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おしゃべりなスピカ

1 :salut :2008/09/17(水) 23:30

短編ないしは中編をば。
ブラックからハッピーエンド、シリアスからコメディー…等々。
85年組を中心にベリキュー・新旧娘。…と様々なハロメンをミックスさせています。
せっかく色々なキャストでお送りするのだから、多くの方に楽しんでもらえる様、頑張りたいです。
とは言っても全くの未熟者ですが…どうぞよろしくお願いします。



○○○予告○○○

1本目:石川・吉澤
    短編

2本目:主人公…矢島・夏焼・吉澤
    相手役…梅田・菅谷そして後藤
    中編予定
    学園もの
510 :salut :2009/07/12(日) 00:32

>>508
うわあああああ!ありがとうございます!
読んで下さる方がいるからこそなので、そう言って頂けると大変嬉しいです。
光栄です、本当にありがとうございます。
次回作…ですか…
それについては是非下記をご覧下さい。

>>509
こちらこそ最後までお付き合い頂き、ありがとうございます。
私も昔を振り返りながら書いていました。
よしごま、大好きだったんです。
メンバーどんぴしゃですね笑
彼女たちが書けて本当に良かったです、重ね重ねありがとうございました。



これからの予定ですが、長編を書くと尻窄みになる事が身に染みましたので、短め
のものを、と薄ら考えています。
登場人物は…

○ 道重・吉澤
○ 夏焼・田中

です。
前者がどうも書きにくいお話なので、多分後者から発表させて頂きます。
しかしながら、なかなか時間がつくれない日々を送っていますので、いつになるか分かりませんが、長い目で待って頂ければ有り難いです。
皆様が楽しめるお話が書けたらいいなあ。
それでは、また。
511 :salut :2009/08/06(木) 23:24



◇◇◇◇◇



512 :フィラメント :2009/08/06(木) 23:25



自分の気持ちを相手に伝える事はとても難しい。

素直に口にするどころか、表情にすら上手く出せられない。

いつだって、私の顔の筋肉は思う様に動いてくれない。

ほら、今だって。



513 :フィラメント :2009/08/06(木) 23:26



◇◇◇◇◇



514 :フィラメント :2009/08/06(木) 23:27



フィラメント



515 :フィラメント :2009/08/06(木) 23:28



◇◇◇◇◇



516 :フィラメント :2009/08/06(木) 23:29

春を色に例えると、灰色だ。
桜が咲くと、私の胸は不安と緊張と憂鬱の混色で、ぐちゃぐちゃに塗り潰される。

高校1年生になった。
入学式、学校へ向かう足取りは重い。
逆にママは、新調したスーツでめかしこみ、さも自分の事の様にうきうきと私に話し掛けてくる。
上気した頬の上で、ファンデーションの粉も踊っていた。



私は激しい人見知りだ。
まず初対面の人には自分から話し掛けれない。
だから、入学は勿論、クラス替えがある4月は嫌で嫌で仕方なかった。

しかも、これから3年間通う事になったところには、ちいも茉麻も小春も愛佳もいない。
同じ中学の人は何人かいるみたいだけど、全員面識がなかった。
つまり、知り合いが誰もいない状態から私の高校生活はスタートする。
最悪だ。
お先真っ暗だ。
これから上手くやっていけるのだろうか。
はあ、と吐いた暗く淀んだ溜め息は、爽やかに吹き抜けた春風が攫っていった。
517 :フィラメント :2009/08/06(木) 23:30

しかし、心配なのは初めだけなのだ。
類は友を呼ぶ、ということわざのある通り、似た様な者同士が自然と集まる摂理になっている。
殊更、外見でしかその人物像を推し図る事が出来ない初対面のときには。

つつがなく式は終わり、どやどやと押し込められた教室で私は、早速クラスメイトに話し掛けられた。
私はぎこちなく頬を持ち上げて、やっとそれに応じる。


「ねーねーどこ中?」
「名前なんていうの?」
「ていうかアドレス交換しようよ」
「良かったー、友達出来て」
「これからよろしくー」


最初こそ探り探りだったけれど、彼女たちとは興味のある物事や話題が一緒だったから直ぐに打ち解けられた。
私は、ヘーゼルナッツの色をした髪の子と、スカルプチャーの爪をした子と、左にトラガスの開いた子と仲良くなった。

彼女たちといるのは楽しかった。
ファッション雑誌を広げて、これ可愛い!欲しい!と騒いだり、恋バナに花を咲かせたり。
バイトの愚痴を零したり、先生の陰口なんて叩いたり、芸能人の噂に盛り上がったり。

大人からしてみれば、毎日同じ話してて面白い?なんて私たちの会話なんて理解出来ないのかもしれない。
でも、それが楽しいんだから仕方ないじゃん?
週に3回バイトに行って、それ以外の放課後は買いものしたりプリクラ撮ったりして遊んで、そうやって代わり映えのしない毎日を送るのが、女子高生の仕事みたいなものなのだ。
518 :フィラメント :2009/08/06(木) 23:31



◇◇◇◇◇



519 :フィラメント :2009/08/06(木) 23:32

「…えー、核分裂の方式にはー、えー、無糸分裂と有糸分裂があってー、えー、普通行われている細胞分裂は有糸分裂でー…
 有糸分裂はー、えー、更に生殖細胞を形成する減数分裂とー、えー、体細胞分裂に分けられてー…」


新しい学校生活にも幾分か慣れてきた、ゴールデンウィーク明けの事だった。
改築されて日も浅い校舎の生物室は、病院みたいな白に囲まれている。
壁には独特のホルマリンの匂いが既に染み付いていて、窓際にある水槽は最早何がいるか分からないくらい藻に覆われていた。

縦長の教室の前方で、先生が細胞分裂について説明しているのを、私は頬杖を付いて聞き流していた。
身を隠す様に、8人掛けの長机が4つ並べられた中の、黒板から1番遠い席でぼうっと視線を漂わせている。



私は生物が嫌いだ。(あと、現代文も世界史も数学も英語も嫌い!)
細胞分裂なんて身体の中で勝手にやって欲しい。
ミトコンドリアが将来何の役に立ちますか?と全国の大人に問いたい。

先生が背を向け、黄色いチョークで円の中に丸をいっぱい描いている。
私は一応それを真似て、ノートに同じものを写してみる。

中心にあるのが核で1番外側が細胞膜。
それからその間に液胞やリソゾームがあって………え?リボソーム?
これとこれって別ものなの?
何それ!超名前ややこしいんですけど!



