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続飼育支部

235 :幼さと初恋は夏空に、似る :2015/01/31(土) 02:22
夏の空は突き抜けるほど青く、手を伸ばしても太陽には届かない。
空の青さと自分の幼さとが同化していくような感覚を覚える。
出かける前に塗りたくった日焼け止めも、どこからともなく溢れる大量の汗で意味がないようだ。

終業式までの委員会活動日は塾や習い事の予定で埋まり、名簿で機械的に割り当てられた書架整理が夏休みへとずれ込んだ。
一人で作業かと落ち込んでいたら、同じ一年生の亀井さんとペアを組んで半日で終わらせることになった。
午後一時集合、外気温は三十二度を超え、真夏日となった。
最高気温はもっと上がることだろう。
図書館内の気温は二十八度に設定されているが、ずっと座っているなら暑くならないだろう。

先に着いた紺野は、ぐるっと図書館内を見渡し、すうっと大きく息を吸ってはぁとゆっくり吐き出す。
古くなった紙が独特に持つカビ臭い匂いが紺野は好きだ。
インクの匂いだという人もいる。
出版社ごとに匂いが違うと主張する人もいる。
この匂いが好きで古本屋や図書館に、ついこもってしまう。
リアルな痛みをともなう日常を忘れさせてくれる、非日常へといざなう匂いが本当に好きだ。
すぅはぁ、と大きな深呼吸をしていると

「こんにちはー」

どデカイ能天気な挨拶が聞こえた。
声の主を確認するように振り返ると、女の子が立っていた。
亀井さん。
挨拶に反応してか、隣の教務室からパタパタと急ぐ音がする。

「来たね」

司書の石川先生が教務室からひょこっと顔を出す。
236 :幼さと初恋は夏空に、似る :2015/01/31(土) 02:23
「亀井を待ってたんだよね」
「え、絵里、遅刻してないですよ?」
「ふふ、ねー、紺野」

真面目な顔で否定する亀井となぜだかニヤニヤと紺野に視線を向ける先生が面白く見えて、紺野はプッと吹き出した。

「一年の亀井さんと紺野さんね。よろしく」

先生から説明を受け、分類番号で示されている書架の前に立つ。
紺野にとって馴染み深い900〈きゅうぜろぜろ〉は小説が並んでいる書架だ。

「一年二組の紺野です。よろしくね」
「四組の亀井絵里っていいます。早く終わらせようね」

どうやら仕方なく図書委員になってしまった子に当たってしまったようだ。
実のある話はできそうにない。
紺野が目録カードを取り出して著者名題名を読み上げ、亀井が一冊ずつ書架から取り出し著者名題名を復唱する、という分担になった。
先生は一度始めたら分担変えない方がいいよとアドバイスしてくれたが、亀井は話半分にしか聞いてなく疲れたら変わろうよと提案してくる。
肩をすくめ、いいよと紺野は提案を受け入れる。
わからないことがあったら呼んでねと言い、先生は教務室へと戻っていく。
頃合いを見計らって休憩時間をちゃんと取るとも言っていた。
二人だけでやってみると意外と目の前の仕事に追われ、分担を変える余裕すらない。
バタンと大きな音を立てて扉が開く。
びくぅっとして顔を見合わせる。
誰だろう?
石川先生はこんな音は立てたことがない。
237 :幼さと初恋は夏空に、似る :2015/01/31(土) 02:30
背の高い書架の後ろに隠れたのは、保健教諭の後藤先生だった。
せんせ、なにしてるんですか。
ビックリしすぎて声が出ないまま、口だけがパクパクと動く。
後藤先生は唇に人差し指を当て、しーと小さな声を出した。
何かあったんだろうか。
もう一度、紺野と亀井は顔を見合わせる。
バタン。
また扉を開ける大きな音がした。
入ってきたのは、レズ疑惑が流れている音楽の中澤先生だ。

「後藤先生見ぃひんかった?」
「私たち、ここで作業してたけど誰も来ませんでしたよ。ねぇ、紺野さん」

亀井は何食わぬ表情で中澤の質問に答える。
紺野にも視線を送り、同意を促してきた。
図書館内にエアコンの送風音が空気を読まずに響き渡らせる。
喉を通る唾音がごく、り、と紺野の耳に大きく鳴った。

「う、うん」

間を置いて頷きながら返事すると、中澤先生は驚いた顔をした。

「ほんまか」

どこ行ったんやろ。こっち入ったと思ったんや。
ぶつくさと呟きながら、中澤先生は去っていった。
ドタドタとえらい足音だったが、徐々に消えていき図書館に静寂が戻る。
ほーっと二人分のため息。
いや、三人分だ。
亀井も紺野も中澤の気迫に圧倒されて、後藤の存在を忘れていた。
そのぐらい気配を消していたのだろう。
突然、亀井は書架の前から窓際へと駆け出した。
ガラスにべったりと両手をつけ、下を見ているようだ。
夏の暑さを忘れる図書館内の涼しさと青空がやたら近くに感じる。
238 :幼さと初恋は夏空に、似る :2015/01/31(土) 02:36
「だーいじょうぶ! 中澤せんせー、隣の校舎へ戻ってるよ」

