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JUNK!2

1 :esk :2009/11/03(火) 14:30

・どうでもいい短編集
・組み合わせは節操なく雑多
・ベリキューは森板『JUNK!(B℃)』へ

前スレ
森板『JUNK!』
ttp://m-seek.net/test/read.cgi/wood/1208097488/
 
104 :esk :2012/03/27(火) 23:19

『 ココアのように 』   終わり
 
105 :名無飼育さん :2012/03/28(水) 12:59
題名から安倍さんの「雨上がりの虹のように」を連想してしまって
勝手に自分の中でこの曲がBGMのように流れてました。
2人の懐かしい雰囲気がとてもとても好きです。
106 :esk :2012/05/25(金) 00:05
読んでくださった方、ありがとうございます。

>>105さま
それだ!! 安倍さん関係で『○○のように』ってなんかあったなーと思いながら
タイトルつけたんです。スッキリしました!


娘。なのでこっちで。ぽんぽんコンビ

『 キスしよう 』
107 :キスしよう :2012/05/25(金) 00:06

聖がホテルのバスルームの扉をから顔を出すと、
ベッドに丸まっている黄緑Tシャツの肩は規則正しく上下していた。
やっぱり寝ちゃったか。
急いでお風呂を済ませたつもりだったが、衣梨奈はいつでも聖を待たずに寝てしまう。

少しがっかりしながら聖は衣梨奈の枕元に腰を下ろすとその寝顔を覗き込んだ。
軽く口を開いたままの間の抜けた顔に思わず笑みがこぼれる。
指先でそっと頬をつついてみたけれど全く反応はなくて、
どうやらすでに熟睡しているようだ。

「起きなよ〜」

コンサートのための地方泊まり。
今日もコンサート明日もコンサート。
疲れているのも休まなければならないのもわかるけれど。
同じグループにいて付き合っていて。
毎日ほとんどの時間を一緒にすごしているのに、二人きりの時間というとあまりない。
せっかく部屋まで来たんだからゆっくり二人の時間を、なんて思う聖に対して、
衣梨奈は聖と一緒だとよく寝れるなんて色気のないことばかり言う。

男前な顔してるのにホントただの無邪気な子供。
呆れた聖がくいっとあごをあげさせると、さすがに衣梨奈の口元がもぞもぞと動いた。
聖はその唇にそっと指先を押し当てる。

「起きないとキスしちゃうよ」

なんて。
言ってみたけどそんなの出来るわけもなくて、
むしろ言ってしまったことで目を閉じている衣梨奈の顔も見れないくらい
恥ずかしくなってきた。
明日の確認でもしよう。
聖はふいと顔を離そうとしたが、下から伸びてきた腕にぐいと引き戻される。

え?と思う間もなく唇を柔らかい感触が覆った。

「起きてたのっ?」
「んー、起きたぁ」

驚いた聖が責めるように問うが、
衣梨奈の眠たげな目と声が持ち主の言葉がうそではないことを語る。
そして引き寄せた腕はそのまま抱き枕よろしく聖の体に絡まった。

「みずきももー寝るっちゃろぉ?」
「寝る、けど」

眠たそうな衣梨奈の声に聖は戸惑うようなか細い声で答える。
だってこんなにきつく抱きしめられたら寝れない。
いろんな意味で寝れない。
そう思うのにおでこをつき合わせている衣梨奈の目は、
すでにとろとろと夢の世界にさまよいかけている。


そっちから部屋に来て。
キス、とかしといて。
ベッドの上で抱きしめたりして。


一瞬にして寝息を立て始めた衣梨奈に聖は盛大にため息をつく。
しょうがない。
こういう子だってわかっていて一緒にいるのだ。

聖はとりあえずため息とどきどきとうるさい心臓の音を聞かれなくてすんで
よかったと思うことにした。


   終わり
108 :名無飼育さん :2012/06/01(金) 08:34
ぽんぽんコンビが好きなので、この2人の話が読めて嬉しいです。
雰囲気がとてもいいです。ドキドキする。
109 :esk :2012/07/07(土) 23:51
読んでくださった方、ありがとうございます。

>>108さま
ありがとうございます。私も好きです><

生田衣梨奈さん、15歳のお誕生日おめでとうございます。
これからもますます元気にイケメンでがんばってください。

『 自転車に乗って 』
110 :自転車の乗って :2012/07/07(土) 23:52

「いってきまーす」

玄関を出た聖は明るい朝日に手をかざした。
もう夏だなあなんて少しうきうきしているとポケットの中の携帯が震える。
このタイミングでかかってくる電話なんていやな予感しかせずに取り出すと、
案の定そこには幼馴染の名前。

「えりぽん?」
『ごめん寝坊した!!』
「またあ? 遅刻しても知らないからね」
『すぐ行くけん待っとって!!』
「やだよ。先行ってるからね」
『みずきぃ』

情けない声の通話を強引に切りあげて携帯をポケットに戻す。
ひとつ年下の幼馴染の男の子。
聖の進んだ高校と衣梨奈の通う中学は隣り合わせに建っているので
いままで通り朝は一緒に登校しているのだけれど。

「最近寝坊ばっかり」

小さく唇を尖らせながら聖は通学路を一人歩く。
別に一人で学校に行くのが寂しいわけではないが、なんていうか。
なんていうか?

少し前までは素直でかわいい弟みたいな存在だった。
しかしどうもこの春くらいから急に生意気になった気がする。
背もぐんと伸びて顔つきも変わってきた。
高校のクラスメートからもあのイケメン誰? とか聞かれて。
そういうのって、なんていうか。
なんていうか?

