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JUNK!2

1 :esk :2009/11/03(火) 14:30

・どうでもいい短編集
・組み合わせは節操なく雑多
・ベリキューは森板『JUNK!(B℃)』へ

前スレ
森板『JUNK!』
ttp://m-seek.net/test/read.cgi/wood/1208097488/
 
2 :esk :2009/11/03(火) 14:31

早速続きモノで申し訳ないです

森板『JUNK!』
>389-409 <1> ttp://m-seek.net/test/read.cgi/wood/1208097488/389-409
>439-455 <2> ttp://m-seek.net/test/read.cgi/wood/1208097488/439-455
>471-489 <3> ttp://m-seek.net/test/read.cgi/wood/1208097488/471-489
 
3 : :2009/11/03(火) 14:31

『 オト <4> 』
 
4 :オト <4> :2009/11/03(火) 14:32


さくり

足元で下草が立てる微かな音が耳に近く聞こえる。
月明かりも届かない林の奥。それでも視界に不自由はない。
聴覚や視覚で感じるのではない、肌で感じる生き物の気配。

人間離れした感覚をより研ぎ澄ませながら、吉澤は一人林の中を歩いていた。


「ったく。どこにいるんだか」

――仕事が入ったのに藤本と連絡が取れない。
普段から自宅(政府から与えられたアパート)に居つかず、事務所に寝泊りしたり
吉澤や中澤の部屋にもぐりこんだりと毎日ふらふらしている藤本だが、
それでも、一応は使い魔としての自覚があるのか単純に性格的なものなのか、
このように吉澤か中澤の目に入る範囲内から完全に消えることはあまりない。
あまりないが、たまにある。
そのたまにあることが起こった場合、彼女を探すのは街中の繁華街ではなく、森の奥だ。
 
5 :オト <4> :2009/11/03(火) 14:32

「わっがままなやつだなあ」

夜の支配者たちがばさばさと飛び交う上空を見上げ、吉澤はため息をついた。
普段はもう人間と変わらない生活を送っている藤本だが、何かの拍子にふと野生だったころを
思い出すのか、唐突に森篭りしてしまうことがある。
森とは言っても、身近にあるのは公園の抱える林だけなのだが、それでもかなりの広さがある。
あてもなく一羽の鳥を探すにはあまりに広く、目で探すのは不可能と考えていい。
だから探すのはその姿ではなく、気配だ。

(……っ)

がさがさと低木を掻き分けて進む吉澤の足が唐突に止まった。
眉をひそめてあたりを見回す。

藤本を探すために研ぎ澄まされていた吉澤のレーダーに、引っかかったものがあった。
バケだ。しかし藤本ではない。
ターゲットか。
吉澤は、ち、と小さく舌打ちをした。
まだ相棒が見つかっていないっていうのに。

気配の出所をうかがい、吉澤はすっと腰を落として鋭く辺りに神経を走らせた。
 
6 :オト <4> :2009/11/03(火) 14:33

(上っ)

網のように広げた感覚網の隅を何かが掠めた。
ばっと頭上を見上げた吉澤の視界に、小さな黒い影。

(見つけたっ)

ぐっとひざに力をためる。
しかし、影が飛び去る方向へその力を推進させようとした、その筋肉の動きが、
寸でのところでぴたりと止まる。

ふわり

見上げた視界を覆う大きな黒い影。

「み――」

吉澤の口からでかかった声は後に続かなかった。
後を追っていた黒い影は、簡単に小さな影に追いつき、交差。

ザンッ

二つの影は、大して大げさな音も立てずに木立の中に消えた。
 
7 :オト <4> :2009/11/03(火) 14:33

「美貴」

ひょいひょいと木立を駆け上がり、影が突っ込んだ辺りに顔を突っ込む。
確かに感じる相棒の気配。
その最後の一枝を掻き分けて。

「――」

黙る。

お食事中でしたか……。
大振りな鳥はちらりと視線をくれたが、絶句する人間にはかまいもしない。
小さな鳥を鋭い爪とくちばしでむしって飲み込む。

「……」

とりあえず食事が終わるまでおとなしく待っているしかないだろう。
 
8 :オト <4> :2009/11/03(火) 14:34


「ああ、何。今のが今日のターゲットだったの?」

待つこと数分。
小さな鳥をぺろりと平らげ、さらに満足そうに羽根を繕ってから、ようやく人型になった藤本。
その腹に収まったモノの正体を吉澤から聞かされても、特に動揺らしきものも見せなかった。

「あのねー。バケかどうかくらい確認してから喰ってよね」
「ばーか。この森にバケなんかいっくらでもいるっつーの」
「そうなの?」
「わかんないわけ?」
「――」

きょとんとする吉澤は、逆に聞き返されて言葉に詰まる。
正直に答えれば、わからない。
今も頭上を飛び交う夜の生物たちのどれかがバケかもしれないと?
そんな気配なんて。
 
9 :オト <4> :2009/11/03(火) 14:35

言い訳をするとすれば、オトはそもそもあまりに力の弱いバケは相手にもしないので、
見極める必要はない。
そういった弱いバケは、人間に危害を加えるほどの力を持つ前に息絶えることも多いので、
狩らずに放置しておくからだ。
政府の人間などは、将来危害を加えるようになるかもしれない芽はすべて刈り取るべきだと
がなり立てるが、オトはそれを聞き入れない。
むやみに生態系を乱すべきではない。そう言って撥ね付けるが、
現実的には力が弱すぎるバケは発見しづらいという問題も大きかったりする。


黙り込んだ吉澤をちらりと横目で見ながら、藤本は、ふうん、とひとつうなずく。

「で?」
「……は?」
「今日はこれだけ?」
「ああ、うん。そう」
「雑魚じゃん」
 
10 :オト <4> :2009/11/03(火) 14:35

ふんと鼻を鳴らす藤本。
コイツに怖いものなんて何もないんじゃないだろうか。
そう思わせるような勝気な表情。
迷う吉澤と、迷わない藤本。
意外といいコンビなのかもしれない。

「美貴、これだけのために狩りだされる予定だったの?」
「あー、まあ、今あっちで高橋の訓練してんの。今日はそのついでみたいなもんだから」
「愛ちゃん? どうなの」

肩をすくめる吉澤の仕草に、藤本はにまりと口元を緩めた。
YN企画見習いアルバイト、高橋愛。
その実力のほどは吉澤の仕草が顕著に表している。

「見てこよーっと」

にしし、といかにも楽しそうに笑うと鳥形態に戻り、ばさりと飛び立つ。
その後姿を見送り、吉澤は枝から地面に飛び降りた。
こきこきと首を鳴らして一言。


「で、あたしは置いて行くわけね」

 
11 :オト <4> :2009/11/03(火) 14:36


行きと同じく、一人でさくさくと進める足はゆるやかだ。

かなり薄くはあるが、吉澤の中にもバケ――元動物であったものの血が流れている。
夜の森を歩くのは、結構好きだったりする。
昼間よりも色濃い植物の息吹と、昼間とは違う夜の動物の気配。
藤本の言葉が嘘でないとすれば(嘘ではないだろう。人をからかうのは好きだが、
嘘をつくのは嫌いなヤツだ)、この気配の中にバケが含まれているということだが、
吉澤には良くわからない。
情けない……とは思う。
落ちこぼれと言われても仕方のないことかもしれない。


先日突然押しかけてきた紗耶香。
なぜ今更――、いや、はやり吉澤本家から逃げることなど出来はしないのだ。

末端の分家筋で、父親母親じじばば、弟二人も、能力のかけらも持ったものはいない。
なぜ、自分だけが。
小学校に上がる前に生家から引き離され、本家に引き取られた。
同年代で力を持つものはなく、ずいぶん年上の能力者は冷たくはないがどこかよそよそしい。
力を持たない者からぶつけられるのはあからさまな嫉妬と侮蔑。
気楽に声をかけてくれたのは、紗耶香のような使い魔たちだけだった。

そのとき初めて、自分はヒトではないのだと、実感した。

親兄弟とも、違う生き物なのだと――。
 
12 :オト <4> :2009/11/03(火) 14:37

しばらく散策した森を抜け、吉澤は人工的な公園エリアに出た。
すると早速人の気配。

(こんな時間だって言うのにね)

夜が明けるまでにはもう少し時間がかかる。
夏って言うのはこういったやっかいな面も持っている。
気づかないフリをしたいが、それにしては少し近い。
一瞬迷ったが、どうやらあちらは吉澤の存在に気づいているようで、射るような視線を感じる。
吉澤は仕方なくそちらに顔を向け、それから首を傾げた。
じっとこちらを見ている、大きな瞳。
暗闇に浮かび上がる白い肌。あかるい髪色。
吉澤は長い首をさらに大きく傾げた。


