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JUNK!2

1 :esk :2009/11/03(火) 14:30

・どうでもいい短編集
・組み合わせは節操なく雑多
・ベリキューは森板『JUNK!(B℃)』へ

前スレ
森板『JUNK!』
ttp://m-seek.net/test/read.cgi/wood/1208097488/
 
2 :esk :2009/11/03(火) 14:31

早速続きモノで申し訳ないです

森板『JUNK!』
>389-409 <1> ttp://m-seek.net/test/read.cgi/wood/1208097488/389-409
>439-455 <2> ttp://m-seek.net/test/read.cgi/wood/1208097488/439-455
>471-489 <3> ttp://m-seek.net/test/read.cgi/wood/1208097488/471-489
 
3 : :2009/11/03(火) 14:31

『 オト <4> 』
 
4 :オト <4> :2009/11/03(火) 14:32


さくり

足元で下草が立てる微かな音が耳に近く聞こえる。
月明かりも届かない林の奥。それでも視界に不自由はない。
聴覚や視覚で感じるのではない、肌で感じる生き物の気配。

人間離れした感覚をより研ぎ澄ませながら、吉澤は一人林の中を歩いていた。


「ったく。どこにいるんだか」

――仕事が入ったのに藤本と連絡が取れない。
普段から自宅(政府から与えられたアパート)に居つかず、事務所に寝泊りしたり
吉澤や中澤の部屋にもぐりこんだりと毎日ふらふらしている藤本だが、
それでも、一応は使い魔としての自覚があるのか単純に性格的なものなのか、
このように吉澤か中澤の目に入る範囲内から完全に消えることはあまりない。
あまりないが、たまにある。
そのたまにあることが起こった場合、彼女を探すのは街中の繁華街ではなく、森の奥だ。
 
5 :オト <4> :2009/11/03(火) 14:32

「わっがままなやつだなあ」

夜の支配者たちがばさばさと飛び交う上空を見上げ、吉澤はため息をついた。
普段はもう人間と変わらない生活を送っている藤本だが、何かの拍子にふと野生だったころを
思い出すのか、唐突に森篭りしてしまうことがある。
森とは言っても、身近にあるのは公園の抱える林だけなのだが、それでもかなりの広さがある。
あてもなく一羽の鳥を探すにはあまりに広く、目で探すのは不可能と考えていい。
だから探すのはその姿ではなく、気配だ。

(……っ)

がさがさと低木を掻き分けて進む吉澤の足が唐突に止まった。
眉をひそめてあたりを見回す。

藤本を探すために研ぎ澄まされていた吉澤のレーダーに、引っかかったものがあった。
バケだ。しかし藤本ではない。
ターゲットか。
吉澤は、ち、と小さく舌打ちをした。
まだ相棒が見つかっていないっていうのに。

気配の出所をうかがい、吉澤はすっと腰を落として鋭く辺りに神経を走らせた。
 
6 :オト <4> :2009/11/03(火) 14:33

(上っ)

網のように広げた感覚網の隅を何かが掠めた。
ばっと頭上を見上げた吉澤の視界に、小さな黒い影。

(見つけたっ)

ぐっとひざに力をためる。
しかし、影が飛び去る方向へその力を推進させようとした、その筋肉の動きが、
寸でのところでぴたりと止まる。

ふわり

見上げた視界を覆う大きな黒い影。

「み――」

吉澤の口からでかかった声は後に続かなかった。
後を追っていた黒い影は、簡単に小さな影に追いつき、交差。

ザンッ

二つの影は、大して大げさな音も立てずに木立の中に消えた。
 
7 :オト <4> :2009/11/03(火) 14:33

「美貴」

ひょいひょいと木立を駆け上がり、影が突っ込んだ辺りに顔を突っ込む。
確かに感じる相棒の気配。
その最後の一枝を掻き分けて。

「――」

黙る。

お食事中でしたか……。
大振りな鳥はちらりと視線をくれたが、絶句する人間にはかまいもしない。
小さな鳥を鋭い爪とくちばしでむしって飲み込む。

「……」

とりあえず食事が終わるまでおとなしく待っているしかないだろう。
 
8 :オト <4> :2009/11/03(火) 14:34


「ああ、何。今のが今日のターゲットだったの?」

待つこと数分。
小さな鳥をぺろりと平らげ、さらに満足そうに羽根を繕ってから、ようやく人型になった藤本。
その腹に収まったモノの正体を吉澤から聞かされても、特に動揺らしきものも見せなかった。

「あのねー。バケかどうかくらい確認してから喰ってよね」
「ばーか。この森にバケなんかいっくらでもいるっつーの」
「そうなの?」
「わかんないわけ?」
「――」

きょとんとする吉澤は、逆に聞き返されて言葉に詰まる。
正直に答えれば、わからない。
今も頭上を飛び交う夜の生物たちのどれかがバケかもしれないと?
そんな気配なんて。
 
9 :オト <4> :2009/11/03(火) 14:35

言い訳をするとすれば、オトはそもそもあまりに力の弱いバケは相手にもしないので、
見極める必要はない。
そういった弱いバケは、人間に危害を加えるほどの力を持つ前に息絶えることも多いので、
狩らずに放置しておくからだ。
政府の人間などは、将来危害を加えるようになるかもしれない芽はすべて刈り取るべきだと
がなり立てるが、オトはそれを聞き入れない。
むやみに生態系を乱すべきではない。そう言って撥ね付けるが、
現実的には力が弱すぎるバケは発見しづらいという問題も大きかったりする。


黙り込んだ吉澤をちらりと横目で見ながら、藤本は、ふうん、とひとつうなずく。

「で?」
「……は?」
「今日はこれだけ?」
「ああ、うん。そう」
「雑魚じゃん」
 
10 :オト <4> :2009/11/03(火) 14:35

ふんと鼻を鳴らす藤本。
コイツに怖いものなんて何もないんじゃないだろうか。
そう思わせるような勝気な表情。
迷う吉澤と、迷わない藤本。
意外といいコンビなのかもしれない。

「美貴、これだけのために狩りだされる予定だったの?」
「あー、まあ、今あっちで高橋の訓練してんの。今日はそのついでみたいなもんだから」
「愛ちゃん? どうなの」

肩をすくめる吉澤の仕草に、藤本はにまりと口元を緩めた。
YN企画見習いアルバイト、高橋愛。
その実力のほどは吉澤の仕草が顕著に表している。

「見てこよーっと」

にしし、といかにも楽しそうに笑うと鳥形態に戻り、ばさりと飛び立つ。
その後姿を見送り、吉澤は枝から地面に飛び降りた。
こきこきと首を鳴らして一言。


「で、あたしは置いて行くわけね」

 
11 :オト <4> :2009/11/03(火) 14:36


行きと同じく、一人でさくさくと進める足はゆるやかだ。

かなり薄くはあるが、吉澤の中にもバケ――元動物であったものの血が流れている。
夜の森を歩くのは、結構好きだったりする。
昼間よりも色濃い植物の息吹と、昼間とは違う夜の動物の気配。
藤本の言葉が嘘でないとすれば(嘘ではないだろう。人をからかうのは好きだが、
嘘をつくのは嫌いなヤツだ)、この気配の中にバケが含まれているということだが、
吉澤には良くわからない。
情けない……とは思う。
落ちこぼれと言われても仕方のないことかもしれない。


先日突然押しかけてきた紗耶香。
なぜ今更――、いや、はやり吉澤本家から逃げることなど出来はしないのだ。

末端の分家筋で、父親母親じじばば、弟二人も、能力のかけらも持ったものはいない。
なぜ、自分だけが。
小学校に上がる前に生家から引き離され、本家に引き取られた。
同年代で力を持つものはなく、ずいぶん年上の能力者は冷たくはないがどこかよそよそしい。
力を持たない者からぶつけられるのはあからさまな嫉妬と侮蔑。
気楽に声をかけてくれたのは、紗耶香のような使い魔たちだけだった。

そのとき初めて、自分はヒトではないのだと、実感した。

親兄弟とも、違う生き物なのだと――。
 
12 :オト <4> :2009/11/03(火) 14:37

しばらく散策した森を抜け、吉澤は人工的な公園エリアに出た。
すると早速人の気配。

(こんな時間だって言うのにね)

夜が明けるまでにはもう少し時間がかかる。
夏って言うのはこういったやっかいな面も持っている。
気づかないフリをしたいが、それにしては少し近い。
一瞬迷ったが、どうやらあちらは吉澤の存在に気づいているようで、射るような視線を感じる。
吉澤は仕方なくそちらに顔を向け、それから首を傾げた。
じっとこちらを見ている、大きな瞳。
暗闇に浮かび上がる白い肌。あかるい髪色。
吉澤は長い首をさらに大きく傾げた。


「……こないだ会った子?」
「覚えてたんだ」

少し不安げだった顔をぱっと破顔させて笑う。
吉澤は、その笑顔をぼうっと、ただ、見つめる。
その棒のように突っ立っている吉澤の下へ、たたた、駆け寄ってきた人影。
 
13 :オト <4> :2009/11/03(火) 14:38

えへへ。
至近距離に笑いかける、その身長は藤本と同じくらい。(つまり、かなり小さい)
日本人女性にしては長身寄りの吉澤と並んで立つと、その身長差は15センチあまりになる。
その距離を縮めるように、あごを突き出して見上げる笑みが人なっつこい。
人をひきつける笑みに、吉澤の視線ももちろん釘付け。

「こんな夜中になにしてんの」
「えーと、お散歩?」
「危ないよ、こんな時間に」
「アナタだってうろうろしてる」
「あー、だってあたしは、まあ、ほら。強いから」
「何それ」
「えー、マジマジ。あたし結構強いよ?」

ぐっと力コブを作って見せるが、どうみてもひょろひょろとした腕のまま。
実際には動きが俊敏なだけではなく力も強いのだが、いかんせんそれは肉体による力ではない。

「全然じゃん」

ぷにぷにと腕をつつかれる。
そのこそばさに吉澤は身をよじる。
 
14 :オト <4> :2009/11/03(火) 14:38





「あ、と。ごめん」

しばらくそんな意味のない会話をぐだぐだと繰り広げていたら、
Gパンのポケットに突っ込んでいた吉澤の携帯が唐突に鳴り出した。
鳴っていることを主張するように、お尻を向けて、ほれほれ、と指差す吉澤。

「もー、わかったから早く取りなよ。切れちゃうよ」
「うん」

取り出した携帯を耳に当てると、すぐに聞こえてくるなじんだ声。
あまり機嫌が良くないのもいつも通り。

「――はい。――はい。あー……」

ちらりと見下ろす視線。
傍らからみあげる大きな瞳とかちりと出会う。
が、仕方ない。

「……わかりました。行きます。――はーい」

吉澤は、通話を切った携帯を唇を尖らせたまま少しの間見つめた。
その視線をじっと見つめてくる瞳戻すと、少し情けない顔で笑った。
 
15 :オト <4> :2009/11/03(火) 14:39

「ごめ、あたしもう行かなきゃだ」
「そうなの?」
「うん。なんか急にバケが――別の仕事が入ったとかで」
「仕事?」
「うん」

彼女の視線がちらりと吉澤の腰元に走る。

「ん?」
「ううん。お仕事……がんばってね」
「じゃ」

にこりと笑む笑顔に見送られながら、吉澤はさっと体を返した。
が、走り出した数歩目で振り返る。

「名前っ」
「は?」
「あたしは吉澤ひとみ。キミの名前は、なんてーの?」

「……あや」

「おっけー、あや。まったねー」


ぶんぶんと腕を振りながら走り去る吉澤を、あやはいつまでも見つめていた。

 
16 : :2009/11/03(火) 14:39

『 オト <4> 』   終わり
 
17 :esk :2009/11/03(火) 14:42
やっとまともに出ましたw 見習いアルバイト君は名前だけ。
18 :名無飼育さん :2009/11/05(木) 03:16
新スレおめでとうございます。そして、このシリーズ待ってました><
19 :esk :2010/01/22(金) 23:41
読んでくださった方、ありがとうございます。

>>18さま
ありがとうございます><
ちょっと間が空いてしまいましたがー


森板『JUNK!』
>389-409 <1> ttp://m-seek.net/test/read.cgi/wood/1208097488/389-409
>439-455 <2> ttp://m-seek.net/test/read.cgi/wood/1208097488/439-455
>471-489 <3> ttp://m-seek.net/test/read.cgi/wood/1208097488/471-489

>>3-16 <4>
20 : :2010/01/22(金) 23:42

『 オト <5> 』
 
21 :オト <5> :2010/01/22(金) 23:43

がさっ


「あれ」
「おっす吉澤。久しぶり」

生垣を掻き分けた吉澤が広場に顔を出すと、
その目の前で長い髪がふわりと宙を舞う。
腕組みしたまま振り返った、その人物の名は飯田圭織という。
10年ほど前には中澤と一緒に仕事をしていたが、
今はどこの事務所にも所属せず、フリーで全国行脚の修行中(本人談)。

「かおりんっ。どしたのさ」

転がり出るようにして広場に踏み出した吉澤も声をはずませる。
吉澤にしてみても、修行時代を世話になった懐かしい思いのある人物である。

「裕ちゃんに呼ばれてね」
「ちょっと高橋の様子見に来てもらってん。
 つーか、オマエなにしとってん。藤本とっくに帰ってんのに」
「え、あー、それは……」

中澤に突っ込まれて、にやけそうになった吉澤の視線が宙を泳いだとき。
 
22 :オト <5> :2010/01/22(金) 23:44

ぼわんっ


「ぎゃあっ」
「あわわわっ。すいませんっ、矢口さんすいませんっ。大丈夫ですかっ」
「大丈夫なわけないだろーっ。ちくしょー」

ころころと転がっていく小さな人影。
唖然とした顔で吉澤はその行方を追う。
しかし、駆け寄った高橋に矢口が声高に文句を叫んでいる上に、
そのそばで藤本が大口を開けて笑っているのだから、
たいした外傷ではないのだろう。

「あーあ」
「またか」
「なんですか、今の」
「圭織の意見参考にしてみてんけど……やっぱあかんか」

どうやったら消魔の訓練中に爆発など起こすことができるんだろう。
呆然とする吉澤に中澤は苦笑を浮かべる。
そんな二人のそばで、飯田は憮然とした顔で腕を組んだ。

「カオのせいじゃないよ」


オトが使う『音』にはさまざまな種類があり、その中には、
鈴や笛、太鼓といった一般的に音を出すとされる物以外であることもある。
高橋が使うのは、『音』というには少し異例な『声』であった。
声を使うタイプのオトはそれほど多くない上にその使い方も少々特殊で、
音タイプのオトでは指導が難しい。
そのせいかなかなか上達しない高橋に中澤が業を煮やし、
最後の手段と声タイプの飯田に出張指導に来てもらうことになったのだが。
 
23 :オト <5> :2010/01/22(金) 23:44

「高橋、おいで」

地面の上で胡坐をかいている矢口の傍らでしょんぼりとしていた高橋は、
飯田が声を掛けるとびくりと肩をすくめた。
苦笑を浮かべる矢口に促されてとぼとぼと飯田の方へ向かう。

「さっきも言ったでしょ。
 詠唱は言葉を全部間違えずに言ったらいいってもんじゃないんだよ」
「飯田さん……でも」
「キモチだよ。キモチ」

音タイプの消魔にメロディが関係ないのと同じように、
声タイプも言葉の内容はあまり関係ない。
ただ気持ちを入れやすいようにある程度のパターンがあるに過ぎない。
ちなみに飯田の詠唱は、自作の詩だった。

(……なんか意味ようわからんし)

しかもところどころかんでる。
それでもいいのだから、本当になんでもいいのだろう。
だから中澤としてはその気持ちの入れ方を指導してもらいたかったのだが、
飯田の独特の指導が高橋を確変させることはなかったようだ。
 
24 :オト <5> :2010/01/22(金) 23:45

言葉なくうつむく高橋の頭を吉澤がぐしゃぐしゃとなでる。
見上げた高橋と目が合うと、ぱちんとウィンクしてみせた。
自分を見上げる高橋のぽおっとした視線に気づいているのかいないのか、
吉澤はあっさりと中澤の方へに視線をそらせた。

