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続飼育支部

192 :先輩の美しい名を呼ぶ私。線から面へとつなぐ優しさ :2012/09/09(日) 18:27
広大な住宅地から、坂の下にある川沿いを眺める。
全ての欲望を包み込む光が歓楽街を照らし続けている。
光の根源は奈落の底まで引っ張り込む、小さな、だけど真っ黒な闇。
正体も知らずに誘われて、後悔して岸辺を目指してあがく。生き伸びるために。
キラキラと輝き続ける光が眩しくて眩しくてつらかった。
安倍も田中も追われるように『マチ』から逃げた。

あの日、救ってくれたのは中澤だった。
「もう見てられへん! おいでや」
差しのべられた片手は、力強くて凛々しかった。
いつまでこの手を握っていられるのかわからない。でも、今は少しだけ休憩したい。

ステージに上がっている時は何も考えない。考えられない。
時間が過ぎていくのも楽しくて、ずっとずっと立っていられるように努力を怠らなかった。
誰よりも、いや、過去の自分を乗り越えるために努力し続けられた。
最高の自分を超えられるのは、今の自分しかいないから。
それでも勢いだけで生きていくパワーはとうに失っていた。
隣を走る田中れいなという存在が、何かを持たなくても勢いだけで生きている。
それを見続けることは安倍には不可能だった。並走もできずに失速していく。
当時は、田中に追い出されたのだと感じた。
――今は違う。
距離を置いて生活することで、たくさん取り戻したものがある。
暴れすぎない感情、穏やかに過ごせる時間、誰かがいるだけで安らぐ空間。
「無理しなくてええんやで。なっちのしたいことやりぃ」
「うん、裕ちゃんありがと」
193 :先輩の美しい名を呼ぶ私。線から面へとつなぐ優しさ :2012/09/09(日) 18:28
 
194 :先輩の美しい名を呼ぶ私。線から面へとつなぐ優しさ :2012/09/09(日) 18:28
いつからか中澤の仕事が忙しくなる。保田から仕事を回されてる、と話していた。
道重さゆみという存在を知ったのも、その頃だった。
中澤はちょくちょく彼女から電話を取り、出かけた。
「ちょっと出かける」とだけ言って、外出する。何をしているのか知りたくもなかった。
失う、取り戻す。バランスだけをとろうとするから、まともに走れない。
何を失ったのか。元から持っていなかったんじゃないか。
みんなは最初から持っていて、私だけ持っていないものがあるんじゃないのか。



「安倍さん」
道重の声が聞こえる。意識を現在へと戻す。
「中澤さんは、安倍さんの隣にずっといましたよ」
……違ったんですか。
ゆるやかな問いに安倍の息がつまる。
――ステージ上で歌詞を忘れた時、よくこうなったことを思い出した。
仕事をはじめたころ。歌えなくなった現実をどこかで認めてないのかもしれない。
「れーなは安倍さんの歌声、好きでしたよ」
ぽつんと田中が呟く。田中だって、今は歌の仕事は続けられてない。
好き嫌いで仕事が選べればいい。それで食っていければいい。
そうはならないことを安倍も田中も保田も知っている。きっと、中澤も。
だから、手を差し伸べてくれた。悩んで悩んで悩みぬいて、安倍のために決意してくれた。
たった一人の人間のために。

「なっち、おうちにかえろっかな」

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