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空気を読まずに、れなえり・まこあい・ごまこん2

1 :石川県民 :2010/05/12(水) 00:25

 なんかスレッドが大きすぎたみたいです。
新設しました。レス2から、1の続きになります。
 それではどーぞ。
2 :【doll〜後編〜】 :2010/05/12(水) 00:25


 ――どれくらい、そうしていたのだろう。
 一台の白いバンが近付き、わたし達の前で停止した。
 それを見上げると、助手席から美貴さんが下りてきて、それに続くように後ろから数人の男性が下りてきた。
「亀、あんたが一緒だったんだ」
 少し驚いたように言う美貴さん。

 男性たちはわたしかられいなを剥がし、バンの後方に積み込んだ。
「亀。もう帰りなよ」
「嫌です! わたしも連れて行って!」

 ――このまま、れいなに会えなくなのるの嫌!!

「お願い、します……」
 子どものように、ひっくひっく、と泣きながら美貴さんの服を掴んでわたしは頼み込む。
「お願い。一緒に連れて行って……くださぃ……」
 最後の方はもう、言葉にならなかった。

 頭に、美貴さんの吐く息を感じた。
「分かったよ。一緒に乗りな」
 バンの後方ドアを開け、促す美貴さん。泣いてたから視界がぼやけてたけれど、なんとか乗り込んだ。――そこには横たわったまま目を閉じているれいなの姿があった。
「れい――」
 呼びかけようとしたところでバンは発進した。


3 :【doll〜後編〜】 :2010/05/12(水) 00:26


 れいなの体は、停止スイッチを押したのに、時折、ビクンと体が動くことがあった。美貴さん曰く、
「停止スイッチがちゃんと働いてない」
らしい。
「れいな、分かる? わたしだよ、絵里だよ」
 時折声をかけてみるも、反応は無く、ただ手足が意味なく動いたりするだけだった。
「亀、止めときな。停止の制御が上手く機能せず、暴走するかもしれないから」
と、美貴さんに制された。
 バンは淀みなく走っている。そして、大きな門を通過した。


 ――外からしか見たこと無かったけれど、広い面積を持つ、HP研究所。わたしはそこに、初めて入った。


 れいなは用意されていた担架に移され、奥の『緊急処置室』と書かれたドアに運ばれていく。
 白衣を着た小太りの男性に、美貴さんは報告する。
「――はい。停止スイッチを押したにも関わらず、手足が動いたりします」
 美貴さんの報告に男性は頭を掻き毟り、
「止むを得ない、もし手におえない暴走が始まったら処分しても構わん!」
 その言葉にわたしの体は大きく震えた。
 去っていこうとする男性の白衣を掴む。その男性は振り返ってわたしを見た。
「壊し、ちゃうんですか……?」
「君い……」
「お願い! れいなを壊さないで!!」
 ぼろぼろと、涙は止めど無く溢れる。
「大切な、人なの――!」

 たとえ人じゃなくても! わたしにとってれいなは大切な存在なの!!


 焼けるように熱い指も。
 甘い吐息も。
 心地良い心音も。
 全部「れいな」が与えてくれたもの。


「お願い! 壊さないで――!」


4 :【doll〜後編〜】 :2010/05/12(水) 00:26


 白衣を掴みながら、泣き崩れるわたしに、そっと手が添えられる。見上げると、そこには美貴さんがいた。
「亀、離しな。れいなは壊さないから」
 その科白に、手の力が抜ける。白衣はするりと手の中から出ていった。
「チーフ、ここは私が。さ、亀、ちょっと移動しようか」

 美貴さんに手を引かれ、歩いていく。自販機の隣に備え付けられたソファに座らされる。
「……美貴さん、さっきの本当ですか……?」
 チャリンと、自販機に小銭を入れる美貴さんを仰いで尋ねる。
「ん? なにが?」
「れいなを……壊さないって……」
 紙カップがコトンと落ちてきて、液体が注がれる音がする。
「本当だよ。――れいなを壊させないために美貴がいるんだし」
「え……」
「美貴のバンドのヴォーカルは仮の姿。本当はこの研究所の所員だよ」
 驚きに目を丸くすると。
 美貴さんは温かいカフェオレを差し出した。
「飲みな。少しは落ち着くから」
「はい……」
 ずず、と熱いカフェオレを啜る。そんなわたしの横に美貴さんは座った。

「ね、亀。――れいなは何処まで話した?」
「……自分が人間じゃない、ってことだけです……」
 それじゃ何も話してないんだな、そう美貴さんは一人ごちる。
「――亀。今から美貴が話すことが真実だよ。――受け入れられる?」
「――はい」
 れいなのことなら、全て受け入れる心構えは出来ていた――。


5 :【doll〜後編〜】 :2010/05/12(水) 00:27


 TYPE06型07号――――。それがれいなの本名だった。
「れいなは厳密に言うとアンドロイドじゃないんだ。脳はAI、機械脳だけど、体は生身の人間と同じ細胞だよ。だからクローンでもない」
 そこで言葉を切ったかと思うと、美貴さんは話しを続けた。
「アンドロイドとクローンの中間、が正しいかな。美貴たちはれいなのような存在を【doll】と呼んでいる」
「ドール……」
 わたしが呟くと、美貴さんは頷いた。
「そう。より人間に近いロボットを、と考え抜いたら、れいなのようなドールの存在に辿り着いた」
 れいな以外でも何体かドールはいるんだよ、と美貴さんは付け加えた。
「ただ最初から、ドール製作は順調だったわけじゃないんだ。胎児のときに死んでしまったり、成長してもなんらかの障害を持ってたりしていた。――その中で、れいなは普通の人間と変わらない、健康なドールとして初めて成功した例なんだ。貴重な存在なんだよ。――だから、美貴という監視役が付けられた」
 バグが出ても、すぐに処理できるように。と美貴さんは話す。
「れいなはドールたちの施設で過ごし、一人立ちしてからは音楽一辺倒だった。――それを亀、あんたが変えてくれた」

 え? わたし?

 疑問顔でいると、美貴さんは優しく笑っていた。
「亀と出会ってから、れいなはますます人間らしくなった。――そして小さなバグも起こりやすくなった」
 この意味、分かる? と美貴さんは尋ねるが、さっぱり分からず、小さく「いいえ」と答えた。
「れいなが亀といる時にだけ起こるバグってこと。――本当はバグなんかじゃないけれど、初めての感情に、れいなの脳は『それ』をバグと認識した」
 『それ』の見当がつかず、ただ美貴さんを見つめ、答えを促した。
 美貴さんは笑いながら答えた。

「――恋心、だよ」


6 :【doll〜後編〜】 :2010/05/12(水) 00:27


 あまりの返答に口を開けぽかんとしていると。「なんて顔してんだ」と美貴さんに額を小突かれた。
「れいなは本当に人間らしくなったよ。よく笑い、よく怒り、よく照れるようになった。――まるで本物の人間のようにね」
 笑いながらそこまで言うと、美貴さんは真面目な顔になった。
「亀、これからもれいなを宜しく頼んでいいかな?」
 深々と頭を下げる美貴さんに、わたしは慌てる。
「そ、そんな、わたしこそっ! ……わたしこそ、れいなの側にいて良いんですか?」
「れいなには亀じゃなきゃダメなんだ」
 頭を上げた美貴さんは、真剣な表情そのものだった。
 すっ、と立ち上がる美貴さん。
「そろそろ処置も終わったと思うし、れいなのところへ行こうか。バグが起きたら脳の感情媒体の容量を大きく処置するよう頼んだから、もう亀といても、バグは起こらないと思うよ」
 わたしも続いてソファから立った。
「亀には、れいなに色々教えてあげてほしいんだ――。美貴たちじゃ教えれないことを」
「……はい!」
 わたしは力強く返事した。


7 :【doll〜後編〜】 :2010/05/12(水) 00:28


 れいなのいる『特別病室』に入る。そこにはれいなが頭にいくつかの電極を付けて眠っていた。
「……れいな」
 名前を呼んでも返事が無い。れいなは昏々と眠り続けている。
「脳の容量を大きくしたから、体がそれに耐えれるよう、力を溜めているんだ」
 隣にいた美貴さんが説明してくれた。
「――多分、数日間は目を覚まさないだろうね」
と、付け加えた。
「あの、美貴さん。――わたし、れいなが起きるまでここに来ていいですか?」
「うん。出入り用のパス、作ってあげるから、毎日来ればいいよ」
「ありがとうございます!」
 わたしは深く、礼をした。
「じゃあ、れいなのこと、宜しく頼むね」
 ぽん、とわたしの頭に手を置いて、美貴さんは去って行った。


 ――それから2日間、れいなは眠り込んだままだった。


8 :【doll〜後編〜】 :2010/05/12(水) 00:28


 ――守衛さんにも顔を覚えられた3日目のこと。
 今日もわたしはれいなの側で椅子に座っていた。れいなは相変わらず眠り続けている。
「……れいな」
 堪らなくなって、れいなの頬に触れる。すべすべした頬は確かに温かみを帯びていて、死んではいないことが分かる。
 耳元に唇を寄せる。
「ね、れいな……起きたらまたキスして、わたしを抱いてね……」
 最後の方は言葉にならなかった。き、聞こえてないと分かっていても、言うのは恥ずかしかった。
 顔が熱い。一人恥ずかしさに耐えていると。


 ――ぱちり、とれいなが目を覚ました。
 まるで数日間眠っていたのが嘘みたいに。


「……絵里?」
 掠れた声でわたしを呼ぶ。起き上がろうとするから慌てて手で介助した。
「……水、ほしか」
 側のミニ冷蔵庫に入れてあったミネラルウォーターを手渡す。ぱき、とキャップを捻り、ごっごっ、と水をボトルの半分ほど飲み込んだ。
 ――そして、ようやく気付いたように。
「なんで絵里がここにおると?」
率直な質問を言った。

「れいなの側にいれるように、美貴さんにパス作ってもらったんだよ」
 ほら、と首から下げた識別パスを見せる。
 それでも、胡散臭げにわたしを見るれいな。
「……絵里はあたしのこと聞いたと?」
「うん。全部」
「あたしは人間じゃなか。ドールたい」
「うん、聞いたよ」
 はあ、と大きくれいなは息を吐いた。
「――あたしはいつ処分されるか分からん身たい。だから他に新しい恋人を見つけ――」
 わたしは言葉を遮るかのように、れいなの頭を強く抱き締めた。
「処分、させないから」
「絵里――?」
「わたしがれいなを、守るから」

 傷一つ、付けさせないもの。そう心に強く誓った。

「……はっ、絵里は強かとね」
 抱いている頭から聞こえた声は、少し涙声だった。


9 :【doll〜後編〜】 :2010/05/12(水) 00:28


「ね、れいな。わたしも聞いていい?」
 頭を抱いたまま、質問する。
「なにっちゃ?」
「どうして、わたしを選んでくれたの?」
 そっと頭を腕から離すと、れいなの目はぱちくりしていた。と、思ったら、少し赤い顔をして口を手で覆った。
「あー……絵里が初めてライブに来てくれたこと、覚えとると?」
「うん」
「一目惚れやったけん。ステージの上から何度も絵里を見てたと」
 おかげで2曲目の頭出しトチるし、なんて恥ずかしそうに言うれいな。
「そう思ってたら、さゆが絵里を連れて楽屋に来たし。――ドールのあたしが言うのもなんだけど、運命だと思ったばい」
「運命だよ」
「――え?」
「わたしもれいなに一目惚れしたもん。――いいじゃない、ドールのれいなにも運命があったって。人間じゃなくたっていいの。ドールでもいい。わたしはれいなが好き」
「絵里……」

 れいなはぺりぺりと、頭の電極を外す。
 そしてわたしの腰に手を回して抱き付いた。
「ありがと、絵里。ばり好いとぉ」
「うん……」
 わたしはれいなの頭を、そっと撫でた。


10 :【doll〜後編〜】 :2010/05/12(水) 00:29


 ――抱き付いたれいなの頭を撫でていると。

 ――ん? え?

 れいなの手が服の中に入ってもぞもぞ動いている。
「れ、れいな?」
「ん?」
 不思議そうな顔のまま、わたしのブラのホックを外すれいな。
「な、なにしてるの?」
「んー、快気祝い?」
 ――はい?
「絵里がほしか。――ダメと?」
 愛らしい子猫の目で尋ねるれいな。

 う。……ズルい。そんな顔されちゃ断れないじゃない……。

「この体勢だとつらか。絵里、ベッドに乗りんしゃい」
 そう言って引っ張り、わたしをベッドに乗せるれいな。ちょうど、わたしの両膝がれいなの両足を跨ぐ形となった。
「んっ」
 早速キスされる。すぐに舌が入り込んで来て、わたしの口腔を舐め回す。

 ……ぴちゃ、ちゅ、くちゃ。

 静かな病室に水音が響く。
 れいなを感じるのは久し振りだったし、すぐにわたしはれいなの虜になってしまう――。

 二人が唇を離すと、太い糸で繋がっている、と思ったらそれはあっけなく切れた。
「ふうっ」
 れいなの唇が鎖骨へと移動する。そこが弱いわたしは、簡単に声を漏らしてしまう。
 舌で舐められ。歯で齧られ。唇で吸われ。
「あ……あ……」
 ――ものすごくゾクゾクする。

 堪らなくなって、れいなの肩に抱き付いた。


11 :【doll〜後編〜】 :2010/05/12(水) 00:29


「ぁ、んっ」
 今度は胸をいじられる。全体をやわやわと揉んだり、強く揉んだり。また、胸の先端も、押し潰されたり、撫でられたり、摘まれたりと、れいなの指は自在に動く。
「ゃあ……」
 れいなの首筋に息をかける形となる。
「……絵里の吐息、ばり熱かと。感じてくれとるっさね」
「だって……れいなが触っているんだもん……」
 きゅっ、と胸の先端を強く摘まれた。
「あっ!」
「あんまり可愛いこと言うさね。我慢できんたい」
 ……れいなの息も、熱い。
 わたしはますます力を込め、れいなに抱き付く。そして囁いた。
「……いいよ、我慢しなくたって」
「――っ。絵里!」

 本当に、我慢のリミットが切れたみたいで、胸を触っていた両手は急いで下に行き、
「ふあっ!」
 下着の中に手を入れられた。


12 :【doll〜後編〜】 :2010/05/12(水) 00:30


 そのまま下着はズリ下ろされて。
「ふぅ! うんっ」
 右手はナカを、左手は敏感な先端をと、両手を使って触られる。
 ぬぷり、と充分に潤ったソコはれいなの2本の指を、難なく受け入れた。
「あ、ふ……」
 ぐちゅり、ぬちゅり、と入っていく指。左手は敏感な先端をイジったままで。
「んう! あ……」
 入った指はゆっくりと動き始めた。
「ふっ、あっ、」
 れいなの首筋に熱い息をかけるわたし。
 そんなわたしに、れいなは優しく囁いた。
「――絵里、自分で動くと、もっと気持ち良かとよ」
「え……」

 一瞬、言葉の意味が分からなかったけれど。
 今のこの状況、羞恥心なんてどっか行ったわたしは、れいなの言葉をすんなりと受け入れた。
 力の入らない両膝を頑張って立たせる。そして自分でがくがくと動き出した。
 れいなも、わたしのぎこちないリズムに合わせて、指を出し入れしてくれる。
「あ、あんっ!」

 ――れいなをもっと強く感じる、感じたい。

「ふあ! あっ。れ、れいなぁ……」
 自分で動くのも、もう限界で。腰の動きを止めると、れいなは察してくれたみたいで、指の動きを早くした。左手は敏感な先端を、ぎゅうっと摘む。
「あっ。ああ……!」
 ぎゅう、とナカが締まった。どくどくと脈打つソコ。


「はぁ……あ……」
 ずりゅり、と抜かれるれいなの指。
 それでもわたしは、れいなの両肩を抱き締め続けた――。


13 :【doll〜後編〜】 :2010/05/12(水) 00:30


 ――二人、仲良くベッドに横たわる。
「絵里、今日は早かったとね」
「だって……久し振りだったんだもん……」
 拗ねた口調で言うと、優しく頬を撫でられた。
「3日振りだったばい。そんなにあたしが欲しかったと?」
「うん……」
 れいなが、目を覚ましてくれたことも大きな要因だったし。
「絵里。あたしがまたバンドに復帰したら、見に来てくれると?」
「うん、絶対に行くよ」
 あ、そうだ。
「あのね、れいな。この間、れいなに似合いそうなシャツを古着屋で見つけたの。退院したら、一緒に見に行こうよ」
「ん。よかよ、約束するけん」

 ――こうやって、なんでもない会話が出来ることがとても嬉しかった。


 ――たとえれいなが人間じゃなくても。わたしのこの想いは変わらない――。

「そう言えば、美貴さんが言ってたよ。れいなの脳がわたしへの恋心でバグを起こしたって」
「そうと? うわ、なんかばり恥ずかしかとね」
 顔を赤くさせて頬を掻くれいな。
 そのれいなの手を、きゅ、と握った。
「美貴さんは恋心って言ってたけど、ちょっと違うんだ」
「え――?」
「それはね――」

 わたしとだけに起こる、れいなのバグ。


 ――それはね、愛、って言うんだよ、れいな。


14 :【doll】 :2010/05/12(水) 00:31


  【doll】了。



15 :Special Thanks :2010/05/12(水) 00:31


 Ryu−to SAMA

 &You.


16 :石川県民 :2010/05/12(水) 00:32


 本編に入れられなかった小ネタを一つ投下。


17 :【doll〜小ネタ〜】 :2010/05/12(水) 00:33


Q.どうして田中さんは、あんなにエッチに詳しいのですか?

A.数年前のこと……。

从’v’)>れいな、コレ貸してあげる。

从´ワ`)>……なんですか、コレ?

从’v’)>エッチのハウツー本とDVD。

Σ从;´ワ`)>なっ!? いらんですたい、こんなの!

从’v’)>れいなも年頃だし知っておいたほうがいいよ。
     ま・知識はあって損はないぞ。

从;´ワ`)>はぁ……(しぶしぶ受け取る)

〜数日後〜

从´ワ`)>美貴ねぇ、お返しするっちゃ。

从’v’)>早いなー、もう返すのか。

从´ワ`)>こんなイカガワしいもの、ずっと部屋には置けんたい。じゃ。
     (その場を去るれいな。目の下にはクマが)

从’v’)>(……熟読したな、アイツ)


 ――というわけです。


18 :石川県民 :2010/05/12(水) 00:35


 これで【doll】は本当に終了です。

 ……なんか色々とすみません……。
 しかも新スレ立てた最初に書いたのがエロって……_| ̄|○

 最初は某様の御HPの美麗イラストを見て、「ギター弾くれいなさん格好良くね?」みたいな発想から思い浮かんだ話なのに、前書き通り、エロくなってしまいました………orz
 こんな話を飼育に載せても良かったのか、今でも疑問です。
 あ・某様の御HPは健全なので、あしからず。


19 :石川県民〜予告〜 :2010/05/12(水) 00:36


 次は順番で行くとまこあいです。
 今度は健全なものが書きたい。健! 全! なものが!!
 まだ全然決まっていないので、短編になるか、長編になるのかも分かりません。
 再び土に潜ります。すくすくと育つまで、しばらくお待ちくださいませ。


20 :石川県民 :2010/05/12(水) 00:37


 隠しの意味も込めて。
 それでは。 拝。


21 :名無し飼育さん :2010/05/14(金) 21:00
はじめまして。
以前から石川県民さんの小説読んでいました。
石川県民さんの書くれなえりは素敵過ぎます。
アンリアルなのにやたらリアリティのあるふたり。
言葉使いや性格が上手く描写されていて美しいです。
またれなえりも書いてください。
楽しみにしてます。
22 :石川県民 :2010/05/24(月) 00:51


 ぴょっこり雑草のような芽を出したところで出現の石川県民でございます。
 先ずは返レスをば。

21>名無飼育さん様。
 美麗なご感想をいただきありがとうございます。
 ここまで褒めていただき赤面物です。
 一応スレタイ通りの順番で、れなえり→まこあい→ごまこん、とループしているので、次のれなえりはしばしお待ち下さいませ。


 さて今回は。
 ヤンデレに挑戦してみました。
 流血行為有り。見るのは自己責任でお願いします。


23 :all=grant :2010/05/24(月) 00:52


 ――あの子の『全て』が欲しかった――。


24 :all=grant :2010/05/24(月) 00:52


 あーしと笑い合ってる時も。
 あさ美ちゃんと喋っている時も。
 ガキさんと相談している時も。
 後輩を励ましている時も。

 その全てを独占したかった。
 あーしだけを見て。あーしだけと話して。あーしだけを勇気づけて。


 それが無理なら。
 全てを欲することができないのなら。

 いっそこの手で――っ。


25 :all=grant :2010/05/24(月) 00:53


「……ちゃん、――ちゃん!」
 はっと、我に返る。椅子に座っていたあーしは、あの子を見上げる形となる。
「どうしたのさ? ぼーっとしちゃって」
 無垢な、心配げな表情であーしの顔を見る。
「もしかして疲れてた?」
「あ、あぁ、ほうやね」
 最近仕事忙しかったしねー、なんて、あーしの適当な相槌を気にかけている。

 鳴呼、そんな純粋な心で接しないで。
 あーしの汚い心が見透かされてしまいそうやさかい。

「今日、お泊りする予定だったけど……疲れてるなら別の日でも良いよ?」
 純真な瞳であーしを案じている。
「いや、大丈夫やさかい。一緒にあーしんちに帰ろう」
 自分の荷物を持って、椅子から立ち上がった。


26 :all=grant :2010/05/24(月) 00:53


 ――。
 マンションに帰り、先にあーしがお風呂を使って、その次にあの子が使う。
 シャワーを使う音を聞きながら、リビングで、普段は開かない戸棚を、音も無く開けた。
 中に入っていたのは、皮の鞘に入った大振りなナイフ。――昔、お父さんがキャンプで使った、サバイバルナイフ。
 あの子を独占したいという気持ちが湧き上がってきた初期に、実家に帰った時、こっそり持ち出してきた物だ。
 適当な紙を押し当て、切れ味を確かめる。――ナイフは紙を事も無く、すっ、と切り裂いた。
 ナイフを鞘に収め、静かに寝室へと持っていった。


 二人ともお風呂を終え、一緒に作ったカレーライスを向かい合って食べる。
 その最中、ふと、切り出した。
「ほーいや、今日仕事の途中でいなくなったけど、どうしたんやよ?」

 ――こんな言葉で束縛したくないのに、どうしても聞いてしまう。

「んー、田中ちゃんからちょっと相談事をね」
「そうなんや……」

 ――心が、焼ける。胸がチリチリする。
 あーしの知らないところで、知らない事をしないで――! そう叫びたくなる。
 この子は、あーしだけのもんやないのに……。


27 :all=grant :2010/05/24(月) 00:53


 二人して寝る前に軽くストレッチをして。
「じゃ、おやすみ〜」
なんて言って、あの子は先にベッドに入る。
 あーしも小さく、おやすみ、と言って続いて一緒のベッドに入った。



 カチ、コチ。
 普段なら気にならない時計の音がやけに耳に響く。
 隣では、すー、すー、と穏やかな寝息が聞こえた。

 ……もう、大丈夫やろうか。


 ベッドの下に隠しておいたサバイバルナイフを手探りで見つける。
 それを握り締め、あーしはゆっくり体を起こした。

 寝ているあの子にシーツの上から、馬乗りになると、眠りが浅かったらしく、ぱちりと目が開いた。
 豆電球の灯りの下で二人、数瞬見つめ合う。
「……どうしたの? 眠れないの?」
「ほうやない」
 皮製の鞘からサバイバルナイフの刃を抜き出す。鞘はベッドの下に落とした。


28 :all=grant :2010/05/24(月) 00:54


 ぴたり、サバイバルナイフをあの子の喉元に当て、あーしは言う。
「なあ、全部、ちょうだい」

 眼も、口も、耳も、体全てを。

 掌で触れる。瞼に、口に、耳に、手足に、心臓に。
「――全てが、あーしは欲しいんやよ」

 声だけじゃ足りない。あーしの手を引く腕だけじゃ足りない。あーしに向ける笑顔だけじゃ足りない。
 他の人に渡したくない。他の人と共有したくない。――この子をあーしだけのものにしたい。



「いいよ」
 あの子は、あっさり言った。
「全部欲しいならあげるよ。――むしろ、全部を所有してよ」
 ――全てを、貴女のものにして――そう言って、あの子はあーしの頬に触れた。軽く撫でてくれた。


 鳴呼、何故こんな時もこの子は優しいのだろう。


29 :all=grant :2010/05/24(月) 00:54


 ざくり。


30 :all=grant :2010/05/24(月) 00:55


 暗くても分かる、鮮やかな血が、壊れた蛇口の水のように勢い良く噴き出していく。

 シーツがあの子の血で染まっていくのを見ながら。

 この子と溶け合いたい。――そう思った時、腕が自然と動いた。
 躊躇いもなく、自分の喉を切り裂いた。



 ぷしゅ、と缶ジュースを開けるような音と共に流れ出したあーしの血。
 それが、あの子の血と混ざった。

「――――。」

 あの子が口を動かしてなにか言ったが、それは声にならなかった。
 よく聞こう、と思って顔を近付けると、あの子は、目を開けたまま事切れていた。

 そ、っとその瞼を指で閉じる。

 あーしは、しゅうしゅうと流れる血を気に関せず、あの子に、覆い被さる形で、声にならない声で言った。



「これで、全部あーしのもんやで。――麻琴」



31 :all=grant :2010/05/24(月) 00:55


* * * * *


32 :all=grant :2010/05/24(月) 00:56


 ――あの子の全てを『受け入れ』たかった――。


33 :all=grant :2010/05/24(月) 00:56


 あの子と笑い合ってる時も。
 あさ美ちゃんと喋っている時も。
 里沙ちゃんと相談している時も。
 後輩を励ましている時も。

 感じる、視線。
 向かなくたって分かる。
 心の声が、ざわめきに負けないくらいに強くあたしに響く。

 わたしだけを見て。わたしだけと話して。わたしだけを勇気づけて――って。


それが無理なら。
 全てを受け入れることが出来ないのなら――。
 いっそあの子の手にかかって――っ。


34 :all=grant :2010/05/24(月) 00:56


「……ちゃん、――ちゃん!」
 呼びかけると、我に返ったように、あたしを見上げるあの子。
「もう終わったよ、帰ろう?」
 そう言っても、あの子はあたしを見上げたままだ。
「どうしたのさ? ぼーっとしちゃって」
 いつものあの子らしくない、その状態に心配になる。
「もしかして疲れてた?」
「あ、あぁ、ほうやね」
 ようやく返事してくれた。そっか。
 最近仕事忙しかったしねー、なんて言うと、小さく、うん、と返事が返ってきた。

 ……なんだろ。いつもと違う。もしかして、相当疲れているのかな。
「今日、お泊りする予定だったけど……疲れてるなら別の日でも良いよ?」
 彼女の健康を気にして口にした言葉だったけれど、あの子は頭を横に振った。
「いや、大丈夫やさかい。一緒にあーしんちに帰ろう」
 そう言って、自分の荷物を持ち、椅子から立ち上がった。


35 :all=grant :2010/05/24(月) 00:57


 ――。

 一緒にあの子の家に帰って。先にお風呂を使ってもらってから、入れ替わりにあたしが入る。
 シャワーを浴び、体を洗って湯船に入る。……変だ。
 いつもならリビングから聞こえるテレビや音楽の音が全く聞こえない。
 あの子がお風呂から上がった時、なにか決意したような雰囲気だった。――それが仕事のことなのかプライベートのことなのか、あたしには判断が付きかねる。

「……そっとしといた方が良いのかも……」
 ちゃぷん、湯を鳴らしながら、あたしは呟いた。



 一緒にキッチンに立って作ったカレーライス。
 それを向い合わせになりながら、頬張っていると。
「ほーいや、今日仕事の途中でいなくなったけど、どうしたんやよ?」
なんて聞かれた。
「んー、田中ちゃんからちょっと相談事をね」
 あたしが何気なく返答すると、あの子は。
「そうなんや……」
 と言って黙ってしまった。

 ……あたしなにか地雷踏んだのかな?

 黙って待っていても、あの子からはなんのアクションも起こらない。ただ、難しい顔をして、静かにカレーを食べていた。


36 :all=grant :2010/05/24(月) 00:57


 二人して寝る前に軽くストレッチをして。
「じゃ、おやすみ〜」
と気軽に言って、先にベッドに入る。
 あの子も、おやすみ、と言って続いて一緒のベッドに入ってきた。



 ――ちょうど夢と現実の間を泳いでいる頃だった。
 とさり、という音と、体に感じる重みで、ぱちりと目が開いた。

 そこにはあたしに馬乗りになって、真剣な表情のあの子がいた。
 豆電球の灯りの下で二人、数瞬見つめ合う。
「……どうしたの? 眠れないの?」
 そう聞いたら。
「ほうやない」
 と否定され、なにかからキラリと煌く物を抜き出す。なにかはベッドの下に落とされた。


37 :all=grant :2010/05/24(月) 00:58


 ぴたり、と喉元に当てられて、それが大振りのナイフだということに気付く。あの子は真剣な表情を崩さずに言う。
「なあ、全部、ちょうだい」

 ――それが、なにを意味するのか悟った。
 眼を、口を、耳を、体全てを。

 掌で触れられる。瞼に、口に、耳に、手足に、心臓に。
「――全てが、あーしは欲しいんやよ」


 触れられ、言われ。納得する。

 そっか。そういうことだったんだ。



 あたしは全てを受け入れたかった。
 この子は全てを欲していた。

 ――それなら。

「いいよ」
 あたしはあっさり言った。
「全部欲しいならあげるよ。――むしろ、全部を所有してよ」
 ――全てを、貴女のものにして――そう言って、あたしはあの子の頬に触れた。軽く撫でてあげる。

 間違ってないよ、そういう意味も込めて撫で続ける。

 途端、あの子は泣きそうな表情を見せた。――やだな、そんな顔、させたくないのに。
 撫でていた手を取られ、ゆっくりと下ろされる。

 そして、あの子は無表情になった。


38 :all=grant :2010/05/24(月) 00:58


 ざくり。


39 :all=grant :2010/05/24(月) 00:59


 勢い良く切られ、血が噴き出す。トマトジュースみたいだな、なんてぼんやり他人事のように思った。
 流れる血に比例して、思考が薄まっていく。
 ――どれだけ流れたのだろう。
 それは、数秒のように思えたし、数十分にも感じられた。


 そして、あの子は無表情のまま、自分の喉を切り裂いた。途端に勢い良く流れ出すあの子の血。
 それはあの子の体を伝い、シーツへと染み込んでいく。

 あたしの血とあの子の血が混ざる。

 あたしはそれを見、微笑んだ――つもりだった。
 最後の力を振り絞って、あの子に告げる。だけど、それは喉から空気が漏れ、ちゃんとした言葉にならなかった。
 それでも口にし、あの子が顔を近付けたところであたしの意識は途切れた。



「――やっとあたしたち繋がったね、愛ちゃん」


 了。


40 :石川県民 :2010/05/24(月) 01:00


 お粗末様でした。
 ヤンデレと病んでるの違いも分からないのに、書いてよかったのかしら。

 じゃあ次はごまこんだな! と期待された方には申し訳ありませんが、この話は、ちょっと長めのまこあいを考えている時に突発的に思い付いた話なので、今度もまこあいです。それがないと、ごまこんに結び付かないので。。。

 もう一度土に潜り直します。
 それでは。 拝。


41 :るーく。 :2010/06/10(木) 00:26
久しぶりに読みました。
遅くなっちゃったけど、doll面白かったです。
次回のまこあい楽しみにしています!!
42 :石川県民 :2011/07/01(金) 03:05

 とりあえず生存報告をば。今見て、一年も放置してたのかと、けっこうビビりました。
 考えてたまこあいとごまこんはにっちもさっちもいかなくなったので、短編のれなえりをば。
 ……こうやって予告を裏切りまくって、すみません。もう予告するのは止めますね。
 気の向くまま書いていこうと思います。

>41 るーく。様
 久しぶりでありがとうございます。
 dollはエロがメインでしたが、面白かったというご意見をいただきまして恐縮です。

 みなさま、期待せずにお読みくださいませ。
 それではどーぞ。


43 :満天の星が流れても :2011/07/01(金) 03:06


「11時に電話するね」と言っていたあの子からの電話を、あたしは今11時を30分も過ぎても待っている。
 元々時間にルーズなあの子。――それとも仕事が押しているのか、そう思案すると、こちらから電話するのも憚られる。……それにこちらから電話すると「わたしの声、早く聞きたかったの?」なんて浮かれた声で調子にも乗るし。

 ……あと15分で明日になる、そう思っていたら、あの子専用の着信音が鳴った。
「もしもし、絵里?」ワンコールでそう切り出したのは惚れた弱みか。
『れいな? やっと仕事終わったよ〜』
 声が疲れた様子だったので、「お疲れ様」と言っておく。
『れいなはツアー中でしょ? そっちこそ疲れてない?』

 絵里の声を聞いたら、疲れが吹き飛んだ。――なんて、死んでも言えない。だから、「あたしは大丈夫やけん」とだけ返した。


44 :満天の星が流れても :2011/07/01(金) 03:06


『ねぇ、れいな』
 なにかを含んだような声。
『ベランダでもいいから、ちょっと外に出れない?』
「? 別によかとーよ」
 疑問に思いながらもカラカラとベランダの窓を開けて外に出る。途端、むわっとした梅雨独特の湿気と熱気に包まれた。
「出たけん。なにがあるとーよ?」
『星、見える?』
 そう言われ、空を仰ぎ見る。地方のここは星が鮮明に見え、北斗七星まで見えた。
「星、ばりあると」
『わたしもね、星を見てるの。こっちじゃあんまり見えないけれど、二つ三つは見えるの』
「それがどうしたとよ?」
 そう聞き返すと、『乙女心が分かってない〜』なんて不満をぶつけられた。


45 :満天の星が流れても :2011/07/01(金) 03:07


『違う場所にいるけど、同じ星を見てるんだよ。星でれいなと繋がってるの』
「――っ!」


 カウンターパンチを受けた気分。力無くベランダにしゃがみ込む。顔がものすごく熱い。
『れいな、今照れてるでしょ』
 うるさか、そう言うと意地悪そうに電話越しで絵里が『きひひ』と笑った。

 ――同じ星を見て、そして同じ気持ちで通じ合っている。

「……絵里、今度会えるのはいつと?」
素直に、言葉が出た。
『えーっと……来月の二週目かな』ぱらぱらとスケジュール帳を繰る音が微かに聞こえる。
「じゃあ……それまでは……ほ、星で繋がってるけんね」
恥ずかしさを堪えて告げると『そうだよ〜』なんてのんきな声が返ってきた。

『でも、電話やメールもちゃんとしてね』
 なんて釘を刺されたけれど、絵里が電話する時は必ず遅れる。……まあ……こっちからしても良いけど。


46 :満天の星が流れても :2011/07/01(金) 03:07


 お互い、明日は朝から仕事だから電話はここで打ち切ることにした。
『じゃあね、れいな。好きだよ』
「あたしもやけん、おやすみ」
 これで切ろうとしたら、『れいなもちゃんと言って!』と怒られた。
 ……未だ恥ずかしいけれど。
「す、好いとーよ絵里」
 これで満足したのか、『おやすみ、れいな』と絵里が言った――から油断したのが間違いだった。
『ちゅっ♪』

 ――!! 不意打ちだった。
 それで電話は切れた。

 あたしは熱い顔のまま、へなへなとベランダにしゃがみこむ。足腰に力が入らなかった。
 ……このケータイはなんでこんなにクリアに聞こえるのか文句を言いたくなった。

 再び夜空を仰ぎ見る。都会では見れないくらいの星が瞬いている。
 星に願いを伝えたくなった。


 この満天の星が全て流れ落ちてもいいから、少しでも早く、絵里に会えますように――と。


47 :石川県民 :2011/07/01(金) 03:15

 終了です。
 短ッと思われたでしょうが、それは書いた本人が一番思ってます。

 亀井さんはご卒業されましたが、それでれなえりは別れた、とは思っていません。
 亀井さんと田中さんは遠距離恋愛になったんだ! ……と、このアホは考えております。
 それはそれで『萌え』なんで。

 また思いついたら書いてゆきたいと思いますので、気長にお持ちくださいませ。

 それでは。 拝。
48 :名無飼育さん :2011/07/15(金) 11:54
4年振りに飼育に来てみたら懐かしい作者さんの名前を見つけてテンションが上がりました。
まだれなえり書いてくださってることに感謝です。
読んでみたらやはりキュンキュンしまくり萌えまくりで…
エロもおいしく頂きました。ごちそうさまです。
自分も同様、遠距離に萌えてる性質なのでこれからもれなえりよろしくです。
作者さんのペースでがんばってください。いつまででも待ってますので。
49 :石川県民 :2011/07/24(日) 23:10
 ひょっこり登場。ども、石川県民です。

 先ずは返レスをば。
>48 名無飼育さんサマ。
 書き込みありがとうございます!レスをいただけると、書く気が沸きます♪
 キュンキュン萌えまくりは感謝です。拙い文ですが、れなえり分は補給できましたでしょうか?

 ……いろんな方のレスを戴き、確信したこと。それは、
 れなえりは正義だ! ということです。
 これからも書いていきたいと思います。


 今回もショートショートです。
 ウォーキング中に出くわし、思いついた話です。
 それではどーぞ。
50 :刹那い花火 :2011/07/24(日) 23:10


 ひゅ〜……ドーン……

 花火が上がる度に上がる歓声。あたしの周りは花火の音以外にも人が溢れかえっているので騒々しい。
 あたし以外は、カップルや友だち、親子連れが楽しそうに歓声を上げたり、お喋りしている。
 一人なのは、きっと、あたしだけ。退屈な目で上がる花火を見ていた。

 ――去年の今日、あたしは絵里と花火を見ていた。


51 :刹那い花火 :2011/07/24(日) 23:11


 去年は浴衣姿の絵里に手を引かれ、少しでも近くで、という理由で人ゴミの中をジグザグに歩いた。
“あ、れいな、こっち空いてるよ”
 浴衣姿の絵里はとてもキレイで。髪を上げてたから見えるうなじにドキッともした。――まあ二つとも言ってやらなかったけれど。
 花火が上がる度嬉しそうな表情を見せる絵里。
“今のキレイだったね”
とはしゃぐ絵里に「そうやけんね」と適当な相槌を打っていた。
 絵里の右手はあたしの左手に。絵里は左手に持ったチョコバナナを時折、思い出したように食べていた。
“ほら、チョコが口のハシに付いとるばい”
 指で拭ってやると、“むー”と唸った。――どっちが年上なんだか、そう思いつつも、やっぱり可愛いと思ってしまっていた。

 適当なところに腰を下ろし、二人して花火に見入る。時々、絵里を盗み見るとキラキラ輝く瞳で花火に見入っていた。……あたしは、花火に半分、残り半分は絵里を見ていた。もちろん気づかれないように。

 大玉が連続で打ち上げられる。それはとても爽快で、二人して“お〜”と声を上げた。


52 :刹那い花火 :2011/07/24(日) 23:11


 今度はヤケのように連続で小玉が弾き咲いた。
 ドパンドパンドパパパパン!!

 夜空の花が名残惜しそうに光を垂らした。
 これで終了したらしい。人波がさーっと引いていく。あたしたちはそれを見送って、周りに人がいなくなってもその場所を離れずに座っていた。
“楽しかったね、れいな”
“そうやけんね”
 握られていた左手が、きゅ、強く握られた。

“れいな、来年も一緒に見ようね”


 ――その先は覚えていない。多分、ああ、とか、うん、とか生返事を返したように思う。


53 :刹那い花火 :2011/07/24(日) 23:11


 その、来年の今日。
 隣には絵里がいない。
「自分から約束しといて……」
あたしの呟きは、歓声の中で溶け消えた。

 絵里のいない花火。それはとてもつまらなかった。
 去年はあんなに目移りするほどの屋台も、今年は色褪せて見え、なにも買う気がおきなかった。
 ……帰ろう。

 あたしは踵を返し、歓声を背に、人波に逆らって歩いていく。
 魅力の無い花火大会。
 あたしがまた歓声を上げるには。
 きっとあの子が隣にいるときだ。

 ――絵里、ずっと約束忘れんけんね。

 了。


54 :石川県民 :2011/07/24(日) 23:13

 終了です。

 引越しの現実逃避からの文のため、お許しくださいませ。

 それでは。 拝。
55 :名無飼育さん :2011/08/01(月) 05:59
こんばんは。
最近になって娘。にハマり、れなえりにハマり、
石川県民さまの「舞い落ちる刹那の中で」を読み号泣した者です。
石川県民さまの文章が大好きで、このスレもニヨニヨしながら読んでいます(キモ)

私も現在、れなえり長編をひとつ書いています。愛ちゃん卒業までには載せられるように努力中です。。。
作者さまも、体調には気をつけて、ご自分のペースで執筆頑張ってください!

最後に一言。
石川県民さまとれなえりが大好きだー!!w
56 : :2011/08/19(金) 00:49
久しぶりにきてみたらなんと!!
新作れなえり2つもきてたー(≧▽≦)

いやー、やっぱり石川県民さんが書かれるれなえりは素晴らしいですね。

私もまたなにか書いてみようかな??と思いました。
書き途中のものが何個かあるんで…w
57 :石川県民 :2011/12/11(日) 01:31


ども、お久しぶりです。近況報告をば。

 結婚しました。

ですので、石川県からI知県へと移りました。
ですが、HNは変えません、今さら? って感じですし、石川県大好きっ子なので。

 アイ ラブ 地元。

??I知県といえど、駅も遠く、徒歩3分で小さいけれど美味しいパン屋さんと、その隣にヤのつくご職業の方の事務所がある、まあ閑静な住宅街です。適度に田舎なので落ち着きます。


58 :石川県民 :2011/12/11(日) 01:32


 では返レスをば。
>55名無飼育さんサマ。
 レスありがとうございます。あの長ったらしい『舞い落ちる〜』を読んでいただき光栄です。……実はこの数年の間にちまちまと話を書き足しておりました。3ページのつもりが5ページ、10ページ……と。いったい、いつ終わるねん、と。誰かに見せるわけでもないので、ただの自己満足ですが。ラブラブ度と切なさ度をUPさせて、悦に浸る……そんな感じです。
 れなえり長編に思いきり食らいつきました。出来上がった時は、お名前を教えていただけると嬉しいです。ご自身を無理なさらないようにしてくださいませ。

>56栗サマ。
 お久しぶりです。レスありがとうございます。
 時々ふらっとれなえりの神が下りてくるのです。ですので、ふらっと覗けば、ふらっと書いてあるかもしれません。
 ストックがあるのでしたらば、是非書いてくださいませ! それが石川県民の活力源になりますから!!?