「で、中澤さん。新しい仕事ってのはなんですか?」
「おっと忘れよった。池の東あたりに強めの反応が出たらしいねん」
「「……」」

中澤の言葉に、矢口のそばでにやにやしていた藤本までが
振り返って微妙な顔をする。

「なんや、その目は。二人そろって」
「あたしたちさっきまでそこにいたんですけど……」
「知らんがなそんなもん。はよ行って来」
「電話で一言言ってくれればよかったのに……」
「吉澤。ぐちゃぐちゃうるさい」

ぶちぶちと文句を言い続ける吉澤の頭を中澤がすぱんとはたく。
 
25 :オト <5> :2010/01/22(金) 23:45

「ホントホント。よっちゃんうざーい」
「はあっ? 美貴になんでそんなこと言われなきゃなんないわけ」
「あー、うざいうざい。じゃあ中澤さん、美貴さくっと見つけてきますね」
「おお。よろしく。藤本は頼りになるなあ」
「もちろんですよ〜♪ あ、よっちゃん別に来なくていいよ」
「なっ。じゃあ誰が消魔するんだよ!」

中澤と藤本の連携プレーに、吉澤はわかりやすく激高する。
そんな様子も想定内、と藤本は鼻で笑う。

「さっきだってしてないじゃん。役立たず」
「テメ……っつーか消魔しないでバケを退治するのは違反――」
「うっせーばーか」

吉澤の最後の言葉に『しまった』という表情を浮かべた藤本は、
すばやく鳥形態に戻るとばさりと飛び立った。

「……っ、ちっくしょー!」

吉澤も一瞬足を踏み鳴らしたが、一声叫んで後を追って駆け出した。

 
26 :オト <5> :2010/01/22(金) 23:46


「いいコンビだね」

その後姿を見遣りながら、飯田がポツリとつぶやく。
飯田も吉澤の生まれ育った環境は知っているため、
その声には安堵が滲んでいた。
いつのまにかそばに来ていた矢口もうんうんとうなずく。

「ああ。まあ、どうにもうるさいけどな。
 もう少し大人しく仕事こなしてくれれば言うことないねんけど」
「大人しいのが売りのオトなんて……あ、カオすっごいダジャレ思いついた」
「分かったから言わんでいい」
「ええっ。なんで? 裕ちゃんエスパー!?」
「ちゃうわ。ほら、それより高橋、なんか圭織に質問ないのん」
「ほえ!?」

いきなり話を振られて、高橋は目を見開く。
その様子に、中澤は心の中で手をあわせた。
すまん、と。

「え、えーと、えーと、あのお」
「なんかあるやろ。ほら」
「えーと……あっ!」
「ほら、それや」
「あの、なんで飯田さんには使い魔がいないんですか?」
「はあ? ……い、いや、ええ質問や。な、圭織」

見当違いの質問に脱力しかけた中澤だったが、
自分の立場を思い出して踏みとどまる。
 
27 :オト <5> :2010/01/22(金) 23:47

「カオは感知能力高いから使い魔いなくても大丈夫なの」
「せやな。圭織はすごいねんでー」
「そ、そうなんですか。でもいつも一人って寂しくないですか?」

中澤には矢口が、吉澤には藤本が。
たまに会うほかのオトも、たいてい使い魔を連れていた。
それは必要に狩られた関係のはずなのに、どこか暖かいものばかりで。
だから高橋も、いつかは自分の相棒と呼べる使い魔が欲しいと思っていた。
そうすればうまく仕事もできるような気がして。

「寂しい、ねえ。どうかな?
 裕ちゃんも矢口もいるし寂しいと思ったことはないかな」
「えー? そのわりには全然連絡してこないじゃん」
「心の中でいつでも繋がってるからいらないんだよ」

照れたように笑いながら矢口が突っ込むが、飯田は平気な顔で宙を見据える。
これはヤバイ、と矢口と中澤はそっと視線を交わす。

「カオ、毎日裕ちゃんたちにオハヨウとオヤスミ言ってるし」
「あ、ああ、そう?」
「そしたら裕ちゃんたちも返事してくれるじゃん」
「いつや!」
「毎日」

「………そうやね」

中澤と矢口の疲れたような声に、高橋は首をひねった。

(心で繋がってるなんかめっちゃ素敵やのに……)

 
28 :オト <5> :2010/01/22(金) 23:47

 
29 :オト <5> :2010/01/22(金) 23:49

結局高橋に得るものがあったのかどうか。
それは本人だけの心に秘めておくことにして、
飯田はその日、太陽が高く上る前にまた自分の修行に旅立って行った。



ガンッ


「やーぐちさあん!」

「うわ、なんだ。藤本か」
「なんだじゃなくてー、聞ーて下さいよお……ん?」

派手な音を立てて店に入ってきた藤本がふと黙った。

矢口の店はテーブル、カウンター合わせて10席もない小さな店だが、
採算は取れる程度に繁盛している(オーナー談)。
その窓際のテーブル席に一人の女が座っていた。
藤本はその女に一瞥をくれると、
隠すことなく不満げな表情で奥のカウンター席に腰掛けた。
せっかく仕事の愚痴を言いに来たのに、他人がいては話しにくい。

「何飲む」

カウンターの中にいた矢口は、
藤本が口をつぐんだ理由を悟って困ったように笑った。
(もちろんカウンターの中は上げ床されている)

「ビール下さい」
「オマエ、昼まっから……」
 
30 :オト <5> :2010/01/22(金) 23:50

呆れた口調を飲み込んで肩をすくめると、ビールグラスを用意する。
オーナー店長である矢口がバケであることは、もちろん、
このカフェのどんな常連にも知られてはいけないトップシークレットだ。
藤本はそういったバケやオトの世間的立場を
イマイチ理解しようとしないところがある。
せめてこのカフェに出入りする時には注意するよう言い聞かせてはあるが、
矢口は先客にそっと目をやり、心配げに藤本に目配せをする。

しかしそれをどうとったのか、藤本は呆れたように眉をひそめた。

「なんですか、あのグラサン」

藤本としては声を潜めたつもりだったのかもしれないが、
こんな狭い空間で聞こえないはずもなく、
まさしく大きなサングラスをかけていた窓際の女がぴくりと反応する。
だれが先客の感想を言えと言ったよ。
心配した自体は免れたものの、矢口は痛む頭を抱えそうになった。

「オマエね……」
「えー、だって部屋の中ですよ? ゲーノージンかっての」

はあ。
矢口はため息をつきながら、
きめ細かな泡が盛り上がるグラスを藤本の前に置いた。
そのタイミングを計ったように、女がすっと立ち上がる。

「矢口さん、お会計をお願いします」
「ああ。はいはい」
 
31 :オト <5> :2010/01/22(金) 23:56

その女を、藤本はぽかんと口をあけて見上げる。

「……すげー声」

藤本の呆れた声が聞こえたのか、
女はサングラスを少しずらしてにこりと笑いかけると、小さく頭を下げた。

「ありがとね、梨華ちゃん。また来てね」
「はい、また」

あまりにもなその仕草に固まっている藤本をスルーして、
女はそのまま店を出て行った。


「なんですか、今の人」
「ホントにゲーノージンだよ。歌歌うヒト。
 HANGRY&ANGRYってユニット知らない?
 それなりに売れるって言ってたけど」
「知りません」

予想されていた藤本の即反応に矢口は肩をすくめただけで応え、
女性が座っていたテーブルを片付け始めた。
あまいぷでぃんぐを〜♪
矢口の鼻歌を横に聞きながら、藤本はビールのグラスを傾ける。
 
32 :オト <5> :2010/01/22(金) 23:58

「んで、今日はどしたのよ」
「あ、そーそー、きーてくださいよ!」

あいかわらず尽きることのない仕事の愚痴。
その対象の多くは吉澤に向けられる。
かわいそうなヤツだな、と矢口も同情する。
藤本の性格上、ここで愚痴る倍は本人の前でも文句言っているだろうから、
近いうちにフォローに行っておいた方がいいかもしれない。
気にしていないフリをして、内心かなり気にしている後輩のところへ。

「――もうアイツ、いつ喰ってやろうかと」
「え、藤本でもそんなこと思うの」
「へ?」
「あっ、いや」

しまった、と矢口は小さく顔をしかめる。
聞いているようで聞いていなかったせいか、反応を間違えた。
今の藤本とかつての自分の、根本的な違いを忘れていた。

「そんなことって何ですか?」
「ごめんごめん。気にしないで。よっすぃと藤本は違うの忘れてただけ」
「違うって、美貴がよっちゃんについたバケじゃないってことですか?」
「ああ、うん。そうそう。
 だから喰ってやりたいとかそういうの、違うよねーって」

軽口のように言ってあははと笑う矢口。
しかし、その表情を覗き込んで、藤本は眉をしかめる。
 
33 :オト <5> :2010/01/23(土) 00:00

使い魔はオト本人についたバケを使いことが多いが、
実は藤本は吉澤にではなく中澤についたバケだった。
中澤に勧められて吉澤の使い魔となることとなったのだが、
そのせいなのか他の使い魔と考え方が食い違うことは今までにもあった。
……先日会った紗耶香のように。
そんなやつらの言う事は理解したいとは思わないから、
何を言われても全て聞き入れずに突き放してきた。

だが相手が矢口なら状況は違ってくる。
矢口の気持ちなら、知ってみたいと思った。

「矢口さん」
「んー」
「もしかして矢口さんは、今でも喰いたくなることあるんですか?」

中澤を。
今自分が吉澤に対して愚痴ったのとはまったく違うレベルで。

(コイツ意外に鋭い)

射抜くような藤本の視線に、矢口は困ったなと思った。
あまり口に出して言いたいことではないのだが。
しかし言葉を濁したところでそれを悟ってくれる相手ではない。
仕方なく、矢口はゆっくりと口を開く。
 
34 :オト <5> :2010/01/23(土) 00:02

「そりゃ、あるよ」
「えー!?」
「驚くことかよー」
「だって、それじゃあ」
「藤本はないの?」

矢口はすばやく問いかけて、藤本の続くべき言葉をさえぎる。
さすがの藤本でもわざとさえぎられたことは気づいたようで、
少し面食らいながら答える。

「うっとおしい奴見ると、オマエシネ、とかは思いますけど」
「それは違うだろ。もっとこーさー、熱い気持ちよ。魂の叫びさー。
 ……わかんない?」
「わかんないです」

即答。
少しは考えろ。

「でも最初は裕子にそう思ったんだろ?」
「……」

最初。
 
35 :オト <5> :2010/01/23(土) 00:02



北の方だった。
かつての棲み処であった深い深い森の底で。
走るニンゲンを見た。
ニンゲンを見るのが初めてだったわけではないけれど、
まるで渓流を蹂躙する鉄砲水のような、
強い、鋭い、白い、ソイツに心を奪われて。
聞いてはいけないと思いながら、その音に震えた。

チィッ

気がつくと、ソイツに追われていた生命が闇に溶けていった。
その一点を見つめ、ただ凛とたたずむソイツの肩で、
小リスがこちらを見上げて鋭い声をあげた。
ゆっくりと振り返る細い体。
かちりとあった、澄んだ瞳の、青い視線の。


その生命の輝きを、この体の中に――。


 
36 :オト <5> :2010/01/23(土) 00:05

「その気持ちだよ」
「――ぁ」

矢口の声に、藤本はぱちりと瞬きを一つした。
ごくりとつばを飲む。
慌てて目の前のグラスに残っていたビールをあおると、深く息をついた。

「どした?」
「あー、いや。びっくりしました」

そんな熱が、自分にもあったことに。
ここに中澤がいなかったことを……惜しいと思った自分に。
きっとここに中澤がいたら、今この瞬間、
自分はあの細い首に爪を立てていただろう。
そうできなかったことを、惜しいと思った。
その自分に驚いた。

「矢口さんはいつもこんな気持ちになるんですか?」
「まーさすがにいつもじゃないけどさ。たまにね」
「どうするんですか、そんな時」
「――我慢するよ」

矢口のその一瞬の間に、自分がとても辛い質問をしたことを悟った。
自分なら耐えられない。
今でさえまだダメなのに。
今中澤がここに現れたら、自分の体はきっと衝動のままに動くだろう。
 
37 :オト <5> :2010/01/23(土) 00:08

「すごいっすね、矢口さんって」
「だからあんまり一緒にいないようにしてる」

首をすくめてみせる矢口に、いくつかのことを悟る。
中澤が現役を退いたとき、本部から強く勧められたにも関わらず、
吉澤の使い魔となることを拒んだこと。
中澤がそれをあっさりと認めたこと。
引退後、中澤の事務所から離れたこと。
その理由を。


藤本は中澤を追い、棲み慣れた森を出て東京まで下ってきた。
そしてあの頃の強い気持ちは忘れて、今ではただ中澤を慕うようになっていた。
だがその気持ちの根底には、やはりぬぐえない欲求がある。あった。

じっと自分の手元を見つめる藤本の前から空のグラスを下げて、
矢口は新しいビールを目の前に置いた。


「オマエのそういうとこ、羨ましいって思うよ」


言われた意味が分からずいぶかしげに顔を上げた藤本に、
たまにだけどね、と矢口は付け足した。

 
38 : :2010/01/23(土) 00:09

『 オト <5> 』   終わり
 
39 :esk :2010/01/23(土) 00:12
お二人さん、お誕生日おめでとうでした。
アングリーさん友情出演。
飯田さんも一度書いてみたかっただけなので、今後の登場はないと思われます。
40 :esk :2010/02/26(金) 23:17
間に合わなかった……。
ということで以前とある方に差し上げたモノです。


この一年も、貴女がキラキラと輝き続けられますように。


あやみきー
41 : :2010/02/26(金) 23:18

『 指先に三日月 』
 
42 :指先に三日月 :2010/02/26(金) 23:19

「結構飲んだよね〜」

久しぶりの二人飲みに亜弥ちゃんは上機嫌で、
許容値をちょっとオーバー気味。
鼻歌を歌いながら、踊るような足取りで夜道を歩く。
通る声を気にしていつもはそんなことしないのに、
アルコールが入ると亜弥ちゃんは少し油断する。


 君、君。君、君

 そこの君、当選おめでとう


やっぱり自分の曲かよ。
小さく突っ込んだ美貴の声が聞こえなかったかのようにして、
亜弥ちゃんはぴしりとポーズをつけて振り返った。
撃ち抜かれるみたいに指差されて。
ばっちりウィンクまでオマケに付いてきて。

――それ以上、進めなくなった。
 
43 :指先に三日月 :2010/02/26(金) 23:19

亜弥ちゃんはそんな美貴にはお構いもなしに、
夜の一本道を後ろ向きのまま進んでいく。
遠ざかっていくその歌声と指先に、胸が痛んで顔をしかめたこと。
きっと亜弥ちゃんも気づいている。
だけど笑って。そして言うんだ。
そのよく通る声で。夜の道の真ん中で。


 そこの君、ずっと好きなんです


どうしてそんなこと言うの。
口から出そうになった言葉をかろうじて飲み込む。
ただの歌詞だよと亜弥ちゃんは笑うだろうけど、
それでも美貴は聞きたくなかった。
声を出せば、これ以上その目を見つめてしまえば。
亜弥ちゃんを責めてしまいそうで。後悔してしまいそうで。
すべて許しあって選んだ、
二つの道をリセットしてしまいそうになるから。
 
44 :指先に三日月 :2010/02/26(金) 23:20

だから、亜弥ちゃんの真似をして
まっすぐに伸ばした指先を夜空に高く掲げて。
その軌跡を追うように視線を空へと逃がした。

「……何?」
「みかづき」

つられてあごを上げた亜弥ちゃんの、
はるか頭上に浮かぶ三日月。
今夜の東京は珍しく空気が澄んでいて、
月は小さく細かったけれど、
夜と光の境界線までくっきりと見分けることができた。
伸ばした指先でそっとその形をなぞる。
指先に触れる感覚はもちろんない。
こんなにはっきりと見えているのに、決して触れることができない。
それでも、確かにそこにある。
 