答えの出ない自問に聖の足は進みを止める。


「みずきさん!!」

その聖に向かって一人の少年が全力で駆けてきた。
うあ。
聖は困ったように身構えた。
ぶかぶかの学ランを着た少年はスピードを緩めずに突進してきて、
登校中の中学生や高校生が何事かと振り返る。

「好きです!付き合って下さい!!」

駆け寄った勢いのまま少年が腕をいっぱいに伸ばして小さな花束を差し出す。
しかし聖がさっと避けると、少年はつんのめって地面にころころと転んだ。

「く、工藤君っ」

慌てて聖が近寄ると工藤少年は器用にくるりと起き上がると
また花束を差し出した。
後ずさる聖に少年はさらに手を伸ばす。

「僕じゃダメですか!?」
「ダメって言うか」

身を乗り出す少年を制するように、聖は困った顔で両手を伸ばした。
少年がその手をぐっとつかむ。
意外とも思える力強さに聖ははっと目を見張った。
真剣な目で見上げる工藤少年と見つめあう。

「くどぅー!! またお前か!!」

しかしそれはほんの一瞬で、
がしゃんと音を立てて自転車を放り出してひょろ長い少年が
小さな少年の襟首をむんずと掴んで聖から引き離した。

「生田先輩ぃい」

ぽいと捨てられるように投げ出されて、工藤少年は情けない声を出す。
手の中の花束をぐっと握り締めてにらみつけるが、
先輩に逆らうことは中学生にとっては犯しがたいタブーだ。

「僕、諦めませんから!」

捨て台詞のように一声叫ぶと工藤少年は走り去って行った。

嵐のようにやってきて去っていった少年に聖はやれやれとため息をついた。
嫌いなわけではない。
苦手なわけでもない。
落ち着いて話せばしっかりしていて良い子だと思う。
思う、が。
 
111 :自転車の乗って :2012/07/07(土) 23:53

また答えの出ない問いだ。
聖はため息をつく代わりに衣梨奈を見つめる。
放り出された自転車を起こしていた衣梨奈が聖の視線を感じたのか、
振り返り小首をかしげる。
目が合って、聖は少しほっとした。

「自転車なんかだめでしょ」

気の緩んだ聖がぽんぽんとサドルをたたきながら言う。
衣梨奈の通う中学で自転車通学は禁止されている。
そうやって衣梨奈が簡単に規則を破るようになったのも最近のこと。

「そのへんほっぽっとけば大丈夫っちゃろ」
「盗られたらどうするの」
「盗られたら盗り返すったい!!」
「……」
「えと、後ろ乗る?」

ため息をつく聖に衣梨奈はあわてたように言う。
しかし聖はぷいとそっぽを向いた。

「乗りません」
「あ、あ、じゃあ帰り! 帰りこれで海まで行かん?」
「ええ?」

海、と言われて聖の心も少し揺らいだ。
もう夏だななんて思っていたからかもしれない。
自転車で行けば30分くらい。
この季節なら風を切って走るのは気持ちよさそうだ。
禁止されている自転車通学には抵抗があったが、
聖が衣梨奈と遊ぶのに自転車を使うことは少し抵抗が薄れる。

「んー。じゃあ帰りね」
「よっしゃあああ!!」

少し前々は交互にこいでいた自転車の二人乗りも今では聖がこぐことはない。
ガッツポーズをつける衣梨奈を聖は少しまぶしげに見上げた。


『 自転車の乗って 』   終わり
112 :名無飼育さん :2012/07/09(月) 16:54
青春ですね。眩しいですね。
ぽんぽんコンビの安定感は幼馴染の関係がとても似合ってしまうほど。
生田君はさぞイケメンなことでしょうw
113 :名無飼育さん :2012/07/10(火) 02:39
フクちゃんは年下から大人気なんだろうな
114 :名無飼育さん :2012/07/10(火) 19:57
宮崎さんのCMみたいな工藤少年どんまい。
幼なじみが大人になっていくちょっとした変化に
ドキドキするんだよね。若いなー。

115 :名無し飼育さん :2012/07/13(金) 18:57
イケメンえりぽん、小さな少年くどぅー。どちらも鮮やかに目に浮かびます。
爽やかで大好きです!
116 :esk :2012/08/01(水) 23:52
読んでくださった方、ありがとうございます。

>>112さま
青いですね。イケメン生田君にはもう少しがんばってほしいいところですw

>>113さま
娘。の母ですから

>>114さま
そのCMを見て思いつきましたw

>>115さま
ありがとうございます!少年たちは爽やかでいいですね><

『 8月の怪談 』
117 :8月の怪談 :2012/08/01(水) 23:53

「んー」

ぱらぱらと資料をめくる里沙のすぐそばで、
衣梨奈は銃の手入れをしているフリをしながらその横顔をチラチラとのぞく。

「まぁ大丈夫かな」

古びた書物とPC画面を見比べながら束になった資料に
なにか書き込みをしていた里沙の手がやっと止まる。
整えた資料を確認しながらめがねを押し上げる、
里沙そのしぐさに衣梨奈は声を殺してもだえた。
テーブルに突っ伏した衣梨奈の背中に里沙は眉をひそめてため息をついた。

「……生田」
「はい! はいはいはい!!」

がばっと飛び起きた衣梨奈は里沙と目が合うとにへらと相好を崩す。
黙っていればきりっとしたきれいな顔をしているのに。
残念なやつだとは思うがやはり慕われて悪い気はしない。
里沙は緩みそうになる口元を引き締めわかりやすく呆れた目をして見せると
資料の束を衣梨奈の顔に突きつけた。

「依頼人は譜久村家。
 本家ではないみたいだけどなんでうちにこんな仕事が来たんだか」
「ふくむら?」
「この業界じゃ有名な家系! あんたその無知どうにかしなさい」
「はぁーい」

ぺろっと舌を出す衣梨奈に反省の色はかけらも見えず
里沙は軽い頭痛を覚えつつ資料をめくる。
打ち出されたカラー写真を差し出すとそこには大振りな首飾りが写っていた。

譜久村家に代々伝わる霊具らしいのだが、
当主がその保存場所を伝えずに病でなくなった。
遺族が屋敷の中を探そうとしたが
その霊具が主人を失ったせいか悪霊を集め始めてろくに捜索もできない。

説明を始めるとまじめな顔でふんふんとうなずきながら聞く衣梨奈に、
里沙はかすかに目を細めた。

里沙は悪霊ハンターとしては有名な事務所の出張所のようなものを
任されている。
ずっと一人でやってきたのだが、
最近になってひょんなことで衣梨奈が部下につくことになった。
へたれで妙なテンションのどうしようもないガキ。
厄介者を背負い込んだと思ったがそのポテンシャルはなかなかのもので、
やっと15になって正式な所員になった、これが衣梨奈の初仕事だった。

「最終依頼内容はその霊具を回収してくること」
「悪霊は退治しなくていいんですか?」
「そこまでは依頼されていないけど
 霊具に近寄るためには退治しないといけないから同じことだね」
「そうですか……」
「何も生田に一人で全部退治しろなんて言わないから安心しなさい。
 今回はただの現地調査。
 まあ霊具に近づかない限りはそう大きな危険もなさそうだし
 それくらい一人でやれるでしょ?」

