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JUNK!2

20 : :2010/01/22(金) 23:42

『 オト <5> 』
 
21 :オト <5> :2010/01/22(金) 23:43

がさっ


「あれ」
「おっす吉澤。久しぶり」

生垣を掻き分けた吉澤が広場に顔を出すと、
その目の前で長い髪がふわりと宙を舞う。
腕組みしたまま振り返った、その人物の名は飯田圭織という。
10年ほど前には中澤と一緒に仕事をしていたが、
今はどこの事務所にも所属せず、フリーで全国行脚の修行中(本人談)。

「かおりんっ。どしたのさ」

転がり出るようにして広場に踏み出した吉澤も声をはずませる。
吉澤にしてみても、修行時代を世話になった懐かしい思いのある人物である。

「裕ちゃんに呼ばれてね」
「ちょっと高橋の様子見に来てもらってん。
 つーか、オマエなにしとってん。藤本とっくに帰ってんのに」
「え、あー、それは……」

中澤に突っ込まれて、にやけそうになった吉澤の視線が宙を泳いだとき。
 
22 :オト <5> :2010/01/22(金) 23:44

ぼわんっ


「ぎゃあっ」
「あわわわっ。すいませんっ、矢口さんすいませんっ。大丈夫ですかっ」
「大丈夫なわけないだろーっ。ちくしょー」

ころころと転がっていく小さな人影。
唖然とした顔で吉澤はその行方を追う。
しかし、駆け寄った高橋に矢口が声高に文句を叫んでいる上に、
そのそばで藤本が大口を開けて笑っているのだから、
たいした外傷ではないのだろう。

「あーあ」
「またか」
「なんですか、今の」
「圭織の意見参考にしてみてんけど……やっぱあかんか」

どうやったら消魔の訓練中に爆発など起こすことができるんだろう。
呆然とする吉澤に中澤は苦笑を浮かべる。
そんな二人のそばで、飯田は憮然とした顔で腕を組んだ。

「カオのせいじゃないよ」


オトが使う『音』にはさまざまな種類があり、その中には、
鈴や笛、太鼓といった一般的に音を出すとされる物以外であることもある。
高橋が使うのは、『音』というには少し異例な『声』であった。
声を使うタイプのオトはそれほど多くない上にその使い方も少々特殊で、
音タイプのオトでは指導が難しい。
そのせいかなかなか上達しない高橋に中澤が業を煮やし、
最後の手段と声タイプの飯田に出張指導に来てもらうことになったのだが。
 
23 :オト <5> :2010/01/22(金) 23:44

「高橋、おいで」

地面の上で胡坐をかいている矢口の傍らでしょんぼりとしていた高橋は、
飯田が声を掛けるとびくりと肩をすくめた。
苦笑を浮かべる矢口に促されてとぼとぼと飯田の方へ向かう。

「さっきも言ったでしょ。
 詠唱は言葉を全部間違えずに言ったらいいってもんじゃないんだよ」
「飯田さん……でも」
「キモチだよ。キモチ」

音タイプの消魔にメロディが関係ないのと同じように、
声タイプも言葉の内容はあまり関係ない。
ただ気持ちを入れやすいようにある程度のパターンがあるに過ぎない。
ちなみに飯田の詠唱は、自作の詩だった。

(……なんか意味ようわからんし)

しかもところどころかんでる。
それでもいいのだから、本当になんでもいいのだろう。
だから中澤としてはその気持ちの入れ方を指導してもらいたかったのだが、
飯田の独特の指導が高橋を確変させることはなかったようだ。
 
24 :オト <5> :2010/01/22(金) 23:45

言葉なくうつむく高橋の頭を吉澤がぐしゃぐしゃとなでる。
見上げた高橋と目が合うと、ぱちんとウィンクしてみせた。
自分を見上げる高橋のぽおっとした視線に気づいているのかいないのか、
吉澤はあっさりと中澤の方へに視線をそらせた。

「で、中澤さん。新しい仕事ってのはなんですか?」
「おっと忘れよった。池の東あたりに強めの反応が出たらしいねん」
「「……」」

中澤の言葉に、矢口のそばでにやにやしていた藤本までが
振り返って微妙な顔をする。

「なんや、その目は。二人そろって」
「あたしたちさっきまでそこにいたんですけど……」
「知らんがなそんなもん。はよ行って来」
「電話で一言言ってくれればよかったのに……」
「吉澤。ぐちゃぐちゃうるさい」