45 :指先に三日月 :2010/02/26(金) 23:21

あれはきっと。
今もこの胸にある、アナタを想う気持ち。
その気持ちの形はかつてとは変わってしまった。
だから二人は今歩く道を選んだ。
だけど、形は違ってもなくなってしまったわけではない。
決してなくなることはない。

「三日月がどうか――」
「亜弥ちゃん」

空を見上げていた亜弥ちゃんが振り返る。
その怪訝そうな目を強く見返した。
わかって欲しい。
亜弥ちゃんにはわかっていて欲しい、この想い。
 
46 :指先に三日月 :2010/02/26(金) 23:22

「愛してるからね」

たとえ二人、二度と交わることのない道を歩いていても。
この三日月のように、強く、確かに。



「美貴は亜弥ちゃんを愛してる」



高く掲げた指先は弧を描いて滑り、

亜弥ちゃんの胸にぴたりと止まる。



その胸に、小さく三日月を刻んだ。



 [mikazuki] song by Ayaka
47 : :2010/02/26(金) 23:23

『 指先に三日月 』   終わり
 
48 :esk :2010/02/26(金) 23:27
曲のイメージで書いたので珍しくマジメ風w
あ、あやみき否定派になったとかそういうことではありませんので〜
49 :esk :2010/03/01(月) 23:13
もいっちょおたおめー

りかみき
50 : :2010/03/01(月) 23:14

『 プレゼント・フォー・ユー 』
 
51 :名無飼育さん :2010/03/01(月) 23:15

「……サムイ」


玄関までお迎えに出た私の頭の上を確認すると、
ぐるぐるに巻いたマフラーの中で、
美貴ちゃんの低い声がはき捨てるようにそう言った。
分厚いコートにくるまれた細い肩があきれたようにすくめられて、
予想通りの反応に、私は心の中でむしろガッツポーズ。

「そんなに?」

何気ない風にそう言って、
頭の上にかわいく結んだリボンをくるりと指に絡めるて差し出すけど、
美貴ちゃんは嫌そうに顔をしかめて見せただけだった。

「当たり前。つーか、入るから退いて」
 
52 :プレゼント・フォー・ユー :2010/03/01(月) 23:16

真冬の深夜の冷え切った空気を纏った美貴ちゃんの細い腕に、
部屋の中にぐいっと押し戻される。
空いたスペースに滑り込んだ美貴ちゃんは、
白いため息を吐きながら玄関扉をがちゃりと閉めた。

律儀に小さく「お邪魔します」とつぶやいて、
壁に手をつきながらブーツを脱ぐ美貴ちゃん。
その細い肩を乗り越えるようにしてチェーンをかけながら、
ちらりとその横顔を盗み見る。
マフラーとサングラスの隙間、少しだけ見える頬が赤い。
それは寒さのためなのか、それとも……?

少し期待した私の視線に気づいたのか、
(たぶん気づいた。美貴ちゃんはそういうとこ鋭いから)
美貴ちゃんはもう一度、「寒い」とつぶやいた。
 
53 :プレゼント・フォー・ユー :2010/03/01(月) 23:17

「それって気温が? 私が?」
「両方。どっちも氷点下だよね」

美貴ちゃんは慎重にブーツを壁に立てかけながら、
私のほうも見ないでそう言った。
そしてそのまま私を押しのけるようにして部屋に進んでいく。
その後姿を追いかけながら「それってマイナスってことじゃん」と言うと、
美貴ちゃんの後姿が「そうだよ」と大きく頷いた。

「じゃあいいじゃん」
「何が」

まだ振り返らないで問う美貴ちゃん。
部屋に入ってコートを脱いでマフラーをとくと、
そのほっぺたはやっぱり少し赤い。

「マイナスかけるマイナスはプラスになるんだよ」
「マイナスたすマイナスはもっとマイナスじゃん」
 
54 :プレゼント・フォー・ユー :2010/03/01(月) 23:18

やっと振り返った美貴ちゃんが勝ち誇ったようににひっと笑った。
そのうれしそうな顔に、にやけそうになる頬を引き締める。
だけどそれさえもばればれだったみたいで、
ほっぺたを引っ張られた。

「くはっ……すっげーブサイク」
「ひおーい」
「ひおくなーい。つーか疲れたよー」

唇を尖らせる私になんてお構いなしに好きなことを言って、
あっさりと手を離した美貴ちゃんは、
そのまま大げさな音を立ててソファに体を沈めた。
でも、ふーっと吐き出した吐息には本当に疲れがにじんでいて、
今日の仕事は大変だったのかなとか、
ぼんやりとそんなことを考えながら、
部屋の隅に積み上げられた美貴ちゃんのコートとマフラーをハンガーにかける。
 
55 :プレゼント・フォー・ユー :2010/03/01(月) 23:18

「ご飯は食べてきたんだよね。おなかすいてない?」
「うん。大丈夫。でもなんか飲み物ちょうだい」
「あったかいのがいいよね。コーヒーでいい?」
「うん。つーか、この部屋マジで寒いんだけど」

美貴ちゃんの手元がエアコンのリモコンに伸びたのを見て、
私はあわててその手を押さえる。
その剣幕に押されたのか、
美貴ちゃんはびっくりしたみたいにきょとんとしていた。
やば……。でも今エアコン入れられると私の予定がっ。

「え、何」
「だって、ほら……エアコンってのどに悪いし。ね」
「いや、その前に風邪引くでしょ、この部屋」
「大丈夫だって! すぐにあったかいコーヒー淹れるし」
「うえー。そんなの待ってらんないから〜」

「え……きゃっ」

美貴ちゃんを押さえていた手を逆に引っ張られて、
そのままソファに押し付けられる。
私を組み敷く視線でにやりと笑う美貴ちゃん。
 
56 :プレゼント・フォー・ユー :2010/03/01(月) 23:19

「梨華ちゃんがあっためて」

そのセリフに私は一瞬言葉を失う。
おそらく想定外だったのであろう私の反応に、
美貴ちゃんは一瞬きょとんとして、
でも何かを悟ったのか、すぐに斜に眉をしかめた。
……それ怖いよ、美貴ちゃん。

「……ちょっと待て。もしかしてこの部屋そのために寒い?」
「えーと」

鋭すぎる……。
私の泳いだ目を確認して、
美貴ちゃんはあきれたようにため息を吐いた。

「バカすぎる」

そうかなあ。
私の予定では、
寒がる美貴ちゃんに私が『あっためてあげる』って言うつもりだったんだけど。
かわいくない?
だめ?

「梨華ちゃんらしいとだけコメントしとくよ」
 
57 :プレゼント・フォー・ユー :2010/03/01(月) 23:19

馬鹿にしたようにそう言って、
美貴ちゃんは細い指先でするりとリボンを引っ張ると、
解いたリボンをひらひらと揺らす。

「だいたいこういうことするのがまずサムイよね」
「一回やってみたかったんだもん。お誕生日に私をプレゼントって」
「でもさー、梨華ちゃんじゃプレゼントになんないじゃん」
「ええっ。この世で一番豪華なプレゼントだよっ」
「無理無理。意味ないね」
「なんでよぉ」

「だって、梨華ちゃんはずっと前から美貴のもんだし」

美貴ちゃんの口から出た珍しく甘いせりふに一瞬きょとんとする。
すると、照れ隠しなんだろうな。
一瞬の、掠めるようなキス。
すごく近くで少し焦れた風に笑う美貴ちゃんがかわいくて、
私はその細い体を腕の中にぎゅうっと抱きしめた。


「……お誕生日、おめでとう」

 
58 : :2010/03/01(月) 23:20

『 プレゼント・フォー・ユー 』   終わり
 
59 :esk :2010/03/01(月) 23:22
りかみきは展開がオトメチックになるなあ
60 :esk :2010/03/18(木) 00:56
だいぶ時期をはずしてしまいましたが
吉里

(里田さんblog3月2日参照のこと)
61 : :2010/03/18(木) 00:57

『 だーりん 』
 
62 :だーりん :2010/03/18(木) 00:57

 ぱたん


 ……ぱき



かすかに聞こえる物音に、まいの意識がゆっくりと浮上する。
そのぼやけた視界に見慣れた人影が写りこんだ。

「あ……よっすぃ。帰ってたんだ」
「ただいま」

にこりと笑う完璧な笑顔。
見慣れたはずの笑顔にまいは言葉を失った。
寝起きの頭にそれは綺麗過ぎて、時が止まる。

(いやいやいや)

ふるふると首を振ると、まいは目を擦りながら体を起こす。
そこで初めて自分がソファで眠ってしまっていたことに気づいた。
 
63 :だーりん :2010/03/18(木) 00:58

「ごめん。寝ちゃってたね」
「いいよ」

ふとひとみの手元に目をやると、水のペットボトルが握られていた。
さっきの物音はこれだったのだろう。
まいの視線に気づくと、ひとみはボトル掲げ少し照れくさそうに口をつけた。
その仕草にまたもや魂を抜かれそうになり、まいは慌ててソファから立ち上がる。

「ご飯出来て……って、あっためなおすからちょっと待って」

まいの視線がテーブルの上と時計を行き来する。
ひとみが帰ると言っていた時間から二時間が過ぎていた。
何をしていたのか。
聞きたい気持ちを抑えて、まいはテーブルの皿を手に取った。
 
64 :だーりん :2010/03/18(木) 00:59

――――――――――


まいがひとみに出会ってから6年が経つ。
高校卒業と同時に北海道から東京へ出てきたまいは、
とあるホストクラブでひとみに出会った。
男性ホストと女性ホストを抱える珍しい店で、
まいはひとみが女性であると知りつつ、のめりこんでいった。

生活費を極限まで削り、バイト代は全てすべてひとみに貢いだ。
いつしか人には言えないような仕事までするようになっていた。
それを知ったひとみは、まいも予想しなかったような行動に出た。
 
65 :だーりん :2010/03/18(木) 01:00

その日店を訪れたまいに、
ひとみは閉店まで待っているように言って店を出させた。
近くのネットカフェで時間をつぶしていたまいをひとみが迎えに来たのは、
すでに明け方近い時間だった。
そのまままいはひとみにつれられていかにも高級感のあふれる
マンションに連れて行かれた。

「こ……ここ、よっすぃの部屋?」
「ここだけで暮らしてるわけじゃないけどね」

呆然と立ち尽くすまいに、ひとみはそっけなくそう言った。
調度品もいかにも高級感があり、
しかもいまどき雑誌でも取り上げないくらい現実離れしたスタイリッシュさ。
しかしそこに生活感はなかった。
ひとみの言葉を疑うまでもなく、それは『使われていない部屋』だった。
ホストって儲かるんだな……。
まいは自分が貢いだ額も忘れて感心していた。


その日、二人は昼過ぎまでベッドの上で過ごした。
 
66 :だーりん :2010/03/18(木) 01:00

少しだけうとうとしたあと、ひとみはがばっと体を起こす。

「やべえ、あたしもう行かなくちゃ」
「え。よっすぃ全然寝てないじゃん」
「大丈夫大丈夫。あたし体力には自信あるから」

仕方なくまいも体を起こす。
これから帰る自分の部屋思い出すと、その落差は笑いたくなるほどだった。

「いいよ。まいちんはまだ寝てな」
「そうもいかないでしょ」

乱雑に脱ぎ捨てられた服に伸ばすまいの手を、
ひとみはそっと押さえた。
 
67 :だーりん :2010/03/18(木) 01:01

「あのさ。まいちんがよかったらだけどさ、この部屋好きに使ってよ。
 あたしも毎日はここに帰らないけど、
 帰る日は早めに連絡するからご飯作って待ってて」
「え、あの」
「まいちん料理得意だって言ってたよね」
「言ったかも、だけど……」

「……だから、もうそんな仕事やめな。まいちんには似合わないよ」

「よっすぃ……」
「ってやべ、マジで間にあわねえっ。
 とりあえず今日は絶対帰るからご飯よろしくねっ。
 あ、冷蔵庫空っぽだから、財布おいてくわ。んじゃっ」


――――――――――
 
68 :だーりん :2010/03/18(木) 01:01


囲われている。
ということになるんだろう。
ひとみがこの部屋に帰ってくるのは週の半分程度。
生活費という名目で渡されている金額は、
平均的サラリーマンの収入をはるかに上回る。


ご飯を食べ終わり、ソファに体を沈めてテレビを見ているひとみ。
そのひざにまいはそっと頭をのせた。
ニュースキャスターが暗い口調で朝のニュースを読んでいる。

 今朝未明……の路上で男性の遺体が……
 頭部には銃で撃たれたと……犯人の行方を……

そっと見上げると、ひとみは厳しい表情でそのニュースを見つめている。
その冷たい瞳から目をそらすと、
まいはさりげなさを装った甘えるそぶりでその右手に頬を寄せた。
洗っても消えない――火薬のにおい。

ひとみの仕事がただのホストではないことに気づいたのは、
一緒に暮らし始めて一年もたったころだった。
おそらくひとみもまいが気づいていることを承知している。
しかし、それでも不思議とまいはひとみを怖いとは思わなかった。
 
69 :だーりん :2010/03/18(木) 01:02

「まいちん?」

ぼんやりとしていたまいの驚くほど近くにひとみの顔があった。
朝のニュースはすでに話題を変えている。

「目を閉じてほしいんだけど」

ひとみのからかうような口調にぎこちなく目を閉じると、
唇にやわらかい感触が降りてくる。
ひとみはそのまま体を返すとまいの上に乗りあがった。

「え、ちょ、ここでっ?」
「うん」

さすがに焦ってひとみの肩を押しやるが、
その素直にうれしそうな笑みに、まいの腕の力は抜けおちた。


ひとみが時折見せる冷たい目。
それはどこか……傷ついた子供のようにも見えて。

自分の存在が、少しでもひとみの傷を癒すことができたらいい。
それだけを願って、まいはゆっくりと目を閉じた。

 
70 : :2010/03/18(木) 01:02

『 だーりん 』   終わり
 
71 :esk :2010/03/18(木) 01:04
ありえないものその2
なんとかシュミレーションってこんな感じ?
72 :名無飼育さん :2010/03/20(土) 05:06
よっちぃカッコヨス><
73 :esk :2010/04/07(水) 00:22
読んでくださった方、ありがとうございます。

>>72さま
よっちぃイケメン><


森板『JUNK!』
<1> ttp://m-seek.net/test/read.cgi/wood/1208097488/389-409
<2> ttp://m-seek.net/test/read.cgi/wood/1208097488/439-455
<3> ttp://m-seek.net/test/read.cgi/wood/1208097488/471-489

<4> >>3-16
<5> >>20-38
74 : :2010/04/07(水) 00:23

『 オト<6> 』
 
75 :オト<6> :2010/04/07(水) 00:24


がさっ

ざざざっ


吉澤と藤本は今日も今日とて森の中を駆けめぐる――。


ざざっ


「よっちゃん、そっち!」
「おっしゃ……って、無理だよっ」
「はあっ? ちゃんとやれよ!」

ざんっ

「無理なもんは……あっ、美貴そっち……おっせーよ、ばか!」
「どっちがっ」
 
76 :オト<6> :2010/04/07(水) 00:26

ずざっ

ばきばきばきっ


「……よっしゃあああ!」


ターゲットが飛び込んだ茂みに、吉澤が続けて頭から突っ込んだ。
その数秒後、茂みから高らかな雄たけびがあがる。

「はあ、はあ……捕まえた、の?」
「まかせとけ、ばっきゃろーっ」
「意味わかんないし」

その茂みによろよろと近寄る藤本。
今日は人形態でターゲットを追っていたため、体力の消耗が激しい。
しかし吉澤への突っ込みは欠かさない。
 
77 :オト<6> :2010/04/07(水) 00:26

がさっ

「うわっ」
「獲ったどー!!」

小脇に動物を抱えた吉澤が茂みから突然立ち上がる。

「……あほ」
「おいらにかかればこんなもんだぜおい」
「はいはいはい。……って、それ」
「ん? ……あれ?」
「違うじゃん」

藤本の長い指が、吉澤に抱えられた動物をつつく。
吉澤が突っ込んだときに気を失っているためまったくの無抵抗だ。
しかし、それは明らかに追ってきたターゲットとは別物だった。
あからさまにため息をついて見せる藤本に、吉澤は小さく肩をすぼめる。

「えーっと……」
「っていうかこいつ大丈夫なの?」
「あっ。しっかりしろオマエっ」

吉澤がゆさゆさと揺さぶるとすぐに目を覚まし、
その手から逃れると森の奥に走り去っていった。
 
78 :オト<6> :2010/04/07(水) 00:27

「……使えねー」
「やー、えっと……」

藤本は吐き出すようにそう言うと、あたりに視線を走らせる。

「こっちだ」

低く言った声が消えるよりも早く、その姿は消えていた。
吉澤も慌てて後を追う。
藤本の進行方向に意識を集中すると、
ターゲットの気配もかすかに捉えることができた。
しかしそ距離はまだかなりあるようだ。

肩越し小さく振り返った藤本は、左の親指を立ててそのまま左側に倒すと、
自分は何も言わずに右側に進路を傾けた。
吉澤もそれにしたがって左側に進路を変える。
左右から追い込む作戦だ。
 
79 :オト<6> :2010/04/07(水) 00:28

ざ、ざあっ

(アイツ、わざとか?)

