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続・愛するトメっち

1 :雪ぐま :2004/05/24(月) 06:14
またまた、お話の途中で引っ越しとあいなりました。
(うっかりしてて、1000レス埋める前に容量がいっぱいになったようです)
また雪版でお世話になります。

前々スレ、こちらです↓。
『記憶より彼方で』『かわいいあの子』『ジェラシー』『愛するトメっち』
http://mseek.nendo.net/snow/1070181553.html

前スレ、こちらです。
『続・愛するトメっち〜溺れて人魚〜』
http://m-seek.on.arena.ne.jp/cgi-bin/test/read.cgi/mirage/1074691719/

初めてご覧になっていただいた方、前々スレ>>406からお読みくださいませ。

それでは『続・愛するトメっち〜溺れて人魚〜』、続きでございます。
2 :溺れて人魚 :2004/05/24(月) 06:16

すこし弱ってる私をあなたはちゃんと感じて、
胸に抱き寄せて、ゆっくりと背中を撫でてくれた。
円を描くように動く、あたたかな手のひら。
また、涙があふれ出した。
胸の中にずっとしまい込んでた澱が溶けて流れ出るように。

「よし、泣け、泣け」
「……うう……く、悔しい……」
「はぁ? 何がぁ?」

あなたに夢中すぎて、悔しいな。
こんな一方的に慰められたりしちゃってさ。

ひとみちゃんの浴衣を無理やりエイエイとはだけさせて、
絹のような素肌に直接、頬を押しつけた。
あたたかな腕にしっかり囲まれたこの場所は、私が一番安心する楽園。
どんな理由でも、私を離さないで。他の誰も、入れちゃだめだよ?
3 :溺れて人魚 :2004/05/24(月) 06:17

「トメっちこそ」
「ん、なに?」
「……ここだけってことで」

あなたの腕の中で、私は吹き出した。
額がコツンと鎖骨に当たった。
かわいいな。私の機嫌を直すには、ひとみちゃんのヤキモチが一番みたい。
そう呟いたあたしに、ひとみちゃんはむっつりと黙り込んで、
それから息ができなくなるくらいギュウギュウと私を楽園に閉じこめた。

4 :雪ぐま :2004/05/24(月) 06:19


本日はここまでといたします。
5 :雪ぐま :2004/05/24(月) 06:31
痛恨のミス。
前スレにエラーメッセージが出て、こちらへの誘導のURLも貼れません……。
紫板の連載のほうにも貼りますが、
もしも身近にこのスレが見つけられずお困りの方がいらっしゃったら
どうぞ教えてあげてくださいませ……。
6 :名無飼育さん :2004/05/24(月) 11:49
見つけましたw

更新乙です!
紫の方と合わせて、お疲れ様です。
雪ぐまさんと同じく昨日の卒業ニュースで
眠れぬまま朝を迎えたのですが、更新のおかげで
なんとか癒されました。( ´D`)ノ<テヘ
7 :名無しp. :2004/05/24(月) 12:06
石川さんの卒業ニュースは、ショックで血の気がひきました。
旅立つ石川さんへのはなむけに、雪ぐまさんの素敵な小説はぴったりだと思います。
これからも頑張ってください。応援しています。
8 :オレンヂ :2004/05/24(月) 13:04
更新お疲れ様です。紫から飛んできました。
梨華ちゃんの卒業の発表のタイミングに驚きましたが、
これからまた大きく成長していってくれることに期待しています。
よっすぃ〜もサブリーダーになるということで
大きく成長してくれると思うので、見守っていきたいと思います。
それに、卒業しても4期は家族ですから。
これからも更新楽しみにしています。
9 :名無飼育さん :2004/05/24(月) 21:09
石川さん卒業のニュースを知り激しくショックでした。
仕事中もふと思い出しては落ち込んでしまって ( ^ ^
でも雪ぐまさんの小説で楽になりました。
これからもずっと応援してます。



10 :よっすぃファン :2004/05/24(月) 22:56
更新お疲れ様です。ついに梨華ちゃん卒業・・・。
よっすぃはどう感じているんでしょうね(;△;)
娘の卒業はおめでたいけどやっぱ悲しいです・・・。
11 :名無し23。 :2004/05/25(火) 16:30
新スレおめ&更新乙でございます。
いつかは・・と覚悟はしていましたが、実際それに直面するとやっぱり頭が真っ白になるものですね。
身近にいる人はどんな想いでいるのかと考えると、せつない過ぎます・・
新しい道を進む彼女たちにどうか幸あれと願ってます。
こちらのふたりは、大切なモノをしっかりとその手に抱き締めているようですね。
その手を離さないで欲しいです。
12 :雪ぐま :2004/05/26(水) 00:02
こんばんは、雪ぐまです。本日は、お知らせのために現れました。

====================
☆お知らせ☆
雪ぐまの小説倉庫サイトを開設いたしました。
これまでにM-seekでUPさせていただいた小説をまとめてあります。
新作とかはありませんが、よろしければ、ぜひのぞきにきてください。

『snow flakes』
http://yukiguma.s45.xrea.com/index.htm
====================

石川さん卒業ショック、およびよりによってこんな時に痛恨のミス!というショックで
リングに倒れたボクサー並みに冴えない気分に陥った雪ぐまでございましたが、
でも、また皆さまのあたたかいレスに励まされました。
ええ、一緒にいしよしを見守りましょうとも!
また気持ちが落ち着いた頃、こちらも元気に更新しますのでマターリお待ちくださいませ。

思いのほか長く続いている愛トメシリーズ、
この機にぜひ一度、読み返してみられてはいかがでしょう?なんてw
雪ぐまはエロシーンを読み返してウギャー!という気分になりましたw
13 :達吉 :2004/05/28(金) 19:04
『続・愛するトメっち』のスレたってたんですね!
今日気づきました^^;
石川さんの卒業はオイラもかなりのショックを受けました・・・
でも卒業は来年の春らしいので、それまでは今までどおり精一杯応援していきたいなーと思っております^^
14 :ななしくん :2004/06/09(水) 01:40
更新ありがとうです!
次回も楽しみにまってます。
15 :ピクシー :2004/06/11(金) 01:10
初レスします。

遅れ馳せながら、新スレおめでとうございます。
次回更新も楽しみにまってます。
16 :名無飼育さん :2004/06/20(日) 13:52
銀板のも読みました!面白かったッス!
こちらの更新もお待ちしていますね
17 :雪ぐま :2004/06/23(水) 14:48
ほぼ一ヶ月ぶりですね。お久しぶりでございます。

6> 名無飼育さん様
ああもう、この更新をした日の夜はキツかったですねぇ……。新しい旅立ちなのに、
喜ばしいことなのに眠れなくって。でも、前向きに連載を続けていこうと思います。

7> 名無しp. 様
なによりもうれしいお言葉、ありがとうございます。感激です。
石川さん頑張ってるし、よっちぃ輝いてるし、新しい時代の幕開けですね。

8> オレンヂ様
そうですね。離れてもつながってるから家族ですもんね。
でも、辻ちゃん加護ちゃんの卒業コンサートは泣いちゃうかもなぁ。うぅ。

9> 名無飼育さん様
うれしいお言葉、ありがとうございます。雪ぐまも、皆さまのレスに励まされました。
娘。を卒業しても同じハロプロメンバー。それぞれの場所で輝いていく姿を楽しみにしています。

10> よっすぃファン様
おめでたいけど、悲しいんですよねー。あるものがなくなるのは寂しい、そういうことでしょう。
最近のよっすぃーはとても前向きに見えますね、雪ぐまには。いいことだなあと。

11> 名無し23。様
思いがけないタイミングの卒業で、すでに書いてた話はすべてボツ。うーん、読みが甘かったなぁw
なにもリアルをなぞることはないんですが気持ち的にね。でも、ちょっと復活してきましたよ〜。
18 :雪ぐま :2004/06/23(水) 14:50
13> 達吉様
うまく次スレ誘導できなくってごめんなさい。やっぱりあの時はかなり心乱れていたw
生き馬の目を抜く芸能界で、1年は長いのかな短いのかな。うまく飛び立ってほしいですね。

14> ななしくん様
お待たせいたしました。いやはや、心苦しい限りです。

15> ピクシー様
はじめまして♪ お待ちいただいてしまって恐縮です。しばらくこの調子ですが、どうぞご容赦を。

16> 名無飼育さん様
銀板の癒しのメソッドいしよし外伝『夜の迷路』、あれは珍しくかなり悶絶しましたw
でも、なんかちょっとふっきれたかな。ぼちぼちこちらも進めていこうと思います。

それでは、ひさびさの更新にまいります。
19 :溺れて人魚 :2004/06/23(水) 14:51


ひとみちゃんの腕の中で泣くだけ泣いて、すこし落ち着いた私。
うん、いつまでも不安がってても仕方ないね。
神様に誓うことはできない私たちの恋。
だけど、信じて、立ち上がって、歩いていかなくっちゃあ。
しっかりと手をつないでね。

「ヤだよ、恥ずかしいだろぉ?」
「えー、なによぉ」

もう、さっきまではあんなにやさしかったのにぃ。
さびれた温泉街を散策しながら、私は盛大にふくれていた。
ひとみちゃんって、ふたりっきりの時と、世間様の前とで見せる顔が違いすぎるわよ。

「当たり前でしょ? もういい歳なんだからさぁ」
「なによぉ、隠すのメンドくさいって言ってたじゃん」
「そーだけど、別に言いふらして歩くことでもないでしょ」

まあね。
でも、旅先なんだから、いいじゃん。
20 :溺れて人魚 :2004/06/23(水) 14:51

「ばっか、どこで誰が見てるかわかんないだろぉ?」

そう言って、ほら、とチラリ目配せしたひとみちゃん。
え? さりげなく首をめぐらせて、私は驚く。
温泉街に似合わないぴかぴかしたコンビニの前でかたまってた女子高生達が、
なにやらきゃあきゃあ騒ぎながら、お土産物屋さんの前に立ってる私たちを見ていた。
ああ、また“yossy”だって気づかれてる、ひとみちゃん。
こんな鄙びた町でも……って、雑誌は全国に流通してるのよねえ。

「今日はキャップかぶってないからなあ」

油断した。
ひとみちゃんは、そう言いながらもたいした問題でもなさそうに温泉まんじゅうなんて眺めてる。
そうよね、あんまり意識するのも変だし。
そう思って私も土産物に意識を向けた瞬間。

「あの………」

たちまち集団の女の子たちに取り囲まれていた。
わっ!と驚いた私に対し、ひとみちゃんはハイハイと言わんばかりの余裕の表情。

「はい、yossyです」
「キャーー、やっぱりーー!」

ひとみちゃんは、求められるままに笑顔で握手を交わす。
写真は編集部に怒られるんで勘弁してくださいとか言いながら。
ポツンと取り残された私。えっと、どうしよ?
なんとなく気まずく思いながら輪を離れかけたんだけど。
21 :溺れて人魚 :2004/06/23(水) 14:52

「あれ?」

女子高生のひとりが、私の姿に目を止めて小さく声をあげた。

「もしかして、Rica☆さん?」

わっ!
私はたちまちドギマギとなって、ひとみちゃんを見上げた。
私が載ってる新創刊の雑誌は発売されたばかり。
なのに、もう名前とか知られちゃってるの?
ひとみちゃんが笑って、私を輪に招き入れた。

「そう、Rica☆ちゃん。もう新しい雑誌、見てくれたんだ?」
「そりゃあ、チェックしてますよーぉ! yossyさんもそっちに移ったしぃ」
「うれしいな、これからもヨロシクね」

すらすらと余裕のトーク。
女の子あしらいのうまさは昔から。
私はただぎこちなく笑って、次々に差し出される手をおずおずと握ってゆく。
なんとなく、いつもお客さんに接してる時のクセでペコペコしながら。
22 :溺れて人魚 :2004/06/23(水) 14:53

「Rica☆ちゃんって、案外ちいちゃーい。うちらと変わんないね」
「う、うん」

だって、ひとみちゃんの友達だからモデルに選ばれてるだけだもん。
なんだか申し訳ない気持ちになっちゃう。私みたいな平凡な子が……

「でも、ほっそーい。かわいいー」
「え?」
「こんなとこで会えるなんてカンゲキー。実物もすっごい美人だねー」
「笑顔がさあ、すっごくいいなって思ってたんだー」
「あ、ありがとうございます」

えー? ええーーー???
私はオンボロなお弁当屋のおねえちゃんで、美人だなんて誰からも。
そう、ひとみちゃんが時々囁いてくれる以外、こんなふうに持ち上げられたことはなくて。
初めて出会った女の子たちが、今コンビニで買ったらしいお菓子やらジュースやらを取り出して
これあげる、これも食べてと、一生懸命、好意を向けてくれる。
そして、またこの町に遊びに来てねなんて、にこにこと手を振りながらいつまでも見送ってくれて。

「わぁ、びっくりした」
「イイコたちだったね」

当たりだ。
そんなふうにひとみちゃんはフフッと肩をすくめ、
たまに変なヤツもいるから気をつけろよなんて先輩風を吹かした。
23 :溺れて人魚 :2004/06/23(水) 14:54

「いまに、トメっちのお弁当屋さんにファンが押しかけてくるようになる」
「ええっ?」
「そういうこと、始めたんだよ」

そう呟いたひとみちゃんの横顔は、どことなく大人びていた。
遠い空にふと目を細めながら、ひとみちゃんは、
これまでに話してくれたことがないことを話しはじめる。

「あたしもさ、最初はちょっとびっくりしたんだ」

 テキトーな気持ちではじめたんだよ、モデルなんて。
 軽いノリでさ、ちょっとおいしいバイトって感覚でさ。
 なんかカッコいいし、いいかなって。

「やってみたら、ものすごい可能性が広がってる世界だって思った」
「…………………………」
「やる気になりゃ超稼げるし、もっと有名になることだってきっとできるし」
「有名に、なりたいの?」
「んー、いや、あたしはもしかしたら向いてないかも」

 いろんな人と会えるのは楽しいけどね。
 大学卒業したら辞めるかも。
 アヤカさんみたいに編集部に入ったりするほうが向いてるかもな。
24 :溺れて人魚 :2004/06/23(水) 14:54

「アヤカさんって、モデル出身なの? どうりでキレイだと思った」
「あの人もいろいろ可能性確かめてから選んだ道だからさ、すげー頑張ってるよね仕事」

店先の変な木彫りの人形なんていじくってるくせに、
ひとみちゃんの口から出てくる言葉は、いつものバカっぽさとはまるで違っていて。
私はあっけにとられて、その薄いピンク色の唇を見つめていた。
ひとみちゃんが、ちょっと照れたように笑う。

「トメっちもいろいろやってみたらいいかなって」
「わ、私はお弁当屋さんが好きだよぉ。お母さん、心配だし」
「わかってるけど」

 案外、派手な世界が向いてるかもしれないし。
 すごいいいとこまで、行きそうな気がしないでもない。

そんなことないよ。
私はすぐにひとみちゃんの言葉を打ち消しながらも、うれしいなあって思ってた。
ひとみちゃんが私の可能性を考えてくれてることについて。
私の魅力、そんなものがあるとすればだけど、
誰よりも好きな人が、私の魅力をとても高く評価してくれていること。
そして、その眩しい瞳をやさしく細めて、ぐいぐいと手を引いて、
私をたくさんの人が見つめてくれる大きな舞台に引っ張り出してくれたこと。
25 :溺れて人魚 :2004/06/23(水) 14:55

「ひとみちゃん……」

目をうるうるさせながら、人目も気にせずに抱きつきかけた私に、
ひとみちゃんは、変な銀色ギラギラのビニールのイカキーホルダーをひょいと差し出した。

「ところで、これ、お揃いに」

はあっ?!
いきなり、なんの話よ?

「約束したじゃん、クリスマスの時。お揃いのキーホルダー買おうって」
「これは絶対イヤ!」
「じゃあ、これは? 温泉キティちゃん」
「ちょっとぉ。もっと真剣に考えてよっ!」

だいたいお土産物屋さんでお揃いを探そうっていうのが間違ってるのよ!
あーあ、もう、さっきまでの感激も台なしっ!
プンスカ怒りはじめた私に、ひとみちゃんはのんきに返事を返す。
26 :溺れて人魚 :2004/06/23(水) 14:56

「松浦とミキティは、土産物屋で買ったマリモ頭のモンチッチ財布、お揃いにしてるけどぉ?」
「あのふたりのセンスに流されちゃダメッ!」
「あっ、ミキティが聞いたら怒るよ〜?」

 トメっちにだけはセンスのこと言われたくない、とかって。

ひとみちゃんは、いつものようににやにや笑う。
何よ、それじゃまるで私がセンス悪いみたいじゃないのっ。

「くやしいっ! これから、すっごいオシャレになるんだから!」
「あー、楽しみ楽しみ」
「ちょっとぉ! 馬鹿にしないでよねっ!」

くっくっと笑う大きな背中をドンと叩いて、私もプッと吹き出した。
大好きよ。照れ屋さんのひとみちゃん。
ちょっとデリカシーないけど、時々ヘタレだけど、女タラシなとこもあるけど、
きっと私にしか見せない、そんな素顔を大切にしてる人。

「ねぇ、私のこと、超好きでしょ?」
「はぁ? 何いってんの?」

振り返った時、くにゃくにゃっと緩んだ口元。
私はもう飛びっきりの笑顔で、惚れ直させちゃうぞ?ってな笑顔で、
青い空をしょったひとみちゃんを見つめた。

27 :雪ぐま :2004/06/23(水) 14:56


本日はここまでといたします。
28 :オレンヂ :2004/06/23(水) 17:17
更新お疲れ様です。
思わずキタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━!!と一人叫んでおりましたw
最近、よっすぃがどんどんキレイになっていってて
ほんとにファッション雑誌に登場してほしいなぁと思ったり。
ここのよっすぃみたいにもっと女の子に人気でると思うんですよね。

愛トメ復活してくれて本当にうれしいです。
これからもマイペースでがんばってください。
29 :ななしくん :2004/06/26(土) 02:14
これからも楽しみにしてます(´∀`)
すごく好きな二人です。
30 :ピクシー :2004/06/26(土) 10:27
更新お疲れ様です。

う〜ん、まったりラブラブ・・・
あ゛ぁ゛〜!温泉街行きたい(w

次回も楽しみに待ってます。
31 :名無し募集中。。。 :2004/06/27(日) 22:41
久々にキテタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!!!!!
あーやっぱ面白いっすねー
32 :雪ぐま :2004/07/25(日) 22:33
28> オレンヂ様
最近のよっすぃ〜、かっこ良すぎですねぇ〜。髪型も好きです、雪ぐまは。
ちょいシリアスな映画のお仕事とかくるといいのにね。きっと映えると思います。

29> ななしくん様
どうもありがとうございます。雪ぐまもこの二人が大好きです。
お待たせしちゃっていて心苦しいですが、どうぞこれからもお付き合いくださいまし。

30> ピクシー様
雪ぐまも温泉行きたい〜〜!w ちょっと遅かったふたりのラブラブ新婚旅行、
どうやらしっかりと絆を深められたみたいです。

31> 名無し募集中。。。様
ハイ、キマシタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!!!!!
ありがとうございます。これからもそう言っていただけるように頑張ります。


それでは、ひさびさの更新にまいります。
33 :溺れて人魚 :2004/07/25(日) 22:34


「でねっ、おかげさまで温泉旅行はとーーーっても楽しかったの!」
「それはよかったです」
「すっごい素敵なお部屋でねぇ、ああ、もう真希ちゃんにお礼言っといてねホント!」
「はい、お伝えしておきます」

ラブラブ温泉旅行から帰ってきた次の日、私はお土産をもってさっそく綾小路家へ。
残念ながら真希ちゃんは大学に行ってて留守だったんだけど、
応接室に招き入れてくれて紅茶をすすめてくれた紺ちゃんを相手に、
さっそくノロケモード、全開でスタート! ご機嫌でスタート!

「なんてったって、畳っていうのが新鮮よね〜」
「えっ? は、はぁ……」
「紺ちゃんも、ドキドキしなかった?」
「え? あ、何がですか?」
「も〜〜〜、しらばっくれちゃって〜〜〜〜」

コノコノッ!
つんつんとメイド服の肩先をつっつくと、
紺ちゃんはかすかに薄気味悪そうな目で私を見た。
あっ、引かれちゃった? やだ、どうしよ。
あたしって、やっぱりキショい? ねぇ、キショいかなぁ?
34 :溺れて人魚 :2004/07/25(日) 22:34

たちまちどよんと落ち込んだ私を見て、紺ちゃんは目を丸くし、
そしてこらえきれないというようにうつむいて、くすくすと笑いはじめた。

「石川さんって、見た目とちょっと違いますね」
「そぉ?」
「ええ、もっと……」

紺ちゃんは何か言いかけて、ええっと、というように目を泳がせる。
なるほど、失礼のない言い方を探してるってわけね。
私はツンと唇を尖らせる。

「いいよ、別に気をつかわなくっても」
「え?」
「キショキャラで通ってるから、もともと」
「キショキャラ、ですか?」
「そう」

いつ頃からかな。そうだ中学校くらいからだ。
自分では変なことしてるつもりも言ってるつもりもないんだけど、
ギャグが寒いとか、自分で笑うなとか、ブリッコだとか、
そうよ、まりっぺとかはともかく、ひとみちゃんが超ひどくってさー。
あの頃は、つらかったわー。ほんと口が悪いんだもん。

まあ、口の悪さは、今もあんまり変わらないんだけど。
温泉旅行の時が、大サービスでやさしすぎたくらいだもんね。
35 :溺れて人魚 :2004/07/25(日) 22:35

「キショキャラで有名なのよ、私」
「文麿様……いえ、真希様はそんなふうにはおっしゃっていませんでしたが」
「だってー、文麿さんの前では気取ってたもーん」

今はひとみちゃんもそれなりに褒めてくれるけどさ、
あの頃は、私のこと褒めてくれるのは文麿さんだけだったんだもん。
ああ、すっごくうれしかったなぁ。
上品だわ〜、紳士的だわ〜、さすがだわ〜なんて、いっつも感心してた。
それに比べてひとみちゃんときたら、まったくもう!

「紺ちゃんがうらやましいよー、あんなやさしい人が恋人だなんてー」
「え? ええ……」
「上品だし、何やってもスマートだしさぁ」
「そ、そうですね……」
「それに、なんかすっごいロマンチストっぽくない? ねぇ?」
「……だめですよ?」
「へ?」
「い、いえ、何でもありません」

なぜか、真っ赤になってプイッとそっぽを向いてしまった紺ちゃん。
あれ? 褒めたつもりなのになんでかしら? まあ、いいわ。
36 :溺れて人魚 :2004/07/25(日) 22:36

私はいつの間にかノロケモードから愚痴モードにシフト変換。
ちょっと、聞いてよ紺ちゃん、ひとみちゃんったらひどいんだよー?

「何がですか?」
「温泉キティのキーホルダーお揃いにしようとかさー、どうよ?」
「………私たちはお揃いでドラちゃんの携帯ストラップをつけていますが」
「ええっ?!」

ド、ドラちゃん?
ちょ、ちょっと待って。ドラちゃんって、あれ?
ほんわかっぱっぱー、ほんわかぱっぱーのドラちゃん?

「うっそぉ!」
「ホントですよ。ホラ」

紺ちゃんはさっそく、メイド服のエプロンから携帯を取り出した。
そして恥ずかしそうに、でもどことなく得意げに見せてくれる。
ドラちゃんが片手をあげてウインクしてる、超オマヌケな携帯ストラップを。

「真希様がくださったんです」
「ちょっとぉー、真希ちゃんってそういう趣味なのぉ?!」
「お好きなんですって、ドラちゃん」

ふふふっと、紺ちゃんは白桃みたいな頬っぺたをうれしげに緩めた。
かわいいですよねぇ?みたいに。
37 :溺れて人魚 :2004/07/25(日) 22:37

ガーーーン……
私はなんか、打ちのめされた気分。
ああ、もしかしたらこれがホントの愛ってやつかもしれないわ。
そ、そうよね。好きな人が好きなものは、愛おしく感じるものよね。
ああ、そうだわ! 私も拒否しちゃいけなかったわ!
ひとみちゃんが好きならギラギラのイカのキーホルダーだってなんだって!!
……まあ、ひとみちゃんの場合、私をからかってるって可能性があるんだけど。

「……紺ちゃんってエライわ〜」
「ええ? そ、そうですか?」
「私ならきっとつけられない、ドラちゃんは……」
「そうですかねぇ?」

とってもうれしかったですけど、うん。
紺ちゃんは、目の高さに携帯を持ち上げ、ちょっと寄り目になりながらストラップをジッと見た。
そして、ふと思い立ったようにポソポソと話しはじめた。
まるで、ぷらぷらしてるドラちゃんに話しかけるみたいに。

「私の場合、真希様とおつきあいできていることが奇跡なので」
「奇跡?」
「はい、雲の上の方ですから」
「そんな……」
「ほんとにそうなんですよ?」

残念ですけれど、ね。
すっと携帯を膝におろし、紺ちゃんは私にニコッと微笑んだ。
それは卑屈な笑顔じゃない。
むしろ、なにか潔ささえあるような。
38 :溺れて人魚 :2004/07/25(日) 22:38

「だから、真希様が与えてくださることは、すべてうれしいんです」

私はとっさになんとも答えられず、
ただ黙って紺ちゃんの顔を見ているしかなかった。
ああ、どうしよ。これ、何か言わなきゃ、気まずいよねぇ?
でも、なんて? なんて……?

そう思った瞬間だった。
それまで静かだったエントランスの方から、
悲鳴のような怒鳴り声がかすかに聞こえてきた。

「………だから、イヤだって言ってるでしょ!」

紺ちゃんが、ハッと応接室のドアのほうに顔を向ける。

「あ、真希様、お帰りになってるみたいですね」

慌てて立ち上がり、パタパタと駆けていく紺ちゃん。
ああ、良かった。あたしはちょっとホッとしながら、その背を追って立ち上がる。
紺ちゃんが応接室のやたら重厚なドアを大きく開けた瞬間、
これまでまるで聞こえなかった声が、うわっと耳に飛び込んできた。
それは真希ちゃんと誰かが、激しく言い争う声。

「もう、いいかげんにしてよ! あたしはもうパパのいいなりにはならない!」
「真希、落ち着いて聞きなさい」
「嫌だっ! あたしは誰とも結婚しない! 許嫁なんてしらな……」
39 :溺れて人魚 :2004/07/25(日) 22:39

コトン。

紺ちゃんが立ちすくみ、その手から携帯を取り落とした。
ハッとしたような真希ちゃんの声が聞こえてくる。

「こ、紺野……、そこにいたの?」
「あ、し、失礼しました」

お話のお邪魔をして申し訳ございません。
そう言って、あわてて紺ちゃんは落としてしまった携帯を拾った。
そして胸元で手のひらが白くなるほどギュッと握りしめた。
ドラちゃんの携帯ストラップを隠すように。

「お、お帰りなさいませ。旦那様、お嬢様」
「うむ。ああ、紺野、今日の夕食はいらないとシェフに伝えてくれ」
「はい。お出かけでございますか? お召し物は?」

私は、いまさら真希ちゃんたちの前に出ていくこともできず、
応接室の中で息をひそめ、ただ紺ちゃんの横顔をじっと見つめていた。
奇妙に淡々と進んでいく浮世離れした会話を呆然と聞きながら、
私の耳にはさっき聞いた気になる言葉がリフレインする。

許嫁? いいなずけって、言ってたよね、真希ちゃん。
あたしは誰とも結婚しないって? どういうこと?
40 :溺れて人魚 :2004/07/25(日) 22:40

「私はこのままでいい。真希にはドレスを」
「パパ! あたしは行かないって言ってるでしょ!」
「用意しなさい、紺野。今夜は、この子の許嫁に会うことになった。一番似合うものを」

ええっ?!
私は思わず腰を抜かしそうになった。
紺ちゃんの横顔が、わずかにスッと白くなる。

「……はい、すぐにご用意いたします」

それはとても平坦な声。
声が震えてしまわないように、ゆっくりと低く、ていねいに。
静かに頭を下げて、紺ちゃんは応接室を出ていく。
真希ちゃんの悲痛な声が、その姿を追いかけた。

「紺野、待って!」
「真希、話が終わっていないぞ」
「ちょっ、離してよっ……」
「……どうして、そんなにあの子のことを気にするんだ?」

旦那さんの低い声に、真希ちゃんはそれ以上何も言えなくなったようだった。
私は、たまらずに応接室を飛び出して、紺ちゃんの背を追いかけた。
41 :溺れて人魚 :2004/07/25(日) 22:41

「紺ちゃんっ!」

突然、応接室から飛び出してきた私に、
真希ちゃんも恰幅のいい旦那さんもギョッとしたように目を丸くした。

「ト、トメちゃん!」
「だ、誰だね、君は!」
「そこのお弁当屋の石川です、 真希ちゃんと紺ちゃんのお友達ですっ」

あいさつもそこそこに紺ちゃんを追いかける。
速足でドレスルームに消えた紺ちゃんを追いかけて、そのドアをバッと開けて室内に飛び込んだ。
後ろ手にバンとドアを閉めて、驚きのままにあわあわと声を挙げる。

「ちょ、ちょ、ちょっと紺ちゃん、許嫁って!」
「石川さん、困ります、落ち着いて!」

旦那様に、私たちのことが疑われたら!
囁くように小さく、でも鋭い矢のような声が鼓膜に突き刺さった。
あっ……。私はハッと我に返って、よろりとドアに寄りかかる。

「あ、ご、ごめん、つい……」
「いえ……」
42 :溺れて人魚 :2004/07/25(日) 22:42

数えきれないほどの色とりどりのドレスのなかで、
地味なメイド服を身にまとった紺ちゃんは、静かに微笑んでいた。
信じられないほど、穏やかな顔で。

そして、ゆっくりと、そのぽってりとしたかわいらしい唇を開く。

「申し訳ありませんが、今日はお引き取りください」
「紺ちゃん……」
「私は大丈夫です。……わかっていたことです」

思ってたよりも、すこし、はやかったですが。
そう言って紺ちゃんは一瞬、一瞬だけ、泣きそうな瞳になってうつむいた。
けれどもすぐに彼女はぐっと顔を上げ、ガサガサとドレスの束を掻きわけはじめた。

私はそれ以上何も言えずに、ただ黙って紺ちゃんの姿を見つめていた。
山のようなドレスのなかから、紺ちゃんがサッと選び出したのは、
いかにも真希ちゃんに似合いそうな深紅のドレスだった。
真希ちゃんをスカーレットのように凛々しく、神々しく、美しく見せるに違いない、
燃えるような色彩のうっとりするほど高貴なドレスだった。
43 :溺れて人魚 :2004/07/25(日) 22:43

ああ、どうしよう、どうしよう。
馬車でも走り出てきそうな大きな門を出て、トボトボ歩く帰り道。
夕陽を背に長く伸びる自分の影を見ながら、私はただ無力を感じていた。

真希ちゃんはびっくりするほどお金持ちのうちの子で、私たちとは違う世界の人。
親が決めた許嫁なんて信じらんないよ、この21世紀に。
だけど。

ポケットから携帯を取り出し、ひとみちゃんに電話をかけようとして、やめる。
ひとみちゃんの声聞いたら、絶対、私、すごく泣いちゃう。
真希ちゃん可哀想、紺ちゃん可哀想って。

電話口で大泣きされても、ひとみちゃんは困るよね。
今夜、会った時に話そう……。

私は、一度取り出した携帯を、再びポケットにしまい込んだ。
あとで思い返せば、このことは暗示的だったかもしれない。
ひとみちゃんへの小さな秘密を、この胸に隠し持つ予兆として。
44 :溺れて人魚 :2004/07/25(日) 22:44

重い足取りで店に戻ると、なぜかお母さんが店じまいの準備をしていた。
あれぇ? あわてて駆け寄る。
まだ7時前だよ? 今日はもうおしまいにするの?

「トメ子と一徹さんが来てるのよ」
「だからって」
「大事な話があるんだって。梨華、あんたに」

なにか、嫌な予感がした。
そして、その予感は、すぐに的中した。

「ヤダよ! 冗談じゃないわよ、お見合いなんて!」

差し出された写真をリビングのテーブルに放り出してわめいた私に、
トメ子姉ちゃんとお母さんは、やっぱりね、という顔をした。
あったり前でしょ?! そんな話、お断りに決まってる!

「いいお話よ。若社長さんよ、ほら、ハンサムで」
「いーーーやっ!」
「一度、会ってくれるだけでもいいんだけど……」

どうしてだか、トメ子姉ちゃんはひどく弱り果てた声。
どんな義理があるのか知らないけど、かまってられないわよ、そんなの!
私は、頑として首をふった。

「イヤよ。 私、まだ19よ?」
「わかってるわよ。だから先方だって、今すぐどうこうってお話じゃないの」
「ぜったいに、イヤです」
45 :溺れて人魚 :2004/07/25(日) 22:46

はあっとため息をついて、チラと一徹さんをうかがったトメ子姉さん。
一徹さんは苦虫を噛みつぶしたような顔でジッと目を閉じ、腕を組んだまま。
シーンとなったリビングで、仕方ないわねというようにお母さんがため息をつき、
事の経緯をボソボソと話しはじめた。

「お相手の方はね、一徹さんの会社の、一番大切なお取引先様なのよ」
「………だっ、だからなによ」
「その方、お前の載ってる雑誌を見たんですって」

思いがけない理由に、私はギョッと目を丸くした。
お母さんはため息まじりに話し続ける。

 社長さん、会社のOLさんが読んでた雑誌を見て、
 えらくあんたのこと気に入ったんですって。
 そのOLさん、あんたが一徹さんの義理の妹だって知ってたのよ。
 一徹さんの会社の誰かから聞いてたんでしょうね。
 それで、今日、一徹さん、社長さんに呼び出されて……
46 :溺れて人魚 :2004/07/25(日) 22:47

「そ、そんな……」

思わず、絶句する。
温泉旅行で聞いた、ひとみちゃんの言葉が耳に蘇った。

 『やってみたら、ものすごい可能性が広がってる世界だって思った』

それは、こんな可能性の話じゃないはずだった。
たくさんの人に愛され、応援されて、
華やかな世界へと飛び込んでいく入り口だったはずなのに。
なのにまさか、まさかこんな卑怯なルートで狙い撃ちされる可能性があったなんて……

「……い、や、だよ」

震える声を押し出した。
私、真希ちゃんみたいって思った。
ねえ、住んでる世界が全然違うのに、私たちなんだか同じ目にあってるよ。
どうして? 誰も悲しませたくない。困らせたくない。
ただ……、ただ、好きな人がいるだけなのに!
47 :溺れて人魚 :2004/07/25(日) 22:48

「いやだよぉ!!」

ワッと泣き出したあたしに、お母さんはギョッと驚き、
「みっともない、こんなことで泣かないの!」と叱った。

そりゃあ、そうだよね。
まだはやいと嫌がるかもしれないとは思っても、
まさか泣くほど嫌がられるとは思ってたかっただろうから。
19歳の女の子。彼氏がいる気配、ナシ……

「なによ、誰か心に決めた人でもいるの?」

ちょっとだけ迷って私は、仕方なくウウンと首を横に振った。
じゃあ、いいじゃないの、会うくらい。
トメ子姉ちゃんたちと私との板挟みになったお母さんが、なだめすかすようにそう言う。

「やだもん……」
「どうして? いいお話よ。真面目な方じゃないの。ちゃんと結婚を前提におつきあいしたいからって」
「それが嫌なのっ!」
「どうして?」
「け、け、結婚くらい好きな人とさせてよぉ!」
「好きになるかもしれないじゃないの、その人のこと」

ならない。
私は、手の甲で頬っぺたの涙をぬぐいながら断言する。
ならない、ならない、ならない、ならないったらならないモン!
48 :溺れて人魚 :2004/07/25(日) 22:49

「どうして?」
「どうしてもーーっ!」
「梨華、あなたねぇ……」
「嫌なのーー!!」

たいした断りの理由もなさそうなのに、どうしてもウンと言わない私を、
ちょっとあきれた顔でお母さんは見た。
被害妄想かもしれないけど、冷たい子だねぇっていうような顔にも見えた。
ちょっと会ってやればいいのに、ただそれだけのことなのに、って。

私は目をそらしてうつむく。
ふくれっ面で、うつむく。
ぬぐってもぬぐっても、あとからあとから涙が溢れた。

真希ちゃんは今ごろ、許嫁とかいう人と会わせられてるのかな?
紺ちゃんは何してるの? もしかして付添いをさせられてるかもしれない。
可哀想な真希ちゃん、可哀想な紺ちゃん………
49 :溺れて人魚 :2004/07/25(日) 22:50

シーンとなったリビングは、なんだか根比べみたいな感じになってきた。
私は大げさにため息をついて、ポケットから携帯を取り出し、ピッと電源を切る。
そろそろひとみちゃんから電話がかかってきそうな時間。
とても出られない、こんな状況で。こんな涙声で。

不機嫌を隠さず、ガタッとテーブルに携帯を放り出す。
その音に反応したように、一徹さんがいきなりカッと目を見開いた。

怒られる!
とっさにビクッと身をすくめた私が次に見たのは、予想外の反応だった。
あの手のはやい一徹さんが、テーブルに手をついて、私にバッと頭を下げたんだ。

「わかった。すまなかった、梨華。私が迂闊だった」
「………………………」
「帰るぞ、トメ子」
「でも、あなた………」

すっくと立ち上がった一徹さんの背中はすごく意地っ張りな感じで、
なぜかひとみちゃんの背中を思い出した。
オロオロと寄りそうトメ子姉さんの瞳が、半泣きになってる。
見送るお母さんが、深々とため息をついた。
50 :溺れて人魚 :2004/07/25(日) 22:51

私は唇を噛んだ。
断ったら、どのくらい困るのよ、実際?
はっきり言ってよ、ねえ、こんなつまんないことで、どのくらい困るっていうわけ?!
私が雑誌のモデルになった。
そのことが一徹さんを、そんなに困らせちゃうわけ?!

ガタンとイスを蹴って、私は立ち上がった。

「あ、会うだけだよ……」

自分の声が震えているのがわかった。
一徹さんは、振り返らなかった。

頑固な職人さん。
嫌だったでしょう、私にこんなこと頼みにくるの。
一徹さんの職場が、会社とも言えないくらい小さな作業所だってこと、私はよく知ってた。
オンボロなうちのお弁当屋さんに負けないくらい小さな。
そして、困らせたくない仲間が何人もいる、きっと。

「梨華……」

一徹さんの代わりにトメ子姉ちゃんが、ホッとしたように振り返った。
私と瓜二つのその顔を見ながら、私は念を押すように言う。
51 :溺れて人魚 :2004/07/25(日) 22:52

「会うだけよ。断るわよ」
「うん、いいのよ、それはいいの。一度会ってくれれば、一徹さんの顔が立つから」

ほんとね? もう一度、念をおす。
そして、この発言はとても危険だと意識しながら、
それでもこの義理を果たす、たった一つの条件を慎重に口にした。

だってそれは、何よりも大切なことだから。
私たちの秘密の恋がお母さんたちに知れてしまうよりも、怖いことだから。

「お願い。このこと誰にも言わないで。ひとみちゃんにも、絶対に」


52 :雪ぐま :2004/07/25(日) 22:53


本日はここまでといたします。
53 :名無しぽき :2004/07/25(日) 23:15
( ´ Д `)<んあーーーーーー!

久々更新、お疲れ様です。
大変だ、あっちもこっちも…
54 :ピクシー :2004/07/26(月) 03:10
更新お疲れ様です。

う〜・・・やっぱ幸せの後には苦難あり・・・
綾小路家の方も、石川家の方も・・・大変ですね。
果たして・・・動向はいかに?

次回の更新も楽しみに待ってます。
55 :ななしくん :2004/07/26(月) 20:37
更新ありがとうございます!
どうなっちゃうんでしょう。。
雪ぐまさん暑い中大変ですが無理せずお体には気を付けてくださいね。
次回楽しみにしてます!
56 :名無飼育さん :2004/07/27(火) 11:55
うへー。どうなっちゃうんだー。
57 :名無飼育さん :2004/07/27(火) 23:54
楽しみな展開になってきましたな(ニヤリ ←オニ
58 :雪ぐま :2004/08/04(水) 21:03
53> 名無しぽき様
確かにぽきさんお気に入りのカプが、あっちもこっちも……。
ハラハラさせちゃってすみませんw どうぞ見守ってやってくださいまし〜。

54> ピクシー様
はい、人生、山あり谷ありでございます。お家の事情に翻弄される娘たち。
さてさて、内緒の恋の行方やいかに……?

55> ななしくん様
こちらこそ、お気遣いありがとうございます!
夏の暑さのなか、うちの娘。たち大ピンチ。なんとか乗りきってほしいものです。

56> 名無飼育さん様
どうなっちゃうんでしょーねー?w

57> 名無飼育さん様
オニ〜w でも、お楽しみいただけてるなら何よりです(ニヤリ。

それでは、更新にまいります。
59 :溺れて人魚 :2004/08/04(水) 21:05


あいかわらずトメ子姉ちゃんのオトコを見る目は謎だわ。
写真を見るのも嫌だったから、当日までどんな人が現れるか知らなかった。
目の前でニコニコしてるのは、悪趣味な白いスーツの小柄な男。

なーにがハンサムな若社長よっ!
上沼恵美子そっくりじゃないのよぉ!