不安げな衣梨奈に里沙は小さく笑う。
優しげな笑みを向けられてでへへと目じりを下げた衣梨奈を小突くと
里沙はもう一度資料に視線を落とした。

「本家に頼らなかったあたりが気になるけど……。
 まあ古い家は色々あるから、たぶん……」

考え込むように爪を噛む里沙に、
衣梨奈は爪になりたいと心の中でつぶやいた。
 
118 :8月の怪談 :2012/08/01(水) 23:53

「帰りたか……」

くたびれた原付を降りた衣梨奈はシートボックスから取り出したリュックを
地面に下ろすと呆然とつぶやいた。
数ヶ月ほおって置かれただけなのに屋敷はいかにもお化け屋敷然としている。
周囲に民家もなくうっそうと茂る森の中の一軒家だ。
そんな静かな森に、立ちすくむ衣梨奈のポケットから着信音が響いた。
さっと取り出すとすばやく耳に当てる。

「にいがきさん!!」
『声でかっ……もう。現場には着いたの?』
「はいぃ……」
『現役ハンターがそんな声出さないの』

機械越しに聞こえる里沙の笑い声に衣梨奈の顔が泣き笑いになる。

『図面出して』

地面に下ろしたリュックをがさがさとあさると屋敷の見取り図を広げた。
事務所でも里沙と一緒に何度も確認した図面だ。

『生前に霊具をしまうために隠し部屋を作らせたって言ってたらしい。
 書斎に誰も入らせなかったって話もあるからまあベタに書斎だろうね。
 今回の生田の任務はその隠し部屋の在り処と入り方を探すこと。そこまで。
 深入りはしないこと。いいね』
「もちろん!」

力をこめて言う衣梨奈に里沙は小さく笑い声をもらした。
深入りなんてしようはずもない。
こんな怖いところ1秒だって早く出て行きたい。

『生田は十分な力があるからきっと大丈夫。
 それでもなんかあったらすぐにあたしに連絡しな』
「はい!!」

里沙の言葉に胸を張ると、衣梨奈は昼なお薄暗い屋敷に足を踏み入れた。


昼間であるせいかそう大きな悪霊はいない。
自分でも対応できる程度の悪霊を退治して機嫌よくなりながら
衣梨奈は屋敷を探索する。

書斎は一階の奥にある。
ぎしぎしと鳴る廊下をこわごわと進み目的の扉を開けて、閉める。
衣梨奈はばたばたと半分ほど廊下を駆け戻った。

「な、なん……!?」

ばくばくと鳴る心臓を押さえて大きく息をつき、今見た光景を頭に描く。
部屋の床に倒れていた女性。
赤いじゅうたんに長い髪が広がっていた。
まさかまさかまさかした……。
いやいやと衣梨奈は首を振る。
ここはお化け屋敷なのだ。
きっとあれは悪霊だ。
そうだ。
それならば怖くない。
退治してやる。

ごくりとのどを鳴らした衣梨奈は手にしていたお札をしまうと
腰に収めていた銃を抜く。
じりじりと書斎へ近寄る。
さっき適当に閉めた扉を再びこわごわ開いた。

相変わらず大の字で伸びている女性の……霊、ではない。
衣梨奈がばたばたしていたので気がついたのか、
床に寝そべったまま手でけだるげに頭の辺りを押さえている。
ほっとした衣梨奈はさっと近寄ってそのそばにひざをついた。
 
119 :8月の怪談 :2012/08/01(水) 23:54

「生きとーと?」
「ん……なんとか……」

大和撫子。
最近覚えたての言葉がよく似合うと思った。
切れ長の真っ黒な瞳と真っ白なもち肌。
年はそう変わらなさそうなのにずいぶん色っぽい人だなあと、
衣梨奈は内心ドキドキしながらその背中に手を回して抱き起こした。

「あなたは……ハンター?」
「うん。なりたてっちゃけどね」

衣梨奈の腰に差していた銃に視線を向けると少女は小さく問う。
銃創は梵字で埋め尽くされており、霊具であることはすぐに見て取れる。
誇らしげに胸をはる衣梨奈に少女はかすかに眉をひそめる。

「あんたは?」
「……聖」
「みずき。あたしは衣梨奈。生田衣梨奈。聖はこんなとこで何しょったと?」

偶然迷い込むようなところではない。
それくらい衣梨奈でもわかる。
しかし聖が名を名乗るのにためらったことには気づかなかったようだ。

「それは……」

目をそらして言いよどむ聖に衣梨奈が体を乗り出した。
その頬のすぐそばを空を切って掠めたそれを衣梨奈の手があっさりと掴む。
初動のないその動きに聖が目を見張る、
それよりもすばやく衣梨奈は聖をかばうように振り返ると
いつの間に手の中にあったのか黒銀の銃口が火を噴いた。
矢のごとく鋭く走る霊破が二人を襲おうとしていた悪霊を正確に射抜く。

この口径の大きな銃は、
霊破を打ち出すお札の機械式バージョンといったところ。
もちろんお札と同じで本人の霊力しだいで威力は千差万別だが、
安定性は補助してくれる。
聖はすぐに気づいたが、珍しい霊具だ。

「やっばい。逃げんと!」

とっさであったせいかかえってあっさりと倒すことができたが、
わりあいに大きな悪霊だった。
大きな悪霊を退治するとその波動を受けて霊が集まる。
そうなると衣梨奈では対応しきれないかもしれない。
まして一般人を守るだなんて無理だ。

しかしさっと掴んだ聖の手がすばやく振り払われる。

「しゃがんで!」

左腕を上段に構えた聖が言い終わらない内に衣梨奈の上体が視界から消える。
やはり反応がいいな。
そう思いながら聖は腕を大きく一閃した。

しゃがんだまま体を返して銃を構える、
その衣梨奈の頭の上を何かが鋭く通り過ぎた。
すでに寄ってきていた悪霊を簡単に切り裂く。

「聖、式神が使えると!?」
「あーうん」

気まずそうにうなづく聖を衣梨奈は穴の開くほど見つめる。
多少の霊力があればとりあえず使うことはできるお札と違い、
式神はそれなりの知識を持って修行しないと使いこなすことはできない。
本人の得手不得手が大きく影響する除霊術ではあるが、
少なくとも聖は衣梨奈よりもきちんとした指導を受けたことのある
悪霊ハンターだということだ。
 
120 :8月の怪談 :2012/08/01(水) 23:54

「じゃあここにおるんは……」

いるのは……。
……どういうことだ?
首をかしげる衣梨奈を引き剥がすようにして、壁の一部を指差す。
そこにはうっすらと梵字が描かれていた。

「そんなこといいから、とにかくこれに向かって霊力を放って。
 軽くでいいから!」
「は?」
「これで隠し部屋には入れるから。そっちに逃げよう!」
「かくし、え? なんで聖がそんなことしっとーと!?」
「――っ、いいから早く!」

