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初めての挑戦

1 :みや :2006/10/17(火) 23:44
辻希美一人称アンリアル
高校生になって村を出た辻。
親元を離れ、新しい世界で生活を始める。
中学までとは違う世界。
その挑戦は簡単にいくわけでもなく。
そんな、彼女の暮らしをしばらく追ってみようと思います。
2 :第一話 屋根の上とスタンドの上 :2006/10/17(火) 23:44
 ここに来て、屋根の上がすぐにお気に入りの場所になった。
 廊下の窓を開ければすぐに出られる屋根の上。
 ぼんやりと壁に寄りかかって遠くの空を眺める。
 山に囲まれた姫牧の村と違って、見える範囲は広いけど、見える星の数がちょっと少ない。
 ここも田舎だって言うけれど、村よりは都会なんだろうなあ。
 少し、お腹がすいた。
3 :第一話 :2006/10/17(火) 23:45
 「また、そんなとこにいるのかよ。もう五月になったからって、夜は寒いんだから風邪ひくぞ」

 頭の上から声がした。
 顔を上げると、窓のところから矢口さんがのぞき込んでいた。

 「ちょっと、手かせ」
 「なんで?」
 「そっち行くんだよ」
 「来なくていいよ」

 来なくていいよ。
 ぼんやり座っていたいのに。
 一人で。
4 :第一話 :2006/10/17(火) 23:45
 だけど、それでも矢口さんは、窓を乗り越えてこっちに来ようとする。
 あぶなっかしくて、転がり落ちそうで見てられなかったから、立ち上がって手を貸してあげた。
 矢口さんは、なんとかこっち側に移ってきて、隣に座った。

 「すげーなー、辻は。一人でこの高さ超えられるんだから」
 「誰だって出来るよ、そんなの」
 「うるせー、ちびのくせに」

 矢口さんのがちびじゃんか。
 そう思うけど、ばかばかしいから黙って矢口さんの方を見る。
 笑ってる矢口さんが、なんかむかついた。
5 :第一話 :2006/10/17(火) 23:46
 「どうしたんだよ。辻のくせに晩飯残して」
 「矢口さんには関係ないでしょ」
 「なっちが心配してたぞ。おいしくなかったのかなあ? なんて的外れに」

 しらないよ。
 そんなこと言われたって。
 なちゅみのご飯は、おいしくないわけじゃないけど。

 「連休は何してんだよ。村帰らないのか? それとも、どっかでかけたりとか」
 「連休はずっと試合だよ」

 ゴールデンウィークはずーっと試合。
 試合ばっかり。
 バレーボールバレーボールバレーボール。
 中学のときも試合がなかったわけじゃないけど、こんなにずっと試合なわけじゃなかった。
 トーナメントで勝ちあがっちゃうからなのかもしれないけど。
6 :第一話 :2006/10/17(火) 23:46
 「試合か。そっか。辻はポジションどこなんだ? ベンチとか?」
 「うるさいよ。違うよバカ! ポジションとかわかんないくせに」
 「違うのか。そうか」

 ポジションはベンチなんかじゃない。
 のんの試合でのポジションは、スタンドの上だった。

 うちのチームは、県内で一番強い。
 だから、そんなチームに入っていきなり試合に出られると思ってたわけじゃない。
 レギュラーのセッターがすごくうまいのは、去年見たときからもう知ってたし。
 でも、だけど、スタンドの上はさびしかった。
7 :第一話 :2006/10/17(火) 23:47
 矢口さんは、のんの方を見るでもなく、ひざを抱えて体育すわりしてる。
 のんも、伸ばしてたひざを抱える。
 外の風が冷たい。
 ぼんやりしていたいんだけど、こうやって隣に座られるとやっぱり気になる。
 ちょっと、っていうか、かなりうっとうしい。

 「どうだ? 一人暮らし。って言っても、なっちがいるから、料理とか洗濯するわけでもないけどな。でも、十五歳で親元はなれて、一人で暮らすのってどうだ? 一ヶ月、ここで暮らしてみて」
8 :第一話 :2006/10/17(火) 23:47
 矢口さんがひざを抱えてこっちを見て言う。
 のんは、なんとなく矢口さんの方は見ないで答えた。

 「どうって言われても」

 高校に入って、のんは田舎の村を出て、一人で暮らしてる。
 賄いつきの下宿というやつに。
 いまどき珍しいらしいけど。
 村に高校は無くて、進学すると村を出るのはみんな一緒なんだけど、バレーの推薦で学校を選んだのんは、一人だけ別の学校になった。
 だから、中学までの、村の友達は、誰も近くにはいない。
9 :第一話 :2006/10/17(火) 23:47
 「ホームシックとか」
 「そんなのないよ」

 こっちの高校に来るのに、住む場所としてここを紹介してくれたのは矢口さんだった。
 たまに乗る、村のほうに走ってる電車の車掌さん。
 それが、わざわざ部屋の紹介までしてくれるのは驚いたけど。
 ただ単に、自分が住んでいて部屋が空いてたってだけだった。
 一応、感謝はしてる。
 なちゅみのご飯はおいしいし。
 だけど、ちょっとうっとうしいときもある。
 こんなに世話好きな人とは思ってなかった。
10 :第一話 :2006/10/17(火) 23:48
 「学校はどうだ? 勉強とか」
 「のんが勉強できるわけ無いよ」
 「入学早々、それはないだろー」
 「だってー」

 のんに勉強しろって言うほうが間違ってるんだと思う。
 英語なんか全然わかんないし。
 ひざを抱えて引き寄せて、顎を乗せたらお腹が鳴った。

 「なんだよ、腹減ってるんじゃねーか」
 「うるさいよ」

 まだ春で、虫の声もしないし、夜で鳥も鳴いてないし。
 静かだから、お腹の音が矢口さんまで聞こえたみたいだ。
 お腹はすいたし、矢口さんがうっとうしいし、なちゅみのところへ行って何か作ってもらおう。
11 :第一話 :2006/10/17(火) 23:48
 「なんだよ、部屋戻るのか?」

 のんが立ち上がると、矢口さんは見上げて言った。
 黙ってうなづいて、のんは窓のところを飛び越えて廊下に入る。

 「お、おまえ、これ、ジャンプで超えるのかよ」

 そんなとこで驚かれても。
 矢口さんを無視して下の食堂に降りていこうとすると、後ろから怒鳴られた。

 「待て! 待てよ! 助けろ! 中に入れないだろ!」

 矢口さんは、窓のところで、なんか足を掛けてもがいていた。
 力が無くて、自分の体を引き上げられないみたい。
 動物っぽくて面白いから、正面まで行って眺めてみる。
12 :第一話 :2006/10/17(火) 23:48
 「見てないで手伝えよ!」
 「もうー、鈍くさいんだからー」
 「しょうがねーだろー」

 仕方がないから引っ張ってあげる。
 ひっくり返って屋根から落ちられてもやだし。
 なんだかはいつくばった、すごいかっこ悪い感じになりながら、矢口さんはなんとか廊下に戻ってきた。

 「助かったー」
 「オーバーだなー」
 「どうやったらあれをジャンプでとびこせるんだよ」
 「矢口さんが鈍いだけだよ」

 飛び越すって言っても、一回窓枠のところで足ついてるし。
 矢口さんが鈍すぎるだけなんじゃないかと思う。
13 :第一話 :2006/10/17(火) 23:49
 「なちゅみ、まだ下にいた?」
 「ああ、さっきは洗い物してた。なんだ、夜食か?」
 「うん。ちょっとお腹すいた」
 「太るなよ」
 「うるさいよ」

 なんかげらげら笑ってる矢口さんを置いて、のんは階段を降りた。
 下の食堂は電気がついてるけど誰もいない。
 奥のキッチンには、なちゅみが何かを作っていた。
14 :名無飼育さん :2006/10/18(水) 06:46
新スレおめでとうございます!
辻さんメインですか。
このシリーズ好きなので今回の話も楽しみです。
次回楽しみに待っています。
15 :名無飼育さん :2006/10/18(水) 23:28
うぉー!このシリーズ、来ましたね!
実ははじめてののの視点。
楽しみにしてます。
16 :名無飼育さん :2006/10/19(木) 02:11
あんなだった辻ちゃんも大人になっていくんですね・・・
自分もみやさんのお話大好きです。
これから更新楽しみに待ってます。
17 :作者 :2006/10/29(日) 23:05
>>14
ありがとうございます。
ゆっくり待っててください。

>>15
最初からいたのに意外と目立ってませんでした。
今回は完全主役です。

>>16
ありがとうございます。
現実世界ではもっと大人な19歳ですけどね。

別のところで大長編やってるので、こちらは少しゆっくりになるかもしれませんが、どうぞ最後までお付き合いください。

そうそう。これ単独でもちゃんと読めるようになってるので、昔を知らない人もどうぞ。
18 :第一話 :2006/10/29(日) 23:05
 「おお、のの。どした? お腹すいた?」
 「なんかあるー?」
 「圭ちゃんにお茶漬けの準備してたんだけど、ののにあげよう」
 「いいの?」
 「いいのいいの。よっぱらいなんか。どうせふらふらあるって、なかなかたどり着かないんだから」

 圭ちゃん、おばちゃん。
 仕事の後、毎日お酒を飲んで帰ってくる。
 一度だけ飲んだことのあるお酒は、にがかった。
 それを毎日飲みたいって思う気持ちは、よくわからない。
19 :第一話 :2006/10/29(日) 23:06
 「ののは明日も早いの?」
 「うん」
 「休みなのに大変だねえ」
 「しょうがないよ。試合だもん」

 ゴールデンウィークは明日で終わり。
 試合も明日で終わりの決勝。
 休みは、結局全部試合だった。
20 :第一話 :2006/10/29(日) 23:06
 「お弁当作ってあげようか?」
 「いいよ。持ってくる子いないし。試合のときはみんな近くのコンビニだから」
 「コンビニ弁当、体によくないぞ」
 「みんなコンビニなのに、のんだけ持って行くのとかなんか恥ずかしいし」
 「そっか」

 のんは、けっこうコンビニ弁当が好きだ。
 なちゅみのごはんの方がおいしいけれど、でも、コンビニも好き。
 村にはコンビニなかったから、ああやって、なんか気軽にちょっと買い物、みたいな感じが結構好き。
21 :第一話 :2006/10/29(日) 23:06
 食堂はそれなりに広い。
 ホントはここは、十人くらい入れる部屋はあるみたいだけど、いまはなちゅみを入れても四人しかいない。
 のんと矢口さんとおばちゃんとなちゅみ。
 矢口さんは電車の車掌さんで、おばちゃんは消防署で働いてる。
 二人とも、結構不規則な感じで仕事してて、宿直って言うらしい泊りで帰ってこないこともある。
 なちゅみは寮母さんっていうのかな。
 このふるさと荘の責任者。
 料理も選択も掃除も全部やってくれる。
 一人暮らしっていう感じはあまりしない。
 実際、一人部屋っていうだけで一人暮らしじゃないし。
 ここに来てすぐの頃、矢口さんが言ってた。
 朝起きて、出かける前にちゃんと人がいるっていうのと、仕事場に付くまで誰とも会話しないって言うのはぜんぜん違うって。
 朝でも夜でも、なちゅみはいつでもここにいる。
 村を離れて一ヶ月経つけど、ホームシックとかそういうのが全然ないのはそのおかげかもしれない。
22 :第一話 :2006/10/29(日) 23:06
 「はーい、おまたせー。お茶漬けですよー」
 「おいしそー」

 鮭茶漬け。
 晩ご飯のメインが鮭だったから、たぶんそれの余り。
 余りって言っても、ホントはおばちゃんの分だったんだろうけど。
 そこに海苔とかわさびとかねぎとか乗っかって。
 のんの目の前でなちゅみがお茶をかけてくれる。
 お茶がかかって海苔がしおれて、いいにおいがしつつ湯気も立って、おいしそうだった。
23 :第一話 :2006/10/29(日) 23:07
 「のの、毎日試合で出かけて疲れてたりするんじゃないの」
 「うーん、どうだろう。試合って言ってものんはほとんど見てるだけだから」
 「でも、荷物抱えて遠くまで行くんだべ、毎日さ」
 「そうだけど、でも、試合にずっと出てる方が大変だよ」

 のんは試合には出てない。
 出てないどころかベンチにも入ってないから、行く前から試合に出ないことは分かってる。
 最初はそうなるっていう覚悟がなかったわけじゃないけれど、やっぱりそれはつまらない。
 それでも、毎日朝から荷物を抱えて会場まで行かないといけない。
24 :第一話 :2006/10/29(日) 23:07
 「えらいよねー。そうやって部活頑張れるって。なっちなんか、強制で全員部活動加入とかいう学校だったけど、全然練習でない幽霊部員だったもん」
 「なにやってたの?」
 「んー、ひみつ」
 「なにさそれー」
 「いいの。細かいこと気にしないの」

