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続飼育支部

147 :一直線に :2012/04/28(土) 01:25
れいながこの『マチ』に来たのは中学卒業直後の十五歳だった。
今住んでいる<さいわいタウン>と反対岸の歓楽街、中卒でも就職できるっちゃ、と軽い考えでの行動。
まだ住宅地は開発が進んでいなくて、住み込み可能な就職口もたくさんあると聞いてやってきた。
れいなのことを誰も知らない『マチ』なら、生きていけると思った。

歌えるところならどこでも良かった。ただただ歌いたい。欲望に忠実に生きる、生きていく。
そのためには年齢詐称もやむを得ないと思っていた。
十七だと履歴書にも書いたけれど、いくつかは無理だと言われた。
もう満杯だと。同じこと思ってる人は多いのだと知る。
諦めかけてたけど、少し外れたところに募集中の張り紙を出しているバーがあって駆け込んだ。
そこのオーナーは年がいってるおじいさんだった。
けれど、ちゃんと歌わせてくれて悩んでOKを出してくれた。素直でいい声だと褒められたのを覚えている。
一つだけ条件があって、ここで働きながら定時制高校を卒業しなさいという。
学歴が必要な社会がくるよ。今はいいけれど、いつかはここを巣立っていくだろう。
そのときに学歴がないからという理由で門前払いされるのは私は嫌だ。
力強い説明に感動した。
そこに、安倍さんという女性が通りかかって、私も歌うし定時制高校を卒業できてよかったのよ、と。
親切な人がいるっちゃけん大丈夫ばい。迷うことはない、ここにしよう。
選ぶことも戻ることもできないのだから。
148 :一直線に :2012/04/28(土) 01:26
安倍さんは歌がうまくて、れいなよりも八歳年上だけど童顔でお客さんの人気者。
れいなは幼すぎると言われ、最初はまったくお客がつかなかった。
ひどい罵声を浴びたこともある。
ただ、個性的ではないから聞きやすいという声も一部にはあったみたい。
オーナーも挫けずにれいなを歌わせてくれたし、励ましてくれた。
途中から安倍さんは住み込んでた寮というかアパートを出ていった。
恋人ができたのだと、他の従業員たちは噂した。れいなは根気強く歌を練習して、歌い続ける。
高校もなんとか二年生に進級し、給料もほんの少しだけ上がり、そして歌の番を増やせると告げられた。
――頑張ってるから。安倍の歌はね、のびやかでいいんだけど個性も強いんだよ。
気分がのりすぎると、伸びたり跳ねたり変えたり。もちろんそれは田中にはない部分だ。
ただ、やりすぎると嫌う人も多いしね。それと年齢ね。加齢によって声の出や響きも変わる。
お客さんが聞きたいのは、童顔なら童顔なりの声なんだ。田中の出番が多くなるかもしれない。
練習は今まで以上にしっかりやるんだよ。高校卒業するころには、ここから卒業できるなら私も嬉しい。
後半部分はれいなに諭すように言ったのか、そのときはわからなかった。
そしてれいなに対する未来の展望を明るく話してくれた。期待されてるのがわかるから、返事も上ずっていた。
それを聞かれたのか、はたまた別の理由なのか、安倍さんはれいなにきつく接するようになっていく。
149 :一直線に :2012/04/28(土) 01:26
 
150 :一直線に :2012/04/28(土) 01:26
それでも高校に行かなければ卒業できない。オーナーの声にも応えられない。
二年生になると、入学した時よりもクラスの人数が少なくなっている。
今まで誰にも話しかけたこともなかったのに、その日は気分がよかったのか。
その時のことを振り返ると、本当に不思議なこともある。
黒のストレートロングの女の子。見た目はれいなと同じぐらいの年。けど、誰とも話してない。
かわいいのに。男子にもてそうなのに。まぁ、れいなだって誰とも話してないけど。
一番前の席にいるけれど、男性教師に話しかけられても絶対に答えなかった。
定時制高校は過去に色々あった人たちが通ってるらしいと知ってはいた。
れいなは勉強できないし、オーナーとの条件でもあったから、それについて深く考えることもなかった。
誰とも話さずに卒業しようと思っていたのに。その子がなんだか気になって気になってしかたない。
放課後まで我慢しようと思った。我慢できるぐらい、興味があるのかないのか、れいな自身を試すことにした。
結論は無理。だって、ヤンキーな男の子に絡まれて泣きそうになったから、れいなの出番だ! って思った。

「あんたらやめとき、先生呼ぶとよ」

きつく言ったつもりはないんだけど、反対にれいなだけが絡まれる。
周りのおばさんたちが気をつかって先生を呼んでくれた。ヤンキーたちはちりぢりに走り去る。
何人かの先生は、追いかけようとするのが見える。
れいなは、この授業終わったら職員室に来なさいと担任に言われ、そのまま始まった授業を受けた。
151 :一直線に :2012/04/28(土) 01:26
「君はねぇ方言で話すとキツく聞こえるんだよねぇ、ヤンキーと相性いいのかと思ってたよ」