やーめた、と私はシャーペンを紙の上に転がす。
完全に飽きた。
それよりも、次は植物細胞についてのらりとした口調で語っている、あの先生の方が気になる。

腫れぼったい瞼に埋もれた離れ目に、横に広がった小鼻。
厚い唇の両端は、重いものでもぶらさがっているかの様に常時への字だ。
それらのパーツが絶妙のバランスで並べられた、頬の肉が垂れたその顔は何かに似ている。
何かに…何かに…
うーん何だろ、なかなか出て来ない。

私の前の席では、友達が突っ伏して眠りこけている。
脇腹をくすぐってちょっかいを掛けたかったけど、彼女の寝起きの不機嫌な顔を思い浮かべたらそれも憚られる。
あーあ、つまんないの。
私も倣って机に左の耳をくっ付けた。

そのときだ。
耐熱加工の施されている黒い天板の隅に、鉛の線が光って見えたのは。
520 :フィラメント :2009/08/06(木) 23:33

よくよく目を凝らしてみると、それは小さな落書きだった。
可愛くデフォルメされたカエルのイラストが、えー、と吹き出しで喋っていて、その横に正の字がちょうど31個書かれていた。

なんだろう?
何かの暗号?
カエル、えー、正の字………


「えー、おい、後ろ聞いてるかー」
「!」
「ここ中間出るぞー」


急に飛んできた注意に私は跳ね起きる。
しかしながら先生は特段腹を立てている様子もなく、えー、染色体はー、と相変わらず平坦なトーンで授業に戻っていった。

私は胸を撫で下ろす。
あーよかった、ラッキー。
この先生超ゆるいんだよね。
ていうか、怒りもしない代わりに笑いもしない。
感情の起伏が少なくて、何考えてるか分からないんだ。
独特の喋り方にも彼の性格は顕著に出ている。
癖なんだろうか。
語尾を伸ばしたり、節々に、えー、って挟んでたり………

えーえーえーえーえー―――
521 :フィラメント :2009/08/06(木) 23:34

ばちん!とこめかみとこめかみの間に電流が走る。
あっ、と口走りそうになったのを、咄嗟に右の手の平を覆って堪えた。

分かった!
これ先生だ!
そうだそうだ!
何かに似てるってカエルっぽかったんだ!

ちょっとお腹が出ててO脚気味なのも、それの解剖図を思い出させる。
何かの因果だろうか、今日身に付けているポロシャツもカエルカラーの深緑だ。
…まあ、肝心のイラストは真ん丸おめめのファンシー系で、写実とそっくりな先生とは全く結び付かないんだけど。



思わず唇の間から、ぷっ、と噴き出す。
にやにやしてしまうのがどうにも止められなくて、私は更に口元に左手を重ねて肩をすぼめた。

なるほど、この落書きを描いた人は、授業そっちのけでこの先生の「えー」を数えていたって訳だ。
31×5って事は………えっと………1×5して、えっと………ひゃく…にひゃく………
…と、とにかくいっぱいだ。
凄い数って事だ。

油断したら本格的に笑いそうになってしまって私は、それを紛らわすべく授業に集中した。
いや、正確には先生の声に、だ。
試しに数えたら正の字が24個とTの字が出来て、私はこれらをそのイラストの下に書き込んでみた。
勿論授業内容は、鼓膜というろ紙を通過して、ものの見事に流れ落ちていた。
522 :フィラメント :2009/08/06(木) 23:35

生物の授業は週に2回ある。
3日後のその時間、早速机を調べると、なんとまた正の字の書き込みがしてあったのだ!
しかも33個に線が4本と、回数が少し増えていて、最後にハートマークが付いている。

前と同じ丸まった筆跡を見ていると、何だかどきどきしてきた。
顔も名前も知らない誰かとする、2人だけの秘密の落書きが、とても不思議でくすぐったく感じたのだ。
私は嬉しくなって、その日も「えー」を数えて書き込み、きらきらのダイヤマークを足しておいた。
ちなみに正の字が34個と線が3本。
微妙に増えていっているのも可笑しくてしょうがなかった。



それからというものの、私は生物の時間が好きで好きで待ち遠しくなってしまっていた。
お互い「えー」を数えた後に、ちょっとしたイラストを加えるのが恒例になった。

可愛い絵を描く人だった。
自画像だろうか、特に女の子のイラストが多くて、たまに「やっぴー!」と噴き出しが出ていた。
私も負けじと、得意の黒猫の絵をよく描いたんだけど、その度に「???」と返事が来た。
なぜだ。



もう1度言うが、似た人間が自然と集まる様になっているのだ。

私はこの人を想像する。
1番後ろの席に座るほどだから、この人もきっと勉強が嫌いに違いない。
こうやって授業を無視するくらいだし、真面目なタイプではなさそうだ。

私は像を形成していく。
私と同じくらい髪が明るくて、私と同じくらいメイクに気合いが入っていて、私と同じくらいスカートが短い女の子。
調べたら、この先生は1年生しか担当していないらしい。
つまりは同い年だ。

うわ、超気が合いそう!