しかもこの人、30超えてるわよ、絶対ーーー!
トメ子姉ちゃんたちにとっては若社長さんかもしれませんけどね、
花の乙女の私には、30過ぎなんてオッサンなのよオッサン!!!

「いや、かわえーわー。写真より実物のほうが断然エエワー」

寺田さんは、恥ずかしげもなくそんなおべっかを言ってご機嫌。
フン、写真よりいいわけないじゃないの。
ノーメークに、わざわざ喪服みたいなダッサいワンピース着てるんだからっ。
60 :溺れて人魚 :2004/08/04(水) 21:06

「もうね、アンタ……ああ、失礼。梨華さん見た時、ピーンときたんよ、ピーンと!」

なにがピーンだか、このスケベオヤジ。
私はむっつりと黙ったまま、興味なさそうにフイッと窓の外を眺めた。
今日は笑わない。そう決めていた。
愛想の悪い、いけすかない女だと思われなきゃいけない。
私の反応を見て、あわてたように、トメ子姉さんがとりつくろう。

「申し訳ありません。ほんとにこの子ったら、まだ子供で……」
「いやあ、全然かましまへんよ。僕も19の頃はシャイなもんでしたわ」

シャイなんじゃないわよっ!
イヤなの、あんたのことがっ!
気づきなさいよ、もうっ!
61 :溺れて人魚 :2004/08/04(水) 21:07

会うのは午前中じゃなきゃ、絶対イヤ。
陽が高いうちじゃなきゃイヤ。
食事するのもイヤ、お茶だけにして。
あと、2時間限定ね。

そんな私の失礼きわまりない要望は思いがけないほどするりと通って、
さんさんと陽が差し込む都内の高級ホテルのティールームに私は座っている。

ロクに返事もしない私に寺田さんは驚いたみたいだけど、
たいして気を悪くするふうでもなく、付添いのトメ子姉さんとお母さんを相手に談笑している。
なかなかの人情派なのか、ただ口がうまいのか、
女手一つで二人の娘を育てたお母さんをねぎらったりなんかして。

「僕もね、母ひとり子ひとりで」
「まあ、そうなんですか」
「ええ、ホンマ、おかんには頭あがりまへんわ」
「まあー、じゃあ会社のほうは、もしかしてご自分で?」
「いやもう成り上がりですわ、お恥ずかしい」

ご苦労されたんですのねぇ。
トメ子姉ちゃんとお母さんが、しみじみとうなずく。
ちょっとぉーー。私は二人をチラと睨んだ。なに同情してんのよおっ。
62 :溺れて人魚 :2004/08/04(水) 21:08

「そろそろ、梨華さんと二人でお話をしてみたいんですが」

きたわね。私は身構える。
さすがにトメ子姉さんとお母さんも、ちょっと心配そうに目を見合わせた。
もう19歳だけど、なんてったって末娘。
初対面の男の人と二人きりにして大丈夫かしら?って感じ。

「ご安心ください。あと……ホラ、1時間ないですわ」

寺田さんはにこやかに笑うと、
ギラギラの派手な腕時計をホラと差し出してみせた。

「今日は2時間だけ。約束、ちゃんと守りますよってに」
「じゃあ、……よろしくお願いします」

ぺこりと頭を下げて、お母さんたちが帰っていく。
さて、これからが勝負なのよね。
緊張を悟られないように私は、再びフイッと窓の外に目をやった。
寺田さんはテーブルに肘をついて手を組むと、珍しい動物でも見るような目で私を見た。

「ずいぶん気が強いね、ジブン」
「……いけませんか?」
「あかんことないよ。ますます気に入ったなあと思ただけで」

なに、この人。
きゅっと眉をしかめた私に、寺田さんは思いのほかやさしく首をかしげた。
63 :溺れて人魚 :2004/08/04(水) 21:08

「ね、何がそんなに気に入らんの?」
「お話をいただいたルートが気に入りません」

ズバッと言ってやった。
そして、またツンとそっぽを向いてやる。
だって卑怯だもの、一徹さんの弱みにつけ込んで。
私じゃなくても軽蔑するわよ、そんな人。

私の横顔からそんなニュアンスをちゃあんと読み取ったらしく、
寺田さんは驚いたように目を丸くし、いけしゃあしゃあとこう言った。

「ツテをたどっただけやがなー」

なんですってぇーー?!
キッと彼を睨む。

「ツテって!」
「ツテやんかー」
「ただのツテじゃないわ! だって、断れないじゃない、私」
「なんでー? どしても嫌やったら断ったらええやん」
「こ、断ったらっ………」

それ以上ははっきり言いかねて、私は黙り込んだ。
膝の上でコブシをギュッと握りしめる。
64 :溺れて人魚 :2004/08/04(水) 21:09

真希ちゃんのことを「雲の上の人です」と言い切った紺ちゃんのことを思い出した。
色とりどりのドレスのなかに佇んでた、メイド服姿の悲しげな笑顔を思い出した。
貧乏なんて、ちっとも怖くない。
きっと紺ちゃんだって、一徹さんだってトメ子姉ちゃんだってそう思ってる。
だけど、立場が弱いのがイヤ……悲しい……

「なーんや、何考えてんのやろ?」

とぼけたように寺田さんはヒョイと首をすくめた。

「ショックやわー。ただ、お願いやから会わせてってゆうただけよ?」
「………………………」
「軽い気持ちやない。なんなら結婚前提でって、僕なりの誠意やけど」
「………………………」
「それ以上、何もヘンなこと言うてないで、マジで」

ズルイ男。私は唇を噛みしめた。
寺田さんはそこそこ大きな会社の社長さんで、一徹さんの会社の大切なお取引先で。
なにも言わなくても、プレッシャーがあるのは当たり前じゃないの。

むっつりと黙り込んだ私を見て、
寺田さんはイヤまいったなーとでもいうように、つるりと顎を撫でた。
65 :溺れて人魚 :2004/08/04(水) 21:10

「なんや、ヤキまわったなー、そんなふうに思われとったんかー」
「あ、当たり前じゃないですかっ!」
「あほらし。この21世紀に」

 仕事とプライベート、ごっちゃにしてもろたら困るわァ。

しゃあしゃあと言ってのけるそのふてぶてしさにカーッときた。
きたきたきたわ、石川梨華!
久々にアドレナリン大噴出の予感よっ!!!

「に、21世紀だから何よっ!」

 人づきあいに今も昔もないわよっ!!
 取引先の社長さんからなんかお願いされたら、
 そんな簡単に断れるわけないでしょーーー!!!
 私だって断れないわよ、お義兄さんのこと困らせたくないものーーーっ!! 
 
イスから立ち上がらんばかりの勢いでギャンギャン怒鳴った私。
怒鳴りつけられた寺田さんはまんまるに目を見開き、
そして、なぜかうれしそうに、ヒューと口笛を吹いた。

「……石川さん、義理堅いねー。いーオンナやわぁー」

だめだ、この人。
私は頭が痛くなってきた。
何を言っても暖簾に腕押し。そういうタイプだわ。
66 :溺れて人魚 :2004/08/04(水) 21:11

とにかくっ。
そっちがその気なら、仕事とプライベート関係ないってゆーなら、
こっちももう遠慮しませんからねっ!

「あのっ」
「なに?」
「私、母たちには言ってませんが、おつきあいしてる人がいるんです」
「フーン、どんな男?」
「あなたには関係ないと思います」

そら確かに!
寺田さんは、そういってライオンみたいな金髪を揺らして笑った。
そして、ふいに茶目っ気たっぷりに私の顔をのぞきこんできた。
何よっ。睨みつけてやろうと思って、ゾッとする。
そこにあったのは、ギラリと凄みのある、どう猛な瞳。

やだ、この人、なんか怖いかも……
私は慌ててパッと目をそらした。

「なんや、怖がらんといて」
「こ、怖がってなんかいませんっ」
「梨華ちゃ〜ん、こっちむいてぇ〜」
「へ、変な言い方するの、やめてくださいっ」
「あははっ、あーオモロ」
67 :溺れて人魚 :2004/08/04(水) 21:11

きいいっ、くやしいいいっ!!!
勇気を出して再び睨みつけた、その先にあったのは、
今度はびっくりするほど人懐っこい柔和な笑顔。
え……? 拍子抜けして絶句する。

「まあ、そう怒らんと。怒ってる顔も素敵やけどね」
「お、怒らせてるのはあなたでしょう?」
「なんでそんなに怒るんかなあ?」
「……私のことからかって面白いですか?」
「からかってませんよ。ほんと、マジでおつきあいしてもらえませんか?」

ちょっとぉっ!
人の話ぜんぜん聞いてないじゃん、この人っ!

「だっから恋人がいるって……」
「別にすぐに乗り換えてくれって話やないですよ」
「はあっ?」
「まずはお友達から。とにかく僕のこと知ってもらいたいんですわ」

 きっと、面白いことになると思います。
 損はさせませんよ。

なにそれ?
頭痛のあまり、歯まで浮いてきた。
私はむっつりと黙り込んで頬杖をつく。
このわけのわからない自信は何? 
わざとらしくチラッと時計を見てやる。タイムリミットまであと20分。
はやく過ぎ去れ、悪夢の時間。
68 :溺れて人魚 :2004/08/04(水) 21:12

寺田さんはそんな私の様子を見て、なぜかウンウンとうなずいた。

「わかるわー、うん、そりゃ嫌ですよね石川さん」
「は?」
「そりゃ嫌やと思うんですよ僕みたいなチャライ男、トシも離れてるしね」
「え?」
「でも、最初だけですわ、石川さん。嫌やなあ思っても、そのうち慣れる」
「は?」
「僕ね、これだけ自慢なんですけどマメですよー。どうです? ええでしょ?」
「なにが?」
「好きでしょ、女のヒトってマメな男」

知らないわよそんなの。
お行儀悪くネイルをいじくった私に、寺田さんはいじわるげに目を細めた。

「石川さんも好きやと思いますよ、マメな男」

 イイヨイイヨ梨華ちゃんイイヨーって甘えさせてくれるタイプ。

ムカッ!
私は、キッと目を上げた。
何言ってんの? 悪いけど私は世話女房タイプよ?
尽くすわよっすぃ〜って女なのよ?
ビバ、糟糠の妻!ひとみちゃんのためならちょっとHな写真集だって全然OKよ!
いいのあの人遊んでても私が稼ぐからって女なのよぉっ?!
69 :溺れて人魚 :2004/08/04(水) 21:13

「申し訳ありませんが、寺田さんとはお友達にもなりたくありません」

思いっきり呆れた声で、慇懃にそう言ってやる。
なんでー? 寺田さんが大げさに声をあげた。

「あなたの話を聞いてると頭が痛くなります」
「それそれ! それがええんですわー。そのうちクセになる!」
「なんないわよっ!!」
「なりますよー。僕、それなりに実績あって、そう言ってるんですよ?」

何の実績よ。
げんなりした私に、寺田さんはまだ言い募る。
ホンマですって、女のヒトって最初ヤダーって言っててもそのうちね。
口説かれるうちにその気になるんですよ。
順応性があるんやね、男よりきっと。

「あ、あなたの女性観は間違ってます!」
「そう?」
「ええ、少なくともどんなふうに口説かれても、私はあなたを好きにならない」
「なんで?」
「だから、恋人がいるっていってるでしょっ! もうすっごく好きなのその人のことっ!」

わーー、すっげぇオモローー。
くっくっくっと、寺田さんはうつむいて肩を揺すった。
もうなんなのよこの人、ほんっと感じ悪っ!
70 :溺れて人魚 :2004/08/04(水) 21:14

「なんで笑うんですかっ!」
「わかった、石川さん。アンタのゆーこと、よーわかったよ」

寺田さんは、ひょいと姿勢を正すと、
ちょっと悲しげな顔をして小さくため息をついた。

「僕、あきらめますよ、石川さんのこと」
「ほ、ほんとですか?!」
「ええ、一徹さんにもそう言いますわ、フラレましたわ〜って」

がっくりと肩を落とす寺田さん。
それはかなりわざとらしいけど、あーあ、残念やなって思ってる気持ちは伝わってくる。
その言葉、ほんとに信じていいのかな?
黙り込んでじっと見た私に、寺田さんは顔を上げてニカッと笑った。

「心配せんといて。仕事のトラブルにはせえへんさかい」
「………ありがとうございます」

なんでお礼言わなきゃいけないの?って気もするけど、私はぺこりと頭を下げた。
仕方ないわ。諦めてもらえればそれでいい。
下手に怒らせたくはないもの。

「ほんま義理がたい……。ええオンナやわー」

ちょ、ちょっとあきらめたんじゃなかったのっ?!
ギョッと顎を引いた私に、寺田さんは笑ってブンブンと手を振った。
71 :溺れて人魚 :2004/08/04(水) 21:15

「あきらめたってー」
「はぁ……」
「じゃあね。今日は楽しかったわ」

タイムリミット10分前。
ピッと伝票をつかんで、寺田さんは立ち上がった。
それから、ああそうや、と言って、胸元からなにやらチケットを取り出す。

「これ、タクシー券。使ったって」
「えっ、いいです、そんなの」
「使うたってや。ほんまは送ってくのが筋やと思うけど」

 僕の車のるの、嫌でしょ? だから、代わり。
 ムシャクシャしてたら、東京中まわってもええよ。

そう言って、寺田さんは、またニカッと笑った。
気さくなナニワのアンちゃんって感じで。

「使い方、わかるー?」
「えっ、いえ……」
「ここにサインして運ちゃんに渡すだけー。簡単やからね」
「あ、ハイ……」
「ほなね」

 バイバイ、石川さん。
 ほんま、今日は来てくれて、ありがと。

72 :溺れて人魚 :2004/08/04(水) 21:15

くるっと踵を返した悪趣味な白いスーツ。
めちゃくちゃなトークとは裏腹なあまりにスカッとしたその去り際に、
私はえっ?なんて思ってジッと後ろ姿を見つめてしまう。
終了、でいいのよね? これで、一安心……でいいのよね?

「……悪い人じゃあ、ないのかな?」

ひとり呟いて首をかしげた。
うん、悪い人じゃあ、ないのかも。
ちょっと失礼すぎたかしら、さすがに悪かったかな……
そんなふうに思ってたら、白いスーツは何か言い忘れたみたいにいきなりくるっと振り返った。

「あっ、石川さん」
「は、はいっ、な、なんですか?」
「カレシって、ハンサムー?」

はぁ?
不意打ちの質問に、また警戒心がむくむくと頭をもたげてきた。
なによ、もうあたしのこと諦めたんだから関係ないでしょっ?
私は、ぐいっと自慢の顎をあげて、キッパリはっきりと言ってやった。

「ええ、もう、すっごく!」
「あっ、そおなの?」
「超かっこいいです!」
「あっ、そぉ」

それってほんとのことよ。
私はグッと胸を張る。
ほんとはカレシじゃないけど、超超ハンサム。
街中の、ううん日本中の女の子が振り返るんだから!
73 :溺れて人魚 :2004/08/04(水) 21:16

それを聞いた寺田さんは、何を思ったかツカツカと舞い戻ってきて、
スッと腰をかがめて、あたしの耳元にボソッと囁いた。

「じゃあ、僕、勝っちゃうかも、そのカレシに」
「はあっ?!?!」

のけぞるように飛び退く。
ななな何言ってんの?この人っ!!!

「ハンサムって、芸ないもーん」
「な、何の話ですかっ!」
「女心なんて、ちっともわかりよらんよ。僕みたいなブサイクと違って苦労してへんから」

じゃね。
ひらひらと手を振って、今度こそ寺田さんは去っていった。
ははははは〜なんて、ご機嫌に高笑いしながら。

なにあの男ーーーーーー!!!!!
む、むかつくぅーーーーーー!!!!!!
飄々とした後ろ姿を睨みつけながら、私はタクシーチケットをぐしゃっと握りしめた。

あの男、こうやって女心を揺さぶったつもりでいるんだわ。
おあいにくさま。私はそのへんの女とは違うの。
なんてったって筋金入りの男嫌いなのよっ!
74 :溺れて人魚 :2004/08/04(水) 21:16

「ムシャクシャしてたら東京中まわってもええよ……ですってぇ?」

その言葉、後悔させてやるわよ、寺田ァ!
私はバッグから携帯を取り出すと、すぐさまひとみちゃんに電話をかけた。
もうすぐお昼になる時刻。
だけど、電話に出たひとみちゃんは、ふわーんとねぼけた声だった。

「起きて、ひとみちゃん!」
「あーーー?」
「これから、東京観光よっ!」
「はーーー?」

いいから、すぐシャワー浴びて出かける準備してっ!
これから家まで迎えに行くからっ。すぐに行くからっ!

わめきながらなんだか鼻の奥がツンと熱くなった。
ひとみちゃん、お見合いなんてしちゃってごめんね。
でも、私、頑張ったから。頑張って撃退したから。

だから許して、一生、内緒にすること。
あなたに余計な心配かけたくないの。
ただ、それだけだから……

75 :雪ぐま :2004/08/04(水) 21:17


本日はここまでといたします。
76 :名無飼育さん :2004/08/05(木) 14:06
更新お疲れ様です。
見合い相手、ワロタ
77 :ななしくん :2004/08/06(金) 00:26
更新ありがとうございます!
あぁ〜どうなっちゃうんでしょうか。。。

ドキドキしながら読んじゃいました。
お見合い相手が意外すぎてびっくりしましたw
78 :ピクシー :2004/08/06(金) 01:27
更新お疲れ様です。

見合い相手、自分もワロタ
さて・・・もう一方の御家はどうなっているのやら?

次回更新も楽しみに待ってます。
79 :雪ぐま :2004/08/10(火) 14:39

☆お知らせ☆

自サイトbbsに、「美勇伝」結成記念小説、UPしました。
お時間のあるときにぜひ。
http://yukiguma.s45.xrea.com/index.htm
80 :雪ぐま :2004/08/28(土) 13:28
76> 名無飼育さん様
満を持して(?)、あの方、登場ですw
書いてて、妙に楽しかったですね。

77> ななしくん様
手ごわい相手ですよ〜。なんてったって考えてることがわかりませんw
とりあえず撃退してみたけど、さてさて……

78> ピクシー様
もう一方の御家のほうがマズそうですね。家柄がオカタイだけに。
どっちもなんとかピンチを切り抜けてほしいものです。

それでは、更新にまいります。
81 :溺れて人魚 :2004/08/28(土) 13:29


「今日のトメっちのカッコ、なんかいいね」
「ええっ?! こんな喪服みたいなのがっ?!」
「んー、シックでいいよ」

がーーーーーん。
なんでぇ? とびっきりのピンクのワンピとかのほうが、絶対かわいいじゃないの!
ひとみちゃんの言葉に絶句する私に、美貴ちゃんと亜弥ちゃんが追い討ちをかける。

「うん、なんかー清楚って感じぃ? こっちのがいーよ」
「全身ピンクとかさー、もうそういうトシじゃないから」

がああーーーーーん。
ちょっと待ってよ。お見合いで印象悪くするために
わざわざ好きでもない黒ワンピなんて選んだのよおっ!
印象、良くなってどうすんのよっ!

でっかいリムジンに乗って東京観光。
ホテルの前にずらっと並んでたなかから、一番でっかいのを選んでやったわ。
後ろにシートが2つも並んでたから、美貴ちゃんと亜弥ちゃんも誘ってみたの。
みんなでパーッと遊んじゃおう!
感じ悪い彼のことは忘れて、ねっ?
82 :溺れて人魚 :2004/08/28(土) 13:30

「でも、なんでトメっち、急に東京観光ー?」
「なんか、この車、すっごくない?」
「気にしないで。お母さんが商店街の福引きで当てたの、タクシー券」
「フーン」

いいかげんな私の言い訳を、さほど気にする様子もなくひとみちゃんは大あくび。
そうよね、まさかお見合い相手からもらったタクシーチケットなんて思わないもんね。
嘘ついてごめんね、ひとみちゃん。

「で、どこ行くべ?」

なぜか北海道なまりのかわいい運転手さんがニコニコと訊いてくる。
お任せしますと言ったら、なっち東京はあんま詳しくないべーと
ちょっと困ったような声が返ってきた。

「とりあえず、雷門でも行くっしょ」
「あ、はい。そうですね」
「浅草行ったら、天ぷら食べよー!」
「美貴、焼き肉がいい」
「またー?」

きゃあきゃあと騒ぎながら、憂鬱な土曜日を浮かれモードに転換する。
そうよ、はしゃがなくっちゃ! ほら、ひとみちゃんもちゃんと起きて!
眠がる肩をビシビシと叩いて、天使のような横顔に微笑みかけた瞬間、
車窓から、もんのすごい浮世離れした光景が飛び込んできた。
83 :溺れて人魚 :2004/08/28(土) 13:31

それは、大きな洋館みたいなホテルのエントランスから飛び出してきた青いドレスの女の人。
ドレスの裾を持って駆ける、その足元はなんと素足。
結った髪に髪飾りをキラキラさせて、彼女はアスファルトを全速力で駆け出した。
なにあれ? 映画の撮影かなんか?
その顔を見て、私はさらにビックリする。

「真希ちゃんっ!!!」
「え?うわ、マジ?」

シネマスターのような彼女の姿に、ねぼすけのひとみちゃんも
さすがに目をパチクリさせて車窓に張りついた。
大通りまでひたすら走って真希ちゃんは、
タクシーでも探すみたいにあたりをきょろきょろしている。
どうしたの、一体? 慌てて彼女の近くに車を止めてもらい、窓を開けた。

「ちょっと真希ちゃんどうしたの、そのカッコ」
「ああっ、トメちゃん!天の助け!」
「なに?なんなの?」
「乗せて!お願いっ!」
84 :溺れて人魚 :2004/08/28(土) 13:32

答えを聞くよりも前に、シートに転がり込んできた青いドレス。
仮装大会みたいなロココスタイルに、
美貴ちゃんと亜弥ちゃんの目が、うわーっと見開かれる。

「キてるねー」
「キてるよー」
「あ、あたしだって好きでこんなカッコしてるわけじゃっ……」

バンッと車のドアを閉めた時、
真希ちゃんが走ってきたほうから震える声が追いかけてきた。

「真希様っ!お戻りください!」

振り返ると、ホテルの前から黒いメイド服がパタパタと駆け寄ってくるのが見えた。
あっ、紺ちゃ〜ん。窓から身を乗り出して手を振ろうとした私を、
なぜか真希ちゃんは、グイと車のなかに引っ張り戻して叫んだ。

「逃げてっ!」
「えっ、紺ちゃんは?」
「連れてけない!! はやく!!」
「ええっ、なんでよ?!」
「とにかく車出してーーー!!」
「雷門でいいべか?」

運転手さんが、のんびりとそう言ってアクセルを踏んだ。

    ◇    ◇    ◇
85 :溺れて人魚 :2004/08/28(土) 13:32

ごま油の香り漂う天ぷら屋さんで、シャクシャクとエビなんて齧りつつ。
私たちのテーブルは、店で一番、シーンとなっていた。
それぞれに真希ちゃんのヘビーな話を頭のなかで反芻して。

「天ぷらって、ごま油で揚げたほうがおいしいんだねぇ」

日頃、どんな上品な天ぷらを食べてるのか知らないけど、
真希ちゃんは下町らしいクドめの天丼が妙に気に入ったらしい。
ひとりご機嫌な様子で、にこにこもぐもぐしている。
もちろんドレスは脱いで、そのへんで買ったTシャツにジーンズに着替えてて。
なにげないカッコがさらっと決まっててニクイわ……なんてことはどうでもよくー。

「ねぇ、逃げてきてヤバくない?」

亜弥ちゃんが、おそるおそる声をかける。
美貴ちゃんが、食欲も失せたって顔でウンウンうなずく。
真希ちゃんとは初対面の美貴ちゃんと亜弥ちゃんでさえ、マズいと直感するこの状況。

真希ちゃんはなんと、結納ってやつをブッちぎって逃げてきていた。
お相手はもちろん、親族縁者もろもろ揃ったその席からの大脱走……

「だって、ヤなんだもん」
「そりゃ、ヤだろうけどさぁ……」
「結婚式で逃げるよっか、いいでしょ?」
86 :溺れて人魚 :2004/08/28(土) 13:33

正直、おんなじくらいマズいと思う。
相手方のお家柄がまたすごくて、私たちは気が遠くなる。
超・超・面目丸つぶれってやつじゃない?
いまごろ、真希ちゃんのお父さんはきっと大変な目にあってる。

「いい気味だよ。いつまでもあたしに言うこときかせようったって」

ガツガツと真希ちゃんは、つねにない荒っぽさで天丼をかきこんだ。
ひとみちゃんが、口の端にごはん粒をくっつけたまま、カッケーと呟く。
ちょっと、そんなにノンキな話でもないでしょっ!

「だってそれ、ぜってーごっちんのほうが正しくない?」
「だよね? そー思うでしょ?」
「……でも、これからどーすんの?」

あんがい現実的な亜弥ちゃんが、ボソッと呟く。
とたんにテーブルはまた、シーンとなった。
そうだよね。逃げてきたはいいけど、これからどうするんだろう?
真希ちゃんが逃げたことでどのくらい大変なことが起こるのかよくわからないし、
真希ちゃんがどのくらい怒られるのかもわからないし、
運良く今回の結婚話はダメになったとしても、きっとまた次が……
87 :溺れて人魚 :2004/08/28(土) 13:33

「何回でも逃げるよ。だって、ヤだもん」

真希ちゃんは、飄々とそう言い放った。
ひとみちゃんが再び、カッケーと呟く。
私は、やれやれ、なんて小さく肩をすくめた。
自分もさっき、お見合い話をものすごく感じ悪く蹴っとばしてきたばかり。
だけど、人の話を聞くと、乱暴なやり方だなあって心配になっちゃうのよね。
うん、気持ちはよくわかるんだけどね。
わかるからますます、その想いが心配っていうか……。

「何回でも逃げるよ。もうヤダ」

真希ちゃんは天丼を全部たいらげると、紙ナプキンでちょんちょんと口のまわりをぬぐった。
そんな仕草でさえ品があって、お嬢様なんだなあと思う。
涼やかな瞳には、どんなことにも動じなさそうな風格。
そんな彼女がはっきりと口にした言葉に、私はすこし赤くなってみたりして。
何回でも逃げるよ、だって。すごい情熱。イイナ……

「紺ちゃんのこと、すごく好きなんだね、ごっちん」

思わず胸の前で手を組んでうるうるした私。
なのに、返ってきたのは、「ああ、紺野?」っていう素っ気ない声だった。
あれ? ちょっと、どうしちゃったの真希ちゃん?
88 :溺れて人魚 :2004/08/28(土) 13:34

「……紺野とはもー、ダメかもしんない」
「えええええっ!!」
「おとなしく結婚してくれって、一点張りなんだもん、あの子」

真希ちゃんは、悲しげに目を伏せた。
そ、それはアレよっ!真希ちゃんっ!違うのよっ!
私は、あわててフォローの言葉を探す。

「紺ちゃんは遠慮してるのよ。真希ちゃんの立場がっていうか、あのっ……」

真希ちゃんのことを「雲の上の人です」と言い切った紺ちゃんのことを知ってる。
色とりどりのドレスのなかに佇んでた、メイド服姿の悲しげな笑顔を知ってる。
いつかこうなると覚悟してたって言ってた。
真希ちゃんのことが好きだから、身を引こうと思ってる紺ちゃん。

「わかってる」

真希ちゃんは、ふてくされたようにそう言った。

「わかってるけど……なんか……最初から諦めちゃうってのも……」
「真希ちゃん……」
「別に、一緒に駆け落ちとかしてほしいってわけでもないけど……」

だんだん小さくなる真希ちゃんの声。
うつむいてしまった、その尖った唇。
ああ、そうか、真希ちゃんは悲しくて。
生まれの違いを気にする紺ちゃんが悲しくて。
生まれの違いを気にさせてしまう自分が悔しくて。
その状況を全部ブチ壊したくて、とにかく逃げ出してきた……
89 :溺れて人魚 :2004/08/28(土) 13:35

「「ちょっとーー」」

しんみりとした席を、あやみきの能天気な声がブチ破った。

「話ミエナイ。紺ちゃんって誰?」
「ああ、ごめん。さっき追いかけてきた子だよ」
「えっ、あのメイドさん?!恋人なの? マージでぇ〜〜?」
「なに、お嬢様がメイドさんとできてんの? ベタだね〜〜〜」

なにやら容赦ないあやみき攻撃。
真希ちゃんはあり得ないほど真っ赤になってソッポを向き、
だってかわいいんだもん……と呟いた。

「だってかわいいんだもん、だってー」
「ヒュー、やるぅ〜。でも、世界一かわいいのはみきたんだよ?」
「もー、やめてよ、亜弥ちゃん、こんなとこで〜〜〜」
「だって、ほんとのことだも〜〜〜ん」
「亜弥ちゃんには負けるよもぉ〜〜〜」
「ハイハイ、キミら、そのへんでね」

桃色に盛り上がった場を締めたのは、ひとみちゃんだった。
真希ちゃんの苦しげな声のなかでガツガツ食べてた天丼のどんぶりをカタンとテーブルに置いて、
ふうっ喰った!喰った!とお腹を撫でて、息をつく。
そして、パッと目をあげて、ニヤッと笑った。
90 :溺れて人魚 :2004/08/28(土) 13:36

「とりあえず、ごっちん、うちくれば?」

えっ?
真希ちゃんだけでなく、私も目を見開いた。
ちょっと、ひとみちゃん、何言い出すの急に?!

「今日は帰れないでしょ、どっちにしても。あたしの部屋に隠れてれば?」
「でも、あたしなんかかくまったら迷惑……」
「ヘーキヘーキ。うちの親も気づきゃしないって。放任だから」

ひとみちゃんの声は、ほんとになんてことなくて、
まるで一緒にコンビニ行こうぜ?みたいな気楽な感じで。
私の自慢の恋人は、さりげない微笑みで困ってる友達にスッと手をさしのべる。
深刻な問題を深刻にせずに、とりあえずいいじゃんって平気な顔をしてみせる。

ああ、そんなとこ、好きだな。
ガラス越しの午後の陽射しに透ける白い頬を、眩しく見つめた。
ヘタレっぽいとこもあるけど、こんな時はなんだか頼りになる人。
思いがけない申し出に驚いてた真希ちゃんも、ありがと、と呟いて頬を染めた。
それから、うつむく。滲んできた涙を隠すみたいに。
91 :溺れて人魚 :2004/08/28(土) 13:36

「ちょっと心配させてやりゃーいんだよ、そんな親」
「うん。家出ってしたことないし」

なんか、ちょっとわくわくしてきたかも。
そんなふうに真希ちゃんは言って、ホッとしたように笑った。
その表情は、溶けかけの綿菓子みたい。やわらかくて、でも泣いちゃいそうな。
きっと、ずっと張りつめてたんだろうな。
結婚話はトントンと進んでくし、
紺ちゃんとはきっとヒリヒリするような喧嘩しちゃったんだろうし。
うん、ひとみちゃんちで少し休むといいよ……

「あ、よっすぃ〜、ごはん粒ついてるよ?」

って、ちょっとぉーーーー!!!
私は思わず、ガタンと立ち上がった。
真希ちゃんが、ふいにひとみちゃんの口元に手を伸ばしてヒョイとごはん粒をとって、
それをそのまま自分の口に入れたから!

「ままま真希ちゃんっ!」
「へ? え? どしたのトメちゃん」
「そーゆーことしちゃダメッ!」
「出たっ!ヤキモチ大魔王!」

とたんに気色ばんだ私の剣幕に、亜弥ちゃんと美貴ちゃんはなぜかギャハハと大ウケ。
ひとみちゃんはオイオイと頬を染めて、私の手を引いて椅子に座らせた。
なのに、肝心の真希ちゃんはきょとんとした顔で。
92 :溺れて人魚 :2004/08/28(土) 13:37

ちょっとおっ! この子、ひとみちゃんと同じ部屋で寝かせても大丈夫?!
こんなにかわいくって、無邪気で、浮世離れしててっ!
なによ、文麿さんだった頃と、全然キャラが違うじゃないのーっ!

「真希ちゃん、この際、はっきり言っとくけどっ!」
「あ、うん」
「ひとみちゃんは私のひとみちゃんでっ」

 ひとみちゃんがさわったものとか、
 ひとみちゃんが持ってるものとか、
 とにかくひとみちゃんに関するありとあらゆるものは、
 全部全部、私のものってことだからっ!!!

「だから勝手に、ひとみちゃんにさわったりとかしちゃダメーッ!」

はあはあ、ゼエゼエ。
ちょっとこのくらいね、最初にはっきり釘さしとかないとっ。
ひとみちゃんのこと信じてないわけじゃないけど、
なんかこう、かわいい女の子に弱いとこあるから、この人っ。
自慢の顎をぐいっと持ち上げた私に、ひとみちゃんは「勘弁してよ」とますます赤くなった。

「アドレナリン出過ぎなんだよ、オメーは」
「なによっ、このくらい、いいでしょ? 私、ひとみちゃんの彼女なんだから」
「バッカ、人が見てんだろぉ?」
「人が見てるから何よ?!」

とたんにギャアギャアやりあいはじめたあたしたち。
真希ちゃんが、あはっと楽しげに笑った。
93 :溺れて人魚 :2004/08/28(土) 13:38

「ジャイアンみたいだねー、トメちゃん」
「なんですってー!」
「あはっ、ごめんごめん。うん、わかったよ」
「気をつけて、ごっちん。トメちゃん、怒ると超コワイらしいよー」
「亜弥ちゃんには負けるけどねー……」

ひとみちゃんが弾けたように笑う。
真希ちゃんがふにゃふにゃっと笑う。
亜弥ちゃんが拗ねたように笑う。
美貴ちゃんが小さく舌を出して笑う。

みんなが笑うから、私も「ま、いっか」って楽しくなってきた。
つやつやした毛並みのペルシャ猫みたいな真希ちゃん。
閉じこめられた豪奢な部屋のなかから逃げてきた。
ひとみちゃんがかくまうんなら、私も一緒にかくまうってこと。
かなり困った状況だけど、みんなでなんとかできるといいな。
本当に助けてあげられるといいな。
94 :溺れて人魚 :2004/08/28(土) 13:38

ほとんど現金を持ってなかった真希ちゃんのために、
みんなでお金を出しあって、天丼はご馳走してあげた。
カードなら持ってるよと主張した彼女を、美貴ちゃんが得意げな表情で諭す。

「ほんとに行方くらます気ならカードはまずいって。足がつくよ」

刑事ドラマの見過ぎみたいな、ちょっと大げさな身振りつき。
だけど、その言葉がさほど的外れじゃなかったってこと、私たちはすぐに気がついた。

「さっき、無線であんたのこと、聞かれたべー」

リムジンに戻るとすぐ、かわいい運転手さんが真希ちゃんを振り返ってそう言った。
ギョッとして緊張する。もうここまで探されてるの?
そうか、紺ちゃんが車のナンバーを覚えてたんだ……

「あ、あのっ……」
「……東京駅で降ろしたって言っといたべ」

なんかワケアリっしょ? お譲ちゃんたちが誘拐犯にも見えないし。
運転手さんは、それだけ言うとブルンとアクセルを踏んだ。
ありがとう!助かりました! 口々にそう言われて、照れた顔をした運転手さん。
まー、若いうちはいろいろあるっしょ、なんて。
95 :溺れて人魚 :2004/08/28(土) 13:39

「今日一日遊んだら帰るんだよ? あんまり親に心配かけたらダメだべさ」
「……はい」

どうかな? 1日では帰らないと思うけど。
でも、あったかい運転手さんの言葉は、真希ちゃんの胸に響いたみたいだった。
そっとケイタイを取り出し、ドラちゃんの携帯ストラップを見つめた彼女。
真希ちゃんが心配してるのはきっと、ご両親よりも紺ちゃんだね。
……なんて、しみじみしてたのも束の間。

「あれっ、なんだこれ?」

ふいにひとみちゃんがシートから拾い上げた紙切れに、私はギョッとなった。
タクシーチケット! やだ、ポケットから落ちてたみたい!

「(株)寺田エージェンシー……?」
「あっ、商店街のね、会長さんが寺田さんっていうの!」

ふうん?
首をかしげながら私にチケットを返してくれたひとみちゃん。
背中に冷や汗がドドッと出た。
ああ、もうなんであの人の会社名なんて書かれてるのよっ。
いや、当たり前なんだけど……ハァ、マズったなあ……

96 :雪ぐま :2004/08/28(土) 13:39


本日はここまでといたします。
97 :名無飼育さん :2004/08/28(土) 13:54
更新乙です
読んでいて映像が目に浮かびました
ぜひテレビドラマでみたいなぁ
98 :オレンヂ :2004/08/28(土) 16:20
更新おつかれさまです。
なんかこのスレの空気に癒されますw
運転手さんかっけーっすね
99 :ピクシー :2004/08/29(日) 04:27
更新お疲れ様です。

運転手に持ってきましたか・・・
いいなぁ、こんな運転手がいたら・・・癒し系運転手?

