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続飼育支部

249 :百合はクロスロード :2016/04/21(木) 22:54
まっすぐ長い青光する黒髪が美しい女性を街でよく見かける。
長身だからか猫背で歩くのが気になる。
一度だけ女性が「さゆ!」と呼ばれ振り返るのを見てからは、心のなかでさゆさまと呼んでいる。
その女性ーーさゆさまが歩道橋を歩いて渡っていくのが見える。
この街でどのような生活を過ごしているのだろう。

「......山木さん、山木さん! 聞いてます?」
後輩の声でハッと現実に戻る。
いや、さゆさまがいたのも現実なのだが。
今は、後輩の梁川ちゃんと共同戦線を張って作戦会議中だ。
遠くの憧れより近くの目標を大切にしたい。
私の目標である漫研顧問の嗣永桃子先生は梁川ちゃんの担任。
そして、梁川ちゃんが好意を寄せる森戸ちさきちゃんは私と同じ漫研で後輩にあたる。
梁川ちゃんとは部室長屋で仲良くなった。
私の漫研と梁川ちゃんの文芸部で部屋を分けて使うことになっている。
おしゃべりするようになり、お互いに利益を受け取れそうだと気づいた。

作戦会議は主に下校中。
それと、去年の春から再開した喫茶店『ハニホヘト』でゆっくり話し合う。
高校から離れていること、店主によって秘密が守られること。
それを受けて、喫茶店に入る同級生を見てもチクらないという不文律がある。
学校から川向こうの住宅地<さいわいタウン>へ行く急な坂の途中に喫茶店はある。
森戸ちゃんも私も<さいわいタウン>には住んでいない。
私は商業区の一画に古くからの大きな家があるし、森戸ちゃんは駅向こうの新興住宅地に住んでいる。
まだ学校に慣れてない梁川ちゃんに連れられて喫茶店へ足を運んでいる。
先生にも見つからず森戸ちゃんにも気づかれず、気兼ねなく話せる場所だ。
とっても良いのだが、梁川ちゃんが一方的に喋り続けている。
どれだけ話題があるのか。
彼女が疲れるまで待つ。
たまに「聞いてます?」と確認されるぐらいで相槌がなくても気にしない、不思議な子である。

『ハニホヘト』へ入店し、一番奥の席へと座る。
奥様方が買い物や洗濯物の取り込みと日常へ戻っていくなかで、放課後を楽しむ学生たちと入れ替わる時間帯らしい。
店主がレジ作業を終えると、お水を二つ持ってくる。
「私はミルクティーで」
梁川ちゃんはメニューとにらめっこしていたが、すっと背筋を伸ばし
「カフェオレでお願いします」
と注文した。
「かしこまりました」
店主はカウンターの奥にいる店員に声をかけると、他のテーブルへ注文を聞きに行ったり声かけしたりと忙しく動いている。

「梁川ちゃん、この間ココアしか頼めないって言ってたよね」
うっ。しかめ面になるものの「違います」と冷静に返された。
「苦いコーヒーが飲めなくたって切ない味はわかるものですよ、先輩」
こういうときだけ先輩と呼ぶんだよなぁ。
それにしてもコーヒーを切ない味と表現するのは大人だなぁ。
「何それ、詩人気取り?」
「ええ、文芸部ですから。いつでも言葉で表現できるように感性を磨いているのです。......それから。気取りではなく、詩人です」
会話が続いたと思ったらこれだ。
幼い見た目とは裏腹な丁寧な言葉遣いと子供のような空気の読めなさ。

