっきも出てきたけど幸福追究の権利、何で同性を好きになっただけなのに社会で生活する上で困りごとがあるのか、ってのを平等の権利に置き換えてみたら、今日の学びもぴょんにはわかりやすくなるんじゃないかなぁ」
桃子ちゃんは、すいませーん、と手を挙げ、本日のおすすめコーヒー二杯目とミルクティーを頼んでくれた。

質疑応答は、どうやって周囲にこういった活動やアライという当事者以外の支援者を増やせばいいのかといった質問から、当事者の勤め先での差別だとか、はたまた恋人からのDVの対処法を教えてください、という悩みだ。
バイトをしたことも恋人がいたこともない私には縁遠い話のように思える。
告白がイベントの一種で、付き合うってのがゴールになってしまってるのかなと作戦会議を含め振り返ってみた。
ここにいる人たちみたいに大切にしたい人とつきあった経験がないからなのかもしれないけれど。
そういえば、道重さんが当事者なのかアライなのか知らないままだ。
最後にもう一度弁護士さんと中澤さんの挨拶があり、大きな拍手で会は終了した。
会計には長蛇の列だが、そこに道重さんと中澤さんが一人ひとりと話したり握手したり、時には手を振って見送ったりしている。
「ぴょん、もうちょっと時間ある?」
「はっ、はい!」
ま、まさかの桃子ちゃんからのお誘いなんて、嬉しい!
278 :恋はパラレルライン :2017/04/03(月) 00:10
「桃子、来てたんだ」
中澤さんと仲良く談笑していた、セミロングの女性が私たちのテーブルまで来てくれる。
パッチリとした睫毛が素敵だけども、目力がすごくて圧をかけられているようにも感じる。
「そりゃ来ますよ、保田さん。例の件、お願いしますよ」
桃子ちゃんは、親しげにその女性と話す。例の件って何だろう。
「道重を説得できればいいよ」
「マジですか! やったぁ、今日は最終兵器連れてきましたから」
道重さん? 最終兵器? いよいよ、話が見えないぞ。
「最終兵器ってその子が?」
「そ、親友のぴょん」
「親友? 恋人じゃなくて?」
嬉しいな、恋人に見られてたらいいな。
話が見えないけれど、嬉しい言葉がポンポンと聞こえてくる。
もー、違いますよー、と桃子ちゃんが否定したときに空気が変わった。
黒髪を触りながらこちらへ歩いてくる道重さんが見えたからだ。
「みっしげさん! 待ってましたよー」
桃子ちゃんは立ち上がって、こちらのテーブルにと姿勢よく手招きする。
その姿が凛としていて見惚れるようだった。
「桃子ちゃん、なぁに?」
道重さんの発する「桃子ちゃん」という単語がほわほわもこもこしていてかわいい。
「あ、山木さん。難しくなかった? 大丈夫?」
ふわーと天国まで上昇していくような幸せを感じる。
今日の目と耳の忙しさは尋常じゃない。
「あ、はい。だ、大丈夫です」
と返事するのが精一杯なくらい緊張した。
「みっしげさん、そーゆーことするからファンが増えるんですよ」
「そういうことって?」
「もー、絶対わかってるでしょ!」
桃子ちゃんはスネているようで、可愛い。
学校じゃ見れない光景にクスリと笑ってしまう。
それにしてもおしゃべりだ。
部活でしか会えない、仕事してる先生にしか会えてなかったんだなぁ。
「それに、山木さんは桃子ちゃんの生徒でしょ?」
道重さんの純粋な質問に、保田さんはなるほど親友ねと短く答え、桃子ちゃんは舌打ちしていた。
「ま、いいんですけどね。ぴょんがこういう学びを道重さんから聞きたいなーって言ってたから。ね。若い子の意見は大切じゃないですかぁ」
桃子ちゃんの意見にこくこくと頷くと、道重さんは深く考え込んでるようだった。
「うーん、その件はまたあとで返事してもいいかな」
「もちろんですよ! みっしげさん、いい返事期待してますから」