 今回はちょっとヨロヨロに酔いながら書いたEROです。苦手な方はリターン!!
59 :寒い夜だから。 :2011/12/11(日) 01:33
 ――寒いのに、熱かった。
「れ……れいな、もっと激しく……!!」
 恋人の要求に従って、彼女の中に挿れいていた指を、更に激しくかき混ぜる。
「あっ……ふあ……」
「絵里、気持ち良かとーと?」
「ぅ、うん……!」
 それなら良かった、と思い、絵里の中の、奥のざらざら部分を激しく擦る。
「あ……! それ、らめっ」
「ばってん絵里、ばり気持ち良さそーたい」

 蕩けた表情。蕩けた部分。――全てが愛おしい。

 ちらり、窓の外を見る。寒波が荒れ狂い、木々が踏ん張りながら体制を整えている。時折見せる、白い欠片が激しく窓ガラスを叩きつける。
 エアコンはつけているものの、『丁度良い温度』にしか設定していない。

 熱いのは――絵里の中。


60 :寒い夜だから。 :2011/12/11(日) 01:33


 ――このまま二人、抱き合って、溶け混ざらないかな、なんて不可能なことを考えている。
 そうすれば、暑いのも寒いのも共有できるのに。……なーんてね。


「れ、れーなぁ」
「ん? なんとね?」
「キス……してよぉ」
 絵里の要求に早速答える。開いた唇に、唇で答え、ぬるりと舌を潜入させる。
「ん……ふあ……」
息継ぎさせた後に再び唇を重ねる。絵里の秘部に挿れた指を再び動かし、しっちゃかめっちゃかに暴れさせた。
「ん! んー!!」
 上も下も塞がれ、絵里は苦しそうだった――半分だけ。
 残り半分は悦楽に溺れている感じ。


61 :寒い夜だから。 :2011/12/11(日) 01:33


 ――絵里がこんな風にあたしを激しく求めるようになったのは、娘。を卒業してからだった。
 隣にはいつも絵里がふんにゃりした笑顔で笑っている昔と違って――今はお互いのスケジュールを調整しつつ、なんとか会えることができる日々。
 ……だから、だろうか。絵里は会えた時の鬱憤を晴らすかのように、激しくなる。それも、特に――――

「れ、れいな……なにか考え事してない……?」
「ん? そんなことなかとーよ」
「でも……」
「あたしはいつも絵里のことしか考えてなかとーよ」
 そう言い放って絵里の弱い部分も強烈にこする。
「あっ! だめ、それ!!」

 きゅう、と締め付けられる指。がくがく震える体。どうやら頂点に達したらしい。


62 :寒い夜だから。 :2011/12/11(日) 01:34


 指を中から抜き、脱力しきった体を両腕で抱き締める。絵里はぽわぽわした表情だったけれど、あたしの背中に両腕を回してくれた。
 お互いしばらくそうしていたら。
「ノド……渇いちゃった」
 絵里がナイトテーブルに手を伸ばす。絵里の手が届く前に、ひょいとミネラルウォーターのペットを攫い、絵里に渡した。
「ん」
「……ありがと」
 途中で攫われたのが機嫌を斜めにしたのか、憮然とした表情で、フタを開け、中の水を飲む。
 こくり、こくり、と静かに飲む音。
「あたしも欲しかと」
 そう言うと絵里は、ペットボトルから口を離し、あたしに差し出す。
「あ。間接キスたいね」
と。冗談で言ったら。
 ぼふ、と顔面に枕が飛んできた。バランスを崩しかけるが、なんとか耐える。水も無事なことに、こぼすことはなかった。
「絵里、今のはあぶなかと」
「だって……れいなが面白がるから……」

 そんなところまで可愛い、と思ってしまったあたしは、きっと重度の絵里中毒に違いない。

「すまんたい、ばってん水は飲ませてもらうばい、あたしもノド渇いてるけんね」
絵里の承諾を聞く前に、水を口に含む。――水分が体中を潤してくれる。残っていた水を空にして、空いたペットボトルをナイトテーブルに置く。
 でも。

「……れいな?」
 再び絵里を横たえる。――あたしの心の中を潤してくれるのは絵里だけだったから。
「あたしはまだ渇いとるけん」
「……え? れーな?」
「ばり、絵里に渇いてるたい」
 それだけ言って。絵里の許可も取らずに首筋に吸い付く。左首のほうを軽く噛んでから、強く吸い付く。吸って吸って吸いつくすと、絵里の首に赤い華が咲いた。――絵里が自分のもののように思えて、少し誇らしくなった。
「ちょっ、れいな、そんな見えるトコ……」
「コンシーラーで隠せば良かと」
 あたしは唇を鎖骨部分に移し、舐めたり甘噛みしたりして絵里を堪能する。
「んあっ、あ……」
 弱い部分を攻撃されて、絵里はもどかしそうに体を揺する。ぎゅ、と頭を抱えられた。

 絵里が、感じてくれていることが嬉しい。


63 :寒い夜だから。 :2011/12/11(日) 01:34


「は……ぁ……」
 幾度目かの快楽を与え、もうあたしのことしか考えられないようにする。
「絵里、上になって、自分で体動いてみんしゃい」
「ぅん……」
 騎乗位の形になって、絵里は残りの力を振り絞るかのように、自分で動く。

 ずっちゃ、ぐっちゃ、と卑猥な音が部屋に響く。
「ん……ふあ……っ!!」

 今夜で幾度目かの絶頂に達し、ふにゃりとあたしに倒れ込む絵里。――絵里の一番熱い部分はまだ、どくどくと脈を打っていた。

 今夜はこれで打ち止めかな、と思って倒れ込む絵里をなるべく優しく包み込んだ。熱い部分に挿れていた指を優しくゆっくりと引き抜く。
 指は充分過ぎるくらい濡れていて、舐めたかったけれど、絵里が怒るので、勿体ないと思いながらティッシュで拭う。


64 :寒い夜だから。 :2011/12/11(日) 01:35


 ベッドの中、しばらく絵里を抱きしめていると。
「れーな……ごめんね?」
「ん? なにがっちゃ?」
「……明日は朝イチでお仕事でしょ?」
 ――ああ、そんなことか。
「大丈夫やけん。今から寝ても、充分間に合うたい」
 ――それよりも。
「絵里のほうこそ良かと? モヤモヤしたもの、吐き出された?」

 ――そう、絵里は、仕事でミスしたり、落ち込んだりすると、あたしを激しく欲してくるようになったのだ。

「……うん。……ごめんね、れーな」
「ん? なにがっちゃ?」
「なんか……れーなをストレスのはけ口にしてる……」
 きゅ、と更に丸まった身体。
 特に気にしていない、そういう意思表示のつもりで、更に絵里の体を抱きしめる。
「別によかとよ。絵里の想い、全部吐き出してくれる方が嬉しいっちゃ」
 恐る恐る、あたしを上目使いで見つめる絵里。
「……本当?」
「当たり前っちゃ。他の人にぶつけるより、あたしにぶつけてほしか。――全部、受け止めやるけん」
 そう言ったら、絵里はあたしの胸に顔を寄せた。
「……ありがと、れいな」

 その後に。『大好き、れーな』と言われ。
 また欲望に火が付いた。

 ごろん、と絵里を下にして、押さえつける。
「え? れーな??」
「すまんちゃ、また絵里が欲しくなったばい」
「ちょ、れーな!? ……あんっ」


 ――欲望に対する火はまだ止まらない――



Fin.
65 :石川県民 :2011/12/11(日) 01:38
 終了でーす!

 本当はまこあいで健全なものが書きたかったのですが、どーにもこーにも纏まらず。

 まあ、呑兵衛の戯言として受け取ってくださいませ。ませ。

  それでは、またいつか! 拝。
66 :名無し募集中。。。 :2011/12/11(日) 01:40
ご結婚、おめでとうございます。
67 :名無飼育さん :2011/12/13(火) 21:11
久々に覗いたら更新されていて嬉しい驚きでした。
しかもれなえり。しかもエ(ry
そして、ご結婚おめでとうございます。
まこあいは同じ立場に立った今、旬のCPでしょうか。
私はいまだにれなえり・まこあい・ごまこん、大好物なので(w
気長にお待ちしています。
68 :名無飼育さん :2011/12/13(火) 22:04
ご結婚おめでとうございます
まこあいを何年でも気長にお待ちしております
69 :雪月花 :2011/12/14(水) 01:16
>>55でコメントを残した雪月花と申します。
まずはご結婚おめでとうございます!末永く、お幸せに。。。

石川県民さまのれなえりは良いですね!見習わなくては…
という感じで水板に長編を連載中です。
完全に『舞い落ちる〜』やその他の素晴らしい作品に影響を受けまくってしょうもない駄文になっていますが…

寒くなりますが、体調には気をつけてまた更新して下さると嬉しいです。
えっちぃ作品もお待ちしておりますよw
70 :石川県民 :2012/08/25(土) 14:55



 にょきっと登場、お久しぶりです、石川県民です。
石川県民は、HNのくせに、金沢弁と能登弁と越前弁が混ざった言葉を話しますが、約一年の間に、尾張弁も多少混ざるようになりました。ですが同時に旦那にも金沢弁が多少うつりました。この夫婦の共通弁はなんじゃろか。


71 :石川県民 :2012/08/25(土) 14:56


では返レスをば。
>66 名無し募集中。。。サマ
 ありがとうございます。この夫婦には、『趣味部屋』というのがあるのですが、そこに石川県民のギター4つとアンプ等諸々が、そして旦那のガンプラ作成机と部品諸々があるのですが、掃除する度、掃除機で部品を吸い込まないか心配です。ていうかはよハマーン様の機体を作っておくれ。

>67 名無飼育さんサマ
 ありがとうございます。気長に待ってくださる、とのことですが、ここまで遅くなってはさすがに呆れられたかなーとちょっとひやひやしてます。
 今回はれなえりではございません、ゴメンナサイ。
 れなえりで書きたいのはあるのですが……R-18のハメ撮(以下自主規制)なので、書いていいのかどーやら、と良心と欲望が戦っております。

>68 名無飼育さんサマ
 ありがとうございます。
 とことん待っていただけたようですが、ショボくてスミマセン。

>69 雪月花サマ
 ありがとうございます。
 ひいいいいいっ!!あんな駄作に影響されてはいけません! もっと! 他の素晴らしい方のをご参考ください!!
 また、HNを教えていただき、ありがとうございました(ぺこり) おかげで素晴らしい小説を読むことができました。


 今回は(私的に)メインのカプのお話です。
 それではどーぞ。


72 :何万回言っても足りないコトバ :2012/08/25(土) 14:57


 今日は雲が数個浮かぶだけの快晴。天気が良いと、それだけで嬉しくなる。
 家を出て、すぐ近くのバス停へと駆け足で近づく。それだけで別にバスが早く来るわけじゃあないけれど、あたしはいつも早く会いたい気持ちを抑えきれずに走っちゃうんだ。
 やって来たバスにお金を入れて、右側の席に座る。――あの子のいる建物が見える、右側の席があたしの特等席。

 目的地について、先ずはすぐそばの花屋へ。
「や、小川ちゃん。毎日来てくれてありがとね」
 すっかり顔なじみになった花屋さんに声をかけられる。そりゃあ、毎日行けば顔と名前くらい覚えられる。
「今日はガーベラはどう? いいやつ仕入れてきたんだけど」
「あ、じゃあそれで小さな花束をお願いします」
「あいよっ」
 ――ここの店員さんは愛想が良い。きっとあの子のいる建物の中の人たちの分まで、笑顔で、元気良くしているのだろうな。
 5分くらいで出来上がった花束に、お金を払ってお礼を言って、店を出る。

 そして、あたしは花束を持ってまた駆け出す。あの子のいる部屋へ。『××総合病院』という重苦しい鉄看板がはめられた、今は全開の扉を突き走って。


73 :何万回言っても足りないコトバ :2012/08/25(土) 14:57


 6Fまでエレベーターで行き、奥がナースステーションになっている受付に顔を出す。
「すみませーん、小川ですけどー」
「今日もいらっしゃい。毎日ご苦労様ねぇ」
「いえいえ、そんなぁ」
ぶんぶん手を振る。――好きな子に会いにいくんだもの、全然苦労じゃないよ。
「……今日も様子は変わらないから、夕方の面会時刻終了までいても大丈夫よ」
「……。」
 一瞬言葉が途切れた。――でも、
「そうですかぁ、じゃあお言葉に甘えちゃいますねぇ!」

 ――シリアスはあたしには似合わない。だから気づかない様子で笑顔を向けて、あの子のもとに小走りで向かった。

 向かう途中、考えた。あたしにシリアスは似合わない、って確か誰かに言われた科白だった。
 あさ美ちゃんだっけ?――違う。
 じゃあガキさん?――でもない。

 目的の部屋の前に到着。コンコン、と一応ノックするけれど当然反応が無い。気にせず引き戸の取っ手に手を掛けた瞬間――。


『麻琴にシリアスは似合わんがし』

 あ、そっか。

 引き戸を引いて、中に入る。
「犯人はお前だ、愛ちゃん!」

 ――眠っている愛ちゃんにズバリ言ったものの、当然反応は無かった。


74 :何万回言っても足りないコトバ :2012/08/25(土) 14:58


「愛ちゃーん、今日はガーベラの花束だよー」
 寝ている部屋主に断りも無く、あたしは入っていく。花瓶には、昨日買った百合の花が、やや萎れて、それでも綺麗に咲いていた。
「花瓶の花、取り替えてくるね」
花瓶を持ち上げ、そう言っても、愛ちゃんは変わらず眠っている。

 ――そう、もう一年は愛ちゃんは眠り続けたままだ。

 共同洗面所で、百合を捨て、水を入れ替えガーベラを入れる。
 ふと、思う。――なんでこうなっちゃったんだろう。
 思わずにいられない。けれど、愛ちゃんの前ではたとえ眠っていたとしても、あたしはこの思いを口に出さないし、思わないようにもしている。
 部屋に戻ると、機嫌の良い陽光が、部屋を照らしている。花瓶を元の位置に戻し、ベッド傍の椅子に腰掛けたら、眩しさに軽く目を細めた。
「愛ちゃんさ、覚えてる? お弁当、愛ちゃんがオカズ担当であたしがオニギリ担当でこんな天気に二人でピクニックに行ったこと」
 愛ちゃんは眠り続けたままだ。
「愛ちゃんのオカズ、すげー豪華だったよね。エビフライにタコさんウィンナーに鶏のから揚げにブリの照り焼きって。もう即、嫁にいける! って感じだったよね」
 ……それに比べてあたしのは。
「塩むすびに海苔を貼っただけ。今思うと、梅干しくらい入れろよ! って感じでさ」
 しかも、混ぜ方が悪かったのか、『……麻琴……塩の塊があるんやけど』って言われて、差し出された部分を齧ってみると、ザリ、というオニギリからではありえない音が聞こえ、口の中が塩辛くなった。
「でも愛ちゃん、全部食べてくれたよね」
 あの時は『ごめんね、ごめんね!』って謝ってたばかりだったけれど。
「今思うとさ、ありがとう、っていうべきだったよね」
 この一年で伸びた愛ちゃんの髪。その長い前髪を、額からさらりと落とす。それでも愛ちゃんからの反応は無い。
 ふと、窓の外を見る。晴れ渡った空は青一色で、雲なんか欠片もない。
 ――あの日と大違いだ。
 胸から込み上げるものがあって、思わず視界が歪む。
 生まれたばかりの涙を乱暴にこすり、あたしは椅子から立ち上がる。
「ちょっと、トイレに行ってくるね」
 返事が無いことなんて、分かりきっているのに、そう断って部屋を出た。


 もちろん、トイレなんかに用は無くって。洗面台で、蛇口を勢いよく捻り、出てきた水でざぶざぶと乱暴に顔を洗う。
 前髪が水を含み、水滴をしたたらせる。つい、蛇口を締めるのも忘れ、その勢いよく出ている水をぼんやりと見ていた。

 ――これくらいに激しい雨だったな。


75 :何万回言っても足りないコトバ :2012/08/25(土) 14:58


 一年と少し前。この地域を台風が直撃した。
 唸りあげる風と、激しい雨。そんな中であたしと愛ちゃんは風にも雨にも負けないような言い争いをしていた。
 理由はなんだったけ。覚えてないけれど、確かあたしが悪かったんだと思う。
『麻琴のあほんだらぁ!』
『なによ、愛ちゃんは独占欲が強すぎだよ!』
 そう言い返すと、愛ちゃんは目に大粒の涙を溜めた。
『もう知らん! 麻琴なんか大嫌いやざ!!』
あたしに背を向け、駆け出す。
『ちょ、愛ちゃ――!』

 追いかける隙なんてなかった。
 だって愛ちゃんは、車道に出た瞬間、車に撥ね飛ばされたんだから。
 突如、響き渡るブレーキ音。愛ちゃんを撥ねた車は、空の黒雲とは対称的な真っ赤なポルシェだった。
 数秒間、空を飛び、重力に引かれ地面に落ちた愛ちゃんに駆け寄る。
『愛ちゃん! 愛ちゃん!?』
 返事はない。肩を揺さぶっても、頬を叩いても、愛ちゃんの目は開くことはなかった。


 大嫌い。


 ――それが愛ちゃんの最後の言葉だった。


76 :何万回言っても足りないコトバ :2012/08/25(土) 14:58


 蛇口を締め、ハンカチで顔を適当に拭う。そして愛ちゃんのいる病室へと戻った。
 戻っても、部屋も愛ちゃんも変化はなくって。あたしは再びベッド傍の椅子に座り直す。
 シーツを少しまくり、愛ちゃんの手を取り出し、その手を両手の平で包む。
「ねえ、愛ちゃん」
 軽く、手に額を当てる。
「大好きだよ」
 もちろん返答はない。分かりきっているけれど、あたしは言葉を続ける。
「たとえ愛ちゃんがあたしを嫌いでも。……あたしは愛ちゃんが大好きだよ」

 一年と少し前。『ヘタレの代名詞』だなんて嬉しくない称号を持っていたあたしは、愛ちゃんに「好き」という言葉すらなかなか言えなかった。――それが愛ちゃんを不安にさせていたと、薄々気づいていたけれど。

「あたしは、愛ちゃんが大好きだよ」
 何十回、何百回、何千回、ううん、何万回言っても足りないコトバ。
「大好きだよ」

 ――『大好き』と言う度に、愛ちゃんの最後の言葉が胸に刺さり、苦しくなるけれど。
 でもきっと、愛ちゃんはそれ以上に苦しかったんだと思う。

「愛ちゃんが、大好き」
 言葉が、包んだ手を通して愛ちゃんに伝わってほしい。
「大好きだよ、愛ちゃん」
 だからあたしは、何度も同じ言葉を紡ぐ。
「大好きだよ……」


 そうやって、あたしは面会時刻ギリギリまで、愛ちゃんの手を離すことをしなかった。


77 :何万回言っても足りないコトバ :2012/08/25(土) 14:59


 控え目なノックと共に、やって来た看護師さんに面会時刻終了が告げられる。
 看護師さんにへらへらとした笑顔を向けて、頭を下げて病室から出た。
 それからエレベーターで1階まで下りて。顔馴染みになった看護師さんや守衛さんに挨拶して、弱冷房の病院から、もわっと熱気のある外へと出る。
 空を見上げると、白い雲が点在し、明日も晴れそうだった。

 明日は何の花を持っていこう……

 そう考えながら、あたしはバス停まで歩いていった。


78 :石川県民 :2012/08/25(土) 14:59


 終了です。
「ほんのりと泣ける話が読みたい」と思い、書いたわけですが、自分の書いた話で泣けるわけねぇ、と途中で気づいたブツです。このバカは何回学習したら気がすむのでしょうか。

 次回はれなえりにしようと思っております。
 飲んで酔ってたらERO、素面なら普通の話、と考えております。

 それではまたお会いできますように……。


  拝。


79 :名無飼育さん :2012/08/29(水) 19:58
うわぁ、切ない…
作者さんが書き足しているという名作「舞い落ちる〜」ですが、完成したらどんな形でもいいので、公開していただけたら嬉しいです。
しがない一読者にも切なさのお裾分けをどうかお願いします…!
80 :石川県民 :2012/11/08(木) 00:07
 のこのこ戻ってきた石川県民です。しるぶぷれ。
〉79 名無飼育さんサマ。
ありがとうございます。……本当に良いんですか?やっちゃいましたよ?

というわけで。
迷作『舞い落ちる刹那の中で』を10頁ほど書き足した『完全版』出来上がりました。
わざわざ新スレ立てるのもアレなんで、こちらもメールのみの配信となります。
それで、たいへん申し訳ございませんが、いくつかの【約束】を守っていただきたく思います。

【約束】
1.Wordで添付してお送りしますので、Wordを開ける方。
2.今回の宛先は普段使いのメルアドですので、他のメールと混合しないため、タイトルに『田亀一丁』とお書きください。
3.ハンドルネームを教えてください。
4.これが一番重要なのですが、本文の中で一筆お願い致します。
『私は無断で本作を掲載しません』と。
わざわざ必要か? と思われるかもしれませんが、オリジナルを黄板に載せた時、やられましたので。ちょっとグレました。
5.申し訳ございませんが、無断転載防止の為、ホームページやブログをお持ちの方はアドレスをご記載くださいませ。

以上をお守りいただける方のみ、今回のMAILに書いたアドレスへメールしてくださいませ。
ただ現在、マイパソがネットに繋がっていない為、今日から数日後に配送させていただきます。あらかじめご了承くださいませ。
(今はスマホからの打ち込みですが……ああ長文が打ちづらい!)
というわけで。支離滅裂な文かもしれませんが、御応募お待ちしてます♪

  拝。
81 :石川県民 :2012/11/11(日) 16:39


 ご機嫌麗しゅう、石川県民です。
 引っ越しをしました。引っ越し祝いにテレビをくれた弟に「スマホがあるじゃん。なんでそんなにパソコンをネットに繋げたいのさ」と言われました。seekの更新に…なんて言えない……。


 では、今回のお話です。先日、血液検査で肝臓の数値がヤバかったので、普通のお話です。
 田中さんの誕生日に間に合って良かったー! それではどーぞ。


82 :サトリスプレー :2012/11/11(日) 16:40


 カチ……カチ……カチリ。
「ふにゃ〜あ、あ」
 ついあくびも出てしまう。目尻を擦り、涙を拭う。
「くそ、ここも売り切れやけん」
さっきから眺めているパソコンのモニタに、思わず悪態をつく。『戻る』ボタンを押して、再び検索ページを睨む。
 ずっと、こればっかり。

 普段使いしている化粧液が切れて、近くの専門店も撤退した為に、パソコンをいじりながら同じ品を探しているわけだけれども。
「くそ……さゆに恩を売っても良いから頼んでおくべきだったけん」
 ネットの海にちょっと溺れかけています。

 あっぷあっぷしながら格闘して1時間20分経過。――ようやく。
「お……あったばい」
 日を跨ぎ、ディスプレイの光が目にきつくなった頃。やっと目当ての品が見つかった。
 確認もそこそこに、買い物カゴに入れる。
 しぱしぱした目で早々にパソコンを切り、そのままベッドにダイブ。

「明後日には届くから、もうよか……ぐぅ」
簡単に眠りの世界に誘われた。



 ――それから。
 注文した品が届き、早速箱を開ける……と。
「……なん? これ……」
 見かけは目当てのスプレータイプの化粧液に見える。けれど、ボトルに大きく書かれた文字は。
『サトリスプレー』
 その横に、商品名よりやや小さめに、『気になるアノ人の心を覗いちゃおう!』と書いてある。


83 :サトリスプレー :2012/11/11(日) 16:40


 ボトルを見ても、商品名と宣伝文句以外は、使用方法しか書かれていない。
「……間違えたと」
 もう一度溺れかけながらサイトまで行って交換してもらうのは困難というか、無理な気がして仕方ない。

 どっか、と座り、ボトルを顔の高さまで掲げて改めて文字を読む。
『ご使用方法――心を覗きたい方の胸にスプレーを一吹きしてください。しばらくするとその方から思っていることが文字として現れアナタにだけ見えます。思っていることが円状に現れ、外側に出てきた言葉より中心に近い言葉がより心の内を表しています。』
「はぁ」
 呆れ、以外に感想が出てこない。
 いつから日本はそこまで技術が進んだのか。あまりニュースを観ないから分からないけれど。
「害があるもんやなかとね?」
そう思ったら、小さく、だけれどはっきりと『人体に影響はございません』と書いてある。
 これをどうしようか考えていると、今日の仕事の時間に合わせたタイマーが鳴った。
「ま・仕方なか」
 深く考えずにボトルをバッグに放り入れ、仕事に向かった。


84 :サトリスプレー :2012/11/11(日) 16:41


「おはようござ――ってさゆだけか」
楽屋に入ると、さゆが一人、いつものように鏡を見ていた。
「おはよーれいな」
せめて鏡から目を離せよ、とも思うがいつものことなので気にせずバッグを机に置く。
 ケータイでもいじるか、そう思ってバッグを開けると、ふと今日届いたあのスプレーが目に映る。

 ……まさかね。
 ……んなわけなかと。

 そう思いつつも、好奇心が勝ってしまい、スプレーを取り出し、鏡を見つめているさゆに――。

 ――プシュッ。

「なに? れいな?」
 流石に鏡から目を離してこっちをみる。
 そんな間に、あたしの目の前では、もくもく、という感じで言葉が浮き出してくる。
『なんかれいなが変』とか、
『ま・いつものことか』とか、
『藤本さんどうしてるかなぁ』とか浮かんでくる。

「……さゆ、これ……」
文字を指さして言ってみるものの。
「? なにかあるの?」
 本当にさゆには見えないらしい。
 信じられない、そう思いながら見ていると。文字は出てくるのを止め、ボトルに書いてあるとおり、円状に浮き上がり、止まった。

 えっと、確か、中心の言葉が本心なんだっけ?


85 :サトリスプレー :2012/11/11(日) 16:41


 真ん中の言葉を読んでみる。
『今日もさゆが一番可愛い♪』
 …………。
 娘。のリーダーだけど。
 あほだ、コイツ。


86 :サトリスプレー :2012/11/11(日) 16:41


 軽い頭痛を感じながらも「なんでもなか」と手を振ってごまかす。
 そんな事をしていたら。
「「おはようございまーす」」
 佐藤と工藤が一緒に入ってきた。

 ちょうどよか。

 近づき、笑顔の工藤に。

 プシュッ。

「えっ!?」
スプレーを吹きかけられ驚いた表情。まあ当たり前か。
 その間も文字は浮き出し――。
『なんだろう、今の』とか、
『田中さん、なんでしょうか?』とかが浮かんでくる。
 そして、中心の文字は。
『今日もがんばろう!』だった。
 ……。
「あの、田中さん?」
不思議顔の工藤を。

 はぐっ。

「工藤は良い子やけん……」
抱き締めた。
「え!? なにこの嬉しい状況!?」
 慌てる工藤と、
「あ! どぅーズルイ!」
 騒ぐ佐藤。


 だからあたしは気付かなかった。
 この喧噪の中で、さゆのところから、
『カシャリ♪』
という音がしたことを。


87 :サトリスプレー :2012/11/11(日) 16:42


 そして夜。
 前々から今日は絵里の家に泊まる予定だったから、一人タクシーで向かう。
 近くで下してもらい、絵里のいるマンションへ。チャイムを鳴らす。……合鍵は持っているけれど、どうせ絵里はいるんだろうし。
 絵里はすぐにドアを開け、笑顔で、
「おかえり、れーな」
と言った。
 最初はこっ恥ずかしかったこの科白も、
「はいはい。ただいま」
なんて、今では軽く受け流せられるようになった。
「今日はカレーだよー」
と鼻歌混じりでキッチンに向かう絵里。そんな姿を見ながらあたしはリビングに荷物を置いた。


 カレーとサラダを前にして。二人で
「「いただきます」」
と手を合わせる。
「あのね、今日のはさゆに教えてもらったやつなの」
と笑顔で言う絵里。

 ……さゆに?

 覚悟してスプーンで一すくい。口に入れると。
「キツ……」
強烈に舌を刺激する。予想以上に辛かった。

 ――結局あたしは、食べている間に水を3杯飲んだ。……なんかお腹がたぽたぽする。


88 :サトリスプレー :2012/11/11(日) 16:42


 ソファに座り、テレビを観ながらくつろぐ。すると洗い物を終えた絵里が、やっぱり笑顔で隣に座った。
「ね、れいな」
「なん?」
「あのね、今日さゆからメールがあったんだけど」
「うん」
「これ、なーに?」
 そう言ってあたしにケータイを見せる。
 そこには。
「あ」
 あたしが工藤を抱き締めている写メだった。

 ……なるほど、絵里がずっと笑顔だったのは……怒っていたからか。


89 :サトリスプレー :2012/11/11(日) 16:42


「と、特に意味はなかと」
 やましいことなんて無いのに、声が上ずる。
「でも結構長い間、抱き締めてたって書いてあったよ?」
 メールの文面をあたしに見せる。タイトルは『れいなが浮気―』という余計なことだった。
「べ、別にメンバー同士のスキンシップやけん」
 そう言うと、絵里は笑顔を引っ込めてアヒル口で眉間にシワを寄せる。
「でも絵里にはこういうこと、あまりしてくれなかったよね」
「あの頃からは……あたしも少し変わったけんね」
「それでもれいなはこういう事、しないタイプじゃない。可愛い後輩が出来たら簡単にしちゃうの?」

 むか。

「さっきからなんね、揚げ足とってばかりで」
 いらいら、いらいら。
 長くない堪忍袋の緒が切れかける。
「そこまで言われる筋合いはなか! なん? あたしがしちゃいけんと!?」
 つい、口調も荒くなる。乱暴に頭を掻き、そっぽを向く。
「そうじゃないけど……でも……」
 絵里の声が小さくなる。――顔を見なくても分かる。絵里はきっと俯いている。
「そうじゃないならなん? わけ分からんばい」
 絵里は無言のままだ。


90 :サトリスプレー :2012/11/11(日) 16:42


 ああ本当になんだろう? せっかく絵里の家に来たのに、喧嘩して。
 進歩しない、あたしたち。
 本当に、絵里の気持ちが分からない。

 ……ん? 気持ちが分からない?

 思いつき、バッグに手を伸ばす。
 例のスプレーを取り出し、振り向くと、絵里はまだ俯いたままだった。

 ――プシュッ。

 胸元に、吹きかける。絵里はそれでも動かない。
 けれど関係なく、文字が現れ始めた。
 すると――。

『れいなを怒らせちゃった』
『ごめんなさい、れいな』
『でもれいなに甘えたい』
『私だってれいなに抱き締められたいよ』
なんて、言葉が浮かんでくる。


91 :サトリスプレー :2012/11/11(日) 16:43


 そして中心の言葉は。

『れいな大好き』

 目を見張る。手が力なく下り、からん、とスプレーが音を立てて落ちる。

 ……あほだ、コイツ。
 あたしの事しか考えてないなんて、さゆよりあほだ。
 でも。
 道具を使わないと絵里の想いに気づかないあたしはもっとあほだ。
「悪かったばい……」
 ゆっくり、抱き締める。絵里は素直に腕の中に入った。
 絵里は泣いてない。けれど心は泣いてる。
「あたしが、悪かったけん。絵里を不安にさせてばっかりで……」
 あたしの服を掴んでくれた。あたしは自然に頭を撫でる。


「れいながこうしてくれるの、久しぶりだね」
 機嫌を直してくれたのか、声が軽くなる。しばらくすると、腕から顔を上げ、あたしを見つめる。
「ねえ、さっきは何をしたの?
「あ、それは――」
スプレーを落とした床を見る――あるはずのスプレーが影も形も無かった。


92 :サトリスプレー :2012/11/11(日) 16:43


 販売していたはずのサイトは見つからず、検索エンジンで商品名を入力しても、なにもヒットしなかった。
「なんだったと……」
 思わず呟く。狐につままれる、ってこういう感じだろうか。

 でも。

「れいな、一緒に行こー!」
「おう、分かったばい」

 絵里への気持ちは変わらない。そして、きっと絵里も。

 あたしはパソコンの電源を切り、絵里の手を取って部屋を出た。



 終。

93 :石川県民 :2012/11/11(日) 16:44


 終了です。
 れなえりはEROばっか書いてたような気がするので、たまにはこんな話でも良いんじゃないかと思ってみたり。

 さて次は……。
11月と12月は田亀祭りを開催したいため、田亀を続けたいと思います。
 と言っても白紙ですが!
ですので、『こんな田亀が読んでみたい』というご要望がございましたらば、ちらりと書いていただけると嬉しいです。
それでは!ご応募お待ちしております。


 拝。
94 :雪月花 :2012/11/29(木) 18:40
更新おつです!PROXY規制中なので遅くなってしまいましたが…
れなえりいいなーwずっとイチャイチャしてれば良いんだこの人たちw
田亀祭りも楽しみです!自分もちょこちょこ頑張ります!
95 :石川県民 :2012/12/03(月) 14:58

 生活の疲れをまーちゃんを見ることで癒されていた石川県民です。
なのに田中さんの卒業発表。何年も娘。さんのファンはやっていますが、いまだにメンバーの卒業には慣れません。orz

それでは返レスをば。
>94 雪月花さま。
コメントありがとうございます。
そうです、れなえりはイチャコラしてれば世界は平和ですw
祭りと言っておきながら、今回もしょーもないものですが。お口に合えば宜しいのですが…。

 それでは更新です。


96 :猫の見る先 :2012/12/03(月) 14:59


 ――猫には霊が見えるらしい。だって、その証拠になにもないところを見つめてる――よく言われる話だ。
 残念ながら、わたしは猫を飼っていない。……まあ、猫みたいな恋人はいるけれど。


97 :猫の見る先 :2012/12/03(月) 14:59


 その日は朝かられいなの様子がおかしかった。
「……り、絵里」
いつもわたしを揺り起こしてくれる、小さな優しい手。
「絵里も今日は朝からっちゃろ? はよ起き……」
れいなの言葉が止まる。ようやく、わたしは布団から出てれいなを見る。
「おはよぉ、れいなぁ」
 れいなは壁を見ている。わたしも振り返る。――特になにもない。
「どうしたのぉ」
「ん、別になんでもなか。ほら、朝ご飯食べると」
 れいなは部屋を出て行った。
 待っててくれてもいいのにぃ、そう思いながらわたしもベッドを出る。ついでにメガネを掛けて、れいなが見ていた壁を見る。
 やっぱり何もなかった。


98 :猫の見る先 :2012/12/03(月) 15:00


 リビングで一緒に朝食を摂ってるときもおかしい。

 れいなが顔を向ける先には、ニュースが映っているテレビ。……けれど視線はテレビのやや上。
「……どうしたの?」
 思い切って聞いてみる。――けれど、
「や、なんでもなかと」
って、あっけなく視線を齧っているトーストに向ける。

 さっきまでれいなが見ていたテレビの上辺りを見ても、特になにかがあるわけじゃない。
 ……なんか、怖いよ。

「ごちそーさま。あたし、先に行くけんね」
 トーストを半分残して、れいなは立ち上がった。


99 :猫の見る先 :2012/12/03(月) 15:00


 今日は一人で雑誌の撮影。
 撮影の合間の休憩時間に携帯電話を見ると、さゆからメールが入っていた。
 タイトルは、
『なにかあった?』。
 早速本文を読んでみる――。
『今日のれいなはおかしいの。なんかぼんやりしてると思ったら深刻な顔になったりしてるの。絵里、れいなと喧嘩した?』

 ……なにもないから、こっちも困ってるんですけど。

『喧嘩はしてないよ。ね……れいなが壁を見てたりしてる?』
 そう返信する。
 すると、向こうも休憩なのか、待ち時間なのか、すぐにメールが返ってきた。
『なにそれ? 絵里、大丈夫?』

 大丈夫じゃないのはれいななんだってば。

 続きには、
『「絵里んちに……いや、でも……」とか呟いたりしてるの。気持ち悪いよー(>_<)』

 ご丁寧に顔文字まで添えてくれちゃって。
 ていうか、れいな……わたしの家がなに!? 怖いんですけど!?

 どう返信するか悩んでいると、
「亀井さーん、撮影準備オッケーでーす」
 タイムアップ。
 心にしこりを感じたまま、携帯電話をかばんに放り入れた。


100 :猫の見る先 :2012/12/03(月) 15:00


 撮影を終え、片付けをしていると、携帯電話のメール受信光に気付く。
 さゆからかな、そう思ってメールを開けると、
「へ?」思わず声が出る。
『今日も絵里んち、行ってよかと?』
れいなからだった。……娘。を卒業してからの連日なんて珍しい、っていうか初めて? かも。
 もちろん、断る理由なんて無いから、
『うへへ♪ 来て来て!』
と返す。

 純粋にれいなが来てくれるのが嬉しい、ってことと、今日の不思議な態度をはっきりさせるためにも、わたしはれいなを呼ぶことにした。


 ……呼ばなければ良かった、なんて後で思うことになるなんて露知らず……。


101 :猫の見る先 :2012/12/03(月) 15:01


 ピンポン、と軽いチャイムの音がしてから、鍵が開く音がし、そしてドアを開ける音が続く。
 来た! と思ってそわそわしながら自分の部屋にいると、部屋のドアが開いた。
「おかえり、れーな♪」
「た、ただいま……」
 未だにこんな会話に照れちゃうんだよね、れいなって。まあ、そこが可愛いんだけれど。
 でも――。
「……れいな?」
 その表情は、深刻そうだった。

 かばんを下し、その側に座るれいな。――わたしを見る目は真剣。
「あのさ、絵里……」
「……うん」
 こちらもつられて、唾を呑む。
「今朝から気になっとったけん……」
「……なにが?」
「そこ……」
と壁を指す。――なにもない壁を。
「それと、リビングにも……」

 な、なにかいるの!? ゆ……ゆ、ゆーれいとか!?

「自分ちなら問答無用で片付けるんけん、ばってん絵里んちやし……」

 だーかーらー! なにがいるのよ!?
 浮遊霊? 自縛霊? 背後霊!? どれもいやー!

「あたし、用意してきたと」
そう言って、自分のかばんに手を入れるれいな。

 なに? なにを用意してきたの!? 清めの塩もお札も聖水も、どれも怖いよ!

「せやけん……」
 わたしは恐怖で目をつぶった。
 れいながなにかを取り出す気配はした。


102 :猫の見る先 :2012/12/03(月) 15:01


「せやけん、磨いてよかと?」


 ……は?
 み、みがく?

 恐る恐る目を開ける。
 れいなは――洗剤とスポンジを握っていた。
「壁紙と同色しかかっとるけど、シミがあるけん。リビングにも」
 そう言ってれいなは、ベッドに上る。あ……確かによ〜く見たらシミが。
「これ、強力だけど壁紙を痛めんっちゃ」
言いながらスポンジに洗剤をプッシュさせる。

 あは、あはは……シミ、ね。
 れいなは潔癖症だもんね……はは。
 なんだろう……この、安心したけど脱力した感じ。
 ……人って本当にorzのポーズを取るのね……。

 そんなorzのわたしを余所に、ゴシゴシ磨きだしたれいな。
「ん〜思った通りガンコな汚れっちゃね」
「……汚れ、落ちそう?」
「きっと、時間をかければ」
 ゴシゴシゴシゴシ。
「……わたし、ご飯を作ってくるね」
「分かったばい」
 ゴシゴシゴシゴシ。

 一心不乱に汚れを落とすれいなを後に、わたしはふらふらと部屋を出た。


103 :猫の見る先 :2012/12/03(月) 15:01


「はあ……」
 リビングのテーブルに手をつく。
 なんか、疲れた。すごく疲れた。

 ゆーれいがいなくて良かった、という気持ちと、この訳の分からない空振り感。

「……今日はもうパスタでいいや」
 もう簡単に済ませちゃえ。作る気力も食欲も、あまりない。

 キッチンに行く前に、テレビの上辺りの壁を見てみる。よくよく見ると、たしかにシミがあった。
 よく気付いたね、れいな。

 キッチンに入り、パスタ鍋に水を入れてIHにかける。水が沸く間に作り置き冷凍していたトマトソースを温めた。
 沸騰したお湯に塩とパスタを入れ、ときどきかき混ぜる。ぽこぽこ沸く泡を見ていると、気持ちも落ち着いてきた。

 ♪おばけなんてないさ おばけなんてうっそさ♪

 鼻歌で童謡を歌っていると、とたとた、れいながやって来た。
「汚れ落ちたー?」
「ばっちりたい。次はリビングやけん」
 そう言って、テレビの方へと向かう――足を止めた。
「ばってん絵里、さっきはなんだったと?」

 ……はい?

「あたしが壁を磨いてたら部屋のドアが開く音がしたと。せやけん、『絵里もうちょっとやけんね』って言ったら、無言でまたドア閉めたっちゃろ?」

 …………え?
 ……今、この家にはわたしとれいなだけ。二人きり。

「別に用がなかったんなら、良かと」
 気にした風でもなく、リビングを磨き始めるれいな。
 わたしの肩はぷるぷる震えた。

「良くなーい!!」


 その夜、わたしの絶叫が近所に響き渡った……。


 終われ。
104 :石川県民 :2012/12/03(月) 15:02


 終了です。
 前回あまり出てこなかった亀井さんを軸にしてみました。
 次回は、雪月花さまにメールでリクしていただいた学園物を。
学園物、と考え、太古の時代に中途半端に終わった学園物の続きを書こうと思っております。
だいじょーぶ、読まなくても話は分かりますので♪

 それでは。


  拝。
105 :石川県民 :2012/12/07(金) 01:11
こんばんは、石川県民です。
今さらなことですが、『舞い落ちる刹那の中で-完全版-』に沢山の方のご応募ありがとうございました。
常連の読者様や作家様、はては外国の方からもメールをいただきました。
改めて感謝を申しあげます。
これからも、ご応募は受け付けておりますので、お気軽にメールで注文していただければと存じます。
今、試したところ、石川県民のケータイは4Gのスマホなのですが、
スマホから文章を読むこと、できました(爆)
ですのでケータイしかお持ちではない方も、宜しければご応募くださいませ。『もしかしたら』読めるかもしれません。
今回は感謝の念と、このご報告のため書き込みさせていただきました。
れなえり学園物は現在トンテンカンテンと制作中ですので、
今しばらくお待ちいただければとぞんじます。
それでは失礼させていただきます。


拝。
106 :名無し飼育さん :2012/12/08(土) 15:46
こういう何気ない日常って良いですね。
学園物も楽しみです!
107 :石川県民 :2012/12/29(土) 21:23
 どうも、石川県民です。
seekのwikiに書いてあって呵呵大笑してしまったのですが、
あの出来事は石川県民にとって『どうでもいいこと』のカテゴリに分類されていたので
曝したまでのことです。
 事実、あれ以降から痩せるし周囲の人に「明るくなった」「きれいになったね」と言われていたので、基本今は幸せです。
 なので、うん、気にしないで! とし言えません。


 それでは前置きが長くなりましたが、今回の田亀です。

 >106 名無し飼育さん様
 ご感想ありがとうございます。何気ない日常こそが宝物☆
れなえりの二人がいちゃこらしてたら世界は平和です。

過去に作ったやつの続編は時間的に無理だったので、何番煎じだよ、といわれそうなベタ設定でGO。


108 :陽だまり :2012/12/29(土) 21:24


 うん、やっぱり気持ち良い。

 屋上の、給水塔で入口からは見えない、けれど日当たりの良いこの場所が、あたしのサボリの定位置。
 午前中の授業の最中に、ぼんやり空を見ていたら、冬なのに快晴で、雲が気持ちよさそうにのったり泳いでいるから。こんな空の下で寝っころがったら最高だろうな、って。そう思ったから、昼休みに、この前偶然拾った鍵で屋上にやってきて食事を摂り、午後の授業が始まるチャイムが鳴っても、あたしは両手を枕にして仰向けになって空を見ていた。
 時折頬を撫でる風は少し冷たいけれど、それが太陽からの温かさに中和されて、逆に気持ちが良かった。

 くは……とアクビを一つ。
 このまま寝ちゃおうかな、そんなことを考えていると。
 がちゃり。そんな音が入口から聞こえた。
 思わず息を殺す。目をつぶる。すると聴覚が鮮明になったのか、ぱた・ぱたといったゆっくりした靴音があたしに近づいてくるのが分かって。
 人物があたしを覗きこんだのが気配で分かった。――ああこの感覚は、苦手なあの子だ。
「うへへ、やっぱりいたぁ」
 観念して目を開ける。そこには、なにが楽しいのか、ふにゃふにゃ笑っているクラス委員がいた。
「……なんであたしがここにいると分かったとね?」
「だって、れーな午前中、窓を見上げてたじゃん。それにサボリに屋上は恰好のシチュエーションですよ?」
 こんなトンチンカンな推理で当てられたのか。――なんか、ムカつく。……当てたこの子か、当てられたあたしに、なのか分からないけれど。


109 :陽だまり :2012/12/29(土) 21:24


 許可も取らずに「よいしょ」とあたしの横に座る彼女。
「なんの用と?」
「んー? れーなを探してこいって先生に言われたぁ」
 それはご苦労様なことで。だからクラス委員なんて面倒なもの、押し付けられたんだぞ。
 やっぱりなにが楽しいのか、ふにゃふにゃ笑ったままだ。
 っていうか。
「なん、座っとると?」
「ふえ?」
「あたしを連れ戻さなくてよかと?」
 そう尋ねると、ふにゃふにゃ笑顔のまま、
「だって『れーなを探せ』とは言われたけれど『れーなを連れ戻せ』なんて言われてないいもん」
 そういうのを詭弁、と言うんだぞ。……ムカつくから教えてやらないけれど。
 あたしがそんな事を思っている間に彼女は、断りもなくあたしの隣でごろんと横になった。
「気持ちいーねぇ。れーながサボる理由も分かるなあ」
「ていうか、それ止めえ」
「ふえ?」
「あたしの名前を呼ぶんじゃなか」

 あたしは『れいな』だ。なのに彼女は間延びした声で『れーな』なんて呼びやがる。
 ……彼女に名前を呼ばれると、なんか、こう、胸がざわついて嫌なんだ。

「れーなも呼んで良いんだよ?」
「は?」
「わたしのこと。いっつも『アンタ』とか言うしぃ」
 そう言って口を尖らせる。それはアヒルにそっくりだった。


110 :陽だまり :2012/12/29(土) 21:25


 名前?
 だれが呼ぶか。
 こんなやつ、風紀委員が言っていた……そうだ、『ぽけぽけぷう』で充分だ。
 こんな、ふにゃふにゃへらへら、雲のように掴みどころがない彼女の名前をわざわざ呼ぶ気も起きない。

 『れーな』って呼ばれるだけで胸がざわつくのに、彼女の名前なんか呼んだら、あたし、どうなるんだろう?
 あ・なんかムカついてきた。

 がばり、と上体を起こす。彼女はそんなあたしを眩しそうに見つめている。――だからその目もやめぇ!
「おい、一発殴らせんしゃい」
「ええー」
 そうだ、一発殴ってすっきりしよう。そしたらきっと、この胸のざわつきもおさまるはず。「れーな横暴―」なんて言ってるけれど気にするな。
 拳を準備する。
 彼女はまだぶーぶー言っている。……と思ったら。なにか閃いたような顔をした。
「名前」
「は?」
「名前を呼んでくれたら殴らせてあげる」
「はあ!?」
 なにを言い出すんだコイツ。いや、あたしも突飛だったけれど。
「だからぁ名前―。二文字なんだよ、じゅげむじゅげむとかじゃないから簡単じゃーん」

 いや、名前の長さが問題じゃなくって。
 なんていうか『彼女の名前』を呼ぶのが抵抗あるんだ。
 って、なんであたし抵抗してるの?