新しい出会いの予感に、私は胸を熱くする。
何度目かでついに「☆田中れいな☆」と名乗られた。
私も急いで「なつやきみやび♪」と書き込んだ。
名前を持った影は、いよいよリアルに迫ってくる。

しかし落書き越しの、この奇妙なやり取りは、暫くして急展開を迎える事になったのだ。
523 :フィラメント :2009/08/06(木) 23:36



◇◇◇◇◇



524 :フィラメント :2009/08/06(木) 23:39

梅雨明けが発表された割に雨が続く、7月の初めの頃だった。
その日も生物室の窓から見上げた空は曇天で、まるで私の心模様を写したみたいだった。


「みやび、あんた生物の補習サボってんのバレてるよ」
「げっ、嘘お!」
「1回くらいは出といた方がいいんじゃん?」


昼休み、友達にそう教えられて私はつい顔をしかめた。
そうなのだ。
中間テストが平均の半分未満だった者は、放課後にやっている補習に強制参加させられる事になっていた。
高校最初のテストとあって易しい問題ばかりだったらしく、私の周りでさえも高得点を叩き出していたんだけれど、当然授業なんて丸っきし聞いていなかった私は、自分の出席番号以下の点数を取ってしまっていたのだった。

そういう訳で私は今、生物室で補習が始まるのを待っていた。
時間を間違えて早く来てしまったので、いつもの席で人がぱらぱら集まってくるのをぼけっと眺めている。
教室は最終的に2/3くらい埋まった。
何でも本来は、全学年を対象として受験勉強や復習のために行っているものらしい。



少しして、えー、始めるぞー、とカエル先生が、小太りの身体を揺らして登場した。
心なしか若干楽しそうに見えるのは、昼間小雨が降っていたからだろうか。
…考え過ぎか。

言われた通り、教科書の32ページを開ける。
単細胞生物と多細胞生物、のゴシック体のタイトル。
そしてゾウリムシのラブリーな写真と、後は文字の羅列オンリー。
………あー無理!もう駄目!



ページを捲っただけで力尽きた私は、またも左耳を下にして、こてんと机に頭を預けた。
そして、最早習慣化したあの作業を開始する。

えー、1。
えー、2。

もう身体が覚えてしまっている。
シャーペンを持った右手は、私の意識の外で独りでに動いていた。

えー、3。
えー、えー、4、5。
えー、6………

私はゆっくり目を閉じる。
このまま寝ちゃってもいい…よ…ね………ふぁ………



「なつやきみやびっっ!!」
「!!」



525 :フィラメント :2009/08/06(木) 23:40

私は勢いよくがばっと上体を起こす。

名前を呼ばれた!!
でも違う!!
先生じゃない!!
声高い!!

超びっくりして私は、咄嗟に辺りを見回す。
声の主は直ぐ見付かった。



机を挟んだ私の目の前、1人の女の子が立ち上がっていた。

可愛い人だった。
高めの位置に結われた茶色い巻き髪。
零れんばかりに見開かれた、くるんと丸い瞳。
小さな顔の中心で、鼻がちょこんと上を向いていた。

ぱっと見でも分かる、華奢で小柄な身体。
気崩されたシャツの間から覗く首筋や机に付いた腕は、細すぎて折れてしまいそうだ。
しかしながら、全身からエネルギーに満ち溢れた、勝ち気そうで派手なオーラを出している。

え、でも知らない見た事ない、この人は一体―――!?



「えー、田中ー、後輩脅かすなよー」
「あ、すんません!」



526 :フィラメント :2009/08/06(木) 23:41

先生に嗜められてその人は、そそくさと椅子に腰掛け直す。
彼女の尻の下でがたがたと椅子の暴れる音が、皆の注目を集めた中に響いていた。

たたたたた田中!?

私は机上に広げられた教科書に素早く目を走らせる。
そこにはあの見慣れた丸文字で、3年5組 たなかれいな、と書かれていて、その隣におなじみの女の子のイラストがウインクしていた。

この人が田中れいな―――つーか年上じゃん!!

尚も私をガン見していた彼女だったけれど、ばちっと目が合った途端、にひ、と白い歯を零してはにかんでいた。
私もにこり微笑もうとした、が、辛うじて口の端がぴくぴくと引き攣っただけだった。



何度でも言うが、似た人間が自然と集まる様になっているのだ。

私の想像通り田中れいなは、私と同じくらい髪も明るくてメイクも気合いが入っていてスカートも短くて勉強も好きじゃなさそうな女の子だった。

ただ唯一違っていたのは、私より2つも歳が上の、3年生の先輩という事だった。



527 :フィラメント :2009/08/06(木) 23:42



◇◇◇◇◇



528 :フィラメント :2009/08/06(木) 23:43



◇◇◇◇◇



529 :salut :2009/08/06(木) 23:45

分けるほど長い話ではないのですが、後半はまた。



○○○インデックス○○○

>>507

フィラメント(夏焼・田中)
前編 >>512-526
530 :名無飼育さん :2009/08/07(金) 17:25
おぉー、なんだか面白い組み合わせ
そして凄い続きが気になる感じw
楽しみにしてます
531 :salut :2009/08/23(日) 23:51



◇◇◇◇◇



532 :フィラメント :2009/08/23(日) 23:52
物陰からこっそりこちらを覗いていただけのうやむやだったシルエットは、実像を持った途端に全力疾走で私の方へ近付いて来た。
出会った次の日に早速、みーやびっ!一緒にお昼食べよっ!と教室の戸からひょっこり顔を出した彼女を見たときは、流石に飲んでいたいちごみるくを噴き出しそうになった。