担任の男性教師にはああだこうだと注意され、うるさいと返そうとしたとき、あの子の話になった。
なんでも男性恐怖症というか、人間不信で他人と関わりを持とうとしない。
でも慕ってるお姉さんに高校ぐらいは卒業しろと言われて来てるらしい。
ものわかりが早いから勉強はできる。けれど、人間として成長できるのかは教師の間でも疑問だよ。
とまで愚痴ってくれる。
ここに来る前のことは書類としてしか知ることはできないからね。田中もそうだけど、道重もね。
みちしげ? れいなはあの子の苗字を初めて知った。
知らなかったのか。まぁ、気にかけられるんならそうして欲しいよ。他のことも学んでほしいしね。
田中は働いてるんだろ。最初のうちは田中が興味あることだけでもいいよ。
ぼくらにできない話を聞かせてほしい。
152 :一直線に :2012/04/28(土) 01:27
話の途中から、めんどくさいものを拾ってしまったなぁと思う。
教師ですらさじを投げているのに、れいなができるわけない。
でも、その日の夜、あの子の表情が頭に浮かんでよく眠れなかった。こんなこと初めて。
誰かのことが気になって仕方なくなるなんて。中学卒業するまで悪い意味で、そういうことはあったけれど。
いいのか悪いのかわからなかったけれど、悪いことだとはどうしても思えなかった。
ここに住みはじめて一年経って、ようやく悪夢から解放されたのかもしれない。
安倍さんのことは、先輩というか同僚という気分のほうが強くなっていたし。
中学時代の同級生は、れいなにとっては敵だった。家族も親戚も、知ってる人全部が敵だと思うぐらいに。
悔しくてみじめで、どうしようもない日々を送っていたから。
寝るのもつらい。敵が夢に出てくる。起きた時、疲れを感じる。起きてから、学校にいるだけで疲れる。
クラスにいるだけで笑われているような錯覚に陥ったこともあった。
れいなが倒れても、誰も手なんかさしのべなかった。本当に笑われたけれど、どうすることもできなかった。
あの時のことは忘れたくても忘れられない、嫌な記憶だ。
みちしげさんという子もそういう記憶があるのかもしれない。そう思えた。
れいなが気になって仕方がないという事実は、ちょっとだけ学校が楽しいと感じるきっかけにもなった。
153 :一直線に :2012/04/28(土) 01:27
担任に言われたからじゃなく、無視されてもれいなはあいさつをし続けた。
何も返してくれなくても、表情が変わらなくても。無表情なのに、同性から見てもとてもキレイだと思ったから。
それは顔の造形だけではなくて、人間的な何かもあったかもしれない。
言葉にするのはれいなには難しい。
もったいない。その時、感じたことを素直に言葉にするならこれかも。
一か月ほど経った日、あいさつをしたら「しつこい」って返ってきた。
マジでうれしいんやけど。って言ったら、また無視に戻ったけれど。声を聞けたことがとてもうれしかった。
それに思ってる以上にかわいい声だった。男にモテるやろな、って。でもみちしげさん本人は男が怖い。
世の中、うまくまわらない。
テンション上がって、休み時間も話しかけ続けていたら、みちしげさんが立ち上がって廊下に出ていった。
走っていく音が聞こえた。ほんとは嫌だったんだ。すごく落ち込んだ。けど。
心配で心配で、れいなも教室を抜けて廊下を走ってた。だって、またあいつらに絡まれてたら、って。
たくさんの先生に、廊下は走るなと怒鳴られたけど、そんなのどうでもよくなるぐらいに走り回った。
保健室にもいなくて、とにかく空き教室も全部見て回った。

どこ行ったん? どこにおると?

心の中で叫んでも、みちしげさんは応えてくれるわけもなく。
晴れているとは言っても、夕方から夜にむかう時間。無駄に時間だけが過ぎていく。
校舎も飛び出して、さすがにれいなも思いつかなくなってきて、どうしようもなく体育館裏を通りかかる。
154 :一直線に :2012/04/28(土) 01:27
……いた!

「よかったぁ。心配したとよ。教室、もどろ?」

優しく声かけたつもりだったけれど、みちしげさんは泣きだしてしまった。
超イラっときた。

こんなに心配して探したのに何が気にいらんと!
そんなにれいなから話しかけられるのが嫌だったんね。
親切にして損したわ。

最初は思ったことを言ったけど、だんだんと思ってもないことがどんどん口から飛び出していく。
れいなも顔を涙でぐちゃぐちゃに汚しながら、ずっとひどいことを言ってた。
……と思う。そのときは途中から何言ってるかわかんなくなって、結局、教室戻るばいと彼女の手を取った。

「私のこと、心配してほしいなんて言ってない。ただ教室で話しかけないで欲しい」
「なんで? 声、かわいいやん」
「知られたくないの。男の人にそういう情報知られたくないの」
「……わかった。ごめん、れいなが悪かった」
 