 見下ろす彼女の表情は「早く、早く」とせがんでいる。
 そんな彼女が見れなくて、コンクリートに視線を移す。

 さわり、あたしと彼女の間に風が吹いた。


111 :陽だまり :2012/12/29(土) 21:25


「……………………ぇり」


 どうだ、呼んだぞ。顔が熱い。耳も熱いけれど、きっと気のせい。
 さあ殴らせろ。潤んだ視界で彼女を見る。と。
「Zzz……」
 寝ていた。
 脱力する。のび太くんかおまえは。

 さっき呼んだ名前が心の中で、ポップコーンのように弾ける。その一粒一粒が甘い香りを放っているようだった。
 それは決して嫌なものじゃないけれど、あたしの心を落ち着かなくさせる。だから彼女に関わるのは嫌なんだ。

 ふと、四時限目の英語の授業を思い出す。習った単語。“especial”、どういう意味だったっけ。けれど、きっと、ムカつく単語だ。――今、寝ている彼女のように。


112 :陽だまり :2012/12/29(土) 21:25


 雲が出てきた。突然のように日なたが狭まっていく。
 雲でグラウンドが覆われ、屋上の端も覆われる。――給水塔の周りには小さな陽だまりしか残ってなかった。
 VIP扱いのように寝ている彼女の周りだけ、陽だまりが集まっていた。やっぱり日陰に入ると肌寒いので、仕方なく彼女に近寄る。

 ♪ひとつ分の陽だまりに ふたつはちょっと入れない♪

 誰の歌だっけ? ふとそんなメロディが頭に浮かぶ。
 彼女に寄り添って寝るのは癪なので、体育座りで空を見上げる。
 雲で覆われかけているけれど、青い空はまだ点在していた。

 ……五時限終了のチャイムが鳴ったら彼女を叩き起こそう。そんなことしてやる義理はないけれど、まあ……探しにきてくれたし。



 あたしが自分の想いに気付くのは、これより遠い話。
 さらにその想いを彼女に伝えるのは、冥王星ほど遠い話。


 終わり。


113 :石川県民 :2012/12/29(土) 21:26


 お粗末様でした。
 青春風味です。今月25日に三十路を迎えた自分がなに書いてんだか、という気持ちが否めないですが、まあいいやと開き直り。

 さて次回は……なにを書きましょうかねえ。


 それでは。


  拝。
114 :名無し飼育さん :2012/12/31(月) 10:43
最高!やっぱれなえりは最高っすねー!
115 :石川県民 :2013/01/04(金) 22:33
 新年あけました、おめでとうございます。

 言い忘れておりましたが、田亀祭りは前回で終了でございます。
>114名無し飼育さんサマ。
ありがとうございます! れなえりは永久に不滅です。

 で・前回書いたもので目覚めました、学園物に。(田亀にはすでに開眼しております)
そんなわけで、今回はちょっと浮気を。
 初めて書く二人のカプです。鳴呼……どんどんスレッド名に偽りが……。

 そんな更新です。


116 :動き出すナニカ :2013/01/04(金) 22:33


「……で、あるからにしてx軸は……」

 あ゛ーやっぱ勉強嫌いっちゃん……。

 思わず窓の外を仰ぎ見る。澄み切った冬の空は、黒板から聞こえてくる数学教師の声も吸い込んでいきそうだった。


 現在冬休み。なのに衣梨奈は制服を着てin学校。
 そして数学の補習真っ最中。

 これも休み前の期末テストで赤点を取ったせいだけど。自業自得ってやつ? でも、つまんないとー。
 そもそも衣梨奈にとっては、この高校に入れただけでも奇跡だったんだけど。
 あれは中3の夏休み。学校紹介で、ほとんど冷やかし半分でこの高校の説明会を受けて。そしたらね! 校舎案内をしてくれた先生にTHE・一目惚れ!
 それから猛勉強して。神様は衣梨奈を見捨てなかったらしく、その案内してくれた新垣里沙先生(名前も可愛い!)が担任で。超ラッキー! とか思って、よし部活も頑張ってやるとー! とか張り切っていたんだけれど。

「……よってyの値は……」

 学生の本分、勉強のほうがさっぱりついていけず、すっかり補習者の常連になっているわけ。


117 :動き出すナニカ :2013/01/04(金) 22:34


 新垣先生が担当している地歴だけは愛の力で赤点は克服していたけれど、英語・数学・化学は、中間も期末も炎のような真っ赤な点を取って。

「……こうして座標は下方に……」

 一つの教室に一学年のおバカたちが詰め込まれた補習授業に参加しているってわけ。


 あ・でも。
 窓の外を見ていた視線を前方に移す。そこには、しゃんとした姿勢でノートを取っている流れるような長い黒髪の女の子がいた。

 ぼんやり、その子の後ろ姿を見る。時折、長い髪が邪魔なのか耳の部分を手で梳き上げている。
 補習の席順はホームごとに分かれていて。衣梨奈は12H、彼女は11H。
 名前……なんだっけ? 名前は思い出せないけれど、入学式の時に校門にテレビでしか見たことないような黒い長い車から下りてきたことは度肝を抜かれたので覚えている。
 彼女はおバカではないみたい。補習一日目にクラスの子らしきに「インフルエンザで災難だったねー」と声を掛けられていた。中間の時の補習にはいなかったし。


118 :動き出すナニカ :2013/01/04(金) 22:34


 ……数学教師の声がまるで子守唄のように脳に響く。
 ……眠い。昨日、夜遅くまで好きなアイドルの卒業コンサートのDVDを感動しながら観ていたからかも。
 そもそも、補習が無くたって衣梨奈は学校に来なくちゃいけなかった。部活があるからっちゃ。漫画で興味を持ったスポーツに中学時代は所属し、そのままの流れで高校生になっても同じスポーツをやり続けている。
 ばってん、衣梨奈の部活、ハード。今日も補習の前にきつい朝練があった。

 寝不足。肉体疲労。そして全く理解できない数学教師の声。
 この三つが重なれば、衣梨奈じゃなくたって眠りに誘われる。

 ふわぁ。大きなアクビをして俯く。あー……眠か。
 うつらうつら、夢の世界へと漕ぎ出そうとしていると。

「生田ぁ!」
「うわっ!」
 数学教師の怒声が飛んだ。
「寝るなら立っとけ!」
「ハイッ!」
 ガタン、と大きな音を立てて立ち上がる…………と、
「はれ?」
視界が歪む。体のバランスが崩れ床に吸い込まれそうになる。

 反射的に手の平で突っ張り、床にキスをするのだけは避けた。
 その時、
「大丈夫?」
心配そうな声が降り、無意識に顔を上げると前の席の彼女が不安気な顔を寄せていた。

「具合が悪いなら保健室に行け」
 さっきより若干和らげな声を出す数学教師。
「先生、わたしが連れていきます」
 前の席の彼女が手を上げ、そう言う。
「頼むな、譜久村」
 教師がそう言って衣梨奈は認識した。

 そっか、この子、譜久村、譜久村さんやったと。


119 :動き出すナニカ :2013/01/04(金) 22:35


 ぺた、ぺた。二人分のスリッパ音が、通常より静かな校舎の廊下に響く。
 まだ、ふら〜っとする頭で、少し先を歩く譜久村さんの後ろ姿を見る。
「悪いっちゃね、譜久村さん」
「別にいいよ、それより自分の心配をしないと」
 彼女はどこまでも優しい声を出す。
「でも本当に大丈夫? 貧血とか?」
「ううん、多分疲れとるだけっちゃ」
 アイドルのDVDを見て寝不足です、なんて言えないから適当にごまかす。
 譜久村さんは、納得したように「そっか」と言った後に言葉を続けた。
「うちのテニス部、強豪校だしね。練習がきついんだね」
「あはは……」
 言葉を濁す。
 まあ、それもあるっちゃあるんだけれど。
 でも本当に悪いのは、体調管理が出来ていなかった衣梨奈自身。


 ……ってあれ?

 言葉が引っ掛かる。
 足が止まる。
 衣梨奈が足を止めて、譜久村さんも足を止めて不思議そうに振り返る。
 そんな彼女を、こっちも不思議そうに見つめる。

「なんで衣梨奈がテニス部って知っとーと?」


120 :動き出すナニカ :2013/01/04(金) 22:35


 鼻と口を覆う譜久村さん。
 その白い肌は朱に染まり、そして衣梨奈の期末テストの点数以上に赤くなった。あ・耳まで。
 俯き加減で潤んだ瞳で衣梨奈を見上げる。頬に流れた黒い髪が対照的だった。

 あの……そんな顔で見つめられると、衣梨奈も顔が熱くなるっちゃ。

 別にスポーツ特待生じゃない衣梨奈。
 ヒラ部員の衣梨奈。ふつーの一年生と一緒にコートの隅でラケットを振っているだけだ。
 なのに、彼女は衣梨奈がテニス部だって知っていた。

 それって……。
 つまり……。

 衣梨奈を見てたって思うのは自意識過剰と?


121 :動き出すナニカ :2013/01/04(金) 22:35


 そんな風に考えると、衣梨奈だって耳まで熱い。
 眠気なんてどっかに吹っ飛んでいった。

 譜久村さん、て呼ぼうと思ったけれど喉が枯れる。
 ふらふらと、無意識に彼女の手を握った。

 脳がフル回転する。名前――彼女の名前は――、

「み、聖!」
 絞り出るような震えた声。――だけど、確かに彼女の名前。

 握った、彼女――聖――の手の体温が熱くなった気がする。それとも衣梨奈の体温が熱くなったと?

「……聖、今日一緒に帰らんと?」
「…………」
 沈黙。それでも待つ。
 すると。
「うん……」
 消え入りそうに、けれど聖はOKした。


122 :動き出すナニカ :2013/01/04(金) 22:36


 ぱたぱたと、二人で保健室まで軽く駆けていく。
「あと10分で今日の補習は終わると! 保健室で休んでいこっ」
「げ、元気になったのなら教室に戻らないと……」
「そんなんよかよか!」

 保健室の少し手前で足を止める。二人して息を整えた。――衣梨奈と聖の息が上がっているのは、きっと、走ったからだけじゃない。


 ――さっぱりな勉強。

 ――ハードな部活。

 ――新垣先生への想い。

 けれど、
「帰りにコンビニで肉まん買っていくっちゃ!」
そう言うと、聖は恥ずかしそうに頷いた。
 その姿に胸が、きゅん、ってなった。


 新垣先生への想いとは違う、動き出す、心のナニカ。



 終わり。


123 :石川県民 :2013/01/04(金) 22:36


 終了です。
 次回は……まーちゃんが読みたいから自分で書こうと思います。

 それでは。


  拝。


124 :名無飼育さん :2013/01/19(土) 23:56
ぽんぽんきたー!w
行動派なえりぽんと静かな恋心を持つフクちゃんが可愛いです
125 :石川県民 :2013/01/25(金) 20:41


 どうも、石川県民です。
 まずは返レスをば。
124>名無飼育さんサマ。
 ありがとうございます。この二人は緩やかに恋が始まれば良いと思っております。

今回は2本立てで参ります。
 前回、「まーちゃんを書く」と言いましたが、ぽんぽんの続編というか過去編を思いついたので……。
 それでは参ります。


126 :それぞれのBGM :2013/01/25(金) 20:42

 第一印象は、元気だけれど非常識な子、だった。

 あれは五月の終わり、いい加減、真新しい制服にも慣れた時期。四時限目の授業がそろそろ終わり、に差し掛かるころだった。
「んーちょっと早いけれど終わりにするのだ」
 そう地歴の先生が言い、クラスの緊張が緩んだ瞬間、
「新垣せんせー!」
 どかーん、そんな擬音が相応しい音を立てながら彼女は入ってきた。

「新垣先生! 家庭科でクッキーを作ってきたっちゃ! どうぞ!!」
 きらきらした瞳で地歴の先生を見つめ、可愛く、けれど不器用にラッピングされた袋を差し出す生徒。
「こらー生田! まだ授業は終わってないでしょーが!」
「だって早く渡したかったと……」
 犬だったら、しゅん、と耳を垂れさす表情をする彼女。
 そんな生徒……えーと、生田、さん? を見て、地歴の新垣先生は優しく肩をぽんぽんと叩いた。
「うんうん、ありがとね。でもまだここの授業は終わってないから、入ってくるのは……」
「廊下で『終わりにするのだ』って聞いたっちゃ」
 苦い顔をする新垣先生、得意げな表情の生田さん。――そんな二人を見て、わたしたち11Hの生徒はくすくす笑った。
 わたしも、つられて小さく笑った。

 ――こんな、非常識で元気な子、見たことない。


127 :それぞれのBGM :2013/01/25(金) 20:42


 わたし、譜久村聖の家は結構窮屈で。
 あ・家の広さがってことじゃなくてね、広さ自体は普通家屋の10倍はあるんだけれど。
 まあ、ありきたりに言えば、お手伝いさんが15人ほどいて、じいやがいて、専用のシェフと庭師がいて、黒くて長い車がある。それだけのこと。
 ……なんだけど。無駄に伝統とか血筋とかもあるから、やれ、お嬢様お勉強の時間です、レッスンの時間でございます、とか言われちゃって。
 大好きなアイドルのDVDを見るのも貴重な睡眠時間を割いているほどってこと。

それでも人生一度きりの高校生活。お嬢様校に行かせようとする両親の反対を振り切って、普通の高校を選んだわけだけど。
 入学式初日にじいやが運転する車で登校したら、全校生徒及び先生にまで目を剥かれたから、それ以来、徒歩通学をしている。……これが格差ってものね。


 部活は吹奏学部を選んだ。音楽は好きだし、フルートはずっと習っていたから自信があった。事実、部長に一年生の中では一番だと言われた。先輩を抜いてファーストになるかもしれないって。
 その言葉にやる気が出た。

「譜久村、今日も残って練習するの?」
「はい、部長。鍵はわたしが返しておきます」
「そ、宜しくね」
 そう言って吹奏楽部長は鍵を机に置きひらひら手を振りながら音楽室から出て行った。
 ――さて、と。
 改めてフルートを持ち直す。これからはわたし一人の練習時間だ。

 フルートは自前だから、家でも練習できるけれど、なんとなく、わたしはこの放課後の時間が好きだった。
 他にも活動を続けている部活はあるけれど、そこからは隔絶されて一人フルートと向き合う。なんだか自分以外にも頑張っている人たちがいるんだと思うと微かに嬉しかった。
 フルートを唇にあて――、
「生田ぁ、おそーい!」
「すみませんっちゃあ」
――ようとしたところでグラウンドからそんなやりとりが聞こえた。
 思わず振り返る。フルートは机に置いて窓へと近づく。

 窓から見えるのは緑色のテニスコート。そこに腰に手を当てている先輩らしき人に、頭を下げている女の子がいた。


128 :それぞれのBGM :2013/01/25(金) 20:43


 ……今の訛りと「いくた」って名前。
 ……もしかして、この間の四時限目の地歴の時間に突進してきたあの子なのかな?
 そのまま窓の外を見ていると。
「えりぽんダサあ〜」
「うるさか」
なんて声も聞こえた。

 えーと……「いくたえりぽん」が名前?

 そんな疑問符が頭に浮かんでいると、他の子が、
「衣梨奈、ペア組もう」
と声を掛けている。

 あ。「えりな」、「生田衣梨奈」が名前なのね。

 フルートの練習も忘れてテニスコートを見つめる。
 彼女は真剣に、でも時折笑顔でペアの子とボールを打ち合っている。
 ボールの打ち合いが終わると、一年生らしき子たちが自然と彼女に集まっていく。彼女は笑顔で肩を叩いたり叩かれたりしている。
 ……人が惹かれるタイプなのかな。
 そのままコートの隅に集まる。

 そこで観察を終えた。
 わたしは窓のはじに行き、カーテンに凭れる。
 自然と彼女の名前を反芻した。
「いくた、えりな……えりぽん……」
 顔が朱に染まるのが分かった。
 今、呟いた彼女の名前は、わたしのフルートなんか及ばないくらい、甘い響きを持っていた――。


129 :それぞれのBGM :2013/01/25(金) 20:43


 ――それから。

「譜久村、今日も個人練習?」
「はい」
 部長はいつものように鍵を置いて音楽室を去って行く。
 わたしはフルートを机に置き、テニスコートの見える窓へと向かう。

 テニスコートの隅では、彼女たち一年生がラケットを振っていた。
 真剣に振る姿はどこか可愛くて。
 自然と笑みが零れる。

 ――あの日以来、個人練習と言いながら、半分は彼女を見つめるのが日課になっていた。
 何故彼女を目で追いかけるのか、自分でも分からない。
 移動授業で廊下で何度かすれ違い、彼女がわたしの隣の12Hだと知った。
 わたしのクラスが四時限目は地歴の時間だと、必ずと言っていいほど終了のチャイムが鳴るか鳴らないかのタイミングで教科の新垣先生に突進してきて。
 満開で笑う顔、怒られてしょんぼりする顔、色んな表情を持っている彼女に胸がときめいた。
 花よりも愛くるしい彼女にどんどん惹かれていった。


 熱心にラケットを振っていると、テニス部の部長らしき人が、
「一年生集合―!」
と声を掛ける。
 他の子に遅れないように、彼女も部長の元に集まる。
 部長がなにかを話す。すると、
「やったとー!」
彼女は一人歓声を上げ、ガッツポーズをしていたら、部長に頭を叩かれた。
「生田ぁ騒ぐな! それじゃ言ったとおりに配置して」
 部長の一声で、わらわらと移動するテニス部の一年生。彼女は叩かれた頭を擦りながら、コートへと移動していく。
 あ、本格的にコートでの打ち合いをやるんだ。この数日間で、一年生はまだコートの中に入らせてもらっていないことは知っていた。
 四面あるコートの一番手前で列を作るテニス部の一年生たち。ネットを挟んで、数十回ほど打ち合ったら、次の子たちに交代するようだった。
 彼女は……三番目。はりきった表情が、二階の音楽室からも見てとれた。

 ペアになった子がサーブを放つ。彼女は勢いよくそれを返す。
 前に、後ろに。彼女は素早く移動して黄色い球を追いかける。その顔はとても輝いていて。
「――頑張れ!」
 いつの間にか声に出して応援していた。

 しばらく見守った後、わたしは窓から離れる。

 ぽーん、ぽぽーん。ぽこぽーん。
 不規則な球を打ち返す音が聞こえる。
 それはメトロノームのような正確さはないけれど、心地よい音で。
 わたしにとって、最良のBGMだった。

 フルートを手に取り、唇にあてる。


130 :それぞれのBGM :2013/01/25(金) 20:44


 ――――♪

 J・Sバッハのアリオーソ。

 本来ならピアノ伴奏も入るこの曲を、フルート独奏で吹く。
 ――この優しい音が、あの子にも届くように――そう願いながら。


 わたしの恋は、穏やかに優しく走り始めた――。


 終わり。


131 :石川県民 :2013/01/25(金) 20:44


 フクちゃんはお嬢様キャラなのでフルートを持たせてみました。

 それでは次は藤藤コンビ。


132 :ヘンな二人 :2013/01/25(金) 20:45


 暖かい、天気の良い日だった。

 昼休み、購買で買ってきたパンを5分で食べて、さーて昼寝しよう、なんて思いながら机に突っ伏そうとすると――、
「くどぅー!」
ポクポク爆弾がやって来た。
「……まーちゃん、なに?」
 不機嫌のオーラも目付きもいつもより低い声も、この天然娘には効果がなかった。
「くどぅー! くどぅー! あのね!」
「うるさい」
 邪険に振り払っても「くどぅー冷たーい」の一言で一蹴される。
「今日はお天気いいじゃん!」
「そだね」
 だから窓際のハルの席は絶好の昼寝場所なんだってば。
「だからぁー……たなさたんに会いにいこっ!」

 ……たなさたんて、高等部の田中先輩のこと? 天気がいいことと、なんの関係があるの。

 どういうこと? と表情で聞いても、まーちゃんには伝わらなくて。
「ほらほらぁ!」
なんて腕を引っ張る。
 それを振り払う。
「やだ。ハルは眠い」
「くどぅーは会いたくないのぉ?」
 大好きな、尊敬してる先輩だけれど、昼休みにわざわざ中等部を抜け出して高等部に侵入するほどか、と聞かれると答えはNOだ。
「放課後に会いに行けばいいでしょ」
「放課後はまーちゃんたち部活あるじゃん、たなさたん帰宅部だからすぐ帰っちゃうよ」

 そう言われても行動に移す気にはなれない。――だって今日は恰好のお昼寝時間と天気なんだから。
「今日はお天気いいから、かっこーの高等部潜入だよ」
 ……似たような理由を、不思議なロジックで言われる。だからどう繋がるの、それは。


133 :ヘンな二人 :2013/01/25(金) 20:46


 眉間にシワを寄せても、まーちゃんは全く動じなくて。
 ポクポク娘はハルの腕をぐいぐい引っ張り、無理やり立たせた。
「……ハルは眠い」
「くどぅーお年寄りみたい」
「なんだとー!」
 捕まえようとしたら、ひらりと躱されて。そのままキャッキャ言いながら教室を出ていくまーちゃんを追いかける。


 どたばたと、追っかけて、追っかけて、追っかけて。

 いつの間にか中等部の校舎を出て、高等部との境のグラウンドのフェンスまで来ていた。
 ……しまった。まーちゃんの思うツボだった。それに上履きのまま外に出てきちゃったし。
「あー、あー」
と頭を掻くハルを、なにが良いのか、まーちゃんは楽しそうに見つめている。
「眠いの、どっか行った?」
「オカゲサマデ」
 皮肉のつもりで言ったのだけれど、まーちゃんにとってはそれは髪を撫ぜる微風程度の役割しかなくて。にこにことハルを見ている。

 まーちゃんは体を回転させてフェンスを指さす。
「さあこの柵を越えれば敵の秘密基地に潜入だー」
 いつの間に高等部は敵の基地になったんだ。それに全然秘密じゃないし。
「ほらほら、どぅー早くー!」
 いきいきとフェンスに手を掛けるまーちゃんを見て、自然と笑みが零れた。


134 :ヘンな二人 :2013/01/25(金) 20:46


 まーちゃんはヘンな子だと思う。

「負けるかー」
 ハルもフェンスに手を掛け上り始める。
 二人してよじよじと上る。

 二人同時にフェンスのてっぺんまで上った。
 お互い笑顔を向けあう。
 ハルの右手とまーちゃんの左手がぎゅっと握られる。


 でも、そんなまーちゃんに付き合うハルもきっと充分にヘンな子だ。

「「そーれ!」」
 二人、声を掛けてフェンスを飛び下りる。
 しゅたっ、と綺麗に着地する。

 そんなヘンな二人同士、手を握り合って高等部の校舎へと駆け出した。


 終わり。


135 :石川県民 :2013/01/25(金) 20:47


 お粗末様でした。
 まーちゃんは好きなんですけれど、主軸には動かし辛いんですよね。

 次回は……ちょっと中編程度のれなえりに挑戦してみようかと。


 それでは。


  拝。


136 :名無飼育さん :2013/02/08(金) 02:04
劇的に物語が動くわけじゃない何気ない日常空間が好きですw
学園物って爽やかで良いですよねw
137 :vbbeJrmCrFhsMB :2013/04/10(水) 10:37
I wanted to spend a mnitue to thank you for this.
138 :BubXPjOTZQqtHPnGC :2013/04/10(水) 10:37
This is way more hlepufl than anything else I've looked at.
139 :LonGhwlt :2013/04/10(水) 17:48
Ya learn seotmhnig new everyday. It's true I guess!
140 :tYmpXnUHpNnomL :2013/04/12(金) 22:29
Until I found this I thought I'd have to spend the day idnise.
141 :石川県民〜お知らせ〜 :2013/05/19(日) 01:27
1月から全く更新してないことに今気付きました。
個人様に飼育で載せるのは憚れるような物ばかり書いてたので、放置してしまい、たいへん申し訳ございません。
次はれなえりを書くと言ってましたが、体調を崩し、田中さんご卒業ネタの予定でしたが間に合いそうにありません。
パソコンに向かうのもキツイ状態なので、体調が完全回復したられなえり、小回復なら短編のりほかのかさゆりほをあげたいと思います。
飼育を見てくださる方にはまたオアズケ状態かと思われますが、どうかご容赦ください。
あと追伸として。Twitter始めました。
142 :名無飼育さん :2013/08/13(火) 01:04
test
143 :石川県民 :2013/08/13(火) 01:08
忘れ去られたころにやってくる、それが石川県民です。
自宅のパソコンから書き込めないかと試してみたところ(142が石川県民です)、
書き込めるようになりました。
せっかくなので、個人様に献上した「飼育に上げるのはどうかなー」と思う
やつを上げたいと思います。
144 :直球勝負 :2013/08/13(火) 01:09

 ツアー中で地方に行ったある日。その夜メイククレンジングが無くなり、ホテル近くのコンビニに行った。
 クレンジングはすぐにゲットしたけれど、なんとなくコンビニの中を徘徊する。ほら、コンビニって色々見たくならない?
 ついでだから飲み物も買おうかな、そう思って冷蔵コーナーに寄る。
 酒類コーナーを通り過ぎ……後ろ歩きで戻る。そこにあったのは、

 ラムネチューハイ

 なるものだった。
 今日の同室で、我ながら変愛しているなと思う、ラムネとかサイダーを「しゅわしゅわぽん」と形容しているあの子の姿を思い浮かべる。
 今日だってコンサートで疲れているだろうから「先にお風呂使っていいよ」って言ったのに、「道重さん、お先にどうぞ」と頑として譲らなかったあの子。……気を遣っているのか、まさか本当に自分が先に使ったら匂いでも嗅がれるのかと警戒しているのか。
 イマイチ私に対して掴みどころがないあの子。

 その子の姿を思い出し、自然と唇が笑みの形になる。
 おっと、コンビニで笑っているのは変な人だよね。――普段お酒はそんなに飲まないけれど、つい、手に取ってレジに向かってしまった。

145 :直球勝負 :2013/08/13(火) 01:09

 ホテルの部屋に戻ると浴室からはシャワーの音が。イケナイ妄想をしてしまいそうになる頭をぶんぶん振った。
 ナイトテーブルに、コンビニの袋を置く。がさり、と取り出したのはメイククレンジングといちご牛乳と……ラムネチューハイ。
 メイククレンジングは、今日はもういいから自分のカバンに終う。いちご牛乳にストローを差し、ちゅーちゅー吸いながら、さてこのお酒はどうしようかと考える。
 飲んでもいいけれど、さゆみだってそんなにお酒に強くないからなぁ……明日も移動してコンサートがあるから酔いつぶれて寝坊する訳にはいかないし……。
 そんなことを考えていると、いつの間にかシャワーの音は止んでいて、カチャリ、ドアが開く音がした。
 振り向くと、スゥエットを着、長い髪をタオルで拭きながら出て来たりほりほの姿があった。お風呂上りだから上気した頬、首筋に流れる一筋のお湯、光沢のある髪という、艶めかしいその姿に、思わず生唾を悟られないように飲み込んだ。
「道重さん、出かけられてたんですか?」
「うん、ちょっとコンビニに」
 鳴呼、そんな無警戒な表情で近寄らないでほしい。――本当になにかしてしまいそうだから。
 私を見てからナイトテーブルに視線を移したりほりほは、きっと犬だったらぴんっ、としっぽを立てただろう、と思う表情で、
「ラムネだ……」
と呟いた。
 目を輝かせながら缶を見るりほりほに緩く笑いながら、
「うん、買ってきたんだ。りほりほ飲む?」
冗談で言った。

 ――なんちゃって、お酒だよ。
 そんな言葉を言う前に、
「ありがとうございます!」
りほりほは缶を手に取りプルタブを開けた。
 あ。――という言葉はりほりほが勢い良く飲む液体と一緒に、私の口からも飲み込まれて出てこなかった。
「……このラムネ、あんまり甘くないですね」
 途中そんな言葉を出し、続けてごくごく飲んでいくりほりほ。
 良い飲みっぷりだなぁ、なんて的外れなことを考えている間にりほりほは飲み切った。
 ……っていやいやいや! 中学生に冗談で飲ませちゃダメでしょ! アルコール度数だって低くないのに! バレたらどうしよう!
 頭の中を混乱パニックさせていたら。

 缶を持ったりほりほが、ぼん! と頭から湯気を出した……気がした。

146 :直球勝負 :2013/08/13(火) 01:09

 その……顔が赤いのは、お風呂上がりのせいだけじゃないよね……?
 潤んだ瞳をこっちに向け、
「みちしげさ〜ん!」
と呂律の回らない舌で言って腕を広げてやって来た。
 ……って、えええ!?
 そのまま私を抱き締め鎖骨の辺りを頬ずりしてくる。
 ……はい!?

 切れ長の両目は垂れ、赤い顔で満開の笑顔を咲かせながら私の背中に腕をがっちり回す。

 なにこの状況!? 美味しすぎるんですけど!

「り、りほりほ、大丈夫?」
 慌てて体の距離を取ろうとするんだけれど。りほりほの腕は接着剤でくっつけたのかと聞きたくなる程ガッチリで。そして舌ったらずに、
「離したくないじゃけぇ〜」
なんて可愛いことを言ってくる。
 ぐりぐりと擦りつけるように頬ずりしたと思ったら、鼻を私の首筋にやって、
「みちしげさん……良い匂いです」
すんすんすんすんと嗅ぐ。

 あの、恥ずかしいんだけど……。

 そう思ったけれど、声に出ず、りほりほは嗅ぎ続ける。
「りほりほ、よ、酔ってる、よね……?」
「酔ってないけぇ〜」
 酔っ払いはみんなそう言うんだよ、そんな言葉は飲み込んだ。

147 :直球勝負 :2013/08/13(火) 01:10

 どうしよう、お水でも飲ませたほうが良いのかな?
 酔っ払いの対症療法を考えていると、あんなにガッチリとくっついていた腕が背中からするりと解けた。
 あ・これで冷蔵庫のミネラルウォーターを取りにいける、そんなことを思って立ち上がろうとすると、
「みちしげさん、立ったらあかんよ」
 そう言って、もの凄い力で座らされ……りほりほの頭は……え、ええ!? ぽすん、と私の足に乗った。
 ……いわゆるひざ枕ってやつで。いつもはきりっとした表情がだらしなく崩れ、真っ赤な顔で笑いながら、私の服を握るりほりほ。
「にひひ、気持ち良いけぇ」
 舌っ足らずに、幸せそうに言うその姿に。ときめきメーターはぎゅんぎゅんと上昇して。自分の顔が熱くなるのが分かる。ああ、耳まで熱いよ。

 ここまで無防備に甘えられると、むらむらするより胸はきゅんきゅんと締め付けられる。思わずりほりほの額にかかる髪を一掬い横に流してあげた。
「ふふふぅ」
 そんな動作に幸せそうに笑うりほりほ。
 ああもう! 可愛すぎるんだってば!

 しばらく赤い顔のままで、真っ赤な顔で笑うりほりほをひざ枕する幸せ空間に浸っていると。
「ん〜……熱い」
 りほりほが勢いよく頭を上げた。――軽くなった両足の感覚を、不謹慎にも寂しいと思ってしまった。
「体が熱い……」
「あ、お水飲む?」
 尋ねると、普段のりほりほでは考えられないように、聞き分けのない子のように頭を振る。
 そして……。
「え、えっ!?」
もどかしく、スゥエットの上を脱ぎ出した。

148 :直球勝負 :2013/08/13(火) 01:10

 下着は身に着けておらず、艶めかしく輝かしい上半身を惜しげもなく曝すりほりほ。
 その肌はきめ細やかで腰には適度にくびれがあり、成長中の双方の胸が目の前にある。
 ――水着姿は見たことあるけれど、撮影中とは状況が違う。私一人だけが観客だ。
 息をするのも忘れて凝視していると、りほりほは、
「んむぅ」
とか言って再び抱きついてきた。

 私の服一枚を隔ててそこにあるりほりほの体。
「みちしげさん〜」
 甘ったるい声で言われ、私の心臓は32ビート近い速度でドクドクとなっている。

 抱き締めるべき?――それって、さ、触っていいのかな。どうなのかな?
 手がやり場のないように空を掴む。
 そんな私の心を読んだかのように、
「抱き締めてくれないんですかあ〜?」
なんてりほりほは甘い声で言ってくる。

 人が必死に理性VS本能の戦いを脳内絶賛上映中をしているというのに!

 ……でも酔っているんだし……。
「みちしげさん〜?」
ちょっとくらいなら……いいよね?

 りほりほの声が後押しになって、そっと背中に手を回す。
「みちしげさんの手、冷たくて気持ち良いけぇ」
 本当に気持ち良さそうな声を出し、りほりほは顔を近づけて――、
「ふえっ!?」
 ぺろりと頬を舐めた。私が変な声を出しても意に介さず、りほりほは、
「顔は冷たくないんじゃねえ」
なんてのんびりとした感想を述べる。

 りほりほにこんなことされて、クールではいられません!

149 :直球勝負 :2013/08/13(火) 01:11

 そんな言葉は口から出ず、ただ顔に血流を集めていく。
 そうやって、真っ赤な顔同士(理由はこれっぽっちも違うけれど)で抱き合っていると。
「う〜まだ熱い……」
 りほりほは耳元で囁いた。
 するりと解かれた腕。私が回していた手は力が全然こもっていなかったからりほりほの体を抑止力する意味は全くなくて。
 二人の間に距離が出来る。

 俯いて、
「熱いけえ……」
と呟くりほりほ。
 そのままスゥエットの下に手を掛ける。
 するすると下されるスゥエット。
 膝まで下ろされて――、
「ぶふっ!」
 ……私の視界は真っ赤に染まり、そのまま意識を手放した。

150 :直球勝負 :2013/08/13(火) 01:11

 ――――。

 ちゅんちゅん、と雀の鳴く声がする。
 里保はのろのろと睡魔から解き放たれた。
 脳内で割れ鐘がガンガンと鳴り響いている気がする。
「う゛〜頭痛い……」
 昨日なにかあったっけ? 考えてみるも、お風呂から上がってからの記憶が無い。
 ゆっくり体を起こし……、
「……え!?」
驚愕した。
 自分がパンツ一丁の姿だったからだ。
「ええ!?」
 辺りを見回すと、近くの床には脱ぎ散らかされたような自分のスゥエット。それに寝ていたところが自分のベッドじゃないことに気付く。ただそれだけだった。
「え? ええ!?」
 脳内をフル回転させても昨夜の記憶が全く引き出されない。

 ――そうだ! 同室の道重さんはなにか知っているかも!
 そう思って彼女のベッド(つまりは自分が寝ていたところ)を見る。
 すると――。
「……はい?」
 鼻から盛大に血を吹き出し、ベッドのシーツまで真っ赤に染め上げ寝ている(?)彼女の姿があった……。


151 :石川県民 :2013/08/13(火) 01:13
 タイトルはドラッグストアで見つけたラムネチューハイの商品名から来ています。
だから内容が変化球でも気にしないでください。
 飼育にもあげようかと思ったのですが、飲酒話だしなー、と思い、今までためらっていました。
 お酒は二十歳になってから!

 それではもういっちょ。
娘。さん以外のある二人のお話です。
152 :キミは気付かない :2013/08/13(火) 01:14


「あ〜いりっ」
 パタパタと駆け寄ってくる足音。呼びかける声。それだけで誰だか分かる。でも、振り返らない。
 ぎゅむ、と擬音語がつきそうな勢いで後ろから抱き締められた。
「愛理、もう帰るの?」
 後ろから顔を覗き込まれる。いつも私より目線の高い彼女が仰ぐように上目遣いで聞いてきた。
「今日のレッスン終わったし、家で振りを確認したいからね」
 なるべく冷静な声を出す。抱き締められて高鳴る心音と、軽く上気した頬は彼女に気付かれてないだろうか。
 抱き締める腕を剥がそうとしても剥がれない。こんな時の彼女の力は強い。
「舞美、私汗臭いから離れてよ」
 レッスン後のことなので、自分の匂いが気になって彼女に抗議するが、彼女はどこ吹く風だ。
「そう? いつもの愛理と匂い変わらないよ?」
 そう言って、すん、と鼻を首に近づける。――ああ、彼女のこんな天然な行動に翻弄される。
「……私の匂いってどんなのよ……」
「んー、基本は甘い匂い? あとは色々混ざって、愛理の匂いになってる」
 『色々』って、多分彼女はなにも考えていないんだろうなあ。
「愛理だけの、特別な匂いだよ」
 そう言って、彼女はまた首に顔を埋める。
 ……良かった、今、顔を見られなくて。
 だって、彼女の言葉に顔全体が熱を持ったんだから。

153 :キミは気付かない :2013/08/13(火) 01:14

 でも、やっぱり匂いを嗅がれるのは恥ずかしいから、彼女の額を押して、無理矢理顔を押し返す。
「とにかく、はーなーれーて!」
「やーだっ!」
 子どもか、アンタは。
 普段は℃-uteのリーダーを立派に務めているのに、私と二人だけになると、彼女は子どもになる。それも無自覚・天然な。

 はあ、とため息が出る。――そうだ、彼女と二人だといつも私が先に折れるんだ。
 諦め気分で彼女の頭をよしよしと撫でる。子どもにするようなやつを。
「では矢島さん、どうしたら離れてくれますか?」
 尋ねると、きょとん、とした顔が返ってきた。どうやらそこまで考えてなかったらしい。それでも首を少し横にして、「うーん」と考える。――こんな行為ですら格好良いと思う私も充分バカだ。
 しばらく彼女は考えて。
「一緒にご飯食べるなら離してあげる」
と、あっさり言った。
 そんな姿に思わず苦笑する。
「いいよ。なに食べたい?」
「ナポリタン!」
 はっきり元気にそう言った。パスタ、と言わないのがまた彼女らしくて笑いがこぼれた。
「分かった、じゃあ近くのファミレスね」
「もっとオシャレな店にしない?」
「オシャレな店にナポリタンはありません」
 ばっさり斬ると、ようやく彼女は私を解放してくれた。

 離れて、すると途端に寂しくなった感情が湧き上がり、ふと自然に彼女の右手を握った。
「じゃ、行こっか」
 そう言って笑うと、彼女も笑顔になって一緒に歩き出した。


 キミは気付かない 愛理視点終わり。
154 :キミは気付かない :2013/08/13(火) 01:15
帰ろうと、カバンを持って控室を見渡すと彼女の姿は無かった。
 もう帰った? そう思っただけで、寂しいという感情が巻き起こり、気付けば控室を後にして廊下を走っていた。
 自販機のある角で彼女の姿を見とめ、
「あ〜いりっ」
と呼んで勢いで後ろから抱き締めてしまった。
 抱き締めながら顔を前に出して、
「愛理、もう帰るの?」
なんて、当たり前のことを聞いてしまう。
「今日のレッスン終わったし、家で振りを確認したいからね」
 彼女らしい、冷静な声。わたしと目線を合わせようとすらしない。そんな冷静さが悲しくて・寂しくて。彼女を抱き締める腕の力が強くなる。
 反比例して、彼女はわたしの腕を押し返そうとする。
「舞美、私汗臭いから離れてよ」
 そう言われても、わたしは彼女の汗の匂いも好きだった。――だってそれは彼女が頑張った証しなのだし。
「そう? いつもの愛理と匂い変わらないよ?」
 それだけ言って、すん、と鼻を首に近づける。
 ほら、いつもの彼女の匂いだ。
「……私の匂いってどんなのよ……」

 どんなの? そう言われても、彼女のシャンプーとか香水とか色々と混ざっていて、一言じゃ言い切れない。ただとても優しくて、わたしを魅惑する匂いなのは確かだった。

「んー、基本は甘い匂い? あとは色々混ざって、愛理の匂いになってる」
 正直にそれだけ言って、彼女の首に顔を埋める。

 ほら、とても安心する匂い。――わたしだけの、特権にしたくなる。

155 :キミは気付かない :2013/08/13(火) 01:15

彼女はわたしの額を押して、無理矢理顔を押し返そうとする。
「とにかく、はーなーれーて!」
「やーだっ!」
 ……我ながら子どもだなあ、と思うけれど、それはわたしのせいじゃない。こんなに虜にさせる彼女のせいだ。
 そんな無意味なことをしていたら、彼女ははあ、とため息をついた。
 ……呆れられちゃった?
 少し心配していると、優しく頭を撫でられた。
「では矢島さん、どうしたら離れてくれますか?」
と大人びた口調で言われて。

 ……どうしたら、って。彼女が先に帰ったという事実が悲しくてこんな行動を取ったわけなんだし。

 きょとん、とした表情で考えていても、彼女はいつもわたしを待ってくれている。
 そして閃いたのが。
「一緒にご飯食べるなら離してあげる」
なんて、子どものような発想だった。
 わたしのマヌケな発想に彼女は笑って、
「いいよ。なに食べたい?」
って、すんなり受け入れてくれた。
「ナポリタン!」
 その時に頭に浮かんだものを、つい口にした。
 彼女はまた笑って。
「分かった、じゃあ近くのファミレスね」
と、あっさり言った。
「もっとオシャレな店にしない?」
「オシャレな店にナポリタンはありません」
 そんな彼女との会話が楽しかったけれど、要求を飲んでくれたから、しぶしぶ腕から彼女を解放した。

 すると。
 彼女がするりと右手を握ってくれた。
「じゃ、行こっか」
なんて言いながら。二人で、歩く。
 笑顔を向けてくれたので、つられてわたしも笑顔になった。
「この近くにナポリタンのあるファミレスあったかなぁ」
とか言いながら歩く彼女に悟られないように自分の顔を触る。
 ……ニヤけてなかったかな。大丈夫かな。

 笑顔で二人、ファミレスに向かった。

 キミは気付かない 舞美視点終わり。
156 :石川県民 :2013/08/13(火) 01:17
お粗末様でした。

次は飼育用に上げれる話を頑張って書こうと思います。
保全代わりだと思って許してにゃん。


 それでは。

  拝。
157 :石川県民 :2013/08/14(水) 02:20
 どーもどーも。石川県民です。
次は飼育向けのをうpするとか言ってましたが、twitterのほうで『直球勝負』の続きが読んでみたいというリクエストがあったので、再び恥を晒しにきました。
 これは某様とのメールのやり取りで、「さゆはヘタレ」というところから始まったものです。

 というわけで簡単な粗筋をば。

『直球勝負』を読んだ道重さん。
从*; 。.;)<さゆみはこんなヘタレじゃないの。りほりほがあんなに迫ってきたら絶対押し倒して既成事実つくるの……
(石川県民)<では、アヤシイお薬でりほりほのりほりほをゲットしますか?
从*`・ 。.・)<使うの!
と即答。

……という経緯がありました。
その話です。

 それではどうぞ。


158 :さゆみのりほりほゲット大作戦その1 :2013/08/14(水) 02:20

 さゆみは今日、地方でのイベントがあり、今は夜、現地でホテルを取って一泊する予定である。
 幸運の女神も、さゆみの可愛さにメロメロみたい。なんと再びりほりほとの相部屋になったのだった。
 今夜の相部屋を『愛部屋』にするのがさゆみの指名。
 この前のように! 鼻血を出して倒れるわけにはいかないの!
 りほりほは今、お風呂に入っている。シャワーの水音を聞きながら、謎の女性(だよね?)から貰った透明の液体が入った小ビンを握りしめた。
 ビンには小さなラベル、『発情キュン!』という文字が書いてある。その女性によると、相手に飲ませると発情期の猫のようになり、且つ思っていることを口に出すらしい。
 そんな都合の良いクスリがあるの? とは聞いたけれど、さゆみの知らない世界にはあるようで、人体無害で一晩経てばクスリも抜けると言っていた。
 これはもう、神さまと謎の女性を信じるしかない。今夜こそ! りほりほのりほりほをゲットしてみせるの!
 頭の中で作戦をシュミレーションしていると、お風呂場からシャワーの音が止まった。
 それからしばらくして。カチャリ、ドアの開く音。首にタオルを掛けてほのかに湯気を出しながらジャージ姿のりほりほが現れた。
「道重さん、お風呂いただきました」
「うん、ノド渇いたでしょ?」
「ええ、まあ……」
159 :さゆみのりほりほゲット大作戦その1 :2013/08/14(水) 02:21
 怪しまれないように冷蔵庫へと近づいていく。開けると、チェックインしてから入れていた茶色のビンを出した。
「この間、ガキさんに貰ったの、デカビタ。りほりほ一緒に飲まない?」
「あ、いただきます」
 グラスを二つ用意し、氷を入れる。そしてりほりほからは見えないようにさりげなく体をずらして、りほりほのグラスに『発情キュン!』を入れ、デカビタを注いだ。
「はい、どーぞ」
「ありがとうございます」
 素直に受け取るりほりほ。
 その可愛い素直さに、良心がチクリと痛んだけれど、そんな良心は心の中で空の彼方へと投げ飛ばす。
 ベッドに座っているりほりほにクスリの入ったグラスを渡す。さゆみも自分のベッドに腰掛けた。
「じゃ、今日もイベントお疲れ様ってことで。乾杯」
「かんぱ〜い」
 カチン、とグラスを合わせてデカビタを飲む。りほりほを盗み見ると、さゆみを微塵も疑わずにグラスの中を飲んでいく。
 二人で一本のデカビタを分け合ったものだから、りほりほはあっさりと飲み干した。
 りほりほは静かに空になったグラスをナイトテーブルに置く。
 すると。
 ぐらり、と体が揺れた。
「だいじょうぶ?」
 思わず心配になって自分のグラスもナイトテーブルに置いて、りほりほに近づく。
 すると……。
「だいじょうぶ、です……なんか……体が熱い……」
 熱い視線と、熱のある吐息でそう囁かれた。
 それだけでさゆみの背筋がぞくぞくするけれど、平静を努めて、
「空調の温度、下げよっか?」
あくまで良い先輩のフリをする。
「いえ……それよりも……側にいてください……」
 そう言ってさゆみの体にしなだれかかってきた。

 キタ―――(*・∀.・*)―――! なの!