吉澤のとった左側の進路は、そう思うくらい足場が悪かった。
その中でターゲットの気配にを逃さないようにするには
かなりの集中力が必要で。
だから、一瞬反応が遅れた。

「――へ?」

飛ぶように流れる視界の端をかすめたモノに、
吉澤は急ブレーキをかけて動きを止めた。
まさか。
そう思いつつ行き過ぎた距離をすばやく戻る。

「ひーちゃん」
「あや!? どうして」

覚えのある甘い声に、くらりとした。
目を見開くとそこには確かに彼女がいた。
 
80 :オト<6> :2010/04/07(水) 00:40

「何してんの、こんなとこで」
「ひーちゃんが見えたから」
「見えたからって……危ないじゃん」

吉澤や藤本にはなんともないが、
常人には前後もわからなくなるくらい真っ暗な深夜の森の奥。
か弱いオンナノコがそうそう立ち入れる場所ではない。
それなのに自分を追ってきてくれた。

形のいい眉をしかめながらも、吉澤の頬はだらしなく緩む。
そんな吉澤の思いを悟ってか、あやも、ふふと小さく笑った。
闇に浮かぶ白い頬がゆれる。
研ぎ澄ませていた五感に直にせまる甘い香りと暖かな温度。

触れてみたい、と思ったときにはすでに手が伸びていた。

(って、そんな場合じゃないだろう、自分)

かすかに聞こえた自己突込みはとりあえず無視しておく。

「……」

しかし。
その頬に触れた手を見つめ、吉澤の眉がしかめられた。

「……ひーちゃん?」

吉澤の様子に、あやはいぶかしげにその手に触れる。
重なった手が小さく震えて。

――吉澤は何も言わずにあやの体を抱きしめた。

腕の中にすっぽりおさまる華奢な体。
 
81 :オト<6> :2010/04/07(水) 00:42

「あや――」

吉澤の深刻な声色に、腕の中のあやがぴくりと体をすくめた。
二人が同時に息を呑んだ、次の瞬間。

がさっ

「ちょっと!」

聞きなれた罵声に、吉澤はがっくりと肩を落とした。
背中にあやをかばうようにして振り返ると、
藤本が腰に手を当てて仁王立ちしている。

「よっちゃん、またサボって!」
「サボってねーし」
「じゃあ何さ」
「……休憩?」
 
82 :オト<6> :2010/04/07(水) 00:42

仕方なくゆっくりと腕を解き、あやから一歩はなれる。
吉澤に体半分隠れるようにして顔を出しているあやに、
藤本はちらりと目を向ける。

「んじゃ休憩終わり。つーか、アンタさ」
「あや、です」
「あっそ。んでナニモノ?」
「もーっ、うっさいなあ。わかったよ。働くよ!」

藤本の問いかけにかぶせるように吉澤が声高に答える。
その様子に藤本は小さく片眉を上げた。

「えらそうに言うことかっての」
「くっそー、あや、つーことでさくっと終わらせるから。
 どっか安全なとこで待ってて」

優しく言う吉澤の目を見上げ、あやがこくんとうなずいた。
二人に背を向ける寸前の数瞬、あやと藤本の視線が絡む。
しかし、それだけだった。
二人の間に言葉はなく、あやの背中が森の中に消えた。
 
83 :オト<6> :2010/04/07(水) 00:42

その背を見つめつつ、藤本はふん、と鼻を鳴らした。

「で。よっちゃん、あの子どうすんのさ」
「どどど、どうって、どうもしないよ。何言ってんの」

ぼんやりとしていた吉澤は、藤本に突然声をかけられ、
あからさまに動揺して問い返した。

「まあ美貴はどうでもいいけど。中澤さんには言ってんの?」
「……なんでさ」
「美貴から報告しとく?」
「いや、いらないから」

うんざりしたように手を振る吉澤。

「ただでさえ最近仕事多いんだからこれ以上厄介ごと起こさないでよね」
「何だよそれ」

藤本は、顔をしかめる吉澤を数秒間じっと見つめる。
その顔が何かを言いたげに見えて吉澤は身構えたが、
続いた言葉は仕事を促すものだけだった。
 
84 : :2010/04/07(水) 00:43

『 オト<6> 』   終わり
 
85 :esk :2011/02/26(土) 23:29
藤本美貴さんお誕生日おめでとうございます。
この一年間も、あなたが楽しく心地よく過ごせますように。

あやみき

『 狼と子ヤギ 』
86 :狼と子ヤギ :2011/02/26(土) 23:31

深夜。
ふと思い立ってバルコニーに出て夜空を見上げる。
星が見えないくらい明るい月。
今日は満月。

こんな月夜には、アイツがやってくる――。


がちゃがちゃがちゃ
ばたん

「さあ、満月だぞーっ」

深夜のマンションに遠慮も配慮もない甲高い声が響く。
どかどかと部屋に上がりこんできた足音に、あたしは手すりに頬杖をついて盛大にため息をついた。

「こんな寒いのに何してんの?」

不思議そうな、というより不機嫌そうな声に仕方なく振り返ると、
寒そうに首をすくめたたんがこちらを見つめている。
別に。とだけ応えて部屋に戻ると、不機嫌そうだった表情を崩してにかーっと笑う。
こういうとこ、いくつになっても変わんなくて。
かわいいやつだなあ。
なんて。
かぶっていた帽子の上から頭を撫でてやって、その違和感にアタシはたんの帽子を脱がせた。

「もう出てきちゃってるんだ」
「そうなんだぁ」
 
87 :狼と子ヤギ :2011/02/26(土) 23:33

照れたみたいにはにかむたんの頭の上には、茶色い耳が二つ。
本来いわゆる犬や猫の頭の上についているそれは、帽子の圧迫から開放されてほっとしたのか、
ぷるぷると前後に振るえている。
帽子のついでにコートやマフラーを脱いでいくたんを見つめながら、
アタシはの気持ちは少しずつ上ずった落ち着かないものになっていく。

人狼の血を引くこいつは、満月の夜にだけこうして中途半端に狼化する。
大人になってから現れる現象らしく、こいつとの付き合いはかなり長いのに、
一年くらい前の満月からいきなり耳なんか生えてきて、はじめて見たときはそりゃびっくりした。
でも動物好きなアタシとしてはそれ自体はすごくかわいくてすぐに受け入れられて、
だから落ち着かないのはその見た目じゃなくて。

「あーやちゃん」

ぼんやりと考え込んでいるアタシに構いもせず、
ソファの上にコートを放り出して身軽になったたんがすりすりと擦り寄ってくる。
鼻先に匂うその香りにたまらなくなって、アタシはたんの立派なおでこを押しやった。

「毎月毎月、さあ」
「……ダメ?」

落ち着かない気持ちをごまかすために顔をしかめてやると、たんは不安そうに表情を曇らせる。
その不安そうな表情よりも正直にへたる耳がかわいそうになって、アタシはもうひとつため息をついた。
 
88 :狼と子ヤギ :2011/02/26(土) 23:34

「別に、いいけどさ」
「やったあ」

しゅんとしていた耳がぴんっと立ち上がって、たんの表情も明るくなる。
嬉しそうに手を取られて、いそいそと先導される先はアタシのベッドルーム。

狼化すると。
えっちがしたくなるなんて。

そんな伝説聞いたことない。
凶暴化して人を襲うとかそういうのじゃないの?
もちろんこいつは乱暴になるとかなくて。

「……しよ?」

ベッドに座り込んで潤んだ目で見上げるこいつの目に、くらくらして。
衝動的に。


襲いたくなるアタシの方がむしろ狼なのかもしれない。
 
89 :esk :2011/02/26(土) 23:35
『 狼と子ヤギ 』   終わり

なんとか間に合った〜
90 :名無飼育さん :2011/05/17(火) 03:35
今更ですが更新うれしいです。
91 :esk :2011/11/01(火) 22:42
>>90さま
ありがとうございます。

某ハロウィン企画より。みきえり

『 いたずらと魔法使い 』
92 :いたずらと魔法使い :2011/11/01(火) 22:45

ふおおおんっ

一台のサンドバイクが砂煙をあげて停止する。
まとわりつく黄色い煙をばたばたと手で払いながら、美貴はひょいと地面に飛び降りた。

「なんだこれ」

顔の大半を覆っていたごついゴーグルを下げると、
バックパックから取り出した測位端末と地図を照らし合わせる。
目の前に立つ砂色の壁は崩れかけた城門の一部だと思われた。
先史時代の遺跡であろうが、美貴の持つ地図には記載がない。
しかし美貴はこのあたりに残る文明の伝説を聞いたことがあった。
これがその文明の遺跡だとすると――。
世紀の大発見。
なんていう言葉よりも美貴の頭に浮かんだのは未盗掘の装飾品。
一山当てればしばらく遊んで暮らせる。
もとより美貴は盗掘家である。
今日もこの先にある遺跡へ向かう途中だった。
迷う理由はない。

時間の経過なのか侵略された時の傷跡なのか、
美しく施されていたであろう彫刻も無残に欠け落ちている。
往時にはきらびやかな宮殿であったのだろうが、今はその跡形さえ物悲しい。
そんな先史時代に思いをはせることもなく、美貴はざくざくと遺跡の中へ歩を進めた。
 
93 :いたずらと魔法使い :2011/11/01(火) 22:46

しばらく進むと、美貴の足がゆっくりと止まる。
さほど奥深くではない、広間のような空間。
そのやや奥手寄りに据えられた石造りの祭壇のようなもの。
貴石の一つでも埋め込まれていないかと、美貴は慎重にその祭壇を調べる。
細かに刻まれていたであろう彫刻はほとんど残っていない。
しかしその中に気になる跡形を見つけて美貴は目を凝らした。
古代文字だ。
もちろん現代では使われていない文字だが、
盗掘を生業としている美貴は多少なら読むことができる。

「Toric or treat……? トリックは罠だっけ? トリートは、えーと……」
「おっ菓子くれな――きゃあっ」
「いってえっ」

祭壇に体を乗り出していた美貴の上に突然何かがどかりと降ってきた。
祭壇におしつけられるようにして這いつくば理ながら美貴はじたばたと腕を振る。

「いったあい。なんでこんなとこにいるんですかあ」
「お前こそどこから……っていうか早くどけよっ」

自分の上に乗っかったままのんきな声を上げる人物を、美貴は乱暴に振り落した。
体を起こして見下ろすと、
地面に転がったのは二十歳を少し過ぎたくらいと思われる女の子だった。
イラついた美貴は彼女をきつく睨み付けたが、
その視線にさえ嬉しそうに立ち上がると、ぱあっと顔を輝かせた。
 
94 :いたずらと魔法使い :2011/11/01(火) 22:46

「あなたはこの世界の人ですねっ」
「ここ以外に世界があるんだったらそりゃこの世界の人だけど」
「よかった! それでは……お菓子くれなきゃいたずらしちゃうぞ!」

ピンと立てた指を顔の前に持ち上げて小さく美貴の方に傾ける。
にいっと引いた唇から、白い八重歯がちょこんとのぞく。
誰が見ても魅力的と思える笑顔に、美貴は黙って銃を起こした。

「えっ、ちょっと待ってくださいっ。怪しいものではありませんからっ」
「めいっぱい怪しいし。あんたなんなわけ」
「亀井絵里、魔法使い見習いです。えりりんって呼んで下さい」
「魔法使い? あんたが?」

美貴は銃を構えたままで亀井絵里と名乗った人物を上から下まで眺める。
小柄な美貴より少し背は高いが特にどうということのない普通の女の子に見える。

魔法使い――。
このあたりにあったとされる文明に残る伝説。
それは、この文明の祭司が異世界から魔法使いを召還し、
その力を以って周囲を制圧していたという話だった。
現実主義の美貴ではあるが、そが本当なら少し面白いかもしれないと思っていた。

しかし、これが?
にこにこというよりはへらへらと笑う絵里に美貴は眉をひそめた。
美貴がイメージしていた聡明で厳格な魔法使いのイメージとは程遠い。

半信半疑ながらも美貴はゆっくりと銃を下ろした。
美貴の様子に納得してもらえたと確信したのか、絵里は嬉しげにうなずいた。
 
95 :いたずらと魔法使い :2011/11/01(火) 22:47

「じゃあ、お菓子くれなきゃいたずらしちゃいますけど、どうしますか?」
「いやいきなり意味わかんないし。つーかどっちもヤダし」
「どっちか選んでくれないと絵里困るんですよー」
「はあ?」
「実は絵里、学校の行事でこっちの世界の人にいたずらしなきゃいけないんです。
 立派な魔法使いになるためには必要な行事なんです」

間延びした声でふにゃふにゃと体を揺らしながらの絵里の懸命な説明に、
美貴は呆れたため息をついた。

「迷惑だな。つーかお菓子貰ったらいたずらできないけどそれはいいの?」
「えと、それは……あれ? でもこれが決まり文句なんで」
「めんどくさいなあ。じゃあはじめっからいたずらさせてくださいって言いなよ」
「そ、そうですね。じゃあいたずらさせて下さ――」
「断る」
「えええええ」

美貴の言葉に従い、張り切ってお願いポーズまでとったのに即答で切り捨てられて、
絵里はがっくりと膝をついた。
その様子を見下ろしながら美貴は腹を抱えて笑った。
フリーの盗掘家である美貴は普段一人で行動することが多く、
またこれほどばかばかしい会話で大笑いしたのは久しぶりだった。

ひとしきり笑った美貴は、目の端にたまった涙を拭きながら、
まだがっくりしている絵里の肩をポンポンと叩くに。

「ま、面白かったからやってもいいよ」
「ホントですかっ」

美貴の言葉に絵里は慌てて立ち上がると腰に下げていた細長い袋を取り出した。
珍しそうに手元を覗き込む美貴に、絵里は自慢げに杖を出してみせる。

「じゃあ、行きます」
「痛いのとかはヤだからね」
「大丈夫です! じゃあ……カエルになーれっ」
「うわああっ」

大した前触れもなくいきなり絵里が振った杖の先からヘロヘロと光が飛び出して、
美貴は慌てて飛び退く。
目標物を見失った光はそのままヘロヘロと地面に落ち、
美貴がたっていた足元にあった小石に降りそそいだ。
砂の上にぴちぴちと震えるオタマジャクシを美貴は呆然と見つめる。

「なんでよけちゃうんですかー」
「おま、カエルはないだろっ。しかもこれオタマジャクシじゃんっ」
「そ、それはちょっとした手違いで……」
「っていうか水なくてかわいそうだし。早く戻してやんなよ」
「はあーい」