「……こないだ会った子?」
「覚えてたんだ」

少し不安げだった顔をぱっと破顔させて笑う。
吉澤は、その笑顔をぼうっと、ただ、見つめる。
その棒のように突っ立っている吉澤の下へ、たたた、駆け寄ってきた人影。
 
13 :オト <4> :2009/11/03(火) 14:38

えへへ。
至近距離に笑いかける、その身長は藤本と同じくらい。(つまり、かなり小さい)
日本人女性にしては長身寄りの吉澤と並んで立つと、その身長差は15センチあまりになる。
その距離を縮めるように、あごを突き出して見上げる笑みが人なっつこい。
人をひきつける笑みに、吉澤の視線ももちろん釘付け。

「こんな夜中になにしてんの」
「えーと、お散歩?」
「危ないよ、こんな時間に」
「アナタだってうろうろしてる」
「あー、だってあたしは、まあ、ほら。強いから」
「何それ」
「えー、マジマジ。あたし結構強いよ?」

ぐっと力コブを作って見せるが、どうみてもひょろひょろとした腕のまま。
実際には動きが俊敏なだけではなく力も強いのだが、いかんせんそれは肉体による力ではない。

「全然じゃん」

ぷにぷにと腕をつつかれる。
そのこそばさに吉澤は身をよじる。
 
14 :オト <4> :2009/11/03(火) 14:38





「あ、と。ごめん」

しばらくそんな意味のない会話をぐだぐだと繰り広げていたら、
Gパンのポケットに突っ込んでいた吉澤の携帯が唐突に鳴り出した。
鳴っていることを主張するように、お尻を向けて、ほれほれ、と指差す吉澤。

「もー、わかったから早く取りなよ。切れちゃうよ」
「うん」

取り出した携帯を耳に当てると、すぐに聞こえてくるなじんだ声。
あまり機嫌が良くないのもいつも通り。

「――はい。――はい。あー……」

ちらりと見下ろす視線。
傍らからみあげる大きな瞳とかちりと出会う。
が、仕方ない。

「……わかりました。行きます。――はーい」

吉澤は、通話を切った携帯を唇を尖らせたまま少しの間見つめた。
その視線をじっと見つめてくる瞳戻すと、少し情けない顔で笑った。
 
15 :オト <4> :2009/11/03(火) 14:39

「ごめ、あたしもう行かなきゃだ」
「そうなの?」
「うん。なんか急にバケが――別の仕事が入ったとかで」
「仕事?」
「うん」

彼女の視線がちらりと吉澤の腰元に走る。

「ん?」
「ううん。お仕事……がんばってね」
「じゃ」

にこりと笑む笑顔に見送られながら、吉澤はさっと体を返した。
が、走り出した数歩目で振り返る。

「名前っ」
「は?」
「あたしは吉澤ひとみ。キミの名前は、なんてーの?」

「……あや」

「おっけー、あや。まったねー」


ぶんぶんと腕を振りながら走り去る吉澤を、あやはいつまでも見つめていた。

 
16 : :2009/11/03(火) 14:39

『 オト <4> 』   終わり
 
17 :esk :2009/11/03(火) 14:42
やっとまともに出ましたw 見習いアルバイト君は名前だけ。
18 :名無飼育さん :2009/11/05(木) 03:16
新スレおめでとうございます。そして、このシリーズ待ってました><
19 :esk :2010/01/22(金) 23:41
読んでくださった方、ありがとうございます。

>>18さま
ありがとうございます><
ちょっと間が空いてしまいましたがー


森板『JUNK!』
>389-409 <1> ttp://m-seek.net/test/read.cgi/wood/1208097488/389-409
>439-455 <2> ttp://m-seek.net/test/read.cgi/wood/1208097488/439-455
>471-489 <3> ttp://m-seek.net/test/read.cgi/wood/1208097488/471-489

>>3-16 <4>
20 : :2010/01/22(金) 23:42

『 オト <5> 』
 
21 :オト <5> :2010/01/22(金) 23:43

がさっ


「あれ」
「おっす吉澤。久しぶり」

生垣を掻き分けた吉澤が広場に顔を出すと、
その目の前で長い髪がふわりと宙を舞う。
腕組みしたまま振り返った、その人物の名は飯田圭織という。
10年ほど前には中澤と一緒に仕事をしていたが、
今はどこの事務所にも所属せず、フリーで全国行脚の修行中(本人談)。

「かおりんっ。どしたのさ」

転がり出るようにして広場に踏み出した吉澤も声をはずませる。
吉澤にしてみても、修行時代を世話になった懐かしい思いのある人物である。

「裕ちゃんに呼ばれてね」
「ちょっと高橋の様子見に来てもらってん。
 つーか、オマエなにしとってん。藤本とっくに帰ってんのに」
「え、あー、それは……」

中澤に突っ込まれて、にやけそうになった吉澤の視線が宙を泳いだとき。
 
22 :オト <5> :2010/01/22(金) 23:44

ぼわんっ


「ぎゃあっ」
「あわわわっ。すいませんっ、矢口さんすいませんっ。大丈夫ですかっ」
「大丈夫なわけないだろーっ。ちくしょー」

ころころと転がっていく小さな人影。
唖然とした顔で吉澤はその行方を追う。
しかし、駆け寄った高橋に矢口が声高に文句を叫んでいる上に、
そのそばで藤本が大口を開けて笑っているのだから、
たいした外傷ではないのだろう。

「あーあ」
「またか」
「なんですか、今の」
「圭織の意見参考にしてみてんけど……やっぱあかんか」

どうやったら消魔の訓練中に爆発など起こすことができるんだろう。
呆然とする吉澤に中澤は苦笑を浮かべる。
そんな二人のそばで、飯田は憮然とした顔で腕を組んだ。

「カオのせいじゃないよ」


オトが使う『音』にはさまざまな種類があり、その中には、
鈴や笛、太鼓といった一般的に音を出すとされる物以外であることもある。
高橋が使うのは、『音』というには少し異例な『声』であった。
声を使うタイプのオトはそれほど多くない上にその使い方も少々特殊で、
音タイプのオトでは指導が難しい。
そのせいかなかなか上達しない高橋に中澤が業を煮やし、
最後の手段と声タイプの飯田に出張指導に来てもらうことになったのだが。
 
23 :オト <5> :2010/01/22(金) 23:44

「高橋、おいで」

地面の上で胡坐をかいている矢口の傍らでしょんぼりとしていた高橋は、
飯田が声を掛けるとびくりと肩をすくめた。
苦笑を浮かべる矢口に促されてとぼとぼと飯田の方へ向かう。

「さっきも言ったでしょ。
 詠唱は言葉を全部間違えずに言ったらいいってもんじゃないんだよ」
「飯田さん……でも」
「キモチだよ。キモチ」

音タイプの消魔にメロディが関係ないのと同じように、
声タイプも言葉の内容はあまり関係ない。
ただ気持ちを入れやすいようにある程度のパターンがあるに過ぎない。
ちなみに飯田の詠唱は、自作の詩だった。

(……なんか意味ようわからんし)

しかもところどころかんでる。
それでもいいのだから、本当になんでもいいのだろう。
だから中澤としてはその気持ちの入れ方を指導してもらいたかったのだが、
飯田の独特の指導が高橋を確変させることはなかったようだ。
 
24 :オト <5> :2010/01/22(金) 23:45

言葉なくうつむく高橋の頭を吉澤がぐしゃぐしゃとなでる。
見上げた高橋と目が合うと、ぱちんとウィンクしてみせた。
自分を見上げる高橋のぽおっとした視線に気づいているのかいないのか、
吉澤はあっさりと中澤の方へに視線をそらせた。

「で、中澤さん。新しい仕事ってのはなんですか?」
「おっと忘れよった。池の東あたりに強めの反応が出たらしいねん」
「「……」」

中澤の言葉に、矢口のそばでにやにやしていた藤本までが
振り返って微妙な顔をする。

「なんや、その目は。二人そろって」
「あたしたちさっきまでそこにいたんですけど……」
「知らんがなそんなもん。はよ行って来」
「電話で一言言ってくれればよかったのに……」
「吉澤。ぐちゃぐちゃうるさい」

ぶちぶちと文句を言い続ける吉澤の頭を中澤がすぱんとはたく。
 
25 :オト <5> :2010/01/22(金) 23:45

「ホントホント。よっちゃんうざーい」
「はあっ? 美貴になんでそんなこと言われなきゃなんないわけ」
「あー、うざいうざい。じゃあ中澤さん、美貴さくっと見つけてきますね」
「おお。よろしく。藤本は頼りになるなあ」
「もちろんですよ〜♪ あ、よっちゃん別に来なくていいよ」
「なっ。じゃあ誰が消魔するんだよ!」

