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続飼育支部

217 :また『坂で逢いましょう』 :2013/03/13(水) 23:46
メール一つ送信すればすぐ逢える。二人の物語は続いていく。

『ハニホヘト』が閉店する五月十八日。小さな女の子がピアノを弾く演奏会。
ランダムに配置された、いつもと違うパイプ椅子が並ぶ。
中澤と安倍、保田と三好、そしてれいなとりほと道重。
ピアノはクラシックともジャズとも言い難い。それに女の子は気分で歌うこともある。
一風変わった演奏会。今年中学生になったという。
この時代に、人と変わってるところを出さないように生きる若者に演奏を聞かせたい。
と、ガキさんは挨拶代わりに話してくれた。

演奏終了後にふるまわれた、紙コップ一杯のホットコーヒーと手作りの小さな焼き菓子。
 いつかどこかでほっとするようなコーヒーを提供したい。
 その場と時間を、コンセプトを友人と二人で模索するために一旦店を閉めます。
 ありがとうございました。また会いましょう。
マイクを使わなかったガキさんの挨拶は、喫茶店の隅々までよく聞こえた。
一度、深々と礼をした後、笑顔でこう聞いた。
「今日、楽しかった方ー?」
安倍が笑顔で小さく手を挙げたのを皮切りに、その場にいた客全員と演奏していた少女も手を挙げ、笑いに包まれた。
『ハニホヘト』の女店主――ガキさんはとびっきりの笑顔で一人一人と笑顔で話をし、握手をして、客を送り出す。
中澤と安倍、保田と三好、そしてれいなとりほと道重。
三組は交わることなく、それぞれの家路につく。

誰にでも朝はやってくる。
いっときの闇は消え、太陽はまた昇る。
幸せを運んできそうなほど鳴く鳥と、爽やかな空気が初夏のおとずれを知らせる。
何があったわけでもないが、道重は中澤に会いたいと思い、メールを送信した。
坂で。とだけ書いてある返信にほっとしながら出かける支度を進める。
まだ布団で寝ているりほとれいな。んんん、というれいなの寝言にびくっとするが、じっと見つめていても頭は動かない。
れいなは前よりも優しくなった。
前も優しかったのかもしれない。けれど、気づく余裕は道重になかった。
218 :また『坂で逢いましょう』 :2013/03/13(水) 23:47
安倍にも中澤にもなかった。道重の優しさにれいなが気づく余裕もなかった。
だから、嬉しいと素直に思える。帰ってきたら、れいなに抱きついてあげようと心から思い、部屋をそっと出る。

『ハニホヘト』があった坂の上で中澤が待っていた。
道重が浅く頭を下げると、おはようと笑顔ではにかむ中澤がいる。
いつからこの<マチ>には優しさがあふれていたのだろうか。
私だけが優しいのだと勘違いしていただけなのかもしれない。
私だけが特別さびしいのだと、そばにいる人を信用しきれなかったのかもしれない。
自分自身を信じてきれなかったからかもしれない。
二人は同じ坂を下り、同じ風景を眺める。
一つのコミュニケーションとして選んだ沈黙を破ったのは道重だった。
「安倍さん、どうですか」
中澤は道重の理想の姉として見られることを意識していた。
道重は姉と慕う存在になら甘えられる自分を認識していた。
「うーん……」
言葉を探しながらも、幸せそうな笑顔は安倍に向けられている。この場にはいない安倍に。
道重は抱きしめられるのは私じゃないんだと思う。それでも距離は変わらない。
変わらないまま、この関係はずっと続いていく。空をすべる朝陽に、関係は永遠に続くのだ、と願う。
「圭ちゃんからまわしてもろとる仕事を一生懸命やってるわ」
「そうですか」
「なんかあったら呼び出して。……メール、楽しみに待っとるから」
なにかが始まる前と同じテンポの会話。切れ味鋭い関西弁を使う頻度は少なくなっていた。
意地を張り続けなくとも二人の関係は変わらない。
「はい、れいなとりほが待ってるから今日は帰ります」
中澤は大きく肩をあげるように空気を吸い込み、空を見上げると息をゆっくりと吐き出す。
「うん、また坂で逢おうな」
晴れやかな笑顔で道重を見つめた。

坂で逢いましょうEND.

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