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続飼育支部

264 : 溺愛パラシュート :2017/03/11(土) 02:08
帰る頃には、夕陽に照らされた大きな雲がオレンジ色に染まっている。
お会計の際、めざとく見つけたパプリカの会主催学習会のチラシを綺麗にたたんで制服のポケットへ忍ばせた。

どうやって誘おうか、考え事をしているとあっという間に授業は終わり、クラスメイトは放課後のおしゃべりを楽しんでいる。
考え事をするには部室だな。
校舎横にある部室長屋は大小いくつかの部室がある。
そのうちの一室が、漫研と文芸部の部室だ。
ドアを開けると、森戸ちゃんと梁川ちゃんがいた。
梁川ちゃんは壁際の机に向かって何か作業をしているようだ。
「山木先輩、こんにちは」
「こんにちは、森戸ちゃん」
梁川ちゃんは? と聞くとどうやら部誌の締め切りが近いことを忘れていたらしい。
編集長をやる部員に執筆の進み具合を聞かれ、慌てて書き始めたという。
今日は作戦会議もできなさそうだ。
森戸ちゃんが梁川ちゃんの背後からそっと原稿を盗み見る。
「おとぎの国からこんにちは? ふふ、梁川ちゃんって文章は意外とロマンチックなんだね」
「モギトさん!?」
「え? なに? コギトエルゴスム?」
「ち、違いますぅ」
梁川ちゃんが有名な哲学者の一節を暗唱したと思ったら違ったようだ。
難しい言葉はたくさん知っているのに、滑舌はあまりよくないようだ。
先程まで熱中していた原稿は一文字も進まなくなり、耳まで真っ赤にしてうつむいている。
締め切りが近いという原稿はまだまだ真っ白だ。
邪魔者は去るのみ。
いっそ勢いだけで嗣永先生を学習会へ誘ってしまおうか。
どんな顔するかな、喜ぶのかな、怒られるかも。
うーん。
「先輩、今日は梁川ちゃんの邪魔したくないんでカギ置いて帰りますね」
考え事をしていたようで、帰り支度を終え鞄を持ち、カギを机に置いた森戸ちゃんに声をかけられる。
失礼します、と丁寧にお辞儀をする森戸ちゃんに続いて私も帰ろうとさりげなく鞄に手をかける。
「待ってください! 森戸さんがいると原稿が進むんです!」
耳を真っ赤にしたままの梁川ちゃんが立ち上がり、焦った声で引き留める。
いつもの大人っぽい落ち着いた雰囲気はない。
恋はここまで人を変えるのか、恐るべし。
そして、わかってはいたけども本人に言われるとちょっと落ち込むなぁ。
要するに、私は邪魔者だったのだ。
そんな私の横で森戸ちゃんもまた耳まで真っ赤にして「ひゃあ」と驚きながらピョンピョンとうさぎみたいに跳ねた。
「えー、そんなこと言われたの初めて! 嬉しーい!」
うわ、純粋な子供みたいな可愛さ。
これは梁川ちゃんじゃなくったって恋に落ちる。
しかし、全然脈なしだと思っていたけれど、意外と気の合う二人なのかもしれない。
制服のポケットの上を撫でると「また明日」とだけ声をかけ、無邪気に笑い合ってる彼女たちと別れた。
265 : 溺愛パラシュート :2017/03/11(土) 02:10
嗣永先生がいるはずの社会科教務室を目指す。
一度、校舎から出たのにまた戻ることになるなんて、物事はいつだってうまく進まない。
先生は、元々名前だけの顧問で部室には年に一回しか来ない。
用があるときはこちらから足を運ぶしかないのだ。
「失礼します」
開いてる扉をコンコンと二度叩くと、物書きに熱中していた先生がこちらを向いてにっこりと微笑んだ。
「あら、山木さん。丁寧ね」
先生に褒められるとやっぱり嬉しい。
こちらまであたたかい気持ちの笑顔になれる。
他の先生の邪魔にはならないよう静かに嗣永先生の机へと歩いていく。
「あのー、相談があってきたんですけど」
語尾が急激に弱くなる。
今日の梁川ちゃんみたいに大胆にはなれない。
「なんでしょう?」
先生は仕事の一部というような口調で先を促してくれる。
「あのぉ、この学習会へ行ってみたいなと思ってるんですけど」
制服のポケットに入れたチラシを開いて渡すと、ああこれね、とずいぶんと落ち着いている。
「山木さんは社会活動に興味があるのかしら。やっぱりおうちの商売が関係してるのかしらね」
「いえ、個人的な興味なんですけども」
「先生ね、教育の一環としてこういう人と出会ったり話を聞いたりするのはいいことだと思ってるの。今度、学校で講演してもらおうと頼んでるところなんだけど、もし、山木さんが良ければ現役学生の声を届けてくれないかしら」
そういう声があるなら講演の内容も詰めて考えられるだろうし、と先生は続けた。
「はい、もちろんです」
先生に頼りにされるなら何でもします! と言いたかったけどさすがに周りの先生たちにもドン引きされそうなのでやめた。
「そっか、良かった。山木さん、悩みごとがあるなら先生に相談しなね」
私の返事を聞いた先生は、大きめのブロック付箋に何か書き込むと学習会のチラシに貼り付けて、元の折り目に沿って畳み直してしまった。
付箋は中に折り込まれてなんと書いてあるか見えない状態だ。
チラシは私の手に戻され、嗣永先生は立つとゆっくり私の背中に手をかけ回れ右をさせる。
そうしてゆっくりだが確実に背中を押して廊下まで出されてしまった。
「悩みごとがあったら、先生はいつでも相談に乗るからね」
いつでも、のところに強いアクセントがのった。
「ひとまず今日はここまで、また明日ね」
いつでもと言いながら時間制限があるようで可笑しいなと思ったが、文句は言わない。
私は困った顔だけして、さよならというように手を振ってくる先生に頭を下げ、その場をあとにする。
校門を出てから、チラシを広げ直すと付箋には学習会の日と集合場所と時間、それに諸注意まで書いてあって、一人で笑ってしまった。
本当に先生は可愛いんだから。
諸注意にある、仕事ではなくプライベートの格好で来るように、という一文がなんだかキラリと光っていた。

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