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続飼育支部

242 :誰にもナイショ :2015/05/21(木) 02:17
おじいちゃんがやってたお店の社員寮を改装したアパートへ住んで丸三年、四月から高校三年生がスタートします。
従業員だった田中れいなさんがこの土地で歌手としてそこそこのヒットを飛ばし、おじいちゃんは見届けるようにひっそりとお店を閉めました。
新興勢力である大型店舗の急速な出店に押され、夢を叶えることを優先したようです。お店から歌手を出す夢。はっきり言わないけど勝手にそう思ってます。ところが田中さんが有名になったおかげで元社員寮のアパートにも人が訪れるようになりました。
流行りの言葉で聖地巡礼というそうです。
お金の匂いを嗅ぎつけたおじいちゃんは一階二階ともに四部屋ずつ、全室防音にリフォームしました。
私は二階の角部屋に住んでます。
両親は健在だけど、実家は防音じゃないし、一人暮らしに憧れて遠くの高校に進学するからと説得しました。
音楽科に進学でき、歌手になる夢を叶える一歩を踏み出しました。

同じ階に同じ高校に通う田崎あさひちゃんが住んでいます。
あさひちゃんは二学年下の後輩です。たまに彼女の部屋へ行ってお茶をごちそうしてもらいます。
そして将来の夢をよく語り合います。
あさひちゃんのつくる焼き菓子がおいしいから、っていうのは理由の一つではあるけれど、似たような夢を語れる仲間がいて嬉しいんです。
おじいちゃんがお店だけでなく寮も作ったのにはちゃんと理由があって、
『この街に流れ着いた理由なんかに興味はないが、歌が好きで志があるなら仲間は多い方がいい。
切磋琢磨して繁盛に繋がるならもっといい。
自分の夢と従業員と客が見る夢が同じ向きならもっといい』。
『お前のお父さんは全く理解しなかったが、萌美がわかってくれるならじいちゃんは幸せだよ』と必ず続けます。
正直に言うと、おじいちゃんが父を煙たがるのは娘としていい気分ではありません。
243 :誰にもナイショ :2015/05/21(木) 02:17
お父さんが音楽に興味があったのは高校生までで、洋楽をかじって友達とバンドを組んでたそうです。
なかなかうまくいかず、父が就職してから一層険悪になったみたい。
お父さん曰く『親父の夢は現実的じゃない』。
おじいちゃん曰く『一度の音楽性の不一致ぐらいで、夢だとか現実だとか言われたくないね』。
音楽について話すことはないみたい。
だからこそ、おじいちゃんは私みたいな音楽を志す身内が嬉しいんだ。

高校へ合格してからそういう事情を知った。
背伸びして大人になるための一人暮らしを勝ち取り、代わりにおじいちゃんの前では前みたいに何も知らないこどものままではいられなくなった。
おじいちゃんは「萌美が甘えてくれて嬉しい」と言ってくれる。

昔話はさておき、明日は待ちにまった新人発掘オーディションの日。
一次書類審査が通り、初めてオーディションで歌える。
カラオケで何度も何度も歌って練習した曲。
審査員のみなさんに私の声が響きますように。
どうか思いが歌に乗って届きますように。

そんな願いが本当に通じたのか、最終オーディションまで残った。
デビューできる実力がついているのかどうか、進学と一人暮らしの真価や練習の成果が試されるときが来た。
「失礼します」
ゆっくり扉を開け、一歩前に出て深く一礼し、前を向くと審査員席には見覚えのある女性が座っている。
あさひちゃんだ。なんでそっち側に? 歌手を目指してるはずなのに。
244 :誰にもナイショ :2015/05/21(木) 02:18
いけない、呼吸が浅くなってきてる。
肩を大きく使うように深呼吸を一つして、「113番、長谷川萌美です。よろしくお願いします」自分の番号を確かめるようにハキハキと伝える。
「ふるさと、歌います」
背筋が凛と伸びる。
歌い始めると緊張がよい心地へと変化していく。
笑顔のように頬を高く上げると声色も明るく弾む。
怖い顔で並んでいる審査員のオジサマ達にも一人一人にゆっくりと笑顔を向ける。
今日は怖いくらい落ち着いている。
いつもは音程とかリズムとか気にして、歌うのが長く感じてたのに。