私は彼女の行動に心底驚いた。
れいな、本当は人見知りっちゃけど、仲良くなりたいって思ったら速攻やけん!と焼きそばパンを口いっぱいに頬張りながら彼女は親指を立てていたが、そんな事は誰も訊いていなかったしどうでもよかった。
知り合って、というかお互いを認識してまだ1日も経ってないのによびすけにしてきた事が、私にはまず信じられなかった。
ある程度仲良くなってから、名前よびすけにしていい?と確認する…という手順を踏むのが私の中で当たり前になっていたからだ。
だから私は先輩という事もあり彼女を、田中さん、と呼んだ。
しかしその度に、えー!?よそよそしいけん、れいなの事はれいなってよびすけにしていいとよ!?と彼女は不快を顔全体に広げ、唇をぐいっと突き出したのだ。

これにはとても困った。
私はどうしてもよびすけにする事が出来なくて、れいなちゃん、が精一杯だった。
それを田中さ…れいなちゃんは渋々了承してくれたんだけど、ほどなくして、れいなちゃん、が、れいなさん、になり、結局いつの間にか、田中さん、に戻ってしまうのが常で、それを何度も繰り返した。

私にとってそれほど、よびすけはハードルが高いのだ。
だってよびすけにされるのが苦手な子もいるでしょ!?
それで嫌われちゃったらヤじゃん!
だから!よびすけというのは!よびすけのっ!よびすけによるっ!―――


「みやび」
「よびすけのためのっ!………はい?」
「それ、呼び捨てっちゃない?」
「え?」
「呼び捨て」
「よびすけ」
「よ・び・す・て」
「よ・び・す・け?」
「………」
「よびすけ??」
「…もーいいっちゃん…」
533 :フィラメント :2009/08/23(日) 23:54

会話から分かる通り、田中さんは訛っていた。
何でも父親の転勤のため、1年生の終わりに福岡から家族でこちらへ引っ越してきたらしいのだ。
そして1年以上経った今でもこの東京の暮らしに慣れず、同学年に親しい人もいないという話だった。

最初は、嘘だあ!と疑っていたけれど、それはどうやら本当らしく、付き合っていく内にその理由も何となく分かってきた。
田中さんは他人との距離を測るのが余り上手ではない人だったのだ。



例えば、彼女はよく自己主張をした。
イエスもノーもはっきり言ったし、負けん気も強かった。

しかし、私はそういう人が好きだった。
優柔不断で流されやすい性格の私は、自分の意見をちゃんと持っている人に憧れていたし、小さな身体を余すところなく使って、感情を素直に表現出来る彼女が羨ましくもあった。
幸い私の周りにも、私が!私が!精神の友達は多かったので(特にちいとか小春とか!)そういう人といるのは慣れていたし逆に楽だった。



ただこの2人とは違い、田中さんは私にも自己主張する事を勧めてきたのだ!
みやび、言いたい事ははっきりせんといけんよ、とよくコロッケパンをむぐむぐと咀嚼しながら、年上風を吹かせてこう諭してきたのだが、その度に私は曖昧に笑って誤魔化していた。
私はそういうのが苦手なのだ。
どうでもいい雑談やふざけた冗談のときなら幾らでも喋れるのに、真剣な話や肝心な言葉になると、私の顔の筋肉はがちがちに固まった。
ちょっとした表情もつくれないし、上手く口も動かない。

だからそういうときは、私は密かに存在をフェードアウトさせたいんだけど、田中さんはいつもわざわざこちらに歩み寄って来ては引っ張り出しにきたのだ。
ウザかった。
流石にウザ過ぎた。
そう、田中さんはとてつもなくウザい人だったのだ。

しかし私はそれを思っていても口にはしなかった。
田中さんは案外打たれ弱く、本気で傷付き落ち込んでしまうからだ。
534 :フィラメント :2009/08/23(日) 23:55

田中さんは私を色んなところへ誘ってくれた。
特に2人とも買いものが好きだったから、休日にはよく外に出掛けた。


「田中さん、日曜日どこ行きますう?」
「んー…れいな今タモさんな気分やけん、新宿にしよ」
「???」


私にはその気分がどういったものなのか、いまいちよく理解出来なかったけれど、とりあえず、いいともー、と了承しておいた。



そして当日の日曜日、その日も雨が降っていて、新宿駅は濡れた群衆と湿気に溢れていた。
アルタ前に午後1時。
うねる髪の毛のセットに思いの外苦戦を強いられてしまった私は、ちょうど待ち合わせ時間に東口の改札を出た。
広がる傘の合間を縫って急いで横断歩道を渡り、きょろきょろと周りを見渡して田中さんの姿を探す。

しかし田中さんは距離があっても直ぐ発見出来た。
なぜなら、彼女は恐ろしいほど目立っていたからだ。



巨大スクリーンの下、田中さんは腕組みをして私を待っていた。
ヒールのあるサンダルにミニスカート、Tシャツにベスト。
よくある組み合わせのコーディネートなのに、まるで大阪のオバチャンを彷彿とさせる派手な柄と主張の強い色のせめぎ合いが、まさしく1人異彩を放っていたのだ。
凄い。
何が凄いって、着ている本人が全然負けていないのが凄かった。

続けて視線を上げると、更なる驚愕が私を待ち構えていた。
そう、田中さんは顔の半分は隠れちゃうんじゃないかというくらい、フレームの大きなサングラスを掛けていたのだ!

なるほど、タモリ気分とはこの事だったのである。
535 :フィラメント :2009/08/23(日) 23:57

ていうかで流行ってるにしてもでか過ぎだろ!芸能人か!
そもそも今日、雨なんですけどっ!!

