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続飼育支部

29 :見えない影 :2011/12/12(月) 22:55
何でも入手できて消費する社会になった。
消費される側が入手できないもの、そんな二つのカップルが模索する物語。

静かな住宅地の端に急な坂がある。なのに、途中に小洒落た喫茶店。
赤いレンガに暗緑の蔦が這って、昭和の面影を残したかのような外観である。
その喫茶店は若い女店主が切り盛りしている。笑顔が素敵な二十三歳。
少しおバカなところもあるが、誰の話でも聴いてくれると口コミが広がっている。
店名は『ハニホヘト』。ただ名前のせいで噂だけが独り歩きしているような状態である。
30 :見えない影 :2011/12/12(月) 22:55
十二月、夜になると空気が冷たくなる。
十一年ぶりに皆既月食が見られる日。次に条件が揃うのは七年後。
本日は雲一つない空で天体観測にちょうどいい。

「うー、寒いっ!」
白いダウンジャケットを羽織った店主が出てきて、夜空を眺める。
「おー、ガキさーん」
「あー、どもども。安倍さんも月蝕を見に」
「うん、そう裕ちゃんと」
店主はガキさんと呼ばれ、もう一人は安倍さん。どこかふっくらとした感じがする女性だ。
「ひさしぶりやな」
この間、重ちゃんと呼ぶ女性と土手を歩いていた関西弁の女性。姓は中澤。
「お二人でデートですか」
「散歩」
「は?」
「散歩は散歩やん」
「あのね、照れ屋だから。月蝕見るだけなのにさ」
「ええやん、なっちも外出したいってゆうたやん」
「はいはい」
「いつも仲良しですねぇ、うらやましいですよ」
「それほどでも〜。ね、ガキさんにはいないの?」
「今は話を聞くのが仕事ですから」
にっこりとほほ笑むガキさん。
彼女のすばらしさは、店外でこうやって会話してもついうっかり……という発言がないところだ。
31 :見えない影 :2011/12/12(月) 22:56
「あ」
三人して夜空を眺めてたのだが、一人だけ先に視線を坂の上に向けている。
「裕ちゃん、どうしたの」
安倍がゆっくりと中澤から坂の上へと視線を動かす。
「あら、あらあら。月見にきたのかな」
「あー、そうですねぇ。小さいお子さんの名前なんでしたっけ」
二人は視線を交わす、その間訪れる少しの沈黙。
「りほちゃん、だよ。けど眠たいんじゃないかな、今の時間」
「夜遅いですしね。でも見たいですよねぇ」
「……そうやな」
髪を赤く染めている女性と黒髪で小さな子どもを抱いている女性が仲良く坂をくだってくる。
途中で、黒髪の女性にあたってるのが見える。
「こどもいるのに、あーいうことする人いるんですねぇ」
しみじみとガキさんが呟く。
「噂の喫茶店店主がそういうこと言っていーの」
「今は仕事中じゃないですし。それに安倍さんたちはわざわざ言わないでしょ」
「ふふっ、そうだねぇ。ガキさんのいうとおり」
なぜか安倍は威張っている。ガキさんはそんな安倍を見て、にこにこしている。
「なぁ」
「ん?」
「寒いし、そろそろ帰らへん?」
「あ、私も店の片づけしなきゃいけないんで。またお店来てくださいよ」
二人に手を振ると、店の中へ戻る。
「もー、シゲさんには甘いんだからぁ」
「ちゃうもん」
ぶーっ、と唇をとがらせる中澤。
「あとで、あったかくするなら許すぞ」
「……うん、帰ったらな」
「行こっか」
32 :見えない影 :2011/12/12(月) 22:56
太陽と月のあいだに地球が入る。地球にいるのに、自身のかげで月が見えなくなる。
大切なものもそうだ。自分に原因があって見えなくなる。
小さな子は目をさましていたけれど、慣れているのか泣き出す気配はない。
黒髪の女性は、ただただ隣に居る女性の愚痴を聴いていた。
「わかったから。れーな、帰ろう」
「でも、月ッ……!」
れーなと呼ばれたのは赤髪の女性。
「うん、さゆも見たいよ」
自分自身をさゆと言ったのは黒髪の女性。この間、中澤に重ちゃんと呼ばれ土手を歩いていた。
真面目な表情で、優しい口調でれーなを諭す。
「しーげさんっ」
安倍と中澤が、坂をのぼってきたのだ。
「あ、こんばんは」
「月蝕見にきたんか」
「はい、そうです……えっと」
「ね、りほちゃん、なっちが抱いてもいい?」
「え、あの……」
さゆが悩んだ表情で言葉を濁す。隣にいるれーなは、憮然とした表情で安倍をにらんだ。
だが、そんなことにおかまいなく、りほは差し出された安倍の腕に手を伸ばす。
「あらー、りほちゃん。なっちがいいんだー」
「えへへ」
明確な返事をしたわけではないが、大の大人四人が揃ってホッとした表情になる。

こどもの笑い声とはそういうもの。大切なものは見えない。二人は心からそう思った。
自分のどこに影を持ってしまったのか。光あれば影もある。
影があるから輝き続けられる。
たった一夜の不思議な夜。今夜は楽しい楽しい夜。気にせずに突き進むしかない。
たとえ忘れられない恋の記憶があったとしても。
いま、隣にいる人を信じるしかない。

 END.

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