中澤と藤本の連携プレーに、吉澤はわかりやすく激高する。
そんな様子も想定内、と藤本は鼻で笑う。

「さっきだってしてないじゃん。役立たず」
「テメ……っつーか消魔しないでバケを退治するのは違反――」
「うっせーばーか」

吉澤の最後の言葉に『しまった』という表情を浮かべた藤本は、
すばやく鳥形態に戻るとばさりと飛び立った。

「……っ、ちっくしょー!」

吉澤も一瞬足を踏み鳴らしたが、一声叫んで後を追って駆け出した。

 
26 :オト <5> :2010/01/22(金) 23:46


「いいコンビだね」

その後姿を見遣りながら、飯田がポツリとつぶやく。
飯田も吉澤の生まれ育った環境は知っているため、
その声には安堵が滲んでいた。
いつのまにかそばに来ていた矢口もうんうんとうなずく。

「ああ。まあ、どうにもうるさいけどな。
 もう少し大人しく仕事こなしてくれれば言うことないねんけど」
「大人しいのが売りのオトなんて……あ、カオすっごいダジャレ思いついた」
「分かったから言わんでいい」
「ええっ。なんで? 裕ちゃんエスパー!?」
「ちゃうわ。ほら、それより高橋、なんか圭織に質問ないのん」
「ほえ!?」

いきなり話を振られて、高橋は目を見開く。
その様子に、中澤は心の中で手をあわせた。
すまん、と。

「え、えーと、えーと、あのお」
「なんかあるやろ。ほら」
「えーと……あっ!」
「ほら、それや」
「あの、なんで飯田さんには使い魔がいないんですか?」
「はあ? ……い、いや、ええ質問や。な、圭織」

見当違いの質問に脱力しかけた中澤だったが、
自分の立場を思い出して踏みとどまる。
 
27 :オト <5> :2010/01/22(金) 23:47

「カオは感知能力高いから使い魔いなくても大丈夫なの」
「せやな。圭織はすごいねんでー」
「そ、そうなんですか。でもいつも一人って寂しくないですか?」

中澤には矢口が、吉澤には藤本が。
たまに会うほかのオトも、たいてい使い魔を連れていた。
それは必要に狩られた関係のはずなのに、どこか暖かいものばかりで。
だから高橋も、いつかは自分の相棒と呼べる使い魔が欲しいと思っていた。
そうすればうまく仕事もできるような気がして。

「寂しい、ねえ。どうかな?
 裕ちゃんも矢口もいるし寂しいと思ったことはないかな」
「えー? そのわりには全然連絡してこないじゃん」
「心の中でいつでも繋がってるからいらないんだよ」

照れたように笑いながら矢口が突っ込むが、飯田は平気な顔で宙を見据える。
これはヤバイ、と矢口と中澤はそっと視線を交わす。

「カオ、毎日裕ちゃんたちにオハヨウとオヤスミ言ってるし」
「あ、ああ、そう?」
「そしたら裕ちゃんたちも返事してくれるじゃん」
「いつや!」
「毎日」

「………そうやね」

中澤と矢口の疲れたような声に、高橋は首をひねった。

(心で繋がってるなんかめっちゃ素敵やのに……)

 
28 :オト <5> :2010/01/22(金) 23:47

 
29 :オト <5> :2010/01/22(金) 23:49

結局高橋に得るものがあったのかどうか。
それは本人だけの心に秘めておくことにして、
飯田はその日、太陽が高く上る前にまた自分の修行に旅立って行った。



ガンッ


「やーぐちさあん!」

「うわ、なんだ。藤本か」
「なんだじゃなくてー、聞ーて下さいよお……ん?」

派手な音を立てて店に入ってきた藤本がふと黙った。

矢口の店はテーブル、カウンター合わせて10席もない小さな店だが、
採算は取れる程度に繁盛している(オーナー談)。
その窓際のテーブル席に一人の女が座っていた。
藤本はその女に一瞥をくれると、
隠すことなく不満げな表情で奥のカウンター席に腰掛けた。
せっかく仕事の愚痴を言いに来たのに、他人がいては話しにくい。

「何飲む」

カウンターの中にいた矢口は、
藤本が口をつぐんだ理由を悟って困ったように笑った。
(もちろんカウンターの中は上げ床されている)

「ビール下さい」
「オマエ、昼まっから……」
 
30 :オト <5> :2010/01/22(金) 23:50

呆れた口調を飲み込んで肩をすくめると、ビールグラスを用意する。
オーナー店長である矢口がバケであることは、もちろん、
このカフェのどんな常連にも知られてはいけないトップシークレットだ。
藤本はそういったバケやオトの世間的立場を
イマイチ理解しようとしないところがある。
せめてこのカフェに出入りする時には注意するよう言い聞かせてはあるが、
矢口は先客にそっと目をやり、心配げに藤本に目配せをする。

しかしそれをどうとったのか、藤本は呆れたように眉をひそめた。

「なんですか、あのグラサン」

藤本としては声を潜めたつもりだったのかもしれないが、
こんな狭い空間で聞こえないはずもなく、
まさしく大きなサングラスをかけていた窓際の女がぴくりと反応する。
だれが先客の感想を言えと言ったよ。
心配した自体は免れたものの、矢口は痛む頭を抱えそうになった。

「オマエね……」
「えー、だって部屋の中ですよ? ゲーノージンかっての」

はあ。
矢口はため息をつきながら、
きめ細かな泡が盛り上がるグラスを藤本の前に置いた。
そのタイミングを計ったように、女がすっと立ち上がる。

「矢口さん、お会計をお願いします」
「ああ。はいはい」
 
31 :オト <5> :2010/01/22(金) 23:56

その女を、藤本はぽかんと口をあけて見上げる。

「……すげー声」

藤本の呆れた声が聞こえたのか、
女はサングラスを少しずらしてにこりと笑いかけると、小さく頭を下げた。

「ありがとね、梨華ちゃん。また来てね」
「はい、また」

あまりにもなその仕草に固まっている藤本をスルーして、
女はそのまま店を出て行った。


「なんですか、今の人」
「ホントにゲーノージンだよ。歌歌うヒト。
 HANGRY&ANGRYってユニット知らない?
 それなりに売れるって言ってたけど」
「知りません」

予想されていた藤本の即反応に矢口は肩をすくめただけで応え、
女性が座っていたテーブルを片付け始めた。
あまいぷでぃんぐを〜♪
矢口の鼻歌を横に聞きながら、藤本はビールのグラスを傾ける。
 
32 :オト <5> :2010/01/22(金) 23:58

「んで、今日はどしたのよ」
「あ、そーそー、きーてくださいよ!」

あいかわらず尽きることのない仕事の愚痴。
その対象の多くは吉澤に向けられる。
かわいそうなヤツだな、と矢口も同情する。
藤本の性格上、ここで愚痴る倍は本人の前でも文句言っているだろうから、
近いうちにフォローに行っておいた方がいいかもしれない。
気にしていないフリをして、内心かなり気にしている後輩のところへ。

「――もうアイツ、いつ喰ってやろうかと」
「え、藤本でもそんなこと思うの」
「へ?」
「あっ、いや」

しまった、と矢口は小さく顔をしかめる。
聞いているようで聞いていなかったせいか、反応を間違えた。
今の藤本とかつての自分の、根本的な違いを忘れていた。

「そんなことって何ですか?」
「ごめんごめん。気にしないで。よっすぃと藤本は違うの忘れてただけ」
「違うって、美貴がよっちゃんについたバケじゃないってことですか?」
「ああ、うん。そうそう。
 だから喰ってやりたいとかそういうの、違うよねーって」

軽口のように言ってあははと笑う矢口。
しかし、その表情を覗き込んで、藤本は眉をしかめる。
 
33 :オト <5> :2010/01/23(土) 00:00

使い魔はオト本人についたバケを使いことが多いが、
実は藤本は吉澤にではなく中澤についたバケだった。
中澤に勧められて吉澤の使い魔となることとなったのだが、
そのせいなのか他の使い魔と考え方が食い違うことは今までにもあった。
……先日会った紗耶香のように。
そんなやつらの言う事は理解したいとは思わないから、
何を言われても全て聞き入れずに突き放してきた。

だが相手が矢口なら状況は違ってくる。
矢口の気持ちなら、知ってみたいと思った。

「矢口さん」
「んー」
「もしかして矢口さんは、今でも喰いたくなることあるんですか?」

中澤を。
今自分が吉澤に対して愚痴ったのとはまったく違うレベルで。

(コイツ意外に鋭い)

射抜くような藤本の視線に、矢口は困ったなと思った。
あまり口に出して言いたいことではないのだが。
しかし言葉を濁したところでそれを悟ってくれる相手ではない。
仕方なく、矢口はゆっくりと口を開く。
 