次回更新も楽しみに待ってます。
100 :名無飼育さん :2004/08/30(月) 21:28
更新お疲れ様です。
この運転手さん、向こうでも出てましたよねw
なんかさりげない登場が嬉しいです。
次回も楽しみにしています。
101 :ななしくん :2004/08/31(火) 08:05
更新乙です。
いろんな事情が絡み合ってどきどきしてます!
ハワイ行ってきました。ハワイ旅行にきた頑固夫婦のコントありましたよ^^
トメ子がそれ以上黒くなったら父ちゃん悲しいぞ!
だそうですw
102 :名無飼育さん :2004/09/13(月) 23:42
このまま気付けば倉庫逝きになってました。
なんてことになりそうな予感

ガンガレ
103 :名無飼育さん :2004/09/13(月) 23:56
>>102
まだ2週間しか経ってないのに…
104 :雪ぐま :2004/09/16(木) 19:49
97> 名無飼育さん様
あはは、テレビドラマ、いいですね〜w
そう言っていただけてうれしいです。( ^▽^)<女優開眼♪

98> オレンヂ様
あはは、あっちのスレはタイトルのわりに癒されませんしねぇw
人情派の運転手さん、雪ぐまのお気に入りのキャラです実はw

99> ピクシー様
あんまり彼女は登場しないんですが、こう、ピリッと脇でねw
雪ぐまもトメっちたちみたいに東京観光したい。(●´ー`)<道わかんねーべ。

100> 名無飼育さん様
はい、まこっちゃんを救ってくれた、あの運転手さんですw
どうやらリムジンにくら替えしたみたいですね。(●´ー`)<稼げるべ。

101> ななしくん様
わあっ!すばらしい情報、ありがとうございますっ!(感涙
それにしてもうらやましい、目の前でいしよし夫婦……。( ^▽^)人(^〜^0)

102> 名無飼育さん様
ははは……。そうならないように気をつけます。

103> 名無飼育さん様
お気遣いありがとうございます。マイペースで頑張ります。

それでは、更新にまいります。
105 :溺れて人魚 :2004/09/16(木) 19:50


ピンク色のド派手なポルシェが店の前にスウッと止まって、とっても嫌な予感がした。
なにあれ、変な車。って、ちょっとちょっとぉー、まさかまさか……

「よいしょー! 石川さん、元気ィー?」

キャアッ! やっぱりーーー!!!(泣

「て、寺田さんっ!」
「おっ、割烹着もカワイーねー。梨華ちゃん、イイワー」
「り、梨華ちゃんとかやめてくださいっ!」

なんやー、冷たいワー。傷つくワー。
なんて、ちっともへこんでなさそうにニカニカ笑った金髪男。
なによ、何しに来たのよっ。もう諦めたんじゃなかったのっ?
口をぱくぱくさせて、割烹着の裾をぎゅっと握りしめた私。
週あけてすぐ現れるなんて、反則よぉー!
106 :溺れて人魚 :2004/09/16(木) 19:51

そんな私の動揺なんてまるで気にするふうもなく、
寺田さんはスタスタとカウンターに歩み寄ってきて、
なれなれしい感じに肘をつき、私の顔をヒョイとのぞき込んだ。

「あんた、ゴッツイ女やなあ」
「な、何の話ですか?」
「シータクのチケット。請求書見てビビったわー」

やってくれるやん、あんた。
クックッと寺田さんはおかしそうに肩を揺すった。
ヤダ、さすがにちょっとやり過ぎたかしら?
私は、思わず顔をしかめる。
あれから皇居行って、国会議事堂行って、巣鴨行って、サンシャイン60行って、
都庁行って、六本木ヒルズ行って、東京タワー行って……ほんとに東京観光しまくった私たち。
いくらかかったかなんて知らないわ。
かわいい運転手さんは、「おまけしとくべー」なんて言ってくれてたけど。

「東京中まわっていいって、おっしゃったじゃないですか」
「ゆうたけど、フツーはようせんやろ?」
「それは失礼しました」

慇懃に頭を下げる。内心は、冷や汗タラ〜リ。
くうっ、さっそく文句言いに来たってわけね?
なによ、かっこつけたアンタが悪いくせにっ。
思わず身構えた私だけど、寺田さんの用件はどうやらそのことじゃないみたいだった。
107 :溺れて人魚 :2004/09/16(木) 19:51

「ま、ええわ。おたく、何がおすすめなのん?」
「は?」
「僕、お客さん」

寺田さんは、人さし指でツンと自分の鼻を指した。
ええっ、お客さん? お客さんですって?
絶句した私に、寺田さんは人懐っこい笑顔でニコニコッと笑った。
キョロッと目を見開いたその顔は、
思わず笑っちゃいそうなほど茶目っ気たっぷり。
思わずいつものクセでニコッと微笑み返しそうになって、ハッと口元をひきしめた。

ダ、ダメッ! 油断しちゃダメよ、梨華ッ!
あんたに売るものなんて何もないわよっ。
このくらいの感じでいかないと、この男、油断ならないわよっ。
……とは思うんだけどねぇ。私は小さくため息をつく。
お客さんと言われちゃうと、そうムゲにもできないのが商売人の哀しさなのよねぇ……

「……何になさいますか」
「だから、おすすめの教えてって」
「好評なのは……コロッケとか」
「じゃ、それ。今、いくつあるん?」
「え、20……27個ですね」
「じゃ、全部つつんで」

全部ぅ?
そんなに買ってどうすんの?
108 :溺れて人魚 :2004/09/16(木) 19:52

「うちの会社の子らに配るんよー。ほんとはもっと欲しいけど」
「はぁ、そうなんですか」

会社で食べるんならと、手づかみできる小さな袋も同じ数だけいれたら、
寺田さんはまあるく目を見開いて、大げさに褒めまくった。
ヘェー、石川さん気がきくねー。うちの若い子らにも見習わせたいわぁー。

調子いい。こんな気遣い、どこの店だってするわよ。
そう思いながらも、褒められると悪い気はしない自分がイヤだわ。
ほんとノセられやすいっていうか何ていうか。
ヤダヤダ、もしかして思うツボってやつじゃない?
なんかこの人、私のこと諦めてない気がする。
うわぁ、気をつけなくっちゃ……

きゅっと唇を引き締めて、無愛想にお釣りを渡した私。
寺田さんはそんな私を、またおかしそうに見た。

「あんた、ほんとオモロいよ」
「え?」
「じゃね」

ひらっと手をふって。
バルバルと個性的なエンジン音を響かせながら走り去ったピンクのポルシェ。
つむじ風みたいな去り際に呆気にとられながら、私はかなり憂鬱な気分になった。
109 :溺れて人魚 :2004/09/16(木) 19:53

どうしよう、あの人、絶対また買いにくるわ。
だけど、これじゃあ断れない。
おかしなことでも言われたら怒れるけど、
ただ、コロッケをたくさん買ってくれて、
ついでに私のことちょっとからかったり褒めたりして帰るだけだったら。

眉間に手をあてて、やれやれとため息をついた。
どうやら撃退しきれてなかったらしいと思うと、軽く目まいがしてくる。
でも、大丈夫。落ち込んだ時だって、私にはお守りがあるんだから!
割烹着のポケットからケイタイを取り出して、そっと開く。

ディスプレーがパッと明るくなって、
ビシッとキメキメのひとみちゃんが現れた。
きゃっ、カッコいいっ!
やっぱり待ち受けはひとみちゃんに限るわね。ふふっ。

ひとみちゃん、安心して。
私、あんな金髪男になんか、ぜったいに笑ったりしないからねっ。
ああ、それにしてもひとみちゃんって、どうしてこんなにきれいなんだろう?
私の恋人、なのよねぇ〜。
ほんとに恋人、なのよねぇ〜。
ほんと世界のよっすぃ〜ファンの皆さん、ごめんなさいって感じ。
でも安心して。ひとみちゃんのことは私が幸せにしますからねっ♪
110 :溺れて人魚 :2004/09/16(木) 19:53

ひとしきりデレデレして気分を変えたところで、さあ、仕事、仕事。
くるりと踵を返してキッチンへと入る。
一気に品切れしたコロッケを補充しなくっちゃ。
あと1時間もしたら、夕食にコロッケを買いにきてくれるお客さんたちがやってくる頃。
売れたのはうれしいけど、忙しくなっちゃうなぁ。

「そうだ、真希ちゃんにも、後で持ってってあげよう」

ひとみちゃんに身を寄せることになった真希ちゃん。
最初は落ち着かなさそうに小さくなってたけど、一晩泊まったら慣れたみたいで、
昨日の夜は、ひとみちゃんと一緒にゲームをしてはしゃいでた。
お嬢様の家出に大パニックに違いない綾小路家のことを思うとはらはらするけど、
妙に平然としてる真希ちゃんの様子を見てると、
なんかただ遊びに来てるだけみたいな気もするから不思議。

「なんか、かわいいのよねー」

ふにゃあっとしてて。
時々、窓の外を眺めてボーッとしてて。
その様子は、やっぱり毛並みのいい家猫みたい。
何を考えてるかわからなくって、でもどことなく物憂げな瞳にちょっと切なくなる。
かわいくて、でも迂闊に触れられない、気位の高そうな寂しい横顔。
あれはやっぱ紺ちゃんのことを考えてるのかしらね……
そんなことを思いながら、グツグツとじゃがいもを茹でていたら。
111 :溺れて人魚 :2004/09/16(木) 19:54

「あ、あの……」
「はい、いらっしゃいませぇっ」

笑顔でカウンターを振り返って、心の底からギョッとした。
お客さんは、なんとメイド服姿の紺ちゃん。
寺田さんとは違った意味で、背中にサーッと冷や汗が流れた。

「あ、こ、紺ちゃん、いらっしゃ〜い。珍しいね〜?」

しまった。噛んだわ……
焦りながらも、頬に特上の笑顔を貼りつけた私。
紺ちゃんは、潤んだ上目遣いで私のことをジッとうかがった。

「あの、ごめんなさい、お買い物じゃなくて」
「なあにぃ?」
「………真希様のことなんですけど」

きたっ!
私はニッコリ笑ったまま、軽ぅく小首をかしげた。
うーん、我ながら演技派だわ。
112 :溺れて人魚 :2004/09/16(木) 19:55

「真希ちゃんがどうかしたのぉ?」

アカデミー主演女優賞ものね、このさりげなさ。
やだ、私ったら女優もいけるかもしれな………

「………やっぱり、なにかご存知ですね」

ちょっとぉー、なんでソッコーバレるのよぉーー!!!(涙

「石川さんっ、真希様はどこにいるんですかっ!」
「え、なにぃ?なんのことぉー?(滝汗」

紺ちゃんだけには居場所を連絡したら?と言った私たちに、
真希ちゃんは悲しげに首を振った。
あの子はきっとパパたちに伝えてしまうから、って。
よくわからない、真希ちゃんと紺ちゃんの微妙な関係。
友達から恋人になったんじゃない二人。

「石川さん、お願いです! どんな小さなことでもいいんです!」

カウンターから身を乗り出してくる、必死な色の紺ちゃんの瞳。
教えてあげたいと思うけど、真希ちゃんがそう言う以上、しらばっくれるしかない。
ちょうど、じゃがいもの茹で上がりを知らせるアラームが鳴って、
私はこれ幸いとキッチンへと駆け込んだ。
だけど背中からさらに、紺ちゃんの声が追いかけてきて。
113 :溺れて人魚 :2004/09/16(木) 19:57

「あのハイヤーに乗ってたでしょう? 石川さん!」

パチンと火を止めて、ざっとお湯をあける。
せっせと手を動かしながら、思わず眉間に皺が寄ってしまった。
あの時、車窓から身を乗り出しかけた私。
顔を見られたかもしれないって可能性は、最初から考えてた。
でも、なんの問い合わせもこなかったから、
やっぱり見られてなかったんだって安心してたのに。
ううん、わからない。紺ちゃん、カマをかけてるのかもしれないし………

「石川さん、私、誰にも言いません! 旦那様にも!」
「………………………」
「お願い、無事かどうかだけでも、教えてくだ……」

急に途切れた言葉に、フッと顔をあげた。
ほくほくと茹で上がったじゃがいもの湯気の向こうに見えたのは、
両手で顔を覆ってしまった女の子の姿。
小刻みに震える、細い肩。
114 :溺れて人魚 :2004/09/16(木) 19:58

「………ま、真希様、現金を、ほ、ほとんどお持ちじゃないはず、なんです…」

 なのに、カードを使われた形跡がなくて………
 都内のホテルにもいらっしゃらない………
 私、私、心配で………ど、どうしたらいいか………

「お願いです。誰にも言いません……誰にも………」

胸をきゅうっとつかまれて、私まで泣いちゃいそうになった。
行方の知れない恋人の身を案じて、こらえ切れずに溢れてる、その涙。
綾小路家に仕える忠実なメイドさんの、哀しく引き裂かれた心。

真希ちゃん、だめだよ。こんなに、紺ちゃんのこと泣かせちゃ。
すぐにでも、ひとみちゃんちに連れていきたくなる。
ほら、ここにいるよって。

だけど、判断がつかずに、私は苦しくうつむいた。
紺ちゃんの言葉、信じたい。
だけど、あんなに頑固に、紺野には連絡しないと首を振った真希ちゃん……
115 :溺れて人魚 :2004/09/16(木) 19:58

道行く人が、お弁当屋さんの前で泣き出したメイド服姿の女の子を物珍しげに見ていった。
その視線に弾かれたみたいに、私は紺ちゃんに声をかけていた。
やっぱり放っとけない、って思ったんだ。

「とりあえず、なか入って」
「………え?」
「ほら、泣かないで。顔、ふいて」

おずおずと店脇のドアから入ってきた紺ちゃんをキッチンの丸イスに座らせ、
棚からタオルを取り出して渡してあげた。
紺ちゃんは、堰が切れちゃったみたいに涙が止まらなくて、
でも、一生懸命、涙をこらえようと頬っぺたを真っ赤にしながらタオルを握りしめて。

あーあ。
素知らぬ顔でじゃがいもを潰しながら、どこまでだったら話せるかなと考える。
東京駅で降りてったよ、じゃあ心配事はなくならないだろうしねぇ………
でも、勝手にひとみちゃんちにいるよって教えちゃうのもなあ………

「………コロッケを、つくってらっしゃるんですか?」
「え? あ、うん。品切れしちゃって」

思いがけない言葉に顔をあげると、
紺ちゃんはタオルで鼻のあたりを押さえたまま、
私の手元をジッと見ていた。
116 :溺れて人魚 :2004/09/16(木) 19:59

「………真希様は、石川さんのコロッケが大好きで」
「ああ、うん。そうみたいねー」
「………見てて、いいですか?」
「え?」

つくり方、見てていいですか?
落っこちちゃいそうな大きな瞳から、また一粒、涙がこぼれ落ちた。

「つくってあげたいんです、私も、真希様に」

ちょっとおぉぉーーー。
なんてけなげなの、紺ちゃんってーー!
いまどき、こんなのアリなのーーーー?!
ドラちゃんストラップ以上の感激が、津波のごとくドドッと胸に押し寄せてくる。
うるうるっときた目元を見られないように、私はあわててソッポを向いた。
真希ちゃんさぁ、もう今すぐ帰りなさいよぉ!って気分。
でも、そうも言えないこの状況。ああ、なんてもどかしい。
いやんなっちゃうな、ほんと。

「じゃあ、一緒につくる?」
「………え、そんな」
「一緒につくろ。簡単だよ」

こうやって潰すんだよ。
バターはこのくらい、塩はこんな感じ。
紺ちゃんは、私の説明を頭のなかにインプットするみたいに熱心に聞いていた。
真希ちゃんのことは、もう聞いてこなかった。
私の様子から、とにかく無事みたいだと感じたみたいだった。
しつこく居場所を問いただして困らせちゃいけないと思って、こらえているふうだった。
117 :溺れて人魚 :2004/09/16(木) 20:00

だからつい、余計なことをしゃべってしまう。
心配になって、真希ちゃんの言葉を伝えてしまう。

「真希ちゃん、絶対結婚しないって」
「………………………」
「紺ちゃんのこと、すごく好きみたいよ?」

じゅわじゅわとコロッケを揚げながら、紺ちゃんは目を伏せた。

「真希様は、血統書付きの猫みたいな方です」
「ねぇ、紺ちゃん、雲の上とかそういうのは」
「違います、そうじゃなくて」

 真希様は、華やかな世界でしか生きられない人。
 贅沢も贅沢と気づかないほど、潤沢な環境の中で育ってきた人。
 だから、あんなふうに美しくて、優雅で。

「これからも、苦労とか、してほしくないです」
「紺ちゃん………」
「結婚されたってかまわない。私は、そばに置いてもらえればそれで」
「………………………」
「旦那様も、いじわるでお話を進めてるわけじゃないんです」

 真希様は今、綾小路の籍を離れてるから、
 また同クラスの家に入れてあげたいと、そういうお気持ちみたいです。

「家、家ってさァー。いいじゃん、そんなのどうでも」
「そういう世界もあるんですよ」
「えー、真希ちゃんは紺ちゃんと駆け落ちしたいって言ってたよぉ?」
118 :溺れて人魚 :2004/09/16(木) 20:01

いや、そこまではっきりとは言ってなかったかもしれないけどさっ。
でもさ、そういう気持ちだと思うよ?
家柄とかなんとか、むしろすっごく嫌がってるよ。

「そうですね。フツーの暮らしがしたいって、よくおっしゃいますね」

なぜか紺ちゃんは、クスクスと笑って目を細めた。
フツーのコロッケが好きで、コンビニが好きで、ゲーセンに入ってみたくて仕方なくて。
お行儀の悪いことが大好きなんですよね。

「だけど、コンビニで何万円って使っちゃうんですよ」
「ええっ?!」
「プリクラも気に入っちゃって、何百枚って撮るし」
「えええっ?!」
「全然、フツーじゃない」

紺ちゃんは、それ以上、何も言わなかった。
苦労とか、してほしくないです。もう一度、そう言っただけで。
119 :溺れて人魚 :2004/09/16(木) 20:02

「やっぱり、私がつくったコロッケは形が歪んでますね」
「初めてにしては上出来だよ」
「また、練習してみます」

長々とお邪魔しました。
そういって紺ちゃんは深々と頭を下げた。
どうしても真希ちゃんの居場所を知りたいだろうに、
くるりと背を向ける控えめで口下手な女の子の背中に
私は、思わず声をかけた。

「紺ちゃん、私もね、お見合いさせられちゃって」

驚いたように紺ちゃんが振り返った。

「……吉澤さんは、ご存知なんですか?」
「ううん。言ってない」

言えないんだ。
ああ見えて、すごく傷つきやすい人だから、ひとみちゃんって。
私がお見合いしたとか知ったら、また痩せちゃうと思う。
120 :溺れて人魚 :2004/09/16(木) 20:02

「……どうされるんですか?」
「えー、もう断っちゃったよ。私、結婚とか興味ないしぃ」

 それに結婚するなら、ひとみちゃんがいいもーん♪

わざと明るくおちゃらけた私の言葉。
紺ちゃんは一瞬、また泣きそうな顔をしたけど、
ちゃんと笑ってくれた。そうですね、なんて。

そうだよ、紺ちゃん、そーゆーものだよ。
どーしても好きな人とじゃなきゃヤだなんて、子供っぽい考えかもしれないけどさ。
まわりに心配とか迷惑をかけちゃう、とんでもなく身勝手な恋なのかもしれないけれど。

帰っていくどこか頼りなげな後ろ姿に、私は思った。
ねぇ、紺ちゃんさぁ、私たちやっかいなことになっちゃってるけど、がんばろーよ。
だって、ほんとに幸せになりたいじゃん?
めちゃくちゃ貧乏になっちゃったって、人から馬鹿だなあって笑われたって、
別にいいんだもーんって笑ってたいじゃん?
本当に愛した人の隣で、どうにもこうにも大好きな人のそばで心から笑おう。

私は、そう思うんだ。
何があっても、いつまでもひとみちゃんと一緒にいようって。
ううん、いてやるんだー!って。キャッ!

121 :雪ぐま :2004/09/16(木) 20:03


本日はここまでといたします。
122 :名無飼育さん :2004/09/16(木) 20:18
更新乙です。待ちわびておりました。
月並みな感想で申し訳ありませんが
皆さんが幸せになれたらいいなぁと思いまつ。。。
123 :オレンヂ :2004/09/17(金) 00:49
更新お疲れ様です。
好きです。やっぱり雪ぐまさんの小説も登場人物も好きです。
これからも楽しみに待ってますね〜。
124 :ピクシー :2004/09/17(金) 01:32
更新お疲れ様です。

コンビニで何万円かぁ・・・一度でいいからやってみたい(苦笑)
各自の問題も、まだまだ無事解決には遠いようですね。

次回更新も楽しみに待ってます。
125 :名無飼育さん :2004/09/18(土) 10:54
本当に後藤さんのことを大切に思ってる紺野さんがとても可愛いです。
126 :sage :2004/09/25(土) 07:38
こんこんの健気な姿にじーんときました(T_T)
更新ありがとうございます!雪ぐまさんのペースでがんばってくださいね!
127 :名無飼育さん :2004/09/25(土) 16:45
>>126
sageはメール欄に
128 :作家見習い :2004/10/09(土) 23:38
いつか紫板の作品でレスさせてもらった者です。
いつ読んでも雪ぐまさんの作品には敬服させられます。
自分もいつかは雪ぐまさんみたいに
皆に親しまれる作品を書けるような作家になりたいと思います。
(一応、デビューはしたが我ながらチープな文章で恥ずかしい作品・・・)
話は大きくズレましたが
(作者様、読者様、自分ことばかりですみませんでした・・・。)
次回更新、楽しみに待ってます。
頑張ってください。
129 :アポロ :2004/10/11(月) 01:11
↑作家見習いさんの作品ってどこにあるんですか?
(話がズレてしまった)
いつもここは楽しく読ませていただいてます。
作者様、更新がんばって(?)ください。
130 :作家見習い :2004/10/11(月) 05:39
>130
別のHNで書いているので見付からないと思います。

書きなおすことも考えてますのでタイトルもここでは言いません。
と言うより、恥ずかしくて見せられないって言うのが本音ですね。
それにしても、クォリティが本当に高いっスね。
内容と言い、表現力と言い。はあ・・・、ため息が出る・・・。
131 :名無飼育さん :2004/10/27(水) 16:40
今日見直して気づいたのですが安倍さんは
カメラマンとタクシードライバーを兼業してるのですか?
132 :どくしゃ :2004/10/29(金) 01:13
>>131さん   おーい…。
133 :名無飼育さん :2004/10/30(土) 13:13
愛するトメっち>>>本当よかった!!
頑張ってくださいね!★
134 :名無飼育さん :2004/10/30(土) 14:57
>>133さん あげないように
135 :名無飼育さん :2004/11/06(土) 01:52
気付いたときには落ちてる予感と言ったが
この世には保全なんて便利なものがあるのか

完結まで頑張りんしゃい
136 :雪ぐま :2004/11/09(火) 22:54
皆さま、お久しぶりです。お待たせいたしました。

122> 名無飼育さん様
またまた長くお待ちいただいて恐縮でした。
みんなが幸せになろうと奮闘しています。見守ってやってくださいませ。

123> オレンヂ様
いつも励ましのお言葉をありがとうございます。
リアルの娘。さんたちの頑張りに負けないように書いていきたいと思います。

124> ピクシー様
雪ぐまは、コンビニでは最高8000円ちょっとですね〜。
何万も何を買うのか作者も謎ですw ( ´ Д `)<んあ?

125> 名無飼育さん様
川*o・-・)ノ<ありがとうございます。
紺ちゃんの健気さにはトメっちも脱帽のようですw

126> sage様
川*o・-・)ノ<またまたありがとうございます。
紺ちゃん、大人気ですw こちらこそ、お読みいただいてありがとうございます。

127、132、134> 名無飼育さん様、どくしゃ様
お気遣いをありがとうございました。
137 :雪ぐま :2004/11/09(火) 22:55
128、130> 作家見習い様
過分にお褒めいただいて照れくさいです…w 飼育にはたくさんの才能が
溢れていると思います。ぜひいつか、作家見習いさんの作品を教えてくださいね。

129> アポロ様
いつもお読みいただいてありがとうございます。
更新、できるかぎりはやめに頑張りたいと思っています。

131> 名無飼育さん様
安倍さんは文麿外伝のすじ子姉ちゃんとしても登場していますよ〜。
ギャラなしで一人何役もこなしてもらっていますw (●´ー`)<困るべ。

133> 名無飼育さん様
ありがとうございます。読者様に励まされて書いております。
またぜひ、読みにいらしてくださいね。

135> 名無飼育さん様
はい、頑張りますw ご心配をおかけしていて面目ないです。
愛トメは、雪ぐまにとって大切なストーリーですからどうぞご安心を。

それでは、更新にまいります。
138 :溺れて人魚 :2004/11/09(火) 22:56



 ♪愛〜してま〜すか〜? 言〜い切れま・す・か〜?
 ♪な〜んちゅ〜か〜、一生二人で眠りましょーか?
 ♪天〜国で〜すか〜? 地〜獄で・す・か〜?
 ♪さ〜、いっぱ〜い、私を抱いたら、おとなし〜くおとなし〜くおとなし〜く

139 :溺れて人魚 :2004/11/09(火) 22:56

「いい子でねっ!」

バッと部屋のドアを開けてビシーッと指さした私に、
ひとみちゃんは呆れた顔で、メロンさんかよ……と呟いた。

「メロンさん、いいじゃーん。サイリウム振っちゃうよ、私」
「や、いーけどさ。道歩きながら大声で歌うなっつーの」
「あはっ、ずーっと聞こえてたよ〜、トメちゃんの歌」

そう言って、真希ちゃんはひとみちゃんのベッドからむくっと起き上がった。
ちょっとーぉ、ひとみちゃんのベッドでごろごろしないでよぉ!
むきーッとなりかけて私は、部屋にまだお客さんがいるのに気がついた。

「「お邪魔してま〜す」」

あーっ、亜弥ちゃん、そして、み、み、美貴ちゃんっ!!!
動揺を顔に出さないようにしつつ、チラッとひとみちゃんを睨めつける。
ちょっとぉー、美貴ちゃんはもう二度と部屋にあげないって約束でしょっ?
140 :溺れて人魚 :2004/11/09(火) 22:57

床に座ってベットにもたれてたひとみちゃんは、
私の視線の意味をわかっていながら素知らぬ顔をした。
べっつにいーだろ、非常事態なんだし。それにもう友達じゃんか。
そんな感じの横顔。

むうっ。
まあ、いいけどね。亜弥ちゃんも一緒だし。
でも、忘れたわけじゃないからね、私。
ひとみちゃんが美貴ちゃんと、いいかげんなことしてたってこと。
さあ い〜った〜い! もいちどやったら知りませんよ〜?知りませんよ〜?知りませんよ〜?

「わかるよね?」
「なにが?」

ゴゴゴ…と、斉藤さん化しかけた私に、きょとんとした亜弥ちゃんの声。
はっ、いけない。亜弥ちゃんは知らないんだったわ、ひとみちゃんと美貴ちゃんのカンケイ。
冷静に、冷静にならなきゃ………ふうぅ。
うん、一生知らないにこしたことないわよ、あんなこと。
この微妙な雰囲気を、すかさず察したらしい美貴ちゃんが
慌てたように明るい声を張り上げた。

「トメちゃん、お疲れーっ! 毎日、遅くまで大変だね〜」

珍しくにこにこと愛想をふりまいてみたりして、これまた憎めないのよね。
141 :溺れて人魚 :2004/11/09(火) 22:58

私は苦笑しながら二人の横に座り、差し入れらしいペットボトルからお茶をもらう。
と、真希ちゃんがベッドからノソノソ降りてきて、うれしそうに私の隣にぴったりと座ってきた。
やだー、かわいー! ゴロゴロ懐いてくる猫みたい!
ごっちん、かーわいー!

「コロッケの匂いがする………」

そこなの!(ガクッ
まったく、鼻がきくのねぇ。
私は苦笑しながら、紙袋から差し入れのお総菜を取り出した。
おにぎりでしょ? ひじきの煮物でしょ? 塩鮭でしょ? 煮豆でしょ?
コールスローでしょ? 筑前煮でしょ? 鶏カラアゲでしょ?
それからコロッケ………は、1個だけだけど。
せっせと並べる私の横で、ひとみちゃんがエラそうにふんぞり返った。

「まあ、遠慮しないで食べてよ」
「ちょっとぉ、なんでひとみちゃんが言うのよっ」

ま、悪い気はしないけどね、夫婦みたいで(キャッ!
奥さんの手料理をお友達にすすめてるって感じよね〜っ。
お料理上手な奥さんで、うれしいよねっ?ねっ?ねっ?ねーっ?
142 :溺れて人魚 :2004/11/09(火) 22:59


「……割り箸、足りない分、取ってくるわ」

私を無視して、ひとみちゃんは階下に割り箸を取りにいってしまった。
何よぉーと膨れたあたしにかまわず、あやみきコンビは目がキラーン。

「ね、あたしたちも食べていいの〜?」
「いいよ、もちろん」
「やったぁ!トメちゃん最高!」
「よっ、美人妻!」
「良妻賢母!」

やだもう、やめてよそんなホントのこと〜。ふふふっ。
来るって教えてくれてれば、もっとたくさん持ってきたんだけどなっ。
ウキウキ気分でそう言うと、美貴ちゃんが「敵を欺くにはまず味方からだよ」と、
わけのわからないことを得意げに言い出した。

「実は今日、うちら、偵察に行ってきたんだよね」
「偵察?」
「綾小路家に決まってんじゃん」

ほんとに?
びっくり顔をした私に、階下から戻ってきたひとみちゃんが
せっせと箸を配りながら説明をしてくれた

「あたしとトメっちは、ホラ、顔バレしてんじゃんか?」
「ああ、うん。舞踏会とか行ってるもんね」
「だから二人にちょっと様子を見てきてもらったわけ」
143 :溺れて人魚 :2004/11/09(火) 22:59

ああ、なるほどね。
だけど、偵察っていっても、あの馬車でも出てきそうな重厚な門。
かなり警備も厳しそうだけど。

「とりあえず門の前まで行ってみたんだけど、中は覗けなくてさー」と、美貴ちゃん。
「うん、なんもわかんなかったねー」と、亜弥ちゃん。

だめじゃん。
でも、いつもと変わりなかったんだったら、
警察とかはきてないってことなのかなあ?

「うーん、たぶんね」

緊張感のカケラもなく筑前煮をモゴモゴと食べながら美貴ちゃんが話す。
壁でもよじのぼってみようかと思ったんだけど、
ウロウロしてたら、なんか急にメイドさんがきて、
「なにかご用ですか?」とか声かけられちゃってさぁー。

その言葉に、真希ちゃんが「え?」と反応して身を乗り出した。

「メイドさん? 誰だろう? どんな感じだった?」
「んーと、なんか下膨れの……」
「紺野だ。泣きそーなタレ目じゃなかった?」
「あー、そうそう、なんか妙に声が上ずっててさー」
「紺野紺野。間違いない」

美貴ちゃんもひどいけど、真希ちゃんもそうとうなものね……
ま、まあ、いいわ、それも愛よね(たぶん)。
なるほどね、うちの店から帰ってった紺ちゃんと遭遇したわけだ、美貴ちゃんたちは。
144 :溺れて人魚 :2004/11/09(火) 23:00

「……紺野、元気だった?」

真希ちゃんが俯きかげんに、ボソッと呟いた。
どことなく、複雑なニュアンス。

「んー、なんかおどおどしてたよ。うちら振り返ったら超ビビってた」
「それはいつもだよ。なんかほら、顔色とかさ」
「あー、どうだっただろ? 紺野サンだって気づかなかったから」
「わかってたら、ちゃんと観察したんだけどねー」
「ねー、うちらも慌てて逃げちゃったからー」

全然だめじゃん。あわてて逃げたら、よけい怪しいじゃん。
まったく、あやみきコンビはいるだけで目立つんだから、
もうちょっと変装するとか何か考えて行かなきゃだめだよ。
そんなパンツ見えそうなミニスカートでさぁ。

「ごめんね、うちら、かわいくってー」
「ほんと、かわいすぎて、ごめんなさーい」

……なんとか反省って言葉を教えたいわね、この二人には。
ま、いいわ、そんなことよりも。
145 :溺れて人魚 :2004/11/09(火) 23:01

うーん、どうやって話そうかな、うちの店に紺ちゃんが探りを入れに来たこと。
とりあえず私は、たった1コのコロッケを真希ちゃんに手渡した。
ひとみちゃんも食べたかったらしくて不服気な顔をしたけど、今日は我慢して。
これはね、真希ちゃんのものなの。だって……

「全部、あたしが食べていいの?」
「うん、どうぞ」

わーい!と満面の笑みで一口ほおばった真希ちゃん。
そして、案の定、すぐに「ん?」と首をかしげた。
かすかに困ったような顔をして、へらっと私に微笑んでみせる。

「今日のコロッケ、ちょっと固いねー?」

そうね。初めてつくったみたいだったもん、売り物にはならないの。
だけど、風味は悪くても、愛情がいっぱい詰まってる。

「そうね、そのうち上手になるんじゃないかな」
「え? そのうち?」
「それね、紺ちゃんがつくったの」

真希ちゃんの目がギョッと見開かれた。
ひとみちゃんや、美貴ちゃんたちの目も。

「ど、どういうこと?」
146 :溺れて人魚 :2004/11/09(火) 23:01

一部始終を話すと、部屋はしんみりと静かになった。
ロクにお金も持たずに行方をくらませた真希ちゃんが心配で、
ただ心配で、心配で、心配で、肩を震わせてボロボロ泣いていた紺ちゃん。

「やっぱり、紺ちゃんには居場所を教えてあげたほうがいいと思うんだ」

私の言葉に、真希ちゃんは手の中の不格好なコロッケをジッと見つめる。
必死で閉じこめてる紺ちゃんの気持ちみたいに、
じゃがいもがギュウギュウに詰まりすぎたコロッケ。
それって、おいしくないかもね。口当たりが悪いかも。
だけど、愛情がいっぱい詰まってる。
浮世離れしてる真希ちゃんに、これからも苦労なんかしてほしくないと呟いた紺ちゃん。

「……でも、絶対、結婚なんてヤだ」
「わかってるよ。結婚しなよって言ってるんじゃなくて」

うーん、むずかしいなあ。
ふうっと、ため息をつく。
紺ちゃんは、誰にも言わない、旦那様にも言わないって言ってた。
八の字まゆ毛の、泣きそうな瞳でそう言ってた。
だから、それを信じてあげたいし、真希ちゃんにも信じてほしいけど。

だけど大人たちの前に、愛してるなんて言葉はシャボン玉みたいに弾けてしまう。
たくさんの笑顔も、熱い夜も、やわらかな朝の光も、全部パチンと弾けてしまう。
二人だけで生きてはいけない。
世界は、二人のために回ってなんかいない。
147 :溺れて人魚 :2004/11/09(火) 23:02

『私の場合、真希様とおつきあいできていることが奇跡なので』
『結婚されたってかまわない。私は、そばに置いてもらえればそれで』

紺ちゃんの言葉が、耳に蘇る。
彼女なりにずっと考えてた、最善の方法。
それはなんて悲しい覚悟。生涯、陰の存在になる決意。
だけど、真希ちゃんはきっと悔しかったね。
閉じこめられたペルシャ猫みたいに、ただ無力なことが悔しくて、
紺ちゃんのこと、たぶんめちゃくちゃに引っ掻いた。
そして、豪奢な窓からひらりと逃げて見せた。あてもなく。
野良猫になる気だったのかな?

「もう、いい」

しばしの沈黙のあと、何を思ったか真希ちゃんは、
食べかけのコロッケを皿に放り出してしまった。
口のまわりに揚げカスをつけたまま、またむっつりと黙り込む。

「じゃ、もーらい」
「みーーきたんっ!」
「へ? なんで? もったいないじゃん」

もごもご。
美貴ちゃんが、きょとんと亜弥ちゃんを見る。
見た目よりもずっと察しのいい亜弥ちゃんは、サバサバしすぎの恋人に苦笑した。
みきたん?そう他人事でもないんだよ?みたいな感じに。
148 :溺れて人魚 :2004/11/09(火) 23:03

私も、チラと大好きな恋人のことをうかがう。
ひとみちゃんは、うつむく真希ちゃんから目をそらして窓の外を眺めていた。
素っ気ない感じだけど、私にはすぐわかる。
その大きな瞳が、ひどく悲しげな色に染まってること。
ミテランネーヨ……

見てらんないね。
私は、そっとひとみちゃんに身を寄せて、その肩にコツンとこめかみをあてた。
ひとみちゃんは、何も言わずに私の肩を抱き寄せてくれた。
その確かな熱に、かすかに目頭が熱くなる。
肩を抱かれるなんてこと、もう慣れちゃったけど、
それは永遠に、私だけに与えられる特権だって思っちゃうけど。

亜弥ちゃんが美貴ちゃんを後ろからぎゅうっと抱っこして、そのうなじに鼻先をうずめた。
美貴ちゃんはくすぐったそうに笑い声をあげかけて、でも、さすがにぐっとこらえた。

真希ちゃんだけが、ポツンと部屋の中央に座っていた。
煌々と照らされる味気ない蛍光灯の明かりの下で、
もうコロッケがのってない皿をじっと見つめたまま、きゅっと唇を結んでいた。
どことなく寒そうに、頼りなさ気に三角座りの膝をかかえて。

149 :雪ぐま :2004/11/09(火) 23:03


本日はここまでといたします。
150 :名無飼育さん :2004/11/10(水) 00:06
かなり遅めの夕食をとって、お腹の辺りが締め付けられるのを感じながら、
今夜の更新分を読ませてもらいました。
どうやら今度は胸が締め付けられてしまったようです。

二人がきちんと納得できるような形の幸せは、いつか訪れるのでしょうか。
とりあえず大人しく見守ろうと思います。更新お疲れ様でした。
151 :ピクシー :2004/11/10(水) 01:54
更新お疲れ様です。

ごっちん、確かにネコっぽい所ありますよね。
まだまだ複雑な展開は続きそうですねぇ。
いしよし、あやみきは微妙に自分達の世界に入りかけているような・・・

次回更新も楽しみに待ってます。
152 :作者見習い :2004/11/12(金) 01:29
更新、お疲れ様です。

>137 飼育にはたくさんの才能が溢れている
本当ですよね。レベルが高すぎちゃって参っちゃいます。
自分も自信を持って、この作品の作者だ!って言える物が書けるように
頑張りたいです。(一体、いつになることやら・・・orz)


話は本編に戻りまして、"いしよし"や"あやみき”、
それぞれのキャラクターが生かされているので
リアルに想像できます。
(確かにミキティだったら、こんな行動しそうだ・・・)

名無飼育さんと同じように、自分も胸が締め付けられて・・・。
(でも久しくなかった事なんで、なんか気分はいいっす)

なんか良いすね、この感じ。パワーを貰った感じです。
今から次回が楽しみです。
153 :名無飼育さん :2004/11/19(金) 02:27

154 :名無飼育さん :2004/11/19(金) 10:23
止めるな、トメ子!!
いいえ、トメ子は止めます!!
155 :雪ぐま :2004/11/29(月) 20:56
150> 名無飼育さん様
この21世紀にロミオとジュリエットのごときごっちんと紺ちゃん。
トメっちたちも胸中複雑。どうぞ見守ってあげてください。

151> ピクシー様
あやみきはいつでも、リアルでさえも二人の世界をばく進中ですw
箱入り娘のごっちん、飛び出してきたはいいけれど、どうなることやら……

152> 作家見習い様
雪ぐまの趣味は、娘。さん観察w ハロモニが大好物です。
リアルの娘。さんたちの魅力がちょっとでも描けていたらうれしいです。

154> 名無し飼育さん様
ochiてたからお気遣いいただいたのかな? トメ子、ありがとう!

それでは、更新にまいります。
156 :溺れて人魚 :2004/11/29(月) 20:57


「マジで?」
「だめ?」
「いや、いーけど……」

唇を寄せた私に、ひとみちゃんは戸惑い顔。
そりゃそうかも。私が彼女を連れ込んだのはご近所のカラオケボックス。
なのに、歌う以外のことをしようとしてるわけで。

「ね、トメっち……」
「梨華って呼んで」
「……や、あの、やっぱマズくね?」
「ヘーキ。ここカメラとかないもん」

いつになく大胆な私に、マシュマロみたいなひとみちゃんの頬がポッと桃色に染まる。
それは私の好きな色。指先でその輪郭を確かめる。好きよ。
あなたのことが大好き。
157 :溺れて人魚 :2004/11/29(月) 20:58

もっと名前を呼んで。
つかまえて。つかまえてて。
怖い人がいるの。毎日現れる。愛想のいい笑顔で。
ライオンみたいな金髪をご機嫌に揺らしながら。

『よっしゃー! 石川さん、元気ー?』

たった3日で、もう耐えられないよ。
だって、あの人はなにも嫌なことをしない。
コロッケをたくさん買ってくれて、私に笑いかけ、
それからトメ子姉さんとお母さんにあいさつをする。
ヒョコッと頭を下げて人懐っこく、しかも礼儀正しく。
それで天気の話とか、テレビドラマの話。
面白おかしく、ちょっとしたおべっか。

『いやー、うちのOLの子たちが石川さんちのコロッケのファンになってしもて』
『まあ、それで社長さんがわざわざ?』
『ご機嫌取りですわー。とっと買うてこい言われますねん』
『あらまあ、ご冗談ばっかり』
『ははっ。パシリですわ、パシリー』
158 :溺れて人魚 :2004/11/29(月) 20:58

人畜無害なふりをしないで。
お母さんとトメ子姉さんが、あの人に打ち解けていくのがイヤ。
私はむっつりと俯いて、コロッケを袋に詰めてハイと渡すだけだけど。

『じゃあね』

その一瞬の、ひらりと手をふる仕草がさりげなくて、
何を考えてるかまるで読めなくて怖いの。
すたすたと立ち去ってく背中は、あまりにも未練を感じさせない。
だけど、それならどうして通ってくるの?
ああ、こんなこと考えさせられちゃうのが、すごく嫌だから。

だから、ひとみちゃんにギュウッて抱きしめてほしかった。
頭の中が真っ白になっちゃうくらい、特別なキスをしてほしかった。
だけど、うちのお母さんは全然出かけそうもないし、
ひとみちゃんちには、真希ちゃんいるし。
何の説明もせずに、いきなりカラオケ行こって呼び出しちゃったから、
ひとみちゃんはフツーに唄うつもりでいたみたいだけど。
159 :溺れて人魚 :2004/11/29(月) 20:59

びっくりさせちゃって、ごめんね。
ソファに座ったひとみちゃんのヒザに乗っかって、すんなりした首に腕をまわす。
横抱きにされると、なんとなく人魚姫になった気分。
片思いの頃、夢だったな。ひとみちゃんにこうやって抱っこされるの。
今はもう、いつだってこうしてもらえるんだ。権利だもんね。
大きな瞳をジイッと見つめると、
ひとみちゃんはなんだよぉ急に…なんて照れくさそうに呟いて、
それでも背中にまわした腕で、ぐうっと抱き寄せてくれて。

「そんなにシたかったの?」
「バカ、違うよ。ギュッってしたかったのっ」
「うっそー、ヤる気まんまんって感じじゃん?」
「もう、そういうこと言わないでよぉ」

いたずらな囁きの合間から、やわらかな唇が降ってくる。
息をふさがれて、たちまち鼓動が暴れ出す。
ニットセーターの下にするりともぐりこんできた、少しひんやりとした手のひら。
ゾクッとして、思わずあなたの髪をつかんだ。
なんかもしかして、けっこう久しぶりかも?
ああん、ひとみちゃん、ドキドキするよぉ………

………なのに。
160 :溺れて人魚 :2004/11/29(月) 21:00


 プルルルルルルルルルルルルルルーーーーー


キャアッ!!!!!!
わああっ!!!!!!
ボックスの内線電話が突然けたたましく鳴り響いて、私たちは飛び上がった。
慌ててひとみちゃんのヒザから飛び降りる。
ひとみちゃんが手の甲でぐいと唇をぬぐいながら、やべーよと視線を送ってきた。
ちょっとぉ、ここ、カメラとかないはずだよねぇ?!