三人と店主に見送られ、喫茶店を出ると薄暗く太陽は西へ落ちつつあった。
並んで坂を下る。
日曜の夕方は、人や車の往来が平日より少ないように感じた。
「遅くまでごめんね。家まで送ろうか?」
「大丈夫です。高校生ですから。それに遅くなるかもって言ってあります」
今日、起きたときから先生の様子を見て告白してみようと決心してたのだ。
住宅地と歓楽街をつなぐ橋が見えてきた。
「先生。私、先生が好きです! だから」
言葉を続けようとしたら、先生がぎゅっと体を包むように抱きしめてくる。
良かった、付き合えるんだと思った時、耳に入ってきた先生の言葉はとても衝撃的で両目から涙が溢れてしまった。
高校生にもなって人目を憚らず泣くことになるなんて、思いもしなかった。

ーー山木さん、ありがとう。気持ちは嬉しいよ。でも、先生ね、もうすぐ結婚するの。だから、山木さんの気持ちには応えられない。
279 :みおん :2017/04/03(月) 00:11
続く 次のタイトルは「憂鬱ハーモニー」の予定です。
280 :名無し飼育さん :2017/04/20(木) 19:27
今さら発見してしまった
山木さんとももちの関係が好きなので嬉しい…と思ったらフラれてしまってたw
それでも続き楽しみにしてます
誰と結婚するんだろ?
281 :憂鬱ハーモニー :2017/04/30(日) 22:32
「はぁーあ、失敗しちゃったなぁ」
桃子はハニホヘトの店内で盛大な溜め息をついた。
本日のコーヒーはまだ一杯目で、なかなか減らないコーヒーカップを眺めるように視線を下に落とす。
カップを触る左手の薬指には指輪がキラリと小さな輝きを見せている。
「どうしたん? さっきから溜め息ばっかりついて。
辛気くさくなるからやめて」
と対面に座る中澤が突っ込むと桃子の隣にいた道重も大きな溜め息をついた。
「恋ってうまくいかないもんですね」
「何やの、二人して」
はぁーっと胸の奥の気持ちまで残さず出しきったとしても、二人の表情は浮かないままだ。
「第一、学習会の反省会って何や? 桃子が呼んだんやで」
中澤はコーヒー二杯目を頼んだものの話が進まない状況に苛つきを隠さない。
今日は水曜日、桃子からの連絡が道重にあったのは月曜の夜で道重に誘われた中澤と日程と時間を合わせた夜七時からだ。
店内の客はまばらで、ほとんどが帰り支度を始めている。
カウンターの向こうにいるバリスタの高橋は新聞を読みながら激務から解放された女店主の世間話に付き合っているようだ。
コーヒーを一口すすった桃子が喋り始める。
「あのぅ、帰り道に告白されたんですよ」
「え、あの子は道重を好きやと思っとったわ」
「はい、だから不覚でした。何よりも教え子を泣かせてしまったことが」
また一つ大きな溜め息をついて、話が止まってしまう。
そんなん学習会の反省やない、と中澤が冷静なツッコミを入れる。
「これで桃子ちゃんも当事者だね」
ゆっくりとした仕草で隣に座る桃子の背中を優しくさすった。
ですよね、中澤さん? 手はそのままに、瞳を中澤に向ける。
先ほどまでの優しい視線から一転、同意を求める強さに変わった。
「そうやな。当事者として振り返る?」
二人からの反応はない。
道重の黒い瞳が横を向き、桃子の言葉を待っているようだ。