34 :オト <5> :2010/01/23(土) 00:02

「そりゃ、あるよ」
「えー!?」
「驚くことかよー」
「だって、それじゃあ」
「藤本はないの?」

矢口はすばやく問いかけて、藤本の続くべき言葉をさえぎる。
さすがの藤本でもわざとさえぎられたことは気づいたようで、
少し面食らいながら答える。

「うっとおしい奴見ると、オマエシネ、とかは思いますけど」
「それは違うだろ。もっとこーさー、熱い気持ちよ。魂の叫びさー。
 ……わかんない?」
「わかんないです」

即答。
少しは考えろ。

「でも最初は裕子にそう思ったんだろ?」
「……」

最初。
 
35 :オト <5> :2010/01/23(土) 00:02



北の方だった。
かつての棲み処であった深い深い森の底で。
走るニンゲンを見た。
ニンゲンを見るのが初めてだったわけではないけれど、
まるで渓流を蹂躙する鉄砲水のような、
強い、鋭い、白い、ソイツに心を奪われて。
聞いてはいけないと思いながら、その音に震えた。

チィッ

気がつくと、ソイツに追われていた生命が闇に溶けていった。
その一点を見つめ、ただ凛とたたずむソイツの肩で、
小リスがこちらを見上げて鋭い声をあげた。
ゆっくりと振り返る細い体。
かちりとあった、澄んだ瞳の、青い視線の。


その生命の輝きを、この体の中に――。


 
36 :オト <5> :2010/01/23(土) 00:05

「その気持ちだよ」
「――ぁ」

矢口の声に、藤本はぱちりと瞬きを一つした。
ごくりとつばを飲む。
慌てて目の前のグラスに残っていたビールをあおると、深く息をついた。

「どした?」
「あー、いや。びっくりしました」

そんな熱が、自分にもあったことに。
ここに中澤がいなかったことを……惜しいと思った自分に。
きっとここに中澤がいたら、今この瞬間、
自分はあの細い首に爪を立てていただろう。
そうできなかったことを、惜しいと思った。
その自分に驚いた。

「矢口さんはいつもこんな気持ちになるんですか?」
「まーさすがにいつもじゃないけどさ。たまにね」
「どうするんですか、そんな時」
「――我慢するよ」

矢口のその一瞬の間に、自分がとても辛い質問をしたことを悟った。
自分なら耐えられない。
今でさえまだダメなのに。
今中澤がここに現れたら、自分の体はきっと衝動のままに動くだろう。
 
37 :オト <5> :2010/01/23(土) 00:08

「すごいっすね、矢口さんって」
「だからあんまり一緒にいないようにしてる」

首をすくめてみせる矢口に、いくつかのことを悟る。
中澤が現役を退いたとき、本部から強く勧められたにも関わらず、
吉澤の使い魔となることを拒んだこと。
中澤がそれをあっさりと認めたこと。
引退後、中澤の事務所から離れたこと。
その理由を。


藤本は中澤を追い、棲み慣れた森を出て東京まで下ってきた。
そしてあの頃の強い気持ちは忘れて、今ではただ中澤を慕うようになっていた。
だがその気持ちの根底には、やはりぬぐえない欲求がある。あった。

じっと自分の手元を見つめる藤本の前から空のグラスを下げて、
矢口は新しいビールを目の前に置いた。


「オマエのそういうとこ、羨ましいって思うよ」


言われた意味が分からずいぶかしげに顔を上げた藤本に、
たまにだけどね、と矢口は付け足した。

 
38 : :2010/01/23(土) 00:09

『 オト <5> 』   終わり
 
39 :esk :2010/01/23(土) 00:12
お二人さん、お誕生日おめでとうでした。
アングリーさん友情出演。
飯田さんも一度書いてみたかっただけなので、今後の登場はないと思われます。
40 :esk :2010/02/26(金) 23:17
間に合わなかった……。
ということで以前とある方に差し上げたモノです。


この一年も、貴女がキラキラと輝き続けられますように。


あやみきー
41 : :2010/02/26(金) 23:18

『 指先に三日月 』
 
42 :指先に三日月 :2010/02/26(金) 23:19

「結構飲んだよね〜」

久しぶりの二人飲みに亜弥ちゃんは上機嫌で、
許容値をちょっとオーバー気味。
鼻歌を歌いながら、踊るような足取りで夜道を歩く。
通る声を気にしていつもはそんなことしないのに、
アルコールが入ると亜弥ちゃんは少し油断する。


 君、君。君、君

 そこの君、当選おめでとう


やっぱり自分の曲かよ。
小さく突っ込んだ美貴の声が聞こえなかったかのようにして、
亜弥ちゃんはぴしりとポーズをつけて振り返った。
撃ち抜かれるみたいに指差されて。
ばっちりウィンクまでオマケに付いてきて。

――それ以上、進めなくなった。
 
43 :指先に三日月 :2010/02/26(金) 23:19

亜弥ちゃんはそんな美貴にはお構いもなしに、
夜の一本道を後ろ向きのまま進んでいく。
遠ざかっていくその歌声と指先に、胸が痛んで顔をしかめたこと。
きっと亜弥ちゃんも気づいている。
だけど笑って。そして言うんだ。
そのよく通る声で。夜の道の真ん中で。


 そこの君、ずっと好きなんです


どうしてそんなこと言うの。
口から出そうになった言葉をかろうじて飲み込む。
ただの歌詞だよと亜弥ちゃんは笑うだろうけど、
それでも美貴は聞きたくなかった。
声を出せば、これ以上その目を見つめてしまえば。
亜弥ちゃんを責めてしまいそうで。後悔してしまいそうで。
すべて許しあって選んだ、
二つの道をリセットしてしまいそうになるから。
 
44 :指先に三日月 :2010/02/26(金) 23:20

だから、亜弥ちゃんの真似をして
まっすぐに伸ばした指先を夜空に高く掲げて。
その軌跡を追うように視線を空へと逃がした。

「……何?」
「みかづき」

つられてあごを上げた亜弥ちゃんの、
はるか頭上に浮かぶ三日月。
今夜の東京は珍しく空気が澄んでいて、
月は小さく細かったけれど、
夜と光の境界線までくっきりと見分けることができた。
伸ばした指先でそっとその形をなぞる。
指先に触れる感覚はもちろんない。
こんなにはっきりと見えているのに、決して触れることができない。
それでも、確かにそこにある。
 
45 :指先に三日月 :2010/02/26(金) 23:21

あれはきっと。
今もこの胸にある、アナタを想う気持ち。
その気持ちの形はかつてとは変わってしまった。
だから二人は今歩く道を選んだ。
だけど、形は違ってもなくなってしまったわけではない。
決してなくなることはない。

「三日月がどうか――」
「亜弥ちゃん」

空を見上げていた亜弥ちゃんが振り返る。
その怪訝そうな目を強く見返した。
わかって欲しい。
亜弥ちゃんにはわかっていて欲しい、この想い。
 
46 :指先に三日月 :2010/02/26(金) 23:22

「愛してるからね」

たとえ二人、二度と交わることのない道を歩いていても。
この三日月のように、強く、確かに。



「美貴は亜弥ちゃんを愛してる」



高く掲げた指先は弧を描いて滑り、

亜弥ちゃんの胸にぴたりと止まる。



その胸に、小さく三日月を刻んだ。



 [mikazuki] song by Ayaka
47 : :2010/02/26(金) 23:23

『 指先に三日月 』   終わり
 
48 :esk :2010/02/26(金) 23:27
曲のイメージで書いたので珍しくマジメ風w
あ、あやみき否定派になったとかそういうことではありませんので〜
49 :esk :2010/03/01(月) 23:13
もいっちょおたおめー

りかみき
50 : :2010/03/01(月) 23:14

『 プレゼント・フォー・ユー 』
 
51 :名無飼育さん :2010/03/01(月) 23:15

「……サムイ」


玄関までお迎えに出た私の頭の上を確認すると、
ぐるぐるに巻いたマフラーの中で、
美貴ちゃんの低い声がはき捨てるようにそう言った。
分厚いコートにくるまれた細い肩があきれたようにすくめられて、
予想通りの反応に、私は心の中でむしろガッツポーズ。

「そんなに?」

何気ない風にそう言って、
頭の上にかわいく結んだリボンをくるりと指に絡めるて差し出すけど、
美貴ちゃんは嫌そうに顔をしかめて見せただけだった。

「当たり前。つーか、入るから退いて」
 
52 :プレゼント・フォー・ユー :2010/03/01(月) 23:16

真冬の深夜の冷え切った空気を纏った美貴ちゃんの細い腕に、
部屋の中にぐいっと押し戻される。
空いたスペースに滑り込んだ美貴ちゃんは、
白いため息を吐きながら玄関扉をがちゃりと閉めた。

律儀に小さく「お邪魔します」とつぶやいて、
壁に手をつきながらブーツを脱ぐ美貴ちゃん。
その細い肩を乗り越えるようにしてチェーンをかけながら、
ちらりとその横顔を盗み見る。
マフラーとサングラスの隙間、少しだけ見える頬が赤い。
それは寒さのためなのか、それとも……?