歌が終わると簡単な質疑応答。
何をやるかはオーディションによって違う。
今回は歌い終えた感想からのようだ。
真ん中に座っている眼鏡をかけたオジサマが質問してくる。
「気持ちよく歌ってたみたいだけど、どう?」
「はい、歌い始めたら緊張が心地よくなってきました。楽しく歌えました」
「自分が苦手なことへの挑戦をどう思いますか」
「自分の夢を叶えるためなら、苦手なことも得意にします!」
「はい、ありがとうございました。選考結果は後日連絡します」
「ありがとうございました」
深くお辞儀して、扉へと歩き出す。
うん、なんかわからないけどここの雰囲気、合ってるぞ。
不思議な感覚だけど、またこの人達に会えたらいいな。
扉の前で一礼し「失礼しました」、ゆっくりと扉を閉めると廊下の窓から眩しいぐらいの日光が降り注いできた。
またもう一度、ここへ来れますように。
今度は所属歌手として来れますように。
質問されたように苦手も得意に変えよう。
245 :誰にもナイショ :2015/05/21(木) 02:19
「萌美ちゃん、この間オーディション受けたって聞いたけど、結果きた?」
この頃のあさひちゃんは幾分かくだけて接するようになっていた。
あのオーディション以降だ。
終わってから本当にホッとした。
あの日からなんだか練習でもスッと肩の力が抜ける。
心地よい緊張感を保ったまま歌えるようになった。
「ねぇ。結果、まだ来てないの?」
もう一度、彼女の声が聞こえて、我に返る。
「ごめんね、気ぃつかわせちゃって。まだなんだ」
そういや、あの場にあさひちゃんいたんだよねぇ。
最初、びっくりしたけど歌い終わったら全然気にならなかった。
質問の受け答えで精一杯だったからというのもあるけど。
「そっかぁ。まだかぁ」
私よりもあさひちゃんが結果を気にしてるみたいで嬉しくなる。
ふふふ。
あれ、あさひちゃんは私の選考結果知らないのかなぁ。
謎だ。
「な、なによ」
「ごめんごめん、あさひちゃんが私のこと心配してくれるのが嬉しいから」
「心配はしてるよ。けど、違うの。最近の萌美ちゃんの声安定してるし、なんか焦る」
あさひちゃんは私から視線を反らすようにぷいと下を向く。
オーディションの時からだから、余計にそう感じるのかな。
よしよし、自信にもつながる言葉だ。
「じゃ、練習あるのみだね」
下を向いたあさひちゃんの頭をぽんぽんすると
「萌美ちゃんも!」
急に前のめりで彼女の顔が近づいたからびっくりして体を離す。
「今日のあさひちゃん、なんか変だよー」
近づいた拍子に真っ赤になった顔のまま、彼女は呟いた。
なんて言ったか聞こえなくてちょっと耳を近づけようとしたら、彼女の両手が私の体を押していた。
「ど、どうしたの、本当に」
「遊びの時間はここまで! 練習するから萌美ちゃんも練習して!」
あっ、ハイ。
正論過ぎて反論できない。
それにしても本当に今日の彼女はおかしい。
時計を見ると部屋に来てから三十分も経ってなかった。
246 :誰にもナイショ :2015/05/21(木) 02:20
あの日から三日後の夕方だった。
ついに電話がかかってきた。
結果は合格。急だが明日事務所へ来てくれという話だ。
何を着ていこう。
待てよ、高校合格祝いにおじいちゃんが買ってくれたスーツ一式があるじゃないか。
一応、労働契約に当たるから。
おじいちゃんが、前に教えてくれた。
歌を歌うのと気持ちよく仕事することは同じ価値がある。
尊いものだと。
期待に胸が高鳴る。
その夜は目が冴えてよく眠れなかった。

「おはようございます!」
事務所の受付で教えてもらった小さな会議室で待ってると審査員の男性が入ってきた。
「合格おめでとう」
立って小さくお辞儀する。
「ありがとうございます」
座って、と促されると男性の後ろから女性が顔を覗かせる。
あさひちゃんだ。
あっ、というまに顔がほころぶのがわかった。
対称的にあさひちゃんの表情はかたい。
嬉しい。あさひちゃんと一緒に歌えるなんて。
先のオーディションであさひちゃんが合格。
歌やルックスは申し分ないもののトークがうまくいかないので、ソロで売り出すにはと思い悩んでいたそうだ。
次のオーディションにはあさひちゃんも審査員に立ってもらい気が合いそうな子を選んでいたとの話。
つまり、これから二人組で売り出す。
明日からボイスレッスンやダンスレッスンを受けるように言われた。
まだ私の歌はあさひちゃんまで届いてないらしい。
それを聞いた途端、あさひちゃんがどや顔になったから、二人組として売り出されることに納得しきってないんだろう。

お給料の話、インディーズデビューまでの日程、マネージャーと連絡先交換。
お仕事は楽しいけど、初めてのことばかりで疲れる。
いつもの友達とのノリとも違う。
当たり前なんだけど、いつもと違うだけで疲れる。
年下のあさひちゃんが普段より大人に見えた。
247 :誰にもナイショ :2015/05/21(木) 02:20

帰りは二人ともマネージャーの車で送ってもらった。
明日からずっとこうなるらしい。
「ねぇ、誰にもナイショなんだからね。デビューするまで、アパートのみんなにバレないようにしないと」
そうですよね、マネージャー。
と、あさひちゃんが確認する。
「...ヒミツかぁ」
「そうだよ、二人だけのヒミツなんだから」
「あさひちゃんと仲良くやっていく秘訣、あったら教えてよ」
冗談で言ったつもりだったのに教えてもらえなかった。
近くで降ろされると、あさひちゃんは駆けてさっと部屋に帰っていく。
なんか、気にさわること言ったかなぁ。
知ってる人だからこそ、さわられたくない部分もあるかもしれない。
気をつけないと。
デビューするのは夢みたいな甘さがあるのに、デビュー前からこんなにも苦い気持ちを抱くなんてビックリだ。
もっと近くに寄って仲良くいられる秘訣を見つけよう。
二人だけのヒミツをもっと集められれば、あさひちゃんにも違う未来が見えてくるはず。
歌もうまくなって、トークでもあさひちゃんを助けられるように。
まずは足を引っ張らないとこから!
オーディションには受かったんだから。
これからは二人で歩いていける。

END.

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