これには私も我慢出来ずに、街中という事も忘れて爆笑してしまった。
遠くでウキウキウォッチングしながら腹を抱えていると、そんな私に彼女はようやく気付いて、何で来とうなら声掛けん!?と口をむっと結びながら大股でこちらに近付いてきた。
最早私にはサングラスが歩いて来ている様にしか見えなかった。


「田中さんっ!」
「…なん?」
「髪切りました?」
「はああ!?」


からかいながらサングラスの事を教えると田中さんは、福岡ではこれぐらいが普通やけん、いいっちゃん!と顔を真っ赤にさせて叫んでいた。
その台詞は人知れず、ぷすん、と私の心臓に小さく突き刺さった。
店内に入っても尚、ぎゃあぎゃあ騒ぐ田中さんを私は笑ってなだめていたんだけど、実は少しだけ悲しかった。



福岡。
この単語を田中さんが口にすると、私はちょっとだけ寂しい気持ちになった。
本当は福岡に帰りたいんじゃないかって、私より福岡の友達といた方が楽しいんじゃないかって、そうネガティブな方向へ考えてしまうからだ。

でも私はそれを田中さんに絶対に言わないし顔にも出さない。
だから田中さんは全然気付かなかったし、やれ福岡のどこの焼き肉屋が美味しいだの、やれ地元の友達がどうだの、いつもそういう話を嬉しそうに私に聞かせた。
天神は庭やけんね!れいなの!と、彼女は事ある毎にそう自慢気に鼻息を吹かしていたんだけれど、そんな事はあるはずがないので適当にあしらっていた。
536 :フィラメント :2009/08/23(日) 23:58

夏休みになると、田中さんの家に泊まりにも行った。
田中さんのおうちは新しくて綺麗なマンションで、内緒で猫を飼っていた。
私が彼女のママに挨拶すると、れいなが友達を連れてくるなんて!と半泣きで喜んでくれて、手厚く持て成してくれた。

夕食後、私が1人田中さんの部屋で、彼女の幼い頃のアルバムを捲りながら、雷様パーマの写真のページに付箋を貼る、という作業をしていると、浮かない顔をした部屋の主がリビングから戻ってきた。
田中さんは黙り込んだまま、俯き加減でその場に立ち尽くしている。


「何してるんですか?」
「…いや、それどっちかっていうとこっちの台詞っちゃけど…
 何かね、シャワー壊れたけん、今日は銭湯に行かんとかんらしいっちゃん」


そう呟いて田中さんは苦々しく眉根を寄せた。

…は!?せせせせせ銭湯!?
何それどんな展開!?

まさかの事態にノー!とも言えずただ呆然としている私の首根っこを掴んで田中さんは、いいから行くっちゃん!とやけっぱちに吐き捨てて、私の身体をずるずると引き摺っていった。



田中さんの家の近くのレトロな木造の銭湯は、お年寄りで大盛況だった。
前を隠す事なんてせず、皆萎んだ過去の栄光をぶら下げて、脱衣所と風呂場を行き来している。
石鹸の良い香りのする湯気が、サッシの向こうから漏れていた。

そんな中、私はロッカーの前で固まっていた。
どうしよう。
お風呂に入るという事はつまり…
ふと隣に目線を移すと、さっきの勢いはどこへやら、田中さんも一向に動く気配はない。


「…みやび、脱がんと?」
「…田中さんこそ」
「いや、れいなは身体の…特に上半身の調子が悪いけん。
 遠慮せず先行っていいとよ?」
「えええ!?やだやだやだ!!
 ちょっとそれ恥ずかしいじゃないですか!」
「いいやん!みやびはCカップっちゃろ!?」


直ぐさま両手をぶんぶん振って拒否をする私を、田中さんはじろりと横目で睨んできた。
う、痛いところ衝かれた。
私は胸を押さえて倒れそうになったけど、ぐっと堪えて反論に出る。


「…ま、まあそうですけどお…
 あ!田中さんだってブラのサイズ大きくなったって言ってたじゃないですか!
 絶好調なのにどうして!」
「…ま、まあそうやけど…
 ていうか胸なんて脂肪の塊ったい!
 でかくなっても何も嬉しい事なんてないっちゃん!」
「ですよね!そうですよね!
 C…いや、Bカップ以上は苦しんで滅びればいいのに!」
537 :フィラメント :2009/08/24(月) 00:00

私は、はっとして田中さんの顔を覗き込む。
不思議なシンパシーが光線の如く私たちの間を走ったからだ。
田中さんも、驚いた様に目を張って私を見上げていた。
私たちはじっくり見つめ合い、そして同じタイミングで視線を下に落とした。


「…みやび、せえの、で脱がん?
 れいな、みやびだったら見せてもいい気がするっちゃけど」
「はい!みやも田中さんの前だったらホントのじぶんになれる気がします!」
「…じゃあ行くっちゃん!」



「「せえの…!!















                …勝った…」」



私たちの絆が、より強固に結ばれた瞬間だった。



畳んだタオルを頭に乗せ富士山を背負いながら、銭湯の後はやっぱコーヒー牛乳に限ると!あれは格別やけんね!と田中さんは得意気な口振りで通ぶっていたが、その本人は財布にあったお金が入浴料分しかなく、私がそれを奢った挙げ句、のぼせて足取りがふらふらしていたから肩を貸して家路を帰った。
何かもう、田中さんはウザいを極めた人だった。
538 :フィラメント :2009/08/24(月) 00:02

2学期になっても田中さんは、毎日の様に私の教室にやって来た。
お昼休みはひなたぼっこをしながら、よく一緒にご飯を食べた。
放課後はやっぱり買いものしたり、ソファの上でぴょんぴょん跳ねて踊って長時間カラオケしたり、田中さんとのツーショットで全部埋まってしまうんじゃないかってくらいプリクラも沢山撮った。

私はいたずらが大好きで、鞄にお菓子を入れたり千円札を全部ターバン野口にしたり教科書にスルメを挟んだりして、田中さんにもよく仕掛けて遊んでたんだけど、ロッカーを藁納豆でいっぱいにしたときは流石に怒られた。
文化祭では2人して模擬店を回って、田中さんをお化け屋敷に置き去りにして怒られたり、体育祭では2人して玉入れにエントリーして、競技そっちのけで田中さんに玉をぶつけまくって怒られたりした。(時には運!)