少し期待した私の視線に気づいたのか、
(たぶん気づいた。美貴ちゃんはそういうとこ鋭いから)
美貴ちゃんはもう一度、「寒い」とつぶやいた。
 
53 :プレゼント・フォー・ユー :2010/03/01(月) 23:17

「それって気温が? 私が?」
「両方。どっちも氷点下だよね」

美貴ちゃんは慎重にブーツを壁に立てかけながら、
私のほうも見ないでそう言った。
そしてそのまま私を押しのけるようにして部屋に進んでいく。
その後姿を追いかけながら「それってマイナスってことじゃん」と言うと、
美貴ちゃんの後姿が「そうだよ」と大きく頷いた。

「じゃあいいじゃん」
「何が」

まだ振り返らないで問う美貴ちゃん。
部屋に入ってコートを脱いでマフラーをとくと、
そのほっぺたはやっぱり少し赤い。

「マイナスかけるマイナスはプラスになるんだよ」
「マイナスたすマイナスはもっとマイナスじゃん」
 
54 :プレゼント・フォー・ユー :2010/03/01(月) 23:18

やっと振り返った美貴ちゃんが勝ち誇ったようににひっと笑った。
そのうれしそうな顔に、にやけそうになる頬を引き締める。
だけどそれさえもばればれだったみたいで、
ほっぺたを引っ張られた。

「くはっ……すっげーブサイク」
「ひおーい」
「ひおくなーい。つーか疲れたよー」

唇を尖らせる私になんてお構いなしに好きなことを言って、
あっさりと手を離した美貴ちゃんは、
そのまま大げさな音を立ててソファに体を沈めた。
でも、ふーっと吐き出した吐息には本当に疲れがにじんでいて、
今日の仕事は大変だったのかなとか、
ぼんやりとそんなことを考えながら、
部屋の隅に積み上げられた美貴ちゃんのコートとマフラーをハンガーにかける。
 
55 :プレゼント・フォー・ユー :2010/03/01(月) 23:18

「ご飯は食べてきたんだよね。おなかすいてない?」
「うん。大丈夫。でもなんか飲み物ちょうだい」
「あったかいのがいいよね。コーヒーでいい?」
「うん。つーか、この部屋マジで寒いんだけど」

美貴ちゃんの手元がエアコンのリモコンに伸びたのを見て、
私はあわててその手を押さえる。
その剣幕に押されたのか、
美貴ちゃんはびっくりしたみたいにきょとんとしていた。
やば……。でも今エアコン入れられると私の予定がっ。

「え、何」
「だって、ほら……エアコンってのどに悪いし。ね」
「いや、その前に風邪引くでしょ、この部屋」
「大丈夫だって! すぐにあったかいコーヒー淹れるし」
「うえー。そんなの待ってらんないから〜」

「え……きゃっ」

美貴ちゃんを押さえていた手を逆に引っ張られて、
そのままソファに押し付けられる。
私を組み敷く視線でにやりと笑う美貴ちゃん。
 
56 :プレゼント・フォー・ユー :2010/03/01(月) 23:19

「梨華ちゃんがあっためて」

そのセリフに私は一瞬言葉を失う。
おそらく想定外だったのであろう私の反応に、
美貴ちゃんは一瞬きょとんとして、
でも何かを悟ったのか、すぐに斜に眉をしかめた。
……それ怖いよ、美貴ちゃん。

「……ちょっと待て。もしかしてこの部屋そのために寒い?」
「えーと」

鋭すぎる……。
私の泳いだ目を確認して、
美貴ちゃんはあきれたようにため息を吐いた。

「バカすぎる」

そうかなあ。
私の予定では、
寒がる美貴ちゃんに私が『あっためてあげる』って言うつもりだったんだけど。
かわいくない?
だめ?

「梨華ちゃんらしいとだけコメントしとくよ」
 
57 :プレゼント・フォー・ユー :2010/03/01(月) 23:19

馬鹿にしたようにそう言って、
美貴ちゃんは細い指先でするりとリボンを引っ張ると、
解いたリボンをひらひらと揺らす。

「だいたいこういうことするのがまずサムイよね」
「一回やってみたかったんだもん。お誕生日に私をプレゼントって」
「でもさー、梨華ちゃんじゃプレゼントになんないじゃん」
「ええっ。この世で一番豪華なプレゼントだよっ」
「無理無理。意味ないね」
「なんでよぉ」

「だって、梨華ちゃんはずっと前から美貴のもんだし」

美貴ちゃんの口から出た珍しく甘いせりふに一瞬きょとんとする。
すると、照れ隠しなんだろうな。
一瞬の、掠めるようなキス。
すごく近くで少し焦れた風に笑う美貴ちゃんがかわいくて、
私はその細い体を腕の中にぎゅうっと抱きしめた。


「……お誕生日、おめでとう」

 
58 : :2010/03/01(月) 23:20

『 プレゼント・フォー・ユー 』   終わり
 
59 :esk :2010/03/01(月) 23:22
りかみきは展開がオトメチックになるなあ
60 :esk :2010/03/18(木) 00:56
だいぶ時期をはずしてしまいましたが
吉里

(里田さんblog3月2日参照のこと)
61 : :2010/03/18(木) 00:57

『 だーりん 』
 
62 :だーりん :2010/03/18(木) 00:57

 ぱたん


 ……ぱき



かすかに聞こえる物音に、まいの意識がゆっくりと浮上する。
そのぼやけた視界に見慣れた人影が写りこんだ。

「あ……よっすぃ。帰ってたんだ」
「ただいま」

にこりと笑う完璧な笑顔。
見慣れたはずの笑顔にまいは言葉を失った。
寝起きの頭にそれは綺麗過ぎて、時が止まる。

(いやいやいや)

ふるふると首を振ると、まいは目を擦りながら体を起こす。
そこで初めて自分がソファで眠ってしまっていたことに気づいた。
 
63 :だーりん :2010/03/18(木) 00:58

「ごめん。寝ちゃってたね」
「いいよ」

ふとひとみの手元に目をやると、水のペットボトルが握られていた。
さっきの物音はこれだったのだろう。
まいの視線に気づくと、ひとみはボトル掲げ少し照れくさそうに口をつけた。
その仕草にまたもや魂を抜かれそうになり、まいは慌ててソファから立ち上がる。

「ご飯出来て……って、あっためなおすからちょっと待って」

まいの視線がテーブルの上と時計を行き来する。
ひとみが帰ると言っていた時間から二時間が過ぎていた。
何をしていたのか。
聞きたい気持ちを抑えて、まいはテーブルの皿を手に取った。
 
64 :だーりん :2010/03/18(木) 00:59

――――――――――


まいがひとみに出会ってから6年が経つ。
高校卒業と同時に北海道から東京へ出てきたまいは、
とあるホストクラブでひとみに出会った。
男性ホストと女性ホストを抱える珍しい店で、
まいはひとみが女性であると知りつつ、のめりこんでいった。

生活費を極限まで削り、バイト代は全てすべてひとみに貢いだ。
いつしか人には言えないような仕事までするようになっていた。
それを知ったひとみは、まいも予想しなかったような行動に出た。
 
65 :だーりん :2010/03/18(木) 01:00

その日店を訪れたまいに、
ひとみは閉店まで待っているように言って店を出させた。
近くのネットカフェで時間をつぶしていたまいをひとみが迎えに来たのは、
すでに明け方近い時間だった。
そのまままいはひとみにつれられていかにも高級感のあふれる
マンションに連れて行かれた。

「こ……ここ、よっすぃの部屋?」
「ここだけで暮らしてるわけじゃないけどね」

呆然と立ち尽くすまいに、ひとみはそっけなくそう言った。
調度品もいかにも高級感があり、
しかもいまどき雑誌でも取り上げないくらい現実離れしたスタイリッシュさ。
しかしそこに生活感はなかった。
ひとみの言葉を疑うまでもなく、それは『使われていない部屋』だった。
ホストって儲かるんだな……。
まいは自分が貢いだ額も忘れて感心していた。