一度だけ指摘してみたら
『そこは後輩の一面として理解していただければ。お互いの成長のためにも』
と返され、とっても疲れたのを覚えている。
250 :百合はクロスロード :2016/04/21(木) 22:59
「それで、森戸さんのことなんですけれど」
おっと、話題が核心へと戻ったようだ。
「お待たせしました、ミルクティーとカフェオレですね」
『ハニホヘト』の女店主が飲み物を持ってきた。
タイミングがいいのか悪いのか。
「今日も作戦会議ですか?」
「はい、そうなんです。何かいいアイデアはお持ちですか」
梁川ちゃんにずっと喋らせるよりも、と無理なお願いを振ってみたのだが、そこは歴戦の店主。
ハッとして、ポンと手を合わせると
「少々、お待ちくださいね。すぐ、すぐに」
テーブルとテーブルの間を縫うように走っていく。
梁川ちゃんは、出鼻をくじかれたからかムスッとしている。
言いたいことも言えないようじゃ告白はまだまだ先だね。
「こちら、どうぞ」
ハァハァと小さく息を切らして店主が持ってきたのはチラシニ枚。
来週の土曜日、ピアノコンサートを行うらしい。
「まーちゃんのピアノコンサート、ですか」
「ええ、前に閉店コンサートを開いたときに弾いてくださった子なんです。今もピアノを続けているというのでお願いしてみたらトントン拍子に話が進んで......ね、このチラシを渡して誘うのはどうかしら?」
確かに。いいアイデアかも。
嗣永先生、誘ったら来てくれるかな。
カランコロン。
『ハニホヘト』の扉につけられたベルが鳴って来客を知らせると、
「いらっしゃいませ」と店主の仕事へ戻っていった。
251 :百合はクロスロード :2016/04/21(木) 22:59
「......それで誘うんですか」
梁川ちゃんはチラシを手に取ったもののムスッとした表情のままだ。
「あ、うん。そうしよっかな、って」
「目がキラキラしてますよ」
「梁川ちゃんは?」
ーーいいですか? 森戸さんの趣味を知らないんですよ、まだ。うんぬん。
聞いた私がバカだった。
話が止まらなくなってしまった。
梁川ちゃんが疲れるまで黙っていよう。
ミルクティーを一口含み、ふと、先ほどの客へと視線をうつす。
そこには黒髪の女性の横顔。
さゆさまだ!
あっ、と思ったときには遅く、持っていたカップからミルクティーがこぼれていた。
あっつぃ。
その熱さも現実ではないような気がするほど、さゆさまに見とれていた。
「山木先輩、何してるんですか!」
梁川ちゃんの声も耳には入っている。
カップをテーブルに置いても、視線の先にいるのはさゆさま。
こんな近くに、同じ街に住んで、私と同じような暮らしを過ごされているのか。
「先輩! 山木先輩! 聞いてます?」
「うん、聞いてるよ」
いつものくせで返事だけはしておく。
梁川ちゃんの心配した声のせいか、さゆさまがこちらを振り向いた。
同じテーブルについてる女性がもう一人いるのが見えた。
茶色に染めたショートカットが似合う、柔らかな表情を浮かべた女性がそこにいた。
ボイ&フェム、なんて概念は古くないかのように存在していた。
私には、その時、そう見えたのだ。
252 :百合はクロスロード :2016/04/21(木) 23:00
「お客さま、どうされました?」
飛んできた店主によって視界は遮られ、現実に引き戻される。
「......あの方は?」
遮られた先の女性を指すと、丁寧に答えてくれた。
それから、テーブルを拭いて、おかわりお持ちしますねと一旦離れていく。
さゆさまではなく、道重さゆみさん。
隣の女性は中澤さん。
二人ともパプリカの会のメンバーだという。
女性の性的少数者と協力者のアライで構成されているサークルだ。
全国で何例目かの同性婚を認める条例がこの街で施行されている。
マイノリティは市民活動と行政の支援、二つがなければ成り立たない。
遠い昔から商いをやっている山木家にもパプリカの会の噂は耳に入ってくる。
道重さんと中澤さんが当事者なのかアライなのかはわからない。
ただ、よくお似合いのカップルに見えた。
そう思うぐらい距離が近く、二人とも柔らかで穏やかな表情で寄り添っているように見えたからだ。
「興味がおありでしたら、ご紹介しましょうか?」
パプリカの会は、この喫茶店『ハニホヘト』での学習会が予定されており、今日はその打ち合わせだそうだ。
一度は断ったのだが、店主と、なぜか梁川ちゃんに押しきられる。
曰く、次いつ会えるかわからないんですよ。
私だったら、今回会えたのだから近いうちにまた会える確率もあると思うんだけどなぁ。
ご多忙な二人だからここへ来てもいつ会えるかわからないですよ、と店主まで。
店主の紹介という体で、案内してもらう。
ところが、やはり憧れの人の目の前に立つと何も話せなくなる。
「お、ガキさん、なんや。また重ちゃんのファン連れてきたんか」
「ま、そう言わずに」
いつものことなのか、二人は慣れた会話だ。
「ほら、挨拶、挨拶」
店主に背中を押されると、憧れの人まで数センチ。
きょとんとした顔で見上げられると余計に恥ずかしくなる。
「あああ、あの! 憧れです!!」
「......ありがと。お名前は?」
道重さんの声は思ってたよりずっと大人っぽくて、本当に憧れの女性という感じだ。
「や、山木、梨沙、です」
「山木さんね、よろしく。道重です」
「は、ひゃい」
「かわええなぁ。耳まで真っ赤になっとる。この子、パートナーいないんでいつでもえーよ」
「違いますよ、中澤さん。中澤さんだってパートナーいないじゃないですか」
裏返った声で返事してしまい、話題がパートナーにうつって雑談を始めそうになったあたりで、店主に促され頭を下げ、席へと戻る。

「どうでした?」
梁川ちゃんは妙に目をキラキラと輝かせワクワクしてるようだった。
「どうもこうもないよ」
憧れの人の前でかっこよく話せるわけないじゃない。
話せてたら、こんな作戦会議をやってない。
「あーん、私、恋に落ちる瞬間って初めて見ましたよ」
「へー、そうなんだ」
やたら、甘ったるい声色でこの子は何の話をしてるんだ。
「山木さんが道重さんへ恋に落ちる瞬間! もう時が止まるんじゃないかなって思うぐらいでした。永遠の時ってこういうのをいうんですねぇ」
いやいやいやいや。
一体、何、何を言ってるんだ梁川ちゃんは。
「ちが、違うから。道重さんは憧れの人であって」
「逆に聞きますけど、今、嗣永先生のこと、一ミリでも考えてました?」
......考えてない。
だけど、逆ってなんだ、逆って!
「明日からは道重さんとどう付き合えるかの作戦会議ですね」
「だから、本当に違うって!」
私が好きなのは......あれ?
道重さん? それとも嗣永先生?
「いいですよ、今日だけはゆっくりと恋に落ちた幸せを味わってくださいね」
梁川ちゃんの手にはしっかりとピアノコンサートのチラシが握られていた。

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