それでも田中さんはお姉さんだったので、こういった私の過ぎたいたずらにも寛容だった。
しかし1度だけ私は彼女を本気にさせてしまい、大きな喧嘩をしたときもあった。
私もこれだけは譲れなかったので、結構大事に発展したのを覚えている。





「れいながうさぎちゃんの役やるけん!」
「やだっ!みやだって小さな頃から夢だったんですうー!」
「れいなの方が超超超好きっちゃん!」
「だったらみやは超超超ちょーう好きです!」
「はっ!みやびは意地悪顔やけん、悪役の女王様がぴったり合っとうと」
「むっ!なら田中さんはお付きの猫で充分じゃないですか」

「「………」」

「…みやび、表出るっちゃん。
 どっちがあの戦士に相応しいか勝負ったい」
「…分かりました、はっきりさせましょう」

「えー、田中ー夏焼ー、課題出しとくからもう戻って来なくていいぞー」

「「………」」





月に代わってお仕置きされた。
539 :フィラメント :2009/08/24(月) 00:04

楽しければ楽しいほど、時間は早く過ぎていく。
田中さんとの毎日は、目まぐるしいスピードで駆けていった。
でも楽しいだけじゃなかった。
時が経つにつれて、それが楽しければ楽しいほど私は不安で憂鬱になった。

なぜなら田中さんは3年生の先輩だったからだ。
何もしていなくても、春になれば卒業する。
いや、その前に受験だ。



他の3年生が受験モードでぴりぴりしているときでも、田中さんは変わらず私に会いに来てくれた。
私はそれが心配だったのだ。

田中さん、受験はどうするんですか?
私なんかと遊んでいて大丈夫なんですか?

田中さんの得意なカラオケのナンバーも分かっている。
田中さんの愛用しているメイク用品も覚えた。
けど、私は彼女の進路は全く知らなかったし、聞けなかった。

きっと影で勉強してるんだ。
気分転換のために私と遊んでるんだ。
だったら私といるときくらい、煩わしい事は忘れて楽しんで貰おう。

こういうふうに考えていたから私は、わざと受験の話題は口にしなかった。
私なりの配慮だったのだ。
540 :フィラメント :2009/08/24(月) 00:05

田中さんからも全くそういう話はなかった。
ただ1月頃に電話で、れいな、福岡の学校受かったっちゃん、と1度だけやたら素っ気なく報告された。

そのときの私の気持ちはとても複雑だった。
合格したんだから祝ってあげたい。
でも素直に喜べない自分がいた。

福岡―――

やっぱり田中さんは福岡に帰ってしまうんだ。
私といるより福岡の方がよかったんだ。
学校が別々になれば、今の様に気軽に会える事もなくなるのに、それが福岡と東京なら尚更だ。

悲しい。
寂しい。
胸が、苦しい。



…でも仕方のないんだ。
田中さんが決めた事なんだから。

携帯電話を握り締めて私は、わー!超凄い!田中さんおめでとうございますっ!!と必要以上に賑やかに、大袈裟なくらい声を張り上げて彼女を祝福した。
知らない内に、もう片方の手が自分の服の裾を掴んでいたのは、通話を終えた後に気付いた。
しわしわになった布の波間を、私は暫くぼうっと見下ろしていた。
541 :フィラメント :2009/08/24(月) 00:06

卒業まであっという間だった。
残り僅かになったときを惜しむ訳でもなく、私たちはそれまでも普段通り過ごした。
2人共考えない様にしていたのだ。
やたら毎日明るかった。



桜が咲いて、卒業式の日が来た。
私も田中さんも泣かなかった。
ちゃんと勉強しときいよ、みやび、と証書が収められた筒を、私の額にぱこんと振り下ろしながら田中さんは、にひひ、と屈託なくくしゃっと笑っていた。

そして処分するのが面倒臭かったのだろう、全ての教科書を私に押し付けて、短いスカートを翻し彼女は、颯爽と卒業していった。
足元に山積みになった冊子に視線を落として私は思う。

3年生の教科書とか貰っても…
あと1年どこに置いておこう…
地図帳とか2冊あっても使わないんですけど…

やっぱり田中さんは最後までウザい人だったのだ。
542 :フィラメント :2009/08/24(月) 00:08

田中さんが東京を発つ日、私は空港まで見送りにいった。
その日は自称雨女の田中さんに珍しく、からりとよく晴れていた。
ぴかぴかに磨かれた床や壁に、白い光や電灯が跳ね返って、やたら眩しい。

じゃ、行くけん!と田中さんは芝居っぽく敬礼をして私の前に立つ。
あの大きなサングラスも、表面をきらりと反射させていた。


「着いたら連絡するっちゃん」
「はい」
「困った事があったられいなに相談してきいよ?」
「はい」
「メールだって電話だってするけんね」
「みやもします」
「あと、あと………」
「何ですか?」
「………」
「田中さん??」


急に田中さんは口籠って俯いた。
少しずれたフレームの間から、伏した長い睫毛が見える。
私は黙って彼女が喋り出すのを待っていた。
…何だろう。
忍び寄ってくる深刻な雰囲気に、指先が微かに冷たくなってくる。