襲い来る悪霊を祓いながら聖が叫ぶ。
どんどん数を増す悪霊。
たしかにこの悪霊を掻き分けて書斎を出る方法を考えるよりもよりも、
隠し部屋に逃げ込むほうが効率よく思えて、衣梨奈は素手で霊破を放った。

くるり、と体が回転したような気がして。
衣梨奈が床に転ぶとそこはもう違う部屋だった。
起き上がって見回すとそこは狭いけれどすっきりと綺麗な部屋だった。

「って、だめやん! 隠し部屋の中にはもっとすごい悪霊が……っ」

隠し部屋に保管されている霊具が悪霊を集めているというのが
そもそものことの始まりだったはず。
だから里沙も隠し部屋の入り方だけわかれば帰って来ていいと言った。
隠し部屋の中は悪霊でいっぱいだと考えたからだ。
その入るなと言われていた部屋に入ってしまった。
衣梨奈は今更ながら身構えたが、部屋の中は不自然なほどに清浄だった。
雑魚霊のひとつもいない。

「どうして……?」

辺りを見回す衣梨奈にかまわず聖はごそごそと部屋の中を探っている。
その手に握られたものに目を留めて衣梨奈は慌てて駆け寄った。

「あ、それっ」

聖の手の中の大振りな首飾り。
見覚えのあるそれに衣梨奈は大きな声を上げた。

「無事でよかった」

ほっとしたように言うと聖はそれを大切そうにリュックにしまう。

「え、それ、衣梨奈が、新垣さん、え?」
「ありがとね」
「へ?」
「さっきの梵字、私だと軽く触れただけで弾き飛ばされちゃってさ」

衣梨奈が初めに見たのはその姿だ。

「だからえりぽんが来てくれて助かっちゃった」
「えりぽん? え、いやあの、は?」

まだ自体が飲み込めていない衣梨奈の肩に聖はすっと腕を絡める。
聖の妖艶ともいえる笑顔に衣梨奈は一瞬ぽーっとする。
そんな衣梨奈の頬に聖は小さくキスをした。

「……は?」
「また会おうね」

ひらりと手を振ると聖は入ってきたあたりの壁を軽く押す。
今度は簡単にくるりと壁が開いて書斎が見えた。
なぜかさっきまでいた悪霊たちは消えていて、
聖はさっさと書斎を出て行ってしまった。

取り残された衣梨奈は、
頬を押さえたままで一人呆然と立ち尽くすしかなできかった。
 
121 :8月の怪談 :2012/08/01(水) 23:55


「この私としたことがまんまとだまされてたなんて……。
 生田にも危険なことさせたね。ごめん」

平謝りする里沙に衣梨奈はぶんぶんと首を振る。

首飾りは譜久村家に伝わる霊祭具のひとつだった。
分家筋ではあったがあの家の当主は霊具を正当に引き継ぎ保管していた。
しかし家族があの霊具を悪用しようとしているのを知って、
譜久村家の人間には入れないように細工したあの隠し部屋を作った。
悪霊は霊具が集めていたのではなく、霊具を守るための門番たちだった。
当主がなくなった後も隠し部屋に入れずに業を煮やした遺族が、
一般事務所に依頼を出したのだ。

「生田が屋敷で会った子ってこの子でしょ」
「あ、そうです!」

差し出された写真は学校のアルバムか何かを引き伸ばしたようだった。
聖は正真正銘譜久村本家の血筋で、
分家筋の騒動を知って悪用される前にと霊祭具の回収に来ていたのだという。
年は15。
学年では衣梨奈よりひとつ上だ。

制服らしき姿のバスとショット。
まじめな顔でこちらを見ている聖を見つめていると、
衣梨奈は唐突に真っ赤になった。

「どうしたの?」
「な、なんでもなかです!!」

衣梨奈は慌てて頬をごしごしとこする。
それでも触れらたやわらかい感触は消えない。
いきなりあんなことをされて、普通ならきっとすごくむかつくはず。
それどころか気持ち悪いと思う。
なのにどうして。
こんな小さな写真ひとつにどきどきして。

『また会おうね』

たった一言がすごく気になって。
それはまるで――。

「ちっがあああう!!」
「うわっ!! いきなり何!? びっくりするじゃん!」
「衣梨奈がっ衣梨奈が好きなのは新垣さんですから!!
 一生新垣さん激単押しですから!!!」
「はあ? 意味わかんないんだけど」

肩を掴んで揺さぶる衣梨奈の真っ赤な顔に、里沙は不審げに眉をひそめた。


   終わり
122 :名無飼育さん :2012/08/03(金) 09:22
姉弟関係でこその会話に悶えた。
ぽんぽんコンビの会話が噛み合わない感じも実にらしくて面白かったです。
123 :名無飼育さん :2012/09/12(水) 01:14
9月の怪談も読みたいです…
124 :esk :2015/04/19(日) 01:37
長期放置申し訳ありませんでした。
スレの維持、ありがとうございます。

ずいぶん日がたちましたが、読んでくださった方、ありがとうございます。

>>122さま 最近の師弟関係はどうなんでしょうね〜。
>>123さま 9月も3回過ぎましたね……

カントリーガールズのやまきさんといなばさんです。

『 チョコレート 』
125 :チョコレート :2015/04/19(日) 01:39
 
ベッドに入ると目が合って、すぐに顔を寄せる。
唇をくすぐるようなキスにくすくすと笑い声が漏れた。

「りさちゃんの目ってチョコレートみたい」

おでこをくっつける距離でまなかがりさの目を覗き込む。
猫のように細められたまなかの目に、
りさの大きな目は逆にきゅっと開かれてかすかに首を傾げた。

「んー、茶色いから?」
「うん。美味しそう」

笑みを浮かべた唇を寄せられ、りさは柔らかくまぶたを閉じる。
まぶたにキスをされくすぐったそうに肩をすくめた。
そのまま顔中に唇を降らせたまなかは最後に唇にキスをすると、
ぐっとベッド腕を突いてりさを見下ろした。

「ねえ、りさちゃん」

見下ろすまなかの目が焦れたように瞬く。
なに? とりさが首を傾げるとまなかは少しかすれた声で言った。

「今日は、まなかがしてもいい?」

恥ずかしそうな声にりさは思わず唇をゆがめる。
まなかと身体を重ねた回数ならもう数え切れないくらい。
でもまなかから、となるときっと片手で足りるくらいのこと。
どうしてもいやだと言うわけではないけれど。
改めて聞かれると。
なんていうか。