 プルルルルルルルルルルルルルルーーーーー
 プルルルルルルルルルルルルルルーーーーー


警告みたいに鳴り響く無粋な機械音。
私たちは情けない顔で、トホホと目を見合わせた。

「………トメっち、出てよ」
「ヤだ、お願い、ひとみちゃん、出て!」
「んだよぉー、おめーが誘ったくせによぉー」
「だってぇ、カメラとかないと思ったんだもん」

はあっ、と大きくひとつ息をついて、ひとみちゃんが立ち上がった。
ひとみちゃん、ありがとう! 感謝します!
だけど彼女は、鳴り響く電話の前で再びためらって手を泳がせた。
161 :溺れて人魚 :2004/11/29(月) 21:02

「やっぱムリ。トメっち出てよ〜〜〜」

もおおおお!!!
わかったわよ、出るわよ!出ればいいんでしょぉ!
やけっぱちに立ち上がる。
しょうがないわ、私が誘ったんだし。
ううっ、怒られたら、なんて言い訳しようかしら?
お芝居の練習してたんですとか、うーん、ムリがあるよねぇ………

カチャッ。

「……………………はい」
『あ、フロントでーす。すいません、ワンオーダー制なんでー』

ガクッ。
なーんだ、ドリンクオーダーの催促かぁ。
ホ〜ッとして、へにゃへにゃ〜っと気が抜けた。
振り返ると、ひとみちゃんもふわああっとなってソファにひっくり返ったとこだった。

「………ひとみちゃん、ドリンクだって」
「………もぉ、なんでもいいっス」
「じゃあ、ウーロン茶ふたつ」
『ありがとうございましたぁー!』

ガチャッ。
162 :溺れて人魚 :2004/11/29(月) 21:03

あーあ。
もう雰囲気だいなしじゃん。
苦笑しながらソファに戻る。
ひとみちゃんも同じことを考えてたみたいで、
バツが悪そうにニヤつきながらヒョイと起き上がり、ブツブツと文句を言った。

「あー、まいったまいった」
「びっくりしたねー」
「やっぱムリだって、こういうとこは」
「だあって、ずっと二人だけになれなかったから〜」

ううん、真希ちゃんのことかくまってるのはいいんだけどさ。
時々ね、やっぱりイチャイチャしたいんだよね。
不安なことがあるから、ますます気持ちは募る。
ひとみちゃんって人前だと素っ気ないし、だからますます。

「トメっちの部屋でヤったらいいじゃん」
「お母さんいるからダメだってば」
「ちぇ。素っ気ないのはどっちだよ」
163 :溺れて人魚 :2004/11/29(月) 21:03

店員さんが飲みたくもないウーロン茶を運んできて、
私たちは慌てて歌本をめくるふり。歌う気もないのにね。
なんだか可笑しい。カラオケボックスで間抜けな二人。

「せっかくだから歌う〜?」と、ひとみちゃん。
「そうだね、2時間でとっちゃったし」
「2時間もなにする気だったんだか」
「もう、そういうこと言わないでったら!」

ふくれて肩をボカボカすると、
ひとみちゃんが弾けたように笑って、大げさに痛がった。
えへっ、こんなことでご機嫌になっちゃうなんて、私も単純だけど。
だけど、ひとみちゃんもなんとなくうれしそうにしてるから、いっか。
164 :溺れて人魚 :2004/11/29(月) 21:04

たいへんなことになってる真希ちゃんと紺ちゃんのことを思うと、胸が痛む。
だけど、ごめんね。2時間、私たちに二人きりの時間をください。
悲しい恋を目の当たりにしてるから、なんだか不安になるの。
私たちは、さりげなくつないだ指を強く握りあう。
離れないで。離れないよね?
言葉にならない確認を指先で。

「トメっち、あれ歌ってよ、あれ」

ええとぉ。
片手でパラパラと歌本をめくって、ひとみちゃんが指さしたのは、ちょっと意外な選曲。
私は驚いて、それからすんごく嬉しくなって、照れくさくなって、
思いっきり憎まれ口をたたいた。

「なによ、昔歌ったげたら、さんざんキショいって騒いだくせに〜〜」
「久々にキショいの聞きたくなったんだよ」
「なによ、それ」

流れてきたメルヘンチックな前奏に、私はウキウキとマイクをかまえた。
ひとみちゃんは、はやくも「キショ〜」なんて呟きながら、
それでもなんとも照れくさそうな表情で唇をきゅっと閉じて、
歌詞が流れ始めた画面にジッと見入った。
165 :溺れて人魚 :2004/11/29(月) 21:05


 ♪王子様みたいな人、優しくて
  見た目はへなちょこりん、だけど

  王子様みたいな人、って思ってること
  …は、言わないでおこう 
 

歌ってるそばから、ひとみちゃんはキモイキモイと笑い出しちゃって、
だけど、つないだ指を握ったままでいてくれたから許してあげる。
そりゃ、私だってキショいって思ってるよ、こんな歌詞。
でも、ニコニコ笑いながら、大まじめに歌ってみるの。
だって、うれしい。冗談に紛らせて伝えられる、大好きってキモチ。
足をバタバタさせて笑うあなたの頬が赤く染まって、超ラブラブな感じ。


 ♪王子様と雪の夜 
  手作りのお料理持って お家 行くわ
   
  私の王子様……
  私の王子様……
  

ねぇ、ひとみちゃん、もうすぐクリスマスだね?
今年はちょっと観覧車には乗りに行けそうもない状況。
だから、七面鳥を焼いて、みんなで食べよう。
紺ちゃんも、呼んであげられるといいな……

166 :雪ぐま :2004/11/29(月) 21:05


本日はここまでといたします。
167 :名無飼育さん :2004/11/29(月) 22:45
あは
168 :名無飼育さん :2004/11/30(火) 02:11
更新お疲れ様です。
トメっち大胆っスねぇ〜
大変そうだけど、がんばってもらいたいものです。
169 :ピクシー :2004/11/30(火) 04:51
更新お疲れ様です。

いしよしワールド炸裂ですね。
さて・・・クリスマスの頃には如何に?

次回更新も楽しみに待ってます。
170 :名無飼育さん :2004/11/30(火) 10:32
更新お疲れ様でした!

いしよし最高!!

雪ぐまさんも最高!(>V<)

がんばれ〜がんばれ〜
171 :ましろ :2004/12/01(水) 03:00
更新お疲れ様です。
って書き込みするのもご無沙汰しまくりです。
やっぱり、こういういしよしの雰囲気いいなぁ〜と思って。
172 :作者見習い :2004/12/04(土) 13:25
更新、お疲れ様です。

考えてみたら、もう12月。
今年はハロプロにとってはそれ程、明るい話題は無かったけど
(フットサルと、まあ、あえて言えば新グループ誕生かな)
来年こそは良い話題があるようにと願わずにはいられない。

そう思った1年でした。
(俺もハロモニは大好物です)
173 :ななし :2004/12/27(月) 01:19
保全
174 :名無飼育さん :2004/12/28(火) 18:45
アゲルナぼけ!
175 :雪ぐま :2004/12/30(木) 22:55
えーっと……なんか微妙ですねぇw
今回は、お一人ずつのお返事は見送らせてくださいませ。
まったりまったりとよろしくお願いします。

自治F&Qにもありますが、レスは基本的にsageでお願いします。
これはレスによってスレがあがると、
多くの読者様に「おっ、更新してる!」という印象を与えてしまい、
なにかと紛らわしいからです。よろしくお願いします。
メール欄に半角英数で「sage」と書き込んでおけば大丈夫です。

また、マナー違反を指摘する際は、
なるべくやわらかい言葉で、どうかひとつお願いします。


それでは、更新にまいります。
176 :溺れて人魚 :2004/12/30(木) 22:57


真希ちゃんがフッといなくなったのは、クリスマスの夜だった。
その日は雑誌の撮影が入ってて、帰ってきたら、いきなり。
机の上には、短いメモ。

“うちに帰ります。いろいろ、ありがとう”。

私とひとみちゃんは、あっけにとられて顔を見合わせた。
帰るって真希ちゃん……、大丈夫なの?

「真希ちゃん、やっぱり淋しかったのかなあ?」
「うーん……」

クリスマスイブは、まさか真希ちゃんを置いてデートってわけにもいかないから、
亜弥ちゃんと美貴ちゃんも呼んで、ひとみちゃんの部屋でお泊まりパーティーをした。
私は張りきって七面鳥とか焼いて、亜弥ちゃんと美貴ちゃんはケーキとお菓子担当。
ひとみちゃんが用意した飲み物がシャンメリーだけで、私たちは超ウケて。

『やっぱクリスマスは、シャンメリーだろぉ?』
『やーん、懐かしいぃ!』
『つーか、もうシャンパンでいいじゃん、大学生なんだからさぁ』
『バッカ、お前らシャンメリーは今だけなんだよ? 旬の味覚だべ?』
『そんな旬の味、ヤダー!』

はしゃぎまくる私たちを、真希ちゃんはニコニコ見てたけど。
七面鳥をガシガシ食べて、シャンメリーもしこたま飲んでたけど。
だけど、酔いもしない頭で、ものすごく淋しかったのかもしれないな。
ひとりだけ、恋人と一緒にいられないイブだったから。
177 :溺れて人魚 :2004/12/30(木) 22:58

「やっぱシャンパンにしたらよかったのに」
「そこかよ」

あーあ。
私は、ごろんとベッドに横になった。
みんなで明け方近くまで騒いで、ごろごろと雑魚寝して、昼近くにやっと起きて。
眠い目をこすりながら、クリスマスに撮影って何よなんて
ギャアギャア騒ぎながら4人で出かけた。
だけど、文句を言ってても、私たちはみんな笑顔だった。
だって一番好きな人と一緒だもん、バイトだってヤじゃないよ。
特別なイベントがなくても、それはやっぱり大切な思い出。

何日も何日も、紺ちゃんに会えなかった真希ちゃん。
私とか、もしひとみちゃんと2日も会話ができなかったら「そんなのありえない」って感じ。
真希ちゃんはどうなんだろ? 紺ちゃんは?
うーん、やっぱきっと同じだよねえ……
とうとう我慢できなくなったってことかなぁ?

「大丈夫かなあ真希ちゃん、すっごい怒られてるよねぇ?」
「んーー、でも親もちっとは反省してんじゃん?」
「だといいけど」

釈然としない思いで、ひとみちゃんの匂いのする枕に鼻先を押しつける。
あ、なんか久しぶりかも、この香り。
ずっと真希ちゃんがいたから、
こんなふうにひとみちゃんのベッドに横になったりしなかった。
横になったまま、ひとみちゃんを見上げる。
ひとみちゃんは、もう一度真希ちゃんのメモを読み、かすかにため息をついた。
178 :溺れて人魚 :2004/12/30(木) 22:59

「うちら、ハシャぎすぎたかな?」

夕方の薄い光に輪郭を縁取られた、不安げなその横顔。
おおらかな人だけど、その実、とても細やかで心配性な。
私は、ゆっくりと指先を伸ばした。

「ひとみちゃん、こっち来て」

ひとみちゃんは、すこし照れたみたい。
だけど、おとなしく私の元にやってきた。
考えすぎのその頭を胸にギュッと抱きしめると、彼女は静かに目を閉じた。

「……トメっちは、どう思う?」
「うーん、でもいつかは帰らなきゃいけなかったんだし、ね」
「うん」

そうね、私たち聖夜にに浮かれすぎたかもしれないけれど、
彼女が前に進むきっかけになったって、そう思いたい。
だって、クリスマスのうちに、紺ちゃんの元に帰る気になったんだもの。
まあるいひとみちゃんのオデコに、そっとキスをする。
すこし眠ろうか? ねぇ、このまま寄り添って。
179 :溺れて人魚 :2004/12/30(木) 22:59

それなりに騒がしかったクリスマスが通りすぎていく静かな夕刻。
こなれたシーツのなかで二人丸くなったまま目を閉じていると、
まるで路地裏で仲良く生きてる二匹の猫みたいな気分。
傷ついて迷いこんだペルシャ猫は帰っていった。
また、二匹になった。

寝不足で動いたから、なんだかだるいね。
なんとなくずっと気が張ってたから、すこし疲れてたね。
眠ろう、眠ろう。久しぶりの二人きりの場所で。
あなたの体温で、お布団のなか、なんだかとっても温かい……

180 :溺れて人魚 :2004/12/30(木) 23:00


…………………………………………………
…………………………………………………
…………………………………………………
…………………………………………………
…………………………………………………


181 :溺れて人魚 :2004/12/30(木) 23:00

穏やかな深い眠りに吸い込まれて、どのくらい眠っただろう。
私たちを起こしたのは、窓ガラスに何かが当たったような“コツン”という物音だった。

ん? 
ハッとして、寝ぼけ眼を見交わす私たち。
なんか音がしたよねぇ。今。 うん、したよねぇ? てゆうか、何時ぃ?
ごにょごにょ言いあいながら窓に目をやると、すっかり真っ暗。
ベッドサイドの時計を見て、あれっ?と首をかしげた。

「5時? あれ、そんなに寝てない?」
「いや、けっこう寝たと思うよ」
「え、まさかまさか、朝の5時ぃ!?」

うっそぉ!
即座にケイタイに手を伸ばして時刻を確認して、
私は「あぁ〜」と情けない声をあげた。
デジタル表示は、05:12。17時じゃない。
夕方じゃなくて、朝だ。
182 :溺れて人魚 :2004/12/30(木) 23:01

「どうしよ。無断外泊しちゃったじゃん……」
「平気だよ。どうせおばさん、あたしんちにいるって思ってるよ」
「それはそうだけど〜〜」

それもなんだかねぇ。
あーあ、やっちゃったと額に手をあてたその時。
もう一度、窓になにかが当たり、“コツン”と乾いた音が部屋に響いた。

「……やっぱり誰かいるね、下に」
「……ごっちん? また逃げてきたとか?」

ありうるかも。
私たちは示し合わせたようにガバッと起き上がり、
寝癖がついたモシャモシャ頭のまま、ガラリと窓を開けて階下を覗き込んだ。
そこにいたのは予測とは違う、でも渦中の人。

「紺ちゃん!……てゆうか、雪降ってる!」

二重の驚き。
外は、暗闇にきらきらと舞い散る初雪の景色。
桜の花びらのような雪のなか、傘もささずに歩道に立っていたのは、
その名の通り、紺色のコートを着た女の子。

「どうしたの? こんな朝はやく!」

目を丸くした私たちに、紺ちゃんは軽く頭を下げた。
メイド服じゃない彼女は、
なぜか普通の17歳の女の子よりも、すこし大人びて見えた。
183 :溺れて人魚 :2004/12/30(木) 23:02

どうしたんだろう?
上がっておいでよと声をかけたのに彼女が首を振るばかりだから、
二人揃って、あわてて階下に降りた。
玄関を開けて、キンキンに冷えた空気に思わず身を竦める。
なにこれ、すっごい寒いじゃん!雪が降るはずよ。

「いつからいたの? 寒くない?」
「今来たばかりです。よかった、気づいていただけて」

石川さんもご一緒だったんですね。助かりました。
紺ちゃんはそう言ってかすかにほほ笑み、
このたびは真希様を助けてくださってありがとうございました、と深々と頭を下げた。
そんな……。私たちは慌てて手を振る。

「ごめんね、あの、ここにいること黙ってて」
「ごっちんが教えるなって言うからさぁ……」
「ええ、わかっています」

紺ちゃんはなぜか一瞬、何かを言い淀むように睫毛を伏せ、
それから思い直したように、グッと顔をあげた。
184 :溺れて人魚 :2004/12/30(木) 23:03

「あの、真希様のこと、これからもよろしくお願いします」
「え? ああ、うん」
「ずっと……お友達でいてあげてくださいね」

へ?
私とひとみちゃんは顔を見合わせた。
どうしちゃったの、紺ちゃんいきなり?
不可解な顔をした私たちに、紺ちゃんが突然とんでもないことを言い出した。

「私、北海道に帰るんです」
「ええっ?!?!?!」
「お暇を出されまして……その、つまりクビということですけれど」

うええええええっ?!?!?!
思いっ切りのけぞる。なんでなんでよ、ちょっと待ってっ!!!!
パニクりまくる私たちに、紺ちゃんはそっと微笑んで、
不思議なほど淡々と話を続けた。
185 :溺れて人魚 :2004/12/30(木) 23:03

 クビになって当然なんです。 
 ずっと真希様についているように命じられていたのに、
 大切な結納の場で、真希様を逃がしてしまった。
 旦那様はあえてお叱りにはなりませんでしたが、私の責任なんです。
 だって…………

「私、わざと真希様を控室にひとりにしたんです」

紺ちゃんの大きな瞳が、満ち充ちた水面のように震えた。

 私、わざと真希様を控室にひとりにしたんです。
 決して逃げられてはいけなかった。
 だけど、逃げてほしいと心のどこかで思っていた。
 お時間が迫ってくるなかで、真希様はずっと鏡台の前に突っ伏しておられて、
 私はその沈黙が耐えられないというように、控室を出たんです。
 そう、まるで沈黙が耐えられないというように、
 自分に都合のいい言い訳をして。
 
「だけど、ほんとは」

 逃げてほしいと、確かに思っていた。
 この隙に逃げてしまってほしいと。
 そして、次にドアを開けたとき、真希様は本当に窓から消えていて。
186 :溺れて人魚 :2004/12/30(木) 23:04

艶やかなまあるい頬に流れる涙は、後悔なのか悲しみなのか。
そのあとの大騒動。行方も生死もわからない不安。
美術館みたいなあの大きなお屋敷のなかで、
一体、何があったのかわからないけれど。

「クビなんて……ひどいじゃん、逃げたのは真希ちゃんなのに」
「でも逃がしたのは、私ですから」

 はっきりとはおっしゃいませんが、
 旦那様はきっと気づかれているんです、真希様が逃げた本当の理由。
 あれからほどなく、荷物をまとめるように言われましたから。

「そんな……だって……ひどいよ……」
「違う、誤解なさらないでください」

 旦那様は私に、……私なんかに頭を下げておっしゃったのです。
 申し訳ないが北海道に帰ってほしい、悪いようにはしないと。
 次の就職先まで、手配してくださったんですよ。
 私の最後のわがままも聞いてくださいました。
 真希様の無事が確認できるまでは、どうか綾小路家に置いてほしいという。
 …………感謝しています。
 
「そんな……」
「真希様は、しばらく留学されることになるでしょう」

 結納をスッぽかしての脱走劇、社交界はその噂でもちきりですからね。
 先方もたいへんお怒りですし、ほとぼりが冷めるまでは。
187 :溺れて人魚 :2004/12/30(木) 23:05

なんてことなの………
とっさにひとみちゃんを見上げると、彼女もショックを隠しきれない蒼白の頬。
そんな私たちを見て、紺ちゃんはひどく申し訳なさそうに眉を八の字にした。

「……では、失礼します。きっともうご連絡はいたしませんが……」
「ちょっ、紺ちゃん!紺ちゃんはホントにそれでいいの?!」
「…………………………」 

ほんとはこんなこと訊かなくったってわかってる。
頬に流れる紺ちゃんの涙を見たら、全部わかる。
傍にいたい、ほんとはずっと傍にいたい、
なにを諦めても傍にいたかった、だけど、だけどもうそれさえ………

ふいに頬にひとみちゃんの袖が押しつけられて、私は自分も泣いてるのに気づいた。
悔しい、無力な自分。真希ちゃんをかくまって、
ただかくまっただけで、何も…………

「……それでは、失礼します。車を待たせていますので」

目を上げると、少し離れて黒塗りの車が止まっていた。

「最後に、ご挨拶ができてよかったです」
「そんな、最後だなんて……」

紺ちゃんはエヘヘと笑うと、ポケットからハンカチを取り出して涙を拭いた。
そして、もう一度深々と頭を下げると、では……と踵を返した。
ああ、行っちゃう行っちゃう、どうしようと思った時、
それまでずっと黙っていたひとみちゃんが、たまりかねたように「コンコン!」と声をかけた。
188 :溺れて人魚 :2004/12/30(木) 23:06

紺ちゃんが、振り返って軽く首をかしげる。

「はい」
「……その、あれだ、ごっちんは知ってるの? コンコンが北海道に帰ること」
「……いえ、目が覚めたら気づくと思います。手紙を置いてきましたし」

 あの人は寝ぼすけだから、お昼頃まで眠っているかもしれませんね。
 その頃、私はもう、北海道です。

いたずらっぽく笑おうとして失敗し、紺ちゃんは再び目を伏せた。
そして立ち去る間際に、握りしめている指を開いて想いをさらさらと風に零すように、
二人の秘密を、美しかった夜を、そっと私たちに打ち明けた。

「さっきまで、一緒に眠ってたんです」
「…………………………」 
「今年のクリスマス、ちょっと遅れて来ましたけど」

 でも、一生忘れません。

雪のなか去っていくその後ろ姿、車に乗り込む横顔。
どうしよう、私たちこそ、一生忘れられないよ。
寒さも忘れて私はひとみちゃんにすがりついてわんわん泣き、
ひとみちゃんは拳を握りしめたまま、ずっとずっと天を見上げていた。

渦を巻くように初雪が振ってくる、暗い暗い空を。
これから朝が来るなんて信じられない空を。

189 :雪ぐま :2004/12/30(木) 23:07


本日はここまでといたします。
次の更新は、年が明けてからです。
今年1年、おつきあいいただき、ありがとうございました。
190 :名無飼育さん :2004/12/30(木) 23:48
更新乙です。
情景が浮かびます。

来年も娘。さんたちの活躍と雪ぐまさんのお話を楽しみにしています。
191 :オレンヂ :2004/12/31(金) 00:36
更新お疲れ様です。
胸が締め付けられますね。

今年1年、素晴らしい作品をありがとうございました。
来年も雪ぐまさんのステキな小説を読めることを楽しみにしています♪
192 :名無飼育さん :2004/12/31(金) 03:26
更新お疲れさまです。
美しくも切ない情景に、胸が締めつけられるような感じです。

娘。さんたちや小説の世界とは少し距離ができかけていたのですが、
今年雪ぐまさんの素晴らしい作品の数々に出会えたことで、
またヲタに逆戻りしちゃいましたーw
これからも陰ながら応援しております。では、よいお年をお迎えください。
193 :作者見習い :2004/12/31(金) 13:15
更新、お疲れ様です。
そして、今年一年、お疲れ様でした。

来年以降も楽しみに拝見させて頂きますので
よろしくお願いします。
194 :名無飼育さん :2004/12/31(金) 16:20
更新お疲れ様です。
なんかホントに涙がこぼれてきちゃいました。
切なすぎます…
今年は雪ぐまさんの作品と出会い、感動や切なさ、嬉しさを
たくさんもらいました。
来年も楽しみにしていますので無理なさらぬよう頑張ってください。
ではよいお年を。
195 :ピクシー :2005/01/03(月) 08:56
更新お疲れ様です。
そして、あけましておめでとうございます。
今年も楽しく読ませていただきます。

コンコン・・・
情景が目に浮かぶ・・・(涙)

次回更新も楽しみに待ってます。
196 :名無飼育さん :2005/02/06(日) 00:41
更新待ってます。
凄く感動しました〜。紺ちゃん頑張れ!
197 :名無飼育さん :2005/02/09(水) 15:14
面白いです☆
更新待ってます。
198 :名無飼育さん :2005/02/17(木) 00:21
切ないなぁ…。ほんと、切ない。
最初から読み直してみたけど、やっぱり切なかったw

雪ぐまさんの書く景色は、色がついています。
だから胸がキューてなったりポワワてなったりしすぎるんです。
なんとかしてくださいw
199 :雪ぐま :2005/02/21(月) 20:35
190> 名無飼育さん
ありがとうございます。昨年ほど頻繁に更新はできなさそうなのですが、
まったりと続けていきたいと思っています。どうぞよろしく♪

191> オレンヂさん
うちのこんごまはどうも悲恋めいてしまう傾向が……。
今年もぼちぼち書き続けていこうと思っています。どうぞよろしく♪

192> 名無飼育さん
うれしいお言葉、ありがとうございますーw 今年もお楽しみいただけると
いいなあと思っています。頑張ります〜♪

193> 作家見習いさん
ありがとうございます。昨年は娘。小説に始まり、娘。小説に終わった
1年でした。今年もスローペースながら、そうなりそうな予感ですw

194> 名無飼育さん
すごくうれしいです。雪ぐまも194さんをはじめたくさんの読者様から
感動や励ましをたくさんいただきました。感謝しています。

195> ピクシーさん
大切な思い出のある初雪の日に去って行ったコンコン。切ない決意です。
更新お待たせして恐縮ですが、今年もお楽しみいただけることを祈っています。

196> 名無飼育さん
レス、ありがとうございます。
北海道に帰った紺ちゃん、今ごろ何をしているのでしょうか……
200 :雪ぐま :2005/02/21(月) 20:35
197> 名無飼育さん
レス、ありがとうございます。
さくさく更新できずに恐縮ですが、頑張ります。

198> 名無飼育さん
最初から……けっこう長かったのでは? 大切に読んでいただけて
すごくうれしいです。これからもキューてなってもらわなくっちゃですねw

それでは久々の更新にまいります。
201 :溺れて人魚 :2005/02/21(月) 20:37


ふいにひとみちゃんは、私の手をつかんで駆け出した。
思いきり私はよろめき、でも駆け出した方向で、
ひとみちゃんがどこに行こうとしているのかすぐにわかった。

うっすらと雪の積もったアスファルトに何度も転びそうになりながら、
息を切らして辿り着いたのは、私たちの背よりもはるかに高い塀の前。

「ごっちん! 起きろ!!!」

ひとみちゃんは、叫ぶ。
涙のにじむ声は冷たい塀にこだまして、散り散りに消える。
何事もなかったかのように闇に消える。

202 :溺れて人魚 :2005/02/21(月) 20:37

「ごっちん!ごっちん、起きろって!!!」

朝焼けは、まだぜんぜん訪れそうになくて、
あなたの頬に流れる涙が凍ってしまわないか、私はとても心配になった。
何度わめいても、その声は真希ちゃんに届きそうもなかった。


203 :溺れて人魚 :2005/02/21(月) 20:38


…………………………………………………
…………………………………………………
…………………………………………………
…………………………………………………
…………………………………………………


204 :溺れて人魚 :2005/02/21(月) 20:39

「…………ふぅん」

美貴ちゃんは何かを考え込むように腕を組み、
ギシッと音をたててパイプイスの背もたれに寄りかかった。

「で、それからどうなったの?」
「どうにも。真希ちゃんから連絡ないし、ケータイもつながらないし」

撮影の合間の休憩時間。
真希ちゃんたちのこと、本当は4人揃ってから話そうと思ってたんだけど、
亜弥ちゃんとひとみちゃんの撮影がおしていて、つい先に話し始めてしまった。

「ねぇ美貴ちゃん、どうしよう? どうしたらいいと思う?」

ぐっと身を乗り出して真剣に聞いたのに、
美貴ちゃんはヒョイと肩をすくめて放るように言った。
205 :溺れて人魚 :2005/02/21(月) 20:40

「ごっちんがなんとかするんじゃん?」
「え?」
「てか、今うちらにできることってないし」

ムッ。
私は思わず唇を尖らせる。
できることないって、そりゃあそうかもしれないけどぉ〜〜〜。

「なんかヤダな。それって悲しいじゃん」
「なにが?」
「だからー、できることないとかって」
「だってしょうがないじゃん」
「しょうがないって……」
「事実でしょ?」

ギシギシギシ。
美貴ちゃんがパイプイスを揺らす。
ちょっぴりイラついてそうなその様子にひるみつつ、
でも、あの日からずっと考えてたことを言ってみた。
206 :溺れて人魚 :2005/02/21(月) 20:41

「私、真希ちゃんに会いに行ってみようと思って」
「綾小路家に?」
「そう」
「えー、美貴は反対」

なんでよぉ?
プーッとふくれた私を、美貴ちゃんはちょっと呆れた目で見た。

「芋づるだよ?」
「え、芋?」
「だーからー、ごっちんかくまってたこととかバレるから絶対」
「バレちゃだめ?」
「さぁね。どんくらいヤバいのか美貴はしらないけど」

うーん……。
思わず腕を組んで考え込む。
家出人をかくまうのって、何か罪になるのかしら?

「罪っていうかー、単純に面倒じゃん。怒られんのヤだし」
「えー、でもそれはさぁ」
「ごっちんにも何か迷惑かけちゃうかもしれないし」

うっ。そ、それはそうかも。
ぐっと詰まった私に、美貴ちゃんはビシバシたたみかけてくる。
あのさトメちゃん、ごっちんはうちらとは住んでる世界が違うんだからさ。
ずっと連絡ないっていうのも、なんか事情があるんだよ、きっと。
207 :溺れて人魚 :2005/02/21(月) 20:42

「ごっちんが何か言ってきたら助けてあげたらいいじゃん」
「えー、そぉぉ?」
「と思うよ。うちらが下手に動かないほうがいいよ」
「そーかなぁ? なんか納得できない」

だって友達だもん、ほっとけないじゃん。
真希ちゃんと紺ちゃん、とってもお似合いだったのに、
このまま別れさせられちゃうなんて可哀想だよぉ……。
しつこくグズグズ言った私に、美貴ちゃんはハァッとわざとらしくため息をついた。

「だからそれもさ、うちらがどーにかできるわけ?」
「……………………」
「二人だけの問題じゃないじゃん、あの子らはさ」

 ダメならダメで、しょうがないじゃん。
 そりゃ、可哀想だけどさ。どうしようもないじゃん。

そんなことはないっ!
私は思わずカッとなって、美貴ちゃんの肩をワシッとつかんだ。

「美貴ちゃん、あきらめちゃダメッ!頑張ろうよ!」
「いや、だから美貴が頑張るとこじゃないから、ここ」
「そんなことない! なにかできるはずだよぉーーー!!!(ガクガクガク)」
「あーーちょっと首折れる!首折れるって!」

208 :溺れて人魚 :2005/02/21(月) 20:43

あ、いけない。ついガクガク揺すぶっちゃった。
パッと手を離すと、美貴ちゃんはくらくらしたみたいに頭を押さえ、
ちょっと勘弁してよぉーとつぶやいた。
フンだ、ダメならしょうがないとか言うからだよ。
私は腕組みして、プーッと膨れた。

「美貴ちゃんはサッバサバしすぎだよ」
「そう? 美貴だって悲しいんだよ?」
「そぅお〜?」

ムカムカきてた私は、失礼を承知でチクッと言ってやる。
ぜんっぜん悲しそうに見えない。
美貴ちゃんはハハッと空笑いして、ズバリ切り返してきた。
あのさ、トメちゃんって、おせっかいすぎ。

キーーーーッ!!!! くやしぃぃぃぃ!!!
ジタバタと足を踏みならした私を見て、
美貴ちゃんは今度はアハハハハ!と喉の奥が丸見えになるくらい大笑いした。
もう、なによ! 今、すっごい真面目な話してるんだよ?!
209 :溺れて人魚 :2005/02/21(月) 20:44

「ごめんごめん、あー、もーおかしい……」
「なによ! なんにもおかしくないじゃんっっ!」
「いやー、よっちゃんさんはすごいわ」
「なにが?」
「いっやー、このトメちゃんにつきあってんでしょ?」
「なっ………」
「まあ、かわいいけどねぇ、うん」

むかかかかかか!
なによ、なんなの? やっぱ美貴ちゃんって性格悪いんじゃないの?
ひとみちゃんは「いいヤツ」だなんていうけどっ。
何か言い返そうと真っ赤になって口を開きかけた時に、
美貴ちゃんが急に私の薬指をスッと指さした。

「その指輪」
「え?」
「よっちゃん、バイトして買ったんだよね?」

え?
思わず右の薬指を見つめる。
そこに光ってるのは、ピンク色の小さなオパールが木の葉みたいに3つ並んでる指輪。
もう指に馴染みすぎてあんまり意識しないけど、
二人が恋人になって初めてのクリスマスにひとみちゃんが贈ってくれた大切なもの。
210 :溺れて人魚 :2005/02/21(月) 20:45

「よっちゃんさぁ、もう大騒ぎでさ、それ買うのに」
「大騒ぎ? ひとみちゃんが?」
「そう。でさぁ、美貴と一緒にバイトしたんだよ。懐かしー」

 よっちゃん頑張りすぎて風邪ひいちゃったんだよね、確か。
 なんっか、ほほ笑ましかったっていうか。
 美貴、すごい覚えてるの、そのこと。

ニコニコ微笑んでる美貴ちゃんは、やっぱり「いいヤツ」かもしれない。
キーッてなった私をフォローしようとして、喜ばせようと思って、
あの頃のひとみちゃんの奮闘を教えてくれたのかもしれない。

でも、美貴ちゃんは大きなミスをした。
私の指先が、こみあげてきた怒りでプルプル震え出す。
なんですって? ひとみちゃん、美貴ちゃんと一緒にバイトしてたですって?

私に隠れて、いいかげんなことしてたひとみちゃんと美貴ちゃん。
仲良しのお友達だと思ってたのに、
いきなり裸でベッドにいた二人を見たときのショックってわかる?
ひとみちゃんはごめんごめんって何百回も謝って、
だけど私はすっごく悲しくて、すっごく心配で、
お願いだから美貴ちゃんと学校以外では会わないでって懇願した。
ひとみちゃん、わかったって指切りげんまんしてくれたのに。
会ってないよ、大丈夫だよって何回も言ってたのに。

なのに、なのに、
私に隠れて、二人で一緒にバイトしてたですってぇーー!!!

211 :溺れて人魚 :2005/02/21(月) 20:45

「うそっ、よっちゃん、内緒にしてたのっ?!(汗」
「くやしいっ! ひとみちゃんの嘘つきーーー!!!」
「いや、トメちゃんっ、もう時効だからっ!(滝汗」
「時効ってなによ! もう、そういういい加減なとこが嫌なのよっ!」
「と、トメちゃん、落ち着いてっ……」
「大っ嫌いよ、ひとみちゃんも美貴ちゃんもーーー!!!」

忘れかけてた嫉妬の炎が、いきなりごうごうと燃え上がる。
私のことバカにしてっ、黙ってたらわかんないって思ってっ。
悔しい、クヤシイ、くやしいよぉっ……
あっという間に、視界にじわじわっと涙の膜が張った。

ぎゅうっと右手を胸に握りしめる。大切な指輪を閉じこめるみたいに。
うれしかった大切な指輪。運命を感じた指輪。
ずっとつけてて小っちゃなキズがいっぱいついたの気になってた。
だけど、それどころじゃない。今ついたキズはそれどころじゃない。
悲しいよ、嘘の隠れた贈り物なんて……ひどい………ひどいよ………
212 :溺れて人魚 :2005/02/21(月) 20:46

「ちょっとトメちゃん、泣くことないじゃん」
「……美貴ちゃんには、わかんないんだよ」

冷たいくらいサバサバしてて、遊びでひとみちゃんと寝ちゃう。
私の大事なひとみちゃんと、簡単に何回も寝ちゃう。
そんないい加減な人に私の気持ちなんてわかるわけない……わかるわけないよ……
涙声でそう責めた私に、美貴ちゃんは気まずげに唇をへの字に歪めた。

「……遊びでしてたわけじゃないよ、美貴だって」
「……だったら、もっと悪いわよっ……」
「悪いって……でも、あの時は……」
「あの時は、何よ?」
「……ううん、いい。ごめん、美貴が悪かった」
「あ、謝ってほしいんじゃないわよっ」
「じゃ、どうしろって……」

じれったげにそう言いかけて美貴ちゃんはフッと目を上げ、
次の瞬間、ハッとしたように唇を閉ざした。
白薔薇みたいにプライドの高そうな顔が、みるみるうちに青ざめていく。
213 :溺れて人魚 :2005/02/21(月) 20:47

「あ、亜弥ちゃん……」

振り返ると、休憩室の入口に腕組みをした亜弥ちゃんが立っていた。
いつの間に! 私も驚いて目を見開く。
うそ、いつからそこにいたの?

涙目の私になんてかまうことなく、
亜弥ちゃんの瞳は、ただギッと美貴ちゃんを睨みつけていた。
その、ものすごい迫力。
美貴ちゃんがますます青ざめる。

「いや、亜弥ちゃん、違う、違くて……」

すこし上ずった慌てた声。
ああ、やっぱり美貴ちゃん、亜弥ちゃんにひとみちゃんとのこと言ってなかっ……。
そう思う間もなく、亜弥ちゃんは化粧台の上にあった自分のバッグをひっつかみ、
パッと踵を返して駆け出していってしまった

「待って、亜弥ちゃん!」

美貴ちゃんがパイプ椅子を蹴らんばかりに立ち上がって後を追う。
つられて私も休憩室を飛び出すと、廊下の向こうから
撮影を終えたひとみちゃんと里田まいちゃんが連れ立って歩いてくるのが見えた。

あっと思う間もなかった。
すれ違う瞬間、亜弥ちゃんは大きくバッグを振りかぶり、
思いっ切りひとみちゃんの肩先めがけて殴りつけた。
まるで、野球のバットを振るみたいに。
214 :溺れて人魚 :2005/02/21(月) 20:47


バーーーーーーーーーーーーーン!


215 :溺れて人魚 :2005/02/21(月) 20:48

「うわぁっ!!」

ふいをつかれたひとみちゃんは衝撃で壁に叩きつけられ、
そのままズルズルと床に尻もちをついた。
まいちゃんが、ヨシコっ!!と悲鳴をあげてすがりつく。
ひとみちゃんは尻もちをついたまま、
走り去る亜弥ちゃんと追いかける美貴ちゃんをボーゼンと眺めた。
216 :溺れて人魚 :2005/02/21(月) 20:49

「いってぇ〜。なんだよ、アイツいきなり……」

眉をしかめ、ブン殴られた肩を痛そうにさする。
大丈夫?と声をかけようとしたとき、
まいちゃんが先に「大丈夫?」と、ひとみちゃんの顔をのぞきこんだ。

「んっ、いや、ヘーキだけどぉ」
「もー、なにあの子。なんでヨシコが殴られるわけぇ?」

ヨシヨシなんて、まいちゃんはひとみちゃんの肩を撫でて。
ひとみちゃんは、イテーよぉなんて甘えた声をあげて。

なんか、すっごくカーッときた。アタマにきた。
そうだ、この人は、いつだってやさしい人にすぐ甘えて。
まわりじゅうの女の子にチヤホヤされて、調子のいいことばっか言って。

「ひとみちゃんの嘘つき! 女タラシ! もう信じない! 大っ嫌い!!」
「なっ……、なんなんだよ、いったい?!」

バカッ!!!
私は声を限りに叫ぶと休憩室に駆け戻り、
バッグをひっつかんで全速力で外へと駆け出した。
あっけにとられるひとみちゃんとまいちゃんを置きざりにして。


217 :雪ぐま :2005/02/21(月) 20:49


本日はここまでといたします。
218 :名無飼育さん :2005/02/21(月) 21:57
修羅場だ…シュラバランバ☆(古)だ…。
ど、どうなってしまうのでしょうか??
更新マタ―リとお待ちしています。
219 :名無飼育さん :2005/02/21(月) 22:55
更新お疲れ様です。
結構激しいことになってますね…どーなることやら。目が離せませんね。
220 :名無飼育さん :2005/02/22(火) 01:41
だーどうして今になってそんな・・・
うがkdぅおおお
221 :名無飼育さん :2005/02/22(火) 10:31
修羅場来たー。
こっちもだけど後藤さんの方もどうなるんだろう。

次回も楽しみにしてます。
222 :名無飼育さん :2005/02/22(火) 16:26
ああああ…
ひーちゃんはホントに天然タ(ryですね
色々どたばたしてきたし

次回も楽しみです
223 :名無飼育さん :2005/02/22(火) 18:16
雪ぐま様更新お疲れ様です

あぁぁぁぁ…
ごちんと紺ちゃんも大変だけど、この二組も修羅場になっちゃった…

224 :名無飼育さん :2005/02/23(水) 10:19
ずっと自分の心の中で引っ掛かっていた事ではあるんですけど、ついにバレちゃいましたね・・・
でも修羅場大好きな自分にとってはうわ何をするやめ(ry
225 :作者見習い :2005/02/26(土) 10:04
お疲れ様です。
さて、これからどうなる事やら(ハラハラドキドキ)・・・
226 :雪ぐま :2005/03/01(火) 22:23
今回は一言レスが続いてますね〜。さすが修羅場w
というわけで、雪ぐまも一言レスでお返事をば。

218> 名無飼育さん
古っw でも、好きです、そのセンス(爆

219> 名無飼育さん
とくにまつーらさんが激しいことになってますね。どーなることやら……

220> 名無飼育さん
やっぱ嘘はいつかバレるっていうかねぇ、うん……

221> 名無飼育さん
トメっち、忘れてそう……。(; ´ Д `)<忘れないでー。 

222> 名無飼育さん
どたばた、お好きそうですねぇw (;0^〜^)<タラシ…?