 急須を載せたお盆を持って立っていたなちゅみは、のんの正面のいすを引いて座る。
 ご飯の上の鮭とかのりとか、添えられたわさびとかをご飯とちょっと混ぜてから口に持っていく。
 おいしい。
 なちゅみの作るご飯は大体なんでもおいしい。
 のんはお茶漬けを食べて、なちゅみはお茶を飲んでいる。
 玄関のほうで音がして、それから声が聞こえてきた。
25 :第一話 :2006/10/29(日) 23:08
 「ただいま。なっち、夜食出来てる?」
 「圭ちゃん。ホントに帰ってきたの?」
 「なによ、ホントにって。帰るって電話したでしょうが、さっき」
 「いつも電話してからが遅いっしょ。電話してきたときはまだ何言ってるか分かるけど、帰ってくるとへべれけだったりするし」

 おばちゃんが帰ってきた。
 いつもは帰ってくるにしてものんが寝てからだったりすることも多いけど、今日は割りと普通の時間に帰ってきた。
 つっこみたいところもあるけど、我慢して、黙ってはしを進める。
 今食べてるのは、おばちゃんの夜食だったはずのお茶漬け。
 早く食べ終わらないと取られてしまう。
26 :第一話 :2006/10/29(日) 23:08
 「辻も黙って食べてないで何とか言ってやってよ」
 「ののには関係ないもんねー。圭ちゃんと違って、ののは毎日部活頑張ってえらいんだもんねー」
 「なによ。部活なんか子供の遊びでしょ。こっちはねえ、毎日毎日汗水流して働いてるのよ。こうやって、世の中はゴールデンウィークだって言って休みなのに、こっちは仕事してるのよ。仕事。そうして疲れて帰ってきたこの労働者様に、なっちは夜食も出さないわけ?」
 「その汗水はアルコール性でしょ?」
 「なっちー。分かったから。なんか夜食作ってよ」
 「しょうがないなー」

 なちゅみの方が折れてキッチンに消えていく。
 おばちゃんはなちゅみが座っていたのんの正面に座った。
27 :第一話 :2006/10/29(日) 23:09
 「なに、あんた、また食べてるの? 太っても知らないわよ」
 「おなか空いたんだもん」
 「だからって、お茶漬けって・・・。ちょっと待ちなさい。それホントは私のだったんじゃないの?」
 「知らない」
 「ちょっと、なっちー。辻が食べてるお茶漬けって、私のなんじゃないの?」

 のんのお茶碗はもうすぐ空になる。
 おばちゃんは立ち上がってキッチンをのぞきに行こうとしたら、なちゅみが先に顔を出した。
 キッチンと食堂は壁で仕切られてるけど、配膳できるようにこっちとつながったあいているスペースがあって、そこから顔を出せばこっちが見えるし、こっちからもキッチンの中が見える。
28 :第一話 :2006/10/29(日) 23:09
 「なに? どうしたの? いま、冷蔵庫見ながら考えてるんだから」
 「なっち。辻が食べてるお茶漬けって私のだったんじゃないの?」
 「そうだよ」
 「そうだよって、なんであの子に食べさせちゃうのよ」
 「おなか空いたっていうから」
 「もうー。なっちは辻に甘すぎるのよ」
 「圭ちゃんが悪いんでしょー。いつも帰るって電話してきてからなかなか帰ってこないから」
 「だから、それは悪かったって言ってるでしょ」

 ここに来てからまだ一ヶ月。
 だけど、もう何度かこんな光景も見たような気がする。
 なちゅみとおばちゃんがもめてる間に、のんはお茶漬けを食べ終わった。
29 :第一話 :2006/10/29(日) 23:09
 「ごちそうさま」
 「のの、おいしかったかい?」
 「うん」
 「そっか」
 「そっかじゃないわよまったく。なっち、早く私のお茶漬け作ってよ」
 「ご飯とお茶だけならあるけど」
 「具はないの? 具は?」
 「だから、冷蔵庫見て考えてるって言ってるでしょ」
 「もうー。酒の後の締めはなっちのお茶漬けって決めてるんだから早くしてよね」
 「早くしてほしいんだったら、お願いしますは?」
 「よろしくおねがいします」
 「よろしい」

 なちゅみの姿が見えなくなっておばちゃんも席に戻ってくる。
 のんはお茶を一杯飲んだ。
30 :第一話 :2006/10/29(日) 23:10
 「辻も、分かってるんなら私のお茶漬け食べるんじゃないわよ」
 「なちゅみが、おばちゃんは帰ってこないから大丈夫っていったんだもん」
 「まったく。私のことを何だと思ってるのよ」
 「酔っ払い」
 「酔ってないわよ。ちょっとは飲んだけど」

 おばちゃんはのんの前の席に座って、なちゅみが置いていったお茶を飲んでいる。
 なんだかのんの顔をじっと見ていた。
31 :第一話 :2006/10/29(日) 23:10
 「あのガキがもう高校生になったんだもんなあ。私も年取るわけだは」
 「なにさ、あのガキって」
 「辻が遭難したときって小学生だったでしょ」
 「中学生だよ」
 「そうだっけ? 見た目の印象で小学生だと思ってたわ」

 のんは昔、山で遭難しかけて騒ぎを起こしたことがある。
 一晩山の中で過ごして、夜が明けた頃このおばちゃんに見つけてもらった。
 あのときのおばちゃんは優しかった記憶があって、それでふるさと荘に来て最初に会ったときは全然分からなかったんだけど、おばちゃんのほうが先に気づいた。
32 :第一話 :2006/10/29(日) 23:10
 「改めてみると、チビはチビなりに大きくなったわよね」
 「なにさそれ」
 「まあ、遭難して心細くて小さく見えただけかもしれないけど、あの頃と比べると上にも横にも大きいわよ」
 「うるさいなー」

 横にって何だよ横にって。
 ちょっと事実だから仕方ないけど。
 上には、前よりは伸びたかもしれないけどまだ小さい。
 他のスポーツは知らないけど、バレーの場合小さいって言うのはすごいハンデだからもうちょっと大きくなりたい。
 でも、のんと同じくらいの身長で試合に出てる人もいるから、身長のせいにしちゃいけないんだけど。
33 :第一話 :2006/10/29(日) 23:10
 「圭ちゃん、おにぎりでもいい?」
 「おにぎり?」
 「お茶漬けしようと思ったけど、梅干くらいしかないのよ。わさびもなくなっちゃったし。梅干だけじゃお茶漬けにちょっとあれだから、おにぎりにしちゃおうかなって。もう一個ゴマのおにぎりと、あとお味噌汁の残りならあるから、それでいい?」
 「あんまり重たくなくていいから、おにぎりは小さめの二個でいいや」
 「了解」

 キッチンから顔を出したなちゅみが敬礼ポーズをとってまた消える。
 のんは、お茶漬けに満足したからお茶碗を持って立ち上がった。
34 :第一話 :2006/10/29(日) 23:10
 「ちょっと辻。私の夜食に付き合いなさいよ」
 「やだよ。おばちゃん酔っ払うとしつこいんだもん」
 「今日は酔っ払ってないって」
 「明日も早いし、お風呂入って寝る」

 のんは空になったお茶碗をなちゅみに渡す。
 洗い物はなちゅみがやってくれる。
35 :第一話 :2006/10/29(日) 23:11
 「ののは明日も試合なんだもんねー。お休みでも部活頑張ってるの。非番の日は部屋で寝てるだけの圭ちゃんとは違うんだもんねー」
 「その身長でバスケなんかやるかね?」
 「バレーだもん」
 「似たようなもんでしょ」
 「似てないもん。おやすみ」
 「はい、おやすみ」

 バレーとバスケは全然似てやしないけど、身長が高い方がいいっていう意味では似たようなものかもしれない。
 のんはおばちゃんたちを食堂に残して二階の部屋に戻った。
36 :第一話 :2006/10/29(日) 23:11
 六畳一間ののんの部屋。
 村ののんの家に住んでた頃よりちょっと狭い。
 タンスがあって、机があって、ベッドがあって、テレビもあって、隅っこにボールが一個あって、それがのんの部屋のすべて。
 洗濯物はなちゅみがまとめて外に干してくれるし、取り込んでくれるし、アイロンもかけてくれるから、部屋が散らからなくてすむ。

 のんは、ここに三年間暮らして、三年間学校に通って、三年間バレーをする。
 その先のことは分からないけれど、とにかく三年間、のんはバレーを頑張らないといけないんだ。
 そのために、のんはここに来たんだから。
 簡単にはいかないって、部に入ってすぐに分かったけれど、それでも、もう後戻りは出来ない。
37 :名無飼育さん :2006/11/01(水) 20:41
新作きてたのかー
このシリーズ好きなのでめっちゃ嬉しいです
38 :作者 :2006/11/15(水) 23:51
>>37
どうも。またお付き合いください。


ちゃんと言ってなかったのでこの辺で載せておきます。
ttp://mseek.nendo.net/flower/1000386419.html
ttp://mseek.nendo.net/red/1015079839.html
ttp://mseek.nendo.net/wood/1033398621.html
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ttp://mseek.nendo.net/green/1065618084.html

今回のお話は、一応これらから続いた世界ってことになっています。
実際には、過去のシリーズは中学で、今回は高校なので、ここから読み始めても特に問題は無いですが。
気が向いたら昔にさかのぼってみてください。
39 :第一話 :2006/11/15(水) 23:51
 次の日、のんはボールケースを抱えて試合へ向かった。
 荷物運びは一年生の仕事。
 分かってるけど、ボールケースは運びにくい。
 バレーボールだから、そんなに重くはないんだけど、六個もボールが入ったケースは大きくて運びにくい。
 そして、選手だったら着替えとかもあって大荷物なのに、のんはスタンドで制服で見てるだけだから、荷物はほとんどボールだけなのが、ちょっと哀しい。
40 :第一話 :2006/11/15(水) 23:51
 会場はちょっと遠い。
 県の試合は、どうしても仕方ないんだけど。
 ただ、今日は、決勝一試合だけで、時間も午後からだから少しは楽。
 会場について、入り口のトーナメント表を眺めていたら後ろから声をかけられた。

 「おはよー」

 振り向いたら唯ちゃんがいた。

 「おはよー」

 私と同じでボールケースを抱えてる。
 この時間に来るのは一年生しかいない。
 一年生だけ集合時間が一時間半早い。
41 :第一話 :2006/11/15(水) 23:51
 「すごいよねー、決勝だもんねー」

 唯ちゃんも隣に並んでトーナメント表を見上げる。
 のんと違って、唯ちゃんは推薦でここに来たわけじゃない。
 高校に入って、なんか部活しよー、と思って入った部活が強かったって感じ。
 初心者だから、まだあんまりよく分かってないみたい。

 「相手強いの?」
 「うん。たぶん」

 たぶん。
 たぶん、強いはず。
 去年の秋、決勝で同じ相手と試合をしているのを見た。
 あの時は、結構楽に勝っていたけれど、あんなふうに、簡単に勝てる試合にはなって欲しくない。
 負けるのも嫌だけど。
42 :第一話 :2006/11/15(水) 23:52
 決勝の相手のチームには、よっすぃーがいた。
 中学の先輩。
 というか、のんにとっては村にいた頃のお姉ちゃん。
 高校も、よっすぃーのところに行こうかどうしようか迷って迷って、今ここにいる。
 負けるのは嫌だけど、簡単に勝っちゃうのもなんか嫌だ。
 だけど、試合に出られないで、スタンドの上から見ているのが一番嫌だった。

 「中行く?」
 「そだね」

 トーナメント表の前を離れて、のんたちは体育館の中に入った。
43 :第一話 :2006/11/15(水) 23:52
 中では、七位八位決定戦をやっていた。
 一セット目の後半。
 負けてるほうの先生が必死に何か指示を出している。
 今日の大会は、別に優勝しても、インターハイに出られるわけでも、春高バレーに出られるわけでもない。
 ただの県内の大会。
 優勝してもそうなんだから、七位でも八位でも、順位はあんまり関係ない。
 だけど、勝ちたいって気持ちは分かる。
 でも、のんにとっては他人事だから、すんなり勝負がついて、ただ、早く試合が終わって欲しかった。
44 :第一話 :2006/11/15(水) 23:52
 コートの隅の方でボールに座ってボーっと試合を見る。
 これくらいのチームなら、のんでもスタメンで出られるかなあ、なんて思う。
 二セット目に入る頃、他の一年生も集まり始めた。
 コートに背を向けて打ち合わせ。
 一年生は仕事がいくつかある。
 ボール運びだけじゃなくて。
 今日ののんの仕事は、よそのチームの試合の審判補助の記録員。
 結構めんどい。
 だけど、ベンチに入る、アップしなきゃいけない子にはさせられないから、やる人数も限られちゃうし仕方がなかった。
45 :第一話 :2006/11/15(水) 23:52
 七位八位決定戦が終わって、次は五位六位決定戦。
 のんは、唯ちゃんと並んで補助記録員の席に座る。
 得点係りとか、モッパーとかはまだいいけど、こういうちゃんと頭使うお仕事は苦手だ。
 中学のときはこういうのはやらなかったし。
 大会前に先輩にやり方を教わったけれど、のんよりも、初心者の唯ちゃんの方がちゃんと理解してそうなのがはずかしい。
46 :第一話 :2006/11/15(水) 23:53
 「唯ちゃん左利きなんだよねー」
 「うん。うまれつきやねん」
 「生まれつきじゃないことってあるの?」
 「頑張って左利きにしたりとか」