怖がりだったあの頃の道重はもういない。
私と中澤さんだけが幸せな世界であればいいんです、と言い放つ不安定さはない。
わざと距離を置いたり関係を絶つ真似をしたりする必要もない。
いつの間にか自立した女性へと成長してたのだ。
積極的に周りへ働きかけ、二人だけの世界から三人と少しずつ、そして着実に広げてきた。
お互いが穏やかに過ごせるような距離感を保つことができるようになった。
その成長が素直に嬉しい。
自分はどうだろうか、と中澤は今までを振り返る。
誰かを救いだそうとするあまり、ずぶずぶと独り身の沼にハマってないだろうか。
いや、距離を保つにはお互いの努力と成長が必要だ。
可愛い容姿や振るまいには信頼している。
それが必要なことも世間にはあるのだ。
282 :憂鬱ハーモニー :2017/04/30(日) 22:32
ゆっくり口を開いた桃子は
「大切な人とだけわかりあえれば良いと思ってましたけど、
私は生徒を信用してなかったんですね、たぶん」
と視線をコーヒーカップへ落としたまま次の言葉へ繋げる。
「大切な人を傷つけないよう婚約指輪をつけて見せびらかそう」
なんて、ね。と、また一つふぅと息を深く吐き出すように溜め息をついた。
大きく肩が下がり、話せたことで緊張が解けたようだ。
うっとりとした表情で左手を挙げると薬指にある指輪は誇らしげに光る。
メモに言葉を書き留める癖のついた中澤は書き終えたばかりの文章を黙読する。
「桃子ちゃん、いいなぁ。羨ましい」
単純に羨ましがる道重は右手をグーにして口元へ持っていくぶりっ子スタイルだ。
「性別問わず人を好きになるって素敵だし、
山木さんが大切な生徒だって変わりはないもんね」
じっくり考え抜いたアドバイスより、感情から発されたナラティブな言葉が人を動かす。

周囲を羨ましがってはイジイジと落ち込んでいたあの頃の道重もいない。
自分がいなくても、道重はこういった局面を乗り越えられるのではないか。
......自分がいなくても、か。
ふと思った言葉のむなしさが中澤の心を寂しくつつむ。
桃子における生徒のように、道重をきちんと信頼しているだろうか。
相談があれば乗るけれど、その先の未来を共に求めているだろうか。
このままの関係でいい、というのは独占欲でしかない。
道重はきっと好きなままなんだろう、話をしないで決めつけてる怖さ。

「みっしげさん、その言葉をぴょんに言ってあげたら一発で落ちるんじゃないですかぁ」
道重はぶりっ子ポーズのグーにしてた右手をパッと開き、顔の前で左右に振る。
いやいや、そんなことないよ、と言って笑う。
「でも、桃子ちゃんが元気になって良かった」
死にそうな顔してたよ、と道重が続ける。
「今さらですけど、みっしげさんってどんな人がタイプなんですかぁ?」
「ほんとに今さらだね」
「だって、大切な教え子がみっしげさんに食われるかもしれないわけじゃないですかぁ」
元気を取り戻したいつもの桃子なのにうるさく感じる。
「猛獣とちゃうで」
「ナンパしたんじゃないですか?」
「ナンパしたのはむしろここの店主やで」
えっ、うそぉ。中澤さんも一緒にいたんですか。
ここで、ナンパしたんですか。
中澤は桃子からの矢継ぎ早に飛んでくる質問より、大切な人とはどういう関係か、という最適解のないパズルを解いてみたくなっていた。
283 :みおん :2017/04/30(日) 22:33
>>280
ゆっくりしていってね!
284 :恋患いループ :2017/05/31(水) 00:34
金曜の昼休み、ちょっとした二つの噂が学校中を駆け巡っていた。
一つは月曜から三年女子を中心に囁かれている、才女で有名な山木さんが坂で見知らぬ女子と抱き合って泣いていたというもの。
もう一つは、昨日から一年生を中心に騒がれている嗣永先生が結婚したんじゃないかという噂だ。
指輪について特に説明もせず、女生徒からの結婚したの? という問いに否定せずごまかしたというのも騒ぎになった一因かもしれない。