「…みやびは」
「え?」
「みやびは、結局何も聞いてこんかったけん」
「………」
「最後まで興味なかったっちゃんね、れいなに」


そう呟いて、田中さんは私を見上げてきた。
サングラスが表情を隠している。
でも私には分かるんだ。
その下で田中さんは、きっと泣きそうな顔をしている。
543 :フィラメント :2009/08/24(月) 00:09

田中さんの言いたい事は直ぐ分かった。
進路の事。
私は最後まで聞けなかった。

咄嗟に私は反論しようとした。
違うんだ、って。
そうじゃないんだ、って。
本当は凄く心配だったんだ、って。
毎日気に掛けていたんだ、って。



けど、駄目だった。
あ、と掠れた声が漏れただけで、それっきり私の口は動かない。
緊張して頬が強張っている。
何て言っていいか分からない。
言葉に出来ないもどかしさや焦りが、私の中で暴れている。

違うんだ!
そうじゃないんだ!
本当は!
毎日!
私は………!

言いたい事は幾らでも浮かんでくるのに、喉でつっかえてしまうせいで、それはぐしゃぐしゃにこんがらがる。
痛い。
苦しい。
上手く伝えられない事が、つらい。
544 :フィラメント :2009/08/24(月) 00:10

でも、考えてみればそうなのだ。
私が何を言ったって説得力がない。
だって、いつも田中さんが私の教室に来たし、遊びの誘いも大概田中さんからだった。

どんなときでも、行動を起こすのは彼女からだったのだ。

だから田中さんも不安だったんだ。
私がちゃんと言わなかったから。
私がちゃんと伝えなかったから。
だから田中さんは―――


「あーうそっ!今の忘れてっ!」
「た、田中さっ…!」
「じゃ、れいな、本当にもう行くけん」


田中さんは少しだけ背伸びをして、私の髪を目一杯ぐしゃぐしゃに撫でながら、無理矢理歯を見せて、下手くそに笑った。
待って、と心の中で叫んで手を伸ば…そうとした。
そうする前に、彼女が擦り抜ける様に背中を見せ歩き出してしまったからだ。

田中さんは1度だけ肩越しにこちらを向いて、私に小さく手を振った。
彼女の華奢な後ろ姿が、人の流れに消えていく。
私はそれを、ぎゅっと拳を握って見つめていた。
田中さんがごろごろと引いていたキャリーバッグは、機内に持ち込めるサイズだったのに、彼女が持つとやけに大きく感じた。
545 :フィラメント :2009/08/24(月) 00:11

ほら、いつもこうなんだ。

思っている気持ちを、私はちゃんと相手に伝える事が出来ない。

恥ずかしければ逃げたくなるし、緊張したら固まってしまう。



結局何も言えないまま、田中さんと離れてしまった。

こんなに大好きなのに。
あんなに楽しかったのに。

これからお互い自分の生活が始まったら、連絡も途絶えていっちゃうのかなあ。

抜ける様に澄んだ青空を裂く様に、白い機体が飛び立っていく。

それは、諦めによく似た、寂しくて切ない予感だった。



そして4月になり、私は2年生に進級した。
相変わらず女子高生の毎日はくだらない事で忙しく、私は次第に田中さんがいないのにも慣れてしまった。
私の周りには他の友達も多かったし、今まで通り、目の前は楽しい事で溢れていた。



しかし、そんな私に、ある変化が起きていた。



546 :フィラメント :2009/08/24(月) 00:13

高校生になって2度目のゴールデンウィーク、私はちいと久しぶりに買いものに行く約束をした。
この時期、お店にはもう夏物が揃っている頃だ。
うう!燃えてくるっ!

私たちは渋谷で待ち合わせして、ファッションビルを渡り歩いては上から下まで駆けずり回った。
連休の書き入れどきとあって、どこのお店も人でいっぱいで活気がある。
夏らしい、カラフルで鮮やかな色合いの服が、更に高揚を煽っていた。



ある店での事だ。
私は色違いのプリントTシャツで、ピンクか黒のどちらがいいか迷っていた。
それを交互に身体に合わせながら、真剣に頭を悩ませていると、ちいがうんざりした様子で話し掛けてきた。


「ねーえー、そろそろ休憩しようよ!きゅーけー!」
「やだっ!みやまだ見たいところあるけん、それ終わってから!」
「えええー!!」
「ちい、うっさい!!」
「ちなみアイス食べたいんですけどっ!ア・イ・ス!ア・イ・ス!」
「ちょっと!今みやマジっちゃん、黙ってて!」


ちいが大袈裟に拳を突き上げてアイスコールを喚き散らしている。
私はそれを目を流して睨み、また手元に視線を戻した。
よし、やっぱり、黒にしよう。
無難だけど使い勝手いいし。


「決めたんだ」
「うん。買ってくるけん、待っとって」
「へー。いつもだったらさ、ねえー、ちいー、どっちが可愛い?どっちがいいかな?って絶対訊いてくるのに」


ちいが、くねくね左右に頭を倒しては、弱々しい声色をつくってきた。
それ、私の真似なら全然似てないんですけどっ!


「そお?」
「そーじゃん!
 お店行くのも、ちなみが決めてー、って付いてくるだけなのにさ、今日はやたら積極的だよね」
「えー?そんな事なかとって…」
「…ていうか、さっきからそれ日本語?」
「は?」


ちいが小首を傾げて尋ねてきた。
私は何の事か分からなくて、間髪入れずに訊き返す。


「だーかーらー、なんとかとー、とか、なんとかけんー、とか、さっきから変!」
「………うそっ!」


私は咄嗟に口を押さえる。
驚いた。
博多弁!まさかうつってるなんて!