 記録紙に両チームのスタメンとかを書き込んでる唯ちゃん。
 それを見て、改めて、やっぱりなんか変な感じ。
 練習のとき、左手でサーブ打ってるのを見たときも感じたけれど。
 唯ちゃんは、のんが生まれて初めて会う左利きの人だった。
47 :第一話 :2006/11/15(水) 23:53
 唯ちゃんが記録を書いて、のんはその隣で、アタック決めた人とかブロックで止めた人とかの番号を教える。
 意外と、こういうところはしっかりしてて、唯ちゃんはほとんど私の助けがいらないみたい。
 なんとなくボーっとしてしまう。
 試合は、一方的な感じだった。
 スタンドには、先輩達が集まり始めてる。
 先輩達は、着替えてジャージでアップの準備。
 のんは、制服で記録補助員の隣に座る補助。
 つまらない。

 「先輩達来てるね」
 「うん」
 「やっぱり、ああやってジャージで並ぶとかっこええわぁ」

 確かに、そろいのジャージを着て、スタンドに座ってコートを見下ろしてる姿は、なんか絵になる。
 迫力って言うか、すごみっていうか。
 でも、のんは、唯ちゃんみたいにひとごとみたいに、それを見ることは出来なかった。
48 :第一話 :2006/11/15(水) 23:53
 試合が終わって、審判の人にスコアのつけ方ちょっとなおされて、それからスタンドに上がる。
 全員集まったところで今日最初の簡単なミーティング。

 「決勝だけど、いつもの相手だし、普通にやりましょう」
 「はい」
 「控えの一年生、荷物番よろしく」
 「はい」
 「じゃあ、外履きで玄関集合。二セット目の十八点で一年生呼びに来て」
 「はい」

 最初のミーティングは、先生抜きで、キャプテンの美貴先輩が仕切る。
 先輩の一言一言に、こうやって、「はい」ってそろって答えるのが、まだ、なんか慣れなかった。
49 :第一話 :2006/12/17(日) 22:33
 ベンチに入れるのは十二人。
 入れないのは八人。
 一年生五人と、二年生が二人。
 三年生も一人残ってる。
 ジャージを着た十二人がアップに外へ行って、八人で二十人分の荷物を見る。
 荷物番って要するに、そこに座ってろ動くなってことだからかなり暇だ。
 下でやってる三位決定戦を眺めているくらいしかすることがない。
50 :第一話 :2006/12/17(日) 22:33
 「唯ちゃんは、なんでバレー部入ろうと思ったの?」

 うちの高校は、女子はバレー部だけ強い。
 他は、大体普通なのに、バレー部だけは強いから、初心者で入ってきたのは唯ちゃんだけ。
 普通は、もうちょっと弱そうな部に入るかなあって思う。

 「バレー部が一番かっこよかったんよ」
 「かっこよかった?」
 「うん。バシッてアタック決めてるのがすごいかっこよかった」

 なんとなく、分かる気はする。
 のんは、バシッとアタック決める人じゃないけど。
51 :第一話 :2006/12/17(日) 22:34
 「でも、バシッとシュート決めたり、バシッとスマッシュ決めたり、いろいろあるじゃん」
 「なんか、他の部は、やさしくてあんまりかっこようなかった」
 「やさしくて?」
 「うん。なんか、うちでもすぐ出来そうな感じやった」
 「出来そうじゃダメなの?」

 唯ちゃんは、ときどき言ってることがよく分からない。
 のんが言ってることも、周りが分かってくれるかどうかは分からないけれど。
52 :第一話 :2006/12/17(日) 22:34
 「バシッてアタック決めてるのがかっこよくて、あんなふうになりたいなって思ったんよ。これみき先輩とかすごいやんか」

 これみき先輩かあ。
 背はそれほどでもないのに、高く飛んでクロスにアタック打つところは、確かにかっこいいかも。
 みき先輩は二人いるから、キャプテンの藤本先輩は美貴先輩で、アタッカーの是永先輩はこれみき先輩って呼ばれてる。
 たぶん、美貴先輩の方が怖くて、これみき先輩の方が優しいから、美貴先輩が普通に名前で、これみき先輩はあだ名みたいになっちゃったんだと思う。

 「それで、練習見てたら、集合のたびに、はい! はい! って、かっこよかった」
 「ふーん」

 人それぞれだなあって思う。
 のんは、あの、はい! はい! っていうのが、どうしても苦手だ。
53 :第一話 :2006/12/17(日) 22:35
 三位決定戦は、一セット目が簡単に終わって二セット目へ。
 二セット目もけっこう一方的。
 負けてる方はサーブキャッチが不安定すぎるなあ、なんてぼんやり思う。
 大会四日間、こんな風に待ち時間ばかり長いから、よその試合ばっかり見てる気がする。
 勉強になる、のかもしれないけれどちょっと飽きた。

 「辻、そろそろ呼んで来て」
 「はい」
 「あ、うちも行く」

 コートの上の三位決定戦はもうすぐ終わりそう。
 三年の先輩の指示で、のんと唯ちゃんは外に行く。
 外では、先輩達が、二列になって繰り返し軽いダッシュをしていた。
54 :第一話 :2006/12/17(日) 22:35
 「終わりそう?」
 「はい。十八点過ぎました」
 「競ってる?」
 「いえ。一方的です」
 「そうか。集合!」
 「はい!」

 美貴先輩の指示で集合。
 今度は先生もいる。
 今日二度目のミーティング。

 「先生、お願いします」
 「お願いします!」

 のんと唯ちゃんも、制服のままジャージの列に並ぶ。
 なんかこれじゃ、選手じゃなくてマネージャーみたいだ。
55 :第一話 :2006/12/17(日) 22:35
 「うん。まあ、特に言うことも無いけど。いつもどおりで。集中して怪我の無いように」
 「はい!」
 「じゃあ、中に移動。辻たちは、荷物降ろしてきて」
 「はい!」

 のんと唯ちゃんは、すぐにスタンドへ戻る。
 今度は先輩達の荷物をベンチに運ぶ。 
 あとはボールケースの残りとか、作戦盤とか、救急箱とか。
 一人で三人分くらいの荷物を降ろしてきたところで、ちょうど三位決定戦が終わった。
 やっとのんたちのチームの試合が始まる。
 ベンチ入りの十二人は、コートの上で円陣を組んでいる。
 それを見ながら、のんたちは、ケースからボールを出したり、ドリンクボトルを用意したり。
 他にも、タオルを並べたりとか。
 それからアップの間はコートサイドで声出しして、やっとゲームが始まる。
56 :第一話 :2006/12/17(日) 22:35
 ゲームが始まると、コートサイドにいられるのは選手だけだからのんたちはまたスタンドに戻った。
 ここが、試合での今ののんの居場所。
 コートが遠い・・・。
 ベンチで先生を中心に試合前最後のミーティングをしているところにのんも入りたかった。

 試合中はスタンドの上から声出し。
 バレーの応援だと、「チャチャチャ、ニッポン!」が有名だけど、やってることは似た感じかもしれない。
 だけど、まだ、自分のチームっていう実感があまりないのと、多分勝つだろうな、って思って見てるからどうしても力が入らない。
 となりで、唯ちゃんは機嫌よく声を出していた。
57 :第一話 :2006/12/17(日) 22:36
 試合は、第一セットは結構競って25-22
 最後はよっすぃーのアタックをブロックして取った。
 二セット目に入ると差が開きだす。
 向こうはよっすぃー中心で、どうしてもワンパターンだし、後衛によっすぃーが下がると得点力が落ちる。
 うちは、その辺が違って、エースに当たるのがこれみき先輩なんだけど、他も大体みんな打てる。
 それに、サーブキャッチの安定感が違った。
 美貴先輩たちのサーブがいいっていうのもあるかもしれないけど、うちの方は、リベロの明日香先輩の返球確率がすごく高い。
 ああやって、ただ返すだけじゃなくて、セッターがトスを上げやすい角度でレシーブが上がってくると、そこからの組立てのバリエーションが出来てすごく楽でいい。
 のんの中学のときじゃ考えられないレシーブの安定感がうらやましい。
 試合どころかベンチにも入れないのんには、トスの組み立てがどうとか関係ないのだけど。

 結局、二セット目は25-16でとって、うちのチームが優勝した。
58 :第一話 :2006/12/17(日) 22:36
 「すごーい。やっぱり先輩達かっこええわぁ」

 無邪気にそう言って、唯ちゃんは砂入りペットボトルを手すりにバンバン叩いてる。
 初心者の唯ちゃんは、最初からこうやってスタンドの上にいる立場を受け入れてるけど、のんはやっぱりそんなことはできなくて。
 一年生の最初の大会だからしょうがないのかもしれないけれど、すごく、悔しかった。
59 :第一話 屋根の上とスタンドの上  終わり :2006/12/17(日) 22:36
 表彰式。
 ベンチに入れない控えメンバーも整列には参加する。
 前から十二人、ベンチに入った人はジャージ。
 そこから後ろ、ベンチに入れなかった人は制服。
 表彰状と、なんか記念の盾らしきものをもらってる。
 並んでて、なんかあくびが出た。
 うまくなりたいって思った。
60 :名無飼育さん :2006/12/20(水) 16:53
応援してますからアッー!
61 :名無飼育さん :2006/12/22(金) 18:05
のののジレンマはまだまだ続きそうですね
よっしーも頑張ってるみたいでちょっと安心しましたw
62 :作者 :2007/01/08(月) 23:05
>>60
ありがと

>>61
なかなか簡単にはいかないようですやっぱり。
63 :第二話 ワンマン :2007/01/08(月) 23:06
 「ったく。漢字の勉強くらい一人でやりなさいよ」
 「そんなこと言われてもー・・・」

 試合ばっかりのゴールデンウィークが終わった。
 高校に入って一ヶ月。
 のんは、授業はのんびり過ごしてるだけだったし、これからもそうしていたかったけど、そうはいかないみたいで。
 まわりは、中間テストどうしようとか、そんな話も出てる。
 まだ三週間くらい先なのに。
64 :第二話 :2007/01/08(月) 23:07
 中間テストはまだ先だけど、連休の前に国語の先生に言われた。

 「毎月一回漢字の小テストをやります。全部で二十問。二十点満点で十二点以上が合格。十一点以下は追試です」

 バレーをやる為に高校に入ったのんだけど、バレーだけやってるわけにはいかないみたい。
 特別扱いはしてくれなくて。
 なんだよ、このテスト範囲の広さは!
 こんな、何百個も覚えられるわけないじゃないかー!
65 :第二話 :2007/01/08(月) 23:07
 「あんたねえ、こんなの小学生でも書けるでしょ」
 「うるさいよ、おばちゃん!」

 もうー、いやだー!
 漢字テストがあるんだってなちゅみに言ったら、おばちゃんに見てもらえって・・・。
 見てもらったって、のんにはどうにもできないよー・・・。

 「辻って、全然勉強してこなかった子だろ」

 むっとしておばちゃんの方を見たら、じっとにらみ返された。
 黙ってうなづく。
 ホントのことだから仕方ない。
66 :第二話 :2007/01/08(月) 23:08
 「あんたもねえ、高校生なんだから、バレーばっかりやってないで勉強もしなさいよちょっとは」
 「そんなこと言ったってー・・・」
 「ガキじゃないんだからって、ガキかまだ。ともかく、駄々こねたってどうにもなんないでしょ。さっさと書き取りしなさい書き取り」
 「おばちゃん分かるの? これ全部」
 「馬鹿にしないでよ。漢字検定二級よ二級。分かる? このすごさ」
 「わかんないよ」

 なんだよ漢字検定って・・・。
 おばちゃん、山岳救助隊のくせに、そんなの受けて。
 書いても書いても、全然頭に入ってくる気がしない。
67 :第二話 :2007/01/08(月) 23:08
 人生のキ路に立つ

 意味からわかんないのに書けるわけ無いよ。
 岐路
 やま、ささえる、きろ。やま、ささえる、きろ。やま、ささえる、きろ。
 頭痛くなってきた。

 「はーい、頑張ってるー? なっちのお夜食タイムだよー」

 ドアが開いて、お盆を抱えたなちゅみが入ってきた。
68 :第二話 :2007/01/08(月) 23:08
 「なっちは辻のこと甘やかせすぎ」
 「なしてさー。勉強してるところにお夜食は定番っしょ」
 「うわ、鍋?」
 「なっち特製、鍋焼きうどんだよ」

 ふたを取ると湯気がもくもくって部屋に広がった。
 いいにおい。

 「おいしそー」
 「めしあがれ」
 「なっち、私の分は?」
 「ないよ」

 七味唐辛子をかけて食べる。
 あつい。
 でも、おいしい。
69 :第二話 :2007/01/08(月) 23:09
 「なんで無いのさ」
 「別に圭ちゃんが勉強してるわけじゃないんだからいらないでしょ」
 「あんたねえ。辻の勉強見てやってって私に言っておいてそれはないんじゃないの?」

 なちゅみの料理は、普段のご飯も、こういう夜食も、たまに作ってくれるお菓子もみんなおいしい。
 この鍋焼きうどんも、やっぱりおいしかった。

 「たまに早く帰ってきたんだからゆっくり休ませて欲しいわよまったく」
 「好きで遅く帰ってきてるんでしょ! まったく、毎晩毎晩飲んで、どこで飲んできてるのよ」
 「なっちに関係ないでしょ」
 「関係あるっしょ。毎晩お夜食作らせて帰りを待たせておいて」