「食べたくなっちゃった?」
「……うん」

困ったりさがからかうように聞くと、まなかは顔を赤らめながらも素直にうなずく。
戸惑いを吐き出すように小さく吐息を吐くと、りさはまなかに腕を伸ばした。
そっと抱き寄せてその首筋に顔をうずめる。
すうっと息を吸うとまなかの甘い香りがりさを満たす。
まなかなら、なんだって。

「ん。して?」

まなかの耳元でささやく。
恥ずかしそうに押し付けられる額。
そんな仕草にたまらなくなったまなかは、りさの華奢な身体をぎゅっと抱きしめた。

『 チョコレート 』   終わり
126 :esk :2015/04/20(月) 23:35
読んでくださった方、ありがとうございます。

もいっちょやまなか。
やまきさんがキザ。

『 逃亡者は北へ 』
127 :逃亡者は北へ :2015/04/20(月) 23:36
 
「姫、姫様ってば」

ゆさゆさと揺すられる感覚にまなかの意識が浮上する。
冗談のように大きなふかふかのベッド。
さらにふかふかな布団にくるまれた、もっとふかふかなまなかの頬がかすかに形を変える。
開かない目のまま寝返りを打つと、その頬に触れた手で誰に起こされたのかを察する。

「やっと起きた」
「りさちゃん……もう朝?」

聞きなれたからかうような口調にごしごしと目をこするが、目の前にいるはずの綺麗な顔が見えない。
存在を確かめるように頬の手に触れるとするりと握り返された。

「朝と言えば朝かな」
「んー、そう」
「姫様。あたし北の砦に行くね」
「北……いってらっしゃい」
「うん。いってきます」

覚めきらない頭のままでまなかは不機嫌そうに応える。
誰のせいでこんない眠いと思ってるんだ。
一兵卒が国の王女たる自分の部屋に毎晩のように忍び込んではあんなこととかこんなこととか。
昨夜はまたいつもよりも激しくてなかなか寝かせてもらえなくて。
だから。
砦とか。
勝手に。

「――、北の砦!?」

まなかは離れかけたりさの手を慌てて握り締めて飛び起きた。

「北の砦ってどういうことっ」

大地の真ん中にあるようなこの国で、周囲はもちろん敵ばかり。
特に北の国境は万年諍いが絶えず、兵士を多く費やすことにまなかの父である国王も頭を悩ませていた。
そんな危険なところに。

「王族護衛騎士がなんで」
「左遷、かな」
「バレたの……?」
 
128 :逃亡者は北へ :2015/04/20(月) 23:37
 
家柄もよく優秀なりさが左遷されるなどほかに理由が考えられない。
この関係がバレたらりさの身を滅ぼす。
それくらいまなかだってわかっていた。

「姫様声おっきいからー」
「だ、だってりさちゃんが激しいから、じゃなくて、
 まなかお父上に言うから。りさちゃんがそんなとこ行く必要ないっ」
「陛下にバレたらそれこそ極刑だってば。
 ももち先輩のとこで止めてもらえたからこの温情措置なんだよ」

兵士長のももち先輩はりさとまなかの関係を知っていた。
だから今回急にこの指令が降りたのは別の誰かからの告げ口なのだろう。
水際で逃がしてくれた兵士長には感謝しかない。

「……いつ戻って来るの?」
「さー。5年か10年か」

生きてればね。
心の中で付け足した言葉はまなかも察していた。

「一緒に逃げよう」
「それは無理」
「じゃあどうするって言うのっ」

泣きじゃくりながらかんしゃくを起こすまなかの肩をりさはやさしく撫でる。
それでも泣き止まないまなかに、りさはため息をつくと枕もとの水差しを取り上げグラスに水を注いだ。

「ほら、落ち着いて」
「ん」

差し出したグラスを掴む子供っぽい手にりさはかすかに目を細める。
黙って見つめるりさの目の前で、まなかは一息にグラスを干した。
その姿を見届けると、りさはまなかをベッドにそっと寝かせる。
抵抗しようとしたまなかの腕は上がらずベッドに崩れ落ちた。

「りさ、ちゃ……」

水に何か入れられた。
そう気づくよりも素早くまなかの意識は闇に落ちていく。
うわごとのように名を呼ぶまなかの唇に、りさは指先をそっと押し当てた。

「おやすみ。まなかちゃん」
 
129 :逃亡者は北へ :2015/04/20(月) 23:38
 

城を抜け出すと厩のそばの暗がりに小柄な人影が動く。

「ちぃ、遅くなった」
「ほんっとに遅いよりさちゃんっ」

夜が明ける前に町を抜け出す手はずになっていた。
出世頭のりさに敵は多かった。
今回の騒動だってそういう連中にかぎつけられたのだ。
この逃亡さえも見つかれば引きずり戻されかねない。

焦るように馬の支度をするちさきの頭を撫でると、りさはひらりと自分の馬に飛び乗る。
驚いた馬を手綱ひと捌きで大人しくさせるとさらりと長い髪が揺れた。
その姿にちさきはつかの間ぼうっと見惚れ、慌てて自分の馬にまたがる。

りさの砦行きに供として選ばれてしまったちさきは、騎士隊に入ったばかりの15歳。
まだ子供と言っていい純粋さを持っており、才気と容貌を併せ持つりさに心酔していた。
そんなちさきだからこの砦行きもそれほど気に病んでいないようだが、
りさとしてはこんなことに巻き込んでしまい本当に申し訳ないと思っている。

「ちぃのことは、守るから」
「そ、そんな……っ」

りさが柔らかく笑いかけると、ちさきは耳を赤くしてぶるぶると首を振った。
守らせて欲しい。
守れなかった、あの子への罪滅ぼしにも。
一緒に逃げたいなんて言えるはずがなかった。
また例え5年10年後に戻れたとしても、まなかはもう17なのだ。
初めから別れが決められていた関係ならば、いっそこうして無理やり切り離される方が苦しみは少なくてすむのかもしれない。