160 :さゆみのりほりほゲット大作戦その1 :2013/08/14(水) 02:21

 ベッドとベッドの間で抱き締めあう二人。気付かれないように、ここぞとばかりにお風呂上りのりほりほの甘い匂いを肺一杯に吸い込む。あ・これだけで、さゆみ、クラクラしちゃう。
 りほりほが名残惜しそうに、ゆっくり体を離す。そして、
「熱いけえ……」
 呟いてからジーッとジャージのジッパーを下した。その下には……残念、Tシャツを纏っていた。
 それでもジャージを脱ぎ捨て、半そでTシャツで再びその長い腕をさゆみの首に絡ませる。さりげなくりほりほの背中に腕を回す。――よし! ノーブラ!
 荒くなりそうな鼻息をなんとか抑え、ゆっくりと背中をさすってあげる。りほりほはさゆみの肩に額を置き、熱い息を鎖骨にかけている。
「なんか……体が疼く……道重さん、側におってほしいけえ……」
 ――鳴呼、りほりほの口からそんな言葉が出るなんて。神さまありがとう!
「だいじょうぶ、側にいるよ……」
 背中に回していた手をするり、腰に回す。――くびれが出来てきて、少女から女性へと変わる最中のりほりほの体。うん、これもアリなの。
 りほりほはゆっくり頭を起こして、さゆみの頬に頬ずりしだす。
「くすぐったいよぉ」
なんて言いながらも止めさせはしない。さゆみの心境はまさにカーニバル。
 もう片方の手はさりげなく胸へ。あくまで、あくまでもソフトタッチ。フクちゃんのような巨乳じゃないけれど、弾力はある、りほりほの胸。……揉んだらどう反応するんだろう? 喘いじゃったりするのかな。するのかな?
 興奮と期待が高まるけれど、表には出さないようにして、
「りほりほ、具合が悪いならベッドで寝よ?」
と優しく声を掛ける。
「……はい」
 二人、名残惜しく体を離し、りほりほをベッドに横たわらせる。その上に覆いかぶさると、ぎしり、ベッドが音を立てた。
 シーツに広がる、りほりほの長い黒髪。それを優しく梳いた。りほりほの顔は、この前お酒を飲んだみたいに真っ赤で、その瞳は潤んでいる。
 ――そして二人の熱っぽい視線が絡み合う。

161 :さゆみのりほりほゲット大作戦その1 :2013/08/14(水) 02:22

 りほりほとこんな体勢になるなんて、神さまもイキなことをしてくれる。何神さまか分からないけれど、感謝しなくっちゃ。

 さゆみは未経験だけれど、年上だからリードしなきゃ。大体、れいなと絵里のを目撃した(というか二人がさゆみの存在を忘れておっ始めた)ことだってあるのだから、知識は……ある。
 ゆっくり、顔と顔を近づける。
「りほりほ……」
「道重さん……」
 りほりほは静かに目を閉じた。
 ――あと少しで唇同士が重なるところで。

 りほりほは囁いた。
「……尊敬してます」

 ――重ねようとした唇の動きを止める。
 顔を少しずらし、りほりほの額に軽く唇を落とした。そして頭を撫でる。
「疲れちゃったんだね。もう寝た方が良いよ」
「はい……」
 至近距離でりほりほの顔を眺めていると、数分で規則正しい寝息を立て始めた。その体にシーツをかけてあげる。
 名残惜しく感じながら、りほりほのベッドから下りる。

「あーあ」
 実に残念な声が自分の口から出た。
「据え膳喰わぬは男の恥、っていうけれど、さゆみは女の子だもん」

 クスリを渡した謎の女性は言っていた。飲ませた相手は本心を口に出す、と。
 りほりほ、さゆみのこと「尊敬してる」だって。
 ずるいよ。
 そんなこと言われたらこんな卑怯な手、使えないの。

「やっぱり真向から勝負なの」
 誰に言うわけでもない言葉を呟く。――敢えて言うなら自分への決心だ。

「ほんと、もったいない状況なの」
 心の底からの言葉を口にして。さて明日からはどうアプローチしようか、そんなことを考えながら、自分のベッドの中に滑り込んだ。


 終わり。

162 :石川県民 :2013/08/14(水) 02:22


 本当にこんなクスリがあるのかは、石川県民は存じません。
ラストは最初から決まっていました。ヘタレじゃないカッコいい道重さんを書きたかったんです。そんな道重さんを書きたかったんです。大事なことなので二度言いました。


163 :石川県民 :2013/08/14(水) 02:23


で・『その1』を書いた約一か月後。

どうも進展のない道重さんと鞘師さん。

それならばと。

(石川県民)<りほりほに押し倒されるってのはアリですか?
从;゜ 。.゜)

从;・ 。.・)<だだだだだだいじょうぶなの!ドンと来いなの

というわけで。
今回はりほりほにりほりほされるという設定で書いてみました。

それではどーぞ。


164 :さゆみのりほりほゲット大作戦その2 :2013/08/14(水) 02:24

 またまたまた地方でのイベントでのホテルで一泊。さゆみはリーダーの権限を使って再々度、りほりほとの二人部屋をゲットしていた。こういう時にこそ、ね、リーダーの権限を活用させなくちゃ。
 さゆみとりほりほ、二人とも自分の荷物から必要な物を取り出したりしている。タオルを出そうとしたら、ひんやりと冷たい『それ』に手が触れた。

 イベント終了後、他のメンバーに気付かれずにさゆみに寄ってきた謎の女性。こいつどこからやって来るの? なんて謎はもう放棄した。女性は気軽に「はい、これです」と言って『それ』を渡した。
 渡された物を見る。ガラスの容器をビー玉で栓されたこれは……、
「サイダーだよね?」
「ここのご当地サイダーです!」
親指を立てて自信満々に言うその姿は、本当にアホそのものだ。
「クスリは注入済みです」その言葉に呆れの溜息を吐きだそうとしていた肺が止まる。
 ……それは……つまり……。
「これをりほりほに飲ませろってこと?」
「いえーっす!」
 サイダーを掲げてしげしげと見つめる。……なにも変哲のないサイダーに見えるんだけれど。
「ねえ。……これどういう作用でさゆみを押し倒したくなるの?」
 何気なく聞いてみたら、謎の女性は目を暗くして、
「……世の中、知らなくてもいいこともあるんですよ?」なんて言った。

 ……これ『合法』なんだろうか? 『脱法』の間違いじゃなくて?

 ちょっと怖くなりながらサイダーを見つめていると、
「まあまあ、これも効果は一晩だけですから。鞘師さんの鞘師さんを充分堪能してください♪」
なんて、あっけらかんと言い放った。
 ……まあ、そういうことなら。

 そう思って、さゆみはサイダーを受け取った。

 回想終わり。

165 :さゆみのりほりほゲット大作戦その2 :2013/08/14(水) 02:24
 りほりほに見えないように、何気ないふりをして冷蔵庫にサイダーを入れ、ドアを閉める。――どうやって飲まそうかな、これ。
「あ・道重さん、お風呂沸いたみたいですよ」
というりほりほの言葉に我に返り、冷蔵庫から離れ、お風呂セットを持って立ち上がる。
「いつもさゆみが先にお風呂使っちゃって、なんか悪いね」
「いえ。どうぞごゆっくり」
 そう促され、お風呂場に向かう。歩きながらちらりとりほりほの方を見ると、ベッドいっぱいに物を広げていた。

 お風呂に浸かりながら今日の疲れを取りつつ頭はフル回転させる。
「飲ませるならやっぱり、お風呂上りだよね」
部屋にいるりほりほには聞こえないように呟く。
 風呂上りの一杯、なんてわけじゃないけれど、お風呂上りはやっぱり喉が渇く。
「さゆみが何気なくお風呂から上がって、りほりほと交代して、りほりほがお風呂から上がったところを狙うべき、なの」
 いかにさり気なく飲ませるか、そこは演技力がいるけれど、さゆみだって伊達に十年以上芸能界にいるんだし。本番一発勝負、リテイク無しの演技。
「本気を見せてやろうなの!」
 ざばり、バスタブから立ち上がって拳を握る。
 取り敢えず、いつもより入念に体を洗った。


166 :さゆみのりほりほゲット大作戦その2 :2013/08/14(水) 02:25


 上がったよ、りほりほにそう声を掛けて自分のベッドに腰掛ける。入れ替わるようにりほりほはお風呂場へと消えて行った。
 お風呂上りと緊張でノドが渇く。冷蔵庫から備え付けのミネラルウォーターを取り出し、キャップを捻って、こくんこくん、と数口飲む。
 視線をりほりほのベッドに移すと、まだタオルや着替えとかが散らかったまま。今夜どうやって寝るんだろう。
 ――はっ!
 こ、今夜はさゆみのベッドに二人で寝るの! シーツが乱れても二人は絡み合ったまま、裸で――!
 ……あ、想像したら鼻血が出てきそう。
 頭をぶんぶん振る。だめだめ、こんな弱気じゃ。これじゃあ以前りほりほがお酒を飲んだときと同じなの! 今夜こそ一線を越えるんだから!
 悶々……じゃなくて熟考していたら、お風呂場のドアが開く音がした。Tシャツとハーフパンツを纏って頬を上気させて頭から湯気を出している姿は艶っぽい。――気付かれないように生唾を飲み込んだ。
「この季節だともうお風呂は熱いですね、シャワーだけでも良かったかも」
 そう話しながらぺたぺた冷蔵庫へと近づいていく。飲み物でも出すのかな。
 ……冷蔵庫?
「あ!」
 『アレ』が入っている! 思い出した時にはすでにりほりほは冷蔵庫を開けていた。
「? どうかしましたか?」
「う、ううん、なんでもないの」
 突然声を上げたさゆみを訝しげに見てから、慌てて否定したので「そうですか」なんて言いながら冷蔵庫を物色しているりほりほ。
「やっぱポカリかな……ってこれ……」
 不思議そうに、でも目を輝かせて『あの』サイダーを手にしたりほりほ。
「あ・それ貰ったんだ。ここのご当地サイダーだって」
 動揺を悟られないように、なんでもないように言葉を紡ぐ。

 落ち着くの! これはある意味チャンスなの!

167 :さゆみのりほりほゲット大作戦その2 :2013/08/14(水) 02:25

「りほりほ、飲んでいいよ」
 嬉しそうにさゆみを見る。けれど慌てたように、
「そんな、道重さんが戴いたものなのに……」
「いーのいの。飲んじゃって」
「せめて半分に分けて……」
「さゆみにはこれがあるから」
そう言って笑顔でミネラルウォーターのペットボトルを掲げる。
「ね?」
念押ししたら、観念したように、でも笑顔で、
「それじゃ、いただきます」
と言ってくれた。

 いそいそとビー玉をぷしゅり、と落とすりほりほを見て黒い笑顔を浮かべる。

 手順は狂ったけれど、計画通りなの。

「今日もお疲れ様。乾杯」
「はい、乾杯です!」
 水の入ったペットボトルとサイダーのビンをかつんと軽く当てる。
 水を口に含みながらりほりほを盗み見ると、嬉しそうにサイダーのビンを傾けていた。
「変わった味ですけれど、これはこれで美味しいです」
「そう、良かった」
 感想を述べるりほりほの持っているサイダーはすでに半分ほどだった。

 ……クスリの効き目って全部飲まないとダメなのかな?

「お風呂上りだし、りほりほ今日も頑張ってたからノド渇くでしょ。ぐいっと飲んじゃって」
「はい!」
煽ってサイダーをどんどん飲ませる。さゆみは『これからのこと』を考慮してペットボトルにフタをしてサイドテーブルに置いた。
 りほりほを眺めていると、あっけなくサイダーを飲み干した。
 ビンから口を離し、俯くりほりほ。
 そしてゆっくり顔を上げ、さゆみを見る。――その目はとろんとしていて、それでいて熱い。
168 :さゆみのりほりほゲット大作戦その2 :2013/08/14(水) 02:26
「……りほりほ?」
「……道重さん!」
 ビンを放り投げ、飛びつくように抱きついてきた。反動でさゆみは後ろに倒れ、結果的にベッドに押し倒される形になった。二人分の重みでベッドがぎしりと鳴る。

 再びキタ―――(*・∀.・*)―――! なの!

 今度こそは大丈夫! だってりほりほに好きにしてもらうんだから!

 熱い吐息を耳に感じ、はあはあ、と荒い呼吸のりほりほ。それだけでさゆみの体はぶるりと震える。
「道重さん……」
 熱く囁かれ、背骨がぞくぞくした。
 顔が離れ、さゆみを真っ直ぐに見下ろすりほりほの表情は、どこか飢えた顔つきだ。右手で頬をするりと撫でられる。
「……道重さん」
「りほりほ……」
 右手は休むことなく頬を撫で上げている。頭がゆっくりと下りてきて、さゆみの右頬に熱くて柔らかい、唇が降った。
 ちゅ・ちゅ、と規則正しく頬にキスをするりほりほ。鼻血が出そうになるのをなんとか堪える。
 頬を撫でていた手はいつの間にか離れ、さゆみの体をなぞりながら着ているシャツの裾まで下りる。するりと手はシャツの中に侵入した。
 りほりほの熱い手の平を全神経で感じていると、頬に口づけていた唇は離れ、ちゅ、と一つ額にキスされた。
 りほりほは左手でさゆみのシャツを捲ろうとする。捲りやすいように軽く体を反らした。
 腋でシャツは止まり、りほりほの頭はさゆみの胸元に下りていく。
 胸元で、はあ、と熱い息を吐かれる。……さゆみの心臓、バクバクしすぎて破裂しそう。

 この後の展開を考えると、ぐるぐるとひどくお酒に酔ったように頭がくらくらして体に力が入らない。
 でも、サイダーを受け取った時点でりほりほに全てを捧げる覚悟は出来ているんだし!

 そんなことを考えていると、ふと気づいた。りほりほが微動だにしていないことを。相変わらず熱い吐息を胸元に吐き出しているんだけれど。
 ……りほりほって焦らすタイプなのかな? Sっ気が強かったらどうしよう。

169 :さゆみのりほりほゲット大作戦その2 :2013/08/14(水) 02:26

 どきどきしながらりほりほの次の行動を待っていると、りほりほはゆっくり頭を上げた。そしてさゆみを見つめる。
 その顔は……とても困った表情だった。
「道重さん……」
「……どうしたの?」
 りほりほはひどく困った表情のまま、次の言葉を言った。

「このあと、どうすればいいんでしょうか……?」

 ……。
 …………。
 はい?

「えーと……りほりほ?」
 困惑顔のさゆみに、さらに困惑顔のりほりほは情けない感じに言う。
「やり方が分かりません……」

 あー……。
 りほりほ、中学生だもんねー。性教育なんてそんなに習ってないよねー。マンガとかでも詳しく描いてないよねー。女の子同士なら尚更だよねー。
 ……教えたほうがいいのかなぁ……でもそれってかなりさゆみ、恥ずかしいよね。
 さすがにそんな羞恥はちょっと……。

 頭の中でうんうん唸っていると、胸元に穏やかな吐息を感じた。
「……りほりほ?」
「Zzz……」
 ……寝てる。頭を使いすぎてショートしちゃったのかな、抱きついたままさゆみの胸を枕にして寝てるよ。

 …………。
 まあ、いっか。
 この状況だけでも充分に美味しいし。
 明日、りほりほは起きたら驚くだろうな。真っ赤になるかもしれない。明日の朝のりほりほの驚きっぷりを想像したら、なんだかくすくすと笑えた。
 ばさり、りほりほの体にシーツをかけてあげる。
「おやすみ、りほりほ」
 さゆみの胸なら良い夢見れるでしょ。

 どうやってりほりほに女の子同士を教えてあげようかなあ、なんて思いながら、さゆみも夢の世界に旅立った。


 終わり。

170 :さゆみのりほりほゲット大作戦その2 :2013/08/14(水) 02:27
 どんなオチ・こんなオチ・そんなオチ。

  (⌒⌒)
  ii!i!i
从+` 。.´)o<納得いかないの!

知りませーん。書き逃げ!

 これ……その3もあるのでしょうか?w


 取り敢えず今回はここまで。次回はPONPONを予定しております。

 それでは。


  拝。


171 :石川県民 :2013/08/14(水) 11:30
ご指摘を受けて気づきました。
>>158の3行目の「指名」は「使命」と脳内変換お願い致します。
あと>>170の名前がタイトルのまんまでした、失礼しました。
172 :TOY :2013/08/16(金) 00:46
道重さん、ふぁいとー!!
りほりほに、求めちゃだめだよ(笑)
変態へたれな道重さんが面白いです。続き、あるならお待ちしてます♪
173 :石川県民 :2013/08/30(金) 16:24
 ども。風邪っぴき石川県民です。

先ずは返レスをば。

>>136 名無飼育さんサマ。
お返事が遅くなり申し訳ございません。
何気ない日常が未来への宝物なんだと思います。
特に学園物は青春の1ページですから、とても輝いているのではないかと思っております。

>>172 TOYサマ。
書き込みありがとうございます。
変態へたれ、なんて言っちゃダメですw せめて、変態乙女、と呼んであげてくださいw
続き、書いてみました。


と・いうわけで。
スレの流れ的にこっちの方が先かな、と思い、
「さゆみのりほりほゲット大作戦その3」をお送りします。
あとお伝えし忘れてましたが、「さゆみのりほりほゲット大作戦」に出てくる「謎の女性」は架空の人物です。娘。さんらとは一切関係がありません。その点をご了承ください。
それではどーぞ。

174 :さゆみのりほりほゲット大作戦その3 :2013/08/30(金) 16:25


「納得いかないの」
 さゆみが不満そうにそう言うと、相手は困ったように、
「はあ」
と生返事をした。


 ――ここは日本の某県某所。の、せっまい部屋。はっきり言って本やノートが散乱していて正直汚い。
 こいつもハーブにカビを生やすタイプなんだろうな、と思いつつもそれは口に出さず、二回貰った謎のクスリの結果を、この部屋の住人、謎の女性に話した。

「もっとこうさぁ、りほりほが直球でさゆみのことを好きになるクスリはないの?」
「道重さんは頭が良いんですから、もうご自分の力で振り向かせたらいいじゃないですか」
呆れたように言うその言葉にカチンときた。
「それが上手くいかないからあんたに頼ってるの! さゆみは今すぐにでもりほりほのりほりほをゲットしたいの!」
「ですが二回クスリを使ってもダメてことは道重さんはヘタr」
「何か言った?」
ギロリと鋭い目で睨むと、女性は肩を竦めて、
「イエナニモ」
と答えた。


175 :さゆみのりほりほゲット大作戦その3 :2013/08/30(金) 16:25


 謎の女性は首を傾げ、眉間にシワを寄せながら、
「道重さんは速攻で鞘師さんの鞘師さんをゲットしたいと」
「そうなの」
「しかも合法のクスリで」
「当然なの」
「……もちろん命に危険のないクスリで、ですよね?」
「当たり前でしょうがあぁぁぁぁ!」
 危険な発言に思わず叫ぶ。
 なにこいつ、『常識』ってものを知らないの?

 肩を上下させながら叫んだ声に驚いたのか、謎の女性はブンブンと弁解をするように手を振った。
「いやいや、好きとか、そういった感情は脳科学の分野なんですよ。つまり瞬間的に脳に変化という作用を与えるということなんです。脳は最先端の技術でも全てを解明されていないですから、手持ちのクスリで無害で効果のある物があったかな、って」
 脳に作用を与えるって……小難しい言葉で弁解する謎の女性に、さゆみは肩を落とす。

 ……でも一理あるなあ。脳は身体の機能を司っているのは知っている、さゆみの欲望でりほりほの心身に障害を残すようなことがあったら困る。
 ――まって。……りほりほの体に影響を及ぼして、一生その責任を取るのも悪くないの……。

「道重さん、今ブラックなこと考えてましたね?」
 つい考えにふけていたさゆみに、非難めいた口調が投げられた。
「失礼なこと言うな、なの」
「いえオーラで分かりましたから」
 怪しいクスリは持ってるわ、オーラとか言い出すわ、こいつ本当に何者なの?


176 :さゆみのりほりほゲット大作戦その3 :2013/08/30(金) 16:26


 がっくり肩を落とす謎の女性は呟くように言う。
「はあ……人間のブラックな面を見ると可愛い動物動画を見て癒されたいですよ……」
「ハロプロの公式動画を見て癒されるべきなの」
「それも癒されますけど、疲れた時は動物の赤ちゃん動画でも見て――」
そこまで言って、なにか思い出したように「あ」と声を上げる謎の女性。
「そーだ、あれがありました」
言いながら立ち上がり、台所へ行って冷蔵庫の上にある更に小さなワンドアの冷蔵庫を開く。

 ちょっと、あれってなによ? 何の説明もなしに言わないでくれない?

 そんなさゆみの考えに気付かない女性は、ガサゴソと音を立てながら液体の入った小ビンと包装された使い捨ての注射器と注射針を取り出した。
 その怪しさ満点の行動に、思わず身を引く。
 小ビンを机に置きフタを開ける。そしてさゆみの方を見た。
「違法じゃないですが、合法でもなくても良いですよね?」
「はあ? 意味が分からないの」
「日本ではまだ認可されてないってだけの話です」
話しながら器用にパリパリと注射器とその針の包装を破っていく。

 怪しい。チョー怪しい。

 ドン引きしているさゆみを尻目に注射器と針をセットして、それを使って小ビンから液体を取り出す。
 液体の入った注射器を片手に、下の冷蔵庫を開け、コルク栓のされた飲み物を取り出した。
 そしてコルクに注射針を深々と突き刺し、ちゅーっと注射器の中の物を飲み物に注入する。注射器の中身が空になると、ゆっくり針を抜き、コルク栓の飲み物を軽く上下回転させた。
 それが終わると、小ビンのフタをしっかり閉めてワンドア冷蔵庫に戻す。それから注射器と針を包んでゴミ箱に投げ入れる。
 飲み物を手にしてさゆみの近くに戻ってきて、
「はいどーぞ」
と、差し出された。


177 :さゆみのりほりほゲット大作戦その3 :2013/08/30(金) 16:26


 差し出された物を受け取らずに、謎の女性が座るのを確認してから、
「……これ、なに?」
と当然の質問を投げかけた。
「コルク栓のサイダーなんですよ。珍しいでしょー?」

 いやいやいや。「でしょー?」なんて軽く言われても怪しすぎるから。

「……これがさっき言ってた『あれ』なの?」
「違いますよぉ、『あれ』は小ビンに入っていたクスリのことです」
「……で・さっきのクスリはなに?」
 クスリが注入された珍しい(らしい)サイダーを疑わしそうに見つめる。
「道重さん、インプリンティング、ってご存知ですか?」
「刷り込み、のことでしょ」

 卵から孵ったヒナが最初に見た動くものを親だと思い込む、あれでしょ。

 そう説明すると、謎の女性は満足そうに頷き、
「それをラブグッズ用に改良されたものです」
と説明した。
 謎の女性は、つまりですね、と前置きしてから言葉を続ける。
「マンガとかによくある惚れ薬のようなものです。簡単に言いますと、飲んで最初に見た人を好きになるクスリです」

 がしっ、と激しくサイダーを掴む。
「そんな物があるなら最初から出すの!」
 さゆみの気迫に押されたように謎の女性は身を引く。
「いやあ、だって道重さん『合法のクスリ』にこだわってたじゃないですか。外国では気軽に使えるモノですけど、さっきも言いましたが日本じゃ認可されていませんし。それにインプリンティングを変化させたといっても所詮はラブグッズ、どこまで効果があるかは自分は知りませんし」
「使ったことないの?」
「片思いに悩む女性の知り合い数名に渡したことがありますよ。みんなどうやって飲ませたかは知りませんが、渡した後は、リア充爆発しろ! と思うほどのラブラブバカップルが何組も出来上がりました」
「それだけ結果があれば充分なの!」
 奪うようにサイダーを自分の手元に引き寄せる。


178 :さゆみのりほりほゲット大作戦その3 :2013/08/30(金) 16:27


 さゆみの両手の中に包まれている飲み物が、まるで宝物のように思えた。
「りほりほとバカップル、りほりほとバカップル……」

 これさえ飲ませれば、手を繋ぐやハグは当然のことで、デートも出来るし、お風呂も一緒に入れるかも。それに念願のりほりほのりほりほをゲットすることも出来るの……!

 一人妄想の世界に入ったさゆみを、現実に引き戻すかのように、
「あのー、道重さーん」
と謎の女性が話しかける。
「ピンクで黒いオーラが溢れてますよぉ」
「さゆみの世界を壊さないで。それになんなの? その変な色のオーラは」
「ぶっちゃけ邪なオーラの色です」
「本当にぶっちゃけで失礼なの。そんなことを言いたくて話しかけたの?」
「いえ。一つ注意がありますので、それをお伝えしようかと」
「注意って?」
「クスリを混ぜたそのサイダーを、全部飲ませないと効果は無いです。クスリは多めに注入しましたが、所詮はラブグッズですので」
「注意ってそれだけ?」
「はい」
 首肯する謎の女性に、さゆみは不敵な笑みを返した。

 そんなの簡単なの。サイダー好きでよく食べるりほりほが、残すわけないの。しかも珍しいサイダーなのだから、当然のように飛びつくに決まってるの。

 クスリ入りサイダーを受け取った時点で、もうここには用が無い。さゆみはバッグを持って立ち上がる。
「上手くいったらブログにでもラブラブ写メをアップしてくださいねー」
という声を後ろから掛けられて狭い玄関へと歩く。

 写メ? 当然なの。さゆみとりほりほがイチャイチャしすぎて、読む方が恥ずかしくなるブログを更新してやるの。
 この部屋に来た時とは逆の軽い足取りで、謎の女性の住みかを後にした。


179 :さゆみのりほりほゲット大作戦その3 :2013/08/30(金) 16:27


 ※ ※ ※ ※ ※

 場所は変わって都内の事務所。今日はダンスレッスンの日。
 個別にフリを覚えてから、全員でフォーメーションダンスの形を整える。
 今日が全員集まっての初のダンスの形を取る日だから、もちろんすぐにスムーズにいくわけじゃあない。
 ソロだと完璧なダンスでも、手を上げる角度を少し違えば、それがムラとなる。生田が出しゃばりすぎたり、小田が引っ込みすぎたりもしている。
 二時間練習した後、30分の休憩が与えられた。
 はあ、と深くため息をつく者、汗をタオルで拭う者、水分補給する者、とメンバーそれぞれが休憩の形を取る。
 工藤がスポーツドリンクを飲んでいると、
「まーちゃんもそれ飲みたい!」
と佐藤がドリンクをひったくって口を付ける。そんな佐藤の行動に工藤は顔を赤くしている。
 石田とフクちゃんが話していると、そこに生田が割り込んでくる。飯窪はそんな三人を写真に収めている。
 うん。娘。のいつもの光景。

 床に座り、タオルで髪を拭いているりほりほにそっと近づく。
「ねえ鞘師」
「はい、なんでしょうか?」
 声を掛けると不思議そうな表情で振り向かれた。
「ちょっと控室まで来てくれない? 話したいことがあるの」
「分かりました」
 さゆみを微塵も疑わずに、すっく、と立ち上がるりほりほ。その姿に疲れなんて無く、軽く見惚れる。
 りほりほがさゆみの後に付いてくる形で二人、控室へと歩いた。


180 :さゆみのりほりほゲット大作戦その3 :2013/08/30(金) 16:28


 廊下を歩きながら、「立ち位置は完璧?」とか「歌は覚えた?」とか、リーダーらしい話を振る。
 ――りほりほって「鞘師」って呼ばれる方が好きだと知ってから、さゆみは声を掛けるときは、鞘師、と呼んでいる。
 りほりほ、のほうが可愛いと思うんだけどなあ。でも、相手が好む呼ばれ方をしたほうが好感度は上がるだろうから、可愛くてもなるべく我慢。

 控室に入り、りほりほの顔が少し強張っていた。
「ふふ、緊張しなくていいよ。実は鞘師に渡したいものがあったんだ」
 そう言うと、りほりほは面食らった顔になった。
「……渡したいもの?」
 控室の冷蔵庫で朝から冷やしておいた、れいの物を取り出す。
「これ、コルクで栓がしてある珍しいサイダーなんだってさ」
 サイダー、と聞いてりほりほの目が輝く。
「皆で分けられる量じゃないから、ここで鞘師が飲んじゃってよ」
 はい、と手渡すと目を輝かせたまま、サイダーを見つめるりほりほ。
「うわぁ……初めて見るサイダーです。あの、本当に良いんですか?」
「うん。一本しかないから皆には内緒ね」
 いたずらっぽく唇に人差し指を当てると、りほりほも面白そうな顔をした。
「じゃあ、ご馳走になります」
 りほりほは、さゆみに頭を下げてから、しゅぽんっ、と気持ちの良い音を立ててコルク栓を抜いた。
 ごくり、とサイダーを飲むりほりほに合わせて、さゆみも緊張で分泌された唾を呑みこむ。
 りほりほがサイダーを一口飲んだところで、
「どう? 味は?」
と聞いてみる。
「なんか……ほんのりマスカット味、でしょうか。変わってますけれど美味しいです」
 さゆみの目を見て普通に話すりほりほに内心がっかりする。……やっぱり全部飲ませないとダメか。
「美味しいのなら良かった。全部飲んじゃってね」
「はい!」


181 :さゆみのりほりほゲット大作戦その3 :2013/08/30(金) 16:28


 こくりこくり、と飲んでいくりほりほを見ていて気付く。
 そうだ! りほりほがさゆみを好きになっちゃう記念の瞬間を、ムービーで撮らなくちゃ!
 自分のバッグを引き寄せてアイフォーンを取り出す。それが自分に向けられたと気付いたりほりほが、
「ブログ用に撮るんですか?」
と恥ずかしそうに聞いた。
「ううん、これは載せないの。気にしないで飲んで」
 アイフォーン越しにサイダーを飲み続けるりほりほに、はあはあと小さく息を荒げる。
 あと少し。あと少しで、りほりほはさゆみにメロメロになるの!

 残り二口、といったところだろうか。
 高鳴る心音がりほりほに聞こえていないだろうかと心配しながらも、期待感が強まっていく。

 さゆみにメロメロになるりほりほ。やっぱり甘えてくるんだろうか。佐藤のように無邪気に抱きついてきてくれたりしたら、それだけで幸せになる。
 生田とフクちゃんのようにバスで折り重なって眠るのも悪くない。
 他のメンバーにも、さゆみとりほりほのバカップルぶりを撮らせるのも良いの。

 あと一口! 自分の目がぎらついているのが分かる。
 これでりほりほは、さゆみのものになるの!

 最後の一口を、りほりほが飲む――!


182 :さゆみのりほりほゲット大作戦その3 :2013/08/30(金) 16:28


 ――その寸前だった。

 コンコン、と控室のドアがノックされる。
『あのー道重さん、いらっしゃいますよね?』
 ……この声は。
「香音ちゃん? どうしたの?」
 サイダーを飲むのを止めてドアの方を見るりほりほ。
『あ・里保ちゃん。さっき道重さんと里保ちゃんが控室に行くって聞こえたから。なにか大事な話してるの?』

 背中に嫌な汗が流れる。
 ……この展開は。

「ううん、別に開けて大丈夫だよ」
 そう言いながら、りほりほはドアの方を見ながら最後の一口を飲んだ……!
「ちょ、鞘s」
 さゆみが叫ぶ前に「お邪魔しまーす」とドアを開け鈴木が入ってきた。
「ごめんね里保ちゃん。ちょっと立ち位置について道重さんに聞きたくってさあ」
「あ、あとで教えてあげるの! 鞘師! さゆみの方を見て!!」
「…………」
 りほりほはさゆみの言葉に反応しない。
 ただ自分の目の前に来た鈴木を見つめている。
「里保ちゃん? どうかs」
「香音ちゃぁぁぁぁぁんっっ!」
「ぎゃあああああっ!」
 押し倒す勢いで、りほりほは鈴木に飛びついた……。


183 :さゆみのりほりほゲット大作戦その3 :2013/08/30(金) 16:29


 ――訂正。りほりほは『押し倒す勢い』ではなく、鈴木を『押し倒した』。
 床に押し倒した鈴木をりほりほはきつく抱き締めて、
「香音ちゃーん! 大好きやけえ、めっちゃ好きやけえ!」
と、「香音ちゃん大好き」を連呼する。
 可愛くない叫び声を上げて、背面を床に打ち付けられた鈴木は、訳が分からないまま、
「あ、ありがと?」
と返す。
「ところで里保ちゃん、あたし道重さんに用があるから離してほしいんだろうね」
 鈴木がそう言うと、りほりほは鼻先が触れるか触れないかの距離で、寂しそうな目で、
「香音ちゃんはわたしより道重さんの方が好きなの?」
なんて聞く。
「そういうわけじゃなくて! 里保ちゃん離れて!」
 右手でりほりほの額を押し返す鈴木。

 りほりほは、しぶしぶ、と言った表現がとても似合う表情と態度で鈴木から離れる。
「まったく……」
 呆れながら立ち上がった鈴木。
 だけど。
「……里保ちゃん?」
 鈴木の右腕に絡みつき、肩にアゴを置くりほりほ。
「離れたくないけえ」
 なんて、寂しそうに言うものだから。
「はいはい。分かったんだろうね」
 元々面倒見の良い鈴木は、それで諦めた。
 右腕・右肩にりほりほを装備した鈴木はそのまま近づいてきて、
「それでですね、道重さん――」
 左手に持っていた立ち位置の書かれた用紙を見ながら、普通にさゆみに話しかける鈴木。りほりほは、小さく、
「香音ちゃーん、香音ちゃーん」
と甘い声で言っている。
「うるさいんだろうね里保ちゃん。で・道重さん、サビ1の時なんですが……道重さん?」
「うん……」

 さゆみは――ようやくアイフォーンを下した。
 なにが悲しいって……りほりほが鈴木に恋に落ちる瞬間をばっちりムービーで撮り続けてしまったことなの……。


184 :さゆみのりほりほゲット大作戦その3 :2013/08/30(金) 16:29


 その後――。
 練習が再開されても、りほりほは鏡越しに鈴木に切ない瞳を向け、休憩になると鈴木の腰に手を回してべったりくっついていた。
 甘ったるい雰囲気を流すりほりほに、鈴木もそんなに嫌そうではなかった。

 今日はダンスレッスンで一日が費やされ、終わった後も、
「香音ちゃん一緒に帰ろうね、そしてご飯食べようよ」
「うん」
「香音ちゃんの家に泊まっても良い?」
「あー別に良いよー」
 そんな会話がなされ、二人は腕を絡ませながら帰っていった……。


 さゆみが。
 その日の夜に謎の女性の部屋に行き、
「解毒剤を渡すのぉぉっ!」
叫びながら、謎の女性の胸倉を掴んだのは言うまでもない。


 さゆみのりほりほゲット大作戦その3 終わり。


185 :石川県民 :2013/08/30(金) 16:30


 以上になります。
 尚、これで「さゆみのりほりほゲット大作戦」は終了させたいと思います。

゛o从+` 。.´)o゛<結局さゆみがりほりほをゲット出来ていないじゃないの!
(石川県民)<そう言われましても……。そもそもタイトルからしておふざけ感が強いじゃないですか。
       こんなタイトルの話が鞘師さんとのいちゃいちゃになるとお思いなんですか?

そもそも「直球勝負」から発生したこの話。「直球勝負」を含め、今回で4本目ですから、
いーかげん石川県民の頭の中でオチが底尽きました。
元々頭の良くない石川県民。スッカスカな脳ミソの代わりに地元の高級菓子「烏骨鶏かすていら」でも頭につめたほうがマシな気がします。


186 :石川県民 :2013/08/30(金) 16:30
そして予告通り、PONPONです。
去年末に書いた「動き出すナニカ」の続編です。
現在は8月末ですが、時間軸としては夏休み直前の頃と思ってください。
それではどーぞ。
187 :青春風味 :2013/08/30(金) 16:31


 昨年度の冬休みの補習中にえりぽんと仲良くなって、初めての夏休みがきた。


 あの日、補習が終わってからコンビニに寄って、二人で肉まんを食べながら、
「えりぽんって呼んでほしいと」
と気軽に言われ、わたしがちょっと躊躇いながら、
「……ぇりぽん」
て呼んだら、
「なんー? 聖ぃー」
と呼ばれて。
 お互いのメルアドを交換したり、急速に仲が縮まっていった。

 あの日まで、遠くから見つめているだけの存在だったえりぽんに。
 なんだか恥ずかしかったけれど、それ以上に嬉しかった。

 お互い無事に進級できて。
 春休みには、二人で新しいクラスの表示を見に行った。
 わたしとえりぽんは同じ22Hで、手を取り合って二人で小さくジャンプして喜んだ。
 だけど、新垣先生は隣の23Hの担任だったから、えりぽんは地面に手を着きながら落ち込んでいたっけ。

 朝はえりぽんが朝練があるから、一人で学校へ行くけれど。
 帰りは、わたしはえりぽんの部活が終わるまで音楽室で自主練をし、そして一緒に帰った。

 小さな幸せが毎日沢山、えりぽんから降り注がれ、わたしは一日一日がとても大切な宝物だった。


 今年の太陽はとても活発的で、梅雨入りしてもなかなか雨が降らず、そのまま梅雨明けしたことを天気予報士が告げた。
 そして太陽が自分を最大表現する夏。
 テレビが「熱中症には充分注意するように」と耳にタコが出来るくらいに喚起する、今年。

 それでもえりぽんは、灼熱の中、夏休みに入っても部活で学校に行き、元気よくラケットを振っていた。


188 :青春風味 :2013/08/30(金) 16:31


 えりぽんが部活中、わたしも音楽室でフルートを吹く。
 二年生になった早々に、先輩方を差し置いて1stに選ばれたのだから、使命感に燃えて、こうやって一人で練習している。
 練習している間は、えりぽんのことも忘れ、目の前のフルートと譜面に集中する。
 前回の大会でわたしたちの学校の吹奏楽部は銅賞に入賞したのだから、次の大会は更に上を目指さなくちゃ!
 正確で綺麗な音が奏でられるように、そう考えながらフルートを吹く。

 課題曲Xの流沙、自由曲のエスカペイド……それらのフルート部分を熱心に奏でる。時にはCDを流して、それに合わせて吹いていく。

 ――そうしてどれくらいの時間が経ったのだろう。
 軽く休憩を入れよう、そう思って時計を見ると、もう正午近かった。
「あ……えりぽんの部活が終わっちゃう」
 慌ててフルートをケースに仕舞うと、外のテニスコートの辺りから『ありがとうございましたー!』という声が聞こえる。
 外での部活組は、熱中症を危惧して、午前中に部活動を終えらせることが、夏休み前から決定されていた。
 今日もえりぽんと一緒に帰ることを約束していたから、暑い外で待たせるわけにはいかない。
 急いで帰り支度をし、音楽室に鍵を掛けた。


189 :青春風味 :2013/08/30(金) 16:32


 生徒玄関から外に出ると、むわっとした熱気と容赦なく照り付ける陽光に思わず顔をしかめる。
 えりぽんはこんな環境で部活をしていたんだ、そう思うと少し心配になってきた。走ってグラウンドを渡り、テニスコートに近づく。それだけの動作でわたしの体は汗を吹き出した。


 テニスコートでは一年生が球拾いをし、ボールを入れるカゴの側にえりぽんが佇んでいる。
「えりぽんっ」
 コートを囲むフェンスの入口から声を掛けると、笑顔でこっちを向き、手をひらひらと挙げた。
「あ・聖―。ちょっと待っててほしかー」
それだけ言うと、えりぽんは顔を正面に戻して「今日はネットは片付けなくていいっちゃよ」と後輩に声を掛けている。
 コートに散らばっていたボールが全てカゴに収められると、えりぽんはそのカゴを持って歩いてきた。
「聖、今日は衣梨奈が倉庫の鍵当番やけん、どうせ職員室に鍵を返しに校内に行くから校舎で待つと」
「ううん、わたしも付き合う」
 そう言って少し強引にボールの入ったカゴを、えりぽんから奪う。あ・結構重い。
「聖、そんなことせんでよかとーよ?」
「いいの。えりぽんはこっち」
 用意していたタオルとスポーツドリンクを、押し付けるように渡した。
「なんか、タオルと飲み物をいつも貰って悪いっちゃね」
「そんなことないよ。えりぽんが熱中症になっちゃうと困るし」
ね? と笑って強調すると、えりぽんも笑って「それじゃあゴチになると」と言ってドリンクのキャップを外した。

 わたしがカゴを持ち、えりぽんが汗を拭きながらドリンクを飲んで倉庫まで歩く。
「今日も暑か」
とか、
「宿題どこまで進んだ?」
とか、他愛も無い会話をする。

 倉庫に着き、ボールが入ったカゴを下す。
「聖、ありがと」
「別にいいよ、これくらい」
「お礼に帰りにアイス奢ると」
「なら、白くまがいいなぁ」
「ガリガリくんで我慢するとー」
 くすくす笑いながらそんな話をし、えりぽんが倉庫に施錠して校舎に向かう。

 去年の夏では思いもよらなかった、えりぽんとこんな軽口が叩け合うことが、純粋に嬉しかった。


190 :青春風味 :2013/08/30(金) 16:32


 校舎に入ると、陽光が遮られた分、いくぶんか暑さはマシになる。

 職員室に着、「失礼しまーす」と声を掛けて中に入ると、クーラーが効いていて涼しかった。
「職員室はクーラーがついていてズルイっちゃ」
 えりぽんが先生方には聞こえないように小さくぼやく。
「そうだね」
と、わたしも聞こえないように小さく笑った。

 とことこ歩いて、壁に掛かった鍵かけ板に、えりぽんが鍵を戻す。
 その時だった。
「あー生田じゃん」
 後ろから聞こえた声に、えりぽんは激しく反応して振り返る。
 そこには手に書類を持った……
「新垣せんせー!」
が立っていて、えりぽんは飼い主に気付いた大型犬の如く、先生に飛びついた。

「こらっ、バカ生田! 飛びつくな、危ないでしょ」
「新垣せんせっ、新垣先生! どうしておるとですか!? 部活の顧問はやってなかとですよね? もしかして衣梨奈に会いたかっt」
「ばーか。夏休みでも教師には仕事があるの」
 だらしのない笑顔で先生にまとわりつくえりぽんは、しっぽがあれば、きっとぶんぶんと激しく振っている。

 はしゃぐえりぽんに、鬱陶しそうにしながらも表情は穏やかな新垣先生。
 そんな二人を見ていると、チリ、と心に小さな黒い炎が燃え、思わず胸を押さえた。

 新垣先生は手でえりぽんを追い払い、
「ほら生田。譜久村を待たせてんでしょ、それに職員室で騒ぐのは禁止。とっとと帰りなさい」
「はーい」
 あっさり引き下がり、こっちに戻ってきて、
「じゃ、聖。一緒に帰ると」
と屈託のない笑顔で言った。
 わたしも笑って頷く。……その笑顔は若干引きつっていたかもしれないけれど。


191 :青春風味 :2013/08/30(金) 16:32


 二人で「失礼しました」と言って職員室を後にする。
 えりぽんが着替える為に、テニス部の部室へと一緒に向かう。
「今日は新垣先生に会えてラッキーだったっちゃ」
「そう……良かったね……」
 ニコニコ顔のえりぽんに覇気のない言葉を返す。
 すると。
 えりぽんはピタっと足を止めた。
「聖、どうしたと?」

 ――普段は空気の読めない子なのに、今回はこんな些細なことをすぐさま察知した。

「……別に」
 えりぽんの顔が見れなくて俯く。なのに、覗き込むようにわたしの顔を見上げるえりぽん。
「具合が悪くなったと?」
「そうじゃないよ……」
 小さな声で否定したのに、覗き込むことを止めないえりぽん。
 まじまじとわたしの顔を見て――はにかむように笑った。
「もしかして、妬いた?」
 想いを的中され、顔が朱色に染まる。

 そんなわたしの顔色を見て、えりぽんは。
「聖はほんとに可愛いっちゃねー!」
 花が咲いたような笑顔でわたしの首に手を回して抱きついた。


 ――鈍感で空気の読めない子なのに。こんなわたしの些細な心の動きを敏感に察知して。ウソは言わないし言えない行動派のえりぽん。
 だから「可愛い」って言葉は本気で言ってて。妬いたわたしに、喜んで抱きつく。

 ――ほら。そんなえりぽんの一挙一動にわたしの心は掻き乱され、体は反応し、抱きつかれて、顔を赤くして喜んでしまう。


「やっぱり今日は白くまを奢っちゃると!」
「……ありがと、えりぽん」
 抱きつかれたままなので、わたしもそっとえりぽんの腰に手を回した。

 ――きっと、この体の熱は白くまを食べても冷めない。……心の熱も。
 冷ましてくれるのは、えりぽんの言動だけ――。


 青春風味 終わり。


192 :石川県民 :2013/08/30(金) 16:33


 お粗末様でした。
 ちなみにこの二人、付き合ってません。友達以上恋人未満、な感じでしょうか?