 この前はそのお夜食、のんが食べちゃったけどね。
 のんが鍋焼きうどんを食べてるのに、なちゅみとおばちゃんはお茶だけ飲んでいた。
70 :第二話 :2007/01/08(月) 23:09
 「それは、うん、ちょっと悪かったわよ」
 「でも、最近多いよね? 前は週一とか二くらいだったのにせいぜい。最近は毎晩飲んでるでしょ。あれだ、男だ?」
 「いいじゃないのよ、ほっといてよ」
 「ののも聞きたいよね?」
 「聞きたい」

 急になちゅみがこっちに振る。
 のんは、れんげを持ったまま顔を上げて、そう答えた。
71 :第二話 :2007/01/08(月) 23:09
 「で、男なの? 男?」
 「そんなんじゃないわよ。それもいるけど」
 「いるの?」
 「飲み屋だから男の人も居るってだけの意味よ」
 「その中に目当てが居るんだ」
 「だから、そんなんじゃなくて」

 なちゅみが意地悪い顔してる。
 こんな顔したときの質問攻めは絶対逃げられないって、ここに来て三日で覚えた。
72 :第二話 :2007/01/08(月) 23:09
 「工場出来始めたでしょ。去年の後半くらいかな」
 「あー、なんだっけ? 化学工場? そういえばあれ出来た頃からだよね、圭ちゃんの帰りが毎日遅くなったの」
 「うん。化学工場とか、機械工場とかいくつか。あれでさ、余所からいろんな人が来て。結構面白い人もいてさあ、入り浸りになっちゃったんだよね」
 「で、お目当てはどんな人?」
 「だからー! そういうのじゃないって言ってるでしょ! まったく、なっちはそれしか頭に無いの?」

 なちゅみは、恥ずかしくなったのか笑ってごまかしてる。
 こういう話、なちゅみはホント好きだから。
73 :第二話 :2007/01/08(月) 23:09
 「単身赴任で来てる人もいるし。現場の人で、地元から雇われた人もいるしさ。事務職の女の子とかも。そんな仕事帰りに寄るお客が増えて、楽しいわけよ。前みたいに地元の常連だけが何人かっていう陰気な飲み屋よりもさ。なっちも来てみる? たまには」
 「なっち、お酒だめだからなー。そういえば、あの工場出来て、この辺でも働きに出た人多いみたいだねえ」
 「うん。主婦やってたひとも働きに出だして、なんか託児所とかそういうのなくて大変とか言ってたなあ。なっちさあ、ここ、どうせ部屋空いてるんだから、何人かお昼に預かってみるとかしたら?」

 なちゅみとおばちゃんの話を聞きながら、のんは鍋焼きうどんを食べる。
 お麩をほおばったら、熱かった。
 舌、ヤケドしたかも・・・。
74 :第二話 :2007/01/08(月) 23:10
 「うーん、なっち子供は好きだけど、幼稚園児とかは手が掛かりすぎるからなあ」
 「小学生でもいいのよ。結構ねえ、子供が小学校入るくらいに手が掛からなくなって仕事始める主婦の人っていうのが多いみたいだから」
 「小学生ねえ。なんか、許可とかそういうの受けないといけないんじゃないかなあ?」
 「どうなんだろ。でも、私と矢口と、この手のかかるガキと、三人だけじゃ経営苦しいんじゃないの?」

 おばちゃんが、ガキとか言ってのんの方を見たのが、うどんを食べながらでも分かる。
 分かるけど、なんか大人同士の会話だから、うどんに夢中で聞いてない振りをしておいた。
75 :第二話 :2007/01/08(月) 23:10
 「うーん、変な話、なっち、別にお金のためにふるさと荘やってるわけじゃないからいいんだけどね、その辺は」
 「だったらもうちょっと安くしてよ」
 「それとこれは別ですー。今でも十分安いでしょ。なっちのご飯だけで一食三千円の価値はあるよ。うん」

 のんは、ここの費用とかはお父さん達が直接払っちゃってるからちゃんとは知らない。
 知らないけど、なちゅみのご飯は八百円くらいの価値はあると思う。

 「はいはいはいはい。朝晩ちゃんと作ってくれるなっちには感謝してますよ」
 「でも圭ちゃん、前も言ってたよね、部屋空いてるならこども預かってみたらって。圭ちゃん子供好きだっけ?」
 「そうじゃないけどさ。ここがつぶれたら私も困るってことよ。小学生みたいなのがもう一人いるんだし、ちょっとくらい増えてもかわらないでしょ」

 それってのんのこと?
 さすがに、手を止めて顔を上げる。
76 :第二話 :2007/01/08(月) 23:11
 「小学生みたいはひどいんじゃないの? ねー」
 「そうだよー!」
 「じゃあ、学力は小学生並で」
 「もう、むかつくー!」

 確かにそうなんだけど・・・。
 だけど、わざわざそう言われるとやっぱりむかつく。

 「ほら、食べ終わったの? 辻は」
 「ダシもおいしい」
 「サボりたいだけなんじゃないの?」

 おばちゃんはあきれた声でいう。
 だけど、なちゅみの鍋焼きうどんは、ホントにダシまでおいしい。
 もっと食べたかった。
77 :第二話 :2007/01/08(月) 23:12
 「なっち、これもう片付けて」
 「えー」
 「えーじゃないでしょ。あんた、明日六割取れなかったら追試なんでしょうが。そんな、のんびり休んでる場合じゃないでしょ」
 「あー、まって、待って! 全部飲む」

 おばちゃんが、器をお盆にのせようとしているのを奪い取る。
 のんは、両手で抱えてだし汁を全部飲んだ。

 「ほら、続き」
 「えー、まだこんなにあるー」
 「あんたねえ。一夜漬けでやろうとするからいけないんでしょ。自業自得よ」

 結局、おばちゃんは眺めてるだけで、のんは遅くまでただただ書き取りをやらされた。
78 :第二話 :2007/03/20(火) 23:51
 「え゙ぇーーーー!」

 朝錬が終わって、教室に戻る途中。
 のんは、思わず叫んでしまった。

 「四月分はやらんで、五月分からって言ってたやん」
 「そんなの知らないよ゙ー・・・」

 隣で首を傾げてる唯ちゃん。
 なんか、むかつく・・・。

 「四月は漢字テストやらないから、ドリルの四月分はなしにして、五月分のテストは、範囲も五月分のところって」
 「言ってた?」
 「うん。言うとった」

 ・・・・・・。
 おしまいだー。
 もう、おしまいだー・・・。
79 :第二話 :2007/03/20(火) 23:51
 のんは、最初の漢字テストだからって、ドリルの最初の回の部分だけ勉強してた。
 だから、テスト範囲に、全然かすってもいないー・・・。
 あんなに、あんなに書き取りやったのに・・・。
 がっくし。

 「もうー! なんでー!」
 「あはは。実力で頑張るしかないよ」
 「無理。絶対無理!」

 無理。
 無理だって。
 のんが、実力で漢字テストとか。
 絶対無理。
80 :第二話 :2007/03/20(火) 23:52
 「五月分、全然やってへんの?」
 「ドリルの最初の回だけでいっぱいいっぱいだよー!」

 のんのことを見て唯ちゃんは笑っている。
 もう、ひとごとだと思って!
 階段を上がって、四階の教室へ。
 朝のホームルームまで後五分。
 教室には。大体半分くらいそろってる。

 「ねえねえ、漢字テストの範囲ってどこだっけ?」

 のんが正しくて、唯ちゃんがボケてるって、最後の希望を持ってクラスの子達に聞いてみる。
 だけど、かえって来る答えは、みんな唯ちゃんと一緒だった。
81 :第二話 :2007/03/20(火) 23:52
 「あと十五分あるよー。がんばれー」
 「頑張れじゃないよー!」

 あっけらかーんとして唯ちゃんの声を聞きながらのんは席に着く。
 窓側から三番目の、後ろから二列目。
 かばんからドリルを引っ張り出してページを開く。
 五月分、ていうか、第二回って書いてある部分。
 もう、先に言ってよー!
 でも、授業中のんが寝てたのがたぶんいけないんだけど。
 全部書き取ってる時間なんか無いから、ドリルを眺めながら一個づつ頭に入れていく。
 全然入ってこない・・・。

 朝のホームルームも、ほとんど全部無視して漢字ドリルと見つめあっていた。
82 :第二話 :2007/03/20(火) 23:53
 それで、テスト。
 朝の一時間目からテスト。
 問題は、読みが八問に書き取りが七問、慣用句問題が五問だった。
 ・・・・・・。
 ダメかも・・・。

 “表面に微妙な「凹凸」がある”

 デコボコ?
 これも漢字なの?

 “木のミキに鳥が穴をあける”

 ミキ、ミキ?
 美貴?
 わかんないけど、書ける漢字を入れておこう。
83 :第二話 :2007/03/20(火) 23:53
 “泡を食う”という慣用句で一文作れ。

 泡を食う?
 あわ?
 ・・・
 うーん・・・。

 泡を食うって誰かが言ってた。

 もう、いいやこれで・・・。
 わかんないもんだって!
 足ばたばたさせても、頭かきむしっても、わかんないものはわかんない。
 わからなすぎて、十分のテスト時間がやたら長かった・・・。
84 :第二話 :2007/03/20(火) 23:54
 「どうやった?」

 テストが終わって、授業が終わって、唯ちゃんがやってくる。
 机にふせってたのんは、唯ちゃんの声で顔を上げたけど、そのままふせる。

 「そっか、そっか」

 ぽんぽんって頭を二回撫でて、唯ちゃんはどこかへ行ってしまった。 
 きっとテスト情報を他のクラスへ持って行ってるんだろう・・・。
 はぁ・・・。
 絶対のんは追試だ・・・。
 自信のある答えは三つも出来てない。
 せっかく昨日頑張ったのに。
 頭働かせすぎて、爆発しそう。
 のんは、そのまま午前中も午後も、授業はほとんど全部寝てた。
85 :第二話 :2007/03/20(火) 23:54
 帰りのホームルーム。
 採点された漢字テストが返ってくる。
 一人一人名前を呼ばれて前へ。
 出席番号が早い唯ちゃんは、答案を受け取って、点数を確認して。
 そこまではいいんだけど、こっち向いてピースしやがった・・・。
 人の気も知らないで・・・。
 じゃなくて、知っててやってそうだ・・・。
86 :第二話 :2007/03/20(火) 23:54
 がっくりして机にふせってると、「辻」って先生の声がする。
 あわててイスを引いて、ガラって大きな音を響かせて立ち上がる。
 走って前まで行って、答案をつかみ取ると、なんか、イヤな数字が見えた。

 5

 五点かよ!
 二十点満点だけど。
 はぁ・・・。
 やっぱ、のんが自力で漢字テストとか無理なんだよー!
 追試だ・・・。
 ていうか、おばちゃんに怒られる、絶対・・・。
87 :第二話 :2007/03/20(火) 23:55
 「十二点以上が合格。十一点以下のものは、一週間後の放課後に追試をするから、そのつもりで」

 机にへばりついて答案をながめているのんの頭の向こう側から先生の声がする。
 おばちゃんにテスト範囲間違えた、なんて言ったら、なに言われるだろう・・・。
 矢口さんにもバカにされそうだ。
 なんだか、すごいゆううつな帰りのホームルームだった。
 ゆううつってどう書くんだ・・・。
 のんじゃ分かるわけないか。
88 :名無飼育さん :2007/03/21(水) 00:33
さすがバカ女だw
89 :作者 :2007/03/27(火) 23:30
>>88
まあ、こんなもんですよね
90 :第二話 :2007/03/27(火) 23:31
 小テストがあっても、結果がひどくても、追試決定でも、関係なく部活はある。
 関係なく、一年生は準備。
 ボールだし、床モップ、ネット貼り、ドリンクボトルのセット。
 先輩達がそろう前に全部準備しないといけない。 

 「漢字テストどうだった?」

 全クラスでやるから、顔を会わせて最初の話題がみんなそれ。
 あー、聞きたくない聞きたくない。
 のんはみんなと顔をあわせないように、黙々とボールをケースから出してカゴにセットしていく。
 テストがしっかり出来たらしい唯ちゃんは、ご機嫌に答えてるけど。
 っていうか、みんなほとんど出来てるんじゃん!
 あ゙ぁー、テスト範囲さえ間違えなければ・・・。
91 :第二話 :2007/03/27(火) 23:31
 「集合!」
 「はい!」

 準備を終えて、それぞれストレッチをしていると、先生が体育館に入ってきて、美貴先輩が号令を掛けた。
 私たちは、走って先生の前まで行って一列に並ぶ。
 この集合の時間までには、準備を完全に終わらせないといけないし、先輩達も、そろってないといけない。
 遅刻すると、ワンマンの刑だ。

 「まあ、いつもどおり、怪我の無いように」
 「はい!」
 「あと、一年生、そろそろ慣れてきた頃だろうけど気を抜かないように」
 「はい!」

 のんは、まだ、慣れるとか、そんなレベルじゃない。
 テストで範囲間違えるとかどじってもいいけど、バレーでそんなどじは出来ない。
 漢字テストの追試は仕方ないけど、バレーでスタンドの上から試合を見てるのは嫌だった。
92 :第二話 :2007/03/27(火) 23:31
 「特に、初心者なんかで、ポジションの希望なんかがはっきりしてないのもいたけど、その辺含めて、こっちからも指示出すけど、先のことをしっかり考えながら練習するように」
 「はい!」