絵里がもう一度杖を振ると、
ヘロヘロとした光がオタマジャクシを小石に戻したが尻尾は生えたままだった。
その様子に美貴は激しく不安を覚えたが、絵里ははりきって杖を振り上げる。

「ちょっと待て」
「なんですかー」
「その魔法、美貴にかける前に全部この石にかけて」
「えー」
「信用できないんだから当然でしょ」

美貴の言葉に不満そうにしながらも、絵里は小石に向かって次々と魔法をかけた。

トンボになる魔法、ネズミになる魔法。
光る魔法、色が虹色になる魔法。
大きなる魔法、小さくなる魔法。

そのすべてが中途半端に失敗だった。

「……」
「カメちゃん、ホントにちゃんとした魔法使いなの」
「そ、そうですよ」
「嘘つけ」

だんだん気まずくなってごまかし笑いを浮かべる絵里だったが、
美貴はごまかされることもなくすっぱりと切り捨てる。

「……来年から、魔法使いです」
「はあ?」
「今はまだ学生なんで、でも来年には卒業するから魔法使いです」
「来年にはってあんなんであと一年でなんとかなるの。無理でしょ」
「う〜」
 
96 :いたずらと魔法使い :2011/11/01(火) 22:48

決めつけるような美貴の言葉に、絵里は唇を尖らせる。
確かに絵里は学校の成績は決して良いとは言えない。
悔しいが美貴の言葉に言い返すこともできなかった。
言い返さない絵里を美貴は勝ち誇ったように笑う。
(実際には美貴が何をして勝ったわけではないのだが)

そんな美貴の様子に、絵里はぷうっと頬を膨らませると、
いきなり美貴の肩を強くつかんだ。

「じゃあとっておきの魔法!」
「へ? なに――」

ぐいっと近づいてきた絵里の顔に、美貴は驚いて目を閉じる。
次の瞬間、唇に感じた柔らかい感触。
信じられない気分で目を開いた美貴は離れていく絵里の顔を呆然と眺める。

「絵里のこと、好きになっちゃう魔法です」
「こんなの魔法じゃな……っていうか勝手に何すんのっ」
「びっくりしました?」
「するにきまってるでしょーがっ」
「じゃあいたずら成功ー」
「は?」

顔を赤らめたまま眉をしかめる美貴に、絵里はにへらと笑いかける。
魔法学校の行事ではあるが、
別にいたずらは魔法を使ってしなければならないという決まりはない。
もちろん大がかりな魔法を使った方が学校に戻ったときみんなに自慢できるが。

「あ」

絵里の声に美貴が視線を向けると、絵里の持つ杖が鈍く光り始めた。
魔法使い見習いは一人前ではないのでこちらの世界にいられる時間が決まっている。
その少ない時間でいたずらを済ませるとこは意外に難しく、
毎年失敗する仲間も多い中、絵里はなんとかこの行事を全うすることができた。

「じゃあ、絵里もう帰りますね」
「さっさと帰れ」
「また来年いたずらしに来ますね!」
「来なくていい」
「絶対来ます。ちゃんと一人前の魔法使いになって」
「無理だろ」
「それまで待っててくださいね」
「……勝手にすれば」

何を言っても聞かない絵里に、美貴は呆れたようにため息をつく。
でもそのうつむいた頬はまだ少し赤くて。
その色を確認すると、絵里は満足げに笑ってぱっと姿を消した。


「意味わかんないし……」

絵里が消えたあたりをぼんやりと眺めながら、美貴はがっくりと肩を落とす。
いきなりやってきた身勝手でめんどくさいやつ。
でも。
美貴は親指でぐいっと唇をぬぐう。

『絵里のこと好きになっちゃう魔法です』

そんな魔法にかかった覚えはさらさらないが、なぜか悪い気はしなかった。
いきなりやってきて自分勝手に美貴のことを振り回していったけれど、
それが不快だったかというとそうでもない。
ちょっとバカっぽいけど笑顔は結構かわいかったし。
一年後。
もしもちゃんとした魔法使いになっているのなら、
少しくらい相手してやってもいいかもしれない。


そんなことを思いながら、美貴は遺跡探索を再開した。



この地に残る伝説には続きがある。
いつかこの文明が滅びたのち、異世界から来た魔法使いは騎士とともに旅に出、
混沌とした世界を救うだろう、と。

騎士でも混沌とした世界でもないが。
美貴と絵里が長い旅に出るのは、まだまだ先のお話。
 
97 :esk :2011/11/01(火) 22:49
『 いたずらと魔法使い 』   終わり

遅くなって申し訳ありませんでした。
98 :名無飼育さん :2011/11/01(火) 23:48
ハロウィンってなんてくすぐったい行事なんでしょう
えりりん萌え
99 :名無飼育さん :2011/12/31(土) 06:43
おぉぉ年の瀬に久しぶりに覗いたら何と大好物なお話が!

ご馳走様でした><
100 :esk :2012/03/27(火) 23:15
読んで下さった方、ありがとうございます。

>>98
えりりん萌え! みきえり萌え!!

>>99
好物で良かったですw お味はお好みだったでしょうか


なっちゅー。安倍さん16,7歳ってとこで

『 ココアのように 』
 
101 :ココアのように :2012/03/27(火) 23:18

「……ん?」

屋敷の片隅、半地下になっているカーブでワインを選んでいた裕子は
頭上の物音に顔を上げた。
手にしていた2本のワインを足元の籠に横たえるとそっと持ち上げて階段を上がる。
重い扉を開くと、
待機させていた下働きの少年が年配女性のハウスキーパーと口論していた。

「「 バトラー!! 」」

扉の隙間から顔をのぞかせた裕子に二人が声をそろえる。
裕子はその剣幕に少し驚きながら、ゆっくりと籠を足元に下した。

「なんかあったんか」
「なつみ様が――」
「バトラーは今お忙しいので後にしろと――」
「ええて。お嬢がどないしたん」

不満げな少年を手で制してハウスキーパーの言葉を促す。

「なつみ様のお姿が見えないのです。さっきから皆で探しているのですが、
 どこにもいらっしゃらなくて。バトラーならなにかご存知かと」
「あの子が学校から帰って来て紅茶を出してから姿は見てへんな」
「そうですか……」
「外は探したん?」
「外……ですか」

きょとんとしたハウスキーパーに裕子は苦笑いを浮かべる。
籠の鳥が籠から逃げ出すとは考えもつかないらしい。
裕子が仕える安倍家の三姉妹。
外面はよく少なくとも表面上は大人しく従順なお嬢様に見えるが、
それぞれにそんなたやすく扱えるような性格ではないことを裕子は知っている。

「では念のため中庭にも人をやります」

中庭ねえ。
ハウスキーパーが駆けていく後姿を眺めながら裕子は首の後ろをさする。
あれじゃあ当分見つかりそうもないな。
主人が帰ってくるまでには連れ戻さないと。
裕子は不満げな少年を振り返ると重たい籠を胸まで持ち上げる。

「あたしもお嬢探しに行ってくるから、
 あんたはこれを調理室まで持って行ってビンを磨いて冷やしといて。
 そっと運ぶんやで」
「は、はいっ」

少年は緊張した面持ちで籠を受け取る。
主人が口にするワインを管理するのは執事の最たる仕事の一つである。
一端であるとはいえその仕事を任されたのだから、
少年は不満げだった表情を一転させ頬を紅潮させた。

ぎこちない足取りで調理室に向かう少年を見送ると裕子は裏口から屋敷を出る。
無駄にだだっ広い豪邸、安倍家。
もちろん警備もさせているが、
広すぎるがゆえに人目につかないように外に出ることはそれなりに可能だ。
裕子は目立たない裏口から敷地の外に出た。
 
102 :ココアのように :2012/03/27(火) 23:18

少し歩いた小さな公園の角の自販機に、裕子は目的の人物を見つけた。
自販機の周りを不審げにうろうろしている小柄な人影。
しきりにボタンを押しながら首をかしげている。

「何してんの」
「……っ」

ゆっくりと近寄った裕子に気が付いていなかったのか、
声をかけるとなつみは飛び上がるようにして驚いた。
裕子は振り返ったなつみの背後にある自販機を眺める。
故障しているようにも見えないし、裕子もよく利用している通常のタイプだ。
こそこそと屋敷を出ていったい何をしていたんだろうと視線をなつみに戻した。
もしかして。

「お嬢、自販機知らんのか?」
「知ってるよ! お金を入れたら飲み物がもらえるんでしょ」

わかっているというには少々微妙な答えが返ってきたが、
まあ珍しくて見に来たというわけではなさそうだ。
では何を。
ふと裕子の視線が投入金額に止まる。1・0・0。
……なるほど。

「お嬢、ここなんて書いてる」
「120」
「この数字なんやと思う」
「……あ」

金額が足らないとこと今気づいたのか、悔しそうな顔をするなつみ。
さっしはいいが知識に欠ける。
お嬢なのはそりゃ分っていたけど自販機を使ったこともなかったとは。
裕子が呆れた顔をするとなつみは一瞬むっと顔をしかめたが、
その表情はすぐに天使の微笑みに変わる。

「裕ちゃん今お金持ってる?」
「……。持ってるな」

ポケットに手を入れると指先がコインケースに触れた。

「買って」
「うちが?」
「裕ちゃんはうちの執事でしょ」
「あんたに仕えてるわけやないけどな」

裕子は安倍家当主であるなつみの父に仕えている。
母親やなつみたち姉妹はどちらかといえばハウスキーパーの管轄だ。
小さいころから自分によくなついているなつみに対して、
裕子はよくこういう線引きを示して見せた。
小さいころは子供が苦手、という大義名分があったけれど、今は。

真っ黒な瞳からまっすぐな視線を感じて、裕子はゆるく目を閉じた。
笑みの形にゆがもうとするその口元をなつみは満足げに見つめたが、
ゆっくりと瞼を上げた裕子の口元はすでにいつもの薄い笑みが浮かんでいた。

「何が飲みたいん」

これ以上抵抗することに意味もない。
裕子はポケットから取り出したコインケースを開いて見せた。
しかしなつみが無言で指さしたサンプルを見ていぶかしげに眉をしかめる。

「ホンマにそれでええん?」

確認するとなぜか満面の笑みでうなづくなつみ。

「まあええけど」

コインケースから10円玉を二枚取り出して投入する。
派手な音を立てて落ちてきた無糖ブラックを手渡した。
 
103 :ココアのように :2012/03/27(火) 23:18

「熱いで」
「うん。……あつっ」
「だからゆうたやん」

なつみが取り落とした缶を拾うと、
裕子は笑いながら胸ポケットからハンカチを取り出した。
缶を丁寧に拭いてくるくると巻きつけるとスチール缶の硬いプルトップを開けてやる。

「ほら」

おそるおそる差し出した手に乗せるとなつみはほっとしたような顔をした。
その表情に裕子もふっと笑みを浮かべるとすぐそばにベンチを指さした。

「そこ座って飲み」
「うん」

より目になるほど缶を見つめたままそーっと腰をおろすなつみ。
その姿を横目に見ながら裕子はまたちゃりちゃりと自販機に小銭を投入する。
一つボタンを押して缶を取り出すとなつみの隣に座った。

「……っ。にっがあいっ」

慎重に缶を傾けたなつみが一声あげる。
眉をしかめるその横顔に裕子はふっと笑みを浮かべた。

「こっちにするか」

裕子は手にした甘いココアを振って見せる。
しかしなつみはそれをちらりと見ただけで再びコーヒーを口に運んだ。

「無理してからに。だいたいコーヒーやったらうまいカフェオレ淹れたるやん」

なつみたちの生活面はハウスキーパーの管轄だが、
飲食、特に嗜好品的な飲み物に関しては主人を含め裕子の管轄であった。
なつみはどちらかといえばコーヒーよりも紅茶を好むが、
たまに気が向くと甘いカフェオレを望むこともあり、
屋敷には厳選した高級豆の中からなつみの好みに合わせたものをストックしてある。

「裕ちゃんいつもここでこれ飲んでたから」
「……知ってたん」

この屋敷で裕子は執事というよりも家司に近くその仕事は多岐にわたる。
仕事はたいてい深夜にもおよび、
その息抜きにここで缶コーヒーを飲むのが裕子の一日の楽しみの一つでもあった。
確かにこのベンチからは屋敷が見える。
見えることによってここが裕子にとったベストポジションになっていたのだが、
それはつまり屋敷からもここが見えるということだ。
油断したな。
苦笑する裕子の顔をなつみが覗き込む。

「裕ちゃん」
「ん?」
「あたしね、大学行くね」
「……そおか」

唐突ななつみの言葉に裕子は視線をそらして遠くを見つめた。
なつみにはすでに決まった婚約者がいる。
大学には行かずに結婚という話も出ていたのだが、
大学に通うということはあと数年この屋敷にとどまるということだ。
それは、裕子のそばにいるということだ。

裕子は黙りこくったままココアの缶を傾ける。
口の中に広がる甘ったるさ。
後味に残るほろ苦さ。
それはまるで。
なつみに対する自分の気持ちのようで。

「裕ちゃん」
「ん?」

持て余したように裕子の手の中でくるくると回っている缶をなつみが指さした。

「やっぱりそっちがいい」
「はいはい」
 
104 :esk :2012/03/27(火) 23:19

『 ココアのように 』   終わり
 
105 :名無飼育さん :2012/03/28(水) 12:59
題名から安倍さんの「雨上がりの虹のように」を連想してしまって
勝手に自分の中でこの曲がBGMのように流れてました。
2人の懐かしい雰囲気がとてもとても好きです。
106 :esk :2012/05/25(金) 00:05
読んでくださった方、ありがとうございます。

>>105さま
それだ!! 安倍さん関係で『○○のように』ってなんかあったなーと思いながら
タイトルつけたんです。スッキリしました!


娘。なのでこっちで。ぽんぽんコンビ

『 キスしよう 』
107 :キスしよう :2012/05/25(金) 00:06

聖がホテルのバスルームの扉をから顔を出すと、
ベッドに丸まっている黄緑Tシャツの肩は規則正しく上下していた。
やっぱり寝ちゃったか。
急いでお風呂を済ませたつもりだったが、衣梨奈はいつでも聖を待たずに寝てしまう。

少しがっかりしながら聖は衣梨奈の枕元に腰を下ろすとその寝顔を覗き込んだ。
軽く口を開いたままの間の抜けた顔に思わず笑みがこぼれる。
指先でそっと頬をつついてみたけれど全く反応はなくて、
どうやらすでに熟睡しているようだ。

「起きなよ〜」

コンサートのための地方泊まり。
今日もコンサート明日もコンサート。
疲れているのも休まなければならないのもわかるけれど。
同じグループにいて付き合っていて。
毎日ほとんどの時間を一緒にすごしているのに、二人きりの時間というとあまりない。
せっかく部屋まで来たんだからゆっくり二人の時間を、なんて思う聖に対して、
衣梨奈は聖と一緒だとよく寝れるなんて色気のないことばかり言う。

男前な顔してるのにホントただの無邪気な子供。
呆れた聖がくいっとあごをあげさせると、さすがに衣梨奈の口元がもぞもぞと動いた。
聖はその唇にそっと指先を押し当てる。

「起きないとキスしちゃうよ」

なんて。
言ってみたけどそんなの出来るわけもなくて、
むしろ言ってしまったことで目を閉じている衣梨奈の顔も見れないくらい
恥ずかしくなってきた。
明日の確認でもしよう。
聖はふいと顔を離そうとしたが、下から伸びてきた腕にぐいと引き戻される。

え?と思う間もなく唇を柔らかい感触が覆った。

「起きてたのっ?」
「んー、起きたぁ」

驚いた聖が責めるように問うが、
衣梨奈の眠たげな目と声が持ち主の言葉がうそではないことを語る。
そして引き寄せた腕はそのまま抱き枕よろしく聖の体に絡まった。

「みずきももー寝るっちゃろぉ?」
「寝る、けど」

眠たそうな衣梨奈の声に聖は戸惑うようなか細い声で答える。
だってこんなにきつく抱きしめられたら寝れない。
いろんな意味で寝れない。
そう思うのにおでこをつき合わせている衣梨奈の目は、
すでにとろとろと夢の世界にさまよいかけている。


そっちから部屋に来て。
キス、とかしといて。
ベッドの上で抱きしめたりして。


一瞬にして寝息を立て始めた衣梨奈に聖は盛大にため息をつく。
しょうがない。
こういう子だってわかっていて一緒にいるのだ。

聖はとりあえずため息とどきどきとうるさい心臓の音を聞かれなくてすんで
よかったと思うことにした。


   終わり
108 :名無飼育さん :2012/06/01(金) 08:34
ぽんぽんコンビが好きなので、この2人の話が読めて嬉しいです。
雰囲気がとてもいいです。ドキドキする。
109 :esk :2012/07/07(土) 23:51
読んでくださった方、ありがとうございます。

>>108さま
ありがとうございます。私も好きです><

生田衣梨奈さん、15歳のお誕生日おめでとうございます。
これからもますます元気にイケメンでがんばってください。

『 自転車に乗って 』
110 :自転車の乗って :2012/07/07(土) 23:52

「いってきまーす」

玄関を出た聖は明るい朝日に手をかざした。
もう夏だなあなんて少しうきうきしているとポケットの中の携帯が震える。
このタイミングでかかってくる電話なんていやな予感しかせずに取り出すと、
案の定そこには幼馴染の名前。

「えりぽん?」
『ごめん寝坊した!!』
「またあ? 遅刻しても知らないからね」
『すぐ行くけん待っとって!!』
「やだよ。先行ってるからね」
『みずきぃ』

情けない声の通話を強引に切りあげて携帯をポケットに戻す。
ひとつ年下の幼馴染の男の子。
聖の進んだ高校と衣梨奈の通う中学は隣り合わせに建っているので
いままで通り朝は一緒に登校しているのだけれど。

「最近寝坊ばっかり」

小さく唇を尖らせながら聖は通学路を一人歩く。
別に一人で学校に行くのが寂しいわけではないが、なんていうか。
なんていうか?