ぶちぶちと文句を言い続ける吉澤の頭を中澤がすぱんとはたく。
 
25 :オト <5> :2010/01/22(金) 23:45

「ホントホント。よっちゃんうざーい」
「はあっ? 美貴になんでそんなこと言われなきゃなんないわけ」
「あー、うざいうざい。じゃあ中澤さん、美貴さくっと見つけてきますね」
「おお。よろしく。藤本は頼りになるなあ」
「もちろんですよ〜♪ あ、よっちゃん別に来なくていいよ」
「なっ。じゃあ誰が消魔するんだよ!」

中澤と藤本の連携プレーに、吉澤はわかりやすく激高する。
そんな様子も想定内、と藤本は鼻で笑う。

「さっきだってしてないじゃん。役立たず」
「テメ……っつーか消魔しないでバケを退治するのは違反――」
「うっせーばーか」

吉澤の最後の言葉に『しまった』という表情を浮かべた藤本は、
すばやく鳥形態に戻るとばさりと飛び立った。

「……っ、ちっくしょー!」

吉澤も一瞬足を踏み鳴らしたが、一声叫んで後を追って駆け出した。

 
26 :オト <5> :2010/01/22(金) 23:46


「いいコンビだね」

その後姿を見遣りながら、飯田がポツリとつぶやく。
飯田も吉澤の生まれ育った環境は知っているため、
その声には安堵が滲んでいた。
いつのまにかそばに来ていた矢口もうんうんとうなずく。

「ああ。まあ、どうにもうるさいけどな。
 もう少し大人しく仕事こなしてくれれば言うことないねんけど」
「大人しいのが売りのオトなんて……あ、カオすっごいダジャレ思いついた」
「分かったから言わんでいい」
「ええっ。なんで? 裕ちゃんエスパー!?」
「ちゃうわ。ほら、それより高橋、なんか圭織に質問ないのん」
「ほえ!?」

いきなり話を振られて、高橋は目を見開く。
その様子に、中澤は心の中で手をあわせた。
すまん、と。

「え、えーと、えーと、あのお」
「なんかあるやろ。ほら」
「えーと……あっ!」
「ほら、それや」
「あの、なんで飯田さんには使い魔がいないんですか?」
「はあ? ……い、いや、ええ質問や。な、圭織」

見当違いの質問に脱力しかけた中澤だったが、
自分の立場を思い出して踏みとどまる。
 
27 :オト <5> :2010/01/22(金) 23:47

「カオは感知能力高いから使い魔いなくても大丈夫なの」
「せやな。圭織はすごいねんでー」
「そ、そうなんですか。でもいつも一人って寂しくないですか?」

中澤には矢口が、吉澤には藤本が。
たまに会うほかのオトも、たいてい使い魔を連れていた。
それは必要に狩られた関係のはずなのに、どこか暖かいものばかりで。
だから高橋も、いつかは自分の相棒と呼べる使い魔が欲しいと思っていた。
そうすればうまく仕事もできるような気がして。

「寂しい、ねえ。どうかな?
 裕ちゃんも矢口もいるし寂しいと思ったことはないかな」
「えー? そのわりには全然連絡してこないじゃん」
「心の中でいつでも繋がってるからいらないんだよ」

照れたように笑いながら矢口が突っ込むが、飯田は平気な顔で宙を見据える。
これはヤバイ、と矢口と中澤はそっと視線を交わす。

「カオ、毎日裕ちゃんたちにオハヨウとオヤスミ言ってるし」
「あ、ああ、そう?」
「そしたら裕ちゃんたちも返事してくれるじゃん」
「いつや!」
「毎日」

「………そうやね」

中澤と矢口の疲れたような声に、高橋は首をひねった。

(心で繋がってるなんかめっちゃ素敵やのに……)

 
28 :オト <5> :2010/01/22(金) 23:47

 
29 :オト <5> :2010/01/22(金) 23:49

結局高橋に得るものがあったのかどうか。
それは本人だけの心に秘めておくことにして、
飯田はその日、太陽が高く上る前にまた自分の修行に旅立って行った。



ガンッ


「やーぐちさあん!」

「うわ、なんだ。藤本か」
「なんだじゃなくてー、聞ーて下さいよお……ん?」

派手な音を立てて店に入ってきた藤本がふと黙った。

矢口の店はテーブル、カウンター合わせて10席もない小さな店だが、
採算は取れる程度に繁盛している(オーナー談)。
その窓際のテーブル席に一人の女が座っていた。
藤本はその女に一瞥をくれると、
隠すことなく不満げな表情で奥のカウンター席に腰掛けた。
せっかく仕事の愚痴を言いに来たのに、他人がいては話しにくい。