223> 名無飼育さん
家電も壊れるときは次々きますからねぇ。え、ちょっと話が違う?w

224> 名無飼育さん
あらまあ、修羅場大好きだなんて心強いお言葉w

225> 作者見習いさん
どうなることやら雪ぐまもまだわからないという状況だったりしてw

それでは、更新にまいります。
227 :溺れて人魚 :2005/03/01(火) 22:24


「なぁ石川さん、そろそろデートせえへん?」

はあっ?
思わずコロッケを包む手を止めて顔を上げた。
目の前にはいけすかない金髪男、寺田さん。
嬉しそうにニヤニヤしちゃって、あいかわらず何を考えてるんだか。

「……私、そういうことは、はっきりお断りしたはずですけど」
「人の心は変わるやろ? 季節と一緒やんか」

女心と秋の空ゆうてな〜。
歌うように寺田さんはそう言って、

「な、お願い。一回デートして?」

と、茶目っ気たっぷりにパチンと両手を合わせた。

「お断りします」
「なんやー、冷たいワー」

寺田さんはオーマイゴッド!みたいに大げさに手を広げ、
それからヒョイと腕組みをして、おっかしいなーと大げさに首をひねった。
228 :溺れて人魚 :2005/03/01(火) 22:25

「なんや、今日はいける思たんやけどなー」
「は?」
「あんた、カレシと喧嘩でもしたんちゃうん?」

ギクッ!
思わずギョッとした顔をした私に寺田さんは
「あっ、図星や」と嬉しげに肩を揺すった。
ちょっ、このヒト、なんてカンがいいのっ……。

「し、し、してませんよ、喧嘩なんて」
「隠さんでエエやん。アンタめっちゃ機嫌悪そうやもん、今日」
「き、気のせいですっ」

おかしいわ、私だって接客業のはしくれ。
なにがあっても、お客様には最高のスマイルで接しているはずなのに〜っ!

「アンタ、顔に出やすいタイプやんなぁ?」
「ぐっ…………」

なによ、悪かったわね〜。
私はバタバタとコロッケを包むと、
押し付けるようにハイッ!と寺田さんに突き出した。
229 :溺れて人魚 :2005/03/01(火) 22:26

「毎度ありがとうございましたっ!」
「なぁ、デートしようや? 仕事終わるの待っとるさかい」
「嫌です」
「おもろいとこ連れてったるで? 損はさせんて。な?」
「結構です」
「スカッとすると思うけどな〜」
「遠慮しときます」

アハハハハ、あー、オモロ!
頑として首を縦にふらない私に、寺田さんはやっぱりおかしそうに大笑い。
ほんと不思議だわ、この人って。凹むってことがないのかしら?

「残念やワー。じゃあまたね、石川さん」
「…………はぁ」
「あんなぁ、下心だけやないで?」
「え?」
「あんた落ち込んどるから誘っただけやで?」

ほなな。元気だしや?
寺田さんは、気のいいアンちゃんって感じにニカッと笑うと、
ひらひらと手を振り、悪趣味なポルシェで風のように去って行ってしまった。
230 :溺れて人魚 :2005/03/01(火) 22:27

私は呆気にとられて、思わず去っていく車を見送ってしまう。
下心だけじゃないですって?

「嘘ばっかり」

そう思うけど、なんとなく。
なんとなく今日は、悪いことしちゃったかな?って気持ちになった。
冷たくあしらいすぎたかな、っていうか。

これってたぶん、心の隙っていうやつね。
カウンターに肘をついて、ハァとため息をつく。
確かに寺田さんが言うように私は今、めっちゃ機嫌悪くて、
それで、かなり落ち込んでもいる。

「スカッとするとこねぇ……」

寺田さんと行きたいとは思わないけどさ、ウン。
今のこのムシャクシャした気持ちを忘れさせてくれるなら、
ちょっと行ってみてもよかったかな、なんてね。
だってさ、ひとみちゃん、ひどいんだもん。

「電話くらいかけてきなさいよォ……」

鳴らない携帯電話を恨めしく見つめる。
ねぇ、かけてくるのが当然じゃない?
私が怒ってるのわかってるのに、ひとみちゃんったらどういうつもり?
どうして怒ってるのか、知りたくないわけ?
231 :溺れて人魚 :2005/03/01(火) 22:27

もしかしたら、美貴ちゃんから事情を聞いてるのかな、とも思う。
でも、それならそれで、謝りの電話一本よこさないっていうのは……

「あー、バカバカしい。さ、仕事仕事!」

ひとみちゃんは、ほっとけば私の方から折れるとか思ってる気がする。
あるいは逆ギレ? ……かもね。
んな昔のことでいまさら怒んなよ、なんて。

こんな日に限ってお客さんが少なくて、
私はヒマをもてあましてイライラが募ってしまう。
とっぷりと日が暮れてしまっても、携帯電話は鳴る気配がない。
なんだか怒りを通り越して、悲しくなってきた。
ひとみちゃん、ひどいよ……
232 :溺れて人魚 :2005/03/01(火) 22:28

お店を閉める時刻になっても、とうとうひとみちゃんからの連絡はなかった。
お店の前を掃き掃除するついでに私は、
路地を覗き込むようにして彼女の部屋の明かりを確かめてみた。

……電気、ついてる。

「いるんじゃん、部屋に」

だったら電話くらい、できるはず。
忙しくないんなら、大学の帰りにお店に寄ってくれたっていいじゃん。
もどかしい思いが胸に押し寄せて、薬指の指輪を見つめた。

カッとなって、つい怒鳴っちゃった私だけど、
そうね、家に駆け戻ってわんわん泣いてみたらすこし冷静になって、
ひとみちゃんの気持ちもわからないでもないかなって思えてきたの。
私がすごく心配するから黙ってたのよね、美貴ちゃんとバイトしてるってこと。
だから、そう、電話くれたら少しだけ拗ねて、それでおしまいにしようって思ってた。

なのに、一晩中鳴らなかった電話。
どうして? そのことのほうが、今はもう悲しいの。
わがままかな、私。ご機嫌をとってもらいたいってわけじゃないけど。
233 :溺れて人魚 :2005/03/01(火) 22:29

ため息をついて見上げると、夜空まで暗く曇ってて。
ねぇ、私って、今とっても間抜けじゃない? 怒ったのに、ほったらかされちゃって。
割烹着に三角巾姿で、チリトリとホウキを手に持ったまま、考える。
そうね、ひとみちゃんって、もともとそんなにマメなほうじゃない。
だけど、恋人になりたての頃、そう、この指輪をくれた頃なんかはさ、
ささいなことでも一生懸命、私を喜ばせようとしてくれて、それがすごく嬉しかった……

「勝手に怒ってろってこと?」

それとも、もうぐずぐず言うなってことかなあ。
いちいちうるせー女だとか? やってられっかよ、みたいな?

わかんない。教えてよ誰か、あの人の気持ち。
人の心が季節みたいに変わるなら、長い時間に恋の姿も変わっていくの?
私は、なんだか置いていかれた気分。
冷たいって……そう、ひとみちゃん、冷たいよって。

我慢したけど、こみ上げてきた涙が一粒だけポトンとこぼれ落ちた。
だけど、泣いたって仕方ない。
悔しいのは、あの人の思惑通りの私。
もう後悔してる、怒っちゃったこと。怒鳴ったりしなきゃよかったって、
ううん、そんなの変だよ、だって私が悪いわけじゃないのに……
234 :溺れて人魚 :2005/03/01(火) 22:30

つまらない考えを振り払うように軽く首をふり、
手の甲で、ゴシゴシ頬をぬぐって顔をあげる。
そして私は、思いがけない人に涙を見られてしまったことに気づいて、ハッと立ちすくんだ。

「おーす」
「……寺田さん」

いつの間に。
少し離れた路地のところに、とっくに帰ったはずの寺田さんが立っていた。
ひっそりと停めたピンクのポルシェに寄りかかるようにして。

寺田さんは、ちょっと照れくさそうに笑ってサングラスを外すと、
ズボンのポケットに手をつっこんだまま、ゆっくりと歩み寄ってきた。

「しつっこくって申し訳ない。今日はナンカ妙に気になってなぁ」
「……………………」
「あんた、エラい落ち込んでるんやないかって」

 気のせいならエエって思ってたんやけどな。
 ほんま、おせっかいでスマンな。

いつものハイテンションからは信じられないほど穏やかな声に、
私はうつむいて、小さく唇を噛んだ。どうして………
ホウキとチリトリを、ぎゅうっと握りしめる。
235 :溺れて人魚 :2005/03/01(火) 22:30

寺田さんはしばらく、どうしたもんかというふうに爪先で軽く道路を蹴ってたけど、
ずっと俯いたまま返事をしない私にフッとため息をついて、
それからヒョイと私の顔をのぞきこんだ。

「あんなぁ、僕ね、あんたのこと元気にしたいんですわ」
「……………………」
「あんた、笑うとカワイイからなぁ。って、いつでもカワイイんやけどな〜」

ハハハッ。
寺田さんはやっぱり照れたみたいに空笑いして、
それから妙に生真面目な顔になって、やっぱ食事に誘ってもええかな?と言った。

「神かけて誓うけど、変なことは絶対せんよ。約束する」
「……………………」
「ちょっとスカッとしたらええねん。そや、カラオケでもどや?」

 ワシ、歌うまいねんで〜? 
 あ、ワシとかゆうてもた。ゆわんとこ思ってたのに、ハハッ。
 まぁ、エエわ。そうそう、僕、歌うまいんですわ、いやマジで。
 あ、疑っとるね? 疑っとるやろ? フリつきやで?
 シャ乱Qとか完コピやで? もう、どっかーん笑かすで?

「な? 行こーや。パーッと遊ぼ?」

寺田さんは、おどけたようにそう言って、ニコニコッと笑った。
その目はやさしく、すこし同情したみたいに細められていた。
236 :溺れて人魚 :2005/03/01(火) 22:31

ああ………。
私は胸の中でこっそりと呟く。
ねぇ、ただ、私を口説くためにだとしても、
ただ、私の心の隙につけこんでるだけだったとしても、
こんなふうに、落ち込んだ私に気づいて元気づけようとしてくれる、
そのために道化になってでも笑わせようとしてくれる、
そんなふうに自分を見ててくれる人がいるの。

私は静かに顔を上げて、微笑んだ。
寺田さんが、パッと目を輝かせた。
237 :溺れて人魚 :2005/03/01(火) 22:32

「…………お気持ちだけ、いただいておきます」

エ?
寺田さんがガクッとよろめいた。
な、なんでやねん? ぱちくりと開いた目がそう言ってる。

そうね。こんなふうに誘ってくれたのに、申し訳ないなって思います。
一度、食事をするくらい、なんてことないよねって思います。
やさしく誘ってくれて、嬉しかった。だけど、ごめんなさい。
私、頑なすぎるかもしれないけれど。

「ごめんなさい」

ペコリと頭を下げた私を、寺田さんはマジマジと見た。
北風が、ひゅうと音を立てて気まずく沈黙する私たちの間を通りすぎてく。
ほどなく彼は、まいったなぁというようにポリポリと頭を掻き、
ふはは……と情けない声で笑って、かすかに悔しげに頬を歪めた。
238 :溺れて人魚 :2005/03/01(火) 22:32

「………あんたのカレシがうらやましいわ、そこまで好かれて」
「……………………」
「ほんま、あんたのこと泣かせるんやったら殴ってやりたいわ」

呻くような、その声。
これまでに一度も凹んだとこを見せなかった寺田さんが、
私の前で、初めて傷ついた表情を見せた。
ごめんなさい。私はもう一度、頭を下げる。
なぜだかすこし、悲しい気持ちで。

「あーああっと、失敗失敗。またフラれたわ〜」

やおらそんな声をあげて、寺田さんはいつものようにニヤッと笑った。
じゃあね、石川さん。またコロッケ買いに来ていい?

「ええ、お待ちしています」
「ほんま、イイオンナやで、あんた」

ひらひらっと手を振ってヒョコヒョコ去ってく後ろ姿は、
もうさほど不愉快には見えなかった。
エンジン音がうるさすぎるピンクのポルシェはやっぱり悪趣味に見えたけど。
239 :溺れて人魚 :2005/03/01(火) 22:33

車体が完全に消え去るまで見送ってから、
私はもう一度、ひとみちゃんの部屋のあかりを遠く仰ぎ見た。
素知らぬ顔で、蛍光灯の白いあかりが漏れる窓。

「ひとみちゃん、は、私のこと」

面倒な女と思いますか?
あなたのことが好きで、ずっと好きで、うるさいことばっかり言うの。
何年も前の過ちに嫉妬して、何年も前の嘘に腹を立てて。

「もっと、大事にして。いつも、かまってよ」

わがままですか? でも、本音です。
あなたの前では言ったことがない本心です。
困らせるのも、口うるさいのも、おせっかいも、嫉妬も、全部。
あなたに私をもっともっともっともっと、見てほしいから。
240 :溺れて人魚 :2005/03/01(火) 22:33

白く光る窓は、知らん顔。
携帯は、まるで鳴る気配なし。メールもなし。
私は悲しい気持ちでトボトボ家に戻り、居間を覗いてお母さんに声をかけた。

「お風呂、先入っていい?」
「あら、珍しい。どうぞ」
「ありがと」

もう、泣くっきゃないわよ、これ。
シャワーでもガンガン浴びながら、ひとり泣くしかない。
そしてすこし考えよう。私から電話をかけるべきなのかどうか。
だけどなぁ、それって絶対ヘン……
241 :溺れて人魚 :2005/03/01(火) 22:34

どんよりと落ち込みつつバスルームへと向かいかけたとき、
ふいに、ピンポーンと玄関のチャイムが鳴った。

えっ?
ピタッと足が止まる。
ひ、ひとみちゃん?!

「お、お母さん、ちょっと出て」
「ひとみちゃんじゃないの? この時間は」
「いいから、ちょっと出てよ」
「なによ、変な子ねぇ? ケンカでもしたの?」
「ま、まあね、そんなとこ」

しょうがないわねぇ〜。
ブツクサ言いながら、よっこらしょと立ち上がるお母さん。
玄関に向かう背中に、祈るような気持ちになる。
お願い、ひとみちゃんと、ちょっと雑談とかしてみて。
そして自然なとこで、さりげなく私を呼んでほしい。
242 :溺れて人魚 :2005/03/01(火) 22:35

とか、思ってたのに。

「梨華ーー、お友達よぉーー」

え? お友達? うそ、ひとみちゃんじゃないの?
慌ててバタバタと玄関に駆け出た私を待っていたのは……

「美貴ちゃん……」

どうしてうちに……。
思わず低くつぶやいた私に、彼女はひどくバツが悪そうに首をすくめた。


243 :雪ぐま :2005/03/01(火) 22:35


本日はここまでといたします。
244 :名無飼育さん :2005/03/02(水) 01:32
えーーーいいところで!!気になって眠れませんw
寺田さん、気のいい奴ですね。梨華ちゃんの対応もさすが。
更新お疲れ様でした!
245 :名無飼育さん :2005/03/02(水) 02:00
うわぁ、気になって眠れませんその2w
思わぬ人がやってきて、これからどうなるんでしょうか?
246 :オレンヂ :2005/03/02(水) 04:09
更新お疲れ様です。
うぅ〜・・・これからどんな風に物語が進んでいくのでせうか・・・気になって眠れませんその3
それにしても、ちょっとおっちゃんがかっこいいとか思ってしまいましたが
心の中で「梨華ちゃん逃げてー」って叫んでしまってましたw
247 :名無飼育さん :2005/03/03(木) 00:57
それじゃ、その4w
寺田さんとのやり取りにはらはらしました。
梨華ちゃんがんばれ。
248 :名無飼育さん :2005/03/03(木) 03:02
更新お疲れ様です
私もその(ry
気になるぅぅぅぅ
249 :孤独な名無し :2005/03/03(木) 21:48
うわぁ〜私もそのg(ry

最近20歳になったアノ人がどう動くか、その人のカノジョはどうするのか、トメっちは…

罪なお方だ雪ぐまさん…゜・(ノД`)・゜・。
250 :雪ぐま :2005/03/07(月) 22:55

244> 名無飼育さん
そこまで言っていただけてうれしいです。
トメっちの誠実さ、よっすぃ〜に伝わるかな?

245> 名無飼育さん(2様)
ふふふ、どうなるでしょうか。
お楽しみいただけることを祈っています。

246> オレンヂさん(3様)
おっちゃんw 年の功か、なかなか女心を揺さぶってきますね。
でも、トメちゃんはひとみちゃん一筋なのでした♪

247> 名無飼育さん(4様←ヤグとオソロ、おめでとうございますw)
トメっちも、そうとう心揺さぶられたようですけどね〜。
愛するひとみちゃんは何してるのやら……

248> 名無飼育さん(ry様)
さて、どうなりますでしょうかぁぁぁぁ。

249> 孤独な名無しさん(g(ry様)
あっちもこっちも壊れちゃって、雪ぐまもどうしたものやらw
とりあえず 20歳になったアノ人は、何か策を練ったようですが……

それでは、更新にまいります。
251 :溺れて人魚 :2005/03/07(月) 22:57


一生のお願いだからといって、
どうしても聞いてあげなくちゃいけないものでもないと思う。

だけど、聞いちゃうのよねぇ……。

「どうかと思うわ、この性格」

にわかに春めいた日差しがさんさんと降り注ぐ午後。
初めて訪れるこぢんまりとしたカフェで、私が待っているのは亜弥ちゃん。

「遅いなぁ……ドタキャンかなぁ……」

昨夜遅くにかけた電話の、やたら不機嫌そうな応対を思い出す。
いつもが明るいだけに、そのダークさが超こわくて
思わず電話を切っちゃいそうになったんだけど、
その時、私の脇には、神仏でも拝むみたいに
オネガイオネガイと頭を下げてる美貴ちゃんがいて。

『トメちゃん、一生のお願い!』

亜弥ちゃんが話も聞いてくれない、電話にも出てくれない、メールも返ってこない。
だからトメちゃん、お願いだから亜弥ちゃんと会って話してみて……って、
あの〜、こっちもそれどころじゃないんですけど?
252 :溺れて人魚 :2005/03/07(月) 22:58

『あ、やっぱ、よっちゃんから電話ない?』
『やっぱりって、何よ?』
『んー、変なトコで意地張るからなぁ、あの子』

あの子ってなによ。
いかにもひとみちゃんと仲良さげな美貴ちゃんの言葉に微妙にカチンときつつ、
あの後のくわしい状況を聞いて、私はますますカチーンときた。

『美貴もまいちんも、はやくトメちゃんに電話しろって言ったんだけどぉ。あ、アヤカさんも』
『アヤカさんまでいたの?!』
『ウン。でも、よっちゃん、“いーよ、んな昔のことでメンドくせー”って』
『なんですってぇ!』
『や、だから意地張ってんだなーって、美貴は思ったんだけど』

むっかーー……
意地っていうかそれって、かっこつけてるだけじゃん。
みんなに、恋人にぺこぺこしてるって思われたくなかっただけなんじゃないの?

『いや、トメちゃん、考えすぎだから』
『いーえ、あの人はそういう人ですっ! あー、もうヤダヤダヤダ……』
『あーー、トメちゃん落ち着いてっ』

床に転がりまわってジタバタした私の肩を、美貴ちゃんがワシッと取り押さえた。
そして内緒話でもするように、声を潜めて顔を覗き込んできて。
253 :溺れて人魚 :2005/03/07(月) 22:59

『ね、協力しよ?』

協力ですって? 何を?

『お互い、うまく仲直りできるように』
『あのねぇ美貴ちゃん、もとはと言えば……』
『あー、それはほんと謝るから。ね? 喧嘩したままじゃ、ヤじゃないの?』
『………………』

調子いーい。
ジロ〜リと睨むと、美貴ちゃんは見たこともない情けない顔で私のことを拝んだってわけ。
トメちゃん、一生のお願い。美貴、ほんとお手上げなんだよ。
よっちゃんのほうは、あたしがなんとかするから。
つまんない意地張んなってビシッと怒っとくから、マジで。
254 :溺れて人魚 :2005/03/07(月) 23:00

「いらっしゃいませー」

店員さんの明るい声にハッと顔をあげると、
ドアの方から、亜弥ちゃんがこっちに向かって歩いてくるのが見えた。
うわ、やっぱすっごい不機嫌そう〜〜〜。

その予感は、はっきりいって大当たり。
ごめんね、週末に呼び出して。
そんなふうに話しかけようと口を開いた瞬間、
亜弥ちゃんのほうからピシャリと先制攻撃をしかけてきた。

「トメちゃんって、お人好しなんだね」

ぐっ。
思わず言葉に詰まる。
亜弥ちゃんはひらりと私の目の前に腰かけるとさっさとオーダーをすませ、
またぶすっとした顔になって、テーブルに肘をついた。
そして軽く眉をあげて、呆れたみたいに言葉を投げつけてくる。

「ねぇ。みきたんのこと、嫌いじゃないの?」

それは……
それは私だって、美貴ちゃんのこと大嫌いだったこともあったけど。
二度と顔も見たくないって、泣いたこともあったけど。
255 :溺れて人魚 :2005/03/07(月) 23:01

「……もう昔のことだから」
「ふーん、やさしいんだね」

亜弥ちゃんは冷たくそんなことを言う。
気まずさに目を伏せると、追い討ちをかけるような言葉。

「あたしはヤだ。みきたんもよっすぃ〜も大っ嫌い」
「……反省してるって言ってたよ」
「ハァ? なんでトメちゃんが謝ってんの? わっけわかんない」

うん、わけわかんないね。
私は、フウッとため息をついた。
不機嫌な亜弥ちゃんは、電気仕掛けのハリネズミみたい。
びりびりと電気を纏って、鋭い針みたいに放電する。容赦なく。

「で? 今日は、みきたんになんて言って丸めこまれたわけ?」

だめだ、とても私がなんとかできる相手じゃないよ。
はやくもギブアップして私は、とにかく用件だけ伝えて帰ろうと思った。
もう開き直って、美貴ちゃんからこれだけは伝えてと手渡されたメモをゴソゴソと広げる。
亜弥ちゃんが、ものすごく呆れた顔をした。
256 :溺れて人魚 :2005/03/07(月) 23:02

「なにそれ。みきたんのメモ?」
「うん、そう」
「伝書バトじゃないんだから」
「もういいよ伝書バトで。ハイ、読んで」

亜弥ちゃんは間髪入れずに「ヤだ」と言った。
ツーンと横を向いた、お人形さんみたいな横顔。
テーブルの上で行き場をなくした白い紙切れ。

「読んでよ」
「ヤダったら」
「じゃあ、置いて帰るね?」
「どうぞ。捨てるから」
「ねぇ、美貴ちゃん困ってたよ。言い訳もさせてくれないって」
「なんであたしが言い訳なんて聞かなくちゃいけないの? ばっかみたい」

あーあ、もう。
とりつくしまがないって、こういうことね。
喧嘩腰の口調に私はさすがに眉をひそめて、亜弥ちゃんにいじわるを言った。

「じゃあ、勝手にしたら? 私、もうしらない」
「…………………」
「そんなに嫌なら、このまま別れたらいいじゃ……」

バンッ!
いきなりテーブルを叩いたのは亜弥ちゃん。
言葉を遮られて、私はビクンと身を竦めた。
257 :溺れて人魚 :2005/03/07(月) 23:02

「嫌だよ、別れない」

その目に光る涙。
悔しげに唇を噛みしめて亜弥ちゃんは、瞼を伏せた。
苦しげに寄せられた眉間から彼女の苦しみが伝わってくる。
許せない、許したくない、でも失いたくないと思う息苦しいほどの矛盾が。

「…………ずっと疑ってたの」

 高校の頃からずっと。
 だって、よっすぃ〜と話す時、みきたん、いっつも甘えたみたいな顔してた。
 みきたんは、よっすぃ〜が好きなのかなって、
 これでもけっこう泣いたりしたんだよ?

堰を切ったように亜弥ちゃんは話し続ける。
ずっとずっと胸の中に閉じこめてた秘密を、テーブルにぶちまけるみたいに。
258 :溺れて人魚 :2005/03/07(月) 23:03

 いっつも祈ってた。
 みきたんがあたしのことを好きになってくれるように。

 街で男の子に声をかけられるたびに、
 これがみきたんだったらなって胸が張り裂けそうなくらい思った。
 みきたんがヤキモチ妬いてくれたらうれしいって思って、
 男の子とわざと楽しそうに話して、みきたんの反応をうかがってた。
 そんな自分が嫌だった。
 自分のことが嫌だなんて、初めてだった。

 だから、いっつも笑ってた。
 こんなあたしでも、みきたんに少しでもかわいいと思ってもらえるように。

 でも、ホントは泣いてた。
 みきたんがよっすぃ〜と話すのを見るたびに、心の中のどっかが泣いてた。
 みきたんの気持ちは、知りたくて知りたくなかった。
 恋人になってからも、本当のことは聞きたくて、聞きたくなかった。
 たぶん、そんなことだろうと思ってた……
 だから、知りたくなかったのに……
259 :溺れて人魚 :2005/03/07(月) 23:04

「トメちゃん、まつーら、苦しいよ」

亜弥ちゃんが胸をおさえて俯き、かすかに笑う。
自嘲するように。皮肉に。静かに。

「苦しくて、もう嫌いになっちゃいたい、のに」

唄うみたいに空気に散っていく囁き声。
いつもより、ずっと小さく見えるシルエット。
ああ、光をまとったような亜弥ちゃんが、震えながら泣いてる。
薄く笑ったまま、涙もこぼさないで、泣いてる。
私には見える、はらはらと空気の中に散ってく透明な涙。

美貴ちゃん、亜弥ちゃん泣いてるよ。
あなたのこと好きすぎて、泣いてるよ。
そうたぶん、美貴ちゃんが思うよりもずっと亜弥ちゃんは。
そして、亜弥ちゃんが思うよりもずっと美貴ちゃんは。
260 :溺れて人魚 :2005/03/07(月) 23:04

そう、それは私にも覚えがある感情。
長い沈黙の後、私はぽつんと呟いた。
亜弥ちゃん、わかるけど。
わかるから、だから、せめて彼女が隠してた気持ちを聞いてあげてほしい。

「美貴ちゃんもあの頃、亜弥ちゃんのこと、好きすぎたんだって。だから」
「……そんなの、わからない。わかりたくない」
「私もわかりたくないな。だけど」

あの時、ひとみちゃんは言った。
トメっちに嫌われるのがずっと怖かったって。
想いを一生、口に出せないと思い込んでたって。

「怖かったのは、わかる気がする」

どうしてか、女友達をたまらなく好きになってしまった私たち。
飛んでしまえばなんてことなかったけど、
勇気をふり絞るその前は、恋のハードルはエベレストよりも高く見えた。

「亜弥ちゃんは、そう思わなかった?」

亜弥ちゃんは黙ったまま、すっと窓の外に目をやった。
何かを思い出すような遠い瞳。
意志の強そうなその瞳の奥で、何を考えているかはわからない。
長い長い沈黙の後、亜弥ちゃんは私と目をあわせることなく呟いた。
261 :溺れて人魚 :2005/03/07(月) 23:05

「まつーらは、怖いと思うことが、怖かったね」

そうして、「今も怖いね」と、どこか自虐的にフフッと笑う。

「あたしに『怖い』と思わせるみきたんが怖い」

亜弥ちゃんは、テーブルの上にお茶代をじゃらっと置いた。
そして、すうっと立ち上がると、バイバイも言わずにカフェを出ていった。
テーブルにぽつんと残った美貴ちゃんのメッセージは、
とうとう読まれることもないまま。
262 :溺れて人魚 :2005/03/07(月) 23:06

指先で、置いてきぼりになったかわいそうな言葉たちをなぞってみる。

 “ずっと嘘をついてて、ほんとに悪かったと思ってる。
  何回も言わなきゃ言わなきゃと思ったけど、
  亜弥ちゃんに嫌われるのが怖くて、どうしても言えなかった。
  すごく後悔してる。どうしたら許してくれるか、教えてほしい。” 

「みんな、怖がりだ」

失いたくなくて、いつだっておかしな方向に走り出す。
そして、いつの間にか取り返しがつかなくなってしまう……


263 :雪ぐま :2005/03/07(月) 23:07


本日はここまでといたします。
264 :名無飼育さん :2005/03/07(月) 23:55
あぁ、更新きたのは嬉しいんですけどね、ちっともスッキリしませんorz
ますます雪ぐまさんの世界に囚われてしまっただけですよ…
続きが激しく気になって、しばらく不眠症になりそうです
265 :& ◆Af8iFlPs :2005/03/07(月) 23:59
更新お疲れ様です。
はぅ〜〜〜これからどうなるのか気になって(略
266 :孤独な名無し :2005/03/08(火) 00:02
あ〜!どうしよう!

どうしようどうしようどうしようどうs(マテ

あの人はどうなるんでしょう、あの人はどうするんでしょう。

上手くいってほしい…
267 :名無飼育さん :2005/03/09(水) 01:15
更新お疲れ様です。
どれもこれも、想いが強いからこそなんですよね。。。
わかってるけどわからない、っていう微妙な心理がひしひし伝わってきます。
とりあえず不眠続行ですw
268 :名無飼育さん :2005/03/09(水) 03:03
不眠続行その(ry
どーするどーなるJAPAN、かっちょ(ry

ほんと、らしいなぁ。全員。
次回も前のめりでパソコンを見つめてます。
269 :名無飼育さん :2005/03/12(土) 16:34
まつーらさんの>261の台詞、わかる気がするなー。
彼女らしい感じ方だなと思って読んでます。
270 :名無飼育さん :2005/03/17(木) 20:42
雪ぐまさん、このままだと僕は仕事も手につきませんorz
……というのはただ仕事をしたくないがための言い訳ですが(w
気を取り直してマターリ待つことにします。
ていうか早く残業を終わらせたいと思います。
271 :雪ぐま :2005/03/21(月) 02:28
264> 名無飼育さん
あっちもこっちもこじれちゃって、なかなかスッキリしませねぇ。
うちの子たちもみんな不眠症みたいですよ……。

265> & ◆Af8iFlPs さん
とりあえず、亜弥ちゃん次第ですよねぇ。
从+‘ 。‘从<みきたん、許せない! 川; V。V 从

266> 孤独な名無しさん
歯車がうまく噛みあわない時ですねぇ。
みんな意地っ張りだからな〜、うちの子たちは……。

267> 名無飼育さん
そうですね。それにみんな初めての恋というのもこじれる一因ですね。
とりあえずあややも怒り続行ですw 从+‘ 。‘从<フン。

268> 名無飼育さん
ありがとうございます。これからも前のめりになっていただかなくちゃ。
( ^▽^)<一緒に行こ〜う♪
272 :雪ぐま :2005/03/21(月) 02:29
269> 名無飼育さん
そう思っていただけて嬉しいです。傷ついた松浦さんの心を
もう一度つかめるかミキすけ! 川; V。V 从<話させろよ、まず。

270> 名無飼育さん
雪ぐまもはやく仕事を片づけて続きを書きたいのですが……。
景気回復で仕事量が増えてる? お互いに頑張りましょう♪

それでは、更新にまいります。

273 :溺れて人魚 :2005/03/21(月) 02:30


どよんどよんと音がしそう。
暗い顔をした美貴ちゃん、公園のベンチで小さく膝をかかえて。

亜弥ちゃんに会ったその夜に、美貴ちゃんに呼び出された。
連れて行かれたのは、美貴ちゃんの行きつけの焼き肉屋さん。
お礼に好きなだけ食べてくれていいよってことだったけど、
まるっきり役に立たなかった私としては、
じゅうじゅうと脂がしたたり落ちる上カルビは、むしろ気が重く。

美貴ちゃんも、大好きな焼き肉なのに、あんまり箸が進んでなかった。
メッセージを伝えられなかったという私からのメールを見て、
あれからソッコーで亜弥ちゃんちに行ったらしい。
だけど、やっぱり会うことはできなかったらしくて……
274 :溺れて人魚 :2005/03/21(月) 02:30

なんとなく黙々と焼き肉を食べて煙臭くなり、
会計の札を取りあったりなんてオバサンくさいこともして。
そして、ふらりと立ち寄った公園のベンチ。

「なんだか悪いみたい、ご馳走してもらっちゃって」
「ううん。なんか、よっちゃんからも電話ないみたいだし」

まったくねぇ。
なにひとつ思い通りに運ばない。
すっかりへこんだ私たちを、まんまるお月さまがやさしく照らす。
こんな気分の時に雲ひとつない満月って、なんか間抜けだわ。

「美貴、ちゃんと言ったんだよ? トメちゃんに電話しなきゃダメじゃんって」
「うん。ありがとね」
「ヨシコ、わかったって言ってたんだけどなあ」
「ひとみちゃん、意地っ張りだからね。いいよ、そのうちかけてくるよ」

びりびりに怒った亜弥ちゃんを見たせいか、
なんか、私のほうはもういいよって気分になってた。
そりゃあ腹は立つよ。だけど、私はもう、
あんなふうにズタズタに傷ついてるわけじゃない。
275 :溺れて人魚 :2005/03/21(月) 02:31

「……なんか、バレたらこうなるって気がしてた」

お行儀悪くベンチの上で膝をかかえて、
美貴ちゃんは低く呻く。

「亜弥ちゃんは許してくれなさそうって、なんか思ってた」

 きっと、トメちゃんみたいにはわかってくれない。
 だからずっと言えなくて、一生、秘密にするしかないって思ってたのに。

よしよし。
小さな子供みたいな美貴ちゃんの髪を撫でる。
嘘はイヤだよ。だけど、嘘がいけないなんて、私にはとても言えない。

「トメちゃんは、やさしいね」

それは、亜弥ちゃんが私に投げつけた言葉とは違う響き。
ううん、やさしいんじゃないよ。心の中で私は呟く。
私も、愛する人に嘘をつくことを覚えただけなの。
寺田さんとのこと、ずっと黙ってる。
ひとみちゃんを悲しませたくなくて、怒らせたくなくて。
276 :溺れて人魚 :2005/03/21(月) 02:31

野良猫たちが、薄明かりの街灯の下で集会をしている。
ぼんやりとそれを眺めてた美貴ちゃんが、
ふっと目をあげて、私のことをジッと見た。

「ねぇ、今日うちに泊まってかない?」
「えぇ?!」

思いがけない誘いに目を丸くした私。
遊びに行ったこともないのに、泊まってけって?
うらやましいほど端正な美貴ちゃんの顔立ちが、寂しげに微笑んだ。

「……ひとりになりたくない」

なっ、なによ、その捨てられた子犬みたいな寂しげな瞳はぁぁ!
…………なるほど、これね。
このノリが、ひとみちゃんとの間違いを起こさせたわけねっ。
とたんに私は我に返り、キーッとなって「バカッ!」と叫んだ。
277 :溺れて人魚 :2005/03/21(月) 02:32

「あのねぇ、そんなだからこんなことになっちゃうのよっ!」
「別にそういうんじゃないもん。トメちゃんには何もしないもん」
「当ったり前でしょおぉぉおぉぉぉ!!」

って、トメちゃんにはって何よ。
微妙にムカつくわね、それも。

とにかくっ。
私は泊まりに行ったりなんかしませんからね。
何があるとかないとかじゃなくて、人に誤解されると大変なのよこういうことは。
だってねぇ? 万一、亜弥ちゃんに見つかってごらんよ。
火に油、注ぎまくりよ?

「グレーゾーンは、黒と一緒なんだから」
「そっかなぁ、グレーはグレーじゃん」
「とにかく、ダメ」
「ケチぃ」

美貴ちゃんが、ますます小さくなって膝を抱える。
あーあ、いじけちゃって。狂犬ミキティも形なしね。
ため息まじりの呟きは、初めて目にする本当の彼女の姿。
278 :溺れて人魚 :2005/03/21(月) 02:33

「夜は暗いなぁ……」

見た目よりも、ずっと淋しがり屋みたいね。
亜弥ちゃんを失うんじゃないかと怯えて、
道に迷った子供みたいな目をしてる。
すがりつく手を探してる。

「ごっちん、何してるかなァ……」
「ちょっとぉ、ごっちんとこ遊びに行こうとか思ってないでしょうね?」
「ごっちん、いいよね」
「ちょっと!」
「嘘、ジョーダン。どっちにしても会えないんでしょ?」

会えたら行くつもり?
まったく困った子。
ごっちんだって、淋しい夜を耐えてるに違いないのに。

「紺ちゃん、何してるかなぁ?」
「新しいお屋敷に勤めるって言ってたけど」
「いいお家だといいね、せめて」
「ほんとに」

みんな、うまくいかないね。
そう思った時、ベンチに置いてた美貴ちゃんの携帯がブーンと震えた。
279 :溺れて人魚 :2005/03/21(月) 02:34

あ、メール!
目にも止まらぬ速さで携帯を取り上げた美貴ちゃんが、
すぐにがっかりした顔をした。

「なんだ。よっちゃんだ」

ええっ?
私のほうは色めきたつ。
ちょっとどういうこと? 私には電話一本よこさないくせに!

「…………えぇっ?」

メールを読んだ美貴ちゃんが、驚いた声をあげた。
ディスプレーの明かりに照らされた横顔が困惑している。

「ど、どしたの?」
「…………なんか亜弥ちゃんから」

 明日みんなで遊園地行こうってメール来たって。


280 :雪ぐま :2005/03/21(月) 02:35


本日はここまでといたします。
281 :名無飼育さん :2005/03/21(月) 10:26
うわーいいところでっ
この次が待てない
282 :プリン :2005/03/21(月) 13:30
うわああああっ。
思わずカキコ(w
ずーっと気になってるんですよ(w
まあ、マターリと待ってます。頑張ってください。
283 :sage :2005/03/22(火) 00:46
雪ぐまさん更新ありがとうございます。この次の更新を楽しみに待ってます。みんなが幸せになれるように…
284 :名無飼育さん :2005/03/24(木) 18:34
ぬおおお、なんだこの展開
ひぃぃ、ドキドキする
とりあえずお百度参りでも行ってくるかなw
毎回ハラハラドキドキ、楽しく読ませてもらってます
ありがとうございます
285 :雪ぐま :2005/03/29(火) 22:57
ごめんなさい、多忙のため今回はちょっと短めのお返事で。

>>281 名無飼育さん
あはは。毎回、とんでもないとこで切ってごめんなさいw

>>282 プリンさん
お待ちいただいているみたいでうれしいです。励みになります。

>>283 sageさん
いいえ、こちらこそ。さて、みんながうまく仲直りできますかどうか・・・

>>284 名無飼育さん
お百度参りw 楽しいレスをいただけて雪ぐまも励みになります〜♪


それでは更新にまいります。
286 :溺れて人魚 :2005/03/29(火) 22:58


どよんどよんと音がしそう。
暗い顔をした美貴ちゃん、公園のベンチで小さく膝をかかえて。

亜弥ちゃんに会ったその夜に、美貴ちゃんに呼び出された。
連れて行かれたのは、美貴ちゃんの行きつけの焼き肉屋さん。
お礼に好きなだけ食べてくれていいよってことだったけど、
まるっきり役に立たなかった私としては、
じゅうじゅうと脂がしたたり落ちる上カルビは、むしろ気が重く。

美貴ちゃんも、大好きな焼き肉なのに、あんまり箸が進んでなかった。
メッセージを伝えられなかったという私からのメールを見て、
あれからソッコーで亜弥ちゃんちに行ったらしい。
だけど、やっぱり会うことはできなかったらしくて……
287 :溺れて人魚 :2005/03/29(火) 23:00

なんとなく黙々と焼き肉を食べて煙臭くなり、
会計の札を取りあったりなんてオバサンくさいこともして。
そして、ふらりと立ち寄った公園のベンチ。

「なんだか悪いみたい、ご馳走してもらっちゃって」
「ううん。なんか、よっちゃんからも電話ないみたいだし」

まったくねぇ。
なにひとつ思い通りに運ばない。
すっかりへこんだ私たちを、まんまるお月さまがやさしく照らす。
こんな気分の時に雲ひとつない満月って、なんか間抜けだわ。

「美貴、ちゃんと言ったんだよ? トメちゃんに電話しなきゃダメじゃんって」
「うん。ありがとね」
「ヨシコ、わかったって言ってたんだけどなあ」
「ひとみちゃん、意地っ張りだからね。いいよ、そのうちかけてくるよ」

びりびりに怒った亜弥ちゃんを見たせいか、
なんか、私のほうはもういいよって気分になってた。
そりゃあ腹は立つよ。だけど、私はもう、
あんなふうにズタズタに傷ついてるわけじゃない。
288 :溺れて人魚 :2005/03/29(火) 23:00

「……なんか、バレたらこうなるって気がしてた」

お行儀悪くベンチの上で膝をかかえて、
美貴ちゃんは低く呻く。

「亜弥ちゃんは許してくれなさそうって、なんか思ってた」

 きっと、トメちゃんみたいにはわかってくれない。
 だからずっと言えなくて、
 一生、秘密にするしかないって思ってたのに。

よしよし。
小さな子供みたいな美貴ちゃんの髪を撫でる。
嘘はイヤだよ。だけど、嘘がいけないなんて、私にはとても言えない。

「トメちゃんは、やさしいね」

それは、亜弥ちゃんが私に投げつけた言葉とは違う響き。
ううん、やさしいんじゃないよ。心の中で私は呟く。
私も、愛する人に嘘をつくことを覚えただけなの。
寺田さんとのこと、ずっと黙ってる。
ひとみちゃんを悲しませたくなくて、怒らせたくなくて。
289 :溺れて人魚 :2005/03/29(火) 23:01

野良猫たちが、薄明かりの街灯の下で集会をしている。
ぼんやりとそれを眺めてた美貴ちゃんが、
ふっと目をあげて、私のことをジッと見た。

「ねぇ、今日うちに泊まってかない?」
「えぇ?!」

思いがけない誘いに目を丸くした私。
遊びに行ったこともないのに、泊まってけって?
うらやましいほど端正な美貴ちゃんの顔立ちが、寂しげに微笑んだ。

「……ひとりになりたくない」

なっ、なによ、その捨てられた子犬みたいな寂しげな瞳はぁぁ!
…………なるほど、これね。
このノリが、ひとみちゃんとの間違いを起こさせたわけねっ。
とたんに私は我に返り、キーッとなって「バカッ!」と叫んだ。

「あのねぇ、そんなだからこんなことになっちゃうのよっ!」
「別にそういうんじゃないもん。トメちゃんには何もしないもん」
「当ったり前でしょおぉぉおぉぉぉ!!」

って、トメちゃんにはって何よ。
微妙にムカつくわね、それも。
290 :溺れて人魚 :2005/03/29(火) 23:02

とにかくっ。
私は泊まりに行ったりなんかしませんからね。
何があるとかないとかじゃなくて、人に誤解されると大変なのよこういうことは。
万一、亜弥ちゃんに見つかってごらんよ。
火に油、注ぎまくりよ?