 次は何を書くかは決まっていませんので、またtwitter等で無理のない範囲でリクを受け付けたいと思います。


 それでは。


  拝。


193 :名無飼育さん :2015/01/05(月) 19:59
お久しぶりでございます。
2年近く放置して申し訳ございません。
これからまたポチョポチョと更新していきたいと思いますので宜しくお願い致します。
今回は「リリウム 少女純潔歌劇」を題材にした妄想話というか捏造話というか……
そういうのが大丈夫な方はどうぞ。
194 :名無飼育さん :2015/01/05(月) 19:59

美しい花

195 :名無飼育さん :2015/01/05(月) 20:00

〔序〕

196 :名無飼育さん :2015/01/05(月) 20:00

「ちょっとキャメリア! なんでアンタはいつも女子寮に来るのよ!」
いつものように僕に噛み付いてくる彼女を見て。僕は口を開き――、そして固まった。
「……キャメリア?」
僕を不思議そうに見つめる彼女。僕自身も自分の行動が不思議だった――。

197 :名無飼育さん :2015/01/05(月) 20:00

〔起〕

198 :名無飼育さん :2015/01/05(月) 20:01

雨の止まないこのサナトリウム、クランにて、僕、キャメリアと彼女、シルベチカはいつものように、皆から忘れられ朽ち果てた庭園にある東屋のベンチで寄り添っていた。
指を絡め合い、僕は止まない雨をぼんやりと見つめていた。
「ねえ。キャメリアはどんな花が本当に美しい花だと思う?」
唐突なシルベチカの問いかけ。多少の驚きも含めて、
「なんだい、急に」
と返すも、彼女は微笑んだまま「いいから答えて?」と促す。
周囲を見回しながら考える。何年も手入れがされていないバラ園や、自生のユリ、季節外れの竜胆などといった花々が咲き乱れているが――。
「――僕はこういう花が美しいと思うな」
足元に咲く、名も知らない、小さな薄紫の花をひっそりと咲かせる、どちらかといえば『雑草』に分類されそうなそれに、軽く触れながら言うと、シルベチカは少し驚いたようだった。
199 :名無飼育さん :2015/01/05(月) 20:01
「バラのような高貴さもユリのような高潔さもないかもしれない。だけれど、どんな小さな花しか咲かせられなくても、確かに力強く生きて存在している。僕にとって、そんなところが愛しいんだ」
それにこの薄紫の花も可愛いしね。そう付け加えて笑ってみせると、シルベチカも柔らかく笑ってくれた。
「なんだかキャメリアらしいわね」
「そうかい?」
「ええ。――そういえばキャメリアにはまだ話してなかったわ」
首を傾げて「なにを?」という表情をしてみせる。
「私が小さい頃、母さんから聞いた御伽噺」
「それは――ぜひとも聞きたいな。話してくれるかい?」
頷いて肯定するシルベチカに、
「あ、でもちょっと待って」
少しの間待ってもらう。
ごそごそと体勢を変えて――。
「キャメリア……」
「さ、いいよ、シルベチカ。話してよ」
200 :名無飼育さん :2015/01/05(月) 20:02
僕は彼女のヒザに頭を乗せ――いわゆるヒザ枕の体勢で――彼女を見上げていた。
「そんなに長い話じゃないのよ?」
「でもいいんだ。この体勢がすごく落ち着くから」
絡み合ったままの僕とシルベチカの指同士。キュ、と少し力を込められた。
「甘えんぼね」
「ここには君と僕しかいないからこんなことも出来るんだよ。ね、話して?」
シルベチカは少しだけ困ったような、それでいてくすぐったいような笑みを浮かべながら話し始めた。

それは孤独な庭師の話――。
花を愛し花に生涯を捧げ、理想の花を作ろうとした。
しかし理想の花は完成せず、庭師は息絶える――。

話し終わったシルベチカ、聞き終わった僕、二人ともしばらくの間、無言だった。細雨が東屋の屋根を控えめに叩く音だけが聞こえる。
「……なんだか、悲しいお話だね」
ようやく出てきた言葉は、ありきたりな感想だった。
シルベチカは、
「……そうね、そうかもしれないわ。――母さんはこの後、こう言ったわ」
「……なに?」
「庭師の愛した花は勿忘草。花言葉は――『わたしを忘れないで』」
201 :名無飼育さん :2015/01/05(月) 20:02
「……庭師は誰に忘れてほしくなかったのだろう?」
「さあ、分からないわ。それにそうとも取れるし、そうじゃないかもしれないわ」
「考えれば考えるほど不思議なお話だね」
「そうね。――本当に」
遠くを見つめるシルベチカ。それがあまりにも寂しそうに見えたから。
きゅ、と握っている手の力を強めた。
視線をこちらに向ける彼女に。

「僕は、忘れないよ」

「シルベチカ、君という花のことを永遠に忘れない」

「キャメリア……」
目を丸くして驚く彼女を意に介さず、体を起こす。
彼女の両手指を自分のと絡めて、額同士をコツンと当てる。
「忘れることがないよう、ずっと一緒にいよう」
「……ええ。ずっと一緒に。だから――私を忘れないでね」
「忘れないし離れない。神サマなんて不確かな存在よりもシルベチカ、君自身に僕は誓うよ」
「私も。キャメリア、貴方自身に誓うわ」

冷たい細雨が僕たちを二人だけの世界に閉じ込めていた――――。

202 :名無飼育さん :2015/01/05(月) 20:03

〔承〕

203 :名無飼育さん :2015/01/05(月) 20:03

このクランでは不定期に男子寮と女子寮との交流会が行われる。
豪奢なシャンデリアに赤絨毯が敷かれた大階段のある広壮な間。
互いの寮の間にあるこの大広間で、今夜舞踏会が催されることが決まった。男子は仮面をつけるらしい。
交流会はいつも気乗りがしないけれど、寮生は全員参加が鉄則なので、今回も例外ではなく、私は仕方なく舞踏会が開始してしばらく経った頃に大広間に向かった。
大広間にはバロック音楽が流れていて、仮面をつけた男子とダンスする女子が大半だったけれど、中には勢いよく男子を投げ飛ばしている子もいれば、何故か数人をひれ伏させている子もいる。
204 :名無飼育さん :2015/01/05(月) 20:04
面倒に感じて、壁の花でいよう、そう思って体の向きを変えると、行く手を遮るように仮面をつけた男子が一人、跪いて片手を伸ばしてきた。
「麗しき人よ。どうか今宵僕と踊っていただけませんか」
いきなりのことに目を丸くして。――それから小さく笑った。
「いいわよ。ただその仮面は外してね」
そして伸ばされた手を取って、
「ね、キャメリア?」
と付け足した。
男子は苦笑いしながら仮面を外す。
「参ったな、あっけなく見破られるなんて」
「私を誘う人なんて、貴方くらいよ」
そう言うと、彼は、とんでもない、と言わんばかりに首を振って、
「幾多の男子を押しのけて君の前に来たんだよ。証拠にほら」
彼が指す方向を見ると、悔しそうにこちらを見ている男子数人が目に入った。
205 :名無飼育さん :2015/01/05(月) 20:04

「さあ、踊ろう」
片手を腰に回されたので、私も彼の肩に手を置く。
音楽に合わせてステップを踏み始めたので、彼に寄り添うように倣う。
ゆったりとした音楽と彼の動きに身を任せていると、程よく力が抜けて心地良い。
いつもは気乗りしない交流会が、今回はすごく楽しい。
時間が止まればいい、なんて一瞬、本気で思った。
「――参ったな」
キャメリアが本当に困ったように呟いた。
不安が胸をよぎり、
「どうしたの?」
考えるより先に口から出た。
彼は私をしっかり見つめて、
「シルベチカ、君と踊ることが楽しすぎるよ。時間が止まればいい、なんて本気で考えてしまった」
困った表情をしているのに嬉しそうに弾んだ声でそう言った。
言われた私は。
同じことを考えていたことが嬉しくて、恥ずかしくて。
顔を伏せ、小さく、
「……ばか」
と言うのが精一杯だった。
206 :名無飼育さん :2015/01/05(月) 20:04

音楽は続き、二人の踊りも続く。
「ねえ、シルベチカ」
「なに? キャメリア」
「僕は今、決めたよ。今、君に約束する」
私は何も言わずに目で彼の言葉の先を促した。
「よく『死が二人を分かつまで』と言うけれど、」
そこまで言って華麗にターン。それから囁くような声で、
「死んでも離れないから」
と言った。
今度ははっきりとした声で、
「もし離れることがあったら僕は君を永遠をかけて探し続けるよ」
ぎゅ、と繋がっている手を強く握られる。
私は。
今、言葉は不要だと思った。
熱い瞳で私を見る彼を真っ直ぐ見つめ返し、繋がっている手を、きゅ、と握り返す。――それで充分だった。

――私も決して離れないから。だから必ず見つけてね。

207 :名無飼育さん :2015/01/05(月) 20:05

踊り疲れた私たちは、テラスに出て休息をとることにした。霧雨が降る夜の空気は少し冷たいけれど、それが火照った体に気持ち良い。
夜の森に向かって深呼吸する。キャメリアはテラスの椅子に座りながら、そんな私を見ていた。
「そういえばあの日もこんな雨だったね」
「あの日って……?」
「シルベチカ、君と初めて会った時のことさ。君はあの東屋で一人唄っていた」
言われて、記憶の糸を辿る。
「そう言われればそうだったわ。良く覚えてたわね」
キャメリアの記憶力に感心していると、彼は何でもないことのように、
「生まれて初めて、一目惚れで恋に落ちたんだ。忘れるわけないよ」
優しい微笑を向けてくれた。
208 :名無飼育さん :2015/01/05(月) 20:05
私は気恥ずかしくなって、彼から目を逸らす。
「ね、シルベチカ。あの時の唄をもう一度唄ってくれないかい?」
「……今?」
「うん」
「……ここで?」
「そう」
「そんな明るい曲じゃないんだけれど……」
「いいんだ。ね、頼むよ」
「――それじゃあ……」
すぅ、と息を吸い、雨空に向かって唄う。


色彩を失った森の奥深くに
誰も知らない秘密の花園があった――――……


歌声は雨に溶け、そしてキャメリアの耳に吸い込まれていった……。

209 :名無飼育さん :2015/01/05(月) 20:06

〔転〕

210 :名無飼育さん :2015/01/05(月) 20:06

はあ・はあ、と荒い息を、胸を両手で抑えて整える。
逃げた先のここに、誰もいないことに安堵する。
先ほど、「退屈だー」が口癖の子に「あ、シルベチカ、相撲しようよ!」と誘われたので……即行で走り去った結果、今に至る。
親友が途中で「頑張って逃げ切れー」と笑って声を掛けてくれた。
普段、誰も近づくこともない建物の奥まった場所。
「相撲はいいんだけれど、10mも吹っ飛ばされるのは勘弁してほしいもの……」
過去の悲しい出来事を思い出しながら壁に寄りかかる。
と。
ぐらり、体のバランスが崩れて慌ててたたらを踏む。
「え? ……なに?」
振り返ると寄りかかっていた壁の一部が……回転式の隠し扉になっていて、それが少しだけ開いていた。
「…………テレレテッテレー♪ ……ってこれはレベルが上がったときのBGMね」
まあBGMはどうでもよくて。
好奇心から少しだけ開いていた扉を恐る恐る開ける。
211 :名無飼育さん :2015/01/05(月) 20:06
扉の先は地下へと続く階段になっていた。
階段に灯りはなかったけれど、その先、地下階にあるらしき部屋から灯りが漏れている。

誰かがいて、なにかをしている――!

直感がそう告げていた。
ここで引き返したほうが良かったのかもしれない。それでも私は、気付いたら足音と気配を消して階段を下りていた。
好奇心じゃない、それよりも大きな、「嫌な予感」というものを確認して打ち消したかったから――だから私は足を進めた。
212 :名無飼育さん :2015/01/05(月) 20:07

階段の終着点には木製の扉があって、その扉が半分開いていたことによって光が階段にまで漏れていたようだった。
ゆっくり階段を下りる。扉の中から独り言のような声が聞こえた。
「そろそろ監督生たちに指示の手紙を出さないとな……」
聞き覚えのある声が、あり得ないことを呟いていた。
混乱を覚えながら半分開いた扉から中を覗く。『彼』はこちらに背を向けて立っていた。
鋭利なナイフを右手に持って大きなビーカーの上に左手をかざす。そして――躊躇なく己の左手首を切り裂いた。
悲鳴が出そうになるのを手で押さえて堪える。
『彼』は意に介さずビーカーに自分の血を溜めていく。――その横には小型の蒸留器みたいなものが置いてあって、赤い液体をポコポコと音を立てて温めている。
それが……精製され……薬剤の形になって……そして……私たちがいつも飲んでいる…………
213 :名無飼育さん :2015/01/05(月) 20:07
「うっ」
限界だった。今、自分が見ているものを精神が拒否している。よろめいて、大きく扉にぶつかった。
ぶつかった衝撃で床にヒザと手をつく。『彼』は作業の手を止め。ゆっくりとこちらを向いた。
「――やあ、シルベチカ」
いつものように貧血特有の青白い顔で笑っていた。

『彼』は冷たい笑顔を向けるだけでなにも言わない。こちらの歯の根がカチカチと鳴る。
「貴方が……このクランの主なのね……貴方の血で作られた薬を私たちに飲ませて……なにが目的なの!?」
耐えきれない恐怖で叫んだ。
214 :名無飼育さん :2015/01/05(月) 20:08
私の叫びに眉ひとつ動かさずに『彼』は、
「永遠に枯れない花たちを作っているんだよ」
飄々と答えた。
「僕の血で作ったこの薬はヴァンプを不老化させる効果がある」
そこで『彼』はうっとりと宙を見つめ。
「時を忘れて過ごすユートピア……素晴らしいだろう?」
自分の頭の中で一つの仮説が浮かぶ。
「貴方……もしかして伝説の、TRUMP……?」
「だったら何だというんだい?」
否定をしないということは肯定と受け取るべきなのか。
――それなら。

「それなら――」
私はゆっくりと立ち上がる。そんな私を見て『彼』は笑顔だ。

「それなら――そんなことをしても……貴方の孤独は埋まらないわ」

『彼』の笑顔が凍りついた。

215 :名無飼育さん :2015/01/05(月) 20:08
感情を出さず、私は淡々と言葉を紡ぐ。
「花は枯れるから美しく咲けるの……永遠に咲き続けることなんて、少なくとも私は望んでいない」

そして思ったよりも憐れんだ声が出てしまい、そのまま言った。
「TRUE OF VAMP……貴方は間違っているわ。可哀相な……一人ぼっちの王様」

『彼』の顔は既に歪んでおり、忌々しげに私を睨んでいる。
「逆らうやつは僕のユートピアにはいらない」
「貴方の夢の国の住人にはなれない。私は――夢から醒める」
「シルベチカ、必ず後悔するぞ」

その言葉には答えず、私は一人、階段を上がり始めた――……。

216 :名無飼育さん :2015/01/05(月) 20:08

〔結〕

217 :名無飼育さん :2015/01/05(月) 20:09

窓の外を仰ぎ見ると木々が大きく揺れていた。今晩は嵐になりそうだ。
ここ数日、シルベチカに会っていない。
いつもの東屋には来ていないし、今夜あたり女子寮に忍び込んで会いに行こうか。
監督生としてあるまじき姿だなとは思うけれど、これ以上彼女の姿を見れなかったら、恋焦がれるあまり胸が本当に焼け焦げそうだった。
寮生たちに戸締りをしっかりするように言いつけるために廊下を歩く。
廊下窓から見る空は既に暗雲が支配していて、微かに雷の唸る声も聞こえる。思ったより早く嵐が来そうだ。
218 :名無飼育さん :2015/01/05(月) 20:09

「…………え?」

信じられない、というよりあり得ないモノを見た。少女が一人、このクランで一番高い塔へと続く渡り廊下を力ない足取りで歩いていたのだ。
顔は見えなかったけれど、その後ろ姿だけで誰か分かる。――僕が会いたくて恋焦がれていた人。
「風も雨足も強まってきているこんな時に塔に何の用事が――?」
しっかり者の彼女らしくない行動に。僕の不安と嫌な予感が炸裂した。
「おいキャメリア!?」
寮生の言葉を気にも留めず、一目散に彼女の後を追って塔へと向かう。
219 :名無飼育さん :2015/01/05(月) 20:10

男子寮を出て、渡り廊下を走り、塔の螺旋階段を一段飛ばしで駆けていく。

――シルベチカ、シルベチカ……、シルベチカ!

「シルベチカ!!」
彼女に追いついたのは、塔の頂上だった。
彼女は手で顔を覆い、僕のほうを振り返ることもなく、
「来ないで……キャメリア」
弱々しく言った。
そしておぼつかない足取りで塔の端へと向かう。
「な……にを、する気、なんだ……? シルベ、チカ……?」
まさか、という恐怖が頭をよぎる。その恐怖が足をすくませる。
220 :名無飼育さん :2015/01/05(月) 20:10
「止めろシルベチカ! 馬鹿な真似はよせ!!」
ありったけの声で叫ぶ。
そんな僕を冷笑するように、
「シルベチカにとっては、それほど『馬鹿な真似』でもないのさ」
聞き馴染みのある声が後ろから聞こえた。
それでも僕は振り返らない。彼女を、シルベチカだけを視界に捉える。
そんな僕の態度を意に介さず、後ろの声は続ける。
「シルベチカはいつもの薬を3日飲んでいない」
……なんのことだ? それがどうした――
「薬を断ったせいで急激な老化、老いが彼女を襲った。恋人の君にはとても見せられない姿になってしまったのさ」
後ろの声は愉快そうに言葉を続ける。
「さあシルベチカ、薬を飲むんだ」
後ろから伸びてきた手には赤い薬が入った瓶が握られている。
「今ならまだ間に合う。恋人と永遠の楽園にいたくないのかい?」
シルベチカは微動だにしない。迷っているのか……? それとも――――。
221 :名無飼育さん :2015/01/05(月) 20:11

僕は、
僕は……
僕は――!

「シルベチカ!」
声を上げた。
「薬は――飲まなくていい!」
なっ!? と驚いた声が後ろから上がったが無視する。
「どんな姿でもシルベチカ、君は君じゃないか! だから――僕のところに戻ってきてくれ……!」
言葉の最後は懇願であり、祈りでもあった。――神サマへの祈りじゃない、彼女へ捧げる祈りだった。
222 :名無飼育さん :2015/01/05(月) 20:11
彼女は顔を手で覆ったまま。

「ありがとう、キャメリア」

いつもと変わらない優しい声で言った。
――そして。

「――私を忘れないで」

その一言を残して、
塔から飛び降りた。

「シルベチカーッッ!!」


嵐が吹き荒れる。
びょお、とか、ごおぅ、とか音を立て、嵐が、そして重力が彼女を飲み込んでしまった――。
下をわざわざ見る必要はない。
彼女である者は彼女だった物に変化していることは分かる。
223 :名無飼育さん :2015/01/05(月) 20:12
ヒザから崩れ落ち、床を拳で何度も叩いた。
ガスッゴスッと床を叩いていると、拳の皮膚が破れ血が滲んだ。
それでも床を叩き続ける。
「うっ……うぅ……」
嗚咽が漏れ、血と涙と鼻水、そして激しい雨が床を染める。
濡れネズミになりながら、ようやく床を殴るのを止めた。

囁くように、それでも彼女には聞こえていると信じて、僕は言葉を紡ぐ。
「シルベチカ……僕は決して君を忘れない。それなら君は、僕の記憶の中で生き続けるのだから」

たとえ死が二人を引き離そうとしても。僕たちは決して離れない。僕の愛していた花は枯れないよ――――Forget me not。


224 :名無飼育さん :2015/01/05(月) 20:13

パシャリ、水を跳ねる靴音がした。そういえば塔の頂上には僕以外にも、もう一人いたんだっけ。そいつの存在なんてどうでもよかった。――馴れ馴れしく僕の肩に手を置くまでは。
「可哀相なキャメリア。恋人に先立たれて、且つその亡霊を背負って生きていこうとするなんて」
「……お前には関係ない」
「残念ながら関係あるんだ」
「……は?」
「今回のシルベチカの件は、僕のユートピアに相応しくない。だから――クランにいる者たち全員にシルベチカのことは忘れてもらう」
「なっ!?」
肩に置かれていた手を振りほどく。
嵐の中、皮肉めいた笑みを浮かべ、そいつは右手を掲げる。
225 :名無飼育さん :2015/01/05(月) 20:13

忘れるものか……忘れたくないんだ……。
シルベチカ――僕の愛した花。美しい花。

たとえ君のことを忘れたとしても――、
逢いにいくよ――。

彼女の笑顔が浮かんだ瞬間。
そいつはパチーンと指を鳴らした。

226 :名無飼育さん :2015/01/05(月) 20:13

〔跋〕

227 :名無飼育さん :2015/01/05(月) 20:14

「キャメリア! なんでアンタはいつも女子寮にやって来るのよ!」
いつものように僕を叱る彼女。

女子寮に来る理由? 決まってるだろ、それは。
それは――。

唇に指を当て考え込む。
そんな僕を訝しむ彼女。
「ちょっとキャメリア?」
「あれ、僕は何故女子寮に来るんだろう……?」

なにかとても大切なモノがあったはずなのに……。

ぽたり、と床に水が落ちた。
その水が、自分の目から溢れ、頬を伝い、そして床に落ちたのだということを自覚するのに、しばらくの時間が必要だった。
「あれ、僕は何故……泣いているんだろう……」


228 :名無飼育さん :2015/01/05(月) 20:14

美しい花  了。

229 :石川県民 :2015/01/05(月) 20:15

お粗末様でした。
完全なる自己満足ですが、当分「リリウム」を題材にした話をシリーズ化していこうかと考えております。
まあ……次回の更新は早くても一ヶ月程かかると思いますが。
お付き合いいただければ幸いに存じます。

それでは。


  拝。

230 :石川県民 :2015/01/11(日) 20:50

当初の予定より早く書き上げることができました、石川県民です。
読んでくださる方がいらっしゃるのか甚だ疑問ですが、
自己満足だけの「リリウム」話を続けたいと思います。
今回は「お姉さま」二人の話です。
それではどうぞ。

231 :Bad-night,Good-night. :2015/01/11(日) 20:51

Bad-night,Good-night.

232 :Bad-night,Good-night. :2015/01/11(日) 20:51

〔序〕

233 :Bad-night,Good-night. :2015/01/11(日) 20:51

嵐が吹きすさぶ夜。二人の少女が土を掘っていた。
見当をつけていた程に掘ると、その中に。
死者を納める箱、棺を入れた。
そして土を被せていく。
二人の少女は無言で、しかし息の合った動きで一連の作業を行った。
土が他の地面より、やや盛り上がった程度になると、土を被せるのを止めて、その土の上に、二枚の木の板を交差させただけの簡素な十字架を突き立てた。――それが墓標だった。
少女の一人が、作りたての墓に向かって呟く。
「我らは醒めない夢を見ることを選んだ……たとえそれが、どんな悪夢であっても」
嵐に掻き消されそうな音量だったが、もう一人の少女の耳にはしっかりと聞こえた。
呟いた少女が向き直り、
「帰ろう竜胆」
もう一人を促す。
「……ええ、紫蘭」

紫蘭と呼ばれた少女はスコップを持ったまま歩み出し、もう一人の少女、竜胆もそれに従おうとする。
が。
去り際に振り返り、墓に向かって紫蘭に聞こえないように呟いた。
「さようなら、シルベチカ」
別れの言葉を残し、紫蘭の後を追った――。

234 :Bad-night,Good-night. :2015/01/11(日) 20:52

〔起〕

235 :Bad-night,Good-night. :2015/01/11(日) 20:52

『お姉さま』と呼ばれ、尊敬と畏怖を集める存在。それが私たち。
規律を遵守し、模範を示し、このクランにいる少女たちを導く。
それが使命。

最近のクランについてお館様にお伺いを立てて、その返事をパートナーの紫蘭が読んでいる。
「お館様はなんと?」
「この現状を見守れ、と……」
あまり明るくない表情で紫蘭は答える。
236 :Bad-night,Good-night. :2015/01/11(日) 20:52

そんな彼女の顔を覗き込み、まじまじと見つめてみる。
「……なんだ?」
「紫蘭、目の下にクマが出来ているわよ」
そっ、と彼女のクマに触れる。彼女はされるがままに立っている。
「大丈夫? ちゃんと眠れている?」
「竜胆……」
「なに?」
「お前がそんな仕草をするとエロいな」
ガクっと体が傾く。
「え、えろ……」
「冗談だ」
こちらは声が震えているというのに紫蘭はあっさりと言いのけた。
そして体の向きを変え、背を見せながら言った。
「私は大丈夫だ……大丈夫、だから」
それだけ言って早足で歩き始めた。

237 :Bad-night,Good-night. :2015/01/11(日) 20:53

『講義』をして薬の服用の重要性を説いて、必ず飲ませる。
時には優しく諭し、時にはムチをちらつかせて強引に。
そうやってクランでの生活を指導していくのが私たちの役目。
――私たちに300年、与えられた役割。
このクランでの生活がこうやって続いられていったのだし、これからも続いていくのだろう――そう信じて疑わなかった。
お館様に忠誠を誓えば、永遠の夢を見続けることができるのだから。
だから……――。

238 :Bad-night,Good-night. :2015/01/11(日) 20:53

〔承〕

239 :Bad-night,Good-night. :2015/01/11(日) 20:53

「ねえ竜胆、このクランでは何が起こっているのだ?」
珍しく不安げな声を出す紫蘭に少し驚く。
何も言えずにいると、彼女は近寄って私の肩に顔を埋める。
思わずその体を抱き締めた。
――弱々しく、小さく震えているその肩。いつもの威勢の良い彼女からはきっと想像できない。
「……大丈夫よ紫蘭。――私がいるから」
優しく囁く。

だからお願い、そんなに不安にならないで。

「――ね。私の可愛い紫蘭……」

240 :Bad-night,Good-night. :2015/01/11(日) 20:54

夜。監督生の部屋にて。
私は蝋燭の灯で書き物をしていたけれど、紫蘭は早々と寝てしまった。

最近、紫蘭の神経に負担がかかり過ぎているのかもしれない。

書き物の手を止め、体を捻り、音を立てずに椅子から立ち上がる。
ベッドに近づき、枕に頭を乗せながらも眉間にシワを寄せたままの紫蘭の頬を、そっと撫でた。
机に置かれた蝋燭の灯だけで見る紫蘭の顔色はとても青白い。
「紫蘭……可哀想な子――」

241 :Bad-night,Good-night. :2015/01/11(日) 20:54

『お姉さま』と呼ばれている私と紫蘭。紫蘭はいつも凛としてムチを常備しているから恐れられている存在で。まさに私と紫蘭は飴とムチという存在関係だった。

だから、ずっと勘違いされていた。
私だけが、知っている、本当の紫蘭。
紫蘭は――、
本当は――――、

242 :Bad-night,Good-night. :2015/01/11(日) 20:54

「う……う゛ぅ……」
突然紫蘭が呻き出した。苦悶の表情で脂汗を浮かべ出す。
「紫蘭!? 紫蘭!」
彼女の体を揺らして起こす。
「ぅう……りん、どう……?」
不安げに目を開けて、恐る恐るといった感じに私を見る。
「……私は……。……夢か」
自己完結させる紫蘭に「どんな夢?」と促すものの、
「言いたくない」の一点張りだった。

「……すごい汗よ。着替えましょう」
これには頷いてくれた。
チェストからタオルと新しいパジャマを出して手渡す。紫蘭は大人しく受け取り、汗まみれのパジャマを脱いでタオルで体を拭く。
新しいパジャマに袖を通し。
「……なあ竜胆」
紫蘭がこちらを見ずに話し出した。
「なに?」
なるべく意識して優しい声を出す。
「私たちは……間違っているのだろうか……」

243 :Bad-night,Good-night. :2015/01/11(日) 20:55

なにを? とか、なんのこと? とかの言葉は、今は彼女を責めるだけにしかならないと分かっているから。

ただ彼女を後ろから抱き締めた。

「竜胆……」
少し戸惑っていることに気付いていたけれど、無視して抱き締め続けた。
「私は貴女の味方よ……紫蘭」
耳元で囁いてあげると、彼女の体からも力が抜けて。
「……竜胆」
寄りかかり、腕を掴んでくれた。
「大丈夫よ……大丈夫だから」

窓の外では、しとしと雨が降りながら夜は更けていった――。

244 :Bad-night,Good-night. :2015/01/11(日) 20:55

………………。

245 :Bad-night,Good-night. :2015/01/11(日) 20:56

「我らがこのクランを守るのだ!」
そう言って小銃を上に向かって威嚇射撃する。
「止めなさい紫蘭!」
叫んだものの、彼女は意に介さず逃げる寮生を追う。

止めて――止めて、紫蘭。
そんなことをしても貴女が苦しむだけ……!

追い駆けて紫蘭を捕まえる。紫蘭は逃げた寮生たちを見失っていた。
「あの子たちの処遇はお館様に委ねましょう。だから――小銃を渡して」
「……」
無言で差し出す紫蘭。その手はやはり――震えていた。
246 :Bad-night,Good-night. :2015/01/11(日) 20:56
小銃を受け取り、力いっぱい紫蘭の体を抱き締める。彼女も強く私を抱き締め返した。
「紫蘭……無理をしないで」
「無理なんてしていない」
嘘ばっかり。こんなに全身が震えているくせに。

本当は――誰よりも脆い紫蘭――。
きっとこのクランで相手を傷つけることを一番恐れているのが彼女。
普段持っているムチは虚勢。小銃を使うのは、「攻撃すること」を少しでも緩和するため。
怖がっていることを隠している、誰よりも可哀想な――、
――私の紫蘭。

彼女を抱き締め、天井を仰ぐ。
「私たちをお救いください……TRUE OF VAMP」
私は祈った。

247 :Bad-night,Good-night. :2015/01/11(日) 20:56

結果、寮生たちの記憶はお館様のイニシアチブで元通りとなり、私たちは夜、自分たちの部屋へと戻った。
シャワーを浴びる気力もおきない彼女を、少しでも元気づけたかった。
「紫蘭、一緒に寝ましょう」
返事も待たずにさっさとベッドに入ると、彼女も仕方なく、といった感じに入ってきた。
手指を絡める。
「今夜は怖い夢を見ることないわ」
「――そうだといいな」
そしてそのまま会話は途切れた。私は目を瞑る。
――眠りの世界へと誘われる頃に。

「私たちを見つけてよ……神様……」

その呟きに近い祈りは聞こえなかったことにした。

248 :Bad-night,Good-night. :2015/01/11(日) 20:57

〔転〕

249 :Bad-night,Good-night. :2015/01/11(日) 20:57

どれ程の前のことだったか。あやふやな記憶の中で以前、こんな諍いがあった。
あれは講義の時間になっても大部屋に現れなかったスノウを私と紫蘭は探しにいった。
スノウは庭園に続く廊下にあるベンチで静かに本を読んでいた。
紫蘭がムチを自分の肩にかけ、声をかける。
「こらスノウ。読書も結構だが、講義の時間だ」
スノウは顔を上げない。
「スノウ、聞こえていないのか」
イラついた声を上げる紫蘭。
「――聞こえているわ」
静かな声で答えるスノウ。
「ならばさっさと大部屋へと向かえ」
怒気を含んだ声に、こっちがハラハラしていると、スノウはゆっくりと紫蘭を見て――、

「人もヴァンプも一人で生まれて一人で死んでいく……それが、自然の理……」

紫蘭から怒りの表情が消えた。――私にしか分からない程度だったけれど、目が若干怯えている。

「……なにが言いたいのだ」
「――別に。なにも」
それだけ言ってスノウは立ち上がる。
「遅れてごめんなさい。講義には参加するわ」
そして先に大部屋へと歩いていった――。

250 :Bad-night,Good-night. :2015/01/11(日) 20:57

………………。

251 :Bad-night,Good-night. :2015/01/11(日) 20:58

――リリーのイニシアチブがクランを支配する――。

皆が、私たちの繭期が、醒めるはずのなかった夢が、
崩壊する。
短剣同士がぶつかり合い鋭い金属音が響き渡る。
殺戮。その一言が今のクランの全てを物語っていた。

今、……いいえ、今も、私の目の前にいる紫蘭は短剣を翳し、私に向かって振り下ろす。それを短剣で弾く。

252 :Bad-night,Good-night. :2015/01/11(日) 20:58

――ねえ、紫蘭。
私たちのユートピアが消えてしまうわ。
それはとても悲しいこと。
けれどね。
私、不思議とリリーを憎む気になれないの。
だって。
ユートピアにいるはずの貴女は、ほぼ毎晩、呻いていたじゃない。
私にとって、それはとても悲しいことだったの。
貴女の苦しみが消えるのなら。
――このユートピアを消したって構わないわ――。

ねえ、紫蘭。
貴女は今、なにを考えているの?

253 :Bad-night,Good-night. :2015/01/11(日) 20:59

鋭い金属音を立てて短剣同士が交差する。
紫蘭の顔を見ると。

彼女は泣いていた。

なにに対して泣いているのか、分かりあぐねていると。

「嫌……いや……」
短剣を振り回しながら言葉を吐き出す紫蘭。

「一人は、嫌……」

涙を流しながら剣を振るうその姿を。
私はとても美しいと感じた。

だから私は――、
微笑むことができた。

254 :Bad-night,Good-night. :2015/01/11(日) 20:59

何十合もの短剣のぶつかり合い。

子守唄を唄うように、紫蘭に優しく諭す。
「大丈夫よ紫蘭」
「――……」
「私が、いるから」
「竜、胆……」
「貴女は一人じゃない」

殺し合いをしているはずなのに、二人の間にゆったりとした時間が流れる。
紫蘭は。
泣くのを止めて。
このクランに来て初めて。
――安らいだ笑みを浮かべた。

255 :Bad-night,Good-night. :2015/01/11(日) 20:59

〔結〕

256 :Bad-night,Good-night. :2015/01/11(日) 20:59

【白居易・長恨歌】
天ニ在リテハ願ワクハ比翼ノ鳥ト作リ、地ニ在リテハ願ワクハ連理ノ枝ト為ラン

257 :Bad-night,Good-night. :2015/01/11(日) 21:00

ねえ、紫蘭。

スノウが言っていたわね。
「人もヴァンプも一人で生まれて一人で死んでいく」って。
確かにそれは真実かもしれない。

でも、
私たちは、
二人で一つだから。

私は決して貴女から離れない。
貴女を一人にはさせない。

一緒に死ぬことが私の望みなら、
死んでも一緒であることが貴女の願い――。

258 :Bad-night,Good-night. :2015/01/11(日) 21:00

大丈夫。
もう怖い夢は見なくていいの。
だから。
おやすみ紫蘭、いい夢を見てね。

ザシュッ。

互いの短剣が互いの腹部を抉った。
そして。
とどめとばかりに、お互い震える手で、刃を自身に向けて――

ドスッ。

心臓に突き立てた。

259 :Bad-night,Good-night. :2015/01/11(日) 21:01

二人共々、崩れ落ちる。
最後の力を振り絞り、紫蘭を見る。

「…………」
ぱくぱくと口を開けて、声にならない声を出しながら、それでも震える右手を差し伸ばしてくる。
私も必死に左手を伸ばす。

紫蘭の右手と私の左手。
それらがしっかり重なったところで。

――安心したかのように紫蘭は事切れた。

260 :Bad-night,Good-night. :2015/01/11(日) 21:01

ガハッ。

残された私は口から血を吐きながらも、まだ生きていた。

最期に想うことはやっぱり彼女のこと。

威厳があって、
強がりで、
芯があって。
でも本当は。
とても脆くて、
弱くて、
とても優しい、唯一無二のパートナー。

261 :Bad-night,Good-night. :2015/01/11(日) 21:01

薄れていく意識の中、炎がチラチラと近づく足音が聞こえる。

――ねえ紫蘭……

私たちは……
二人ぼっち、だから…………。

だから――……。
……おやすみなさい…………。


………………。

262 :Bad-night,Good-night. :2015/01/11(日) 21:02

Bad-night,Good-night. 了

263 :石川県民 :2015/01/11(日) 21:02

お粗末さまでした。
構想の段階ではこんなに百合臭くならないハズだったのに……。
フクちゃんの色気が全て悪いんだー! という責任転嫁をして、
今回はここまでとさせていただきます。
次回の二人はここまで百合臭くならないといいな、と願いながら。

それでは。


  拝。

264 :石川県民 :2015/01/21(水) 08:55
こんにちは、石川県民です。
今回は某様にリクエストを伺って聞いた瞬間、
「そりゃ無茶でんがな」と心で思い、顔が引きつった二人がメインの話です。
それではどうぞ。
265 :いつか一緒に虹を見よう :2015/01/21(水) 08:55

いつか一緒に虹を見よう

266 :いつか一緒に虹を見よう :2015/01/21(水) 08:55

〔起〕

267 :いつか一緒に虹を見よう :2015/01/21(水) 08:56

今日も、飽きることを知らず、雨が降る。
このクランは深い森と冷たい雨に閉じ込められている、スノウはぼんやりとそう思った。
そして定位置になった、庭園に続く廊下にあるベンチに座る自分も代わり映えがないな、と自嘲の笑みが浮かぶ。
ヒザ元に置いた本の表紙を撫でる。古書室から借りてきた本で、ストーリーはもうそろそろ佳境に入ろうとしている。
今日中に読み終えて返したい、そう思って頁をめくった。

――それはヴァンプの少年と人間の娘の禁断の恋の物語――。
ヴァンプと人間が敵対していた時代、それでも惹かれあった二人。
娘は少年の「ほら、伸ばせば手が届きそうだ」と言って夜空の星に手を伸ばす、無邪気な姿を愛した。
少年は娘の、少年がヴァンプと知っても嫌悪しない、純真無垢な心を愛していた。
二人は祭りの夜、一緒にダンスを踊ろうと約束して――――。

268 :いつか一緒に虹を見よう :2015/01/21(水) 08:56

「スーノウ!」
「きゃ!」
ポン! と肩に手を置かれた。読書に夢中になっていたせいで、思いもよらず大きな悲鳴が出た。
「なによ、痴漢にあったみたいな声を出して」
「な、なんだ……リリーか」
胸を手で押さえていると憮然とした表情のリリーが立っていた。
リリーがスノウの隣に座る。そして自然な仕草でスノウの手から本を取った。
「また本を読んでる。スノウさんは私を差し置いて読書に夢中ですか」
「こら返しなさいリリー」
手を伸ばすも、その手はリリーの手にあっけなく遮られる。
「私より本のほうが大事?」
リリーを見ると、その頬が少し膨らんでいて。
思わず笑みが零れる。
「そんな訳ないじゃない。リリー、貴女は私の親友なのよ」
リリーはスノウの言葉に満足したような顔をする。ので、言葉を付け足す。
「でも本は返してね」
「はーい」
今度は素直にスノウに手渡した。
「スノウは読書が好きね」
「そうね。でもねリリ−、私は貴女と過ごす時間も好きなのよ」
その言葉に。リリーは胸に手を置いて。
「……すっごい殺し文句」
と呟いた。

269 :いつか一緒に虹を見よう :2015/01/21(水) 08:57

止まない雨を意味も無く見上げながら、二人、手を繋いでもたれ合う。
「……ヒマー」
「それなら読書を薦めるわ」
「ヤダ。――でもさスノウ、今、貴女とこうしているのは楽しいの」
「そうね、私もよ」

リリーは繋いでいた手を離し、スノウの肩に置いた。
「ねえスノウ」
「なに?」
「噛んでいい?」
カパ、と口を開けて無邪気な瞳で聞いてくる。
「ダメ。――それに私を噛んでどうするのよ」
つい、呆れ口調になる。
「えーと……うーん……スノウのイニシアチブを掌握する?」
「掌握して何を命じるの?」
「うーん、うーん……あ! 一生私の親友でい続けてもらう!」
リリーの閃いたような言葉に、ついクスクスと笑い出してしまう。
「お馬鹿なリリー」
「馬鹿ってなによ」
「そんなもの――イニシアチブを握らなくても、私はリリーの一生の親友よ」
二人、顔を見合わせる。そして同時にクスクスと笑い合った。
「そうねスノウ。そうに決まってるものね」
「そうよ。――だから本を読んでもいい?」
「結局読書かい!」

270 :いつか一緒に虹を見よう :2015/01/21(水) 08:57

イジけるリリーに「冗談よ」と苦笑いで慰めるスノウ。
スノウに背を向けて、ベンチの上で体育座りをしていたリリーだったが、優しく髪を撫で続けられ、次第に気分は穏やかになっていった。
体育座りを崩し、体重をスノウに預ける。スノウは黙ってそれを受け入れる。
「……ねえ、スノウ」
「なに?」
「スノウは虹を見たことがある?」
「……『ニジ』?」
「もしかして……見た・見たことない以前に、虹を知らないの?」
驚いて振り向くリリーに、気まずそうな、恥ずかしそうな表情を見せる。
そんなスノウを慰めるように、ポンポンと腕を叩く。
「私も一回しか見たことないから、偉そうなことは言えないけどね」
そのまま言葉を紡ぐ。
271 :いつか一緒に虹を見よう :2015/01/21(水) 08:58
「空にね、アーチ状の七色の光の帯が浮かび上がるの。それが虹。『天使のすべり台』とも言われてるって母さんが言ってたの」
「それは……とっても素敵ね。きっとすごく綺麗なんでしょうね」
「うん。幼い頃に見たきりだから曖昧だけど、すっごく綺麗だった」
だからね、と言って、体の向きを変えてスノウに向き直った。
「スノウ、いつか一緒に虹を見たいの!」
驚いて何も言えないスノウに言葉を被せるリリー。
「母さんはこうも言っていたの、虹は雨上がりの空に現れるのよ、って。
だからねスノウ、このクランで雨が上がったら――」
早口で言うリリーに、くすりと笑って、
「そうね。二人で虹を見ましょう」
と、穏やかに言った。
「スノウ、約束だからね」
「ええ、約束するわ」

「「いつか一緒に虹を見よう」」

声をハモらせ、見つめ合って。そして同時に吹き出す。
「なんかすごい子どもっぽいことをしてるね、私たち」
「そうね、でもすごく楽しいわ」
「確かに。あーあ、早く雨が止まないかなぁ」
「私も早く虹が見たいわ……」
そうして二人、空を見上げた――。

272 :いつか一緒に虹を見よう :2015/01/21(水) 08:58

〔承〕

273 :いつか一緒に虹を見よう :2015/01/21(水) 08:58

そんな会話をしてからどれだけの月日が経過したのだろう――……。
――分からない。このクランでは時間の概念がとても曖昧だった。
一緒に虹を見る、という約束を交わしたのも、昨日のことのように思えるし、ものすごく昔のことのようにも思える。

このクランは、なにかが、おかしい。

そんな疑いを持つようになったのは、突如現れては突如消えていく何人かの寮生たちの存在だった。
覚えているだけでも3人。「クランの新入り」として監督生から皆に紹介されたのに、いつの間にか姿を消していて、そして誰もその子のことを覚えていない。――私とスノウを除いては。

そしてスノウの決定的な一言。
「ねえリリー……。私たち、このクランにどれだけいるのかしら」

274 :いつか一緒に虹を見よう :2015/01/21(水) 08:59

いつもの雨空。いつもの庭園へと続く廊下にあるベンチ。
なにも変わらない風景、と、私たち。

最初、スノウが何を言っているのか分からなかった。
「こうやって貴女と雨空を見上げていることが……何日、何年、いいえ、もしかしたら何十年、何百年もしている気がするの……!」
なに馬鹿なことを――そう笑い飛ばすことが出来なかった。
その代わりに出てきた言葉は、自分でも意外だった。
「もし……何十年、何百年もこのクランにいるのだとしたら、何故……私たちは年を取らないの……?」

「古書室である本を読んだの」
スノウはぽつりと言った。
「それは私たちヴァンプの始祖、TRUMPについての記述だったわ」
「トラ、ン、プ……?」
「TRUE OF VAMP、この世に出現した最初の吸血種のことよ。不老不死の力を持つ、真なる吸血種……」
私は何も言えず、彼女の言葉を待つ。
275 :いつか一緒に虹を見よう :2015/01/21(水) 08:59
「その本は神話のジャンルに分類されていたけれど――もしTRUMPが神話や御伽噺だけの存在じゃないとしたら……。
…………もし、もし、私たちに突然変異や先祖返りなどの異変が起こって、不老不死の体を手に入れてしまっていたとしたら……」
「やめて!」
気付いたら叫んでいた。
「スノウ! そんな醒めない悪夢みたいな話は止めてよ! ……そうよ、スノウ、貴女、繭期のせいで不安定なのよ。ね、薬を飲みましょう?」
スノウに、そして自分に言い聞かせるようにして、スノウの腕を取る。
先にベンチから立って、スノウも立たせるように促すけれど。

彼女は立ち上がらずに、そ、っと古びた一葉の写真を差し出した。
「TRUMPについて書かれていた本に挟んであったものよ」
そう付け加えて。
私は写真を見る。
そこには、見覚えのある三人のヴァンプが写っていた。
固い表情の二人の肩を、後ろから満面の笑顔で抱く一人。
「日付を見て」
スノウは視線を合わせず呟いた。
「そんな……嘘よ……」
恐怖が全身を襲い、写真を床に叩きつける。
「なんで……なんで300年前の写真に私たちが写っているのよ!?」
叫びは虚しく湿った空気に溶けていく。
276 :いつか一緒に虹を見よう :2015/01/21(水) 09:00
固い表情で写っていた二人、それは紛れもなく、今と変わらない姿の私とスノウだった。
「どうして! どうなっているのよ!?」
混乱の最中にいる私と対称的にスノウは静かな口調で言う。
「この件に関しては――写真に写っているもう一人に説明してもらいましょう」
廊柱に視線を移動させる。
「――ね、隠れていないで出てきてよ」
スノウの言葉に。廊柱に隠れていた人物――300年前の写真で私たちの肩を抱いていた人物が現れた。
「参ったなぁ、古書室は閲覧禁止にしておくべきだった」
特に参った様子もなく、彼――ファルスはぼやいた。
ファルスはピッ、とスノウを指す。
「スノウ。君は重要な部分を勘違いしている。君たちの不老不死は突然変異や先祖返りのような偶発なものじゃあない。――僕の開発した特殊な薬、ウルのおかげさ」
「『おかげ』……? 『せい』の間違いでしょう」
互いに落ち着いた物腰。それでもスノウの言葉には棘が含まれている。
無言で睨み合う二人の現状を打破したのは、私の叫びだった。
「私たちは永遠にこの姿のままなの!?」
「そうだね。まだ不死は完璧じゃないけれど、君たちは既に300年、その姿のままだ。不老は完成したと言っても過言じゃない」
ファルスは冷静に、そして満足そうに言う。
277 :いつか一緒に虹を見よう :2015/01/21(水) 09:00
私は震える足で彼に近づく。それを意に介さずにスノウとファルスの会話は続く。
「ファルス。――貴方の目的はなんなの?」
「剣呑な言い方だねスノウ。僕は君たちに素晴しい世界を提供するだけなのに」
「……素晴しい世界?」
「そう。――永遠の繭期を、さ」
「ファルス……貴方、異常だわ」
「褒め言葉として受け取っておくよ、僕の最高傑作」
スノウに向かってわざとらしく恭しい礼をするファルスの服を掴む。
「永遠に生き続けるなんてあんまりよ! お願いよ! 元の体に戻してよ!!」
必死に請い願う私を、歪んだ笑みを浮かべて何も言わないファルス。

頭の中が熱い。
体内を巡る全ての血が沸騰しそう。
視界が赤い。
平衡感覚がまともじゃなくなる。

「リリー!」
スノウの叫びを耳にしたのを最後に、私の意識は途切れた。

278 :いつか一緒に虹を見よう :2015/01/21(水) 09:00

………………。

279 :いつか一緒に虹を見よう :2015/01/21(水) 09:01

次に気付いた時には自室のベッドに寝かされていた。
体を起こそうにも全身に力が入らない。頭が朦朧とする。霞む視界の先に見えたのは、心配そうに私を見るスノウの姿だった。
「スノ……」
掠れた声で名前を呼ぼうとすると、唇に人差し指を当てられ、
「しゃべらないで」
と優しく言われた。
「リリー、貴女いきなり熱を出して倒れたのよ」
そう言って私の額に置かれていた物を手にする。それは濡れタオルで、スノウはそれを洗面器で洗い直す。
「すごく高い熱だからしばらく安静にしてなくてはダメよ」
洗い直したタオルを乗せてくれる。ひんやりとしていて気持ち良い。

……倒れる前、なにをしていたのだっけ?――思い出せない。

「身体は当然だけれど、考え込むこともしばらく禁止ね。大人しくしてるのよ」
スノウが頬を撫でてくれた。その手が冷たくて気持ち良くて安心する。
睡魔が誘ってくる。
「ゆっくり休んでねリリー。おやすみなさい」
その言葉を合図に、私の瞼はとろんと落ちた。

280 :いつか一緒に虹を見よう :2015/01/21(水) 09:01

リリーが規則正しい寝息を立てたのを確認してから、静かに洗面器を持って部屋から出た。
思い出すのはリリーが倒れた直後にファルスが放った一言。

「あーあ。コイツも失敗作か」

洗面器を掴む手の力が強くなる。
「リリーは失敗作なんかじゃないわ……」
呟きは、彼女にとって決意を固めさせた。
切なく、寝込む親友の姿を想起して瞳を閉じる。
「リリー……私の、大切な人――」
そして、瞳を開けた。

281 :いつか一緒に虹を見よう :2015/01/21(水) 09:02

〔転〕

282 :いつか一緒に虹を見よう :2015/01/21(水) 09:02

カツーン・カツーンと地下階段に靴音が響き渡る。この音はきっと、いいえ必ず地下部屋の主にも聞こえている。
階段を下りきって、一枚の木製扉の前に立つ。
ゴクリ、と唾と恐怖を飲み込んで。意を決して扉を開けた。

ギイ、と軋む扉の音なんて聞こえないかのように、中にいた人物はこちらに背中を向けて作業する手を止めない。――薬剤と血の臭いが微かに鼻を突く。
「――この隠し部屋まで知っていたとは恐れ入ったよ。スノウ、君は探偵になれるよ」
「……以前に古書室に行く途中に偶々見つけただけよ。探偵なんて願い下げだわ」
そうかい、とさしたる興味も無いように部屋の主――ファルスは言う。

283 :いつか一緒に虹を見よう :2015/01/21(水) 09:03

「それで何の用だい? 見てのとおり僕は忙しいんだ」
「リリーを治して」
単刀直入に用件を告げる。ファルスは一瞬黙って、それから、
「悪いけれど、失敗作を助ける義務は持ち合わせていないんだ」
無慈悲にも言い放つ。
「…………」
作業を止めないその背中を、睨んで無言の圧力をかけてみるが、ファルスは一向に気にも留めない。ただ言葉を続けた。
「リリーはおそらく僕たちの会話が鍵となって、300年分の記憶が一度に戻ったのだろう。大量の情報に脳が耐え切れずに熱暴走を起こしている。イニシアチブで記憶を消しても、きっと元には戻らない。――廃人確定だ」

淡々と告げるファルスの腕を乱暴に掴んでこちらを向かせる。
迷惑そうな顔をしていたけれど、気にしなかった。
「それを! 治してって言ってるのよ!!」
彼は何も言わず、ただ私を見ている。
「リリーを治してって頼んでるのよ!」
「それが人に物を頼む態度かい?」
ファルスの声はどこまでも冷たい。

284 :いつか一緒に虹を見よう :2015/01/21(水) 09:03

冷静にならなければいけない。
自分は丁寧にならないといけない立場。
分かっている。分かっているけれど……!