少し前までは素直でかわいい弟みたいな存在だった。
しかしどうもこの春くらいから急に生意気になった気がする。
背もぐんと伸びて顔つきも変わってきた。
高校のクラスメートからもあのイケメン誰? とか聞かれて。
そういうのって、なんていうか。
なんていうか?

答えの出ない自問に聖の足は進みを止める。


「みずきさん!!」

その聖に向かって一人の少年が全力で駆けてきた。
うあ。
聖は困ったように身構えた。
ぶかぶかの学ランを着た少年はスピードを緩めずに突進してきて、
登校中の中学生や高校生が何事かと振り返る。

「好きです!付き合って下さい!!」

駆け寄った勢いのまま少年が腕をいっぱいに伸ばして小さな花束を差し出す。
しかし聖がさっと避けると、少年はつんのめって地面にころころと転んだ。

「く、工藤君っ」

慌てて聖が近寄ると工藤少年は器用にくるりと起き上がると
また花束を差し出した。
後ずさる聖に少年はさらに手を伸ばす。

「僕じゃダメですか!?」
「ダメって言うか」

身を乗り出す少年を制するように、聖は困った顔で両手を伸ばした。
少年がその手をぐっとつかむ。
意外とも思える力強さに聖ははっと目を見張った。
真剣な目で見上げる工藤少年と見つめあう。

「くどぅー!! またお前か!!」

しかしそれはほんの一瞬で、
がしゃんと音を立てて自転車を放り出してひょろ長い少年が
小さな少年の襟首をむんずと掴んで聖から引き離した。

「生田先輩ぃい」

ぽいと捨てられるように投げ出されて、工藤少年は情けない声を出す。
手の中の花束をぐっと握り締めてにらみつけるが、
先輩に逆らうことは中学生にとっては犯しがたいタブーだ。

「僕、諦めませんから!」

捨て台詞のように一声叫ぶと工藤少年は走り去って行った。

嵐のようにやってきて去っていった少年に聖はやれやれとため息をついた。
嫌いなわけではない。
苦手なわけでもない。
落ち着いて話せばしっかりしていて良い子だと思う。
思う、が。
 
111 :自転車の乗って :2012/07/07(土) 23:53

また答えの出ない問いだ。
聖はため息をつく代わりに衣梨奈を見つめる。
放り出された自転車を起こしていた衣梨奈が聖の視線を感じたのか、
振り返り小首をかしげる。
目が合って、聖は少しほっとした。

「自転車なんかだめでしょ」

気の緩んだ聖がぽんぽんとサドルをたたきながら言う。
衣梨奈の通う中学で自転車通学は禁止されている。
そうやって衣梨奈が簡単に規則を破るようになったのも最近のこと。

「そのへんほっぽっとけば大丈夫っちゃろ」
「盗られたらどうするの」
「盗られたら盗り返すったい!!」
「……」
「えと、後ろ乗る?」

ため息をつく聖に衣梨奈はあわてたように言う。
しかし聖はぷいとそっぽを向いた。

「乗りません」
「あ、あ、じゃあ帰り! 帰りこれで海まで行かん?」
「ええ?」

海、と言われて聖の心も少し揺らいだ。
もう夏だななんて思っていたからかもしれない。
自転車で行けば30分くらい。
この季節なら風を切って走るのは気持ちよさそうだ。
禁止されている自転車通学には抵抗があったが、
聖が衣梨奈と遊ぶのに自転車を使うことは少し抵抗が薄れる。

「んー。じゃあ帰りね」
「よっしゃあああ!!」

少し前々は交互にこいでいた自転車の二人乗りも今では聖がこぐことはない。
ガッツポーズをつける衣梨奈を聖は少しまぶしげに見上げた。


『 自転車の乗って 』   終わり
112 :名無飼育さん :2012/07/09(月) 16:54
青春ですね。眩しいですね。
ぽんぽんコンビの安定感は幼馴染の関係がとても似合ってしまうほど。
生田君はさぞイケメンなことでしょうw
113 :名無飼育さん :2012/07/10(火) 02:39
フクちゃんは年下から大人気なんだろうな
114 :名無飼育さん :2012/07/10(火) 19:57
宮崎さんのCMみたいな工藤少年どんまい。
幼なじみが大人になっていくちょっとした変化に
ドキドキするんだよね。若いなー。

115 :名無し飼育さん :2012/07/13(金) 18:57
イケメンえりぽん、小さな少年くどぅー。どちらも鮮やかに目に浮かびます。
爽やかで大好きです!
116 :esk :2012/08/01(水) 23:52
読んでくださった方、ありがとうございます。

>>112さま
青いですね。イケメン生田君にはもう少しがんばってほしいいところですw

>>113さま
娘。の母ですから

>>114さま
そのCMを見て思いつきましたw

>>115さま
ありがとうございます!少年たちは爽やかでいいですね><

『 8月の怪談 』
117 :8月の怪談 :2012/08/01(水) 23:53

「んー」

ぱらぱらと資料をめくる里沙のすぐそばで、
衣梨奈は銃の手入れをしているフリをしながらその横顔をチラチラとのぞく。

「まぁ大丈夫かな」

古びた書物とPC画面を見比べながら束になった資料に
なにか書き込みをしていた里沙の手がやっと止まる。
整えた資料を確認しながらめがねを押し上げる、
里沙そのしぐさに衣梨奈は声を殺してもだえた。
テーブルに突っ伏した衣梨奈の背中に里沙は眉をひそめてため息をついた。

「……生田」
「はい! はいはいはい!!」

がばっと飛び起きた衣梨奈は里沙と目が合うとにへらと相好を崩す。
黙っていればきりっとしたきれいな顔をしているのに。
残念なやつだとは思うがやはり慕われて悪い気はしない。
里沙は緩みそうになる口元を引き締めわかりやすく呆れた目をして見せると
資料の束を衣梨奈の顔に突きつけた。

「依頼人は譜久村家。
 本家ではないみたいだけどなんでうちにこんな仕事が来たんだか」
「ふくむら?」
「この業界じゃ有名な家系! あんたその無知どうにかしなさい」
「はぁーい」

ぺろっと舌を出す衣梨奈に反省の色はかけらも見えず
里沙は軽い頭痛を覚えつつ資料をめくる。
打ち出されたカラー写真を差し出すとそこには大振りな首飾りが写っていた。

譜久村家に代々伝わる霊具らしいのだが、
当主がその保存場所を伝えずに病でなくなった。
遺族が屋敷の中を探そうとしたが
その霊具が主人を失ったせいか悪霊を集め始めてろくに捜索もできない。

説明を始めるとまじめな顔でふんふんとうなずきながら聞く衣梨奈に、
里沙はかすかに目を細めた。

里沙は悪霊ハンターとしては有名な事務所の出張所のようなものを
任されている。
ずっと一人でやってきたのだが、
最近になってひょんなことで衣梨奈が部下につくことになった。
へたれで妙なテンションのどうしようもないガキ。
厄介者を背負い込んだと思ったがそのポテンシャルはなかなかのもので、
やっと15になって正式な所員になった、これが衣梨奈の初仕事だった。

「最終依頼内容はその霊具を回収してくること」
「悪霊は退治しなくていいんですか?」
「そこまでは依頼されていないけど
 霊具に近寄るためには退治しないといけないから同じことだね」
「そうですか……」
「何も生田に一人で全部退治しろなんて言わないから安心しなさい。
 今回はただの現地調査。
 まあ霊具に近づかない限りはそう大きな危険もなさそうだし
 それくらい一人でやれるでしょ?」

不安げな衣梨奈に里沙は小さく笑う。
優しげな笑みを向けられてでへへと目じりを下げた衣梨奈を小突くと
里沙はもう一度資料に視線を落とした。

「本家に頼らなかったあたりが気になるけど……。
 まあ古い家は色々あるから、たぶん……」

考え込むように爪を噛む里沙に、
衣梨奈は爪になりたいと心の中でつぶやいた。
 
118 :8月の怪談 :2012/08/01(水) 23:53

「帰りたか……」

くたびれた原付を降りた衣梨奈はシートボックスから取り出したリュックを
地面に下ろすと呆然とつぶやいた。
数ヶ月ほおって置かれただけなのに屋敷はいかにもお化け屋敷然としている。
周囲に民家もなくうっそうと茂る森の中の一軒家だ。
そんな静かな森に、立ちすくむ衣梨奈のポケットから着信音が響いた。
さっと取り出すとすばやく耳に当てる。

「にいがきさん!!」
『声でかっ……もう。現場には着いたの?』
「はいぃ……」
『現役ハンターがそんな声出さないの』

機械越しに聞こえる里沙の笑い声に衣梨奈の顔が泣き笑いになる。

『図面出して』

地面に下ろしたリュックをがさがさとあさると屋敷の見取り図を広げた。
事務所でも里沙と一緒に何度も確認した図面だ。

『生前に霊具をしまうために隠し部屋を作らせたって言ってたらしい。
 書斎に誰も入らせなかったって話もあるからまあベタに書斎だろうね。
 今回の生田の任務はその隠し部屋の在り処と入り方を探すこと。そこまで。
 深入りはしないこと。いいね』
「もちろん!」

力をこめて言う衣梨奈に里沙は小さく笑い声をもらした。
深入りなんてしようはずもない。
こんな怖いところ1秒だって早く出て行きたい。

『生田は十分な力があるからきっと大丈夫。
 それでもなんかあったらすぐにあたしに連絡しな』
「はい!!」

里沙の言葉に胸を張ると、衣梨奈は昼なお薄暗い屋敷に足を踏み入れた。


昼間であるせいかそう大きな悪霊はいない。
自分でも対応できる程度の悪霊を退治して機嫌よくなりながら
衣梨奈は屋敷を探索する。

書斎は一階の奥にある。
ぎしぎしと鳴る廊下をこわごわと進み目的の扉を開けて、閉める。
衣梨奈はばたばたと半分ほど廊下を駆け戻った。

「な、なん……!?」

ばくばくと鳴る心臓を押さえて大きく息をつき、今見た光景を頭に描く。
部屋の床に倒れていた女性。
赤いじゅうたんに長い髪が広がっていた。
まさかまさかまさかした……。
いやいやと衣梨奈は首を振る。
ここはお化け屋敷なのだ。
きっとあれは悪霊だ。
そうだ。
それならば怖くない。
退治してやる。

ごくりとのどを鳴らした衣梨奈は手にしていたお札をしまうと
腰に収めていた銃を抜く。
じりじりと書斎へ近寄る。
さっき適当に閉めた扉を再びこわごわ開いた。

相変わらず大の字で伸びている女性の……霊、ではない。
衣梨奈がばたばたしていたので気がついたのか、
床に寝そべったまま手でけだるげに頭の辺りを押さえている。
ほっとした衣梨奈はさっと近寄ってそのそばにひざをついた。
 
119 :8月の怪談 :2012/08/01(水) 23:54

「生きとーと?」
「ん……なんとか……」

大和撫子。
最近覚えたての言葉がよく似合うと思った。
切れ長の真っ黒な瞳と真っ白なもち肌。
年はそう変わらなさそうなのにずいぶん色っぽい人だなあと、
衣梨奈は内心ドキドキしながらその背中に手を回して抱き起こした。

「あなたは……ハンター?」
「うん。なりたてっちゃけどね」

衣梨奈の腰に差していた銃に視線を向けると少女は小さく問う。
銃創は梵字で埋め尽くされており、霊具であることはすぐに見て取れる。
誇らしげに胸をはる衣梨奈に少女はかすかに眉をひそめる。

「あんたは?」
「……聖」
「みずき。あたしは衣梨奈。生田衣梨奈。聖はこんなとこで何しょったと?」

偶然迷い込むようなところではない。
それくらい衣梨奈でもわかる。
しかし聖が名を名乗るのにためらったことには気づかなかったようだ。

「それは……」

目をそらして言いよどむ聖に衣梨奈が体を乗り出した。
その頬のすぐそばを空を切って掠めたそれを衣梨奈の手があっさりと掴む。
初動のないその動きに聖が目を見張る、
それよりもすばやく衣梨奈は聖をかばうように振り返ると
いつの間に手の中にあったのか黒銀の銃口が火を噴いた。
矢のごとく鋭く走る霊破が二人を襲おうとしていた悪霊を正確に射抜く。

この口径の大きな銃は、
霊破を打ち出すお札の機械式バージョンといったところ。
もちろんお札と同じで本人の霊力しだいで威力は千差万別だが、
安定性は補助してくれる。
聖はすぐに気づいたが、珍しい霊具だ。

「やっばい。逃げんと!」

とっさであったせいかかえってあっさりと倒すことができたが、
わりあいに大きな悪霊だった。
大きな悪霊を退治するとその波動を受けて霊が集まる。
そうなると衣梨奈では対応しきれないかもしれない。
まして一般人を守るだなんて無理だ。

しかしさっと掴んだ聖の手がすばやく振り払われる。

「しゃがんで!」

左腕を上段に構えた聖が言い終わらない内に衣梨奈の上体が視界から消える。
やはり反応がいいな。
そう思いながら聖は腕を大きく一閃した。

しゃがんだまま体を返して銃を構える、
その衣梨奈の頭の上を何かが鋭く通り過ぎた。
すでに寄ってきていた悪霊を簡単に切り裂く。

「聖、式神が使えると!?」
「あーうん」

気まずそうにうなづく聖を衣梨奈は穴の開くほど見つめる。
多少の霊力があればとりあえず使うことはできるお札と違い、
式神はそれなりの知識を持って修行しないと使いこなすことはできない。
本人の得手不得手が大きく影響する除霊術ではあるが、
少なくとも聖は衣梨奈よりもきちんとした指導を受けたことのある
悪霊ハンターだということだ。
 
120 :8月の怪談 :2012/08/01(水) 23:54

「じゃあここにおるんは……」

いるのは……。
……どういうことだ?
首をかしげる衣梨奈を引き剥がすようにして、壁の一部を指差す。
そこにはうっすらと梵字が描かれていた。

「そんなこといいから、とにかくこれに向かって霊力を放って。
 軽くでいいから!」
「は?」
「これで隠し部屋には入れるから。そっちに逃げよう!」
「かくし、え? なんで聖がそんなことしっとーと!?」
「――っ、いいから早く!」