「何飲む」

カウンターの中にいた矢口は、
藤本が口をつぐんだ理由を悟って困ったように笑った。
(もちろんカウンターの中は上げ床されている)

「ビール下さい」
「オマエ、昼まっから……」
 
30 :オト <5> :2010/01/22(金) 23:50

呆れた口調を飲み込んで肩をすくめると、ビールグラスを用意する。
オーナー店長である矢口がバケであることは、もちろん、
このカフェのどんな常連にも知られてはいけないトップシークレットだ。
藤本はそういったバケやオトの世間的立場を
イマイチ理解しようとしないところがある。
せめてこのカフェに出入りする時には注意するよう言い聞かせてはあるが、
矢口は先客にそっと目をやり、心配げに藤本に目配せをする。

しかしそれをどうとったのか、藤本は呆れたように眉をひそめた。

「なんですか、あのグラサン」

藤本としては声を潜めたつもりだったのかもしれないが、
こんな狭い空間で聞こえないはずもなく、
まさしく大きなサングラスをかけていた窓際の女がぴくりと反応する。
だれが先客の感想を言えと言ったよ。
心配した自体は免れたものの、矢口は痛む頭を抱えそうになった。

「オマエね……」
「えー、だって部屋の中ですよ? ゲーノージンかっての」

はあ。
矢口はため息をつきながら、
きめ細かな泡が盛り上がるグラスを藤本の前に置いた。
そのタイミングを計ったように、女がすっと立ち上がる。

「矢口さん、お会計をお願いします」
「ああ。はいはい」
 
31 :オト <5> :2010/01/22(金) 23:56

その女を、藤本はぽかんと口をあけて見上げる。

「……すげー声」

藤本の呆れた声が聞こえたのか、
女はサングラスを少しずらしてにこりと笑いかけると、小さく頭を下げた。

「ありがとね、梨華ちゃん。また来てね」
「はい、また」

あまりにもなその仕草に固まっている藤本をスルーして、
女はそのまま店を出て行った。


「なんですか、今の人」
「ホントにゲーノージンだよ。歌歌うヒト。
 HANGRY&ANGRYってユニット知らない?
 それなりに売れるって言ってたけど」
「知りません」

予想されていた藤本の即反応に矢口は肩をすくめただけで応え、
女性が座っていたテーブルを片付け始めた。
あまいぷでぃんぐを〜♪
矢口の鼻歌を横に聞きながら、藤本はビールのグラスを傾ける。
 
32 :オト <5> :2010/01/22(金) 23:58

「んで、今日はどしたのよ」
「あ、そーそー、きーてくださいよ!」

あいかわらず尽きることのない仕事の愚痴。
その対象の多くは吉澤に向けられる。
かわいそうなヤツだな、と矢口も同情する。
藤本の性格上、ここで愚痴る倍は本人の前でも文句言っているだろうから、
近いうちにフォローに行っておいた方がいいかもしれない。
気にしていないフリをして、内心かなり気にしている後輩のところへ。

「――もうアイツ、いつ喰ってやろうかと」
「え、藤本でもそんなこと思うの」
「へ?」
「あっ、いや」

しまった、と矢口は小さく顔をしかめる。
聞いているようで聞いていなかったせいか、反応を間違えた。
今の藤本とかつての自分の、根本的な違いを忘れていた。

「そんなことって何ですか?」
「ごめんごめん。気にしないで。よっすぃと藤本は違うの忘れてただけ」
「違うって、美貴がよっちゃんについたバケじゃないってことですか?」
「ああ、うん。そうそう。
 だから喰ってやりたいとかそういうの、違うよねーって」

軽口のように言ってあははと笑う矢口。
しかし、その表情を覗き込んで、藤本は眉をしかめる。
 
33 :オト <5> :2010/01/23(土) 00:00

使い魔はオト本人についたバケを使いことが多いが、
実は藤本は吉澤にではなく中澤についたバケだった。
中澤に勧められて吉澤の使い魔となることとなったのだが、
そのせいなのか他の使い魔と考え方が食い違うことは今までにもあった。
……先日会った紗耶香のように。
そんなやつらの言う事は理解したいとは思わないから、
何を言われても全て聞き入れずに突き放してきた。