そしてちいは、尚も何も気にせず話し続ける。
明け透けな彼女の次の言葉に、私は更に目を見開く事になった。





「ていうか今日のみや、全体的にウザいっ!」





ウザい、と聞いて思い出したのは、鼻筋に皺を寄せてくしゃっと表情を崩す、あなたの笑い顔だった。
547 :フィラメント :2009/08/24(月) 00:15

瞬間、私は近くにディスプレイされていたサングラスの1つを手に取る。
勿論フレームの超大きいやつだ。
それを掛けて、私は叫んだ。





「渋谷は庭やけんね!みやびの!」
「…はあ!?」
「だはははははははははは!!!!」





ちいが眉をしかめ、怪訝な表情で私を眺めている。
ひとしきり笑った後に私は、ちょっと買ってくるっ!とTシャツを引っ掴み、そのままレジへと走った。

お財布を開けると、顔を出したのはターバン野口。
私はそれにも、ぷっと噴き出してしまう。



ねえ、田中さん。

気付けばこんなにも私の中に、あなたの足跡が残っている。



548 :フィラメント :2009/08/24(月) 00:18



これから続く長い人生を見れば、あなたといた毎日なんて、短過ぎてまるで細く撚った糸の様なものかもしれない。

でも、知らず知らずの内にこんなにも沢山通い合ったそれは、1本1本が今の私をつくる確かなルーツ。

あなたと私をつなぐそれは、ずっと未来まで伸びていく。



549 :フィラメント :2009/08/24(月) 00:19

そして私は閃いた。

そうだ。
夏休みになったら、あなたに会いに福岡まで行こう。

急に押し掛けたら、田中さん、何て言うかな。
寂しかったって伝えたら、田中さん、どんな顔するかな。

ああ、その前に、田中さんから貰った地図帳で、福岡の位置を調べなくっちゃ。



私は想像する。

この大きなサングラスを引っ掛けて、天神の街を並んで歩く私たち。

夜には、田中さんオススメの焼き肉屋さんに行こう。

その後は、湯船で夢を語ったり、コーヒー牛乳で乾杯なんてしちゃったりして。



会計を済ませ、ちいの方に向かうとき、長方形のミラーに映った自分を見て気が付いた。

あんなにがちがちに固まっていた頬も、あなたの事を考えただけで、ほら、自然に綻んでいる。
550 :フィラメント :2009/08/24(月) 00:20



その夜、私は手紙を書いた。

破いたノートの切れ端に、自分の似顔絵と、れいなにあいたいっ!っていう吹き出し。

初めてしたよびすけは、恥ずかしかったり緊張したりしたけれど、こんなどきどきも悪くない。

それから、紙の白い部分を埋め尽くす、沢山の正の字。



言葉はそれ以外に何も書かなかったけれど、きっと私の気持ちは伝わる。



551 :フィラメント :2009/08/24(月) 00:21



◇◇◇◇◇



552 :フィラメント :2009/08/24(月) 00:22



フィラメント



553 :フィラメント :2009/08/24(月) 00:22



◇◇◇◇◇



554 :salut :2009/08/24(月) 00:24

タイトルは文中と、彼女の鉄線の様な顔の筋繊維を表現したくてつけました。
ウザい田中さんと能面な夏焼さんが大好きなんです。



>>530
ありがとうございます。
こういうふうに組み合わせるの、好きなんですよ笑
実際仲も良いらしいので…
後編も読んで頂けたら幸いです。
555 :salut :2009/08/24(月) 00:25

○○○インデックス○○○

デザイナー(石川・吉澤)
>>3-36

私のリリイ(矢島・夏焼・吉澤)
1 >>47-62
2 >>71-84
3 >>93-105
4 >>113-123
5 >>185-198
6 >>206-224
7 >>231-245
8 >>255-266
9 >>275-288
10 >>301-312
11 >>320-334
12 >>368-376   +α >>378
13 >>390-400
14 >>415-427
15 >>436-447
16 >>454-471
17 >>480-504

4人のピンク(石川・紺野・道重・嗣永)
>>133-176

前髪(菅谷・夏焼)
>>345-357

フィラメント(夏焼・田中)
前 >>512-526
後 >>532-552
556 :名無飼育さん :2009/08/24(月) 20:27
よかったです。こういうお話大好きです。
salutさんの書かれる夏焼さんはとても魅力的だと思います。
ウザい田中さんもなんだか愛らしかったです。
これからも影ながら応援しています。
557 :名無飼育さん :2009/08/24(月) 23:41
いいですねぇ
テンポと爽やかな世界観がベストマッチです
558 :名無し飼育 :2009/08/25(火) 16:29
れなみや組み合わせ良いですね!
梅さんもこの二人と仲が良いので絡ませてほしいです♪

れなみや二人ともネコ科で人見知りな感じですよねw
559 :salut :2009/08/29(土) 14:43

>>556
ありがとうございます。
本当ですか、それは良かったです。
いやいや、彼女自身が魅力的なんですよ、とか言って。
非常にタイミングが悪いですが光栄です。
本当にありがとうございました。

>>557
ありがとうございます。
さらっと読めて、その後すかっと晴れた気持ちになれる様な、ちょっと元気になれる感じの、そんなお話を書きたかったんで嬉しいです。

>>558
ありがとうございます。
唐突な梅推しwww
それはそれで面白そうですね♪
しかし、申し訳ございませんが私には出来かねます。



突然ですが、今作を区切りと致しまして更新を終わりにします。
また何か書きたくなったらのこのこと現れるかもしれませんが、そのときは温かく迎えて下さい。
今まで読んで下さって、本当にありがとうございました。
感謝しています。
それでは。

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