 初心者って、唯ちゃんのことだ。
 初心者でセッターってこともないだろうから、リベロかアタッカーなんだろうけど。
 控えリベロいないし、リベロかなあ?
 でも、身長はそれなりにあるから、ジャンプ力もうちょっとつければセンターなんかもいい気がするけど。

 なんて、のんは人のことを気にしている余裕のある立場じゃない。
 セッターで試合に出る為には、美貴先輩を超えないといけないんだ・・・。
 その前に、二年生三年生の控えの先輩を超えないと、ベンチにも入れないんだけど。
93 :第二話 :2007/03/27(火) 23:32
 「じゃあ、ランニングから」
 「はい!」

 先生の後を美貴先輩が受けて、練習が始まった。

 ランニング、フットワーク。
 大会が終わったばかりで、次の試合までは二ヶ月近くあるけれど、やることはあまり変らない。
 フットワークでは、笛に合わせて、右、左、上、下、とか、ボールに飛びつく格好をするところがちょっとつらい。
 それから、やっとボールを使った本練習に入る。
 最初はサーブカット。
 セッターののんは、自分でサーブレシーブをすることはありえないからサーブを打つ側の役になる。
 この練習はちょっと好き。
 隣で、唯ちゃんもサーブを打ったりしてる。
 左利きの唯ちゃんのサーブは、のんから見ると不自然なんだけど、その不自然さがレシーブする側にはいやみたい。
94 :第二話 :2007/03/27(火) 23:32
 そんな唯ちゃんのサーブも、もちろんのんのサーブも、リベロのスタメンの明日香先輩は簡単に上げてしまう。
 リベロなんだから当たり前なのかもしれないけど、あまりにも簡単に上げられてしまうのはちょっと哀しい。
 のん、サーブは結構得意なんだけどな。
 絵梨香先輩あたりは、時折ミスってくれるし。
 でも、自分で上げて、自分で打つ絵梨香先輩はそれだけで十分すごいんだけど。

 サーブ&サーブキャッチの練習の次は、スパイク。
 セッターとアタッカーのコンビ、というよりは、ただひたすら打つ練習。
 レフトとライトそれぞれ。
 のんたちセッターは、素直にトスを上げるだけ。
 ただ、美貴先輩とか、スタメンの人たちは、阿吽の呼吸でジャンプトスからAクイック、なんかをさらっと打っていくけど。
 のんには、出来ない・・・。
 コンビあわせもしてないから当たり前だけど、練習とは言え、ジャンプトスからAクイックっていうのは、見ていてかっこいいから、ちょっとうらやましい。
95 :第二話 :2007/03/27(火) 23:32
 そんな流れで、レシーブ練習もあり、ブロック練もあり。
 練習は進んでいくんだけど、のんたち一年生は最後まで全部やるわけじゃない。
 A-Bに別れたゲーム練になると、コートから外される。
 あとは、見てるだけ。
 声だしとかはもちろんするけど、練習には混ぜてもらえない。
 二年生、三年生の先輩達なんかは時折チェンジして入っていく。
 だけど、一年生は入れてもらえない。
 見てるだけ。
96 :第二話 :2007/03/27(火) 23:33
 試合に出られないのもつらいけど、練習も出来ないのもつらいんだ。
 なんか、仲間に入れてもらえない感じが。
 それに、練習量も少なくなっちゃうから、ゲーム練までやる先輩たちとの差がもっと広がって行っちゃうような気がする。
 声だししながらいつも思う。
 のんがここに来たのは間違いだったのかな? って。
 でも、そんなこと考えても仕方ないことは分かってる。
 だってのんは、ここに来ちゃったんだもん。
 もう、ここで頑張ってうまくなるしかない。
97 :第二話 :2007/03/27(火) 23:33
 ゲーム練が終わると、本当のゲーム形式で、A-B戦って言われてるけど一セットやって、それからランニングとストレッチでおしまい。
 ミーティングで先生と美貴先輩の言葉を聞いて、あとは片付け。
 一年生でモップがけとか、ボールの片付けとかする。
 次の部の練習がある土曜日とかは違うけど、今日みたいに後ろがいないとネットは張りっぱなしで居残り練する人が最後に片していくみたい。
 一年生は、水モップの洗濯とか、ボールの空気圧チェックとか、他にもいろいろとある。
 そういう雑用を全部やるのは、のんのいた村の中学とは全然違う。
 分かってて来たんだけどさ。
 でも、まだ、こういう、先輩後輩! みたいな形になんだか慣れない。
98 :第二話 :2007/03/27(火) 23:33
 片付けて着替えて。
 のんたちが片付け物してる間に、後から上がってきた先輩たちが着替えて帰っていく。
 一人一人に、「おつかれさまでした」って挨拶する。
 自分が着替えてる途中でも、その手を止めて「おつかれさまでした」って、部室を出て行くのを見送る。
 練習量は先輩たちより全然少ないはずなのに、なんだか疲れてしまうんだ。


 「早く行かないと、電車行っちゃうよ」

 のんが部室でぼんやりしてると、唯ちゃんがせかす。
 電車は、一時間に二本くらいだから、一本乗れないとと、三十分くらい待たないといけない。
 のんたち一年生は、一番最初に帰る先輩よりは後の電車に乗らないといけない、っていうルールがあるから、それでなくても遅くなる。
 あんまり帰りたくないなあ、って思っても、実際、そうもいかなくて、のんは立ち上がった。
99 :第二話 :2007/03/27(火) 23:33
 「めずらしいね」
 「なにが?」
 「疲れきって帰りたくなさそうなかんじが」

 一年生はみんなで帰る。
 片づけはみんなで分担。
 洗濯とか、時間かかるところもあるから、そういうのに当たる子はみんなで待つ。
 みんなで一緒に駅まで帰る。

 「だって、漢字テスト・・・」

 そこまで言うと、みんな分かるからあいまいに笑ってのんの方を見てる。
 どうせ、みんな合格してるんでしょ。
 というのは聞くまでもなく分かる。

 「でも、お母さんに見せるわけでもないし、気にしなくていいんじゃないの?」
 「お母さんはいないけどー、でもー」

 おばちゃんとか、ふるさと荘のみんなの話しをする。
 工場の人とお酒を飲んで帰ってこないおばちゃんの話とか。
100 :第二話 :2007/03/27(火) 23:34
 「唯のおとん、あの辺で働いてるよ」

 へー、って感じで唯ちゃんの方を見ると、うちもうちもって、他の子たちも。
 お父さん、というより、お母さんがパートで出始めたって子が多いみたい。
 お父さんが工場で働いてるのは唯ちゃんだけっぽかった。

 「こっちに工場が出来て、おとんが転勤になったから、うち、ここに来たんやもん」

 転勤かあ。
 サラリーマンさんは大変だ。
 のんのお父さんは、役場で働いてるからそういうのはないみたい。
 お父さんの転勤がなくても、のんの方が引っ越してきちゃったけど。

 「単身赴任とかじゃなくて家族で来たんだ?」

 別の子がそういうと、唯ちゃんはちょっと考えて、間が空いてから言った。
101 :第二話 :2007/03/27(火) 23:34
 「うち、おかんがおらへんから」

 ちょっとまずいこと聞いちゃったかも。
 そんな雰囲気で、みんな一瞬唯ちゃんの方を見てすぐに目をそらす。
 だけど、唯ちゃんは、同じトーンで続けた。

 「離婚したんよ。ずいぶん前やけど。だから、おとんがこっち来て、うちだけ大阪おるのも大変やし、それでこっち来ちゃった」

 みんな、いろいろあるんだなって思う。
 離婚とか、そういうの。
 のんの家では、お父さんとお母さんがけんかすることはよくあったけど、離婚とかそんなのは全然なくて。
 テレビとかでは見るけど、なんとなく遠い世界のことのような気がしてた。
 だけど、そうじゃなくて、みんな、いろいろあるんだなって。
 そんなことを思って、なんとなく無言。
 唯ちゃんは、明るく言っていたけど、中身は重いから、みんな何もいえなくて、暗くなった道をちょっと静かに駅まで歩いた。
102 :第二話 :2007/04/16(月) 23:41
 「試験範囲間違えた? バカじゃねーの。さすが辻だよ」

 だから、言いたくなかったんだよー・・・。
 げらげら腹抱えて矢口さんが笑ってる。
 むかつく・・・。

 「入学早々追試かよ。これは、三年間苦労しそうだな」

 ふるさと荘に帰っての晩御飯。
 今日もおばちゃんはいない。
 またお酒のんでるんだと思う。
 それで、テストどうだった? ってなちゅみが聞くから答えたら、矢口さんがげらげら笑う。
 関係ないじゃんか、矢口さんは!
103 :第二話 :2007/04/16(月) 23:41
 「しかし、すげーなこの答案」

 先に帰ってた矢口さんは、もうご飯を食べ終わってお菓子をつまんでる。
 のんが、なちゅみに見せた答案を勝手に見て言いたい放題言って。
 むかつくけど、のんは、黙ってご飯を食べて無視。
 豚汁は、おいしい。
 矢口さんはむかつく。
104 :第二話 :2007/04/16(月) 23:42
 「矢口だって、テスト勉強せずに実力で受けたらこんなもんなんじゃないのー?」
 「はぁ? んなわけないだろー。なんだよ、泡を食うって誰かが言ってたって。泡を食うの意味くらい誰でも分かるだろ」
 「矢口、じゃあ、今例文作ってみなさいよ」
 「えー? 簡単だろ。チャックがあいてて泡を食う」
 「やだ、矢口。エロ!」
 「はぁ? なにをなっちは一人で想像してんだよ」

 何やってるんだか・・・。
 泡を食うって、恥ずかしいって意味だったのかな?
 わかんないけど。

 「つじー。黙って食ってないで何とか言えって。これ、追試って何やんだよ?」

 のんの答案をひらひらさせながら矢口さんが言う。
 なんか、めんどくさそうな顔しながら。
105 :第二話 :2007/04/16(月) 23:42
 「来週、同じ範囲で放課後にもう一回テストするって。それでもダメなら、またもう一回」
 「ふーん。大変だな学生は」
 「矢口、見てやってよ」
 「見てやるって何を?」
 「テスト勉強」
 「なんで、矢口がそんなことしなきゃなんないんだよー」

 なんで、のんがそんなことしてもらわなきゃなんないんだよー。
 大体、ただの漢字テストだから、教わることとかないんだけど。
106 :第二話 :2007/04/16(月) 23:43
 「いいじゃない、暇なんでしょー」
 「関係ないだろ矢口は。っていうか、そんなに言うならなっちが見てやればいいじゃんか」
 「いや、ほら、だって、さ、ほら、なっちは明日の朝ごはんの準備とか、いろいろあるから」

 なんとなく、ほんとになんとなくだけど、なちゅみは勉強とか苦手そうな気がする。
 のん的には、なちゅみお願い、って言う気にはならなかった。

 「ただいまー」

 玄関からおばちゃんの声がした。
107 :第二話 :2007/04/16(月) 23:44
 「あれ、早いな圭ちゃん」
 「珍しいね」

 矢口さんとなちゅみが顔を見合わせている。
 のんは、ハンバーグの最後の一切れを口に持って行った。

 「なっち、ご飯ある?」
 「しょうがないなあ、なっちの分あげるわよ」
 「準備してないのー?」
 「飲んでくると思ったんだもん」

 今日は、顔も赤くないし、しゃべり方も普通で、酔っ払ってない感じがする。
 おばちゃんは、部屋に戻らずに、そのまま食堂に来てのんの正面に座った。
108 :第二話 :2007/04/16(月) 23:45
 「で、どうだったのよ」
 「見てやってよこれ」
 「なに、なによあんた、これ! せっかく私が見てやったのに、五点て! 五点て!」
 「だってさー」
 「だってじゃないでしょ!」

 言い訳する前に、矢口さんがのんの答案をおばちゃんに渡す。
 先に点数見ちゃったから、おばちゃんはのんの言い訳を聞いてくれない。
 のんは、むかついたから横を向いて、麦茶を飲んだ。
109 :第二話 :2007/04/16(月) 23:45
 「テスト範囲間違えたんだって」

 なちゅみがのんのかわりに言ってくれる。
 おばちゃんは矢口さんの方を見て、矢口さんはあきれた顔でうなづいた。
 来週追試があることとか、なちゅみが説明してる。
 のんは、横向いて聞いてた。

 「まあ、いいチャンスなんじゃないの? 勉強する癖つける」
 「こいつが勉強なんかするかぁ?」
 「矢口、あんた人のこと言えないでしょ」

 そーだそーだ。
 絶対、矢口さん、勉強とかしてないはずだ。
110 :第二話 :2007/04/16(月) 23:45
 「昔はしてたよ。たぶん」
 「へー。まあ、いいや。辻」

 おばちゃんがのんを呼ぶ。
 しかたないから、のんはおばちゃんの方を見た。

 「試験範囲間違えるとか、なんか辻らしいよ」
 「だって、最初のとこやらないとかおかしいよー!」
 「わかった。わかったから。漢字テストだけじゃないけど、高校入って、最初で遅れると大変だから勉強しといたほうわよ」
 「無理だよ、のんには」
 「無理とか言わないでやるの。一週間、ちゃんとやってみなって。漢字テストなら満点取れるから」
 「分かったよー」