ほらほら、と窓の外を指さし、満面の笑顔を見せる。
その表情が紺野には思いつかなかった青春とやらを高校で亀井が楽しんでるのだと思わせた。
あさ美ちゃんは大人っぽいから。
よく投げかけられる言葉とは対照的な屈託のない無邪気な亀井の笑顔に、紺野は羨望を覚えた。
紺野はゆっくりと窓に近づき、中澤先生の後ろ姿を確認する。

「ほーらね」
「亀ちゃん、サンキュー。いやー、マジグッジョブ。先生見とれちゃったなぁ」
「そーっすよねぇ。さすが亀井絵里って感じー、ですよねぇ」

途中までタメ口だったが、気づいたのか慌てたように丁寧口調に直す。
亀井は後ろを振り返り、後藤へ近づいていく。
と、狙ってたかのように石川が奥の教務室から出てきた。

「そろそろ休憩するぅ?」

紺野は窓の外の青空を眺めていた。
図書活動に疲れた、というより他人にペースを乱されたかっこうだ。
青春か、と知らないうちに呟く。

「はい、アイス。みんなには内緒だよ」

明るい声に釣られ振り向くと、石川は水色の箱を持ち出してきた。
爽、ソーダの文字が見える箱だ。

「いただきまーす」

亀井は石川から奪うように箱から棒付きのアイスクリームを小分けにした袋を二つ取り出し、片方を紺野へと差し出した。
あ、ありがと。
紺野の感謝を言い終わらないうちに、亀井は袋をあけ食べ始める。

あら、後藤先生いつの間に?
ちょっと追いかけられてさ。
また?
喉乾いた。
アイス食べる?
うん、ちょーだい。

先生二人の会話が耳に入ってはくるけれど、さっきまでの集中力から解放されて冷たさと甘さが口に広がる。
どうせならソフトクリームが良かったなぁ。
239 :幼さと初恋は夏空に、似る :2015/01/31(土) 02:37
「おいしいね」

はっ、と顔をあげると亀井の顔が近くにある。
ちょっと視線を反らすと、紺野はうんと頷いた。

「食べ終わったら再開ね。後藤先生もそろそろ保健室戻ったら?」
「そーする。亀井ちゃんもありがとね。あと、そこのキミも」

ありがと。
はにかむように笑い、バイバイと手を振る。
こちらも振り返すと後藤は背を向け図書館から出ていく。
亀井は紺野の耳へ口を近づけ、惚れちゃうよね、と上ずった声を出した。
同性なんかを好きなの?
耽美な小説にはちょいちょい出てくるエスの世界、あれは想像だから物語のエッセンスとして機能していると紺野は思っていた。
本当にいるなんて。

「さて五時までには終わらせようね。今、三時前だからあと一時間!」

お願いねと声をかけて、ゴミを片付けながら石川は教務室へと戻っていった。
よし、あとちょっとだから頑張ろうね。
うん。
二人は声をかけあい、作業を再開する。
紺野の大好きなシリーズ小説までやってきた。

「えー、なにこれぇ、似たようなタイトルばっかじゃーん」

覚えられないよー。再開してすぐに亀井の泣き言が図書館内へ響く。

「うるさい。図書館は静かにって習わなかったの」

先程まではペースを乱されていたが、休憩のアイスクリームでずいぶんと持ち直せた。

「私の好きな小説を侮辱しないで」

ぶじょく?
よくわかんないこと言うなら、紺野さんが一人でやればいいんじゃない。
亀井が睨みつける。
紺野は視線を目録カードへとうつし、分類番号作者名題名を言う。
復唱は返ってこない。
240 :幼さと初恋は夏空に、似る :2015/01/31(土) 02:40
「復唱は?」

しぶしぶと該当の本を取り出し復唱する。
この子、



嫌い。



大嫌い。



もう図書委員で顔を合わせることもないだろう。
次に会っても無視すればいいだけ。
紺野はそう考え、目の前の仕事を淡々とこなしていく。
亀井の動きはのろい。



青春なんて謳歌しようとするからよ。
許せない。

作業が早く終わったと石川先生から誉められたが、二人は顔を見合わせることも挨拶を交わすことなく別れた。
紺野は図書館に留まり、先ほど整理が終わったばかりの書架から一冊の本を借りようとする。

「紺野、ごめんねぇ。今日は借りないで」

がっくりと肩を落とし、本を元の場所へと戻す。
ちょうど借りたいと思っていた本が目の前にあったら今すぐ読みたい。
その気持ちを抑えて作業してたのに、亀井がすべてをぶち壊していった。



だから、嫌い。
私から私なりの青春を奪おうとする人間すべて嫌い。
図書館から一歩外へ出ると、まだ熱を帯びた空気が重く紺野にまとわりついた。
太陽すら憎く、見上げた空は昼間と同じように青かった。
紺野の人間的な青さを知らしめているようだった。

END.

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