りさは一瞬城を振り返ると唇に指先を押し当てる。
そしてちさきがその視線を追うよりも早く馬を出していた。
 
130 :逃亡者は北へ :2015/04/20(月) 23:39
 
◇◇◇◇

まなかが次に目を覚ますともう部屋の中は明るくなっていた。

「あ、おはようございます……」

朝食の準備をしていた侍女が挨拶をしてすっと目をそらした。
まなかはベッドから抜け出すとふらつく足取りで彼女に近寄る。

「おぜ、知ってたの」
「あ、えっとー」

目の前に詰め寄られながら視線を泳がせるわかりやすい反応にまなかはむっと唇を尖らせた。
いったいいつからみんな知っていたんだ。
気づかなかった自分に腹が立つ。

「うた、北の砦まで案内して」
「まなかちゃ、姫様、何言って」
「あたしは砦の場所知らないから」

まなかは後ろにいたもう一人の異国風の顔立ちをした少女に声をかけたが、顔を青くしたのはおぜきの方だった。
今はまなかの付き人になっているが、うたは元々北の国から亡命してきた家族の一人だ。
一時砦で身柄を拘束されていたと聞いている。

「わかりました。すぐに出るのですか」
「ちょっ、うたっ」
「夜のほうがいいかな。おぜ、支度を。あ、でもおぜはついてこなくていい」
「え、あ……」

うたなんかよりずっと小さな頃からまなかについて一緒に育ってきた、幼馴染のようなもの。
いかにもお姫様然としたふわふわした見た目によらず、自分が決めたことは自分一人でもやり通すこともよく知っているし、おぜきはそんなまなかが好きだった。

「い……行きますよもうっ。こんな無鉄砲二人で行かせられないじゃないですかっ」

北の砦なんて絶対寒い。
行くだけで3日も4日もかかるし。
ぶつぶつ言うおぜきだがその手元はてきぱきと旅の支度を始めていた。


『 逃亡者は北へ 』   終わり
131 :名無飼育さん :2015/04/21(火) 03:57
カントリーも良いですねえ。
132 :名無飼育さん :2015/04/23(木) 02:03
続きが読みたくなります
133 :esk :2015/04/26(日) 20:38
読んでくださった方、ありがとうございます。

>>131さま 良いんです! ぜひどうぞ!

>>132さま 続きは、うーん、どうでしょう……←

次もやまなかです。
シリーズ読み返していないので設定違いあっても許してにゃん。
初めて読む方はなんとなく霊能力バトルモノだと思っていただければ。

『 4月の怪談 』
134 :4月の怪談 :2015/04/26(日) 20:43
 
「まさに幽霊屋敷だね」

一人ごちるりさの目の前には朽ちかけた洋館がかろうじて形を保っていた。
貿易で財を成した人物が建てたこの洋館は往時には華やかな社交場だったと聞く。
それも今は昔。
所有者が流転しうち捨てられたまま数十年が過ぎ、今ではただの幽霊屋敷だ。

最近になって建設者が当時所有していたはずの希少霊具がこの屋敷に残されていると判明。
それほど危険な悪霊はいないだろうということもあり、新米悪霊ハンターのりさにはお手ごろ案件だ。

昼間だから悪霊の気配は薄い。
しかし木漏れ日に手をかざして洋館を眺めるりさの目がふわりと動くものを捕らえた。
霊ではない。
割れた窓の隙間から見えるのは恐る恐る階段を登る小柄な人影。
ふわふわと巻かれた長い黒髪にむっちりとしたほっぺた。

「手の早いヤツ」

見覚えのある姿にりさは眉をしかめる。
ちっとひとつ舌打ちをすると洋館へと足を踏み入れた。
 
135 :4月の怪談 :2015/04/26(日) 20:43
 
玄関ホールは天井ドームが破れて悲惨なことになっていた。
雨水と枯葉が溜まって泥だまりが出来ている。
その湿気のせいか中央の大階段は真ん中くらいから朽ち落ちていた。
着飾った紳士淑女が贅を尽くしてさんざめいた社交場もこうなれば無残なものだ。

いくつかゆっくりと漂う霊体はおそらくその頃の記憶に楽しんでいるのだろう。
強い恨みのようなものは感じられない。
ふわふわと漂う霊体を通すと往時の絢爛な内装が浮かび上がる。
面白いな。
りさがぼうっと見ほれているとひとつ霊体がふわりと近づいてきた。
盛装ではない来訪者をいぶかしく思ったのかりさの目の前で立ち止まった。

「つかの間、お邪魔いたします」

心を沈めて礼を交わすりさをしばらく眺めていた霊体は、何を納得したかふわりと去って行った。
自分たちを脅かす無粋者でなければこちらも手出しはしない。
そういうスタンスでこの世とあの世の間を生きているのだろう。
その後姿を見送り、りさもゆっくりと身体を返す。
この光景をもっと眺めていたい気もするが、先回りされている身ではそうも行かない。
 
136 :4月の怪談 :2015/04/26(日) 20:44
 
現実に返ったりさは、ブーツに絡む泥を気にしながら足を進める。
ホールを取り囲む廊下は昼間でも薄暗い。
大階段ではない階段も見つかったが、それはスルーする。
図面では所有者の私室や書斎は二階になっているが、晩年は足を悪くして一階のサロンを改装して生活していたという話もある。
あいつが二階に上がったのなら、とりあえず自分は一階を探ろう。

サロンは外部に開けた大窓から差し込む光で明るかった。
ホールほどひどいことにはなっていないがやはり床も腐って抜け落ちそうだ。
生活空間に使っていたらしき一角も丹念に探ってみたが、ターゲットは見つけられなかった。

「んー」

はずれ、かな。
一通り霊視してみたが霊力の溜まった気配を感じることも出来ない。
どうしよう。二階に上がるか。
でもそうするとあいつと鉢合わせに――。

がたん!
 
137 :4月の怪談 :2015/04/26(日) 20:44
 
しまった。
サロンを出ようとしたとき、気をつけていたつもりだったが、腐った扉が崩れ落ちた。
天井を見上げると案の定二階から慌てた足音が近づいてくる。
まあ、隠れることにも意味はない。
驚いて目を見開く少女を、りさは廊下で出迎えた。

「やまきりさ」
「お久しぶり。いなばまなかさん」

心底嫌そうな顔をするまなかにりさは優しく微笑みかける。

ふわふわの黒髪と柔らかそうな頬、真っ黒な瞳。
長身とはいえないりさからもはっきり見下ろす小柄な体躯。
見た目はとてもそうは思えないが、年はりさと同じ17歳。
ハンターになった時期もそう変わらない。
その頃からお互いフリーの悪霊ハンターとしてどこの事務所にも属さずに活動している。
フリー同士となると情報の出所は似通って、現場でバッティングすることもしばしば。
ライバルと言えなくもない、二人である。
 