 きっと、いろいろ言っても、おばちゃんには言い負かされるだけだから、とりあえず分かったって言っておく。
 矢口さんほどじゃないけど、おばちゃんもしつこいし。

 その後は、久しぶりに三人そろって、おばちゃんと矢口さんとなちゅみで、お酒を飲んでいた。
 のんは、二階に上がって、自分の部屋に戻って、漢字ドリルはちょっとながめたけれど、すぐに眠った。
111 :名無飼育さん :2007/05/07(月) 02:02
ののが相変わらずなのので嬉しいw
ここからどう成長してくのか楽しみです
112 :作者 :2007/05/08(火) 23:55
>>111
あなた、預言者かなにかですか(笑)


えーと、なにもなかった。
このまま進む。
113 :第二話 :2007/05/08(火) 23:56
 それから一週間。
 のんは毎日漢字ドリルで勉強を・・・ するはずなくて、三日くらい前になっておばちゃんにおこられて仕方なく勉強した。
 今度はテスト範囲間違いなく。
 練習で疲れて帰ってきてまで勉強するのはとってもいやだ。
 練習は、自分でメニューを決めてマイペースにやってた中学のときと比べてすごくきつい。
 のんは、ゲーム練習にはまじれなくてコートサイドから声を出してるだけだから、まだもってるけど、これでゲーム練も参加するようになったら大丈夫なんだろうか・・・。
 っていう思い半分、そんなんだからゲーム練に入れてもらえないんだよっていう思い半分。
 勉強してる場合じゃないんだけど・・・。
 なんて考えながら漢字の書き取りやってもあまり頭に入ってこない。
 それでも形だけはテスト範囲全部やって、追試の日がやって来た。
114 :第二話 :2007/05/08(火) 23:56
 追試は、一年生だけじゃなくて二年生も三年生も一緒に受ける。
 テスト範囲は違うけれど、一つの教室に集められた。
 全部で三十人くらい?
 もっといるのかと思ってたのに、みんなちゃんと勉強してるのかな。
 やっぱ、ちゃんと受験して入った子たちとのんとじゃ、頭のつくりが違うのかもしれない。

 はぁー・・・。
 ため息をついて座り込んでいると、知ってる顔が教室に入ってきた。
115 :第二話 :2007/05/08(火) 23:56
 「美貴先輩!」
 「しー!」
 「あ、すいません」

 人差し指を口に当てる美貴先輩。

 「辻も追試か?」
 「はい。美貴先輩もですか?」
 「さっさと終わらせて練習行くぞ」
 「はい」

 なんだか回りの様子を見ながら、こわごわって感じで美貴先輩はのんの二つ後ろの空いていた席に座る。
 ここにいるのはみんな追試受ける子なんだから、そんなこそこそしてもしょうがないと思うんだけど。
 いつもの怖そうな美貴先輩と違って、なんか、可愛かった。
116 :第二話 :2007/05/08(火) 23:56
 テスト問題が配られる。
 一人一人に手渡し。
 学年バラバラなのに、先生がちゃんとみんなの学年分かってて、間違えないで配っていくのが、なんかすごいなって思う。
 そして、のんにもテスト用紙。
 ちゃんとした中間テストとかじゃないから、配られたらすぐ始めていい。
 また二十問。
 読み八問、書き七問、慣用句五問。
 なんとか・・・、なんとかなりそうな・・・、気がする。
 ツバサ、ツバサ・・・ツバサ?
 はねことなる ツバサ
 ことなる、ってなんだっけ?
 黄? 違うな、異?
 だから、翼?
 いっか、これで。
117 :第二話 :2007/05/08(火) 23:56
 全部は出来ないけれど、十二点は、とれそうな・・・、気がする。
 あとは慣用句。
 肩身が狭い。
 肩身が狭い。
 試合に出られなくてチームの中で肩身が狭い。
 ・・・。
 早く終わらせて練習へ行こう・・・。
118 :第二話 :2007/05/08(火) 23:57
 ふと顔を上げると、美貴先輩が答案を持って先生に出していた。
 出来たら、その場で先生に採点してもらう。
 美貴先輩は合格だったみたいで、小さなガッツポーズを作っていた。

 「早く終わらせろ」

 こっちに戻ってきて、小さな声でのんに美貴先輩が言う。
 そう、はやく終わらせないといけない。
119 :第二話 :2007/05/08(火) 23:57
 答案を見直して、やっぱりどうしてもわからない字もある。
 わかんないものはわかんないよ。
 しょうがないじゃんか。
 十二点・・・、大丈夫かなあ、どうかなあ・・・。
 不安に思いながら顔を上げると、廊下にいる美貴先輩と目が合った。
 早くしろって、目が言ってる・・・。
 ていうか、先輩、待っててくれるんだ・・・。

 しょうがない、わかんないものはわかんないだから。
 あきらめて提出することにした。
 国語の先生が総動員みたいな感じで、六人も前に並んでる。
 あいてる一人の先生の所に答案を持って行った。
120 :第二話 :2007/05/08(火) 23:57
 目の前で採点されるのってすごいどきどきする。
 丸、丸、ばつ、丸、×、丸、・・・。
 どうだろう? って思ったのはやっぱり全部ばつなんだ・・・。
 でも、それでも、なんとか十四点で、追試をクリアした。

 「早くしろよ」

 カバンを持って廊下に出ると、美貴先輩が首で早く行くぞって示した。
 のんは慌てて美貴先輩の後についていく。
 先輩は歩くのが早い。

 「合格したのか?」
 「はい」
 「そうか」

 美貴先輩はこっちを向かないままで聞く。
 偉そうに聞いてるけど、先輩も追試だったんだよね、なんて言えるわけが無い。
 部室で急いで着替えて、先輩の後について体育館に入る。
 練習は、もう始まっていた。
121 :第二話 :2007/05/08(火) 23:57
 「遅い!」

 入り口のところで怒鳴られて固まる。
 怒鳴ったのは先生じゃない。
 これみき先輩だった。

 「いや、だって、試験なんだからしょうがないでしょ」

 美貴先輩が言い訳してるところにこれみき先輩が歩いてくる。

 「試験? そんなのあった人いる?」
 「いません!」

 これみき先輩は、コートにいるみんなの方を見て言う。
 返ってきたのは声のそろった答え。
 多分、サーブ練習の途中だったと思うのだけど、練習の手が止まって、みんなこっちを見てた。
122 :第二話 :2007/05/08(火) 23:57
 「遅刻ね」

 腕を組んできつい目で美貴先輩の方を見るこれみき先輩。
 ちょっと、怖い。
 いつもはあんなにやさしいのに。

 「いや、だって、追試なんだからしょうがないでしょ!」
 「追試を受ける方が悪い!」

 これみき先輩の言うとおりだと思います・・・。
 美貴先輩も返す言葉が無いみたいで先生の方を見た。

 「是永に任せる」

 先生は、そう言って美貴先輩から目をそらす。
 ボールを持った明日香先輩がこれみき先輩の隣に歩いてくる。
 美貴先輩に向かってボールを投げた。
123 :第二話 :2007/05/08(火) 23:58
 「あ、あすか!」

 美貴先輩は、反射的にレシーブしてボールを返す。
 そのボールはこれみき先輩がキャッチした。

 「二人はアップしたらワンマン」
 「追試はしょうがないじゃんか!」
 「遅刻は遅刻です。みんなは練習続けて」

 そう言って、これみき先輩はのんたちに背中を向けてコートに戻ってしまう。

 「もうー! なんでー!」
 「みんな受かってるのに追試受けるのが悪い。辻も、こういう悪い先輩は見習わないように」
 「あすか!」

 明日香先輩も、冷たくそう言って練習に戻って行った・・・。
124 :第二話 :2007/05/08(火) 23:58
 のんと美貴先輩は取り残される。
 美貴先輩はぶつぶつ言いながらタオルを端に掛けてアップを始めた。
 のんも後についていく。
 コートではもう練習が始まっているから、そこを外れてランニング。
 それからストレッチして、フットワーク。
 不機嫌そうな美貴先輩は怖いけど、なんだか分からないのも怖いから、のんは聞いてみた。

 「あの、ワンマンってなんですか?」

 練習に遅刻したらワンマン。
 だから遅刻するなよ、って聞いてたけど、ホントはその、ワンマン、がなんなのかのんは知らない。
125 :第二話 :2007/05/08(火) 23:58
 「お前、バレーやっててワンマン知らないのか?」
 「はい」
 「とにかくボール追いかけて拾え。それだけだから。どうせ美貴が先にやるから後は見てれば分かる」

 なんて返事していいかわかんなくて答えられない。
 レシーブ、らしい。
 美貴先輩は不機嫌そうだった。

 フットワークを終えて練習に加わる。
 サーブとサーブカットが終わってて、アタッカーのスパイク練習。
 のんも美貴先輩もセッターだからトスを上げるところに入る。
 美貴先輩がレギュラーサイド、のんがサブサイドに入るのは哀しいけど仕方のないこと。
 レギュラーサイドみたいにAクイックっぽくとか、ふざけてバックトスにしてCクイックぽくとか、そういうのは出来ない。
 とりあえず、ちゃんとジャンプトスが合うようにしないと。
 サブのメンバーとだけでもきっちり合うようにしないと、ゲーム練に入れてもらえない。
 ワンマンのことは忘れて、トスを上げ続けた。
126 :第二話 :2007/05/08(火) 23:58
 「はい、終わり! 次! の前に」

 美貴先輩じゃなくて、これみき先輩が号令をかける。
 それから、先輩は美貴先輩の方を見て続けた。

 「分かってるよね」
 「分かってるよ! しつこいな。ほら、さっさとやれよ。ったく、練習止めてまでやることでもないだろ」
 「それじゃ示しがつかないの」

 美貴先輩は文句言いながらコートの中央に入る。
 ボールケースの横にこれみき先輩が立って、他にも明日香先輩とかいろいろいて。
 のんは、とりあえずコートの外から見ていた。

 「ほら、足動かしなさいよ」

 これみき先輩が右に左にボールを散らす。
 それを追いかけて、美貴先輩は飛び込む。
 レシーブになってたりなってなかったり。
 それが、何本も何本も続く。
127 :第二話 :2007/05/08(火) 23:58
 「レシーブはセッターに返ってレシーブだっていつも言ってるのは誰だっけ!」

 これみき先輩はそう言って、今度は速球を投げつける。
 無言で、美貴先輩は必死にボールを返している。
 ていうか、これって、いつ終わるの?

 「一年! 時間もったいないから辻の分はそっちでやれ」
 「はい!」

 のんは呼ばれてコートの反対側へ。
 のん以外の一年生がネット際でボールケースの周りに集まってる。
 明日香先輩がそこに入って来て言った。
128 :第二話 :2007/05/08(火) 23:59
 「二三人で適当にボール散らせよ。他は声出し。終わりって言われるまで続けてろ」
 「はい!」

 なんか、すごい、あの、なんか、怖いんだけど・・・。

 「辻、ちゃんとボール追いかけろよ」
 「はい!」

 明日香先輩はそう言って、美貴先輩のサイドに戻って行った。

 のんのワンマンが始まった。
 とにかくボールを追いかけるしかない。
 最初の三本は、きれいに投げてきたところへ返す。
 そしたら次は、速球が飛んできた。
 これに反応できなくて、レシーブって言うより、手で払いのけるみたいな感じになっちゃう。
 それからが大変だった。
129 :第二話 :2007/05/08(火) 23:59
 みんな、容赦ない。
 コートの隅から隅まで走らされて。
 それでも拾えなくて。
 拾えそうだけど拾えなくて。
 なんでこんな、ちょうど拾えそうなところにボール投げるんだよ・・・。
 終わらない。
 足動かして、とか、追いつける追いつけるとか、声は聞こえてくるんだけど、どんどん足が動かなくなってくる。
 これ、無茶無茶きつい・・・。
 横には必死に動こうって、頑張って頑張るんだけど、そうすると今度は前後に散らされて。
 心で思ってるのと違う方向にボールが来ると、目の前でも拾えなくて。
 気がつくと、ボールの投げ手が三年生に代ってた。
130 :第二話 :2007/05/08(火) 23:59
 「ほら! 目の前を落とすな! 拾え!」

 返事する元気なんかもう無い。
 同じところに落とされたのを今度は拾う。
 そしたら今度は頭の上を越して後ろへ。
 何とか飛びついて触ったけど、返すところまではいかない。

 「ラスト三本! 立て!」

 ボールに飛び込むと、そのまま眠ってしまいたいくらいにきつい。
 それでも立ち上がって、先輩の方を見て構える。
 右に、そして左に。
 最後は先輩が手元に小さく落とすところに飛びついて触った。
131 :第二話 :2007/05/08(火) 23:59
 「終わり!」

 飛びついて、うつ伏せになった格好のまま、息を整える。
 苦しい・・・。
 ワンマンって、こんなにきついのか・・・。

 「次! 二人一組! 対面!」
 「はい!」

 これみき先輩の号令が聞こえる。
 そうだ、これで練習終わりじゃない。
 ていうか、これから始まるんだ・・・。
132 :第二話 :2007/05/08(火) 23:59
 「おい、辻、立てるか?」