大粒の涙が目から無数に溢れ出る。
どうしても、叫ばずにはいられなかった。

「リリーは私の大事な親友なのよ!」

ファルスの体に沿って、ヒザから徐々に崩れ落ちる体。
子どものように泣きじゃくりながら、
「お願い……リリーを助けて」
ファルスの足元でみっともなく懇願をしていた。

285 :いつか一緒に虹を見よう :2015/01/21(水) 09:04

――どれだけそうしていたのだろう。
観念したようなファルスの言葉が降ってきた。
「……リリー用にウルを特別調合してみよう」
その言葉に顔を上げる。ファルスはまだ無表情のままだった。
「ただし、これは取引だ」
「……取引?」

そこまで言って。ファルスはようやく。
口の端を吊り上げた。

「ダンスは一人じゃ踊れない。パートナーが必要なんだ。……分かるかい、スノウ?」

ファルスの言葉を噛み砕き、飲み込み、意味を悟る。一瞬にして口の中が乾上がった。

「共に、……永遠を生きろ、と?」
「そうさ。君は僕の最高傑作なんだから、相応しい存在なのさ」

286 :いつか一緒に虹を見よう :2015/01/21(水) 09:04

まるでダンスを申し込むかのように手を差し伸ばすファルス。
その手を取るのも払いのけるのも私の自由だ。
けれど。
けれど――!

苦渋の表情でその手を取って立ち上がる。
「OK,取引成立だ」
ファルスはとても満足そうだった。

「――絶対にリリーを助けてよね」
「もちろんさ。――ああ、ただし、リリーからスノウ、君との記憶は消させてもらうけれどね」
「…………!」
287 :いつか一緒に虹を見よう :2015/01/21(水) 09:04
「さっき言っただろう? リリーは今、大量の記憶により熱暴走を起こして倒れている、って。原因を取り除かないと根治は不可能さ。別にスノウ、君との思い出だけじゃないよ。リリーがこのクランに来てからの記憶はほとんど消去するさ」

ファルスの下半分の科白は脳に届いていなかった。

リリーから……私との思い出が消える?
私は覚えているのに……リリーには無かったことになるというの?
それは……、
それは――とても寂しいことじゃないの。

――それでも。
それでも、リリーが助かるというのなら。
――私は記憶の墓守になろう。

「薬は明日の朝には出来上がる。……リリーとの時間は今夜までだ」
「……そう。ありがとう」
それだけ言って。
私は地下部屋を後にした。

288 :いつか一緒に虹を見よう :2015/01/21(水) 09:05

コンコンと軽くノックしてから扉を開ける。
「……スノウ……」
リリーは起きていて、苦しげな表情でこちらを向いた。
「リリー、眠れない?」
私の問いに、ほう、と熱病特有の息を吐き出す。
「スノウ……すごく、辛いの……」
リリーの側に屈んで、既にぬるくなった額のタオルを取り除く。
「……監督生経由でお館様に症状をお伝えしたわ。明日の朝には薬が届くそうよ」
明日には楽になるから、ね。と慰める。
289 :いつか一緒に虹を見よう :2015/01/21(水) 09:05
「スノウ……」
シーツから手を出して差し伸ばしてくる。それを優しく握った。
そしてリリーに顔を近づける。
「熱が下がるおまじないよ」
そう囁いて。額に軽く口付けた。
リリーが目を丸くするのが分かる。
微笑んでみせて、握っていた手をシーツの中に戻す。
「早く良くなってね」
それだけ言って立ち上がり、部屋から出ようと体を向ける。

背中に向かって弱々しい声がかかる。
「スノウ……治ったら……」
振り返る。
「ええ。また一緒に遊びましょう」
――我ながら、綺麗な笑顔で言えたと手応えを感じた。

「……スノウ――虹を……」

リリーの最後の言葉は聞こえなかったフリをして外に出た。

扉を閉めて、それにもたれかかる。内に聞こえないように溜め息を吐いた。
「ありがとう、リリー……さようなら」
右目から涙が一筋流れ、床に落ちた――。

290 :いつか一緒に虹を見よう :2015/01/21(水) 09:05

〔結〕

291 :いつか一緒に虹を見よう :2015/01/21(水) 09:06

空から雨が降る。それはこのクランの時間が閉じ込められている証。

「あなたが声をかけてみなさいよ」
「そんなあたしには絶対無理よ」

…………。
そんなヒソヒソ声が耳に入る。
自分のことを言われているのは正直、不快だった。けれど「止めて」とわざわざ声をかけるのも嫌だった。
だからいつも通り、無反応で読書に集中した。


手にしたものを失う怖さを知った私は。
それから500年間、他人と接することを拒んだ。

時折、リリーが無邪気な瞳を向けてこちらを見ていた。
その度、私は冷たい瞳で無感動を装った。そうするとリリーは諦めたように、離れていった。

292 :いつか一緒に虹を見よう :2015/01/21(水) 09:06

リリー……
リリー、
リリー!

幾度となく心の中で親友の名を呼んだ。
それは暗い海の底に光が射すような温かさを感じることができた。
だけれど決して声になることはなく。
再び失うことを恐れた私は、一度も彼女に声をかけることが出来なかった。

293 :いつか一緒に虹を見よう :2015/01/21(水) 09:06

スノウは冷徹で無愛想でとても孤独な女の子。

それが周囲からの評価だった。
――それでも構わない。
――私はとても臆病だから。

もうなにも失いたくないの。
もし次に失うものがあるとすれば。

それはきっと自分の命だわ――。

294 :いつか一緒に虹を見よう :2015/01/21(水) 09:07

いつか一緒に虹を見よう 了

295 :石川県民 :2015/01/21(水) 09:07

お粗末さまでした。
自己満足も甚だしいですが、まあいつものことですので。
次回の話は120%の自己満足で構成されています。

 それでは。


  拝。


296 :石川県民 :2015/01/21(水) 09:13
時折ゲリラのように現れます、石川県民です。
まさか自分も一日で2度更新するとは思いませんでした。
今回はお笑い組のメンバーが主軸です。

297 :Let’s-get-playing! :2015/01/21(水) 09:14

Let’s-get-playing!
298 :Let’s-get-playing! :2015/01/21(水) 09:14

〔起〕

299 :Let’s-get-playing! :2015/01/21(水) 09:15

繭期のヴァンプを隔離する施設、サナトリウム・クラン。その建物の中をゾンビのように歩き回る一人の少女、と、その後ろについていく二人の少女。
「あ〜退屈。退屈すぎて……入滅しそう」
そう言って廊下に寝転がる少女。
「入滅する程アンタは偉い存在か、っての」
寝転がる少女を、ペシリと叩く。
叩かれた少女は寝転がったまま、叩いた少女を見る。
「だってナスターシャム、いーっつも変わり映えのしないクランでの生活に退屈を感じないの?」
「アンタの奇行を見てると少しは退屈も紛れる」
「確かにそうだわ」
今まで黙っていた黒髪おかっぱ少女が重々しく頷いた。
「ひどいなあ、ローズまで。――じゃあ二人の退屈を紛らわせてあげたんだから、あたしの退屈も紛らわせてよ」
そう言ってパッと立ち上がる。
「カトレア、世間ではそれを横暴という」
ナスターシャムと呼ばれた少女が苦々しげに言う。
「じゃあ相撲をしましょう。カトレアの38戦38敗の黒星記録を更新してあげるから」
ローズと呼ばれた少女が、名案とばかりに手を打った。
300 :Let’s-get-playing! :2015/01/21(水) 09:15
それに乗ったのはナスターシャム。
「じゃあわたしは行司をやる」
二人の意外な提案に、廊下に寝転んでいた少女・カトレアは、少したじろぐ。
「こ、ここでやる必要はなくない?」
「いつも場所をわきまえずにやってるじゃない」
「ローズ、その科白、なんかエロい」
「ナスターシャム、少し黙ってて。カトレア、やるの? やらないの?」
『黙って』と言われて素直に口を手で塞ぐナスターシャム。目線だけでカトレアに問いかける。
ここまでされて引き下がるカトレアではない。大きく自分の胸を叩いた。
「やってやろうじゃない! 初の白星を飾ってみせるわ!」
「じゃあ見合って見合ってー」
ナスターシャムの取り仕切りで二人、構える。
「はっけよい――のこった!」
声と共にがっぷり組み合う。
しばらく押したり押されたりしていた二人だったが。
「どりゃあ!」
ローズの威勢の良い声と共にカトレアの体が吹っ飛ぶ。
「ひが〜し〜、ローズ山の勝ち〜」
ナスターシャムの妙な声が勝ち人の名を告げた。
吹っ飛ばされたカトレアは。
「これで39戦39敗……。――やっぱり退屈だわ」
がくり、と力尽きた。

301 :Let’s-get-playing! :2015/01/21(水) 09:15

〔承〕

302 :Let’s-get-playing! :2015/01/21(水) 09:16

カトレア、ローズ、ナスターシャムの三人は、いつもヒマを持て余しては「退屈だ」を口癖にくだらない遊びに興じていた。
愚痴を言い、相撲をし、探検ごっこをして。――まるでそれが自分たちに課せられた使命であるかのように――。

「なにか面白いことを探しに行こう!」
突然そんなことを言い出したのは、当然の如くカトレアだった。
「探しに行く、って……どこに?」
ローズの呆れた声。
「このクランの建物内に決まってるじゃない」
自信満々の言葉に、ローズの口から溜め息が一つ出た。
「進入禁止区域もあるのよ。なにか危ないことがあったらどうするの」
ローズのその言葉に、カトレアの後ろに立っていたナスターシャムが、
「その時は……拳でねじ伏せる」
「ナスターシャム! 頼もしい!」
ハイタッチするカトレアとナスターシャム。
そんな二人を見て。ローズは溜め息を二つ吐いた。

303 :Let’s-get-playing! :2015/01/21(水) 09:16

三人、輪になって、ひそひそ声で会議する。
「まずはどこを目的地にするかよね」
「それなら……古書室に行ってみたい」
「開放されている図書室じゃなくて閲覧禁止になっているほうの?」
「場所は分かるの?」
「この間、監督生が行ったのを見た」
「なんでまたそこに?」
「……もしかして……えっちな本が沢山置いてあるのかもしれない」
「「ナスターシャムあんた……」」
二人の声がハモり。
同時に親指をグッと立てた。
「貴女、天才!」
「そうだよね! そういうのがあってもおかしくないよね! よし行こう! 古書室に!」
意気揚々の二人とは逆に、ナスターシャムは呟く。
「男子中学生かよ! ……ってツッコまれたかったのに」
その呟きは、残念ながらテンションが上がった二人の耳には届かなかった。

304 :Let’s-get-playing! :2015/01/21(水) 09:17

進入禁止区域の通路を三人、こそこそと歩いていく。声のトーンも自然と低くなる。
「そういえば、もし明かりがなかったらどうするの? なにも見えないじゃん」
「そんなこともあろうかと、ちゃんとランプを持ってきたわ」
「……二人の探究心が凄まじい」

あれやこれやと話している間に、あっけなく古書室に辿り着く。
「あ、ホコリまみれだけど鍵は掛かってないみたい」
ノブに手をかけたカトレアが答える。
「でもさ……お化けとか出たら……どうする?」
怖気づいたローズが恐る恐る聞く。
カトレアとナスターシャムの返事は。

「お化け! ぜひいてほしいね!」
「……拳でねじ伏せたい」

ローズが期待した答えは返ってこなかった……。

305 :Let’s-get-playing! :2015/01/21(水) 09:17

ギイ、と錆びついた音を立てて古書室の扉は開く。
用意していたランプを灯した。
「ホコリっぽいし、古い本特有の臭いが充満してるねえ」
一番に入ったカトレアが感想を述べる。
「春画とか、そういう面白いもの、ある?」
乙女らしくない発言をするナスターシャムの頭をローズがぺちりと叩く。

壁棚には本がぎっしりと詰まっており、中には古代文字で書かれた本も収められている。
部屋の長机にも本が散乱していて――、
「って、これ本じゃないや」
ひょい、とカトレアが一冊の古いノートを手に取った。
「誰かの忘れ物かしら?」
「まさか。ここ閲覧禁止だし」
「何のノート?」
三人、興味津々にノートを覗き込む。
「えっと表紙には……『records of the Ul』ってだけ」
「……ウルの記録?」
「ウルってなに? 人? 物? お化け?」
「お化けなら……拳でねじ伏せる」
「それはもういいってば」
再度、ローズはナスターシャムの頭を叩いた。
「ね、なにが書いてあるのかな?」
至極真っ当な意見に、カトレアがゆっくりと頁を開く――。

306 :Let’s-get-playing! :2015/01/21(水) 09:18

「貴女たち! なにをしているの!」
突然の大きな怒声に背筋が伸びる。
振り返ると古書室の入り口には監督生の竜胆が立っていた。
「ここは立ち入り禁止のはずですよ」
厳しい声に三人とも首をすくめる。
「……ん? 何か持っているのですか?」
竜胆の訝しげな言葉に。
カトレアは慌ててノートをナスターシャムに渡し、ナスターシャムは急いでローズに渡し、ローズは早急にノートを服の下に隠し、
「「「いえ、何も持ってません」」」
と、口を揃える。
「……ここにいたことは見逃してあげますから、すぐ戻りなさい」
「「「はい、お姉さま」」」
竜胆が見守る中、三人、急ぎ足で古書室から出た。

307 :Let’s-get-playing! :2015/01/21(水) 09:18

寄宿舎まで戻ると、三人はカトレアとナスターシャムの相部屋に入って、中から鍵を掛けた。
「……ローズ、ブツは」
「ばっちり」
服の下からノートを引っ張り出す。
そしてそのノートを据付けの机の上で開いた。
三人で覗き込む。
ノートは化学式が書いてあったり、知らない単語が羅列していたりと、随分と専門的な内容だった。所々に人名らしきものも記入されている。
「なんじゃこりゃ」
と、がっかり声のカトレア。
「面白くない……」
と、つまらなそうなナスターシャム。
ただ。
ローズだけが熱心に読んでいた。

308 :Let’s-get-playing! :2015/01/21(水) 09:18

「もしかしてこのノートは……すごい発見かもしれないわ」
興奮を抑えきれない声で言うローズに対して。
「ふーん」
「そう」
と、どこまでも冷めた二人。
「ちょっとカトレア、机、借りるわよ」
椅子に座って本格的に読み込むローズ。
それに対して。
「じゃああたしは入滅してる」
「わたしは涅槃する」
カトレアとナスターシャムはそれぞれ自分のベッドに寝転んだ。
「退屈を吹き飛ばすくらいの大発見だったら起こしてねー」
「同じく」
そう言って二人、寝息を立て始めた。

309 :Let’s-get-playing! :2015/01/21(水) 09:19

夜も更けた頃。
「カトレア起きて!」
「ぐげえっ!」
ローズは寝ているカトレアのみぞおちに、体重をのせたエルボーを食らわせた。
悶絶するカトレアの声で起きるナスターシャム。
「カトレア……うるさい」
「ぐぬおぉぉ……ロ、ローズ……今のはマジで永眠するぞ」
「そんなことより! 二人ともベッドから出て」
カトレアの抗議を「そんなこと」で済ませて、ローズは机に戻る。
ナスターシャムは目を、カトレアは腹を擦りながら、近づく。
「このノート……恐ろしく重大なことが書いてあったのよ……」
「十代の重大なこと……」
ナスターシャムの呟きは無視された。
「かいつまんで説明すると、こういうことよ」

310 :Let’s-get-playing! :2015/01/21(水) 09:19

【概要】
・このノートは200年前に書かれたこと
・ウルとは薬のこと
・その薬はこのクランにいる繭期の少年少女たちに投与されていたこと
・中には薬への拒絶反応で死亡した者もいること
・その薬を服用し続けると、限りなく不老不死に近い存在になること
・薬はある者の血液を材料にして作られること
・そのある者の名は……ソフィ・アンダーソン――

311 :Let’s-get-playing! :2015/01/21(水) 09:20

ローズが説明し終えると、無言が周囲を支配した。
「で、でも、これ、200年前に書かれたものなんでしょ、ソフィなんて、今、このクランにはいないし――」
心の内の恐怖を打ち消すようにカトレアは喋る。
ローズは視線を真っ直ぐにしたまま独白のように語る。
「推測でしかないのだけれど……薬、ウルが今の私たちにも投与されていたとしたら……ソフィ・アンダーソンが名前を変えて、今もこのクランにいるとしたら……」

312 :Let’s-get-playing! :2015/01/21(水) 09:20

「やっぱり古書室は鬼門だなぁ」
そんな声がドア方向から聞こえた。
三人、驚きながらドアを見る。鍵を掛けたはずのそこに、一人の少年が立っていた。
「頭の回転の速い子は嫌いじゃないけれど、ローズ、君は踏み込んではいけない所に入ってしまった」
「アンタが……ソフィなの?」
ナスターシャムのかすれた声の問い掛けに、少年は答えなかった。

「君たちが何かを知る必要はない――同じ夢を見ればいいだけさ」

ローズは椅子から立ち上がった。カトレアとナスターシャムは後ずさりした。三人とも言い知れない恐怖を感じたからだ。

「みんなで至福の夢を見よう」
部屋に金属のような音が響き渡った――……。

313 :Let’s-get-playing! :2015/01/21(水) 09:21

〔転〕

314 :Let’s-get-playing! :2015/01/21(水) 09:21

あれは何年前のことだったかな――……。

ファルスのイニシアチブが解けた今、昔の記憶が蘇る。
昔の私は賢かったなぁ、相撲だけが取り柄の今とは大違い。

そんな私は――違う、私たちは。今、リリーのイニシアチブに支配されていた――。

ナスターシャムが短剣を構えて呟く。
「……今から殺し合いを始めます」
――こんな状況でも物騒なジョークは忘れていなかった。

315 :Let’s-get-playing! :2015/01/21(水) 09:21

短剣同士が火花を散らせて交差する。
ナスターシャムと剣を交わした後、チェリーに移り、そして今はカトレアと対峙している。

カトレア……。
相撲ではいつも私が勝ってたよね。
剣の腕ではどうだろう。
いつもつるんでいた友人と、こうして殺し合うなんて。
そのことを貴女はどう思っているの――?

カトレアの顔を見ると。
彼女はとても愉快そうに笑っていた。

316 :Let’s-get-playing! :2015/01/21(水) 09:22

ずっと一緒にいたから分かる。
カトレアは心の底から笑っている、喜んでいる。

キン! と剣同士がぶつかる。
「ローズ! ろーずぅぅ!!」
喜びの声を上げる彼女。
「退屈で死んでいた心が! 今、生きている! ローズ、あたし生きてるよ!」
歓喜の叫びを上げるカトレアの姿は。
とても異常で。
とても嬉しそうだった。

「どうしよう! 相撲より、お化け探しより、今が楽しすぎるよ!」
カン! キン! キィン! と鋭い金属音が鳴り響く。
生きてるよぉ! と叫ぶ彼女。

317 :Let’s-get-playing! :2015/01/21(水) 09:22

ザクリ、とカトレアの短剣が脇腹に突き刺さる。
「……っ!」
鋭く熱い痛みに自分の短剣を取り落としそうになる。
「ローズ、ローズはこの程度では倒れないよね?」
期待に満ちた表情で私の脇腹から、ずるり、と短剣を抜く。
「……当たり前じゃない」
脂汗を流しながらも剣を構える。

私は自分の使命を思う。
私は――お笑いキャラ要員。
今は――命をかけてカトレアを楽しませてあげなくちゃ。

カトレアは剣を縦横無尽に振り回す。
「遊ぼう! ねえもっと遊ぼう!」

318 :Let’s-get-playing! :2015/01/21(水) 09:22

〔結〕

319 :Let’s-get-playing! :2015/01/21(水) 09:23

壊れたように笑うカトレアの凶剣が迫ってくる。
あー、次で死ぬかも。そう覚悟した時。

サクリ。

カトレアの喉笛を背後から斬ったのは――ナスターシャムだった。
血を吹き出し、笑顔のまま倒れるカトレア。それに対して、いつものように無表情なナスターシャム。
320 :Let’s-get-playing! :2015/01/21(水) 09:23
「仲間外れにしないで。……一緒に遊んでよ」
血に濡れた剣を持つ彼女は。
「ナスターシャム……もしかして拗ねてたの?」
そう聞くと、少しだけ口を尖らせた。
それを見て私は笑みが零れる。

まったく……この悪友たちは!

短剣を構えなおす。
脇腹からの出血で頭がクラクラするけれど、友人に笑ってみせる。
「いいわよナスターシャム……とことん遊びましょう!」

321 :Let’s-get-playing! :2015/01/21(水) 09:23

火花を散らせて短剣を交わらせる。
お互いの腕に、顔に、切り傷が作られる。
周囲にはカトレアを始め、幾人もの少女たちが倒れている。
命の限界が近いことを自覚する。ナスターシャムを見ると、彼女も同様らしかった。

私たちは。
最後の最後で。
――笑い合った。

ザシュ!

互いの剣が互いの心臓を貫く。

二人、無言で倒れた。

322 :Let’s-get-playing! :2015/01/21(水) 09:24

……心臓を刺されても即死しないんだなぁ……。
倒れながらもそんなことを思う。

視界の隅に入ったナスターシャムの姿。――とても安らかな表情をしていた。

やって来る、命の終わりに備えてゆっくりと目を閉じる。
死んだらどうなるのかな。
お化けになるのかなぁ。

“お化けはいた方がいいな”
“なんでよ”
“だって――それなら死んでもみんなと遊べるじゃない”

そうだね……カトレア……ナスターシャム……、
今度はなにをして遊ぼうか…………。

323 :Let’s-get-playing! :2015/01/21(水) 09:24

Let’s-get-playing! 了

324 :石川県民 :2015/01/21(水) 09:25

お粗末さまでした。
ローズとカトレアが……というより、
香音ちゃんと竹ちゃんへの愛で書いたブツでした。
濃縮自己満足です。
次回も早く書けることを願って。

 それでは。


  拝。
325 :石川県民 :2015/01/29(木) 12:50
石川県民です。
今回は、某様に「この二人はどう?」と提案された瞬間、
「はあっ!?」と思いきり変な声が出た二人です。
それではどうぞ。

326 :一人じゃないから :2015/01/29(木) 12:51

一人じゃないから

327 :一人じゃないから :2015/01/29(木) 12:51

〔序〕

328 :一人じゃないから :2015/01/29(木) 12:51

別に、特別なことなんかじゃない。
読み終えた本を返す為に、5日振りに部屋から出た。――図書室までの道のりは、いつも通り、苦痛だ。
私の姿を見た寮生たちは化け物にでも遭遇したかのように驚き、
「汚らわしいダンピールめ!」と言って石を投げつける。
いつものこと。……別に、特別なことなんかじゃない。

329 :一人じゃないから :2015/01/29(木) 12:52

けれど。
その日は違った。
投げられる石をじっと耐えていると。
「止めなさいよ」
そんな厳しい声が響いた。みんなが石を投げるのを止める。
「スノウ……」
誰かが声の主の名を呼ぶ。
「――私も図書室に行きたいの。通してくれない?」
その一言に。
みんな一斉に道を開ける。……私は状況が飲み込めず、突っ立ったまま。
「どうも。――ほら、貴女も行くのでしょう?」
そう言ってスノウは。
強引に私の肩を掴んで、引っ張っていき、その場から去って行く。

はじめて触れられた手は。
とても力強くて。
とても温かかった――。
330 :一人じゃないから :2015/01/29(木) 12:52

肩を掴みながら、ずんずん歩いていくスノウ。
「――離してっ」
思わずその手を振り払う。
自分の体を抱き締める。本が廊下に落ちたけれど気にしない。
「……触らないでよ……。私は汚らわしい存在なんだから……」
下を向いてそう呟くと。
スノウが一歩、近づいた。
私は一歩、後ずさる。
さらにスノウが一歩、近づく。
さらに私は一歩、後ずさる。
――そんなことを十五歩ほどして。
トン、と壁にまで追いやられる。

スノウはずっと無言のままだ。
罵倒を浴びる覚悟をして、ギュッと目を閉じる。
そうしたら。
自分の体を抱き締めていた手を優しく取られる。
思わず目を開けると、スノウが屈んで目線を合わせてくれていて。
「マリーゴールド、貴女は汚らわしくないわ」

そう語るスノウは。
――とても綺麗だった。

331 :一人じゃないから :2015/01/29(木) 12:53

〔起〕

332 :一人じゃないから :2015/01/29(木) 12:53

庭園に続く廊下にあるベンチ。そこがスノウの読書の定位置だった。
本を読んでいるスノウに、顔を伏せておずおずと近づく。
「あの……スノウ」
「――なにかしら」
「その、えっと……この間は、ありがとう……」
「私、なにかしたかしら」
「え……」
顔を上げスノウを見ると、彼女も読書を中断してこちらを見た。
「お礼を言われるような立派なことをした覚えはないわ。だから――たいしたことはしてないのよ。気にしないで」
どこか人を突き放したような言い方だったけれど。
けれど、優しさに溢れていた。

333 :一人じゃないから :2015/01/29(木) 12:53

スノウにお礼を言う。――それがここに来た目的。
用件が済んだのだから、自室に戻ればいいハズなのに。
何故かこの場所から離れがたかった。

「スノウは……いつも一人よね。――って、ぼっちの私が言える立場じゃないけれど!」
「……私がいつも一人なのは確かね」
「その……寂しくないの?」
「どうでしょうね」
はぐらかされた。なので、言葉に詰まる。

自分の浅ましい考えは分かっている。
私はスノウに「寂しい」と言ってほしかったんだ。
だって――私が一人はとても寂しいから。
寂しい者同士が寄り添って……願わくば……スノウに。
――私の友だちになってほしかった。

334 :一人じゃないから :2015/01/29(木) 12:54

立ち尽くす私。読書を再開するスノウ。
しばらくすると、カランカラーンと講義が始まる予鈴の鐘が鳴り響いた。
スノウが本を閉じ、ゆっくりと立ち上がる。
「マリーゴールド。貴女は講義に参加する?」
ぶんぶんと首を横に振って、否定の意思を示す。
「そう。私は参加するわ」
それだけ言って、その場からスノウは離れようと歩き出す。
「――あの!」
勇気を振り絞って、歩くスノウに呼び掛ける。スノウは足を止め、こちらを振り返る。
「また、ここに……来ていい?」
それは、また貴女に会いたい、という私の意思表示。
スノウがそれを汲み取ってくれたのかは判断できなかったけれど。
「――いつでもどうぞ」
冷徹で無愛想という評判のスノウが。
その時、私には少し笑っているように見えた――。

335 :一人じゃないから :2015/01/29(木) 12:54

「汚らわしいダンピールめ!」
投げられる石つぶて。その痛みにじっと耐える。

ああ。またいつもの日常だ。
そうよね、私なんかが友だちが欲しいだなんて――きっと、そう思うこと自体が許されないことだったんだ。

「近づくとダンピールが伝染するぞ!」
「早く消えろ! ダンピール!」
「このドブネズミ!」
罵詈雑言に嫌悪の目、拒絶する態度に石つぶて。
早く、早くここから逃げ出そう。
そして自室に籠もるんだ。今度はもっと長い期間、部屋から出なければいい。それだけのこと。
逃げ出す為の一歩を踏み出そうとする、その瞬間だった。
「みんな。いい加減にしたらどうなの」
凛とした声が響き渡った。

336 :一人じゃないから :2015/01/29(木) 12:54

石つぶての攻撃が止まる。私は、守るように伏せていた顔を上げる。
声の主はスノウだった。
いつも無表情なスノウが今、眉間にシワを寄せている。
スノウが怒っている。
それはとてつもない迫力で。私を含め、その場にいた全員が、一歩後ずさる。
そんなことを意に介さないスノウは一歩一歩、ゆっくりと歩きながら近づいてくる。
「私は、きっと貴女たちより百万倍の数の本を読んだけれど、近づいたり触れたりするだけでダンピールが感染する、なんて記述はどの文献にもなかったわよ」
「で、でもダンピールは汚らわしい存在よ!」
私を指しながら一人が反論する。スノウは表情を変えず、
「なら貴女、どのような理論で、ダンピールが汚らわしい、と私に証明してくれるのかしら?」
「そ、それは……」
口ごもり、何も言えなくなる。
スノウは、この場にいる者全員に向かって厳しく言葉を放つ。
「こんなことをしても自分の品位を落とすだけ、ということに何故気付かないの?」
みんな、何も言えず、スノウの言葉は続く。
「相手を貶めて、自分の優秀さを誇示するつもりなら――それはとても恥ずべき行為だわ」
私なら恥ずかしさのあまり、死にたくなるわね。――そう辛辣に付け加えて。
「耳を持っている人なら、私の言葉が聞こえたでしょう。それなら、自分たちが今までマリーゴールドに何をして、何を言ったか、しっかり考えることね」

337 :一人じゃないから :2015/01/29(木) 12:55

スノウが言い終わった後、しじまがその場を支配した。誰も喋れず、誰も動けない。
スノウはゆっくりとみんなの顔を見回したかと思うと。
カツ、と靴音を鳴らして、その場を去っていった。
スノウが立ち去ると、みんな、のろのろと動き出し、三々五々に散っていく。
その間、誰も私に罵声を浴びせず、目が合うと気まずい顔をされた。


そんなことがあって以来――視線は逸らされるけれど、石を投げられたり、罵声を浴びるようなことが、なくなった。

338 :一人じゃないから :2015/01/29(木) 12:55

〔承〕

339 :一人じゃないから :2015/01/29(木) 12:55

庭園に続く廊下にあるベンチ。スノウの定位置。
今日もきっとベンチに座って本を読んでいる、という確信をして行ってみると、案の定、スノウはそこにいた。
読書の邪魔をしたくないから――というのは言い訳で。
私はスノウに声を掛けあぐねていた。
なんて声を掛ければいいんだろう? 「やあ」とか「こんにちは」とか? ……何か違う気がする。

――あの日以来。私はスノウに友情とは違う想いを持っていた。
端的に表せば。「憧憬」という言葉が一番当てはまると思う。
簡単に言えば。凛とした姿で朗々とした声でみんなを一喝したスノウに憧れたのだ。

340 :一人じゃないから :2015/01/29(木) 12:56

――という訳で。
ここに来たものの、憧れている人物に声を掛けられずに、私は阿呆のように突っ立っていた。
スノウはといえば、丁度キリの良い所まで読んだのか、ほう、と息を吐いて、栞を挟んで本を閉じた。そして顔を上げる。
「あら、マリーゴールド」
たった今、私に気付いたようだった。
「……なにか、私に用?」
そう問い掛けられて、
「用、は……あると言えばあるのだけれど……」
語尾が小さくなっていく。
スノウを見ることが出来ず、顔を伏せる。

貴女に憧れていて、お近づきになりたいんです。――うん、こんなこと、死んでも言えない。

341 :一人じゃないから :2015/01/29(木) 12:56

「とりあえず……座ったら?」
無言で突っ立っている私を慮ってか、スノウが自分の隣を指してくれた。
恐る恐る、といった感じに近づいてベンチに座る。小さなベンチだけれど、端の端に座って彼女と限界まで距離を取る。
しばし、二人とも何も話さない。
「ねえマリーゴールド。貴女は普段どんな本を読んでいるの?」
唐突な質問に少し面食らったけれど。
「……ファンタジー物が多い、と思う」
なんとか答えられた。
「ファンタジーって例えばどんな?」
「魔法使いの話、とか。魔法が使えたら素敵だと、思うから」
「――そうね。確かに魔法が使えたら素敵よね」
「ス、スノウは普段、何を読んでるの?」
「私は……歴史物ね」
「歴史……」
「そう。ヴァンプだけじゃなくて人間の歴史も読んでるわ。そこは無節操なことは自覚してる」
そこでようやく、スノウが気を遣って世間話を振ってくれたことに気付いた。――そうか、相手との段階はこうやって踏んでいけばいいんだ。

342 :一人じゃないから :2015/01/29(木) 12:56

「スノ――」
自分が言いかけた時。カランカラーンと講義の時間を知らせる鐘が鳴る。――ああ、タイミングが悪いなあ自分……。
す、と立ち上がるスノウに。
「また……ここに来てもいい?」
と、以前と同じことを聞く。
スノウは振り返り、
「おかしなことを聞くのね」
と冷ややかな口調で言った。
失言だった、と肝を冷やして縮こまる。
「ここは貴女の場所でもあるのよ、マリーゴールド」
口調は冷たいままだったけれど。内容はとても温かだった――。

343 :一人じゃないから :2015/01/29(木) 12:57

いじめられることはなくなったけれど、それでも小心者の私は、なるべく人がいないのを見計らいながら、三日から五日に一回程度の回数で、庭園に続く廊下に向かった。
行くと、いつもスノウはそこにいた。そのことが何故か嬉しくて、安心した。

私はいつも、スノウと距離を置いて、遠慮がちにベンチに座る。
「今日は……何を読んでいるの?」
控えめに聞くと、
「人間の宗教についてよ」
と簡素な声が返ってくる。
言葉が続かず、何も言えないでいると、珍しくスノウは言葉を続けた。
「ここより東方の世界の宗教観は面白いわ。マリーゴールド、東方の一部の世界では神は存在しないそうよ。その代わりにいるのが“ホトケ”」
「ホトケ……」
344 :一人じゃないから :2015/01/29(木) 12:57
「そう。――ねえマリーゴールド、貴女は神様がいると思う?」
「……分からない。でも、いてほしいとは思ってる」
正直に答えてみる。言葉を続ける。
「神様がいて、私を見つけてくれれば、私という存在が確かにいるという証明になると思うから。だから……存在してほしい」
自分としては饒舌なほうだった。何故だか――スノウは神様を否定しているような気がしたから。
スノウは一度頷き、
「貴女の考えも一理あるわね」
そして遠くの、雨の降り続ける木々を見て、呟くように言った。
「本当は神というのは救いの存在のハズなんだけれど……――。時々神様に聞きたくなるの。アナタは何の目的があって私たちヴァンプをお作りになられたのですか――?って……」

345 :一人じゃないから :2015/01/29(木) 12:58

どこか空虚な声に、つい考えなしに言葉が出る。
「スノウがそんな弱気なことを言うのを聞いたのは、初めてかも」
「……マリーゴールドには私がどういう風に見えていたの?」
「どう、って……。とても――強いな、って」
「強くなんかないわ。私は――とても弱い存在なのよ」
「そんなことない!」
思わず声を荒げる。

だって、私を助けてくれた。
汚れてない、って言ってくれた。
私に――光を与えてくれた。

そんな彼女が「弱い」だなんて、私には到底思えなかった。

スノウに思っていることを口にする。言葉足らずで説明不足だったかもしれないけれど、スノウは静かに聞いてくれた。
私の弁が終わると。
スノウはたった一言だけ告げた。
「ありがとう、マリーゴールド」
――その瞳はとても、慈愛に満ちていた――。

346 :一人じゃないから :2015/01/29(木) 12:58

〔転〕

347 :一人じゃないから :2015/01/29(木) 12:58

冷たい雨が降る、深い森の中にあるクランにて。今日もスノウは定位置で本を読んでいる。
私は邪魔にならないように距離を置いて、一言も喋らずに隣に座っていた。
スノウはキリの良いところまで読んだらしく、栞を挟んで閉じる。そして上を向いて、ほう、と息を吐いた。
「スノウって……マイペースよね」
「そうかしら? ……そうかもしれないわね」
疑問符を出しておきながら、結局肯定する、そんなところもスノウらしかった。

348 :一人じゃないから :2015/01/29(木) 12:59

ヒザの上で拳をギュッと握る。
「ねえ、スノウ……」
今まで言いたくても言えなかったことを、覚悟を決めて口を開く。
「スノウ……私も、貴女みたいになれる?」
スノウはこちらを見る。その顔はあくまで無表情だった。
その視線に耐え切れず、視線を逸らす。そうしたら、堰を切ったように言葉が出てきた。
「スノウ! ずっと貴女に憧れていたの! ずっと……ずっと貴女みたいになりたいと思ってた! そう願ってた!」
胸の中にずっとあった想いを吐露する。
言葉を吐き出してから視線を、恐る恐るスノウへと戻すと――。

スノウはとても悲しい目をしていた。

そしてゆっくりと言葉を紡ぐ。
「マリーゴールド、私みたいには決してならないほうがいいわ」
私を見ているハズなのに、どこか遠くを見ているようでもある。
「花たちはそれぞれの花を咲かせるから美しいの。――マリーゴールド、貴女は貴女の花を立派に咲かせてね」
優しく、寂しく、諭すように言うスノウ。
気付いたら、私はいつに間にか泣いていた。涙はあまりにも静かに流れるものだったから、なかなか気付かなかった。
スノウに、そっと手を取られる。
「大丈夫よ。貴女は一人じゃないわ」
「スノ……」
「だけど。貴女の隣にいるのは、私じゃないのだわ。――ごめんなさい」

349 :一人じゃないから :2015/01/29(木) 12:59

罵声を浴びせられた訳じゃない。石を投げられた訳じゃない。
それでも。
ただ、ただ、悲しくて。
涙が止まらなかった――……。

350 :一人じゃないから :2015/01/29(木) 12:59

「泣かないでマリーゴールド。……私が泣かせたのだけれど」
ぶんぶんと首を振って否定する。スノウ、違うの、私が勝手に泣いただけなの。
そしてスノウの口から思いもよらない言葉が出てきた。
「マリーゴールド……私の、大切な友人……」
耳を疑った。まさかスノウがそう思っていてくれたなんて、という気持ちだったから。
だから、次の言葉の意味が理解できなかった。
「そう……貴女が大切な存在になってしまいそうで、それが私は怖いの」
…………怖い?
スノウ、貴女はなにを恐れているの?
「大切な人を失う怖さを知っている私は……ずっと独りでいることを決めたの。――永遠の孤独を誓ったのよ」
永遠の……孤独? そんな――寂しすぎて悲しすぎるものを?


「スノウ、私は――」
「マリーゴールド。――もう、ここには来ないで」
スノウは顔を逸らして。
私を拒絶した。

351 :一人じゃないから :2015/01/29(木) 12:59

〔結〕

352 :一人じゃないから :2015/01/29(木) 13:00

冷たい雨のクランで出会った、たったひとりの大切な友達。
その友だちに、私はこの間、別れを告げられた。
心が痛い。いじめられていた時だって、こんなに痛まなかったのに。
私は。あともう一度だけ、と言い訳して。
来るな、と言われた、庭園に続く廊下にあるベンチに、来ていた。
そこにスノウは――いなかった。
いるのが当然な人がいないだけで、こんなに悲しいなんて。
「はあ……」
と大きく溜め息をつくと、後ろから気配を感じ。
慌てて振り返ると、片手に本を抱えて無表情のスノウが立っていた。
「……ここに何か用?」
降り続く雨のように、冷たい声。
「この場所じゃなくて――スノウ、貴女に用があるの」
勇気を振り絞って言ったのに、スノウは素っ気無く、
「私にはないわ」
と言い放つ。

――この程度の拒絶は許容量。覚悟はしていた。
「スノウにはなくても、私にはあるの」
引き下がらない。ここで挫けたらもう一生、スノウと話が出来なくなる気がしたから。
スノウは呆れたように、はあ、と一息ついて、
「……何の用かしら」
私を見ずに、ベンチに座った。

353 :一人じゃないから :2015/01/29(木) 13:00

なけなしの勇気を振り絞って、
「スノウ、憧れるのが嫌なら、もうしない。でも私はこれからも貴女と仲良くしたいの!」
叫ぶように言った。
スノウは顔を伏せ、何も言わない。
「ねえスノウ……何か言ってよ……」
不安になって言葉を促すと、
スノウは自分の体を抱いて、
「私は……誰とも仲良くしたくないの……」
蚊が囁くように言った。
その科白に。想いが爆発した。
「友人だ、って言ってくれたじゃない!」
涙声の、みっともない叫び。それでも続ける。
「私はその言葉を、そしてスノウを信じたいの!」
私の叫びに、スノウは体を抱いたまま小さく震える。
「マリーゴールド……私の心を乱さないで……」
「いいえ乱すわ! 誰だって一人は寂しいものじゃない、それなのに何故自ら孤独を求めるの!?」
いつの間にか私は泣いていた。自分の為の涙じゃない。スノウの寂しさが悲しかった。

354 :一人じゃないから :2015/01/29(木) 13:01

スノウがゆっくり顔を上げる。スノウも涙を流していたけれど、微笑んでいて。
その表情はとても、美しかった。
「ありがとう、マリーゴールド」
「スノウ……」
「でも――ごめんなさい……」
「え……」
キィーン……と金属のような音が周囲に響き渡る。
「さようなら、マリーゴールド……。私とのことは全て忘れて……」
「スノウ――」

「私のことを思うなら――いっそ憎んで」

355 :一人じゃないから :2015/01/29(木) 13:01

………………。

356 :一人じゃないから :2015/01/29(木) 13:01

〔跋〕

357 :一人じゃないから :2015/01/29(木) 13:02

私は“たった一人の”友だち、リリーに忠告する。
「リリー。あの女、スノウは貴女を不幸にするわ」
「マリーゴールド……」
リリーが狼狽しているのが分かる。けれど気にせず続ける。
「だから……あの女には近づかないで」
確固とした口調で願いを口にする。
リリーはうろたえた声で、
「何故貴女は……そんなにスノウを目の敵にするの?」


何故? 何故って、それは――、

“――いっそ憎んで”

!? 今、覚えのないスノウの声が――!?