襲い来る悪霊を祓いながら聖が叫ぶ。
どんどん数を増す悪霊。
たしかにこの悪霊を掻き分けて書斎を出る方法を考えるよりもよりも、
隠し部屋に逃げ込むほうが効率よく思えて、衣梨奈は素手で霊破を放った。

くるり、と体が回転したような気がして。
衣梨奈が床に転ぶとそこはもう違う部屋だった。
起き上がって見回すとそこは狭いけれどすっきりと綺麗な部屋だった。

「って、だめやん! 隠し部屋の中にはもっとすごい悪霊が……っ」

隠し部屋に保管されている霊具が悪霊を集めているというのが
そもそものことの始まりだったはず。
だから里沙も隠し部屋の入り方だけわかれば帰って来ていいと言った。
隠し部屋の中は悪霊でいっぱいだと考えたからだ。
その入るなと言われていた部屋に入ってしまった。
衣梨奈は今更ながら身構えたが、部屋の中は不自然なほどに清浄だった。
雑魚霊のひとつもいない。

「どうして……?」

辺りを見回す衣梨奈にかまわず聖はごそごそと部屋の中を探っている。
その手に握られたものに目を留めて衣梨奈は慌てて駆け寄った。

「あ、それっ」

聖の手の中の大振りな首飾り。
見覚えのあるそれに衣梨奈は大きな声を上げた。

「無事でよかった」

ほっとしたように言うと聖はそれを大切そうにリュックにしまう。

「え、それ、衣梨奈が、新垣さん、え?」
「ありがとね」
「へ?」
「さっきの梵字、私だと軽く触れただけで弾き飛ばされちゃってさ」

衣梨奈が初めに見たのはその姿だ。

「だからえりぽんが来てくれて助かっちゃった」
「えりぽん? え、いやあの、は?」

まだ自体が飲み込めていない衣梨奈の肩に聖はすっと腕を絡める。
聖の妖艶ともいえる笑顔に衣梨奈は一瞬ぽーっとする。
そんな衣梨奈の頬に聖は小さくキスをした。

「……は?」
「また会おうね」

ひらりと手を振ると聖は入ってきたあたりの壁を軽く押す。
今度は簡単にくるりと壁が開いて書斎が見えた。
なぜかさっきまでいた悪霊たちは消えていて、
聖はさっさと書斎を出て行ってしまった。

取り残された衣梨奈は、
頬を押さえたままで一人呆然と立ち尽くすしかなできかった。
 
121 :8月の怪談 :2012/08/01(水) 23:55


「この私としたことがまんまとだまされてたなんて……。
 生田にも危険なことさせたね。ごめん」

平謝りする里沙に衣梨奈はぶんぶんと首を振る。

首飾りは譜久村家に伝わる霊祭具のひとつだった。
分家筋ではあったがあの家の当主は霊具を正当に引き継ぎ保管していた。
しかし家族があの霊具を悪用しようとしているのを知って、
譜久村家の人間には入れないように細工したあの隠し部屋を作った。
悪霊は霊具が集めていたのではなく、霊具を守るための門番たちだった。
当主がなくなった後も隠し部屋に入れずに業を煮やした遺族が、
一般事務所に依頼を出したのだ。

「生田が屋敷で会った子ってこの子でしょ」
「あ、そうです!」

差し出された写真は学校のアルバムか何かを引き伸ばしたようだった。
聖は正真正銘譜久村本家の血筋で、
分家筋の騒動を知って悪用される前にと霊祭具の回収に来ていたのだという。
年は15。
学年では衣梨奈よりひとつ上だ。

制服らしき姿のバスとショット。
まじめな顔でこちらを見ている聖を見つめていると、
衣梨奈は唐突に真っ赤になった。

「どうしたの?」
「な、なんでもなかです!!」

衣梨奈は慌てて頬をごしごしとこする。
それでも触れらたやわらかい感触は消えない。
いきなりあんなことをされて、普通ならきっとすごくむかつくはず。
それどころか気持ち悪いと思う。
なのにどうして。
こんな小さな写真ひとつにどきどきして。

『また会おうね』

たった一言がすごく気になって。
それはまるで――。

「ちっがあああう!!」
「うわっ!! いきなり何!? びっくりするじゃん!」
「衣梨奈がっ衣梨奈が好きなのは新垣さんですから!!
 一生新垣さん激単押しですから!!!」
「はあ? 意味わかんないんだけど」

肩を掴んで揺さぶる衣梨奈の真っ赤な顔に、里沙は不審げに眉をひそめた。


   終わり
122 :名無飼育さん :2012/08/03(金) 09:22
姉弟関係でこその会話に悶えた。
ぽんぽんコンビの会話が噛み合わない感じも実にらしくて面白かったです。
123 :名無飼育さん :2012/09/12(水) 01:14
9月の怪談も読みたいです…
124 :esk :2015/04/19(日) 01:37
長期放置申し訳ありませんでした。
スレの維持、ありがとうございます。

ずいぶん日がたちましたが、読んでくださった方、ありがとうございます。

>>122さま 最近の師弟関係はどうなんでしょうね〜。
>>123さま 9月も3回過ぎましたね……

カントリーガールズのやまきさんといなばさんです。

『 チョコレート 』
125 :チョコレート :2015/04/19(日) 01:39
 
ベッドに入ると目が合って、すぐに顔を寄せる。
唇をくすぐるようなキスにくすくすと笑い声が漏れた。

「りさちゃんの目ってチョコレートみたい」

おでこをくっつける距離でまなかがりさの目を覗き込む。
猫のように細められたまなかの目に、
りさの大きな目は逆にきゅっと開かれてかすかに首を傾げた。

「んー、茶色いから?」
「うん。美味しそう」

笑みを浮かべた唇を寄せられ、りさは柔らかくまぶたを閉じる。
まぶたにキスをされくすぐったそうに肩をすくめた。
そのまま顔中に唇を降らせたまなかは最後に唇にキスをすると、
ぐっとベッド腕を突いてりさを見下ろした。

「ねえ、りさちゃん」

見下ろすまなかの目が焦れたように瞬く。
なに? とりさが首を傾げるとまなかは少しかすれた声で言った。

「今日は、まなかがしてもいい?」

恥ずかしそうな声にりさは思わず唇をゆがめる。
まなかと身体を重ねた回数ならもう数え切れないくらい。
でもまなかから、となるときっと片手で足りるくらいのこと。
どうしてもいやだと言うわけではないけれど。
改めて聞かれると。
なんていうか。

「食べたくなっちゃった?」
「……うん」

困ったりさがからかうように聞くと、まなかは顔を赤らめながらも素直にうなずく。
戸惑いを吐き出すように小さく吐息を吐くと、りさはまなかに腕を伸ばした。
そっと抱き寄せてその首筋に顔をうずめる。
すうっと息を吸うとまなかの甘い香りがりさを満たす。
まなかなら、なんだって。

「ん。して?」

まなかの耳元でささやく。
恥ずかしそうに押し付けられる額。
そんな仕草にたまらなくなったまなかは、りさの華奢な身体をぎゅっと抱きしめた。

『 チョコレート 』   終わり
126 :esk :2015/04/20(月) 23:35
読んでくださった方、ありがとうございます。

もいっちょやまなか。
やまきさんがキザ。

『 逃亡者は北へ 』
127 :逃亡者は北へ :2015/04/20(月) 23:36
 
「姫、姫様ってば」

ゆさゆさと揺すられる感覚にまなかの意識が浮上する。
冗談のように大きなふかふかのベッド。
さらにふかふかな布団にくるまれた、もっとふかふかなまなかの頬がかすかに形を変える。
開かない目のまま寝返りを打つと、その頬に触れた手で誰に起こされたのかを察する。

「やっと起きた」
「りさちゃん……もう朝?」

聞きなれたからかうような口調にごしごしと目をこするが、目の前にいるはずの綺麗な顔が見えない。
存在を確かめるように頬の手に触れるとするりと握り返された。

「朝と言えば朝かな」
「んー、そう」
「姫様。あたし北の砦に行くね」
「北……いってらっしゃい」
「うん。いってきます」

覚めきらない頭のままでまなかは不機嫌そうに応える。
誰のせいでこんない眠いと思ってるんだ。
一兵卒が国の王女たる自分の部屋に毎晩のように忍び込んではあんなこととかこんなこととか。
昨夜はまたいつもよりも激しくてなかなか寝かせてもらえなくて。
だから。
砦とか。
勝手に。

「――、北の砦!?」

まなかは離れかけたりさの手を慌てて握り締めて飛び起きた。

「北の砦ってどういうことっ」

大地の真ん中にあるようなこの国で、周囲はもちろん敵ばかり。
特に北の国境は万年諍いが絶えず、兵士を多く費やすことにまなかの父である国王も頭を悩ませていた。
そんな危険なところに。

「王族護衛騎士がなんで」
「左遷、かな」
「バレたの……?」
 
128 :逃亡者は北へ :2015/04/20(月) 23:37
 
家柄もよく優秀なりさが左遷されるなどほかに理由が考えられない。
この関係がバレたらりさの身を滅ぼす。
それくらいまなかだってわかっていた。

「姫様声おっきいからー」
「だ、だってりさちゃんが激しいから、じゃなくて、
 まなかお父上に言うから。りさちゃんがそんなとこ行く必要ないっ」
「陛下にバレたらそれこそ極刑だってば。
 ももち先輩のとこで止めてもらえたからこの温情措置なんだよ」

兵士長のももち先輩はりさとまなかの関係を知っていた。
だから今回急にこの指令が降りたのは別の誰かからの告げ口なのだろう。
水際で逃がしてくれた兵士長には感謝しかない。

「……いつ戻って来るの?」
「さー。5年か10年か」

生きてればね。
心の中で付け足した言葉はまなかも察していた。

「一緒に逃げよう」
「それは無理」
「じゃあどうするって言うのっ」

泣きじゃくりながらかんしゃくを起こすまなかの肩をりさはやさしく撫でる。
それでも泣き止まないまなかに、りさはため息をつくと枕もとの水差しを取り上げグラスに水を注いだ。

「ほら、落ち着いて」
「ん」

差し出したグラスを掴む子供っぽい手にりさはかすかに目を細める。
黙って見つめるりさの目の前で、まなかは一息にグラスを干した。
その姿を見届けると、りさはまなかをベッドにそっと寝かせる。
抵抗しようとしたまなかの腕は上がらずベッドに崩れ落ちた。

「りさ、ちゃ……」

水に何か入れられた。
そう気づくよりも素早くまなかの意識は闇に落ちていく。
うわごとのように名を呼ぶまなかの唇に、りさは指先をそっと押し当てた。

「おやすみ。まなかちゃん」
 
129 :逃亡者は北へ :2015/04/20(月) 23:38
 

城を抜け出すと厩のそばの暗がりに小柄な人影が動く。

「ちぃ、遅くなった」
「ほんっとに遅いよりさちゃんっ」

夜が明ける前に町を抜け出す手はずになっていた。
出世頭のりさに敵は多かった。
今回の騒動だってそういう連中にかぎつけられたのだ。
この逃亡さえも見つかれば引きずり戻されかねない。

焦るように馬の支度をするちさきの頭を撫でると、りさはひらりと自分の馬に飛び乗る。
驚いた馬を手綱ひと捌きで大人しくさせるとさらりと長い髪が揺れた。
その姿にちさきはつかの間ぼうっと見惚れ、慌てて自分の馬にまたがる。

りさの砦行きに供として選ばれてしまったちさきは、騎士隊に入ったばかりの15歳。
まだ子供と言っていい純粋さを持っており、才気と容貌を併せ持つりさに心酔していた。
そんなちさきだからこの砦行きもそれほど気に病んでいないようだが、
りさとしてはこんなことに巻き込んでしまい本当に申し訳ないと思っている。

「ちぃのことは、守るから」
「そ、そんな……っ」

りさが柔らかく笑いかけると、ちさきは耳を赤くしてぶるぶると首を振った。
守らせて欲しい。
守れなかった、あの子への罪滅ぼしにも。
一緒に逃げたいなんて言えるはずがなかった。
また例え5年10年後に戻れたとしても、まなかはもう17なのだ。
初めから別れが決められていた関係ならば、いっそこうして無理やり切り離される方が苦しみは少なくてすむのかもしれない。

りさは一瞬城を振り返ると唇に指先を押し当てる。
そしてちさきがその視線を追うよりも早く馬を出していた。
 
130 :逃亡者は北へ :2015/04/20(月) 23:39
 
◇◇◇◇

まなかが次に目を覚ますともう部屋の中は明るくなっていた。

「あ、おはようございます……」

朝食の準備をしていた侍女が挨拶をしてすっと目をそらした。
まなかはベッドから抜け出すとふらつく足取りで彼女に近寄る。

「おぜ、知ってたの」
「あ、えっとー」

目の前に詰め寄られながら視線を泳がせるわかりやすい反応にまなかはむっと唇を尖らせた。
いったいいつからみんな知っていたんだ。
気づかなかった自分に腹が立つ。

「うた、北の砦まで案内して」
「まなかちゃ、姫様、何言って」
「あたしは砦の場所知らないから」

まなかは後ろにいたもう一人の異国風の顔立ちをした少女に声をかけたが、顔を青くしたのはおぜきの方だった。
今はまなかの付き人になっているが、うたは元々北の国から亡命してきた家族の一人だ。
一時砦で身柄を拘束されていたと聞いている。

「わかりました。すぐに出るのですか」
「ちょっ、うたっ」
「夜のほうがいいかな。おぜ、支度を。あ、でもおぜはついてこなくていい」
「え、あ……」

うたなんかよりずっと小さな頃からまなかについて一緒に育ってきた、幼馴染のようなもの。
いかにもお姫様然としたふわふわした見た目によらず、自分が決めたことは自分一人でもやり通すこともよく知っているし、おぜきはそんなまなかが好きだった。

「い……行きますよもうっ。こんな無鉄砲二人で行かせられないじゃないですかっ」

北の砦なんて絶対寒い。
行くだけで3日も4日もかかるし。
ぶつぶつ言うおぜきだがその手元はてきぱきと旅の支度を始めていた。


『 逃亡者は北へ 』   終わり
131 :名無飼育さん :2015/04/21(火) 03:57
カントリーも良いですねえ。
132 :名無飼育さん :2015/04/23(木) 02:03
続きが読みたくなります
133 :esk :2015/04/26(日) 20:38
読んでくださった方、ありがとうございます。

>>131さま 良いんです! ぜひどうぞ!