その日、二人は昼過ぎまでベッドの上で過ごした。
 
66 :だーりん :2010/03/18(木) 01:00

少しだけうとうとしたあと、ひとみはがばっと体を起こす。

「やべえ、あたしもう行かなくちゃ」
「え。よっすぃ全然寝てないじゃん」
「大丈夫大丈夫。あたし体力には自信あるから」

仕方なくまいも体を起こす。
これから帰る自分の部屋思い出すと、その落差は笑いたくなるほどだった。

「いいよ。まいちんはまだ寝てな」
「そうもいかないでしょ」

乱雑に脱ぎ捨てられた服に伸ばすまいの手を、
ひとみはそっと押さえた。
 
67 :だーりん :2010/03/18(木) 01:01

「あのさ。まいちんがよかったらだけどさ、この部屋好きに使ってよ。
 あたしも毎日はここに帰らないけど、
 帰る日は早めに連絡するからご飯作って待ってて」
「え、あの」
「まいちん料理得意だって言ってたよね」
「言ったかも、だけど……」

「……だから、もうそんな仕事やめな。まいちんには似合わないよ」

「よっすぃ……」
「ってやべ、マジで間にあわねえっ。
 とりあえず今日は絶対帰るからご飯よろしくねっ。
 あ、冷蔵庫空っぽだから、財布おいてくわ。んじゃっ」


――――――――――
 
68 :だーりん :2010/03/18(木) 01:01


囲われている。
ということになるんだろう。
ひとみがこの部屋に帰ってくるのは週の半分程度。
生活費という名目で渡されている金額は、
平均的サラリーマンの収入をはるかに上回る。


ご飯を食べ終わり、ソファに体を沈めてテレビを見ているひとみ。
そのひざにまいはそっと頭をのせた。
ニュースキャスターが暗い口調で朝のニュースを読んでいる。

 今朝未明……の路上で男性の遺体が……
 頭部には銃で撃たれたと……犯人の行方を……

そっと見上げると、ひとみは厳しい表情でそのニュースを見つめている。
その冷たい瞳から目をそらすと、
まいはさりげなさを装った甘えるそぶりでその右手に頬を寄せた。
洗っても消えない――火薬のにおい。

ひとみの仕事がただのホストではないことに気づいたのは、
一緒に暮らし始めて一年もたったころだった。
おそらくひとみもまいが気づいていることを承知している。
しかし、それでも不思議とまいはひとみを怖いとは思わなかった。
 
69 :だーりん :2010/03/18(木) 01:02

「まいちん?」

ぼんやりとしていたまいの驚くほど近くにひとみの顔があった。
朝のニュースはすでに話題を変えている。

「目を閉じてほしいんだけど」

ひとみのからかうような口調にぎこちなく目を閉じると、
唇にやわらかい感触が降りてくる。
ひとみはそのまま体を返すとまいの上に乗りあがった。

「え、ちょ、ここでっ?」
「うん」

さすがに焦ってひとみの肩を押しやるが、
その素直にうれしそうな笑みに、まいの腕の力は抜けおちた。


ひとみが時折見せる冷たい目。
それはどこか……傷ついた子供のようにも見えて。

自分の存在が、少しでもひとみの傷を癒すことができたらいい。
それだけを願って、まいはゆっくりと目を閉じた。

 
70 : :2010/03/18(木) 01:02

『 だーりん 』   終わり
 
71 :esk :2010/03/18(木) 01:04
ありえないものその2
なんとかシュミレーションってこんな感じ?
72 :名無飼育さん :2010/03/20(土) 05:06
よっちぃカッコヨス><
73 :esk :2010/04/07(水) 00:22
読んでくださった方、ありがとうございます。

>>72さま
よっちぃイケメン><


森板『JUNK!』
<1> ttp://m-seek.net/test/read.cgi/wood/1208097488/389-409
<2> ttp://m-seek.net/test/read.cgi/wood/1208097488/439-455
<3> ttp://m-seek.net/test/read.cgi/wood/1208097488/471-489

<4> >>3-16
<5> >>20-38
74 : :2010/04/07(水) 00:23

『 オト<6> 』
 
75 :オト<6> :2010/04/07(水) 00:24


がさっ

ざざざっ


吉澤と藤本は今日も今日とて森の中を駆けめぐる――。


ざざっ


「よっちゃん、そっち!」
「おっしゃ……って、無理だよっ」
「はあっ? ちゃんとやれよ!」

ざんっ

「無理なもんは……あっ、美貴そっち……おっせーよ、ばか!」
「どっちがっ」
 
76 :オト<6> :2010/04/07(水) 00:26

ずざっ

ばきばきばきっ


「……よっしゃあああ!」


ターゲットが飛び込んだ茂みに、吉澤が続けて頭から突っ込んだ。
その数秒後、茂みから高らかな雄たけびがあがる。

「はあ、はあ……捕まえた、の?」
「まかせとけ、ばっきゃろーっ」
「意味わかんないし」

その茂みによろよろと近寄る藤本。
今日は人形態でターゲットを追っていたため、体力の消耗が激しい。
しかし吉澤への突っ込みは欠かさない。
 
77 :オト<6> :2010/04/07(水) 00:26

がさっ

「うわっ」
「獲ったどー!!」

小脇に動物を抱えた吉澤が茂みから突然立ち上がる。

「……あほ」
「おいらにかかればこんなもんだぜおい」
「はいはいはい。……って、それ」
「ん? ……あれ?」
「違うじゃん」

藤本の長い指が、吉澤に抱えられた動物をつつく。
吉澤が突っ込んだときに気を失っているためまったくの無抵抗だ。
しかし、それは明らかに追ってきたターゲットとは別物だった。
あからさまにため息をついて見せる藤本に、吉澤は小さく肩をすぼめる。

「えーっと……」
「っていうかこいつ大丈夫なの?」
「あっ。しっかりしろオマエっ」

吉澤がゆさゆさと揺さぶるとすぐに目を覚まし、
その手から逃れると森の奥に走り去っていった。
 
78 :オト<6> :2010/04/07(水) 00:27

「……使えねー」
「やー、えっと……」

藤本は吐き出すようにそう言うと、あたりに視線を走らせる。

「こっちだ」

低く言った声が消えるよりも早く、その姿は消えていた。
吉澤も慌てて後を追う。
藤本の進行方向に意識を集中すると、
ターゲットの気配もかすかに捉えることができた。
しかしそ距離はまだかなりあるようだ。

肩越し小さく振り返った藤本は、左の親指を立ててそのまま左側に倒すと、
自分は何も言わずに右側に進路を傾けた。
吉澤もそれにしたがって左側に進路を変える。
左右から追い込む作戦だ。
 
79 :オト<6> :2010/04/07(水) 00:28

ざ、ざあっ

(アイツ、わざとか?)

吉澤のとった左側の進路は、そう思うくらい足場が悪かった。
その中でターゲットの気配にを逃さないようにするには
かなりの集中力が必要で。
だから、一瞬反応が遅れた。

「――へ?」

飛ぶように流れる視界の端をかすめたモノに、
吉澤は急ブレーキをかけて動きを止めた。
まさか。
そう思いつつ行き過ぎた距離をすばやく戻る。

「ひーちゃん」
「あや!? どうして」

覚えのある甘い声に、くらりとした。
目を見開くとそこには確かに彼女がいた。
 
80 :オト<6> :2010/04/07(水) 00:40

「何してんの、こんなとこで」
「ひーちゃんが見えたから」
「見えたからって……危ないじゃん」

吉澤や藤本にはなんともないが、
常人には前後もわからなくなるくらい真っ暗な深夜の森の奥。
か弱いオンナノコがそうそう立ち入れる場所ではない。
それなのに自分を追ってきてくれた。

形のいい眉をしかめながらも、吉澤の頬はだらしなく緩む。
そんな吉澤の思いを悟ってか、あやも、ふふと小さく笑った。
闇に浮かぶ白い頬がゆれる。
研ぎ澄ませていた五感に直にせまる甘い香りと暖かな温度。

触れてみたい、と思ったときにはすでに手が伸びていた。

(って、そんな場合じゃないだろう、自分)

かすかに聞こえた自己突込みはとりあえず無視しておく。

「……」

しかし。
その頬に触れた手を見つめ、吉澤の眉がしかめられた。

「……ひーちゃん?」

吉澤の様子に、あやはいぶかしげにその手に触れる。
重なった手が小さく震えて。

――吉澤は何も言わずにあやの体を抱きしめた。

腕の中にすっぽりおさまる華奢な体。
 
81 :オト<6> :2010/04/07(水) 00:42

「あや――」

吉澤の深刻な声色に、腕の中のあやがぴくりと体をすくめた。
二人が同時に息を呑んだ、次の瞬間。

がさっ

「ちょっと!」

聞きなれた罵声に、吉澤はがっくりと肩を落とした。
背中にあやをかばうようにして振り返ると、
藤本が腰に手を当てて仁王立ちしている。

「よっちゃん、またサボって!」
「サボってねーし」
「じゃあ何さ」
「……休憩?」
 
82 :オト<6> :2010/04/07(水) 00:42

仕方なくゆっくりと腕を解き、あやから一歩はなれる。
吉澤に体半分隠れるようにして顔を出しているあやに、
藤本はちらりと目を向ける。

「んじゃ休憩終わり。つーか、アンタさ」
「あや、です」
「あっそ。んでナニモノ?」
「もーっ、うっさいなあ。わかったよ。働くよ!」

藤本の問いかけにかぶせるように吉澤が声高に答える。
その様子に藤本は小さく片眉を上げた。

「えらそうに言うことかっての」
「くっそー、あや、つーことでさくっと終わらせるから。
 どっか安全なとこで待ってて」

優しく言う吉澤の目を見上げ、あやがこくんとうなずいた。
二人に背を向ける寸前の数瞬、あやと藤本の視線が絡む。
しかし、それだけだった。
二人の間に言葉はなく、あやの背中が森の中に消えた。
 