「グレーゾーンは、黒と一緒なんだから」
「そっかなぁ、グレーはグレーじゃん」
「とにかく、ダメ」
「ケチぃ」

美貴ちゃんが、ますます小さくなって膝を抱える。
あーあ、いじけちゃって。狂犬ミキティも形なしね。
それは、初めて目にする本当の彼女の姿。

「夜は暗いなぁ……」

ため息まじりの呟き。
見た目よりも、ずっと淋しがり屋みたいね。
亜弥ちゃんを失うんじゃないかと怯えて、
道に迷った子供みたいな目をしてる。
すがりつく手を探してる。
291 :溺れて人魚 :2005/03/29(火) 23:02

「ごっちん、何してるかなァ……」
「ちょっとぉ、ごっちんとこ遊びに行こうとか思ってないでしょうね?」
「ごっちん、いいよね」
「ちょっと!」
「嘘、ジョーダン。どっちにしても会えないんでしょ?」

会えたら行くつもり?
まったく困った子。
ごっちんだって、淋しい夜を、ひとり耐えてるに違いないのに。

「紺ちゃん、何してるかなぁ?」
「新しいお屋敷に勤めるって言ってたけど」
「いいお家だといいね、せめて」
「ほんとに」

みんな、うまくいかないね。
そう思った時、ベンチに置いてた美貴ちゃんの携帯がブーンと震えた。

あ、メール!
目にも止まらぬスピードで携帯を取り上げた美貴ちゃんが、
すぐに、がーっかりした顔をした。

「なんだ。よっちゃんか」

ええっ?
私のほうは色めきたつ。
ちょっとどういうこと? 私には電話一本よこさないくせに!
292 :溺れて人魚 :2005/03/29(火) 23:03

「なんなの、一体!」
「まあまあ、読んでみるからちょっと待っ…………ぅえぇっ?!」

ぎょっとしたように目を見開いた美貴ちゃん。
ディスプレーの明かりに照らされた横顔が困惑している。

「ど、どしたの?」
「…………いや、なんか亜弥ちゃんからよっちゃんに」

 明日みんなで遊園地行こうってメール来たって。


293 :雪ぐま :2005/03/29(火) 23:04


本日はここまでといたします。
294 :名無飼育さん :2005/03/29(火) 23:09
あれ、>>273-279と同じな気がするのですが…
295 :雪ぐま :2005/03/29(火) 23:12
あ、うわぁ!失敗した!
ごめんなさい、しかも新規更新分を消しちゃいました!!!

ごめんなさい、ごめんなさい、近々また更新します!!!


296 :名無飼育さん :2005/03/30(水) 07:27
あらら・・・本当だ・・・
雪ぐまさん、かわいいですね〜♪
次回楽しみ待ってますよ。
297 :雪ぐま :2005/04/14(木) 19:16
294さん、296さん、そしてお読みくださってる皆さん、
ほんとに大変失礼いたしました……m(_)m

お待たせしました。更新に参ります。
298 :溺れて人魚 :2005/04/14(木) 19:18


前のゴンドラに乗ったひとみちゃんと美貴ちゃんが、
チラッと後ろを向いて、私たちのほうのゴンドラをうかがうのが見えた。
目があったその瞬間、亜弥ちゃんがいきなり席を立ち、
私の隣にストンと腰かけてきた。
バランスを崩したゴンドラが、グラリと傾く。

「ちょ、ちょっと、恐いよぉ〜〜」
「いいから」

大きな観覧車のゴンドラの中。
いつも以上に強引な亜弥ちゃんと二人きり。
戸惑ってる。さっきからずっと、彼女が考えてることがわからなくて。
299 :溺れて人魚 :2005/04/14(木) 19:18

亜弥ちゃん、美貴ちゃん、ひとみちゃん、私。
誘われるままにやってきた遊園地。
一番乗りで待ち合わせのゲート前に立ってたひとみちゃんは、
私の顔を見るといじわるげにニヤリと笑って、ふてぶてしい声を出した。

『元気だった?』

なに、それ。
私は意地を張って、ツーンとする。
なによ、えらそうなのよ、だいたい。

『んだよ、まだ怒ってんの?』
『………………………………』
『ねぇ、トメっち』
『………………………………』
『あのさぁ、言わせてもらうけど……』
『ちょっ、ヨシコやめな。トメちゃんも、もういいじゃん、ね?』

逆ギレしかけたひとみちゃんを慌てて制し、
一生懸命、あたしたちを取り持とうとしてくれた美貴ちゃん。
ところがそこに亜弥ちゃんが現れるやいなや、それどころじゃなくなった。
顔はうっすらと笑ってるのに、奇妙にピリピリと殺気立った彼女の雰囲気。
美貴ちゃんはビクンと身を竦ませ、たちまち青くなった。
300 :溺れて人魚 :2005/04/14(木) 19:19

『じゃあ、いこっか、トメちゃん』

挨拶もそこそこに、当たり前のように私の腕をとった亜弥ちゃん。
え? なに?もちろん、私は慌てる。
え?この組み合わせなの?
いしよし、あやみきじゃないわけ?
ぐいぐいと引っ張られながら、私は思わず美貴ちゃんとひとみちゃんを振り返る。
二人は一瞬ボーゼンとして、それから慌てて追いかけてきた。

『ヒュ〜〜〜〜〜〜〜!!』
『キャーーーーー!!!!』

ジェットコースター、パイレーツ、Let'sバンジー!
午前中でまだ空いてるのをいいことに、
亜弥ちゃんは、すごいのばっかり選んで乗りまくる。
私を道連れにして、ものすっごい大きな声をあげて乗りまくる。しかも何回も!
あああ、嫌だってば、もう嫌だってばパイレーツはぁ!!

『あはははははははははは!!』
『キャァァァァーーーーーーーーー!!!!』

死んじゃうって! もう、脳みそ、壊れちゃうって!
ものすごい風のなか、私は半泣きでヘロヘロ。
両手をあげて狂ったように笑いまくる亜弥ちゃんの嬌声。
地上には、とっくに脱落した美貴ちゃんとひとみちゃん。
心配そうに息を詰めて、でっかい船に空中を振り回されてる私たちを見てる。
301 :溺れて人魚 :2005/04/14(木) 19:21

『さっ、次はなに乗ろっかトメちゃん』
『……ちょ、ちょっと待って、亜弥ちゃん』

わかるけど。
イライラしてるのわかるけど。
スカッとしたいの、わかるけど〜〜〜。

『……お願い、ちょっと休ませて』

ふらふらになって地面にうずくまった私に、美貴ちゃんが駆け寄ってくる。
ごめんね、トメちゃん、あたしのせいで。
顔にハッキリそう書いてある。
ひとみちゃんは? 上目遣いでチラッとうかがうと、
さすがに心配そうに見てはいたけど、私と目があうとプイッとそらした。
なによ〜〜〜、もう、意地っ張りっ!!

『えー、トメちゃん、もうギブアップ?』

まだ全然なんだけどなー、あたし。
パワフルな亜弥姫は、腰に手をあて、不満げに口を尖らせる。
私はトホホな気分で、ため息。
ああ、彼女は一体、なにがしたいわけ?
地獄の道連れにするなら美貴ちゃんでしょう? 私じゃなくって。
302 :溺れて人魚 :2005/04/14(木) 19:21

『ま、いいや。OK、じゃあ観覧車、乗ろ』

ホッとしたのもつかの間、また亜弥ちゃんは私の腕をガッシリとった。
4人で乗るのかなと思ったら、亜弥ちゃんは「ヤだ」とブンブン首を振る。

『え、二人ずつ乗るの?』
『うん、あたし、トメちゃんと乗るー』
『……………………』
『……………………』

私たちの微妙な空気に、誘導のお兄さんが不思議そうな顔をして、
美貴ちゃんとひとみちゃんは、しぶしぶ先にゴンドラに乗り込んだ。
カチャンと閉まる小さなドアの向こうに、
ドカッと音がしそうなほど荒っぽくイスに座る、ふてくされた二人の姿が見えた。

そして私は、亜弥ちゃんと二人で観覧車に乗ったわけだけれども。
303 :溺れて人魚 :2005/04/14(木) 19:22

「ねぇ、亜弥ちゃん、どういうつもり?」

亜弥ちゃんは、私に寄り添ったまま答えない。
整った横顔はさほど不機嫌そうでもなく、むしろ鼻歌でも唄い出しそうな感じ。
ねぇ、どうして美貴ちゃんのこと無視するの?
仲直りのために遊園地を提案したんじゃないの?
ため息をついて見上げると、前のゴンドラから
ひとみちゃんと美貴ちゃんが、コッソリこっちをうかがってる姿が見えた。
さすがに不安げなひとみちゃん。あーあ、美貴ちゃんも。

「……ね、ちょっとジッとしてて」
「え?」

唐突に香ったシャンプーの匂いにドキッとした。
横をみると、亜弥ちゃんが甘えるように、私の肩にちょこんと頭をのせていた。
ギョッとして思わず身を引きそうになるのを、
絡められた腕に、ぐいと引き寄せられる。

「!?!?!?!?!」
「!!!!!!!!!」

いきなりそんなふうな私たちに、ひとみちゃんと美貴ちゃんが目を向いて
私たちが見えるほうの窓にドドッと張り付いたのがわかった。
二人のゴンドラが、ぐらりと大きく傾く。
亜弥ちゃんは私の肩にもたれたまま、知らんぷり。
304 :溺れて人魚 :2005/04/14(木) 19:23

「あ、亜弥ちゃん?」
「お願い、ジッとしてて。ちょっとだけ」

聞こえてくるのは、妙に静かな囁き声。
ゴンドラは空に弧を描いて、どんどん上がっていく。
腕から、肩から伝わってくる、亜弥ちゃんのあたたかな体温。

だからかな?
私はなんか、亜弥ちゃんがなにをしたいのか、わかってきた。
ああ、なるほど。なるほどね。

そして、予感は見事的中。
もうそろそろひとみちゃんたちのゴンドラから
私たちの姿が見切れてしまうというその時。
305 :溺れて人魚 :2005/04/14(木) 19:24

亜弥ちゃんは薄く目を開くと、
いきなり下からすうっと唇を寄せてきた。
そう、まるで、キスするみたいに。

私は微笑んで、ゆっくりと瞼を閉じた。
唇に息がかかる距離で、亜弥ちゃんがクスッと笑う。

「……トメちゃん、逃げないの?」
「……だって亜弥ちゃん、する気ないでしょ?」

ゴンドラが、空のてっぺんに到達する。
すべての視界から隔離された、一瞬の秘密空間。
すっごい至近距離で、私たちは、にゃははっと笑い合った。

見なくてもわかる。
前のゴンドラは今頃、大騒ぎね。
306 :溺れて人魚 :2005/04/14(木) 19:26

「あははははは!」
「あはは、ちょっ、あれ見て、あれ!」

見下ろすと、ひとみちゃんたちが乗ったゴンドラが、
見てるほうがドキドキするくらいグラグラと揺れていた。
一体、なかでどのくらいジタバタしてるのかしら。

ゆっくりと下降しはじめてしばらくすると、
私たちのゴンドラを見上げてるひとみちゃんと美貴ちゃんの姿が見えてきた。
窓ガラスに鼻をこすりつけんばかりに張り付いている二人。
あーあ、あんな泣きそうな顔しちゃって。

亜弥ちゃんは再び、すまし顔をつくると、
私の肩にいかにも甘えたように頬をこすりつけた。
私も笑いをこらえながら、亜弥ちゃんの頭に頬をのっけて目を閉じる。
んー、このシャンプーなんだろ、すっごくいい香り。

「亜弥ちゃんって、ひどいなあ」
「トメちゃんだってノッてるじゃん」

このくらいいいでしょ?
いいよね? だよね?

共犯のふたりは囁き合う。
とんでもなく嘘つきで、弱くて、ズルくて、いいかげんだった、私たちの恋人。
悔しくて、悲しくて、でも離れられない。別れられない。
だから許す前に、ちょっとだけおしおき。
ってことだよね? 亜弥ちゃん。
307 :溺れて人魚 :2005/04/14(木) 19:27

「お互い、苦労するねぇ」
「でも、みきたんは世界一だから」
「あっ、世界一はひとみちゃんですぅ〜」
「じゃあ、みきたんは宇宙一」
「ちょっと何よ!」

クスクス笑いを噛み殺して、ゴンドラから地上へ。
そこには案の定、顔面蒼白の二人が待っていた。
ショックで身動きもとれないといったふうの美貴ちゃんをよそに、
ひとみちゃんが、鬼のような形相で駆け寄ってくる。

「松浦っ、なんなんだよ、お前!」

胸元に掴みかからんばかりの、その剣幕。
だけど亜弥ちゃんはまるでひるむことなく、ただ冷たい一瞥をくれた。

「何?」

そのド迫力に、ひとみちゃんの動きが凍りついたように止まる。
308 :溺れて人魚 :2005/04/14(木) 19:28

「べつにいいでしょ? キスくらい」

 もっと、してたくせに。
 みきたんと、もっと、してたくせに。
 
はっきりそう口にした亜弥ちゃんに、ひとみちゃんがウッと絶句した。
美貴ちゃんが、ひどく苦しげに俯く。
それから、そろそろと目をあげた。
亜弥ちゃんの表情を、そっと窺うように。

そんな美貴ちゃんを見て、
亜弥ちゃんが深々とため息をついた。

「いろいろ考えたけど」
「………………………」
「やっぱり許せない。別れて」

どうして?!
私はギョッとして亜弥ちゃんを見る。
ゴンドラのなかで、美貴ちゃんは宇宙一って言ってたじゃない!
なのに、まるで人が違ったように、亜弥ちゃんの目は冷たかった。
309 :溺れて人魚 :2005/04/14(木) 19:29

「まつーら、嘘つく人、嫌い」
「……あ、亜弥ちゃんあのね、それは」
「みきたん、あたしに嘘ついてよっすぃ〜と会ってた」
「や、だからそれは、その時は……」
「そうだね。でも、よっすぃ〜と二人で、あたしに秘密、持ってた」
「そ、それはだって……」
「あのね、何回考えても、どうしても許せない」
 
 だから、別れて。

揺るぎない宣告に、美貴ちゃんの肩が震えた。
何か言いたげに薄く唇を開け、すがるように亜弥ちゃんを見る。
亜弥ちゃんはかすかに顎をあげ、冷たい瞳で美貴ちゃんを見やった。
まるで、これ以上みっともないとこ見せないでよね?とでも言うように。
その瞳に、美貴ちゃんが、ごくんと唾を呑み込んだ。

「……わ、わ、わ、わかった」

喉の奥から無理矢理搾り出した、掠れ声。
それでもまだ彼女は探るように亜弥ちゃんをうかがい見る。
ねぇ、嘘でしょう?というように。嘘だよね?っていうふうに。
だけど、亜弥ちゃんは顎を上げて凛と立ち、身じろぎひとつしなかった。
310 :溺れて人魚 :2005/04/14(木) 19:30

見てるだけで私は、胃のあたりがキリキリ痛くなってきた。
信じられない。私にはとてもあんな顔できない。
美しすぎてゾッとする、冷たい人形の顔。

そこには怒りさえない。
ただ、ザクリと切り捨てる視線。
美貴ちゃんは、耐えられなくなったように、とうとう目を伏せた。

「…………帰る」
「バイバイ」

冴え冴えと響き渡る、亜弥ちゃんの冷酷な声。
声をかけるのも気の毒なほど真っ青になった美貴ちゃんは、
ゆらりと亜弥ちゃんに背を向けると、よろよろと歩きはじめた。

ふらり、くらり。
いつもよりもっと丸くなった背が、よろめきながら少しずつ遠ざかっていく。
亜弥ちゃんは、その幽霊のような後ろ姿をジッと睨みつけている。

追いかけないの?
ねえ、追いかけなきゃ!
亜弥ちゃんに駆け寄ろうとした、その時。
311 :溺れて人魚 :2005/04/14(木) 19:31

「……っく……うわあああああああああああん!!!!」

ぎょっとして振り返る。
なに、その身も蓋もない泣き方!
まさか、まさかあの美貴ちゃんが?

振り返ると、一歩も動けなくなったらしい美貴ちゃんが
遊園地の真ん中でぺたりと崩れ落ち、身を震わせて泣きだしていた。
亜弥ちゃんを失う悲しみに、取り返しのつかない後悔に、
両手で顔を覆い、首を振って子供みたいに泣き叫んでいる。

「嫌だ、別れたくないよぉっ!!!」

胸を切り裂かれたみたいに鋭くほとばしる涙声。
みんな見てるのに。あたしたちも見てるのに、
いつもサバサバしすぎの美貴ちゃんが、ぼろぼろと涙を流して、
地べたにへたり込んで丸く縮こまり、
血を吐くように情けない姿を世界にさらけ出す。

「嫌だよぉ! 亜弥ちゃんいなくなったら、美貴、死んじゃうよぉっ!!!」
 
 美貴、ほんとに亜弥ちゃんしか好きじゃないんだよぉっ!!
 自分より亜弥ちゃんが好きなんだよぉ!!
 亜弥ちゃんしか、好きになれないんだよぉ!!
312 :溺れて人魚 :2005/04/14(木) 19:32

緊張したように強ばっていた亜弥ちゃんの頬が、
とたんに泣き笑いみたいに、くしゃりと緩んだ。
ひらりと立ち上がって美貴ちゃんに駆け寄り、
翼を広げるように両手を大きく広げて飛びつく。

「たん、みきたん、泣かないで」

 嘘だよ、許して。
 ねぇ、これでおあいこ。
 許してよ、みきたん。

「うわああああん、許さないぃぃーーーー!!!」

……ちょっと美貴ちゃん、素直になったらどうなの?
そんなに亜弥ちゃんにしがみついてるくせに。
もう絶対に離さないくらいの勢いのくせに。

「ねぇ、やっと言ってくれたね、別れたくないって」

あたししか、好きになれないって。
服が汚れるのもかまわずアスファルトにひざまづいた亜弥ちゃんは、
いつか何かの画集で見たマリア様みたいな目をすると、
まだぐしゃぐしゃに泣きじゃくってる美貴ちゃんを胸に抱きしめ、
やさしくやさしく、その髪を撫でた。
心底、愛おしそうに。
313 :溺れて人魚 :2005/04/14(木) 19:37

「みきたん、許してあげる」

 許してあげるよ。愛してるから。
 だってあたしも、みきたんいないと死んじゃうもん。
 だから許してあげる。何度だって、どんなことだって許してあげる……

亜弥ちゃんの指先が、覚えはじめた愛を囁いてる。
私には聴こえる。ひとつ大人になった亜弥ちゃんの、すこし切ない歌声が。

よかった。
自分のことみたいに、私は嬉しくなった。
よかったね美貴ちゃん、大好きな人に許してもらえて。
そして、よかったね亜弥ちゃん、
なにもかも許せてしまうほど愛する人に出会えて。
314 :溺れて人魚 :2005/04/14(木) 19:38

「ど、どうなってるの……?」

わけもわからずポカンと突っ立っているのは、ひとみちゃん。
さーて、こっちの懲りない嘘つきはどうしようかなっ?
私は、いつまでもどこか子供っぽい恋人をチラリと見上げた。

「行こう」
「ど、どこへ?」
「どこでもいいでしょ。二人きりにしてあげよ?」

プイと歩き始めた私を、ひとみちゃんが慌てたように追ってくる。

「ちょっ、待ってよトメっち。勝手に行っていいの?」
「いいのよ」
「えー、なに? 松浦、なんだったわけ?なんでトメっちに……」

ごめんね、亜弥ちゃん。バラしちゃうね。
ほんとに私って甘いと思うけど、
だって、ひとみちゃんが好きなんだもん。

「あのねぇ、してないよ」
「へっ?!」

振り返って、かわいい鼻先をピンと弾く。
馬鹿ね、キスしたふりよ。
亜弥ちゃん、二人にいじわるしたのよ。
ヤキモチ、妬かせたくて。仕返ししたくて。
そのくらい、わかりなさいよね。
315 :溺れて人魚 :2005/04/14(木) 19:39

「……あっ、な、なんだそっかーーー」

へにゃへにゃ〜〜。
いきなりしゃがみこんだひとみちゃん。
ちょっと大丈夫?もう、びっくりするとすぐ貧血おこすんだから。
私は、地面にぺったり座り込んだひとみちゃんの脇にしゃがみこむと
首をかしげて、できそうにもないおねだりをした。仲直りの印に。

「ね、キスして」
「えっ?」
「したくなっちゃった」

ひとみちゃんの顔がみるみるうちに真っ赤になって
まわりの目を気にするようにキョロキョロする。
あはは、やっぱりね。意気地なし。

わざとらしくツンと立ち上がって、また勝手に歩き始める。
すぐにわたわたと追いかけてきた愛しい恋人に、後ろから抱きすくめられた。
ふふっ、亜弥ちゃんほどじゃないけど、私もけっこう演技派だなあ。

ねぇ。あなたいま、すっごく恥ずかしいでしょう?
でも、だから。人前ではいつも素っ気ないあなただから。
私のわがままを叶えるために、ぎゅううっと背中から抱きすくめてくれる腕が。
照れくさそうに耳元にかかるあたたかい息が。
あなたの愛を、私に、伝えてくれている。
私は、こみあげてくる微笑みを隠しきれずに、拗ねて見せた。
316 :溺れて人魚 :2005/04/14(木) 19:40

「嘘つき」
「だって、す、好きだから」

うおっ、噛んだ!
あなたの動揺が背中から伝わってくる。
すらすらとつく嘘。不器用な本音。
馬鹿みたいな意地っ張り。私が愛した人。
きっと、これからもずっと愛し続ける人。

「キスしてくれる? 今すぐここで」

世界中に私が好きだと伝えて。
そしたら、私も許してあげる。

肩にもたれかかるように上を向いた私に、
ひとみちゃんはボボボと火を吹きそうなほど真っ赤になった。
でも、じいっと見つめた私に、とうとう負けたって感じになって、
すんなりと長い首を、きりんみたいにヒュッと伸ばして、
唇のはしっこにチュッと小さなキスを降らせてくれた。
317 :溺れて人魚 :2005/04/14(木) 19:41

「えー?もっと、ちゃんとー」
「ばっ、か、勘弁してよォ……」

じゃあ、家に帰ったらねっ?
腕の中ではしゃいでピョンピョン飛び跳ねた私に、
ひとみちゃんはやわらかい頬っぺたをふにゃふにゃにして笑った。
ごめんねトメっち、悪かった。やっとそんなふうに、素直に謝って。

ああ、なんて幸せな週末の午後。
待っているのは、仲直りの後の遊園地デート。
空は青空。春の風に幸せの予感、だったんだけど。
318 :溺れて人魚 :2005/04/14(木) 19:42

「………なんや、そういうことかいな」

えっ?
顔をあげた私は、思わずキャアッ!と叫んで、
ひとみちゃんの腕の中から飛び退いた。

甘いキスの次に降りかかってきたのは、予測外のトラブル。
しかも、危険度トリプルA!!!!
どうして?どうして、よりによってこの人がここに?

「寺田さん………」

ピンクのシャツをきた金髪のライオン頭が、
全部わかったで?というように、意地悪く何度も頷いてニヤリとした。
浮かれてた気分が、たちまちすうっと引いていく。
全身の血が、足元に下りるみたいに。
319 :溺れて人魚 :2005/04/14(木) 19:42

「な、なんでこんなとこにいるんですか……」
「視察や。この遊園地、いっちょ買収したろか思てな」
「買収?」
「ここ、いま大赤字やねんて。ハハッ、ラッキー」

寺田さんはひとり可笑しげに肩を揺すって笑うと、
ちょっと眉をあげて続けた。

「意外かもしれんね、ええ歳こいた男が遊園地欲しがるなんて」

 ほやけどワシ、自分の遊園地つくるの夢やねん。
 貧乏な育ちやさかいなぁ、遊園地に憧れてんのや。
  
「どう?ワシ、けっこうかわいいとこあるやろ? 見直したんちゃうん?」
「なっ、なんのお話ですかっ?」

ひとみちゃんを気にして、私は必死で素知らぬふりをする。
フフン、と寺田さんは、またひどく皮肉げに笑った。
そして、すうっとその笑みをひっこめると、
なんとも言えない微妙に揺れる色をその目に浮かべて、
ゆっくりと言葉を吐き出した。
320 :溺れて人魚 :2005/04/14(木) 19:43

「そっか、あんたの“カレシ”、女の子か」
「………………………………」
「たしかにハンサムやな」

感情の読み取れない、その怖いほど平坦な声。
くるりと背を向けて去っていく、揺れる金髪。
思わずギュッと自分自身を抱きしめた私に、
不審げな、ひとみちゃんの声が突き刺さった。

「………………誰?」

ああ。恋の骨組みって、なんて儚くて脆い。
どうしよう、今度は私が頭を抱える番だったなんて。


321 :雪ぐま :2005/04/14(木) 19:45


本日はここまでといたします。
レス大歓迎ですが、ネタバレにご注意くださいね。
322 :オレンヂ :2005/04/14(木) 22:56
更新お疲れ様です。
わーわーわー。
やっと一息つけるかと思ったらっ!
また続きをまったりと、ものごっつい楽しみにお待ちしております。
323 :名無飼育さん :2005/04/15(金) 00:42
更新お疲れさまです。

ほんと、上げては下げてでどこまで揺らすおつもりですか!!
………そこが好きなんですけどw
あやや、まぁあじで怖過ぎ。凍てつきました。
でも今回のあやや、本人にそれを垣間みる瞬間があります。

次回固唾をのんでお待ちしております。頑張って下さい。
324 :梨華chanに無我夢中♪ :2005/04/15(金) 19:58
ぅゎぁww
ドッキドキぃ〜ぃ!
怖いくらいドキドキしてます、今。

更新お疲れ様
  &
更新がんば!
325 :名無飼育さん :2005/04/17(日) 12:11
更新お疲れさまです。

ほっとしたのもつかの間、新たな展開が・・・ドキドキ
いつか幸せすぎるほどのダブルデートも見てみたいなー、なんて思いました。
326 :名無し募集中。。。 :2005/04/19(火) 23:31
すごーく面白いです。
待ってました
327 :名無飼育さん :2005/04/21(木) 13:55
天才………
328 :ななし :2005/05/01(日) 14:51
大分紺いってきました。梨華ちゃんがよっすぃ〜のことをひとみちゃん!って呼んでました(#´Д`)
愛するトメっちを思い出しましたよ!
329 :名無飼育さん :2005/05/02(月) 20:34
最高です。。。
ダイスキです。。。
ヤバイです。。。
つづき、早く読みたいです。。。
更新待ってます。。。
330 :ななし :2005/05/08(日) 09:59
梨華ちゃん卒業おめでとう!これからも応援します。
331 :名無し読者 :2005/05/08(日) 18:51
梨華ちゃんとよっすぃが
紺のとき、花束渡して抱き合って…(ばた
332 :名無飼育さん :2005/05/17(火) 07:20
すごく良い…藤本さんの泣き顔が目に浮かびます。
次回まで大人しく待たせて頂きます。
333 :名無飼育さん :2005/05/20(金) 22:12
この話すっごくスキです。
てか、雪ぐまサン最高!!
なんでこんなにドキドキする小説をつくれるんですか〜?!

更新待ってますよぉ〜。
334 :ななし :2005/06/02(木) 23:58
作者さんに何かあったんでしょうか_| ̄|○
335 :名無飼育さん :2005/06/03(金) 22:54
↑↑ぉそらく、何かあったんでしょうね・・・。
雪ぐま様ゎ放置などする方でゎなぃので。。。
336 :名無飼育さん :2005/06/04(土) 10:18
サイトをご覧になればわかりますが雪ぐまさんはお元気ですよ。
337 :名無飼育さん :2005/06/20(月) 21:14
更新、待ってます。
338 :雪ぐま :2005/06/20(月) 22:22
ご無沙汰してます、雪ぐまです。
更新、お待たせしてしまい心苦しく思っています(本業多忙でございます)。

さて、私事で恐縮ですが雪ぐまサイト『snow flakes』が開設一周年を迎えまして、
その記念に、本日のBBSにて、愛するトメっちの番外編
『初めてのハッピーバースデイ!』をUPしました。
よろしければ、ぜひ。

↓こちらのトップページから「BBS」へどうぞ。
http://yukiguma.s45.xrea.com/index.htm

本編もなるべく近日中に更新したいと思っています。
これからも、どうぞよろしくお願いします。
339 :ななしくん :2005/06/22(水) 02:25
雪ぐまさんキターーーーー(゚∀゚)ーーーーー!!


ホムペおじゃましますね!

こちらの更新もワクワクまってます!
340 :雪ぐま :2005/06/23(木) 00:37
322> オレンヂさん
トメっち、受難続きですよね〜(って、作者のせいかw。
ものごっついお待たせして恐縮でした。これからもよろしくです♪

323> 名無飼育さん
どこまでも揺らすつもり……、いえいえ、冗談ですw
あややらしさを感じていただけて嬉しいです。怒ったら怖そうですよね。

324> 梨華chanに無我夢中♪ さん
ドキドキさせたまんまお待たせしちゃって恐縮です。
これからもドキドキでお楽しみいただけるといいなあ。頑張ります〜♪

325> 名無飼育さん
幸せすぎるほどのダブルデート、いいですねー。トリプルデートとかね。
きっと登場人物達もそう思ってますねw(;0^〜^)<頼むよ。

326> 名無し募集中。。。 さん
ありがとうございます♪ お待たせいたしました……

327> 名無飼育さん
ありがたいお言葉、恐縮です。
341 :雪ぐま :2005/06/23(木) 00:38
328、330、334> ななしさん
同じ方かな?(違ったらごめんなさい)。大分紺の報告、ありがとうございました。
思い出してもらえたと聞くと、すごく嬉しいですね。
まったり更新でご心配をおかけしてしまいましたね。これからもお楽しみいただけることを祈ってます。

329> 名無飼育さん
たくさんお褒めいただいてうれしいです。
ずいぶんお待たせしてしまいましたが、お楽しみいただけますように。。。。

331> 名無読者さん
卒紺ですね? 抱きあってましたねー。
雪ぐまもナマで見ましたよ〜…(ばた

332> 名無飼育さん
泣き顔が目に浮かぶと言っていただけて、すごく嬉しいです。
あややにはまったく弱いミキティでしたw 

333> 名無飼育さん
ありがとうございます。脳内妄想、書きまくりでございますw
楽しみに読んでくださってる方がいらっしゃると思うと励みになります〜♪
342 :雪ぐま :2005/06/23(木) 00:39
335> 名無飼育さん
本業多忙でございましたー。
ご信頼を裏切らないように頑張りますね〜。

336> 名無飼育さん
お気遣いありがとうございます。助かりました。

337> 名無飼育さん
なるべく早めに心がけます〜。

339> ななしくんさん
サイトの方も見ていただけたようで、ありがとうございます。
本編も進めていきますよ〜。

たいへんお待たせいたしました。
それでは久々の更新にまいります。
343 :溺れて人魚 :2005/06/23(木) 00:40


初めて訪ねたオフィスビルは、想像よりもずっと大きかった。
まさかこれが全部?と思ったけど、
上層の2フロアだけとわかってホッとした。
だけど、彼の肩越しに見える窓の、下界を見下ろさんばかりの風景に、
たちまち不安な気持ちが胸に広がっていく。

遊園地でバッタリ会ってしまった次の日のこと。
社長室で寺田さんは、ゆっくりと書類から目をあげた。

「なにしに来たのん?」

思わず、バッグを胸元に握りしめる。
精いっぱい背伸びして着てきたジャケットが、
ますます窮屈になった。
344 :溺れて人魚 :2005/06/23(木) 00:41

「あの、お願いがあって」

やっとの思いで、声を搾り出す。
いつものように皮肉げに笑うかと思ったら、
彼は興味なさげに書類に目を戻して、プイと言葉を放り投げただけだった。

「ゆわんよ、誰にも。そのことやろ?」
「あ、はい……」
「帰りぃ。一徹さんにも、あんたの母ちゃんらにも、何もゆわんから」

私は目を伏せる。
どうしてだろう? ひとみちゃんと私のこと、
黙っててほしいとお願いしにきた。
寺田さんは理由も聞かずに、そうしてくれるって言う。
信じて帰ればいい。用事は済んだんだから。
なのにどうしてだろう?
こんなふうに、ますます苦い気持ちに陥ってくのは。
345 :溺れて人魚 :2005/06/23(木) 00:42

ドアを背に、突っ立ったまま動かない私を、
寺田さんが再び上目遣いでチラと見た。

「僕のこと、信用できまへんか?」
「……いえ、そうじゃないんですけど」

悪いことをしてるわけじゃない。
人とは違う恋をしてるけど、悪いことをしてるわけじゃない。
ひとみちゃんの恋人になってから、
繰り返し繰り返し、胸の中で唱えてきた言葉。
街の中で手をつないでも平気だった。
ちょっとくらい変な目で見られても平気だった。

だけど、どうして?
寺田さんに知られたことを、こんなに気まずく思ってる。
そして、家族に知られるのを、こんなに恐れてる……

「僕の顔、見られまへんか?」
「……………………」
「堂々としとったらええやないか」
「………そうですね」

たぶん私はほんとのところ、ひどく頭がカタいんだと思う。
“カレシ”ってことにしときたかった、
寺田さんの心の中で、ひとみちゃんのこと。
面倒が嫌で、おかしいと思われるのが不安で、
できたらずっと、騙し続けたかった。
346 :溺れて人魚 :2005/06/23(木) 00:43

「………すみません」
「なんでそうカンタンに謝んの?」

バサッ。
乱暴に書類が投げ出された音に、思わずビクッと身を竦める。
寺田さんは、ますます苛立ったように唇を歪めた。

「なぁ、それがほんとのアンタか?」
「……………………」
「気ィが強くて、義理堅くて、いい女や思ぅとったわ」

 ごっつ、シータク乗り回してワイのことビビらして、
 泣かされてもフラフラせんと、ビシッとしとったやないか。
 あれ、なんやったの?

「はっきり言って、いま別人やで、アンタ」

返す言葉もない。
狡い私。そう、狡い。わかってる。
嘘を塗り固めて守ろうとしてる、この恋。
俯いて黙り込んだ私に、寺田さんはハアーッとため息をついて、
いかにも柔らかそうなイスの背に、深々と身を沈めた。
347 :溺れて人魚 :2005/06/23(木) 00:43

「………悪い、八つ当たりや」

え?
思いがけない言葉に顔を上げる。八つ当たり?

「あほらしなぁ……」
「……………………」
「なんやろ、ガックリきてな」

ははっ。
寺田さんは自嘲気味にライオン頭を揺らして、
それから私のことをジッと見た。

「あんた、女の子が好きか?」
「………彼女が好きです」
「そういうことなん?」
「………たぶん。ほかの女の子は、別に」
「男嫌い?」
「………それも、あるかもしれないです」

矢継ぎ早に質問されて、すこし警戒しながら答える。
そんな私を見て、寺田さんはやっと、いつもの調子で苦笑した。
348 :溺れて人魚 :2005/06/23(木) 00:44

「あのね、僕が何がショックやったか、わかる?」
「………カレシじゃなかったから?」
「そやね。カレシじゃなかったの、キツいね」

 嘘つかれてたって意味やない。
 あんたが誰かといちゃついてんのかって、別にええねん。
 問題は、それが男やないってことやねん。

寺田さんは、ふらりとイスから立ち上がり、
くるりと踵を返して、背後の大きな窓から外を眺めた。

「………あんたのことは口説けんのかなぁ?」
「それは……最初にお会いした時に、そう言ったと思いますけど」
「違う。全然、話が違うねん」
「………………………」
「あんたが男を好きなら、やりようがあんねんけど」

寺田さんの、思いのほか小さな背中。
そこから、いかにも気弱な、戸惑いの声が聞こえてくる。
ああ、この人も戸惑ったりするんだ。なんか不思議……
349 :溺れて人魚 :2005/06/23(木) 00:45

「あれやろ。ワイが男に好かれても、困ってまうみたいなもんやろ?」
「………………………」
「いいヤツやなーどまりやんなぁ、どんな好かれても」

それは私がまだひとみちゃんと友達だった頃、
諦め交じりの悲しい気持ちで、ずっと考えてたことだった。
女の私に好かれても、よっすぃ〜は困るだろう。
たとえどんなに尽くしても、いい子だなぁどまりだろう……

その思いは、ある日、あっという間に翻った。
あり得ないと思ってたことが当然になって、
私はひとみちゃんの恋人になれた。
だから、寺田さんの言うことは、例外もあり得るって話だと思う。
だけどもちろん、この場でそんなことを言うのは得策じゃないとわかってた。
深呼吸をひとつして、あえてはっきりと告げる。

「そうですね」
「そやろなー……、アカン、また落ち込んできたわ」

ぺったりとガラスに両手をついてユーモラスを装いながら、
だけど、寺田さんの横顔は、苦しげに歪んでいた。
笑おうとして失敗したみたいにギュッと。
350 :溺れて人魚 :2005/06/23(木) 00:46

「あんた、男を知らんからや」
「なっ……!」
「……とか言えたらエエやろなー」
「え?」
「軽蔑されるだけやわな、それ言ったら」

そう言って寺田さんは振り返り、
ガラス窓にもたれかかるようにして、腕を組んだ。
どこまでも強がりな笑みを、片頬に浮かべて。

「……今度こそ諦めますわ、石川さん」
「寺田さん……」
「ワシ、ほんと、こんなん初めてやけど」

 こないに好きなうちに、自分から手ェ引くなんて初めてやけど。

「空まわりになるからな。ハムスターや、なに仕掛けても」
「………………………」
「くるくるくる〜ってな。自分もみっともないし、あんたのことも困らせる」

さてと、じゃあ、約束は守るさかいな。
寺田さんは、ふいに歯切れよくそう言って、再びイスにすとんと腰かけた。
さっきのように書類に目を通しかけてフッと眉をしかめ、
引き出しからメガネをとりだして、サッとかける。
いかにも仕事モードなその様子。もう帰れってことかな。
そう察して、私は慌てて頭を下げた。
351 :溺れて人魚 :2005/06/23(木) 00:46

「じゃあ、………失礼します」
「ん。じゃあね、元気でね。お幸せに」

その言い方に、すこし引っ掛かった。
なんだかまるで、もう二度と会わないみたいな……

「あの」

どうしても気になって。
ドアノブに手をかけながら、
私はもう一度、寺田さんを振り返った。

「私、最初にお会いした時に、寺田さんとはお友達にもなりたくないって言いましたけど」
「ん? ああ、ゆってたね」
「その……今は、お友達になってもらえると嬉しいなって、思います」

それは正直な気持ちだった。
べつに同情とかそんなんじゃなくて、
寺田さんっていう人が、ちょっと自意識過剰ではあるけれど、
それなりに男らしく、潔く、人情味に溢れた人柄だって、
もう知ってるから。だから。
352 :溺れて人魚 :2005/06/23(木) 00:47

だけど、私の言葉は大失敗みたいだった。
キッと顔を上げた寺田さんの刃物のような瞳が、それを告げていた。

「……女の子ってのは、ほんと残酷やな」
「え……?」
「あほくさ。友達なんか、なりとぉないわ」
「…………え、あの」
「いまさら友達なんか、なりとぉないってゆってんねん!!!!」

激しい苛立ちの声とともに腕が振り降ろされ、
机上に叩きつけられた書類の束が、目の前で散り散りに舞った。
呆然とした私よりももっと呆然と寺田さんは床に散乱した白い紙切れを眺め、
それからゆっくりと頭を抱えて、広々とした机に突っ伏した。

「…………スマン、悪いけど、帰ってくれる?」

ごめんなさい……
口の中でそう呟きながら、私はドアの外へ滑り出た。
閉めたドアの中から、ガチャーン!と何かを蹴り倒した音が聞こえた。

ずらりと机が並ぶオフィスを小走りに抜けて、
エレベーターホールに辿り着き、私はやっと息をついた。
心臓が痛いほどドキドキしていた。恐かった。
コロッケを買いにきたお調子者の笑顔とは別人の顔を見せた寺田さんが。
その引き金を簡単に引いた、迂闊な自分のことが。
353 :溺れて人魚 :2005/06/23(木) 00:50

もう二度と寺田さんに会わない、会えない……
奇妙な苦さがせりあがってきてチラと振り返ると、
オフィスの入口からひょこっと顔を出して、
私のことをジーッと見つめている石野真子似の女の子が目に入った。

「あのぉ」
「は、はい?」
「モデルのRica☆さんやんなぁ?』

拍子抜けなほどのんびりとした大阪なまりのイントネーション。
呆気にとられつつも反射的に頷くと、
彼女は妙に嬉しげに、つつつと歩み寄ってきた

「あのぉ、いつも雑誌、見せてもろてますー」
「は、はぁ」
「サイン、いただいてもええですか?」

無邪気に差し出されたのは、
すっかり読み込んだ様子の今月号とサインペン。
あっ、さてはこの子ね? 寺田さんに私が載ってる雑誌を見せたのは!