 立ちたくない・・・。
 立ちたくないけど、立たないといけない。
 のんは、ゆっくりと体を起こして立ち上がる。
 そこにいたのは美貴先輩だった。

 「対面、やるぞ」
 「はい・・・」

 美貴先輩も辛そうだ。
 先輩は、いつもレギュラーメンバーの誰かと組むのに、今日は、ワンマンやったからのんとなのかな。
 体がすごいきついけど、だけど、のんは美貴先輩と五メートルの距離をとって構えた。
133 :第二話 :2007/05/09(水) 00:00
 「呼吸整えて、体力戻せよ少しでも。練習もたねーぞ」
 「はい」

 とりあえず、返事が出来るくらいには回復してきた。
 レシーブ、トス、アタック、それをレシーブで拾って、トスが返ってきてアタックで返す。
 その繰り返し。
 のんは、体がまだあまりゆうこと効かない。
 なのに、美貴先輩は、なんか大分回復してきたみたいで、トスもジャンプトスを入れてみたりしてくる。
 この人やっぱりすごいんだ、なんて、こんなところでも思う。
 いつもよりちょっと長めだった対面は、美貴先輩が号令掛けて終わる。
134 :第二話 ワンマン 終わり :2007/05/09(水) 00:00
 ここからは、いつもみたいに美貴先輩がキャプテンとして仕切って練習が進んだ。
 のんは、動けはしたけど、やっぱりワンマンのダメージが大きくて、練習の中身自体はぼろぼろだった。
 今度からは、ちゃんとテスト範囲確認して勉強しようと思った・・・。
135 :第三話 お出かけまでのどたばた :2007/05/15(火) 22:51
 「え゙ー!!! 男の子に水族館に誘われたー!?」
 「そ、そんな、大きな声で言わんといてよ」
 「で、でも、だって、えー!?」

 お昼休み。
 南棟の三階の廊下の隅っこ。
 美術室前の誰も居ないところまで唯ちゃんに連れ出された。
 なんか、人に言えない話なんだろうって思ってはいたけど、水族館て、男の子って、えー!

 「それで、それで、どんな子? 誰? うちのクラスの子?」

 唯ちゃんは、笑うだけで答えてくれない。
 じっと顔を見ると、目をそむけて、のんの方も見てくれない。

 「ねーぇー。どんな子!」

 腕を取って揺さぶる。
 唯ちゃんは、恥ずかしそうに隣のクラスのこの名前を口にした。
136 :第三話 お出かけまでのどたばた :2007/05/15(火) 22:52
 「誰?」

 言われても、分からなかった・・・。
 恥ずかしそうな唯ちゃんは、顔を背けて答えてくれない。

 「ねえ、誰! どんな子! わかんないよ」
 「だってー」
 「今から探しに行こう」
 「だめ!」
 「行くの」
 「いややー!」

 のんが階段のほうに歩き出そうとしたら、腕を引っ張って止められた。
137 :第三話 :2007/05/15(火) 22:52
 「もうー。どんな子かわかんなきゃつまんないよー」
 「あとで、ね。あとで、どの子か話すから」
 「それで、なんて答えたの?」

 また、唯ちゃんは、目を泳がせて、のんの方を見て、顔をそむけて・・・。
 はっきりしろ。

 「ねぇー!」
 「友達と一緒ならいいって」
 「友達って、もしかして?」

 のんが、自分のことを指差したら、唯ちゃんはこくんってうなづいた。
138 :第三話 :2007/05/15(火) 22:53
 「えー! 無理! 無理! 絶対無理! のんが付いていったら、唯ちゃん嫌われちゃうよ! 無理! 絶対無理!」
 「だってー! 一人でとか怖いし」
 「なんで、なんで、のんなの!」
 「だって、なんか、盛り上げてくれそうやし、のんちゃんなら一緒にいて安心できるし」
 「無理だよー。のんは遠くから見てる。二人で頑張って」
 「そんなんいややー! 友達と行くって答えたんやもん!」
 「だったら、他にもいるでしょー!」
 「のんちゃんがいーのー!」

 なんか、こう、唯ちゃんは、甘えるような目でのんの方を見てる。
 どーしよー・・・。
139 :第三話 :2007/05/15(火) 22:53
 「それで、なんて言われたの?」
 「なんてって?」
 「友達となら行くって言ったら」
 「ああ、うん。向こうももう一人友達連れてくるって」
 「それって?」
 「うん。ダブルデート」
 「えー!」

 なんてことを。
 えー! ダブルデート!?
 ちょっと、行ってみたいかも・・・。
 でも、でも、でもー!
 えー!?
140 :第三話 :2007/05/15(火) 22:53
 「決まりなの?」
 「うん」
 「いつ?」
 「来週の、テスト終わった次の日曜日。練習あと」
 「えー! そんな、急に! えー! 服とかどうすんの! そんな、男の子と歩けるような服、のん、持ってないよ!」
 「のんちゃんは、唯のそばにいてくれればそれでいいから」
 「むりー! 絶対ありえないよー!」
 「おねがいー!」

 のんの右腕を唯ちゃんが両手でつかんで・・・。
 なんか、うんっていうまで放しませんって勢いで・・・。
141 :第三話 :2007/05/15(火) 22:53
 「唯ちゃん、一人で行ったほうが絶対いいって」
 「一人じゃ怖いんやもん。ねぇー。おねがぃー!」

 うるうるした目で見つめられて、のんは、どうしようかと思ったんだけど、どうしようかと思ったんだけど、なんていうか、その、うなづいてしまった。

 「ありがとなー。助かるはー」

 なまりがかわいいのって、ずるいとのんは思うの・・・。
 いやとか言ってたけど、確かにちょっといやだけど、水族館に誘われちゃう唯ちゃんは、うらやましいな、とか思った。
142 :名無飼育さん :2007/10/08(月) 01:19
続き読みたいです
143 :作者 :2007/12/12(水) 23:17
>>142
ごめんなさい、放っときっぱなしで。
別に連載してるスレッドがあって、そちらにかかりきりでした。
そちらが一段落したので、その間にこちらを進めようと思います。

ここの登場人物、いろいろありすぎなんだよ今年・・・。

なるべく頑張ります・・・。
144 :第三話 :2007/12/12(水) 23:18
 「何? 何? 何? 何に使うのさ! デート? デートだべ? 隠してもむだっしょ」

 うちに帰って、なちゅみに可愛い服貸してって頼んだら、いいとかダメとかの前に、そう言われた・・・。
 なにさ、このテンションの高さ。
 ちょっと予想通りだけど。

 「そんなんじゃないよー! ちょっと友達と遊びに行くの!」
 「どこに? 誰と? どんな目的で? いつ?」

 笑顔で、でも、こう、上から見るような、にじり寄ってくるような、あの視線・・・。
 なちゅみのイジワルがお。
 頼むんじゃなかった。
145 :第三話 :2007/12/12(水) 23:19
 「いーからー。貸してくれるの?」
 「いつ、だれと、どこに、何人で、何の目的で。それを言ったら、貸してあげるべ」
 「もうー! けちー」

 学校には制服で行く。
 うちに帰ってきたらジャージとか短パンとか、そんなので。
 あんまり遊びに行ける様な服をのんは持ってない。
 唯ちゃんとか、女の子だけならまだあれだけど、のんが変な服着ていって、唯ちゃんが嫌われたら困るし。
 絶対、なちゅみに服借りないと困るんだけど・・・。

 「のの! 白状なさい。写真見せてくれるだけでもいいよ。ほら。どんな子なの」
 「だーかーらー! のんはただの付き添いなの!」
 「あー、二人じゃなくて、ダブルデートかー。そっかー」
 「そうじゃなくてー!」
 「そんな、照れなくてもいいべさ。いつ? 土曜日? 日曜日?」

 なちゅみは一人で納得しちゃって。
 そうじゃないのに。
 そうだけど・・・。
146 :第三話 :2007/12/12(水) 23:20
 「なっちー、ごはんまだー?」
 「やぐちー。いいとこに来た。聞いて! 聞いてよ!」

 言うんじゃなかった・・・。
 なちゅみが矢口さんにこと細かく説明してる・・・。
 ずいぶん話が膨らんでるような気がするけど・・・。

 「はぁー? 辻のくせに生意気だなあ。色気づきやがって。制服で行け制服で」
 「やだよー! のんだけ制服とか浮いちゃうもん」
 「やぐち、なんか服貸してやってよ。なっちより可愛い服持ってるでしょ」
 「いいけどさー、着れるのか? 辻に」

 のんはちっちゃいけれど、矢口さんはもっとちっちゃい。
 着れるだろ、と思うけど、突っ込むと貸してもらえなくなるかもしれないから何も言わなかった。
147 :第三話 :2007/12/12(水) 23:20
 「なっち、めしはやくー」
 「分かったから。ののの服選んでやってよ」
 「生意気な。だいたい、中間テストだろもうすぐ」
 「それ終わってからだもーん」
 「しょーがねなー。辻、来い」

 のんは、矢口さんの部屋につれられて行った。
 ここに来て二ヶ月近くなるけど、そういえば矢口さんの部屋に入ったのは初めてだった。
 意外に、女の子女の子してるものが多い。
 もっとかたい感じの部屋かなって印象だったけど、ぬいぐるみが山積みになってる。
 ぷーさんとか。
 ベッドには抱き枕。
 結構さびしがりやなのかなー?
 でも、そんな部屋の真ん中にはゲームが置いてある。
148 :第三話 :2007/12/12(水) 23:20
 「なっちがいつも片せ片せちゃんと片せってうるさいんだけどな。めんどくせーじゃん。帰って来てすぐやりたいし」

 じっと見てたら、矢口さんが言い訳するみたいにそう言った。
 のんはゲームはやらないからよくわかんないけど。
 プレステ片せってなちゅみと、ゲームは私の命だって言い張る矢口さんの会話は良く見かける。
 部屋の掃除もなちゅみがやってくれてるのに、プレステだけ放置して言い合いなのはなんでだろう・・・。

 「で、辻のイメージとかなんかあるの?」
 「なにが?」
 「なにがって、おまえなー。デートに着る服選んでるんだろ」
 「あ、そうだった」

 矢口さんの部屋に見とれてて忘れてた。
 あ、いや、デートじゃない。
 デートじゃないんだ。
 付き添い。付き添い。
 のんは、ただの付き添い。
149 :第三話 :2007/12/12(水) 23:21
 「スカートってガラじゃないよなー」

 矢口さんがのんの方を見ながらタンスをあさる。
 確かに、のんは村にいた頃から普段着でスカートははかない。
 制服はスカートだけど。

 「あんまり着ないかも」
 「走り回って、初デートでパンツ丸見えってのもまずいもんなあ」
 「そんなことしないよー」
 「じゃ、ジーンズだな。無難なとこで。丈合わせてみろ」

 矢口さんが投げたジーンズをのんはキャッチする。
 普通のジーンズ。

 「ジーンズならのんだって持ってるよー」
 「はぁ? 生意気言ってんじゃねーよ。ジーンズにも色々あるんだよ」

 いろいろ?
 よくわかんないけど・・・。
 ジーンズはジーンズな気が・・・。
150 :第三話 :2007/12/12(水) 23:21
 「いいからあわせてみろよ」

 矢口さんは、タンスから離れてこっちに来た。
 ジーンズをのんの腰に当てて持たせる。
 それから丈を見る。
 ちょっと、すそ短いかも。

 「むかつくやつだなー、ちびのくせに足長いのかよ」
 「別に、のんが長いわけじゃないと思うけど」
 「うるさいよ! 分かってるよそんなことはいちいち」

 矢口さんって、ホントは自分がちっちゃいの気にしてるのかなあ。
 バレーやってるのんは、身長足りないのはハンデになっちゃうけど、矢口さんなんかは、ちっちゃいのは可愛いと思うのに。

 「おまえ、足出す自信あるか?」
 「足? ミニスカートはなんかやだー」
 「ミニスカートじゃねーよ、ちょっと待ってろ」

 また矢口さんはタンスをあさる。
 なんか、ちっちゃいジーンズが出てきた。
151 :第三話 :2007/12/12(水) 23:21
 「何それ?」
 「デニムホットパンツ」
 「短いジーンズ?」
 「まあ、そんなもんだな。足が全部出るから、ちょっとあれだけど、まあ、大丈夫だろ」
 「でも、のん、足太いからなー」
 「とりあえず履いてみろよ。それから考えよう」

 制服のスカートの下から、この、デニムホットパンツとかいうのを履いてみる。
 上も制服だと変だから、脱いでTシャツに。
 下は、腰のところまで上げて、スカートを脱いだ。

 「ああ、いい感じじゃんか」

 いい感じ、なのかなあ・・・。
 よくわかんないけど。
 ちょっと足が太いのが気になる。
 気になるし、それに何より、これ、だめだ・・・。
152 :第三話 :2007/12/12(水) 23:22
 「歩いてみろよ。上はまた何あわせるか決めるから」
 「え、いや、ちょっと無理かも」
 「なんだよ。腰抑えてないでさあ」
 「ウエスト入らないんだよ!」