83 :オト<6> :2010/04/07(水) 00:42

その背を見つめつつ、藤本はふん、と鼻を鳴らした。

「で。よっちゃん、あの子どうすんのさ」
「どどど、どうって、どうもしないよ。何言ってんの」

ぼんやりとしていた吉澤は、藤本に突然声をかけられ、
あからさまに動揺して問い返した。

「まあ美貴はどうでもいいけど。中澤さんには言ってんの?」
「……なんでさ」
「美貴から報告しとく?」
「いや、いらないから」

うんざりしたように手を振る吉澤。

「ただでさえ最近仕事多いんだからこれ以上厄介ごと起こさないでよね」
「何だよそれ」

藤本は、顔をしかめる吉澤を数秒間じっと見つめる。
その顔が何かを言いたげに見えて吉澤は身構えたが、
続いた言葉は仕事を促すものだけだった。
 
84 : :2010/04/07(水) 00:43

『 オト<6> 』   終わり
 
85 :esk :2011/02/26(土) 23:29
藤本美貴さんお誕生日おめでとうございます。
この一年間も、あなたが楽しく心地よく過ごせますように。

あやみき

『 狼と子ヤギ 』
86 :狼と子ヤギ :2011/02/26(土) 23:31

深夜。
ふと思い立ってバルコニーに出て夜空を見上げる。
星が見えないくらい明るい月。
今日は満月。

こんな月夜には、アイツがやってくる――。


がちゃがちゃがちゃ
ばたん

「さあ、満月だぞーっ」

深夜のマンションに遠慮も配慮もない甲高い声が響く。
どかどかと部屋に上がりこんできた足音に、あたしは手すりに頬杖をついて盛大にため息をついた。

「こんな寒いのに何してんの?」

不思議そうな、というより不機嫌そうな声に仕方なく振り返ると、
寒そうに首をすくめたたんがこちらを見つめている。
別に。とだけ応えて部屋に戻ると、不機嫌そうだった表情を崩してにかーっと笑う。
こういうとこ、いくつになっても変わんなくて。
かわいいやつだなあ。
なんて。
かぶっていた帽子の上から頭を撫でてやって、その違和感にアタシはたんの帽子を脱がせた。

「もう出てきちゃってるんだ」
「そうなんだぁ」
 
87 :狼と子ヤギ :2011/02/26(土) 23:33

照れたみたいにはにかむたんの頭の上には、茶色い耳が二つ。
本来いわゆる犬や猫の頭の上についているそれは、帽子の圧迫から開放されてほっとしたのか、
ぷるぷると前後に振るえている。
帽子のついでにコートやマフラーを脱いでいくたんを見つめながら、
アタシはの気持ちは少しずつ上ずった落ち着かないものになっていく。

人狼の血を引くこいつは、満月の夜にだけこうして中途半端に狼化する。
大人になってから現れる現象らしく、こいつとの付き合いはかなり長いのに、
一年くらい前の満月からいきなり耳なんか生えてきて、はじめて見たときはそりゃびっくりした。
でも動物好きなアタシとしてはそれ自体はすごくかわいくてすぐに受け入れられて、
だから落ち着かないのはその見た目じゃなくて。

「あーやちゃん」

ぼんやりと考え込んでいるアタシに構いもせず、
ソファの上にコートを放り出して身軽になったたんがすりすりと擦り寄ってくる。
鼻先に匂うその香りにたまらなくなって、アタシはたんの立派なおでこを押しやった。

「毎月毎月、さあ」
「……ダメ?」

落ち着かない気持ちをごまかすために顔をしかめてやると、たんは不安そうに表情を曇らせる。
その不安そうな表情よりも正直にへたる耳がかわいそうになって、アタシはもうひとつため息をついた。
 
88 :狼と子ヤギ :2011/02/26(土) 23:34

「別に、いいけどさ」
「やったあ」

しゅんとしていた耳がぴんっと立ち上がって、たんの表情も明るくなる。
嬉しそうに手を取られて、いそいそと先導される先はアタシのベッドルーム。

狼化すると。
えっちがしたくなるなんて。

そんな伝説聞いたことない。
凶暴化して人を襲うとかそういうのじゃないの?
もちろんこいつは乱暴になるとかなくて。

「……しよ?」

ベッドに座り込んで潤んだ目で見上げるこいつの目に、くらくらして。
衝動的に。


襲いたくなるアタシの方がむしろ狼なのかもしれない。
 
89 :esk :2011/02/26(土) 23:35
『 狼と子ヤギ 』   終わり

なんとか間に合った〜
90 :名無飼育さん :2011/05/17(火) 03:35
今更ですが更新うれしいです。
91 :esk :2011/11/01(火) 22:42
>>90さま
ありがとうございます。

某ハロウィン企画より。みきえり

『 いたずらと魔法使い 』
92 :いたずらと魔法使い :2011/11/01(火) 22:45

ふおおおんっ

一台のサンドバイクが砂煙をあげて停止する。
まとわりつく黄色い煙をばたばたと手で払いながら、美貴はひょいと地面に飛び降りた。

「なんだこれ」

顔の大半を覆っていたごついゴーグルを下げると、
バックパックから取り出した測位端末と地図を照らし合わせる。
目の前に立つ砂色の壁は崩れかけた城門の一部だと思われた。
先史時代の遺跡であろうが、美貴の持つ地図には記載がない。
しかし美貴はこのあたりに残る文明の伝説を聞いたことがあった。
これがその文明の遺跡だとすると――。
世紀の大発見。
なんていう言葉よりも美貴の頭に浮かんだのは未盗掘の装飾品。
一山当てればしばらく遊んで暮らせる。
もとより美貴は盗掘家である。
今日もこの先にある遺跡へ向かう途中だった。
迷う理由はない。

時間の経過なのか侵略された時の傷跡なのか、
美しく施されていたであろう彫刻も無残に欠け落ちている。
往時にはきらびやかな宮殿であったのだろうが、今はその跡形さえ物悲しい。
そんな先史時代に思いをはせることもなく、美貴はざくざくと遺跡の中へ歩を進めた。
 
93 :いたずらと魔法使い :2011/11/01(火) 22:46

しばらく進むと、美貴の足がゆっくりと止まる。
さほど奥深くではない、広間のような空間。
そのやや奥手寄りに据えられた石造りの祭壇のようなもの。
貴石の一つでも埋め込まれていないかと、美貴は慎重にその祭壇を調べる。
細かに刻まれていたであろう彫刻はほとんど残っていない。
しかしその中に気になる跡形を見つけて美貴は目を凝らした。
古代文字だ。
もちろん現代では使われていない文字だが、
盗掘を生業としている美貴は多少なら読むことができる。

「Toric or treat……? トリックは罠だっけ? トリートは、えーと……」
「おっ菓子くれな――きゃあっ」
「いってえっ」

祭壇に体を乗り出していた美貴の上に突然何かがどかりと降ってきた。
祭壇におしつけられるようにして這いつくば理ながら美貴はじたばたと腕を振る。

「いったあい。なんでこんなとこにいるんですかあ」
「お前こそどこから……っていうか早くどけよっ」

自分の上に乗っかったままのんきな声を上げる人物を、美貴は乱暴に振り落した。
体を起こして見下ろすと、
地面に転がったのは二十歳を少し過ぎたくらいと思われる女の子だった。
イラついた美貴は彼女をきつく睨み付けたが、
その視線にさえ嬉しそうに立ち上がると、ぱあっと顔を輝かせた。
 
94 :いたずらと魔法使い :2011/11/01(火) 22:46

「あなたはこの世界の人ですねっ」
「ここ以外に世界があるんだったらそりゃこの世界の人だけど」
「よかった! それでは……お菓子くれなきゃいたずらしちゃうぞ!」

ピンと立てた指を顔の前に持ち上げて小さく美貴の方に傾ける。
にいっと引いた唇から、白い八重歯がちょこんとのぞく。
誰が見ても魅力的と思える笑顔に、美貴は黙って銃を起こした。