頭を大きく振る。
私がスノウを目の敵にするのは――友だちのリリーを悲しませたくないから。
それが私の唯一の行動理由。
そうよ、全ては――、
大切な友だちの為に、私は動くのよ――。

358 :一人じゃないから :2015/01/29(木) 13:02

一人じゃないから 了

359 :石川県民 :2015/01/29(木) 13:02

お粗末さまでした。

次回でリリウムシリーズはラストになります。
トリはもちろんあの方です。

それでは。


  拝。


360 :石川県民 :2015/02/05(木) 15:37
石川県民です。
長く続いた(と思い込んでいた)
リリウムシリーズもこれで最後になります。
それではどうぞ。

361 :共同幻想ユートピア :2015/02/05(木) 15:38

共同幻想ユートピア

362 :共同幻想ユートピア :2015/02/05(木) 15:38

〔序〕

363 :共同幻想ユートピア :2015/02/05(木) 15:38

自分は旅人だ。
近道だから、と教えられ、深い深い昼間でも暗い森の中を幌付きジープで走行していると、その内に日が暮れ、夜になった。
地図とコンパスで迷ってはいないことを確認すると、安心したのか腹が鳴った。
やれやれ、今夜はジープを寝床に、この森の中で眠るしかなさそうだ。
覚悟を決めてジープから降りて火を熾す。道具箱から五徳とヤカンとカップ、食料箱から水とコーヒー、そして保存の利く固い黒パンと干し肉を出す。
ヤカンに水をいれ五徳を火の上に置く。カップにコーヒーを入れて、水が沸いたから、それを入れた。黒パンを裂いて干し肉を挟む。――簡素だが、旅の途中では立派な夕食だ。
364 :共同幻想ユートピア :2015/02/05(木) 15:39
固いパンと肉を何度も咀嚼して、黒い液体でそれを流し込む。短い時間で夕食を終わらせて、もう一回、コーヒーを沸かす。
沸かしている間に、改めて森を見回す。深々と、静かな森だった。危険な獣はいない、と教えられたが、もしかしたら獣どころか鳥や小動物だっていないんじゃないだろうか、そんな錯覚に襲われる。
出来たコーヒーに口をつけ、ジープの外壁に凭れる。――こうしてコーヒーを飲んでいる一秒一秒でも、この森の夜が深くなっていくことが分かる。
この森は――危険じゃないかもしれないが、不気味だった。

365 :共同幻想ユートピア :2015/02/05(木) 15:39

長く運転していた疲れが出たのか、肩に毛布を掛けて座ったまま火の前でウトウトと舟を漕ぐ。
その時だった。

ガサリ、と何か大きな物体が草木を掻き分ける音が響く。
瞬時に目が覚め、側に立てかけてあったライフル銃を、音のした方向へ構える。
猛獣かもしれない。もし人だとしても強盗の可能性だってある。
ガサガサと音は近づいてくる。
自分の鼓動は早くなる。

366 :共同幻想ユートピア :2015/02/05(木) 15:39

現れたのは。
「やあ、こんばんは」
15くらいの年齢の少年だった――。

少年は突きつけられているライフル銃を見て慌てて両手を挙げる。
「怪しいものじゃない、僕も旅人なんだ。――キミもだろ? ちなみに金目の物は持っていないから、撃ったって、弾の無駄だよ」
と急いで言う。
その言葉に偽りがなさそうだったので、ライフル銃を下ろす。少年は安心したようだった。
少年は警戒心ゼロで近づいてくる。
「僕は歩いて旅をしているんだけれど、この森は夜露が酷いね。すっかり冷えちまったから、少し火に当たらせてもらえないかと思ってさ」
それくらいなら何も不都合はないから了承する。少年は嬉しそうに火に当たった。

367 :共同幻想ユートピア :2015/02/05(木) 15:40

火という光源のおかげで、改めて少年を観察することが出来た。自分も旅人だ、と言っていたが――本当だろうか? 特に旅道具を持っている訳でもなさそうだし、問題は着ているその服だ。汚れてはいるが白い、フリルのある、貴族の坊ちゃんのような格好で、とても旅人には見えない。――まあ、強盗には、もっと見えないが。

「暖かいよ。いやぁ本当に助かったよ」
「ちょっと待っていろ」
笑顔を見せる少年に背を向けて、ジープの荷台に登る。防水加工を施した箱から、厚手の黒いマントと帽子を、少年に投げ渡す。
「これを着ろ。これからも旅を続けるなら、その姿は不釣合いだ。自分にはもう小さいから、遠慮なく着ていけ」
少年は目を丸くしてから、
「……誰かに親切にしてもらうのは久しぶりだ」
と呟き、マントを羽織った。
368 :共同幻想ユートピア :2015/02/05(木) 15:40
「コーヒー、飲むか?」
勧めると頷いたので、準備をする。
ヤカンから湯気が出始めた頃。
「ねえキミ」
少年が話しかけた。――えらく年上ぽい言い方なのが気になった。
「良かったら、僕の夜話に付き合ってくれないか」
出来上がったコーヒーを渡し、「ああ、いいぞ」と了承する。
少年は熱いコーヒーを一口啜り、
「一人の孤独な化け物の話さ」
と、話を切り出した――。

369 :共同幻想ユートピア :2015/02/05(木) 15:40

〔起〕

370 :共同幻想ユートピア :2015/02/05(木) 15:40

寂しい。
寂しいんだ。
――誰か、
――神様、
――僕を一人にしないで。

みんな、死んでいく。
消えて、いなくなっていく。
僕はみんなを覚えているのに、みんなは僕を忘れていく。
誰か。
たった一人でいいんだ。
――僕を忘れないで。

371 :共同幻想ユートピア :2015/02/05(木) 15:41

キミはヴァンプ、という存在を知っているかい? ――ああそうだよ、吸血種のことさ。
古代のヴァンプはそれこそ人間と幾度となく争い、血を流したもんさ。
――え? 現代のヴァンプはほとんど人間と変わりない存在なんだろ、だって? いやあキミが博識で助かるよ。話が早い。
そう、今のヴァンプは怪我や病気もするし、年老いて死んでいくのが定めさ。
現代のヴァンプにとって、不老不死なんてお伽話なんだ。神話の世界さ。
ただし――中には本当の不老不死になってしまったヴァンプもいる。
あるヴァンプは自ら望んで不老不死になった訳じゃない。――僕の夜話は、そんな彼の話さ。

彼は、自分が不老不死になったことを呪った。彼はとても孤独を嫌っていた、恐れていた、と言っても過言じゃなかった。どんなに親しい者や恋しい相手が出来ても、当然のように、彼よりも先に死んでしまった。
何年も、何十年も、何百年も、そうだったんだ。
キミに分かるかい? そんな彼が孤独に耐え切れず、徐々に狂ってしまった心理が。

372 :共同幻想ユートピア :2015/02/05(木) 15:41

そうだね、あれは――彼が不老不死になってから2000年は経過した頃だろうか。
また一人、彼の近しい者が亡くなり、彼は出来立ての墓の側にへたり込んだ。
「Eli,Eli,lama sabacthani?……」
そう呟きながら、呆然としていた。

何故、僕は一人、残される身なんだ?
何故、みんな僕といてくれない?
――夢を、見たい。
――醒めない夢を僕は望む。
たとえそれが、どんな悪夢であっても――。

373 :共同幻想ユートピア :2015/02/05(木) 15:42

「……そうか」
彼は呟き、のろのろと立ち上がった。
瞳には狂気の光が放たれていたが、顔全体は輝いていた。
彼はその時、天啓を得たと感じたのさ。
神様は僕を見捨てていなかった、ちゃんと見つけてくれていた、とね。
彼は思い込みの神の啓示を口にした。
「――僕と同じやつらを作ればいいんだ――」

僕の外見と同じくらいの年齢のヴァンプを集めればいい。
丁度、繭期にあたるヴァンプたちだ。
かつての血盟議会のやつらは「繭期のヴァンプは情緒不安定だから」とか言って寮制のギムナジウムを作った。
僕は――重度の繭期のヴァンプたちを集めて、サナトリウムを作ろう――。

分かるかい? ここまで思いついた時の彼の狂気の狂喜が。
そして彼は実行に移したのさ。
深い森の中にあった、人間の城を、たった一人で落城したんだ。城にいた人間、王族も貴族も兵士も家来も奴隷も分け隔てなく皆殺しにした。そうして彼は、建物と財産を手に入れた。同時に、人間たちが恐れ、この城に近づけさせないようにした。
そして深い森に冷たい雨を降らせ、時を止めた。城をサナトリウム・クランと名付けた――。

374 :共同幻想ユートピア :2015/02/05(木) 15:42

もちろん最初から、彼の理想通りに事が進んだ訳じゃない。
クランを作ってから200年程経って、ようやく彼は、自分の血を精製した特殊な薬で、クランにいる少女たちの時を止めることができた。
当然、彼は喜んだ。――僕と同じだ、僕は一人じゃない、ってね。
クランにやって来た者全員を咬んでイニシアチブを掌握していたから、彼を疑う者も逆らう者もいなかった。
彼は幸せだった。――心にある疑惑が生まれるまでは。
少女たちの不老は完成した。でも不死はどうなんだ? という疑惑さ。
少女たちが不死かどうかなんて――実際に一度殺して確かめるしか方法はなかった。
だから彼は実行した。特別優秀な「作品」である二人の少女を除いて、彼は少女たちを短剣で突き刺したり切り裂いたりした。――結果、誰も生き返らなかった……不死は成功していなかったのさ。

彼は絶望した。――まだだ。まだ、僕と同じじゃないんだ、ってね。
彼はこう考えた。長く……永く薬を摂取させれば、いつしか二人の少女は不死になるかもしれない、と。だから、彼は彼なりに二人の少女、スノウとリリーを愛した。
芸術家が自分の作品を愛するように、スノウとリリーを自分の「最高傑作」として。
……芸術家が自分の作品を壊すのと同様に、時折訪れる、二人の少女への破壊衝動を必死に押し殺して、ね。

375 :共同幻想ユートピア :2015/02/05(木) 15:42

〔承〕

376 :共同幻想ユートピア :2015/02/05(木) 15:43

夢を見よう
同じ夢を見よう
ここは理想郷だ

377 :共同幻想ユートピア :2015/02/05(木) 15:43

そう、彼にとってクランはまさにユートピアだった。夢の国だったのさ。たとえその代償として、製薬の為に本当に自分の血を流し続けることになってもね。
不老の少女たちと同じ時を過ごし同じ夢を見る。
彼は製薬場にしていた隠し地下室でよく呟いたものだよ。
“時よ止まれ。汝は美しい”とね――。
378 :共同幻想ユートピア :2015/02/05(木) 15:43

さっきも言ったように、彼は孤独を恐れていた。一人で生きるにはこの世界は辛すぎる、そう考えていた。
だから少女たちに同じ夢を見るように強要した。
“一人で見る夢は寂しいんだ”
それが動機だった。

379 :共同幻想ユートピア :2015/02/05(木) 15:44

みんなで同じ夢を見る――。その為に彼は何でもした。
 少女たちが服薬するのを恒常させた。
 イニシアチブで記憶を操作した。
 薬に拒絶反応を起こした者は抹消した。
 親友同士の友情を引き裂いた。
 恋人同士の愛情を永久破壊した。
みんな、理想の夢を見るため。
みんなみんな、彼の幸せのため。

彼は、自分の宝物を閉じ込め続けた。

380 :共同幻想ユートピア :2015/02/05(木) 15:44

醒めない夢を見る――。それが彼の願いだった。
けれどね、夢はしょせん夢なんだ。
夢とは醒めるもの。それが世の理なんだ。
たとえそれがどんな悪夢であってもね――。
――夢は醒めるんだ。

381 :共同幻想ユートピア :2015/02/05(木) 15:44

〔転〕

382 :共同幻想ユートピア :2015/02/05(木) 15:44

彼の最高傑作の一人、リリーに嬉しい兆候が出始めた。
イニシアチブで消したはずの記憶、十数年前に死んだ少女のことを、覚えていたんだ。
これが意味することが分かるかい?
リリーが彼のイニシアチブという主従関係を超越した者、――つまり彼と近い存在になりつつある、ということさ。
もう一人の最高傑作、スノウは既に彼のイニシアチブの影響を受けない存在となっていた。そして彼の夢の理解者になってくれていた。
それから約五十年経ってから、リリーにも兆候が出たというわけさ。
彼は本当に嬉しかった。
僕と同じ存在が二人も出来るかもしれない、ってね。

383 :共同幻想ユートピア :2015/02/05(木) 15:45

そうなると、彼の悪い病気が出てくる。……一人くらい、殺してみても大丈夫なんじゃないのか、って。より優秀なスノウなら、もう不死じゃないのか? ってね。

彼女をダンスに誘い、「僕がずっと側にいてあげるよ」と囁いて、こっそり翳したナイフを振り下ろそうとした。――ま・それは失敗に終わったけれど。

彼は待ち望んだよ、リリーの覚醒を。
それこそ蛹が繭を作り、立派な蝶となって羽化するのを見守る気分だった。

そして、とうとうその時が来た。
ただしそれは彼の望んだものとはまるで違っていた。
確かにリリーは立派な蝶になったよ。
永遠の繭期を終わらせてしまったんだ……。

384 :共同幻想ユートピア :2015/02/05(木) 15:45

………………。

385 :共同幻想ユートピア :2015/02/05(木) 15:45

「なにをする気だ、止めるんだリリー!」
彼は動かない体で叫んだ。
周りにはリリーのイニシアチブが発動している、金属のような音が響き渡っている。
少女たちが無言で短剣を携える。
少女たちは短剣を自分に向けて翳し――――、

「やめろおおおおぉぉぉぉっっっっ!!!!」

彼は力の限り咆哮した。
しかしそれも虚しく。

少女たちは短剣を自らに突き刺したんだ。
――それが覚醒したリリーの意志で実行されたイニシアチブだったのさ。

386 :共同幻想ユートピア :2015/02/05(木) 15:46

少女たちは斬り合い、燭台が倒れ、城の床に火が着いた。
少女たちは倒れ、サナトリウム・クランには炎が広がった。

既に最高傑作の一人、スノウは、忌まわしい女に自らを刺させ、命は絶えていた。
燃える城に彼とリリー、二人だけになり、
「止めてくれリリー。僕は君を愛しているんだ……」
彼は弱々しく懇願した。
リリーは彼の言葉に耳を貸さずに。
自らに短剣を突き刺して、その場に倒れた。

387 :共同幻想ユートピア :2015/02/05(木) 15:46

〔結〕

388 :共同幻想ユートピア :2015/02/05(木) 15:46

彼が、枯れることのない咲き続けると思っていた、願っていた、祈っていた花たちは――全て枯れた。
彼の庭園は、朽ち果てた。
床に手を着き、
「わああああっっっっ!!!!」
喉が裂けるほど叫んだ。
彼は涙が出ないほど悲しんだ。
悲しみの海の底に、しばらく佇んでいた。
そして。なにも掴んでいない手を握り締め、
ゆっくりと立ち上がり、
「……まあ、いいや」
と笑いながら呟いた。

倒れる少女たちの中心に立ち、燃える城の中で、
「僕にはいくらでも時間があるんだ――それこそ永遠に」
それだけ言って。
彼はその場から離れていった――……。

389 :共同幻想ユートピア :2015/02/05(木) 15:47

――その後の彼の姿を見た者は、誰もいないんだよ。
 彼が第二のクランを作っているのか、
 自分の不死を止める研究をしているのか、
 愛した少女たちのためにレクイエムを唄っているのか、
――何をしているのか、それこそ誰にも分からない。

390 :共同幻想ユートピア :2015/02/05(木) 15:47

でも僕は。
彼が、届かない星に手を伸ばすような愚かな行為は、もうしてほしくないと、そう願って止まないんだ――。




これで僕の夜話は終わりさ。
お付き合い、本当にありがとう。

391 :共同幻想ユートピア :2015/02/05(木) 15:47

〔跋〕

392 :共同幻想ユートピア :2015/02/05(木) 15:47

少年は話し終わると、すっかり冷めたコーヒーを、くいっと飲み、
「ごちそうさま」
とカップを返した。
返されたカップを受け取りながら、自分は聞いた。
「お前は――TRUMPか?」
少年は目を開き、それから鋭くして、
「そこまで知っているキミは……何者だい?」
剣呑に聞いた。
自分は火に小枝を入れつつ答える。
「自分は――旅人だ。それ以上でも以下でもない。
それよりどうする? 殺すか?」
少年は剣呑な雰囲気を消し、軽く手を上げ、
「キミを咬んで殺したりしないよ。キミが人間でもヴァンプでもね。僕にはどっちだっていいんだ」
と、本当に興味がなさそうに言った。

393 :共同幻想ユートピア :2015/02/05(木) 15:48

少年は立ち上がり、身支度をする。
「体も温まったし、僕は行くよ。色々とありがとう」
向きを変え、森の中に消えて行こうとする少年に、最後に声をかけた。
「お前は――どこへ行くんだ?」
少年は歩みを止め、振り返る。そして一言だけ言った。
「――僕の理想郷さ」
そして少年は自分の前から消えた。

姿も気配も全く無くなり、再び完全なる一人になった時、自分は言った。
「その場所は探さないと見つからないな。――それこそ永遠の時間をかけて、な」
声は誰にも聞かれることなく、夜の森の闇に溶けて消えた。

394 :共同幻想ユートピア :2015/02/05(木) 15:48

共同幻想ユートピア 了

395 :Special Thanks :2015/02/05(木) 15:49

もともとはシルベチカとキャメリアの話が書ければ満足だった
石川県民に「シリーズ化しませんか」と持ちかけて、
時には「この××のシーンってどんなんでしたっけ」「ここは○○です」と情報源になってくれたり、
時には「これって△△って解釈でいいですかね」「いいと思いますよ」と議論を交し合ってくれたり、
時には「どーせ誰も見てないし。どーせどーせ」と拗ねる石川県民に「ワイが読んどるから書けや!」と脅し……激励してくれたり、
時には「ファルスメインの話は書けません。そもそもファルスの魅力はどこ?」とごねる石川県民に「これはリリウムシリーズなんですから、トリにファルスを書かなくてどうするのですか!」と正論と暴論の中間のようなことを仰って鼓舞してくださった、
名無しVさま、本当にありがとうございました。
感謝してもしきれません。アナタがいなければ、こんなに書けませんでした、本当に。

396 :出せなかったキャラたちへの言い訳 :2015/02/05(木) 15:50
・マーガレット+親衛隊
純粋にこの4人では話が思い浮かびませんでした。
どうしても上手くまとまりませんでした。

・チェリー
チェリーが悪いんじゃないんです。石川県民がだーちゃんを書けないのが悪いんです。
ほとばしる、あの「だーいし感」がどうしても表現できないんです。
たとえ「チェリー」であっても、だーいし感がほとばしっていますし、彼女は。

397 :石川県民 :2015/02/05(木) 15:50

以上でリリウムシリーズは終了です。
読んでいただき、本当にありがとうございました。
次回は何を書くのかは未定です。
また近いうちにお会いできることを願って。

 それでは。


  拝。
398 :石川県民 :2015/04/04(土) 16:01
お久しぶりです。

某様が「ゲスいのを書け」
と命じられたので、自分なりにゲスいと思う話をかいてみました。
それではどうぞ。
399 :メマイノユメ :2015/04/04(土) 16:01
春水がトラックに轢かれた。ピッと私の頬についた血飛沫にあちこちから響く悲鳴。トラックの下からだらんと伸びている右手は、まるでマネキンのそれだった。
眩暈を起こして――目が覚めた。
嫌な夢のせいで脂汗がひどい。時計の針は深夜2時。今日はお休みで春水と出掛ける予定なのだから、早く寝直そう。そう思って着替えてベッドに入った。
翌朝。待ち合わせの巨大電光掲示板の下で春水を待つ。しばらくすると春水の姿が見えたので、大きく手を振る。春水も気付いてくれて、手を振って駆けてくる。その時、信号を無視した暴走トラックが視界を遮った。ドンという音と、ぐしゃ、と嫌な音。
ピピッと私の頬に血がつく。あちこちから上がる悲鳴。トラックの下からだらんと伸びている右手はマネキンのようで。
夢の通りだ――眩暈がする。
そこで目が覚めた。
400 :メマイノユメ :2015/04/04(土) 16:02
時計の針は深夜2時。寝汗がひどい。なんて夢だ。悪夢。それに今日はお仕事。あれは夢だ、そう、ただの悪夢なんだ。
朝、楽屋に行くと、朱音が既に来ていた。先輩方はまだだ。
差し入れが何種類かあって、大きめのケーキ箱がある。マネージャーさんが「開けていいよ」と言うので、朱音が嬉々として開けた。
瞬間、箱が爆発した。
血溜まりの中で上半身を無くし、それでも立っている朱音の下半身。――眩暈がして。
目が覚めた。時計の針を見ると、やっぱり深夜2時。
夢だ。全てはただの夢なんだ。今日、お仕事に行く前にドリームキャッチャーでも買ってこよう。今日のお仕事は、夢と違って昼からなんだから。
午前中にパープルの紐で編み込まれたドリームキャッチャーを購入した。少しは気休めになるだろう。
401 :メマイノユメ :2015/04/04(土) 16:03
昼に本日の仕事場へと向かう。楽屋に入ると、朱音だけが来ていた。――夢の通りだ。「昨日からまりあちゃんと連絡が取れないよー」と言っている。
差し入れが置いてある机を見ると。大きめのケーキ箱が、そこに、あった。
マネージャーさんが「開けていいよ」と言うので、朱音が近付く。
「あかねちん!」思わず叫ぶ。
「なに?」きょとん、とした表情。
「……いや、その、気をつけて」
「? 変な野中ちゃん」
朱音が開ける。
爆発は――起きなかった。
ほっとして、私もケーキ箱の中を見る。中には、
デコレーションされて口と耳から血を垂らした真莉愛の首だけが、そこにはあった。眩暈がして――
目が覚めた。時計の針は深夜2時。
私の部屋にドリームキャッチャーはない。だってあれは夢の中で買ったものなのだから。
――さて、今日の私はどんな死に方をするのだろう――。
――そして、このメマイを起こすアクマのユメはいつになったら覚めるのだろう――?


メマイノユメ  了
402 :石川県民 :2015/04/04(土) 16:04
お粗末さまでした。

初の12期なのに、こんな話…orz

次回はもうちょっと長いのを予定しています。


それでは。

  拝。
403 :石川県民 :2016/03/26(土) 09:42
あっはっは。お久しぶり過ぎます。
また一年近く放置してました。
今日から5日間、さゆりほアンリアル全5話を1話ずつ更新します。
またまたスレタイに偽りアリですね。
404 :かけがえのない貴女へ :2016/03/26(土) 09:43

かけがえのない貴女へ
405 :かけがえのない貴女へ〜第1話〜 :2016/03/26(土) 09:45


高校の入学式。まだ違和感のある制服に身を包みながら、体育館に並べられた椅子の一つに座りながら、うちは爆睡していた。だから、ありがた〜い祝辞も担任案内もなにも聞かずに、気付いたら隣に座っていた子に揺り起こされて入学式が終わったことを知ることになる。

翌日から通常授業となり、初めての教科の度にやらされる、名前とか出身中学だとかを言わされれる自己紹介。
一限の現国、二限の歴史。三限開始前の休み時間で、うちは頬杖ついて、うつらうつらしていた。
406 :かけがえのない貴女へ〜第1話〜 :2016/03/26(土) 09:46
あー……次は数学だっけ。
苦手なんだよねぇ、数学。
憂鬱な気分も相まって、自己紹介したら即入眠するであろう、褒められない確信があった。
けれど。
チャイムが鳴り、担当教師が入ってきた瞬間、その確信は呆気なく崩れ落ちた。
教室のまだ顔と名前が一致しないクラスメイトたちも、どよ、とざわめいた。

透き通るような白い肌に絹のような黒髪、黒曜石のような大きな瞳と計算されたかのように付いている口元のホクロ。

とても、美しい女性が教壇に立ったのだ。
クラスの男子の何人かの唾を飲み込む音が聞こえた。
教室中の羨望や欲望が入り混じった視線に、気付いていないのか慣れているのか、女性は生徒たちを軽く見回して微笑した。

「貴方たちの数学を担当する道重です、宜しくね」
鈴の鳴るような声に、うちの睡魔は瞬時に退散した。
「あっあの! 下の名前はなんて言うんですか!?」
うちの斜め二列前の男子が、勢いよく挙手しながら立ち上がった。
先生は慣れている様子で、
「ひらがなでさゆみ、道重さゆみがフルネームです」
微笑のまま答える。
途端に沸き起こる質問の数々。
「誕生日は!?」
「彼氏はいますか!?」
「今いくつですか!?」
男女構わず入り乱れる質問。挙げ句の果てには、
「スリーサイズは!?」
セクハラすれすれの言葉まで飛んでくる。

うちは。
(道重、さゆみ……道重先生)
必死に先生の名前を脳細胞に刻み込んだ。
パン、パン!
先生が手を叩く。途端に静かになる教室。
「私への質問は、そうね……みんなの自己紹介を聞いてから、気が向いたら答えるわ」
素っ気なく言って、生徒の自己紹介を促す。
名字がア行の人から答えていく自己紹介。
――――なんだかクラスメイト全員が、今までとは違う緊張感を持って答えていく。
男子の中には、
「年上の彼女を募集してます!」
なんて勇んで言う輩までいる。
うちは、こんな美人に言う自己紹介なんて用意していなかったので、のんびり立って、他の教科と同じように出身中学とフルネームだけ答えて、すぐに席に座った。

ちなみに。
全員の自己紹介が終わっても、先生はさっきの質問には一切答えなかった。
……どうやら気が向かなかったようで。
407 :かけがえのない貴女へ〜第1話〜 :2016/03/26(土) 09:47
まあ数学の先生がすごい美人で、その名前を必死に覚えたところで、うちは元々、勉強のためにこの学校を選んだわけじゃないので、中学の希望通り、目当ての部活に入り、毎日部活動に重点を置いた高校生活を送っていた。
そして。
高校生になって初めての中間テスト。
テスト期間が終了してすぐに返される赤ペンで丸やペケが書かれた答案。
どの答案も、テスト中に「まあこれくらいかな」と思っていた点数が書かれている。
数学の時間にも一人ずつ名前を呼ばれ、教壇近くでテスト用紙を返される。
先生に名前を呼ばれて生ぬるい返事をして教壇に近づく。答案を返される瞬間、先生は深いため息をついた。
なんだろう? と思って席に戻る前に歩きながら答案を見る。
…………。
用紙を埋め尽くす勢いで赤ペンで書かれたペケ、ペケ、ペケ。
右上に書かれた点数は……9点。
思わず足を止めて「わお」と小さく感嘆の声が出た。
全員の答案が返却されてから先生が話し出す。
「赤点の人は明日から強制補習です。で……鞘師里保さん、貴女は今日の放課後に数学準備室に来てください」
うわー、嬉しくないご指名。
それでも渋々、
「……はーい」
力無い返事をした。
408 :かけがえのない貴女へ〜第1話〜 :2016/03/26(土) 09:48
そして放課後。大切な部活を休んで数学準備室の前に立ってドアを叩く。
はい、と返事があったので「失礼しまーす」と言ってからドアを開けた。
数学準備室の中には道重先生だけで。
先生は、うちの顔を見て、すごーく困った表情で、
「中に入ってください」
と、自分の座っている席の近くを指す。
のっぺり・のっぺり、歩いて近づく。
指定された場所に立つと、先生は俯きながら肺の空気を全部出すようなため息をついて、自分の額を抑える。
「鞘師さん……呼び出された原因は分かる?」
「はあ。中間テストの点数ですよね」
あっけらかんと答えると、
「もうちょっと落ち込むくらいの態度を取って……」
弱々しくお願いされる。
そう言われても、うちは自分の頬をポリポリ掻いて、
「いやあ数学って中学時代から苦手なんですよねぇ。元々赤点覚悟でしたし。それでも我ながら驚きました、ワースト点数を更新したんですから。ちなみにワースト2位は中学時代の11点です」
「……私も教師になってから、担当した子のワースト点数を更新したわ。まさか……1桁の点数を取る生徒なんてマンガの世界だけだと思ってたもの」
「うちの頭が悪いだけですから、先生は落ち込まないでください」
「……なんで私が慰められてるのかしら」
先生は弱々しく机に置いてあった紙を手にする。
「貴女の中間テストの全成績よ。……国語68、英語89、歴史57、化学47。そして数学が9点。典型的な文系にも程があるわよ」
「なんだか照れます」
「褒めてないから。……明日から行われる強制補習は3日間、その翌日に追試験。この学校の赤点は30点未満だから、追試で30点以上取れば良いだけなんだけど…………正直私、貴女が3日間の補習だけで追試をクリア出来ると思わないの」
「奇遇ですね、うちもそう思います」
「ダメなところで気が合うわね」

先生は難しい顔をして、なにか考えている。うちは、先生ってそんな顔でも綺麗だなあ、とかぼんやり思っていた。
先生は長く一人の世界で考え込んでいる。うちはただ立っているのが退屈で、ほわ〜、と欠伸をする。
「――――鞘師さん」
「ほわ?」
欠伸の最中に名前を呼ばれたので、変な声で返事してしまう。
先生はそれを気にする様子も無く、真剣な表情で、
「明日から昼休みの時間になったら、すぐ数学準備室に来てちょうだい。マンツーマン指導するから」
「はあ……あの、ご飯は?」
「お弁当と筆記用具を持ってきなさい、食べながら勉強してもらうわよ」
「げげっ」
「自業自得です。分かったら返事は?」
「……はい」
力無く返事すると、先生はにっこり笑って、
「じゃあ今日はこれで帰っていいわ。言っておくけれど、昼休みの勉強会から逃げたら後で地獄を見るのは貴女よ?」
……笑顔でぶっとい釘を刺された。
「分かりました……」
一礼してから踵を返し、数学準備室を後にする。
ドアを閉め廊下に出て、深いため息をつく。
「……数学しながらのご飯なんて、絶対に美味しくない……」
恨み言を呟いてから、重い足取りで生徒玄関に向かった。
409 :かけがえのない貴女へ〜第1話〜 :2016/03/26(土) 09:50
翌日の昼休み。
先生に言われた通り、お弁当箱と筆記用具を持って数学準備室に向かう。
ノックすると、はい、と返事があったのでドアを開ける。
昨日と同じで、中にいるのは先生一人だけで。違うのは先生の机の近くに設置されている折りたたみ椅子。
多分あの椅子に座らされるのだろうな、と考えていたら、案の定、
「中に入って、この椅子に座ってちょうだい」
と言われる。
大人しくその通りにすると、
「逃げずにちゃんと来てくれたね」
綺麗、と、可愛い、の中間の表現が似合う笑顔を向けられ、少し、ドキドキする。
「お腹、空いてる?」
「はい。三限が体育だったので」
「じゃあ先にご飯食べていいわよ」
「わーい」
嬉々としてお弁当箱を開く。
混ぜご飯・ブロッコリーと口に入れ、玉子焼きを咀嚼していると、
「取り敢えずこのプリントを解いてみてね」
先生が渡してきたので、慌ててお弁当箱を脇によけてプリントに向かう。
「……鞘師さん。お箸でどうやって数式を解くの?」
呆れた声が降ってきたので自分の手を見て、それから顔を上げる。
先生は苦笑いをしていて、
「それにさっき、先にご飯を食べていい、って言ったじゃない。プリントはその後でいいから」
せっかちさん、と小さく笑う先生に、うちは唇を尖らせる。
「だってプリント渡されたら、すぐに解け、って意味だと思っちゃうじゃないですかあ」
うちの反論に先生は目を丸くして、それから、
「確かにそうね。私もせっかちだったわ、ごめんね」
素直に謝ってくれた。
なんだかそれがむず痒くて。
照れるっていうか恥ずかしいというか……。……自分の気持ちなのに上手く表現できない。
表現できないもどかしさを、お弁当の残りを早く食べるパワーに変換して、急いでプリントに向き直した。
410 :かけがえのない貴女へ〜第1話〜 :2016/03/26(土) 09:51
――――そんなこんなで追試の日がやって来て。
追試の翌日の放課後。うちはまた数学準備室に来ていた。
「……35点。セーフ!」
折りたたみ椅子に座りながら喜びの叫びを上げたうちに、
「ギリギリのね」
先生の冷静な声が返ってきた。
「でも、これで放課後の部活に参加できます!」
喜びを隠しきれない、はしゃぎ声を出すと、
「鞘師さんは何部なの?」
先生の疑問が投げられる。
先生は数学担当であって、担任じゃないんだから、うちの部活を把握していないのは当然で。
「ヒップホップ部です!」
元気に答える。
「ヒップホップ部? 珍しいね」

体育の授業にヒップホップが取り入れられたのは、数学が担当の先生でも知っているだろうけれど、でも、それが部活にまで昇華された学校はまだ少ない。
……もしかして先生、この学校にヒップホップ部があること、知らなかったりして。
思いついた疑問はなんとなく口にしてはいけない気がしたので、
「うち、部活目当てでこの学校に入学したんです」
微妙に話を逸らす。
「へえ、そうなの」
先生は、やや興味アリ、みたいな相づちを打ったので、言葉を続ける。
「やっぱりまだヒップホップ部がある学校は少なくて。それでも他の部活同様に大会もあるんです。で、この学校はヒップホップ強豪校なんですよ」
「ここの教師だけれど、それは知らなかったよ」
うちの言葉に素直に感心する先生。
「じゃあ鞘師さんはダンスが得意なの?」
「得意だし大好きです! うち、将来はプロのダンサーになるのが夢なんですよ!」
幼い頃からの夢を興奮気味に話すと、先生は目を細めて微笑ましそうに見つめてくれる。
411 :かけがえのない貴女へ〜第1話〜 :2016/03/26(土) 09:51
「だから将来海外に行くために英語は頑張っているんです」
「そうだね。中間テストでも英語の成績は良かったものね」
先生のことばに、あ……と思って首を縮める。
「……だからって数学を疎かにしていいとは思っていない、です、よ?」
うちの態度を見て、先生は肩をすくめて、
「別にそんなことで怒ったりしないから。ね?」
優しい声で言ってくれた。
安心して、ほ、と息を出す。と。
「でも……」
先生は暗い声を出す。
「正直な話、今度は期末テストが不安なのよね……」
あう。
「先生ぇー、中間テストが終わったばかりなのに、期末テストの話をするんですかぁ」
情けない声を出すと、先生は真剣な表情になって、
「でも期末テストも赤点だと、また放課後の強制補習だよ? 今回は追試はクリアできたけれど、次回もそうとも限らないじゃない。そうしたら最悪部活停止……」
「それはやだぁっ!」
椅子に座って、足をジタバタさせる。
「それに期末テストも赤点だと、私も職員会議で怒られるの。――――つまり鞘師さんにも私にも良いこと無し。……お互い困るよね」
「……困りますね」
…………。
しばらく二人、無言になって。
「鞘師さんは放課後の部活には参加したいのよね?」
「はい。なるべく……というより絶対に」
「――――それなら、お昼休みの勉強会を続行ね。異論はある?」
「無いです。よろしくお願いします」
ぺこり、頭を下げる。
「鞘師さんは本当に素直ね」
下げた頭を、フワリ優しく撫でられる。
撫でる手の平の感触が気持ち良くて、自然と目を細めてしまう。――――もっと撫でられたい、と思ってしまう。
それでも手の平は頭から離れてしまって。
少しだけ寂しい気持ちになって頭を上げると、先生は自分の腕時計を見て、
「追試のテストも返却したし、今後の数学対策も決まったし……ちょっと遅れたけれど、まだ部活に参加できるんじゃないの?」
その言葉にガタン、音を立てて椅子から立ち上がる。
「それなら部活やって来ます! 先生っ、本当に色々とありがとうございます!」
一礼してから慌てて数学準備室を出る。
ドアを閉める前に、先生が、
「また明日ね」
笑顔で手を振ってくれた。

なんだか。
それだけで。
今日の部活では軽やかなステップが踏めそうだった。
412 :かけがえのない貴女へ〜第1話〜 :2016/03/26(土) 09:52
と・いうわけで。
今日も変わらず、昼休みになると数学準備室に行って昼食兼勉強会を行っている。
「えっと……yが3乗で……うん、解けました!」
プリントを渡すと、先生は真剣な表情で見つめてから……にっこり笑った。
「途中の計算式も合ってるね、ばっちり正解」
そう言って笑顔のまま、うちの頭を撫でる。

他の教師にされたら「子ども扱いしないでください」って怒るんだろうけれど、先生にされると手の平の感触が気持ち良くて、素直に嬉しいって思える。

「いひひ」
目を細めて笑う。ちらり、先生の表情を盗み見ると、とても優しい笑顔をしていて。きっとこれが、先生の素の笑顔なんだろうなぁ、とぼんやり考えた。
先生は授業中も基本笑顔なんだけれど、なんか……少し作り笑顔っぽくて。上手く言えないけれど、生徒とは一線を引いているっていうか。
だから、先生の素の表情が見れる昼休みの勉強会は、けっこう楽しい。

たとえどんな理由であれ、勉強を楽しいって思えるのは良いことだよね、うん。
413 :かけがえのない貴女へ〜第1話〜 :2016/03/26(土) 09:53
昼休みは生徒の昼ご飯の時間だから、当然先生にとっても昼ご飯の時間なわけで。
うちが食べている間は、先生も昼ご飯を食べる。うちがお弁当の時もあればコンビニのおにぎり、購買のパンだったりするのに、先生は毎日家から持参しているらしきお弁当だった。
ある日、
「先生のお弁当は自分で作っているんですか?」
何気なく尋ねてみた。
「ええ。自炊が一番安上がりだしね」
呆気なく答えられる。
先生のお弁当の中をじーっと見る。その視線に気付いたのか、不思議そうに顔を上げる先生。
「なに?」
「いえ、先生の唐揚げが美味しそうだなー、と思って」
素直に答えると、クスリと笑われ、
「交換ならあげるわよ?」
悪戯っぽく言われる。
自分のお弁当を見て、唐揚げと同レベルのおかずってどれかな、と少しだけ考えて。
「じゃあ、これと交換してください」
綺麗に形が整えれられている、冷凍食品のミニハンバーグを指す。
「……じゃあ、遠慮なく」
ピンク色のお箸でヒョイ、とミニハンバーグが取られる。
先生はミニハンバーグを自分のお弁当箱のフタの上に置いて、
「はい。鞘師さんも取っていいよ」
お弁当箱を差し出される。
迷うことなく唐揚げを赤色の箸で取って、そのまま自分の口に放り入れた。
噛みしめるたびに溢れる肉汁とショウガとニンニクの味が、とてもマッチしていて。
「美味しいです!」
口の中にまだ残っているのに、思わず声を上げる。
先生は嬉しそうに、
「油で揚げずに電子レンジを使ったからヘルシーだよ? ニンニクの量も控えめにしたしね」
その答えに、ゴクン、と飲み込んでしまった。
「え、手作り!?」
驚きの声を出したうちに、
「そうだけど?」
先生は当然のように答える。むしろ、うちが何故驚いているのかが分からないみたいで。
手作り唐揚げと冷凍ハンバーグ……なんだか申し訳なくなる。
そう思っていると、先生は再び自分のお弁当箱を、うちに差し出した。
「唐揚げとハンバーグじゃあ、なんだかフェアじゃないしね。赤ウインナーも食べていいよ」
そんな……って遠慮しようかと思ったけれど、先生のお弁当の魅力には勝てなくて。
おずおずと箸で赤ウインナーを取る。
赤ウインナーは、ただ切れ目を入れたものじゃなくて、タコさんの形をしていた。
「……可愛い」
思わず呟く。
「そう言ってもらえるなら赤ウインナーも本望じゃないのかな」
笑顔の先生。

いえ、タコさんウインナーも可愛いんですけれど、ウインナーをタコさんにする先生が可愛いんです。

――――そんなこと、当然言えなくて。
ほんのり熱くなった顔で、タコさんウインナーを、今度は大切に噛み締めた。
414 :かけがえのない貴女へ〜第1話〜 :2016/03/26(土) 09:54
そんな穏やかな日が続き。

身に纏う制服も夏服に変わり、そろそろ期末テストが近づいてくる時期。
家に帰り、自室のベッドに制服のまま寝転がる。抱き枕を引き寄せ、力のいっぱい抱き締めた。
――――その頃には自分の中に咲いている気持ちを自覚していた。

先生が、好き。
先生のこと、すっごい好き。
尊敬とかの意味じゃなくて……それは確かな恋で。

昼休みの昼食兼勉強会は、昨日、
「そろそろ期末テストの問題を作らないといけないの。だから勉強会は今日でお終いね」
と言われて、すごく落胆した。
うちが未練がましく、ぐずぐず数学準備室に残っていると、先生はいつもと変わらない笑顔で、
「今度こそ、脱・赤点を目指してね」
そう応援してくれた。

自分自身のためにも、先生の応援のためにも、先生が職員会議で怒られないためにも、今度のテストは頑張らないといけない。

抱き枕を抱き締めながら目を閉じる。
それから、ゆっくり目を開ける。
――――決めた。
期末テストで赤点じゃなかったら……先生に告白しよう。全身全霊で、想いをぶつけるんだ。

そうと決まったら、早速勉強!
がばり、体を起こして、散らかっている勉強机の前で、教科書とノートを広げる。

庭の木に止まっているセミが、うちを鼓舞するかのように、激しく鳴いていた。
415 :かけがえのない貴女へ〜第1話〜 :2016/03/26(土) 09:55
そしてテスト期間。
中間テストのときとは違う勢いで、どの教科の答案用紙にもシャーペンを滑らせていく。
最後の試験日、最後の教科の終了を知らせるチャイムが鳴った途端に、うちは脱力して机に突っ伏した。
取り敢えず、やれることはやったんだ。
あとは結果を待つだけ。
祈るような思いで、はあ、と大きく息を吐いた。

後日、授業の始めに返される答案用紙。受け取ったクラスメイトたちが、「よしっ!」とガッツポーズをしたり「ぎゃー!」と悲鳴を上げたりして、とても騒がしい。
運命の、数学。
名前を呼ばれて答案用紙を受け取る。渡す瞬間の先生は……微笑んでいた。
席に戻る途中、恐る恐る答案用紙を見る。
うちは。
「……ひゃほーい!」
大きく飛び上がった。
416 :かけがえのない貴女へ〜第1話〜 :2016/03/26(土) 09:56
放課後。
自分にとって大切な部活を休んで、廊下をばたばたと走る。向かう先は、もちろん数学準備室。
ドアの前で足を止め、ゴンゴンとノックする。
中で「はい」と声が聞こえたのを確認してから勢いよくドアを開けた。
「先生っ!」
叫んで転がるように中に入る。
数学準備室には先生が一人、席にいて。
うちは意気揚々と握り締めてクシャクシャになった答案用紙を、先生に見えるように広げた。
「数学の点数! ろくじゅーさん点っ! 自分でも驚いてます!」
先生はクスクス笑って、
「知ってるわよ、私が採点したんだから。平均点より少し下だけれど……。それでも、よく頑張ったわね」
大股で歩いて、先生に近付くと、ご褒美のように優しく頭を撫でられる。
それが気持ち良くて、嬉しくて。ずっとされていたいな、とか思ってしまう。
それでも、自分がここに来た目的は忘れていない。
先生の手が頭から離れ、うちは大きく唾を飲み込む。
「……先生。うち、伝えたいことがあって来たんです」
真剣な表情で先生と目線を合わせると、先生の表情も真剣になる。
「伝えたいことって……なに?」
室内はクーラーが効いているのに、全身が暑い。それはきっと、身体の中から発せられる熱のせいなんだろう。
すう、と息を吸って。

「先生のことが、好きです」

真剣な表情、視線を合わせたまま、想いを伝えた。
「好きです……大好きなんです」
言葉を続けると、――――先生は顔を曇らせ、視線を外した。
「そう……ありがとう」

――――え?
それだけ……ですか……?
417 :かけがえのない貴女へ〜第1話〜 :2016/03/26(土) 09:57
軽く狼狽えながらも、先生を見る。先生はこっちを見ない。
「先生……? うち、冗談じゃなくて本気ですよ?」
「……そう」
「うちの言う、好き、の意味、分かってます?」
「……分かるわよ。だから……困っているのよ」
弱々しいその声を聞いた瞬間。心の中でなにかが弾けた。
「それなら! ちゃんとうちを見てください! 『ありがとう』って言ってくれたのに『困っている』って……! 言葉を濁さないでくださいっ、しっかりした答えをください!!」

両腕で肩を掴んで、こっちを向かせる。それでも先生は床を見ている。
「先生っ!」

無理矢理顔を近付ける。
唇同士が触れる瞬間、――――。
「やめてっ!」
強い力で引き離された。

呆然としたうちを押し返した先生は、肩で息をしながら視線を合わせないまま、
「…………これだから子どもは……」
と呟いた。

うちは混乱した頭でアホのように突っ立っている。
先生の呟いた言葉の意味が分からない、――――。

「お願い……私の立場も考えて……」
弱々しい先生の声。あくまでも視線を合わせてくれない。
先生の、立場……?
動かない脳を無理矢理回転させる。

うちが先生を好きになった。
そして告白した。
もし先生が受け入れてくれてたら……?