155 :一直線に :2012/04/28(土) 01:28
短い会話だったけれど、れいなが謝った途端、笑顔になったのも超かわいくてキュンとした。
なにそれ超かわいいやん! テンションが上がったままになってたのを思い出す。
くすっと笑う、その表情もまた可愛かったけど何も言わずにみちしげさんの言葉を待っていた。
私の下の名前に興味なさそうだし、自分のことはれいなって言うだけだし。
苗字も調べたけど、どこか怖くて返事しづらかったの。
私のこと、先生に頼まれたかとも思ったし。……でも、一か月も話しかけ続けた人はじめて。
あ、道重さんじゃなくてさゆかさゆみんって呼んで。田中さんのことなんて呼べばいい?
すごい、この子めちゃくちゃしゃべる子だ。田中さんなんて呼ばれたのも、どこか久しぶりな気がした。
学校で、きちんと制服着て、隣に同じ制服着てるかわいい女の子に。
大きい声で笑ったら、運の悪いことに担任に見つかってしまって教室に戻された。
けど、二人ともいい表情をしてた、と思う。実際、担任には、君らそんなに仲良くなるとはな、って苦笑されたし。
クラスで会話をかわすことはなくなったけれど、それ以外は超うざいってくらいにうるさくて嬉しい悲鳴をあげた。
156 :一直線に :2012/04/28(土) 01:28
 
157 :一直線に :2012/04/28(土) 01:28
仕事も楽しくなってきた。たくさん出番が増えたから。安倍さんと二人で歌うこともあった。
きついこともいっぱい言われたけれど、何度もオーナーに安倍さんがたしなめられてかわいそうになった。
れいなは、足りないところがあるから注意されちゃうんだって思ってた。
オーナーも何も言わなかったし。
だけど、ロッカールームで一緒になった従業員に話しかけられて真相が見えた。
安倍さん、クビかどうかの瀬戸際らしいのに田中さんにあたってるんでしょ? 大丈夫?
他の従業員にも、年を知れって感じよね、と声をかけられる。
この業界は、思ったよりサイクルが早いのだとれいなも感じていた。
オーナーがわざわざ高校に通わせてくれたのもわかる。
給料が高くなったら切ればいいのだから。何が優しさなのかれいなにはわからない。
それでもオーナーのことも安倍さんのことも優しいのだと信じるしかできない。
158 :一直線に :2012/04/28(土) 01:28
さゆとは、恋愛のこと、卒業後のこと、色々話した。話題はつきない。
れいなの仕事のことにも興味を持っていた。だから安倍さんのことも話した。もちろん名前は伏せたけれど。
そしたら、なんか知り合いだったみたいで、たくさん反論されてへこんだ。
れいなはアルミ缶みたいに、ちょっと圧迫されるとへこむ人間だから。
さゆは、すぐ気づいて翌日、使ってないからと言って新品のカチューシャをプレゼントしてくれた。
人づきあいは相変わらず不器用なままだったけど、一緒にいて心地よい相手になっていた。
れいなもどこか不器用だったからちょうどよかったのかもしれない。
三年生に進級したら、もっとクラスの人数は少なくなった。
あのヤンキーな男の子たちはいつのまにか退学したり、または留年したりしていた。
実直なおじさんおばさんの他には、まじめそうな少年少女、それにさゆとれいな。
担任の男性教師とも少しずつ会話ができるようになり、教室で発声することに怯えなくなっていた。
六月、登校したらさゆが泣いていた。授業始まっても泣いてるもんだから、保健室につれていく。
じっくり話を聞くのは、休み時間と思ったのに無理だった。
慕ってるお姉さんのこと、お姉さんと安倍さんの関係。さゆとお姉さんの関係。
初めて聞く話だった。いや、今までも話をしてるのはれいなだけだった。
うれしかったけれど、とても悲しい話。
159 :一直線に :2012/04/28(土) 01:29
翌日、仕事場に安倍さんが現れることはなかった。さゆの話を聞いてたから、なんとなく想像ついてた。
その前から情緒不安定そうで、れいなの衣装が汚されたり切られたりしていたから。
れいなの出番だけではなく、ヘルプに入ることもあった。
安倍さんの歌の愚痴を、お客さんから聞くこともあった。
想像できてたはずなのに、心にぽっかりと穴が開いた気がした。
アドバイスをくれる先輩だけではなく、ライバルだと思っていたからかもしれない。
お互い切磋琢磨できるライバルだとれいなが信じていたからかもしれない。
登校したとき、さゆに真っ先に相談した。
驚いていたけど、ちゃんと真剣に話を聞いてくれて答えを出そうとしてくれた。
うれしくて泣いた。初めて学校で泣いた時と、違う涙。
卒業しても一緒にいたい、って話した。さゆも泣いた。

れいなが生きていくには、ほんのすこし優しさが足りない『マチ』。
だけど、優しくしあえる人間に出会えたこと、感謝してる。
『マチ』の仕事場も追われるのはもっとあとになってから。
さゆと住み始めてから、オンナノコを引き取るようになったのはまた別の話。

END.

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