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続飼育支部

287 :矢印デカダンス :2017/09/15(金) 23:49
部屋の隅には、ちょこんと置かれた楽器と譜面台がある。
そこに乗っている楽譜が妙に聖地巡礼感を醸し出していた。
何が飲みたい? いろいろ揃ってるよ、と声をかけ台所へと向かった。
少し猫背になったお姉さんはゆるやかに振り返る。
「紅茶、コーヒー、ミルク、なんでもあるよ」
まりん's キッチンなんてね。
お茶目に言ったようだが、口元の表情筋がほぼ動いていない。
先程は緊急事態に動揺してたから良かったのかもしれない。
普段の宮澤さんはもっとクールな人なんだろう。
同級生にはいないタイプだ。
「カフェラテ希望です!」
梁川ちゃんの屈託のない注文に宮澤さんは「よっしゃ、待ってな」とどこか男前な雰囲気だ。
「えっと、山木さんはどうする? 同じのでいい?」
「できれば、ホットのミルクティーでお願いします」
「りょ」
インターネットの言葉遣いだろうか。
宮澤さんは、きっと情報や流行りに敏感なのだろう。

部屋の真ん中には独り暮らし用の小さなちゃぶ台に、小さなテレビと据え置きゲーム機が置かれ、背の低い棚が本棚代わりになっている。
ゲームが趣味なのだろう。
攻略本がいくつか並べられている。
知らないゲーム名ばかりだ。
梁川ちゃんは知っているのか、目についた攻略本を手に取っている。
「ちょ、ちょっと!」
初めて来たお宅のものを断りなく手に取るのは、失礼じゃないかな。
考えが顔に出てしまったのか、梁川ちゃんは眉を八の字に下げて、手に取った攻略本を棚に戻す。

「お待たせ」
ほい、ほいと三人分の色違いのマグカップがちゃぶ台に並ぶ。
ホットのカフェラテ二つにミルクティーが一つ。
「やなみんと同じのにしてみた」
一口飲んで、ホッと一息つく。
なんだか『ハニホヘト』の店内が懐かしく感じる。
あの学習会の後は、一度も足が向かなかったのに不思議だな。
「それで、なんで泣いてたの?」
宮澤さんからの素朴な疑問になんと答えればいいのか迷う。
「あの、失恋ですよね。嗣永先生、結婚したって噂が」
「え、好きな先生が結婚しちゃったの。そっかー、それはつらいよね」
つい、あの日の告白を思い出す。
坂を下りゆく二人の未来は別れてしまった。
「告白したらね、結婚するって言われたの」
ありがとうって抱きしめてくれた。
と、冷静に告げるつもりが、目の奥が熱くなってじわっと涙が溢れてきてしまう。
「泣けばいいよ。あ、ああああと! 私で良ければ抱き締めますし!」
宮澤さんのテンパり具合に涙を流しながら、ふふっと笑ってしまう。
「嬉しい」
「わ、わ、わたしでも、ぎさちゃん! 私でも良ければ!」
「……嬉しい」
二人のテンパり具合と言葉がグッときて、恥ずかしくて下を向くと涙が床にぽたぽたと落ちた。
いけない、人のお宅だとハンカチを取り出して拭こうとすると、宮澤さんが後ろからぎゅっと抱きしめてくださって、左手で肩を抱き右手は私の目の前を遮ってくれる。
「これで何も見えないでしょ。何も感じなくていいよ」
すっとおりる瞼が視界を暗闇へと引き寄せる。
ただ宮澤さんといつの間にか腕にからみついてきた梁川ちゃんの体温がさっき飲んだばかりのミルクティーのように温かかった。
まず『ハニホヘト』へ平日行ったところで仕事中の嗣永先生には会えない。
憧れの道重さんには会えるかもしれない。
梁川ちゃんの恋愛相談がなければ、顔を合わせても大丈夫。
今は気楽に「好き」と言い合える関係を見たくないだけなんだから。

よし、月曜がきた。
新しい空気とともに制服を身につける。
宮澤さんのおかげで、梁川ちゃんの新しい呼び方はやなみん、私の呼び方は「ぎさちゃん」。
どうもやなみんはラ行の発音が苦手らしい。
確かに今までも心当たりはある。
もりとさんがコギトエルゴスムに聞こえてた。
誰もいないのにふふっと笑いがこぼれる。
宮澤さんは基本クールな無表情なのに、時々熱くて「作戦会議するのに他人行儀なのはどうかと思います」だって。
ちょっとだけ新しい朝がくるのが楽しみだった。
嗣永先生と会っても大丈夫だ。

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