138 :4月の怪談 :2015/04/26(日) 20:45
 
またかよ……とかわいらしい声に似合わない悪態をついたまなかだったが、ふと顔を上げると大き目の胸をそびやかして見せた。

「まあ今回はまなかが先回りしたわけですけど」
「それはターゲットを取ってから言う言葉だよね」

すばやく切り返したりさに言葉を失うまなか。
相変わらず浅はかと言うかなんというか。
直情型は理詰めでからかうと本当に楽しい。
口元だけで笑うりさにまなかは悔しそうに頬をゆがめる。

「上、なんかあった?」
「教えない」
「そっちは」
「教えない」

ひょいとりさの背中を覗き込もうとするまなかの顔を覆うように手を広げてさえぎる。
りさのバカにしたような仕草にむっとしたまなかはくるりときびすを返した。

「じゃあねっ」
「あ、そっちは」
 
139 :4月の怪談 :2015/04/26(日) 20:45
 
ばき


脆くなっていた床が抜けてまなかの身体が沈む。

「床が腐ってるから気をつけてねって言おうとしたんだけど?」
「……そういうことは先に言ってくれるかな」

言う暇なかったし。
さて手を差し伸べるかこのままほおって置くか。
どちらが楽しいかなと思案するりさの視界で、這い出そうとするまなかの身体がさらに沈む。


ばきばきばき


「うそっ」

一声を残して、驚いたまなかの顔はそのまますとんと穴の中に吸い込まれていった。
 
140 :4月の怪談 :2015/04/26(日) 20:46
 
りさは息を呑んで穴のそばにしゃがみこむ。
覗き込む下は真っ暗で何も見えない。
落ちていった音からしてそう深くはないと思うけれど。
耳を澄ますとがらがらと物の動く音といったぁ……とかすかな声が聞こえてりさは小さく息をついた。
地面の上だと思っていたが地下室でもあったようだ。
そういえば周囲を見て回った時にドライエリアが掘り込んであったような。

「いなばさーん。太ったんじゃないのー」
「うるっさいな!!」

真っ暗な穴に向かって声をかける。
くい気味の反応を聞くにどうやら図星を指してしまったようだ。

「真っ暗で何も見えない」

不安げなまなかの声にりさはため息をつく。

「ライトくらい持ってるでしょ」
「あーそっか」
 
141 :4月の怪談 :2015/04/26(日) 20:46
 
そっかじゃないって。
呆れたりさは穴のふちで明かりがともるのを待つが、いくら待ってもその気配がない。

「ちょっとー。まさかライト忘れたのー」
「あるよ! あるけど……」

カチカチと繰り返される音と、あれー、なんでー、と甘えたような声。

「電池切れとか?」
「……」
「……。ねー、あたしもう行っていいかな」
「うそやだ待ってよ!」
「いや、待つ必要ないと思うんだけど」

相棒でもなんでもない、むしろライバル。
この隙にお宝頂戴してバイバイしちゃう方が正しい判断のような。
そう思ったりさの視界に赤い光が鈍くともる。
一瞬ライトがついたのかと思うが、これは違う。
 
142 :4月の怪談 :2015/04/26(日) 20:47
 
「――何かいるの」

赤はまなかのオーラの色だ。
つまり霊力を使うような何かがいたということで。
目を細めたりさの足元で霊破がはじけた。

「――」

繰り返されるまなかの波動を足元に感じながら、りさはすうっと眉をしかめた。
これは、もしかして。

「ねー」

いくつか続いた霊破の波動が収まって、りさは穴の下に向かって声をかける。

「結構イイのいる感じ?」
「そんなに、だけど」

ぼんやりと光るまなかがお札を掲げる姿が見えた。
それほど力のある霊がいるわけではなさそうだ。
それはりさも感じ取っていた。
まなかだって正式なハンター資格を持っているのだからこの程度の距離感で霊を視ることに問題はないのだろう、が。
 
143 :4月の怪談 :2015/04/26(日) 20:47
 
「いたっ」

真っ暗な中で何かに激突したらしくしゃがみこむまなか。
その上を何か霊体が通っていくのがりさの目にも見えた。
かろうじて避けたまなかだが、がらがらと崩れ落ちる物音に続く痛そうな声。

「ったく! よけてよっ」

りさは軽く舌打ちをするとバックパックからライトと暗視ゴーグルを取り出して穴に中に飛び降りた。
足元でがたんと音を立てて何かが倒れた。
なるほど、地下室を倉庫的に使っていたのか何か結構物が置かれているような気がする。
りさは手に持ったライトのスイッチを入れる。
が。

「あれ?」

つかない。
そんなオチありかよ……。
額に手を当てるりさを赤いオーラを纏ったままのまなかが見上げる。
そんな呆れた目で見る資格あんたにはないと思う。
にらみつける目でりさはお札を取り出し、まなかの頬を掠めるように飛んできた霊を軽くはじきとばした。

っていうか。
 
144 :4月の怪談 :2015/04/26(日) 20:48
 
「これ結構いるじゃん!」
「そうなんだよー。助かったよー」

すぐに背中合わせに身体を返したまなかがお札をかざす。
確かに強そうなのはいないようだが結構な数だ。
身動きが取れない状態で簡単に片付けられるものではなさそうだ。
まなかにぴたりとくっつくようにしてりさは暗視ゴーグルを覗き込む。

「うわあ……」

部屋の中は乱雑に置かれた物、物、物。
大小さまざまな家具や生活用品でまともに歩く隙間もない。

「わあ、暗視ゴーグル持ってるんだ」
「いやそれくらい持ってきなよ」
「だって昼間だし……いらないかなって……」

ぼそぼそとつぶやくまなかにため息をつくと、りさはゴーグルを押し付けた。

「え、でもそしたらやまきさんは」
「あたしはこういう野蛮な行為は向いてなくてね」
「それどういう意味」

まなかはりさを軽くにらみつけながら暗視ゴーグルを合わせる。
 
145 :4月の怪談 :2015/04/26(日) 20:48
 
お互いの除霊スタイルは知っている。
こういう状況で動くならまなかのほうが得手であることはわかっていた。
りさは壁にぴたりと背をつけるとクリスタルを取り出して結界を張る。
ついでにまなかに守護も飛ばすと、もうりさが攻撃側に使える霊力はほとんどない。
フリーでやっている以上贅沢は言ってられないが、どちらかと言えばりさは守備型、まなかは攻撃型のハンターだ。