「頑固一徹さんの、ご親戚なんですやろ?」
「ええ、まぁ……」
「うちの社長が大ファンになってもて。もう会社中で応援してますわー」
「………………………………」
「あ、コロッケ食べましたわー。おいしかったー」
「あ、ありがとうございます……」
354 :溺れて人魚 :2005/06/23(木) 00:50

サインなんてロクにしたことないけど、
一刻もはやくこの場を逃れたい一心で、私はペンを手に取った。
自分が写ってるページに、いつか教わったとおりに「Rica☆」と書き込む。
編集のアヤカさんが見たら卒倒しそうなたどたどしい字になったけど、
大阪弁の彼女は、ニコニコと雑誌を受け取った。

「ありがとうございますー」
「いえ……」

恥ずかしさと気まずさのあまり、
なんの余韻もなくエレベーターのボタンを押した私なのに、
大阪弁の彼女は、エレベーターが開くとサッとドアを押さえてくれ、
それからとびきりの笑顔で見送ってくれた。

「また、いらしてくださいねー」

エレベーターの扉が、ぴたりと閉まる。
高速で下っていく箱のなか、ゆっくりと壁にもたれかかって目を閉じた。
低く耳鳴りがするのは、エレベーターのせいだけじゃない。
355 :溺れて人魚 :2005/06/23(木) 00:52

「ひとみちゃん……」

会いたい。
ひとみちゃんに会いたい。
今日、これから部屋に行ったら、会えるかな?

ずっと嘘をついていたこと、ひとみちゃんは怒らなかった。
怒れなかったのかもしれない、自分がいくつも嘘をついてきたから。
そう、笑ってた。隠すことないじゃんって。たいしたことじゃないって。
だけど、やっぱりひどく悲しげな気配が、睫毛の先に滲んでた。

『そっか、お見合いか……』

床も壁もぴかぴかに磨き上げられたエントランスから、
すべてを振り切るようにビルの外へ飛び出す。
私、結婚なんてしない。しないよ、ひとみちゃん。
誰を傷つけても。そう、誰を傷つけたって!
356 :溺れて人魚 :2005/06/23(木) 00:53

夕暮れの逆光のなか、
苦い想いに唇を噛んで、歩道に続く階段を駆け降りる。
そして私は、地上に佇む見慣れた影に気づいて、目を丸くした。

「ひとみちゃん!」

影は、私を見上げて、かすかに笑った。
あわてて駆け寄って、確かめる。
ひとみちゃん!どうしてここに?

「店に寄ったら、トメ子姉さんが、ここに行ったって」

で、ヒマだったし、迎えに来た。
背の高い恋人は、素っ気なくそんなふうに言う。
たまらず強く抱きついたら、こらえてた涙が溢れそうになった。

「ど、どーしたんだよ、トメっち!?」
「会いたかったよぉ……」
「うえっ!? な、なんだよ急に。てかなんでこんなとこ来んだよぉ?」

困惑と腹立ちの入り交じった声。
あたたかな腕のなかに、私はぐったりともたれかかった。
不思議、耳鳴りが遠のいてく。
357 :溺れて人魚 :2005/06/23(木) 00:53

「ちょっと大丈夫? アイツ、なんかトメっちに言ったの?」
「ちが……、私がひどいこと、言ったの」
「え?」
「……ううん、ごめ…、なんでもな…」
「え、なんだよ、教えてよ」

後でね。
呟いて、目を閉じた。
鼻筋をつたって静かに涙が流れ、唇を濡らした。
それを追うように、ひとみちゃんの指が唇の端に触れた。
もう、このまま、どこかに連れてって。
回らない頭で、そんなふうに強く強く願った。


358 :雪ぐま :2005/06/23(木) 00:54


本日はここまでといたします。
359 :名無飼育さん :2005/06/23(木) 07:21
うう、久し振りこの感じ・・・。
360 :名無飼育さん :2005/06/23(木) 09:38
胸が苦しくなる
いいですね

更新ありがとうございます
361 :名無飼育さん :2005/06/23(木) 18:37
雪ぐまさんのとこでしか読めない何かがあるよね。
とりあえず帰ってきてくれて安心しました。。。

362 :オレンヂ :2005/06/23(木) 20:39
更新お疲れ様です。
胸が締めつけられますね・・・
363 :名無飼育さん :2005/06/24(金) 02:19
読めてなんかホッとしました
やっぱ雪ぐまさんだなって
更新お疲れさまです
364 :優海 :2005/06/24(金) 19:56
更新お疲れ様です。
HPのBBS見て飛んで参りました。

切ないです...。
でもこんな感じ好きかも。
>拍子抜けなほどのんびりとした大阪なまりのイントネーション。
唯やんですかね?
こんなとこで出てくるとは…。
これからも頑張ってください。
365 :名無飼育さん :2005/06/29(水) 20:01
お疲れ様です。

更新されてよかったです。

ずっと待ってました。

これからも応援してます。

更新頑張って下さい。
366 :そーせき :2005/06/30(木) 20:58
トメちゃんの気持ち、よくわかる。
でも寺田クンの言うことも正論で。
誰が悪いわけでもない、しゃーないね。

本物の寺田クンはあんま好きやないけど、ここの彼はイイ!
雪ぐまさんって、ほんま、いい人やね。
367 :雪ぐま :2005/07/05(火) 02:26
359> 名無飼育さん
じっくり味わっていただいたみたいで、
ありがとうございます。

360> 名無飼育さん
こちらこそ、久々の更新なのにすぐにお読みくださって
レスまでつけていただけて嬉しかったです。

361> 名無飼育さん
わわわ。ありがたいお言葉、うれしかったです。
待っててくださって安心しました。。。

362> オレンヂさん
トメっちとよっちゃんと寺田さん、それぞれに思いがあって
なかなかうまくはいかないみたいです……

364> 優海さん
ですねw さっそく飛んできてくださってありがとうございます。
はい、これからも楽しんでお読みいただけるように頑張りますね。
368 :雪ぐま :2005/07/05(火) 02:26
365> 名無飼育さん
ありがとうございます。本業多忙で思うように書けないのですが
なるべくはやめの更新を心がけますね〜♪

365> そーせきさん
いやいや、リアルではあまり良いくまではありませんよw
でも、そう言っていただけたのは嬉しかったです。
あと、ここの「彼」がイイというのも嬉しいな。わりと思い入れのあるキャラです。

それでは、更新にまいります。
369 :溺れて人魚 :2005/07/05(火) 02:28


ふと瞼を開けると、部屋の中はもう真っ暗だった。
いけない、いつの間にか寝ちゃってた。
あれから手を引かれて帰ってきた、ひとみちゃんの部屋。
手探りでベッドサイドに置いておいた携帯を見つけ、パカッと開く。
パッと点灯した光が驚くほど明るくて、思わず目を細めた。

「22時50分……」

ああ、もうこんな時間。帰らなきゃ。
パチンと携帯を閉じて、眉間を指でギュッとおさえる。
うー、目、覚まさなきゃね。
370 :溺れて人魚 :2005/07/05(火) 02:29

チラと隣をうかがうと、
ひとみちゃんは裸の肩をむきだしのまま、
くぅくぅと穏やかな寝息を立てていた。
どことなく甘い肌の香りが、あたたかく鼻先をくすぐる。

「ひとみちゃん……」

どっちかの家族が家の中にいるときは、絶対にHとかしない。
自分で決めたルールを、とうとう破っちゃった。
寺田さんに罵倒されたショックと自己嫌悪で青ざめてた私を、
ひとみちゃんがしっかりしろって、抱きしめてくれたから。

闇の中でもほのかに浮かび上がる真っ白な肌を見つめる。
ずっと一緒だよなんて、
ガラにもないこと何度も囁いてくれてうれしかったな。
ベッドのなかの約束ほどアテになんないものはないって、
美容室で読んだ女性誌に書いてあったけどさ、
でも、信じちゃうよね、やっぱり。
こんなにうれしいんだもん。

だけど、ルールを破っちゃったのは、よくないんだろうなぁ。
1回平気と思っちゃったら、後は油断ばかりが増えてく気がする。
今日はよくて今度はだめとか、理屈にあわないし。
371 :雪ぐま :2005/07/05(火) 02:31

「帰りたくないな……」

おっと。これも、よくないぞ。
苦笑しつつ、エイッと起き上がった。
明日も朝から仕事だもん。
今日はトメ子姉ちゃんがいてくれたから抜けられたけど、
明日は一人でお店をまわすことになってる。
夜のうちになるべく仕込みも済ませておきたいし、
それに外泊するとやっぱり、お母さんに心配かけちゃうからね。

「……ん……あ、もー帰るの?」

ゴソゴソと身を起こしかけた私に、
ひとみちゃんが寝起きの擦れ声で呟いた。

「うん、もう11時だし」
「……まだ……いいじゃぁん……」

寝ぼけた声をあげて、腰にまとわりついてくる。
かわいいなぁ、大っきな犬みたい。
金色に染めた柔らかな髪をくしゃくしゃ撫でると、
ひとみちゃんはますます甘えたみたいに、
私の肌に頬をこすりつけた。
372 :溺れて人魚 :2005/07/05(火) 02:31

「ねぇ、今日は泊まってけばぁ?」
「んー、そうしたいけど」
「いいじゃあん、近いんだし」
「うーん……」

困っちゃうな、贅沢な悩みね。
あーあ、体がふたつあるといいのになぁ。
一人を帰して、一人が残るの。
でも、どっちも自分が残る!って喧嘩になっちゃうね。

「明日の仕込みがねぇ。お母さんも心配するし」
「そっかぁ」
「ごめんね」
「んーん、謝ることじゃないし」

ひとみちゃんは私を開放して、コロンと天井を向いた。
ふあああっとひとつ大あくびをして、いたずらっぽく私を見る。

「じゃあ、もう一回しよっか」
「だめだよぉ。今度こそ起きられなくなっちゃう」
「それが狙いですよ!」
「あはは」

軽くキスをして立ち上がる。
大喧嘩してたなんてこと、忘れちゃいそうなくらいラブラブだね。
それとも、大喧嘩したから、またこんなにラブラブなのかな?
お互いを大切にすること、思い出して。
373 :溺れて人魚 :2005/07/05(火) 02:32

「じゃあ、また明日ね」
「あー、待って。送ってく」
「いいよぉ」
「いいっていいって。コンビニも行きたいし」

のそのそとジャージを着込みはじめたひとみちゃん。
徒歩3分で送るもなにもないと思うけど、うれしい気持ちで待ってみる。

「こーんな寝癖アタマで、外出るのぉ?」
「キャップかぶればヘーキだよ」
「どれかぶるの?」
「えーと、右から2つめの。そう、その赤いの」

行儀よくラックにかけられたキャップのなかから、
ひとみちゃんが指さした赤いのをとって、ぽこりとかぶせてあげる。
「サンキュ」と笑ってひとみちゃんは、そのまま私の腰を抱き寄せた。

「やっぱ帰したくないな……、なんちって」
「もぅ」

とろけそうな気持ちで、鎖骨に頬をあずけた。
ひとまわり大きなひとみちゃんが、
くるっと包み込むみたいに抱っこしてくれるのが好き。
背中に腕をまわすと、もっともっとくっつけるから好き。
おでこに唇が触れたのを感じて顔をあげると、
肩をしっかり抱かれて、強く唇をふさがれた。
374 :溺れて人魚 :2005/07/05(火) 02:33

「ん………」

もう何百回もキスしてて、いつもドキドキってわけじゃないけど、
こんなふうにされるとやっぱり、心の底が泡立って。
いろんな心配事が、ぷちんぷちんと弾けてくような気がするんだ。
この人に愛されてるってことが、自分の自信につながる感じ。

かすかな水音とともに柔らかな唇は離れて、
目の前に照れくさそうな笑顔が広がる。
私が笑うと、ひとみちゃんはますます照れくさげになって、
やたらぐいぐいと背中を抱きしめてきた。
キャッ、い、息が……、でも、幸せ……

「ああ、帰れなくなっちゃう……」
「それが作戦ですよ!」
「もおぉー」

ちょっと、どーなの、このラブラブぶり。
もしも誰かに見られたら、恥ずかしくって死んじゃうわとか思いつつ、
私は超ご機嫌で、ひとみちゃんをたしなめたりするの。
だめよ離して、いい子だから。なんちって、キャー!!!
375 :溺れて人魚 :2005/07/05(火) 02:35

「ちぇー」

ひとみちゃんは頬をピンクに染めて、
しぶしぶって感じで腕を離してくれた。
ふふっ、キショとか言うと思ったでしょ?
言わないんだなあ〜、これがラブラブの証ですよ!!

「ぐふふふふ……」
「……キショい顔になってるよ、トメっち」
「え?あれ?(汗」
376 :溺れて人魚 :2005/07/05(火) 02:36

ちゃんと家の前まで送ってくれてひとみちゃんは、
「じゃね」って笑って、くるっと背を向けた。
さっきに比べてさっくりしすぎって気もするけど、外だから仕方ないね。
遠ざかってく背中を見送りながら考える。
とにかく、こんなふうにカンタンに私をご機嫌にできるのは、
ひとみちゃんだけなんだなあ。

コンビニに向かう角を曲がる時、ひとみちゃんはチラと振り返って、
私が見送ってるのに気づくと、
また照れくさそうに軽く手を挙げて去っていった。

寺田さんとのやりとり、すごく詳しく話したわけじゃない。
これからどうするかとか語ったわけでもない。
ひとみちゃんは口下手で、私ばっかり話してることも多いんだ。
だけど、抱きしめてくれたら、キスしてくれたら、微笑んでくれたら、
私はなんだかとても満足して、未来は明るいぞーって思ったりする。
377 :溺れて人魚 :2005/07/05(火) 02:38

「単純単純単純で〜す♪ 単純単純単純で〜す♪」

どこかで聞いたフレーズを口ずさみながら家に入ると、
お母さんとトメ子姉ちゃんが、茶の間でポテチをつまみながら
なにやら楽しげにしゃべっていた。

「あら、おかえり」
「あ、やっと帰ってきた。おかえり〜」
「トメ子姉ちゃん、珍しいねー。帰らなくていいの?」
「いいのいいの。たまには羽のばしていいぞって、一徹さんが」
「へぇー」
「あれでやさしいとこもあるのよ、うふふ」

えー、羽のばすのに許可がいるわけ?とか思いつつ、
私もちゃぶ台の前にヨイショと腰かけた。
んー、トメ子姉ちゃんの考え方って謎だわ……。

「あんたも結婚したらわかるわよぉ〜」
「うーん、わかりたくないなー」
「わかりたくなるんだって」

かもね。
私、尽くすわよっすぃ〜って女だし、血は争えないわよね。
もちろんそうは答えず、ただポテチをつまんで口に放り込んだ私に、
トメ子姉ちゃんとお母さんが、妙に興味しんしんって顔で迫ってきた。
378 :溺れて人魚 :2005/07/05(火) 02:39

「で?」
「は?」
「もー、もったいぶらずに教えてよぉ」
「何を?」
「ずっと一緒だったんでしょぉ?今日」
「ぅえ!?」

思わずぎょぎょっ!とした私の肩を、
トメ子姉ちゃんがじれったそうにつついた。

「うふふっ、寺田さんとデートしてたんじゃないのぉ?」

ああ、寺田さんかぁ。
びっくりした、ひとみちゃんのことかと思ったじゃん。

でも、そうよね。
寺田さんの会社に行くって言って出かけたんだもん、そう思うよね。
一瞬、寺田さんの傷ついた横顔を思い出して胸が痛んだけど、
私は肩をすくめて、なにげない調子で誤解を解いた。
379 :溺れて人魚 :2005/07/05(火) 02:40

「寺田さんとは、そんなんじゃないってば」
「えー、いい人じゃないのぉ」
「そうだけど、はっきりお断りしたって前から言ってるじゃん」
「でも、ご飯くらいご馳走になってきたんじゃないの?」
「全然。だから、ホントにそういうんじゃないんだってば」
「なあんだ。じゃあ、どこにいたのよ、 こんな遅くまで」
「え? ひとみちゃんちだよ?」
「また、ひとみちゃん〜?」

やれやれ、というふうにトメ子姉ちゃんとお母さんは笑った。

「もー、ひとみちゃんばっかりね、梨華は」
「………いいじゃん、別に」
「ほかに友達、いないわけ?」
「いるよ。いるけどー」
「まあったく、この調子じゃいつまでたっても彼氏はできそうもないわねー」
「まあまあ。そのうち興味も出るでしょ」
「どうだかー。ひとみちゃんって、そのへんの男の子よりかっこいいもの」
「そうねぇ、もったいないくらいよねぇ。お母さん、タイプだわー」

た、タイプってお母さん、やっぱり血は争えな……(ry
なんだか微妙な話になってきて、たちまち背中がムズムズしてきた。
慌てて、「仕込みしなきゃ…」なんて立ち上がりかけたら、
「もうやっといたわよ。大豆も水につけといたし」なんて返されて、
仕方なくまた座る。あーあ、気が利きすぎる姉にも困ったものだわ。
380 :溺れて人魚 :2005/07/05(火) 02:41

「そういえば、梨華」
「な、なに?」
「あんた、綾小路さんとこのお嬢さんとお友達なの?」

え?
思いがけない話題を振られて、目を丸くした。

「真希ちゃんのこと?」
「名前はしらないけど、きれいな子ねぇ。お姉ちゃんびっくりしちゃった」
「えっ? もしかして今日、コロッケ買いに来たの!?」
「ううん、何も買ってかなかったけど、あんたにこれ渡してって」

割烹着のポッケからトメ子姉ちゃんがゴソゴソと差し出したのは、
透かし模様の入った上品な白い封筒だった。
急いで封を切って、中を確かめる。

「仮面舞踏会のご招待……?」
「仮面舞踏会ぃ? なぁに、それ」
「さぁ……」
381 :溺れて人魚 :2005/07/05(火) 02:46

招待状の最後には、真希ちゃんの手書きで、
小さくこう記されていた。

 “よっすぃ〜と一緒にどうぞ。もし良かったら美貴ちゃんと亜弥ちゃんも”

どういうつもりかしら、真希ちゃん……
思わず考え込んだ私に何を思ったのか、
トメ子姉ちゃんとお母さんは招待状をのぞき込んで苦笑した。

「お金持ちの考えることは、よくわからないわね」
「お嬢さん、怖そうな男の人と一緒だったわよ。執事さんかしらねぇ、あれは」
「ボディガードじゃないの?」

ああ、真希ちゃん、やっぱり見張られてるんだ。
そんななかで、自ら届けてくれた招待状。
ますます私は考え込んだ。

真希ちゃん……?


382 :雪ぐま :2005/07/05(火) 02:47


本日はここまでといたします。
383 :名無飼育さん :2005/07/05(火) 03:21
わーわーわー!!!!!
更新キテタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!!!!

騒がしくてすみませんw
いつも楽しみに読んでます。
384 :そーせき :2005/07/05(火) 08:49
やっぱ、エエなぁ・・・この2人・・・最高!
・・・おっと、仕事中やった^^;
385 :オレンヂ :2005/07/05(火) 10:00
更新お疲れ様です。
あぁやっぱいいなぁ、この暖かい感じ♪
2人のやりとりが目に浮かんでくるようです。
386 :名無飼育さん :2005/07/05(火) 10:34
溶けた・・・。
おっと、こっちも仕事中だった^^;
387 :名無飼育さん :2005/07/05(火) 17:05
甘くて、切なくて、大事なことが書いてある……
やっぱ雪ぐまさん最高(^o^)b
私のバイブルです
388 :優海 :2005/07/06(水) 07:19
更新キタ━━━(゚∀゚≡(゚∀゚≡゚∀゚)≡゚∀゚)━━━━!!
って言うかキテタ━━━(゚∀゚≡(゚∀゚≡゚∀゚)≡゚∀゚)━━━━!!
この素晴らしさを胸に、ガッコ行きます…。
389 :ななしくん :2005/07/10(日) 02:13
雪ぐまさん
ありがとうございます。

いつもほんとに柔らかな気持ちになれます。
390 :雪ぐま :2005/07/19(火) 23:25
こんばんは、雪ぐまです。今日はちょいと告知に現れました。
「よっちゃんと梨華ちゃんの前世は“放浪の占い師”と“旅役者”」(7月10日ハロモニ)
というネタに釣られて、出来心で短編を書いてしまいましたw
雪ぐまサイト、本日のBBSにUPしています。ご興味のある方はぜひ♪
http://yukiguma.s45.xrea.com/index.htm
391 :ナナシ :2005/07/20(水) 21:47
雪ぐまさんの小説大好きです!
とくにいしよしが
392 :名無飼育さん :2005/08/25(木) 02:00
一ヶ月保全させていただきます
外伝も読んでますよ
393 :ななしくん :2005/10/05(水) 01:21
まってます!
394 :名無飼育さん :2005/11/06(日) 14:28
作者さん待ってますよ!
395 :ななし :2005/11/06(日) 14:30
あげないでください。お願いします。
396 :大の大人が名無しだなんて。。。 :2005/11/06(日) 17:28
すいません。落とします
397 :名無飼育さん :2005/12/04(日) 23:45
つづきよみたい
398 :ななし :2006/01/08(日) 02:03
まだまちます!
399 :雪ぐま :2006/01/24(火) 02:39
383> 名無飼育さん
楽しみにお読みいただいてるのに、更新滞っててすみません。。。
今回も、ちょっと変則的な更新なんですけど、お許しを〜。

384> そーせきさん
お仕事中にありがとうございますw 雪ぐまもこの二人を
書くの、好きなんですけどねぇ〜。滞っちゃって、、、

385> オレンヂさん
嬉しいお言葉、ありがとうございます♪ いろいろあっても
仲良しのいしよし、いいですよね〜〜☆

386> 名無飼育さん
あらら、お仕事中に溶けてくださってありがとうございますw

387> 名無飼育さん
ありがとうございます。そんなふうに言っていただけて光栄です。
でも、そうとう甘ったるいバイブルかな〜って心配w

338> 優海さん
とってもお喜びいただけて、雪ぐまも嬉しいです☆ 
学校行く前に飼育チェックって面白いなあw
400 :雪ぐま :2006/01/24(火) 02:40
389、393> ななしくんさん
こちらこそ、ご愛読くださってありがとうございます。
レスをいただけると、とても励みになるんですよ〜☆

391> ナナシさん
ありがとうございます。これからもよろしくです。
雪ぐまも、いしよしを書くの楽しいですよ〜♪

392> 名無飼育さん
恐縮です。。。ほんと、更新できなくてごめんなさい。。。

394> 名無飼育さん
はーい。お待たせしてしまって申し訳ないです。。。

395、398> ななしさん
お気遣いありがとうございます。柔らかな表現で助かります。
ずいぶんお待たせしてしまってすみません。。。

369> 大の大人が名無しだなんて。。。 さん
一番下になるのもちょっと寂しいなあw
なんて、私が更新しないのが悪いのね。ごめんなさい。。。

たいへんお待たせいたしました。
それでは久々の更新にまいります。
401 :雪ぐま :2006/01/24(火) 02:41


思うところあって、ごっちん視点の外伝を挟みます。
去っていってしまった紺ちゃんを思う、ごっちんの切ない未練。

『雪の降る夜』



402 :雪の降る夜 :2006/01/24(火) 02:42


雪が降るのを恐れ、だけど待っていた。
ベッドに跪いて、窓枠に手をかける。
あの日も雪が降っていた。
忘れられない初めての夜。

『私の記憶には、一生、雪が降る』

鼓膜の奥、囁くようなあの声が消えない。
紺野がもう傍にいないことに、まだ慣れない。
雪が降るのを恐れている。だけど待っている。
蘇る記憶が粉々に砕け散って、その眩しすぎる欠片で、
あたしをまためちゃくちゃに傷つけるとわかっているのに。
403 :雪の降る夜 :2006/01/24(火) 02:43

『真希様、おはようございます。気持ちのいい朝ですよ』

あたしは迂闊だった。
紺野がいつか目の前から消えることを想定していなかった。
毎朝、彼女があたしを起こしにくる、それって当たり前なことで。

 今日はあいにく雨模様ですねぇ、でも暖かい。
 今朝は冷えますね、ガウンをどうぞ。
 見て、きれいな空ですよ。
  
あなたのやさしい声。
寝ぼけ眼に映る、光の中に微笑む紺野。 
ぐずぐずと起きないあたしの手をとり、のんびりと今日のスケジュールを話す。
マッサージをするみたいに、指先があたしのてのひらをじんわりと押す。
あたたかな声と指先に刺激されて、ゆるやかに覚醒してくる頭の中。
胸せまる、幸せという感情とともに。
404 :雪の降る夜 :2006/01/24(火) 02:44

「紺野……」

幸せだった。幸せの形を教えてくれた人だった。
控えめな眼差しの奥の、春風のような魂。
溢れてくる甘い水のような言葉。
あたしは絶望的な気分で固く目を閉じる。
あんな人が二度と現れるだろうか、あたしの前に。
そう、女も男も美しい人も星の数ほどいるけれど、
彼女みたいな人は彼女ひとり。
20年も生きてきて、彼女ひとり……。

「こんなことなら」

もっと一瞬一瞬を、大切にすればよかった。
彼女の言葉に、真意に、耳を傾けたらよかった。
あの子が言っていたこと、あたしはただもどかしく思うだけで。
乱暴にはねのけて、刃物のような言葉で彼女をただ傷つけた。
身勝手な八つ当たりとわかっていながら、あたしはただもどかしくて。
だって、だって、だって、だって、だって……
405 :雪の降る夜 :2006/01/24(火) 02:45

『真希様、わかって。私はあなたの傍にいたいだけ』

運命という言葉を彼女は好んで使い、
決して恵まれてるとはいえない生まれも境遇も、恨んでるふうではなかった。
運命に逆らわないこと。そのなかで見つけてく幸せ。
でも、そんなの、そんなのって、あたしは苛立って。
なにもかも、自分の力でどうにもできないくせに。

「紺野……」

元気でいるかな? あたしのことはもう思い出の箱の中かな。
ごめんなさい、結局すべてを壊してしまったこと。
目が覚めた、あのクリスマスの朝の置き手紙。
そうだ、あの時さえ、あたしは呑気に眠っていたね。
隣に眠っていたはずのあなたが、そっと部屋を出ていくことにも気づかず。
406 :雪の降る夜 :2006/01/24(火) 02:45

 雪降る夜の記憶を、私は生涯忘れません。
 あなたの幸せを祈っています。
 お体に気をつけて。愛していました。
 幸せでした。私には身にあまる幸福でした。
 だから私は大丈夫です。あなたが心配です。どうか恨まないで。
 二人でいろんな気持ちを覚えたこと、忘れないでください。
 出会えて良かったと、今この瞬間も、私は信じています。
407 :雪の降る夜 :2006/01/24(火) 02:46

紺野!!!
悲鳴をあげて部屋を飛び出したあたしをつかまえたボディガードたちの手。
がんじがらめのあたし。紺野!紺野!
あの時、引き裂かれたのは体じゃなくて心の中。
もはや恋を隠すことさえ忘れて暴れ、泣き喚いたあたしに、
苦しみは時が解決しますと、誰かの言葉がうつろに響いた。

「時が……」

彼女のいない時が過ぎてく。
窓枠に手をついて、今日もあたしは切なく空を見上げる。
冬空。雪が降るのを恐れてるくせに、待っているから。
そうだね、あなたがいない日常に、確かにあなたの影は薄れてくけど、
忘れたくないと思ってるからあたしは記憶を手放さない。
紺野、何度でも、胸が痛むとわかっていてあなたを手繰り寄せる。
記憶の中。もう過ぎ去っていってしまった時の彼方の記憶の中。
408 :雪の降る夜 :2006/01/24(火) 02:47

「しつこいかな、あたし」

だけど運命を、あたしは受け入れられない。まだ諦められない。
もう一度、会いたい。声を聞きたい。あなたに触れたい。
ひりひりと痛む胸が、静かに軋んでまた悲鳴をあげる。
あたしはただもう一度、あなたに会いたいだけ。会いたいだけなんだ。

ため息をこらえて握りしめた指先が白くなっているのを、
やけに冷えた視線で見つめる自分を感じていた。
会ってどうするかって?……なくてもかまわない、その先なんて。
409 :雪の降る夜 :2006/01/24(火) 02:47

あたしは仮面舞踏会の白い封筒を手に取った。
みんな、来てくれるだろうか。
梨華ちゃんも、よっすぃ〜も、亜弥ちゃんたちも。
また巻き込んでしまうこと、心苦しいけれど。

ふと目を上げて、あたしは目を細める。
とうとう雪が降ってきた、今夜も。
しんしんと、音もなく降ってくる。目頭が熱くなる。

『私の記憶には、一生、雪が降る』

紺野、あたしの記憶にも、いつも雪が降っている。
そして目の前に降る雪が、記憶の中へとあたしを誘う。
目を閉じて、窓枠にこめかみを押しあてた。
今日はこのまま眠ってしまおう、時がはやく過ぎてくように。

大丈夫。もうすぐ舞踏会の日がやってくる。
あたしはもう一度、紺野に会える。
会いたいと願ってるから、必ず会える、必ず会える……。


☆終☆
410 :雪ぐま :2006/01/24(火) 02:48


本日はここまでといたします。
411 :名無飼育さん :2006/01/24(火) 03:36
わーい、一番乗り!!

静かな文章の奥に感じられる情熱がせつないです。
タイトルと同じく、今夜は寒いですね。
412 :名無飼育さん :2006/01/24(火) 18:52
更新お待ち申し上げていました。

舞踏会の裏に隠されたごっちんの真意はどこにあるのか…。
雪の結晶のように純粋なごっちんの想いが痛いく切ないです。
413 :名無飼育さん :2006/05/22(月) 22:24
続き読みたいなぁ…。
なんとか完結まで頑張って進めて欲しいです。
諦めずに待ってます。
414 :名無飼育さん :2006/06/09(金) 23:55
もう更新されないんですかね
415 :名無飼育さん :2006/07/09(日) 22:54
待ってます。
416 :名無飼育さん :2006/07/17(月) 11:33
すごいな。今、確認したら本編の最終更新からすでに1年経ってるんですね。(汗
ひとつの作品を完結させるのって難しい事なんだなと再認識致しました。
人気のある作品だし、今でも頑張って完結させて欲しいと願っています。
417 :雪ぐま :2006/08/16(水) 15:18
411> 名無飼育さん
一番乗り、ありがとうございます〜♪
もうすっかり暑くなってしまいましたね(汗
ごっちんのポーカフェィスの裏側で、情熱はしっかり燃えてるみたいです。

412> 名無飼育さん
たいへんお待たせいたしました。
どことなくボーッとしているごっちん。
パッと見はなにを考えているのかわからないですが、
案外、一途で情熱的っぽいですよね?!

413> 名無飼育さん
ありがとうございます。ノロノロ運転ですが、
きちんと完結はしたいと考えています。
というか頭の中ではもう全部できているんですけど〜…(じゃあ書けw

414> 名無飼育さん
いえ、します。時空が歪んでいるんです(ぇw

415> 名無飼育さん
はーい。ありがたいことです m(_ _)m

416> 名無飼育さん
キャー、そんなこと確認しないで〜〜ww
いやいや、ほんとふがいないことで恐縮でございます。
ご期待にそえるよう、頑張って完結したいと思います。

たいへん、とっても、めちゃくちゃお待たせいたしました。
それではチョー久々の更新にまいります。
418 :& ◆l0d.zqFWQU :2006/08/16(水) 15:19


「ちょっ、ひ、ひとみちゃんっ?! 」

回らない頭で私は必死にパジャマの胸元をガードした。
お寝坊できる定休日。日曜の朝。
まだまどろみの中にいたのに、いきなりガラッと部屋の戸が開いて、
ずかずかとひとみちゃんが入ってきて。

「トメっち、おっはよ〜〜〜♪」

って、爽やかなあいさつはいいんだけど、
なぜアナタはいきなりおっぱいに突進してくるんですかーーー!!!
419 :溺れて人魚 :2006/08/16(水) 15:20

「えい、えい、起きろっ♪」
「やだ、ちょっ、痛っ……あ、あっ…ダメっ……」

起き抜けの動かないカラダ。
ただでさえ私のほうが力が弱いのに、だめだったら!
じたばたもがく私の胸をぎゅうぎゅう掴んで、よっちゃんはニヤニヤ。

「おっぱいさん、おはよー♪」
「どこにあいさつしてんのよっ!」

まったく、こんな姿、
全国100万人のyossyファンが泣くわよっ?

「泣かない泣かない♪むしろ萌え〜♪」
「なんなのよもー朝からぁ……あ、あんっ…ちょっと……」

待って、そこはダメ……って、
ヤバイ私、反応しちゃってるじゃん!!!
420 :溺れて人魚 :2006/08/16(水) 15:21
「ほっほっほ♪おなごの体は正直じゃのぉ〜♪」
「そ、そーゆーのどこで覚えてくるのよっ!」
「水戸黄門?」
「そんなシーンないじゃん!」
「あるってあるってー。由美かおるのお風呂シーンの後とかにー」

しれっとそんなことを言いながら、
ひとみちゃんはヒラッとベッドにのってきた。
くるりと私を抱き寄せる、その素早いことったら。

「ねぇ、しよっか?」

ええええ〜〜〜。
私は口を尖らせて、思いっきり眉をしかめてみせた。
こんなスタート、イヤだぁー。
てか、家にお母さんいるから絶対ダメっ!

「それがいないんだなぁ〜」
「え?」
「さっき、あたしと入れ違いに出かけたよ。町内のカラオケ大会だって」

あ、そういえば夕べそんなこと言ってたかも。
そっか。そう。お母さん出かけたの。
そう。そっか………。

ふうん………。
421 :溺れて人魚 :2006/08/16(水) 15:22

なにげに目を伏せて頬を染めた私に、
ひとみちゃんはニヤリ。

「いいでしょ?」
「うー…………」
「ね?」
「………ャダよぉ…」

だって明るいしー。ハミガキとかしてないしー。
ぐずぐずと背を向けた私を、ひとみちゃんはまったく無視。
てか、実力行使? あっという間にうなじに鼻先を埋められ、
パジャマの裾から長い指先が忍び込んできて、
私は、ううっと身をすくませた。

「く、くすぐったいよぉ」
「んーー?」

うなじにやさしいキスが降ってきて、首筋をつたって背中へ。
抱き寄せられたまま、腰骨のあたりを撫でられて、
あえなく背骨が砕けそうになる。

「あぁ………」

肌を這い回る切ない感覚に、思わず目を閉じた。
器用な指先は、そんな私を弄ぶみたいにリズミカルに動いて、
私はたまらずひとみちゃんの腕にしがみつく。
こんな時、なんだか自分がピアノになったみたいって思うの。
ん? ピアノのようにやさしく弾いて、ってナツメロがなかったっけ?
422 :溺れて人魚 :2006/08/16(水) 15:23
「♪Cか〜ら始ま〜る恋の〜バラ〜ド、ってヤツでしょ? 中山美穂の」
「そ、そーだっけ……あ……あんっ……」
「ねぇ、女同士だと、どっからがBで、どっからがCなわけ?」
「し、知らないよぉっ……」

てか、BとかCとか死語だからーっ。
なんて言ってるうちに、あっさり胸を攻められて。
悔しいと思いながらも私は、彼女が喜ぶ声をあげてしまう。
長い腕がぐるりと私をくるんで、もう逃がさないって感じ。
からかうみたいに首筋を甘噛みするのは、さあ食べちゃうぞって合図。
鼓動を誘うように、やさしいアルトがとろりと耳に流し込まれた。

「……ね、いいでしょ?」

あーあ、ひとみちゃんってホントこういうの上手。
それでもって私ってホント、このヒトに弱いんだなあ……。

OKと囁く代わりに私は彼女の腕を噛み、
ゆっくりと体のチカラを抜いた。
423 :溺れて人魚 :2006/08/16(水) 15:24


……………………………………
……………………………………
……………………………………
……………………………………
……………………………………
……………………………………

424 :溺れて人魚 :2006/08/16(水) 15:25

フッと目を覚ますと、窓辺はもう夕暮れの赤。
恋人の腕のなか、素肌にシーツを感じながら、
すこし気怠い幸せなまどろみ。

お母さん、カラオケ大会終わる頃かな……
そろそろ服を着とかなくっちゃ……
彼女の細い首筋から漂う香水の香りにうっとりしながら、
思うのは現実的なそんなことだなんて、ちょっと私、損な性格かも。

ほどなく階下でカタンと音がして、
がちゃがちゃと玄関の鍵を開ける音が聞こえてきた。
たいへん、お母さん帰ってきちゃった!
慌てて飛び起きて、ベッドの下に放り出された下着に手を伸ばす。

「ん?」

その時、目に飛び込んできたのは、ひとみちゃんのジーンズ。
ぐしゃぐしゃと脱いだ形のままのお尻のポッケのとこから、
妙に立派な白い封筒がビョコンと飛び出していて。
425 :溺れて人魚 :2006/08/16(水) 15:25

「あっ!」

しまった!
真希ちゃんちの仮面舞踏会、今夜だったわ!