一つ目の噂が山木さん自身の耳に届いたのは水曜、そして二つ目の噂が聞けたのは金曜になってからだった。
「先生、結婚したんだね」
同級生たちは教室でも廊下でも、先生結婚か、という話題で盛り上がっていた。
先生、可愛いからほっとく男はいないよ。
学校では泣き言を言ったことないから頼れる彼氏にいってたのかもね。
と、憶測と想像がわんわんと耳に入ってくるのだった。
きっと部室長屋でも、この話題で持ちきりだろう。
人にとってはおめでたい話題でも、たった一人には大きな失恋の痛みとなって襲いかかる。
泣きはらした目の山木梨沙は放課後、級友たちに放っておかれ、部室にも寄らず、繁華街の一角にあるゲームセンターへと一人で向かったのだった。
普段なら決して近よりもしないであろうその場所は低音と雑音に紛れ、泣いていようが誰にも気づかれない。
自販機の横にあるベンチに隠れるよう座り、涙が枯れるまで泣いた。
そうしてどのくらい時間が経ったであろうか。

「ぎさちゃん?」

舌ったらずだけど聞き覚えのある声に顔を上げると、いつもより眉を八の字にした梁川奈々美と見たことのないきれいなお姉さんが不思議そうな顔をして覗き込んでいた。

「山木さん! 大丈夫ですか? 怪我ですか? 病気ですか?」
「やなみん、それじゃあ救急だよ」
「救急が必要かもしれないじゃないですか!」

……だって大事な作戦会議の仲間ですから。
梁川ちゃんの発したその言葉は何よりも強く私の胸に残った。

「ただ一人で泣きたか……っひっく……」

梁川ちゃんに答えようとしたものの、喋ろうとしただけで先生の結婚を思い出し、また涙が溢れてきてしまった。
285 :恋患いループ :2017/05/31(水) 00:35
「ねぇ、やなみん。ここで女の子が一人で泣いてるより、うちに来るのはどうでしょうか」

こくこくと首を縦に振って大きくリアクションした梁川ちゃんから差しのべられた手はあたたかくて安心を覚えた。
きれいな顔をしたお姉さんは何か楽器をやっているらしく、防音のアパートだからいくらでも泣けるよ、と言ってくれた。
背負っていた楽器を下ろし黒いパーカーを脱ぐと私の頭にかぶせて泣き顔を隠してくれる。
なんだ梁川ちゃんにはちゃんとお付き合いができる相手がいるんじゃないか。
と思うぐらいに冷静さを取り戻していた。

繁華街から住宅地につづく橋を渡り、あの坂の上まで行ってたどり着いた場所は聖地巡礼となっているアパートだった。
以前は社員寮だったが、田中れいなという歌手がヒットを飛ばしてからここに住んでいたのではと噂を呼んでいる。
へへっ、と恥ずかしそうに微笑むお姉さんの名前は宮澤真凜さんという。

「おじゃましまーす!」

二人で開けた扉の向こうは、埃一つなくきれいに掃除されていた。
1LDKというのだろうか。
小さめの玄関から入ってすぐの台所には驚いてしまった。
二人とも実はお嬢様なの? という呟きがボソッと聞こえてしまう。
確かに私は世間知らずかもしれない。
台所から続いたところにあるドアはトイレとお風呂だそうで、残念ながら中は見せてくれなかった。
奥から光が透けるのれんの向こうが部屋になっているそう。
楽器を修理へ出していたので風通しを良くしていたそうだ。
この時期特有のさわやかな風が通り抜けていく。

「ちょっと待っててね」

と台所に私たちを残すとのれんの奥のドアを閉めてしまった。
掃除でもしているんだろうか、こんなきれいなのに。
暗くなった台所で、梁川ちゃんがすっと顔を寄せる。

「まぶたが真っ赤です」

冷やさないと。その声はやはり緊迫感に包まれている。
梁川ちゃんがこんなに熱い、いや、冷静な子だとは気づけなかった。
たぶん、私には道重さんと先生しか見えてなかったのだ。

「さぁ、おいで」

開いたドアの向こうで宮澤さんはにっこりと微笑んでいた。
286 :みおん :2017/05/31(水) 00:38
もふもふ

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