グリーンがかったりさの守護を受けてまなかは心配げにりさを振り返る。
急に襲われたとき反撃する霊力がないとりさが危険だ。

「いなばさんが守ってくれるんでしょ」

こともなげに言うりさにまなかはふっと口元を緩めた。

「しょうがないかっ」

目の前にあった椅子をひょいと乗り越えてまなかが飛び出す。

相変わらずいい動きだ。
りさはまなかのオーラを目で追いながら感嘆のため息をつく。
おっとりした見かけによらず、鍛え上げられた身体は障害物をものともせず踊るように飛び回る。
それは以前よりも、もっと。
太った? なんか言ってみたけど、逆に頬の辺りは肉がそがれたような気がする。
恐ろいまでに童顔なまなかだけれど、それでも少しだけ大人の顔になったのかもしれない。
笑うと目がなくなるまなかを思い出してふっと笑みがこぼれる。
 
146 :4月の怪談 :2015/04/26(日) 20:48
 
そういえば今日はまだ笑ったまなかを見ていな――。

「りさちゃん!!」

ぼんやりと感傷にふけっていたりさは呼ばれた名にはっと息を呑む。
手にしていたお札を掲げたがもう遅かった。
結界を破る衝波とともにわき腹をえぐりこむ衝撃。
がらがらと障害物を崩しながらりさの身体が倒れこむ。
跳躍一歩で飛んできたまなかが悪霊を撃破し、りさを抱き起こした。
心配げに顔を覗き込むまなかに、りさははあっとひとつ息をつく。

「キいたぁ……」
「なにぼーっとしてんのっ」
「守ってくれるって、約束」
「悪かったよっ」

それだけしゃべれるなら大丈夫か。
少し安心したまなかはほっと息をつく。

「今の、は?」
「片付けた。あれで最後だと思うけど」

じゃあ。
ゆっくりと首をめぐらせるりさの仕草に、まなかは違和感を感じでゴーグルをはずす。
 
147 :4月の怪談 :2015/04/26(日) 20:49
 
「あ」

天井に開いた穴から明かりが差し込み、真っ暗だった地下室も物陰くらいは判別できるようになっていた。
最後の一体がおそらく光を奪うタイプの力を持っていたのだろう。
ライトをつかなくさせるくらいの力を。
それって結構……強い霊だ。
まなかの実力ですんなり対応できるものではない。
夢中だったから気づかなかった。
つぶやくまなかにりさがへらりと笑う。

「あいのちから〜?」
「減らず口……っ」

思わずりさを見下ろして、まなかはその顔色にぎょっとする。
浅い呼吸と疲労の濃い目元。
さきほどの悪霊がそれなりの力を持っていたとすれば、りさはそれをまともに食らったことになる。
肉体的なダメージはたいしたことはなさそうだが、霊力をごっそりと抉り取られている。
今すぐどうなると言うほどではなさそうだが、夕刻になれば悪霊も増えるだろう。
疲労の残る自分ひとりでりさを守ることが出来るか自信はない。

「まなかちゃん、ちょっと……」

どうしよう。
青くなるまなかを、りさは力ない指先でちょいちょいと引き寄せる。
 
148 :4月の怪談 :2015/04/26(日) 20:49
 
「ちょっと、分けて」
「え」

素直に身体を傾けたまなかをぐいっと抱き寄せ、りさの唇が重なる。
りさのやろうとしていることは理解できる。
唇を通して霊力をやり取りする。
あまりメジャーではないこの方法を、あっさりとやってのけようとするりさがまなかには信じられなかった。

しかし、抵抗する隙もなく舌先が唇を割って進入してくる。
あんなにぐったりしていたのに。
だまされた気分のまなかの口内をりさの舌先がさぐる。
逃げてもとろりと絡み取られる舌先。
その熱さも。

どちらのものとも知れない甘い吐息も。
汗ばむ肌の感触も。

忘れたはずがない感覚のすべてをたたき起こされて、まなかの身体が震えた。

どれくらいそうしていたのか、やっとりさに開放されたときには霊力以上のものを吸い取られてまなかはぐったりと壁に寄りかかる。
いまさらこんなの、冗談じゃない……。

「んーっ。元気になった」
「……良かったね」

楽しげに伸びをするりさにまなかは極力平坦に応える。

「いこっか」

差し伸べられたりさの手をとることはしなかったのは、せめてもの抵抗。

 
149 :4月の怪談 :2015/04/26(日) 20:50
 
◇◇◇◇

「結局見つからなかったなー」

夕闇に沈もうとする洋館を振り返りまなかがつぶやく。

「ん?」
「ターゲット」
「ああ、これのこと?」

りさは上着のポケットから細かく呪符の刻まれたバングルを取り出す。
丸く目を見開いたまなかは穴の開くほどそれを見つめる。

「え、どこに……」
「地下室。あの建物の中で一番悪霊が集まってたからここしかないと思ったんだよねー」
「で、でもいつも間に……」

悪霊退治に飛び回っていたまなかならともかく、りさはあの場からほとんど動いていない。
脱出したときもずっと一緒だったしそんなそぶりは見られなかった。

「いやいや、ぐーぜん。手に当たったもの掴んだらこれだったの」
「いつ……」
「キスして――」
「うわあっっ」
「る、時」
 
150 :4月の怪談 :2015/04/26(日) 20:51
 
あれはキスとかじゃなくて霊力を分け与えるためのいわば医療行為のようなものでだから人工呼吸的なそういうので舌の絡まる感触とかそういうのもだからあああああ。
もだえるまなかにりさはくすくすと笑いながらバングルをバックパックにしまう。

というか。
はあはあと呼吸を整えながらまなかは恨めしそうにりさを見上げる。
メインで悪霊退治したのはまなかの方なのに。
しょうがないんだけど。
だけどなんか納得いかない。

「ま、今度ご飯でもおごってあげるよ。」
「……ご飯だけね」
「それ以上がお望みならあたしはそれでもいいけど? いなばさん?」

いたずらっぽい笑みで付け足された名前にかちんとくる。

「いらないっ」

甲高く叫んだまなかの声が夕闇の空に吸い込まれていった。


『 4月の怪談 』   終わり
 
151 :名無飼育さん :2015/04/29(水) 01:48
懐かしの怪談シリーズでやまなかとは…
嬉しすぎます

りさちゃんなかなかやり手だな…
152 :名無飼育さん :2015/05/25(月) 04:53
怪談シリーズキテタ!!!9月の怪談が読みたかった者です!
シリーズ続編ありがとうございます><
是非5月とか6月の怪談もお願いします><
153 :Tbq4uUULAPG2 :2015/10/12(月) 14:40
What a joy to find sooemne else who thinks this way.

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