 矢口さんに合わせてる服だから、のんのウエストに入らない・・・。
 ちょっと間があってから、矢口さんは笑い出した。

 「だー、デブ! きゃはは。おまえ、履いといて、ウエスト入らないって。腹いてー」
 「うるさいよ! ちびのくせに」

 気にしてるのに・・・。
 腰までなんとか上がったんだけど、チャックが上げられなくて、その、のんにはちょっと無理だった・・・。
153 :第三話 :2007/12/12(水) 23:23
 結局、矢口さんの服はのんには合わなくて、晩御飯の後、なちゅみに服を選んでもらった。
 矢口さんの意見で、やっぱりホットデニムになったんだけど、矢口さんのよりは丈が長くて、太ももまで隠れるやつ。
 これなら大丈夫だし、なちゅみのならウエストもちゃんと入った。
 上は赤いパーカー。
 上と下のバランスが微妙な気もするけど、のんにはそういう感覚はよくわかんないから、なちゅみや矢口さんに従っておく。

 これで、準備は整ったかな。
 いや、別に、楽しみにしてるとか、そんなんじゃないけど。
 のんは唯ちゃんの付き添いってだけだし。
 唯ちゃんのイメージを悪くしなければいいだけなんだから。
 そんなことより、中間テストのが大事だ。
 多分。
 でも、漢字テストと違って、追試とかないらしいしなあ。
 別に、いいかな?
 良くないかな?
 テスト前でも関係ないしにバレー部だけは練習あるし。
 なんだか、高校に入って、考えることややることがいっぱい増えた。
154 :第三話 :2007/12/25(火) 23:41
 練習は当たり前に毎日あるし、テスト中でも関係無しにある。
 それを理由に勉強全然しなかったら、おばちゃんに怒られた。
 でも、怒られるだけで追試とか別に無いし、気にしない気にしない。
 追試は無いんだけど、結果自体は・・・。
 クラス四十人中、三十九番・・・。
 びりじゃないから、まあ、いいや。
155 :第三話 :2007/12/25(火) 23:41
 水族館の約束。
 唯ちゃんは誘われた男の子のことは教えてくれた。
 悪くは無い・・・と思う。
 お昼休みに校庭でサッカーしてるのを、四階の廊下から見てみた。
 サッカーはあまりうまく無いけど、なんか元気そうで明るそうなのはわかる。
 タイプとしては、爽やかな感じ。
 顔は、まあ、うん、普通かな。
 悪くは無いと思う。
 唯ちゃん次第だけど、のんはちゃんとフォローしてあげようと思った。

 「それで、もう一人は誰が来るの?」

 別に、別に、どうでもいいけど、どうでもいいんだけど、やっぱり確認はしておきたい。
 場を盛り上げてくれるタイプなのか、おとなしめなのか。
 唯ちゃんのために、のんは確認しておきたいんだ。

 「ひみつ」

 なのに、唯ちゃんは教えてくれない。
 当日までひみつ、とか言って。
 のんのことも、相手の子には言ってないらしい。
 まったく、もったいぶって・・・。
 しょうがないからおとなしく練習に打ち込む。
 唯ちゃんの水族館も大事だけど、バレーはもっと大事だ。
156 :第三話 :2007/12/25(火) 23:42
 インターハイ予選まで一ヶ月ちょっと。
 その前には練習試合も組むし、学校に泊まりでの合宿もある。
 のんの今の立場は、セッターの三番手か四番手か。
 十八人の登録メンバーには入っても、ベンチ入りの十二人には入れてない。
 美貴先輩にはまだ全然かなわないけれど、なんとか、二番手になって、ゲーム練習にちゃんと参加できるようにならないと、ベンチには入れない。

 「やっぱ、絵梨香先輩、すごいわぁ」

 ゲーム練の途中。
 外で見てるだけののんの隣には唯ちゃんがいる。

 「ああやって二段トス決められるとねえ、すごいよね」

 多分、唯ちゃんはあんまりわかってないと思うけれど、絵梨香先輩のすごさは、難しそうなボールをきちっと打ってくれるところだと思う。
 ホントはセッターとしてはいけないことだけど、多少トスのタイミングが合わなくても打ってくれるから、安心して上げられる、と思う。
 思うだけなのは、絵梨香先輩にトスを上げたことが無いからだ・・・。

 「そこ! しゃべってないでちゃんと見てろ! 声出せ!」
 「はい! すいません!」

 先生に怒鳴られた・・・。
 当たり前だ、練習中にしゃべってたら。
 ここはそういうことしていいチームじゃない。
157 :第三話 :2007/12/25(火) 23:42
 Bチームのサーブから。
 Aチームのサーブキャッチとそこからのコンビの練習。
 美貴先輩のトスは、実際に上がるまでどっちに出るかわからない。
 のんがやると、どうしても上げる方に目線が行っちゃうし、そうしないと上げられない。
 あれはどうやったら出来るんだろう・・・。
 練習、なのかなあ。

 なんて見てると、不意にツーアタックを決めたりもする。
 あれも、のんはできない。
 出来なくはないけど、見え見えになっちゃう。
 あれがさりげなく出来ると、ブロックが一枚セッターについてきたりするから、アタッカーが楽になるんだけどな。

 「岡田!」
 「はい!」
 「サーブ入れ」
 「は、はい!」

 え?
 隣で唯ちゃんが驚いた顔してる。
 慌ててコートに入って行ってボールを受け取った。
 ボールを何度か弾ませてサーブを打つ。
 左手で。
 明日香先輩がキャッチして、美貴先輩が上げて、スパイクがきっちり決まる。
 普通のサーブで普通にキャッチされてるけど。
 でも、唯ちゃんがのんより先にゲーム練入るのか・・・。
158 :第三話 :2007/12/25(火) 23:42
 唯ちゃんのサーブは、三本打って三本ともきっちりキャッチされて、それで次のローテに替わった。
 ローテが替わっても、唯ちゃんはそのままバックコートに残った。

 のんは、唯ちゃんに負けてるってこと?
 ポジションが全然違うから、比べる意味はあんまり無いけど・・・。
 でも、初心者の唯ちゃんが先にゲーム練に入った。
 サーブ打つとこなんだから、のんでもいいかもしれないのに、そこに。

 ゲーム練は、次にAチームがサーブを打って始まる練習になった。
 唯ちゃんは外れて戻ってくる。
 なにか言いたそうに、笑顔を浮かべてるけど、のんは唯ちゃんに何も言わなかった。
 コートの方を見て、ただ声を出していた。
159 :第三話 :2007/12/25(火) 23:42
 練習は続く。
 AとBだと、やっぱり力の差がある。
 Bのセッターは、美貴先輩と比べるとトスの正確さがないし、それにアタッカーもちょっと落ちるから、決定力が無い。
 Aの方は、美貴先輩が中心になって、コンビも合うし、唯ちゃんじゃないけど、確かにかっこいいなって思う。
 あれは、ホント、のんの目標だ。

 「藤本、アウト」
 「はい!」

 途中で、メンバーを入れ替えるのはよくある。
 だけど、美貴先輩が抜けるのは珍しかった。
 その抜けたところに、Bのセッターの先輩が入る。
 控えのセッターも、スタメンと合わせておかないと何かあったときに困るから。

 「辻!」
 「は、はい!」

 突然呼ばれて、顔を上げた。
 思わず背筋が伸びる。
160 :第三話 :2007/12/25(火) 23:42
 「Bのセッター入れ」
 「は、はい! はい!」

 ・・・
 ゲーム練、混ざるの初めてかもしれない。
 いや、初めてだ。
 慌ててコートに走って入る。
 アピールしなきゃ。
 アピールしなきゃ。
 チャンスだ。

 「簡単にレフトに上げとけばいいから」
 「はい」

 Bにいる先輩達が声をかけてくれる。
 レギュラーじゃないけど、でも、のんにとっては先輩だし、のんと比べればやっぱりうまい。
 トスアップ。
 トスアップ。
 絶対ミスしたくない。
161 :第三話 :2007/12/25(火) 23:43
 笛が鳴って、Aからサーブが打たれた。
 のんは、セットアップのポジションに入る。
 サーブレシーブがしっかり上がって、のんがトスアップ。
 言われたとおり、簡単にレフトに上げる。
 そのスパイクはAのブロックに完璧にシャットアウトされた。

 「そうそうそう。ヒットの瞬間力入れとけば下に落ちるから」

 先生がAのブロッカーを褒める。
 のんのトスが素直すぎたから、レフトが読まれてタイミングが合っちゃったんだ。
 次は、工夫しないと。

 笛が鳴る。
 ローテは同じままもう一本。
 キャッチはいいボールが上がってきて、のんは余裕のあるトスが上げられる。

 「レフト!」
 「ライト!」

 どっちも呼んでる。
 のんは、ライトを向いて、バックトスを、レフトのほうに上げた。
 つもりだった・・・。

 ボールは、レフトアタッカーのところまで行かずに、のんのすぐ後ろに落ちていた・・・。
162 :第三話 :2007/12/25(火) 23:43
 「辻! 気負うな。ただの練習だ!」
 「はい!」

 先生が声をかけてくれる。
 練習。
 ただの練習。
 だけど、そう言われても、のんにとってはめったにないアピールのチャンスなんだ。

 「いつも出来ないことをゲーム練で出来るわけないだろ。出来ることだけやれ。お前一人の練習じゃない」
 「すいません」

 美貴先輩は厳しい。
 のんの出来ること。
 ちょっと位サーブキャッチがぶれても、関係なくトスを上げられる。
 ミスしても落ち込まずに声を出す。
 スパイクへのレシーブでの飛び込み。
 バックトスは・・・ 出来るはずなんだけど・・・、さすがに、それくらいは・・・。
163 :第三話 :2007/12/25(火) 23:43
 それから、何本もAのサーブからのワンポイント練習をローテーションを替えながら続けた。
 のんのトスは、さっきのバックトスみたいなひどい失敗は無かったけど、ブロックにはよくつかまった。
 やっぱり美貴先輩と違ってあげる前から分かりやすいのかな。
 中学のときは、そんなに読まれなかったし、レフトに上げれば何とかなるような相手としか試合してなかった。
 それで何とかならない相手は強いから仕方ない、みたいな感じで。
 このチームはそんなわけにはいかないし、レベルが高いから、ブロッカーがセッターやアタッカーの動きをよく見てて、反応が早い。
 だから、セッターが工夫しないとブロックに捕まっちゃう。
 その辺は、コンビが合えば、クイックを早く打てるようになってくぐりぬけたり出来るんだろうけど、のんとBの先輩達だと、まだ、そんなことは出来ない。
164 :第三話 :2007/12/25(火) 23:43
 一本で決まらなくてラリーになってからは、Aチームのスパイクへのレシーブは結構ちゃんと出来たと思う。
 絵梨香先輩がブロックの間を抜いてきたクロススパイクとか拾ったし。
 フライングレシーブで、先輩のスパイクを拾ったのは、なんかすごい、気分良かった。
 セッターのアピールポイントとしては、そこじゃおかしいんだけど。

 今まで参加してなかったゲーム練に始めて参加したから、体力的にすごいきつかった。
 のんは、最後までずっと参加してたかっていうと、そうでもなくて、途中で替えられたんだけど、でも、最後までまた呼ばれるかな? って結構どきどきしてた。
165 :第三話 :2007/12/25(火) 23:44
 練習が終わって、気づいたことがある。

 「今日疲れたよねー」

 唯ちゃんだけじゃない、他の一年生もそう言っている。
 のんもそう思った。
 それで気づいた。
 今まで参加してなかったゲーム練、今日始めて混ぜてもらったけど、それはのんだけじゃないってこと。
 他の、今まで参加できなかった一年生も、みんな一度はどこかでBチームに混ざってた。
 別に、のんが認められたとか、唯ちゃんが認められたとか、そういうことじゃないみたいだ。
166 :第三話 おでかけ前のどたばた  終わり :2007/12/25(火) 23:44
 「なんか、見てると出来そうなのに、中入ると難しいよね、サーブキャッチとか」
 「イメージだと、コース狙って打ててるはずなのに、実際打つと目の前ブロックだし」

 バックトス・・・、あれくらいできるはずなんだけどな・・・。
 あとは、ブロッカーに読まれないトス。
 読まれてもコースや高さで抜いていくのがアタッカーの役割だけど、それはセッターが言うことじゃないし。

 「は〜あ・・・。やっぱ、練習しかないのかなあ」
 「だよねー・・・。もうちょっと出来ると思ったんだけどなあ」

 のんも、もうちょっと出来ると思ったんだけどなあ・・・。
 帰り道、とほほ、な一年生たちだった・・・。
167 :名無飼育さん :2007/12/26(水) 02:15
更新ありがとうございます。
みやさんの書く学校生活は綺麗ごとばっかりじゃなくって、
気持ちの揺れ動き方までリアルで、
くだらないことやどうしようもないことでいちいち悩んだり傷ついてた
中高生だった頃の自分をを思い出して胸が痛くなります。
168 :名無飼育さん :2015/05/14(木) 15:58
本当に久しぶりに見に来た者です。
以前にみやさんの初めての夏休みや、林間学校が好きでした。
お元気ですか?
169 :名無飼育さん :2017/10/14(土) 00:31
今更なのですが、
辻は吉澤と同じ高校を選択して欲しかったかなぁとか・・・
170 :名無飼育さん :2017/10/14(土) 00:33
そろそろ10年か‥…

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