「ひとみちゃん起きて! 6時過ぎてる!」
「ぅえっ?! やっべぇー、遅刻じゃん!」
「もぉぉ、アラームかけないから!」
「だって、8時間もあると思ったんだもーん」

8時間なんてあっという間でしょ?!
なーんて、8時間もそんなことしてたわけじゃないけれど、
アノ後って私たち、なんか絶対寝ちゃうじゃん。
わかってるくせにひとみちゃって、ほんとノンキ。
する前に私がアラームかけようとすると色気ないって怒るくせにさ。

「やっぱり今度から私がアラームかけるっ」
「えー、色気ねーなー」
「じゃあ、ちゃんと起こしてよぉ〜」
426 :溺れて人魚 :2006/08/16(水) 15:26

お母さんにせわしなく「行ってきます」と声をかけ、
はぁはぁと息を切らせて辿り着いた綾小路家。
チャイムを鳴らしかけて、指が止まる。
寝坊したせいで、すっぴんのまま髪の毛もくるっくる。
いくらヘアメイクしてもらえるからって、恥ずかしいなぁ。
てゆうか、シャワーも浴びていない件……。

「仕方ねーじゃん」
「誰のせいよ、誰の」
「トメっちがエロいせい」
「エロいのはひとみちゃんでしょっ!」

もう、鳴らすよー?
エイッとチャイムを押すと、やたら重厚な音があたりに響きわたる。
いつものことだけど、びっくりするわね。

門を開けてくれたメイドさんは、当たり前だけど紺ちゃんじゃなくて。
ああ、彼女はもういないんだなあって寂しく思う。
だけど、一番寂しいのは真希ちゃんだね。
毎日毎日、もう紺ちゃんのいない家の中で彼女はいったい……
427 :溺れて人魚 :2006/08/16(水) 15:27

「ひょーほほほほほほ!」

玄関に入るやいなや、怪人二十面相ならぬ回文二十面相が、
黒いマントをばさりとひるがえした。

「ハイ、いらっしゃい」
「……お出迎え、ありがとう」
「……元気そうだね、ごっちん」

黒覆面の真希ちゃんはニヤリと笑うと、
さぁお嬢様方こちらへどうぞと、
うやうやしく手を広げて、衣装ルームを指し示した。

428 :雪ぐま :2006/08/16(水) 15:28
本日はここまでといたします。
話があんまり進んでませんねw
また近々、現れようと思います。
429 :名無飼育さん :2006/08/16(水) 19:23
ごっちんwww
前回更新も読み返したりしてたので痛々しいとも思うんですが、
それでもこういうごっちんが好きw
舞踏会は前回のも大好きなシーンだったりするので、今回も楽しみです。

それにしてもこの夫婦はもう…… ……w
430 :オレンヂ :2006/08/16(水) 21:03
更新お疲れ様でっす!
やっべはなぢでると思いながら甘い空気にひたってたら
最後のごとーさんに爆笑させられました(苦笑)
次回も楽しみにしておりまーす♪
431 :名無飼育さん :2006/08/17(木) 01:49
信じて待ってた甲斐ありました!!
近々、お待ちしてます。
ごっちんサイコー!!!
432 :名無飼育さん :2006/08/18(金) 05:17
ついに更新再開ですね!!
ごっちんはどうするのか?
次回楽しみにしてます♪
433 :名無飼育さん :2006/09/01(金) 21:04
もうひとつの方の作品も含めて更新待ってます。頑張って。
434 :名無飼育さん :2007/01/05(金) 01:22
今なお楽しみにしているので
なんとか完結させて欲しいと思っています。
435 :名無飼育さん :2007/01/05(金) 06:34
436 :名無飼育さん :2007/01/06(土) 15:26
434さん
作者さんのサイトで日記でもどうぞ!
437 :名無飼育さん :2007/01/06(土) 19:23
436の言ってる意味がよく分からん。
日記っていうか、BBSだと思うけどそれを読めって事?
その前に上げちゃいかんよ。マジで。

ちなみに私は434さんではないけど。
438 :名無飼育さん :2007/01/06(土) 20:32
436さん他のスレでも色々やってますよね?
キミは荒らしなのかな?
どちらにしても今メルアドをいれている欄にsageと入れましょう
439 :名無飼育さん :2007/01/07(日) 16:59
436さん

自分は作者さんのサイトも見ていて、ゆっくり待つ気になっている者ですが、
作者さんご自身以外の方が飼育の読者さんに、作者さんの自サイトまで見ることを求めるべきではないと思いますよ。
434さんのレスは不適切なものとも思いませんし、それに対してこういうレスをつけるのはいかがなものでしょう。
440 :名無飼育さん :2007/02/07(水) 17:08
舞踏会の夜にごっちんと紺野に奇跡よ起これ。
私も祈ってます。
441 :名無飼育さん :2007/05/13(日) 03:15
楽しみ保全
waiting for you
442 :名無飼育さん :2007/05/18(金) 03:56
Ilove your novel!
waiting for update
443 :名無飼育さん :2007/05/18(金) 18:28
あげちゃいかんよー
444 :名無飼育さん :2007/08/15(水) 07:09
waiting for you
445 :名無飼育さん :2007/08/15(水) 20:05
日本語の小説読めるんだったら案内板も読んで
age/sageくらい学んでくださいね
446 :名無飼育さん :2007/08/17(金) 11:48
作者さまどうか放置だけはしないでぇ〜〜お願いしますぅ〜(泣!
447 :名無飼育さん :2007/09/29(土) 01:11
もう書けない?
448 :名無飼育さん :2007/11/21(水) 21:20
こちらもまだまだ期待
449 :名無飼育さん :2007/11/25(日) 17:31
あっちは更新あるのになぁ…
もうダメなのかな?
450 :いちファン :2007/11/25(日) 21:40
もうダメってw なにしろ無償の作品発表ですからね…。
私は雪ぐまさんレベルの作品をタダで読ませていただくだけで幸せなので
(ご本人のブログによるとプライベート諸々お忙しいようですし)
気長にのんびりとお待ちしてまっす♪
451 :名無飼育さん :2007/11/26(月) 07:04

大丈夫きっと雪ぐま様は書いてくれますよ!
まったりと待ちましょう
452 :名無飼育さん :2007/11/28(水) 21:13
なんとなくだけど
作者さんの中で、いしよしは終わってるっぽくない?
453 :名無飼育さん :2007/12/15(土) 18:17
あんまりここで雑談みたいなことはやめようぜ
スレが無駄に消費されちゃうし

まったりまったり
454 :名無飼育さん :2008/01/13(日) 00:31
雪ぐまさんの“いしよし”大!大!スキ!!なので頑張ってください。
455 :雪ぐま :2008/01/13(日) 01:59

レスをつけてくださった皆様、本当にありがとうございました。
いろいろあってさんざんお待たせしてしまい、申し訳ありません。

取り急ぎ、更新いたします。

456 :溺れて人魚 :2008/01/13(日) 02:00

バカラのシャンデリアがぶら下がるフロアの真ん中。
黒ずくめの回文二十面相が、
ひらりとマントをひるがえして回文を繰り出した。

「パンダのダンパ!(パンダノダンパ)」
「ダンパって、古いよごっちん」

答えたのは、呆れ顔の亜弥ちゃん。
超ロココなシルバーウイッグとバーンとふくらんだ朱色のドレスで
中世の貴婦人になりきっている。
うーん、なんか紅茶のCMとかで見たことあるなぁ、あの衣装。

「えっ、ダンパって古いの?」
「10代の読者さんには意味わかんないかと」
「ごっちんはわかるもん! ダンスパーティーの略だもん!」
「はいはい。ま、あたしの勝ちだね」
「なにおー!」
「痛いおなか、なお痛い(イタイオナカナオイタイ)」
「んあっ!」
「死にたくなるよと、夜泣くタニシ(シニタクナルヨトヨルナクタニシ)」
「ぬわっ!」

ハイクオリティな回文の切り返しに、真希ちゃん悶絶。
亜弥ちゃんは、にゃははと笑って勝ち誇った。
457 :溺れて人魚 :2008/01/13(日) 02:01

招待を受けて、みんなでやってきた仮面舞踏会。
主役の真希ちゃんはさぞや豪勢なドレスだろうと思っていたら、
黒いタキシードに黒いマスクの回文二十面相になっていた。

ちょっぴりマヌケだけれど、
すらりと長い足がやっぱりかっこいい。
どことなくスマートな身のこなしは、文磨さんだった頃みたいね。
なんとなく懐かしい気持ちになったりして。

懐かしいといえば、王子様姿のひとみちゃんも懐かしいな。
金色マントの白い王子様姿で登場した彼女は、
スッと伸びた背中があの頃よりもさらにきれいで、
さっきからずっと女の子たちにきゃあきゃあ囲まれてる。

で、私はというと、
黒いドレスに黒いマントを巻きつけて
地味ぃ〜に壁際に佇んだままだったりして。
てか、赤い羽根がひらひらついた目元のマスクがなんか、
なんか、なんか、なんだか……

「SMの女王様みたいだよね」
「は、はっきり言わないでよ、美貴ちゃんっ!」

うー、こういう衣装は美貴ちゃんのほうが似合うと思うのorz
あーあ、ぶりぶりのピンクのドレスとか着たかったなぁ〜。
まぁ、今回は仕方ないけどさ。。。
458 :溺れて人魚 :2008/01/13(日) 02:02

フロアではまだ、真希ちゃんと亜弥ちゃんが回文合戦を繰り広げてる。
楽しげにはしゃぐ真希お嬢様の姿を、
ご家族もメイドの皆さんも微笑ましげに見つめてる。
だれも、真希ちゃんの心の中を知らずに。

私はすこし感傷的な気分になって、美貴ちゃんに話しかけた。

「ねえ、美貴ちゃんは亜弥ちゃんのどこが好き?」
「んー、亜弥ちゃんなとこかな」
「なにそれ?」

首を傾げた私を見て、美貴ちゃんはただ軽やかに笑った。
目のさめるような紺碧のドレスが超似あってる。
いつもはヤンキーな感じの美貴ちゃん、
舞踏会なんて似合わないかなって思ったけれど。

「美貴ちゃんってきれいだね」
「そりゃあ、亜弥ちゃんのコイビトですから」
「なにそれ?」

首を傾げた私を見て、美貴ちゃんはまた軽やかに笑うだけ。
だけど、ちょっとわかるんだ。
恋人を誇りに思う気持ち。
そして、その人に選ばれた自分を誇りに思う気持ち。
459 :溺れて人魚 :2008/01/13(日) 02:02

真っ白い壁に寄りかかって美貴ちゃんは、
なにげなく金色のシャンパンを揺らす。
照れくさげに伏せた睫毛にシャンデリアのあかり。
遊園地で捨てられかけて、みっともない姿を晒してから、
美貴ちゃんの横顔はすこし大人びたみたい。
亜弥ちゃんみたいな亜弥ちゃんは世界にひとりだから、なんて呟いたりする。
なあに、それ? 意味がわかんない。

「わかんなくっていいよ。とにかく美貴は、亜弥ちゃんがあって世界があるわけ」
「ふうん」

意外だけど、私と美貴ちゃんって、
ちょっと似てるとこあるかもしれない。
私もひとみちゃんがあって、世界がある。
ひとみちゃんの世界に住んでる私を感じる。

「囚われの身ってわけだ、美貴たちは」
「なんか悔しいな」
「悔しいけど、仕方ないよ」

そうだね。悔しいけれど仕方がない。
ひとみちゃんを知るより前と、知ってから後。
私に限って言えば、全然違う。
鎖に繋がれたみたいに、私はいつもひとみちゃんの傍にいる。
甘い時間を、もっとたくさん食べたくて。
460 :溺れて人魚 :2008/01/13(日) 02:03

「だからね、美貴は」
「うん」
「ごっちんの計画が成功したらいいと思う」

美貴ちゃんの言葉に、私はキュッと唇を引き締めた。
そう、ごっちんだって私たちと同じ。
紺ちゃんじゃなきゃダメだと、心から思うなら。

『逃がしてほしい』

ごっちんは、そう囁いた。
いつか紺ちゃんが深紅のドレスを彼女に選んだ
華やかな色彩が溢れかえるドレスルームで。

『悪いんだけど、トメちゃんにあたしのフリをしてもらいたいんだ』 

一番、背格好が似てると思うから。
えーっ、そうかな?と言いかけた私を制して
真希ちゃんは手短かに今夜の計画を話した。

 20時にブレーカーが落ちるように仕掛けてある。
 すぐ元に戻っちゃうと思うけど、一瞬、真っ暗になるから、
 その時、あたしと入れ替わってほしい。10分でいいんだ。
461 :溺れて人魚 :2008/01/13(日) 02:04

10分っ!?
またまたカン高い声を上げた私の口を、
ごっちんがシッ!と押さえる。

『裏の塀を越えるから』
『えっ、無理だよ、あんな高い塀……』
『でも、電流が流れてるとかじゃないし』
『でも、飛び降りた時にケガでもしたら』
『へーきだよ、あのくらい』
『でも……、その後どうする気?』
『んー、駅まで走るかなー?』

そう言って、ほにゃんと笑ってみせた真希ちゃん。
だけどその目は、どことなく痛々しくて。

刻々と、約束の時間は迫る。
美貴ちゃんはシャンパンのグラスをぐるぐるもてあそんで、でも飲まない。
酔っちゃいけないと思ってるんだ。
ひとみちゃんもへらへらしながら時々、私たちのほうをチラッと見る。
調子に乗りすぎて失敗しちゃいけないと思ってる。
おかげでたいしてヤキモチ妬かなくっていいから助かるけどね!
462 :溺れて人魚 :2008/01/13(日) 02:05

そしてフロアでは、まぬけな回文合戦が続く。

「猫のコネ!(ネコノコネ)」
「ママが私にしたわがまま(ママガワタシニシタワガママ)」
「カツラが落下!(カツラガラッカ)」
「イカのダンスは済んだのかい?(イカノダンスハスンダノカイ)」
「ウドンどう?(ウドンドウ) 」
「すました神が味方します(スマシタカミガミカタシマス)」
「わたし負けましたわ……(ワタシマケマシタワ)」

orzとなった真希ちゃん。
あはは、確かに負けてるねー。

「どうだ、まいったか」
「んあー!!!」

かわいらしいふたりに、笑いさざめくフロア。
その時、オーケストラの曲がワルツに変わって、
真希ちゃんはうやうやしく亜弥ちゃんの前にひざまずき、
では踊りましょうかと手を差し伸べた。
亜弥ちゃんはちょっとびっくりしたみたいだけど、
軽くスカートをもちあげて微笑み、あんがい優雅にその手をとった。

隣で美貴ちゃんがピクッとなる。
あっ、ヤキモチやいてるんだーwww
463 :溺れて人魚 :2008/01/13(日) 02:05

「ふん、べっつにー」
「まあまあ、気にしない気にしない♪」
「気にしてないもん。あーあ、美貴も踊っちゃおうかなー」
「あ、私、ちょっとなら踊れるよ?」
「おーい、よっちゃーん」
「ちょっ、ちょっと〜〜〜!」

なななんでひとみちゃんと踊るのよっ!
白い王子様に駆け寄ってく背中をあわてて追いかける。
女の子たちに囲まれてたひとみちゃんが「ん?」と顔を上げた。

「おぅ、どした?」
「よっちゃん、踊らない? トメちゃんと」

ええっ?
目を丸くした私に、美貴ちゃんが振り返ってニヤッと笑った。

「ほら、踊れば?」
「えっ、えっ、え〜〜〜?」
「トメちゃんって、いっつも引いちゃうじゃん」

 ほんとは隣にいたいくせにさ。

図星を突かれて、私は真っ赤になった。
そうね、こんなふうにひとみちゃんがチヤホヤされてる時、
私はいつも知らん顔で離れていっちゃうかも。
すごく気にしてるくせに、ぜんぜん気にしてないフリをしてるかも。
464 :溺れて人魚 :2008/01/13(日) 02:08

ふと見ると、ひとみちゃんも白桃みたいに頬を染めて、
なんだよまいったなーって顔をしていた。
えー、どうしよう。なんか照れちゃうんだけどこういうの。
私はとっさに美貴ちゃんの背に隠れて、こそこそ囁いた。

「無理だよ、美貴ちゃん踊ってきてよ」
「はぁ?何言ってんの、バカじゃん?」
「で、でも〜〜〜」

グイグイ腕を引っ張られて、なおぐずる私。
取り巻きの女の子たちが、怪訝そうな目を向ける。
その時ひとみちゃんが、私に向かってパッと手を差し出した。

「よし、踊るか!」

ニカッと照れ笑い。
キャー、やめてーーー!!!!
もう何年も付き合ってるのに私はそう思い、
あまりのドキドキに真剣に逃げ出したくなった。
絶句した私の背中を、美貴ちゃんが「ほら!」って突き飛ばす。
みんなが見てる前で抱きとめられる形になってキャアッと歓声があがり、
私はますます気が遠くなった。
465 :溺れて人魚 :2008/01/13(日) 02:09

「ま、たまにはいいじゃん」
「う、うん」

なぜかひとみちゃんは大胆。
肩を抱かれ、へたくそなステップにリードされて、
私はひたすら足を踏まないように必死系。
は〜〜、どうしよ。なんか頭が真っ白だよ〜〜〜。

そんな私の状態を知ってか知らずか、
ひとみちゃんはターンのたびに、なにげに強く抱き寄せてくる。
もはやワルツの音も聞こえなくなってきた私の耳に
不思議とひとみちゃんの呟きだけがはっきり聞こえてきた。

「前に」
「え?」
「前に、舞踏会に呼ばれた時にさ」
「うん」
「トメっち、文磨と踊ってて」

 チョー、むかついた。

えっ?
思わず見上げると、
息がかかるほど近くにある横顔がニヤッと微笑んだ。
466 :溺れて人魚 :2008/01/13(日) 02:10

「超うれしそーにしててさぁ」

そっか。
あの頃の私たち、ちっとも素直になれなかった。
切ない気持ちで、あたたかな胸にもたれかかる。
ふたり、手をとりあって踊る。肩を組んで笑う。
いまは当たり前すぎるって、幸せだね。

「ひとみちゃん、止めなかったじゃん」
「止めらんなかったのっ」
「今は止めてくれる?」
「さあね」

こんな未来があるなんて知らなかった。
幸せに満ちた胸は静かな凪のように落ち着き、
ワルツの音が再び軽やかに聞こえはじめた。

そういえば美貴ちゃんは?
キョロキョロと探すと、ひとみちゃんの肩越しに
真希ちゃんと踊ってる姿が見えた。
パートナーを取られた亜弥ちゃんがプンプンふくれてる。
仲良しのふたりに取り合いされて
楽しげに笑ってる真希ちゃんの誰にも見えない未来。
467 :溺れて人魚 :2008/01/13(日) 02:10

「うまくいくといいな」
「ごっちん?」
「うん」
「考えたんだけど、うちらも行かねぇ?」
「え?」
「ごっちんと一緒に北海道」

ええっ? 
何言い出すのよ、急に。

「む、無理だよぉー。私、お仕事あるし」
「そっか、じゃああたしだけでも行こうかな」
「本気?」
「なんか一人じゃ無理って気がすんだよな、ごっちんって」

なんとも答えられなくて、目を伏せた。
ほんというと胸がチリチリしてた。
やだな、今度は私が文磨さんにヤキモチを妬く番ね。
ひとみちゃん、文磨さんが真希ちゃんになったら
とたんにすごくやさしいんだもん。
468 :溺れて人魚 :2008/01/13(日) 02:11

「それに二人のほうが、追っ手に見つかりにくい気がしねぇ?」
「そっかなあ」
「女の子ひとりって目立つよ。そう言って探すだろうし」
「うーん」
「なによ、反対?」
「ってわけじゃないけど」

私もついていけるなら、すぐに大賛成するんだけどな。
確かに、一人より大勢のほうが心強いだろうし……。
微妙に困った顔をした私に、ひとみちゃんが心配そうに首を傾げた。

「どした?」
「ううん、なんでもない。あーあ、私って心狭いな」
「へ?」
「ひとみちゃん、浮気しない?」
「は? バッカ、何言ってんの?!」

鳩が豆鉄砲くらったみたいな顔をしたひとみちゃん。
あはは、ほんとに下心はなさそうね。
シャンデリアのむこうの大時計をチラッと見る。
59分をさしていた針が、20時にむかってじわりと動き出すところだった。
469 :溺れて人魚 :2008/01/13(日) 02:12

「じゃあ絶対、途中でメール入れてね」
「へ? え、ああ……」

カチッと長い針が0を指し、
真希ちゃんの計画どおり、突然フロアの照明がフッと落ちた。
突然の闇に騒がしく嬌声が飛び交うなか、
私はひとみちゃんの首に腕をまわし、すばやいキスをした。

「…………!」

浮気の心配なんてしてないで、
私も真希ちゃんをちゃんと逃がしてあげなくっちゃね!
やわらかな唇に気持ちだけ残して私は、
真希ちゃんがいたあたりに向かって駆け出した。


470 :& ◆q75Mz.aFtM :2008/01/13(日) 02:15


本日はここまでといたします。
励ましのレス&メールをくださった皆様、本当に感謝しています。
完結できるよう頑張ります。
471 :名無飼育さん :2008/01/13(日) 02:17
更新キタ…しかもリアルタイム…やばい、泣きそう
相変わらず世界に引き込まれました
またよろしくお願いします!
472 :名無飼育さん :2008/01/13(日) 21:55
そうだ、こちらでは
「梨華」ではなく「トメちゃん」だったんだw
雪ぐまさんの小説はどれも
登場人物がそれぞれ考え、生きてるので
(471さんも書かれてますが)引き込まれます。
更新ありがとう。
473 :名無飼育さん :2008/01/14(月) 04:06
最近娘小説に嵌って毎日寝不足ぎみのロムラーです
まだ「記憶〜」〜「愛トメ」までしか読んでませんが
雪ぐまさんの作品にひとめぼれしました!
これから又続きを読みにいきますが、ここも楽しみです♪
雪ぐまさんの小説は本当に癒されますねー大好きです。
474 :名無飼育さん :2008/01/15(火) 01:22
二年程前からHPで拝見させて頂いてました

最近、ここにあると分かり読み始めました

もう涙が止まりません

いしよし、あやみき、ごまこん…

この3CPはHPで、自分には最高のCPだと決まりました

後藤さんと紺野さんが1番辛くて、何回見ても涙が止まりません

475 :名無飼育さん :2008/01/16(水) 02:09
ついに続きが!!!
待ってたかいがありました。
ありがとうございます。
476 :名無飼育さん :2008/03/15(土) 22:25
待ちますよ
477 :名無飼育さん :2008/04/07(月) 14:41
I love トメっち
478 :名無飼育さん :2008/04/07(月) 14:44
I love よっすぃ〜
479 :名無飼育さん :2008/04/08(火) 03:44
I love 雪ぐま too ☆
480 :雪ぐま :2008/04/24(木) 01:05
471> 名無飼育さん
すごい、こんなに更新間隔が空いているのに
リアルタイムでお読みいただけて感激です。ありがとうございます。

472> 名無飼育さん
そうそう、私も忘れそうになりますw>トメちゃん
ぼちぼちですがトメちゃんたちを生かし続けられるよう頑張ります。

473> 名無飼育さん
娘.小説の世界へようこそ〜♪ 寝不足になる気持ち、わかります。
数々の名作に負けないよう雪ぐまも頑張りますので、どうぞよろしく☆

474> 名無飼育さん
ごっちんと紺ちゃんの組み合わせはロマンチックですよね。
悲恋も似合ってしまうのですが…。大切に読んでいただき、とても嬉しいです。

475> 名無飼育さん
えへへ、お待たせしました。し過ぎですよねw
完結目指して頑張ります〜。

476> 名無飼育さん
はい、頑張ります。

477、478、479> 名無飼育さん
I love you too ☆

ではでは、久々の更新にまいります〜。
481 :& ◆l0d.zqFWQU :2008/04/24(木) 01:07


「トメちゃん、こっち!」

暗闇の中、華奢な指先が私の手をとって走る。
ざわめきをくぐり抜けて大広間をすべり出ると
廊下には煌々と月明かりが届いていた。

まっすぐに伸びる、長い長い廊下。
窓の影がぽつぽつと床に落ちて、まるで大きな十字架みたい。
思いがけない明るさに真希ちゃんは一瞬立ち止まり、
でも、迷いを振り切るように再び私の手をギュッと握って駆け出した。

十字架の影を踏みながら、手を引かれるままに走る。
連れてこられたのは廊下の一番端にある、簡素なドアの前だった。
482 :溺れて人魚 :2008/04/24(木) 01:07
周囲に人影がないことを確かめて、そっとそのドアを開けた真希ちゃん。
再びかたくドアを閉め、闇の中で胸元からペンライトを取り出す。
カチリと灯をつけると、ベッドと机だけの、
やけに素っ気ない空間がボウッと浮かび上がった。

あれっ、なんだか、ここだけ綾小路家のお屋敷じゃないみたい。
でも、物置ってわけでもなさそうだし……。
不思議そうな顔をした私に、真希ちゃんがボソリと呟く。

「ここ、紺野が使ってた部屋」

へぇ……。
思わずキョロキョロする。
なるほど、メイドさんのお部屋だからこういう感じなのね。

よく見ると、私の部屋よりはふかふかの絨毯が敷かれてるみたいだけど、
でもシャンデリアが煌めくあの大広間とは比べ物にならない。
483 :溺れて人魚 :2008/04/24(木) 01:08

 『私の場合、真希様とおつきあいできていることが奇跡なので』

また、いつかの紺ちゃんの言葉を思い出した。
絵本の中のお城のようなこのお屋敷で紺ちゃんは、
パーティーの準備をしたり、お料理を運んだり、ドレスの整理をしたり。
毎日毎日、真希ちゃんと綾小路のご家族に尽くしながら、
殺風景なこの部屋で暮らしていたんだね。

もしかしたら真希ちゃんと愛し合った夜も、
朝までにはやわらかなベッドを抜け出して、この部屋に戻ってきてた。
夢のような時間と、この部屋の落差。
それはきっといつも、いつだって、
紺ちゃんに“立場の違い”ってやつを意識させちゃったんだろうな。

 『私、わざと真希様を控室にひとりにしたんです……
  決して逃げられてはいけなかった……
  だけど、逃げてほしいと、心のどこかで思っていた……』

覚悟しながら揺れてた紺ちゃんの心。
その結果の、今………
484 :溺れて人魚 :2008/04/24(木) 01:09

「トメちゃん、ごめん急いでもらえる?」
「あっ、ごめんごめん!」

そうだ、脱出作戦の真っ最中だった!
あれこれ考え込んでる場合じゃなかったわ。
慌てて、わたわたとドレスを脱ぐ。

すでにタキシードを脱いで待ってた真希ちゃんは
ベッドのシーツをまくりあげて、隠してあったジーンズや財布を取り出した。
そしてふと、何かを思い出したようにそっと枕を撫でて……

ああ、紺ちゃんのこと、考えてるのかな。
どことなく思い詰めた横顔に、また、胸がざわめく。

「……ねぇ、真希ちゃん、もし紺ちゃんに会えなかったらどうするの?」
「え?……そしたら、帰ってくるよ」
「ほんと?」
「うん、だって、仕方ないじゃん」

ほにゃっと笑う、でもどこか痛々しい笑顔。
逃がして、いいのよね? 
私たち、間違ってないよね?
家のために引き裂かれた恋人たち。
囚われの身のお姫様を救うような、そんな気持ちでいるけれど、
私たちの理屈では手に負えないなにかに立ち向かってるみたいで、不安で。
485 :溺れて人魚 :2008/04/24(木) 01:10

「あのね真希ちゃん、ひとみちゃんが一緒についてくって」
「えっ? いいよ、そんな」
「女の子一人じゃ危ないよ。私もそう思うな」
「……そう、かな?」
「うん、かえって邪魔かもしれないけど」
「そんな邪魔だなんて……」

でも、よしこには迷惑かけてばっかで……。
困ったように、口の中でもぞもぞと呟く。
その声を無視して私は、真希ちゃんが着ていたタキシードを身に着けた。
目元を隠すマスクをつけて、わざとくるりと回ってみせる。

「ジャジャーン☆ どう? 似合う?」
「あはは、似合う似合う」

思いのほか長引く停電に、大広間のざわめきが不安を増してきた。
メイドさんたちが廊下をどたばたと走り回る音も聞こえてくる。

さあ、もう迷ってるヒマはないよね。
私たちは同じ黒マントを羽織り、
再びそっとドアを開けて駆け出した。
目指すは、裏庭。
486 :溺れて人魚 :2008/04/24(木) 01:11

「トメちゃん、もし途中で誰かに会っちゃったら……」
「うん、わかってる!真希ちゃんのふりして広間のほうに逃げるから!」

途中、何度かメイドさんたちの影を見かけてドキッとしたけど、
ラッキーなことに私たちには気づかないようだった。
なかなか電気がつかないことに、かなり慌てているらしい。

「やった、行けそうじゃない?」
「ラッキー☆」

無事に勝手口から裏庭に出て、月明かりに目を凝らす。
だだっ広い空間のかなり先に、予定どおり待ち構えてる人影。
大きな樹の陰に隠れてた亜弥ちゃんと美貴ちゃんが
私たちに気づいてブンブンと手を振り、塀にはしごをかけた。

よし、あそこまで全力ダッシュね。
すばやく真希ちゃんと目を見交わす。
そして、走り出そうとしたその時……
487 :溺れて人魚 :2008/04/24(木) 01:14

ピカッ!

ふいに真後ろから懐中電灯の灯りが私たちを射抜いた。

「お嬢さん、どこ行かはるんですか?」

しまった、見つかったわ……
とっさに私は懐中電灯の灯りから逃れるように身を翻す。
ところが懐中電灯は私の動きに惑わされず、
本物の真希ちゃんを照らしたまま微動だにしなかった。

「ははっ、誤摩化されまへんでぇ〜」

どうして!?
思わず、振り返る。
そして私は、そこにいたタキシード姿の人影に目を見開いた。
488 :溺れて人魚 :2008/04/24(木) 01:15

「………えっ?」

て、寺田さん???
どうしてここにいるの!?!?!?

意外なヒトの登場にビックリ仰天、
ガチンと固まって動けなくなった私。
寺田さんはチラリと視線を寄越して、やれやれというように細い眉を上げた。

「ワシ、ずっと大広間におったんやけどなー」
「うそ……」
「やっぱ石川さん、気づいてへんかったんやなあ。まぁ、しゃあないけど」

 “王子様”とのダンスに夢中やもんなァ。

ライオンのような金髪頭が、おかしげに揺れる。
でもその笑みはすぐに消えて、鋭い視線が真希ちゃんをとらえた。

「まぁ、こんなことやろと思てましたわ、お嬢さん」
「………………………………」
「さて、戻ってもらいましょか」

真希ちゃんが悔しげに唇を噛み、寺田さんを睨みつける。
おお、コワ。寺田さんはそんなふうにおどけて、
でもちっとも笑ってない目が、真希ちゃんをジッと見据えていた。
絶対に逃がしまへんで。その目がそう言っている。
489 :溺れて人魚 :2008/04/24(木) 01:16

どうして寺田さんがここにいるのか、
なぜ真希ちゃんを連れ戻そうとするのか、
全然、状況がわからない。

でも、これはマズいわ。
私はとっさにパチンと手を合わせた。

「寺田さん、お願い!見逃して!」

思い切ってすこし歩み寄り、
お願いします!一生のお願い!と頭を下げる。
こっちを見て、と思った。
なんとかこっちに意識を向けて、真希ちゃんを逃がしたい。
だけど寺田さんは真希ちゃんから目を離さなかった。

「石川さんのゆーことやから、聞いてあげたいけどなぁ」
「ちょ、ちょっと抜けるだけですよ」
「ちょっとで済む用事やないやろ。なぁ?」
「と、友達に会いにいくんです。それだけですから」
「ははっ、ほんまに友達やったらかまへんのやけどなぁ」

言葉に詰まる。
ああ、知ってるんだ寺田さん、真希ちゃんと紺ちゃんのこと。
どうして真希ちゃんがパーティーを抜け出そうとしてるのか
きっと全部わかってるんだ……どうしよう…………
490 :溺れて人魚 :2008/04/24(木) 01:17

「……もういいよ、トメちゃん、ありがと」

真希ちゃんが哀しげに肩をすくめて、ふうっとため息をついた。

「どうやらあたし、ホントに神様に見放されちゃったらしいね」

 他の誰があたしを逃がしても、あなたは逃がせない。
 そうでしょ? 寺田さん。

「その通りです、お嬢さん」

静かな声で、寺田さんが答える。
今夜のパーティーでお嬢さんを逃がさないことが、
今後、御家のさまざまなイベントを任されるための
唯一最大の条件ですから。

「うちの仕事なんかなんで欲しいわけ? ほんと意味ないよ?」
「お嬢さんにとってはそうかもしれませんが」
「くだらない。見栄の張り合いばっかじゃん」
「そこで甘い汁を吸う虫ケラもいるってわけですよ」

寺田さんがニヤリと笑い、真希ちゃんがグッと詰まった。
まったく挑発にのらない飄々とした笑みが
月明かりの下で底知れぬ気配を漂わせる。
491 :溺れて人魚 :2008/04/24(木) 01:18

この人、なんだか怖い。
ああ、前にもこんなふうに思ったことがある。
そうだ、それはお見合いの時。
軽い素振りで気持ちを揺さぶってきた。隙なく切り込んできた。
見た目ほどカンタンな男の人じゃないって、ゾッとした。

真希ちゃんもそう感じたのだろう。苦しげに俯く。
かすかな諦めが横顔に漂う。
ぴんと張りつめた空気に胸が痛くなる。
寺田さんは、ジッと見ている。
まるで真希ちゃんが、完全にすべてを諦めるのを待っているかのように。
逃げ場をなくした小さな鳥が、ほどなく落ちてくるのを待ってるかのように。

だけど、真希ちゃんは震える声で、まだ呻いた。
まるで最後の賭けのように。
492 :溺れて人魚 :2008/04/24(木) 01:19

「………見逃して、もらえませんか。なんでもします」

往生際の悪い小鳥に、寺田さんがかすかに眉をあげる。

「なんでもって、アンタ」
「お金ならあげる、全部。あたしのぶん、全部」
「全部ってな……」

これやからお嬢ちゃんは……。
やれやれと肩をすくめて苦笑する。
自分で稼いだ金でもないくせに、いい気なもんやなぁ。

真希ちゃんの頬にサッと朱がさす。
悔しげにうつむき、それでもまだ真希ちゃんは頭を下げた。

「………なんでもします」
「ははっ、ストリップせぇっちゅーたらするのん?」
「ちょっ、寺田さんっ」
「………そういうのでいいの?」

えっ?
そう思った次の瞬間、
真希ちゃんがふわりと黒マントを外して地面に落としていた。
そしてあっと思う間もなくシャツから腕を抜き、
キャミソールごと軽々と脱ぎ捨てて……
493 :溺れて人魚 :2008/04/24(木) 01:20

「ま、真希ちゃんっ!!!!!」

あわてて駆け寄って、地面に散らばった服を拾う。
見上げると、懐中電灯の眩しい灯りに照らされて、
あまりにも美しい真希ちゃんの肩のラインが目に飛び込んできた。

ごくんと唾を飲み込む。
その肌が、あまりにも白く発光していて。
堂々と胸を張った姿が、きれいに割れた腹筋が、あまりにも、きれいで……

「ブラも取る?」

挑発的にそんなふうに言う、その瞳が妙に澄んでいた。
まるで心のないサイボーグのように、ただジッと寺田さんを見据えている。
寺田さんは苦々しげに口元を歪ませて、ギロリと真希ちゃんを睨みかえした。
そして小さく舌打ちすると、
半裸の真希ちゃんを照らしていた懐中電灯を足元に向けた。

「………なんで、そんなに逃げたいのん?」

月明かりのなか、真希ちゃんはジッと動かぬままだった。
たたみかけるように寺田さんが続ける。
494 :溺れて人魚 :2008/04/24(木) 01:21

「恋なんて、いっときのことやで? 失くすもののこと考えんの?」
「………………………………」
「あんたを育ててくれた親のこととか、考えんの?」 

その言葉に、真希ちゃんの頬がかすかに歪む。

「……紺野が、あたしの家族ですから」

静かに響いたその一言に、どれほどの意味があるのか私にはわからない。
この大きなお屋敷の中で、二人がどんな時間を過ごしていたのか知らない。

ただ、その声の色からわかるのは、
真希ちゃんが、あの控えめなメイドさんを、
ただひとりの家族と思うほど大切にしてること。
本物の家族よりも必要としてること。
495 :溺れて人魚 :2008/04/24(木) 01:22

「ほやけど、会ってどうするのん?」
「……………………」
「この先、どうやって生きていくのん?」
「……………………」
「あんたみたいな世間知らずのお嬢ちゃんに何ができ……」

その時、唐突にパッとお屋敷のあかりがついた。
豪奢な窓から溢れ出した光はまるでサーチライト。
その眩しさに寺田さんが一瞬、まばたきをして手をかざす。
機を逃さず、真希ちゃんがすばやく身を翻した。

「あっ、待てや!」

慌てて、寺田さんが追いかける。
そのとき突然、茂みの中から黒い影が走り出てきて、
寺田さんの脇腹にどかーん!とタックルをぶちかました。

「うおっ!」
「ひとみちゃん!」

そうか、隠れてずっとチャンスをうかがってたのね!
不意を突かれて思いっきり芝生に転がった寺田さんを尻目に、
ひとみちゃんは私の手から真希ちゃんの服をかすめとる。
そして、間髪入れずに真希ちゃんの後を追った。
一瞬だけ、私と目を見交わして。

「トメっち、あと、頼む!」
496 :溺れて人魚 :2008/04/24(木) 01:23

その瞬間、どうして自分があんなに大胆になれたのか、
あとから考えてもちっともわからない。
OK!まかせて!
返事をする代わりに私は、もう無我夢中で、
庭に転がった寺田さんの腰にしがみついていたのだ。

「ちょっ…、おいっ!!!」

じたばた暴れる寺田さんを、全体重をかけて必死で押さえ込む。
どうしても真希ちゃんを紺ちゃんに会わせてあげたかった。
なんとかうまく逃げてほしかった。
寺田さんの言ってることは正論かもしれない。
またつかまって連れ戻されるのがオチかも。だけど。

「おい、離せって!!!」
「離しませんっ!!!!」

もがく寺田さんを必死で押さえつけながら振り返ると、
真希ちゃんがギシギシとはしごを登ってく姿が見えた。
その後に続くジーンズ姿のひとみちゃん。
そしてまるでバリケードのように立ちはだかって、
こちらを睨んでる亜弥ちゃんたちの姿。
497 :溺れて人魚 :2008/04/24(木) 01:24

「あー、ホンマに行ってまう!ちょっ、石川さん離してって!!!」
「離しませんっ!!!!」
「違うって!待てって!わかったから!あー、もー!!!」

寺田さんが強引に身体をひねって、内ポケットから何かを取り出した。
なによ! なにする気ッ!?
反射的にその腕をつかまえようとして私は、ピタッと動きを止めた。
寺田さんが取り出したのは……ちょっと悪趣味な、
えっ、それってもしかして、お財布……?

「おいっ、 これ持ってけや!」

いきなりポーンと放り投げる。
とっさに受け取った亜弥ちゃんが、手の中を見て目を丸くする。
これ、お財布じゃん? いいの???
塀の上の真希ちゃんも、驚いたように寺田さんを見る。

「たいして入っとらんけど持ってき!邪魔にはならんやろ!」

どうして……。
思わず、寺田さんを見上げる。
金髪頭が私を見下ろして、ニヤリと笑った。
498 :溺れて人魚 :2008/04/24(木) 01:25

「いッや〜、青春やねぇ〜。久々にシビれたわ〜!」

ガクッ!
なんなのこの人、やっぱよくわかんない!
グッと親指を立ててみせた姿に思わずガックシ。
でも、ひとみちゃんたちは、とたんに気が抜けたように笑って。

「ありがとう!いつか返します!」
「あんたけっこうイイヤツだね、オッサン!」
「オッ……」

絶句する寺田さんの目の前で、
真希ちゃんとひとみちゃんがひらりひらりと塀の向こうに消えていく。
一瞬振り返った真希ちゃんの目はすこし潤んで、
いつものあたたかい光を取り戻していたように見えた。
499 :溺れて人魚 :2008/04/24(木) 01:25

良かった……。
ほ〜っと力が抜けて息をつく。
あーあ、どない言い訳しよ…と、
寺田さんが情けない声をあげて天をあおいだ。

「つーか、あんたの“カレシ”、口悪いなぁ〜」
「ご、ごめんなさい……」
「まぁ、ええわ。こんなぴったし抱きついてもろてるし〜♪」

キャーッ!そうだった!!!!!
ぎゅうっとしがみついてた身体を、慌ててドーンと突き飛ばす。
大げさに芝生に転がって寺田さんは、高らかに大笑いした。
500 :雪ぐま :2008/04/24(木) 01:27


本日はここまでといたします。
コメント歓迎ですが、ネタバレに気をつけてくださいね♪
501 :名無し飼育 :2008/04/24(木) 03:25
更新ありがとうございます!
ドキドキしながら読ませていただきました
雪ぐまさん大好きです♪
502 :シュン :2008/04/25(金) 00:33
更新お疲れ様です。
これからの展開が楽しみです。
なんだかんだでオッサンが少し好きになりました。
503 :名無飼育さん :2008/04/25(金) 09:15
あードキドキしたーw
オッサン含め、出てくるみんなが愛しいです。
504 :510-16 :2008/05/27(火) 21:30
あー!更新されてる!!

HPで初めて癒しのメソッドを読んで以来、雪ぐまさんの書かれる文章が大好きです!
数年前までよしごまヲタだったのに、すっかりいしよしに染まってしまいましたw
505 :名無飼育さん :2008/09/26(金) 00:24
待ち続けてもいいですか?
506 :名無飼育さん :2009/01/19(月) 08:15
Happy birthday to トメっち
Hurrah for our トメっち & ひとみちゃん
507 :名無飼育さん :2009/05/26(火) 21:06
待ちます!
508 :名無飼育さん :2009/05/26(火) 23:41
ageんなって
509 :名無飼育さん :2010/01/06(水) 17:01
まだ待つよー
510 :名無飼育さん :2010/02/03(水) 11:42
ごっちんのお母さん
ご冥福をお祈りいたします。
511 :名無飼育さん :2010/11/26(金) 23:24
待ってます。
でも、雪ぐまさんハロプロには
興味がなくなってしまったのでしょうか…?
512 :みんつ :2010/12/01(水) 17:13
すいません。みんつと言うものです。

これだけの大作が終わってしまうのは、
とてももったいないと思います。

そこでつたない文章ですが私に
書かせていただけませんか?
513 :読者 :2010/12/01(水) 22:17
>>512
やめてください
514 :名無飼育さん :2010/12/01(水) 22:21
放置スレのリサイクルは禁止されているはず
というか作者さんがここで放置・放棄宣言していないし
していたとしても賛成しかねる
515 :名無飼育さん :2010/12/02(木) 01:56
>>512
阻止
516 :名無飼育さん :2010/12/15(水) 08:44
作者サン、まだブログ続けていらしてるし
信じて待ちたいです。
517 :名無飼育さん :2012/09/30(日) 16:12
もうダメなんですかね…
518 :名無飼育さん :2015/01/08(木) 22:02
あー続きが気になる

誰でもいいから完結させてくれ!!
519 :名無飼育さん :2015/05/17(日) 02:21
久しぶりに見て、あぁそっか完結してなかったんだった……と思い出した
雪ぐまさん、何してるんだろう
520 :名無飼育さん :2015/07/02(木) 01:18
更新お疲れ様です
千奈美のブログが元になってるんですかね?
読んでてなんだか感動しちゃいました
521 :名無飼育さん :2015/10/24(土) 21:07
続きを書いてもらえるなら誰でもいいよ

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