>>132さま 続きは、うーん、どうでしょう……←

次もやまなかです。
シリーズ読み返していないので設定違いあっても許してにゃん。
初めて読む方はなんとなく霊能力バトルモノだと思っていただければ。

『 4月の怪談 』
134 :4月の怪談 :2015/04/26(日) 20:43
 
「まさに幽霊屋敷だね」

一人ごちるりさの目の前には朽ちかけた洋館がかろうじて形を保っていた。
貿易で財を成した人物が建てたこの洋館は往時には華やかな社交場だったと聞く。
それも今は昔。
所有者が流転しうち捨てられたまま数十年が過ぎ、今ではただの幽霊屋敷だ。

最近になって建設者が当時所有していたはずの希少霊具がこの屋敷に残されていると判明。
それほど危険な悪霊はいないだろうということもあり、新米悪霊ハンターのりさにはお手ごろ案件だ。

昼間だから悪霊の気配は薄い。
しかし木漏れ日に手をかざして洋館を眺めるりさの目がふわりと動くものを捕らえた。
霊ではない。
割れた窓の隙間から見えるのは恐る恐る階段を登る小柄な人影。
ふわふわと巻かれた長い黒髪にむっちりとしたほっぺた。

「手の早いヤツ」

見覚えのある姿にりさは眉をしかめる。
ちっとひとつ舌打ちをすると洋館へと足を踏み入れた。
 
135 :4月の怪談 :2015/04/26(日) 20:43
 
玄関ホールは天井ドームが破れて悲惨なことになっていた。
雨水と枯葉が溜まって泥だまりが出来ている。
その湿気のせいか中央の大階段は真ん中くらいから朽ち落ちていた。
着飾った紳士淑女が贅を尽くしてさんざめいた社交場もこうなれば無残なものだ。

いくつかゆっくりと漂う霊体はおそらくその頃の記憶に楽しんでいるのだろう。
強い恨みのようなものは感じられない。
ふわふわと漂う霊体を通すと往時の絢爛な内装が浮かび上がる。
面白いな。
りさがぼうっと見ほれているとひとつ霊体がふわりと近づいてきた。
盛装ではない来訪者をいぶかしく思ったのかりさの目の前で立ち止まった。

「つかの間、お邪魔いたします」

心を沈めて礼を交わすりさをしばらく眺めていた霊体は、何を納得したかふわりと去って行った。
自分たちを脅かす無粋者でなければこちらも手出しはしない。
そういうスタンスでこの世とあの世の間を生きているのだろう。
その後姿を見送り、りさもゆっくりと身体を返す。
この光景をもっと眺めていたい気もするが、先回りされている身ではそうも行かない。
 
136 :4月の怪談 :2015/04/26(日) 20:44
 
現実に返ったりさは、ブーツに絡む泥を気にしながら足を進める。
ホールを取り囲む廊下は昼間でも薄暗い。
大階段ではない階段も見つかったが、それはスルーする。
図面では所有者の私室や書斎は二階になっているが、晩年は足を悪くして一階のサロンを改装して生活していたという話もある。
あいつが二階に上がったのなら、とりあえず自分は一階を探ろう。

サロンは外部に開けた大窓から差し込む光で明るかった。
ホールほどひどいことにはなっていないがやはり床も腐って抜け落ちそうだ。
生活空間に使っていたらしき一角も丹念に探ってみたが、ターゲットは見つけられなかった。

「んー」

はずれ、かな。
一通り霊視してみたが霊力の溜まった気配を感じることも出来ない。
どうしよう。二階に上がるか。
でもそうするとあいつと鉢合わせに――。

がたん!
 
137 :4月の怪談 :2015/04/26(日) 20:44
 
しまった。
サロンを出ようとしたとき、気をつけていたつもりだったが、腐った扉が崩れ落ちた。
天井を見上げると案の定二階から慌てた足音が近づいてくる。
まあ、隠れることにも意味はない。
驚いて目を見開く少女を、りさは廊下で出迎えた。

「やまきりさ」
「お久しぶり。いなばまなかさん」

心底嫌そうな顔をするまなかにりさは優しく微笑みかける。

ふわふわの黒髪と柔らかそうな頬、真っ黒な瞳。
長身とはいえないりさからもはっきり見下ろす小柄な体躯。
見た目はとてもそうは思えないが、年はりさと同じ17歳。
ハンターになった時期もそう変わらない。
その頃からお互いフリーの悪霊ハンターとしてどこの事務所にも属さずに活動している。
フリー同士となると情報の出所は似通って、現場でバッティングすることもしばしば。
ライバルと言えなくもない、二人である。
 
138 :4月の怪談 :2015/04/26(日) 20:45
 
またかよ……とかわいらしい声に似合わない悪態をついたまなかだったが、ふと顔を上げると大き目の胸をそびやかして見せた。

「まあ今回はまなかが先回りしたわけですけど」
「それはターゲットを取ってから言う言葉だよね」

すばやく切り返したりさに言葉を失うまなか。
相変わらず浅はかと言うかなんというか。
直情型は理詰めでからかうと本当に楽しい。
口元だけで笑うりさにまなかは悔しそうに頬をゆがめる。

「上、なんかあった?」
「教えない」
「そっちは」
「教えない」

ひょいとりさの背中を覗き込もうとするまなかの顔を覆うように手を広げてさえぎる。
りさのバカにしたような仕草にむっとしたまなかはくるりときびすを返した。

「じゃあねっ」
「あ、そっちは」
 
139 :4月の怪談 :2015/04/26(日) 20:45
 
ばき


脆くなっていた床が抜けてまなかの身体が沈む。

「床が腐ってるから気をつけてねって言おうとしたんだけど?」
「……そういうことは先に言ってくれるかな」

言う暇なかったし。
さて手を差し伸べるかこのままほおって置くか。
どちらが楽しいかなと思案するりさの視界で、這い出そうとするまなかの身体がさらに沈む。


ばきばきばき


「うそっ」

一声を残して、驚いたまなかの顔はそのまますとんと穴の中に吸い込まれていった。
 
140 :4月の怪談 :2015/04/26(日) 20:46
 
りさは息を呑んで穴のそばにしゃがみこむ。
覗き込む下は真っ暗で何も見えない。
落ちていった音からしてそう深くはないと思うけれど。
耳を澄ますとがらがらと物の動く音といったぁ……とかすかな声が聞こえてりさは小さく息をついた。
地面の上だと思っていたが地下室でもあったようだ。
そういえば周囲を見て回った時にドライエリアが掘り込んであったような。

「いなばさーん。太ったんじゃないのー」
「うるっさいな!!」

真っ暗な穴に向かって声をかける。
くい気味の反応を聞くにどうやら図星を指してしまったようだ。

「真っ暗で何も見えない」

不安げなまなかの声にりさはため息をつく。

「ライトくらい持ってるでしょ」
「あーそっか」
 
141 :4月の怪談 :2015/04/26(日) 20:46
 
そっかじゃないって。
呆れたりさは穴のふちで明かりがともるのを待つが、いくら待ってもその気配がない。

「ちょっとー。まさかライト忘れたのー」
「あるよ! あるけど……」

カチカチと繰り返される音と、あれー、なんでー、と甘えたような声。

「電池切れとか?」
「……」
「……。ねー、あたしもう行っていいかな」
「うそやだ待ってよ!」
「いや、待つ必要ないと思うんだけど」

相棒でもなんでもない、むしろライバル。
この隙にお宝頂戴してバイバイしちゃう方が正しい判断のような。
そう思ったりさの視界に赤い光が鈍くともる。
一瞬ライトがついたのかと思うが、これは違う。
 
142 :4月の怪談 :2015/04/26(日) 20:47
 
「――何かいるの」

赤はまなかのオーラの色だ。
つまり霊力を使うような何かがいたということで。
目を細めたりさの足元で霊破がはじけた。

「――」

繰り返されるまなかの波動を足元に感じながら、りさはすうっと眉をしかめた。
これは、もしかして。

「ねー」

いくつか続いた霊破の波動が収まって、りさは穴の下に向かって声をかける。

「結構イイのいる感じ?」
「そんなに、だけど」

ぼんやりと光るまなかがお札を掲げる姿が見えた。
それほど力のある霊がいるわけではなさそうだ。
それはりさも感じ取っていた。
まなかだって正式なハンター資格を持っているのだからこの程度の距離感で霊を視ることに問題はないのだろう、が。
 
143 :4月の怪談 :2015/04/26(日) 20:47
 
「いたっ」

真っ暗な中で何かに激突したらしくしゃがみこむまなか。
その上を何か霊体が通っていくのがりさの目にも見えた。
かろうじて避けたまなかだが、がらがらと崩れ落ちる物音に続く痛そうな声。

「ったく! よけてよっ」

りさは軽く舌打ちをするとバックパックからライトと暗視ゴーグルを取り出して穴に中に飛び降りた。
足元でがたんと音を立てて何かが倒れた。
なるほど、地下室を倉庫的に使っていたのか何か結構物が置かれているような気がする。
りさは手に持ったライトのスイッチを入れる。
が。

「あれ?」

つかない。
そんなオチありかよ……。
額に手を当てるりさを赤いオーラを纏ったままのまなかが見上げる。
そんな呆れた目で見る資格あんたにはないと思う。
にらみつける目でりさはお札を取り出し、まなかの頬を掠めるように飛んできた霊を軽くはじきとばした。

っていうか。
 
144 :4月の怪談 :2015/04/26(日) 20:48
 
「これ結構いるじゃん!」
「そうなんだよー。助かったよー」

すぐに背中合わせに身体を返したまなかがお札をかざす。
確かに強そうなのはいないようだが結構な数だ。
身動きが取れない状態で簡単に片付けられるものではなさそうだ。
まなかにぴたりとくっつくようにしてりさは暗視ゴーグルを覗き込む。

「うわあ……」

部屋の中は乱雑に置かれた物、物、物。
大小さまざまな家具や生活用品でまともに歩く隙間もない。

「わあ、暗視ゴーグル持ってるんだ」
「いやそれくらい持ってきなよ」
「だって昼間だし……いらないかなって……」

ぼそぼそとつぶやくまなかにため息をつくと、りさはゴーグルを押し付けた。

「え、でもそしたらやまきさんは」
「あたしはこういう野蛮な行為は向いてなくてね」
「それどういう意味」

まなかはりさを軽くにらみつけながら暗視ゴーグルを合わせる。
 
145 :4月の怪談 :2015/04/26(日) 20:48
 
お互いの除霊スタイルは知っている。
こういう状況で動くならまなかのほうが得手であることはわかっていた。
りさは壁にぴたりと背をつけるとクリスタルを取り出して結界を張る。
ついでにまなかに守護も飛ばすと、もうりさが攻撃側に使える霊力はほとんどない。
フリーでやっている以上贅沢は言ってられないが、どちらかと言えばりさは守備型、まなかは攻撃型のハンターだ。

グリーンがかったりさの守護を受けてまなかは心配げにりさを振り返る。
急に襲われたとき反撃する霊力がないとりさが危険だ。

「いなばさんが守ってくれるんでしょ」

こともなげに言うりさにまなかはふっと口元を緩めた。

「しょうがないかっ」

目の前にあった椅子をひょいと乗り越えてまなかが飛び出す。

相変わらずいい動きだ。
りさはまなかのオーラを目で追いながら感嘆のため息をつく。
おっとりした見かけによらず、鍛え上げられた身体は障害物をものともせず踊るように飛び回る。
それは以前よりも、もっと。
太った? なんか言ってみたけど、逆に頬の辺りは肉がそがれたような気がする。
恐ろいまでに童顔なまなかだけれど、それでも少しだけ大人の顔になったのかもしれない。
笑うと目がなくなるまなかを思い出してふっと笑みがこぼれる。
 
146 :4月の怪談 :2015/04/26(日) 20:48
 
そういえば今日はまだ笑ったまなかを見ていな――。

「りさちゃん!!」

ぼんやりと感傷にふけっていたりさは呼ばれた名にはっと息を呑む。
手にしていたお札を掲げたがもう遅かった。
結界を破る衝波とともにわき腹をえぐりこむ衝撃。
がらがらと障害物を崩しながらりさの身体が倒れこむ。
跳躍一歩で飛んできたまなかが悪霊を撃破し、りさを抱き起こした。
心配げに顔を覗き込むまなかに、りさははあっとひとつ息をつく。

「キいたぁ……」
「なにぼーっとしてんのっ」
「守ってくれるって、約束」
「悪かったよっ」

それだけしゃべれるなら大丈夫か。
少し安心したまなかはほっと息をつく。

「今の、は?」
「片付けた。あれで最後だと思うけど」

じゃあ。
ゆっくりと首をめぐらせるりさの仕草に、まなかは違和感を感じでゴーグルをはずす。
 
147 :4月の怪談 :2015/04/26(日) 20:49
 
「あ」

天井に開いた穴から明かりが差し込み、真っ暗だった地下室も物陰くらいは判別できるようになっていた。
最後の一体がおそらく光を奪うタイプの力を持っていたのだろう。
ライトをつかなくさせるくらいの力を。
それって結構……強い霊だ。
まなかの実力ですんなり対応できるものではない。
夢中だったから気づかなかった。
つぶやくまなかにりさがへらりと笑う。

「あいのちから〜?」
「減らず口……っ」

思わずりさを見下ろして、まなかはその顔色にぎょっとする。
浅い呼吸と疲労の濃い目元。
さきほどの悪霊がそれなりの力を持っていたとすれば、りさはそれをまともに食らったことになる。
肉体的なダメージはたいしたことはなさそうだが、霊力をごっそりと抉り取られている。
今すぐどうなると言うほどではなさそうだが、夕刻になれば悪霊も増えるだろう。
疲労の残る自分ひとりでりさを守ることが出来るか自信はない。

「まなかちゃん、ちょっと……」

どうしよう。
青くなるまなかを、りさは力ない指先でちょいちょいと引き寄せる。
 
148 :4月の怪談 :2015/04/26(日) 20:49
 
「ちょっと、分けて」
「え」

素直に身体を傾けたまなかをぐいっと抱き寄せ、りさの唇が重なる。
りさのやろうとしていることは理解できる。
唇を通して霊力をやり取りする。
あまりメジャーではないこの方法を、あっさりとやってのけようとするりさがまなかには信じられなかった。

しかし、抵抗する隙もなく舌先が唇を割って進入してくる。
あんなにぐったりしていたのに。
だまされた気分のまなかの口内をりさの舌先がさぐる。
逃げてもとろりと絡み取られる舌先。
その熱さも。

どちらのものとも知れない甘い吐息も。
汗ばむ肌の感触も。

忘れたはずがない感覚のすべてをたたき起こされて、まなかの身体が震えた。

どれくらいそうしていたのか、やっとりさに開放されたときには霊力以上のものを吸い取られてまなかはぐったりと壁に寄りかかる。
いまさらこんなの、冗談じゃない……。

「んーっ。元気になった」
「……良かったね」

楽しげに伸びをするりさにまなかは極力平坦に応える。

「いこっか」

差し伸べられたりさの手をとることはしなかったのは、せめてもの抵抗。

 
149 :4月の怪談 :2015/04/26(日) 20:50
 
◇◇◇◇

「結局見つからなかったなー」

夕闇に沈もうとする洋館を振り返りまなかがつぶやく。

「ん?」
「ターゲット」
「ああ、これのこと?」

りさは上着のポケットから細かく呪符の刻まれたバングルを取り出す。
丸く目を見開いたまなかは穴の開くほどそれを見つめる。

「え、どこに……」
「地下室。あの建物の中で一番悪霊が集まってたからここしかないと思ったんだよねー」
「で、でもいつも間に……」

悪霊退治に飛び回っていたまなかならともかく、りさはあの場からほとんど動いていない。
脱出したときもずっと一緒だったしそんなそぶりは見られなかった。

「いやいや、ぐーぜん。手に当たったもの掴んだらこれだったの」
「いつ……」
「キスして――」
「うわあっっ」
「る、時」
 
150 :4月の怪談 :2015/04/26(日) 20:51
 
あれはキスとかじゃなくて霊力を分け与えるためのいわば医療行為のようなものでだから人工呼吸的なそういうので舌の絡まる感触とかそういうのもだからあああああ。
もだえるまなかにりさはくすくすと笑いながらバングルをバックパックにしまう。

というか。
はあはあと呼吸を整えながらまなかは恨めしそうにりさを見上げる。
メインで悪霊退治したのはまなかの方なのに。
しょうがないんだけど。
だけどなんか納得いかない。

「ま、今度ご飯でもおごってあげるよ。」
「……ご飯だけね」
「それ以上がお望みならあたしはそれでもいいけど? いなばさん?」

いたずらっぽい笑みで付け足された名前にかちんとくる。

「いらないっ」

甲高く叫んだまなかの声が夕闇の空に吸い込まれていった。


『 4月の怪談 』   終わり
 
151 :名無飼育さん :2015/04/29(水) 01:48
懐かしの怪談シリーズでやまなかとは…
嬉しすぎます

りさちゃんなかなかやり手だな…
152 :名無飼育さん :2015/05/25(月) 04:53
怪談シリーズキテタ!!!9月の怪談が読みたかった者です!
シリーズ続編ありがとうございます><
是非5月とか6月の怪談もお願いします><
153 :Tbq4uUULAPG2 :2015/10/12(月) 14:40
What a joy to find sooemne else who thinks this way.

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