だが相手が矢口なら状況は違ってくる。
矢口の気持ちなら、知ってみたいと思った。

「矢口さん」
「んー」
「もしかして矢口さんは、今でも喰いたくなることあるんですか?」

中澤を。
今自分が吉澤に対して愚痴ったのとはまったく違うレベルで。

(コイツ意外に鋭い)

射抜くような藤本の視線に、矢口は困ったなと思った。
あまり口に出して言いたいことではないのだが。
しかし言葉を濁したところでそれを悟ってくれる相手ではない。
仕方なく、矢口はゆっくりと口を開く。
 
34 :オト <5> :2010/01/23(土) 00:02

「そりゃ、あるよ」
「えー!?」
「驚くことかよー」
「だって、それじゃあ」
「藤本はないの?」

矢口はすばやく問いかけて、藤本の続くべき言葉をさえぎる。
さすがの藤本でもわざとさえぎられたことは気づいたようで、
少し面食らいながら答える。

「うっとおしい奴見ると、オマエシネ、とかは思いますけど」
「それは違うだろ。もっとこーさー、熱い気持ちよ。魂の叫びさー。
 ……わかんない?」
「わかんないです」

即答。
少しは考えろ。

「でも最初は裕子にそう思ったんだろ?」
「……」

最初。
 
35 :オト <5> :2010/01/23(土) 00:02



北の方だった。
かつての棲み処であった深い深い森の底で。
走るニンゲンを見た。
ニンゲンを見るのが初めてだったわけではないけれど、
まるで渓流を蹂躙する鉄砲水のような、
強い、鋭い、白い、ソイツに心を奪われて。
聞いてはいけないと思いながら、その音に震えた。

チィッ

気がつくと、ソイツに追われていた生命が闇に溶けていった。
その一点を見つめ、ただ凛とたたずむソイツの肩で、
小リスがこちらを見上げて鋭い声をあげた。
ゆっくりと振り返る細い体。
かちりとあった、澄んだ瞳の、青い視線の。


その生命の輝きを、この体の中に――。


 
36 :オト <5> :2010/01/23(土) 00:05

「その気持ちだよ」
「――ぁ」

矢口の声に、藤本はぱちりと瞬きを一つした。
ごくりとつばを飲む。
慌てて目の前のグラスに残っていたビールをあおると、深く息をついた。

「どした?」
「あー、いや。びっくりしました」

そんな熱が、自分にもあったことに。
ここに中澤がいなかったことを……惜しいと思った自分に。
きっとここに中澤がいたら、今この瞬間、
自分はあの細い首に爪を立てていただろう。
そうできなかったことを、惜しいと思った。
その自分に驚いた。

「矢口さんはいつもこんな気持ちになるんですか?」
「まーさすがにいつもじゃないけどさ。たまにね」
「どうするんですか、そんな時」
「――我慢するよ」

矢口のその一瞬の間に、自分がとても辛い質問をしたことを悟った。
自分なら耐えられない。
今でさえまだダメなのに。
今中澤がここに現れたら、自分の体はきっと衝動のままに動くだろう。
 
37 :オト <5> :2010/01/23(土) 00:08

「すごいっすね、矢口さんって」
「だからあんまり一緒にいないようにしてる」

首をすくめてみせる矢口に、いくつかのことを悟る。
中澤が現役を退いたとき、本部から強く勧められたにも関わらず、
吉澤の使い魔となることを拒んだこと。
中澤がそれをあっさりと認めたこと。
引退後、中澤の事務所から離れたこと。
その理由を。


藤本は中澤を追い、棲み慣れた森を出て東京まで下ってきた。
そしてあの頃の強い気持ちは忘れて、今ではただ中澤を慕うようになっていた。
だがその気持ちの根底には、やはりぬぐえない欲求がある。あった。

じっと自分の手元を見つめる藤本の前から空のグラスを下げて、
矢口は新しいビールを目の前に置いた。


「オマエのそういうとこ、羨ましいって思うよ」


言われた意味が分からずいぶかしげに顔を上げた藤本に、
たまにだけどね、と矢口は付け足した。

 
38 : :2010/01/23(土) 00:09

『 オト <5> 』   終わり
 

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