「えっ、ちょっと待ってくださいっ。怪しいものではありませんからっ」
「めいっぱい怪しいし。あんたなんなわけ」
「亀井絵里、魔法使い見習いです。えりりんって呼んで下さい」
「魔法使い? あんたが?」

美貴は銃を構えたままで亀井絵里と名乗った人物を上から下まで眺める。
小柄な美貴より少し背は高いが特にどうということのない普通の女の子に見える。

魔法使い――。
このあたりにあったとされる文明に残る伝説。
それは、この文明の祭司が異世界から魔法使いを召還し、
その力を以って周囲を制圧していたという話だった。
現実主義の美貴ではあるが、そが本当なら少し面白いかもしれないと思っていた。

しかし、これが?
にこにこというよりはへらへらと笑う絵里に美貴は眉をひそめた。
美貴がイメージしていた聡明で厳格な魔法使いのイメージとは程遠い。

半信半疑ながらも美貴はゆっくりと銃を下ろした。
美貴の様子に納得してもらえたと確信したのか、絵里は嬉しげにうなずいた。
 
95 :いたずらと魔法使い :2011/11/01(火) 22:47

「じゃあ、お菓子くれなきゃいたずらしちゃいますけど、どうしますか?」
「いやいきなり意味わかんないし。つーかどっちもヤダし」
「どっちか選んでくれないと絵里困るんですよー」
「はあ?」
「実は絵里、学校の行事でこっちの世界の人にいたずらしなきゃいけないんです。
 立派な魔法使いになるためには必要な行事なんです」

間延びした声でふにゃふにゃと体を揺らしながらの絵里の懸命な説明に、
美貴は呆れたため息をついた。

「迷惑だな。つーかお菓子貰ったらいたずらできないけどそれはいいの?」
「えと、それは……あれ? でもこれが決まり文句なんで」
「めんどくさいなあ。じゃあはじめっからいたずらさせてくださいって言いなよ」
「そ、そうですね。じゃあいたずらさせて下さ――」
「断る」
「えええええ」

美貴の言葉に従い、張り切ってお願いポーズまでとったのに即答で切り捨てられて、
絵里はがっくりと膝をついた。
その様子を見下ろしながら美貴は腹を抱えて笑った。
フリーの盗掘家である美貴は普段一人で行動することが多く、
またこれほどばかばかしい会話で大笑いしたのは久しぶりだった。

ひとしきり笑った美貴は、目の端にたまった涙を拭きながら、
まだがっくりしている絵里の肩をポンポンと叩くに。

「ま、面白かったからやってもいいよ」
「ホントですかっ」

美貴の言葉に絵里は慌てて立ち上がると腰に下げていた細長い袋を取り出した。
珍しそうに手元を覗き込む美貴に、絵里は自慢げに杖を出してみせる。

「じゃあ、行きます」
「痛いのとかはヤだからね」
「大丈夫です! じゃあ……カエルになーれっ」
「うわああっ」

大した前触れもなくいきなり絵里が振った杖の先からヘロヘロと光が飛び出して、
美貴は慌てて飛び退く。
目標物を見失った光はそのままヘロヘロと地面に落ち、
美貴がたっていた足元にあった小石に降りそそいだ。
砂の上にぴちぴちと震えるオタマジャクシを美貴は呆然と見つめる。

「なんでよけちゃうんですかー」
「おま、カエルはないだろっ。しかもこれオタマジャクシじゃんっ」
「そ、それはちょっとした手違いで……」
「っていうか水なくてかわいそうだし。早く戻してやんなよ」
「はあーい」

絵里がもう一度杖を振ると、
ヘロヘロとした光がオタマジャクシを小石に戻したが尻尾は生えたままだった。
その様子に美貴は激しく不安を覚えたが、絵里ははりきって杖を振り上げる。

「ちょっと待て」
「なんですかー」
「その魔法、美貴にかける前に全部この石にかけて」
「えー」
「信用できないんだから当然でしょ」

美貴の言葉に不満そうにしながらも、絵里は小石に向かって次々と魔法をかけた。

トンボになる魔法、ネズミになる魔法。
光る魔法、色が虹色になる魔法。
大きなる魔法、小さくなる魔法。

そのすべてが中途半端に失敗だった。

「……」
「カメちゃん、ホントにちゃんとした魔法使いなの」
「そ、そうですよ」
「嘘つけ」

だんだん気まずくなってごまかし笑いを浮かべる絵里だったが、
美貴はごまかされることもなくすっぱりと切り捨てる。

「……来年から、魔法使いです」
「はあ?」
「今はまだ学生なんで、でも来年には卒業するから魔法使いです」
「来年にはってあんなんであと一年でなんとかなるの。無理でしょ」
「う〜」
 
96 :いたずらと魔法使い :2011/11/01(火) 22:48

決めつけるような美貴の言葉に、絵里は唇を尖らせる。
確かに絵里は学校の成績は決して良いとは言えない。
悔しいが美貴の言葉に言い返すこともできなかった。
言い返さない絵里を美貴は勝ち誇ったように笑う。
(実際には美貴が何をして勝ったわけではないのだが)

そんな美貴の様子に、絵里はぷうっと頬を膨らませると、
いきなり美貴の肩を強くつかんだ。

「じゃあとっておきの魔法!」
「へ? なに――」

ぐいっと近づいてきた絵里の顔に、美貴は驚いて目を閉じる。
次の瞬間、唇に感じた柔らかい感触。
信じられない気分で目を開いた美貴は離れていく絵里の顔を呆然と眺める。

「絵里のこと、好きになっちゃう魔法です」
「こんなの魔法じゃな……っていうか勝手に何すんのっ」
「びっくりしました?」
「するにきまってるでしょーがっ」
「じゃあいたずら成功ー」
「は?」

顔を赤らめたまま眉をしかめる美貴に、絵里はにへらと笑いかける。
魔法学校の行事ではあるが、
別にいたずらは魔法を使ってしなければならないという決まりはない。
もちろん大がかりな魔法を使った方が学校に戻ったときみんなに自慢できるが。

「あ」

絵里の声に美貴が視線を向けると、絵里の持つ杖が鈍く光り始めた。
魔法使い見習いは一人前ではないのでこちらの世界にいられる時間が決まっている。
その少ない時間でいたずらを済ませるとこは意外に難しく、
毎年失敗する仲間も多い中、絵里はなんとかこの行事を全うすることができた。

「じゃあ、絵里もう帰りますね」
「さっさと帰れ」
「また来年いたずらしに来ますね!」
「来なくていい」
「絶対来ます。ちゃんと一人前の魔法使いになって」
「無理だろ」
「それまで待っててくださいね」
「……勝手にすれば」

何を言っても聞かない絵里に、美貴は呆れたようにため息をつく。
でもそのうつむいた頬はまだ少し赤くて。
その色を確認すると、絵里は満足げに笑ってぱっと姿を消した。


「意味わかんないし……」

絵里が消えたあたりをぼんやりと眺めながら、美貴はがっくりと肩を落とす。
いきなりやってきた身勝手でめんどくさいやつ。
でも。
美貴は親指でぐいっと唇をぬぐう。

『絵里のこと好きになっちゃう魔法です』

そんな魔法にかかった覚えはさらさらないが、なぜか悪い気はしなかった。
いきなりやってきて自分勝手に美貴のことを振り回していったけれど、
それが不快だったかというとそうでもない。
ちょっとバカっぽいけど笑顔は結構かわいかったし。
一年後。
もしもちゃんとした魔法使いになっているのなら、
少しくらい相手してやってもいいかもしれない。


そんなことを思いながら、美貴は遺跡探索を再開した。



この地に残る伝説には続きがある。
いつかこの文明が滅びたのち、異世界から来た魔法使いは騎士とともに旅に出、
混沌とした世界を救うだろう、と。

騎士でも混沌とした世界でもないが。
美貴と絵里が長い旅に出るのは、まだまだ先のお話。
 
97 :esk :2011/11/01(火) 22:49
『 いたずらと魔法使い 』   終わり

遅くなって申し訳ありませんでした。
98 :名無飼育さん :2011/11/01(火) 23:48
ハロウィンってなんてくすぐったい行事なんでしょう
えりりん萌え
99 :名無飼育さん :2011/12/31(土) 06:43
おぉぉ年の瀬に久しぶりに覗いたら何と大好物なお話が!

ご馳走様でした><
100 :esk :2012/03/27(火) 23:15
読んで下さった方、ありがとうございます。

>>98
えりりん萌え! みきえり萌え!!

>>99
好物で良かったですw お味はお好みだったでしょうか


なっちゅー。安倍さん16,7歳ってとこで

『 ココアのように 』
 

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