その先を想像して……一番最悪な、考えたくない考えに辿り着いた。
先生と恋人になって、――――それがバレたとき。
たとえ告白してきたのが生徒であっても、周りは受け入れてしまった、大人である先生を悪人に仕立て上げるだろう。
生徒に手を出した、わいせつ教師。
未成年淫行。
そして……懲戒免職。

ゆっくり視線を動かし、うちの顔を見てくれた先生は、うちの表情で察したのだろう。
「……そういうことなの。だから……貴女の気持ちは受け入れられない……」
それだけ言って。先生は立ち上がり、足早に数学準備室から出て行った。
ピシャリと閉じられるドアの音が、遠く感じる。

うちは……好きになってはいけない人に恋をしてしまったんだ……。

絶望が全身を包み、ガクンと足の力が抜ける。糸の切れた操り人形のようにその場に崩れ落ちた。
うちだけが残された数学準備室に。
ヒグラシの鳴く声が虚しく響いていた……。
418 :石川県民 :2016/03/26(土) 09:58
本日はここまで。
第2話は明日うpします。
419 :石川県民 :2016/03/27(日) 11:13
第2話うpします。
420 :かけがえのない貴女へ〜第2話〜 :2016/03/27(日) 11:14

先生に告白して、フラれて。そしてすぐに夏休みになった、――――。

夏休みでも毎日のようにある部活。
ステップ・ターン・ジャンプ。
踊っている間は楽しかった。――――束の間でも、先生のことを忘れることができたから。
先生への想いを振り払うかのように、手を振り、足を動かす。
「鬼気迫るものがあるね、鞘師」
休憩中に汗を拭いていると、部長が声をかけてきた。
「一人だけのダンスだとそれはプラスだけれど、今はグループダンスの練習だから。調和を考えて」
「すみません……」
素直に頭を下げると、ポンポンと軽く叩かれた。

――――不意に。先生が優しく頭を撫でてくれていたことを思い出す。

「別に怒っているわけじゃないから。次からはそのことも考えてくれればいいだけ」
「……はい」
部長が去っていくことを気配で感じながら、頭にタオルを被せる。そのまま乱暴に顔を拭く。

……こうすれば、先生を想って溢れた涙を、周囲は汗だと思ってくれるから、――――。
421 :かけがえのない貴女へ〜第2話〜 :2016/03/27(日) 11:15

9月になり二学期が始まった。

夏休みに出ていた課題のプリントを授業の度に提出していく。
数学の時間、提出のために先生のいる教壇に近付く。
先生は、うちを見ると、その大きな瞳をわずかに揺らした。――――けれど、それだけだった。
うちも無表情を装って、プリントを提出して踵を返す。
――――先生はすぐに気付いただろう。プリントにクリップで留めた一枚のメモ帳に。

『今日の放課後、この教室で待っています』

内容はたったそれだけ。
勝算なんて無かった。
うちは。
うちは、ストレートにぶつかることしか、できないのだから、――――。
422 :かけがえのない貴女へ〜第2話〜 :2016/03/27(日) 11:16

――――9月になっても、まだヒグラシは鳴いていた。
気温も湿気も真夏と変わらない、うちだって夏服だ。
教室でたむろっていたクラスメイトも全員帰り、今、教室には頬杖をついて自分の席に座っているうち一人だけ。
全身が汗ばんでいるのは、気候のせいか緊張のせいか。――――多分両方なのだろう。
先生が律儀に来てくれるのかも分からない。
なんて勝ちの薄い賭け。
けれど。もう運命のルーレットは廻っているのだ。そして自分は全てのチップを置いてしまっている。
だから、ルーレットが止まるのを待つしかない。
待つしか……。

廊下から控えめな足音が聞こえてきた。
条件反射で向くと、先生が静かに入ってきた。……少しだけ困った表情で。
「……遅くなってごめんね」
「いえ、本当に来てくださっただけでも嬉しいですから」
先生は所在無さげに教壇の近くに立っている。授業でもないから教壇に立つのもどうか、とか考えているのだと思う。
うちはゆっくり席を立って、教室のドアに近付く。
「鞘師さん……?」
不思議そうに尋ねる先生を意に介さず、ドアを閉め、――――カシャン、内鍵をかけた。
「…………」
無言になる先生。うちは後方のドアも同じように、閉めて内鍵をかける。
それから少しだけ距離を取って先生と対峙する。
「これで教室は密室になりました。――――ですが内鍵をかけただけですので、先生は簡単に逃げることもできます」
「…………」
先生は無言のままだ。
「嫌になったらすぐに逃げてください。……追いかけたりはしませんから」
静かに首肯する先生。
423 :かけがえのない貴女へ〜第2話〜 :2016/03/27(日) 11:17
――――うちは、ゆっくりと本題に入る。
「……夏休みの間、踊っているとき以外、ずっと先生のことを……先生の言葉を考えていました」
「……そう」
「先生は仰いました。……教師という立場で一生徒の好意は受け入れられない、と」
「そうね……そう言ったわ。――――そしてその考えは今も変わらないわ」
「……今だけ、今だけで良いんです」
「なにが?」
「――――今だけ『教師と生徒』という関係を忘れてください。そのうえで、その、あの……一人の女性として答えてほしいんです……うちのことをどう思っているのかを」
「……っ」
「『生徒の一人としか思えない』という答えでも構いません。真意が知りたいんです。つまり……道重さゆみ、さんは鞘師里保のことをどう思っているのかを……」
「……貴女に相応しい人は他にいるんじゃないのかな? ……部活の先輩とか同級生とか」
「話を逸らさないでください。うちは、貴女の気持ちが知りたいんです」
きっぱり言うと、――――先生は泣くのを堪えるような表情をする。
「なんで……私なの……」
「人が人を好きになるのがおかしなことでしょうか。……先生のことは教師としても尊敬していますし好きです。でもそれ以上に……っ」
一度言葉を切る。
「……鞘師里保は貴女個人のことが、好きなんです」

切なくて、切なくて、恋しくて。涙が出そうになる。
424 :かけがえのない貴女へ〜第2話〜 :2016/03/27(日) 11:18
ぎこちなく一歩近付く。――――先生は逃げない。
一歩、また一歩と近付く。
とうとう目の前まで来てしまった。黒曜石のような大きな瞳は揺れながらも、それでもうちを写している。
震える腕を伸ばして、先生の細い腰に回す。
顔をゆっくりと近付ける。――――今度は先生は逃げなかった。

「うちのファーストキス、先生に捧げます」

先生が黒曜石の瞳を閉じる。
唇が重なる直前、うちも目を閉じた。
――――触れ合うだけの拙いキス。
それでも、うちは、人生で一番の幸せを感じた。
唇を離し、目を開けると。
先生は既に目を開けていて、――――涙を流していた。
「せ、先生っ!? ……やっぱり嫌だっだんですね……」
意気消沈して呟くと、先生は微笑んで目元を拭った。
「違うの。……嬉しくて。嬉しすぎて……」
その言葉に嘘は感じられず、安堵する。
「……ねえ、」
そっと頬に手を添えられる
「セカンドキスも……もらっていい?」
控えめな言葉に、どうしようもない多幸感を覚える。
「はい。先生となら、何度でも喜んで」
頬に添えられた手の平の感触を味わいながら答えた。
今度は先生の顔が近付いてくる。うちはゆっくり目を閉じる。
「んっ」
声が漏れ出てしまう。
それくらいに……先生からのキスは情熱的だった。
ただ唇同士が重なっているだけなのに……全身が熱を帯びる。
唇が離れ……ぽやん、と目を開ける。
先生はそんなうちを見てクスリと笑った。
「大丈夫? 顔が真っ赤だよ?」
425 :かけがえのない貴女へ〜第2話〜 :2016/03/27(日) 11:19

二人で教壇の隅に、指を絡める手繋ぎをしながら腰を下ろす。お互い、スカートが汚れる、とかどうでも良かった。

先生は、ぽつりぽつり、と話してくれた……。

「初めての数学の授業の日、覚えてる?」
「へ? ええ、まあ……」
こんな美人が教師で、すごく驚いたっけ。
「クラスの子たちが自己紹介したでしょ?」
「はい」
「貴女が席を立ったとき、内心驚いたの。うわ綺麗な子だな、って」
「は?」
あの……先生のほうが何十倍も綺麗だと思うんですけど。
「実を言うとね、軽く一目惚れに近かったの」
「そんな……」
笑顔で言われ、嬉しさと恥ずかしさで顔が熱くなる。
「それなのに中間テストで驚異の点数。悪い意味での、ね」
それを言われると、首を縮めるしかない……。
「正直、呆れちゃったよ」
「ですよね……」
「それで仕方なく始まった、お昼休みでの昼食兼勉強会だったけれど……」

嬉しそうに唐揚げを頬張る顔、プリントの問題をウンウン唸りながら解く姿、正解だったときの嬉しそうな顔、頭を撫でると無邪気な笑顔、将来の夢をキラキラと話す姿……全てが可愛くて可愛くて……。

「愛しい、と思うのに時間はかからなかったよ……」
どこか懐かしそうに語る、先生の横顔。
それから、少し顔を伏せ、寂しそうに、
「でも。自分は教師で、貴女は生徒……。自分の感情を必死で押し殺してた」

授業でも貴女ばかり見ないように、家でも貴女を思い出したりしないように、貴女を一生徒として扱うように努めていたのに。
それなのに、期末テストが終わった後の、貴女からの告白……。――――本当にすごく嬉しくて、本当にすごく困った……。
結果、私は自分の立場を突きつけて貴女を傷つけた……。
パソコンのキーボードのように、私の心に……そして貴女の心にもデリートキーがあれば良いのに、ってすごくすごく思った……。

「人の心は数学の問題のように、一つしか答えがないものじゃないこと、知っていたつもりだったんだけれど……」
それから先生はうちを見て、
「けれど、こんな強硬手段に出るなんて思わなかったなあ」
クスクスと笑った。
426 :かけがえのない貴女へ〜第2話〜 :2016/03/27(日) 11:20

先生の手が頬に添えられる。
「好き……大好きだよ」
ゆっくり顔が近付いてくるから、うちは素直に目を閉じる。
二人きりの教室で、三度目のキス。
静かに唇が離れ、目を開けると、優しく笑う先生の顔が近くにあった。
「じゃあ私たちもそろそろ帰らないとね」
指を絡ませ繋ぎ合ったまま、二人で立ち上がる。空いている手で軽くスカートをはたく。
「これからは恋人としてよろしくね。あ・でも、えこひいきはしないから」
「分かってます。そんなことを期待して、先生に告白したんじゃないんですー」
ぷくっと頬を膨らませると、先生は面白そうに、うちの頬をつついて空気を抜く。
「二人だけの秘密、だからね?」
「はい。秘密の恋人同士……ですね」

繋いだ手を離し、先生は内鍵を解錠し、うちは自分の席にあるカバンを手に取る。
427 :かけがえのない貴女へ〜第2話〜 :2016/03/27(日) 11:21

廊下に出れば、また『教師と生徒』の関係に戻る。だれが見ているかも分からないから、手を繋ぐこともできない。
先生は、生徒玄関まで見送りに来てくれた。
「先生は帰らないんですか?」
「うん。まだ少し仕事が残ってるし。寄り道しないで真っ直ぐ帰るのよ?」
その口調は既に『教師』のものだった。
「……はい」
それを少し寂しく思いながら、自分の下足箱からローファーを取り出す。
名残惜しく先生を見ると、
「鞘師さん」
名前を呼ばれた。
「はい?」
「明日からも昼休みの勉強会は続けるから、しっかり予習しておくのよ?」
そう言って悪戯っ子のように微笑しながらウインクする先生。
それが嬉しくて。
「はいっ!」
勇んで返事して、飛び跳ねるように生徒玄関を出る。
「先生ぇー、さよーならー!」
大きく手を振ると、先生も小さく振り返してくれた。

まだヒグラシは鳴き続けている。
一学期のあのときは、あんなに虚しく響いていたヒグラシの鳴き声は。
今は祝福しているかのように聞こえた。
428 :石川県民 :2016/03/27(日) 11:22
第2話終了、第3話は明日うpします。
429 :石川県民 :2016/03/28(月) 18:16
第3話うpします。
430 :かけがえのない貴女へ〜第3話〜 :2016/03/28(月) 18:19

再開された、数学準備室でお昼休みの勉強会。
「……。先生、解けました!」
意気揚々とプリントを渡す。先生は赤ペンを手にプリントをシュッ・シュッと採点していく。
先生は優しい微笑でプリントを返してくれる。それを見ると……マルだらけでペケは一個も無い。
「一学期に教えた箇所ばかりだけれど、初めての全問正解だね」
「やったー!」
プリントを掴んで万歳して喜びを表現する。先生も嬉しそうだった。
「やった♪ やった♪ すっごい嬉しいです! ――――というわけで先生、」
「なに?」
「ご褒美、――――くれませんか?」
言いながら顔を近付ける。先生も理解したらしく、微笑んで、――――。
――――自分の唇の前に指でバッテンを作った。
「ダメ。ここは学校なんだから」
「……ええー」
これ見よがしに肩を落とす。
負のオーラを纏って、うな垂れていると。
「別のご褒美ならあるよ」
そんな声が降ってきたので、顔を上げる。
はい、と、ある物を差し出されたので素直に受け取る。
それは、――――住所の書かれたメモ用紙と鍵だった。
「これって……」
学校から二駅のマンションの住所・鍵・先生の顔、の三つを順番に見る。

先生の家の……?
431 :かけがえのない貴女へ〜第3話〜 :2016/03/28(月) 18:20

うちがポカンとしていると、先生は肩をすくめて、
「それだとご褒美にならない?」
寂しそうに言うので、慌てて首を激しく横に振る。
大切にメモ用紙と鍵を両手で包み、
「あ、あのっ! 今日の部活が終わったら、早速使っていいですか!?」
興奮気味に尋ねる。
先生は微笑みながら、
「うん。いいよ」
あっさり快諾してくれた。


部活が終わり、同級生のクレープ屋への寄り道の誘いを断って、慌ただしく校舎を飛び出す。
電車を使って、スマホのマップ機能を駆使して目当ての場所に辿り着く。
そこは思ったより大きなマンションで、エレベーターで6階まで上がる。
緊張しながら一室の前に立って、鍵を差し込む。
さも当然のように、カチャリと開く。
恐る恐る中に入ると、中は暗く、先生はまだ帰ってきていなかった。

ホワイトと淡いピンクを基調とした可愛らしい室内。うちの散らかった部屋とは違い、きちんと整理されている。
呼吸をすると、先生の香りがする。どうしよう、――――すごく落ち着く。
ローテーブルがあったので、そこに突っ伏して先生を待つ。

…………。
432 :かけがえのない貴女へ〜第3話〜 :2016/03/28(月) 18:21

どうやら、うちは眠っていたらしい。気がつくと部屋の電気は点いていて、体には薄いブランケットが掛けられていた。
「……んー?」
いまいち今の状況が理解できなくて。目を擦りながら辺りをキョロキョロ見回す。
「あ、起きた?」
キッチンから聞こえた優しい声に、瞬時に覚醒する。
「もー、いくら残暑だからって、なにも掛けずに寝ると風邪引いちゃうよ?」
顔だけこっちを向けている先生は、呆れた口調だったけれど、その声音・その表情は、とても穏やかで。
うちは、なにか言おうとして、――――。
グ〜……。
……お腹の虫が先に返事した。
虫の音は先生にも聞こえたらしく、
「お腹空いてるんだね、あと少し待っててね」
愉快そうに言いながらナベの中をゆっくりと掻き回している。

うう……恥ずかしい……。
穴があったら入りたい、ってこういうときに使うんだろうな、なんて思いながら、小さく、
「……はい」
と返事した。
433 :かけがえのない貴女へ〜第3話〜 :2016/03/28(月) 18:21
先生が言った「あと少し」という言葉は本当で、5分くらいで、
「おまたせ」
という言葉と共に皿が運ばれてきた。
ランチョマットが敷かれたテーブルに、ハヤシライスとミネストローネが静かに置かれる。
どちらも良い匂いで鼻腔をくすぐる。口の中に自然と唾が溜まる。
「簡単なものでゴメンね」
本当に申し訳なさそうに先生は言うので、
「立派なご馳走ですよ! それに今日突然押しかけたこっちが悪いんですしっ」
うちは慌てて否定する。
「……そう? じゃあ冷めないうちに食べようか」
二人、テーブルに向き合って、いただきます、と手を合わせる。

お弁当のおかずで知っていたけれど、先生の手料理は絶品だった。
空腹もあったので、先生より半分の時間で食べ終えた。
先生が微笑みながら、
「美味しそうに食べてくれたから嬉しいよ」
と言うので、
「だって本当に美味しかったですから! 先生って料理も上手なんですね」
うちは素直な感想を告げる。
先生は自分のスプーンを動かしながら、
「なにか食べたい物、ある? 今度はそれを作るよ」
笑顔で尋ねてくれた。
うちは、少しだけ迷って。でも遠慮するほうが悪い気がしたので、
「じゃあ……先生のオムライスが食べたいです」
お子様のようなリクエストをする。
「オムライスだね、分かったよ」
快諾してくれた先生。
微笑んだままの先生に、おずおずと、
「あの……今度、って言ってくれましたけど……それって明日でも大丈夫ですか?」
ちょっぴり、ワガママを言ってみる。
先生は。少しだけ考える素振りをして、
「明日スーパーで材料を買ってくるから、ちょっと遅くなってもいい?」
逆に聞き返してくる。
「はい! 全然問題ないです!」
受け入れてもらったことが嬉しくて、元気に返事した。

――――その日以来。
平日は部活が終わると先生の家に直行、土日は朝からお邪魔して、おうちデートを楽しむ、というのがうちのスケジュールになった。
434 :かけがえのない貴女へ〜第3話〜 :2016/03/28(月) 18:22

うちは、おうちデートも充分に楽しいのだけれど、一度だけ言われた、
「……ごめんね、どこにも連れて行ってあげられなくて」
先生の謝罪。
うちは首を横に振って、笑顔で答える。
「いいんです。先生と一緒にいれれば。それにうち、もともと出不精だから」
「そっか。さゆみと同じだね」
先生はプライベートだと、自分のことを『さゆみ』と呼ぶ。
こういう面も見れて、すごく嬉しい。

「そーいえば先生ぇー」
「なに? 鞘師さん?」
「それ」
ぴっ、と指さすと、
「はい?」
と不思議そうな声を出される。
「プライベートのときでも、うちのこと『鞘師さん』 呼びしなくてもいいじゃないですかぁ。どうせうちらしかいないんですから『里保』って呼んでくださいよ」
そう言うと先生は難しい顔をした。
「でもさゆみの中では、鞘師さんは鞘師さん、で認識しているんだよね」
「だからぁ、それを改めてくださいってば。……恋人同士なんだし」
拗ねた口調で言うと、先生は指をアゴに添えて、
「……でも『里保』や『里保ちゃん』だと、クラスの子たちにも呼ばれているんじゃないの?」
「まあ、そうですけど」
「できれば、さゆみだけが呼ぶ言い方が良いなぁ。うーん……」
先生はしばらく考えて。
ぽんっ、と手を打った。
「りほりほ、ってのはどう?」
「りほりほ……」
それ本名より長くなっていませんか? とか思ったけれど。
「うん、りほりほ! 可愛いし決定ね」
嬉しそうな先生を見ていると、ま・いっか、という気分になった。
435 :かけがえのない貴女へ〜第3話〜 :2016/03/28(月) 18:23

ある日の平日。

「先生、暇な時間があるときでいいですから、うちが踊ってるところを見に来てくれませんか?」
先生とテーブルを隔てて晩ご飯を食べているときに、そんな提案をしてみる。
ちなみに今日の晩ご飯はチキンのトマトパスタとシーザーサラダ。
先生はパスタを絡めるフォークを動かすのを止め、
「ヒップホップ部の練習場所って、確か第一体育館のステージだよね?」
と聞いてくる。
「はい、そうですけど」
すると先生は、言いにくそうに、
「第一体育館はバレー部も使っているじゃない。そのバレー部顧問の、――――」
先生は一人の男性体育教師の名前を口にする。
「……あの先生のさゆみを見る視線が、ちょっと、っていうか、かなり苦手なんだよね」
バツが悪そうに言う先生に、バレー部顧問を思い出してみる。
……あー。ヘビのようにねちっこく、女子生徒を舐め回すように見るわ、えらくボディタッチが多くて全校生徒に嫌われている、あの教師か。
「でも、りほりほのダンスは見てみたいし、りほりほがそう言うなら、――――」
「いえ! やっぱりいいです、来なくていいです!」
うちはフォークを持ったまま、両腕で大きくバッテンを作る。
「え……」
意外そうな声を出す先生。
「あんなヤツに先生を無駄に見られるのは、――――うちが嫌です」
はっきり言うと、先生は目を丸くして、
「……それってヤキモチ?」
面白そうに聞いてくる。
「っていうよりは、もっと……子どもじみた嫉妬です。……先生を好奇の目で見る人間をなるべくシャットダウンしたい、っていうか……」
素直な感情を吐露すると、先生は手を伸ばして頭を撫でてくれた。
「ありがとう……りほりほ」
436 :かけがえのない貴女へ〜第3話〜 :2016/03/28(月) 18:24

土曜日。
うちは朝から先生の家に来ていて、今は先生のベッドに寝転がっている。
「先生。先生はなんで数学の教師になったんですか?」
何気なく思ったことを口にしてみる。
先生は数学指導書から目を離し、
「昔から数学は好きだったし、人に教えるのも得意だったからだけれど。……突然どうしたの?」
「先生ぐらい綺麗な人なら、モデルとかでもできたんじゃないのかな、と思って」
そう答えると、先生は困った顔をした。
「十代の頃は街を歩いてたら、そんなスカウトは沢山あったけど。……正直、そういうお仕事は性格的に苦手なんだよね」
「……ふーん」
そういうものかぁ、とも思ったし、もったいないなぁ、とも思った。
……ま・いっか。
先生が先生になってくれたおかげで、こうして出逢えたんだし。
「でも先生ぇ」
「なに?」
「……本なんて読んでないで、うちに構ってくれませんか?」
拗ねた口調で言うと。先生は苦笑して。
それから本に栞を挟んでベッドに近付いて来てくれた、――――。
437 :かけがえのない貴女へ〜第3話〜 :2016/03/28(月) 18:25

次の日曜日。
先生は傍に紅茶の入ったティーカップを置いて、デスクトップパソコンを操作して仕事中。
うちは先生のベッドに寝転がりながら、それを見ている。
時折窓の外を見て、あー季節はもう秋だなぁ、とか意味の無いことを考える。
先生は仕事がひと段落したのか、ほう、と息を吐いて椅子の背もたれに寄りかかって紅茶を口にした。
「ね、先生」
呼びかけると、ん? と言いたげにこっちを向いてくれる。
「先生はうちのカラダに興味無いんですか?」
んぐっ!? と先生は紅茶を吹き出しそうになるのを必死に堪えて、なんとか飲み込む。
それでもケホケホと軽く咳をしながら、
「と、突然なにを言い出すのかなぁ? キミは」
「突然じゃないですよ、ずっと思ってたんですー」
今日だって朝から来てるのに、もう夕方、据え膳食わぬは女の恥ー、と続ける。
先生は困った顔をしている。
うちはベッドから上目遣いで先生を見た。
「キスは何回もしてるけれど、それ以上のことをしてくれないのは……やっぱり不安になっちゃう、っていうか」
先生は椅子から立ち上がり、ベッドに腰掛けて、うちの髪を優しく梳いてくれる。
「不安にさせてたことは……謝るよ」
でも……、と口ごもりながら続ける。
「さゆみの中では最初から決めてたんだよね。――――そういうことは、りほりほが無事に卒業できてから、って」
「えー。じゃあ、あと二年以上もオアズケ、ってこと?」
「うん。……ごめんね」
ゆっくり手を伸ばし、先生の頬に添える。
「……うちは先生のカラダに、すっごく興味あるんですけど」
「じゃあ……今、さゆみを抱く?」
互いの視線が絡まる。
二人とも、なにも言わない。
――――先に唇を尖らせ視線を外したのは、うちのほうだった。
「……抱かない。先生のカラダは欲しいけれど、ココロも一緒じゃないと、嫌だから」
それだけ言って目を閉じる。
すると、額に柔らかくて温かくて優しい感触。――――先生の顔がすぐ近くにあることが気配で分かる。
「分かってくれて、ありがと」
耳元で囁かれて、うちは「いひひ」と小さく笑った。
438 :かけがえのない貴女へ〜第3話〜 :2016/03/28(月) 18:26

秋と冬の境目のような時期。
先生は、
「こういう季節の変わり目が風邪を引きやすいんだよ」
と言ってマグカップに入れたホットココアを渡してくれた。
うちは立ったままココアを数口啜って、
「先生。今日はパソコンを使いますか?」
ソファに座っている先生に尋ねてみる。
「使わないけれど……ネットでもしたいの?」
質問に「そうです」と頷く。
先生はソファから立ち上がり、パソコンの電源を入れる。パソコンチェアに座るように促されたので、素直に座った。
「ネットでなにか調べ物?」
「調べ物じゃなくて、買い物をしたいんです」
「へえ。なにか欲しいものがあるんだ」
「はい。――――先生とお揃いのものが欲しいんです」
うちの科白に、先生は軽く言葉を失う。
「先生と繋がっていることを、やっぱりカタチにしたいっていうか」
「……そっか。そうだよね」
話している間にパソコンは立ち上がり、早速インターネットのアイコンをクリックする。
「でも、なににするかは決めてないんですよね」
「そういうところ、りほりほらしいね」
先生が耳元でクスクス笑うので、くすぐったいやら恥ずかしいやら嬉しいやら、色んな感情がごちゃ混ぜになる。
ショッピングサイトを開いて、色々と見ていく。
お揃い、とか、ペア、とか一口で言っても、多種多様で。まるで無限のようにディスプレイに表示される。
途中で先生が、
「このマグカップは? 可愛いじゃない」
そう言ってくれるけれど。
自分が希望しているものを、もう少しちゃんと考えてみる。
「んー。できれば身につけられるものがいいです」
そう口にした途端。自分の目がキラン、と光ったことが分かった。
「恋人同士が身につけるお揃いのものと言ったら、やっぱり指輪ですね!」
うちの発言に、先生は隣でちょっと呆れた表情をしているけれど気にしない。
「うちが先生にプレゼントします! 指輪といったらやっぱりプラチナかな」
検索キーワード欄に『プラチナリング』と打ち込んで、エンターキーを押す。
ゾロゾロと色んなデザインの指輪が表示される。……が。
「げげっ!?」
うちは変な声を出して目を剥く。
「プラチナって……こんなに高いんだ……」
肩を落とすうちに、先生は苦笑する。
「高校生のお小遣いじゃ手が出せないよね」
439 :かけがえのない貴女へ〜第3話〜 :2016/03/28(月) 18:27
うー、と未練がましく唸っているうちの横から、先生の手が伸びる。
「別にプラチナじゃなくてもいいじゃない。ほら、これだったら大丈夫じゃないかな」
先生の指がキーボードの上を滑らかに動き、検索キーワード欄に『ピンキーリング』と打ち込む。
ぽかん、としているうちを意に介さず、エンターキーを押す先生の指。
表示された指輪の数々の値段を見る。……さっきのプラチナリングよりも、一つ、または二つもゼロが少ない。
「どうかな?」
うちの顔を覗き込む先生。
「はあ、まあ……でも、」
「さゆみはりほりほがプレゼントしてくれるなら、どんなものでも嬉しいよ?」
偽りなんかない微笑に、少し救われた思いがする。
表示されている数々のピンキーリングは、いかにも十代の子がつけるカジュアルなデザインばっかりで。
大人の先生にも似合うやつはないかと、ディスプレイと睨めっこする。
…………。
ようやく、「これだ」と思うものを見つけ、先生にも確認してもらう。
「うん素敵だね。でも……」
「でも?」
「学校で職員が身につけられる指輪は結婚指輪だけなの。ピアスも禁止。……まあシンプルなネックレスくらいなら大丈夫だと思うけれど」
「じゃ、じゃあネックレスチェーンも探します! チェーンに指輪を通してください!」
必死なお願いに、先生はうちの頭を撫でながら、
「分かった、そうするね」
笑顔で答えてくれた。
チェーンも選び、嬉々として注文ボタンを押そうとすると。
「言っておくけれど、生徒はどんなアクセサリーでも学校内ではダメだからね」
と、太い釘を刺された。
「えー!」
「えー、じゃないの。生徒指導の先生に没収されたらどうするの」
「……はーい」
渋々返事する。先生は慰めるように、
「さゆみの家でなら、いくらでも身につけていいから。ね?」
と囁いてくれた。
勢いよく先生を見て、
「先生! うち、将来プロのダンサーになったら、ちょー豪華な指輪をプレゼントしますから!」
息巻いて宣言すると、先生は目を細めて愛おしそうに、
「期待してるね」
そう言ってくれた。

それから数日後。
うちの家に届いた、二つのピンキーリングと一つのネックレスチェーン。
急いで先生のマンションに行って、ピンキーリングとネックレスチェーンを渡す。
二人で互いの小指にピンキーリングを嵌める。
その日は、先生と自分の指にあるピンキーリングを交互に見てはニヤついて。
先生は約束通り、学校では控えめなネックレスチェーンに指輪を通して身につけてくれていた。
細いチェーンだから、先生の首元を注視しないと気付かないけれど。
数学の授業のときに、チェーンに通してある指輪が微かに見える度、うちは頬が緩んで気持ち悪くなった顔を教科書で隠した、――――。
440 :かけがえのない貴女へ〜第3話〜 :2016/03/28(月) 18:28

季節はすっかり冬になって。
家を出るときに手袋を忘れたうちは、凍える手に、ほう、と息を吐いて、微かな暖を取りながら、スーパーの袋を片手に下げて、先生のマンションへと足を急がせていた。

先生は今日、職員会議があるから帰宅が遅くなると言っていた。
だから。いつも先生に食事を作ってもらっているんだから、恩返しの意味も込めて、今日の晩ご飯は自分が作ろうと思い立って、スーパーに食材を買いに行ったのだ。
なにを作るかは、学校にいる間に考えて決めていた。
ずばり、カレー!
小学生でも作れる料理、と言われるけれど、自他共に認めるポンコツ料理下手のうちには、立派に料理!
美味しいのを作って、先生を喜ばせるんだから!

――――マンションのキッチンに立って二時間後。
うちはしゃがみこんで頭を抱えていた。
出来上がったカレーは最悪だった。玉ネギは飴色を通り越して、あちこち黒コゲになるし、人参は皮がちゃんと剥けていないし、ジャガイモに至っては生煮え。
最悪カレーは生ゴミにして、もう一度スーパーに行って惣菜を買ってこようかな。
そんなことを考えていると。
カチャリ、閉めていたドアの鍵が解錠される音が聞こえた。
反射的に振り向くと、
「ただいまー。職員会議って毎回疲れるんだよねー」
先生が……帰ってきてしまった……。
「りほりほもお疲れ様。……って、この部屋中に漂う匂いは……カレー?」
先生がキッチンに行って、ナベを覗き込むので、慌てて追いかける。
「りほりほ。……晩ご飯を作ってくれたの?」
「わわわわわ! これは全部捨てますから見ないでください!」
先生に縋りつくと、不思議そうな表情を向けられる。
「なんで? 美味しそうなんだし、一緒に食べようよ」
先生の目はいつフシ穴になったんですか!?
そう心で叫んでも届くはずがなく、先生は早速カレー皿を二枚用意する。

……食べるしかないんだ……最悪カレーを……自業自得だけれど……先生と一緒で、ここまで食欲がないのは初めて……。

テーブルを隔てて向かい合って。一緒に手を合わせる。
「いただきます」
嬉しそうな先生の声と、
「……いただきます」
沈んだうちの声。
カレーをしばらく睨んで。意を決して、パクリ、スプーンで口に入れる。
あ。このカレー、料理じゃないや。錬金術だ。それくらいのレベルで、――――不味い。
ミネラルウォーターをぐびぐび飲んで、なんとか胃に収めることができる味のカレー。
申し訳ない気持ちいっぱいで先生を見ると、――――先生は味わうようにゆっくりと、美味しそうに食べている。
「……先生ぇ」
「うん? どうしたの、りほりほ」
「なんでこんなカレーじゃないカレーを食べられるんですかぁ?」
「――――さゆみには美味しいカレーだよ」
……先生って味覚音痴?
思っていることが表情に出ていたのだろう。先生は優しく笑いながら、
「だって、さゆみの帰りが遅くなるから、りほりほが作ってくれたんでしょ? ――――りほりほの想いが詰まった、このカレーがさゆみにとって、美味しくないわけがないじゃない」
不意に涙が滲んだ。……カレーが不味すぎるから出た涙じゃない。――――先生が優しすぎて。

この優しい人を。
ずっと大切にしたい、と思った。
一生泣かせたくない、と思った。

うちは目尻に溜まった涙を、強く擦って、自業自得の最悪カレーを掻き込んだ。
441 :石川県民 :2016/03/28(月) 18:28
第3話終了。第4話は明日うpします。
442 :石川県民 :2016/03/29(火) 12:07
第4話をうpします。
443 :かけがえのない貴女へ〜第4話〜 :2016/03/29(火) 12:08

数学の時間になったのに、先生はなかなか現れなかった。
時間にキッチリした人なのに、どうしたんだろう、そう不安に思っていると。
ガラリ、とドアが開かれる。入ってきたのは……男の先生。
クラス中が戸惑い、学級委員長が意を決して挙手する。
「あの、……道重先生はどうされたんですか? 風邪とかですか?」
途端に、言いにくそうに難しい顔をする男性教師。
「突然のことだが……道重先生は転任された」
ざわめくクラス。うちは、――――頭が真っ白になる。

「なんでですか!?」
クラスメイトの叫び声のような質問に、
「どうしてっ!」
「転任てどこに!?」
教室中が蜂の巣を突ついたように騒ぎ出す。
「静かにしろ!!」
男性教師の怒号が飛ぶ。
「道重先生の転任理由は先生たちも知らされていない! 転任先もだっ!」
吐き捨てるような大声に、教室が水を打ったように静かになる。
「……きょうは自習だ。授業時間内までに、このプリントを解いておくように」
のろのろと配られるプリント。クラスメイト全員が意気消沈していることが分かる。

男性教師と目が合う。たった一瞬だったけれど……その目はうちを睨んでいた。
その一瞬で悟る。
この教師は先生が転任した理由を知っている。
そして、その原因は……うち、だということに。
瞬間。
444 :かけがえのない貴女へ〜第4話〜 :2016/03/29(火) 12:09

「おい! 鞘師!?」
教師の声もそっちのけで、うちは廊下に飛び出していた。
他クラスの迷惑も考えず、大きな足音を立てて廊下をひた走る。
生徒玄関で、もどかしくローファーに履き替えて校舎を出た。
鈍い足を必死に動かして駅へと向かう。
コートもマフラーも身につけていないうちに、凍てつく風がグサグサ刺さるが、寒さなんか感じなかった。
駅の自動改札機に交通電子マネーを素早くタッチする。
階段を二段飛ばしで駆け上がり、今まさに発車しようとする電車に滑るように乗り込む。
電車が動き、目的の駅に着く間に息を整える。
駅に着いて、ドアが全開する前に電車を下りる。
改札口を通り、駅から出て、目的地まで、ひた走る。
目当てのマンションに到着して、エレベーターを待つ時間も惜しくて、階段で6階まで駆け上がる。
目的の部屋の前に着いたときは、真冬だというのに全身汗ばんでいた。
荒い呼吸、震える手でポケットから鍵を取り出す。
鍵穴に鍵を差し込んで回す。当然のように解錠されて。
「先生っ!」
叫んで勢いよくドアを開ける。
部屋の中は、――――。
だれ一人いないどころか、荷物も家具も、一切が無かった。
「……先生?」
呟き、中に入る。
なにも無い部屋は、まさに『空き部屋』で。――――先生の香りすら感じられない。
445 :かけがえのない貴女へ〜第4話〜 :2016/03/29(火) 12:09

部屋の真ん中で呆然と佇んでいると。
「アンタ、この部屋の住人さんの知り合いかい?」
玄関からそんな声が聞こえて、ゆっくり振り返ると、見知らぬ初老の男性が訝しげに、うちが開け放したままのドアから見ていた。
うちが答えることを躊躇していると、
「ワシはこのマンションの管理人。住人さんは突然引っ越されたよ」
素っ気ない言葉。
管理人、とやらに詰め寄る。
「あのっ! どこに引っ越したかご存知ありませんか!?」
管理人は大仰に手を振って、
「そんなこと聞かされていないよ。鍵は交換する予定だけど、合鍵を持っているんなら返してくれないかね」
「あ、はい……」
力無く鍵を渡す。
「それじゃあ部屋から出てくれないかね」
冷たい言葉に反発する気も起こらず、大人しく部屋から出る。
管理人が部屋に鍵を掛けて、そのまま去って行く。

うちは……すごすごとマンションから出て行くしかなかった……。
446 :かけがえのない貴女へ〜第4話〜 :2016/03/29(火) 12:10

それから数日後。
家にうち宛ての手紙が届いた。
差出人の名前も住所も書かれていない封筒。
だけど。
教室の黒板で、数学準備室で幾度も目にした、見慣れた文字。
自分の部屋に飛び込み、震える指で封を切った。
447 :かけがえのない貴女へ〜第4話〜 :2016/03/29(火) 12:11

鞘師里保様。
前略、突然姿を消してごめんなさい。
学校に他生徒の親御さんからクレームがあったらしいの。
一人の生徒をえこひいきしている、って。
今はそれだけでも辞令になる時代なの。
幸い、校長も教頭も主任も昔気質の方々だから、私たちが恋人だったことは欠片も思わなかったみたいだけれど。
それでも私は転任を受け入れた。
正直、貴女から逃げるためです。
貴女と過ごす時間は本当に幸せでした。
一緒にいて、どんどんどんどん貴女のことが好きになっていった。
好きで、好きで、大好きで。
頭の中が貴女でいっぱいで、仕事も疎かになりかけていた。
このままだと自分がどうなってしまうのか分からなくて。怖くなったの。
だから、貴女から逃げることにしました。
自分が卑怯なことは重々に承知しています。
貴女を傷つける行為であることも分かっているから……だからその罰も一生背負っていくつもりです。
許してほしい、なんて思いません。
それでも。
かけがえのない貴女へ。
私にキラキラの笑顔で語った将来の夢を叶えてください。
そして、
私のことは忘れて、幸せになってください。
草々
448 :かけがえのない貴女へ〜第4話〜 :2016/03/29(火) 12:12

手紙を掴む手に力が入って、グシャ、と握ってしまった。
封筒の中には、手紙以外の物も入っていた。
……ネックレスチェーンに通された、安物のピンキーリング。

「うっ……ふぅ、ふっ」
とめどめなく大粒の涙が溢れて頬を伝い、手紙にも落ちる。
全身が震える。
「……か」
掠れた声がノドから出る。
「馬鹿、馬鹿っ……馬鹿ぁ!」
手紙の差出人に対してなのか、自分自身に対してなのか。それすらも分からない罵倒の言葉を、ひたすら言い続けた……。
449 :石川県民 :2016/03/29(火) 12:12
第4話終了です。
短いにも程があるっ!
最終話は明日更新します。
450 :石川県民 :2016/03/30(水) 18:11
それでは最終話をうpします。
451 :かけがえのない貴女へ〜最終話〜 :2016/03/30(水) 18:12

私が高校を卒業して、数年経った。――――。
日本の少子化問題が騒がれてどれくらいだろう?
それでも地方にも子どもはいるわけで。
子どもがいるなら、当然学校もある。

「……それでは今年我が校に配属された先生です。お一人ずつ軽く自己紹介をお願いします」
私は一歩前に出て、職員室の一隅に集められた先生方を見回す。
「新卒採用された鞘師里保です。担当科目は数学。若輩者ですが一生懸命頑張りますので、ご指導ご鞭撻お願い致します」
頭を下げると控えめな拍手が送られる。

配属された先生、次々と自己紹介をして、すぐに全員終わる。
452 :かけがえのない貴女へ〜最終話〜 :2016/03/30(水) 18:13

「学年主任も科目は数学ですので、お二人とも数学準備室に行ってください」
教頭の言葉に主任と私は、「はい」と返事する。
主任に案内されながら、私は数学準備室に辿り着く。
私の場所らしき机には、既に教材の詰まったダンボール箱が届いていて、机の上に置いてあった。
ガムテープを剥がして箱を開け、教材や専門書を机の本棚や引き出しに整理していく。
「鞘師先生」
主任に声をかけられ、整理する手を止めて振り向く。
主任は、ご自分の机にあるノートパソコンを起動させながら尋ねてきた。
「……貴女はなぜ、教師になったのですか?」
私は微笑み、問いに答える。
「私、高校生まで数学が大の苦手だったんですよ。ですが高一のときの数学の先生が、数学落ちこぼれの私に親切丁寧、そして熱心に教えてくれて。それで数学の面白さに目覚め、昔の私のような生徒に、一人でも数学は怖くないものだと教えたくて、教師になりました」
「……それは採用面接のときに聞きました」
私は頭を軽く掻いて、
「それ以外の理由もあります。私の恩師は突然転任されまして。――――同じ道を選んだら、また恩師と再会できるかもしれない、と思ったんです。
我ながら不埒な理由だと思いますけれど」
「本当に不埒な理由ですね」
主任はそっぽを向くように、ノートパソコンに目をやる。私はバツが悪そうに苦笑する。
453 :かけがえのない貴女へ〜最終話〜 :2016/03/30(水) 18:13

私は主任を見る。主任は私を見ようとしない。
しばしの無言。
「貴女は……」
絞り出すように掠れた、主任の声。

「…………プロのダンサーが夢だったんじゃないの?」

私は一歩、足を進める。主任は動かないし、視線も合わせないままだ。
それでも構わず、語りかける。
「主任、ご存知ですか? 人って一人だとシアワセになれないんですよ」
「…………」
「一度だけ、恩師から手紙がありました。文面の最後の言葉はこうでした。……『幸せになってください』と」
少しずつ主任に近付く。主任は小刻みに震えている。
主任の横にヒザ立ちになって、そっと片手を取り、自分の頬に添えた。主任はビクリ、大きく一度だけ震える。

「好きな人と一生を添い遂げる、――――。それ以上の『幸せ』ってあると思います? 主任……いえ、先生?」

先生は今にも泣きそうな表情をしていた。
454 :かけがえのない貴女へ〜最終話〜 :2016/03/30(水) 18:14

「それにしても地方の学校とはいえ、その若さで学年主任になってるなんて。本当に才能があるんですね、先生は」
先生の口がゆっくり開く。けれどなにも言わずに、また閉じられる。
「だけど私……いえ、うちもラッキーだなあ、何年かかっても貴女を探すつもりだったのに、新卒一年目でこうして再会できるなんて」
「貴女……馬鹿じゃないの?」
「はい、馬鹿かもしれません。でも貴女に会えるためなら、宇宙一の大馬鹿者でもいいんです」
「さや……」
「――――もう昔みたいには呼んでくれないんですか?」
「……っ。…………り、ほりほっ」
「はい。それが先生……貴女だけのうちの呼び方ですから」
頬に添えてさせていた手を、ゆっくり離す。
「――――先生にお返しするものがあります」
自分の首の後ろに手を回し、着けていたネックレスチェーンを外す。――――チェーンには、安物のピンキーリングが二つあって、そのうちの一つをチェーンから取り出す。
再び先生の手を取って、静かに小指にリングを嵌めた。

それが先生の限界だったらしい。

「りほりほ……っ」
椅子から下りて、真珠のような涙を流し、うちの首に手を回して抱きついてきた。
うちも数年振りの先生の温もりが嬉しくて、涙が流れる。
「りほりほ……りほりほっ」
「先生、先生!」
455 :かけがえのない貴女へ〜最終話〜 :2016/03/30(水) 18:15

形の良い先生の頭を撫でながら、幸せに浸る。
頭を撫で、髪を梳き、先生の片方の耳を出して囁く。
「今度の休みの日に、二人で買い物に行きませんか?」
「え……?」
先生が真近でうちの顔を見る。
「ちゃんと大学に行きながら、でもバイトもしてました。そのときのお給料には、ほとんど手をつけていません。だから……指輪をプレゼントします、プラチナの薬指サイズのを」
言葉が出ない先生に続けて言う。
「ちょー豪華なやつは無理かもしれませんが……学校でも着けられる、シンプルなデザインのものを、ペアで」
先生は涙を流しながら、それでも微笑んで頷いてくれた。

「……それなら不動産屋さんにも寄らない?」
「へ?」
先生の言う意味が分からないでいると、「相変わらず鈍いね、キミは」と呆れられた。
「だから……」
「はい」
先生は顔を真っ赤にして、蚊の鳴くような声で言う。

「……二人で住める広さの物件、探そうよ……」

先生が言った意味が瞬時には理解できなかった。
でも、徐々に理解して……。
言葉にできない喜びを、先生を強く抱き締めることで表現した。
「ちょっ、……苦しいよ、りほりほ」
その言葉に慌てて抱き締める力を緩める。
456 :かけがえのない貴女へ〜最終話〜 :2016/03/30(水) 18:15

「すみません、嬉しさのあまり……」
「表現がオーバーだよ」
「……じゃあソフトな表現ならいいんですか?」
「どんな?」
「こうです」
先生の頬に手を添えて、ゆっくりと顔を近付ける。
唇同士があと数センチで触れる、――――。
「んぐ?」
先生が人差し指一本で、うちの唇を制した。
「ここは職場だよ? だからダメ」
そう言われて、仕方なく顔を離す。
「……相変わらず堅いですね、先生は」
拗ねた口調で言うと、
「りほりほが軽すぎるの。もうキミは社会人なんだよ?」
「……はーい、すみません」
457 :かけがえのない貴女へ〜最終話〜 :2016/03/30(水) 18:16

うちは自分の机の整理もせずに、先生の隣に座って、ぷらぷら、指を絡めて繋いでいる手を軽く揺らす。
窓からは穏やかな春の日差しが入り、とても気持ちが良い。
しばらくの間、お互い無言で幸せを噛み締めていた。

先生のほうを見て、ゆっくり口を開く。
「あの、先生」
「なに?」
先生もこっちを見る。
「こんなに早く先生と再会できたので、うちには新しい夢ができました」
「……恩師のような立派な教師になる、とか?」
からかい口調で言う先生。
「むー。それはもうこの道を決めたときから、ちゃんと目指しています」
「ごめんごめん。りほりほは努力家だから、そうだろうとは思ってたよ」
それで、なに? と先生の目が問いかけてくる。
うちは口をモゴモゴさせながら、少し顔を熱くして答える。
「……まだ、東京の一部の区でしか制令されていないので、地方にまで浸透するのは遠い未来かもしれませんが、」
そこで一度言葉を切る。
弱気になりそうな心を奮い立たせて、静かに、ハッキリと言う。

「二人でウエディングドレスを着て、一緒にヴァージンロードを歩くこと、です。――――」

言った直後、顔どころか耳も首もカーッと熱を帯びる。
先生もその大きな瞳を、更に大きくして。
――――それから。
うちの耳元に顔を寄せ、静かに答える。
「……その夢は早く一緒に叶えたいね」

うちらは顔を近付け。そして二人、クスクス笑い合った、――――。
458 :かけがえのない貴女へ :2016/03/30(水) 18:17

かけがえのない貴女へ fin.

459 :解説という名のスレ隠し :2016/03/30(水) 18:18

この話は休日に2時間ほどウォーキングしてたときに、原型のほとんどが出来上がりました。
自分が書く話は大体自己満足ですが、ここまで自己満足の塊のような話を書いたのは久々な気がします。
なんかスッキリしました。
それでも読んでくださった方がいらっしゃいましたら、皆々様に多大なる感謝です。

460 :石川県民 :2016/03/30(水) 18:18

さて次回はなにを書こうかなぁ。
またお会いできることを願って。

それでは。


拝。

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